学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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不可能と可能の差

2018.09.22日

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"The difference between the impossible and the possible lies in a person’s determination."
--Tommy Lasorda – Baseball Player and Manager
「不可能と可能の差は決意だ」
--トミー・ラソーダ、MLBプレーヤー・監督
(訳 舟田譲二)


ラソーダの名前は日本人にも馴染みがあります。
日本人野球選手として初めて大リーグに渡った野茂英雄選手をドジャーズで育てた当時の監督で、彼は野茂のことを「世界最高の選手」「自分の息子のよう」とまで評していました。


今はちょうどつい先日全米オープンテニスで優勝した大坂なおみ選手が凱旋試合の東レ・パンパシフィック・オープンでも大活躍し、すでにふたりの対戦選手を圧倒して準決勝に進む快挙。
試合を観ているとみんなだれでも彼女を応援したくなります。
なおみ選手は今大会の決意を尋ねられると「優勝」ときっぱり答えています。
スポーツの世界ではラソーダ元監督が言うように、まさに「不可能と可能の差は決意」です。
なおみ選手の時速200キロのサーブがそれを物語っています。


"Impossible" の文字を見ると誰もが一番に思い浮かべるのは、映画 Mission Impossible ではないでしょうか?
高校生の頃、ハマって夢中になり試験中でも欠かさず観ていたテレビ番組『スパイ大作戦』が映画化されたのが Mission Impossible で、これにもハマっています。
まったく人間業とは思えないような離れ業を命賭けでやってのける主人公のイーサン・ハント。
毎回毎回、「もうだめか」と思わせるギリギリの瀬戸際で不可能なミッションを成功させるスパイ映画です。
イーサンが言うのはいつも「地球を守るためにどうしてもやらなければならない」という決意の言葉です。


何事も「決意」のあるなしが、成功と不成功、勝利と敗北、可能と不可能の分かれ目になるのです。


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小さな贈り物

2018.09.21日
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"Surprise is the greatest gift which life can grant us."
--Boris Pasternak, 1890-1960 Russian poet, novelist, and literary translator
「サプライズは人生が私たちに与えてくれる最大の贈り物」
--ボリス・パステルナック、ロシアの詩人、小説家、文学翻訳家
(訳 舟田譲二)


毎日毎日、小さなことから大きなことまでいろんなサプライズに出くわします。
「ドキッ!」とするような怖いサプライズもときにありますが、大半は楽しい、嬉しいサプライズ。
何年か前のこと、送迎バスの中での小学1年生たちの会話。
「昔は、〜だった」
これは受けました。


昨日もホントにちっちゃなサプライズですが、思わず微笑んでしまいました。
小学3年生たちの英語のクラスが終わって、バスで生徒たちを送っていくときのことです。
いつものバスが修理中だったので、違うバスに乗って教室前で待機していました。


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次々とみんな乗ってきて、一瞬「???」という顔をします。
これがいつものバス。


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昨日のバスはこれ。


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一瞬同じように見えますが、パッと見て違いがわかりますか?
いつも乗っている生徒ですらわからないぐらいそっくりです。


上のバスは後部3列の10人乗りで、下のは後部4列の15人乗り。
幅は同じ188センチですが、全長は54センチ長く、高さは18センチ高くて大人でも天井に頭がつかえません。15人乗りはひと回り大きい中型免許が必要なバスです。今から30年前には中型免許がなく、大型免許を取らされました。


生徒たちはしばらくして、
「なんかいつもと感じが違う」
「これ、新しいバス?」
などと口々に言います。
「新しいバスじゃないけど、いつものバスとは違うよ」と私。


しばらく走っていると、隣の助手席に乗っているTくんが何かに気づきました。
「先生、これ何?」
私は彼のほうを見ましたが、彼が何のことを言っているのかわかりません。
Tくんが尋ねた助手席の「?」の写真がこれ。


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いつもTくんが乗っている10人乗りのバスの助手席の写真はこれ。


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皆さん、今度はおわかりになりましたか?
そう、彼が指差して尋ねたのは15人乗りバスの窓のハンドルです。
小学3年生の彼はこれを生まれて初めて見たのです。
私のほうがびっくり。
「えっ、それは窓のハンドルだよ」
と言ってもピンと来ません。
「それを回してごらん」
Tくん、何だかわからないまま恐る恐るハンドルを持って回してみました。
すると窓が少しずつ開きました。
それを見て、
「おっ、スゲェー!」


これには思わず吹き出しそうになりました。
そうか、今の子どもというのは生まれたときからパワーウィンドウで窓のハンドルなんて見たことなかったのだ!
これには本当にびっくり。


そう言えば、今から60年近く前、私がちょうど小学3年生の頃、アメリカ人の伯父が乗っていたアメ車のオールズモビルはツードア、ハードトップで、すでにパワーウィンドウ、パワーハンドルで、私はびっくりしてTくんのように「おっ、スゲェー!」と言ったのを昨日のことのようにはっきりと覚えています。


このような楽しいサプライズが毎日で、本当に楽しいです。
子どもたちからの小さな贈り物です。みんな、ありがとうね!


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目指す将来、願う将来を実現させるために

2018.09.20日

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去る9月15日のテレビ番組『陸海空 地球征服するなんて』を観ていたら、オーストラリアで一番有名な日本人は安倍首相を抜いて本田圭佑でした。
なるほど、彼の小学校の卒業文集を見て、納得がいきました。


「将来の夢」
ぼくは大人になったら、世界一のサッカー選手になりたいと言うよりなる。
世界一になるには、世界一練習しないとダメだ。
だから、今、ぼくはガンバッている。
今はヘタだけれどガンバッて必ず世界一になる。
そして、世界一になったら、大金持ちになって親孝行する。
Wカップで有名になって、ぼくは外国から呼ばれてヨーロッパのセリエAに入団します。
そしてレギュラーになって10番で活躍します。
一年間の給料は40億円はほしいです。
プーマとけいやくしてスパイクやジャンバーを作り、世界中の人が、このぼくが作ったスパイクやジャンバーを買って行ってくれることを夢みている。
一方、世界中のみんなが注目し、世界中で一番さわぐ4年に一度のWカップに出場します。
セリエAで活躍しているぼくは、日本に帰りミーティングをし10番をもらってチームの看板です。
ブラジルと決勝戦をし2対1でブラジルを破りたいです。
この得点も兄と力を合わせ、世界の強ゴウをうまくかわし、いいパスをだし合って得点を入れることが、ぼくの夢です。


本田圭佑選手の上の小学校の卒業文集を読むと、その内容があまりにも具体的・写実的で、しかもそっくりに実現しているのに驚かされます。
なぜこれほど具体的な夢を描き、しかもそれを実現できたのか。
果たしてそんなことが可能なのか?


オーストラリアの俳優、F・M・アレクサンダーが次のように言っています。
「人は自分の将来を決めることはできない。ただ自分の習慣を決めることはでき、その習慣が将来を決めるのだ」


だれも自分の将来を決めることなんかできません。
本田圭佑になぜできたのか、それは彼が言っているように、
「世界一になるには、世界一練習しないとダメだ。
だから、今、ぼくはガンバッている」

と、「練習」という習慣を身につけました。
そして、彼の「習慣が将来を決めた」のです。


ですから私たちも、目指す将来、願う将来を実現させるために、たとえ今からでも必要な習慣を身につけるのです。


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スーパーマン? スーパーガール? それとも...

2018.09.19日

「おい、空を見ろ! あれは何だ?」


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「鳥? それとも飛行機?」


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「スーパーマンか? スーパーガールか?」


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「いいえ、スーパーベイビーよ! こっちへやってくるわ!」


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「そうです、皆さん。スーパーベイビーです! 正人くんと萌さんのところに生まれた杏菜ちゃんです!」


去る8月15日に生まれた杏菜ちゃんが誕生1か月を先日迎えました。
そのときの記念写真が飛んできました。


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スーパーベイビー、杏菜ちゃんはお陰さまですくすくと順調に育ち、どんどん大きく、重くなってきているそうです。
皆様のお祈りを感謝いたします。


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一番賢明な生き方

2018.09.17日
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"The best preparation for tomorrow is doing your best today."
--H. Jackson Brown, Jr. - Author
「明日のための最善の準備は、今日最善を尽くすこと」
--H・ジャクソン・ブラウン Jr、 1940- 作家
(訳 舟田譲二)


ジャクソン・ブラウン Jr は人生に関する名言集をいくつも出して、ニューヨーク・タイムズのベストセラーになり、世界で35か国語に翻訳されています。彼の名言は、カレンダーやポスター、絵ハガキ、日記帳などに多数引用されており、多くの人に愛されています。
日本語に訳された本もたくさんあります。


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私はジャクソン・ブラウン Jr とは波長が合い、どの名言も心にピタッときます。


今日の名言、
「明日のための最善の準備は、今日最善を尽くすこと」
はまさに的を射た適切なアドバイスです。
私たちはとかく明日のこと、来年のこと、10年先のことを心配したり、あるいは「明日は明日の風が吹く」とばかりに、行き当たりばったりの人生を送ったりしがちです。
しかし、明日のことを心配していて今日最善の仕事をできるわけありません。
逆に、今日最善を尽くしていたら、明日は自然と良い日になります。
このことは誰しもが経験していることです。


聖書にも次のような言葉があります。
「あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します」(マタイ6:34)
「あすのことを誇るな。一日のうちに何が起こるか、あなたは知らないからだ」(箴言27:1)
明日のことを心配せず、また同時に油断もせず、今日なすべきことをしっかりやっておく。
地震など自然災害のための備えもしかり。
これが私たちにできる一番賢明な生き方です。


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ドライバーの心が優しくなるトラック

2018.09.16日

昨日の朝、『ウェークアップ!ぷらす』というテレビ番組で、大阪の宮田運輸という運送会社の働きが紹介されていました。


5年前にバイクがトラックのミラーと衝突。バイクは電柱に直撃し、バイクの運転者は亡くなりました。そのことを苦に宮田社長は運送業をやめようかとまで思い、悩みました。
そのようなとき、社員のドライバーが運転するトラックの運転席の横に飾られていた一枚の絵に目が留まりました。
それは、ドライバーの子どもがお父さんの安全運転を願って描いた絵でした。


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宮田社長はこれをヒントに、子どもたちの描いた絵をトラックにラッピングすることを思いつきました。


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これが宮田運輸のトラックのシンボルに。


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このラッピングされたトラックを運転するドライバーたちは自然と心が優しくなり、安全運転を心がけるようになります。
また、このトラックを見た人たちも笑顔で手を振ったり声をかけてくれたりして、「心が優しくなる素敵なトラック」と言われるようになりました。


やがて社長は交通事故を撲滅させることを願って、この働きを広げたいと全国を講演して回るようになります。
万博記念公園で催される「こどもミュージアムプロジェクト」には、賛同する企業が70社、ラッピングされたトラックは200台以上集合することに。参加するトラックは全部事故ゼロ。


私も夜、東名高速を走ることが時々ありますが、とくに金曜日の夜などは運送会社の大型トラックがとても多く、周囲を取り囲まれることもしばしばです。
すぐ後ろにピタッとくっついてきて煽られたり、目の前に割り込んできたりと、ヒヤッとすることもよくあります。
そのようなことからトラックは怖いというイメージがとても強かったのですが、この宮田運輸の働きがこれからもっと広がって、ドライバーが安全運転を心がけるようになったら素晴らしいと思います。
テレビを観ていて胸が熱くなるのを覚えました。


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昨日の幸いなひと時

2018.09.15日
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"Make visible what, without you, might perhaps never have been seen."
--Robert Bresson - 1901-1999 - French Film Director
「あなたがいなかったら恐らく日の目を見ることがなかったことを、人の目に明らかにしなさい」
--ロバート・ブレッソン、フランスの映画監督
(訳 舟田譲二)


昨日は素晴らしいお客様をアカデミーにお迎えしました。
Facebookで以前からつながっていて、ときどきお互いにメッセンジャーでやりとりしていた井川由美子さんとスタッフの秋山俊介さんです。
由美子さんは栃木県佐野市で英語専門学校「ノア外語学院」を経営し、学院長を務めていらっしゃいます。
秋山さんはノア外語学院の卒業生で、大学卒業後都内の企業に就職されましたが、辞めて地元に戻りノア外語学院で働き始められました。


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お話を伺っていると、共通の知人が何人もいるし、うちの社員も元学院生で大学卒業後企業に就職したものの戻ってきて働いてくれていること、お互いのバックグラウンドや英語との出会い、英語を通してのキリスト教との出会い、今下のお嬢さんが留学していらっしゃるアメリカの大学は私の卒業した神学校の下の大学、由美子さんが教会留学されたところとうちの次男正人が留学した先が同じペンシルベニア州、私が中学生の頃リンガフォンという英会話教材をレコードで勉強していたのを由美子さんは高校生時代にテープを使って勉強していらっしゃった等々、あまりにも共通項が多く、まるで長年の友のような感じでした。


由美子さんは、アマゾンからキンドルで『英語と生きる: 私の軌跡と奇跡 』を出していらっしゃいます。その中には小学校高学年の頃、『スチュワーデス物語』をテレビで観ていてご自身もスチュワーデスになりたいと思い、それが英語を学ぶ動機となったと書いていらっしゃいます。
じつは私も23歳の頃、同じ番組を観ていてやはりスチュワーデスになりたいと思ったのが英語を学ぶきっかけとなりました。あっ、間違いました。これは私ではなく、私の妻のことでした(笑)。


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アメリカでの生活の経験や、ご結婚されてからの英語教室開校の流れ、アメリカに生徒を連れてホームステイに行っていたことなど、もうまるでそっくりです。
違いは、ノア外語学院は英語の専門学校としてこの30年やってこられ地元で大成功を収めていらっしゃいますが、私は英語学校として始めながら時代の流れと生徒のニーズに応える形で学習塾に変身していった点です。


佐野市から車で2時間かけて来られ、午後1時から夜の7時までずっと話しづめでした。
お昼はいつも皆さんが喜んでくださるパスタのお店「ラ・パットーラ」(「顧客第一主義が成功の秘訣」)でいただき、塾に移動してからは授業を見学していただいたり、またうちのスタッフの先生も交えていろいろとお互いのこれまで通ってきた経緯や現在の状況、日本の英語教育について、これからの将来の展望など、いろいろと情報交換しました。


冒頭の言葉、
「あなたがいなかったら恐らく日の目を見ることがなかったことを、人の目に明らかにしなさい」
を地で行くようなシェアと、学び合いの本当に有意義な交わりのひと時でした。


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可能性に柔軟であれ

2018.09.14日
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"Try to keep your mind open to possibilities and your mouth closed on matters that you don't know about. Limit your 'always' and your 'nevers'."
--Amy Phoehler 1971- Actress, voice actress, comedian, director, producer, writer
「可能性には柔軟であり、知らないことには口をつぐんでいなさい。『必ず』とか『絶対ない』といった断定的な言葉はできる限り使わないようにしなさい」
--エイミー・ポーラー、女優・声優・コメディアン・監督・プロデューサー・脚本家
(訳 舟田譲二)


エイミー・ポーラーは1998年頃からテレビ・映画で活躍するようになり、上のようにその多彩な才能が認められ、2013年から15年まで3年連続でゴールデングローブ賞を受賞しています。


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冒頭の言葉は、2011年にハーバード大学の卒業式で人気を博したスピーチの中の一文です。
肝に銘じておきたいことは「可能性」を否定しないこと。
私たちはややもすると、エイミー・ポーラーが指摘するように、「必ず」とか「絶対ない」などと断定的な言葉を使いがちです。しかもそれほど知識のないことでも知ったかぶりしてペラペラとしゃべってしまうことがよくあります。これは専門家の間にも見られます。


最近よくテレビやネットなどで取り上げられる健康法などもその一例です。
自分の信念に基づいて、「◯◯は絶対に良くない」と言っている人がいる一方で、その同じ◯◯を「必ず」摂りなさいと強く勧める人がいます。
私たち素人は果たしてどちらが正しいのか判断できず、振り回されることになります。


「絶対」ということは本当にないようで、最終的には自分の判断に従うしかありません。
同じものでも人によっていいこともあれば、良くないこともあるので、自ら試して納得いくものを続けるということが大切かと思います。


私の取り柄のひとつは「素直」ということです。
テレビ番組でぬるめ(33℃)の「炭酸浴」が血管を広げ、血行がよくなって血管年齢を若返らせると言っているのを見ると、番組が終わるや否や急いで近所のドラッグストアに行きました。「蛍の光」のメロディが店内に流れる閉店間際に店に入って「炭酸入浴剤」を買い求め、早速その日の夜から始めました。
以来、ずっと2か月ほど毎晩寝る前に20分間の炭酸浴をしていますが、このお陰で睡眠障害が解消され、毎晩ぐっすり眠れています。医師にそのことを伝えたら、炭酸浴はいいとお墨付きを得ました。


でも、「絶対に」いいから皆さんもぜひ試してください、とは言いません。
やはり人によって合う、合わないがあると思うからです。
試して良ければ続ける、というのが正解です(と、断定してもいけませんね(笑)。


「可能性には柔軟であり、知らないことには口をつぐんでいなさい。『必ず』とか『絶対ない』といった断定的な言葉はできる限り使わないようにしなさい」


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自分の人生に惚れ込みなさい

2018.09.13日
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"Be in love with your life. Every minute of it."
--Jack Kerouac - Novelist
「自分の人生に惚れ込みなさい。一瞬一瞬、いつも」
--ジャック・ケルアック、小説家


「成績不良から億万長者に」変身したボブ・プロクター氏は、私の尊敬するアメリカを代表するビジネスコンサルタント。
彼は、「自分にキスがしたいほど自分のことが好きだ」と言っています。
いったいどのようにしたら、それほどまでに自分が好きになれるのでしょうか。


冒頭のジャック・ケルアックの言葉、「自分の人生に惚れ込みなさい。一瞬一瞬、いつも」
も同じようなことを言っています。
英語の "life" には日本語では「人生」だけでなく、「命」という意味も含んでいます。
ですから、上の本文は「自分の命をこよなく愛しなさい」と言い換えてもいいのです。
それも、ただ単に「私は自分のことが好きだ」ではなく、「大好き」「ぞっこん惚れ込む」というレベルで、しかも「一瞬一瞬、いつも」です。


小学3年生のとき、クラスのひとりの男の子が名前を変えました。
それまではまるで「もやし」のように細くて、気が弱く、いつもメソメソと泣いていました。
ある日、担任の先生が、「〇〇君は今日から太一という名前になりました」と言って、その子の母親が届けてくれた鉛筆をみんなに1本ずつ配ってくれました。
新しい名前の「太一」があまりにも強烈なイメージだったので、前の名前はみんな忘れてしまいました。
驚いたことに、彼はその日からどんどん明るく、積極的になって、やがて6年生になったとき「太一」くんは名前どおりに身長も体重も学年でトップクラスの立派な体格になり、学年のリーダーになっていました。彼のセルフイメージが名前ですっかり変わったのです。


つまり自分を好きになる、自分に惚れ込むとは、自分のセルフイメージを高めることです。
一般に、自分を好きになることができない人は、セルフイメージが低いです。
でも、いくらセルフイメージを高めると言っても、自己陶酔、うぬぼれ、高慢になるのはご法度です。


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赦しのすごいところ

2018.09.12日
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"Forgiveness strengthens two Souls."
--Anthony Douglas Williams - Author, Researcher
「赦しは2つの魂を強める」
--アンソニー・ダグラス・ウィリアムズ、作家・研究者
(訳 舟田譲二)


「赦し」というときには、当然のことながら自分と相手がいます。
およそ、人がふたり以上いるところ、夫婦・嫁姑・親子・きょうだい・親族・友人・師弟・同僚・上司と部下など、どのような人間関係であろうとも必ず「赦し」の問題がついて回ります。
私たち人間は自分勝手で、自分を正当化しようとする心があるからです。


当事者は必ずしもふたりとは限りません。自分側と相手側と言い換えてもいいでしょう。
つまり、「赦す側」と「赦される側」が存在するわけです。
冒頭の言葉、
「赦しは2つの魂を強める」
を逆に言うと、
「赦さないでいると2つの魂は弱る」
となり、イメージするのがより容易になるかもしれません。
おそらく、多くの人が大なり小なりこのようなことを経験しているのではないでしょうか。
赦しがないと、「赦す側」も「赦される側」も苦しく、疲れ、しかもストレスになって、そのままの状態を続けていると両者とも壊れてしまう、あるいは互いに傷つけ合うことにもなりかねません。
つまり、赦さないでいると、両者とも敗者となるのです。実際のところこのようなケースがほとんどで、毎日の悲しいニュースとなり、小説やドラマ、映画のテーマにもなっています。


ところが、やっかいなことに、「赦される側」は自分が誰かから「赦される」立場にあることすら気づいていない、あるいは気づいていたとしてもそれを認めないことが多々あるのです。このような場合、「赦す側」はより一層苦しみ、辛い思いをすることになります。
「自分はこれだけ苦しんでいるのに、あの人は屁とも思っていない。赦せない」となるわけです。
「赦される側」も、なぜ自分が赦されなければならないのか、自分は全然悪いことなんかしていない、「赦せないなんて思っている向こうのほうが悪い」となってしまいます。
結果、両者とも敗者になります。


つまり、いずれにしても「赦す側」も「赦される側」も、「赦し」がない限り両者とも苦しい、辛い思いをしているのです。


どうすれば両者とも勝者になることができるのでしょう。
答えは明らかです。
「赦す側」と「赦される側」、両者が互いに赦し合うのです。たとえ「赦される側」にとって身に覚えのないこと、納得のいかないことでも。「相手がそこまで思うのなら、自分のほうにも非があるのだろう」と。


多くの人が相手が悪いのに、こちらが「赦す」のは損だ、理にかなわないと思っています。
でも、実際は正反対。
昔から「負けるが勝ち」と言いますよね。これと同じです。
「赦しは2つの魂を強める」
互いに赦すなら、両者の魂は強められ、健康になり、幸福になります。


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信仰のジャンプ

2018.09.11日
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"Sometimes your only available transportation is a leap of faith."
ーーMargaret Shepard - 1845-1924 - American Heiress
「ときに、唯一残された移動手段は信仰のジャンプです」
ーーマーガレット・シェパード、高名な一族の遺産相続人
(訳 舟田譲二)


一般の日本人は、「信仰」とか「宗教」という言葉にとてもデリケートです。
他方、ほとんどの国では「信仰」「宗教」は生活の一部となっています。
ですから、日本人が「私は無宗教だ」と言うと、外国の人たちは一様に驚きます。


第二次世界大戦前、ドイツで列強国の代表が集まっていた会議の席で、ドイツのリッペントロップ外務大臣が演説のあと、「我がドイツは、神以外の何ものも怖れない」と言ったところ、そのあと立った日本の松岡洋右外務大臣は、「我が日本は、その神をも怖れない」と言って、会場の人たちから失笑を買った、という逸話が残っています。


「日本教」の面白いところは、真剣に信仰しているわけではないのに、家には神棚や仏壇があって手を合わせて拝み、正月には神社に参り、彼岸には寺へ墓参りに出かけます。
そして結婚式はキリスト教で行い、キリストの誕生日を祝うクリスマスは全国で多くの人が盛大にパーティをします。
きっとそれらは習慣で宗教ではないのでしょう。


神様なんか信じていない、と言いながら飛行機に乗るときには心の中で「事故を起こさず無事目的地に着きますように」と祈り、万一飛行中に何かトラブルが起きたりすると、必死で祈ります。地震が起きたり、土砂崩れや川が氾濫しても祈ります。


上の画像が見事に今日の名言を物語っています。
多くの人が信じていないと言いながら、心のどこかで何かを信じているのです。
そうでなければ、飛行機に乗ることも、電車やバスやタクシーに乗ることもできません。
アミューズメントパークで絶叫系コースターに乗るのも、信仰があるからです。
実際のところ、あちらこちらの過激なコースターで死亡事故がいくつも起きているのです。


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「ときに、唯一残された移動手段は信仰のジャンプです」


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人の一生

2018.09.10日
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僕らは真っ「白」な状態で生まれます。
辛いこと、悲しいこと、嬉しいこと、色んな経験を重ねることで「羽」が生えてきます。
それが「習」という字です。
これから先、どんなにちっぽけに見える事でも、体験したことの全てはあなたの羽の一部になる。
そしてあなたの羽はたくさんの「異」なる人と出会うことで「翼」に変わります。


昨日、妻と話していたときに、生後5か月になる初孫の斗史希くんと、あと1週間で1か月になる二人目の孫の杏菜ちゃんのことを考えながら言いました。
「赤ちゃんでこの世に生まれてくるときには、みんな頭の中は真っ白なのに、一つひとつ学んでいって成長し、やがて子どもになり、青年になり、大人になっていく。これって本当にすごいことだね」
ふたりの孫の成長ぶりを見ているとこのことをとても強く感じます。
ちょうどそんな時、上の言葉に出合いました。


そう、まだ生まれて日の浅い杏菜ちゃんは、お腹がすいたら泣いて知らせ、おっぱいを飲んで満足すると幸せそうな顔をします。また、お母さんやお父さんの腕に抱かれると安心する。
これって全部一つひとつ学「習」していっているのです。


最初、親が話しかける言葉はひと言もわかりませんが、毎日毎日繰り返していくうちに、一つずつわかるようになっていく。親が喜ぶ声を上げたり、嬉しい表情を顔に浮かべたりすると、それも一つずつわかるようになり、それに対してにっこりして応えるようになります。
また、身体をさかんに動かして、徐々に寝返りを打ったり、這い這いができるようになります。これが学「習」です。
斗史希くんが今ちょうどこのような状況です。


この時期に、親が忙しすぎたり、精神的に余裕がなくて赤ちゃんに話しかけなかったり、構わないでいると学「習」する機会がぐっと減ります。すると、なかなか羽ばたけなくなります。
人の一生の中で一番大切な時です。
本当にどんなにちっぽけに見えることでも、この時期に体験することのすべてが「羽」の一部になるのです。覚えておいてください。


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人生、いいことばかりでなく、辛いことや悲しいことにも出合います。
でも、このような一見ネガティブに見えること、できれば避けて通りたいようなことすら成長という毛の一部になっていきます。


真っ「白」だった赤ちゃんにも羽がいっぱい生えてきて、やがて自分の世界から外に出て「異」なる人や世界に出逢うようになります。
そして羽は「翼」に変わります。
するとさらにこの「翼」を大きく張って舞い上がり、空を、世界を自由に飛び回ることができるようになります。
これが人の一生です。


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コントロールできないこと

2018.09.09日
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"Instead of worrying what you cannot control, shift your energy to what you can create."
--Roy T. Bennett - Author
「コントロールできないことで心配するよりも、自分が生み出すことができることに力を注ごう」
--ロイ・T・ベネット、作家
(訳 舟田譲二)


目が覚めて妻が興奮して夫に言いました。
「ねえ、私すごい夢を見たの。あなたが私にダイヤモンドのネックレスをプレゼントしてくれたのよ」
「...」
「この夢、どういう意味だと思う?」
夫が微笑んで答えました。
「今晩その夢の意味がわかるよ」
妻はこの夫の言葉が1日中頭から離れず、首を長くして夫が帰ってくるのを待っていました。
果たして、夫は手に小さな包みを持って帰ってきました。
妻は感激に涙しながら包みを開けてみると、中から1冊の本が出てきました。
その本のタイトルは
『夢の意味』!


私も昨日の明け方夢を見ていました。
私の夢は総天然色、オールカラーです。ですからとてもリアルです。
とてもわくわくする夢だったのですが、途中で目が覚めました。
私は夢だということはわかっていたのですが、なんとしても続きが見たかったので、頑張って眠って続きを見ました。その後も何度か目が覚めましたが、その都度続きが見られました。
これまでにも同じような経験がありました。
また、見たい夢を見ることもできます。たいがいの場合、潜在意識で考えていることを見るようです。


でも当たり前のことですが、いつでも見たい夢を見ることはできません。
夢はコントロールできないのです。ですから、見たくないような怖い夢を見ることもあるわけです。先日など怖くて悲鳴を上げそうになりました。
昨日の朝見ていた夢というのは、偶然出会った見知らぬ人が全長60mの結構豪華な船に乗せてくださって、これからオーストラリア・ニュージーランドに行き、帰りは東アジアを回って戻ってくる、というのです。カラーの夢なので船の色までとてもリアルです。
私はパソポートもビザも持っていなかったので、そのことを心配したぐらいです。
妻に携帯で電話して、これから少し旅行に出かける、戻ってくるのは3週間ぐらい先になる、と言ったところ、妻は不満げながら了解してくれました。
こんな夢だったので、当然その先どうなるのか楽しみで、続きが見たいですよね。


先日、怖い夢を見ていたときには、もう怖くて怖くて、早くこの夢から覚めたいと心底願ったぐらいですが、残念ながらこれでもか、というぐらい怖い状況が延々と続き、目が覚めたときには汗をびっしょりかいていました。
夢はコントロールできません。
同様に、この世の中には自分の力でコントロールできないことがたくさんあります。
実際には最近日本で頻発している大きな自然災害のように、人生にはコントロールできないことのほうがはるかに多いです。


このようなコントロールできないことで心配してエネルギーを使うのは骨折り損のくたびれ儲けです。コントロールできないことはすんなりとあきらめて、ありのまま受け入れること。
そして、その分、自分の力で生み出すことができるような、もっと創造的なことにエネルギーを費やすことです。
具体的に今の自分にできること、コントロールできることにエネルギーを注力するなら、もっともっと人生は意義深いものとなり、実現できることもたくさん見つかることでしょう。
私の場合は昨日の朝見ていた夢のようなクルーズで世界旅行をする、ということにはあまり興味はないので、自分の身の丈に合った夢を追い求めたいと思っています。
皆さんはいかがですか?


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太陽とひまわり

2018.09.07日
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"Keep your face always toward the sunshine - and shadows will fall behind you."
--Walt Whitman - 1819-1892, Poet
「いつでも太陽の方に顔を向けなさい。そうすれば影はあなたの後ろに落ちます」
--ウォルト・ホイットマン、詩人
(訳 舟田譲二)


西日本豪雨被災地の復旧がまだままならないうちに、25年ぶりという大型台風21号が日本列島を襲って大きな爪痕をあちらこちらに残し、息もつかないうちに今度は北海道全域にわたる最大震度7という巨大地震が起こり、惨状が次々と報告されています。


この相次ぐ災害を受けて、先日Facebookフレンドの方と話していたら、「今年の漢字」はきっと「災」ですよ、と言われたので、この漢字はすでに使われています、とお答えしました。
2004年、新潟中越地震や台風などの自然災害やイラク戦争などからこの漢字がすでに選ばれていました。
そこで私が思いついた漢字は「風」「雨」「嵐」「激」「豪」「難」など、怖いものばかりでした。今頭に浮かんだには「震」です。
最近選ばれた「今年の漢字」を、昨年からさかのぼって挙げると「北」「金」「安」「税」「絆」「暑」「新」「変」「偽」などですが、このうち「安」「新」などは「安心」や「新しい時代」を求めた結果のもので、大半はその年の世相を表す暗いイメージのものです。


実際のところ、人生には辛いことや悲しいこと、苦しいことはつきもので、だれもこれを避けて通ることはできません。
このようなときは、とかく暗い面ばかりがクローズアップされて見えるものです。


今日の冒頭の言葉、
「いつでも太陽の方に顔を向けなさい。そうすれば影はあなたの後ろに落ちます」
はよく耳にする言葉です。
これを見ていて私はふと、ひまわりを心に描きました。
太陽が移動するとひまわりの花も太陽のほうを向いて廻ります。朝は東を向き、夕方にかけて次第に西のほうに顔を向けて太陽を追います。
ひまわりの花の後ろにはもちろん影が地に落ちていますが、だれもその陰に目を留めません。


私たちもこのひまわりのように、光のもとである太陽のほうをいつも向いていたいものです。
影や暗いもの、辛いこと、悲しいこと、苦しいことばかりに目をやっていたら、私たちの心もどんどん暗くなり、より一層悲しく、辛くなります。


被災地にテレビニュースのカメラが入り、被災者にレポーターがマイクを向けてインタビューすると、日本人の特性かもしれませんが、悲しくて辛いのにも関わらず、笑顔を作って「こればかりはどうしようもないです。頑張るしかありません。皆さんの応援を感謝します」という、逆に見ているこちらのほうが励まされるような言葉を語ってくださいます。外国で地震や台風など、同じようなシーンが映し出されると、多くの人が取り乱して大声で泣いたり、叫んだりしているのと対照的です。


2011年の東日本大震災のときの目を覆いたくなるようなシーンに国民みんなが言葉を失い、失意落胆しているとき、「絆」という漢字が「今年の漢字」に選ばれたのは記憶に新しいことです。
そう、今年私たちが経験している数え切れないほどの災害も、取り戻すことのできない事実にいつまでも目をやるのでなく、太陽のほうを、明るい明日を、将来を見つめるようにしたいものです。ひまわりのように。


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生きる力

2018.09.06日
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"Life is never made unbearable by circumstances, but only by lack of meaning and purpose."
--Viktor Frankl – 1905-1997, Neurologist and Psychiatrist
「人生は状況によって耐えられなくなるということは決してない。ただ、人生の意味や目的がわからなくなったときのみ耐えられなくなるのだ」
--ヴィクトール・フランクル、神経科医・精神科医
(訳 舟田譲二)


ヴィクトール・フランクルについては、「西日本豪雨被災者の生きる力」の中にも書きました。
フランクルはナチスの強制収容所アウシュビッツで奇跡的に生き残ったひとりですが、その時の経験を通して、人間は生きる目標があればたとえどれほど過酷な環境の中にいても生きる力が与えられる、という結論に至りました。
過酷な環境の中で、人は「心の支え」、生きる目的を持つことが、生き残る唯一の道であると語っています。


今日の冒頭の言葉でも、彼は同様のことを語っています。
「人生は状況によって耐えられなくなるということは決してない。ただ、人生の意味や目的がわからなくなったときのみ耐えられなくなるのだ」
すなわち、人が自殺をしたり、あるいはぎゃくに人を殺したり、自暴自棄の生活をするようになるのは、一般によく考えられているように、自分の置かれている状況に絶望したからではありません。人生の意味や目的が分からなくなると、人は生き続けることができなくなるのです。


このことがわかると、自殺の予防や、犯罪の防止にもつながることと思います。
生徒や学生が勉強の意味がわからないまま、ただ無味乾燥なことを機械的に覚え、暗記して試験を受けて学校を卒業し、社会に出るだけの教育なんかより、人生について考え、生きる意味・目的を話し合い、自分の存在価値を知り、どのようにしてこの世界で生きていくか、といったことを小さい頃から考える機会を作っておくなら、人はみんな生きる力を身につけていくことができるのではないでしょうか。そのような教育が求められています。


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人生の秘訣

2018.09.05日
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“He who is not everyday conquering some fear has not learned the secret of life.”
—Ralph Waldo Emerson – 1803-1882, Essayist, Lecturer, and Philosopher
「毎日起きるなんらかの恐怖心を克服していない人は、人生の秘訣を学んでいない」
—ラルフ・ウォルドー・エマソン、エッセイスト・講演家・哲学者
(訳 舟田譲二)


人生に不安な要素はつきものです。
実際のところ、私たちは明日の命どころか、1時間先、1分先のの命さえもわかりません。
先の西日本豪雨で被害に遭って亡くなられた方なども、まさか自分がこの雨で死んでしまうなどとはだれも思っていらっしゃらなかったに違いありません。


今年は台風の当たり年で、昨日は25年ぶりの大型の台風21号に日本列島が見舞われました。
大きな被害が出ないことを祈るばかりです。
しかし、こればかりは私たちの力ではどうしようもないこと。自然の力の恐ろしさをまざまざと見せつけられています。


かと言って、毎日遭遇する大小さまざまな恐怖心と一瞬一瞬格闘していたら、それだけで私たちは生きるエネルギーも命さえも消耗してしまいます。
そこで天は私たちに知恵を与えてくれています。
それが、この「恐怖心を克服する力」です。
これを身につけるのが人生を賢く生きる秘訣だと、エマソンは言っているのです。
この生きる秘訣を身につけていないと、人生生きていくのは本当に大変です。それこそノイローゼ、不安神経症になってしまいます。


中にはスリルを味わうのが好きと言って、命がけの冒険をする人もいます。
それができる人はそれでいいのですが、みんながこんなことできるわけありませんし、下手に真似をするとそれこそ命を落とすことにもなりかねません。
かと言って、恐れて何もしないと人生の楽しみを味わうこともできなくなります。


何事もバランスが大切で、恐怖心を克服して身の丈に合ったことを無理なくする。一見矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、じつはこれこそ私たちが日常やっていることです。
挑戦する精神と無理をしないことは、決して相反することではありません。
台風のさ中に大荒れの海や増水した川を見に行く、というのは常識を外れた行為で自らの命を軽視するだけでなく、周囲の多くの人たちに迷惑をかけることにもなりますのでもちろんご法度です。


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人生最高の栄誉

2018.09.04日
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"The greatest glory in living lies not in never falling, but in rising every time we fall."
--Ralph Waldo Emerson
「人生における最高の栄誉とは決して転ばないことではない。むしろ転ぶたびに立ち上がることだ」
―ラルフ・ウォルドー・エマソン
(訳 舟田譲二)


生まれてから死ぬまで誰でも数えきれないほど転びます。
もちろん、単に転倒するという意味ではなく、人生において大小様々な失敗をするということです。
私自身もこれまでの人生を振り返ると、何度転んだことかわかりません。
思い出すと赤面するような恥ずかしいこともたくさんあります。
しかし、その都度状況が変わったり、人に助けてもらったり、もがき苦しんで自分の力で立ち上がったりしてここまで何とか乗り切ってくることができました。
私のモットーは、「たとえ転んでもただでは起き上がらない。石ころひとつでも拾って立ち上がる。そして、その石ころを何かの役に立てる」です。


これからの人生にもまだまだ転ぶことがあるでしょう。
でも、私は恐れません。
なぜなら、転んでも立ち上がることを学んでいるからです。
だれの人生もそうです。
人生、これでもう終わりということは決してありません。
「タリタ、クミ!」
(少女よ、さあ、起きなさい)
起き上がるなら、必ずそこから道は開けます。
これこそ、人生最高の栄誉です。


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心と精神と魂を注ぐなら

2018.09.03日
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"Put your heart, mind, and soul into even your smallest acts. This is the secret of success."
--Swami Sivananda – 1887-1963, Spiritual Teacher
「もっとも小さな行動にも心と精神と魂を注ぎなさい。これが成功の秘訣です」
--スワミ・シヴァナンダ、スピリチャル指導者
(訳 舟田譲二)


これは私のモットーである「何事にも一生懸命」の精神と同じです。
小学生の頃は劇団に入っていて発声練習や早口言葉、演技の練習に一生懸命。劇団で一番になってテレビCMやドラマ、映画、舞台などに出るに至りました。
またこの頃、英語が大好きで単語をいっぱい覚えました。


中学に入るとリンガフォンという英会話教材のレコードが擦り切れるほど聴き、モデルのアメリカ人と同じ発音ができるまで練習しました。
また、学校では図書館で本を片っ端から借りて読み、2年・3年のときは校内で図書貸し出し数は一番。
高校1年でピアノを習い始めて3年のときにはショパンの「ノクターン 夜想曲」が弾けるまでになりました。
美術部に入って油絵を描き始め、部展で展示した絵が売れました。
また、アメリカから来たホームステイの高校生とは初対面ですでに英語で自由に会話ができていました。


大学生になってからは本格的に英語を勉強し、キャンパスで見かける外国人の先生とはみんな親しくなり、先生の家に遊びに行き、3年間アメリカ人宣教師の家での聖書研究に通い、ほかに家に泊めてもらったり、一緒に旅行に行ったりもして英語をマスターしました。
卒業後はそのままアメリカの大学院に留学し、1年半で成績トップで修士号を取り、博士コースに進みました。
学びながら同時に全米でも著名な教授のアシスタントをしたり、東洋言語学部の日本語のクラスを教え、ほかの大学でも日本語の講師をしたり、また通訳や翻訳の仕事もしていました。
ほかにもサイドビジネスを始め、それも1年で成功しました。


その頃キリスト教会に導かれてクリスチャンになるとすぐに献身して神学校に進み、2つ目の修士号を取得。
帰国後はキリスト教会の牧師、カウンセリングやセミナー講師の仕事をする傍ら、大学では非常勤講師で英語や音声学を教えました。
毎年、新しく教える学生約300人の名前を全員覚えました。


その後も、ずっと今日に至るまで、やることなすことすべてに常に一生懸命取り組みました。
ただ、小さい頃から身体が弱かったこともあり、過労で身体を壊すというおまけつきでしたが(苦笑)。


とにかく、「もっとも小さな行動にも心と精神と魂を注ぐ」なら、どんなことにも成功します。どんな分野でも成功している人はみんな同じことをしています。
うそだと思ったら試してください。


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オーダーメイドの人生

2018.09.02日
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"You cannot tailor-make the situations in life but you can tailor-make the attitudes to fit those situations."
--Zig Ziglar – 1926-2012, Author and Speaker
「だれも人生に起こるさまざまな状況をオーダーメイドで作ることはできない。しかし、その状況に合わせた対応の仕方はオーダーメイドできる」
--ジグ・ジグラー、作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


自分の人生を自分の思い通りに歩みたいと思うのは、ごく当たり前のことです。
将来の夢とか目標を思い描き、その夢や目標の実現のためにみんな一生懸命努力します。
素晴らしいことです。
それがないと行き当たりばったりになり、ろくな人生を送れなくなります。


ただ、人生自分の思い通りにならないのが常で、すべてが思う通りに実現するということはあり得ません。
目標に向かって頑張っているときに突然病気になったり、家族に不幸が起きたり、親が離婚して家族がバラバラになったり、自分の経営している会社や勤めている会社が倒産したり、はたまたある日突然東日本大震災や西日本豪雨など天から降って湧いたような災難に遭うこともあります。
それが人生です。
いくら熱心に神社にお参りして無病息災、家内安全、合格や商売繁盛などを祈っても、毎日仏壇に向かってご先祖様にお供え物をして拝んでいても、教会で神様にお祈りしていても、誰にも等しく不幸は突然やってきます。


洋服を仕立てるように人生を自分の思い通りにオーダーメイドで設計することはできないのです。
問題はいかにしてこれらの不幸に出遭わないようにするかではなく、不幸に出遭ったときにどう対応できるかです。
ここが人生の分かれ目です。


各界で成功している人たちを見ると順風満帆だったというケースはほとんどなく、90%以上、いや99%の人が困難や試練に遭遇した後、立ち直って成功を収めています。
これが今日の冒頭の言葉の意味です。
「だれも人生に起こるさまざまな状況をオーダーメイドで作ることはできない。しかし、その状況に合わせた対応の仕方はオーダーメイドできる」
みんな陰で悩み、苦しみもがいて、そこから立ち上がっているのです。


何か大きな問題にぶつかって目の前が真っ暗になったとき、思い出しましょう。
この状況に合わせた対応の仕方が必ずある。それを自分の力でオーダーメイドする力が自分にも与えられているということを。


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命のバトンタッチ

2018.09.01日

地球上の動物の平均寿命はだいたい7年から2・30年。長くてもせいぜい50〜70年です。
その中で私たち人間の70〜100年は例外的です。
ヒト科にはゴリラやオランウータン、チンパンジーなどがいますが、この中で祖父母が孫を見ることができるのは人間だけだそうです。出産が早い場合にはひ孫を見ることさえできます。


進化論ではこれを「おばあさん仮説」というもので説明を試みます。
「女性が自らの出産・育児を終えたあとその知恵と経験を生かして自分の娘や血縁者の子育てを援助することにより繁殖成功度を上昇させることができる」


なるほど、もっともらしく聞こえる説ですが、それではおじいさんはどうなのか。おじいさんの存在価値は何なのでしょう。女性のほうが男性より寿命が長いと言っても、そんな差はたかだかしれています。おじいさんは長生きして何らかの貢献をしているのか。「おじいさん効果」というものはないのか、と問いたくなります(笑)。


私の考える「おばあさん・おじいさん効果」は、孫まで命をバトンタッチしたあとも生き続けることにより、子孫の繁栄を祈り、またそのための知恵を子や孫に伝授し、同時に孫と共に生きることにより自らも長寿のお祝いとして幸いを得る、というものです。進化論に根ざしていない、現実に基づいた理論です。


ということで、私たちもお陰さまでこの「おばあさん・おじいさん効果」の恵みに与かることができるようになりました。
一人目は去る4月3日に長男直人と恵利紗さんの間に生まれた「斗史希くん」、そして二人目は次男正人と萌さんの間に8月15日に誕生した「杏菜ちゃん」。
これまでお孫さんをもっていらっしゃる方々が皆さん「メロメロ」とおっしゃっているのを聞いてきましたが、いざ自分たちもその身になると、ほんとそのとおり「メロメロ」「トロトロ」で、本当にとろけてしまいそうです。


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左は萌さんのお母さんの腕に抱かれている生後10日目の杏菜ちゃん。右は2日後に5か月になる斗史希くんとお母さんの恵利紗さん


杏菜ちゃんは普通の赤ちゃんのように一日の大半を寝て過ごさず起きている時間がかなり長いそうで、起きてるときはおっぱいを飲むか、抱っこされて安心してしばらくご機嫌で過ごしているとのことです。おっぱいをいっぱい飲んでくれるので、萌さんの体重は9キロも減ったそう。
斗史希くんは、最近は抱かれているとジャンプするように足で地を蹴ってはすとんと座るのが楽しいようで、とても活発なそうです。さすが5か月になるとずいぶん大きいですね。杏菜ちゃんより4か月半ほど早いおにいちゃん(従兄)です。


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お父さんの腕に抱かれた杏菜ちゃんと斗史希くん


私の母は病弱で56歳の若さで召天しました。私の結婚が遅かったからで、孫の顔を見るまでもう少し頑張ってと言ったら、「もうさんざん待った。もう待てない」と言って天に帰りましたが、私は母の分までしっかりと孫たちの成長を見届け、祈り、支えていきたいと願っています。
「走れ、メロメロ!」


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感謝の心と当たり前

2018.08.31日
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"Kindness is a language which the deaf can hear and the blind can see."
--Mark Twain – 1835-1910, Author and Humorist
「親切は耳の不自由な人にも聴くことができ、目の不自由な人にも見える言語である」
--マーク・トウェイン、ユーモア作家
(訳 舟田譲二)


マーク・トウェインの名言はどれもウィットとユーモアに富んでいると思っていたら、案の定「ユーモア作家」と呼ばれていたのですね。


一般によく言われていることですが、耳の不自由な人、目の不自由な人というのは耳が聞こえない、あるいは目が見えない分その他の感覚が鋭敏で、私たちが聞き落としたり見落としたりしていること、気づかないことをしっかりと捉えていらっしゃるそうです。


そう言えば、あの盲聾唖の三重苦の下にあったヘレン・ケラーさんは、素晴らしい感受性をいかんなく発揮して、素晴らしい働きをして世界中の人々にはかり知れないほどの勇気や励まし、夢や希望を与えてくれました。そして、亡き後もその感動はずっとこんにちも、そしてこれからも永遠に語り継がれていくことでしょう。


私たちは、人に親切にしてもらっても当たり前のことと思っていることがいかに多いかと思い知らされます。
だから、世界中で一番美しい言葉は「ありがとう」だとよく言われるのだと思います。
普段あまり考えないことですが、「ありがとう」の反対は「当たり前」です。
耳が聞こえる、目が見える、話せる、呼吸できる、物が食べられる、手足が自由に使えて歩ける、物をつかんだり動かしたりできる等々、どれひとつとしてじつは「当たり前」のことではありません。いつなんどき、怪我や病気でこれらの能力が取り去られるかもしれません。


私たちは絶えず周りの数えきれないほどの人々の親切や犠牲の行為によって生かされています。
いま一度、これらのことを見直して、「ありがとう」と感謝の気持ちを言い表したいものです。
そして同時に、日々の生活の中で自分にできること、気づいた小さな親切をひとつでもふたつでも自ら進んで実行していく者になりたいです。これらは必ず天に嘉(よみ)せられています(=神様の目に留まり、認められている)。


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習慣の鎖

2018.08.30日
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"Chains of habit are too light to be felt until they’re too heavy to be broken."
--Warren Buffett – 1930〜 Business Magnate, Investor, Speaker, and Philanthropist
「習慣の鎖は、最初のうちはとても軽くて感じないものだが、ある日気づくとあまりにも重くて断ち切ることができなくなっている」
ーーウォレン・バフェット(87歳)、ビジネス界有力者・投資家・モチベーショナルスピーカー・慈善活動家
(訳 舟田譲二)


ウォレン・バフェットは幼い頃から商才があったようで、祖父からコーラを6本25セントで買い、それを1本5セントで売ったり、ワシントン・ポスト紙の配達のアルバイト、ゴルフ場のボール拾い、競馬の予想新聞の販売などを行っていました。
高校3年のときには友人と中古のピンボール(パチンコに似たアメリカ版ゲーム機)を1台25ドルで購入し、それを理容店に置くという商売を始めました。この商売は成功を収め、最終的には週50ドルの利益を稼ぎ出すまでになり、その後、この事業を退役軍人に1,200ドルで売却したそうです。
現在、世界最大の投資持株会社であるバークシャー・ハサウェイの筆頭株主で、同社の会長兼CEOを務めており、大統領自由勲章を受賞しています。
アメリカ実業界の巨匠です。
(Wikipediaより)


このような成功者が語る言葉は傾聴に値します。なぜなら一朝一夕に成功する人などひとりもいず、成功は普段からの勤勉や生活習慣の結実だからです。
その彼のいう言葉、
「習慣の鎖は、最初のうちはとても軽くて感じないものだが、ある日気づくとあまりにも重くて断ち切ることができなくなっている」
はまことに真実です。


「習慣」と言うとき、もちろん良い習慣もあれば、悪い習慣もあります。
上で彼の言っている「習慣」は通例「悪い習慣」を指します。
たとえば、「悪い習慣」の代表としてよく挙げられるのはタバコです。
最初は喫煙が習慣になるとはほとんどの人は思わず、軽い気持ちで始めます。多くの場合、好奇心や人とのつき合いがきっかけになります。親や身近な友人などがタバコを吸っているとタバコのハードルは非常に低く、簡単に手が届き始められます。
そして吸い始めの頃は、バフェットが言うように本当に軽くて何も感じません。
そして、こんなの数年経ったらいつでもやめられると思っている人も少なくありません。
ところが数年経ったときには、喫煙の習慣という鎖はずしりと重くなっていて、もう自分の力では断ち切ることができなくなっています。
(私は経験ありませんが、経験者から聞いた話です)


マリファナ(別名「大麻」)はとても軽くて、まるでタバコのようです。
吸っているととてもリラックスして快感(トリップ)を味わうことができます。
最初はこの快感を味わいたくて吸っているのですが、そのうちに快感はあまり感じなくなり、タバコと同じようにただ習慣になっています。


マリファナはアルコール、ニコチン、コカイン、ヘロイン、カフェインの5つの物質と比較すると、依存、離脱、耐性という点においてマリファナは最も低いと言われています。そのため、それほど罪責感なく始める人が多いのですが、乱用すると気管支や喉を痛めるほか、免疫力の低下や白血球の減少などの深刻な症状も出てきます。


マリファナが恐ろしいのは、吸引に慣れてしまい当たり前になると、ほとんどの人が次の刺激を求めて覚せい剤に手を伸ばします。そして、一旦覚せい剤の罠にはまると、もう抜け出せなくなります。やがて幻覚や幻聴が起きるようになり、2階から飛び降りるなど自傷行為をしたり、人に危害を加えたりと恐ろしい犯罪に進むことにもなります。
(これも体験者から聞いた話で、私の体験談ではありません)


「君子危うきに近寄らず」で、重い鎖で縛りつけられ身動きが取れなくならないように、たとえ軽くてつけているのがわからないほどの鎖であっても悪習慣の鎖は負わないほうが賢いのです。


さて、「悪い習慣」もあれば「良い習慣」もある、と冒頭で述べました。
「悪い習慣」を「良い習慣」に変える方法については、「悪い習慣 良い習慣」の中に書きました。もし、タバコやアルコール、パチンコなどだけでなく、子育てや人間関係などでの悪い習慣に悩んでいる人がいらっしゃったら、ぜひご参考になさってください。


「悪い習慣は身につけるのはたやすいけど、身につくと生活は困難になる。
しかし、良い習慣は身につけるのは困難だけど、身についてしまうと生活はたやすくなる」
「良い習慣」という鎖はまったく重くありません。むしろ、軽くてとても心地いいものです。


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再び「怒ることと叱ること」

2018.08.29日

一昨日の記事、「怒ることと叱ること」に対して、柿谷正期先生より以下のような大変貴重なご意見をいただきました。
さすがカウンセリング専門家のご指摘です。
また、別の視点から「怒ることと叱ること」を見ることによって目が開かれるかもしれません。
皆さんにシェアさせていただきます。


ブログ、読みました。子育ての結果は孫が成人するまでわからない、というのが私の持論です。
たまたまよく育つ子もいるし、そうでない子もいます。次にその子が子育てをするときに、どんな子育てをするかで決まるという考えです。
以下は『日本選択理論心理学会ニュースレター(JACTP)2018 Spring Vol. 79』に書いた「叱るって必要ですか?」です。


昨年(2017)の12月愛媛県松山市で講演会が企画された。テーマは素敵な人間関係と周知されていたが、司会者から講演タイトルはどうされますか、と直前に聞かれた。そして急遽「叱るって必要ですか?」にしてもらった。講演会は付録で、午後のロールプレイ研修が主目的となる研修会だった。初めての人も招けるように講演会が企画され、午後はロールプレイ、質疑応答というのが、岡山、京都での1日研修を先例とした企画だった。
 我が家の三男が小学校に上がったとき、担任教師はベテランの女性教師だった。「私は怒っているのではなく、叱っているのです。」と怒ることと叱ることを区別されていた。叱ることは教育者がしなければならないこと、良い教師は生徒を叱ることができる人、というのが多くの教師の考えだ。
 あるときこのクラスで生徒に教師が聞いた。「みなさん、先生の得意なことを知っていますか?」一人の男子生徒がボソッと言った。「オコル(怒る)コト」。叱っている人は、「怒る」、「叱る」の区別をしていると主張しても、生徒には「怒る」としか伝わっていない。非行少年が「親父に叱ってもらいたかった。」と言って、ハラハラと涙を流すシーンがあるが、そのとき父親が叱る行為をしていたら殺傷事件になっていた可能性がある。少年の語彙不足で使った言葉の真の意味は、叱られることではなく「もっと関わって欲しかった。」ということであろう。
 忙しい出勤前の朝、子どもが指で背広をツンツンと突ついていた。「お前何してる?」子どもは「お父さんの洗濯代を高くする攻撃!」と答えた。この父親は子どもを叱った。「叱るときには叱らなければならぬ。」と。しかし、子どもの背後にあるメッセージは、「お父さん、最近遊んでくれていないけど、、、」と言わんとしていたのかもしれない。もし、そうであるなら、「唾を背広につけることはいいことかい、悪いことかい」と自己評価を促して、「止めてくれる?」で済むかもしれない。そして、「最近君と遊べる時間が取れなくてご免な。土曜日はお父さん家にいるから、遊ぼうか?」と対応することもできる。「叱るって本当に必要だろうか?」担任教師と副担任教師に叱られて生徒が自殺したという新聞記事を見ながらつぶやいた。       
柿谷正期(日本選択理論心理学会会長)


確かに、注意している親や教師、上司、先輩などにしてみれば、相手のことを思って「叱っている」つもりかもしれませんが、「叱られている」側にしてみれば「怒られている」のと同じで、区別がつかないケースが多いことでしょう。
もちろん「叱り方」にもよるのでしょうが、上の記事の中で柿谷先生が指摘していらっしゃるように、叱らずに相手に考えるチャンスを与え、また同時に「叱る側」も相手の言語外メッセージを聴き取ることができるようになるのではないかと思います。
そうするならば、感情的に「叱る」(=「怒る」)ことは格段に減り、場合によっては叱らずに相手にもっと賢明な行動を選択してもらうこともできるようになるのではないでしょうか。


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怒りと塩酸

2018.08.28日
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"Anger is an acid that can do more harm to the vessel in which it is stored than to anything on which it is poured."
--Mark Twain – 1835-1910, Writer
「怒りはそれをぶちまけるよりも、保存しておく器をもっとひどく痛めつける塩酸のようなものだ」
--マーク・トウェイン、作家
(訳 舟田譲二)


さすがアメリカを代表する文豪マーク・トウェイン。
うまいこと言いますね。
人に怒りをぶちまけるのとうちにとどめておくことを、塩酸を人にぶちまけることと器の中に保存しておくことと比べています。
塩酸を人にぶちまけたら、もちろんその人は化学熱傷という火傷を負います。
目に入れば失明することもありますし、体内に摂取したり吸入したりすると死ぬこともあります。
しかし、長い間器に入れて保存しておくと塩酸は容器を腐食させ、やがては破壊します。


マーク・トウェインはこの塩酸を、人間と怒りの関係に例えています。
怒りは塩酸よりも人に注ぐともっと恐ろしい被害を与え、さらに恐ろしいのは怒りを自らの内に溜めておくこと。塩酸が器を腐食させるように、怒りを内に留めているとその人の人格を腐敗させ、人生を狂わせてしまいます。


怒りがそこまで恐ろしいものであるということを人はあまり知りません。
「絶対に赦せない」と言って、人として怒るのは当然のことだと思い、怒る自分を正当化しようとします。
その良い例がドラマや映画、小説などで、「怒り」や怒りから来る「復讐」をテーマとしていて、これらは間違いなく恐ろしい結末を迎えます。


一方、怒りから解放されると、本当に自由になります。
また怒りの問題の解決はあらゆる人間関係修復の鍵です。


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怒ることと叱ること

2018.08.27日
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昨日は教会の礼拝に柿谷先生のご次男の真従(まさつぐ)さんご一家とご三男の命(いのち)さんご夫妻が来られてとても楽しいひと時を持つことができました。
真従さんと奥さんには去る4月にロスでお会いしたばかりですが(「いっちゃれば ちょーでー」)、その6年前には「昨夜と今日のエキサイティングな出来事」でお宅に伺い、ご家族を訪ねました。


そのときのことを下のように書いていました。
上のお子さんは4歳半の大雅君、下は1歳半のしいなちゃんで、もう可愛いこと、可愛いこと。見ているだけでついつい顔がほころんでしまいます。
さすが名カウンセラーのお父様の息子さんご夫妻だけあって、その子育てぶりはなかなかのものでした。
しいなちゃんが振り回したおもちゃが大雅君に当たって、大雅君が泣き始めしいなちゃんに怒ろうとした時、真従さんは大雅君を膝に乗せてなだめながら、しいなちゃんを呼び寄せて言いました。
「しいな、何て言うの?」
「ごめんちゃい」
「大雅、何て言うの?」
「いいよ」
仲直り成立。お見事!
子どもが小さいうちは何かと大変なもので、なかなか楽しむ余裕がないものですが、お二人は十二分に楽しんでいらっしゃるようでした。

昨日はさらにお子さんが2人増えていて、子どもたちのにぎやかなこと。
礼拝が終わってからは教会堂の中をまるで体育館のように走り回り、ものすごい大声。
みんな仲良く、じゃれ合っているような感じで、見ていてついつい笑顔がこぼれてしまいます。
このときもやはり真従さんご夫妻の子どもたちに対する接し方や言葉遣いは本当に見事でした。カウンセリングの大御所である柿谷先生と奥様の寿美江先生の良きロールモデルで三人の息子さんたちはみなさんとても立派に育たれました。皆さんにはよくお会いするのですが、その都度感心します。
6年前の記事中の写真と今回の写真を比べると、我々大人はさほど変わりませんが、子どもたちの成長ぶりには目を見張ります。


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カウンセリングでよく問題になるのは、「怒る」ことと「叱る」ことの違いです。
親子の間や上司と部下、子弟間、先輩・後輩間など、身分や立場上の上下関係においては、「怒る」ことと「叱る」ことがよく混同され、それがもとでさらに人間関係を壊しているケースがよくあります。
数年前のことですが、あるお店の中でひとりのお母さんがまだ4〜5歳ぐらいの小さな子どもをヒステリックに大声でずっと怒鳴りっぱなしという状況に出くわしました。その場に居合わせた人々はみんな眉をひそめていました。私はその子どもの将来のことを思うととても胸が痛みました。


国語辞典の「怒る」の定義の中に、「叱る」という言葉を挙げているものもあるほどです。
1 不満・不快なことがあって、がまんできない気持ちを表す。腹を立てる。いかる。「真っ赤になって―・る」
2 よくない言動を強くとがめる。しかる。「へまをして―・られた」


しかし、「怒る」と「叱る」の間には、厳然たる違いが存在します。
「怒る」は基本的には上の定義にもあるように、「不満・不快なことがあって、がまんできない気持ちを表す。腹を立てる。いかる」、すなわち自分本位の心の中の不満の爆発、怒りをぶっつけるという意味合いが含まれます。
「叱る」は往々にして、「怒る」と同じ状況を生み出すからです。


しかし、「叱る」の本来の意味は、「目下の者の言動のよくない点などを指摘して、強くとがめる」です。
すなわち、怒りという心の中の状態を相手にぶっつけるという自分本位のものでなく、相手のことを考え、また相手が改善することを期待して「注意する」という行動を指しています。
ですから、「優しく怒る」ことは普通できませんが、「優しく叱る」ことはだれにでもできます。


ここで気をつけなければいけないのは、たとえいくら相手のことを思っての行為であっても、「怒り」の感情を相手にぶっつけて「叱る」なら、それは単なる「怒り」としか相手には受け取られないということです。
この点において、多くの人たちが過ちを犯しています。
とくに多いのが、親が子を叱るケースです。親が愛の行為から叱っているとしても、子どもは怒られているとしか感じません。
これでは元も子もありません。


正しく「叱る」コツは、
1.叱る前にひと呼吸おく
2.大声を出さず、冷静に叱る
3.叱るべきときに間髪を入れずに叱る
4.ねちねちとしつこく叱らない
5.的をひとつに絞って具体的に叱る
6.人前で叱らない
7.優しく叱る
8.相手が納得できるよう論理的に叱る


このように、怒らずに叱ることはだれにでもできます。


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人生にはまだまだ先がある

2018.08.26日
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"Whenever You feel depressed, keep this in mind:
Things are yet to happen..
Life is yet to go..
This is just a Bend, Not an End."


「気持ちが落ち込んでいるときは次のことを覚えておこう。
これからまだまだいろんなことが起こる。
人生にはまだまだ先がある。
ここは曲がり角で、行き止まりではない」


去る7月15日にものもらいになりました。
これがはやり目になり、両目とも腫れて充血し、ほとんど外に出られなくなりました。完治するまで1カ月ほどかかりました。
この間、線維筋痛症の痛みが悪化して、一日中ベッドの上に寝ている日も出てきました。
前日までほぼ毎日約10000歩(6.3km)のペースでウォーキングしていたのに、その日からピタリと止まりました。
日によっては一日中ベッドの上で、家から一歩も外に出ない日もたびたびありました。


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処方されている鎮痛剤を服用しているのですが、あまり効き目はなく、首から肩・背中・腰を中心に一日中鈍痛が続いています。まるで重い荷物を常に肩に担いでいるような感じです。
夜中にトイレに目覚めたときや朝一番ベッドから起きたときの痛みは尋常じゃなく、この痛みが一日中続いたら頭がおかしくなってしまうとさえ思うほどです。


このような日が続くと気が滅入り、そしてうつ状態になってきます。
処方薬の効能には、糖尿病性神経障害、線維筋痛症、慢性腰痛症や変形関節症にともなう痛みを和らげる。うつ病・うつ状態の改善、とあります。


昨日、健診の結果を聞きに医者のところに行き、症状を伝えたところ、このような状態だったらだれでもうつ状態になります、と言われました。
脳内の神経伝達物質であるセロトニンやノルアドレナリンの量が少なくなると、不安や気分の落ち込み、意欲の低下などいった症状があらわれ、うつ状態を引き起こします。脳内に一度放出された神経伝達物質などが細胞内へ回収されることを「再取り込み」といい、再取り込みを阻害することにより脳内のこれらの神経伝達物質の量が増え、結果鎮痛効果もあるそうです。
だれでも、ときに気が滅入り、うつ状態になることがあります。
これは体内(脳内)の歯車が狂って、そのため正常に機能しなくなっているためです。


「元気の出るブログ」と言いながら、それを書いている本人が元気がなくなっていたら、読んでる人まで気が滅入ってきますよね。申し訳ありません。
でも、まだこの先、続きがあるのです。
それが冒頭の言葉です。
「気持ちが落ち込んでいるときは次のことを覚えておこう。
これからまだまだいろんなことが起こる。
人生にはまだまだ先がある。
ここは曲がり角で、行き止まりではない」


そう、「曲がり角」なのです。
どうかすると、先にある曲がり角は行き止まりに見えます。
車を運転していて狭い道路に入ったときなどよくあることです。「しまった。行き止まりだ!」と一瞬焦りますが、少し先に進むと右や左に道路が直角に曲がっていることがあります。
これです。
「これからまだまだいろんなことが起こる。
人生にはまだまだ先がある」


私はまだまだ諦めません。
曲がり角は、言い変えればターニングポイントです。
必ず道は通じると信じて歩み続けます。
皆さんの中にも、いつの日か、いや、ひょっとしたら今私と同じような「行き止まり」に見えるような状況に置かれている人がいるかもしれませんが、この言葉を思い出してくださいね。
「気持ちが落ち込んでいるときは次のことを覚えておこう。
これからまだまだいろんなことが起こる。
人生にはまだまだ先がある。
ここは曲がり角で、行き止まりではない」


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夢の実現に向けて最初の一歩踏み出す

2018.08.25日
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"You don't have to see the whole staircase, just take the first step."
--Martin Luther King, 1929-1968, Minister and Activist
「階段を上まで全部見る必要はない。ただ最初の一段だけ上ればいい」
--マーティン・ルーサー・キング、牧師・公民権運動活動家
(訳 舟田譲二)


キング牧師の有名な演説 "I Have a Dream."(私には夢がある)。
この演説が世界を変えたと言っても過言ではありません。
「私には夢がある。
いつの日か、この国が立ち上がり、『すべての人間は平等に作られているということは、自明の真実であると考える』というこの国の信条を、真の意味で実現させるという夢である」


「私には夢がある。それは、いつの日か、ジョージア州の赤土の丘で、かつての奴隷の息子たちとかつての奴隷所有者の息子たちが、兄弟として同じテーブルにつくという夢である。
私には夢がある。それは、いつの日か、私の4人の幼い子どもたちが、肌の色によってではなく、人格そのものによって評価される国に住むという夢である」


この演説を機に、アフリカ系アメリカ人の地位が次第に向上し、キング牧師の夢が現実のものとなりました。


9年前にはオバマ大統領というアフリカ系アメリカ人初の米大統領が誕生しました。
そして、オバマ大統領夫妻を深く慕っていたイギリスのヘンリー王子。
ヘンリー王子は去る5月にアメリカの女優メーガン・マークルさんと結婚式を挙げました。
メーガンさんは皆さんご存じのように、アフリカ系アメリカ人でした。
結婚式の様子を生中継のテレビで観ていたら、アメリカから米聖公会のマイケル・カリー司教が説教をしてその中でキング牧師の言葉を引用し、その後やはりアフリカ系アメリカ人の聖歌隊が「スタンド・バイ・ミー」のゴスペルを歌っているのを聴いたときには、私は胸がいっぱいになって涙で目が曇りました。


キング牧師が1963年8月、リンカーン記念堂の前で25万人近い人々を前に「私には夢がある」と語っていたときには、これから先続く長い階段の全体が見えていたわけではありません。しかし、最初の一段を上ったのです。
アメリカ国内ではこんにちもまだ人種問題は完全に解決したわけではありませんが、キング牧師の夢の実現に向けて一歩一歩進んでいます。


どのような夢であれ、全体像が見えなくても構わないのです。
大切なのはその夢の実現に向けて最初の一歩を踏み出すことです。


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まだまだ知らないことばかり

2018.08.24日
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ティラノサウルスよりも大きかった体長15m以上にもなるスピノサウルス。
およそ1億年前、現在のモロッコあたりの北アフリカの海岸線をうろついていた史上最大の肉食恐竜スピノサウルスは、ワニのような頭を持ち、魚や他の動物を食べていました。


スピノサウルスは水の中の獲物を追って、多くの時間を水中で過ごし、泳いでいた可能性、さらには潜水をしていた可能性もあると言われていたのですが、なんと8月16日付けのオンラインン学術誌「Peer」に発表された結果によると、泳ぎがうまくなかったらしいといいます。
コンピューター・シミュレーションを使って調査した結果、スピノサウルスが獲物を追って水中に潜るには浮力がありすぎ、また、頭が重くスリムな体形ゆえに、水の中では体が横に傾いてしまうということです。
これを紹介しているのが下の動画です。とても興味深いです。



まだまだわからないことがたくさんあります。恐竜が1億年前に住んでいたということさえ、果たして本当かどうか学者の間でも意見が分かれています。


さて、話は変わりますが、それでは次の動物は何でしょう?
哺乳動物のように全身が毛で覆われていて、心臓も哺乳動物のものに似ているのに、水鳥のような口ばしを持っていて、足にも水かきがあります。足の先には蛇のような毒づめがあり、卵を産むような穴が尻尾の下にあります。
何だかわかりますか?


最初、この動物の標本がイギリスの動物学者のもとに届いたとき、みんな初めて見る奇妙な動物に戸惑いました。哺乳動物と爬虫類、鳥類の特徴を併せ持っています。
ビーバーのような動物の体にカモのくちばしを縫いつけた作り物で、動物学者たちをかつごうと悪ふざけをしているのだと騒がれました。
しかし、作り物にしてはあまりにも精巧にできていて、縫い合わせた痕(あと)も見られない。
もし本物の生き物だとしたら、これは爬虫類の特徴を持った哺乳動物なのか、哺乳動物の特徴を持った爬虫類なのか、一部鳥類なのか、そうでなければいったい何なのだと動物学者たちは喧々諤々(けんけんがくがく)。


この熱い議論がイギリスで数十年続きました。
しかし、その動物のはく製が送られてきたオーストラリアで、目撃者の情報が次第に寄せられるようになり、偽物ではなく本物だと言わざるを得なくなりました。
哺乳動物かどうか確証はないけれども、一応、世界でもっとも奇妙な哺乳動物だと結論づけられました。19世紀のことです。
皆さん、もうおわかりになりましたか?


そう、卵を産む鳥のようでありながら母親は子に乳を与えて育てる哺乳動物、カモノハシです。とても愛嬌のある可愛い顔をしています。


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今でこそよく知られるようになったカモノハシですが、いまだに世にも奇妙な動物です。
「奇妙な動物」というのは、私たち人間の常識にとらわれるからそう思うだけで、じつは私たちの知らない世界というのはまだまだたくさんあります。
というか、知らない世界のほうがはるかに多く、地球上のことですらまだまだ知らないことばかりです。
(出典:前半のスピノサウルスの記事はナショナル・ジオグラフィック、後半のカモノハシは東北大の英語入試過去問長文読解からの抜粋要約)


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問題と夢

2018.08.23日
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"Don't be pushed by your problems. Be led by your dreams."
--Ralph Waldo Emerson, 1803-1882, American Essayist
「問題に押し戻されてはいけない。夢に引き上げられるのだ」
--ラルフ・ウォルドー・エマソン、19世紀アメリカのエッセイイスト
(訳 舟田譲二)


私たちの人生で問題に遭遇することは不可避です。
順風満帆、なんにも問題のない人なんてこの世にひとりも存在しません。もし、これまで問題にぶつかったことがないと言う人がいたなら心配ご無用。これから必ず問題はやってきます。
大切なのは「問題に押し戻されない」ことです。
「問題」という激しい逆風に遭うと押し戻されそうになります。
でも、このようなときにはまず地に足を踏ん張って耐えること。
次に、この逆風を利用して空に舞い上がること。
そのとき役立つのが夢です。夢や希望があると逆風にも耐えられ、「夢に引き上げられる」こともできます。


歴史上、また現代においても成功した人というのは、例外なくぶつかった「問題」に押しつぶされずにむしろ「問題を押しつぶした」人たちです。
そして、このような人たちの行動の原動力となったのは「夢」です。


「西日本豪雨被災者の生きる力」の中でも紹介しましたが、ヴィクトール・フランクルはナチスの強制収容所アウシュビッツで奇跡的に生き残ったひとりですが、その時の経験を通して、人間は生きる目標があればたとえどれほど過酷な環境の中にいても生きる力が与えられる、という結論に至り、それを書物に著しました。


フランクルは「人生はどんな状況でも意味がある」と説き、生きがいを見つけられずに悩む人たちにメッセージを発し続けました。過酷な環境の中で、人は「心の支え」、生きる目的を持つことが、生き残る唯一の道であると語っています。
運命に毅然とした態度をとり、どんな状況でも一瞬一瞬を大切にすること。それが生きがいを見いだす力になる。幸福を感じ取る力を持てるかどうかは、運命への向き合い方で決まるとフランクルは結論します。


あなたの夢は何ですか?
夢さえあれば、どんな大きな問題にぶち当たっても押し戻されず、夢はあなたを問題から引き上げてくれます。


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アントマン

2018.08.22日

協力牧師としてご奉仕させていただいている湘南見附キリスト教会で、去る19日の礼拝で取り次ぎましたメッセージの音声がネット上にアップされました。
リンク先をシェアさせていただきます。
主任牧師の柿谷正期先生の最近のメッセージも聴くことができますので、どうぞご利用ください。


↓お聴きになる方はこちらをクリック。
「湘南見附キリスト教会礼拝メッセージ」


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背景の画像は教会内部の写真で、あまりにも大き過ぎて説教者の私は、8月31日ロードショーの映画『アントマン&ワスプ』の主人公アントマンのように身長が100分の1以下になってしまい、小さ過ぎて写っていません🤣
(教会の写真、アントマンともにジョーダンです、ごめんなさい)


メッセージタイトルは「ヨブの試練」です。
ヨブ記は私の苦手な書なのですが、これまでの自分の人生に照らし合わせて今回新たな視点から見直すことができ、その中からシェアいたしました。
ヨブが受けた数々の恐ろしい試練から見れば、ちっちゃな私「アントマン」の病いなど、まるで赤ちゃんが蚊に刺されて泣いているようなもの。
でも、ここしばらく首から肩、背中、腰に至る線維筋痛症の痛みで参っていて、この日も痛みに耐えながらメッセージし、ほんの少しですがヨブの気持ちに近づけたかなと…(続きは音声メッセージで)


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健康に良い食品、悪い食品 

2018.08.21日

一昨日、教え子のAさんが教会の礼拝に来てくださいました。
礼拝後お茶の時間に緑茶を出そうとしたところ、カフェインで体調を壊すことがよくあり最近は緑茶は飲まず、カフェインを含まない麦茶を飲むようにしていて、いつも麦茶を持ち歩いている、と言います。ちょうど教会にも麦茶があったのでそれを出してみんなでいただきました。


近年、健康志向が高まり、テレビでもほとんど毎日のように健康関連の番組をやっています。
私もこれらの健康番組を見ることがとても多いです。
その中で、健康長寿の人たちはよく納豆を食べる、トマトを食べる、海藻類をよく食べる、根菜類をよく食べる、ヨーグルトを毎日食べている、等々言っています。
すると、私自身もそうですが、これらの健康番組に影響されて、「◯◯がいい」と言われると早速飛びつきます。


「バターは悪いけどマーガリンがいい」「動物性油脂は良くないけど植物性油脂はいい」と、かつて言われていたのに、今ではまったく逆のことが言われているというものが少なくありません。
振り回されて、「どちらが本当なんだ?」と言いたくなります。
皆さんもそのような経験はありませんか?


健康をよく崩す私は、言われることは何でも素直に聞いて、良いと言われるものは摂り、良くないと言われるものは身体に摂り入れないようにしています。
しばらく前に、ポリフェノールを多く含むコーヒーを1日に3〜4杯飲む人は健康長寿の人が多いとテレビで聞いて1日に2〜3杯飲んでいたのですが、今患っている繊維筋痛症によくないということなのでコーヒーをやめました。
カフェインレスだったらいいという人と、カフェインを抜く処理工程で薬品が使われるので良くないと言う人がいて、これも迷ってしまいます。


このほか、米やパン、麺類、とうもろこしなどの炭水化物が良くないとか、乳製品が良くないと言う人もいて、最近は炭水化物抜きダイエットをしている人がや乳製品を摂らない人も多いです。
どうしたらいいのでしょう?


私の結論としては、人によって腸内に住んでいる細菌が違えば体質なども違うため、ある人に合うものでも合わない人もあるということです。
しかし、一般的に健康に欠かせないもの、いいものというものもあります。
それは、たとえば
魚類(さけ、EPA、DHAを多く含む背の青い魚−サンマ、サバ)
良質の牛肉・豚肉・鶏肉(ソーセージ、ハム、ベーコンなどの加工肉は良くない)
野菜(ブロッコリー、トマト、大豆、アボカド、アスパラガス、ニンニク、唐辛子、生姜)
果物(いちご、ブルーベリー、クランベリー、バナナ、リンゴ、キウィ。フルーツジュース類は良くない)
油(エクストラバージンオリーブオイル、えごま油、アマニ油)
茶色い炭水化物(玄米、全粒粉。白米、小麦は良くない)
ナッツ類(アーモンド、クルミ、カシューナッツ、ピスタチオ)


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しかし、これら身体に良いものでも、摂り過ぎはよくない。
主食、副菜、主菜のバランスが大切。
塩、油、糖質は控え目に。
いずれにせよ食事は楽しむことが一番。あまり神経質になると逆効果です。
皆さん、健康長寿を目指しましょう。


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論理思考と想像力

2018.08.20日

"Logic will get you from A to Z. Imagination will get you everywhere."
—Albert Einstein, 1879-1955, Physicist
「論理思考は私たちをAからZまで導いてくれる。しかし、想像力はどこでもドアだ」
—アルベルト・アインシュタイン、物理学者
(訳 舟田譲二)


私は論理思考が好きです。
いつも物事を考えるとき、世の中の出来事を見るとき、人のことを考えるとき、車を運転しているとき、本を読んでいるとき、テレビドラマやニュースを見ているとき、何をしているときでも無意識のうちに論理的に考えています。


論理思考はアインシュタインが言うように、AからZまで連れて行ってくれます。
論理思考をするのは楽しいです。
ドラマや映画を観ていてストーリーの展開や結末を予想し、それが当たっていることもしばしばですし、ニュースで事件を知って犯人像をプロファイリング(「新潟県女児殺害事件 プロファイリング」)したり、事件の展開を予想することができたりします。
もちろん素人で、神様じゃないので外れることもありますし、いつでもAからZまでたどり着けるとは限らず、時には半分ぐらいのMだったり、G辺りで挫折することもあります。でもZまでたどり着けたときは爽快です。
これは勉強にも大いに役立ちます。


論理思考をするのがいつの間にか癖になっていて、音楽や芸術、映画など本来直感で味わうべきものまで論理思考をしてしまいます。
そして、それが邪魔してしまい、つまらなくなってしまうこともしばしばです。
たとえば、先日観た『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』では、ストーリーを楽しみつつも矛盾点が目についたり、先が読めてしまってつまらなくなることもあります。


一方で私はとても感情的、情緒的な人間で、小説を読んで、ドラマや映画を観てよく感動して涙を流します。
去年劇場で公開された話題作『君の膵臓をたべたい』を昨夜テレビで観て、素直に泣いてしまいました。
このようなときは、純粋に映画の世界にハマって楽しんでいます。
そして、冒頭でアインシュタインが語っているように、「どこでもドア」で過去の世界や、自分の知らない別世界に飛び込んだりしています。


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人生には論理思考が必要で、これがないと世界は成り立ちませんが、論理思考だけでは行き着く先はZ止まりです。同時に人間のみに与えられている想像力である「どこでもドア」(「空っぽのポケット」)がないと、楽しくないし、発展に限界があります。


論理思考と想像力、このふたつを自由に駆使できるようになると、人生はより豊かに、楽しくなります。


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ミッション:インポッシブル/フォールアウト

2018.08.19日

去る15日に『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』を観てきました。
映画を観るのは本当に久しぶりです。よほどの機会でもない限り最近は映画を観に行かなくなりました。でも、私の一番のお気に入り『ミッション:インポッシブル』は見逃せません。


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やはり期待にたがわずストーリー、トム・クルーズ始め俳優たちの演技、映像技術、音響効果、演出、どれをとっても素晴らしい出来でした。
初めから最後まで息つく暇もないほどのアクション、ハラハラドキドキの連続。
しかし、それにしてもトム・クルーズが56歳とは信じ難いです。
これまでと比べると若干ふっくらとした感じにはなっていますが、鍛え抜かれた身体、そしてスタントなしの体を張った危険なシーンの迫真の演技等、どう見てもまだ40歳ぐらいの脂の乗り切った男のイメージです。


このシリーズ、すでに6作目。
22年間で全6作。おおむね4年に1作のペースなので、もし7作目があるとしたらそのときトムは60歳。60歳でこのようなアクションができるとしたら、まさに現代の生けるスーパーマンです。


それにしても、数々の見せ場のアクションシーンはどうやって撮影しているのでしょう。スタントは使っていないといいます。毎回格段に進歩する撮影技術によるところもあるのでしょうが、それにしても観客を最初から最後まで虜にするストーリー展開には舌を巻きます。
観終わって劇場を後にし車で自宅に戻る真夜中、まだ映画の余韻の中でなんとなく自分もトム・クルーズになったような気がして、映画の中のような離れ業ができそうな錯覚に陥りましたが、もちろん安全運転で帰宅しました(笑)。
ストーリーや見せ場を書くとネタバレになりますので、皆さんぜひ劇場に足を運んでご自分の身体でその楽しさを味わってきてください。


『ミッション:インポッシブル』、およびトム・クルーズについてはこのブログでもこれまで度々取り上げてきました。ご興味のある方は、ブログページ左上のコーナーにある「エントリー検索」に「ミッション」「インポッシブル」「トム・クルーズ」などのキーワードを入れると、過去の記事が全部出てきますのでよろしかったらご覧ください。


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美人とブス

2018.08.18日
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相手の気持ちを何も考えずに
そのまま口に出すのが「ブス」
相手の気持ちを察して
ふさわしい言葉を使うのが「美人」
批判しかしないのが「ブス」
アドバイスするのが「美人」
自分ばかり話して
相手の話を聞かないのが「ブス」
相手の話を引き出し
求めることを話すのが「美人」
他人を妬んで何もしないのが「ブス」
できることから始めるのが「美人」
自分のことしか考えないのが「ブス」
まわりのことも考えるのが「美人」
まわりに期待して動かないのが「ブス」
自分から声をかけるのが「美人」
いつでも心がけ次第で「美人」になれる


これも一昨日と同じく、田口久人さんの作です。
「美人とブス」なんてとても過激なタイトルで、不快感を催す人もいるかもしれません。
でも、読んでいくと、女性の外面的なことを語っているのではなく、内面の美しさを語っていて、しかも女性に限らず男性にも、私たち人間みんなに当てはまることだと気づきます。


言い換えれば「美人」とは「心の美しい人」、「ブス」とは外面上の不細工(ぶさいく)さではなく「人間関係において自己中心な心の貧しい人」のことを指すということがわかります。
敢えて「美人とブス」という言葉を選んで使っているのです。


別のサイトにこんなのがありました。
やはり内面を言っており、女性に限らず男性にも当てはまります。
「ブスの25箇条」
1.笑顔がない
2.お礼を言わない
3.おいしいと言わない
4.目が輝いていない
5.精気がない
6.いつも口がへの字の形をしている
7.自信がない
8.希望や信念がない
9.自分がブスであることをしらない
10.声が小さくイジケている
11.自分が最も正しいと信じている
12.グチをこぼす
13.他人をうらむ
14.責任転嫁がうまい
15.いつも周囲が悪いと思っている
16.他人を嫉妬する
17.他人につくさない
18.他人を信じない
19.謙虚さがなくゴウマンである
20.人のアドバイスや忠告を受け入れない
21.なんでもないことにキズつく
22.悲観的に物事を考える
23.問題意識を持っていない
24.存在自体が周囲を暗くする
25.人生においても仕事においても意欲がない


聖書にも、
「顔かたちや身のたけを見てはならない。わたしはすでにその人を捨てた。わたしが見るところは人とは異なる。人は外の顔かたちを見、主は心を見る」
(サムエル記上 16:7)
とあります。
外見に惑わされてはいけません。
また私たち自身も心を磨くようにならなければなりませんね。


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孫は目に入れても痛くない!

2018.08.17日

4月には長男直人とお嫁さんの恵利紗さんのところに長男斗史希くんが生まれ、一昨日には次男正人とお嫁さんの萌さんに長女杏菜ちゃんが誕生しました。
「孫は目に入れても痛くない」とよく言いますが、本当ですね。
なんとこれは英語の
"My grandchild is the apple of my eye."
の日本語訳だそうです。


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昨日、萌さんと杏菜ちゃんに会いに行ってきました。
一人目、二人目関係なく、もうふたりとも可愛くて可愛くて。目に入れてもきっと痛くないでしょう。


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左は生まれたてほやほやの杏菜ちゃん、右は生後4か月の斗史希くん。すっかりお兄ちゃんになっています。


萌さんのご実家の近くの病院なので、萌さんのご両親、そしてお姉さんご一家もちょうど来られて皆さんとご一緒に歓談する時間も持てました。
本当に幸せいっぱいのひと時でした。


ところが、帰途、都内の不慣れな道をカーナビを当てに走っていて、交差点で右折したところ警察がやってきて切符を切られました。
なんと道が朝夕混む都内ではバス専用レーンというのがあり、しかも午前7時から10時、午後4時から7時までの時間帯は右折禁止なんですって! 
そんなこと聞いてないよ。カーナビも教えてくれなかったよ!
「ご納得がいきませんか?」
と警官が尋ねるので、
「神奈川県平塚市にはバス専用レーンもなければ、時間帯での右折禁止なんていうのもありません。カーナビも教えてくれませんでした。初めてで知らなかったので勘弁してくださいよ」
など、いろいろお巡りさんを説得しようとしたのですが、無駄骨でした。
お巡りさんの殺し文句は
「以前、ここで右折違反をした人を捕まえたところ警察官でしたが、規則ですので警察官でも切符は切らなければなりませんでした」。
これはきっとマニュアルに載っている、切符を切るときの決まり文句なのでしょう。


家に帰ってその交差点名をググってみたところ、ちょうどその角に交番があって、右折取締りの穴場のようで、何人もの人が捕まってぼやいていました。
まあ、いいこと(二人目の孫が生まれた)もあれば、悪いこともあるさ、それが人生というもの。C'est la vie.(セ・ラ・ヴィ!)
杏菜ちゃんに免じて赦してもらいましょ。


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あなたは恋してますか、それともそれは愛?

2018.08.16日
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昨日、8月15日、終戦記念日に次男正人とお嫁さんの萌さんのところに長女杏菜(あんな)ちゃんが誕生しました。
ふたりの愛の結晶です。


1人でも成立するのが「恋」
2人必要なのが「愛」
理由を作って会うのが「恋」
理由もなく会えるのが「愛」
伝え方に悩むのが「恋」
伝えなくても伝わるのが「愛」
叶わないこともあるのが「恋」
叶えたのが「愛」
一瞬で生まれるのが「恋」
一生育むのが「愛」
すぐに消えるのが「恋」
ずっと残るのが「愛」
相手の嫌いな所を見ないのが「恋」
全て受け入れるのが「愛」

―田口久人、ヤングキャリアコンサルタント


若い頃はみんな、好きな人のことで心を悩ませますね。
じっとしていられない。
一日中、いつもその人のことばかり考えている。
勉強や仕事が手につかない。
その人と少しの間でも一緒にいたい。
その人のことをもっと知りたい。
その人を自分だけのものにしたい。
その人がだれか他の人と親しげにしているのを見るとやきもちを焼く。
その人を自分のほうに向けたい。
....


挙げだせば切りがありません。
このような思いである時期、みんな悩みます。
でも、上のようなことを学校では教えてくれません。
親も友達も教えてくれません。
こんなとき、上の恋愛に関する名言を知ったなら、もっと気が楽になることでしょう。


上のことをひと言で言うと、
自分中心なのが「恋」
相手中心なのが「愛」

です。
愛には自己犠牲が伴います。
自己犠牲をいとうようなら、それは自己中心な恋。

恋が発展して愛になることもありますが、恋のままで一気に進んで結婚すると失敗に終わることがあります。というか、失敗に終わることが多いです。
結婚してからでもそのことに気づき、軌道修正してお互いに愛を育んでいくならばその結婚は成功します。手遅れはありません。


田口久人さんのことは以前、「自分らしく」でもご紹介しましたが、素晴らしい名言をたくさん書いていらっしゃいます。
私も「片思いと相思相愛」で同じテーマについて書いています。よろしかったらこちらの記事もご覧ください。


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爺さんやぁ〜! 婆さんやぁ〜!

2018.08.15日

「爺さんやぁ〜! 婆さんやぁ〜!」と言えば、30年ほど前のお茶の間大人気TV番組『志村けんのだいじょうぶだぁ』(1987〜1993放映。2007〜現在まで毎年単発スペシャル)の中の志村けんと田代まさしのお笑いコント。



去る10日から昨日14日まで名古屋郊外の妻の実家に行ってました。
昨日はUターンラッシュのピークと言われていたので、覚悟して夜8時ごろ家を出たのですが、なんと今まで経験したことないほど渋滞がなく最短時間で帰ってこれました。


行きも帰りも車中はまるで現代版東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)。
愛車のプリウスも満8歳になり、搭載してあるカーナビはデータが古くなっただけでなく、タッチパネルの反応が悪くなり、オーディオがうまく機能しないことがしょちゅう。
ボリュームを大きくしようと思って+ボタンを押すと小さくなるし、いつもある曲になると同じものをいつまでも延々とリピートして先に進まない等々。
「これはボケの初期症状だ。反応が悪くなってきたし、同じことを何度も繰り返す、こちらの指示することの反対の行動をする」(私)
「私たちと一緒ね」(妻)


往路、名古屋に近づいてきたとき、義弟の住んでいる三重県の鈴鹿まで渋滞20kmの表示が。
名古屋を過ぎて岐阜方面に向かって走っているとき、こちらも途中から渋滞が始まりました。
「この渋滞、鈴鹿まで続いているのかしら?」(妻)
「えっ、どういうこと?」(私)
「だってさっき鈴鹿まで渋滞って言ってたでしょ」(妻)
「あれは三重県方面だから名古屋から南のほうだよ。僕たちが今向かっているのは岐阜方面で北だよ」(私)
「えっ、鈴鹿のほうじゃないの?」(妻)
「もしも〜し。大丈夫ですか?壊れていませんか?」(私)
「私、急に疲れてきて、頭が働かなくなってきた。運転代わって」(妻)
と、まあこんな調子。
まるで「爺さんやぁ〜! 婆さんやぁ〜!」みたいです。


そういえば、ロスの長男直人のところに男児が生まれたのはもう4か月少し前。送られてくる写真や動画を見るとすっかり大きくなってもう赤ちゃんではなく、幼児みたいな感じ。
そう、この時点で確かに「爺さんやぁ〜! 婆さんやぁ〜!」になったのだから、不思議じゃないです。


そして、昨日は次男正人のお嫁さんの萌さんの出産予定日。
楽しみにしていたのですが、日を越して今朝、正人からメールで破水があったと連絡。
いよいよです。しかも今度は女の子!


つい1週間前の「20年ぶりのミニクラス会」では、お会いした皆さんから20年前と全然変わらない、と言われてご満悦でしたが、妻に言わせれば外面だけ若く見えても意味がない、あなたの身体の中はもう80代のお爺さんみたい、と辛らつに言われています。
妻の実家に着いてからずっと腰痛で寝てばかりいたこともあります。
まあ、おあいこさんです。


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結婚における幸せは運による

2018.08.14日
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“Happiness in marriage is entirely a matter of chance.”
―Jane Austin, 1775-1817, Novelist
「結婚における幸せは、まったく運による」
―ジェーン・オースティン、小説家
(訳 舟田譲二)


ジェーン・オースティンはいわゆる「いいとこのお嬢様」で、自身の数少ない恋愛経験と、田舎町の小さな社会の中で見聞きしたことを基に空想を繰り広げて恋愛小説を10冊ほど書いた女流作家です。


彼女の限られた見聞と空想世界の中から達した結論が冒頭の
「結婚における幸せは、まったく運による」
であって、私の考えではありません。誤解のなきよう。


それでは、私自身の結婚観はどうかと言えば、
「結婚における幸せは、まったく努力による」
です。
「運が良くて幸せになった」
と思っている人がいるとしたらとんでもない誤解で、その人の伴侶はそれはそれは涙ぐましい努力を陰でしています。
また、人生においてもっとも大きな比重を占める結婚が運によるものだとしたら、その他のことすべてが運によることになります。そして、そうでないことは私たちは経験上、また直感的に知っています。


何事にも原因があって結果があります。
どんなに大恋愛をして結婚したとしても、どちらか一方が相手の意向にそぐわない生活をしていたり、相手の気持ちをくみ取らない態度で接していたら当然の結果として結婚は破綻し、離婚という結果になります。
「風呂、お茶、飯」。退職後、一日中自宅にいるにも関わらず、会社員時代と変わらない亭主関白ぶりで指図する夫の態度などが原因で、妻が体調を崩す「夫源病(ふげんびょう)」が増えていて、なかには別居や離婚に至るケースもあると、昨日ニュースで報じていました。
これは「運」が悪かったのではなく、夫の「態度」が悪かったのです。


結婚生活とは、恋愛ごっことは違います。
「こんなはずじゃなかった」という場合は、惚れた腫れたで結婚して、相手をよく見ていなかったか、あるいは相手が自分のことを美しき誤解をしていたか、それともどちらかが豹変したかです。


結婚生活を成功させ、ふたりが幸せになるためには、お互いの「思いやり」や「努力」という協力が欠かせません。
冒頭の絵の中に
...by chance の上に取消線が引いてあってその上に choice とありますが、まさにその通りで「偶然」ではなく、結婚における幸せとは努力という「選択」の結果によるものです。
これらをせずにいて、お互いに「ハッピー、ハッピー」と言っているとしたら、それはふたりともとてもおめでたい人たちです。
絵に描いた餅のような幸せな結婚生活は、普通天から自然と降ってきません。


逆に、お互いの違いが次第に見えてきたとしても、「破れ鍋に綴じ蓋」(「夫婦円満の秘訣」)でお互いの欠けている部分を補い合う努力ができるなら、ふたりとも幸せになることができます。


最後に、この記事では「結婚生活における幸せ」をテーマに書いただけであって、ジェーン・オースティンの作家としての力量を批判するものではありません。オースティンはイギリスを代表する女流作家であり、没後200年経った今日でもイギリス国内のみならず世界中で人気があり、また彼女の作品が多くがドラマ化、映画化されているという事実を取っても、彼女の文才は十分認められます。


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あなたの夢は何ですか?

2018.08.13日
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"Success is walking from failure to failure with no loss of enthusiasm."
--Winston Churchill, 1874-1965, Former British Prime Minister
「成功とは熱意を失わないまま失敗から失敗へと歩むことだ」
--ウィンストン・チャーチル、元英国首相
(訳 舟田譲二)


BBCが2002年に放送したテレビ番組『100名の最も偉大な英国人』。イギリス大衆の投票によって、歴史上最も偉大な英国人として選ばれた1位はチャーチル元首相。
このような成功の代名詞のような方ですら「失敗から失敗へと歩む」なんて言っておられるのは、じつに意外な感じがします。
チャーチルですらそうならば、ましてや私たち凡人など失敗して当たり前と言えるでしょう。


ただ、大切なのはチャーチルが言っているように、たとえ失敗続きでも「熱意を失わない」で歩み続けることです。熱意を失なわずに前進し続けるならたとえ失敗続きでもやがては成功に至るのです。その成功とは、もちろん人によって内容はまちまちでしょうが、人生を終えるとき振り返って後悔のない生き方をしてきていたならば、それこそが真の「成功者」です。


「失敗から失敗」への人生は敗北だと一般の人は考えるのですが、決してそうではありません。「失敗」イコール「敗北」ではないことを私たちは覚えておかなければなりません。
失敗して倒れても、そこで何かを拾って立ち上がり、その失敗を次に生かすなら、それは立派な成功です。
失敗したと言ってくさってしまい、やる気をなくして一生をダラダラ過ごしたならこれは本物の敗北者です。
でも、熱意を持って夢を追い続け、次から次へとチャレンジする姿は決して敗北者などではありません。


このような人は成功者は歴史上数えきれないほどいます。
また私たちの身近なところにもいくらでもいます。
結局、そういった人が成功を収めています。


熱意を持ち、夢を追い続けている人は目が輝いていてとても魅力的です。
あなたの夢は何ですか?


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自分自身を理解する

2018.08.12日
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"You are not here to make others understand you. You are here to understand yourself."
--Kristen Butler, Editor, Producer
「私たちは人に理解してもらうために生きているのではない。自分自身を理解するために生きているのだ」
--クリステン・バトラー、編集者・プロデューサー
(訳 舟田譲二)


私たちは無意識のうちに「人に理解してもらおう」としています。
人に理解してもらうことは大切です。
でも、それ以上に大切なのは自分自身を理解すること。
よく、「自分のことは自分が一番よく知っている」と人は言いますが、じつは思っているほど私たちは自分のことをよく理解していません。


あのパウロですら言っています。
「わたしは自分のしていることが、わからない。なぜなら、わたしは自分の欲する事は行わず、かえって自分の憎む事をしているからである」
(ローマ人への手紙 7:15)


試しに、自分のことを人に理解してもらうために言葉や動作や作品など、どんなことを使ってでもいいので説明してみましょう。
どんなにうまく説明、表現したとしても相手はあなたのことを完全に理解することなど絶対にできません。
それどころか、相手に理解してもらおうとして手を尽くして説明しようとすればするほど、自分で自分のことがよくわかっていないということに気づきます。
自分自身を理解することは私たちの人生の目標であり、目的地です。


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赦しの秘訣

2018.08.11日
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“I forgive people but that doesn't mean I accept their behavior or trust them. I forgive them for me, so I can let go and move on with my life.”
―Unknown


「私は人を赦す。しかし、それは決してその人の行動を受け入れるとか、その人を信用する、という意味ではない。私は自分のために赦すのだ。赦すことによって過去の苦しみを手放し、新しい人生に向かって歩を前に進めることができるように」
―作者不詳


これまで「赦し」については何度も書いてきました。(関心のある方は、ページ左上コーナーの「エントリー検索」に「赦し」と入力して過去ログをご覧ください)
すると、その都度何人もの方が「ある人をいまだに赦せなくて苦しみ続けている」と書いてこられました。
それほど「赦し」というのは難しく、私たち人間にとって大きな、重いテーマなのです。


数日前の記事「真の赦し」に対して、マレーシアのマデレン・ウォーさんが実にタイムリーなコメントを今日送ってきてくださいました。日本語訳したものを下に載せます。


「一日の終わりに人を赦すことは、その人のためにするのではなく、自分自身のためにするのです。
その時には、赦すことがたとえどれほど不条理に思われたとしても無条件に赦す。そのことによって、私たちは過去のことは過去に流し、現在に生きることができるようになる。そして、私たちの内にあるもっとも深いところでもっとも痛んでいる傷を癒す方法をご存じである『無限の光なる方』の前に立ち、真に自由にされるのです」
―デニス・メリット・ジョーンズ、作家


とどのつまり、人を赦すのはその人のためではなく、自分自身のためなのです。
赦しには痛み、苦しみが伴います。
「なぜ赦さなければならないのか?相手のほうが悪いのに」と誰でも思います。
しかし、赦さないでいると、心の奥底深くにしまってある「憎しみ」や「恨み」が頭をもたげてきます。そして、私たちを苦しめます。
時に人はその憎しみや恨みに負けてしまって、自らの手で制裁しようとして犯罪に走ります。その犯罪の故に今度は自分が裁かれることになり、自分はさらに苦しむことになるのです。


復讐は自分がするのではなく、正しい裁きをなさる方にお任せする、これが一番良い方法です。


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20年ぶりのミニクラス会

2018.08.10日

昨日は20年ぶりぐらいで、昔やっていた成人英会話クラスのミニクラス会のようなものに招かれました。
その内のおひとり、Kさんが今年の年賀状に、パーキンソン病を患って家の中は杖、外は車椅子の生活で要介護1になった、と書いてこられショックを受けました。なんとかお見舞いにお伺いしたいと思ったのですが、突然私がひとりで行くと先方も当惑されるかもしれないと思い、当時同じクラスで親しくしていらっしゃったお友達のMさんにご一緒に行きませんかとお声をかけたのです。
ところがKさんのお具合が良くなかったのかなかなか都合の合う日が定まらずにいて、半年近くたった2週間ほど前にMさんからご連絡が入って昨日お伺いすることになったのです。しかも、同じクラスにいらっしゃったYさんもご一緒ということで、20年ぶりの4人のミニミニクラス会となったわけです。


Kさん宅に着くと、家の中から「どうぞ」と声は聞こえるのですが、玄関に出てこられません。
中に入って行くと、両手に大掛かりな杖を持って立っておられましたが、ほとんど身動きが取れないような感じで、さぞかしご不自由だろうとお察ししました。
Kさんは当時、息子さんと娘さんが小学生から中学生の頃にかけてうちの塾に来て学んでいてくださったこともあり、彼らの近況を伺うのも楽しみにしていました。
今や息子さんは39歳、37歳のお嬢さんはご結婚されて2児の母でお近くにお住まいとのこと。機会があったらぜひおふたりのお子さんたちにもお会いしたいとお伝えしました。


皆さん(私も含め)高齢者となった今、それぞれさまざまなご病気を抱えていらっしゃったり、ご主人をガンで亡くされたりと、大変な中を通ってこられています。私の病いや苦労などは赤ん坊のようなものです。
皆さん、私が昔と全然変わっていないとおっしゃってくださり、嬉しいのですが、それは上辺だけの話で、妻に言わせれば私は外見だけで内側は80歳のおじいさんだそうです(涙)。


さて、高齢者の集いらしく、話題はもっぱら病気のことや健康のこと、あるいは大きな地震や先日の西日本豪雨のような災害が起きたらどうするか、これからの老後はどう生きるか、どのような生活形態になるか、など切実な問題ばかりです。
しかし、皆さん英語の勉強を続けていらっしゃって、ハリー・ポッターを原作で読んだり、外国旅行をされたりと、すごい知的好奇心です。また、趣味の刺繍の立派な作品を持ってきて披露してくださったり、管理栄養士の知識をシェアしてくださったりと、圧倒されました。


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(Mさんのオリジナル刺繍作品)


話題は尽きず、あっという間に4時間近くも経っていました。
お暇を告げるときには、Kさんはとても喜んでくださり、また遊びに来てくださいとおっしゃって、みんなに会って少しでもお元気になられたなら、それこそ本望で目的を達成することができました。でも正直なところ、私が皆さんから一番元気をいただきました。
皆さん、素敵な機会を作ってくださってありがとうございました。


またお会いしましょうね。それまで皆さんお元気で。


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ストレス この不思議なもの

2018.08.09日
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"God will never give you anything you can't handle, so don't stress. "
--Kelly Clarkson
「神は私たちが負い切れないような重荷は決して与えられない。だから思い悩むな」
--ケリー・クラークソン
(訳 舟田譲二)


先日、ラジオの番組でガーデニングの話を聞いていました。
ある種の鉢植えの植物はストレスを与えるほうがいいと、専門家が言っているのを聞いてびっくりしました。
一旦芽を出すと水をやらないほうがいいと言います。ストレスを感じさせるのです。そうすればより美しい花を、よりたくさん咲かせるのだそうです。


これまで聞いたきたストレスの話と全然違います。医者は、ストレスは悪い、あらゆる病いのもとだ、働き過ぎでストレスにさらされていると早死にする、と言います。
新聞や雑誌、テレビ番組などではいかにしてストレスを減らすか、避けるかという方法を教えています。ストレスに関していいことを言っている人などひとりもいません。


でも、植物にとってストレスがいいならば、ひょっとして私たち人間にとってもストレスがプラスになる点があるのではないか。考えれば考えるほど、ストレスは人間にもいい点があるように思われてきました。
ある程度のストレスがないと、私たちは怠惰になり、また務めを疎かにしてしまいがちです。
学生ならばだれでも1年を通じてしっかり勉強すれば、まったく不安なく試験に臨むことができるということを知っています。
ところが、現実にはみんな普段はあまり勉強せず、試験勉強は土壇場になるまで先延ばしにしています。


同様に、私たちはなにか問題があっても締切日が迫るまでそのままにしておきます。
たとえば、年賀状を書くというルーティーンにしても、年末が押し迫って土壇場になって書くのではなく早めに書いておこうといつも思うのですが、毎年のように12月の29日、30日になるまで放っておきます。
緊張が最高潮に達するまで私たちは本気で取り組みません。生徒や学生の宿題や試験勉強もそうです。


ほかの分野でも、満足感があると創造性や好奇心はどこかに消え失せてしまいます。
「神の与えたもう不満」とも呼べる、現状に対する創造的な不満足は、それがなんであれ進歩を生み出します。そして、この不満は一種のストレスです。


だから、ある程度のストレスは人間の進歩にとって必要なんじゃないかと私には思われてきたのです。ただ、どの程度のストレスはいいのか、あるいは悪いのか、それが問題なのです。
長時間過重なストレスの下で働くことを強要する職場で働く人たちは気の毒です。というのは、過重なストレスは非生産的だからです。
自営業を営んでいる人たちの場合は、自分にとって最適のレベルのストレスを自分で選択する自由があるかもしれません。しかし、いずれの場合も、成功するためにはある一定期間のストレスに対して準備をしておくことが必要になります。


というわけで、この鉢植えの植物のケースのように、初めは十分な水を与えられていて、その後自分の力で苦難に立ち向かうよう放っておかれると、私たちもまた、過保護にされて自分で何事も挑戦したことのない人たちと比べると、より美しい花を、よりたくさん人生で咲かせることができるようになるのかもしれません。


上の文は私の経験から述べていることではなく、実は昨夜高3生のKちゃんの英語の指導をしていたとき出くわした入試の過去問の長文読解の文です(一部改編)。
教えていながら、なるほど、なるほど、うん、その通りだと、相づちを打ち、私自身がこれまでこのブログで繰り返し述べてきたこととも矛盾せず、これは是非とも皆さんにもシェアしようと思った次第です。


「ストレス」は人間だれしもこの世で生きていく限り決して避けて通ることはできません。
過重なストレスが健康に良くないのは明らかですが、これも程度の問題で、私たちの成長・進歩のためにストレスは必要不可欠なものだと、改めて思わされ、感謝しました。


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降ればどしゃ降り

2018.08.08日

一昨日は塾のイベントで、中1・2生は5時間勉強する "5 Hours"、中3生は10時間の "10 Hours" が催されました。
中3生は朝9時から昼食と夕食をはさんで夜9時まで。中1・2生もよく頑張りました。
2教室の仕切りを取り払って広い空間で生徒たちは壁やホワイトボードなどに向かってひたすら5教科の問題に取り組み、解き終わると講師のところに答案用紙を持って行って、採点・間違ったところは解説を受け、合格するまで再テストという流れ。


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外気温が高かったこともあり、エアコンはフル稼働でしたが、教室の中は生徒の熱気でムンムン。
勉強時間が終わってリフレッシュメントのときに生徒たちが書いてくれたアンケートの一部をご紹介すると:
「集中して取り組むことができた。レベルが合っていて良かった。プリントありがとうございました」
「だれにもじゃまされず、めっちゃ集中してできた」
「休憩時間がないからその時間まで頑張ろうと思った。こんなに集中できたのは初めて」
「5教科まんべんなくできた。今日やった教材をこれからもやり直したい」
「勉強が楽しく感じられた。ありがとうございました」
「夏休みで一番勉強した」
「解き終わったらすぐに見せに行ってアドバイスがもらえたので良かった」
「自分の実力が確かめられて、とても良い機会だった」
「間違えたところをしっかり教えてくれてありがとうございました」
「先生たちが分かりやすく、ていねいに教えてくれた」
などと、みんな大満足の様子。


明けて昨日の関東地方は台風13号接近の影響で、突然秋が来たかと思うほどの10月並みの涼しさ。
ちょうど1か月前には西日本豪雨が多くの府県に甚大な被害をもたらしました。
復興にはまだまだ時間がかかります。
でも、大丈夫。日本はこれまでも幾多の大地震や洪水、土砂崩れ、火山の噴火などで打ちのめされるような経験をしてきましたが、そのたびに人々の協力で困難を乗り越えてきました。
今回も、東日本大震災のときのように大勢のボランティアの人たちが現地に駆けつけて炎暑の中、被災者の方々の手助けや復興のお手伝いをしてくださっています。ボランティアの方々には本当に頭の下がる思いをしています。


「降ればどしゃ降り」という有名なことわざがあります。
英語では、
It never rains but it pours.
(When it rains, it pours.)
と言います。日本語の感覚とぴったりの英語のことわざです。
「悪いことは続くものだ」というような意味で、先日の記事「弱り目に祟り目」と同じです。(ちなみに、皆さんにご心配いただきました目のほう、結局ウイルス性急性結膜炎、別名・はやり目でしたが、人にもうつさずに済んで、まだ少し充血は残っているもののほぼ回復しました。お祈りをありがとうございました)

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上の絵の中の会話は次のような意味です。
ロバート:昨日は車はパンクするし、学校には遅刻、テストには落ちる、その上ガールフレンドにはふられちまったよ。
スティーブン:へぇー、降ればどしゃ降りってやつだね!(悪いことは続くもんだね!)


先日の台風12号も、勢力の大きさと東から西への異例のコースで、しかも西日本の被災地を直撃する恐れがあり、今回は早めの避難を、とニュースで繰り返し警告していました。
そして予想されたとおりのコースをたどりましたが、幸い被害が最小限で済んで「降ればどしゃ降り」にならず、ホッとした次第です。


しかし、私たちの人生には上のロバートのように悪いことが続くことがときにあります。
このようなとき、天を呪ったところでなんの解決にもなりません。より一層辛くなるばかりです。
むしろ、試練や苦しみの中で、たとえ小さなこと一つでも幸いなことを見つけると、次から次への感謝できることが出てきます。
今回の西日本豪雨の被災者の方々も口々にそのことをインタビューでおっしゃっていました。
人生とはこういうものです。
1年間ずっと雨が続いたり、日照りが続くことがないように、私たちの人生も一生ずっと悪いことばかり続くことはありません。


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真の赦し

2018.08.07日
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"It's not an easy journey, to get to a place where you forgive people. But it is such a powerful place, because it frees you."
--Tyler Perry, Actor
「人を赦すというところに行き着く旅は決して容易くはない。しかし、そこはものすごく心強いところだ。というのは、そこは私たちを自由にしてくれるところだから」
--タイラー・ペリー、俳優
(訳 舟田譲二)


まず「ゆるす」に当たる二つの漢字の違いについて触れなければなりません。
「赦す」と「許す」です。
「許す」には「赦す」の意味も含まれています。
多くの人が日常生活でよく使うのは「許す」で、「赦す」という字を知らない人もたくさんいます。
「許す」は「許可する」という意味で、英語では permit です。
これに対して「赦す」は「赦免」「特赦」「恩赦」などに見られるように、「罪を赦す」という意味です。英語では上で使われている forgive もしくは pardon です。


「赦」の漢字は、偏の「赤」の上の「土」の部分は人が両手両足を広げた「大」のような形で「人」の象形で、その下の部分は「炎」の象形です。つまり、人を火であぶって罪を祓い清めています。


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右側の部分の「攴」は上の「ト」(ボク)の部分は「ボコッ」という表音文字で、下の「又」は右手の象形です。右手で「ボコッ」と音が出るほど強く叩いている様子を表しています。
「赤」と「攴」で、人を叩いて罪を祓い清めるところから、「罪を赦す」という意味で用いられるようになりました。


この「赦し」は私たちの人生の永遠のテーマです。
小説や詩、映画、ドラマなどのテーマもその多くに「赦し」が絡んでいます。
私たちの日常の生活を見てもやはりそうです。
人間関係のこじれ、夫婦・親子喧嘩、別居、離婚、DV、子どもの虐待、さらには夫婦・きょうだい、親子、親族間などの傷害・殺人事件などもそのほとんどは、この「赦し」の問題が関わっています。
それほど「赦し」は人生にとって重い、しかも困難な道です。


なぜ人を赦すのがこれほどまでに難しいのでしょう?
それは自分自身が赦されたという経験をしていないからではないでしょうか。
真に赦された経験をしているならば、自分も人を赦すことができるようになります。
その赦しの意味の重さに気づき、自分も人を赦さざるを得なくなるからです。
主の祈りの「我らに罪をおかす者を 我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ」の本当の意味は、
「私たちが赦されたように、私たちも、私たちに対して罪を犯した人たちを赦します」
です。


殺人事件の裁判で犯人に死刑判決が下されても、遺族は「犯人を一生赦すことができない」とよく言いますが、その結果自分自身が一生苦しみ、重い十字架を背負って生きていかなければならなくなります。
でも、自分自身も罪赦された罪人だとわかり、犯人を真に赦すことができたなら、広いところに立ち、自由になれます。それが冒頭の言葉の意味です。
「人を赦すというところに行き着く旅は決して容易くはない。しかし、そこはものすごく心強いところだ。というのは、そこは私たちを自由にしてくれるところだから」


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大谷翔平はベーブ・ルースを超えられるか

2018.08.06日
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"Every strike brings me closer to the next home run."
--Babe Ruth, 1895-1948, Major League Baseball Player
「ストライクを取られるたびに次のホームランが近づいてくる」
--ベーブ・ルース、メジャーリーグ選手
(訳 舟田譲二)


昨日は第100回全国高校野球が甲子園球場で開幕しました。
昨夜7時から11時まではテレビで「ファン10万人が投票!! 高校野球総選挙!」という番組で、過去の甲子園を沸かせた名選手、名場面の感動シーンが一挙再現されていました。


海の向こうのアメリカでは、メジャーリーグ・エンゼルスの大谷翔平選手が現地時間の3日、インディアンス戦で10号2ラン、続く打席で特大11号ソロを放ち、5打数4安打3打点の大活躍でチームの勝利に貢献しました。日本人メジャーリーガーで1年目から2桁本塁打を放ったのは7人目。2桁が7回という記録を持つのは松井秀樹さん。
先日の9号は136メートルの特大弾で、「月まで届きそうなホームランだ」と叫ばれていました。
本拠地のロサンゼルスでは私の友人を含む地元の日本人・日系人の方々が毎回大勢球場に足を運び、大フィーバーです。私がこの春、4月にロサンゼルスに行ったときはデビュー戦直後で、どこへ行っても大谷選手の話題で持ちきり。レストランの入口には大谷選手の活躍を1面トップで伝える現地新聞が山積みされていました。


人気の秘密は、投手と打者を本格的に両立する二刀流で、2015年には最優秀防御率、最多勝利、最高勝率の投手タイトルを獲得。翌2016年には、プロ野球史上初の「2桁勝利・100安打・20本塁打」を達成しました。球速160km/hの日本のアマチュア野球最速投球記録、さらに165km/hのNPB最速投球記録保持者でもあります。


さて、ベーブ・ルースというと、だれもが知る通算715本の本塁打記録を持つ「アメリカ球界最大の巨人の1人」と評されています。
じつはルースも投手として野球人生をスタートしています。彼の人生の全半はこんな感じでした。(Wikipediaより一部抜粋)


母親は病弱で、ルースが15歳の時に結核で亡くなりました。また、父親は酒場の仕事で忙しく、息子の世話にほとんど関わったことがありませんでした。そのため、両親から適切な教育を受ける機会がなかったため、大人の手にも余る腕白坊主に成長し、勉強も完全に疎かになって、学校をサボっては通りをうろつき、町の不良たちと喧嘩に明け暮れ、商店の品物を万引きしたり、酒を飲んだり煙草を吸ったりするなど、様々な非行に手を染めた悪童でした。


7歳になった頃には既に両親の手には負えなくなり、「セント・メアリー少年工業学校」という全寮制の矯正学校兼孤児院に送られました。ルースはその後の12年間をセント・メアリーで過ごすことになります。そこで少年たちの教官を務めていたカトリックの神父、ブラザー・マシアス・バウトラーと出逢い、野球を教わったことが、ルースの人生に決定的な影響をもたらすことになります。以後、ルースは生涯にわたってマシアスを恩師と仰ぎました。


メジャーリーグデビューとなった1914年、19歳のときルースは5試合に出場し、そのうちの4試合は投手としてマウンドに登りました。
1917年もルースは大活躍を見せ、24勝13敗・防御率2.01、6完封に打率.325の成績を残します。


1919年、レッドソックスに所属していたベーブ・ルースは24歳。大谷翔平選手と同じ年齢だったシーズンに、ヤンキースとの開幕戦で4番レフトで先発出場。
結果は4打数2安打3打点1本塁打と大活躍。
投手としてのシーズン初登板は開幕から8試合目で、ヤンキース相手に9回を7被安打2失点に抑えて完投勝利。


ヤンキースでのデビュー年となった1920年には、「もうこれ以上の本塁打記録は生まれないだろう。去年が異常だっただけであれほどの本塁打数は期待できない。20本打てれば上出来だろう」と言われながら、ルースは打率.376、54本塁打を記録しました。


ところが、打撃の調子が上がらなくなると、メディアは「ルース。満塁の好機で凡退」など悪いことばかりを記事にしました。そのため、知人に「なぜ、ここの記者は悪いことばかり書くんだ?」と文句を言いました。知人に「それは悪いことしか書くことがないからそうなるんだ。活躍すればそれを記事にしてもらえるはずだ」と言われ、再び打ち始めると記事にも活躍したことが載るようになりました。


ここまで読むと、今の大谷翔平選手とダブってきます。
大谷選手も投手として勝ちがつかなかったり、ヒットやホームランが出ないとメディアに騒がれますが、彼は至って冷静。「いくら払っても経験する価値がある。これをどうプラスにするか。経験したことがない球だった。今後クリアしていくことが大事」と話しています。この謙虚さも多くの人が彼に好感が持つ要因の一つではないでしょうか。


大谷翔平選手はは今季どこまでの成績を上げられるだろう、と話題になっていますが、現地のメディアはすでに「ベーブ・ルースを超えた」と報じているそうです。
私も大谷選手がベーブ・ルースを超える可能性は十分にあると思っています。
「ストライクを取られるたびに次のホームランが近づいてくる」
とベーブ・ルースが言っていますが、三振を恐れずどんどん積極的にチャレンジしていって欲しいですね。大谷選手の今後のさらなる活躍を大いに期待しています。


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読書と記憶の量

2018.08.05日
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"No amount of reading or memorizing will make you successful in life. It is the understanding and application of wise thought which counts."
ーーBob Proctor, Author, Speaker
「読書や記憶の量で成功するのではない。肝心なのは理解と適用だ」
--ボブ・プロクター、作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


これまで大勢の生徒や学生を指導してきて感じるのは、幼い頃からよく本を読んでいる子は概して勉強もよくできるということです。
語彙力もあり、その結果高い思考力を持っています。
思考力が鍛えられているので、どの教科もまんべんなくできます。


それでは、本を読むことが好きという子はすべて頭がいいか、というと必ずしもそうとは限りません。
たくさんの本を読んでいるのに語彙力のない子もいます。
できる子とどこが違うのか、子でもたちと話しながら考えてみました。
すると、後者の子は本をただ読んでいるだけで、本から学んでいない、ということがわかりました。読む本は小説でも何でもいいのですが、ただ字面(じづら)を追いながらストーリーを楽しんでいるだけなのです。
読み終わって、ああ面白かった、つまらなかった、で終わってしまっています。


一方、前者の子は本を読むとき、知らない言葉や漢字に出合ったら、一応文脈でその意味を類推して読み進みますが、必要に応じて国語辞典や漢和辞典を使って言葉を調べます。また、ときには親や先生にその言葉の意味だけでなく、使い方などを尋ね、それを覚えたら早速日常生活の中でそれを自分でも使います。
また読んだ本の内容をよく覚えており、人にもそれを上手に伝えることができます。


今や将棋界のみならず時の人となっている藤井聡太七段は、5歳のときに祖父母から将棋の手ほどきを受け、将棋教室に入会。入会時に師範から渡された、500ページ近い厚さの所司和晴『駒落ち定跡』を、まだ読み書きができない藤井は符号を頼りに読み進め、1年後には完全に理解・記憶したといいます。
その後も本をたくさん読み、読書が好きで新聞もよく読んで、学校の勉強もよくできるそうです。
ですから語彙力も相当なもので、大人でも知らないような言葉を勝利インタビューで普通に使って周囲の者を驚かせます。


ときどき、暗記が得意で、学校のテストの点数はとても良く、学年でも常に上位に入っていたりするけれども、教科書以外のことになるととんと知識がないという子がいます。一流大学の学生の中にもいます。
このような人は読書量や記憶量はすごいのですが、理解と適用が伴っていないのです。
学習というのはただ知識を詰め込むことではありません。
これまでの日本社会が、そのような人を能力があると信じ、持てはやして優遇してきたこともあり、ややもするとそれが頭が良いことだと勘違いしている人がたくさんいます。
実社会に出て期待外れで伸びない人というのはこのタイプの人が多いようです。
要は量ではなく質なのです。実際に使えるかどうかです。


「読書や記憶の量で成功するのではない。肝心なのは理解と適用だ」
というボブ・プロクターの言葉を今一度よく吟味し、幼いときから家族や周囲の者が、また学校や塾などの教育機関がもっと真の思考力をつけた子供たちを育てていかなければなりません。


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扉が閉ざされたとき

2018.08.04日
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"Realize that if a door is closed, it's because what was behind it wasn't meant for you."
--Mandy Hale, Author
「扉が閉ざされたときには、覚えておきなさい。その扉の向こう側にはあるものは、あなたのものではなかったということを」
--マンディ・ヘイル、作家
(訳 舟田譲二)


「逃(に)がした魚は大きい」
ってよく聞きますよね。
あるいは、ひょっとして自分でも使ったことがある人もいらっしゃるかもしれません。
これはもちろん、
「一度手に入れかけて失ったものは、実際よりも大きく(素晴らしく)見えるものだ」
という意味です。


よく使われるのが男女間で彼氏や彼女と別れたあと、
「しまった!あのとき喧嘩しなければよかった。別れるんじゃなかった...」
などというような場合です。
ほかにも、たとえば商談がうまくいかなくてライバルに取られたとか、家を買おうと思って躊躇している間にほかの人が契約してしまった、等々。


私はこのような考え方は好きではありません。後悔するのが嫌いな人間ですから。
たとえ何かで失敗したとしても、「あのとき失敗しておいて良かった。そのお陰で今の自分がある」「あの失敗からこんな大切なことを学んだ」というふうに考えます。
第一に、果たして「逃した魚が本当に大きかった(価値があった)かどうか、知る由もありません。
第二に、後悔したところで元に戻すことなどだれにもできません。
三番目に「逃がした魚は大きい」と思っていると、それを引きずってより良い未来に向かって進めないからです。


今日の冒頭の言葉、
「扉が閉ざされたときには、覚えておきなさい。その扉の向こう側にはあるものは、あなたのものではなかったということを」
も同じです。
どんなに運の強い人やいつもうまくやりぬけている人でも、思っていた扉が閉ざされるという経験は必ずあります。
もしも、これまでそのような経験はなかったと思っている人がいたら、心配ご無用。これから必ずありますから。受験や結婚や就職を始め、人生で大きな決断をしようとするときに本命だと信じていた扉が閉ざされるという経験はだれでも必ずします。


ここで大切なのは、それにいつまでもこだわっていない、ということです。
むしろ、あの閉ざされた扉の向こう側にあったものは自分のためのものではなかったのだときっぱりあきらめ、次の道を探ることです。そうすれば、別の扉が開かれます。
そして後になって振り返ったとき、それまで起った出来事の一つひとつの点と点が結びついて線になって、意味がわかるようになるときが必ずやってきます。「ああ、あれで良かったんだ」と。


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ユーレカ!

2018.08.03日

「ユーレカ!」(ギリシャ語 εὕρηκα [ウレーカ] 英語表記 Eureka [ユーーカ])とは、日本語で「わかった!」「そうだったんだ!」「これだ!」「やったー!」のような意味です。
何か新しいことを発見したり、今までわからなかったことが急に閃いて解決できた時などに使い、英語の “Aha!” (アッー!)に当たります。(太字の部分を強く発音します)


昨日の記事を書いた直後にふとこの言葉が頭に浮かんできました。
一昨夜教えていた高3生、そして夕方ちょっと教えた小学1年生と、夜にやはりちょこっと教えた中3生が「そうか!」と、見せてくれた笑顔を思い出したからです。


「ユーレカ!」の由来をWikipediaから一部引用します。
数学でおそらく誰でも一度は耳にする「アルキメデスの原理」で有名な古代ギリシャの数学者アルキメデス(紀元前3C)の逸話です。


"Eureka!"という感嘆詞は、古代ギリシャの学者アルキメデスに帰するものである。伝えられるところでは、彼が風呂に入ったとき、浴槽に入ると水位が上昇することに気づき、上昇した分の体積は彼の体の水中に入った部分の体積に等しいとわかり、"Eureka! Eureka!"と2回叫んだという。彼は形状の複雑な物体の体積を正確に量るという困難な問題を解決できたと理解し、浴槽から飛び出して、裸のままシラクサの街を駆け抜け、この発見を共有しようとしたと伝えられている。


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アルキメデスの洞察は、ヒエロン2世によって提起された、形状の複雑な金でできた誓いの王冠(英語版)の純度を計測するという問題の解決につながった。ヒエロン2世は金細工職人に王冠の材料として純金を渡したが、金細工職人が金の量を減らして同じ重さの銀を加えたのではないかと疑っていたのである。物質の重さを高い精度で比較するための器材は既に存在していた。これに体積を量ることができれば、密度が計算でき、金の密度は銀の約2倍もあり、標準温度・圧力において大きな値であるため、銀が混ざっていれば密度が低くなるのでそれがわかる。


やっぱり頭のいい人というか、天才の考えることは違いますねぇー!
凡人は風呂に入って湯船から湯が溢れるのを見ても当たり前のことと思って、別に何も感じない。
そして、「ユーレカ!」と叫ぶや否や、風呂から飛び出して裸のまま街の中を駆け抜けた、というところがいかにも天才(笑)。


私たちの生活の周りにはこのような思わぬ発見につながるものがいっぱい隠されています。
アルキメデスのような天才的発見でなくても、日々の人間関係において、また学生であれば勉強で、大人であれば料理や家事や仕事など、至るところにこの "Eureka!", “Aha!”, 「そうだったんだ!」が潜んでいます。
私はこの体験をするのが大好きで、毎日大小様々な発見をして楽しんでいます。それを教えている生徒や、またこのブログの読者の方に分かち合いたいというのが私の一番の願いです。


2年前の並行記事、「Aha!体験」にも面白い発見・気づきがあります。ぜひ併せてお読みください。


あっ、そうそう大切なことを今、思い出しました。
昨日、眼科に再び行ってきました。
前回の診察時検査してもらった結果、ウイルス性急性(流行性角)結膜炎は陰性だったのですが、3日目にそれまで大丈夫だった左目まで真っ赤に充血し始めたので、きっと右目のがうつったのだろうと思っていたら、やはりそうでした。いわゆる「はやり目」です。
ウイルスは細菌よりも小さく目に見えない微生物で、自分で生きることはできません。
ヒトや動物の細胞内に侵入して、その細胞を自分の住みやすいように変えて住み着きます。ウイルスの住み着いた細胞はやがて衰え、死んでしまい、病気になります。
しかし、ウイルスに対するヒトや動物の抵抗力が強いときは、ウイルスは活動することができないので病気になりません。
つまり、体力や免疫力が衰えているときにウイルスに侵されるのです。
今回、ものもらい(細菌性でウイルス性ではない)とはやり目の記事を書いたところ、何人もの方が同時期に同じ病を発症していらっしゃいました。
じつはこの夏の暑い時期に両者とも発症しやすく、直接の接触により伝染するのがはやり目です。
細菌やウイルスはどこにでもいます。身体の抵抗力をつけておくことと目を清潔に保つことが大切です。
皆さんもどうぞお気をつけくださいね。


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決意を新たに

2018.08.02日
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"Believe you can and you are halfway there."
--Theodore Roosevelt, 26th President of the US
「できると信じなさい。そうすれば半ば成功したようなものです」
--セオドア・ルーズベルト、第26代合衆国大統領


昨日は久しぶりに、と言っても4日ぶりなのですが記事「弱り目に祟り目」を書いて、ここ数日お休みをしていたわけを皆さんにお知らせしました。
お休みしている間に、また昨日の記事をご覧になって、大勢の方々が心配して励ましのお言葉やお祈りのお言葉をお贈りくださり、心より感謝いたします。


お陰さまで昨日は前日よりもずっと良くなりました。
良くなると早速バスでの生徒の送迎や、授業(と言ってもこの夏は高3生の受験英語の指導だけ)が入り急に忙しくなり、そのためウォーキングやお昼寝もできなくなりました(笑)。
元気になって仕事ができるというのは本当にありがたいことで、教えることは「三度の飯よりも好きな」ので、教えているときが一番幸せです。
生徒が今までわからなかったことがわかるようになり、目が輝き顔がパッと明るくなる瞬間、これが私にとって最高に幸せなときです。
昨日は夕方、小学1年生にもちょっと教える機会があったのですが、この瞬間を見ることができ、ダブルで幸せでした。


でも、私はいつもこうして教えることや仕事をすること、人を喜ばせることに夢中になって、ついつい食事や運動、睡眠・休息などを疎かにしてしまうため、体調を崩してしまう傾向があり、そこが私の一番弱いところです。


今回のことをきっかけに健康寿命を少しでも伸ばすため、これからは生活習慣を見直して改めようと、いつものことですがまた決意を新たにしています。
ルーズベルト大統領も言っているように、
「できると信じなさい。そうすれば半ば成功したようなものです」
ですから。


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弱り目に祟り目

2018.08.01日
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「弱り目に祟り目」
困っているときに、さらに災難が重なること。不運が重なることのたとえ。
泣き面(つら)に蜂。踏んだり蹴ったり。ダブルパンチ。一難去ってまた一難。
<例文>「会社をクビになった日に財布を落とし、帰宅したら家が全焼していた。これが弱り目に祟り目ということか」

(故事ことわざ辞典より)


去る16日、「迷惑なものもらいました」に書きましたが、その前日ものもらいになりました。
5日ほどでほぼ良くなり、もう大丈夫と思っていたら翌週23日になると目が痛み始め、真っ赤に充血したので慌ててかかりつけの眼科医に行きました。検査の結果ウイルスは発見されませんでしたが急性結膜炎と診断されました。ただウイルスの潜伏期間という可能性もあるので、家族にうつさないよう注意するようにと言われ、新しい目薬を処方されました。


ところが、一昨日29日の朝になると両目とも充血して真っ赤になり、まぶたがまた腫れ始めました。
涙と目ヤニでつねにうるうるしていてものがはっきり見えません。
目を休ませるためしばらくパソコン・スマホを触らずブログもお休みしていました。


さらにこの間、繊維筋痛症の腰痛も悪化し、ベッドの上に横になっていても腰が痛い。
しばらくウォーキングも頑張っていたのに、またまたストップしてしまいました。


昨日あたりからようやく目の腫れも少し引いてきて、まだ不自由はあるものの一応普通に生活できるようになってきました。
ブログを数日お休みしていたのでご心配くださった方々がメールで様子を尋ねてきて、お祈りくださったお陰でここまで快復することができました。お礼申し上げます。


まさに「弱り目に祟り目」でしたが、私のこの程度の痛みや苦しみなど本当に無きに等しきものです。それでも妻を始め何人かの方が、次から次へと病気が続くので、まるで旧約聖書に登場するヨブのようですね、と言ってくださり、それがきっかけでもう一度ヨブ記を読み直しました。
もともとヨブ記は聖書の中で私がもっとも苦手とする書で、ヨブの痛み・苦しみ・悶えと延々と続く重い調子の論争を読むたびに気が滅入ってくるのですが、今回改めて読み直して別の観点から見なおすことができました。


そして、8月19日の教会での礼拝説教を「ヨブの試練」というテーマで準備するよう導かれました。
目をしばらく使えなくてベッドの上で目をつむりながら瞑想し、だいたいのアウトラインができあがりました。
試練をも益に変えてくださる神様に感謝しています。
あと1週間もしないで完治するのではないかと期待しています。


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自分らしく

2018.07.28日

「笑うことが苦手でもいい
うまく褒められなくてもいい
料理が下手でも
きちんとしなくてもいい
完璧になろうとするほど
苦しくなるだけ
誰にでも苦手なことはある
やるべきかよりもやりたいか
女らしさよりも自分らしさ
誰にも縛られずに生きていれば
人生はもっと楽しめる」

―田口久人、ヤングキャリアコンサルタント


田口久人さんは「いかにその人の魅力を引き出すか」を追求し続け、若者に寄り添う本を多く書いておられ(「そのままでいい」ほか)、「読むだけで涙が出る」などと圧倒的な支持を得ていらっしゃいます。


生きていくのが大変な人というのは、ほとんどのケース人の目を意識する人です。
上に挙げられている項目一つひとつを見ると、全部これに当てはまります。


ここでは女性について書かれていますが、男性でも同じことです。
「料理が下手でも」は、たとえば「仕事が下手でも」と言い換えてもいいですし、「女らしさ」はもちろん「男らしさ」になります。


笑って人を楽しませようとか、笑わないと人に変に思われる、などと考えていると「笑う」という行為そのものが負担になります。「笑い」とは面白いから自然と出てくるものです。
「人に褒められたい」「料理が下手だ」「きちんとしていなくては」「完璧になりたい」「これをやるべきか」「自分は女らしい(男らしい)だろうか」等々、こんなことばかり考えていたら誰でもノイローゼかうつ病になるか、そうでなければ生きていくのが苦しくなります。
自分の人生は他の誰でもない、自分のためにあるのです。


肩の力を抜いて
人にいいところを見せようとせず
たとえ欠点だらけでも
ありのままの自分で
生きていけばいい。
そうすれば「人生を楽しむ」ことができます。
同じ生きるなら楽しく生きないと損じゃないですか。
(3年前に書いた記事、「人の目」も併せてお読みください)


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よそ見をしないで

2018.07.27日
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"You've got to walk right into what you want and not look at what you don't want. Stay focused on the goal."
--Calvin LeHew, Author
「自分が望んでいることに向かってまっしぐらに進んでいきなさい。よそ見をしてはいけません。目標をつねに見つめているのです」
--キャルヴァン・ラヒュー、作家
(訳 舟田譲二)


キャルヴァン・ラヒューは子どものときに両親をガンで亡くし、貧しさのどん底を味わいました。
でも、そのようなときに出合ったノーマン・ヴィンセント・ピール(「思考を変えると、世界が変わる」)やナポレオン・ヒル、W・クレメント・ストーン(「正直者は〇〇を見る」)、ジェームズ・アレン(「頭の中にあることは」)などの本を通してキリスト教の信仰とともに積極思考(成功哲学)を身につけ学んだことを実行していきました。
幾多の試練に遭いつつも、「試練はすべて益になる。立ち止まって別の道を考える機会になるからだ」と試練すらも肯定的に受け止めました。そして、その結果いくつもの事業で大成功を収め、多額の寄付をしてそれがさらに利益を生み出すという好循環を生み出し、その経験をMetaphysics 101 Manifesting Your Dreams という本に著しました。


冒頭の彼の言葉は、ビジネスだけに当てはまることではなく、人生すべての面において適用できる真理です。学業においても仕事、人間関係、健康等々、自分の望むことを明確にし、それから目を離さずに目標に向かって一歩一歩前進し続けるなら必ず目的地に着くことができます。


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何か重大な決断をするとき

2018.07.26日
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"Nothing great has ever been achieved except by those who dared to believe that something inside them was superior to circumstances."
--Bruce Barton -1886-1967, Author, Advertising Executive and Politician
「状況に勝る何かが自分の内にあると信じた人以外によって、偉業が成されたためしはない」
--ブルース・バートン、作家・政治家・広告業重役
(訳 舟田譲二)


当たり前のことですが、私たちは何かしようとするとき状況を見ます。
状況を見ずして行動を取ることを「向こう見ず」「無謀」「無鉄砲」などと言い、家族や友人などがそのような行動に出ようとしたら私たちは止めに入ります。
「無茶だ」「考えが甘い」と言ってたしなめます。


でも、歴史を見ると、何か大きなことをした人というのはほぼ例外なく、みんな「無謀」と思われるようなことをしています。
おそらく周囲の者に「やめておけ」と言われた人がたくさんいることでしょう。
しかし、一見無謀と思えることをして成功した人というのは、まず例外なく自らの内に突き動かすような何かを感じて、勝算があると信じて行動しています。
勝算がないと思いながらことを始めるのはそれこそ無謀です。


これはだれの人生においてもよくあることです。
起業するなどビジネスなどに限ったことではありません。
受験校や就職先を決める、お付き合いする人を決める、結婚相手を決める、どこに住むか決めるなど大きなことから、家電などでどれを買うか、家族旅行でどこへ行くか等々、生活の中で私たちはみんな大なり小なり常に選択を迫られています。


もちろん何を買うかぐらいでそれほど大きな決断をする必要はありませんが、学校や就職先、結婚相手を決めるなどとなると、どうしても慎重にならざるを得ません。
でも、みんな成長過程に見合ったそのときどき、自分にとって最善・最高の決断をします。
これらの経験をもとに、私たちはさらに難しい決断をしていきます。


家族を始め周囲の人たちから反対されても結婚する決断する人はよくいます。
このような場合、状況よりも何よりも、やはり自分の内に「絶対に大丈夫」という確信があるとき、人は動きます。
そして得てしてこのような直感は当たるものです。


しかし万一、誤った決断をした場合はどうすればいいのでしょうか。
そのときは、判断が甘かったことを認め、自分が取った行動に責任を取ることしかありません。
その結果、人に迷惑をかけたり、自分も損害を被ったり、恥をかいたりと、痛い目に遭うことでしょうが、それは甘んじて受けなければなりません。

私たち凡人が偉業を成すようなことはまずないでしょうが、それぞれの人生においてみんな自分の器に応じた自分なりの決断をしなければなりません。
後悔することのないように、状況を踏まえた上で勝算を信じて、また責任を持って決断したいものです。


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人は見違えるほど変わる

2018.07.25日
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"The simple act of paying positive attention to people has a great deal to do with productivity."
--Thomas J. Peters, Writer
「ただ好意的な接し方をするだけで、人は見違えるほど変わる」
--トマス・J・ピーターズ、作家
(訳 舟田譲二)


原文の
"The simple act of paying positive attention to people has a great deal to do with productivity."
はそのまま訳すと、
「人々にポジティブな注意を払う単純な行為は、生産性と大いに関係がある」
となりますが、それを敢えて上のように意訳しました。


これを書いたトマス・J・ピーターズさんは、アメリカの経営コンサルタントです。
ですから、生産性を重視する会社などではまさにこの言葉は上司と部下の関係などに当てはまります。
しかし、ちょっと考えてみると、これは上司と部下の関係のみならず親子関係や夫婦関係を始め、友人・師弟・先輩ー後輩等々、あらゆる人間関係にも適用できる言葉です。


「ただ好意的な接し方をするだけで、人は見違えるほど変わる」
を親子関係に当てはめてみましょう。
親が子に対していつもイライラしたり、怒ったりしていたら子どもは親に対して反抗的な態度を取るのは当たり前のことです。
でも、ちょっと優しく、好意的な態度を取るだけで、子どものほうもとても素直になります。
夫婦関係においてもしかり。
夫が妻に、妻が夫にもう少し優しい言葉遣いで丁寧な接し方をするなら、相手もそのような態度で接するようになります。


私は塾で生徒に教えるとき、子どもの様子を常に注意深く観察しながら、勉強に対する取り組む姿勢や興味、理解度、進歩、積極性、意欲などを見出すとすぐにそのことを具体的に褒めます。
すると生徒のほうも喜び、ますます頑張るようになります。
理系の生徒で英語が大の苦手、「英語は死んでる」と言っていたのに、入試では英語で一番高得点できるようになった生徒が何人もいます。


ブログを書くときにはいつも読者の方のニーズを意識しながらお一人ひとりにメッセージを届けるよう努めています(「ブログを続ける動機づけ」)。
すると、読者の方々はメールやメッセンジャー、ショートメッセージなどで次のような感想を送ってきてくださいます。
「それに気づくと苦難は180度意味が変わってきますね。先生のブログで私はいつも大変に励まされております。健全な見方、考え方を先生のブログを通して学んでおります。多くの方々もそうだと思います」
「舟田先生のブログはもうビンビンきまくりで、1人でスマホに向かって深く頷きながら読んでいます」
「私は先生のブログに毎日どれだけ力を頂いているか分かりません。最近は自分でも驚くほど精神状態が不安定になることがあり、聖書を開く元気もない時に、先生のブログに何度も救われました。不思議なことにどれもタイムリーなメッセージで、神様の働きを感じました。私にとって先生のブログは、本当に豊かに生きる為の知恵がつまった、現代版・箴言です」


皆さんも身近な人との接し方で試してみませんか?


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目で見たり、手で触れることのできない美

2018.07.24日
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"The best and most beautiful things in the world cannot be seen or even touched - they must be felt with the heart."
ーーHelen Keller
「世界で最上、最高に美しいものとは、目で見たり、手で触れたりできるものではありません。心で感じなければならないものです」
--ヘレン・ケラー
(訳 舟田譲二)


ヘレン・ケラーと言えばもちろん名作『奇跡の人』。
ほとんどの人がご覧になったのではないでしょうか。
家庭教師のアン・サリバンが冷たい井戸水を少女ヘレンの手に注ぎ、何度も "Water, water!" と大声で叫びながらヘレンの指を折って W-A-T-E-R と指文字を綴るあのシーンは皆さんのまぶたにも焼きついているのではないでしょうか?


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私は日本で封切された年、中学2年の時に映画館で観て感動で心が震えたことを今も鮮明に覚えています。そして、その後もテレビやビデオで何度も観ましたが、その都度感動を新たにした、私のお気に入りの映画のひとつです。


ところで映画のタイトル『奇跡の人』ですが、英語の原題は Miracle Worker です。日本語に訳すと「奇跡を起こす人」で、邦題の「奇跡の人」とはちょっと違います。「奇跡の人」だと主人公はヘレン・ケラーになりますが、「奇跡を起こす人」だとアン・サリバン女史のことをも指します。


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実際のところ、サリバン女史自身も視覚と聴覚の二つに障がいを持っていたそうです。だから、普通の光が眩しくて上の映画のシーンのようにいつもサングラスをかけていたのです。
その障がいを克服されていたそうで、その経験がきっとヘレンの盲聾唖の三重苦からの解放という奇跡を起こすことにつながったのでしょう。
そしてもちろん、ヘレン・ケラー自身も自らの経験をもとに世界中を回って講演活動を行い、多くの障がい者やさまざまな問題で苦しんでいる人たちの希望の光となって「奇跡を起こす人」となられました。この私の人生においても奇跡を起こしてくれました。


今これを読んでおられる方も、国内海外を問わず旅行などで息をのむような美しい風景に出合ったり、あるいは美術館や博物館などで惚れ込んでしまうような素晴らしい芸術品に出合ったり、また感動的な映画を観たり、最高に美味しいご馳走を食べたり、素晴らしいプレゼントをもらったり等々、一生の思い出に残る素敵な経験をきっといくつも持っていらっしゃることでしょう。
しかし、これらの経験は残念ながら時とともに次第に色あせていきます。


これに対して、冒頭のヘレン・ケラーの言葉
「世界で最上、最高に美しいものとは、目で見たり、手で触れたりできるものではありません。心で感じなければならないものです」
の中の「心で感じた」感動こそ永遠に自分の最高の宝として心に深く刻みつけられているのではないでしょうか?
五感で感動を味わうことはとても大切ですが、それ以上に素晴らしいのは「心で感じる美」すなわち「愛」を体験することです。
皆さんがこれまで生きてきて心で感じた最上、最高に美しい「愛」は何でしたか?
これさえあるなら、これからの人生で出合うどのような試練にも打ち勝つことができることでしょう。


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手遅れにならないうちに

2018.07.23日
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"Inaction breeds doubt and fear. Action breeds confidence and courage. If you want to conquer fear, do not sit home and think about it. Go out and get busy."
--Dale Carnegie -1888-1955, Author and Speaker
「何もしないでいると疑念と恐怖が生じる。行動を起こすと自信と勇気が生まれる。恐怖に打ち勝ちたければただ座って考えていてはいけない。外に出て仕事に取りかかることだ」
--デール・カーネギー、著作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


自信がないと行動が起こせない。するとますます不安に駆られ、恐れが生じる。
悪循環です。
この悪循環を断ち切るためにできることはただひとつ。
行動を起こすことです。
一見矛盾しているように見えるのですが、実際私自身の経験からも言えることは、自信がないときに何かひとつでも、小さなことでもいいので、できることからすぐに取りかかることです。ここからどんどん道が開けていきます。
何もしないでいるといつまでたっても何も変わらないばかりか、逆にどんどん後退していき、遂には本当に何もできなくなってしまいます。
このような人をこれまで何人も見てきました。その逆の人も。


これは勉強のおいてもしかり。
今、高3の卒塾生が受験が約半年後に迫ってきている昨日、ツイッターで「英単語もっと前からやればよかった」とつぶやいていました。
私の返事は、
「今からでも遅くはない。今やらないと手遅れ、ご臨終様になる!」


お尻に火がついた状態でこの夏期講習から入塾してきた人が何人かいます。
ぎりぎりセーフです。


健康も同じ。
脳溢血や心筋梗塞を起こした人で、すぐに喫煙や暴飲暴食を止めて体重を落とし、今はリハビリに励み見違えるほど回復した人がいます。
私自身も健康に不安を感じるとすぐに食事療法、ウォーキング、生活習慣を変えました。
がんが身体中に転移して、医師からは余命半年と言われていてもできることは何でもして8年余りも寿命を延ばし、思い残すことなく満足して天国に旅立って行った人もいます。
逆に、肺がんと診断されてからも好きなタバコが止められず、発症から1年足らずで他界した人もいます。


夫婦関係や親子関係、学校や職場の人間関係などもそう。
気づいたらすぐに関係修復に取りかかることです。


「思い立ったが吉日」と昔から言いますが、思い立つだけではだめです。
決意が揺らがないうちにすぐに行動に移すことです。
たとえ不安材料がたくさんあっても。
すべてはここからです。
手遅れにならないうちに。


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時に目に見えないものを心が見る

2018.07.22日

"Sometimes the heart sees what is invisible to the eye."
--H. Jackson Brown, Jr.
「時に目に見えないものを心が見る」
--H・ジャクソン・ブラウン Jr.
(訳 舟田譲二)


先週から始まったフジテレビのメディカル・ヒューマンドラマ『グッド・ドクター』。
なかなか見応えのある素晴らしい出来のドラマです。韓国で2013年同時間帯視聴率1位を独走したという話題作の日本版リメイクです。
驚異的な暗記力を持つ一方、コミュニケーション能力をうまく発揮できない(サヴァン症候群の)小児外科医を目指す青年・新堂 湊(しんどう・みなと)が主人公。


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一般に発達障がいと一括りにされている中に、このドラマの主人公のような自閉症スペクトラム(別名:アスペルガー症候群ASD)、学習障がい(LD)、注意欠如多動性障がい(ADHD)がありますが、一般の人と変わったところがあるため社会ではどうしても「障がい者」として見られて、それが偏見・差別につながることが多々あります。
うちの塾にもこれまで何人も上のASD、LD、ADHDの生徒がいて接してきたこともあり、彼らの特徴や強いところ、弱いところなどよくわかります。
でも、世間で言われているように、決していわゆる「障がい者」、特別な人たちではないと私は思っています。
むしろ、一般の人たちの間に通常見られない特殊な才能や特別な面を発揮している人たちです。今から9年前の「サヴァン症候群 天才か?」という記事の中に私自身の考え方を書きましたのでご興味のある方はご覧ください。


今回のドラマ『グッド・ドクター』の番組に寄せられた視聴者からのメッセージを見ていてもそれを強く感じます。
「私の6歳の息子も自閉症のサヴァン症候群です。2歳の頃からABCを歌ったり、197カ国ある国が全て分かったり(場所も)、国旗もマスターしたり。極め付けはタウンページを一度見ただけで全て暗記しました。最初、ドラマを見るのを躊躇しましたが、自分の息子の発達障害にもっともっと向き合う為に見ようと思いました。発達障害でも、皆同じ人間。同じ空間に生きている。いじめられるのかな…とか、覚悟しています。でも、人として、どうやって生きていくのか、何を感じるのか、何より、どう成長していくのか、私も息子の将来が楽しみでなりません。発達障害という病気が世に知れ渡った世の中です。このドラマを見て、私も息子も一緒に成長出来たらと、思います」


「時に目に見えないものを心が見る」
そのような人たちが「発達障がい」と呼ばれています。
発達障がいを持つ人たちに、そしてそのご家族にエールを送ります。


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新たな一歩を踏み出す

2018.07.21日
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"The journey of a thousand miles begins with one step."
--Lao Tzu, BC 6C Chinese philosopher
「千里の道も一歩から」
--老子、紀元前6世紀の中国の哲学者


最近はずっと毎日10000歩を目標にウォーキングしていて1か月間の歩行距離は約200kmだったのですが、1週間前にものもらいになり家をほとんど出ていなかったので、5日間の歩数が3900歩にまで落ちていました。
薄目が開いた昨日は近くの銀行と買い物に出かけて3622歩、今日は目もだいぶ開けることができるようになり夕方日が落ちてから久しぶりに散歩に出ました。


気温はまだ28度ありましたが、川沿いのいつもの散歩コースは海風が吹いてきてとても気持ちよく、リフレッシュすることができました。
まるで夏の終わりかと思うほど、ミンミンゼミ、アブラゼミ、ヒグラシが競い合って大合唱していました。
1時間弱6476歩、3.7km歩いて家の近くまで戻って来たときには辺りはうす暗くなり、時刻は7時。
富士山の上の美しい夕焼けが私を迎えてくれました。


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つい先日、塾のそばを歩いていたら後ろから自転車でやってきた教室の大家さんが私に気づいて声をかけてくださいました。
「しっかりしたふくらはぎをしていらっしゃいますね! よく歩いていらっしゃるんですか?」
「はい、ウォーキングだけですが」
大家さんは70代後半の方ですが、柔道の先生をしておられ、うちの生徒もこれまで何人も大家さんから指導を受けています。その柔道の先生に褒められてご機嫌でした。
下の写真は3年前に撮ったものなので、今ではさらに筋肉モリモリ!?


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4年前には「日本列島縦断達成!」しましたが、その後もずっとほとんど毎日歩き続けているのでおそらくもうとっくに日本列島最北端から最南端を往復し、さらに東京辺りまで折り返しているかと思います。


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冒頭の老子の有名な言葉、「千里の道も一歩から」はウォーキングだけでなく、どんなことにも通じます。
最初の一歩はだれでも小さな一歩です。でも、それが積み重ねられていきやがてその中からプロになる人も出てくるのです。
つまずいても、転んでも、失敗してもまた新たな一歩を踏み出す。
これがどの道にも通じる成功の秘訣です。


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西日本豪雨被災者の生きる力

2018.07.20日
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"Life can be pulled by goals just as surely as it can be pushed by drives."
--Viktor Frankl, Austrian Neurologist, Psychiatrist, Holocaust Survivor
「人生はちょうど動機によって押し出されるように、目標によって引き寄せられる」」
--ヴィクトール・フランクル、オーストラリアの神経科医・精神科医・ユダヤ人大量虐殺の生存者
(訳 舟田譲二)


私たちは生きていくに当たって動機づけが必要であるように、目標も同じように必要です。
動機があいまいで目標を持っている人が時々います。
「世界一の◯◯になる」という目標は立派なのですが、動機がはっきりしていないとこのような目標はまず達成できません。
同様に、目標があいまいで動機だけある人も危険です。
どの方向に進むかわからないからです。
動機と目標は車の両輪のようなもので、生きていく上で不可欠なものです。


今回の西日本豪雨で大勢の方が亡くなり、家族や家・田畑・財産・仕事などを失って生きる目標を失っておられる方もいらっしゃるかもしれません。実際、もし自分がその立場に置かれたら、同じように打ちのめされ、立ち上がることさえ困難に思われることでしょう。


ヴィクトール・フランクルはナチスの強制収容所アウシュビッツで奇跡的に生き残ったひとりですが、その時の経験を通して、人間は生きる目標があればたとえどれほど過酷な環境の中にいても生きる力が与えられる、という結論に至り、それを書物に著しました。
『夜と霧』は『アンネの日記』に並ぶロングセラーで、「言語を絶する感動」と評されています。日本語を含め17カ国語に翻訳されており、読売新聞による「読者の選ぶ21世紀に伝えるあの一冊」のアンケート調査でも、世界の名著部門の第3位になりました。


フランクルは「人生はどんな状況でも意味がある」と説き、生きがいを見つけられずに悩む人たちにメッセージを発し続けました。過酷な環境の中で、人は「心の支え」、生きる目的を持つことが、生き残る唯一の道であると語っています。
運命に毅然とした態度をとり、どんな状況でも一瞬一瞬を大切にすること。それが生きがいを見いだす力になる。幸福を感じ取る力を持てるかどうかは、運命への向き合い方で決まるとフランクルは結論します。


去る17日の選抜高校野球広島大会の選手宣誓をした、自らも被災者であり、友人を失った生徒の言葉の中にそのことが力強く語られていました。
「...行動せずにはいられませんでした。その中でどうにもならない無力感も感じました。今なお困難な状況にある仲間もいると思います。
しかし、私たち一人ひとりにとって、選手権大会は、一回きりのかけがえのないものです。どんな状況も克服し、それを乗り越えて挑戦します。それが野球だから。
今回は、私たちの成長、私たちの闘う姿を見てもらう大会です。被災された方々に勇気と力を与えられるように全力でプレーします」


被災地の方々がこの言葉にどれほど励まされ、夢と希望を与えられたことでしょう。
「動機」と「目標」があれば、私たちはどんな試練も乗り越えて生きていくことができます。
これまでの日本人の歴史が語っているように。


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順風のときは感謝し、逆風のときには

2018.07.19日

まだ状況は変わりません(「迷惑なものもらいました」)。この日曜日から4日間、家から外に出ていません。あっ、朝、庭の草花に水をやるためにだけ出ました。
相変わらず「お岩さん」状態で、腰も痛く前屈みになることも寝返りを打つことも辛いです。
昨日も一日横になりながら、8月に教会の礼拝でするメッセージの準備をしていました。
テーマは「ヨブの試練」です。
昨日と今日で大体構想がまとまりました。
旧約聖書に登場するヨブとはどのような人物か。


ヨブについて書いた7年前の記事「物事がうまくいかないとき」がありましたので、この記事をそのまま下にご紹介して今日のブログに代えさせていただきます。今の私の状況によく似ていて自分自身へのメッセージとなりました。


「泣きっ面に蜂」「弱り目に祟(たた)り目」「痛む上に塩を塗る」「一難去ってまた一難」「踏んだり蹴ったり」
などのことわざが示すように、困っているときにさらに困ったことが続いて起こるということがあります。
また、八方ふさがりで、どのように進んで行ったらよいのか分からなくなるようなことも人生にはあります。


先日、あるメルマガに次のように書いてありました。
「順風のときは感謝し、逆風のときには反省せよ」


順風のとき、感謝の心を忘れて傲慢(ごうまん)になってしまう人がよくいます。
また、逆風のときに「神も仏もあるものか」と言って天を呪い、昨日のブログにも書いたように自殺してしまう人もたくさんいます。
確かに、順風のときに感謝することは大切です。
そして、逆風のときに反省することもそれに劣らず大切です。
でも、私はあえて言います。
「順風のときにも感謝し、逆風のときにも感謝しなさい」と。


「えっ?? 物事がうまくいかないときに感謝なんてできるわけないじゃない!」と普通、みんな思います。
しかし、それこそ逆風のときにいつでも反省できるとは限りません。
なかには貰い事故ということもあるし、自分は悪くないのにひどいことが自分の身の上に起きることだってあります。
しかし、感謝ならどんなときでもできます。
どのようにして?


今、起こっている困ったこと、辛いこと、悲しいこと、苦しいことの中に、なにかひとつでもいいことがないか探してみるのです。
「こんな苦しい状況の中でいいことなんてひとつもない!」
と思うかもしれませんが、それでもよくよく考えるとひとつ、ふたつと見つかるものです。
たとえば、先ほどの例のように貰い事故に遭ったとしましょう。
このようなときは相手を呪いたくなるかもしれません。
しかし相手を呪ったからと言って、痛みが減るわけでもなければ、なにひとつ状況が好転するわけではありません。
また、先祖の祟りだとか、厄年だと考える人もいるでしょう。
しかし、このような考え方も非常にネガティブで、決していい結果を生みません。


むしろ、
「痛い目に遭ったけど、こちらが加害者にならなくてよかった」
「最近ずっと働き過ぎだったから休養のときが必要だったのだ」
「この事故を機会に自分も車の運転にはもっと気をつけるようにしよう」
「入院している間に、この際ついでに体の悪いところを全部治してもらおう」
「これで読みたいと思っていた本がゆっくり読める」
「この事故のお陰で家族の絆(きずな)が一層強められた」
「長年会っていなかった友人が見舞いに訪ねてきてくれた。これからまたこの人と旧交を温めよう」
「多くの人たちからお見舞いをいただいた。私はこんなに多くの人に大切に思われているのだ」
「この事故をとおして私は何を学ぶことができるのだろう。ここからどのように成長できるのか楽しみだ」
等々、感謝し始めれば切りがないほど、次から次へとありがたいこと、感謝できることが頭に浮かんできます。


えっ?もし死んでしまっていたらって?
このときは、自分はもう何も悩むことはありません。
あとは天国から、残された家族がこの試練を乗り越えてしっかりと立ち上がるように祈っていればいいのです。


旧約聖書の中に登場するヨブという人には、それこそ考えられないほど次から次へと大きな試練が襲いかかりました。
子どもや財産すべてを失い、さらに重い皮膚病にかかり、妻からは「神を呪って死になさい」とまで言われます。
慰めに駆けつけた友人達もヨブのあまりにも悲惨な姿に言葉を失います。
しかし、ヨブは
「わたしは裸で母の胎を出た。また裸でそこに戻ろう。神は与え、神は取り去られる。神の御名はほむべきかな」
と言って、決して神を呪いませんでした。
その結果、病は癒され、財産ももとの倍になり、大勢の子ども、孫、ひ孫に恵まれて幸せな長い人生を送った、という話です。


以前このブログに「ありがたい、ありがたい」という記事を書きましたが、本当にいいことを考えていると次から次へと道が開かれていきます。
私はこれを「引き寄せの法則」と呼んでいます。


物事がうまくいかないときには、感謝しましょう。


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昨日は一日ダウン

2018.07.17日

一昨日発症したものもらい(「迷惑なものもらいました」)。
昨日は朝眼が覚めると、ものもらいは悪化していてまるで「お岩さん」状態。
しかも目も頭も痛く、さらに線維筋痛症が復活したのか腰の痛さも尋常じゃなく、一日中ダウンしてベッドの中でした。


痛みや辛さに耐える力は、長年にわたって鍛えられてきているせいか人並み以上ではないかと思います。
ベッドの中で8月の礼拝メッセージの準備をしました。
テーマは「ヨブの試練」。
ということで今日はここまで。
皆さんのお祈りを感謝いたします。


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迷惑なものもらいました

2018.07.16日

ものもらって「迷惑」なんて横着ですが、本当に迷惑なものなんです。
それは「ものもらい」。


昨日、朝起きると右目が腫れて開かなくなっていました。
悪く言えばまるで「お岩さん」のよう。
お岩さんと言えば、子どもの頃映画で観て、おしっこちびりそうになるほどビビりました(ちびりませんでしたが)。
その後、「怖し見たし」で何度も入ったおばけ屋敷では毎回お目にかかり、背筋が凍るのを通り越して心臓が破裂するかと思ったほど怖かったです。


halloween1.jpg

キッズ英語クラスのハロウィンパーティでお岩さん登場 小さな子どもは怖くて机の下にもぐりこみました


「ものもらい」なんて放っておいても治るものと思っていたのですが、念のためネットで「全国版救急受信アプリQ助」なるものを見つけ、自分の症状をクリックして進んでいくと、最後に 「緊急度が高いと思われます。今すぐ119番に電話してください」という表示が出てビックリ。
近くの市民病院に電話したところ、東海大学伊勢原病院へ行くようにと言われ、連休で月曜日も休みなので念のため行ってきました。
結果は、やはり悪性でないものもらいで、目薬と眼軟膏を処方されました。


この「ものもらい」という名前、大学を卒業するまで育った京都では「めいぼ」と呼んでいました。「目にできるいぼ」というところから生まれた言葉でしょう。
先日の西日本豪雨のとき、昔住んでいた家のすぐそばにあった嵐山の渡月橋の映像が何度も出てきましたが、橋が流されるのではないかととても心配しました。
京都には約20年ほどしか住んでいなかったのですが、いまだに私の心のふるさとは京都です。


ところが、京都から離れてその後アメリカに、そして帰国後は関東に長年住んでいるうちに京都の言葉を忘れてしまい、妹や親せき、友達と話すときですら京都弁が出てこなくなってしまいました。
今回、この「ものもらい」騒動をきっかけに「めいぼ」という言葉を思い出したところ、その当時の思い出が甦ってきました。それが「ふるさと」というものなんですね。


ところで、言語学好きの私は「ものもらい」「めいぼ」という呼称に興味を持ってちょっと調べてみました。
すると、全国のベスト3は
1位 ものもらい  34%
2位 めばちこ   27%
3位 めいぼ     7%
でした。


「ものもらい」は東日本を中心に全国で広く使われているのに対し、「めいぼ」はかなり地域差があることがわかりました。


IMG_3529.PNG  IMG_3528.PNG


さらに、地域によってさまざまな呼び方があることを知りました。
めばちこ、めんぼ、めぼ、めぼう、めっぱ、めもらい、ばか、おでき、ものむらい、めこじき、めんぼう、おひめさん、めんちょ、めかいご、みいんでえ、めまんじゃ、おきゃくさん、おともだち... まだまだありそうです。
「ばか」「おひめさん」「おきゃくさん」「おともだち」などには笑わされました。
これらの言葉が生まれたのには、必ずそれなりの理由があるわけで、ルーツを探ると「ものもらい」をめぐる文化が浮かび上がってきて、とても面白いです。


三重大学教育学部教授、余 健助教授によると、(「ものもらいmap」より)


東日本を中心に使用されている呼び名「ものもらい(ものむらい)」については、次のような言い伝えがあります。
「三軒の家から米をもらって食べるとなおる」(福島県東白河郡)
「よその家へ乞食に行くと、めこじき(ものもらい)が治る」(岐阜県土岐市)
つまり、共通語形「ものもらい」や地域語形「めこじき・めぼいと等」の語源は、「これを治すために人からものをもらう」という無薬の治療行為と結びついて生まれたようです。これを受けて今回の調査における「ものもらい」の使用地域は東日本を中心として、そこから遠く離れた九州の佐賀県や鹿児島県、沖縄県でも多く確認されます。
約50年前に国立国語研究所によって行われた調査では、東海・関東・東北の一部にしか確認されなかった「ものもらい」が、特に若い世代を中心に上記の地域で勢力を拡大していると言えるでしょう。そしてこの「ものもらい」の広がりの背景には、テレビや新聞・雑誌等のメディアを通じての共通語化の影響を挙げられるかと思います。
ただ、その一方で近畿地方や中国・四国地方では、共通語形「ものもらい」の使用は若い世代においても少数派です。これらの点を考え合わせると、メディアを通じて共通語「ものもらい」の影響を受ける程度には、地域差や世代差があるといえそうです。


「ものもらい」は正しくは麦粒腫(バクリュウシュ)と言うのだそうですが、こんな言葉知ってるのは全国民の1%もいないでしょうし、麦粒腫なんて言ったら麦芽酒みたいでビールと勘違いすることでしょう。麦芽酒なら全然迷惑でなく歓迎するのですが😀
言葉は本当に奥が深く、面白いです。
私も趣味でこんな方言研究をしてみたいものです。
今日は「お岩さん」ならぬ「ウィンクボーイ」のジョージ先生でした。


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人生を’素’通りしてはいけない

2018.07.15日
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"Don't go through life, grow through life."
--Eric Butterworth -1916-2003, Minister, Author, Radio Personality
「人生を’素’通りしてはいけない。人生を’吸う’通りするのです」
--エリック・バタワース、牧師・作家・ラジオパーソナリティ
(訳 舟田譲二)


原文の go through life というのは、日本語で言えばただすう―っと通り過ぎること、すなわちあまり考えずに「素通りする」というような意味です。
これに対して grow through life とは、人生を成長しながら生きることです。
ところが、英語ではここで go(ゴウ)と grow(グロウ)と韻を踏んで言葉遊びをしているのです。このようなシャレた言葉遊びは翻訳者泣かせで、原文の味を出しながら翻訳するのは至難の業です。
そこでいろいろ考えたあげく、「’素’通り」に対して「’吸う’通り」と音をかけて訳し、「吸う」を「吸収する」「学び、成長する」という意味を込めて訳しました(訳注をつけないと通じないでしょうが)。


世の多くの人は人生をそれほど深く考えずに、「素通り」しているように見えます。
物ごころつき始めたときから、親に言われて将来のためにと勉強し、人並みに受験をして学校を卒業し、その後は就職、仕事、結婚、子育て、孫育て、老後の気ままな生活、そして死という流れを当たり前のことのように、人生の流れに身を任せて歩んでいるような気がします。


でも短い人生、もっと貪欲に生きないともったいないです。
貪欲に学び、吸収し、成長していかないと、自らの死を前にして空しさに襲われるのではないでしょうか。
9年近く前に「死ぬときに後悔すること」という記事を書きましたが、人が死ぬ前に後悔する25項目が挙げてあります。
ありきたりの人生をただ素通りしていると、このようなことで後悔することになるのは必定です。
そうならないためには、生きている間は一瞬一瞬を大切にし、考えながら、一歩一歩成長しながら高嶺を目指していくことです。


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あなたはお手本

2018.07.14日
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"You are an example. Whether you are a good example or not is up to you."
--Steve Ferrante - 1916-2006, Former National Football League Player
「きみはお手本だ。いいお手本か、それとも悪いお手本か、それはきみ次第だ」
--スティーブ・フェランテ、元NFLフットボールプレーヤー
(訳 舟田譲二)


このスティーブ・フェランテの言葉はまことに至言です。
私たちは善きにつけ、悪しきにつけ、すべての面において他人のお手本となっています。
好むと好まずに関わらず、親は子のお手本となっていますし、教師は生徒の、先輩は後輩の、上司は部下のと、普通は先の者が後の者のお手本になるものですが、逆の場合だってあります。
ときに子どもが親に新たなことを気づかせてくれてお手本となってくれることがありますし、同様に生徒や学生が先生のお手本となってくれることもしばしばです。


年齢や経験の上下関係など関係なく、私たちはみんなある意味、他人のお手本となっているのです。
昨日たまたま見た光景ですが、ある大人の人が吸っていたタバコを道路に捨てていました。
もっと正確にいうと、道路の脇にある側溝の小さな穴の中に捨てていたのです。
この側溝の中は雨が降って水かさが増えると近くの川に流れ、さらにこの川は他の支流などと一緒になって海に流れていきます。
ひとりの人の心ない小さな行為によって海が汚されているのです。
そして、これを無意識に見ている若者たちが同じように吸ったタバコの吸い殻を側溝に捨てます。


ペットボトルもそうです。
空地や道路わき、川に使用済みのペットボトルを平気で捨てる人があとを断ちません。
このペットボトルもやぎて海に流れていきます。
日本全国の大小さまざまな河川に約5000万本もの空きペットボトルが捨てられているそうです。
これらのペットボトルやビニール袋などが単に海を汚しているだけでなく、魚類、鳥類、クジラ、ウミガメなどの海洋生物を数多く殺しています。
私たち人間が地球の生態系を破壊しているのです。


受動喫煙の健康への害が大きく取り上げられるようになり、2020年の東京オリンピックに合わせて受動喫煙禁止の方向へ進んでいます。でも受動喫煙は飲食店内にとどまらず、道路上においてもタバコを吸わない人に大きな迷惑行為となっています。
タバコの害についてはかなり一般社会に受け入れられるようになってきましたが、身近な親や友人などが吸っていると、これがお手本となって若者が吸い始めます。
概してタバコを吸わない親の子は吸わない傾向があります。これは良いお手本の例です。


私たちの言動や生き様、さらに存在そのものが周囲の人のお手本になっていることを考えるとき、私たちの責任は重大です。。
「人間」とは「人の間」に生きるもの。
お互いに益になるような生き方を心がけたいものです。


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絶対主義と相対主義

2018.07.13日

1週間前の6日、オウム真理教の麻原彰晃こと、松本智津夫を含む教団幹部7名の死刑が執行されました。
今、麻原教祖の遺骨の取り扱いが大きな問題になっています。
詳しい経緯はここでは省きますが、なぜこの遺灰の引き取りのことが問題になるかというと、釈迦の遺骨の仏舎利のように、遺灰を崇拝の対象ににし麻原を神格化する可能性があるからです。


このような問題を見て、だから宗教は恐ろしいと、この問題を「宗教」という一括りで捉える人がいますが、これもまた問題です。
ここでは麻原彰晃という一人物を絶対視し神格化することが問題であって、決してそのことイコール「宗教」ではないからです。


この世にはさまざまな問題について「絶対主義」と「相対主義」というものがあります。
政治と結びついた絶対主義は過去の大戦などに見られるように非常に危険なものです。
昔の日本の天皇制がそうであったように、現在の韓国や北朝鮮なども政治において同様の危険性をはらんでいます。


このような問題を見ていて、この世の中はすべて相対的なものだと考える人たちもたくさんいます。
たとえば、時代や文化などと共に変わる価値観の例として侵略戦争や現代のLGBTに見られるような男女間の性差の問題などを挙げることもできます。
これらをもとに、この世に絶対的なものは存在しないと主張し相対主義を標榜しますが、「絶対的なものは存在しない」と言った段階でそれ自体が絶対主義的な主張に陥るという矛盾をはらんでいます。
果たして絶対的な基準などこの世に存在しないのでしょうか。


「殺人」は絶対悪だというのが一般に受け入れられています。
しかし、殺人はだめだから死刑もだめだ、という議論になると意見は分かれます。
もしも、この世に宇宙を創造し、支配しておられる「神」という絶対者が存在しないなら、確かにすべては相対的になるかもしれません。
その絶対者なる「神」が単なる「サムシング・グレート」のような存在で、人格的な意思を持たないとすれば、「殺人」を絶対悪とすることもできなくなります。
そして、進化論が言うような「適者生存」の論理が通るなら、オウム真理教がかつてやってきたような反社会的な行為や現在世界を震撼させているテロ行為なども絶対悪とは決めつけられなくなります。


この世の中を見るとき、またその中で生きるとき、私たちはこの「絶対主義と相対主義」という問題を避けては通れません。
そして、どちらの立場を取るかによって、私たちの生き方は大きく変わってきます。


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モチベーションと習慣

2018.07.12日
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"Motivation is what gets you started. Habit is what keeps you going."
--Jim Rohn - 1930-2009, Entrepreneur, Author, Motivational Speaker
「モチベーションは事を始めるきっかけになるもの。習慣は事を継続させてくれるもの」
--ジム・ローン、起業家・作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


日本でも最近は「モチベーション」という言葉がとてもよく使われるようになりました。
英語の発音は正確には【mòutəvéiʃən】[モウティヴェイション]で「モチベーション」とはずいぶん違います。また、日本語では良い意味でしか使われていませんが、英語ではもともと単に「動機づける」という意味なので、次のように悪い意味でも使われることがあります。
Like so many people, he's motivated by greed.
(多くの人のように、彼は欲で動いている)


それはそれとして、何か事を始めるときというのは良きにつけ悪しきにつけ「動機」があります。「何かをしよう」という動機です。広い意味での「動機づけ」なので、必ずしもいい意味でのモチベーションとは限らないわけです。


そして「動機づけ」によってことを始めると、あとは繰り返しによる「習慣」が行動の継続を促します。
ですから「良い動機づけ」だと「良い行動習慣」が身につきますし、「悪い動機づけ」だと「悪い行動習慣」が知らず知らずのうちに身につきます。
「良い動機づけ」「良い行動習慣」は容易に想像できるかと思いますが、それではその逆の「悪い動機づけ」「悪い行動習慣」ってどんなものでしょうか?
先ほどの例のように「欲で動いている」などはそれでしょう。
このほか、あとを絶たない「振り込め詐欺」や「スマホ・PCの乗っ取りやスパムを送りつけること」、SNSを利用したデマ・噂の流布、今回の西日本豪雨の被災地での住居や店舗への侵入・窃盗行為といった火事場泥棒、痴漢・盗撮行為等々、これらの悪行も「悪い動機づけ」から始まる「悪い行動習慣」です。


良い動機づけは良い行動習慣を、悪い動機づけは悪い行動習慣を生み出す、というのはある意味当然のことなのですが、本当に怖いです。


ジム・ローンはモチベーショナルスピーカーなので、当然のことながら彼が勧めているのは「良いモチベーション」で事を始め、「良い習慣」で良い事を継続させることです。
よくできたもので、このような良いサイクルに入っている人は、幸せで満足いく生活を送っていますし、「悪いモチベーション」「悪い習慣」のサイクルの中にいる人は絶えず人目を意識して隠れてコソコソとした人生を送り、決して本当の幸せを味わうことはできません。
皆さんにとって、「良いモチベーション」「良い習慣」とはどんなことですか?
私の場合は、健康のためという「動機」でウォーキングを始めましたが、いつの間にかそれが「習慣」になり継続できてます。スマホアプリでウォーキング歴を記録していますが、すでに日本列島最北端から最南端を往復以上歩いており、結果健康増進に貢献しているようです。


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名前が与えるイメージの差

2018.07.11日

昨日、夕方のウォーキングから戻ってシャワーを浴び、夕食前に台所に立って昼の食器洗いをしながら7時からやっていたTBS系番組『この差って何ですか?』を途中から見ていました。
かしまし娘の庄司照枝・花江姉妹の日常生活の中の健康法も面白かったですが、最後にやっていた「名前」が与える「イメージ」の差をとても興味深く観ました。
言語学(音声学)を専門とする立場からも、「名前につく音が与えるイメージ」は私自身普段から考えていたことなので納得のいく内容でした。心理カウンセラー、五百田達成さんが例を挙げて明快に解説していらっしゃいました。
以下、番組ホームページからコピーしてご紹介します。きっと何かと役立つことかと思います。


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1.「さ行」は清潔感があって爽やか
2人の男性の写真を見せて、「『しゅんすけ』はどっちと思う?」か100人に聞いたところ、93人が同じ人を指した。同じように、女性2人の写真を見せて「『しおり』」っぽいのはどっち?」か聞いたところ、89人が同じ人を指した。(テレビ出演のパネラーも同じ結果。そして私の予想も)
なぜ、ほとんどの人が同じように思ったのか?
「しゅんすけ」という名前を聞くと、「清潔感がある」「爽やか」というイメージを抱き、「しおり」という名前を聞くと、「清潔感がある」「清楚」というイメージを持つ。そのため、同じ人を選ぶ。これは、「しゅんすけ」も「しおり」も「さ行」の音から始まっているため。「さ行」の音からはじまる名前は、「清潔感」があって「爽やかな」イメージ。
街の人に聞いた、「清潔感があって爽やかなイメージの名前」トップ5は、男性は「しょうへい」、「しゅんすけ」「はるま」「しょう」「そうた」、女性は「さら」「りょうこ」「さやか」「すみれ」「しおり」と、男女ともにトップ5中4つが「さ行」からはじまる名前だった。
なぜ「さ行」は清潔感があって爽やか?
「さ」「し」「す」「せ」「そ」を丁寧に言うと、「すぁ」「すぃ」「すぅ」「すぇ」「すぉ」となり、必ず「す」を発音する。「スー」という音は、風が吹き抜ける音で、通りがよくなる感じがして、清潔感のあるイメージ。さらに、「清潔感」「爽快」「爽やか」「清楚」「清々しい」はすべて「さ行」なため、「さ行」から始まる名前だとそのようなイメージがつきやすい。


2.「濁点」は強そう
2人の男性の写真を見せて、「『だいご』はどっち?」か100人に聞いたところ、95人が同じ人を指した。
多くの人が同じ人を指した理由は「濁点」。「濁点」は「強そう」なイメージを与える。「濁点」のついた名前から「濁点」をとると、柔らかいイメージに変わる。例えば、「だいすけ」と「たいすけ」、「じょうじ」と「しょうじ」、「じろう」と「しろう」ではだいぶイメージが違う。「濁点」だけでイメージは大きく異なってくる。
なぜ「濁点」は「強い」イメージ?
「濁点」のつく音は、舌や唇を強く弾いて発音するので強そうなイメージになる。さらに、強く蹴る時の「ガンッ!」「ゴンッ!」「ダンッ!」という音や、強くたたく時の「ゴツン!」という音のイメージが刷り込まれているので、人の名前を聞いた時も「強い」と感じる。
人の名前の音のイメージは色々な業界で利用されている。「ゴジラ」「キングドラゴン」「ラドン」など怪獣には「濁音」がつく名前が多い。一方、「濁音」が付いていない怪獣は、ゴジラの子どもの「ミニラ」のように可愛らしいイメージで「濁音」を付ける必要がない。「ガンダム」「デビルマン」「マジンガーZ」「孫悟空」など「強い」イメージをもつキャラクターには「濁音」が付いている。
また、キャラクターだけでなく商品にも使われていて、「ボス」「ジョージア」「ワンダ」「ダイドーブレンド」など主な缶コーヒーの名前には「濁音」がついている。1987年にサントリーから発売された缶コーヒーの「WEST(ウエスト)」はなかなか売れ行きが伸びなかったが、ターゲットを男性に絞り名前を「BOSS(ボス)」に変更したところ大ヒットした。


3.「ら行」はキレイで高嶺の花
2人の女性の写真を見せて、「『れいこ』はどっち?」か100人に聞いたところ、93人が同じ人を指した。
「ら行」からはじまる名前は、「キレイ」で「高嶺の花」、「麗しい」イメージ。「らん」「りの」「れな」が「ら行」ではなかったら、イメージは大きく変わる。例えば「らん」と「あん」、「りの」と「しの」、「れな」と「まな」では、だいぶイメージが違ってくる。
なぜ「ら行」は「高根の花」のイメージ?
「ら行」は外来語が多い。そのため、海外のイメージから「カッコイイ」「華やか」「高嶺の花」「キレイ」というイメージになる。
「エースをねらえ」のライバル、お蝶夫人の名前は「竜崎麗香」で「ら行」。「白鳥麗子でございます」も「ら行」の名前で、「高嶺の花」のイメージ。
「高嶺の花」「ハイセンス」「クール」「高そう」なイメージをうまく利用しているのが「LEXUS(レクサス)」。高級車ブランド「LEXUS」は、造語で特に意味はないが、「ら行」のイメージをうまく利用している名前といえる。


4.「あ行」は安心感があって親しみやすい
2人の女性の写真を見せて、「『あいこ』はどっち?」か100人に聞いたところ、88人が同じ人を指した。
「あ行」からはじまる名前は、「安心感」があって「親しみやすい」イメージ。「あ行」は「母音」なのでよく聞く音。発音される機会が多く、「親しみ」「安心感」を感じる。人気芸能人ランキングを見ると、綾瀬はるかさん、天海祐希さん、浅田真央さん、イモトアヤコさんなど、10人中8人が「あ行」からはじまる名前だった。


いかがですか?
思い当たる節があるのではないでしょうか?
缶コーヒーや車を始めとするさまざまな商品名にも、これらの人の心理がうまく利用されて使われているというのはまことに面白い事実です。
音が与えるイメージは英語など外国語にも存在します。これを単語を覚えるコツにすることもできます。
私も昔からこのことに気づいていて、自分の子どもや法人、塾、講座などの命名にも活用してきました。
皆さんもお子さんやお孫さんの名前をつけたり、会社名や商品名などに利用できるのではないでしょうか。


ちなみに、私の名前「ふなだじょうじ」には、上の例からいくと「だ」「じ」など濁点が多く含まれていて、「強い」イメージということになるのですが、実際には弱くて笑っちゃいます。あるいは、弱いからこそ強くするためにこのような名前が与えられたのか(笑)。


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ありがとう

2018.07.10日
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“‘Thank you’ is the best prayer that anyone could say. I say that one a lot. Thank you expresses extreme gratitude, humility, understanding.”
ーーAlice Walker – Novelist, Poet, and Activist
「『ありがとう』は、誰にでも言える最高の祈りの言葉です。私はこの言葉を頻繁に使います。『ありがとう』は、感謝と謙遜と理解の極みを表します」
ーーアリス・ウォーカー、小説家・詩人・社会活動家
(訳 舟田譲二)


日本語の「ありがとう」はとても美しい言葉で、外国の人たちの間でも英語の 'Thank you.' のように有名です。日本を訪れる外国人の観光客の方が「アリガト」と言うだけでなく、外国においても日本人らしき人を見かけると近づいてきて “Arigato” とよく声をかけてきます。


日本人でも知っている人は少ないのですが、「ありがとう」の語源は「有り難い」、すなわち「滅多に起こらないこと」という意味です。
もちろん、相手の人がしてくれた親切に対して「こんなことは滅多にない」と言っているわけではなく、「有り難い(滅多にないような)幸せに巡り合った、感謝なことだ」という謙遜な心を表しています。そういう意味において、この「ありがとう」はとても美しい言葉で、冒頭の英語の ‘Thank you’ と同じようにやはり「感謝と謙遜と理解の極み」の気持ちを表している表現です。


世界のさまざまな言語の「ありがとう」に当たる言葉は、それぞれの国の文化や習慣を表しているのでしょうが、おそらくどの言語においても「感謝と謙遜と理解の極み」を伝えるものでしょう。


今回の西日本における豪雨と未曾有の被害には私たち日本国民みんなが、そして世界中の人たちが心に大きな痛みを覚えており、お亡くなりになった方々に哀悼の意を表します。またご遺族の方々には天父のお慰めと癒しを心よりお祈りいたします。
自衛隊や地元の警察、消防を始め、ボランティアの人たちの懸命の救出活動、復旧活動に対して被災者の方々は悲しみと失意の中で心から「ありがとうございます」とお礼の気持ちを告げていらっしゃいます。


本当にこんなことは滅多にないことであり、そして二度と同じような事態を起こしてはならないことですが、自然の猛威の前に私たち人間になす術がないというのが現実です。
私たちも他人事ではなく、救助・復旧活動に当たっていらっしゃる方々に心から「ありがとうございます」と頭を下げて感謝と謙遜と理解の極みをもってお礼を申し上げます。


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あやかにあやかって星に願いを

2018.07.09日

去る6日(金)から昨日8日まで地元で開催された第68回湘南ひらつか七夕祭り
昨日の日曜日、教会真正面の見附台広場では朝からさまざまなイベントが行われていてすごい人出。
毎年のことですが、礼拝中には和太鼓がドンドコドンドンとものすごい音を立てて鳴り響き、ちょっとばっかし迷惑かなぁー、という感じでした。でも、まあ大勢の皆さんが楽しんでいらっしゃるのでそれはそれで良しということで(笑)。


日本語の「まつり」という言葉はなかなか興味深いです。
奉り・・・神様への報恩感謝を表す奉り事。
祭り・・・神賑わいの事、人と神が一緒になって、飲み食いし、踊り、直らいの一種。
祀り・・・神事の事で、古来より脈々と続けられ守られてきた祭祀の手順や方法で、神様に行なう儀式の事。
政り・・・政治的な事。昔、政治的な事柄を神道の中で行なわれていた事に由来し、国家的事柄を政り事。


外の賑やかな祭りや屋台の飲み食いとは対照的に、教会内では異なる神を礼拝する「神事」で私たちは自らの罪を神の御前に悔い改めつつ、小さなパンとブドウジュースで聖餐式を厳粛に執り行っていました。


礼拝後は、柿谷先生ご夫妻が約2週間にわたってコロンビア、ボゴタにグラッサー国際大会に参加してこられたご報告を、お土産のコロンビア産コーヒーと殻つきアーモンドを美味しくいただきながら伺いました。


その後、いつものように近くの大型スーパーへ1週間分の食料品の買い物に行って、そこから私はウォーキングで自宅に向かいました。
途中、平塚駅前の交差点脇で行われていた和太鼓のパフォーマンスを見学しました。
よく見ると、彦星役の男性の隣りで織姫役で中心になって演奏しているのはなんとアカデミー出身生のあやかさん。
彼女は中学生の頃から地元の祭りのたびに熱心に和太鼓の演奏に励んでいましたが、高校卒業後は志望大学の法学部に進学し、その後夢をかなえてシステムエンジニアとして活躍しながらもずっと続けていたようで、昨日は晴れの舞台での演奏でした。



途中目が合い、ニコッと笑顔を送って応援しましたが、大勢の中で彼女のほうは気づいたかどうか。
本当に見事な演奏でした。
その後、七夕祭りの飾りを見ながらウォーキングを楽しみました。
地元のJリーグ、ベルマーレと、今回のロシアワールドカップを祝った飾りがいくつもありました。


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そう言えば、今から30数年前の七夕のとき、長男直人の手を引き、次男正人を肩車して飾りの下を歩いていたところが写真に撮られて翌年、平塚の絵葉書として販売されていたのを入手した友人からいただきました。家の中のどこかにそれが今も取ってあるはずですがずっと見つかっていません。また整理しながら宝探しをすることにします。


途中、何か所か願い事を書いた短冊が所狭しとぎっしり掲げられているところがありました。
「サッカーがうまくなりますように」
「彼女をgetしたい!」
等々。思わずニッコリしました。


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そして、校門脇の塀に大きな横断幕がかけられている高校の前にやってきました。


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そこには別の卒塾生の「あやかさん」の名前が踊っています。
「公認会計士論文式試験最年少合格」と、ここでもまた卒塾生の活躍ぶりを見てとても嬉しくなりました。


ふたりの「あやか」さんの願いがかなえられたのに「あやか」って、私は星にではなく、神様にほかの卒塾生の願い事がかなえらえるよう祈りつつ自宅に戻りました。
暑い中6キロあまり歩き、気持ちよい汗をたっぷりかいて心地良い疲れの中、シャワーを浴びてさっぱりしました。
日本の三大七夕のひとつ、飾りの豪華さ日本一と言われる平塚の七夕祭りをまだご覧になったことのない方は、来年にでもぜひいらしてください。
そのとき、ついでにぜひ湘南名物「ラ・パットーラ」の超美味しいパスタ、ピザをご賞味くださいね(「顧客第一主義が成功の秘訣」)。こちらがメインの目的の方もぜひ。
店長曰く、「世界一のパスタ店」ですって。


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今、苦しみの中にある人に

2018.07.08日
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"Only I can change my life. No one can do it for me."
--Carol Burnett, Actress, Comedian, Singer
「私の人生を変えることができるのは私だけ。ほかのだれにもできない」
--キャロル・バーネット、女優・コメディアン・歌手
(訳 舟田譲二)


人生、変えられるものなら変えたい、と言う人がよくいます。
これまでこのような人に何人も出会ってきました。
理由は様々ですが、生きていくのが辛い、苦しい、悲しいと言います。
そのような中で、中学のときの同級生で自殺した人が何人かいます。
また、病気で失意の中で亡くなっていった人も何人もいます。
きっと、人生変えることができるなら変えたい、と思っていらっしゃったことと思います。


私自身も昔、まだ人生の目的がわからなかった頃、自分の失敗を悔やんで死にたい、と思ったことがありました。
「人生を変えたい」と本気で思いました。


その後、千載一遇のチャンスに出合いました。
私はそのチャンスに賭けました。
今、その時のことを振り返ると、もちろん自分の力でできたことではありませんが、少なくともその選択の決断をしたのは自分自身でした。
ですから、キャロル・バーネットが言う
「私の人生を変えることができるのは私だけ。ほかのだれにもできない」
という言葉がとても重く感じられます。


そして今、苦しみの中にある人に、このメッセージを伝えたいと切に願うものです。


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PRIUS はプリウスじゃない!?

2018.07.07日

私の愛車である PRIUS はトヨタのベストセラーハイブリッドカー。
日本名は「プリウス」。
あるとき、友人と話していて PRIUS はアメリカでは何て呼ばれているのだろうという話題になりました。
強いて英語風に発音すると、「プライアス」というのもあり得ます。
アメリカに長年住んでいる上の私の友人に尋ねると、「PRIUS は英語でもプリウスって言ってると思いますよ」という返事。
そう、 PRIUS は固有名詞(車の名前)なので、そのまま「プリウス」と発音します。
でも「プリウス」じゃないのです。


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去る4月に3週間ほどロサンゼルスに行ったとき、いろいろな家庭にホームステイさせていただいたのですが、その中で一番たくさん泊めていただいたレスリーさんがプリウスに乗っていらっしゃいました。
同乗させていただいたとき、"I have a Prius, too. It's a good car, isn't it?" と英語で言ったところ果たして通じました。
でも、発音は「プリウス」じゃありません。


日本では「リウス」というふうに、最初の「」を強く発音しますが、英語では「プウス」と「」を強く発音するのです。
日本式に「リウス」と言うと、相手は理解はしてくれるでしょうが、英語らしく聞こえず日本語訛りに聞こえます。


うちの近所に PROS「プロス」という名前の美容院があります。
「プロの美容師」という意味合いを込めてつけた名前でしょう。
みんな普通に「ロス」と呼んでいます。
でも、これを英語読みすると、「プロゥズ」となります。
外国人に「ロス」と言ったら絶対に通じません。


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なぜでしょう?
これは日本人が苦手とする英語の発音のひとつです。
他に例を挙げると、
Chris は「リス」ではなく「クス」
Clara は「ララ」ではなく「クラーラ」
cross は「ロス」ではなく「クス」
trip は「リップ」ではなく「トップ」
slippers は「リッパ」ではなく「スッパーズ」


日本語には子音字が2つ、3つと続くことがなく、子音のあとには必ず母音が入るため語頭に来る子音には母音をつけて強く発音する傾向があります。
ですから、英語では「リウス」というのは間違いで、「プウス」と発音するわけです。
PRIUS を日本語訛りを脱した外国人に通じるきれいな英語で発音することは決して IMPOSSIBLE(不可能)なこどではありません。
あなたにもできます!


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後悔かレッスンか

2018.07.05日
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"There are no regrets in life, just lessons."
--Jennifer Aniston, Actress, Film Producer
「人生に後悔などというものはない。あるのはただレッスンだけ」
--ジェニファー・アニストン、女優・映画製作者
(訳 舟田譲二)


後悔するのが好きな人がいます。
「あの時、あれをしておけばよかった」「これをしなければよかった」などといつも言います。
後悔するのが癖になってしまって、無意識のうちに過去に起こったことをすべて後悔している人すらいます。


でも、これは実に損な生き方です。
なぜなら、後悔したところで起こったことやあるいはしなかったことを過去に戻って取り戻すことはできないからです。
私たちにできることはただひとつ、過去に起きたこと、またしなかったことからレッスンを学び、それを今後の人生のために生かすということです。
これならだれにでもできますし、しかもしなければならないことなのです。
レッスンから学ばないと、また同じ失敗を繰り返す確率が高くなるからです。


失敗をしない人などだれもいません。
ということは失敗することはだれにとっても不可避であり、また同時に失敗はしてもいいということです。
「失敗は許されない」とか「失敗してはいけない」などと言い出したら、この世の中、生きていける人などひとりもいなくなります。


次に大切なことは、身の周りの人で失敗した人に対して寛容になるべきだ、ということです。
そもそも自分自身も過去を振り返ると大なり小なりみんな失敗しているわけですから、人に完璧を求めること自体間違っています。
しかし、かと言って人の失敗に対していつも寛容でいると、失敗を当たり前のことにしてしまい、反省もなければ成長もなくなります。これでは、失敗は無駄な経験になってしまいます。
そのようにならないためにも、自分自身また他人に対してもある程度の厳しさは必要で、その厳しさとはすなわち、同じことを繰り返さないように失敗からレッスンを学び取るということです。
これさえきちんとできていれば、そこには必ず成長があり、自分も相手もより幸せな人生を送ることができるようになります。


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顧客第一主義が成功の秘訣

2018.07.04日

3日前の日曜日、田中晴也さんご夫妻と妹弟さんが我が湘南見附キリスト教会の礼拝に参加してくださり、礼拝後湘南海岸近くのお気に入りのイタリアンレストラン「ラ・パットーラ」でお昼をいただきました(「将来必ず点と点がつながって」)。
そのときの写真がこれ。


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ここは以前、田中ひかりさんとも、お母さんの元美さんともお昼をご一緒しましたが、皆さんとても気に入ってくださいます(「昨日は美女とデート!」)。


2年前には次男正人と妻の萌さんともディナーを一緒にして、やはりとても喜んでもらいました。


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晴也さんが昨日、メールで次のように言ってこられました。
「連れて行っていただいたイタリアンを以前TVで見たことがあると言いましたが、YouTubeで見たものでした。レストランの紹介ではなく、あのご主人がレストランを立ち上げるために、投資家に融資をお願いする番組でした。お金儲けではなく、お客の気持ちを考えている素晴らしい方だなと思っていましたが、まさか実際に会えるとは思っていませんでした。そのURLを下記に転載致します。お時間ありましたら閲覧してみてください。連日満員になる理由がわかると思います」
これがその人気TV番組『マネーの虎』で放映されたもののYouTube動画です。



なるほど、晴也さんのおっしゃるとおり、オーナーのこのお店に対する思い入れ、「世界一のパスタ・ピザレストランにする」という意気込み、そして料理の美味しさと、客を自慢の料理で幸せにするという「顧客第一主義」が、このレストランの人気の秘訣になっているのです。
晴也さんが、「番組に出ていたあの当時億万長者の社長たちも、融資をした加藤社長以外はみんな経営破綻したようです」と情報を付け加えてお知らせくださいました。ネット検索して確認してみると「心温まるマネーの虎のパスタの回 その後から現在までまとめてみた」に次のようにありました。
「マネーの虎が放送を終了して、何年か経ったある日、絶対的な成功者として出ていた虎達が続々と倒産していったのです。さらに注目なのが、このパスタの回に出ていた5人の社長のうち、立花さんに投資した加藤社長以外の4人全員が倒産していたということです」


本当にどんな商売をするにも、ただ単に利益追求を目的にするのでなく、やはりお客様を大切にするというのが何よりも大切だ、とういことを図らずも実証しています。
平塚近辺にお住まいの方、ぜひこの「ラ・パットーラ 平塚海岸通り店」をお試しください。とてもリーズナブルな値段で本当に美味しいパスタやピザが堪能できます。ウィークデーでもいつも満席という人気ぶりです。
とくに今週末は平塚七夕祭りもありますので、よろしかったら足を運んでみてください。


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時間を管理するか時間に管理されるか

2018.07.03日
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"Either you run the day, or the day runs you."
--Jim Rohn - 1930-2009, American Entrepreneur, Author, Motivational Speaker
「あなたが一日を自分の思うように管理するか、そうでなければ一日があなたを管理するかのどちらかだ」
--ジム・ローン、起業家・作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


私たちは自分の意志で一日一日を過ごしているように思っていますが、いつの間にか一日に支配されて生きているということがしばしばあります。
つまり主導権が自分にあるのではなく、主導権を時間に明け渡していて、時間に動かされているのです。


忙しいからそのようになっているとは限りません。たとえ持て余すほど暇があっても、知らず知らずのうちに時に流されてしまって、だらだらと時間を無駄に使っているというようなことがあります。
忙しくても、時間がたっぷりあっても、自分の思うように時間をコントロールするというのは難しいものです。
というか、忙しい人ほど時間が貴重であることを知っていて、自分の意志でしっかりとコントロールし、一日を有効に使って、その日が終わるときには、「ああ、今日もよく頑張った。充実したいい一日だった」と満足して振り返ることができるものです。


この名言を残したジム・ローンはアメリカを代表するモチベーショナルスピーカーでした。
超多忙な中で時間をうまく使ってさまざまな分野で大きな成果を上げていました。
私もこれまでの人生を振り返ると、一番忙しかったときほど有効に時間を使っていたように思います。


ジム・ローンについてはこれまで何度かこのブログでも取り上げました。
そのひとつが今から4年前に書いた「成功とは」の記事ですが、彼からは私は数えきれないほど多くの大切なことを教えられました。
かつて、一番忙しかった頃は、それこそバス送迎するときには彼のセミナーCD16枚組セットを空で全部暗記するほど繰り返し聴きました。



バリバリ頑張っていた頃から比べると今は自分の自由な時間もできて、毎日1時間から2時間ほどウォーキングしていますが、かえって時間の使い方が下手になったような気がします。
どうやら、時間を管理する側ではなく時間に管理される側に回ってしまったようです。


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将来必ず点と点がつながって

2018.07.02日

ご家族皆さんと親しくお交わりさせていただいている田中ひかりさんとみのりさんの姉妹が去る5月6日に平塚見附キリスト教会の礼拝に来てくださった旨を「無用の長物」の中に書きましたが、昨日はひかりさんがお兄さんの晴也さんと、1年ちょっと前にご結婚された奥様の優美さん、そして弟さんの恵嗣さんとご一緒にまた教会を訪ねてきてくださいました。
昨日は、主任の柿谷牧師が現在、ウィリアムグラッサー協会国際大会で南米コロンビアのボゴタに出張中のため留守を与かって礼拝メッセージを務めました。


得意のゴスペルマジックを交えて、キリスト教教理の基本をお話ししました。
とてもわかりやすかったと好評をいただきました。また、今回初めてやったマジックも皆さんびっくり。
マジックはあくまでも福音をわかりやすく説明するためのひとつの方法で、ショー自体が目的ではありませんが、インパクトがあり、聖書の教えも一緒に印象に残ります。
礼拝が終わってお茶の時間にも即興で別のマジックを披露しましたが、これも皆さん目の前で起こる不思議な現象にビックリでした。


お茶の交わりのあと、場所を移動して湘南海岸近くのいつものイタリア料理店でパスタを一緒にいただきました。
ここは、ひかりさんとみのりさんも、そしてひかりさんたちのお母さんもお気に入りのレストランです。
晴也さんの話では、テレビでも紹介されていたということで、店内は超満員。


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ウィークデーの昼も夜もとても流行っていて、この近辺では人気のお店です。
皆さん、美味しい、美味しいと舌鼓を打ちながら、さらに話に花が咲き、お別れしたときはすでに3時半を回っていました。


田中さんご家族と私の出会いも、また田中さんたちとロサンゼルスにいる直人との出会いも、目に見えない不思議なひもでつながっていて、背後にある神様の導きを感じずにはいられません。
晴也さんと優美さんの出会いも、偶然の重なりにしてはあまりにも話がうまくできすぎていて、これもやはり「超ひも理論」だと言わざるを得ません。
これはスティーブ・ジョブズも同じことを言っています(「点と点がつながって将来必ず」)。
このことがわかっていると、たとえ現在がどのような状況でも、将来必ず点と点がつながって道が開かれるという確信が与えられ、将来の不安もなくなります。


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今日の危機は明日の◯◯◯

2018.07.01日
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"The crisis of today is the joke of tomorrow."
--Herbert George Wells – 1866-1946, Writer
「今日の危機は明日の笑い種」
--ハーバート・ジョージ・ウェルズ、作家
(訳 舟田譲二)


作家ハーバート・ジョージ・ウェルズというのは、あの『タイム・マシン』『透明人間』『宇宙戦争』などで有名なH・G・ウェルズのことです。
SF空想小説の生みの親です。
身近なところでは『ドラえもん』を始めとし、『スーパーマン』『バック・トゥー・ザ・フューチャー』『ジュラシックパーク』など、後のSFはほとんどすべてH・G・ウェルズの影響を受けています。


『宇宙戦争』は、名俳優オーソン・ウェルズが、H.G.ウェルズのSF小説『宇宙戦争』をラジオ番組化しました。
1938年10月30日にハロウィン特別番組として、アメリカのラジオ番組『マーキュリー放送劇場』で、音楽中継の途中に突如、臨時ニュースとして火星人の侵略が実況中継さながらで報じられました。実際には番組中、何度も侵略はフィクションである旨が告げられたのですが、オーソン・ウェルズの朗読があまりにもリアルだったため、実際に火星人が侵略してきたと思い込み、多くの聴取者が騒いで街中がパニックした、という今や伝説になっているものです。


これは今日のいわゆるフェイクニュースに引き継がれており、つい先日起きた大阪を中心とする大地震でシマウマが脱走したとか、ヤフードームに亀裂が入ったなどといったデマツイートと同じ類いのものです。


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H・G・ウェルズがいみじくも語った、
「今日の危機は明日の笑い種(ジョーク)」
が笑えないジョークになってしまいました。
でも、このことは私たちへの教訓として、自分の身に起きた今日の「危機」は、多くの場合明日になると「笑い種」となっていることが多く、悩んだり心配したり、不安になったり、落ち込んだりするだけ損だということになります。
「あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である」という有名な聖書の言葉(マタイ6:34)にも相通じます。


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度胸とは筋肉のようなもの

2018.06.30日
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"Fearlessness is like a muscle. I know from my own life that the more I exercise it, the more natural it becomes to not let my fears run me."
--Arianna Huffington, Author, Columnist, and Entrepreneur
「度胸とは筋肉のようなものです。自分の人生経験から言えることですが、度胸は使えば使うほど恐れに打ち勝てるようになるものです」
--アリアナ・ファフィントン、作家・コラムニスト・起業家
(訳 舟田譲二)


気の弱い人というのは、困難な状況から逃げようとします。
逃げているからいつまでたっても強くなりません。
しかし、勇気を持って立ち上がり、度胸を据えて行動を起こすと、意外とうまくいくものです。しかも、これを何度か繰り返してやっていくうちにどんどん度胸がついてきて、恐れを次第に感じなくなっていくのです。


アリアナ・ファフィントンが言うように、度胸とは筋肉のようなもので、使えば使うほど
身について恐れに打ち勝てるようになっていきます。
私自身は経験ありませんが、おそらくバンジージャンプとか、パラシュート、セーリング、サーフィンなどのスポーツもみんな似たり寄ったりではないかと思います。
最初はだれでも怖いし、決して簡単なものではありません。
でも、筋肉を鍛えるように度胸を鍛えていくうちに次第に怖くなくなり、できるようになっていくのです。ちょうど、自転車に乗ることや車の運転が誰にとってもそうだったように。


さて、1か月少し前、日大アメフト部の悪質タックルをした選手がマスコミを前に謝罪会見を開いたことを「泣けました!」という記事に書きました。
そして、その翌日には「あなたの人生はここで終わるわけではない」の中で、前監督・前コーチが開いた会見の内容について書き、さらに「1%の奇跡」では日大学長による謝罪会見の続報も書きました。学長が約束した第三者委員会による調査の中間報告が、遅まきながら昨日の午後行われました。


この中で、「タックルは(前監督の)内田正人氏と(前コーチの)井上奨氏の指示で行われた」、そして「問題発覚後に一部の日大関係者や職員が、両氏の指示はなかったようにしようとして不当な介入をしたり、学生らに口封じを図ったりした」と断定しました。


これに対して、「A選手の説明は、全体として、信用できる他の関係証拠ともよく符合し、内容においても合理的かつ自然である。また、A選手が本件を深く反省し自己に不利な内容も含めて詳細な説明をしていることや、関係者へ強い謝罪の意を表することともに、今後アメフトのプレーを断念するとの決意を固めるなど、保身の意識は感じられないこと、自ら公開のばに姿を現し記者会見を行ったことはその姿勢の表れと評価できることなどから、その説明には高度の信用性が認められる」、と悪質タックルした選手の勇気ある行動が全面的に評価されました。


このA選手の英断に励まされて、ほかの部員など90%前後の学生も前監督・前コーチに恐れを抱いて言いなりになっていたとアンケートで証言しました。
まことに、
「度胸とは筋肉のようなものです。自分の人生経験から言えることですが、度胸は使えば使うほど恐れに打ち勝てるようになるものです」
という冒頭の言葉が今回のケースで見事なまでに実証された形になりました。


私たちもこのことを覚えて、これからの自らの行動の指針としたいものです。


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高円宮全日本中学校英語弁論大会に参加!

2018.06.29日

昨日の読売新聞1面に、今年度の高円宮杯全日本中学校英語弁論大会の案内が載っていました。


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前から考えていたことですが、今回は思い切って挑戦することにしました。
とは言っても、もちろん私自身が弁論大会に参加することはできません。
私のチャレンジは、参加者の指導とサポートです。


22年前のことですが、中学2年生だった長男直人がこの全日本中学校英語弁論大会(当時は高松宮杯)に参加し、神奈川県大会で優勝し、関東地区代表として、全国大会に出場しました。
そのときの様子を書いた記事が「英語弁論大会優勝!」です。


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これを機に、塾生で英語が好きな子、得意な子が何人もこの弁論大会に参加したいと言って、原稿作成の段階から英文原稿推敲、発音・振付け指導をしてきました。
参加した生徒のうち何人かは、大学卒業後中学校や高校の英語教師になりました。そして、このときの英語弁論大会参加の経験が今の教職の仕事にとても生かされていると言っています。


さすがに今ではうろ覚えだそうですが、直人は弁論大会後も10年以上そのスピーチを暗唱することができたそうです。本人によると、後に英語を実戦で話すことになった時には、弁論大会のスピーチ原稿を元に、暗記していた文章の単語を入れ替えるだけである程度アメリカ人と話すことができたということで、弁論大会の特訓が大いに生かされたそうです。
アメリカに留学して今年で満14年。
この間、大学で映画を専攻したり、音楽を専攻したりしていましたが、その後自分の将来の道がはっきりとわかり、今は大学院で神学を専攻しています。卒業後はアメリカから日本へ宣教師として遣わされるという、ちょうど妻の恵利紗さんのご両親と同じ道を歩もうとしています。


もしもあの中学2年の夏休みに、この英語弁論大会にチャレンジするという決断がなかったなら今日の直人はなく、また将来の宣教師としての直人もありませんでした。
今の勉強はこれまでで一番大変で、毎日7時間勉強しないと追いつかないというほどですが、目的がはっきりした今は、大変ながらも楽しみながら勉強ができていると言い、とても幸せなことだと思います。


ちょうど今から36年前、結婚して妻と一緒にアメリカに留学し、神学校で学んでいるときに直人が生まれたのとそっくりの状況で、直人も今子育てをしながら勉学とインターンに励んでいます。私も英語が得意だったことから、このような道を進むことになりました。
私の教え子のひとりは、日本の高校を卒業してアメリカの大学に留学し、その後大学院で心理学を専攻し、アメリカ人女性と結婚して現地で心理カウンセラーとして活躍しています。


このたびは、英語が好きで、弁論大会にチャレンジしてみたいという方にオンラインでスピーチの原稿作りから私の専門である英語音声学の強みを生かしたネイティブ並みの発音指導までさせていただきます。ご興味のある方は直接私までご連絡ください。


詳細は「高円宮杯全日本中学校英語弁論大会ホームページ」でご確認ください。


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あなたのやるべき価値ある仕事とは

2018.06.28日
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"Far and away the best prize that life offers is the chance to work hard at work worth doing."
--Theodore Roosevelt – 1858-1919, 26th U.S. President
「ほかの何にも比べられないほどの人生で最高の褒美とは、やるべき価値のある仕事を一生懸命するチャンスが与えられることだ」
--セオドール・ルーズベルト、第26代合衆国大統領
(訳 舟田譲二)


ここ1か月少しの間に国内のあちらこちらで頻発している痛ましい事件。
児童の誘拐殺人事件に始まり、親による幼い子どもの虐待死、新幹線内での刃物による殺傷事件、そしてまた新たに起きた交番の警察官が刺されて拳銃を奪われ、近くの小学校で警備員が撃たれて死亡という事件。


これらの事件に共通するのは、容疑者の人間関係の乏しさ、未熟さ、そして他人に対するうっぷん晴らしや社会に対する復讐心です。
言い換えれば、人から認めてもらえないなど、孤立していて自分の居場所がないことが原因のひとつのように思われます。


ルーズベルト大統領が言った、
「ほかの何にも比べられないほどの人生で最高の褒美とは、やるべき価値のある仕事を一生懸命するチャンスが与えられることだ」
はとても大切なことですが、これはただ単に「仕事」に限ったことではありません。
与えられている能力や、置かれている境遇、状況等は人それぞれみんな異なります。
自分の能力を見て卑下したり、人に嫉妬したり、逆に他人を見下したりなど、他人と比較して得るものは何もありません。むしろ、悲劇を招くばかりです。


昨日、Facebookである人がシェアしている動画を見て、とても胸を打たれました。
日本語の字幕はありませんが、言葉がわからなくても意味は十分に伝わります。
ぜひ、ご覧ください。
この母子を見ていると、これこそが状況にかかわらず真に幸せに生きる秘訣、ある意味「やるべき価値ある仕事」だと思わざるを得ません。



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やっても無駄だ、あきらめろ、うまくいくわけない

2018.06.27日
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"There are two types of people who will tell you that you cannot make a difference in this world: those who are afraid to try and those who are afraid you will succeed."
--Ray Goforth, Digital Strategy Expert
「世界を変えるなんてできるわけないと言う2種類の人がこの世にいる。試すのを恐れている人と、あなたが成功するのを恐れている人だ」
--レイ・ゴーフォース、デジタル戦略家
(訳 舟田譲二)


ときどきウォーキングするコースの歩道に、上の写真にちょっと似たこんなベンチが置いてあります。


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訳のわからない骨董品や鉄くず、錆びた大きな錨(いかり)や鎖などが置いてある店の前の歩道です。いったい何屋さんなのでしょうか。いつも開いてはいるのですが、商売をしているのかどうかさえわかりません。
歩道に置いてあるベンチにはこれまでまったく気にも留めず歩き過ぎていたのですが、昨日前を通りかかって、ふと見ると貼り紙がしてあって、「こわれかけてます」と書いてあります。
よく見ると、壊れかけているというより、はっきり言ってもう「こわれてます!」
歩道に置いてあるので、歩いているお年寄りなどが「どっこいしょ!」とうっかり腰かけようものならドッシーン!としりもちついてしまいそうです。


この壊れたベンチが歩道に置いてある理由は謎です。まさか売ろうとしているのではないでしょうし...
このときふと冒頭の言葉を思い出しました。
「世界を変えるなんてできるわけないと言う2種類の人がこの世にいる。試すのを恐れている人と、あなたが成功するのを恐れている人だ」


まさか、この「お店」(?) の人が上の言葉を知った上で壊れたベンチを置いているわけではないでしょうが、なかなか含蓄のある言葉です。
私たちの周りには、「やっても無駄だ」「あきらめろ」「うまくいくわけない」「がっかりするだけだ」「やめておけ」などと言う人が必ずいます。
家族や親しい友人など身近な人に対して、失敗して欲しくないという親心、親切心もあってか、上のような否定的な言葉をかける人が多いのではないでしょうか。
上の壊れたベンチに座ってみろ、など無責任なことを言うわけないので、むしろ「やってごらん」「うまくいくかも」と言って、人にはチャレンジすることを勧め、また自分自身もチャレンジする精神を常に持ちたいという思いを新たにしました。


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なにをするにせよ、前進し続けよ

2018.06.26日
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"If you can’t fly, then run; if you can’t run then walk; if you can’t walk, then crawl; but whatever you do, you have to keep moving forward."
--Dr. Martin Luther King Jr. – 1929-1968, Minister and Activist
「飛ぶことができないなら走りなさい。走ることができないなら歩きなさい。歩くことができないなら這いなさい。なにをするにせよ、前進し続けなければなりません」
ーーマーチン・ルーサー・キング Jr.、牧師・人権活動家
(訳 舟田譲二)


マーチン・ルーサー・キング Jr のことはこのブログで何度も取り上げてきました。
私が心から尊敬する人物のひとりで、残された名言の一つひとつと波長が合います。


私自身、できないことがたくさんあります。というか、できることよりできないことのほうがはるかに多いです。さらに正確に言うならば、できることなどごく数えるほどしかありません。
でもだからと言って、そこで立ち止まっていたり、停滞しているのは嫌です。性分に合わないのです。
なにかひとつでもして、一歩でも前進したい、ほんの少しでも成長したいといつも思っています。


これまでの人生を振り返ってみると、まさにこのような小さな一歩一歩でしたが、こんにちに至るまで前進し続けてきました。
失敗したことで後悔するようなこともたくさん、数えきれないほどあります。
でも、後悔してそこで立ち止まっていたくありません。
二歩後退したとしても三歩進んで、トータルで一歩でも前進しないと気がすみません。


考えてみたら、人類のこんにちまでの歩みも似たようなものではないでしょうか。
戦争や虐殺や略奪等々、私たちの先祖も数えきれないほどの蛮行や恥ずべき行いを繰り返してきました。
しかし、それでも一歩一歩前進してきたお陰でこんにちがあります。
現在の私たちも決して誇れるようなものではありませんし、これから先、過去を清算して、反省し、悔い改め、より良い未来を目指してまだまだ努力し続けなければなりません。


私たちもそのような生き方をするとき、マーチン・ルーサー・キング Jr.の冒頭の言葉のように、前進し、成長することができるのではないでしょうか。


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保証付き 幸せになる方法

2018.06.25日
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"Explain your anger, don't express it and you will immediately open the door to solutions instead of arguments."
「あなたの怒りの感情を外に出してはいけません。口で説明しなさい。そうするなら、喧嘩の代わりに解決の扉をすぐに開くことになるでしょう」
(訳 舟田譲二)


愛する夫(または妻)と何かで行き違い、喧嘩をしたとしましょう。
反論しようとして相手の言うことを聞いていたら言い争いはいつまでも続きます。それは相手の気持ちを理解しようとしていないからです。
私たちはお互いに汚い言葉でののしり合い、相手を傷つけることになり、時には暴力などの行為に及ぶことすらあります。
これは、相手の言っていることを耳で聞いてはいるけれども、心の耳で聴いていないからです。


このようなとき、感情をいったん脇に置いておいて、なぜそのような感情を持つようになったかを冷静に相手に説明するなら、泥まみれの喧嘩を避けることができます。
気持ちを説明するのです。感情をそのまま表に出してはだめなのです。


こんなことで喧嘩を避けることができるのなら、私たちはなぜそのようにしないのでしょうか。
答えは簡単です。「言うは易く行うは難し」だからです。
自分の内にある気持ちを表に出すのではなく、まずはそれに気づき、説明しようと努めるのです。
これには、気づくことと忍耐と訓練が必要です。


もし私たちが相手の気持ちを理解しようとして耳を傾けるなら状況は一変します。本当です。
あなたは相手の気持ちを文字どおり理解し、相手もあなたの気持ちを理解して、喧嘩は嘘のように治まります。
お互いに相手の気持ちを理解できるようになるなら、解決の道はおのずから見つかります。


そして、このことは夫婦間だけでなく、親子間でも、親族間、友人間、職場の上司と部下・同僚の間など、あらゆる人間関係にも当てはまります。


聖書には次のように書いてあります。
「怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。悪魔に機会を与えないようにしなさい」
(エペソ4:26ー27)
文字どおりには、「怒りなさい。でも罪を犯してはいけません」という意味です。
「悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。ただ、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えなさい」
(エペソ4:29)


これを試して、身近な人々との人間関係を一変させてみませんか?
周囲の人たちと平和を保てるようになり、自分の心には平安が訪れ、幸せになれます。
保証付きです。


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物事を全体の中で見る

2018.06.24日
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"You’ve got to think about big things while you’re doing small things, so that all the small things go in the right direction."
--Alvin Toffler – 1928-2016, Writer and Futurist
「小さなことをしているとき、全体の中で考えなければならない。小さいことすべてが集まって正しい方向へ進むように」
--アルヴィン・トフラー、作家・未来学者
(訳 舟田譲二)


物事を近視眼的に見る習慣がついている人がいます。
このような人は、小さなこと一つひとつに目が行ってしまって、全体像が見えません。
生徒や学生の場合の勉強法がいい例です。
意味もわからないままただひたすらに個々の知識を頭の中に詰め込んで丸暗記しようとします。
よくある例として、歴史の年号をただ丸暗記しているのですが、全体の中での流れがわかっていないためとんでもない勘違いをしていたりします。
英語の単語の意味を丸暗記していて、その暗記した意味を英文の中に当てはめようとするため文の意味が取れない、というのも同じです。
このような人の勉強の目的はただテストで少しでもいい点数を取って、志望校に合格することにあります。


このような方法で勉強をしている人、あるいはしてきた人は往々にして、ほかのことにおいても個々の知識がバラバラでつながっていないため、生活の中でうまく活用できないでいます。
そして、「勉強してなんの役に立つの?」と言います。
日本の学校教育がこれまでそのようなやり方をしてきたため、正しい思考法ができなくなってしまっているのです。


でも、物事にはすべてつながりがあります。
歴史でいえば、15世紀半ばから16世紀にかけて、ポルトガルやスペインが東アジアに進出してそれぞれの国や地域の産物などを自分たちの国に持ち帰ったり、逆に自分たちの国の物をこれらの国々にもたらしたりして貿易を始めました。それによって世界中の交流が始まりました。
そのうちの一つとしてポルトガル人によって日本に鉄砲が伝えられました。当時、戦乱で明け暮れていた国を統一しようとした織田信長がこの鉄砲を使って勝利し、信長の臣下だった豊臣秀吉が信長の後を継いで全国を統一した、というふうに。
歴史が好きな人はこのようにストーリーとして歴史を理解します。
ですから、歴史から大切なレッスンを学び取り、それを自分の人生に生かします。


英語の単語も同様で、一つひとつに意味があり、それらはいろんなところでつながっています。これが理解できるようになると英語の学習はとても簡単になり、楽しくなります。そして、楽しくなると身につき、身についたものは将来使えるようになります。
しかし、単語や文法をただ知識として頭に詰め込んでいる人はそれだけで終わってしまい、将来使えるところまでいきません。


この世の中、すべてのことが目に見えないところで複雑につながっています。
そのつながりが理解できると、人生を賢明に生きることができるようになりますし、人間関係や子育てもうまくできるようになります。
つまり、冒頭の言葉のように、個々の小さなことをしているときにも、全体の中でそれらがどんな役割を果たしているかを考えることができるようになり、やっている小さいことすべてを集積して大きい目標に向かって進めるようにもなるのです。


このようになるためには、まずは本や新聞や論文などを読んで人の考えや思考法を学び、さらにそのところから自分自身の考えを論理的に構築していくようにならなければなりません。
私たちは生きている限り、常に周囲の人たちや物事、出来事などから学び、それを自身の生活の中に取り入れて生活を豊かにしていくのです。


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失敗したとしても後悔しない

2018.06.23日
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"I knew that if I failed I wouldn’t regret that, but I knew the one thing I might regret is not trying."
--Jeff Bezos, CEO of Amazon
「私はもし失敗したとしても後悔しないということがわかっていた。試さなかったら逆に後悔しただろうということもわかっていた」
--ジェフ・ベゾズ、アマゾン社CEO
(訳 舟田譲二)


アマゾンと言えば今や知らない人はいませんし、世界中の多くの人がこのアマゾンに大なり小なりお世話になっていることでしょう。
1994年、ジェフ・ベゾズ氏は弱冠30歳にしてインターネットビジネスの可能性に目をつけ、アマゾン社を創業しました。


アマゾン社が誕生したとき、ほとんどの人がこの正体不明の会社が成功するだろうとは思っていませんでした。私もそのうちのひとりです。早晩、姿を消すだろうと思っていました。
ところが彼は時代の寵児となり、どんどん成長して今や巨大企業となりました。
うちにもアマゾン社から書籍などが宅配で届けられない週はないというぐらいよく活用しています。
本社のあるシアトルはボーイングの企業城下町として知られていましたが、2010年代には市内のオフィスの20%をアマゾン社が占有し、経済効果の累計が4兆円を超えるなど、アマゾンの企業城下町となりつつあると言います。


ジェフ・ベゾズ氏には先見の明がありました。
しかし、それ以上に彼のすごいところは、
「私はもし失敗したとしても後悔しないということがわかっていた。試さなかったら逆に後悔しただろうということもわかっていた」
と語っているように、失敗を恐れないチャレンジ精神です。


「後悔しないための航海」の中でもご紹介しましたが、マーク・トウェインも同様のことを語っています。
成功者というのは、こういうところから生まれているのですね。
そもそも失敗を恐れていたら成功などできるわけないのです。
バスケットの神様、マイケル・ジョーダン始め多くの偉大な人物が、失敗の積み重ねの結果自分の成功がある、と語っています(「何度もの失敗のお陰で成功できた」「失敗のススメ」ほか)。


私もジェフ・ベゾズ氏に倣って、
「私はもし失敗したとしても後悔しないということがわかっていた。試さなかったら逆に後悔しただろうということもわかっていた」
の精神で、これからの人生を歩んでいこうと決断しています。
皆さんはいかがですか?


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目の不自由な人、耳の不自由な人にも通じる万国共通語

2018.06.22日
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“Kindness is a language which the deaf can hear, and the blind can read.”
—Mark Twain
「親切というのは、耳の不自由な人が聞くことができ、目の不自由な人が見ることのできる言葉だ」
—マーク・トウェイン
(訳 舟田譲二)


マーク・トウェイン、大好きです。
とても波長が合います。
今日の言葉も素晴らしいです。
「親切というのは、耳の不自由な人が聞くことができ、目の不自由な人が見ることのできる言葉だ」


昨日、誕生日を無事迎えることができました。
幼少の頃から体が弱く、毎日ビオフェルミンを服み、しょっちゅうお腹を壊しては正露丸を服んで、ほとんど毎週近く病院通いしていました。
10代の頃は、二十歳まで生きられないだろうと思ったほどでした。
二十歳になったときには30歳まで持たないだろうと思っていました。
数えきれないほどの病を経験してきました。
あちらが痛い、こちらが悪い、と言いながらもいつの間にかここまで来ることができました。
本当に感謝なことです。


昨日は誕生日に当たって、大勢の方々から温かいお祝いやお祈りの言葉をいただき、本当に感謝に絶えません。皆さん、本当にありがとうございました。


マーク・トウェインが言うように、「親切というのは、耳の不自由な人が聞くことができ、目の不自由な人が見ることのできる言葉」です。
このような人の親切、心遣いをいただくと、勇気千倍。嬉しい限りです。
私はまだ目も耳も不自由ではありませんが、たとえ不自由になったとしても、人の温かい気持ちは伝わりますし、それに対して感謝の気持ちをもって応えていきたいといつも思っています。


みんながこのような気持ちで日々過ごすことができたなら、この世はどれほど住みよい、地上の楽園となることでしょうか。
でも、悲しいかな、そのように行かないのが現実の世界です。
であるならば、少なくとも自分自身が、そして身の周りからそのような運動を起こしていきたいものです。
皆さん、今後ともどうぞよろしくお願いいたしますね。


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43歳になりました!

2018.06.21日

本日、2018年6月21日、43歳になりました!


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バカ正直な体組成計です。昨日まで体内年齢42歳と表示していたのに、日付が変わった途端、1歳年を加えて「43歳になったよ」と教えてくれました🤗
「43歳」は体内年齢というより、体内よりもっと奥に宿っている私の「精神年齢」と言ったほうが当たっているかもしれません。


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(いつものウォーキングコース。紫陽花の前で)


昨日は1日雨でほとんど外に出なかったのですが、一昨日は梅雨の晴れ間を縫って平塚駅近くの銀行にウォーキングを兼ねて出かけてきました。ついでにちょっと買い物などして帰宅すると約2時間、14000歩あまり、8.4km少し歩いてきました。
ショートパンツの涼しい出で立ちでしたが汗びっしょりになりました。


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(背景は国道1号線(旧東海道)にかかる花水橋、後ろは大磯町の高麗山)


その前日、いつもかかっている内科医へ高脂血症の薬をもらいに行ったところ、先生が面談で私のその後の線維筋痛症の様子などを尋ね、「ロコモ」というパンフレットを使って身体の「経年劣化」についてとても丁寧に教えてくださいました。


まずは次の「ロコモ基礎クイズ」を試してください。


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答えはこちらです。


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(画像をクリックすると大きく表示され、字が読めます)


私は全問正解でした。
さて、10代から90歳までの人生を表したこの図表によると、私の現在地はずーっと右のほうの縦の青い棒線の辺りということになります。なんと「歩行困難」の真っ只中で「閉じこもり」の一歩手前。この後待ち受けているのは「転倒・骨折」と「寝たきり・要介護」、そして「召天」(あっ、これは表には載っていません)( ´∀`)。
(えーっ、それはないでしょ!)
そして、左のほうの黄緑の棒線が私の「体内年齢」ですが、「運動不足」も「肥満」もありません。いや、ちょっと待てよ... 確かにこの年齢の頃はモロ運動不足でちょっと肥満気味だった。(ということで、この表を他山の石として、どの年齢層にいる方もお気をつけくださいね)


パンフレットの後のほうに<毎日の生活に「+10」の週間を!>というページがありましたので、こちらもご参考に。
(ちなみに、健康志向の高い現在の私は「地域のスポーツイベントに参加する」を除いて、ほぼ全部日常生活の中で実践しています)


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(このパンフレットなかなかいいので、関心のある方はオンラインで紹介されている「1からわかるロコモ」をぜひご覧ください)


先日、NHKの『ガッテン』でやっていた「寝たきり予防法」では、UCLAのスティーブ・コール教授が発見した<人に親切にする>という方法を紹介していました。
自分は絶対に100歳まで現役で働くと言っていた妻はこれを見ていて、「私よりもあなたのほうが長生きするかも」ですって。
その私はこれまでいつも弱気だったのに、なんとなく自分でもそんな気がし始めてきました。
でも寿命ばかりは神様の御手の中にありますから、やるべきことはやって健康寿命を延ばし、後は委ねています。


そして極め付けは...
先日書店で見かけて購入した『アルツハイマー病 真実と終焉』も、転ばぬ先の杖で読み始めましたよ。
誕生日を迎え、着々と準備し、頑張っています。


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後悔しないための航海

2018.06.20日
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"Twenty years from now you will be more disappointed by the things that you didn’t do than by the ones you did do, so throw off the bowlines, sail away from safe harbor, catch the trade winds in your sails. Explore, Dream, Discover."
--Mark Twain – 1835-1910, Writer/Publisher/Lecturer
「今から20年後、自分がしたことよりもしなかったことでがっかりするものだ。だから、ボウラインを切り離して安全な港を出、帆に貿易風を受けよ。探検し、夢を見、新しいことを発見せよ」
--マーク・トウェイン、作家
(訳 舟田譲二)


20年というのは長いようで振り返ってみるとあっという間。
たとえ今何歳だったとしても20年後がくるかどうかは誰にもわかりません。
多くの場合、私たちは自分がやったことよりもやらなかったことで後悔するものです。
「あれをやっておけばよかった」「あの時、なんであれをやらなかったんだろう」というふうに。


「後悔先に立たず」。
後悔するぐらいだったら、迷ったときにはやっておくべきなのです。
なぜならやってだめだったら納得がいきますが、やらなかったらうまくいったか、いかなかったか、それすらわからないから悔いが残るのです。


港の中は波風もあまりなく、そこにいる限りは安全です。
でも、港の中に留まっていると外の世界を知らないままです。危険を承知のうえで冒険して初めてこれまで知らなかった世界を発見することができます。


人類の歴史はまさにこの「冒険」によって新しい世界が開かれてきました。
大航海時代、コロンブスが新大陸を発見したのもこの冒険の結果でした。
船や飛行機などが発明されるまでには、数えきれないほどの実験や失敗があり、その過程において多くの人が命を落としました。
でも、その犠牲の上にこんにちの私たちの繁栄や便利な生活があります。


あなたにとって後悔しないための「航海」とは何ですか?
思い切って一歩踏み出してみませんか?


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利己主義と利他主義の人の正しい生き方

2018.06.18日
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"Make yourself a priority once in a while. It’s not selfish, it’s necessary."
--Karen A. Baquiran - Writer
「ときには自分を優先しなさい。それは決して自己中心なことではなく、必要なことです」
--カレン・A・バクウィラン、作家
(訳 舟田譲二)


この世の中、いろんな人から成り立っています。
根っから利己主義の人もいれば、逆に利他主義の人もいます。
利他主義の人は、無意識のうちに自分を犠牲にして、他人の便宜や益を優先します。
今回の東海道新幹線内の刃物による殺傷事件(「幸せは習慣」)で、襲われて負傷しているふたりの女性を助けようとして命を落とした男性。
とても正義感が強く、弱者の気持ちを理解し、困っている人たちを助けるタイプの人だったと彼のことを知る人たちが証言しています。
このような人は普段からいつもそのような考え方をしているので、今回のような状況に出くわすと無意識のうちに人を救う行動に出てしまいます。


「そんなこと考えたことない」と言う人もいるでしょう。
ほとんどの人はそうかもしれません。言い換えると、これはごく自然なことで、別にとくに悪いというわけではありません。
ただ、冒頭でも述べましたように、この世には両方のタイプの人が存在していて、さらに細かく分ければ時には利己主義、別のときには利他主義、と状況によって違う面が出てくるという人も大勢いることと思います。


世の中、善し悪し関係なくいろいろな人から成り立っていて、一人ひとりがそれぞれの役割を果たし、お互いに補い合い、助け合って生きています。
でも、気をつけなければならないのは、利己主義の人がいつも自分の益のために利他主義の人を思うように操ろうとしたり、逆に利他主義の人がいつも自分を犠牲にして他人の益のためにのみ生きている、というのは健全な形ではないということです。


冒頭の言葉のように利他主義の人も、
「ときには自分を優先しなさい。それは決して自己中心なことではなく、必要なことです」
という考え方を心に銘記しておかなければならないのです。


常に自分を犠牲にして、他人を優先していると心身に悪影響を与え、バーンアウト、燃え尽きてしまうことにもなりかねないからです。
ですから、このようなタイプの人は意識して、自分を優先しなければならないのです。優先したからと言ってそれは決して利己的なことではなく、自分のために必要なことです。


また、周囲の人もいつもこの利他主義の人の恩恵に与かっているばかりでなく、ときにはその人のためにも気を遣い、なにか自分にできることをしてあげなければなりません。
この世の中は、所詮、両者のタイプの人によって成り立っているのですから。


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小さなことを偉大な方法でせよ

2018.06.17日
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"If you can’t do great things, do small things in a great way."
--Napoleon Hill – 1883-1970, Self-help Author
「もし偉大なことができないなら、小さなことを偉大な方法でしなさい」
--ナポレオン・ヒル、自己啓発作家
(訳 舟田譲二)


この世の中、歴史を通じて偉大なことができる人など、ごく数えるほどしかいません。大半の人、というか99.9%どころか、99.99%の人は偉大なことなどとうていできません。
私たちは偉大なことをなそうと思うよりも、むしろ小さなことでもいいので、偉大な方法でしなさい、と自己啓発の生みの親であるナポレオン・ヒルは私たちに教えています。
これならだれにでもできます。
そして、この世の中はほとんどのものやことが、このような数えきれないほどの無名の人たちのなした仕事の累積の結果成り立っているのです。


偉大なことができる人はする。できない人は自分にできることをする。
できることをしないのは宝の持ち腐れ。できないことをしようとするのは、身のほど知らずで、ストレスになって心身ともに壊すことになります。
それぞれ自分に与えられた能力・賜物に応じた働きをする、ということが何よりも大切です。


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幸せは習慣

2018.06.16日
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"Happiness is a habit…cultivate it."
--Elbert Hubbard – 1856-1915, Writer, Publisher, and Artist

「幸せというのは習慣だ。だから幸せを身につけなさい」
--エルバート・ハバード、作家・出版者・芸術家
(訳 舟田譲二)


「幸せは習慣」というのは最近、とくに強く感じていることです。
その逆もまた真なりで、「不幸も習慣」です。


ちょうど1週間前、東海道新幹線の車内で男が刃物を振り回して近くにいた女性ふたりに怪我を負わせ、止めに入った男性を死亡させるという痛ましい事件が起こりました。
新横浜駅と小田原駅の間を走行中ということで、ちょうど私の住んでいる平塚辺りを通過中に起きていた事件で、速報で知ったときには背筋が凍る思いをしました。
これまで新幹線は事故や事件がほとんどなく、世界に誇れる安全で信頼できる乗り物と一般に思われてきただけに、多くの人がショックを受けました。


ちょうど3年前にも同じ区間を走行中の車内で男がガソリンをかぶって焼身自殺を図り、ひとりの女性が巻き添えになって亡くなりました。
このような事件を見ていると多くの場合、犯人は自分の人生に夢が持てず、厭世的で自殺願望があり、また孤立していて反社会的で、自暴自棄になって他者を巻き込んで復讐行為をする、という構図があります。テロリストの心境もよく似ています。
今回の容疑者も、「むしゃくしゃしてやった。誰でもよかった」と供述しているようです。


このような事件を受けて、鉄道会社などは有識者の意見を募って事件の予防・対策手段を講じようとしています。乗車前の抜き打ちでの手荷物検査や車内の定期的な巡回、防犯カメラの設置とその活用法等々ですが、いくらこれらの対策を講じても万全ということは絶対にあり得ません。不幸に感じている人や、社会に対して復讐心を持っている人がいる限りは。
実際、このような境遇に置かれている人たちは社会に数えきれないほど大勢います。
新幹線や飛行機などの乗り物のように、長時間密閉されている空間の中では、今回のような事件がこれからもいつ起きても不思議ではありません。


冒頭でエルバート・ハバードが言っているように、
「幸せというのは習慣だ。だから幸せを身につけなさい」
という、このような教育や社会の見守りやいたわりの目が不可欠です。
今回の事件の容疑者も、家族や友人の証言から、学校の教育で落ちこぼれて自信喪失し、セルフイメージがとても低く、孤立していたことが伺われます。


難しいことではありますが、やはり家族や近所の人、職場の同僚、友人など身近な人がもっとこのような人たちに目を向けて、その人の価値を認め、必要とし、助け合う。身近なところから、そのような社会基盤を作っていかないと、現在のような希薄な人間関係の社会の中では、息をすることすら苦しく感じている人たちの身の置き場がなくなり、彼らを犯行へと追いやるということを繰り返してしまいます。


学校での教育も、ただ単に知識を教えて、それを覚えているかどうか試験し、できない子には落ちこぼれのレッテルを貼るといった、従来のようなやり方ではなく、もっと人間性を養うような教育が求められます。
人が生きていく上で何よりも必要な、「幸せは習慣」「習慣は養うもの」といった基本的なことを幼少の頃からしっかりと教えていきたいものです。


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夢や願望を実現させる人

2018.06.15日
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"Some people want it to happen, some wish it would happen, others make it happen."
--Michael Jordan, Former Professional Basketball Player
「何かを実現させたいと思う人がいて、実現できたらいいなと思う人がいる。しかし一方で、実現させる人がいる」
--マイケル・ジョーダン、元プロバスケットボール選手
(訳 舟田譲二)


昨日の「何度もの失敗のお陰で成功できた」に次いで今日もマイケル・ジョーダンの言葉です。


この世のほとんどの人が「何かを実現させたいと思う」最初のグループに属しています。
いい成績を取って志望校に合格したい、部活で活躍して優勝したい、大学卒業後希望する会社に就職したい、起業して一旗あげたい、理想の人と結婚して素敵な家庭を築きたい、好きな旅行をしたい、英語が話せるようになりたい、本を出版したい、庭付きの大きな家に住みたい、好きな◯◯社の車に乗りたい、自由にサーフィンして過ごせる身になりたい等々、望むところを挙げだせば切りがありません。


第二のグループの人は、そこまで強い願望はないけど、「実現できたらいいな」と夢を見ています。
10億円の宝くじが当たったらいいな、世界中をクルーズで巡れたらいいな、有名なスポーツ選手(俳優、歌手)になれたらいいな、あくせく働かずに趣味を楽しみながら楽に生きられたらいいな、ご馳走を好きなだけ食べてスリムな身体でいられたらいいな、健康寿命が伸ばせてゆったりした老後を送れたらいいな、子どもや孫が立派に育ってくれたらいいな等々、「たら、たら」と言いながら一生を送ります。


もちろん、この2つのグループに属さない第3のグループの人たち、すなわち「どうせ無理」と初めからあきらめている人たちもたくさんいます。「やるだけ無駄」「うまくいかなくてがっかりするぐらいだったら、初めから何もしないほうがまし」と考える人たちです。


さらには第4のグループの人たちもいます。
そもそも夢を持つことすら知らない、ホームレスなどその日暮らしの人たちです。
貧しい国や、内戦にある国に生きる人たち、難民など。


ところが、一方で自分の望むことを一つひとつ実現させていくことのできる人もいます。


上のケースをもっとわかりやすい「痩せる」というたとえで説明してみましょう。
「痩せる」ことがいいとか、痩せなければならないといったバイアスで言っているのではなく、ただわかりやすい例として挙げているだけなので誤解のなきよう。


第1にグループは「痩せたい」と思う人たち。
第2のグループは「痩せられたらいいな」と思っている人たち。
第3のグループは「どうせ無理。痩せられるわけがない」と考えている人たち。
第4のグループは「痩せる」という選択肢すらない環境の中にいる人たち。


そして、第5のグループは「ライザップ(笑)に行って痩せる」人たち。
もちろんライザップに行けるだけのお金がある人はいいですが、そうでない人たちはどうでしょう。
いいえ、たとえお金がなくても、本当に痩せたい、痩せなければならないと思っている人たちは、ひたすら日常の生活の中で食事療法や運動療法などをして痩せます。


ごく少数ではありますが、痩せたいと思ってもそれが許されないような環境の中にいる人たちも実際にはいるでしょう。
しかし、一部のケースを除くと、大半の人たちは自分の意志、選択で痩せることができます。
タバコやアルコール、薬物、ギャンブルなどの依存症も同様です。
「やめたい」「やめられたらいいな」「やめられるわけがない」などと思っていたら、やめられる可能性はほとんどゼロです。


実際に、痩せたり、依存症を脱したり、はたまた仕事や結婚で成功する等々は、自分の決断と選択でできることです。
そしてもし万が一、できない環境にあるけど、真剣に願っているならば天が助けて、協力してくれる人を送ってくれます。
本当に意志さえあれば、何とかして道を開くことができるものです。
「実現させる人」とは、必ずしも恵まれた環境にある人とは限らず、どのようにしてか道を切り開く決意をしている人たちです。
バスケの神様、マイケル・ジョーダンのように。
また、籠の中の鳥のように。


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何度もの失敗のお陰で成功できた

2018.06.14日
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"I've missed more than 9000 shots in my career. I've lost almost 300 games. 26 times, I've been trusted to take the game winning shot and missed. I've failed over and over and over again in my life. And that is why I succeed."
--Michael Jordan - Former Professional Basketball Player
「私は選手人生で9000以上のシュートをミスし、約300試合で負けて、絶対にウィニングショットを決めると思われていた26試合を落とした。これまでの人生で何度も何度も繰り返し失敗してきた。しかし、そのお陰で成功できた」
--マイケル・ジョーダン、元プロバスケット選手
(訳 舟田譲二)


バスケットの神様のようなマイケル・ジョーダンですら、成功を収めるまで数えきれないほどの失敗を重ねてきています。
今、時の人である藤井聡太七段でも全戦全勝ではありません。負け試合もあります。
というか、万能のように思われているAIでさえ負けることがあります。
でも、藤井聡太七段もAIも、負けることによって強くなっていっているのです。
絶対に負けることがない、失敗がない完璧な存在は神様以外にありません。


ましてや私たち凡人は、初めから失敗するもの、負けるものなのです。
それで当たり前。
でも、当たり前だからといってそれに甘んじていたら成長がありません。
負けても負けても、失敗しても失敗してもチャレンジし続けるのです。
そもそも、マイケル・ジョーダンを始めとするその道のプロという人はみんな失敗の延長線上に成功をものにしたのですから。
30冊を超える著作活動と年間を通しての講演活動など、押しも押されもせぬ大企業の経営者である私の一友人は、高校を中退して上京し、数えきれないほどの試練の中をくぐり抜けて現在の成功を収めました。


私の座右の銘は「成功とはあきらめないこと」です。
試しに、このブログの左上コーナーにある「エントリー検索」に「成功とはあきらめないこと」と入力したところ、9年前の「成功とはあきらめないこと」を始めとし30件もヒットしました。


何事もあきらめずに、何度失敗してもくじけずにくらいついていくなら、必ず道は開け成功に至ります。


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◯◯であるかのように行動すると

2018.06.13日
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“Act the way you’d like to be and soon you’ll be the way you act.”
—Leonard Cohen – 1934-2016, Singer/Songwriter
「自分が理想とする人になったかのように行動しなさい。そうしたらいつのまにかあなたは行動している人のようになる」
—レオナード・コーエン、シンガーソングライター
(訳 舟田譲二)


生まれ育ちの環境によって、もともと高貴な人やその反対に野卑な人もいます。明るい人もいれば暗い人も、頭のいい人もいれば、よくない人もいます。
皇室の方などまさに高貴な人の良い例でしょう。DNAもあるかもしれませんが、環境が大きな影響を与えているのは疑いようのない事実です。


逆に、親や周囲の人から虐待を受けて育った人や、幼少の頃から良い友達に恵まれず、いじめられたり差別されたりして育つと、セルフイメージは当然のことながら低くなり、自分を守ろうとして攻撃的になったり、反社会的になるケースはよくあります。
そして、このような人が最近、国内外で頻発しているような重大事件を引き起こしたりしています。


でも、だからと言って、これは生まれつきの運命や性(さが)で、自分の力で変えられないことというわけではありません。
親や家庭環境、友人や学校、職場、社会を憎んだり恨んだり、復讐しようとするのでなく、自分自身を変えることによってのみ自らの人生を変えることができます。


自分の考え方を変え、行動を変える。
あたかも◯◯であるかのように考え、行動する。
そうしているうちに、いつしか理想の自分、本物の自分になっていきます。
世の中で活躍している人、成功している人たちはたいがいこのようなところを通ってきています。


人生は一瞬一瞬、選択です。
「ローマは一日にして成らず」


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教育は人生の成功の鍵

2018.06.12日

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“Education is the key to success in life, and teachers make a lasting impact in the lives of their students.”
—Solomon Ortiz, U.S. Representative
「教育こそが人生における成功の鍵だ。教師は生徒の人生に後々まで影響を与える」
—ソロモン・オーティーズ、 アメリカ合衆国下院議員


先日の記事、「勉強してなんの役に立つの?」に対して大勢の方がコメントをくださいました。やはり皆さん、関心のあるテーマのようです。
そのうちのおひとりEOさんから、次のようなコメントが寄せられました。


娘が小学生の頃、「あなたがお母さんにこれな~に?、何で?、どうするの?…って、いつも聞いてるでしょ。お母さんが、知らない、わかんない…って言ったら困るでしょ?だから、あなたがお母さんになった時、ちゃんと子供に教えてあげられる様に、お勉強しないといけないんだよ。」と言いました。そしたら娘が、「じゃあ、お母さんがバカだったら子供もバカになって、その子供もバカになるんだね。ずっと、ずっとバカが続くんだね。お母さんが頭が良かったから◯◯も頭がいいんだね。」と言いました。それ以来、自分から進んで勉強する様になりました。本もよく読む様になり、ある年の夏休みなんか、100冊も読んだほどです。私の教え方が良いかどうかはわかりませんが、娘には良かったのか、しっかりと自分の考えを持ち、賢く、優しい女性に育ってくれたと思っています。


私は次のようにお返事しました。
素晴らしいお証をありがとうございます。
とても上手な答え方だったと思います。お嬢さんが立派な女性に育たれたのは、まさにお母さんの良きお手本の結果です。


するとこのような返信をいただきました。
お褒め頂いて恐縮です。数年前に、家の近くに児童養護施設の子の週末里親になっていました。その子は、4歳から兄弟で別の施設にいたのですが、父親から離す為に中学になると同時に、私の街に移って来たのです。知らない街で、友達も無く、寂しかったのでしょう。毎日、我が家の犬の側で夕方まで座っていたのです。それで、声をかけたのがきっかけで、学校帰りに寄って、おやつを食べたり勉強したり、だんだんとうちとけ、彼女の方から週末里親になって欲しいと申し出があり、引き受けたのです。県の担当者によると、里親は幼い頃になって、大きくなったらだんだん離れて行くのが普通なのに、中学からと言うのは、本当に珍しいケースらしいです。その子も、今年成人式を迎えました。今でも、私達夫婦をお父さん、お母さんと呼び、恋人も出来たみたいで、紹介しに連れて来ました。今は、仕事も頑張って、幸せにしています。人の縁と言うのは、本当に不思議なものです。


ソロモン・オーティーズの冒頭の言葉、
「教育こそが人生における成功の鍵だ。教師は生徒の人生に後々まで影響を与える」
はまことに真実です。
上のEOさんは、まさにこの言葉を実証されました。
それもご自分のお嬢さんだけでなく、児童養護施設のお子さんに対しても週末里親として素晴らしい教育をされました。


教育というものは、学校や塾で教師が生徒に対して教えることとは限りません。
このように家庭において親が子に、また里親としてひとりの子に、一生の財産として残すことができるもの、これこそがまことの教育です。


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挫折するのを拒否すると成功が

2018.06.11日
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"History has demonstrated that the most notable winners usually encountered heartbreaking obstacles before they triumphed. They won because they refused to become discouraged by their defeats."
--B.C. Forbes -1880-1954, Founder of Forbes Magazine
「著名な成功者は通例、成功に至るまでに悲痛な障害に遭遇している。これは歴史が証明している。彼らが成功したのは、敗北によって挫折するのを拒否したからだ」
--B・C・フォーブス、フォーブス誌創業者
(訳 舟田譲二)


「ママ、もうパパとママにいわれなくてもしっかりと じぶんからきょうよりか もっともっとあしたはできるようにするから もうおねがいゆるしてゆるしてください おねがいします ほんとうにもうおなじことしません ゆるして 」


わずか5歳で両親の虐待によって命を落とした可愛い盛りの女の子。
ほとんど食べさせてもらえず痩せ衰えて、寒いところに放り出されて凍傷を負い、毎朝4時に目覚ましをかけてひらがなの勉強を強要され、必死で両親の許しを乞い、暗い部屋に閉じ込められて外にも出られなかった...
もうあまりにも可哀想すぎて、これを書いているだけでも胸が締めつけられ涙が出てきます。


連れ子に対する虐待死というおぞましい事件が明るみに出るたびに多くの人が胸を痛めて泣き、また冷酷非道な加害者に対してやるせない憤りを覚えます。
この類いの加害者の多くはセルフイメージが低く、弱者を痛めつけることによって自分の優位を示そうとします。そして彼ら自身もその生い立ちを見ると、同じような虐待に遭っていることが多いです。他者に復讐するという犯罪者心理もあるようです。


しかし一方で、同様の逆境の中で生まれ育ちながらも、それに打ち勝ち、逆にその辛い経験を生かして社会奉仕に身を捧げる人や成功を収める人もいます。
その違いはどこにあるのでしょうか。


B・C・フォーブスが言うように、
「著名な成功者は通例、成功に至るまでに悲痛な障害に遭遇している。これは歴史が証明している。彼らが成功したのは、敗北によって挫折するのを拒否したからだ」
にあるのではないでしょうか。


ここにもうひとり、それを実証した人がいます。
彼の名はシドニィ・シェルダン。
ちょうど6年前「明日がある」という記事の中に書きましたが、18編の小説を書き、それらが51カ国語に翻訳され、世界181カ国で3億冊以上売れているという世界で最も大勢の人に読まれている作家で、ギネスブックにも載っています。


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17歳のとき睡眠薬を飲んで自殺しようとしていたその瞬間、父に見つかって「明日があるじゃないか」と言われました。
これでもか、これでもか、というほど貧しさと苦しみのどん底に突き落とされますが、彼は明日を夢見ます。そのうち、舞台や映画の台本を書き始めますが、どこに持って行っても断られ、挫折を味わいます。
しかし彼はあきらめませんでした。断られても、断られても彼は台本を書き続け、ようやく映画化されます。しかし、二流の映画会社、俳優、スタッフで 成功からはほど遠いものでした。


このようなことを繰り返していくうちに、いろいろな人とも出会い、次第に道が開け、やがて彼の映画や舞台が大ヒットします。シナリオ部門でアカデミー賞も受賞します。
1966年から1970年にかけて日本でもテレビで放映された、私のお気に入り番組「かわいい魔女ジニー」は、彼が書いたものでした。
シドニィ・シェルダンが初めて小説を出版したのは、52歳のときでした。処女作 "The Naked Face" (裸の顔)はいきなりベストセラーになり、エドガー・アラン・ポー賞を受賞します。それ以来、彼の書く小説は全部世界中のベストセラーに。
52歳にして小説家という長年の夢を実現したのです。


人生は小説のようなもの、ページをめくれば必ず明日があるのです。
人生、何事もあきらめてはいけません。「成功するまであきらめない!」のスピリットでがんばりましょう。

(シドニィ・シェルダンの小説との出会いを書いた記事、「明日がある」をぜひご覧ください)


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紳士、淑女になれるか?

2018.06.10日
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“Being male is a matter of birth. Being a man is a matter of age. But being a gentleman is a matter of choice.”
—Vin Diesel - Actor
「男であるというのは誕生時の問題。
男性になるというのは年齢の問題。
しかし、紳士になるというのは各人の選択の問題」

—ヴァン・ディーセル(ヴィン・ディーゼル)、俳優


確かに赤ちゃんが生まれたとき、「男の子です」とは言いますが、「男性です」とは言いません。
小学生や中高生に対しても、通例「男子」と言い、「男性」とは言いません。
ところが、20歳もしくは18歳になって成人するともはや「男子」とは言わず「男性」と呼びます。
年齢の問題です。


しかし、「男性」イコール「紳士」でないのは明らかです。
年齢は50歳、あるいは60歳になっていても「紳士」である人は結構少ないように思われます。


女性の場合も、上の「男の子」「男子」が「女の子」「女子」に該当し、「男性」は「女性」に対応します。
しかし、日本語の語彙の貧弱さというか、「紳士」という言葉を使うことはあまりませんが、ましてやそれに該当する女性の場合の「淑女」なんて、まず聞いたり見たりしたことありません。
ひと昔前、明治・大正・昭和初期の頃、演説の際に「紳士・淑女の皆さん」と言っていたぐらいじゃないでしょうか。


余談ですが、これを英語で、
“Ladies and gentlemen, ...“
と言っていましたが、これを日本人が言うと、
「レディース・アンド・ジェントルメン」
となりました。
でも、まず「レディース」じゃなくて「レイディーズ」【léidiz】で、「ジェントルメン」は複数形でも発音は単数形と同じ「ジェントルマン」【dʒéntlmən】です。今日でもよく使う「レディーファースト」も正確には、“Ladies first” 「レイディーズ ファースト」【léidiz fə'ːrst】です。


さて、日本語の「紳士・淑女」はあまりにも古めかしい。
かと言ってそれに代わる日本語を探してみたろころ、紳士に相当するものとしては「檀那(だんな)、貴紳(きしん)、御方、人士(じんし)、お方、士君子(しくんし)、ジェントルマン、ゼントルマン、士」ぐいらいで、淑女に対しては「レディ、奥様、御家様(おいえさま)、レイディー、ジェントルウーマン、御内儀(おないぎ、ごないぎ)、お嬢様、貴婦人、デイム」(類語辞典)で、これまた明治時代の遺物ばかり。
「彼は紳士だ」とは言っても、「彼女は淑女だ」などとはまず言わないし、ほかの言葉もみんな変。結局のところ、日本語に適切な言葉がないので、おそらく英語をそのままカタカナ語(外来語)にして、「レディース・アンド・ジェントルメン」と言っていたのでしょう。


つまり、日本語には英語の “Ladies and gentlemen“ に当たる言葉がないのです。
強いて言えば、「洗練された女性(男性)」「礼儀正しい女性(男性)」なのですが、これでは冒頭の言葉、
「男であるというのは誕生時の問題。
男性になるというのは年齢の問題。
しかし、紳士になるというのは各人の選択の問題」

が成り立ちません。


でも、ここで大切なのはもちろん、見かけとか地位とか名誉などではなく、「真に性質や品行が正しく、礼儀に厚く、学徳の高い人で、知性や教養が豊かで、礼節や信義をわきまえた男性」という意味です。(女性の淑女も同様)
このような人になるかどうか、それはひとえに私たち一人ひとりの選択であり、生き方の問題です。
今日の日本における政治家や実業家、学者などにおける名前ばかりの「紳士」 や「淑女」は意味ありません。
私たちも真のジェントルマン、レイディーを目指して成長していきたいものです。


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否定的か、肯定的か、どちらを選択しますか?

2018.06.09日
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“Being positive does not mean ignoring the negative. Being positive means overcoming the negative.”
--Ralph S. Marston, Jr. - Daily Motivator
「肯定的であるというのは否定的な面を無視することではない。肯定的というのは、否定的な面に打ち勝つということだ」
--ラルフ・マーストン・Jr、モチベーター
(訳 舟田譲二)


一昨日新しくでき上がった眼鏡をかけて昨日外を歩いてみたところ、少し離れたところの看板の文字が縦にずれて二重に見えます。その他、目に入るものもすべてが微妙に二重になっています。
そこで、眼鏡屋さんに行って事情を話しました。
新しい眼鏡を処方箋と比較して確かめ、眼鏡屋さんは眼鏡自体には問題がない、眼科医に再度検査してもらいに行くようにと勧められました。


午後の診療が終わる30分ほど前に医院に入り、何度も繰り返して検査をしてもらい、さらに別の技師に替わって検査してもらいましたが、よくわかりません。
検査後、私の担当の副院長先生に診てもらったところ、副院長も原因がわからず頭を抱え、さらに診察室で別の検査をしました。
最終的に、これまで何度かかかったことのある市内の大病院のひとつで、脳のMRI検査を受けるようにと紹介状を書いてくださいました。通常、目に入る画像を脳が補正してずれをなくして見ているのですが、それができないということは脳に問題があるのかもしれないから、ということです。
検査・診察に2時間かかり、医院を出たときにはすでに7時半を回っていて、患者の中で最後でした。


夜間頻尿に始まり、前立腺肥大症、過活動膀胱でこれまで長年かかっていた市民病院の泌尿器科をつい先月卒業したばかりです。そのちょっと前には1年余りかかっていた整形外科の繊維筋痛症の治療を卒業していました。
ちょうど3年前には「絶"不"調から絶好調へ」で、自律神経失調による身体の火照りと不眠、吐き気とめまい、てんかんで6年近くかかっていた精神科と神経内科を卒業しました。


物事に対して、人に対して、人生に対してとても肯定的な人がいます。
一方、すべてに対して否定的な人もいます。
この違いはなんでしょうか?
生まれ育ちの環境の違いや遺伝的なDNAの違いもあるかもしれません。また、友達や学校の先生、家族など身近な人の影響ということもあるでしょう。


ただ面白いのは、否定的な考え方、生き方をする人はほとんどいつも否定的で、肯定的な人は逆にほとんどいつも肯定的である、ということです。
同じ状況に置かれていても、否定的な人は物事を悪く捉えて落ち込み、肯定的な人は楽観的に捉えて、あまり悩んだり苦しんだりしません。


どっちが得かと言えば、おそらくだれでも肯定的な生き方をするほうだと答えるでしょう。
否定的な人もそのことはわかっています。でも、同じ状況のもとにいても否定的な人は自然と物事を悲観的に考えてしまいます。損だとわかっていてもです。


突き詰めて考えると「一寸先は闇」で、10年後のことどころか、1年先、1分先のことさえだれにもわかりません。
わからないにも関わらず、楽天的な見方をする人と悲観的な見方をする人がいるということは、何の根拠もなく、「肯定的」であることか「否定的」であることを、私たちはみんな自分の意思で選択しているということです。


そして、「自己実現」という言葉があるように、面白いほど「楽観的」な人は肯定的な結果を刈り取り、「悲観的」な人は否定的な結果を刈り取っています。
これを「引き寄せの法則」とも言います。


人生に否定的な面はたくさんあります。
たとえば家族や愛する者との別離や事業の失敗、事故や怪我、病気などはだれの人生にも付き物で、それらから逃れることはできません。
これを否定したり無視して生きることは、自分を欺いていることに他なりません。
要は、ラルフ・マーストンが言うように、
「肯定的であるというのは否定的な面を無視することではない。肯定的というのは、否定的な面に打ち勝つということ」
なのです。
あらゆる人が避けて通ることのできない否定的な面を無視することは問題の解決にはつながりません。
しかし、否定的な面に打ち勝つこと、これならだれにでもできます。


今回また脳のMRI検査を受けることになりましたが、たとえ「一難去ってまた一難」であってもなお、私は否定的な面に打ち勝って、肯定的であることを選択しています。
あなたはどちらを選択しますか?


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もっと光を!

2018.06.08日
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"It is during our darkest moments that we must focus to see the light."
--Aristotle
「人生でもっとも暗いときこそ、光に焦点を合わせなければならない」
ーーアリストテレス
(訳 舟田譲二)


臨終の床で「もっと光を!」と言ったのは、かの有名なヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749〜1832)です。
「この深く、絶望的な世の中に、もっと光を」という意味で言ったと言われていますが、実際には「もっと光を、よろい戸を開けてくれ」と続き、部屋が暗いから明りを入れてくれと言ったというのが真実のようです。


実はちょうど3年ほど前のある日、目に入るものの一部が白く抜けているのに気づきました。
最初は気のせいと思っていたのですが、なにげなく右目をつぶり、次に左目をつぶって見えるものを見比べると明らかに両者の間に違いがあるのです。左目で見ると右上の一部が小さな丸で白く抜けていて、下の写真のように見えるのです。


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これはなにか目の異状だと思い、いつもかかっている眼科に慌てて行きました。
ここはうちの卒塾生が院長補佐をしていて、このときも彼女がテストの補佐をし、院長先生が診断してくださいました。
ところが視野欠損の検査の結果、異常が見受けられませんでした。
先生の診断によると、白内障にはなりかけているけど今すぐ手術というほどではない。緑内障の可能性もあるけど現段階では大丈夫なので、しばらく様子をみてまた1年後ぐらいに検査に来てください、と言われました。


その後、同じような症状が現れることなく忘れかけていたのですが、緑内障で視力が落ちてきているというふたりの友人が、早めに検査を受けたほうがいいと私に勧めてくださいました。
そうこうしているうちに、夕方うす暗くなってきてウォーキングしているとき、なんとなく見えにくくなってきているような気がして、左右の目を交互に閉じて見比べると、ちょうど下の写真のように左目に映る光景が色が全体に暗く、しかも陰の部分はほとんど画が潰れて真っ暗に見えるのです。まるで画像にぼかしを入れたような感じです。


IMG_3284.jpg   IMG_3287.jpg


そこで先週、再び眼科医に行って検査を受けました。
しかし、またしても視野欠損は見受けられず、診断は前回と同じです。
先生によると、白内障は白髪のようなもので年を取ると誰でも出てくる、これに対して緑内障は病気で、早めに対処すると進行を遅らせることができる、とのこと。
ただ、検眼の結果、見えにくくなってきているのは眼鏡の度が合っていないからだと言われ、処方箋を書いてもらいました。
なんと近視の度は改善して視力は良くなっているのです。でも遠視の度は進んでいて、これは私ぐらいの年齢の人にはよくあることだそうです。


ということで、先週近所の眼鏡屋さんに新しい眼鏡を作ってもらいに行き、昨日できあがりました。
確かによく見えるようになりました。
これまでの眼鏡との違いは、遠視の部分を見やすくするために縦幅が7mmほど広くなったぐらいで、見た目はほとんど変わっていなくて、家族ですら気づきません。
上が新しい眼鏡です。実際には横幅は同じです。これまでのデザイン重視から機能重視になりました。


IMG_3304.jpg


新しい眼鏡をかけると右目の矯正視力が少し弱めで、少し離れたところはこれまでの眼鏡よりちょっと見えにくい感じです。慣れるかどうかしばらく様子をみようと思っています。でも近くの細かい字などはとてもよく見えるようになりました。これまで見えなかった、上の新聞の株式欄の細かい数字も嘘のように見えます。
しかし、当然のことですが左目の明るさを認識する力は改善していません。
ゲーテのように、私も「もっと光を!」と叫びたい感じです。


でも、なによりも大切なのは、アリストテレスの冒頭の言葉、
「人生でもっとも暗いときこそ、光に焦点を合わせなければならない」
のように、暗いところに焦点を合わせるのではなく、明るいところに焦点を合わせることです。
人生において、暗いところばかりを見ていたら目に入るものは暗いものばかりになって、明るいものが見えなくなるものです。
「もっと光を!」
明るい面を見るようにします。


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勉強してなんの役に立つの?

2018.06.07日

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“The roots of education are bitter, but the fruit is sweet.”
—Aristotle BC384 - BC322, Philosopher
「教育の根は苦いが、その実は甘い」
ーーアリストテレス、哲学者
(訳 舟田譲二)


上の【名もなき名言】の
生徒「こんなことやって将来何の役に立つんですかー?」
先生「こんなことも出来ない君は将来何の役に立つんですかー?」

はまことに至言。


「英語(数学)なんかやったって、将来なんの役にも立たない」
という言葉はこれまで何度も聞いてきました。
まあ、だいたいこういったことを言うのは勉強ができない子で、勉強しないことの言い訳にもなっていますが、同時に、子どもたちは勉強の目的や意義がわからないまま、親や先生に言われるから仕方なく勉強をしているというのが現実です。


これに対して、家庭環境や親の指導、お手本により小さい頃から勉強をしっかりやってきている子どもたちは、勉強への取り組み方がまったく違い、勉強が楽しいと言います。勉強に対する悪いイメージがないのです。


紀元前4世紀の古代ギリシャの哲学者アリストテレスは「教育の根は苦いが、その実は甘い」と言いました。
アリストテレスは、人間の本性が「知を愛する」ことにあると考えました。ギリシャ語ではこれをフィロソフィア(Philosophia)と呼びます。フィロは「愛する」、ソフィアは「知」を意味します。この言葉がヨーロッパの各国の言語で「哲学」を意味する言葉の語源となりました。
アリストテレスの著作集は日本語版で17巻に及びますが、形而上学、倫理学、論理学といった哲学関係のほか、政治学、宇宙論、天体学、自然学(物理学)、気象学、博物誌学的なものから分析的なもの、その他、生物学、詩学、演劇学、および現在でいう心理学なども含まれており多岐にわたります。アリストテレスはこれらをすべてフィロソフィアと呼んでいました。アリストテレスのいう「哲学」とは知的欲求を満たす知的行為そのものと、その行為の結果全体であり、現在の学問のほとんどが彼の「哲学」の範疇に含まれています。


アリストテレスは17、18歳の頃、プラトンが主宰する学校アカデメイア(我がアカデミー学院の祖で「学問をするところ」の意)に入門して、20年近くそこで学び、時には教師として後進を指導もしました。
(以上Wikipediaより)
こんなアリストテレスでさえ、学問の甘い実を味わうまで、初めは苦い根も経験しました。この苦い根とは「勉強の基本」と呼ばれるものです。


何事も基礎・基本というのはそんなに楽しいものではありません。
かけ算の九九をただ覚えるのは別に楽しくありません。
でも、九九を使って箱の中にあるジュースの瓶の数をパッと出せたら楽しいです。
これが甘い実です。


私たちが学校で学ぶことは基本の基本です。
この基本を応用して生活に密着したことや、物事の論理、その他さまざまなことに適用できてこそ勉強が役立ったと言えます。
そして、学んだことを役立てて初めて、社会の役にも立つのです。


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ミスッター・フナダ 四度目の正直

2018.06.06日
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昨日は所用あって午前中東京へ。
1時間半あまりの面談を終えて帰途につきました。
平塚に戻って家への帰り途、駅近くの取引先銀行の口座から出金して、それを郵便局で自分の口座に入金し、さらにそれを別の方に口座間で振り込む、という仕事がありました。
この類いの仕事はいつも私の担当で得意分野です(笑)。


順調に進んでいたかのように思われていて「楽勝」と思っていたのですが、途中で思わぬトラブルが発生。
駅から自宅に戻る途中の郵便局に立ち寄り、ATMに通帳を入れようとするのですが、なんどやっても「もう一度入れ直してください」というメッセージが出て戻されてくるのです。
そこで窓口に持って行って「磁気不良のようでATMに入りません」と言って通帳を出したところ意外な返事が。
「これは郵便局の通帳ではありませんよ」
よく見ると、確かに信用金庫の通帳でした。(間違い1回)
恥ずかしくなって、「ごめんなさい」と謝り、そのまま歩いて家まで戻って郵便局の通帳に替えて再び近所の郵便局へ行きました。


今度はもう失敗しないぞ、とATMに通帳を入れて暗証番号を入力。
すべてうまくいき、これで大丈夫、と思ったら、最後の画面で手数料100円と出ます。
あれっ、50万円までの口座間振替は手数料無料のはずだけど、と思って窓口へ。(財布を家に置いてきて小銭を持っていなかった)
尋ねると、「お知らせを希望しますか」で「はい」を押したのではないですか、きっとそれが原因ですという返事。
「あっ、確かに無意識にそれを押してしまっていた」(間違い2回)


そこでATMに戻って再度同じ作業を。
ところが後ろに人が並んでいたので焦ってしまい、最初の暗証番号を入力する段階で通帳の記号番号を入力。
「暗証番号を入力してください」と画面に表示され、慌てて暗証番号を入力。
ところが、ここで先ほどの銀行の暗証番号を誤って入力。(間違い3回)
そうしたところ暗証番号を続けて2回間違えたためブロックされてしまいました。


泣く泣く窓口に行って事情を説明すると、キャッシュカードがあればそれを使ってできますとの返事。仕方なく家に戻り、キャッシュカードを持って行ってようやく無事任務完了。
普通は「二度あることは三度ある」とか、「三度目の正直」というのに、私はなんと四度目の正直でした(笑)。


帰ろうとしていた私に「舟田さん」と呼びとめる声が。
振り返ると、先ほど窓口で尋ねた局員さんがわざわざ出口まで追いかけてきて、下の写真の「暗証番号誤回数消去請求書」を手渡して、明日以降通帳を持ってもう一度窓口に来てくださいと、ご丁寧に教えてくださいました。このときもうすでに4時半を回っていて、窓口業務が終わっていたため。(親切な局員さんに心から感謝!)
郵便局の通帳と信用金庫の通帳が同じ緑色で一見よく似ていたので、私はよく確かめもせずに信用金庫のを持って出ていたのです。


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昨日はミスター・フナダはミスッター・フナダと相成りました。
これはやはりボケの始まりか、と思うとちょっと怖くなってきて、考えを改めることにしました。なぜなら、「ボケてきた」と思うと本当にボケてくるというのが私の持論だからです(「ためしてガッテン! 若さの秘訣は」)。
その代わりに、冒頭のソニア・ショケットの金言、
"Every day we are given chances to be a little wiser than before."
「私たちは毎日、昨日よりも少し賢くなれるチャンスが与えられている」

を童心に返って信じることにしました。
都内で歩き、さらに平塚に戻って駅から家まで歩き、その後近所の郵便局に2度足を運んだおかげで12158歩、6.9kmウォーキングしたことになり、健康増進にもつながるありがたいおまけ付きでした(笑)。


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英語よもやま話 授業誌上再現

2018.06.05日

一昨日、昨日とアカデミーで行った英語の発音講座の授業を誌上再現しました。
昨日の記事「誌上再現  英語発音授業」の最後のところに書いた「イギリスの歴史と英語の歴史、シェイクスピア時代の英語と現代のイギリス英語、アメリカ西部開拓の歴史と東部と西部の英語の違いなど、いろいろな話を織り交ぜながら」とはしょって書いたのですが、これでは皆さんなんのことかわっぱりわからず、また参加した先生たちの感想の「面白い!」「そうだったのか!と思わされることばかりでとても楽しかった」がどういうことなのかおわかりにならないと思いますので、この部分を今日は誌上再現します。
というのが、参加した先生のひとりはアメリカの大学を出ていてアメリカ英語を話しますが、イギリス英語はわかりにくくて苦手。もうひとりの先生はイギリスに留学経験があり、発音がイギリス英語とアメリカ英語のミックスになってしまっていて、いつもそれでいいのか不安、とおっしゃっていたので、その質問に対する答えにもなっています。


イギリスという国は大昔から周囲の国に絶えず侵略される歴史がありました。
ブリテン諸島(グレートブリテン島・アイルランド島)には古くからブリトン族などのケルト人が住んでいましたが、 紀元1世紀に第4代ローマ皇帝・クラウディウスの征服により、ローマ帝国に支配されました。
その後、ゲルマン人の部族であるアングル人・サクソン人・ジュート人が5世紀頃にブリテン島に侵出。8世紀頃からデーン人(バイキング)の侵略が激しくなり、古ノルド語(ゲルマン語系)の語彙がたくさん英語に入ってきました。
次に、フランス北部にいたノルマン人に占領され、上流階級の話すフランス系語彙と、中下層階級のゲルマン系語彙の二系統が混在する現在の英語ができ上がりました。
16世紀から17世紀には、啓蒙時代の文人たちが、「粗野な」英語の水準を高めようと、ラテン語、ギリシャ語を借用したため、これらの単語も大量に英語に入ってきました。
さらに、大航海時代にはイギリスが世界各国に進出し、貿易などを通じて世界中の言葉が英語にもたらされ、かくして英語は世界中の言語がミックスされる結果となりました。
このため、ヨーロッパの言語のほとんどが文法やスペリングと発音の関係が規則的なのに対して英語はとても不規則なものになり、それが外国人にとって英語の学習を困難にさせている原因のひとつになっています。


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「シェークスピアの芝居をアメリカ英語でやっているのは興ざめだ。やっぱりシェークスピアの英語は伝統的なイギリスの Queen's English でないと」
これまでこの言葉を何度も聞いてきました。
イギリスから来ていた大学時代のイギリス人の先生もそう言っていました。
またアメリカ人の役者が演じるシェークスピアの舞台もイギリス英語が話されています。
ところが、何とシェークスピア時代に話されていた英語は、今日のイギリス英語よりもアメリカ英語に近いのです!


16世紀から17世紀にかけてのシェークスピアの時代、メイフラワー号に乗ってイギリスからアメリカへ移住していった人たちが当時の英語をアメリカに持ち込みました。
アメリカに移り住んだ人たちは、次第に西部開拓で西へ西へと移動しました。
言語学的に、人々は移動している間は日々の生活に心を奪われて、言語は昔からの発音や語法や文法を保持しますが、同じところに長い間定住していると生活に余裕が生まれてきて、言語を変化させる傾向があります。つまり、アメリカでシェークスピアの時代の英語が温存されている間に、イギリスではどんどん英語が変化していったのです。


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いくつかの例を挙げれば、
1. ask, answer, and のような a の発音はアメリカ英語では、エとアを一緒にした「エァ」という音で発音しますが、イギリス英語では「アー」と発音します。前者のアメリカ英語がシェークスピアの時代の発音に近いのです。
2. car や bird のように、いわゆる巻き舌の r の音がアメリカ英語には残っていますが、イギリス英語では r は落ちました。
3. ニューイングランドを始めとするアメリカの東海岸ではいまだにイギリス英語に近い発音ですが、これはイギリスとの政治・経済・文化などで常に接触があったため、イギリス英語の影響を受けたのです。
4. オーストラリアやニュージーランドの英語は、ロンドンの下町の英語 Cockney English (ロンドン英語)に近いですが、これはロンドンの下町の人たちが中心に最初オーストラリアに移住した(というよりむしろ、オーストラリアはイギリスの刑務所として最初使われていましたが、最初に送られていったのが下町の労働者階級の人たちだった)からです。
5. イギリス英語では最近、時刻を表示する 10:00 を 10.00 のように、コロンでなくピリオドを使い、Mr.や Dr. Mrs. のようなピリオドを省略しますが、これもイギリス英語の単純化という変化のひとつです。


英語は今や、世界中の多くの国々で使われ、私たち日本人が中国人や東南アジアの人たち、アフリカの人たちとビジネスをする時にも共通語として英語を使っています。
また、英語はシンガポール、香港、フィリピン、インド、南アフリカ共和国、等々多くの国や地域で公用語として使われていますが、それぞれの土地や国において文法や発音は、イギリスやアメリカの英語とはまったく異なるものになっています。従来ならばそのような英語を間違っている、と言っていましたが、今ではこれらも英語のひとつとして認められるようになりました。


イギリス英語が格式高いとか、アメリカ英語は野卑だとか、シンガポール英語はめちゃくちゃだ、というのはステレオタイプ、すなわち固定観念、偏見です。言語に良い、悪いはありません。言語は生きていますから、時代とともに、また文化とともに変化していきます。それが普通なのです。


私たち日本人も、アメリカやイギリスの正しいの英語を話さなければだめ、という考えを捨てて、もっと自由に英語でコミュニケーションできるようになることが必要だ、と私は思います。それが国際交流の第一歩です。
皆さん、もっと英語を使えるようになりましょう。世界が広がりますよ!


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誌上再現  英語発音授業

2018.06.04日

昨日の「生徒に好奇心を起こさせるように教えると」の中で再現した「英語音声学・フォニックスのレッスン」の続きを昨日しました。
その一部を昨日に続き誌上再現します。英語を学んでいらっしゃる方や教えていらっしゃる方々に少しでも助けとなれば幸いです。


1.母音
単語に a の文字が含まれていてそれにストレス(アクセント)があるときは、
通常【æ】(口を横に開いて、エとアを一緒に言った「ェア」という音)と発音されます。
ちょうど、cat というときの音です。ただ、これは日本語の発音のように[キャット]ではなく、【kæt】[クェアット]です。[ャ]というと英語の発音記号では[ja]となります。
前置詞や接続詞のような機能語でアクセントがないときは【ə】というあいまいな音になります。
at, that, géntleman, Cánada


u は普通【ʌ】(口を小さく開いて弱く[ァ]と発音する)
cut, hut, sung, bud, hundred


アクセントがないときは母音 a e i o u は【ə】(口を小さく開いてこもった感じのあいまいな[ァ]の音)で発音される。
áccident, detérgent, chícken, wágon, óctopus


日本語の〔アー〕に聞こえる音には2種類ある
澄んだきれいな〔アー〕
ar 【ɑr
arm, hard, market, park


濁った〔アー〕
er ir ur ear 【ɚ】
concert, her, third, church, hurt, heard
(例外)
heart 【hɑrt】(心は澄んでいなかればならないので、きれいに発音する)


サイレントEのルール(語尾の発音しないe)
短母音+子音+e →長母音
e pet Pete 〔ペット→ピト〕
a hat hate 〔へァット→ヘイト〕
i sit site 〔スィット→サイト〕
o hop hope 〔ホップ→ホウプ〕
u cut cute 〔カット→キュート〕


2.子音
1.c (後にa o uが来るとき)→【k】
cat, condition, cut
c (後にi eが来るとき)→【s】
cite, cent, cement


2.g (後にa o uが来るとき)→【g】
gas, gorilla, gun
g (後にi eが来るとき)→【ʤ】〔ヂ〕
giant, gentle


3.z dz の区別
cars 【z】 (【s】の濁音〔ズ〕)
cards 【dz】 (【ts】の濁音〔ヅ〕)


4.ng 【ŋ】〔ク゜〕
king  【kiŋ】 〔キンク゜で最後にグは発音しない〕
sing 【siŋ】 singer 【siŋə】
hang【hæŋ】 hanger 【hæŋə】  「ハンガー、えもんかけ」(hang「つるす」という動詞から派生している)


【g】の音が出るのは以下の場合のみ
hunger 【hʌŋ】 「飢え」(hungという動詞はなく、hungerという名詞のみ)
young 【jʌŋ】 younger 【jʌŋ】 〔形容詞の比較級ではク゜ガ〕


イギリスの歴史と英語の歴史、シェイクスピア時代の英語と現代のイギリス英語、アメリカ西部開拓の歴史と東部と西部の英語の違いなど、いろいろな話を織り交ぜながら上の英語音声学・フォニックスを教えるという私特有の授業スタイルです。これはちょうど「灘校教師の名物授業」と同じです。


今回の講座を受けた先生たちからは、「学院長先生のお話は本当に面白いです!」「昨日と今日はとても為になる講義をありがとうございました。そうだったのか!と思わされることばかりでとても楽しく、そしてとても勉強になりました!」と、先ほどメールが届きました。


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生徒に好奇心を起こさせるように教えると

2018.06.03日
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“You can teach a student a lesson for a day; but if you can teach him to learn by creating curiosity, he will continue the learning process as long as he lives.”
--Clay P. Bedford
「生徒に一日にひとつのレッスンを教えることはだれでもできる。しかし、生徒に好奇心を起こさせるように教えると、生徒は一生学び続ける」
--クレイ・P・ベッドフォード
(訳 舟田譲二)


もう10数年も前のことですが、うちに来ていた中学1年生が学校で英語の先生から単語の覚え方を教えてもらった、と言って私に話してくれました。
「野球という単語 'baseball' を『バセバ11』と覚えて書けるようにしておけ。今度の試験で出すぞ」と。
わかります? 「バセバ」というのは 'baseball' の太字部のローマ字読みで、それに後半の 'baseball' を数字の11に見立てて覚えさせていたのです。
私は大笑いするとともに呆れて言葉も出ませんでした。このときの状況を昨日のことのようにありありと覚えています。


教師の務めは、ただ単に生徒に物事を教えて覚えさせ、試験で点を取らせて上の学校に合格させることにあるのではありません。好奇心を育てて学び方を教えるのです。そうすれば、生徒は放っておいても一生楽しく学び続けます。


上のことわざに似た次の有名なことわざがあります。
"Give a man a fish and you feed him for a day. Teach him how to fish and you feed him for a lifetime."
「人に魚を一匹与えると一日分の食事を与えることになる。しかし釣りの仕方を教えれば、一生分の食事を与えることになる」


同様に親の務めも、子どもに一生涯食事を与えて養うことにあるのではなく、子どもが自分の力で生きていけるように育てることにあります。


昨日はうちの英語担当の先生のひとりに頼まれて英語のフォニックスを教えることになりました。
久しぶりにホワイトボードの前に立って、英語を教えている4人の先生たちに英語音声学とフォニックスの基本を教えました。ほかの3人は都合がつかず欠席。
導入は「今、世間で一番話題になっていることと言えば?」という質問。
生徒の席に座っている先生たちからは一斉に「日大アメフト」という返事が戻ってきました。
「日大アメフト部の英語名は?」
「フェニックス」
「英語で綴ると?」
「Phoenicsだった? Phonicsに似てますよね」
「そう、似てます。でも残念ながらちょっと違います。Phoenixです。じゃあ、その正しい発音は?」
「えっ、フェニックスじゃないんですか?」
「残念でした!フィーニックスと発音します」
「へえーっ!」


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「このCMソング知ってますよね。
♪チョッコレイト、チョッコレイト、チョコレイトは明治...
それでは chocolate の英語の正しい発音は?」
「チョコレット」
「そのとおり。フォニックスのルールだと『チョコレイト』になります。歌ではチョコレイトと言っていますが、この歌のあとCMの中で『明治チョコレート』と言っています。日本語では発音上チョコレイトもチョコレートも区別がありませんが、カタカナ表記では基本的にはチョコレートと伸ばします。でも、英語にはチョコレートのような『エー』という長母音はありません」
「へえーっ!そうだったんだ」


続いて母音と子音の発音記号をひと通り、そしてその正確な発音の仕方を説明しました。
とくに日本人にとって区別が難しい
cars【z】 cards【dz】   ear【iɚ】 year【jiɚ】 の違いなど、実際に発音してもらって実習しました。
こんな調子で、一方的に講義するのではなく、ワークショップのようにして先生たちに質問しては考えてもらい、質問してもらったり答えを言ってもらったり、体験談を語ってもらったりして進める1時間のレッスンでした。
小学生や中学生に英語を教えるときに気をつけなければならない発音やスペリングを具体的な例を挙げながら、Q&A形式で進めました。
予定していたところまで進めることができなかったので、今日その続きをすることになりました。
レッスンが終わると先生たちは「あー、楽しかった!」「久しぶりに大学の授業を受けたみたい」と言ってくださり、私にとっても大満足のレッスンとなりました。


朝から授業直前までプリントの資料作りをしていて、レッスンが終わったときにはかなり疲れていたのですが、まだウォーキングしていなかったので家に戻ってから7時前にいつものコースに出かけました。
1時間歩いて帰ってきてスマホのアプリを見ると、この1か月で約200km歩いていました。
去る1月に歩いたのとほぼ同じ距離で、ここ神奈川県平塚市から静岡県の浜名湖まで歩いたことになります。
"Many a little makes a mickle."
「ちりも積もれば山となる」

この一歩一歩のウォーキングの積み重ねと、楽しみながら英語を教えることによって、心身ともに健康になれるというのはなんと幸せなことでしょう。


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ためしてガッテン! 若さの秘訣は

2018.06.02日
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"I will never be an old man. To me, old age is always 15 years older than I am."
--Francis Bacon (1561-1626), English philosopher, statesman, scientist, jurist, orator, and author
「私は決して年寄りにはならない。私にとって老年とは、いつでも自分の今の年齢よりも15歳年上のことだから」
--フランシスコ・ベーコン、英国の哲学者、政治家、科学者、法学者、弁士、作家
(訳 舟田譲二)


フランシスコ・ベーコンと言ったら「知識は力なり」と言われるぐらい、この名言でよく知られている16〜17世紀にかけてのイギリスを代表する哲学者です。ほかに政治家、科学者、法学者、弁士、作家と、天が二物どころか四物も五物も与えた類いまれなる有能な人物です。
「独力では果たせなかったものの学問の壮大な体系化を構想していた。体系化の構想はフランス百科全書派にも引き継がれる」とWikipediaにもあります。


上の名言はあまり知られているわけではありませんが、私と波長がピッタリ合い、こういうのが大好きです。
400年近くも前に生きていた人ですから今とは平均寿命も違いますが、65歳で亡くなっています。彼流に言い換えると、80歳ぐらいの年齢で亡くなられたいうことになります。
2日前、所用があって書店に行き、興味のある本を何冊か立ち読みしていたところ、健康関連の本の中に「見た目の老けは身体の内面の老化の表われ」とありました。


昨日、銀行に行ったら、昼過ぎだったせいかほかに客がいなくて、いつもの私の担当(?)の受け付けのお姉さんならぬおばさんとちょっと話がはずんでしまいました。
先月、孫が生まれて3週間ほどロスのほうに行ってきました、と言って斗史希を抱いた写真をお見せしたところびっくりされました。


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受け付けのおばちゃん曰く、
「えっ、お孫さんがいらっしゃるのですか!?」
「ええ、初孫が生まれました」
「えーっ、まだまだそんなお年には見えませんよ」
「実は向こうでも、若いおじいちゃまですね、息子さんは先生が20歳のときのお子さんですか?とか、今48歳ぐらいですか?とか聞かれましたよ」
「いやー、私もそのぐらいのお年だとばかり思っていました」
「いえいえ、今月68になりますよ」
「えーっ!全然見えません」
話しをしていたら、他の店員さんも何人かそばに寄って来て「そう、若い、若い!」と言いながら、ほかの写真を覗き込んで、皆さん「可愛い〜!」の連発。
こういうのを至福の時と言うのでしょうか。


確かに、私自身もまだまだ年を取ったとは感じず、フランシスコ・ベーコンじゃないですが、自分ではまだ15歳若い53歳ぐらいのつもりでいます。
高校のときの同窓生に、「舟田は甘い!もうそんなに若くないよ。我々はもう立派な高齢者だよ」と叱られました。


でも、健康維持のために毎朝チェックしている体組成計に乗ると、「体内年齢42歳」と出ます。


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なぜこのような数値が出るのか自分でも不思議でならないのですが、面白いことに毎年誕生日が来ると、体内年齢も1歳年を取ります(笑)。
誕生日が来て体内年齢は43歳に。ベーコン流にこれに15歳足すと「58歳」。
実年齢から15歳引くと55歳。
まあ、いい線いくか。
うん、私はまだまだ若い。


昨日も夕方、少し肌寒くなった6時40分に家を出てウォーキングしてきました。
Tシャツにショートパンツという出で立ちでしたが、15分もすると身体がポカポカ温かくなってきて、それまで冷たく感じていた風も平気になり、帰ってきたら汗をかいていました。
ここ1か月の平均歩数はずっと1万歩以上(毎日6〜8km)をキープしています。


気持ちを若く持つことと、食生活と運動と睡眠の健康の三要素をしっかり守るなら、だれでも実年齢よりも15歳ぐらい若くいられますよ。若く見える俳優や女優さんたちも皆さん、これを実行していらっしゃいます。
嘘だと思ったら試してみてください。
きっと「ためしてガッテン!」になりますよ。


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あなたはどのような生き方がしたいですか?

2018.06.01日
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"Love life, engage in it, give it all you’ve got. Love it with a passion because life truly does give back, many times over, what you put into it."
--Maya Angelou – 1928-2014, Poet, Singer, and Activist
「人生を愛しなさい。人生を楽しみなさい。あなたの持てる限りのものを人生に捧げなさい。情熱をもって人生を愛しなさい。あなたが人生に捧げるものは本当に何倍にもなって戻ってくるから」
--マヤ・アンジェロウ、詩人・歌手・公民権活動家
(訳 舟田譲二)


詩人、歌手、女優であるとともに、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアと一緒に公民権運動に参加した活動家。
8歳のときに母親の恋人にレイプされるという痛ましい経験をし、それ以来人間不信になります。
しかし、愛と希望の力に目覚めて、16歳でサンフランシスコで初の黒人女性車掌になり、それがきっかけで積極的な人生を歩み始めます。
『歌え、翔べない鳥たちよ』 (I Know Why the Caged Bird Sings)は、1930年代〜40年代にかけての偏見と差別の中で過ごした貧しい子ども時代の自身の体験をつづった自伝。
彼女は作家として一躍有名になります。
1993年、ビル・クリントンのアメリカ合衆国大統領就任式にて自作の詩を朗読し、2011年には大統領自由勲章を受章。全米の人々が尊敬する黒人女性作家でした。
「希望の虹」より)


幼いときからこのような耐えがたい苦しみ、悲しみ、辛さ、貧しさを経験していましたが、その後マヤ・アンジェロウは自力でそこから這い上がり、努力して自らの人生を切り開いていきました。やがて仕事に就き、この経験から自信を築いていって、詩人、歌手、女優、作家、公民権活動家になり、多くの理解者、協賛者を得るに至りました。


彼女の人生を思うなら、私たちの悩みや悲しみや辛さなど、本当に取るに足りないものです。
その彼女が、冒頭のように、
「人生を愛しなさい。人生を楽しみなさい。あなたの持てる限りのものを人生に捧げなさい。情熱をもって人生を愛しなさい。あなたが人生に捧げるものは本当に何倍にもなって戻ってくるから」
と言っているのです。


人と比べて卑下したり、落ち込んだり、不平を言ったり、人生を儚(はかな)んだり、あるいは喜びや希望のない人生を送ったりしていては、限られた人生の日々があまりにももったいないです。
どのような環境にあろうとも、自分の生き方は自分が選択するのです。
せっかく与えられた命、あなたはどのような生き方がしたいですか?


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水の上に石を投げよ!

2018.05.31日
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"I alone cannot change the world, but I can cast a stone across the water to create many ripples."
--Mother Theresa – 1910-1997, Saint
「私はひとりで世界を変えることはできません。でも、水の上に石を投げてたくさんのさざ波を起こすことはできます」
--マザー・テレサ
(訳 舟田譲二)


マザー・テレサが残した数えきれないほどの名言は時代を超え、国や文化を超えて人の心を動かします。
今日の言葉はいかにもマザー・テレサらしいまさに金言中の金言と言えるものです。私の大好きなたぐいの言葉で、魂を揺さぶられます。


マザー・テレサはその謹厳実直な生き方そのものが多くのことを語り、世界中の数えきれないほどの人々の人生を動かしてきました。口先だけで綺麗事を語るのでなく、まさにそのままの人生を歩んだ方でした。


今日の金言、
「私はひとりで世界を変えることはできません。でも、水の上に石を投げてたくさんのさざ波を起こすことはできます」
は、私たちすべてに語られている言葉です。
マザー・テレサはあの小さな身体で、多くを語らず、世界中の弱者のために「水の上に石を投げてたくさんのさざ波を起こし」て、その結果世界中の人々の心を動かし、人々の心の中に愛の炎を起こし、その輪を広げていってくれました。


私たちもマザー・テレサに倣い、たとえ大きなことはできなくても、さざ波を起こす石を水の上に投げ続けようではありませんか。小さな行動が積もり積もって世界を変えます。


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親は子どもにとって最高のお手本

2018.05.30日

"Parents are the ultimate role models for children. Every word, movement and action has an effect. No other person or outside force has a greater influence on a child than the parent."
--Bob Keegan
「親というものは子どもにとって最高のお手本だ。話す言葉、身体の動き、行動、一つひとつが子どもに影響を与える。子どもに対して親よりも大きな影響を与える人やものはほかにない」
--ボブ・キーガン
(訳 舟田譲二)


昨日、昔のカセットテープの探し物をしていたら、偶然に父の手記を見つけました。
20代から40代まで勤めていた日産自動車の本社社内報のようなものです。
生まれて初めて見るもので、読み終わってからカセットテープ探しそっちのけで、しばし昔の父の思い出に浸っていました。


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変色していて時代を感じさせます。
「父の日」の記事の中に、「写っているワゴンタイプのセドリックのパトカーはその後刑事物のドラマでよく見かけましたが、父のアイデアで生まれたものだそうで、これはその第1号を京都府警に納車したときの写真です」と書いていました。
これを裏打ちするかのようにこの手記には、「内部仕様まで大半自分が提案したパトカーと同色のセドリックバン4台の納車日」とあります。


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父がこの日の納車のために、少し前のある日、5時半に起床して京都府警本部の会計課長宅を訪問してセールスしていたのです。
「父の全盛時代の40代の頃の写真」と上の記事に書いていたのですが、このとき父はなんとまだ34才という若さでした。
34才といえば、私の長男直人と次男正人のちょうど真ん中の年。
この年齢で、10年以上にわたって毎年全国トップセールスマンとして本社で表彰され、最後には社長功労賞まで受賞していたというから驚きです。しかも、高度成長期の三種の神器3C(カー、カラーテレビ、クーラー)が生まれる前のことで、医者か会社の社長にしか乗れないセドリックのような高級車を毎年100台以上販売していたのです(車社会の現代でも年間100代以上を売るのはとても難しいと、ある車のセールスが話していました)。


さて、この父の発案で生まれたセドリックの事故処理車は、当時のお茶の間の人気テレビ番組『特別機動捜査隊』ほかで登場していましたが、この番組がきっかけで警視庁や警察本部に機動捜査隊が実際に設置されることになり、さらに当時の警視総監がこのドラマのファンだったため、後に実際のパトカーにもセドリックが採用されたという逸話が残っているようです。


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そして、やがてこれが今日のキャラバンタイプの事故処理車に発展していったのです。


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私は幼い頃から、父を尊敬し、憧れ、目標にして育ちました。
英語が流暢に話せて、ジャズが好きで、母と一緒に78回転のSPレコードに併せてダンスをしていた、蝶ネクタイが似合うダンディでカッコいい父。
私の人生にもっとも大きな影響を与えた人でした。

今日の言葉、
「親というものは子どもにとって最高のお手本だ。話す言葉、身体の動き、行動、一つひとつが子どもに影響を与える。子どもに対して親よりも大きな影響を与える人やものはほかにない」
を語ったボブ・キーガンはメジャーリーグの野球選手だったようですが、やはり彼も同じように父親から大きな影響を受けて育ったのでしょう。
私たち親の責任は本当に大きいです。
そして、およそ社会で上に立つ者、指導者、経営者、教育者、リーダーなども同様に、後進の人たちのお手本となるべき大きな使命が与えられています。


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1%の奇跡

2018.05.29日
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“There are two ways to live: you can live as if nothing is a miracle; you can live as if everything is a miracle. “
ーーAlbert Einstein
「二つの生き方がある。奇跡など一つもないという生き方。もう一つは、すべては奇跡という生き方」
ーーアルベルト・アインシュタイン
(訳 舟田譲二)


毎日新聞が26、27両日に行った全国世論調査で、日本大アメフト部の選手が危険な反則タックルをして関西学院大の選手にけがをさせた問題を巡り、内田正人・前監督やコーチら指導者は反則を指示していないとする日大側の説明に対して「納得できない」とする回答が82%を占めた。「納得できる」は1%にとどまった。
(この事件の経緯については、「泣けました!」「あなたの人生はここで終わるわけではない」をご参照ください)


実際のところ、納得できないという人が100%だったとしても不思議でないような状況で、納得できると答えた人が1%いたというのは、日大にとっては本当にありがたい、最後の一縷(いちる)の望みの1%です。


前監督・前コーチによる記者会見、そしてそれに続く日大学長による謝罪会見も、ほとんどの人にとって空しく聞こえました。
日大アメフト部の現役選手、父母会、そしてアメフト部OBまでそろって上の会見について納得できないと異議を唱え、関東学連も「監督とコーチの指示を認定する方針」、関東学生アメリカンフットボール連盟も月内には臨時理事会を開催し、処罰について最終的に審議・議決する見込み」と発表しました。


このような中で1%の人が納得できると言っている今、日大側が自らの非を認めて真に謝罪し、関学側と和解することのみが、唯一のこの問題の解決の道です。たとえ、日大が言うように第三者委員会を立ち上げて調査しても、これまでと似たり寄ったりの結論を出すならば、それこそ日本全国民を敵に回し、日大が汚名を挽回する最後の機会も潰(つい)えてしまいます。


勇気を出して最後の1%に賭けてください。
そうするならば、私の期待するもう1%の劇的な奇跡の大展開もあり得ます。
それは、日大の加害者学生と関学の被害者学生の間で完全な和解と新しい友情の誕生、それに伴う両大学間の信頼回復と、試合再開にとどまらない関係修復とこれまでにない緊密な関係構築です。
そして、これこそが大学の教育の一環という場での、勝ち負けを超えた本来のスポーツの目的・意義ではないでしょうか。
これができるなら、この忌々(いまいま)しい事件がのちに美談として語り継がれるとこになり、それこそ映画化されるというような展開になったとしても不思議ではありません。
でも万一、日大が当該学生を退学処分にでもしようものなら、日大の信用は完全に失墜し、最後の1%も完全に消えてしまうことでしょう。


「二つの生き方がある。奇跡など一つもないという生き方。もう一つは、すべては奇跡という生き方」
私はアインシュタイン同様、奇跡を信じる者です。
日大側の勇断に期待しています。


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救急車の蛇のロゴのルーツ

2018.05.28日

救急車のロゴに蛇が使われているのを皆さんご存じだと思います。


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よく見かけますよね。
蛇が棒(杖)にからみついています。
なぜ蛇が使われているのかご存じですか?救急車のイメージと蛇ってあまり結びつかないのではないでしょうか?


はっきりしたルーツはわかりません。
杖と蛇は古代ギリシャ神話でアスクレーピオスが持っていたものとする説があります。
優れた医術の技で死者すら蘇らせ、後に神の座についたとされることから、医神として現在も医学の象徴的存在となっていると言われています。


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もうひとつの説は聖書に由来します。
有名な「モーセの十戒」の中の1シーンで、エジプトを脱出したイスラエルの民が荒野の中を放浪します。このとき、民は食べ物がないと言って、昔エジプトで奴隷とされていたときのほうがご馳走をお腹いっぱい食べられた、とモーセに食ってかかりました。
神様はこのとき、民を憐れんで天よりマナという食べ物を与えられました(「なんである アイである Part4」)。
初めのうち、民はこのマナを「ありがたい、ありがたい」と言って喜んで食していたのですが、来る日も来る日も食べているうちに飽きてきて、マナを「粗悪な食べ物」「みじめな食物」と呼んで、神とモーセに文句を言い始めました。
このとき、感謝をすぐに忘れて不平を言う民に神様は怒って燃える蛇を送りました。蛇は民に噛みつき、多くの人たちが死にました。そこで民は自分たちの罪を認め、救いを求めました。彼らはモーセのところに来て、「私たちは主とあなたに不平を言って罪を犯しました。どうか、蛇を私たちから取り去ってくださるよう、主に祈ってください」と乞いました。
そこで、モーセが彼らのために祈ると、神は民を救済する方法をモーセに教えました。「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ。すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる」。これが神の救済方法でした。(民数記21章)
紀元前1500年少し前の出来事です。


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モーセが死んだヨルダンのネボ山には上の出来事を記念した蛇の彫刻が今日もあります。


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これが新約聖書になると、
「モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。
それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」
(ヨハネ3:14-16)


これが医療の世界に引き継がれて、今日世界中の救急車や医療施設、WHOなど救急医療のシンボルとして使われているロゴとなったのです。
Star of Life と呼ばれるこのロゴには、6つの救急医療の柱があります。
それぞれは次のものを象徴していて、杖にからみつく蛇の周りについています。


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私としては神話よりも史実に基づく話の方が説得力があるように思えますが、ひょっとしたら両者の説にこのロゴの起源があって、後に合体したのかもしれません。
象徴的とは言え、とても興味深いです。


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またまた大泣きに泣きました

2018.05.27日

「あなたのパンを水の上に投げよ、多くの日の後、あなたはそれを得るからである」
(伝道の書11:1)


私の敬愛する故榎本保郎先生による『旧約聖書一日一章』は、デボーションで毎朝読んでいる書です。
昨日の箇所は上の伝道の書11:1からでした。
毎朝、その日ごとに大切なことを教えられ、恵まれ、感動するのですが、とくに昨日のこの霊想からは初め大笑いして泣き、次に感動して泣き、最後は感謝して大泣きに泣きました。
シェアさせていただきます。


有名な言葉である。元来は慈善行為をすすめるものだとの説もあるが、伝道に関してこの言葉がよく引用される。


私が同志社の神学生のとき、牧師に連れられて路傍伝道に行ったことがある。提灯(ちょうちん)と木箱をさげて街頭に立ち、そこで牧師は説教をした。葵祭りの宵であったと記憶する。大勢の人たちが街に出て行き来していた。牧師はこれらの人たちに向かって説教したのであるが、だれ一人足をとめて聞く人はなかった。説教が終わると牧師は私にも何か話をせよと言った。私は大きな声で「皆さん」と呼んだが、やはりだれも足をとめてくれなかった。ただいたずら盛りの子供が前をちょろちょろしているだけであった。話が終わってなんともいえぬ気持ちで教会に引き上げてきた。片手に木箱、片手に提灯をぶら下げた私の姿は見るもあわれであった。私は恥ずかしさと、信仰に耳をかさない人々に対する憤りとで腹が煮えくり返っていた。そんな私を心ない子供たちが「アーメン、ソーメン、ヒヤソーメン」と言ってからかった。私はうしろをふりむき、彼らをにらみつけてやった。


教会に帰りつくと牧師はすぐに私に感謝祈祷会をしようと言った。私はこれを聞いてまた腹が立った。「何が感謝や、これやからキリスト教はだめなんや、腹が立てば腹が立っていいじゃないか。その方がよほど正直や」。しかし、牧師に促されてしかたなく祈祷会に加わった。そのとき牧師は賛美歌の536番をうたおうと言った。


1.むくいをのぞまで ひとにあたえよ
こは主のかしこき みむねならずや
水の上に落ちて ながれしたねも
いずこのきしにか 生いたつものと
2.あさきこころもて ことををはからず
みむねのまにまに ひらすらはげめ
かぜに折られしと 見えし若木の
おもわぬ木陰に ひともや宿さん


私はこの歌をうたっている間に自分が恥ずかしくなり、いまさらのように自分の信仰のなさを恥じた。


それから20年ほどしたとき、私のところに同志社の神学部の新卒生が派遣されてきた。私は彼に面接をしながら、なにげなく彼の住所を見たところ、私がかつていた教会の近くであったので、20年前にこんなことがあったと彼に話した。話を聞いたいた彼は私の話が終わるのももどかしげな表情で私にこう言った。「先生、そのとき、アーメン、ソーメン、ヒヤソーメンと言ったのはこのぼくです。ぼくはあれからしばらくして教会に行くようになったのです」。私はあまりにも奇(くす)しき神のみ業に、しばらく何も言えなかった。まことに「多くの日の後、あなたはそれを得る」であった。


私はこれを読んでいて、これまでの私の人生が走馬灯のように頭の中を駆け巡りました。
私も神学生のとき、提灯と木箱は持たなかったものの、通りで賛美歌を歌い通りゆく人に路傍伝道したこともありました。ですから榎本先生のお気持ちは痛いほどよくわかりました。
そして、高校生の頃の出来事(「神の存在は証明できるか」)。
アメリカ留学中の榎本保郎先生の『ちいろば』との出合い(「生まれ変わり」)。
私が小学4年生のとき教育実習で来られた西村先生と榎本和子先生との出会いのシーン(「京都はとても暑く、私も熱かった!」)。
ちょうど1年前のゴールデンウイークの榎本和子先生との再会(「今日もいくつもの素敵な出会いが」)。
これらのことを思い浮かべながらお祈りしているともう感謝で泣けて泣けて。ティッシュで鼻をかみながら祈りました。
隣りで心を合わせて祈っている妻も泣いていました。


私の知らないところでパンが投げられていたのです。
知らないところであなたのためにもパンが投げられています。そして、それをあなたは多くの日の後に得るのです。


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より幸せになるための13の方法

2018.05.26日

私たちにはだれでも自分を幸せにする力があります。
一日の中で良かったことをいくつか書き留めるといったことから、ただ単に微笑むことまで、現在よりももっと幸せになるためにできるヒントがここにあります。
科学的に証明された幸せになれる方法を、Business Insiderが「幸せになるための13の方法」として公開しています。
13 Scientifically Proven Ways To Be A Happier Personより)


1.人のためにお金を使う
自分のためにお金を使うよりも他人のためにお金を使うほうが幸せになれる、という研究が『心理学紀要』の中で紹介されています。
「収入の大きさにかかわらず、他人にお金を使っている人がもっとも幸せな人」とこの研究は結論しています。自分のためにお金をぜいたくに使う人よりも、慈善事業や他人のためにお金を寄付する人は普通の人よりもつねに幸せに感じています。


2.天から与えられた恵みを数える
一日の終わりに、その日に受けた感謝できることを3つ書き留める人は、この習慣を持っていない人たちよりはるかに幸せに感じていると、ペンシルベニア大学教授マーティン・セリグマン氏などが研究の結果明らかにしています。
特別なことでなく、たとえばあなたの好きな人があなたに微笑みかけてくれたとか、夫や妻があなたに好物のデザートを買ってきてくれた、といったほんのちょっとしたことでいいのです。


3.なにか新しいことを試してみる
研究によると、冒険に出かける人やなにか新しいことにチャレンジする人、普段の生活に変化をつける人は一般的により幸せに感じているということが明らかになっています。
新しいことを試すと運動機能を高め、同時に頭脳を活発化します。


4.楽しみをとっておく
楽しみにしているとより一層幸せになります。
楽しい出来事を期待するのは私たち人間の本質だそうです。夕飯のご馳走やデザートを楽しみにしているだけで幸せになれます。


5.青い色を見る
サセックス大学の研究によると、青い色を見ていると自信が生まれ、ストレスが減少し、幸せ感が増幅するそうです。
『デイリーメイル』紙によると、私たちの青に対する好感は、「午後の青空が一日の満足感と夜の熟睡を結びつけていた」という私たちの先祖の考えからきているということです。


6.目標設定する
心理学者ジョナサン・フリードマンは、短期・長期目標を設定する人は設定しない人よりも幸せ感が強いと言います。
また、ウィスコンシン大学の神経科学者リチャード・デイビッドソン氏は、設定した目標に向けて頑張っている人はポジティブな感情を活発化させるのみならず、ネガティブな感情を抑え込むということを発見しました。


7.自分の意見に固執しない
『究極的な幸福の処方箋』の著者Dr. ディーパック・チョプラは、中立性を維持することは自分を幸せにする最善の方法だと言っています。
「自分の意見に固執することをやめると、心理的なエネルギーの消費を99%抑えることができ、より幸せに感じることができる」とチョプラ氏は語っています。


8.教会に行く
最近の研究の結果によると、定期的に教会に通っている人はそうでない人よりもはるかに幸せに感じ、自分たちの生活に満足しているということです。
メルボルン大学教授ブルース・ヒーディー氏は、25年間にわたって教会に通っている人たちを追跡調査したところ、彼らは肥満にならずスリムな状態を維持し、仕事について悩むこともなく、感情的に落ち着いたパートナーと結婚生活を続けていたということを発見しました。


9.毎晩少なくとも6時間の睡眠をとる
イギリスのイエオ・バレー社が18歳から65歳の人々を調査したところ、毎晩約6時間15分途中で目覚めることなく眠っている人たちは、幸せ度を5段階で5と答えたそうです。


10. 通勤時間は20分以内
上のイエオ・バレー社が行った調査によると、通勤時間が20分以内の人たちが幸せ度を5で評価しました。通勤時間が心身の健康にも影響を与えています。


11. 少なくとも10人の良い友人を持つ
ノッティンガム大学の研究によると、10人の良い友人を持っている人は、5人もしくは5人以下の友人を持っている人と比べると、より幸せに感じているということです。
「多ければ多いほど楽しい」というのは事実で、友達は多ければ多いほど人は幸せに感じています。
自分たちの幸せのためにも友人関係を豊かにすべきだと結論づけています。


12. 幸せになるまで幸せのふりをする
ちょっと大変そうに見えるかもしれませんが、実際にはたとえ悲しくても幸せそうに行動していると本当に幸せになれます。
いくつかの研究の結果も、ただ微笑んでいるだけでも人は幸せになれるということを証明しています。


13. 愛情関係
愛する人がいると人は幸せになれるものです。
コーネル大学の研究によると、幸せな結婚生活をしているかどうかでその人の健康や幸せの度合いが決まるそうです。
お互いに相手に対するコミットメントが強いほど、そのような関係の中にいる人は幸せに感じます。
(訳 舟田譲二)


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どのような人生を歩みたいですか?

2018.05.25日
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"Life is made of memorable moments. We must teach ourselves to really live…to love the journey not the destination."
--Anna Quindlen – Author and Journalist
「人生とは一瞬一瞬の素敵な思い出からできている。目的地そのものではなく、旅路を楽しみ、日々を思いっきり生きることが何よりも大切」
--アナ・クウィンドレン、作家・ジャーナリスト
(訳 舟田譲二)


私たちは経験則的に「今の瞬間を楽しむ」ことの大切さを知っています。
だからこそ、友達やボーイフレンド、ガールフレンド、家族と過ごす時間を楽しもうとし、あるいはサーフィンやゴルフ、テニスなどのスポーツや、釣りや将棋、読書など趣味を楽しみ、人によっては仕事をも楽しみます。
そして、これは素晴らしいことです。


つい先日、「いい人生を生きる秘訣」という記事を書きましが、その中でも「日々の生活を楽しむことがいい人生を生きる秘訣。もっといい日が来るのを待って、先の日を楽しみにしていてはいけない」というマージョリー・ペイ・ヒンクリーの言葉を紹介しました。
明日や10年先、20年先などの人生を待ち望んでいてはだめなのです。なぜなら、先の日を楽しみにしていると、「今」という瞬間を楽しむことを忘れてしまうからです。
だれも将来、未来に生きることはできず、今を生きるよりほか何もできません。


しかし、ここにもうひとつ大切な真理が隠されているのを見逃してはいけません。
今のこの一瞬一瞬を楽しむ生き方は享楽主義的な人生につながりかねません。
すなわち、快楽を人生の目的として、これを追求する生き方。苦労を避けて、安楽に生を楽しもうとする快楽主義に陥りがちだということです。
実際のところ、多くの人がこの罠に陥ってしまっています。快楽主義こそが生きる目的のように勘違いしているのです。


たとえば、パチンコや競馬、競輪など一攫千金を狙って毎日毎日、時間とエネルギー、財を費やしている人がいます。あるいは、振り込め詐欺のように人を騙してでもお金を得たい、楽してお金を得て遊んで暮らしたいといった生き方もそうです。
美味しいものを食べて、高級車を手に入れ、旅行をし、贅沢な生活をすることが人生の目的になると、それは空しいことです。
それだけが人生ではない、人生の真の目的ではないからです。
もし、それが人生の目的であるなら、ほかの動物となんら変わるところがありません。
だから、そのような生き方をしている人は、何をしても、どんな贅沢をしてもきりがなく、心底から満足することはないのです。


「今」という瞬間を楽しめ、ということと一見矛盾しているかのように見えますが、これは真理の両面であって決して矛盾ではありません。
人生の真の目的を追求しつつ、今の瞬間瞬間を楽しみ、味わうことはもちろん可能なことであり、またしなければならないことです。
享楽主義ではなく、現実的目的追求主義です。
このような生き方こそが、私たちに真の幸せをもたらすものと私は信じて疑いません。
また、この地上の生涯だけでなく、その後の命もあると思うなら、また私たちを超えた超越的な神という存在を信じるなら、当然のことながら生き方は変わってきます。
皆さんはどのような人生を歩みたいとお考えですか?


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あなたの人生はここで終わるわけではない

2018.05.24日

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"Don't give up because of one bad chapter in your life. Keep going. Your life doesn't end here."
「人生という本の中で、1章の悪い章のためにあきらめてはいけない。歩み続けよ。あなたの人生はここで終わるわけではない」
(訳 舟田譲二)


昨日の記事、「泣けました!」に対する反応はものすごく、アップしてから丸一日たった今もまだ私のFBタイムラインやメールに投稿が続いており、200通近くになっています。
皆さん、昨日の当該選手に対して同情的で多くの人が涙を流し、日大側の対応に怒りを覚えています。


そして、昨日の夜8時から前監督とコーチの会見が行われました。
これを見ていて、さらに腹立ちを覚えました。
「申し訳ありませんでした」という謝罪は表面的で、自分たちの保身のために言い訳ばかりしていました。
「表現の仕方がまずかったためこちらの言わんとしたことがきちんと伝わっていなかった」という弁明はまことに聞き苦しく不快でした。
また、「QBがけがをすれば、秋の試合に出られなくなるので、こちらの得だろう」とコーチが言ったとする学生の一昨日の証言を「そんなことは言っていない」と否定していながら、「彼はいい選手だ。彼のいいところを引き出そう、なんとかしてやりたいと思っていた。やめて欲しくない」と全く矛盾したことを言っていました。


謝罪は、「自分の指導の未熟さ、全員の気持ちがわからなかったのが、自分の落ち度」という言葉に終始し、実際に起きたこと、当該の学生および被害者学生に対する本質的な謝罪の声はまったく聞けませんでした。


司会を務めた日大広報担当者の最後の、「もうやめてください。会見を打ち切ります」という態度がさらにあと味悪いものにしました。
会見を見ていた現役選手や日大生、卒業生など関係者たちはツイッターで、「ひどい会見だ。選手はみんな怒ってる。今の状況なら何を聞いても嘘ばかりだ」と今回の会見をこき下ろしていました。


昨日の前監督・コーチの会見には当該選手もきっと納得はいかないことでしょうが、彼に対して伝えたいことは、冒頭の言葉、
「人生という本の中で、1章の悪い章のためにあきらめてはいけない。歩み続けよ。あなたの人生はここで終わるわけではない」
です。
そして、これは私たちすべてに当てはまる言葉です。


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泣けました!

2018.05.23日

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"Be strong when you are weak,
Brave when you are scared,
and Humble when you are victorious."

― Michelle Moschetti, author
「弱いときには強くあれ
怖れているときには勇敢たれ
勝利のときには謙虚たれ」

―ミシェル・モチェッティ、作家


昨日午後2時45分からの日大アメフト部の加害選手の記者会見を見ていて泣けてきました。
去る5月6日に起きた、日大と関西学院大学の試合中に起きた悪質な反則タックルプレー。
全国の人々の注目を浴びた加害者学生による謝罪会見でした。
20歳になったばかりの青年が実名顔出しで自ら記者会見の場を持つ決意をし、しかも時系列でこの事件の起きた背景を客観的に事実のみを述べ、監督やコーチに対する批判や私見、自らの行為に対する弁解の言葉を語らず、ひたすら謙虚な態度で謝罪した姿に私は男泣きに泣きました。


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普通だったら自分をかばうために監督などを責めたいところなのに、この選手が語った言葉は:
「たとえ監督やコーチに指示されたとしても、私自身が『やらない』という判断ができずに、指示に従って反則行為をしてしまったことが原因であり、その結果、相手選手に卑劣な行為でケガを負わせてしまったことについて、退場になった後から今まで思い悩み、反省してきました。そして、真実を明らかにすることが償いの第一歩だとして、決意して、この陳述書を書きました。相手選手、そのご家族、関西学院大学アメリカンフットボール部はもちろん、私の行為によって大きなご迷惑をおかけした関係者のみなさまにあらためて深くお詫び申し上げます。本当に申し訳ございませんでした」
自分の非を認め、謝罪に徹したこの選手の勇気と潔癖さに感動で胸が震えました。


それに比べて、日大アメフト部監督始め、日大側の後手後手に回る対応には失望するばかりです。監督はただ、責任を取って辞任すると語るのみで、自らを始めとする指導者側の加害選手に対する脅しや卑劣なやり方を認め、謝罪するどころか保身に徹しています。


また、この記者会見後、日大広報課長は「こちらとしては何もお話しすることはありません。お引き取りください。法人としてお話することはない」というコメント。
「関西学院大学アメフト部被害者学生、および関係者の皆様にご迷惑、ご心配をおかけして申し訳ありません。事件に関して調査後、改めてご報告させていただきます」となぜひと言、言えないのか理解できません。


これは事故ではなく明らかに事件です。
下手をしたら被害者学生に後遺症が残り、一生棒に振ったこともあり得ました。
さらに、当該の加害者学生も、もう二度とアメフトはしないと言うほど、自らをいさめていて苦しんでいるのに、それに対する日大側のいたわりの心が微塵も見えません。


もし、私が被害者学生、またはその親であったなら、加害者学生の暴行を赦し、日大の監督・コーチ陣だけに絞って訴えを起こすことでしょう。
また、もし私が日大側の人間であったとしたら、被害者はもちろん加害者学生に対しても真摯に謝罪し、その償いとして当該学生には日大での残りの勉学に対しては学費無償にし、さらにアメフト部に残留してもらうよう頭を下げてお願いするかと思います。
日大側にこのような大所高所の大決断ができ、今回の問題に対して逃げずに取り組むなら失った信用を取り戻すことができるかもしれません。しかし、このままだと単にアメフト部の問題にとどまらず、大学自体の信用失墜につながることでしょう。


冒頭の言葉、
「弱いときには強くあれ
怖れているときには勇敢たれ
勝利のときには謙虚たれ」

はスポーツマンシップのお手本を示していますが、同時にこれは私たちすべてに当てはまる教えです。


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ロスの渋滞解決、お安いご用?

2018.05.22日

先月、約3週間過ごしてきたロサンゼルスは東京23区のちょうど20倍の広さ。
日本のように公共交通機関がほとんどなく、車が主な移動手段となっているため、縦横に網の目のように伸びる16本のフリーウェイ(高速道路)は片側4〜6車線あるにもかかわらず、朝夕のラッシュアワー時はほぼ全面的に渋滞し、全米ワーストワン。
渋滞を避けるため、早朝5時〜5時30分ぐらいに家を出る人が結構多く、私の長男直人もそのうちのひとりで、彼の通う神学校の見学に同行するとき5時15分の真っ暗な中を出発しました。
また、長い年月かけて車線を増やす工事をしてもすぐにまた渋滞。2人以上の同乗者車両専用のカープールレーンや、FasTrak(ファーストラック)という有料レーンを作ってもいたちごっこで渋滞解決にはつながっていません。


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この渋滞に根本的なメスを入れようとしているのが、「テスラ」や「SpaceX」の創業者として知られるイーロン・マスク氏で、ロサンゼルスの渋滞緩和のために進めている地下トンネルを利用した新交通システムについて、わずか1ドル(約110円)の運賃にする予定であることを明かしました。
(以下はGigazineより)


新交通システムは、ロサンゼルス空港とロサンゼルス中心部を電気モーター動力の自動運転車両で結ぶものになる予定。走行速度は時速120マイル(約190km)から150マイル(約240km)とかなりの高速で、ロサンゼルス空港からロサンゼルス中心部への部所要時間はなんと10分です。


下はすでに掘削工事が始められているトンネルの写真。


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このトンネルの中を電気モーター動力の自動運転される車両のイメージ図。


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資金や技術面、安全面、運用面など問題山積でしょうが、実行力があり、しかもとてつもない火星移住計画を進めているイーロン・マスク氏ですから、ロサンゼルスの地下トンネルの交通システム構築ぐらいお安いご用かもしれませんね。


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新潟県女児殺害事件 プロファイリング

2018.05.21日

去る5月7日、新潟県で小2の女児が殺害され、遺体を線路上に遺棄して遺体損壊をはかるというとても痛ましい事件が起こりました。
事件後1週間、毎日のように新聞やテレビで報道され、国民の多くの人がこの事件に心を痛め、一刻も早い犯人検挙を願っていました。
そして14日、ニュース速報で23歳の重要参考人が事情聴取され、本人が殺害・死体遺棄を認めたため逮捕状が出たと伝えられました。
それから1週間がたちましたが、その後事件の続報はほとんど伝えられていません。


事件直後の1週間は毎日、各テレビ局の特別番組に元刑事や犯罪心理学者など、いわゆるプロファイラーと呼ばれる人たちが犯人像を描いていました。
妻が、まだ犯人は捕まらないの、警察は何をしているの?と言っていましたが、警察は付近の聞き込みや防犯カメラや車のドライブレコーダーなどの分析から、犯人像をかなりしぼっているからもう時間の問題で捕まるよ、と私は言っていましたが、同時に私なりにプロファイリングして犯人像を妻に語っていました。


私は推理小説や刑事ドラマ、サスペンスなどで結構、推理が働くほうで、犯人を言い当てることがしばしばあります。実は今回の事件でも、私が妻に言っていた犯人像は、
1.被害者宅のすぐ近くに住んでいる
2.ごく普通に見える20代前半の独身男性で、家族と同じ家に住んでいる
3.性格は外見上おとなしく、家族や友人などだれも彼が犯人とは思いもよらないような人物
4.黒い服を着、サングラスをかけて女児を追いかけたという不審者とは別人物
などでしたが、これらがほぼ全部当たっていたので、妻は驚いていました。
今は、犯人はまだ黙秘を続けているのか、犯行の動機や経緯(いきさつ)を少しずつ話し始めているか明らかにされていませんが、きっともう近いうちに自白し始め、あとは時間の問題で犯人が犯行を自供というニュースが速報で流れると見ています。


本当はこのような残虐な事件をこのブログで語ることははばかられるのですが、なぜ今日このことを話題にしたかというと、昨日の礼拝メッセージの中でうちの柿谷牧師が好地由太郎(こうちよしたろう、1865年 - ?)の話をしたからです。
礼拝後、彼の生い立ちや生涯を少しリサーチしてみました。(ソース:Wikipedia、日本キリスト教人物史、聖書に触れた人々シリーズ「犯罪者から伝道者になった人、好地由太郎」、河野ハレのブログ等)


兄2人、姉1人がいた。祖父母の代までは資産があり、使用人を雇って海産物行を営んでいたが、明治期の初年ごろから毎年の不漁続きに加えて種々の災難が重なり田畑、家屋敷が人手に渡った。
由太郎が9歳のとき両親は別れて、父は兄と姉を連れ、母が由太郎を連れて出たが、住む家もなく、小さな物置同然の小屋で雨露をしのいでいた。しかし、10歳のときに母親と死別し、同じ村の農家に父親の借財の質として引き取られ、家畜以下の半奴隷の扱いを受け、4年間を過ごした。


このような非常に貧しい環境の中で育った由太郎は親や身近な人の愛を知ることのないまま、17歳で奉公先の女主人を強姦し、それを隠蔽するため殺害・放火。逮捕され、死刑を宣告されるが、未成年のために無期懲役刑になる。
しかし、模範囚となった由太郎は監獄の頭となっていたが、ひとりの青年が路傍で耶蘇教(キリスト教)について語っているときに巡査の命令に服さなかったために官吏侮辱の違警罪で投獄されたが、取扱上の手落ちで重罪犯の監房に入れられた。
獄のほかの囚人たちがこの青年を袋叩きにしたが、そのとき、この青年が言った言葉、「わたくしはここで殺されても天国に参りますが、ここにいる方々は神を信ぜぬ罪人です。どうか、この方々の罪を許してください」と祈るのを聞いた由太郎は、青年が監獄を出る際、「どうすれば君のような心になれるのか教えてくれ」と尋ねたところ、青年は「耶蘇教の聖書をお読みなされ」とひとこと言って獄を去った。この間、ほんの20〜30分の短い時間だった。


由太郎が聖書の差し入れを願ったところ、ひとりの牧師を通して聖書が贈られた。学のない由太郎は文字がまったく読めなかったが、聖書を読むためにカタカナとひらがなを学んで聖書を読み始めた。その後もたびたび脱獄を試みたりしたが、やがて自らの罪を悔い改め生まれ変わる。
新約聖書をすべて覚えるほどまで繰り返し読み、さらに旧約聖書も暗記して、模範囚となって39歳のとき明治天皇の特別な恩赦により釈放され、全国の監獄を巡回して伝道活動をするようになる。
多くの重罪人を含む囚人を始め、学者や実業家も信仰に導き、陶器の器で有名なノリタケの創業者、森村市左衛門も導いて洗礼を授けた。
のちに神学校の教師も務めた。
そして、自らの生涯を綴った『恩寵の生涯 獄中三十年 好地由太郎自伝』を著した。


この信仰生涯を見ていくと、今日のミッションバラバ(元暴力団員の牧師たち)の働きを連想します。
冒頭の、新潟女児殺害犯も真に自らの罪を悔い改めて生まれ変わり、被害者家族や関係者たちに心から謝罪するとともに、このような事件が将来起こらないよう、自らの命を捧げて社会に対して何らかの貢献ができるほどになって欲しいと心から願うものです。ほとんど不可能に思われるようなことですが、好地由太郎とて同じでした。


「それは人にはできないが、神にはできる。神はなんでもできるからである」
(マルコによる福音書 10:27)


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火星移住計画を即座に中止せよ!

2018.05.20日
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NASAに火星移住計画があるのを皆さんはご存じですか?
いえ、今やNASAだけでなく、予算の関係から民間に移行してテスラモーターズのイーロン・マスク氏(「米スペースX、壮大な火星移住計画を発表」)を始め、オランダの実業家、バス・ランスドルプ氏が代表を務めるマーズワンなど6つの宇宙開発企業に宇宙船や宇宙基地の開発を依頼しています。


もともとこのような発想が出てきたのは、地球の寿命に限りがあるから人間は地球が滅びる前にほかの星に移住すべきだというところからです。
NASAが本気で取り組んできたのですが、研究費だけでもとてつもない費用がかかるため、民間の力を借りようという運びになりました。
この移住計画が非常に盛んになってきたのはついここ数年です。


大枠の予定では、まず第1フェーズとして、2018年から2026年にかけて4度の有人飛行を含む宇宙基地建造ミッションを実施する。
すべてが順調に進めば、2027年からは第2フェーズへと移り、まず宇宙船Deep Space Transport vehicleを無人で、続いて約1年間かけて基地内でシミュレーションを行うクルーを送り込む。
しかし、実際には計画は遅れをとっています。


さて、先に米国はアポロ計画で月に人を送りました。
1972年12月、アポロ宇宙船で月を訪れ、足跡を残した最後の人物となった宇宙飛行士のユージン・サーナンとハリソン・"ジャック"・シュミットは、月の海の南東の岸にある、タウロス・リットロウ渓谷での調査を無事に終えた。そして、月の砂塵をかぶったまま宇宙船に戻ってきました。
ふたりは、宇宙服に積もった塵をはらい、ヘルメットを取りました。そのとたん、シュミットがくしゃみの発作を起こして止まらなくなった。喉はむずがゆくなるし、鼻が詰まって息が苦しくなりました。
最初は花粉症のような軽い気持ちで考えていたのですが、あとになってわかったことは、月の塵は一見、柔らかで軽そうに見えますが、実際は鋭くやすりのようにザラザラしています。多くは微小隕石の衝突による破片ですが、月面は風も流れる水もないため、月塵は摩耗しません。自然が作用することがないので、砂粒の角が丸くならないのです。
粉状になった細かいガラスの破片を吸い込んでいるようなもので、健康に重大な害を及ぼします。粒のひとつひとつがギザギザしているので、深く吸い込むとそれが肺に留まり、肺胞嚢や肺胞管を傷つけるのです。
結果的に月面版珪肺症(けいはいしょう)を引き起こすことになります。これは炭坑作業員がよくかかる致死性疾患で、今でもアメリカでは年間100人がこの疾患で亡くなっています。


つまり、これは一例で、このような想定外の問題が未知の世界である火星でも当然起こり得るわけです。
このほか、火星移住に関して根本的な大きな問題として、次のようなことが挙げられます。
・火星の表面重力は地球の1/3にすぎない。この重力下で低重力での健康上の問題が発生しないかどうかはよく分かっていない。
・火星は太陽から遠いため、表面に届く太陽のエネルギーの量(太陽定数)は、地球や月に届く量の半分程度でしかない。
・火星の軌道は地球のそれよりも潰れた楕円であるため、太陽との距離の変化が大きく、温度や太陽定数の変化を激化させる。
・火星の気圧は、人間が与圧服無しで生存するには低過ぎる。従って、火星表面に作る居住施設は宇宙船のように与圧式にする必要がある。
・火星の大気は薄いが主成分は二酸化炭素であるため、火星表面でのCO2の分圧は地球の52倍にもなる。(もっとも、このため火星上で植物は生育可能かもしれない。)
・火星は2つの衛星、フォボスとダイモスを持っている。フォボスとダイモスは地球の月と比べてはるかに小さく距離も惑星に近い。これらの衛星を小惑星の植民の実験場として活用することも考えられている。
・火星の磁気圏はとても弱く、太陽風を防ぐのに十分ではない。


これ以外にもまだまだ数えきれないほどの問題が山積しています。
それでも火星移住計画を推し進めるべきなのでしょうか?
むしろ、私たちがすべきことは、この地球をいかに大切にして、壊さないで、長持ちさせるかということだと私は思うのです。


たとえば温暖化の問題。
米海洋大気局(NOAA)がこのほど発表した4月の世界気象報告書によると、今年4月の平均気温はNOAAが1880年に統計を取り始めて以来、3番目に高かったといいます。
地球の気温が平均を上回るのは、これで400カ月連続になる。つまり、温暖化が33年以上にわたって続いていることになります。
ここ数年エルニーニョやラニーニャといった異常気象による地球規模の大災害が頻発していますからこの温暖化の問題に即刻真剣に取り組まなければなりません。
また、核の問題もあります。もし万が一、第3次世界大戦が起こったら地球は破滅しないとも限りません。
人類が英知を結集すべきは地球の保全であって火星移住計画ではありません。


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YMCA

2018.05.19日

歌手、西城秀樹さんが63歳という若さで亡くなりました。
連日、テレビで彼の偉大さを伝えています。


16歳でデビュー、1970〜80年代に大活躍して、人気歌手の地位を不動のものとしました。
ちょうどこの頃、私はアメリカに留学していて日本のことはほとんど知りませんでしたが、なぜか「YMCA」の曲だけはよく聴いていて知っています。


YMCAは、「Young Man(Y.M.C.A.)」という楽曲です。
私は今まで知らなかったのですが、Young Man Can do Anything. [若者はどんなことでもできる] から作られていたそうで、歌詞は:
ヤングマン
さあ立ち上がれよ ヤングマン
今翔びだそうぜ ヤングマン 
もう悩む事はないんだから ヤングマン
ほら見えるだろう ヤングマン
君の行く先に ヤングマン
楽しめる事があるんだから
すばらしい Y.M.C.A Y.M.C.A
ゆううつなど 吹き飛ばして
君も元気出せよ そうさ Y.M.C.A Y.M.C.A
若いうちはやりたいこと 何でもできるのさ


歌と一緒に身体で作るアルファベットの文字の振り付けは下の写真のように海外でも同じようにやっていたようです。

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YMCAというと、私にとっての思い出は英会話教室など各地域にある、Young Men's Christian Association「キリスト教青年会」のほうです。
大学1年生になったとき、家庭教師の仕事と同時にこのYMCA英会話教室で教え始めました。
大学で英語教えてくださっていた教授が、YMCAの英語科主任を務めていらっしゃって、私に声をかけてくださったのがきっかけです。この先生とはその後もずっと長いお付き合いとなりました。


それはさておき、西城秀樹さんの「Young Man(Y.M.C.A.)」 Young Man Can do Anything. (若者はどんなことでもできる)は、西城秀樹さんご自身がこの歌詞を身を持って証明していらっしゃいました。


そして、ちょうどつい先ほど、藤井聡太六段が最年少の15歳9カ月で、中学生棋士としてプロ入り後最速の1年7カ月で七段に昇段された、とニュースで報じられました。
藤井聡太さんの活躍には目を見張るばかりです。
このほか、フィギュアスケート選手の羽生結弦さん(23歳)や、卓球選手の石川佳純さん(25歳)、張本智和さん(14歳)など、各界で若い世代の人たちがたくさん活躍しておられるのを見ると、まさに Young Man Can do Anything. (若者はどんなことでもできる)を地でいくようです。


エネルギーあふれる若者の特権を生かして、これからも上の選手たちだけでなく、さまざまな分野でさらに活躍される若者の誕生を心から待ち望むものです。


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私の近況報告

2018.05.18日
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"The best way to pay for a lovely moment is to enjoy it."
--Richard Bach – Author
「素敵な時を過ごしていることに対する一番の感謝の表し方は、その時間を楽しむことだ」
--リチャード・バック、作家
(訳 舟田譲二)


"The best way to pay for a lovely moment" の 'pay' は文字どおりには「支払う」「代価を払う」という意味です。
すなわち、'a lovely moment' 「素敵な時間を過ごしていることに対する、感謝の気持ちの表し方の一番の方法」というのが原義です。
ですから、そのような「感謝の気持ちの表し方として一番の方法」は、「その素敵な瞬間を楽しむこと」だと言っているのです。


ちょうど一昨日の記事、「いい人生を生きる秘訣」の中にも書きましたが、いい人生を生きる秘訣は、「今」というこの瞬間を楽しむことです。
そして、素敵な瞬間を過ごしていることに対して感謝の気持ちを表す最善の方法は、その瞬間を思う存分楽しむことなのです。
つまり、一昨日の記事の言葉と今日の言葉は 'hand in hand' 「表裏一体」です。


還暦を迎える少し前から体調を崩し、それに続く父の召天、義母の交通事故と入院、妻の実家での看病生活、その直後に起こった東日本大震災と妻のいないしわ寄せによる多忙など、極度のストレスが相次ぎ、私も倒れて仕事ができなくなりました。
毎日、吐き気やめまいに襲われ、味覚・聴覚・嗅覚異常、うつ、幻覚・幻聴、睡眠障害、記憶障害、激やせ(2か月で体重−10kg、ウエスト−10cm)などの症状が現れて、しばらくは自宅でほとんど寝たきりの生活を余儀なくされました。
あちらこちらの病院にかかって検査、診察してもらっても原因不明。
のちに5つ目の病院の検査で脳波の異常が発見され、てんかんと診断。
こんな生活が5年ほど続きました。


そんな中、このままでいたら本当に一生寝たきりの生活になると思い、少しずつ外に出てウォーキングを始めました。最初は、10分歩くだけでふうふう、心臓はドキドキ。
やがて30分、1時間歩き、そのうちに8km、10km...20kmと伸ばしていきました。
そして、もう治ったかと思ったのが今からちょうど3年前(「絶"不"調から絶好調へ」)。
ところが、その直後に今度は繊維筋痛症を患い、全身の痛みでまたウォーキングができなくなりました。


でも前回の病も、今回のも信仰によって打ち勝ちました。
そして、今またウォーキングに励み、健康作りに再チャレンジしているところです。
毎日、そして一瞬一瞬を楽しみながら。


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ここ数日はほぼ毎日10km前後ウォーキングしていますが、背後で私のために祈って支えてくださっている方々や家族に心から感謝しつつ歩きながら祈っています。
そして、今の健康を感謝するだけでなく、目に入る景色や新緑の匂い、ホトトギスやカラスの鳴き声、小川のせせらぎ、海の波の音、潮の香り、涼しい海風などの自然だけでなく、途中行き交うウォーキングしている人やジョギングしている人、犬を散歩に連れている人やサーフィンしている人たち等々、目に入るすべてのものが新鮮で美しく、もう本当に一瞬一瞬を心ゆくまで楽しんでいます。


今日の言葉、
「素敵な時を過ごしていることに対する一番の感謝の表し方は、その時間を楽しむことだ」
はまさに私の今の人生そのものです。


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反対者(敵対者)に出会ったら

2018.05.17日

"Whenever you are confronted with an opponent, conquer them with love."
--Mahatma Gandhi – 1869-1948, Indian Activist
「反対者(敵対者)に出会ったらいつでも愛で打ち勝ちなさい」
--マハトマ・ガンジー、インドの政治活動家
(訳 舟田譲二)


ガンジー(またガンディ)は、ロンドンへ留学して弁護士の資格を取り、1893年、イギリス統治下の南アフリカで弁護士業を始めたましたが、列車の一等車への乗車を拒まれて荷物と一緒に放り出される経験をし、これをきっかけに人種差別への反感を覚え、差別撤廃に向け人生を歩み出しました。
そして、後に祖国インドに戻ってからはイギリスからの独立運動を指導し、暴力に対して暴力で抵抗せず非暴力で抵抗して民衆を指導し、インド独立を独立に導きました。
この非暴力の流れを受けたのがアメリカで黒人の地位向上と公民権運動を展開したキング牧師です。


下のビデオはスペインの公園で撮られたものです。
小さな子どもたちが、母親のいる前で黒人の子どもを仲間外れにし、「猿」と言ってからかったり、頭をたたくなどの暴力をふるっています。
母親は自分の子どもに対して差別をする子どもたちに対して、またそれをベンチの上で黙って見ている親たちに対しても怒ったり、抗議したりすることなく、黙ってその場を去っていきます。


親たちが人種差別をしていると、子どもたちもそれを当然のことのようにして同じような行動を取ります。このような人種差別は決して許されるものではありません。
しかし、この黒人のお母さんのように悪態をついたり、喧嘩したりせずに去ることは、非暴力を貫いたガンジーやキング牧師が勧めた本物の愛ある行動と言えるのではないでしょうか。


私たちも、もし何らかの理由で差別行為を受けたり、暴力をふるわれたりするようなことがあったら、ガンジーの言うように、
「反対者(敵対者)に出会ったらいつでも愛で打ち勝つ」
ことが一番の賢明な方法であり、また神の喜ばれることだと思います。



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いい人生を生きる秘訣

2018.05.16日
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"The trick is to enjoy life. Don’t wish away your days, waiting for better ones ahead."
--Marjorie Pay Hinckley - Author
「日々の生活を楽しむことがいい人生を生きる秘訣。もっといい日が来るのを待って、先の日を楽しみにしていてはいけない」
--マージョリー・ペイ・ヒンクリー、作家
(訳 舟田譲二)


「いい人生ってニャンだ?」


明日、来週、来月、来年、10年先、30年先のことをいつも心待ちにしながら生活していたら、人生を心から楽しむことは一生できません。


早くテストが終わったらいいのに。
早く学校を卒業したい。
早く成人して、自立したい。
いい仕事に就きたい。
もっとお金を稼ぎたい。
いい人に出会って、早く結婚したい。
早く子どもがほしい。
子どもに早く育ってほしい。
いい車がほしい。
いい家に住みたい。
旅行がしたい。
いい人生を生きたい。
こうなったらいいのに。
あれがほしい。これもほしい。
もっと、もっと、もっと...


私自身、これまでの人生を振り返ってみたら、なんだかつねに上のようなことを考えてきたような気がします。
将来に夢があることは素晴らしいことです。
でも、今になってみれば、その時、その時の学校の勉強や、友達とのつき合いや、結婚生活や、子育て、仕事をもっともっと楽しんでいれば良かった、と。
確かに私なりに何事にも一生懸命取り組み、これまで生きてきました。だから、決して後悔しているわけではありません。
しかし、いつも先のことに目を向けていたために、その瞬間、瞬間を十分に楽しんでいなかったような気がするのです。


私たちが生きることができるのは、「今」というこの瞬間だけです。
来年どころか、明日、いや1時間先も、1分先も生きることはできません。


「今」という瞬間に目を向けるなら、感謝できることはいくらでも見つかります。
たとえ勉強や仕事で苦労していたときでも、子育てで困っていたときも、健康を害していたときでも、今振り返ったらその時、その時、神様からの恵みは数えきれないほどいただいていたし、祝福されていました。


いつも、明日、来週、来年...というふうに先の人生を考えていたら、「今」を見失ってしまいがちです。すると、今の幸せ、感謝を十分に見つけることができなくなるのです。


だから、「今」あるがままを楽しむのです。
現在の状態を最大限に生かすのです。
人生で最高の祝福は、「今」この瞬間、私たちの目の前に横たわっています。
楽しむのを先送りにしたら、今が十分に楽しめなくなります。
しょせん人生というものは、「今」という瞬間の積み重ねが、明日、来週、来年、20年先に結果となってついてくるものなのです。
そして、これこそがいい人生を生きる秘訣です。
ああ、このことに「今」気づいて良かった。
これからの生き方が変わってくるぞ!


と、昨日はこんなことを考えながら、夕方5時40分に家を出て、真っ暗になるまで2時間25分、16670歩、10.3kmの大磯海岸までのウォーキングを楽しむことができました。
これほどまで健康が回復したことに心から感謝した次第です。


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成功とはほかの人があきらめた後も食らいついていること

2018.05.15日
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“Success seems to be largely a matter of hanging on after others have let go.”
―William Feather – 1889-1981, Publisher and Author
「多くの場合、成功とはほかの人があきらめた後も食らいついていることのようだ」
―ウィリアム・フェザー、出版業・作家
(訳 舟田譲二)


上の画像は3年前の記事、「英語は聞き流すだけで話せるようになる!? Part1」の『ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション』からのものです。
ちょっと脇道にそれますが、この記事は実はいわくつきのもので、私には苦い思い出があります。どんな思い出か興味のある方は「聞き流すだけで英語は話せるようにならない!」をご覧ください。


さて、今日のテーマは「成功」です。
これまで「成功」についてはたくさんの記事を書いてきました。試しに、このブログページ左上の「エントリー検索」に「成功」と入力すると、成功に関する記事が山ほど出てくると思います。


冒頭の言葉、
「多くの場合、成功とはほかの人があきらめた後も食らいついていることのようだ」
は真理だと思います。
去る日曜日の記事、「安上がりで効果てきめん英語学習法」の中に登場したエドワードさんは、最初カイトサーフィンを始めたとき思うようにできず、何度も沖に流されて遭難しそうになったことさえありました。でも、彼はそれでもあきらめず頑張り続けたためマスターし、今では自由にカイトもボードもバーやラインも操り、ほぼ毎週新宿から車で平塚までカイトサーフィンをしにやってくるほど楽しんでいらっしゃいます。
一方、私はと言えば37年前に一度ウィンドサーフィンを試して、うまくできなかったためすぐにあきらめてしまったため、それっきりになってしまいました。もし、あのときあきらめずにグアムから帰国してからも続けていたなら、ひょっとしたら(万に一ぐらいの可能性で)今頃、平塚の海岸でウィンドサーフィンを楽しんでいたかもしれません(笑)。


シリーズ『ミッション:インポッシブル』の主演トム・クルーズは、離陸しようとして滑走路を猛スピードで走っている飛行機にしがみついているシーンや、他にも多くの危険なシーンをスタントや画像加工なしに演じてきたことで知られています。
体を張った、というか命を懸けた彼の映画に対する真剣な取り組みが、このシリーズをより一層面白くしています。


さて、このトム・クルーズ、ご存じの方も多いでしょうが、彼は生まれつき文字の意味を脳内で認識・理解することに困難を覚える「失読症」という一種の学習障害を抱えています。また、行を飛ばすなどして教科書をうまく読むこともできませんでした。そして高校までLD(学習障害者)のための特別クラスに入っていました。
「ほかの友達のように本がすらすら読めたり、集中力があったらどんなにいいだろう」と、いつも思っていたそうです。でも、努力家の彼は、得意だったスポーツには何でも挑戦し、自分の弱点を補うための集中力も鍛えました。
俳優になってからも、失読症のために脚本等の文章は理解できないので、台詞を覚えるときはテープに全て録音してもらって繰り返し聞いて覚えるそうです。


トムが、「ほかの人があきらめた後も食らいついて」いった結果の人生での成功です。


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人に与えられたとてつもない能力

2018.05.14日

"When you dance, your purpose is not to get to a certain place on the floor. It’s to enjoy each step along the way."
--Wayne Dyer – 1940-2015, Author and Speaker
「ダンスするとき、フロアのある場所まで移動することが目的ではない。目的はその場所に行くまでのステップを楽しむことである」
--ウェイン・ダイヤー、作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


昨日の記事「安上がりで効果てきめん英語学習法」に、その前日の土曜日にカイトサーフィンをしているオーストラリア出身の方とお友達になったと書きました。
昨日の礼拝後、そのことを柿谷牧師にお話ししたところ、すぐ近くにお住いの柿谷先生は歩いてよくこの海岸にいらっしゃるようで、写真のサーファーをこれまでしばしば見かけていてご存じでした。


さて、このカイトサーファー、エドワードさんの見事なサーフィンぶりを見ていていろんなことを教えられました。


まず第一に、その見事なサーフィンの腕前。
平塚で唯一の遊泳地区になっている防波堤のテトラポッドで囲まれたところを、本当に自由に左から右へ、右から左へとスイスイと気持ちよさそうに水の上を滑っていらっしゃいました。
風はほとんど同じ方向からずっと吹き続けているのですが、エドワードさんは風の向きがたとえどちらからであれ、自由に操り、膝をかがめてスピードを落として、最後は水面に背中をつけるまで身を倒してピタリとストップします。
カイトを操るバー(手で握る棒)とライン(バーとカイトをつないでいるひも)を実に見事にコントロールしています。別のカイトサーファーと近距離ですれ違うときも、しっかりコントロールし、決してぶつかったりラインが絡まったりすることはありません。
私など力がないから無理、とエドワードさんに言ったところ、実は力はほとんどいらず風を利用するだけだと言います。
しかし、10代の頃からずっと普通のサーフィンをやってきて慣れていたエドワードさんでさえ、カイトサーフィンでは最初のうちカイトをうまくコントロールできず、沖合まで風に流されて遭難しそうになったことが何度もあったそうです。
私だったら確実に遭難していて、今頃は天国にいることでしょう。
エドワードさんが、カイトサーフィンは50代から60代の人もたくさんやっているから試してみたらと誘ってくれましたが、そもそも運動音痴の私は見て楽しむだけで十分です (笑)。


このことから、人生も同じだなぁとつくづく思いました。
エドワードさんも最初はなかなかコツがつかめずに何度も沖に流され苦労していましたが、持ち前の根性と努力でこの難関を乗り越え、今では自由に操って楽しんでいます。
同様に、誰の人生にも荒波や逆風はつきものです。
困難に出合ったときに「もうだめ」と言って簡単に諦めて自暴自棄になったり、ギャンプルやアルコール、暴飲暴食に逃げたり、中には自死してしまう人すらいます。でも、人は試練を乗り越えるたびに強くなっていくものです。コントロールできるようになるまでは忍耐と努力、訓練が必要です。


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学んだことの二番目は、人間のすごい知恵と能力。
カイトサーフィンは数多くあるサーフィンの中でも比較的歴史の浅い(といってももう20年ぐらいになるそうですが)スポーツです。
もともとは、カイトすなわち日本でも昔から私たちがお正月に上げていた「凧」です。
この凧とサーフィンを結びつけて遊びにし、さらにスポーツに、そして競技にする、という知恵には驚かされます。


エドワードさんとも話していたのですが、1970年代に観ていたテレビ番組『ハワイ5-0(ファイブオー)』で初めて見たサーフィン(当時は「波乗り」と言っていました)に度肝を抜かれたものですが、人はこれをどんどん進化させいろいろなスポーツを生み出してきました。同様に、昔の凧が発展を遂げ、ハンググライダー、パラグライダーやモーターパラグライダー、スノーカイト等々を生み出してきました。
エドワードさんが言っていましたが、これから20年先、30年先になったらどんなスポーツがさらに生まれているか想像もつかない、と。
そして、これらのスポーツは世界中の多くの人たちに愛されて広がっていき、やがて競技にまで発展します。
このことをエドワードさんに尋ねたところ、2020年の東京オリンピックでは多分神奈川か千葉かを会場にして、これらのカイトを使ったマリンスポーツも競技になっているだろうという答えが返ってきました。


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大昔、空を飛ぶ鳥を見て、あんなふうに自分たちも飛びたいな、と思って考えていた人は凧を生み出し、さらにそれは飛行機に発展し、やがてそれがこのような遊びやスポーツにもなっていったのです。人間の無限の頭脳と可能性に驚かされます。
他の動物に本能として与えられているさまざまな能力を見て、そこから新しいことを生み出す知恵を人は神様から与えられているのです。


動物のようにただ飛ぶことや泳いで生活することを目的とするのではなく、私たち人間はそれを活用して人生を楽しむことができるように生まれてきているのです。
できない私などのためには、見て楽しむこともできるように。
「ダンスするとき、フロアのある場所まで移動することが目的ではない。目的はその場所に行くまでのステップを楽しむことである」


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安上がりで効果てきめん英語学習法

2018.05.13日

好天に恵まれた昨日の午後、妻と一緒に平塚海岸に出かけ、海を眺めながらボードウォークに腰かけてサンジェルマンのお気に入りのサンドイッチをいただきました。
妻は夕方仕事があったのですぐに帰りましたが、私は砂浜をしばらく歩きました。
海ではカイトサーフィン(カイトボード)やウィンドサーフィンを楽しんでいる人が何人もいて、カラフルなカイトが海の上を自由に右へ左へと滑るように動いていて、見ているだけでも楽しそうです。


若い頃、グアムへ行ったとき大勢の人が海でウィンドサーフィンを楽しんでいました。
みんながあまりにも気持ちよさそうに、エメラルドグリーンのきれいな海の上をスイスイとサーフィンしているのを見て、私もチャレンジしてみることにしました。
そこで簡単なスクールに入りました。
ビーチの砂浜の上で、現地の若い女の子がコーチしてくれました。
最初にボードの上に乗って、次に立ち上がり、マストを左手そして右手でつかんで、マストを立ち上げるという流れで、それをコーチの子がいとも簡単に「ワン、ツー、スリー、フォー」とお手本を示してくれます。
そこでスクールに参加した私たちも、「ワン、ツー、スリー、フォー」と声を出して、同じことを真似ます。
「なんだ、思ったより簡単じゃん!」
何度も繰り返して、もうこれで大丈夫、と自信を持って海に出ました。
「ワン、ツー」
のところで、ドッボーンと海の中に落ちてしまいました。
波が来るのでボードの上でうまくバランスをとることができないのです。
再チャレンジ!
「ワン、ツー」
ドッボーン。
何度も何度も繰り返すのですが、一瞬ボードの上に立ち上がれたかと思った途端、またドッボーンと海に落ちてしまいます。
かけていたメガネが海の中ではずれて、底に沈んでいきます。
私はメガネがなかったら何も見えないので必死でもぐってメガネを取り戻しました。


ふと気づくと、いつの間にかどんどん沖に流されて岸辺から遠く離れてしまっていました。
このままだったら遭難する、と怖くなってきたのですが、焦れば焦るほどうまくいきません。
ついに私はボードにつかまって、必死で足で漕いで岸まで泳いで帰りました。
そんなことを思い出しながら眺めていました。


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さて、家に戻ろうと思って砂浜を歩いていくと、つい先ほどまでカイトサーフィンをしていた人が上がって海を眺めていました。
横を通り過ぎようとしたとき目と目が合いました。
近づいていくとその人は外国人でした。
「コンニチワ」
そこで私は
"Hi. I was watching you. You were so good! Have you been surfing for quite awhile?"
(こんにちは。さっきあなたを見ていたんですけど、とてもお上手ですね。もうかなりやっていらっしゃるんですか?)
"No. Actually I've been kite-surfing only for a couple years or so."
(いいえ、まだほんの2,3年ですよ)
ここでお互いに名前を言って自己紹介。


オーストラリアの出身で十代の頃からサーフィンをやっているそうです。
私のグアムでのウィンドサーフィンの話をすると、彼もこれまで2度死ぬかと思う怖い経験をしたとのこと。
「オーストラリア訛りがほとんだありませんね」と言うと、日本に来て17年になり、新宿に住んでいて英語を教えているけど、日本で英語を教えるにはオーストラリア英語ではだめなので自然と訛りがなくなった。たまにオーストラリアに戻ると地元の人からどこの出身かと尋ねられると言って笑いました。
「あなたの英語は全然日本人らしくなくとても上手だけど、外国に住んでいたの?」
といった感じで始まった会話が、サーフィンの話からいつの間にかお互いの生い立ちや家族のことなどけっこう個人的なことにまで発展しました。
30分余り浜辺で立ち話しているうちにまるで昔からの友達のようにとても親しくなりました。
別れる前に彼のカイトをバックに一緒に写真を撮りました。
「楽しかったよ、エドワード」
「うん、ぼくも楽しかった。また会おうね、ジョージ!」
(このエドワード、見た目とても貫録があって、私より10歳ぐらい年上かと思って話していたのですが、逆に私のほうが10歳年上でした)


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昨日のブログ記事に英語でコメントくださった、英語を独学していらっしゃるNaokoさん。
このように自分から進んで外国人に話しかけるのもとても効果的、しかも安上がりな学習法です。
私は大学時代、キャンパスで見かけた外国人の先生にはみんな声をかけていって親しくなり、4年間毎週その人の家に行ったり(「英会話の基本はここで学びました」)、食事に連れてもらったり、中には家に泊めてもらったり、あるいはうちに食事に来てもらったり、一緒に旅行に行ったりした人などもいました。
これだけで、卒業後アメリカに留学したときにはネイティブと間違えられるほどにまで英語が上達していました。
ぜひ試してみてくださいね。


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こっち来い! あっち行け!

2018.05.12日

2週間前の4月28日、「今を変えれば将来は変わる」という記事を書き、私はウォーキングしているとき繊維筋痛症の癒しの確信が与えられたとその中で述べました。
ところがその後もまだずーっと痛みが続いており...という続きを半ば予想していた方、残念でした!


実は、あの日を境に本当に嘘のように痛みがすっかり(とは言わないまでもほとんど)消えてしまったのです。信じられますか?私は信じられます。その理由は上の記事の中に書いたとおりです。
そして、雨のため出かけられない日を除いてはほぼ毎日歩き、昨日などはここ最近で最高のほぼ9kmを1時間50分かけて歩いてきました。以前は毎日のように行っていた大磯漁港のすぐそばまでです。


下の歩数計の過去6か月のデータを見ると私の健康状態が一目瞭然です。
ロスに旅立った日の11時間のフライトの結果(エコノミー症候群)背中が痛くなり、向こうではほとんど歩いていませんでした。そして、帰りの12時間のフライトで今度は腰が痛くなり、帰国後もしばらく動けませんでした。


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1月から2月にかけては調子よく、毎日1万歩(6km)以上歩いていたのが、3月頃からまた腰が痛くなり歩行距離が落ち始めました。
最近また徐々に伸ばしてきて、ここ数日はまた1万歩以上をクリアし、一時期平均歩行距離が1kmまで落ちていたのが、ようやく3.8kmまで持ち直してきました。ここ1週間に限れば、平均歩数は約9000歩(5.4km)まで回復しました。
この歩数計はいわば私の健康管理ツールです。


さて、次は頭の健康管理について。
一昨日のこと。
大磯海岸まで歩き、家の近くまで戻ってきたとき、3歳ぐらいの男の子を抱いたお父さんが子どもに話しかけているところに遭遇しました。
「ほら、あそこにおさかなさんいるの見える?」
「うん!」
「ほかにどこにいるか自分で探してごらん」
「...」
(見つからない)


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こりゃ無理ですよ、お父さん。大人の我々でも見つからない。
そこで、男の子に声をかけました。
「ぼく。あのお魚の名前、コイっていうんだよ」
「ふ〜ん」
「こっち来い!って言って手をたたいてごらん。コイさんこっちに来るよ」
「ね、ほら。来たでしょ。今度はコイさんに『あっち行け!』って言ったらあっち行くかな?」
なんて会話を頭の中で考えながら親子の横を通り過ぎて行き、小さな橋の上にやってきました。
そこで欄干の上に身を乗り出して試してみました。
「こっち来い!」(パチパチパチ)


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こっちにやってきました。餌をもらえると思って、口をパクパク開けながらたくさん集まってきました。
「そこであっち行け!」と言いはしませんでしたが、頭の中でさっきの男の子との会話の続きを再現してみました。
「あっち行け、って言ったらコイさん、あっちに池なんかないから行けないよ、なーんて言ったりして」
と、このようなことを歩きながら考えていたのです。
(これは幼児から小学低学年の子たち向けのジョークです)


それと言うのもつい数日前、私の敬愛する小川政弘先生の新刊書『字幕に愛を込めて 私の映画人生 半世紀』を読み終えたばかりで、翻訳のことが常に頭にあって、自然と頭の中で日本語を英語に翻訳する癖がついていたのです。さらに一昨日、メールマガジンの登録申請をしてこられたおふたりのうちのひとりが英語を独学中ということで、英語で自己紹介を書き、英語の学習法を尋ねてこられたので、そのこともあって無意識のうちに散歩しながら英語で考えていたということもあります。


そこで、上のショートストーリーを英語に翻訳するとしたらどう訳すか。字幕は字数制限があるので、普通の小説を翻訳すると仮定して。
「こっち来い!」「あっち行け!」の「来い」と「鯉」、「行け」と「池」という翻訳者泣かせの言葉遊びを訳すのは至難のわざです。


私が同時通訳のようにして考えたのは下のような英文です。
"Say 'Come here!' and clap your hands, the carp will come." (Clap, clap, clap)
"See? Here they come.
Now tell them to go to the pond over there, do you think they will go?"
"No, they won't. You see, when you said 'come', they misheard the word 'come' for 'carp'. That's why they came. But when you say go to the pond, they'll mishear 'pond' for 'pawn' and they'll say there aren't any pawnshops over there, so we can't go."
英語にしたらなんてつまらないストーリーなんでしょう!


時間の無駄?
いいえ、そんなことありません。
こんなくだらないことでもいいのです。
自分だったら、このようなとき英語でなんて言うんだろう、って頭の中で考えて英語にしてみる、これも立派な英語学習法です。私は高校生の頃からこれをしばしばやっています。
そのうち慣れてくると、日本語から英語でなくて、初めから英語で考えることができるようになります。


そのお陰かどうか、先日ロスに3週間ほど滞在していたとき、Uber(ウーバー:企業運営白タクのようなもの)の運転手さんや、ホームステイでお世話になった方やアメリカ人の方とほとんど不自由することなく自由に英語で会話を楽しむことができました。
これが私の頭の健康管理法のひとつです。
身体の調子が悪いときは頭の中に霧がかかったような感じで、回転が遅くなっていますが、調子良くなると、まあ昔ほどではないにしてもある程度回転するようになります。


ということで、今日は英語学習法の巻でした。
Naokoさん、なにかヒントになっていれば幸いです。


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明るい将来を望むなら

2018.05.11日
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"Learn from yesterday, live for today, hope for tomorrow.The important thing is not to stop questioning."
--Albert Einstein
「昨日から学び、今日のために生き、明日に希望を持とう。大切なのは疑問を持つのをやめないことだ」
--アルベルト・アインシュタイン
(訳 舟田譲二)


アインシュタインの名言です。
前半の「昨日から学び、今日のために生き、明日に希望を持とう」はおそらくどなたも同意されると思います。
でも、これと後半の「大切なのは疑問を持つのをやめないことだ」とは、いったいどのような関係があるのでしょうか?皆さん、おわかりですか?


まず前半の部分から考えてみましょう。
「昨日から学び」というのは、もちろん文字どおり昨日に限ったことではなく、「過去」全般を指しています。つまり、過去から学ぶということです。
「今日のために生き」は、文字どおり今日も含みますが、さらに言えば「現在」あるいは「今この瞬間」という意味でもあります。
「明日に希望を持とう」も、文字どおり明日のこともそうですが、明日以降、明後日もその次の日も、...「将来」という意味になります。


そこで、後半の「大切なのは疑問を持つのをやめないこと」とのつながりですが、たとえば昨日を含む「過去」を考えるとき、「なぜあのようなことをしたのか?」「なぜあのようなことが起きたのか?」など、自分自身あるいは世界の過去の失敗やさらに成功も含めて、「なぜ?」と疑問を持つことが歴史を学ぶことの意義であり、これを今日(こんにち)に、また将来に生かすことにつながるのです。
ですから、「起きてしまったことはしようがない」ではなく、過去の経験を生かすためにどうすればいいのだろう、と疑問を持たなければ過去は役立たない死んだものになってしまいます。歴史に興味のない人は、「過去はもう変えられないことだから仕方のないこと」と考えていますが、これは大きな間違いです。


次に、「今日」「現在」「今この瞬間」の生き方とのつながり。
これは、自分自身の、また世界の将来は「今」にかかっているから、今をどう生きるか、ということを私たちは絶えず考えなければならないのです。
「今この瞬間」自分はどのように生きればいいのだろう、人とどのような接し方をすればいいのだろう、仕事や勉強に対してどのように取り組めばいいのだろう、今自分がこの行動を取るならそれは将来どのような結果をもたらすだろう等々、「今日のために生きる」にはどうすればいいのか自問しなければなりません。これが「今日」に疑問を持つということです。
「今」が将来を変えるからです。


そして、「明日に希望を持つ」ことにはどのような疑問を持てばいいのでしょう。
ハーヴィー・マッケイという作家が次のように言っています。
「楽観主義者は正しい。そして悲観主義者も正しい。あなたがどのようになるはあなたの選択次第だ」と。
「明日に希望を持てない」と考えている人は、悲観主義者です。そして、このような考え方をしていたら、まず間違いなく「明日」そして「将来」はそのとおりの人生になってしまいます。
そして、将来を楽観的に考える人はそのとおりの明るい人生を歩みます。
なぜ、そうなるのか、これも自分で考える必要があります。というのは、人に言われて納得できることではないからです。
自分の頭で「なぜ明日に希望が持てない」のか、考えなければなりません。
そして、自分で納得いく結論を出すことです。


私たちは疑問を持つのをやめたら、その時点で人生は終わってしまいます。
常に自分に問いかける。「なぜ?」「どのようにしたらいい?」「どうなるだろう?」と、過去・現在・未来のことを考えるとき、将来の人生は開けていきます。


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感謝の心は人と人の心をつなぐ接着剤

2018.05.10日
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"Appreciation is a wonderful thing: It makes what is excellent in others belong to us as well."
--Voltaire – 1694-1778, Writer and Philosopher
「感謝するというのは素晴らしいことだ。感謝によって他の人が持っている素晴らしいものを私たちも共有することができるからだ」
--ヴォルテール、文学者・哲学者
(訳 舟田譲二)


感謝する心は私たち人間が持つ最高の資質のひとつです。
「感謝しない心」とは、人になにかやってもらっても、そんなのは当たり前だと思います。
お金を払っているから当たり前、仕事だから当たり前、親だから当たり前、子どもだから当たり前、先生だから当たり前等々、「そんなことは当たり前」と思っていると感謝の心はなくなります。
そして、それはとてもさびしいことです。


店で物を買うとき、レジの人が「ありがとうございました」と言うと、私も必ず「ありがとうございました」と言います。バスを降りるときにも運転手さんに頭を下げて「ありがとうございました」と言います。
たんに儀礼的に言うのではなく、本当に感謝しているからです。


人から「ありがとうございます」とお礼を言われても、「こちらこそありがとうございます」と言います。ぎゃくにお礼を言わないと、なんか落ち着きません。実際、こちらもお世話になっているのですから。


感謝の気持ちをニッコリと笑顔や「ありがとう」「感謝しています」と言葉で表すと、そのときその人が持っている素晴らしいものを私たちも共有していることになります。
またそれは同時に、私たちの持っているものも他の人と共有するということです。
人間というのは、このようにしてみんなお互いを必要としていて、いろいろな面でお互いに助け合い、お世話になっているわけですから、感謝するのは当たり前なのです。
感謝することによってお互いの持っている素晴らしいものを共有できて、私たちはより豊かになります。


感謝の心は人と人の心をつなぐ接着剤です。
あなたは今日、だれかに感謝の気持ちを伝えましたか?
心がつながりましたか?
心がポカポカ温かくなりましたか?
もし、まだだったら、どんなに小さなことでもいいので感謝の気持ちを伝えましょう。
そうすることによってあなたの心も豊かになります。


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♪この〜木、なんの木?

2018.05.09日

「♪この木なんの木 気になる木
名前も知らない 木ですから
名前も知らない木になるでしょう


この木なんの木 気になる木
見たこともない 木ですから
見たこともない花が咲くでしょう」


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有名なあの日立のCMソングです。
木の名前、ご存じの方いらっしゃいますか?
「モンキーポッド」というらしいですが、聞いてもみんなすぐ忘れてしまいます。
それで、現地のハワイでも「ヒタチの木」と呼ばれているそうです。それぐらい「日立の木」で有名になったのですね。


1か月近く前になりますが、「いっちゃれば ちょーでー 」の記事の中でご紹介したロス在住の友人の金成通孝(かねなりみちたか)さんは、数字、とくに人の生年月日や記念になるような日にちや年度などをとてもよく覚えていらっしゃいます。
「初めてアメリカに来たのは◯◯年の◯月◯日」とか、「◯月◯日に愛犬リオに噛まれた」などなど、本当によく覚えておられて感心します。
覚え方のコツをお尋ねしたら、語呂合わせだけでなく、Aさんの誕生日は自分の妻の誕生日の1週間後、などのようにして自分がよく知っている何かと結びつけて覚えるのだそうです。
その金成さんも私の誕生日、6月21日はなかなか覚えられなかったのですが、「1年で1番昼の長い日は?」とヒントを上げたら、「あっ、夏至だ!」と言ってすぐに覚えました。
このほか、好きな映画の中で話されるセリフもよく覚えていらっしゃいます。


私は数字には疎いほうで、なかなか覚えられません。
でも、だれでも自分の関心のあることならいくらでも覚えられます。
車の好きな人は車の名前はまるで博士のようによく知っていますし、歌の好きな人は歌詞を、映画やドラマが好きな人は俳優・女優の名前や年齢などを自然と覚えますよね。


私の場合は、早口言葉や英語で一番長い単語(45文字)や地名(58文字)など、これらは全然苦なく覚えられます(まだ動画をご覧になっていない方はこちらからどうぞ「エクササイズでなくイナサイズ」)。


今から30数年前、中央大学で教えていたときには、毎年新しく教える学生約400人の名前を覚えていました。まずは学生に関心を持ち、覚えるために授業時間中何度も名前で当てて、その学生の顔や性格の特徴をとらえて名前と結びつけて覚えていましたが、自然と覚えられました。
今はもう全然だめですが(泣)


この記憶法は勉強や仕事、名前、電話番号だけでなく、ほとんどどんなことにも応用できます。円周率10万桁を暗記した原口 證(はらぐち あきら 1945年–)さんは、数字を下のようにかなに置き換えて語呂合わせで物語にして覚えました。
0 - お、ら、り、る、れ、ろ、おん、おー
1 - あ、い、う、え、ひ、び、ぴ、あん、あー、びゃ、ひゃん、びゃ、びゃん
意味のないものはこのような覚え方をするのが正しい方法です。


でも、一番大切なのは覚える対象に関心を持つこと、覚えることに意味・目的を見出すことです。そして、自分自身に合った覚え方を自分で調べ、考えること。
人からの受け売りではなかなか覚えられません。


ところで「日立の木」の名前、まだ覚えていらっしゃいますか?


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男と女

2018.05.08日
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一昨日、お友達のふたりの若い女性に人生についていくつか尋ねられましたが、とりわけその中でも結婚のことについては年頃の女性にとっては大きな問題です。
どのようにしたら、この人こそ本当に神様に導かれている伴侶であると分かるのですか、と。
これはなかなか難しい質問です。
「この人こそ」と思っていても、結果的にはうまくいかないで別れることもあれば、「この人は違うだろう」と思っていたのに、いつのまにか結ばれてしまった、という人はきっとたくさんいらっしゃることと思います。
彼女たちに対する私の答えは...


「神様に導かれている結婚相手というものは不思議なようにして、次から次へと道が開かれていくけど、そうでない人は何らかの事情で道が閉ざされてしまう」
そう言ってしまえばどんな問題だって同じですが、こと結婚に関してはこれは真理だと思います。
ただ、もちろんこれだけではなく、心に平安があるとか、家族や友人など周りの人たちから賛成され祝福されているとか、相手と考え方や趣味、将来のビジョンなど波長が合うとか、その他さまざまな条件もあるでしょう。
逆に、これらの条件がすべて揃っていて、この人こそ神様が導かれた人だと確信して結婚したにもかかわらず、思っていたような人ではなく喧嘩が絶えず、結果的に離婚してしまった、という人もいます。


結婚というものは難しいものです。
そもそも、生まれ育ちの環境などがまったく違い、人格や考え方、感じ方も違い、しかも男女間の性差があって、結婚して一緒に暮らすということは当然のことながら、大小さまざまな問題が起こって当たり前です。
とくにこの男女差は思っている以上に大きいもので、テレビに出ていた結婚問題の専門家などは、「男性と女性はまったく別の生物だ」とやや誇張して言っていたほどです。


冒頭の言葉、
女は、結婚したら
夫に変わってほしいと思う。
でも夫は変わらない。
男は、結婚しても
妻に変わらないでほしいと思う。
でも妻は変わる。

はある意味、真理です。
おそらく多くの人にとって思い当たる節があるのではないでしょうか。


たとえば国際結婚を例にとると、もちろん例外はたくさんありますし、なにごとも一般化して言うことはできませんが、得てして日本人女性は外国人男性に優しさを求め、外国人男性は日本人女性に控え目、従順さを期待するという、いわゆるステレオタイプが一因していることもあります。私の叔母がそうでしたし、これまで似たようなケースをたくさん見てきています。
言い換えれば、これはなにも国際結婚に限ったことではなく、男性と女性は結婚するとき相手にある種の理想像を持っていてそれを期待するわけです。
しかし、実際には「そうは問屋が卸さない」のです。


それでは、どのようにしたらうまくいくのか、ハムレットじゃないですが、"To be, or not to be, that is the question." 「なすべきか、なさざるべきか。それが問題だ」「生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ」「やったろか〜↗、あかんか〜↘、ほな〜、どないしょ〜↗」(大阪弁版)。


これに対する私の答えは、ライザップじゃないですか「結果にコミットする」です。
利己的な考えで結婚すると、期待外れで失敗する可能性が高いです。
「利己的」というのは、相手にあれやこれやと期待し、注文をつけるということです。
これに対して、利他主義で相手に徹しようとするなら、すなわち「結婚生活をうまくいかせることにコミットする」決意がお互いのうちにできているなら、まずうまくいきます。
そのような決意ができていて、お互いにそのことを理解しているなら、逆にうまくいかないほうが不思議です。


聖書では結婚のことをこのように定義しています。
「男はその父母(ちちはは)を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである」
(創世記2:24)
そして、次のように勧めています。
「お互いに従いさい。
妻たちよ。あなたがたは、主に従うように、自分の夫に従いなさい。教会がキリストに従うように、妻も、すべてのことにおいて、夫に従うべきです。
夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい」

(エペソ5:22-25)


このように夫が命をかけるぐらいの気持ちで妻を愛し、妻がそのような夫に従う覚悟ができているなら、すなわちお互いに「コミット」できているなら、結婚は必ずうまくいきます。


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無用の長物

2018.05.07日

"It’s a sign of mediocrity when you demonstrate gratitude with moderation."
--Roberto Benigni – Actor, Comedian, and Director
「感謝の気持ちを表すのに遠慮するのは無用の長物だ」
--ロベルト・ベニーニ、俳優・コメディアン・監督
(訳 舟田譲二)


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ロベルト・ベニーニ(1952年10月27日-)は、イタリアの俳優、映画監督、コメディアン。(上の写真は本人)
1998年公開の監督、脚本、主演を務めた『ライフ・イズ・ビューティフル』では、アカデミー主演男優賞、アカデミー外国語映画賞、カンヌ国際映画祭 審査員特別グランプリなど世界各国の映画賞を受賞した。(Wikipediaより)


鬼才ロベルト・ベニーニが歯に衣を着せぬ言い回しで、「感謝の気持ちを表すのに遠慮するのは無用の長物だ」(直訳すると「遠慮がちに感謝の気持ちを表すのは平凡の印」)と言っています。


1年前の記事、「楽しい時はあっという間に過ぎる!」に書いた田中さんとは4年余りにわたる家族ぐるみの親しいお交わりをさせていただいています。
昨日は、上の記事の中に登場する美人姉妹のひかりさんとみのりさんが平塚の湘南見附キリスト教会の礼拝にご実家の熱海から来てくださいました。
「美人」というのは単に外見だけでなく、おふたりとも本当に「心の美しい」方です。
礼拝後、お茶の交わりの時間にみのりさんがお仕事の介護のお話しをしてくださったとき、そのことがよく表われていて、私たちはみんな心打たれただただ頭の下がる思いをしていました。
おふたりは礼拝での柿谷牧師のメッセージは今まさに自分たちが必要としていたもので、心に届いたと感謝しておられました。


田中さんご一家は皆さん本当に謙虚で心の温かいクリスチャンで、お会いするたびにとてもよくしていただき、教えられることばかりで、いつも心がほんわりと温かくなるのを感じます。
昨日は、礼拝後、私のお気に入りの湘南海岸近くのイタリア料理店に行きお昼をご一緒しながらお話の続きをしました。


レストランで3時間近く話し(時計を見ていなかったのでどれだけの時間だったかわかりませんが)、その後海岸に向かって歩きながらもずっと話しっぱなしでした。
海岸は強風で砂浜の細かい砂が容赦なく顔に打ちつけてくるので、早々に退散し駅に向かって歩きながらまた話し続けました。
話しても話しても話題は尽きず、みんなもう夢中でした。
おふたりは謙虚に、私からは教えられることばかりだとお礼をおっしゃいましたが、感謝するのはむしろ私のほうで、元気をいただいて10歳ぐらい若返りました。
この次の私のメッセージ当番である7月と8月にまた教会に来てくださるとおっしゃって、楽しみがひとつ増え、さらに10歳若返りました(笑)。


お別れしたのは夕方5時、あっという間の5時間のお交わりでした。
駅近くの閉店している店舗の前で3人で手をつないで一緒にお祈りしました。
駅の改札口で別れを告げた後、姉妹から元気をもらって若返ったので歩いて家に帰ることにしました。
普段40分から45分ぐらい、超速歩で35分の距離ですが、昨日はゆっくり歩いて1時間かかりました。歩数計を見るとなんと2か月ぶりの15000歩、7.8kmでした。
家に着いて、「しまった、せっかく来てくださったのに一緒に写真を撮るのを忘れてた!」。
おふたりのお写真をご覧いただくことができないので(上の1年前の記事に写真は掲載されています)、仕方なくスマホアプリの歩数計の画像を載せます(つまらなくてすみません。でも、私の健康のためにお祈りくださっている皆様と20歳も若返らせてくださったひかりさんとみのりさんへ感謝のご報告です)。


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知覚の扉

2018.05.06日

"There are things known and there are things unknown, and in between are the doors of perception."
--Aldous Huxley – 1894-1963, Writer and Philosopher
「既知と未知のものがあり、両者の間には知覚の扉がいくつもある」
--オルダス・ハクスリー、作家・哲学者
(訳 舟田譲二)


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この世の中「既知」なるものと「未知」なるものがあります。
しかし、既知と未知の間には無数のグレーな「知覚の扉」があります。
まったくの「未知」かと言えばそうでもなく「既知」の部分もあるし、「既知」の中にも「未知」の部分があります。


「知覚の扉」という言葉は、詩人ウイリアム・ブレイクの下の一節からの引用です。
「知覚の扉澄みたれば、人の眼に ものみなすべて永遠の実相を顕わさん」(知覚の扉が澄みきっていれば、すべての事物はあるがままの無窮の相〔無限の様相〕を見せる、という意味)
作家・哲学者であるオルダス・ハクスリーは、これを体験するためサボテンの一種から採れる幻覚剤メスカリンを使って自らの身体で実験しました。


この結果、芸術家が描いた絵画の中の衣服や布地の皺(しわ)に、普通の状態だったら感じない宇宙の真理のようなものを体感します。
ハクスリーが到達した答えは、「人間は宇宙からのありとあらゆる刺激を受け止めているが、生存のために役立つもの以外の多くを削除して、必要なものだけを知覚している」ということ。これを彼は脳が減量バルブの役割を果たしていると言いました。


わかりやすく言い換えれば、著名な芸術家や、幻覚・幻聴・幻想などの症状を持つ統合失調症、またサヴァン症候群のような人が見る世界は、一般の私たちから見ると特殊に見えるが、本来人間はみんなこのような感覚を持っている。しかし、日常生活に支障をきたすので不必要なものはフィルターをかけて(減量バルブによって)感じなくしているのだ、と。
このことは私自身、「サヴァン症候群 天才か?」の中で述べていることと一致しています。


ヨガ、苦行、座禅など神秘体験をもたらす手段は肉体の能力を弱め、その結果脳の機能を低下させ、メスカリンと同様の効果をもたらすとも考えられます。
つまり、宗教の世界も似ていて、普通の人が感じることのできない世界を実体験することのできる能力が減量バルブの影響を受けずに発揮できているのではないでしょうか。


このように、一般に考えられているような「既知」と「未知」という二極だけでなく、その間には無限の中間の相があり、これは「知覚の扉」と呼べるものなのです。
自分に見えないから、経験できないからと言って、自分の知らない世界を否定することは逆に無知と言えます。
神を信じる信じないはもちろん個人の自由です。
しかし、体験したことがない人が体験した人に対して、宗教なんて馬鹿げているというのは、ちょうど数学の苦手な人が、数学の面白さを知っている人に対して、「数学なんてつまらないし、役立たないよ」と説得しようとしているようなものです。


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バラバラだったものがくっついて...

2018.05.05日

“Sometimes good things fall apart, so better things can fall together.”
--Jessica Howell - Actress
「時にいいことがバラバラになってうまくいかなくなることがある。バラバラに見えていたものがくっついてさらに良いものが生まれるために」
--ジェシカ・ハウエル、女優
(訳 舟田譲二)


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日本には「瓢箪(ひょうたん)から駒」ということわざがあります。
「駒」というのは普通、「将棋・チェス・双六(すごろく)などで、盤上に並べて動かすもの」という意味で使いますが、元来は「子(こ)馬(ま)」から「馬、子馬」という意味です。
「瓢箪のような小さい口から、馬のように大きいものが飛び出す」というところから「予想もしていないこと、あり得ないことが起こる」という意味です。


今日の冒頭の言葉、
「時にいいことがバラバラになってうまくいかなくなることがある。バラバラに見えていたものがくっついてさらに良いものが生まれるために」
というのは、上の「瓢箪から駒」に一見似ていますが、実質はまったく異なります。


とても良いと思われていた計画や状況が、いつの間にかまるで空中分解したかのようにバラバラになっていき、気がついたらだめになっていた、ということが私たちの人生において起こることがあります。
たとえば、夫婦に子どもができ、子どもは順調に育ち、絵に描いたような幸せな生活を送っていたのに、ある日突然子どもが事故や事件に巻き込まれ、家族は悲しみのどん底に突き落とされて崩壊していく。「神様、なぜですか?」と言いたくなるようなこと。
事実は小説よりも奇なりで、このようなことは現実に毎日のようにどこかの家庭で起こっています。あなたの家庭にも起こったかもしれません。
まあ、このような大げさなものでなくても、就職や進学のときに、あるいは引っ越しや学校、職場、人間関係のことなどで思いがけないことが起こり、目の前が真っ暗になるようなことはしばしば起こります。
これが前半部の「時にいいことがバラバラになってうまくいかなくなること」です。


しかし、しばらく経って、これまでバラバラに見えていたものがいつのまにか次々とくっついていき、ジクソーパズルのように最後のピースが穴にはまったとき、完璧な絵になり、あのときの苦しみは今日のこの幸せのためだったんだ、という結果になることがあります。そのような経験はありませんか?私にはいくつもあります。


旧約聖書に出てくるヨブという人物はまさにそのような人生を歩みました。
そしてこのヨブの物語から大きな慰めや励ましをもらって苦難を乗り切り、そしてヨブのように最後には大きな祝福にあずかった。いや、たとえこの世的な祝福でなくても、苦しみや悲しみの中にあっても、試みの意味がわかって心に平安が訪れたという人もたくさんいます。


「苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました」
(詩篇 119:71)
「あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである」
(コリント人への第一の手紙 10:13)
「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている」
(ローマ人への手紙 8:28)

これも「新超ひも理論」で、すべてつながっています。


皆さんの中でこのような体験をされた方、よろしければお差支えのない範囲で是非そのお証をシェアしてください。きっと、同じような状況の中にいる人の励ましとなることでしょう。


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固く握りしめた拳

2018.05.04日

"You cannot shake hands with a clenched fist."
--Indira Gandhi - 1917-1984, Prime Minister of India
「固く握りしめた拳で握手はできない」
--インドラ・ガンディ、インド首相
(訳 舟田譲二)


「固く握りしめた拳(こぶし)」は怒りの象徴です。
人は心の中で怒りを感じていたり、苦々しい思いを持っていたら無意識のうちに身体は硬直し、手は握り拳になっています。
握り拳を差し出して握手することはだれにもできません。お互いに握り拳を出すと殴り合いの喧嘩になります。


握手は挨拶のひとつの方法です。
挨拶するとき、相手のことを信頼していなかったり、恐れの感情を抱いていたり、敵対意識を持っていたりしたら握手はできません。


握手はまた同時に和解、仲直りの象徴でもあります。
人と何かで衝突して、不快な思いを抱いたままでいると、不整脈を起こし、血圧は上がり、呼吸は浅くなり、心拍数は上がり、健康上いいことはひとつもありません。
このようなときには、自分自身のために相手を赦すか、相手のために謝罪して赦してもらい、いち早く和解すべきです。
その和解、仲直りのしるしとして、固く握りしめた拳を解いて握手するのです。


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「固く握りしめた拳」はまた緊張の象徴です。
緊張していると無意識のうちに握り拳になってしまいます。
このようなとき、相手の人が開いた手を差し伸べて握手を求めてくると、自分も手を開かざるを得なくなります。
握手はお互いの緊張をほぐし、その結果温かい心が伝わり、相手との距離を縮めて、良好な人間関係を築くことにもつながります。
固く握りしめた拳を開いて、積極的に手を差し伸べて握手し、友達を作りましょう。
友達の輪が広がっていくと緊張が解けて心が温かくなり、世界が広がります。


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あなたにできる最高に美しいこと

2018.05.03日
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"The most beautiful thing you’ll ever do is an expression of something that’s already with you."
--Sandra Gallagher - Author and Speaker
「あなたにできる最高に美しいことは、あなたがすでに持っているものを表すことです」
--サンドラ・ギャラファー、作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


「自分のうちにはいいものなんて何もない」と思っている人がたくさんいます。
でも、神様は一人ひとりを無限の愛をもってこの世に生み出してくださっているので、いいものが何もない人なんてひとりも存在しません。それどころか、神様は一人ひとりに特別な賜物、才能、ほかの人にないものを与えてこの世に送り出してくださっています。
それに気づかないまま人生を過ごすとしたら何ともったいないことでしょう。


「私にはいいものなんか何もないから、ひっそりと、平凡に、目立たなく生きていく」と言う人もいますが、これもとんでもない勘違いです。
上でサンドラ・ギャラファーが言っているように、
「あなたにできる最高に美しいことは、あなたがすでに持っているものを表すことです」


あなたにはほかの人にない、素晴らしいものが必ず神様から与えられています。それを表すこと、すなわちありのまま生きることです。
しかも、それは決して難しいことではありません。
なぜなら、あなたはそれをすでに持っているからです。ただ、それを表すだけでいいのです。


ちょっと考えてみてください。
この世の中、なんでこんなものがあるの?というような、存在目的や意味さえわからないようなものがたくさん、本当に数えきれないほどたくさんあります。
何か思いつきますか?
ちょっと考えてみてください。


たとえばクモ(蜘蛛)。
皆さんの中にクモが好き、という方はいらっしゃいますか?
私はクモは大の苦手です。
クモの巣が顔に引っかかって不快な思いをした方はきっとたくさんいらっしゃるでしょう。
でも、クモの巣をじっくり見ると実に美しい。完璧な幾何学的な紋様で、しかもこれほどうまくできたものはありません。
人はこれまでクモを毛嫌いしてきましたが、最近になってクモの糸からいろいろな新しいものが発見されて、これを利用した新しい科学の分野が始まっています。


「糸の組成はタンパク質分子の連鎖で、体内では液状で存在し、体外へ排出される際に空気と応力によって繊維状の糸となる。これは不可逆反応で、空気上で液状に戻ることはないが、使用した糸を蛋白源として食べ、消化して再び糸などに利用する種もみられる。
糸の強度は同じ太さの鋼鉄の5倍、伸縮率はナイロンの2倍もある。鉛筆程度の太さの糸で作られた巣を用いれば、理論上は飛行機を受け止めることができるほどである。そのため、近年では人工的にクモの糸を生成する研究も行われている」
(Wikipediaより)


さらに、
「クモの糸を研究している奈良県立医大の大崎茂芳特任教授(65)(生体高分子学)が、クモの糸を束ねて作ったバイオリンの弦は、広く使われているナイロン製の弦より強く、音質も優れているとの調査結果を、米物理学会誌『フィジカル・レビュー・レターズ』の最新号(13日発行)で発表した。既に各国の演奏家らから、問い合わせが寄せられているという。
大崎教授は約35年間、クモの糸を研究しており、2年前に約1万本ずつより合わせた太さ0.75〜1ミリの弦を作ることに成功した。
電子顕微鏡による調査では、より合わせることでクモの糸の断面は3割増していた。
音の周波数の解析では、高音域でナイロン弦の倍以上、強い音が出ることがわかった。プロ奏者にナイロンの弦のバイオリンと弾き比べてもらったところ、クモの糸の方が輪郭のしっかりした音で、柔らかく深みがあるとの評価を得た。
名器ストラディバリウスに張って試した大阪音大講師でバイオリニストの松田淳一さん(53)は『音の広がりと味わいが素晴らしい。普通のバイオリンに張った場合でも、名器に劣らない音色が出る』と語る。
弦1本を作るにはクモ100匹が必要なため、大量生産は難しいが、大崎教授は『いつか音楽ファンをうっとりさせる音色を世界に広めたい』と話している」

(2012年4月20日付 読売新聞32面「クモの糸のバイオリンの音色、名器に劣らず」より)


多くの人から迷惑とさえ思われ、見つけられるとバシッと叩かれて殺されるクモ。
こんなクモにさえこのような私たち人間の生活に役立つことを提供しているのです(もちろんクモはそんなこと露ほども知りませんが)。


それでは、私たち人間はどうでしょう?
犬の嗅覚力は人間の100万倍以上と言われていますが、人間の鼻は5万種類の匂いを記憶できるそうです。これには犬も「参ったワン!」。
人間の血管を全てつなぎあわせるとその長さ10万km、地球2周半に相当します。
私たちの身体は60兆個の細胞からできていますが、その一つの細胞にあるDNAをつなぎ合わせると1.7mになります。
すると全DNAをつなぎ合わせた全長は、1.7(m)×60(兆個)で1044億km。
太陽と地球の距離は約1.5億kmなので約350往復できる距離になり、太陽系の端から端までの59億kmは8往復できることになります。


こんな複雑な身体が自然と勝手に出来あがると思いますか?しかも、何の目的もなく、偶然に。不可能です。
ボーイングB747-400型機の部品数は約600万点。油圧管・空調ダクトなどの配管総距離数は8km。配線の総延長は274kmです。人間の身体とは比較にならないほど単純です。
でも、このボーイングジェットですら、自然と出来あがったなんて言う人だれもいませんよね。


ならば、世界にふたりといないあなたが何の目的もなく、偶然にこの世に生まれてくるわけないでしょう。
あなたには、世界中であなたにしかない特別なものがたくさんあります。
それを別に意識することなく、肩肘張らず、ただありのまま表すことが、「あなたにできる最高に美しいこと」なのです。


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退屈で死ぬぐらいなら、情熱で死ぬ

2018.05.02日

“I would rather die of passion than of boredom.”
—Vincent van Gogh – 1853-1890, Painter
「退屈で死ぬぐらいなら、私は情熱で死のう」
--フィンセント・ファン・ゴッホ、画家
(訳 舟田譲二)


映画『炎の人ゴッホ』の中で「情熱の人」として描かれたゴッホですが、じっさいパッション(情熱)のかたまりのような人でした。
私も情熱の人です。ゴッホと同じく、退屈して死ぬよりむしろ情熱で死にたいと思っています。
あまりにも情熱的すぎて、下手をすると本当に情熱で死にかねません。
仕事において、また趣味でも、何にでも情熱を注ぎ、没頭するあまり自分のことを顧みなくなる傾向があり知らず知らずのうちに無理をしていまいます。ですから、後ろで手綱を引いてくれる人が必要です。私の場合それは家族や親しい友人であり、また神様です。神様がいらっしゃらないと暴走する危険性があります(笑)。


一昨日、テレビ番組でボーク重子さんという方を知りました。
重子さんは大学卒業後外資系企業に勤めていました。お付き合いをしていたアメリカ男性からある日、声をかけられました。
プロポーズかと思いきや、彼に言われた言葉は、「君は結婚したら、その後はどういうふうに生きていくの?」でした。
彼女が、「子どもを産んであなたの面倒を見たいと思います」と答えると、
「僕はそれだけの人はいらない」と言ってフラれてしまいます。


この失恋をきっかけに重子さんは自分探しにロンドンへ飛び、そこでアートを学びます。
現代美術史で修士号を取得後、南フランスで出会ったアメリカ人男性ティム・ジョゼフ・ボークさんと結婚し、米国ワシントンDCに移住。
そこで生まれたSkye(スカイ)さんを英才教育。
しかし、日本の大学受験のような教育ではなく、アメリカ流英才教育で、「自分で考え、自分からやる子ども」、「双方向のコミュニケーション力」、「心が折れない回復力」をつける子どもを育てるというとてもユニークな教育です。


重子さんは福島県の英語塾を経営するご両親の下で生まれ、英才教育を受けて育ちました。
そこでは絶えず他人と比較されていたため、自分を見失い、何のために生きているのかわからなかったそうです。
時間が無限にあれば暗記やドリルをさせ、テストで高得点をあげることもいいでしょうが、限られた時間の中で何が大切か考え、人格形成の大事な時期に子どもがパッションを感じることに打ち込める時間を与えたいと思いました。


そこでバレエを始め、ボランティアやいろいろな楽器、スポーツなどに触れるチャンスを与えて、その中で彼女が一番パッションを感じるものを探させたそうです。
家庭では食事の席で毎回、テーマを与えて家族でショートスピーチをする練習をしました。
その結果、バレエではプロのバレエ団からお誘いがくるほどの実力がついたそうですが、彼女は大学進学を決めました。


高い学費を少しでも自分でまかなおうと奨学金を得ることを考え、2017年7月、全米の女子高校生が知性や才能、リーダーシップを競う大学奨学金コンクール「全米最優秀女子高生」に応募し、見事優勝しました。最終審査は、抽選で引いた題目をその場でスピーチするというものですが、まさにこれぞスピーチというお手本のような素晴らしい名スピーチでした。
そして、今は全米の名門校コロンビア大学で学んでいます。


子どもの頃、他人と比較されて折れてしまいそれがトラウマになった重子さんは、ワシントンDC初のアジア現代アート専門ギャラリーをオープンさせ、そのほか教育関連の本を書く「作家」として(『世界最高の子育て』『世界最高の子育てツールSMARTゴール 「全米最優秀女子高生」と母親が実践した目標達成の方法』『誰だって「なりたい自分」になれる』)、若いアーティストの発掘などをする「アートコンサルタント」、また全米、日本で人生設計のお手伝いをする「ライフコーチ」として活躍されています。さらに将来は、モチベーショナルスピーカーになる夢をもっていらっしゃいます。
「この親にしてこの子あり」で、母親のパッションと娘のスカイさんのパッション、本当にすごい!私も見習いたいものです。


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そう、パッション=情熱さえあれば、能力はどんどん引き伸ばされ、道は開かれていくのです。この短い大切な人生、退屈で死ぬなんてじつにもったいない話です。
皆さんは何にパッションを感じていますか?


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あなたもヒーローになれる!

2018.05.01日
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“A hero is no braver than an ordinary man, but he is braver five minutes longer.”
—Ralph Waldo Emerson – 1803-1882, Essayist
「ヒーローとは普通の人よりとくに勇敢なわけではない。ただ、もう5分間だけ長く勇敢なだけだ」
—ラルフ・ウォルドー・エマソン、エッセイイスト
(訳 舟田譲二)


エマソンとは波長が合うのか、2009年12月に書いた「人はおよそ...」を始め、10回引用しています。好きな作家、哲学者、思想家です。


今日の上の写真を見ると、火事の現場に飛び込んでいく消防士の姿が写っていて、私たちは「ヒーロー」「英雄」というと、どうしてもこのような自分の命をも顧みないような勇敢な人を想像してしまいがちです。確かにこのような人たちはヒーローです。
しかし、これらのヒーローたちでさえ、一瞬たじろいだり、躊躇したりすることがあるのではないでしょうか。
このようなとき、彼らは「あと5分長く勇敢」であり続けます。その5分が10分になり、知らない間に30分、あるいは1時間になる。そしてその結果、人命救助のヒーローになったりします。


「もう5分間だけ長く勇敢」という言葉に思いを馳せて、エマソンが言わんとしていることを私なりにちょっと考えてみました。


私自身は自分のことをまあまあ忍耐強いほうだと思っているのですが、ときに焦っているときなどこの5分を待てないことがあります。
言わなくていいことをつい言ってしまったり、しないでいいことをやってしまったり。
皆さんにはそのようなことはありませんか?


考えてみたら、この世の中のさまざまな事件や事故、人の失敗など、ほとんどはこの5分の差が重大な結果につながっているのではないでしょうか?
言いたいことをその場で言い、やりたいことをその場ですることが必ずしも勇気あるとは言えません。なぜなら、それが大きな問題を起こすことがしばしばあるからです。


夫婦げんかをしていて、ついかっとなってしまい言わなくていいことを言ってしまったために離婚になるというケースだってあるでしょう。後になって、ああ、あのときもうちょっと我慢していれば良かったと思っても後の祭りです。
親子の間のちょっとした行き違いが大喧嘩に発展し、そしてそれが勘当になってしまう。
一時期頻発して問題になった車のあおり運転による人命をも巻き込む大きな事故。


これらはまさにあと5分長く我慢していれば避けることができたことです。
忍耐する、我慢するのも勇気のうちなのです。
そして、これは難しいように思われますが、じつはだれにでもできることです。
カッとしたり、イライラしたり、相手に何か言いたくなったとき、手が出そうになったときなど、ひと息ついて5分長く我慢するならば取り返しのつかない大きな問題に発展することがなくなるかもしれません。


たったの5分が運命を変えるのです。
あなたもこの次、なにか問題に直面したとき、「もう5分間だけ長く勇敢」になるよう意識してみませんか。たったそれだけのことで、もちろん有名人になるわけではありませんが、あなたもヒーローになれるのです。


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2018.05.01日
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“A hero is no braver than an ordinary man, but he is braver five minutes longer.”
—Ralph Waldo Emerson – 1803-1882, Essayist
「ヒーローとは普通の人よりとくに勇敢なわけではない。ただ、もう5分間だけ長く勇敢なだけだ」
—ラルフ・ウォルドー・エマソン、エッセイイスト
(訳 舟田譲二)


エマソンとは波長が合うのか、2009年12月に書いた「人はおよそ...」を始め、10回引用しています。好きな作家、哲学者、思想家です。


今日の上の写真を見ると、火事の現場に飛び込んでいく消防士の姿が写っていて、私たちは「ヒーロー」「英雄」というと、どうしてもこのような自分の命をも顧みないような勇敢な人を想像してしまいがちです。確かにこのような人たちはヒーローです。
しかし、これらのヒーローたちでさえ、一瞬たじろいだり、躊躇したりすることがあるのではないでしょうか。
このようなとき、彼らは「あと5分長く勇敢」であり続けます。その5分が10分になり、知らない間に30分、あるいは1時間になる。そしてその結果、人命救助のヒーローになったりします。


「もう5分間だけ長く勇敢」という言葉に思いを馳せて、エマソンが言わんとしていることを私なりにちょっと考えてみました。


私自身は自分のことをまあまあ忍耐強いほうだと思っているのですが、ときに焦っているときなどこの5分を待てないことがあります。
言わなくていいことをつい言ってしまったり、しないでいいことをやってしまったり。
皆さんにはそのようなことはありませんか?


考えてみたら、この世の中のさまざまな事件や事故、人の失敗など、ほとんどはこの5分の差が重大な結果につながっているのではないでしょうか?
言いたいことをその場で言い、やりたいことをその場ですることが必ずしも勇気あるとは言えません。なぜなら、それが大きな問題を起こすことがしばしばあるからです。


夫婦げんかをしていて、ついかっとなってしまい言わなくていいことを言ってしまったために離婚になるというケースだってあるでしょう。後になって、ああ、あのときもうちょっと我慢していれば良かったと思っても後の祭りです。
親子の間のちょっとした行き違いが大喧嘩に発展し、そしてそれが勘当になってしまう。
一時期頻発して問題になった車のあおり運転による人命をも巻き込む大きな事故。


これらはまさにあと5分長く我慢していれば避けることができたことです。
忍耐する、我慢するのも勇気のうちなのです。
そして、これは難しいように思われますが、じつはだれにでもできることです。
カッとしたり、イライラしたり、相手に何か言いたくなったとき、手が出そうになったときなど、ひと息ついて5分長く我慢するならば取り返しのつかない大きな問題に発展することがなくなるかもしれません。


たったの5分が運命を変えるのです。
あなたもこの次、なにか問題に直面したとき、「もう5分間だけ長く勇敢」になるよう意識してみませんか。たったそれだけのことで、もちろん有名人になるわけではありませんが、あなたもヒーローになれるのです。


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もっと欲しい?

2018.04.30日

"Do you want a s'more?"
"I haven't had anything yet, so how can I have some more of nothing."
"You're killing me Smalls!"

「あなたはスモアが欲しいですか?」
「私はまだ何かを持っていなかったので、どのように私は何もないの詳細を持つことができます」
「あなたの私を殺すスモールズ!」

(訳 マイクロソフト翻訳機)


上の訳では何のことかさっぱりわかりません。(マイクロソフト翻訳機、もっとしっかりしろ!)
正しくは、
"Do you want a s'more?"
「もっと欲しい?」
"I haven't had anything yet, so how can I have some more of nothing."
「もっと欲しいって、まだ何も食べてないよ。何にも食べてないものをどうやってもっと食べられるの?」
"You're killing me Smalls!"
「いいかげんにしろよ、スモールズ!」
(訳 舟田譲二)


これでもまだ何のことかわかりませんよね?
この"s'more"「スモア」というのは、マシュマロを火で焦がしたもの。
焼いたマシュマロとチョコレートの層を2枚のグラハムクラッカーで挟んだもので、アメリカやカナダでキャンプファイアのときに食べるみんなの大好物。
英語で"some more"(もっと欲しい)と言っていたのが、音が詰まって"s'more"「スモア」となり、それがこの焼きマシュマロの固有名詞となったのです。


昨日は、去年に引き続き大磯海岸でのアカデミーのBBQ大会でした。
ここはBBQが許可されている唯一の場所で、好天気に恵まれた昨日はほかにもいくつかのグループがやっていました。
私たちは日焼けと海風を避けて西湘バイパスの高架下で。


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ある程度お肉を食べると、生徒たちはスモアに夢中。ここではマシュマロを箸の先につけて火で焼くだけの略式ですが、みんな珍しい味にハマってしまいました。
お肉よりも美味しい、なんて言いながらいくつもいくつも。
普段食べない私もついつられていくつか。


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生徒たちはお肉を満腹食べると砂浜のテトラポッドや砂浜の上で遊んだり、裸足になって走り回ったり、ボールで遊んだり。中には先生を砂の中に埋めたり。


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「もっと欲しいって、まだ何も食べてないよ。何にも食べてないものをどうやってもっと食べられるの?」とばかりに先生たちはこの間、ほとんどひと口も食べないでずーっと生徒たちのためにひたすらスペアリブなど肉を焼き、焼きそばを作り、スモアも食べられずにいましたが、生徒が遊びに出かけてようやくご馳走にありつけました。
でも、十分遊んだ生徒たちはまた戻ってきて先生たちと一緒に、焼きそばやスモアを。


夕方5時を過ぎてようやく海岸をあとにして塾に戻ってレクタイム。
先生たちは事前に用意しておいたいろいろなゲームで生徒をおもてなし。


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生徒のみんな、楽しかったね。また来年!
先生方、本当に長い時間お疲れさまでした。
また、生徒たちのお相手ありがとうございました。


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別れと出会い

2018.04.29日
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"If you are brave enough to say goodbye, life will reward you with a new hello."
--Paulo Coelho – Lyricist and Novelist
「別れを告げる勇気があったら、新しい出会いで大きく報われる」
--パウロ・コエーリョ、作詞家・小説家
(訳 舟田譲二)


パウロ・コエーリョ(1947-)はブラジルの小説家・作詞家。作詞家として活躍した後の1987年に、『星の巡礼』(O Diario de um Mago)で小説家デビュー。1988年に発表した「アルケミスト」が世界的なベストセラーとなり、38ヵ国以上の言語に翻訳され、世界各国の文学賞を受賞。日本でも人気のあるブラジル人小説家の一人であり、1998年発表の「ベロニカは死ぬことにした」は、2005年に映画化(主演:真木よう子)、2012年に舞台化(主演:西条美咲)もされている。(Wikipediaより)


また同時に素晴らしい名言をこれまでたくさん残しており(故人ではなく現役でまだ続行中)、かれの名言だけでもゆうに1冊の名言集ができるほどです。


さて、今日の名言
「別れを告げる勇気があったら、新しい出会いで大きく報われる」
もとても意味深です。
もちろん、当然のことながら人との別れと新しい人との出会いも含んでいます。
よく新聞などの人生相談で、恋人との別れや伴侶との死別を嘆き悲しむ人に対して、勇気を持ってこの悲しみを乗り越えなさい、そうしたらまた必ず新しい出会いがあり、今以上に幸せになれますよ、というような回答が寄せられます。
おそらく、皆さんもほとんどの方がこのような体験を一つや二つ、いやきっといくつもしていらっしゃることでしょう。
これは真実です。


でも、これは単に人との別離と新しい出会いだけを言っているのではありません。
たとえば、事故や病気などで片腕あるいは両足を失った人。
最初は人生どん底の苦しみを経験します。
しかし、いくら嘆いたところでその失った腕や足が戻ってくるわけではありません。


そのようなときに、ふと気がついて見方を変えると、新しい世界が開けてきたりします。
そのいい例が、パラリンピック競技に出る選手たちです。
彼らもかつてはみんな泣きました。痛くて、辛くて、悲しくて。人生に失望して。
でも、その後、ひょんなきっかけで片足でスキーをやってみたら、最初はうまくいかないけれどやっているうちにだんだんできるようになって、やがて楽しくなってきて、新しい生き甲斐が生まれた、またその競技を通して知り合った人と結婚して幸せな家庭が築けた、というような話がその一例です。


星野富弘さんもそのようなひとりです。星野さんのことについては6年前の記事「命を大切に」の中でご紹介しました。
また、「まばたきの詩人」と呼ばれた水野源三さんもそうですし、自ら生涯病気の問屋と呼んでいらっしゃった三浦綾子さんも同じです(「惨めになりたい? それとも強くなりたい?」)。


ハンディキャップを持って生まれてきた人も大勢いらっしゃいます。
ニック・ブイチチさん(「自分には◯◯できない」)は、この世に生まれてきたときから両腕両足がありませんでした。人からからかわれ、生きる目標もなく、人生のどん底を味わい、自殺しようとまで考えていましたが、そのようなところから立ち上がり、今は輝いていて、ダイビング、水泳からバンジージャンプもし、モーターボートを自由に操縦しと、それこそ私にもできないようなことがいくつもおできになります。
そして、今では全世界を講演して回り、何万人という人に生きる勇気、夢を与えていらっしゃいます。


このほかにも、やめられないと思っているアルコールやタバコ、ギャンブル、薬物などの悪習慣や、悪い仲間、悪い遊び、悪い癖、気が小さくて人と話すのが苦手、仕事ができないといった自信喪失、低いセルフイメージ等など。
これらとも思い切って別れを告げると新しい出合いがあり、未体験の人生を味わうことができるようになるのです(「アルコール依存症からの解放」)。
あなたはいかがですか?
新しい出合い(出会い)のために何(だれ)と決別しますか?


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今を変えれば将来は変わる

2018.04.28日
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"I have heard your prayers.
I have seen your tears.
I will heal you."

(2 Kings 20:5)
「わたしはあなたの祈りを聞いた。
あなたの涙を見た。
わたしはあなたを癒そう」

(列王記II 20:5)
(訳 舟田譲二)


繊維筋痛症の症状が出始めたのはおそらく2年以上前のこと。というか、いつの間にか始まっていて慢性的に身体全身が痛んでいたので、それが当たり前だと思ってずっと過ごしていたので、いつから始まったのかわからないのです。
あるとき、妻に「朝起きて、身体痛くない?」と尋ねると、妻が不思議そうな顔をしてぎゃくに問い返しました。
「えっ、あなた痛いの?」
それで初めて自分自身の痛みの異状について知ったような次第です。
次から次へと絶えず病気をしてきたので、どこか痛かったり、調子が悪くてもそれが普通になっていたというのがより正確です。(妻には「あなたがどこか痛いとか、調子が悪い、と言わなかった日は、結婚して以来1日もない」と言われています)
それが証拠に、うちには大型のマッサージチェアを始め、いわゆるマッサージ機に当たるものが大小6つもあります(笑)。


2年前の秋、かかりつけの医師のところに行って症状を訴えたところ、レントゲンや血液検査などをして関節リュウマチもないし、とくに異常はない、と言われました。
ちょうど1年前、あまりにも痛みがひどくなって市民病院に行きました。
どの科にかかっていいのかわからないので総合診療科で診てもらい、その後内科、整形外科、心療内科に回され、それぞれで診察や検査を受けました。
それでも異状なしという結果。
ネットで自分の症状を入力して調べたところ、どうやら繊維筋痛症の疑いが濃いと直感。
そのことを総合診療科の医師に伝えると、その可能性はあるがうちではそれを診断できる医師はいない、診断できる医師は東京の専門病院に行かないといない、とりあえずはどこか近くの整骨院でリハビリを受けるようにと勧められました。
その勧めに従って整骨院に通っていましたが、いつまでたっても改善の兆しが見えないため、初めに診てもらったかかりつけ医に戻って経過を伝えると、ここで初めて繊維筋痛症と診断されて、それ以来この医院で繊維筋痛症の痛み止めの保険薬を処方していただき服用しながら、ここでリハビリを続けていますが、まだ改善しません。


毎朝の祈りの中で、人のためには祈っているのですが、自分の病いの癒しのためにほとんど祈らないので、ある日妻が私に自分のためにも祈ったらと言って、それでようやく祈り始めたような次第です。


アメリカで約3週間過ごして帰国してからも、行きの長いフライトで痛めた背中の痛みがずっと続いていて、ついつい家から外に出るのが億劫になっていました。
以前は毎日コツコツ歩き、1日平均6〜8km、ときには10kmぐらい歩いていたのが、スマホの歩数計を見たらなんと1kmにまで落ちていました。
でも一昨日、思い切っていつもの散歩コースに出かけ、ゆっくりと35分、続いて昨日はもう少し足を延ばして45分、3.2km歩きました。


帰り道、今から40年近く前によく歌っていた聖歌(539番)が不意によみがえって、口をついて出てきました。
♪「見ゆるところによらずして、信仰によりて歩むべし
なにをも見ずまた聞かずとも、神のみ約束に立ち
(折り返し)
歩めよ 信仰により、歩め、歩め、疑わで
歩めよ 信仰により、見ゆるところにはよらで


見ゆるところはいかなるも われは癒(や)えたりと信じつつ
疑うことなく歩みなば 必ずそのごとくならん」


歌っているうちに身体が軽くなってきたような感じがし、重く引きずっていた足が軽やかになりました。
そのとき、思い出しました。
10年ほど前、朝起きると右耳が聞こえなくなっていて、近所の耳鼻科に行って診てもらったら、すぐに市民病院に行くように言われ、その足で行くと突発性難聴と診断され、その場で入院となりました。同じ病室にはほかにも5人ほど同じ突発性難聴の人が入院していましたが、次々と治らないまま退院していきます。医師に尋ねると、治癒率は3人に1人と言われました。
でも、その日から私は毎日病院の屋上に上がり、ぐるぐると歩いて回りながら癒しを求めて祈っていたら癒しの確信が与えられました。果たして、その翌日聴力が戻り、入院から1週間後には様子見で退院させていただきましたが、その後若干聴力は落ちたもののほぼ生活には支障ありません。


また、還暦のころ発症したてんかんも、絶対に癒されると信じていたら5年後に癒されました。
(だったら、この繊維筋痛症だって同じじゃないか。
そうだ、信じなければ損だ)
昨日の朝、デボーションのとき開かれたみ言葉は「事を隠すのは神の誉れ」(箴言25:2)で、このところから「神が定められたことは、人間の限界ある知恵では知りえない」、「汝ら今知らず、のち悟るべし」(わたしがしていることは、今はあなたにはわからないが、あとでわかるようになります)(ヨハネ13:7)ということを教えられた直後のことでした。


これには伏線がありました。
数日前、妻が「将来が変えられたらいいのに」と言っていたので、私は応えました。
「変えられるよ」
「どのようにして?」
「今を変えるんだよ。今を変えれば将来は変わるよ」
「じゃあ、あなたは自分の病気を治すために今、なにを変えてるの?」
「食事や運動、生活習慣などを変えてるよ」


でも、私の場合変えなければならない「今」は信仰だったのです。
医師や薬や湿布やマッサージ機などに頼っていて、癒し主なる神様に対する信仰が弱かったのです。
「するとイエスは言われた。『できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです』」
「信じます。不信仰なわたしを助けてください」(マルコ9:23-24)
かくして、私は神の癒しを信じる、疑わないでかたく信じることを決断したのです。


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完璧な仕事ができるようになるには

2018.04.27日
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“Pleasure in the job puts perfection in the work.”
—Aristotle – 384 BC-322 BC, Philosopher
「仕事を楽しむと、完璧な仕事ができるようになる」
—アリストテレス、古代ギリシャの哲学者
(訳 舟田譲二)


アリストテレス(紀元前384年〜紀元前322年)は古代ギリシアの哲学者です。
ソクラテス、プラトンとともに西洋最大の哲学者の一人と見なされ、多岐にわたる自然研究の業績から「万学の祖」と呼ばれています。
アリストテレスは、人間の本性が「知を愛する」ことにあると考えました。ギリシア語ではこれをフィロソフィア(Philosophia)と呼びます。フィロは「愛する」、ソフィアは「知」を意味し、このところからヨーロッパ各国の言語で「哲学」を意味する言葉の語源となりました。
(以上、Wikipediaより)
英語はもちろんPhilosophyです。
「哲学」というと、なんとなく難しく感じてアレルギー反応を起こす(?)人もいますが、実際には人間が人間らしく生きていく上で避けて通れない、いわゆる「生き方学」のようなもので、賢く生きるための知恵が詰まっています。ですから、哲学者が残した名言から学ぶことはとても大切です。


さてここ数年、バイトや転職探しなど求人サイトを紹介するテレビCMがとても多くなりました。ネットでもこれらの情報があふれています。
これまでのような終身雇用に対する信頼が揺らいできており、とくに若い人の間では就職しても数年のうちに積極的に転職する人が増えてきています。私の知っている中でも大半が転職しています。
昔は、大手銀行や企業に就職すれば生涯安泰と言われていましたが、バブル崩壊そしてリーマンショック以来、銀行や大手企業も倒産や合併、人員削減などで決して安泰とは言えなくなりました。
さらに最近では欧米のようにキャリアアップという考え方がだんだん根づいてきて、自分を磨いて力をつけ、業績のいい企業、条件のいい職場に転職する人が増えてきており、このような動きに拍車をかけているのが転職サイトです。


さて、今日の冒頭のアリストテレスの言葉、
「仕事を楽しむと、完璧な仕事ができるようになる」
はいつの時代も真理です。
自分の仕事をただ生活のためと思っていたり、自分に合っていないのにほかにないからと言って仕方なく、あるいはいやいやしていたのでは、ますますやる気はなくなるし、当然の結果として仕事のクォリティも下がり、自分でも満足いかなくなります。


これに対して、自分の仕事に誇りを持ち、さらにぞっこん惚れ込んで、魂を注いでやっていると、楽しくなり、クォリティも上がり、やがては「完璧」な仕事さえできるようになります。
もちろん、好きな仕事に就いていれば一番いいのですが、この世の中、なかなか何もかも自分の思いどおりになるというわけにはいきません。
ならば、置かれている状況の中で、与えられている仕事に最大限自分自身を投入する(コミットする)という生き方もまた素晴らしいことです。そこから仕事に対する愛情もわき、クォリティが上がることにつながります。


そして、このことは仕事に限らず、あらゆる人間関係や子育て、趣味の世界に至るさまざまな分野にも当てはまります。
要はコミットすること、すべてはここから始まります。
完璧を求めるならコミットすることです。


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競うことが好きだったら、絶対に負けることはない

2018.04.26日
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あなたがオリンピック選手だったとしましょう。あなたに勝てると目されるただひとりの選手が体調不良で試合に出られないということがわかりました。あなたはこの幸運を喜びますか?それとも最高の対戦選手が出られないということにがっかりしますか?


もし本当にスポーツを愛し、そしてスポーツの本質を理解しているならあなたはがっかりするはずです。
モントリオールオリンピックの競泳で4つの金メダルを取ったジョン・ネーバー(1956-)は、自分の最高のコンディションのときに最高の競争相手に勝つことを求めるのが本物のスポーツマンだと言っています。
そう、確かにこのような試合では勝つのはより困難になり、勝つ見込みも少なくなります。でも、そのほうが試合はより素晴らしいものとなり、勝利はさらに意味のあるものとなります。
勝利者になることが本当の勝利ではなく、最高の選手になることが勝利なのです。


テニス、あるいはどのようなスポーツをしていても、簡単に勝てる相手と対戦するか、それともあなたに持てる限りの力を発揮させるような相手と対戦するのか、どちらが本当に楽しいと思いますか? おわかりでしょう。もちろん誰でも試合に勝とうとはしますが、スポーツの醍醐味は、勝とうが負けようが試合を楽しむことにあるのです。


スポーツ競技は決して戦争ではありません。闘う相手もまたあなたと一緒にプレイしている人で、決して敵ではありません。
競争(英語でcompetition)という言葉は、ラテン語の competere から来ていますが、この言葉の意味は「同じ目的に向かって一緒に努力すること」であって、「互いに闘う」ではありません。
あなたの持っている力を最高に引き伸ばしてくれる相手に感謝しなければなりません。競争相手憎むのではなく、尊敬しさらに好きになるなら、スポーツはよりいっそう健全で楽しいものとなります。


あなたと同じぐらい、あるいはあなた以上に優れた相手と競い合うなら、いつも勝つとは限りませんが、決して負けることはありません。

マイケル・ジョゼフソン
(訳 舟田譲二)


元広島カープの強打者、「鉄人」衣笠祥雄さんが23日亡くなりました。
デッドボールを受けたバッターが帽子とバットを投げ捨てて、鬼面相でピッチャーのほうに駆け寄り、両軍の選手が大乱闘になるシーンを見ることがあります。
しかし、連続出場の記録を続けている中、衣笠さんはデッドボールを受け肩甲骨を骨折した日、試合後相手のピッチャーが心配して電話をしてきたら逆に気遣って、「おれのデッドボールのあと、二塁打されたろ。動揺しちゃだめだ。君らしくない」と声をかけるなど、この人こそまさにスポーツ選手の鏡のような人です。


さて、この「競い合う」というのは、スポーツの世界だけではありません。
学生であれば勉強においてライバルの存在があります。
ライバルを敵視するのは、上のスポーツのケースと同じで間違っています。
職場における同僚などもライバルではあっても決して「敵」ではありません。仲間です。
兄弟姉妹や従兄など親戚なども同様。そもそも相手と自分を比較して、勝ち負けを競うこと自体が間違っています。
「人は人。自分は自分。みんな仲間!」


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なんである アイである Part4

2018.04.25日

森永製菓と言えば、やっぱり何と言ってもエンゼルマークですよね。
これは森永太一郎自身がデザインしたもので、1905年に商標登録されました。
以来少しずつ変わってきて現在のものになりました。


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明治38年版       昭和8年版       平成25年版


森永製菓広報によるとこのエンゼルマークの由来は、
「創業当時の代表的な商品であったマシュマロの別名『エンゼルフード』からヒントを得て、天使をモチーフとしました。子供たちに幸福と希望を与えるエンゼルは、菓子を通して子供の世界に楽しい夢を与えたいという創業者の志にぴったりと合致するもの」
といいます。


私はこの「マシュマロの別名『エンゼルフード』」に興味を引かれて少しリサーチしてみました。
その出典は聖書にありました。
「人は天使のパンを食べた。神は彼らに食物をおくって飽き足らせられた」
(詩篇 78:25)


これは、約400年間エジプトで奴隷状態に置かれていたイスラエル人(びと)が指導者モーセ(モーゼ)によって紀元前13世紀ごろ出エジプト(チャールトン・ヘストン主演の有名な映画『十戒』〔じっかい〕の出来事)した直後の出来事です。
イスラエルの人々は神に約束されたカナンの地を目指しますが、荒野をさ迷います。食べ物がないと言って民がモーセに不平を言ったとき、神が不思議な方法で40年にわたって食物を与えられました。それが上の「天使のパン」(angels' food)です。〔[パン]は今日のパンではなく、糧、食物の意味〕


以下にその前後の経緯を説明した聖書の箇所をいくつか引用します。


「そのとき主はモーセに言われた、『見よ、わたしはあなたがたのために、天からパンを降らせよう。民は出て日々の分を日ごとに集めなければならない。こうして彼らがわたしの律法に従うかどうかを試みよう』」
(出エジプト記 16:4)


「夕べになると、うずらが飛んできて宿営をおおった。また、朝になると、宿営の周囲に露が降りた。
その降りた露がかわくと、荒野の面には、薄いうろこのようなものがあり、ちょうど地に結ぶ薄い霜のようであった。
イスラエルの人々はそれを見て互に言った、『これはなんであろう』。彼らはそれがなんであるのか知らなかったからである。モーセは彼らに言った、『これは主があなたがたの食物として賜わるパンである』」
(出エジプト記 16:13-15)


「イスラエルの家はその物の名をマナと呼んだ。それはコエンドロの実のようで白く、その味は蜜を入れたせんべいのようであった」〔[せんべい]は英語ではwafer、日本語でお菓子のウエハースのこと]
(出エジプト記 16:31)


「マナは、こえんどろの実のようで、色はブドラクの色のようであった。民は歩きまわって、これを集め、ひきうすでひき、または、うすでつき、かまで煮て、これをもちとした。その味は油菓子の味のようであった」
(民数記 11:7-8)


イスラエルの人々は神が天から降らせたパンのような食物を初めて見たとき、「これはなんだ?」と言いました。「これはなんだ?」をヘブル語で「マナ」と言ったため、その食物は「マナ」と呼ばれるようになったのです。
このことから、神が天から降らせたマナを詩篇で"angels’ food"(天使の食物)と呼び、人がマシュマロを初めて作ったときにマナを連想して"angels’ food"と名づけました。


ちなみに、上のエンゼルマークの天使が手に持っているTMとはTrade Markではなく、Taichiro Morinagaのイニシャルです。
以上のことから、森永製菓のトレードマークに森永太一郎が天使の絵を描き、その下にTMと書いたのは、天使がマナ(マシュマロ)を持って天から自分のところに下ってきたのをイメージしたのだと私は思うのです。つまり、荒野でイスラエルの民が窮地にあったとき、天使の食物で救われたように、森永太一郎も天使の食物なる「マシュマロ」によって助けられた、という意味です。「子供たちに幸福と希望を与えるエンゼルは、菓子を通して子供の世界に楽しい夢を与えたい」というような単なる願いではないのではないでしょうか。
これは、神が天使を使ってマシュマロを自分のところに送ってくれたという彼の信仰の証、神の愛への感謝の気持ちです。


冒頭に挙げた森永製菓の広報による説明は、おそらく創業者森永太一郎の信仰を隠し宗教色を薄めている理由によるのではないかと思います。
太一郎は70歳で社長を退いて会長となってから天の神のもとに帰るまで、全国の教会を伝道講演して回りましたが、そのときの講演題はいつも、「我は罪人の頭(かしら)なり」(Iテモテ1:15)であったといいます。
このことからも太一郎の信仰が本物だったということが容易に推察できます。


太一郎をこのような偉大な人物にしたのは、まぎれもなく幼いころ叔父文左衛門から受けた商売道徳の教え、そして青年のときアメリカで出会ったクリスチャンの夫人を通してキリスト教に導かれて改心し、聖書の教えに忠実に従った彼の生き様そのものです。
神様は私たちに大小様々な試練をお与えになりますが、耐えられないような試練はお与えにならないばかりか、それと同時に脱出の道も備えていてくださっているのです(Iコリント10:13)。
そして、これも「新超ひも理論」ですべてつながっているのです。


「これはなんだ?(なんである?)」→「マナである」→「マナとはなんだ?」→「神が荒野でイスラエルの民を憐れんで40年間養ってくださった天使の食物で、神の愛の表われである」


だから
「なんである、愛である!」


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なんである アイである Part3

2018.04.24日

森永太一郎(1865〜1937)という人物をご存じですか?
「東洋の製菓王」と呼ばれた人で、森永製菓の生みの親、創業者です。


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森永太一郎は現在の佐賀県伊万里市で有田焼の陶器問屋の子として生まれました。6歳で父親が病没し母親とは生き別れとなり親戚の家を転々として孤児同然の少年期を過ごすことになります。学校にも通えず12歳まで自分の名前すら書けず、友達から侮辱されていました。
その後、太一郎は伊万里の陶器問屋をしている叔父にあたる山崎文左衛門商店に養われることになります。
太一郎は文左衛門から次の4つの商売道徳を叩きこまれました。
1.どんな場合でも、正当な商品だけを扱い、不正直なものを売買しない
2.目先の利益に釣られて、粗末な品物を扱わない
3.正直と信じてつけた値段は、お客様から何と言われても下げない
4.仕事を急がず、10年を一区切りと決めて堅実にやる


太一郎は文左衛門のもとで上の4ヶ条を心に刻みつけ、メキメキと力をつけて成長していきます。
文左衛門が学問に理解があったことから、幸い勉強することも許されました。負けん気だけは人一倍強かった太一郎は仕事に勉強にと一心不乱に頑張りました。


1888年、23歳のとき太一郎はもう一人前の商人になっていましたが、九谷焼きをアメリカに飛び込みで売ることを決意しました。それは、昔お世話になったことのある九谷焼きの商店をしている店主が、問屋との関係が悪化して取引きが中止となり、資金繰りは行き詰まり借金取りが押しかけてくる中で、困り果ててって若いがしっかりしている太一郎に泣きついてきたのです。
太一郎は今こそ店主に昔の恩を返すチャンスと思い何か打開策がないか必死に考えました。この商店は主に九谷焼きを外国商館に売っている。残った九谷焼きを直接アメリカで売れば手数料を払わずに済み、その分利益を見込めると太一郎は思いつきました。


勇んでアメリカに乗り込んだ太一郎ですが、九谷焼きは全く売れませんでした。かたことの英語ではコミュ二ケーションもまともにとれません。遠い異国での挫折は身にこたえました。借金だけかかえてこのまま日本に帰るわけにもいきません。ぼう然と街をさまよい歩き、疲れ果てて公園のベンチに腰を下ろしました。
ちょうどこのとき60歳ぐらいの上品な顔立ちの婦人が通りかかり、話しかけてきました。
「グッド・アフタヌーン」。太一郎もとっさに「グッド・アフタヌーン、マム」。
婦人はハンドバッグからキャンデーを取り出し、「プリーズ」と太一郎に差し出しました。
「サンキュー、マム」と応えて、キャンデーを頬ばりました。とろりとした甘味が口中に広がり「うまい!」と思わず叫びました。このような美味しい菓子を日本では食べたことがありませんでした。
この瞬間に「洋菓子の職人になろう。洋菓子の製造技術を習得して帰国し、洋菓子を安い値段で日本人に提供したい。この分野のパイオニアになろう」と太一郎は決意します。


菓子工場で働こうと彼は必死で仕事を探しますが、当時のアメリカは黒人だけでなく東洋人もひどい差別を受けていて仕事など見つかるわけありません。でも太一郎はあきらめず、アメリカ人の家のスクールボーイ(下男)となって一生懸命真面目に働きます。
家を転々としていたある時、公園で以前キャンデーをくれた夫人と再会し、彼はその夫人の下でスクールボーイとして働くことになります。この婦人は夫婦共々信仰深いクリスチャンであったことから、彼は信仰を持つに至り、洗礼を受けます。このとき太一郎は「熱狂的情熱が猛然と沸き起こり、勇気100倍」になったと言ったそうです。


太一郎は菓子職人になる夢を捨て、キリスト教の伝道者になる夢を抱いて帰国しました。彼は日本に帰ると、即座に親族や兄弟に伝道しました。しかしそのような太一郎を見て、人々からは「太一郎はアメリカで頭がおかしくなった」と言われました。育ててくれた岩崎家からも離縁されてしまいました。彼は伝道者になることにも失望し、再度アメリカに渡り、洋菓子作りの学びを続けました。


パン屋の下職からベーカリー、さらにキャンデー工場などでのべ12年間アメリカで修業した太一郎は洋菓子造りの技術を身につけることができたので帰国して独立開業することにしました。
東京の赤坂溜池でわずか2坪(畳4枚分)の作業場兼店舗を開き、「森永西洋菓子製造所」の看板を揚げました。明治32年8月、太一郎35歳の時でした。


そして最初に製造したのはマシュマロでした。
夜の明けないうちに起きてマシュマロを造り、それを風呂敷に包んで、東京中の菓子屋を訪ね歩きましたが注文は全く取れませんでした。「こんなフワフワしたものはとても売れんよ」「口に合わん」と断られます。次にキャラメルを造ってみましたがこれまた売れず、販路開拓は苦難の連続でした。落胆しましたが、熱心なクリスチャンとなっていた太一郎はすぐにマタイ伝の中の一節「天は空飛ぶ鳥さえ飢えさせぬ。ましてや万物の霊長たる人間の誠さえ踏んでいくならば、飢えることなどあるべきものではない。天は何人でも、働く者には必ず衣食の糧を与えられるものである」を思い出し、自身を奮い立たせます。


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2ヶ月経ってようやくマシュマロが売れ、それからは太一郎の地道な営業活動が少しずつ実り始め注文は徐々に取れるようになりました。
当時、商品を入れる箱は上げ底になっているのが当たり前でした。しかし太一郎は正直をモットーとしていたので、量を多く見せる上げ底には反対し、小売店や卸売店の要求も断って自らの意志を貫きました。
また、売行きの良いウイスキーボンボンとリキュールボンボンは、「柔らかい頭脳に害を与えるので、本場のイギリスではもう造られていません」と女学校の先生に指摘されると、その日のうちに製造を中止しました。
日本の高温多湿の風土で製品が傷み、返品の山を抱えることがありましたが、返品のあった得意先へはすぐに新品を無償で届けて信用回復に努めました。
太一郎のこうした商道徳は、彼の信用を高め「森永は商人道を心得た男だ」と評判が立ち、取引きを望む小売店が続出していきました。


このほかにもいろいろな苦労や試練が続きましたが、太一郎は幼い頃叔父から教えられた商売の4ヶ条とクリスチャンの精神で成功を収めていきました。
彼のモットーは「商売は正直でなければ栄えません」でした。


このようなとき、1923年(大正12年)9月1日正午前に関東大震災が起きました。
太一郎は、全力を挙げて被災者を救おうと決め、翌2日には女子社員を招集してビスケットをキャンデーの袋に詰めて6万袋を作り、ミルクキャラメル10万箱をトラック8台に積んで避難していた人達に配りました。
別のところではドーナッツを配り、コンデンスミルクを溶かして通行人に一杯ずつ配りました。これは一日で5万人分にもなりました。
3日には、内務大臣を訪れ、「5万円を寄付しますので、その分だけ政府の米を出してください。私達の方で被災者に配ります」と申し出て被災者に配らせました。8日まで続けられその量は76石8斗(11.5トン)にもなったといいます。
この間、太一郎とパートナーの松崎は玄米の握り飯に梅干し、たくあんという粗末な食事で陣頭指揮をとり続けました。森永製菓は神奈川、千葉、埼玉、静岡、山梨の5県に計2万円寄付しています。


太一郎は聖書の教えを実行したのです。
「善意の人は祝福を受ける。
自分のパンを寄るべのない者に与えるから」
(箴言22:9)

「偉人のエピソード逸話集」より一部抜粋・編集加筆)


マシュマロの話の実話です。
さらにこのマシュマロがどのようにして「なんである アイである」につながるのか、それは明日のPart4のお楽しみ。


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なんである アイである Part2

2018.04.23日

「マシュマロ実験」ってお聞きになったことありますか?
(以下は「All About 子育て・キッズ」より一部抜粋)


今から40年以上前のアメリカのスタンフォード大学で、マシュマロ実験は行われました。対象は、当時4歳の子供達186人。


子供たちは1人ずつ教室に通され、椅子に着席。机の上には1つのマシュマロが置いてありました。実験者は子供にこう伝えます。
「私はちょっと用事があるので、部屋を出るね。このマシュマロは君にあげるけれど、私が戻ってくるまで食べるのを我慢していたら、マシュマロをもう1つあげるよ。でも、私がいない間にそれを食べたら、2つめはないよ。じゃあ15分したら戻ってくるね」


果して、子供たちは魅力的なマシュマロを前に、どう行動したのでしょうか?
結果は、3分の2の子はマシュマロを食べ、3分の1の子が食べずに待っていました。


「マシュマロをいつ食べたっていいんじゃない?」
確かにそうなんですが、この実験者はその後、あることに気づいたのです。4歳のときの「食べる」「食べない」の決断が、その子の将来にも引き継がれているのではないかということを。


18年後、つまり、その子たちが22歳のとき、追跡調査が行われました。すると、予想通り、次のような相関が見られたのです。
・4歳のときの自制心の傾向は、18年後も続いていた
・マシュマロを食べた子よりも、食べなかった子の方が学業成績が良かった
そして2011年(45歳のとき)、さらなる追跡調査が行われ、この傾向が人生の半ばまで続いていることが分かりました。


学校の成績と比例するものといえば、真っ先にIQを思い浮かべる方が多いと思います。IQと知的学習能力はこれまで存分に研究されてきた分野。それゆえ情報も多いのですが”自制心”と”学力”は近年になって分かってきた関係です。


IQと自制心、どちらも高ければ、親としては万々歳ですが、実際には、IQは低くても自制心の高い子はいるし、IQが高くても自制心が低い子はいます。最近の研究で分かってきたのは、その子の成績をより正確に予測できるのは、IQ以上に、自制心だということなんです!


自制心の育みは、当然ながら、我慢や待つことが求められます。
「子供には我慢をさせたくない」
「子供の欲求は全て叶えてあげたい」
と思う方もいらっしゃるでしょう。


ここで大事なのは、「甘えさせる」と「甘やかす」の線引きです。言葉が似ていることもあって、混同しやすいのですが、両者はまったくの別物。
・「抱っこして」という子供の気持ちを無視したり、「一緒に遊んで」というのに拒絶したりというのは、甘えたい気持ちを拒否してしまっていることになります。
・「レジで泣かれてガムを買ってあげた」「テレビを消すとぐずるので2時間見せてしまった」「まかせると時間がかかるのでやってあげた」などは甘やかしです。


このマシュマロ実験の様子を表したのが下の動画です。



いかがですか?
このマシュマロ実験、昨日の記事に書いた
「愛だけだと甘やかしてしまい、犬は飼い主の言うことを聞かなくなる。
かと言って厳しい訓練だけだと犬は飼い主の愛情を感じず、自ら進んで言うことを聞かなくなるのです。
これは私たちの子育てや教育にも共通する教えです。


「若者をその行く道にふさわしく訓練せよ。
そうすれば、年老いても、それから離れない」
(箴言21:6)」


この訓練は、子どもや金成さんの場合の犬にとっては当座は喜ばしいものとは思われませんが、愛の動機から出ていることが後になって本人にわかるようになるものです。
「なんである、愛である!」

とそっくりではありませんか。


話はまだ終わりません。
マシュマロの話が実話として、明日のPart3に続きます。
乞うご期待。


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なんである アイである

2018.04.22日

「なんである、アイデアル」は、往年の人気俳優・コメディアン・マルチタレントの植木 等さん(1926-2007)が1963年に大ヒットさせたテレビの5秒CMのキャッチコピーです。
私もこれを毎日のように見て、当時斬新的なアイデアだった折りたたみ傘を親にねだって買ってもらい、通学にずいぶん重宝したものです。持っていない友人はいないというぐらいヒットしました。
今だったら間違いなく「流行語大賞」になっていたでしょう。



今日のテーマは「なんである、アイである」ですが、もちろん傘のCMではありません。


ロス滞在中の1週間ちょっと前、「いっちゃれば ちょーでー」の中でご紹介した親しい友人の金成さんのジャーマンシェパード2頭のうちの大きい方、雄のリオの話です。
リオは警察犬のようで見た目はとてもいかついのですが、よその犬にもそして人にも懐こく、3歳児が手を出して頭や体に触れても平気なとても優しい犬です。普段は家の裏庭でもう1頭のジャーマンシェパード、妹のようなアディと一緒にプロレスをしたりしてひっくり返ってじゃれ合う陽気で元気な犬で、よく訓練されています。
ただひとつ、リオはフードアグレッシブという問題を抱えています。食事中、たとえ飼い主でも近くに寄ると食べ物を取られると思って攻撃的になり、「ウー、ウーっ!」と唸って、ときには噛みついてきます。金成さんはこの 1年で3回噛まれました。1か月ほど前には手首を噛まれ4針縫う大怪我をされました。


私がロスを訪問するということを知った金成さんはぜひとも私と一緒に車でラスベガスの鶴田先生の教会に行きたい、往復の車の中でたっぷり話したいと願っていらっしゃったのですが、直前にこの事件が起こってかなり意気消沈し、リオを番犬として必要としているよその家にやることを真剣に考え、家族にそのことを伝えました。
ところが、リオを見つけて家に連れてきた奥さんのレズリーにとっては自分の可愛い子のようなもので、相当なショックを受け、次女のジョイさんは聞いて泣き出しました。
それでも金成さんは最終的には家族を半ば強引に説得して、犬の訓練でお世話になっていた訓練所へ引き取ってもらうようお願いに行きました。


ところが、金成さんは奥さんとジョイさんのことが心に引っかかって平安がありません。
私(舟田)を迎えるような状況ではない、とかなり悩んでいらっしゃったそうです。


ところがそのとき金成さんは思い出したのです。お気に入りの映画 ”Seabiscuit”(『シービスケット』)はこれまで何度も繰り返し観ていますが、リオに噛まれるちょうど2〜3日前に観たシーンのセリフが突如よみがえってきたのです。
シービスケットは競走馬の映画です。その中で、骨折をしたある競走馬を面倒見ている調教師トムに、ある人がこのように尋ねます。「どうしてそんな馬を面倒見ているのだ?」。競走馬は一度骨折すると通常安楽死をさせるからです。ところが、そのとき調教師トムはこのように答えます。
“You don’t throw a whole life away just ’cause he’s banged up a little.”
「ちょっと怪我をしたぐらいで命まで捨ててしまうもんじゃない」


この言葉によって、金成さんはRioを手放す考えを改めて、家族に謝り、フードアグレッシブの矯正トレーニングを続ける決心をします。
このときトレーナーから教えられたレッスンは、
「犬の調教には愛と訓練の両方が欠かせない」
ということでした。


金成さんはほかにもいくつか大きな問題を抱えていらっしゃいましたが、不思議なようにすべての問題が解決し(全面解決ではなくまだ進行中のものもありますが)、私を迎えることができるようになった、とおっしゃっていました。


愛だけだと甘やかしてしまい、犬は飼い主の言うことを聞かなくなる。
かと言って厳しい訓練だけだと犬は飼い主の愛情を感じず、自ら進んで言うことを聞かなくなるのです。
これは私たちの子育てや教育にも共通する教えです。


知恵の格言集の真髄とも言える聖書の箴言は、イスラエルの王ソロモンによって書かれました。ソロモン王は古今東西を通じて世界最大の知者と言われています。
その中の1節に次のような言葉があります。
「若者をその行く道にふさわしく訓練せよ。
そうすれば、年老いても、それから離れない」
(箴言21:6)


この訓練は、子どもや金成さんの場合の犬にとっては当座は喜ばしいものとは思われませんが、愛の動機から出ていることが後になって本人にわかるようになるものです。
「なんである、愛である!」


話はここで終わりません。
明日のPart2に続きます。


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珍入者発見!

2018.04.21日

「ピンポーン!」
昨日の午後、ドアホンが鳴りました。
モニターに映っているのは見知らぬ若い女性。
出てみると、私の家の建設会社の営業の方。名刺を手渡し自己紹介して、
「前回、防蟻工事をしてちょうど10年になりますので、もうぼちぼちどうかと思いまして...」
と言いながら、「ハッ!」とした顔をします。
門塀を指さして、「これは何でしょう?」
外に出てみると、門塀に小さな青い虫がいます。
営業の方がおっしゃいました。
「何かの幼虫ですね。ちょっと見たところ10匹ぐらいいらっしゃいますよ」


「いらっしゃいますよ」と、敬語を使われたのに私は思わず「ぷっ!」と小さく吹き出しました。
客の家の青虫に敬語を使われる! そうか、営業の人というのはこういうものなのか... なんと奥ゆかしい日本語。
いやいや本当は違うでしょ。
恩師、金田一春彦先生の『日本語』という本を学生時代に読んだとき、中国語にはこのような敬語があると書いてあったのを思い出しました。
「先生のお宅のおネズミさんが天井裏を走っていらっしゃいますよ」のような。
でも、日本語にはこのような敬語はありません。


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営業の方が帰られて、門塀を見ると確かに10匹ほどいました。
家に戻り殺虫スプレーをもってきてかけると縮こまってころころと下に落ちていきます。
これで終わったと思って門塀の裏側に戻るとまだいます。
スプレーをかけながら移動していくと、まだまだずーっと家の裏の方まで塀の上にいっぱいいるではありませんか。
全部終わったかと思うと、表にまた新しいのがいて、結局全部で40〜50匹ぐらいいらっしゃいました(笑)。どうやらこの「珍入者」、隣の家の庭から出て塀伝いにうちに入ってきたようです。


私はこの青虫や毛虫を始め、ミミズ、蛇、トカゲ、イモリ系のウニュウニュ、ニョロニョロしたものが子どもの頃から苦手です。
殺虫剤で殺しながら、夏にはチョウに変身する青虫を果たしてこのように殺していいものなのかと自問しました。娘は人に危害を加えるもの以外を殺すことにはいつも反対します。
でも、猫の額ほどのうちの小さな庭に去年植えてあったキャベツがあっという間にこの青虫に全部食い荒らされたことを思い出しました。
念のため、ネットで青虫を検索して調べたところ、
「青虫を見つけたらすぐに駆除しよう」と書いてあるのを見て、ホッとしました。
それから家の中に戻ったのですが、服や首筋についていないか、と思うと痒くなってきて、服を手で払ったりしました。
そのときよみがえってきたのが下の笑い話。


「パパ」
「トミー、食事中はお話ししてはいけません」
「でも...」
「食事が終わってからにしなさい」
(食事が終わって)
「トミー、さっきは何を言おうとしたの?」
「青虫って食べられるの?」
「青虫なんて食べられないに決まってるじゃないか。なんでそんなこと聞くの?」
「パパのサラダに青虫が入っていたんだけど、パパ食べちゃったよ」

(訳・改編 舟田譲二  "10,000 JOKES TOASTS AND STORIES" より)


ゲッ! ちょっと考えただけでぞっとする!
でも、そう言えば、いつだったか食べていたサラダのレタスに青虫がついていたぞ。
あのとき食べなかっただろうな...


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『つもり』と『結果』のギャップを埋める

2018.04.20日

“Commitment with accountability closes the gap between intention and results.”
ーーSandra Gallagher, Author and Speaker
「責任にコミットすると、『つもり』と『結果』のギャップを埋める」
ーーサンドラ・ギャラファー、作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


「結果にコミットする」というのは、今流行りのライザップ社(パーソナルトレーニングジム)CMのキャッチコピー。
「希望した結果が出ることを約束します」というような意味。
このシリーズのCMを初めて見たとき、画像編集してあると思ったほどでした。
ダイエットでよく見るような病的な激痩せではなく、本当に美しい筋肉美。
単なる筋力トレーニングではなく、食事指導から生活習慣に至るまでトータルで夢の実現にライザップがコミットする。じつにすごいことです。


「責任にコミットすると、『つもり』と『結果』のギャップを埋める」
ですが、これはもちろん人が助けてくれるわけではなく、自分でしなければならないことです。


人は何かで失敗したり、うまくいかなかったりすると、「〜するつもり」だったけどうまくいかなかった、「〜するつもり」はなかったけど思わぬ結果になった、という言い訳をします。
すなわち、結果が出なかった、あるいはもっと正確には「いい結果を出せなかった」ときの言い訳です。
これの原因は、もちろん自分自身の「責任感」の欠如です。
ですから、「責任にコミットせよ」「自らの言動に責任を持て」というわけです。


最近の政治家や官僚などの失敗を見ているとまさにこれです。
しかし同時に、自分自身を省みると、人のことをとやかく言う資格はない。自分も大なり小なり同じようなことをしている、ということに気づかされます。


私自身、今回の2週間半のアメリカ訪問の旅に際して、判断が甘かった、責任感が欠如していたと言わざるを得ません。
ここ数年、全身の痛み、夜間の体の火照り、睡眠障害などを経験し、いくつかの病院で精密検査をしてもらいましたが異常が見つかりませんでした。
でも、ネットや本などで自分で調べていくうちに、さまざまな症状や状況からどうやら線維筋痛症らしい、ということがわかりました。
そして最後に訪れた病院でそのように診断されました。
日本ではあまり認知されていない原因不明で治療法もわからない難病のひとつです。
しかし、アメリカに行くとほぼ全員の方が知っておられて驚きました。
なんでもテレビで処方薬のCMを盛んにしているそうです。ということは、かなりの数の患者がアメリカ国内にいるということです。


それはさておき、私の今回の旅行に際して判断が甘かったのは、出発前1週間ほど痛みがそれほどひどくなかったこと、そして痛み止めの処方薬と医師に処方された経皮吸収鎮痛・抗炎症湿布薬を携行しているから大丈夫、というものでした。
ところが想定外のことが起きました。それは10〜11時間に及ぶフライト中、座った状態で同じ姿勢を続けることによるエコノミー症候群という身体への影響を考えていなかったことです。
そのため、到着した時から背中が痛み始め、滞在中もずっとお世話になった家の方に毎日湿布薬を貼ってもらったり、また教会の知り合いのみどりさんのお嬢さんがフィジカルセラピストをしていらっしゃるということで厚かましくも2度も施術を受けたり、携行した湿布薬がなくって新たにいただいたりして、終始周囲の方々にご心配をおかけしてしまいました。


IMG_2879.jpg
(いただいたサロンパス。アメリカでもサロンパスは有名でした)


そして、帰路は足が伸ばせる最前列でしかも通路側の席を取ってもらって、30分〜1時間おきに立ち上がって通路を歩いたり、背中の屈伸運動などをしていたのですが、やはり途中から徐々に痛くなり始め、一昨日はすぐにかかりつけの医者に行きリハビリを受けましたが、昨日などは痛みのため一日中ベッドで寝ているはめになってしまいました。


今になって考えてみれば、ほかの人には分からない自分の身体のことは、自分自身で責任を持つという判断ができていなかったと言わざるを得ません。
多くの方にご心配、ご迷惑をおかけしましたことを心よりお詫び申し上げます。
しかし、痛みの代償として、この旅行からは大勢の方のご愛をいただいて、数えきれないほどのことを教えられ、たくさんの恵みと祝福をいただきました。
痛い目はしたものの、それに余りある祝福を神様からいただいたので、ご迷惑をおかけした方々には申し訳ありませんでしたが、総合的にはすべてを相働かせて益としてくださる神様に感謝しています。
でも、今後はこのような「つもり」と「結果」のギャップを埋めるべく、自らの判断、言動に責任を持つようにすることを心に決めました。


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♪大きいことはいいことだ!

2018.04.19日


1967年に森永製菓から売り出された「エールチョコレート」。
「♪大きいことはいいことだ(ソレーッ!) ♪おいしいことはいいことだ ♪いいというのはいいことだ(ソレーッ!) ♪50円とはいいことだ (50円の板チョコ) ♪森永エールチョコレート」というCMソングはお茶の間の大人気になりました。きっと覚えていらっしゃる方も多いのではないのでしょうか?


「今までの日本は、小さな幸せ、慎ましやかな幸せが美徳とされてきました。これまでにない速さで経済大国の道を歩みつつあるこれからは、もっとのびのびと胸を張って、大きいことはいいことだと主張しよう」というコンセプトのもと、森永製菓ではよそのメーカーのチョコレートよりも少し大きめで、価格を他社より少し高めの50円に設定。今日の価格に換算すれば250円とかなり高めです。
ちなみにこの「エール」という名前、当時私は知りませんでしたが、英語のyellで「叫ぶ」「大声を上げる」「声援(エール)を送る」からきています。


世界の景気が良かった頃、そして日本も高度成長期だった頃は何でも「重厚長大」がもてはやされましたが今や「重厚長大から軽薄短小へ」へ変わってきています。
ただ、今回アメリカに3週間ほど行ってきてつくづく感じたことは、この国はやっぱり何もかもが「重厚長大」だということ。先日の記事「アメリカの大きさ」には、大型トレーラーの長さが23mから30数m、貨物列車の全長はなんと2km〜7kmと書きましたが、とにかく本当に何もかもがデカい!
こんな大きい大型トレーラーが街の中を走るのですから道路幅も広く、普通でも片側2車線、ところによっては3車線。フリーウェイ(高速道路)は片道4車線から6車線。
二階建てバスの2両連結なんていうのもあります。これには度肝を抜かれます。


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ゴミ収集車も日本の3〜4倍ぐらいありそうです。


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スーパーに売ってるピクルス(漬け物)のビンが1ガロン(3.78L)。
食べる食事の量もハンパないです。「45年ぶりの再会」でミホコさんご夫妻にご馳走していただいたミートローフは日本の3〜4倍の大きさ。


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息子の直人がアパートに置いているウォーターサーバーのリターナブルボトルの容量は5ガロン(19L)。日本の灯油のポリタンクが18Lですから、大きさがわかります。私にはこれを持ち上げてウォーターサーバーの上に載せることなどできません。
人の大きさにも圧倒されます。1m90cmから2mを超える背の高い人や相撲取り並みの人がいくらでもいます。アメリカでは私などまるで小人みたいなものです。
そんな大きい人が住んでいるから家も大きい。


お土産に買ってきた板チョコ(これはアメリカでも特大)は縦12.5cm横23.5cm厚さ1.7cm、重さ500g。日本の板チョコの平均が50gですからその10倍。エールチョコレートの比ではありません。しかも、アメリカの優良食料品スーパーのトレーダー・ジョーズ向け専用でチョコレートの本場ベルギーが作っているものなので、食べてみたら美味しいこと。その上、安いからこんなものや量の多い食事を毎日食べていたらアメリカ人は大きくなるわけです。


IMG_2949.jpg


でも、なんでも大きいのがいいというわけではありません。
大きいのがいいものがひとつあります。
それは「人の心」です。
今回のアメリカ滞在中、一番強く感じたのはまさにこの「人の心の大きさ」でした。
これはホントに
「♪大きいことはいいことだ!」
です。


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友達は生きている間ずっと寄り添ってくれる天使のよう

2018.04.18日

今日のテーマは「友達は生きている間ずっと寄り添ってくれる天使のよう」です。

「親を切るのがなぜ親切なの? Why? Japanese people!」とアメリカ人お笑いタレントの厚切りジェイソン。
もちろん、親を切ったら傷害罪、もしくは親が亡くなったら傷害致死罪や殺人罪に問われるので「親切」どころではありません。


「親」は「親しい」「身近に接する」という意味で、「切」は刃物をじかに当てるように「身近である」「行き届く」という意味がある。
つまり、身近に寄り添い、行き届くようにすることが「親切」の意味である。
(『語源由来辞典』より)


英語では「親切」に当たる言葉は一般に”kind”が一番知られていますが、”hospitable”という言葉もあります。
この”hospitable”と”hospital”は同語源でラテン語の hospes=a host, hostess(主人、客)からきています。
hospital については「なんという不思議な巡り合わせ」に書いたように、病院の医師を始め皆さんが本当に「手厚いもてなし」をしてくださいました。
同じ語源から生まれた言葉で私たちみんながよく知っているホスピスもそうです。
hospice
(修道院などの)宿泊所、収容施設


ほかに、
hospitable
「好意的な、手厚くもてなす」◇L.hospitare(=客をもてなす) (-ableは形容詞を作る接尾辞)
hospitality
「歓待、手厚いもてなし」 (-ityは名詞を作る接尾辞)
hospitalize
「入院させる」 (-izeは動詞を作る接尾辞)
inhospitable
「ぶあいそうな」 (in-は反対の意味を表す接頭辞)
など、たくさんあります。
(以上、『英・語・源』より)
ちなみに、私はこのような方法で英語を勉強して楽しみながら身につけました。
語源や接頭辞・接尾辞などから学ぶ英語は楽しいし、語彙力を一気に増やすいい方法ですよ。


昨日、ロサンゼルスより無事帰国いたしました。
お一人おひとりのお名前をあげてお礼を申し上げることができませんが、今回お世話になった大勢の方々のhospitality「歓待、手厚いもてなし」には、ただただ頭が下がる思いです。
「いっちゃれば ちょーでー」で新たにきょうだい、お友達になってくださった方々にも心より感謝いたします。


泊めていただいたレスリーの家の寝室にこんな飾り皿がありました。


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「友達は生きている間ずっと寄り添ってくれる天使のよう」


また、私がロスに行けるよう仕事面で取り計らい犠牲を払ってくれた正人、萌さん始めアカデミーの先生方、妻の貴子と娘のさりにも感謝します。
最後に「はじめまして。わたしがグランパよ!」♪と初孫の斗史希くんに声をかけるチャンスを作ってくれた直人と恵利紗さん、そして同行してくださった恵利紗さんのママ、そして主役の最高殊勲賞の斗史希くんに心から感謝します。
神様の豊かな祝福が皆さんお一人ひとりの上に豊かにありますように。


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ロス滞在最後の日

2018.04.17日

昨日は朝、直人と恵利紗さんがインターンシップでお世話になっているライトハウス・コミュニティ・チャーチの礼拝に行ってきました。今、泊めてくださっているレスリーも妹さんご夫妻もこの教会に通っていらっしゃいます。


午前中2回目の礼拝の前にバスケットコートのある広いジムに1回目の礼拝が終わった人と2回目の礼拝に来た人たちがコーヒーを飲みながらハグしたり握手したり挨拶を交わしたりしながら、立ち話ししています。


IMG_2881.jpg


11時少し前に礼拝堂に入ると、日本から来た私にはまるで映画館のように感じられる雰囲気の作りです。
礼拝が始まると同時に、鶴田さんの長男、ダイチ(「楽しい時間はあっという間に」)がリードするバンドの演奏が始まりました。もうまるでプロのようなクオリティです。彼のキーボード演奏と賛美、そして歌詞が本当に素晴らしい。
私も一緒になって歌いながら酔いしれました。
メッセージが始まるまでに、何人もの人がステージの上でお祈りします。


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日系人のGavin(ギャビン)がメッセージを始めましたが、その語る言葉はわかりやすく、例話も本人の実生活の中からでとても親しみやすく、聞いているうちに引き込まれていきます。でも、その中にしっかりとした聖書の学びが入っていて、恵まれると同時に多くのことを教えられます。


礼拝が終わって、ジムでコーヒーをいただいていると、メッセージしてくださった先ほどのGavin牧師が声をかけてくださり、インターンの直人の父親ですと自己紹介すると、開口一番「この度はお孫さんのお誕生おめでとうございます」と言って、教会の中を案内してくださいました。


ジムの裏側には、幼児から小学生、中学生などいくつものサンデースクールの教室が並んでいます。
そして牧師のオフィスにも案内してくださいましたが、入口近くの人が出入りしやすいところに位置しています。
この教会には、エルダー(長老)とよばれる教会の中心リーダーの牧師が5人、それに加えて、フルタイムの牧師が7人、パートタイムのインターンが7人。Gavin牧師は普段は説教担当ではなく、総務と海外宣教担当のエルダーだそうです。


15年前に開拓を始めて、7年前に現在のこの会堂に移ったそうです。この会堂は空き倉庫だったところを、自分たちの目的に合わせて設計し内部を改装されました。改装費用はなんと150万ドル(約1億6500万円)。建物はリースしていて毎月の支払いだけでも数百万円。
教会はここ数年、年間平均15%の成長で、20代から40代の若い世代の人たちが中心。
UCLAやUSCという全米でもトップクラスの学生がカープールして大勢来ていて、卒業して就職したあともそのまま教会につながっているそうです。現在子供も含めると1000人近い人がいて、日曜日の3回の礼拝でも足りず、隣の空き倉庫のリースを考え中といいます。
この写真の周囲に広大な駐車場があります。


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教会を出て直人のアパートに戻ると、写真家の真理さんが来てくださっていて、たくさん写真を撮ってくださいました。


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恵利紗さんのママが用意してくださったイクラの親子丼をいただきましたが、これがまた美味しい!
斗史希もお腹を空かせてママから、そしてその後パパからミルクをもらってお腹がふくれると満足してまたスヤスヤ。「食っちゃ寝」ならぬ、「飲んじゃ寝」。これが斗史希の今の仕事です。でも運良く、目を開けた瞬間を撮ることができました。


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夕方、またいずみさんのお宅にお邪魔しました。最後のお別れのご挨拶ですが、GVBCの大里牧師ご夫妻とお嬢さんを始め、若い方が中心に集まってくださいました。同時に、斗史希くんの初お披露目です。
いずみさんとご主人のエドさんの手料理をご馳走になりながら、また楽しいひと時。
お礼にゴスペルマジックとメンタルマジックをご披露したところ、皆さんとても喜んでくださり、やった甲斐がありました。


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レスリーの家に戻り荷造りを終え、寝る準備をしていたらレスリーが声をかけてくれて、別れを惜しみながらしばらく教会のこと、アメリカの政治のことから日常生活のことなどいろいろと話し、床(ベッド)に就きました。


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もっとこっちにいたい〜

2018.04.16日

昨夜はまたいずみさんのところに泊めていただきました。
そしてお昼は、いずみさんにご主人のエドさん、エドさんのお父さんと一緒にFour Seasons Buffet(四季のビュッフェ)という名前のまたまた食べ放題のアジア料理店に連れていただきご馳走になりました。
店内は満員で、あちらこちらで客同士、あるいは客と店員がハグし合っていてとても賑やかです。入り口入ったところの結構広い待ち合い所にも人があふれています。次から次へと絶えず新しいお客さんが入ってくるところから見て、かなりの人気店のようです。
日本のお寿司から中華料理等いろいろなものがあり、案の定これがまたどれも美味しい。
私は2回お代わりしてデザートをいただいたらもうお腹いっぱい。


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食事が終わってからちょっと高台の高級住宅街のある丘の上に連れていただきました。
頂上からはロサンゼルスダウンタウン、サンタモニカビーチ、そしてずーっと南のほうまでぐるりと広大な太平洋が一望できる絶景です。
いずみさんのご自宅に戻ると、GVBC(ガーデナ平原バプテスト教会)のメンバーの方々が何人か来てくださって3時過ぎから5時半くらいまでお茶と交わりの時間。
皆さんがそれぞれ自己紹介をして信仰に至ったいきさつなどを語り、楽しいひと時を過ごさせていただきました。


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夕食は直人のところに戻って今度は純和風手巻き寿司のご馳走。
斗史希がお腹をすかして泣き始めると、恵利紗さんが「は〜い斗史希く〜ん、ごはんの時間ですよー」と言ってお乳を上げ、それだけではもの足りなくて泣き始め、今度は人工乳。これは直人の係。


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オムツ替えも直人の係。
とてもいいパパぶりです。
私が直人を抱いて人工乳を飲ませ、オムツ替えをしていたのがついこの間だったと思っていたら、いつの間にか世代交代しています。
斗史希は食欲旺盛で頬もふっくらとしてきて、たっぷり飲んでたくさん眠って順調にすくすくと育っています。


私は明日は直人が奉仕しているライトハウスコミュニティ教会の礼拝に出席し、明後日月曜日にはもうこちらを発ちます。
3週間弱なんて本当にあっという間で、残り少ない時間が惜しくなってきました。
GVBCの方々からも、ラスベガス教会の方々からもこちらは湿気がなく健康にいいですよ。移住してこないかと誘われ、心が動いています(笑)。
恵利紗さんに宿泊先のレスリーの家まで送ってもらって夜は出発の準備の荷造りに取りかかりました。なんとか無事スーツケースとバッグの中に収まりそうです。


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逮捕劇の瞬間を目撃!

2018.04.15日

昨日は、お世話になっているLesli(レスリー)さんと朝食に日本の4倍ぐらいの大きさの巨大なburito(ブリト)をいただきながら、話が盛り上がりました。
高校生の頃、交換留学生として日本に行ったとき、日本の高校生たちが自分たちの教室の机を移動して床を掃除してモップをかけ、さらにビニール製の上っ張りとゴム手袋を身に着けてトイレ掃除をしているのを見て感動した。また、学校の下駄箱の上に携帯を忘れて帰ったことにあとになって気づき、あきらめつつ翌日学校に行くとちゃんと届けられていて自分の手に戻った。アメリカでは考えられないことだ、と彼女が言ったので、日本は世界一安全な国だとよく言われると答えたところ、そこから話がどんどん膨らんでいきました。


レスリーは洋品店でセールスのお仕事をしていますが、つい最近のこと、夜8時半頃ひとりで店にいると、それを外で確かめた若い女の子が店に入って来たそうです。
妊婦のような服装をしてやってきて大きな声を出して自分のほうに気を向けさせているので、注意して辺りを見回すと、案の定カウンターの下に隠れるようにしてボーイフレンドがしゃがんでいました。
それでレスリーは大声で、「そこに隠れているのはわかってる。さっさと出ていかないとひどい目に合わせるぞ!」と脅すと、二人は驚いて店外に走って逃げて行ったと言います。
アメリカでは法律が厳しく、本当はそのようなことを言ったりしたりしたら罰せられるそうです。


若い女の子が平然と店員の目の前でシャツなどの商品を万引きするのはしょっちゅうだそうです。そのようなとき、店員やマネージャーが捕まえることもできなければ、「待て。万引きをしているところを見たぞ」とかそういったことは一切言えないといいます。
安物のサングラスをかけてきて、店内に陳列してあるサングラスをいろいろかけ比べているような素ぶりをして、自分のサングラスを陳列台にかけて店のサングラスをかけて出て行くとか。
ある時など、商品を持った人が店を出て行くところを目撃した店員がモールのセキュリティガードに連絡をし、飛んで来たガードが犯人の両側をはさんで駐車場の車のところまで行き、車に乗り込んでも手を出すことができず、応援に車で駆けつけたガードが犯人の車の出るところを通せんぼすると、犯人はガードの車に体当たりを繰り返すので、仕方なく道を開けるとどうどうと走って逃げ去る。ガードはただ警察に通報するだけで何もすることができないのだそうです。犯人の人権を守るための法律に縛られているとのこと。
また、中年の女性が返品を持って来て返金を要求するけど、レシートもなければ商品にタグもついていない。店で買った証拠が何もないと言うと大声で怒鳴って、周りのほかの客に迷惑をかけるのでマネージャーはその商品が万引きされたものであることがわかっていてもだまって返金するそうです。
このようなことが日常茶飯事に起こっていると彼女は言います。
またこの1年間で店員やマネージャーが店のお金や商品を盗んでいることが発覚して首になったとか…。


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巨大なブリトは半分でもお腹いっぱいになりました。


朝食後、直人に迎えに来てもらって直人のアパートに移動。
斗史希くんの顔を見てから迎えにきてくださったいずみさんの家に移動。
途中、明日と明後日のイベントのための食料品を買うためにいくつかの食料品店やスーパーに寄り、私も一緒に買い物しました。


お昼は「炙り」という名のお寿司屋につれていただき、そこでヒロコさんのお誕生祝いと私の初孫祝いを兼ねてのお食事ということで、ほかに大里先生ご夫妻、エリコさん、チエさんも加わってくださり楽しいランチの交わりのひと時。ここでも大いに盛り上がりました。皆さん、テンション高い!
このお店は2時間食べ放題ということですが、最初は全員が5品ずつ注文し、それを完食したら2ラウンド、3ラウンド、と好きなだけ注文して食べられるだけ食べていい。ただし残したらダメというルール。
どれもこれもとても美味しいのですが、小食の私は1ランドでもうお腹いっぱい。でも、皆さんまだまだこれから、という感じで次から次へと注文し、どんどん食べていかれます。私はただただ圧倒されるばかり。
いずみさんが皆さん全員にご馳走してくださいました。彼女はいつもご自宅に日本からの留学生やいろいろな人を泊めてあげてお世話してくださったり、人に親切にするという素晴らしい賜物を持っていらっしゃいます。直人も恵利紗もこれまで度々お世話になってきています。


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お昼のご馳走でお腹いっぱいになり、家に戻って私は夕食はもう食べられずしばらくお昼寝の時間。
この後、7時過ぎに教会の方々が集まるスモールグループの聖書研究・祈り会に連れていただきました。
向かう途中、道路に赤色灯などを派手につけたパトカーが4台並んでいて先頭の車に一人の警官が近づき、運転席の男を車外に出して、両手を頭の後ろに組ませると4人の警官が取り押さえて後ろのパトカーのボンネットに伏せさせて逮捕する瞬間を目撃しました。
朝、レスリーさんに聞いていた話がそのまま目の前で演じられているようでまるで映画の世界にいるようでした。


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祈り会ではいずみさんがリードしてくださいました。皆さんとてもよく訓練されていて、聖書をよく読んでいらっしゃり、聖書から教えられたことをシェアしたり、質問したりと、素晴らしい交わりのひと時でした。
皆さん本当にいい人ばかり。


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45年ぶりの再会

2018.04.14日

昨日はなんと45年ぶりの再会を果たしました。


1973年、アメリカに留学したときのことです。
Cal State, Fullerton(カリフォルニア州立大学フラトン校)には学生寮がなく、大学のキャンパスのすぐ北にある学生アパートに入居しました。スリーベッドルームとリビング、ダイニングキッチンの家具付きの素敵なアパートでした。
ベッドルームは1人で使うか、あるいはルームメイトとシェアするかのどちらかですが、1人だともちろん家賃が高いので私はルームシェアをしました。


1人部屋を使っていたのはクリスチャンのジョンと文化人類学専攻のデニスで、私のルームメイトは無口でニヒルな変わった人物でマシュー(マタイというクリスチャンネームでしたがノンクリスチャン)。
私は当時ノンクリスチャンだったので、リビングで4人で宗教論を話し出すと、無神論者のデニスとマシューと一緒になっていつもクリスチャンのジョンをからかっていました。
ジョンはとても真面目で優しい好青年で、私たちの言うことに反駁はしますが決して感情的になることなく、いつもにこやかで穏やかに話していて、私はクリスチャンというのは不思議な人だな、と思っていました(自分が4年後クリスチャンになるとは夢にも思わず)。


で、階下のアパートには女の子3人が住んでいて、私はどういうわけかこの部屋によく出入りするようになり、彼女たちとも親しくなりました。
そのうちの1人はMihokoという日本人でした。アメリカに留学してすでに3年ほど経っていたので話す英語はとても流暢で、ちょっとインテリ風の子でした。
もう一人の女の子はドゥニーズという白人でちょっとぽっちゃりした、とても明るい子です。彼女は日本にはないoptometrist(検眼士)という資格を取るための勉強をしていました。アメリカでは視力を検査しメガネを処方するにはこの資格が必要で、とても人気のある職業です。


さて、今日の記事の主人公はこのうちの誰でしょう?
クリスチャンのJohnではありません。Johnの名字を聞いてもっと親しくしておけば良かったとクリスチャンになってから思ったのですが、もう後の祭り。それに、たとえ姓を尋ねていたとしても、アメリカではJohn ◯◯◯なんて名前は山ほどあり、探すのはまず不可能です。
私はこの大学の院で言語学を専攻していて、文化人類学はもともと非常に興味があり、クラスも取っていたので、彼ともよく文化人類学について語り合ったのですが、残念ながらアメリカではよほど親しくならない限り姓を尋ねることはなく、Johnの場合と同様彼のことをFacebookで探すことも不可能です。

ということで、唯一手がかりが残っているのはMihokoなのですが、彼女の姓も忘れてしまっていました。ところが、今回ロサンゼルスに来ていて、なぜかふとMihokoの名字を思い出したのです。それでダメ元でMihoko ◯◯◯◯で検索したところふたりヒットしました。
プロフィールはほとんど書いてなかったし写真もないし、タイムラインにもほとんど記事がありませんでしたが、なんとなくhunch(直感)でこの人じゃないかと思って、「ひょっとしたら私の存じ上げているミホコさんでしょうか?」と書いてメッセージを送りましたが、返事がしばらく来なかったのでやっぱり人違いだったかと思いました。


数日経って、「お久しぶりです」と返事が戻ってときには驚きました。
何度かメッセージのやり取りをしていたら、彼女が今わたしの滞在しているところから車で1時間あまり離れたところに住んでいらっしゃること、そして白人の男性と結婚しておられることもわかり、彼女の方からお会いしたいです、とおっしゃってこられびっくりしました。
私は3日ごとぐらいに滞在先がころころと変わり、しかもその日のスケジュールがどのようになるかもわからないという状況で、彼女のほうも医者のアポイントなど予定が詰まっていて会うのは不可能かと思っていたところ、たまたまふたりの都合が合う日が1日あり、その日にミホコさんがご主人に車をドライブしていただいて一緒に来られることになりました。
私は昔から結構、直観力があったのですが、ミホコさんは近い将来こちらのアメリカ人とご結婚されてアメリカに永住されるのではないか、と思っていたらまさにその通りになっていました。


そして一昨日、ご夫妻で私の滞在先に来てくださいました。
45年ぶりの再会です。
私の頭の中に残っていたミホコさんはほっそりした髪の長い女の子で、声も英語の発音もよく覚えていたのですが、ドアを開けたとき戸口に立っていたミホコさんはまったくの別人でした。
彼女とはいつも英語で話していて日本語は使ったことがほとんどなかったので、口から出てきた日本語も聴き慣れていないし、声もすっかり変わっていて、とてもスレンダーだったお体もぽっちゃり、白髪混じりのショートヘアのおばちゃま。まあ、アメリカに住んでこちらの食事をしていたらまずほとんどの人がそのような体型になります。
昔のイメージがほとんどなくビックリしましたが、それは向こうとて同じこと。とくに今回晴れておじいちゃんになった私はまったく違って見えたことでしょう。


かくして私たちは近くのレドンドビーチに行き、イタリアンレストランでお昼をいただきました。昔の話やその後のこと、お二人のなりそめや仕事、家族のことなどお互いにいろいろ話しました。彼女はやっぱりこちらで写真家として成功していらっしゃいました。弁護士をしておられるとても立派な感じのご主人とは、聞きたかったアメリカの社会のことや政治のこと、これからの将来のことなど親しくお話しすることができました。ミホコさんによると、ご主人はこの類の話になると夢中になるとのこと。


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再会を誓い合ってまたまた「いっちゃれば ちょーでー」と相成りました。


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いっちゃれば ちょーでー

2018.04.13日

「いっちゃれば ちょーでー」
沖縄の言葉です。
最初、何度聞き直しても聞き取れず、何を言っているのかさっぱりわかりません。私にとってはギリシャ語よりも難しい外国語でした。( It's Greek to me.「私にはちんぷんかん」)


3日間泊めていただいた上村(かみむら)さん宅に、山内さんというお友達が訪ねてこられました。
とにかく明るくて、よく笑う、しゃべる。話は途切れることなく、周りのみんなを笑わせる、そういう方です。


沖縄出身の方で、若い頃東京に出てきて東大の助産婦学校を受験されました。面接官4人を前に冗談を言って(本人は大真面目でしたが)みんなを笑わせて圧倒し、「こいつは変わってる」ということで入学が決まったといいます。


アメリカにも若い頃、どうなるか全くわからない状況でお見合いにやってきて、日本語ができない日系二世の人とご結婚されました。
言葉が分からないままお子さんが4人もできてずいぶんご苦労されましたが、人懐っこさですぐに現地に溶け込んでたくさんのお友達を作られました。本当に「肝っ玉母さん」のような方です。


山内さんと同じ沖縄の看護学校を出られた上村さんは、アメリカにやってきて山内さんに教会で最初に会い、とても親切にしていただいて、それ以来の親しいお友達です。
しょっちゅう上村さんのお宅にやってきてお食事をご馳走になる、そのような家族ぐるみのお付き合いをもう何十年と続けていらっしゃいます。


山内さんにお尋ねしました。
「沖縄出身の方には前に通っていたウエスト・ロサンゼルスの教会でたくさんお世話になりましたが、皆さん明るくて、とてもご親切で、健康で長生きしていらっしゃいますが、秘訣は何ですか?」
ここで戻ってきた返事が、
「いっちゃれば ちょーでー」
です。
意味は、「一度会えば、みな兄弟」。
なるほどそう言われれば、「一度会えば」 →「いっちゃれば」、「兄弟」→「ちょーでー」と音が変化した形です。
ちょうど今、大河ドラマでやっている『西郷どん」が訛って『せごどん』になったのと同じです。


山内さんによると、沖縄の方はみんなとても楽天的、肯定的で人のことを悪く言ったりせず、すぐに誰とでも友達になる。これが「いっちゃれば ちょーでー」の精神で、だからストレスを溜めることもないし、健康的で長生きするのだと。
今80歳の山内さんは、この日の翌日から1か月ほど日本に旅行に行き、5月にはブラジルに行かれるそうで、そのタフさには私など足元にも及びません。
とても大切な、素晴らしいことを教えていただきました。


上村さんご夫妻もお子さん達も皆さん明るくて、とてもご親切です。この日もご主人(鹿児島県出身でアメリカ育ちの一世)のヨシさんが午前中に海で釣ってきた三種類の新鮮な魚をお刺身にして山内さんもご一緒に、まるでみんな兄弟のようにしてお食事をご馳走になりました。
素朴な人間的な温かみをひしひしと感じました。


ヨシさんは趣味をいっぱいお持ちの方で、まずは釣り。かつては釣りのためのボート(モーター付の)も持っておられたとのこと。それからブーゲンビリアやサボテンが広い裏庭に所狭しとぎっしりあります。ご自分で掛け合わせて新しい品種を作っては花を咲かせ、花に命名して楽しんでいらっしゃいます。まるで自分の子どものようだそうです。そして尺八。16本も持っておられ、さらに自作の尺八を12本。目の前で演奏していただきました。私は尺八の渋い音色がとても好きです。


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上村さんご夫妻と「いっちゃれば ちょーでー」と言いながら肩を抱いてお別れして、次の目的地に向かいました。
金成さんが通っておられるローリングヒルズ・カヴェナント教会のメンバーの中に、私のブログファンの方がたくさんいらっしゃるということで、お昼を一緒にすることになっています。
広大な敷地のモール、デル・アモファッションセンター に少し早く着いたので本屋さんをブラブラ。パッと目に留まり心惹かれた本を2冊買いました。
金成さんお気に入りのBrio Coastal Bar and Kitchenで皆さんにお会いしました。
私の教会の柿谷正期先生のご次男、柿谷真従さんとは長いお付き合いで奥さんの沙織さんともこれまで何度もお会いしていますが、淳子さん、えりさん、旬子(じゅんこ)さんとは初対面でした。でもみんな昔からの友達のような気がしました。
色々な話に花を咲かせながら、美味しくランチをいただきました。



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この後、金成さんにレドンドビーチに連れていただきました。
飼っていらっしゃる2頭の大きなジャーマンシェパード、リオ(雄50kg)とアディ(雌40kg)を連れて。
身近で見て体に触れるのは初めてでしたが、よく訓練された、とてもお利口さんなワンちゃんたちで私もリードを持たせてもらい、Sit, Down, Heel(座れ、伏せ、つけ)などの命令をしたらちゃんと言うことを聞いてくれました。


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金成さんに直人のアパートまで送っていただいて、このあと数日お世話になるレスリー・フジモトさん(日本語がまったく話せない日系3世)に紹介されて、レスリーさんが作ってきてくださったお料理をみんなでいただきました。斗史希くんもママのミルクを一緒にたくさんいただきました。


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直人と斗史希くんはもうすでに顔を見合わせて笑う仲良し父子(笑)。


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今回の旅行では、「いっちゃれば ちょーでー 」。
本当にたくさんの人たちと出会い、お友達以上のきょうだいになりました。


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アルコール依存症からの解放

2018.04.11日

昨日の記事「君子危うきに近寄らず」に書いた依存症のことについて今日は書きます。
今回、ラスベガス訪問に同行してくださった金成さんが車中でお話しくださったことを、ご本人の了承を得て以下に要約してご紹介します。


私は長年アルコール依存症でした。ビジネスでのプレッシャーやストレスが大きくなると、どうしてもアルコールを飲みたくなる傾向がありました。アルコールを飲むと一時的に気分が良くなり、ストレスやプレッシャーから開放されたような気分になれるからです。
そこには、アルコールに逃げている自分がありました。私は性格上、逃げることが大嫌いなため、アルコールに逃げている自分に対して嫌悪感がありました。また、翌日の二日酔いによる体調の悪さ、気持ちの落ち込みなどの理由で、今までに何度もアルコールを止めようと思いました。しかし、私にとってアルコールの歴史は長く、そう簡単にはいきません。
じつは高校生の頃から野球部の仲間と飲み始めていて、大学時代には居酒屋で倒れて病院に運ばれたこともあります。このようなエピソードは、残念ながらいくつもあります。


大学4年生の時にクリスチャンになり、自分をもう少し大切にするようになりました。それ
までのような無茶な飲み方はしなくなりましたが、それでもアルコールを止めることはできませんでしたし、止める気もありませんでした。
私の問題はアルコールに飲まれてしまうこと、コントロールされてしまうことでした。


私は自分のアルコール問題についてよく祈りました。「神様、私がアルコールをコントロール出来るように強い意志力をお与え下さい」などと何度も祈ったのですが、心の奥底ではアルコールをしっかりと握りしめていました。私にとってアルコールは、神様と同じくらい重要だったのだと思います。


ある土曜日、私の家で水泳が好きな仲間が集まる同好会のミーティングをやっていました。すき焼き鍋を囲んで食べつつビールやワインを飲みながら話し合いを進めていたのですが、この日私は非常に疲れていて、あっという間に酔いが回りました。
その日はみんなと楽しいひと時を過ごしましたが、翌日曜日の朝はやはり二日酔いでした。それ程ひどくはなかったので教会に行きました。しかし教会への運転中に急に気分が悪くなり、お腹が痛くなってきました。教会に着くなり牧師先生のオフィスに行って、昨晩飲み過ぎて二日酔いであることをお伝えし、具合が悪いので礼拝を休みたいとお伝えしました。
先生はその場で私のために祈ってくださいましたが、あまりにも気分が悪かったので何を祈ってくださったのかさえ憶えていません。駐車場までよろよろと歩いて行きましたが、急に吐き気に襲われ、車にたどり着く直前に駐車場で吐いてしまいました。すぐに茂みの方に歩いて行き、そこで10分ぐらい吐き続けました。もう大丈夫だろうと思って車に乗って運転をし始めましたが、また吐き気を催し、車を止めて車の中でさらに吐き続けました。車の中にいつもビー
チタオルを置いていたおかげで助かりました。教会の駐車場で吐いた人間は未だかつて私一
人ではないかと思います。


家に帰って月曜日の朝まで約19時間寝ました。すっかり気分が良くなったので、月曜日は
通常通り会社に行き、もう体調を取り戻したと思っていたのですが、夕方近くなるとまたお腹が痛くなり、早退することにしました。


翌火曜日の朝4時頃、「もうアルコールを完全に止めたらどうですか?」という声が心の耳に聞こえて目が覚めました。これは神の声かもしれないと思って真剣に受け止め、ベッドの中で祈りました。
朝6時少し前に妻のレズリーが、「デニーズでFree Breakfast(無料の朝食)があるので行こう」と言って、みんなを起こし始めました。テレビでニュースを見ていたら、そういうコマーシャルがあったそうです。普通だったらそういうオファーに対して私は絶対にノーというのです。しかしながらなぜかこの時私は、イエスと言って渋々とシャワーも浴びずに服を着て、みんなでデニーズに向かいました。グレースは高校生、ジョイは中学生、学校が別々の場所なので車2台で行くことにし、グレースが私の車に、ジョイが妻の車に乗りました。車でデニーズに向かう途中、グレースから “How is your stomach ?” (お腹の調子はどう?)と聞かれました。この2日間グレースから何度かこの質問をされて、父親として非常に恥ずかしい思いをしていました。私はグレースに “Thank you. My stomach is better. I am fine now.” (ありがとう。もう大丈夫だよ)と言いました。するとグレースは、静かに、 “Daddy, stay away from bad drink!” (ダディー、もうお酒はやめて)と言いました。私はすぐに朝4時に聞いた声の内容と同じことを言われていることに気付きました。へブル書3章7節のみことばを思い出しました。『きょう、もし御声を聞くならば、荒野での試みの日に御怒りを引き起こしたように、心をかたくなにしてはならない』
デニーズに向かう途中で、私はアルコールを完全に止めることを決心し、ひとつの作戦を立てました。『今度は絶対にアルコールを止める作戦』です。というのは、今までに何度止めようとしてもその都度失敗をしてきているからです。作戦は決まりました。「この決心を数人の人に宣言しよう」というものです。テーブルに着くと早速、「グレースがダディーに言ったことばを、神様からの声として受け止め、今後、アルコールを完全に止めることにした」と家族の前で宣言したのです。


その日の午後3時に教会の牧師先生のオフィスに行きました。先生にお会いしたのは日曜日の朝以来でしたので、この2日間で私の身に起こったことをお話しし、また、その日の朝決心したアルコールを止める決意を伝えました。また、今度こそは後戻りできないように何人かの人にこの証しをするつもりだと告げました。先生は私の決心を喜んでくださいましたが続けて言われました。
「金成さんが話しやすい人だけにこの証しをしても、それでは十分ではありません。金成さん、日語部の皆さんの前で証しすることはできますか?」
「え〜、教会でゲロを吐いたっていう話をみんなの前でするんですか〜?」と、言いたい気持
ちになりましたが、そこはグッと抑えて先生からのアドバイスを神様からのアドバイスとして受け止め、「はい、やります」と答えました。


これは9年前の出来事です。
アルコールの奴隷であったのが、今では奴隷身分から開放されたような気分です。
『今は、酒に酔ってる時より、気持ちがいいです!』


金成さんのケースはアルコール依存症でしたが、これはパチンコなどのギャンブル、タバコ、薬物などの依存症に限らず、甘いものやゲーム、スマホ、買い物、骨董品等の収集やスポーツ、人間関係など、およそ私たちの生活全般に通じることです。
自分はこれの依存症かなと思い当たるものがあったら、それから脱却する方法は人に言われたり、強制的に取り上げられるのではなく、自らのうちから解放されたい、という願望が起こることが一番大切です。それと「自分のため」という目的が弱い場合は、家族など「愛する人のため」という目的が非常に効果的です。
また、子どもなど家族の中に○○依存症の人がいる場合も、上の方法を活用してください。
叱ったり、無理強いするのはかえって逆効果です。


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君子危うきに近寄らず

2018.04.09日

ラスベガス郊外にある鶴田さんのところへは約6時間かかりました。
鶴田さんのご自宅は6年前、4年前に次いで今回3回目の訪問ですが、裏のパティオの向こう側には広大な緑の芝生の庭が広がっています。じつはこれはゴルフ場なのですが、視界をさえぎるものが何もなく、まるで自分の家の庭のような感じなのです。
家は豪邸でまるでホテルのスイートルームのようです(行ったことがないのでどんなのか知りませんが)笑。


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奥さんの潤子さんが準備していてくださったご馳走をいただいた後、夜中の12時過ぎまで会話が弾み、毎晩遅くまで、時には徹夜で語り合った独身時代を彷彿とさせました。
翌土曜日も朝から前夜の話の続きが夕食まで続きました。
夕食は潤子さんが腕によりをかけて作ってくださった鳥のささみなどのご馳走をお友達の敏子さんとご一緒にいただきました。


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食後も夜12時近くまで金成さんも一緒に、よくこれだけ話すことがあると思うほど話が続きました。多くは聖書、神様、そして神様がどのようにして私たちの人生の中で働いてくださったかというような話題です。


日曜日は鶴田さんの牧会される教会へ。
ラスベガスダウンタウンに差しかかると建築中の大きなビルがあり、来るたびに大きく発展しています。


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ラスベガスの年間訪問者数は約4300万人。ロサンゼルスからラスベガスへのフリーウェイを走る車のほとんどがカジノ目的の人たちとのこと。確かにこれだけ多くの人が毎週末行けば潤うはずで、新しいビルもどんどん立つわけです。
経済的観点から言えば、確かに州の税収や国のGDPも押し上げるでしょう。娯楽の対象として一般の人々に喜ばれもするでしょう。
しかし、これだけ潤い、新しい企業が次々と参入するということは、ほとんどの人たちがギャンブルでお金を失っているということです。


さらに言うと、ギャンブル依存症の人がものすごい勢いで増えているということでもあります。これは決して対岸の火事ではなく、日本でも統合型リゾート(IR)整備推進法案が成立し、カジノのオープンを2015年をめどに計画しています。
外国からの観光客を呼び込み、経済を活性化させようというもくろみです。
それでなくても日本にはすでにパチンコ・パチスロ依存症の人がたくさんいるのに、カジノを導入すればどうなるかは火を見るよりも明らかです。


アルコール、タバコ、薬物、ギャンブルなど依存症は怖いです。
自分は大丈夫とみんな思っているのですが、知らず知らずのうちにハマってしまう魔力をもっていて、気がつくとそこから抜けられないという状況になります。それが依存症です。
「君子危うきに近寄らず」です。


ラスベガス日本人教会でのメッセージを取り次ぐご用は祝福のうちに無事終えることができました。感謝してご報告させていただきます。


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アメリカの大きさ

2018.04.08日

昨日は金成通孝さんにお昼頃ダイチの家に迎えに来てもらい、ダイチと別れを告げたあと、近くの日本食レストラン「さぬきの里」で久しぶりのうどんの昼食。ここは以前、恵利紗さんもパートで働いていらっしゃったところだそうです。


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アメリカは国も大きければ、人も大きいし、食事の量も多く、本当に何もかも大きい。
注文したかき揚げうどんの量も半端ない。
まずうどんの鉢自体が大きく、うどんの玉の量も日本の倍近い。かき揚げは大きいうどんの鉢に入れるといっぱいになる大きさでしかも厚さもすごく、さらにその大きいかき揚げが2枚も付いている。
多すぎてとてもじゃないけど食べきることできずたくさん残してしまいました。


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さぬきの里を出て、いざラスベガスへ。
途中、ロサンゼルスのダウンタウン近くに来ると、片道6車線のフリーウェイはまたもや大渋滞。左側2車線はファーストパスというレーンで、あらかじめお金を支払って登録しておかなければ走れません。でもここもいっぱいです。


ダウンタウンを通り越してもまだまだ渋滞が続きます。
ラスベガスに向かうフリーウェイは普段はもっと空いているのですが、週末になるとラスベガスにギャンブルに行く人たちでいっぱいになり、トラックを除くほとんどの自家用車はギャンブル目的だそうです。


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フリーウェイは日本の高速道路のようにサービスエリアなどはなく、途中でトイレに行きたくなったり休憩したりしたくなっても出口付近にガソリンスタンドや簡単なショップがあるところで止まるしかありません。そして、ご多聞にもれずこれらのトイレは本当に汚いです。
休憩したところからフリーウェイを眺めるとこんな感じで、大型トレーラーがたくさん走っています。ちなみにこの写真に写っているのは全長約23m。これの2両連結・3両連結があり長さは30数m。とてつもなく巨大です。
後ろの山の中腹を走っている貨物列車など、全長はなんと2km〜7km(長さに制限がない!)という、これもまた我々日本人の常識では考えられない長さです。
この巨大な貨物列車が西海岸から東海岸まで約4000kmを走ります。とくにこの写真に写っている貨物列車などはその消費量たるや巨大なラスベガスの街へありとあらゆる物資を運んでいるのです。


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田舎のほうになると見渡す限り砂漠が続く中、フリーウェイはずーっと一直線。

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ロサンゼルスからラスベガスの鶴田さん宅までの距離は約430km、フリーウェイは都心では制限速度が約90kmですが、郊外に出ると113kmでスムーズに走れれば5時間ぐらいですが、渋滞があったりすると6時間近くかかります。今回も5時間50分かかりました。


鶴田さんはかつて教会開拓のために毎週末、ロスからラスベガスまで85回通い、その走行距離は地球2周以上にもなったそうです。
金成さん愛用のトヨタランドクルーザーの走行距離はすでに20万マイル(32万2千キロ)以上。こちらではほとんどの人が20万〜30万マイルぐらい乗っています。
中でも日本車は燃費など経済的でしかも丈夫、修理費がかからず長年乗れるということですごい人気で、金成さんの倍以上65万キロも乗ったランドクルーザーを1万ドル(100万円)で売ったという人もいるほどです。


ラスベガスの鶴田さん宅に着いてからのことはまた明日に続きます。


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楽しい時間はあっという間に

2018.04.07日

今週末金曜日から日曜日まで訪ねるラベガス教会の鶴田さんの息子さんのダイチくんと奥さんのジョイさんのお宅に一昨日からお世話になっています。
ダイチは生まれたときから知っていたのですが、まだ彼が赤ん坊のときに別れているので、彼の挨拶は「はじめまして」でした。ジョイのお父さんも牧師で、今から40年前何度もお会いしていました。


彼らの家は新築のコンドミニアム(タウンハウス)で、とっても広くて豪華です。リビングには65インチの超大型で、左右どこからでも綺麗に見える湾曲した画面のテレビが壁掛けになっています。こんな大きなテレビ見たことがありません。
キッチンは最先端の設備。どの部屋も調度品のセンス良く、泊めていただいているゲストルームなどまるでホテルの部屋のようです。ベッド脇のスタンドテーブルの引き出しには感動的な物語「大きな木」「三本の木」の絵本が入っています。
まだ若い彼らにとってこのような素晴らしい家が買えるなんてすごいです。
「お金持ちだね」
と言うと、
「いや、これでもう貧乏になった」という返事(笑)。


ダイチもジョイも両親が日本人で、アメリカ生まれの日系二世です。ずっとアメリカの教育を受けて育っていて日常生活も英語の世界なので、普段の会話はすべて英語。
でも面白いのは、二人で話していても時々片言の日本語が出てくることです。
”I think it's カッコイイ"
のような感じです。


ダイチのお父さんとの昔の話をしていると、ああ、それはお父さんから聞いた、自分が赤ん坊のとき舟田先生に抱かれていた写真があった、とか昔の思い出話から始まりましたが、そのうちにアメリカの政治や世界情勢の話、そして日本語にあって英語にない言葉のニュアンスの問題など多岐にわたりました。
ダイチによると、自分は顔や見かけ上は日本人だけどアメリカ人。
でも、いわゆる白人のアメリカ人ではない。
かと言って、日本人かと言うと文化はアメリカ人。
小さい頃は自分のアイデンティティの問題で悩んだことがあったけれども、今ではアメリカの国民であり、民族的には日本人で、両方でいいんだと思うようになってスッキリしたと言います。
一方、ジョイは日本のすべてが大好きで、自分の内に日本人の血が流れていることに誇りを持っている、とのこと。
言語の話や文化の話に夢中になっているうちにあっという間に楽しい時間は過ぎ去っていきます。


明けて昨日は朝から背中の痛みもましで比較的体調も良かったので、ダイチとジョイが仕事に出てから私も外に出て、久しぶりに1万歩ほど歩いてきました。
とは言え、まだスマホが手元にないので、歩数計がなくよくわかりません。
というのは、こちらは1ブロック(メインストリートから次のメインストリートまでの区画)がとても長く、信号から次の信号まで歩くだけでもかなりの距離になります。


歩いて15分ほどのところにあるダイチたちオススメの「新撰組博多ラーメン」という店でお昼を食べました。
二人はこの博多ラーメンが大好きで、この近くに住みたいと思って住まいを決めたと言うほどの気に入りようで、しょっちゅう食べに行っているそうです。
なるほど、着くと店の前にはすでに20人近くの人たちが待っています。先日の記事にも書いた制服を着た消防士たちが5人もいました。
ようやく順番が来て中に入ると、結構広い店内がぎっしりです。
客層はほとんどが白人もしくはほかのエスニックの人たちですがみんなアメリカ人で、日本人は私ひとり。でも、店内で大声で呼び交う店員たちは料理人を除きみんな現地人で仲間の間では英語で話しているのに、「イラッシャイマセ!」「ラーメン1チョウ!」「スベテOKデース!」「 アリガトゴザイマース!」と威勢良く日本語で言っています。


博多ラーメンを美味しくいただいて、次は近くのエル・カミーノ・コミュニティカレッジへ。
ここは直人が昔通っていた学校です。直人はアメリカ生まれで市民権があるのでほとんどただ同然で授業が受けられたのです。
どこかのクラスに潜り込もうと思ってキャンパスを歩いていたら中央の広場で和太鼓のパフォーマンスをやっていました。私の母校UCLAにも和太鼓のサークルがあったりで、今アメリカでも和太鼓は人気だそうです。
近づいていくとなんと演奏している7人ほどの人たちは日本語で声をかけ合っているのですが、全員アメリカ人。
あまりにも見事で迫力があり、最後までずっと立って見入ってしまいました。
途中で、直人と恵利紗の友達の真理さんという方に会いました。
彼女は日本からの留学生でここで学んでいます。そして、カメラウーマンである真理さんは今回病院に駆けつけて直人たちの写真をたくさん撮って、私にも何枚かを提供してくださっています。下の写真も知らないうちに撮っていて送ってくださいました。見ると、一番右端に腕を組んで感心して見ている私が写っています。


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(クリックすると拡大されてきれいに見えます)


演奏が終わった時間が中途半端だったのですぐ近くにあった図書館に行きました。
ちょうど一昨夜、話題に上った英語にない日本語の一つ「甘え」と、日本人特有の精神構造について書かれた土井健郎の『甘えの構造』の英訳本を探して、それを読むことにしました。学生時代、何度か読んでとても啓蒙された本ですが、途中で眠くなってウトウトし始めたので家に戻ることにしました。


夕方、ダイチとジョイが仕事から帰ってきて、「サプライズがある。今晩スペシャルゲストが来るけど誰だかわかる?」と尋ねます。
「えっ、誰?」
と聞き返すと、なんと前回6年前に会った金成通孝(みちたか)さんとそのご家族だと言います。
35年前、当時大学生だった金成さんは大学のゼミの先生に勧められて友達と3人でアメリカ旅行でロサンゼルスにやってきて、教会でお会いしたのです。
金成さんとは今日から車で一緒にラスベガスに行くことになっていて、写真だけで見ていたご家族には前からお会いしたいと思っていたのでまた一つ夢がかないました。
食事前に、私は皆さんにメンタリスト「ダイゴ」がやっているマジックと私のオリジナルマジックをして金成さん、奥さんとお嬢さんたちをエンターテインしてあげました。皆さん、目を白黒(白青?)してびっくりしていらっしゃいました。


ジョイが料理してくれたのはCreamy Garlic Shrimp Linguine (リングイーネ) Pastaで、みんな美味しい美味しいと言ってお代わりするほどでした。ジョイは料理が大好きというだけあって、とっても上手です。そしてダイチもジョイも日本人の「おもてなし」の精神をとても大切にしているので、接し方が見事です。
昔話に花が咲いているうちに時間はまたまたあっという間に経ちます。
デザートをいただいて、お別れする前にみんなで記念写真をパチリ。


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なんという不思議な巡り合わせ

2018.04.06日
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恵利紗さんが出産した病院。
Providence Little Company of Mary Medical Center
プロヴィデンス リトル カンパニー オヴ マリヤ メディカル センター


Providenceは「神の摂理、導き」
Companyはここでは「会社」という意味ではなく accompany の「寄り添う」のような意味
(イエス・キリストが十字架から下ろされたとき母マリアがイエスに寄り添い抱きかかえた、というところから)


患者に寄り添うことをモットーとしたカトリック系の病院です。
入口横には礼拝堂が併設されています。
そのモットーに違(たが)わず、医師、看護師を始め、従業員の皆さんがいつも素敵な笑顔で明るく、優しく、患者や訪問客に対してとても丁寧に接してくださいます。文字通り患者に寄り添って不安を感じさせません。
また、ついてくる食事も病院食とは思えないほど超豪華です。下の写真はランチです。夕食のディナーはさらに豪華。朝食もついてきます。ただ、お産は病気ではないので、アメリカでは入院は一泊だけで翌日には退院するのが普通です。


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昨日は初めて斗史希くんを抱かせてもらいました。
もう可愛くて可愛くて、皆さんの予言どおり「メロメロ」になってとろけてしまいそうです。


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直人も顔がほころびっぱなしで、病室に泊まり込んでせっせとオムツ替えや恵利紗さんのお世話にに励んでいます。


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こんなに素晴らしい病院で出産ができてサイコーなのですが、聞くところによるとここに至るまでかなりの時間がかかり、紆余曲折があったようです。
アメリカでは普通だと保険会社の支払額は入院費用が15,000ドル弱、診察・検査その他がおそらく数千ドルで、トータル20,000ドル(230万円!)ぐらいかかるそうです(ネット調べ)。
ところが、病院をいくつか当たったり、担当してくださった方や、タイミング等々すべてが奇跡に次ぐ奇跡の連続で、すべて保険で賄われなんと自己負担ゼロだったそうです。


そういえば、36年前の直人の出産のときも私たちはロサンゼルス留学中で文無しだったのですが、不思議な導きとタイミングでやはり自己負担ゼロでした。
奨学金をもらって学費が無料など、状況がすべてそっくりで、まさに「歴史は繰り返す」です。


こういうのを「偶然」とか「たまたま」と世間では言うのですが、私たちクリスチャンは「神様の摂理」と言います。
そして、その「摂理」という名前がついた病院で出産することになったというのはなんという不思議な巡り合わせでしょうか。


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生まれました!

2018.04.05日
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長男直人と恵利紗の間に、3625gのとても大きい赤ちゃんがアメリカ時間4月3日18:15に生まれました。
医者がBig Brains! って言ったそうです。
名前は斗史希(としき)で宇宙と歴史を支配される神様に希望を置くという意味だそうです。
ミドルネームはえりさの「エリ」となおとの「オト」から Elliot(エリオット)といいます。
ふたりに似て、なかなかのハンサムボーイです。
私に似て、髪の毛9696、2323(くろぐろ、ふさふさ)笑


私は万年青年のつもりでいましたが、ついにgrandpa(グランパ)になってしまいました。
でも、こんな嬉しいことならこれから何度でも、新たにgrandpaになるのはやぶさかではありません。


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(斗史希くんに対面した感動の瞬間)


"Be fruitful, multiply, fill the earth."
「生めよ、ふえよ、地に満ちよ」
(創世記1:28)


でも、これを二人に望むのはちょっとかわいそう。
これは皆さんへのメッセージです。


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36年来の友人 ミュージシャンのマキさんと

2018.04.04日

恵利紗さんはいよいよ今日、出産予定です。
待ちに待った瞬間がやってきます。わくわくします。


昨日は、クリスチャン音楽プロデューサーで友人のヨシオ・J・マキさんとお会いしました。
マキさんとは今から36年前の1982年、妻と結婚して2回目のアメリカ留学にやってきたとき、母教会のウエストロサンゼルス・ホーリネス教会で知り合いになりました。
当時、近くの大学で音楽を勉強していらっしゃいました。


20代前半の若い青年でしたが、すでに結婚していて、夫妻とはすぐに親しくなりました。
教会では音楽の奉仕をしてくださり、いろいろと教えていただいていました。


昨日お話ししていた時に何度も話題に上ったのは、教会で私が自作の『バラバ』という一人芝居をやったことです。マキさんが劇にふさわしい音楽を編成してくださいました。懐かしい思い出です。


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マキさんのことを少しご紹介します。
「Grove School of Music 作・編曲科卒業。東京都出身。NCM2 チャーター・メンバー。15才の時に文化放送主催の全日本アマチュア・フォーク・コンテストで全国優勝。1976年渡米、1991年米国に帰化。CANDID(イギリス)、ミディ、徳間ジャパン、などメジャーレコード会社の洋楽制作プロデューサーを経て、Maki Music Production, Inc.(1992年設立)代表取締役。これまでに100タイトル以上のCD/DVDをプロデュース。スタジオジブリ作品の米国版制作に関わる。1985年からNew Christian Music Ministry(NCM2)を主宰。キリスト教書籍出版、CD/DVD、キリスト教メディアの頒布運動に従事。これまでにチェスター・トンプソン(ジェネシス)、ペドロ・エウスターチェ、エイブ・ラボリエル、久米大作、久米小百合(久保田早紀)、関根宣義、稲垣俊也、遠藤久美子、沢知恵、デュオ・タカセ、中村裕二、多くのクリスチャンアーティストのアルバムをプロデュース。Shepherd Church 会員」
NCM2ウェブサイトより)


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マキさんはシカゴ在住の中村佐知さんともお友達だったようです(「ミルトスの木かげで」)。
NCM2はロサンゼルスを中心とするカリフォルニアを拠点に日本にも頻繁に演奏ツアーにきています。私も2年半前、小田原公演に伺いました(「音楽に見られる『ひも理論』」)。
いつものことですがNCM2のクワイアの澄んだ美しい歌声、ハーモニー、音楽の演奏には心洗われます。


今回お会いしてお昼をご馳走になりながらゆっくり話す時間があり、マキさんのバックグラウンドやご家族のこと、これからの活動の抱負などを伺うことができました。
今まで知らなかったのですが、マキさんも奥さんもこれまで様々なご病気と闘ってこられたということを伺い、とても驚きました。とくに奥さんはリウマチに似た難病を20年ほど前から患っていらっしゃり、一時期はもう車椅子の生活になると医者に宣告されていたそうです。
ところがある日、交通事故に遭われケガの治療を受けた病院の医者に世界的にも有名な「ドクターX」とも言える外科医を紹介していただいて、奇跡的に癒され歩けるようになったそうです。
ただ他にも免疫不全の難病を抱えていらっしゃり、日常生活は大変とのこと。
マキさんご自身も若い時の交通事故によるPTSDで、車を運転している途中でも急に過呼吸症候群の発作に襲われることがあるそうで、一生付き合っていく他ないそうです。
でも、マキさんがこれらのことを含めて過去を振り返るとき、すべてのことがつながっていて、背後に神様の手が見える、と私の「超ひも理論」と同じことをおっしゃっていました。


グッドニュースはうちの子どもたちとほぼ同年代の息子さんが今、ライターの仕事をしていらっしゃり、将来は小説家を目指してすでにいくつか作品を書いていらっしゃるとのこと。最初キンドルで出す予定だそうで、楽しみが一つ増えました。


あと、今年の11月にまたNCM2と共に日本ツアーにいらっしゃる予定だそうで、前回1年半前にも行われた「仏教と基督教音楽の集い!」という非常にユニークな、新しいジャンルの道を再度試みられるそうです。
日本では一般に仏教に対してはほとんどの人がオープンなのですが、キリスト教となるとちょっと敷居が高いようです。このような人たちのために、賛美歌とお経の接点を模索、いろいろな面白いアプローチを考えていらっしゃいます。
私はマキさんから伺うまで知らなかったのですが、今日本では仏教ブームで、イケメンの若い僧侶がモデルになっている『美坊主図鑑』が人気だったり、このような若手現役僧侶たちが仏教の枠を超えて活躍しているそうです。
四谷には「坊主バー」があったり、キリスト教牧師や神主さんも加わって、お客さんやイスラム教徒の方、無心論者の方など、いろんな方が集まって交流の場になっているといいます。
ビックリです。


そこで、マキさんもこのイケメン坊主の中心的な人物、藤岡善念(ぜんねん)さんのアルバムをプロデュース中だそうで、これをきっかけに新しい伝道の切り口を模索していらっしゃるようです。この試みが成功したら、ものすごいインパクトになると思います。


マキさんの奥さんがいつもおっしゃっているそうですが、マキさんはあまりにもユニークな人で日本にいたらとっくの昔に抹殺されていただろう、アメリカに来てそのオリジナリティが生かされている、と。私も本当にその通りだと思います。
マキさんのユニークな発想がこれからどんどん用いられて、活躍されるよう心から祈るものです。
3時間があっという間に終わるほど、楽しく夢中でお話ししていました。
別れ際に新作のCDを3枚プレゼントしてくださって、帰宅して早速いずみさんとご一緒に聴いて酔いしれました。
皆さんにもNCM2、ぜひおすすめします。癒されます。


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ロスでのイースター

2018.04.03日

ロスでのイースター礼拝はとても感動的で素晴らしいものでした。
直人がGardena Valley Baptist Church (GVBC)に導かれた6年半前から5年間の思い出を語り、その中で神様がどのように働かれたか証しして賛美しました。
高校生の頃、まったく勉強せずに麻雀に明け暮れていたあの金髪青年。
家でギターを弾きながら奇声を発していてまったくの音痴だった息子が今、私の目の前で素晴らしい賛美をしている。
こんなに大きく変えられ、将来宣教師になるために神学校で学び、毎日8時間にも及ぶ勉強をするようになった我が息子を見て目頭が熱くなり、何度もハンカチを目に当てました。


その後、大里牧師が2000年前のイースターの朝の出来事を、その週の初めから振り返りながらまるで映画でも観ているかのように迫力満点で力強いメッセージをされました。


大里先生のお話によると、タイの宣教師をしておられたところ招聘されてこの教会に就任されたのは今から6年半前。
最初の礼拝は40名ほど、その大半がご年配の方ばかりで、途方にくれたそうです。
ただひとりの若者が直人で、彼が礼拝後大里先生のところにやってきて、こう言ったそうです。
「英二さん。これからこの教会が楽しみですね。近くのエル・カミーノカレッジから若者がたくさんやってきますよ。一緒に若者伝道をしましょう」
このとき、大里牧師はそんなことはまず無理じゃないかと思ったそうです。


ところが、若者がどんどん増えてきて、それに応じて20代から30代、40代の若い世代の人たちも教会に来始め次第に日語部が大きく成長したそうです。
そして、このイースターの日の礼拝はあらゆる年代層の人が集い、なんと準備しておいたプログラムが足りなくなるほどの147名の参加だったそうです。


感動が覚めやらぬ礼拝後、6年半前当時礼拝を守っていた会堂2階のソーシャルホールでイースターの愛餐会。ぎっしりの人で埋まりました。美味しい日本食のご馳走に舌鼓を打ちながら楽しい交わりのひととき。
多くの方からご挨拶やお祝いの言葉をいただきました。
中には、「直人さんは先生が二十歳のときのお子さんですか?お孫さんがお生まれになるお年には見えません」と嬉しいことをおっしゃってくださる方も。


そしてこの後、筋違いして痛めた背中を前々日治療してくださったみどりのお嬢さん、じゅんこさんが再度治療をしてくださるということでみどりさんのお宅へ。
治療していただくと、それまで痛かった背中が嘘のように楽になりました。
お茶をいただきながら歓談のとき、みどりさんが前日の教会での出会いの裏話をしてくださいました。下はみどりさんが直人宛に送ってくださったFBのメッセージから。


「直人さん 昨夜のGood Friday Service でのお父様との出会いは、神様のお導きに他になりません。まず、私は勘違いでコーディネーター会があると思って教会に行ったのです。着いてから間違いに気が付いて帰ろうとしたら、英語部の平野さんが アキさんを呼び出してくれて、アキさんが『せっかく来たのだから礼拝に参加したらどうですか。日語部の人もいますよ。』って礼拝堂に導いてくれたのです。あのとき、なぜ平野さんがアキさんを呼び出したのか不思議です。Service が終わったらすぐに帰るつもりでロビーに出たら、お父様にばったりお会いしました。ご挨拶して体調を伺ったら、『筋を違えて背中がちょっと痛いけれど大丈夫です。』と仰ったので、無理やり我が家へお連れしました。礼拝堂は補助椅子を出すほどに満杯だったのに、ばったりお父様と出口でお会いするなんて神様が引き合わせてくださったとしか思えません。神様がお父様の体調をちゃんとケアしてくださっているのだと思います。」
本当に、背後で働いている神様のご愛の手を感じずにはいられません。


お茶をいただいているときに、恵利紗さんとお母さんがやってきて歓談の仲間に加わり、さらに話が盛り上がりました。
みどりさんのお宅を失礼して、お母さんの運転で直人のアパートへ移動。
2年ごとにアメリカに来てご主人の三田先生とご一緒に全米を車で回っていらっしゃるというだけあって車の運転は慣れたもの。


この間、自宅で寸暇を惜しんで勉強していた直人に運転してもらって川崎さん宅へ。
こちらは広いので、一軒一軒の家の間の距離が結構あり、どこへ行くにもフリーウェイを走って30分ほどかかります。
川崎家では、ご主人のエドと92歳になるエドのお父さんとみんなでイースターの大晩餐会。
巨大なハム、ターキー(七面鳥)、和食のすき焼きのメインディナーに続き、食後のフルーツ
からアイスクリームのデザートまでフルコースです。お腹いっぱいご馳走をいただきました。
いずみさんはお料理がとてもお上手で、文句なしの5つ星です。


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ここでもいろいろな話題に花が咲きました。
恵利紗さんのお母さんがその昔、私とほぼ同時期にテキサスに留学していらっしゃったときの面白いお話。
お母さんの母親がテキサスにいる我が娘に出した手紙の宛名には、テキサスという州名とZip code(郵便番号)とお母さんの名前だけ。それで届いたのですって。テキサスの人口の少ない田舎町で日本人は他にだれもいなくてお母さんは有名だったそうです。
お母さんの英語の達者ぶりにはとっても驚かされました。


こんな感じで、毎日があまりにもいろいろなことがあり、本当に盛りだくさんなのですが、日本と違ってこちらでは時間の経つのが嘘のように遅く、まるで1日が日本の2日分のような感じです。
それでも、昔アーカンソー州の田舎に住んでいらっしゃったいずみさんにしてみれば、カリフォルニアの時間は早く経つそうです(笑)。


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またまた思わぬアクシデント

2018.04.02日

さて、二日目のアクシデントとは何か、というと…


じつは飛行機でこちらに来る途、10時間ずっと同じ姿勢で座っていたため、着いた夜いつもと同じ背中の痛みが出てきたのです。
それで、直人がマッサージしてあげると言ってくれて、ビーチから戻った夕方、ベッドの上に横になってマッサージしてもらいました。とても気持ちよくてうとうととしかけたほどです。
ありがとう、とお礼を言ってベッドから起き上がり、ちょっと前屈みになったとき背中の筋違いを起こし、「あっ、イタターッ」と悲鳴を上げました。息ができないほどの痛みです。
直人に背中に湿布を貼ってもらって、またベッドの上に逆戻りし、しばらくじっとしていました。


最初の予定では直人たちが行っているライトハウス・コミュニティチャーチに、Good Friday Serviceにみんなで行くつもりでいたのですが、この背中の痛みで時間が遅れて間に合わなくなり、近くのGardena Valley Baptist Church(GVBC)に私だけ送ってもらうことにしました。Serviceが終わったら、今お世話になっている川崎いずみさんに車に乗せてもって一緒に家に戻る予定に急遽変更したのです。
GVBCのGood Friday Serviceは日語部・英語部合同で英語で会堂ぎっしりで執り行われていました。賛美中心で、ときに聖書朗読があったり、ピアノとバイオリンによる演奏があったり、牧師によるメッセージがあったりで、とても感動的なものでした。でも、じつはこのときもまだ背中の痛みは続いていました。


Serviceが終わって出口を出たところでいずみさんを待っていたら、向こうから見つけてくださり、背中の筋違いのことをお話ししていたちょうどそのとき、横を通りかかった森本みどりさんが気づいてくださってお声をかけてくださいました。
事情を聞いたみどりさんがすぐに家に電話して、自分の娘がPT(Physical Therapist)をしていて診てくれると言っているので今から自分の家に連れて行ってあげる、とおっしゃるのです。
車の中でみどりさんといろいろお話ししていると、私のブログをよく読んでいてくださっていて、内容も覚えていてくださることに驚くとともとてもに感謝しました。


みどりさんのお宅に着くと、ご家族の方にご挨拶のあとお嬢さんがすぐにやってきて、状況を尋ね、私に体を前屈・後屈させたり、横に曲げたり、ねじったりさせ、診断した上で床の上に腹ばいで寝かせて早速セラピーを始めてくださいました。
背骨がねじれてちょっとずれているということで、カイロプラクティックのような治療をしてくださり、その上専門の湿布薬までくださったのです。


聖書の中のみ言葉「主の山に備えあり」まさにそのもので、本当にびっくりしました。
これが今回の旅行の第2番目の思わぬアクシデントです。
帰宅後、みどりさんから、明日の礼拝のあともう一度お嬢さんが治療してくださるというとても温かいメッセージが届き、皆さんのご親切に胸が熱くなりました。
今回、多くの方々にホームステイやお食事や、その他いろいろな手厚いおもてなしをいただき、本当に感謝の言葉もないほどです。


いずみさんの家に戻ってFacebookを見てびっくり。
みどりさんのところにこの日、初めてのお孫さんが誕生されていたとのこと。うちの初孫も来週の火曜日に生まれる予定でほんの数日違い。車の中でみどりさんからお聞きしたのですが、みどりさんのお嬢さんと直人の誕生日も数日違い。びっくりの二乗、いやみどりさんとの出会いや、お嬢さんのご厚意による治療などを含めると、四乗、五乗… 十乗ぐらいでした。


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アメリカの寿司

2018.04.01日

昨日は直人一行にお昼頃車でピックアップしてもらって、母校UCLAのある街Westwoodへ。
アメリカの高速道路フリーウェイは文字通り「フリー」(無料)。今滞在しているLongbeachからはSan Diego Freeway 405を北上しますが、途中ロサンゼルス空港横を通ります。
この辺りはいつも混んでいて、片道6車線ある道路が渋滞します。2人以上同乗者がいるとカープールレーンという中央側の優先レーンが使えるのですが、ここも渋滞。


フリーウェイを下りると昔懐かしい街並み。
直人が去年までアルバイトをしていた寿司屋さんに連れてもらいました。
ドアを開けるなり威勢のいいかけ声で「いらっしゃい!」と店のご主人。


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直人が、おススメのランチを注文。
最初に出てきたのは日本の寿司屋でもお馴染みの「カリフォルニアロール巻き」ではなく、「スパイシーツナ・クリスピライス」。どんなものが出てくるのか楽しみにしていたら、形は普通の寿司なのですがシャリが焼きおにぎりみたいに焼いてあるパリパリのご飯なのです。


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これがまた美味しい!食べたことのない味、食感です。
ご主人が去年奥さんを亡くされて近々日本に帰ることを考えているとおっしゃったので、もし戻られたらぜひこの「クリスピライス」を作ってください。絶対当たりますよ、と伝えました。
次に出てきたランチは豪華版。


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幅50センチほどある横長のお皿に10品と鉄火ときゅうり巻き。
ネタはどれもこれも脂がのっていて、その上厚くて食べ応えのあること。
みんなで舌鼓を打ってお腹いっぱいいただきました。
ロサンゼルスでこんなに美味しい寿司が食べられるとはビックリ!


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お寿し屋さんを後にしてUCLA時代に住んでいた懐かしいアパートの前を通りすぎてかつて通っていた母教会のウェストロサンゼルス・ホーリネス教会の前で記念写真。
同じ場所でかつて赤ん坊の直人を抱いて撮った写真があり、まるでビフォー・アフターのよう。直人はこんなに大きくなり、私はこんなに小さくなり、恵利紗さんのお腹に宿った赤ん坊はこんなに大きくなりました。
このようにして世代交代していくのですね。


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この後、人が比較的少ないマンハッタン・ビーチに行きました。
直人が近くのスタバでコーヒーを飲みながら学校の勉強をしている間、私たちはビーチを散歩。
途中、オシャレなお店が並ぶ中、赤ちゃん用品のお店があり、ショーウィンドウに飾られているベビー服があまりにも小さくて可愛く、そこでお母さん恵利紗さんとお腹の中の赤ちゃんを一緒に1枚パチリ。


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ビーチは思いのほか風が冷たく寒かったのですが、こちらの人はお構いなし。水着姿で砂浜の上で戯れていました。でも流石に海の中に入っている人はほとんどいませんでした。


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ビーチを去って直人のアパートに戻り、夜は近くの教会のグッドフライデーのワーシップへ。
ところが、この直前にまた思わぬアクシデントが。
これについてはまた明日。


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ロス滞在2日目

2018.03.31日

ロサンゼルス滞在2日目。
そして、スマホのない生活2日目。
「恋しい、恋しいスマホ」じゃないですが、スマホがないとまるでアマゾンのジャングルの奥地にやってきたかのような不安感があります(ちょっとオーバーか)。


昨日はこちらに着いてちょっと一服して直人、恵利紗、お母さんと一緒にアメリカ名物の巨大サンドイッチを食べに行きました。
日本にもサブウェイというサンドイッチショップがアメリカから入っていますが、その類のやつです。五つ星の評価がついているお店ということで行ってみたら、小さな、ごくごく普通の地味なお店。日本のように綺麗なおしゃれなお店ではありません。でもそういうところのほうがかえって穴場なのかもしれません。
メニューがあまりにも細かくて選ぶのが大変。
パン、チーズ、ソース、肉・ハム類、野菜、ドレッシングなどの種類がそれぞれ8〜10数種類もあってその中からお好みのものを選んで目の前で作ってもらう、というもの。
そのメニュー兼注文書を見ただけでもうギブアップ。めんど臭い!しかも出来上がりの一つのサイズが巨大。
こんなもの一つも食べられない!
ということで、直人と私、恵利紗とお母さんがそれぞれ一つずつ注文して半分ずついただくことに。
相談しながら中に詰めるものを決めて出来上がったものを半分に切ってもらってシェアしました。それだけでも十分すぎるほどの量。そりゃこんなものばかり毎日食べていたら、みんな体は大きくなるし、太るし、糖尿病や心臓病になるわけです。
店員さんがパンの間に具をはさみながら、肉の切れ端を切って手渡してくれ味見させてくれるところなどもいかにもアメリカ的。
食べてみたら確かに美味しかった!
でも、1個の値段が8ドル(約800円)! 高い〜!
店内の壁あちらこちらに聖書のみ言葉が書いて貼ってあり、どうやらクリスチャン経営のお店のようです。


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店の前には、これまた巨大な真っ赤なキャンピングカーとおぼしきものが駐車されています。
直人に尋ねたらなんとこれが救急車だとのこと。
「えっ、救急隊員がここに車停めて食事してるの?」
「ああ、そんなのこちらではごく普通。パトカーがスタバの前に駐車してあって、警察官が中でコーヒー飲みながら休憩しているのなんかしょっちゅうだよ」ですって。
いやー、さすがアメリカ。恐れ入りました。
食事が終わって店を出てきたらまだ停まっています。隊員たちはどこかよそのお店でまだ食事中のようです。
この大きな救急車がヒューウ、ウヮウヮウヮ、ヒューウ、ヒューウとけたたましい音を立てて目の前を走っていくのをすでに何度も見ていますが、それだけでも圧巻です。


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夜は最初のホームステイ先の川崎さん宅へ。
ご夫妻とは4年前の前回訪問時にもお会いして知り合いなのですが、今回はここで一番長くお世話になることになっています。
川崎さんご家族と家族の立派な一員であるワンチャンたちのことはまた明日。


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思わぬアクシデント

2018.03.30日

いつも旅行するとき必ず何か忘れ物をするので、今回の渡米に関しては念には念を入れて、忘れ物ゼロを目指しました。
家を出る寸前にハンカチを忘れているのに気づき、バッグに入れました。
また、リップクリームや痒み止めのローション、普段持って出かけたこともない体温計、医者から処方されている3種類の薬と漢方薬、サプリメント等々すべて用意しました。さらに、首や肩、背中、腰が痛くなったときのために経皮鎮痛湿布剤も入れました。これで大丈夫、準備万端。


車で家を出て駅まで運転し、荷物を下ろして妻に運転を代わってもらいお礼を言って別れ、駅の改札口へ。時間も余裕を持って出たので大丈夫。
時間を確かめようとしてポケットのiPhoneを取り出そうとしたらいつも入れてあるところにありません。
「あれっ。どこに入れたっけ?バッグの中に入れたのかな?」
バッグの中にもない。
一瞬青ざめました。
羽田空港までの電車の時間や順路などすべてが入っている携帯です。
さらにアメリカ滞在中のスケジュールから連絡先等々。


取り敢えずホームに降りて停まっていた電車に乗りました。
汗がどっと噴き出してきました。
どうやら家を出る直前に家着のズボンからお出かけ用のズボンに履き替えたとき、ポケットに入れておいた携帯を取り出して電話代の上に置いて、そのまま忘れてしまったようです。


携帯の中には家族の携帯番号から、今回ご一緒にロスに行く恵利紗さんのお母さんの携帯番号等、必要な情報が全部入っています。
記憶をたどって空港まで行き、待ち合わせしているお母さんを探しても見つかりません。携帯がないので連絡も取れません。
辺りには公衆電話もありません。
焦りました。


空港入口にあるコンビニまで行き、千円札を小銭に両替してもらって公衆電話の場所を教えてもらって家に電話しました。
娘が笑いながら出ました。家に忘れていった携帯を見つけた娘は電話がかかってくるのを今か今かと待っていたようです。
お母さんから電話があったようで、空港に向かうバスが渋滞に巻き込まれて大幅に遅れているという連絡があったとのこと。
携帯は急いでこちらに送ってもらうことにしました。とは言っても速達便で送ってもらっても3〜4日はかかります。


アメリカではどこでもペーパータオルがありハンカチなんか必要ないのにそれを持ってきて、肝心要の携帯を忘れるなんて、お笑いです。
ということで、「思わぬアクシデント」というのは、私の大ボケからきたハプニングでした。


なんとか無事、ロスに着き息子にピックアップしてもらって息子のアパートに着きましたが、「時差ボケ」ならぬ「じいさんボケ」に自分でも呆れています。
恵利紗さんのお腹はまるでボウリングのボールを抱えているみたいで、もういつ産まれても不思議でない状況です。本当にぎりぎりセーフでした。
それで直人のMacのノートパソコンを借りてこのブログを書いていますが、Windowsを使い慣れている私は勝手がわからず四苦八苦しています。


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さくらに見送られてロスへ旅立ちます

2018.03.29日

「さくらに見送られて」なんて言ったら『男はつらいよ』の寅さんの妹「さくら」みたいですが、アクセントが違います。
くらだと「さくらちゃん」ですが、だと「桜」になります。
日本語は読み書きで漢字やひらがな、カタカナなどを使い分け、さらにアクセントによって意味や味わいの違いまで表すことができるので、実に素晴らしい言語です。日本語大好きです。


ここ数日のポカポカ陽気で、ここ平塚でも一気に桜が満開になりました。
昨日は、いつものウォーキングコースで満開の桜を満喫してきました。


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というわけでこの満開の「さくら」に見送られて、今日はロサンゼルスへ旅立ちます。
今年はこのお気に入りの桜を見られないまま日本を発つのかと思っていたので、とても嬉しかったです。


ロサンゼルスにわたって14年になる長男直人と妻の恵利紗から航空券をプレゼントしてもらって急きょ約3週間の予定で二人を訪ねることになったのです。
待ちに待った初孫の誕生です。
現地に着いて、多分4日ぐらいで生まれるというぎりぎりセーフのタイミングです。
男の子です。
写真で見たら恵利紗のお腹がもうパンパンに膨らんでいて、予定日よりも1週間ほど早く出産することになったという次第です。


今回は知り合いのところや初めての方のところにホームステイさせていただきながら、さらに親友の鶴田牧師を訪ねてラスベガスの教会も訪れることができるという特大おまけ付きです。
また、追々現地レポートしますので、お楽しみに。


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あなたは自分の人生を自分で選択する

2018.03.28日
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“You choose the life you live. If you don’t like it, it’s on you to change it because no one else is going to do it for you.”
--Kim Kiyosaki, Author and Speaker
「あなたは自分の人生を自分で選択する。自分の人生が気に食わなかったなら、それを変えるかどうかはあなたにかかっている。なぜなら、他に誰もあなたの人生を変えてくれないから」
--キム・キヨサキ、作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


自分の人生について文句を言う人がよくいます。
頭(体形)が悪いのは遺伝のせいだ、親が悪い、夫あるいは妻が悪い、子どもが言うことを聞かない、姑がうるさい、仕事が嫌だ、学校が嫌い、職場の上司がうるさい…挙げ出せばきりがありません。


欲求不満のはけ口で周りの人に当たったり、暴力を振るったり、事件を起こしたり、殺人を犯す人や、挙げ句の果てに、生きているのが辛いと言って自殺する人さえいます。

でも、どんなことをしようがそれで自分の人生が変わることはありません。むしろ悪くなるばかりです。
なすべきことはただ一つ。
自分の人生を変えること。


変えることができないことはそのまま受け入れ、自分の考え方や態度、生活の仕方を変える。
遺伝のせいで背が低いことや高いこと、また顔や声などを変えることはできません。
でも、姿勢を良くすることや化粧や笑顔などで人生を変えることなら誰にでもできます。
所詮、人はみな自分の人生は自分で選択しているのです。
あなたが人の人生を変えることができないのと同様、人もあなたの人生を変えることなどできるわけありません。


もっと有意義で良い人生を歩みたいと望むならば、文句を言ったり、人を責めたり、人に責任を負わせるのではなく、自分の人生に責任を持ち、自分の人生を変えることです。それ以外に方法はありません。


上の写真のように金魚鉢の中で生きている金魚ですら、狭い世界が嫌だと言ってもっと広い世界の金魚鉢に住まいを変えることができるほどですから、あなたにできないことなどありません(笑)。


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恐怖と成長は隣り合わせ

2018.03.27日
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"Fear and growth go hand in hand.
When you courageously face the thing you fear, you automatically experience the growth you have been seeking."

--Sandy Gallagher, Author and Speaker
「恐怖と成長は隣り合わせ。
怖れていることに勇気を持って立ち向かうと、求めていた成長を自然と体験することができる」

--サンディ・ギャラガー、作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


生まれて初めて自転車に乗ったとき、とても怖かったのを覚えていますか?
私ははっきりと覚えています。


うちは当時とっても貧しかったので、自転車を買ってもらうことができませんでした。
周りの友達は次々と新品の自転車を買ってもらって乗っているのに、うちには自転車がなかったのでいつまでも乗れませんでした。
従兄が乗っていたお古の自転車を父が親戚からもらってきてくれました。
錆びていたので、親戚の叔父さんが白のペンキを塗ってくれていました。
古い型で、白いペンキが塗ってあってとってもカッコ悪かったのですが、そんなこと構わず、自分の自転車が持てたことがとても嬉しかったです。


初めは後輪の両脇に補助輪がついていました。
それでも怖かったです。
父に支えてもらって乗りました。
少しずつ慣れて、補助輪の片側を取ってもらいました。
やはりとても怖くて、父に後ろを支えてもらいながらゆっくりと進みました。
フラフラしました。
こけそうになりました。
そして、何度かこけて、足や手を擦りむいて怪我しました。
それでも、練習し続けました。
やがて補助輪を取って乗れるようになりました。
恐怖と隣り合わせでしたが、練習を続けるうちに乗れるようになりました。


何か新しいことをしようとするとき、最初はだれでも怖いものです。
でも、そこでやめません。
続けていくうちにだんだんできるようになります。
そして、そのようにして成長していくのです。


そう、恐怖と成長は隣り合わせです。
勉強も仕事もそうです。
人間関係も。
結婚も。
妊娠、出産も。
子育ても。
みんな初めての体験ばかりです。


やがて次第に老いていきます。
老いていくのも初体験です。
怖いこともあります。
でも、年を取っていくことにも気がつかないうちに慣れていき、老いに向けて成長していきます。


人生とはこんなものです。
「恐怖と成長は隣り合わせ。
怖れていることに勇気を持って立ち向かうと、求めていた成長を自然と体験することができる」


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本物の成功者とは

2018.03.26日
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“Successful people are always looking for opportunities to help others. Unsuccessful people are always Asking, ‘What’s in it for me?’”
—Brian Tracy – Speaker and Author
「成功している人はいつも誰か人を助けるチャンスを探している。成功できない人はいつも自分にとって利益になることを探している」
—ブライアン・トレーシー、モチベーショナルスピーカー、作家
(訳 舟田譲二)


この世の中、成功している人やお金持ちを見ると、「自分の利益」を追い求めている人であるかのように思っている人がたくさんいます。
実際のところ、そのような人も確かにいます。そのような人に何人か会ったことがあります。
でも、本当に成功している人とは自分の利益を追い求めている人たちなのでしょうか?


「自分にとって利益になることを探している」のは、偽りの、上辺だけの成功者です。
そのような人の張りぼての成功は、やがてメッキがはがれ、化けの皮がはがされて、白日の下に明らかになります。
たとえ地位、名誉、財産を築き、大豪邸に住み、高級車に乗り、周りの人からチヤホヤされていても、それがすなわち成功とは言えません。


本物の成功者は、決して自己の利益を求めてはいません。彼らは人を助けることによって結果的に成功を収めています。
その証拠に、このような成功者は慈善事業や研究機関、教育機関、国際的な活動などに多額の寄付をして、自らの利益を他者に還元しています。


いいえ、さらに言うと、実はこのような人たちだけが本物の成功者でもありません。
人の目に触れないところで、愛の寄付行為をしたり、ボランティア活動をしたり、あるいは他人の幸せを陰で祈り、人の役に立つことを願い、人の助けとなるチャンスをつねに探している人たちこそが本物の成功者です。
その働きはたとえどんなに小さくて、だれにも知られていなくてもいいのです。
自分の器に応じて、人のためにできることを精一杯している人、これが本当の成功者です。


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経験と自信があったら

2018.03.25日
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"Experience tells you what to do; confidence allows you to do it."
--Stan Smith, Professional Tennis Player
「経験があると何をやったらいいか分かる。自信があるとそれができる」
--スタン・スミス、プロテニスプレーヤー
(訳 舟田譲二)


「経験」と「自信」、何かをやるとき不可欠の要素ですね。
何か新しいことにチャレンジするときなど、ある程度の経験値は必要です。
そうでないと、向こう見ずな愚かな行動になってしまいます。
しかし、できるという「自信」「確信」がないと、たとえ経験値があったとしてもなかなか踏み出せないのではないでしょうか?


このブログに何度か登場していただいた中田ゆかりさんご家族との出会いのきっかけはちょっとしたことでした。その経緯を記したのが「願いがひとつ実現」で、3年半前にご夫妻にお会いしました。
このとき、ゆかりさんのお腹の中には双子の赤ちゃんが入っていたのですが、その次お会いしたときにはもう生まれていらっしゃいました。
2年少し前の記事にはその可愛い双子ちゃんのお写真も載せさせていただきました(「恥ずかしい想い出」)。


そして、ちょうど2年前から1年間、アカデミーで先生をしていただいて、しょっちゅう双子ちゃんにお会いできました。
また、当時小学6年生だったご長男と5年生だったご次男、2年生だったご長女のご兄妹、皆さんがアカデミーに通ってくださったのですが、みんな可愛くてまるで私にいきなり孫ができたような感じでした。
翌年、ゆかりさんは保育士として保育園でお働きになることになり、双子ちゃんはお住まいの近くの保育園でみてもらうことになりました。この年はゆかりさんにとっては目の回るような忙しさで、数回しかご家族とお会いする機会がありませんでした。


このたび、突然だったのですが、四国香川県のキリスト教系の介護施設でご主人が、そしてゆかりさんは同じ系列の保育園でお働きになることが決まり、来週にはお引越しされることになりました。


それでしばらくご一家の皆さんとお会いできなくなると思い、昨日は体調が良かったこともあって歩いて30分ほどのところに住んでいらっしゃる中田さんご一家を訪ねました。
平塚に3年間住んでいらっしゃったのですが、お忙しくて近くの歴史的名所にどこも行けていなかったと言ってつい先日はご家族で鎌倉へ、そして昨日の午前中は箱根に行ってこられ、ゆかりさんの十八番である日本史講義を上の3人のお子さんにしてこられたそうです。


箱根から戻ってこられたところでちょうど、皆さんにお会いすることができました。
双子ちゃんがもう赤ちゃんではなく、3歳の可愛い盛りの女の子で、ご長男は身長が170cm近くのスラリとした好青年になっていて、いつもお母さん代わりに双子ちゃんをお風呂に入れたりとてもよくお世話をしているご長女は双子ちゃんのひとりを抱っこして、ご次男は肩車してと、ご兄妹みんなとっても仲良しの素敵なご家族です。


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ゆかりさんにとって、見知らぬ地に引っ越し、しかも5人のお子さんを育てながら保育士として働くというのは本当に大きなご決断だったかと思いますが、冒頭のスタン・スミスの言葉
「経験があると何をやったらいいか分かる。自信があるとそれができる」
を裏打ちしたような行動です。


人との出会いはとても嬉しいものですが、別れは辛く、寂しいです。
でも、「別れは再会の始まり」と信じて、ご一家を遠く離れた四国の地にお送りします。
これからもご一家の上に神様の豊かな祝福とお導きがありますようお祈りするとともに、お子さんたちの成長を楽しみにしながら応援していきたいと思っています。
(この記事、および写真はゆかりさんのご了承を得て掲載しています)


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なにかひとつなら一気にすることができる

2018.03.24日
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"We cannot do everything at once, but we can do something at once."
--Calvin Coolidge ー 1872-1933, 30th U.S. President
「なにもかもを一気にすることはできないが、なにかひとつなら一気にすることができる」
--カルヴァン・クーリッジ、合衆国第30代大統領
(訳 舟田譲二)


本文前半の、We cannot do everything at once の "at once" は「いっときに」「同時に」という意味で、後半の but we can do something at once の "at once" は「すぐに」「即刻」の意味です。
このように英語で二つの意味があり、その意味の違いを表しながら元の英語の雰囲気も壊さずに訳すのはときに至難の業です。
たとえば、
「なにもかもを同時にすることはできないが、なにかひとつならならすぐにすることができる」
と訳したのでは、洒落たつもりでこの文を書いた本人の意図がきちんと伝わりません。
翻訳者泣かせの文です。


私は苦肉の策で、「一気に」という両方の意味を含む言葉を使って訳してみました。
「なにもかもを一気にすることはできないが、なにかひとつなら一気にすることができる」
いかがでしょうか?そのニュアンスが伝わったでしょうか?
ちなみに、オンラインのGoo辞書の「類語辞典」で「一気に」を確認したところ、
<遅らせることなく の意>
またたく間に、直ぐと、ただちに、その場で、瞬く間に、ぱっと、即座に、一瞬にして、やにわに、とっさに、瞬くまに、一瞬、すぐに、いっきに、矢庭に、直ちに、即刻、直に、其の場で、直と、直ぐに、咄嗟に
<同時に、いっせいに の意>
いっぺんに、一時に、一度に、いっきに、一遍に

と記載されていました。


クーリッジ大統領についてはあまり知られていず、地味な人物だったようです。
しかし、「必要以上の税を集めるのは合法的強盗である」という言葉を残したことでも知られており、彼の業績は調べてみると歴史的とすら言えます。


クーリッジは在任中(1923年8月2日 ー 1929年3月4日)4回もの大減税を行い、財政赤字を削減し(23年22.3億ドルから29年の16.9億ドルへ=20世紀最大の削減率)、財政を均衡させ、アメリカ史上空前絶後の好景気をもたらしました。
クーリッジの在任中、アメリカ人は平和を謳歌し、生活水準は飛躍的に向上し、失業率は最低となり、自動車やラジオなどの工業製品は次々と出荷され、エジソン、フォード、ファイアーストン、ディズニーといった実業家たちは空前の富を手にし、そして同時に一般人も次々と貧困を脱して生活の便利さを享受しました(クーリッジ在任中一人当たりの所得は522ドルから716ドルへと上昇)。 
繁栄は同時に人心の安定と偏見の減少をもたらします。
クーリッジ在任前に最大に達したクー・クラックス・クラン(KKK)のメンバーは任期終了時には最低水準へと減退し、同時に、人種差別主義者だったウィルソンの時代には最高潮に達していた黒人への暴力も、クーリッジ在任の最後の年にはほぼ消滅するに至りました。
(保守主義提唱者の随想「クーリッジ大統領に学ぶ」を一部引用)


これを見て分かるように、クーリッジはかなり大胆な決断をし、それを実行してよくテレビに出てくる狂瀾の20年代、狂騒の20年代、黄金の20年代を開きました。
その秘密は、今日の彼の金言
「なにもかもを一気にすることはできないが、なにかひとつなら一気にすることができる」
にあるようです


欲張ってあれもこれもいっぺんにやろうとするのではなく、「ひとつのこと」を即時に、そして着実に行い、それを積み重ねていくことが成功の秘訣と言えます。


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広告でもっとも強力な要素は

2018.03.23日
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"The most powerful element in advertising is the truth."
ーーWilliam Bernbach - 1911-1982, Advertising Director
「広告でもっとも強力な要素は真実だ」
ーーウィリアム・バーンバック、広告代理店コピーライター
(訳 舟田譲二)


仕事柄、今のこの時期、毎日のように新聞に折り込まれてくる学習塾のチラシに自然と目が留まります。
合格実績を売りにしているものもあれば、先生の顔を売りにしているところ、サービスを売りにしているところと、様々です。
でも、冒頭の言葉のようにやはり「真実」ということは本当に大切な要素です。


中には大手のライバル塾が合格実績に偽りがあると非難し、それがエスカレートして裁判沙汰になっているケースすらあります。これでは実績が泣きます。
また、授業料が極端に安くて、それでいて全員専任講師と、明らかに偽っているものもあります。
以前、ある塾からうちに移ってきた講師から聞いた話ですが、チラシやホームページで「全員専任講師」と謳いながら、大学生のアルバイト講師が何人もいて、しかも生徒には入社して2年目の正社員と言うように、と上から指導されていたというとんでもないケースがありました。
また、「完全個別指導」「講師がつきっきり」などと広告で謳いながら、実際には先生がひとりで生徒5〜6人を見ていて、生徒一人当たり指導してもらえる時間が10分ほど、という話を転塾してきた生徒から聞いたこともあります。
これでは広告がまったく信じられなくなります。


家を新築した20年前、いろいろな業者が飛び込みセールスで次々と来ました。
当時流行っていた鉱石活水器なるものをセールスの言葉とパンフレットを信じて30万円ほど出して購入しました。
若い営業マンが毎日のように訪ねてきて、水道水の不純物を除去し健康に良い、洗濯物がきれいになる、配水管が汚れずいつまでもきれい等々、たくさんの「証拠写真」を見せます。そして、自分の弟がひどいアトピーだったけどこれを使うようになって治ったと、涙を流しながら話し、うちの子もアトピーだったので信じたのですが、実は全部ウソでした。
会社に電話するとその担当者は退職したと言い、その後再び電話するともう会社自体が消えていました。
このようなものは論外ですが、似たり寄ったりのものは今日もたくさんあります。


「真実であれば良い」というものでもありません。
つい最近のことですが、大学生などのアパート、ワンルームマンションなどを専門にしている不動産屋さんが、「そうだ、満室にしよう!」というとても目立つキャッチコピーを営業バンのリアウインドーに貼っていました。JRのCM「そうだ、京都行こう!」をもじったものです。
私はこれを見たとき笑ってしまいました。
これは確かに本音を語っているのでしょうが、どう見ても社外の人に宣伝することじゃないでしょ。会社内に貼って社員を鼓舞するのだったら分かりますが。
と思っていたら、ほんの2か月ほどですべてのバンからはがされていました。


一方、とても好感のもてるテレビCMもあります。
Newクレラップや東急リバブルなどのCMは、見る人の心情に訴え、つい微笑んでしまいます。


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広告は真実であることが何よりも大切ですが、この心に訴えるという要素も劣らず大切です。


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私の世界の限界は

2018.03.22日
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“The limits of my language means the limits of my world.“
--Ludwig Wittgenstein -1889-1951, Philosopher
「私の言語の限界は、すなわち私の世界の限界だ」
--ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン、哲学者
(訳 舟田譲二)


今週からこの4月に小学1年生になる男の子と、その妹で年長さんになる女の子を教えています。
ふたりともこれまでご家庭と幼稚園で素晴らしい教育を受けてこられたようで、頭の回転が速く、しかもお茶目でとっても可愛いです。


兄妹で一緒に歌いながら踊ったり、冗談を言ったり、何度も笑わされます。
一昨日は、妹さんのYちゃんが算数をやっていて数を数えるときに英語で「ワン、トゥー、スリー…」、「全部でセブン個」と言ったときには思わず吹き出してしまいました。
この他、教材の中に出てくる絵を見ながら、動物の名前などを英語で言ったりします。


お兄ちゃんのRくんも新しいことを教えると飲み込みが早く、すぐにできるようになります。
また、質問することが鋭く、頭の良さの片鱗を見せてくれます。
地球儀を見せると、ここが日本、ロシア、アメリカ、アフリカ、中国、ブラジル、フィンランドなどと指差しながら教えてくれます。
Rくんが、何の話からだったか突然、
「愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。愛はいつまでも絶えることがない」
と聖書のコリント人への手紙第1 13:4-8を正確にしかもスラスラと暗唱し始めました。
いやー、参った、参った!
どうやらご家族はクリスチャンのようです。


ふたりとも英語ができそうなので帰り際に、玄関で私が “See you!” と言って見送ろうとすると即座に、 “Good bye!” と言うだけでなく、さらに続けて “Adiew “ (アデュー) “Chao!” (チャオ)と、フランス語とイタリア語で「さよなら」と、兄妹で応えてくれるのです。
本当に恐れ入りました。


これまで多くの子どもたちを教えてきてひとつはっきり言えることは、子どもの世界の大きさ、そして将来の可能性はその子の知っている言葉、語彙力だということです。


そしてそれは取りも直さず、冒頭でヴィトゲンシユタインが語っているように、「私の言語の限界は、すなわち私の世界の限界です」。
今、これを読んでくださっている方々も同様です。
人はみな、言葉を使っていろんなことを知り、頭の中で考え、また人とコミュニケーションをとる。つまりその人の世界の大きさを決めるのです。


言葉は命です。
言葉を大切にしましょう。
子育て中の方、また妊娠中の方も含めて、お子さんに優しく、そしてたくさん語りかけてください。豊かな語彙を使って。お子さんの世界が大きく広がります。


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人の最高の部分を引き出したいなら

2018.03.21日

“If you want to get the best out of a person you must look for the best that is in him.”
--Bernard Haldane ー 1911-2002, Author
「もし、人の最高の部分を引き出したいと思ったら、その人の内にある最高の部分を探さなければならない」
--バーナード・ハルダン、作家
(訳 舟田譲二)


私たちは往々にして上のハルダンの言葉と逆のことをしているようです。
知らず知らずのうちに人の良い点よりも欠点に目が行ってしまいます。
すると、それがより一層大きくクローズアップされてしまい、こちらが不満になるとそれは相手にも伝わり、お互いに気まずい思いをして、信頼関係が壊れてしまいます。
これは夫婦関係や親子関係、きょうだい・親戚関係など近しい関係ほどよく見られます。なぜなら、普段の生活の中でよその人には見えない裏まで見えてしまうからです。
この問題が大きくなると夫婦間であれば離婚に、親子間だと極端な場合は勘当とか絶縁という形になったりします。
多くの人間関係の問題はどうやらここにあるようです。


これに対して、とても良好な人間関係を保っている人は、概して相手の良いところを見つけて、それを認めて感謝し、さらに引き伸ばすということをしています。
さらに言うと、ハルダンが述べているように、
「もし、人の最高の部分を引き出したいと思ったら、その人の内にある最高の部分を探さなければならない」
のです。


私たちも、まずは身近な人たちに対して常に上のことを意識して、その人の持っている最高の部分を探して、それを引き出していくならば、人間関係は飛躍的に改善し、お互いに WIN-WIN(双方にとって有益)の関係を築くことができるようになるでしょう。


あなたもそのような関係を築きたいとは思いませんか?


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あなたの小さな親切の行為が世界を変える

2018.03.19日
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”When you are kind to others, it not only changes you, it changes the world.”
—Harold Kushner – Rabbi and Author
「人に親切にしたら、あなた自身が変わるだけでなく、世界も変わります」
—ハロルド・クシュナー、ユダヤ教ラビ・作家
(訳 舟田譲二)


「小さな親切運動」というのがあります。
1963年3月 東京大学卒業式の告辞で、総長であった茅(かや)誠司が「小さな親切」の重要性を訴える。その後、実践例が新聞などで報じられ、社会から幅広い共感が寄せられる。
1963年6月13日 社団法人「小さな親切」運動本部設立。茅が初代代表に就任し、以後23年間同職を務める。
日常生活における「親切な行動」の実践を重視し、一般国民からの推薦によって、毎月25日に親切な行動を行った個人や団体への実行章を贈呈する。実行章の受賞内容は様々だが、清掃・花植えなどの環境美化活動、高齢者への援助、事件・事故などの迅速な対処、社会奉仕活動、ボランティア活動などである。
全国の小中学校を対象とした作文コンクール(後援は内閣府、文部科学省、NHK、毎日新聞社)や「小さな親切」はがきキャンペーン(後援は日本郵便、読売新聞社)などを主催する。
環境美化運動や車椅子贈呈運動も行い、その活動を海外にも広める。

(Wikipediaより一部引用)


「実行章」や「作文コンクール」、「はがきキャンペーン」「車椅子贈呈運動」など、「小さな運動」を促進する手段がいくつも試みられています。これらは意識を岳めるために有効です。


一方、9年前に書いた「ペイ・フォーワード」という記事も、冒頭のハロルド・クシュナーの
「人に親切にしたら、あなた自身が変わるだけでなく、世界も変わります」
の言葉を運動にしたものです。記事の中の一部を引用します。
人は他人から何か厚意を受けると、普通その相手にお返しをしようとします。しかしそれでは、その厚意は当事者間のみで完結してしまいます。
この「厚意」を受けた相手に返す(ペイ・バック)のではなく、別の人に別な形でお返し(ペイ・フォーワード)していくと、善意の輪が知らず知らずのうちにどんどん広がっていきます。
やがてそれは私たちの家族を、友達を、学校を、社会を、国を、世界を変えていくことになる、という話です。


日本のことわざ「情けは人の為ならず」もそうですが、親切な行為はもちろん当事者を幸せにしますが、その前に自分自身が幸せな気持ちになります。
もちろん幸せな気持ちになるために親切な行為をするわけではありませんが、おまけとしてついてくるのです。
さらに、この親切な行為は家族、友達、学校、社会、国、世界に広がっていき、やがては世界を変えることになる、というわけです。
これは決して理想主義ではありません。


あなたの小さな、小さな親切の行為が世界を変えます。


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引き寄せの法則なんて眉唾だ、と思う方へ

2018.03.19日
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“Feeling grateful or appreciative of someone or something in your life actually attracts more of the things that you appreciate and value into your life.”
―Christiane Northrup, M.D. - Author and Speaker
「人生において、誰か人や何かものに感謝の心を持っていると、感謝しているものや価値観を置いているものをさらに多くあなたの人生に引き寄せることになる」
―クリスチアンヌ・ノースラップ医学博士、作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


これは私自身がこれまで数え切れないほど経験し、そして信じている「引き寄せの法則」です。
このブログで何度も書いてきているので、もしご興味がありましたら、左上コーナーの「エントリー検索」に「引き寄せの法則」と入力するとそれに関する記事がたくさん出てきますので、その中で面白そうなものをご覧ください。


今日の言葉、
「人生において、誰か人や何かものに感謝の心を持っていると、感謝しているものや価値観を置いているものをさらに多くあなたの人生に引き寄せることになる」
は引き寄せの法則の中でも誰の目にも明らかな真理です。


もし眉唾だと思う方がいらっしゃったら、その逆を考えてみてください。
「人生において、誰か人や何かものに嫌な感情を持っていると、嫌だと思っているものや価値観を置いていないものをさらに多くあなたの人生に引き寄せることになる」
いかがですか?その通りだと思いませんか?
このような人をきっとご存じでしょう。
これが真ならばその逆もまた真なりです。


嫌なものを引き寄せたいと思わないでしょう。
誰でもいいものを引き寄せたいと思いますよね。
そしたら、どうすれば良いか、自ずと明らかになります。
ぜひ、お試しください。
結果にびっくりしますよ。


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本物の愛とは

2018.03.18日
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“Love is when the other person's happiness is more important than your own.”
―H. Jackson Brown, Jr.
「愛とは、自分の幸せよりも他の人の幸せのほうが大切になること」
―H・ジャクソン・ブラウン, Jr
(訳 舟田譲二)


「愛憎劇」というのがあります。
「愛憎と憎悪の念が入り混じった、あくの強い筋書の人間ドラマを意味する語。『ドロドロの〜』などの表現で修飾でされる場合も多い」
(実用表現日本語辞典)


この世においては愛と憎しみが交錯していることがしばしばです。
「死ぬほど愛してる」と言ってながら、ちょっとしたことで次の瞬間には憎しみに変わり、 相手を殺すということすらあります。これはドラマの中の世界だけでなく、日常的に起こって新聞やテレビのニュースを賑わしています。
「愛と憎しみは背中合わせ」と言われる所以です。


このような愛憎劇が示していることは、自己中心で自己の利益を求める愛は本物の愛ではないということです。「愛してる」と言いながら、相手が自分の欲求を満たしてくれることを求め、それがかなわないと途端に相手を憎むのです。


しかし、本物の愛とは相手のために自分の心も時間もエネルギーも財も、時には命をもを犠牲にする利他的な愛です。これは決して絵に描いた餅、綺麗事ではありません。このような出来事もまた実際に私たちの身の周りで起こっています。
親が子のために身を粉にして働くのもその一つですし、伴侶の介護のために一生を捧げるのも、また駅のホームで転落した見ず知らずの人を助けるために線路に飛び降りて犠牲になる人などもそうです。
三浦綾子さんの『塩狩峠』もそのような実話に基づいて創作された小説です。
まさに「事実は小説よりも奇なり」です。


そして、聖書の中の有名な言葉もこのことが真実であることを証ししています。
「人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない」
(ヨハネによる福音書 15:13)


皆さんはこのような本物の愛を経験したことがありますか?経験したくありませんか?
自分もそのような愛の人になりたくありませんか?


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障壁とは、目標から目を離したときに見えるもの

2018.03.17日

"Obstacles are what you see when you take your eyes off your goals."
--Brian Tracy, America's Leading Business Authority on Success
「障壁とは、目標から目を離したときに見えるもの」
--ブライアン・トレーシー、成功理論においてアメリカビジネス界屈指の権威者
(訳 舟田譲二)


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「障壁」は、「障害」または「困難」と言い換えてもいいでしょう。
去る平昌オリンピック・フィギュアスケート男子で、羽生結弦選手がソチ五輪に続く2大会連続の金メダルを獲得しました。国民みんなの目をくぎ付けにした演技を終えたときの上のシーンは今も多くの人のまぶたに焼き付いているのではないでしょうか。
この日の演技は本当に「神ってました」!(He was really on a roll!)


昨年11月の公式練習で4回転ルッツで転倒した際に負傷。「右足関節外側靱帯損傷」と診断され、平昌オリンピック直前まで出場が危ぶまれていました。
2カ月練習から遠ざかっていて、3週間前から練習を始め、本格的な練習はたったの1週間。ほとんどぶっつけ本番でした。
しかし、羽生選手の口から出てくる言葉は、
「僕はどんなことがあってもやる。絶対に勝つ」
「この試合は勝たないと意味がない」
「あらゆるものをスケートのために注いできた。全ては、五輪連覇のためだ」
など、彼の眼はしっかりと目標の金メダルのみを見ていました。
さらにさかのぼると、なんと11歳のときから羽生はずっと目標から目を離しませんでした。
「目指せオリンピック金メダル」


そして試合後には、
「もし何もなくうまくいっていたら、たぶん金メダルをとれていなかった」
と語りました。
さまざまなアクシデントにもかかわらず、いや、障壁に目を奪われることなく、むしろアクシデントという障壁をすら味方につけ、目標を達成しました。


まさに、冒頭のブライアン・トレーシーの言葉、
「障壁とは、目標から目を離したときに見えるもの」
をそのまま具現化して、私たちにお手本を示してくれたかのようです。


これは羽生結弦選手にしかできないことなのでしょうか?
いいえ、原則とは誰にでも当てはまるものです。
要は、目標を達成できることを疑わず、それに向けて行動するかどうかです。


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準備された人のところに幸運が訪れる

2018.03.16日
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"I say luck is when an opportunity comes along and you’re prepared for it."
--Denzel Washington – Actor, Director, and Producer
「幸運とは、準備された人のところにやってくるチャンスだ」
--デンゼル・ワシントン、俳優・監督・製作者
(訳 舟田譲二)


今から十数年前のことですが、ロサンゼルスの市庁舎の前で靴磨きをしている若者がいました。
年齢は28〜29歳ぐらいで、外国人風でした。
ひとりの客がこの青年のところに靴を磨いてもらうために近づくと、彼は本を読んでいました。
「君は何をしているの?」
と客が尋ねると、彼は答えました。
「僕はイランからやってきました。手に技術もないし、何の資格も持っていないので、靴磨きをやりながら勉強しています。お客さんを待っている間、時間を利用して本を読んでいるのです」
「そう、偉いね。何の本を読んでいるの?」
「将来エンジニアになりたくて航空力学の本を読んでいます」
この青年は、空き時間を利用して航空力学の本を読んで勉強していたのです。


数年後、同じところを通りかかった先ほどの客が例の靴磨きのところに行きました。
ところが、別の青年が漫画を読んでいました。
客が尋ねました。
「以前ここにいたイラン人の青年はどうしたの?」
「ああ、彼ならUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のエンジニアリング学部に行って、そこで成績はオールAを取って卒業し、マクドネル・ダグラス社(1997年にボーイング社に吸収合併)に就職したよ。年収75,000ドルだって。ラッキーだよね!」


これは実話です。
この話を聞いて、靴磨きをしていたイラン人の青年のことをラッキー(幸運)だと思う人がいるでしょうか?
この青年は将来エンジニアになりたりたいという夢を持って、いつも航空力学の本を読んでその準備をしていたのです。
しかし、なんと多くの人が他人の成功話を聞いて、「ラッキーだ」と思っていることでしょうか。
この世に「幸運」というものは確かに存在します。
しかし、その幸運さえ、棚からぼた餅で上から落ちてくるのではありません。
そこに至るまでに本人の苦労や努力が必ずあります。


去る13日には対局数、勝数、勝率、連勝と記録部門4冠を確定させたばかりの棋士、藤井聡太六段(15)が昨日、名人戦・順位戦C級2組10回戦で三枚堂達也六段(24)を下し、10勝全勝で終えました。
記録づくめの藤井六段ですが、「あまり意識してはいなかったですけど、1局1局全力で臨んでこうした結果を残せた」と謙虚に語っていました。


藤井さんは5歳の夏、祖父母から将棋の手ほどきを受け、その年の12月に瀬戸市内の将棋教室に入会。入会時に師範から渡された、500ページ近い厚さの所司和晴『駒落ち定跡』を、まだ読み書きができなかったけど符号を頼りに読み進め、1年後には完全に理解・記憶したといいます。
今の藤井さんの目を見張るような活躍の背後には、このような地味なコツコツとした努力の積み重ねがあるのです。
上のイラン人の青年の話を彷彿させます。


小さなことの積み重ねがやがて大きな違いを生み出し、準備できたところに幸運が訪れるのです。


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人を元気にする人

2018.03.15日
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"Choose people who lift you up."
--Michelle Obama – Former First Lady of the United States
「あなたを元気にしてくれる人を選びなさい」
--ミシェル・オバマ、前米国大統領夫人
(訳 舟田譲二)


ミシェル・オバマさんと言えば、ご存じ前米国大統領オバマ氏の夫人です。
ファーストレディとして私は個人的に好感を持っていました。
シカゴの黒人貧民街「サウスサイド」で奴隷を先祖に持つ労働者階級の家に生まれ育ちました。努力家でプリンストン大、ハーバード法科大学院へ進み弁護士になり、勤めていた法律事務所でインターンとして現れたハーバード大在学中のオバマ氏と知り合い結婚しました。
アフリカ系アメリカ人として初めての大統領夫人になったという、まさにアメリカンドリームを具現化したお手本のような人物です。


そのミシェルさんの冒頭の名言、
「あなたを元気にしてくれる人を選びなさい」
にもまったく同感です。


この言葉を逆に言うと、"Choose people who put you down." 「あなたを不快にする人を選びなさい」となりますが、こんなことをする人は世界中どこを探してもおそらくいないでしょう。
でも、果たして自分が「人を不快にする人」になっているようなことは絶対にない、と言い切れるでしょうか。
特別な事情でもない限り意識的にそのようなことをすることはもちろんないでしょうが、気が利かないために無意識のうちにやることは誰でもあると思います。


「カタルシス」という言葉があります。これはもともと古代ギリシャの哲学者アリストテレスが演劇用語として使った言葉で、「悲劇により精神を浄化すること」という意味です。
今日的に平たく言うと、「心のもやもやがスッキリと解消される」ということです。
私たちが映画やドラマを観ていたり、小説などを読んでいて勧善懲悪(善を勧め、悪を懲しめる)のストーリーを見ると私たちはスッキリします。逆に、悪が勝つ結末を見ると私たちは何とも言えないもやもや感が残ります。


「人を不快にする人」はみんなから嫌がられるものです。
「人を元気にする人」はみんなから好かれ、慕われます。
私たち自身もそのような「人を元気にする人」になりたいものです。
また、友を選ぶときには「人を元気にする人」を選びましょう。


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自信喪失で悩むか優越感で傲慢になるか

2018.03.14日
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"The reason why we struggle with insecurity is because we compare our behind the scenes with everyone else’s highlight reel."
--Steven Furtick - Pastor
「私たちが自信喪失で悩む理由は、自分の陰の部分と他人のハイライトの部分を比較するからだ」
--スティーヴン・ファーティック、キリスト教牧師
(訳 舟田譲二)


本文中の behind the scenes という言葉は、文字どおりには「舞台裏」。すなわち、人に当てはめれば「陰の部分」で、highlight reel はテレビなどで繰り返し放映される「見せ場のシーン」のことです。それで、「自分の陰の部分と他人のハイライトの部分を比較するからだ」と訳しました。


自分の舞台裏のシーンとは、他人が見ることのできないいわば秘密の部分で、自分だけが知っている「陰の部分」です。
これに対して、他人の「陰の部分」というのは、週刊誌などがいくら暴き立てたとしても他人のすべてを知ることは不可能です。そこで、どうしても私たちは他人に関しては「ハイライトの部分」つまり上辺のいい面を見て、それを自分の陰の部分と比べて自信喪失に陥ります。


あるいは、私たちがニュースや伝聞などで知り得る他人の「陰の部分」を知り自分と比べて、自分はこの人よりも優れていると、優越感を味わったり、人を見下したりします。


つまり、どっちに転んでも自分と他人を比較することは、劣等感で悩むか優越感で傲慢になるかで、いいことはひとつもありません。
あくまでも自分は自分、他人は他人。たとえ家族のメンバーであってもそうです。


人と自分を比較しないようにしましょう。
また、自分の子どもや家族を他人と比較することも同じことです。
ありのままを受け入れること、それが健全な自己イメージを育てることにつながり、ひいては幸せな人生を歩めることにもなります。


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今日は明日のための準備の日

2018.03.13日
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"You had better live your best and act your best and think your best today; for today is the sure preparation for tomorrow and all the other tomorrows that follow."
--Harriet Martineau - 1802-1876, Write
「今日という日、最高の生き方をし、最高の行動をし、最高の考え方をしたほうがいい。というのは、今日は明日のための、そしてそのあとずっと続く日の確かな準備の日だからです」
--ハリエット・マルティノ、作家
(訳 舟田譲二)


果たして自分がマルティノの冒頭の言葉どおりの生き方ができているか、と言えば甚だ疑問ですが、そのように生き、行動し、考えるよう絶えず意識はしています。
ただ、彼女が言うように、そのような生き方をすることが明日のための、明日の明日、そのまた明日と、ずーっと将来につながる最善の準備だ、という意識はあまりしていませんでした。
でも言われてみれば本当にそのとおり。
そして、日々そのような生き方をすること自体が、自分の全人生を決定づける、というのはまことに至言です。


「人は生きてきたようにしか死ねない」とよく言いますが、確かに毎日の生き方が一生を決め、そしてその延長線上で人生の終着駅である死に方さえも決定します。


私はいつ命を取られても後悔することはありません。
それは日々、精いっぱい生き、行動し、考えているから。
もちろん、まだまだこれもしたい、あれもしたい、という思いや願いはあります。
だけど、日々の生き方で後悔しないよう、一瞬一瞬を思いっきり生き抜いています。
皆さんはいかがですか?


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苦手を克服する方法

2018.03.12日
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“It is not because things are difficult that we do not dare; it is because we do not dare that things are difficult.”
--Seneca ー 4BC-65AD, Philosopher
「私たちは難しいからやろうとしないのではない。むしろ、やろうとしないから難しくなるのだ」
--セネカ(BC4-AD65)、哲学者
(訳 舟田譲二)


哲学者セネカについては過去に二度このブログで取り上げました。ご興味のある方は「臨死体験⁉︎」「ストイックな、あまりにもストイックな」の中に個人的な経験を交えて少し書きましたのでご覧ください。


さて、今日の冒頭のセネカの言葉、
「私たちは難しいからやろうとしないのではない。むしろ、やろうとしないから難しくなるのだ」
を読んで皆さんはどう思われますか?
きっと、共感を覚える方が多いのではないでしょうか。
私自身も当てはまります。
ただ、自分のこのような弱さを知っているので、敢えて自分に鞭打ってやらざるを得ない状況に追い込み、できる限りやるよう努めています。


運動をしてこなかったため身体のあちこちにガタがきていると悟ると、医者やテレビの健康関連番組のススメに従ってすぐにウォーキングを始めました。
iPhone に Pacer というアプリを入れて、ウォーキングの励みにしています。
記録を見ると、そのときどきの体調がひと目で分かり、動機づけと目標設定に役立ちます。
下のはこの半年間の記録です。


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調子いいときは毎日1万歩以上、6km以上歩いているのですが、昨年10月21日に転倒して肋骨を強打し激しい痛みからしばらく寝たきりになりました。回復してウォーキングを再開する12月4日まで落ち込んでいるのが分かります。
その後がんばって徐々に距離を伸ばしていき、平均6.4km歩いていたのですが、一旦治ったかと思っていた繊維筋痛症の痛みが再発した去る2月26日からまた歩行距離が落ち込みました。
でも、このままではダメだと思って、またここ3日間少しずつ距離を伸ばしています。


セネカの「私たちは難しいからやろうとしないのではない。むしろ、やろうとしないから難しくなるのだ」の言葉は痛いほどよく分かります。


これは学生であれば勉強に、社会人であれば仕事にと、どんなことにも当てはまります。
要は自分の意志の問題。
人は基本的には楽なほうに流されるものです。
そして、楽しようとしてやらないでいるとどんどんやるのが難しくなっていきます。
皆さんにとって「やるのが難しい」鬼門になっていることは何ですか?
でも、やろうとしないでいるとどんどん難しくなっていき、結局なにもできなくなります。
思い切ってやってみる、そしてそれをコツコツ続けること。
これで、苦手や億劫なことも克服できるようになりますよ。


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ご近所付き合い

2018.03.11日

子どもの頃は結構濃密な近所付き合いがありました。
母がなにか料理を作ると、向こう三軒両隣みたいな感じで、お皿に載せてお裾分け、そしたらそのお皿の上に別の料理が載せられて戻ってくる、という懐かしい昭和時代の近所付き合いです。お互いの家庭の家族構成やおよその年齢、一家の主の職業などもだいたい知っていました。
しかし、最近ではこのような近所付き合いは、おそらく田舎にでも行かない限りそうそう見られません。


今日のテーマの「ご近所付き合い」は、そのような意味での私の近所付き合いのことではありません。
オモシロ英語の「ご近所付き合い」です。


まず第1番目。


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これは皆さんお馴染み、ヤマダ電機のキャッチコピーです。
"For Your JUST" 「あなたの暮らしに、ちょうどいい」の英語版なのですが、日本人にはしっくりくる英語かもしれませんが、英語の分かる人にとっては「???」です。
「あなたの暮らしに、ちょうどいい」を強いて英語に訳すとすれば、"Just For Your Living" あるいは "Just Right For Your Lifestyle" などになるかと思いますが、これだと長ったらしくってキャッチコピーにならない。そこで、バッサリと切って日本語をそのまま英語にして "For Your JUST" 。英語が変なのは重々承知のうえで、「えいやっ!」と。なぜなら、これはアメリカ人相手のキャッチコピーではなく、日本人向けのものだから日本人に分かればそれでいいわけです(笑)。


2番目。


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"Let's get it start!" 「さあ、始めよう!」。
これは文法的な間違いで、正しくは "Let's get it started!" としなければなりません。
英語の口語表現でよく使われる言い方で、 "Let's get it done" と言えば、「終わらせよう」の意味。
これなどは、ちょっとネットで調べればすぐに分かることなのですが。


3番目。
これもご近所で以前見かけたもの。
お店のガラスの玄関ドアに "WELL COME!" (さあ、来い!?)とありました。
"WELCOME!" のつもりです。これもちょっと調べてくれればいいのにと残念に思います。
ここはリフォームした際にちゃんと正しく直されていました。きっとだれかが教えてあげたのでしょう。


4番目。
塾のチラシが新聞折込みされていました。
先生が黒板の前に立って英語を教えている写真が写っています。
過去形を教えているようです。
黒板には "play → played" などが書かれていて、最後に "see → saw" と不規則動詞が挙げてあります。
ところが、その下にご丁寧にカタカナで「ソウ」と読みがなが打ってあります。
これは発音記号で書けば【sɔ́:】で日本語表記では「ソー」となります。
生徒がよく間違えるので、私は LAWSON と書いて生徒に読ませます。
するとみんな間違いなく「ローソン」と言います。そこで、 LAWSON から SON を隠して読ませると「ロー」と言います。今度は LAW から L を取って読ませると「オー」と言います。
「じゃあ、saw を読んでごらん」と言うと、「ソー」と読みます。
そこで、「そーだよ。そうじゃないんだよ」と言って、aw の発音は「オー」と教えます。


ついでに w は「ダブリュー」と言いますが、これはもともと「ダブル ユー」で u がダブル(2こ)で、昔 w は uu で筆記体の ω のように書いていたのです。
ですから、uと w は親戚のような関係で、au も aw も同じように「オー」と発音され、絶対に「オウ」にはならないと、私はおまけで教えます。生徒はこのような周辺知識を興味を持って聞くのでよく覚えてくれます。
auto を「アウト」と読む生徒がいたら私は「アウト!」と言って、「じゃあ about は何て読む?」と尋ねると、必ず「アバウト」と答えます。そこで ab を隠して out を読ませるとみんな「アウト」と言うので、「アウ」の発音は英語では ou とつづるんだよ、といった調子で教えます。


英語は奥が深いです。でも、その分楽しいです。


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ちょっぴり怖くてもチャレンジしてみよう

2018.03.10日
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"If it isn’t a little scary it probably isn’t worth your time."
--Ted Murphy - Entrepreneur
「もしちょっぴり怖いものでなければ、おそらくそれは大した価値のあるものではない」
--テッド・マーフィー、起業家
(訳 舟田譲二)


「ちょっぴり怖いもの」と言えば、スリラーやホラー映画、お化け屋敷、アミューズメントパークのローラーコースターなどもいわばその一例でしょう。
また、世界には怖いもの見たがり屋のための観光名所もたくさんあります。



実際のところ、肝試しのようなつもりで断崖絶壁を歩いていて転落事故死する人もいますし、つり橋から峡谷の川に飛び込んで死ぬ人もいます。
個人の勝手と言えばそれまでですが、これらの事故のために多くの人に迷惑をかけることもあるし、敢えてやるほどのことではないでしょう。


ここで起業家テッド・マーフィーが言う、
「もしちょっぴり怖いものでなければ、おそらくそれは大した価値のあるものではない」
というのは、上のような意味ではないでしょう。


たいていの人は何か新しいことを始めようとするときや、難しいことにチャレンジしようとするとき、怖く感じるものです。怖く感じなければ、それはチャレンジとは言えません。チャレンジでないものは、ごく普通の当たり前のことです。
人それぞれ器が違いますから、自分の背丈に合った範囲内で現在の力より上のことにチャレンジするのは、少々怖くても価値があります。なぜならチャレンジしなければ、いつまでも同じところに留まっていて前進することがないからです。
たとえ怖くても新しいことにチャレンジしてきた人たちのお陰で、今日の世界があるからです。


あなたは今、自分のうちになにかチャレンジしたいと思っていることはありませんか?
勉強や仕事や、趣味などどんなことでもいいのです。
ひょっとしたら、それは人に迷惑をかけたことで謝る勇気かもしれません。
今まできつく当たってきた子どもや伴侶、きょうだい、友人などに思い切って接し方を変えることかもしれません。
これもちょっぴり怖くて勇気のいることです。
現状を変えるためにちょっぴり怖くてもチャレンジしてみませんか?


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人生、賢く生きなければ損

2018.03.09日
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"Kiss slowly, laugh insanely, live truly and forgive quickly."
--Paulo Coelho - Author
「ゆっくりと口づけし、狂ったように笑い、真実に生き、そして素早く赦しなさい」
--パウロ・コエーリョ、作家
(訳 舟田譲二)


上のコエーリョの言葉を逆に言ってみましょう。
「素早く口づけし、静かに笑い、偽りに生き、そして赦すのは先延ばしにしなさい」
なんと味気ない、不気味で、恐ろしく、苦しい人生でしょうか。
しかし、この世の中、見渡すとこのような生き方をしている人が少なくありません。
それを遺伝のせいにしたり、環境のせいにしたり、他人のせいにしたり、神のせいにしたりして、自ら不幸な道を歩んでいるのです。


でも、これは自分の選択です。
たとえ親であろうと、伴侶やきょうだい、教師や先輩であろうと、会社の社長、あるいは独裁国家の元首であろうとも、だれもひとりの人の人生を支配することはできません。
ひとりの人の人生はすべてその人の選択と意志によるのです。


オプラ・ウィンフリーの名言に、
「人生最大のレッスンは、あなたの人生に責任を負うのはあなた自身ということ」
というのがありますが、本当にそのとおりです。


「素早く口づけし、静かに笑い、偽りに生き、そして赦すのは先延ばしにしなさい」
という生き方をするより、
「ゆっくりと口づけし、狂ったように笑い、真実に生き、そして素早く赦しなさい」
という生き方のほうがはるかに素晴らしいことは誰の目にも明らかです。
これは取りも直さず自分自身のためであり、そしてこのような生き方をするとき、周りの人たちもみんな幸せになれます。


人生、賢く生きなければ損です。


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コツを見つけ、身につけるコツ

2018.03.08日
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「コツは同じことをコツコツ繰り返して発見し、身につける」
(舟田譲二)


何をするにもコツがあります。
それこそ息をすることから、普段の身体の姿勢や、歩き方、字の書き方、文章の書き方、絵画や彫刻などの芸術分野、スポーツの技術、コーチングやカウンセリング、ゲームの仕方、料理、掃除、子育ての仕方、良好な人間関係、楽器の演奏の仕方、歌の歌い方、勉強の仕方、仕事の世界、学問の世界、詩や小説を書くのにも、俳優の演技等々、およそ私たちの生活全てにおいて「コツ」があります。
皆さんも、きっと何かの分野でコツを発見し、身につけられたことがあるのではないでしょうか?


寝方にすらコツがあります。
私など不器用なので寝ているときですら体に力が入っていて、朝目覚めたとき体が疲れていたり、首や肩、腰、腕などが痛くなっていたりすることがしょっちゅうです。
意識しなければ呼吸も無意識のうちに浅くなっています。
おそらく体が常に緊張状態にあるので、身体も精神も疲れやすいのでしょう。そして、これがさまざまな病気の原因になっているものと思われます。
健康な人は、呼吸の仕方のコツを身につけていますし、それぞれの分野で活躍している人はみんなそのコツを見つけた人たちです。


健康な人やスポーツができる人など見ると羨ましくなります。
14歳の卓球選手・張本智和やフィギュアスケートの羽生結弦選手など、私とはまるっきり別世界に住んでいます。
また美しい声で歌うことができる人や楽器を見事に演奏できる人も私は心から尊敬しています。


すべてにコツがあるのです。
彼らはそのコツを見つけて、さらに練習して身につけたのです。
勉強ができる子を見ていてもそのことがよく分かります。
これまで幼児から大人まで大勢の生徒を指導してきて、数えきれないほどこのことを実感しています。


中学3年生になって、英語がほかのどの教科よりも苦手で、「英語は無理。不可能。死んでいる」と言っていたのに、集中して徹底的に指導したらほんの短時間で英語を得意教科にし、入試では得意だった数学の得点を上回って最高点を取った生徒が何人もいます。そのうちのひとりは中学校の数学、もうひとりは理科の教師になっています。
英語の発音が苦手だった子も徹底指導したら、ネイティブのようにうまくなったケースもあります。
その結果、現在中学校の英語の教師をしている人が何人かいます。
彼らもコツをつかんだのです。


そう言う私も英語の発音や勉強法でコツをつかみました。
これをきっかけに、他の教科にもつながる勉強法のコツも分かるようになりました。


教え方全般のコツもつかみました。
まったくの金づちで1メートルも泳げなかった妻に息継ぎやバタ足、腕のかき方など一から教えたところ、今では毎週プールに通い、クロールで600m泳ぐようになりました。
11歳年の離れた妹が幼稚園の頃、縄跳びが全然できなかったのですが、教えた結果いつの間にか二重跳びで何十回も跳べるようになり驚かされたこともあります。
人間関係にもコツがあります。人と話すことすらできなかった人が社交家になったケースがいくつもあります。


どのようにしたらいろいろな世界でコツを見つけ、ものにすることができるのでしょうか。
コツをつかんでものにした人たちを見ると共通項が見えてきます。
1.その世界に興味を持ち好きになり、最後にはハマってしまっています。
2.ハマってしまい楽しくて仕方がないので一生懸命繰り返し、繰り返しやります。
3.繰り返しやっているうちに身体が覚えます。
4.良い教師やコーチに出会うこと。

これがコツです。
コツがつかめない、身につかないと言う人はまだ十分に続けてやっていない、まだこの段階に達していない、あるいは最善の教師やコーチに出会っていないのです。


身につけられるまでにはかなりの時間がかかります。ですから早期教育が大切なのです。
ずいぶん前、「1万時間の壁」という記事を書きましたが、必要な時間は1万時間ぐらいではありません。
今、各界を賑わしているスポーツ選手や棋士、音楽家等の芸術家など、そのほとんどが3〜4歳という幼少期に始めています。
きっかけは、両親や兄姉、親戚など身近な人がやっているのを見て興味を持ったことです。
親や身近な人が良いお手本を示すことがいかに大切かということことを物語っています。
そして、そのような環境を整えることも大切です。
しかし、何よりも大切なのは本人の上達したい、ものにしたいという固い意志です。


最後に、早期教育がいかに大切とは言っても、それは年を取ってからでは遅すぎる、という意味ではありません。気がついたときが最善の時です。プロにならなくてもいいのです。
どの世界にも遅咲きの人はいます。
私も、遅まきながら今、この年になって健康づくりに一生懸命取り組んでいます。
まだまだ時間はかかりそうですが。
あなたも何かにチャレンジしませんか?


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可能性の限界とは

2018.03.07日
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"Our thoughts and imaginations are the only real limits to our possibilities."
--Orison Swett Marden − 1848-1924, Author
「我々の思考力と想像力だけが、我々の可能性の真の限界だ」
--オリソン・スウェット・マーデン、作家
(訳 舟田譲二)


どのような問題でも「可能性」は常に無限にあります。
その可能性を小さくしているのは、私たちの思考と想像です。
無理だと思ったら、その時点でどんなことでも不可能になってしまいます。


今から30年前のこと。
高校生のWくんという子がうちの英会話教室に通っていました。
当時の彼は学校の勉強はまったくせず、近くの海岸で毎日サーフィンに興じているティーンエイジャーでした。ご両親は彼の将来が見えない、と言ってとてもご心配していらっしゃいました。
ただ、英語だけが好きで、毎週熱心に英語を学びにやってきていました。
「好きこそものの上手なれ」で、彼の英語力は次第に伸びていきました。


やがて高校を卒業する段になり、アメリカの高校に留学してもっと英語を勉強したいと言ってきました。彼が勉強するのならと、ご両親も賛成してくださり、私はアメリカ人の友人に頼んでホームステイ先を紹介してもらい、現地の高校3年生に編入しました。
最初のうちは結構苦労したようです。
しかし、向こうの空気に慣れ、そのうちアメリカでの生活のほうが彼にとって合うようになってきたのでしょう。高校卒業後はコミュニティカレッジという2年制の大学に進学し、さらに大学に、そして大学院に進学し、そこでカウンセリングを学びました。


Wくんはなんとそこで生涯の伴侶となるアメリカ人女性と出会い、結婚し、現地に永住して今ではプロのカウンセラーとして活躍しています。
10年前にWくんと奥様、お嬢さんにお会いしました。とっても素敵なご家族でした。そのとき彼は36歳。ということは今ではもう46歳。ハーフのお嬢さんは、私が教えていた頃のWくんと同じ年齢のティーンエイジャー。
周囲に日本人がほとんどいない環境で、すっかりアメリカ人になっていることでしょう。


Wくんが通っていた高校は、この辺りではいわゆる三流校。そこから大学に進学する生徒はほとんどいません。
毎日サーフィンに明け暮れていた彼自身、将来自分がアメリカに留学して、アメリカの大学院で学び、アメリカ人と結婚し、アメリカで仕事をするようになるなんて夢にも思っていなかったことでしょう。ただ英語好きだったということで、彼の人生は誰も想像だにしなかった方向に進んでいったのです。


どのような問題にでも、誰にでも「可能性」は常に無限にあるのです。
可能性を小さくしているのは、私たちの思考と想像です。
思考力と想像力を鍛え、伸ばしていくなら、可能性は無限に広がっていきます。
そして人生は変わります。


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この感動をご一緒に

2018.03.06日
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"It’s not about how hard you can hit; it’s about how hard you can get hit and keep moving forward."
--Rocky Balboa, From the Movie Rocky
「要はどれだけ強く殴ったかじゃないんだ。どれだけ強く殴られ、それでも闘い続けるかなんだ」
--ロッキー・バルボア、映画『ロッキー』より
(訳 舟田譲二)


映画『ロッキー』と言えば、映画通の人なら知らない人はいないというほどの名作で、1976年に大ヒットし、その後『ロッキー2』、『ロッキー3』、『ロッキー4/炎の友情』、『ロッキー5/最後のドラマ』、『ロッキー・ザ・ファイナル』とシリーズ化されましたが、いずれも大当たり。


1976年はちょうど私がアメリカに留学していた頃。
ロサンゼルスでは大フィーバー。街中の映画館で満員御礼状態でした。
でも、私はなぜかこの映画に全く興味を示さず、帰国後もテレビで何度も洋画劇場などで放送、再放送されましたが、ついに一度も観ませんでした。
理由のひとつは、ボクシングが低俗なスポーツという偏見を持っていたこと、殴り殴られ血を流す残酷なシーンを見たくなかったことなどによります。


でも、昨日この冒頭のロッキーの言葉に惹かれて、『ロッキー』についてWikipediaで初めて読んだところ、なんと私の偏見が打ち砕かれ、大きな感動を覚え、さらに共感しました。思っていたような薄っぺらい映画ではありませんでした。しかも、ロッキー役を演じたシルベスター・スタローンの人生ともちょうど重なる、本当の感動ストーリーなのです。
(内容については『ロッキー』をご覧ください)


共感を覚えたというのは、ロッキーが語っている上の名セリフ、
「要はどれだけ強く殴ったかじゃないんだ。どれだけ強く殴られ、それでも闘い続けるかなんだ」
に自分の姿を映したからです。
とは言っても、私はスポーツマンとは対極にいるような人間で、さらに殴り合いなどケンカすらしたことのないひ弱な者なので、もちろん文字どおり「殴る」とか「殴られる」という世界の話ではありません。


恥をさらすようですが、このブログでこれまでたびたび書いてきた私のさまざまな病歴です。
とくに数年前に患ったてんかん、そして一旦「絶不調から絶好調」になったかと思った直後の去年の繊維筋痛症発症。そして、それすら遂に克服したかと思うほど、ここ数か月またまた絶好調だったのですが、1週間ほど前からまた繊維筋痛症の症状が出てきて、毎日首から肩、背中、腰が強く痛み、遂に昨日思い切ってかかりつけの整形外科に診てもらいに行きました。
1か月ほど前から止めていた痛み止めの薬をまた処方してもらい、リハビリも再開しました。


妻がよく言います。
頑張りすぎだ。やり出したら何でも一生懸命やりすぎる。これだけ次から次へと病気に打たれてもよく懲りないで続ける、と。
実は昨日から始まった新年度の授業でもちょっと頑張りすぎでしまったのです。
でも、ちょっとオーバーに言えば、私の今の気持ちはロッキーの言うところの
「要はどれだけ強く殴ったかじゃないんだ。どれだけ強く殴られ、それでも闘い続けるかなんだ」
と同じなのです。
下に『ロッキー』の予告編を載せます。
もし興味を持たれたらDVDで観てください。そして、感動をぜひ一緒に味わってください。



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人生楽しく、幸せに生きるコツは

2018.03.05日
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“Humor and joy contribute to my total well-being, so I laugh a lot today!.”
--Louise Hay - 1926-2017, Author and Publisher
「ユーモアと喜びは私の完全な幸福の源。だから私は今日もいっぱい笑う!」
--ルイーズ・ヘイ、作家・出版者
(訳 舟田譲二)


ルイーズ・ヘイは生後18カ月で両親が離婚。貧困により5歳まで孤児院で過ごし、その後実母に引き取られたものの再婚した母からの虐待、 義父、隣人からのレイプに絶えられず15歳で家出。その後ファッションモデルとして活躍し、結婚・離婚を経験しスピリチュアルの道へ。
「思考を変えれば人生は変わる」ということに気づいたヘイは必死で勉強し、どのような思考がどのような身体不調に関連しているかなどを研究し、『ライフ・ヒーリング』などの本を著し世界的なヒットに。


「アファメーション」という肯定的な言葉を自分に言い聞かせることで、自らの人生を変えていくという新しい手法に至り、それを世界中に広めて幸せになる人を生み出すという使命に生きました。
苦難の人生を歩んできたルイーズ・ヘイが
「ユーモアと喜びは私の完全な幸福の源。だから私は今日もいっぱい笑う!」
と言っているのは実に説得力があります。
彼女が幸せになれるのなら、それこそ幸せになれない人なんかひとりもいないんじゃないか、と思うほどです。


私もこのアファメーションを日々の生活の中に取り入れています。
そして、毎日鏡に向かうたびに自分に微笑みかけます。
すると不思議なように幸せな気持ちになれます。鏡の中の自分が自分を幸せにしてくれるのです。
また、ルイーズ・ヘイのようによく笑います。
眉間にしわを寄せて悩んだり、イライラしたり、人に当たったり、暗いことを考えているより幸せになれ、人生が楽しくなりますよ。


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過去に置いてきたものと将来待ち受けているもの

2018.03.04日
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"There are far, far better things ahead than any we leave behind."
―C.S. Lewis -1898-1963, Novelist
「私たちが過去に置いてきた何ものよりも、比較にならないほど素晴らしいものが将来に横たわっている」
―C・S・ルイス、小説家
(訳 舟田譲二)


「懐古主義」という言葉があります。
「昔は良かった…」というやつです。昔を懐かしみ、過去の思い出を大切にするのはいいことです。しかし、いつまでも後ろばかり振り向いていて、現実を直視しなかったり、過去にどっぷり浸っているのはあまり建設的とは言えません。


好むと好まざるにかかわらず、いつの時代も時はどんどん流れているので、私たちは現実を受け入れ、未来を見て前進していかなければなりません。
C・S・ルイスが言うように、「私たちが過去に置いてきた何ものよりも、比較にならないほど素晴らしいものが将来に横たわっている」と信じなければ、未来に対して希望が持てなくなり、それはすなわち現在の生き方に少なからず悲観的な影響を与えることになります。


現在の社会風潮を見ていると、ちょっと首を傾げたくなるようなことや、ついていけないこと、また不安になることなどがあります。
私なども、このままどんどん進んでいったら将来が危うくなるのではないか、と危惧するようなことが多々あります。
たとえば、核問題や民族・宗教問題などが複雑に絡まった緊張した国際関係、地球温暖化や環境汚染などによる生態系の破壊、近年急速に進んできた医療技術に伴う生命倫理にも関わる様々な問題、LGBTや性転換手術を始めとする男女間や性別を超えた諸問題、AIの発達による近未来社会に対する不安等々挙げ出せば切りがありません。


でも、私たちはこれらの問題から目をそらし、昔を懐かしんで生きていくことはできません。
このような時、私たちが過去に置いてきた良いものよりも、将来にはさらにもっと比較にならないほど良いものが待ち受けているに違いないという希望を持たなければ、私たちは生きていけなくなります。
考えてみれば、人類の歴史はこのような問題と常に向き合い、危機感とともに生きつつ発展してきたのです。


また、このことはさらに私たち自身の個人の生活にも直接関わっています。
健康の問題から仕事、結婚、子どもたちの問題、老後の問題etc, etc、常に様々な問題と直面しています。
言い換えれば、問題のない人生なんてあり得ないのです。
ですから結論としては、やはり
「私たちが過去に置いてきた何ものよりも、比較にならないほど素晴らしいものが将来に横たわっている」
と考えるしかない、ということになります。


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有言実行の人

2018.03.03日
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"Love all, trust a few, do wrong to none."
--William Shakespeare ー 1564-1616, Poet, Playwright, and Actor
「すべての人を愛しなさい。しかし、ごくわずかな人だけ信頼しなさい。そして、誰に対しても悪を計ってはいけません」
--ウィリアム・シェイクスピア、詩人・劇作家・俳優
(訳 舟田譲二)


「すべての人」「ごくわずかな人」「誰に対しても◯◯するな」と、日常生活の中で接する三段階のレベルの人間関係において私たちがなすべきことを、シェイクスピアがレッスンとして教えてくれています。


第1に「すべての人を愛すること」
これは言うは易し行うは難し。
私たちは生身を持った人間ですから誰でも嫌な人、好みでない人、馬の合わない人だっています。
にもかかわらず、シェイクスピアはここで「すべての人を愛しなさい」と私たちに勧めています。果たしてそんなことができるのでしょうか?
「好き・嫌い」というのは感情。
それに対して「愛する」というのは意志の世界です。
シェイクスピアは意志の力で「すべての人を愛しなさい」と勧めています。
なぜ? それが私たち自身のためだからです。波長の合わない人を排除していたら、決して幸せな人生を歩むことはできません。なぜなら波長の合う人だけと暮らすことはできないからです。馬の合わない人をも愛することによって私たちは平和に生きることができるのです。


第2に「ごくわずかな人だけ信頼すること」
好むと好まぬにかかわらず、残念ながらこの世の中、嘘をつく人、自分の利益を得るために人を騙す人、人に危害を加えるような人が現実にいます。私たちは知恵を用いて信頼できる人を見極めなければなりません。
「すべての人を愛する」ことと「ごくわずかな人だけ信頼する」ことは決して矛盾していません。
信頼できない人、私たちに悪を働く人を赦し、愛することは難しいことではありますが、決して不可能なことではありません。現に歴史上の著名な人物がそのお手本をたくさん残してくれています。


第3に「誰に対しても悪を計らないこと」
たとえ人にひどい目に遭わされたとしても復讐したり、悪を計ろうとしないこと。
これもひいては自分のためです。
人に悪を計ることは、まわりまわって結局自分の首を絞めることになります。
「できる限りすべての人と平和に過ごしなさい。
悪に負けてはいけない。かえって、善を持って悪に勝ちなさい」
(ローマ人への手紙12:18, 21)


シェイクスピアは謎に満ちた人物で、その人となりはよく知られていません。
しかし、四大悲劇「ハムレット」「オセロ」「リア王」「マクベス」のほか、「ロミオとジュリエット」「真夏の夜の夢」「ベニスの商人」など数多くの名作を残し、言葉の豊かさ、性格描写の巧みさなどで英国ルネサンス文学のみならず世界の文学の最高峰と称されています。
また、人から後ろ指を指されることなく、経済的にも大成功を収め、数多くの名言を残し、後世の人に大きな影響力を与えているところから見ても、シェイクスピアが有言実行、言行一致の人物であったことは想像に難くありません。
そのような人物が残した教えから学ぶことは、私たちにとって大変益なことです。


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冬季オリンピック「パシュート」?

2018.03.02日

もうすぐピョンチャンパラリンピックが始まります。いろいろなドラマがある感動的なパラリンピックもまた楽しみです。


それにしても1週間前のピョンチャンオリンピックのパシュート、とても感動的でした。
翌日の新聞の見出しトップに

女子追い抜き「金」


の文字が踊っていました。
しかし、この見出しを見た妻が「?」。
「女子追い抜き『金』ってどういうこと? 女子が男子を追い抜いたの? 男子が女子を追い抜いたの?」
それを聞いた私も「?」。
記事を読んでガッテン。
「追い抜き」というのは「パシュート」の日本語訳だったのです。


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それにしても、この見出しはとてもあいまいだと思いました。
妻は次のようなイントネーションで読んだのでした。おそらく多くの人がそのように読んだのではないでしょうか。(アンダーラインは低いピッチで、オーバーラインは高いピッチで読みます。地名のに対して、人名のえののように)




これだと、「追い抜いて」という意味になります。


でも、正しい読み方はこうです。



すなわち、「追い抜きという競技で」。
日本語は難しいです。


さらに「?」だったのが、「パシュート」という競技名。
オランダかノルウェーなど北欧の言葉かと思っていましたが、なんと英語の pursuit でした。意味は「追跡」「追いかける」です。「追い抜き」ではないのです。
そして、この pursuit の発音は「パシュート」ではありません。
発音記号で表すと、【pərsúːt】〔パスート〕、もしくは【pərsjúːt】〔パスュート〕です。前者はアメリカ英語、後者はイギリス英語の発音です。
正確には「パスュート」と表記しなければならないのに、「パシュート」【pərʃúːt】と書かれていたのでよけいに分からなかったのです。


「そんなことどっちでもいいじゃないか」と言う人がきっといらっしゃることでしょうが、「追い抜き」の日本語訳も「パシュート」の発音も正確でないため、どんな競技なのか分からなくなったし、それまでずっと「パシュート」と言っておきながら、新聞の見出しに突然<女子追い抜き「金」>と書かれたのも意味不明だったのです。
<女子 パスート「金」>、または<女子 追いかけで「金」>のような見出しだったらまだしも分かりやすかったかもしれません。
私としてはもう少し言葉にデリケートになってもらいたいところです。


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「私の言語の限界はすなわち私の世界の限界だ」
--ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン、哲学者・言語学者


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方法を見つけるか、言い訳を見つけるか?

2018.03.01日
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"If you really want to do something you’ll find a way, if you don’t you’ll find an excuse."
「なにか本当にしたいと思ったら必ず方法を見つけるものだ。もしその方法を見つけなかったら、人は言い訳を見つける」
--Jim Rohn ー 1930-2009, Author and Speaker
--ジム・ローン、作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


ジム・ローンのセミナーの16枚組CDは昔、飽きるほど繰り返し聴きました。次に何を言うか、どんなジョークを言うか、全部頭の中に入っているほどでした。



このセミナーの中でもジム・ローンは、
「なにか本当にしたいと思ったら必ず方法を見つけるものだ。もしその方法を見つけなかったら、人は言い訳を見つける」
と語っていました。
うまく言うものだと感心したものです。


本気で何かしたいと思ったら、人はどうにかして必ずその方法を見つけます。
どうしてもやりたいこと、やらなければならないことがあると、不思議なようにしてその方法を見つけてやり遂げてしまいます。周りの人などいろいろな状況までが働いて道を開いてくれるのです。
しかし、そこまでの強い思いがないと、ちょっとしたことですぐにめげて、諦めてしまいます。そして、できなかった理由を見つけて言い訳をします。
皆さんにはそんな覚えがありませんか?
私にはその両方の覚えがあります。


面白いですね、人間というものは。
できなかった理由を見つけて言い訳をするぐらいだったら、何としてもものにしたい、成功させたいという強い意志を持って成し遂げればいいのに。


皆さんは今、何かそのような燃えるような思いはありませんか?どんなことでもいいのです。
仕事でも、勉学でも、趣味でも、人間関係でも、将来の夢でも。
できるかどうか、それは一重(ひとえ)にあなたの決意と熱意にかかっているのです。


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たとえ赦せなくても赦しなさい

2018.02.28日
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"Forgive others, not because they deserve forgiveness, but because you deserve peace."
--Jonathan Lockwood Huie - Author
「人を赦しなさい。その人が赦されて当然だからではない。あなたの心が平安になるのが当然だからだ」
--ジョナサン・ロックウッド・ヒューイ、作家
(訳 舟田譲二)


「赦し」はとても重いテーマです。
頭では赦すことが大切だ、必要だと分かっていても、心がついていかない。
自分はこの人にさんざんな目に遭った。ぼろぼろになってしまった。人生がむちゃくちゃにされた。自分の家族までが巻き添えに遭ってみんな苦しんだ。
こんな状況でこの人を赦すことなんかできるわけがない。
罰を受けて当然だ。復讐することが自分の務めだ。復讐しなかったら被害に遭った者が浮かばれない。


これが、多くの小説やドラマや映画のテーマになっています。
実際にこのような体験をした人がたくさんいます。私にもそのような辛い経験があります。
今、これを読んでいる人の中にも、そのような体験をした人もいるでしょう。
現在その苦しい、辛い体験の真っ只中という人もいるかもしれません。
一昨日、昨日と連続で、まったく違う状況ですが、とても難しい「赦し」の問題に直面しているふたりの人から苦しい胸の内を打ち明けられました。
ひとりの人の話を聞いていて心が張り裂けそうになりました。
もうひとりの人は、その苦しみから既に立ち直っていらっしゃいます。


「赦されて当然な人」でなくても、また「赦されなくて当然な人」でも赦すのです。
たとえどんなに難しいことでも。悔しくても。
なぜ? どうして? WHY?
それは、あなた自身のためだからです。
「あなたの心が平安になるのが当然だから」「あなたの心が平安になるべきだから」です。


赦さない限り、一番苦しむのはあなた自身です。
赦すのは辛いし、苦しい。
しかし、それでも赦さないでいるほうがもっと辛いし、苦しい。
赦さない限り、苦しみがずう〜っといつまでも続く。
だから赦すのです。相手のためではなく、あなた自身のために。
赦すと心に平安がやってきます。
復讐は神の手に委ねるのです。


「愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、『主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する』と書いてあるからである」(ローマ人への手紙 12:19)


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人を思いどおりにする!?

2018.02.27日
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"To handle yourself, use your head; to handle others, us your heart."
--Eleanor Roosevelt – 1884-1962, Former First Lady of the United States
「自分自身を思いどおりにしたかったら頭を使いなさい。でも人を思いどおりにしたかったら心を使いなさい」
--エレノア・ルーズベルト、ルーズベルト元米大統領夫人
(訳 舟田譲二)


「人を思いどおりにする」なんて言うと聞こえが悪いですが、実際のところほとんどの人が自分の周りの人を自分の思いどおりにしようとしています。
そもそも人間とは人を自分の思いどおりに動かそうとするものです。自己中心の故です。
それでいて、自分自身はどうかというと、人の思いどおりには動かされたくないし、動かされると面白くないものです。


先日の記事「サラリーマン川柳 うまいこと言うね」の中でも、
「禁煙し それでも家で 煙たがれ」
「何事も 妻ファーストで うまくいく」
「『ちがうだろ!』 妻が言うなら そうだろう」
など、弱い立場のサラリーマン悲哀が見事に謳われています。


ここでエレノア・ルーズベルト夫人が私たちに実に適切なアドバイスをくれています。
「自分自身を思いどおりにしたかったら頭を使いなさい。でも人を思いどおりにしたかったら心を使いなさい」
つまり、「自分自身をうまくコントロールしたかったら、感情に動かされるのではなく、頭を使って理性的に考えて行動しなさい。しかし、他人の場合は論理的に説得しようとするのではなく、むしろその人の気持ちを理解し、その人の身になって考えなさい」というわけです。


これは夫婦関係を始め、親子関係、子弟関係、先輩後輩間、同僚・友人間等々、あらゆる人間関係に当てはまります。
このコツを人間関係においてうまく活用すると、イライラしたり、腹を立てたり、不快な思いをしたりする必要がなくなります。
また、自分の思いをぶっつけて相手を不快な思いにさせることもなく、非常にスムーズな温かい人間関係を築くことができます。


昨日は妻とウォーキングに出かけました。何年ぶりのことでしょうか。
妻はいつも仕事に追われていて、なかなか精神的に余裕がありません。
そこで、家から5キロほど離れたお気に入りのイタリアンレストランでパスタを食べたい、ということで、いつもなら車で15分ほどで行くのですが、妻の希望で歩いて行くことになったのです。
「遠いよ、本当に歩いて行くの?」と確かめたのですが、本人が大丈夫と言うので歩き始めました。案の定、30分ほど歩いたところで、疲れたと言ったので、別のお店に入ろうかと尋ねたのですが、どうしてもそのお店に行きたいと言います。


歩き慣れていない妻の歩くスピードは非常に遅く、その歩調に併せて歩いていると私もとても疲れます。私ひとりだと45分ほどで行ける距離なのですが、なんとその倍の1時間半もかかりました。
でも、疲れてお腹が空いていたお陰で、いつもよりも美味しくいただくことができ、ふたりとも大満足でした。
帰りはバスでもいいよ、と言ったのですが、妻は歩くと言うので歩くことにしました。
冗談を言ったり、楽しくいろいろなことを話しながらゆっくりと歩いて帰宅しました。
往復で3時間、歩いた距離は10キロあまり。
運動になったというよりも、むしろ夫婦の交わりの時となり感謝でした。


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あなたの夢は実現可能?

2018.02.26日
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“Just remember: The people that say, ‘your dreams are impossible’ have already quit on theirs.”
--Grant Cardone – Author and Speaker
「覚えておきなさい。『あなたの夢は実現不可能だ』と言う人は、すでに自分の夢をあきらめた人たちです」
--グラント・カードン、作家・スピーカー
(訳 舟田譲二)


「あなたの夢は実現不可能だ」と言う人とは、多くの場合あなたのとても身近な人です。それはしばしば親や兄弟、親族、親しい友人です。
みんなあなたのことを心にかけてくれている人たちです。だからこそ心配して、「無理はやめておけ、うまくいかなかったときがっかりしないために」と言っているのです。
こういった人たちのことを英語では “well-meaning person“ と言います。「悪意のない人」「善意の人」というような意味です。


これに対して、あなたのことをそれほど気にかけていない人は、心配していないので、「できる。頑張れ」と言います。結果に責任を負ってくれません。


さて、それではあなたのことを心配してくれている人たちの言うことを素直に聞いて、チャレンジしないほうがいいのでしょうか。
というと、これはまた別の話です。
あなたに「やめておけ、あきらめろ」と言う「善意の人」は、実はほとんどのケース自分自身夢をあきらめた人たちだったのです。
だから、無難な道を勧めるのです。うまくいかなくてがっかりしないように。


でも、本当にそうなのでしょうか?
今度はあなた自身が「善意の人」であるケースを考えてみてください。
果たしてあなたは、自分の夢を実現可能だと信じて常にチャレンジし、そしてその夢を実現してきたでしょうか?


Chances are... 「おそらく」そうではなかったでしょう。その理由は、失敗するのを恐れてチャレンジしなかったからです。
それではどのような人があなたに「あなたの夢は実現可能だ、あきらめずにチャレンジしろ」と言うのでしょうか?
上に述べたことと逆説的に聞えるかも知れませんが、実際に夢を実現した経験者か、あるいははったり屋のどちらかです。


あなたは「あなたの夢は実現可能だ、あきらめずにチャレンジしろ」という言葉を信じてチャレンジするか、失敗を恐れてチャレンジしないかのどちらかを選択することになります。
そして、チャレンジしないでいると、将来自分の子どもや家族、友人などに「善意の人」として、「あなたの夢は実現不可能だ」と言う結果になります。
しかし、「だめもと」ではなく、「必ず実現できる」と信じてチャレンジするなら、本当に実現させることができます。
なぜそう断言できるかと言うと、これまで歴史上夢を実現させてきた無数の人たちが自分たちの経験から「あなたの夢は実現可能だ」と証言しているからです。
今回のピョンチャンオリンピックに出場た選手や彼らのコーチなどもそのことを語っています。


私の恩師であり、友人、同労者でもある柿谷正期氏は、まさに自らの夢を実現した人のひとりです(「あなたの人生も変えられる」)。
そして、私自身も小さな夢かもしれませんが、やはり夢を実現したひとりです。


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どの方向に向かって進んでいるか

2018.02.25日
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"The great thing in this world is not so much where you stand, as in what direction you are moving."
--Oliver Wendell Holmes (1841-1935) Former Associate Justice of the Supreme Court
「あなたが今どこに立っているかは、あなたがどの方向に向かって進んでいるかと比べれば全然大したことではない」
--オリバー・ウェンデル・ホームズ、元米国連邦最高裁判所判事
(訳 舟田譲二)


元米国連邦最高裁判所判事という肩書の人が語るにまことにふさわしい言葉ではないでしょうか。
ともすれば、裁判官など人を裁いたり、あるいは検事のように人の有罪を立証しようとする立場にある人というのは、被告人などの過去の犯罪歴や生い立ちなどに判断基準を動かされがちです。ましてや我々凡人においておやです。
いわゆる先入観、偏見という問題です。


立場を変えて上の言葉を自分自身に当てはめると、たとえ自分が今、どのような立ち位置にいようが、それよりもはるかに大切なのは、どの方向に向かって進んでいるか、ということになります。
とかく私たちはこれまでの自分の歩みや現実の自分の姿に目が行って、自分はこんな程度だと決めつけ、あきらめてしまうものです。でも、上でオリバー・ウェンデル・ホームズが言うように、そんなことは本当に取るに足りない些細なことです。大切なのは、気づいたときにいち早く方向転換し、自分の望む方向に向けて歩み始めることなのです。


昨日、アカデミー学院では小学生対象のマイティキッズ英語教室の無料体験レッスンを催しました。将来に向けて夢に胸をふくらませ、やる気満々の子どもたちを見ていると嬉しくなって自然と微笑んでしまいます。


体験レッスン終了後、スタッフで打ち合わせをしているとき、今年大学4年生になる卒塾生ふたりが何の前触れもなく塾に顔を出してくれました。
すらっと背丈も伸び、すっかり立派な青年になっていて驚かされました。
「大きくなったね」と言ってから、私のほうが縮んでいることに気づきました(笑)。
中学生の頃は決して勉強が好きな子たちではありませんでしたが、現在法学部で学んでいるひとりは去年1年間カナダに留学していたと言い、それに刺激されたもうひとりが自分も大学卒業後留学したいと言っていました。


数年前に会った別の卒塾生も、中学生の頃は英語がまったく苦手だったのに、今ではマレーシアに住み、英語を使って貿易の仕事をしていると言って私を驚かせてくれました。


過去の自分や現在の自分の姿に目を奪われていたら、なかなか将来の自分の姿など見えません。でも、本当に大切なのはどの方向を向いているか、その方向に向かって前進しているかどうかです。


そう言う私もこれまで健康に対しては無頓着で、いつも病気や怪我など故障ばかりしてきました。
しかし、この年になってようやく「良くなりたい」と本気で願うようになり、腰を上げて行動するようになりました。


昨日は一日塾にいて、歩いたのは家と塾の間の往復だけで1キロもありませんでした。
仕事が終わって帰宅したのは夜の7時。
正直疲れていましたが、このままだと身体がなまってしまう、鞭打って少しでも鍛えなければと意を決して(ちょっとオーバー)ウォーキングに出かけました。


1時間あまりの速歩に時折ジョギングを混ぜたウォッギング(ウォーキング+ジョギング)から戻ったら11542歩、7.5キロでした。一昨日は17423歩、10.1キロ。毎日1万歩以上歩くよう心がけているのですが、ときどき仕事で忙しくて時間がなくなって目標に届かない日もあり、その分をカバーして時間があるときはできる限り歩くよう努めています。お陰でこの1週間の平均は10779歩。
汗をかき、心地よい疲れと空腹で食欲も進み、夕食をとても美味しくいただけました。


あなたは今、どの方向に向かって進んでいますか?


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人の人生を変える能力

2018.02.24日
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"You were born with the ability to change someone’s life, don’t ever waste it."
--Dale Partridge - Author
「あなたは誰か人の人生を変える能力を持って生まれてきている。この能力を無駄にしてはいけない」
--デール・パートリッジ、作家
(訳 舟田譲二)


「人の人生を変える」なんて言ったらなんかちょっと傲慢な感じに聞えるかもしれません。
しかし、ここでデール・パートリッジが言っているのは、そのような意味ではなく、誰かの人生にいい意味で大きな影響を与えて、結果その人の人生の道を変える、その人を生かすというような意味です。


昨夜、『天才を育てた女房』というテレビドラマをやっていました。
岡潔(1901〜1978)という天才数学者とその妻の人生を描いたものです。
「数学界における三大問題を全て独力で解き、世界の数学者を驚嘆させた。 ヨーロッパの数学者たちはその独創性に驚き、『オカ・キヨシ』を日本の若い数学者の集団ではないかと疑ったほどだった」 というエピソードがあります。
京大で数学を教えていた時の教え子に、後のノーベル賞受賞者、湯川秀樹と朝永振一郎がいたというのもすごいです。


ドラマの中で岡潔は、数学の世界に、また宇宙に創造者の存在を直感しています。
彼の残した言葉、
「大宇宙は一つの物ではなく、その本体は情だ」
もそのことを意味しています。すなわち、宇宙は意味もなく、偶然にただ単なる物質として存在しているのではなく、我々人間と同じように「情」を持っている、と言っているのです。
「人は動物だが,単なる動物ではなく渋柿の台木に甘柿の芽をついだようなもの、つまり動物性の台木に人間性の芽をつぎ木したものといえる」
「日本だけのことではなく西洋もそうだが学問にしろ教育にしろ『人』を抜きにして考えているような気がする」
という言葉にも全く同感です。


しかし、このドラマのテーマは岡潔の天才ぶりにあるのではなく、その天才の素質を見抜き、信じ、それを開花させるために苦労も貧しさもいとわず一生を捧げたその妻「みち」の愛情です。
もし、みちの助けがなかったら岡の数学者としての花は開かなかったことでしょう。


このように、私たちにはみんな、誰にでも、みちのような働き、使命があると私は常々思っているのです。
「あなたは誰か人の人生を変える能力を持って生まれてきている。この能力を無駄にしてはいけない」
みちのような偉大な働きではないかもしれません。
でも、そんなことはどうでもいいこと。
大きな働きができるから価値があるのではなく、たとえ誰の目にも留まらないような小さな小さな働きであったとしても、誰かひとりの人の人生を変えるような力が私たちには与えられているのです。ひょっとしたらそれは親、あるいは子ども、兄弟など家族のような身近な存在かもしれません。


あなたもこのような能力を持って生まれてきているのです。
自分の利益のため、喜び、楽しみ、幸せのためだけに生きるのはあまりにも人生はもったいない。人のためにこの能力を生かしましょう。そもそも、私たち自身、親や恩師、親戚、友人等々、いろいろな人のお陰で今日があるのですから。能力を無駄遣いしないように。


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ジャングリッシュ

2018.02.23日


ここでは日本人の話す英語を「ジャパングリッシュ」と言っていますが、「ジャングリッシュ」とも言われ、どこの国にもこのようなものがあります。


シンガポールでは「シングリッシュ」、マレーシアの「マングリッシュ」、韓国の「コリングリッシュ」、中国の「チングリッシュ」、インドの「ヒングリッシュ」、スペインの「スパングリッシュ」、フィリピンではタガログ語の影響を受けた「ガングリッシュ」、オーストラリアの「オージーイングリッシュ」、ドイツの「ジェングリッシュ」等々。


それぞれの国の言語の音や文法、また語彙などの特徴が英語の中に取り入れられ、本人たちは英語のつもりで話すのですが、時によってはそれが面白おかしく聞こえ、よく笑いやジョークのネタにされます。
ちなみに日本語訛りのジャングリッシュはネイティブには可愛く、愛嬌があるように聞こえるようです。ですから上の動画のようなものも生まれるのでしょうね。でも、通じませんので要注意!


「ワングリッシュ」というのもありますが、ご存じすか?
そう、「ワン」ですから犬語の英語版です。
どういうことかと言うと、犬の調教師が飼い犬や警察犬、盲導犬の訓練するときに英語、すなわち「ワングリッシュ」を使うのです。
なぜでしょう。


日本語では昔から「お座り」「お手」「お代わり」などと言ってきましたが、人によって「お座り」が「座れ」になったり「座りなさい」などいろいろなバージョンが生まれるので、統一して "Sit" と英語で言うわけです。そうすれば、犬は誰に言われても同じ言葉なのですぐに理解して命令通りに行動します。
ただし、 "Sit" の発音を正しく「スィット」と言わないでジャングリッシュ発音で「シット」と言うと、アメリカなどで訓練された犬が "Shit" と誤解してお行儀の悪いことをしないとも限りません(ソンナコトナイカ 笑)。
ひょっとしたら猫語の「ニャングリッシュ」というのもあるかもしれません。住んでいる国によって猫が理解できる言葉が違う、なんてことも十分に考えらえますね。


たとえ日本人同士でも、航空機のパイロットと管制官の間で基本的にみんな英語を使うのも同じ理由からです。
そのようなルールがないと、航空機の事故などにもつながりかねませんし、また領空侵犯などがきっかけで戦争にならないとも限りません。
世界中にこれだけ「◯◯グリッシュ」というのがあるということは、それだけ英語がいわば世界の共通語のようにして使われているということの証でしょう。


少々発音が下手でも、笑われようとも◯◯グリッシュでいろいろな国の人と会話できて楽しめ、また社交や国際相互理解の輪が広がるほうがいいですね。
そう言えば、今から30年以上前にうちの成人英会話で英語を学んでいらっしゃった方々は皆さん70台後半なのですが、いまだにトルコやイギリスなどに旅行して英語を使っていらっしゃるそうです。素晴らしいですね。もちろんジャングリッシュではなくて、Englishで。


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死にゆく人の後悔 トップ5

2018.02.22日

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ボロニー・ウェアはオーストラリアの看護師です。
彼女は、患者の人生最後の3か月間をお世話をする緩和ケアで何年も働いていました。


その間、末期患者が自らの命の終末に向けて驚くほど明確な洞察力を得ていることを彼女は観察してきました。そして、患者の思いを『死にゆく人の後悔 トップ5』という本にまとめました。


私たちがそこから学び、さらに同じ後悔をせずに済むことを願って彼女はこの本を書いたのです。


『彼女が遭遇した後悔のトップ5』


1.人が私に望む生活ではなく、自分自身に正直な人生を送る勇気があれば良かった。
2.そんなに一生懸命働かなければ良かった。
3.自分の感情をもっと素直に表す勇気があれば良かった。
4.友達とずっとコンタクトを取っていれば良かった。
5.自分をもっと幸せにしてあげれば良かった。


それで... あなたはこれらをどう思いますか?
ひょっとしたら上のリストのうち一つでも当てはまるでしょうか?
そして、あなた自身は、自分の人生の終末に向けてこれらの後悔をしないために、今、何ができますか?

(訳 舟田譲二)


8年ほど前に「死ぬときに後悔すること」という記事を書きましたが、上のリストと重なるものもあり人間みんな共通の後悔をするのだな、と思いました。
でも、国民性、文化の違いなのか、後者のリストには日本人特有の後悔もたくさんあるようです。


私自身はもともと後悔するのが嫌いな性格なのと、たとえ失敗はたくさんあっても、いつもその時その時一生懸命生きてきたので、上のリストのような後悔はありません。
そういう意味では、いつ天国に帰っても思い残すことはありません。
でも、少しでも健康寿命を延ばして、生かされているうちにできることは何でもやっておこうといつも思っています。
皆さんはいかがですか?


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「マタイ効果」は真理

2018.02.21日
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"If you look at what you have in life, you’ll always have more. If you look at what you don’t have in life, you’ll never have enough."
ーーOprah Winfrey, Media Proprietor, Actress, and Philanthropist
「自分の人生の中で持っているものに目を向けると、必ずますます豊かになる。しかし、持っていないものに目を向けると一生豊かになることはなくなる」
ーーオプラ・ウィンフリー、メディアオーナー・女優・慈善家
(訳 舟田譲二)


オプラ・ウィンフリーについてはこれまでに何度か書いてきましたが、その悲惨な生い立ちと逆境にも関わらずアフリカ系アメリカ人の女性として全米一の成功者、億万長者となり、さらにその財を惜しみなく慈善事業等に捧げる姿が多くの人の心を打ち、今や2020年の大統領選の候補者として注目を集め始めている大物です。その人物評価は大きく分かれますが、それはトランプ大統領を始め、各国の政治家にしても同じ。しかし、一般の人々の間で彼女の人気が高まってきていることは否めません。


「自分の人生の中で持っているものに目を向けると、必ずますます豊かになる。しかし、持っていないものに目を向けると一生豊かになることはなくなる」
という彼女の言葉は、おそらく自分の経験を通して至った結論なのでしょう。
確かに、これは聖書の中の教え、
「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう」(マタイ福音書25:29)
とも符合しますし、現実の世界に目を向けるとき、これは真実だと言わざるを得ません。
というのは、一般的に言って、自らの持てるものに目を向けると感謝の気持ちがあふれてきます。感謝の気持ちがあるとますます与えらえ豊かになります。しかし、逆に持っていないものに心を向けていると不満な心が起きてき、そうするとますます与えられなくなり、十分に満ち足りるようになることはないからです。


そして、このことは物質面だけでなく、精神面、家族やその他の人間関係、仕事などにおいても当てはまり、持っているものに心を向けて感謝しているとますます与えられますが、ないものばかりに目を向けて惨めな気持ちになったり、嫉妬の心を持ったりしていたら、ますます貧しくなるものです。
そういう意味においても、この「マタイ効果」は真理です。


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羽生が勝ち、羽生が負けた!

2018.02.20日
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"Some people dream of success... Others wake up and achieve it."
--Unknown
「ある人たちは成功を夢見る。ほかの人たちは目覚めて成功を達成する」
ーー作者不詳
(訳 舟田譲二)


去る17日のピョンチャンオリンピック、男子フィギュアフリーで羽生結弦選手が金メダルを取りました。
しかし、同日、将棋界では羽生善治竜王が新進気鋭の藤井聡太五段に朝日杯で敗れました。
同じ「羽生」ですが、一方は「はにゅう」他方は「はぶ」。
羽生結弦選手は絶対に金を取るという気持ちでオリンピックに臨み、その夢をかなえました。
一方、羽生善治竜王は中3生の藤井聡太くんに負けるとは夢にも思っていなかったことでしょう。これは、むしろ羽生さんの負けよりも藤井聡太くんの勝ちのほうがクローズアップされて良かったのですが、勝負の世界、勝ちがあれば負けがあります。


奇しくも羽生結弦選手の五輪連覇は66年ぶり、一方の藤井聡太六段の史上最年少となる15歳6カ月での棋戦優勝は、加藤一二三九段が達成した15歳10カ月の記録を63年ぶりに塗り替えた、と二人とも歴史に残るものすごい偉業を達成しました。


羽生結弦選手の金メダルのニュースの陰に隠れて、藤井聡太六段の最年少優勝はこれまでのように大きく報道されませんでした。つい先日までずっと藤井四段と呼んでいたのに、半月前に五段に昇段したばかりで「藤井五段」の名前が世に流通する前に一気に六段に昇段。この分だと「藤井六段」の名前もいつまでもつか分かりません。これから先もどんどん記録を塗り替えそうな予感がします。


「ある人たちは成功を夢見る。ほかの人たちは目覚めて成功を達成する」
成功を夢見る人だけだったらそれこそ掃いて捨てるほど世界中にいます。
しかし、その大半はずーっと夢を見ていて、夢から覚めないまま一生を終えてしまいます。
一方、成功する人というのは、夢を見ているだけでなく、その夢から覚めていち早く現実の世界で夢を実現させてしまいます。
ここが、我々凡人と成功者の違いです。


でも、だからと言って指をくわえて成功者を見ているだけで、夢から覚めないまま一生を終る必要もありません。
私たちは羽生結弦選手のように金メダルを取ったり、また藤井六段のように将棋の世界で名を上げることもできないでしょうが、自分に与えられた場で、自分にふさわしい仕事を精一杯やって、そこで自分なりの「成功」を収めることはできます。
それも立派な成功だと私は思います。派手な成功だけが成功ではありません。地味な成功も立派な成功です。


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思考を変えると、世界が変わる

2018.02.19日

"Change your thoughts and you change your world."
--Norman Vincent Peale – 1898-1993, Minister and Author
「あなたの思考を変えなさい。そうすればあなたの世界が変わります」
--ノーマン・ヴィンセント・ピール、牧師・作家
(訳 舟田譲二)


FacebookフレンドのShalohm Ghaley(シャローム・ゲイリー)さんが次のようなお話をシェアしてくださいました。


一人の王様に男の召使いがいました。
この召使いはいつも王様に言っていました。「王様、神様のなさることはいつも完璧で、間違いは絶対におかされません。ですから、どんなことがあっても気落ちなさらないでください」


ある日、王様と召使いは猟に出かけました。そのとき一頭の野獣が王様に襲いかかってきました。召使いは何とか野獣を殺すことはできましたが、王様の指が野獣に食いちぎられるのを防ぐことはできませんでした。


王様は召使いが命を守ってくれたことに対する感謝の気持ちを示すどころか烈火のごとく怒り、言いました。
「もし神が善いお方であるなら、私は野獣に襲われることもなかっただろうし、指を失うこともなかっただろう!」


召使いは王に答えました。
「これらすべての不運な出来事にもかかわらず、神様は善きお方で、そのなさることに絶対に間違いはない、常に完璧だとしか申し上げることができません」
怒りに狂った王は召使いを捕えるよう命じました。
牢に入れられることになった召使いは再び王に言いました。神は善きお方で、 そのなさることは常に完璧です、と。


またある日、王様は一人で猟に出かけましたが、そのとき人を犠牲に捧げる野蛮人に捕らえられました。
祭壇の上で、野蛮人たちは王の指が欠けていることに気づきました。そのため神々に捧げるのに、王は傷物で完璧でないということで放免されました。


宮殿に戻ってきた王は召使いを釈放するよう命じ、召使いに言いました。
「友よ。神は本当に私に対して善きお方であった。私はあと一歩のところで殺されるところだったが、指が欠けていたおかげで放免された。しかし、一つ聞きたいことがある。もし神が本当にそれほど善きお方であるなら、なぜ私がお前を牢に入れるのを神は許されたのだ?」
召使いは答えました。
「王様。もし私が牢に入れられていなかったら私はきっと王様とご一緒に狩りに出かけていたことでしょう。そうしたら、私には欠けた指がないので私が犠牲の捧げものにされていました。神様のなさることは常に完璧なのです。神様に間違いは決してありません」


すべての出来事には目的があるということを忘れて、私たちはしばしば人生について、また私たちの身に起こる不幸な出来事について不平を言います。
あなたが今、私のこのメッセージを読んでいることの理由も神様はご存じです。どうかこのメッセージをだれか知り合いの方にシェアしてその方を祝福してあげてください。
神様は善きお方で、なさることは常に完璧だからです!


皆さん、一つの良い態度はあなたの人生に対する姿勢を決定します。自分の人生や経歴、職業、家庭生活などを見るとき、あなたは何と言いますか?神様に感謝しますか?サタン(悪魔)を非難しますか?神様に対して正しい態度を取っていると、神様はあなたのために動いてくださいます。


今ここで座して次のように言ってみましょう。
「ぐっすり眠ることができたことを感謝します。いろんな可能性が与えられて生かされていることを感謝します。住むところが与えられていることを感謝します。仕事が与えられていることを感謝します。家族や友人が与えられていることを感謝します。そして何よりも私の人生に神様が与えられていることを感謝します」
他の人が栄えていても嫉妬することなく、神様の恵みに感謝しましょう。なぜならその人たちがどんな辛いところや試練、苦しみを通って現在に至ったかあなたには分からないからです。ですから、自分に与えられているものを覚えて神様に感謝しましょう。
神様がいらっしゃるとわずかなものは豊かになります。神様の恵みの中ですべては益になります。もし神様があなたとご一緒にいらっしゃると感じるなら、このメッセージで誰かの人生に触れてあげてください。
「神、もし我らの味方なれば誰か我らに敵せんや」
神様はあなたが何かで苦しんだこともご覧になっていらっしゃいます。そして、おっしゃいます、「もう終わったんだよ」と。祝福があなたを待ち受けています。

(訳 舟田譲二)


「人間万事塞翁が馬」という有名な話があります。
「国境の近くにあった塞(とりで)の近くに住んでいた翁(老人)は、何よりも自分の馬をかわいがっていた。
その馬は、周りからも評判が立つほどの駿馬だったが、ある日突然、蜂に刺された拍子に飛び出してしまう。
一向に帰ってこない馬の様子に、周りからは翁に同情するほどだったが、翁は『これがきっかけで何かいいことが起こるかも知れない』とだけ言って、我慢強く待ち続けた。
すると、どうだろうか。しばらくして、その馬が別の白い馬を連れ帰ってきたのだ。
しかも、その白馬も負けず劣らずの優駿で、周りの者は口々に何と幸運なことかと囃(はや)し立てたが、翁は『これがきっかけで、別の悪いことが起こるかもしれない』と自分を戒め、決して喜ばなかった。
それから、かわいがっていた息子がその白馬から落ちて、片足を挫いてしまった。
周りはまた同じように慰めの言葉を掛けたが、翁はまた同様に『いいことの前兆かも知れない』と告げる。
それからしばらくして、隣国との戦争が勃発した。若い男は皆、戦争に借り出されて戦死した。
しかし息子は怪我していたため、徴兵されず命拾いした。そして、戦争も終わり、翁は息子たちと一緒に末永く幸せに暮らした」
 


一見、冒頭の話と似ているように思われますが、大きな違いがひとつあります。
それは、「人間万事塞翁が馬」には歴史を支配される絶対者の存在がなく、いつ、どこで、何が起こってどうなるか分からないという、ある意味成り行き任せなであること。
それに対して、冒頭の話には「善にして善をなし給う愛の神が、すべてのことを相働かせて私たちのために最善をなしてくださる」という大きな大前提がある、ということです。
どちらを信じようが自由です。もちろん、どちらを信じなくても勝手です。


6年前に知り合ったみづきちゃんという24歳の子がラスベガスで交通事故に遭い天に召されました。
ご両親の心痛を思うと胸が張り裂けそうでした。
でも、その後お母さんは信仰に導かれて人生がすっかり変わり、やがて天国でお嬢さんに再会できる日を心待ちにして日々お幸せに暮らせるようになりました。今もお母さんとはよくメールでやり取りしていますが、こちらのほうが励まされるほどです。
ノーマン・ヴィンセント・ピールがいうように、
「思考を変えると、あなたの世界は変わります」。


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夢は計画の一つ

2018.02.18日
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"Dreaming, after all, is a form of planning."
--Gloria Steinem, Feminist and Journalist
「夢というのは結局のところ、計画の一つの形だ」
--グロリア・スタイネム、フェミニスト・ジャーナリスト
(訳 舟田譲二)


4月から中3になる一人の生徒の三者面談を昨日しました。
小学生の時から塾に来ていて、とても素直で勉強熱心な子です。まるで砂漠の砂に水がしみこむかのように、学んだことをどんどん吸収していきます。力はどんどん伸びてきて、今や勉強面だけでなく部活のスポーツ面でもほかの生徒のお手本となるような子です。


中1の時に、将来の夢について聞いたところ、看護師さんになりたいと言っていました。
幼稚園の時に病院に入院したことがあり、その時に看護師さんにとても優しく、親切にしてもらった経験があり、大きくなったら自分もこのような看護師になりたいという夢を持つようになったと言います。


昨日の三者面談で尋ねた時もその夢は変わっていず、自分で調べてどのような道に進めばいいのか、具体的にちゃんとイメージして計画を立てています。
勉強がとてもできるので、看護師でなくてお医者さんにでもなれるよと、1年生の時に話していたのですが、昨日のお母さんの話によると、手術するような医者になるのではなく、彼女はトレードマークの笑顔で患者さんに接して、患者さんの心を明るくし、子どもの頃自分がちょうど助けられたように人の力になれる看護師さんになりたいという夢をもっているのだそうです。


うーん、偉い! 頭がいいんだから医者になったら、などと私なんか単純に勧めていたのですが、この子の夢は小さい頃からこんなに具体的で、しかもどうしてもそのような看護師になりたいという固い決意まで持っているのです。
私はこの時、冒頭の言葉を思い出しました。
「夢というのは結局のところ、計画の一つの形だ」


夢は、実に計画の一部なのです。
そう言えば、私も幼稚園の頃、英語がペラペラ話せる父を見ていて、自分も父のようになりたいと思い、描く絵には必ずどこかに「ABC」とか何かアルファベットを書いていました。
それを見た幼稚園の先生が、その絵の裏に「じょうじくんは、おおきくなったらえいごがペラペラになって、えいごのせんせいになるのですね」と書いてくださって、私はそれを信じて幼児の頃から英語の勉強をして、果たして幼稚園の先生が予言したとおりに英語の先生になったのでした。


皆さんにも何か夢がありますか?
その夢を大切に育てましょう。
やがて夢は大きく育ち、開花し、実現に至りますよ。
「夢は計画の一つ」ですから。


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サラリーマン川柳 うまいこと言うね

2018.02.17日

「第31回サラリーマン川柳 投票受付中」です。リンク先を開き、「優秀100句」の中からお気に入りの1句を選んで「投票する」をクリックしてください。投票期間は2月15日〜3月16日です。


さすが「優秀100句」というだけあってどれもこれも秀作。読みながらニンマリ。身につまされるのも。
今日はその中から私のお気に入りをいくつか下にご紹介します。


「父からは ライン見たかと 電話来る」   (たまには読んでコメントしてあげてね)
「正直で 忖度なしの 体重計」   (うちの体重計は「体内年齢42歳」と忖度あり)
「スポーツジム 車で行って チャリをこぐ」   (確かにスポーツジムの駐車場は満杯)
「『マジですか』 上司に使う 丁寧語」   (そう、上司に「マジっすか?」はマナー違反)
「保存先 いつもどこかへ かくれんぼ」   (うん、いつもそう)
「『言っただろ!』 聞いてないけど 『すみません』」   (だよね!)
「禁煙し それでも家で 煙たがれ」   (もうどうしょうもない)
「何事も 妻ファーストで うまくいく」    (言えてる)
「若作り 検診結果は 年相応」   (確かにそうだ)
「老後にと 米寿の父が 貯金する」   (米寿の父 目標は日野原重明さん)
「ほらあれよ 連想ゲームに 花が咲く」   (「うん、あれだね」でお互いに通じる)
「セルフレジ きかい相手に あたま下げ」   (やってしまいそう)
「『ちがうだろ!』 妻が言うなら そうだろう」   (いずこも同じ)
「我が秘密 変換予測が 喋ってた」   (おっと、気をつけないと)


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使えば使うほど創造力は身につく

2018.02.16日
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"You can’t use up creativity. The more you use, the more you have."
--Maya Angelou – 1928-2014, Poet and Author
「創造力というのは使い切ることはできない。使えば使うほど創造力は身につく」
--マヤ・アンジェロウ、詩人・作家
(訳 舟田譲二)


想像力というのはまるで泉のよう。
使えば使うほどどんどん新しいアイデアが浮かんでくる。
枯れる、ということは決してありません。
でも、使わないでいるとだんだんと枯渇していきます。


これは想像力に限ったことではありません。
健康な人というのは普段の生活の中で健康的なことをしているので、ますます健康になっていきます。
英語が好き、得意という人は英語を勉強していて楽しいから、やっているとどんどん力がついていく。
運動が得意な人は練習を欠かさず、絶えず上の目標を目指して頑張るので、ますますうまくなっていきます。今のピョンチャンオリンピックを見ているとこのことがよく分かります。
楽器が好きな人や歌を歌うのが好きな人は、いつも楽器を演奏したり歌を歌っているので、ますますうまくなる。


FacebookフレンドのKYさんは、芸術的センスに富んでいてピアノや歌など音楽の賜物がありますが、絵や字もとてもお上手。最近はこちらがとても楽しいそうで、一生懸命練習していらっしゃいます。
すると、ますます上手くなってきます。
これがその作品のひとつです。


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本当にお見事です。いつも拝見して楽しませていただいています。
これだけ上手に書けたら確かに楽しいし、さらにやればやるほどうまくなります。


これを「マタイ効果」と言います。(「マタイ効果+α(アルファ)」
これは、聖書の中の
「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう」(マタイ福音書25:29)
からヒントを得て、米国の社会学者ロバート・マートンが1968年に「科学におけるマタイ効果」という論文の中で提唱したものです。


しかし、すべての中で想像力が一番大切です。なぜなら、想像力がほかのすべてを生み出すからです。
「創造力というのは使い切ることはできない。使えば使うほど創造力は身につく」
のです。
皆さんの想像力の開花を楽しみにしています。


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いざ湘南平へ

2018.02.15日

平塚八景の一つ、湘南平を前回登ったのはもう4年近くも前。(「春来りなば夏遠からじ」
一昨日、テレビ番組『林修の今でしょ!』で、健康長寿の秘訣は坂道を歩くこと、と言っていたので、早速昨日湘南平にチャレンジしてきました。
Googleマップだと家から頂上まで3.4km、51分と出ていましたが、早足で歩いて44分。こんなんだったらもっと頻繁に来ればいいのに…と反省。
「登山」なんて言ったら笑われるような標高たったの181mの丘陵で、歩いていると何人ものお年寄りと出会いました。(まあ、私もその一人ですが)
湘南平はいわば「お年寄りウォーキングコース」みたいなものです。


でも、通称「パンダ坂」と呼ばれる直線距離約300m、勾配13%の箇所があり、息切らせて歩いていたら横をロードバイクでヒルクライムする青年が数人追い越していきました。恐れ入ります。
そう言えば、4年前の冬、積雪30cm近い中うちの講師のN先生がやはりロードバイクで頂上まで上って下りてきました。普通ですらこの坂を自転車で上り下りするのは危険ですし、きついというか私には無理です。
やはりウォーキングが合っています。


頂上に着くと、晴れ渡った青い空に富士山や真っ青な海が綺麗に見えました。


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展望台に登りました。


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展望台から双眼鏡で眼下の街並みを見ていたら、初めて我が家を見つけました。屋根だけでしたが。あそこから歩いて来たんだ。


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テレビ塔にも登りました。


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ここには昔、子どもたちがまだ小さい頃しょっちゅう来ていました。
時が流れるのはあっという間で、子どもたちはみんな大人になり、私たちは◯◯になってしまいました(笑)。


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27年前の懐かしい思い出にも浸りながら、久し振りに心身ともにとてもいいリフレッシュの時となりました。
12700歩、7.8km歩き、夜は試験対策で中学生を個別で教えました。
今年大学4年生になるHくんが塾を訪ねてきてくれほんの少しでしたが話すこともでき、実に爽やかな一日を過ごすことができました。
昨日はまた県立高校の入試日でした。歩きながら生徒一人ひとりの名前を挙げて何度も祈りました。合格発表の日、みんなの笑顔を見るのが今から楽しみです。


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情けは人の為ならず

2018.02.14日

最近、体調が良くて毎日6キロから8キロは必ずウォーキングしています。
昨日は天気がとても良かったので久しぶりに、多分半年ぶりぐらいで愛車のプリウスを洗車してワックスがけしました。まあ、その間妻が何回か洗車はしてくれていましたが、ワックスがけは多分していなかったのではないかと思います。
それというのも、昨年の10月に家の中で転倒して肋骨を強打し、痛みが4か月近く続いていたので洗車・ワックスがけどころではなかったのです。つい1週間ほど前からようやく身体をひねったりする体操ができるようになったぐらいです。


さて、隅から隅まで丁寧に綺麗にし、ワックスがけをしていたら、なんとバンパーは前も後ろも4つのコーナーすべてに擦り傷があります。コーナーだけでなく、前後のバンパーの真ん中にもあちこちにタッチペイントを塗った跡があります。
コーナーセンサーがついていて、本当だったら障害物に近づくと警告音がなり傷などつけることはあり得ないのですが、そこは妻のこと。これまでもしょっちゅうあちらこちら傷つけているのでまったく不思議ではありません。つい1か月ほど前にもバンパーを修理に出したばかりです。
ワックスがけを終えて最後に傷の修復の仕上げをしながら、ふと思い出しました。


ひとりの女性の方が、最近年を取って鈍くなってきて車のドアなどを何度か傷つけたとおっしゃっていました。夫に見つかったら叱られる、どうしようと言ってとても不安がっていらっしゃいました。
ご主人は外面(そとづら)はいいけど亭主関白だそうで、家の中ではお子さんたちもお父さんの顔色を伺いながらいつ怒られるかとびくびくしていると言うのです。


車を傷つけたぐらいで叱ることなんかないのに、それよりも夫婦関係のほうがよほど大切なのにと思うのですが、そのご主人は車をとても大切にしていて、傷つけられると頭に来るのだそうです。
私はこれまで妻に車を何度も傷つけられたり、ぶっつけられたりして結構修理費もかかってきましたが、一度として妻に腹を立てたり、怒ったりしたことはありません。


この時、ふと思い出しました。
一昨日、小学6年生のYちゃんに国語を教えていた時、次のような問題がありました。学校で習っていない実力問題です。
「情けは人の為ならず」の正しい意味はどれでしょう?
1.人に情けをかけて助けてやることは、その人のためにならない
2.情けをかけることは、その人を助けることになる
3.人に情けをかけておくと、結局は自分のためになる
4.情けをかけることによって、利益を得ようとする

皆さんは、どれが正しい答えかお分かりですか?
「そんなの常識だ」と思われるかもしれませんが、実は文化庁が発表した「国語に関する世論調査」の結果では、上の1と3がほぼ半々だったそうです。
つまり、一般の大人でも多くの人が誤用しているということです。
正解は3番。
でも、Yちゃんは案の定、1番と答えていました。
「情けは人の為ならず。自分の為だ」とヒントを与え、本人に考えさせて正解を導かせました。このようにすると、印象に残ってしっかりこのことわざを覚えるからです。(これをアクティブラーニングといいます)
大人でも間違うぐらいだから心配ないよ、Yちゃん。(とYちゃんに言っておきました)


さて、車の傷の件ですが、上の話の中で奥さんを叱るご主人はひょっとしたらYちゃんと同じように「人に情けをかけて助けてやることは、その人のためにならない」と思っているのかもしれません。(善意に解釈して。本当は単に気が短くて、車を傷つけられたことに腹を立てているだけなのでしょうが)
でも、そのご主人だってついうっかり傷つけることだって十分あり得ます。(経験者語るです、はい)
そのような場合、この方は奥さんに何と言うのでしょうか?


いえ、それだけではありません。
将来年取って、自分が奥さんに介護してもらう段になった時、果たして奥さんは気持ちよく介護してくれるのでしょうか?これまでさんざんご主人にいろんなことで怒鳴られてきて恨み骨髄、ご主人に背を向けるか、あるいは最近はやりの熟年離婚という結果にならないとも限りません。
そういうケースが最近はとても多く、新聞の人生相談などでもよく見かけます。


ところが、「情けは人の為ならず」の意味をご主人が「人に情けをかけておくと、結局は自分のためになる」と正しく理解していて、普段から奥さんに優しく接していたなら状況はまったく変わることと思います。いつもお父さんに怒鳴られてびくびくしているお子さんたちだってきっとそうでしょう。


とどのつまり、人に優しく、親切にしていると、それは巡り巡って自分のためになるのです。
これが古人の教えです。
皆さんも覚えておいてくださいね。


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押し迫ってくる力

2018.02.13日
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"I have been impressed with the urgency of doing. Knowing is not enough; we must apply. Being willing is not enough; we must do."
--Leonardo da Vinci – 1452-1519, Mathematician and Artist
「私は行動力の必要性が自分に押し迫ってくるのに圧倒されている。知識は十分ではない。知識を応用しなければならない。やる気だけでは十分ではない。実際にやらなければならないのだ」
--レオナルド・ダ・ヴィンチ、数学者・芸術家
(訳 舟田譲二)


つい先日、「天才すぎる!!」という記事の中でレオナルド・ダ・ヴィンチの名言をご紹介したばかりですが、今日のトピックもダ・ヴィンチのもう一つの素晴らしい名言です。


私たちは、というか特に私などは、とかく「知識」や「やる気」だけで満足してしまいがちで、そこを突き抜けることがなかなかできないものです。
でも、さすが史上最強の智慧のかたまり、天才すぎるダ・ヴィンチは言うことが違います。


「私は行動力の必要性が自分に押し迫ってくるのに圧倒されている。知識は十分ではない。知識を応用しなければならない。やる気だけでは十分ではない。実際にやらなければならないのだ」


彼は実にこの力に押し迫られて、すべてを行動に移したのです。
哲学、音楽、建築、生理学、動物学、天文学、気象学、物理学、地質学、地理学、絵画、彫刻、建築、科学、数学、工学、発明、解剖学、地学、地誌学などを先日の記事の中に挙げましたが、実はこれ以外にも彼が手を付けて物にしたことがまだまだあるのです。
今日の私たちの生活にも密着している様々なこと、プレートテクトニクス等々。


「実行の人」はこのようにして結果を出すのです。
「口先だけの人」「やる気だけの人」は、ここまで到達することができません。
どんなことでもいいので、一つでもいいから徹底して実行する。
そうすれば、その分野で突き抜けることができます。


今、ピョンチャンオリンピックのわくわくするようなニュースが次々と伝えられてきていますが、これらの厳しい冬のスポーツで結果を出す人というのは、例外なく自分に負けない人、練習の鬼です。
あなたには何か自分に迫ってくるものがありますか?
今、あなたはそのスタートラインについています。


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点と点がつながって将来必ず

2018.02.12日
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"You can't connect the dots looking forward; you can only connect them backwards. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future. You have to trust in something - your gut, destiny, life, karma, whatever. This approach has never let me down, and it has made all the difference in my life."
--Steve Jobs
「将来を見ていて点と点をつなぐことはできません。過去を振り返って初めて点と点をつなぐことができるのです。ですから、点は将来においてもどのようにかしてつながるに違いないと信じなければならないのです。あなたたちの直感とか、運命、人生、宿命等々、何かを信じるのです。このような考え方のお陰で、私はこれまで一度も落ち込んだことがありませんし、私の人生はこれですっかり変わりました」
--スティーブ・ジョブズ
(訳 舟田譲二)


昨日、中学生の頃の教え子のAさんが塾を訪ねてきてくれました。
5年ほど前に偶然(私は偶然ということは信じないので、何か意味があって)ウォーキング中会った(その時の経緯は「一石三鳥」に)のですが、それ以来のことです。
この時、就職した金融関連会社が合わなくて辞め、子どもの頃から好きだった英語の先生になろうと勉強している、と言っていたのですが、果たして川崎市の公立中学校で英語の先生になっていました。


お互いに懐かしくて、昔話に花を咲かせました。
Aさんはとてもセンシティブ(繊細)な子でしたが、31歳の誕生日をつい先日迎えた今も変わっていません。
話していると私との共通点がとても多く、物事の考え方や感じ方、好みがとてもよく似ています。完璧主義なところから、見ているお気に入りのテレビ番組まで同じで笑ってしまいました。


高円宮英語弁論大会に出たいと言って指導したことや、作文の添削をしたことが中学生の時の一番のいい思い出だったとのこと。学校ではクラスに仲の良い子がいなかった時期もあり、学校は嫌だったけど塾は楽しくて休んだことがなかったなど、何度も目に涙を浮かべながら話してくれました。


アカデミーに来ることになったきっかけを聞くと、小学3年生の時、友達に誘われてアカデミーキッズ英語のイベントに来たのが初めで、家に帰ってお母さんにそのチラシを見せたらお母さんが舟田先生の塾に行ってきたのと聞いて、お母さんが先生のことを知っていた、と言うではありませんか。
お母さんはなんで先生のことを知っていたのと尋ねたら、昔成人英会話クラスで舟田先生に習っていたんじゃないですか、ですって。言われて思い出しました。患った病気のせいで記憶が飛んでいてすっかり忘れていました。
お母さんも英語がとてもよくおできになる方でした。


身体があまり丈夫でないところも似ていて、運動をすることが将来への投資だと考えて、数年前から太極拳の教室に通っているとのこと。
その教室で以前どこかで会ったことのある人がいて、いろいろと話をしていたら横浜のS高校で一緒だったということが分かったそうです。そして、その人がファイナンシャルプランナーの勉強をしていると聞いて、Aさんも将来のためにその勉強をしようと思って先月資格試験を受けたそうです。


話を進めていくうちに、Aさんは自分のこれまでの人生で多くの点と点がつながって線になっていることに気づきました。今も、いろいろと苦労していることや不安に思っていることなどがある中で、これまでの点と点がつながって今日に至っているように、これからの人生も必ずまた点と点がつながって線になっていくんだよ、と私の「新超ひも理論」のことを話しました。
気がつくと3時間近く話していました。


冒頭のスティーブ・ジョブズのスタンフォード大学卒業式でのスピーチの言葉を知ったのは、「新超ひも理論」を書いた後のことでしたが、ジョブズも同じことを言っている、と驚いたものです。
Aさんの人生も、これまでの人生上の小さな点や大きな点がいくつもいくつもつながって、必ず将来大輪の花を咲かせて、今まで考えたこともないような幸せを見いだせることになると私は確信しています。
祈っているよ、Hちゃん。


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親が子どものためにすべきこと

2018.02.11日
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"It is not what you do for your children, but what you have taught them to do for themselves, that will make them successful human beings."
--Ann Landers ー 1918-2002, Advice Columnist
「子どもが将来立派な人になるかどうかは、あなたが子どものために何かしてあげるのではなく、自分自身のためにすべきことを子どもたちに教えてあげたかどうかにかかっている」
--アン・ランダース、人生相談回答者
(訳 舟田譲二)


昨日はアカデミー学院の新年度説明会でした。
2年後の小学校英語導入に先立ち、移行措置として今年から全国の小学校で3年生からの英語の授業が始まります。
「いまどうして小学校英語なのか」というタイトルで、文科省の教育改革の流れについてお話ししました。


アカデミー学院は1989年に創立して以来、地域密着で英語教育に取り組んできました。
開校当初より幼児・小学校低学年からの英語教育の重要性を説いて実践してきましたが、文部省はこの間ずっと「将来的にも小学校への英語導入は考えていない」と言ってきました。
英語教育関係者の中にも、幼少時からの外国語教育は必要ないと言って、賛成しない人が昔から大勢います。


ところが、お隣の韓国ではいち早く低学年の英語教育導入の必要性を感じ、1997年に小学3年からの英語指導をスタートしました。
その影響を受けて隣りの中国も2001年から小学3年から必修化。
北京や上海、天津を始めとする大都市ではほぼ小1から100%実施しているとのこと。
日本では中3で学ぶ現在完了形を小6で学習しているといいます。


結果は皆さんご存じのとおり。
日本は英語教育において両国に20年以上の後れを取り、ビジネス界でもその結果がさまざまな面で現れています。
ノーベル賞受賞者もこれまでのように日本から出るとは限らず、むしろ中国や韓国から大勢出るとも予測されています。


これまで知識偏重の教育をしてきた結果、思考力や表現力、英語の運用能力、リーダーシップなどが身についていず、大学卒業後ほとんどの企業で間に合わず、企業で一から教育し直しています。
慌てた文科省がようやく重い腰を上げ、教育改革ののろしを上げました。戦後最大のいや、明治維新後最大の改革とも言われています。


この流れを受けて、高校や中学での4技能を重視した英語教育法への転換、さらに小学校への英語科導入という流れになったのです。
小学校の英語クラスでは、これまでのようにただ単語や文法を暗記し問題を解いていい成績を取ることを目標としていません。耳で聴くことから始め、それを自分の口で言い、生徒同士で対話活動をして、その後に書き、文章を読み、さらには自己表現(プレゼンテーション)するという流れになります。積極的に自分自身で考えることや発表できるようになることを目標としています。


説明会で話したその他の詳しい内容についてはここでは割愛しますが、このあと、副学院長が神奈川県立高校の入試制度、入試問題の傾向、アカデミー学院のクラスやコース案内をしました。
説明会後、早速何人ものご父母の方々からお子さんのお申し込みや学院生の弟妹のお申し込みなどをいただきました。


アン・ランダースが冒頭で言っていること、
「子どもが将来立派な人になるかどうかは、あなたが子どものために何かしてあげるのではなく、自分自身のためにすべきことを子どもたちに教えてあげたかどうかにかかっている」
はとても大切なことです。
親御さんによっては子どものために何かしてあげるのが親の仕事だと思っている方もいらっしゃいます。子どもを塾にやる、スポーツや音楽などの習い事をさせる等々。確かにこれも大切なことかもしれません。
でも親にとって本当に大切なのは、「自分自身のためにすべきことを子どもたちに教えてあげる」ことなのです。


子どもたちにあれこれ世話を焼くのではなく、子どもたちが自分の力で考え、自分の力で人生を切り開いていくことを教えるのが親の本来の仕事です。
親は子どものためにいろいろなチャンスは与えますが、それ以上に大切なのはそれを使っていかに生きるかを教えることなのです。
これは私自身もこのブログの中で何度も繰り返し述べてきていることでもあります。
そのような意味で、今日のアン・ランダースの言葉と、昨日の説明会で話した教育改革や小学校への英語導入の話などすべてがつながっていると思われるのです。


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可能性は無限に

2018.02.10日

"Limitations live only in our minds. But if we use our imaginations, our possibilities become limitless."
--Jamie Paolinetti, Actor
「限界というのは私たちの頭の中にあるだけだ。想像力を働かせると、可能性は無限になる」
--ジェイミー・パオリネッティ、俳優
(訳 舟田譲二)


昨夜、テレビで『ドラえもん』をやっていました。うちの子どもたちが小さい頃はいつも一緒に見ていました。
『ドラえもん』は子育てにもいいと思って、テレビや映画だけでなく、マンガ本もシリーズで買っていました。
でも、子どもが大きくなってからずっと見ていませんでした。
それで懐かしくなってちょっと見てみました。
やっぱりいいですね。『ドラえもん』大好きです。
劇場版はテレビで何度も見ましたが、さすがにスケールも違うし、ストーリーも面白さが比べものになりません。


このブログでもこれまで「ドラえもん」については何度も書いてきました。好きな証拠ですね。(ブログページ左上コーナーの「エントリー検索」に「ドラえもん」と入力すると関連記事が全部出てきます)
その一つ、ドラえもんの秘密の道具「ほんやくコンニャク」は、ここ数年のAI(人工知能)の技術の急速な進歩のおかげでもうほぼ実現しています。
昔、私がアメリカに留学して言語学を研究していたときには、コンピュータによる機械翻訳は将来的にも不可能だと言われていたのに、およそ人が頭で考え得るものはもはや不可能なものなどないかと思われるほどです。


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映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー PART2』で、主人公マーティとジェニファーが未来の自分たちの子どもを救うために、ドクとともにデロリアンで1985年から30年後の2015年の今日にタイムスリップするというくだりがあります。
1985年に作られた映画の中で2015年の世界が想像で描かれています。
iPadのようなタブレット型コンピュータ、液晶パネルテレビ、テレビ会議、3D映画、指紋認証技術、バイオエタノールを燃料とする自動車、メガネ型情報端末等など、すでに実現したものがあまりにもたくさんあって驚かされましたが、まだ無理と思われていた空飛ぶ自動車もすでに実現しています。



「限界というのは私たちの頭の中にあるだけだ。想像力を働かせると、可能性は無限になる」
自分の頭の中で「限界」だと思っている間は本当に不可能なのですが、上の「ドラえもん」や『バック・トゥー・ザ・フューチャー』のケースのように、想像力を働かせるなら不可能は追いやられて可能な世界がどんどん広がっていきます。
同じ生きるなら、可能性を無限に広げるために、私たちも想像力をもっともっと働かせなければ損です。


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天才すぎる!!

2018.02.09日

"As a well-spent day brings happy sleep, so life well used brings happy death."
-- Leonardo da Vinci, 1452–1519, Mathematician and Artist
「充実した一日が安らかな眠りをもたらすように、充実した人生は安らかな死をもたらす」
--レオナルド・ダ・ヴィンチ、数学者・芸術家
(訳 舟田譲二)


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「ダ・ヴィンチ自画像」


レオナルド・ダ・ヴィンチは言わずと知れたルネサンス期を代表する博学者です。
「万能人」という異名を持つほどで、その知識と才能は、哲学、音楽、建築、生理学、動物学、天文学、気象学、物理学、地質学、地理学、絵画、彫刻、建築、科学、数学、工学、発明、解剖学、地学、地誌学などとどまるところを知りません。
おそらく史上最強の智慧のかたまりのような人でしょう。
それほどダ・ヴィンチのことを知らない人でも、ダ・ヴィンチ作のこれらの絵を知らない人はきっといないでしょう。


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「モナリザ」


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「最後の晩餐」


才能があるだけでなく、「ずば抜けた肉体美」「計り知れない優雅さ」「強靭な精神力と大いなる寛容さ」「威厳ある精神と驚くべき膨大な知性」と身近な人から評され、さらに菜食主義者であり、籠に入って売られている鳥を購入してはその鳥を放してやるような、命あるものをこよなく愛する人物だったという、まさに絵に描いたようなスーパーマンです。


去年の5月から9月頃にかけて、私は自律神経の乱れから体温調節ができず身体が火照って、ひと晩中眠れない日が続いたり、身体全身が痛んで、まるで生き地獄のようなところを通りましたが、その後繊維筋痛症の薬を医師に処方されてようやくひと晩通して眠れるようになりました。


そして、天才すぎるダ・ヴィンチが語った冒頭の、
「充実した一日が安らかな眠りをもたらすように、充実した人生は安らかな死をもたらす」
という言葉が、文句なしに共感できるようになりました。
今は仕事も少しずつできるようになり、充実した日々を送って毎晩安らかな眠りについており、この延長線上の充実した人生の後の安らかな死を迎えられることは本当に幸せなことです。


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健康づくりの行き着くところ

2018.02.08日

"Those who think they have no time for bodily exercise will sooner or later have to find time for illness."
--Edward Stanley – 1826-1893, British Statesman
「運動する時間がないと言う人は、いつかは病気になる時間を見つけなければならなくなる」
--エドワード・スタンレー、英国の政治家
(訳 舟田譲二)


かつての私がまさにこれでした。
愚かな私は「運動する時間がもったいない」と思って、いつも勉強や仕事ばかりしていました。そしてその結果、たくさん病気になって時間をたっぷり見つけました(笑)。


新しい病院に行ったり、新しい科を受診すると既往歴(病気の履歴)を書かされますが、書く欄があまりにも小さくて全部書ききれません。また、全部思い出すこともできません。それほどたくさんあります。
妻がよく言います。「結婚して以来、あなたが病気でなかったことや、どこかが痛いって言うのを聞かなかった日がない」と。
いえいえ、妻はまだまだ甘いです。結婚する前にもたっぷり病気してきましたし、結婚してからも身体の不調を言わなかった日もたくさんありますから。


でも、「何事にも遅すぎる」ことはない、というのが私自身のモットーなので、私もさんざん病気になったあげく遅まきながらようやく運動する時間を見つけるようになりました。
天国に行く日が近づいてくるようになって、残りの日を少しでも健康で過ごし、家族や親族、友人知人のために、社会のために少しでも貢献したいと思うようになったからです。


かと言って、ライザップのようなジムは長続きしないのをこれまでの経験から知っています。
それで、毎日、いつでも、どこでも手軽にできる運動、そう、ウォーキングをすることを心に決めました。これまでの人生で一番大病を患って苦しんでいた6年ほど前のことです。
以来かなりの距離を歩いてきました。3年半ほど前に「日本列島縦断達成!」しました。
その後も歩き続けています。昨年の秋に肋骨打撲して2〜3か月安静にしていた時を除いては。


最近は毎日、仕事の合間を見つけて必ず6〜8キロは歩いています。かなりの早足で。
家を出るときは寒くて身体が震えているのですが、20分ほど歩くとポカポカ温かくなってきて、40分歩くともう汗をかいてきます。
時間がない時は、暗くなってからでもウォーキングに出かけます。
昨夜、スマホのアプリを見たら、この1か月で約200キロ歩いていました。


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これは、うちから浜名湖までの距離に当たります。1か月でこれだけ歩いているということは、おそらくこれまでに日本列島北の端から南の端を往復しているでしょう。


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昨日の記事にも書きましたように、「今あるところから」「持っているものを使い」「できることから」やる。
これが健康づくりの行き着くところだと思っています。


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シャカシャカでなくシャカシャカ

2018.02.07日

"Start where you are. Use what you have. Do what you can."
--Arthur Ashe − 1943-1993, Professional Tennis Player
「現在のところから始め、持っているものを使い、できることをしよう」
--アーサー・アッシュ、プロテニスプレーヤー
(訳 舟田譲二)


これは大切なことです。
私たちはついつい欲張ってしまい、あれも、これもしようとします。
でも、そもそも私たちにできることというのは、できるところから始め、できることをするだけ。
健康改善、人間関係の修復、勉強、仕事等何にでも当てはまります。


「シャカシャカでなくシャカシャカ」と言ったら皆さん、何を連想されますか?
そう歯磨きです。
ということで、今日のテーマは正しい歯磨き。
これを、「現在のところから始め、持っているものを使い、できることをしよう」というわけです。たとえ、すでに歯があまり良くない人でも、現在のところから始めるのです。


先日、テレビで歯の磨き方をベストセラー『歯はみがいてはいけない』の著者、森 昭氏が教えてくださっていました。森先生は、これまでのべ60万人を診察され、現在は予防歯科で予約3か月待ちという超人気歯科医。


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私の友人であり同労者である柿谷正期牧師は75歳ですが、虫歯は1本もなく全部ご自分の歯です。以前、歯医者に行った時、診た医師がビックリして、院内の他の先生たちや歯科助手の方々を全員呼び寄せ、みんなに「お手本のような歯だ」と言って見せたそうです。
柿谷牧師は心身の健康に関しては専門家以上に造詣が深く、私はいつもいろいろと教わっています。今から40年ほど前に知り合った当初は魚と玄米菜食を実践していらっしゃいましたが、その後もいろいろと研究と実践を重ねていき、今は腸内細菌がすべての鍵を握っている、と確信を持って日々の食生活などで実践していらっしゃいます。柿谷先生の歯のご健康も、このような不断の努力の結果です。


1年ほど前に「1日1.5円〜2.5円の投資で健康増進」という記事を書き、その中で口腔衛生の大切さを説きましたが、森先生もこのテレビ番組の中で、正しい歯磨きをしないと歯と歯茎の間にプラーク(歯垢)がたまるが、これは菌のかたまりで歯垢1rあたり10億個300種類の菌がいると教えていらっしゃいました。


プラークが原因で歯周病になり、この歯周病は糖尿病、動脈硬化、脳梗塞・心筋梗塞、関節リウマチ、認知症・骨粗鬆症など全身疾患につながるばかりか、今大流行のインフルエンザにもかかりやすくなる、とおっしゃっていました。


そして、正しい歯磨きの仕方として次のようなことを紹介していらっしゃいました。
私は「いいことは何でも即実行する」がモットーで、早速その日から言われたとおりにやっています。ここにシェアします。詳しくは上掲書をご参照ください。


1.歯磨き粉をつける前に歯ブラシを水に濡らさない
2.歯磨き粉をたくさんつけすぎない。半分ぐらいで十分
3.食後すぐに磨かない。30分ぐらいたってから磨く
4.磨いた後、口をすすぐのは1〜2回
5. 磨くタイミングは
  起床後:デンタルフロス+歯磨き
  朝食後:デンタルフロス
  昼食後:デンタルフロス
  就寝前:デンタルフロス+歯磨き
6.歯ブラシは1か月使うと菌が1億個以上繁殖するので、こまめに交換する
7.具体的な磨き方
  力を入れて「シャカシャカ」と磨かず、ペンのように軽く持って歯の一か所に当て、小刻みに動かして「シャカシャカ」と優しく磨く
  <歯の表面> 歯に対して直角、毛先がつぶれない程度に当て桃の表面を磨くようにする


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  <歯と歯茎の間> 斜め45度に傾け左右に2〜3ミリ程度、小刻みに動かす


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  <奥歯の噛み合わせ> くぼみに毛先を水平に当てる


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  <前歯の裏側> 歯ブラシを縦方向に動かす


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皆さんも健康管理のために正しい歯磨きをしましょう。
できるところから、今あるもので。

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内側から輝く光

2018.02.06日
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"Nothing can dim the light which shines from within."
--Maya Angelou - 1951–2014
「内側から輝く光を暗くすることのできるものは何もない」
--マヤ・アンジェロウ
(訳 舟田譲二)


マヤ・アンジェロウは、映画監督・女優・歌手・舞台女優・ダンサー・公民権運動家・料理人・娼婦・詩人・作家...など数えきれないほどの肩書を持つアフリカ系アメリカ人。
彼女の人生は子どもの時、性的暴行を受けて妊娠し出産。その子どもを捨てる、という辛い暗い経験から始まりました。


生涯に36冊の本を書き、そのうち30冊はベストセラーに。
自らの波瀾に満ちた陰と光の人生を包み隠さず綴った代表作の自伝『歌え、翔べない鳥たちよ』は世界中の大学のテキストにもなりました。
マーティン・ルーサー・キング・ジュニアとともに公民権運動にも参加。
1993年、ビル・クリントンのアメリカ合衆国大統領就任式にて自作の詩を朗読し、2011年には大統領自由勲章を受章。
マイケル・ジャクソンの追悼式では、彼女の詩「We had him(彼はそこにいた)」が読み上げられました。


マヤ・アンジェロウの生涯を追うドキュメンタリー映画 Still I Rise (『それでも私は立ち上がる』)は映画祭で上映され、高い評価を受けて黒人歴史月間中にはテレビ放送されました。
このように彼女にはファンも多く、幅広い支持層を持っています。


その彼女が語っている冒頭の言葉、
「内側から輝く光を暗くすることのできるものは何もない」
はそのまま彼女にお返しします。まさに彼女の人生を表していると言っていいでしょう。
アフリカ系アメリカ人女性の歴史に燦然と輝くマヤ・アンジェロウのオフィシャルウェブサイトはこちらから。彼女の肉声を聴くことができ、また幼少の頃からの写真も見ることができます。


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人生で本当に大切なこと

2018.02.05日

先週、4人の友人の家族に不幸がありました。うち3人はまだ若い人たちです。1人は12歳、2人は20代で、病気や事故で亡くなったのです。つい1分前まで彼らは活気に満ちていて、人生を謳歌していた幸せな子だったのに、次の瞬間もうこの世にいなくなっていました。これから先まだ人生は長いと思っていたのに、突然終わってしまったのです。


家族を失うことは生活のさまざまな面において大きな悲劇です。同時に、私たちがいかにもろい存在であるかということを教えてくれます。私たちは自分で人生をコントロールしていると思っていますが、これは単なる錯覚にすぎません。次の瞬間にはいとも簡単に壊れてしまいます。私にとって、これは毎日の一瞬一瞬をいかに生きるべきか、ということに目を向けよという警鐘です。


結果として、私は今月、自分の人生で本当に大切なものは何かということを考えることになりました。本当に些細なことに心を奪われて、それがさも重大事であるかのように思ってストレスを感じていることがしばしばあることに私は気づきました。そして、人生がめちゃくちゃになると思われるようなことが起こって初めて悟るのです。もっと記事を書かなければとか、もっと大勢の人に連絡を取らなければならないとか、家をリフォームしなければならない等々、大きな問題と思われていたことが一瞬にしてどうでもいいことのように思われるようになります。そして最後に残るのは、私の人生の中にいる人たちで、彼らとの関係です。


私たち人間にとって現実とは、すべて人に関することです。家族や友人や同僚、さらには世界中の人々こそ人生とは何かについて教えてくれています。人はありとあらゆる富や可能な限りの財産を持つこともできるでしょう。しかし身の周りの人たちに愛や思いやりを示さず、時間を与えなかったら、あなたは何も持っていないのと同じです。


今、私の友人たちが経験していることは本当に怖ろしいことです。私たちにできることと言えば、愛の手を差し伸べ、この大変なところを通っている時サポートすることぐらいです。しかし、私はすべての人に対して先ほど述べたように警鐘となりたいのです。私たちの人生において本当に大切なことに注意を向けるきっかけとしようではありませんか。


あなたは自分の時間やエネルギーをどこに費やしていますか?親しい人たちとの関係を一番にしていますか?あなたと関わりのある人たちがこれから先いつもいると、ひょっとしてあなたは思い込んでいませんか?そして、このような人たちを優先順位の一番下に置いていませんか?良い関係というのは、時間やエネルギー、心をその人たちに注ぐことによって成長させることができ、また維持することができるのです。私はこれらのことを十分にしているだろうか、と自問する必要があります。


今から先、私は人生で関わる人たちに優しく接し、いつも良い関係を保ち、私の愛情や感謝の気持ちを機会あるごとに言葉にして表そうと私は心に決めました。彼らこそ私の人生の中で最大、最高の神様からの贈り物であり、これがすべてなのです。
サンディ・アベル

(訳 舟田譲二)


私もサンディ・アベルと同じ気持ちになり、同じ決意をしました。
「後悔先に立たず」です。
あなたはどうですか?


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あなたのルーツは?

2018.02.04日

まずはこの動画をご覧ください。




この動画に登場する人たちはDNA検査によって自分のルーツを知り、相当なショックを受けたようですが、本来全然驚くようなことではありません。
「再び、ニワトリか卵かどちらが先?」の中にも書きましたが、創造主なる神がニワトリをオスとメスに造り、メスのニワトリが卵を産んだように、人間も男と女に神が造られそこから最初の子どもが生まれたのです。
無生物質から生物が発生し、それがやがてアメーバ―のようになり、細胞分裂を繰り返し徐々に複雑な生物になっていき、何十億年かけて進化してヒトになったのではありません。
私たちの先祖をずっとたどっていけば、みんな同じ父親と母親に行き着く。つまり、私たちヒトはもともと一つの大きな家族。
このように考えれば、上の動画の中で言われているように「ひろい意味でいえば、私たちはみんな、いとこ同士」ということになります。


世界の過激思想によるテロリズムはおろか、民族と民族、国家と国家、宗教と宗教の対立などいかに馬鹿げたことかということがよく分かります。
私たちはみんな「◯◯人」という特定の国の国民である前に、血を分けた「地球人」なのです。
このことの意味が本当に分かるなら、戦争はなくなり、真の平和が来ます。
でも残念なことに、人間は高慢な罪人で、自らの罪を認めようとしないので、いつまでたっても戦争はなくならないばかりか、同じ家族間にあっても争いは絶えず、殺し合いもするのです。


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笑顔で眠りにつく

2018.02.03日

"Your time is limited, so don’t waste it living someone else's life."
--Steve Jobs − 1955-2011, Entrepreneur and Co-Founder of Apple Inc.
「あなたの人生に与えられた時間は有限だ。だから他人の人生ために自分の人生を無駄にするな」
ーースティーブ・ジョブズ、起業家・アップル社共同創業者


2005年6月にスタンフォード大学卒業式でスティーブ・ジョブズは次のように語りました。
「将来を見ていて点と点をつなぐことはできません。過去を振り返って初めて点と点をつなぐことができるのです。ですから、点は将来においてもどのようにかしてつながるに違いないと信じなければならないのです。あなたたちの直感とか、運命、人生、宿命等々、何かを信じるのです。このような考え方のお陰で、私はこれまで一度も落ち込んだことがありませんし、私の人生はこれですっかり変わりました」
「ハングリーであれ、愚か者であれ!」 字幕付きオリジナル動画あり)


これは私自身これまでこのブログでも繰り返し述べてきた「新超ひも理論」と同じ考え方ですが、誰しもが大なり小なり似たような経験をこれまでにしてきていて直感的に信じていることではないかと思います。


「過去を振り返って点と点をつないで、点は将来においてもどのようにかしてつながるに違いない」と信じてきたスティーブ・ジョブズですが、数奇な人生を歩んだ後、膵臓腫瘍で56歳の若さでこの世を去りました。


冒頭の言葉、
「あなたの人生に与えられた時間は有限だ。だから他人の人生ために自分の人生を無駄にするな」
の言葉のごとく、彼は短い人生を自分の思うように生き抜きました。
「毎日を人生最後の日のように生きる」というモットーのとおりに。


私など常に周囲の人のことを気遣いしながら生きていて、スティーブ・ジョブズのような太く短い生き方ができない弱い者です。
でも、少なくとも「毎日を人生最後の日のように生きる」は実践するよう心がけ、毎晩床で「神様、感謝します。今日も最高の日を過ごすことができました」と祈って笑顔で眠りについています。


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不安の向こう側にあるもの

2018.02.02日
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「あなたがこれまで望んできたものは全て不安の向こう側にある」
--ジョージ・アデア 1823-1899、不動産開発業者


「望んでいたもの」というのは決して物とかお金とかに限りません。
健康だとか、結婚、家族、信頼できる友、仕事、受験等々、ありとあらゆるものが含まれます。
皆さんはどうですか?
今まで望んでいたものを全て手に入れてきた、と言える人はまずいません。


その理由はいろいろあるでしょう。
でも、その中の一つとして、上でジョージ・アデアが言っているように、「不安の向こう側にある」からではないでしょうか。
将来のことは誰にも分かりません。だから当然不安を感じます。
不安を感じていると、その夢に向かってなかなか一歩が踏み出せないものです。


だからと言って、不安のために行動しないでいると、求めているものは手に入れることはできません。ある意味、人生には「賭け」の要素が常にあります。
飛行機に限らず、電車やバスでも事故は起きますし、今では家の中にいても空から航空機の窓が落ちてきて屋根を破ってくることさえあります。
夢にまで見ていた結婚も、うまくいかないことだってあります。
スポーツ選手は常に将来の不安や事故・怪我などの危険に直面しています。
しかし、私たちはみんなそのような「危険」や「不安」があっても、信じて前進しているのです。


とどのつまり、自分が本当に何かを得たいと思ったら、人はみんな「危険」や「不安」を乗り越えてチャレンジします。
後悔しないよう、敢えて「不安の向こう側にある」ものに挑戦しましょう。


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グラマーな女性は文法も得意!?

2018.02.01日
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「文法とは、『お前のクソ』と『お前はクソ』の違いを知っているかどうかの違い」


文法のことを英語で grammar (グラマー)と言いますが、これは日本語で「グラマーな女性」と言う時の「グラマー」の英語 glamorous と語源は同じで、元の意味は「魅力的な」です。すなわち、文法をきちんと知っていて使いこなせる人は「魅力的」ということなのです。


"She said that that that that that boy used was wrong."


最近、上の文章をよく見かけるのですが、これは昔からある有名な構文解釈にからむ英文です。
一見、「???」という感じですが、文法力があると言わんとしていることを容易く見抜くことができます。

 
1番目の that は名詞節を導く接続詞で、「〜ということ」の意味。
2番目の that は形容詞で、次の単語を修飾して「あの」の意味。
3番目の that は名詞で、「that という単語」という意味。
4番目の that は関係代名詞で、that boy used を説明しています。
5番目の that は上の2番目の形容詞と同様、「あの」という意味で boy を修飾。

 
で、「名詞節」とか「関係代名詞」といった文法用語にアレルギー反応を示す人のために文全体を日本語にすると、
「あの男の子が使った、あの "that" という単語(の使い方)は間違っている、と彼女は言った」
となります。
何となく分かったような分からないような...でしょうか?


でも、上の文章はまだまだ序の口。次のはさらに複雑。これは頭を使いますよ。
"It is true for all that that that that that that that refers to is not the same that that that that refers to."


1番目の that は代名詞。 for all that 〜で「〜にかかわらず」という意味の成句。
2番目の that は接続詞。
3番目の that は形容詞で、「あの」。
4番目の that 名詞で、「that という単語」。
5番目の that は関係代名詞。
6番目の that は形容詞で、「あの」。
7番目の that 名詞で、「that という単語」。
8番目の that は接続詞。
9番目の that は形容詞で、「あの」。
10番目の that 名詞で、「that という単語」。
11番目の that は関係代名詞。


で、分かりやすく書き換えると:
It is true for all that, that that "that" which that "that" refers to is not the same "that" which that "that" refers to.
日本語の意味は:
「あの『あの』という言葉が意味する、あの『あの』という言葉が、あの『あの』という言葉が意味するのと同じでない、ということは本当だ」
これでも分からないという人のためにもっと分かりやすく言うと:
It is true, despite everything you say, that this word to which this word refers is not the same word to which this word refers.
「あなたの言っていることに関わらず、この言葉が意味するところのこの言葉は、この言葉が意味するのと同じ言葉ではない、ということは本当だ」


ということで、分りやすく言い換えてもチンプンカンプンですね。
これはネイティブスピーカーにとってもチンプンカンプン。
でも、文法力がある人は、複雑で頭がこんがらがっても意味は分かるのです。
英語なんて文法は必要ない、会話ができればいいのだ、と言う人がよくいますが、実際には文法力のないネイティブスピーカーの書く英文はやっぱりお粗末ですし読解力もない、そして日本語の場合も同様。
つまり、どの言語に関わらず文法力が大切だ、文法力のある人は魅力的だということです(笑)


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あなたは自分自身の決断の産物

2018.01.31日

"I am not a product of my circumstances. I am a product of my decisions."
--Stephen Covey ー 1932-2012, Educator and Author
「私は境遇の産物ではない。私は私自身の決断の産物だ」
--スティーブン・コヴィー、教育者・作家
(訳 舟田譲二)


世界で最も大きな影響力を持つ経営コンサルタント、スティーブン・コヴィーと言えばその著書『7つの習慣 成功には原則があった!』で有名。3000万部以上の売上げを記録し、日本でも200万部以上が販売され、38の言語にも翻訳された世界的なベストセラー。
読んだことのない人でもその名前だけは知っているというほど有名です。


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『7つの習慣』は次のようなトピックで書かれています。
◆私的成功
第一の習慣:主体的である
第二の習慣:終わりを思い描くことから始める
第三の習慣:最優先事項を優先する
◆公的成功
第四の習慣:Win-Winを考える
第五の習慣:まず理解に徹し、そして理解される
第六の習慣:シナジーを創り出す
◆再新再生
第七の習慣:刃を砥ぐ


「第四の習慣:Win-Winを考える」
は「自分も勝ち、相手も勝つ」という意味です。
自分だけが勝って、相手が負けると相手は面白くありません。
その逆も同じです。
これはあらゆる人間関係、国際関係にも当てはまる大切な点です。
人間は自己中心な生き物なので、どうしても自分が勝ちたい、勝たないと気が済まないものです。
しかし、先日の記事「失恋の経験から学び取るべきこと」の中にも書きましたように、結婚において自分の事ばかり考えていて、「テイク・アンド・テイク」を求めていたらたとえどれほど愛し合っていたとしても必ず破綻します。
むしろ、「ギブ・アンド・ギブ」の精神で「与える」ことを第一にしていたら、相手からも与えられ、結果的に「ギブ・アンド・テイク」になり、双方が幸せになります。「Win-Win」の関係です。
これは聖書の教えとも一致しています。
「与えよ。そうすれば、自分にも与えられるであろう」(ルカ6:38)


「第五の習慣:まず理解に徹し、そして理解される」
は、
「慰められるよりは慰めることを、理解されるよりは理解することを、愛されるよりは愛することをわたしが求めますように」
というアシジのフランシスコの平和を求める祈りの一部と同じ考えです。


今日のスティーブン・コヴィーの言葉、
「私は境遇の産物ではない。私は私自身の決断の産物だ」
は、上の「第一の習慣:主体的である」の一例です。
これはこのブログの中でも繰り返し述べていることです。
「赦し」も感情でできることではなく、決断で行うことです。(「真の癒しは」
「私はこんなひどいことをされたからあの人を赦せない」と言っているのは、「私は境遇の産物だ」と言っているのと同じで、自分の主体性がなくなっているということです。
あなたは「あなた自身の決断の産物」です。


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14歳張本最年少V 年をとったなぁ ― 藤井四段

2018.01.30日

「14歳張本最年少V  年をとったなぁ ― 藤井四段」
(1月23日付読売新聞 「USO放送」より)


読者が投稿する読売新聞の「USO放送」にはいつも笑わされます。毎朝一番の私の健康のもとです。
「箱根駅伝4連覇 卒業しません ― 青山学院大」
(1月5日)
「間違い探し 大人版です ― 広辞苑」
(1月21日)


さて、「天才中学生、藤井聡太四段と張本智和が対談! 『五輪で金メダル』『将棋界のトップに』」というニュースがスポーツ報知で報じられました。
対談を文字で起こした下の動画をご覧ください。
さすが二人とも天才少年、言うことが違います。
14歳、15歳の中学生が話し合っているとは思えないほど、敬語など言葉遣いもしっかりしていますし、相手を立て、積極的にお互いから学ぼうとする姿勢など、教えられることがたくさんあります。



張本選手は2歳から卓球を始め、藤井四段は5歳で将棋を始めました。
きっかけは張本選手の場合は両親が卓球をやっていたという境遇、藤井四段は祖母から将棋セットをプレゼントされたこと。
ふたりに共通する点は、勉強もスポーツもできること、負けず嫌い、ずば抜けた集中力、努力家。幼いときからの英才教育に加え、このような性格・能力を持っていたら否が応でもその道で抜きんでます。
最近、テレビ番組でも天才少年(少女)が様々な分野で活躍している様子がよく報じられていますが、やはりふたりに似た共通点が見られます。
日本の未来を担っていくこれらの若者はとても頼もしく、また将来が楽しみになります。
頑張れ、未来人!


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明治天皇とツーショット

2018.01.29日

昨日は礼拝後、お茶の交わりが終わると食料品や雑貨などの買い物をしてから、久しぶりに足を延ばして大磯の海岸を歩きました。
朝、家を出た時は氷点下でとても寒かったのに、午後からは日がさして暖かくなり、海風が心地よく顔を撫でていました。


相模湾に臨む大磯高校そばの海岸沿いの堤防脇に明治天皇観漁の碑が建っています。
今までにも何十回と同じところを歩き、目に留まっていたのですが、今回はちょっと立ち止まって前でしばし昔を偲びました。
「明治元年東京へ行幸の折に、明治天皇は大磯の北浜で漁夫に網を引かせられ、大きな鯛がかかり、赤ふんどし一つで鯛を生け捕ろうとする姿を楽しくご覧になられた」と大磯町ホームページに紹介されています。


明治元年(1868年)に思いを馳せて、明治天皇とツーショットを撮りました。もとい、「明治天皇観漁の碑」とのツーショットです。


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2年前の同日、やはり大磯町を散策していてその日のことを「大磯散策」に記したので、その記事を読み返していました。


大磯町はアメリカ留学から戻ってきてから5年間住んでいたところで、親しみを覚えます。
また歴史の重さをいたるところで感じます。東海道松並木を始め、伊藤博文公の本邸や旧島崎藤村邸、旧吉田茂邸、平安末期の歌人・西行法師に因んだ鴫立沢(300年以上続く俳諧道場)、澤田美喜(三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の孫)が設立したエリザベスサンダースホームなどがあり、新島襄がその晩年を療養で過ごし終焉を迎えた地です。
そして私の敬愛した大学時代の恩師、福田恆存先生宅もあります。


これらのことを考える時、上に挙げた偉人がかつてここで同じ空気を吸い、同じ海風に吹かれ、同じところを歩き、ここで生活を営んでいたと思うと感慨深いものがあります。


帰り道、いつもの金目川沿いのサイクリングロードを歩いていると、カラスの群れが水浴びをしていたり、カモメが群れて飛んでいたり、この地をねぐらとするムクドリの群れ(「空の鳥を見よ」)が木に止まっている光景に遭遇し、「ああ、きっとこの状況も昔の人たちが同じように見ていたんだろうなぁ」と、ここにも歴史を感じました。時代が変わっても自然の中での人と動物の営みは変わりませんね。


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真の癒しは

2018.01.28日

"When a deep injury is done to us, we never recover until we forgive."
--Alan Paton - 1903-1988, Author and Anti-Apartheid Activist
「深い傷を受けた時、相手の人を赦さない限り私たちが完全に癒えることはない」
--アラン・ペイトン、反アパルトヘイト活動家・作家
(訳 舟田譲二)


自分を傷つけた相手を赦すことは難しい。
実際、ドラマや映画、小説などの世界では、その多くが「復讐」をテーマにしています。親、子どもが殺された、騙された、裏切られた、土地や財産・金品を奪われた、いじめられた、セクハラやパワハラを受けてトラウマになった等々、復讐の原因は限りなくあります。
ドラマや映画の復讐劇は、これらの出来事を通してそのような復讐がいかに愚かなことであるかを教える反面教師となっていますが、それにもかかわらず現実の世界では残虐な復讐劇は後を絶ちません。


過去に起きた戦争や、今日のテロなどもやはり相手を赦せない、という復讐の連鎖が事を大きくし、その結果、より大きな悲惨な結果をもたらしています。


ほとんどの人は上のようなおぞましい事件は起こさないでしょうが、冷静に心の内を探るなら、自分たちの心の内にも同じ恐ろしい罪の性質が潜んでいることに気づかされます。現に家族内での殺人事件などが起きると、身近にいた人たちは口を揃えて、そのような人ではなかった、そんな様子は微塵も見られなかった、仲の良い家族だったなどと言います。
この人間の恐ろしい罪の根源を完全に断つことは困難でしょうが、少なくとも私たちがその罪の罠に陥らない防御策はあります。


それは、冒頭で反アパルトヘイト活動家アラン・ペイトンが言う、「深い傷を受けた時、相手の人を赦さない限り私たちが完全に癒えることはない」という言葉にヒントがあります。
すなわち、「相手を赦すこと」です。
憎しみ、恨み、復讐は問題を解決することなく、かえって傷口を大きくするばかりで、唯一の解決の方法は「赦し」です。


国家間、宗教間などにおいても同様で、問題の解決は「赦し」以外にありません。
「赦し」は言うは易し行うは難しです。
しかし、相手に赦しを強要するのでなく、まず自ら相手を赦すこと、ここからすべてが始まります。
勇気をもってその第一歩を踏み出すこと、これが結局は自分の心の癒しにもなるのです。
いや、これ以外に真の解決、癒しはありません。
「また立って祈るとき、だれかに対して、何か恨み事があるならば、ゆるしてやりなさい。そうすれば、天にいますあなたがたの父も、あなたがたのあやまちを、ゆるしてくださるであろう」
(マルコによる福音書 11:25)


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失恋の経験から学び取るべきこと

2018.01.27日

“Every instance of heartbreak can teach us powerful lessons about creating the kind of love we really want.”
--Martha Beck, Author and Speaker
「失恋の辛い経験は、私たちが本当に望んでいる愛を生み出すための強烈なレッスンを教えてくれる」
--マーサ・ベック、作家・スピーカー
(訳 舟田譲二)


失恋というのは必ずしも「相手に振られる」というのを指すとは限りません。失恋を定義すると次のようになります。
「失恋とは、恋する相手への気持ちが成就しないこと。また、恋愛が何らかの形で終止符を打たれることである」


「恋は盲目」とよく言いますが、確かに恋愛をしている時は相手の良いところしか見えず、また将来のことについても現実的でない甘い考えでいることがよくあります。


失恋のことを英語で冒頭のように heartbreak と言いますが、本当に文字通り「心が壊れます」。
私も例外ではありません。経験者語る、です。
この人と絶対に結婚したい、と思った人が若い頃何人かいました。でも、どちらかの親の反対など外的要因によってかなわなかったり、あるいは相手か自分かいずれかに心の平安がなくて迷っているうちに立ち消えになったりして流れてしまいました。
それでもやはり heartbreak 「心が折れ」ました。
たくさん泣きました。相手に悪いことをしたという思いから後悔もしました。そして謝りました。


みんながみんなそうとは限らないでしょうが、失恋による傷ついた心は時が癒してくれるものです。
そして、後になって振り返ると、結果的にはあれで良かったのだ、と納得がいきます。
その切り替えが大切です。
いつまでも心の傷を引きずっていると、なお一層苦しみが増すばかりです。
あの辛い経験の結果、今日の自分があるのだと、起こった現実を受け入れなければなりません。


そして、何よりも大切なのは、その失恋から何にも代えがたいレッスンを学び、それを今後の人生に生かすことです。それは自分が「本当に望んでいる愛を生み出すため」のステップです。
これを失恋から学び取らないなら、その失恋の経験は無駄になるとは言わないまでも、本当にもったいないことです。自己中心の愛から利他精神の本物の愛に成長するのです。
多くの人が結婚を「ギブ・アンド・テイク」の関係だと思っています。
中には「テイク・アンド・テイク」だと思って、結婚から自分が何かを得ることばかり考えている人さえいます。
でも、本当は見返りを期待せずに「ギブ・アンド・ギブ」の精神で「与える」ことを心がけているなら、結果的には「ギブ・アンド・テイク」になり、双方が幸せになります。
「人が友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない」
(ヨハネによる福音書15:13)
と聖書の中で教えられている通りです。


皆さんの失恋の経験はどのようなものでしたか?


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雪だ〜ま

2018.01.26日

昨日は横浜で午前からセミナーでした。
4月の新年度から本格的に導入される全国の小学校英語科の内容、教材や英語教育の動向や展望、塾業界の動きなどに関する興味深いテーマです。


余裕をもって早起きして食事し、準備し終わったらバスに乗る予定の時間より20分ほど早くなったので、思い切って駅まで歩いて行くことにしました。
でも、実際に家を出たのはバスの発車時刻のほぼ15分前。
ちょっと計算が狂い、iPhoneの時計をにらみながら早足で歩いて行きました。
家を出た時の気温は0℃。吐く息は白く、顔に吹きつける風も、耳や顔も冷たかったのですが、必死で歩いていたら途中からだんだん温かくなってポカポカしてきました。
Google mapで駅到着予定時刻を現在地点から絶えず更新しながら速歩(そくほ)で進むと、最初の予定時刻では電車に間に合わなかったのですが、10分早く到着しました。
電車に乗って速歩のスピードを計算したところ時速5.5kmでした。


セミナーの内容は、塾関係者の大半にとっては初耳のことばかりだったようで、みんなびっくりしていました。
でも、うちでは約30年前の開校当初から全部やってきていた当たり前のことばかりで、驚くような内容はありませんでした。アカデミーの卒塾生は英語ができる人が多く、中学・高校の英語教師になった人を始め、外交官になった人、商社で日々英語を使っている人などたくさんいます。
日本の英語教育がこれまで読み書き文法中心の知識型で、高校あるいは大学卒業後まったく英語が使えない(会話ができないというのではなく、読み書きすらできない)というのが定番でしたが、これでようやく実践的な英語にシフトする展望が開けてきたという状況です。


行きも帰りもすべてエスカレーターやエレベーターは使わずに階段を上りました。
会場はビルの13階でしたが、思い切ってここも階段を使って上がることにしました。
いや〜、これはちょっときつかったです。普段はだいたい5〜6階どまりで一気に13階は未体験ゾーンです。途中、心臓がかなり打つので何度か踊り場で立ち止まって息を整えました。でも、普段からぼちぼち鍛えているせいか足は全然平気でした。


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セミナーと教材発注が終わって帰途に着きました。
行きの電車はずっと立っていましたが(通勤客で混んでいたこともあって)、帰りは空いていたのとちょっと疲れたこともあって腰かけました。
でもそのお陰で疲れも取れたので、平塚駅に着いてからまた家まで歩いて帰ることにしました。わざわざ歩道橋すら使って(笑)
朝、駅に向かう時、月曜日に降った雪がまだあちらこちらの日陰に残っていましたが、帰り道は全部溶けていました。
ある家の玄関先に子どもが作った雪だるまがありましたが、さすがに帰りはもうないだろうと思っていたら、まだありました!
でも朝よりさらに溶けて小さくなって「雪だ〜ま」になっていました。


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私もこのダラ〜とした「雪だ〜ま」にならないためにもっともっと身体を鍛えようと決意を新たにしました。
帰り道はゆっくり歩き、家に着いて今日の歩数をiPhoneのアプリで確かめたら13,654歩、約2時間、8.2km歩いていました。
復路の時速は4.3kmで、これが平均的な歩くスピードのようです。


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あなたは自分がなりたい人になれる

2018.01.25日

“Regardless of who you are or where you’ve been, you can be what you want to be.”
—W. Clement Stone – 1902-2002, Businessman and Author
「あなたが誰であろうと、これまでどのような経緯があろうが関係なく、あなたは自分がなりたい人になれる」
—W・クレメント・ストーン、実業家・作家
(訳 舟田譲二)


あなたは上の言葉を信じますか?
歴史上の偉人や現代の成功者や有名人、たとえば西郷隆盛、エジソン、ビル・ゲイツ、孫 正義氏、イチローさん、米倉涼子さん、和田アキ子さん等々を見て、これらの人たちは特別な人、自分は違う、と思っていませんか?
自分もこのような人になりたいと思ったらなれる、と本気で信じられますか?
もちろん一人ひとり能力も違えば、背の高さや美人・イケメンなど外見も違います。


このような変えられないものを求めても意味ありません。
しかし、自分自身に与えられたものを用いて、自分がなりたいものになれるというのは真実です。現に上に挙げたような人たちも、生まれた時は私たちとなんら変わらないごく普通の人でした。
生まれ育ちなど境遇の違いもあるでしょうが、これとて偉人、成功者、有名人みんなが恵まれた環境にあったわけではありません。むしろ、逆境の中で育った人で事を成した人のほうがたくさんいると言っても過言ではないでしょう。


「世に生を得るは、事を為(な)すにあり」と言ったのは、かの坂本龍馬です。
これは、「人がこの世に生まれてくるのは、何かを成し遂げるためである。その何かを定め、それを目指して一心に努力することこそ、生きるということ」という意味ですが、だからと言って大事を成さなければならない、という意味では決してありません。
一人ひとり器があります。ですから、自らの器に合ったことをすればいいわけです。
でも、だからといって、自分は凡人だからごく普通のことをして生きればいいという意味でもありません。


人の人生にはそれぞれ必ず意味があります。たとえ名もない人であってもです。
学業で秀でるとか、事業で成功するとか、地位・名誉・財産を築くことが人生の目的ではありません。
しかし、少なくとも自分に与えられた使命を全うすることはとても大切なことです。
それがすなわち人生で何かを成し遂げるということではないでしょうか。


ある人は平凡な人生を生きるかもしれませんが、その中で子どもを立派に育てた、あるいは両親の介護をして最期を看取ったと、これだけでも立派に自分に与えられた使命を全うしたと言えるでしょう。それが自分の使命と信じて、一生懸命生きたのなら、それはとっても立派なことです。


でも、もし自分にもっと他の使命が与えられていると思っていて、それを成すために努力が必要だと思っているならば、それを追い求めて自分の理想の人生を追及する、それが冒頭のW・クレメント・ストーンの言うところの「あなたが誰であろうと、これまでどのような経緯があろうが関係なく、あなたは自分がなりたい人になれる」ではないかと思います。
皆さんはどうお考えになりますか?


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目指すべきは健康長寿

2018.01.24日

1.日本人は脂肪をあまり摂取していず、赤ワインもあまり飲まない。そして、心臓発作を起こす人はアメリカ人よりも少ない。
2.フランス人は脂肪たっぷりのチーズや高カロリーの食物をたくさん食べ、ワインをたくさん飲む。そして、心臓発作を起こす人はアメリカ人よりも少ない。
3.イタリア人は赤ワインをたくさん飲み、炭水化物たっぷりのパスタをたくさん食べる。そして、心臓発作を起こす人はアメリカ人よりも少ない。
4.ドイツ人はビールをたくさん飲み、ソーセージをたくさん食べ、脂肪をたくさん摂取する。そして、心臓発作を起こす人はアメリカ人よりも少ない。
結論
自分の好きなものを食べ、好きなものを飲むのがいい。心臓発作の明らかな原因は英語を話すことにある。

(訳 舟田譲二)


これは繊維筋痛症の専門医、ジェイコブ・タイテルバウム氏による『線維筋痛症』(The Fatigue and Fibromyalgia Solution)の中の一節です。
最初読んだ時、思わず吹き出してしまいました。
アメリカ人特有のジョークです。


ドクター・タイテルバウムは続けて書いています。
1.卵はコレステロール値を上げるので良くない。ブーブーっ!(間違い!)
毎日6個の卵を6週間連続で食べてもコレステロール値にまったく影響を与えなかったという研究結果が6つ以上ある。実際のところ、卵はもっとも健康的なたんぱく質源。だから安心して食べなさい。
2.塩は身体に良くない。ブーブーっ!
一日の推奨塩分摂取量を摂っている人のほうが、それ以上摂取している人よりも早死にしているという研究結果がいくつもある。とくに副腎疲労のある人は塩分を制限するとかえって健康を害する。だから自分の好みに応じて塩を料理に加えても大丈夫。
3.コーヒーと紅茶は体に良くない。ブーブーっ!
コーヒーと紅茶は健康的な抗酸化物質をたっぷり含んだ天然化合物だ。要はカフェインを摂りすぎないこと。だから普通のコーヒー、紅茶を1〜2杯飲んだ後はカフェイン抜きのに変えれば大丈夫。
4.アルコールは体に良くない。ブーブーっ!
1日に2杯までを飲む人は、まったく飲まない人よりも長生きしている。


このようなリストはまだまだ続く。一般論として言えることは、あなたにとって良いものとは長期的に見て自分がいいと感じるものだ。さらに、もし調子良かったら、今の食事法はうまく作用しているということ。同時にもしその食事をしていて幸せに感じているなら、それはあなたにとってさらにいいという証拠だ。
できる限り避けたほうがいいものとしては、その時は美味しいと思っても後になるとあまり気分良くない過剰な砂糖、加工食品、ソーダ類、フルーツジュースなど。
逆に積極的に摂ったほうがいいものとしては、全粒穀物、新鮮な果物、野菜、多量の水。

(以上、訳 舟田譲二)


最近は健康に対する一般の人々の意識が高く、いろいろな食材についてまったく逆のことを教えているものがたくさんあります。
どれも鵜呑みにするのは危険です。よく調べて、自分で納得のいく方法を実践するのがいいでしょう。


でも、このようなケースもあるのです。
ハッピー☆ダイエットライフ代表の船田和成氏は、読者の質問に答えて次のように言います。
<質問>
イチローや内村航平 中田 、タイガーウッズなど一流の選手やビルゲイツなど極端な偏食なのに活躍しているひとたちがいます。これはどうしてなのですか。
<答え>
イチローは超偏食で肉とカレーしか食べないようです。
中田さんはジャンクフード大好き人間。
タイガーウッズはマクドナルドが大好き。
ビルゲイツは血液の代わりにコーラが流れているといううわさが・・・笑
これは、人間が機械でないことの証明でしょう。機械であれば、必要な材料や動力源を与えないと動きません。


これは神様しか分からないことですが、船田の予想というか、もしかしたら・・・というお話です。
人間は食材から栄養を得て生きています。基本的には必要な栄養素を食べないと生きてゆけません。
ところが、生きて行ける人がいるのですね。これはおそらく、体内で原子転換をしているのでしょう。
人間は万物の霊長とも言いますし、聖書によれば、神様は自分に似せて人間を作ったことになっています。つまり、植物や動物よりも優れた体を与えられたと思うのです。
植物の葉っぱが、光と空気と水で栄養を作りだします。おそらく、人間にもそのような機能が眠っているとおもうんですよね。
おそらく、有名アスリートの方たちは、体の原子転換機能が有効になっているのでは?
それは、「思い」がスイッチになっている。おそらく、「思い」と「腸内細菌」の協力により、体内で栄養素の変換が行われているのだと思います。


このブログでこれまでにも何度か取り上げた『たけしの家庭の医学』を昨夜も見ていました。
テーマは「血管の老化を止める」「認知症を予防する」「足腰を丈夫にする」で、どれもこれも切実な問題です。
それぞれに不可欠もしくは推奨される食材や運動があり、番組内ではたった5日間の実践でちゃんと結果が出ているのです。
毎回見ていて、新たに教えられることで良いと思われるものはたいがい日常生活の中に取り入れていますが、もともと身体が弱く健康志向が強い私は食材や運動など、すでに実践していることがけっこう多いです。


いずれにせよ、単なる長寿は意味がありません。認知症になったり、寝たきりになって100歳まで生きても周囲の人たちに迷惑をかけるばかりです。
私たちが目指すべきはやはり健康長寿です。
そのためには、健康に関する学びと日常生活の中での実践が欠かせません。


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最悪と思えるようなことが実は最善

2018.01.23日

“Expect the best; and realize, sometimes what you perceive to be “the worst” is actually the best.”
―James Ray
「最善を期待しなさい。時にあなたが『最悪』と思っていることが実は最善なのです」
―ジェームズ・レイ
(訳 舟田譲二)


『人は、人を浴びて人になる』(夏苅郁子著 ライフサイエンス出版)という本を今読んでいます。


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著者は最悪とも言える環境の中で生まれ育ちました。これでもかこれでもか、と家族から酷い目に遭わされ、学校ではいじめられ、母親と同じ統合失調症を患います。人と接することができなくなり、生きる目標もなく、アルコールやタバコ中毒になり、精神科の薬漬けになり、摂食障害に苦しみ、リストカットや自殺未遂を繰り返します。


著者は語ります。
「人生は、基本的には不公平だと私は思っています。過酷な人生を歩んだ人は、幸せな人生を送った人のような天真爛漫な笑顔を持つことは、とても難しいのです。
私の人生の不公平は、母の精神病の発病から始まりました。
私は青年期になると、父も母も殺したいと思うようになっていました。不公平の元凶を消して自分も死んで、私の代でこの家族はいなくなればいい……本気でそう思い、いつもカバンに出刃庖丁を入れて歩いていました。包丁を持っていると、ほっとしたのです。結局は親を殺すことはできず、その刃は自分に向けられました」
読んでいて胸が痛くなります。


ところがこの最悪とも思える状況の中で、不思議なようにしてその都度彼女を助けてくれる人が現れ、中には騙されたり裏切られたりという経験もしますが、それをも彼女は自分にとって益と受け止めて、やがて精神科医になります。
そして、好きな絵を描いて病院の廊下に貼っていたらそれを見た医師が、彼女に会いたいと言う絵が好きな上司のいる研究室に送迎しているうちに、その医師との結婚に導かれ、今は子どもにも恵まれています。
今から18年ほど前に静岡県焼津市に「やきつべの径診療所」を夫と共に開業。


この本を読んでいると、ジェームズ・レイが言う
「最善を期待しなさい。時にあなたが『最悪』と思っていることが実は最善なのです」
が綺麗事ではなく、真理だということがよく分かります。
そして、実はこのような話は私たちの身の周りにも数えきれないほど毎日のように起きているのです。


もし、自分の身に起こる様々な「不幸」「不運」につぶされそうになったら、この言葉を思い出してください。


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計画した人生を手放す

2018.01.22日

"We must let go of the life we have planned, so as to accept the one that is waiting for us."
--Joseph Campbell – 1904-1987, Writer
「私たちは自分で計画した人生を手放さなければならないことがある。私たちを待っている計画を受け取るために」
--ジョゼフ・キャンベル、作家
(訳 舟田譲二)


聖書の中の私の好きな言葉に次のものがあります。
「人の心には多くの計画がある、しかしただ主のみ旨だけが堅く立つ」
(箴言 19:21)
"Many plans are in a man’s heart, but the counsel of the LORD will stand."
(NASB)


ジョゼフ・キャンベルの冒頭の言葉、
「私たちは自分で計画した人生を手放さなければならないことがある。私たちを待っている計画を受け取るために」
とそっくりです。


これは私自身、これまでの人生で何度も経験したことです。
自分ではこうしたい、ああしたい、と願望があり、その実現のためにいろいろと計画を立てていました。
ところが次々と様々な問題や障害が起きて、その計画を実現させることができませんでした。その時はそれがなぜか理解できず、悔し涙を流しました。
でも、これにはきっと何か訳があるに違いないと考え直し、自分の手を開き明け渡しました。
すると、不思議なようにして別の道が開け、その道を進んでいくうちに気づきました。
「そうか、あの時道が閉ざされたのは、この道へ自分が進むためだったんだ」と。
そして結果的にはそれが最善だったと。
「凡(すべ)てのこと相働きて益となる」
(ローマ8:28)


皆さんもこのような経験が一つならずいくつかあるのではないでしょうか。
のちになって過去を振り返ると、「ああ、あの時自分が求めていた道が閉ざされて良かった」「あの時は分からなかったが、こういうことだったのか」と、改めて道が閉ざされたことを感謝するようなことが。


これも聖書には次のように記されています。
「わたしのしていることは今あなたにはわからないが、あとでわかるようになるだろう」
(ヨハネ13:7)
「汝らいま知らず、のち知るべし」(文語訳)


ひょっとしたら今、あなたも何か問題や困難に直面しているかもしれません。
「なぜ?なぜ?」と疑問符がたくさんついてくるような。
でもこのような時、ジョゼフ・キャンベルが言うように、
「自分で計画した人生を手放してみる。するとあなたを待っている別の計画を受け取る」
ことができるのです。


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苦しい時の神頼み

2018.01.21日

「◯◯さんのおばあちゃんの弟さんが、親の介護がストレスで毎日お酒を飲んで紛らわしていたら、胃とか肝臓を壊してさらに癌になって、今はもうあと数日の命なんですって」
「人生、生きていたら誰でもいろんなストレスはあるけど、ストレス解消と言ってお酒やタバコやパチンコなんかに逃げるとあとが怖い。これらのストレス解消は間違った方法だよ」
「じゃあ、こんな場合どうしたらいいんでしょうね?」
「神様のところに逃げるのが一番だよ。聖書にも書いてあるでしょ。『神はわれらの避け所また力である。悩める時のいと近き助け』って」
「あぁ、なるほど。確かにその通りね」


昨日の朝の妻との会話です。
苦しい時、辛い時、悲しい時、試練の中にいる時、多くの人は誰かに頼ります。確かに人に頼って問題が解決されたり、肩の荷が軽くなることはあります。でも、いつもうまくいくとは限りません。人の弱みにつけ込んできてかえってひどい目に遭うこともよくあります。
「あなたがたは鼻から息の出入りする人に、たよることをやめよ、このような者はなんの価値があろうか」と聖書は言っています。


一番賢い方法は神様の下(もと)に逃れることです。
「苦しい時の神頼み」って言うじゃありませんか。


「えーっ、神様なんて目に見えないし、いるかいないかも分からない。全然当てにならない。私はむしろ神様よりも『金様』」
と言う人もいます。
でも、そのように言う人でもほとんどが正月には神社にお参りして、「ご縁がありますように」なんて言いながら五円玉を賽銭箱に投げ入れて、自分に都合のいいことをいっぱいお願いしています。たったの五円で…。100円玉や500円玉を投げ入れようものなら大きな投資をしたような気持ちになって。


実は目に見えるほうが当てにならないのです。
神様は目に見えないからこそ当てにできます。
なぜなら、目に見えないということは、神様のご性質の一つとして「遍在」といって、どこにもおられる、すなわちいつも私たちのすぐそばにもいらっしゃるということです。しかも神は「永遠」です。
目に見えるものは全て時間と空間に縛られているので、いつでもどこでも助けてくれることはできません。


聖書の教える神様は、全知全能。私たちの問題を全てご存じで、どんな問題でも解決することができる。
「そんな都合のいい神様が本当にいるの?」って思われる方もいらっしゃるかもしれません。
確かにそのとおり。神様がいるか、いないか。いろいろな存在証明法はありますが、あくまでも神様が本当にいらっしゃるかどうかは死んでみなければ誰にも分かりません。


それじゃ、死んでみなければ分からないような神様なんて信じても意味がない?
いいえ、そんなことありません。
むしろ生きている間に信じないことには意味がないのです。


17世紀のフランスの哲学者、思想家、数学者、物理学者、宗教家のパスカルは『パンセ』という書物の中で、神がいるほうに人生で最大の賭けをしました。その経緯を「パスカルの賭け」に書きましたので、ご興味のある方はご覧ください。


苦しい時の神頼みも大いに結構、そしてたとえ苦しくなくても神様に頼ること、これは難しいことかも知れませんが、こちらのほうが本当はお勧めです。
いずれにしても神様を信じると人生は確実に変わります。
それも酒やタバコ、賭け事、占いなどに頼るより、比べものにならないほどはるかにいいほうに。


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あなたは奇跡を信じますか?

2018.01.20日

"Miracles never cease to amaze me. I expect them, but their consistent arrival is always delightful to experience."
--Mark Victor Hansen - Author and Speaker
「奇跡はいつも私を驚かしてくれる。私は奇跡が起こるのを期待している。それでも、首尾一貫してやって来る奇跡はいつも嬉しいものだ」
--マーク・ヴィクター・ハンセン、作家・スピーカー
(訳 舟田譲二)


「奇跡」という言葉を私たちは普段からよく使います。
「あそこで彼に会えたのは奇跡だった」
「◯◯大学に合格できたのは奇跡だ」
「奇跡が起きて宝クジで6億円当たらないかな」
などと人が言うのをよく耳にします。


しかし、このように言う人でも本気で奇跡を信じているかというと怪しいものです。
つまり、日常的に「奇跡」という言葉を使っていながら、本気では信じていない。だから、誰かが不思議な体験をしたという話を聞くと、「信じられない!」と言うし、6億円当たればいいなと思って宝クジを買いながらもまずは当たらないだろうと初めから信じていないのです。
そのような人に奇跡は起きません。
それではどのような時に奇跡が起きるのでしょうか?


1.奇跡は本当に起きると固く信じている人のところに起きるのです。(「アメリカに着いて」


2.奇跡は陰で努力して受け取る準備ができている人のところに起こります。(「奇跡とは」


3.あきらめずに祈り求めていくときに奇跡は起きます。(「夢はかなう!」
中には癌などの重病が癒されたという大きな奇跡もありますが、奇跡のほとんどは私たちの日常生活の中で起きるものです。
これまでこのブログでも奇跡についてはたびたび書いてきました。ブログページの左上コーナーにある「エントリー検索」に「奇跡」と入力して検索したところ78の記事がヒットしました。


でも、記事の中に「奇跡」という言葉を使っていなくても、自分ではこれは奇跡以外の何ものでもないと確信している出来事はさらにずっとたくさんあります。
また、友人や知人にそれらの出来事について話すと、信じられないとみんな口を揃えて言います。そのような体験を私自身数えきれないほど体験してきているので、冒頭のマーク・ヴィクター・ハンセンの言葉、「奇跡はいつも私を驚かしてくれる。私は奇跡が起こるのを期待している。それでも、首尾一貫してやって来る奇跡はいつも嬉しいものだ」はよく理解できます。
私の身に起こった数えきれないほどの奇跡を分析してみると、やはり上に書いたように「固く信じていた」「陰で努力して受け取る準備ができていた」「あきらめなかった」ことが共通しています。
つまり、棚からぼた餅式に奇跡は起きないということです。


皆さんも、もし何か奇跡を求めていることがあるなら、「固く信じ」「陰で努力して受け取る準備をし」「あきらめずに祈り求める」ことを試してみてください。
そして、体験した奇跡をぜひ私に知らせてください。


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◯◯が元気と若さの秘訣

2018.01.19日

71歳でカメラを始めた西本喜美子さん(89)は写真の魅力にはまり、自宅の一部を写真スタジオに改装。
同じく70歳を超えてから始めたパソコンで写真を加工しています。
下にその作品のいくつかをご紹介します。すべて自撮りです。もうびっくり。恐れ入りました。


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このような手に汗握るスリル満点のものから、次のようなユーモアのセンスたっぷりのものまで。


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ほかにも芸術的なきれいな写真も。
西本さんの個展「遊ぼかね」が、2017年12月15日〜2018年1月18日まで東京・西新宿の「エプソンイメージングギャラリー エプサイト」で開かれているとテレビで紹介されていました。



89歳なんて信じられません。
「今の私にとって写真は楽しみのひとつ。大きく言えば命。カメラもって写真を撮ることが好きだからなるだけ自分でも元気でいたい」
何か楽しいこと、打ち込めることがあるというのは、何よりもの若さ、元気の秘訣です。
もう、私なんか完全に負けています。
西本さんの場合はカメラですが、カメラでなくても自分の趣味や好きなもの、打ち込めるものであれば何でもいいと思います。
私も西本さんを見習って、90歳、100歳現役を目指します。


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苦闘は、感謝が始まると終わる

2018.01.18日

"The struggle ends when the gratitude begins."
--Neale Donald Walsch, 1943- Author and Speaker
「苦闘は、感謝が始まると終わる」
--ニール・ドナルド・ウォルシュ、作家・スピーカー
(訳 舟田譲二)


ニール・ドナルド・ウォルシュという作家を今まで知りませんでした。
興味をもって調べてみたところ、ベストセラー『神との対話』シリーズの著者とのこと。


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「神との口述筆記形式の対話をまとめた」という紹介にも心をそそられてさらに調べると、カスタマーレビューの評価が非常に高い。


「まさしく、『目から鱗がおちる』『魂を揺さぶる』本です」
「メンタルセラピーのスパイス!人生を喜びに満たそう!多くの人が笑顔になりますように。
周りの人にも笑顔が届きますように」
「読む度に味が出る、読み終わるとまた最初から読みたくなる。
そんなスルメの様なシリーズです」
「もし神様と話できるならこんな事を聞いてみたい。という内容が必ず出てきます。神様を信じていない人でも、この回答の内容には新しい発見があると思います。人生において何かいい意味でスイッチが押されたような本でした。すばらしい本ですよ!!!」


と延々と読者の5つ星の高評価が続きます。
そこでさらにちょっと「なか見!検索↲」も見てみました。
『神との対話A−宇宙を生きる 自分を生きる』
うーん、面白そう!
早速読むことにしました。
ご興味のある方はぜひお読みください。


冒頭の言葉、
「苦闘は、感謝が始まると終わる」
はストンと入ってくる言葉です。
多くの人が様々な問題で苦闘しています。
徳川家康も有名な言葉を残しました。
「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし」
林芙美子も言いました。
「花のいのちはみじかくて、苦しきことのみ多かりき」と。
ある意味、人生は苦闘の連続です。


でも、この苦闘から救われる道があります。それはウォルシュが言っているように、「感謝する」ことです。感謝が始まると苦闘は終わるのです。
ねえ。福澤諭吉さん。
ぜひお試しください。


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人生で本当に大切なこと

2018.01.17日

彼には残された時間があまりないことを私は知っていた。
私はブライトンビーチの冷たいベンチの上で彼の隣に腰かけて海を見つめていた。


「お節介なことかもしれないけど、お前さんにちっとばかり教えておきたいことがあるんだ。あとで誰か他の人にも伝えてくれ」


この地上での短い人生の中で自分が学んだことを彼は私に教えてくれた。誰しもが時々立ち止まって思い出さなければならないことを。しかし、あまりにもたやすく忘れてしまうことを。


彼は話し始めた。
まず第1に、人生で経験することのほとんどはどうでもいいということ。
何時間も心配し続けたり、あるいは何かで興奮したりするようなことはほとんどの場合、実は大したことないこと。だから幸せな人生を送るために本当に大切なことに自分の意識を向けるんだよ。


第2に、過去のことは水に流すこと。
後悔や人に対する恨みはお前の足を引っ張るだけだ。過去は変えることはできない。人生は前にしか進まない。


第3に、みんな「しなければならないリスト」を持ったまま死ぬ。
だから仕事を自分の人生そのものにしないことだ。よほど自分が本当に楽しんでできるようなものでない限りは。だれもが「あれもしなければならない、これもしなければならない」と思いながら死ぬものだ。「忙しいこと」を美化しないように。


第4、この世にろくでなしは必ずいる。
だからみんなを幸せにしようなどと考えるな。この世界にはくだらない人間がうようよいる。こんな人間を理解しようとしたり、喜ばせようなどと考えたりするな。


第5、いつまでも待っているな。
完璧な状況になるまでと言って、何かするのを遅らせることはいとも簡単なことだ。だが、思えておけ。完璧な状況などということは絶対にない。とにかく「今」やることだ。


第6、お前はすっげえ人間だということを知っておくこと。
自分がどれほど素晴らしい人間かということをみんなすぐに忘れてしまう。しかし、お前という人間はほかに二人といないとてもユニークな存在だ。いくら自分でそんなことない、と思っても。だからそのことを認めて、自分を愛し、最大限に生きるんだ。


つまり、俺が言わんとしていることはだな...


と言って彼は先週亡くなってしまった。


このことをあなたにも伝えてほしいと彼は言っていた。だから私は今こうしてそのまま伝えている。
あなたにもびっくりするような素晴らしい人生を「今日」送ってもらいたいと願いつつ、亡くなった友達が私に教えてくれたことをこうしてあなたに伝えている。


愛を込めて
カール・ムーア

(訳 舟田譲二)


人生で本当に大切なことを教えてくれています。私たちが往々にして忘れてしまいやすいことを。
私たちはあまりにもどうでもいいようなこと、些細なことに心を奪われてしまって、肝心要のことを見失ってしまいがちです。
確かにこれらのことを時々思い起こすなら、人生はもっともっと素晴らしいものになることでしょう。


私もこのようにしてカール・ムーアから教えられたことを今、皆さんにお伝えしています。
どうか皆さんもお子さんやご家族、友人など大切な人に分かち合ってあげてください。


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古今東西を通じての真理

2018.01.16日

"Extend to each person, no matter how trivial the contact, all the care and kindness and understanding and love that you can muster, and do it with no thought of any reward. Your life will never be the same again."
--Og Mandino - 1923-1996, Author

「ほとんど関わりのない人に対しても、できる限りの思いやりと親切、理解、愛をもってその人に手を差し伸べなさい。しかも見返りを一切期待せずに。あなたの人生は一変することでしょう」

--オグ・マンディーノ、作家
(訳 舟田譲二)


オグ・マンディーノはとても波長の合う私のお気に入りの作家です。
これまで彼の作品は何冊も読みましたが、どの本も私自身の考えと非常に近く、とても親近感を覚えます。


今日のオグ・マンディーノの冒頭の言葉、
「ほとんど関わりのない人に対しても、できる限りの思いやりと親切、理解、愛をもってその人に手を差し伸べなさい。しかも見返りを一切期待せずに。あなたの人生は一変することでしょう」
は、私自身これまでの人生で何度か経験したことです。


私たちは自分に関係のある人には親切にするけれども、そうでない人にはあまり愛の手を差し伸べようとはしないものです。だからもし、少しでも深く関わろうとすると何か下心があるのではないかと勘繰られてしまうことすらあります。
でも、臆することなくこれを実践しましょう。
なぜでしょう?
それは「人生が一変する」からです。


これは、ロシアの文豪トルストイが書いた『靴屋のマルチン』(「小さな親切」)を始め、世界中の文学や映画などでも取り扱われているテーマです。
また有名な聖書の言葉、
「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」
(マタイ25:40)
でも教えられていることで、古今東西を通じての真理です。


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あなたが本当に望んでいることは

2018.01.15日

"Make sure you visualize what you really want, not what someone else wants for you."
--Jerry Gillies - Author
「あなたが本当に望んでいることを心に描きなさい。他の人があなたに望んでいることではなく」
--ジェリー・ギリーズ、作家
(訳 舟田譲二)


2年前の記事、「お受験ゲーム」の中に登場したSさんは、息子3人を灘高校から東大理V(医学部)に合格させたことから、「カリスマお受験ママ」と呼ばれています。
Sさんは母親が子どもの受験のお膳立て、サポートを9割するべきだと言い、その中には次のようなものが含まれます。
◎一日の勉強のリストアップ
今日やらなければいけない事を箇条書きにする。
◎スケジュール管理
◎タイマーを使い時間管理
食事の時間もタイマーで管理
◎テストのヤマを張る
生活面でのサポートとしては、忘れ物がないよう学校の準備、朝は起こして靴下をはかせ、塾への送り迎えをし、家のお手伝いはさせない等など。


ジェリー・ギリーズは冒頭で次のように言っています。
「あなたが本当に望んでいることを心に描きなさい。他の人があなたに望んでいることではなく」
おんぶに抱っこで、9割お母さんに受験戦争を闘ってもらうというのを見ていて、子どもの意志はどこにあるのか、と首を傾げたくなりました。


それでは、息子さんたち3人が「本当に」東大に合格することを望んでいたとしたらどうでしょう。
その場合、彼らは9割母親が闘ってくれ、自分たちはわずか1割しか力を出さなくていい受験をしたいと思うでしょうか?
私だったら、「受験をするのは自分だから母さんはあまり出しゃばらないで。東大に行きたいのは僕自身なんだから、僕に好きなようにさせて、自分の実力を試させて」と言うでしょう。


塾の仕事をしていて、これまでの経験から言えることは、できる子の親は概して口を出さずに子どもの自主性を重んじています。
これに対してできない子の親はうるさく口をはさみ、ああしろ、これをするな、と自分の思うように子どもを操ろうとしています。当然のことながら、親子関係は壊れます。
たとえ自分の子どもと言えども、あくまでも他人。他人を自分の思いどおりに動かそうとするのは絶対にご法度です。


また自分自身としても、本当に望んでいることを殺して、他人が自分に望んでいることに応えようとする生き方は歪んでいて、後になって必ずさまざまな問題が出てきます。
自分の人生は自分しか生きることができません。


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絶体絶命の絶望的な状況

2018.01.14日

"There is no such thing as a hopeless situation. Every single circumstance of your life can change!"
--Rhonda Byrne - Author of The Secret
「絶望的な状況などというものは存在しません。あなたの人生における一瞬一瞬の状況は変化し得るのです」
--ロンダ・バーン、『ザ・シークレット』著者
(訳 舟田譲二)


ロンダ・バーンの『ザ・シークレット』は日本語でも英語でも繰り返し何度も読みましたし、また著者自身が朗読している英語のCDも空で覚えるぐらい何度も聴きました。
そして、この本の中で著者が説いている「引き寄せの法則」は、私自身これまでの人生で数えきれないほど経験しているので、固く信じています。


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このブログでもこのことに関する記事をいくつも書いてきているので、ブログの左上コーナーにある「エントリー検索」に「引き寄せ」とかさまざまな自分にとって興味あるキーワードを入力して検索すると、私の体験を記した多くの記事が出てきます。
これらの体験を人に話すとみんな口を揃えて「信じられない」と言いますが、実際にこの身に起きたことばかりです。


ここでロンダ・バーンが言っている、
「絶望的な状況などというものは存在しません。あなたの人生における一瞬一瞬の状況は変化し得るのです」
も、私は何度も経験してきました。ですから、自信をもってこれが真実だ、と語ることができるのです。
「引き寄せの法則なんてまやかしだ。こんなことあるわけがない」とネットなどに書いて批判している人がいますが、それはただ単にその人が体験していないからそのように言っているだけで、体験した人が証言しているのですから、他人がそれを否定しようがありません。


唯一、これが真実でないと言い切ることができる人は、「絶望的な状況」の中で自ら命を絶った人です。
私が思うに、人は生きている限り事の大小の差こそあれ、みんなこのような体験をしています。ただ鈍くて気づいていないか、あるいは忘れてしまっているか、窮地から救われた不思議な体験を当たり前のことと思って感謝していないか、のうちのいずれかです。
でも、このような考え方をしていて、「引き寄せの法則」を信じずに、否定している人は気の毒です。なぜなら、これからの人生においても必ずまだいくつもの「絶望的な状況」のように思われる窮地に立たされることがあるからです。


皆さんはどちらを選択しますか?


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人生で最も大切なもの、それはエネルギー

2018.01.13日

"Energy is the essence of life. Every day you decide how you’re going to use it by knowing what you want and what it takes to reach that goal, and by maintaining focus."
--Oprah Winfrey - Talk Show Host, Actress, and Producer
「エネルギーは人生で一番大切なものです。あなたは、自分が求めているものを、またその目標を達成するために何が必要なのかも知っていて、それに集中し続けることによって、このエネルギーをどのように使うかを毎日決断しているのです」
--オプラ・ウィンフリー、トークショーホスト・女優・監督
(訳 舟田譲二)


2020年の大統領選の候補者として突如注目を集め始めたアメリカの人気女性司会者、オプラ・ウィンフリー(63)。


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トランプ大統領は自ら大統領選に出馬する際、彼女を副大統領候補にしたいと発言し、「もし、オプラがやってくれたら最高だ。だって、人気者だし、立派だし、素晴らしい女性だからだ」と絶賛しました。
しかし、先日のゴールデン・グローブ授章式以来、オプラ・ウィンフリーの次期大統領選出馬の憶測が流れると、「オプラが出れば、やっつける。出馬するとは思えないが」と言ってライバル意識を隠しません。


オプラ・ウィンフリーはミシシッピ州で、結婚していないティーンエイジャーのカップルの元に生まれ、ミシシッピ州で生まれミルウォーキーで育ちました。子供時代を祖母・父親・母親の元を転々としました。彼女が独自に行ったテストの結果によると、彼女の血筋は89%はブラックアフリカ人で、8%はアメリカインディアンで、3%が東アジア人の系統らしい。9歳から親戚に強姦されるなどの性的虐待を受け、14歳で妊娠し、出産しています。産まれた子供は1週間後に病院で亡くなる、という劣悪な環境で生まれ育ちました。


しかしオプラは、「私は、自分のことをスラム街に育った貧しい、惨めな女の子が成功したとは思っていません。私は幼い時から自分のことには自分に責任があることを知っていたひとかどの人間だと思い、それゆえにどうしても成功しなければならなかったのです」と語り、その言葉のとおり奨学金を得てテネシー州立大学で学ぶようになりました。


高校生の時からラジオに出演していたオプラは、ボルチモアやナッシュヴィルのテレビ局でアンカーマンとして働くようになります。
2010年12月、経済誌『フォーブス』が「エンターテインメント業界で最も稼いだ人物」を発表し、3億1,500万ドル(日本円で約346億5,000万円)を稼いで1位にランクイン。
慈善活動にも熱心で、これまでに250億円とも推定される寄付をし、現在の資産は、日本円で約7000億円ともいわれます。


オプラは、
「誰でも自分の目標を達成することができる。必要なのはエネルギー。このエネルギーをどのように使うかを誰もが日々決断している」
と言っていますが、まさに彼女の人生そのものを物語っている言葉です。


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エクササイズでなくイナサイズ(動画付)

2018.01.12日

(末尾に動画があります)
心身の健康のためにエクササイズ(運動)が必要だと、最近よく言われます。
エクササイズは身体のためだけでなく、心のためにも大切です。


体内時計に働きかけることで、覚醒と睡眠を切り替えて、自然な眠りを誘う作用があり、「睡眠ホルモン」とも呼ばれています。


朝日を浴びると、脳は活動状態に導かれてメラトニンの分泌が止まります。このメラトニンは目覚めてから14〜16時間ぐらい経過すると徐々にメラトニンの分泌が高まり、その作用で深部体温が低下して、休息に適した状態に導かれ眠気を感じるようになります。


このメラトニンは眠りを誘うほかに、抗酸化作用によって細胞の新陳代謝を促したり、疲れを取ってくれるために、病気の予防や老化防止にさまざまな効果を持つと考えられています。
ところが、このメラトニンは加齢とともに分泌量が著しく減少します。
ですから朝日を浴びながらウォーキングすることはとても大切なのです。


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心身の健康作りは幼少の頃から、高齢までずっと欠かせません。
しかし、もう一つ大切なものがあります。
それは身体の運動であるエクササイズに対して内側、すなわち頭脳の訓練「イナサイズ」です。
Exercise の ex- が「外」を意味するのに対して、Innercise は「内」を意味する in- を付けた造語です。
皆さんはこの頭の訓練もしっかりしていらっしゃいますか?


欧米では子供達に対する教育が功を奏して認知症患者数が減少しています。
しかし日本では認知症患者数が増加の傾向にあります。日本は世界一の超高齢社会。現在の小学4年生の平均寿命は100歳になるだろうと言われています。今後ますます認知症患者数は増え、2050年の日本全体の患者数は、今の倍近い1千万人に達するという予測もあります。


ですから、幼少の頃からエクササイズだけでなくイナサイズが必要なのですが、私たち高齢者はさらにイナサイズをしなければなりません。


日常、誰でもどこでもでもできるイナサイズとして私がお勧めするのは、たとえば利き手でない手(右利きの人なら左手)で歯を磨くこと、また早口言葉を覚えてスラスラ言えるまで練習すること、外国語を勉強したり、長い単語や漢字を覚えたりすることなどです。
人とあまり関わらなくなった高齢者や、口数が少ない人は認知症になる確率が高くなります。
つまり言葉を話すことで前頭葉や右脳、海馬が活性化し、認知症予防にもつながるわけです。
人と交わっておしゃべりしたりして楽しく過ごすこと、また一人で音読するとか早口言葉を覚えたり、口に出して言ってみたりするととても効果的です。


先日「江戸時代の早口言葉」でご紹介した「神田鍛冶町の角の乾物屋の勘兵衛さん」と英語で一番有名な早口言葉、英語で一番長い単語と世界一長い地名を、ビデオに収録しましたのでどうぞご覧ください。


動画の中に出てくる英語で一番有名な早口言葉 (マザーグースから)
Peter Piper picked (ピーターパイパー)
a peck of pickled peppers. (1ペックのペッパーピクルスをつまんだ)
A peck of pickled peppers (ピーターパイパーがつまんだ)
Peter Piper picked. (1ペックのペッパーピクルス)
If Peter Piper picked (もしピーターパイパーが1ペックの)
a peck of pickled peppers, (ペッパーピクルスをつまんだなら)
Where's the peck of pickled peppers (ピーターパイパーがつまんだ)
Peter Piper picked? (1ペックのペッパーピクルスはどこ?)


一番長い英単語
pneumonoultramicroscopicsilicovolcanoconiosis (塵肺症)
一番長い地名
Llanfairpwllgwyngyllgogerychwyrndrobwllllantysiliogogogoch
(ランヴァイアプウルグウィンギルゴウゲラッフワーンドロウブゥルランティスィリオウゴウゴウゴウッフ)


動画の下に字幕が出ますので、画面右下の四角いマーク %8E%9A%96%8B.jpg をクリックしてください。



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グーグルホーム 超便利!?

2018.01.11日


「オッケー、グーグル。クリスマスソングかけて」
「オッケー、グーグル。電気をつけて」
「オッケー、グーグル。今日の天気を教えて」
「オッケー、グーグル。来週の予定を教えて」
グーグルホームって便利いいですね。
何でも言うこと聞いてくれる。
今、流行りのAIスピーカー、まるで現代版「アラジンの魔法のランプ」みたいです。


でも上のCM、よく見ると「毎日がちょっと変わる」とあります。
そう、「ちょっと」変わるだけです。
でも我が家にはこのグーグルホームよりずうっーと優れた超便利なものがあるのです。
「ちょっと」どころでなく、ものすごく「劇的に」変わっています。
うちのはざっとこんな感じです。


「この英語の単語の意味は何?」
「風呂場の暖房を入れておいて」
「この英語の文章を日本語に訳して」
「9時から4チャンネルの番組を録画予約しておいて」
「山田さんにメールして明日の件、お願いしておいて」
「食器を洗っておいて」
「スーパーでインスタントコーヒー買ってきて」
「庭の草むしりしておいて」
「今日はゴミの日だから出しておいて」
「買い物に行きたいんだけど、車で連れてって」
「年賀状買ってきて、図案考えて印刷して期日までに投函しておいて」


お掃除ロボットルンバとか、風呂掃除マシーン、食洗機など、最近はいろいろ便利な物がたくさんありますが、庭の草むしりやスーパーへの買い物、ゴミ出しまではしてくれません。
さらに頼まなくても興味ありそうな最新ニュースを知らせてくれますし、毎週決まった日にプラクルや資源再生などを出しに行ってくれたり、食料品で切れかけているものがあったら気を利かせて買ってきてくれます。


そう、我が家の「超AIスピーカー」は私です。別名便利屋さん。
とくに専門の英語に関しては電子辞書や翻訳ツールなどに頼らなくても、その場ですぐ答えをだしてくれる優れもの(笑)です。
かと言って、私は決して召使いではありません。
いわばボランティアで自発的に動くのです。


我が家ではそれぞれ得意分野で役割分担するのがいつの間にかルールになっています。
経理や税務関係は私はノータッチで妻にすべてお任せ。
塾関連の時間割作成やさまざまな事務管理も妻の担当。
ネットで注文する物は娘にお任せ。自分ですべて調べて、もっともお得な買い物をしてくれます。また、毎日の料理と風呂掃除、家の掃除も娘の担当。
塾の運営に関しては息子の担当。


何でもかんでも一人に任せっきり、というのは良くありません。
一人で全部するというのも間違い。
大切なのは、一人ひとりの持ち場立場で、それぞれの能力や適性に合わせて役割分担することです。


これは家庭内や会社などの組織だけの話ではありません。
国家関係などもそうです。
みんなにそれぞれの役割、働きがあり、それでこの世の中うまく成り立っているのです。
不要な人や物などありません。
あなたを必要としている人が必ずいます。家族や親族、友人、また学校や会社など組織があります。
それが分かると生きるのが楽しくなり、生き甲斐が生まれます。


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江戸時代の早口ことば(動画付)

2018.01.10日

まずは下の動画をご覧ください。
(画面右下の四角いマークをクリックすると字幕が出ます)



この早口言葉は8年ほど前に「神田鍛冶町の角の乾物屋」という記事に書いたことがあるのですが、もうずいぶん前の事なのでおそらくどなたもご覧になっていらっしゃらないか、あるいは覚えていらっしゃらないだろうと思い、動画で昨日作成したものです。


昨日ウォーキングしている時、ふとこの早口言葉が口を突いて出てきました。
家に戻ってちょっと気になり、「神田鍛冶町」でググってみたところ、なんと今日もその地名が残っているということ、そしてこれが江戸時代の有名な早口言葉だったということを知って感動を覚えたので、皆さんにもシェアしたいと思った次第です。


当時の江戸は左の絵のようなとても賑わいのある町でした。おそらくこのような所で勘兵衛さんが乾物屋を営んでいたのでしょう。歴史のロマンを感じます。
右の写真は現在の神田鍛冶町です。全然活気がないですよね。右側の商店街はJRの高架の下です。


ca0e18c7.jpg  16.36.43.jpg

(画像をクリックすると拡大されてきれいに見られます)


上の動画ではまだゆっくりめに言っているのと、字幕を入れたので意味はお分かりになるでしょうが、本気で早く言うと聞いている人はみんな目を丸くして、「カタカタカタカタ」とまるで機関銃の音のように聞えて、何を言っているのか全然分からない、と言います。


今から60年ほど前に覚えた早口言葉がいまだに頭の中に残っているのです。
ちょうど小学2年生でかけ算の九九を覚えたり、自転車に乗ることを覚えるのと似ていて、幼い頃に繰り返して身体で身につけたことはほぼ一生忘れないということです。


ということで、これから子育て(あるいは孫育て)をされる方は、ぜひこのことを参考にお役立てください。
それと、最近の研究の結果分かったことですが、魚をよく食べる子どもは平均的にIQが高く、また睡眠の質も良いそうです。魚に多く含まれているDHAやEPA(オメガ3脂肪酸)が良いようです。(魚をよく食べる子ども、IQと睡眠の質が向上 調査結果
コーラを飲みながらハンバーガーやフライドポテトばかり食べて、ゲーム三昧になっていたら将来取り返しのつかないことにもなりかねませんよ。


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あなたの想像力は

2018.01.09日

"Your imagination is your preview of life’s coming attractions."
--Albert Einstein - 1879-1955, Physicist
「あなたの想像力は、人生の来るべき見せ場の予告編のようなものです」
ーーアルベルト・アインシュタイン、物理学者
(訳 舟田譲二)


「人生の来るべき見せ場」というのは、映画であればクライマックス、ハラハラドキドキする最高の場面。
その予告編が「あなたの想像力」というのはどういうことでしょうか。


想像力さえあればどのようなどんでん返しも、だれも予想だにしない結末を導き出したり、思わぬハプニングで有終の美を飾ることでも、何でも可能です。
これは映画や小説、舞台の中の世界です。原作者の想像力で何でもできるのです。


いえ、映画や小説の中の世界だけではありません。
私たちの人生においても、クライマックスがあります。
そして、その人生のクライマックスの予告編、すなわち最高の場面の少しだけをチラッと見せる部分は私たちの頭の中にすべて入っています。それが「想像力」です。
想像力のない世界は夢も希望もなく、成り行きまかせで感動も何もありません。


世界中の他の生物には何にも与えられていず、私たち人間だけに与えられている最高のプレゼント、これが「想像力」です。
この想像力によって、人類はここまで進化(進化論のいう進化ではありません)、成長、発展してきたのです。


さらに言えば、私たちに想像力を与えてくださったお方、それは「創造者」です。
創造者は全知全能なので、当然のことながらその想像力も無限です。
その無限の想像力をもって私たちの人生の全ストーリーを、そしてクライマックスを、私たちがこの世に生まれるはるか前、永遠の昔から私たちのために準備していてくださっています。
それはあたかも作家が小説を書く前にすでに頭の中で最高のストーリーを練り上げているようなものです。


私は聖書を読んでいるといつもそのように感じるのです。
全知全能の創造者なる神を信じていたアインシュタインもそのように考えていたとしても全然不思議ではありません。そのような意味で冒頭のアインシュタインの言葉、
「あなたの想像力は、人生の来るべき見せ場の予告編のようなものです」
は私たちの人生に当てはめて考えてみると、よく分かるような気がするのです。
皆さんはどう思われますか?


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自分が本当に求めていることは

2018.01.07日

"Most people are not going after what they want. Even some of the most serious goal seekers and goal setters, they’re going after what they think they can get."
--Bob Proctor - Author and Speaker
「ほとんどの人は自分が欲しいと思っているものを追い求めていない。真剣に目標を追及している人や目標設定をしている人たちでさえ、彼らが追い求めているのは自分たちが手に入れることができると思っているものだ」
--ボブ・プロクター、作家・スピーカー
(訳 舟田譲二)


確かにこれは言えますね。
たとえばクリスチャンは、天のお父様は無尽蔵の富を持っていらっしゃるとか、神様は全知全能だから何でもできると信じていても、自分の頭の中で可能だと思うものを神に祈り求めています。
神様を信じていない人は、自分が働いている会社や社会や、人、あるいは自分自身を信じるしかないのですが、それですらあまり当てになりません。そこで、無難なところで妥協してしまうわけです。
このようにして、本当に自分が欲しい、手に入れたいと思っているものではなく、結局これだったら手に入るだろうと思うものを無意識のうちに自分の夢にしているのではないでしょうか。


これはなにも物や地位、名声などに限ったことではありません。
親子関係や夫婦関係、友人関係等々の人間関係においても同じです。
このような関係を築きたいと心の中で思いつつも、どうせ無理だろうなどと初めからあきらめて適当なところで手を打ってしまうのです。


自分は将来このような人生を生きたいと思ってはいるけど、やっぱり不可能だろうと思って手の届くところ、楽な道を選んでしまう。
そのようなことはないでしょうか。


私も過去を振り返ると、大きなビジョンを持ってことに臨んだ時は、不思議なように次々と道が開かれていき、いつも夢をかなえることができました。
しかし、自信がなくて妥協してしまうと、果たしてそのとおりの結果になりました。あとになって考えると、もっと大きな目標を持っておけばよかった、と後悔したものです。
最初から手の届く楽な道を選ぶのではなく、大きな目標に向かってチャレンジしましょう。


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生活に密着した相対性理論

2018.01.06日

"When you are courting a nice girl an hour seems like a second. When you sit on a red-hot cinder a second seems like an hour. That's relativity."
--Albert Einstein
「素敵な女の子と1時間デートしたなら、ほんの1秒のように感じるでしょう。でも真っ赤に燃えている石炭の上に1秒でも座ってごらんなさい。まるで1時間のように感じます。これが相対性理論ですよ」
--アルベルト・アインシュタイン
(訳 舟田譲二)


アインシュタインの相対性理論についてはこれまで何度かこのブログで取り上げました。
彼は茶目っ気たっぷりの少年のような無垢な学者でした。
とても難しくて専門家でもよく理解できない相対性理論について尋ねられると、アインシュタインはこのように誰にでも分かる言葉で説明しました。


冬の今は暖房を24度に設定したら暑いのに、夏は同じ24度でも寒い。
これも相対性理論。


昨日の記事、「18歳と81歳の違い」は大きな反響を呼びました。
時間は誰にとっても同じ速さで流れているのですが、最近さかんに使われている言葉を借りれば、自分の「立ち位置」によって速さも長さも全く違うように感じるものです。


私の過去の18歳の時には50年もの開きがあり、81歳まではあとたったの13年なのですが、どういうわけか半世紀も昔である18歳のほうがとても近く感じ、また81歳の人よりも18歳の青年のほうが近しく感じるのです。
これもいわば相対性理論。
自分の立ち位置、意識の問題なのです。


数学なんてやっても将来役に立たない、と言う人もいれば、いや数学は生活に密着しているという人もいます。
自分は英語なんて将来も無関係の世界だから英語は勉強しない、と言う人もいれば、逆に英語は将来絶対に必要になるし、役に立つと言って一生懸命勉強する人もいます。
数学や英語を難しくてつまらないと感じるか、分かって楽しいと感じるか、これも立ち位置によってすっかり変わってきます。やはり相対性理論。


昔、教えていた生徒で英語がさっぱり分からない、もう死んだ、やるだけ時間の無駄、と言っている子が何人かいました。
しかし、私が英語の大切さを説き、基礎から分かりやすく面白く教えるとすぐに理解し始め、分かると楽しくなって、結局英語が得意教科になり受験も英語で成功し、また社会に出てからも英語を使っている人が何人もいます。


勉強とはそんなものです。また仕事も同様です。
どんな勉強や仕事にも、困難な面もあれば、楽しい面もあります。人生もそうです。
同じ生きるなら、見方を変えて楽しまなければ損です。
皆さんは自分が今していることを楽しんでいらっしゃいますか?
相対性理論で楽しくもつまらなくもなります。


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18歳と81歳の違い

2018.01.05日

最近、巷(ちまた)で話題に上っている『笑点』のお題「18才と81才の違い」、皆さんもきっとどこかでお聞きになったりご覧になられたことでしょう。
最初これを見たとき、思わず吹き出してしまいました。
よくこれだけうまく言い当てたものだと感心しています。
内容に合わせて一部改編したものを以下に載せます。僭越ながら駄作も下に加えさせていただきました。


道路を暴走するのが18才 逆走するのが81才
心がもろいのが18才 骨がもろいのが81才
恋に溺れるのが18才 風呂で溺れるのが81才
ドキドキが止まらないのが18才 動悸が止まらないのが81才
恋で胸を詰まらせるのが18才 餅で喉を詰まらせるのが81才
まだ何も知らないのが18才 もう何も覚えていないのが81才
偏差値が気になるのが18才 血糖値が気になるのが81才
自分探しをしているのが18才 みんなが自分を探しているのが81才
東京オリンピックに出たいと思うのが18才 東京オリンピックまで生きたいと思うのが81才
「嵐」というと松本潤を思い出すのが18才 鞍馬天狗の嵐寛寿郎を思い出すのが81才
社会に旅立つのが18才 あの世に旅立つのが81才
早く「二十歳」になりたいと思うのが18才 できれば「二十歳」に戻りたいと思うのが81才
受験戦争を戦っているのが18才 アメリカと戦ったのを目撃したのが81才

頂点を目指すのが18歳 終点を目指すのが81歳
大喰らいでどんどん太るのが18歳 少食でどんどん痩せるのが81歳
将来の夢に酔いしれているのが18歳 一日中夢に酔いしれているのが81歳
じいじ、ばあばのことなど眼中にないのが18歳 孫のことしか眼中にないのが81歳
時間がいつまでも続くと思うのが18歳 時間がもうないと思うのが81歳


私など自分が18歳の時の思い出が鮮明で、まだ18歳の青年のほうが話が合うなんて美しい誤解をしているのですが、実際にはもうとっくに81歳のほうが近い存在で、ひょっとしたら81歳の人のほうが話が合うのかもしれません。


健康に恵まれている妻は100歳まで現役を目指していますが、私は正直なところ男性の平均寿命である81歳まで生きる自信がありません。
面白いものですね。18歳には50年もの開きがあり、81歳まであとたったの13年なのですが、この13年が途方もなく長く感じられるのです。今から13年前なんてまだ昨日のことのようなのに。


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でも、4年前に書いた記事「健康長寿の秘訣」の中の去年105歳で天に召された日野原重明さんのインタビューを今一度読み直しました。
そして、自分に活を入れました。もっと強気になって今からでも健康作りに励んで81歳を目指すようにと。それも上のような風呂で溺れたり、徘徊してみんなに探してもらうような81歳でなく、妻のように現役を目指そうと、これを新年の抱負にすることを心に決めました!


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すべての偉業の根源は

2018.01.04日

"Every accomplishment starts with the decision to try."
--Gail Devers -(1966-)Three-time Olympic Champion in Track and Field
「偉業と呼ばれるものはすべて、試みようと決意した時に始まっている」
--ゲイル・ディヴァース、オリンピック女子陸上競技メダリスト
(訳 舟田譲二)


ゲイル・ディヴァースは25歳の時バルセロナオリンピックで、続く96年のアトランタオリンピックでは100mと400mリレーで金メダルを2つを取りました。
この他、37歳まで世界室内陸上選手権や世界陸上選手権などで60m、100m、100mハードルなどで9つの金メダル、4つの銀メダルを取ったアフリカ系アメリカ人の陸上競技選手です。


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その輝かしい偉業の陰には普通では考えられない肉体的試練がありました。
20歳の頃、ソウルオリンピックに向けてのトレーニング中、偏頭痛や視力の低下に襲われ、それ以降健康状態は悪化の一途をたどり、24歳の時にはバセドウ病と診断されました。


彼女のこれらの偉業はすべて、「試みようと決意した時に始まって」いたのです。
固い決意さえあれば、様々な困難や試練があってもそれを乗り越えることができるということを自らの人生をもって証明して、私たちに希望と勇気を与えてくれています。


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すべての偉業の根源は

2018.01.04日

"Every accomplishment starts with the decision to try."
--Gail Devers -(1966-)Three-time Olympic Champion in Track and Field
「偉業と呼ばれるものはすべて、試みようと決意した時に始まっている」
--ゲイル・ディヴァース、オリンピック女子陸上競技メダリスト
(訳 舟田譲二)


ゲイル・ディヴァースは25歳の時バルセロナオリンピックで、続く96年のアトランタオリンピックでは100mと400mリレーで金メダルを2つを取りました。
この他、37歳まで世界室内陸上選手権や世界陸上選手権などで60m、100m、100mハードルなどで9つの金メダル、4つの銀メダルを取ったアフリカ系アメリカ人の陸上競技選手です。