学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
読む人に元気を注入します。

ジョージ学院長 元気の出るブログ

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人生に良い味付けをしてくれる薬味

2019.03.20日
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"Failure is the condiment that gives success it's flavor."
ーーTruman Capote - 1924-1984 - Novelist
「失敗は、成功に味付けしてくれる薬味のようなものだ」
ーートルーマン・カポーティ、小説家
(訳 舟田譲二)


小説家トルーマン・カポーティと言っても日本ではそれほど馴染みはないと思います。
代表作は『アラバマ物語』と言っても、これもピンとこないでしょう。
でも、日本で誰でも知っていると言っても過言でないほどの有名な作品があります。
それは『ティファニーで朝食を』です。
まあ、この作品はオードリー・ヘプバーン主演の映画で有名になっただけで、その原作者がカポーティとだったと知る人はほとんどいないでしょう。


Wikipediaによると、
19歳の時に掲載された最初の作品『ミリアム』でオー・ヘンリー賞を受賞し、「アンファン・テリブル(恐るべき子供)」と評される。
23歳で初めての長編『遠い声 遠い部屋』を出版し、若き天才作家として注目を浴びた。その後は中編『ティファニーで朝食を』が映画化されヒットするなど、1作ごとに華やかな話題をふりまき映画にも出演し、ノーマン・メイラーとともに作家としては珍しくゴシップ欄の常連になるなど、公私の両面で話題を振りまいた。
1966年に発表した『冷血』では、実際に起きた一家殺人事件を題材にすることにより、ノンフィクション・ノベルという新たなジャンルを切り開いた。

と華々しい経歴で一世を風靡(ふうび)した作家となりましたが、その幼少期を見ると、


両親は彼が子供の時に離婚し、ルイジアナ、ミシシッピ、アラバマなどアメリカ合衆国南部の各地を遠縁の家に厄介になりながら転々として育った。その中には高齢者同士の孤立世帯や精神障害をもつ高齢者もあり、その当時の思い出は、『誕生日の子どもたち』という短編集に収められている。引越しの多い生活のため、ほとんど学校に行かず、独学同様に勉強した。母親は後年ジョゼフ・ガルシア・カポーティと再婚し、その後自殺した。
(中略)
晩年はアルコールと薬物依存に陥り、出演したテレビで不可解な発言を行うなど奇行が目立ち始め、執筆活動も『冷血』以降は長編を一度も書き上げることがなく、公私共に没落していく。最後の作品となった長編『叶えられた祈り』では、事実を交えたかたちで上流社会の頽廃を描いたことにより、彼が懇意にされていたセレブリティからの反発を招き、作品も未完に終わった。
(同じくWikipediaより)
と、一時の成功で終わった未完の大物といった感じです。


しかし、たとえ一時期であったにせよ、彼の幼少期の暗い、辛い人生が成功につながったとき、彼はきっと冒頭の言葉のように、
「失敗は、成功に味付けしてくれる薬味のようなものだ」
と感じたのでしょう。


私たちのほとんども、大なり小なり彼と似たような体験を持っているのではないでしょうか。
生まれてから死ぬまで生涯通して平穏無事というような人はまずいないと思います。
だれの人生にも波風はあります。その上で成功するか否かは人それぞれでしょうし、他人の目から見て成功と思われても本人は成功と思っていないケースもあれば、その正反対のケースもあります。
しかし、いずれにせよ「すべてのこと相働きて益となる」で、かつての辛酸をなめるような辛い思い出も、薬味のように人生に良い味付けをしてくれるものです。
そう思うと、今もし辛い経験をしていたとしても、それもやがては人生に味付けしてくれる薬味のようなものだと言えます。


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最大のリスク

2019.03.18日
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"The biggest risk is not taking any risk."
―Mark Elliot Zuckerberg − Co-founder of Facebook, Chairman, CEO
「最大のリスクとは、リスクをまったく取らないこと」
―マーク・エリオット・ザッカーバーグ、Facebookの共同創業者・会長・CEO
(訳 舟田譲二)


マークには毎日、大変お世話になっています。
多くの皆さんもきっとそうでしょう。
若干34歳で巨大企業であるFacebookの会長兼CEO。


ザッカーバーグは2010年、経済誌『フォーブス』が発表した「世界で最も若い10人の億万長者」の第1位に当時25歳の最年少でランクインした。推定総資産額は約40億ドル。同年、寄付啓蒙運動のギビング・プレッジに参加。2011年3月、『フォーブス』が世界長者番付を発表し、推定総資産額135億ドル(日本円で約1兆1,475億円)で52位にランクインした。
(Wikipedia)


スケールが違います。というか違いすぎます。雲の上、をはるかに超えて宇宙の上にいるような感じですが、さらにすごいのが慈善家としてです。
2010年にはアメリカ、ニュージャージー州ニューウォークの公立学校に1億ドル(約110億円)寄付しています。
さらに、上のギビング・プレッジではビル・ゲイツら億万長者たちと全収入の50%を寄付することを誓い合いましたが、その後彼は全収入の大半を寄付すると公言しています。


もちろん、資産が途方もなく大きいので大半を寄付したとしてもその残りだけでも相当なものですが、彼のその精神に頭が下がります。日本や中国などの巨大企業の資産家たちにも見習ってもらいたいものです。


このようなザッカーバーグの語っていることが、
「最大のリスクとは、リスクをまったく取らないこと」
です。
すなわち、彼自身石橋を叩いて渡っているのでなく、絶えずリスクを負って次々と事業をここまで拡大してきたということです。
私たちももっと何か大きいことをしようと思ったら、リスクを取らなければならないのですね。


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あなたが求めているものはなんですか?

2019.03.10日
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"If you don't sacrifice for what you want, what you want becomes the sacrifice."
― Anonymous
「あなたが求めているものために何かを犠牲にしないと、あなたが求めているものが犠牲になる」
ー 作者不詳
(訳 舟田譲二)


この名言は作者不詳で、上の写真のトム・クルーズが語った言葉ではありません。
でも、彼の言葉だったとしても全然不思議でないほど、トム・クルーズほどこの名言を語るにふさわしい人はないのではないかと思うほどです。
私も彼のファンのひとりで、このブログでもトム・クルーズのことはこれまで何度も取り上げてきました。
その中のひとつ「成功とはほかの人があきらめた後も食らいついていること」の中の一節を下に引用します。


「彼は生まれつき文字の意味を脳内で認識・理解することに困難を覚える「失読症」という一種の学習障害を抱えています。また、行を飛ばすなどして教科書をうまく読むこともできませんでした。そして高校までLD(学習障害者)のための特別クラスに入っていました。
「ほかの友達のように本がすらすら読めたり、集中力があったらどんなにいいだろう」と、いつも思っていたそうです。でも、努力家の彼は、得意だったスポーツには何でも挑戦し、自分の弱点を補うための集中力も鍛えました。
俳優になってからも、失読症のために脚本等の文章は理解できないので、台詞を覚えるときはテープに全て録音してもらって繰り返し聞いて覚えるそうです」


映画作りに取り組むトムの命がけの姿勢がここにある、ということがよくわかります。
彼は映画のために数えきれないほどの犠牲をいとわずに払います。
そのひとつが上に書いた台詞を覚えるための努力です。
また、スタントマンを使わずに自ら体を張って演技する、映画を心から愛する本物の俳優です。
それが、映画『ミッション:インポッシブル』を面白くし、息の長いシリーズとしているのです。
最初はスパイものの先駆けだった『007』シリーズの二番煎じのような感じでしたが、いつの間にかストーリーのスケールの大きさ、観客を飽きさせず夢中にさせる迫力、シリーズの息の長さから言っても、『007』をはるかに超えました。


トム・クルーズはまさに、自分が求めているもののために多くを犠牲にしているのです。
考えてみたら、彼に限らず、スポーツやビジネスの世界でも、科学、音楽、芸術、文芸、宗教、教育等々すべての世界において活躍している人というのは、求めているクオリティを達成するために時間を始め、ありとあらゆるものを犠牲にしています。
しかも、彼らに共通していることは、それを「犠牲」とすら思わず、自ら進んで、喜んで、それらを捧げているということです。
「犠牲を払っている」と思っている間は、まだまだその「犠牲」を惜しんでいる証拠です。犠牲を払うことを惜しんでいると、望んでいるものを結果的に犠牲にしてしまうことになります。


健康もそうです。
人間関係もそうです。
夫婦関係や親子関係、きょうだい関係、親族関係、師弟関係、友人関係等々、あらゆる人間関係において良好な、いや「良好」を超えた満ち足りた本物の関係を望むなら、当然のことながら様々な犠牲が伴います。しかし、それを「犠牲」だと思っている間は、まだまだ本物になっていないのです。
自ら進んで、喜んで相手のために自分を捧げるならそれはお互いに満ち足りた関係になります。
自分の利益を求める「自己中心」な関係になっている間は、満ち足りた関係を築くことはできません。


「あなたが求めているものために何かを犠牲にしないと、あなたが求めているものが犠牲になる」


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精神的な苦しみを乗り越えると

2019.03.08日
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"I think emotional and mental pain is probably worse than physical pain. I think we don't realize that I have no arms or legs but we all have disabilities of some sort, some fear, some lost, some wishes that didn't come true, things we wish would be better."
--Nick Vujicic
「感情的、精神的な痛みは、おそらく肉体的な痛みよりも苦しいと思う。私には腕や足がない。同様に人はみんな恐怖心、喪失感、実現できなかった願望、好転してほしいと思う事等々、なんらかの障がいを持っているが、その事実に気づいていない」
--ニック・ヴイチチ
(訳 舟田譲二)


ニック・ヴイチチさんについてはこれまで何度もこのブログでご紹介しています。ぜひ下の記事をご覧ください。
「自分には◯◯できない」「恋は盲目?」「成功の8つの原則」他)


ニック・ヴイチチさんは、先天性四肢切断症といって両腕両足がない状態で生まれてきました。
上のリンク先の記事中のビデオを見ると、両腕両足がないことによる苦痛よりも、人との比較から来る劣等感や、将来に対する不安、絶望感など、自らの心の中の問題で苦しんでいたことがよくわかります。
ところが、これらの苦痛を乗り越えたとき、彼は本当に強くなり、その後は両腕両足がないにもかかわらず、泳ぐこともできればサーフィンも、モーターボートを操縦することも、さらにスキーやゴルフまでできるようになりました。
さらに、世界中を回って何十万人という人に語りかけ、様々な問題で悩んでいる人や苦しんでいる人たちに夢や希望、生きる力を与えるという素晴らしい働きをしています。


上のリンク先の記事中のビデオの中でニックは言っています。
「最も強い影響力を持つ感情は恐怖です。
恐怖、すなわち英語でF-E-A-R。これはじつは、False Evidence Appearing Real(本当のように見える嘘)です。でも、これを Full Assurance In the Heart(心の中の確かな確信)に変えるのです。信念は見ることのできないものです。あると願うものです。私には希望が見えませんでした。信念がなかったのです。自分に価値を見出すことができませんでした。なぜなら、周りの人の意見を信じていたからです。私は10歳の頃3回お風呂の水の中で溺れて自殺しようと思いました。でも、両親がずっと教えてくれていた「ぼくはありのままで美しい」「両親はぼくを愛してくれている」ということを思い出し、私は死ぬのを思いとどまりました。愛は信念を作り出し、信念はまだ見ることのできない最大限の可能性に近づけてくれます」


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将来に夢がないと思っていたニックは結婚し、子どもにも恵まれ幸せな人生を送っている


ニック・ヴイチチさんの力強い生き方を見ていると、私などいかに生ぬるいあまちゃんかと思い知らされます。


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正しい判断力を身につけるには

2019.03.07日
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"Good judgment comes from experience, and a lot of that comes from bad judgment."
--Will Rogers - 1879-1935 - Actor
「正しい判断力は経験を積んで身につけるもの。そして経験は誤った判断から身につけるものだ」
--ウィル・ロジャーズ、俳優
(訳 舟田譲二)


幼少の頃から現在に至るまで振り返ってみたら、数えきれないほどの失敗を犯してきています。
おそらくみんな大なり小なり似たようなものでしょう。
「自分はこれまでほとんど失敗をしたことがない」と言う人でも、胸に手を当ててみると必ずたくさんの失敗を犯しているものです。
なぜなら、人というものは失敗という痛い経験を通して多くのことを学び、その経験を生かして正しい判断力をつけていくものだからです。


歩きはじめたばかりの幼児は、道路にはいっぱい危険が潜んでいるということを知りません。経験がないからです。
「道路を渡るときには必ず止まって右左を見て、車や自転車、人が来ていないのを確かめてから気をつけて渡るんだよ」と口が酸っぱくなるほど親に言われます。それでもすぐに忘れて道路に飛び出して人にぶつかったりしながら、少しずつ覚えていきます。
ぶつかる相手が人だったらまだいいのですが、自転車だと怪我をしますし、車だと下手をすると命を落としてしまいます。
子どもが小さいうちは親は目を離せません。
そして、親自身もついうっかりという失敗を通して学び、それ以降気をつけるようになっていきます。


小さな子どもは犬や猫なども怖いもの知らずで、平気で尻尾をさわりに行ったり、口元に手を出したりします。
これも痛い経験を積むことによって、一つひとつ学んでいきます。


ところが、どうしたことか、大人になっても誤った判断で大きな失敗をしてしまう人がいます。
伴侶や子どもに対するDVなどもそのうちのひとつですし、最悪のケースでは犯罪を犯してしまいます。
そこで、その誤った判断から学んで、もう二度と同じ過ちを犯さないようになるならば、その失敗は大きな財産となるのですが、同じことを繰り返してしまい、やがて元に戻れない、取り返しのつかない失敗を犯す人もいます。
毎日のニュースを見ていたらこれらの例に事欠きません。


小さい頃の親の教育、また学校教育などがここで大きな責任を負っています。
「躾け」と称して厳しく育てること、あるいは学校でただ頭を鍛えるための勉強を教えるだけでは人生でもっとも基本的なレッスンを身につけることができません。
これこそが現在の家庭や学校における教育でもっとも欠けていることではないでしょうか。


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良い人間関係を築くために

2019.03.03日
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"We come to love not by finding a perfect person, but by learning to see an imperfect person perfectly."
「私たちは完全な人を見つけることによって愛するようになるのではありません。むしろ、不完全な人を完全に見ることを身につけて愛するようになるのです」

(訳 舟田譲二)


この世に完全な人などひとりもいません。
もし万が一にもいたとしたら、それはあなたの頭の中の想像上の話か、あるいは小説や映画、ドラマの世界の中でのことです。


人はみんな弱さを持って生まれてきています。
スーパーマンや、一点の曇りもない正義の味方、正しい人などいません。
毎日のニュースを見るまでもありません。自分自身を見れば火を見るより明らかです。
ですから、結婚をするとき相手に完全を求めること自体がそもそも間違っています。
なぜなら、あなたを選ぶ相手の人も、結婚してあなたが不完全なのを知ると失望してしまうからです。


大切なのは、相手に完全を求めるのではなく、不完全な相手を完全な見方をすることです。
「完全な見方をする」とは、ありのままの相手を見て、そのありのままの相手を受け入れることです。これが人の正しい見方です。
これは夫婦間に限らず、あらゆる人間関係に当てはまります。


人は自分勝手なもので、欠点・短所ある自分を棚に上げて、相手の欠点や短所が目につき、それを受け入れることができないのです。これではうまくいかなくて当たり前です。
うまくいっている人というのはまず例外なく、相手をありのまま受け入れています。
あなたも試してみませんか?
人間関係がびっくりするほどうまくいくようになりますよ。


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捨てる前にもう一度修理

2019.03.02日
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When asked, how they managed to stay together for 65 years the woman replied,
"we were born in a time, where if something was broke, you fix it...not throw it away."
どうやって65年間も一緒にやってこれたの?と尋ねられた女性が答えた、
「何かが壊れたら修理する時代に生まれたからよ。捨てなかったの」

(訳 舟田譲二)


意味深な言葉です。
最近は何でも壊れたらすぐに捨ててしまいます。
というか、修理しようと思っても、「部品は製造中止から10年間しか保有していないので修理不能です」とメーカーに言われます。
実際のところ、ほとんどの製品の寿命の目安が10年と言われ、ちょうどその頃故障すると必ずと言っていいほど買い換えさせられます。


確かに昔は、たいがいのものは修理がききました。
何十年使ったものでも、修理屋さんは直してくれたものです。
しかし、現代は部品の心臓部に基盤が使われていてこれは修理不能で取り替えるしかありません。
冷蔵庫や洗濯機などといった大型の白物家電に限らず、エアコンやテレビ、オーディオ、パソコン、さらには水道の蛇口や水洗トイレ等々、10年以上持ったら上等という時代です。


このような時代に生きていると、人間関係まで同じようにうまくいかなくなったら「取り替え」という風潮になってきて、3組に1組が離婚します。
再婚、再々婚も珍しくありません。
「私たち夫婦ふたりとも子連れの再々婚同士です」
と明るく自己紹介する人もたくさんいます。
さまざまな事情があるでしょうし、決してこのような人たちを責めるわけではありませんが、実際には子どもが犠牲になっているケースが少なくありません。


電化製品は確かに基盤が壊れたり、部品の供給期間が終わるともう買い替えるしかありませんが、こと人間関係、とくに夫婦関係においては、修理(修復)可能なケースはいくらでもあります。そのために結婚カウンセリングなどもあるわけです。
修理に修理を繰り返して、円熟期に入りようやく真の愛を見つけたという夫婦だってたくさんいます。
捨てる前にもう一度修理する方法を考えてみませんか?


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武蔵野エムズアカデミー開校!

2019.03.01日

"Everything comes in time to him who knows how to wait."
--Leo Tolstoy - 1828-1910 - Writer
「待つことを知っている人には、すべてがぴったりの時に訪れる」
--レオ・トルストイ、作家


アカデミー学院第一期生として幼稚園の時からずっと私の下で学び、学習することの楽しさを知って、それを今度はひとりでも多くの子どもたちに分かち合いたいと言って大学では教育学を専攻。
卒業後は12年間にわたりアカデミー学院の主任講師として活躍し、ここ5年間は副学院長として学院を引っ張ってきてくれた次男正人がこのたび独立して、妻萌と一緒に東京都武蔵野市に新しい教室を3月4日に開校する運びとなりました。
トルストイの言う「ぴったりの時」がようやく正人に訪れました。


武蔵野エムズアカデミー開校おめでとう!


昨年10月に武蔵野市のほうに引っ越して以来、この5か月は武蔵野から神奈川県平塚市までほぼ毎日車で(時にバイクや電車で)片道約1時間半あまりかけて通っていました。
この間、しばしば徹夜で新しい教室の準備を進めるかたわらアカデミーでの重責も果たすという超ハードスケジュールでした。
本当にお疲れさまでした。これまでの貢献を心から感謝するとともに、4日からスタートする姉妹校での新しい働きが大いに祝福されるよう祈っています。


下にチラシとホームページのリンクを載せます。
読者の皆さんの中で武蔵野・三鷹方面にお住まいの方、あるいはお知り合いがいらっしゃる方がありましたら、ぜひご紹介ください。よろしくお願いいたします。
武蔵野エムズアカデミーホームページ


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(画像をクリックすると2段階で拡大表示され、文字が読みやすくなります)


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大切な人との別れ

2019.02.27日
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"The comfort of having a friend may be taken away, but not that of having had one."
--Seneca −circa 4BC-AD65,  Roman Philosopher 
「友人がいることから得られる満足感は取り去られることもあり得るが、友人がいたという事実から得られる満足感は取り去られることはない」
--セネカ、古代ローマの哲学者(紀元前4年頃〜紀元65年)
(訳 舟田譲二)


ここでの「友人」は、「夫」「妻」「親」「子ども」等に置き換えることもできます。
要するには「大切な人」ということです。


人生、生きていると必ず愛する人、大切な人との別れがあります。
通常は、「祖父母」との別れ、次に「親」、そして「友人」や「伴侶」、「子ども」最後に「孫」という年齢の順序に別れがくるものですが、ときに人生は過酷で、予期しないような「子ども」や「孫」との別れが先に来ることもあります。


つい最近も、人生ずっと連れ添ってきた「伴侶」とお別れを告げた方が何人かいらっしゃいます。私は経験していませんが、本当に辛い経験だということは誰でも容易に想像できます。
かと言って、愛する人との別ればかりは生きている限り誰も避けて通ることはできません。
もし、どうしても死に別れはいやだ、と言うなら自分が先に死ぬしかありません。でも、その場合も残された伴侶や子どもたちに悲しい思いをさせることになるので、同じことです。


もちろん死別だけでなく、生き別れもたくさんあります。
死別、生き別れ問わず、別れに伴う喪失感や悲しみと同時に、神様は慰めと癒しを与えてくださいます。
愛する人との辛い、悲しい別れをした人は、まずほとんど例外なく、「時が癒してくれる」ということを経験しています。
人によってその「癒し」にかかる期間は異なるでしょうが、やがてその時が来ると、それまでの苦しみはいい思い出に変わり、そしてこれこそがその後生き続ける力となってくれるのです。
これはみんな経験しています。


「友人がいることから得られる満足感は取り去られることもあり得るが、友人がいたという事実から得られる満足感は取り去られることはない」
というセネカの言葉どおり、友人や愛する人を失った後の喪失感はやがて癒されて本物の満足感に変えられるのです。
これはまさに神様の深いご愛とご配慮にほかなりません。
神様、感謝いたします。


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楽しんで学んだことは一生忘れない

2019.02.26日
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"What we learn with pleasure we never forget."
--Alfred Mercier, 1816-1894 Poet and Playwright
「楽しみながら学んだことは決して忘れない」
--アルフレッド・メルシエ、詩人・脚本家
(訳 舟田譲二)


皆さんが子どもの頃に学んだことを思い出してみてください。
上の写真のように親に絵本を読んでもらったこと。ピアノなど楽器を学んだこと、歌を歌うのを習ったこと、将棋や碁やチェス、パズルやゲーム、漫画・アニメ・小説、図鑑で学んだこと、山・野原・海・川などで学んだ植物や動物などの生き物、釣り、野球・サッカー・バスケット・スキー・スケート・テニス・卓球・水泳などのスポーツ等々。


ほとんどの人にこのような想い出があるのではないでしょうか。
同じことでも親に強制的に、無理やりやらされたことにはいい思い出は残っていません。
しかし、楽しみながら学んだことはどうでしょう。
思い出すだけで微笑んでしまいませんか?


一昨日、塾でキッズ英語の体験レッスンを行いました。
参加したひとりの女の子は小学2年生。幼児の頃から水泳を習っていて、今ではスイミングスクールの選手で1週間毎日レッスンがあるそうです。
クロール、バック、ブレスト、バタフライ全部こなします。
3月から始まる英語のレッスンの日は終ってからスイミングスクールに直行することになります。
大変じゃないかと思いきや、なんとスイミングのことになるとニコニコして楽しそうに話します。


皆さんもそうではありませんか。
私の場合は、幼稚園の頃から英語でした。
英語を学ぶことが楽しくて、楽しくて仕方ありませんでした。
単語を教えてもらってどんどん覚えました。
幼稚園の頃、描いた絵には必ずどこかにアルファベットを書いていました。
このときの英語が私の一生を決めたと言っても過言ではありません。


今、時の話題の人となっているのはみんなすごすぎる人ばかりです。
将棋の藤井聡太七段は祖母から将棋セットをプレゼントされ、5歳の夏、祖父母から将棋の手ほどきを受けました。
その年の12月に将棋教室に入会。入会時に師範から渡された、500ページ近い厚さの所司和晴『駒落ち定跡』を、まだ読み書きができなかったので符号を頼りに読み進め、1年後には完全に理解・記憶していたといいます。


張本智和選手も2歳でラケットを握って卓球を始めました。そして現在ITTF世界ランキング最高位3位。


テニスの大坂なおみ選手(世界ランキング1位)は3歳でテニスを始めました。


つい先日、白血病発病を告白した注目の人、水泳の池江璃花子選手の場合はさらにすごいです。
母親が自宅の風呂場で水中出産したそうです。生後2か月頃から母親が運営する幼児教室に通い超早期教育を受けました。
水泳は兄姉の影響で3歳10ヶ月から始め、5歳の時には、自由形・平泳ぎ・背泳ぎ・バタフライの4泳法すべてで50mを泳げるようになっていました。


恐れ入ります。上には上がいるものです。
彼らに共通しているのは、みんな好きで仕方がなかったこと。
親に無理やりやらされていやいややっていた人はひとりもいません。


楽しんで学んだことは一生忘れないのです。
私は還暦を迎える少し前ぐらいに急にてんかんを発症しました。
5〜6年かかって治癒しましたが、闘病中の頃の記憶が飛んでいます。当時は自宅の周辺の地理、道路もすっかり忘れてしまったほどです。
でも不思議なことに英語は忘れていませんでした。
小さい頃から楽しんで、自ら進んで学んだからです。
勉強は苦痛なもの、つまらないもの、と思い込んでいる人がたくさんいますが、決してそんなことはありません。勉強も楽しい学び方があるのです。
うちの塾の生徒たちは、ほぼみんな勉強が楽しい、塾が好きと言ってくれます。


このことから、親の育児法、教育方法で大切なことが見えてきます。
無理強いは決していい結果を生みません。
子どもの適性をいち早く見抜いて、環境を整えてあげること、これこそが親にできる最大のことです。
また、子どもの教育に関わる者にできる最大の社会貢献です。


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偏見からの批判

2019.02.25日
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"Don't criticize what you don't understand, son.
You never walked in that man's shoes."

--Elvis' Favourite Saying
「いいか、自分の理解できないことを批判するもんじゃない。他人の立場なんてだれも経験できないんだから」
--エルヴィス・プレスリーお気に入りの言葉
(訳 舟田譲二)


エルヴィス・プレスリー(1935-1977)はもうとっくの昔に過去の人になってしまって、今の若い人はその名前すら聞いたことがないでしょう。
1950〜70年代に大活躍したロックンロール歌手です。
私はもともとデキシーランドジャズのようなスローテンポなものや、静かなクラシックが好きだったこともあって、プレスリーのことは知っていましたが、狂ったような歌い方をするロックンロールは苦手でした。


私がアメリカに留学していた1977年8月16日にテネシー州メンフィスの自宅で42歳の若さで亡くなったとき、アメリカではニュースとなりました。
死因が「薬物中毒」と聞いたとき、「ああ、さもありなん」と思いました。


ところが、昨日、教会で礼拝後柿谷正期牧師からプレスリーの「薬物中毒死」は、麻薬ではなくて「処方薬の誤用」だったと聞いてびっくりしました。
私は頭からロックンロールを歌うような人は薬物をやっているだろうという先入観を持っていたのです。
しかし、なんと皮肉にもプレスリーの冒頭の言葉
「いいか、自分の理解できないことを批判するもんじゃない。他人の立場なんてだれも経験できないんだから」
のように、私は自分の理解できないことを偏見と先入観で決めつけてしまっていたのです。


聞くと、エルヴィス・プレスビーは生後10日で母親に抱かれて教会に通い始めて、9歳のときには洗礼を受け、子どもの頃から熱心なクリスチャンだったというではありませんか。
まったく先入観というのは恐ろしいものです。
そして、子どもの頃からこっそりと近所のアフリカ系アメリカ人(黒人)の教会の礼拝に出て彼らが歌うゴスペル(黒人霊歌)に耳を傾けていたそうです。さらに、すでにこの頃、将来は自分もゴスペル歌手になると決めていたといいます。


高校卒業後、トラックの運転手の仕事をしていたエルヴィスは、母親の誕生日プレゼントに自分の歌を吹き込んで自費でレコードを作りました。そして、これがきっかけで彼は歌手デビューし、当時登場したばかりのロックをエルヴィスが歌うとあっという間にスターになります。


世界的スターとなったエルヴィスは、毎週テレビ伝道番組で礼拝し、コンサートが終わると、共演したゴスペルグループと夜通し神を賛美していました。
時には周囲の者の悩み事を聴き、聖書を読んで祈って解決策を一緒に考えました。具合の悪い人がいると、最高の医者を紹介してあげ、困っている人には手術代を代わって支払ったり、借金を全部払ってあげたりもしました。
さらに200台以上の新車のキャデラックを見ず知らずの人にまで買ってあげ、匿名で数えきれないほどの慈善団体に寄付していました。
酒・タバコを一切飲まないエルヴィスはいつもコーヒーや炭酸飲料を飲んでいました。
エルヴィスのことを知った人はみんなたちまちファンになったというほどの人格者だったようです。真面目で几帳面、神様の御心を求める、謙虚な人だったのです。


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プレスリーが愛用していた聖書。中には書き込みがあちらこちらに


しかし、彼は自分自身が決して「聖人」などではないことをよく知っていて、1958年のイースターの礼拝後、牧師に「先生、ぼくは一番惨めな人間です。使い切れないほどのお金を持ち、何百万人ものファンがいて、友達も大勢います。でも先生からしてはいけない、と教わったことをしてしまい、するべきことをしていません」と告白して牧師からカウンセリングを受けています。


1970年代に入ると、年間150回近くの過密スケジュールでライブ活動をし、そのためストレスで医師に睡眠薬や鎮痛剤を処方してもらって常用していたのです。その誤用で心臓発作を起こしました。


ノートルダム大学でショーをやっていたとき、女子大生たちが "Elvis, you are the King!" (エルヴィス、あなたは王よ!)と書いた横断幕を広げました。
彼は即座に、「いや、イエス・キリストこそ王だ。私はただのエンターテインナーだ」と応えました。
ロックンロールの王様と呼ばれていたエルヴィスは、イエス・キリストを王とする謙虚なクリスチャンでした。


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メンフィスでの最後のコンサートで「偉大なる神」を歌うエルヴィス。


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(参考:Wikipedia および「エルヴィス・プレスリーの真実」牛込キリスト教会牧師 佐藤 順)


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最高の叡智とは

2019.02.22日
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"What wisdom can you find that is greater than kindness?"
--Jean-Jacques Rousseau - 1712-1778 - Philosopher
「親切以上に優れた叡智がこの世にあろうか」
--ジャン-ジャック-ルソー、18世紀のフランスの哲学者
(訳 舟田譲二)


「親切」は愛を形にした行為です。
本物の愛は自然な形で親切という行為となって現れます。


ところが、
「せっかく親切にしてやったのに恩知らずめ!」
と怒る人がときにいたりします。
果たしてこれは本当の親切なのでしょうか。
このような言葉が出てくるということは、たとえ親切な行為をしていたとしても、本物の愛から出た行為でなかったということです。
また、人から親切な行為を受けていたにもかかわらずきれいさっぱり忘れてしまっている人もいます。
「人に与えた親切をいつまでも覚えていて、人から受けた親切を忘れる」
という私たちの自己中心。


本来あるべきは、そのまったく逆の
「人に与えた親切を思い出さず、人から受けた親切を忘れない」。
これこそが与えるにせよ、受けるにせよ、愛から出た本物の親切です。


「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません」
(コリント人への手紙I 13:4〜8)


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教育は聖職

2019.02.21日
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"Teachers have three loves: love of learning, love of learners, and the love of bringing the first two loves together."
--Scott Hayden
「教師は3つの愛情を持っている。学習に対する愛情、学習者に対する愛情、そして3つ目は初めの2つを1つにする愛情」
--スコット・ヘイドン
(訳 舟田譲二)


このテーマについてはこれまで何度もこのブログで取り上げてきました。
1.「学習に対する愛情」
日本語の「勉強」は確かに、とてもネガティブなイメージがあります。漢字自体「勉」は、「女性がお産をする時に力む」という意味からうまれていて「苦」のイメージ、「強」は「強いる、無理強いする」という意味です。
子どもたちが勉強が嫌い、というのもうなずけます。私自身、小学生から高校生までの間、いつも強制的に勉強させられて、勉強は嫌いでした。
勉強の楽しさを知ったのは大学に入ってからです。あまりにも勉強が楽しくて、大学卒業後も大学院を含め4つの学校で学び、最終的に卒業したのは34歳のときでした。あれほど勉強嫌いだった私が34歳まで勉強を続けたのは、まさに「勉強の楽しさ」を知ったからにほかなりません。
ですから、学生時代の塾講師や家庭教師に始まり、これまでずっと教育畑を歩んできましたが、いつも心がけてきたことは、生徒・学生(英会話を学んでいる成人の方も含め)に「学ぶ楽しさ」を味わってもらうことです。
アカデミー学院の生徒がみんな、「勉強が楽しい」と言ってくれているのを耳にするたびに、私はとてもうれしくなります。

「学ぶ楽しさを!」から)


2.「学習者に対する愛情」
教師の資格としてもっとも大切なことは、「子ども好き」ということだと最近はつくづく思います。
私が小学生や中高校生の頃、明らかに子どもが好きじゃない先生に習いました。
愛情をまったく感じないのです。
これらの先生たちは、教師という仕事をただの「職業」としてやっていました。
生徒は教師に愛されているか、愛されていないか、すぐに見抜きます。
教師になるのに絶対必要なのは、教員免許や頭の良さや教え方のうまさではありません。
学校に限らず、塾でも教育に携わる者は、「生徒を愛することができる」、これが絶対欠かせない資格です。

「教師に不可欠な資格」から)


3.「学習に対する愛情と学習者に対する愛情を合体させた愛情」
「最高の教師というものは心から教える。本からは教えない」
この言葉は教師について語っていますが、学ぶ側の生徒の立場に立ってもまったく同じことが言えます。
すなわち、
「最高の生徒というものは心から学ぶ。本からは学ばない」
もちろん、本から学ぶことはいくらでもあります。
ただ、ここで言わんとしていることは、「暗記詰め込み式に」「機械的に」「試験のために」本から学ぶのではなく、「心を込めて、楽しみながら、人生を豊かにするために」本から学ぶということです。
この言葉は教育に関して素晴らしい真理を含んでいます。
この世でいわゆる学者と呼ばれる、その道のプロの人で「暗記詰め込み式に」「機械的に」「試験のために」学んだ人など一人もいません。
そして、「心を込めて、楽しみながら、人生を豊かにするために」学んだ人で勉強嫌いになった人も一人もいません。

「舟田式ひも勉強法 その25」から)


「教育は国の将来を決める」と言っても過言でない、いわば国の基幹産業です。
デンマークやスウェーデン、ノルウェイなどの北欧諸国では教育にすごいお金をかけて、身につく楽しい学習環境を整えており、落ちこぼれを出さない工夫をいろいろこらしています。
ところが、日本政府が教育に割いている予算は先進国中最低レベルです。
学校の教師だけでなく、塾や予備校などの教師、さらには幼稚園や保育園の保育士も含めて、教育に携わる者はみんな単に生活のための仕事としてではなく、襟を正してこの「聖職」に当たるべきだというのが私の信念です。


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デイリーブレッド Part 4

2019.02.18日

「デイリーブレッド Part 3」に書きましたように、続木 斉(ひとし)は、同じ内村鑑三の門下生である鹿田久次郎と共同生活を始めるようになりました。
その後、いろいろありましたが、久次郎は同志社女学校に通う妹ハナを東京に呼びよせ、明治女学校に転校させて身の回りの世話をしてもらうようになり、そこで斉はハナと出会って親しくなりふたりは結婚し、東京の郊外に居を構えます。


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ところが、少年時代の文学や芸術への傾倒から見られるように、斉は生粋の芸術家肌であり、当時一銭にもならない詩作に没頭していた。
斉の文筆だけで生計を立てるのは容易でなかった。妻と子供を抱える身ではなおさらである。そこで金銭的に恵まれない新婚生活に区切りをつけるため、夫妻はハナの生まれ故郷である京都に職を求めた。
そこへ舞い込んできたのが、久次郎が左京区吉田で開業したパン屋を譲り受ける話である。


日露戦争以降、洋風化ムードが漂っていた日本では、帰国を断念したロシア人捕虜が黒パンを焼き始め、ブームを起こしていた。栄養面から見ても当時蔓延していた脚気予防には、精白米と比べビタミンB1をより多く含む小麦が効果的とされた。久次郎はそこに目をつけパン屋を始めたわけだが、事情により暖簾を下ろさなくてはならなかった。そこで白羽の矢が立ったのが、親族にあたる斉夫妻であった。


1913年(大正2年)、続木夫妻は久次郎の店を譲り受け、屋号を「進々堂」と命名した。これは「すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目指して一心に走っているのです」(ピリピ人への手紙3:13〜14)からヒントを得て名付けられたものである。


進々堂の店構えは、店頭も工場の一部であり、ショーケースも設置されていなかった。パンの配達は全て荷車で行い、当時は店頭売りもしなかった。進々堂の隣組だった理髪店の店主は、店先に立つ斉の印象を「商売人らしからぬ人で、小僧に対する言葉なども学者言葉で『そもそも商売たるや......』といった調子だった」と語っている。彼が店番をしながら洋書を読みふける光景を目にした者もおり、斉の関心は商売よりももっぱら勉学に傾いていたようだ。


地道な経営を続けていた進々堂だったが、開業早々困難を迎えなければならなかった。
1914年(大正3年)の暮れ、工場から火の手が上がり店舗もろとも全焼したのである。薪窯や石炭窯でパンを焼いていた当時のパン屋の事情からすると、火事は決して珍しくなく、パン屋の主人は夜中も安眠できないと言われていた。


せっかく譲り受けたパン屋が全焼し、途方に暮れる斉だったが、用心深いハナは万が一のためにと密かな貯えをしていた。そんなことを露とも知らずにいた斉は、何事も怠らず用意周到な妻に深く感銘を受けたという。
若き二人の経営者は貯金を迷わず進々堂の再建に費やし、1914年(大正3年)に堀川竹屋町に新店を構えた。建設をこの場所に決めた理由は定かではないが、偶然にも進々堂にとって飛躍を遂げる転機となる。


以上、同社ホームページ上の「続木斉物語」から一部を抜粋、編集してあらすじをまとめました。
自分の思いどおりにならないことや予期しないことはだれの人生にも必ず起こりますが、私たちの最善を願っていらっしゃる愛なる神様は、不思議なようタイミングよくさまざまなことを巡り合わせ、すべてを相働かせて益としてくださいます。


「続木斉物語」はまだ続きますが、このあともあっと驚くような展開が待ち受けています。
その背後に流れる目に見えない糸を見ていきたいと思います。そして、それはある意味私たちの人生の縮図とも言え、ここから学ぶべきことは多くあります。


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デイリーブレッド Part 3

2019.02.17日

念願であった内村門下生としての生活をスタートさせたものの、職を得ないことには暮らしがままならず、勉学に励むこともできない。そこで斉(ひとし)は生活の糧を得るためにアルバイトを始めた。ところが牛乳配達や、新聞配達など様々な職に就いてみるものの、どれも長続きしなかった。
なかなか働き口の定まらない斉だったが、ようやく腰を落ち着ける先が決まった。同じ内村門下生の相馬愛蔵夫妻が経営する、パン屋・新宿中村屋だ。


この店の主人である相馬愛蔵、黒光(こつこう)夫妻が、東京帝国大学前のパン屋を手に入れ経営を始めたのは1901年(明治34年)の暮れのことだった。愛蔵は東京専門学校(現・早稲田大学)出身であり、妻の黒光も、フェリス和英女学校を経て明治女学校に学んだインテリである。二人が経験のない商売の道に入ったのは、人に使われることを好まず、独立自尊の精神を守りたい考えからであった。熱心なクリスチャンだった二人は、内村鑑三の教えに従い、一切かけ引きなしの商法をモットーに店を経営した。周囲の玄人商人たちは、「あの書生パン屋がいつまで続くだろうか」と冷笑したが、世間の嘲笑をはねのけ中村屋は着実に業績を上げた。


斉はこの創業間もないパン屋に住み込みで働くようになり、彼らの正直商法を肌で感じ、ともに実行していった。新宿中村屋での経験が、後の進々堂の起業に生かされたことは間違いない。
中村屋でのアルバイトを機に生活の安定を図った斉は、関心のあった語学を学ぶため、外国語学校への入学を目指した。しかし中村屋の雑居生活では勉強も捗らない。
そこで、中村屋で出会った、同じく内村鑑三の門弟となっていた鹿田久次郎に相談を持ちかけたところ、彼もまた同じ悩みを抱えていることが判明し、二人は通勤圏内で借家を探し、静かな共同生活を開始した。落ち着いた時間を得た斉は、無事外国語学校に入学を果たし、それまで独習で進めてきた英語を本格的に学び始めた。


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若かりし頃の斉。働きながら学問と芸術に傾倒する


内村の門下生の中でも、学校に通う傍ら時間を縫って中村屋で働く斉はひときわ異彩を放つ存在であったようである。
後に内村は斉を、「余が君を教えしよりも、君が余に教えしこと多し。余は君の学問上の先生ならん。されども君は余の実行上の先生なり。君はパンを売りミルクを売りしも、君の面に常に歓喜満ちたり。心地よかりしは毎朝重荷を担い来りし君の顔を見ることなりし。主イエスを信じて、如何なる卑しき労働に従事するものなりとも、真心のゼントルマンたることを得るなり。君、主に謝せよ。君の歓喜はこれ彼が君に与え給いしものなればなり」と評している。


神様は、ご自身の栄光のご計画を成就させるために、じつに大勢の人々をお用いになります。
かつてシェイクスピアは『お気に召すまま』の第2幕第7場で「この世は舞台、人はみな役者だ」と書きました。
私もよくこのように考えます。とてもうまい比喩だと思います。
彼は言っていませんでしたが、さらに私は原作者は神様だと思っています。
神様が最高に素晴らしいストーリーを予め考え、そして登場人物を舞台の上に置いて演技させておられる。
しかし、かと言って、役者は決して原作者(脚本家)や監督の言いなりになってロボットのように動いているのではなく、自分の意志で動いている。
そして、登場人物一人ひとりはみんな主役です。
はた目には脇役のように見えても、自分自身は主役です。


続木 斉が明治16年という「時」に、愛媛県の宇摩郡野田村という「所」で、先見の明があり時代の流れにも敏感な父・続木寅馬(とらま)の下に生まれ、幼い時からグラッドストンやプルタークを読み聞かせられるという環境の下で育てられたこと。
その結果、斉は学問が好きになり、英語が得意になって西洋文学や文化に触れ、海外に対する憧れを抱いていた時、内村鑑三の英文著作 How I Became A Christian(『余は如何にして基督信徒となりし乎』)に出合い、それに感銘を受けて内村鑑三の弟子となります。


そこで、同じ内村門下生の相馬愛蔵夫妻が経営する、パン屋・新宿中村屋で働くようになり、内村鑑三の教えに従って一切かけ引きなしの商法をモットーに店を経営している彼らの姿から学び、それがやがて斉をしてクリスチャン精神でパン屋を始めさせるに至ります。
そんなことになるとは、だれひとり想像だにしなかったことでしょうが、神様は着々とご自身のご計画を進めておられます。
一つひとつは目に見えない糸のようなものでつながっていますが、後にならないとそれはだれにもわかりません。


「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている」(ローマ8:25)


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デイリーブレッド Part 2

2019.02.16日

昨日の記事、「デイリーブレッド」の中で、進々堂物語を書くに当たって株式会社進々堂社長、続木 創(はじむ)氏からブログ記事への転載の許可をいただいた旨書きましたが、記事の出典は同社ホームページ上の「続木斉物語」です。(さらにこれは株式会社進々堂が2013年に発行した『パン造りを通して神と人とに奉仕する 進々堂百年史』が出典となっています)
一部編集してありますが、基本的に引用部は青色で、私見は黒で記します。


進々堂創業者の続木 斉(ひとし)は、1883年(明治16年)1月16日、続木家の三男として産声を上げ、何不自由ない幼少期を過ごした。父・寅馬(とらま)は色白の偉丈夫で先見の明があり、時代の流れにも敏感な人物であった。彼は息子の斉にこれからの時代は英語が必要であると説き、グラッドストンやプルタークを読み聞かせたという。生涯にわたって学問に励む斉の精神の下地となる部分は、この父からの影響により育まれたと想像できる。


136年も前の明治時代に「これからの時代は英語が必要」と言って、イギリスの政治家グラッドストンや帝政ローマのギリシア人著述家プルタークの本を幼少の息子に読み聞かせた、という辺りからして筋金入りの家庭環境の下で続木 斉は育てられています。
グローバル時代と言われている今日でも、このような子育てをしている家庭が日本国中探していったいどれだけあることでしょう。


しかし、明治維新とともに訪れた新しい時代の波は、小さな村にまで及び、変革に対応しきれなかった続木家の没落は早かった。更に不幸なことに、寅馬が43歳の若さにしてコレラを発症し、帰らぬ人となってしまう。主人を失った続木家の生活は一変し、困窮を深めていく。
7人兄弟のうち何人かにとっては、この貧しさは人生の目的を失うに等しかった。だが、斉の兄である二男の介寿(かいじゅ)(号を石鴻元(せつこうげん)または文湖山人(ぶんこさんじん))は、息苦しい我が家の貧困を自ら脱すべく、13歳にして故郷を離れ大都会に職を求めた。八百屋、菓子屋、煙草屋と渡り歩くが、商人の仕事が肌に合わず、諏訪山の絵師、春香の家に庭掃除として住み込みで働き始める。そこで絵の面白みを覚えた介寿は、すぐさま芸術的才能を開花させ、その後は日本画家として一家をなした。


斉はこの兄の影響を受けた節がある。幼いながらも学問と芸術に傾倒し、貧しさの中から生きる喜びを見出していた。敬愛する兄にならって家を出、岡山の味噌醤油醸造家の小僧となり住み込みで働き始めたのも、介寿と同様に13歳のときだった。当時の様子を伝える資料はほとんど残されていないが、7年もの歳月をこの岡山で過ごし、仕事の合間を縫っては勉強に励む真面目な少年であったことが語り継がれている。特に英語と文学を好み、語学に関してはバーンズやワーズワースの詩集を原文で読めるほどの実力の持ち主であった。


偉大な人物というのは、恵まれた環境の下でのみ生まれるのではありません。
家が没落して生活が困窮しても、そのような中で勤勉な人は決して腐ることなく、かえって真面目に一生懸命生きようとします。
そのような人を神は決して放っておかれません。


西洋文化に触れ、海外に対する憧れを抱いていた斉に、人生の転機となるほどの感動と影響を与えたのが、内村鑑三の英文著作『余は如何にして基督信徒となりし乎』(How I Became A Christian)である。内村の思想に感化された斉は、彼のもとで直接教えを請う願いを日に日に膨らませ、ついに20歳のときに上京する意志を固めた。しかし奉公生活の給金の多くを書籍の購入に費やしたため、ひとまず神戸に出向き、旅費を稼ぐための働き口を探した。


1902年(明治35年)の第3回夏季講習会にて斉は、晴れて内村門下生の一人となった。内村はキリスト教精神にのっとり戦争を真正面から否定したばかりでなく、社会の不正、人種差別にも異を唱えていた。信仰と覚悟に満ちた内村の思想に感銘を受けた門下生には、志賀直哉や有島武郎など当時の知識人たちも含まれる。内村のもとで学んだ教えは、斉自身はもちろん、現在に至る進々堂の精神基盤の形成に大きな影響を与えた。


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1902年(明治35年)7月、内村鑑三第3回夏期講習会に集った人々。2列目右から7人目が内村鑑三。
前列右から4人目が続木斉、3列目右端が有島武郎、5列目左から4人目が志賀直哉、最後列右から4人目が小山内薫等。


苦労して働いてお金を貯めて内村鑑三の門下生になった斉はこのとき20歳。ちょうど今日の大学2年生の年齢です。
ここで斉は、志賀直哉や有島武郎などと共に内村鑑三から直接聖書の教えを学び、それが彼の将来の人生の基盤を築いたのです。
前置きが長くなりましたが、続木 斉という偉大な人物がどのようなところから誕生したか、ということを知るうえで不可欠なので敢えて書きました。
本論は明日からです。


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デイリーブレッド

2019.02.15日

私は4歳の頃から大学を卒業するまで京都で育ちました。
7年間のアメリカ留学から帰国して以来、人生の半分以上をここ神奈川県で過ごしてきましたが、私の魂の故郷はいまだに京都です。
テレビのCMやドラマで京都の風景が映ると、もう胸がいっぱいになって、ときには涙が出てくるほど大好きなのです。


一昨日、小学生の頃のことに思いを巡らせていました。
今は北大路駅という地下鉄の駅がありますが、当時は烏丸車庫という名前の市電の車庫がありました。


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小学生の頃、ここを走っていた市電はもっと古い形のものでした。
6年間、毎日ここを通って小学校に通っていました。
この写真を見るだけで胸がいっぱいになるほど、思い出のつまった光景です。
当時の友達の家がこの駅のすぐ近辺にいくつかありました。


小学生の頃の思い出でなくてならないひとつのシーンは毎朝の食卓で、そこには必ずデイリーブレッドという食パンがありました。
家族揃って、トースターで焼いてマーガリンをつけて食べるのが日課でした。
烏丸車庫の並びに小さなパン屋さんがあり、そこへデイリーブレッドを買いに行くのが私の仕事でした。
今、こうして「デイリーブレッド」と書いているだけで、焼いたばかりの香ばしい香りが漂ってくるほどです。


小学校の卒業式の翌日に嵐山に引っ越したため、馴染みのパン屋さんから離れましたが、それからもずっと近くの店でデイリーブレッドは欠かさず買ってきて食べていました。大学を卒業してアメリカに行くまでずっと。


それからすっかりデイリーブレッドのことは忘れていました。
しかし、一昨日ふとデイリーブレッドのことを思い出すと妙に懐かしくなり、またあの食パンを食べてみたいなと思いました。
そのときふと気づきました。
「あれっ、デイリーブレッドって、聖書に出てくる『日ごとの糧』(マタイ6:11)の英語 daily bread のことじゃないか!」
直感で、これを商品名にした人はきっとクリスチャンに違いない、と思いネットで検索しました。メーカーの「進々堂」という名前もはっきり覚えていました。


果たして、進々堂の創業者続木 斉(ひとし)氏はクリスチャンでした。
進々堂のホームページには、私が想像していたことと寸部違わない物語が展開されていました。
面白くて夢中で読みました。
そのストーリーがあまりにも感動的なので、もうこれはブログ読者の皆さんにお伝えせずにはいられなくなった私は、さっそくホームページの「お問い合わせ」欄から直接社長あてに長いメールをお送りして、ブログへの記事の転載の許可を求めましたところ、早速朝一番で三代目の現社長、続木 創(はじむ)氏からとてもご丁寧な返信をいただき、許可していただきました。
創業1913年という歴史を持つ「進々堂」の社名の由来は、「すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目指して一心に走っているのです」(ピリピ人への手紙3:13〜14)で、「パン造りを通して神と人とに奉仕する」という斉の原点の思いは、1世紀を超えた今も「進々堂」に引き継がれているのです。


ちょうど1年前に「なんである アイである Part3」というシリーズで森永製菓のことをご紹介したように、今回も何回かのシリーズで進々堂をご紹介したいと思います。とてもスケールの大きい物語です。
明日からスタートします。
どうぞお楽しみに。


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静けさが光に変わる

2019.02.12日
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"Learning how to be still, to really be still and let life happen, that stillness becomes a radiance."
--Morgan Freeman - Actor, Producer and Narrator
「静まることを身につける。本当に動かずじっとして、人生を成り行きに任せる。そのとき、その静けさが光に変わる」
--モーガン・フリーマン、俳優・監督・ナレーター
(訳 舟田譲二)


これまでの人生を振り返ると、いつも一生懸命走ってきたような気がします。
なにせ、幼少の頃からの人生のモットーが「何事も一生懸命」でしたから。
このブログでもこれまで数えきれないほど、「何事も一生懸命」について書き、読者の皆さんにもこれをお勧めしてきました。


しかし、つい最近になってちょっと立ち止まって考えるようになりました。
そのきっかけとなったのは、去る1月28日に静岡県立病院へ脳神経外科のスーパードクターに診ていただいたときの医師の言葉です。


じつは長年苦しんできた首から肩、背中、腰の痛みをなんとか解消したいと、昨年12月に京都の脊椎脊髄疾患手術のスーパードクターに診てもらったところ、即手術が必要と言われました。ところが納得のいかないことがいくつも出てきて、予約した手術をキャンセルしてセカンドオピニオンを静岡の先生に求めることにしたという経緯がありました。


その静岡県立病院の先生が、頸椎、脊椎、腰椎のレントゲン、CT、MRIの検査のほか、問診や触診、歩く様子をみたり、先生と両手を合わせて押したり引いたり、握力を測ったりととても詳しく診察してくださいました。
そして、結論として先生がおっしゃったのは、「今すぐ手術が必要とは思えない。むしろしばらくは様子を見たほうがいいだろう。その間、できることとして姿勢に気をつけるように、しかしあまり神経質になるのは返って逆効果」ということでした。


この先生の言葉が私の心の目を開いてくれました。
「何事も一生懸命」で、毎日のウォーキングも目標を1万歩と決めると忠実に守り、体温が低いのが病気の原因と知ると毎朝起き抜けに体温を測ってスマホに記録し、毎朝の体重も欠かさず記録してきたのです。
しかし、「あまり神経質になるのは返って逆効果」という言葉が私の心に突き刺さりました。


そこで、この日以来、体温や体重を測ることをやめ、ウォーキングも万歩計を見ないようにして1万歩にこだわらないようにしてきました。
すると、なんだかふっと肩の力が抜けたような感じで、ずいぶん楽になってきました。
そしてそれと同時に、首、肩、背中、腰の痛みは確かに少し楽になったような気がします。
もちろん、姿勢や身体に力が入ることなど長年の習慣が身についているので、そう簡単には治りませんが、もっとゆったりした気持ちになって、のんびりと、静かで落ち着いた生活をすることにしました。


私の尊敬する俳優モーガン・フリーマンの言う、
「静まることを身につける。本当に動かずじっとして人生を成り行きに任せる。そのとき、その静けさが光に変わる」
が少しはわかってきたような気がします。
そして、これはヨガや瞑想、座禅、マインドフルネスといった流れにも通じるもので、心を空っぽにする、物事にあまり執着せずにのんびりする、そういった生き方をしようと、方向転換することにしました。
宇宙とはそのような感じなのではないかと思うようになりました。
そして、これは神様の世界にも通じるような気がします。


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あなたはどのような人生を歩みたいですか?

2019.02.09日
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"Watch your thoughts; they lead to attitudes.
Watch your attitudes; they lead to words.
Watch your words; they lead to actions.
Watch your actions; they lead to habits.
Watch your habits; they lead to character.
Watch your character; it determines your destiny."


「あなたの思考に気をつけなさい。なぜならそれは態度につながるから。
あなたの態度に気をつけなさい。なぜならそれは言葉につながるから。
あなたの言葉に気をつけなさい。なぜならそれは行動につながるから。
あなたの行動に気をつけなさい。なぜならそれは習慣につながるから。
あなたの習慣に気をつけなさい。なぜならそれは人格につながるから。
あなたの人格に気をつけなさい。なぜならそれはあなたの運命を決めるから」

(訳 舟田譲二)


なんと深遠な言葉でしょう。
普段、気にも留めないような些細な考えがいつの間にか頭の中でどんどん膨れ上がっていき、それが態度となって表に出ます。
そしていつも同じような態度を取っていると、それが言葉遣いに現れます。
いつも同じような言葉遣いをしていると、それは私たちの行動パターンになってしまいます。
そして、同じ行動を繰り返していると、それはいつの間にか習慣になっています。
私たちは習慣の動物です。毎日同じ習慣を繰り返していると、それは私たちの人格を形成していきます。
そしてこの人格こそが、私たち自身の将来を、運命を、決めてしまうのです。


確かにそのとおりです。疑いようのない事実です。
考えもしないで流されるままに生活していると行き着く先もそれなりのところ。
おそらく、あとになって振り返ってこんなはずじゃなかったとか、もっといい人生があったのではないか、と思うことでしょう。


でも、グッドニュースはちょうどその正反対。
つまり、普段から自分の思考や、態度、言葉、行動、習慣、人格に気をつけているなら、私たちの人生の着地点も後悔のない、満ち足りた、幸せなところになるわけです。
今からでも遅くはありません。
というか、いつでも「今」という瞬間が残りの人生のスタート地点なのです。


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幸福の扉

2019.02.06日
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"When one door of happiness closes, another opens; but often we look so long at the closed door that we do not see the one which has been opened for us."
Helen Keller
「幸せのひとつの扉が閉ざされると別の扉が開かれる。しかし、私たちはしばしば閉ざされた扉をあまりにも長く見つめているために、私たちのために開かれている扉が見えないことがある」
ヘレン・ケラー
(訳 舟田譲二)


さすがヘレン・ケラー、鋭い視点から見事に私たちの弱いところを突いて真理を語っていますね。
神様は本当によくできたお方で(全知全能全愛のお方ですから当たり前のことですが)、私たちに平等にいいことも与えられれば、よくないことも与えられる。
うちの神様を信じたら、無病息災、商売繁盛、学業成就、子孫繁栄、交通安全、開運長寿、五穀豊穣、出世成功等々、いいことは何でもあげますよ、というのは嘘です。
こんな人生を送れる人など、地球上に誰ひとりいません。
はた目にこんな幸せな人がいるものだろうか、と思っていても、実際にはその人にも悩みや苦しみは必ずあります。
神様を私たちの奴隷のようにして、なんでもかんでも自分の思いどおりにしようということ自体がそもそも間違っています。


生きている限りだれでも、親や連れ添い、時には子との死に別れもあれば、自らが重い病気になることも、交通事故に遭うことも、受験で失敗することだってあります。それが人生というものです。C'est la vie.(セ・ラヴィ)
ただ、愛なる神様は私たちの知恵を超えたところで私たちのために最善のご計画をお持ちで、幸せのひとつの扉が閉ざされると別の扉を開けてくださいます。
ただ、未練がましく閉ざされた扉をいつまでも見つめていると、横で開かれている幸せの扉が見えなくなるということが現実にあるのです。


善き神様のご愛を信じて、与えられている恵みをひとつずつ数え、恵みに感謝していると、さらに大きな祝福が与えられていることに気づくものです。
それが本当に幸せな、生き甲斐のある人生です。
ヘレン・ケラーの言葉はじつに重たいです。心に留めておきたいとても大切な教えです。
「幸せのひとつの扉が閉ざされると別の扉が開かれる。しかし、私たちはしばしば閉ざされた扉をあまりにも長く見つめているために、私たちのために開かれている扉が見えないことがある」


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死ぬ前に - 生きなさい!

2019.02.04日
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"Six Ethics of LIFE."
Before you Pray - Believe.
Before you Speak - Listen.
Before you Spend - Earn.
Before you Write - Think.
Before you Quit - Try &
Before you Die - Live!


「人生の6つの倫理」
祈る前に - 信じなさい。
話す前に - 聴きなさい。
使う前に - 稼ぎなさい。
書く前に - 考えなさい。
やめる前に - 試しなさい。そして、
死ぬ前に - 生きなさい!

(訳 舟田譲二)


「倫理」というと、社会科の教科のひとつで「倫理」を思い浮かべますが、いざどういう意味と尋ねられると説明するのが難しいです。
「道徳」「モラル」とほぼ同じような意味で、「社会慣習として成立している行為規範」と定義されています。わかりやすく言うと、「私たちが社会生活を送る上で守るべき決まりごと」というような意味です。


冒頭の言葉は「人生の6つの倫理」と題されています。
1.「祈る前に - 信じなさい」
元旦に初詣に出かけ、賽銭箱に5円玉を投げ入れて「いいご縁がありますように」と語呂合わせで願掛けして、今年はきっといい縁が生まれて結婚できるだろう、なんていうのはだれが聞いても虫のよすぎる話です。
もし、良縁が与えられることを望むなら、祈りに応えてくださる神様がいると本気で信じて、神様に喜んでいただけるような生き方をし、期待しなければなりません。これが信仰です。
信じられていない神様は、人の自分勝手な祈りに応えようがありません。


2.「話す前に - 聴きなさい」
ひとりでペラペラ話してばかりいる人がいます。
当たり前のことですが、自分の話を聞いてもらいたいと思うなら、まずは相手の言うことに耳を傾けなければなりません。


3.「使う前に - 稼ぎなさい」
十分に稼いでもいないのに借金をしてまで、身の丈に合わない贅沢な生活をする人が時々いますが、これは「私たちが社会生活を送る上で守るべき決まりごと」から外れています。


4.「書く前に - 考えなさい」
書く前だけでなく、言う前、する前など、なにか行動を取ろうとしたらその前に、それがどのような結果をもたらすかを考えなければなりません。これが社会に生きる人間として責任ある行動です。


5.「やめる前に - 試しなさい」
あまりにもあっさりとあきらめる人がいます。
やめることは簡単です。
でも、何事にも当てはまりますが、やめる前にまずは試さなければなりません。


6.「死ぬ前に - 生きなさい!」
日本の自殺率は国際的に見てトップレベルです。
年間3万人を超える状態が長年続いていましたが、最近は減少傾向にあります。
とは言っても昨年は20,598人。1日当たり56.4人もの人が自らの命を絶っています。
「健康問題」「経済・生活問題」「家庭問題」などが主な理由ですが、声を大きくして大切なメッセージを伝えたいです。
「私たちが社会生活を送る上で守るべき一番大切な決まりごと」それは、
死ぬ前に - 生きなさい!


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命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?

2019.01.28日
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"Someone who really loves you sees what a mess you can be,
how moody you can get,
how hard you are to handle...
and still wants you in their life
because they love you just the way you are."
「あなたのことを本当に愛している人は、あなたが
どれほどだらしなくても、
どれほど気分屋であっても、
どれほど扱うのが難しくても、
あなたとずっと一緒にいたいと思う。
ありのままのあなたを愛しているから」

(訳 舟田譲二)


3年前の記事、「大感動の純愛物語」を一昨日再び読み返し、そしてその中で紹介されている動画を観て、当時の感動が甦りウルウルし、再び涙が溢れてきました。
空前の大ヒットをした映画『タイタニック』をはるかに凌ぐ素晴らしい感動実話です。
主人公はロサンゼルスに住む友人(長男直人を通じての)。



皆さん、いかがでしたか?
3年経った今もおふたりはアツアツ(?)です。
もちろん、時には行き違いもあり、頭に来ることもあるようです。
でも、それを乗り越えることができるのは、お互いに自分の人生、生涯をかけて相手にコミット(捧げることを固く決意)しているからです。


熱愛し、希望に胸をふくらませてゴールインしたカップルが数年後に、こんなはずじゃなかった、相手の本性が見えてきて失望した、性格が合わない、経済的に大変でいつも喧嘩が絶えない、相手が自分のことを大切にしてくれない、などと言って離婚します。
「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」

結婚式のときにこのように誓ったにもかかわらず。


裁判や国会での証言において宣誓したのち、偽証したり、誓約を破ると偽証罪に問われます。
ましてや、神の前での宣誓はもっと責任の重いものです。
軽々しく宣誓して、それをあとで覆すと当然のことながらその実を刈り取ることになります。
それを覚悟して神の前に宣誓すること、これが本物の「コミットメント」です。
神様も一緒にその誓いを受け入れられるので、これでうまくいかないわけありません。
祝福された結婚生活の秘訣は、自分の要望を相手に押しつけるのでなく、相手を「ありのまま愛する」ことです。


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あなたが一緒にいたいと思う人

2019.01.26日

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"Be someone you want to be around."
「あなた自身が一緒にいたいと思うような人になりなさい」

(訳 舟田譲二)


セルフイメージの低い人がいます。
自分には価値がないと思い込んでいて、自分のことを嫌ってさえいる人もいます。
このような人は良好な人間関係を築くことがなかなかできません。
人は自分のことを嫌っている、あるいはバカにしているに違いないなどとネガティブに考え、人目を意識しすぎてしまうのです。


しかし、人というものは、ほとんどみんな自分のことで精いっぱいで、他人のことまで考えていないものです。
つまり、このような人は意識過剰になっているのです。
また必要以上に自分のことを卑下(ひげ)しています。単に謙遜しているというレベルではなく、本当に自分を卑しめ、人よりも劣っていて価値がないと思い込んでいるのです。
このような考え方をしている人にとって、生きることは苦痛です。


もし、人間が単なる進化の産物であり、地上は弱肉強食の世界で、能力のある人やイケメン・美人の人、地位や名誉、財産のある人だけが幸せに生きることができるのだとしたら、確かに地球上のほとんどの人にとってこの世は生きづらい場所です。
そして、そのように思い込んで自分自身に失望し、将来に夢も希望も持てずに自殺する人が大勢います。しかも、自殺する人は豊かな国ほど多いのです。


しかし、私たちは本能的に、直感的にそうであってはならない、絶対にそうじゃないと思っています。だから、自殺や殺人、いじめや虐待などを戒め、弱い人を強い人が助けるような社会になっているのです。


聖書には次のように書いてあります。
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」
(イザヤ書43:4)
神様は私たちをこのようにご覧になっていらっしゃいます。
価値のない人など誰ひとりいません。みんなが愛され、必要とされています。
このことがわかれば、人生は180度変わってきます。


人は誰でも人生において苦しい経験や辛い思いをします。
あなたのすぐそばにもそのような人が必ずいます。
そこで私からのお願いです。
「あなた自身が一緒にいたいと思うような人になりなさい」


私たち自身がそのような人を求めているように、私たちのすぐ隣にいる人も、そのような人を必要としています。
ですから、私たちが自ら進んでそのような人になるのです。
一人ひとりがそのような生き方をすれば、この世の中はもっともっと明るい、希望に満ちた幸せな世界になります。
憎んだり、傷つけあったり、殺し合ったりするのはもうたくさんです。
「あなた自身が一緒にいたいと思うような人になる」なら、あなた自身の日々の生活も有意義な、満たされたものになります。


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焦る必要はない

2019.01.23日
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"We don't need to rush. If somethings bound to happen, it will happen. In the right time, with the right person and for the best reason."
--Aristotle - Ancient Greek Philosopher
「焦る必要はない。もし何かが起きることになっているなら、それは起きる。最善の時に、最善の人に、最善の理由で」
--アリストテレス、古代ギリシャの哲学者
(訳 舟田譲二)


アリストテレスは、古代ギリシャの哲学者プラトンの弟子で、ソクラテス、プラトンとともに、しばしば「西洋」最大の哲学者のひとりとされ、その多岐にわたる自然研究の業績から「万学の祖」とも呼ばれています。
彼は人間の本性が「知を愛する」ことにあると考えました。ギリシャ語ではこれをフィロソフィア(Philosophia)と呼びます。フィロは「愛する」、ソフィアは「知」を意味し、この言葉がヨーロッパの各国の言語で「哲学」を意味する言葉の語源となりました。
アリストテレスはその著『ニコマコス倫理学』の中で、
「哲学の一番の関心事は、幸福になるために私たちはいかに生きるべきかという質問に答えることである」
と言っています。


「哲学」というと、難しいと思う人が多いですが、じつは私たちが日常生活の中で考えることや取る行動は、事実上すべて、幸福を追求する、あるいは、幸福の妨げになるものを取り除こうとする結果で、これがいわば哲学なのです。


今日の名言、
「焦る必要はない。もし何かが起きることになっているなら、それは起きる。最善の時に、最善の人に、最善の理由で」
も、これを見事に物語っています。


私たちはなにかをしようとするとき、往々にして焦ります。
焦った結果、かえって失敗することもしばしばです。
また、ときに焦ってそれがストレスになって体調を壊し、せっかくいい考えを持っているのに実現できなくなるということもあります。
もしも、考えていることが正しいことで、起きるべきことならばそれは必ず起きます。
ただし、それは「最善の時に、最善の人に、最善の理由で」。


ということは、ひょっとしたら自分がその人でないかもしれません。
あるいは今はまだその時でないのかもしれません。
もう少し忍耐を持ってしっかり計画を立て、あるいは健康状態など境遇を整えてから起きるのかもしれません。
しかも「最善の理由で」それは起きます。
たとえ正しいことであっても、動機が不純であったり、自分の名誉などを求めていたら実現しないということも十分にあり得るわけです。


ですから、私たちは「焦る必要なない」のです。
そして、そのような生き方をすることが「幸福を追求する、あるいは、幸福の妨げになるものを取り除く」という至高の目的を達成することになるのです。


NHKの朝ドラ『まんぷく』では、いよいよ主人公の立花萬平が「インスタントラーメン」を発明する段階に入ります。
これまでの遠回りに思える長い道のりも、すべてこの画期的な世紀の大発明をするために必要な準備の時でした。
ドラマですから脚色はしてありますが本筋においては歴史上の出来事で、日清食品創業者の安藤百福が1958年に発明したインスタントラーメンを発明するに至る物語で、子どもの頃にその恩恵に与かった世代の私たちにとってはとても身近に感じます。


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腸の調子はいい調子!

2019.01.21日
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"My life isn't perfect but I'm thankful for everything I have."
「私の人生は完璧ではない。でも私は与えられているものすべてに感謝している」

(訳 舟田譲二)


「私の人生は完璧ではない」どころか、正直なところ欠けだらけです。
小さい頃から身体が弱く、近くの総合病院にほとんど毎週通っていました。
当時、私が毎日服んでいたのはテレビのCMでよく見る整腸剤「新ビオフェルミンS」の前身である「ビオフェルミン」を3錠と、下痢をしたとき服用する「正露丸」でした。
左のビオフェルミンの画像は当時のパッケージのもの。60年も前のことですが、瓶を触ったときの質感やビオフェルミンのにおいも味もはっきり覚えているぐらいです。


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身体が弱かったせいで友達がやっていた野球などのスポーツもほとんどできず、運動神経が極端に悪かったため体育の成績はいつも2、時には1でした(当時は小学校でも相対評価)。
ですからスポーツができる子や、身体が大きい子をいつも羨ましく思っていました。


大学を卒業してアメリカに留学したときのこと。
アメリカ人はみんな背が高く、UCLAの図書館でエレベーターに乗ったとき、まるで林立する高層ビルに囲まれた超低層ビルのような感じがしました。
そんなこともあって身体が小さかったことで劣等感を持っていました。
それに追い打ちをかけるような出来事がありました。


靴屋に行ったときのこと。
気に入る靴を探していたところ、店員にサイズを尋ねられました。アメリカの靴のサイズは日本のようにセンチではなくインチです。初めてのことだったのでサイズなんて知っているはずもなく、測ってもらいました。
すると、突然店員が笑い始めて大声で言いました。
「きみの足のサイズはこの店では売ってないよ。あっちの子供靴店へ行って」
私は恥ずかしくて顔が真っ赤になりました。
身体が大きい人、背の高い人、足の大きい人をいつも羨ましく思っていました。


もうずいぶん前のことになりますが、うちの塾にみずきちゃんとありさちゃんという姉妹がいました。なんでもご両親が女優の観月ありさのファンだったそうで、初めの女の子が生まれたとき「ありさ」と名付けたところ、二人目も女の子だったので「みずき」(実際にはそれぞれ漢字が使われています)と名付けたそうです。それで姉妹で「みずきありさ」。
観月ありさは身長169センチでとても大柄な女優ですが、実はありさちゃんはさらに高くて171センチ。みずきちゃんも中2の頃すでに166センチでその後も伸び続けました。


あるとき、みずきちゃんに尋ねました。
「背が高くて便利なこととか不便なことってある?」
「便利なことはあまり感じたことありません。でも、洋服や靴を買う時、自分の気に入ったものがあってもサイズがなかったりすることがよくあって不便を感じます。あと、目立つことと周りの男子がみんな小さくて、それがいやかな」
室内高164センチのハイルーフの送迎バスの中、ほかの生徒たちはみんな大丈夫なのに、みずきちゃんは頭がつかえ、身をかがめて車内を移動し、乗り降りするとき頭をぶっつけることもよくありました。
その後、スタイル抜群のみずきちゃんはプロのモデルさんになりました。


私から見ていてカッコいいし、羨ましい限りだったのですが、不便なことや困ることのほうが多かったそうです。
そう言えば、昔うちの塾で講師として働いていたN先生は身長183センチ。
彼もやはり頭をあちこちでしょっちゅうぶっつけ、また服や靴を選ぶときなど不自由して、背が高くていいと思ったことは一度もないと言っていました。
そんなものなんですね。
いわゆるない物ねだりです。


小さい頃身体の弱かった私は、今でもしょっちゅう体調を崩します。
洗面台を洗ったり、風呂掃除したり、家の中を掃除機かけたり、洗車したりすると、すぐに腰痛になり、寝込むことすらあります。


このほか、目が悪いこと。
眼鏡で矯正できなければ0.03ぐらいの弱視で障がい者レベルです。
さらに赤と緑、黄色と黄緑、青と紫の区別がつきにくい赤緑色弱で、人の服を見ていても色に関する情報はいつもすっかり欠落しています。
目のいい人がいつも羨ましかったです。


でも今では、身体が弱いことも、小柄なことも、スポーツができないことも、目が悪いこともありのまま受け入れ、劣等感を感じたり、人を羨ましくは思いません。ありのままの自分を受け入れることが幸せの秘訣だと知っているからです。
人はみんなそれぞれ違いを持ってこの世に生まれてきます。
生まれながらにして目が悪い、耳が聞こえない、うまく話せない、手足がない、発達障がいがある等々、これらもみんな一人ひとりの特徴であって、不便ではあっても決して不幸ではないと彼らは言います。
不幸だと思うのは、ほかの人と比べて自分を蔑(さげす)むからです。
それが証拠に、動物は自分と周りの仲間を比べるということを知りませんから、劣等感や優越感を感じることなどありません。だから、動物はありのまま生きていて幸せなのです。


「私の人生は完璧ではない。でも私は与えられているものすべてに感謝している」


子どもの頃手放せなかったビオフェルミンと正露丸。
今でも胃腸は弱く、下痢や便秘をしたりしますが、教会の柿谷牧師夫妻から種菌をいただいて作り始めた自家製ヨーグルトや、先生から作り方を教えていただいて毎日食している野菜スープ(「ガンの予防には◯◯が一番」)などで腸内フローラが整えられたお陰で今は、
「腸の調子はいい調子!」


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過去に自分を傷つけたこと

2019.01.16日
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"Forget what hurt you in the past but never forget what it taught you."
--Hiro Mashima − Manga Artist
「過去に自分を傷つけたことは忘れなさい。でもそれがあなたに教えてくれたことは決して忘れてはいけません」
--真島ヒロ、漫画家
(訳 舟田譲二)


私もこれを人生のモットーとしています。
病気や事故など何か自分の身に起こった出来事や、また人に傷つけられたことなどはいつも忘れるようにしています。たとえ記憶に残っていてもそれにさいなまれることはありません。
しかし同時に、私自身が人に傷つけたことは忘れないようにし、それから教えられたレッスンも肝に銘じて忘れないよう、そして同じ間違いを繰り返さないよう努めています。


漫画家、真島ヒロさんのお名前を私は今まで存じていませんでした。
漫画界ではとても有名なお方のようです。
こんな漫画を描いていらっしゃいます。きっとご存じの方もあるでしょう。


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それよりも何よりも、冒頭の言葉のようなとても深遠なことを考えていらっしゃるというところにとても興味を引かれ、また通じるところがあるなと感じました。
これは人生の知恵です。


中にはこれとまったく逆に、人からされたことや自分の身に起こった不幸なこと、不快なことは一生忘れずにいるのに、自分が人にしたことはすぐに忘れるという人もいます。
このような人は、映画やテレビドラマ、小説などのテーマによくなる復讐劇を生涯をかけて繰り広げます。その結果、ますます自分を痛めつけ、周囲の人たちをもその復讐劇に巻き込んで不幸な人をさらに増やします。


また中には過去のことに囚われてトラウマになる人もいます。
これも賢明な生き方ではありません。
人生の取扱説明書とも言える聖書にはこのように書いてあります。
「愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、『主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する』と書いてあるからである」
(ローマ人への手紙 12:19)
「わたしは、彼らの不義をあわれみ、もはや、彼らの罪を思い出すことはしない」(神様の言葉)
(ヘブル人への手紙 8:12)
「東が西から遠いように、主はわれらのとがをわれらから遠ざけられる」
(詩篇 103:12)


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偉大な教師とは

2019.01.15日
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私自身の経験を交えて書いた、ちょうど4年前の今日の記事、「やる気に火をつける」の中でご紹介したウィリアム・アーサー・ウォードの言葉は私たち教師にもっとも大切なことを教えてくれています。


"The mediocre teacher tells.
The good teacher explains.
The superior teacher demonstrates.
The great teacher inspires."

--William Arthur Ward − Educator, Minister
「平凡な教師はただしゃべる。
良い教師は説明する。
優れた教師は自らやってみせる。
偉大な教師は心に火をつける」

--ウィリアム・アーサー・ウォード、教育学者・牧師
(訳 舟田譲二)


教師としての私の具体的な指導法のモットーは以下のようなことです。
1.勉強が嫌いな子には好きになってもらえるよう授業に引き込む
2.わからない子にはわかる喜びを味わわせてあげる
3.できない子にはひとつでもできるようになって自信を持ってもらう
4.理解できない子にはツボを押さえてひとつずつ理解できるようにしてあげる
5.理解できる子にはさらにできるようにしてあげる
6.できる子には得意になるようにしてあげる
7.得意な子にはさらに力を伸ばして、将来その教科で生きていけるほどのプロ級の力をつけてあげる


やろうと思えば簡単にできるのですが、私は安直に点を取らせるような教え方はしません。
たとえ点が取れるようになり、いい成績を取って志望校に合格できたとしても、勉強が好きになれない子がいるからです。
それでは教師として失格だと思っています。


生意気なようで恐縮なのですが、私は少し教えるとその生徒の弱点がすぐにわかり、その生徒に合わせた指導をして、自信を育てていくことができます。
わかるようになるとそれがすぐに顔に現れます。目が輝き、美しい笑顔に変わっていきます。
できるようになると自信に満ちた顔になっていきます。
そしてその子は勉強が好きになり、やがて自分から進んで友達にも教えるようになります。するとさらに学ぶことが楽しくなっていきます。
このような子はその後、うちの塾の講師になって後輩に勉強の楽しさを教え、さらに学校の先生になっていきます。
このようにして学校の先生になった人がたくさんいます。
先生になって、うちの塾の生徒を職場の学校で教えている人が過去にも現在にも何人かいます。


かと言って、先生に育てることが私の最終目標では決してありません。
一人ひとりが自分の目標、興味や必要、賜物(天与の能力)に応じて、学んだことを活用していけるようにするのが教師の使命だと私は思っています。


ですから卒業生の中には、学校の先生の他に看護師や保育園の保育士(保母さん)になった人もたくさんいますし、また外資系企業に勤めて英語を駆使して活躍している人や、大学の先生になった人、翻訳者になった人、教育関連の仕事に就いている人、建築士になった人、自分で事業を興した人、金融関連の仕事に就いた人、営業職に就いている人、医療技術者になった人、医療現場で働いている人、ボランティア活動をしている人、公務員になった人、英語が苦手だったのに今では海外に住んで自分で貿易業を営んでいる人、家業を継いでいる人、外交官になって英語力を活かしている人、弁護士になった人、理系の研究者になった人等々、ありとあらゆる人がいます。


彼らみんなに共通しているのは、学んだことをそれぞれの場で活かしているということ。
卒業生を心から誇りに思っています。
長い生徒だと9年から十数年アカデミーで学び、その後卒業して何歳になっても塾を訪ねてきて近況報告をしてくれる人、SNSでつながっている人などもたくさんいます。結婚式に呼ばれたり、また結婚式の司式を頼まれることもあります。


教育の仕事は、人を育てる聖職だと信じています。
このようなやり甲斐のある素晴らしい仕事に導かれたのは、幼稚園のときに始まり、人生のさまざまな場面で私に指導し、啓蒙し、学ぶことの楽しさを教えて私の心に火をつけてくださった数えきれないほどの恩師の方々のお陰で、その恩返しを教育の現場でさせていただくことを喜びとしています。


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与えることは生きること

2019.01.09日
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"The people who learn to give simultaneously learn to live."
--Bob Proctor – Author - Speaker
「与えることを学ぶ人は、同時に生きる知恵も学ぶ」
--ボブ・プロクター、著作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


与えることは難しいですね。
人間、みんな基本的には自己中心に生まれついていますから、人に与えるより与えてもらいたい、受けたいというのが本音です。
見ていると、寄付や献金などたくさんしていらっしゃる奇特な方というのは、やはりその前にたくさん与えられていて、その中から一部をお返ししておられます。
豊かな人は、それこそさらに多く与えて社会に還元しても罰は当たらない、というかそうするのが責務じゃないかとさえ思います。
与えられていない人(たくさん受けていない人)というのは、与えようにも与えるものさえ事欠いています。


しかし、ここで大切なことを教えられます。
たとえば、ボランティアをしていらっしゃる方々や献血などで貢献しておられる方は、ほかの人と比べてたくさん与えられているという訳ではありません。
時間や労力、自らの血液や臓器などを提供するというのは、ある意味あり余る財の中から寄附や献金することよりも、はるかに尊いことです。
さらに言えば、自分の置かれている立場で、仕事を通して社会に、あるいは母親・父親として子どもに対し、夫・妻として伴侶に、また親に対し、とそれこそ貢献できない人など、この世にひとりもいません。
先日、ふたりの孫の顔を見てとても癒され、励まされ、大きな喜びをいただきましたが、能力的に何もできない赤ちゃんであっても果たせる役割が与えられているのです。
なんと素晴らしいことでしょう。


このようにして、私たちはみんな
「与えることを学ぶ人は、同時に生きる知恵も学ぶ」
のです。


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心に決めて目覚めなさい

2019.01.04日
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"Wake up determined to go to bed satisfied."
--Dwayne Johnson - Actor - Semi-Retired Professional Wrestler
「心に決めて目覚めなさい。今晩寝るときは満ち足りた気持ちで床に就くのだと」
--ドゥエイン・ジョンソン、俳優・半引退レスラー
(訳 舟田譲二)


毎朝目覚めるとき、皆さんはどのような感じですか?
ぐっすり眠って爽快?
もっと寝ていたかった?
頭がくらくらする?
身体が重い?
今日の一日がどんな日になるか楽しみ?
やることがたくさんあって気が重い?
憂うつ?


私は毎朝目覚めるとき、ぐっすり眠っているのですが、身体のあちこちが痛い。
でも、痛いのがあまりにも長い期間続いているのでもう当たり前になっています。
ですから、今さら痛いと言ったところで状況が変わるわけではないので、ニコッと笑って幸せな気持ちになるようにしています。
痛みで顔をしかめているとますます身体が痛くなるからです。


次に、今日の一日も神様よろしくお願いします、と心の中でお祈りします。
すると、いつも神様がそばにいてくださるのを感じることができます。
一つひとつの仕事や食事や人とのかかわり、すべてが祝福されます。


そして、夜床に就くとには身体はくたくたですが、満足感で満たされ、感謝してお祈りしながら笑顔で眠りにつきます。


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愚かな人と賢い人

2018.12.28日
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"The foolish man seeks happiness in the distance, the wise grows it under his feet."
--J. Robert Oppenheimer - 1904-1967 - Physicist
「愚かな人は遠いところにある幸せを探す。賢い人は自分の足の下に幸せを育てる」
--J・ロバート・オッペンハイマー、物理学者
(訳 舟田譲二)


「愚かな人」と「賢い人」を対比したことわざは多くあります。
聖書の中にも「愚かな人」「賢い人」はよく出てきます。
これらのたとえから教えられることはとても多いです。


今日のことわざ
「愚かな人は遠いところにある幸せを探す。賢い人は自分の足の下に幸せを育てる」
も示唆に富みます。
「遠いところにある幸せを探す」とは、自分の手に届かないような理想を追い求めて、それが得られれば幸せになれると思って生きている様を表しています。
たとえば、世界旅行ができたら幸せになれるとか、庭付きの大きな家に住めたら、高級車に乗れたら、宝くじで大金が当たったら、伴侶が美人(イケメン)だったら、優しかったら、頼もしかったら、お金をたくさん稼いでくれたら、自分の言うことをよく聞いてくれたら...
と際限なく、幸せになる条件を挙げるようなことです。


でも、このような夢のような理想を追い求めている間は決して幸せになることはできません。
一方、本当の幸せを味わっている人というのは、物質や家族やその他さまざまな条件が満たされているから幸せというのではなく、自分の置かれている状況、与えられているもので満足することを知っている人です。
そして、そのような幸せな人は、幸せになる種を豊かに撒き、そして自分の足の下(すぐ身近なところ)で幸せを育てています。
これが賢い人の生き方です。


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人生をより豊かにするのに必要なものは

2018.12.23日
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"It isn't always a change of scenery needed to make life better. Sometimes it simply requires opening your eyes."
--Richelle E. Goodrich - Author
「人生をより豊かにするのに必要なのは必ずしも風景の変化ではない。ときにただ目を開けるだけでいい」
--リシェル・E・グッドリッチ、作家
(訳 舟田譲二)


私たちはともすれば人生を豊かにするためにはお金がかかると思います。
たとえば、いい家に住む、いい車に乗る、4K・8Kのような大画面高画質テレビ、映画を観に行く、ペットを飼う、趣味を楽しむ、旅行に行く、子どもに習い事をさせ、いい教育を受けさせる、◯◯を買う等々、挙げだせば切りがありません。
そのためにはお金がいくらあっても足りず、「働けど、働けど...」となります。


しかし、ふと立ち止まって考えると、実際になくてならないもの、どうしても必要なもの(こと)というのはそう多くはありません。
物を捨てる断捨離だけでなく、心の断捨離で身も心も軽くすると、気もうんと楽になります。


ここでもうひとつ大切なのはこれです。
「人生をより豊かにするのに必要なのは必ずしも風景の変化ではない。ときにただ目を開けるだけでいい」


そう、目を開けるだけでいいのです。
今まで見ているつもりで気がつかなかったことや物がたくさんあります。
目を開けてよく見ると、じつは私たちは物やことだけでなく、家族や友人、健康、仕事、住んでいるところ、食べるもの、平和な環境、豊かな自然等々、もうすでに与えられているものが数えきれないほどたくさんあります。
これらは私たちのいわば宝物です。お金で買うことのできないものやこともたくさんあります。
このことに気づくと感謝の気持ちにあふれ、不平や不満など言ってられなくなり、自分はなんて恵まれているんだろう、なんて幸せなんだろうという満ち足りた気持ちになります。
私はいつもウォーキングしているときやお風呂の中で、寝る前にベッドの中でこれらの恵みを一つひとつ数え上げ感謝していますが、本当に幸せな気持ちにあふれます。


そして、これこそが本当に幸せな人生を送る上で一番大切なことなのです。
上に挙げたような私たちが普段求めている家や車のような物や旅行などは、いくら手に入れても満足することは決してありません。
皆さんも恵みを数えてみませんか?


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あわてんぼうのサンタクロース

2018.12.21日

去る火曜日、18日はアカデミー恒例のキッズ英語クリスマス会でした。
小学生約50名が集い、楽しいひと時を持つことができました。
学院長のちょっと心温まるクリスマスメッセージで開会し、そのあとキャンドルライトサービス。
キャンドルの光の中で、生徒たちがヨハネの福音書3:16を英語で暗唱し、そのあと英語と日本語で賛美歌を歌いました。なかなか感動的なシーンです。


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ミニチュア教会のクリスマス礼拝のようです。
せっかく英語を学んでいるのですから、クリスマスやイースターなどキリスト教文化に触れるいい機会です。
このあと子どもたちの大好きなゲームの時間。クリスマスに関連した英語の言葉を使ってのゲームで大いに盛り上がりました。


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そして、子どもたちの一番のお楽しみは何と言ってもやっぱりケーキ、ジュース、お菓子の時間。


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と、そこへ突然サンタクロースが大きな袋をかついで鈴を鳴らしながら「ホッホッホッホー、メリークリスマス!」と言いながら登場。お菓子のプレゼントを配って回りました。
毎年のことなので、「先輩」の生徒たちは「ガクインチョー!」と声をかけますが、今年の新入生の「後輩」たちはそんなこと知らず、びっくりして目を白黒。
帰りの送りの車の中でも「あのサンタクロースはだれ?」と聞く生徒に、私が「えっ、あれは本物のサンタさんだよ」と言ったところ、ほかの生徒たちが「いや、ガクインチョーだよ!」


「あー、楽しかった!」と言う生徒に、「何が一番楽しかった?」と尋ねたら、案の定答えは「ケーキ!」。


じつはこのあわてんぼうのサンタクロース、先週の13日、尼崎の教会でお世話になっていたとき、牧師が夕方まで出かけると言うので、ひとりで少し離れた尼崎記念公園までウォーキング。
ところが予想外のハプニングが。


iPhoneのバッテリーが最近弱くなってきていたのですが、なんと途中で切れてしましまったのです。マップを開くこともできず、教会の住所も牧師の電話番号も調べることができません。
先日のソフトバンクの通信障害よりも深刻な一大事です。
そこで記憶に頼って戻ろうとしたところが、途中曲がるべきところを通り越して行ってしまったため、迷子になってしまいました。


途中で通りを歩いている地元の人や、信用金庫、交番、介護施設の送迎者、郵便配達人などに尋ねるのですが、私の近辺の描写を聞いてみんな「多分、ここを真っ直ぐに行って、次を右に曲がって...」などと教えてくれますが、どんどん遠いところに行ってしまい、ますますわからなくなってしまい、本格的に迷子になりました。
尼崎記念公園の方向を確かめようとしてひとりの人に尋ねたところ、「あんな遠いところここから歩いて行けないよ。バスがあそこから出てるから」という返事が戻ってくる始末。


もうだめだというところまで追いつめられて、「神様、助けてください」と祈ったところ、別の教会の看板が突然目に飛び込んできました。チャイムを鳴らし出てきた牧師に尋ねたところ教えていただいて無事帰着できました。
寒風吹きすさぶ中でしたが、3時間ほど10数キロ歩いて汗びっしょりになっていました。
部屋に戻ってズボンの後ろポケットに入れてあった財布を取り出すと、なんとその中に松本牧師からいただいていた名刺が(涙)。


昔、アルツハイマーになった父がよくやっていた徘徊の予行演習をするはめになりました。
「備えあれば憂いなし...」
本当に「あわてんぼうのサンタクロース」です(ああ、恥ずかしい)。


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愛の実は結婚?

2018.12.20日
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"Love is often the fruit of marriage."
--Molière 1622 - 1673, Playwright, actor and poet
「愛はしばしば結婚の実だ」
モリエール、17世紀フランスの劇作家、俳優、詩人
(訳 舟田譲二)


この世では一般に、「愛の実が結婚」と信じられています。
ところが、「愛してる」と言い、愛を告白して相思相愛で結婚したものの、性格の不一致だとか、思っていたような人じゃなかった、などと言って離婚に至る人がとても多いです。


アメリカに留学していた45年前、アメリカでは3組に1組が離婚していると聞いて驚いたものです。
しかし、今や3組に1組が離婚するのは日本。約1分49秒に1組が離婚しているという計算になるといいます。
離婚先進国のアメリカはすでに2組に1組。
ロシアはさらにその上をいくそうです。1.5組に1組?


日本国内で離婚率1位は沖縄県。
以下、大阪府、北海道、福岡県、宮崎県、歌山県、東京都、熊本県、千葉県、埼玉県、宮城県、神奈川県、愛媛県、山梨県、福島県、青森県、鹿児島県、栃木県、鳥取県、香川県、大分県、群馬県、静岡県、愛知県、兵庫県、茨城県、高知県、広島県、京都府、三重県、岡山県、奈良県、徳島県、佐賀県、長崎県、岩手県、滋賀県、山口県、長野県、秋田県、岐阜県、山形県、石川県、島根県、福井県、新潟県、富山県と続きます。


いかがですか? ご自分の住んでいらっしゃる地、あるいは出身地を見て、なるほどと思われますか?
私はこれを見てひとつ気づいたことがあります。
それは、離婚率がもっとも低い県の中に石川県、福井県、新潟県、富山県などが名を連ねていますが、これらはいずれも学力検査で毎年国内トップを占める県です。
両親の仲が良く、離婚しないことは子どもにとって、安心できる最善の家庭環境であり、それが落ち着いて勉強できる環境にもつながっているとは思いませんか?


「惚れた腫れた」で結婚しても、そんな腫れた「愛」は一時的な感情にすぎません。
本当の愛とはお互いを受け入れ合い、高め合い、築き合っていくもの。


「愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。
不義を喜ばないで真理を喜ぶ。
そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。
愛はいつまでも絶えることがない」
(コリント人への第一の手紙 13:4-8)


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おもてなしにうらなし

2018.12.19日

千利休は茶席において客をどうやって扱うべきかと尋ねられたとき、即座に
「どなたも貴人と思うて扱えばよい」
と答えたそうです。
実に名言です。
日本が世界に誇る「おもてなし」のルーツでしょう。


うちにお客様が見えるとき、私は家の中だけでなく、外も綺麗にします。
庭や通路の草むしりをし、また家の前の側溝の蓋の間から出ている雑草まで抜きます。
普段、家の中は生活に便利いいように(言い訳ですが)すぐに手が届くようテーブルや机の上、ピアノの上などには山のように物が置いてあります。


しかし、お客様が見えるときにはそれらを全部片づけ(多くの場合、段ボール箱に詰めて隣りの部屋など目につかないところに移動するだけですが)、掃除機をかけてテーブルや窓やあちらこちらを磨きます。うちの息子やきょうだいが訪ねてくるときでさえ綺麗に掃除します。
それを見ている妻がいつも言うのは、
「そこまでしなくていいわよ。また腰が痛くなるわよ。別に天皇陛下が来られるわけじゃないし」


人に褒めて欲しいとか、そんな下心は微塵もありません。
ただ、最高の状態でお迎えしたいのです。
それはなぜか?
お客様は私にとっては神様、イエスさまのような大切な方で、綺麗にせずにお迎えすることはできません。


昔聞いたたとえ話ですが、イエスさまが家に訪ねてこられました。
そこで、ちょっと待ってください、と言って玄関と居間を綺麗に片づけて汚いものを隣りの部屋に押し込みました。
ところが、イエスさまはその隣の部屋にも入りたいとおっしゃいます。
そこでまた、ちょっとお待ちください、と言って慌てて隣りの部屋も片づけました。
このようにして、次から次へと部屋を片づけながら、汚いものを隣りの部屋に押し込んで、最後の部屋に来て、ついに汚いもの全部を家の外に出してしまいました。
すると、家の中は隅から隅まですっかり綺麗になっていました。
あなたの心の中も同じですよ、と。


まあ、私はそこまで徹底して綺麗に片づけることはできませんが、たまにお客様が見えると家の内外がとても綺麗になります。
「おもてなし」の精神は、お客様を貴人と思ってお迎えすることです。


普段めったに外出や旅行、人の家を訪ねることをしない私が、先週は水曜日からこの日曜日まで、毎晩違う人の家に泊めていただいたり、訪問したりしながらその家の人たちと交わりを持たせていただきました。ホテルに泊まって、ひとりでテレビを観たり、街をブラブラ歩くのは私の性分に合いません。
このとき気づいたことは、初対面の人もあったにもかかわらず、皆さん例外なくこの小さな私を貴人のようにもてなしてくださったということです。
皆さん、本当にありがとうございました。
お一人おひとりに心から感謝いたします。


もし万が一、下心などがあったりしたら、上辺ではいくら繕っていたとしてもすぐに化けの皮がはがれて相手にわかってしまうものです。
つまり、「おもてなし」の精神は「うら(裏)なし」なのです。心底からのおもてなし。
背伸びしてできないことをする必要はありませんが、できる範囲で精いっぱいのことをする、これがおもてなしです。


このようなおもてなしを受けると、だれでも自分もその人に対してやはりおもてなしの心でお返ししたいと思いますし、さらにほかの人にもおもてなしをしようという気持ちになります。
こうしておもてなしの輪が広がっていって、やがて日本文化のひとつとなったのです。


おもてなしに限らず、人にして欲しいと思うことを人にもする、これが本来あるべき人間関係の基本・原則です。「人にしてほしくないことは人にしてはいけない」という消極的なものではありません。


「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ」
(マタイ7:12)


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感謝の近況をアップデート

2018.12.18日

先週の月曜日からあまりにもたくさんのことが起こり過ぎて、しかも超忙しかったのでしばらくブログの記事をアップするのを怠ってしまいました。
丁寧に書こうとすると何日分にもなりますので、簡単に順を追ってご報告します。


1週間前の10日にロサンゼルス在住のFBフレンドのAOさんからメールが入りました。
「何年か前に平塚在の姪(弟の娘)の離婚騒ぎの時にお世話になりました。このたびはその弟が末期がんで平塚市内の病院に入院しています。
弟は私に早く来て欲しいと言っています。間に合う様に祈っています。救いの為にも是非お祈り下さい」


そこで弟さんが入院していらっしゃる病院を教えていただいて早速訪問しました。
ベッドの傍らについていらっしゃる奥様の了承を得て、弟さんの手を握ってお祈りしました。
「私たちは神様の前にはみんな罪びとです。でも、イエスさまを罪からの救い主と信じるなら天国に入ることができます」
かすかにうなずくことしか意思表示をすることができない弟さんは、うすぼんやりと私の目を見ながら小さくうなずかれました。
そのことをAさんにすぐにお伝えしましたが、緊急で手配した飛行機で来日するのも間に合わず、弟さんは私が面会したちょうど12時間後に天に召されたとのご報告をいただきました。
まさに間一髪でした。


その翌々日の12日、脊椎脊髄疾患手術のスーパードクターの診察を受けに京都に向かいました。「陰と光」にも少し書きましたが、頸椎の手術が必要と院長に言われ、手術の予約をしました。しかし、後になって考えれば考えるほど、納得のいかないこと、不審なことがいくつもあり、結局この件については昨日電話でキャンセルしました。


その日の夜は、京都に行くとお伝えしたところぜひ泊まっていってくださいとお招きくださった小学4年生のときの教育実習生の先生である西村隆宏先生宅を訪問しました。
とても美味しい鍋料理をいただきながら、この58年間先生ご夫妻と親しくお付き合いさせていただいてきたことから始まり、今日までのことをいろいろお話ししていました。
じつは、先生がご高齢になってきていらっしゃることもあり、この日はどうしてもおふたりにはっきりと福音をお伝えして信仰にお導きしたいと願い、この2週間ずっとご夫妻のためにお祈りしていました。


食事中、ご夫妻のほうから信仰の話題を出され、私はこれまでにも何度も神様の話、聖書の話をしてきていましたが、思い切って福音を語り、決断を求めました。
ご夫妻ともにライトハウスのボランティアで今まで三浦綾子さんの作品などを盲人のための音訳をしてきていらっしゃり、キリスト教にはオープンでしたが、先祖代々のお墓や仏壇の問題などもあり、これまで信仰の決断はできずにこられました。
しかし、この夜、奥様のほうから私は洗礼を受けてクリスチャンになりたいとおっしゃいました。でも、先生は自分はまだ聖書もほとんど読んでないし、まだクリスチャンになる用意はできていないとおっしゃいます。


そこで、私は信仰というのはすべてが理解できてから決断するものではなく、自分が神様の前に罪人であることを認め、救われるためにイエスさまの十字架上の身代わりの死を信じることだけで、あとのことはすべてついてきます。たとえ小さな一歩でも踏み出すのが信仰です、とお話ししたところ、西村先生もそれでは自分もクリスチャンになる決心ができたと言って、おふたりでその場で私の手から洗礼を受けてくださいました。
お祈りが終わると、おふたりとも「譲二くんの手から洗礼が受けられてこれほど嬉しいことはない」と言って喜んでくださり、私も涙を流して感謝しました。40数年におよぶ祈りの答えがこのとき与えられました。


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翌日、西村先生ご夫妻とお別れして中央大学時代の教え子の中藤弘彦さんに京都御所のすぐ前のレストランでお昼をご馳走になり、丸太町から北大路まで中藤さんの教会の話など楽しくお話ししながら一緒にウォーキングしました。


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このあと、京都をあとにして兵庫県尼崎市に向かいました。
Facebookフレンドの松本信章牧師のお宅をお訪ねしました。
先生には癒しの賜物があるということで、着くと早速診察台の上にうつ伏せになって首から肩・背中・腰・足とマッサージをしていただき、夕食後は近くの日帰り温泉につれていただき炭酸泉に浸かりながら2時間半お話ししました。


松本先生は、この4月から次々と大変な出来事に見舞われ、大変なところを通ってきていらっしゃりますが、とても明るく逆にこちらのほうが励まされ、多くのことを教えられました。先生は自らの財を投げ打ってテナントの建物を買い取り、内装をご自身でリフォームし、そこにホームレスの人たちを泊めておられる本当に奇特な方です。
話の中で共通の友達である、私の神学校時代の親友、伊藤勝義さんの名前が出てきて、翌日姫路市の伊藤さんのお宅まで連れていただきました。
伊藤先生ご夫妻とは関西聖書神学校以来の40年ぶりの再会。


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手前中央が松本信章先生。奥のおふたりが伊藤先生ご夫妻。その右隣はお孫さんの輝(ひかる)くんで隣りは次女の恵子さん。
美味しいお鍋のお料理をいただきながら楽しい時を過ごさせていただきました。


姫路の伊藤先生宅で一泊した後、岡山県備前市の香登教会へ移動。
ここは、関西聖書神学校時代の恩師である工藤弘雄先生が牧師を務めていらっしゃる大教会。
神学生時代に香登聖会に一度、そしてもう一度イギリスからきていらっしゃったリバーシッジ先生ご夫妻の通訳で一度伺ったことがあります。
工藤先生は私が神学校時代、霊の訓練を受けた敬愛する先生で、大好きだった小島伊助先生の愛弟子で説教のスタイルも雰囲気もそっくりです。工藤先生とも40年ぶりの再会。ずっと長い間お会いしたいと思っていましたが、ようやく夢がかないました。
工藤先生ご夫妻からはとても温かい歓待を受け、身に余る光栄でした。
翌日曜日は教会でクリスマスコンサート礼拝が持たれ、お嬢様の真史さんのピアノ演奏とご主人の治哉さんとのデュエットもありました。真史さんは6年前に直腸がんを発症され、その後乳がん、大腸がんを、そして今年の夏には肺に転移していて、今も左の肺には4リットルの水が溜まっているとのこと。
魂を揺さぶるような最高の演奏で、私はずっと涙があふれて止まりませんでした。


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メッセージ前の聖歌隊によるハレルヤコーラスには、FBフレンドの廣石 護(まもる)さんに促されて飛び入りで加えていただき賛美させていただきました。
右の端から5番目の聖歌隊のガウンを着ていないのが私で、その左隣が廣石さん。すごいテノールでした。
左端が工藤先生の奥様、左端から6番目が廣石さんの奥様。
ハレルヤコーラスはこれまでいつも英語で歌ってきていたので大丈夫とたかを括っていたら、なんとぶっつけ本番での日本語の歌詞。「しょおうのおう」というのがあって一瞬なんのことかと思ったら “King of kings” で「諸王の王」でした 笑。


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工藤先生のメッセージは、神学校時代の毎朝の早天祈祷会のメッセージを彷彿とさせられ、魂を揺さぶられました。


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礼拝が終わると急いで教会をあとにして岡山駅に向かい、新幹線に乗り換えて家に戻る途中、静岡で途中下車してFBフレンドの山崎久美子さんご夫妻にお会いし、ご夫妻の行きつけのお寿司屋さんに連れていただいてご馳走になりました(私の行きつけの寿司屋さんは回転ずし 笑。レベルが違い過ぎてもう天国に行ったかのような感じでした)。


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とっても素敵なご夫妻でした。
楽しくお話ししているとあっという間に時間が流れて、慌てて新幹線に乗って帰宅。
忙しくも、超有意義で、実りある小伝道旅行で、神様に言い尽くせない感謝のお祈りを捧げました。


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陰と光

2018.12.15日
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“May you see sunshine where others see shadows and opportunities where others see obstacles.”
「ほかの人が陰を見るとき光が、また障壁を見るときには機会が見えるように」
(訳 舟田譲二)


11日には「グッドニュース」という記事を書いたばかりですが、その翌日にはなんと光と陰の両方を見ることになりました。
光は何かと言うと…


過去20年ぐらいずっと苦しんでいる首から肩、背中、腰の痛みの原因と治療法を探るべく、先日テレビ番組『スゴ腕の専門外来スペシャル』で見た首の疾患スーパードクターの予約が取れて去る12日に診察を受けることができたことです。
院長はMRI画像で頚椎に変形があり、神経が圧迫されている様子を見せてくださいました。
そこで治療法を尋ねると、痛み止めの薬や首の牽引などは一時しのぎで、完治しないばかりか、これからどんどん悪化していく、完治には手術以外にない、とキッパリ言われました。
そこで即、手術を受ける決断をしてお願いしました。
これはグッドニュース。


ところが、待ち受けていたのは大きな陰、障壁。
「行列ができるスーパードクター」だけあって、手術は早くて1年先、下手をすると5年先と言います。
さらに、術後3週間の入院が必要で、一番早い1年後の手術を受けるには特別な個室の予約が必要で、その個室の差額ベッド代が1日なんと58,300円‼
手術費別で個室料金だけで、1,320,000万円あまり。
手術前に事前の検査が必要で、それが来年の3月!
ガーン❗


光と陰。
手術の予約をしていた人が都合などでキャンセルされることがあり、1年以内に繰り上げということもあり得る、ということで、陰を見ないで光を見ることにしました。


診察が終わってから、敬愛する恩師、西村隆宏先生宅をお訪ねしました。
西村先生は私が小学4年生のときに教育実習で来られた先生で、当時23歳のハンサムでとても素敵な青年。


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西村先生の右隣でくっついているのが私


以来、58年に及ぶ長いお付き合いをさせていただいています。
母の葬儀のときに参列、また私の結婚式のときにも列席してくださり、アメリカ留学中も帰国してからもずっと文通を続けてきました。


アルツハイマー型認知症になった父がたまたま一時的に住んでいたところが西村先生のお宅のすぐそばだったこともあり、父を連れて先生宅を訪問したのがきっかけで、親しくお付き合いさせていただくことになりました。
父が召天してからは、しばしば先生宅を訪ねては泊めていただいたり、京都の懐かしの思い出の場所に連れていただいたりしてきました。
そして今回泊めていただいた際は、素晴らしい時が私たちを待ち受けていました。
続きは明日に。


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グッドニュース

2018.12.11日

10月末時点での特殊詐欺(振り込め詐欺)被害額1億606万2123円。
ものすごい額ですが、これは私が住んでいる平塚市(人口25万人)での被害額です。
全国ではなんと286億2000万円!
日本国内のみならず世界中で暗いニュースが続く中、明るいニュースも伝えられています。
「紀平時代」
新元号?
−国民

(12月11日付読売新聞USO放送)
これには思わず吹き出してしまいました。でも本当に平和で明るい「紀平時代」(´∀`)になって欲しいものです。


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そして、本庶佑京都大学名誉教授のノーベル賞授賞式。
羽織袴姿もとても立派でしたし、英語のスピーチも見事なものでした。
これらのグッドニュースに心が温かくなりました。


でも、真打ちはここからです。
今朝、私のもとにグッドニュースがふたつ飛び込んできました。
ひとつ目。


「舟田先生
ご無沙汰しております。
返信が大変遅くなってしまい申し訳ありません。AndroidからiPhoneへの変更で色々苦労しましたが、ようやく乗り換えが完了しだんだんと新しいスマホにも慣れてきました。
今思えば、大学1年生の頃に講師として働かせていただいていた時以来でしょうか。
あの頃は、まだ自分のキャパシティもよくわからず、色々とご迷惑をおかけいたしました。
あれから、大学時代は音楽、特に声楽に魅せられ大学院進学を志望しましたが、見事に玉砕、その後すぐに切り替え就活をしました。
この頃は、外部で劇団も少しやっていたので、本当に辛く、でも密度の濃い、今となっては自分の財産になった日々でした。
現在は無事、音楽関係の仕事に就くことができ、とても充実した日々を過ごしております。たまたま大学の求人で見つけたのですが、NPO法人です。中高年を対象として、合唱サークルの立ち上げ、運営を支援することを通して、地域コミュニティの醸成に寄与する、というものです。基本的には、その個々の合唱団への派遣指導員として働き、その他事務作業も行なっています。
また、ここだけの話ですが、良きパートナー(に将来なる予定です笑)にも巡り会えて、仕事もプライベートも充実し心から幸せを感じております。
ところで、舟田先生はいかがお過ごしでしょうか。メールマガジンいつも拝読しております。それによれば、舟田先生も充実した日々を送られていることと思います。
実は、メールマガジンが人生のヒントになったことが何回もあります。ずっと続けていらっしゃることに尊敬するとともに、本当に感謝しております。
加えて、塾生の頃にのびのびとじっくり考えながら勉強させていただけたこと、今の自分の大きな財産となっております。本当にありがとうございました。自分なりにちゃんと考えること。それをモットーに生活しています。
最後になりますが、舟田先生の今後の更なるご発展を切に願っております。
良いお年をお迎えくださいませ。T


メールマガジンのアドレス変更をしてきたTくんに近況を尋ねたところ戻ってきたグッドニュースでした。こういうのを教師冥利に尽きると言います。


もうひとつの良い知らせ。
12/11 2:21am
天に召された旨、弟の息子より連絡がありました。
先生、生前に会って頂いて本当にありがとうございました。
弟は先生からの福音をしっかりと聞いていたと思います。
私はちょうど1日早く発つ手続きが完了した所でした。A


Aさんはロサンゼルスに住む友人です。
昨日突然連絡が入り、平塚在住の弟さんが末期がんで、会ってお祈りして欲しいと言ってこられました。早速、病院に向かい、奥様にご挨拶してお祈りの許可をいただいて、耳元でお祈りしました。
ご本人はうつろな目で意識がないように見受けられましたが、奥様が耳は聞こえているので軽くうなづくとおっしゃいました。
手を握り福音(グッドニュース)を語り、お祈りしました。激しい呼吸をしながら軽くうなづかれました。
その様子をお伝えしたしたことに対するAさんからのお返事です。
12時間前のぎりぎりセーフでした。
普通日本では、
「逝去された◯◯さんを悼み、心からお悔やみを申し上げます」
のように言いますが、私たちクリスチャンは死を人生の終焉とは考えないので「お悔やみ」は申し上げません。むしろ天への凱旋と考えます。まさに昨日の記事、「毛虫が蝶にヘンシーン!」そのものです。
これがグッドニュースでなくて何でしょう。


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毛虫が蝶にヘンシーン!

2018.12.10日
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"What the caterpillar calls the end of the world, the master calls a butterfly."
--Richard Bach  1936-   Writer
「毛虫が世の終わりと呼ぶものを、神は蝶と呼ぶ」
--リチャード・バック、作家
(訳 舟田譲二)


リチャード・バックは1970年に『かもめのジョナサン』を発表し、それが1972年に突如ベストセラーのトップに躍り出ました。各国語に翻訳され、日本でもロングセラーとなっています。


皆さんは毛虫、芋虫、青虫の類、お好きですか?
私は子どもの頃から大の苦手です。ヘビやミミズ類も、考えるだけでぞっとします。
あの「ウニュウニュ」した感じがもう何とも言えず、見ただけで鳥肌が立つほどです。


しかし、じつに不思議です。
あの気持ちの悪い毛虫がある日、すっかり姿を変える。これを専門用語で「変態」と言いますが、一般に使われているいわゆる「ヘンタイ」とはまったく無関係です(笑)
この左の毛虫が右の美しい蝶にヘンシーンするのです。


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毛虫としての命を終えるとき蝶に生まれ変わる、というのは本当に神業です。
私たちもやがて地上での命を終えて死を迎えるとき、永遠の身体に変えられて甦る、というのが聖書の教えです。
信仰の世界のことですから信じられない人が多いと思いますが、信じてそれを経験するか、信じなくて経験しないか、それは一人ひとりの自由な選択です。


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教師として最も大切な資質

2018.12.09日
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"What a teacher is, is more important that what he teaches."
ーーKarl Menninger, 1893 - 1990  Psychiatrist
「何を教えるかではなく、どのような教師であるかこそが教師としての大切な資質だ」
--カール・メニンガー、医学者・精神科医
(訳 舟田譲二)


何度か記事に書いてきた私のお気に入りのドラマ『僕らは奇跡でできている』も今週の火曜日、11日が最終回。
登場人物の皆さんとお別れするのが今から寂しく、そして辛いです。ずっとお友達でいたかったです(笑)
それぐらいみんな個性があり、魅力的な人たちばかりです。


ドラマの中に登場する大学の教師仲間である准教授の樫野木聡は、真面目で超常識的な、型にはまった人間。一方、主人公の相河一輝は超型破りで一見常識のない人間。
ふたりは相性が悪く、お互いに敬遠しています。
樫野木の授業はやはり常識的でつまらなくて学生たちは寝ています。
ところが、相河の授業を型破りで面白い。そして、最初は敬遠していた学生たちもだんだん彼の魅力に気づき始め、みんな授業にのめり込んでいます。
相河にいつもきつく当たっている樫野木は、相河に嫉妬しているのでしょう。


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以前、私もこのようなクラスを受けたいと書きましたが、学生当時私は気に入った先生(若い人とは限らずご年配の方も)とはみんな親しくなって、毎週家にお邪魔したり、お食事を毎週ご馳走になったり、家に泊めていただいたり、旅行に一緒に行ったりと、まるで友達のようになっていました。
ですから、もし私が今、学生の立場だったら確実に相河先生のファンになり、きっと親しくなってフィールドワークに一緒に行ったりしていたことと思います。


相河先生の魅力は、単に授業のやり方、教える内容にあるのではなく、やはり人間的な魅力、ピュアで心底から動物を愛し、動物のさまざまな事象に常に興味津々で、その熱意が学生に伝わるからです。


とどのつまり、生徒や学生は無意識のうちにそのような先生のオーラのようなものを感じ取り、先生が好きになるのだと思います。
ということで、冒頭のカール・メニンガーの言葉どおり、
「何を教えるかではなく、どのような教師であるかこそが教師としての大切な資質」
です。
またこのことは、教師に限らず、親を始め、上に立つ者、人を指導する立場にある者すべてに当てはまることです。


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失敗したときの励ましのひと言

2018.12.04日
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"A word of encouragement during a failure is worth more than an hour of praise after success."
--Unknown
「失敗したときの励ましのひと言は、成功した後の1時間の褒め言葉に勝る」
--作者不詳
(訳 舟田譲二)


今日のこの言葉は本当に示唆に富みます。
というのは、私たちの多く、とくに子育て中の親がこのまったく逆のことをしているからです。
つまり人々は、
「失敗したときの1時間の責め言葉(説教)は、成功した後の励ましのひと言に勝る」
と思い込んでいるようです。
皆さんにはこのような覚えはありませんか?


たとえば、子どもが頑張って勉強し、テストで満点を取って家に意気揚々と帰ってきます。
100点満点の答案用紙を見たお母さんが言います。
「今回だけじゃなくて、いつも100点取ってきてね」
たった5秒の褒め言葉。それも全然嬉しくない。


もしも99点でも取ってこようものなら、
「なにこれは! あなたはいつもこうなんだから。ケアレスミスに気をつけなさいってあれほど言ってたえしょ。まったくもう。太郎くんを見てごらんなさい。あの子はいつも必ず満点よ。今度はミスなしで絶対に100点取ってくるのよ、わかった? 返事は? 聞こえない! もっと大きな声で言いなさい!」
延々と説教が続きます。
なんかテレビのドラマに出てくる教育ママのようですね。


子どもがやる気を出すのはこんな親の答え方じゃないでしょうか?
「すごーい! いつも一生懸命よく勉強してたもんね。やっぱりやったらやっただけの結果が出るものね。どれどれ。うん、うん。へぇー、これってひっかけ問題よ。お母さんでも間違ってしまいそう。よく気をつけてきちんと答えられたわね。えっ、この問題、お母さんには意味わからない。ねえ、お母さんに教えて。どうしてこういう答えになるの? すごいね、一郎。将来はアインシュタインかな? それともエジソン? でも、一郎がやりたい仕事をすればいいのよ。あなたは将来、なにになりたいの?」


「えーっ、99点だったの? おしかったわねぇ。どこで間違えたの? ふんふん、なるほど。それでこれはなんでこういう答えになるの、お母さんに教えて。そうそう、そうだよね。ということは、一郎はこの手の問題はもう大丈夫ってことだね。よーし、今度は満点目指そうか?」


「うーん、50点。今回のテストは難しかったの? どこを間違えたの? なるほどそういうことね。間違えたところ、もうわかったの? ん? ここがまだよくわからない? じゃあ、おかあさんと一緒に考えてみようか?」


「0点? なかなか0点なんて取れないものよ。どれどれ、どういう間違い方をしたのかな。反対言葉を書くのね。で、あなたの答えは...『大きい』の反対は『大きくない』、『高い』の反対は『高くない』。なーるほど。お母さん、あなたの間違いがわかったわよ。確かにあなたの言ってることは間違いじゃない。『大きい』の反対は『大きくない』だもんね。全部合ってるよ。
でも、『〜ない』じゃなくて、別の言い方があるんじゃないかな? きっとあなたも知ってると思うよ。『大きい』の反対、別の言い方なにか思いつかない? たとえば『高い』の反対だけど、『富士山は高い、でもうちの裏にあるこま山は◯◯。さあ、なんて言う? そう、低い。じゃあ、大きいの反対は? そう、小さい。ほーら、できた。かんたんでしょ』


わかりやすい例をいくつか挙げましたが、これは夫婦間やきょうだい間、友人間でも同じです。
人が聞いて嬉しくて、そしてやる気になるのは、
「失敗したときの励ましのひと言」
です。


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感謝の心で生活する

2018.11.30日

ひとりの盲目の少年が足元に帽子を置いて建物の階段に腰かけていました。
横に立てかけてあるサインボードには、「私は盲目です。助けてください」と書いてありました。
帽子の中にはほんの数枚のコインしか入っていませんでした。少年の前を急いで通り過ぎる人が入れていった余った小銭です。


そこへひとりの人が通りかかりました。彼はポケットから数枚のコインを取り出して帽子の中に入れました。それからサインボードを取り上げると、それを裏返して何か書きました。
通りがかりの人の目に新しく変わった文字が見えるよう、彼はサインボードを少年の手に持たせました。
しばらくすると帽子の中にはコインがいっぱいにあふれてきました。今までよりずっと多くの人が盲目の少年にお金をあげていたのです。
その日の午後、サインボードの文字を書き換えた人が様子を見に戻ってきました。
少年は彼の足音を聞いて尋ねました。
「おじさんは今朝ぼくのサインボードを書き換えた方ですか?」
彼は答えました。
「私はただ本当のことを書いただけだよ。きみが言っていたことを違う言い方で言ったんだ。
『きょうは素晴らしいお天気です。でもぼくには見ることができません』ってね」


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サインボードに書いてあったことは両方とも本当のことです。でも、最初のボードにはただ少年が盲目だと書いてあっただけですが、男の人が裏に書いた言葉は、見えるということはなんて素晴らしいことなんだ、と通りかかる人に訴えかけていたのです。
あなたの人生がさまざまな問題であふれて押しつぶされそうに思えるとき、感謝の心を持ち続けることは難しくないでしょうか? 私たちの目に見えるのは抱えている問題ばかりで、それはまるで真っ黒な嵐の雲が私たちの人生の上に暗い影を落としているかのように見えます。
そして、なにもかもがスムーズに行っているように見えるときはどうでしょう? 私たちはこの貴重な一瞬一瞬を当たり前のことのように思っていないでしょうか? 最高の幸せ感や満足感の中に浸っていると、私たちは感謝することを忘れてしまうのです。


れでは、感謝の心って何なのでしょう?
簡単に言えば、感謝とは習慣です。世界とその中にあるすべての良いものを感謝の心を持って見ることです。自分の置かれている状況が自分の望んでいることであろうがなかろうが。
感謝とは、自分自身と、そして自分に与えらえているものすべてと平安な気持ちを持つことです。この感謝の気持ちを表すことを実践すると、感謝できることをますます引き寄せることになります。
さあ、早速試してごらんなさい。あなたの人生の中で感謝している人やものは何ですか?


ニック・オートナー
(訳 舟田譲二)


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長所と短所は同じコインの両面

2018.11.29日
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"In most cases, strengths and weaknesses are two sides of the same coin. A strength is in one situation is a weakness in another, yet often the person can't switch gears. It's a very subtle thing to talk about strengths and weaknesses because almost always they're the same thing."
--Steve Jobs
「ほとんどのケース、長所と短所は同じコインの両面だ。ひとつの状況での長所は別の状況では短所になる。しかし、その長所短所を切り替えることはなかなかできないものだ。長所、短所というのはとても微妙なもの。なぜなら長所・短所はほとんどいつでも同じものだから」
--スティーブ・ジョブズ
(訳 舟田譲二)


1週間前の「我が家流のいい夫婦の日」の中に、妻のいい点を100個書いて手渡したと記しました。
でも、今それを読み返してみると、なんと「いい点」は裏返すと「改めてほしい点」でもあることに気づきました。「改めてほしい点」というのは、言い方を変えると「短所」です。
たとえば、「話題作りがうまい」は言い換えると「おしゃべり」となりますし、「寛大」は「甘い」ともなるわけです。
私なんかも人からよく「優しい」と言われますが、自分ではこれは短所の「甘い」の裏側の面だと思っています。


先日来、続けて書いている「発達障害」なども、一般には「人との関わりが下手」とか「ひとつのことに集中してほかが見えない」、「ひとつの分野には特化しているがほかの分野では能力が劣っている」というふうに捉えられています。このように「悪い面」ばかりが強調されています。
しかし、これを別の見方をしたら、「人に頼らず自分ひとりだけでも楽しく時間を過ごすことができる」、「ほかのことに気が散らず集中できる」、「人の持っていない特化した能力がずば抜けている」等々。これらは「障害」どころか、素晴らしい能力です。


このように、私たちは意識しないと人の悪い点ばかりが目に入りがちで、良い面を見ることができないという傾向があります。
他人の良い面はいろいろ見えるけど、家族やきょうだい、自分のことになると悪い点がよく見える、というのも同じです。


「発達障害」という言葉に表われているように、「普通」の人と同じでないと「障害」という名で呼ぶのです。
先日の「発達障害? 天才? 異才?」の中に登場した福島尚(ひさし)さんは自閉症と言われて、学校でもそして両親からも悪い面ばかり見られていました。
ほとんど話すことができず、集団行動も苦手で、知識や技術を習得するにも長い時間がかかります。
しかし、鉄道が大好きだった福島さんは小学3年生の頃、親に鉄道模型を買ってもらえなかったので自分で厚紙とセロテープを使って作りました。それがこれです。


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20歳頃、知的には6歳半と言われたそうですが、鉄道画を描くことにおいてはまさに天才レベルです。


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私の友人、小川政弘さんは次のようにおっしゃっています。
「『発達障害』という言葉は好きではありません。私のFB友人の一人も映画『レインマン』の兄のような並外れた記憶力で、さながら歴史書のような頭脳の持ち主。私は尊敬を込めて、彼の才能に『特化発達』という名前を進呈しました」


上でスティーブ・ジョブズが言っているように、長所と短所は表裏一体、同じコインの両面です。
私たちも人の欠点が目につくときには、観点を変えてその裏側の優れた面を見るようにしましょう。
そうするならば、その人が幸せになれるだけでなく、自分自身も幸せになれ、人間関係もうまくいくようになります。


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僕らは奇跡でできている

2018.11.28日
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一昨夜のドラマ『僕らは奇跡でできている』は私のお気に入り番組、と「あとになって◯◯しておけば良かった、とならないように」の中で先週書いたところ、この番組ファンの方が大勢いらっしゃいました。
「私もこのドラマ大好きです。相川先生のピュアな心を忘れないようにしたいものです。☺️
私の教会⛪では月の最後の祈祷会は感謝祈祷会です。紙に今月感謝だった事をできる限り書き出しましょう。という項目があります。
あまり良い事が無かったたように思える月でも書き出しますと、あれもこれもたくさんの感謝が出てきます。
人間、相手を思いやる気持ちといろいろな事に感謝の気持ちを持つだけで、恵まれますね。私も皆んなの良い所を100個数えますね。
さて、ちなみにこのドラマの音楽担当はクリスチャンですよ。私の教会の兄弟が担当しています。😀感謝です。💗」
とKKNさん。
私の親しい友人であり、師と仰ぐ映画字幕翻訳家・映画評論家の小川政弘さんは次のように書いてこられました。
「私もこのドラマが一押しで、今週は泣けました。人間の生き方として一番大切なことを伝えていますね。人のありのままを受け入れること。人の欠点ではなく、長所を数え、褒め、感謝すること。人と競争するのではなく、与えられたたまものを自分なりに精いっぱいに生かすこと。そんな一輝の存在が、虹一を救い、その母を救い、育美をも変えていく。…これって、イエス様の教えそのものですね。彼をそのように育んだ祖父(田中泯)と先輩教授(小林薫)の存在も大きいですね」


一昨夜の放送では、主人公の相河一輝(高橋一生)が自分の出生の秘密を知ります。
それは、一輝が幼い頃発達障害であることを苦にして、なんとか普通の子どもにしようと一生懸命になっていた母親が一輝を捨てて家出したということです。
この母親がなんと住み込みの家政婦・山田妙子(戸田恵子)だったことを山田はその事情を初めて涙ながらに相河に何もかも話します。


それを聞いていた相河はびっくりした顔をしていましたが、翌日、笑顔になって山田に言います。
「山田さんがいなかったら僕は存在していない。僕が存在している確率を計算しようとしたけれどまったくできなかった。約2億ある精子のから選ばれたのが僕。それだけでも2億分の1なのに、そもそも山田さんが女として生まれなかったら、僕は生まれない。それから山田さんがお父さんと出会わなかったら僕は生まれない。僕が生まれるまでに山田さんが死なずに生きていなかったら僕は生まれない。女に生まれる確率、お父さんと出会う確率、山田さんが生きている確率を考えたら本当に奇跡的だ。さらに山田さんが山田さんのお母さんから生まれる確率を考えたら僕が存在する確率はもっと奇跡的で、...とにかく先祖代々、奇跡的なことが起こり続けてきたから僕が存在しているわけだ。それってすごい!生まれただけでもすごいのに、この世界にはすごいことがたくさんある。僕が知らないこともまだまだたくさんある。...山田さんから生まれてきて良かった。山田さん、ありがとうございます」


そう、私たちがこの世に生まれてきたことも、こんにち生かされていることも、家族や親族、友人などすべて奇跡です。


ドラマの中で相河が、「自分が存在している確率を計算しようとしたけれどまったくできなかった」と言っていますが、単純に考えて男性が生涯かけて作る精子の数はおよそ3兆5000億個。
父親になる平均年齢が約32歳ですから、18歳から50歳として、生涯作れる精子の期間の半分が子供を作れる期間。すると1億7500万個が子供を作れる期間の精子の数になります。
一方、女性がが生涯かけて作る卵子の数は400個前後と言われています。
母親になる平均年齢は約31歳です。16歳から40歳と考えても24年間しかありません。女性も約半分と考えて200個の卵子が子供を作れる期間の数ということになります。
そこで、私たちがが生まれてきた奇跡の確率を計算すると、
1/1億7500万×1/200=1/1400兆
つまり、1400兆分の1となります。
しかし、主人公・相川も言っていますように、その前に父親・母親が生まれてくる確率、そしてふたりが出会い結婚する確率、さらに祖父母...とどんどん遡っていき、さらにこの宇宙が生まれた確率、地球が誕生し、地球上に人が生まれた確率と、始めの始めまで遡っていくと、その確率たるや想像もつかないような超々々々々々々天文学的な数字になります。


年末ジャンボ宝くじで1等賞が当たる確率が1,000万分の1と聞いたら、これは当たっても不思議じゃないような気がしてきますが、この確率は人が生涯において雷に打たれて死ぬ確率だそうですから、宝くじもまず当たりません。


このように考えると、このドラマのタイトルのように本当に「僕らは奇跡でできている」ということです。
今、生かされていること、人との出会いが与えられていること、すべてにもっともっと感謝しなければなりません。いや、いくら感謝してもし過ぎることはありません。


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発達障害? 天才? 異才?

2018.11.24日

ASD(自閉症スペクトラム障害)、ADHD(注意欠陥多動性障害)、LD(学習障害)といった発達障害。
社会では、これらの人たちがいわゆる「普通の人」と行動が違うため異様に見えて「障害者」と呼びます。
でも、果たして「普通」とはいったい何なのでしょう?
全体の中の大多数が人たちが集まるグループが「普通」なのでしょうか?
それでは、「普通」でなければ「異常」なのでしょうか? 
いいえ、決してそんなことはありません。


「普通」でないのを「異常」と見るので、偏見や差別が起こります。
「普通」でないのは決して「異常」ではなく、「非普通」(普通じゃない)というだけのことです。
「普通の人」も「非普通の人」もみんな同じ人間で、全体で「人間」というグループを構成しています。


一昨日のテレビ番組『所さん!大変ですよ』では、何人かの大人の「発達障害」の人たちが紹介されていました。
その中のひとり、福島 尚(ひさし)さんは自閉症です。
3歳の頃から電車が大好きで、すでに立体の車両の絵を描いていました。
そして、そのまま大人になってしまいました。
今も、駅で電車の絵を描き続けています。
電車が走り去った後もスケッチを続けます。
そしてでき上がった絵がこれです。


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これ、写真じゃないんですよ。しかも、ほとんど写真に頼らず記憶をもとに、定規などは一切使わずに描いています。


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写真よりもリアルでまるで息づいているようです。
この能力が世に認められて個展を開き、さらに画集を出版するに至りました。


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この絵が番組の中で紹介されました。
尚さんの鉄道画集の表紙を飾っている代表作『首都圏大宮駅』で、2004年に初めて100号キャンバスで挑んだ作品です。


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尚さんのお父さんは、鉄道の絵ばかりを描いている息子に腹が立ち、「いつまで子供みたいに絵ばかり描いているんだ!」
怒りと、情けなさが混ざり合い、何冊もあったスケッチブックをすべて燃やして、絵を描くことを、やめさせてしまったことがありました。


現在、尚さんは、福祉作業所で、パン作りの仕事をしています。
お父さんは、自宅のリビングのアトリエで夜と休日だけ絵を描いている尚さんを見ながら語りました。
「私も妻も、年老いて来て、これからのことが気にかかります。親として、息子の心配は尽きませんが、ただ、今だから言えるのは、好きな絵を、やめさせなくて、よかった」
(詳しくは『線路は続くよ』自閉症を超えた天才鉄道画家「あけの語りびと」(朗読公開)


「発達障害」の人みんなが尚さんのような能力を持っているわけではありませんが、人それぞれある種の「特殊能力」を持っています。
「普通」と違うからと言って、普通にしようとするのは間違っています。


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我が家流のいい夫婦の日

2018.11.23日
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昨日は「いい夫婦の日」でした。
「11月22日」の数字を「いい夫婦」と読み替える日本語独特の語呂合わせで、1年毎日何かしらの記念日になっています。
昔、学生時代にみんなやっていた「鳴くよ (794) うぐいす平安京」という歴史の年号記憶法と同じ類いのものです。


昨日は全国の花屋さんが繁盛したそうです。夫が妻に花を買って帰り「いい夫婦」ぶりをアピールしたというわけです。
でも、本当は1年に1日だけの「いい夫婦」でなく、毎日いい夫婦であってほしいですよね。
我が家では、妻は「花より団子」なので、うっかり花なんか買ってプレゼントしようものなら無駄遣いしたと言って叱られます。かと言って、「団子」をプレゼントしても無駄と言われます。好きなときに好きなものを自分で買うから、ということです。
妻が望むのは日々の生活の中で、ごく自然に「いい夫婦」を実践することです。


で、昨日私が何をしたかと言うと、毎週木曜日はプールにスイミングに行く妻に代わって洗濯物を干し、野菜などの買い物に出かけ、昼食後は食器を洗いました。じつはこれは毎日のことで、しっかり主夫業をして「いい夫婦」を実践しています。
夕方にはいつもの日課であるウォーキングに出かけました。
えっ、ウォーキングと「いい夫婦の日」と何の関係があるの?ですって。
大いにあります。何だと思います?


昨日はいつものコースを延長して大磯漁港まで往復約2時間、15000歩あまり、8.2km歩いてきました。
ここ1週間の平均歩数は11200歩、毎日、それこそ雨の日も傘をさして10000歩以上コツコツ歩いています。
それも妻のため。なぜ?


健康長寿を目指すためです。
結婚して以来、私が病気か、それとも体のどこかが痛いと言わなかった日は1日もないと、妻がよく言うのですが、これはちょっと大げさな言い方で、少なくとも1日はありました(笑)。
つい最近まで、妻は「80歳まで生きられる?」と私に尋ねていたのですが、正直なところあまり自信はありませんでした。
ところが、今では少なくともあと13年半は頑張って金婚式を迎え、できればふたり揃って現役で100歳を目指そうと私が言うほどにまでなったのです。


ということで、昨日は妻が望んでいる日々の生活の中での「いい夫婦の日」を実践しました。
いえ、これだけではありません。
昨日の記事、「あとになって◯◯しておけば良かった、とならないように」の中にも書きましたが、妻の100のいいところを感謝の気持ちを込めて書き出して手渡しました。妻は時々吹き出しつつも照れながら読んでいました。
これが我が家流の「いい夫婦の日」です。
皆さんのところはどのように「いい夫婦の日」を過ごされましたか?


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あとになって◯◯しておけば良かった、とならないように

2018.11.22日
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"Learn to appreciate what you have before time forces you to appreciate what you had."
「あとになって感謝しておけば良かった、とならないように今のうちに感謝しておこう」
(訳 舟田譲二)


毎週火曜日、21時から放映されているドラマ『僕らは奇跡でできている』(カンテレ・フジテレビ系列)は、私の今一番のお気に入り番組です。
毎回、大声を出して笑い、またときには感動に胸が震えます。一昨日は泣けました。
大学で動物行動学を教える講師の主人公・相河一輝(高橋一生)は、かなりの変わり者。
歯医者で知り合った、同じ匂いのする少年・虹一は家にいるのが苦痛で仮病で学校を休み、そっと部屋を抜け出して大学にいる相河を訪ねます。
家に帰りたくないという虹一を相川は自分の家に連れ帰ります。


母親は虹一はきっと相川のところにいるのだろうと思って、お互い共通の知人である歯医者・育実(榮倉奈々)と一緒に相川の家を訪れ、自分の子ども虹一を連れて帰ると言います。
虹一が学校の勉強を嫌がり、成績が悪いのに悪影響を与えてると母親は思い、無理やり連れ帰ろうとしますが、虹一は帰らないと言って相川の部屋に逃げて閉じこもり、その夜は相川の部屋に泊まることに。


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翌日、相川と虹一は森に出かけふたりは楽しい時を過ごして家に戻ると、母親が迎えにきた。
虹一が学校で悪目立ちし、恥ずかしいと人目を意識する母親対して、
「自分は虹一くんのいいところを100個言うことができる」
と相川が言います。
そして、相川は自分の子どもが頃、やはり変わり者で友達から仲間外れにされていたことなどを涙ながらに母親に話します。
このふたりのやり取りをずっと横で見ている育実は、虹一の母親にこの世の常識や人目を意識しすぎる自分を重ね合わせて、相川の真っ正直な姿、生き方に胸を打たれ次第に心惹かれていきます。
とても感動的で胸が熱くなりました。


相川が母親に言った「自分は虹一くんのいいところを100個言うことができる」と同じことを、育実にも言い、育実のいいところを100個告げます。
私はシーンにもとても心打たれました。


私たちは家族や友人など身近な者のことを当たり前のように思っていて、その人の良いところをなかなか改めて数え上げたり、相手に伝えたりしません。でも、これってとても大切なことです。


昨日の明け方目が覚めてトイレに行ったあとしばらく眠れなかったとき、この「100個いいところ」を挙げることを思い出し、隣りで眠っている妻のことを考え、そっと指折り数えながらいいところを100個心の中で挙げました。さほど時間はかからず100個見つけることができました。
そして、朝起きてからそのことを告げたら恥ずかしそうにしていました。


夕方うす暗くなってからいつものウォーキングに出かけました。
やがて真っ暗な中、小路を歩きながら家族・親族・友人・知人のことや現在の健康状態などを覚えて感謝の祈りを捧げました。
大磯の海岸まで行って家に戻ってきたら12000歩余り、6.9km歩いていました。
次から次へ感謝することが出てきて、あっという間の1時間半でした。


「あとになって感謝しておけば良かった、とならないように今のうちに感謝しておきましょう」


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自尊心と思いやり

2018.11.20日
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"Self-respect knows no considerations."
--Mohandas Gandhi - 1869-1948 - Politician - Writer
「自尊心は、思いやりというものを知らない」
--モハンダス・ガンディ、政治家・作家
(訳 舟田譲二)


「自尊心」とは、わかりやすい言葉で言えば「プライド」のことです。
正しい意味でのプライドは必要ですし、また大切です。
プライドがない人とは、セルフイメージがとても低くて自分に自信がなく、卑屈になっていたりして、自分の内に価値がないと思い込んでいます。
これは明らかに正しいセルフイメージではありません。
なぜなら、人にはだれでも価値があるからで、自分の価値を知らないと社会で生きていくのは大変になります。


まったくプライドがないと思われるような人もときにいますが、たいがいの人はプライドを持っています。
しかし、この「プライド」はまた同時にくせ者です。
変にプライドが高いと、人を見下したり、人との接し方、言葉遣いが横着になったりして、ひいてはこれがパワハラにつながることもあります。


ここまでひどくなくても、私たちが普通に持っているプライドは、夫婦間・親子間・きょうだい間・友人間などで、ときに良好な人間関係を壊します。
すなわち、自分の非を認めるのが嫌なため相手を思いやることができず、相手の責任にしたり、相手を責めたりして、ごく些細なことで大喧嘩になったりすることがあります。
このように、「自尊心は、思いやりというものを知らない」のです。


このように、過ぎたるプライド(自尊心)は、大切な人間関係を損なうことがあります。
この点、正しいセルフイメージを持っていると、歪(ゆが)んだ自尊心のために自分の人生も他人の人生も壊すことなく、お互いに謙虚に自らの非を認めて謝り、和解することができます。
もともと相手のことを愛しているのに、このプライドのせいで大喧嘩に発展して、意志に反して離婚することになる夫婦もたくさんいます。


「自尊心は、思いやりというものを知らない」という名言を残したガンディに倣って柔和な人になりたいものです。


下手な自尊心より、思いやりのほうがよほど大切で、尊い。


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愛と命

2018.11.18日
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"Where there is love, there is life."
ーーMohandas Gandhi - 1869-1948 - Politician - Writer
「愛のあるところに命あり」
ーーモハンダス・ガンディ、政治家・作家
(訳 舟田譲二)


一般によく知られている有名なことわざは、
"Where there is a will, there is a way."
「意思のあるところには道通ず」
です。
これをガンディは少し文字って、上のように言い換えました。
そして、これはまことに真理を突いています。


「愛のあるところに命あり」
これを逆に言えば、「愛のないところに命なし」。
これも「なるほど」です。


最近、国内外でよく起きる親による幼児の虐待死は、まさに「愛のないところに命なし」です。
本当に悲しい、残念なケースです。ニュースを見るたびに心が痛みます。
愛がないのなら、そもそも最初から命を生み出すな、と言いたいぐらいです。


しかし、積極的な「愛のあるところに命あり」は、さらに心の琴線(きんせん)に触れます。
2012年には貧困にあえぐ6歳の少年を野良犬が自分の乳を与えていたというニュースがインドから伝えらえました。


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これを知った地元当局が、少年一家に食糧援助を与えることになりました。
ところがなんと、野良犬の方が毎日、この少年を探し出し乳を与えようとするようになり、少年が家の近所にいないときは、わざわざ村の外まで少年を探しに行くというから驚きます。


また2015年には、南米チリで親のネグレクトで餓死寸前だった2歳児を、見るに見かねた隣家のメス犬が乳を与えて飢えから救ったという話も伝わりました。
「犬ですら」と言ったら犬に失礼ですが、犬にはこのような愛の権化(ごんげ)とも言える母性本能があるのです。
これらのケースはまさに「愛のあるところに命あり」です。


人ではどうかと言うと、先日ブログでシェアしました「日本のシンドラー・杉原千畝」や英国のシンドラー、ニコラス・ウィントン、そして「オランダのもうひとりのシンドラー」、コーリー・テン・ブームなども、愛によって多くのユダヤ人の命を救った人たちです。


世界中のベストセラーである聖書の中心テーマをひと言で表した言葉はヨハネの福音書3:16です。
「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」
ここにも「愛」と「命」があります。


「愛のあるところに命あり」


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学んだら教え、受けたら与える

2018.11.09日
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"When you learn, teach. When you get, give."
―Maya Angelou - 1928-2014 - Poet - Singer
「学んだら教えなさい。受けたら与えなさい」
―マヤ・アンジェロウ、詩人・歌手
(訳 舟田譲二)


マヤ・アンジェロウとは波長が合い、これまで「使えば使うほど創造力は身につく」始め、過去に6回このブログで取り上げています。
詩人、歌手、女優であるとともに、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアと一緒に公民権運動に参加した活動家。
8歳のときに母親の恋人にレイプされるという痛ましい経験をし、それ以来人間不信になります。
しかし、愛と希望の力に目覚めて、16歳でサンフランシスコで初の黒人女性車掌になり、それがきっかけで積極的な人生を歩み始めます。
『歌え、翔べない鳥たちよ』 (I Know Why the Caged Bird Sings)は、1930年代〜40年代にかけての偏見と差別の中で過ごした貧しい子ども時代の自身の体験をつづった自伝。
彼女は作家として一躍有名になります。
1993年、ビル・クリントンのアメリカ合衆国大統領就任式にて自作の詩を朗読し、2011年には大統領自由勲章を受章。全米の人々が尊敬する黒人女性作家でした。
幼いときからこのような耐えがたい苦しみ、悲しみ、辛さ、貧しさを経験していましたが、その後マヤ・アンジェロウは自力でそこから這い上がり、努力して自らの人生を切り開いていきました。やがて仕事に就き、この経験から自信を築いていって、詩人、歌手、女優、作家、公民権活動家になり、多くの理解者、協賛者を得るに至りました。

(以上、6月1日のブログ記事「あなたはどのような生き方がしたいですか?」より抜粋)


今日の言葉、
「学んだら教えなさい。受けたら与えなさい」
も、まさに私自身の人生哲学とピッタシカンカンです。
「学んだら教える」は、私がいつも実践していることです。
ラーニングピラミッドというのがありますが、これを見ても学習定着率が一番高いのは「人に教える・説明する」です。


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私はすでに中学生の頃から、いやもっと早く小学生の頃からこれを実践していました。
昔の友人に会うと、いつもみんながそのことを言います。


また、「受けたら与えなさい」も聖書の言葉、
「与えよ。そうすれば、自分にも与えられるであろう」
(ルカ6:38)
「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう」
(マタイ25:29)
を数えきれないほど実生活の中で体験してきており、このブログの中でも繰り返し述べてきていることです。


良いものは人と分かち合い、人にも同じ喜び、同じ恵みを楽しんでもらう、人はそのように造られているのです。
あなたも試してみませんか? 知恵や喜び、恵み、豊かさが何倍にもなりますよ。


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オランダのもうひとりのシンドラー

2018.11.08日
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"Worrying does not empty tomorrow of its troubles, it empties today of its strength."
--Corrie Ten Boom - 1892-1983 - Watchmaker
「心配しても明日の問題を消しはしない。むしろ今日の力を消してしまう」
--コーリー・テン・ブーム、時計職人
(訳 舟田譲二)


去る10月には「日本のシンドラー・杉原千畝」を、つい先日は Facebook で英国のシンドラー、ニコラス・ウィントンをご紹介しました。



そして今日はオランダのシンドラーです。


コーリー・テン・ブームは、第二次世界大戦中に多くのユダヤ人をナチスから助けたオランダ人クリスチャン、ホロコースト生残者。自伝『わたしの隠れ場』の著者として知られる。
1944年2月28日、同国人の通報者によってテン・ブームの一家は逮捕され、スヘフェニンゲンの刑務所に送られる。彼女はそこからヴフト強制収容所に移送され、最終的にドイツ北部のラーフェンスブリュック強制収容所で終戦を迎えた。
1967年12月、イスラエルから「諸国民の中の正義の人」を授与。
1971年11月、自伝『わたしの隠れ場』 The Hiding Place をジョン&エリザベス・シェリルとの共著で出版。この自伝は1975年、ジュリー・ハリス(ベッツィー・テン・ブルーム役)主演で映画化された。邦題は『隠れ家』。

(Wikipediaより)


映画『シンドラーのリスト』で有名になった本元オスカー・シンドラー(1908 - 1974)は、メーレン(当時オーストリア領、現チェコ領)生まれのズデーテン・ドイツ人の闇商売で資産を拡大していった実業家。
シンドラーは、快楽主義者で遊び人で、まさにプレイボーイのライフスタイルを楽しみ、上品な社会の中で立ち回り、良い身なりをし、女性たちからももてはやされ、金を湯水のように使っていました。
彼の経済的な関心は、できるだけ多くのユダヤ人を救済したいという願望の前に次第に後退していき最後には、全財産をこの目的のために投げ出すだけでなく、自分の命まで賭けようとしたのです。このようにしてドイツにより強制収容所に収容されていたユダヤ人のうち、自身の工場で雇用していた1,200人を虐殺から救いました。


第二次大戦中、ナチスドイツによってユダヤ人殺戮が各地で行われていたとき、上の杉原千畝やニコラス・ウィントン、コーリー・テン・ブームのような、命がけでユダヤ人を救った多くの「シンドラー」がいました。


コーリー・テン・ブームの今日の言葉、
「心配しても明日の問題を消しはしない。むしろ今日の力を消してしまう」
は、今日の平和な時代、平和な国に住む私たちにもとても大切なメッセージを伝えています。


私たちはとかく目の前のさまざまな問題に心を奪われて、不安になり、心配し、ときにその結果病気になったり、最悪、命を縮めることにもなります。
でも、よくよく考えると、いくら心配したところで明日の問題が消えることはありません。
むしろ、不安を抱えていると夜も十分に眠れなくなり、昼間はそのために考えることも、大切なことに集中することもできなくなります。つまり、「今日の力すら消してしまう」ことになるのです。


今から約2000年前、イエス・キリストも山上の垂訓で次のように述べられました。
「だから、わたしはあなたがたに言います。自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません。いのちは食べ物よりたいせつなもの、からだは着物よりたいせつなものではありませんか。
空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。
...
そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。
だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります」

(マタイ6:25−34)


心配しても明日の問題を消しはしません。むしろ、最善を成してくださる神様に委ねて、今日という日を精いっぱい生きる、そうするなら今日生きていく力が与えられます。


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人を外見で判断してはいけない

2018.11.05日
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"Do not judge by appearances. A rich heart may be under a poor coat."
--Scottish Proverb
「外見で判断してはいけない。豊かな心が貧しい服の下にあるかもしれない」
ーースコットランドのことわざ
(訳 舟田譲二)


上の写真の年配の女性は、シワが深く刻まれた顔や質素な身なりを見る限り、とても豊かには見えません。
ところが、両手にいっぱいのリンゴを持ってニコニコしながら人にあげようとして差し出しています。このところから、この女性が心豊かな人だと想像がつきます。


「外見で判断してはいけない。豊かな心が貧しい服の下にあるかもしれない」
はスコットランドのことわざだそうです。
スコットランドというのは、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(イギリス)を構成するカントリーの一つ。1707年の合同法によってグレートブリテン王国が成立するまでは独立した王国(スコットランド王国)でした。
グレートブリテン島の北部3分の1を占め、今日の人口は500〜600万人です。


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この地図からわかるように、日本でイギリスと呼んでいる国は、正式にはグレートブリテン及び北アイルランド連合王国といい、もともとそれぞれ独立していた国であるスコットランド、イングランド、ウェールズ、北アイルランドの4つの国(カントリー)から成っています。
「イギリス」という呼称は、ポルトガル語でイングランドを指すInglez(イングレス)が語源になっています。
江戸時代には、「英吉利」と書いて「エゲレス」と呼んでいました。


イギリスではスコットランド人はケチということで有名です。
セロテープのことを英語では「スコッチテープ」と言いますが、これはスコットランド人が破れた紙をテープで張り合わせて使うケチぶりを揶揄して名づけたものです。


次のようなジョークもたくさんあります。


朝、妻は目覚めると夫に言いました。
「あなたがバレンタインデーに私に真珠のネックレスをプレゼントしてくれた夢を見たの。これってどういう意味だと思う?」
「今晩、その意味がわかるさ」と夫。
その夜、夫は手に包みを持って帰宅し、妻に手渡しました。
喜んだ妻はその包みを開けると、一冊の本が出てきました。
タイトルにはこう書いてありました。
『夢の意味』


「外見で判断してはいけない。豊かな心が貧しい服の下に隠れているかもしれない」
という今日のスコットランドのことわざは本当に真理を突いています。
スコットランド人がケチというのも先入観と偏見です。
これを読んで、私はその裏が頭に浮かびました。
「外見で判断してはいけない。貧しい心が豊かな服の下に隠れているかもしれない」
逆もまた真理なりです。


高級外車を乗り回し、高級スーツに身を固め、ブランド品を身に着けているイケメンでも、一皮剥ぐと内側は高慢と貪欲で、人に対する愛がひとかけらもない。私はこのような人を何人も知っています。
このような人よりも、上のシワが深く刻まれ、質素な身なりをした年配の女性のほうが、はるかに愛に満ちていて立派です。私はこのような人もたくさん知っています。
人を外見で判断してはいけません。


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あと二十数年 頑張るぞ!

2018.11.04日

つい数日前、次男正人のお嫁さんの萌さんから、ハロウィーンでネコに変身した杏菜ちゃん(2か月半)の写真が送られてきました。


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そして、昨日は正人と萌さんが杏菜ちゃんを連れて我が家を訪問してくれました。


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生まれた翌日に会って以来だったのであまりにも大きくなっていて驚きました(「孫は目に入れても痛くない!」)。
もう可愛くて、可愛くて。
抱っこして頬ずりしました。シルクのようなすべすべ肌。懐かしい赤ちゃんの匂いがしました。


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しっかりと私の顔を見て、一生懸命お話ししようとします。



別れ際、萌さんに言いました。
「杏菜ちゃんを見ているとしっかり長生きして、成長した姿を見なければと思うようになりました」
すると萌さんが答えて言いました。
「杏菜の結婚する姿を見られるまで長生きしてくださいね」
そうか、あと二十数年。よし、頑張るぞ!


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あなたはどちらの人生を歩みたい?

2018.11.03日
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"When you were born, you cried and the world rejoiced.
Live your life in such a way that when you die the world cries and you rejoice."

--Cherokee
「あなたが生まれてきたとき、あなたは泣き、世界は喜んだ。
あなたが死ぬときには、世界は泣き、あなたは喜ぶ、そのような人生を歩みなさい」

ーーチェロキー族


これはアメリカ先住民族(アメリカインディアン)のチェロキー族の格言です。
私たち日本人はアメリカ先住民族についてはほとんど知識がありません。アメリカ先住民族は、自分達がずっと住んできた土地をイギリスから移住してきた入植者たちが奪おうとする中、ずっと戦い続けてきました。
アメリカ先住民族はある意味、日本のアイヌ民族と似ています。


しかし、1794年に合衆国との間に休戦条約を結んだ後は、文明化の道を歩み始めました。
彼らは白人の生活様式を好んで採り入れたため、周辺白人との混血も進みました。
チェロキー族の血を引いた有名人には私たちのよく知っている俳優や歌手などもたくさんいます。
一例を挙げると、エルヴィス・プレスリー、キム・ベイシンガー、キャメロン・ディアス、ケヴィン・コスナー、ジョニー・デップ、チャック・ノリス、バート・レイノルズのほか、日本では元阪神タイガースのランディ・バースや、ファッションモデル・タレントで報道番組やテレビCMなどにもよく登場している市川紗椰さんなど。


さて、今日のチェロキー族の格言、
「あなたが生まれてきたとき、あなたは泣き、世界は喜んだ。
あなたが死ぬときには、世界は泣き、あなたは喜ぶ、そのような人生を歩みなさい」

は、私たちにもピンときます。


私たちがこの世に誕生してくるときと、この世を去るときをうまく対比させて語っています。
前半部はあらゆる人に当てはまりますが、後半部の「あなたが死ぬときには、世界は泣き、あなたは喜ぶ、そのような人生を歩みなさい」は、じつに素晴らしい教えです。
もし、これが逆で「あなたが死ぬとき、世界は喜び、あなたは悲しむ」だったら本当に悲しいことですよね。


あなたはどちらの人生を歩みたい?


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冬の真っただ中で夏を見出した

2018.11.02日
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"In the midst of winter, I found there was within me an invincible summer."
--Albert Camus - 1913-1960 - Author, Journalist
「冬の真っただ中で、私は自分の内に揺るぎない夏を見出した」
--アルベール・カミュ、作家・ジャーナリスト
(訳 舟田譲二)


こんなことがあり得るのでしょうか?
「冬の真っただ中で、私は自分の内に揺るぎない夏を見出した」なんてことが。
常識的には考えられません。
でも、あり得ないことが起こる。それが人生。だから面白いのです。


アルベール・カミュは、通常の予測を外れているという意味の「不条理」(英語では absurd, フランス語では absurde「馬鹿げた」) の世界をその作品の中で描きました。
病気、死、災禍、殺人、テロ、戦争、全体主義など、人間を襲う不条理な暴力との闘いが彼の文学のテーマでした。超越的価値、神などに依存することなく、左翼革命思想や実存主義、マルクス主義なども拒絶し、あくまでも人間の地平にとどまって生の意味を探し求めました。
その答えは結局見つからず、そのまま不条理なままで終わる作風で、読む者は読後なにか釈然としないものを感じます。読者に不条理について自分で考えさせるのが目的なのでしょう。
しかし、46歳のとき交通事故に遭って他界するという、彼自身の人生も実に不条理そのものでした。


43歳の若さでノーベル文学賞を受賞したのは、代表作のひとつ『異邦人』によるところが大きかったと言われています。『異邦人』は映画化され有名になりました。私も若い頃観ましたが、とても重いテーマで、観終ってからも心が重く、暗い気持ちになったのを覚えています。


ところで、日本で有名なタレント、セイン・カミュはアルベール・カミュの従孫(兄の孫)にあたるそうです。
今、大河ドラマでやっている『西郷どん』にイギリス公使パークス役で登場しました。
下のシーンはまだ記憶に新しいのではないでしょうか。


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実際のところ、私たちの人生、生も死も、さまざまな病や災いなど、神の存在を信じず、目的のないものと考えると、アルベール・カミュの言うとおり、不条理そのものです。
蟻(あり)が道を歩いているところを人に踏まれて死ぬのとなんら変わりありません。
それで納得できるのであれば、もちろんそれでいいのですが、私たち人間はすべての物事の背後に意味や目的を見出そうとします。


意味、目的のない人生ならば、『異邦人』の主人公、ムルソーのように母親の葬儀の翌日、たまたま出会った旧知の女性と情事にふけり、友人のトラブルに巻き込まれて人を射殺しようが、死刑を宣告されて死刑の際に人々から罵声を浴びせられることを人生最後の希望にしようが、すべてはまったく意味のないことであり、人生そのものがどうでもいいものになってしまいます。


このような考え方でいながら、アルベール・カミュは冒頭のように、
「冬の真っただ中で、私は自分の内に揺るぎない夏を見出した」
と語っているということは、やはりなにか意味を見出そうとしていたのではないだろうかと思うのです。そうでなければ、冬のただ中で自らの内に揺るぎない夏を見出そうが、そんなことはどうでもいいこと。ここに彼の本音が垣間見えるような気がします。


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人生で一番大切なものは

2018.10.30日

"Patience is the companion of wisdom."
--Aurelius Augustinus (354 - 430), early Christian theologian, philosopher, preacher
「忍耐は知恵の友である」
--アウレリウス・アウグスティヌス、古代キリスト教の神学者・哲学者・説教者
(訳 舟田譲二)


師匠:「人生で一番大切なものは忍耐の二文字である」
弟子:「にんたい、だと四文字じゃないのですか?」
師匠:「たえしのぶ、と書いて二文字だ」
弟子:「たえしのぶ、だと五文字ですよ」
師匠:「バカもん!漢字で書くと二文字じゃ!このわからずやめ!」
弟子:「師匠。人生で一番大切なものは忍耐ですよ」


笑い話のようですが、これと似たようなことを私たちは知らず知らずのうちにやっています。
子どもや生徒に教えているつもりで、彼らから逆に教えられるのです。
そんな覚えありませんか?


実際、人生のあらゆる場面において「忍耐」ほど大切なものはありません。
親子・夫婦・友人等、あらゆる人間関係において忍耐は不可欠です。喧嘩や離婚、DVなどの暴力行為、殺傷事件等々、「忍耐」があればまったく別の展開になり得ます。
あおり運転をされて頭にきてやり返すと、事故になったり、喧嘩、殺人事件になります。
国家間・民族間・宗教間の争いもしかり。
そもそも人間って基本的にみんな自己中心なので、それを押し通そうとしたり、相手のことを顧みないと衝突して当たり前です。そこで「忍耐」が物を言うのです。
「忍耐」が二文字だろうが、四文字であろうが、五文字であろうがそんなことはどうでもいいこと。何を言われても頭にカッとこないで、忍耐する。
どんな場合でもその場ですぐに反応しないでひと呼吸置くのです。それが忍耐のコツです。


勉強や仕事においても「忍耐」が成功と失敗の分かれ目になります。
出来る人というのはまず例外なく忍耐力があります。分かるようになるまで、できるようになるまで、成功するまであきらめません。
多くの人が失敗する理由はただひとつ、「忍耐力」がなくて途中であきらめてしまうからです。


スポーツもそうです。
サッカー、ラグビー、アメフト、野球、テニス、卓球、バスケ、バレー、スケート、フィギュア、陸上、体操、水泳等々、すべてのスポーツで抜きんでる人、成功する人はやはり「忍耐力」があり、成功するまであきらめなかった人たちです。


それにしても沖縄県の与那国町議会の議長選。来る日も来る日も同じことを繰り返し、90回占拠してもまだ決まらない。みんな忍耐強いですね。
あれはちょっと忍耐ありすぎです。あそこまで忍耐強くなくていいのに(笑)
私にはいくつかの解決策があるのですが、まあどこまでやり続けるのか見守るとしましょう。


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あなたも天才!

2018.10.28日
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"Everybody is a genius. But if you judge a fish by its ability to climb a tree, it will live its whole life believing that it is stupid."
--Albert Einstein
「みんな天才だ。しかし、魚が木を登れるかどうかという基準で判断したら、その魚は一生自分は愚かだと思うことだろう」
ーーアルベルト・アインシュタイン
(訳 舟田譲二)


アインシュタインらしい、まことに賢い「天才」の定義です。
私たちの多くが「天才」とは持って生まれた、人並み外れた能力、頭の良さだと思っています。
その観点から言うならば、アインシュタインは「凡才」どころか、天才とは真反対の「劣才」(れっさい)でした。


20世紀最大の物理学者、アインシュタインは今でいう発達障害でした。
5歳まで話すことができず、子どものころは学校の教師から愚鈍だと言われていました。
大学受験でも失敗しています。
のちに大物理学者になりましたが、大学時代、物理の成績は最低の1を取りました。
大学卒業後は、大学の助手になれず、臨時の代理教員や家庭教師をして生活していました。
最初の「特殊相対性理論」という博士論文は大学に受理されませんでした。
周囲の人たちから能力が認められず、長い間奇人と思われていました。


アインシュタインは人から天才と呼ばれると、「私は天才ではありません。ただ、人より長くひとつのこととつき合ってきただけです」と答えています。
冒頭の彼の言葉、
「みんな天才だ。しかし、魚が木を登れるかどうかという基準で判断したら、その魚は一生自分は愚かだと思うことだろう」
は、だれにもわかる喩(たと)えで天才について教えています。


一匹の魚が一生懸命木を登ろうとしているが登れない。だから自分は愚かだ、才能がない、などと思っていたならば、だれでも「いや、お前は魚だよ。魚は水の中を泳ぐのが仕事で、木に登るのは魚のすることではないんだよ」と魚を諭そうとします。
生き物にはみんなそれぞれ自分の得意分野があります。
鳥は空を飛ぶこと、魚は水の中を泳ぐこと、チーターは速く走ること、象は力仕事をすること、キリンは高い木に生えている葉っぱを食べること等々。


それでは人間の得意分野は何かというと、ひとことで言えば「考える」ことです。
人間は空を飛ぶことも、魚のように自由にずぅーっといつまでも泳ぐことも、チーターのように速く走ることもできませんし、象のような力もなければ、キリンのように高いところに生えている葉っぱに手を届かせることもできません。
しかし、ほかの動物を見て考え、飛行機やロケット、船や潜水艦、自動車や列車、ブルドーザーやショベルカー、クレーンなどを発明してきました。
これこそが人間の一番の得意分野です。


でも、同じ人間でもまたそれぞれ得意分野が異なります。
走るのが速い人もいれば、泳ぐのが得意な人も...。
速く走れないから、泳げないからだめ、能力がない、劣才だとはだれも言いません。
一人ひとりそれぞれ能力が違うのです。みんなが違うからこそ、人間社会は面白いのです。
ある人がほかの人を見て「バカだ」とか「能なしだ」とか言うことは実に愚かなことです。それはあたかも魚に向かって木に登れと言っているようなものです。
人間はみんな五十歩百歩です。


私たちはお互いの違いを認め、受け入れ、尊重し、助け合い、補い合うように造られているのです。それができるからこそ人間なのであって、そういう意味において私たちは「みんな天才」なのです。
たとえその才能がいかに小さくてもいい。それを活用するのです。大きな才能を持っている人が大きな仕事をしてくれるのですから。
そのような子育て、教育をすることこそ一番大切です。
背伸びするのも、逆に嫉妬したり、あるいは他人を見下したりするのもみんな間違っています。
自分の分をわきまえ、能力を最大限に活用するなら「あなたも天才」です!


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あなたが話す言葉はあなたが住む家になる

2018.10.27日
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"The words you speak become the house you live in."
--Hafiz - 1325-1390 - Poet
「あなたが話す言葉はあなたが住む家になる」
--ハーフェズ、詩人
(訳 舟田譲二)


ハーフェズは、14世紀のイランの詩人。
石炭商だった父親がハーフェズの幼い頃亡くなったが、父がコーランの朗誦に巧みだったので、これに心を動かされた息子は8年かけてクルアーン(コーラン)をすっかり暗記したため、ハーフィズという称号を与えられた。そのところから彼はハーフェズと呼ばれるようになった。


俗世の愛とも神への愛とも解釈可能な抒情詩を500近くも残し、後に編纂された『ハーフェズ詩集』は、東西の文化に影響を与えた。
ゲーテは「ハーフェズの詩を理解するには 魂まで一汗かく必要がある」と語ったという。
恋と酒と自然の美などを主題とした作品が多く、民衆に広く愛され、現代でも「コーランなくとも各家庭にはハーフェズ詩集あり」とまで言われている。
(以上Wikipediaより抜粋引用)


ということで、今日の言葉はこのブログで初めて取り上げるイスラム教徒、ハーフェズの詩です。イスラム教はあまり馴染みがなくピンとこないのですが、この「あなたが話す言葉はあなたが住む家になる」は、宗教や文化などにかかわらずいつの時代の通じる真理ではないかと思います。


最初これを読んだとき、なんとなく言わんとしていることはわかるような気がするのですが、いざその意味は何かと問われると、答えるのに窮するような状態でした。
しかし、「言語」が生涯のテーマになっている私にとっては看過できない一編の詩です。
皆さんはいかがですか?読んでピンときますか?


いろいろ考えたあげく私がたどり着いた結論はこうです。
人はみんな心にあること、考えていることを言葉に表します。というか正確には、頭の中で私たちは常に言葉を使って考えています。ですから頭の中で考えていること、心の中にあることを私たちは話すわけです。


そして知らず知らずに話していることがその人の性格、人格、生きざまになっていきます。
言い方を変えれば、ひとりの人が話す言葉を聞いていると、その人がどんな人物であるかがだいたいわかるということです。
どうでしょう、思い当たる節はありませんか?


さて、人が話す言葉がその人の人格を作り上げていくのですが、人を「器」と見立てた場合、その器の中にその人の人格が宿っているわけです。すなわち「器」は人が住んでいる「家」です。
「あなたが話す言葉はあなたが住む家になる」とは、具体的に言うと、たとえばネガティブ(否定的・消極的)なことばかり考えていて、そのような言葉を常々使っていると、その人が住んでいる家は自然とそのような言葉で満ち溢れるようになっていきます。
すると、その家に住んで毎日同じ空気を吸っている家族も自然とそのようなネガティブな言葉に染まっていきます。


逆に、ポジティブ(肯定的・積極的)な言葉をいつも使っている家族が住んでいる家は、そのような言葉で溢れていきます。このような環境の中でネガティブな言葉を使ったり、ネガティブに考え、行動するのは困難になります。
たとえ、質素な食事が並んでいる食卓を囲んでいても、絶えず冗談や笑いが溢れていて楽しい場であれば、食事は美味しくなりますし、食べているものは貧しくても身体に栄養となってついていき、健康になり、ひいては長寿にもつながります。


一方、毎日贅沢なご馳走に満ち溢れた食卓でも、みんなが押し黙って食事していたり、お互いに相手を心の中で裁いたり、憎しみ合ったり、疑心暗鬼になっていたりしたら、食事はまずくなるばかりか栄養にもならず、病気をしたり、短命にもつながります。


これこそ、まさに今日の言葉、
「あなたが話す言葉はあなたが住む家になる」
が言わんとしていることではないでしょうか。


あなたが住みたい家はどんな家ですか?


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人から人へと伝染するもの

2018.10.24日
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"A healthy attitude is contagious but don't wait to catch it from others. Be a carrier."
—Tom Stoppard - Playwright and Screenwriter
「健全な態度は伝染する。しかし、他の人から移されるのを待っていてはいけない。自ら人に移す者になろう」
—トム・ストパード、脚本家・シナリオライター
(訳 舟田譲二)


数日前の記事、「笑ったり、微笑んだりすると」の中にも、「ひとりの人の笑顔は伝染して周囲の人をも笑顔にします。あなたが微笑んで、笑っていたら周りの人たちも幸せな気持ちになります」と書きましたが、まさにそのとおり。


「健全な態度は伝染する」の「態度」を表す原語の attitude にはいろいろな意味があります。
「態度、立ち居振る舞い、考え方、意見、姿勢、身構え、心構え」などいろいろな訳語があり、とても幅広い意味を包括する言葉ですが、そのいずれもがここに当てはまります。
これらすべてが人から人へと伝染するのです。


皆さんのこれまでの人生を顧みてください。きっとそのような経験があることでしょう。
いい意味においても、逆に悪い意味でも、人の考え方や生き方、態度、姿勢などは身近な人に伝染するものです。今日の私があるのは、まずは両親のお陰、それから幼小中高大、大学院などを通して出会ってきた大勢の友人や恩師の方々、あるいは職場で知り合った人たち等々、数えきれないほどの人々の影響を受けてきています。


でも、同時に私たち自身も知らず知らずのうちに身の周りの人たちにさまざまな形で影響を与えています。
ここでトム・ストパードが言っているように、「他の人から移されるのを待っていてはいけない。自ら人に移す者になる」、すなわち良い影響を与える者に進んでならなければなりません。
家族や友人という単位から、もっと幅広くいろいろな人間関係において互いにいい影響を与え合う、そのような者になるよう普段から心がけるなら、この世の中、もっともっと住みよい、安心できる、楽しいところになることでしょう。


残念ながら、最近はむしろ人間関係がどんどん希薄になってきていて、またうっかり信頼すると騙されたり、裏切られたりと、怖い状況を経験することがあります。毎日のニュースでもそのような出来事がしょっちゅう報道されています。
しかし、逆にそのような時代だからこそ、私たちがまず率先して良いお手本を示し、それを周りに広めていくような者になりたいものです。


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日本のシンドラー・杉原千畝

2018.10.22日
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「私に頼ってくる人々を見捨てるわけにはいかない。でなければ私は神に背く」
(杉原千畝)


3年前に、戦後70年記念として杉原千畝の半生が映画化されました。杉浦役の唐沢寿明、妻役の小雪主演の『杉原千畝 SUGIHARA CHIUNE』で、映画館に観に行き大きな感動を覚えました。
昨日の礼拝の中で柿谷牧師が杉原千畝のことを語られ、3年前の感動が甦りました。
今日は杉原千畝のことを短くご紹介します。


ロシア語・ドイツ語・フランス語・中国語・英語を自由に操ることのできた杉原千畝は外交官となりました。
第二次世界大戦中、リトアニアの領事代理だった杉原は、ナチス・ドイツの迫害によりポーランド等欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情しました。
当時日本はドイツと同盟を組んでいたため、ドイツ軍の追うユダヤ人を逃がすためにビザを発行すれば、当然日本とドイツの関係は悪くなります。日本政府は何度も杉原千畝に対し、「ユダヤ人難民にはビザを発行しないように」と回訓を与えていました。
しかし、1940年7月から8月にかけて、外務省からの訓令に反して、彼は妻の賛同も得て命がけで大量のビザを発給しました。来る日も来る日も、腕が痛くなるまで書き続け、夜には疲労困憊でベッドに倒れ込みました。
「苦慮、煩悶の揚句、私はついに、人道、博愛精神第一という結論を得た。そして私は、何も恐るることなく、職を賭して忠実にこれを実行し了えたと、今も確信している」と杉原は後に語っています。
これが杉原のサインの入ったビザです。


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この結果、およそ6,000人にのぼるユダヤ人避難民が救われました。その子孫を加えると20万人に上るそうです。
一方、リトアニアを脱出できなかったユダヤ人は多くが虐殺されました。その数20万人と言われます。


このとき彼が語った言葉が冒頭の
「私に頼ってくる人々を見捨てるわけにはいかない。でなければ私は神に背く」
です。
杉原千畝は生涯に二度結婚しています。一度目はハルビン時代、ロシア正教徒のロシア人と結婚しました。千畝は結婚を機に洗礼を受けてクリスチャンとなりました。その後、千畝は帰国を機に離婚し、日本で幸子(ゆきこ)という女性と再婚しますが、幸子夫人もロシア正教会の洗礼を受け、新しい家族でも信仰を保ち続けました。


終戦10年後の1955年、日本の外務省を訪れたユダヤ人ニシェリは、自分の命を救ってくれた「センポ・スギハラ」という外交官との面会を求めるが、「センポ・スギハラという外交官は存在しない」と返答されます。ニシェリは「必ず探し出す」と言い残し外務省を後にしました。
戦後、ニシェリはイスラエル大使館で杉原との涙の再会を果たしました。


この世を去る1年前(1985年)にはイスラエルから「諸国民の中の正義の人」(ホロコーストなどのユダヤ人迫害からユダヤ人を救った非ユダヤ人に送られる称号)を送られました。両国での評価によって日本でも広く知られるようになりましたが、政府の訓命に反したことに関して、「国賊だ、許さない」など中傷の手紙も送られたといいます。
彼は人々からの称賛を受けても、「人として当然のことをしただけです」と謙虚に答えています。
没後の2000年には日本政府から公式に名誉回復がされ、現在は「日本のシンドラー」と評されています。


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この映画は2015年10月13日、杉原がビザを発給したリトアニア・カウナスでワールドプレミアが行われ、杉原の家族やカウナス副市長が出席。450席の劇場は満席で50人の立ち見が出た他、上映終了後には5分間のスタンディングオベーションが起きたそうです。
その後、12月5日に全国329スクリーンで公開され、5日・6日の2日間で観客動員11万8,453人、興行収入1億4,538万9,600円を記録し、国内映画ランキング(興行通信社調べ)で初登場第2位となりました。
この映画はDVDで観ることができます。ご覧になっていない方にはお薦めです。


杉浦千畝が生前語っていた次の言葉は、現在の混沌とした時代にあって私たちにとても大切なことを教えてくれています。
「世界は大きな車輪のようなものですからね。対立したり、あらそったりせずに、みんなで手をつなぎあって、まわっていかなければなりません」


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笑ったり、微笑んだりすると

2018.10.21日
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"When you laugh or smile, it triggers a part of your brain that actually makes you happy."
ーーAnonymous
「笑ったり微笑んだりすると、脳のある部位が刺激されて実際に幸せになる」
ーー作者不詳
(訳 舟田譲二)


昨日の記事、「笑いは百薬の長」は大きな反響を呼びました。
その声の一部を下に紹介します。


「大笑いすると同時に学生時代の自分を思い出しました」
「温泉知識、と、LINE、は正解にしてもいいのでは?笑 質問のしかたによると思いますが、温故知新じゃなくても正解でしょう」
「早朝から大笑いです」
「面白いですね(^∇^)」
"Thanks Joji! I could not stop laughing from the initial one to the last. We could start a good day with my wife! I had a good reason.”
(ジョージさん、ありがとう。初めから最後まで笑わずにはいられませんでした。妻と一緒にいい一日のスタートを切ることができました。ちゃんと笑う理由がありましたよ)
"Joji I guess most of them are genuinely serious answers that's why they are so funny. Yes, we do need to be happy just out of stuff like these."
(ジョージ、ほとんどの答えは真剣に書いたものだと思います。だからとっても面白かったのでしょう。こういったもので私たちは幸せになる必要がありますね)
「面白すぎます!!どれもこれも!! ほんとに大笑いしまくりました。シェアさせてください♪」
「ほんとに面白いですね」
「 (*≧∀≦*) わざとふざけたのか、マジで解答してるのか…(^o^;)」
「政治家のお食事券、マジ笑いました」
「久々に笑えました」


記事をまだ読んでいらっしゃらない方はぜひお読みください。


さて、今日の名言
「笑ったり微笑んだりすると、脳のある部位が刺激されて実際に幸せになる」
は本当です。
実際、つい先日の記事、「ものすごい武器」の中にも書きましたが、「笑い」はガン細胞をやっつけます。普通の健康な人の体内では毎日3000〜5000個ものガン細胞が発生していますが、1回笑うとなんと100個のガン細胞が消滅します。1日に100回笑うと100×100で10000個のガン細胞が死にます。
皆さんは1日に100回笑っていますか?
4歳の子供は、1日に300〜500回ほど笑うそうですが、大人になるとその数は10〜15回に激減し、さらに年を取るにしたがって笑う回数はどんどん減っていきます。105歳で亡くなられた日野原重明さんは、ユーモアの持ち主で有名でしたが、毎日たくさん笑っていらっしゃっいました。
「笑い」は現代の医学でもっても癒すことのできない難病を癒すこともあります。
頭に血が上って大げんかをしていた夫婦が、何かの弾みで一方が笑い始めるともうひとりも笑い、ふたりで大笑いしているうちに仲直りしてしまったりすることもよくあります。


私自身、昨日の記事を書きながらひとりでニヤニヤしたり、声を上げて笑ったりしてました。
そして、昨日はウォーキングしているときも思い出してはニヤニヤしていました。
すると不思議なことに本当に幸せな気持ちになるのです。


上の女性の写真を見てください。
同一人物ですが、左の写真ではニコッと微笑んでいて、右の写真ではしかめっ面をしています。
あなたはこの写真を見て、どう感じますか?
左の写真を見ると幸せな気持ちになりませんか?
一方、右の写真を見ると気がふさぎませんか?
どちらの人と一緒にいたいですか?
そうなんです。
ひとりの人の笑顔は伝染して周囲の人をも笑顔にします。
昨日、ウーキングしていたとき小学1年生の一団が先生に引率されて校外学習かなにかで道路を歩いていました。みんなニコニコしています。それを見た人たちはみんな自然と微笑んでしまいます。


幸せだから笑ったり、ニコニコしたりするのではありません。
笑ったり、ニッコリ微笑むから幸せな気持ちになるのです。


幸せになりたかったら「微笑み」「笑う」ことです。
鏡を見るたびに自分に微笑みかけましょう。幸せになりますよ。
そして、あなたが微笑んで、笑っていたら周りの人たちも幸せな気持ちになります。


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ものすごい武器

2018.10.12日
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"The human race has one really effective weapon, and that is laughter."
--Mark Twain (1835 – 1910) Writer, humorist, entrepreneur, publisher, lecturer
「人類はものすごい効果的な武器を一つ持っている。それは笑いだ」
--マーク・トウェイン、ユーモア作家・小説家・起業家・出版者・講演家
(訳 舟田譲二)


昨日の記事、「地上最強の武器」には「火がついた人間の魂」が地上最強の武器だ、というもと第1次大戦当時の陸軍元帥の言葉を引用してご紹介しました。
今日の記事は、アメリカの作家、マーク・トウェインの名言でやはり同じく「武器」について語ったものです。
「人類はものすごい効果的な武器を一つ持っている。それは笑いだ」
といかにもユーモア作家らしい表現を使っています。


なぜ「笑い」を「ものすごい効果的な武器」とマーク・トウェインは呼んだのでしょうか?
動物のハイエナが「笑う」とよく言われます。実際、顔も笑っているように見えます。

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そして、鳴き声がまるで人間が笑っているように聞こえるのですが、ハイエナは笑いません。
地球上には約140万種類の動物がいるといわれていますが、笑うのは人間だけです。
笑うのは人間だけに与えられた特権です。しかも、マーク・トウェインは「笑い」を人間の武器だと呼んでいます。なぜでしょう?


よく聞く話ですが、「笑い」はガン細胞をやっつけます。
普通の健康な人の体内でも毎日3000〜5000個ものガン細胞が発生しているそうです。
ところが、1回笑うとなんと100個のガン細胞が消滅するんですって。ということは1日に100回笑うと100×100で10000個のガン細胞が死ぬという計算になります。これってすごくないですか!
皆さんは1日に100回笑っていますか?
4歳の子供は、1日に300〜500回ほど笑うそうですが、大人になるとその数は10〜15回に激減し、さらに年を取るにしたがって笑う回数はどんどん減っていきます。
105歳で亡くなられた日野原重明さんは、ユーモアの持ち主で有名でしたが、毎日たくさん笑っていらっしゃったそうです。


「笑い」は現代の医学でもっても癒すことのできない難病を癒すこともあります。
アメリカの雑誌『サタディ・レビュ−』の編集長だったノーマン・カズンズ氏(1915年6月24日 - 1990年11月30日)は、膠原病の一つである硬直性脊椎炎にかかってしまいました。発熱と激しい体の痛み、脊椎の硬直で体が動かしにくくなる病気です。
「1日中トラックが体の上を走り回っているような」激痛だったと本人は語っていました。
カズンズ氏を診た専門医は治る確率は500分の1と言いました。
現在でもこの病気の原因は不明で、予防法、治療方法も確立されていません。
しかしジャーナリストであった彼は、リサーチして人間の免疫作用と自己治癒力を高めるといわれているビタミンCを大量摂取し、アメリカ版の「どっきりカメラ」のようなテレビ番組を毎日たくさん見て大笑いし続けました。笑うと脳からβエンドルフィンという鎮痛作用のあるホルモン(脳内モルヒネ)が出るのです。
結果、わずか数か月後に症状が改善し再び仕事に戻ることができました。


ジョン・レノンの妻、オノ・ヨーコは「鏡に向かって微笑みなさい」の中に書きましたが、「鏡に向かって微笑みなさい。毎朝微笑みなさい。そうしたらあなたの人生が大きく変わっていくのに気づくでしょう」と言っています。
オノ・ヨーコは現在84歳ですが、健在で活躍しておられます。
私もこれを知って、いつも鏡を見て自分に微笑みかけ、またウォーキングしているときも思い出すとニコッと微笑みます。
不思議なことに微笑むだけで、気持ちが明るくなるのです。


また、頭に血が上って大げんかをしていた夫婦が、何かの弾みで一方が笑い始めるともうひとりも笑い、ふたりで大笑いしているうちに仲直りしてしまっていた、という話はよく聞きます。


マーク・トウェインはガン細胞のこともβエンドルフィンのことも知りませんでしたが、今から100年以上も前にすでに、
「人類はものすごい効果的な武器を一つ持っている。それは笑いだ」
と語っていました。
ホント、「笑い」は最強の武器ですね。


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人生は一瞬にして変わる!

2018.10.10日

これまでの人生を振り返って私は多くの失敗を犯してきました。そして、その刈り取りもしてきました。
目の前が真っ暗、頭の中が真っ白、天地がひっくり返るほどの苦しみや辛さも経験しました。
もう人生が終わったと思うほどの経験もしました。生きる目標を見失ったこともあります。
でも、不思議とその都度どこかから助けが来て、ここまで生き延びてきて幸いを得ています。


生きている限り誰でも大なり小なり、そのような経験をしてきていることでしょう。
以下はアメリカの実業家、アリソン・ルイスさんのお証です。自らはっきりとは語っておられませんが、彼女もおそらく同様の、あるいはもっと大変なところを通ってきていらっしゃるのだと思います。


名言とは、短い寓話(たとえ話)で、読む人の魂に語りかける数語の言葉から成る話のことです。名言は記事や本が読まれるようには書かれていません。名言は、読んだ人が熟考することを選択するなら人生を変えることができます。


下に挙げる一般にあまり知られていない名言に思いを馳せなさい。日記に書き留めなさい。
一つひとつの名言をじっくり考えなさい。その中の一つひとつの言葉をにれはみ(反芻)なさい。そして時間をゆっくりかけてその名言があなたに語りかける言葉に心の耳を傾けなさい。
ひとつの名言に忍耐強く、期待しながら取り組み、それがあなたにとってどういう意味をもっているのか自分で発見しなさい。


「変化は一瞬にして起こる。あなたが変化を起こそうと決心した瞬間に起こる」


私は上の文を2006年に書きました。
これは、その後何万、何十万人という人々によってSNSで繰り返し繰り返しシェアされてきました。
私がこの記事を自分自身の短い文で締めくくる理由は、これが私の人生を端的に言い表しているからです。
私の魂に叫びかける私の小さな物語です。


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"Think of all the beauty still left around you and BE HAPPY."
「自分の周りにまだ残されているあらゆる美しいもののことを考えましょう。そして幸せになりましょう」


氷と光の美しい画像の中で語られているアンネ・フランクの名言です。


試練や困難な状況は、まったく予期していないときに私たちの人生に襲いかかってきます。それも1回ならずしばしば。
苦難と壊滅的状況を見つめながら、私は決断を迫られていました。
私は苦難の道を選択することができました。また、一瞬のうちの変化を選択することもできました。
名言の多くは、古今東西、人々に常に成長とインスピレーション(ひらめき)を与えてきています。
あなたが変えることを決断するなら人生は変わります。
私は「幸せになる」ことを選択しました!
--アリソン・ルイス


アリソン・ルイスは、全米で高く評価されているモチベーションスピーカーであり、時間管理術や生産性の戦略家、企業の管理職指導コーチ、ベストセラーの『7分間解決術』『7分間人生計画手帳』の著者。「7分間人生・ドットコム」の創始者。これまで何万という人たちを人生の混沌状態や精神的崩壊状態から平安で充実した幸せな人生へと変わるのを手助けしてきた。
(訳 舟田譲二)


あなたはどちらを選択しますか?


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究極の親切とは

2018.10.02日
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"I believe that the greatest kindness is acceptance."
--Christina Baker Kline - Novelist
「究極の親切とは受容だと思う」
--クリスティーナ・ベーカー・クライン、小説家
(訳 舟田譲二)


これはとても鋭い指摘です。
「親切」というと、人の話を聞いてあげる、人に声をかける、笑顔で挨拶する、優しく接するなど、〜してあげるというイメージが強いのではないでしょうか。
もちろんこれらの親切な行いも大切です。
でも、たとえ上辺で人に親切にしていても、心の中で相手を見下していたり、馬鹿にしていたならそれは決して本当の親切とは言えません。
大切なのは心の持ちようではないでしょうか。


相手をありのまま「受け入れる」ことこそ本当の親切なのだと、改めて気づかされました。「受容」とは相手を認めることであり、寛容であることです。
私たちはややもすると、人間関係でもっとも基本的なこの「受容」ということができないため、言い争いになったり、喧嘩になったり、報復行為や復讐に、さらに戦争にまで発展してしまうのです。
人間の歴史を見ると、この地上に戦争のなかった日は一日もないとよく言われます。
それは、自己主張をし、相手を受け入れないことから始まります。


ちょうど今、アメリカのトランプ大統領と中国の習近平主席が報復関税合戦で非常に熱くなっています。これも早いうちに手を打たないと下手をすると戦争に発展することだって十分あり得ます。
トランプ大統領は、金正恩委員長と "fell in love" 「恋に落ちた」とまで言って、まるで蜜月の仲であるかのように装っていますが、これもお互いに自分の思いどおりにならないとたちまち戦争になる危険性をはらんでいます。


つまり人間というのは本当に自分勝手なものであり、みんな自分が、自国が、自分の仕事・会社が、家族が一番かわいいのです。


冬のある寒い日にコンビニに来たカップルがお弁当をふたつ買いました。
レジで「温めますか?」と尋ねられた男が答えました。
「おお、俺たちみたいにアツアツにチンしてくれ!」
レジ係がチンして男に渡すとき言いました。
「すぐに冷めますのでお気をつけください」(笑)
相思相愛でアツアツで結婚しても、相手が自分の思いどおりにならないとすぐに冷めてしまい、喧嘩したり離婚したりします。


「究極の親切とは受容」です。
これは決して相手を甘やかすとかいう意味ではありません。
先入観、偏見を持って相手を見、自分の価値観で相手を裁く高慢な考え方、また接し方、これが本当の「親切」の対極にあるものです。


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Let It Be(レット・イット・ビー)

2018.10.01日
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先週は、私が深く関わっている大切な人たちの何人かが、人生で遭遇する大問題に直面した。
ある人たちは楽しいことやいいことが起こったのだが、別の人たちは大変な試練に見舞われた。これらの出来事の結果が今、徐々に明らかになってきている。


私は人を助けたり、世話をしたがる性質(たち)なので、最初はついついこれらの状況に首を突っ込んで、彼らのために問題を整理して援助したり解決してあげたくなった。
問題に見舞われた人たちがすべき(と私が思う)ことをスムーズに進めようと、私が指揮を執ろうとしたのだ(笑)。


しかしながら現実は、これらの問題はどれ一つとして私が解決しなければならないものではない。私の人生に直接影響を与えるわけではないし、私にはその人たちをサポートすること以外、何をする権威も責任も権利もない。


早まって一人ひとりの問題に首を突っ込みかけて自分の無能力に気づいた。と、そのときビートルズの「レット・イット・ビー」(そのままにしておきなさい)の歌が聞こえてきた。
私は真剣に歌詞に耳を傾けた。そして気づいた。私に語りかけているではないか。


この歌が教えているのは、「静かに座って待ちなさい、放っておきなさい、そして問題が時を経て自然と事の次第を明らかにしていくのに任せなさい」ということだ。
"There will be an answer." 「ゼア ウィル ビ アン アンサー」(答えはある)と言っているように。私自身が問題の答えの一部ではないのだから私にできることなどひとつもない。私はただ「レット・イット・ビー」、そのままにしておくべきなんだ、と。


現実を見ていると、さまざまな出来事は自然となるようになっていく。私は結果が自然と出るように、問題に頭を突っ込まずにいなければならないんだ。


ということで今月、本当は自分の問題でもないことを自分の思いどおりにしようとしていることが何と多いことかということに気づき、同時に、私は背後に回ってサポートする側にとどまり、そのままにしておくべき時にもっと敏感にならなければならないということを教えられたのだった。
サンドラ・エイベル


サンディは、ベストセラー作家、人生・ビジネスコーチ、モチベーショナルスピーカー、認定カウンセラー。プロフェッショナルな人たちや起業家、人生の転機を迎えている人たちのコーチングを専門としている。『自分に自信を持ちなさい』『マネージャーに昇進する』などのアマゾンのベストセラー作家。
(訳 舟田譲二)


私(舟田)もサンディと似たところがあってお節介やきなので、彼女の気持ちがよくわかります。そして今回、彼女からとても大切なことを教えられました。
私もこれからは「レット・イット・ビー」を心がけます。
そう、人のことだけでなく、自分のことも「レット・イット・ビー」。


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真の幸せとは

2018.09.23日
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"Happiness always looks small while you hold it in your hands, but let it go, and you learn at once how big and precious it is."
--Maxim Gorky, Russian/Soviet author
「幸せとは、自分の手の中に握りしめている間はとても小さく見えるけど、手を開いて放すとすぐに、それがどれほど大きくて貴重なものであるかがわかるものだ」
--マクシム・ゴーリキー、ロシア・ソ連の作家
(訳 舟田譲二)


上の言葉と写真を見ていて、昔学んだカール・ブッセの詩をふと思い出しました。
(上田敏訳)


山のあなたの空遠く
「幸」(さいはひ)住むと人のいふ。
噫(ああ)、われひとゝ尋(と)めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸」住むと人のいふ。


「山の向こうに幸わせがあるというので探しに行ってみた。だけど見つけることはできなかった。涙ながらに戻ってきた。でも人は、山のさらにずうーっとずっと向こうに幸わせがあるいう」
というような意味でしょう。
なんかメーテルリンクの『幸せの青い鳥』を思い起こさせますね。


人はみんな幸せを探し求めています。
「自分が希望している学校に入学できたらきっと幸せになれる」
「理想の人に出会って結婚できたら幸せになれるだろう」
「今やっているスポーツ(音楽...)で秀でて有名になれれば幸せになれるに違いない」
「仕事で成功して、お金が儲けられたら絶対に幸せになれる」
「家族に恵まれ、大きな家に住み、高級車に乗り、海外旅行が年に何回かできたらきっと幸せになれる」
等々。リストは永遠に続きます。


もちろん夢を持つことは悪いことではありません。夢に向かって努力することは尊いことです。
しかし、上のカール・ブッセの詩が言っているように、これらの夢をたとえ実現できたとしても人は満足できず、幸せにはなれません。そしてさらにもっと大きな幸せを求めて探し続けます。
「この人と結婚したのは間違いだったのではないか。もっといい人がいたに違いない」
「今の仕事は面白くない。きっともっといい仕事があるに違いない」
「この車にはもう飽きた。今度は金持ちが乗っているあの外車を買おう」
多くの人がこのような人生を送っているのではないでしょうか。


でも、本当の幸せとはすでに自分の手の中にあります。
それに気づいていないだけです。
そして、ある日、何か大きな出来事が起きて、今まで当たり前と思っていた小さな幸せを失うことになると、それがいかに大きな幸せであったか悟り、後悔するものです。


冒頭のマクシム・ゴーリキーの名言、
「幸せとは、自分の手の中に握りしめている間はとても小さく見えるけど、手を開いて放すとすぐに、それがどれほど大きくて貴重なものであるかがわかるものだ」
には、もうひとつ別の意味があるように私には思われます。


それは、幸せを自分の手の中にしまっているとそれは小さな幸せのまま。
でも手を開いてその幸せを放す、すなわち人と分かち合う、人にお裾分けすると、ほかの人も潤おうことになって幸せになり、そのことによって自分はさらに幸せな気持ちになれる、という私なりの拡大解釈。
上の青い鳥の物語が教えている身近なところに潜んでいる幸せとはちょっと違いますが、あながちまるっきり外れているとも思えません。重なっている部分があるように感じます。


ということで、自分の手の中にある幸せがたとえどれほど小さく感じられたとしても、それを今一度見直して感謝すると大きな幸せにつながるし、さらにその幸せを人とシェアするとそれは何倍にもなるのではないでしょうか。


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スーパーマン? スーパーガール? それとも...

2018.09.19日

「おい、空を見ろ! あれは何だ?」


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「鳥? それとも飛行機?」


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「スーパーマンか? スーパーガールか?」


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「いいえ、スーパーベイビーよ! こっちへやってくるわ!」


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「そうです、皆さん。スーパーベイビーです! 正人くんと萌さんのところに生まれた杏菜ちゃんです!」


去る8月15日に生まれた杏菜ちゃんが誕生1か月を先日迎えました。
そのときの記念写真が飛んできました。


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スーパーベイビー、杏菜ちゃんはお陰さまですくすくと順調に育ち、どんどん大きく、重くなってきているそうです。
皆様のお祈りを感謝いたします。


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ドライバーの心が優しくなるトラック

2018.09.16日

昨日の朝、『ウェークアップ!ぷらす』というテレビ番組で、大阪の宮田運輸という運送会社の働きが紹介されていました。


5年前にバイクがトラックのミラーと衝突。バイクは電柱に直撃し、バイクの運転者は亡くなりました。そのことを苦に宮田社長は運送業をやめようかとまで思い、悩みました。
そのようなとき、社員のドライバーが運転するトラックの運転席の横に飾られていた一枚の絵に目が留まりました。
それは、ドライバーの子どもがお父さんの安全運転を願って描いた絵でした。


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宮田社長はこれをヒントに、子どもたちの描いた絵をトラックにラッピングすることを思いつきました。


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これが宮田運輸のトラックのシンボルに。


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このラッピングされたトラックを運転するドライバーたちは自然と心が優しくなり、安全運転を心がけるようになります。
また、このトラックを見た人たちも笑顔で手を振ったり声をかけてくれたりして、「心が優しくなる素敵なトラック」と言われるようになりました。


やがて社長は交通事故を撲滅させることを願って、この働きを広げたいと全国を講演して回るようになります。
万博記念公園で催される「こどもミュージアムプロジェクト」には、賛同する企業が70社、ラッピングされたトラックは200台以上集合することに。参加するトラックは全部事故ゼロ。


私も夜、東名高速を走ることが時々ありますが、とくに金曜日の夜などは運送会社の大型トラックがとても多く、周囲を取り囲まれることもしばしばです。
すぐ後ろにピタッとくっついてきて煽られたり、目の前に割り込んできたりと、ヒヤッとすることもよくあります。
そのようなことからトラックは怖いというイメージがとても強かったのですが、この宮田運輸の働きがこれからもっと広がって、ドライバーが安全運転を心がけるようになったら素晴らしいと思います。
テレビを観ていて胸が熱くなるのを覚えました。


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昨日の幸いなひと時

2018.09.15日
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"Make visible what, without you, might perhaps never have been seen."
--Robert Bresson - 1901-1999 - French Film Director
「あなたがいなかったら恐らく日の目を見ることがなかったことを、人の目に明らかにしなさい」
--ロバート・ブレッソン、フランスの映画監督
(訳 舟田譲二)


昨日は素晴らしいお客様をアカデミーにお迎えしました。
Facebookで以前からつながっていて、ときどきお互いにメッセンジャーでやりとりしていた井川由美子さんとスタッフの秋山俊介さんです。
由美子さんは栃木県佐野市で英語専門学校「ノア外語学院」を経営し、学院長を務めていらっしゃいます。
秋山さんはノア外語学院の卒業生で、大学卒業後都内の企業に就職されましたが、辞めて地元に戻りノア外語学院で働き始められました。


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お話を伺っていると、共通の知人が何人もいるし、うちの社員も元学院生で大学卒業後企業に就職したものの戻ってきて働いてくれていること、お互いのバックグラウンドや英語との出会い、英語を通してのキリスト教との出会い、今下のお嬢さんが留学していらっしゃるアメリカの大学は私の卒業した神学校の下の大学、由美子さんが教会留学されたところとうちの次男正人が留学した先が同じペンシルベニア州、私が中学生の頃リンガフォンという英会話教材をレコードで勉強していたのを由美子さんは高校生時代にテープを使って勉強していらっしゃった等々、あまりにも共通項が多く、まるで長年の友のような感じでした。


由美子さんは、アマゾンからキンドルで『英語と生きる: 私の軌跡と奇跡 』を出していらっしゃいます。その中には小学校高学年の頃、『スチュワーデス物語』をテレビで観ていてご自身もスチュワーデスになりたいと思い、それが英語を学ぶ動機となったと書いていらっしゃいます。
じつは私も23歳の頃、同じ番組を観ていてやはりスチュワーデスになりたいと思ったのが英語を学ぶきっかけとなりました。あっ、間違いました。これは私ではなく、私の妻のことでした(笑)。


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アメリカでの生活の経験や、ご結婚されてからの英語教室開校の流れ、アメリカに生徒を連れてホームステイに行っていたことなど、もうまるでそっくりです。
違いは、ノア外語学院は英語の専門学校としてこの30年やってこられ地元で大成功を収めていらっしゃいますが、私は英語学校として始めながら時代の流れと生徒のニーズに応える形で学習塾に変身していった点です。


佐野市から車で2時間かけて来られ、午後1時から夜の7時までずっと話しづめでした。
お昼はいつも皆さんが喜んでくださるパスタのお店「ラ・パットーラ」(「顧客第一主義が成功の秘訣」)でいただき、塾に移動してからは授業を見学していただいたり、またうちのスタッフの先生も交えていろいろとお互いのこれまで通ってきた経緯や現在の状況、日本の英語教育について、これからの将来の展望など、いろいろと情報交換しました。


冒頭の言葉、
「あなたがいなかったら恐らく日の目を見ることがなかったことを、人の目に明らかにしなさい」
を地で行くようなシェアと、学び合いの本当に有意義な交わりのひと時でした。


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自分の人生に惚れ込みなさい

2018.09.13日
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"Be in love with your life. Every minute of it."
--Jack Kerouac - Novelist
「自分の人生に惚れ込みなさい。一瞬一瞬、いつも」
--ジャック・ケルアック、小説家


「成績不良から億万長者に」変身したボブ・プロクター氏は、私の尊敬するアメリカを代表するビジネスコンサルタント。
彼は、「自分にキスがしたいほど自分のことが好きだ」と言っています。
いったいどのようにしたら、それほどまでに自分が好きになれるのでしょうか。


冒頭のジャック・ケルアックの言葉、「自分の人生に惚れ込みなさい。一瞬一瞬、いつも」
も同じようなことを言っています。
英語の "life" には日本語では「人生」だけでなく、「命」という意味も含んでいます。
ですから、上の本文は「自分の命をこよなく愛しなさい」と言い換えてもいいのです。
それも、ただ単に「私は自分のことが好きだ」ではなく、「大好き」「ぞっこん惚れ込む」というレベルで、しかも「一瞬一瞬、いつも」です。


小学3年生のとき、クラスのひとりの男の子が名前を変えました。
それまではまるで「もやし」のように細くて、気が弱く、いつもメソメソと泣いていました。
ある日、担任の先生が、「〇〇君は今日から太一という名前になりました」と言って、その子の母親が届けてくれた鉛筆をみんなに1本ずつ配ってくれました。
新しい名前の「太一」があまりにも強烈なイメージだったので、前の名前はみんな忘れてしまいました。
驚いたことに、彼はその日からどんどん明るく、積極的になって、やがて6年生になったとき「太一」くんは名前どおりに身長も体重も学年でトップクラスの立派な体格になり、学年のリーダーになっていました。彼のセルフイメージが名前ですっかり変わったのです。


つまり自分を好きになる、自分に惚れ込むとは、自分のセルフイメージを高めることです。
一般に、自分を好きになることができない人は、セルフイメージが低いです。
でも、いくらセルフイメージを高めると言っても、自己陶酔、うぬぼれ、高慢になるのはご法度です。


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赦しのすごいところ

2018.09.12日
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"Forgiveness strengthens two Souls."
--Anthony Douglas Williams - Author, Researcher
「赦しは2つの魂を強める」
--アンソニー・ダグラス・ウィリアムズ、作家・研究者
(訳 舟田譲二)


「赦し」というときには、当然のことながら自分と相手がいます。
およそ、人がふたり以上いるところ、夫婦・嫁姑・親子・きょうだい・親族・友人・師弟・同僚・上司と部下など、どのような人間関係であろうとも必ず「赦し」の問題がついて回ります。
私たち人間は自分勝手で、自分を正当化しようとする心があるからです。


当事者は必ずしもふたりとは限りません。自分側と相手側と言い換えてもいいでしょう。
つまり、「赦す側」と「赦される側」が存在するわけです。
冒頭の言葉、
「赦しは2つの魂を強める」
を逆に言うと、
「赦さないでいると2つの魂は弱る」
となり、イメージするのがより容易になるかもしれません。
おそらく、多くの人が大なり小なりこのようなことを経験しているのではないでしょうか。
赦しがないと、「赦す側」も「赦される側」も苦しく、疲れ、しかもストレスになって、そのままの状態を続けていると両者とも壊れてしまう、あるいは互いに傷つけ合うことにもなりかねません。
つまり、赦さないでいると、両者とも敗者となるのです。実際のところこのようなケースがほとんどで、毎日の悲しいニュースとなり、小説やドラマ、映画のテーマにもなっています。


ところが、やっかいなことに、「赦される側」は自分が誰かから「赦される」立場にあることすら気づいていない、あるいは気づいていたとしてもそれを認めないことが多々あるのです。このような場合、「赦す側」はより一層苦しみ、辛い思いをすることになります。
「自分はこれだけ苦しんでいるのに、あの人は屁とも思っていない。赦せない」となるわけです。
「赦される側」も、なぜ自分が赦されなければならないのか、自分は全然悪いことなんかしていない、「赦せないなんて思っている向こうのほうが悪い」となってしまいます。
結果、両者とも敗者になります。


つまり、いずれにしても「赦す側」も「赦される側」も、「赦し」がない限り両者とも苦しい、辛い思いをしているのです。


どうすれば両者とも勝者になることができるのでしょう。
答えは明らかです。
「赦す側」と「赦される側」、両者が互いに赦し合うのです。たとえ「赦される側」にとって身に覚えのないこと、納得のいかないことでも。「相手がそこまで思うのなら、自分のほうにも非があるのだろう」と。


多くの人が相手が悪いのに、こちらが「赦す」のは損だ、理にかなわないと思っています。
でも、実際は正反対。
昔から「負けるが勝ち」と言いますよね。これと同じです。
「赦しは2つの魂を強める」
互いに赦すなら、両者の魂は強められ、健康になり、幸福になります。


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人の一生

2018.09.10日
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僕らは真っ「白」な状態で生まれます。
辛いこと、悲しいこと、嬉しいこと、色んな経験を重ねることで「羽」が生えてきます。
それが「習」という字です。
これから先、どんなにちっぽけに見える事でも、体験したことの全てはあなたの羽の一部になる。
そしてあなたの羽はたくさんの「異」なる人と出会うことで「翼」に変わります。


昨日、妻と話していたときに、生後5か月になる初孫の斗史希くんと、あと1週間で1か月になる二人目の孫の杏菜ちゃんのことを考えながら言いました。
「赤ちゃんでこの世に生まれてくるときには、みんな頭の中は真っ白なのに、一つひとつ学んでいって成長し、やがて子どもになり、青年になり、大人になっていく。これって本当にすごいことだね」
ふたりの孫の成長ぶりを見ているとこのことをとても強く感じます。
ちょうどそんな時、上の言葉に出合いました。


そう、まだ生まれて日の浅い杏菜ちゃんは、お腹がすいたら泣いて知らせ、おっぱいを飲んで満足すると幸せそうな顔をします。また、お母さんやお父さんの腕に抱かれると安心する。
これって全部一つひとつ学「習」していっているのです。


最初、親が話しかける言葉はひと言もわかりませんが、毎日毎日繰り返していくうちに、一つずつわかるようになっていく。親が喜ぶ声を上げたり、嬉しい表情を顔に浮かべたりすると、それも一つずつわかるようになり、それに対してにっこりして応えるようになります。
また、身体をさかんに動かして、徐々に寝返りを打ったり、這い這いができるようになります。これが学「習」です。
斗史希くんが今ちょうどこのような状況です。


この時期に、親が忙しすぎたり、精神的に余裕がなくて赤ちゃんに話しかけなかったり、構わないでいると学「習」する機会がぐっと減ります。すると、なかなか羽ばたけなくなります。
人の一生の中で一番大切な時です。
本当にどんなにちっぽけに見えることでも、この時期に体験することのすべてが「羽」の一部になるのです。覚えておいてください。


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人生、いいことばかりでなく、辛いことや悲しいことにも出合います。
でも、このような一見ネガティブに見えること、できれば避けて通りたいようなことすら成長という毛の一部になっていきます。


真っ「白」だった赤ちゃんにも羽がいっぱい生えてきて、やがて自分の世界から外に出て「異」なる人や世界に出逢うようになります。
そして羽は「翼」に変わります。
するとさらにこの「翼」を大きく張って舞い上がり、空を、世界を自由に飛び回ることができるようになります。
これが人の一生です。


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太陽とひまわり

2018.09.07日
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"Keep your face always toward the sunshine - and shadows will fall behind you."
--Walt Whitman - 1819-1892, Poet
「いつでも太陽の方に顔を向けなさい。そうすれば影はあなたの後ろに落ちます」
--ウォルト・ホイットマン、詩人
(訳 舟田譲二)


西日本豪雨被災地の復旧がまだままならないうちに、25年ぶりという大型台風21号が日本列島を襲って大きな爪痕をあちらこちらに残し、息もつかないうちに今度は北海道全域にわたる最大震度7という巨大地震が起こり、惨状が次々と報告されています。


この相次ぐ災害を受けて、先日Facebookフレンドの方と話していたら、「今年の漢字」はきっと「災」ですよ、と言われたので、この漢字はすでに使われています、とお答えしました。
2004年、新潟中越地震や台風などの自然災害やイラク戦争などからこの漢字がすでに選ばれていました。
そこで私が思いついた漢字は「風」「雨」「嵐」「激」「豪」「難」など、怖いものばかりでした。今頭に浮かんだには「震」です。
最近選ばれた「今年の漢字」を、昨年からさかのぼって挙げると「北」「金」「安」「税」「絆」「暑」「新」「変」「偽」などですが、このうち「安」「新」などは「安心」や「新しい時代」を求めた結果のもので、大半はその年の世相を表す暗いイメージのものです。


実際のところ、人生には辛いことや悲しいこと、苦しいことはつきもので、だれもこれを避けて通ることはできません。
このようなときは、とかく暗い面ばかりがクローズアップされて見えるものです。


今日の冒頭の言葉、
「いつでも太陽の方に顔を向けなさい。そうすれば影はあなたの後ろに落ちます」
はよく耳にする言葉です。
これを見ていて私はふと、ひまわりを心に描きました。
太陽が移動するとひまわりの花も太陽のほうを向いて廻ります。朝は東を向き、夕方にかけて次第に西のほうに顔を向けて太陽を追います。
ひまわりの花の後ろにはもちろん影が地に落ちていますが、だれもその陰に目を留めません。


私たちもこのひまわりのように、光のもとである太陽のほうをいつも向いていたいものです。
影や暗いもの、辛いこと、悲しいこと、苦しいことばかりに目をやっていたら、私たちの心もどんどん暗くなり、より一層悲しく、辛くなります。


被災地にテレビニュースのカメラが入り、被災者にレポーターがマイクを向けてインタビューすると、日本人の特性かもしれませんが、悲しくて辛いのにも関わらず、笑顔を作って「こればかりはどうしようもないです。頑張るしかありません。皆さんの応援を感謝します」という、逆に見ているこちらのほうが励まされるような言葉を語ってくださいます。外国で地震や台風など、同じようなシーンが映し出されると、多くの人が取り乱して大声で泣いたり、叫んだりしているのと対照的です。


2011年の東日本大震災のときの目を覆いたくなるようなシーンに国民みんなが言葉を失い、失意落胆しているとき、「絆」という漢字が「今年の漢字」に選ばれたのは記憶に新しいことです。
そう、今年私たちが経験している数え切れないほどの災害も、取り戻すことのできない事実にいつまでも目をやるのでなく、太陽のほうを、明るい明日を、将来を見つめるようにしたいものです。ひまわりのように。


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命のバトンタッチ

2018.09.01日

地球上の動物の平均寿命はだいたい7年から2・30年。長くてもせいぜい50〜70年です。
その中で私たち人間の70〜100年は例外的です。
ヒト科にはゴリラやオランウータン、チンパンジーなどがいますが、この中で祖父母が孫を見ることができるのは人間だけだそうです。出産が早い場合にはひ孫を見ることさえできます。


進化論ではこれを「おばあさん仮説」というもので説明を試みます。
「女性が自らの出産・育児を終えたあとその知恵と経験を生かして自分の娘や血縁者の子育てを援助することにより繁殖成功度を上昇させることができる」


なるほど、もっともらしく聞こえる説ですが、それではおじいさんはどうなのか。おじいさんの存在価値は何なのでしょう。女性のほうが男性より寿命が長いと言っても、そんな差はたかだかしれています。おじいさんは長生きして何らかの貢献をしているのか。「おじいさん効果」というものはないのか、と問いたくなります(笑)。


私の考える「おばあさん・おじいさん効果」は、孫まで命をバトンタッチしたあとも生き続けることにより、子孫の繁栄を祈り、またそのための知恵を子や孫に伝授し、同時に孫と共に生きることにより自らも長寿のお祝いとして幸いを得る、というものです。進化論に根ざしていない、現実に基づいた理論です。


ということで、私たちもお陰さまでこの「おばあさん・おじいさん効果」の恵みに与かることができるようになりました。
一人目は去る4月3日に長男直人と恵利紗さんの間に生まれた「斗史希くん」、そして二人目は次男正人と萌さんの間に8月15日に誕生した「杏菜ちゃん」。
これまでお孫さんをもっていらっしゃる方々が皆さん「メロメロ」とおっしゃっているのを聞いてきましたが、いざ自分たちもその身になると、ほんとそのとおり「メロメロ」「トロトロ」で、本当にとろけてしまいそうです。


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左は萌さんのお母さんの腕に抱かれている生後10日目の杏菜ちゃん。右は2日後に5か月になる斗史希くんとお母さんの恵利紗さん


杏菜ちゃんは普通の赤ちゃんのように一日の大半を寝て過ごさず起きている時間がかなり長いそうで、起きてるときはおっぱいを飲むか、抱っこされて安心してしばらくご機嫌で過ごしているとのことです。おっぱいをいっぱい飲んでくれるので、萌さんの体重は9キロも減ったそう。
斗史希くんは、最近は抱かれているとジャンプするように足で地を蹴ってはすとんと座るのが楽しいようで、とても活発なそうです。さすが5か月になるとずいぶん大きいですね。杏菜ちゃんより4か月半ほど早いおにいちゃん(従兄)です。


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お父さんの腕に抱かれた杏菜ちゃんと斗史希くん


私の母は病弱で56歳の若さで召天しました。私の結婚が遅かったからで、孫の顔を見るまでもう少し頑張ってと言ったら、「もうさんざん待った。もう待てない」と言って天に帰りましたが、私は母の分までしっかりと孫たちの成長を見届け、祈り、支えていきたいと願っています。
「走れ、メロメロ!」


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感謝の心と当たり前

2018.08.31日
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"Kindness is a language which the deaf can hear and the blind can see."
--Mark Twain – 1835-1910, Author and Humorist
「親切は耳の不自由な人にも聴くことができ、目の不自由な人にも見える言語である」
--マーク・トウェイン、ユーモア作家
(訳 舟田譲二)


マーク・トウェインの名言はどれもウィットとユーモアに富んでいると思っていたら、案の定「ユーモア作家」と呼ばれていたのですね。


一般によく言われていることですが、耳の不自由な人、目の不自由な人というのは耳が聞こえない、あるいは目が見えない分その他の感覚が鋭敏で、私たちが聞き落としたり見落としたりしていること、気づかないことをしっかりと捉えていらっしゃるそうです。


そう言えば、あの盲聾唖の三重苦の下にあったヘレン・ケラーさんは、素晴らしい感受性をいかんなく発揮して、素晴らしい働きをして世界中の人々にはかり知れないほどの勇気や励まし、夢や希望を与えてくれました。そして、亡き後もその感動はずっとこんにちも、そしてこれからも永遠に語り継がれていくことでしょう。


私たちは、人に親切にしてもらっても当たり前のことと思っていることがいかに多いかと思い知らされます。
だから、世界中で一番美しい言葉は「ありがとう」だとよく言われるのだと思います。
普段あまり考えないことですが、「ありがとう」の反対は「当たり前」です。
耳が聞こえる、目が見える、話せる、呼吸できる、物が食べられる、手足が自由に使えて歩ける、物をつかんだり動かしたりできる等々、どれひとつとしてじつは「当たり前」のことではありません。いつなんどき、怪我や病気でこれらの能力が取り去られるかもしれません。


私たちは絶えず周りの数えきれないほどの人々の親切や犠牲の行為によって生かされています。
いま一度、これらのことを見直して、「ありがとう」と感謝の気持ちを言い表したいものです。
そして同時に、日々の生活の中で自分にできること、気づいた小さな親切をひとつでもふたつでも自ら進んで実行していく者になりたいです。これらは必ず天に嘉(よみ)せられています(=神様の目に留まり、認められている)。


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怒りと塩酸

2018.08.28日
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"Anger is an acid that can do more harm to the vessel in which it is stored than to anything on which it is poured."
--Mark Twain – 1835-1910, Writer
「怒りはそれをぶちまけるよりも、保存しておく器をもっとひどく痛めつける塩酸のようなものだ」
--マーク・トウェイン、作家
(訳 舟田譲二)


さすがアメリカを代表する文豪マーク・トウェイン。
うまいこと言いますね。
人に怒りをぶちまけるのとうちにとどめておくことを、塩酸を人にぶちまけることと器の中に保存しておくことと比べています。
塩酸を人にぶちまけたら、もちろんその人は化学熱傷という火傷を負います。
目に入れば失明することもありますし、体内に摂取したり吸入したりすると死ぬこともあります。
しかし、長い間器に入れて保存しておくと塩酸は容器を腐食させ、やがては破壊します。


マーク・トウェインはこの塩酸を、人間と怒りの関係に例えています。
怒りは塩酸よりも人に注ぐともっと恐ろしい被害を与え、さらに恐ろしいのは怒りを自らの内に溜めておくこと。塩酸が器を腐食させるように、怒りを内に留めているとその人の人格を腐敗させ、人生を狂わせてしまいます。


怒りがそこまで恐ろしいものであるということを人はあまり知りません。
「絶対に赦せない」と言って、人として怒るのは当然のことだと思い、怒る自分を正当化しようとします。
その良い例がドラマや映画、小説などで、「怒り」や怒りから来る「復讐」をテーマとしていて、これらは間違いなく恐ろしい結末を迎えます。


一方、怒りから解放されると、本当に自由になります。
また怒りの問題の解決はあらゆる人間関係修復の鍵です。


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怒ることと叱ること

2018.08.27日
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昨日は教会の礼拝に柿谷先生のご次男の真従(まさつぐ)さんご一家とご三男の命(いのち)さんご夫妻が来られてとても楽しいひと時を持つことができました。
真従さんと奥さんには去る4月にロスでお会いしたばかりですが(「いっちゃれば ちょーでー」)、その6年前には「昨夜と今日のエキサイティングな出来事」でお宅に伺い、ご家族を訪ねました。


そのときのことを下のように書いていました。
上のお子さんは4歳半の大雅君、下は1歳半のしいなちゃんで、もう可愛いこと、可愛いこと。見ているだけでついつい顔がほころんでしまいます。
さすが名カウンセラーのお父様の息子さんご夫妻だけあって、その子育てぶりはなかなかのものでした。
しいなちゃんが振り回したおもちゃが大雅君に当たって、大雅君が泣き始めしいなちゃんに怒ろうとした時、真従さんは大雅君を膝に乗せてなだめながら、しいなちゃんを呼び寄せて言いました。
「しいな、何て言うの?」
「ごめんちゃい」
「大雅、何て言うの?」
「いいよ」
仲直り成立。お見事!
子どもが小さいうちは何かと大変なもので、なかなか楽しむ余裕がないものですが、お二人は十二分に楽しんでいらっしゃるようでした。

昨日はさらにお子さんが2人増えていて、子どもたちのにぎやかなこと。
礼拝が終わってからは教会堂の中をまるで体育館のように走り回り、ものすごい大声。
みんな仲良く、じゃれ合っているような感じで、見ていてついつい笑顔がこぼれてしまいます。
このときもやはり真従さんご夫妻の子どもたちに対する接し方や言葉遣いは本当に見事でした。カウンセリングの大御所である柿谷先生と奥様の寿美江先生の良きロールモデルで三人の息子さんたちはみなさんとても立派に育たれました。皆さんにはよくお会いするのですが、その都度感心します。
6年前の記事中の写真と今回の写真を比べると、我々大人はさほど変わりませんが、子どもたちの成長ぶりには目を見張ります。


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カウンセリングでよく問題になるのは、「怒る」ことと「叱る」ことの違いです。
親子の間や上司と部下、子弟間、先輩・後輩間など、身分や立場上の上下関係においては、「怒る」ことと「叱る」ことがよく混同され、それがもとでさらに人間関係を壊しているケースがよくあります。
数年前のことですが、あるお店の中でひとりのお母さんがまだ4〜5歳ぐらいの小さな子どもをヒステリックに大声でずっと怒鳴りっぱなしという状況に出くわしました。その場に居合わせた人々はみんな眉をひそめていました。私はその子どもの将来のことを思うととても胸が痛みました。


国語辞典の「怒る」の定義の中に、「叱る」という言葉を挙げているものもあるほどです。
1 不満・不快なことがあって、がまんできない気持ちを表す。腹を立てる。いかる。「真っ赤になって―・る」
2 よくない言動を強くとがめる。しかる。「へまをして―・られた」


しかし、「怒る」と「叱る」の間には、厳然たる違いが存在します。
「怒る」は基本的には上の定義にもあるように、「不満・不快なことがあって、がまんできない気持ちを表す。腹を立てる。いかる」、すなわち自分本位の心の中の不満の爆発、怒りをぶっつけるという意味合いが含まれます。
「叱る」は往々にして、「怒る」と同じ状況を生み出すからです。


しかし、「叱る」の本来の意味は、「目下の者の言動のよくない点などを指摘して、強くとがめる」です。
すなわち、怒りという心の中の状態を相手にぶっつけるという自分本位のものでなく、相手のことを考え、また相手が改善することを期待して「注意する」という行動を指しています。
ですから、「優しく怒る」ことは普通できませんが、「優しく叱る」ことはだれにでもできます。


ここで気をつけなければいけないのは、たとえいくら相手のことを思っての行為であっても、「怒り」の感情を相手にぶっつけて「叱る」なら、それは単なる「怒り」としか相手には受け取られないということです。
この点において、多くの人たちが過ちを犯しています。
とくに多いのが、親が子を叱るケースです。親が愛の行為から叱っているとしても、子どもは怒られているとしか感じません。
これでは元も子もありません。


正しく「叱る」コツは、
1.叱る前にひと呼吸おく
2.大声を出さず、冷静に叱る
3.叱るべきときに間髪を入れずに叱る
4.ねちねちとしつこく叱らない
5.的をひとつに絞って具体的に叱る
6.人前で叱らない
7.優しく叱る
8.相手が納得できるよう論理的に叱る


このように、怒らずに叱ることはだれにでもできます。


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夢の実現に向けて最初の一歩踏み出す

2018.08.25日
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"You don't have to see the whole staircase, just take the first step."
--Martin Luther King, 1929-1968, Minister and Activist
「階段を上まで全部見る必要はない。ただ最初の一段だけ上ればいい」
--マーティン・ルーサー・キング、牧師・公民権運動活動家
(訳 舟田譲二)


キング牧師の有名な演説 "I Have a Dream."(私には夢がある)。
この演説が世界を変えたと言っても過言ではありません。
「私には夢がある。
いつの日か、この国が立ち上がり、『すべての人間は平等に作られているということは、自明の真実であると考える』というこの国の信条を、真の意味で実現させるという夢である」


「私には夢がある。それは、いつの日か、ジョージア州の赤土の丘で、かつての奴隷の息子たちとかつての奴隷所有者の息子たちが、兄弟として同じテーブルにつくという夢である。
私には夢がある。それは、いつの日か、私の4人の幼い子どもたちが、肌の色によってではなく、人格そのものによって評価される国に住むという夢である」


この演説を機に、アフリカ系アメリカ人の地位が次第に向上し、キング牧師の夢が現実のものとなりました。


9年前にはオバマ大統領というアフリカ系アメリカ人初の米大統領が誕生しました。
そして、オバマ大統領夫妻を深く慕っていたイギリスのヘンリー王子。
ヘンリー王子は去る5月にアメリカの女優メーガン・マークルさんと結婚式を挙げました。
メーガンさんは皆さんご存じのように、アフリカ系アメリカ人でした。
結婚式の様子を生中継のテレビで観ていたら、アメリカから米聖公会のマイケル・カリー司教が説教をしてその中でキング牧師の言葉を引用し、その後やはりアフリカ系アメリカ人の聖歌隊が「スタンド・バイ・ミー」のゴスペルを歌っているのを聴いたときには、私は胸がいっぱいになって涙で目が曇りました。


キング牧師が1963年8月、リンカーン記念堂の前で25万人近い人々を前に「私には夢がある」と語っていたときには、これから先続く長い階段の全体が見えていたわけではありません。しかし、最初の一段を上ったのです。
アメリカ国内ではこんにちもまだ人種問題は完全に解決したわけではありませんが、キング牧師の夢の実現に向けて一歩一歩進んでいます。


どのような夢であれ、全体像が見えなくても構わないのです。
大切なのはその夢の実現に向けて最初の一歩を踏み出すことです。


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美人とブス

2018.08.18日
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相手の気持ちを何も考えずに
そのまま口に出すのが「ブス」
相手の気持ちを察して
ふさわしい言葉を使うのが「美人」
批判しかしないのが「ブス」
アドバイスするのが「美人」
自分ばかり話して
相手の話を聞かないのが「ブス」
相手の話を引き出し
求めることを話すのが「美人」
他人を妬んで何もしないのが「ブス」
できることから始めるのが「美人」
自分のことしか考えないのが「ブス」
まわりのことも考えるのが「美人」
まわりに期待して動かないのが「ブス」
自分から声をかけるのが「美人」
いつでも心がけ次第で「美人」になれる


これも一昨日と同じく、田口久人さんの作です。
「美人とブス」なんてとても過激なタイトルで、不快感を催す人もいるかもしれません。
でも、読んでいくと、女性の外面的なことを語っているのではなく、内面の美しさを語っていて、しかも女性に限らず男性にも、私たち人間みんなに当てはまることだと気づきます。


言い換えれば「美人」とは「心の美しい人」、「ブス」とは外面上の不細工(ぶさいく)さではなく「人間関係において自己中心な心の貧しい人」のことを指すということがわかります。
敢えて「美人とブス」という言葉を選んで使っているのです。


別のサイトにこんなのがありました。
やはり内面を言っており、女性に限らず男性にも当てはまります。
「ブスの25箇条」
1.笑顔がない
2.お礼を言わない
3.おいしいと言わない
4.目が輝いていない
5.精気がない
6.いつも口がへの字の形をしている
7.自信がない
8.希望や信念がない
9.自分がブスであることをしらない
10.声が小さくイジケている
11.自分が最も正しいと信じている
12.グチをこぼす
13.他人をうらむ
14.責任転嫁がうまい
15.いつも周囲が悪いと思っている
16.他人を嫉妬する
17.他人につくさない
18.他人を信じない
19.謙虚さがなくゴウマンである
20.人のアドバイスや忠告を受け入れない
21.なんでもないことにキズつく
22.悲観的に物事を考える
23.問題意識を持っていない
24.存在自体が周囲を暗くする
25.人生においても仕事においても意欲がない


聖書にも、
「顔かたちや身のたけを見てはならない。わたしはすでにその人を捨てた。わたしが見るところは人とは異なる。人は外の顔かたちを見、主は心を見る」
(サムエル記上 16:7)
とあります。
外見に惑わされてはいけません。
また私たち自身も心を磨くようにならなければなりませんね。


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孫は目に入れても痛くない!

2018.08.17日

4月には長男直人とお嫁さんの恵利紗さんのところに長男斗史希くんが生まれ、一昨日には次男正人とお嫁さんの萌さんに長女杏菜ちゃんが誕生しました。
「孫は目に入れても痛くない」とよく言いますが、本当ですね。
なんとこれは英語の
"My grandchild is the apple of my eye."
の日本語訳だそうです。


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昨日、萌さんと杏菜ちゃんに会いに行ってきました。
一人目、二人目関係なく、もうふたりとも可愛くて可愛くて。目に入れてもきっと痛くないでしょう。


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左は生まれたてほやほやの杏菜ちゃん、右は生後4か月の斗史希くん。すっかりお兄ちゃんになっています。


萌さんのご実家の近くの病院なので、萌さんのご両親、そしてお姉さんご一家もちょうど来られて皆さんとご一緒に歓談する時間も持てました。
本当に幸せいっぱいのひと時でした。


ところが、帰途、都内の不慣れな道をカーナビを当てに走っていて、交差点で右折したところ警察がやってきて切符を切られました。
なんと道が朝夕混む都内ではバス専用レーンというのがあり、しかも午前7時から10時、午後4時から7時までの時間帯は右折禁止なんですって! 
そんなこと聞いてないよ。カーナビも教えてくれなかったよ!
「ご納得がいきませんか?」
と警官が尋ねるので、
「神奈川県平塚市にはバス専用レーンもなければ、時間帯での右折禁止なんていうのもありません。カーナビも教えてくれませんでした。初めてで知らなかったので勘弁してくださいよ」
など、いろいろお巡りさんを説得しようとしたのですが、無駄骨でした。
お巡りさんの殺し文句は
「以前、ここで右折違反をした人を捕まえたところ警察官でしたが、規則ですので警察官でも切符は切らなければなりませんでした」。
これはきっとマニュアルに載っている、切符を切るときの決まり文句なのでしょう。


家に帰ってその交差点名をググってみたところ、ちょうどその角に交番があって、右折取締りの穴場のようで、何人もの人が捕まってぼやいていました。
まあ、いいこと(二人目の孫が生まれた)もあれば、悪いこともあるさ、それが人生というもの。C'est la vie.(セ・ラ・ヴィ!)
杏菜ちゃんに免じて赦してもらいましょ。


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あなたは恋してますか、それともそれは愛?

2018.08.16日
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昨日、8月15日、終戦記念日に次男正人とお嫁さんの萌さんのところに長女杏菜(あんな)ちゃんが誕生しました。
ふたりの愛の結晶です。


1人でも成立するのが「恋」
2人必要なのが「愛」
理由を作って会うのが「恋」
理由もなく会えるのが「愛」
伝え方に悩むのが「恋」
伝えなくても伝わるのが「愛」
叶わないこともあるのが「恋」
叶えたのが「愛」
一瞬で生まれるのが「恋」
一生育むのが「愛」
すぐに消えるのが「恋」
ずっと残るのが「愛」
相手の嫌いな所を見ないのが「恋」
全て受け入れるのが「愛」

―田口久人、ヤングキャリアコンサルタント


若い頃はみんな、好きな人のことで心を悩ませますね。
じっとしていられない。
一日中、いつもその人のことばかり考えている。
勉強や仕事が手につかない。
その人と少しの間でも一緒にいたい。
その人のことをもっと知りたい。
その人を自分だけのものにしたい。
その人がだれか他の人と親しげにしているのを見るとやきもちを焼く。
その人を自分のほうに向けたい。
....


挙げだせば切りがありません。
このような思いである時期、みんな悩みます。
でも、上のようなことを学校では教えてくれません。
親も友達も教えてくれません。
こんなとき、上の恋愛に関する名言を知ったなら、もっと気が楽になることでしょう。


上のことをひと言で言うと、
自分中心なのが「恋」
相手中心なのが「愛」

です。
愛には自己犠牲が伴います。
自己犠牲をいとうようなら、それは自己中心な恋。

恋が発展して愛になることもありますが、恋のままで一気に進んで結婚すると失敗に終わることがあります。というか、失敗に終わることが多いです。
結婚してからでもそのことに気づき、軌道修正してお互いに愛を育んでいくならばその結婚は成功します。手遅れはありません。


田口久人さんのことは以前、「自分らしく」でもご紹介しましたが、素晴らしい名言をたくさん書いていらっしゃいます。
私も「片思いと相思相愛」で同じテーマについて書いています。よろしかったらこちらの記事もご覧ください。


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結婚における幸せは運による

2018.08.14日
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“Happiness in marriage is entirely a matter of chance.”
―Jane Austin, 1775-1817, Novelist
「結婚における幸せは、まったく運による」
―ジェーン・オースティン、小説家
(訳 舟田譲二)


ジェーン・オースティンはいわゆる「いいとこのお嬢様」で、自身の数少ない恋愛経験と、田舎町の小さな社会の中で見聞きしたことを基に空想を繰り広げて恋愛小説を10冊ほど書いた女流作家です。


彼女の限られた見聞と空想世界の中から達した結論が冒頭の
「結婚における幸せは、まったく運による」
であって、私の考えではありません。誤解のなきよう。


それでは、私自身の結婚観はどうかと言えば、
「結婚における幸せは、まったく努力による」
です。
「運が良くて幸せになった」
と思っている人がいるとしたらとんでもない誤解で、その人の伴侶はそれはそれは涙ぐましい努力を陰でしています。
また、人生においてもっとも大きな比重を占める結婚が運によるものだとしたら、その他のことすべてが運によることになります。そして、そうでないことは私たちは経験上、また直感的に知っています。


何事にも原因があって結果があります。
どんなに大恋愛をして結婚したとしても、どちらか一方が相手の意向にそぐわない生活をしていたり、相手の気持ちをくみ取らない態度で接していたら当然の結果として結婚は破綻し、離婚という結果になります。
「風呂、お茶、飯」。退職後、一日中自宅にいるにも関わらず、会社員時代と変わらない亭主関白ぶりで指図する夫の態度などが原因で、妻が体調を崩す「夫源病(ふげんびょう)」が増えていて、なかには別居や離婚に至るケースもあると、昨日ニュースで報じていました。
これは「運」が悪かったのではなく、夫の「態度」が悪かったのです。


結婚生活とは、恋愛ごっことは違います。
「こんなはずじゃなかった」という場合は、惚れた腫れたで結婚して、相手をよく見ていなかったか、あるいは相手が自分のことを美しき誤解をしていたか、それともどちらかが豹変したかです。


結婚生活を成功させ、ふたりが幸せになるためには、お互いの「思いやり」や「努力」という協力が欠かせません。
冒頭の絵の中に
...by chance の上に取消線が引いてあってその上に choice とありますが、まさにその通りで「偶然」ではなく、結婚における幸せとは努力という「選択」の結果によるものです。
これらをせずにいて、お互いに「ハッピー、ハッピー」と言っているとしたら、それはふたりともとてもおめでたい人たちです。
絵に描いた餅のような幸せな結婚生活は、普通天から自然と降ってきません。


逆に、お互いの違いが次第に見えてきたとしても、「破れ鍋に綴じ蓋」(「夫婦円満の秘訣」)でお互いの欠けている部分を補い合う努力ができるなら、ふたりとも幸せになることができます。


最後に、この記事では「結婚生活における幸せ」をテーマに書いただけであって、ジェーン・オースティンの作家としての力量を批判するものではありません。オースティンはイギリスを代表する女流作家であり、没後200年経った今日でもイギリス国内のみならず世界中で人気があり、また彼女の作品が多くがドラマ化、映画化されているという事実を取っても、彼女の文才は十分認められます。


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20年ぶりのミニクラス会

2018.08.10日

昨日は20年ぶりぐらいで、昔やっていた成人英会話クラスのミニクラス会のようなものに招かれました。
その内のおひとり、Kさんが今年の年賀状に、パーキンソン病を患って家の中は杖、外は車椅子の生活で要介護1になった、と書いてこられショックを受けました。なんとかお見舞いにお伺いしたいと思ったのですが、突然私がひとりで行くと先方も当惑されるかもしれないと思い、当時同じクラスで親しくしていらっしゃったお友達のMさんにご一緒に行きませんかとお声をかけたのです。
ところがKさんのお具合が良くなかったのかなかなか都合の合う日が定まらずにいて、半年近くたった2週間ほど前にMさんからご連絡が入って昨日お伺いすることになったのです。しかも、同じクラスにいらっしゃったYさんもご一緒ということで、20年ぶりの4人のミニミニクラス会となったわけです。


Kさん宅に着くと、家の中から「どうぞ」と声は聞こえるのですが、玄関に出てこられません。
中に入って行くと、両手に大掛かりな杖を持って立っておられましたが、ほとんど身動きが取れないような感じで、さぞかしご不自由だろうとお察ししました。
Kさんは当時、息子さんと娘さんが小学生から中学生の頃にかけてうちの塾に来て学んでいてくださったこともあり、彼らの近況を伺うのも楽しみにしていました。
今や息子さんは39歳、37歳のお嬢さんはご結婚されて2児の母でお近くにお住まいとのこと。機会があったらぜひおふたりのお子さんたちにもお会いしたいとお伝えしました。


皆さん(私も含め)高齢者となった今、それぞれさまざまなご病気を抱えていらっしゃったり、ご主人をガンで亡くされたりと、大変な中を通ってこられています。私の病いや苦労などは赤ん坊のようなものです。
皆さん、私が昔と全然変わっていないとおっしゃってくださり、嬉しいのですが、それは上辺だけの話で、妻に言わせれば私は外見だけで内側は80歳のおじいさんだそうです(涙)。


さて、高齢者の集いらしく、話題はもっぱら病気のことや健康のこと、あるいは大きな地震や先日の西日本豪雨のような災害が起きたらどうするか、これからの老後はどう生きるか、どのような生活形態になるか、など切実な問題ばかりです。
しかし、皆さん英語の勉強を続けていらっしゃって、ハリー・ポッターを原作で読んだり、外国旅行をされたりと、すごい知的好奇心です。また、趣味の刺繍の立派な作品を持ってきて披露してくださったり、管理栄養士の知識をシェアしてくださったりと、圧倒されました。


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(Mさんのオリジナル刺繍作品)


話題は尽きず、あっという間に4時間近くも経っていました。
お暇を告げるときには、Kさんはとても喜んでくださり、また遊びに来てくださいとおっしゃって、みんなに会って少しでもお元気になられたなら、それこそ本望で目的を達成することができました。でも正直なところ、私が皆さんから一番元気をいただきました。
皆さん、素敵な機会を作ってくださってありがとうございました。


またお会いしましょうね。それまで皆さんお元気で。


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真の赦し

2018.08.07日
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"It's not an easy journey, to get to a place where you forgive people. But it is such a powerful place, because it frees you."
--Tyler Perry, Actor
「人を赦すというところに行き着く旅は決して容易くはない。しかし、そこはものすごく心強いところだ。というのは、そこは私たちを自由にしてくれるところだから」
--タイラー・ペリー、俳優
(訳 舟田譲二)


まず「ゆるす」に当たる二つの漢字の違いについて触れなければなりません。
「赦す」と「許す」です。
「許す」には「赦す」の意味も含まれています。
多くの人が日常生活でよく使うのは「許す」で、「赦す」という字を知らない人もたくさんいます。
「許す」は「許可する」という意味で、英語では permit です。
これに対して「赦す」は「赦免」「特赦」「恩赦」などに見られるように、「罪を赦す」という意味です。英語では上で使われている forgive もしくは pardon です。


「赦」の漢字は、偏の「赤」の上の「土」の部分は人が両手両足を広げた「大」のような形で「人」の象形で、その下の部分は「炎」の象形です。つまり、人を火であぶって罪を祓い清めています。


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右側の部分の「攴」は上の「ト」(ボク)の部分は「ボコッ」という表音文字で、下の「又」は右手の象形です。右手で「ボコッ」と音が出るほど強く叩いている様子を表しています。
「赤」と「攴」で、人を叩いて罪を祓い清めるところから、「罪を赦す」という意味で用いられるようになりました。


この「赦し」は私たちの人生の永遠のテーマです。
小説や詩、映画、ドラマなどのテーマもその多くに「赦し」が絡んでいます。
私たちの日常の生活を見てもやはりそうです。
人間関係のこじれ、夫婦・親子喧嘩、別居、離婚、DV、子どもの虐待、さらには夫婦・きょうだい、親子、親族間などの傷害・殺人事件などもそのほとんどは、この「赦し」の問題が関わっています。
それほど「赦し」は人生にとって重い、しかも困難な道です。


なぜ人を赦すのがこれほどまでに難しいのでしょう?
それは自分自身が赦されたという経験をしていないからではないでしょうか。
真に赦された経験をしているならば、自分も人を赦すことができるようになります。
その赦しの意味の重さに気づき、自分も人を赦さざるを得なくなるからです。
主の祈りの「我らに罪をおかす者を 我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ」の本当の意味は、
「私たちが赦されたように、私たちも、私たちに対して罪を犯した人たちを赦します」
です。


殺人事件の裁判で犯人に死刑判決が下されても、遺族は「犯人を一生赦すことができない」とよく言いますが、その結果自分自身が一生苦しみ、重い十字架を背負って生きていかなければならなくなります。
でも、自分自身も罪赦された罪人だとわかり、犯人を真に赦すことができたなら、広いところに立ち、自由になれます。それが冒頭の言葉の意味です。
「人を赦すというところに行き着く旅は決して容易くはない。しかし、そこはものすごく心強いところだ。というのは、そこは私たちを自由にしてくれるところだから」


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人は見違えるほど変わる

2018.07.25日
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"The simple act of paying positive attention to people has a great deal to do with productivity."
--Thomas J. Peters, Writer
「ただ好意的な接し方をするだけで、人は見違えるほど変わる」
--トマス・J・ピーターズ、作家
(訳 舟田譲二)


原文の
"The simple act of paying positive attention to people has a great deal to do with productivity."
はそのまま訳すと、
「人々にポジティブな注意を払う単純な行為は、生産性と大いに関係がある」
となりますが、それを敢えて上のように意訳しました。


これを書いたトマス・J・ピーターズさんは、アメリカの経営コンサルタントです。
ですから、生産性を重視する会社などではまさにこの言葉は上司と部下の関係などに当てはまります。
しかし、ちょっと考えてみると、これは上司と部下の関係のみならず親子関係や夫婦関係を始め、友人・師弟・先輩ー後輩等々、あらゆる人間関係にも適用できる言葉です。


「ただ好意的な接し方をするだけで、人は見違えるほど変わる」
を親子関係に当てはめてみましょう。
親が子に対していつもイライラしたり、怒ったりしていたら子どもは親に対して反抗的な態度を取るのは当たり前のことです。
でも、ちょっと優しく、好意的な態度を取るだけで、子どものほうもとても素直になります。
夫婦関係においてもしかり。
夫が妻に、妻が夫にもう少し優しい言葉遣いで丁寧な接し方をするなら、相手もそのような態度で接するようになります。


私は塾で生徒に教えるとき、子どもの様子を常に注意深く観察しながら、勉強に対する取り組む姿勢や興味、理解度、進歩、積極性、意欲などを見出すとすぐにそのことを具体的に褒めます。
すると生徒のほうも喜び、ますます頑張るようになります。
理系の生徒で英語が大の苦手、「英語は死んでる」と言っていたのに、入試では英語で一番高得点できるようになった生徒が何人もいます。


ブログを書くときにはいつも読者の方のニーズを意識しながらお一人ひとりにメッセージを届けるよう努めています(「ブログを続ける動機づけ」)。
すると、読者の方々はメールやメッセンジャー、ショートメッセージなどで次のような感想を送ってきてくださいます。
「それに気づくと苦難は180度意味が変わってきますね。先生のブログで私はいつも大変に励まされております。健全な見方、考え方を先生のブログを通して学んでおります。多くの方々もそうだと思います」
「舟田先生のブログはもうビンビンきまくりで、1人でスマホに向かって深く頷きながら読んでいます」
「私は先生のブログに毎日どれだけ力を頂いているか分かりません。最近は自分でも驚くほど精神状態が不安定になることがあり、聖書を開く元気もない時に、先生のブログに何度も救われました。不思議なことにどれもタイムリーなメッセージで、神様の働きを感じました。私にとって先生のブログは、本当に豊かに生きる為の知恵がつまった、現代版・箴言です」


皆さんも身近な人との接し方で試してみませんか?


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目で見たり、手で触れることのできない美

2018.07.24日
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"The best and most beautiful things in the world cannot be seen or even touched - they must be felt with the heart."
ーーHelen Keller
「世界で最上、最高に美しいものとは、目で見たり、手で触れたりできるものではありません。心で感じなければならないものです」
--ヘレン・ケラー
(訳 舟田譲二)


ヘレン・ケラーと言えばもちろん名作『奇跡の人』。
ほとんどの人がご覧になったのではないでしょうか。
家庭教師のアン・サリバンが冷たい井戸水を少女ヘレンの手に注ぎ、何度も "Water, water!" と大声で叫びながらヘレンの指を折って W-A-T-E-R と指文字を綴るあのシーンは皆さんのまぶたにも焼きついているのではないでしょうか?


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私は日本で封切された年、中学2年の時に映画館で観て感動で心が震えたことを今も鮮明に覚えています。そして、その後もテレビやビデオで何度も観ましたが、その都度感動を新たにした、私のお気に入りの映画のひとつです。


ところで映画のタイトル『奇跡の人』ですが、英語の原題は Miracle Worker です。日本語に訳すと「奇跡を起こす人」で、邦題の「奇跡の人」とはちょっと違います。「奇跡の人」だと主人公はヘレン・ケラーになりますが、「奇跡を起こす人」だとアン・サリバン女史のことをも指します。


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実際のところ、サリバン女史自身も視覚と聴覚の二つに障がいを持っていたそうです。だから、普通の光が眩しくて上の映画のシーンのようにいつもサングラスをかけていたのです。
その障がいを克服されていたそうで、その経験がきっとヘレンの盲聾唖の三重苦からの解放という奇跡を起こすことにつながったのでしょう。
そしてもちろん、ヘレン・ケラー自身も自らの経験をもとに世界中を回って講演活動を行い、多くの障がい者やさまざまな問題で苦しんでいる人たちの希望の光となって「奇跡を起こす人」となられました。この私の人生においても奇跡を起こしてくれました。


今これを読んでおられる方も、国内海外を問わず旅行などで息をのむような美しい風景に出合ったり、あるいは美術館や博物館などで惚れ込んでしまうような素晴らしい芸術品に出合ったり、また感動的な映画を観たり、最高に美味しいご馳走を食べたり、素晴らしいプレゼントをもらったり等々、一生の思い出に残る素敵な経験をきっといくつも持っていらっしゃることでしょう。
しかし、これらの経験は残念ながら時とともに次第に色あせていきます。


これに対して、冒頭のヘレン・ケラーの言葉
「世界で最上、最高に美しいものとは、目で見たり、手で触れたりできるものではありません。心で感じなければならないものです」
の中の「心で感じた」感動こそ永遠に自分の最高の宝として心に深く刻みつけられているのではないでしょうか?
五感で感動を味わうことはとても大切ですが、それ以上に素晴らしいのは「心で感じる美」すなわち「愛」を体験することです。
皆さんがこれまで生きてきて心で感じた最上、最高に美しい「愛」は何でしたか?
これさえあるなら、これからの人生で出合うどのような試練にも打ち勝つことができることでしょう。


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西日本豪雨被災者の生きる力

2018.07.20日
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"Life can be pulled by goals just as surely as it can be pushed by drives."
--Viktor Frankl, Austrian Neurologist, Psychiatrist, Holocaust Survivor
「人生はちょうど動機によって押し出されるように、目標によって引き寄せられる」」
--ヴィクトール・フランクル、オーストラリアの神経科医・精神科医・ユダヤ人大量虐殺の生存者
(訳 舟田譲二)


私たちは生きていくに当たって動機づけが必要であるように、目標も同じように必要です。
動機があいまいで目標を持っている人が時々います。
「世界一の◯◯になる」という目標は立派なのですが、動機がはっきりしていないとこのような目標はまず達成できません。
同様に、目標があいまいで動機だけある人も危険です。
どの方向に進むかわからないからです。
動機と目標は車の両輪のようなもので、生きていく上で不可欠なものです。


今回の西日本豪雨で大勢の方が亡くなり、家族や家・田畑・財産・仕事などを失って生きる目標を失っておられる方もいらっしゃるかもしれません。実際、もし自分がその立場に置かれたら、同じように打ちのめされ、立ち上がることさえ困難に思われることでしょう。


ヴィクトール・フランクルはナチスの強制収容所アウシュビッツで奇跡的に生き残ったひとりですが、その時の経験を通して、人間は生きる目標があればたとえどれほど過酷な環境の中にいても生きる力が与えられる、という結論に至り、それを書物に著しました。
『夜と霧』は『アンネの日記』に並ぶロングセラーで、「言語を絶する感動」と評されています。日本語を含め17カ国語に翻訳されており、読売新聞による「読者の選ぶ21世紀に伝えるあの一冊」のアンケート調査でも、世界の名著部門の第3位になりました。


フランクルは「人生はどんな状況でも意味がある」と説き、生きがいを見つけられずに悩む人たちにメッセージを発し続けました。過酷な環境の中で、人は「心の支え」、生きる目的を持つことが、生き残る唯一の道であると語っています。
運命に毅然とした態度をとり、どんな状況でも一瞬一瞬を大切にすること。それが生きがいを見いだす力になる。幸福を感じ取る力を持てるかどうかは、運命への向き合い方で決まるとフランクルは結論します。


去る17日の選抜高校野球広島大会の選手宣誓をした、自らも被災者であり、友人を失った生徒の言葉の中にそのことが力強く語られていました。
「...行動せずにはいられませんでした。その中でどうにもならない無力感も感じました。今なお困難な状況にある仲間もいると思います。
しかし、私たち一人ひとりにとって、選手権大会は、一回きりのかけがえのないものです。どんな状況も克服し、それを乗り越えて挑戦します。それが野球だから。
今回は、私たちの成長、私たちの闘う姿を見てもらう大会です。被災された方々に勇気と力を与えられるように全力でプレーします」


被災地の方々がこの言葉にどれほど励まされ、夢と希望を与えられたことでしょう。
「動機」と「目標」があれば、私たちはどんな試練も乗り越えて生きていくことができます。
これまでの日本人の歴史が語っているように。


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あなたはお手本

2018.07.14日
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"You are an example. Whether you are a good example or not is up to you."
--Steve Ferrante - 1916-2006, Former National Football League Player
「きみはお手本だ。いいお手本か、それとも悪いお手本か、それはきみ次第だ」
--スティーブ・フェランテ、元NFLフットボールプレーヤー
(訳 舟田譲二)


このスティーブ・フェランテの言葉はまことに至言です。
私たちは善きにつけ、悪しきにつけ、すべての面において他人のお手本となっています。
好むと好まずに関わらず、親は子のお手本となっていますし、教師は生徒の、先輩は後輩の、上司は部下のと、普通は先の者が後の者のお手本になるものですが、逆の場合だってあります。
ときに子どもが親に新たなことを気づかせてくれてお手本となってくれることがありますし、同様に生徒や学生が先生のお手本となってくれることもしばしばです。


年齢や経験の上下関係など関係なく、私たちはみんなある意味、他人のお手本となっているのです。
昨日たまたま見た光景ですが、ある大人の人が吸っていたタバコを道路に捨てていました。
もっと正確にいうと、道路の脇にある側溝の小さな穴の中に捨てていたのです。
この側溝の中は雨が降って水かさが増えると近くの川に流れ、さらにこの川は他の支流などと一緒になって海に流れていきます。
ひとりの人の心ない小さな行為によって海が汚されているのです。
そして、これを無意識に見ている若者たちが同じように吸ったタバコの吸い殻を側溝に捨てます。


ペットボトルもそうです。
空地や道路わき、川に使用済みのペットボトルを平気で捨てる人があとを断ちません。
このペットボトルもやぎて海に流れていきます。
日本全国の大小さまざまな河川に約5000万本もの空きペットボトルが捨てられているそうです。
これらのペットボトルやビニール袋などが単に海を汚しているだけでなく、魚類、鳥類、クジラ、ウミガメなどの海洋生物を数多く殺しています。
私たち人間が地球の生態系を破壊しているのです。


受動喫煙の健康への害が大きく取り上げられるようになり、2020年の東京オリンピックに合わせて受動喫煙禁止の方向へ進んでいます。でも受動喫煙は飲食店内にとどまらず、道路上においてもタバコを吸わない人に大きな迷惑行為となっています。
タバコの害についてはかなり一般社会に受け入れられるようになってきましたが、身近な親や友人などが吸っていると、これがお手本となって若者が吸い始めます。
概してタバコを吸わない親の子は吸わない傾向があります。これは良いお手本の例です。


私たちの言動や生き様、さらに存在そのものが周囲の人のお手本になっていることを考えるとき、私たちの責任は重大です。。
「人間」とは「人の間」に生きるもの。
お互いに益になるような生き方を心がけたいものです。


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ありがとう

2018.07.10日
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“‘Thank you’ is the best prayer that anyone could say. I say that one a lot. Thank you expresses extreme gratitude, humility, understanding.”
ーーAlice Walker – Novelist, Poet, and Activist
「『ありがとう』は、誰にでも言える最高の祈りの言葉です。私はこの言葉を頻繁に使います。『ありがとう』は、感謝と謙遜と理解の極みを表します」
ーーアリス・ウォーカー、小説家・詩人・社会活動家
(訳 舟田譲二)


日本語の「ありがとう」はとても美しい言葉で、外国の人たちの間でも英語の 'Thank you.' のように有名です。日本を訪れる外国人の観光客の方が「アリガト」と言うだけでなく、外国においても日本人らしき人を見かけると近づいてきて “Arigato” とよく声をかけてきます。


日本人でも知っている人は少ないのですが、「ありがとう」の語源は「有り難い」、すなわち「滅多に起こらないこと」という意味です。
もちろん、相手の人がしてくれた親切に対して「こんなことは滅多にない」と言っているわけではなく、「有り難い(滅多にないような)幸せに巡り合った、感謝なことだ」という謙遜な心を表しています。そういう意味において、この「ありがとう」はとても美しい言葉で、冒頭の英語の ‘Thank you’ と同じようにやはり「感謝と謙遜と理解の極み」の気持ちを表している表現です。


世界のさまざまな言語の「ありがとう」に当たる言葉は、それぞれの国の文化や習慣を表しているのでしょうが、おそらくどの言語においても「感謝と謙遜と理解の極み」を伝えるものでしょう。


今回の西日本における豪雨と未曾有の被害には私たち日本国民みんなが、そして世界中の人たちが心に大きな痛みを覚えており、お亡くなりになった方々に哀悼の意を表します。またご遺族の方々には天父のお慰めと癒しを心よりお祈りいたします。
自衛隊や地元の警察、消防を始め、ボランティアの人たちの懸命の救出活動、復旧活動に対して被災者の方々は悲しみと失意の中で心から「ありがとうございます」とお礼の気持ちを告げていらっしゃいます。


本当にこんなことは滅多にないことであり、そして二度と同じような事態を起こしてはならないことですが、自然の猛威の前に私たち人間になす術がないというのが現実です。
私たちも他人事ではなく、救助・復旧活動に当たっていらっしゃる方々に心から「ありがとうございます」と頭を下げて感謝と謙遜と理解の極みをもってお礼を申し上げます。


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今、苦しみの中にある人に

2018.07.08日
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"Only I can change my life. No one can do it for me."
--Carol Burnett, Actress, Comedian, Singer
「私の人生を変えることができるのは私だけ。ほかのだれにもできない」
--キャロル・バーネット、女優・コメディアン・歌手
(訳 舟田譲二)


人生、変えられるものなら変えたい、と言う人がよくいます。
これまでこのような人に何人も出会ってきました。
理由は様々ですが、生きていくのが辛い、苦しい、悲しいと言います。
そのような中で、中学のときの同級生で自殺した人が何人かいます。
また、病気で失意の中で亡くなっていった人も何人もいます。
きっと、人生変えることができるなら変えたい、と思っていらっしゃったことと思います。


私自身も昔、まだ人生の目的がわからなかった頃、自分の失敗を悔やんで死にたい、と思ったことがありました。
「人生を変えたい」と本気で思いました。


その後、千載一遇のチャンスに出合いました。
私はそのチャンスに賭けました。
今、その時のことを振り返ると、もちろん自分の力でできたことではありませんが、少なくともその選択の決断をしたのは自分自身でした。
ですから、キャロル・バーネットが言う
「私の人生を変えることができるのは私だけ。ほかのだれにもできない」
という言葉がとても重く感じられます。


そして今、苦しみの中にある人に、このメッセージを伝えたいと切に願うものです。


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あなたのやるべき価値ある仕事とは

2018.06.28日
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"Far and away the best prize that life offers is the chance to work hard at work worth doing."
--Theodore Roosevelt – 1858-1919, 26th U.S. President
「ほかの何にも比べられないほどの人生で最高の褒美とは、やるべき価値のある仕事を一生懸命するチャンスが与えられることだ」
--セオドール・ルーズベルト、第26代合衆国大統領
(訳 舟田譲二)


ここ1か月少しの間に国内のあちらこちらで頻発している痛ましい事件。
児童の誘拐殺人事件に始まり、親による幼い子どもの虐待死、新幹線内での刃物による殺傷事件、そしてまた新たに起きた交番の警察官が刺されて拳銃を奪われ、近くの小学校で警備員が撃たれて死亡という事件。


これらの事件に共通するのは、容疑者の人間関係の乏しさ、未熟さ、そして他人に対するうっぷん晴らしや社会に対する復讐心です。
言い換えれば、人から認めてもらえないなど、孤立していて自分の居場所がないことが原因のひとつのように思われます。


ルーズベルト大統領が言った、
「ほかの何にも比べられないほどの人生で最高の褒美とは、やるべき価値のある仕事を一生懸命するチャンスが与えられることだ」
はとても大切なことですが、これはただ単に「仕事」に限ったことではありません。
与えられている能力や、置かれている境遇、状況等は人それぞれみんな異なります。
自分の能力を見て卑下したり、人に嫉妬したり、逆に他人を見下したりなど、他人と比較して得るものは何もありません。むしろ、悲劇を招くばかりです。


昨日、Facebookである人がシェアしている動画を見て、とても胸を打たれました。
日本語の字幕はありませんが、言葉がわからなくても意味は十分に伝わります。
ぜひ、ご覧ください。
この母子を見ていると、これこそが状況にかかわらず真に幸せに生きる秘訣、ある意味「やるべき価値ある仕事」だと思わざるを得ません。



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保証付き 幸せになる方法

2018.06.25日
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"Explain your anger, don't express it and you will immediately open the door to solutions instead of arguments."
「あなたの怒りの感情を外に出してはいけません。口で説明しなさい。そうするなら、喧嘩の代わりに解決の扉をすぐに開くことになるでしょう」
(訳 舟田譲二)


愛する夫(または妻)と何かで行き違い、喧嘩をしたとしましょう。
反論しようとして相手の言うことを聞いていたら言い争いはいつまでも続きます。それは相手の気持ちを理解しようとしていないからです。
私たちはお互いに汚い言葉でののしり合い、相手を傷つけることになり、時には暴力などの行為に及ぶことすらあります。
これは、相手の言っていることを耳で聞いてはいるけれども、心の耳で聴いていないからです。


このようなとき、感情をいったん脇に置いておいて、なぜそのような感情を持つようになったかを冷静に相手に説明するなら、泥まみれの喧嘩を避けることができます。
気持ちを説明するのです。感情をそのまま表に出してはだめなのです。


こんなことで喧嘩を避けることができるのなら、私たちはなぜそのようにしないのでしょうか。
答えは簡単です。「言うは易く行うは難し」だからです。
自分の内にある気持ちを表に出すのではなく、まずはそれに気づき、説明しようと努めるのです。
これには、気づくことと忍耐と訓練が必要です。


もし私たちが相手の気持ちを理解しようとして耳を傾けるなら状況は一変します。本当です。
あなたは相手の気持ちを文字どおり理解し、相手もあなたの気持ちを理解して、喧嘩は嘘のように治まります。
お互いに相手の気持ちを理解できるようになるなら、解決の道はおのずから見つかります。


そして、このことは夫婦間だけでなく、親子間でも、親族間、友人間、職場の上司と部下・同僚の間など、あらゆる人間関係にも当てはまります。


聖書には次のように書いてあります。
「怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。悪魔に機会を与えないようにしなさい」
(エペソ4:26ー27)
文字どおりには、「怒りなさい。でも罪を犯してはいけません」という意味です。
「悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。ただ、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えなさい」
(エペソ4:29)


これを試して、身近な人々との人間関係を一変させてみませんか?
周囲の人たちと平和を保てるようになり、自分の心には平安が訪れ、幸せになれます。
保証付きです。


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目の不自由な人、耳の不自由な人にも通じる万国共通語

2018.06.22日
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“Kindness is a language which the deaf can hear, and the blind can read.”
—Mark Twain
「親切というのは、耳の不自由な人が聞くことができ、目の不自由な人が見ることのできる言葉だ」
—マーク・トウェイン
(訳 舟田譲二)


マーク・トウェイン、大好きです。
とても波長が合います。
今日の言葉も素晴らしいです。
「親切というのは、耳の不自由な人が聞くことができ、目の不自由な人が見ることのできる言葉だ」


昨日、誕生日を無事迎えることができました。
幼少の頃から体が弱く、毎日ビオフェルミンを服み、しょっちゅうお腹を壊しては正露丸を服んで、ほとんど毎週近く病院通いしていました。
10代の頃は、二十歳まで生きられないだろうと思ったほどでした。
二十歳になったときには30歳まで持たないだろうと思っていました。
数えきれないほどの病を経験してきました。
あちらが痛い、こちらが悪い、と言いながらもいつの間にかここまで来ることができました。
本当に感謝なことです。


昨日は誕生日に当たって、大勢の方々から温かいお祝いやお祈りの言葉をいただき、本当に感謝に絶えません。皆さん、本当にありがとうございました。


マーク・トウェインが言うように、「親切というのは、耳の不自由な人が聞くことができ、目の不自由な人が見ることのできる言葉」です。
このような人の親切、心遣いをいただくと、勇気千倍。嬉しい限りです。
私はまだ目も耳も不自由ではありませんが、たとえ不自由になったとしても、人の温かい気持ちは伝わりますし、それに対して感謝の気持ちをもって応えていきたいといつも思っています。


みんながこのような気持ちで日々過ごすことができたなら、この世はどれほど住みよい、地上の楽園となることでしょうか。
でも、悲しいかな、そのように行かないのが現実の世界です。
であるならば、少なくとも自分自身が、そして身の周りからそのような運動を起こしていきたいものです。
皆さん、今後ともどうぞよろしくお願いいたしますね。


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祖父の日

2018.06.19日
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写真の真ん中の下は私が直人を抱いているところ。その右はJoeパパが恵利紗さんを抱いているところ。みんなそっくりです。


"The fruits of your labors may be reaped two generations from now. Trust, even when you don't see the results."
--Henri Nouwen(1932 – 1996), Catholic priest, professor, writer and theologian
「労働の実は二世代後に収穫されるでしょう。たとえ今、その結果が見えなくても信じなさい」
--ヘンリー・ナウエン、カトリック司祭・大学教授・作家・神学者
(訳 舟田譲二)


一昨日6月17日は父の日でした。
昨日(アメリカの現地時間では父の日)、長男直人のお嫁さんの恵利紗さんがFacebookに上のような記事をアップしました。


直人くん❗
初✨父の日あめでとう💛💚💝
斗史希君が「早く歩けるようになって、いつもパパについていくんだ💞」と言っていたよ(本当、話せたらそう言いそうだね)😂
"You are the beeesssst DAD in the whole wide world😍Mama agrees❣"
by Toshiki
「パパはこの大きな世界中で最最最高のパパ。ママもそう言ってるよ❣」 斗史希より
Also Happy Father's Day to our bestest dads‼
Words cannot describe how much you have loved us through and through‼
Because you did so wonderfully, you have been promoted to grandpas!! HAHAHA
それから私たちの最最最〜高のパパたちへ。父の日、おめでとうございます‼
これまでどこまでもどこまでも私たちのことを愛してくれたパパたちへの感謝は言葉では言い表せません‼本当によくしてくれたので、おふたりをグランパに昇進させます!! ハハハ
湘南のグランパ&Joeパパへ💞いつも本当にありがとう‼


ということで、直人にとっては「初父の日」。
そして、私たち(恵利紗さんのお父さんJoeパパと湘南のグランパこと私)にとっては 「初祖父の日」でした。
恵利紗さん、ありがとう❣ いつも直人と斗史希のお世話をしてくれて。


ヘンリー・ナウエンの冒頭の言葉、
「労働の実は二世代後に収穫されるでしょう。たとえ今、その結果が見えなくても信じなさい」
は真実ですね。
神様の憐みによって、長男直人は私の信仰の働きを引き継いでくれ、次男正人は教育の仕事を引き継いでくれました。
本当に感謝に絶えません。


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利己主義と利他主義の人の正しい生き方

2018.06.18日
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"Make yourself a priority once in a while. It’s not selfish, it’s necessary."
--Karen A. Baquiran - Writer
「ときには自分を優先しなさい。それは決して自己中心なことではなく、必要なことです」
--カレン・A・バクウィラン、作家
(訳 舟田譲二)


この世の中、いろんな人から成り立っています。
根っから利己主義の人もいれば、逆に利他主義の人もいます。
利他主義の人は、無意識のうちに自分を犠牲にして、他人の便宜や益を優先します。
今回の東海道新幹線内の刃物による殺傷事件(「幸せは習慣」)で、襲われて負傷しているふたりの女性を助けようとして命を落とした男性。
とても正義感が強く、弱者の気持ちを理解し、困っている人たちを助けるタイプの人だったと彼のことを知る人たちが証言しています。
このような人は普段からいつもそのような考え方をしているので、今回のような状況に出くわすと無意識のうちに人を救う行動に出てしまいます。


「そんなこと考えたことない」と言う人もいるでしょう。
ほとんどの人はそうかもしれません。言い換えると、これはごく自然なことで、別にとくに悪いというわけではありません。
ただ、冒頭でも述べましたように、この世には両方のタイプの人が存在していて、さらに細かく分ければ時には利己主義、別のときには利他主義、と状況によって違う面が出てくるという人も大勢いることと思います。


世の中、善し悪し関係なくいろいろな人から成り立っていて、一人ひとりがそれぞれの役割を果たし、お互いに補い合い、助け合って生きています。
でも、気をつけなければならないのは、利己主義の人がいつも自分の益のために利他主義の人を思うように操ろうとしたり、逆に利他主義の人がいつも自分を犠牲にして他人の益のためにのみ生きている、というのは健全な形ではないということです。


冒頭の言葉のように利他主義の人も、
「ときには自分を優先しなさい。それは決して自己中心なことではなく、必要なことです」
という考え方を心に銘記しておかなければならないのです。


常に自分を犠牲にして、他人を優先していると心身に悪影響を与え、バーンアウト、燃え尽きてしまうことにもなりかねないからです。
ですから、このようなタイプの人は意識して、自分を優先しなければならないのです。優先したからと言ってそれは決して利己的なことではなく、自分のために必要なことです。


また、周囲の人もいつもこの利他主義の人の恩恵に与かっているばかりでなく、ときにはその人のためにも気を遣い、なにか自分にできることをしてあげなければなりません。
この世の中は、所詮、両者のタイプの人によって成り立っているのですから。


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教育は人生の成功の鍵

2018.06.12日

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“Education is the key to success in life, and teachers make a lasting impact in the lives of their students.”
—Solomon Ortiz, U.S. Representative
「教育こそが人生における成功の鍵だ。教師は生徒の人生に後々まで影響を与える」
—ソロモン・オーティーズ、 アメリカ合衆国下院議員


先日の記事、「勉強してなんの役に立つの?」に対して大勢の方がコメントをくださいました。やはり皆さん、関心のあるテーマのようです。
そのうちのおひとりEOさんから、次のようなコメントが寄せられました。


娘が小学生の頃、「あなたがお母さんにこれな~に?、何で?、どうするの?…って、いつも聞いてるでしょ。お母さんが、知らない、わかんない…って言ったら困るでしょ?だから、あなたがお母さんになった時、ちゃんと子供に教えてあげられる様に、お勉強しないといけないんだよ。」と言いました。そしたら娘が、「じゃあ、お母さんがバカだったら子供もバカになって、その子供もバカになるんだね。ずっと、ずっとバカが続くんだね。お母さんが頭が良かったから◯◯も頭がいいんだね。」と言いました。それ以来、自分から進んで勉強する様になりました。本もよく読む様になり、ある年の夏休みなんか、100冊も読んだほどです。私の教え方が良いかどうかはわかりませんが、娘には良かったのか、しっかりと自分の考えを持ち、賢く、優しい女性に育ってくれたと思っています。


私は次のようにお返事しました。
素晴らしいお証をありがとうございます。
とても上手な答え方だったと思います。お嬢さんが立派な女性に育たれたのは、まさにお母さんの良きお手本の結果です。


するとこのような返信をいただきました。
お褒め頂いて恐縮です。数年前に、家の近くに児童養護施設の子の週末里親になっていました。その子は、4歳から兄弟で別の施設にいたのですが、父親から離す為に中学になると同時に、私の街に移って来たのです。知らない街で、友達も無く、寂しかったのでしょう。毎日、我が家の犬の側で夕方まで座っていたのです。それで、声をかけたのがきっかけで、学校帰りに寄って、おやつを食べたり勉強したり、だんだんとうちとけ、彼女の方から週末里親になって欲しいと申し出があり、引き受けたのです。県の担当者によると、里親は幼い頃になって、大きくなったらだんだん離れて行くのが普通なのに、中学からと言うのは、本当に珍しいケースらしいです。その子も、今年成人式を迎えました。今でも、私達夫婦をお父さん、お母さんと呼び、恋人も出来たみたいで、紹介しに連れて来ました。今は、仕事も頑張って、幸せにしています。人の縁と言うのは、本当に不思議なものです。


ソロモン・オーティーズの冒頭の言葉、
「教育こそが人生における成功の鍵だ。教師は生徒の人生に後々まで影響を与える」
はまことに真実です。
上のEOさんは、まさにこの言葉を実証されました。
それもご自分のお嬢さんだけでなく、児童養護施設のお子さんに対しても週末里親として素晴らしい教育をされました。


教育というものは、学校や塾で教師が生徒に対して教えることとは限りません。
このように家庭において親が子に、また里親としてひとりの子に、一生の財産として残すことができるもの、これこそがまことの教育です。


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紳士、淑女になれるか?

2018.06.10日
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“Being male is a matter of birth. Being a man is a matter of age. But being a gentleman is a matter of choice.”
—Vin Diesel - Actor
「男であるというのは誕生時の問題。
男性になるというのは年齢の問題。
しかし、紳士になるというのは各人の選択の問題」

—ヴァン・ディーセル(ヴィン・ディーゼル)、俳優


確かに赤ちゃんが生まれたとき、「男の子です」とは言いますが、「男性です」とは言いません。
小学生や中高生に対しても、通例「男子」と言い、「男性」とは言いません。
ところが、20歳もしくは18歳になって成人するともはや「男子」とは言わず「男性」と呼びます。
年齢の問題です。


しかし、「男性」イコール「紳士」でないのは明らかです。
年齢は50歳、あるいは60歳になっていても「紳士」である人は結構少ないように思われます。


女性の場合も、上の「男の子」「男子」が「女の子」「女子」に該当し、「男性」は「女性」に対応します。
しかし、日本語の語彙の貧弱さというか、「紳士」という言葉を使うことはあまりませんが、ましてやそれに該当する女性の場合の「淑女」なんて、まず聞いたり見たりしたことありません。
ひと昔前、明治・大正・昭和初期の頃、演説の際に「紳士・淑女の皆さん」と言っていたぐらいじゃないでしょうか。


余談ですが、これを英語で、
“Ladies and gentlemen, ...“
と言っていましたが、これを日本人が言うと、
「レディース・アンド・ジェントルメン」
となりました。
でも、まず「レディース」じゃなくて「レイディーズ」【léidiz】で、「ジェントルメン」は複数形でも発音は単数形と同じ「ジェントルマン」【dʒéntlmən】です。今日でもよく使う「レディーファースト」も正確には、“Ladies first” 「レイディーズ ファースト」【léidiz fə'ːrst】です。


さて、日本語の「紳士・淑女」はあまりにも古めかしい。
かと言ってそれに代わる日本語を探してみたろころ、紳士に相当するものとしては「檀那(だんな)、貴紳(きしん)、御方、人士(じんし)、お方、士君子(しくんし)、ジェントルマン、ゼントルマン、士」ぐいらいで、淑女に対しては「レディ、奥様、御家様(おいえさま)、レイディー、ジェントルウーマン、御内儀(おないぎ、ごないぎ)、お嬢様、貴婦人、デイム」(類語辞典)で、これまた明治時代の遺物ばかり。
「彼は紳士だ」とは言っても、「彼女は淑女だ」などとはまず言わないし、ほかの言葉もみんな変。結局のところ、日本語に適切な言葉がないので、おそらく英語をそのままカタカナ語(外来語)にして、「レディース・アンド・ジェントルメン」と言っていたのでしょう。


つまり、日本語には英語の “Ladies and gentlemen“ に当たる言葉がないのです。
強いて言えば、「洗練された女性(男性)」「礼儀正しい女性(男性)」なのですが、これでは冒頭の言葉、
「男であるというのは誕生時の問題。
男性になるというのは年齢の問題。
しかし、紳士になるというのは各人の選択の問題」

が成り立ちません。


でも、ここで大切なのはもちろん、見かけとか地位とか名誉などではなく、「真に性質や品行が正しく、礼儀に厚く、学徳の高い人で、知性や教養が豊かで、礼節や信義をわきまえた男性」という意味です。(女性の淑女も同様)
このような人になるかどうか、それはひとえに私たち一人ひとりの選択であり、生き方の問題です。
今日の日本における政治家や実業家、学者などにおける名前ばかりの「紳士」 や「淑女」は意味ありません。
私たちも真のジェントルマン、レイディーを目指して成長していきたいものです。


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あなたはどのような生き方がしたいですか?

2018.06.01日
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"Love life, engage in it, give it all you’ve got. Love it with a passion because life truly does give back, many times over, what you put into it."
--Maya Angelou – 1928-2014, Poet, Singer, and Activist
「人生を愛しなさい。人生を楽しみなさい。あなたの持てる限りのものを人生に捧げなさい。情熱をもって人生を愛しなさい。あなたが人生に捧げるものは本当に何倍にもなって戻ってくるから」
--マヤ・アンジェロウ、詩人・歌手・公民権活動家
(訳 舟田譲二)


詩人、歌手、女優であるとともに、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアと一緒に公民権運動に参加した活動家。
8歳のときに母親の恋人にレイプされるという痛ましい経験をし、それ以来人間不信になります。
しかし、愛と希望の力に目覚めて、16歳でサンフランシスコで初の黒人女性車掌になり、それがきっかけで積極的な人生を歩み始めます。
『歌え、翔べない鳥たちよ』 (I Know Why the Caged Bird Sings)は、1930年代〜40年代にかけての偏見と差別の中で過ごした貧しい子ども時代の自身の体験をつづった自伝。
彼女は作家として一躍有名になります。
1993年、ビル・クリントンのアメリカ合衆国大統領就任式にて自作の詩を朗読し、2011年には大統領自由勲章を受章。全米の人々が尊敬する黒人女性作家でした。
「希望の虹」より)


幼いときからこのような耐えがたい苦しみ、悲しみ、辛さ、貧しさを経験していましたが、その後マヤ・アンジェロウは自力でそこから這い上がり、努力して自らの人生を切り開いていきました。やがて仕事に就き、この経験から自信を築いていって、詩人、歌手、女優、作家、公民権活動家になり、多くの理解者、協賛者を得るに至りました。


彼女の人生を思うなら、私たちの悩みや悲しみや辛さなど、本当に取るに足りないものです。
その彼女が、冒頭のように、
「人生を愛しなさい。人生を楽しみなさい。あなたの持てる限りのものを人生に捧げなさい。情熱をもって人生を愛しなさい。あなたが人生に捧げるものは本当に何倍にもなって戻ってくるから」
と言っているのです。


人と比べて卑下したり、落ち込んだり、不平を言ったり、人生を儚(はかな)んだり、あるいは喜びや希望のない人生を送ったりしていては、限られた人生の日々があまりにももったいないです。
どのような環境にあろうとも、自分の生き方は自分が選択するのです。
せっかく与えられた命、あなたはどのような生き方がしたいですか?


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水の上に石を投げよ!

2018.05.31日
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"I alone cannot change the world, but I can cast a stone across the water to create many ripples."
--Mother Theresa – 1910-1997, Saint
「私はひとりで世界を変えることはできません。でも、水の上に石を投げてたくさんのさざ波を起こすことはできます」
--マザー・テレサ
(訳 舟田譲二)


マザー・テレサが残した数えきれないほどの名言は時代を超え、国や文化を超えて人の心を動かします。
今日の言葉はいかにもマザー・テレサらしいまさに金言中の金言と言えるものです。私の大好きなたぐいの言葉で、魂を揺さぶられます。


マザー・テレサはその謹厳実直な生き方そのものが多くのことを語り、世界中の数えきれないほどの人々の人生を動かしてきました。口先だけで綺麗事を語るのでなく、まさにそのままの人生を歩んだ方でした。


今日の金言、
「私はひとりで世界を変えることはできません。でも、水の上に石を投げてたくさんのさざ波を起こすことはできます」
は、私たちすべてに語られている言葉です。
マザー・テレサはあの小さな身体で、多くを語らず、世界中の弱者のために「水の上に石を投げてたくさんのさざ波を起こし」て、その結果世界中の人々の心を動かし、人々の心の中に愛の炎を起こし、その輪を広げていってくれました。


私たちもマザー・テレサに倣い、たとえ大きなことはできなくても、さざ波を起こす石を水の上に投げ続けようではありませんか。小さな行動が積もり積もって世界を変えます。


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親は子どもにとって最高のお手本

2018.05.30日

"Parents are the ultimate role models for children. Every word, movement and action has an effect. No other person or outside force has a greater influence on a child than the parent."
--Bob Keegan
「親というものは子どもにとって最高のお手本だ。話す言葉、身体の動き、行動、一つひとつが子どもに影響を与える。子どもに対して親よりも大きな影響を与える人やものはほかにない」
--ボブ・キーガン
(訳 舟田譲二)


昨日、昔のカセットテープの探し物をしていたら、偶然に父の手記を見つけました。
20代から40代まで勤めていた日産自動車の本社社内報のようなものです。
生まれて初めて見るもので、読み終わってからカセットテープ探しそっちのけで、しばし昔の父の思い出に浸っていました。


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変色していて時代を感じさせます。
「父の日」の記事の中に、「写っているワゴンタイプのセドリックのパトカーはその後刑事物のドラマでよく見かけましたが、父のアイデアで生まれたものだそうで、これはその第1号を京都府警に納車したときの写真です」と書いていました。
これを裏打ちするかのようにこの手記には、「内部仕様まで大半自分が提案したパトカーと同色のセドリックバン4台の納車日」とあります。


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父がこの日の納車のために、少し前のある日、5時半に起床して京都府警本部の会計課長宅を訪問してセールスしていたのです。
「父の全盛時代の40代の頃の写真」と上の記事に書いていたのですが、このとき父はなんとまだ34才という若さでした。
34才といえば、私の長男直人と次男正人のちょうど真ん中の年。
この年齢で、10年以上にわたって毎年全国トップセールスマンとして本社で表彰され、最後には社長功労賞まで受賞していたというから驚きです。しかも、高度成長期の三種の神器3C(カー、カラーテレビ、クーラー)が生まれる前のことで、医者か会社の社長にしか乗れないセドリックのような高級車を毎年100台以上販売していたのです(車社会の現代でも年間100代以上を売るのはとても難しいと、ある車のセールスが話していました)。


さて、この父の発案で生まれたセドリックの事故処理車は、当時のお茶の間の人気テレビ番組『特別機動捜査隊』ほかで登場していましたが、この番組がきっかけで警視庁や警察本部に機動捜査隊が実際に設置されることになり、さらに当時の警視総監がこのドラマのファンだったため、後に実際のパトカーにもセドリックが採用されたという逸話が残っているようです。


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そして、やがてこれが今日のキャラバンタイプの事故処理車に発展していったのです。


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私は幼い頃から、父を尊敬し、憧れ、目標にして育ちました。
英語が流暢に話せて、ジャズが好きで、母と一緒に78回転のSPレコードに併せてダンスをしていた、蝶ネクタイが似合うダンディでカッコいい父。
私の人生にもっとも大きな影響を与えた人でした。

今日の言葉、
「親というものは子どもにとって最高のお手本だ。話す言葉、身体の動き、行動、一つひとつが子どもに影響を与える。子どもに対して親よりも大きな影響を与える人やものはほかにない」
を語ったボブ・キーガンはメジャーリーグの野球選手だったようですが、やはり彼も同じように父親から大きな影響を受けて育ったのでしょう。
私たち親の責任は本当に大きいです。
そして、およそ社会で上に立つ者、指導者、経営者、教育者、リーダーなども同様に、後進の人たちのお手本となるべき大きな使命が与えられています。


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1%の奇跡

2018.05.29日
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“There are two ways to live: you can live as if nothing is a miracle; you can live as if everything is a miracle. “
ーーAlbert Einstein
「二つの生き方がある。奇跡など一つもないという生き方。もう一つは、すべては奇跡という生き方」
ーーアルベルト・アインシュタイン
(訳 舟田譲二)


毎日新聞が26、27両日に行った全国世論調査で、日本大アメフト部の選手が危険な反則タックルをして関西学院大の選手にけがをさせた問題を巡り、内田正人・前監督やコーチら指導者は反則を指示していないとする日大側の説明に対して「納得できない」とする回答が82%を占めた。「納得できる」は1%にとどまった。
(この事件の経緯については、「泣けました!」「あなたの人生はここで終わるわけではない」をご参照ください)


実際のところ、納得できないという人が100%だったとしても不思議でないような状況で、納得できると答えた人が1%いたというのは、日大にとっては本当にありがたい、最後の一縷(いちる)の望みの1%です。


前監督・前コーチによる記者会見、そしてそれに続く日大学長による謝罪会見も、ほとんどの人にとって空しく聞こえました。
日大アメフト部の現役選手、父母会、そしてアメフト部OBまでそろって上の会見について納得できないと異議を唱え、関東学連も「監督とコーチの指示を認定する方針」、関東学生アメリカンフットボール連盟も月内には臨時理事会を開催し、処罰について最終的に審議・議決する見込み」と発表しました。


このような中で1%の人が納得できると言っている今、日大側が自らの非を認めて真に謝罪し、関学側と和解することのみが、唯一のこの問題の解決の道です。たとえ、日大が言うように第三者委員会を立ち上げて調査しても、これまでと似たり寄ったりの結論を出すならば、それこそ日本全国民を敵に回し、日大が汚名を挽回する最後の機会も潰(つい)えてしまいます。


勇気を出して最後の1%に賭けてください。
そうするならば、私の期待するもう1%の劇的な奇跡の大展開もあり得ます。
それは、日大の加害者学生と関学の被害者学生の間で完全な和解と新しい友情の誕生、それに伴う両大学間の信頼回復と、試合再開にとどまらない関係修復とこれまでにない緊密な関係構築です。
そして、これこそが大学の教育の一環という場での、勝ち負けを超えた本来のスポーツの目的・意義ではないでしょうか。
これができるなら、この忌々(いまいま)しい事件がのちに美談として語り継がれるとこになり、それこそ映画化されるというような展開になったとしても不思議ではありません。
でも万一、日大が当該学生を退学処分にでもしようものなら、日大の信用は完全に失墜し、最後の1%も完全に消えてしまうことでしょう。


「二つの生き方がある。奇跡など一つもないという生き方。もう一つは、すべては奇跡という生き方」
私はアインシュタイン同様、奇跡を信じる者です。
日大側の勇断に期待しています。


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救急車の蛇のロゴのルーツ

2018.05.28日

救急車のロゴに蛇が使われているのを皆さんご存じだと思います。


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よく見かけますよね。
蛇が棒(杖)にからみついています。
なぜ蛇が使われているのかご存じですか?救急車のイメージと蛇ってあまり結びつかないのではないでしょうか?


はっきりしたルーツはわかりません。
杖と蛇は古代ギリシャ神話でアスクレーピオスが持っていたものとする説があります。
優れた医術の技で死者すら蘇らせ、後に神の座についたとされることから、医神として現在も医学の象徴的存在となっていると言われています。


207ef47e.png


もうひとつの説は聖書に由来します。
有名な「モーセの十戒」の中の1シーンで、エジプトを脱出したイスラエルの民が荒野の中を放浪します。このとき、民は食べ物がないと言って、昔エジプトで奴隷とされていたときのほうがご馳走をお腹いっぱい食べられた、とモーセに食ってかかりました。
神様はこのとき、民を憐れんで天よりマナという食べ物を与えられました(「なんである アイである Part4」)。
初めのうち、民はこのマナを「ありがたい、ありがたい」と言って喜んで食していたのですが、来る日も来る日も食べているうちに飽きてきて、マナを「粗悪な食べ物」「みじめな食物」と呼んで、神とモーセに文句を言い始めました。
このとき、感謝をすぐに忘れて不平を言う民に神様は怒って燃える蛇を送りました。蛇は民に噛みつき、多くの人たちが死にました。そこで民は自分たちの罪を認め、救いを求めました。彼らはモーセのところに来て、「私たちは主とあなたに不平を言って罪を犯しました。どうか、蛇を私たちから取り去ってくださるよう、主に祈ってください」と乞いました。
そこで、モーセが彼らのために祈ると、神は民を救済する方法をモーセに教えました。「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ。すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる」。これが神の救済方法でした。(民数記21章)
紀元前1500年少し前の出来事です。


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モーセが死んだヨルダンのネボ山には上の出来事を記念した蛇の彫刻が今日もあります。


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これが新約聖書になると、
「モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。
それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」
(ヨハネ3:14-16)


これが医療の世界に引き継がれて、今日世界中の救急車や医療施設、WHOなど救急医療のシンボルとして使われているロゴとなったのです。
Star of Life と呼ばれるこのロゴには、6つの救急医療の柱があります。
それぞれは次のものを象徴していて、杖にからみつく蛇の周りについています。


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私としては神話よりも史実に基づく話の方が説得力があるように思えますが、ひょっとしたら両者の説にこのロゴの起源があって、後に合体したのかもしれません。
象徴的とは言え、とても興味深いです。


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またまた大泣きに泣きました

2018.05.27日

「あなたのパンを水の上に投げよ、多くの日の後、あなたはそれを得るからである」
(伝道の書11:1)


私の敬愛する故榎本保郎先生による『旧約聖書一日一章』は、デボーションで毎朝読んでいる書です。
昨日の箇所は上の伝道の書11:1からでした。
毎朝、その日ごとに大切なことを教えられ、恵まれ、感動するのですが、とくに昨日のこの霊想からは初め大笑いして泣き、次に感動して泣き、最後は感謝して大泣きに泣きました。
シェアさせていただきます。


有名な言葉である。元来は慈善行為をすすめるものだとの説もあるが、伝道に関してこの言葉がよく引用される。


私が同志社の神学生のとき、牧師に連れられて路傍伝道に行ったことがある。提灯(ちょうちん)と木箱をさげて街頭に立ち、そこで牧師は説教をした。葵祭りの宵であったと記憶する。大勢の人たちが街に出て行き来していた。牧師はこれらの人たちに向かって説教したのであるが、だれ一人足をとめて聞く人はなかった。説教が終わると牧師は私にも何か話をせよと言った。私は大きな声で「皆さん」と呼んだが、やはりだれも足をとめてくれなかった。ただいたずら盛りの子供が前をちょろちょろしているだけであった。話が終わってなんともいえぬ気持ちで教会に引き上げてきた。片手に木箱、片手に提灯をぶら下げた私の姿は見るもあわれであった。私は恥ずかしさと、信仰に耳をかさない人々に対する憤りとで腹が煮えくり返っていた。そんな私を心ない子供たちが「アーメン、ソーメン、ヒヤソーメン」と言ってからかった。私はうしろをふりむき、彼らをにらみつけてやった。


教会に帰りつくと牧師はすぐに私に感謝祈祷会をしようと言った。私はこれを聞いてまた腹が立った。「何が感謝や、これやからキリスト教はだめなんや、腹が立てば腹が立っていいじゃないか。その方がよほど正直や」。しかし、牧師に促されてしかたなく祈祷会に加わった。そのとき牧師は賛美歌の536番をうたおうと言った。


1.むくいをのぞまで ひとにあたえよ
こは主のかしこき みむねならずや
水の上に落ちて ながれしたねも
いずこのきしにか 生いたつものと
2.あさきこころもて ことををはからず
みむねのまにまに ひらすらはげめ
かぜに折られしと 見えし若木の
おもわぬ木陰に ひともや宿さん


私はこの歌をうたっている間に自分が恥ずかしくなり、いまさらのように自分の信仰のなさを恥じた。


それから20年ほどしたとき、私のところに同志社の神学部の新卒生が派遣されてきた。私は彼に面接をしながら、なにげなく彼の住所を見たところ、私がかつていた教会の近くであったので、20年前にこんなことがあったと彼に話した。話を聞いたいた彼は私の話が終わるのももどかしげな表情で私にこう言った。「先生、そのとき、アーメン、ソーメン、ヒヤソーメンと言ったのはこのぼくです。ぼくはあれからしばらくして教会に行くようになったのです」。私はあまりにも奇(くす)しき神のみ業に、しばらく何も言えなかった。まことに「多くの日の後、あなたはそれを得る」であった。


私はこれを読んでいて、これまでの私の人生が走馬灯のように頭の中を駆け巡りました。
私も神学生のとき、提灯と木箱は持たなかったものの、通りで賛美歌を歌い通りゆく人に路傍伝道したこともありました。ですから榎本先生のお気持ちは痛いほどよくわかりました。
そして、高校生の頃の出来事(「神の存在は証明できるか」)。
アメリカ留学中の榎本保郎先生の『ちいろば』との出合い(「生まれ変わり」)。
私が小学4年生のとき教育実習で来られた西村先生と榎本和子先生との出会いのシーン(「京都はとても暑く、私も熱かった!」)。
ちょうど1年前のゴールデンウイークの榎本和子先生との再会(「今日もいくつもの素敵な出会いが」)。
これらのことを思い浮かべながらお祈りしているともう感謝で泣けて泣けて。ティッシュで鼻をかみながら祈りました。
隣りで心を合わせて祈っている妻も泣いていました。


私の知らないところでパンが投げられていたのです。
知らないところであなたのためにもパンが投げられています。そして、それをあなたは多くの日の後に得るのです。


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より幸せになるための13の方法

2018.05.26日

私たちにはだれでも自分を幸せにする力があります。
一日の中で良かったことをいくつか書き留めるといったことから、ただ単に微笑むことまで、現在よりももっと幸せになるためにできるヒントがここにあります。
科学的に証明された幸せになれる方法を、Business Insiderが「幸せになるための13の方法」として公開しています。
13 Scientifically Proven Ways To Be A Happier Personより)


1.人のためにお金を使う
自分のためにお金を使うよりも他人のためにお金を使うほうが幸せになれる、という研究が『心理学紀要』の中で紹介されています。
「収入の大きさにかかわらず、他人にお金を使っている人がもっとも幸せな人」とこの研究は結論しています。自分のためにお金をぜいたくに使う人よりも、慈善事業や他人のためにお金を寄付する人は普通の人よりもつねに幸せに感じています。


2.天から与えられた恵みを数える
一日の終わりに、その日に受けた感謝できることを3つ書き留める人は、この習慣を持っていない人たちよりはるかに幸せに感じていると、ペンシルベニア大学教授マーティン・セリグマン氏などが研究の結果明らかにしています。
特別なことでなく、たとえばあなたの好きな人があなたに微笑みかけてくれたとか、夫や妻があなたに好物のデザートを買ってきてくれた、といったほんのちょっとしたことでいいのです。


3.なにか新しいことを試してみる
研究によると、冒険に出かける人やなにか新しいことにチャレンジする人、普段の生活に変化をつける人は一般的により幸せに感じているということが明らかになっています。
新しいことを試すと運動機能を高め、同時に頭脳を活発化します。


4.楽しみをとっておく
楽しみにしているとより一層幸せになります。
楽しい出来事を期待するのは私たち人間の本質だそうです。夕飯のご馳走やデザートを楽しみにしているだけで幸せになれます。


5.青い色を見る
サセックス大学の研究によると、青い色を見ていると自信が生まれ、ストレスが減少し、幸せ感が増幅するそうです。
『デイリーメイル』紙によると、私たちの青に対する好感は、「午後の青空が一日の満足感と夜の熟睡を結びつけていた」という私たちの先祖の考えからきているということです。


6.目標設定する
心理学者ジョナサン・フリードマンは、短期・長期目標を設定する人は設定しない人よりも幸せ感が強いと言います。
また、ウィスコンシン大学の神経科学者リチャード・デイビッドソン氏は、設定した目標に向けて頑張っている人はポジティブな感情を活発化させるのみならず、ネガティブな感情を抑え込むということを発見しました。


7.自分の意見に固執しない
『究極的な幸福の処方箋』の著者Dr. ディーパック・チョプラは、中立性を維持することは自分を幸せにする最善の方法だと言っています。
「自分の意見に固執することをやめると、心理的なエネルギーの消費を99%抑えることができ、より幸せに感じることができる」とチョプラ氏は語っています。


8.教会に行く
最近の研究の結果によると、定期的に教会に通っている人はそうでない人よりもはるかに幸せに感じ、自分たちの生活に満足しているということです。
メルボルン大学教授ブルース・ヒーディー氏は、25年間にわたって教会に通っている人たちを追跡調査したところ、彼らは肥満にならずスリムな状態を維持し、仕事について悩むこともなく、感情的に落ち着いたパートナーと結婚生活を続けていたということを発見しました。


9.毎晩少なくとも6時間の睡眠をとる
イギリスのイエオ・バレー社が18歳から65歳の人々を調査したところ、毎晩約6時間15分途中で目覚めることなく眠っている人たちは、幸せ度を5段階で5と答えたそうです。


10. 通勤時間は20分以内
上のイエオ・バレー社が行った調査によると、通勤時間が20分以内の人たちが幸せ度を5で評価しました。通勤時間が心身の健康にも影響を与えています。


11. 少なくとも10人の良い友人を持つ
ノッティンガム大学の研究によると、10人の良い友人を持っている人は、5人もしくは5人以下の友人を持っている人と比べると、より幸せに感じているということです。
「多ければ多いほど楽しい」というのは事実で、友達は多ければ多いほど人は幸せに感じています。
自分たちの幸せのためにも友人関係を豊かにすべきだと結論づけています。


12. 幸せになるまで幸せのふりをする
ちょっと大変そうに見えるかもしれませんが、実際にはたとえ悲しくても幸せそうに行動していると本当に幸せになれます。
いくつかの研究の結果も、ただ微笑んでいるだけでも人は幸せになれるということを証明しています。


13. 愛情関係
愛する人がいると人は幸せになれるものです。
コーネル大学の研究によると、幸せな結婚生活をしているかどうかでその人の健康や幸せの度合いが決まるそうです。
お互いに相手に対するコミットメントが強いほど、そのような関係の中にいる人は幸せに感じます。
(訳 舟田譲二)


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泣けました!

2018.05.23日

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"Be strong when you are weak,
Brave when you are scared,
and Humble when you are victorious."

― Michelle Moschetti, author
「弱いときには強くあれ
怖れているときには勇敢たれ
勝利のときには謙虚たれ」

―ミシェル・モチェッティ、作家


昨日午後2時45分からの日大アメフト部の加害選手の記者会見を見ていて泣けてきました。
去る5月6日に起きた、日大と関西学院大学の試合中に起きた悪質な反則タックルプレー。
全国の人々の注目を浴びた加害者学生による謝罪会見でした。
20歳になったばかりの青年が実名顔出しで自ら記者会見の場を持つ決意をし、しかも時系列でこの事件の起きた背景を客観的に事実のみを述べ、監督やコーチに対する批判や私見、自らの行為に対する弁解の言葉を語らず、ひたすら謙虚な態度で謝罪した姿に私は男泣きに泣きました。


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普通だったら自分をかばうために監督などを責めたいところなのに、この選手が語った言葉は:
「たとえ監督やコーチに指示されたとしても、私自身が『やらない』という判断ができずに、指示に従って反則行為をしてしまったことが原因であり、その結果、相手選手に卑劣な行為でケガを負わせてしまったことについて、退場になった後から今まで思い悩み、反省してきました。そして、真実を明らかにすることが償いの第一歩だとして、決意して、この陳述書を書きました。相手選手、そのご家族、関西学院大学アメリカンフットボール部はもちろん、私の行為によって大きなご迷惑をおかけした関係者のみなさまにあらためて深くお詫び申し上げます。本当に申し訳ございませんでした」
自分の非を認め、謝罪に徹したこの選手の勇気と潔癖さに感動で胸が震えました。


それに比べて、日大アメフト部監督始め、日大側の後手後手に回る対応には失望するばかりです。監督はただ、責任を取って辞任すると語るのみで、自らを始めとする指導者側の加害選手に対する脅しや卑劣なやり方を認め、謝罪するどころか保身に徹しています。


また、この記者会見後、日大広報課長は「こちらとしては何もお話しすることはありません。お引き取りください。法人としてお話することはない」というコメント。
「関西学院大学アメフト部被害者学生、および関係者の皆様にご迷惑、ご心配をおかけして申し訳ありません。事件に関して調査後、改めてご報告させていただきます」となぜひと言、言えないのか理解できません。


これは事故ではなく明らかに事件です。
下手をしたら被害者学生に後遺症が残り、一生棒に振ったこともあり得ました。
さらに、当該の加害者学生も、もう二度とアメフトはしないと言うほど、自らをいさめていて苦しんでいるのに、それに対する日大側のいたわりの心が微塵も見えません。


もし、私が被害者学生、またはその親であったなら、加害者学生の暴行を赦し、日大の監督・コーチ陣だけに絞って訴えを起こすことでしょう。
また、もし私が日大側の人間であったとしたら、被害者はもちろん加害者学生に対しても真摯に謝罪し、その償いとして当該学生には日大での残りの勉学に対しては学費無償にし、さらにアメフト部に残留してもらうよう頭を下げてお願いするかと思います。
日大側にこのような大所高所の大決断ができ、今回の問題に対して逃げずに取り組むなら失った信用を取り戻すことができるかもしれません。しかし、このままだと単にアメフト部の問題にとどまらず、大学自体の信用失墜につながることでしょう。


冒頭の言葉、
「弱いときには強くあれ
怖れているときには勇敢たれ
勝利のときには謙虚たれ」

はスポーツマンシップのお手本を示していますが、同時にこれは私たちすべてに当てはまる教えです。


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新潟県女児殺害事件 プロファイリング

2018.05.21日

去る5月7日、新潟県で小2の女児が殺害され、遺体を線路上に遺棄して遺体損壊をはかるというとても痛ましい事件が起こりました。
事件後1週間、毎日のように新聞やテレビで報道され、国民の多くの人がこの事件に心を痛め、一刻も早い犯人検挙を願っていました。
そして14日、ニュース速報で23歳の重要参考人が事情聴取され、本人が殺害・死体遺棄を認めたため逮捕状が出たと伝えられました。
それから1週間がたちましたが、その後事件の続報はほとんど伝えられていません。


事件直後の1週間は毎日、各テレビ局の特別番組に元刑事や犯罪心理学者など、いわゆるプロファイラーと呼ばれる人たちが犯人像を描いていました。
妻が、まだ犯人は捕まらないの、警察は何をしているの?と言っていましたが、警察は付近の聞き込みや防犯カメラや車のドライブレコーダーなどの分析から、犯人像をかなりしぼっているからもう時間の問題で捕まるよ、と私は言っていましたが、同時に私なりにプロファイリングして犯人像を妻に語っていました。


私は推理小説や刑事ドラマ、サスペンスなどで結構、推理が働くほうで、犯人を言い当てることがしばしばあります。実は今回の事件でも、私が妻に言っていた犯人像は、
1.被害者宅のすぐ近くに住んでいる
2.ごく普通に見える20代前半の独身男性で、家族と同じ家に住んでいる
3.性格は外見上おとなしく、家族や友人などだれも彼が犯人とは思いもよらないような人物
4.黒い服を着、サングラスをかけて女児を追いかけたという不審者とは別人物
などでしたが、これらがほぼ全部当たっていたので、妻は驚いていました。
今は、犯人はまだ黙秘を続けているのか、犯行の動機や経緯(いきさつ)を少しずつ話し始めているか明らかにされていませんが、きっともう近いうちに自白し始め、あとは時間の問題で犯人が犯行を自供というニュースが速報で流れると見ています。


本当はこのような残虐な事件をこのブログで語ることははばかられるのですが、なぜ今日このことを話題にしたかというと、昨日の礼拝メッセージの中でうちの柿谷牧師が好地由太郎(こうちよしたろう、1865年 - ?)の話をしたからです。
礼拝後、彼の生い立ちや生涯を少しリサーチしてみました。(ソース:Wikipedia、日本キリスト教人物史、聖書に触れた人々シリーズ「犯罪者から伝道者になった人、好地由太郎」、河野ハレのブログ等)


兄2人、姉1人がいた。祖父母の代までは資産があり、使用人を雇って海産物行を営んでいたが、明治期の初年ごろから毎年の不漁続きに加えて種々の災難が重なり田畑、家屋敷が人手に渡った。
由太郎が9歳のとき両親は別れて、父は兄と姉を連れ、母が由太郎を連れて出たが、住む家もなく、小さな物置同然の小屋で雨露をしのいでいた。しかし、10歳のときに母親と死別し、同じ村の農家に父親の借財の質として引き取られ、家畜以下の半奴隷の扱いを受け、4年間を過ごした。


このような非常に貧しい環境の中で育った由太郎は親や身近な人の愛を知ることのないまま、17歳で奉公先の女主人を強姦し、それを隠蔽するため殺害・放火。逮捕され、死刑を宣告されるが、未成年のために無期懲役刑になる。
しかし、模範囚となった由太郎は監獄の頭となっていたが、ひとりの青年が路傍で耶蘇教(キリスト教)について語っているときに巡査の命令に服さなかったために官吏侮辱の違警罪で投獄されたが、取扱上の手落ちで重罪犯の監房に入れられた。
獄のほかの囚人たちがこの青年を袋叩きにしたが、そのとき、この青年が言った言葉、「わたくしはここで殺されても天国に参りますが、ここにいる方々は神を信ぜぬ罪人です。どうか、この方々の罪を許してください」と祈るのを聞いた由太郎は、青年が監獄を出る際、「どうすれば君のような心になれるのか教えてくれ」と尋ねたところ、青年は「耶蘇教の聖書をお読みなされ」とひとこと言って獄を去った。この間、ほんの20〜30分の短い時間だった。


由太郎が聖書の差し入れを願ったところ、ひとりの牧師を通して聖書が贈られた。学のない由太郎は文字がまったく読めなかったが、聖書を読むためにカタカナとひらがなを学んで聖書を読み始めた。その後もたびたび脱獄を試みたりしたが、やがて自らの罪を悔い改め生まれ変わる。
新約聖書をすべて覚えるほどまで繰り返し読み、さらに旧約聖書も暗記して、模範囚となって39歳のとき明治天皇の特別な恩赦により釈放され、全国の監獄を巡回して伝道活動をするようになる。
多くの重罪人を含む囚人を始め、学者や実業家も信仰に導き、陶器の器で有名なノリタケの創業者、森村市左衛門も導いて洗礼を授けた。
のちに神学校の教師も務めた。
そして、自らの生涯を綴った『恩寵の生涯 獄中三十年 好地由太郎自伝』を著した。


この信仰生涯を見ていくと、今日のミッションバラバ(元暴力団員の牧師たち)の働きを連想します。
冒頭の、新潟女児殺害犯も真に自らの罪を悔い改めて生まれ変わり、被害者家族や関係者たちに心から謝罪するとともに、このような事件が将来起こらないよう、自らの命を捧げて社会に対して何らかの貢献ができるほどになって欲しいと心から願うものです。ほとんど不可能に思われるようなことですが、好地由太郎とて同じでした。


「それは人にはできないが、神にはできる。神はなんでもできるからである」
(マルコによる福音書 10:27)


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私の近況報告

2018.05.18日
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"The best way to pay for a lovely moment is to enjoy it."
--Richard Bach – Author
「素敵な時を過ごしていることに対する一番の感謝の表し方は、その時間を楽しむことだ」
--リチャード・バック、作家
(訳 舟田譲二)


"The best way to pay for a lovely moment" の 'pay' は文字どおりには「支払う」「代価を払う」という意味です。
すなわち、'a lovely moment' 「素敵な時間を過ごしていることに対する、感謝の気持ちの表し方の一番の方法」というのが原義です。
ですから、そのような「感謝の気持ちの表し方として一番の方法」は、「その素敵な瞬間を楽しむこと」だと言っているのです。


ちょうど一昨日の記事、「いい人生を生きる秘訣」の中にも書きましたが、いい人生を生きる秘訣は、「今」というこの瞬間を楽しむことです。
そして、素敵な瞬間を過ごしていることに対して感謝の気持ちを表す最善の方法は、その瞬間を思う存分楽しむことなのです。
つまり、一昨日の記事の言葉と今日の言葉は 'hand in hand' 「表裏一体」です。


還暦を迎える少し前から体調を崩し、それに続く父の召天、義母の交通事故と入院、妻の実家での看病生活、その直後に起こった東日本大震災と妻のいないしわ寄せによる多忙など、極度のストレスが相次ぎ、私も倒れて仕事ができなくなりました。
毎日、吐き気やめまいに襲われ、味覚・聴覚・嗅覚異常、うつ、幻覚・幻聴、睡眠障害、記憶障害、激やせ(2か月で体重−10kg、ウエスト−10cm)などの症状が現れて、しばらくは自宅でほとんど寝たきりの生活を余儀なくされました。
あちらこちらの病院にかかって検査、診察してもらっても原因不明。
のちに5つ目の病院の検査で脳波の異常が発見され、てんかんと診断。
こんな生活が5年ほど続きました。


そんな中、このままでいたら本当に一生寝たきりの生活になると思い、少しずつ外に出てウォーキングを始めました。最初は、10分歩くだけでふうふう、心臓はドキドキ。
やがて30分、1時間歩き、そのうちに8km、10km...20kmと伸ばしていきました。
そして、もう治ったかと思ったのが今からちょうど3年前(「絶"不"調から絶好調へ」)。
ところが、その直後に今度は繊維筋痛症を患い、全身の痛みでまたウォーキングができなくなりました。


でも前回の病も、今回のも信仰によって打ち勝ちました。
そして、今またウォーキングに励み、健康作りに再チャレンジしているところです。
毎日、そして一瞬一瞬を楽しみながら。


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ここ数日はほぼ毎日10km前後ウォーキングしていますが、背後で私のために祈って支えてくださっている方々や家族に心から感謝しつつ歩きながら祈っています。
そして、今の健康を感謝するだけでなく、目に入る景色や新緑の匂い、ホトトギスやカラスの鳴き声、小川のせせらぎ、海の波の音、潮の香り、涼しい海風などの自然だけでなく、途中行き交うウォーキングしている人やジョギングしている人、犬を散歩に連れている人やサーフィンしている人たち等々、目に入るすべてのものが新鮮で美しく、もう本当に一瞬一瞬を心ゆくまで楽しんでいます。


今日の言葉、
「素敵な時を過ごしていることに対する一番の感謝の表し方は、その時間を楽しむことだ」
はまさに私の今の人生そのものです。


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反対者(敵対者)に出会ったら

2018.05.17日

"Whenever you are confronted with an opponent, conquer them with love."
--Mahatma Gandhi – 1869-1948, Indian Activist
「反対者(敵対者)に出会ったらいつでも愛で打ち勝ちなさい」
--マハトマ・ガンジー、インドの政治活動家
(訳 舟田譲二)


ガンジー(またガンディ)は、ロンドンへ留学して弁護士の資格を取り、1893年、イギリス統治下の南アフリカで弁護士業を始めたましたが、列車の一等車への乗車を拒まれて荷物と一緒に放り出される経験をし、これをきっかけに人種差別への反感を覚え、差別撤廃に向け人生を歩み出しました。
そして、後に祖国インドに戻ってからはイギリスからの独立運動を指導し、暴力に対して暴力で抵抗せず非暴力で抵抗して民衆を指導し、インド独立を独立に導きました。
この非暴力の流れを受けたのがアメリカで黒人の地位向上と公民権運動を展開したキング牧師です。


下のビデオはスペインの公園で撮られたものです。
小さな子どもたちが、母親のいる前で黒人の子どもを仲間外れにし、「猿」と言ってからかったり、頭をたたくなどの暴力をふるっています。
母親は自分の子どもに対して差別をする子どもたちに対して、またそれをベンチの上で黙って見ている親たちに対しても怒ったり、抗議したりすることなく、黙ってその場を去っていきます。


親たちが人種差別をしていると、子どもたちもそれを当然のことのようにして同じような行動を取ります。このような人種差別は決して許されるものではありません。
しかし、この黒人のお母さんのように悪態をついたり、喧嘩したりせずに去ることは、非暴力を貫いたガンジーやキング牧師が勧めた本物の愛ある行動と言えるのではないでしょうか。


私たちも、もし何らかの理由で差別行為を受けたり、暴力をふるわれたりするようなことがあったら、ガンジーの言うように、
「反対者(敵対者)に出会ったらいつでも愛で打ち勝つ」
ことが一番の賢明な方法であり、また神の喜ばれることだと思います。



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感謝の心は人と人の心をつなぐ接着剤

2018.05.10日
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"Appreciation is a wonderful thing: It makes what is excellent in others belong to us as well."
--Voltaire – 1694-1778, Writer and Philosopher
「感謝するというのは素晴らしいことだ。感謝によって他の人が持っている素晴らしいものを私たちも共有することができるからだ」
--ヴォルテール、文学者・哲学者
(訳 舟田譲二)


感謝する心は私たち人間が持つ最高の資質のひとつです。
「感謝しない心」とは、人になにかやってもらっても、そんなのは当たり前だと思います。
お金を払っているから当たり前、仕事だから当たり前、親だから当たり前、子どもだから当たり前、先生だから当たり前等々、「そんなことは当たり前」と思っていると感謝の心はなくなります。
そして、それはとてもさびしいことです。


店で物を買うとき、レジの人が「ありがとうございました」と言うと、私も必ず「ありがとうございました」と言います。バスを降りるときにも運転手さんに頭を下げて「ありがとうございました」と言います。
たんに儀礼的に言うのではなく、本当に感謝しているからです。


人から「ありがとうございます」とお礼を言われても、「こちらこそありがとうございます」と言います。ぎゃくにお礼を言わないと、なんか落ち着きません。実際、こちらもお世話になっているのですから。


感謝の気持ちをニッコリと笑顔や「ありがとう」「感謝しています」と言葉で表すと、そのときその人が持っている素晴らしいものを私たちも共有していることになります。
またそれは同時に、私たちの持っているものも他の人と共有するということです。
人間というのは、このようにしてみんなお互いを必要としていて、いろいろな面でお互いに助け合い、お世話になっているわけですから、感謝するのは当たり前なのです。
感謝することによってお互いの持っている素晴らしいものを共有できて、私たちはより豊かになります。


感謝の心は人と人の心をつなぐ接着剤です。
あなたは今日、だれかに感謝の気持ちを伝えましたか?
心がつながりましたか?
心がポカポカ温かくなりましたか?
もし、まだだったら、どんなに小さなことでもいいので感謝の気持ちを伝えましょう。
そうすることによってあなたの心も豊かになります。


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男と女

2018.05.08日
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一昨日、お友達のふたりの若い女性に人生についていくつか尋ねられましたが、とりわけその中でも結婚のことについては年頃の女性にとっては大きな問題です。
どのようにしたら、この人こそ本当に神様に導かれている伴侶であると分かるのですか、と。
これはなかなか難しい質問です。
「この人こそ」と思っていても、結果的にはうまくいかないで別れることもあれば、「この人は違うだろう」と思っていたのに、いつのまにか結ばれてしまった、という人はきっとたくさんいらっしゃることと思います。
彼女たちに対する私の答えは...


「神様に導かれている結婚相手というものは不思議なようにして、次から次へと道が開かれていくけど、そうでない人は何らかの事情で道が閉ざされてしまう」
そう言ってしまえばどんな問題だって同じですが、こと結婚に関してはこれは真理だと思います。
ただ、もちろんこれだけではなく、心に平安があるとか、家族や友人など周りの人たちから賛成され祝福されているとか、相手と考え方や趣味、将来のビジョンなど波長が合うとか、その他さまざまな条件もあるでしょう。
逆に、これらの条件がすべて揃っていて、この人こそ神様が導かれた人だと確信して結婚したにもかかわらず、思っていたような人ではなく喧嘩が絶えず、結果的に離婚してしまった、という人もいます。


結婚というものは難しいものです。
そもそも、生まれ育ちの環境などがまったく違い、人格や考え方、感じ方も違い、しかも男女間の性差があって、結婚して一緒に暮らすということは当然のことながら、大小さまざまな問題が起こって当たり前です。
とくにこの男女差は思っている以上に大きいもので、テレビに出ていた結婚問題の専門家などは、「男性と女性はまったく別の生物だ」とやや誇張して言っていたほどです。


冒頭の言葉、
女は、結婚したら
夫に変わってほしいと思う。
でも夫は変わらない。
男は、結婚しても
妻に変わらないでほしいと思う。
でも妻は変わる。

はある意味、真理です。
おそらく多くの人にとって思い当たる節があるのではないでしょうか。


たとえば国際結婚を例にとると、もちろん例外はたくさんありますし、なにごとも一般化して言うことはできませんが、得てして日本人女性は外国人男性に優しさを求め、外国人男性は日本人女性に控え目、従順さを期待するという、いわゆるステレオタイプが一因していることもあります。私の叔母がそうでしたし、これまで似たようなケースをたくさん見てきています。
言い換えれば、これはなにも国際結婚に限ったことではなく、男性と女性は結婚するとき相手にある種の理想像を持っていてそれを期待するわけです。
しかし、実際には「そうは問屋が卸さない」のです。


それでは、どのようにしたらうまくいくのか、ハムレットじゃないですが、"To be, or not to be, that is the question." 「なすべきか、なさざるべきか。それが問題だ」「生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ」「やったろか〜↗、あかんか〜↘、ほな〜、どないしょ〜↗」(大阪弁版)。


これに対する私の答えは、ライザップじゃないですか「結果にコミットする」です。
利己的な考えで結婚すると、期待外れで失敗する可能性が高いです。
「利己的」というのは、相手にあれやこれやと期待し、注文をつけるということです。
これに対して、利他主義で相手に徹しようとするなら、すなわち「結婚生活をうまくいかせることにコミットする」決意がお互いのうちにできているなら、まずうまくいきます。
そのような決意ができていて、お互いにそのことを理解しているなら、逆にうまくいかないほうが不思議です。


聖書では結婚のことをこのように定義しています。
「男はその父母(ちちはは)を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである」
(創世記2:24)
そして、次のように勧めています。
「お互いに従いさい。
妻たちよ。あなたがたは、主に従うように、自分の夫に従いなさい。教会がキリストに従うように、妻も、すべてのことにおいて、夫に従うべきです。
夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい」

(エペソ5:22-25)


このように夫が命をかけるぐらいの気持ちで妻を愛し、妻がそのような夫に従う覚悟ができているなら、すなわちお互いに「コミット」できているなら、結婚は必ずうまくいきます。


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無用の長物

2018.05.07日

"It’s a sign of mediocrity when you demonstrate gratitude with moderation."
--Roberto Benigni – Actor, Comedian, and Director
「感謝の気持ちを表すのに遠慮するのは無用の長物だ」
--ロベルト・ベニーニ、俳優・コメディアン・監督
(訳 舟田譲二)


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ロベルト・ベニーニ(1952年10月27日-)は、イタリアの俳優、映画監督、コメディアン。(上の写真は本人)
1998年公開の監督、脚本、主演を務めた『ライフ・イズ・ビューティフル』では、アカデミー主演男優賞、アカデミー外国語映画賞、カンヌ国際映画祭 審査員特別グランプリなど世界各国の映画賞を受賞した。(Wikipediaより)


鬼才ロベルト・ベニーニが歯に衣を着せぬ言い回しで、「感謝の気持ちを表すのに遠慮するのは無用の長物だ」(直訳すると「遠慮がちに感謝の気持ちを表すのは平凡の印」)と言っています。


1年前の記事、「楽しい時はあっという間に過ぎる!」に書いた田中さんとは4年余りにわたる家族ぐるみの親しいお交わりをさせていただいています。
昨日は、上の記事の中に登場する美人姉妹のひかりさんとみのりさんが平塚の湘南見附キリスト教会の礼拝にご実家の熱海から来てくださいました。
「美人」というのは単に外見だけでなく、おふたりとも本当に「心の美しい」方です。
礼拝後、お茶の交わりの時間にみのりさんがお仕事の介護のお話しをしてくださったとき、そのことがよく表われていて、私たちはみんな心打たれただただ頭の下がる思いをしていました。
おふたりは礼拝での柿谷牧師のメッセージは今まさに自分たちが必要としていたもので、心に届いたと感謝しておられました。


田中さんご一家は皆さん本当に謙虚で心の温かいクリスチャンで、お会いするたびにとてもよくしていただき、教えられることばかりで、いつも心がほんわりと温かくなるのを感じます。
昨日は、礼拝後、私のお気に入りの湘南海岸近くのイタリア料理店に行きお昼をご一緒しながらお話の続きをしました。


レストランで3時間近く話し(時計を見ていなかったのでどれだけの時間だったかわかりませんが)、その後海岸に向かって歩きながらもずっと話しっぱなしでした。
海岸は強風で砂浜の細かい砂が容赦なく顔に打ちつけてくるので、早々に退散し駅に向かって歩きながらまた話し続けました。
話しても話しても話題は尽きず、みんなもう夢中でした。
おふたりは謙虚に、私からは教えられることばかりだとお礼をおっしゃいましたが、感謝するのはむしろ私のほうで、元気をいただいて10歳ぐらい若返りました。
この次の私のメッセージ当番である7月と8月にまた教会に来てくださるとおっしゃって、楽しみがひとつ増え、さらに10歳若返りました(笑)。


お別れしたのは夕方5時、あっという間の5時間のお交わりでした。
駅近くの閉店している店舗の前で3人で手をつないで一緒にお祈りしました。
駅の改札口で別れを告げた後、姉妹から元気をもらって若返ったので歩いて家に帰ることにしました。
普段40分から45分ぐらい、超速歩で35分の距離ですが、昨日はゆっくり歩いて1時間かかりました。歩数計を見るとなんと2か月ぶりの15000歩、7.8kmでした。
家に着いて、「しまった、せっかく来てくださったのに一緒に写真を撮るのを忘れてた!」。
おふたりのお写真をご覧いただくことができないので(上の1年前の記事に写真は掲載されています)、仕方なくスマホアプリの歩数計の画像を載せます(つまらなくてすみません。でも、私の健康のためにお祈りくださっている皆様と20歳も若返らせてくださったひかりさんとみのりさんへ感謝のご報告です)。


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バラバラだったものがくっついて...

2018.05.05日

“Sometimes good things fall apart, so better things can fall together.”
--Jessica Howell - Actress
「時にいいことがバラバラになってうまくいかなくなることがある。バラバラに見えていたものがくっついてさらに良いものが生まれるために」
--ジェシカ・ハウエル、女優
(訳 舟田譲二)


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日本には「瓢箪(ひょうたん)から駒」ということわざがあります。
「駒」というのは普通、「将棋・チェス・双六(すごろく)などで、盤上に並べて動かすもの」という意味で使いますが、元来は「子(こ)馬(ま)」から「馬、子馬」という意味です。
「瓢箪のような小さい口から、馬のように大きいものが飛び出す」というところから「予想もしていないこと、あり得ないことが起こる」という意味です。


今日の冒頭の言葉、
「時にいいことがバラバラになってうまくいかなくなることがある。バラバラに見えていたものがくっついてさらに良いものが生まれるために」
というのは、上の「瓢箪から駒」に一見似ていますが、実質はまったく異なります。


とても良いと思われていた計画や状況が、いつの間にかまるで空中分解したかのようにバラバラになっていき、気がついたらだめになっていた、ということが私たちの人生において起こることがあります。
たとえば、夫婦に子どもができ、子どもは順調に育ち、絵に描いたような幸せな生活を送っていたのに、ある日突然子どもが事故や事件に巻き込まれ、家族は悲しみのどん底に突き落とされて崩壊していく。「神様、なぜですか?」と言いたくなるようなこと。
事実は小説よりも奇なりで、このようなことは現実に毎日のようにどこかの家庭で起こっています。あなたの家庭にも起こったかもしれません。
まあ、このような大げさなものでなくても、就職や進学のときに、あるいは引っ越しや学校、職場、人間関係のことなどで思いがけないことが起こり、目の前が真っ暗になるようなことはしばしば起こります。
これが前半部の「時にいいことがバラバラになってうまくいかなくなること」です。


しかし、しばらく経って、これまでバラバラに見えていたものがいつのまにか次々とくっついていき、ジクソーパズルのように最後のピースが穴にはまったとき、完璧な絵になり、あのときの苦しみは今日のこの幸せのためだったんだ、という結果になることがあります。そのような経験はありませんか?私にはいくつもあります。


旧約聖書に出てくるヨブという人物はまさにそのような人生を歩みました。
そしてこのヨブの物語から大きな慰めや励ましをもらって苦難を乗り切り、そしてヨブのように最後には大きな祝福にあずかった。いや、たとえこの世的な祝福でなくても、苦しみや悲しみの中にあっても、試みの意味がわかって心に平安が訪れたという人もたくさんいます。


「苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました」
(詩篇 119:71)
「あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである」
(コリント人への第一の手紙 10:13)
「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている」
(ローマ人への手紙 8:28)

これも「新超ひも理論」で、すべてつながっています。


皆さんの中でこのような体験をされた方、よろしければお差支えのない範囲で是非そのお証をシェアしてください。きっと、同じような状況の中にいる人の励ましとなることでしょう。


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固く握りしめた拳

2018.05.04日

"You cannot shake hands with a clenched fist."
--Indira Gandhi - 1917-1984, Prime Minister of India
「固く握りしめた拳で握手はできない」
--インドラ・ガンディ、インド首相
(訳 舟田譲二)


「固く握りしめた拳(こぶし)」は怒りの象徴です。
人は心の中で怒りを感じていたり、苦々しい思いを持っていたら無意識のうちに身体は硬直し、手は握り拳になっています。
握り拳を差し出して握手することはだれにもできません。お互いに握り拳を出すと殴り合いの喧嘩になります。


握手は挨拶のひとつの方法です。
挨拶するとき、相手のことを信頼していなかったり、恐れの感情を抱いていたり、敵対意識を持っていたりしたら握手はできません。


握手はまた同時に和解、仲直りの象徴でもあります。
人と何かで衝突して、不快な思いを抱いたままでいると、不整脈を起こし、血圧は上がり、呼吸は浅くなり、心拍数は上がり、健康上いいことはひとつもありません。
このようなときには、自分自身のために相手を赦すか、相手のために謝罪して赦してもらい、いち早く和解すべきです。
その和解、仲直りのしるしとして、固く握りしめた拳を解いて握手するのです。


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「固く握りしめた拳」はまた緊張の象徴です。
緊張していると無意識のうちに握り拳になってしまいます。
このようなとき、相手の人が開いた手を差し伸べて握手を求めてくると、自分も手を開かざるを得なくなります。
握手はお互いの緊張をほぐし、その結果温かい心が伝わり、相手との距離を縮めて、良好な人間関係を築くことにもつながります。
固く握りしめた拳を開いて、積極的に手を差し伸べて握手し、友達を作りましょう。
友達の輪が広がっていくと緊張が解けて心が温かくなり、世界が広がります。


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あなたにできる最高に美しいこと

2018.05.03日
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"The most beautiful thing you’ll ever do is an expression of something that’s already with you."
--Sandra Gallagher - Author and Speaker
「あなたにできる最高に美しいことは、あなたがすでに持っているものを表すことです」
--サンドラ・ギャラファー、作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


「自分のうちにはいいものなんて何もない」と思っている人がたくさんいます。
でも、神様は一人ひとりを無限の愛をもってこの世に生み出してくださっているので、いいものが何もない人なんてひとりも存在しません。それどころか、神様は一人ひとりに特別な賜物、才能、ほかの人にないものを与えてこの世に送り出してくださっています。
それに気づかないまま人生を過ごすとしたら何ともったいないことでしょう。


「私にはいいものなんか何もないから、ひっそりと、平凡に、目立たなく生きていく」と言う人もいますが、これもとんでもない勘違いです。
上でサンドラ・ギャラファーが言っているように、
「あなたにできる最高に美しいことは、あなたがすでに持っているものを表すことです」


あなたにはほかの人にない、素晴らしいものが必ず神様から与えられています。それを表すこと、すなわちありのまま生きることです。
しかも、それは決して難しいことではありません。
なぜなら、あなたはそれをすでに持っているからです。ただ、それを表すだけでいいのです。


ちょっと考えてみてください。
この世の中、なんでこんなものがあるの?というような、存在目的や意味さえわからないようなものがたくさん、本当に数えきれないほどたくさんあります。
何か思いつきますか?
ちょっと考えてみてください。


たとえばクモ(蜘蛛)。
皆さんの中にクモが好き、という方はいらっしゃいますか?
私はクモは大の苦手です。
クモの巣が顔に引っかかって不快な思いをした方はきっとたくさんいらっしゃるでしょう。
でも、クモの巣をじっくり見ると実に美しい。完璧な幾何学的な紋様で、しかもこれほどうまくできたものはありません。
人はこれまでクモを毛嫌いしてきましたが、最近になってクモの糸からいろいろな新しいものが発見されて、これを利用した新しい科学の分野が始まっています。


「糸の組成はタンパク質分子の連鎖で、体内では液状で存在し、体外へ排出される際に空気と応力によって繊維状の糸となる。これは不可逆反応で、空気上で液状に戻ることはないが、使用した糸を蛋白源として食べ、消化して再び糸などに利用する種もみられる。
糸の強度は同じ太さの鋼鉄の5倍、伸縮率はナイロンの2倍もある。鉛筆程度の太さの糸で作られた巣を用いれば、理論上は飛行機を受け止めることができるほどである。そのため、近年では人工的にクモの糸を生成する研究も行われている」
(Wikipediaより)


さらに、
「クモの糸を研究している奈良県立医大の大崎茂芳特任教授(65)(生体高分子学)が、クモの糸を束ねて作ったバイオリンの弦は、広く使われているナイロン製の弦より強く、音質も優れているとの調査結果を、米物理学会誌『フィジカル・レビュー・レターズ』の最新号(13日発行)で発表した。既に各国の演奏家らから、問い合わせが寄せられているという。
大崎教授は約35年間、クモの糸を研究しており、2年前に約1万本ずつより合わせた太さ0.75〜1ミリの弦を作ることに成功した。
電子顕微鏡による調査では、より合わせることでクモの糸の断面は3割増していた。
音の周波数の解析では、高音域でナイロン弦の倍以上、強い音が出ることがわかった。プロ奏者にナイロンの弦のバイオリンと弾き比べてもらったところ、クモの糸の方が輪郭のしっかりした音で、柔らかく深みがあるとの評価を得た。
名器ストラディバリウスに張って試した大阪音大講師でバイオリニストの松田淳一さん(53)は『音の広がりと味わいが素晴らしい。普通のバイオリンに張った場合でも、名器に劣らない音色が出る』と語る。
弦1本を作るにはクモ100匹が必要なため、大量生産は難しいが、大崎教授は『いつか音楽ファンをうっとりさせる音色を世界に広めたい』と話している」

(2012年4月20日付 読売新聞32面「クモの糸のバイオリンの音色、名器に劣らず」より)


多くの人から迷惑とさえ思われ、見つけられるとバシッと叩かれて殺されるクモ。
こんなクモにさえこのような私たち人間の生活に役立つことを提供しているのです(もちろんクモはそんなこと露ほども知りませんが)。


それでは、私たち人間はどうでしょう?
犬の嗅覚力は人間の100万倍以上と言われていますが、人間の鼻は5万種類の匂いを記憶できるそうです。これには犬も「参ったワン!」。
人間の血管を全てつなぎあわせるとその長さ10万km、地球2周半に相当します。
私たちの身体は60兆個の細胞からできていますが、その一つの細胞にあるDNAをつなぎ合わせると1.7mになります。
すると全DNAをつなぎ合わせた全長は、1.7(m)×60(兆個)で1044億km。
太陽と地球の距離は約1.5億kmなので約350往復できる距離になり、太陽系の端から端までの59億kmは8往復できることになります。


こんな複雑な身体が自然と勝手に出来あがると思いますか?しかも、何の目的もなく、偶然に。不可能です。
ボーイングB747-400型機の部品数は約600万点。油圧管・空調ダクトなどの配管総距離数は8km。配線の総延長は274kmです。人間の身体とは比較にならないほど単純です。
でも、このボーイングジェットですら、自然と出来あがったなんて言う人だれもいませんよね。


ならば、世界にふたりといないあなたが何の目的もなく、偶然にこの世に生まれてくるわけないでしょう。
あなたには、世界中であなたにしかない特別なものがたくさんあります。
それを別に意識することなく、肩肘張らず、ただありのまま表すことが、「あなたにできる最高に美しいこと」なのです。


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別れと出会い

2018.04.29日
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"If you are brave enough to say goodbye, life will reward you with a new hello."
--Paulo Coelho – Lyricist and Novelist
「別れを告げる勇気があったら、新しい出会いで大きく報われる」
--パウロ・コエーリョ、作詞家・小説家
(訳 舟田譲二)


パウロ・コエーリョ(1947-)はブラジルの小説家・作詞家。作詞家として活躍した後の1987年に、『星の巡礼』(O Diario de um Mago)で小説家デビュー。1988年に発表した「アルケミスト」が世界的なベストセラーとなり、38ヵ国以上の言語に翻訳され、世界各国の文学賞を受賞。日本でも人気のあるブラジル人小説家の一人であり、1998年発表の「ベロニカは死ぬことにした」は、2005年に映画化(主演:真木よう子)、2012年に舞台化(主演:西条美咲)もされている。(Wikipediaより)


また同時に素晴らしい名言をこれまでたくさん残しており(故人ではなく現役でまだ続行中)、かれの名言だけでもゆうに1冊の名言集ができるほどです。


さて、今日の名言
「別れを告げる勇気があったら、新しい出会いで大きく報われる」
もとても意味深です。
もちろん、当然のことながら人との別れと新しい人との出会いも含んでいます。
よく新聞などの人生相談で、恋人との別れや伴侶との死別を嘆き悲しむ人に対して、勇気を持ってこの悲しみを乗り越えなさい、そうしたらまた必ず新しい出会いがあり、今以上に幸せになれますよ、というような回答が寄せられます。
おそらく、皆さんもほとんどの方がこのような体験を一つや二つ、いやきっといくつもしていらっしゃることでしょう。
これは真実です。


でも、これは単に人との別離と新しい出会いだけを言っているのではありません。
たとえば、事故や病気などで片腕あるいは両足を失った人。
最初は人生どん底の苦しみを経験します。
しかし、いくら嘆いたところでその失った腕や足が戻ってくるわけではありません。


そのようなときに、ふと気がついて見方を変えると、新しい世界が開けてきたりします。
そのいい例が、パラリンピック競技に出る選手たちです。
彼らもかつてはみんな泣きました。痛くて、辛くて、悲しくて。人生に失望して。
でも、その後、ひょんなきっかけで片足でスキーをやってみたら、最初はうまくいかないけれどやっているうちにだんだんできるようになって、やがて楽しくなってきて、新しい生き甲斐が生まれた、またその競技を通して知り合った人と結婚して幸せな家庭が築けた、というような話がその一例です。


星野富弘さんもそのようなひとりです。星野さんのことについては6年前の記事「命を大切に」の中でご紹介しました。
また、「まばたきの詩人」と呼ばれた水野源三さんもそうですし、自ら生涯病気の問屋と呼んでいらっしゃった三浦綾子さんも同じです(「惨めになりたい? それとも強くなりたい?」)。


ハンディキャップを持って生まれてきた人も大勢いらっしゃいます。
ニック・ブイチチさん(「自分には◯◯できない」)は、この世に生まれてきたときから両腕両足がありませんでした。人からからかわれ、生きる目標もなく、人生のどん底を味わい、自殺しようとまで考えていましたが、そのようなところから立ち上がり、今は輝いていて、ダイビング、水泳からバンジージャンプもし、モーターボートを自由に操縦しと、それこそ私にもできないようなことがいくつもおできになります。
そして、今では全世界を講演して回り、何万人という人に生きる勇気、夢を与えていらっしゃいます。


このほかにも、やめられないと思っているアルコールやタバコ、ギャンブル、薬物などの悪習慣や、悪い仲間、悪い遊び、悪い癖、気が小さくて人と話すのが苦手、仕事ができないといった自信喪失、低いセルフイメージ等など。
これらとも思い切って別れを告げると新しい出合いがあり、未体験の人生を味わうことができるようになるのです(「アルコール依存症からの解放」)。
あなたはいかがですか?
新しい出合い(出会い)のために何(だれ)と決別しますか?


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競うことが好きだったら、絶対に負けることはない

2018.04.26日
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あなたがオリンピック選手だったとしましょう。あなたに勝てると目されるただひとりの選手が体調不良で試合に出られないということがわかりました。あなたはこの幸運を喜びますか?それとも最高の対戦選手が出られないということにがっかりしますか?


もし本当にスポーツを愛し、そしてスポーツの本質を理解しているならあなたはがっかりするはずです。
モントリオールオリンピックの競泳で4つの金メダルを取ったジョン・ネーバー(1956-)は、自分の最高のコンディションのときに最高の競争相手に勝つことを求めるのが本物のスポーツマンだと言っています。
そう、確かにこのような試合では勝つのはより困難になり、勝つ見込みも少なくなります。でも、そのほうが試合はより素晴らしいものとなり、勝利はさらに意味のあるものとなります。
勝利者になることが本当の勝利ではなく、最高の選手になることが勝利なのです。


テニス、あるいはどのようなスポーツをしていても、簡単に勝てる相手と対戦するか、それともあなたに持てる限りの力を発揮させるような相手と対戦するのか、どちらが本当に楽しいと思いますか? おわかりでしょう。もちろん誰でも試合に勝とうとはしますが、スポーツの醍醐味は、勝とうが負けようが試合を楽しむことにあるのです。


スポーツ競技は決して戦争ではありません。闘う相手もまたあなたと一緒にプレイしている人で、決して敵ではありません。
競争(英語でcompetition)という言葉は、ラテン語の competere から来ていますが、この言葉の意味は「同じ目的に向かって一緒に努力すること」であって、「互いに闘う」ではありません。
あなたの持っている力を最高に引き伸ばしてくれる相手に感謝しなければなりません。競争相手憎むのではなく、尊敬しさらに好きになるなら、スポーツはよりいっそう健全で楽しいものとなります。


あなたと同じぐらい、あるいはあなた以上に優れた相手と競い合うなら、いつも勝つとは限りませんが、決して負けることはありません。

マイケル・ジョゼフソン
(訳 舟田譲二)


元広島カープの強打者、「鉄人」衣笠祥雄さんが23日亡くなりました。
デッドボールを受けたバッターが帽子とバットを投げ捨てて、鬼面相でピッチャーのほうに駆け寄り、両軍の選手が大乱闘になるシーンを見ることがあります。
しかし、連続出場の記録を続けている中、衣笠さんはデッドボールを受け肩甲骨を骨折した日、試合後相手のピッチャーが心配して電話をしてきたら逆に気遣って、「おれのデッドボールのあと、二塁打されたろ。動揺しちゃだめだ。君らしくない」と声をかけるなど、この人こそまさにスポーツ選手の鏡のような人です。


さて、この「競い合う」というのは、スポーツの世界だけではありません。
学生であれば勉強においてライバルの存在があります。
ライバルを敵視するのは、上のスポーツのケースと同じで間違っています。
職場における同僚などもライバルではあっても決して「敵」ではありません。仲間です。
兄弟姉妹や従兄など親戚なども同様。そもそも相手と自分を比較して、勝ち負けを競うこと自体が間違っています。
「人は人。自分は自分。みんな仲間!」


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なんである アイである Part4

2018.04.25日

森永製菓と言えば、やっぱり何と言ってもエンゼルマークですよね。
これは森永太一郎自身がデザインしたもので、1905年に商標登録されました。
以来少しずつ変わってきて現在のものになりました。


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明治38年版       昭和8年版       平成25年版


森永製菓広報によるとこのエンゼルマークの由来は、
「創業当時の代表的な商品であったマシュマロの別名『エンゼルフード』からヒントを得て、天使をモチーフとしました。子供たちに幸福と希望を与えるエンゼルは、菓子を通して子供の世界に楽しい夢を与えたいという創業者の志にぴったりと合致するもの」
といいます。


私はこの「マシュマロの別名『エンゼルフード』」に興味を引かれて少しリサーチしてみました。
その出典は聖書にありました。
「人は天使のパンを食べた。神は彼らに食物をおくって飽き足らせられた」
(詩篇 78:25)


これは、約400年間エジプトで奴隷状態に置かれていたイスラエル人(びと)が指導者モーセ(モーゼ)によって紀元前13世紀ごろ出エジプト(チャールトン・ヘストン主演の有名な映画『十戒』〔じっかい〕の出来事)した直後の出来事です。
イスラエルの人々は神に約束されたカナンの地を目指しますが、荒野をさ迷います。食べ物がないと言って民がモーセに不平を言ったとき、神が不思議な方法で40年にわたって食物を与えられました。それが上の「天使のパン」(angels' food)です。〔[パン]は今日のパンではなく、糧、食物の意味〕


以下にその前後の経緯を説明した聖書の箇所をいくつか引用します。


「そのとき主はモーセに言われた、『見よ、わたしはあなたがたのために、天からパンを降らせよう。民は出て日々の分を日ごとに集めなければならない。こうして彼らがわたしの律法に従うかどうかを試みよう』」
(出エジプト記 16:4)


「夕べになると、うずらが飛んできて宿営をおおった。また、朝になると、宿営の周囲に露が降りた。
その降りた露がかわくと、荒野の面には、薄いうろこのようなものがあり、ちょうど地に結ぶ薄い霜のようであった。
イスラエルの人々はそれを見て互に言った、『これはなんであろう』。彼らはそれがなんであるのか知らなかったからである。モーセは彼らに言った、『これは主があなたがたの食物として賜わるパンである』」
(出エジプト記 16:13-15)


「イスラエルの家はその物の名をマナと呼んだ。それはコエンドロの実のようで白く、その味は蜜を入れたせんべいのようであった」〔[せんべい]は英語ではwafer、日本語でお菓子のウエハースのこと]
(出エジプト記 16:31)


「マナは、こえんどろの実のようで、色はブドラクの色のようであった。民は歩きまわって、これを集め、ひきうすでひき、または、うすでつき、かまで煮て、これをもちとした。その味は油菓子の味のようであった」
(民数記 11:7-8)


イスラエルの人々は神が天から降らせたパンのような食物を初めて見たとき、「これはなんだ?」と言いました。「これはなんだ?」をヘブル語で「マナ」と言ったため、その食物は「マナ」と呼ばれるようになったのです。
このことから、神が天から降らせたマナを詩篇で"angels’ food"(天使の食物)と呼び、人がマシュマロを初めて作ったときにマナを連想して"angels’ food"と名づけました。


ちなみに、上のエンゼルマークの天使が手に持っているTMとはTrade Markではなく、Taichiro Morinagaのイニシャルです。
以上のことから、森永製菓のトレードマークに森永太一郎が天使の絵を描き、その下にTMと書いたのは、天使がマナ(マシュマロ)を持って天から自分のところに下ってきたのをイメージしたのだと私は思うのです。つまり、荒野でイスラエルの民が窮地にあったとき、天使の食物で救われたように、森永太一郎も天使の食物なる「マシュマロ」によって助けられた、という意味です。「子供たちに幸福と希望を与えるエンゼルは、菓子を通して子供の世界に楽しい夢を与えたい」というような単なる願いではないのではないでしょうか。
これは、神が天使を使ってマシュマロを自分のところに送ってくれたという彼の信仰の証、神の愛への感謝の気持ちです。


冒頭に挙げた森永製菓の広報による説明は、おそらく創業者森永太一郎の信仰を隠し宗教色を薄めている理由によるのではないかと思います。
太一郎は70歳で社長を退いて会長となってから天の神のもとに帰るまで、全国の教会を伝道講演して回りましたが、そのときの講演題はいつも、「我は罪人の頭(かしら)なり」(Iテモテ1:15)であったといいます。
このことからも太一郎の信仰が本物だったということが容易に推察できます。


太一郎をこのような偉大な人物にしたのは、まぎれもなく幼いころ叔父文左衛門から受けた商売道徳の教え、そして青年のときアメリカで出会ったクリスチャンの夫人を通してキリスト教に導かれて改心し、聖書の教えに忠実に従った彼の生き様そのものです。
神様は私たちに大小様々な試練をお与えになりますが、耐えられないような試練はお与えにならないばかりか、それと同時に脱出の道も備えていてくださっているのです(Iコリント10:13)。
そして、これも「新超ひも理論」ですべてつながっているのです。


「これはなんだ?(なんである?)」→「マナである」→「マナとはなんだ?」→「神が荒野でイスラエルの民を憐れんで40年間養ってくださった天使の食物で、神の愛の表われである」


だから
「なんである、愛である!」


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なんである アイである Part3

2018.04.24日

森永太一郎(1865〜1937)という人物をご存じですか?
「東洋の製菓王」と呼ばれた人で、森永製菓の生みの親、創業者です。


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森永太一郎は現在の佐賀県伊万里市で有田焼の陶器問屋の子として生まれました。6歳で父親が病没し母親とは生き別れとなり親戚の家を転々として孤児同然の少年期を過ごすことになります。学校にも通えず12歳まで自分の名前すら書けず、友達から侮辱されていました。
その後、太一郎は伊万里の陶器問屋をしている叔父にあたる山崎文左衛門商店に養われることになります。
太一郎は文左衛門から次の4つの商売道徳を叩きこまれました。
1.どんな場合でも、正当な商品だけを扱い、不正直なものを売買しない
2.目先の利益に釣られて、粗末な品物を扱わない
3.正直と信じてつけた値段は、お客様から何と言われても下げない
4.仕事を急がず、10年を一区切りと決めて堅実にやる


太一郎は文左衛門のもとで上の4ヶ条を心に刻みつけ、メキメキと力をつけて成長していきます。
文左衛門が学問に理解があったことから、幸い勉強することも許されました。負けん気だけは人一倍強かった太一郎は仕事に勉強にと一心不乱に頑張りました。


1888年、23歳のとき太一郎はもう一人前の商人になっていましたが、九谷焼きをアメリカに飛び込みで売ることを決意しました。それは、昔お世話になったことのある九谷焼きの商店をしている店主が、問屋との関係が悪化して取引きが中止となり、資金繰りは行き詰まり借金取りが押しかけてくる中で、困り果ててって若いがしっかりしている太一郎に泣きついてきたのです。
太一郎は今こそ店主に昔の恩を返すチャンスと思い何か打開策がないか必死に考えました。この商店は主に九谷焼きを外国商館に売っている。残った九谷焼きを直接アメリカで売れば手数料を払わずに済み、その分利益を見込めると太一郎は思いつきました。


勇んでアメリカに乗り込んだ太一郎ですが、九谷焼きは全く売れませんでした。かたことの英語ではコミュ二ケーションもまともにとれません。遠い異国での挫折は身にこたえました。借金だけかかえてこのまま日本に帰るわけにもいきません。ぼう然と街をさまよい歩き、疲れ果てて公園のベンチに腰を下ろしました。
ちょうどこのとき60歳ぐらいの上品な顔立ちの婦人が通りかかり、話しかけてきました。
「グッド・アフタヌーン」。太一郎もとっさに「グッド・アフタヌーン、マム」。
婦人はハンドバッグからキャンデーを取り出し、「プリーズ」と太一郎に差し出しました。
「サンキュー、マム」と応えて、キャンデーを頬ばりました。とろりとした甘味が口中に広がり「うまい!」と思わず叫びました。このような美味しい菓子を日本では食べたことがありませんでした。
この瞬間に「洋菓子の職人になろう。洋菓子の製造技術を習得して帰国し、洋菓子を安い値段で日本人に提供したい。この分野のパイオニアになろう」と太一郎は決意します。


菓子工場で働こうと彼は必死で仕事を探しますが、当時のアメリカは黒人だけでなく東洋人もひどい差別を受けていて仕事など見つかるわけありません。でも太一郎はあきらめず、アメリカ人の家のスクールボーイ(下男)となって一生懸命真面目に働きます。
家を転々としていたある時、公園で以前キャンデーをくれた夫人と再会し、彼はその夫人の下でスクールボーイとして働くことになります。この婦人は夫婦共々信仰深いクリスチャンであったことから、彼は信仰を持つに至り、洗礼を受けます。このとき太一郎は「熱狂的情熱が猛然と沸き起こり、勇気100倍」になったと言ったそうです。


太一郎は菓子職人になる夢を捨て、キリスト教の伝道者になる夢を抱いて帰国しました。彼は日本に帰ると、即座に親族や兄弟に伝道しました。しかしそのような太一郎を見て、人々からは「太一郎はアメリカで頭がおかしくなった」と言われました。育ててくれた岩崎家からも離縁されてしまいました。彼は伝道者になることにも失望し、再度アメリカに渡り、洋菓子作りの学びを続けました。


パン屋の下職からベーカリー、さらにキャンデー工場などでのべ12年間アメリカで修業した太一郎は洋菓子造りの技術を身につけることができたので帰国して独立開業することにしました。
東京の赤坂溜池でわずか2坪(畳4枚分)の作業場兼店舗を開き、「森永西洋菓子製造所」の看板を揚げました。明治32年8月、太一郎35歳の時でした。


そして最初に製造したのはマシュマロでした。
夜の明けないうちに起きてマシュマロを造り、それを風呂敷に包んで、東京中の菓子屋を訪ね歩きましたが注文は全く取れませんでした。「こんなフワフワしたものはとても売れんよ」「口に合わん」と断られます。次にキャラメルを造ってみましたがこれまた売れず、販路開拓は苦難の連続でした。落胆しましたが、熱心なクリスチャンとなっていた太一郎はすぐにマタイ伝の中の一節「天は空飛ぶ鳥さえ飢えさせぬ。ましてや万物の霊長たる人間の誠さえ踏んでいくならば、飢えることなどあるべきものではない。天は何人でも、働く者には必ず衣食の糧を与えられるものである」を思い出し、自身を奮い立たせます。


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2ヶ月経ってようやくマシュマロが売れ、それからは太一郎の地道な営業活動が少しずつ実り始め注文は徐々に取れるようになりました。
当時、商品を入れる箱は上げ底になっているのが当たり前でした。しかし太一郎は正直をモットーとしていたので、量を多く見せる上げ底には反対し、小売店や卸売店の要求も断って自らの意志を貫きました。
また、売行きの良いウイスキーボンボンとリキュールボンボンは、「柔らかい頭脳に害を与えるので、本場のイギリスではもう造られていません」と女学校の先生に指摘されると、その日のうちに製造を中止しました。
日本の高温多湿の風土で製品が傷み、返品の山を抱えることがありましたが、返品のあった得意先へはすぐに新品を無償で届けて信用回復に努めました。
太一郎のこうした商道徳は、彼の信用を高め「森永は商人道を心得た男だ」と評判が立ち、取引きを望む小売店が続出していきました。


このほかにもいろいろな苦労や試練が続きましたが、太一郎は幼い頃叔父から教えられた商売の4ヶ条とクリスチャンの精神で成功を収めていきました。
彼のモットーは「商売は正直でなければ栄えません」でした。


このようなとき、1923年(大正12年)9月1日正午前に関東大震災が起きました。
太一郎は、全力を挙げて被災者を救おうと決め、翌2日には女子社員を招集してビスケットをキャンデーの袋に詰めて6万袋を作り、ミルクキャラメル10万箱をトラック8台に積んで避難していた人達に配りました。
別のところではドーナッツを配り、コンデンスミルクを溶かして通行人に一杯ずつ配りました。これは一日で5万人分にもなりました。
3日には、内務大臣を訪れ、「5万円を寄付しますので、その分だけ政府の米を出してください。私達の方で被災者に配ります」と申し出て被災者に配らせました。8日まで続けられその量は76石8斗(11.5トン)にもなったといいます。
この間、太一郎とパートナーの松崎は玄米の握り飯に梅干し、たくあんという粗末な食事で陣頭指揮をとり続けました。森永製菓は神奈川、千葉、埼玉、静岡、山梨の5県に計2万円寄付しています。


太一郎は聖書の教えを実行したのです。
「善意の人は祝福を受ける。
自分のパンを寄るべのない者に与えるから」
(箴言22:9)

「偉人のエピソード逸話集」より一部抜粋・編集加筆)


マシュマロの話の実話です。
さらにこのマシュマロがどのようにして「なんである アイである」につながるのか、それは明日のPart4のお楽しみ。


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なんである アイである Part2

2018.04.23日

「マシュマロ実験」ってお聞きになったことありますか?
(以下は「All About 子育て・キッズ」より一部抜粋)


今から40年以上前のアメリカのスタンフォード大学で、マシュマロ実験は行われました。対象は、当時4歳の子供達186人。


子供たちは1人ずつ教室に通され、椅子に着席。机の上には1つのマシュマロが置いてありました。実験者は子供にこう伝えます。
「私はちょっと用事があるので、部屋を出るね。このマシュマロは君にあげるけれど、私が戻ってくるまで食べるのを我慢していたら、マシュマロをもう1つあげるよ。でも、私がいない間にそれを食べたら、2つめはないよ。じゃあ15分したら戻ってくるね」


果して、子供たちは魅力的なマシュマロを前に、どう行動したのでしょうか?
結果は、3分の2の子はマシュマロを食べ、3分の1の子が食べずに待っていました。


「マシュマロをいつ食べたっていいんじゃない?」
確かにそうなんですが、この実験者はその後、あることに気づいたのです。4歳のときの「食べる」「食べない」の決断が、その子の将来にも引き継がれているのではないかということを。


18年後、つまり、その子たちが22歳のとき、追跡調査が行われました。すると、予想通り、次のような相関が見られたのです。
・4歳のときの自制心の傾向は、18年後も続いていた
・マシュマロを食べた子よりも、食べなかった子の方が学業成績が良かった
そして2011年(45歳のとき)、さらなる追跡調査が行われ、この傾向が人生の半ばまで続いていることが分かりました。


学校の成績と比例するものといえば、真っ先にIQを思い浮かべる方が多いと思います。IQと知的学習能力はこれまで存分に研究されてきた分野。それゆえ情報も多いのですが”自制心”と”学力”は近年になって分かってきた関係です。


IQと自制心、どちらも高ければ、親としては万々歳ですが、実際には、IQは低くても自制心の高い子はいるし、IQが高くても自制心が低い子はいます。最近の研究で分かってきたのは、その子の成績をより正確に予測できるのは、IQ以上に、自制心だということなんです!


自制心の育みは、当然ながら、我慢や待つことが求められます。
「子供には我慢をさせたくない」
「子供の欲求は全て叶えてあげたい」
と思う方もいらっしゃるでしょう。


ここで大事なのは、「甘えさせる」と「甘やかす」の線引きです。言葉が似ていることもあって、混同しやすいのですが、両者はまったくの別物。
・「抱っこして」という子供の気持ちを無視したり、「一緒に遊んで」というのに拒絶したりというのは、甘えたい気持ちを拒否してしまっていることになります。
・「レジで泣かれてガムを買ってあげた」「テレビを消すとぐずるので2時間見せてしまった」「まかせると時間がかかるのでやってあげた」などは甘やかしです。


このマシュマロ実験の様子を表したのが下の動画です。



いかがですか?
このマシュマロ実験、昨日の記事に書いた
「愛だけだと甘やかしてしまい、犬は飼い主の言うことを聞かなくなる。
かと言って厳しい訓練だけだと犬は飼い主の愛情を感じず、自ら進んで言うことを聞かなくなるのです。
これは私たちの子育てや教育にも共通する教えです。


「若者をその行く道にふさわしく訓練せよ。
そうすれば、年老いても、それから離れない」
(箴言21:6)」


この訓練は、子どもや金成さんの場合の犬にとっては当座は喜ばしいものとは思われませんが、愛の動機から出ていることが後になって本人にわかるようになるものです。
「なんである、愛である!」

とそっくりではありませんか。


話はまだ終わりません。
マシュマロの話が実話として、明日のPart3に続きます。
乞うご期待。


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なんである アイである

2018.04.22日

「なんである、アイデアル」は、往年の人気俳優・コメディアン・マルチタレントの植木 等さん(1926-2007)が1963年に大ヒットさせたテレビの5秒CMのキャッチコピーです。
私もこれを毎日のように見て、当時斬新的なアイデアだった折りたたみ傘を親にねだって買ってもらい、通学にずいぶん重宝したものです。持っていない友人はいないというぐらいヒットしました。
今だったら間違いなく「流行語大賞」になっていたでしょう。



今日のテーマは「なんである、アイである」ですが、もちろん傘のCMではありません。


ロス滞在中の1週間ちょっと前、「いっちゃれば ちょーでー」の中でご紹介した親しい友人の金成さんのジャーマンシェパード2頭のうちの大きい方、雄のリオの話です。
リオは警察犬のようで見た目はとてもいかついのですが、よその犬にもそして人にも懐こく、3歳児が手を出して頭や体に触れても平気なとても優しい犬です。普段は家の裏庭でもう1頭のジャーマンシェパード、妹のようなアディと一緒にプロレスをしたりしてひっくり返ってじゃれ合う陽気で元気な犬で、よく訓練されています。
ただひとつ、リオはフードアグレッシブという問題を抱えています。食事中、たとえ飼い主でも近くに寄ると食べ物を取られると思って攻撃的になり、「ウー、ウーっ!」と唸って、ときには噛みついてきます。金成さんはこの 1年で3回噛まれました。1か月ほど前には手首を噛まれ4針縫う大怪我をされました。


私がロスを訪問するということを知った金成さんはぜひとも私と一緒に車でラスベガスの鶴田先生の教会に行きたい、往復の車の中でたっぷり話したいと願っていらっしゃったのですが、直前にこの事件が起こってかなり意気消沈し、リオを番犬として必要としているよその家にやることを真剣に考え、家族にそのことを伝えました。
ところが、リオを見つけて家に連れてきた奥さんのレズリーにとっては自分の可愛い子のようなもので、相当なショックを受け、次女のジョイさんは聞いて泣き出しました。
それでも金成さんは最終的には家族を半ば強引に説得して、犬の訓練でお世話になっていた訓練所へ引き取ってもらうようお願いに行きました。


ところが、金成さんは奥さんとジョイさんのことが心に引っかかって平安がありません。
私(舟田)を迎えるような状況ではない、とかなり悩んでいらっしゃったそうです。


ところがそのとき金成さんは思い出したのです。お気に入りの映画 ”Seabiscuit”(『シービスケット』)はこれまで何度も繰り返し観ていますが、リオに噛まれるちょうど2〜3日前に観たシーンのセリフが突如よみがえってきたのです。
シービスケットは競走馬の映画です。その中で、骨折をしたある競走馬を面倒見ている調教師トムに、ある人がこのように尋ねます。「どうしてそんな馬を面倒見ているのだ?」。競走馬は一度骨折すると通常安楽死をさせるからです。ところが、そのとき調教師トムはこのように答えます。
“You don’t throw a whole life away just ’cause he’s banged up a little.”
「ちょっと怪我をしたぐらいで命まで捨ててしまうもんじゃない」


この言葉によって、金成さんはRioを手放す考えを改めて、家族に謝り、フードアグレッシブの矯正トレーニングを続ける決心をします。
このときトレーナーから教えられたレッスンは、
「犬の調教には愛と訓練の両方が欠かせない」
ということでした。


金成さんはほかにもいくつか大きな問題を抱えていらっしゃいましたが、不思議なようにすべての問題が解決し(全面解決ではなくまだ進行中のものもありますが)、私を迎えることができるようになった、とおっしゃっていました。


愛だけだと甘やかしてしまい、犬は飼い主の言うことを聞かなくなる。
かと言って厳しい訓練だけだと犬は飼い主の愛情を感じず、自ら進んで言うことを聞かなくなるのです。
これは私たちの子育てや教育にも共通する教えです。


知恵の格言集の真髄とも言える聖書の箴言は、イスラエルの王ソロモンによって書かれました。ソロモン王は古今東西を通じて世界最大の知者と言われています。
その中の1節に次のような言葉があります。
「若者をその行く道にふさわしく訓練せよ。
そうすれば、年老いても、それから離れない」
(箴言21:6)


この訓練は、子どもや金成さんの場合の犬にとっては当座は喜ばしいものとは思われませんが、愛の動機から出ていることが後になって本人にわかるようになるものです。
「なんである、愛である!」


話はここで終わりません。
明日のPart2に続きます。


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♪大きいことはいいことだ!

2018.04.19日


1967年に森永製菓から売り出された「エールチョコレート」。
「♪大きいことはいいことだ(ソレーッ!) ♪おいしいことはいいことだ ♪いいというのはいいことだ(ソレーッ!) ♪50円とはいいことだ (50円の板チョコ) ♪森永エールチョコレート」というCMソングはお茶の間の大人気になりました。きっと覚えていらっしゃる方も多いのではないのでしょうか?


「今までの日本は、小さな幸せ、慎ましやかな幸せが美徳とされてきました。これまでにない速さで経済大国の道を歩みつつあるこれからは、もっとのびのびと胸を張って、大きいことはいいことだと主張しよう」というコンセプトのもと、森永製菓ではよそのメーカーのチョコレートよりも少し大きめで、価格を他社より少し高めの50円に設定。今日の価格に換算すれば250円とかなり高めです。
ちなみにこの「エール」という名前、当時私は知りませんでしたが、英語のyellで「叫ぶ」「大声を上げる」「声援(エール)を送る」からきています。


世界の景気が良かった頃、そして日本も高度成長期だった頃は何でも「重厚長大」がもてはやされましたが今や「重厚長大から軽薄短小へ」へ変わってきています。
ただ、今回アメリカに3週間ほど行ってきてつくづく感じたことは、この国はやっぱり何もかもが「重厚長大」だということ。先日の記事「アメリカの大きさ」には、大型トレーラーの長さが23mから30数m、貨物列車の全長はなんと2km〜7kmと書きましたが、とにかく本当に何もかもがデカい!
こんな大きい大型トレーラーが街の中を走るのですから道路幅も広く、普通でも片側2車線、ところによっては3車線。フリーウェイ(高速道路)は片道4車線から6車線。
二階建てバスの2両連結なんていうのもあります。これには度肝を抜かれます。


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ゴミ収集車も日本の3〜4倍ぐらいありそうです。


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スーパーに売ってるピクルス(漬け物)のビンが1ガロン(3.78L)。
食べる食事の量もハンパないです。「45年ぶりの再会」でミホコさんご夫妻にご馳走していただいたミートローフは日本の3〜4倍の大きさ。


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息子の直人がアパートに置いているウォーターサーバーのリターナブルボトルの容量は5ガロン(19L)。日本の灯油のポリタンクが18Lですから、大きさがわかります。私にはこれを持ち上げてウォーターサーバーの上に載せることなどできません。
人の大きさにも圧倒されます。1m90cmから2mを超える背の高い人や相撲取り並みの人がいくらでもいます。アメリカでは私などまるで小人みたいなものです。
そんな大きい人が住んでいるから家も大きい。


お土産に買ってきた板チョコ(これはアメリカでも特大)は縦12.5cm横23.5cm厚さ1.7cm、重さ500g。日本の板チョコの平均が50gですからその10倍。エールチョコレートの比ではありません。しかも、アメリカの優良食料品スーパーのトレーダー・ジョーズ向け専用でチョコレートの本場ベルギーが作っているものなので、食べてみたら美味しいこと。その上、安いからこんなものや量の多い食事を毎日食べていたらアメリカ人は大きくなるわけです。


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でも、なんでも大きいのがいいというわけではありません。
大きいのがいいものがひとつあります。
それは「人の心」です。
今回のアメリカ滞在中、一番強く感じたのはまさにこの「人の心の大きさ」でした。
これはホントに
「♪大きいことはいいことだ!」
です。


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友達は生きている間ずっと寄り添ってくれる天使のよう

2018.04.18日

今日のテーマは「友達は生きている間ずっと寄り添ってくれる天使のよう」です。

「親を切るのがなぜ親切なの? Why? Japanese people!」とアメリカ人お笑いタレントの厚切りジェイソン。
もちろん、親を切ったら傷害罪、もしくは親が亡くなったら傷害致死罪や殺人罪に問われるので「親切」どころではありません。


「親」は「親しい」「身近に接する」という意味で、「切」は刃物をじかに当てるように「身近である」「行き届く」という意味がある。
つまり、身近に寄り添い、行き届くようにすることが「親切」の意味である。
(『語源由来辞典』より)


英語では「親切」に当たる言葉は一般に”kind”が一番知られていますが、”hospitable”という言葉もあります。
この”hospitable”と”hospital”は同語源でラテン語の hospes=a host, hostess(主人、客)からきています。
hospital については「なんという不思議な巡り合わせ」に書いたように、病院の医師を始め皆さんが本当に「手厚いもてなし」をしてくださいました。
同じ語源から生まれた言葉で私たちみんながよく知っているホスピスもそうです。
hospice
(修道院などの)宿泊所、収容施設


ほかに、
hospitable
「好意的な、手厚くもてなす」◇L.hospitare(=客をもてなす) (-ableは形容詞を作る接尾辞)
hospitality
「歓待、手厚いもてなし」 (-ityは名詞を作る接尾辞)
hospitalize
「入院させる」 (-izeは動詞を作る接尾辞)
inhospitable
「ぶあいそうな」 (in-は反対の意味を表す接頭辞)
など、たくさんあります。
(以上、『英・語・源』より)
ちなみに、私はこのような方法で英語を勉強して楽しみながら身につけました。
語源や接頭辞・接尾辞などから学ぶ英語は楽しいし、語彙力を一気に増やすいい方法ですよ。


昨日、ロサンゼルスより無事帰国いたしました。
お一人おひとりのお名前をあげてお礼を申し上げることができませんが、今回お世話になった大勢の方々のhospitality「歓待、手厚いもてなし」には、ただただ頭が下がる思いです。
「いっちゃれば ちょーでー」で新たにきょうだい、お友達になってくださった方々にも心より感謝いたします。


泊めていただいたレスリーの家の寝室にこんな飾り皿がありました。


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「友達は生きている間ずっと寄り添ってくれる天使のよう」


また、私がロスに行けるよう仕事面で取り計らい犠牲を払ってくれた正人、萌さん始めアカデミーの先生方、妻の貴子と娘のさりにも感謝します。
最後に「はじめまして。わたしがグランパよ!」♪と初孫の斗史希くんに声をかけるチャンスを作ってくれた直人と恵利紗さん、そして同行してくださった恵利紗さんのママ、そして主役の最高殊勲賞の斗史希くんに心から感謝します。
神様の豊かな祝福が皆さんお一人ひとりの上に豊かにありますように。


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ロス滞在最後の日

2018.04.17日

昨日は朝、直人と恵利紗さんがインターンシップでお世話になっているライトハウス・コミュニティ・チャーチの礼拝に行ってきました。今、泊めてくださっているレスリーも妹さんご夫妻もこの教会に通っていらっしゃいます。


午前中2回目の礼拝の前にバスケットコートのある広いジムに1回目の礼拝が終わった人と2回目の礼拝に来た人たちがコーヒーを飲みながらハグしたり握手したり挨拶を交わしたりしながら、立ち話ししています。


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11時少し前に礼拝堂に入ると、日本から来た私にはまるで映画館のように感じられる雰囲気の作りです。
礼拝が始まると同時に、鶴田さんの長男、ダイチ(「楽しい時間はあっという間に」)がリードするバンドの演奏が始まりました。もうまるでプロのようなクオリティです。彼のキーボード演奏と賛美、そして歌詞が本当に素晴らしい。
私も一緒になって歌いながら酔いしれました。
メッセージが始まるまでに、何人もの人がステージの上でお祈りします。


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日系人のGavin(ギャビン)がメッセージを始めましたが、その語る言葉はわかりやすく、例話も本人の実生活の中からでとても親しみやすく、聞いているうちに引き込まれていきます。でも、その中にしっかりとした聖書の学びが入っていて、恵まれると同時に多くのことを教えられます。


礼拝が終わって、ジムでコーヒーをいただいていると、メッセージしてくださった先ほどのGavin牧師が声をかけてくださり、インターンの直人の父親ですと自己紹介すると、開口一番「この度はお孫さんのお誕生おめでとうございます」と言って、教会の中を案内してくださいました。


ジムの裏側には、幼児から小学生、中学生などいくつものサンデースクールの教室が並んでいます。
そして牧師のオフィスにも案内してくださいましたが、入口近くの人が出入りしやすいところに位置しています。
この教会には、エルダー(長老)とよばれる教会の中心リーダーの牧師が5人、それに加えて、フルタイムの牧師が7人、パートタイムのインターンが7人。Gavin牧師は普段は説教担当ではなく、総務と海外宣教担当のエルダーだそうです。


15年前に開拓を始めて、7年前に現在のこの会堂に移ったそうです。この会堂は空き倉庫だったところを、自分たちの目的に合わせて設計し内部を改装されました。改装費用はなんと150万ドル(約1億6500万円)。建物はリースしていて毎月の支払いだけでも数百万円。
教会はここ数年、年間平均15%の成長で、20代から40代の若い世代の人たちが中心。
UCLAやUSCという全米でもトップクラスの学生がカープールして大勢来ていて、卒業して就職したあともそのまま教会につながっているそうです。現在子供も含めると1000人近い人がいて、日曜日の3回の礼拝でも足りず、隣の空き倉庫のリースを考え中といいます。
この写真の周囲に広大な駐車場があります。


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教会を出て直人のアパートに戻ると、写真家の真理さんが来てくださっていて、たくさん写真を撮ってくださいました。


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恵利紗さんのママが用意してくださったイクラの親子丼をいただきましたが、これがまた美味しい!
斗史希もお腹を空かせてママから、そしてその後パパからミルクをもらってお腹がふくれると満足してまたスヤスヤ。「食っちゃ寝」ならぬ、「飲んじゃ寝」。これが斗史希の今の仕事です。でも運良く、目を開けた瞬間を撮ることができました。


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夕方、またいずみさんのお宅にお邪魔しました。最後のお別れのご挨拶ですが、GVBCの大里牧師ご夫妻とお嬢さんを始め、若い方が中心に集まってくださいました。同時に、斗史希くんの初お披露目です。
いずみさんとご主人のエドさんの手料理をご馳走になりながら、また楽しいひと時。
お礼にゴスペルマジックとメンタルマジックをご披露したところ、皆さんとても喜んでくださり、やった甲斐がありました。


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レスリーの家に戻り荷造りを終え、寝る準備をしていたらレスリーが声をかけてくれて、別れを惜しみながらしばらく教会のこと、アメリカの政治のことから日常生活のことなどいろいろと話し、床(ベッド)に就きました。


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いっちゃれば ちょーでー

2018.04.13日

「いっちゃれば ちょーでー」
沖縄の言葉です。
最初、何度聞き直しても聞き取れず、何を言っているのかさっぱりわかりません。私にとってはギリシャ語よりも難しい外国語でした。( It's Greek to me.「私にはちんぷんかん」)


3日間泊めていただいた上村(かみむら)さん宅に、山内さんというお友達が訪ねてこられました。
とにかく明るくて、よく笑う、しゃべる。話は途切れることなく、周りのみんなを笑わせる、そういう方です。


沖縄出身の方で、若い頃東京に出てきて東大の助産婦学校を受験されました。面接官4人を前に冗談を言って(本人は大真面目でしたが)みんなを笑わせて圧倒し、「こいつは変わってる」ということで入学が決まったといいます。


アメリカにも若い頃、どうなるか全くわからない状況でお見合いにやってきて、日本語ができない日系二世の人とご結婚されました。
言葉が分からないままお子さんが4人もできてずいぶんご苦労されましたが、人懐っこさですぐに現地に溶け込んでたくさんのお友達を作られました。本当に「肝っ玉母さん」のような方です。


山内さんと同じ沖縄の看護学校を出られた上村さんは、アメリカにやってきて山内さんに教会で最初に会い、とても親切にしていただいて、それ以来の親しいお友達です。
しょっちゅう上村さんのお宅にやってきてお食事をご馳走になる、そのような家族ぐるみのお付き合いをもう何十年と続けていらっしゃいます。


山内さんにお尋ねしました。
「沖縄出身の方には前に通っていたウエスト・ロサンゼルスの教会でたくさんお世話になりましたが、皆さん明るくて、とてもご親切で、健康で長生きしていらっしゃいますが、秘訣は何ですか?」
ここで戻ってきた返事が、
「いっちゃれば ちょーでー」
です。
意味は、「一度会えば、みな兄弟」。
なるほどそう言われれば、「一度会えば」 →「いっちゃれば」、「兄弟」→「ちょーでー」と音が変化した形です。
ちょうど今、大河ドラマでやっている『西郷どん」が訛って『せごどん』になったのと同じです。


山内さんによると、沖縄の方はみんなとても楽天的、肯定的で人のことを悪く言ったりせず、すぐに誰とでも友達になる。これが「いっちゃれば ちょーでー」の精神で、だからストレスを溜めることもないし、健康的で長生きするのだと。
今80歳の山内さんは、この日の翌日から1か月ほど日本に旅行に行き、5月にはブラジルに行かれるそうで、そのタフさには私など足元にも及びません。
とても大切な、素晴らしいことを教えていただきました。


上村さんご夫妻もお子さん達も皆さん明るくて、とてもご親切です。この日もご主人(鹿児島県出身でアメリカ育ちの一世)のヨシさんが午前中に海で釣ってきた三種類の新鮮な魚をお刺身にして山内さんもご一緒に、まるでみんな兄弟のようにしてお食事をご馳走になりました。
素朴な人間的な温かみをひしひしと感じました。


ヨシさんは趣味をいっぱいお持ちの方で、まずは釣り。かつては釣りのためのボート(モーター付の)も持っておられたとのこと。それからブーゲンビリアやサボテンが広い裏庭に所狭しとぎっしりあります。ご自分で掛け合わせて新しい品種を作っては花を咲かせ、花に命名して楽しんでいらっしゃいます。まるで自分の子どものようだそうです。そして尺八。16本も持っておられ、さらに自作の尺八を12本。目の前で演奏していただきました。私は尺八の渋い音色がとても好きです。


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上村さんご夫妻と「いっちゃれば ちょーでー」と言いながら肩を抱いてお別れして、次の目的地に向かいました。
金成さんが通っておられるローリングヒルズ・カヴェナント教会のメンバーの中に、私のブログファンの方がたくさんいらっしゃるということで、お昼を一緒にすることになっています。
広大な敷地のモール、デル・アモファッションセンター に少し早く着いたので本屋さんをブラブラ。パッと目に留まり心惹かれた本を2冊買いました。
金成さんお気に入りのBrio Coastal Bar and Kitchenで皆さんにお会いしました。
私の教会の柿谷正期先生のご次男、柿谷真従さんとは長いお付き合いで奥さんの沙織さんともこれまで何度もお会いしていますが、淳子さん、えりさん、旬子(じゅんこ)さんとは初対面でした。でもみんな昔からの友達のような気がしました。
色々な話に花を咲かせながら、美味しくランチをいただきました。



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この後、金成さんにレドンドビーチに連れていただきました。
飼っていらっしゃる2頭の大きなジャーマンシェパード、リオ(雄50kg)とアディ(雌40kg)を連れて。
身近で見て体に触れるのは初めてでしたが、よく訓練された、とてもお利口さんなワンちゃんたちで私もリードを持たせてもらい、Sit, Down, Heel(座れ、伏せ、つけ)などの命令をしたらちゃんと言うことを聞いてくれました。


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金成さんに直人のアパートまで送っていただいて、このあと数日お世話になるレスリー・フジモトさん(日本語がまったく話せない日系3世)に紹介されて、レスリーさんが作ってきてくださったお料理をみんなでいただきました。斗史希くんもママのミルクを一緒にたくさんいただきました。


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直人と斗史希くんはもうすでに顔を見合わせて笑う仲良し父子(笑)。


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今回の旅行では、「いっちゃれば ちょーでー 」。
本当にたくさんの人たちと出会い、お友達以上のきょうだいになりました。


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ロスでのイースター

2018.04.03日

ロスでのイースター礼拝はとても感動的で素晴らしいものでした。
直人がGardena Valley Baptist Church (GVBC)に導かれた6年半前から5年間の思い出を語り、その中で神様がどのように働かれたか証しして賛美しました。
高校生の頃、まったく勉強せずに麻雀に明け暮れていたあの金髪青年。
家でギターを弾きながら奇声を発していてまったくの音痴だった息子が今、私の目の前で素晴らしい賛美をしている。
こんなに大きく変えられ、将来宣教師になるために神学校で学び、毎日8時間にも及ぶ勉強をするようになった我が息子を見て目頭が熱くなり、何度もハンカチを目に当てました。


その後、大里牧師が2000年前のイースターの朝の出来事を、その週の初めから振り返りながらまるで映画でも観ているかのように迫力満点で力強いメッセージをされました。


大里先生のお話によると、タイの宣教師をしておられたところ招聘されてこの教会に就任されたのは今から6年半前。
最初の礼拝は40名ほど、その大半がご年配の方ばかりで、途方にくれたそうです。
ただひとりの若者が直人で、彼が礼拝後大里先生のところにやってきて、こう言ったそうです。
「英二さん。これからこの教会が楽しみですね。近くのエル・カミーノカレッジから若者がたくさんやってきますよ。一緒に若者伝道をしましょう」
このとき、大里牧師はそんなことはまず無理じゃないかと思ったそうです。


ところが、若者がどんどん増えてきて、それに応じて20代から30代、40代の若い世代の人たちも教会に来始め次第に日語部が大きく成長したそうです。
そして、このイースターの日の礼拝はあらゆる年代層の人が集い、なんと準備しておいたプログラムが足りなくなるほどの147名の参加だったそうです。


感動が覚めやらぬ礼拝後、6年半前当時礼拝を守っていた会堂2階のソーシャルホールでイースターの愛餐会。ぎっしりの人で埋まりました。美味しい日本食のご馳走に舌鼓を打ちながら楽しい交わりのひととき。
多くの方からご挨拶やお祝いの言葉をいただきました。
中には、「直人さんは先生が二十歳のときのお子さんですか?お孫さんがお生まれになるお年には見えません」と嬉しいことをおっしゃってくださる方も。


そしてこの後、筋違いして痛めた背中を前々日治療してくださったみどりのお嬢さん、じゅんこさんが再度治療をしてくださるということでみどりさんのお宅へ。
治療していただくと、それまで痛かった背中が嘘のように楽になりました。
お茶をいただきながら歓談のとき、みどりさんが前日の教会での出会いの裏話をしてくださいました。下はみどりさんが直人宛に送ってくださったFBのメッセージから。


「直人さん 昨夜のGood Friday Service でのお父様との出会いは、神様のお導きに他になりません。まず、私は勘違いでコーディネーター会があると思って教会に行ったのです。着いてから間違いに気が付いて帰ろうとしたら、英語部の平野さんが アキさんを呼び出してくれて、アキさんが『せっかく来たのだから礼拝に参加したらどうですか。日語部の人もいますよ。』って礼拝堂に導いてくれたのです。あのとき、なぜ平野さんがアキさんを呼び出したのか不思議です。Service が終わったらすぐに帰るつもりでロビーに出たら、お父様にばったりお会いしました。ご挨拶して体調を伺ったら、『筋を違えて背中がちょっと痛いけれど大丈夫です。』と仰ったので、無理やり我が家へお連れしました。礼拝堂は補助椅子を出すほどに満杯だったのに、ばったりお父様と出口でお会いするなんて神様が引き合わせてくださったとしか思えません。神様がお父様の体調をちゃんとケアしてくださっているのだと思います。」
本当に、背後で働いている神様のご愛の手を感じずにはいられません。


お茶をいただいているときに、恵利紗さんとお母さんがやってきて歓談の仲間に加わり、さらに話が盛り上がりました。
みどりさんのお宅を失礼して、お母さんの運転で直人のアパートへ移動。
2年ごとにアメリカに来てご主人の三田先生とご一緒に全米を車で回っていらっしゃるというだけあって車の運転は慣れたもの。


この間、自宅で寸暇を惜しんで勉強していた直人に運転してもらって川崎さん宅へ。
こちらは広いので、一軒一軒の家の間の距離が結構あり、どこへ行くにもフリーウェイを走って30分ほどかかります。
川崎家では、ご主人のエドと92歳になるエドのお父さんとみんなでイースターの大晩餐会。
巨大なハム、ターキー(七面鳥)、和食のすき焼きのメインディナーに続き、食後のフルーツ
からアイスクリームのデザートまでフルコースです。お腹いっぱいご馳走をいただきました。
いずみさんはお料理がとてもお上手で、文句なしの5つ星です。


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ここでもいろいろな話題に花が咲きました。
恵利紗さんのお母さんがその昔、私とほぼ同時期にテキサスに留学していらっしゃったときの面白いお話。
お母さんの母親がテキサスにいる我が娘に出した手紙の宛名には、テキサスという州名とZip code(郵便番号)とお母さんの名前だけ。それで届いたのですって。テキサスの人口の少ない田舎町で日本人は他にだれもいなくてお母さんは有名だったそうです。
お母さんの英語の達者ぶりにはとっても驚かされました。


こんな感じで、毎日があまりにもいろいろなことがあり、本当に盛りだくさんなのですが、日本と違ってこちらでは時間の経つのが嘘のように遅く、まるで1日が日本の2日分のような感じです。
それでも、昔アーカンソー州の田舎に住んでいらっしゃったいずみさんにしてみれば、カリフォルニアの時間は早く経つそうです(笑)。


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本物の成功者とは

2018.03.26日
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“Successful people are always looking for opportunities to help others. Unsuccessful people are always Asking, ‘What’s in it for me?’”
—Brian Tracy – Speaker and Author
「成功している人はいつも誰か人を助けるチャンスを探している。成功できない人はいつも自分にとって利益になることを探している」
—ブライアン・トレーシー、モチベーショナルスピーカー、作家
(訳 舟田譲二)


この世の中、成功している人やお金持ちを見ると、「自分の利益」を追い求めている人であるかのように思っている人がたくさんいます。
実際のところ、そのような人も確かにいます。そのような人に何人か会ったことがあります。
でも、本当に成功している人とは自分の利益を追い求めている人たちなのでしょうか?


「自分にとって利益になることを探している」のは、偽りの、上辺だけの成功者です。
そのような人の張りぼての成功は、やがてメッキがはがれ、化けの皮がはがされて、白日の下に明らかになります。
たとえ地位、名誉、財産を築き、大豪邸に住み、高級車に乗り、周りの人からチヤホヤされていても、それがすなわち成功とは言えません。


本物の成功者は、決して自己の利益を求めてはいません。彼らは人を助けることによって結果的に成功を収めています。
その証拠に、このような成功者は慈善事業や研究機関、教育機関、国際的な活動などに多額の寄付をして、自らの利益を他者に還元しています。


いいえ、さらに言うと、実はこのような人たちだけが本物の成功者でもありません。
人の目に触れないところで、愛の寄付行為をしたり、ボランティア活動をしたり、あるいは他人の幸せを陰で祈り、人の役に立つことを願い、人の助けとなるチャンスをつねに探している人たちこそが本物の成功者です。
その働きはたとえどんなに小さくて、だれにも知られていなくてもいいのです。
自分の器に応じて、人のためにできることを精一杯している人、これが本当の成功者です。


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人の最高の部分を引き出したいなら

2018.03.21日

“If you want to get the best out of a person you must look for the best that is in him.”
--Bernard Haldane ー 1911-2002, Author
「もし、人の最高の部分を引き出したいと思ったら、その人の内にある最高の部分を探さなければならない」
--バーナード・ハルダン、作家
(訳 舟田譲二)


私たちは往々にして上のハルダンの言葉と逆のことをしているようです。
知らず知らずのうちに人の良い点よりも欠点に目が行ってしまいます。
すると、それがより一層大きくクローズアップされてしまい、こちらが不満になるとそれは相手にも伝わり、お互いに気まずい思いをして、信頼関係が壊れてしまいます。
これは夫婦関係や親子関係、きょうだい・親戚関係など近しい関係ほどよく見られます。なぜなら、普段の生活の中でよその人には見えない裏まで見えてしまうからです。
この問題が大きくなると夫婦間であれば離婚に、親子間だと極端な場合は勘当とか絶縁という形になったりします。
多くの人間関係の問題はどうやらここにあるようです。


これに対して、とても良好な人間関係を保っている人は、概して相手の良いところを見つけて、それを認めて感謝し、さらに引き伸ばすということをしています。
さらに言うと、ハルダンが述べているように、
「もし、人の最高の部分を引き出したいと思ったら、その人の内にある最高の部分を探さなければならない」
のです。


私たちも、まずは身近な人たちに対して常に上のことを意識して、その人の持っている最高の部分を探して、それを引き出していくならば、人間関係は飛躍的に改善し、お互いに WIN-WIN(双方にとって有益)の関係を築くことができるようになるでしょう。


あなたもそのような関係を築きたいとは思いませんか?


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あなたの小さな親切の行為が世界を変える

2018.03.19日
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”When you are kind to others, it not only changes you, it changes the world.”
—Harold Kushner – Rabbi and Author
「人に親切にしたら、あなた自身が変わるだけでなく、世界も変わります」
—ハロルド・クシュナー、ユダヤ教ラビ・作家
(訳 舟田譲二)


「小さな親切運動」というのがあります。
1963年3月 東京大学卒業式の告辞で、総長であった茅(かや)誠司が「小さな親切」の重要性を訴える。その後、実践例が新聞などで報じられ、社会から幅広い共感が寄せられる。
1963年6月13日 社団法人「小さな親切」運動本部設立。茅が初代代表に就任し、以後23年間同職を務める。
日常生活における「親切な行動」の実践を重視し、一般国民からの推薦によって、毎月25日に親切な行動を行った個人や団体への実行章を贈呈する。実行章の受賞内容は様々だが、清掃・花植えなどの環境美化活動、高齢者への援助、事件・事故などの迅速な対処、社会奉仕活動、ボランティア活動などである。
全国の小中学校を対象とした作文コンクール(後援は内閣府、文部科学省、NHK、毎日新聞社)や「小さな親切」はがきキャンペーン(後援は日本郵便、読売新聞社)などを主催する。
環境美化運動や車椅子贈呈運動も行い、その活動を海外にも広める。

(Wikipediaより一部引用)


「実行章」や「作文コンクール」、「はがきキャンペーン」「車椅子贈呈運動」など、「小さな運動」を促進する手段がいくつも試みられています。これらは意識を岳めるために有効です。


一方、9年前に書いた「ペイ・フォーワード」という記事も、冒頭のハロルド・クシュナーの
「人に親切にしたら、あなた自身が変わるだけでなく、世界も変わります」
の言葉を運動にしたものです。記事の中の一部を引用します。
人は他人から何か厚意を受けると、普通その相手にお返しをしようとします。しかしそれでは、その厚意は当事者間のみで完結してしまいます。
この「厚意」を受けた相手に返す(ペイ・バック)のではなく、別の人に別な形でお返し(ペイ・フォーワード)していくと、善意の輪が知らず知らずのうちにどんどん広がっていきます。
やがてそれは私たちの家族を、友達を、学校を、社会を、国を、世界を変えていくことになる、という話です。


日本のことわざ「情けは人の為ならず」もそうですが、親切な行為はもちろん当事者を幸せにしますが、その前に自分自身が幸せな気持ちになります。
もちろん幸せな気持ちになるために親切な行為をするわけではありませんが、おまけとしてついてくるのです。
さらに、この親切な行為は家族、友達、学校、社会、国、世界に広がっていき、やがては世界を変えることになる、というわけです。
これは決して理想主義ではありません。


あなたの小さな、小さな親切の行為が世界を変えます。


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引き寄せの法則なんて眉唾だ、と思う方へ

2018.03.19日
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“Feeling grateful or appreciative of someone or something in your life actually attracts more of the things that you appreciate and value into your life.”
―Christiane Northrup, M.D. - Author and Speaker
「人生において、誰か人や何かものに感謝の心を持っていると、感謝しているものや価値観を置いているものをさらに多くあなたの人生に引き寄せることになる」
―クリスチアンヌ・ノースラップ医学博士、作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


これは私自身がこれまで数え切れないほど経験し、そして信じている「引き寄せの法則」です。
このブログで何度も書いてきているので、もしご興味がありましたら、左上コーナーの「エントリー検索」に「引き寄せの法則」と入力するとそれに関する記事がたくさん出てきますので、その中で面白そうなものをご覧ください。


今日の言葉、
「人生において、誰か人や何かものに感謝の心を持っていると、感謝しているものや価値観を置いているものをさらに多くあなたの人生に引き寄せることになる」
は引き寄せの法則の中でも誰の目にも明らかな真理です。


もし眉唾だと思う方がいらっしゃったら、その逆を考えてみてください。
「人生において、誰か人や何かものに嫌な感情を持っていると、嫌だと思っているものや価値観を置いていないものをさらに多くあなたの人生に引き寄せることになる」
いかがですか?その通りだと思いませんか?
このような人をきっとご存じでしょう。
これが真ならばその逆もまた真なりです。


嫌なものを引き寄せたいと思わないでしょう。
誰でもいいものを引き寄せたいと思いますよね。
そしたら、どうすれば良いか、自ずと明らかになります。
ぜひ、お試しください。
結果にびっくりしますよ。


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本物の愛とは

2018.03.18日
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“Love is when the other person's happiness is more important than your own.”
―H. Jackson Brown, Jr.
「愛とは、自分の幸せよりも他の人の幸せのほうが大切になること」
―H・ジャクソン・ブラウン, Jr
(訳 舟田譲二)


「愛憎劇」というのがあります。
「愛憎と憎悪の念が入り混じった、あくの強い筋書の人間ドラマを意味する語。『ドロドロの〜』などの表現で修飾でされる場合も多い」
(実用表現日本語辞典)


この世においては愛と憎しみが交錯していることがしばしばです。
「死ぬほど愛してる」と言ってながら、ちょっとしたことで次の瞬間には憎しみに変わり、 相手を殺すということすらあります。これはドラマの中の世界だけでなく、日常的に起こって新聞やテレビのニュースを賑わしています。
「愛と憎しみは背中合わせ」と言われる所以です。


このような愛憎劇が示していることは、自己中心で自己の利益を求める愛は本物の愛ではないということです。「愛してる」と言いながら、相手が自分の欲求を満たしてくれることを求め、それがかなわないと途端に相手を憎むのです。


しかし、本物の愛とは相手のために自分の心も時間もエネルギーも財も、時には命をもを犠牲にする利他的な愛です。これは決して絵に描いた餅、綺麗事ではありません。このような出来事もまた実際に私たちの身の周りで起こっています。
親が子のために身を粉にして働くのもその一つですし、伴侶の介護のために一生を捧げるのも、また駅のホームで転落した見ず知らずの人を助けるために線路に飛び降りて犠牲になる人などもそうです。
三浦綾子さんの『塩狩峠』もそのような実話に基づいて創作された小説です。
まさに「事実は小説よりも奇なり」です。


そして、聖書の中の有名な言葉もこのことが真実であることを証ししています。
「人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない」
(ヨハネによる福音書 15:13)


皆さんはこのような本物の愛を経験したことがありますか?経験したくありませんか?
自分もそのような愛の人になりたくありませんか?


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人を元気にする人

2018.03.15日
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"Choose people who lift you up."
--Michelle Obama – Former First Lady of the United States
「あなたを元気にしてくれる人を選びなさい」
--ミシェル・オバマ、前米国大統領夫人
(訳 舟田譲二)


ミシェル・オバマさんと言えば、ご存じ前米国大統領オバマ氏の夫人です。
ファーストレディとして私は個人的に好感を持っていました。
シカゴの黒人貧民街「サウスサイド」で奴隷を先祖に持つ労働者階級の家に生まれ育ちました。努力家でプリンストン大、ハーバード法科大学院へ進み弁護士になり、勤めていた法律事務所でインターンとして現れたハーバード大在学中のオバマ氏と知り合い結婚しました。
アフリカ系アメリカ人として初めての大統領夫人になったという、まさにアメリカンドリームを具現化したお手本のような人物です。


そのミシェルさんの冒頭の名言、
「あなたを元気にしてくれる人を選びなさい」
にもまったく同感です。


この言葉を逆に言うと、"Choose people who put you down." 「あなたを不快にする人を選びなさい」となりますが、こんなことをする人は世界中どこを探してもおそらくいないでしょう。
でも、果たして自分が「人を不快にする人」になっているようなことは絶対にない、と言い切れるでしょうか。
特別な事情でもない限り意識的にそのようなことをすることはもちろんないでしょうが、気が利かないために無意識のうちにやることは誰でもあると思います。


「カタルシス」という言葉があります。これはもともと古代ギリシャの哲学者アリストテレスが演劇用語として使った言葉で、「悲劇により精神を浄化すること」という意味です。
今日的に平たく言うと、「心のもやもやがスッキリと解消される」ということです。
私たちが映画やドラマを観ていたり、小説などを読んでいて勧善懲悪(善を勧め、悪を懲しめる)のストーリーを見ると私たちはスッキリします。逆に、悪が勝つ結末を見ると私たちは何とも言えないもやもや感が残ります。


「人を不快にする人」はみんなから嫌がられるものです。
「人を元気にする人」はみんなから好かれ、慕われます。
私たち自身もそのような「人を元気にする人」になりたいものです。
また、友を選ぶときには「人を元気にする人」を選びましょう。


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自信喪失で悩むか優越感で傲慢になるか

2018.03.14日
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"The reason why we struggle with insecurity is because we compare our behind the scenes with everyone else’s highlight reel."
--Steven Furtick - Pastor
「私たちが自信喪失で悩む理由は、自分の陰の部分と他人のハイライトの部分を比較するからだ」
--スティーヴン・ファーティック、キリスト教牧師
(訳 舟田譲二)


本文中の behind the scenes という言葉は、文字どおりには「舞台裏」。すなわち、人に当てはめれば「陰の部分」で、highlight reel はテレビなどで繰り返し放映される「見せ場のシーン」のことです。それで、「自分の陰の部分と他人のハイライトの部分を比較するからだ」と訳しました。


自分の舞台裏のシーンとは、他人が見ることのできないいわば秘密の部分で、自分だけが知っている「陰の部分」です。
これに対して、他人の「陰の部分」というのは、週刊誌などがいくら暴き立てたとしても他人のすべてを知ることは不可能です。そこで、どうしても私たちは他人に関しては「ハイライトの部分」つまり上辺のいい面を見て、それを自分の陰の部分と比べて自信喪失に陥ります。


あるいは、私たちがニュースや伝聞などで知り得る他人の「陰の部分」を知り自分と比べて、自分はこの人よりも優れていると、優越感を味わったり、人を見下したりします。


つまり、どっちに転んでも自分と他人を比較することは、劣等感で悩むか優越感で傲慢になるかで、いいことはひとつもありません。
あくまでも自分は自分、他人は他人。たとえ家族のメンバーであってもそうです。


人と自分を比較しないようにしましょう。
また、自分の子どもや家族を他人と比較することも同じことです。
ありのままを受け入れること、それが健全な自己イメージを育てることにつながり、ひいては幸せな人生を歩めることにもなります。


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人生、賢く生きなければ損

2018.03.09日
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"Kiss slowly, laugh insanely, live truly and forgive quickly."
--Paulo Coelho - Author
「ゆっくりと口づけし、狂ったように笑い、真実に生き、そして素早く赦しなさい」
--パウロ・コエーリョ、作家
(訳 舟田譲二)


上のコエーリョの言葉を逆に言ってみましょう。
「素早く口づけし、静かに笑い、偽りに生き、そして赦すのは先延ばしにしなさい」
なんと味気ない、不気味で、恐ろしく、苦しい人生でしょうか。
しかし、この世の中、見渡すとこのような生き方をしている人が少なくありません。
それを遺伝のせいにしたり、環境のせいにしたり、他人のせいにしたり、神のせいにしたりして、自ら不幸な道を歩んでいるのです。


でも、これは自分の選択です。
たとえ親であろうと、伴侶やきょうだい、教師や先輩であろうと、会社の社長、あるいは独裁国家の元首であろうとも、だれもひとりの人の人生を支配することはできません。
ひとりの人の人生はすべてその人の選択と意志によるのです。


オプラ・ウィンフリーの名言に、
「人生最大のレッスンは、あなたの人生に責任を負うのはあなた自身ということ」
というのがありますが、本当にそのとおりです。


「素早く口づけし、静かに笑い、偽りに生き、そして赦すのは先延ばしにしなさい」
という生き方をするより、
「ゆっくりと口づけし、狂ったように笑い、真実に生き、そして素早く赦しなさい」
という生き方のほうがはるかに素晴らしいことは誰の目にも明らかです。
これは取りも直さず自分自身のためであり、そしてこのような生き方をするとき、周りの人たちもみんな幸せになれます。


人生、賢く生きなければ損です。


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この感動をご一緒に

2018.03.06日
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"It’s not about how hard you can hit; it’s about how hard you can get hit and keep moving forward."
--Rocky Balboa, From the Movie Rocky
「要はどれだけ強く殴ったかじゃないんだ。どれだけ強く殴られ、それでも闘い続けるかなんだ」
--ロッキー・バルボア、映画『ロッキー』より
(訳 舟田譲二)


映画『ロッキー』と言えば、映画通の人なら知らない人はいないというほどの名作で、1976年に大ヒットし、その後『ロッキー2』、『ロッキー3』、『ロッキー4/炎の友情』、『ロッキー5/最後のドラマ』、『ロッキー・ザ・ファイナル』とシリーズ化されましたが、いずれも大当たり。


1976年はちょうど私がアメリカに留学していた頃。
ロサンゼルスでは大フィーバー。街中の映画館で満員御礼状態でした。
でも、私はなぜかこの映画に全く興味を示さず、帰国後もテレビで何度も洋画劇場などで放送、再放送されましたが、ついに一度も観ませんでした。
理由のひとつは、ボクシングが低俗なスポーツという偏見を持っていたこと、殴り殴られ血を流す残酷なシーンを見たくなかったことなどによります。


でも、昨日この冒頭のロッキーの言葉に惹かれて、『ロッキー』についてWikipediaで初めて読んだところ、なんと私の偏見が打ち砕かれ、大きな感動を覚え、さらに共感しました。思っていたような薄っぺらい映画ではありませんでした。しかも、ロッキー役を演じたシルベスター・スタローンの人生ともちょうど重なる、本当の感動ストーリーなのです。
(内容については『ロッキー』をご覧ください)


共感を覚えたというのは、ロッキーが語っている上の名セリフ、
「要はどれだけ強く殴ったかじゃないんだ。どれだけ強く殴られ、それでも闘い続けるかなんだ」
に自分の姿を映したからです。
とは言っても、私はスポーツマンとは対極にいるような人間で、さらに殴り合いなどケンカすらしたことのないひ弱な者なので、もちろん文字どおり「殴る」とか「殴られる」という世界の話ではありません。


恥をさらすようですが、このブログでこれまでたびたび書いてきた私のさまざまな病歴です。
とくに数年前に患ったてんかん、そして一旦「絶不調から絶好調」になったかと思った直後の去年の繊維筋痛症発症。そして、それすら遂に克服したかと思うほど、ここ数か月またまた絶好調だったのですが、1週間ほど前からまた繊維筋痛症の症状が出てきて、毎日首から肩、背中、腰が強く痛み、遂に昨日思い切ってかかりつけの整形外科に診てもらいに行きました。
1か月ほど前から止めていた痛み止めの薬をまた処方してもらい、リハビリも再開しました。


妻がよく言います。
頑張りすぎだ。やり出したら何でも一生懸命やりすぎる。これだけ次から次へと病気に打たれてもよく懲りないで続ける、と。
実は昨日から始まった新年度の授業でもちょっと頑張りすぎでしまったのです。
でも、ちょっとオーバーに言えば、私の今の気持ちはロッキーの言うところの
「要はどれだけ強く殴ったかじゃないんだ。どれだけ強く殴られ、それでも闘い続けるかなんだ」
と同じなのです。
下に『ロッキー』の予告編を載せます。
もし興味を持たれたらDVDで観てください。そして、感動をぜひ一緒に味わってください。



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人生楽しく、幸せに生きるコツは

2018.03.05日
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“Humor and joy contribute to my total well-being, so I laugh a lot today!.”
--Louise Hay - 1926-2017, Author and Publisher
「ユーモアと喜びは私の完全な幸福の源。だから私は今日もいっぱい笑う!」
--ルイーズ・ヘイ、作家・出版者
(訳 舟田譲二)


ルイーズ・ヘイは生後18カ月で両親が離婚。貧困により5歳まで孤児院で過ごし、その後実母に引き取られたものの再婚した母からの虐待、 義父、隣人からのレイプに絶えられず15歳で家出。その後ファッションモデルとして活躍し、結婚・離婚を経験しスピリチュアルの道へ。
「思考を変えれば人生は変わる」ということに気づいたヘイは必死で勉強し、どのような思考がどのような身体不調に関連しているかなどを研究し、『ライフ・ヒーリング』などの本を著し世界的なヒットに。


「アファメーション」という肯定的な言葉を自分に言い聞かせることで、自らの人生を変えていくという新しい手法に至り、それを世界中に広めて幸せになる人を生み出すという使命に生きました。
苦難の人生を歩んできたルイーズ・ヘイが
「ユーモアと喜びは私の完全な幸福の源。だから私は今日もいっぱい笑う!」
と言っているのは実に説得力があります。
彼女が幸せになれるのなら、それこそ幸せになれない人なんかひとりもいないんじゃないか、と思うほどです。


私もこのアファメーションを日々の生活の中に取り入れています。
そして、毎日鏡に向かうたびに自分に微笑みかけます。
すると不思議なように幸せな気持ちになれます。鏡の中の自分が自分を幸せにしてくれるのです。
また、ルイーズ・ヘイのようによく笑います。
眉間にしわを寄せて悩んだり、イライラしたり、人に当たったり、暗いことを考えているより幸せになれ、人生が楽しくなりますよ。


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有言実行の人

2018.03.03日
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"Love all, trust a few, do wrong to none."
--William Shakespeare ー 1564-1616, Poet, Playwright, and Actor
「すべての人を愛しなさい。しかし、ごくわずかな人だけ信頼しなさい。そして、誰に対しても悪を計ってはいけません」
--ウィリアム・シェイクスピア、詩人・劇作家・俳優
(訳 舟田譲二)


「すべての人」「ごくわずかな人」「誰に対しても◯◯するな」と、日常生活の中で接する三段階のレベルの人間関係において私たちがなすべきことを、シェイクスピアがレッスンとして教えてくれています。


第1に「すべての人を愛すること」
これは言うは易し行うは難し。
私たちは生身を持った人間ですから誰でも嫌な人、好みでない人、馬の合わない人だっています。
にもかかわらず、シェイクスピアはここで「すべての人を愛しなさい」と私たちに勧めています。果たしてそんなことができるのでしょうか?
「好き・嫌い」というのは感情。
それに対して「愛する」というのは意志の世界です。
シェイクスピアは意志の力で「すべての人を愛しなさい」と勧めています。
なぜ? それが私たち自身のためだからです。波長の合わない人を排除していたら、決して幸せな人生を歩むことはできません。なぜなら波長の合う人だけと暮らすことはできないからです。馬の合わない人をも愛することによって私たちは平和に生きることができるのです。


第2に「ごくわずかな人だけ信頼すること」
好むと好まぬにかかわらず、残念ながらこの世の中、嘘をつく人、自分の利益を得るために人を騙す人、人に危害を加えるような人が現実にいます。私たちは知恵を用いて信頼できる人を見極めなければなりません。
「すべての人を愛する」ことと「ごくわずかな人だけ信頼する」ことは決して矛盾していません。
信頼できない人、私たちに悪を働く人を赦し、愛することは難しいことではありますが、決して不可能なことではありません。現に歴史上の著名な人物がそのお手本をたくさん残してくれています。


第3に「誰に対しても悪を計らないこと」
たとえ人にひどい目に遭わされたとしても復讐したり、悪を計ろうとしないこと。
これもひいては自分のためです。
人に悪を計ることは、まわりまわって結局自分の首を絞めることになります。
「できる限りすべての人と平和に過ごしなさい。
悪に負けてはいけない。かえって、善を持って悪に勝ちなさい」
(ローマ人への手紙12:18, 21)


シェイクスピアは謎に満ちた人物で、その人となりはよく知られていません。
しかし、四大悲劇「ハムレット」「オセロ」「リア王」「マクベス」のほか、「ロミオとジュリエット」「真夏の夜の夢」「ベニスの商人」など数多くの名作を残し、言葉の豊かさ、性格描写の巧みさなどで英国ルネサンス文学のみならず世界の文学の最高峰と称されています。
また、人から後ろ指を指されることなく、経済的にも大成功を収め、数多くの名言を残し、後世の人に大きな影響力を与えているところから見ても、シェイクスピアが有言実行、言行一致の人物であったことは想像に難くありません。
そのような人物が残した教えから学ぶことは、私たちにとって大変益なことです。


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たとえ赦せなくても赦しなさい

2018.02.28日
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"Forgive others, not because they deserve forgiveness, but because you deserve peace."
--Jonathan Lockwood Huie - Author
「人を赦しなさい。その人が赦されて当然だからではない。あなたの心が平安になるのが当然だからだ」
--ジョナサン・ロックウッド・ヒューイ、作家
(訳 舟田譲二)


「赦し」はとても重いテーマです。
頭では赦すことが大切だ、必要だと分かっていても、心がついていかない。
自分はこの人にさんざんな目に遭った。ぼろぼろになってしまった。人生がむちゃくちゃにされた。自分の家族までが巻き添えに遭ってみんな苦しんだ。
こんな状況でこの人を赦すことなんかできるわけがない。
罰を受けて当然だ。復讐することが自分の務めだ。復讐しなかったら被害に遭った者が浮かばれない。


これが、多くの小説やドラマや映画のテーマになっています。
実際にこのような体験をした人がたくさんいます。私にもそのような辛い経験があります。
今、これを読んでいる人の中にも、そのような体験をした人もいるでしょう。
現在その苦しい、辛い体験の真っ只中という人もいるかもしれません。
一昨日、昨日と連続で、まったく違う状況ですが、とても難しい「赦し」の問題に直面しているふたりの人から苦しい胸の内を打ち明けられました。
ひとりの人の話を聞いていて心が張り裂けそうになりました。
もうひとりの人は、その苦しみから既に立ち直っていらっしゃいます。


「赦されて当然な人」でなくても、また「赦されなくて当然な人」でも赦すのです。
たとえどんなに難しいことでも。悔しくても。
なぜ? どうして? WHY?
それは、あなた自身のためだからです。
「あなたの心が平安になるのが当然だから」「あなたの心が平安になるべきだから」です。


赦さない限り、一番苦しむのはあなた自身です。
赦すのは辛いし、苦しい。
しかし、それでも赦さないでいるほうがもっと辛いし、苦しい。
赦さない限り、苦しみがずう〜っといつまでも続く。
だから赦すのです。相手のためではなく、あなた自身のために。
赦すと心に平安がやってきます。
復讐は神の手に委ねるのです。


「愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、『主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する』と書いてあるからである」(ローマ人への手紙 12:19)


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人を思いどおりにする!?

2018.02.27日
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"To handle yourself, use your head; to handle others, us your heart."
--Eleanor Roosevelt – 1884-1962, Former First Lady of the United States
「自分自身を思いどおりにしたかったら頭を使いなさい。でも人を思いどおりにしたかったら心を使いなさい」
--エレノア・ルーズベルト、ルーズベルト元米大統領夫人
(訳 舟田譲二)


「人を思いどおりにする」なんて言うと聞こえが悪いですが、実際のところほとんどの人が自分の周りの人を自分の思いどおりにしようとしています。
そもそも人間とは人を自分の思いどおりに動かそうとするものです。自己中心の故です。
それでいて、自分自身はどうかというと、人の思いどおりには動かされたくないし、動かされると面白くないものです。


先日の記事「サラリーマン川柳 うまいこと言うね」の中でも、
「禁煙し それでも家で 煙たがれ」
「何事も 妻ファーストで うまくいく」
「『ちがうだろ!』 妻が言うなら そうだろう」
など、弱い立場のサラリーマン悲哀が見事に謳われています。


ここでエレノア・ルーズベルト夫人が私たちに実に適切なアドバイスをくれています。
「自分自身を思いどおりにしたかったら頭を使いなさい。でも人を思いどおりにしたかったら心を使いなさい」
つまり、「自分自身をうまくコントロールしたかったら、感情に動かされるのではなく、頭を使って理性的に考えて行動しなさい。しかし、他人の場合は論理的に説得しようとするのではなく、むしろその人の気持ちを理解し、その人の身になって考えなさい」というわけです。


これは夫婦関係を始め、親子関係、子弟関係、先輩後輩間、同僚・友人間等々、あらゆる人間関係に当てはまります。
このコツを人間関係においてうまく活用すると、イライラしたり、腹を立てたり、不快な思いをしたりする必要がなくなります。
また、自分の思いをぶっつけて相手を不快な思いにさせることもなく、非常にスムーズな温かい人間関係を築くことができます。


昨日は妻とウォーキングに出かけました。何年ぶりのことでしょうか。
妻はいつも仕事に追われていて、なかなか精神的に余裕がありません。
そこで、家から5キロほど離れたお気に入りのイタリアンレストランでパスタを食べたい、ということで、いつもなら車で15分ほどで行くのですが、妻の希望で歩いて行くことになったのです。
「遠いよ、本当に歩いて行くの?」と確かめたのですが、本人が大丈夫と言うので歩き始めました。案の定、30分ほど歩いたところで、疲れたと言ったので、別のお店に入ろうかと尋ねたのですが、どうしてもそのお店に行きたいと言います。


歩き慣れていない妻の歩くスピードは非常に遅く、その歩調に併せて歩いていると私もとても疲れます。私ひとりだと45分ほどで行ける距離なのですが、なんとその倍の1時間半もかかりました。
でも、疲れてお腹が空いていたお陰で、いつもよりも美味しくいただくことができ、ふたりとも大満足でした。
帰りはバスでもいいよ、と言ったのですが、妻は歩くと言うので歩くことにしました。
冗談を言ったり、楽しくいろいろなことを話しながらゆっくりと歩いて帰宅しました。
往復で3時間、歩いた距離は10キロあまり。
運動になったというよりも、むしろ夫婦の交わりの時となり感謝でした。


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人の人生を変える能力

2018.02.24日
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"You were born with the ability to change someone’s life, don’t ever waste it."
--Dale Partridge - Author
「あなたは誰か人の人生を変える能力を持って生まれてきている。この能力を無駄にしてはいけない」
--デール・パートリッジ、作家
(訳 舟田譲二)


「人の人生を変える」なんて言ったらなんかちょっと傲慢な感じに聞えるかもしれません。
しかし、ここでデール・パートリッジが言っているのは、そのような意味ではなく、誰かの人生にいい意味で大きな影響を与えて、結果その人の人生の道を変える、その人を生かすというような意味です。


昨夜、『天才を育てた女房』というテレビドラマをやっていました。
岡潔(1901〜1978)という天才数学者とその妻の人生を描いたものです。
「数学界における三大問題を全て独力で解き、世界の数学者を驚嘆させた。 ヨーロッパの数学者たちはその独創性に驚き、『オカ・キヨシ』を日本の若い数学者の集団ではないかと疑ったほどだった」 というエピソードがあります。
京大で数学を教えていた時の教え子に、後のノーベル賞受賞者、湯川秀樹と朝永振一郎がいたというのもすごいです。


ドラマの中で岡潔は、数学の世界に、また宇宙に創造者の存在を直感しています。
彼の残した言葉、
「大宇宙は一つの物ではなく、その本体は情だ」
もそのことを意味しています。すなわち、宇宙は意味もなく、偶然にただ単なる物質として存在しているのではなく、我々人間と同じように「情」を持っている、と言っているのです。
「人は動物だが,単なる動物ではなく渋柿の台木に甘柿の芽をついだようなもの、つまり動物性の台木に人間性の芽をつぎ木したものといえる」
「日本だけのことではなく西洋もそうだが学問にしろ教育にしろ『人』を抜きにして考えているような気がする」
という言葉にも全く同感です。


しかし、このドラマのテーマは岡潔の天才ぶりにあるのではなく、その天才の素質を見抜き、信じ、それを開花させるために苦労も貧しさもいとわず一生を捧げたその妻「みち」の愛情です。
もし、みちの助けがなかったら岡の数学者としての花は開かなかったことでしょう。


このように、私たちにはみんな、誰にでも、みちのような働き、使命があると私は常々思っているのです。
「あなたは誰か人の人生を変える能力を持って生まれてきている。この能力を無駄にしてはいけない」
みちのような偉大な働きではないかもしれません。
でも、そんなことはどうでもいいこと。
大きな働きができるから価値があるのではなく、たとえ誰の目にも留まらないような小さな小さな働きであったとしても、誰かひとりの人の人生を変えるような力が私たちには与えられているのです。ひょっとしたらそれは親、あるいは子ども、兄弟など家族のような身近な存在かもしれません。


あなたもこのような能力を持って生まれてきているのです。
自分の利益のため、喜び、楽しみ、幸せのためだけに生きるのはあまりにも人生はもったいない。人のためにこの能力を生かしましょう。そもそも、私たち自身、親や恩師、親戚、友人等々、いろいろな人のお陰で今日があるのですから。能力を無駄遣いしないように。


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思考を変えると、世界が変わる

2018.02.19日

"Change your thoughts and you change your world."
--Norman Vincent Peale – 1898-1993, Minister and Author
「あなたの思考を変えなさい。そうすればあなたの世界が変わります」
--ノーマン・ヴィンセント・ピール、牧師・作家
(訳 舟田譲二)


FacebookフレンドのShalohm Ghaley(シャローム・ゲイリー)さんが次のようなお話をシェアしてくださいました。


一人の王様に男の召使いがいました。
この召使いはいつも王様に言っていました。「王様、神様のなさることはいつも完璧で、間違いは絶対におかされません。ですから、どんなことがあっても気落ちなさらないでください」


ある日、王様と召使いは猟に出かけました。そのとき一頭の野獣が王様に襲いかかってきました。召使いは何とか野獣を殺すことはできましたが、王様の指が野獣に食いちぎられるのを防ぐことはできませんでした。


王様は召使いが命を守ってくれたことに対する感謝の気持ちを示すどころか烈火のごとく怒り、言いました。
「もし神が善いお方であるなら、私は野獣に襲われることもなかっただろうし、指を失うこともなかっただろう!」


召使いは王に答えました。
「これらすべての不運な出来事にもかかわらず、神様は善きお方で、そのなさることに絶対に間違いはない、常に完璧だとしか申し上げることができません」
怒りに狂った王は召使いを捕えるよう命じました。
牢に入れられることになった召使いは再び王に言いました。神は善きお方で、 そのなさることは常に完璧です、と。


またある日、王様は一人で猟に出かけましたが、そのとき人を犠牲に捧げる野蛮人に捕らえられました。
祭壇の上で、野蛮人たちは王の指が欠けていることに気づきました。そのため神々に捧げるのに、王は傷物で完璧でないということで放免されました。


宮殿に戻ってきた王は召使いを釈放するよう命じ、召使いに言いました。
「友よ。神は本当に私に対して善きお方であった。私はあと一歩のところで殺されるところだったが、指が欠けていたおかげで放免された。しかし、一つ聞きたいことがある。もし神が本当にそれほど善きお方であるなら、なぜ私がお前を牢に入れるのを神は許されたのだ?」
召使いは答えました。
「王様。もし私が牢に入れられていなかったら私はきっと王様とご一緒に狩りに出かけていたことでしょう。そうしたら、私には欠けた指がないので私が犠牲の捧げものにされていました。神様のなさることは常に完璧なのです。神様に間違いは決してありません」


すべての出来事には目的があるということを忘れて、私たちはしばしば人生について、また私たちの身に起こる不幸な出来事について不平を言います。
あなたが今、私のこのメッセージを読んでいることの理由も神様はご存じです。どうかこのメッセージをだれか知り合いの方にシェアしてその方を祝福してあげてください。
神様は善きお方で、なさることは常に完璧だからです!


皆さん、一つの良い態度はあなたの人生に対する姿勢を決定します。自分の人生や経歴、職業、家庭生活などを見るとき、あなたは何と言いますか?神様に感謝しますか?サタン(悪魔)を非難しますか?神様に対して正しい態度を取っていると、神様はあなたのために動いてくださいます。


今ここで座して次のように言ってみましょう。
「ぐっすり眠ることができたことを感謝します。いろんな可能性が与えられて生かされていることを感謝します。住むところが与えられていることを感謝します。仕事が与えられていることを感謝します。家族や友人が与えられていることを感謝します。そして何よりも私の人生に神様が与えられていることを感謝します」
他の人が栄えていても嫉妬することなく、神様の恵みに感謝しましょう。なぜならその人たちがどんな辛いところや試練、苦しみを通って現在に至ったかあなたには分からないからです。ですから、自分に与えられているものを覚えて神様に感謝しましょう。
神様がいらっしゃるとわずかなものは豊かになります。神様の恵みの中ですべては益になります。もし神様があなたとご一緒にいらっしゃると感じるなら、このメッセージで誰かの人生に触れてあげてください。
「神、もし我らの味方なれば誰か我らに敵せんや」
神様はあなたが何かで苦しんだこともご覧になっていらっしゃいます。そして、おっしゃいます、「もう終わったんだよ」と。祝福があなたを待ち受けています。

(訳 舟田譲二)


「人間万事塞翁が馬」という有名な話があります。
「国境の近くにあった塞(とりで)の近くに住んでいた翁(老人)は、何よりも自分の馬をかわいがっていた。
その馬は、周りからも評判が立つほどの駿馬だったが、ある日突然、蜂に刺された拍子に飛び出してしまう。
一向に帰ってこない馬の様子に、周りからは翁に同情するほどだったが、翁は『これがきっかけで何かいいことが起こるかも知れない』とだけ言って、我慢強く待ち続けた。
すると、どうだろうか。しばらくして、その馬が別の白い馬を連れ帰ってきたのだ。
しかも、その白馬も負けず劣らずの優駿で、周りの者は口々に何と幸運なことかと囃(はや)し立てたが、翁は『これがきっかけで、別の悪いことが起こるかもしれない』と自分を戒め、決して喜ばなかった。
それから、かわいがっていた息子がその白馬から落ちて、片足を挫いてしまった。
周りはまた同じように慰めの言葉を掛けたが、翁はまた同様に『いいことの前兆かも知れない』と告げる。
それからしばらくして、隣国との戦争が勃発した。若い男は皆、戦争に借り出されて戦死した。
しかし息子は怪我していたため、徴兵されず命拾いした。そして、戦争も終わり、翁は息子たちと一緒に末永く幸せに暮らした」
 


一見、冒頭の話と似ているように思われますが、大きな違いがひとつあります。
それは、「人間万事塞翁が馬」には歴史を支配される絶対者の存在がなく、いつ、どこで、何が起こってどうなるか分からないという、ある意味成り行き任せなであること。
それに対して、冒頭の話には「善にして善をなし給う愛の神が、すべてのことを相働かせて私たちのために最善をなしてくださる」という大きな大前提がある、ということです。
どちらを信じようが自由です。もちろん、どちらを信じなくても勝手です。


6年前に知り合ったみづきちゃんという24歳の子がラスベガスで交通事故に遭い天に召されました。
ご両親の心痛を思うと胸が張り裂けそうでした。
でも、その後お母さんは信仰に導かれて人生がすっかり変わり、やがて天国でお嬢さんに再会できる日を心待ちにして日々お幸せに暮らせるようになりました。今もお母さんとはよくメールでやり取りしていますが、こちらのほうが励まされるほどです。
ノーマン・ヴィンセント・ピールがいうように、
「思考を変えると、あなたの世界は変わります」。


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情けは人の為ならず

2018.02.14日

最近、体調が良くて毎日6キロから8キロは必ずウォーキングしています。
昨日は天気がとても良かったので久しぶりに、多分半年ぶりぐらいで愛車のプリウスを洗車してワックスがけしました。まあ、その間妻が何回か洗車はしてくれていましたが、ワックスがけは多分していなかったのではないかと思います。
それというのも、昨年の10月に家の中で転倒して肋骨を強打し、痛みが4か月近く続いていたので洗車・ワックスがけどころではなかったのです。つい1週間ほど前からようやく身体をひねったりする体操ができるようになったぐらいです。


さて、隅から隅まで丁寧に綺麗にし、ワックスがけをしていたら、なんとバンパーは前も後ろも4つのコーナーすべてに擦り傷があります。コーナーだけでなく、前後のバンパーの真ん中にもあちこちにタッチペイントを塗った跡があります。
コーナーセンサーがついていて、本当だったら障害物に近づくと警告音がなり傷などつけることはあり得ないのですが、そこは妻のこと。これまでもしょっちゅうあちらこちら傷つけているのでまったく不思議ではありません。つい1か月ほど前にもバンパーを修理に出したばかりです。
ワックスがけを終えて最後に傷の修復の仕上げをしながら、ふと思い出しました。


ひとりの女性の方が、最近年を取って鈍くなってきて車のドアなどを何度か傷つけたとおっしゃっていました。夫に見つかったら叱られる、どうしようと言ってとても不安がっていらっしゃいました。
ご主人は外面(そとづら)はいいけど亭主関白だそうで、家の中ではお子さんたちもお父さんの顔色を伺いながらいつ怒られるかとびくびくしていると言うのです。


車を傷つけたぐらいで叱ることなんかないのに、それよりも夫婦関係のほうがよほど大切なのにと思うのですが、そのご主人は車をとても大切にしていて、傷つけられると頭に来るのだそうです。
私はこれまで妻に車を何度も傷つけられたり、ぶっつけられたりして結構修理費もかかってきましたが、一度として妻に腹を立てたり、怒ったりしたことはありません。


この時、ふと思い出しました。
一昨日、小学6年生のYちゃんに国語を教えていた時、次のような問題がありました。学校で習っていない実力問題です。
「情けは人の為ならず」の正しい意味はどれでしょう?
1.人に情けをかけて助けてやることは、その人のためにならない
2.情けをかけることは、その人を助けることになる
3.人に情けをかけておくと、結局は自分のためになる
4.情けをかけることによって、利益を得ようとする

皆さんは、どれが正しい答えかお分かりですか?
「そんなの常識だ」と思われるかもしれませんが、実は文化庁が発表した「国語に関する世論調査」の結果では、上の1と3がほぼ半々だったそうです。
つまり、一般の大人でも多くの人が誤用しているということです。
正解は3番。
でも、Yちゃんは案の定、1番と答えていました。
「情けは人の為ならず。自分の為だ」とヒントを与え、本人に考えさせて正解を導かせました。このようにすると、印象に残ってしっかりこのことわざを覚えるからです。(これをアクティブラーニングといいます)
大人でも間違うぐらいだから心配ないよ、Yちゃん。(とYちゃんに言っておきました)


さて、車の傷の件ですが、上の話の中で奥さんを叱るご主人はひょっとしたらYちゃんと同じように「人に情けをかけて助けてやることは、その人のためにならない」と思っているのかもしれません。(善意に解釈して。本当は単に気が短くて、車を傷つけられたことに腹を立てているだけなのでしょうが)
でも、そのご主人だってついうっかり傷つけることだって十分あり得ます。(経験者語るです、はい)
そのような場合、この方は奥さんに何と言うのでしょうか?


いえ、それだけではありません。
将来年取って、自分が奥さんに介護してもらう段になった時、果たして奥さんは気持ちよく介護してくれるのでしょうか?これまでさんざんご主人にいろんなことで怒鳴られてきて恨み骨髄、ご主人に背を向けるか、あるいは最近はやりの熟年離婚という結果にならないとも限りません。
そういうケースが最近はとても多く、新聞の人生相談などでもよく見かけます。


ところが、「情けは人の為ならず」の意味をご主人が「人に情けをかけておくと、結局は自分のためになる」と正しく理解していて、普段から奥さんに優しく接していたなら状況はまったく変わることと思います。いつもお父さんに怒鳴られてびくびくしているお子さんたちだってきっとそうでしょう。


とどのつまり、人に優しく、親切にしていると、それは巡り巡って自分のためになるのです。
これが古人の教えです。
皆さんも覚えておいてくださいね。


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人生で本当に大切なこと

2018.02.05日

先週、4人の友人の家族に不幸がありました。うち3人はまだ若い人たちです。1人は12歳、2人は20代で、病気や事故で亡くなったのです。つい1分前まで彼らは活気に満ちていて、人生を謳歌していた幸せな子だったのに、次の瞬間もうこの世にいなくなっていました。これから先まだ人生は長いと思っていたのに、突然終わってしまったのです。


家族を失うことは生活のさまざまな面において大きな悲劇です。同時に、私たちがいかにもろい存在であるかということを教えてくれます。私たちは自分で人生をコントロールしていると思っていますが、これは単なる錯覚にすぎません。次の瞬間にはいとも簡単に壊れてしまいます。私にとって、これは毎日の一瞬一瞬をいかに生きるべきか、ということに目を向けよという警鐘です。


結果として、私は今月、自分の人生で本当に大切なものは何かということを考えることになりました。本当に些細なことに心を奪われて、それがさも重大事であるかのように思ってストレスを感じていることがしばしばあることに私は気づきました。そして、人生がめちゃくちゃになると思われるようなことが起こって初めて悟るのです。もっと記事を書かなければとか、もっと大勢の人に連絡を取らなければならないとか、家をリフォームしなければならない等々、大きな問題と思われていたことが一瞬にしてどうでもいいことのように思われるようになります。そして最後に残るのは、私の人生の中にいる人たちで、彼らとの関係です。


私たち人間にとって現実とは、すべて人に関することです。家族や友人や同僚、さらには世界中の人々こそ人生とは何かについて教えてくれています。人はありとあらゆる富や可能な限りの財産を持つこともできるでしょう。しかし身の周りの人たちに愛や思いやりを示さず、時間を与えなかったら、あなたは何も持っていないのと同じです。


今、私の友人たちが経験していることは本当に怖ろしいことです。私たちにできることと言えば、愛の手を差し伸べ、この大変なところを通っている時サポートすることぐらいです。しかし、私はすべての人に対して先ほど述べたように警鐘となりたいのです。私たちの人生において本当に大切なことに注意を向けるきっかけとしようではありませんか。


あなたは自分の時間やエネルギーをどこに費やしていますか?親しい人たちとの関係を一番にしていますか?あなたと関わりのある人たちがこれから先いつもいると、ひょっとしてあなたは思い込んでいませんか?そして、このような人たちを優先順位の一番下に置いていませんか?良い関係というのは、時間やエネルギー、心をその人たちに注ぐことによって成長させることができ、また維持することができるのです。私はこれらのことを十分にしているだろうか、と自問する必要があります。


今から先、私は人生で関わる人たちに優しく接し、いつも良い関係を保ち、私の愛情や感謝の気持ちを機会あるごとに言葉にして表そうと私は心に決めました。彼らこそ私の人生の中で最大、最高の神様からの贈り物であり、これがすべてなのです。
サンディ・アベル

(訳 舟田譲二)


私もサンディ・アベルと同じ気持ちになり、同じ決意をしました。
「後悔先に立たず」です。
あなたはどうですか?


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真の癒しは

2018.01.28日

"When a deep injury is done to us, we never recover until we forgive."
--Alan Paton - 1903-1988, Author and Anti-Apartheid Activist
「深い傷を受けた時、相手の人を赦さない限り私たちが完全に癒えることはない」
--アラン・ペイトン、反アパルトヘイト活動家・作家
(訳 舟田譲二)


自分を傷つけた相手を赦すことは難しい。
実際、ドラマや映画、小説などの世界では、その多くが「復讐」をテーマにしています。親、子どもが殺された、騙された、裏切られた、土地や財産・金品を奪われた、いじめられた、セクハラやパワハラを受けてトラウマになった等々、復讐の原因は限りなくあります。
ドラマや映画の復讐劇は、これらの出来事を通してそのような復讐がいかに愚かなことであるかを教える反面教師となっていますが、それにもかかわらず現実の世界では残虐な復讐劇は後を絶ちません。


過去に起きた戦争や、今日のテロなどもやはり相手を赦せない、という復讐の連鎖が事を大きくし、その結果、より大きな悲惨な結果をもたらしています。


ほとんどの人は上のようなおぞましい事件は起こさないでしょうが、冷静に心の内を探るなら、自分たちの心の内にも同じ恐ろしい罪の性質が潜んでいることに気づかされます。現に家族内での殺人事件などが起きると、身近にいた人たちは口を揃えて、そのような人ではなかった、そんな様子は微塵も見られなかった、仲の良い家族だったなどと言います。
この人間の恐ろしい罪の根源を完全に断つことは困難でしょうが、少なくとも私たちがその罪の罠に陥らない防御策はあります。


それは、冒頭で反アパルトヘイト活動家アラン・ペイトンが言う、「深い傷を受けた時、相手の人を赦さない限り私たちが完全に癒えることはない」という言葉にヒントがあります。
すなわち、「相手を赦すこと」です。
憎しみ、恨み、復讐は問題を解決することなく、かえって傷口を大きくするばかりで、唯一の解決の方法は「赦し」です。


国家間、宗教間などにおいても同様で、問題の解決は「赦し」以外にありません。
「赦し」は言うは易し行うは難しです。
しかし、相手に赦しを強要するのでなく、まず自ら相手を赦すこと、ここからすべてが始まります。
勇気をもってその第一歩を踏み出すこと、これが結局は自分の心の癒しにもなるのです。
いや、これ以外に真の解決、癒しはありません。
「また立って祈るとき、だれかに対して、何か恨み事があるならば、ゆるしてやりなさい。そうすれば、天にいますあなたがたの父も、あなたがたのあやまちを、ゆるしてくださるであろう」
(マルコによる福音書 11:25)


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失恋の経験から学び取るべきこと

2018.01.27日

“Every instance of heartbreak can teach us powerful lessons about creating the kind of love we really want.”
--Martha Beck, Author and Speaker
「失恋の辛い経験は、私たちが本当に望んでいる愛を生み出すための強烈なレッスンを教えてくれる」
--マーサ・ベック、作家・スピーカー
(訳 舟田譲二)


失恋というのは必ずしも「相手に振られる」というのを指すとは限りません。失恋を定義すると次のようになります。
「失恋とは、恋する相手への気持ちが成就しないこと。また、恋愛が何らかの形で終止符を打たれることである」


「恋は盲目」とよく言いますが、確かに恋愛をしている時は相手の良いところしか見えず、また将来のことについても現実的でない甘い考えでいることがよくあります。


失恋のことを英語で冒頭のように heartbreak と言いますが、本当に文字通り「心が壊れます」。
私も例外ではありません。経験者語る、です。
この人と絶対に結婚したい、と思った人が若い頃何人かいました。でも、どちらかの親の反対など外的要因によってかなわなかったり、あるいは相手か自分かいずれかに心の平安がなくて迷っているうちに立ち消えになったりして流れてしまいました。
それでもやはり heartbreak 「心が折れ」ました。
たくさん泣きました。相手に悪いことをしたという思いから後悔もしました。そして謝りました。


みんながみんなそうとは限らないでしょうが、失恋による傷ついた心は時が癒してくれるものです。
そして、後になって振り返ると、結果的にはあれで良かったのだ、と納得がいきます。
その切り替えが大切です。
いつまでも心の傷を引きずっていると、なお一層苦しみが増すばかりです。
あの辛い経験の結果、今日の自分があるのだと、起こった現実を受け入れなければなりません。


そして、何よりも大切なのは、その失恋から何にも代えがたいレッスンを学び、それを今後の人生に生かすことです。それは自分が「本当に望んでいる愛を生み出すため」のステップです。
これを失恋から学び取らないなら、その失恋の経験は無駄になるとは言わないまでも、本当にもったいないことです。自己中心の愛から利他精神の本物の愛に成長するのです。
多くの人が結婚を「ギブ・アンド・テイク」の関係だと思っています。
中には「テイク・アンド・テイク」だと思って、結婚から自分が何かを得ることばかり考えている人さえいます。
でも、本当は見返りを期待せずに「ギブ・アンド・ギブ」の精神で「与える」ことを心がけているなら、結果的には「ギブ・アンド・テイク」になり、双方が幸せになります。
「人が友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない」
(ヨハネによる福音書15:13)
と聖書の中で教えられている通りです。


皆さんの失恋の経験はどのようなものでしたか?


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最悪と思えるようなことが実は最善

2018.01.23日

“Expect the best; and realize, sometimes what you perceive to be “the worst” is actually the best.”
―James Ray
「最善を期待しなさい。時にあなたが『最悪』と思っていることが実は最善なのです」
―ジェームズ・レイ
(訳 舟田譲二)


『人は、人を浴びて人になる』(夏苅郁子著 ライフサイエンス出版)という本を今読んでいます。


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著者は最悪とも言える環境の中で生まれ育ちました。これでもかこれでもか、と家族から酷い目に遭わされ、学校ではいじめられ、母親と同じ統合失調症を患います。人と接することができなくなり、生きる目標もなく、アルコールやタバコ中毒になり、精神科の薬漬けになり、摂食障害に苦しみ、リストカットや自殺未遂を繰り返します。


著者は語ります。
「人生は、基本的には不公平だと私は思っています。過酷な人生を歩んだ人は、幸せな人生を送った人のような天真爛漫な笑顔を持つことは、とても難しいのです。
私の人生の不公平は、母の精神病の発病から始まりました。
私は青年期になると、父も母も殺したいと思うようになっていました。不公平の元凶を消して自分も死んで、私の代でこの家族はいなくなればいい……本気でそう思い、いつもカバンに出刃庖丁を入れて歩いていました。包丁を持っていると、ほっとしたのです。結局は親を殺すことはできず、その刃は自分に向けられました」
読んでいて胸が痛くなります。


ところがこの最悪とも思える状況の中で、不思議なようにしてその都度彼女を助けてくれる人が現れ、中には騙されたり裏切られたりという経験もしますが、それをも彼女は自分にとって益と受け止めて、やがて精神科医になります。
そして、好きな絵を描いて病院の廊下に貼っていたらそれを見た医師が、彼女に会いたいと言う絵が好きな上司のいる研究室に送迎しているうちに、その医師との結婚に導かれ、今は子どもにも恵まれています。
今から18年ほど前に静岡県焼津市に「やきつべの径診療所」を夫と共に開業。


この本を読んでいると、ジェームズ・レイが言う
「最善を期待しなさい。時にあなたが『最悪』と思っていることが実は最善なのです」
が綺麗事ではなく、真理だということがよく分かります。
そして、実はこのような話は私たちの身の周りにも数えきれないほど毎日のように起きているのです。


もし、自分の身に起こる様々な「不幸」「不運」につぶされそうになったら、この言葉を思い出してください。


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人生で本当に大切なこと

2018.01.17日

彼には残された時間があまりないことを私は知っていた。
私はブライトンビーチの冷たいベンチの上で彼の隣に腰かけて海を見つめていた。


「お節介なことかもしれないけど、お前さんにちっとばかり教えておきたいことがあるんだ。あとで誰か他の人にも伝えてくれ」


この地上での短い人生の中で自分が学んだことを彼は私に教えてくれた。誰しもが時々立ち止まって思い出さなければならないことを。しかし、あまりにもたやすく忘れてしまうことを。


彼は話し始めた。
まず第1に、人生で経験することのほとんどはどうでもいいということ。
何時間も心配し続けたり、あるいは何かで興奮したりするようなことはほとんどの場合、実は大したことないこと。だから幸せな人生を送るために本当に大切なことに自分の意識を向けるんだよ。


第2に、過去のことは水に流すこと。
後悔や人に対する恨みはお前の足を引っ張るだけだ。過去は変えることはできない。人生は前にしか進まない。


第3に、みんな「しなければならないリスト」を持ったまま死ぬ。
だから仕事を自分の人生そのものにしないことだ。よほど自分が本当に楽しんでできるようなものでない限りは。だれもが「あれもしなければならない、これもしなければならない」と思いながら死ぬものだ。「忙しいこと」を美化しないように。


第4、この世にろくでなしは必ずいる。
だからみんなを幸せにしようなどと考えるな。この世界にはくだらない人間がうようよいる。こんな人間を理解しようとしたり、喜ばせようなどと考えたりするな。


第5、いつまでも待っているな。
完璧な状況になるまでと言って、何かするのを遅らせることはいとも簡単なことだ。だが、思えておけ。完璧な状況などということは絶対にない。とにかく「今」やることだ。


第6、お前はすっげえ人間だということを知っておくこと。
自分がどれほど素晴らしい人間かということをみんなすぐに忘れてしまう。しかし、お前という人間はほかに二人といないとてもユニークな存在だ。いくら自分でそんなことない、と思っても。だからそのことを認めて、自分を愛し、最大限に生きるんだ。


つまり、俺が言わんとしていることはだな...


と言って彼は先週亡くなってしまった。


このことをあなたにも伝えてほしいと彼は言っていた。だから私は今こうしてそのまま伝えている。
あなたにもびっくりするような素晴らしい人生を「今日」送ってもらいたいと願いつつ、亡くなった友達が私に教えてくれたことをこうしてあなたに伝えている。


愛を込めて
カール・ムーア

(訳 舟田譲二)


人生で本当に大切なことを教えてくれています。私たちが往々にして忘れてしまいやすいことを。
私たちはあまりにもどうでもいいようなこと、些細なことに心を奪われてしまって、肝心要のことを見失ってしまいがちです。
確かにこれらのことを時々思い起こすなら、人生はもっともっと素晴らしいものになることでしょう。


私もこのようにしてカール・ムーアから教えられたことを今、皆さんにお伝えしています。
どうか皆さんもお子さんやご家族、友人など大切な人に分かち合ってあげてください。


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古今東西を通じての真理

2018.01.16日

"Extend to each person, no matter how trivial the contact, all the care and kindness and understanding and love that you can muster, and do it with no thought of any reward. Your life will never be the same again."
--Og Mandino - 1923-1996, Author

「ほとんど関わりのない人に対しても、できる限りの思いやりと親切、理解、愛をもってその人に手を差し伸べなさい。しかも見返りを一切期待せずに。あなたの人生は一変することでしょう」

--オグ・マンディーノ、作家
(訳 舟田譲二)


オグ・マンディーノはとても波長の合う私のお気に入りの作家です。
これまで彼の作品は何冊も読みましたが、どの本も私自身の考えと非常に近く、とても親近感を覚えます。


今日のオグ・マンディーノの冒頭の言葉、
「ほとんど関わりのない人に対しても、できる限りの思いやりと親切、理解、愛をもってその人に手を差し伸べなさい。しかも見返りを一切期待せずに。あなたの人生は一変することでしょう」
は、私自身これまでの人生で何度か経験したことです。


私たちは自分に関係のある人には親切にするけれども、そうでない人にはあまり愛の手を差し伸べようとはしないものです。だからもし、少しでも深く関わろうとすると何か下心があるのではないかと勘繰られてしまうことすらあります。
でも、臆することなくこれを実践しましょう。
なぜでしょう?
それは「人生が一変する」からです。


これは、ロシアの文豪トルストイが書いた『靴屋のマルチン』(「小さな親切」)を始め、世界中の文学や映画などでも取り扱われているテーマです。
また有名な聖書の言葉、
「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」
(マタイ25:40)
でも教えられていることで、古今東西を通じての真理です。


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美しい人生を送る25の素晴らしいヒント

2017.12.29日


美しい人生を送る25の素晴らしいヒント


1.毎日10〜30分ウォーキングしましょう。歩いている間、微笑みましょう。最高の抑うつ効果があります。
2.毎日少なくとも10分間、静まりの時間を持ちましょう。
3.毎朝目覚めたら、その日の目的を達成するために必要な知恵を神様に祈り求めましょう。
4.木や植物(プラント)になる食べ物をもっと食べましょう。工場(プラント)で加工される食べ物はできるだけ食べないようにしましょう。
5.お茶と水をたくさん飲みましょう。ブルーベリー、ブロッコリ、アーモンドを食べましょう。
6.毎日少なくとも3人の人をにっこりさせてあげましょう。
7.あなたの大切なエネルギーを、ゴシップやエネルギーを吸い取る吸血鬼、過去の出来事、ネガティブな考えや自分でコントロールできないことに無駄遣いしないようにしましょう。むしろあなたのエネルギーをポジティブな、現在の瞬間に投資しましょう。
8.限度額まで使い切ったクレジットカードで(つまりカードを使わずに)、王さまのような朝食をとり、王子さまのような昼食をとり、大学生のような夕食をとりましょう。
9.人生は決して公平ではありません。しかし、それでも素敵です。
10. 人生は、誰かを憎みながら時間を無駄遣いするにはあまりにも短すぎます。どんなことでも人を赦しましょう。
11. 自分のことをあまり真剣に考えすぎないように。誰もあなたのことなんかそんなに真剣に考えていませんよ。
12. すべての議論に勝つ必要はありません。意見が違うことを認めましょう。
13. 現在を台無しにしないために過去と和解しましょう。
14. あなたの人生を人の人生と比較してはいけません。他人の人生がどんなものなのかなんて誰にも分かりません。
15. あなたの幸せに、あなた以外に責任を持ってくれる人なんかいません。
16. 思いがけない災難を次の言葉で見直してみましょう。「今から5年後、このことは大問題になっているだろうか?」
17. 困っている人を助け、寛大になりましょう。人から何かを取る者にならないで、人に何かを与える者になりましょう。
18. 人があなたのことをどう思っているかなんて、あなたにはまったく関係のないこと。
19. 時はすべてを癒してくれます。
20. 状況がいかに悪かろうが良かろうが、全ては変化します。
21. あなたが病気になった時、あなたの仕事はあなたの面倒を見てくれません。面倒を見てくれるのはあなたの友達です。友達とはつねに連絡を取り合っていましょう。
22. 嫉妬は時間の無駄です。あなたにはすでに必要な物は全て与えられています。
23. 毎晩寝る前に神様にお祈りしましょう。そして、今日あなたが成し遂げることのできることを感謝しましょう。
24. 覚えていてください。あなたは十二分に祝福されています。ストレスなんて感じる必要はまったくありません。
25. あなたの知り合いの人たちみんなにこれをシェアして、友達がより幸せな人生が送れるよう力になってあげましょう。
(訳 舟田譲二)


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どのような結果が出るか分からなくても

2017.12.24日

"You may never know what results come from your action. But if you do nothing, there will be no result."
--Mohandas Karamchand Gandhi - 1869-1948, Led India to Independence
「行動を起こしてどのような結果が出るかは誰にも分からない。しかし、何もしなかったら結果すらない」
--モハンダス・カラムチャンド・ガンディ(マハトマ・ガンディ)、インド独立運動指導者
(訳 舟田譲二)


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ガンディは私の尊敬する人物の一人で、これまでこのブログで何度か取り上げてきました。
暴力を用いないで政治や社会を変えることなど不可能だと考えられていた時代に、南アフリカ共和国で公然と行われていたアフリカ系の黒人やインド人も含むすべての有色人種に対する人種差別の問題に立ち向かい、後にはイギリスからのインドの独立運動も「非暴力、不服従」で成し遂げました。
イエス・キリストの言った「右の頬を打たれたら、左の頬を出しなさい」という言葉に心を動かされ、「非暴力非服従闘争」という革新的な手法を取ったのです。


「行動を起こしてどのような結果が出るかは誰にも分からない」とガンディも言うように、果たしてそれがどのような結果を生むか、彼には分かりませんでした。
「わたしの信念によると、もし、臆病と暴力のうちどちらかを選ばなければならないとすれば、わたしはむしろ暴力をすすめるだろう。インドがいくじなしで、はずかしめに甘んじて、その名誉ある伝統を捨てるよりも、わたしはインドが武器をとってでも自分の名誉を守ることを望んでいる。しかし、わたしは非暴力は暴力よりもすぐれており、赦しは罰よりも、さらに雄雄しい勇気と力がいることを知っている」と語り、敢えて非暴力の道を選んで行動を起こしたのです。
それは、「何もしなかったら結果すらない」からでした。


果たして彼の信念のとおり、イギリスはついにインドの独立を受け入れる結果となりました。
さらにガンディの信念は、マーティン・ルーサー・キングJrを始めチャップリン、ネルソン・マンデーラ、ジョン・レノンらに受け継がれていったのです。
どのような結果が出るか分からなくても行動を起こすことの大切さを、ガンディは私たちに教訓として残してくれました。行動を起こさなければ何も起きないからです。


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世界を変えよう!

2017.12.19日

"With one kind gesture you can change a life. One person at a time you can change the world."
--Steve Maraboli - Author and Speaker
「一つの思いやりあるしぐさで人生を変えることができる。一人ずつ変えていけば世界を変えることができる」
--スティーブ・マラボニ、作家・スピーカー
(訳 舟田譲二)


ちょうどひと月ほど前に「鏡に向かって微笑みなさい」という記事を書きました。
ビートルズのジョン・レノンの妻、オノ・ヨーコが言った
「鏡に向かって微笑みなさい。毎朝微笑みなさい。そうしたらあなたの人生が大きく変わっていくのに気づくでしょう」
を知ってから、私も毎朝、いえ一日に何度も鏡を見るたびに自分に微笑みかけるよう努めています。
すると、"Hey presto!" (あら不思議!)
自分の笑顔を見ると本当に幸せな気持ちになるのです。
皆さんは試していらっしゃいますか?


昨夜のTV番組『中居の身になる図書館 なぜ若い?なぜ元気?』の中で医師が、「笑顔でいると幸せな気持ちになる。脳は騙される」と言っていました。
やっぱりそうなんです。
そして、自分が笑顔でいると周りの人たちも自然と笑顔になってきて、みんな幸せな気持ちになります。


逆に、いつでもしかめっ面をしている人や、悲しそうな顔をしている人のそばにいたら、あなたはどんな気持ちになるでしょうか?幸せな気持ちになると思いますか?


ということは、今日のスティーブ・マラボニの言葉、
「一つの思いやりあるしぐさで人生を変えることができる。一人ずつ変えていけば世界を変えることができる」
も同じで、上辺でない本心からの思いやりあるしぐさは、周囲の人々を幸せな気持ちにするのです。
今、日本には過去にないほど外国から大勢の観光客が訪れています。そして、みんな口を揃えて日本が気に入った理由の一つに挙げるのが、日本の「おもてなし」の心、サービス精神です。


このような小さな、本当に小さなおもてなしの声かけや笑顔など、親切な行為は周りの人を幸せな気持ちにさせます。
これはまさに「ペイ・フォーワード」の精神です。すなわち、親切な厚意を受けた相手に親切を返し(ペイ・バック)てそこで親切を完結させるのではなく、別の人に別な形でお返し(ペイ・フォーワード)していくと、善意の輪が知らず知らずのうちにどんどん広がっていくという考え方です。
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〜あなたにも世界は変えられます〜をクリック


欲張らずに一度に一人ずつ変えていけば世界を変えることができます。
それを誰が始めるか。私から、そしてあなたからです。


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不完全の向こう側を見る

2017.12.18日

"Being happy doesn’t mean everything is perfect. It means you have decided to look beyond the imperfections."
--Gerard Way - Musician
「幸せな状態というのは、すべてが揃っていて完全という意味ではない。それは不完全の向こう側を見る決意をしていることだ」
--ジェラルド・ウェイ、ミュージシャン
(訳 舟田譲二)


私たちはとかく完璧というものを求めやすく、なにか一つでも欠けているともう幸せじゃない、と考えてしまいがちです。
お腹に赤ちゃんが宿ると、親がまず求めるのは「五体満足」です。
生まれてきた赤ちゃんが「五体満足」であっても、さらに目や耳、鼻、口を始め、手足の指から爪に至るまで、いや、頭脳から運動神経から優しさ、たくましさ等々すべてにおいて完璧を求めてしまいます。


また自分自身を他の人と比べて、無意識のうちにあの人のように頭が良ければ、背が高ければ、美人であれば、スタイルが良ければ、家柄が良ければ、字が上手ければ、◯◯ができれば等々あれもこれも求めてしまい、何か一つでも欠けを見つけるとたちまち不満になり、不幸に陥ってしまいます。


しかし、「幸せな状態というのは、すべてが揃っていて完全という意味ではない」のです。
なぜなら、この世にすべてが揃って完全な状態などというものは存在しないからです。
であれば、私たちにできることはただ一つ。
「それは不完全の向こう側を見る決意をしていること」です。
不完全の向こう側を見るとは、不完全な姿、状態をありのまま受け入れるか、それがいやならその状態を変える努力をすることです。


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悲劇の主人公?

2017.12.16日

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"Anytime you blame others and complain about your situation, you are choosing to be a victim. By playing the victim role you are putting yourself in an ineffective and weak position. It is virtually impossible to allow incredible miracles to enter your life when you choose to remain in this negative mental state."
--Sonia Ricotti - Author and Speaker
「人のことを責め、自分の置かれている状況について不平を言う時はいつでも、あなたは自分を悲劇の主人公にしている。そして悲劇の主人公の役を演じることによって自らを無能な弱い立場に置いている。このネガティブな心理状態に留まり続けることを選択していると、信じられないような奇跡があなたの人生に起きることを事実上不可能にしているのです」
--ソニア・リコッティ、作家・スピーカー
(訳 舟田譲二)


このような人は私たちの身の周りにけっこういるものです。
さまざまな出来事の中で自分はいつも悲劇の主人公になっているように思い込んでいます。
本人は自分では気づいていないのですが、このような考え方が癖になってしまっているのです。普通の人だったら、別にどうってことないことでも、その人は周りのみんなが寄ってたかって自分にひどいことを言っているとか、ひどいことをしているというふうに受け止めるのです。
本当は自分よりももっともっと不幸な人や気の毒な人がいくらでもいるのですが、そのところには目が行きません。


このような考え方をしていると、結局のところ自分自身が一番惨めになり、不幸になります。
さらに、その状態から抜け出せるような奇跡がいくらでも起こり得るのに、その奇跡が起きることすら自らの手で妨げているのです。


ソニア・リコッティは、幸せな人生を送るために次の12のステップを提唱しています。
このような生き方をすると、あなたも必ず幸せな人生が送れるようになり、ソニア・リコッティのように美しく輝けます。
1.自分の目標を書き出す
2.過去を洗い流す
3.赦す
4.「箱」から外に出る
5.人生の旅を楽しむ
6.前もって失敗する
7.健康的な食事をし、活動する
8.自分の知っている人の中で一番ポジティブな人になる
9.あなた自身の「光の輪」を生み出す
10. もっと愛する
11. 自分の内なる人に近づき、神とつながる
12. 本当に大切なことに焦点を当てる


いかがですか?
あなたもこのような生き方をしたくありませんか?


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入眠儀式

2017.12.14日

“Never go to bed mad. Stay up and fight.”
-- Phyllis Diller
「怒ったまま寝ちゃだめよ。そんなことするぐらいだったらずっと起きていて怒りと喧嘩しなさい」
--フィリス・ディラー
(訳 舟田譲二)


フィリス・ディラー(1917-2012)は、アメリカの女性漫才師のパイオニア。コメディアン部門ゴールデングラブ賞にノミネートされたこともあります。
満員の会場では彼女がひと言しゃべるたびに大爆笑。聴衆をみんな笑いの渦に巻き込んで、人々のうっぷんを晴らし、ストレスを解消。さぞかしみんなよく眠れたことでしょう。彼女を見てるだけで自然と微笑んでしまいます。



フィリスの言う「怒ったまま寝ちゃだめ」というのはまことにつぼを得ています。
怒ったまま寝ようとしても、興奮し、いら立って眠ることなどできません。だから、「怒ったまま寝ようとするぐらいだったらずっと起きていて怒りと喧嘩しなさい」というわけです。
コメディアンらしい、面白い、しかし実に的を射た表現ですね。おそらくフィリス自身、これをモットーにしていたので、95歳という長寿を全うしたのでしょうね。


私は毎晩床に就くとき、「入眠儀式」をします。
「良い行動の種を蒔くと良い運命を刈り取る」の中の動画でご紹介しましたが、寝る前に足の指と足裏、そして手の指や手のひらから手首、腕、脇をもむのです。「血管しごき」といって、血液の循環を良くして手先、足先までポカポカして眠たくなり、その日一日の感謝なことをひとつずつ挙げてお祈りしているうちに、いつの間にかそれが「おいねり」になり眠ってしまっています。


つい、数か月前までひと晩中眠れないほどのひどい睡眠障害に悩まされていたのですが、今ではそれが嘘のよう。夜中も以前は必ず2〜3回、ひどい時は1時間置き、あるいは30分置きにトイレに行っていたのですが、今は1回も起きずに朝までぐっすり眠っています。


この血管しごきをテレビの番組で教えてくださったドクターは、朝起きると一番にベッドの上でこれをやるそうです。そうすると目覚めが良くなると。
そこで、私も目覚めてすぐにこれをやるのですが、どういうわけか私の場合は、指・手・腕をしごき始めるとすぐにあくびが出てきて眠くなるのです。
以前なら朝早く目覚めるともう眠りに戻れないので起きて、早朝ウォーキングに出かけたりお祈りしたりしていたのですが、今は血管しごきを始めるとまた眠りに戻ってしまいます。
私の人生でこんなによく眠れるようになったのは、十代の若い頃以来です。


私の場合は、この血管しごきがいわば「入眠儀式」のようになってしまったのです。
これをやっているといつも自然と笑顔になり、幸せな気持ちになります。
ですから、昼間でも指先が冷たいな、と思って血管しごきをし始めるとすぐにあくびが出てくるほどです。


この「入眠儀式」は人によって異なりますし、どんなことをやってもいいのです。
入浴する、トイレに行く、歯を磨く、ストレッチをする、深呼吸をする等々、これらを習慣にすると、自然と眠くなります。


決してやっていけないのは、「怒ったまま寝る」ことです。
怒っていることがあったら、「怒りと喧嘩して」でも解決して床に就く。
聖書にも「憤ったままで、日が暮れるようであったはならない」(エペソ4:26)とありますが、この「日が暮れる」は今日で言うところの「夜になる」という意味で、「寝る前に憤りを解決しなさい」ということです。


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すべての豊かさの基盤

2017.12.13日

"Acknowledging the good that you already have in your life is the foundation for all abundance."
--Eckhart Tolle - Author
「人生で自分がすでに持っている良きものを認めることがすべての豊かさの基盤になる」
--エックハルト・トーレ、作家
(訳 舟田譲二)


「無い物ねだり」という言葉がありますが、私たちは本当によくこれだけ「無い物ねだり」をするものだと思うくらい、持っているものよりも持っていないものに目が行くものです。


特に人を見ているとついつい、あの人はあれもこれも持っている、いいなぁ。これに比べて私はあれもこれもない、などと卑下してしまいます。


その結果、モーセの十戒の十番目の戒めを破ってしまいます。
「あなたの隣人の家を欲しがってはならない。すなわち隣人の妻、あるいは、その男奴隷、女奴隷、牛、ろば、すべてあなたの隣人のものを、欲しがってはならない」(出エジプト20:17 )
これは、ほとんどすべての人間関係の問題の根源と言われるほどのものです。


他人の物のみならず、地位や名声、学歴、家柄、家族、家庭環境、能力、ルックス、健康、長寿…
挙げ出せばきりがありません。
このようなことに心を奪われていて幸せになれるわけありません。


1週間前、東京の富岡八幡宮で日本刀を使った実におぞましい殺人事件が起きました。
かつて父親の後を継いで宮司を務めた容疑者は、毎晩銀座で飲み歩いたり、ラスベガスのカジノで豪遊するなど金遣いが荒く、女性関係の噂も絶えなかったそうです。その上、神社本庁に納める“上納金”を使い込んでいたことも明らかになり、宮司を解任されました。
後に宮司を継いだ実姉を恨んで妻と共に計画的に姉を襲って日本刀で殺害し、さらに妻をも殺害した後自害しました。
「積年の恨み。地獄へ送る」と書いたはがきを送りつけていたそうです。
この「積年の恨み」は、宮司の地位、名誉、さらには金銭を始めとする物欲が原因です。


「人から出て来るもの、それが人をけがすのである。すなわち内部から、人の心の中から、悪い思いが出て来る。不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、邪悪、欺き、好色、妬み、誹り、高慢、愚痴」
(マルコによる福音書 7:20-22)


作家エックハルト・トーレが冒頭で語っているように、
「人生で自分がすでに持っている良きものを認めることがすべての豊かさの基盤になる」
のです。
真の豊かさは、自分が持っているものに目をやって認め、これを感謝することに始まります。


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安らぎと満足感への直行ルート

2017.12.03日

"Good humor is a tonic for mind and body. It is the best antidote for anxiety and depression. It is a business asset. It attracts and keeps friends. It lightens human burdens. It is the direct route to serenity and contentment."
--Grenville Kleiser - 1868-1935, Author
「センスのいいユーモアは心と体の気付け薬です。不安と鬱(うつ)の最善の解毒剤です。それはまた事業資産です。友達を引き寄せ、そして離しません。人が負う重荷を軽くしてくれます。安らぎと満足感への直行ルートです」
--グレンヴィル・クライザー、作家
(訳 舟田譲二)


長男の嫁の恵利紗さんのご両親がこれまで何度も平塚に私たちを訪ねてきてくださって、親しい交わりの時を持たせていただいています。
恵利紗さんのお父さんは牧師先生ですが、ものすごいユーモアの持ち主で、教会の日曜日の礼拝のメッセージの中でもジョークの連発です。
普段の生活の中でもしょっちゅうジョークが飛び出し、周りのみんなを笑わせてくださいます。


去る8月の末にいらっしゃった時にはご一緒に近くのモールで食事をしました。
その時、「最近は毎日1万歩以上ウォーキングしています」と私が言ったところ、お父さんは「私は昨日は150歩でした」とおっしゃいます。
私が「えっ?」という顔をしていると、すかさず隣に座っていらっしゃったお母さんが「家の中でトイレまで歩いただけでしょ」と。
みんな顔を見合わせて大笑い。
お母さんもお父さんに負けないぐらい、おふたりでジョーク合戦です。


来年4月に長男夫婦に赤ちゃんが生まれます。男の子だそうです。私たちにとっては待ちに待った初孫の誕生です。
4日前の朝、突然長男直人から電話がかかってきました。
呼び寄せ便で通常の料金の半額以下でロサンゼルスまでの往復航空チケットが手に入るけど、来春の出産に時期に合わせて来ないか、という誘いです。しかも、その申し込み締め切りがあと20分以内に迫っていると言うのです。
妻は忙しくて行けないので、代わって私に行ってということになり、恵利紗さんのお母さんと私が急きょ同じ飛行機で行くことに決まりました。
その後で、恵利紗さんからメールが入り、私が来てくれるのが嬉しい、楽しみに待っている。父はファーストクラスが往復200ドルだったら行くと言っている、と。
これも、お父さん独特のセンスのいいユーモアで、思わず吹き出してしまいました。
私も家では結構ジョークを言って家族を笑わせるほうですが、恵利紗さんのご両親には負けます。


このようなご両親に育てられた恵利紗さんはとても温かく、長男夫婦は大変な時でもいつも明るく笑っています。


「センスのいいユーモアは心と体の気付け薬です。不安と鬱(うつ)の最善の解毒剤です。またそれは事業資産です。友達を引き寄せ、そして離しません。人が負う重荷を軽くしてくれます。安らぎと満足感への直行ルートです」


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過去の辛い思い出と決別

2017.12.01日

"Holding on to anger, resentment and hurt only gives you tense muscles, a headache and a sore jaw from clenching your teeth. Forgiveness gives you back the laughter and the lightness in your life."
--Joan Lunden - Journalist, Author, and Television Host
「怒り、恨み、受けた傷にしがみついていると、筋肉の緊張や頭痛、歯を食いしばることから起こるあごの痛みなどを引き起こすだけです。でも赦すなら、生活の中に笑いや明るさを取り戻すことができます」
--ジョウン・ランドン、ジャーナリスト・作家・テレビ番組司会者
(訳 舟田譲二)


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おそらく誰でも人生で一度や二度ならず、人の言葉や行為によって傷ついたり、腹立ったり、悔しい思いをしたことがあるでしょう。
私もあります。
いじめだけでなく、今だったら大きな問題になるようなパワハラやセクハラといった類(たぐい)のとても不快な経験もしましたし、またいわれのない脅迫行為や暴力、物的損害を被ったこともあります。


しかし、胸に手を当ててよく考えてみると、たとえ意図したことでなかったとしても自分も他人にそのような思いをさせたことがある、と認めざるを得ません。
今、それらを思い起こすと胸が締めつけられます。会って謝れる人には可能な限り謝罪してきました。でも、いくら願っても連絡の取りようがなく、謝罪できない人もいます。


およそ人がふたり以上集まるところには、必ずと言っていいほど、互いの考えや気持ちの行き違い、衝突、そして時には激しい怒りを覚えるような仕打ちを受けるような場面が起きます。それは、私たち人間がそもそも生まれながらの罪人だからです。
生身を持った人間が地上において楽園のような生活を送るということはあり得ません。


しかし、そのような過去の出来事や辛い思い出にいくらこだわっていたところで、それでもって解決できることは何もありません。過去に戻ることはできませんし、過去の事実を変えることもできないのです。それどころか、自分が被害者であるか加害者であるかを問わず、過去の辛い思い出を引きずって生きることは、現在の自分に何ひとつ益をもたらしません。さらに心身を傷つけるだけです。


問題の解決法はただひとつ。「赦し」です。自分が受けたものであろうと、与えたものであろうと、相手をまた自分を赦すのです。
赦すことによって初めて、心に平安を、身体に癒しを得、新しい人生を歩み始めることができます。
勇敢に過去に立ち向かいましょう。


「もしも、あなたがたが、人々のあやまちをゆるすならば、あなたがたの天の父も、あなたがたをゆるして下さるであろう」
(マタイによる福音書 6:14)


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片思いと相思相愛

2017.11.29日

"Our attitude towards others determines their attitude towards us."
--Earl Nightingale - 1921-1989, Author and Syndicated Radio Personality
「人への私たちの態度が、その人の私たちへの態度を決める」
--アール・ナインチンゲール、作家・ラジオパーソナリティ
(訳 舟田譲二)


人間関係って単純に言うと、こういうもんなんです。
「態度」というのは、表情や思い、言葉、行為などすべてを含みます。
自分が相手に好意を抱いていると、相手も自分に好意を抱いてくれるようになります。相手のことを尊敬していると、相手も自分を尊敬してくれます。
逆に、相手のことを苦手だと思っていると、相手もあなたのことを苦手だと思いますし、相手のことを嫌だと思っていると、相手もあなたのことを嫌だと思うようになります。


自分の心がそのまま相手に伝わってそれが自分のところに戻ってきます。
これをみんな無意識のうちにしているのです。
これは人間関係における「引き寄せの法則」です。


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それでは、よくある片思いはどうなのか、と思われるかもしれません。
自分は相手のことが好きで仕方がない、もう狂おしいほどに「好きすぎる」のに、相手は自分のことを見向きもしてくれない。
そんなこともありますよね。「経験者語る」です(笑)
よく新聞などの人生相談でも見かけます。
これは上の法則に当てはまらないのでしょうか?


片思いというのは、実は自分本位のわがままな好意なのです。
片思いしていると、周りの人が目に入らなくなり、その人のことばかり見ているようになります。すると、相手にもあなたのその視線が伝わります。
誰でもそうですが、自分のことをいつも見つめられていたり、意識されていると息が詰まるような感じになり、避けるようになります。
また、相手にしつこいほど話しかけたり、連絡を取ろうとしたりします。これも上と同様に相手には煩わしくなります。
話しかけようとしても、意識しすぎてぎこちなくなります。すると、相手はそのような人と一緒にいたくなくなります。要するに、ありのままのあなたの姿が相手には伝わらなくなるわけです。
昼も夜も相手のことばかり考えていると夢にまで見たりして、そのうちに現実の世界と空想の世界がごちゃまぜになって自分でもわからなくなり、変なことを言ったり、変な行動を取ったりするようになったりします。それが極端に進むとストーカーのようになることもあります。
当然のことながら、相手からは避けられ、嫌われることになります。
しつこいセールスや勧誘なども同様です。


つまり、相手を大切にしようという思いよりも自分の思い、感情が先走ってしまうと、相手に嫌われてしまうことになるというわけです。これが片思いの残酷な世界です。
相手のことが本当に好きだったら、それは自己中心の愛ではなく、相手を大切にする思いやりの愛になるべきなのです。
そのような愛で相手を見守っているなら、相手も自然とあなたのほうを見るようになり、お互いにまるでテレパシーのように愛が通じ合うようになり、相思相愛となります。
これは恋愛感情だけでなく、尊敬の念を含む本物の愛です。


この原理は様々な人間関係において当てはまります。
親子やきょうだい、夫婦間、友人間、上司と部下、教師と生徒の間等々。
自分の利益を求める自己中心的な心があると、表面上いくらうまく付き合っているように見えてもやがて相手には見透かされるようになります。


「愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。
不義を喜ばないで真理を喜ぶ。
そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。
愛はいつまでも絶えることがない」

(コリント人への第一の手紙 13:4-8)


このような真実な愛に根ざした人間関係を築いていきたいものです。


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世の中そんなに甘くない!

2017.11.28日

"The key to abundance is meeting limited circumstances with unlimited thoughts."
--Marianne Williamson – Author and Speaker
「豊かな人生の秘訣は、無制限の想像力を持って制限された環境の中で生きることです」
--マリアン・ウィリアムソン、作家・講演者
(訳 舟田譲二)


好きな仕事をして、経済的に豊かになり、いい家族や友達に恵まれ、いい家に住み、美味しいものを食べて、いい服を着、旅行や好きな趣味に興じて、ゆったりした時間を過ごし、健康にも恵まれ、将来何の不安もない、そんな人生を歩みたいなぁ。


こんな生活を夢見ていたら、あなたは決して人生に満足することはありません。
なぜならあり得ないからです。
こういうのを「絵に描いた餅」といいます。


最近、SNSでこのような「絵に描いた餅」で人を釣る詐欺まがいのセミナーの案内や各種プログラムへの勧誘、教材やいんちき商品販売などが巷にあふれています。まあ、この類のものは昔からあるのですが。
たとえば聞いたことのある「幸せになれる壺」などもその例です。


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ところが、騙されて何百万円、ときに何千万とこのようなものに使う人が実際にたくさんいるのです。
世の中そんなに甘くない!



マリアンン・ウィリアムソンが冒頭で言っています。
「豊かな人生の秘訣は、無制限の想像力を持って制限された環境の中で生きることです」
実はこのような生き方こそが真の豊かな人生なのです。
それは、私たちは誰でも人生において大なり小なり様々な制限を受けるからです。
その制限の中で想像力を持って生活を楽しむこと、これこそが真の豊かな生活なのです。


「あらゆる貪欲に対してよくよく警戒しなさい。たといたくさんの物を持っていても、人のいのちは、持ち物にはよらないのである」
(ルカによる福音書 12:15)


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あなたが幸福になるか不幸になるかは

2017.11.26日

"It isn’t what you have, or who you are, or where you are, or what you are doing that makes you happy or unhappy. It is what you think about."
--Dale Carnegie - 1888-1955, Author and Speaker
「あなたが幸福になるか不幸になるかは、あなたが何を持っているか、あなたが誰であるか、あなたがどこにいるか、あなたが何をしているか、によるのではない。あなたがどのように考えるかだ」
--デール・カーネギー、作家・講演家
(訳 舟田譲二)


デール・カーネギーは私もファンのひとりで、彼の著作を読み、本を朗読したCDも繰り返し聴いています。このブログでもしばしば取り上げてご紹介してきました。


昨日の朝起きると、今年の春までうちで働いていてくださったY先生から祈りのリクエストのメールが届いていました。
うちの塾でも学んでいらっしゃったご長女の4年生のSちゃんが4日前から激しい腹痛を訴え、嘔吐し、3日間一切飲食もできず、睡眠も取っていらっしゃらず、近所の医者に診てもらっても原因がわからなくて一昨日市民病院に緊急入院。東海大病院の医師との連携でレントゲン、CTスキャンやMRIなどの検査を精査した結果、成熟嚢胞性奇形腫の茎捻転の疑いがあるとので、昨日東海大病院に転院して手術することになった、という旨の連絡でした。


私も指導していたSちゃんは本当に素直ないい子で、下に双子の赤ちゃんが生まれたら赤ちゃんのお世話もよくして、忙しいお母さんのお手伝いもしていました。
Sちゃんのことを思うと可哀想で胸が張り裂けそうになり、昨日は一日中何度もお祈りしていました。
その後、再びYさんからメールが入り、「緊急入院だったので、執刀医、その他の先生、スタッフと、手術室の予定がまだ合わせられず、手術時間は分からないそうです。更なる検査の結果、両方の卵巣に腫瘍がある可能性が高いそうです。Sと一緒に聖書の色々な箇所を読みながら、主が信仰の先輩にして下さったことや、現代の人にもして下さっていることなどを確認し、祈りました。Sも泣きながら神様に感謝と願いをささげています。引き続き、祈りのサポートをよろしくお願いします」と言ってこられました。


Sちゃんも、そしてお母さんやお父さん、お兄ちゃんたち皆さんとても不安なことでしょう。
Yさんからの別のメールには次のようにありました。
「不思議なことに、主は、Sが腹痛を訴えたその日に、この病名を私に教えていて下さいました。
Sは、救急搬送からずっと一人で診察や検査を受けています。Sがイエス様を信じていて、本当に良かったと思います。
また、付き添いもさせてもらえないので、Sの寂しさは募ると思いますが、主がSを慰めて下さると信じて感謝します」


信仰者の強さをここに見ることができます。
痛くて苦しいのに、病院のベッドの上で涙を流しながらも神様に感謝と願いをささげているSちゃんと、お母さんのYさんの強さ。
これは、現在置かれている状況いかんにかかわらず、神様の最善を信じ、その御手に委ねていらっしゃる信仰者の姿です。


突然、今から31年少し前の出来事がよみがえってきました。
生まれてまだ8か月の次男が急に激しく泣き出しました。休みの日だったので片っ端から小児科に電話をして、ようやく連絡の着いた隣町の医者に連れて行って診てもらいましたが、注射を打っても何をしても泣き止みません。家に戻って再び医者に電話したところ、今晩は様子を見てまた明日も泣くようだったら来るようにと言われました。


そのような時、その数年前にロサンゼルス留学中、教会でお知り合いになったM医師のことを思い出しました。真夜中でしたが、藁にもすがるような思いでお電話して状況を説明したところ、腸重積の可能性が高い、すぐに大学病院に行くように、と先生に言われ東海大学病院に車を飛ばしました。
果たしてそのとおりでした。当番だった先生がすぐに診て処置してくださり、大事には至りませんでした。翌朝まで待っていたら手遅れになっていたかもしれないと言われ、すべてを備えていてくださった神様の憐みに心から感謝した次第でした。
この次男が今は私の仕事を継いで、一昨年結婚した嫁と一緒に毎日頑張ってくれています。感謝です。


Sちゃんに、そしてご家族に平安がありますように。そしてSちゃんに神様の癒しがありますように。


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感謝の心は静かな喜び

2017.11.24日

"There is a calmness to a life lived in gratitude, a quiet joy."
--Ralph Blum (1932-2016) Screenwriter
「感謝の心を持って過ごす人生には静けさがある。静かな喜びだ」
--ラルフ・ブルーム、脚本家
(訳 舟田譲二)


ラルフ・ブルームは文化人類学者、作家でもありました。
むしろそちらのほうでよく知られています。
ある時、イングランドで研究中、2000年前の古代バイキングの粘土板に刻まれた24のアルファベットに出合います。25番目は何も刻まれていない白の板でした。


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ラルフはこの出合いを自分が見つけたのではなく、向こうから自分を発見してくれた、と言っています。
そしてこの文字板をいろいろと並べ替えているうちに、上の写真の順番になり、右上から左に順に読んでいくと、人生の主要なテーマである「自分」「協力」「合図」「退避」「力」「開始」「肥沃」「防御」「保護」「所有」「喜び」「収穫」「機会」「戦士」「成長」「活動」「流れ」「旅」「出入口」「突破」「休止」「一体」などで、そして最後の白いのは「神聖」だと発見します。
「かつてマーガレット・ミードが言った、"A-B-C-D...X-Y-God”という私が知っている唯一のアルファベットだ」
とラルフはピンときました。


ラルフはこの時、無職で一文無し、鬱の状態でしたが、これこそが自分の生涯の仕事と信じました。
彼はこの粘土板の文字は神からのe-mailで、これこそ神から私たち現代人へのメッセージだと言っています。人々に伝えることにより自分が会うことのない何百万人もの人たちの知恵・行動指針になると信じ、これを読解したノンフィクションをシリーズで5冊も書きました。


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ラルフ・ブルームは、
「感謝の心を持って過ごす人生には静けさがある。静かな喜びだ」
と語り、その言葉どおりに、前立腺癌が発見されてからも化学療法や放射線治療を一切受けずに27年間生きて著作・啓蒙活動をし、「静かな喜び」に満たされて昨年84歳で天寿を全うしました。


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よし、明日も頑張ろう!

2017.11.21日

"In everyone’s life, at some time, our inner fire goes out. It is then burst into flame by an encounter with another human being. We should all be thankful for those people who rekindle the inner spirit."
--Albert Schweitzer - 1875-1965, Theologian, Philosopher, and Physician
「誰の人生にも、ときに内なる火が消えることがある。ちょうどそのような時、誰かとの出会いによって内なるものが炎のように燃え上がる。私たちは内に再び火をつけてくれるこのような人たちに感謝しなければならない」
--アルベルト・シュバイツアー、神学者・哲学者・医者
(訳 舟田譲二)


先週に引き続きまたまた『陸王』。
一昨日は第5話。本当に「最高すぎる?ドラマ」です。
2度3度と観て、そのたびに何度も感動の涙を流しました。
人々の愛に感動し、勇気と希望を与えられます。
ご覧になっていらっしゃらない方はこちらからどうぞ。(11月26日(日) 20:59配信終了です)
「陸王 第5話」


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これでもか、これでもか、と何度も襲いかかる試練。
「もうだめか!」と思う都度、不思議なようにしてどこからか助けの手が伸べられます。
でも、これは決して偶然ではなく、老舗足袋業者「こはぜ屋」の社長宮沢紘一を始め、20人ほどの全従業員の普段からの仕事に命をかける姿、努力に神が救いの手を伸べてくださっているのです。


ある時、失意の中で息子の大地が弱音を吐きます。
「どんだけ努力したって、できないことってあるんだよ!」
しかし、これに対して父宮沢紘一が答えます。
「まだ走ってる途中なんだ。走り続けている限りまだ負けじゃない」
私たちには、「点」と「点」しか見えないのですが、このような試練を経て振り返ってみると、それらのいくつもの小さな点と点がみんなつながって人生になるのです。


冒頭の名言、
「誰の人生にも、ときに内なる火が消えることがある。ちょうどそのような時、誰かとの出会いによって内なるものが炎のように燃え上がる。私たちは内に再び火をつけてくれるこのような人たちに感謝しなければならない」
を残したのはあの有名なシュバイツアー博士。
20世紀を代表するヒューマニストでノーベル平和賞を受賞しています。
裕福な家庭で育ちましたが、「30歳までは学問と芸術を身に付けることに専念する」と言って、神学、哲学、音楽などを学び、そのいずれもにおいて秀でた才能を開花させましたが、キリストに倣って「30歳からは世のために尽くす」と決意し、医学部に入学して医師になりました。
そして、医療と伝道に生きることを志し、アフリカの赤道直下の国ガボンのランバレネにおいて、当地の住民への医療などに生涯を捧げたといいます。
外見的には非常に恵まれた環境にあったシュバイツアーでしたが、実際には人生で何度も内側の火が消えそうになるような苦労をきっと何度も経験したのでしょう。そのような時にいろいろな人の助けがあって最終目標であった医療伝道を全うすることができたのです。


『陸王』の主人公、宮沢紘一役の役所広司さんがインタビューで、「このドラマを通して、どんなことを視聴者に伝えたいですか?」という質問に対して答えている次の言葉が、このドラマの魅力をよく物語っています。
「こはぜ屋とマラソンランナーの茂木が“陸王”開発をめぐってオーバーラップしていくように、壊れかけたものが再生して元気を取り戻していく姿を見て、『よし、明日も頑張ろう!』と思っていただければうれしいです」


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鏡に向かって微笑みなさい

2017.11.20日

"Smile in the mirror. Do that every morning and you'll start to see a big difference in your life."
--Yoko Ono (1933-)
「鏡に向かって微笑みなさい。毎朝微笑みなさい。そうしたらあなたの人生が大きく変わっていくのに気づくでしょう」
ーーオノ・ヨーコ、ジョン・レノンの妻
(訳 舟田譲二)


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ジョン・レノンはかつて彼女(オノ・ヨーコ)のことを「世界で最も有名な無名アーティスト。誰もが彼女の名前を知っているが誰も彼女のしていることを知らない」と語っています。(Wikipediaより)


実は私自身、ジョン・レノンの言っている如く、オノ・ヨーコのことは「前衛芸術家」という程度に漠然と知っていただけで、ほとんど知りませんでした。
しかし、今回冒頭の「鏡に向かって微笑みなさい。毎朝微笑みなさい。そうしたらあなたの人生が大きく変わっていくのに気づくでしょう」の言葉に惹かれてどんな人物だったのか知りたくなってWikipediaで彼女のことを調べてみました。


彼女の動向はこれまでいろいろとニュースの話題に上ったので、その都度記事に目を通してはいましたが、そもそも前衛芸術とはそりが合わない性質(たち)なので何となく遠目に見ていました。でも、Wikipediaの長い記事を読み進んでいくうちに、少しずつ彼女の人生のほんの一部ですが分かるような気がしてきて、冒頭の言葉も味わうことができるようになりました。


以下の青字の部分はWikipediaの「オノ・ヨーコ」の記事からの抜粋です。


1970年にビートルズが解散したが、その「原因はオノにある」とされたり、「ビートルズを解散させた女」としてしばしば非難された。また、結婚前後の二人の活動は、奇妙な立ち居振る舞い・不人気な前衛活動と映り、数多くの非難と中傷がオノに対して浴びせられたこともあった。


私もそのひとりですが、前衛芸術というのは一般の人には理解しにくいもので、いろいろな面で奇異な目で見られたり、本人が心の内側を表そうとする活動を表面だけ見て批判したり、さらにはバッシングしたりしがちです。
彼女の言葉に、
「苦痛や孤独という人としての普遍的な苦悩」
「貧乏には耐えられる でもさみしさは さみしさには耐えられない」

というのがありますが、ここに彼女の本心が垣間見えるような気がします。


レノンは、オノに出会う前に、アジア系の女性が自分を救ってくれる夢をみていた。また、アーティストである恋人を持つのが夢だった。レノンが、オノに出会った際の感動を表した言葉は「俺より頭のおかしな奴がいる!」である。これは俺より才能があるという意味の最大の褒め言葉である。レノンは、オノが先生で自分が生徒だと発言している。
そのような中で出会ったふたりはきっと波長が合い、意気投合したのでしょう。
次の言葉にそのことがよく表れていると思います。
夫婦仲は非常に良く、一緒にいるとオノは彼を笑わせずにはいられず、レノンはオノが小さいというだけで笑った。


人々に受け入れられず、批判されたり、バッシングを受けたりして「苦痛や孤独」を味わいつつも、彼女は自分の創作活動を続けます。


そして、やがて徐々に認められるようになり、
ニューヨーク・タイムズの美術評論のチーフであったマイケル・キンメルマン(英語版)は言った。「オノ・ヨーコのアートは鏡だ。彼女の作品『ボックス・オブ・スマイル("a Box of Smile")』のように、我々は彼女の作品に対する自身の反応の中に、自身を見ることになる。自己啓発への小さな刺激を与えてくれる。まるで禅のようだ」
バード・カレッジ(Bard College)より名誉美術学博士号を授与されている。スコット・マクドナルド(Scott MacDonald)客員教授は、このように語った。「彼女の作品は作品として賞賛に値するし、彼女がメディアの歴史の中で、そして世界の中で、主張してきた事も賞賛に値する。その勇気、不屈さ、粘り強さ、独立心、そして何よりも、創造力。そして、平和と愛こそが輝かしくて多様性に富んでいる人類の未来へと導いてくれるのだ、という信念はすばらしい」

と言われるまでになりました。


「鏡に向かって微笑みなさい。毎朝微笑みなさい。そうしたらあなたの人生が大きく変わっていくのに気づくでしょう」
というオノ・ヨーコの言葉はきっと上のような困難や孤独の中で生まれたのでしょう。


「オノ・ヨーコ」で検索して出てくる画像はいずれも前衛芸術家・音楽家らしいニヒルでストイックな感じの写真ばかりで、笑顔はほとんど見つかりませんでした。
でも、きっと彼女は毎朝そっと鏡に向かって、上の写真のような笑顔を写し世界の平和に貢献することを願いながら活動していたのでしょう。
そして、今も毎朝鏡に微笑みかけていることでしょう。
私もこれまで時々ですが、思い出すと鏡に向かって微笑みかけていましたが、これからは毎朝実行しようと決意し、早速実践しています。


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惨めな気持ちと幸せな気持ち

2017.11.18日

"Being miserable is a habit. Being happy is a habit. The choice is yours."
--Tom Hopkins - Sales Trainer
「惨めな気持ちでいるというのは習慣。幸せな気持ちでいるのも習慣。どちらを選ぶかはあなたの自由」
--トム・ホプキンス、セールストレーナー
(訳 舟田譲二)


私は若い頃、セールスという仕事を経験したことがあります。
また、これまで多くのセールスの人と接してきました。
ですから、セールスの仕事がいかに大変か、ということは痛いほどよくわかります。


飛び込みで一軒一軒回るセールスをしたことがあります。十中八九どころか、百中九十九は門前払いです。ひとりのお客様を得たら、その人に誠意の限りを尽くしてアフターサービスをしたり、親しくなったりして信頼関係を築き、そこからひとり、ふたりと新しいお客様を紹介していただき、ネットワークを広げていきました。


土産物屋でセールスをしたこともあります。
これは比較的楽でした。
なぜなら店を訪れる客は初めから置いてある商品に少しでも興味があるからです。それでも十中八九は冷やかし客でした。


また、職域販売といって、事前に許可を得たうえで会社や官公庁などへ昼休み前に行き、食堂横にテーブルを置いてその上に商品を並べ、前を通りかかる人に声をかけたり、実演したりして売るということも経験しました。
何度かやりましたが、これは本当に悲惨な経験でした。
売れても1個か2個。
下手をすると何時間もいてひとつも売れないこともありました。
このようなときは、肩を落として帰る、どころか情けなくて泣きたくなる思いでした。
自分はやっぱりセールスには向いていないということ発見したときです。


冒頭で、トム・ホプキンスというプロのセールス、しかもセールストレーナーが言っています。
「惨めな気持ちでいるというのは習慣。幸せな気持ちでいるのも習慣。どちらを選ぶかはあなたの自由」
もちろん、彼だって私と同じような経験をしたことでしょう。
最初からうまくいってプロのセールスになれる人なんてひとりもいませんから。


父は昔、車のセールスをしていました。
私がまだ小学生低学年の頃、セールスになりました。
今から60年も前のことです。
車なんてまだあまり走っていませんでした。
お金持ちのお医者さんが乗っていたのが、カブト虫と呼ばれたフォルクス・ワーゲンでした。
学校の先生で車に乗っている人はひとりもいませんでした。
ようやく6年生になった時、とてもカッコ良かった先生が車を買って、学校に乗ってきました。
真っ赤なマツダ・キャロルでした。職員室の前にとめられていたのはこのキャロル1台だけでした。


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やがて日産が初の高級車セドリックを売り出しました。
父はこのセドリックの販売担当になりました。
当時80万円ほどして、その後上級車の100万円を超えるものが出ましたが、周りの人たちはこんな高い車を一体だれが買うのだ、と言っていました。100万円というのは家が買えるほどの額だったのです。


当時のセールスは基本給はほんの数千円。あとは歩合給です。
車が売れなければそれこそ食っていくことができません。
とても貧しい生活でした。母が陰で洋裁の内職をして生計を立てていました。
そのような中で、ようやく1台売れ、2台売れ、と徐々に売れていくようになりました。
買ってくださったお客様は、医者のほか、京セラの前身、京都セラミックスの社長や、村田機械、島津製作所、堀場製作所、和光商事(今日のワコール)、グンゼなど大企業の社長たちが中心でした。
紹介から紹介をいただいて、年間100台という当時では考えられない台数を販売するようになり、何年も連続で全国トップセールスとなりました(「父の日」)。


私が経験したようなちっぽけな惨めさとは比較にならないほどの惨めさをきっと何度も味わったことでしょう。
でも、父はいつも積極思考でとても明るく、大勢の人といい人間関係を築いていました。
父のモットーは「車を買ってもらう前に、自分を買ってもらう」でした。
「惨めな気持ち」を脱して、「幸せな気持ち」でいるほうを選択し、その習慣を身につけていったのです。
そんな父を私はいつもまぶしく見ながら育ちました。
家は貧しかったのですが、いつも幸せでした。
人生で一番大切と言っていいほどのことを私に教えてくれた父でした。


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「正しさ」よりも「優しさ」を

2017.11.17日

「正しさ」と「優しさ」のどちらかを選択するという機会は誰にでもよくあります。
それは間違っているよとか、もっと違うやり方があったはずだとか、改善することができるよ、など人に指摘する機会です。
個人的に、あるいは人前でそれを「指摘」する機会。
しかし、これらの機会はすべてその過程において、相手をそしてさらにあなた自身をも不快にさせる結果につながることになりがちです。


精神分析医のような専門的な言い方をせずに率直に言うと、私たちが他の人をへこませようとしたり、矯正しようとしたり、あるいは私たちが正しくて相手が間違っていると言おうとすると、その人が間違っていると指摘すれば自分のほうが正しいのに違いない、と自我が誤って認識し、その結果優越感を味わうことになるのです。


しかし実際には、人をへこませて自分が勝ったと思う感情をよく注意して観察すると、相手を「へこませる」前よりも逆に自分自身も不快になっていることに気づきます。
他人を不快にさせる代償を払って自分が幸せになることは不可能だ、ということをあなたの心、即ち人に対する思いやりがある部分は直感的に知っているのです。


でも、幸いなことにその逆もまた真なのです。つまり、あなたの目標が人を立て、人を幸せな気持ちにし、彼らの喜びを一緒に味わうことにあるなら、あなた自身も彼らの幸福感のお裾分けをもらうことになります。
この次、誰かを矯正してあげる機会に巡り合ったら、たとえ彼らが多少間違っていたとしても、誘惑に負けないようにしましょう。
その代わりに、「この一件から私が本当に望んでいることは何だろう」と自分の心に尋ねてみるのです。
おそらく、あなたが本当に望んでいることは平和的な解決で、お互いに気分よく終わることです。
「正しく」あろうとすることを我慢し、「優しさ」を選択するたびに、自分のうちに平安があることに気づくことでしょう。


妻と私はある仕事のことで話し合っていたのですが、非常にいい結果となりました。
私は「自分の」思いつきが明らかにその成功の鍵になったと自慢げに話していました。
妻のクリスは、いつもの優しい表情で、私に花を持たせてくれていました。
その日、しばらくして私はふと気づきました。あれは私の思いつきではなく、妻のアイデアだったのです。「おおっと!」
そこで妻に謝ろうしたところ、妻はその成功は自分のお陰だと認めてもらって満足することよりも、むしろ私が喜んでいるのを見るほうが幸せに感じていた、ということがすぐにわかりました。
誰のアイデアだったかなんてことはどうでもよくて、私が嬉しそうにしているのを見て自分は幸せだった、とクリスは言いました。(ねえ、クリスがいかに愛すべき妻か、ということがよく分かるでしょう)


このやり方を「意気地なし」とか「自分の信念を主張できない」などと勘違いしてはいけません。
自分が正しいと思うことを主張しなくていい、と言っているわけではありません。ただ、自分が正しいと主張していると往々にして自分の心の平安を犠牲にすることがある、ということを言っているのです。
常に冷静さを保つためには、多くのケース、「正しさ」よりも「優しさ」を選択したほうがいいのです。それを実践する最適の場は、あなたのすぐそばにいる人です。


リチャード・カールソン
(リチャード・カールソンは『小さなことでくよくよするな』の著者)

(訳 舟田譲二)


私自身、最近このことに気づき始めていました。
正直に告白すると、これまで私も自分の「正しさ」を主張するタイプの人間でした。
私は自分のことをクレーマーとは思っていませんが、市役所や警察やレストランなどで、相手が間違っていると思ったらそれを指摘せずにはいられませんでした。お節介焼きな性格もあり、それが「親切」だと自分で思い込んでいたのです。
そして、それは身近な妻や子どもたち、職場では先生たちや生徒などに対しても同様でした。


「それは間違っているよとか、もっと違うやり方があったはずだとか、改善することができるよ」
などと親切ぶって言っていたのですが、胸に手を当ててよくよく考えてみると、この著者が述べているように私のうちに「自分が正しい」「相手が間違っている」という高慢な心、自己満足の心があることに気づき始めていたのです。そして、たとえ自分が表面上「勝った」と思っていても、心に平安がなかったということも事実です。


それで最近では、ひと言なにか言いたくなっても、できる限りお互いが気持ちよくいられるように、言いたくなる誘惑に負けないよう努めているのですが、まだまだ器の小さい人間で、ついつい言ってしまうことがあります。でも、そのことに気づくと素直に謝るようにしています。
この一文に出合い、なるほど、やっぱりそうだったんだ、と改めて教えられ、悔い改めた次第です。


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豊かになる鍵

2017.11.15日

"This is the miracle that happens every time to those who really love; the more they give, the more they possess."
--Rainer Rilke - 1875-1926, Poet and Novelist
「心から愛する人たちにはいつも起きる奇跡、それは与えれば与えるほど与えられるという事実だ」
--ライナー・リルケ、詩人・作家
(訳 舟田譲二)


「与えよ。そうすれば、自分にも与えられるであろう」(「与えよ、さらば与えられん」 文語訳 ルカ6:38)
という言葉をつい先日ご紹介しましたが、イエス・キリストと同じことを2000年後のオーストリアの詩人、リルケも語っています。まさに「洋の東西を問わず、時代を超えて」の真理です。


リルケはここで、「与えれば与えるほど与えられる」と言っていますが、それは「心から愛する人たちにはいつも起きる奇跡」だ、というのです。
そう、愛の人には愛の奇跡がいつも起きます。


逆に、心の中でいつも人と自分を比較して劣等感に陥ったり、人を羨んだり、嫉妬したり、憎んだりするのは愛のない行為で、そのような人はますます愛から遠ざけられ、与えられなくなります。


イエスは、
「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう」(マタイ福音書25:29)
とも語りましたが、これはアメリカの社会学者ロバート・マートンが1968年に「科学におけるマタイ効果」という論文の中で提唱したもので、今日一般に「マタイ効果」と呼ばれています。
「豊かな者はますます豊かになるが、貧しい者はますます貧しくなる」という現代の格差社会にも反映されていますし、経済面だけでなく勉強や音楽、スポーツの才能等などあらゆる分野で見られる現象です。


今、テレビでやっている『天才キッズ全員集合 〜君ならデキる!!〜』というのを見ていると、小学3・4年生ぐらいの小さな子どもたちが、ピアノを始め、ジャグリングや記憶力、知識、漢字などいろいろな分野で、その道のプロと呼ばれる人たちを打ち負かしてしまいます。将棋の藤井四段なんかもその例です。



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これらを見ているとほとんどのケース、家庭環境、親の影響です。
これはまさに「マタイ効果」です。


そして「マタイ効果」は、冒頭のリルケの言葉、
「心から愛する人たちにはいつも起きる奇跡、それは与えれば与えるほど与えられるという事実だ」
のように「与える」ことが鍵です。


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◯に交われば白くなる

2017.11.11日

"Good actions give strength to ourselves and inspire good actions in others."
--Plato – Philosopher
「良き行動は自らの力の源泉となり、また他の人の良き行動をも促す」
--プラトン、哲学者
(訳 舟田譲二)


プラトンのことは、これまでこのブログでも何度か取り上げてきました。
とくに「愛知 ― 知を愛する」の中で書きましたように、我が「アカデミー学院」の名前もプラトンが紀元前4世紀に創設した学校の名前と同じです。プラトンの思想・哲学とは波長が合うのです。


今日の言葉、
「良き行動は自らの力の源泉となり、また他の人の良き行動をも促す」
もまたしかり。


中国の古いことわざに、
「朱に交われば赤くなる」
というのがありますが、これは関わる相手の良し悪しによって自分も影響を受けてそのようになる、だから良い友を選べ、という教訓として使われています。これは国家間においてもそのまま当てはまります。


これをもっと積極的に語っているのが上のプラトンの言葉です。
「友の影響を受ける」のではなく、自らが進んで人のお手本となるような行動を起こす。すると、人の良い行動を促すばかりか、自分のためにもなる、というわけです。


孔子は、「己の欲せざるところ、他に施すことなかれ」と語り、
ヒンドゥー教は、「人が他人からしてもらいたくないと思ういかなることも他人にしてはいけない」と教え、
イスラム教も、「自分が人から危害を受けたくなければ、誰にも危害を加えないことである」と言い、
ユダヤ教でも、「あなたにとって好ましくないことをあなたの隣人に対してするな」
と教えています。


しかしイエス・キリストは、
「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」
と、消極的に「〜するな」というのではなく、「〜せよ」と自ら進んで行動を起こすことを教えました。
この言葉が、「律法の中の律法」、世界中の「戒律の中の戒律」、最高の戒律として「黄金律」と呼ばれる所以(ゆえん)です。


「朱に交われば赤く」なりますが、「に交われば白く」なります。


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真心から人に仕える

2017.11.08日

ディズニーランドのクリスマス・ファンタジーのパレードがひと足早く昨日から始まりました。
沿道は人でぎっしり。
愛嬌ふりまくミッキーやミニ、そして全スタッフが笑顔いっぱいで、来園者たちを笑顔にしようとサービスの限りを尽くします。たとえミッキーの着ぐるみを着ていても、その下で精いっぱいの笑顔で愛嬌を振りまいているのがその動きを見ていてわかります。
人々は幸せな気持ちになりたくて、毎年毎年このパレードを観に行きます。
ディズニーランドの成功の秘訣は、まさにサービスの精神です。


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"Earn your success based on the service to others, not at the expense of others."
--H. Jackson Brown, Jr. - Author
「成功とは、人を利用してでなく、人に仕えることによって築き上げるもの」
--H・ジャクソン・ブラウン Jr、作家
(訳 舟田譲二)


「成功」とは人を利用して、もっと悪い言い方をすると「人を踏み台にして」自分のものにするものだ、と誤解している人がいます。


テレビドラマや映画、小説の世界でこのようなテーマがよく取り上げられています。
でも、「事実は小説よりも奇なり」で、実際のところビジネスの世界だけでなく、教育、政治、医学、芸能、芸術、宗教などの世界ですらそのような人が多々見受けられます。


でも、このような人は早晩その魂胆が人々に見抜かれて信頼を失い、墓穴を掘ることになります。
ビジネスに限らず、およそ人間関係のあるところどこでも基本的なスピリットは「人に仕える」ことです。


昔、うちの子どもたちがまだ小さい頃、近くの大学病院の小児科にかかっていました。
担当の医師の患者そしてその家族に対する接し方、言葉遣いが人を小ばかにしたような感じで毎回不快な思いをしていました。
やがて隣街に引っ越し、小児科も変わりました。そこの先生もやはりぶっきらぼうで言葉使いが悪いのですが、腕がいいのでずっとそこに通っていました。


ある時、子どものインフルエンザ予防接種で近くに新しくできた小児科に行きました。
医師の顔を見てびっくり。昔の大学病院の担当医だったのです。独立して自分の病院を始めたのでした。向こうはこちらのことなど全然覚えていません。
でも、さらに驚いたのは、あの乱暴だった医師がすっかり変わり、ニコニコ顔で優しい言葉遣いになっていたことです。


最近のことですが、塾生のお母さんと話していた時、その方もお子さんをその小児科に連れて行っていたとおっしゃいました。
しかし、いつもニコニコしていたのがある日、ちょっとしたことで烈火のごとく怒り、大声で怒鳴られたそうで、そこへは行かなくなったそうです。
果たしてその小児科は開業して20年足らずで数年前に閉院してしまいました。


かたや私が今かかっている整形外科の先生は、もう80近いご高齢をまったく感じさせないほどお元気で、地域の信頼を得て何十年とこの地で開業しておられ、何百人という患者さんがひっきりなしにこの医院を訪れています。
朝9時の開院なのに、早い人は6時半とか7時ごろから玄関の前で並んでいて、8時30分に入口が開けられるとどっと待合室になだれ込み、8時45分にはリハビリ室はいっぺんに満員になってしまいます。
院長先生の診察を受けるのに2時間待ちぐらいはざらです。でも、みんな辛抱強く待っています。院長先生は患者さん一人ひとりの名前を覚えていて、患者さんの話を時間をかけてしっかり聴き、とても親切に診察してくださいます。
そして、看護師さんたちスタッフの皆さんがいつも笑顔で患者さん一人ひとりに接していらっしゃいます(「笑顔と笑声」)。


真心からのサービス精神は人に伝わります。
そして、そのような人は信頼され、仕事は祝福されます。
ディズニーランドやリッツ・カールトン・ホテルなど、成功している企業はいずれもサービス精神を一番大切にしています。


最近、毎日のようにかかってくる電話会社からの営業電話。
受話器を取るととてもにこやかに「笑声」で話しかけてきます。
「うちは結構ですので」
と断っても、聞かずにどんどんしゃべり続けます。
「申し訳ありませんが、うちは他の会社に変えるつもりはありませんので」
と再度言うと、急に声の調子が変わったり、中にはそのままガシャンと切る人もいます。
本物のサービスではなく、上辺だけの笑顔や笑声はすぐに相手に見破られます。


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惨めになりたい? それとも強くなりたい?

2017.11.03日


"We either make ourselves miserable or we make ourselves strong. The amount of work is the same."

--Unknown
「私たちは惨めになることもできれば、強くなることもできる。使うエネルギーは同じだ」
--作者不詳
(訳 舟田譲二)


人生は一瞬、一瞬が選択です。
たとえどのような状況に置かれていても、選択次第で自分で自分を惨めにすることもできるし、また強くすることもできます。
たとえどんな過去を持っていようとも、あるいは一瞬前に大きな失敗をしたとしても、そこでどのような決断をし、行動を取るかで私たちの将来は変わってきます。


惨めな人生を送っている人というのは、なにか不快な経験をしたり、あるいは不幸を味わったり、屈辱的な目に遭ったりしたとき、そこに焦点を合わせてそれにこだわり続けて生きます。
一方、同じような経験をしても、すぐに軌道修正して、そこからなにかを学び取り、頭を切り替えて新しい面に目を向けるなら、そこからどんどん道が開けていき、その痛い経験を通して強くなることができ、さらに幸せにさえなることができるのです。
どちらを選ぼうとも、使うエネルギーは同じです。


作家、三浦綾子さん(1922-1999)は若い頃から結核、脊椎カリエス、心臓発作、帯状疱疹、直腸癌、パーキンソン病など次から次へと襲う病魔と闘いながらも、「私はこんなにもたくさん病気をして、神様にえこひいきされている」と言って、感謝をしながら執筆活動を続けて一生を送られました。
結婚以来ずっと綾子さんの介護を続けられた夫の三浦光世さん(1924-2014)は、不平不満をこぼしたことなく、夫婦円満で幸せな人生を送り、綾子さんを看取られました。


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「まばたきの詩人」と呼ばれた水野源三さん(1937-1984)は9歳のとき赤痢にかかりその高熱によって脳性麻痺を起こし、やがて目と耳以外のすべての機能を失い、寝たきりの生涯を送られました。
話すことも書くこともできなくなりましたが、ある日母親が彼が何か言おうとしていると感じて、五十音図を持ってきて指で指し示したところ、まばたきして合図しました。
12才の時初めて聖書に触れ、13才で受洗されました。
以来、まばたきで綴った膨大な数の詩が後に詩集シリーズとなり、多くの人の感動を呼び、また逆境にいる数えきれないほどの人々に生きる力を与えました。


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悲しみよ 悲しみよ 本当にありがとう
おまえが来なかったら つよくなかったなら
私は今どうなったか
悲しみよ 悲しみよ おまえが私を
この世にはない大きな喜びが
変わらない平安がある
主イエスさまのみもとにつれてきてくれたのだ


自分の境遇を見つめて
嘆き悲しむものよ
どんな境遇にある心にも
救いと命を与えたもう
恵み深き主を仰げよ

自分の境遇を見つめて
死のみを願う者よ
どんな境遇にある心にも
希望と力を与えたもう
恵み深き主を仰げよ

自分の境遇を見つめて
世間を恨む者よ
どんな境遇にある心にも
愛と喜びを与えたもう
恵み深き主を仰げよ


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進化論 vs 神

2017.11.01日

昨日、Facebookの「過去のこの日の投稿」で3年前の記事が出てきました。
もう一度読み直し、そして記事の中の動画も初めから終わりまで通して観て、きょうはこれを再投稿しようと思いました。
最近お友達になった方を含め、まだご覧になっていらっしゃらない方もきっとたくさんあることと思います。
1週間前に肋骨を強打して以来体調が優れないのと、先日書いた記事、「AI(人工知能)は人か神か!?」とも内容が関連するので、ちょっと手抜きになりますが今日はこれでよろしくお願いいたします。
(興味ある方は、記事のリンク先にある「ノアの洪水 Part3」の動画、そしてこちらの動画https://youtu.be/_j9tz2PtoqEもぜひご覧ください。これはビックリ度・満足度100%保証つきの動画です)


昨日の記事「ノアの洪水 Part3」を読んだひとりの方から、「こちらもおすすめ」といって紹介された下の動画、すっかりハマってしまいました。


私の母校であるUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のキャンパスや教授、学生なども登場します。
これらの人たちは生物学や人類学、地質学、進化生物学などを専門にするいわゆるバリバリの理系学者や学者の卵たちです。
彼らは進化論を固く信じる無神論者。
昨日の動画を制作した人が、これらの人たちをインタビューします。


ちなみに、世間で一般に無神論者と呼ばれている著名人は、この動画によると誰ひとりとして無神論者ではなかったそうです。
たとえば、
アイザック・ニュートンは次のように語っています。
「太陽、惑星、彗星、これらの美しい秩序は、知的かつ絶大な力を持つ存在なくしては成り立ち得ない」。
エイブラハム・リンカーンは、
「神は常に正義の側におられる。私のたゆまぬ祈りと気遣いは、私もこの国も主の側にいつも留まることである」。
カール・セーガンは、
「私は不可知論者だ」。
マーク・トウェインは、
「人は神ほど偉大にはなれないが、誰しも善人にはなれる」。
ベンジャミン・フランクリンは、
「神は人の営みを支配している」。
アインシュタインは、
「神は人格的・無垢な存在である。われわれは創造主を完全に知ることはできないが、限られた知性の人間である私にも宇宙の秩序・調和を見れば、そんな神の存在が分かる。それなのに『神はいない』と言う人々がいる。腹立たしいのは、無神論者が私の言葉を利用することだ。自分は無神論者ではない。創造主を否定する人々は狂気の無神論者だ」。
ダーウィンは、
「私は無神論者ではない」
と、それぞれ述べています。


これはクリスチャン、無神論者を問わずまさに必見動画です。わずか30分足らずであなたの人生を大転換させるかもしれないこの動画をご覧になり、ご自分の目と耳でお確かめください。



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宮本武蔵大好きアルゼンチン少女が武蔵にご対面

2017.10.31日

「世界!ニッポン行きたい人応援団」(テレビ東京)


私たちは、どこかの国で待っているであろうニッポンのことが大好きな外国人の方の熱い思いをご紹介したいと世界の国々で大捜索!その中からニッポンで夢を叶えたい方のお手伝いするため、ニッポンにご招待致します。


宮本武蔵と剣術を愛するアルゼンチンの女子中学生をご招待!
もともと父親が宮本武蔵が好きで剣術をやっていた影響で、9歳の頃から剣術を習い始めた彼女。現在は、宮本武蔵が考案した剣術「二天一流」を自国で学んでいる。誕生日にはスペイン語で書かれた、宮本武蔵の書「五輪書」をもらい、大喜びした。
ニッポンでは、念願だった宮本武蔵ゆかりの地、熊本へ。さらに、大分で武蔵の剣術「二天一流」の稽古に参加する。

(「世界!ニッポン行きたい人応援団」番組ホームページより)


この様子を一部始終観させていただきました。
メリッサさんは、お父さんが宮本武蔵が好きで剣術をやっていた影響を受けて、9歳の頃から剣術を学び始めました。
誕生日にプレゼントされたスペイン語で書かれた武蔵著『五輪書』を愛読し、武蔵への想いを込め、またその中で覚えた「二天一流」などの漢字を書いたポスターを自分の部屋の壁に貼るほどの大ファンで、いつか日本に行って武蔵ゆかりの地を訪れ日本の道場で剣術を学ぶことが夢。


ある日、アルゼンチンの街中を歩いているとき、TV番組「世界!ニッポン行きたい人応援団」で選ばれて日本へ招待されることを知り、あまりの驚きに目を白黒。
そして、念願かなってお父さんと一緒に初来日。


空港に着き、一番に行きたいところを尋ねられると迷わず、武蔵が晩年に「五輪の書」を著したとされる熊本の金峰山(きんぽうざん)山麓にある洞窟「霊厳洞」と答えます。
そして、霊厳洞へ。
道着に着替えて雲巌禅寺の受付で住職から五輪書と座禅を組むときの座布団をプレゼントされ、宮本武蔵が描いた絵画などを見学。そして霊厳洞の武蔵が座禅を組んだと言われる船頭石でメリッサも座禅を組みます。


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次に、武蔵の剣術「二天一流」の稽古に参加するために大分に向かいます。
道場に入って練習しているお弟子さんたちに迎えられ挨拶していると、後ろからそっと近づいてきた兵法二天一流の十二代宗家・吉用(よしもち)清さんがそっとメリッサの肩に手を置く。
振り返ったメリッサは憧れの雲の上の人、吉用清さんに出会い息を飲みます。番組のサプライズだったのです。


そして師匠から稽古をつけてもらいます。
いつもニコニコ笑顔のメリッサはこのときは真剣勝負の顔に。
最初のうちは思うようにいかなかったものの少し練習するうちに吉用さんも驚くほどの上達ぶり。
最後には指導されたように脇を締めて模造刀を振ると空気を切る「ビューン」という音が出るようになります。
稽古が終わって、夜は吉用さんの家に招かれて、奥さんの手料理でもてなされた上、夢にまで見ていた日本の家の和室にお父さんと一緒に泊めてもらいます。


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翌日、吉用さんに連れてもらって父娘は、武蔵の剣術を受け継ぐ「兵法二天一流」の後継者、十代目の宗家によって奉納された宇佐神宮を訪れます。
そこで武蔵が自ら木を削って作ったという日本で唯一現存する赤樫木刀(通常は非公開)を吉用さんのサプライズで見せてもらい、手に取ります。
憧れの武蔵手作りの木刀を震える手で持ったメリッサは、約400年前に武蔵が愛用していた木刀の神々しさに触れ、
「武蔵先生の気がこの木刀から伝わってくるような気がします」
と感動で涙を流さんばかり。


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番組の冒頭から最後まで、メリッサの「アーッ」という驚きの声や「ハァー」というため息が何度も聞かれ、彼女の素直な感動の気持ちが伝わってきて、こちらまで感動を覚えます。
メリッサのお陰で私までにわか武蔵ファンになり、熊本の金峰山の「霊厳洞」を訪れてみたいとまで思うようになりました。
メリッサ一家の武蔵をきっかけとする日本に対する思い入れ、太っ腹で素敵な番組の企画、そしてそれを知った人たちの親切なもてなしが一体となって心に響き、見終わった後はとても爽やかな気持ちになりました。


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洋の東西を問わず、時代を超えて

2017.10.29日

"Seek to do good, and you will find that happiness will run after you."
--Freeman Clarke – 1810-1888, Theologian and Author
「善を為すことを追い求めよ。さらば幸福が汝らの後を追うことを悟らん」
--フリーマン・クラーク、神学者・作家
(訳 舟田譲二)


自らの幸福を求めて、あるいは救いを求めて善を行う人はたくさんいます。実際のところ、そのような教えを説いている宗教も巷(ちまた)にはたくさんあります。いわゆる「ご利益宗教」です。


また人の賞賛や自らの利益、名声を求めて寄付行為や慈善活動をする人もいます。
聖書にはそれらの行動を戒めて次のように書いてあります。
「だから、施しをする時には、偽善者たちが人にほめられるため会堂や町の中でするように、自分の前でラッパを吹きならすな。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。
あなたは施しをする場合、右の手のしていることを左の手に知らせるな」

(マタイ6:2-3)


だれでも聞いたことがある聖書の有名な言葉といえばこれです。
「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう」
「求めよさらば与えられん、叩けよさらば開かれん」(文語訳)

(マタイ7:7)


しかし、これの裏返しとも言える次の言葉はあまり知られていません。
「与えよ。そうすれば、自分にも与えられるであろう」
「与えよ、さらば与えられん」(文語訳)

(ルカ6:38)


自分の利益を求めて行うのではなく、利他の精神で行うのが本来の意味です。
アシジのフランシスコの平和を求める祈りの中にも私の好きな次のような箇所があります。
「慰められるよりは慰めることを、
理解されるよりは理解することを、
愛されるよりは愛することをわたしが求めますように。
わたしたちは与えるから受け、
ゆるすからゆるされ、
自分自身を捨てることによって、永遠の命に生きるからです」


これは「小さな親切」の中に書いたトルストイの『靴屋のマルチン』の物語を始め、世界中の多くの児童書や文学の中でも扱われているテーマです。


洋の東西を問わず、また時代を超えて真理です。


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だから大好き、アインシュタインさん

2017.10.27日

帝国ホテルでアインシュタインにメッセージを届けた日本人の配達人にチップ代わりに渡された2枚の手書きメモ。手数料と合わせて156万ドル(約1億7700万円)と24万ドル(約2700万円)で落札されたそうです。
1枚には「静かで質素な生活は不安に襲われながら成功を追求するより多くの喜びをもたらす」、もう1枚には「意志あるところに道は開ける」と書かれていました。


私はアインシュタインさんが大好きです。
彼の残した語録や生き方とはとても波長が合います。このブログでもこれまで何度もアインシュタインのことを取り上げてきました。
調べてみたら「アインシュタイン」の名前が74回登場しています。


20世紀最大の物理学者、現代物理学の父と呼ばれ、ノーベル物理学賞を受賞した偉大な学者でありながら、人情味豊かでユーモアたっぷりのアインシュタインさん。
1922年10月8日、妻のエルザとともにマルセーユで日本郵船の北野丸に乗船しました。香港から上海に向かう船上にいた11月10日、1921年度のノーベル物理学賞の知らせが彼のもとに届きました。


神戸に上陸したとき、記者会見で来日の目的を聞かれて、彼はこう答えました。
「それは2つあります。1つは、ラフカディオ・ハーンなどで読んだ美しい日本を自分の目で確かめてみたい。とくに音楽、美術、建築などをよく見聞きしてみたい、ということ。もう一つは、科学の世界的連携によって国際関係を一層親善に導くことは自分の使命であると考えることです」
日本滞在中は次のように語っています。
「日本の建築はすみずみまで手が入り込んでいて、外国の彫刻をみるようでした。一言でいえば、日本は絵の国、詩の国であり、謙遜の美徳は、滞在中最も感銘をうけ忘れがたいものとなりました」


その後アメリカに亡命していたアインシュタインに、1937年、同じくナチスの迫害から逃れてきたハンガリー系ユダヤ人物理学者ふたりがある情報を伝えました。ドイツは原子力エネルギーの制御に成功した、このままではナチスが原子爆弾を作ってしまうと言い、ドイツより先に原子爆弾を開発するようアメリカ政府に訴えてくれ、とふたりはアインシュタインに頼みます。
そこで、アインシュタインはルーズベルト大統領に書簡を送って、原子力兵器の開発計画を立てるよう進言します。ルーズベルト大統領はこの提案を受け入れ、マンハッタン計画がスタートしました。
ところが、のちにドイツの敗北が確定的になり、米国政府が原子爆弾を日本に対して使う計画を持っているということを知って、ユダヤ人科学者たちはショックを受けます。
日本は、ナチスドイツの同盟国でしたが、人種差別的イデオロギーに反対し、逆にヒトラーに追われた多くのユダヤ人たちを助けていました。


アインシュタインはルーズベルト大統領に、そしてルーズベルトの死後はトルーマン大統領宛てに何度も請願書を書いて送り、日本への原爆投下をやめるよう訴えましたが、それを聞き入れず8月6日、人類最初の原爆を広島に投下しました。


「私は生涯において一つの重大な過ちをしました。それはルーズヴェルト大統領に原子爆弾を作るように勧告した時です。もし私がヒロシマとナガサキのことを予見していたら、1905年に発見した公式を破棄していただろう」と語っていたそうです。
(以上、出典:中澤英雄「萬晩報」(2005年2月28日)、YAHOO知恵袋「アインシュタインと原爆の関係を教えてください」)


北朝鮮の李容浩(リ・ヨンホ)外相が9月に太平洋上空の大気圏内での水爆実験の実施を警告したことに関し、北朝鮮高官がCNNとのインタビューで、李氏の発言を「額面通り受け止めるべきだ」と述べた、と米CNNテレビは25日伝えました。高官はさらに、北朝鮮と米国との間に外交チャンネルは存在しないと述べ、「米朝間の対話のパイプは開かれている」と繰り返し表明してきたティラーソン国務長官の見解を否定したといいます。


「第二次世界大戦では原子爆弾が兵器として利用されましたが、第三次世界大戦が起こったら、どのような兵器が使われると思いますか?」
というインタビューを受けたアインシュタインが答えました。
「第三次世界大戦についてはわかりませんが、第四次大戦ならわかります。石と棍棒でしょう」
第三次世界大戦は全面核戦争になるため、世界文明の崩壊は必至で、人類は原始の時代に戻るということです。


今、まさに世界はこの瀬戸際に立たされています。
日米韓中露を始めとする世界のリーダーたちが一致団結し、知恵を振り絞ってこの危機を脱する道を見つけなければなりません。
「生まれ変わったら一番に日本を訪れたい」と言い残したほど日本をこよなく愛し、世界の平和を希求していたアインシュタインさんの遺志を継ぐのが私たち日本人、そして人類に課せられた使命です。
「意志あるところに道は開ける」と書き残したアインシュタインの言葉を信じて。


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笑顔と笑声

2017.10.25日

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笑顔が大切なのは言うまでもありません。
人の笑顔を見ているとこちらまで笑顔になります。
ひとりの人が笑顔でいると、周りまで自然と笑顔が広がり、みんなが幸せな気持ちになれます。


笑顔に関する名言・格言は世界中にたくさんあります。
それは笑顔が世界共通語だからです。
笑顔で喧嘩したり、怒ったり、泣いたりすることはできません。
不機嫌でいたり、いら立ったり、悲しかったり、落ち込んでいたら自然と笑顔が消えてしまいます。


今、毎日リハビリに通っている整形外科はいつも笑顔や明るい笑い声があふれています。
院長先生始め、看護師さん、事務員さん、マッサージ師など、職員みんなが患者さんをとても大切にしています。何百人という患者さんの名前を一人ひとり覚えていて名前で呼びかけ、笑顔で話しかけてきます。
リハビリ室では看護師さんと患者さんの笑い声が絶えません。


教え子であり、またうちで講師として長年働いてくれた丈くんが去年の春結婚式を挙げることになり、私は司式を頼まれました(「一番幸せを感じるひととき」)。
式の4日前に風邪を引き、2日前には全然声が出なくなりました。
近くの医院は全部休診日です。


私はかかりつけのこの整形外科に電話しました。ここは整形外科だけでなく、内科、外科もやっているのです。
院長先生が電話を取ってくださり、事情をお話しすると、これから出かけるところだけど今すぐ来てください、診てあげますと言われて飛んでいき、お陰さまで式当日は声が出るようになって、無事務めを果たすことができました。


以前、通りを歩いていたら見知らぬ人に声をかけられました。
「越してきたばかりでこの辺りはあまりよく知らないのですが、近くにいい整形外科はありませんか?」
すぐ近くに整形外科はあったのですが、そこは以前行ったとき医師や職員があまり感じよくなかったので、わざわざ少し離れた私の通っている整形外科まで歩いてご案内しました。


「笑顔」と同じぐらい大切なもの、それは「笑声」です。
「わらいごえ」ではありません。「えごえ」と読みます。
これは私が考えついた造語だと思っていたのですが、ネットで検索してみたところすでに何人かの人が使っていました。
「笑声」は電話で声を聞いているだけで、相手の人が笑顔で話しているのがわかるような明るい声で、こちらまで自然と笑顔になってしまうような声のことです。


2週間ほど前から奥歯の歯茎が腫れ始めました。
最初のうちは自然と治るかと思っていたのですが、腫れがどんどん大きくなってきたので慌てていつもお世話になっている歯科医院に行きました。
この歯科医院については、これまでブログで何度か取り上げているのですが(「真心のこもったサービス」)、やはり先生始め職員の皆さんがとても優しく親切で、いつ電話をしても「笑声」で応えてくださいます。
道端で先生とお会いすると、私の健康のことを気遣ってくださりしばらく立ち話をするほどです。


2日前、明け方の5時半にとても暑くなり、喉がからからになったのでベッドから起き上がってダイニングのテーブルの上に置いてある水を飲みに行こうとしたところチェアに足を引っかけ大きく転倒し、思いっきり別のチェアの角のところにわき腹をぶっつけました。
しばらくは息もできないほどで、キャビネットにもたれかかってじっとしていました。
ひょっとしたら肋骨が折れたかひびが入ったかと思うほどの痛さです。
なんとかベッドに戻り、朝になるまで待って、妻に車でいつもの整形外科に送ってもらいました。
レントゲン検査の結果、一番下の肋骨をぶっつけたようですが、ひびも入っていず無事でした。
「本当に不幸中の幸いでしたよ。もうあと1〜2センチ下だったら脾臓(ひぞう)に当たっていたかもしれません。風呂場の掃除中転倒し、腹部を打った方が以前いらっしゃいましたが、その方は手術で開腹したら脾臓破裂で血の海でした」と先生に言われ、護られたことを神様に感謝しました。


ということで、昨日の午前中は整形外科と歯科のはしごでした。
まだわき腹も痛く、歯の腫れも引いていず治療は続いていますが、笑顔と笑声の絶えない医院なので通うのは全然苦になりません。むしろ幸せを分けていただいているほどです。


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幸せになる秘訣

2017.10.23日

"A key to happiness is to do kind things to others. A key to misery is to expect them to be grateful."
--Steve Maraboli
「幸せになる秘訣は人に親切にすること。惨めになる秘訣は人に感謝してもらうのを期待すること」
--スティーブ・マラボリ
(訳 舟田譲二)


「幸せになるのは人になにかをしてもらうこと」と勘違いしている人がたくさんいます。
その結果、自分が幸せでないのは◯◯さんのせいだ、と相手のせいにしてしまいます。
これは夫婦関係と親子関係においてとくによく見受けられます。
新聞の人生相談などを見ていると、このケースがとても多いです。
「自分勝手で幼稚な夫」「アラフォー娘2人から暴言」「母と大げんか 謝ってほしい」「女子大生 父の言動にいら立つ」「夫への恨みどう処理すべきか」等々、延々と続きます。


一方、幸せを感じている人たちの声を聞くと、多くの人がほかの人のために役立っていることや、ほかの人の幸せに貢献していることを挙げます。
このように、幸せというのは自分がなにかを得るというより、むしろなにかを与えることだ、と言うことができます。


ところが、せっかく人に親切にしたり、いいことをしても喜んでもらえない、感謝してもらえないとたちまち面白くなくなる人がいます。
人に親切にするのは、もともと感謝されたいからという動機からではないはずなのですが、やはり言葉や行動で感謝の気持ちを伝えてもらいたい、という思いがあるからなのでしょう。すなわち、なにかを得ることを期待しているわけです。


感謝の言葉、すなわち見返り(受けること)を期待することは惨めな結果につながり、親切にするという与える、本物の愛は幸せをもたらします。


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棚からぼたもち

2017.10.15日

"The amount of good luck coming your way depends on your willingness to act."
--Barbara Sher – Author
「あなたにやってくる幸運は、あなたが自ら進んで行おうとする意志にかかっている」
--バーバラ・シャー、作家
(訳 舟田譲二)


「棚からぼたもち」は落ちてきません。
こんなことは子どもでも知っています。
しかしどういうわけか、私たちは無意識のうちに「棚からぼたもち」が落ちてくるのを期待するものです。


「パチンコで1日に最高8万円稼いだ」とある人が言っていました。
それじゃ、パチンコでよほど稼いでいるんだねと尋ねたところ、全体では大きく負け越しているという返事。
一度勝つと味をしめ、負けると負けを取り戻そうとしてどんどんつぎ込み、いつの間にかハマっている、という依存症の仕組みです。


小〜中規模のパチンコ店で年間数千万から数億円の粗利が出ているそうです。ということは当然のことながら、一部のプロを除いて大半の人はパチンコ店にお金を貢いでいるという計算になります。
店の入口近くに陣取って玉を入れた箱をたくさん積み上げている人はプロで、いわば店のサクラです。
棚からぼたもちはやっぱり落ちてきません。


一方、年老いた母親の老後の世話を一生懸命やってきたひとりの女性がいます。
この人は、真夏の暑い日も、風が吹く真冬の寒い日も雨の日も、歩けなくなったお母さんを車椅子に乗せて家から1.4キロも離れた病院へ診察やリハビリに毎日のように連れて行っていました。
病院の横にある花壇に咲く季節の綺麗な花を見ながら、いつもお母さんと語り合っていました。


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ある日、娘はいつものように痩せ細ったお母さんを膝の上で抱いて話しかけていました。そのうちにお母さんは子守唄を聞いているように眠ってしまいました。お母さんをベッドに移そうとしたら、お母さんはすでに天国へ旅立っていました。
葬儀屋さんが言っていたそうです。
「自分の家で、こんな幸せな死に方ができる人なんて今どきめったにいない」と。


車椅子を押して病院に通ったのは本当に大変だったけど、今になって考えればとってもいい思い出だ、とこの人は幸せを噛み締めています。
自ら進んで力を尽くしてお母さんの介護をしてきたことが、結果として今の幸福につながっているのです。
幸運はこのような人のところにやってくるのです。


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障がい

2017.10.06日

「障がい」という言葉はとてもデリケートです。
新聞やテレビなどメディアでは「障害」という感じが使われていますが、「害」という字に「災害」「害虫」「災い」のような否定的な意味合いが含まれているため、最近では「障がい」とひらがなを使っているケースも多いです。


このブログで「障がい」という言葉が使われている記事を検索したところ、80ほどありました。そのいずれも、障がいを肯定的にとらえています。
以前「Yes, I can !」という記事の中であまりにも感動した動画を紹介したとき、次のような言葉を書き添えました。
"Yes, I can !"
「そう、私にもできる!」
とても励まされ、勇気づけられます。
「障がい」という言葉を「個性」「才能」と変えなければなりません。

すると、この記事と動画を見たひとりの方から、「障害を軽々しく個性、才能などと言わないでください」と抗議のメールが届きました。
私はその動画を初めて見たとき鳥肌がたつほど感動し、そのときの気持ちを正直に書いたのですが、その方にとっては「障がい」を「個性、才能」といった言葉で表してほしくないご事情があったのでしょう。


「障害」も「障がい」も言葉自体にはなんら差別的な意味合いは含んでいませんが、使う人の気持ちや状況によってはそのように受け取られることもあり、気をつけなければなりません。
その反面、「障害」という言葉が昔よりも日常生活の中でよく使われるようになり、一般の人々の間でわりと素直に受け取られるようになってきている事実もあります。
たとえば、電車やバスの中に書いてある「障害者、お年寄り、妊婦の方に席をゆずりましょう」という標語によって、最近では当たり前のようにマナーとして守られるようになってきました。
また、パラリンピックはオリンピックに劣らず人々に大きな感動を与えます。


日本語の「障がい」と似たような意味合いの英語の言葉は disabled 〔ディスエイブルド〕ですが、英語ではとても肯定的な言い回しで表現されることが多くあります。
differently talented〔ディファレントリタレンテッド〕, differently gifted 〔ディファレントリギフテッド〕(異なった賜物が与えられている人)、differently abled〔ディファレントリエイブルド〕(異なった能力を持っている人)、challenged〔チャレンジド〕(神様から与えられた困難に立ち向かっている人)などです。日本語にもこのような意味合いの言葉が生まれればいいのですが。「挑戦者」はちょっとオーバーすぎるような感じがしますが。


ブログで私がこれまでご紹介してきたのはみんなこのような人たちで、とても大きな励ましを受けます。
今日、ご紹介する下の人もそのひとりです。家族や周りの人の愛がとても大切だと教えられます。



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愛の輪を広げよう

2017.09.25日

"Spread love everywhere you go. Let no one ever come to you without leaving happier."
--Mother Teresa – 1910-1997, Nun and Missionary
「あなたが行くところどこででも愛の輪を広げなさい。あなたのところに来る人が、もっと幸せな気持ちになってあなたのもとを去ることができるように」
--マザー・テレサ、修道女・宣教師
(訳 舟田譲二)


昨日はとても嬉しいことがふたつありました。
毎日、一日に何度もお祈りしている人が何人かいるのですが、そのうちのひとりの方が半年ぶりぐらいで教会に来られました。
前回久しぶりに来られたときには体調が思わしくないようで、言葉数も少なかったのですが、昨日は目が合うなりその表情からすっかりお元気になられている様子がすぐにわかりました。
お互いににっこりと笑顔を交わすなり、こちらに飛んできて両手を広げてハグしてくださいました。
ハグして背中をさすりながら私は嬉しくて涙が出てきました。
「毎日お祈りしていましたよ」
と言うと、
「はい、ありがとう。わかっていました」という返事。


礼拝中はとても美しい、大きな声で賛美され、牧師のメッセージにはひと言ひと言大きくうなずいてメモを取っていらっしゃり、その姿を後ろから見ていて何度も何度も涙が出てきました。
礼拝後もしばらくお話ししましたが、自ら進んでいろいろなことを話してくださり、何年も昔に戻ったような気持ちになりました。


午後からは別の方ふたりが遠くからうちを訪ねてきてくださいました。
このおふたりのためにも毎日お祈りしているのですが、とても元気で明るく、いろいろな話に花が咲き、祈りが聞かれていることを目の当たりにして、嬉しくて仕方ありませんでした。


ふたりが帰られてから、私は冒頭のマザー・テレサの言葉をしみじみとかみしめました。
まるで天使が朝は教会に、午後には家を訪ねてきてくれたような感じでした。
私の一番の喜びは、人が幸せになっているのを見ることです。
人の幸せが私の幸せです。
マザー・テレサのように、私自身も幸せを持ち運ぶ器になりたいと心から願わされました。


そもそも私たちはみんなそのために生かされ、この地上に置かれているのではないか、それこそが私たちの使命なのではないか、と強く思わされた一日でした。
神様、感謝いたします。


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「白いキリン」 神獣?

2017.09.18日

2年前の記事、「ピンクの象」は大反響を呼びました。
「自分もピンクの象だ」と共感を覚えた方がたくさんいらっしゃいました。


しかし、今日は「ピンクの象」ならぬ「白いキリン」のお話です。しかもこれは実話です。
以下は9月16日付 「HUFFPOST」および「NATIONAL GEOGRAPHIC」(日本版) からのシェアです。


「完全に神獣だ」 世にも珍しい“白いキリン“の親子(動画)


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アフリカのケニアの保護区で8月下旬、なんとも珍しい全身が真っ白なキリンが見つかった。
あまりにも神々しい姿に、Twitter上では「完全に神獣だ」といった声が上がっている。



動画を撮影したのは、アンテロープ(レイヨウ)の一種「ヒロラ」の保護活動をしている「ヒロラ保護プログラム」のパトロール隊員。Youtubeで公開したところ、たちまち世界中に拡散された。


ヒロラ保護プログラムによると、白いキリンの存在はこれまでも知られていたが、実際に確認されたのは、たった2回だけ。初めての報告は、2016年のタンザニアのセレンゲティ国立公園で、2016年3月には、ケニアのイシャクビニ保護地区でも確認された。


このキリンは、皮膚の細胞が色素を作ることができない「白変種」で、白くなってしまったよう。目が赤くないことなどから、全ての器官で色素を作り出すことができない「アルビノ」ではないという。


動画や写真を見た人からは、「完全に神獣」「めっちゃ綺麗だ」といった声が相次いだ。
このタイプの動物は、皮膚細胞で色素を作れないこと以外には、生存に不利になるような遺伝的問題はない。ただ、白い色のせいで望ましくない注意を引いてしまうことはある。


保護団体のキリン保護基金によると、キリンの赤ちゃんはライオンやハイエナなどの捕食者の標的になりやすく、生後半年以内に半数以上が死亡するという。ヒロラ保護プログラムが投稿した動画のコメント欄には、生息地についての情報も記されており、世界中に拡散したことで密猟の標的になってしまうのではないかという懸念の声も寄せられている。


白く珍しい体でニュースになる動物はキリンだけではない。8月にはスウェーデンで、珍しい白いヘラジカが草むらの中を歩いている様子が撮影されている。同じく白変種と考えられる白いライオンや白いペンギンも目撃されている。


胸を張って歩くお母さんキリンの姿はまるで優雅な伯爵夫人のよう。
でも、「ピンクの象」や「白いキリン」だけでなく、人間でもちょっと見慣れない変わった人がいると特別扱いしたり差別したりすることがありますが、これらは個性のひとつです。お互いありのまま受け入れ合いましょう。


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殺人事件が予想外の展開に

2017.09.11日

2015年5月、米ミシガン州で起きた殺人事件。


マーティン・デュラムさんが自宅で射殺された。マーティンさんの体には5発の弾が撃ち込まれており、そのうちの1発は頭部へのものだった。また、現場にいた妻のグレナも撃たれて重傷を負っていた。
ところが、数日後に自宅内で遺書が見つかり、凶器と思われる銃も見つかったことから、この事件はマーティンさんの自殺として処理された。


マーティンさんが飼っていたペットのオウムのバドは、マーティンさんの前妻に引き取られたのだが、それから2週間後、バドは何やらわけのわからない鳴き声を発するようになった。しばらく叫んだりわめいたりした後、最後には必ず「撃たないでくれ!」という言葉で終えていたという。


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(イメージ画像)


前妻は何度もこの言葉を聞くうちに、これは死んだマーティンさんの最後の言葉ではないかと信じるようになった。そこで彼女は警察に通報。警察は再捜査を開始した。
ともに再婚である夫妻にはそれぞれ連れ子がいたが、子どもたちは夫妻が金のことでよく口論をしていたことや、ともに怒りやすい性格だったと証言。さらに、残された夫の遺書は、実はグレナが書いたものであることが判明したことなどから、犯人は妻のグレナだと断定するに至った。


8月末、米ミシガン州の裁判所で、陪審員らはオウムの証言を信じる判断を下し、裁判長はグレナ・デュラム(49)に殺人と武器所有の罪で終身刑を言い渡した。この判決の鍵となったのは、オウムが証言した被害者の最期の“声”であった。
(9月10日付 日刊サイゾー 「殺人事件の一部始終を目撃! オウムの“証言”で、被告に終身刑判決が下る」を一部改編)


ペットには飼い主の愛情が伝わり、ペットもその愛情に応えようとするものです。
近年は空前のペットブームですが、一方でペットに対する虐待や遺棄なども大きな社会問題になっています。
ペットは家族の一員です。一旦飼い始めたら、最後までしっかり世話をするのが飼い主の責任・義務であり、さらに愛情を注いで飼うことによってペットからも愛情が返ってきて、お互いに幸せになれるのです。


あっぱれバド! マーティンさんに対するきみの愛の恩返しが実を結んだね。


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楽観主義とは

2017.08.29日

"Optimism is the faith that leads to achievement."
--Helen Keller – 1880-1968, Author, Activist, and Lecturer
「楽観主義とは結果を出す信仰です」
--ヘレン・ケラー、作家・社会活動家・講演家
(訳 舟田譲二)


去る26日〜27日にかけての「24時間テレビ『愛は地球を救う』」。
チャリティの募金額が激減し過去10年で最低だったとか、番組に飽きたとか、チャリティ番組なのに出演者に高額のギャラが発生など、批判も多かったとネットに載っていました。
ずっと観ていたわけではありませんが、それでもたまたま見た「お母さんの目になる…4歳の娘がはじめてのおつかい」や「女芸人と耳の不自由な子ども達が コンビネーションマリンバに挑戦!」などは素直に感動し、涙、涙、涙でした。
とくに「耳の不自由な子ども達がコンビネーションマリンバに挑戦!」の1シーンで、母親が子どもに対して「こんな子に生んでごめんね」と言うのに対して、子どもが「こんな子どもに生まれてきてお母さんごめんね」と言うところでは涙が止まりませんでした。感動の涙です。
「なんでこんな子どもが生まれてきたんだ。お前なんかいらない子だ」と言う親や、「なんで頼んでもいないのに生んだんだ?」と言う子どもがいますが、私はこれを聞くと胸が締め付けられ悲しい涙が出てきます。


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このような中で、盲聾唖という三重苦を乗り越えたヘレン・ケラーの「楽観主義とは結果を出す信仰」という言葉には胸が震えます。
上の「お母さんの目になる…4歳の娘がはじめてのおつかい」「女芸人と耳の不自由な子ども達が コンビネーションマリンバに挑戦!」は、子どもたちが結果を出すことを信じ、幾多の困難を乗り越えてチャレンジしたことにより目標を達成した見事な例です。


私など、やれ繊維筋痛症で身体中が痛いとか、睡眠障害で眠れないなどと愚痴を言っているのが恥ずかしくなります。
夜中に身体が火照って眠れないのです。熱くて熱くて。それで体温を測ってみたらなんと34.9度という超低体温。
いつも寝る前に摂っている睡眠を促すというサプリメント、メラトニン10mgを昨夜は30mgも摂ったにもかかわらずです。途中何度もベッドから抜け出して、リビングでストレッチや深呼吸をしたり、ベッドに戻ってタオルに包んだ保冷剤を首や後頭部、おでこに当てたりしましたが、明け方の4時まで眠れませんでした。そしてようやく寝たと思った5時20分には目覚め、1時間20分しか眠れなかったのですが、それがどうした!?


最近、こんなことはしょっちゅうで、もう慣れっこになりました。
それで昨日は目覚めてからもう眠りに戻れなかったので、時間がもったいないと、6時過ぎには起きて早朝ウォーキングに出かけました。
早朝の朝日を浴びると、夜寝る頃には体内に本物のメラトニンが発生してよく眠れるといいます。


朝は23.5℃ととても涼しく、そよ風に吹かれて快適なウォーキングでした。
昨日の記事、「空の鳥を見よ」じゃないですが、いつものサイクリングロードでスズメたちが「チュンチュン」と朝の挨拶をして私を出迎えてくれました。
さらに進んでいくと、桜の並木では「ミーン、ミーン、ミーン」とミンミンゼミ、そして「ツクツクボーシ、ツクツクボーシ」とツクツクボウシの耳をつんざくような大合唱。
中には、ちょっとあわてんぼうの秋の虫がもう秋の到来を告げて鳴いていました。
とても爽やかな気持ちの良い早朝ウォーキングでした。


そして、正午には長男直人の嫁の恵利紗さんのご両親が平塚を訪問してくださり、ららぽーとでお会いしてお昼をご一緒に。と、そのとき、ロサンゼルスにいる恵利紗さんからお母さんの携帯に電話が。
お母さんはなんてタイミングがいいの、とびっくり。
実は昨夜寝る前に思いついて、直人に提案しておいたサプライズです。
食事が終わってから静かなカフェに移動して、そこでスカイプで国際電話会談(笑)。
お互いの近況を知らせ合ったり、また直人と恵利紗の生まれたときや、子どもの頃の逸話など、話は尽きませんでした。
そして、最後に直人にお祈りしてもらいました。


家に戻って少し身体を休めて夕方に残り半分のウォーキングに出かけ、目標の11,300歩以上を達成、6.9km歩けました。
私もヘレン・ケラー同様、「結果を出す信仰、楽観主義」の固い信奉者です。
ぐっすり眠れるようになり、身体の痛みも取り去られて完全に癒されると信じています。
神様感謝します。また、お祈りくださっている皆様、ありがとうございます。


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超感動実話

2017.08.27日

「事実は小説よりも奇なり」と言いますが、これはまるで映画を観ているような超感動実話です。
私は昨日、これを初めて読んで身震いして涙が出てき、日本語に翻訳しながらまた涙を流し、今再度これを読み返して「こんなことが本当にあるんだ」と感動すると同時にとても励まされました。
ひとりでも多くの方に読んでいただきたいと思い、シェアさせていただきます。


彼女は一時(いっとき)も私の傍(かたわ)らを離れなかった


「マイクのいったいどこがそんなにいいの?舌がもつれてまともに話すこともできないじゃない!」
初めて会ったガールフレンドのお母さんがそう言うのを聞いて、私は車に乗ってその場を去りました。


しかしその数日後、お母さんのために赤いカーネーションを一輪手に持って、同じドアの前に立ってチャイムを鳴らしたとき、私の将来の義理のお母さんはドアに出るなり「溶けて」(笑)しまいました。


シャロンとは高校時代ずっと真剣にお付き合いしました。私が卒業して遠くの大学に行ったとき、シャロンは高校3年生。長距離電話の請求額に比例するかのように、私たちの愛はどんどん育っていきました。


翌年、シャロンも私がいたテキサス大学オースティン校に入学し、私たちは最高に幸せでした。私たちはまさに世界の頂点に立ったかのような感じで、もう人生は約束されているかのように思っていました。
ところが運命の夜がやってきました。一瞬の出来事で私たちの人生は永遠のどん底に突き落とされたかのようになりました。


1981年2月18日。その日、私たちは大学の図書館で勉強していました。夜遅くなってきてシャロンは眠くなったので寮に戻りたいと言いました。
車に乗り込んだ私たちは彼女の寮に向かいましたが、運の悪いことにガソリンのゲージがゼロになっていました。近くのコンビニのガソリンスタンドに立ち寄り、シャロンに2ドル借りてガソリン代を支払いに私は店内に入って行きました。


ものごとというのは、いつでも思い通りに行くとは限らないものです。
運悪く、そのときたまたま店は強盗に襲われている真っ只中でした。強盗のひとりが私を冷蔵室に無理やり連れて行き、床に押し倒して後頭部に銃を撃ったのです。そう、処刑するかのように。


物語はここで終わりません。強盗は私が死んだと思いました。犯行の目撃者を消した、と。
しかし、強盗たちが現場を立ち去ったとき、私にはまだ微(かす)かに脈があったのです。


私が生き延びると思った人はほとんどいませんでした。そのため警察もこの事件を殺人課に回したほどです。夜中に寝ていたところをたたき起こされて病院に駆けつけた神経外科医も、私を見て手術したところで助かる見込みはないと思い、そのまま帰宅してしまいました。


ところが、その医師は翌朝病院に戻ってきて、私にまだ息があるのを見て大きなショックを受けました。
医師は私の両親に、手術しなければならないが、助かる見込みはほとんどないと伝えました。


しかし、私は医師の予想を裏切って手術後生き延びたのです。医師は両親に言いました。
息をしてはいるが、これから先、自分の意思を人に伝えたり、また人の言うことを理解できるようにはなることはない、つまり植物人間になるだろう、と。


医師の言葉を聞いた父はシャロンに、
「きみは自分の人生を歩みなさい」
と伝えました。


シャロンは即座に答えました。
「マイクが私の人生です」


私たちはそのときまだ結婚していませんでしたが、シャロンは「病めるときも健やかなるときも…」という誓いの言葉を固く信じていました。
彼女は大学を1学期休学して、ヒューストンの病院で私のリハビリに付き添ってくれました。
シャロンは、他の同級生たちがパーティなどで学生生活を謳歌しているとき、「病院でよだれを垂らしているボーイフレンド」と時を過ごしていたのです。


ついにシャロンは学業を続けるためオースティンのキャンパスに戻りました。
またまた、私たちの電話代は信じられないぐらいの額になりました。
私の目標もシャロンと一緒になるために大学に戻ることでした。
私が生き延びるとはだれも信じなかったあの忌まわしい事件から1年半経ち、私はようやくその目標を達成することができたのです。その主な理由のひとつは、もちろん、私の愛するシャロンが諦めることも、屈服することも断固拒否したからです。


大学に戻って4年後私は卒業しました。私にとって、このことは遂にシャロンにプロポーズできるということでした。長いトンネルの末の光です。決して過去を振り返らない、つねに将来を見るようにと私をいつも励ましてくれたのはシャロンでした。


5月のある美しい日、シャロンと私は誓いを交わし結婚することができました。私たちは結ばれることになっていたのです。私たちは本当に長い、いろいろな出来事があったこの9年間デートをしました。しかし、結婚式の当日、それだけの価値があったとつくづく思わされました。シャロンはまさに私の「魂の伴侶」です。


結婚して長い年月が経ちました。そして美しい娘、ショーンが与えられました。私たちはあまりにもたくさんのことを一緒に経験してきました。辛い嫌な経験もありました。しかし、もっともっとたくさんの素晴らしい経験をしました。


これは単なる妻への「ラブレター」ではありません。むしろこれは、瀕死の状態にあるボーイフレンドと付き合い続けるのはやめろ、とみんながアドバイスしたにも関わらず、それを乗り越えたひとりの女性の物語です。
私にとってこのことは、シャロンがどれほど純粋で、内面も外面も美しい女性であるかということに他なりません。
さらに、たとえどんなことがあっても決して夢をあきらめてはいけないということを証明してくれています。私がここまで回復できたのは、私の努力などではなく、すべてシャロンのお陰だと思っています。もし彼女がいなかったら私はどうなっていたことか。少なくとも今の私はいませんでした。


この話は私のガールフレンドのお母さんの言葉で始まりました。
「マイクのいったいどこがそんなにいいの?」
その本当の答えは、
「マイクにいいところなどひとつもない」
です。
シャロンこそが「いいところだらけ」なのです。
シャロン、きみのことを心から愛してるよ!


©2017 マイケル・ジョーダン・シーガル


マイケル・ジョーダン・シーガルが自ら語る感動的な動画はこちらから観られます。(日本語字幕はありません)


http://inspirationbymike.com/video.html


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こんなに元気になりました!

2017.08.21日

"It is not how much we do, but how much love we put in the doing. It is not how much we give, but how much love we put in the giving."
--Mother Teresa
「どれだけ多くのことをしたかではなく、どれだけ多くの愛をこめたてしたか。どれだけ多くのものを与えたかではなく、どれだけ多くの愛をこめて与えたか。それが大切なのです」
--マザー・テレサ
(訳 舟田譲二)


知り合いの方に会うたびに、あるいはメールや電話をいただくたびに、皆さん私の健康のことを気遣ってお声をかけてくださいます。
一昨日の土曜日は調子が悪く、一日中肩が凝って全身が重く、気分も良くありませんでしたが、昨日は朝からとても気分良く、一日をとても有意義に幸せに過ごすことができました。
皆様のお祈りを心より感謝いたします。まだまだ「三歩進んで二歩下がる」ような状態ですが、確実に一歩ずつ前進していることをここにご報告させていただきます。


協力牧師を務めています湘南見附キリスト教会の柿谷正期牧師が、リアリティセラピーのお仕事で先週半ばより愛媛に出張でした。昨日曜日は留守を仰せつかって教会でメッセージのご用をさせていただきました。


church.jpg


この礼拝には中央大学での教え子の小島さんが来てくださいました。
県立高校の英語教員を務めていらっしゃり、アクティブラーニングの分野ではこれまで度々研究発表を行い、またキャリア教育やリーダーシップの養成などにも熱心に取り組んでおられ、雑誌のインタビューを受けたりしていらっしゃる素晴らしい教育者です。
小島さんとはこれまでずっとご家族とお付き合いさせていただいています。8年前の記事、「心身の休息とエネルギー充電」の中にツーショットが載っていますが、今や50代で見た目は私よりもはるかに貫録あり、どちらが教え子だかわからないぐらいです(笑)。
礼拝後、小島さんと1時間半ほど聖書のお話をしました。


1か月ほど前、「生きてます!」の記事の中に新しいウォーキングシューズを買ったことを書きましたが、これまで2年間履いてきたMBTシューズをその日代わりに底の補修に出しました。それができあがったという連絡が入り、お店に取りに行きました。


mbt1.jpg


夕方帰宅して、踵(かかと)の部分を補修してもらった愛用の靴を履いて早速ウォーキングに出かけました。
さすが履き慣れた愛靴、歩き心地が違います。1万歩あまり歩いて戻ってきたら6時。



820.jpg


身体の調子がいいので、それから愛車プリウスの洗車を始めました。
もう何か月も洗っていなかったので水垢がついて汚くなっていました。
丁寧に洗車していたらいつの間にか辺りは暗くなり、街灯の光を頼りに仕上げたらもう7時。


身体の調子がいいとこんなにいろんなことができるのですね。
元気になってきているご報告ができて感謝です。


マザー・テレサの冒頭の言葉、
「どれだけ多くのことをしたかではなく、どれだけ多くの愛をこめたてしたか。どれだけ多くのものを与えたかではなく、どれだけ多くの愛をこめて与えたか。それが大切なのです」
が実践できたとても充実した一日でした。


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私もそのような者でありたい

2017.08.20日

"Those who bring sunshine into the lives of others, cannot keep it from themselves."
--Sir James M. Barrie – 1860-1937, Novelist
「人の人生に光をもたらす者は、自分の内に光を留めておくことができない」
--サー・ジェームズ・M・バリー、小説家
(訳 舟田譲二)


美味しいレストランを発見したり、素晴らしい小説を読んだり、映画を観たり、素敵な人に出会ったりすると、人はそのことを友人や知人、家族などに言わずにはいれなくなるものです。
素晴らしいものを知ったら、それを自分だけのものにしておくのは逆にもったいないこと。


人の人生に光をもたらすような人は、自分の内にその光を留めておくことができません。
私もそのような者でありたい。


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天に宝を積もう!

2017.08.18日

"The most valuable things in life are not measured in monetary terms. The really important things are not houses and lands, stocks and bonds, automobiles and real estate, but friendships, trust, confidence, empathy, mercy, love, and faith."
--Bertrand Russell – 1872-1970, Philosopher and Writer
「人生で最も価値あるものは金銭では測れない。本当に大切なものとは、家や土地、株や債券、車や不動産などではなく、友情であり、信頼、自信、共感、憐れみ、愛、信仰である」
--バートランド・ラッセル、哲学者・作家
(訳 舟田譲二)


この世の多くの人は、ラッセルが言うところの友情、信頼、自信、共感、憐れみ、愛、信仰などに裏切られた経験があってか、そのようなものを大切なものとは思わない。むしろこれらを嘲笑し、こんなものでは生きていけない、こんなことを言うのはおめでたい人だ、と言う。


やっぱり生きていく上でなくてはならないもの、最終的に頼りになるものは、金であり、家、土地、株、債券、車、不動産などの財産だと言います。
確かに一見そのように思われます。また、これ自体は決して間違っていることではなく、尊いことですらあります。
そして多くの人は、一生かけてこれらの財産を築くことを目指します。
しかし、これが人生の目的となると、話は別です。このような人生は不毛で、真の喜びや満足、平安はありません。


聖書の中にイエス・キリストが語られた次のような譬え話があります。


「ある金持の畑が豊作であった。
そこで彼は心の中で、『どうしようか、わたしの作物をしまっておく所がないのだが』と思いめぐらして言った、『こうしよう。わたしの倉を取りこわし、もっと大きいのを建てて、そこに穀物や食糧を全部しまい込もう。
そして自分の魂に言おう。たましいよ、おまえには長年分の食糧がたくさんたくわえてある。さあ安心せよ、食え、飲め、楽しめ』。
すると神が彼に言われた、『愚かな者よ、あなたの魂は今夜のうちにも取り去られるであろう。そしたら、あなたが用意した物は、だれのものになるのか』。
自分のために宝を積んで神に対して富まない者は、これと同じである」

(ルカによる福音書 12:16-21)


このことは、かつて世界一の億万長者と呼ばれたポール・ゲッティの人生を見ても明らかです。
J・ポール・ゲッティは私生活はめちゃめちゃで、5回も離婚再婚を繰り返し、あげくの果ては子どももその妻もドラッグにはまり、自殺したり、ヘロインの過剰摂取で死去。孫は、自分の祖父は大金持ちだから誘拐して身代金を要求したら大金をせしめられると友人に話していたところ、その話がマフィアに流れ、実際に誘拐され、片耳を切られた後に300万ドルの身代金を支払って解放されたとか、散々の結果です。
そして、21回も遺書を書き換え、自分の妻や子孫には最低限の遺産しか分割せずに、7400万ドルという莫大な遺産を財団に残し、彼が金任せに収集した美術品を所蔵する施設を作り、無料で一般に公開することになったというのです。
彼の曾孫は、"To me, money is not happiness at all." (自分にとって、お金とは幸せとはまったくかけ離れたものだ)と語っているそうですが、本当にその通りです。


天に宝を積みましょう。


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恩知らず

2017.07.30日

夏の真昼の道中で暑さにあえぐ旅人がプラタナスの木を見つけた。その陰で身を休めながら「実がなっていない」「役立たずな木だ」と散々な言いようである。「恩知らずめ」と木が怒ったのも無理はない。イソップの寓話(ぐうわ)である。
◆身近な街路樹のプラタナスが減っているという。大きくなるので剪定(せんてい)や落ち葉の処理に手間がかかる。それがきらわれるらしい。
◆かように現実の世界でも見過ごされがちな恩恵に、光があたったと思わせる話もある。五輪開催時の暑さ対策として街路樹の陰を広げる。東京都のそんな計画を先週の記事が伝えていた。会場周辺のプラタナスなど2000本が対象になる。
◆読売新聞の社屋から遠くない都心の通りで、その1本をみた。幹から枝先までの距離は剪定で抑えられている。これが倍以上になるまで枝張りを大きくするという。3年先のきょうは大会7日目にあたる。緑陰のありがたみが身にしみる人もいよう。
◆人に親切を施してもわかってもらえないことは多い――イソップの教えるところである。確かにそうだが、感謝される日もいずれは来る。寓話の続編が紡がれるといい。

(7月30日付 読売新聞「編集手帳」)


イソップ物語の「プラタナスの木」はこんなストーリーです。


夏の盛りの暑い日に、ふたりの旅人が暑さでぐったりしていましたが、大きなプラタナスの木を見つけました。そこでその木陰に入ってひと休みしていました。
ふたりは木を見上げて言いました。
「この木は実はつけないし、葉っぱは散らかるばかりで役立たずだなぁ」
するとプラタナスの木が怒って言いました。
「恩知らずども。私の木陰で休んで恩恵に与っているくせに、実がないだの無用だのと」


うちでも今から約20年前に新築した際、狭い庭に4メートルほどの常緑樹の樫の木を植えました。
10年もするとその木はどんどん背が伸びて葉が生い茂り、二階の大屋根を超えるほどにまでなりました。木陰になったダイニングは涼しくて良かったのですが、根が張って木の周りのインターロッキングを持ち上げ始めました。
そこで、庭師を呼んで剪定してもらおうとしたところ、根がブロックの塀と家の基礎にも食い込みかけていることがわかり、慌てて根元から伐採して、大きな根っこも引き抜いてもらいました。


IMG_1316.jpg IMG_1317.jpg


塀と家の基礎は難を免れましたが、今は「朝日が暑い。木がないと家が殺風景で寂しい。何か新しい木が欲しいね」などと話し合っています。
まるでイソップの寓話そのものです。


同様に、私たちはしばしば人にお世話になっている間はそれを当たり前のことと思い、その人がいなくなると途端にその人の有難さが身にしみて感じる、ということがよくあります。
「孝行のしたい時分に親はなし 」の諺ように。


親や子など身近な者だけでなく、自分のそばにいる人や、関わりのある人はみな、意味あってそばに置かれているのです。


また逆の立場で、たとえ人に親切を施してもわかってもらえない、時には誤解されるようなことすらままあります。
それでもいいのです。そもそも人に感謝されたくてするようなことは本当の親切ではないのですから。


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「哀しみの向こう」

2017.07.29日

昨夜TV番組『金スマ』で、自閉症スペクトラムという障がいを持った野田あすかさんのことが紹介されていました。
見ていて何度も涙がこみ上げてきました。
野田あすかさん作曲・演奏の「哀しみの向こう」の心に響く美しいピアノの音色に耳を傾けてください。



私のすぐ身近なところにも同じ障がいを持って苦しんでいる子がいます。
障がい者に対する見方を変えて、受容する社会を作っていかなければなりません。


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優しい言葉、親切な顔つき、感じのいい笑顔

2017.06.07日

"A gentle word, a kind look, a good-natured smile can work wonders and accomplish miracles."
--William Hazlitt – 1778-1830, Writer
「優しい言葉、親切な顔つき、感じのいい笑顔は、びっくりするような結果をもたらし、さらに奇跡を起こす」
--ウィリアム・ヘイズリット、作家


上辺だけの「優しい言葉、親切な顔つき、感じのいい笑顔」をしている人を私はこれまでたくさん見てきました。
このような人に騙される人はたくさんいます。お人好しだった父はよく騙されました。
でも、私は直感的にすぐにわかります。
ですから、甘い言葉にひっかかりません。


しかし同時に、本物の「優しい言葉、親切な顔つき、感じのいい笑顔」をしている人にもこれまでたくさん出会ってきました。
本物かどうか、「におい」というか、やはり直感でわかります。
そして、このような人に出会うと奇跡が起こり、人生が変わります。


人を見る目というのはどのようにしたら養われるか。
直感が働かない場合には、しばらくその人の言動を注意深く観る(観察する)ことです。外面ばかり見ていたら騙されます。
でも人は知らず知らずのうちに本音を出してしまうものです。
本心からか、それともお金儲けやその他の下心があるかどうか、あるいは他意はないけどshallow(深くなく、表面的)なのか、見極める必要があります。
とくに職場や伴侶を選ぶときなど、一生に関わる人を見抜く目を持っていないと、あとで後悔することになります。
「後悔先に立たず」
人を見る目を養いましょう。


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きょうを最高の日にするために

2017.06.01日

"Today, give yourself permission to be outrageously kind, irrationally warm, improbably generous. I promise it will be a blast."
--Sasha Dichter – Acumen’s Chief Innovation Officer
「きょうは、誰彼かまわず考えられないぐらい親切に、なりふり構わず温かく、あり得ないぐらい気前よく振る舞ってごらんなさい。最高の日になるの間違いなしです」
--サーシャ・ディヒター、アキュメン社チーフ・イノベーション・オフィサー
(訳 舟田譲二)


すごくいい言葉ですね。
大いに啓蒙されました。
みんながこれを、家族や身近な人でできるところから実践していくなら、私たちの日々の生活は間違いなく変わり、身の周りが、そして社会が変わり、やがて世界が変わることでしょう。


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サーシャ・ディヒターはある12月の寒い日、ニューヨークの地下鉄で家路を急いでいました。
地下鉄の中でそれまで何度も見かけたことのあるひとりの男が、ホームレスの人に寄付を、と言っているのを耳にしつつも、彼は手に持つiPhoneに没頭している素振りをして、男の言葉を無視していました。きっと自分がホームレスで人のお金を無心しているのだろうと自分を正当化していました。
しかし、その日は地下鉄を降りて歩いていて、なにか引っかかるものを感じていました。


彼は勤めていた世界的な一流企業を辞めて、非営利団体のアキュメン社で働き始め、あるバレンタインデーの日に”寛容の日”と名づけた運動を起こします。
その日には、ホームレスであろうが親しい友人、あるいは通りがかりの見知らぬ人であろうと、たとえ誰であろうとも、頼まれたことにはどんなことでも寛容に「OK」と答えるという運動です。
この運動はやがて社会改革の引き金となり、慈善事業でなくビジネスとして、インドの田舎の何百万人もの人々に安全な飲み水をもたらし、ケニヤの何千もの貧しい農民がより多くを稼げるようにし、パキスタンのスラムの人々に住まう家を与えることになります。


この人が勧めているのが冒頭の言葉
「きょうは、手当たり次第に考えられないぐらい親切に、なりふり構わず温かく、あり得ないぐらい気前よく振る舞ってごらんなさい。最高の日になるの間違いなしです」
です。
これが単なる観念的な、かっこつけの言葉でなく、地に足の着いた真意のこもった言葉であることがわかります。


私自身、これまで街頭募金を訴える人の呼びかけに対して、「あれはひょっとしたら某宗教団体がやっている資金集めかもしれない」などと自分の考えを正当化して足早にその前を通り過ぎたり、助けを必要としている人を見て見ぬふりをしていることがしばしばありました。
でも最近は、気がついた時にはできる限り手を伸べて助けるようにしています。


2か月ほど前のことです。駐車場から車を出そうとしていた時、少し離れたところを杖をついて歩いていたひとりのお年寄りが仰向けに倒れるのが目に入りました。起き上がろうとするのですが身体の自由が利かなくて立ち上がれません。
人を待たせていて急いでいるのだ、と一瞬自分を正当化しようとする考えが頭をもたげたのですが、車のエンジンを切ってその老人のところに駆け寄りました。
起こしてあげようと何度試みても体重が重すぎて私の力ではどうしても無理です。しばらく格闘しているうちに、その方が身体を横に倒して手をついて自分で起き上がりかけました。手を貸してやっとの思いで立たせてあげることができましたが、足取りが怪しくまたいつ倒れるかわからない状況です。
私はしばらくその方の手を支えながら一緒に歩き、「家までお送りしましょう」と声をかけましたが、いやすぐそこだから大丈夫、と答えてひとりで歩いて行くその方が駐車場を出るまでひやひやしながら見送りました。
汗びっしょりになり、気づくと駐車場の土が、服やずぼんについて泥だらけになっていましたが、小さな人助けができたことでちょっぴり嬉しくなりました。サーシャ・ディヒターには遠く及びませんが。


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最高の自分バージョン

2017.05.30日

"Beauty is being the best possible version of yourself."
--Audrey Hepburn – 1929-1993, Actress
「美しさとは最高の自分バージョンでいること」
--オードリー・ヘプバーン、女優


audrey.jpg


オードリー・ヘプバーンについては、これまでたびたびこのブログで取り上げてきました。
何を隠そう、私は若い頃からずっと彼女のファンなのです。
若いころは彼女の艶(あで)やかさに惹かれていましたが、今は彼女の内面の美しさ、心の美しさに昔以上に魅了されています。


半年前の記事、「内から出る本当の美しさ」にアップしたのは晩年の彼女の写真です。


IMG_9961.JPG


確かに若いころのような華やかな美しさはありません。
しかし、作り物でない本物の美しさが内からにじみ出ています。


3年前の記事、「おお、オードリー!」の中に、「心に響く真の美しさ、絶世の美女【オードリーヘップバーン】が愛した詩」を引用しました。


時を越えた美しさの秘密


魅力的な唇であるためには、美しい言葉を使いなさい。
愛らしい瞳であるためには、他人の美点を探しなさい。
スリムな体であるためには、飢えた人々と食べ物を分かち合いなさい。
豊かな髪であるためには、一日に一度子供の指で梳いてもらいなさい。
美しい身のこなしのためには、決してひとりで歩むことがないと知ることです。


物は壊れれば復元できませんが、人は転べば立ち上がり、失敗すればやり直し、挫折すれば再起し、間違えれば矯正し、何度でも再出発することができます。
誰も決して見捨ててはいけません。
人生に迷い、助けて欲しいとき、いつもあなたの手のちょっと先に助けてくれる手がさしのべられていることを、忘れないで下さい。


年をとると、人は自分にふたつの手があることに気づきます。
ひとつの手は、自分自身を助けるため、もうひとつの手は他者を助けるために。


女性の美しさは 身にまとう服にあるのではなく、その容姿でもなく、髪を梳くしぐさにあるのでもありません。
女性の美しさは、その人の瞳の奥にあるはずです。
そこは心の入り口であり、愛情のやどる場所でもあるからです。
女性の美しさは、顔のほくろなどに影響されるものではなく、その本当の美しさは その人の精神に反映されるものなのです。
それは心のこもった思いやりの気持ちであり、時として見せる情熱であり、その美しさは、年を追うごとに磨かれていくものなのです。

-- サム・レヴェンソン


これは本当に真理です。
多くの人がこれとまったく逆のことをやっています。
オードリーの晩年の美しさは、口先だけでなく「最高の自分バージョン」を日々生きていたところから自然とおもてに現れていたものなのでしょう。
私たちも彼女に倣ってこの「最高の自分バージョン」を目指したいものです。


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私もこういう生き方をしたい!

2017.05.29日

長年の喉の酷使で1年ほど前から声が出なくなり、それまで教えていたすべてのクラスから降りました。その経緯を書いたのが「三度の飯よりも好きな...」の記事です。
「三度の飯とは比べものにならないぐらい好きなもの、それは教えること」と書いたのですが、その中で引用したのは宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の有名な詩です。
それほど詳しく知っていたわけではないのですが、宮沢賢治の生き方や考え方にとても共感を覚え、いわゆる「波長が合う」ので、「宮沢賢治のような素朴な生き方がしたい」と書きました。


昨夜、親しくさせていただいているFBフレンドで、これまで何度もこのブログに登場していただいているひかりさんから次のようなメールが届きました。
私は読んでいて胸が高鳴り、この感動を是非ともひとりでも多くの人にシェアしたいと思い、ひかりさんにその旨お伝えしてご了解をいただきましたので、以下に原文のまま引用させていただくことにします。


宮沢賢治の「雨ニモマケズ」という詩のモデルになったと言われている、斎藤宗次郎さんという方をご存知ですか?既にご存知かもしれませんが、少しネットから引用して紹介させて頂きます。
私はこの斎藤宗次郎さんの生き様に感銘を受け、私もこういう生き方をしたい!と心から願いました。


「雨にも負けず」


雨にも負けず 風にも負けず
雪にも 夏の暑さにも負けぬ
丈夫な体をもち
慾はなく 決して怒らず
いつも 静かに笑っている
一日に 玄米四合と 味噌と
少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく 見聞きし 分かり
そして 忘れず
野原の 松の林の 陰の
小さな 萱ぶきの 小屋にいて
東に病気の子供あれば
行って 看病してやり
西に疲れた母あれば
行って その稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行って 怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があれば、
つまらないから やめろと言い
日照りの時は 涙を流し
寒さの夏は おろおろ歩き
みんなに 木偶坊(でくのぼう)と呼ばれ
褒(ほ)められもせず 苦にもされず
そういうものに 私はなりたい


この宮沢賢治の「雨にも負けず・・・」の詩には、実際のモデルがいたことをご存知でしょうか。この詩には色々な解釈がなされ、法華経の“常不軽菩薩(じょうふぎょうぼさつ)”の精神を表している、とも言われていますが、それでもひとりのクリスチャンの影響があったようです。


そのモデルの名前は斎藤宗次郎といい、1877年に岩手県の花巻に禅宗の寺の三男として生まれました。小学校の教師になりますが内村鑑三の影響を受けてクリスチャンとなります。


当時は、キリスト教が「耶蘇(やそ)教」などと呼ばれ迫害をされるような時代でした。親からは勘当され、教師の職は失い、町を歩いていれば「ヤソ」と嘲られ石を投げられました。家のガラスが割られたり、家を壊されたこともあったそうです。大衆の迫害はエスカレートしていき9歳の長女にまでおよび、「ヤソの子供」とばかにされお腹を蹴られ、腹膜炎を起こして亡くなってしまいました。その娘の愛子ちゃんは亡くなる時、賛美歌を歌ってほしいといい、彼が賛美歌を歌うと「神は愛なり」と書いて天に召されたそうです。


彼はそのような失意のどん底にあっても「御心がなりますように」とくじけることなく神様を信じ、神様に従い続けました。普通なら迫害のない別の土地へ移るところですが、宗一郎はむしろ、その土地の人々に神様の愛をもって仕えることを選びました。朝は3時に起きて牛乳や新聞の配達をし、迫害をする人たちのために祈り、福音を伝えたのです。10メートル歩いては神様に祈り、10メートル歩いては神様に感謝を捧げたという話はあまりにも有名です。


彼はそれこそ、雨の日も、風の日も、雪の寒さの中でも休むことなく働き、仕事の合間に病人を見舞い、励まし、祈りました。「でくのぼう」と言われながら最後まで愛を貫き通したのです。


そんな斎藤宗次郎は1926年に内村鑑三に招かれて東京へ引っ越すことになりました。花巻の地を離れる日、誰も見送りに来てくれないだろうと思って駅に行くと、そこには身動きがとれないほど大勢の人々であふれていました。なんと町長をはじめ学校の教師に生徒たち、迫害をしていた町の人たちが見送りに集まっていたのでした。彼の行いを通して神様の栄光が現され、町の人々の中で実を結んだのでした。そして、その群集のひとりに宮沢賢治がいて、「そういうものに、わたしは、なりたい」と書いた、とされています。


まさに、この斎藤宗次郎というひとはキリストの同労者として生きたのです。


ひかりさんが送ってきてくださった上の文章を読みながら、私は感動でしびれました。
「私もこういう生き方をしたい!」
とおっしゃるひかりさんと私もまったく同じです。


皆さんはいかがですか?


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愛情と思いやり

2017.05.28日

"Love and compassion are necessities, not luxuries. Without them humanity cannot survive."
--Dalai Lama – Buddhist Monk
「愛情と思いやりは必需品です。贅沢品ではありません。愛情と思いやりがないと人類は生存できません」
--ダライ・ラマ、仏教僧侶
(訳 舟田譲二)


「愛情と思いやり」
こんなの絵に描いた餅、理想像、求めるのは贅沢、などと思っている人がとても多いのではないでしょうか?
世知辛い世の中になった?


確かに朝ドラ『ひよっこ』なんかを見ていると、あの映画『三丁目の夕日』に見られた昭和の古き良き時代の人情が最近は薄れてきているように思われます。


でも、「愛情と思いやり」は昔を偲んで「昔は良かった」と言って惜しむものではなく、また今の時代には「下町の人情はもうない」と嘆くものでもありません。


「愛情と思いやり」は、私たちの心がけひとつで日常生活の中で実践できることです。
たとえば、夫婦・親子・きょうだいの間で、親族間、友人間、職場の同僚間等々、あらゆる人間関係の中で、私たちが率先して行うべきことなのです。
決して贅沢品にしてはいけません。
なぜなら、ダライ・ラマが言っているように、これがないと人間は生きていけないからです。


「愛情と思いやり」こそが、人間を人間たらしめるものです。
確かに動物の世界にも、損得感情抜きの「愛情と思いやり」が見られるように思われます。
しかし、動物と人間の決定的な違い、それは私たち人間が、神の像(かたち)に似せられて創られているということです。そうでなければ、人間は他の動物よりも少しは頭がいいという単なるレベルの差になってしまいます。
ですから、「愛情と思いやりがないと人類は生存できません」とダライ・ラマは語っているのです。


まずは私たちができるところから実践していこうではありませんか。
本物の「愛情と思いやり」はここにあり、と。


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受けるより与えるほうが幸い

2017.05.26日

"Remember that the happiest people are not those getting more, but those giving more."
--H. Jackson Brown, Jr - Author
「最も幸せな人とは、より多くを得ている人ではなく、より多くを与えている人だ」
--H・ジャクソン・ブラウンJr、作家
(訳 舟田譲二)


この世の基準は「より多くを得て幸せになる」です。
これはおそらく人間の本心でしょう。
「多くを持っている」は、もちろん家や財や地位や名誉なども含まれるでしょうが、さらに言えば頭脳や容貌、運動・音楽・芸術などさまざまな才能等々、挙げだせば切りがありません。
みんなこれらを追い求めます。そして、これらがひとつでも多く得られれば幸せになれるという幻想を持っています。


5年前、心身の休養のためロサンゼルスに行った際、ゲッティセンターとゲッティヴィラを訪れたとき、これは幻想だということをまざまざと知らされました。
そのときの記事、「本当の幸福とは」の中にも書きましたが、世界一の億万長者だったJ・ポール・ゲッティは私生活はめちゃめちゃで、5回も離婚再婚を繰り返し、あげくの果ては子どももその妻もドラッグにはまり、自殺したり、ヘロインの過剰摂取で死去。孫は、自分の祖父は大金持ちだから誘拐して身代金を要求したら大金をせしめられると友人に話していたところ、その話がマフィアに流れ、実際に誘拐され、片耳を切られた後に300万ドルの身代金を支払って解放されたとか、散々の結果です。
そして、21回も遺書を書き換え、自分の妻や子孫には最低限の遺産しか分割せずに、7400万ドルという莫大な遺産を財団に残し、彼が金任せに収集した美術品を所蔵する施設を作り、無料で一般に公開することになったというのです。
彼の曾孫は、"To me, money is not happiness at all." (自分にとって、お金とは幸せとはまったくかけ離れたものだ)と語っているそうです。
おそらくポール・ゲッティはお金でありとあらゆるものを手に入れましたが幸せにはなれず、その結果財団への寄付という形で与えることによって初めて平安を得たのではないでしょうか。


「まばたきの詩人」と呼ばれた水野源三さん(1937-1984)は9歳のとき赤痢にかかりその高熱によって脳性麻痺を起こし、やがて目と耳の機能以外のすべてを失いました。
話すことも書くこともできなくなりましたが、母親が彼が何か言おうとしていると感じて、五十音順を指で指し示したところ、まばたきして合図しました。以来、まばたきで綴った詩が後に詩集シリーズとなり多くの人の感動を呼びました。


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口も手足もきかなくなったわたしを
28年間も 世話をしてくれた母
良い詩をつくれるようにと
四季の花を咲かせてくれた母 
まばたきでつづった詩を一つ残らず
ノートに書いておいてくれた母
詩を書いてやれないのが悲しいと言って
天国に召されて行った母
今も夢の中で老眼鏡をかけ
書きつづけていてくれる母


神様の 大きな御手の中で
かたつむりは かたつむりらしく歩み
蛍草は 蛍草らしく咲き
雨蛙は 雨蛙らしく鳴き
神様の 大きな御手の中で
私は 私らしく 生きる


涙なしには読めません。
水野源三さんは何ひとつ持たず、貧しい一生を終えられました。
でも、限りないほど多くの人を慰め、励ましてきました。そして、今も与え続けています。
本当に与えるだけの人生でした。
でも、彼ほど幸せな人はいなかったと思います。


「受けるより与えるほうが幸いである」(使徒20:35)


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日常性の中に潜む非日常性

2017.05.14日

今、NHKでやっている朝ドラ『ひよっこ』を観ていて教えらえることのひとつ、それは「日常性の中に潜む非日常性」です。


主人公を始めとする登場人物の周囲で起こる出来事は、みんな日常性の中に潜む非日常性です。
このドラマの作りがあまりにも丁寧すぎて、ストーリーの展開が遅く感じられ、それが視聴者に退屈を感じさせている面があるかもしれません。
これらはすべて私たちの日常生活の中にも起こっているごくごく当たり前の、小さな出来事ばかりです。ある意味、他人の目から見ればどうでもいいようなことでしょう。
しかし、当人にしてみれば「どうでもいいような」小さな出来事は、とても大きな意味を持つものばかりです。
それは、自分をその立場に置いてみればすぐにわかります。
そのようにこのドラマを観てみると、「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣く」ようになり、面白さが倍増します。
私は毎回、観るたびに喜び、泣いています。


しかし、それだけではありません。
私たちの生活の中には、同時に「非日常性の中に潜む日常性」もたくさんあるのです。
ほかの人には理解してもらえないような辛いことや悲しいこと、苦しいことなど、これらは当人にしてみれば「非日常的」なことです。人はだれでもこのような「非日常的」なことは求めず、波風の立たないごくごく普通の「日常的」な生活を求めるものです。
しかし、忘れてはならないのは、この「非日常的」なことの中にもたくさんの「日常性」が隠されているということです。


去る3日にお会いした、癌で病床に臥せっていらっしゃる鴨下新市さん(「ハゲ増す?」)のことを、あれ以来ずっと一日に何度も覚えてお祈りしています。
新市さんや奥さん、ご家族のことを思うと胸が痛みます。
とつぜん癌を宣告され、かなり危機的な状況にあるということは紛れもなく「非日常的」なことです。しかし、そのような中において静かに流れる時、家族とともに過ごす大切な時間、神様との語らいの時、これらはすべて新市さんにとっては「日常性」です。


私たちも、「非日常性の中に潜む日常性」に気づくとき、そこに平安や喜び、希望を見出すことができます。
それが、真の幸せです。
決して「日常性の中に潜む非日常性」を求めないこと、認めないことではないのです。


「あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである」
(コリント人への第一の手紙 10:13)


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本物の幸せ

2017.05.11日

山のあなたの空遠く
「幸」(さいわい)住むと人のいふ
噫(ああ)、われひとと尋(と)めゆきて
涙さしぐみかへりきぬ
山のあなたになお遠く
「幸」住むと人のいふ

(カール・ブッセ作 上田 敏訳)


ずっと「幸せ」を捜し求め続けてきた。
でも、「幸せ」は見つからなかった。
それはとても悲しいことだったけれど、
でも「幸せ」がないというわけではない。
どこかに、どこかに、きっとあるんだよ
(現代語訳)


人は「幸せ」を求めて人生を歩みます。
それは、家族や友人であったり、仕事や趣味、旅行、グルメだったりと、いろいろです。
でも、どこを探し求めても真の「幸せ」は見つかりません。
メーテルリンクの『青い鳥』だったら、「家(身近なところ)にあった」となるわけですが、必ずしもそうなるわけでもありません。


しかし、アメリカ合衆国第32代大統領フランクリン・ルーズベルトの妻、エレノア・ルーズベルトは次のように語っています。
"Happiness is not a goal – it’s a by-product of a life well lived."
「幸せとは目標ではない。良い人生を歩んだときの副産物だ」

(訳 舟田譲二)


確かに、「幸せ」を探し求める人生は虚しいです。
まあ、そこそこ満足させてくれるものは見つかるでしょう。しかし、それが本物の幸せではない、ということを私たちは直感的に知っています。
むしろエレノア・ルーズベルトが言っているように、良い人生を歩んできたことを感謝するときにあとからついてくるもの、それが本当の「幸せ」です。


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恋は盲目。友情は目をつむる?

2017.05.06日

"Love is blind, but friendship closes its eyes."
「恋は盲目。友情は目をつむる」(ことわざ)
(訳 舟田譲二)


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「恋は盲目」ということわざは有名で、どうやら万国共通のようです。
上のことわざでは、その後に「友情は目をつむる」というのがついています。
おそらくこの意味は、友人の目には欠点は見えるけれども敢えてそれを指摘せず、見て見ないふりをする、というようなことでしょう。
その点、恋に落ちると「あばたもえくぼ」で、相手の欠点が見えなくなることを言っています。


しかし、面白いことに気づきました。
日本語では「恋」と「愛」を区別して、「恋」はなんとなくちゃらちゃらしていて、浮ついた「惚れた、腫れた」の類いのものですが、「愛」と言うと、「神の無条件の愛」のように高尚なイメージがあります。
ところが、原語の英語では両者を区別せず、ただひと言 Love です。


英語のことわざで"Love is blind."と言うときには、日本語の「恋」のようなイメージなのでしょう。
しかし、私は本物の愛は「盲目」ではなく、また上の友情のように「見て見ないふりをする」「目をつむる」とも違うと思うのです。


相手の弱さや欠点などが見えていても、わかっていても、それを承知の上で「ありのまま受け入れる」。これこそが本物の愛ではないでしょうか。
条件付きで、気に入れば、自分の眼鏡にかなえば愛する、というのは自己中心的な愛で、こんなものは本物の愛からはほど遠いものです。


むしろ、本物の愛は、相手を両目でしっかり見て、今まで見えなかった部分、良い点を敢えて見つけることです。
相手の欠点ばかりが目についている間は、愛が欠けている証拠です。


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ハゲ増す?

2017.05.03日

"Dreams are only dreams until you wake up and make them real."
--Ned Vizzini – 1981-2013, Writer
「夢はあくまでも夢にすぎない。目覚めて、それを現実のものにしない限りは」
--ネッド・ヴィッジー二、作家
(訳 舟田譲二)


今日は妻の母教会の宣教60周年記念感謝会に参加してきました。
後藤喜良先生の力強いメッセージと、これまでご奉仕してこられた牧師先生たちや献身者の方々、ここで信仰に導かれた方々のお証(あかし)などがありました。
ドイツから来た女性宣教師が開拓されたこの教会は、過去60年の間に16人という大勢の献身者を輩出してきました。一応、妻もその中のひとりということで、突然証を頼まれて少し語りましたが、皆さんお話のお上手な方々ばかりでした。
中でもFacebookでお知り合いになった、敬愛する鴨下彌(わたる)先生の尾西教会で信仰に導かれたお証はまるで漫談のようでみんな笑い転げていました。


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私たちの結婚の仲人をしてくださった中嶋先生ご夫妻と妻の青年時代の信仰の友、Mさんと一緒に


しかし、一番親しくさせていただき、お会いするのを楽しみにしていた新市さんからほんの数日前メールをいただき、癌で入院中と知らされ、私は「心が折れそうになって」いました。


しかし、司会をしていらっしゃる牧師の土肥先生は、沈痛な表情ではなく、むしろにこやかに新市さんのご病気のことをお伝えになりました。
土肥先生によると、現在の新会堂建設の是非を問う役員会で全員が反対したにもかかわらず、新市さんおひとりが賛成され、教団の理事会で3分の2以上の賛成があってゴーサインが出たそうです。
そして、長年にわたって積み立てられてきた会堂献金で借入金ゼロで建築できたとのこと。


新市さんは祈りに祈って、そして行動を起こして長年の夢だった会堂建設を現実のものにされたのです。
今日の60周年記念感謝会をほかの誰よりも楽しみにしていらっしゃった新市さんが参加できなかったのを皆さんとても残念に思っていらっしゃいました。


私たちは新会堂の献堂式の約1か月後に訪ねましたが、妻が青年時代をともに過ごした新市さんと私はそこで友達になりました。


その新市さんが癌と知り、Facebookの彼の過去の記事をたどると、3月には次のように書いていらっしゃいました。
「12月から3ヶ月半理髪店に行ってないので困っていましたが、調度抗がん剤の副作用で髪の毛がなくなりつつあり、理髪店に足を運ぶ手間がなくなり助かりました。全て主は益としてくださいます。感謝です」


記念会のあと、新市さんを病院にお見舞いに行けるかどうか土肥先生にお尋ねしたところ、大丈夫とのお返事。
「かえってこちらが励まされますよ」と土肥牧師。


早速、病院に向かいました。
ベッドの上の新市さんに今日の記念感謝会のお話をし、新会堂の影の功労者である新市さんの労をたたえると、新市さんは謙遜して全ては神様のみわざとおっしゃるばかり。
土肥先生がおっしゃっていたとおりだったので、私はそのことを伝えて「とても励まされます」と言ったところ、新市さんは
「いや、まだ髪の毛はありますよ」
と冗談で返し私たちを笑わせました。
実は新市さんは鴨下彌先生の弟さん。ご兄弟揃ってすごいユーモアの持ち主です。


でもそれ以上に、私は信仰者の強さを見せつけられた思いをしました。
最後に新市さんと手を取り合ってお祈りしましたが、みんな涙が溢れてきました。それは悲しみの涙ではなく、感謝の涙でした。


「イエスは彼女に言われた、『わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。
また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信じるか』」

(ヨハネによる福音書 11:25, 26)


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今日もいくつもの素敵な出会いが

2017.05.02日

4年前にお会いした榎本和子先生(「京都は暑く、私も熱かった!」)は、知る人ぞ知る『ちいろば』牧師の奥様です。
3年前に再びお会いして(「素晴らしい出会い」)またの再会をお約束していたのですが、今日それを果たすことができました。


前回、前々回は妹は一緒じゃなかったのですが、今回は妹にも是非とも会ってもらいたいと思い、同伴してもらいました。


朝、お電話したらお風邪を召して、花粉症で顔と両目が腫れていて床についているのでお会いできないと恵さんのお嫁さんのお返事だったのですが、「今、起きてきました。ちょっとお待ちください」とおっしゃって、和子先生とお話ししたところ是非お越しくださいとのこと。
すぐに準備して家を出ました。


目が腫れていて会うのが恥ずかしいとおっしゃっていたのですが全然わからないほどで、今年92歳というお年を感じさせないほど相変わらず頭はボケるどころか私よりもはるかに明晰でかくしゃくとしていらっしゃって驚かされました。
話はあちらこちらに飛びますが、全てきちんと理解し、適切なお返事やご感想をくださり、またご謙遜と独特のユーモアでみんなを笑わせてくださいます。


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「前回お会いしたときよりお元気そうで、どっしりと落ち着いていらっしゃる」と、私の顔を見るなり言ってくださり、2年半前に健康を回復したことをちゃんと見抜いていらっしゃって、二重三重に驚かされました。


昨日私たちがお会いした西村先生のこともよく覚えていらっしゃり、和子先生にいただいた『旧約聖書一日一章』『新約聖書一日一章』を宝物にして読んでいらっしゃいますよ、とお伝えしたところ、昨年出版された『ちいろばの女房』を西村先生、妹と私に一冊ずつ、おもて表紙を開いたところに目の前でみ言葉とサインを達筆でしたためてプレゼントしてくださいました。


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妹がオルガンに興味を持っていることを伝えたところ、るつ子先生が奥の部屋にあるとても立派なオルガンを見せてくださって、週に一日オルガンを教えているとおっしゃいました。それを聞いた妹は以前からずっとオルガンを習いたいと思っていたと言うと、なんとその場で来週からオルガンを教えてくださることになる、というびっくりぽんのお土産付きでした。


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ほんの30分ほどお目にかかれれば、と言ってお伺いしたのに、いつの間にか2時間になってしまいました。おいとまする時には、お昼をご一緒にどうぞとお勧めくださいましたが、温かいお心遣いを心から感謝して失礼しました。


榎本先生宅を出て急いでヴォーリズ学園へ。
副校長先生と少しお話しして、校内を見学させていただきました。
顔を合わす生徒たちが「こんにちは!」と元気よく挨拶してくれ、礼儀正しいのに驚きました。
つい10日前に召天された道城先生のお部屋は電気が消えていて主人なき学園長室が寂しさを物語っていました。
副校長先生始め、お話しする先生方皆さんが、道城学園長は責任感の強い方で使命を全うされたと口を揃えておっしゃっていました。
先ほどのるつ子先生はヴォーリズ学園でハンドベルのご指導をしていらっしゃいますが、るつ子先生も道城先生のことを、学園長として、理事長として、牧師として、父親として、夫として使命を立派に全うされたとおっしゃっていましたが、死の間際まで全力で走るべき行程を走り抜かれた先生を改めて尊敬しました。


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ヴォーリズ学園を後にして次に道城先生宅を訪ねました。40年前の留学中、大変お世話になった道城夫人を弔問しました。
お部屋の中は道城先生がお使いになっていたパソコンなどがそのままあり、在りし日の道城先生が偲ばれました。
まだ10日ほど前にご主人を亡くされたばかりですが、夫人はとても明るく、昔の思い出話や、4人のお子さんのこと、お孫さんのことなどをお写真を見せながら話してくださいました。
上の3人の息子さんたちは、当時まだ生まれたばかりの赤ん坊から幼稚園児くらいのわんぱく坊主でしたが、今や独立してご家庭を持っていらっしゃり、道城先生も立派に成長されたお子さんやお孫さんたちに囲まれて天国に旅立たれ、お幸せだったことでしょう。
奥様も道城先生の生涯を太く短い立派な人生だったと振り返っていらっしゃいました。
「されど我らが国籍は天に在り」
のみ言葉をいつも語っていらっしゃった道城先生ですが、まさにそのみ言葉に生きる人生でした。


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今日の素敵な出来事

2017.05.01日

今日は本当に幸せな一日でした。
昨日から滋賀に住む妹宅に滞在し、今日は妹と一緒にお昼に京都の小学校時代の恩師を訪ねました。妹の運転する車で滋賀県ののどかな田園を通り抜け、京都に入るともう懐かしさで胸がいっぱいになりました。


幼稚園に始まり、小中高大と京都で育ったのですが、その間教わった数多くの先生の中で、たった3週間のつながりだったのに一番親しみを感じ、私の人生に最も大きな影響を与えたのは、小学4年生のときの教育実習生の西村隆宏先生でした。
以来、57年にわたる長いお付き合いの中で、母の葬儀から私の結婚式など、人生の節目節目には必ず立ち会ってくださり、またずっと文通を続けて近況報告をし合ってきました。
また、これまでに何度も家に泊めていただいたり、京都観光に連れていただいたりと、まるで親戚のようなお付き合いでした。年齢的にはひと回りほど離れたお兄さんのような方ですが、私にとってはお父さんのような存在です。


心温まる素晴らしいお食事のご接待をいただきながら、しばらくお会いしていなかった間の積もる話に花が咲きました。


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お別れを惜しみつつ近いうちの再会を約束して西村先生のお宅を後にし、中高大学時代10年間過ごした嵐山を回り、昔住んでいた家の前を通って昔の日々を偲びました。


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夕方、5歳違いの従兄の家を訪ねました。
ここの次女が先日のブログ「こんな芸術家が身内にいた!」に登場しましたが、アメリカ留学から帰国した33年ほど前にまだ幼児の頃に会ったきりだったので是非とも会いたいと妹に言っていたら、この子の写真家の兄も実業家の姉(私の従兄弟甥・姪)にもみんなに会えるよう手はずを取っておいてくれました。
彼らの仕事ぶりや作品などを見て目を細め、大きな将来の可能性に期待を膨らませました。


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その後、京料理に連れていただき、舌鼓を打ってその美味しさに酔いしれました。
従兄からは親族の昔話や近況などを教えてもらい、長いブランクを埋めてもらって、みんなでとても楽しいひと時を過ごさせていただきました。


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心が折れそうになってる…

2017.04.30日

"You are braver than you believe, stronger than you seem, and smarter than you think."
--(Winnie the Pooh) A. A. Milne – 1882-1956, Author
「あなたは自分が信じているより勇敢で、見た目よりもよりも強く、思っているより利口だ」
--『クマのプーさん』の原作者、A・A・ミルン
(訳 舟田譲二)


実は今、私は心が折れそうになっています。


ちょうど1週間前の記事「命の恩人の召天の知らせにショック」に書いた道城先生の奥様を明後日、弔問させていただくことになっています。
本来ならばこの日にお見舞いに伺う予定だったのですが、癌の進行が予想外に早く、1週間遅れで間に合わず残念ながら願いがかないませんでした。
73歳での召天でした。


そして、3日は妻の母教会の60周年記念会があり、私たちの仲人をしてくださった牧師先生始め、これまでに二度この教会を訪ねた際、お知り合いになった方々とお会いできるのを楽しみにしてきました。
ところが昨夜、そのうちのひとりで一番親しくさせていただいている兄弟にメールで時間を尋ねたところ、返ってきた返事に愕然としました。
癌で入院中で、万一の時に備えて家族の出席も難しいとのこと。記念会の後、お見舞いに伺いたいと思っています。
この方は私たちと同い年です。


この他、病名は知らされていませんが、もう半年以上入院しておられる知り合いの方がいらっしゃいます。この方はまだ30代の若い方で、毎日お祈りしているのですが、お母さんと離れて寂しい思いをして暮らしている幼いお子さんたちのことを考えると辛くてたまりません。


でも、このような中、グッドニュースがあります。
57年の長きにわたって親しくお付き合いさせていただき、敬愛してやまない小学校時代の恩師、西村先生を明日、京都にお訪ねすることになっているのです。


先生は7年前血液の癌と言われるリンパ腫を患われ、化学療法で一旦良くなられたのですが、昨年秋再発し、今また治療を受けていらっしゃいます。
これまで結構頻繁にお会いしていたのですが、ここ3年ほど私が急に忙しくなったことと、先生のご病気もあってお会いすることがかなわなかったので、化学療法が一段落し落ち着いているとお聞きして、居ても立っても居られないなくなり是非ともお目にかかりたいとお願いし、明日の再会が実現することになったのです。しかも、滋賀に住む妹と一緒にお会いできるというオマケ付きです。


西村先生は私の人生の中で今や一番長くお付き合いさせていただいている、私にとってまるで父親のような存在の大切な方です。
先生がリンパ腫と闘い、懸命に明るく、積極的に生きていらっしゃるお姿は、今心が折れそうになっている私にとって何よりもの喜び、力の源泉となっています。


クマのプーさんが、
「あなたは自分が信じているより勇敢で、見た目よりもよりも強く、思っているより利口だ」
と励ましてくれているような気がして嬉しくなりました。


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東北でよかった!?

2017.04.28日

"It’s not what you say out of your mouth that determines your life, it’s what you whisper to yourself that has the most power."
--Benjamin Disraeli – 1804-1881, Former British Prime Minister
「口が語る言葉があなたの人生を決定するのではない。最も大きな力を持っている、自分の心にささやく言葉が人生を決定するのだ」
--ベンジャミン・ディズレーリ、元英国首相


今村雅弘元復興大臣が東日本大震災の復興に関連して、「まだ東北のほうだったからよかったが、もっと首都圏に近かったりすると、莫大な額になる」と失言し、その責任を取って大臣を辞任しました。
まことにデリカシーに欠ける不用意な発言で、空いた口がふさがらない、とみんな思っていることでしょう。私もそう思っていました。


実際には、冒頭でベンジャミン・ディズレーリが言っているように、「口が語った言葉」というよりむしろいつも心の中で思っていたことがついおもてに出てしまって、それが彼の人生を決定づける結果となったと言う方が当たっているのでしょう。


ところが、なんと面白いことに、この「東北でよかった」発言が、逆手を取ってポジティブになって急拡散しているそうです。
ハッシュタグ「#東北でよかった」をつけて東北地方の魅力を伝える投稿が大量にされていると言います。
曰く
「青森はねぷた祭りではしゃげるし、秋田は金萬、ハタハタ美味しいし、岩手ははやぶさ・こまちの連結切り離し見れるし、山形はさくらんぼ狩りできるし、宮城は光のページェントやばいし、福島は磐梯山のドライブ最高なので、生まれが #東北でよかった ( ˘ω˘ )」
等々。


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これらもやはり普段から心の中でそのように思っているから自然と口に出てきたのです。
図らずも今村元復興相の不用意な発言が、逆に東北の良さをアピールすることになった!
こんな展開になるとは、だれも予想だにしなかった?
いいえ、そうではなく、東北を愛してやまない人たちが常々心の中でささやいている言葉が、大臣の不快な失言すらも、明るい、希望の言葉に変えてしまったのです。
「口が語る言葉があなたの人生を決定するのではない。最も大きな力を持っている、自分の心にささやく言葉が人生を決定するのだ」


ガンバレ、東北!


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ひよっこ

2017.04.25日

“The right thing to do and the hard thing to do are usually the same.”
― Steve Maraboli
「なすべき正しいことと、なすのが困難なことはたいてい同じだ」
― スティーブ・マラボリ
(訳 舟田譲二)


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「どうすっぺ?」に続くNHKの朝ドラ『ひよっこ』の第2弾です。
だんだん面白くなってきました。
これまでの筋展開はあまりにも日常的なことばかりで、平凡なストーリーのイメージで、妻は「つまらない」と言っていたのですが、私は今回のこのドラマには結構初めからハマっています。


そのひとつは、平凡な中に小さなドラマがいくつもあり、これが私たちの日常生活と同じだから共感するのです。
今ひとつの理由は、演出に負うところも大きいと思うのですが、出演者の演技がみんなすごく自然でとても上手いこと。ドラマを観ているのを忘れさせるほどです。
もうひとつは、時代背景が私の青春時代と重なっていて、以前「豊かだった昭和時代」に書いたように、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』のような素朴な時代の人情の温かみを感じるからです。


これまでもそうでしたが、昨日の『ひよっこ』のシーンでは何度も泣かされました。
登場人物一人ひとりの気持ちが痛いほど伝わってきて、感情移入してしまうからです。
これからのストーリーの展開、ある程度想像はつくのですが、「ひよっこ」がどのように成長していくのか楽しみです。


冒頭のスティーブ・マラボリの言葉、
「なすべき正しいことと、なすのが困難なことはたいてい同じだ」
を、このドラマの中の人たちは本当は難しいのに違いないのに、みんなごく自然にやっている。そこにも胸を打たれます。


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使命に生きる

2017.04.23日

「小さな奇跡」という昨日の記事をご覧になったひとりの方から次のようなメールを朝一番にいただきました。
ご本人の承諾を得て、その一部を下にご紹介させていただきます。


「敬愛なる舟田先生
おはようございます。
朝からすみません、どうしても舟田先生に感謝の気持ちを伝えたくてメールさせて頂きました。
私は先生のブログに毎日どれだけ力を頂いているか分かりません。最近は自分でも驚くほど精神状態が不安定になることがあり、聖書を開く元気もない時に、先生のブログに何度も救われました。(不思議なことにどれもタイムリーなメッセージで、神様の働きを感じました)
私にとって先生のブログは、本当に豊かに生きる為の知恵がつまった、現代版・箴言です。
先生にしかできない素晴らしい働きですね。
その恩恵にあずかることができて本当に感謝致します。
きっと多くの読者の方も同じ気持ちだと思います。
先生も毎日お忙しいと思いますが、お体ご自愛下さいね。また夏になったら海でプレヤーウォーキングできたら嬉しいです!
では、今日も舟田先生にとって素敵な1日になりますように!
感謝を込めて
H」


じつはこのようなメールを読者の方からよくいただくのですが、これぞまさしく私の願っていることで、私がこのブログを書く目的です。
私は次のようなお返事を書き送りました。



「Hさん
こんにちは。
私のブログが少しでもお役に立っているなら本当にとても嬉しいです。
おそらく今日の記事を読んで、このようなご感想を寄せてくださったのだと思いますが、その中に書いていますように、一人ひとりみんなに、ひとりの漏れもなく存在の意味・目的があり、使命が与えられています。そして、それはもちろん神様から来るものです。神様抜きにしたら、人生に目的も意味もありませんし、使命がなければ人は生きていくことができなくなります。
蟻のような小さな生き物や、さらに言えばアメーバや細菌のような微生物にさえ存在の意味、目的、使命が与えられていて、みんな必死に生きようとしているのです。たったこれだけのことでも、神の存在が証明できると言っても過言ではないと私はいつも思っています。
神様はHさんに素晴らしい賜物をたくさん与え、尊く用いてくださっています。Hさんの普段からの明るさ、積極性などは周りの多くの方々に希望や喜びを与えてくれていますよ。
ですから安心してください。
『主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである』
(エレミヤ 29:11)
私もHさんの平安と希望に満ちた明るい将来を信じて祈っています」


これは、私がこのブログで繰り返しお送りしているメッセージ、私の信念です。
皆さんも、「◯や◯は私にはない。しかし、私にあるものをあげよう」と、ご自分の持てる最高のものを家族や友人に、この世に提供して与えられている使命を全うしてくださいね。


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小さな奇跡

2017.04.22日

"I have no silver and gold, but what I do have I give to you."(Acts 3:6)
「金や銀は私にはない。しかし、私にあるものをあげよう」(使徒の働き3:6)

(訳 舟田譲二)


これは有名な聖書の中の一節です。
今から約2000年前の歴史上の出来事。
イエス・キリストの十字架上での処刑後、弟子たちは師を失って意気消沈し、迫害を恐れて隠れていましたが、復活したイエスに出会ってからは、まったく別人のように生まれ変わりました。
弟子たちの筆頭、ペテロは3度もイエスを知らないと言って裏切りましたが、実際に復活の主に出会って、力強くイエス・キリストを宣べ伝えるようになりました。そして、その信仰の故に幾多の迫害にあい、最後は逆さ磔(はりつけ)という殉教の死を遂げた、と伝えられています。
そのペテロが言ったのが冒頭の言葉です。
このあと、彼は次のように続けています。
「ナザレの人イエス・キリストの名によって、歩きなさい」
すると、生まれつき足のきかなかった男がたちまち癒されて歩き出した、という奇跡が起きました。


しかし、今日、私がここで述べたいことは、これとは異なる奇跡です。
私はよく、冒頭の
「金や銀は私にはない。しかし、私にあるものをあげよう」
という言葉を瞑想するのです。


この世の中、「金や銀」という言葉で象徴されるような、経済的に裕福な人もいれば逆にそうでない人もいます。
同様に、学問や医療、芸術やスポーツなどさまざまな分野で抜きんでた人もいれば、そうでない人もいます。
しかし、私たちはみんなお互いに補完し合うように生まれてきています。


昨夜、フィギュアスケート世界国別対抗戦がテレビで放映されていました。
これを見て、励まされたり心が踊るような思いになった人も多かったことと思います。
このほか、連日行われているサッカーやプロ野球などのスポーツも同じです。
テレビでやっている歌番組によって、あるいはコンサートなどで音楽によって勇気づけられている人も大勢います。
ドラマやバラエティ番組などの娯楽によって癒され、楽しんでいる人もたくさんいます。
旅行したり、あるいは外食したりすることによって元気をもらっている人もいます。
病気になると医師のお世話になり、私たちはとても助けられています。
このように、私たちはみんなお互いに助け合っているのです。


私の健康のことを心にかけてくださって毎月、たくさんのサプリメントを贈ってくださっている方がいらっしゃいます。
あるいは地元の産物のうどんやチーズやハムなどを贈ってくださる方もあります。
また別の方は健康に関する本を送ってくださったり、食事などの健康法を教えてくださいます。


冒頭のペテロじゃないですが、私には金銀はありません。そのほか、私にはないものの方が多く、このように多くの方々から助けられています。
でも、私にあるもの、それは英語や教育という仕事、またこのブログ記事など、これらによって少しでも人々のお役に立つことができているなら、たとえどんなに小さくても、それは与えられている使命を果たしていると思うのです。


このようにこの世のすべてのもの、空気や水を始め、食物となる動植物やペットも、みんなそれぞれに使命が与えられていて、それを用いることによって互いに助け合っている。
同様に、あなたにも、家族の間で、また仕事を通してなど、あなたでなければできないことが必ずたくさんあります。
それが与えられていること、そして貢献できていることを感謝しつつ、また同時にほかの人たちやさまざまなものによって助けられていることを感謝する。
このとき、小さな奇跡は私たちの身の周りでたくさん起きるのです。


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良い人間関係を築くために

2017.04.09日

まれに見るほど幸福に感じている100人にインタビューしたなら、戻ってくる答えの共通点のトップは「まれに見るほど」の良い人間関係です。


現代の私たちの大衆文化の中では物質主義や自尊心などが一般に広く受け入れられているにも関わらず、富や美は幸福をもたらすのには不十分です。
と言うか、富や美は幸福になるために必要でさえありません。さらに言えば、職場での、家族間での、あるいは家庭内における下手な人間関係が、苦悩と心労の確実な原因です。
私たちのほとんどにとって、幸福のレベルにもっとも大きな影響を与えるのは家族間の人間関係です。その中でも一番強力な影響を持つのは、ひとつの屋根の下に一緒に住んでいる核家族で、とくに親子間の関係です。


年齢に関わらず、あなたと両親との関係は慰めになるか苦痛になるかのどちらかです。多くの子どもたちは両親に対して相反する感情を持っています。しかし、ほとんどの子どもは両親に認めてもらいたい、関心と愛を示してもらいたいと切に願っています。両親も似たようなニーズを持っています。


あなたが親だったら、子どもがあなたに愛されていると感じるよう、つねに、そして真剣な努力をする決意をしなければなりません。
子どもにもっと幸せになってもらいたい、そして自分自身ももっと幸せになりたいと思うなら、子どもたちが頑張っているのを低く評価したり、認めることをおろそかにしたりせず、また失望しているような素振りをすることは避けなければなりません。息子、娘として誇りに思っているということを伝えなさい。


そして、今もまだ両親が健全であるなら、子どもの頃両親にしてもらったことに対してだけでなく、今のありのままの両親を愛していることを伝えて喜ばせてあげましょう。
両親に頻繁に話しかけ、上辺でない、有意義な会話をしましょう。
また両親の助言を求めましょう。あなたがその助言にたとえ同意しなくても、軽蔑の眼で両親を見るようなことをしてはいけません。
愛を表す最善の方法は、敬意を表すことです。


マイケル・ジョゼフソン
(訳 舟田譲二)


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元気になりたかったら

2017.03.31日

"If you want to lift yourself up, lift up someone else."
--Booker T. Washington – 1856-1915, Educator
「もし元気になりたかったら、だれか他の人を元気にしてあげなさい」
--ブッカー・ワシントン、教育者


ブッカー・ワシントンは、バージニア州で奴隷として生まれました。
奴隷制から解放された後、教員養成学校で学び、後年米国で著名な教育者となり、裕福な慈善家から支援を得て多数の小さな地域の学校と、南部の至る所で黒人のための高等教育機関を設立、運営することを支援しました。


彼の自叙伝『奴隷から立ち上がりて』はベストセラーとなり、彼は大統領のゲストとしてホワイトハウスに招待された最初のアフリカ系アメリカ人となりました。


彼はアメリカ合衆国の社会への寄与に関して、ハーバード大学とダートマス・カレッジから名誉学位を与えられ、バージニア州ハーディの彼の生家は国の記念物に指定されました。また、初のアフリカ系アメリカ人を記念する硬貨として彼の肖像が刻まされた50セント硬貨が発行され、アメリカ郵政史上初のアフリカ系アメリカ人を描いた彼を記念する切手が発行されました。
(以上Wikipediaより一部抜粋)


このブッカー・ワシントンが語っている言葉が冒頭の、
「もし元気になりたかったら、だれか他の人を元気にしてあげなさい」
です。
いかにも教育者らしい、またアフリカ系の同胞のために尽力した、素晴らしい人物にふさわしい言葉です。
そして、この勧めは単に「元気になりたかったら」にとどまらず、「幸せになりたかったら」「豊かになりたかったら」「友人が欲しかったら」「頭が良くなりたかったら」等々、ありとあらゆることに通じる普遍的な教えです。


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幸いな生き方

2017.03.29日

"As I look back on my life, I realize that every time I thought I was being rejected from something good, I was actually being redirected to something better."
ーーSteve Maraboli - Speaker, Author, & Behavioral Scientist
「人生を振り返ってみると、いいものを拒絶されたと思っていたのが、じつはさらに良いものへ導かれていたということに気づく」
--スティーブ・マラボリ、スピーカー・作家・行動科学者
(訳 舟田譲二)


スティーブ・マラボリの格言、「人を愛する最善の方法」を一昨日シェアしましたが、ちょっと調べてみると、マラボリは数々の素晴らしい格言を発し続けています。
どれもこれも波長が合い、大ファンになってしまいました。
きっとこれからもこの人の格言を度々シェアさせていただくことになることと思います。


今日の格言、
「人生を振り返ってみると、いいものを拒絶されたと思っていたのが、じつはさらに良いものへ導かれていたということに気づく」
は、これまで私がこのブログで繰り返し書いてきたことと軌を一(きをいつ)にします。


私もこれまでの人生を振り返って、自分の思いどおりに行かなかったとき、「なぜ?」といぶかしく思ったり、不満に思ったり、がっかりしたり、辛い思いをしたり、ときには腹を立てたこともありました。
しかし、あとになって考えると(何年越しということもありましたが)、それら一つひとつが目に見えない糸のようなものでつながっていて、結局は最善の結果に導かれていた、ということばかりです(これは私の信念である「新超ひも理論」です)。
みなさんもそのように感じていらっしゃることはありませんか?


私の好きな聖書の言葉もこのことを別の表現で語っています。
「凡(すべ)てのこと相働きて益となる」(ローマ8:28)
これは文語訳という私のお気に入りの訳ですが、ちょっとわかりにくいかもしれません。
英語訳では
"And we know that in all things God works for the good of those who love him, who have been called according to his purpose.”
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」(新改訳)
と、「物事が自然と良くなる」というのではなく、神様ご自身が背後にあって働いて物事を最善に導いてくださる、ということが明らかにされています。


成り行き任せ、運に頼るわけではありません。
人格者なる神様が、私たちの最善を願って一人ひとりの人生を導いていてくださっているという信仰の世界です。
ならば、これから先、残された人生も最善に導かれるに違いないと信じ、神の御手に委ねること。これが一番幸いな生き方だということになります。


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人を愛する最善の方法

2017.03.26日

"I find the best way to love someone is not to change them, but instead, help them reveal the greatest version of themselves."
--Steve Maraboli – Author and Speaker
「人を愛する最善の方法は、その人を変えようとするのではなく、その人が最高の自分を出せるよう手助けすることだ、ということを私は悟った」
--スティーブ・マラボリ、著作家・スピーカー
(訳 舟田譲二)


そうなんです。
私たちは無意識のうちに、自分が愛している人、子どもとか伴侶とか、近しい人ほどより良くなってほしいと望むあまり、ついついその人に「こうした方がいいよ」「これはしない方がいい」と言ったり、ときには「こんなことはしちゃだめだ」と言いたくなるものです。
その動機はあくまでもその愛する人に良くなってもらいたいからで、もちろんいじわるなんかではありません。


しかし、往々にして相手からは煙たがられたり、ときには反発されたりして、こちらの意図が伝わりません。
スティーブ・マラボリはとても素晴らしい助言を私たちに与えてくれています。
「人を愛する最善の方法は、その人を変えようとするのではなく、その人が最高の自分を出せるよう手助けすることだ」と。
手助けするには方法はいくつもあるでしょう。
それはアドバイスや説教ではなく、むしろ自分でモデルとなり示すことかもしれません。
「最高の自分を出す」とは、その人が内に持っているものを引き出すことです。
そのお手伝いをするのが、最善の愛を示す方法なのです。
なにか心当たること、あなたにもできることはありませんか?


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恵みを数え始めたら

2017.03.24日

"When I started counting my blessings, my whole life turned around."
--Willie Nelson – Singer/Songwriter
「恵みを数え始めたら、私の人生は180度変わった」
--ウィリー・ネルソン、シンガーソングライター
(訳 舟田譲二)


1年少し前の記事、「幸せだなぁ、ぼくは」「超先行予約」に登場した現在小1のMちゃん。
幼稚園年長さんで入塾してきたのですが、この1年間の成長は目覚ましく驚かされることばかりです。


家が近くで、しかも私の自宅と塾の前の通りが通学路になっているので、しょっちゅう会います。そして、学校の帰り道などに会うといつもニコニコして近寄ってきて、お互いにハイタッチを交わします。これだけで、"You made my day!" (お陰で今日も最高の一日になったよ!)


一昨日は、授業中私の顔を見ていて「学院長先生」と言うので、「なあに?」と聞き返すと彼女の口から返ってきた言葉は、なんと
「学院長先生の髪の毛、少なくなってきたね」。
「えーっ、いっぱいあるよ!ほら」
もう、可愛くて仕方ありません。


つい数日前、誕生日を迎えた中学高校時代の友人に「おめでとう」メッセージを送ったところ、戻ってきた返事に「孫のためにまだしばらくは働きます」とありました。
「うちはまだ孫はいないんですよ。羨ましいです」
と書いたのですが、考えてみたら私などいったい何人の孫同様の可愛い子どもたちと毎日塾で顔を合わせていることか。


つい先日も、上のMちゃんが私に尋ねました。
「学院長先生、ガウディアの生徒たちのこと好き?」
「うん、みんな大好きだよ!」
そう、ガウディアの生徒だけでなく、中学生も、卒塾した生徒たちも、私にしてみればみんな孫のようなもの。可愛くないわけありません。
こんな素晴らしい仕事に就けて本当に幸せだ、と毎日を満喫しています。
もちろん、辛いことや悲しいことも多々ありますが、恵みを数え始めると止まりません。


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人が幸せを感じるのは

2017.03.12日

近年、「幸福」の本質や要因について、知識の体系化がかつてないほど進んできています。
そのひとつとして、「幸福」は感情であり、決して環境によるものではないということが明らかになりました。幸福とは「面白いこと」や「楽しいこと」以上のことです。幸福は、長く続く健全な状態だということができます。


私たちが幸福と感じるのは、「私たち【に】何かが起こるから」ではなく、「私たち【の内に】何かが起こるから」です。言い方を変えれば、幸福とは人生に対する私たちの受け止め方です。
アブラハム・リンカンはかつて言いました。
「人は自分が願う分だけ幸せになれる」と。
仏教の諺によると、
「痛みは避けられない。しかし、苦しみは選択できる」のです。


それでは、幸せな人たちに共通する特性は何でしょうか?
お金ではありません。名声でも、外見でもありません。知性や能力でもありません。
いいえ、もっとも大切なふたつの要因は、「感謝の心」と「満足いく人間関係」です。


公式は単純です。
「感謝できることを数え、家族や友達を楽しむこと」です。


ところが残念なことに、「単純」イコール「簡単」とは限りません。


本能的に暗い表情をする人や悲観的になる人は、自分たちの考え方を再構築しなければなりません。
「幸福とは欲しいものを手に入れることではなく、自分が手に入れたものを望むことだ」
と言うのと、
「自分が持っているもので本当に満足する」
というのはまったく別のことです。


多くの人にとって、ポジティブに考え、行動するには訓練が必要です。


時にそれは、物事の見方を変え、明るい兆しやコップに入っている半分の水を見て、感謝するのを選択することです。
またある時に必要なのは、痛みや失望、嫉妬心などを抱えて悩み苦しむ代わりに、感謝すべきことすべてを含め良い考えに心を向けるように自分をし向けることです。


興味深いことに、ポジティブな態度を維持する能力が、大切な人間関係を生み出したり維持したり、最善の結果を期待することと同様、とても大切なことだということです。


マイケル・ジョゼフソン
(訳 舟田譲二)


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小さな親切

2017.02.27日

"No act of kindness is too small. The gift of kindness may start as a small ripple that over time can turn into a tidal wave affecting the lives of many."
--Kevin Heath
「親切な行為で小さすぎるものなんて一つもない。親切のギフトは小さなさざ波で始まるかもしれない。しかし、やがてそれは多くの人の人生に影響を与える津波となる」
--ケビン・ヒース
(訳 舟田譲二)


小さなさざ波から大きな津波に!
親切な行為は初めたとえどんなに小さく見えても、それはどんどん大きくなっていって、大勢の人の人生を変えるほどの力を帯びていきます。
考えてみたら、人類の歴史はまさにこの人の無私の親切行為の積み重ねです。


ロシアの文豪トルストイが書いた『靴屋のマルチン』は世界中の数え切れないほど大勢の人々に感動を与え、小さな親切を促してきました。


マルチンはとても信仰厚い人でした。
クリスマスが近づいたある夜、マルチンは夢の中 でイエス様の声を聞きました。
「マルチン、マルチン、明日あなたの家に行くよ」 
次の日、マルチンは仕事をしながら窓から外の様子を気にしていましたがイエ ス・キリストはいっこうに現れません。


そのかわり、窓から雪かきをしている老人が寒そうにしているのが見えました。マルチンは老人を家に招いて暖かいお茶をご馳走しました。
次に赤ちゃんを抱いた貧しそうな母親が通りました。マルチンは寒そうにしているお母さんに温かい食事を食べさせ、ショールとお金をあげました。
次に通りすがりにおばあさんのかごからリンゴを取ろうとしている少年を見て、マルチンは急いで外に出て、少年と一緒におばあさんに謝りました。


イエスさまが来るとおっしゃったのは、ただの夢だったか、とマルチンはがっかりしました。
その時、イエス・キリストが現れ、「今日、あなたのところに行ったのがわかったか」と言い、雪かきの老人、貧しい母子、通りすがりのおばあさんと少年の姿に変わりました。


「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」
(マタイ25:40)


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試練は人生を意味あるものにする

2017.02.20日

"Challenges make life interesting, however, overcoming them is what makes life meaningful."
--Mark Twain – 1835-1910, Writer
「試練は人生を面白くする。しかし、試練を乗り越えることは人生を意味あるものにする」
--マーク・トウェイン、作家
(訳 舟田譲二)


だれでも試練はできることなら避けたいものです。
しかし人生に試練はつきもので、だれも避けて通ることはできません。


試練の真っただ中を通っているときは苦しいし、嫌なものです。でも不思議なことに、試練はある意味人生を面白いものにしています。試練のない人生なんて、「クリー◯のないコーヒー」みたいで、平凡でつまらないことでしょう。


さらに試練を乗り越えて振り返ると、試練が自分を練り清めてさらに大きく、強くしてくれたことに気づきます。つまり、試練が人生を意味あるものにしてくれたということがわかるのです。
きっとそのような意味で、試練を通して私たちが成長することを神様は望んで、敢えて試練を与えてくださっているのでしょう。


少なくとも、試練に対する受け止め方・考え方を変えると、試練そのものが持つ意味も、また私たちに与える影響もすっかり変わってきます。


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源たれ

2017.02.19日

私の初恋は高校生のときでした。
私はチアリーダーのメンバの一員で、デイブはアメフト選手。私たちは出会ってすぐデートを始めました。
すぐに親密な仲になりました。まだティーンエージャーでしたが、これまで味わったことのない特別な感情を抱くようになりました。


数か月後、デイブは家族で旅行に出かけ、旅先から私に手紙を送ってきました。
母が届いた手紙を私に手渡してくれました。
デイブからの手紙だとわかると、私は舞い上がるような気持ちで自分の部屋に駆けていきました。
封筒から手紙を取り出すとドアを閉めました。床に座ってドアに背をもたれかかせ、デイブからの素敵なラブレターを読み始めました。
家族旅行の冒険をシェアしてくれ、そして私に会えなくてさびしいと言って、最後のところには「愛してる」とありました。
やったぁー!これまでだれも私に愛してるなんて言ってくれたことありません。
大ショックです。だれかが私を愛してくれてる!私は赤ん坊のように大泣きに泣きました。
嬉しさと悲しさが同時にやってきました。嬉しさというのは、だれかが私を愛してくれてると知ったから。悲しさというのは、これまでだれからも「愛してる」と言われたことがなかったから。


デイブと私は高校生の間、ずっと離れていられなくなりました。
3年生になった時、デイブは妹さんが別の高校に通っているひとりの友達と多くの時間を過ごすようになり、距離が開き始めました。
2週間ほどたったある日、突然、私に別れを告げて、その友達の妹と付き合い始めたのです。
予期さえしなかったことです。ふたりの関係がこのようにして終わり、私は自分は人から愛されるような人間じゃないんだと考えるようになりました。心の中に大きな穴がぽっかりとあきました。
この破局で味わった苦痛は決定的でした。もう二度とだれにもこのようなことを私にさせない、と私は心に決めました。このような思いが実は自分自身を傷つけているとは思いもよりませんでした。


このとき以来、私は次々といろいろな男性と付き合いました。でも、二度と傷つけられたくなかったので関係を断ち切るのはいつも私のほうでした。


恋愛関係が次から次へと壊れていく中で、私はメンターのボブ・プロクターにアドバイスを求めに行く決心をしました。ボブは成功について少なからず通じていたので、きっと私を助けてくれるに違いないと思ったのです。このとき私は20代で、将来もし家族を持ちたいならもっと長続きする関係を築くことを考えなければならないと思ったからです。


ボブと私は腰かけ、心を割って話し合いました。彼は私に大切な質問をしました。
「きみの理想的な人はどんな人?」
私は答えました。
「一緒にいて楽しい人で、心が広くて、楽天的で、よく笑う人で、家族を大切にし、ロマンチストで、信頼できる人で、正直で...」
私の理想像はどんどん続きました。


ボブは熱心に耳を傾けてくれました。そして次にとても大切な質問をしました。
「ペギー、きみ自身は自分がそのような人物だと思うかい?」
うーん...。私はちょっと考えなければなりませんでした。
そして、私は自分はそういう人間だと思い、そうだと答えました。
ボブは言いました。
「素晴らしい」
彼は続けて言いました。
「たとえどんなものであれ、人はだれでも自分と同じものを引き寄せるんだよ。人生で楽しさを求めるなら、自分自身が楽しい人になることだ。人に正直を求めるなら、自分が正直であること。人生で愛を求めるなら、愛のある人になる。ロマンスを求めるなら、自分がロマンチックな人になること」


ひと言で言えば、自分自身がその「源になれ」ということです。
自分が望むものが何であれ、望むそのものになること。


50代になった今、私は夫のデニスと満ち足りた幸せな結婚生活を送っています。決してデニスに私が求めるもの、たとえば「愛」「喜び」「楽しさ」「ロマンチック」「正直」などを彼に求めません。というのは、人生でこれらを体験するには、私自身がそのものでなければならないということを知っているからです。それは私の内から出てくるものでなければなりません。私たちの結婚はまるでマジックのようで、人の目にはものすごい「幸運」に映っていることでしょう。
でも、私たちが経験している愛や喜びは、私たちの選択にかかっています。その選択とは、私たちの願望の源です。


「自らその源たれ」というこの成功の原則はどんなことにも、そしてすべてのことに当てはまります。
もし、人生で成功したいと望むなら、人の成功の源となることです。
人生で繁栄を望むなら、人の繁栄の源になりなさい。
この方程式は、「源たれ」という3文字に集約されます。そしてこれは、あなたの人生を常により良くしていく可能性を秘めているのです。


ペギー・マッコール


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ペギー・マッコールはニューヨークタイムズ紙の12冊のベストセラーの著者。
ネット上で無料のモーニング・マネー・クラスを提供している。毎日、3〜5分のショートメッセージをビデオで届けてくれます。ご希望される方は次のサイトから登録してください。http://peggymccoll.com/go/morning-money-classes/

(訳 舟田譲二)


(自ら「源たれ」というのは素晴らしいメッセージです。これは人生で成功する秘訣です。
私もときどきこのサイトを見ますが、毎回教えられることがたくさんあります。ペギーはかなり早口の英語で語りますが、リスニングのいい練習にもなりますよ)


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褒めることよりも大切なこと

2017.02.18日

"Taking an interest in what others are thinking and doing is often a much more powerful form of encouragement than praise."
--Robert Martin - Author
「人が考えたり行なったりしていることに関心を持つことは、褒めることよりもはるかに強力な励ましとなる」
--ロバート・マーチン、著作家
(訳 舟田譲二)


人を褒めることはとても大切です。いつも他人の言うことすることにケチをつけ、けなしてばかりいる人がときどきいます。
でも、人はけなされたり、ケチをつけられるとやる気をなくすものです。
親の子どもに対する接し方や、教師の生徒に対する、また上司や雇い主の部下に対する接し方などを見ればよくわかります。


しかし、「人が考えたり行なったりしていることに関心を持つこと」は、案外多くの人に見過ごされているのではないでしょうか。
ロバート・マーチンが言っているように、人に純粋な関心を持つことは、単に褒めることよりもはるかにその人にとって大きな意味を持つものです。


「へぇ〜、そうなんだ」
「ふ〜ん。それで?」
「そしたらどうなったの?」
のような相づちや質問は、その人に関心を持っていることを表し、それはすぐに伝わります。
そして、さらに会話ははずんで、相手の人はどんどん話を続けます。
むしろ表面的な褒め言葉はそれほどありがたく感じられず、会話はすぐに止まってしまいます。


先日、「持っているものはますます与えられる」の中に登場したAさん、最近は毎日塾に顔を出してニコニコしながら話が止まりません。
曰く、
「アメリカの大学に留学して化学を勉強したいんです。今、元素は118発見されているんだけど、私は120番目の新元素を発見するのが夢なんです。そして、将来は大学で化学を教える先生になりたいです」
私はちょっと茶々を入れました。
「そうなの...。先生は文系の人間であまり化学には興味がないんだ。元素なんて、なんか無機質で情緒がないような気がするよ」
これに対する彼女の答えは、
「え〜?なんで、なんで?この壁のクロスも、柱も、床も目に見えるものはみんな元素から成り立っているんですよ。一つひとつがそれぞれの特徴を持っていて、その特徴を生かしてこういうものになってるんです。それを思ったら、もうどれもこれも可愛くて可愛くて仕方がない」
「そう言えば、腸内細菌を研究している人が言ってたけど、自分の腸の中にいる細菌が可愛くて、花子とか一つひとつ細菌に名前をつけているんだって。それとおんなじだね」
「はっはっははは...」


こんな感じで会話はいつまでも続きます。
おそらくAさんは自分の考えていることを人に言いたくて仕方ないのでしょう。
あなたのすぐ近くにもそんな人がいませんか?


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いじめの問題

2017.02.07日

先週の木曜日に「日本人はなぜ英語が下手なのか」という記事を書いたところ、多くの人からコメントをいただきました。
この中で引用したTBS系列で放映されている『好きか嫌いか言う時間』というディベートバラエティ番組で、昨夜は「いじめ」の問題が取り扱われました。
中高校生や現役の学校教師、箱根駅伝3連覇の青山学院・原監督などが本音でいじめについて討論していました。


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(これは動画ではありません)


去る1月28日にアカデミー学院では中学3年生を対象に受験の際の面接練習をしたのですが(「将来の夢」)、そのときひとりの生徒に中学校で頑張ったことについて尋ねたところ急に涙を流し、学校で殴る・蹴るなどのいじめを受けていると言い始めました。
この子のいじめについては本人からこれまでに何度も聞いていましたし、学校の担任にも話していると言うのですが、一向に改善されていないようで、話を聞いていてとても心が痛みました。


そう言う私自身、中学生の頃陰湿ないじめを受けた経験があり、他人ごとではありませんでした。
以下は、今から5年ほど前に書いた記事、「心が痛むいじめの問題」から一部抜粋した再録で、私自身の辛い経験を綴ったものです。今、読み直してみて、当時のことがありありと甦ってき、涙が出てきます。
いじめの問題に対してひとりでも多くの人の意識が高まり、なんらかの対策を講じるひとつのきっかけになれば幸いです。


実は私も、中学1年の時、執拗ないじめに悩まされ、死にたいと思ったことがありました。
小学校の卒業式の翌日にまったく知らないところに引っ越してきました。
新しい中学での生活が始まり、周りに友達がひとりもいなくて寂しい思いをしていたら、近所に住む同じクラスの二人の男の子が声をかけてくれました。それからあっという間に彼らと親しくなり、毎日遊ぶようになりました。


ある日、そのうちのひとりが私について変な噂を流し始めたようです。
「街からやってきた舟田は大会社の社長の息子で大金持ち。家には自家用の飛行機もあるらしい」云々。
周りの子たちから異様な目で見られるようになり、その噂を打ち消すのにひと苦労しました。
そうこうしているうちに、その生徒が悪い仲間と一緒になって、私に対するいじめを始めるようになりました。
「舟田、掃除さぼるなよ」
「いや、さぼっていない。ちゃんとやっているじゃないか」
「だれもお前がさぼってるなんて言ってないだろ。さぼるなって言ってるだけだ」
次第にいじめはエスカレートしていきました。事あるごとにいちゃもんをつけて、責め立ててきました。
来る日も来る日もいじめられ、もう毎日が憂鬱で、学校に行くのが苦痛になりました。
クラスの他の生徒たちはそれを見ていて見ぬふり。
しかし、ある日、隣の席に座っていたひとりのおとなしい子が味方になってくれ、気にする必要はないよ、と声をかけてくれました。
これがどれほどありがたかったことか。


その後、両親にいじめられていることを泣きながら伝えました。
それを聞いた父が立ち上がってくれました。
「その子の家に行って、お前が自分の口で、これ以上いじめないでくれ、と言いなさい。自分は口ははさまないけど、通りの角でお前たちが話しているところを見ていて、もし何かあったら助けに行くから」と言ってくれました。
そこで勇気を持って、その子の家に行き、このいじめの問題で自分はとても苦しい思いをしている、もうこれ以上続けないでくれ、とはっきりと言うことができました。
近くに立っている父の姿が目に入って、彼も少し恐れたのか、それでいじめはピタリと止まりました。
ひとりで悩んでいなくて良かったと心底思いました。


しかし、その後も別の子に電車のホームの裏に連れて行かれ殴られそうになったり、修学旅行の時にも別のクラスの子の部屋に呼び出されて数人に取り囲まれ、暴行を受けそうになったことなどもありましたが、その都度、近くにいた誰かが助けてくれました。


(中略)


いじめは子どもの間の問題だけではありません。
大人の社会においても、しかも庶民を守るべき立場にある警察官や市・県の職員、教師までもが弱い立場にいる女性や子どもに性的嫌がらせや暴行などの破廉恥行為をしているというのは、これこそまさにいじめそのものです。
学校関係者が隠蔽工作をするのもいじめ行為です。
しかも、世界の中でも例外というぐらい平和で安全な国と言われている日本国内でさえ、毎日のようにこのようないじめがあらゆるところで行われているのです。


しかし、このようなことは最近になって始まったことではなく、昔から常に起こっていました。
これはモラルの低下云々の問題ではなく、人間の心の内に潜む恐ろしい罪の性質のゆえの犯罪行為です。
この根本的な問題を解決しない限り、懲戒免職や懲役刑などの重い実刑判決を課したとしても、決して後を絶つことはないでしょう。


私たち人間は、犯罪を犯す犯さないを問わず、ひとりの例外もなく、神様の前にはみんな罪人(つみびと)です。
この罪の問題の解決なしに、平和で安全な国、幸せな人生など築けるわけありません。
今、私たちが行っていることは、いわば砂上の楼閣作りのようなものです。
日本国民みんなが一度立ち止まって、自分の心の内を再点検し、問題解決のための糸口を真剣に探し求め話し合い、それを実際に行動に移さなければならない時が来ています。


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ひび割れつぼの話

2017.02.06日

とっても素敵なお話に巡り合いました。
FacebookフレンドのMasumi HughesさんがDaniel Matsushitaさんのタイムラインからシェアしてくださったものです。再シェアさせていただきます。


【ひび割れつぼの話】
インドのある水運び人は2つのつぼをもっていました。その2つを天秤棒の左右につけて肩にかけ、ご主人のために毎日水を運んでいました。片方のつぼには、ひび割れがあったので、いつも水が半分こぼれていました。もう片方のつぼは完璧で、自分は役目を十分果たしていると満足していました。


ひび割れつぼは、自分のひび割れを情けなく思い、いつもみじめな気持ちになりました。2年が経ち、ひび割れつぼは、とうとう水運び人に言いました。「私は自分が恥ずかしい。私にはひび割れがあって毎日水が半分こぼれ、あなたの役に半分しかたっていない。それがとても辛いんです」  
それを聞いて水運び人は、ひび割れつぼに優しく言いました。「今度歩く時に、道端の花をよく見てごらん」


そう言われて、次の日、ひび割れつぼは、毎日通る道に美しい花が咲いていることに気づきました。美しい花を見て、少し元気になった気がしましたが、ご主人の家に着いたときには、やはり水は半分しか残っていませんでした。


「やはり私は役に立たないつぼだ。ごめんなさい」
すると水運び人はこう言ったのです。
「気がつかなかったかい? 道端の花は君の側にしか咲いていなかっただろう。僕は君のひび割れを知ってから、君の通る道に花の種をまいておいたんだ。毎日そこを通るたびに君は種に水をやり、花を育ててきたんだよ。僕は毎日その花を切り、ご主人の食卓に飾ってきた。君のおかげでご主人は、きれいな花を眺めながら 食事を楽しむことができるんだよ」


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この話はいろいろなことを教えています。


私たちはとかく自分の欠けているところに目が行き、情けない気持ちになったり、申し訳なく思ったり、自分は役立たずだと自分を責めたりしてしまいやすいものです。
しかし、自分の気がつかないところで、私たちの「欠け」そのものが、ほかの人やものの役に立っていたりするのです。


上の話の中では、もう一方のつぼは完璧だったとあります。
「自分は役目を十分果たしていると満足していました」とあり、確かに水漏れもなく役割は完璧に果たしていたかもしれませんが、「満足していた」とあるように、ひょっとしたらそれは自己満足だったのかもしれません。


私たちから見て才色兼備で「完璧」に見える人がときどきいますが、そもそも完璧などと言える人はひとりとしていません。
むしろこの世の中は、一人ひとりみんな異なるギフト(賜物、才能、特徴)が与えられていて、それらに優劣をつけることなどできません。


私たちは与えられているそれぞれのギフトを最大限に活かすことによって、互いを助け合い、補い合って役割を果たし、社会全体として機能するようになっている、と私はいつも思うのです。
ですから、自己満足して高慢になることも間違っていれば、また自分の劣っている面を見て自己卑下することも同様に間違っています。


この物語を読みながら私はこんなことをを考えていました。


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ロシアより愛を込めて

2017.02.04日

"The mediocre teacher tells.
The good teacher explains.
The superior teacher demonstrates.
The great teacher inspires."

--William Arthur Ward
「平凡な教師はただしゃべる。
良い教師は解説する。
さらに優れた教師は自らやってみせる。
しかし、偉大なる教師は生徒の心に火をつける」

--ウィリアム・アーサー・ウォード
(訳:舟田譲二)


ウイリアム・アーサー・ウォードは、米国ルイジアナ州出身で、メソジスト教会監督や日曜学校校長、信徒リーダーなどを務めたほか、いくつかの大学で教え、リーダーズダイジェストなどのコラムニストとしても活躍していました。
彼が残した名言は、今日でもアメリカでもっとも多く引用されていると言われます。


昨夜、塾から家に帰る道、向こうの方から飛び跳ねるように駆け寄ってくる若い女性がいました。
最初、私の後ろにいるだれかに向かって駆けてくるのかと思い、振り返ろうとしたのですが、近づいてきたその女性は満面の笑みで、私に声をかけてきました。
「学院長先生!あー、お会いできて良かった!」


アカデミーで7年間働いてくださり、生徒たちの人気者だった清田先生です。
去年、退職されて今も東京で教育関係のお仕事をしていらっしゃるのですが、昨夜はなんと仕事が終わってからわざわざ電車に乗って平塚まできてくださいました。そして、折り返しお住まいの埼玉まで戻られるとのこと。
それは、私にバレンタインのチョコレートを届けるため!ではなく(笑)、もうすぐ卒塾する愛する中3の生徒たちにチョコレートを直接手渡し、受験生を激励するためだったのです。
私のためのチョコレートもついでに(?)ありました。というか、在職中毎年バレンタインになると欠かさずチョコレートをくださっていましたが。
昨日いただいたチョコレートは超豪華版。ピンクのハートのボックスに入ったキュートなゴディバのアソートメントチョコ。


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家に帰って妻と一緒にひとついただきましたが、口の中でとろけて、思わず「美味しい〜!」。
その温かいお心遣いに胸に熱いものが込み上げてきました。ありがとう、清田先生!


このとき、お気に入りで何度も観た映画、『007 ロシアより愛を込めて』の主題歌の冒頭の歌詞がよみがえってきました。


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(ジェームズ・ガクインチョーとタチアナ・キヨタ?)


From Russia with love I fly to you,
much wiser since my goodbye to you.
I've travelled the world to learn,
I must return from Russia with love.


清田先生はロシアほど遠くはありませんが(笑)、東京から1時間以上もかけて愛する生徒たちのために駆けつけてくださいました。「ロシアより愛を込めて」ならぬ「埼玉より愛を込めて」
本当の愛情がなければできないことです。
生徒たちもみんな、清田先生の気持ちをしっかりと受け止めて、全力で10日後の受験に臨むことでしょう。
「偉大なる教師は生徒の心に火をつける」
これは真実です。


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私欲から解放されて

2017.01.31日

"What we have done for ourselves dies with us; what we have done for others and the world remains and is immortal."
--Albert Pike – 1809-1891, Attorney and Writer
「私たちが自分のためにやったことは、自分の死とともに消えてなくなる。しかし、人のため、世のためにやったことは永遠に残る」
--アルバート・パイク、弁護士、作家
(訳 舟田譲二)


アルバート・パイクについては、ネットで調べるとフリーメイソンKKK(クー・クラックス・クラン)の創始者であるとか、第1次・第2次・第3次世界大戦を予言していたとか、いろいろ書かれています。
しかし、そんなことはさておき、冒頭の
「私たちが自分のためにやったことは、自分の死とともに消えてなくなる。しかし、人のため、世のためにやったことは永遠に残る」
はツボを得た言葉です。


人は生来自己中心なもので、その行動のほとんどは自分の益のためです。
しかし、自分のためにたとえどんなに偉大なことをして地位を得、名声を博し、偉大な事業をなし、財産を蓄えたとしても、その人が死ぬとすべては消えてなくなり、人々の記憶からも消し去られてしまいます。
しょせん、あの世にこれらを携えていくことはできないのです。


一方、ひとりの人が他の人のため、世のためになしたことは、永遠に人の心に刻みつけられ、語り告げられます。
それは文学や哲学、教育、スポーツ、芸術etc.etc.、どれを取っても明らかです。
残されたものは、たとえ何年、何百年、何千年たっても、私たちの魂に語りかけ、教え、励まし、慰め、知恵を、喜びを、勇気を与え...と、その影響ははかり知れません。


1909年に北海道で起きた鉄道事故の実話を元に三浦綾子さんが小説にした『塩狩峠』は、のちに映画化されました。
「人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない」という聖書の言葉を実践して自らの命を犠牲にしたひとりの青年の行動が、100年以上たった今日も、本や映画を通して国内外の多くの人に感動を与え、命を与え続けています。


どんなことであれ、私欲から解放されて自由に活動、行動するなら、それは多くの人に、そして世に益するものとなるのです。


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人生とは芸術

2017.01.13日

"Life is the art of drawing without an eraser."
--John W. Gardner – 1912-2002, Former U.S. Secretary of Health, Education, and Welfare
「人生とは消しゴムなしで描く芸術だ」
--ジョン・W・ガードナー、米国保健教育福祉省元長官
(訳 舟田譲二)


うまく言ったものですね。
私も「人生とは芸術だ」と常々思っています。
私たち一人ひとりが描く異なった絵。
いえ、人だけではありません。地球上のすべての動植物、さらに細菌なども含むすべての生命体がその人生をかけて1枚1枚の絵を描いています。
どれ1枚をとってもみんな異なり、しかも無価値なものなどなく1枚1枚に無限の価値がある。
「開運!なんでも鑑定団」に出したら、それこそ値段がつきません。それぐらい価値あるものです。


さらにすごいのは、消しゴムで消して描き直すことができない、みんな一回限りの人生を最高に描いているのです。
もちろん、はた目に見ると「傑作」や「駄作」もあるでしょうし、「失敗作」もあるかもしれません。しかしこれはあくまでも人間の見方。
神様の目から見れば、どれ一つとして「駄作」や「失敗作」はないのです。
なぜなら神様は
「わたしの目には、あなたは高価で尊い」(イザヤ43:4)
「わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している」(エレミヤ31:3)
と一人ひとりにおっしゃっているからです。


あなたは神様の最高傑作。
たとえ失敗があったとしても消しゴムで消して描きなおす必要のない、ありのまま、今の状態で最高の芸術作品なのです。
卑下したり、悲観することは作者である神様に対する冒涜です。


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周りの人たちがあなたの真似をする

2017.01.11日

"Do something wonderful, people may imitate it."
--Albert Schweitzer - 1875-1965, Theologian
「なにか素敵なことをしなさい。周りの人たちがあなたの真似をするかもしれませんよ」
--アルベルト・シュバイツァー、神学者
(訳 舟田譲二)


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人の行動は伝染するものです。
憎しみを持っていると、連鎖反応で憎しみもどんどん広がっていきます。
個人レベルに限らず、国と国の間でも小さないさかいが起こると、それはどんどん大きくなっていきます。
分裂はますます裂け目を大きくします。
疑惑を持っていると、その疑惑はさらに大きくなり、だれも信じられなくなります。
誤りはさらに大きな誤りを引き起こします。
悪口を言っていると、悪口は周りにどんどん伝染していきます。


しかし、一方で人の良い行いもまた伝染していきます。
私たちの日々の生活を少しでも明るく、幸せにするには、また世界に平和を求めるなら、当然のことながら私たちがまず率先して人のお手本となるような行動を取らなければなりません。
なぜなら、それも伝染していくからです。


シュバイツァーがここで言っている、「なにか素敵なことをしなさい。周りの人たちがあなたの真似をするかもしれませんよ」はまさにこのことを教えています。
私がよく心に思うのは、次の「平和を求める祈り」です。


わたしをあなたの平和の道具としてお使いください。
憎しみのあるところに愛を、
いさかいのあるところにゆるしを、
分裂のあるところに一致を、
疑惑のあるところに信仰を、
誤っているところに真理を、
絶望のあるところに希望を、
闇に光を、
悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください。
慰められるよりは慰めることを、
理解されるよりは理解することを、
愛されるよりは愛することをわたしが求めますように。
わたしたちは与えるから受け、
ゆるすからゆるされ、
自分自身を捨てることによって、永遠の命に生きるからです。


地上において完全な理想郷をつくることは不可能ですが、小さな行い一つひとつの積み重ねが輪を広げていくなら、世界はもっともっと平和になり、住みやすいところになることでしょう。


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ダディ

2017.01.07日

今から数年前、2005年11月28日に父は亡くなりました。
父の名前はジョン。父は私の人生の大半において、子どもたちとほとんど時間を過ごすことのなかった、つねに忙しい会社の経営者でした。
子どもの頃のことを考えると、ほとんど母の思い出ばかりです。母は家族をひとつにまとめ、自らの愛情とサポートで家庭を築いてくれていました。
父はいわゆる大物のビジネスマンで、ただ仕事やレクリエーションのスケジュールに沿って、家を出たり入ったりしているだけでした。


しかし父は、年を取るにつれて自分の人生に関わっている人たちに関心を寄せるようになりました。娘たちや義理の息子たち、孫たちなどに。
ひ孫が誕生すると父はそれまでとはまったく違う人物となり、周りの人たちのことをもっとよく知ろうとするようになりました。父は愛する者たちみんなと時間を過ごすよう努め、私たちに自分自身をまるでギフトのようにして与えてくれました。


その過程で父は、家族の一員として愛されるとはどういうことかを学びました。
また、父がどれほど素晴らしい人物であったかを知るきっかけも私たちに与えてくれました。
父が人生最後の数年間に、その生き様を通して人生についてとても多くのことを私に教えてくれた、ということを知ったらきっと驚いたことでしょう。


父はいつでも万事において楽しい面や良い面を見つけていました。決して鼻を鳴らしたり不平を言ったり、人の悪口を言ったり、人に対して否定的な見方をしたりすることなく、自分の財産に対しては物惜しみせず、道徳面、金銭面においては人々の信用が厚く、機会あるたびに人をハグし、愛を体現し、感謝の気持ちを表していました。
父は、ただありのままの姿でいるだけで素晴らしいお手本でした。


ですから私は今日、さまざまな人間関係を考えるとき、どれほど無意識のうちにお互いに影響を与え合っているかということを思いめぐらせるのです。
私たちの日常生活の中で、ほんの些細な会話や行動さえもがほかの人にいつまでも消えない印象を与えます。


ほかの人に対する心遣いや思いやりを伝えることができるよう、私は自分のすることすべてにおいてこのことを意識するよう心がけています。
ちょうど晩年の父が私に教えてくれたように。
あなたはいかがですか?


サンドラ・アベル
(訳 舟田譲二)


6年前の記事、「子は父の背中を見て」の中に、私自身の天に帰ったダディ(私も父のことをこう呼んでいました)のことを書きました。
父は決して上のサンドラ・アベルさんのダディのような立派な人ではありませんでした。
それでも数えきれないほど多くの素晴らしいレッスンを、お手本を私に残してくれました。


サンドラが
「あなたはいかがですか?」
と尋ねていますが、果たして私はどうなんでしょう?
「子は父の背中を見て育つ」と言いますが、果たして子どもたちにどのような背中を見せてきたのでしょうか。
そして、これから先も見せ続けるのでしょう。
また、子どもに対してだけでなく、あらゆる人間関係において私はどのような背中を見せているのでしょう。
私も「自分のすることすべてにおいてこのことを意識するよう心がける」ようにしています。


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親切のススメ

2017.01.06日

"Be kind whenever possible. It is always possible."
--Dalai Lama - Monk
「できる時にはいつでも親切にしなさい。そして、親切はいつでもできることです」
--ダライ・ラマ、僧侶


「可能な時にはいつでも親切にしなさい。でも、親切にするのに可能でない時などないのですよ」というダライ・ラマの親切のススメです。


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「小さな親切運動」というのがありますが、上のはあくまでも一例であって、「電車やバスの中で人に席を譲る」「困っている人を手伝ってあげる」など、改まってすることである必要はありません。どんなことでもいいのです。言葉かけだけでもいい。寄り添ってあげるだけでもいいのです。
親切は、いつでも、どこでも、だれにでもできることです。
夫婦や親子、きょうだいの間でも、また友達同士、仕事仲間、上司と部下、先輩と後輩、雇主と従業員、教師と生徒の間から、まったく見知らぬ通りがかりの人に至るまで。


そう言えば、厚切りジェイソンのお笑いネタに「親を切って何が親切だ」というのがありましたが、親切とは「親を切る」のではなく、「相手にぴったり寄り添う」という意味です。
人はひとりで生きていくことはできず、誰かにぴったりと寄り添ってもらいたいものです。
ですから、ほんのちょっとしたことでいいのです。
「親切」は人間関係の潤滑油です。
親切のない世界はギスギスして、息づまるような感じがします。


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大きな木

2017.01.01日

Happy New Year!


この新しい年が、皆様にとって祝福に満ちた素晴らしい年となりますようお祈りいたします。
新年にあたり《愛のギフト》をお贈りします。


日本題は『大きな木』ですが、原題は『与える木』です。
見返りを期待せず、与え続ける心の大きな木の物語です。
男の子の幸せを願って自分の持てるものをすべて与える木の愛情に涙が出てきます。


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昔々、一本の木がありました。
この木はひとりの男の子が大好きでした。


男の子は毎日、木のところにやってきて、その木の落ち葉を集め、それで王冠を作って、森の王様ごっこをするのでした。
男の子は木の幹に登り、枝からぶら下がってブランコ遊びをしては、木になるリンゴを食べました。
また男の子は木とかくれんぼをしました。
疲れると木陰で眠りました。
男の子は木が大好きで、木は幸せでした。


時は流れました。
男の子は大きくなっていきました。
木はしばしばさびしくなりました。


ある日、男の子が木のところにやってきたので木は言いました。
「さあ坊や、わしの幹に登ってリンゴを食べ、わしの木陰で遊んで楽しんでおくれ」
男の子は言いました。
「ぼくはもう大きくなってあなたに登って遊ぶことなんかできないよ。
いろんなものを買って楽しみたいんだ。それにお金がほしい。ぼくにお金をくれませんか?」
木は答えました。
「ごめんね。わしにはお金はないよ。あるのは葉っぱとリンゴだけだ。わしのリンゴを持って行って町で売りなさい。そうしたらお金ができて幸せになれるでしょう」
そこで男の子は木に登り、リンゴを集めてそれを持って行ってしまいました。
木は幸せでした。


男の子は長い間ずっと戻ってきませんでした。
木は悲しくなりました。
ある日、男の子は帰ってきました。木は嬉しくて体を震わせて言いました。
「さあ、わしの幹に登って枝からぶら下がってブランコして楽しんでおくれ」
男の子は言いました。
「ぼくは忙しくて木になんか登ってられないよ。
暖かい家がほしいんだ」と男の子。
「結婚して子どもたちがほしい。だから家がいるんだ。ぼくに家をくれない?」
「わしは家なんか持ってないよ。森がわしの家なんだ。でも、わしの枝を切って家を建ててもいいよ。そしたら幸せになれるだろう」
そこで男の子は木の枝を切って、それを持って行って家を建てました。
木は幸せでした。


男の子は長い間戻ってきませんでした。
男の子が戻ってきた時、木は嬉しくて話せないほどでした。
「さあおいで。わしのところで遊んでおくれ」と木はささやきました。
「ぼくはもう年をとってしまって、惨めで遊べなくなったよ」と男の子は言いました。
「ぼくをどこか遠くに連れて行ってくれる舟がほしいんだ。ぼくに舟をくれない?」
「わしの幹を切り倒して舟を作りなさい。そうしたら遠くに船旅に出られますよ。そして幸せになれるでしょう」
男の子は木を切り倒し、舟を作って船旅に出ました。
木は幸せでした。
いいえ、本当はそんなに幸せではありませんでした。


長〜い時がたって男の子はまた戻ってきました。
木は言いました。
「ごめんね。わしにはあんたにあげるものはもうなんにもない。リンゴはなくなってしまった」
男の子は言いました。
「私の歯はもう弱くなってリンゴを食べられなくなってしまった」
「わしの枝はなくなってしまった。もうブランコ遊びはできないよ」
男の子は言いました。
「年をとって枝でブランコ遊びはできなくなってしまったよ」
「わしの幹はもうなくなってしまった。もう登れないよ」
「私も年で木登りはできない」
木はため息をついて言いました。
「なにかをあげたいんだが、なにも残ってない。ただの古い切り株だ。ごめんね」
「もう必要なものなんてほとんどない。ただ、静かなところで腰かけて休みたいだけさ。もうくたくたなんだ」
木は思いっきり背伸びして言いました。
「じゃあ、古い切り株が腰かけて休むのにいいよ。
さあ、おいで。ここに腰かけなさい。座って休みなさい」
男の子はそうしました。
木は幸せでした。

(訳 舟田譲二)


最後にプレゼント第2弾。
The Giving Tree 原文の朗読です。
(私の朗読ではありません)



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クリスマスツリーの枝の上に置かれた小さな封筒

2016.12.21日

ちょうど1年前の記事です。
読み返してみて、そしてその中の動画を見直して、胸が熱くなるのを覚えました。
それで再度ここにシェアさせていただくことにしました。


これは1982年12月14日に『ウーマンズ・デイ』誌に掲載された実話です。
『ウーマンズ・デイ』誌が、クリスマスシーズンのお気に入りの家族の伝統と、その背後にある物語を募集したところ何千もの応募がありましたが、その中で1等賞に選ばれたものです。
そして、この物語はジョージア州アトランタ市に住むある家族を動かし、与えることの大切さを若者たちに教えることを目的とした「白い封筒プロジェクト」と「ギビング101」という非営利団体の誕生につながりました。
(手記に基づいた創作ビデオです。登場人物の台詞を字幕スーパーにする術を知りませんので、下に日本語訳をつけました。パソコンでご覧になる方は、タブをふたつ開いてリンクをコピーし、一方で動画を流しながら他方で日本語訳を目で追うと同時通訳のような感じで見られると思います)




ほんの小さな、白い封筒でした。うちのクリスマスツリーの枝の上に置かれていたのは。
宛名もなければ、差出人もわからないし、メッセージもありません。この10年間ぐらい、ただクリスマスツリーの枝の間からちょこっと顔を出しているだけでした。


夫のマイクがクリスマスが大嫌いだったことから、ことのすべては始まりました。別にクリスマスの本当の意味を知って嫌っていたわけではありません。クリスマスの商業的な面が嫌いだったのです。お金の無駄遣いから始まり、クリスマス直前の慌ただしい買い物。ハリーおじさんへのネクタイやら、おばあちゃんへの風呂上りのパウダーなど、他にもうなにも思い浮かばなくてやけくそになって買うプレゼントのことです。


マイクがこのように感じているのを知っていたので、私はある年のクリスマス、いつものようにシャツやセーター、ネクタイなどをプレゼントするのをやめることにしました。
その代わりに、私はマイクのためだけの、ある特別なことを考えつきました。
それは驚くような方法でひらめいたのです。


当時12歳だった息子のケビンは、通っていた中学校でレスリングをしていました。そして、クリスマスの直前に街のスラム街にある教会がスポンサーしているチームと1回勝負の試合することになりました。
息子の学校のチームの子どもたちが鮮やかなブルーとゴールドのユニフォームとピカピカのレスリングシューズで身を固めているのに対し、相手チームの子どもたちが履いているスニーカーはボロボロ。唯一靴ひもがチームをまとめているかのように見えるほどで、その歴然たる違いは驚くばかりでした。


試合が始まると私はドキッとました。相手チームの生徒たちは耳をプロテクトするソフトなヘルメットのようなヘッドギアをつけずにレスリングをしているのに気づいたからです。
みすぼらしいチームにとって、ヘッドギアなどとっても買えるような代物ではなく、ぜいたく品でした。
さて、うちのチームは相手をぼこぼこに打ち負かしてしまいました。
どのウェイトの級でもうちのチームは勝ちました。相手チームの子どもたちはみんなマットから立ち上がると、敗北を認めることができない、ストリートチルドレン特有のプライドで、ボロボロのユニフォームに身を包まれて、空威張りしながらふんぞり返って歩いて戻っていくのでした。
私の隣りに座っていたマイクは、悲しそうに頭を振りながら言いました。
「せめてひとりだけでも勝ってくれれば。みんなものすごい可能性を持っているのに。でも、こんなふうに負けてしまうと、本当にくじけてしてしまうな...」


マイクは子どもが大好きでした。リトルリーグのフットボールや野球、ラクロスのコーチをしてきて、子どもたちのことをよく知っていました。
まさにそのときでした。彼へのプレゼントのアイデアが浮かんだのは。


その日の午後、私は近所のスポーツ用品店に行き、レスリング用ヘッドギアとシューズの詰め合わせのセットを買い、それを匿名でスラム街の教会に送ったのです。
そしてクリスマスイブに、私はクリスマスツリーの枝の上に封筒を置いておきました。その中で、私がやったことをマイクに知らせ、これが私から彼へのプレゼントだと書き留めたメモを入れておきました。


マイクは、その年、そしてそれからずっと何年にもわたって、クリスマスになると最高の微笑みを見せてくれるようになりました。
クリスマスがくるたびに、私はこの伝統を守り続けました。ある年は、精神に障がいのある子どもたちのグループをホッケーの試合に招待し、また別の年には、クリスマスの1週間前に火事で家が焼け落ちたお年寄りの兄弟に小切手を送ったり、等など。


このツリーに乗せる封筒は、いつしか私たちのクリスマスのハイライトになっていました。
クリスマスの朝、この封筒はいつも最後に開けられました。私たちの子どもは自分たちのおもちゃのプレゼントなどそっちのけで、お父さんがツリーからこの封筒を取って、その中に書いてあることを読み上げるのを目を輝かせて聞くのでした。
子どもたちが大きくなるにつれ、おもちゃはより実用的なものに取って代わっていきました。でも、封筒はいつもみんなの注目の的でした。


でも、この物語はここで終わりません。
恐ろしいガンで私たちはマイクを失ったのです。
次のクリスマスがやってきたとき、私はまだ悲しみが癒されていず、クリスマスツリーを飾ることができないほどでした。
でも、クリスマスイブに私はツリーに封筒を置きました。翌朝見ると、封筒はさらに3つ増えていました。
子どもたちの一人ひとりがだれにも知られないように、お父さんのために封筒をツリーの上に置いておいたのです。
この伝統はその後もずっと続いていて、いつの日かきっと孫たちも封筒を取って見るのを楽しみにするようになるでしょう。


クリスマスのスピリットに似た、このマイクのスピリットは、これから先いつまでも私たちの伝統となるに違いありません。
ナンシー・W・ギャヴィン
(訳:舟田譲二)


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かみさまへのてがみ

2016.12.17日

12月16日付 読売新聞 「編集手帳」に次のような一文がありました。


米国の子供たちが神様に手紙を書いた。例えば、〈かみさま、かぜを ひくのは なんの やくにたつのですか?〉(谷川俊太郎訳)。サンリオ刊『かみさまへのてがみ』には楽しい質問が並んでいる。
万物をこしらえたという創造主に、出来栄えの感想を尋ねた子供もいる。〈かみさま あなたは きりんを ほんとに あんなふうに つくりたかったの? それとも あれは なにかの まちがいですか?〉。長い首が不思議でならないのだろう。


これを読んで、私も『かみさまへのてがみ』を読みたくなって検索したところ、「かみさまへのてがみ」のタイトルでいくつかの興味深いYouTubeの動画がヒットしたので、ついでに見てみました。
ひとつは「お涙ちょうだい」のとても感動的なものでした。



合唱曲もありましたが、アメリカで大ヒットしたと言われる同名の映画の短いプロモーションビデオ、これも感動的で実際のビデオを観てみたくなりました。



でも、やっぱり冒頭の谷川俊太郎訳の『かみさまへのてがみ』の中に紹介されている子どもの神様への素直な質問、「かみさま あなたは きりんを ほんとに あんなふうに つくりたかったの? それとも あれは なにかの まちがいですか?」が一番心にぐさりときます。


ちょうど昨日のブログ記事「地球の将来、人類の未来は」に書いたように、現在の子どもたちがこれからの時代に直面する「動植物の生態系の破壊」や「民族・国家間の戦争、テロ、地球温暖化など異常気象による大型台風・地震・火山爆発の多発」の問題など、子どもたちの「このままではいけない。なんとかしなければ...」という魂の叫び声のようなものが聞こえてくるような気がします。
このような質問を神様にぶっつけたくなる純真な想い、この答えを子どもたちは自ら探し求めていかなければならないのです。


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一度しかない人生、できれば◯◯とともに生きたい

2016.12.09日

「一度しかない人生、できれば◯◯とともに生きたい」
あなたなら◯◯に何が入りますか?


小説家、詩人の多和田葉子さんがドイツでクライスト賞を受賞しました。


「東京都中野区生まれ。国立市で育つ。東京都立立川高等学校、早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業。書籍取次会社に入社して西ドイツ・ハンブルクに研修に行ったことがきっかけでドイツに魅せられるようになり、ハンブルク大学大学院の修士課程を修了する。


1982年から2005年までハンブルク、2005年よりベルリン在住。1987年、ドイツにて2か国語の詩集を出版してデビュー。1991年、書類結婚の相手を異国に訪ねた女が味わうミステリアスな体験を描いた『かかとを失くして』で第34回群像新人文学賞受賞。1992年、『犬婿入り』で第108回芥川龍之介賞を受賞。


1996年、ドイツ語での文学活動に対し、バイエルン芸術アカデミーからシャミッソー文学賞を授与される。2000年、ドイツの永住権を取得。チューリッヒ大学大学院博士課程修了。博士号(ドイツ文学)を取得。2005年、ゲーテ・メダルを受賞。著作はドイツ語でも20冊以上出版されており、フランス語訳、英訳、イタリア語、中国語などの翻訳も出ている。」
(以上Wikipediaより)


多和田葉子さんの記事が、12月6日付読売新聞に「クライスト賞を受賞して ドイツ語一つ一つ磨く小説工房」と題して載りました。とても興味深い記事なので、以下にその一部を引用させていただきます。


 小説は小学生の頃から書いていた。中学に入って初めて英語の授業があり、英語が日本語と全く違う仕組みを持っていることに大きなショックを受けた。高校時代にはドイツ語を第二外国語として学び、大学ではロシア語を勉強した。どちらも難しかったが、外国語を見たり聞いたりすると、わくわくするようになった。二十二歳でドイツに渡り、しばらくするとドイツ語で小説が書いてみたくなった。それまで日本語で書いていた、あまりにも「小説らしい小説」とは違う、透明度の高い、シンプルで、しかも哲学や詩を目指す短い作品が書けそうな気がした。


 毎朝目が醒さめるとまずドイツ語に向かう。それは冒険というより、工房の地道な作業に似ている。単語を一つ一つ選んでは磨く。そんなことを三十年ほど続け、ドイツでも二十冊以上作品を発表してきたが、わたしのドイツ語による創作活動が今年クライスト賞によって評価されたことがものすごく嬉うれしい。わたしの愛読したハイナー・ミュラーやエルンスト・ヤンデル他、移動の女性作家エミーネ・セヴギ・エツダマやヘルタ・ミュラーなど、これまですばらしい作家たちが受賞している賞だ。
 一度しかない人生、できれば複数の言語とともに生きたい。(作家)


中学生になって初めて英語を学んで日本語との違いにショックを受け、高校ではドイツ語を、大学ではロシア語を学び、大学卒業後「書籍取次会社に入社して西ドイツ・ハンブルクに研修に行ったことがきっかけでドイツに魅せられ」てドイツ語と結婚(笑)。
そしてドイツ人顔負けのドイツ語で小説や詩を書き、そのドイツ語の自作の作品を日本語に翻訳、という常識では考えられないような離れ業をやってのける、まさに才女です。


彼女の結びの言葉、「一度しかない人生、できれば複数の言語とともに生きたい」は、まさに言語を愛し、言語の可能性、面白さにハマったひとりの人の生き様を見事に表しています。
私などもちろん足元にも及びませんが、同じく言語を愛し、英語と心中した者(「好きなものと心中する」)のひとりとして、私はそんな彼女にエールを送ります。多和田葉子さんの作品を読んでみたくなりました。


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結婚相手を決めるときに数学が

2016.12.08日

12月7日付の読売新聞 「人生案内」に質問者の女子大生Aさんが、「夏のゼミ合宿から、2人の男性が気になっているのですが、この気持ちが何なのかわかりません」、と書いています。
「たまに話をするうちに気になり始め、いつの間にか彼らを目で追い、一緒にいたいと思うようになってきました。最初は一時の感情だろうと思っていましたが、大学が始まり、彼らと会うとうれしくてたまりません。彼らと付き合いたいのかと言われたら、それもわからない」そうです。


この相談者A子さんのようなことは、女性に限らず男性も含めてほとんどの人が若いころには一度や二度ならず経験することでしょう。
その答えになるかもしれません。
以前、「生活の中に潜む数学」という記事を書きましたが、なんと結婚相手を決めるときにも数学が役立つんですって!
これから結婚という人はご参考までに。



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成功したければ

2016.12.04日

Put your heart, mind, and soul into even your smallest acts. This is the secret of success.
--Swami Sivananda - 1887-1963, Author
「心も精神も魂もあなたのもっとも小さな行動に至るまで注ぎなさい。これが成功の秘訣です」
--スワミ・シヴァナンダ、作家
(訳 舟田譲二)


「成功」と言うと、だれでも、仕事での成功や学業、子育て、人生での成功などをまずは思い浮かべるかもしれません。
そう、確かにこれらもすべて「成功」です。
しかし、成功はこれらの大きなものに限らず、私たちの日々の生活の中でのさまざまな小さなことすべてにおいても存在します。
家族を含むあらゆる人間関係、精神の安定、健康、規則正しい生活、食生活、運動、休息、睡眠、学び等々、生命活動全般にわたります。
これら一つひとつに、「心も精神も魂もすべて」を注ぐなら、成功しないわけありません。
これらのうちのひとつでも成功していないとすれば、それは心と精神と魂を完全に注いでいないからです。


スワミ・シヴァナンダは医師、ヨガの指導者、宗教家、思想家、作家として、生涯をとおして人民のために自らを捧げた奇特な人です。


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人生と人間関係を改善する方法

2016.12.02日

「ぼくのことをひとことで言い表すとしたら何て表現すると思う?」
妻はちょっと考えて言いました。
「ひとことは難しいけど、完璧主義かしら...。うーん、でもやっぱり優しさだわ」


昨日の記事、「完璧を追い求めると」の中にこの会話の経緯(いきさつ)を少し書きました。
じつはこの後、続きがあるのです。
私は妻に
「じゃあ、自分で自分のことをひとことで言い表すとしたら何て言う?ぼくはどんな言葉で表現すると思う?」
妻はしばらく考えて答えました。
「自己中心?わがままかしら?」
「残念でした。ぼくがいつも考えているのは、『正直』だよ。自己中心とかわがままなんて考えるのは、セルフイメージが低い証拠だよ」
私は妻のことを正直だと考えている理由をいくつか例を挙げて話しました。


自分のこと、また自分の伴侶や子どもなど、家族のことを正しく評価することはとても大切なことです。
否定的、消極的な見方をしていると、それはセルフイメージを低くしますし、また家族など身近な者を否定的に評価すると、それはその人間関係に大きな悪影響を与えます。
逆に良い面を見、肯定的、積極的な見方をする、すなわちいい点を探すと、セルフイメージは高くなりますし、対人関係も飛躍的に良好なものになります。


いかがですか?
あなたは自分のことをどのように表現しますか?評価しますか?
身近な人たちをどのように見ていますか?
頭に浮かぶ言葉を点検してみましょう。
これによって自分自身の人生を、そして人間関係を驚くほど改善することができます。


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希望の虹

2016.11.28日

"Try to be a rainbow in someone's cloud."
--Maya Angelou - 1928-2014, Poet and Author
「誰かの曇った心の雲の中で虹になろう」
--マヤ・アンジェロウ、詩人・作家
(訳 舟田譲二)


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詩人、歌手、女優であるとともに、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアと一緒に公民権運動に参加した活動家。
8歳のときに母親の恋人にレイプされるという痛ましい経験をし、それ以来人間不信になります。
しかし、愛と希望の力に目覚めて、16歳でサンフランシスコで初の黒人女性車掌になり、それがきっかけで積極的な人生を歩み始めます。
『歌え、翔べない鳥たちよ』 (I Know Why the Caged Bird Sings)は、1930年代〜40年代にかけての偏見と差別の中で過ごした貧しい子ども時代の自身の体験をつづった自伝。
彼女は作家として一躍有名になります。
1993年、ビル・クリントンのアメリカ合衆国大統領就任式にて自作の詩を朗読し、2011年には大統領自由勲章を受章。今日、全米の人々が尊敬する黒人女性作家です。


冒頭の
「誰かの曇った心の雲の中で虹になろう」
は、まさにマヤ・アンジェロウの人生そのものを表した名言です。
自分の生まれ育ちを呪い、自分をさげすみ、裏切り、ひどいことをしてきた人々や社会を恨み、憎んで生きる道もありましたが、彼女はその正反対の生き方、すなわち人々の心の雲の中にかかる希望の虹になることを選択したのです。


彼女のその立派な生きざまの前に、私はただただ頭を垂れ、心砕かれるばかりです。


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コラボの世界

2016.11.26日

一昨日はここ湘南地方で57年ぶりの雪が降り、朝起きると辺りは一面銀世界。とは言っても家や車の屋根の上に2〜3センチ積もっただけで、午後にはもう溶け、車の運転や仕事には支障なくほっとしました。

昨日は朝早く目覚めたので、小一時間ウォーキングに出かけました。頭に雪を頂いた富士山が真っ青な空を背景に輝いていました。


IMG_0090.JPG

(自宅のすぐ近くから見える富士山)


でも、富士山がひとつだけしかないので美しいので、もしも両隣にも向こう側にも手前にも同じ富士山があったりしたら興ざめです(笑)。
周囲に低い、緑の山々があるからこそ際だって美しいのです。では低い山々は綺麗じゃないのかと言えば、もちろんそんなことはなく、木々の緑が日々私たちの目を楽しませてくれています。
いわば富士山と普通の山々のコラボです。


日本には四季があり、春夏秋冬それぞれに気候も景色も、食べ物もほかには味わえない良さがあります。
四つの季節がそれぞれの役割を果たしています。春夏秋冬のコラボです。


アカデミーでは毎年12月に小学生の英語教室でクリスマス会を開きます。1989年の創立以来ずっと続けていて、子どもたちの間では大人気のイベントです。
クリスマス会と言っても単なるパーティではなく発表会も兼ねているので、普段学んでいる英語を使ってゲームをしたりして楽しみます。
また、教会で行われるクリスマス礼拝のミニチュア版のような感じで、キャンドルライトで学院長のメッセージがあり、またキリストの生誕シーンの聖句を英語で暗唱したり、英語の賛美歌をアカペラで歌ったりします。


担当の先生から、生徒たちが家で練習できるよう、聖句と歌の動画を作ってアカデミーのホームページに載せて欲しいと言われ、早速作ってみました。私が英語でお手本を示し、それをカラオケのように文字が画面に流れるのを息子が作ってくれました。
HPトップページの「お知らせ」の「マイティキッズ英語教室 クリスマス会練習課題」です。
ちょっと恥ずかしいですが、息子と私のコラボ作品を下の「アカデミー学院ホームページ」の「お知らせ一覧」をクリックして2016年11月21日のところをご覧ください。


「アカデミー学院ホームページ」


私たちの身体には、無数の器官や細胞がありますが、どれ一つとして不必要なものはなく、みんながコラボしてお互いに助け合っています。
食物も無駄なものは何ひとつありません。すべてが互いに補い合っています。


人間の世界も同様で、不必要な人などひとりもいません。
みんながお互いを必要としています。
この世の中、強い人だけでなく弱い人もいて、お互いに助け合っているのです。
世界全体がコラボしています。
昨日の記事、「1日にたった1時間、たった1分を」の中に書いた「協働」です。
これがあるから世界も、宇宙もすべてがうまく機能しているのです。


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『五年目のひとり』

2016.11.21日

一昨夜の土曜日に放映された山田太一ドラマスペシャル『五年目のひとり』(芸術祭参加作品)はとても見応えのある作品で、途中何度か涙しました。


新聞に載っていた番組欄には、
「山田太一×渡辺謙が贈る家族愛の物語〜東日本大震災から5年! 津波が引き裂いた父娘の命!! 忘れたくない… 遺された男に起こる奇跡〜涙と感動の結末!!」 市川悦子、高橋克実、柳葉敏郎、木村多江
とあり、興味をそそられました。


ちょうどその日、私は5年前のブログ記事、「おばあさんは川へせんたくに…」をFacebook上でシェアしていたのですが、この中で東日本大震災のことを書いていました。
大震災の前の年の暮れ辺りからちょっと体調を崩していたのですが、震災の少し前の2月14日に私は愛する父を天国に送り(「バレンタインデーに嬉しいことが3つ」)、直後には義母の交通事故、そしてそれに続く東日本大震災。
立て続けに起こったこれらの出来事が引き金となってストレスから私は体調を大きく壊し、その後4年にわたって心身の病と闘うことになったのでした。


上の「おばあさんは川へせんたくに…」の記事の中には次のように書きました。
「私のストレスや苦しみなどは、被災地の人たちとは比べものになりません。
被災地では、愛する家族や親族・友人を始め、家や車・家財道具・船などの仕事道具・土地、仕事、その他多くのものを失い、今も避難所や仮設住宅に住んでいらっしゃる方々が大勢いらっしゃいます。
現地でさまざまなボランティア活動や、体を張って放射能の除染活動をしていらっしゃる方々も数え切れないほどいらっしゃいます。
このようなことを考えると、私など不満を鳴らすことなど決してできません。
ちょうど、私の仕事を周りの人たちが分担してやってくれているように、被災地でも多くの人たちがそれぞれの持ち場立場で力を出して、助け合っています。
『そうだ。人というのはひとりでは生きていけない。みんながお互いを必要とし、助け合いながら生きているんだ』」
ちょうどこれを地で行くような内容のドラマがこの『五年目のひとり』だったのです。


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脚本家山田太一氏はこれまで幾多の小説やエッセイ、シナリオ・戯曲などを書いてこられ、いくつもの大きな賞を受賞してこられた超ベテラン。
この作品の中でもその技量が惜しみなく発揮されていました。82歳という歳を感じさせないじつに緻密なストーリーの展開、登場人物一人ひとりの台詞のやり取りの絶妙さ。配役も演出ももう見事と言うほかなく、俳優さんたちの名演技と相まってこの作品を素晴らしいものに仕上げていました。


東日本大震災は単なる過去の出来事ではなく、今日に至るまで、そしてこれから先もまだまだその結果をあちらこちらに引きずっていきます。
それに対して私たちにできること、それはたとえ小さなことでも、一つひとつが合わさると、このドラマのようにそれは大きな感動を呼び起こし、ひとりの人の人生を変えることにもなるのです。


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内から出る本当の美しさ

2016.11.15日

"When you find peace within yourself, you become the kind of person who can live at peace with others."
--Peace Pilgrim - 1908-1981, Spiritual Teacher
「内なる平和を見出したら、周りの人たちとも平和に暮らせる人になれる」
--ピース・ピルグリム、スピリチャル指導者
(訳  舟田譲二)


2日前に、オードリー・ヘプバーンの記事、「本物の美しさ」を投稿したところ、FBフレンドで英語教師仲間の須見啓子さんが次のようなコメントをくださいました。
「舟田先生、一瞬鳥肌がたちました!笑
なぜならば、ちょうど私もオードリーヘップバーンの名言をタイムラインにあげたくて、数日前からいろいろ考えていたからです。(*≧∀≦*)」


そして次に私が、冒頭の言葉を数日反芻(はんすう)していたところ、須見啓子さんが下の画像をタイムラインにアップされました。


IMG_9961.JPG


上の言葉と、このヘプバーンの言葉に相通じるところがあると感じずにはいられませんでした。
「内なる平和を見出したら、周りの人たちとも平和に暮らせる人になれる」
「美しい唇であるためには、美しい言葉を使いなさい。美しい瞳であるためには、他人の美点を探しなさい」


つまり、「周りの人たちと平和に暮らせる人」というのは、自分の心の内に平和を見出している人。
また、「美しい唇を持つ人」は、心の中で美しいことを考え、それを口に出して言う人。「美しい瞳を持っている人」は、他人の美点を常に探している人なのです。
心の中で考えていることは、唇や目に自然と現れてきます。


晩年のオードリー・ヘプバーン。見た目は確かに年老いて、若いころのような華やかさはありません。
しかし、若いころの美しさ以上に、ユニセフの活動に励んでいた当時の彼女の心の内、すなわち貧しい子どもたちや病に苦しんでいる子どもたち、戦争の犠牲になってしいたげられている子どもたちを慈しみ、愛の手を伸べる優しさが、その目に、唇に現れています。
これぞ彼女の本当の美しさではないでしょうか。


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本物の美しさ

2016.11.13日

"As you grow older, you will discover that you have two hands, one for helping yourself, the other for helping others."
Audrey Hepburn - 1929-1993, Actress
「歳を重ねるにつれて、ふたつある手のうちひとつは自分を助けるため、もうひとつは他人を助けるためにあることがわかるようになる」
オードリー・ヘプバーン
(訳 舟田譲二)


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ヘプバーンといえば『ローマの休日』。
でも、『麗しのサブリナ』も良かったし、『戦争と平和』『パリの恋人』『昼下りの情事』『尼僧物語』『ティファニーで朝食を』『暗くなるまで待って』『おしゃれ泥棒』も『シャレード』も『マイ・フェア・レディ』も、もうどれもこれも全部良かった。大ファンでした。
本当に綺麗でした。
演技もその役になりきってうまかった。
ヘプバーンはアカデミー賞、エミー賞、グラミー賞、トニー賞といくつもの賞を取り、もっとも人気のあった女優のひとりです。


しかし、後半生のほとんどは国際連合児童基金(ユニセフ)での仕事に捧げました。
しばらく銀幕から遠ざかって見なくなったなと思っていたある日、ニュースでユニセフの活動をしている様子を見て、びっくり。
「えっ、これヘプバーン?」


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若いころの可愛さや華やかさはもはや消えてなくなっていましたが、内側から本物の美しさが溢れ出ていました。
これが、冒頭のヘプバーンの言葉、
「歳を重ねるにつれて、ふたつある手のうちひとつは自分を助けるため、もうひとつは他人を助けるためにあることがわかるようになる」
に表われています。
ますます彼女のファンになりました。


人からちやほやされる上辺の美しさは若いころの一時的なもの。
永遠に残るのは、内側から溢れ出る本物の美しさです。


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感謝の気持ちを生きる

2016.11.04日

"To speak gratitude is courteous and pleasant, to enact gratitude is generous and noble, but to live gratitude is to touch Heaven."
--Johannes A. Gaertner – 1912-1996, Professor of Art History
「感謝の気持ちを言葉で表すのは思いやりがあり、気持ちいい。感謝の気持ちを行動で表すのは寛大で、立派だ。しかし、感謝の気持ちを生きるなら天国に触れることになる」
--ヨハンネス・A・ゲルトナー、美術史教授


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ゲルトナーの上の素晴らしい言葉に胸を打たれました。


ゲルトナーはドイツ生まれのユダヤ人のハーフでしたが、クリスチャンとして育てられ、ハイデルベルグ大学で神学で博士号を取得。キリスト教の牧師になるつもりだったのですが、時は第2次大戦。ドイツの徴兵を逃れてペルーに移住。そこで同じユダヤ人とドイツ人のハーフの女性と結婚し、ふたりは語学教師をしたり、書籍の輸入商などを営んだりしていました。
戦後、合衆国に移住しニューヨークで出版業を営み、大学でラテン語やさまざまな人文科学系の学科を教え始め、ラテン語とドイツ語の詩集を出しました。
そのような時、1学期限りの契約で美術史を教えたところ、その技量が買われて助教授、教授へと昇進し、後には芸術一般を教えるようになりました。


日本でエステティシャンというと、エステティックサロンにおいて「ボディケア」「脱毛」「フェイシャル」「リフレクソロジー」などの施術を行い、人々の肌や体の悩みを解決したり、より美しくする職業のことを指しますが、英語のaesthetician(エステティシャン)の原義は、「美の本質を専門とする哲学者」で、ゲルトナーはその草分けのような人物です。


そのような人の口から出た言葉が冒頭の
「感謝の気持ちを言葉で表すのは思いやりがあり、気持ちいい。感謝の気持ちを行動で表すのは寛大で、立派だ。しかし、感謝の気持ちを生きるなら天国に触れることになる」
です。
これぞ「美の本質」という感じです。


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幸せになる秘訣

2016.11.02日

"One of the things I keep learning is that the secret of being happy is doing things for other people."
--Dick Gregory – Civil Rights Activist and Author
「私がいつも教えられていることのひとつは、幸せになる秘訣は他の人たちのために何かする、ということだ」
--ディック・グレゴリー、市民権活動家・作家


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ディック・グレゴリーは現在84歳で、現役のコメディアン、俳優、作家、市民権活動家です。
(上の写真は1年前のもの)


彼には面白いエピソードがあります。
その昔、米国南部のあるレストランに入っていったところ、ひとりの白人のウェイトレスが彼のところにやってきて言いました。
「うちでは黒人は食わせないの」
ディックは答えました。
「ああ、全然かまわないよ。俺は黒人なんか食わねえから。フライドチキンを持ってきてくれ」
これを聞いていた3人の白人の若い男たちがディックのところにやってきて言いました。
「よーっ、おっさん。ひと言忠告しておく。お前がそのチキンにすることを、そのままお前にしてやるからな」
そこでディックはナイフとフォークをテーブルに置き、手に取ったチキンにキスして言いました。
「さあ、坊やたち、そこに並べ!」

(訳:舟田譲二 Wikipediaより。一部改)


さすが市民権活動家、コメディアン。ユーモアのセンスたっぷりに、しかも辛らつに人種差別を皮肉っています。


さて、ディック・グレゴリーの冒頭の言葉、
「私がいつも教えられていることのひとつは、幸せになる秘訣は他の人たちのために何かする、ということだ」
に私はこれ以上賛同できないほどです。
彼はまさにこの言葉どおりの幸せな人生を歩んでいるのだということがよくわかります。


この世の中、自分の幸せばかり追い求めて、人のために何かしたら損だ、と思っている人もたくさんいます。
でも、実はこのまったく逆で、人のために何かして、少しでも人の役に立てたなら、これほど幸せに感じることはありません。自分の益ばかり追い求めている間は真の喜び、幸せはありません。


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人と人の間の境界線

2016.10.30日

最近、「境界線」についてよく考えます。
心理学などで使う「境界線」(別名バウンダリー)と私が考えている境界線はちょっと違うようです。


広い意味での「境界線」は、たとえば国家間の「国境線」です。
国境線とは隣接する国と国との境目で、国家主権の及ぶ限界です。勝手に自国の都合や益のために他国の国境線を越えると、最悪の事態では戦争になります。国家の主権は犯してはならないからです。
各国がこの基本的なルールを守れば戦争は起きないはずです。


同様に、各個人レベルにおいてもさまざまな境界線が存在します。
それは、たとえ夫婦や親子、きょうだいなど家族間、親しい友人間においてもそうです。
それぞれ超えてはいけない私的な境界線があります。
この境界線を越えるからさまざまな問題が起こるのです。


夫婦というのは、まったくの赤の他人でありながら、もっとも近しい関係です。
聖書には、「夫婦は一体である」と教えられています。「一体」とはひとつということです。
分けられないひとつの単位です。しかし、それでもなお夫にも妻にもそれぞれ自分自身の境界線があります。
そして、この境界線を越えることは、伴侶の人権を踏みにじることになります。これが原因でお互いに不信になり、離婚に至るケースもあります。


また、結婚している夫婦は一体なので、不可侵です。
したがって不倫は絶対にだめなのです。国境を越える行為と同じです。
マジシャンのミスター・◯リックが次のように言っていました。
「不倫はバレなければ天国だが、バレたら地獄だ」と。
「経験者語る」のような響きがありますが、たとえバレなくても不倫行為は夫婦間およびそれに割り込む人物、またそれぞれの家族などすべてにとって地獄そのものです。天国なんてどこにもありません。


きょうだい間においても不可侵の境界線があります。
これを破ると親が死んだあと財産争いなどに発展したり、互いに憎しみ合ったり、裁判沙汰になったりします。最悪の事態では殺人事件にも至ります。


さまざまなトラブルやそれに伴うほとんどの事件は、この「境界線」を越えて起きるます。
私たちはみんな他人の、あるいは国家や団体などすべての権利を認め、尊重すべきなのです。


「人にされたくないことを人にしてはいけない」、という消極的なものではなく、さらに一歩進めて、
「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ」
という聖書の教えは万国共通の、そして永遠の真理です。


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争いの修復作業

2016.10.28日

昔々、隣同士の農場に住んでいるふたりの兄弟が大きな争いごとに陥ってしまいました。これまで何の問題もなく、必要に応じてそのときどきお互いに機械や物を貸し合ったり、仕事を手伝い合ったりしてきたのですが、この40年で初めての大きな兄弟げんかになりました。


これまでの長い間の協力関係がいっぺんに壊れてしまいました。ほんの些細な誤解から始まったのですが、やがてそれは大きな問題に発展し、お互いに相手をひどい言葉でののしり合い、ついには何週間も口を利かなくなってしまいました。


ある日の朝、ジョンの家のドアに「トン、トン」とノックの音がしました。ドアを開けると見知らぬ男が大工道具の箱を持って立っています。
「2〜3日でできる仕事を探しているのですが」
とその男が言いました。
「ひょっとしたらその辺で、何か私にできるような小さな仕事はありませんか?」


「ああ、あるとも」と兄のジョンが答えました。
「お前さんにぴったりの仕事がある。あの川の向こう側の農場を見てみろ。あれはうちの隣の農場で、実は弟がやっているんだ。先週まで向こうとうちの間には牧草地があったんだが、弟のやつが小川の土手にブルドーザーを入れやがって、今では間に大きな淵ができてしまった。やつは俺に嫌がらせをしたつもりでいるんだろうが、俺はやつに一杯食わせてやろうと思ってる。あそこの小屋の横に積み上げてある乾燥させた木材が見えるだろう。あれで2メートル半ほどの高さの柵を作ってもらいたいんだ。やつの農場を見なくて済むように。少なくともあいつの頭を冷やすことになるだろう」


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大工は答えました。
「状況はわかりました。釘と穴堀機を用意してください。そうしたらきっとあなたのお気に召すような仕事ができることと思います」


ジョンは大工がすぐに仕事に取りかかれるよう、町へ行って材料や道具を準備すると、一日出かけました。
大工は寸法を測ったり、のこぎりで切ったり、釘で打ちつけたりして一日中一生懸命働きました。
ジョンは戻ってくると、びっくりして目を大きく見開き、口をあんぐり開けました。


柵などどこにもありません。あったのは橋。川の一方からもう一方にかかっている橋!手すりのついた立派な橋です。
そして向こうから橋を渡ってくるのは、隣の農場に住む弟。手を広げてやってきます。


「俺があんなにひどいことを言ったり、したりしたにもかかわらず、こんな橋を作るとは兄さんは大したやつだ」


ふたりの兄弟は初め橋の両端に立ち、次には真ん中で会い、お互いの手を取り合いました。ふたりは振り返って、道具箱を持ち上げようとしている大工の方を見ました。
「ちょっと待ってくれ。あと数日ここにいてくれ。ほかにももっとたくさん仕事があるから」と兄のジョンが言いました。


大工は言いました。
「ここにいたいのは山々なんですが、もっとたくさんの橋を造らなければなりませんので」
作者不詳

(訳:舟田譲二)


現代の「万里の長城」を造ると主張している御仁がいらっしゃる中で、心温まる素晴らしいお話です。
私たちも高い塀を建てるのではなく、橋をかける者になりたいものです。


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人間に与えらえた知恵

2016.10.10日

"What you do makes a difference, and you have to decide what kind of difference you want to make."
--Jane Goodall(1934-), Primatologist and UN Messenger of Peace
「あなたの行動が違いを生み出す。しかし、どんな違いを生み出すかはあなた自身が決めなければならない」
--ジェーン・グドール、霊長類学者・国連平和大使


ジェーン・グドールさんは幼い頃より動物が好きで、アフリカへ行くことを夢見る少女だった。
ケニヤで農場を経営する友人宅を訪問したときに人類学の世界的権威であるルイス・リーキー博士と出会う。リーキーの勧めでタンザニアのゴンベのジャングルでチンパンジーの研究を始める。 リーキーとグドールは世界で初めてチンパンジーが草の茎を使いアリを捕る行動を報告し、人類固有とされてきた道具を使う能力がチンパンジーにも存在することを証明した。また、草食動物であると考えられていたチンパンジーが雑食であること、チンパンジーの性格に個体差があることを証明し、目覚しい研究成果を上げた。(Wikipedia)


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グドールさんがチンパンジーの研究を始めたとき、チンパンジーが彼女から逃げて近づくことすらできませんでした。
しかし、来る日も来る日もチンパンジーの行動を観察し、性格の違いを見つけて1頭1頭に名前をつけて近づいていきます。そのうち、チンパンジーのほうがグドールさんを自分の仲間として認めてくれるようになり、仲良くなって上に挙げたような画期的な発見を次々としました。


グドールさんは言っています。
「ヒトの脳。私が思うに、私たち人類と、一番近い親戚であるチンパンジーの最も大きな違いは、脳にあります。チンパンジーはかつて考えられてきたよりもずっと高い知性を持っています。それでも、どんなに賢いチンパンジーの脳も、ロケットや、そこから這い出して火星を動き回り、地球上の科学者たちに写真を送信するロボットを設計した生き物の脳とは比較になりません」
この知恵ある人間がどんどん傲慢になって、地球を破壊してきました。
「けれども、私たちは正気に返りつつあります。すでに世界中で、私たちが作りだした多くの問題への革新的な解決法が考案されています。例えば再生可能エネルギー、持続可能な農法というように。それに、個人のエコロジカル・フットプリントを軽減する方法も」(ジェーン・グドール:地球の未来に希望を抱く5つの理由より)
と彼女は、人間に与えらえた知恵で地球を破壊することはないだろうと期待しています。


動物行動学者らしい表現でグドールさんは冒頭のように語っています。
私たちがすることはどんなことであれ、良きにつけ悪しきにつけ何らかの違いを生み出すことになる。
大切なのは「どんな違いを生み出すか」で、それを決めるのは私たち一人ひとりの務めだ、と。


今日、ジェーン・グッドールさんは国連平和大使として、精力的に全世界を飛び回って講演活動を行い、自然保護、動物保護を訴えています。
「動物に性格や心、思考能力、そして何より感情があることを受け入れる覚悟ができれば、当然の帰結として、私たちは無数の動物たちの心理的・肉体的苦痛を思い、眠れぬ夜を過ごすことになるでしょう。集約的畜産、食肉処理、スポーツハンティング、罠猟、エンターテインメント業界の動物たち、『ペット』の扱い、釣りなど、挙げていけばきりがありません。だから私はベジタリアンになりました」


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人間はみんな自己チュー

2016.10.05日

私は使ったことがありませんが、自己中心のことを「自己チュー」と言うようです。
「誰々は自己チューだ」という表現をいつ頃からかよく耳にするようになりました。
考えてみたら私自身もそうですし、人間なんてみんな自己チューです。誰だって自分が一番可愛いですし、美味しいものも食べたければ、いい家にも住みたい、いい暮らしをしたい、痛い思いはしたくない、死にたくない…、当たり前のことです。
また自分の立場が危うくなると自分を守るために嘘もつけば、人を責めもする。最近テレビなどでよく見るシーンです。
憎い人には直接暴力を振るわなくても言葉などで傷つけもする。
考えてみれば、人間関係のもつれや、国家間の戦争などすべてこの自己チューから起こっています。


ふと「自己チュー」の反対は何だろうと考えてみました。
よく「自己紹介」をもじって「他己紹介」などと言ったりしますので、「自己」の反対は「他己」?
そしたら「自己チュー」の反対は「他己チュー」、すなわち「他人中心」という意味になります。
周りを見回して、こんなお人好しの他己チューの人なんかいますか?
いるとしたら、「チューチュータコかいな」のタコぐらいでしょう。でも、そのタコすらやはり自分が可愛い自己チューです。


もともと「自己」は「己れ自ら」ということですから、「他人自ら」というのは矛盾していて、「他己」というのは誰かが勝手に言い出した言葉で、いわゆる造語です。
ですから「他己チュー」という言葉は存在しません。そもそも人間みんな自己チューなのですから、他己チューという概念も存在しません。


でも「利己主義」に対して「利他主義」もしくは「利他精神」という概念は存在します。
これについては「利他の心」「ビジネスのエッセンス」の中でも触れましたが、たとえ自己チューな私たちでも「利他精神」は日常生活の中で実践できることです。


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苦しみや困難な中にある人へ

2016.09.26日
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私の名前はアシュリンです。
今11歳ですが、8歳の頃からずっとトゥレット症候群で苦しんでいます。まばたきや変な呼吸といったひきつけを起こします。
家族も私も初めのうちはただの癖かなにかだと思っていました。でも、だんだん症状がひどくなってきてようやくトゥレットだとわかりました。というのはお父さんも同じトゥレットだったからです。
じつは正式にトゥレットと診断されたわけではありません。というのは、これがトゥレットだということはみんなわかっているからです。それで両親は私をお医者さんに連れて行って、ただひどくならないようにと、薬を出してもらうことを望んでいないのです。


私がトゥレットだとわかってからわりとすぐに家族は引っ越しました。そしてありがたいことにホームスクーリングで学ぶようになりました。でも、教会は変わらなければなりませんでした。
新しく通い始めた教会の礼拝はすばらしかったです。でも私はきっとパニックするだろうとおそれていました。私がひきつけを起こしているのを、だれかがじっと見ていました。
その日、家に帰ったときには泣きそうになりました。
教会で洗礼を受けて半年ぐらいするとひきつけはほとんどなくなりました。2年半ほど前のことです。


それから家族はもう一度引っ越しました。そして昨日の晩、私たちはジェイミー・グレースのキャンプコンサートに行ってきました。
ジェイミーが自分のひきつけのことを話し始めたとき、私は泣きそうになりました。
ジェイミー・グレースもトゥレットだということを私は知っていました。だからジェイミーのおかげで、私もトゥレットであるということがうんと楽になりました。
ジェイミーが「神様はぜったいに間違ったことはされない」と言ったとき、もう私はその場で泣きたくなってしまいました。
幼稚園の頃からの友達に、何か月か前にトゥレットのことを勇気を出して言いました。
「あなたがトゥレットだからと言って、私はあなたのいい友達だってことに変わりはないわよ」と友達が言ったとき、また泣きたくなりました。


ギターを弾いたり、歌を歌ったりすると気持ちが落ち着きます。
ギターを習い始めて2年ぐらいになります。ギターを弾いていると気持ちよくなって、ひきつけを起こさないことに気づきました。
それからもうひとつ、トゥレットだということで落ち込むこともありますが、人と同じであることよりも人と違うということはもっといいことなんだ、ということがわかるようになりました。
これはトゥレットに限らず、自分が人と違うということで辛い思いをしている人がいたら、ジェイミー・グレースが言っているように、「神様はぜったいに間違ったことはされない」ということを思い出してほしいと思います。人と違うということであなたはもっとすてきな人になっているからです。

(訳:舟田 譲二)


ちょうど二日前、ピアノや歌を教えていらっしゃるFBフレンドのTakami Anabukiさんから、このジェイミー・グレースの"Fighter"という歌の歌詞を翻訳して欲しいと依頼されました。
訳していて魂に迫ってくるものを感じました。
この歌は、苦しみや困難な中にある人が必死で立ち上がろうとしている姿を歌っているもので、同じような境遇にいる人への励ましのメッセージとなっているからです。
これがその歌です。
長くなるので歌詞は明日のブログに載せることにします。



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真の友は永遠に

2016.09.25日
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良い友はお互いを思いやる
親しい友はお互いに理解し合う
しかし真の友は永遠に共にいる
言葉を超え、距離を超え、時を超えて

「最高の英語の名言」より
(訳:舟田 譲二)


このような友を持ちたいものです。
そして、このような真の友になりたいものです。


原文では、"True Friends..."と複数形になっていて、「真の友」を一般化して言っていますが、我々有限の人間が、言葉を超え(すなわち文化を超え)、そして時空を超えて永遠に良き友でいることなど能力的にも物理的にも不可能です。
言葉も時も空間も超えた真の友と言えば、やはりイエス・キリストでしょう。
キリスト教式結婚式や葬儀などで必ずと言っていいほどよく歌われる讃美歌312番は世界中の人に愛されています。その歌詞は:


いつくしみふかき ともなるイエスは
つみ とが うれいを とりさりたもう
こころのなげきを つつまず のべて
などかは おろさぬ おえる おもにを


いつくしみふかき ともなるイエスは
われらのよわきを しりて あわれむ
なやみ かなしみに しずめるときも
いのりに こたえて なぐさめたまわん


いつくしみふかき ともなるイエスは
かわらぬ あいもて みちびきたもう
よの とも われらを すてさるときも
いのりに こたえて いたわりたまわん


感謝します、イエスさま。


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弱き者よ、汝の名は…

2016.09.24日
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「人生の5つの愉快な真理」

1.子どもがひとりできたらあなたは親になる。しかし、ふたりできたらあなたは審判になる。
2.結婚とは、一方がつねに正しく、他の一方はつねに夫であるという関係である。
3.愛はお金で買うことはできない。しかし、愛のためにはお金がたくさんかかる。
4.妻と夫はつねに妥協する。夫は自分が誤っていたと認め、妻は夫に同意する。
5.私たちの話す言葉を母語と言うが、それは父親には話す機会がまったく与えられないからである。

「最高の英語の名言」
(訳:舟田譲二)


アメリカ人特有のユーモア満載「名言」(迷言?)です。
読んでいて吹き出しながら、自分のことに当てはめて考えてみると、これが「当たらずとも遠からず」で、おそらくアメリカ人の夫婦だけでなく、ひょっとしたら日本人にも、あるいはほかの国の夫婦の間にも共通する「真理」なのかな、なんて... (笑) 。


1.は間違いなく真理。子どもがふたりできると、親は間に入って「審判」にならなければなりません。
審判に求められることは、公平であること。どちらに味方しても必ずもう一方からブーイングがきます。


2.夫婦間において「一方がつねに正しく」とはどちらのことか。「他の一方はつねに夫である」からその答えは明白です。
かつてはまったくこの逆だったのですが、男女同権が唱えられるようになってから、むしろ女性の権利の方が優先されるようになって、「老いては子に従え」じゃないですが、男性は「つねに妻に従え」のような雰囲気になってきました。その方が事は丸く収まるからです。
面白いことに、ライオンなど動物の世界においても、一見オスの方が強そうに見えるのですが、実際にはメスが自分の思うようにオスを従えています。


3.は面白い「真理」ですね。確かに愛はお金では買えないけど、たくさんお金がかかる。一般の世界ではきっとそうでしょうね。本物の愛にはお金はかからないのですが。


4.お互いに妥協しないで我を通そうとすると、衝突は不可避で関係は壊れ、離婚ということになります。そして、ほとんどのケース、女性はひとりでも、あるいは子連れでもやっていけるのですが、男性はひとりでやっていけない。そこで「謝る」。これが夫の側の妥協。それに対して、妻の「妥協」とは夫の言うことに同意する。うーん、言い得て妙。


5.一般的に男性は寡黙で、女性はおしゃべり。脳科学的にも、また遺伝子的に見ても女性の方が言語能力が優れているので、自然とそのような形になります。
そこで、家庭内においても母親の意見が通ることが多く、それを英語でも日本語でも自国語のことを「母語」と言うのとかけてるところがミソです。


ハムレットの名セリフ
「弱き者よ、汝の名は女なり」
の現代語訳は、
「弱き者よ、汝の名は男なり」。


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世界に不用の物はない

2016.09.23日
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上の4枚の写真は何だと思いますか?
ピンと来る人がいたらかなりの「通」です。
私はなにかの菌類かと思いました。でも、ハズレ。
一般の私たちにはなじみの薄い「粘菌」(ねんきん)と呼ばれるものなのですが、これがまた実に不思議な生き物。
「動物とも、植物とも、菌類とも、原生生物とも言える曖昧な生物、コスモポリタンで、梅雨時から夏にかけて、森の朽ちた倒木や落ち葉の上などに見つけられる。粘菌変形体は、裸の原形質の巨大な塊で、100gぐらいの原形質が、先端部では数cmから数mのシート状に広がり、後方では、管がネットワーク状に分布している」
と北海道大学電子科学研究所、上田哲男さんが語っています。


かつて昭和天皇もこれをご研究されていたそうです。
そして、この粘菌の研究で世界的に有名だったのは、南方熊楠(みなかたくまぐす)という1867年から1941年に活躍した博物学者、生物学者、民俗学者です。
明治19年に19歳で渡米し大学で動植物を研究し、その後25歳でイギリスに渡り、大英博物館で考古学、人類学、宗教学などの蔵書を読みふけったといいます。


18か国語を自在に操り、独学で世界的な粘菌の研究者となったこの人がすごいことを言っています。
「多くの菌類や黴(かび)菌は、まことにせっかく人の骨折って拵(こしら)えた物を腐らせ、悪(にく)むべきのはなはだしきだが、これらが全くないと物が腐らず、世界が死んだ物で塞がってニッチも三進(さっち)もならず」と続け、害虫も無益のものではないと力説したそうです。
(2016年8月21日付読売新聞 「[名言巡礼]南方熊楠の言葉…世界にまるで不用の物なし」より)


「粘菌は味覚もあり、苦いものは避け、糖とかアミノ酸のような美味いものには寄って行く。嗅覚もある。臭いに対する粘菌の反応とヒトの反応に高い相関があることから、そこに共通のメカニズムがあると想像されるほどだ。その他、重力や電流にも反応する。粘菌には五感が備わっていると言ってよい。動物では特殊化した感覚器官が局在化しているが、粘菌ではこれらの能力が全身にある。一部分を切り取っても、サイズが小さくなるだけで同じように振舞う。粘菌は、全身が感覚器官であり、運動器官であり、情報器官だと言われる」
一見原始的な生物が、感覚受容、判断、行動、“計算”、“記憶”など、脳をもつ動物にも匹敵する高度な情報能力を示すことから、これを応用した「粘菌コンピュータ」なるものまで生まれたのです。


この単細胞生物の真正粘菌が形成する餌の輸送ネットワークを理論的に解明し、都市を結ぶ実際の鉄道網よりも経済性の高いネットワークを形成する理論モデルの構築に成功したそうです。
近年ますます複雑化するネットワーク社会において、経済性および災害リスクなどの観点から最適な都市間ネットワークを設計する手法の確立につながるというではありませんか。


去る7月に相模原市の知的障害者施設で起きた殺傷事件を受けて、一昨日の21日に横浜で全国から1000人が集う追悼集会が開かれました。
参加した方たちが切々と訴えていました。
「容疑者の『障がい者はいらない』という言葉は、私たちに向けられています。私たちは障がい者である前にひとりの人間です」
「障がい者にも輝く人生があります。生まれてよかったと思える社会を作らなくてはいけません」
「障がい者はみんなうまく言葉にできなくても心や頭の中ではちゃんと考えています。このことを社会の人たちにわかってほしいです」


この世の菌類やかび菌、害虫を始めとするあらゆる動植物を指して「世界に不用の物はない」と南方熊楠は語りましたが、人である障がい者ほどこの世において大切な存在のものはありません。
私たちは障がい者と力を合わせて共生社会作りを目指さなければなりません。


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馬がしゃべる?そーんなバカな!

2016.09.22日


「馬がしゃべる?そーんなバカな
馬が歌う?そーんなバカな
ホント。
だけど相手はひとり、ホントに好きな人にだけ
アイ アム ミスター・エド」
というオープニングソング。
1962年から1964年まで放映された日本でも人気のアメリカのホームコメディ。
私のお気に入りの番組で、欠かさず観ていました。


馬が人語を話す。これはドラマの世界。
でも、なんと馬語を話す人がいるのです。
その人の名はモンティ・ロバーツ(現在81歳)。


映画『モンタナの風に抱かれて』(ロバート・レッドフォード主演)のモデルとなった人で、その著『馬と話す男〜サラブレッドの心をつかむ 世界的調教師モンティ・ロバーツの半生』(徳間書店)は多くの人に読まれ、モンティ・ロバーツは日本に講演に来られたこともあります。


モンティは、調教したことのない野生馬をわずか30分で調教し、その背に鞍を乗せて人が乗れるまでにします。
その方法は、従来のような調教師が権威を持って鞭で馬を強制的に従わせるのではなく、馬の目線に立って馬の気持ちを理解し、馬と語り合いながら信頼関係を築き、馬が自分の方からモンティに従いたくなるように導くという画期的な方法です。



モンティ・ロバーツはひと言でズバリ、その調教の秘訣を語っています。
「どんな教師も、その気のない脳みそに知識を押し込むことはできない。教えるという一方的な行為は存在しない。あるのは、学ぶという行為だけだ」と。


学校や塾における教育、また家庭における親の子どもに対する教育において、従来の馬の調教のような脅しや強制、暴力などが日常的に行われていて、それによって生徒・子どもは勉強嫌いになっています。
さらに、教師の部活等における暴力的な指導により自殺・自殺未遂する生徒が全国で後を絶たず、平成に入ってからその数は60件余りに上ると言います。
馬でさえ、馬語を話すモンティ・ロバーツの愛情によって学ぶ姿勢が生まれるのならば、ましてや人間においておやです。


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「怒る」と「叱る」

2016.09.15日

少し前に、「怒りの原因」という記事を書きました。
そして昨日、その続編ともなる「正しい怒り方」について記しました。


「怒り」というのは、ある意味人間の本質にも迫るような大きな問題です。
この怒りが原因で、傷害事件や殺人事件から国と国との間の戦争問題にまで発展するのです。


さて、親子の間や上司と部下、子弟間、先輩・後輩間など、身分や立場上の上下関係においては、「怒る」ことと「叱る」ことがよく混同され、それがもとでさらに人間関係を壊しているケースがよくあります。


国語辞典の「怒る」の定義の中に、「叱る」という言葉を挙げているものもあるほどです。
1 不満・不快なことがあって、がまんできない気持ちを表す。腹を立てる。いかる。「真っ赤になって―・る」
2 よくない言動を強くとがめる。しかる。「へまをして―・られた」


しかし、「怒る」と「叱る」の間には、厳然たる違いが存在します。
「怒る」は基本的には上の定義にもあるように、「不満・不快なことがあって、がまんできない気持ちを表す。腹を立てる。いかる」、すなわち自分本位の心の中の不満の爆発、怒りをぶっつけるという意味合いが含まれます。
「叱る」は往々にして、「怒る」と同じ状況を生み出すからです。


しかし、「叱る」の本来の意味は、「目下の者の言動のよくない点などを指摘して、強くとがめる」です。
すなわち、怒りという心の中の状態を相手にぶっつけるという自分本位のものでなく、相手のことを考え、また相手が改善することを期待して「注意する」という行動を指しています。
ですから、「優しく怒る」ことは普通できませんが、「優しく叱る」ことはだれにでもできます。


ここで気をつけなければいけないのは、たとえいくら相手のことを思っての行為であっても、「怒り」の感情を相手にぶっつけて「叱る」なら、それは単なる「怒り」としか相手には受け取られないということです。
この点において、多くの人たちが過ちを犯しています。
とくに多いのが、親が子を叱るケースです。親が愛の行為から叱っているとしても、子どもは怒られているとしか感じません。
これでは元も子もありません。


正しく「叱る」コツは、
1.叱る前にひと呼吸おく
2.大声を出さず、冷静に叱る
3.叱るべきときに間髪を入れずに叱る
4.ねちねちとしつこく叱らない
5.的をひとつに絞って具体的に叱る
6.人前で叱らない
7.優しく叱る
8.相手が納得できるよう論理的に叱る


このように、怒らずに叱ることはだれにでもできます。


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正しい怒り方

2016.09.14日

"Anyone can become angry - that is easy. But to be angry with the right person, to the right degree, at the right time, for the right purpose, and in the right way - this is not easy."
--Aristotle
「だれでも怒ることはできる。じつに簡単なことだ。しかし、しかるべき相手に、しかるべきレベルで、しかるべき時に、しかるべき目的で、しかるべき方法で怒るとなると、これは簡単なことではない」
--アリストテレス
(訳:舟田 譲二)


アリストテレスについてはこれまで何度かこのブログの中で取り上げてきました。彼の名言の多くは私の波長と非常によく合い、一つひとつビンビンきます。
6年前に書いた記事、「幸福になる秘訣」は今読み返しても、「ふむふむ、なるほど」と我ながら感心する、アリストテレス特有の幸福論です。


今日の「怒り方」も非の打ちようのないほどずばり真理を突いた教えです。
多くの人が夫婦間、親子間、きょうだい間、子弟間、同僚間、上司部下の間等々で、この「正しい怒り方」の原則を守らないために、関係を壊し、下手をすると憎しみや嫉妬に発展したり、さらにこれがもつれると、傷害事件や殺人事件に、国と国の間では戦争にまで発展するのです。


さすが天才アリストテレス、正しい怒り方をじつに簡単明瞭に教えています。
「しかるべき相手に、しかるべきレベルで、しかるべき時に、しかるべき目的で、しかるべき方法で」怒るなら、その怒りは役目を果たします。
しかし、そこが人の弱いところ。ことごとくその正反対をしてしまうのです。
「怒るべき相手を間違えている」
「怒るべきレベルを超えている」
「怒るべきでない時に怒っている」
「目的を外れて怒っている」
「正しい方法で怒っていない」


だれかに対して怒った最後の時のことを思い出してみましょう。胸に手を当てて、正直に。
私たちのだれひとり、胸を張って自分は「正しい怒り方」をしたと言うことはできないのではないでしょうか。
正しい怒り方は問題解決につながりますが、怒り方を間違えるとかえって問題を複雑にしてしまいます。
このように、「怒ること」自体は簡単なのですが、「正しく怒ること」は決して簡単ではありません。
この次、なにかで頭にきて、怒りたくなったときには、ひと呼吸おいて上のアリストテレスの「正しい怒り方」を頭の中で復習してみましょう。


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明日の良い仕事のための最善の準備

2016.09.13日

"The best preparation for good work tomorrow is to do good work today."
--Elbert Hubbard (1856-1915)
「明日の良い仕事のための最善の準備は、今日良い仕事をすることだ」
--エルバート・ハバード
(訳:舟田 譲二)


エルバート・ハバードは19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したアメリカの著名な教育者、著作家です。
セールスマンとして成功を収めた後、新しいキャリアを求めて40代はじめにそれまでの仕事をやめて大学で勉強を始め、その後会社経営をするかたわら、勤勉、質素な生活、積極的姿勢という独自の人生哲学を広めようと執筆活動をはじめました。
43歳のとき、わずか1時間で書き上げたという『ガルシアへの手紙』は、14年後には4000万部も印刷され、世界中の多くの人を啓蒙しました。


「幸せは日々の習慣で作られる」という名言も残していますが、
今日の名言
「明日の良い仕事のための最善の準備は、今日良い仕事をすることだ」
と同様、ハバードの勤勉な性格、生活態度から生まれた言葉です。


ここでは「明日の良い仕事」と言っていますが、これは仕事に限らず、親子関係を始めとするあらゆる人間関係に適用できますし、学生ならば勉学に、また健康や、人生そのものについてすべての人に当てはまります。
とどのつまり「ローマは一日にして成らず」なのです。
今日の一日をどのように過ごすかが、私たちの将来を決めます。


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心の中で人を裁いていると

2016.09.12日

"If you judge people, you have no time to love them."
--Mother Teresa – 1910-1997, Missionary and Saint
「心の中で人を裁いていると、その人を愛する余裕はありません」
--マザー・テレサ、修道女・聖人
(訳:舟田 譲二)


マザー・テレサについては「あなたの中の最良のものを」を始め、何度かこのブログでも取り上げてきました。


マザー・テレサはつい1週間前、カトリック教会で「聖人」として認定されました。
プロテスタントでは「聖人」という概念はありません。なぜなら聖書によると人はみんな同じ罪人だからです。
しかし、「聖人」であろうがなかろうが関係なく、病や貧困に苦しむ人々の救済に捧げたマザー・テレサの生涯と、彼女の謙虚な信仰の姿勢は世界中の人々から称賛され、マザー・テレサの残した数々の名言は今日も多くの人々に勇気と希望と力を与えています。
私もその恩恵に与かるひとりです。


冒頭の
「心の中で人を裁いていると、その人を愛する余裕はありません」
は私たちすべてに語られている言葉です。
私たちは例外なくみんな高慢な者であり、知らず知らずのうちに人を心の中で裁いています。
「裁く」とは、分かりやすい言葉で言い換えると、「その人の良し悪しを判断する」という意味です。
私たちはみんな「同じ穴のむじな」、似たり寄ったりです。
人を心の中で裁くことのできるような者はひとりもいません。
しかも、マザー・テレサの言うように、人を心の中で裁いている間は、その人に対する愛が自らのうちに欠けていて、自分も同じように神様から裁かれるからです。


聖書にも次のような言葉があります。
「隣り人をさばくあなたは、いったい、何者であるか」
(ヤコブの手紙 4:12)


「人をさばくな。自分がさばかれないためである」
(マタイによる福音書 7:1)


「だから、ああ、すべて人をさばく者よ。あなたには弁解の余地がない。あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めている。さばくあなたも、同じことを行っているからである」
(ローマ人への手紙 2:1)


私たちもマザー・テレサに倣って、謙虚に人に仕える者となりたいものです。


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人生とは、自分の身に起こる10%と...

2016.09.11日

"Life is 10% of what happens to you and 90% of how you respond to it."
--anonymous
「人生とは、自分の身に起こる10%と、それにどのように反応するかの90%から成っている」
--作者不詳
(訳:舟田 譲二)


人生とは本当に摩訶不思議なものです。
健康で、家族に恵まれ、楽天的に、幸せに一生を過ごす人がいるかと思えば、かたやさまざまな病気を抱え、サポートしてくれる家族はいず、その結果悲観的になり、不幸な一生を送る人もたくさんいます。
これを「不公平だ!」と言う人もいます。


でも考えてみれば、そもそもこの地上において、みんなが公平ということはあり得ません。
たとえ工場でベルトコンベアーに乗って次々と生み出される機械物でも、出来不出来があります。ましてや、命を持つものですべてが同じ、公平などということを望む方がそもそも間違っています。


動物や植物の世界でも不公平は存在しています。
生まれつき足が不自由な犬もいます。同じ農園で栽培されている同じ種類の果物でも、美味しいものもあれば美味しくないものもあります。
でも、ここで大切なのは、動物や植物はほかと比べて不公平だ、なんてこれっぽっちも考えていないということです。


これに対して、人はほかの人と自分を比べるから、「不公平だ!」と言いたくなるわけです。
動植物と違って我々人間には知恵があるからそのように感じるのは当たり前だ、と言う人もいるでしょう。
ところが、またまた不思議なことに、同じ病気を抱えている人、経済的困窮の中にいる人、家族関係で問題のある人等々、似たような状況の中にあっても、ある人はその中で生き生きと、幸せに生きていますが、別の人は不平・不満が口を突いて出てきて、恵まれている人を嫉妬したり、恨んだりする人すらいます。


作家、三浦綾子さんは結核、脊椎カリエス、心臓発作、帯状疱疹、直腸癌、パーキンソン病など次から次へと襲う病魔と闘いながらも、「私はこんなにもたくさん病気をして、神様にえこひいきされている」と言って、感謝をしながら一生を送られました。
一生、綾子さんの介護を続けられた夫の三浦光世さんも、不平不満をこぼしたことはなく、夫婦円満で幸せな人生を送られました。


このように考えてみると、冒頭の言葉、
「人生とは、自分の身に起こる10%と、それにどのように反応するかの90%から成っている」
は確かに真理だと言わざるを得ません。
そして、起こったことにどのように反応するかには、根拠が必要です。無目的な出来事に対してポジティブに反応するのはまことに困難です。
このことを証ししていらっしゃるのが、シカゴ在住のFBフレンドの中村佐知さんです。


ご主人が作られた下の動画を昨日、「ミルトスの木かげで 線香花火」でシェアされました。
涙なしに見られない感動の実話です。



中村佐知さんのお嬢さんの美穂さんは21歳という若さでガンで天に召されました。
ご両親、ご家族・ご親族始め、多くの友人の方々が本当に苦しい、辛い思いをされました。
その苦しさの中で、お母さんは美保さんが息を引き取られる直前のときのことを葛藤の中で次のように語っていらっしゃいます。


「ガンになっても助かる人はいる。完治しなくても、ガンと共存しながら長生きする人もいる。死ぬにしても、安らかに眠るように亡くなる人もいる。それなのに、なぜみんは、21歳の若さで、ガンの診断を受けてから1年も経たないうちに、しかもこんなに苦しみながら、死に向かって突き進んでいるのですか…? あんなに大勢の人たちが、世界中で祈ってくださっているのに、癒しを確信し、ひれ伏して祈っていたのに、なぜこうなってしまうのですか? 私たちの祈りは、あなたの御前に何の意味もなかったのですか? My God, my God, why have you forsaken us!?」


しかし、最後には次のような言葉で締めくくっていらっしゃいます。


「みんは、本当に最期までよく頑張った。彼女の闘いは華麗だった。 感謝の言葉と愛の言葉で貫かれていた。もちろん時には痛みや悲しみゆえにかんしゃくを起こしたときもあったけれど、それでも、みんはいつも感謝と愛と憐れみの心で満ちていた。葬儀に来てくれた大勢の友人たちも、それを証ししてくれた。この地上での最期の言葉が「I love you」だとは、実にあの子らしい。苦しみのただ中からなおも愛を告白できるところは、幼児のころから少しも変わっていないのだ。敵は、みんに神様を呪わせ、親を呪わせ、この世の中を呪わせたかったのだろう。何とかみんに、いのちではなく呪いの言葉を吐かせようと、苦しみを与え続けたのかもしれない。しかし彼女は屈しなかった。苦しみを苦しみとして受け止めつつも、自分の肉体の弱さを受け入れつつも、決して屈しなかった。そして、この地での最期を「I love you!」と叫ぶことで締めくくった。敵はさぞかし悔しがったことだろう。イエスが十字架の上で赦しの言葉を語ったように、みんは病の床の淵から愛の言葉を語った。たとえ肉体は死んでも、みんはこの闘いに勝ったのだ。イエス様もみんに、「Well done!」とおっしゃっておられることだろう。」
「ミルトスの木かげで 最後の30時間」より一部抜粋)


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本物の愛とは

2016.09.10日

"Life has taught us that love does not consist in gazing at each other, but in looking outward together, in the same direction."
--Antoine de Saint-Exupery – 1900-1944, Aviator and Writer
「愛とはお互いの目を見つめ合うことにあるのではない。一緒に外を見る、それも同じ方向を見つめることだ、ということを我々は経験から学んでいる」
--アントワーヌ・サン=テグジュペリ、パイロット・作家
(訳:舟田 譲二)


サン=テグジュペリと言えば『星の王子さま』。
私の大好きな本のひとつで、人生の節目節目で何度も読み返しては多くのことを教えられ、感銘し、共感を覚えた書です。(「星の王子さま」
いわゆる「波長が合う」作家です。


普通、「愛」というと、私たちが一番に想像するのは男女間、恋人同士、夫婦間の愛などです。
そして、そのイメージは決まって、ふたりがお互いに目を見つめ合っている姿です。
しかし、ここでサン=テグジュペリが言っている愛は、「一緒に外を見る、それも同じ方向を見つめることだ」という深遠なものです。
「お互いに目を見つめ合う愛」も大切なものですが、そのような「惚れた、腫れた」の類いの愛というものは、そういつまでも続くものではありません。


本物の愛とは、むしろ手を携えて一緒に自分たちの外の世界を、同じ方向を見つめること。
これだと、必ずしも「男女間の愛」に限定されることなく、同じ意志、目的、夢を持った者たちの群れなど誰にでも当てはまります。
そして、これこそが時代や国や文化を超えた本物の愛で、この愛がこれまで世界を動かし、変えてきたのではないでしょうか。


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みんな同じ空の下で生きている

2016.09.06日

"We all live under the same sky, but we don't all have the same horizon."
--Konrad Adenauer – 1876-1967, Former Chancellor of Germany
「我々はみんな同じ空の下で生きている。しかし、見ている地平線はみんな違う」
--コンラート・アデナウアー、元ドイツ首相
(訳:舟田 譲二)


Adenauer.jpg


アデナウアーは、戦後のドイツ連邦共和国(西ドイツ)の初代首相です。
子どもの頃、ニュースや新聞でこの名前をよく見聞きしていたのを覚えています。
非常に頭の切れる人だったようで、学生時代にクラスメイトと共にカンニングを画策していたそうです。
その計画は巧妙で、頭の良いクラスメイトに問題の解答を作らせ、答えを書くときには、カンニングがバレないように一人ひとりの生徒に間違えるところまで指示していたといいます。(そんないい頭を持っているんだったら、カンニングなんかするな!(^o^))


この頭の良さをいかんなく発揮し、自らが再建したケルン大学から名誉博士号を与えられ、その後も同大学の各学部に3度にわたって名誉博士号を授与され、哲学、政治学、医学、法学などその名誉博士号は多岐にわたる。
第一次世界大戦時の食糧難には大麦の加工食品や大豆製ソーセージを発明。ナチスにより引退生活に追い込まれていた時には「害虫防止ブラシ」「車のライトに幻惑されないメガネ」など珍発明を連発。庭いじりが好きでバラの新種を開発し「アデナウアーのバラ」と名付けた。(以上、Wikipediaより)


この頭のいいアデナウアーが言った冒頭の言葉はなかなか奥が深いです。
確かに、世界中何十億という人が地球上に住んでいますが、みんな例外なく同じ空の下で生きています。しかし、見える世界はみんな異なっています。
ある人は大平原の地平線を見ているでしょうが、山しか見たことのない人もいれば、砂漠や、ジャングルや海や氷しか見たことのない人、また都会しか見たことのない人もいます。
はたまた一生裕福な世界しか見ない人もいれば、逆に貧しい世界しか見ない人もいます。


さらに言うと、同じところに住んでいて、同じ生活をしていても見ている世界は一人ひとりみんな違います。一卵性双生児の人たちですら、毎日見ている地平線は異なっています。
そして、多くの人は自分に関心のあること、自分にとって益のあることしか見ていません。
しかし、また別の人は、ほかの人に見えない世界、地平線を見ていて、いかにして他の人に、また世界に貢献できるかを考えています。


実際のところ、ドイツ語で「地平線」と言うとき、「全体を見る能力」という意味が含まれているそうです。
私たちももっと広い視野を持って世界を見るものでありたいものです。


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86,400秒分の1秒

2016.09.04日

"God gave you a gift of 86,400 seconds today. Have you used one to say 'thank you?'"
-- William Arthur Ward
「神様は今日、あなたに86,400秒という贈り物をくださいました。あなたはそのうちの1秒を使って『ありがとう』と言いましたか?」
-- ウィリアム・アーサー・ウォード
(訳:舟田譲二)


ウィリアム・アーサー・ウォード(1921-1994)はアメリカの教育学者、牧師、教師。
アメリカでインスピレーションナルな名言でもっともよく引用される人物の一人です。


よく引用される彼の有名な言葉に次のものがあります。
The mediocre teacher tells.
The good teacher explains.
The superior teacher demonstrates.
The great teacher inspires.
平凡な教師はただしゃべる。
良い教師は解説する。
さらに優れた教師は自らやってみせる。
しかし、偉大なる教師は生徒の心に火をつける。
(訳:舟田譲二)


これは本当に教育者として鏡にすべき名言中の名言です。
以前、山本五十六の有名な言葉をご紹介しましたが、これに通じる教えです(「ほめてやらねば 人は動かじ」)。


さて、今日の冒頭の彼の言葉
「神様は今日、あなたに86,400秒という贈り物をくださいました。あなたはそのうちの1秒を使って『ありがとう』と言いましたか?」
は、本当に耳に痛いです。


去る2月に「ありがとう」と「サンキュー」の反対語という記事を書きました。
「感謝する心」の反対は「当たり前と思う心」です。
私たちは、毎日毎日、数えきれないほどたくさんの素晴らしいプレゼントを神様からいただきながら、無意識のうちにそれを当たり前のものと思い、感謝するのを忘れてしまいがちです。
そのプレゼントの中でも最高のものは「時」です。だれでも公平に1日に86,400秒という時間を与えられています。
生きていること、時間が与えられていること、そんなことは当たり前だと思っているのです。
しかし、ウィリアム・ウォードは言っています。「86,400秒のうちの1秒でも使って『ありがとう』と言いましたか?」と。


人から何をしてもらっても当たり前。神様から数えきれないほどの恵みを毎日いただいても当たり前。
これは本当に私たちが陥りやすい罠で、なんでもかんでも「当たり前」と思っていると、「感謝する心」、喜びが生まれてきません。


まずは、86,400秒のうちの1秒を使って神様に「ありがとう」「感謝します」と言いましょう。
そして、次に、家族や友人など私たちの身の周りの人たちに同じく「ありがとう」と言おうではありませんか。
私たちが今日の一日生かされていることは、まさに神様のお陰、身の周りの人たちのお陰です。
みんながこのような思いで一日を過ごすなら、争いは止み、家族も、世の中も本当に平和になるでしょう。


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他人の幸運を喜ぶ

2016.08.23日

"One of the sanest, surest, and most generous joys of life comes from being happy over the good fortune of others."
--Archibald Rutledge – 1883-1973, Poet
「人生において、もっとも健全、確実、かつ豊かな喜びのひとつは、他人の幸運を喜ぶところから来るものだ」
--アーチボールド・ラトリッジ、詩人
(訳:舟田 譲二)


アーチボールド・ラトリッジ(1883-1973)はアメリカのサウスカロライナ州生まれの教育者、詩人、作家。
著書も詩も、そして名言も数多く残しています。


今日の冒頭の名言、
「人生において、もっとも健全、確実、かつ豊かな喜びのひとつは、他人の幸運を喜ぶところから来るものだ」
は今日の社会に欠けているとても大切な教えのひとつのように思われます。
競争社会においては、人を蹴落としてでも自分が出世する、人よりも豊かになる、地位や名誉を築く等々に価値観が置かれがちで、いかにこれらを得るかであくせく働いているように見えてなりません。


このような社会においては、他人の成功や幸福を望むよりは、他人の不幸を望む人が多いものです。競合他社や商売敵が倒産すると喜ぶ、なんてあまりにもみみっちい、寂しいことじゃないですか。
このようなことをやっていて幸福になれるわけありません。
他人の幸運を、幸せを喜ぶこと、これほど安上がりで、しかも心身にとって健康的で、さらに自らに幸福をもたらすものはないでしょう。
逆に、他人に嫉妬したり、他人の不幸を願うことは、骨の腐りであり、心身の不健康につながり、結果自分の不幸につながります。


そして、これらは国と国との関係にも当てはまります。
敵対国と言わないまでも、政治・経済上の競争国を敵視して、その国の失敗や不幸を喜ぶなんていうのはあまりにも了見が狭いです。
もっと豊かな心の持ち主になりたいものです。これが、個人を、社会を、国を、世界を、全人類を幸せにします。
そもそも私たちはみんな兄弟姉妹ではありませんか。


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良い客と悪い客

2016.08.21日

 私は良い客だ。どんなひどいサービスであろうと、絶対にクレームをつけたりしない。
 レストランに入ると、ウェイターもウェートレスも世間話に夢中で、誰一人「ご注文は承っておりますでしょうか」と聞いてこない。あとから来店した一行に先に料理が出されることもあるが、そんな時でも私は絶対にクレームをつけず、黙って待つことにしている。


 何かを買おうと店に行く時も、私は店員のことを思いやる。横柄な店員は、何を買うか決めるまでいくつもの商品を見ていると腹を立てるが、そのような時でも私はできる限り礼儀正しく振る舞うことにしている。店員と同じように失礼な態度をとったほうがよいとは思わないからだ。


 先日、ガソリンスタンドに行くと、五分近く待たされた。ようやく対応に来ても、ガソリンは撒き散らす、油で汚れた雑巾でフロントガラスを拭くといったありさまだ。しかし、私はこのひどいサービスにもクレームをつけなかった。


 私は文句を言わないし、愚痴もこぼさないし、批判もしない。ましてや、一部の人たちがするように事を荒だてるようなことは絶対にしない。そんなことは余計なことだと思う。私は良い客なのだ。さらに、もうひとこと付け加えれば、私は二度と来ない客である。


 私はあまりにも強引な商売をされると、そこを立ち去って、良い客をきちんと評価してくれる、訓練された従業員のいる店に行って買い物することにしている。世間には、どんな店でも倒産させてしまう、私のような良い客がおおぜいいる。


 広告宣伝費を湯水のように使って顧客を呼び戻そうと躍起になっている会社をよく見かける。そんなことをしなくても、微笑みながらひとこと親切な言葉をかけ、良いサービスを提供しさえすれば、私を固定客にできるのに。


 あなたがどのようなビジネスに携わっていようと、店がつぶれそうだったり、会社の業績が悪化していたりするなら、私のような二度と来ない客が原因であることに気づいてほしい。

名もなき良い客


これは『お客様の心をつかむ 真実の瞬間』の著者が語っていることです。私の言葉ではありません。


私も基本的には不満があっても口に出さず、うちに収めておく「良い客」です。
ある時、レストランで運ばれてきた料理に髪の毛が入っていたことがありました。
黙ってその毛を取って食事することもできましたが、私はウェイターを呼びました。
ウェイターはなかなか来てくれませんでした。
ようやく来たウェイターに、まだ手をつけていない料理の中に入っている髪の毛を見せました。
ウェイターは「しらばくお待ちください」と言って、厨房に行き、その後なかなか戻ってきませんでした。
ようやく来て言いました。
「少しお時間をいただくことになりますが、お料理をお作り直しすることもできますが、そのようにいたしましょうか?」
私はこの返答に一瞬驚きましたが、そこでも決して怒りを表さず、静かに「そのようにお願いします」と答えました。
料理ができてくるまでかなりの時間がかかり、一緒にいた人たちはみんな食べ終わっていました。
ウェイターは「申し訳ありませんでした」のひと言も言わずに、料理を置いて立ち去りました。
それでも私はクレームをつけませんでした。そんなところで喧嘩するだけの価値がないと思ったからです。
あとで、お詫びにと言ってデザートをテーブルについていたみんなに持ってきてくれました。
私は丁寧にお礼をいいました。
しかし、そのレストランには二度と戻りません。
この店は私に見捨てられたのです。


でも、変化を期待できるところや変化してほしいところには敢えて「悪い客」(クレーマー)になります。
先日の記事、「すぐやるか?」をご覧になった方の中には、私のことを「クレーマー」と思っている人もあるかもしれません。
まあ、少なくとも件の市役所の担当者にとって私はクレーマーのように映っていることでしょう。ひょっとしたらブラックリストに乗っているかもしれません。
自分ではクレーマーとは思っていませんが、言うべきときにははっきりと、論理的に、冷静に相手が納得できるよう話します。


なぜそのような嫌われ役を敢えてするのか。妻などは放っておけばいい、と言います。
決して自分の主義主張を通したいから言っているのではありません。
ほかの人たちも迷惑を被っているし、自分が言わなければほかに言う人がいないと思うから、みんなの声を代弁して言っているのです。
また、同時に少しでも改善してもらうよう期待を込めて言っています。
つまり、見捨てていないのです。


なぜなら、私自身、冒頭のような黙って去っていき二度と戻ってこないような「良い客」は望んでいないからです。
むしろ、「悪い客」から適切で有用なアドバイスが欲しいのです。
聞くときには少々耳に痛いかもしれませんが、「善意のクレーム」によって改善したいと常に思っています。


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「ありがとう」のひと言

2016.08.03日
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"Feeling gratitude and not expressing it is like wrapping a present and not giving it."
-- William Arthur Ward, Scholar
「感謝してはいながらその気持ちを表現しなければ、それはプレゼントをラッピングしておいて相手に渡さないようなものだ」
-- ウィリアム・アーサー・ウォード、学者
(訳:舟田譲二)


ウイリアム・アーサー・ウォード(William Arthur Ward, 1921-1994)は、米国ルイジアナ州出身で、メソジスト教会監督や日曜学校校長、信徒リーダーなどを務めたほか、いくつかの大学で教え、リーダーズダイジェストなどのコラムニストとしても活躍していました。
彼が残した名言は、今日でもアメリカでもっとも多く引用されていると言われます。


さて、感謝していながらその気持ちを素直に表せない人がとても多いです。日本人にその傾向が強いように思われます。
外国の人の場合はちょっとオーバーすぎるほど言葉だけでなく、顔の表情やジェスチャー、ハグしたりなど、全身で感謝の気持ちを相手に伝えます。
そのアメリカですら、ウィリアム・ウォードが人々にもっと感謝の気持ちを表すようにと勧めているぐらいですから、ましてや私たち日本人においておやです。


日本人の場合、とくに夫婦間や親子間など家族の間で、「ありがとう」というひと言が出てこないことが多いように思いますが、いかがでしょうか?
以前、「ありがとう」と「サンキュー」の反対語という記事を書きましたが、「ありがとう」の反対語は「当たり前」です。
つまり、人に何をしてもらっても「当たり前」と思う傲慢な心です。確かに何でも当たり前と思っていると、「ありがとう」という感謝の気持ちは起きてこないですよね。


いくら感謝していると言っても、その気持ちを表現しなければ、「プレゼントをラッピングしていながらそれを渡さないようなもの」で、これでは元も子もありません。
私たち日本人は、もっと素直に感謝の気持ちを相手に伝えられるようになりたいものです。
それも、とくに家族など身近な人たちに。


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健全なセルフイメージ

2016.07.31日

子どもの頃、私のセルフイメージはとても低かった。妹はとても可愛くて、頭がよく、性格はおっとりしていて愉快で、みんなから愛されていた。私が2歳のとき妹が生まれてきて、両親の愛情を私から「奪って」しまったので私はおもしろくなかった。そこで、私は自分のうちになにか人から愛されない原因があるに違いないと思うようになった。次に私は怒りっぽくなって、無意識のうちに人を遠ざけるようになった。


両親は愛情深く、妹と私を差別などしていなかった。しかし、両親が妹により多くの時間を割き、かまっているように見えたので(小さい子どもだから当然のことだったのだが)、私は妹ほど大切な存在でもなければ、価値もない人間だと思うようになった。


これがこの後25年間におよぶ「劣等感」の始まりだった。私は自分が愛されるに値しない者、価値のない者、ほかの人たちのように能力のない者だと思うようになった。そして、これが自己成就的予言となった。私はどのようにして友達を作ったらいいのかわからなかった。だから小学生時代はほとんど孤独な時を過ごした。中学高校生になってほんの少しはよくなったものの、自分のうちに人に与えられるものなどないと思っていたので、友達はあまりできなかった。


成人してからも本当に辛い日々を過ごしていた。しかし、いくつかの成功体験とおして私は自分自身を見つめ直し、思っていた以上のものがあるかもしれないと気づき始めた。


私は自分を注意深く見つめ、子ども時代のことから解放されて、自分が何者であるかがわかり始めてきた。自分はこれでいいのだ、自分のうちにも人に提供できるものがたくさんあることに気づいた。30代になる頃には、他人の評価によって自分が何者か決まるわけではないということもわかってきた。自分が何者であるか、そして自分に愛される価値があるということは自分しか決められないことだとわかった。


自分次第だということがわかったとき、私は自分を評価し直し、ほかの人たちと同じように、自分は愛される価値のある、かけがえのない存在で、能力があるのだと結論づけた。自分はユニークだという点においてみんなと違っていて(私たちはみんなそうなのだが)、そしてそれ自体素晴らしいことなのだ。また、ありのままの状態で私は良い人間だということにも気づいた。


かと言って自分が「完璧だ」というわけではない。そもそもそんなものは存在しないのだ。「完璧」の定義は、私たち自身にかかっている。それで、私こそ「完璧な私」だということがわかった。これは別に成長の余地がないという意味ではない。さまざまな困難や不完全なことがあっても、私は自分自身を愛し、感謝することができる、という意味である。他人に関係なく私には価値がある。もし何らかの理由によって、人々が私と同じように感じなかったとしても、それは彼らの問題であって、私の問題ではない。


私は自分の価値を認めなかったときには人生がどれほど苦痛であったかを今でもよく覚えている。私の今の目標は、他の人たちがかつての私と同じあの苦痛を感じなくていいよう、サポートすることだ。


肯定的なセルフイメージを持っている人は、人生においてどのようなことが起こってもよりうまく対処できるということを見てきた。自分の内に価値があると感じていたら、たとえさまざまな困難やトラウマがやってきてもうまく対処できるし、そこから前進することもできる。自分を愛し、受け入れることができない人にとっては、あらゆることが苦しみに感じられるものだ。


もしあなたが自分の内に疑いを持っているなら、自分の古い信念を再評価する時間を取って、あなたはこれまでもずっと驚くような素晴らしい人物であったことを再発見してもらいたい、と私は願っている。
これは必ずやあなたの人生を変えることになるだろう。


サンドラ・アベル、ベストセラー作家、スピーカー、カウンセラー、ライフ・ビジネスコーチ
(訳:舟田 譲二)


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知的障害者福祉施設で起きた事件に思う

2016.07.29日

"In helping others, we shall help ourselves, for whatever good we give out completes the circle and comes back to us."
--Flora Edwards - Author
「他の人を助けることによって、私たちは自分自身を助けることになります。というのは、たとえどのような善意を施しても、それは回り回って自分に戻ってくるからです」
--フローラ・エドワーズ、作家
(訳:舟田 譲二)


去る7月26日、神奈川県相模原市緑区の知的障がい者福祉施設「津久井やまゆり園」で19人が刺殺され、26人が重軽傷を負うという痛ましい事件が起きました。


「知的障がい者はこの世にいない方が世のためだ」という、独りよがりの異常な妄想によって引き起こされた事件のようで、世界を震撼させました。
これは、最近外国で頻繁に起きているテロ事件と本質においてまったく変わらず、独善的な行為で、世界平和などたとえどんなに立派な主義・主張を唱えても決して許さるべき行為ではありません。


世間ではよく次のように言われるのを耳にします。
「人にしてほしくないことはしてはいけない」
確かに、上の事件の犯人にしても、またテロリストたちにしても、同じことを自分にされたら嫌なはずです。
憎しみや暴力行為は、またそれを引き起こすという負の連鎖を生むだけです。


しかし、本来「人にしてほしくないことをしてはいけない」ではなく、
「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ」
(マタイによる福音書 7:12)
であるべきです。
憎しみや復讐に打ち勝つ唯一の道は、自ら進んで人に善をなすことです。
これによって正の連鎖が始まり、自分のところにも善が戻ってくるのです。


「一寸の虫にも五分の魂」で、蚊や蟻ですら自分の命に危険が迫ると必死で逃れようとしますし、死ぬ時には苦しみます。
ましてや人間においておやで、自分の価値観で他人の生命を軽んじたり、ましてやそれを奪うことなど絶対に許されません。
亡くなられた方の恐怖、苦しみ、またそのご家族の方の悲しみ、辛さを思うと心が張り裂けそうになります。


教育の原点は、まさに人の生命の尊厳を教えることにあるのではないでしょうか。
単に勉強ができる、テストでいい点が取れる、いい学校に進学する、などが教育の目的ではないはずです。
オウム事件の時もそうでしたが、テロリストたちは概して高学歴の人たちが多いようです。


学問よりも学歴よりも何よりも、人の生命を大切にすること、そしてその中には当然のことながら自分の生命も含まれるということを家庭で、そして初等教育で徹底して教えるべきだと思います。


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学院長、カッコいいよ!

2016.07.20日

ちょうど6年前の記事の再録です。
今や大学2年生になった、今日の話の中に登場するS君、今頃どうしてるのかなぁ...


多分2か月ぐらい前からだと思うのですが、中2の男子生徒が私の顔を見るたびに、
「学院長、カッコいいよ!」
と言うのです。
初めのうちは冗談と受け止めて、
「ありがとう。みんなそう言うよ」
と冗談で返していたのですが、最近段々とエスカレートしてきました。
一昨日はついに何人かが私のことを
「学院長、カッコいい。ニコラス・ケイジみたいだよ」
と言うのです。
まあ、ほめられて気分悪くはないのですが、ちょっと気になることがありました。
みんなニコニコ(というかニタニタ)しながら言うのです。
しかも、よく聞いていると、
「ニコラス・ケイジ」ではなく、「ニコラス刑事」と聞こえるのです。
どうもかつがれているみたいです。
そこで
「もういいよ。冗談は」
と言ったら、
「真面目に、カッコいいっすよ!」
とS君が言うのです。
「真面目に」というのは、いわゆるこれまでの「まじで」の新しいバージョンのようです。


正直、私は自分がカッコいいなどと思ったこともありません。
ましてや、中学生の男子から「カッコいい」なんて言われる覚えもありません。
しかし、誰でも「カッコ悪い」とか「ブスだ」とか「バカだ」とか「うざい」とか言われるよりも「カッコいい」と言われるほうが、たとえ冗談でも気持ちいいものです。
それで私もS君に「学院長、カッコいいっすよ!」と言われたら、「Sもかっこいいよ!」と言い返すことにしています。


先日、バス送迎をしているとき、Rちゃんに
「◯◯ちゃんのお母さんがRちゃんのことをとてもいい子だってほめてたよ」
先生も本当にRちゃんはいい子だと思ってる」
と言ったところ、
「全然そんなことないですよ」
という返事が戻ってきました。
もちろん謙遜しているのです。
そこで私は
「オーケー、じゃあ、◯◯ちゃんのお母さんに、Rちゃんは全然いい子じゃないですよ、って言っておくね」
と冗談で言って、
「でも本当にいつもいろいろありがとう。Rちゃんにはとっても感謝しているよ」
と付け足しました。
Rちゃんはニッコリ笑って、元気よくあいさつしてバスを降りました。


人間、誰でもほめられると嬉しいものです。
「ブタもおだてりゃ木に登る」と言うぐらいですから。
それなのに、みんな人のことをあまりほめないのは一体どうしてでしょう。
耳にするのは批判的な悪い言葉ばかりです。
そしてお互いに傷つけあっています。
みんながお互いに相手のいいところを見つけて、それをほめれば人間関係はもっとうまくいき、みんなが幸せな気持ちになり、人生が楽しくなるのに。
教師は生徒を、親は子どもを、夫は妻を、妻は夫を、兄姉は弟妹を、同僚同士で、友達間で、上司が部下を、部下が上司をもっとほめるようになったら、みんなもっともっと素晴らしい人間に成長していくと「真面目に」思うのですが。


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ビジネスのエッセンス

2016.07.19日
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徳川幕府の末期を支えた幕臣・勝海舟は、明治維新の後、1899年(明治32年)まで生きた。晩年の時事談議をまとめた「氷川清話」の中で、勝は塚本定次という商人を、「田舎にはまだ感心に本気の人が居る」と大いに称賛している。


塚本は、思わぬ利益を得た時には、自分でため込まず、従業員に分配したり、学校に寄付したりする。所有する荒れ地には、桜を植えて近隣住民を楽しませたという。


塚本は、いわゆる近江商人の一人だ。今の滋賀県を拠点とした商人たちは全国に商いを展開し、江戸時代に大いに栄えた。塚本の言動に見るような利他的な家訓が、近江商人の家には数多く伝わっている。例えば中村治兵衛宗岸そうがんという商人は18世紀半ば、後継ぎとして孫娘の婿に迎えた15歳の青年にこんな書き置きを残した。
「皆人よき様にとおもひ、高利望み申さず、とかく天道のめぐみ次第と、只ただそのゆくさきの人を大切におもふべく候」
自分だけが大きな利益を得ようと思わず、取引先の人々を大切に思いなさい、と丁寧に説いている。


 近江商人は、近江を本拠に、地方に支店を出して、互いの特産品をそれぞれの土地に届ける、現代の商社のような機能を果たしていた。


 「彼らは他国に出かけていって商売をした。行った先の地域社会に支持されなければ、商いは成り立たないと知っていました」。長年、近江商人を研究してきた末永國紀くにとし・同志社大名誉教授は話す。
 薄利でよい、誠実に働け。理想論にも見えるけれど、「ひとかどの商人は似た言葉を残しているし、引き継げなかったところは滅んでいる」(末永名誉教授)。持続可能な経営のための知恵だったのだろう。


 そんな近江商人の哲学を、後世の研究者が集約した言葉が「売り手よし、買い手よし、世間よし」、通称「三方よし」。近年は、企業の社会的責任の源流と注目を受けている。


 近頃、あちこちで大企業の幹部が謝罪する姿を目にするにつけ、買い手や世間を軽んじた商いは、結局は長続きしないのだと痛感する。
(7月17日付 読売新聞 日曜版 「[名言巡礼 繁栄をもたらした利他精神]近江商人の商売の心構え…売り手よし、買い手よし、世間よし」より)


私は大学卒業後もいくつかの学校で学び、最終的に卒業して仕事に就いたのは34歳の時。
もちろんそれまでにも仕事はいくつもしてきましたが、自立して本格的に始めたのはこの時です。
キリスト教会牧師、英会話学校講師、大学講師、企業のサラリーマンと、四足の草鞋(わらじ)を履くという忙しさでした。
そしてその後、これらすべてをやめて自分の英会話学校、学習塾の仕事を始めました。
30年あまりになりますが、自分ほど商売に向いていないものはいないというほど、こと商売に関しては本当に下手です。
ただ、ここまでやってこれたのは、父から仕込まれた上の近江商人のサービス精神に負うところが大きいです。
私は儲けを度外視して一生懸命人に仕えることに徹してきました。
その結果、今日があります。
勝海舟が称賛したという近江商人の精神こそが、日本が世界に誇るビジネスのエッセンスではないでしょうか。


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あなたが発している波長は?

2016.07.16日

日常の生活の中で、「◯◯さんと波長が合う」とか「合わない」という表現をみんなよく使います。
この「波長」というのは何でしょうか?
一般的には「フィーリング」とか「相性」のような意味で使っているのではないでしょうか?


実は今、「量子物理学」という新しい分野の学問が熱いのです。
これまでの「ニュートン力学」は目に見える世界を扱っています。
たとえば、物体が上に上がれば下に落ちてくる(重力の法則)とか、物体を押すと押し返される(作用と反作用の法則)のようなものです。
ところが、量子物理学では原子、分子、電子、素粒子など目に見えない世界を扱っています。
そして、原子や電子が粒子としての特徴をもつと同時に波としての特徴をもつ(物質波)ことが知られています。
つまり、光や音や電波など、すべて波を発しているということはみんな知っていますが、これらは波の性質と同時に粒子としての特徴ももち合わせているそうです。
そして、さらに話を進めると、実は光や音などだけでなく、すべての物質もやはり粒子から成り立っていて、これらの粒子が波動を起こしているというのです。
そう、車も家も、人間さえも波動しているのです。


なるほど、それで合点がいきました。
人間も波動しているということは、ある種の波長の波を発しているわけで、これが人によって同じ波長で共鳴したり、衝突したりする。だから、波長が合う、合わない、ということがあるわけです。


私たちが何色が好きとか、どんな音楽が好きとか嫌いとか、誰々が好き、嫌い、どんな車が好き、どの科目が得意、不得意等など、挙げ出せば切りがありませんが、これらのもとはみんな波長のせいだということがわかれば、納得がいきます。


さて、私たちもみんなある種の波長を発しているわけですが、それが否定的・消極的・破壊的な波長だと、やはり同じような波長のものを引き寄せることになります。
これが、これまで何度もこのブログで触れてきた「引き寄せの法則」なのです。(「意思あらば道通ず」「あなたの望みをかなえよう」ほか参照)


ならば、私たちは幸せになりたければ、そのような波長を発しなければならないということです。
憎しみの波長を発していたらやはり戻ってくるのは憎しみです。
人からの愛を求めているなら愛の波長を発するのです。
あなたはそのような波長を発していますか?


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こんなことがあり得るのか!

2016.07.10日

希望に胸をふくらませてベネズエラからアメリカに留学してきて、エンジニアリングを学んでいた美しい20歳の女性の人生が一瞬にして悪夢に変わった。
酒気帯び運転をしていたひとりの若者の車がセンターラインを越えて女性の乗っていた車に正面衝突。
女性は九死に一生を得たものの、全身の60%を覆う重度の火傷を負う。
事故後10か月間意識不明。50回にも及ぶ手術を受けて生き返るも、顔も身体も焼け落ちて恐ろしい姿に一変した。
女性は今でも悲しくて毎日5分間泣くが、泣き終わったら気持ちを切り替えて明るく生きようと努めている。


彼女の名前はジャッキー・サブリード。
オプラ・ウィンフリー・ショーで、加害者の男性の母親と初対面し、言葉を失っている母親を抱きかかえて、
「大丈夫よ。大丈夫」
と慰める。
それに対して、母親はジャッキーに、
「あなたは世界一美しい」
と答える。


見る人々を泣かせる感動的なシーン。私も大泣きに泣きました。



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あなたも北極星!

2016.07.07日
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「私たちひとりびとりは、だれか他の人にとって、北極星のような存在である。だれも、ある人の代わりになってその人自身の生活をすることはできない。そのような意味において、私たちひとりびとりは、それぞれ自分自身の生活に責任を持たなければならない。しかし、もし私たちが、自分の理想や、愛する者たちが私たちに対していだいている希望にはるかに及ばないような生き方をするならば、私たちは、自分自身を傷つけるだけでなく、また、だれかの北極星を空から落とすことになるのである」
(『山頂をめざして』 p.469 L・B・カウマン著 いのちのことば社)


そうです。私たちはみんな、ひとり残らずだれか他の人にとって、北極星のような存在、すなわち絶対に必要な存在なのです。
赤ん坊からお年寄りまで、ひとり残らずみんなです。
自分など生きていても何の役にも立たない、自分の人生に意味なんかない、自分がこの世にいてもいなくても何も変わりない、などと人はよく考えがちです。
日本はとくに自殺(自死とも)する人の数が多く、年間30,000人にも及びます。ざっと毎日100人近くの人が自殺しているということになります。
自分の生きている価値や目的がわからないと、困難や試練、苦しみにぶつかると死にたくなることがだれにもあります。


これまでこのブログで何十もの障がい者に関する記事も書いてきましたが、そのどれもこれも否定的・悲観的なものではなく、積極的・肯定的なものばかりです。


ニック・ブイチチさんのこと(「自分には◯◯できない」)、全盲のジム・ストーヴァルさん(「盲目にならなくても見える!」)、リジー・ベラスケスさん(「頑張れ、リジー!」)、マレーシアの全盲のほか、頭蓋骨・脊柱奇形といういくつかの障害を持って生まれてきたコリンくん(「生き甲斐」)、また障がい者でなくても、携帯電話のセールスをやっていてみんなから無能と思われていたポール・ポッツさんのこと(「ダイヤモンドの原石」)等など、挙げ出せば切りがありません。


これらの人たち一人ひとりに共通すること、それは自分に与えられた役割、使命に気づいたということです。
神様はこの世に私たち一人ひとりを生み出す時に、その人にしかない大切な役割、使命を一人もれなく与えてくださっているのです。
自分自身の快楽のために生きるのは虚しいことです。でも、ほかの人の北極星(道しるべ)となるために生きることには本物の生き甲斐があります。
あなたもだれかの北極星なのです。それを空から落とさないようにしましょう。


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自分にしてもらいたいこと

2016.07.01日

 数年前、私はある電話会社のコマーシャルに出演を依頼された。スーツを新調しようとニューオーリンズ郊外にある自宅近くの衣料品店に行ったところ、幸運にも販売員のフレッド・オーバートと出会った。自己紹介し、自分が探しているものについて相談すると、フレッドはたいへん親身になってくれた。それ以来、私はずっと彼の固定客だ。
 

 フレッドはまず私の話にじっくり耳を傾けてくれた。私がカメラの前でどんなイメージを希望しているかをよく知るため、彼はコマーシャルについて質問したうえで、細い縦縞の入った濃紺のスーツを推薦し、寸法を測った。私はそのスーツを買い、これでやっとコマーシャルの準備が整ったと思った。


 しかしその後、会社側から「コマーシャル撮りに使うセットの背景が暗いので濃い色のスーツは合わない」と言われ、私はグレーのスーツを探すために再びフレッドのところに行った。すると彼は、「そういう事情でしたら、濃紺のスーツを引き取りましょう」と言ってくれたが、私はそれが良いスーツで手放したくなかったので、そのまま自分のものにした。しかし、フレッドの店にはグレーのスーツがたくさんあったものの、どれもコ