学院長元気の出るブログ

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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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すべての豊かさの基盤

2017.12.13日

"Acknowledging the good that you already have in your life is the foundation for all abundance."
--Eckhart Tolle - Author
「人生で自分がすでに持っている良きものを認めることがすべての豊かさの基盤になる」
--エックハルト・トーレ、作家
(訳 舟田譲二)


「無い物ねだり」という言葉がありますが、私たちは本当によくこれだけ「無い物ねだり」をするものだと思うくらい、持っているものよりも持っていないものに目が行くものです。


特に人を見ているとついつい、あの人はあれもこれも持っている、いいなぁ。これに比べて私はあれもこれもない、などと卑下してしまいます。


その結果、モーセの十戒の十番目の戒めを破ってしまいます。
「あなたの隣人の家を欲しがってはならない。すなわち隣人の妻、あるいは、その男奴隷、女奴隷、牛、ろば、すべてあなたの隣人のものを、欲しがってはならない」(出エジプト20:17 )
これは、ほとんどすべての人間関係の問題の根源と言われるほどのものです。


他人の物のみならず、地位や名声、学歴、家柄、家族、家庭環境、能力、ルックス、健康、長寿…
挙げ出せばきりがありません。
このようなことに心を奪われていて幸せになれるわけありません。


1週間前、東京の富岡八幡宮で日本刀を使った実におぞましい殺人事件が起きました。
かつて父親の後を継いで宮司を務めた容疑者は、毎晩銀座で飲み歩いたり、ラスベガスのカジノで豪遊するなど金遣いが荒く、女性関係の噂も絶えなかったそうです。その上、神社本庁に納める“上納金”を使い込んでいたことも明らかになり、宮司を解任されました。
後に宮司を継いだ実姉を恨んで妻と共に計画的に姉を襲って日本刀で殺害し、さらに妻をも殺害した後自害しました。
「積年の恨み。地獄へ送る」と書いたはがきを送りつけていたそうです。
この「積年の恨み」は、宮司の地位、名誉、さらには金銭を始めとする物欲が原因です。


「人から出て来るもの、それが人をけがすのである。すなわち内部から、人の心の中から、悪い思いが出て来る。不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、邪悪、欺き、好色、妬み、誹り、高慢、愚痴」
(マルコによる福音書 7:20-22)


作家エックハルト・トーレが冒頭で語っているように、
「人生で自分がすでに持っている良きものを認めることがすべての豊かさの基盤になる」
のです。
真の豊かさは、自分が持っているものに目をやって認め、これを感謝することに始まります。


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あなたの夢は何ですか?

2017.12.12日

"Your own words are the bricks and mortar of the dreams you want to realize. Your words are the greatest power you have. The words you choose and their use establish the life you experience."
--Sonia Choquette - Author
「あなた自身が語る言葉が、実現したいと思っている夢の基礎の基礎です。言葉はあなたが持つ最大の力。あなたが選ぶ言葉とその使い方が、経験する人生を形成します」
--ソニア・ショケット、作家
(訳 舟田譲二)


幼い頃から言葉に興味を持ち、小学生時代は劇団に入って早口言葉やセリフを覚えるのは1番、中高大学生時代は文学やエッセイ、学術書を多読、そして英語にハマり、大学院時代には言語学を専攻し、生涯英語・言語学・音声学を教えてきた、言語をこよなく愛する舟田譲二。
今でも毎日、テレビに出演するキャスターや俳優、ドキュメンタリー番組に登場する地方の人々のアクセントや方言、言葉遣いに注意を払っている私も、作家・ソニア・ショケットの冒頭の言葉、
「あなた自身が語る言葉が、実現したいと思っている夢の基礎の基礎です。言葉はあなたが持つ最大の力。あなたが選ぶ言葉とその使い方が、経験する人生を形成します」
は全く同感です。


ウォーキングしている時も、夜布団に入って寝る時も、四六時中言葉のことを考えていると言っても過言ではないほどです。


言葉はその人の人格そのものを、そして人生を形成します。言葉を疎(おろそ)かにする人は、言葉で失敗します。言葉で失敗する人は人生で失敗します。その逆もまた真なりです。


言葉こそが人を人たらしめる、神様が人に与えられた最大のプレゼントです。
言葉が人類のここまでの成長・発展を可能にしてきました。智慧のもとが言葉にあるからです。人の言葉と動物の鳴き声とが根本的に異なるのは実にこの点にあります。
これからの人類の成長も言葉と共にあるでしょう。


頭の中にある漠然としたものは決して夢にはなり得ません。
あなたが抱く夢は言葉によって具体化され、イメージ化され、発展し、やがて実現に至ります。
あなたの夢は何ですか?


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夢を実現させたかったら

2017.12.10日

"I didn’t get there by wishing for it or hoping for it, but by working for it."
--Estée Lauder – 1908-2004, Businesswoman
「私が目標を達成できたのは、できればいいなとか、ぜひともやりたいという思いからではありません。目標に向かって一生懸命努力した結果です」
--エスティ・ローダー、女性実業家
(訳 舟田譲二)


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英語では 'wish' と 'hope' は微妙にニュアンスが違います。両者とも「〜だったらいいな」という願望に使われるのですが、'wish' は実現できる可能性が低いかもしくは不可能に近い場合に、'hope' は可能性が十分にある場合に使われることがよくあります。
たとえば、明日デートだけどいい天気だったらいいな、という場合は "I hope it'll be sunny tomorrow." と言います。ここでもし 'wish' と言ったら天気予報で雨の確率が高いニュアンスです。


さて、この名言を残したエスティ・ローダーは弱冠38歳の時、クレンジングオイル、スキンローション、スーパーリッチ・オールパーパスクリーム、クリームパックの4種類の化粧品でビジネスを始めました。
わずが2年後に、ニューヨークの大手百貨店、サックス・フィフス・アベニューにコーナーを設けるに至り、続く15年間で全米に販売ネットワークを広げます。


次にロンドン、ホンコンを皮切りに、全世界に進出していきました。
1964年には香水、男性用化粧品とラインを広げていき、68年には全米で最も優れた女性実業家トップ10に数えられるまでになりました。
エスティローダー社は今日年商1667億円を超える大企業です。


冒頭の彼女の言葉、
「私が目標を達成できたのは、できればいいなとか、是非ともやりたいという思いからではありません。目標に向かって一生懸命努力した結果です」
からは多くのことを教えられます。


ひとつは、誰でも最初の一歩は小さいところからのスタートだ、ということ。
2番目に、明確な目標を持っていた、ということ。何事も行き当たりばったりではだめです。
3番目に、目標を達成するためには、単に「できたらいいな」とか「是非ともやりたい」と願っているだけではだめだということ。
そして4番目に、言い古されていることですが、「目標に向かって一生懸命努力する」ことです。


これはビジネスの世界に限らず、学生の勉強において、仕事探し、伴侶を見つけること、良き家庭や良い人間関係を築くこと、良き人生を歩むこと等々、私たちの人生全般に当てはまることです。
夢を見ているだけでは夢は実現しません。夢を実現させている人は例外なく、陰で見えない努力をコツコツと重ねています。


あなたの夢は何ですか?
その夢を実現させるためにあなたは今、何をしていますか?


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良い行動の種を蒔くと良い運命を刈り取る

2017.12.05日

"The law of harvest is to reap more than you sow. Sow an act, and you reap a habit. Sow a habit and you reap a character. Sow a character and you reap a destiny."
--James Allen (1864-1912), Author
「刈取りの法則とは、蒔いた以上の分を刈り取るということだ。行動の種を蒔くと習慣を刈り取る。習慣の種を蒔くと、品性を刈り取る。品性の種を蒔くと、運命を刈り取ることになる」
--ジェームズ・アレン、作家
(訳 舟田譲二)


ジェームズ・アレンは9年間で19冊の本を書きました。
その代表作である As a Man Thinketh (邦訳,『「原因」と「結果」の法則』)は自己啓発書の原点であり、デール・カーネギー、アール・ナイチンゲールなどに大きな影響を与えました。同書は1世紀以上も前の1902年に書かれた書物ですが現在も世界中で売れ続けています。聖書につぐロングセラーの一つと言われており、日本でも50万部を超えるベストセラーです。
彼の仕事は、ニューソート運動を含む世界中の人々に影響を与えました。
彼はより多くの人に読んでもらいたいとの願いからイギリス以外での著作権を放棄していて、著書(英語)をオンラインで読むことができます。
(以上Wikipediaより)
生前のジェームズ・アレンは有名にも金持ちにもなりませんでしたが、彼が言っていたとおり彼が蒔いた種が今日も世界中で蒔いた以上に多く刈り取られて、数えきれないほどの人々の人生で実を結んでいるのです。


今から30数年前、アメリカ留学から帰国してきた当時、私はカウンセリングと教会の牧師の仕事のほか、ジョンソンという外資系企業の広報室で週に3日間働き、広報室主催の英会話教室で小中高校生、一般成人までのクラスを受け持ち、同時に週に一日は中央大学で朝から夕方まで英語音声学や表現研究、一般英語など4クラスを教え、日曜日には他府県の教会の礼拝や特別伝道集会のご用のほか、ときどき翻訳・通訳の仕事もこなし、「二足のわらじ」どころか七足ぐらいを休む暇なく履き替えていました。


この頃の多忙がたたって身体を壊しました。
自律神経失調により体温調節ができなくなり、夜寝ている時は身体が火照って熱くて眠れず、逆に昼間は手足が氷のように冷たくなりました。以来、私の様々な病はここから発しているようです。
ひどい時には靴下を2枚履いてさらに防寒用ブーツを履いていました。
手足はいつもひび割れしていました。


1か月ほど前に見たTV番組『主治医が見つかる診療所』では、血管を柔らかくする「血管しごき」というのを教えていました。
血管は外から刺激を受けると、その壁から一酸化窒素NOが発生し、このNOが血管の緊張を和らげることで血管が拡がる。NOを自分で出すための刺激が「血管しごき」です。
動脈は筋肉の奥にあるため、イタ気持ちいいくらいの強さで行います。
◎手
1.両手を組んで指を締め付ける
2.片方の手を引き抜く
3.両手を2〜3回ずつ行う
◎腕
1.手首から肩に向かってしごく
2.脇の下は強く押して刺激する
実演します。



この要領で手足もみを毎晩20分ぐらいかけてやっていたらいつの間にかそれが習慣になって、面白いことに手・腕の血管しごきを始めるとすぐにあくびが出てきて眠くなってきます。
そして手も足もポカポカしてきて、身体がリラックスしてすぐに眠りにつけるようになりました。お陰でこれまでの睡眠障害をこれで克服できそうです。


ロンドンの大学の実験の結果では、大体66日ぐらいかけるとほとんどどんなことでも習慣が身につくそうです。約2か月です。
良い習慣も悪い習慣も2か月ほど同じことを繰り返していると習慣になるのです。
ジェームズ・アレンが言った
「刈取りの法則とは、蒔いた以上の分を刈り取るということだ。行動の種を蒔くと習慣を刈り取る。習慣の種を蒔くと、品性を刈り取る。品性の種を蒔くと、運命を刈り取ることになる」
は真理です。
皆さんもぜひお試しください。


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鏡に向かって微笑みなさい

2017.11.20日

"Smile in the mirror. Do that every morning and you'll start to see a big difference in your life."
--Yoko Ono (1933-)
「鏡に向かって微笑みなさい。毎朝微笑みなさい。そうしたらあなたの人生が大きく変わっていくのに気づくでしょう」
ーーオノ・ヨーコ、ジョン・レノンの妻
(訳 舟田譲二)


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ジョン・レノンはかつて彼女(オノ・ヨーコ)のことを「世界で最も有名な無名アーティスト。誰もが彼女の名前を知っているが誰も彼女のしていることを知らない」と語っています。(Wikipediaより)


実は私自身、ジョン・レノンの言っている如く、オノ・ヨーコのことは「前衛芸術家」という程度に漠然と知っていただけで、ほとんど知りませんでした。
しかし、今回冒頭の「鏡に向かって微笑みなさい。毎朝微笑みなさい。そうしたらあなたの人生が大きく変わっていくのに気づくでしょう」の言葉に惹かれてどんな人物だったのか知りたくなってWikipediaで彼女のことを調べてみました。


彼女の動向はこれまでいろいろとニュースの話題に上ったので、その都度記事に目を通してはいましたが、そもそも前衛芸術とはそりが合わない性質(たち)なので何となく遠目に見ていました。でも、Wikipediaの長い記事を読み進んでいくうちに、少しずつ彼女の人生のほんの一部ですが分かるような気がしてきて、冒頭の言葉も味わうことができるようになりました。


以下の青字の部分はWikipediaの「オノ・ヨーコ」の記事からの抜粋です。


1970年にビートルズが解散したが、その「原因はオノにある」とされたり、「ビートルズを解散させた女」としてしばしば非難された。また、結婚前後の二人の活動は、奇妙な立ち居振る舞い・不人気な前衛活動と映り、数多くの非難と中傷がオノに対して浴びせられたこともあった。


私もそのひとりですが、前衛芸術というのは一般の人には理解しにくいもので、いろいろな面で奇異な目で見られたり、本人が心の内側を表そうとする活動を表面だけ見て批判したり、さらにはバッシングしたりしがちです。
彼女の言葉に、
「苦痛や孤独という人としての普遍的な苦悩」
「貧乏には耐えられる でもさみしさは さみしさには耐えられない」

というのがありますが、ここに彼女の本心が垣間見えるような気がします。


レノンは、オノに出会う前に、アジア系の女性が自分を救ってくれる夢をみていた。また、アーティストである恋人を持つのが夢だった。レノンが、オノに出会った際の感動を表した言葉は「俺より頭のおかしな奴がいる!」である。これは俺より才能があるという意味の最大の褒め言葉である。レノンは、オノが先生で自分が生徒だと発言している。
そのような中で出会ったふたりはきっと波長が合い、意気投合したのでしょう。
次の言葉にそのことがよく表れていると思います。
夫婦仲は非常に良く、一緒にいるとオノは彼を笑わせずにはいられず、レノンはオノが小さいというだけで笑った。


人々に受け入れられず、批判されたり、バッシングを受けたりして「苦痛や孤独」を味わいつつも、彼女は自分の創作活動を続けます。


そして、やがて徐々に認められるようになり、
ニューヨーク・タイムズの美術評論のチーフであったマイケル・キンメルマン(英語版)は言った。「オノ・ヨーコのアートは鏡だ。彼女の作品『ボックス・オブ・スマイル("a Box of Smile")』のように、我々は彼女の作品に対する自身の反応の中に、自身を見ることになる。自己啓発への小さな刺激を与えてくれる。まるで禅のようだ」
バード・カレッジ(Bard College)より名誉美術学博士号を授与されている。スコット・マクドナルド(Scott MacDonald)客員教授は、このように語った。「彼女の作品は作品として賞賛に値するし、彼女がメディアの歴史の中で、そして世界の中で、主張してきた事も賞賛に値する。その勇気、不屈さ、粘り強さ、独立心、そして何よりも、創造力。そして、平和と愛こそが輝かしくて多様性に富んでいる人類の未来へと導いてくれるのだ、という信念はすばらしい」

と言われるまでになりました。


「鏡に向かって微笑みなさい。毎朝微笑みなさい。そうしたらあなたの人生が大きく変わっていくのに気づくでしょう」
というオノ・ヨーコの言葉はきっと上のような困難や孤独の中で生まれたのでしょう。


「オノ・ヨーコ」で検索して出てくる画像はいずれも前衛芸術家・音楽家らしいニヒルでストイックな感じの写真ばかりで、笑顔はほとんど見つかりませんでした。
でも、きっと彼女は毎朝そっと鏡に向かって、上の写真のような笑顔を写し世界の平和に貢献することを願いながら活動していたのでしょう。
そして、今も毎朝鏡に微笑みかけていることでしょう。
私もこれまで時々ですが、思い出すと鏡に向かって微笑みかけていましたが、これからは毎朝実行しようと決意し、早速実践しています。


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「正しさ」よりも「優しさ」を

2017.11.17日

「正しさ」と「優しさ」のどちらかを選択するという機会は誰にでもよくあります。
それは間違っているよとか、もっと違うやり方があったはずだとか、改善することができるよ、など人に指摘する機会です。
個人的に、あるいは人前でそれを「指摘」する機会。
しかし、これらの機会はすべてその過程において、相手をそしてさらにあなた自身をも不快にさせる結果につながることになりがちです。


精神分析医のような専門的な言い方をせずに率直に言うと、私たちが他の人をへこませようとしたり、矯正しようとしたり、あるいは私たちが正しくて相手が間違っていると言おうとすると、その人が間違っていると指摘すれば自分のほうが正しいのに違いない、と自我が誤って認識し、その結果優越感を味わうことになるのです。


しかし実際には、人をへこませて自分が勝ったと思う感情をよく注意して観察すると、相手を「へこませる」前よりも逆に自分自身も不快になっていることに気づきます。
他人を不快にさせる代償を払って自分が幸せになることは不可能だ、ということをあなたの心、即ち人に対する思いやりがある部分は直感的に知っているのです。


でも、幸いなことにその逆もまた真なのです。つまり、あなたの目標が人を立て、人を幸せな気持ちにし、彼らの喜びを一緒に味わうことにあるなら、あなた自身も彼らの幸福感のお裾分けをもらうことになります。
この次、誰かを矯正してあげる機会に巡り合ったら、たとえ彼らが多少間違っていたとしても、誘惑に負けないようにしましょう。
その代わりに、「この一件から私が本当に望んでいることは何だろう」と自分の心に尋ねてみるのです。
おそらく、あなたが本当に望んでいることは平和的な解決で、お互いに気分よく終わることです。
「正しく」あろうとすることを我慢し、「優しさ」を選択するたびに、自分のうちに平安があることに気づくことでしょう。


妻と私はある仕事のことで話し合っていたのですが、非常にいい結果となりました。
私は「自分の」思いつきが明らかにその成功の鍵になったと自慢げに話していました。
妻のクリスは、いつもの優しい表情で、私に花を持たせてくれていました。
その日、しばらくして私はふと気づきました。あれは私の思いつきではなく、妻のアイデアだったのです。「おおっと!」
そこで妻に謝ろうしたところ、妻はその成功は自分のお陰だと認めてもらって満足することよりも、むしろ私が喜んでいるのを見るほうが幸せに感じていた、ということがすぐにわかりました。
誰のアイデアだったかなんてことはどうでもよくて、私が嬉しそうにしているのを見て自分は幸せだった、とクリスは言いました。(ねえ、クリスがいかに愛すべき妻か、ということがよく分かるでしょう)


このやり方を「意気地なし」とか「自分の信念を主張できない」などと勘違いしてはいけません。
自分が正しいと思うことを主張しなくていい、と言っているわけではありません。ただ、自分が正しいと主張していると往々にして自分の心の平安を犠牲にすることがある、ということを言っているのです。
常に冷静さを保つためには、多くのケース、「正しさ」よりも「優しさ」を選択したほうがいいのです。それを実践する最適の場は、あなたのすぐそばにいる人です。


リチャード・カールソン
(リチャード・カールソンは『小さなことでくよくよするな』の著者)

(訳 舟田譲二)


私自身、最近このことに気づき始めていました。
正直に告白すると、これまで私も自分の「正しさ」を主張するタイプの人間でした。
私は自分のことをクレーマーとは思っていませんが、市役所や警察やレストランなどで、相手が間違っていると思ったらそれを指摘せずにはいられませんでした。お節介焼きな性格もあり、それが「親切」だと自分で思い込んでいたのです。
そして、それは身近な妻や子どもたち、職場では先生たちや生徒などに対しても同様でした。


「それは間違っているよとか、もっと違うやり方があったはずだとか、改善することができるよ」
などと親切ぶって言っていたのですが、胸に手を当ててよくよく考えてみると、この著者が述べているように私のうちに「自分が正しい」「相手が間違っている」という高慢な心、自己満足の心があることに気づき始めていたのです。そして、たとえ自分が表面上「勝った」と思っていても、心に平安がなかったということも事実です。


それで最近では、ひと言なにか言いたくなっても、できる限りお互いが気持ちよくいられるように、言いたくなる誘惑に負けないよう努めているのですが、まだまだ器の小さい人間で、ついつい言ってしまうことがあります。でも、そのことに気づくと素直に謝るようにしています。
この一文に出合い、なるほど、やっぱりそうだったんだ、と改めて教えられ、悔い改めた次第です。


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◯に交われば白くなる

2017.11.11日

"Good actions give strength to ourselves and inspire good actions in others."
--Plato – Philosopher
「良き行動は自らの力の源泉となり、また他の人の良き行動をも促す」
--プラトン、哲学者
(訳 舟田譲二)


プラトンのことは、これまでこのブログでも何度か取り上げてきました。
とくに「愛知 ― 知を愛する」の中で書きましたように、我が「アカデミー学院」の名前もプラトンが紀元前4世紀に創設した学校の名前と同じです。プラトンの思想・哲学とは波長が合うのです。


今日の言葉、
「良き行動は自らの力の源泉となり、また他の人の良き行動をも促す」
もまたしかり。


中国の古いことわざに、
「朱に交われば赤くなる」
というのがありますが、これは関わる相手の良し悪しによって自分も影響を受けてそのようになる、だから良い友を選べ、という教訓として使われています。これは国家間においてもそのまま当てはまります。


これをもっと積極的に語っているのが上のプラトンの言葉です。
「友の影響を受ける」のではなく、自らが進んで人のお手本となるような行動を起こす。すると、人の良い行動を促すばかりか、自分のためにもなる、というわけです。


孔子は、「己の欲せざるところ、他に施すことなかれ」と語り、
ヒンドゥー教は、「人が他人からしてもらいたくないと思ういかなることも他人にしてはいけない」と教え、
イスラム教も、「自分が人から危害を受けたくなければ、誰にも危害を加えないことである」と言い、
ユダヤ教でも、「あなたにとって好ましくないことをあなたの隣人に対してするな」
と教えています。


しかしイエス・キリストは、
「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」
と、消極的に「〜するな」というのではなく、「〜せよ」と自ら進んで行動を起こすことを教えました。
この言葉が、「律法の中の律法」、世界中の「戒律の中の戒律」、最高の戒律として「黄金律」と呼ばれる所以(ゆえん)です。


「朱に交われば赤く」なりますが、「に交われば白く」なります。


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器の大きい人 小さい人

2017.10.17日

「器の大きいリーダー」「あの人は器が大きい」「器が小さい」などとよく言います。
「器」とは文字どおり「容器」「入れ物」のことです。


そこから発展して、人の才能や器量、度量、心の大きさなどを指して言うようになりました。
社会ではもちろん器の大きい人が求められます。
器の大きい人は、能力があり、いい仕事ができ、人間関係も上手く、出世するし、また社会にも役立ちますし、会社や国のリーダーにもなります。


でも、よく考えてみると世の中、器の大きい人ばかりではありません。
子どもでも、たとえば今注目の将棋の藤井四段のような器の大きい子もいれば、大人でも器の小さい人がいます。それは、持って生まれた遺伝的な要素もあるでしょうし、また育った環境にもよるでしょう。
いずれにせよ、器の大きい人も小さい人もいるという事実をまず認識することが必要です。


最近相次ぐ車の運転手による暴力行為やそれが引き起こした非常に残忍な事故、事件。
「注意されてむかついた」「追い越されて頭にきた」等々。
そんなこと、本当はどうでもいいようなことではありませんか。こんなことで自分が怪我しても損ですし、人を怪我させたり、死なせたりして犯罪者になったら一生を棒に振ることになります。


私も後続車にあおられたり、高速道路で目の前に割り込まれたりして怖い思いをしたことが何度かあります。
このようなとき、この人は「器が小さいんだ」と思って相手にしないことにしています。
つられてこちらまで怒ってしまったら、自分のほうが器が小さいことになります。


親が子どもに接するとき、あるいは会社で上司が部下に、学校で教師が生徒に接するとき、一般的には長く生きてきて、より多くの様々な経験を積んできた人の方が器は大きいものです。もちろん逆のケースもありますが。
しかしいずれにせよ、器の大きい人が器の小さい人を見ると、当然ことながら器の小さい人はまだ様々な面で欠けがあるわけです。
すると、ついつい欠けが目について、注意したり、叱ったり、時には頭にきて怒ったりすることもあります。


昔、最初にお世話になった税理士さんは、本を何冊か書いていて講演会などもたびたび開いている実力者でした。
あるとき素人なので小さなことでミスをしたところこっぴどく怒られ、さらに始末書まで書かされました。
その後、その方の事務所を訪れたとき、私の目の前で部下を大声で怒鳴りつけ、罵倒していました。
それを見て私はすぐに契約を解除して別の税理士に替わりました。私の信頼を失ったのです。
おそらく、その税理士さんは誰に対してもそのような態度だったのでしょう。数年後、その税理士事務所はつぶれていました。
器の小さい税理士さんでした。


「大きい器」に当たる英語は、
tolerant (忍耐強い)
accepting(包容力のある人)
generous(寛大な)
などと言います。


すなわち、器の大きい人は必ずしも特定の能力のあるなしだけでなく、「入れ物が大きい」わけですから、忍耐強く、温かく包み込むような、寛大な人なのです。
親が子どもに接するときも気をつけないと、大声で怒鳴ったり、怒ってばかりいたら、子どもから「お母さん(お父さん)は気が短いな(=器が小さい)」と思われているかもしれません。ひょっとしたら、子どものほうが器が大きいということもあり得ます。


夫婦間のトラブル、仲たがいも最初はほんのちょっとしたことなのですが、そこにばかり目をやっていると、積もり積もって爆発して大ゲンカになったりするものです。
このようなときは、「この人は器が小さいんだ」と思って相手を受け入れ、自分が一歩退くことが解決の糸口となります。喧嘩というのはお互いに自分は正しい、相手が間違っていると思い込んでいるからです。
なにか言いたくなったら、深呼吸してひと呼吸おくことです。
自分の気持ちをぶっつけると、お互いに惨めな思いになるだけです。
少しでも自分が大きい器に成長するために、弱い、小さい器を包み込んであげましょう。


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知識だけでも、意思だけでも十分ではない

2017.09.30日

"Knowing is not enough; we must apply. Willing is not enough; we must do."
--Johann Wolfgang von Goethe – 1749-1832, Writer and Statesman
「知識だけでは十分ではない。それを生かさなければならない。
意思だけでは十分ではない。実行しなければならない」

--ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ、作家・政治家


厚生労働省は29日、20〜74歳の約320万人(3.6%)が、生涯でパチンコや競馬などのギャンブル依存症が疑われる状態になったことがあるとする2017年度調査結果を発表した。16年度調査と比べ0.9ポイント増加。前回は都市部に限った調査だったが、今回は地方も含み国内の実態をより正確に反映している。諸外国と比べ日本の割合は高く、対策が急務になっている。
過去1年以内にギャンブルに使った平均額は月約5万8千円だった。
ギャンブル依存症が疑われる人の割合を諸外国と比較すると、生涯でみた場合は、オランダが1.9%(06年)、フランスが1.2%(11年)、スイスが1.1%(08年)であり、日本の割合の高さが目立つ。

(9月29日付 日本経済新聞WEB版より一部抜粋)


ギャンブルがいけないことも、また酒やタバコその他の依存症が良くないこともみんなわかっています。
でも、「知識だけでは十分ではない。それを生かさなければならない」のです。
多くの人が何度も「やめよう」と決意します。
しかし、「意思だけでは十分ではない。実行しなければならない」のです。


これはなにもこれらの依存症に限ったことではありません。
私たちも身の周りを見渡すと、また自分自身の生活を見直しても、結構似たり寄ったりのところがあるのではないでしょうか?


ゲーテは若いときから老いるまで、年上の人妻を始め、多くの女性に燃えるような恋愛をしてはその都度失恋に終わりました。しかし、その経験がすべて『若きウェルテルの悩み』など彼の作品に生かされました。


ゲーテはまた次のような名言も残しています。
「私たちは高いところに憧れるが、歩き始めることには無関心だ。
山々を望みながら、平らな道を歩きたがるものだ」


「私たちは」と一般化して言っていますが、おそらくゲーテ自身、自分がそうだったことを悟っていたのではないかと思います。
そして、これは私たちみんなに当てはまることです。
すなわち、楽なほうに流されるのです。
だから、ゲーテは自身を含め、私たちみんなに忠告の思いを込めて、冒頭の言葉を語ったのではないでしょうか。
「知識だけでは十分ではない。それを生かさなければならない。
意思だけでは十分ではない。実行しなければならない」と。


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一番じゃなきゃダメなんですか?

2017.06.09日

6月7日付の 読売新聞 「人生案内」に、次のような相談が載っていました。 
小学5年の息子が、何をやっても1番になれない。
控えめで、人が嫌がることはせず、いつもニコニコと穏やか。少年野球をしており、毎日、自ら進んで投球練習や素振りをコツコツやっている。性格がいいからか、今年はキャプテンになった。
しかし、リレーの選手に選ばれるわけでも、書道で表彰されるわけでもなく、特に目立ったところがない。活躍する他のお子さんを見て、正直羨ましくなってしまう、というのです

 
これに対する回答は、
「なぜあなたはそれほどにお子さんを人と比べ、1番になることを求めるのでしょうか。他者と比べて得られる相対評価は、相手次第で浮き沈みします。
育つ過程にある子どもにとって大切なことは、その子にしかない良さをしっかり認めてもらうことです。それが自己肯定感となり、その人らしい心豊かな人生を送る鍵となります」


まことにそのとおりです。
お母さんのおっしゃっていることを読んでいると、ほとんどの人が羨ましいと思うようなじつに立派なお子さんです。


蓮舫さんがこれを読んでおられたら、きっとこうおっしゃたことでしょう(笑)。


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先日テレビに出ていた双子の東大生は、おふたりとも子どもの頃の成績は学校では断トツでしたが、やはりひとりのほうが別の子よりも常に成績が上でした。
兄妹ふたりだけの小さな世界でも一番、二番が生まれます。
ましてや、10人、20人、30人...といれば当然のことながら、一番から最下位の人までいます。


それでは、一番の人には価値があって最下位の人には価値がないのでしょうか?
そんなことはありません。
一人ひとり違っていていいのです。違って当たり前です。
ロボットじゃないのですから、みんな一人ひとり違うことが素晴らしいのです。
さらに、適材適所で、一人ひとりに合った学校や仕事があり、伴侶、友人などがいます。
そうでないと逆に不公平になります。
一人ひとり違うほうが公平で、自分の器に応じたことができれば、それが最高に素晴らしいのです。
世の中のお母さん、お父さんたち、お子さんをほかの子たちと比べないでください。
そして、世界にふたりといない大切なお子さんをありのまま受け入れ、認めてあげてください。
それがお子さんを最高に生かしてあげる方法です。


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カウンセリングの良書

2017.06.08日

長男直人の嫁、恵利紗が英書 INSTRUMENTS IN THE REDEEMER'S HANDS People in Need of Change Helping People in Need of Change by Paul David Tripp を日本語に翻訳し、間もなく出版されることになっています。
一年ほど前に恵利紗から監訳を頼まれて少しやりかけたのですが、体調不良だったということもあり続けられずすぐに断念してしまいました。
360ページという結構厚手の本で、しかもカウンセリングの専門書なので翻訳するのはさぞかし大変だったと思いますが、見事にやり遂げました。


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この本の111ページにカウンセリングに関して次のような箇所がありました。
「『知る』とは、神様が私たちのもとに送ってくださった人と本当に心から知り合いになる、ということである。私たちはとかくだれか人を知っていると思うと、表面から掘り下げて本当に尋ねなければならないような絶対に必要不可欠な質問をしないものだ。私たちは、その人に関する客観的な事実、たとえば伴侶はだれかとか、職場はどこか、その人の好き嫌い、子どもたちのことなど、を知っていると、とかくその人自身を知った気になってしまうものである。しかし、実際には私たちはその人のことについて本当のところ何も知っていないのだ。
 ひとりの人を知るとは、その人の心を知る、ということである。その人のことがよくわかり始めたと言うとき、それはその人の膝小僧がどんなであるかがわかるほど親しくなった、などということではもちろんない! その人のことがわかるとは、その人の信念や目標、希望や夢、価値観や欲望等々をもっとよく「知る」ということだ。友達のことを知っていると言うとき、その友人がどのように考えるか、ある状況下でその人がどのように感じるかが予想できるものだ。友情とは、心と心がつながっているということだ。
 へブル書4:14-16には、キリストは私たちの世界に入ってきて、33年間この地上にお住まいになったとある。すなわち、私たちが直面するようなことはすべてキリストご自身経験され、だから私たちの苦しみをキリストは理解してくださっていると私たちは知ることができる。だから、「知る」という働きは、それが友人間においていい質問をするとか、あるいはもっとフォーマルなカウンセリングの場で必要な情報を得るとかであろうとも、とても大切なことなのだ。目標は表面より下にもぐることだ。そうすることによって、あなたはその人が、自分自身をよりよく理解し、神様の目標であるより深い心の変化を望むのを手助けすることができる」


専門家である恵利紗のようにはうまく訳せていないでしょうが、このようにカウンセリングの基本である来談者のことをどのように「知る」ことが大切かを、とてもわかりやすく具体的に教えている良書です。
近々出版されるそうですが、今から楽しみです。
ビブリカルカウンセリング(聖書的カウンセリング)という新しい分野の本ですが、ご興味ある方にはお薦めします。


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最高の自分バージョン

2017.05.30日

"Beauty is being the best possible version of yourself."
--Audrey Hepburn – 1929-1993, Actress
「美しさとは最高の自分バージョンでいること」
--オードリー・ヘプバーン、女優


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オードリー・ヘプバーンについては、これまでたびたびこのブログで取り上げてきました。
何を隠そう、私は若い頃からずっと彼女のファンなのです。
若いころは彼女の艶(あで)やかさに惹かれていましたが、今は彼女の内面の美しさ、心の美しさに昔以上に魅了されています。


半年前の記事、「内から出る本当の美しさ」にアップしたのは晩年の彼女の写真です。


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確かに若いころのような華やかな美しさはありません。
しかし、作り物でない本物の美しさが内からにじみ出ています。


3年前の記事、「おお、オードリー!」の中に、「心に響く真の美しさ、絶世の美女【オードリーヘップバーン】が愛した詩」を引用しました。


時を越えた美しさの秘密


魅力的な唇であるためには、美しい言葉を使いなさい。
愛らしい瞳であるためには、他人の美点を探しなさい。
スリムな体であるためには、飢えた人々と食べ物を分かち合いなさい。
豊かな髪であるためには、一日に一度子供の指で梳いてもらいなさい。
美しい身のこなしのためには、決してひとりで歩むことがないと知ることです。


物は壊れれば復元できませんが、人は転べば立ち上がり、失敗すればやり直し、挫折すれば再起し、間違えれば矯正し、何度でも再出発することができます。
誰も決して見捨ててはいけません。
人生に迷い、助けて欲しいとき、いつもあなたの手のちょっと先に助けてくれる手がさしのべられていることを、忘れないで下さい。


年をとると、人は自分にふたつの手があることに気づきます。
ひとつの手は、自分自身を助けるため、もうひとつの手は他者を助けるために。


女性の美しさは 身にまとう服にあるのではなく、その容姿でもなく、髪を梳くしぐさにあるのでもありません。
女性の美しさは、その人の瞳の奥にあるはずです。
そこは心の入り口であり、愛情のやどる場所でもあるからです。
女性の美しさは、顔のほくろなどに影響されるものではなく、その本当の美しさは その人の精神に反映されるものなのです。
それは心のこもった思いやりの気持ちであり、時として見せる情熱であり、その美しさは、年を追うごとに磨かれていくものなのです。

-- サム・レヴェンソン


これは本当に真理です。
多くの人がこれとまったく逆のことをやっています。
オードリーの晩年の美しさは、口先だけでなく「最高の自分バージョン」を日々生きていたところから自然とおもてに現れていたものなのでしょう。
私たちも彼女に倣ってこの「最高の自分バージョン」を目指したいものです。


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子どもをバカに育てたかったら

2017.04.26日

"It is easier to build up a child than it is to repair an adult. Choose your words WISELY!"
「子どもを育て上げる方が、大人を修理するより簡単だ。言葉を賢明に選べ」
(訳 舟田譲二)


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「子育ては難しい」とよく言います。
確かに難しいです。みんなあちらに頭をぶっつけ、こちらにぶっつけ、苦労します。
子育てにこれが正解、というのはありません。一人ひとり子どもの性格も違えば、親の生まれ育った環境も価値観も異なりますし、子育てはケースバイケースです。


しかし、ひとつ言えることは、
子どもをバカに育てたかったら、子どもが小さいときから「お前はバカだ、アホだ、マヌケだ、脳なしだ」と言い続けることです。
そうすれば十中八九(「じゅっちゅうはっく」ではなく、正確には「じっちゅうはっく」)、子どもは期待どおりに(?)バカに育ちます。
このように言われて育った子どもはセルフ・イメージが低くなり、自分は本当にバカだと思い込み、バカな行動を取るようになります。


塾に来ている生徒の中にも、「私はバカだから」と言う子が時々います。
親がそのように洗脳してきたのです。


逆に、できる子の親は決まって
「お前は頭がいいね」
と言って育てています。
そして、このように言うのは頭のいい親です。
「お前はバカだ、アホだ」と言う親がバカなのです。


冒頭の
「子どもを育て上げる方が、大人を修理するより簡単だ。言葉を賢明に選べ」
は何を教えているかと言えば、「お前はバカだ、アホだ」と言って育てられて大人になって壊れた人を修理するのは至難の業。むしろ、子どもをまともに育てる方がよっぽど簡単だ、ということです。


それでは、「お前はバカだ、アホだ」と言って育てられた人はもう手遅れか、と言えば決してそうではありません。「大人を修理するより簡単だ」とあるように、修理は難しいかもしれませんが、可能です。決して手遅れ、不可能ということはありません。
また同様に、子育てにも手遅れはありません。
気づいたときが吉日。早速改めることです。


ついでに、これは親子間だけに限らず、夫婦間や労使間などありとあらゆる人間関係にも通じます。念のため。


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命の恩人の召天の知らせにショック

2017.04.24日

アメリカ留学時代、知人に紹介された教会に通い始め、27歳の時信仰に導かれました。
当時の私はとても生意気な若僧で、教会の牧師に難問ばかりぶつけて困らせていました。でも忍耐強く私の相手になってくださり、ついには洗礼に導き、何度もご家庭に食事に招いてくださったりして家族ぐるみでお世話してくださった道城献一牧師が一昨日癌で天に召された、と福岡在住のA牧師から連絡が入りました。


道城先生が癌で余命1か月とA先生から連絡を受けたのはほんの10日前のこと。
あわてて先生のお宅の電話番号を調べてお電話し、奥様とお話しした時、その前日に入院したばかりと言う奥様の声や話し方は40年前と全く変わらずとても明るくて、内心ほっとしていました。近いうちにお見舞いに伺いたいとお話しし、数日後再びお電話して5月の連休中に訪れたいとお伝えした時には、もってあと数日と聞かされ、ショックで涙は出ても声は出ませんでした。


本当は最初に知らせを受けた時、すぐに飛んで行ってお会いしていれば、お礼を言うことができたのに、と思うと悔やまれてなりません。
永遠の命の恩人となってくださったばかりか、私と妻との出会いの道を神様のご計画のもと道城先生が開いてくださったこと、そしてその結果三人の子宝に恵まれたことをお伝えしてお礼を言いたかったのです(その経緯を記したのが「最重要人物」「運命の出会い」「母が残してくれた最高のプレゼント」です)。


道城先生は私の帰国後、滋賀県近江八幡市にあるミッションスクール、近江兄弟社学園(現ヴォーリズ学園)の学園長として招聘され、その重責を担っていらっしゃいました。
昨年、私の甥がこの学校を受験するのをきっかけに、道城先生とお電話でお話しすることができましたが、これが最後の会話となりました。
お年は私と6歳しか違わず、本当に残念でなりません。


奥様とお話しした時、
「しばらくのお別れはお辛いでしょうが、やがて天の御国での再会の約束がありますから」
と言って電話を切ったのですが、奥様のお気持ちを思うと胸が張り裂けそうになります。
再会の約束があっても数十年連れ添って喜びも悲しみも分かち合ってきた伴侶との別離はさぞかし悲しくて、辛いことでしょう。
今は道城先生が天の父のみ腕に抱かれ痛みから解放されて安らいでいらっしゃることを信じつつ、奥様始めご家族・ご親族の皆様の上に平安とお慰めと癒しをお祈りするばかりです。


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自分のアイデンティティを見つける

2017.04.16日

ビリーはだれもパンチすることができない。父親が「パンチ!パンチ!」と大声で叫んでも、彼にはその指図が理解できない。実際のところ、きゃしゃな身体の少年は、異常とも言える大きなヘッドプロテクターとボクシンググローブでカモフラージュされていると言ってもいいほどだ。


ビリーは敵にアッパーカットをくらって倒されるまで何度もぶざまな恰好でロープで反動をつけては相手に向かう。しかし、気づくとリングの上に倒れている。父親は恥じ入り、トレーナーは絶望している。本物の男が夢中になるこのスポーツをビリーはなぜ身につけることができないのだろう。ビリーはただボクサーには生まれついていないのだ。


北イングランドのダーラムの通りでは、炭鉱の閉鎖に反対する抗夫たちがストライキをしている。エリオットの父親もその中のひとりだ。わずかばかりの生活費を守るために彼は警官と闘おうとしている。彼は人生の過酷な現実を理解している。もはや政治には頼れないとわかっている。彼の望みはこれまでことごとく打ち砕かれてきた。息子たちには何としてもこの苦しみを味わわせたくない。末っ子のビリーさえ自分自身を守る手立てを早くから身につけておく必要がある。だからボクシングジムに通わなければならない。すべて理にかなっている。子どもの将来のための投資と彼は信じているのだ。


しかし、ビリーはそのようには感じていない。ジムはふたつに区切られていて、その半分で少年たちはボクシングをし、あとの半分では少女たちがバレエの練習をしていた。ビリーはこのバレエのようなスポーツにすっかり魅了されている。純白の衣装のチュチュに身を包まれた少女たちはまるで宙を舞うようで、その優雅なステップや繊細なジャンプは音楽にピッタリ合っている。


繊細な感じの女性インストラクターはビリーのバレエに対する憧れに気づき、ビリーを応援して密かに彼にプライベートのダンスレッスンまでしてあげた。しかし、そのことを知った父親は頭にきて怒った。「ダンスなんて女がやるものだ!」


しかし、ビリーはこんなことでは引き下がらなかった。自分の夢を実現させるために、口げんかや周りの冷やかしなどどんな障害にも彼はくじけなかった。父はついに根負けした。ビリーはダンサーになり、ロイヤルバレエスクールのスターになった。ビリーはバレエダンサーに生まれついていたのだ。


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この感動的なストーリーは、映画『ビリー・エリオット リトルダンサー』からだ。舞台は1984年にさかのぼる。当時、男性と女性の間には大きな壁が立ちはだかっていた。今日ではこの壁は昔と比べるとずいぶん小さくなっているが、「自分のアイデンティティを見つける」というこの映画のテーマは今も変わらない。人は自分の願望をかなえるために、そして固定観念を破るために必死で自分自身を発見しようとしている。とどのつまり、私たちはみんな自らの内に幸福の種を持っている。ビリーにとってそれはダンスだった。しかし、彼の家族はそれを理解できなかった。彼らは驚かされ、さらに彼を責めたてすらした。さらにこの子はどこかおかしいのではないかとも思った。


ビリーのどこがおかしかったのか言おう。なにもおかしくなんかなかった。彼はまったく正常だった。彼は自分の内なる声に従い、その結果強くなったのだ。


ウォルフガン・ソンネンブルク


(訳 舟田譲二)


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あなたもどうですか?

2017.04.14日

きょう、多くの人が新鮮なインスピレーションとともに目覚めようとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が自分の周りを取り囲んでいる美しいものに目を向けようとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が昨日の亡霊と別れて、きょうのはかり知れない力を捉えようとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が現在与えられている恵みに目を留めて、過去の壁を打ち破ろうとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が自己不信と不安の重荷を、安心と自信の力に変えようとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が信じている自らの限界を超えて、内に潜む力につながろうとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が自分の子どもに対して良きお手本となれるような生き方をしようとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が悪い習慣の奴隷から自分を解放しようとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が自分の幸福感を支配している状況から自由になろうとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が質素の中にある豊かさを見出そうとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が困難な道徳的選択に直面していますが、利益を追い求めるのではなく、正しいことを選択しようとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が被害者意識の中にどっぷりと浸っているのをやめて、自分の人生の主導権を握り、プラスの変化を起こそうとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が違いを生み出すために必要な行動を起こそうとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人がより良い母親、父親、息子、娘、学生、教師、労働者、職場のボス、兄弟や姉妹等々になる決心をしようとしています。あなたもどうですか?


きょうは新しい日です!


多くの人がきょうという一日を自分の手のうちに治めようとしています。


多くの人が最高に生きようとしています。


あなたもどうですか?


スティーブ・マラボリ
(訳 舟田譲二)


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好きな自分になれる

2017.04.03日

高校のときのクラス会からたった今戻ってきたところです。
高校を卒業したのははるか昔のことで、まるで前世だったかのようさえ思えるほどです。
それで今日は、あの当時と今のことを振り返って考えているところです。


私は高校生の頃、おとなしくて恥ずかしがり屋で、自分に自信がなく、基本的には目立たないタイプの子でした。二、三の親しい友達はいましたが、目につかないその他大勢の中のひとりで、ただ4年間の高校時代を終えてその次のステップに進んでいきました。


それ以来、私はそれまでとはまったく違ういくつかの人生を送り、その経験のおかげでとても積極的で自信のある女性に変身しました。気の小さい少女はもうずっと前に消えてしまっていたのです。


ですから、このクラス会に足を踏み入れた途端、「昔の私」が頭をもたげてきたのに気づいたときにはびっくりしました。昔住み慣れた街に戻ってきて、以前のクラスメイトと再会したとき、ずっと前に消えていたと思っていた自分の内の一部が現れたのです。初めはとても奇異に感じました。


でもしばらくして、かつての十代の少女だった私が、現在の私の中にずっと残っていたことに気づいたのです。


過去の私、そして何十年も昔に私が経験したことのすべてが、現在の私を形成する土台であり、とても大切なものなのです。
このことから、今、私が頭の中で考える度合いに応じて過去が自分の内に存在するということに気づきました。
つまり、過去の自分、現在の自分、未来の自分など、私はいつでもなりたい自分になる力を持っているということです。毎日、どのような状況においても、どのような自分になるかは私の選択なのです。


ということで、私は今回のクラス会で、過去の少女時代の自分に感謝し、その少女時代の自分が私に教えてくれたことに対して感謝した次第です。


それから、ありのままの自分になって、クラス会を楽しむことができました。
「あれはあの時のこと、これは今」と、過去と現在をいかにうまく使い分けるかは自分次第だということを再認識するとてもいい機会になりました。


皆さんはいかがですか?


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サンディ・アベル (ビジネス・コーチ、作家、講演家、カウンセラー)
(訳 舟田譲二)


そう、だれでも、いつでも、なりたい自分になれるのです。
昔の自分のままでいるか、今の自分をそのまま出すか、理想とする未来の自分を追い求めていくか、それはあなた自身の選択です。


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意志が生み出した製品

2017.03.25日

"I am not a product of my circumstances. I am a product of my decisions."
--Stephen Covey – 1932-2012, Author and Speaker
「私は境遇が生み出した製品ではない。私の意志が生み出した製品だ」
--スティーブン・コヴィー、著作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


多くの人が、「遺伝」の犠牲者になっていて、自分にはどうしようもないこととあきらめれています。
でも実際には、「自分はどうしようもない」という考えの犠牲者になっているのですが、そのことに気づいていません。


ここでコヴィーが「製品」という無機質な言葉を使っていますが、人間は決してロボットのような無機質なものではありません。
正しくは、「造られたもの」という意味において「被造物」です。
人間は決して境遇によって生み出された1個の「もの」ではありません。
被造物の冠で、意志を持って生まれてきています。
そして、どのような者になるか、それは一重に自らの考えという「意志」の結果によるものであり、そのような意味において「私は境遇が生み出した製品ではない。私の意志が生み出した製品だ」と彼は言っているのです。


同じ遺伝子を持って生まれてきた一卵性双生児といえども、一人ひとりはそれぞれ別個の意志を持っていて、その人がどのような人生を歩むか、どのような人物になるかはその人の意志にかかっています。


遺伝子の影響はみんな受けていますが、決して遺伝子によって操られているautomaton(自動人形、ロボット)ではありません。
だれでも意志の力を働かせて、自分の思い通りの人生を歩むことができるのです。


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言い訳はしない、聞かない

2017.03.21日

"I attribute my success to this: I never gave or took any excuse."
--Florence Nightingale – 1820-1910, Founder of Modern Nursing
「私の成功の鍵は、自らも決して言い訳をしなかったし、また人の言い訳も受け入れなかった点にあると思っている」
--フローレンス・ナイチンゲール、近代看護の母
(訳 舟田譲二)


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「当時、看護婦は、病院で病人の世話をする単なる召使として見られ、専門知識の必要がない職業と考えられていた」(Wikipedia)そうで、彼女自身も無給で働いていたそうです。
ナイチンゲールは、「超人的な仕事ぶりと必要であれば相手が誰であろうと直言を厭わない果敢な姿勢により、交渉相手となる陸軍・政府関係者はナイチンゲールに敬意を示し、また恐れもした。オールド・バーリントン通りにあったナイチンゲールの住居兼事務所は関係者の間で敬意と揶揄の双方の意味を込めて『小陸軍省』 Little war office とあだ名された」(Wikipedia)とあるごとく、自らにも人にも厳しい人だったことがわかります。
そして、その姿勢が彼女を近代看護学の母たらしめたというのは、まことにさもありなんという感じです。


私たちも彼女に倣って「言い訳はしない、聞かない」姿勢を貫き、なすべきことはきちんとなしていくことをモットーにしたいものです。


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高慢にならず、同時に卑下しすぎず

2016.12.26日

"We relish news of our heroes, forgetting that we are extraordinary to somebody too."
--Helen Hayes - 1900-1993, Actress
「私たちは憧れのヒーローのニュースを見るのが好きだ。自分自身も誰かにとっては特別な存在であることを忘れて」
--ヘレン・ヘイズ、女優
(訳 舟田譲二)


とかく私たちは人を見て、とくに憧れている人などを見ると、「すごーい!」と胸をときめかすものです。
そして、この人に比べたら自分なんて、と思いがちです。
でも、実は私たち自身も別の人の目から見れば、憧れの対象になっていたりするのです。
自分のことを極端に高く評価すると、他人はその人のことを高慢だと見ます。
しかし逆に極端に低く見ると、人は「えーっ、どうして?あなたすごいじゃない!」と見てくれていたりするものです。


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ヘレン・ヘイズは美しい女優でした。人々から羨望の的で見られていました。
しかし、彼女は知っていました。
自分はそんなに人が思っているような特別な人間じゃない、みんなとさほど変わらない。
それどころか、誰もがその人独自の素晴らしいものを持っている。だから自分を正しく評価すべきだ、と彼女は言いたかったのでしょう。


つまり、人はそんなに極端に違うものではない。みんなどっこいどっこいだ、ということです。
大切なことは、高慢にならず、また同時に卑下しすぎず、自分を正しく評価する。ありのままの自分を受け入れるということです。
そのような人を、私たちは尊敬するものです。


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人生と人間関係を改善する方法

2016.12.02日

「ぼくのことをひとことで言い表すとしたら何て表現すると思う?」
妻はちょっと考えて言いました。
「ひとことは難しいけど、完璧主義かしら...。うーん、でもやっぱり優しさだわ」


昨日の記事、「完璧を追い求めると」の中にこの会話の経緯(いきさつ)を少し書きました。
じつはこの後、続きがあるのです。
私は妻に
「じゃあ、自分で自分のことをひとことで言い表すとしたら何て言う?ぼくはどんな言葉で表現すると思う?」
妻はしばらく考えて答えました。
「自己中心?わがままかしら?」
「残念でした。ぼくがいつも考えているのは、『正直』だよ。自己中心とかわがままなんて考えるのは、セルフイメージが低い証拠だよ」
私は妻のことを正直だと考えている理由をいくつか例を挙げて話しました。


自分のこと、また自分の伴侶や子どもなど、家族のことを正しく評価することはとても大切なことです。
否定的、消極的な見方をしていると、それはセルフイメージを低くしますし、また家族など身近な者を否定的に評価すると、それはその人間関係に大きな悪影響を与えます。
逆に良い面を見、肯定的、積極的な見方をする、すなわちいい点を探すと、セルフイメージは高くなりますし、対人関係も飛躍的に良好なものになります。


いかがですか?
あなたは自分のことをどのように表現しますか?評価しますか?
身近な人たちをどのように見ていますか?
頭に浮かぶ言葉を点検してみましょう。
これによって自分自身の人生を、そして人間関係を驚くほど改善することができます。


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完璧を追い求めると

2016.12.01日

"Perfection is not attainable, but if we chase perfection we can catch excellence."
--Vince Lombardi - 1913-1970, Football Player and Coach
「完璧は手に入れることができない。しかし、完璧を追い求めるなら、卓越は手に入れることができる」
--ヴィンス・ロンバルディ、フットボールプレーヤー、コーチ
(訳 舟田譲二)


ある日、唐突に妻に尋ねました。
「ぼくのことをひとことで言い表すとしたら何て表現すると思う?」
妻はちょっと考えて言いました。
「ひとことは難しいけど、完璧主義かしら...。うーん、でもやっぱり優しさだわ」


「優しさ」と聞いてホッとしました。
自分で言うのもなんですが、私自身もそう思っていて、もし自分から「優しさ」を取ったら何も残らない、と思うほどです。「優しさ」が裏目に出ることもよくありますが。


でも、じつは私は完璧主義者でもあるのです。妻の言っていることは当たっています。
自分でこれは良くないと思ってはいるのですが、知らず知らずのうちにその罠に陥ってしまいます。
完璧主義は罠です。
なぜなら、完璧は決して手に入れることができないからです。有限の人間には完璧は達成不可能なのです。
ですから、自分に完璧を求めているとしんどくなりますし、またいつの間にか人や社会にも完璧を求めるようになり、その結果批判的に見てしまって苦しくなります。
もっと適当だったらどれほど楽だろうとしばしば思います。


そのようなこともあって、意識的に肩の力を抜き、もっと楽に生きようと努めるのですが、小さい頃からずっとそのように生きてきたので、そう簡単にはいきません。
3年前に書いた記事、「一生懸命」を読み返すと、私のブログの中に「一生懸命」という言葉が頻出していて、そのことからも頑張るのが好きなことがよくわかります。


でも反面、自分の弱点を暴くだけでなく、ありのままの自分を受け入れるということも大切で、それを考えると、冒頭の言葉のように「完璧を追い求めるなら、卓越を手に入れることができる」といういい点もあります。そして、これによって今日の自分があるということを感謝して受け入れなければならないと気づかされます。
ひとつの例として、「完璧を追い求め」てきたお陰で、英語の発音をここまで上達させることができた、ということもできます。
ですから、プロのフットボールプレーヤー、そしてコーチのヴィンス・ロンバルディの言うことにはとても説得力があるのです。


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感謝の気持ちを生きる

2016.11.04日

"To speak gratitude is courteous and pleasant, to enact gratitude is generous and noble, but to live gratitude is to touch Heaven."
--Johannes A. Gaertner – 1912-1996, Professor of Art History
「感謝の気持ちを言葉で表すのは思いやりがあり、気持ちいい。感謝の気持ちを行動で表すのは寛大で、立派だ。しかし、感謝の気持ちを生きるなら天国に触れることになる」
--ヨハンネス・A・ゲルトナー、美術史教授


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ゲルトナーの上の素晴らしい言葉に胸を打たれました。


ゲルトナーはドイツ生まれのユダヤ人のハーフでしたが、クリスチャンとして育てられ、ハイデルベルグ大学で神学で博士号を取得。キリスト教の牧師になるつもりだったのですが、時は第2次大戦。ドイツの徴兵を逃れてペルーに移住。そこで同じユダヤ人とドイツ人のハーフの女性と結婚し、ふたりは語学教師をしたり、書籍の輸入商などを営んだりしていました。
戦後、合衆国に移住しニューヨークで出版業を営み、大学でラテン語やさまざまな人文科学系の学科を教え始め、ラテン語とドイツ語の詩集を出しました。
そのような時、1学期限りの契約で美術史を教えたところ、その技量が買われて助教授、教授へと昇進し、後には芸術一般を教えるようになりました。


日本でエステティシャンというと、エステティックサロンにおいて「ボディケア」「脱毛」「フェイシャル」「リフレクソロジー」などの施術を行い、人々の肌や体の悩みを解決したり、より美しくする職業のことを指しますが、英語のaesthetician(エステティシャン)の原義は、「美の本質を専門とする哲学者」で、ゲルトナーはその草分けのような人物です。


そのような人の口から出た言葉が冒頭の
「感謝の気持ちを言葉で表すのは思いやりがあり、気持ちいい。感謝の気持ちを行動で表すのは寛大で、立派だ。しかし、感謝の気持ちを生きるなら天国に触れることになる」
です。
これぞ「美の本質」という感じです。


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正しい怒り方

2016.09.14日

"Anyone can become angry - that is easy. But to be angry with the right person, to the right degree, at the right time, for the right purpose, and in the right way - this is not easy."
--Aristotle
「だれでも怒ることはできる。じつに簡単なことだ。しかし、しかるべき相手に、しかるべきレベルで、しかるべき時に、しかるべき目的で、しかるべき方法で怒るとなると、これは簡単なことではない」
--アリストテレス
(訳:舟田 譲二)


アリストテレスについてはこれまで何度かこのブログの中で取り上げてきました。彼の名言の多くは私の波長と非常によく合い、一つひとつビンビンきます。
6年前に書いた記事、「幸福になる秘訣」は今読み返しても、「ふむふむ、なるほど」と我ながら感心する、アリストテレス特有の幸福論です。


今日の「怒り方」も非の打ちようのないほどずばり真理を突いた教えです。
多くの人が夫婦間、親子間、きょうだい間、子弟間、同僚間、上司部下の間等々で、この「正しい怒り方」の原則を守らないために、関係を壊し、下手をすると憎しみや嫉妬に発展したり、さらにこれがもつれると、傷害事件や殺人事件に、国と国の間では戦争にまで発展するのです。


さすが天才アリストテレス、正しい怒り方をじつに簡単明瞭に教えています。
「しかるべき相手に、しかるべきレベルで、しかるべき時に、しかるべき目的で、しかるべき方法で」怒るなら、その怒りは役目を果たします。
しかし、そこが人の弱いところ。ことごとくその正反対をしてしまうのです。
「怒るべき相手を間違えている」
「怒るべきレベルを超えている」
「怒るべきでない時に怒っている」
「目的を外れて怒っている」
「正しい方法で怒っていない」


だれかに対して怒った最後の時のことを思い出してみましょう。胸に手を当てて、正直に。
私たちのだれひとり、胸を張って自分は「正しい怒り方」をしたと言うことはできないのではないでしょうか。
正しい怒り方は問題解決につながりますが、怒り方を間違えるとかえって問題を複雑にしてしまいます。
このように、「怒ること」自体は簡単なのですが、「正しく怒ること」は決して簡単ではありません。
この次、なにかで頭にきて、怒りたくなったときには、ひと呼吸おいて上のアリストテレスの「正しい怒り方」を頭の中で復習してみましょう。


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86,400秒分の1秒

2016.09.04日

"God gave you a gift of 86,400 seconds today. Have you used one to say 'thank you?'"
-- William Arthur Ward
「神様は今日、あなたに86,400秒という贈り物をくださいました。あなたはそのうちの1秒を使って『ありがとう』と言いましたか?」
-- ウィリアム・アーサー・ウォード
(訳:舟田譲二)


ウィリアム・アーサー・ウォード(1921-1994)はアメリカの教育学者、牧師、教師。
アメリカでインスピレーションナルな名言でもっともよく引用される人物の一人です。


よく引用される彼の有名な言葉に次のものがあります。
The mediocre teacher tells.
The good teacher explains.
The superior teacher demonstrates.
The great teacher inspires.
平凡な教師はただしゃべる。
良い教師は解説する。
さらに優れた教師は自らやってみせる。
しかし、偉大なる教師は生徒の心に火をつける。
(訳:舟田譲二)


これは本当に教育者として鏡にすべき名言中の名言です。
以前、山本五十六の有名な言葉をご紹介しましたが、これに通じる教えです(「ほめてやらねば 人は動かじ」)。


さて、今日の冒頭の彼の言葉
「神様は今日、あなたに86,400秒という贈り物をくださいました。あなたはそのうちの1秒を使って『ありがとう』と言いましたか?」
は、本当に耳に痛いです。


去る2月に「ありがとう」と「サンキュー」の反対語という記事を書きました。
「感謝する心」の反対は「当たり前と思う心」です。
私たちは、毎日毎日、数えきれないほどたくさんの素晴らしいプレゼントを神様からいただきながら、無意識のうちにそれを当たり前のものと思い、感謝するのを忘れてしまいがちです。
そのプレゼントの中でも最高のものは「時」です。だれでも公平に1日に86,400秒という時間を与えられています。
生きていること、時間が与えられていること、そんなことは当たり前だと思っているのです。
しかし、ウィリアム・ウォードは言っています。「86,400秒のうちの1秒でも使って『ありがとう』と言いましたか?」と。


人から何をしてもらっても当たり前。神様から数えきれないほどの恵みを毎日いただいても当たり前。
これは本当に私たちが陥りやすい罠で、なんでもかんでも「当たり前」と思っていると、「感謝する心」、喜びが生まれてきません。


まずは、86,400秒のうちの1秒を使って神様に「ありがとう」「感謝します」と言いましょう。
そして、次に、家族や友人など私たちの身の周りの人たちに同じく「ありがとう」と言おうではありませんか。
私たちが今日の一日生かされていることは、まさに神様のお陰、身の周りの人たちのお陰です。
みんながこのような思いで一日を過ごすなら、争いは止み、家族も、世の中も本当に平和になるでしょう。


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他人の幸運を喜ぶ

2016.08.23日

"One of the sanest, surest, and most generous joys of life comes from being happy over the good fortune of others."
--Archibald Rutledge – 1883-1973, Poet
「人生において、もっとも健全、確実、かつ豊かな喜びのひとつは、他人の幸運を喜ぶところから来るものだ」
--アーチボールド・ラトリッジ、詩人
(訳:舟田 譲二)


アーチボールド・ラトリッジ(1883-1973)はアメリカのサウスカロライナ州生まれの教育者、詩人、作家。
著書も詩も、そして名言も数多く残しています。


今日の冒頭の名言、
「人生において、もっとも健全、確実、かつ豊かな喜びのひとつは、他人の幸運を喜ぶところから来るものだ」
は今日の社会に欠けているとても大切な教えのひとつのように思われます。
競争社会においては、人を蹴落としてでも自分が出世する、人よりも豊かになる、地位や名誉を築く等々に価値観が置かれがちで、いかにこれらを得るかであくせく働いているように見えてなりません。


このような社会においては、他人の成功や幸福を望むよりは、他人の不幸を望む人が多いものです。競合他社や商売敵が倒産すると喜ぶ、なんてあまりにもみみっちい、寂しいことじゃないですか。
このようなことをやっていて幸福になれるわけありません。
他人の幸運を、幸せを喜ぶこと、これほど安上がりで、しかも心身にとって健康的で、さらに自らに幸福をもたらすものはないでしょう。
逆に、他人に嫉妬したり、他人の不幸を願うことは、骨の腐りであり、心身の不健康につながり、結果自分の不幸につながります。


そして、これらは国と国との関係にも当てはまります。
敵対国と言わないまでも、政治・経済上の競争国を敵視して、その国の失敗や不幸を喜ぶなんていうのはあまりにも了見が狭いです。
もっと豊かな心の持ち主になりたいものです。これが、個人を、社会を、国を、世界を、全人類を幸せにします。
そもそも私たちはみんな兄弟姉妹ではありませんか。


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甘い実をつける苦い木

2016.08.14日

"Patience is a bitter plant that produces sweet fruit."
--Charles Swindoll, Pastor and author
「忍耐は、甘い実をつける苦い木だ」
--チャールズ・スウィンドル、牧師・作家
(訳:舟田 譲二)

「忍耐」「我慢」「辛抱」「根気」「試練」「努力」。
甘美な響きのある言葉ではありません。
できることならこれらのものは避けて、楽して、順風満帆で人生を送りたいものです。
ところがうまくできたもので、私たちの地上での人生、誰ひとりとして「忍耐」「我慢」「辛抱」「根気」「試練」「努力」を経験せずに済む人はいません。

「隣の芝生は青い」で、とかくよそはよく見えるものですが、どこにも必ずさまざまな問題や試練があります。

史上30人目となるメジャー通算3000安打という偉業を達成したイチロー選手しかり、オリンピックで素晴らしい結果を出している選手、また幸せな家庭を築く人たち、健康長寿の人たち、ビジネスで成功する人たち、みんな楽してこれらの結果を得ているわけではありません。


そこに至るまで、みんな一人ひとり努力しています。これらの結果は、上の「忍耐」「我慢」「辛抱」「根気」「試練」「努力」を経てきて結んだ「甘い実」です。


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健全なセルフイメージ

2016.07.31日

子どもの頃、私のセルフイメージはとても低かった。妹はとても可愛くて、頭がよく、性格はおっとりしていて愉快で、みんなから愛されていた。私が2歳のとき妹が生まれてきて、両親の愛情を私から「奪って」しまったので私はおもしろくなかった。そこで、私は自分のうちになにか人から愛されない原因があるに違いないと思うようになった。次に私は怒りっぽくなって、無意識のうちに人を遠ざけるようになった。


両親は愛情深く、妹と私を差別などしていなかった。しかし、両親が妹により多くの時間を割き、かまっているように見えたので(小さい子どもだから当然のことだったのだが)、私は妹ほど大切な存在でもなければ、価値もない人間だと思うようになった。


これがこの後25年間におよぶ「劣等感」の始まりだった。私は自分が愛されるに値しない者、価値のない者、ほかの人たちのように能力のない者だと思うようになった。そして、これが自己成就的予言となった。私はどのようにして友達を作ったらいいのかわからなかった。だから小学生時代はほとんど孤独な時を過ごした。中学高校生になってほんの少しはよくなったものの、自分のうちに人に与えられるものなどないと思っていたので、友達はあまりできなかった。


成人してからも本当に辛い日々を過ごしていた。しかし、いくつかの成功体験とおして私は自分自身を見つめ直し、思っていた以上のものがあるかもしれないと気づき始めた。


私は自分を注意深く見つめ、子ども時代のことから解放されて、自分が何者であるかがわかり始めてきた。自分はこれでいいのだ、自分のうちにも人に提供できるものがたくさんあることに気づいた。30代になる頃には、他人の評価によって自分が何者か決まるわけではないということもわかってきた。自分が何者であるか、そして自分に愛される価値があるということは自分しか決められないことだとわかった。


自分次第だということがわかったとき、私は自分を評価し直し、ほかの人たちと同じように、自分は愛される価値のある、かけがえのない存在で、能力があるのだと結論づけた。自分はユニークだという点においてみんなと違っていて(私たちはみんなそうなのだが)、そしてそれ自体素晴らしいことなのだ。また、ありのままの状態で私は良い人間だということにも気づいた。


かと言って自分が「完璧だ」というわけではない。そもそもそんなものは存在しないのだ。「完璧」の定義は、私たち自身にかかっている。それで、私こそ「完璧な私」だということがわかった。これは別に成長の余地がないという意味ではない。さまざまな困難や不完全なことがあっても、私は自分自身を愛し、感謝することができる、という意味である。他人に関係なく私には価値がある。もし何らかの理由によって、人々が私と同じように感じなかったとしても、それは彼らの問題であって、私の問題ではない。


私は自分の価値を認めなかったときには人生がどれほど苦痛であったかを今でもよく覚えている。私の今の目標は、他の人たちがかつての私と同じあの苦痛を感じなくていいよう、サポートすることだ。


肯定的なセルフイメージを持っている人は、人生においてどのようなことが起こってもよりうまく対処できるということを見てきた。自分の内に価値があると感じていたら、たとえさまざまな困難やトラウマがやってきてもうまく対処できるし、そこから前進することもできる。自分を愛し、受け入れることができない人にとっては、あらゆることが苦しみに感じられるものだ。


もしあなたが自分の内に疑いを持っているなら、自分の古い信念を再評価する時間を取って、あなたはこれまでもずっと驚くような素晴らしい人物であったことを再発見してもらいたい、と私は願っている。
これは必ずやあなたの人生を変えることになるだろう。


サンドラ・アベル、ベストセラー作家、スピーカー、カウンセラー、ライフ・ビジネスコーチ
(訳:舟田 譲二)


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人生の高嶺を目指す

2016.06.27日
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"Fame is a vapor, popularity an accident, and riches take wings. Only one thing endures and that is character."
--Horace Greeley
「名声は蒸気、人気は偶然、富には羽がある。ただ一つ残るもの、それは人格だ」
--ホレス・グリーリ


ホレス・グリーリ(1811〜1872)は、アメリカ有数の新聞編集者、政治家。
奴隷制廃止運動やほかにも多くの改革運動を提唱した。大きな遺産を残し、彼の名前はいたるところに残されているが、自らの死に際しては子どもたちに質素な葬儀を要求していた。
(以上、Wikipediaより一部引用)


そのような人格者である人物にふさわしい上の言葉を彼は残しています。
まことにグリーリーのような偉大な人物でさえ、時の流れとともに名声など蒸気のように消えてなくなり、また人気は偶然のもの、富は羽が生えて飛んでいく。
いつまでも残るもの、それはその人の持つ人格です。


この世の人生で追い求めるべきもの、それは名声や人気、富などのはかないものではなく、永遠に残る人格です。
地上にながらえている限り私たちも人格を磨き続け、一歩一歩人生の高嶺を目指したいものです。


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レースを始める前に勝利する

2016.06.16日

"If you have no confidence in self, you are twice defeated in the race of life. With confidence, you have won even before you have started."
(Marcus Tullius Cicero 106 BC - 43 BC - Roman Philosopher and Statesman)
「自分に自信を持っていなかったら、人生のレースですでに2倍の敗北をしている。しかし自信があったなら、レースを始める前にすでに勝利している」
(マルクス・トゥッリウス・キケロ、BC106-43 ローマの哲学者、政治家) 
(訳:舟田 譲二)


キケロについては以前、「感謝の心は…」の中でも書いたことがありますが、2000年もたった現代に生きている私たちにも直接語りかける数多くの名言を残しています。

昨日の記事、「人生の行く先は」にも記しましたが、日本の高校生の8割が自分に自信がない、と言っているそうです。
これでは、キケロが言っているように、人生のレースをスタートする前から負けているようなものです。


たとえば、どのようなスポーツでも、また芸術や学問の世界においても、「自信」が大きな役割を果たしているのは誰の目にも明らかです。自信がなかったら初めから負けています。


もちろんだれの人生にもどんでん返しのチャンスはあります。そしてそのような人生を歩んだ人も大勢います。
しかし、やはりそれ以前に、若者に、いや幼少時から自信を持たせるような教育、育て方をすることは家庭において、学校や塾において、ひいては社会、国家においても必須です。
ある意味、これを他の何物にも優先して行わなければならないと私は常々思っています。


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人生の行く先は

2016.06.15日

"Sow a thought and you reap an action;
sow an act and you reap a habit;
sow a habit and you reap a character;
sow a character and you reap a destiny."
「思考の種を蒔きなさい。そうしたら行動の実を刈り取るでしょう。
行動の種を蒔きなさい。そうしたら習慣の実を刈り取るでしょう。
習慣の種を蒔きなさい。そうしたら人格の実を刈り取るでしょう。
人格の種を蒔きなさい。そうしたら人生の目的地を刈り取るでしょう」
(作者不詳)
(訳: 舟田 譲二)


上を次のように言い換えてみましょう。


「悪い思考の種を蒔きなさい。そうしたら悪い行動の実を刈り取るでしょう。
悪い行動の種を蒔きなさい。そうしたら悪い習慣の実を刈り取るでしょう。
悪い習慣の種を蒔きなさい。そうしたら悪い人格の実を刈り取るでしょう。
悪い人格の種を蒔きなさい。そうしたら最悪の人生の目的地を刈り取るでしょう」
こちらの方が、よりリアルで実感がわくかもしれません。


一昨日、ある人から聞いた話ですが、日本の高校生の8割、10人のうち8人が「自分に自信がない」と言っているそうです。
これは本当に驚くべき、お先真っ暗な数字です。
原因のひとつは、そしてひょっとしたら一番大きな原因なのでしょうが、教育にあると思います。
まずは幼児期からの家庭での親の教育に始まり、小中高校と学校の教育にも責任があるでしょう。
子どもに自信をなくさせるような教育をしているとしか思えません。


そういう私も高校生の頃、学校生活のつまらなさ、授業の退屈なこと、自分自身のやる気のなさなどから、将来が見えなくなった一時期がありました。
自分自身が見えなくなっていました。
何のために生きているのか、人生の目的は何なのか、と真剣に考え悩みました。
友人と語り合い、本を読み、またあるときは教会の門をたたいたこともあります(「神の存在は証明できるか」)。
でも答えは見つかりませんでした。当時の私も「自分に自信がもてない」一青年でした。


でも幸いにもその後、思考を一新する最高の機会に恵まれ、その結果人生の目的地が見えるようになりました。
とどのつまり、人生の行く先は最初の思考から始まっているのです。


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人生の真髄

2016.06.14日

"The greatness of a man is not in how much wealth he acquires, but in his integrity and his ability to affect those around him positively."
-- Bob Marley
「人の偉大さはその富にあるのではなく、その人の高潔さと周囲の人にいい感化を与える能力にある」
--ボブ・マーリー


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ボブ・マーリー(1945-1981)は、ジャマイカのレゲエミュージシャン。その音楽はラスタファリ運動の思想を背景としており、彼の音楽と思想は数多くの人々に多大な影響を与えた。
父親61歳、母親18歳のときに生まれる。両親はボブの誕生後すぐに別れた。
10歳のときに父が死に、それまで受け取っていた経済的な援助がなくなり、母は息子を連れ職を求めてキングストン郊外のスラムに移り住んだ。ここでバニー・ウェイラーと共に音楽活動を開始し、1959年、14歳のときに音楽に専念するため学校を中退。
「One Cup of Coffee」、「Judge Not」を発表し17歳でプロデビューする。
脳腫瘍と癌の肺への転移により36歳で没す。
ハリウッドにはエルビス・プレスリーら有名ミュージシャンらと並び、ウォーク・オブ・フェイムのプレートがある。
ボブ・マーリー財団公認のドキュメンタリー映画、『ボブ・マーリー/ルーツ・オブ・レジェンド』 ほかもう1本ドキュメンタリー映画があり、1979年には来日公演もしている。
(以上、上掲写真を含めWikipediaより抜粋。)


私はレゲエやロックというジャンルの音楽にはうとく、ほとんど聴いたこともありませんし、正直私の好みではありません。
しかし、生まれ育ちの劣悪な環境にもかかわらず、昨日の記事、「高潔とは」を地で行くような生涯を歩み、また素晴らしい格言を残したこの人物を私は心より尊敬します。
この世の多くの人たちが富や地位や名誉が人生の誉れのように思い、それらを追い求めているのに対し、マーリーの生き方は人生の真髄を突いています。


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高潔とは

2016.06.13日
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"Integrity is doing the right thing, even when no one is watching."
- C.S. Lewis, author
「高潔とは、たとえ人がだれも見ていないところでも正しいことをすることだ」
−C.S.ルイス、作家
(訳: 舟田 譲二)


高潔はちょっと難しい言葉ですが、辞書には「人柄がりっぱで、利欲のために心を動かさないこと。また、そのさま」と定義されています。
簡単に言えば、「立派な人柄」「人格者」です。


本当に立派な人というのは、他人が見ていようが見ていまいが、正しいことをします。悪いことはしません。
人前だけでいいことをする人、いいことを言う人は、真に高潔であるとは言えません。
うらおもてがない。金太郎飴のように、どこを切っても出てくるのは金太郎です。


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人前でいくらいいことを言っていても、陰で別人になるような人は、金太郎飴から桃太郎が出てくるようなもので、「看板に偽りあり」です。
自戒の意味も込めて。


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セルフイメージが低いと

2016.06.12日

"Accept yourself as you are. Otherwise you will never see opportunity. You will not feel free to move toward it; you will feel you are not deserving."
- Maxwell Maltz - 1889-1975, Author
「自分をありのまま受け入れなさい。そうでないと決して好機を見出すことはないでしょう。遠慮せずに好機に向かって進むこともできないでしょうし、自分はそれにふさわしくないと感じることでしょう」
-- マックスウェル・モルツ(1889-1975)、作家
(訳:舟田譲二)


正しいセルフイメージが持てずに悩んでいる人がとても多いです。
それが引っ込み思案の原因であることもあれば、自傷行為に走ったり、自信がないために良い仕事ができなかったり、勉強やスポーツで腕を振るうことができない、はたまた人にすぐに喧嘩を売ったり、言葉や行動でのDV(家庭内暴力)につながることもあるでしょう。
ともかく、セルフイメージが低いと、さまざまな問題の原因となります。


さらに困ったことに、冒頭にあるように、さまざまなチャンスがやってきても自信がないために、自分はそれにふさわしくないと思って、みすみす見逃してしまったりします。
私たちは神様によって、一人ひとりかけがえのない存在、最高の作品として創られています。


自分をありのまま受け入れること。
すべてはここから始まります。


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富と健康と品性

2016.06.02日
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"When wealth is lost, nothing is lost; when health is lost, something is lost; when character is lost, all is lost."
(Billy Graham)
「富を失っても何も失わない。健康を失うと何かは失う。しかし品性を失うとすべてを失う」
(ビリー・グラハム)

(訳:舟田 譲二)


これはかの有名な20世紀最大の大衆伝道者、ビリー・グラハムの格言です。
1980年10月、沖縄、大阪、東海、広島、福岡、東京の全国でビリー・グラハム国際大会が開催されました。全会場での聴衆は約33万5000人と言われています。
当時神学生だった私は、大阪日生球場の大会に1000人の聖歌隊の一員、カウンセラーとして参加し、ビリー・グラハムの力強い生の声を聴きました。
人で埋め尽くされた会場はこんな感じでした。


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そのビリー・グラハムの上の格言はじつに意味深長です。
多くの人が、「富」と「健康」を求めて生きていますが、この両者は突き詰めて考えていくと、短い地上では影のようなもので、なんら実態のないものです。
いかに「富」と「健康」に恵まれていたとしても、やがて生涯を閉じるときにはすべて消えてしまいます。
それが人生というものです。
しかし、「品性」は人が地上での生涯を終えて亡くなったのちにも、永遠に後世の人々の心の中に生き続けます。


よし地上での人生で「富」を失ったとしても、そんなものは大したことではありません。
すべての財産を失った後に、それ以上に富を回復した人はたくさんいますし、また富がなくても幸せな人はいくらでもいます。
富が人生のすべてでないことはだれもが経験上知っています。
ですから、富を失ったからといって自殺したり、一家心中したりするなどまったく馬鹿げたことです。


それでは「健康」はどうか。
確かに「健康第一」とよく言います。どんなに成功したとしても、健康を損ねたら何の意味もないと人は言います。
健康を失うと、確かに苦しい、辛い思いをします。それは私自身何度も経験してきました。
しかし、もし健康でないことが不幸だとすると、この世の中不幸な人であふれ返ってしまいます。
ところが、健康でなくても幸せな人はいくらでもいます。
作家の故三浦綾子さんなどは、その生涯ずっと病気でしたが、彼女の口から出てきた言葉は、
「こんなにたくさん病気をして、私は神様にえこひいきされている」
でした。


人生で一番大切なのは、「品性」です。
たとえどんなに地位、名誉、財産を築いたとしても、品性を失い、人から信用されなくなるならば、それはすべてを失ったことになります。その例は枚挙にいとまありません。
「品性」とはその人のいのちそのものです。


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雑草にも栄養が必要!?

2016.05.11日

6年前の記事の再録です。


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今朝、庭の雑草がちょっとうっとうしくなってきたので、大きく伸びた雑草を1本引き抜いたら隣の雑草も気になり始め、結局30分あまりかけて全部抜いてしまいました。
大発見をしました。
なんと、雑草にも栄養が必要だ!ということです。


家の陰になって陽のあたらないところに生えている雑草はいとも簡単にすっと抜けてしまいます。
ところが、陽のよく当たっているところの雑草は、根が張っていてなかなか抜けません。
たかが雑草、されど雑草。
やはり雑草も必死で生きています。
雑草といえども、雨の水や太陽の光など、栄養が必要なのです。
日陰で育った雑草はひ弱。


あっ、そうか!
なあーんだ、人間も一緒じゃないか。
雑草は放っておいてもどんどん生えてきますが、きれいな草花はしっかりと手入れしなければちゃんと育ちません。
今読んでいる『世界一の子ども教育モンテッソーリ 12歳までに脳を賢く優しく育てる方法』によると、子どもの脳が大きく成長するのはクリティカル・ピリオド(臨界期、敏感期)と呼ばれる幼児期から7〜10歳までだそうです。
これは、脳のシナプス密度の増加時期とも一致していて、15歳頃には大人の密度になっています。
この間に、しっかりと脳を訓練しておくのとしておかないのとでは、その後大きな差が開くのは明らかです。
別に幼児から英才教育をすべきだと言っているわけではありません(やったほうが効果はあるでしょうが)。
しかし、英才教育以上にもっと大切なのは、幼児期の家庭における親子・家族間の対話や人間関係です。
親との会話がほとんどなく、放ったらかしにされていた子どもの知能が低いのはごく当然のことです。


先週、送迎バスの中で、小学1・2年生の子ども達が、「昔、昔、あるところに...」と自分で即興でストーリーを作って話すゲームをしていました。
小学2年生のF君の話を聞いていて驚きました。
「凶器」とか「とてつもない」等など、2年生では普通知らない言葉をストーリーの中に連発するのです。
私が小学2年生の頃の語彙とは比べものになりません。
語彙が豊富なF君は、やはり算数も国語もよくでき、漢字もすぐに覚えます。
勉強の基盤ができているのです。
彼は今8歳です。
8歳になって言葉を覚え始めたのではありません。
語彙が豊富なだけではありません。
ストーリーも面白くて、しっかりした構成になっています。


雑草ですら、水や光などの栄養が十分でないとひ弱になるのですから、ましてや人間の子どもの場合、食事や睡眠、運動など物理的な環境のほか、親や兄弟など周りの人たちとの係わりが精神的・心理的・頭脳的な発達に大きな影響を与えることは疑う余地がありません。


親の子どもに対する接し方が子どもの「セルフイメージ」を決定づけます。
昔聞いた話ですが、アイルランドのひとりの少女の顔全体が真っ赤なあざでおおわれていました。
しかし、この子はそのことを全く苦にしていず、ほかの子よりも高いセルフイメージを持っていました。
生まれたときからずっと両親が温かく、愛情いっぱい育て、顔のあざのことを次のように言っていたというのです。
「お前が生まれるときに、天使がキスをしてくれたんだよ。
だから顔についているのは天使のキスマークなんだ。
人が何と言おうと全然気にすることはない。むしろ天使のキスマークを誇りに思いなさい。
お父さんとお母さんは、どこかに行ったときなど子どもがたくさんいるときにも、天使のキスマークのお陰で、お前がどこにいるかいつでもすぐにわかるし、それでこれまでどれだけ助かってきたかわからない。
お前はお父さんとお母さんの一番大切な宝物だよ」


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価値観が人を作り上げる

2016.05.07日

先日車で走っていた時、信号のないところで私が車を停車させると、隣に乗っていた妻が、なぜ停まったのかわからず一瞬きょとんとしていました。


しばらくして、対向車線の側の歩道にいた小学生が頭を下げて横断歩道を渡っていきました。
アメリカだったらごく普通の光景です。歩行者優先のアメリカでは、このようなシーンで停車せずに走っていくとすぐに白バイがサイレンを鳴らして車を停め、チケットを切って罰金になります(経験者語る…)。


日本も昔と比べるとずいぶん変わってきましたがまだまだです。
狭い通りから大通りに車で出ようとすると、車の流れは途切れずなかなか出させてもらえません。
へたをすると前方が信号などで道路が詰まっているのに、こちらが出ようとしている通りをふさぐような形で車を停める人もいて、そうなると信号が変わってもその後ろの車もまたどんどん続いていって結局ずっと出られないことすらあります。
とくに時間に追われている夕方などに、生徒のバス送迎をしていてこのようなことがあると、ついイライラしてしまいます。


ところ変わって中国の狭い通りなどがテレビの番組などで映し出されると、「そこのけ、そこのけ、お車が通る」で、歩行者はまったく無視され、車を避けないとぶつかられたりして、非常に危険な状況にあるのを目にすることがあります。


その国の文化や習慣、さらに言えば同じ国の中でも、育った環境や、親の躾けなどによっても、人々の行動は大きく変わってきます。
これらはごく小さな一例に過ぎませんが、文化や習慣などの中で人の価値観が作り上げられていき、さらにそれが人の行動や人生までも変えてしまうというのはよくあることです。


子育ての上手な親の子どもや、躾がしっかりなされている家庭の子どもは、自然と言葉遣いも礼儀も正しくなり、また勉学に取り組む姿勢や友達関係を始めとする人間関係、また学校生活や部活など、生活全般にも大きく影響していることがよくわかります。
親だけでなく、子どもたちと日々接している私たち教育に携わる者も子どもたちの価値観を形成する役割を果たしており、その責任はまことに大きいです。


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正直者がバカを見る?

2016.05.04日

7年前に書いた記事の再録です。
恥を忍んで...


先日、中学1年生のクラスで、英語の月例テストを返却して、答え合わせと解説をしていたときのことです。
Sさんが手を挙げて大きな声で言いました。
「先生、私の答え間違っているのに◯がついています!」
私はまじまじとSさんの顔を見て言いました。
「あなたは正直です。正直者には金の斧を上げます。間違ってつけた点はプレゼントです」


これはご存じ、イソップ物語の「金の斧と銀の斧」をもじって言ったものです。
私はこのような正直な子が大好きです。


実は私にはとても苦い思い出があります。
小学4年生のときのことです。
住んでいた家のそばに教育大学付属小学校がありました。夏休みにほんの1週間ほどでしたが、近所の子を集めて無料のサマースクール(夏期講習)がそこで開かれました。教育大学の学生が実習で教えるわけです。
当時は塾などはなく、サマースクールがどのようなものかもわからないまま、私は親の許可をもらって通うことにしました。
この頃の私は勉強はあまりできませんでした。というか、全然勉強をしていませんでした。できなくて当たり前です。
そんな子が行ったのですから、正直大変でした。
そして、サマースクールの最後の日にテストがありました。
このときも勉強していなかったので、あまりできませんでした。
テストが返ってきたとき、点数を少しでも上げたくて、間違っていた漢字に棒を1本足して正しい漢字にして、先生に言いました。
「先生、この答え合っているのにバツになっているよ」
すると先生が言いました。
「舟田君。先生はあなたの間違いをちゃんと覚えているよ。あなた自分の答えを直したでしょう」
顔が真っ赤になりました。先生がそこまで見ていたとは考えてもいませんでした。
私はその若い、優しい女性の先生が大好きだったのですが、最後の日に大変なことをしてしまいました。
本当に、穴があったら入りたい、とはこのことです。
その先生の名前も、悲しそうな顔も今でもはっきりと覚えています。
そして、その後ずっとこの思い出が心の傷となって残っているのです。
このことはこれまで誰にも話したことがありませんでした。あまりにも恥ずかしい話なので。


ですから、中1のSさんのように勇気を持って正直に言ってくれる子がいたら、本当にうれしくなります。


アメリカに留学していたとき、スーパーで食料品を買ってレジでお金を払ったところ、レジの人が10ドル札を20ドル札と間違って、払ったよりもたくさんのお釣りをくれました。
あわててレジの人に間違いを指摘して、余分にもらったお金を返したところ、その人は
"Oh, my God! Oh, my God!"
「まあ、なんてことでしょう!」
と言いながら、両手で頭を抱えて、信じられないという顔をしていました。
あまりに気が動転していたので、私にお礼を言うのさえ忘れていました。
もし黙っていたら、私は10ドル(当時のお金で多分2000円ぐらい)儲けていました。
そして、そのレジの人はあとで、自分の間違った分を店に弁償しなければならなかったことでしょう。


「正直者がバカを見る」という諺があります。
確かに、表面的に見るならそのようなことはよくあります。
先ほどのSさんは正直に自分の間違いを言ったために、テストの点数が下がって損をしていたかも知れません。
レジの人の間違った余分のお釣りをそのままもらっていたら、私は得をしていたかも知れません。
でも、大切なことを見失ってしまいます。
正直に言って、たとえ点数が少し下がったとしても、そんなことは何の意味もありません。
むしろ、小学4年のときの私のように、うそを言って恥をかくほうがよっぽど損です。(金の斧・銀の斧の物語に出てくる欲張りなきこりのように)
お釣りを余分に受け取っていて、あとで良心の呵責を感じるようなら、正直に返すほうがよっぽど自分のためです。


正直は最大の美徳です。
正直者はバカを見ません。絶対得をします。
Sさん、ありがとう。


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卒業式の呪縛

2016.01.30日
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全国の数百万人の高校生たちが、母校を巣立って新しい自由と責任の世界に今まさに旅立とうとしています。
多くの生徒たちは、自由な大人の仲間入りができるこの卒業式を長い間待ち焦がれていたにもかかわらず、同時に友人やこれまでの住み慣れたところを離れることを考えると不安になったりするものです。


「皆さんの人生において最高の日々を過ごした…」という、大人たちが善意で述べるお決まりの卒業式の「呪縛」の言葉は、この巣立ちをいっそう困難にします。
私がなぜ「呪縛」と言うかといえば、もし上の言葉が本当であるならば、卒業してこれからはずっと下り坂を落ちていくと、子どもたちに言っていることになるからです。
でも幸いにも、これは真実ではありません。


もちろん、ティーンエイジャーの時代は、特別な友情や、またありとあらゆる「1番」の素晴らしい思い出に満ちています。
でも、思い出のすべてがいいわけではありません。それに、たとえその思い出がいかに素敵なものであったとしても、「最高」のものであることはまずないでしょう。とんでもない。「最高」のものはまだこれから来るのです。
学校時代の友達は、お互いに共通のものがある限りこれから先もずっと友人であり続けるでしょう。しかし、同時にみんな必ず新しい友人もこれから作っていくことになります。


そうです。皆さんはこれからさまざまな新しい困難や責任に直面することでしょう。しかし、自分のやりたいことをしたり、なりたい自分になるために、これまでよりはるかに自分の力で人生をコントロールできるようになるのです。
それになによりも、見るべきところを見るならば、際限のない満足感をもたらすような成熟した、意味のある愛や信頼に足りる人間関係を見出すことができるようになるでしょう。


そして、結婚生活の中の癒しや家庭を築く上での何ものにも代えがたい喜びを充分に味わえるようになるまで待つならば、高校時代のことなどガキっぽいことに思えるほど、深い誇りと満足感をいつまでも味わうことができるようになるでしょう。


マイケル・ジョゼフソン
(訳:舟田譲二)


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釘を打ちつけ、そして引き抜く

2016.01.24日
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娘がほかの子どもに対していじわるなことを言って傷つけたことを責められたとき、娘はすぐに謝りたいと泣いて言ってきました。
それはそれでいいことなのですが、謝ればいつでも問題が解決するわけではないということを、私は娘に学んでもらいたいと思いました。


そこで、2年前に9歳のウィルという少年の父親が母親を捨てた話を娘にしました。
ウィルは、怒ってよく他の子にひどい言葉を浴びせかけていました。
彼は一度は母親に、「お父さんがお母さんを捨てたわけがわかるよ」とまで言いました。
ウィルのひどい言葉に耐えられなくなったお母さんはその夏、ウィルをおじいちゃんとおばあちゃんのところにやりました。


ウィルが自分をコントロールできるようにするためにおじいさんが考えた戦略は、彼がいじわるなことや人を不快にさせるようなことを言うたびに、ガレージに行って10センチ角の板に5センチの釘を打ちつけさせることでした。
小さな子どもにとって、これはとても骨の折れる仕事でした。でもおじいさんは、釘が板を打ち貫くまではウィルを戻ってこさせませんでした。
ガレージに10回ぐらい行ったところで、ウィルは自分の言う言葉にこれまで以上に気をつけるようになってきていました。
とうとう、彼は自分の言ったことに対して謝るようにさえなりました。


おばあさんが介入してきたのはそのときのことです。
おばあさんはウィルに釘をいっぱい打ちつけた板を持ってこさせ、その釘を全部引き抜くように言いました。
これは釘を打ちつけるよりもずっと大変な作業でした。でも、苦労したあげく、彼は釘を全部引き抜きました。
おばあさんはウィルを抱きしめて言いました。
「おばあちゃんはお前が謝ってくれて、もちろん嬉しいよ。おばあちゃんはお前を愛しているから許してあげる。でも、謝るというのはちょうど打ちつけた釘の1本を抜くのと同じようなことだということを知ってもらいたいの。
ほら、この板を見てごらん。穴が開いたままでしょ。板は元には戻らないのよ。
お前のお父さんがお前の心に穴を開けたことはよくわかっているわ。でも、どうかほかの人の心にまで穴を開けないでおくれ。お前はそんなちっぽけな人間じゃないでしょう」


4年生のクラスを受け持つひとりの先生が、つい最近私に言ってくれました。彼女は新学期の初めに生徒たちにこの話をし、そして1年をとおしてこの話を繰り返し聞かせたというのです。
生徒がいじわるなことを言ったりしたりすると、彼女はその生徒に尋ねました。
「あなたはだれかに釘を打ちつけたの?それからその釘を引き抜いたの?」


生徒たちは先生が何を言わんとしているのかちゃんと理解していて、また自分たちのしたことが間違っていたということをみんな認めていたそうです。もし、先生が生徒に「何をしたの?」と尋ねていたなら、みんなほかの子のせいにして互いに責め合うことを繰り返していたでしょう。
また、謝られた生徒たちが考えもせずに「いいよ」と言ってはいけないと、先生は生徒たちに教えました。なぜなら、自分の身にされたことは決して「良くない」し、たとえ口で「いいよ」と言っていても、心の中では当然のことながら「いい」とは思っていないからです。
そこで、先生はクラスの生徒たちに、「いいよ」と言う代わりに、「謝ってくれてありがとう」とか「許してあげるよ」と言うことを教えました。


先生はまた、教室の外で起きる家族間の難しい問題を生徒に理解させるためにもこの話を使いました。
彼女は言いました。「子どもの心に打ちつけた釘を一生引き抜かない大人もいるわ。でも、他の人に自分の人生を支配させないで、自分の力で人生を生きていくために、打たれた釘を自分で抜く力は誰にもあるのよ」と。
先生は私に言いました。「この話は単純明快です。でも、伝えているメッセージは強烈です。とくに、『あなたはそんなちっぽけな人間じゃないでしょう!』という言葉をあとに続けると。
とどのつまり、人の品性がものを言うのです。


マイケル・ジョゼフソン(キリスト教牧師)
(訳:舟田譲二)


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0.1%が生み出す違い

2016.01.04日

昨日の記事、「好きこそ物の上手なれ」で予告しましたように、今日のが本編です。


記事中、「1.01の法則、0.99の法則」の画像がありました。
一昨年の入塾説明会の折、参加された一人の方が、部屋の壁にあったこの貼り紙を見て、これはどういう意味かと質問されました。
私は、
「これは、ある小学校の校長室に貼ってあったものです。
普通だったら1のところ、1日に1%の努力を積み重ねていくと、1年後にそれは37.8にもなる。
一方、1%力を抜いていくと、1年後に0.03になってしまう。
つまり、こつこつ努力すれば、やがて大きな力となるけれど、少しずつさぼればやがて力がなくなる、という意味です」
と答えましたが、その方は今ひとつ納得いかない表情で、私はちょっと説明が下手だったな、と反省しました。
しかし、この方のお嬢さんがこのとき中学1年生で入塾され、今中2ですが、あのときのメッセージが伝わったのか、本当にすごい努力家になり、嬉しいことに成績はどんどん上がって、今や学年で1〜2位を争うトップクラス。志望校もそれに応じて上げてきました。


さて、私はその後、上の貼り紙の意味をよくよく考えました。
「なぜ1.01が努力を重ねれば37.8になるのだろう」と。
そしてわかりました。
昨日よりも今日、目に見えないほどのほんのわずかな1%の努力をし、明日も今日よりもさらに1%の努力、というふうに積み重ねていくと、銀行の利息の複利と同じで、利子が利子を生み、どんどん大きくなっていくのです。


でも1%という努力を毎日積み重ねるのは大変なことです。そこで、それをもっと現実的な0.1%で計算してみました。
昨日の力を1とし、今日はそれに0.1%(0.001)上乗せすると1.001。明日、さらにそれに0.1%上乗せすると1.002001、明後日は1.003003001とほんの少しずつ増えていきます。これは目に見えないほどの小さな増え方です。1週間後はこんな感じです。


1week.jpg


しかし、計算してみると、日数が増えていくに従って加速度的に増えていき、1年後には1.001の365乗で1.440251313429578となり、なんと1年前の44%も増えたことになるのです。


calc.jpg


10年後には3840.465で、もとの3840倍というとてつもない数字になります。
これをグラフに表すとこのようになります。


10years.jpg


逆に、昨日よりも0.1%さぼると、1年後には0.999の365乗で0.6940698870404745…。すなわち、30.6%も力がダウンしたことになります。


校長室の貼り紙の数字は1%でしたが、もっと目立たない0.1%という小さな変化でも、これほど大きな差を生み出すのです。


これこそ私がこれまでこのブログで繰り返し述べてきた「1万時間の壁」「成績を上げるには」などの論理なのです。
今、話題になっているフィギュアスケートの羽生結弦のような練習の鬼のプロになると、こんな感じです。


20years.jpg


今日は1月4日。
「一年の計は元旦にあり」とよく言いますが、三が日休んで今日からスタートです。
そして、ここで大切なのが、一昨日の記事、「あなたの今年の計画は?」の中でご紹介した、計画を具体的に書き出すことです。


さあ、あなたは勉強か仕事、人間関係、子育て、健康作り、趣味...、どの分野でこの複利の原則を実践してみますか?


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人は心の中で考えることを

2015.12.17日

つい先日、車を運転していてとても怖い状況に遭遇しました。
右折しようとして指示器を出して止まっていました。
そこへ対向車が左レーンを走ってきて、私が曲がろうとしている右の道路から出ようとしている車を先に通そうとして止まりました。
ところが、右レーンを走ってきた対向車が横を通り抜けようとしたため、道路から出てきた車とぶつかりそうになったのです。
私は危険を事前に察知し、右レーンを猛スピードで走ってきた車にヘッドライトをちかちかさせてクラクションを鳴らして知らせたのですが、その車は突っ切って走り抜けていきました。右の道路から出てきた車が危機一髪のところで急停止したため幸い事故は避けられました。
しかし万一、事故が起きていたら、私の車に衝突した2台の車が突っ込んできて、こちらも大破、重症もしくは重体、あるいは最悪死亡ということだってあり得ました。
そう考えると正直ぞーっとしました。


昨日も、目の前の交差点を赤信号なのに突っ込んでいく車があり、一歩間違えば車同士の事故、または人身事故にもつながっていたかもしれません。


赤信号を無視する車の運転手というのは、交差点に近づいている時、横断歩道の点滅している青信号を、そして黄色に変わった信号を見ていながら初めから突っ切って行くことを心に決めています。


同様に、万引きや窃盗、盗撮、痴漢などの犯罪行為をする人も、「つい魔が差した」ということをよく言いますが、実際には初めからそれをしようと心の中で決めています。


以前、「頭の中にあることは」という記事を書きましたが、その中に下の有名な聖書の言葉を引用しました。
"As a man thinks in his heart, so is he." (箴言23:7)
日本語訳は「彼は、心の内では勘定づくだから」(新改訳)と、分かりにくい表現になっていますが、言わんとしていることは、
「人は心に考えるような人になる」
ということです。


この言葉を少し変えると次のようになります。
"As a man thinks in his heart, so does he."
「人は心に考えることをする」


マザー・テレサの次の言葉にも通じます。
思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。


冒頭に挙げたケースはネガティブなものですが、その逆も真なりで、いいことを考えていたら、それは言葉になり、行動に、習慣に、性格に、そして運命にもつながっていきます。
これも延々とつながっているひものようなもので、いわゆる「ひも理論」(「新超ひも理論」)です。


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あなたはピンクの象ですか?

2015.12.08日
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以下は、Bob Proctor の12月5日付 Insight of the Day からの引用です。


Are You a Pink Elephant?
あなたはピンクの象ですか?


Once upon a time a pink elephant was born.
昔むかし、1頭のピンクの象が生まれました。
He was so clearly different from the rest that soon the grey elephants started to distance themselves and ignore him.
この象は他の象とはあまりにも違っていたので、しばらくすると灰色の象たちは彼から距離を置き、無視するようになりました。
The little pink elephant felt very sad and rejected.
小さなピンクの象は差別されているように感じ、とても悲しくなりました。
He realized that in order to fit in with the rest of the herd he had to be just like them.
群れの他の象たちの仲間に入るためには、彼らと同じようにならなければならないと思いました。
So, he covered himself with mud and dirt until he became a dirty grey.
そこで彼は、汚れた灰色になるまで泥や土で身を覆いました。
Throughout the years he kept covering himself and hiding behind the dirt.
何年も彼は自分の身を覆って、泥の陰に隠れていました。


Then one day, rain began pouring down and washed away all the mud and dirt from his body.
ところがある日、土砂降りの雨が降ってきてピンクの象を覆っていた泥や土をすっかり洗い流してしまいました。
He was pink again!
彼はピンク色に戻ってしまったのです!
The grey elephants turned and started laughing at the sight of his obvious pinkness.
灰色の象たちは振り返って、彼がピンクなのを見て笑い始めました。
As the laughter grew louder he realized that he was trying to fit into a group that would never understand him.
笑い声が次第に大きくなってきた時、彼は気づきました。自分のことを決して理解してくれないグループに自分を合わせようとしていた自分の姿に。
He knew that he was different and that he needed to find a group of pink elephants just like him, where he would be accepted and learn to love himself as he was.
彼は自分が他の象たちとは違うことを、そして自分を受け入れてくれ、ありのままの自分を愛することができるような、同じピンクの象のグループを見つけなければならないことを知っていました。


Imagine yourself as an “Elephant”, the largest land animal on earth.
自分自身を「象」だと想像してみてください。地上最大の動物です。
An elephant is too massive to miss.
象はあまりにも大きくて、見過ごすことなどできません。
It has an enormous amount of power.
ものすごい力を持っています。
If you were a “Pink Elephant” when you were born, then you are different from most of the people around you.
もしあなたが「ピンクの象」で生まれてきていたとしたら、あなたは周囲のほとんどの人たちとは違っています。
People will think that you are a bit strange when they meet you and because of this you may try to hide your true self.
人々はあなたに出会うと、あなたがちょっと変わっていると思うでしょう。そして、あなたはそのため本当の自分を隠そうとするかもしれません。
You try as hard as possible to fit in, but people always notice you.
あなたは一生懸命努力して他の人たちの中に紛れ込もうとしますが、人はいつでもあなたのことに気づきます。
Sometimes you will be admired for being different, but often you will be ridiculed.
ときに、あなたは他の人たちと違っているので尊敬されるかもしれません。でも、多くの場合あなたはからかわれることでしょう。
Then, you have one of two choices to make.
ここであなたには二つの選択肢があります。
Either you gather your strength and are proud that you are Pink or you try to convince everyone that you are exactly like them.
勇気を奮い起こして自分がピンクであることに誇りを持つか、それとも自分は他の人たちと同じだと周りの人たちを説得しようとするかのどちらかです。
Most choose the second option. It seems easier to just fit in.
ほとんどの人は、後者を選びます。人の中に紛れ込むほうが簡単に見えるからです。


The truth is that it doesn’t matter that people will laugh at you, think that you are weird, or feel your dreams seem totally unattainable - You must not listen to them.
でも、人々があなたのことを笑おうが、あなたのことを変人と思おうが、あるいはあなたの夢など絶対にかなえられるわけがないと思おうが、そんなことはどうでもいいことなのです。このような声に耳を傾けてはいけません。
They are too entrenched in the limited herd mentality to see the greater possibilities that are available.
彼らは、他の人たちと一緒にいれば安心という「群れのメンタリティー」で固まっていて、もっと大きな可能性が手の届くところにあることに気づかないでいるのです。


I travel around the world and teach (hidden) Pink Elephants to become themselves.
私は世界中を回って、(隠れた)ピンクの象たちに、ありのままの自分になるよう教えています。
I bring them together and show them that they are not alone.
私は彼らを集めて、彼らが決して孤独でないことを教えます。
They come alive in the presence of others just like them.
彼らは自分たちとまったく同じような仲間がいることを知り、生き生きとしてきます。
Keep in mind that all the great inventors and innovators were Pink Elephants.
これまでの偉大な発明家や革新者たちはみんなピンクの象であったこととを覚えておいてください。
It takes a unique person to get to the moon, be a music icon or create personal computers.
月に行ったり、音楽界でアイドルになったり、パソコンを作るには特別な人が必要なのです。
The herd is always afraid of new ideas, but unabashed “Pink Elephants” are never stopped.
一般大衆は常に新しい考えを恐れます。しかし、物おじしない「ピンクの象」は決して止められません。
Pink Elephants live in a world of possibilities, not fear.
ピンクの象は、恐れの世界ではなく、可能性の世界に住んでいるのです。


So start a Pink Elephant group in your community today and see your world change!
ですから今日、ピンクの象のグループをあなたの身近なところから始めて、自分の世界が変わるのを見てください。


“What is different about you is what makes you special.”
『あなたが他の人たちと異なるところが、あなたを特別な存在にするのです』


Bernard Hiller
バーナード・ヒラー


Excerpt from “Stop Acting – Start Living” by Bernard Hiller
バーナード・ヒラー著『演じるのをやめて、生き始めなさい』より抜粋
(訳: 舟田譲二)


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お受験ゲーム

2015.12.05日

昨日のフジテレビ系「ノンストップ!」に、息子3人を灘高校から東大理V(医学部)に合格させて、「カリスマお受験ママ」と呼ばれる佐藤亮子さんがゲストとして登場し、著書『受験は母親が9割』の中で展開しておられる持論を披露されました。


佐藤さんがおっしゃっている「母親が9割」は、母親が子どもの受験のお膳立て、サポートを9割する、といった意味で、その中には、次のようなものが含まれます。
◎問題集を準備
母親がセンター試験の過去25年分が載っている問題集(赤本)を買ってきて、それを細かく年度、科目ごとに裁断して再製本、解答集も別に作成してインデックスをつける。また、ときどき書店に行って、一人ひとりの子どもに合いそうな問題集を見つけて買って与える。
◎一日の勉強のリストアップ
今日やらなければいけない事を箇条書きにする。
◎スケジュール管理
◎タイマーを使い時間管理
食事の時間もタイマーで管理
◎テストのヤマを張る


生活面でのサポートとしては、忘れ物がないよう学校の準備、朝は起こして靴下をはかせ、塾への送り迎えをし、家のお手伝いはさせない等など。


これではもうまるで、子どもの受験というよりも、母親の受験のようです。
子どもはレールを敷かれて、その上を楽して進む。
現に佐藤さんは、子どもの受験勉強を手伝うのが楽しかった、とおっしゃっていましたが、まさにお母さんのお受験ゲームです。
母親がこれぐらいの手間暇かけないと、受験は乗り越えられないと言います。
出演者の中にはこの話を聞いていて「学問」という言葉を使っている人がいましたが、こんなのは学問でも何でもありません。


親たちの悩みで一番多い「反抗期で勉強しない。どうしたらいいか?」という質問に対して佐藤さん答えは、「反抗期が来ないように育てた」というもの。


出演者の大半が佐藤さんの「お受験」教育論、反抗期を作らない子育て法などに対して批判的。
とくにタレントのカンニング竹山さんは、かなり痛烈に批判し、
「お子さんはまだ24歳ぐらいで、医者になってトラブル起こすか、立派になるかはわかならい。極端に言えば60歳で答えが出るかもしれない」
と、佐藤さんの持論への反論を展開しました。
この考えはある意味正論で、佐藤さんのこれまでの子育て法やお受験ゲームが将来どのように発展していくか、今のところだれにも分かりません。しかし、「ひも」のようにつながっていくのは間違いありません。


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頭のいい子を育てたかったらまず...

2015.11.25日

今年の4月に行われた全国学力テストの結果、上位4県は秋田・富山・石川・福井県でした。
その理由がいろいろと考えられていますが、ひとつは生徒たちの生活習慣によるようです。
一般的にこれらの県の子どもたちは夜遅くまでゲームをしていず、早寝し、その結果朝早起きして朝食をしっかり摂っているから、脳に十分な栄養が行きわたっているというのです。
頭に一番いいのは、詰め込み式の勉強でもなければ、長い時間の特訓でもありません。脳の栄養の源となる食事です。
それを裏打ちするかのような記事が昨日の新聞に載っていました。少し長くなりますが、とても大切なことなので全文引用します。


仕送りが減り学生が食費を節約する傾向がある中、食生活の改善に取り組む大学が増えている。朝食を100円で提供したり、弁当作りを通して自炊の習慣をつけさせたり。生活を支援して優秀な学生を育てるのが狙いだ。(吉田尚大)


 「いつも朝は何を食べる?」
 「時間がないから、すぐ食べられるバターロールとか」


 同志社大学今出川キャンパス(京都市)の学生食堂で10月下旬、学生が話しながら朝食を取っていた。
 同大は4月から、毎週火曜日の朝、朝食150食を提供している。卒業生で作る校友会が「一人暮らしの後輩を応援したい」と補助しており、1食100円だ。この日のメニューは「京都産の野菜を使った富山のサケの甘酢あん」。1年生の藤田香織さん(19)は、「仕送りとアルバイトで生活しているので、100円という値段はうれしい」と、ご飯をほお張っていた。
 学生生活課長の久山喜久雄さんは「朝食を抜いている学生は多い。お金をかけないで朝食を取り、充実した一日を始めてほしい」と話す。


 朝食を提供する大学は増えており、立命館大学(京都市)では毎日約1000人が利用する。
 一方、明治大学(東京)は10月、午後4時から、サンドイッチなどの「100円軽食」を試験的に販売した。軽食で空腹を満たすことで夕食の食べ過ぎを防ぎ、翌朝に朝食を取れるようにして、規則正しい食生活を送らせることが狙いだ。


 学生への仕送り額は減少傾向にあり、学生が食費にかけるお金は減っている=右ページにグラフ=。ある大学教授は「節約のため、『食事は一日1回』『毎食ほとんどパンだけ』という学生もいる」と心配する。
 中国四国農政局が5〜7月、中国・四国地方の学生約1280人にアンケートを行ったところ、一人暮らしの男性の20%は朝食をほとんど食べていなかった。「野菜を十分に食べていない」と回答したのは、一人暮らしの女性で47%、同じく男性では43%にのぼるなど、栄養バランスが悪いことが目立つ。


 きちんとした食事を取らせようと、星薬科大学(東京)では、4月から交通系ICカードで食事代を払う「学食パス」を導入した。一度入金すると学生食堂以外では使えない仕組みで、保護者が入金することも多い。学生食堂は、サラダバーなどが充実しており、奨学金と仕送り、アルバイト代の月計10万円で生活している1年生の女子学生(19)は、「仕送りを入金して、昼食は毎日ここで確実に食べられるようにしている」と話す。


 料理の習慣をつけさせようと取り組むのが山口県立大学(山口市)だ。月2回、「お弁当の日」を設け、学生は毎回用意されるテーマに合った料理を作って持ち寄る。
 担当の准教授、園田純子さん(調理学)は、「集まって楽しく食べると、次も作って持って行こうと思い、料理の習慣がつく。自分でつくる方がお金がかからず、栄養バランスもいいことに気づいてほしい」と期待している。


 大学の経営相談などを行っている「丸善」(東京)の滝田忠之・大学経営コンサルティング部長は「優秀な学生を育てるためには、食を含めた生活環境の改善、友人との活発なコミュニケーションなど、学生生活全体の支援が必要だと大学が気づきはじめた」と話している。

(11月24日付 読売新聞29面「優秀な学生は食生活から」)


これも、私が提唱している「新超ひも理論」で、善因善果、悪因悪果、すなわちすべてのことには原因があって結果があるわけで、それはまるでひものようにつながっているのです。


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新超ひも理論

2015.11.23日

昨日の記事「音楽に見られるひも理論」に書いた、NCM2のクリスマス・コンサートは本当に素晴らしいもので、魂を揺さぶられました。
記事の中でご紹介した「輝く日を仰ぐとき」が、午前の礼拝に続き、コンサートでもまた賛美されました。
また、40年近く前、導かれた教会の祈祷会でよく賛美していた「歌いつつ歩まん」が歌われ、当時大変お世話になった日系1世のおじいちゃん、おばあちゃんたちのことを思い出し、胸がいっぱいになり涙が止まりませんでした。
その昔、長男の直人もこのNCM2のメンバーとしてご一緒に賛美させていただいていたのですが、「直人くんのお父さんですか?」と何人もの方々から声をかけられたり、ブログを読んでいますと言ってくださる方など、このコンサートでも「ひも」でつながっている人があまりにも多くて驚かされました。


ncm2.JPG


さて、これまで8回にわたって「勉強のひも」について書いてきました。


「勉強のひも」と書きましたが、実はこれは「勉強」に限らず、人の人生や人間関係や人の好みや趣味を始め、その他諸科学や芸術、地球や宇宙の諸現象、引いてはすべての事物の成り立ちや起源にも通じることで、私はこれを「ひも理論」と名づけようと思ったのですが、ネットで調べてみると既にその名称も、また「超ひも理論」も物理学の世界で存在していることを知り、敢えて「新超ひも理論」と名づけたのです。


ひも理論については、Wikipediaが的を射た説明していますので下に引用させていただきます。
超弦理論(ちょうげんりろん、英: superstring theory)は、物理学の理論、仮説の1つ。物質の基本的単位を、大きさが無限に小さな0次元の点粒子ではなく、1次元の拡がりをもつ弦であると考える弦理論に、超対称性という考えを加え、拡張したもの。超ひも理論、スーパーストリング理論とも呼ばれる。
宇宙の姿やその誕生のメカニズムを解き明かし、同時に原子、素粒子、クォークといった微小な物のさらにその先の世界を説明する理論の候補として、世界の先端物理学で活発に研究されている理論である。この理論は現在、理論的な矛盾を除去することには成功しているが、なお不完全な点を指摘する専門家もおり、また実験により検証することが困難であろうとみなされているため、物理学の定説となるまでには至っていない。


ちょっと読んだだけでは???という感じかもしれませんが、簡単に言うと、この宇宙の中のすべての成り立ちは超微粒子ではなく、超微粒「ひも」でできていて、すべてがつながっているということです。


このブログにもこれまで何度か量子物理学のことを取り上げてきましたが、私自身は物理学に関しては全くの素人、門外漢ですが、直感的に非常に納得がいきますし、またとても心そそられる分野です。


この難解な「ひも理論」を、私たちの日常生活レベルで語っているのが、私の「新超ひも理論」です。
もしこの広大な宇宙が点のようなバラバラの粒子の集まりで成り立っているのでなく、ひものようにつながりがあるとするならば、ましてや私たちのような極めて小さな存在で、有限な人間ならなおさらのこと、様々な点のつながりであるひものようなもので成り立っているということは容易に想像がつきます。
また、その方がはるかに私たちを納得させてくれ、人生に対してより深い洞察力が与えられます。


一例を挙げると、夫婦関係や親子関係、友人関係、同僚関係、師弟関係などすべての人間関係に、さらに広げると国家関係にも当てはまります。
言うまでもなく、これらの関係がうまくいくかこじれるか、戦争状態になるかなどは、すべてそれまでの数えきれないほどのお互いの関わり合い方の結果であって、「ある日、突然!」何か特別なことが起こったわけではありません。
これを言い換えると、すべての事象はそのときどきの出来事の積み重ねの結果、つまり何らかの原因があってその結果がある、ということができます。
ということは、現在起こっている出来事自体は変えることはできないが、これから先のことはどんなことでも自分の意志次第でほとんど変えることができると言えます。(『バック・トゥー・ザ・フューチャー 』


つまり、個々バラバラに見えることでも、それぞれの間に存在する目に見えない引力のようなものですべてがつながっているのです。
これが、私の提案する「新超ひも理論」です。


私たちが今、この世に存在しているのは、母親が生み出してくれたお陰です。
しかし、父親も必要でした。
さらに、その父親にも母親にも同様に父親と母親が必要で、とどんどんさかのぼっていくと、当たり前のことですが一度も途切れることなくひものようにつながっていて、結局はみんな同じところにたどりつくことになります。


宇宙がある日突然、意味もなくビッグバンで生まれ、その後自然の流れで今日に至り、その過程で偶然に単細胞の生命が生まれ、それがどんどん進化していった結果、私たちが現在この世に生きているのだとすれば、人生には何の意味もなく、生きる目的もなくなり、「飲めや、食えや」でその日その日を面白おかしく生きていけばいいことになります。
でも、私たちは直感的にそうではないことを知っています。
このように「人生のひも」が見えると見えないでは、人生は180度変わってきます。


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子育ては親の責任

2015.11.06日

以前、子育てシリーズで「子育てのあいうえお その1」「子育てのあいうえお その2」「子育てのあいうえお その3」「子育てのあいうえお その4」「子育てのあいうえお その5」「子育てのあいうえお その6」をあいうえお順で書きました。


このシリーズ、なかなか評判がよかったのでそれに続いて今度は「子育て禁句のあいうえお」シリーズを書きました。
「子育て禁句のあいうえお その1」「子育て禁句のあいうえお その2」「子育て禁句のあいうえお その3」「子育て禁句のあいうえお その4」「子育て禁句のあいうえお その5」「子育て禁句のあいうえお その6」「子育て禁句のあいうえお その7」「子育て禁句のあいうえお その8」「子育て禁句のあいうえお その9」「子育て禁句のあいうえお その10」
「子育て禁句のあいうえお 最終回」と、11回にわたって書きました。


もし、まだご覧になっていらっしゃらない方がありましたら、すぐに読める内容なのでぜひご覧ください。
子育ての終わった方は孫育てに、お子さんのいらっしゃらない方は甥子さんや姪子さんに、まだこれからの方には将来のお勉強のために今から見ておかれたらなにかと役立つことかと思います。


oisotsuri1.JPG


「子は親の背中を見て育つ」とよく言いますが、子どもは親の背中だけでなくすべてを見ています。
先日、大磯海岸に行った時、サーフィンをやっている親の子どもは小学生の時からサーフィンを、釣りをしている親の隣りには小学生の子どもが釣りを、並んで一緒にジョギングをしている親子などを見かけました。今度の東京オリンピックでは2代目の活躍が期待されています。
趣味から好み、特技まで親の影響を受け、真似をして育ちます。そういう私も父のお陰で英語が得意になりました。親の生き様が子どもの一生を決めると言っても過言ではないほどです。
どんな子どもに育てるか、それはまさに親の責任です。


「子は親の鏡」というタイトルのものをFacebookで最近見つけましたのでそれをここにシェアさせていただきます。
ちょうど読売新聞の[貧困 子供のSOS]をシリーズでご紹介してきた内容と、上の「子育てのあいうえお」「子育て禁句のあいうえお」の総集編のような感じで、とてもうまくまとめられています。
一分間の短いYouTubeの画像もついていますので、ぜひご覧ください。よくあちらこちらで見かける光景です。



「子は親の鏡」


けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる
とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる
不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる
「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持ちになる
子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる
親が他人を羨(うらや)んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる
叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう
励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる
広い心で接すれば、キレる子にはならない
誉(ほ)めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ
愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ
認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる
見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる
分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ
親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る
子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つ
やさしく、思いやりを持って育てれば、子どもは、やさしい子に育つ
守ってあげれば、子どもは、強い子に育つ
和気あいあいとした家庭で育てば、
子どもは、この世はいいところだと思えるようになる


ドロシー・ロー・ノルト


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子育て禁句のあいうえお 最終回

2015.11.04日


長く続いた「子育て禁句のあいうえお」シリーズもいよいよ今日が最終回です。
これまでお付き合いくださった皆様には心より感謝いたします。
少しでもお役に立てたならば本望です。
では、行きましょう。


る  ルックスがいい。(悪い)!
「◯◯さんはルックスがいい」とか「見た目が悪い」、「ブス(ブ男)だ」などと、親が子どもの前で平気で人の外見の良し悪しを話していることがあります。時には、子どもの友達のことでも、このような外見の評価をしたりします。でも、これは教育上絶対に好ましくありません。
まず、人の良し悪しを外見で判断すること自体が意味のないことですし、しかも子どもにその人の価値に関して先入観や偏見を与えることにもなります。さらに人を外見で判断するという誤った教育をすることにもつながります。
学生時代にある超有名な茶道の家元の英語通訳をしたことがあります。外見はものすごく立派で、周りの人たちがペコペコしていましたが、私はちょっと接しただけで、その人の中身が見えた気がして、とてもがっかりした覚えがあります。人は外見ではわかりません。


れ  例外は認めない。
何かルールを決める時など、よくこの「例外は認めない」という言葉を聞きます。
まあ、確かに何事も例外ばかりあったらルールの意味がなくなりますが、かと言って例外を一切認めないというのは、杓子定規で人間的な温かみや融通というものを感じません。
とくにこれが親子関係の場合はなおさらのことです。子どものために、時には例外も認めて、失敗や過ちを受け入れてあげることも必要です。
私たち自身、これまでの人生振り返ってみると、この「例外」によってずいぶん救われてきたのではないでしょうか。


ろ  ろくでなし。
「ろくでなし」も、このシリーズ第1回の最初の「あほ」「バカ」「マヌケ」同様、相手を見下した表現で人の心を傷つけます。
「ろくでなし」というのは、「性格が曲がっている」「役立たずのどうしようもないもの」というような意味で、別の言葉で言うと「落ちこぼれ」「能無し」「カス」「くず」「社会のダニ」「ゴキブリ」等など、相手を非難するありとあらゆる悪い言葉の総称のようなものです。
これらを言われて良い気分のする人など一人もいません。
人に言われたくないことを人に言ってはいけません。とくに自分の子どもには。


わ  わざとらしい。
せっかく子どもが何かを一生懸命言ったり、やったりしても、それを素直に認めることができず、「わざとらしい」と言って一蹴する親がいます。これでは子どもがかわいそう。
万一、たとえわざとらしく見えたり、聞こえたりしたとしても、親はそれをありがたく受け止め、お礼を言ってあげると、子どもも気持ちよくなり、じゃあまた今度も何か喜ばれるようなことをしようという気になります。子どもの心の背後に悪意を見るのではなく、善意を見抜いて、それを伸ばしてあげるようにするのが親の務めです。


以上で「子育て禁句シリーズ」を終えることになります。
皆さんの応援、温かいコメント等たくさんいただき、ありがとうございました。
私がこのシリーズのまとめとして言いたかったことを、お二人のFBフレンドの方が見事に言ってくださいました。感謝をもってご紹介させていただきます。


「神様から授かった大切な宝物をいかに上手に育てるかは、親や教育者をはじめ、周りの大人たちの課題でしょうね」(NMさん)


「”反面教師風”学びも、時として肯定的おすすめよりインパクトがありますね。そしてこれも相手が我が子だけでなく、人間関係全てに言えるようです」(MOさん)


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子育て禁句のあいうえお その10

2015.11.03日


この「子育て禁句のあいうえお」もシリーズ10回目になりました。
今、子育て中の方も、これからの方も、もう終わって今度は孫育ての方も、またお子さんのいらっしゃらない方にも、何らかの形で少しでもお役に立てていることがあるなら、幸いです。
ちょっと長くなり過ぎた感がありますが、次回で最終回にしたいと思います。


や  やかましい!
子どもに対して平気で「やかましい!」「うるさい!」と怒鳴る親の気が知れません。
子どもというのは概してうるさいものです。逆に、もしおとなし過ぎたら問題です。
同じ状況でも、「やかましい」と思うか、「賑やかで楽しい」と思うか、考え方ひとつです。
同じ子育てするなら、楽しむ方が自分のためにも子どものためにもいいに違いありません。


ゆ  夢みたいな話するな。
子どもが夢みたいな話をするのは当たり前のこと。むしろ、現実的なことばかり話す子どもがいたら、その方が問題です。
子どもの夢のような話をしっかり聴いてあげて、大きく驚いたり、感動したり、褒めたりしてあげましょう。
「超常識」の中にも書きましたが、みんなから夢のような話だと言って、バカにされていた人がその夢を実現させたケースは数え切れないほどあります。


よ  欲張り!
子どもに限らず、人間誰でも自己中心なものです。ですから自己中心な親が子どもに向かって、「欲張り!」とか「自己中心」なんて言えた義理ではありません。
親自身がまず自己中心でない生き方をして子どものお手本にならなければなりません。
「欲張り!」と子どもを責める前に、人に優しくする、人のことを心にかける生き方をまず示してあげましょう。


ら  落書きばかりして。
子どもはあちらこちらに落書きをします。まだ、いいことと悪いことの区別がつかないのです。そして、落書きは子どもにとっては最初の自己表現活動です。少々のことは大目に見てあげながら、正しいことと間違っていることを教えていってあげてください。
私の愛用の聖書の中にも何カ所か子どもの落書きが残っていますが、今となってはいい思い出です。


り  理屈を言うな!
親に叱られた子どもが何か言おうとすると、頭ごなしに「理屈を言うな!」と大声で怒鳴る親がよくいます。
でも、誰にでも何かを言ったり、したりするその背後には、必ず何らかの理由があります。その理由を話そうとする時に、「理屈を言うな!」と言ってさえぎってしまうと、会話がそこで中断されるばかりでなく、子どもは親に拒絶されたかのように感じます。
時に屁理屈を言うこともあるでしょう。そのような時には、冷静にその理屈が成り立たないことを教えてあげればいいのです。このようにして子どもは知恵をつけて成長していきます。


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子育て禁句のあいうえお その9

2015.11.02日


「子育て禁句のあいうえお」シリーズ、長い間お付き合いくださいましてありがとうございます。あともう少しです。


ま  まだっ!?
親はどうも忍耐力がないのか、しょっちゅう子どもに「まだっ!?」「早くっ!」と言って、行動を急かします。子どもは何をするにも時間がかかるものです。何事にも慣れていないから当然のことです。
もう少し忍耐強く待ってあげましょう。
また、時間がかかるからといってすぐに手を貸すこともあまり良くありません。何事も自分でやることが大切なのです。その繰り返しですべて上達していきます。


み  みっともない!
子どもがみっともないことを言ったり、したりすることも当たり前のこと。私たち自身も子どもの頃はそうだったのですから。
常識外れのことや、人に迷惑をかけるようなことはだめですが、少々みっともなくても、周りの人たちは笑って大目に見てくれます。親が人目を気にしていつも「みっともない」と言っていると、子どもは人目を意識するようになり、子どもらしい行動が自由に取れなくなってしまいます。


む  無理、無理。
親は子どもに対してあまりにも容易に「無理」と言って、子どもが何かしようといているのを諦めさせようとします。
確かに、子どもにとって困難なことはたくさんありますが、それら一つひとつを試していく中で、できることが少しずつ増えていくのです。
ですから頭ごなしに「無理、無理」と言うのでなく、忍耐力をもって見てあげましょう。
できれば「すごい!」と言って褒め、もしできなければ「あと一歩」とか「こういうふうにやってみたら?」とヒントを与えたりして、簡単に諦めない根性を同時に育て上げるようにしましょう。
また、子どもに何か頼まれたりした時なども、あまりにもあっさりと「無理」と断るのでなく、本当に力になれないかどうかよく考えてから答えるようにしてもらいたいものです。


め  めんどくさい。
子どもに何かせがまれて「めんどくさい」と答える親をよく見かけます。これでは子どもがかわいそう。自分が人に何かを頼んで、「めんどくさい」と言われたらどんな気持ちがしますか?
とくに子どもは親の関心や助けや愛情をいっぱい必要としています。「めんどくさい」は禁句です。
子どもに思いっきり時間を使ってあげましょう。


も  文句ある?
子どもが何か言おうとしたら「文句ある?」と切り返す親がいます。これははた目で見ていても心が痛みます。
子どもにも当然、自分なりの考え方ややり方、価値観などがあるわけですから、親はもっと子どもの心の叫び声に耳を傾けるべきです。
「文句ある?」と言う前にお互いにもっとよく話し合い、理解するように努めましょう。


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子育て禁句のあいうえお その8

2015.11.01日

私が子どもの頃からみると、確かにこの「子育て禁句」シリーズに書いているようなひどい言葉遣いはずいぶん減っていると思います。
でも、現実に今でも時々ここに挙げているようなシーンに遭遇することがありますし、また青少年の非行などの背景にこのような親の子育てがあることも否定できません。


散歩していて、仲の良さそうな親子を見かけるとホッとします。
昨日もそのようなシーンにいくつか遭遇しました。
すると、自然とこちらも笑顔になってしまいます。


それでは、今日も続きをいきましょう。あくまでも反面教師にしてくださいね。


は  恥さらし!
子どもはまだ社会経験は浅いし、人間関係だって下手に決まっています。ですから時々、親にとって恥ずかしい場面に遭遇することだってあります。それは、私たち自身も子どもの頃はそうだったんですから。
でも、子どもに向かって敢えて「恥さらし!」なんて言う必要はありません。もっと具体的にどのように言えば良かったのか、すれば良かったのかを教えればいいのです。子どもたちはこうして学びながら成長していくのです。


ひ  ひねくれもん!
子どもは何事においても親の思うようにはいきません。一個の人格を持ってこの世に生まれてきているのですから。
親の思い通りにいかないからといって、「ひねくれもん!」と言うのは間違っています。ひょっとしたら親の考えの方が間違っている可能性だってあります。
子どもの考え方を尊重してあげましょう。間違っていれば、それを具体的に示して教えればいいだけのことです。


ふ  ふざけるな!
子どもがふざけているのを見て「ふざけるな!」と言うのではなく、むしろ親にとって面白くない時にこのような言い方をするのではないでしょうか。ですから、子どもだって時には親に向かって同じように「ふざけるな!」と言うのでしょう。
でも、この言葉はお互いを傷つけ、不愉快にし、関係を壊すだけで決して解決には至りません。
「ふざけるな!」は会話も行き詰まりにします。この言葉を使う前に、「なぜ?」と理由を尋ねて、お互いの立場や考え方の違いを理解するように努めるべきです。解決の道はそこから自ずと開かれていきます。


へ  下手くそ。
子どもは何をやっても下手くそなのは当たり前。私もあなたも子どもの頃は、下手くそだったのです。
子どもは「下手くそ」と言われると、やる気をなくすのが落ちです。
ですから、どのようにすればうまくなるのか教えるのが親の務めなのです。


ほ  没収する!
子どもが携帯やゲームや漫画本、テレビなどに夢中になっていると、親はつい「没収する!」と言って取り上げてしまいます。
でも、いきなり没収するのでなく、その前に親子の間でルール作りをすることが大切です。
「◯時まで」とか、「〜をやったら」などと、お互いに納得がいくように話し合ってルールを作り、それを破った場合は没収という取り決めをしておく方が効果的ですし、さらに将来の社会性を身につけるためにも役立ちます。


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子育て禁句のあいうえお その7

2015.10.31日


実はこの「子育て禁句のあいうえお」を書き始めたのは「夫婦間のあいうえお」や「子育てのあいうえお」を書いた頃で1年以上も前のことです(㊟この記事自体が2年前のものですので、実際には3年以上も前になります)。
でも、「子育て禁句のあいうえお その1」にも書きましたように、「禁句」シリーズなので「あまりにも否定的、攻撃的な言葉が多く、自分でも書きながら気が重くなってきて」アップするのをやめようと思い、そのまま放っておきました。


しかし、世の中いいことばかりではなく、現実には辛いことや悲しいことがあまりにも多く、ドメスティックバイオレンスなど子どもに対する親の虐待事件など、ニュースの話題に上らない日がないぐらいです。
それで、思い切って反面教師の意味合いで、今回このシリーズを始めることにしました。
ですから、もしお読みになっていて不愉快になられたら、本当に申し訳ありません。裏を読み取っていただければ幸いです。
それでは、その続きです。
反面教師として、何か一つでもご参考になることがあればと願いつつ。


ぬ  抜かしやがる!
子どもが生意気なことを言うようになるのは成長のしるしです。みんなそのようなところを通って大人になっていくのです。
そのような時に、「生意気なことを抜かしやがる」などと言うと、上から目線で子どもを押さえつけ、バカにするので、子どもの成長はなくなります。そもそも「言う」という意味で「抜かす」と言うのは、相手を卑しめる非常に悪い言葉です。
子どもは親の背中を見て育ちますから、もっと人を大切にした言葉遣いを普段から心がけ、いいお手本になるようにしなければなりません。
以前、一人の小学生の女の子がものすごい言葉遣いをするので注意したところ、家でいつも母親からそのように言われているから、という答えが戻ってきたことがありますので、私たち親は本当に要注意です。


ね  寝ぼけたことをほざくな!
「ほざく」も上の「抜かす」と同様、相手を卑しめる悪い言葉です。私自身は上品なので(笑)、このような言葉は使ったことがなく、テレビなどで聞いているだけでも胸が悪くなるほどです。
「寝ぼけたこと」というのは、子どもにとっては心の中にある「夢」の話です。人類はこれまで、荒唐無稽と思われるようなことを考えてきたお陰でここまで進歩してくることができたのです。
子どもが考える「夢」、すなわち「超常識」を頭からバカにしないで、そのような夢をもっともっと大きくするお手伝いをするのが親の真の務めです。
(㊟つい先日の記事、「この日がやってきた!」「『バック・トゥー・ザ・フューチャー 』」を見れば、このたった30年間のものすごい進歩がよく分かります)


の  のぼせるな!
子どもは誰でも人から褒められたいものです。自分ですごいと思うことを何か言ったりしたりして、得意顔になっている時に、親から「のぼせるな!」などと言われたら、それこそ風船に針を刺すようなものです。がっかりするどころか、やる気さえなくしてしまいます。
むしろ、「すごいね!」とか「偉い!」、「お前は将来きっと大物になるよ」などと言って褒めて、励ましてあげるとどんどん伸びます。(㊟今、NHKの朝ドラでやっている「あさが来た」の主人公の「あさ」などがそのいい例です)
その上で、天狗にならないようちょこっとだけ釘を刺せばいいのです。


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子育て禁句のあいうえお その6

2015.10.30日

今日は素晴らしい出会いがありました。
私は今、健康回復のために名古屋郊外の街に仮住まいしているのですが(㊟2年前のことです)、しばらく前からFacebook でつながっていた方が隣町に住んでいらっしゃることを最近知りました。
そして、お互いのやり取りの中で、すぐ近くにいるのでお会いしましょうという話になり、今日実現したのです。
ご自宅にお招きいただき、奥様ともお会いして、奥様手作りのお昼もご馳走になりました。


安倍 正(ただし)さんという私より4歳年上の方ですが、お仕事など社会経験だけでなく、若くしてご結婚されたので、子育て・孫育てのご経験もとても豊富です。
お子様は40代〜30代の方が男女6人、お孫さんも大学生から小学生まで11人もいらっしゃるのです。
しかも、とてもお上手にお子様方をお育てになり、皆さんとても立派にご成長されていて良好な親子関係を持っていらっしゃいます。


しかも、趣味の音楽ではいろいろな楽器をこなし、合唱団にも入っておられ、旅行もこれまでに何か国も行っていらっしゃいます。
他にも趣味をたくさん持っておられ、これまでの人生を精一杯エンジョイしてきて後悔することは何もないとおっしゃるのです。



クリスチャンの方で、この「子育て禁句のあいうえお」シリーズを読んできて、ほとんどすべてそのようにやってきたとおっしゃり、まさにお手本のような子育てをしてこられた方です。
お話ししていて教えられることばかりで、同時に非常に励まされました。しかもとてもご健康で、文字どおり私の目標のようなお方でした。
安倍さん、本当にありがとうございました。今後ともよろしくご指導のほどお願いいたします。


今日は続きの「な」行ですが、前置きが長くなったので、ちょっと短めにします。


な  何をやってもダメな子ね。
この言葉もこれまで数え切れないほど耳にしてきました。はたで聞いていても気が滅入るぐらいですから、これを毎日、親から言われている子どもの心の中はどんなでしょう。
「何をやってもダメな子ね」と言われて、「なにくそ。そのうちに見返してやるぞ」と、反骨精神が養えればいいのですが、たいがいは親の言葉に洗脳されてしまって、自分はダメな子だ、という刷り込みがされてしまいます。
「お母さんも子どものころは、これはなかなかうまくできなかった。でも練習してできるようになった。あなたも練習すればきっとできるようになるよ。一緒にやつてみよう」と励ましてあげるのが一番でしょう。


に  憎たらしい!
これほど子どもの心を傷つける言葉はないでしょう。親の愛をひとかけらも感じることができません。このような言葉を毎日聞いて育った子どもは愛情というものを経験していないため、人に対する愛情も欠けています。
子どもが生まれて最初に経験するのは親の愛情です。たっぷり愛情を注いで、愛情豊かな子どもに育ててあげましょう。
そして、それは冒頭の安倍さんのように可能なことなのです。


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子育て禁句のあいうえお その5

2015.10.29日
childcouple.jpg


昨日の記事「ダウン症の先生 活躍中」は、多くの人の感動を呼んだようで、たくさんのクリックをいただきました。
人を差別したり、いじめたりするのは人間の自己中心の罪の性質からきていますが、ダウン症に限らずどのような障がいもまた欠点も、その人の個性として受け入れられるような世の中になったら、どれだけ住みやすく、平和な世界になることでしょう。一人ひとりがみんな社会に欠かせないものとして、貢献できる社会を目指したいものです。
そして、これは親の育て方いかんにかかっているのです。
それでは、今日も続きの「た」行を見ていきましょう。


た  大したことない。
子どもが何を言っても、何をしてもあんまり感動しない、あるいは目も向けない親が時々います。
子どもの描いた絵を見ても、作文を読んでも、戻ってきたテストを見ても、「 大したことない」と言って、褒めないのです。
中には、テストで95点取ってきても、「なんで100点が取れないの!? あっ、これもこれもケアレスミス。ケアレスミスがいつも多すぎる!ここはよく考えればできる問題でしょ!」などと言って、95点の努力を褒めない親がいます。これでは、子どもはやる気をなくしてしまいます。
こんな時には、「おっ、95点!よく頑張ったね。どこで5点を落としたのかな?あー、惜しい。これは手に関連している漢字だから手へんを使うんだよ。人べんは人に関することだから、これだと『侍』になっちゃうよ。あれっ、ここは記号で答えなさいって問題にあるのに、言葉で答えてしまったね。これからは気をつけようね!」と言えば、子どもはますますやる気になります。


ち  中途半端のろくでなし。
中学生のとき、体育の先生が言いました。「バカの大足、マヌケの小足。じゃあ、中ぐらいは何だと思う?中途半端のろくでなし、って言うんだよ。あっはっはっは」。
何を言っても、何をしても、どこかに欠点やだめなところを見つけて、そこにケチをつける親がよくいます。
実際のところ、いざケチをつけようと思えば、どんなことでも文句を言うことはできます。そう言う親でさえ、子どもに言わせれば完璧からは程遠い、欠点だらけの人間です。そもそも完璧な人間なんていないんですから。
お互いに相手にケチをつけ始めたら切りがありませんし、必ず不愉快になり、また喧嘩になります。
足が大きくても、小さくても、中ぐらいでも、いくらでも褒めることはできます。褒めるところを探しましょう。
褒められて不愉快になったり、怒ったりする人はいません。


つ  つけあがるな!
子どもというものは人から褒められると誰でも嬉しくてついつい調子に乗るものです。そんな時に、「つけあがるな!」などと言ったら、せっかく褒めたのが台無しになってしまいます。
「つけあがるな!」と言って責める代わりに、「うん、これは偉いけど、あまり調子に乗りすぎたらダメだよ。周りの人のこともよく考えてあげないと」とか、「これはとってもいい。でも、まだまだ伸びる余地があるよ。これで満足していたらダメだ。さらにもっと上を目指して頑張ろうね」などと言って、高慢になるのを言下に戒めるといいでしょう。


て  低脳!
自分の子どもに対して「低脳」呼ばわりするというのは、自分自身が低能であることを証明しているのにほかなりません。賢い親は自分の子どもを賢いように扱いますし、そのような言葉遣いをします。そして、この親の子どもに対する接し方が子どもをそのように育て上げていきます。
賢い子どもに育てたければ、そのように扱うことです。「お前は頭が悪い」というメッセージを子どもに送り続けていたら、子どもは間違いなく頭の悪い子に育っていきます。子どもがどのように育っていくかは、親の育て方にかかっています。


と  とぼけるな!
子どもも人間ですから、人に責められると当然のことながら、自己防衛本能が働いて自分を守ろうとします。そのような時に、あまりにもはっきりと「とぼけるな!」と言われると、逃げ場がなくなります。
子どもに逃げ場を作っておいてあげることもときには必要です。
ただ、子どもがとぼけているのをそのまま放置するのではなく、やはりここで親がどのように対処するかで、これからの子どもの成長に大きく影響します。
せっかくのいい機会ですから、責任の所在を明らかにし、誤っていることに対しては、きちんと認めること、そして償うことも教えましょう。


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子育て禁句のあいうえお その4

2015.10.28日
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私の子どもの頃は、親や学校の先生、近所の大人などは怖い存在で、絶対服従のような感じでしたが、最近はいい意味でも悪い意味でもこれがだんだんなくなってきました。そしてお互いに友達同士のような感覚になり、言葉遣いもそのようになってきました。
でも、これはちょっと考える余地があると私は常々思っています。


さ  寒っ!
これは最近の流行り言葉です。大人も子どももほとんどみんなが日常に使っています。
でも、この「寒っ!」という言葉を耳にすると、私は本当に「寒く」なってしまいます。
友達同士ならまだしも、親が子どもに対して言う言葉ではないでしょう。当人同士はおそらく軽い気持ちでふざけながら使っているのでしょうが、やはりはたで聞いていていい気持ちはしません。
「寒っ!」というのは、やはり相手を小バカにした響きがあり、愛情を感じません。
「寒っ!」と言う代りに、何かもっとユニークな面白いジョークで言い返したらどうでしょう。


し  死ね!
「死ね!」もここ十年ぐらいでしょうか、流行り始めるとみんなが言います。上の「寒っ!」と同様、もちろんふざけて言っているのでしょうが、やはり人を不愉快にします。ましてや、親が子どもに言う言葉ではありません。
実際、学校などで友達の間でいじめられ「死ね!」と言われて自殺した子もいるのですから、言葉遣いにはくれぐれも注意してもらいたいものです。


す  好きにしろ!
「好きにしろ!」は、私が子どものころ親に言われる一番怖い、嫌な言葉でした。私は素直な子どもだったので、こう言われるととても苦しくなって、いつでも親のもとに戻って「ごめんなさい」と謝ったものです。親に逆らってまで自分の好きなことはできませんでした。
しかし、今は時代が違います。うっかり「好きにしろ!」などと言うと、それを逆手にとってやり兼ねません。ちょうど「ひとの嫌がることを進んでしなさい」と小学校で先生に言われたある男の子が女の子のスカートをまくって歩いたという話もありますので要注意です(「教育の本来の目的とは」)。


せ  セコいやつだ!
人に対して「セコい」という言うのは、相手を責める、品位を下げて卑しめることです。前にも書いたように子どもが自己中心なのは、まだ十分な人間関係を経験していず、人に対する気遣いなどができないので、ある意味当たり前のことなのです。
こういうときに、ただ一方的に「セコい」と言って責めるのではなく、それではどうすればいいのか、何と言えばいいのか、人に対する気遣いを教えてあげると、子どもの成長を促す素晴らしいチャンスとなります。


そ  損した。
親が子育てに当たって損することなど数え切れないほどあります。そんな時にいちいち「損した」などと言う必要はありません。
子どもはみんな無限の可能性を持って生まれてきていますが、それはそう簡単に見つかるものではありません。いろいろ試していく中で、発見できる良さや才能、特徴、適性、特技などを発見するのです。
それまで遠回りすることなど当たり前で、むしろ一発で見つけられる方が稀です。
ですから、何かをやってうまくいかなかったときに、「損した」などと言うと、子どもはこれから新しいことにチャレンジすることに億劫になってしまい、その結果素晴らしいチャンスを失うことにもなりかねません。
子どもは長〜い目で見てあげましょう。


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子育て禁句のあいうえお その3

2015.10.26日

今の私の一番の仕事は、健康回復です。
「健全な精神は健全な肉体に宿る」というのは、古代ローマの詩人ユベナリスが、『風刺詩集』の中で「大欲を抱かず、健康な身体に健全な精神が宿るようように祈らなければならない」と語った言葉の一部が広まったと言われています。
今日一般には、「体が健康であれば、それに伴って精神も健全である。また、何事も身体がもとである」(故事ことわざ辞典より)というような意味で使われています。


ということで、私も今は心身魂、それに頭脳も加えて新たに「心身魂脳」の健康を目指して日々訓練に励んでいます。
昨日は、1周1.8kmのコースを3周早歩きで、最後の1周はノンストップのジョギングで計7.54km、1時間15分ほど「健全な肉体」作りに励んできました。
今からちょうど50年前、中学生のとき体育の時間に1500m走がありました。幼少の頃から身体が弱かった私は、走り終わったときはもう心臓が止まるかと思うほどへとへとになりましたが、今日はなんと1800m走っても平気でした。
「『加齢』という言葉」という記事を書いた3年前頃から、体力の衰えを感じ始めてスタートしたウォーキングのお陰でここまで強められました。まさに「継続は力なり」です。
でも、まだ昨日も2度ほど気持ち悪くなっているので、まだまだ回復途上です。
それに今日は、昨日の頑張り過ぎがたたって、両足の太ももが筋肉痛です。いつも皆さんから「無理しすぎないように」と言われているのですが、ついつい…。
(㊟この記事は2年前に書いたものを再録しています。書いた当時と比べると、体調は飛躍的に好転していて気分が悪くなることはもうありません。ただ、ここしばらくはまた疲れ気味でウォーキングもほとんどしていませんでした。でも昨日は秋晴れの好天に誘われて午前中は教会へ早足で往復1時間歩き、夕方にも1時間あまり散歩に出かけ、本当に久しぶりに11.66km歩くことができました。また、コツコツと健康づくりに励みたいと思っています)


ということで、「子育て禁句」も継続は力で、毎日の積み重ねでどんどん親子関係を改善させていくことができるので、今日も引き続き頑張りましょう。「無理しすぎない程度に」。


oyako.jpg


か  癇(カン)にさわる
当然、時には子どもの言うことやすることが親の癇にさわることだってあります。子どもも一人格を持っていますし、何でもかんでも親の思いどおりにいくわけがありません。むしろ、親の思いどおりに育つ子どもほどのちになって大きな問題に当たるということがよくあります。
ですから、子どもを一人格者として認め、受け入れてあげましょう。たとえ癇にさわることがあっても、そんなことは口に出して言う必要はありません。こちらは大人なのですから、ニコッと微笑んで流してあげましょう。


き  気に食わない。
上の「癇にさわる」と同様、気に食わないことだってあるでしょう。でもこの言葉も禁句です。
「気に食わない」と言われた子どもは、親に愛されていない、拒絶されていると感じます。
むしろ、なぜ気に食わないのかその理由・原因を考えて、どのようにしたら良いのかを教えてあげるといいです。そうしたら、子どもは親の愛情を感じ、親の愛に応えようとするようになります。


く  くだらん!
相手はまだ子どもで、価値観も十分に育っていないわけですから、親から見て「くだらない」ことを言ったり、したりするのは当たり前のことです。
しかし、ここで「くだらん!」と言って、子どもの言うこと、することをバカにしたり、切り捨てたりするのではなく、やはりどのように言えば、あるいはすれば、それが「くだる(?)」ことになるのか、ヒントをあげればいいのです。優れた価値観を子どものうちに育てていくことも親の大切な使命のひとつですから。


け  けちんぼ!
子どもはそもそも自己中心なものです。それで当たり前です。生まれたときからずっと親にそのように育てられてきたわけですから。
でも、物心がつき始めた頃から、ぼちぼちと周りの人のことを考えることのできるような子どもに育てていくのが親の務めです。ここでもやはり、「けちんぼ!」と言うのではなく、「〜してほしいな」とか「〜できたらすごいよ」というような言い方で、けちんぼを徐々に修正していけばいいのです。


こ  困った子だ。
子どもは成長過程にあります。常に「現在進行形」です。ですから親が困ることがあるのもしごく当たり前のことです。でもそんなときに、わざわざ「困った子だ」と念を押して言う必要などありません。この言葉も子どもにとっては「自分は親にとって邪魔物なのだ」「自分は親に愛されていない」というメッセージに聞こえます。この場合も、「困った子だ」と言うよりも、どのようにしてもらいたいのか、具体的に言う方がはるかに良い結果を生みます。
こういうのを"I message"と言います。自分の感情を相手にぶっつけるのではなく、「私はあなたにこのようなことを望んでいる」という自分の気持ちを伝えるのです。


親子関係は、すべての人間関係の基本の基本となるものです。そういう意味で、子育ては親の一大事業、仕事以上に大切な責任ある仕事です。仕事のために子育てを犠牲にすることは本末転倒です。
そのことを常に頭に入れて日々、子どもと接するよう努めましょう。親子関係が飛躍的に改善すること間違いなしです。そして、のちに子どもは親に感謝するようになります。
テレビによく出ている有名な女優さんで、いまだに親を憎んでいて、親の悪口を毎回公言している人がいますが、実に気の毒と言うほかありません。そのようにならないためにも。


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子育てのあいうえお その6

2015.10.20日

昨夜、「未来世紀ジパング」というテレビ番組で、ジャーナリストの池上彰さんが「近江商人の三方よし」について話していらっしゃいました。
近江商人というのは、鎌倉時代から昭和時代(戦前)にかけて天秤棒を担いで日本各地を行商し豪商へと成長した、近江国(滋賀県)の商人のことです。
三方よしとは、
「売り手よし」
「買い手よし」
「世間よし」
を指し、売り手は適正な利潤を受け、買い手は買った商品によって益を受け、さらに世間にも貢献できる、というWin-Win の関係を表しています。
手前味噌になりますが、これを見ていて、私は思わず「これってまさにうちのアカデミーのことじゃない」と言ってしまいました。
アカデミー学院では、講師陣には経済的にとどまらず精神的にも、また人生経験という面からも潤ってもらえるよう努めています。
さらに、幼稚園児から小中高校生に至るまで、ただ単に勉強を教えて成績を上げることだけに腐心するのでなく、豊かな人生を送れるよう手助けしています。
そして究極的には、卒塾した生徒たちが社会に出て社会貢献できるよう育てることを目標としています。


このことを考えていたとき、子育てもまったく同じではないかと気づきました。
子育ては、子どものためだけではなく、親のためにも、そして社会のため、国家のためにも利する、最高の仕事です。
昨日の記事「子育てのあいうえお その5」の中でご紹介しましたアインシュタインの名言、
「育児くらい崇高で素晴らしい仕事はない」
は真実です。
ということで、読者の皆さんには、そのような自覚を持ってこの崇高な子育てという仕事に当たっていただきたいと心から願うものです。
今日は「子育てのあいうえお」シリーズの最終回です。


や  約束しよう。
子どもと約束し、親がその約束を必ず守ることによって、子どもに約束を守るという人間関係の基本的なルールを教えることができます。子どもにも「約束しよう」と、約束することを促しましょう。
ゆ  夢を持とう。
子どもが一番必要とするもののひとつが夢です。夢さえあれば、たいがいの困難や試練を乗り越えることができます。夢を持ち続けたマーチン・ルーサー・キングJr のお陰で黒人差別がなくなり、今日のアメリカ合衆国があります(「オバマ大統領誕生!」)。
よ  余裕だね。
子どもが何かをスムーズに、きれいにやり遂げたときには、「余裕だね」と言って褒めてあげましょう。自信を育てることにつながります。
ら  ライバルは敵じゃないよ。
勉強でもスポーツでも、その他あらゆることにライバルはいます。ライバルに勝つことばかりを強調すると、こどもはライバルを敵と思うようになる危険性があります。ライバルは競い合い、一緒に成長する仲間です。
り  リラックスしよう。
緊張しているとどんなことでも実力を発揮できません。小さいときからリラックスするコツを身につけさせましょう。そのために「リラックスしよう」と声かけすることは大切です。
る  ルールは守ろうね。
学校でも仲間の間でも、どこの世界にもルールがあります。これらのルールの基本を身につける場所は家庭です。普段の生活の中でルールを守ることを習慣づけるよう訓練しましょう。
れ  練習だよ。
何事も「繰り返し」「練習」です。練習せずに身につくものなどありません。子どもが何かでめげそうになったら、「何事も練習だよ」と声をかけて力づけてあげましょう。
ろ  朗読しよう。
声を出して本を読むことは脳を活性化します。同時に目や喉も鍛え、呼吸法や発声法、正しい姿勢も身につけ、健康増進にも役立ちます。私は音読によって英語の発音をマスターしました。
わ  分けようね。
子どもが小さいときから、親自らお手本となって物を分けることを教えましょう。物を人と分け合う喜びを学んだ子は、ますます与えられ豊かになります。


冒頭に書きました「三方よし」の精神で、親子、子ども同士、子どもと社会などで Win-Win の関係が築けるようお祈りしています。


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子育てのあいうえお その5

2015.10.19日

「私の成功の秘訣がひとつだけあるとすれば、それはずっと子どもの心のままでいたことです」
「私は天才ではありません。ただ、人より長くひとつのことと付き合っていただけです」
「天才とは努力する凡才である」


上はいずれもアインシュタインが残した名言です。


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かの天才と呼ばれたアインシュタインが自ら、自分は天才ではないと語り、天才の定義は努力する凡才である、自分の成功の秘訣はずっと子どもの心のままでいたことだ、と言っているのです。
ということは、子どもはだれでもみんな天才になる可能性を持っているということです。
またアインシュタインは、子育てについて次のようにも語っています。
「育児くらい崇高で素晴らしい仕事はない」
「子どもには批評よりも手本が必要である」

つまり、子どもの無限の可能性をどれだけ引き伸ばし、育てるかはひとえに親の子育てにかかっているということです。


それでは今日も行きましょう。
「子育てのあいうえお」シリーズその5です。
親自ら子どものお手本となり、この崇高で素晴らしい仕事に引き続き取り組んでいきましょう。


ま  負けるが勝ち。
勝負に勝つことだけが勝利とは限りません。場合によっては、負ける方が勝ちということだってあります。勝ち負けの結果だけにこだわらないよう小さいときから教えましょう。
み  見事だ!
子どもが何かを首尾よく成し遂げたとき、たとえ完璧でなくても「お見事!」と言って褒めてあげてください。褒められれば褒められるほど子どもは伸びます。
む  胸がいっぱいだ。
親として嬉しいとき、感動したときなど、「胸がいっぱいだ」と親の気持ちを素直に子どもに伝えましょう。子どもは親に喜んでもらえることがとても嬉しいものです。
め  名案だ!
子どもが何か提案したときなど、「名案だ!」と言って感謝しましょう。子どもは自信を持ってどんどん発言できる子になります。
も  もちろん!
「もちろん!」は、疑いようもなく、という意味で、子どもを力強くサポートする言葉です。「聞いてる?」「嬉しい?」「本当に?」「ぼくのこと好き?」などと子どもに聞かれたら、即座に「もちろん!」と答えてあげましょう。


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子育てのあいうえお その2

2015.10.16日

きのうの朝、子供の泣き声を聞いてベランダに出た。幼稚園児の男の子が「いやだ、いやだ…」と歩道で泣いている
◆「ほら、バスが来たぞ」。若いお父さんが叱りつけても小雨のなかを動こうとしない。お父さんは男の子を抱き上げると、頬を軽くポンと叩たたいて、送迎バスのほうに走っていった
◆めずらしい光景ではあるまい。6月というと、たとえば同じ組の、入園したては神妙にしていた腕白わんぱくな子がそろそろ本領を発揮してくる頃でもある。おとなしい子供たちにとっては、乗り越えねばならない第一関門の季節かも知れない
◆「母の日」が過ぎてもうすぐ「父の日」だが、子育て奮闘中の若いパパやママには、元気いっぱいの「いってきま〜す」と「ただいまッ」にまさる贈り物はなさそうである。歌人の俵万智さんが育児の大変さに触れて、「生後1歳までの記憶があれば、子供はみんな親思いになる」と本紙で語っていたのを思い出す。5〜6歳の出来事もしっかり記憶しておいてね、というのが世の親御さんの実感だろう
◆さて、あの子は何がいやでグズっていたか。今朝は笑顔でバスに乗れるといい。

(2013年6月13日付 読売新聞1面 「編集手帳」より)


「生後1歳までの記憶があれば、子供はみんな親思いになる」という俵万智さんの言葉が非常に重く心に響きますが、5〜6歳どころか何歳になっても手遅れということはありません。「思い立ったが吉日」じゃないですが、気づいたその日から実行することが何よりも大切です。
それでは今日のシリーズ「その2」をお届けします。少しでも何かのお役に立つことができれば。


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か  可愛い!
顔や姿、格好だけでなく、言葉や仕草にも子どもの可愛さはあふれています。それを言葉で言い表し、愛情を伝えましょう。
き  気にしなくていいよ。
子どもは誰でも失敗するもの。そういうときに頭ごなしに叱るのでなく、「大丈夫。気にしなくていいよ」と言って、受け入れてあげましょう。そうすると、失敗を恐れずにいろいろなことに挑戦する積極的な子どもに育ちます。
く   くじけるな。
誰にでもくじけそうになるときがあります。「くじけるな」と言って励ますことも大切。
け   けじめをつけよう。
いつもただ褒めるばかりでなく、間違ったことにははっきりと「ノー」と言い、けじめをつけることも教えなければなりません。
こ   後悔しても仕方ない。
失敗したことは後悔しても元に戻すことはできません。後悔するよりもむしろ失敗から学び、新しいスタートを切ることによって、失敗という痛い経験が生かされてきます。
さ   才能がある。
子どもにはみんな才能があります。その才能を見抜き、引き出してあげるのが親の務めです。小さなことでも気づいたらその場で、「お前には才能がある」と言って励ましてあげましょう。その才能はどんどん伸ばされます。野球のイチロー選手などみんなこのようにして才能を伸ばしてきました。
し   幸せだよ。
「お前と一緒にいて幸せだよ」と言葉に出して愛のメッセージを伝えましょう。子どもは精神的にとても安定し、すくすくと成長することができます。
す   素直だね。
親の多くは子どもの素直でないところばかりに目が行って、ついつい「素直でない」と言ってしまいますが、本当はもっと素直なところに気づいてそれを褒める方がはるかに効果的です。
せ   積極的でいい。
積極的な子どもに育てるためには、日常の生活の中で子どもの積極的な面を見つけてそれを指摘し、褒めることが一番です。
そ   想像力があるね。
子どもは想像力がたくましいものです。その想像力を親や周りのおとなが自分たちの常識ではかって「ばか」とか「無理」とか不用意に言ってしまうケースがとても多いです。エジソンやアインシュタインなどの偉大な発明家や科学者などは、みんな親に想像力を褒められて伸びていきました。


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子育てのあいうえお その1

2015.10.15日

2年前の記事からの転載です。


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昨晩、吹き替え・字幕スーパーなしで久しぶりにアメリカ映画をテレビで見ました。
「幸せのちから」(原題: The Pursuit of Happyness)で、ウィル・スミス主演、6歳の実の息子と親子で好演しています。
父子の愛情を見事に描いた実話に基づくとても感動的なストーリーで、最後のシーンは涙で目が曇りました。(もしご興味がおありでしたら詳しい内容はこちらからご覧ください)


この映画の中で私にとって一番感動的だったのは、貧乏のどん底の生活をしているとき、父が息子に向かって次のように言うシーンです。


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Don't ever let somebody tell you...
...you can't do something.
Not even me.
All right?
You got a dream...
...you gotta protect it.
People can't do something themselves...
...they wanna tell you you can't do it.
If you want something, go get it. Period.
「お前にはできない」なんて絶対にだれにも言わせちゃだめだぞ。
たとえ俺でも。わかったか? 夢があったら、どんなことがあってもそれを守り通すんだ。
人は自分では大したことはできやしない。それで、「お前にはできない」って言いたいんだ。
でも、本当に何か欲しかったら、何としてもそれを手に入れるんだ。ただ、それだけだ」

(私訳   英語はわざと非文法的な文にして、親子間のくだけた会話の雰囲気を出しています)


父親は息子のためにもこの言葉をそのまま実行するのです。
そう、今日から始まる「子育てのあいうえお」の基本は、子どもに夢と自信を持たせ、それを親自ら実践して見せることです。


あ  ありがとう。
親が率先して子どもに、また周りの人に「ありがとう」と普段から言ってお手本を示し、感謝の心を育てましょう。
い  いいね!
子どもが何か言ったり、したりしたとき、「いいね!」と言ってサポートしてあげると、子どもの内に自信が育ちます。
う  嬉しいよ。
親の嬉しい気持ちを素直に言葉で言い表すと、子どもは愛情を感じます。
え  笑顔が素敵だよ!
子どもの笑顔は親にとって最高の宝物です。親子でいつも笑顔を心がけていると、家庭は自然と明るくなります。
お  大きくなったね。
子どもは自分が大きくなっていることを実感しません。いつまでも子ども扱いをするのでなく、年齢に応じた扱いをすることでより大きな成長が期待できます。


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愛情を持って育て、訓練する

2015.10.06日
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昨日の記事「たかが◯◯されど◯◯」は、勉強の基本である鉛筆と消しゴムの使い方の話でした。


ちょうど1年ほど前に書いた似たような記事「たかが犬、されど犬⁉」を思い出しました。上の画像の動画はこの記事からご覧ください。
こんなお利口さんで働き者の犬、人間にもまずいませんよね。


でも、この犬も生まれたときは頭の中は真っ白。訓練によってここまでになったのです。
だとすれば、人間においておやです。
親は子を、教師は生徒を、上司は部下を、もっともっと愛情を持って育て、訓練しなければなりません。
おっと、その前に私は自分自身を愛情を持って訓練しなければ。


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明日のために今日を大切に

2015.08.13日

"You must do the things today that others will not do so that you can have the things tomorrow that others will not have."
-- Anonymous
「人がしないことを今日しなければならない。そうすることによって人が手に入れることができないものを明日、自分のものにすることができるのだ」
-- 作者不詳
(訳:舟田譲二)


人は得てして、周囲の人たちと同じことをやっていたら安心だと思いやすいものです。
確かに周りの人たちと同じようなことをしていたら大きな失敗をすることはないかもしれません。
しかし、
「危険は冒さなければならないものだ。なぜなら、人生における最大の危険は、なんの危険も冒さないことだからだ」
というレオ・バスカーリアの言葉を先日ご紹介しましたように(「危険を冒さないことは…」)、自らの殻を破ってチャレンジしないでいると、当然の結果として陳腐なことしか手に入れることはできません。


ここで「自分のものにする」「手に入れる」というのは必ずしも物質だけとは限りません。
自尊心や自信、人望、信頼を始め、高潔、人格、優しさや思いやり等々、目に見えない徳というものも含まれます。
ときには恥ずかしい思いをしたり、仲間から浮いてしまうことや、嘲笑されるようなこともあるかもしれません。
でも、いいのです。
人がしないことを敢えてするのです。
勉強でも仕事でも、スポーツでも、芸術活動でも、人間関係でもなんでもかまいません。
「小事に忠実な者は大事に忠実」で、今日やっている小さなことが信任されて、明日、大きく実を結ぶことにつながります。


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利口と賢明

2015.08.06日

"Yesterday I was clever, so I wanted to change the world. Today I am wise, so I am changing myself."
-- Jalal ad-Din Muhammad Rumi (1207-1273), Persian Poet
「昨日、私は利口だった。だから世界を変えたいと思った。今日、私は賢くなった。だから今、私は自分を変えている」
-- ジャラル・アディン・ムハンマド・ルミ(1207-1273)、ペルシャの詩人


13世紀の詩人ですが、この時代においてすでに人生を達観していますね。
ここで言っている「昨日」「今日」はもちろん字義通りの意味ではなく、「かつて」「現在」のような意味です。
若気の至りで、私自身も昔、少しは利口だと思い、世界を変えたいと思ったことがありました。
しかし、自分の力で世界を変えることなど逆立ちしてもできないことを間もなく悟りました。
にもかかわらず、私がジャラル・アディン・ムハンマド・ルミのように賢明でなかったのは、そこで自分を変えようとしなかったことです。


「利口」という言葉と「賢明」という言葉。いずれも一般には「賢い」「頭がいい」と言い換えられ、区別されないことが多いようです。
犬や猫など「利口」なペットはいくらでもいます。
しかし、残念なことに本当に「賢明」な人は少ないです。


日本では教育が進み、大学進学率はうなぎ上り。今や選り好みしなければ大学は全入時代です。

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幼少の頃より学習塾を始め、算盤、ピアノその他の楽器、バレエ、サッカーや柔道などのスポーツ等々、習い事もオンパレードで、小学生の多くがほぼ毎日なにかの習い事に通っています。(という私のところもそのうちの一つなのですが)
子どもたちは昔と比べて確かにどんどんお利口になってきています。
しかし、果たして賢明な子どもに育っているか、というとはなはだ疑問です。


さまざまな事実を暗記してテストで高得点できる。
しかし、「◯◯ができる」=「賢明」とは限りません。
これからの時代に求められるのは、「利口な◯◯ができる」子(人)ではなく、真に「賢明な」人物で、私たち教育に携わる者はもっとこのことに心を砕かなければなりません。


アカデミー学院では今日から夏合宿。
初日の今日は、一日勉強合宿。中1・中2生は5時間の勉強、中3生は朝9時から夜10時までの"Ten Hours"です。

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2日目の明日は、中1・中2生は学力テスト、中3生は県模試。
3日目・4日目の土日は、恒例の足柄ふれあいの村での一泊合宿です。
単にお勉強だけができるお利口さんをつくる塾ではなく、全人格教育を目指したトータルな4日間の合宿です。
アカデミーから将来の日本を担う賢明な生徒たちが巣立っていくことを心から願っています。


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セルフイメージが低いと

2015.07.29日

"Accept yourself as you are. Otherwise you will never see opportunity. You will not feel free to move toward it; you will feel you are not deserving."
- Maxwell Maltz - 1889-1975, Author
「自分をありのまま受け入れなさい。そうでないと決して好機を見出すことはないでしょう。遠慮せずに好機に向かって進むこともできないでしょうし、自分はそれにふさわしくないと感じることでしょう」
-- マックスウェル・モルツ(1889-1975)、作家
(訳:舟田譲二)


正しいセルフイメージが持てずに悩んでいる人がとても多いです。
それが引っ込み思案の原因であることもあれば、自傷行為に走ったり、自信がないために良い仕事ができなかったり、勉強やスポーツで腕を振るうことができない、はたまた人にすぐに喧嘩を売ったり、言葉や行動でのDV(家庭内暴力)につながることもあるでしょう。
ともかく、セルフイメージが低いと、さまざまな問題の原因となります。


さらに困ったことに、冒頭にあるように、さまざまなチャンスがやってきても自信がないために、自分はそれにふさわしくないと思って、みすみす見逃してしまったりします。
私たちは神様によって、一人ひとりかけがえのない存在、最高の作品として創られています。


自分をありのまま受け入れること。
すべてはここから始まります。


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ひとかどの人物

2015.07.12日
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"In our need to be somebody, we often forget that we are somebody."
-- Eric Micha’el Leventhal, Author
「ひとかどの人物でありたいと思いながら、私たちはしばしば自分がひとかどの人物であることを忘れている」
-- エリック・マイケル・リーベンサール、作家
(訳:舟田譲二)


The grass is always greener on the other side of the fence.
「隣の芝生は青く見える」と言いますが、とかく人のことは良く見えるものです。
それに比べて自分はなんと...
と考えるのは人の常です。


「自分もひとかどの人間になりたい」と他人を見て思います。
しかし、同じように周りの人もあなたのことを見て「あんなふうになりたい」なんて思っているのです。


「ひとかどの人間」、すなわち「それ相応に優れた人物、ある方面に長けた人物」。
つまり、みんなそれぞれ賜物は違うけれども、いいところを持っている。
そこに気づいて、それを用いさせていただくよう努めること、これこそが私たちに求められているのではないでしょうか。


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「手をつけ」て、その「手を離さない」

2015.07.09日
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"The first part of success is 'Get-to-it-iveness'; the second part of success is 'Stick-to-it-iveness.'"
-- Orison Swett Marden, Editor, Success Magazine
「成功の第一歩は『手をつけること』、そして次は『手を離さないこと』」
-- オリソン・スウェット・マーデン、サクセスマガジン編集者


オリソン・スウェット・マーデンは19世紀末から20世紀に活躍した事業家。
アメリカで有名なビジネス誌 Success Magazine の創業者であり、成功哲学の父と呼ばれる人物です。


マーデン氏がここに面白い表現で自分の成功哲学を述べています。
'get to it' は「始める」「取りかかる」、 'Stick to it' とは「あきらめない」「やりとおす」という意味で、アメリカでは日常生活の中でよく使います。
これらの単語を−(ハイフン)で結ぶとー語になり、形容詞の語尾である 'ive' を、そして最後に 'ness' を付けて名詞にすると、「〜すること」という意味になります。これによって新しい語をどんどん生み出すことができます。


ですから上の本文を直訳すると、「成功の最初の部分は『始めること』、成功の2番目の部分は『あきらめないこと』だ」というふうになります。
しかし、これでは面白くないので、冒頭のように、
「成功の第一歩は『手をつけること』、そして次は『手を離さないこと』」
とし、「手をつける」「手を離さない」とちょっと意訳してみました。
「手をつける」はもちろん「着手する」、「手を離さない」は「あきらめない」の意です。


考えてみたら、確かにどのようなことでもこの二つに成功の鍵が凝縮されていて、成功する人というのはみんな例外なくこの二つを堅実に行っている人たちです。この二つを面倒くさがって、はしょってしまうと、もう成功はありません。
何事もまずは「始めること」、そして「あきらめずに最後までやり通すこと」。これが成功のエッセンスだと、オリソン・スウェット・マーデン氏は言っているのです。
学生はその本分である勉強にまず手をつけ、そしてそれから手を離さないで頑張り続ける。そうするなら必ずや道は開け、望みはかなえられます。


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不美人と言われ悔しい

2015.06.11日

 40代のパート女性。不美人と言われることを根に持ってしまいます。
 昨年、母と外出した時のことです。男性が話し掛けてきました。会話の中で、「あんたは父親似やろ。お母さんに似たら美人だったのに」と言われてしまいました。悔しかったです。
 20代の頃にも、義兄が私のウェディングドレス姿の写真を見て、「顔がでかいね。仲人はいい女だね」と言いました。このほかにも不美人だと言われた経験がありますが、いつも言い返せず我慢しています。
 普通は、月日がたてばそんなことは忘れてしまうものなのでしょう。私の場合は、働いている間は気が紛れていますが、休日になると思い返し、もんもんとして過ごしています。
 職場で容姿のことを悪く言われたことはありません。そのような発言はセクハラになりますから。では、職場以外で容姿をけなされたら、どうしたらよいのでしょうか。(東京・I子)

     ◇

 あなたは自分が思っているほど、不美人ではありません。なぜなら、本当に不美人な人に向かって、人はそう言えないからです。
 「お母さんに似たら美人だったのに」なんてからかわれるのは、あなたが顔のことを気にしているとは思っていないからです。きっと親しみやすい笑顔で過ごしていらっしゃるのだと思いますよ。
 私事ですが、20年ほど前に「ブスでごめんね」というテレビドラマの主人公を演じました。周りからは大反対されましたが、「人は持って生まれた顔立ちよりも、顔つきが大事」というテーマに共感し、体当たりしたのです。よい顔つきというのは、目標に向かって生き生きしていたり、何でも楽しんでいたりする人の心の表れだと思います。そんな人の周りには人が集まりますから、美人よりも親しみやすさは魅力なのかもしれませんね。
 宝塚歌劇団員の間には「ブスの25箇条」というものが伝わるそうです。「笑顔がない」「お礼を言わない」で始まり、最後は「人生においても仕事においても意欲がない」。心には表にしみ出るものが多くあります。美を追求する歌劇団員が心を重視する。美人、不美人を決めるポイントがそこにあるように思えます。

増田明美(スポーツ解説者)
(5月29日付 読売新聞『人生案内』より)


私も回答者の増田明美さんの答えにまったく同感です。
具体的には言えないのですが、最近あるお店(厳密には店ではないのですが)に数回行きました。ここの受付の人はみんな割と美人なのですが、笑顔がないばかりか、接客態度が非常に冷たく、行くたびに不愉快になってしまいます。
人が一番心惹かれ、好印象を持つのは、美人かどうかなどではなく、心の美しさ、そして表に出てくるその人の人格です。
増田さんが最後のところに書いていらっしゃる”宝塚歌劇団員の間にある「ブスの25箇条」”のとおりです。
とどのつまり、人の価値は美人・不美人、イケメン・ブ男によるのではありません。その人の生き様が人生で一番大切なのです。


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もう一つの成功の鍵

2015.06.09日

"Do a little more than you're paid to. Give a little more than you have to. Try a little harder than you want to. Aim a little higher than you think possible, and give a lot of thanks to God for health, family, and friends."
-- Art Linkletter
「給料を支払われている分よりももう少し仕事をしましょう。与えなければならないよりももう少し与えましょう。やりたいと思っていることよりももう少し頑張りましょう。できると思う以上、もう少し上を目指しましょう。そして、健康や家族、友人のために神様にいっぱい感謝しましょう」
-- アート・リンクレター
(訳:舟田 譲二)


アート・リンクレター (1912–2010) はカナダに生まれましたが、両親は貧しさから彼を近くの教会の入り口のところに置き去りました。この教会の牧師夫妻が彼を養子にして育て、やがて彼はラジオの、そしてテレビのパーソナリティとして大成功を収めました。


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リンクレターのモットーは冒頭の言葉で、それが彼に成功へ導きました。
考えてみたら、確かにこのような生き方を心がけていたら、生まれ育ちがどんなであろうと、容姿や能力がどうであろうと関係なく、だれでも人生で成功しますね。
これも成功のとても大切なルールの一つです。


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一番の子育て法

2015.06.04日

"What will your children remember? Moments spent listening, talking, playing and sharing together may be the most important times of all."
-- Gloria Gaither
「あなたの子どもたちは何を覚えているでしょう? 耳を傾け、語り、遊び、ともに過ごした一瞬一瞬が、すべての中で一番大切な時となることでしょう」
-- グロリア・ガイザー


クリスチャンの方ならたいがいご存じかと思いますが、「主は今、生きておられる」(Because He Lives)を作詞作曲したのが、ビル&グロリア・ガイザー夫妻です。
ベトナム戦争のあとの1970年代、アメリカが混乱の中にあった時、グロリアさんは第三子を妊娠しておられました。このような時代に子どもを産んでどのように育てるか、ということを考えていた時に自然と生まれたのが上の賛美だそうです。



この歌は世界中に広まり、大勢の人々に賛美されました。
当時2歳半ぐらいだったうちの長男が、ある日突然「しゅはいま〜、いきておら〜れる〜、わがうち〜に、おられる〜」と意味もわからずに歌い始めました。毎週、教会で聞いているうちに覚えてしまっていたのです。
あれから30年の年月があっという間に流れましたが、あの時の驚き、感動の状況が今もなおまぶたに焼きついています。


「あなたの子どもたちは何を覚えているでしょう? 耳を傾け、語り、遊び、ともに過ごした一瞬一瞬が、すべての中で一番大切な時となることでしょう」
という冒頭のグロリアさんの言葉は、まさに彼女自身が体験したことであり、また私たちみんなが持っている共通の経験ではないでしょうか?


私も自分の幼い時の想い出、そして子どもたちが小さい頃の想い出といえば、やはりこのような一瞬一瞬です。


子育てに毎日追われているお母さんたちは、ともすれば目先のことに心奪われ先が見えなくなってしまったり、イライラしてついつい子どもにつらく当たったり、大声で怒鳴りつけたりしてしまいますが、あの時をもっと大切にしておけば良かったと、後になって後悔することになります。
今という瞬間瞬間を大切にしましょう。子どもははっきりとその時を覚えています。
そして、それが一番の子育て法なのです。


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あなたの功績は?

2015.05.09日

"No matter what accomplishments you make, somebody helped you."
-- Althea Gibson, Tennis Player
「あなたがたとえどんな功績を上げたとしても、それは誰かが助けてくれた結果のものです」
-- アリシア・ギブソン、プロテニスプレーヤー
(訳:舟田 譲二)


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アリシア・ギブソンは、アメリカ・サウスカロライナ州出身の女子テニス選手。黒人テニス選手の草分けとして、主に1950年代に活躍し、4大大会女子シングルスに通算5勝を挙げた名選手。人種差別との厳しい闘いの中で、ギブソンは黒人女子スポーツ選手の開拓者として道を切り開いた。(Wikipediaより)


さて、ここで使われている accomplishment という言葉には多くの意味があります。
ギブソンの場合だとテニスにおける「功績」でしょうが、必ずしもそれに限ったことではありません。
「手柄」「業績」「成果」「働き」などのほか、「完成」「成就」「遂行」、さらに「特技」「才能」「教養」といった意味でも使われます。
つまり、全部良いことばかりです。


このような言葉を見ていると、自分には程遠い、無関係だ、と思う人もいるかもしれませんが、実は大なり小なりだれでもこのような素質を持っており、また人生で達成した手柄も多々あるのです。
まったく無価値、無能力、働きのなかった人、存在の意味のない人など誰ひとりいません。もしそうだったら、神様はあなたをこの世にお送りにはならなかったでしょう。


しかし、ここで覚えておかなければならない大切なことは、これらの背後には親や家族を始め、友人、恩師、先輩・上司等々、数えきれないほど多くの人々や、自分が置かれてきたこれまでの境遇などの結果によるものであり、決して自分の力でやってきたことではない、ということです。
これらの人々や境遇などを「当たり前」のことと思うと、感謝の心は生まれてこなく、その結果「ありがとう」という言葉も口から出てきません。人はこのような人を高慢だと見、自分自身も感謝の心がないと幸せな人生を送ることができなくなります。
この世に「当たり前」のことなどひとつもありません。


今日(こんにち)ある自分を育ててくれた多くの人々に心からの感謝の心を持って、今日も一日元気に過ごしましょう。


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期待のクオリティ

2015.05.01日

"The quality of our expectations determines the quality of our actions."
-- Andres Godin
「期待のクオリティが行動のクオリティを決定づける」
アンドレ・ゴダン
(訳: 舟田 譲二)


「期待」というとき、それは人に対する期待であることも、また自分自身に対する期待であることもあります。
確かに、自分に対する期待のクオリティが高ければ当然のことながらその期待に応えるべく行動のクオリティも高くなるでしょう。
わかりやすい例を挙げれば、学生なら良い成績や志望校合格という、自分に対する期待のクオリティが高ければやはり誰でも一生懸命勉強し、努力して夢をかなえようとします。その努力が行動のクオリティなのです。
スポーツや芸術や仕事など何でもそうです。


自分に対する期待のクオリティが低い人は当然、行動のクオリティも低くなり、結果も低いクオリティになります。
どの世界においても、素晴らしい実績を挙げている人はみんな自分に高いクオリティの期待をかけ、かつそれを実現させるためにそれ相応の高いクオリティの行動を取っています。
これができない人は低いクオリティに甘んじることになります。


それでは人に高いクオリティの期待を寄せる人はどうかと言えば、そのような人はただ単に人に期待するだけでなく、その期待のクオリティに合致した、そしてそのようなクオリティを引き出すような行動を取っています。
これは優秀な教師や監督、コーチなどを見れば明らかです。
子育てに当たる親も同様です。
「子は親の背中を見て育つ」という言葉にも表れているように、賢い親は自らの行動のクオリティをもって子どもに良きお手本を示しているのです。


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成功への固い決意

2015.04.15日

"Your own resolution to succeed is more important than any other one thing."
-- Abraham Lincoln, 16th U.S. president
「成功への固い決意は他の何ものにも勝る」
--エイブラハム・リンカーン (第16代合衆国大統領)
(訳: 舟田 譲二)


リンカーンの上の言葉、実に重いです。
ビジネスで成功している人はみんな例外なく「成功への固い決意」を持っていることでしょう。
しかし、これは決してビジネス上の成功に限って言っているのではありません。
たとえば、リンカーンの場合は政治家としてこの固い決意を持っていたのです。
リンカーンについてはこれまでにも何度か書いてきましたが、彼ほどの苦労人もそうはいないのではないかと思います。


リンカーンは貧しい家庭に生まれ、幼いときから苦労の連続でした。
彼の生涯を見ると60歳で大統領になるまで、
31歳 事業に失敗
32歳 州議会議員選挙に落選
34歳 再度事業に失敗
43歳 この後、5年間に3回、下院議員選挙に落選
55歳 上院議員選挙に落選
56歳 副大統領選で敗北
58歳 上院議員選挙に再び落選
とまさに失敗の連続の人生でした。
しかし、リンカーンは将来いつでも役立てることができるようにと、一生懸命勉強し続けました。

「失敗したとき」より)
リンカーンには、絶対に成功するという固い決意があったのです。


これは学生であれば勉学に、家庭を持っている人であれば家庭生活や子育て、より良い夫婦関係に、また健康増進に、信仰生活に、より良い人間関係の構築のために、自らの人格形成のために、...と、どんなことにも適用できます。


あなたには「成功への固い決意」がありますか?


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昨日のイベント、続報

2015.04.13日

昨日の塾イベント、BBQ大会は大成功でした。
下に生徒の声の一部をご紹介させていただきます。


「テストは盛り上がるし、後々役立つと思うからいいと思った!勉強やる気も出たし! 先生たちが体を張るのが面白かったー!  劇で問題やるのも面白かった。夏合宿が楽しみ〜☆」
「テスト、難しかった。焼き肉美味しかった。1年生と仲よくなれた。もっといたかった」
「食材争奪テストも勉強した甲斐があった。先生たちの頑張りがよかった!」
「テストがきつくて脳に栄養を奪われた。BBQはおいしかった。ずっと笑いっぱなしだと思えるぐらいたのしかった」
「きちんと勉強に関することもあってよかった。劇も国語的要素があり、正人先生や清田先生たちの演技がおもしろかった」
「普段、話すことのできない人と話せたのがよかった。劇がすごく面白かった」
「お肉などすごくおいしかった(*^。^*)  最後の、気持ちや言葉などを考えるのもすごくおもしろくて楽しかった。勉強もしながらやったから身についたし、学べて、楽しいからすごく良かった♪」
「おなかいっぱい。正直、お肉たくさんありすぎて胃がもたれる〜〜。 楽しくて勉強も出来てとても良きでした。来年いないけど、もう1回くらいやりたい」
「劇の演技がすごかった」
「争奪テストむずかった。ご飯はいろんな食べ物があって、鬼ごっこして、めっちゃ楽しかった! "箱の中身はなんじゃろな"とか"わさびずし(シュークリーム)"とか面白かった。3学年混じってできるって、やっぱいいなって思った」


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「塾では個別だからあまり交流をすることがなかったけど、交流して楽しく遊ぶことができた」
「バーベキューを通して先輩たちと交流することができ、とても楽しかった。また同学年の人ともさらに仲良くなるいい機会だった。今後の中学生活が楽しくなると思った」
「成績上位者からもらったお肉は優しい味がした(笑)。夜はたくさんレクやって楽しかった。特に劇がおもしろかった! 国語の問題は難しかったけど... アカデミーの先生はイベントのレクとかいつもみんなが楽しめるものを考えてくれてすごいなと思います! ありがとうございました。勉強も頑張ります!」
「テストの単語がむずかしかった。先生たちの劇もすごく楽しかったです。漢字のゲームはチームのみんなで考えたけど大変でした。でも楽しかったです。来年もまたやりたいなー」

等々。


普通、「塾」というと「勉強するところ」というイメージです。もちろんアカデミーでも勉強しますが(笑)。
でもただ単に勉強するだけでなく、このように楽しく学ぶということ、そしてさらにそれを超えて人生においてもっと大切なこと、すなわち「人間関係」(「豊かな人生を歩むために」)を生徒たちがこのようなイベントを通して学んでくれていることがとても嬉しいです。


このことについては先般、アメリカの教会の牧師、高木ジュン先生がFacebookに次のようなコメントをお寄せくださいました。
以前の「良い子」の定義は「先生の教えることをそのまま、オウム返しに答えられる子」でしたが、これからはその先生に言われたことに対して、生徒自身の物の見方、考え方を先生に発表出来る子こそ、「良い子」ではないでしょうか。さもなければ、もの見方の狭い融通性のない子になることでしょう。人間の人格形成は単なる知識の詰め込みだけでは出来ません。そこが、教育の難しいところでしょう。生前のソニーの井深 大氏は、毎年小学校に入学する社員の子供にランドセルを進呈していたそうです。そこで、「学校に行って何をしますか?」と言う質問をいつもしていたそうです。ほとんどの子は「学校で勉強します」と答えたそうです。最後に、井深氏はその質問をした後「学校は良い人を作るところです。」と答えたそうです。


これからの情報時代、単に教えられたことを覚えて答えるだけの勉強では間に合わなくなります。大切なのは人間関係、そして自分の考えをしっかりと持って、それを発信し、他の人の意見や考えも聞いて交流できる、そのような人づくりこそが教育に求められると思います。


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短気は損気

2015.03.31日
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 昔から「短気は損気」と言われてきた。小さなことでいちいち腹を立てていると、結局自分が損をする−という意味のことわざだが、実は、医学的にも正しいようだ。怒って得をすることなど、一つもないらしい…。


 「怒り」と書くと、激怒、激高、怒号、罵倒…といった単語を思い浮かべがちだが、医学的に見ると、こうした激しい感情ばかりが「怒り」ではないという。イライラ、カリカリ、ムカムカといった、サラリーマンなら誰もが日常で持つ感情も、「怒り」に分類され、等しく健康をむしばむ作用を持っている。
 なぜ「怒り」が健康を阻害するのか。それは、自律神経を乱すから…。


 自律神経研究の第一人者として知られる順天堂大学医学部教授の小林弘幸医師の最新刊「『怒らない体』のつくり方」(祥伝社)には、その詳細なメカニズムが記されている。
 怒りは自律神経を乱し、交感神経が活発になる。すると心拍も血圧も上がって血管が収縮するため血流が悪化し、全身の細胞に栄養が行き渡らなくなるから−と。


 しかも重要なのは、怒りはほんの一瞬でも、一度乱れた自律神経はそう簡単には元に戻らないということ。研究データによると、一度乱れた自律神経が正常化するには3時間程度の時間を要するという結果もあるという。


 また、怒ると交感神経の末端から分泌されるアドレナリンが増える。このアドレナリンには血小板の働きを活発にして、血液を固める作用がある。血行が悪くなる上に血液がドロドロになるというダブルパンチ。これで体が健康を保てるわけがない。
 そもそも、脳梗塞や心筋梗塞の発作のとっかかりに「激しい怒り」が多いことは、読者諸賢よくご存じの通り。そう考えれば、常にイライラしている人の自律神経がいかに体に混乱とダメージを及ぼしているかが、わかるだろう。


 ここまで医学が進んだ現代でも、医師は「病は気から」ということわざを口にする。それほど人の感情は直截的に体調に関与している。著者が「あえて『怒りが病を引き起こす』と断言しよう」と述べているのも、理由があってのことだ。


■小林式「怒り」を遠ざけるための十カ条
(1) 部屋を片付ける
(2) 口角を上げる
(3) 背筋を伸ばす
(4) ゆっくり歩く
(5) 「ため息」をつく
(6) ゆっくり水を飲む
(7) 仕事も休憩も30分単位で考える
(8) 「10分前行動」を心がける
(9) 怒りはツイッターではなく「日記」に書く
(10) 時には涙を流してリセットする

(3月16日付 Web版夕刊フジより一部抜粋)


上の記事を読んで、これがたとえ自分のことでなくて周囲の人のことであったとしても、ほとんどの方に思い当たる節があるのではないでしょうか。
もし自分に当てはまるとすれば、これはもう一刻の猶予もありません。
著者、小林弘幸医師の勧める上の「怒り」を遠ざけるための十カ条をすぐにでも毎日の生活に取り入れましょう。
人はよく「自分の性格は変えられない」と言いますが、日々の行動を変えていくことによって徐々に変えていくことができます。そして、そうすることが家族を始めとする周りの人たちだけでなく、ほかの誰でもない自分自身のためなのです。


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慰安婦問題とSTAP細胞

2014.12.28日

昨日の読売新聞一面に「朝日社長がおわび 慰安婦問題誤りを放置」と「STAP細胞調査打ち切り」という二つの記事が載っていました。
ほかの面にもこの二つの記事に関する会見要旨、検証、関連記事などが載っており、一昨日の新聞にも慰安婦問題についての第三者委員会の委員二人とメディア論専門家の分析と意見が紹介されていました。


これらを読んでいて、問題の根源、ルーツは似たようなところにある気がしたのは、おそらく私だけではないでしょう。
STAP細胞については、今年の2月に「リケジョ、泣き明かした夜も」という記事をブログに書き、この成果に大いに期待していただけに非情に残念です。
また慰安婦問題については、この朝日新聞の記事が元で、日韓問題にとどまらず米国、カナダ、中国、オランダ、オーストラリアなど国際問題にまで発展し、日本が国際的に大きな信頼を失ったことは否めません。もちろん、真実は追求し、認めるべきは認めて、謝罪すべきは謝罪すべきなのですが、物事の本質をここで見極めてきっちりと解決しておかないと、また同じような問題が繰り返し起きる可能性があります。


これらの問題のルーツは何かというと、一つは人間誰しもが持つ名声や利潤を追求する心、二つ目は問題が発覚した時にそれを隠そうとし、また偽りや過ちを認めて謝罪しようとしない自己保身という罪の性質です。
日本では一般に「罪」と「犯罪」が同一視される傾向があり、この程度のことは犯罪ではなく誰でもやっていることだ、というような意識があり自分を正当化しようとします。それが証拠に、日本人に「あなたは自分が罪人だと思いますか?」と尋ねると、まずほとんどの人が「自分は罪人ではない」と答えますが、これは「犯罪は犯していない」という意味で、キリスト教文化が根ざしている欧米などと比べると「罪」に対する意識が非常に希薄だからです。


日本がこれから真のグローバル化を目指すためには上に挙げたような態度を改め、世界に認められるような真の国際人を目指さなければなりません。


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人生は今日からでも変えられる

2014.12.08日
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(オバマ大統領夫妻にインタビューするトークショーのホスト、オプラ・ウィンフリー)


"I don't think of myself as a poor deprived ghetto girl who made good. I think of myself as somebody who from an early age knew I was responsible for myself, and I had to make good."
--Oprah Gail Winfrey, TV talk show host, actress, producer, philanthropist
「私は、自分のことをスラム街に育った貧しい、惨めな女の子が成功したとは思っていません。私は幼い時から自分のことには自分に責任があることを知っていたひとかどの人間だと思い、それゆえにどうしても成功しなければならなかったのです」
--オプラ・ゲイル・ウィンフリー テレビ番組の司会者、俳優、プロデューサー、慈善家
(訳: 舟田譲二)


オプラが司会を務める番組『オプラ・ウィンフリー・ショー』はアメリカのトーク番組史上最高の番組であると評価され、多数の賞を受賞している。
彼女は20世紀以降のアメリカで最も裕福なアフリカ系アメリカ人、かつては世界唯一の黒人の億万長者であった。また、アメリカの歴史で最も偉大な黒人の慈善家でもある。彼女はいくつかの評価によって、「世界で最も有力な女性」と称される。


子供の頃から頭がよく、奨学金を得てテネシー州立大学(Tennessee State University)で学ぶようになる。高校生の時からラジオに出演していたオプラは、ボルチモアやナッシュヴィルのテレビ局でアンカーマンとして働くようになる。
2010年12月、経済誌『フォーブス』が「エンターテインメント業界で最も稼いだ人物」を発表し、3億1,500万ドル(日本円で約258億3,000万円)を稼いで1位にランクインした。
慈善活動にも熱心で、250億円とも推定される寄付をこれまでにしたとされる。
「ヒラリー・クリントンの次に女性大統領になる人物」とまで言われている。


ここまで見ていると、すごい有能で恵まれた人物だと思われるでしょう。
しかし、彼女の生い立ちをみると、
ミシシッピ州で、結婚していないティーンエイジャーのカップルの元に生まれたオプラは、ミシシッピ州で生まれミルウォーキーで育った。子供時代を祖母・父親・母親の元を転々として育った。彼女が独自に行ったテストの結果によると、彼女の血筋は89%はブラックアフリカ人で、8%はアメリカインディアンで、3%が東アジア人の系統らしい。9歳から親戚に強姦されるなどの性的虐待を受け、14歳で妊娠し、出産している。産まれた子供は1週間後に病院で亡くなっている。
(以上、Wikipediaより一部引用)


このようなところから、冒頭の言葉が彼女の口から出ているのです。
そして、これはだれにでも当てはまることです。
生まれ、血筋、遺伝、環境などのせいにしていたら誰でもいつまでたっても何もできません。
オプラ・ウィンフリーの人生を見ていたら、たとえどんな逆境にあろうとも、自分の考え方一つで人生は自分の手でいくらでも変えられる、ということがわかります。
そして、これはもう手遅れということはありません。誰でも、決意したその瞬間からどのようにでも自分の人生を変えることができるのです。


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甘いものに注意!

2014.11.23日

毎日忙しくしている妻が昨日は珍しく昼間少し時間があって、短い時間でしたが久し振りに一緒にデート。
と言っても、妻のデパートへのショッピングにお付き合いしただけですが。


一緒にお昼をいただき、その後デザートはサーティワン・アイスクリームひとつを半分ずつシェア。
高脂血症やその他の病いを抱え、一時期は完全に砂糖断ちをし、食事も動物脂肪は極力というかほぼゼロに抑え、ほとんど玄米菜食と魚ばかりでした。
加えて運動療法で、ほぼ毎日2時間近く、約10kmのウォーキングで、その効果があって極端に体重は落ち、ウエストも細くなって今までの洋服は全部着られなくなってしまいました。また検査の結果も数値にかなりの改善が見られたので、最近はついつい油断してまた甘いものを食べるようになってきたのです。


アイスクリームを食べているとき、Baskin BR Robbinsというロゴが目に入り、ひと昔前のことを思い出して妻にその話をしました。
2年半前の記事「若返りました!」に書いた今から26年前の逸話です。
このとき、リアリティセラピーの講師の先生が他にも二人見えていて、その先生たちの通訳もしていました。
一人の先生がBaskin Robbins Ice Creamと言われたとき、私は言わなくてもいいのに、「日本にはありませんが、アメリカのバスキン・ロビンスのアイスクリームは...」と言ったところ、先生からクレームがついて、日本にもたくさんありますよ、と。私はこのときまで、バスキン・ロビンスが日本のサーティワン・アイスクリームのこととは知らなかったのです。


それで、妻に店のロゴを見せてBaskin Robbinsの間にあるBRのイニシャルの真ん中のところがピンクで「31」になっている意味、すなわち31種類のフレーバーが常にあり、これはひと月毎日違う種類のものが食べられるという意味だ、と説明しました。また、アメリカではBaskin Robbins Ice Creamという名前だけど、日本ではそんな名前では誰にも覚えてもらえないので、サーティワン・アイスクリームという名前に変えたんだよ、とつけ加えました。
妻がBaskin Robbinsは何?と尋ねたので、多分創業者の名前から取ったんだと思う、アメリカではよくあることだから、と答えました。


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このあと、妻がウィンドーショッピングを楽しんでいる間、ベンチに腰かけてiPhoneでBaskin Robbinsを検索してみると、はたして先ほど私が直感で妻に説明したことがほとんど全部当たっていました。
違っていたのは、創業者の名前のところで、実際には創業者はバートン・バスキンという人とアービン・ロビンスの二人の名前から取った、というところだけでした。
そう言えば、アメリカにいたときにもしょっちゅうこのアイスクリームを食べていたのですが、これと日本のサーティワン・アイスクリームが私にはまったくつながっていませんでした。


それにしてもこのサーティワン・アイスクリーム、本当に美味しい!
世界シェアナンバーワンにも納得がいきます。それと、二人の創業者がこの仕事に賭けた情熱がよく伝わってきました。
でも、いくら美味しいからと言ってこんなの毎日食べていたら、肥満かあるいは心臓病のどちらかになるので、あくまでもほどほどに。
甘〜い「いい夫婦の日」の出来事でした。


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持っていないものを数えるな

2014.11.20日

私たちは、とかく自分の持っていないものを見て、それを数えて嘆いたり、悲しんだり、人が持っているものを羨んだりしやすいものです。
次の動画をご覧ください。



いかがでしょうか。目が開かれる思いがしたのではないでしょうか。
この女性を見ていると、両腕がないにもかかわらず嘆くことなくとても明るく、日常の生活に何不自由なく暮らしていらっしゃいます。
そして、与えられている足を手の代わりに最大限に活用しておられます。その足の動きはもうまるで手ではないかと見まごうばかり。というか、私の手よりはるかに器用です。


私など、これまでの数々の病歴を数えて健康な人が羨ましくなったりします。
また、そのうちのひとつに書痙というのがあります。かつてはなめらかな綺麗な字が書けたのですが、神経から来ている病いで、もう30年近く手先が震えて字が書けないのです。ですから、やはり綺麗な字がスラスラと書ける人を見ると羨ましくなります。
そのほか数え上げれば切りがないほど、自分に欠けているものを見つけることができます。


上の動画を見て私は頭をガーンと殴られたような気持ちになりました。
そして悔い改めてお祈りしました。
「ああ、私は神様に愛され、手や足や、家族や友人、そのほかたとえ小さなものでもたくさんの賜物をいただいてこの世に生まれてきているのに、持っていないものばかりに目が行って、それらを数えていました。神様、ごめんなさい。これからはあなたに与えられているものを数えて感謝し、それらをもっとあなたのために用いさせていただくよう努めます」


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人の真価とは

2014.09.02日

人間の真価は分数のようなものだ。
分母は自己の評価、
分子は他人による評価である。
分母が大きくなるほど、
結局、真価は小さくなる。

--トルストイ


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さすが旧ロシアの文豪、トルストイ。
言うことが違います。
また彼はこのようにも言っています。
「人生の唯一の意義は、
人のために生きることである」

すなわち、冒頭の言葉に当てはめれば、
「人のために生きること」=「分子が大きくなること」
となるでしょう。


これまでの人生で分母の大きい人も分子が大きい人も両方見てきました。
そして「分母が大きい人」は、いわゆる自分中心の鼻持ちならぬ人、「分子が大きい人」は自分を犠牲にしてでも人のために尽くし、人を助ける人。


トルストイはまた、次のようにも言っています。
「確実に幸福な人となるただ一つの道は人を愛することだ」
これは、先日書いたマルチン・ルター・キングJr 牧師の言葉
「自らの幸せを見つけようとしていない人が一番幸せ見つけるものだ。というのは、自分の幸せを探している人というのは、幸せになれるもっとも確実な方法が他人の幸せを探すことだということを忘れているからだ」
とに通じるところがあります(「幸せになりたいなら」)。


とどのつまり、歴史上の偉人・賢人はみな同じことを言っています。
「幸せになりたいなら、人を愛し、人を幸せにしなさい」と。
そして、これがトルストイの言うところの、
「分母が小さくなって謙遜になると、人からの評価が高くなって分子が大きくなる。そしてそれこそが人間の真価である」と。
このトルストイの教えから私たちも学びたいものです。


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成功の秘訣

2014.08.30日

"Resolve to perform what you ought; perform without fail what you resolve."
--Benjamin Franklin, Statesman
「自分のしなければならないことを決めない。そして自分が決めたことを確実に行いなさい」

(訳 : 舟田譲二)


ベンジャミン・フランクリン(1706-1790)はアメリカ合衆国の政治家、外交官、著述家、物理学者、気象学者。
印刷業で成功を収めた後、政界に進出しアメリカ独立に多大な貢献をした。また、凧を用いた実験で、雷がelectricity(電気)であることを明らかにしたことでも知られている。現在の米100ドル紙幣に肖像が描かれている(以上Wikipediaより)。




道徳的に非常に高い目標を求め、次の十三徳にそれをまとめて自らこれら一つひとつを1週間ずつ実行し、年に4回繰り返した、というすごい人物です。
《十三徳》
1. 節制
2. 沈黙
3. 規律
4. 決断
5. 節約
6. 勤勉
7. 誠実
8. 正義
9. 中庸
10. 清潔
11. 平静
12. 純潔
13. 謙譲



さすがそれだけあって、アメリカ合衆国建国の父の一人として讃えられています。


今日の冒頭の言葉、
「自分のしなければならないことを決めない。そして自分が決めたことを確実に行いなさい」
は上の十三徳の4番目「決断」です。
「なすべきをなさんと決心すべし。決心したることは必ず実行すべし」
という文語調訳もあります。


ただ口で人に言うだけでなく、自らそれを率先して行う、というところが「すごい」を超えて「ホンモノ」ですね。


ところで、この言葉実は何事にも当てはまるのです。
生徒や学生ならば勉強に、音楽やスポーツや絵画など習い事をしている人ならばそれに、ビジネスマンや事業家なら自分の仕事に、親なら子育てに、その他夫婦関係を始めとするあらゆる人間関係に等など、
「自分のしなければならないことを決め、そして自分が決めたことを確実に行う」
ならば、すべてにおいて成功しないわけありません。


ベンジャミン・フランクリンさん、素晴らしい言葉を私たちに残してくださって心より感謝いたします。
あなたに習って、何か一つでもこのような決断力と実行力を身につけて成功させていただきたいと思います。


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平凡と非凡の違いとは

2014.08.13日

"The difference between ordinary and extraordinary is that little 'extra'."
-- Jimmy Johnson, American Football Coach
「平凡と非凡の違いは、あのほんのちょっとの『プラスアルファ』だ」
アメリカンフットボールコーチ  ジミー・ジョンソン

(訳 : 舟田 譲二)


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これは有名なフットボールコーチが言った言葉ですが、これはフットボールに限らず何にでも当てはまります。勉強でも、ビジネスマンの仕事でも、商売でも、親業でも、教師でも、医師でも、その他ありとあらゆることに通じる素晴らしい教えです。
できる人というのはもともと才能のある特別な人ではなく、普通の人よりどれだけあと少しの「プラスアルファ」をやっているかです。


たとえば野球を例にとると今、ちょうど夏の甲子園全国高校野球を毎日やっていますが、一目見てやはりプロと違うのがわかります。当然のことです。これまでの練習にかけてる時間が全然違うからです。
これがプロとノンプロの違いです。


しかし、イチローや松井選手など、プロの中でも群を抜く人となるとこれはまた話が違います。
他の選手みんなが寝てからでも畳が擦り切れるまで素振りをしていました(「松井秀喜の成功の秘訣は」)。


"God's hand" (神の手)と呼ばれる腕を持っているプロの外科医なども同様です。
これまでにこなしてきた手術の件数が桁違いに多いのです。


平凡と非凡を分ける違いとは、そのほんのちょっとの「プラスアルファ」です。
ということは、あなたももしプロに、あるいはプロのように非凡な能力を発揮したいと思うなら、普通の人がやらないあと一歩をやることです。


しかし、プロの中でさらに突出したかったら、あとほんの少しの「プラスアルファ」では間に合いません。「1万時間の壁」を超えるほどの努力が必要になってきます。


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成功とは

2014.08.09日

"Success is not to be pursued; it is to be attracted by the person you become."
Jim Rohn, author
「成功とは追い求めるものではなく、自分がなる人物によって引き寄せられるものである」
(著作家 ジム・ローン)

訳: 舟田 譲二


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ジムローン(1930-2009)はアメリカを代表する世界トップクラスの成功哲学者で、コカ・コーラやIBMなどの一流企業のコンサルタントとして、また多くの著書を残し、そしてセミナー講演者と大活躍しました。
私も彼のファンの一人で、数年前まではバス送迎するたびに彼のセミナーを録音したCD16枚組セットを繰り返し繰り返し、それこそ何十回と聴き、空で全部暗記するほとでした。



ジム・ローンは、いわゆる世で言うところの成功者です。それも大成功者です。
その大成功者の彼の言っていることが、冒頭の台詞
「成功とは追い求めるものではなく、自分がなる人物によって引き寄せられるものである」
なのです。


これは、会社経営者や経営者を目指す人たちだけに適応される言葉でなく、一般の会社員にも、学生にも、主婦にも、だれにでも当てはまる言葉です。
私がこのブログでこれまで何度も書いてきた「引き寄せの法則」や「ひも理論」などとも相通じます。
ちなみに「成功」という場合、必ずしも金銭的な成功だけを意味するのではなく、置かれているそれぞれの持ち場立場での「成功」すべてを指します。


でも大成功を収め、大富豪者となったジム・ローン氏本人が、「経験者語る」で言っている言葉ですから重みが違います。


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過大評価と過小評価

2014.08.08日

"Too many people overvalue what they are not and undervalue what they are."
(Malcolm Forbes, Publisher)
「自分のことを実際以上に過大評価する人があまりにも多く、同時に過小評価する人もあまりにも多い」

(出版業 マルコム・フォーブス)
訳: 舟田 譲二


これを言ったのは、アメリカを代表する経済誌『フォーブス誌』の元発行人、マルコム・フォーブス氏(1919-1990)です。


MalcolmForbes03.jpg


日本語にも「分相応」という言葉があります。「その人の身分や能力にふさわしい」という意味です。
これとはちょっと違うのですが、上でフォーブス氏が言わんとしていることは、この世の中を見ているとあまりにも多くの人が背伸びして自分の実力以上のものを見せたがっている、あるいは本当にそう思い込んでいる。
しかし一方では自分の実力を知らずに過小評価している人もとても多い。両者とも間違っている、ということだと思います。


フォーブス氏のように世界中の有名人と年から年中会っていると、こんなことはきっとすぐに見抜けるのでしょう。
高望みする必要もなければ、自分を必要以上に低く評価し、おとしめる必要もない。ありのままの自分でいいのだ、ということです。
確かに私たちも周囲を見渡すとこの両者を見ます。そして、私たち自身もこのどちらかに当てはまるかもしれません。


でも、神様の目からご覧になると、フォーブス氏のような大富豪であろうと逆に貧しい人であっても、健康であろうが病気であろうが、みんな等しく価値ある大切な人であって、神様は人を偏り見るようなことはなさいません。
ですから、必要以上に高望みして良く見せようとすることも、また卑下することも必要ないのです。ありのままの自分を受け入れましょう。あなたはあなた自身そのままで神様に愛されています。


そう考えればとても幸せになれるし、また気が楽になるじゃないですか。


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運を信じますか?

2014.07.21日

"I am a great believer of luck, and I find that the harder I work, the more I have of it."
-Thomas Jefferson, 3rd President of the United States of America
「私は『運』というものを固く信じる者である。そして、一生懸命働けば働くほど自分に『運』がついてくるのがわかる」
(トーマス・ジェファーソン  第3代アメリカ合衆国大統領)
訳: 舟田 譲二


トーマス・ジェファーソン米大統領(1743年-1826年)と言えば、アメリカのお札の肖像になっていることで有名です。

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裏面には、アメリカの独立宣言の署名のシーンの絵が描かれています。


博学者であるジェファーソンは数ある得意分野の中でも園芸学者、政治指導者、建築家、考古学者、古生物学者、発明家およびバージニア大学の創設者として傑出していました。学者達によるアメリカ合衆国大統領の評価でも常に偉大な者の一人とされています。


その人物が敢えて「私は『運』というものを固く信じる者である」と言うのには、ちょっと驚きます。
なぜなら、普通このような人は勤勉で、「運」などというものは信じていないからです。
でもその後に続く彼の言葉を見ると、「なるほど」と納得させられます。すなわち、
「一生懸命働けば働くほど自分に『運』がついてくるのがわかる」
です。まことに勤勉家にふさわしい言葉ではありませんか。


日本で有名なことわざの「果報は寝て待て」は、「運というものは人の力ではどうにもできないものだから、あせらずに寝ながら時機を待つのがよい」という意味ですが、彼はこのようには考えなかったのです。


そういえば、私の「成功とはあきらめないこと」に始まり「今日の私があるのは...」に至る「千載一遇のチャンス」シリーズの私の「履歴書」を読んで、多くの方から「信じられない」「うそみたい」「ドラマチック」「まるでドラマを見ているようでドキドキわくわくする」「次回が楽しみ」などと、メールをたくさんいただきました。
私自身も書いていて、そして読み返して、本当に自分は運が強いな、と驚きます。


しかし、今日のトーマス・ジェファーソンじゃありませんが、その陰においてやはり「一生懸命働けば働くほど自分に『運』がついてくるのがわかる」と言わざるを得ません。
そして、自分でどうにもならない部分は、祈って神様のみ手にお委ねしました。
そうしたら、「つぶやきが大流行り」に書いたようにティーチング・アシスタントになって授業料無料+毎月500ドルほどのお小遣いをいただいたり、この記事に書いたビジネスでは成功してミシガン州やフィリピン、グアム旅行に無料招待されたり、留学の最後の年は返済義務のない奨学金が普通は出ない外国人である私に下りたり、と本当に数えきれないほど恵まれてきました。
また、数え上げたら20を下らないこれまでの主だった既往歴も不思議なようにして全部癒されてきました。


「果報は寝て待て」式の「運」は当てになりませんが、努力した結果の「運」は確かに神様が微笑んで与えてくださいます。
ですから、しばらく弱気になっていた私も今は強気になって、この「運」を期待しつつ、自分なりにできることは何でもやって努力を続けているのです。


ところで、アメリカのこの2ドル札、なんとほとんど流通していずお目にかかることはめったにありません。ちょうど日本の2千円札のような感じです。そのため、2ドル札を手にすると「幸運だ」と言う人と「不幸のしるしだ」と言う人がいます。
果たしてトーマス・ジェファーソンがモデルになったこの2ドル札は幸運だったのか不運だったのか。


「あなたは運を信じますか?」
うん、私は運を信じます」


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10倍の結果を出すには

2014.07.17日

"When I was young, I observed that nine out of 10 things I did were failures, so I did 10 times more work."
-George Bernard Shaw, Writer and Critic
「私は若かった頃、やったことの10のうち9つは失敗だったことに気づいた。そこで、私は10倍の仕事をした」
--ジョージ・バーナード・ショー、作家・批評家
(訳: 舟田 譲二)

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ジョージ・バーナード・ショーはイギリスで19-20世紀に活躍したアイルランド出身の劇作家、劇評家、音楽評論家、政治家、教育家。1925年にはノーベル文学賞を受賞していますが、日本では一般の人にはなじみが薄いです。日本での夏目漱石のように外国では知らない人がいないというほど有名な人物で、非常にユニークかつ辛らつな批評家としてもよく知られています。


バーナード・ショーが言った有名な言葉で次のようなものがあります。
「健全な精神は、健全な肉体を産む」 (The sound body is the product of the sound mind. )
あれっ、と思われたかもしれません。普通のことわざでは、
「健全なる精神は健全なる身体に宿る」 (A sound body in a sound mind.)
で、まったく逆のことを言っているのですが、私はずっと前からバーナード・ショーの言っている前者の方が正しいと思っています。


さて、今日の冒頭の言葉ですが、彼のような優秀な人でさえ若い頃は10のうち9つは失敗していたというのですから、我々においておやです。
ここで彼は10倍の仕事をしたと言っています。確かに10のうち9つ失敗していたとしたらそれを取り戻すために10倍余分に働かなければなりません。そして、それを実際に行ったのが彼、ジョージ・バーナード・ショーです。死後66年たっても全然人気が衰えず、常に世界中で多くの人々に読まれ、劇が演じられ、また名言が引用されているのも、まさに「さもありなん」という感じです。


今日の言葉はもう何もつけ足す必要がないほどはっきりしているのですが、ちょっと違う観点から生徒、学生に注意を促したいと思います。なぜなら、私自身がかつてそうでしたから。
学生ならば10倍余分に勉強することにも方法や理屈というものがあるのです。
よく中学生や高校生を見ていると、試験で間違った英単語や重要人物名や漢字などをノートいっぱいに何度も何度も、それこそ1ページがいっぱいになるまで書き直し、覚える作業をしている子がいます。
それで、その子に再度同じ問題を出してテストすると、はたしてまた同じ間違いを犯すのです。
これは、10倍やれば身につくだろうという安直な考え方によって、繰り返しの作業をただ機械的にやっているからです。


物事にはなんでも論理というものがあります。その論理をしっかり理解しなければたとえ100回やっても身につかないのです。
このことを生徒に教えるのですが、頭から勉強は「嫌なもの」「しなければならないもの」という考え方をしているので、いつまでたっても身につきません。
逆に、「なぜだろう?」という疑問をもって、その疑問を解決しようという姿勢があるならば、10回やらなくてもたった1回で完ぺきに身につけることさえできるのです。
このようなことを生徒に伝え、勉強の正しいやり方を教えたかったので塾の仕事を始めた、と言っても過言ではありません。


上に学生の勉強について述べましたが、実はこれは一般の人たちの仕事や料理や家事、育児、さらには人間関係など、ありとあらゆることに通じる真理です。
バーナード・ショーはただがむしゃらに10倍働いたのではなく、その理屈を知ったうえで10倍の仕事をしたからこそ成功を収めたのです。
ここに成功する人としない人の差があります。


嘘だと思ったら試してみてください。
理屈を知ったうえで10倍の勉強なり、仕事なり、あるいは素敵な人間関係を築く努力をしてみてください。
自分でも驚くような結果が出ます。


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今年の私の夢、目標は...

2014.07.15日

昨日の「高い目標を設定すると…」の最後のところに次のように書きました。
「私自身も今、新しい目標に向けて日夜(笑)一生懸命取り組んでいます。かなり高い目標ですが、それに向けて努力すること、100%自分を出し切るところに意義があるのですから」。


そして昨日は一日中ずっと、自分の設定したこの高い目標について考えていました。
私の親友の鶴田牧師は先日、「90歳で100m走と200m走の世界記録に挑戦すべく頑張っています」と彼の目標をメールに書いてきて私を驚かせました。
私の目標など、彼の目標と比べればそれこそ「月とスッポン」かもしれませんが、それでも一人ひとり夢や目標は異なっていていいのです。


そんな時、昨日家からちょっと離れたクリーニング店に息子のズボンを持って行きました。
すると、店主である奥さんが私の顔を見るなり、名前を尋ねずにすぐに預り票を作ってくれていたのに、私は感動を覚えました。
この店に前回行ったのはもう1年以上も前のこと。そんなにしょっちゅう行くところではありません。その時、奥さんの方から私にうちの塾のことをいろいろと話題に出され、よく知っていらっしゃるなと驚かされたのですが、おそらく新聞折り込みされたチラシか何かをご覧になってうちのことをご存じだったのでしょう。
きっと、この奥さんはほかのお客さんについてもいちいち名前を聞かずにすぐに預り票を作るほどお客さんの名前をよく覚えていらっしゃるのだと思います。
実はこれってすごいことなのです。関心がなければ人の名前なんて覚えられませんから。


高校の時の物理の先生は生徒の顔は一切見ずに自分のノートか黒板を見て授業をしていたし、倫理社会の先生は生徒名は一切覚えずに「出席番号35番」と言って生徒を指名していました。
うちの塾の真向かいにあるクリーニング屋さんも私の名前を覚えたことは一度もありませんでした。


昨日は散歩に出て面白い光景に出くわしました。


cleaning.JPG


ここはうちのすぐそばにある店なのですが、見た瞬間、「あれっ、こんなところにアイスクリーム屋さんができたのかしら?」と、看板を「アイスクリーム」と読み違えていたのです。いよいよ頭がおかしくなってきたのか...。ちょっと怖くなりました。


買い物の目的を果たし、帰り道、先ほどの「アイスクリーム屋さん?」のすぐ前にある美容院の前に看板として面白い超ミニカーがいつも置いてあるのですが、店のご主人がそこにいらっしゃったので、私は声をかけました。
「この車はサイズとしては何に当たるのですか?軽自動車ですか?」
急に声をかけられたご主人はちょっと驚いた様子で、
「いえ、エンジンは50ccなので原付きなんですよ」
「へえー、原付きですか。乗り心地はどうですか?」
「原付きの50ccのエンジンに350ccのオートバイのボデーを乗せたようなものでかなり重たいです。でも一旦走り出すと50kmぐらい出るんですよ。乗り心地はちょうどゴーカートのような感じです」
外をぐるっと見て回り、後ろに小さく書かれたメーカー名を見て、
「光岡自動車って、よく新聞に宣伝の載っている外国のクラシックカー風の車を手造りで造っている会社ですよね。かなり高かったんじゃないですか?」
「そう、今から十数年前に買ったんですが、当時で75万しました。通勤に使い、あとは店の前に置いておいて看板代わりに使ってるんですよ」
「75万は高い!」
「ちょっと乗ってみますか? どうぞ」
そこで乗せてもらうと、まるで自分の身体を護る小さな鉄の鎧(ヨロイ)を身につけているような感じです。
しばらく話しているうちに店長さん、もうニコニコお顔に。美容院のお話を伺うと、男性もやっていますから、またいつでもどうぞ、って。行ってみようかな。


haircut1.JPG  haircut2.JPG

(画像をクリックすると大きく表示されます)


そうそう、このあと約2時間10kmのウォーキングをして帰り道、上の美容院の店長さんがこの車に乗って家に帰られるところにかなり離れたところで偶然遭遇しました。確かにゴーカートのようなすごい音を出して颯爽と走っていました。そして小さいながらかなり目立ちました。


この美容院の真向かいにあるクリーニング店には関心がなかつたので看板を見てアイスクリーム屋だと思った私ですが、普通の人はあまり知らないだろうと思われる光岡自動車のことは知っている。
これはまさに関心があるかないかの違いです。


そこで私の今年の大きな目標のひとつ。それは自分から進んで見知らぬ人に声をかけ、いろいろな世界を知ること。
先日来、東京から帰りの電車の中で隣に腰かけ勉強ばかりしていた女子中学生に声をかけたり、海岸ではサーファーに、釣りをしている人に、犬を散歩に連れている人に、デパートのウエルカムデッキのテーブルで相席した人になど、こちらから進んで声をかけて話題を投げかける。そして自分の世界、関心を広げる。
こんなこと今までやったことなかったのです。
これが今年の目標である自己改造の一端です。
今日が私の地上の残りの人生の最初の日として、天に帰る日まで自分を自分の意志で作り変えることができると信じて、これからの人生を一日一日、一瞬一瞬を大切に生きていこうと今、思いを新たにしています。


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高い目標を設定すると…

2014.07.14日

"I don't think there's any such thing as setting your goals too high. The higher you set your goals, the more you are going to work. If you don't reach them, then it's okay, just as long as you set it and then give 100% of yourself."
-- Dan Jansen, Speed Skater
「目標の設定が高すぎるなどというとことはありません。目標を高く設定すればするほど人は一生懸命頑張ります。目標を達成できなかったとしてもそれはそれでいいのです。目標を設定し、それに向けて100%力を出し切っている限り」
(スピードスケーター ダン・ジャンセン : 舟田譲二訳)

初めこれを読んだ時、さすがいつも記録と競い合っているスピードスケーター、言うことが違うと思いました。


ダン・ジャンセンは世界のトップスピードスケーター。
1985年のサラエボに始まり、常に金メダル候補と言われながら、金メダルを取ったのは最後のチャンスとなる29歳の時のこと。10年越しの金メダルを取った人の言う言葉には重みがあります。





でもよく考えてみたら、これってスポーツ選手に限らず私たちみんなに当てはまることだと気づきました。たとえそれがどんなことであっても。


家庭のお父さんなら仕事に、と普通考えますが、仕事に限らず家族を始めとするさまざまな人間関係においても。健康管理や趣味においても。


お母さんも同様。今は外で仕事をしていらっしゃる方が多いですが、仕事のほか食材の買い物、炊事洗濯掃除などの家事、子育てなど一般にお母さんの仕事と考えられていることに限りません。
お母さん同士の、あるいはお友達との人間関係において、また趣味や気分転換となるさまざまな活動においても、やはり高い目標を設定すればそれだけ達成できるものも多くなり、満足感、幸せに、生きがいにつながります。


子どもの場合、もちろん第一には勉強、じゃなくて友達との遊びや人間関係や部活などのスポーツなどでしょう。
多くの子どもたちから嫌われている勉強ですが、今やっている勉強が自分という人間を作り上げていき、さらには将来の人生につながると思えば、勉強に対する考え方や取り組む姿勢も変わってきます。


ですから、我々大人が、教師や親がそのことを子どもたちに伝える務めがあります。
ある塾のチラシに、
「勉強は面白くないしつまらない。でも、学生の間は歯を食いしばってこの時を耐え忍ばなければならない」
と書いていましたが、とんでもないことです。


でも上に挙げたことをするためには、冒頭でダン・ジャンセンが言っているように、目標を設定することが大切なのです。
それもできる限り高めの目標を(高すぎて不可能なものは逆効果)。
たやすく達成できるような目標は目標とは言いません。なぜなら達成できても喜びもなければ、達成感や満足感も得られませんし、自分自身にとってなんら益するところがないからです。
さらに、高めの目標を設定すれば、普通だったら達成できなかったような高い目標が達成できるのですからなおさらいいじゃないですか。


そして、万一高めに設定した目標が達成できなかった場合でも損をしたというようなことは絶対にありません。
自分はそれだけ成長したわけですから、必ずや満足感が伴い、さらには今後に向けてさらに頑張ろうという新たな目標が生まれるものです。


私自身も今、新しい目標に向けて日夜(笑)一生懸命取り組んでいます。かなり高い目標ですが、それに向けて努力すること、100%自分を出し切るところに意義があるのですから。
ただし何事も無理は禁物。
「ノー天気な」一生懸命で目標に向けて共に頑張りましょう。


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もしも私が大事な人なら

2014.07.09日

私は「人間関係を創る」というワークショップを主催している。あるとき、私は受講者全員に、「職場での自分の仕事にまる一週間全力で取り組む」という課題を出した。
 「自分のすることすべてが、周囲にいい影響をおよぼすように行動してごらんなさい。この一週間、『もしも私がこの職場で大事な人なら、何をするだろうか?』と自問し、その答えを行動で示すのです」
 受講生の一人ペギーは、この課題に取り組むのをしぶった。彼女はある広報局で働いていたが、転職先が見つかりしだい辞めたいとグチをこぼしていた。
 「毎日、八時間やりすごすためにひたすら時計の針が進むのを見ているのよ。退屈でたまらないわ」
 しかし私の出した課題に首をひねりながらも、とにかく1週間だけ、「命がかかっているみたいに」仕事に全力投球してみると言った。
 つぎの週、ペギーが部屋に入ってくるのを見て、私は目を見張った。元気いっぱいなのである。私のいぶかしそうな顔に気づいて、彼女は生き生きとはずむ声で、その週の出来事を報告しれくれた。
 「まず手始めに、殺風景な事務所に鉢植えや花を飾ったの。そのつぎに、いっしょに仕事をしている同僚に気を配ったわ。元気がない人には、『どうしたの、私にできることはない?』って聞いた。コーヒーを飲みに出かけるときは、『帰りに買ってきてほしいものはない?』って聞いた。同僚たちをほめた。二人の人を昼食に誘った。『あの人は素晴らしい』って同僚のよさをボスに話した。ふだんは自分のことばかり売り込んでいるのにね」
 それから、ペギーは会社のために何ができるかを考えた。
 「まず、仕事のグチを言うのはやめたの。そうしたら、いままでどれだけ不平をたれ流していたかわかったわ。いろんなアイデアも積極的に出したの」
 毎日、仕事の目標を箇条書きにし、それをやりとげるように努めた。やろうとしていることがはっきりすると、仕事がこんなにはかどるとは意外だった。
 「それに、夢中になって働いていると、一日があっというまにたってしまうのよ。そして、こう書いたものをデスクの上に置いたの。『もしも私がこの職場で大事な人なら、何をするだろうか?』って。もしまた退屈して不平を言いたい気分になっても、それを一目見ただけで何をやるべきかがわかるの。とっても役に立ったわ」
 こんな素朴な質問をかかげただけで、一週間のうちになんと大きな変化が起きたことか。これで、ペギーは同僚とも、仕事とも、いえ、職場そのものとも強い連帯感で結ばれたのだ。
 しかも、ペギーがこのまま現在の職場にいようと、ほかの職場に移ろうと、彼女は自分の仕事をすべてやりがいのあるものに変える方法を身につけたのである。
スーザン・ジェファーズPh.D

(『こころのチキンスープ 7 夢中になれるものありますか?』 p.138-140 ジャック・キャンフィールド、マーク・V/ハンセン他著 ダイヤモンド社)


これを読んで思いました。
人間、だれでも自分の置かれている状況に不平不満を言っているうちは絶対に幸せになれないし、いい仕事もできなければ、現状に満足できるようになるわけない、と。下の図のように、そのやる気が起きないサイクルにはまってしまっているのです。


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でも、自分自身を大事にして、思いっきりその仕事なり、人間関係なり、勉強なりにコミット(全力投球)するなら、必ず驚くような結果が出るものだと。
上の絵をちょうど裏返しにすると、このようなサイクルになります。


@楽しいから、やる気が起きる →Aやる気が起きるから、新しい行動を始める気になる →B行動するから、変化が起きる →C変化が起きるから、楽しい →@楽しいから、やる気が起きる


どちらが得か、言うまでもありません。
しかし、現実にはあまりにも簡単にあきらめてしまってそれをやろうとしない人がいかに多いことか。
同じ人生生きるなら、思いっきりやるだけやってみて、結果を見る。初めからダメだと決めつけてしまうのはいかに損なことであるかと、つくづく思わされます。「やる気が起きない」ではなく、まずは何かその中に「楽しみを見つけ」そこから「行動に移す」ことなのです。


私もこれまで「何事も一生懸命」をモットーにやってきて、いろいろな場でそこそこの成功を収めてくることができたと思っています。
そして、やる気の起きない時には、行動を起こしました。そこから、新しい道がどんどん開けてきました。


皆さんも、「もしも私が大事な人なら」と考えてみませんか? そしてそれに応じた行動を起こしてみませんか?


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野のユリ

2014.07.08日

一昨日、昨日は茨城県小美玉市の、いつもマッキーさんと呼んでいる金野正樹先生の教会を訪ね、FBの仲間たちと去年の9月(「初対面同士の再会?」)以来の再会を果たしました。


私たちはこれを、リユニオンと呼んでいます。お仕事や健康上の理由で来れなかった方々もいらっしゃいましたが、金野先生の奥様を入れて8名の、小さいながらも密度の濃い、実に幸いな交わりの時となりました。
これも今の私にとっては、必要かつ元気と力を与えられる最高の「千載一遇のチャンス」となりました。


私の居住している平塚からはかなり遠く、今はあまり体力がないので集会の前日に寄せていただき、集会の翌日、すなわち今日はちょうど中間点になる東京の病院の予約があるので勝手を言って昨夜もう一泊させていただきました。
そのお陰でご夫妻とゆっくりとお交わりしたり、昨夜はお寿司をご馳走になり、何度もご一緒にお祈りすることができて、本当に幸いな時を持つことができました。


昨日の「御国に一緒に行く会」では、午前中はお互いの近況報告や祷告課題をみんなでシェアし合い、お互いのために祈るとても幸いな時を持たせていただきました。


そしてそのあとはお楽しみの「流しそうめん」のお昼。
これは私にとっては初体験。
美味しい天ぷらやその他のおかずも皆さんによって用意されていて、美味しい美味しいと言っているうちに、ついつい食べ過ぎてしまいました。


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お昼が終わると教会の会堂で今回のメインイベントである映画会。
会員みんなの事前の人気投票で「野のユリ」に決まっていました。


元ワーナー・ブラザーズ映画社の製作室長で字幕翻訳を専門としてこられた、FBフレンドの小川政弘さんが映画上映の前に見るべきポイントを簡潔にお話しくださり、さらに上映後には再びこの映画の特徴や教えられることを解説してくださいました。


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昔、この世界で有名だった故淀川長治氏顔負け、というよりはるかに淀川氏をしのぐ小川さんの名解説が私たち参加者全員の心を完全にとらえ、魅了しました。
映画だけだったら、「ふーん、なるほどね」で終わっていたところが、小川さんの解説がつくと映画の価値がそれこそ何百倍にもなり、みんな驚きました。


この映画で主演のシドニー・ポワチエは私の好きな俳優ですが、主演男優賞およびゴールデングローブ賞主演男優賞をダブル受賞するという歴史的快挙を遂げています。


「人間のエゴイズムは他者への感謝で乗り越えられる」という本当に素晴らしい映画です。お時間の許す方はぜひ映画の1シーンですが下の動画をご覧になってください。
お薦め度 No.1のシブいけど、スマートで後味のとても良い映画です。



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舟田式ひも勉強法 その22

2014.05.24日

 21. 学歴よりも学習歴


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今の世の中、日本に限らずどこの国でも、というかお隣の韓国や中国などがとくにそうなのですが、一般の人たちの間で「学歴」信仰がものすごいです。
上の写真の雑誌の記事じゃないですが、学歴が高いと出世、高収入、良い結婚、などと人は考えがちです。でもこのようなものに惑わされてはいけません。


うちの塾では高校受験シーズンが近づいてくると、面接練習を何度も繰り返してするのですが、「将来の夢は?」とか「本校に入ってしたいことは何ですか?」などという質問に対して、ほとんどの生徒が「貴校に入学したら一生懸命勉強し、卒業後は大学に進学してさらに勉強して、社会に貢献できるような人になりたいと思います」というような返事が戻ってきます。
まあ、確かに模範的な回答かもしれませんが、このように答えていた生徒のその後を見ると、高校卒業後大学に進学せず、そのまま就職している子もたくさんいます。別にそれが悪いと言っているわけではありません。
しかし、多くの生徒にとって「とりあえず大学を卒業する」というのがごく当たり前のようになっているようです。


でも、最近は昔と違ってそんなに甘くありません。大学を卒業しているからといって、希望するような職種、企業に勤められるとは限りません。
企業側ももうよく知っていて、◯◯大学を出ているからといって、それだけで採るようなことはしませんし、有名大学名にもそれほどこだわりません。
なぜなら、これまで散々そのような学歴に騙されてきているからです。


多くの人が思っているほど、学歴というものはそれほど大きな意味を持っていません。
なぜなら、大学生というとそのほとんどと言っていいほどが、在学中あまり勉強せずに取りあえず卒業に必要な単位は取るけれども、あとはアルバイトで明け暮れているからです。
まあ、確かにアルバイトも良い社会経験になり、社会に出てから大いに役立ちはしますが、大学の本来の目的である勉強しない、というのはどうかと思います。


大卒や大学院卒の高学歴を持っていても、社会に出てほとんど役立たない人だってたくさんいますし、逆に大学に行っていなくても会社でとても重宝する人材、自分で会社を興して大成功する人などいくらでもいます。
要は学歴じゃないということです。


それでは何が大切かというと、「学歴」ではなく「学習歴」なのです。
何を学んできたか、それを社会に出てどう活かすか、が何よりも大切なのです。
「社会に出て」と言う時、それは必ずしも「就職」という意味とは限らず、「結婚」や「子育て」、また「さまざまな人間関係」なども含まれますし、人として人生をいかにうまく、賢く生きるか、ということなども含んでいます。
つまり、大学を出たかどうか、どこの大学を出たか、よりも大切な「何を学んだか」、そして「それをどのように実生活の中で活かすことができるか」、これによって人生を何倍も有意義に、幸せに過ごすことができるようになるのです。


そして、これらはいつも言うように、一見すべて個々の「点」に見えるのですが、これらの一つひとつの点が結びついて「ひも」になっているのです。
また、「学習歴」は必ずしも学校での学びだけにとどまらず、アルバイトなどの経験や、読書やスポーツ、趣味や人間関係など幅広いもので、これらすべてから私たちは多くのことを学ぶことができます。


大卒などの外面的な資格などではなく、実質的な学びをしっかりし、また経験も積んでおいて、それらを将来の人生においてすべて役立たせるか、ということが「舟田式ひも勉強法」の大切なポイントなのです。
これは私自身の経験から言えることで、間違いありません。そして多くの人がきっと同意してくださることと思います。


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舟田式ひも勉強法 その19

2014.05.21日

 18. 好事魔多し
2年ほど前のことになりますが、授業中の教室の中に入って行きました。
すると、一番後ろの席に座っていた一人の女子生徒が通り過ぎた私に
「学院長」
と声をかけました。
「なーに?」
と言って振り返ると、ギョッ!
なんとその子がスカートをたくし上げて大胆に太ももを私に見せるのです。
私は見てはいけないものを見たと思い、即座に視線をそらしました。
「かゆいよ〜。あっ、血が出てきた!」
「おいおい、血が出るほど掻くなよ」
と、教えていたK先生。
スカートをたくし上げて太ももを見せたのはのAちゃんでした。
ああ、よかった!! 小学2年生のAちゃんで(笑)。
これが万が一にも中学生や高校生だったら大変なことです。もちろん、そんなことは絶対にあり得ないことですが。


「好事魔多し」という諺があります。物事が順調にいっている時ほど罠があったりするものだから、決して油断するな、という戒めです。


私自身は今、すべてが順調にいっているというわけではありません。
そして、誘惑が突然襲ってきたというような経験はありませんが、常に気をつけるようにしています(「金色夜叉」)。
なぜなら「私は大丈夫」と言っているような人で、様々な問題で失敗してきた人をこれまで数多く、身近なところでも見てきているからです。
また、社会的地位のある人や子どもを守るべき教師や大学教授、人を守る仕事をしている警察官、弁護士や裁判官、政治家などが恐ろしい事件を起こすこともしばしばです。
このような失敗は、老若男女問わず誰にも起こり得ることです。
私が日々起こす不注意によるミスなどはほんの小さなものですが、いくら注意してもし過ぎるということはありません。


勉強においてもこれは相通ずるところがあります。ここからが今日の「舟田式ひも勉強法」のテーマです。
うちの塾では中3生は毎年夏期講習の8月に第1回目の県規模の模試を行います。
みんな夏期講習で頑張っているのでその成果が出て、この模試の結果は本人たちも驚くほど良くて、志望校合格の判定が出る生徒がとても多いのです。
そこで私は、「油断大敵だよ。毎年、1回目の模試の結果が良かった人で2回目にがくんと大きく落ちる人がたくさんいるから」と警告するのですが、それにもかかわらず案の定、多くの生徒が2回目で成績を大きく落とします。なぜなら、1回目で良くなかった生徒たちが危機感を持って頑張り始めるからです。
そして、ここから3回目、4回目と模試の結果を上げていくのは至難の業です。というのは、受験が近づくにつれて受験生みんながさらに一生懸命勉強に取り組むからです。
以前、「蒔いた種を刈り取る」にも書きましたが、勉強をしなくてもできる生徒など一人もいません。


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学校の定期テストもしかり。中間で良かった人はともすれば期末で落としがちです。
部活やその他、人間関係においても同様です。
そして、これは私たち大人も同じです。
「好事魔多し」。調子の良い時ほど気を引き締めましょう。いくら注意してもし過ぎということは決して誰にもありませんので。
これらもすべて見えないひもでつながっています。


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新超ひも理論

2014.04.22日

これまで5回にわたって「勉強のひも」について書いてきました。


「勉強のひも」と書きましたが、実はこれは「勉強」に限らず、人の人生や人間関係や人の好みや趣味を始め、その他諸科学や芸術、地球や宇宙の諸現象、引いてはすべての事物の成り立ちや起源にも通じることで、私はこれを「ひも理論」と名づけようと思ったのですが、ネットで調べてみると既にその名称も、また「超ひも理論」も物理学の世界で存在していることを知り、敢えて「新超ひも理論」と名づけたのです。


ひも理論については、Wikipediaが的を射た説明していますので下に引用させていただきます。
超弦理論(ちょうげんりろん、英: superstring theory)は、物理学の理論、仮説の1つ。物質の基本的単位を、大きさが無限に小さな0次元の点粒子ではなく、1次元の拡がりをもつ弦であると考える弦理論に、超対称性という考えを加え、拡張したもの。超ひも理論、スーパーストリング理論とも呼ばれる。
宇宙の姿やその誕生のメカニズムを解き明かし、同時に原子、素粒子、クォークといった微小な物のさらにその先の世界を説明する理論の候補として、世界の先端物理学で活発に研究されている理論である。この理論は現在、理論的な矛盾を除去することには成功しているが、なお不完全な点を指摘する専門家もおり、また実験により検証することが困難であろうとみなされているため、物理学の定説となるまでには至っていない。


ちょっと読んだだけでは???という感じかもしれませんが、簡単に言うと、この宇宙の中のすべての成り立ちは超微粒子ではなく、超微粒「ひも」でできていて、すべてがつながっているということです。


このブログにもこれまで何度か量子物理学のことを取り上げてきましたが、私自身は物理学に関しては全くの素人、門外漢ですが、直感的に非常に納得がいきますし、またとても心そそられる分野です。


この難解な「ひも理論」を、私たちの日常生活レベルで語っているのが、私の「新超ひも理論」です。
もしこの広大な宇宙が点のようなバラバラの粒子の集まりで成り立っているのでなく、ひものようにつながりがあるとするならば、ましてや私たちのような極めて小さな存在で、有限な人間ならなおさらのこと、様々な点のつながりであるひものようなもので成り立っているということは容易に想像がつきます。
また、その方がはるかに私たちを納得させてくれ、人生に対してより深い洞察力が与えられます。


一例を挙げると、夫婦関係や親子関係、友人関係、同僚関係、師弟関係などすべての人間関係に、さらに広げると国家関係にも当てはまります。
言うまでもなく、これらの関係がうまくいくかこじれるか、戦争状態になるかなどは、すべてそれまでの数えきれないほどのお互いの関わり合い方の結果であって、「ある日、突然!」何か特別なことが起こったわけではありません。
これを言い換えると、すべての事象はそのときどきの出来事の積み重ねの結果、つまり何らかの原因があってその結果がある、ということができます。
ということは、現在起こっている出来事自体は変えることはできないが、これから先のことはどんなことでも自分の意志次第でほとんど変えることができると言えます。


つまり、個々バラバラに見えることでも、それぞれの間に存在する目に見えない引力のようなものですべてがつながっているのです。
これが、私の提案する「新超ひも理論」です。


私たちが今、この世に存在しているのは、母親が生み出してくれたお陰です。
しかし、父親も必要でした。
さらに、その父親にも母親にも同様に父親と母親が必要で、とどんどんさかのぼっていくと、当たり前のことですが一度も途切れることなくひものようにつながっていて、結局はみんな同じところにたどりつくことになります。


宇宙がある日突然、意味もなくビッグバンで生まれ、その後自然の流れで今日に至り、その過程で偶然に単細胞の生命が生まれ、それがどんどん進化していった結果、私たちが現在この世に生きているのだとすれば、人生には何の意味もなく、生きる目的もなくなり、「飲めや、食えや」でその日その日を面白おかしく生きていけばいいことになります。
でも、私たちは直感的にそうではないことを知っています。
このように「人生のひも」が見えると見えないでは、人生は180度変わってきます。


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政治家は金銭に関して襟を正せ

2014.04.08日
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そんなわけないだろ、と思いつつも、おかしい。〈除夜の鐘 税込み価格で108つ〉
◆第一生命保険の「サラリーマン川柳コンクール」入選100作品の一句である。数字を見ると時節柄、つい見境もなく消費税率を計算してしまう心境も分からないではない
◆あれを買っておこう。これは買い急ぐこともない。消費増税を目前に思案中の方は多かろう。通勤の駅で定期券を購入する人の行列を見たあとに新聞をひらくと、同じ数字の「8」でも別世界の出来事に感じられる。みんなの党の渡辺喜美代表が化粧品販売会社の会長から借りた8億円である
◆貸した会長は選挙資金として用立てたと証言しているが、渡辺氏は否定している。 酉とりの市の熊手など、「政治家として生きていく上で必要なもろもろ」の費用に充てたという。熊手ねえ
◆鐘は鐘でもこちらは『平家物語』祇園精舎の鐘を思い出させる。往年のパロディー集『 寶ほう石筥せきばこ 』(小社刊)に、選挙を勝ち抜く政治家を描いた一編がある。〈議員勝者の金の声、所業不浄の響きあり〉。使途も手続きも清浄そのものだと言い張るには、資料と説明が足りない。

(3月29日付 読売新聞 「編集手帳」より)


これは実に見事なコメント。
読んでいて思わず吹き出してしまい、また「うん、うん」と納得させられることばかりでした。
同日の読売新聞38面には「猪瀬前知事に罰金50万円」という記事が載っていて、その中で猪瀬さんは
「5000万円は選挙資金の側面もあった。これまで不正確な説明をし、おわびしたい」と謝罪した。
(中略)
猪瀬前知事は「『1億円を要請したことは100%ない』とか『選挙資金でないと断言できる』などの発言は、自分がそうするはずがないというおごりで述べてしまった」と謝罪。「個人の借入金」との説明を翻し、容疑を認めたことについて「責任を取ってけじめをつけたいと考え、検事に『処罰を受け入れたい』と申し出た」と説明した。


この猪瀬前知事の正直な罪の告白には好感が持てます。
しかし、冒頭の渡辺喜美代表の、8億円を酉とりの市の熊手など、「政治家として生きていく上で必要なもろもろ」の費用に充てた、という釈明には誰も納得できないことでしょう。
渡辺喜美代表にも正直に話してもらいたいものです。
また、このことをきっかけに、政治家たちはみんな金銭に関しては襟を正し、同じ間違いを繰り返さないように心から願うものです。


と、ここまで先日書いて、そのうちに結果が出るだろうと思っていたら、なんと1週間たった昨日、ようやく渡辺喜美代表が多額の借り入れ問題で党内が混乱した責任をとり、代表を辞任する考えを表明した、とニュース速報が流れました。
でも、ただ代表を辞任して責任を取るというのではなく、やはり猪瀬前東京都知事のように、正直に話してもらいたいです。政治家たる者、やはり国民に選ばれた代表ですし、ある意味お手本にならなければならない人たちですので。


今日の読売新聞編集手帳には、
「選挙に使ったとすれば公職選挙法に触れる。辞任しても疑惑は晴れない。酉の市で大きめの熊手を買ったのはもう分かった。ほかの使い道である」
とあります。
これまで、正義の味方のようにしていつも、猪瀬前都知事を始め他の政治家のモラルを問うてきた人ならば、ただ責任を取って代表辞任で決着を図るのでなく、ことの真相をはっきりさせ、謝罪すべき点は堂々と国民の前につまびらかにすべきだと思います。「酉の市で大きめの熊手」ではだれも納得しません。


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おお、オードリー!

2014.03.27日
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昨日、FBフレンドのSKさんのタイムラインに、故オードリー・ヘップバーンさんのことが書かれていました。
「心に響く真の美しさ、絶世の美女【オードリーヘップバーン】が愛した詩」というタイトルで次の詩が紹介されていました。(実際に紹介されていたのは一部でしたが、全文をここに引用します)


時を越えた美しさの秘密


魅力的な唇であるためには、美しい言葉を使いなさい。
愛らしい瞳であるためには、他人の美点を探しなさい。
スリムな体であるためには、飢えた人々と食べ物を分かち合いなさい。
豊かな髪であるためには、一日に一度子供の指で梳いてもらいなさい。
美しい身のこなしのためには、決してひとりで歩むことがないと知ることです。


物は壊れれば復元できませんが、人は転べば立ち上がり、失敗すればやり直し、挫折すれば再起し、間違えれば矯正し、何度でも再出発することができます。
誰も決して見捨ててはいけません。
人生に迷い、助けて欲しいとき、いつもあなたの手のちょっと先に助けてくれる手がさしのべられていることを、忘れないで下さい。


年をとると、人は自分にふたつの手があることに気づきます。
ひとつの手は、自分自身を助けるため、もうひとつの手は他者を助けるために。


女性の美しさは 身にまとう服にあるのではなく、その容姿でもなく、髪を梳くしぐさにあるのでもありません。
女性の美しさは、その人の瞳の奥にあるはずです。
そこは心の入り口であり、愛情のやどる場所でもあるからです。
女性の美しさは、顔のほくろなどに影響されるものではなく、その本当の美しさは その人の精神に反映されるものなのです。
それは心のこもった思いやりの気持ちであり、時として見せる情熱であり、その美しさは、年を追うごとに磨かれていくものなのです。

- サム・レヴェンソン


オードリー・ヘプバーンがとても好きだった詩で、亡くなる年の最後のクリスマス・イヴに、2人の息子、ショーンとルークに読み聞かせたものだそうです。
この詩の原文は、アメリカの詩人サム・レヴェンソンが孫娘の誕生に贈った手紙にあり、彼の詩集『時の試練を経た人生の知恵』に収録されているものです。


私は若い頃からヘップバーンの大ファンで、おそらく彼女の映画は全部、それも何度も繰り返し観たのではないかと思います。
また、映画界から引退してからはユニセフ親善特別大使として全世界を飛び回って活躍していらっしゃったことも、彼女に非常に好感を持っている理由になっています。
63歳という若さ(今の私の年齢)で亡くなったオードリーの晩年はもちろん若い頃のような可愛さや華やかさはありませんが、内側からにじみ出る美しさがとても印象的でした。


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さすがに、上に引用した詩が大好きだと言っていたオードリー・ヘップバーンだけのことがあります。
まさに彼女はそのような素晴らしい人生を送った方だと思います。
私たちも彼女に見習いたいものです。
おお、オードリー!


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ハーバード大学の図書館にある名言?

2014.03.26日
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大学図書館としては世界最大級のハーバード大学図書館。米国議会図書館に次いで全米2位の蔵書数といいます。(画像をクリックすると拡大されます)
ここは24時間開館していて、勉学・研究に励む学生、研究者らも多くいます。
この「ハーバード大学の図書館のらくがき」と称した記事が今、Facebook上でシェアがまた別のシェアを呼び、あちらこちらで紹介されています。
日本語訳もまちまちですが、下に挙げるのは舟田の私訳によるものです。
「ハーバード大学の図書館の壁に落書きされている」というのですが、アメリカのいくつかの大学院に留学した私自身の経験からして、「落書き」という言葉が信じられなく、ネットで調べたところ、案の定これは根も葉もない作り話(Ask a Librarian)だということがわかりました。出処は5年ほど前から流れ始めた中国のネットで、今、日本に入ってきて、ブームを巻き起こしているようです。


 1. Sleep now and a dream will come out; Study now and a dream will come true.
(今、眠りなさい。そうしたら夢を見るだろう。今勉強しなさい。そうしたら夢は実現するだろう)
 2. Today you wasted is tomorrow loser wanted.
(あなたが無駄に過ごした今日は、人生の失敗者が望んでいた明日だ)
 3. The earliest moment is when you think it’s too late.
(一番早い時というのは、あなたがもう手遅れだと思った時)
 4. Better do it today than tomorrow.
(明日やるより、今日やる方がはるかに良い)
 5. The pain of study is temporary; the pain of not study is lifelong.
(勉強の苦痛は一時的なもの、しかし勉強をしない結果の苦痛は一生もの)
 6. You never lack time to study; you just lack the efforts.
(勉強する時間が足りないのではない。ただ努力が足りないだけだ)
 7 There might not be a ranking of happiness but there is surely a ranking of success.
(幸福には順位などというものはないかもしれない。しかし成功の順位は確かに存在する)
 8. Studying is just one little part of your life; loosing it leads to loosing the whole life.
(勉学は人生の中のほんの一部に過ぎない。しかし、勉学をしないことは全人生を失うことにつながる)
 9. Enjoy the pain if it’s inevitable.
(避けることのできない苦難は楽しめ)
10. Waking up earlier and working out harder is the way to success.
(早起きと勤勉は成功への道だ)
11. Nobody succeeds easily without complete self-control and strong perseverance.
(完璧な自己管理と強い忍耐力なしに成功はあり得ない)
12. Time passes by.
(時は流れる)
13. Today’s slaver will drain into tomorrow’s tear.
(今日のたわ言は、明日の涙となる)
14. Study like a dog; Play like a gentleman.
(犬のように学び、紳士のように遊べ)
15. Stop walking today and you’ll have to run tomorrow.
(今日歩くのをやめよ。そうすれば明日走らなければならなくなるだろう)
16. A true realist is one who invests in future.
(本物の現実主義者というものは、将来に投資する)
17. Education equals to income.
(教育は収入につながる)
18. Today never comes back.
(今日という日は二度と戻ってこない)
19. Even at this very moment your competitors keep reading.
(今この瞬間にも、あなたの競争相手は本を読み続けている)
20. No pain, No gain.
(苦なくして得ることなし)


でも、ここに言われていることはどれもこれも本当に最もなことばかりで、たとえ出処がハーバードでなくて中国であろうとも、その名言の価値にはなんら影響ありません。というか、ひとつずつよく読んでいくと、なんとなく論語調の中国臭さがないわけでもありません。
出処がどこであろうと、私たちみんなが一人ひとり、このような意識を持って毎日の生活に臨み、勉学や自己管理、忍耐力や努力、勤勉など、ここに教えられていることを実行していくなら、これはもう成功間違いなしです。
まずはこのうちから一つでも二つでも試し、そこからまた一つずつ増やしていってみて、これが真実だということをぜひ実証してください。


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恐れていることをしなさい

2014.03.21日

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"Do the thing you fear, and the death of fear is certain."
-- Ralph Waldo Emerson
「恐れていることをしなさい。そうすれば恐れは確実に死に絶えます」(舟田私訳)
(ラルフ・ウォルドー・エマソン)


エマソンについては、これまでもこのブログで何度か取り上げてきました(「百聞は一見に如かず?」「エマソンに、そしてトレーシーに感謝!」ほか)。
エマソンはとくに数多くの著書の中に残した名言で有名です。


ブライアン・トレーシーの昨日のメールマガジンで紹介された今日の名言からも深く教えられます。


私たちはとかく未知のものやことに対して恐れを抱きます。
そしてその結果、それから逃げようとします。
新しい環境、新しく出会う人、結婚、仕事、学業、食べ物、その他身の回りのものやことなど挙げ出せば切りがありません。
でも、逃げてはだめなのです。逃げている限り、問題の解決は決してありません。


面白いことに、唯一の問題解決の方法は、逆にそれに立ち向かうこと、すなわち逃げずにやってみることなのです。
このことは、私たちはみんなこれまでの人生で大なり小なり経験してきています。
「思い切ってやってみたら意外とうまくいった」「やっているうちにできるようになった」というものです。


幼稚園や小学校へ上がった頃、初めて乗る自転車がそうです。
誰でも最初は恐いものです。そして、現在体操選手やサーカス芸人をやっていてものすごいアクロバットをこなす人たちですら、最初からものすごく上手に自転車に乗れたという人はまずいないでしょう。
しかし、よほどのことがない限り、一応誰でも練習するなら自転車に乗ることはできるようになります。


つまり、恐いことでもチャレンジしないことには、何も始まらない。
やってみたらうまくいったというふうに、恐れの一番の克服法はそれをすることなのです。


「恐れていることをしなさい。そうすれば恐れは確実に死に絶えます」
このことを肝に銘じておきましょう。
必ずこれが役立つことが、これからの人生において何度もあるはずですから。


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今日の感動

2014.03.13日

美徳杜での生活は今日で4日目です。
午前中は5人のお母さん方が、美徳杜で主催されたお料理教室に見えました。
私も同席させていただき、前半の長野眞弓代表による栄養学の講義をご一緒に受けさせていただきましたが、常識を覆されるまさに目からウロコのような貴重な体験でした。
栄養学や食生活についてもっとも大切なことを根本から教えていただき、本当に感謝でした。


後半は参加者の方々がお料理の実習をされましたが、その間、私は東京から来た現在中学3年生と小学5年生の兄弟の英語を個人レッスンさせていただきました。
長野さんから、塾の英語の先生がこちらに来ていて英語を教えてもらえるよ、と知らされた二人はなんと自分たちで自宅から高速バスに乗ってここ山梨県の美徳杜まで、学校を休んでやって来たのです。


このご兄弟、兄の方は学校では知恵遅れなど、問題児として特別支援学級にずっと入れられていて、弟の方は病院でADHD(注意欠如・多動性障害)とアスペルガー(広汎性発達障害)の複合性障害と診断されていたそうです。


お母様の知り合いの方の紹介で、去年の6月に兄弟二人でここ美徳杜に来られたとのこと。
最初のうちは、母親に対する暴言・暴力や、大声でわめき叫ぶなど、大変な状況だったそうですが、弟さんは9月に自宅に帰れるほどにまで回復され、お兄さんは12月に帰宅。


この辺りのバックグラウンドを聞いていたので、覚悟してレッスンに臨みました。
すると、小5の弟さんの方は中3レベルの結構難しい問題を、文法・読解・英文和訳・和文英訳などをほとんど間違いなくスラスラと解くのです。
中3のお兄さんは、この4月から私立高校の普通科にご入学ということで、学校から出された中1〜3の総合問題集をbe動詞の基本からやっていきました。まだまだ曖昧な知識で間違いはところどころ犯すのですが、一つひとつ教えるときちんと理解し、かなりの精度で問題を解いていきます。


もう私はそれこそびっくり仰天。
小5の弟さんなど、今の時点で英検3級を受けても間違いなく合格するというほどの力です。
それだけでなく、二人とも落ち着いていて礼儀正しく、言葉遣いは丁寧で、しかも集中力もあり、勉強を全然嫌がりません。


お料理教室で皆さんがお作りになったすごく豪華なお弁当をお昼にいただき、そのあとまた夕方5時半頃にご両親が東京から車でお迎えに来られるまで、ずっと集中して勉強しました。


腰かけていたテーブルのすぐ横に大きな紙に書かれた
「健康のための15カ条」
というものが貼ってありました。




そこで二人に尋ねました。
「この中で、ここに来て今のような状態になるのに役立ったものはどれだと思う?」
すると二人は別々に答えたのですが、同じ答えが戻ってきました。
「6番の食事と8番の規則正しさ、14番の清い生活」
「清い生活って具体的にどういうこと?」
「ゲームをやらなくなったこと」


なるほど、そういうことだったのか。
先日の記事、「どうせバカさ」の中に書いたように、生まれつきの「バカ」なんていないんです。
大切なのは環境と訓練で、それ次第で人生はどうにでもなります。
私はこの二人の兄弟の将来に大きな期待を託して、車でお迎えに来られたご両親と一緒に玄関で見送りました。


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横棒〈一〉が生み出す大きな違い

2013.12.27日

一方通行の道を、向こうから逆走してくる車がある。正しいのはこちらだからといって、走り続ける人はいない。ブレーキを踏み、止まる。
◆〈正〉と〈止〉は横棒1本の違いである。自分が正しくとも横棒は胸にしまい、事故を避けて止まらねばならない。靖国神社に“電撃参拝”した安倍首相の安全意識は、はなはだ怪しい。
◆国のために命を捧(ささ)げた人たちに尊崇の念を示すことも、追悼に他国の干渉は受けないという信念も、「不戦の誓い」の一言一句も、どれも正しい。一方通行を逆走するがごとき中国や韓国の過剰な反発が間違っている。
◆それはその通りだが、車の運転も、政治も、つまるところは結果である。在日米国大使館は「近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに米国政府は失望している」との声明を発表した。普天間問題がようやく動きだそうというその時に、無二の親友である米国の期待を裏切る。〈正〉に酔って〈止〉を忘れた手痛い誤算だろう。
◆横棒1本の有る無しで意味が変わる漢字の組み合わせは、ほかにもある。首相の誤算が国益の〈幸〉を〈辛〉に変えなければいい。

(12月27日付 読売新聞1面「編集手帳」より)


読売新聞と言えば、政府支持の保守系新聞社ですが、その第1面の「編集手帳」にこのように書かれるぐらいですから、今回の安倍首相の靖国神社参拝は確かに配慮に欠くものだったと言われても仕方ありません。首相が、いくら「不戦の誓い」と言っても、聞き手がそのように受け取らず、中国・韓国との緊張が増すようであれば、これはアメリカや欧州各国が言うように配慮に欠けた行為だったと言われて当然です。


国際関係というのは実に複雑怪奇で、そう簡単に思うようにいくものではありません。
国立追悼施設の設置とか、靖国神社のA級戦犯たちの分祀など、隣国との摩擦を避ける方法は必ずあるはずで、口で「不戦の誓い」を訴えるだけでは確かにだめでしょう。


しかし、引用した「編集手帳」冒頭の、〈正〉と〈止〉の横棒一本の違いの例えは、本論に導くのに見事に使われています。


最後に使われた〈幸〉と〈辛〉の例えは、横棒一本と考えると、あと一歩の努力で〈辛〉を〈幸〉に変えると見ることもできます。
たとえどんなに困難な「辛い」状況にあっても、一歩前に歩を進めることが、「幸い」に変わることは何事においてもよくあることです。


私も今の「辛い」健康状態を「幸い」に変えるため、毎日何かできることを探し、たとえ小さな一歩でも前に進めるよう努力しています。
今週の月曜日は海岸の砂浜を2時間近くも歩いて、翌日と翌々日は筋肉痛になり、そのあとは雨が続き、体調も良くなかったため家から一歩も外に出ませんでした。


でも、今朝は曇り空で少し寒かったものの思い切ってウォーキングに出かけました。
しかも、トレーニングジムのマシーンでやっているように勇気を出して速歩とジョギング(と言ってもほんの数百メートル単位)を繰り返しました。
最初寒かったのが、しばらくすると暑くなったぐらいです。
小さな一歩ですが、健康回復に向けての前進です。


今日も大磯海岸を歩きました。
ここは昔、柿谷牧師も私も洗礼式に使っていたところです。
また、うちの塾で毎年夏にバーベキュー大会をした懐かしいところでもあります。



今日は、ここを通過して高麗山の周囲をぐるりと一回りして、2時間で13kmあまりをこなしました。


また、「辛い」を「幸い」に変えるために、上のにように「努力」の横棒一本を加えるだけでなく、私は「十」を 加えています。これでも「幸」になります。私にとってこの「十」は「十字架」で、信仰を表します。
運動とともに、信仰の力で「辛い」を「幸い」に変える努力も毎日怠らないようにしています。


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爽快 勧善懲悪物語

2013.12.20日

昨日のブログ「真の友、魂の家族」に大好きな作家、三浦綾子さんの『生きること 思うこと』を読んだということを書きました。
また続けてうちにあるほかの三浦綾子さんの本を読もうと思っていたのですが、思いもかけず娘が私に5〜6冊の本を貸して、読むのを薦めてくれました。
いずれも児童書です。
児童書なんてもうそれこそ子どもの時以来読んでいません。いや、『星の王子さま』は、何度か読みました。
今日読んだ本はロアルド・ダール著 『マチルダはちいさな大天才』です。


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ロアルド・ダールは児童文学をたくさん書いていますが、意外なことになんとあの有名な映画『007は2度死ぬ』の脚本家でもありました。
児童書なので確かに内容は荒唐無稽、子どもの読者を頭に書いてはいるのですが、中身は結構深い。
訳語は非常にこなれていてうまい。しかし、中に使われている語彙が児童相手にしてはかなりレベルが高いのです。たとえば、
邪悪、賢明、早熟、感嘆、深紅色、緑の苞、呆然、厩舎、後見人、思慮深い、暴君、牛耳られる、見下げはてた、汚水だめ、早急に、抱擁、等など。
えっ、これ小学生の知っている言葉なの?と思ったほどですが、娘は12歳ぐらいの時に、さほど違和感なく読んだと言います。


さて、ストーリーはひと言で言うと「勧善懲悪」物語で、実に爽快です。
娘が私の健康状態を察して、この本を薦めてくれたのだろう、と優しい心遣いがひしひしと伝わってきました。
これは正直なところ、児童書というよりも、我々おとなが読むべき本ではないかと思ったほど、私たちが生きるべき道を読者に伝えてくれています。
内容はここで言うとネタバレになってしまうので、ご興味のある方は上のリンク先からどうぞ。


以前は大好きで、全作品を読んだミステリー作家、シドニィ・シェルダン(「明日がある」)は最近はあまり波長が合わず、読み始めるとだんだん気が重くなってきて途中で読むのをやめたのが何冊かありましたので、娘が本当に良い本を薦めてくれたと感謝している次第です。
さて、今晩はこれから次の本に進みます。楽しみです。


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松井秀喜の成功の秘訣は

2013.12.16日

松井秀喜さんと言えば、言わずと知れた日本を代表するアスリート。
1993年、石川・星稜高からドラフト1位で巨人入団。セ・リーグ最優秀選手(MVP)3度、本塁打王と打点王それぞれ3度、首位打者1度。
2003年にフリーエージェント(FA)移籍で米大リーグのヤンキース入り。09年のワールドシリーズで日本人初となるMVPに選ばれた。
昨年12月に現役引退を表明。今年5月、東京ドームで引退セレモニーと国民栄誉賞の表彰式が行われた。


私もあのシーンをはっきりと覚えています。
1992年の夏の甲子園。松井選手は全打席敬遠され、1度もバットを振ることなく最後の夏を終えました。
全国的な論争に発展しました。
でも松井選手は、その時のことを次のように語っています。
「あの場で僕は打って有名になったわけじゃない。その後、あそこで敬遠されるほどの打者だということを証明しないといけないなという気持ちが潜在的にあった気がします。巨人でプレーしている自分の姿を見て、『松井だったら高校時代ああいうことをされても仕方なかったんじゃないかな』と、誰もが思うくらいの選手にならなければいけないという思考回路。そういう意味では非常にプラスだったし、感謝しなければいけない。高校時代の最後が打てない形で終わったのは悔しいとは思わない。悔しいのは、負けたことだけですね」


「高校時代、山下智茂監督からは、人間としてどうあるべきかとか、男としてどうあるべきかなどを学んだ気がする。もちろん、勝って甲子園に出ることは大事な目標だし、素晴らしいことですけど、それ以上に大事なことがあるんじゃないかと。いつも言われたのは、そこに花があるとしたら、花は一番目立ってきれいだし、スターに見られる。でも、それを咲かせているのは土の部分だと。うちの生徒は土のような人間になってほしいといつも言っていました。そこが一番大事なんだよと」
(以上、12月15日付 読売新聞23面 「敬遠 悔しくなかった」より一部抜粋)


松井選手のこの言葉を読んで、うーんとうならされました。
「土のような人間になる」
人というのは目に見える部分はほんの一部分で、おそらく99.99999...%以上は土の中、すなわち目に見えない部分から成り立っています。
松井選手も言っているように、実はこの部分が本当に一番大切なのです。


巨人在籍中過ごしていた巨人寮の松井選手の部屋の畳が素振りで擦り切れていたことは有名で、寮が今春改築される際、この「松井部屋」は永久保存されることになったほどで、今も新人選手たちは必ずお参りします。


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松井選手の陰での何万回、何十万回の素振り。これが土の部分で、冒頭の彼の立派な足跡はいわば花の部分です。


これは人生、どんなことにも通じます。
生徒や学生であれば、勉強や部活の成績や進学、就職、その後の仕事、結婚、家庭生活、人間関係等などすべてそうです。


「すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ」
(マタイによる福音書7:17)
良い地に良い種を蒔き、水や栄養をたっぷり与え、地に深く根を張り、やがて良い木に育つと、良い実を結ぶのです。
人生もまったく同じです。
それを教えるのが親や教師、先輩などの務めではないでしょうか。


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現代版鼠(ねずみ)小僧 御用

2013.12.12日




 大阪府内の民家で空き巣を繰り返したとして、府警捜査3課は11日、同府和泉市池田下町、無職出水衛被告(48)(公判中)を窃盗容疑などで逮捕、送検した、と発表した。
 出水被告は飼い猫や野良猫計約120匹の世話で年間約900万円使っていたといい、「餌代を稼ぐために90回ほど盗みをやった」と供述している。
 発表によると、出水被告は7月17日、同市内の民家に侵入、現金やネックレスなど(総額22万円相当)を盗んだ疑い。府警は、昨年9月から逮捕される今年9月までの32件(総額1920万円相当)を裏付け、うち4件が起訴された。
 出水被告は、自宅近くに月3万円で倉庫を借りて猫約20匹を飼育。毎日、近くのスーパーで5キロ分のアジや鶏肉を買い、飼い猫だけでなく、市内の公園や駐車場などにいる約100匹の野良猫にも食べさせていた。
 以前は餌代をアルバイトなどで賄っていたが、2年前に失業したという。「猫を抱くのが至福の時だった」などと話している。

(12月12日 読売新聞 「空き巣で"稼いだ"900万、猫120匹の餌代」より)


この記事を読んで一番に思い出したのは、昔子どもの頃よく映画やテレビで観た「鼠小僧」でした。
以下はWokipedia「鼠小僧」より一部抜粋したものです。
「鼠小僧について『金に困った貧しい者に、汚職大名や悪徳商家から盗んだ金銭を分け与える』と伝説がある。実はこの噂は彼が捕縛される9年も前から流れていた。事実、彼が捕縛された後、役人による家宅捜索が行われたが盗まれた金銭はほとんど発見されなかった。傍目から見ると彼の生活が分をわきまえた慎ましやかなものであることから盗んだ金の行方について噂になり、このような伝説が生まれたものと考えられる。
しかし現実の鼠小僧の記録を見るとこのような事実はどこにも記されておらず、現在の研究家の間では『盗んだ金のほとんどは博打と女と飲酒に浪費した』という説が定着している



太字で記したこの解説の最後の部分は私にとっては初耳で、これまで映画やテレビを通して知っていた、英雄として描かれた義賊のイメージが強かったので、正直がっかりでした。


冒頭の記事「空き巣で"稼いだ"900万、猫120匹の餌代」の犯人は、自ら鼠小僧のようなつもりでいたのでしょうか。
万が一にも、猫を本当に自分の命のように愛し、どうしても見捨てておけなかったとしても、人の家に無断で入って盗みを働き、それを猫の餌代にしていたというのは、猫の神様がいたとしても、やはり認めてはくれないことでしょう。
もし彼が、毎日ドブ川の中に入って、猫の餌となる鼠や魚を獲っていたとしたら、これは本物の愛で、猫からも愛され、社会からも感謝されていたことでしょう。


義賊と言えば、中世イングランドのロビンフッドの物語が有名ですが、これは伝説上の人物です。
英語には、
Even Robin Hood was a thief.
(義賊とは言っても所詮は盗人)
という諺もあるほどで、やはり盗みは盗み、決して認められません。


「あなたがたは、その実によって彼らを見わけるであろう。茨からぶどうを、あざみからいちじくを集める者があろうか。
そのように、すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。
良い木が悪い実をならせることはないし、悪い木が良い実をならせることはできない」

(マタイの福音書7:16-18)


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三日坊主をクリアする方法

2013.11.14日

先月の25日、「今日は久しぶりの休日」に、近くの体育館のトレーニングジムに行き始めたことを書きました。
そしてそれに続き、「心身魂の鍛錬」で2回目のジムに行った旨をお伝えしました。
この体育館は年末年始の一週間だけが休みということで、「すごい!」と驚いていたのですが、ちょっと驚くのが早過ぎました。


その直後の11月4日〜11日まで1週間休館となり、気を削がれてしまいました。
でも、今の私はそれぐらいのことではへこたれません。
再開された一昨日行って、さらに今日も行ってきました。
なんと今日は4日目で「三日坊主をクリア」したのです。



(ウォーキングをしているところ)


今年の始めのブログでも「三日坊主になるかどうか…」という記事の中に「今年の目標は健康管理」と書いたのですが、思い返せばこれまで三日坊主だったことは数え切れないほどありました。


子どもの頃は、新年を迎えると今年こそは毎日日記をつけると自分に誓いながら、いつも三日坊主でした。
毎日、予習・復習をする、なんていうのは、三日も続きませんでした。
三日は続いても三か月続かなかったことや、三年しか続かなかったこともたくさんあります。


信仰はこれまで36年間続き、これはもう死ぬまで絶対に続けられる自信があります。信仰が楽しくなり、私の人生の基盤、揺るぎない信念、生活の一部となってしまったからです。
幼稚園の頃から英語が好きで、大きくなったら絶対に英語を自由に話せるようになりたい、という目的と目標を持ち、英語の勉強を楽しんできた結果が今日の私につながっているのも同じです。


今年の目標は健康管理と書いて、これまで三日坊主に終わらずにウォーキングや健康食などがずっと続いているのは、やはり明確な目的と目標があり、それを楽しんでいるからです。


何事もそうですが、明確な目的と目標があると、これは強いです。さらに、いやいやしたりするのではなく、それをすることの中に楽しみを見出すこと。楽しみながらやっていると、これは続き、そして繰り返しているうちに習慣になり、逆にするのが当たり前になってしまいます。


つまり、三日坊主をクリアする方法は、それをするための「明確な目的と目標」を持つこと、そしてそれをするのを「楽しむ」こと。あとはその目的と目標を達成するまで毎日繰り返すことです。


これは勉強や仕事やスポーツ、趣味など、どんなことにも言えます。
皆さんもおそらく、ご自分のこれまでを振り返ってみると、長く続いているものは、やはりそれをする目的と目標があったこと、そしてそれを楽しんできたからではないでしょうか。


これから何かチャレンジしようと思っていることがあるならば、ぜひともこの「目的と目標と楽しむ」の三点セットをお試しください。きっとうまくいきますよ。


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両親の愛情たっぷり受けて

2013.11.13日

昨日「甘ったれるな!」という記事を書きました。
レーナ・マリアさんは両腕がなく、左足が右足の半分の長さしかないという大きなハンデを持ってこの世に生まれてこられましたが、ご両親の愛情をいっぱい受けて育たれました。


1988年のソウルパラリンピックでは、両腕がないにも関わらず、背泳4位、自由形5位、平泳ぎ6位入賞というとてつもない記録を出して世界の注目を集めました。
私なんか両腕、両足、それこそ五体満足な身体でありながら、パラリンピックでどんな競技に出ても、それこそ最下位間違いなしの心身ともに弱い者です。第一からして、両腕がなくて背泳、自由形、平泳ぎができるということ自体が私の限られた頭では理解不能です。


以前、「五体不満足」という記事の中で乙武洋匡さんのことを書きましたが、人の幸不幸は健康や物質的豊かさなどによるものではないのです。


冒頭に書いたレーナ・マリアさんが、去年日本に公演にいらっしゃった時のテレビCMをYouTubeで見つけました。とても感動的なのでお裾分けさせていただきます。
昨日のブログに載せた動画には彼女の歌声しか入っていなかったので、彼女の普段の姿を垣間見ることは私たちにとって大きな励みになります。
障がいの辛さなど微塵も感じさせない彼女の笑顔、輝きをご覧になってください。ご両親の愛情をたっぷり受けて育ってこられたレーナ・マリアさんを。
(ビデオの字幕中「2つの足がなくても」は、「2つの手がなくても」の誤りです)



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羊頭狗肉

2013.11.05日




(11月5日付 中日新聞より)


缶詰のラベルに〈牛肉風うま煮〉。中身は馬肉である。実在の品か、笑い話か、実否のほどは不明という。世相語の採集で知られた国語学者の見坊(けんぼう) 豪紀(ひでとし)さんが『〈’60年代〉ことばのくずかご』(筑摩書房)に書き留めている。
◆まあ、嘘(うそ)は言っていない。当節が当節だから、嘘だけはつかない心掛けに誠実味を感じてしまうところが悲しい。あちこちの有名ホテルで、レストランのメニューから“偽装”も同然の「誤表示」が明るみに出ている。
◆「小ぶりのエビは、すべて〈芝海老〉と表記していいと思っていた」という記者会見での言い訳には笑ってしまった。
◆ひょっとすると、霜降りの牛肉はすべて「松阪牛」と表示していいと思っているのかも知れない。俗に〈一文儲(いちもんもう)けの百失い〉という。たかだかナンボかの後ろ暗い儲けと引き換えに、信用の暖簾(のれん)に泥を塗ってどうする。
◆西洋のジョークより。「ボーイ君、これは仔牛(こうし)の肉かね? それとも、普通の牛肉かね?」「区別がおつきになりませんか?」「うん、つかないなあ」「それなら、どっちだっていいじゃありませんか」。それを言っちゃあ、おしまいよ。

(11月11日付 読売新聞「よみうり寸評」より )


確か中学の時、国語の時間に「羊頭狗肉(ようとうくにく)」の四字熟語を学びました。
ネットの四字熟語辞典には次のようにあります。
「狗肉」とは、犬の肉のこと。
羊の頭を看板に掲げながら、実際には犬の肉を売ってごまかすことから。
『無門関・六則』に「羊頭を懸けて狗肉を売る」とあるのに基づく。
また、『晏子春秋』には「猶牛首を門に懸けて馬肉を売るがごとし」とある。
【出典】 『無門関』
【注意】 「羊頭苦肉」と書くのは誤り。



「車海老といいながら実際はブラックタイガーだった」など、次から次へと発覚する今回の一流ホテル、レストランの偽装表示事件、ルーツはここにあったのですね。
上にご丁寧にも、【注意】 「羊頭苦肉」と書くのは誤り。とありますが、ホテルやレストランのお詫びの記者会見で語られる「小ぶりのエビは、すべて〈芝海老〉と表記していいと思っていた」とか「誤表示」だったという、これぞまさしく「苦肉」の弁明。


確かに上の西洋のジョークじゃありませんが、仔牛の肉か牛肉かなんてプロでもない限りわかりませんよ。「それなら、どっちだっていいじゃありませんか」というわけにはいきません。


企業の場合、こういったことがどこからか漏れて明るみに出ると、お詫びの記者会見とか、取締役辞任とかでまあ何とか片を付けるわけですが、このたびの秘密保全法ではそうはいきません。
「羊頭狗肉」以上に、非常に危険な臭いがプンプンします。
冒頭の小泉元首相のような「外野党」が必要になってきました。


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昨日の大きな収穫

2013.11.03日

「実るほどに頭を垂れる稲穂かな」という記事をずいぶん前に書きましたが、昨日は散歩してしてまさにこの文字通りの光景をたくさん目にしました。



このことわざは本来、人の謙遜さをうたったものですが、その由来である実物も当たり前のことですが、その通り「実って頭(こうべ)を垂れて」刈り入れを今か今かと待っているようでした。


隣同士の田んぼで、すでに刈り入れが終わっているところもあれば、刈り入れを待っているところ、さらにはまだ色づいていない成長の遅い稲もあり、素人考えながら不思議に思いました。
植えられた苗の問題なのか、その時期なのか、それとも土地の質(栄養状態)の問題なのか私にはまったくわかりません。



昨日も体育館のジムに行きました。
そのすぐそばの田んぼで、刈り入れが終わったところにご夫婦で藁を蒔いていらっしゃる方があり、立ち止まってお声をかけました。



「それは田んぼの養生のためにしていらっしゃるんですか?」
「ああ、そうじゃよ。これから寒くなるから、土地を冷やさないようにな」
「お宅の田んぼは早くに刈り入れが終わっているのですが、向かいの田んぼは十分に色づいているのになぜ刈り入れをしないんですか?」
「わしらは歳取ってもう暇だからいつでもできるけど、この辺の田んぼをやってる人で農業専業の人はほとんどなくて、みんなサラリーマン兼業なんじゃよ。それで、稲刈りをするにも手がないもんだから、土曜とか日曜にやったりするからなかなかできんのじゃ」
「へえ〜、サラリーマン兼業なんですか」
「そう、今どき農業だけでは食っていけんから、みんな働いとる。うちなんかも、これで自分とこの分だけで、売るところまでいかんよ」
「そうなんですか。大変ですね。最近は自動稲刈り機をよく見ますが」
「もう今はみんなあれを使っとる。手で刈り入れやっとるとこなんかほとんどない。けど、あの機械安いもんでも100万ぐらい、高いもんやと1000万もするよ」



(後ろに見えるのが体育館)

「へえ〜、そんなに高いんですか。あと、この近くの田んぼを見てたら、まだ青いまんまの稲もあったんですが、あれはどうしてですか?」
「あれは肥料のやり過ぎじゃよ」
「肥料はやり過ぎてもだめなんですね」
「あと、いつ田植えしたかとか、日当たりとか、土地とか、いろいろあるなぁ」
「台風で稲が倒れているところもたくさんありましたが、あれでも刈り入れはできるのですか?」
「ああ、あれは手でやりよるよ」
「普通、刈り入れって9月から10月じゃないんですか?もう11月ですけど」
「台風があったのと、刈り入れの手がないのと、まあちょっとでも遅らして実を大きくしようと思っとるんじゃろ」
「なるほど、よくわかりました。ありがとうございました。頑張ってくださいね」


このご夫婦と話していて思いました。
人間も同じだなぁと。
成長の早い人もいれば、遅い人もいる。
田んぼにおいて日差しなど、見たところ同じ条件のように思われるところで育っても異なる結果が生まれる。
それこそ同じ親からでも、全然違う兄弟姉妹が生まれてくる。
栄養を与え過ぎてもだめ。
同じ田んぼで取られた米でさえ、みんな同じ味ではない。美味しいのもあればそうでないのもある。
私たちにはその理由はわからない。
しかし、現実にみんな違う。


でも、それで当たり前なんだ。
人も顔も違えば、身体の大きさや性格も、能力もみんな違う。
だからこそ、みんなが必要で、誰ひとりこの世に不必要な人なんかいない。
神様はよくご存じだ。


でも、それでは人に迷惑をかけたり、暴力を振るったり、さらには人のものを盗んだり、騙したり、殺したりする人がいるのはなぜ?
そうか、これが聖書の言うところの「罪」で、今、大きな問題になっているホテルやレストランなどの産地偽装、表示偽装なども全部納得がいく。
逆に言うと、人間の罪の問題を解決せずに、この地上において、みんなが住みやすい、安心できる社会、あるいは国、世界などできるわけがないのだ。


というわけで、昨日は農家の方から多くのことを教えていただきました。これが私の昨日の大きな収穫でした。


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小さな一歩一歩の積み重ね

2013.10.21日

昨日は朝起きた時から体調不良で、朝食後もう一度寝直しました。
その後も思うように回復しなかったのですが、先日書いた記事「やる気が出ない時」を思い出して、それに従って行動することにしました。


洗濯したり、掃除をしたり、網戸を洗ったり、ウォーキングに出かけ、ついでに買い物をして、戻ってきてからは料理にとりかかりました。
野菜スープを作りました。
正直、辛かったのですが、動いているとそのことに集中して気分転換になり、結果的に良かったと思います。
スープも結構美味しくて大満足でした。


昨夜はくたくたに疲れていたので夜はぐっすり眠れました。
そしたら、今朝は割と元気に起きることができました。
やはり「やる気が出ない時」は、行動を起こすことだと再確認した次第です。
学生の場合も、勉強をやる気が起きない時の最善の処置方は、勉強をすることだと思いました。


そして、今日は2回に分けてトータル約2時間、12キロ近く歩くことができました。
さらに今晩も料理にチャレンジしました。
なんと肉じゃがです。



包丁も今まで触ったことがなかったので、材料の準備に時間がかかりましたが、これもなかなかうまくできて、我ながら「うまいっ!」って感激しました。
このことから、包丁さばきにしても、料理にしてもやはり同じことを繰り返し、慣れることが一番だ。
ということは、学生にとっても勉強は繰り返して慣れることだとつくづく思いました。


さらに今日のもう一つの収穫は、ウォーキングしている途中、市の体育館に立ち寄って、トレーニングジムについて尋ね、明後日の講習会を申し込んだことです。
この講習会を終えると、これからいつでも施設を使えるそうです。
体育館用の上履きが必要と言われ、帰りにスーパーに寄って早速、食料品と一緒に靴も買ってきました。


私にとっては大きな第一歩です。
これまで、このようなことをしたことがなかったので、これも自信につながり、さらに心身の訓練、癒しにつながることと確信しています。


誰の人生にも試練はつきものですが、そのような時はやはりたとえやる気が起きなくても、行動を起こすことが一番だと改めて教えられました。
このような小さな一歩一歩の積み重ねが人生を作るのですね。


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やる気が出ない時

2013.10.13日

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このブログを読んでくださっている方々は皆さんほとんど、私が今、体調不良であることをご存じでいらっしゃるかと思います。
一日に何度も気持ち悪くなったりします。いわゆる自律神経失調症というものだそうで、別名男性更年期障害ともいいます。
身体の調子が悪いと、ついついやる気も出てこなくなりがちです。
やる気が出ない時はどうすればよいか、ということで10月号の『アカデミー通信』に次のような記事を書きました。


勉強に限らず、部活でも仕事でもスランプというのがだれにでもあります。いわゆる「やる気が出ない」のです。中学生の三者面談をしていても、お母さん方がよくおっしゃるのが、「うちの子はやる気がない」です。「やる気が出るまで放っておくしかありません」というわけです。やる気が出るまで放っておいた結果はどうでしょうか。果たしてやる気は出てきたのでしょうか。


A君のケース
 中1の頃はとても頑張っていたA君。志望校は大磯高校で、実際大磯に行ける力がありました。授業中は目が輝いていて質問や発言もよくして授業をとても楽しんでいました。ところが中2になった頃から少しずつ変わってきました。目の輝きが消え、授業中居眠りが始まりました。聞くと部活で疲れているとのこと。三者面談の結果、お母さんが「やる気が出るまで放っておきます」と言って1学期が終わるとき退塾されることになりました。
 一年後スーパーで偶然会ったお母さんがおっしゃいました。「三年になったのに相変わらず全然やる気が出ず、困っています。いつになったらやってくれるものやら・・・」
二年後、近所の別のお母さんに道で会いました。「先生、A君塾をやめてどうなったかご存じですか?成績がどんどん下がって、行く高校がないってお母さんが嘆いていらっしゃったけど、結局志望校3ランク落として○○高校に行ったんですよ。あの子は頭が良かったから大磯高校に行くものとばかり思っていたのでホントびっくりしました」
その後A君は別の町に引っ越ていったのでどうなったか分かりません。これが「やる気が出る」まで待っていた結果です。「鳴くまで待とうホトトギス」じゃないですが、このホトトギスは結局鳴かずじまいでした。

イチロー選手のケース
 今までの経験から、人生ずっと絶好調、という人はひとりもいません。どんなに優秀なプロのスポーツ選手でも必ずスランプがあります。世界記録をマークした安打製造機といわれるイチロー選手でさえ、何試合もヒットが出ないことがあるのです。
 このようなときイチロー選手はどうするのでしょうか。「やる気が出る」まで待っているのでしょうか。いいえ、たとえやる気が出なくても、納得いく結果が出なくても、ただひたすら練習を続けます。続けていく中でスランプ脱出のきっかけをつかむのです。


「やる気が出ない人」へ
もうお分かりでしょう。「勉強をやる気がしないからやらない」のでは、いつまでたってもできるようにはなりません。まずは行動する、「勉強をする」のです。たとえやる気がしなくても。TVや漫画やゲームが楽しいのは、ずっと長い間繰り返してやってきたのでその中毒になっているからです。その証拠にTV・漫画・ゲームが苦痛な人だっていくらでもいます。ならば、勉強や読書など、頭を鍛えることも中毒になるほど繰り返しやってみたらどうですか。感情の奴隷になってはいけません。自らの行動で感情を自分の思いどおりにコントロールしましょう。人にできることなら、あなたにも必ずできます。


このように書いて、自分にも言い聞かせました。
「やる気が出ない時もやり続けるんだ」と。
私は今までに三日坊主だったことが数え切れないほどたくさんあります。
子どものころ、元旦から始めた日記がまずそうでした。
油絵やピアノは三日坊主ではありませんでしたが、三年坊主でした。
このブログもいつまで続くものやらと思いながら始めましたが、いつの間にかもう5年近くも続いています。
健康のために始めたウォーキングも結構続いています。
ときどき、ウォーキングに出かけるのが億劫になることがありますが、そのような時、自分に言い聞かせています。
「やる気が出ない時は、まずはやることだ」と。
その積み重ねがやがて習慣になり、良い中毒にもなり、もうやめられなくなってしまうからです。


今日も朝から調子が悪く、食欲もあまりなく、ついさっきまで寝ていたのですが、やはりこのままやる気が出てこないからと言ってぐずぐずしていたら、結局何もやらないままになってしまう。
ちょっと休んで気持ちが悪いのも落ち着いたので、夕方になりましたが今からいつものようにウォーキングに出かけることにしました。
かつて若い頃、英語の勉強が好きで癖になったように、ウォーキングも癖にしてしまって、肉体・精神改造をしようと決意しました。
まったく「やる気は起きてこない」のですが、まずは行動を起こすことにしました。


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反省を成功に

2013.09.07日

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昨日、FBフレンドのNさんがタイムラインに次のように書き込んでいらっしゃいました。
「久しぶりの図書館。入ってすぐ席に着けば良いものを、まず、館内を回って興味深いタイトルのついた本を手に取ってパラパラと拾い読み…。‘うわっ!これ面白そう!あ、あれも読みたい…’なんて順番に見ているうちに、ハッと気が付くと2時間近くも経っていた。 エ〜ッ!?w(+ο+)w 〜何やってんの私?  結局、勉強が捗るどころか、時間のムダ遣い! あ〜ぁやっちまった!! (ーー;)」
私はこれに対して次のようなメッセージを送りました。
「まあまあ、そういう時も必要ですよ。人生に無駄は一つもありません」
そして、右のリンクを貼りました。「人生に無駄はひとつもない」
これは私の信念です。
反省することはあっても決して後悔しません。なぜなら後悔は後退し、前進しないからです(「後悔と反省」)。


今朝、ラスベガス教会の私の親友、敬愛する鶴田牧師から次のようなブログ記事が届きました。
失敗を後悔して終わるのではなく、それをいかにそして成功に変えるか、ということを教えています。
タイミングが良かったので、下にコピーしてご紹介させていただきます。


今日は、“失敗に学ぶ”ということを考えてみました。
人生には、失敗はつきものです。何かをやろうとしたら、最後までスムーズにやり遂げることなど滅多にありません。ほとんどの場合、人は途中でくじけそうになったり、諦めかけたりするものです。


しかしながら、自分の経験だけでなく多くの人々の経験から分かることは、失敗は必ず次に役立つものであるということです。
そもそも英語のSUCCESS(成功)という言葉自体、「後から来る」という意味のラテン語に由来しています。それが何の後から来るのかというと、失敗の後からなのです。つまり、成功とは失敗の後から来るものである、ということです。
特に、大きな失敗は、一時的には大きな痛手にはなりますが、その度合いが大きいほど、めざましい変化につながります。なぜなら自分を真剣に変革しようという気持ちが生まれるからです。


よく、大失敗したり、大病をしたりした人は、人間的にも大きく成長していることから、ずっと魅力的な人間になると言われます。だからこそ、そのような人は素晴らしい親友を見つけやすいと言われるのです。
最悪の失敗ですら、「次はやり方を変えたほうがいい」と私たちに教えてくれます。世界最高峰に7度の登頂を果たした米国の登山家ピート・アサンズは、「エベレストに挑んだ最初の4回の遠征では、どうやったら登れないかを学びました。失敗は、アプローチに磨きをかけるチャンスを与えてくれるものです」と言っています。
その意味では、中途半端な失敗よりも、大きな失敗の方が良いくらいです。人間というのは、どうも成功からはあまり学ばず、失敗して初めて真剣に物事を考え、大切なことを学び取っていくようです。


聖書の中にも、多くの失敗をした人々の人生が記されています。信仰の父と呼ばれる、あの偉大なアブラハムでさえも大きな失敗を経験しました。それは創世記の16章に出てくる出来事ですが、彼の生涯において最も大きな失敗でした。
アブラハムはこの失敗によって、13年間も神からの呼びかけを聞くこともなく、神からの導きも一切ないという、神の不在経験を余儀なくされたのです。逆に、その失敗は家庭内にいろいろな問題を引き起こし、そればかりか、4000年以上たった今日においても、世界はその問題を引きずっているのです。


神を信じるクリスチャンにとっても、失敗のない人生、失敗のない信仰生活はあり得ません。創世記16章のような出来事は信仰者の誰もが必ず引き起こす間違いです。つまり、それは神から与えられた約束を、私たちの力で実現しなければならないと考えてしまうことからもたらされる失敗です。


「失敗は成功のもと」という格言があるように、神を信じる人生においても、私たちは多くの失敗の痛みを通して、多くのことに気づかされ、成長していくものです。やがてイスラエルの民も自分たちの国を失うという痛みを経験しながら、はじめて神の教えを喜びとし、昼も夜もそれを口ずさむというライフスタイルを形成していきます。


「苦しみに会ったことは、私にとって幸いでした。私はそれであなたのおきてを学びました。」(詩篇119:71)という詩篇の記者の告白も、自らの失敗を通して学んだ結実でした。


創世記に記されたアブラハムの全生涯を見渡すとき、彼に対する神の導きの中に失敗の経験が無駄なく組み込まれているように見えます。失敗それ自体は、辛く、痛みを伴うものですが、それがやがて益となり、アブラハムをして「信仰の父」と呼ばれる者に導かれた神の恵みと真実に絶えず心を留めていきたいものです。
今日の一言: 成功は失敗の後から来る


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オシンドローム再来、いよいよか

2013.07.18日

oshin.jpg
(テヘランで「おしん」の放送に夢中になる家族)


イランで、NHKの連続テレビ小説「おしん」(1983〜84年)が再放送され、国民がテレビにかじりついている。
 イラン・イラク戦争(1980〜88年)時にも放送され、最高視聴率約90%を獲得。イラン国営テレビによると、その後再放送はなかったが、同テレビ系タマシャ・チャンネルが5月、毎晩午後10時の再放送を始め、ブームに再び火がついた。
 イランでは現在、視聴率の定期調査はないが、同チャンネルの6月末の視聴者調査では、「おしん」を好きな番組と答えた人は58%で断トツ。同国では毎晩、イラン警察の特集番組が放送されていたが、警察庁長官は8日、記者団に「家族と一緒に『おしん』を見ている」と答えた。
最近まで同時間帯に警察の
 80年代の「おしん」人気の背景は、主人公の辛苦が戦時中のイラン人と重なったことがある。国営テレビ関係者は再ブームについて「米欧の経済制裁で国民(の気分)は沈んでいる。戦争時と似たような状況が理由では」と指摘した。
「おしん」は、貧しさから奉公に出された主人公がたくましく生きる物語。80〜90年代に世界70か国以上で放送され、人気を呼んだ。

(7月18日付 読売新聞 7面)


「おしん」は日本でも今年に入って、NHK BSで日曜日に1週間分をまとめて放送しており、妻も私もすっかりハマってしまいました。毎週、日曜日の楽しみのひとつになっています。
このブログでも取り上げて「オシンドロームよ、再び!」という記事を書き、オシンドロームの再来を願っている、と書きました。
すると、それから1か月もたたないうちに「おしん」の映画化が決まった、というニュースを知り、再び「オシンドローム、再来なるか!」という記事を書きました。
この約5か月後の今日の新聞に再び冒頭のイランでの記事が載り、私の想いが通じたか、と思うほどです。


でも、私の本当の願いは、今、尖閣諸島や竹島問題で関係がぎくしゃくし、お互いにちょっと感情的になり過ぎているお隣の中国と韓国でオシンドロームが再び起きることです。おしんは本当に日本の美徳の象徴だと思います。
日本でも、学校の道徳の時間などにこの番組を生徒に見せる方が、孔子や老子、ガンジーなどの名前を暗記させるよりよほど効果があると思うのですが。


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マイナス・アルファが生み出す違い

2013.04.14日

一昨日は「プラス・アルファ」について書きましたが、今日は「マイナス・アルファ」について書こうと思います。


昨日テレビを見ていたら、南伊豆のひなびた港町で美味しそうなさざえのつぼ焼きを食べているシーンが出てきて、私たちもぜひとも食べたいと思いました。
そこで、隣町の漁港でやっている漁業組合運営の食堂があることを思い出し、早速電話をして問い合せました。
「ちょっとお伺いします。店は朝11時半に開店するんですか?」
「そう、開店は11時半だけどもう人は並んでるよ」
「えっ、11時前から並んでるんですか?」
「そう」
「何時頃から並び始めるのですか?」
「だから、もう並んでるっ」
「さざえのつぼ焼きなんかもありますか?」
「ない。その日獲れた魚料理だけ」
「どこか近くでつぼ焼きやってるところとかないんですか?」
「どこもない。ここで食堂やってるのはうちだけ」
もう話しているのが嫌になりました。
電話を切って妻にそのやり取りを話すと、妻も不愉快になって、「もう行くのやめましょう」と言いました。
せっかく食べに行こうと思っていたのにもうがっかりです。
あとでネットで調べてみると、その食堂について「B級グルメ。もう二度と行かない」というブログ記事がありました。中を見てみると、店員の横柄な態度を始め、長い時間待たされ、出てくる料理は3種類だけで中身は質素でそれほど美味しくなく、その上値段が高いといいます。三拍子どころか四拍子も五拍子も悪いことが揃っています。


私はこれを「マイナス・アルファ」と呼びます。
まさに一昨日書いた「プラス・アルファが生み出す違い」の正反対です。
このようなやり方をしているところは、まず間違いなくつぶれてしまいます。


歯医者でタバコを吸っている人は、治療する手がタバコ臭くて、一度行くともう二度と行く気がしなくなります。このような歯医者にこれまで二人当たりました。そして、そのようなところは患者の数がどんどん減っています。
かつて多教場展開し、市内最大規模、地元トップ高校にダントツで大勢の合格者を出していた近所のA塾は、傲慢経営で生徒や父母をないがしろにし、しかも大手塾が2つ近くに入ってくると、優秀な生徒を全部取られてしまい、去年8月末に倒産してしまいました。
このほか、近隣でこれまでにつぶれた塾を始め、レストランや美容室、パン屋、酒屋、スーパー、デパート、不動産屋、工務店など、挙げれば切りがありませんが、やはりこの「マイナス・アルファ」がその原因になっています。


生徒を見ていても、入塾当時はあまり目立たない、それほどできない子が勉強の面白さに目覚め、頑張り始めてどんどん成績を上げ、2ランクも3ランクも上の志望校に合格するケースがあるかと思えば、逆に最初ものすごく頑張って、素晴らしい成績を上げていたのに、途中でやる気をなくして勉強しなくなり、受験で失敗してしまう子がいます。
それで、アカデミーでは全教室の壁に次のような張り紙をしています。


1.01.png


これは以前Facebookで見かけてシェアしたものすが、0.01の小さな努力の積み重ねが大きな結果を生み、反対に0.01の油断や努力不足、さぼりが蓄積すると、やがて力がなくなる、という戒めです。
そして、このことは「プラス・アルファが生み出す違い」に書いたのと同様、すべての人間関係を始め、健康や仕事やありとあらゆる面においても当てはまります。


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コンクラーべは根比ーべ?

2013.03.16日

ちょうど1か月前のブログ記事
「言葉は面白い」にも書いた「コンクラーべ」。
今回のローマ法王選出は、その結果に意外性はあったかもしれませんが、あっさりと決まり、ちょっと拍子抜けのような感じがしました。
世界から集まる枢機卿115人の投票3分の2以上の得票という選出の困難さのイメージとは裏腹に、文字通りのコンクラーべ(根比ーべ)にはなりませんでした。


今、必死で根比ーべをしているのは私です。
病というほどオーバーなものではありませんが、ここ数年続いている体調不良との戦いが私にとって根比ーべなのです。


しかし、最近はFacebook上に毎日、秒々刻々アップされる世界中の美しい風景の写真を始め、可愛い動物、きれいな花やカラフルな鳥、美味しそうな料理、愛らしい赤ちゃんや子どもたち、心温まる親子、カップル、家族の写真や聖書からのメッセージなど、どれもこれも私にとっては大きな慰め、励まし、癒し、力の源泉となっています(「毎日の元気の源」)。
これら一つひとつの背後に神様の創造のみわざとご愛をとても強く感じるのです。


日露間の北方領土問題、日朝間の拉致被害者問題と核問題、日韓間の竹島問題や今回の盗難仏像問題、日中間の尖閣諸島問題、日米間のTPP問題等など、全部根比ーべです。


皆さんにとって根比ーべは何ですか?
健康問題や人間関係の問題、あるいは仕事関係、学生であれば勉強、受験、進学や就職の問題等など、これらもすべて根比ーべです。


コンクラーべでは新法王が決まると白い煙が煙突から上がります。
私たちも安易に白い旗を上げて降参せず、白い煙を上げられるよう、文字通り「根比ーべ」しましょう。


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オシンドロームよ、再び!

2013.01.25日

3週間前からNHK BSプレミアムで、あの『おしん』を再放送しています。
日曜日にまとめて1週間6話分の一挙放映です。
私は『おしん』の話は聞いてはいたのですが、不思議なことにほとんど記憶にないのです。なぜだろうと不思議に思っていたら、ちょうど2度目のアメリカ留学の時と重なっていたのです。アメリカでも多分放映されていたのでしょうが、私自身、おしんのような貧乏留学生生活を送っていたので、テレビなど見ている余裕もなかったのが原因のようです(「Needy student」)。


正直なところ、私はこのようなドラマは苦手で、見ていると苦しくなってくるので、私自身の精神衛生上あまり良くないのです。
ところが、あに図らんや私がこのドラマにハマるとは。
そう、妻と一緒に見始めたらもうやめられない。毎週日曜日の夜は、一気に6話全部見てしまうほどのハマりようです。


osin.jpg


『おしん』に関して私はほとんど予備知識がなかったので、ちょっとWikipediaで調べてみました。
これが実に面白い。
以下、Wikipediaからの一部引用です。

・本放送の人気ぶりから『オシンドローム』と呼ばれるほどの社会現象を巻き起こした。この『オシンドローム』という言葉はアメリカのニュース雑誌「タイム」のフリー記者であるジェーン・コンドンが紙上で掲載したもので、1984年の第1回新語・流行語大賞の新語部門・金賞を受賞している。
・ドラマと現実の区別がつかなくなった熱狂的な視聴者が、おしん役の小林や母ふじを演じた泉ピン子宛てに米を送ったり、「おしんに渡してほしい」と、NHKに多額の金銭を送ってきたこともあった。おしんの父作造がおしんやふじに厳しく接するため、作造役の伊東四朗宅に「お宅のご主人は娘に厳しすぎる」と視聴者が抗議に訪れ、家人が「あれはそういう役」「うちには娘はいない」と応対するも最後には庭先で口論になったこともあったという。おしんと対立した姑を演じた高森和子は町中でにらみつけられたり、苦情を言われたこともあった。
・『おしん』は日本国外、とりわけアジア圏で人気が高く、『おしん』を観て日本や日本女性に好意的な印象を抱いたという人々も数多い。少女時代を演じた小林綾子が放送された国を訪れると、今でも「オシン!」、泉ピン子は「オシンマザー!」と呼ばれ、様々な歓待を受けるという。
・当時の中曽根首相と親密な関係にあったアメリカ大統領、ロナルド・レーガンが1983年に来日した際に国会で「日本にはおしんの精神がある」と日本人を『おしん』に喩え、称賛している。
・中華人民共和国では非常に人気があり、初回放送から20年以上経った2007年でも、湖南テレビにて、『阿信』(アーシン)として再放送されている。
・ベトナムでは、『おしん』がメイドや家政婦を指す代名詞になっている。
・エジプトのカイロでは、『おしん』放映時間に停電が発生、放送を観られないことに怒った視聴者が電力会社やテレビ局に大挙押し掛け、投石や放火等の暴動を起こすという事件があった。その後、政府が該当話の再放送を約束する声明を出し、事態はようやく収束した。
・アフガニスタンやイランではペルシャ語吹き替えにて放送されたが、イラン国営テレビでの放映が最高視聴率90%超を記録する爆発的人気となり、長きに亘り『Oshin(ウーシン)』は日本を表す代名詞となった。
・ジャマイカでは、おしんブームが到来し、男女に限らず、名前に「オシン」をつけるのが流行した。


これがほんの30年ほど前のこととはにわかには信じがたいほどです。
とくに、中国やエジプト、アフガニスタン、イランなどでの反響の大きさには驚きます。


先週アルジェリアで発生した人質事件の犠牲者の方々が今朝、無言の帰国をされたというニュースを知って、やり切れない気持ちになりました。
中国との間で尖閣諸島問題、韓国との間で竹島問題と、国際関係が非常に複雑かつデリケートになっているこのような時、もう一度上のようなオシンドロームが起きないものか、そして、世界中の人がおしんの精神から人間として大切な心を学ぶことはできないものか、と心底思いました。
もし、今回の事件を起こしたテロリストたちがこの『おしん』を見ていたとしたら、あのような残虐なことができただろうか。去年の中国での反日の暴動もそうです。
日本を含め、世界中がお金お金、と経済優先になってきていて、大切な心をどこかに置き去りにしてきたような気がするのは私だけでしょうか。


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今のあなたは...

2012.05.23日

「私はもう〇〇年も生きてきたから、今さら自分を変えることなんてできない」
「自分はこういう人間なんだ」
「私の性格は変わらない」
このように言う人、またそのように信じている人はたくさんいます。
でも、本当にそうなのでしょうか?


確かに小さな子どもを見ても、すでにある程度性格や能力などが決まっているように思われることがよくあります。ましてや、30年、50年、70年と生きてきた人などはかなりの部分、その人の人格などでき上がっています。
しかし、「もう変わらない」「変えられない」というのは本当でしょうか?


現在の自分というのは、ある意味既に「過去」のものです。
どういうことかと言うと、生まれて以来「今」という瞬間まで積み上げられてきた結果が「現在」の自分であって、「現在」がこうだから「将来も」こうだということにはならないのです。
つまり、人は常に一瞬一瞬、現在進行形で生きていて、死ぬまでいつでも変わることができるということです。
そのために必要なのはただひとつ、「今」を変えることです。
「今」を変えるなら、またこれから先、その瞬間、瞬間を積み重ねていくことによって、将来はどのようにでも変えることができます。


「私はこういう人間なんだ」というのは、ある意味責任放棄をした言い方です。
自分の意志で変わらないことを決意しているわけで、それは取りも直さず将来の可能性を自ら狭めていると言えます。
あらゆる可能性、選択肢をオープンにしておく方が、より良い、より豊かな将来を送ることができるのは自明の理です。
さらに言うと、「やらなきゃ損」なのです。


私自身、子どもの頃はしょっちゅう体を壊し、毎月病院に通い、薬を手放したことがないほどの虚弱体質でした。
身体は硬く、スポーツは何をやっても全くだめで、高校生になって一念発起して始めたラグビーでは練習をしていただけで内臓が全部ボロボロになってすぐにドロップアウト。結婚してからも次から次へと病気が絶えず、妻はまるで老人と結婚したみたいとこぼしていたほどです(「好むと好まざるとにかかわらず」)」。その後、健康のために始めたテニスもスイミングも長続きしませんでした。
そして2年ほど前、また体調を崩しました。
しかし、私は思いました。
まだまだ「現在進行形だ」と。
甘いものは一切断ち、食事に気をつけるようになりました。
そして始めたのがウォーキング。
初めのうちは少し歩いただけで息切れし、足の裏が痛くなっていたのですが、コツコツと続けてきた結果、今では毎日5〜6キロ、日によっては朝晩で10キロも歩くことができるようになりました。
そして体重は3キロほど減り、体脂肪も内臓脂肪も標準レベルに落ち、すこぶる快調になってきました。
「私はこんな人間だ。今さら変わることなどできない」と言っていたら、もういま時分は天国に行っていたかもしれません。


大切なのは自分の考え方を変え、生き方を変えることです。
そして、これは誰にでもできることなのです。
とどのつまり、これこそが幸せな人生の生き方です。


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新超ひも理論

2012.05.14日

これまで5回にわたって「勉強のひも」について書いてきました。


「勉強のひも」と書きましたが、実はこれは「勉強」に限らず、人の人生や人間関係や人の好みや趣味を始め、その他諸科学や芸術、地球や宇宙の諸現象、引いてはすべての事物の成り立ちや起源にも通じることで、私はこれを「ひも理論」と名づけようと思ったのですが、既にその名称も、また「超ひも理論」も物理学の世界で存在しているので、敢えて「新超ひも理論」と名づけたのです。


ひも理論については、Wikipediaが的を射た説明していますので下に引用させていただきます。
超弦理論(ちょうげんりろん、英: superstring theory)は、物理学の理論、仮説の1つ。物質の基本的単位を、大きさが無限に小さな0次元の点粒子ではなく、1次元の拡がりをもつ弦であると考える弦理論に、超対称性という考えを加え、拡張したもの。超ひも理論、スーパーストリング理論とも呼ばれる。
宇宙の姿やその誕生のメカニズムを解き明かし、同時に原子、素粒子、クォークといった微小な物のさらにその先の世界を説明する理論の候補として、世界の先端物理学で活発に研究されている理論である。この理論は現在、理論的な矛盾を除去することには成功しているが、なお不完全な点を指摘する専門家もおり、また実験により検証することが困難であろうとみなされているため、物理学の定説となるまでには至っていない。


ちょっと読んだだけでは???という感じかもしれませんが、簡単に言うと、この宇宙の中のすべての成り立ちは超微粒子ではなく、超微粒「ひも」でできていて、すべてがつながっているということです。


このブログにもこれまで何度か量子物理学のことを取り上げてきましたが、私自身は物理学に関しては全くの素人、門外漢ですが、直感的に非常に納得がいきますし、またとても心そそられる分野です。


この難解な「ひも理論」を、私たちの日常生活レベルで語っているのが、私の「新超ひも理論」です。
もしこの広大な宇宙が点のようなバラバラの粒子の集まりで成り立っているのでなく、ひものようにつながりがあるとするならば、ましてや私たちのような極めて小さな存在で、有限な人間ならなおさらのこと、様々な点のつながりであるひものようなもので成り立っているということは容易に想像がつきます。
また、その方がはるかに私たちを納得させてくれ、人生に対してより深い洞察力が与えられます。


一例を挙げると、夫婦関係や親子関係、友人関係、同僚関係、師弟関係などすべての人間関係に、さらに広げると国家関係にも当てはまります。
言うまでもなく、これらの関係がうまくいくかこじれるか、戦争状態になるかなどは、すべてそれまでの数えきれないほどのお互いの関わり合い方の結果であって、「ある日、突然」何か特別なことが起こったわけではありません(「ある日、突然!」)。
これを言い換えると、すべての事象はそのときどきの出来事の積み重ねの結果だということができます。
ということは、現在起こっている出来事自体は変えることはできないが、これから先のことはどんなことでも自分の意志次第でほとんど変えることができると言えます。


つまり、個々バラバラに見えることでも、それぞれの間に存在する目に見えない引力のようなものですべてがつながっているのです。
これが、私の提案する「新超ひも理論」です。


昨日は母の日でした。
私たちが今、この世に存在しているのは、母親が生み出してくれたお陰です。
しかし、父親も必要でした。
さらに、その父親にも母親にも同様に父親と母親が必要でと、どんどんさかのぼっていくと、当たり前のことですが一度も途切れることなくひものようにつながっていて、結局はみんな同じところにたどりつくことになります。


人生のひもが見えると見えないでは、人生は180度変わってきます。


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人は変えられない

2012.04.02日

私のブログを読んでくださっている方は既におわかりでしょうが、私はユーモアのセンスはある(と自分では思っている)し、融通もけっこう利く人間ですが、一般の人と比べるとちょっと真面目すぎるきらいがあります。
そこへもってきて几帳面、正義感が強いときます(「ローマは一日にして成らず」)。
ですから記事も自然とそのようなものが多くなります。
たとえば、「譲り合いの精神」などにもそれが現れていますが、他人の運転マナーが悪いことや、「きれいな街づくり」にあるように、平気でゴミや空き缶、タバコの吸い殻、ガムなどを道路に捨てる人を見ると、心を痛めたり、時には腹が立ったりします。
また、平気で嘘をつく人や、誠実でない企業や政治家、国家などにも腹立ちを覚えます。


こういうのが私にとってけっこうストレスになります。
ですから、バス送迎の運転自体は好きなのですが、ほとんど必ずと言っていいほど運転マナーの悪い人に遭遇するので、これがストレスの原因になるのです。
つい先日、そのことを妻に話したところこのように言われました。
「人は変えられないわよ。
人のことでストレスを感じていたら損じゃない。あなたがいつも言う選択理論(「強制と自由」)で、自分の気持ちを選択しないと...」
まさに名言です。
一本やられた、という感じです。


上の「強制と自由」の中にも書きましたが、私はボスマネージメントが嫌いで、生活のいろいろな場面でできる限りリードマネージメントを心がけています。
すなわち、大声で怒鳴ったり、怒ったり、脅したりして人を自分の思い通りに動かそうとするのではなく、良いお手本を示して、相手に習ってもらいたい、ついてきてもらいたい、と思うわけです。
これには根気が要ります。すぐに目に見えるような効果は出ません。がっかりさせられることの方が多いかもしれません。
その点、ボスマネージメントだとすぐに目先の効果は出るでしょう。でもこれは本心からではないので、長くは続きません。
つまり「急がば回れ」なのです。


譲り合う電車の座席や車の運転マナー、落ちているゴミを拾うことなど、良いお手本をコツコツと重ねていき、たとえ目に見えないほど遅々とした歩みであっても、少しずつ前進し続けるなら、それはやがて自分の身の回りの人を変え、さらには社会を変えていくことになる、と考える理想主義者なのです(ああ、やっぱりまじめ人間だ!)。
「人は無理やり変えられません」。しかし、人は自分の自由意思で変わることができます。
ちょうど私自身がそうだったように。


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人のことは良く見えるもの

2011.12.29日

去る12月10日のブログ「人のことはよく見えるもの」の要旨は、「他人のことはよく見えるけど、自分のことは見えないもの。外見に限ったことではなく、行動や考え方や心の内側にも当てはまる。人のことをとやかく言うよりも、自分のことをもっとしっかりと見つめ直さなければならない」ということでした。


今日のブログタイトルは上のとそっくりですが、内容は異なります。
「よく」が「良く」になっています。
「人が良く見える」というのは、言い換えると「人のことが羨ましく思われる」といった意味です。
「隣の芝生は青い」というのと同じです。
英語のことわざで、
"The grass is always greener on the other side of the fence."
(フェンスの向こう側の芝生はいつでもうちより青い)
というのを日本語に訳したものです。


しかし、「人のことが羨ましく思われる」というのもある意味、「自分のことがよく見えていない」ことの裏返しだと言うことができます。
とかくよその国や街や、よその家のこと、他人のことは良く見えるもので、ここから嫉妬が起きたりします。
新聞に毎日載っている「人生案内」(人生相談)を見ていると、このことがよくわかります。
そして、作家や医者、カウンセラーなどの識者の回答はその多くが、「あなたは幸せですよ」と、自分自身の恵まれている境遇に目を留めなさいといった内容です。


物事には何でも裏表があり、ひとつのマイナス面は見方を変えるとプラスであることがよくあります。
ですから、「人のことが羨ましく思われる」時には、「自分のことがよく見えていない」ということを悟り、もう一度自分を見直すことが必要です。
「失ったもの(持っていないもの)を数えるな。持っているものを数えよ」というのと同じです。
実は、これが幸せな人生の送り方の秘訣の一つなのです。


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望みえないのに、なおも望みつつ信じる

2011.12.06日

受験生はいよいよ正念場を迎えました。
この時期になると、いろいろと不安になってくるものです。
それで当たり前です。もしも不安にならなければむしろ異常です。
しかし、ここで大切なのは、諦めず、自分を信じて初志貫徹することです。


先月、2年3か月振りに長男の直人が留学先のアメリカから3週間ほどの短期帰省をしましたが、彼がアメリカで知り合った何人かの日本人の大学生とお会いして一緒に会食する機会が与えられました。
以下は直人から聞いたその中のひとりの方の話です。


さらさんは、この夏、セミナーに参加するためロサンゼルスに行く時、台湾経由のフライトに乗りました。
台湾に向かう途中、座席の前にある袋にパンのゴミと一緒に自分のパスポートを入れて、そのことを忘れたまま飛行機を降りてしまいました。
空港でそのことに気づいたさらさんは、事情を説明して、飛行機に探しに戻りますがすでに清掃が終わったあとでした。
係員に頼んで、飛行機の中から運ばれてくるゴミ袋を一つひとつ、全部チェックしてもらうのですが、見つかりません。
しかし、さらさんは諦めませんでした。自分で全部の袋を再度調べ始めたのです。
周りにいた人たちがみんなさらさんに注目する中、ようやく自分のパスポートを見つけたさらさんが、「あったー!!」と大声で叫ぶと周囲から拍手が起きたそうです。
写真撮影され、それが翌日の新聞に載ったり、テレビのニュースで放映されたりしました。
その結果、台湾政府の人に観光に連れて行ってもらうことになりました。
そして、その2か月後に台湾経由で帰国する際、台湾空港に着いた時、大勢の人に声をかけられたそうです。
みなさん、さらのことを覚えていて、「また台湾に遊びに来てね!」と言われたとのこと。


普通だったら諦めるような状況ですが、さらさんは決してあきらめず、「望みえないのに、なおも望みつつ信じて」紛失したパスポートを探し続けたのです。
その結果、パスポートが見つかっただけでなく、その出来事が新聞に取り上げられ、政府の人に観光案内してもらうというオマケまでついてきたのです。


上の「望みえないのに、なおも望みつつ信じた」というのは、新約聖書(ローマ人への手紙4:18)の中の言葉です。
旧約聖書の創世記に出てくる、100歳になろうとしているアブラハムと90歳の妻、サラに神様が赤ん坊を与えると約束されます。
アブラハムもサラもそれが荒唐無稽のことに思われ、笑ってしまいます。
しかし、アブラハムはそのことを悔い改めて、本気で信じます。
果たして、1年後、イサクという子どもが二人に与えられることになります。
アブラハムは聖書の中で「信仰の父」と呼ばれていますが、それからいくと、妻のサラは「信仰の母」です。
「信仰は、まだ見えないものを信じることです。この信仰の報酬はあなたの信じるものが見えるようになることです」という言葉を先日の記事「風邪をひいてしまいました」の中に引用しましたが、私自身もこれまで「もうだめだ」と思われるようなどん詰まりの状況から奇跡をいくつも体験してきました(たとえば、「すごい夢を見よう!」「成功とはあきらめないこと」)。


さらさんは、偶然ですが、聖書の中に登場するアブラハムの妻、サラと同じお名前です。
サラ同様、「望みえないのに、なおも望みつつ信じた」結果、山のようなゴミ袋の中からパスポートを見つけることができました。
大学受験に関して尋ねたところ、志望校の慶応大学にどうしても現役で合格したくて、目が覚めている間は気が狂いそうになるほど毎日必死で勉強したそうです。
ここでも「望みえないのに(かどうかはわかりませんが)、なおも望みつつ信じた」結果、合格をものにしました。


目の前の状況がたとえどうであれ、また周りの人に何と言われようと、本気で信じて、疑わずに目標を目指すならば、信じていたことを実際に目で見ることができるようになります。


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ブータン国王夫妻来日

2011.11.17日

今日の読売新聞「編集手帳」から。


「歴史学者の今枝由郎さんがブータンを旅したときのことという。迷い込んだ狭い道で車が立ち往生した。向きを変えようにも、段差があって身動きが取れない
◆と、助けを求めたわけでもないのに、通行人の男性がそばの石を拾い、黙って段差を埋めはじめた。通り合わせた人が一人、また一人、作業に加わる。誰も言葉を発しない。数分にして段差は消えた。すべては黙々と始まり、黙々と終わったという
◆今枝さんが以前、岩波書店の宣伝誌『図書』に寄せた随筆のなかにあるこぼれ話である。おなじみのGNP(国民総生産)ではなく「GNH」(国民総幸福量)を提唱しているヒマラヤ山麓の国の、心やさしいお国柄がよく表れた挿話だろう
◆10月に結婚式を挙げたばかりの初々しい国王夫妻が国賓として来日した。あすは被災地の福島県相馬市を訪問するという。折しも日本人はいま、思いやりという心の小石を持ち寄って、被災地にある苦しみの段差を埋めようとしているところである
◆〈ブータンも田を植ゑる国うたの国〉(田中裕明)。日本と似たところもある。その国にもっと似たいところもある」


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読売新聞の「編集手帳」とはよく「波長が合う」ようで、これまでに何度も、実際昨日も、このブログに引用させていただいています。


とくに、今日の記事では、「『GNP』(国民総生産)ではなく『GNH』(国民総幸福量)を提唱しているヒマラヤ山麓の国の、心やさしいお国柄がよく表れた挿話だろう」という部分、そして最期の締めくくり「その国にもっと似たいところもある」は、まさに私の琴線に触れます。


明日、国王夫妻は被災地の福島県相馬市を訪問されるそうですが、このような美しい国の、美しい心を持った、美しいカップルが訪問してくださると、被災地の方々はどれほど慰められ、癒され、励まされることでしょう。
このような形での皇室・王室外交はもっと積極的に行われたら素晴らしいと思います。


ブータンは経済が未発達で、世界最貧国のひとつ。
昔、私の成人英会話クラスに来ていらっしゃったUさんが登山でブータンを訪れた時、泊まったホテルのレストランの食事に出てきたお皿が初めから汚れていて驚いたが、給仕してくださった方たちの心の優しさ、純粋さにそれ以上に心打たれた、とおっしゃっていたことを思い出しました。
ちなみに、ブータンの国民のなんと9割が幸せと感じているとのことです。
「GNH」(国民総幸福量)は世界最高です。
本当に日本も見習いたいものです。


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見分けがつく

2011.10.20日

今日の読売新聞紙面の中央、20・21面の2ページにわたる全面広告が出ていました。


「あなたは、見分けられますか」というタイトルで、


「あなたは、新鮮な野菜を見分けられますか。
あなたは、おいしいワインを見分けられますか。
あなたは、奥さんの怒った顔を見分けられますか。
あなたは、職人の技を見分けられますか。
あなたは、良い上司を見分けられますか。
あなたは、こどもの表情を見分けられますか。
あなたは、政策の良し悪しを見分けられますか。
あなたは、恋人のやさしさを見分けられますか。
あなたは、言葉の真意を見分けられますか。
あなたは、左のプラスチック片を見分けられますか」


そして左のページには、使用済みの家電を粉砕したプラスチック片の写真が載っていて、「家電にリサイクルできないものだけ、見分けられますか?」とあります。
紙面を光に透かすと、あら不思議、ところどころ黒い部分が見えます。
ところが、普通に見るとどうしても違いが分かりません。
うまくできたものだと感心しました。


しかし、もっと感心したのは、プラスチックの再利用に必要な特定有害物質を含む素材の検知・除去に使う三菱電機の「見分ける」技術を宣伝するのに、右のキャッチコピーをうまく活用している点です。


1年余り前のブログ記事「5月末決着 or 未決着?」にも書きましたが、微妙に違うニュアンスがくみ取れるセンスは大切です。
そうでないと、政治や商品の宣伝に騙されかねません。


今朝、食後にバナナを2本食べ比べました。
1本は「甘熟王」、もう1本は「プレシャス」。
同じフィリピン産で、普通に食べていたら区別はつきません。
しかし、食べ比べてみると微妙な違いが分かり、甘熟王に軍配が上がりました。
八百屋さんなどは一口食べるとすぐに違いが分かるのでしょう。
また、外見だけでもフィリピン産、エクアドル産、台湾産、沖縄産などもきっと見分けられるのでしょう。


私の場合は専門が英語なので、その人の発音を聞くと、アメリカの人(東部か南部か西部か)、イギリスの人、オーストラリア・ニュージーランドの人、カナダの人など大体見当がつきます。
昨日、教えていた中3生が、「飛ぶ」のスペルを fry と書いていてびっくりしました。
「これだとエビフライだよ!」
日本人が苦手なL(エル)とR(アール)やB(ビー)とV(ヴィー)の区別など、最初にしっかりと訓練しておけば身につくものですが、今の日本の英語教育はその辺はかなりおざなりです。


どうすれば「見分ける力」が身につくか、「違いが分かる」ようになるか。
それは、自分がそれに対してどれだけ関心を持っているかです(「運命の赤い糸」)。


冒頭の広告のように、
「新鮮な野菜、おいしいワイン、奥さんの怒った顔、職人の技、良い上司、こどもの表情、政策の良し悪し、恋人のやさしさ、言葉の真意」
その他、大切なことをしっかり見分けられる人になりたいものです。


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余命わずか

2011.10.02日

今日の読売新聞「人生案内」(19面)を少し長くなりますが、全文引用します。


「尊敬する社長 余命わずか


夫と2人の子どもと暮らす30代女性。十数年お世話になっている職場の60代の社長が、がんで余命わずかと宣告されました。
社長は数年前から入退院を繰り返していましたが、宣告を受けて職場を閉めました。私は、社長が別に経営している会社に転籍し、引き続き働いています。他の従業員も社長の世話で再就職したりしています。
社長には、仕事を通じていろいろな知識や技術を教えてもらいました。また、子どもが急に熱を出して休んだ時も「気にしなくていいよ」と優しく対応してくれました。本当に心から尊敬し、感謝しています。
社長のために一生懸命働こうと思うのですが、ふと空虚になり、やる気の起きない自分がいます。社長の体調がどんどん悪くなっていくのを目の当たりにして、悲しく、不安になります。こんなことではいけないと自分に言い聞かせても、地に足がつかない感じです。
社長に感謝を表すために頑張りたいのです。これからどういう心持ちで日々を過ごせばよいでしょうか。(大阪・M美)



従業員の身の振り方を心配してくださるのみならず、全員の働き先を手配してくださる。何とできた社長さんでしょう。そんないい方が病に倒れる。人生は非情なものだと思います。
でも、あなたがせっかくの社長の心遣いを無にしてはいけません。ここは恩返しのつもりで、気力を振り絞って働かねばなりません。つらさをこらえて働く。これしかない。なまじ同情されるより、社長はどんなにかうれしく感じるに違いありません。相手の気持ちを素直に受けとめ、感謝する。これが一番の報恩です。
それから、尊敬する相手の、尊敬するところを、そっくりあなたが引き継ぐことです。そして若い世代に、社長の生き方を逐一、あなた自身で伝えるのです。自分は社長のこういうすばらしい影響を受けた、と語ることで、社長の精神は人々の心にいつまでも生き続けるわけです。
嘆き悲しむだけでは、何の用も果たしません。思えば先輩たちも、このようにして、いい人柄や所業の数々を私たちに伝えてくれ、私たちは学んだわけです。
(出久根 達郎・作家)」


上の相談は読んでいて胸が痛むようなとても悲しい内容なのですが、でも同時に心温まるものがあります。
そのような素晴らしい、尊敬できる社長さんのもとで働けてなんて幸せなんだろうと。
それだけでなく、回答者の出久根達郎さんがおっしゃっている
「尊敬する相手の、尊敬するところを、そっくりあなたが引き継ぐことです。そして若い世代に、社長の生き方を逐一、あなた自身で伝えるのです。自分は社長のこういうすばらしい影響を受けた、と語ることで、社長の精神は人々の心にいつまでも生き続ける。嘆き悲しむだけでは、何の用も果たしません。思えば先輩たちも、このようにして、いい人柄や所業の数々を私たちに伝えてくれ、私たちは学んだわけです」
という励ましのメッセージが心に響きます。


相手が社長でなくて、親や兄弟姉妹、子供、親しい友人、恩師、先輩、同僚など、私たちも同じような状況に遭遇することが必ずあります。
このような時、私たちが心すべきことは、悲しむことではなく、愛し、尊敬する人から教えられたことを自分が引き継いで、次の人にバトンタッチしていくことです。
そういう使命が与えられているのです。
人類の長い歴史はそのようにして脈々と受け継がれてきました。


昨日のブログ「肯定的な言葉と否定的な言葉」に、暗いニュースや否定的な言葉がこの世の中多すぎる、と書きましたが、そのような中で上のようなメッセージは燦然(さんぜん)と輝きます。


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自分に恋をする

2011.07.28日

先日、近くのヤマダ電機で買い物をしていたら、卒塾生兄弟を連れたお母さんにお会いしました。
ほんの数か月しか経っていないのに、二人ともとても成長していて、とくに弟さんのほうは二回りほど大きくなったような感じで見違えました。


それにも増して驚いたのは、お母さんが以前よりもずっと若々しくきれいになって、体型もスマートになっていらっしゃったことです。
私はここしばらく元気がなくなってきていたので、どうしてもお母さんに若さの秘密を教えていただきたいと思ってメールで尋ねました。


「お二人ともとても大きく、立派になっていらっしゃって驚きました。充実した学校生活を送っていらっしゃるようで何よりです。
でも、お二人の成長以上に驚いたのは、お母様にお会いするたびに、どんどん若返っていらっしゃることです。とても若々しいし、さらに美しくなっていらっしゃいます。
何か、若さや美しさの秘訣があるのですか?
まさか私の元気の出るブログのせいなんてことはあり得ないし。
逆に、私のほうは最近どんどん衰えを感じ始めてきています。
私にもお母様の元気の秘密を分けてください」


お母さんからのお返事には次のようにありました。
「まぁまぁ、相変わらずお褒めが上手でいらっしゃいますね。本当に人間は褒めて育てるものと教えて頂きました。
私が、もし、そんなふうに先生の目に映ったとしたら、それは自分に恋をしているからです。
毎日を楽しんで過ごす事を心がけております」


なるほど、と私は大いに合点がいきました。
「自分に恋をする」ってすごく素敵じゃないですか。
そういえば、私の尊敬するビジネス・コンサルタントのボブ・プロクター氏も同じようなことを言っていました。
「自分にキスがしたいほど自分のことが好きだ」と(「自分にキスがしたい!」)。


考えてみたら、いつも私自身がこのブログの中で言っていることではありませんか。
セルフ・イメージを高めることが自らを磨き、頭も良くし、美しく、魅力的に、さらに健康にもするんですよね。
私も、自分の健康回復のためにもう一度、ありのままの自分を受け入れて、自分に恋をすることにしました。


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成功と不成功の分かれ目

2011.04.25日

成功と不成功の分かれ目とは...


すべての偉大な成功は、誰の目にも止まらないような、日常生活の中での何千・何万もの小さな努力の積み重ねの結果です。
成功者がやっていることは誰でもやっているようなことで、特別なことではありません。
ただ、普通の人はそれを時々やるだけですが、成功者はそれをいつでもやっています。
そして、成功するまで続けます。
これは仕事に限らず、勉強にも、またすべての人間関係や、スポーツや芸術を始めとするさまざまな技術を身につけるのにも、ありとあらゆることに当てはまります。


多くの人が、自分の努力不足を棚に上げて、自分には才能がない、頭が悪い、身長が足りない、目が悪い、親からの遺伝等などに言い訳を見つけようとします。
しかし、自分の努力以外にできない理由を見つけようとしている限り、成功はいつまでも手に入らないばかりか、どんどん遠ざかっていきます。


実際のところ、さまざまな分野で成功を収めている人を見ると、すべてが最初から整っていたというような人はまれで、むしろほとんどの人がさまざまなハンディキャップや困難なハードルを乗り越えて成功を自分のものにしています。


乙武洋匡(おとたけひろただ)さんなどはまさにその典型でしょう(「五体不満足」)。
全盲のジム・ストーヴァルもそうです(「盲目にならなくても見える!」)。


以前、このブログで「あなたも天才!」という記事を書きましたが、実はみんな、だれでも、そう、「あなた」も、天才の素質を内に秘めているのです。
上の記事の中にも書きましたが、ごく普通の人が人よりも少しだけ勉強したら頭が少しよくなり、さらに勉強した人たちが社会で活躍するようになり、もっともっとだれよりも頑張った人たちがノーベル賞を取ったりするのです。


つまり、成功と不成功の分かれ目は、人の能力の差というよりも、努力の差ということになります。
「いや、絶対に遺伝などで持って生まれた本人の持つ能力による」という強い信念を持っている人は、その段階で自分の可能性の芽を摘み取っていることになります。
もしも、これが嘘だと思うなら、実際にやってみるといいでしょう。
どんなことでもいいので、人よりもうんと努力してみるのです。
そして結果を見てください。
必ず驚くような結果が出ます。
もし、いくら努力してもまったく変わらない、と言う人がいたら、それはやり方に問題があります。
そのような場合は、遠慮なしにご相談ください。


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人の振り見て、わが振り直せ

2011.04.24日

今日、郵便局で私の後から来たお客さんが、窓口の局員に突然大声で怒鳴り始めました。
「『すみません』というのは、相手に対して何か悪いことをした際、謝るときに使う言葉で、あなたは別に何も悪いことをしていないのだから、すみませんと言って謝る必要はない。ちゃんと正しい日本語を使いなさい!」
周りにいた人たちはみんな驚き、そして顔をしかめていました。
私も非常に不愉快な気持ちになり、
「あなたこそ失礼な人ですね。局員の方に『すみません』と言って謝りなさい」
とは言いませんでしたが、本当にそう言いたくなるほどでした。


実は、この「すみません」という日本語はとても便利な言葉で、いろいろな状況で使うことができます。
「すみませ〜ん、ウェイトレスさん」。
(呼びかけ)
「ご親切にしていただいてすみません」。
(ありがとうございます)
「お茶をこぼしてしまってすみません」。
(ごめんなさい)
「すみません。それを取っていただけませんか」
(お願いします)
上のように、「呼びかけ」「感謝」「謝罪」「依頼」などの意味で使用されています。
したがって、冒頭の郵便局のケースのように、「ありがとうございます」の意味で「すみません」と言っても全然間違っていません。
むしろ、これらの用法を知らずに、相手に説教するほうが本当に「すみません」と言って謝るのに値します。


そういえば、少し前のことですが、バス送迎をしているときに「睨(にら)みつけた」と言って因縁をつけられて、私だけでなくバスに乗っていた生徒たちもみんな怖い思いをしました(「日本に生まれてよかった!」)。
私はもちろん睨みつけてなどいませんでしたが、万一睨みつけていたとしても、それ以上に因縁をつけて相手を脅(おど)すほうがよっぽど悪質で、恫喝(どうかつ)という反社会的で犯罪に近い行為です。


「木を見て森を見ず」と言いますが、人間というのは、ひとつのことしか見ていないと全体が見えなくなってしまうものです。
そこで、上の「すみません」や「睨みつけた」の例のように、トンチンカンなことを言ったり、したりしてしまいます。
しかし、私たちも日常生活の中で気をつけていないと無意識のうちに同じようなことをやってしまいます。
ですから、自分のことに気をつけると同時に、他人に対して寛容になる必要もあります。


まさに、「人の振り見て、わが振り直せ」です。


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やめられない、とまらない

2011.03.20日

昔、私が高校生の頃、「やめられない、とまらない」というかっぱえびせんのテレビCMが大流行りしました。
それからなんとこのCMは42年間もやっているというのです。
CMに踊らせれたわけではないと思うのですが、本当に食べ出したやめられませんでした。
大学で青年心理学の授業を取っていたとき、教授が言いました。
「君たちがタバコがやめられないなんて言うのはお笑いだ。かっぱえびせんの『やめられない、とまらない』と言っているのと同じだ」
みんな大笑いしました。


しかし、タバコもニコチン中毒になると、これは本当にやめられなくなるのでしよう。
このほかにも「◯◯し始めるとやめられない」というものは実にたくさんあります。
お酒とかパチンコ、ギャンブルなどもきっとそうでしょう。


しかし、これを逆手にとって、「いい中毒」にすることも可能で、そうすればたとえば、勉強でも「やめられない、とまらない」となるのです(「有益な中毒!?」)。
ちょうど、スポーツなどと同じように。
私の場合は、英語の勉強がまさにこの「やめられない、とまらない」になりました。
そして、その後ずっと英語を勉強し、英語で生計を立てられるようになりました。
今は、このブログを毎日書くことが「やめられない、とまらない」になってしまいました。
人に親切にすることや、助けることなども「やめられない、とまらない」になります。
私のアメリカ人の親しい友人は、学生時代にボランティア活動を始めて、それが「やめられない、とまらない」になって、以来ずっとボランティアが本業になってしまいました。
これも「有益な中毒」の一例です。


今日、アメリカ在住のKさんという方からアカデミーメールマガジンの登録がありました。
登録画面のご意見・ご感想のところに次のように書いてありました。
「なるほど、と、ためになるお話が沢山あって,読み始めるととまりませんでした。
是非、マガジンを送って下さい。よろしくおねがいします」


「読み始めるととまりませんでした」の箇所を見たときに、このかっぱえびせんのCMを思い出した次第です。
Kさん、ありがとうございます。そのように言っていただいて光栄です。
これからも、「やめられない、とまらない」ブログを目指しますので、よろしくお願いします。


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好かれる十大要素!

2011.02.24日

一昨日、2月22日の読売新聞29面に「就活ON 好かれる10大要素究めよう」という面白い記事が載っていました。
「ビジネスの世界で生き残るには、いかにして『敵を減らして味方を増やすか』が重要。
では、そのために必要な素質・スキルはどれでしょう?」
とあって、選択肢に次のものが挙げてあります。
@いつでも元気よく返事をする「明るさ」
A決して嘘をつかずに物事を遂行する「誠実さ」
B何を考えているかが一目で理解できる「わかりやすさ」


皆さんはどれだと思いますか?
「どれですか?」と尋ねられると、たいがい@とかAとか答えるのですが、ここでは全部正解です。
どれもこれも必要なものばかりです。
「意識しているかいないかにかかわらず、第1印象をもってして、『この人は好きだな』、『この人は信用できなさそうだな』などと、評価をしているもの。そして、それは相手が自分を見るときも同様なのです」
と著者が述べています。


これに引き続き「好かれる十大要素」として、あと7つ挙げられています。
C近寄りがたい雰囲気がない「気さくさ」
D態度が謙虚な「素直さ」
E言動にエネルギーを感じさせる「パワー」
F教養を感じさせる「品位」
G人としてのあたたかみを感じさせる「思いやり」
H物事を偏(かたよ)りなく公平に見る「バランス感覚」
I人の欠点さえも許容できる「寛容さ」


なるほど、これらすべてを兼ね備えていたら誰からも好かれますよね。
でも、よく見てみると、どれもこれも決して実行不可能な難しいものではありません。
ちょっとした心がけで誰にでもできることばかりです。
とどのつまり、人から好かれて信頼され、それをビジネスの世界で活かすことができるかどうかは、普段の生活の中での周りの人たちに対する気遣いにかかっています。


「周りの人」と言うとき、それは決して「職場の人」や「仕事関係の人」という意味ではありません。
この中には家族も含まれます。
仕事上だけでいい顔していても、家に帰ってくると「いいお面」を外して、「家の顔」になるようでは上に挙げた10の要素は見せかけのもので、それは人にすぐに見破られてしまいます。
毎日の生活の中で、意識して一つひとつ実行していくならば、結果は自然とついてきます。
そしてそれがその人の本当の魅力となるのです。


上の10のリストを見ていくと、なんとアカデミーの先生たちみんなに当てはまっていると思いました。
どうりで塾生たち、卒塾生たち、そして私たちからも好かれ、慕われ、尊敬されているのですね。
先生方、いつも本当にありがとうございます。
社員旅行じゃありませんが、今晩、授業が終わってからみんなで車で旅行に出かけました。
くれぐれも運転には気をつけて、楽しんできてください。
来週から始まる新年度のためにいいリフレッシュの時となりますように。
土産話を楽しみにしています。


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いいことは何でもする

2011.02.04日

これまでこのブログで何度か取り上げた『アインシュタイン・ファクター』(→エントリー検索)の中で、著者ウィン・ウェンガーが言っています。
「ラット(ネズミ)を2つのグループに分けて、一方には空中ブランコ、はしご、踏み輪などの遊び道具がいっぱい与えられていて、もう一方のグループは何も与えないでただ別のグループがおもちゃで遊ぶのを眺めているだけにしたところ、おもちゃを与えられて自由に遊んでいたグループのラットの脳は他のグループのラットよりはるかに発達していて、しかも長生きした」


これに似たような実験はこれまでもあちらこちらで繰り返されていて、どこでも同じような結果が出ています。
ネズミでさえそうなら、人間ならばなおさらです。
すなわち、赤ん坊のときに親があまり語りかけずに放ったらかしにしておいた場合と、親が絶えず笑顔で語りかけ、体に触れ、また少し大きくなったら物語を読み聞かせ、音楽を聴かせ、楽器を演奏させ、運動をさせていた場合との違いは火を見るより明らかです。


これを、世間では「早期教育」と呼んでいます。
早期教育に反対する人もいますが、それはやり方の問題であって、有効性に疑いはありません。
私自身3人の子どもを育ててき、また学習塾という仕事をしてきて数え切れないほどこのことを目の当たりにしてきました。


しかし、人生において大切なのは早期教育だけではありません。
人間は死ぬまでずっと成長し続けます。
ですから、たとえ大人になっても、歳を取ってからでもずっと学び続ける必要があります。
「学ぶ」と言うとき、ただ単に「勉強する」という意味ではありません。
生活のあらゆる場面において、頭脳のみならず、身体にも心にも精神にも「いいことは何でもする」という姿勢が大切なのです。


私はこの「いいことは何でもする」をモットーにしています。
たとえば、良いと言われる本は何でも読みますし、心身に良いクラシック音楽を聴きます。
水泳や早歩きの散歩、ストレッチングなど、運動もします。
朝、起き抜けのコップ1杯の水はもう何十年と続けて飲んでいます。
食事にも気をつけて、身体に悪いものは飲み食いしません。
寝るときに枕元に玉ねぎを置いておくと良い、と聞くとすぐに実行します。
そして、翌朝はその玉ねぎを薄くスライスしたものをワカメといっしょに食べます。
サプリメントはもう20年ほどずっと欠かさず摂っています。
このブログも頭脳の健康のためにいいので、毎日書いています。
人間関係においても、良いと思うことは意識してい行うようにしています。
逆に悪いと思うことはしないよう心がけています。
別に自分を売り込もうとしているわけではありませんが、「いいことは何でもする」という姿勢はとても大切だと考えています。
その結果、心身ともに若く保つことができていますし、自分自身幸せに、そして充実した日々を送ることもできています。


「いいことは何でもする」
このような生き方を心がけていると、家族や周りの人もみんなが幸せになりますし、ひいては自分自身の健康、幸せにもつながります。


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むっつりスケベ!

2011.01.08日

昨日は冬期講習の最終日でした。
今回の講習には小学6年生、中1・2・3生、大勢の体験生が参加し、そのほとんどが継続入塾してくれました。
その中の中学1年の男子3人がとても仲良くて、初日からバスに乗ってくるなり中2の女子とノリノリでした(「仲良き事は美しき哉」)。
この3人が送迎バスの中で、お互いに
「おまえはむっつりスケベだ!」
と言い合いながらじゃれていました。
「むっつりスケベ」なんてホント懐かしい言葉で、耳にしたのは何年ぶりのことでしょう。
言われた子は
「おれはむっつりスケベじゃない。おまえのほうがむっつりじゃないか」
と言い返していました。
今晩のクラスにさっそく、そのうちのひとりが来ていて、ふとそのことを思い出しました。


私はニヤニヤしながら聞いていたのですが、考えてみたら人間なんてみんな「むっつりスケベ」じゃないかと思いました。
もし、「むっつり」でなければ「モロ」で、こちらのほうが困りものです。
人間は神様によって、元来「スケベ」に創られているのです。
もしそうでなかったら、人類はもうとっくの昔に滅んでしまっています。
ところが、神様は人間に「スケベ」という本能と同時に「理性」も与えてくださっています。
この理性のお陰で、人間は時と場所、また相手など、常識を働かせて行動することができ、犬やその他の動物と区別されるのです。


考えてみればこの地球上の動植物すべてに与えられているもの、それが「性」です。これなしに生命はあり得ません。
これは実に神様の知恵にかなったことで、性は神様の聖(きよ)く尊いデザインのうちのひとつで、汚れたものという見方自体がおかしいのです。


この宇宙を見ると明らかなように、神様は秩序だったお方で、無秩序を嫌われます。
それで人間の間の「性」にも秩序を与えられました。
それが夫婦です。
夫婦間の「性」をただ単に生殖のためだけと見るのは間違っていますし、また快楽のためだけという見方も等しく間違っています。
夫婦間の「性」は神様からの祝福です。


この秩序を外れて、つまりルール違反で「性」が一人歩きするため、人々は性を汚らわしいと見るのです。
私が中学生の頃の学校の性教育は、おしべ・めしべをたとえにした「生殖教育」でした。
ところが、最近の性教育は、「望まない妊娠を避けるために」と言って、避妊具の使い方を教える「避妊教育」になってしまいました。
これも誤った性のとらえ方です。


大学生の頃、姓名判断が盛んでその類(たぐい)の本がたくさん出ました。
その中の1冊に紹介されていた変わった名前に
「色摩助平」
というのがありました。
たとえ姓が「色摩」という変わったものだったとしても、子どもに「助平」という名前を付けるふざけた親の心が知れません。


「むっつりスケベ」、大いに結構。
中学生は性に興味を持ち始める時で、もしそうでなかったらかえってそのほうが心配です。
でも、性にはルールがあることも忘れないように。


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できる人とできない人の違い

2010.12.19日

長年教育という仕事に携わってきて、見えてきたことがひとつあります。
それは「できる人とできない人の違い」です。
これは、小さな子どもから大人、お年寄りに至るまで、男女、国籍などを問わず当てはまります。
それは何でしょう?


普段、小中高校生を教えていて、「できる子とできない子の違い」はこれだ、と感じることがよくあります。
それは、ひとことで言うと、
「骨があるかないか」
です。
「骨」は「芯」と言い換えても、また「ガッツ」と言ってもいいでしょう。
どんなものでも「骨」や「芯」に当たるものがないと、フニャフニャになってしまいます。
人間も同じです。
いわゆる「しっかりしている子」というのは、この「芯」があるのです。


普段の授業において、また家庭学習においても、あるいは部活、生徒会活動、英検・漢検・数検などの資格試験、親子関係、友人関係等など、どれを取り上げても、「できる子」は一本骨が通っています。
別の言い方をすれば、少々のことではへこたれません。
負けても負けても、失敗しても失敗しても、テストで悪い点数を取っても、決して大きく落ち込んだり、あきらめたりしません。
「なにくそ!」という気概が感じられるのです。
また、他人のことも気遣いますが、しかし自分のことをはっきりと主張することを怖(お)じません。
そして、あらゆることに対して貪欲です。


こういう子は必ず伸びます。
そして、勉強もスポーツもできるようになり、リーダーシップも発揮できるようになります。
社会が必要としているのはこのような人です。
一昔前のように、なんでも「はい、はい」と、素直に人の言うことを聞く「イエスマン」ではなく、骨のある、独自性のある人材が今日、そしてこれからの社会で求められています。


人がこのように育っていくのに、大切なのはまず家庭環境です。
親の子どもに対する接し方、育て方が一番大きく影響します。
世間でよく言う「長男」「長女」、あるいは「末っ子」など、兄弟の間での位置関係で性格がある程度決まってくるのもそのためです。
子どもをどのように育てるかで、「骨」が入るかどうかが変わってきます。


次に、友人や教師など、家族以外の人との出会いです。
この出会いによって、人の人生は決まると言っても過言ではありません。
強烈なインパクトのある出会いがあると、そこで「骨」が入ります。
そして、この「骨」がどんどん太くなっていって、骨太のしっかりした人に育っていくのです。


自分が「できる人」になりたければ、いろいろなことにどんどんチャレンジし、失敗しても簡単にへこたれないようにすることです。
その繰り返しで「骨」はどんどん太くなっていきます。


子どもを「できる人」に育てたかったら、親はそのことを常に意識し、さまざまなことにチャレンジする機会を作ってあげることです。
そして、失敗しても決して叱らないで、ほめて、励まし続けることです。


「できる人」というのは、決して生まれつきのものではなく、成長する過程でそのような生き方を身につけていく人のことです。


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人間の幅を広げる

2010.12.18日

今日、中3のT君の国語を教えていたとき、太宰治の小説の一部が引用された問題が出てきました。
とても面白かったので、答え合わせと解説をしていたときに彼に言いました。
「面白いでしょう。さすが太宰治でしょ」
「ええ、まあ」
「これを読んだら、この小説を自分で買って残りを読みたいと思わない?」
「いいえ、別に」
「えっ!?君は国語がとてもできるから本をものすごくたくさん読んでいるのかと思ってたけど」
「いいえ、僕はこれまで本はほとんど読んだことないです」
「ホントに??この前、K高校2年の生徒を教えていたとき、シェイクスピアの名前も知らなくて驚いたんだけど...」
「僕も同じです。シェイクスピアがなんだか知りません」


シェイクスピアなんて誰でも知っていると思っていたのでショックでした。
しかも、T君にしても、上に挙げた高2のK君にしても、とても優秀な生徒なだけに、シェイクスピアを知らないというのは信じられませんでした。
T君に言いました。
「シェイクスピアは世界的に有名なイギリスの文学者・劇作家で、ハムレットとか、リヤ王とか、ヴェニスの商人とかたくさん書いているけど。
君は将来作曲家を目指している人だから、シェイクスピアは関係ないと思うかもしれないけど、たとえ自分の専門に関係なくても、人間の幅を広げるためにいろいろな本を読んだり、いろいろな国の人や文化に触れたりすることは必要だよ。
人が経験できることには限りがあるから、読書は大切なんだ。
本をたくさん読んで、自分の世界を広げる。そうすれば、君の専門の作曲にも奥深さが出てくるようになるんだよ」
「はい。わかりました」


直接的に必要ないといえばそれまでですが、バランスの取れた人となり、そして人間として幅を広げるためにいろいろな分野に興味を持ち、触れておくことはとても大切だと思います。


常にアンテナを広げておき、自分の専門外のことにも触れる機会を持つように心がけると、人生がもっと有意義に、そして楽しくなります。
そして、それは必ずいろいろなところで実を結ぶようになります。


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クォリティ

2010.12.11日

「クォリティ」とは「質」のことです。
一般的には、クォリティと言うと、「上質」のことを指します。
一番わかりやすい例を挙げれば、時計やパソコン、カメラなどの精密機器、電化製品、車などは日本のものがクォリティが高いと言って、日本では日本製品が好まれる理由になっています。
しかし最近では、韓国や中国などもクォリティの高いものをどんどん出してきていて、素人目にはほとんど違いがわかりません。


クォリティは、ただ単に上に挙げたような「もの」ばかりとは限りません。
塾ならば、教師の教え方や進学実績もさることながら、教室がいつもきれいに掃除されているか、剥がれた壁紙などがすぐに修繕されているか、スリッパや下駄箱などがきれいか、黒板やホワイトボードがいつもきれいにしてあるか、受付の接客態度は丁寧か、教師の生徒に対する接し方は乱暴でないか、授業で使用しているワークは生徒のレベルに合っていてきちんとしたものかどうか、プリント類はきれいな紙に丁寧に印刷されているか、新聞折り込みのチラシはきれいでわかりやすいか、送迎バスがあれば傷やへこみは常に修理してあるか等など、これらもすべてクォリティの問題です。
塾というところは、子どもを相手にしていて、しかも閉鎖的な面もあるので、上に挙げたようなことにおいて手抜きになることがままあるようです。


最近はあまり聞かなくなりましたが、以前は塾の教師が生徒に体罰をしているという話もよくありました。
実際、体罰にあって塾恐怖症になっていた生徒がうちにかわってきたきたことがありました。
しかし、「こんなことがわからないのか?」「何度言ったら覚えるのだ?」「バカじゃないの!」といった、子どもの人格を傷つけるような言葉の暴力は今でも結構行われているようで、よそから転塾してきた生徒や父母からよく耳にします。
これらはまさにクォリティが低いことの現れです。


どんな仕事にも、また学生や生徒であれば勉学にも、クォリティの問題があります。
さらに、あらゆる人間関係において、家族間においてもお互いに相手をどれだけ大切にして接しているか、これもクォリティの問題です。


ついつい甘くなりがちなこの「クォリティ」の問題に、私たちが普段から注意を払って行動するなら、学校も職場も、様々な人間関係も、とても麗しくなります。
そして、いじめなどによる自殺という悲劇も防げるようになるでしょう。
「クォリティ」は意識の問題で、ちょっとした心がけで誰にでもできることです。


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一時の労苦は後の果報を生み出す

2010.11.25日

ブライアン・トレーシーのセミナーCDを聴いていたら、次のような表現に出会いました。
"Short-term pain for long-term gain."
(短い苦しみは長い果報を)
"Short-term gain for long-term pain."
(短い果報は長い苦しみを)


次に挙げるのは、有名な英語の格言。
"No pain, no gain."
(苦なくして楽なし)
日本では「まかぬ種は生えない」という諺(ことわざ)として知られています。
上のふたつの表現は、この格言をもとにして作られたものです。
いずれも基本的には同じことを教えています。
しかし、上のふたつはより具体的でわかりやすいです。


まずふたつ目の、
"Short-term gain for long-term pain."
ですが、これは私たちみんなが気をつけなければならないことです。
多くの人が、目先の楽なことに流されやすいです。
人は誰でも苦労することを嫌うからです。
目の前の楽しいことや楽なことは誰にとっても誘惑です。
しかし、この楽しみや楽なことはほんの一時的なもので、これにうつつを抜かして(夢中になって)いると、あとでそのつけが回ってきて長い間苦労し、苦しむことになります。


これは学生であれば、普段遊んでいると試験前に大変になるということですし、社会人で働いている人であれば、普段あまり一生懸命仕事に取り組んでいないとあとで収入や昇進やあるいは退職後の生活にまで影響を及ぼすことになります。
家庭においてもしかりで、家族をないがしろにして自分の趣味や遊びに心奪われていると、家庭が崩壊するという結果につながったりします。
みんなわかっているのですが、ついつい流されてしまい、あとになって後悔し、その後ずっと苦しみを味わい続けることになるわけです。


さて、最初の
"Short-term pain for long-term gain."
ですが、自己管理、自己訓練ができている人にとっては目の前の短い間の苦しみは、将来、豊かな実を結ぶことになるのを知っているので、それほど苦痛になりません。
子どもにとって、勉強もある意味、一時的には遊ぶ時間を削られることであり、苦痛になります。
しかし考えてみれば、小中高から大学までの18年間もしくは22〜3年というのは、長い人生で考えるとごく短い期間です。
この間にしっかり勉強して人生の土台を築いておいた人は、将来安泰です。


日本では「苦あれば楽あり」と言いますが、勉強や仕事やスポーツの練習そのものを苦と思わなければ、さらにやりがいを感じるようになります。
イチローのようなトップアスリートは、普段の練習すら「苦」ととらえずに、むしろ楽しんでいます。
このようになれば、人生さらに一瞬一瞬を楽しむことができるようになりますね。


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求められる以上の○○をする

2010.11.12日

「学院長、宿題やってきたよ。偉いでしょ!」
と言う生徒が時々います。
確かに宿題はやってこないより、やってくるほうが「偉い」と言えば偉いのかもしれませんが、そもそも宿題をやってくるのは当たり前のことです。
言われてもできない生徒が多い中で、やってくるだけでも「偉い」という風潮があるのかもしれません。
でも、言われたことを最低限やるのは「偉い」どころか、全然だめなことです。
言われないことまでやって初めて「偉い」のです。


ブライアン・トレーシーがビジネスセミナーの中で、「求められる以上の仕事をしなさい」と言っています。
あるとき、彼のセミナーに出たひとりの女性が彼に言ったそうです。
「私はある大きな会社で秘書をしています。
あなたのセミナーCDを聴いて、自分の収入を50%増やしたいと思いました。
でも会社の組織や給料体系のことを考えると不可能なことに思われました。
そこであなたの言っていた『求められる以上の仕事をする』ことにしました。
朝はほかの人よりも早く出社して仕事を始め、退社時刻が過ぎても残って仕事をしました。
そして自分の仕事の価値を高めるよう努力しました。
そのようにしていたら、わずか6か月後にそれまで1500ドルだった給料を社長が2250ドルに引き上げてくれました。
私は社長に給料を上げてくれなどとは一言も言ったことがなかったのに、何と目標だった50%増を達成することができたのです」


「求められる以上の○○をする」の○○は、仕事や勉強に限らず、どんなことでも自分から進んでやっていると、それは必ず自分に戻ってきます。
仕事であれば収入や信頼に、勉強であればテストの点数や成績、そして進学に、あるいは将来の豊かな人生に、部活であれば技術や記録、成績という形になって戻ってきます。
一流のスポーツ選手を見るとこのことがよくわかります。
人から言われるだけの○○をやっているうちは、それだけの結果しか出ません。
仕事や宿題や部活をサボるというのは、もってのほかです。自分が損をするだけです。


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正直者は〇〇を見る

2010.08.31日

日本では、「正直者は馬鹿を見る」と言います。
私が教えているクラスで、めったにないことですが、私の採点ミスがあったり、間違っている答えが〇になっていたりしたとき、生徒がそのことを私に言ってくれると、
「あなたは正直者だから金の斧をあげよう」
と言って、点数をそのまま生徒にあげます。
私にとって点数はどちらかと言えばどうでもいいことで、むしろ正直さのほうが大切だと思っているからです。


今年の2月に退職したH先生が、2週間ほど前に2か月遅れの還暦祝いと言って、皮製のブックカバーをくださいました。
サイズは新書版でしたが、試してみたらうまい具合に英語のペーパーバックがぴったり入りました。
たまたま、以前読みかけてそのままになっていたペーパーバック "SUCCESS THROUGH A POSITIVE MENTAL ATTITUDE" (『心構えが奇跡を生む』 ナポレオン・ヒル、W・クレメント・ストーン著)をこの皮製のブックカバーに入れたところ、急に読みたくなって、また初めから読み直し始めました。
ネットオークションで手に入れ、アメリカから送ってもらったものですが、1977年に出版されて、もうページが黄色くなっています。
でも、この高級な本皮のブックカバーに入れると、安物のペーパーバックまで高級に見え、読みたくなるから不思議です。


success.jpg bookcover.jpg


この本は、アメリカを代表する成功哲学者の共著によるもので、古典的名著と呼ばれています。
その名にふさわしく、最初のページから宝物があちらこちらに散りばめられていて、「宝探し」をするのが毎日の楽しみになりました。
昨日読んでいたところに面白いことが書いてありました。
冒頭の「金の斧」の物語に似た話です。


アメリカ南部の田舎町での話。
薪(まき)のストーブを使っていた頃のことです。
ストーブに入れる薪のサイズは直径18センチ以下でなければなりません。
客から薪のサイズを知らされていたにもかかわらず、材木商は切るのが面倒で大きなサイズの薪を客の家に届け、留守だったので玄関先に置いて帰りました。
家に戻った人は薪のサイズが大きすぎることに気づき、材木商に電話して、小さなサイズの薪に取り替えるか、割ってほしいと頼みます。
すると、材木商は「そんなことやっていたら赤字になってしまう」と言って電話を切ってしまいます。
そこで、彼は斧を取ってきて、袖をまくり、自分で薪を割り始めました。
半分ほどいったところで、ふと見ると1本の薪の大きな節穴が開けられています。
その薪を手に取るととても軽く、どうも中がくり貫かれているようです。
不思議に思って斧でその薪を割ると、中から黒い包みが彼の足元に落ちてきました。
彼はそれを拾い上げ開いてみると、中から出てきたのはとても古い50ドル、100ドル紙幣です。
ゆっくり数えると、全部で2,250ドルもありました。
(当時の2,250ドルというのは今だと日本円にしておそらく数百万円でしょうか)
(このあたりはちょっと『竹取物語』に似ています)
きっと昔、誰かが木の中にお金を隠しておいたのでしょう。
そこで、この人は「しめた。儲かった!」とは考えずに、元の持ち主に返そうとしました。
材木商に電話して、その薪をどこで手に入れたのかと尋ねました。
「そんなことを聞いて、俺を飛ばして直接交渉しようと思っているんだろう。そうは問屋がおろすか!」
材木商はそう言うとガチャンと電話を切ってしまいました。
彼は、その薪がどこから来たのか、誰がお金を木の中に隠したのか、一生懸命調べようとしましたが、結局分からずじまいで、そのお金は彼のものになったということです。


お金の入った木は一旦材木商の手の中にありながら彼はそれに気づかず、そのまま客に渡してしまいました。
そして、客からサイズが大きいので取り替えるか小さいサイズに割って欲しいと頼まれ、お金の入った薪をもう1度自分の手に戻すチャンスがあったにもかかわらず、彼の否定的な態度がみすみすその機会を失わせています。
一方、正直者の客は、お金を持ち主の元に戻そうとあらゆる手を尽くしますが、すべて道が閉ざされ、その結果お金は彼の元に残ることになるのです。
面白いですね。
まさに「あなたは正直者だから金をあげよう」という結果になったのです。


「正直者は馬鹿を見る」は単なる迷信です。
「金の斧」のイソップ寓話が教えているように、神は正直な者を助け、不正直な者には罰を与えます。
「正直者は幸福を見ます」


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68億7830万分の1

2010.07.06日

現在の世界の人口は約68億7830万人です。
正確な数字は誰にもわかりません。「神のみぞ知る」です。
世界の人口というサイトがあって、ここには秒々刻々変わる人口が表示されています。
このHPによると、1年間に1億4000万人が生まれ、6000万人が亡くなり、1分に152人、1日に22万人、1年に8000万人増えているということです。


つまり、私たち一人ひとりの存在というのは地球上の約69億分の1ということです。
たとえ一卵性双生児でそっくりであったとしても、ふたりはまったく異なった存在です。
将来、クローンでまったく同じ遺伝情報を持つもうひとりの自分が生まれたとしても、ふたりが目にするもの、耳にすること、経験することが同じということはあり得ないので、結果的には違う人格を持った人間になっていきます。


「69億分の1」というのはとてつもない、気が遠くなるほどの確率です。
つまり、私やあなたが、この世に生まれてきて、今生きていること自体が奇跡と言えるのです。
さらに、同じ時代に生き、ネット上にある何千万もの情報の中で、あなたが今、私のこのブログを読んでいることに至っては、限りなくあり得ない確率です。


あなたは69億分の1の存在。
とても尊い存在です。
この世に使命のない人、価値のない人など存在しません。
一人ひとりに無限の価値があります。
あなたはあなたのままでいいのです。
だれか他の人のようにならなくてもいい。
もちろん、向上することは必要です。
今のままでいい、向上する必要がないという意味ではありません。
存在の価値が無限ということです。
しかし、同時に私たちは常に上を目指して向上する責任・義務があります。
今日の私たちの生活があるのは、私たちの先祖を始め、過去の人たちの努力の積み重ねのお陰だからです。


あなたの存在は尊い。
自分の命を、人生を大切にしましょう。
そして、あなたの隣人も同様に尊い存在です。
ですから自分のことだけでなく、周りの人たちも大切にしましょう。


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幼児期の感覚教育

2010.07.04日

以前、このブログでご紹介した『世界一の子ども教育 モンテッソーリ』(「思いやりの心 3」)を読み返していて、私自身の子育て時代を思い出しました。


ふたりの息子達が小さい頃、毎日三人一緒に風呂に入っていました。
小さい浴槽でしたが三人で入って、楽しいコミュニケーションの時間でした。
最初はお湯につかっている間「いーち、にー、さーん」と数を数えて数字を教えました。


次に、赤・青・緑・黄のプラスチック製のカップの教育玩具を入手しました。
それぞれ1・2・3・5の割合で水(湯?)が入るようになっていました。
これを使って量の感覚を遊びながら教えました。
モンテッソーリ法でもこのような教育玩具をたくさん使用しています。


また、三人で順番に一文ずつ言って物語を作りました。
こんな感じです。
「昔昔あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました」
「おじいさんは川に洗濯をしに行きました」
「おじいさんが洗濯をしていると向こうからワニが近付いてきました」
「ワニがおじいさんを襲おうとした時、おばあさんが鉄砲でワニを撃ってやっつけました」
「おじいさんとおばあさんは獲物のワニを家に持って帰ってすき焼きにして食べました」
「おばあさんがワニの皮を市場に持って行って売ったらたくさんのお金になりました」
「おじいさんとおばあさんはお金持ちになっていつまでも幸せに暮らしました」
「めでたし、めでたし」


このゲームは本当に楽しかったです。
ふたりの息子はいまだにこのゲームを覚えています。
物語がどのように展開するか誰にもまったく想像がつきませんでした。
毎回、みんな大笑いしながらオリジナルの物語を作りました。
これはお勧めの親子ゲームです。
語彙を増やすことができるほか、作文力をつけることもでき、想像力を伸ばし、国語の基礎力をつけます。


車でどこかに出かける時は、走っている車の時速や走った距離の当てっこをしたりしました。


かるたやトランプのようなカードゲームや人生ゲームのようなボードゲームもよくやりました。


長男が8歳、次男が5歳の時、娘が生まれました。
妻の大きくなるお腹を撫でながら、私は毎日英語で話しかけました。
いわゆる胎教です。
そして、生まれてからは毎日風呂に入れながら英語で語りかけました。
"This is your little cute hand.
This is your arm.
This is your foot.
You have ten little fingers.
One, two, three, four...
You are a beautiful young lady.
You are very smart.
I love you very very much."


以来今日まで、私は娘にはずっと英語で話しかけてきました。
そして、成人した娘は準バイリンガル(英語は日本語ほど得意ではありません)になり、好きな本を英語の原作で読んだり、その本の朗読CDを聞いたりしています。


学習の基本は、鉛筆を握って机に向かうことではなく、生活の中で楽しみながら身につけていくことにあります。
これこそモンテッソーリの言う「子ども一人ひとりの『より豊かな人格を形成』」する感覚教育です。
とくに幼い頃の感覚教育は本当に大切です。


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究極の贈り物

2010.06.08日

『究極の贈り物』は、昨日のブログ「盲目にならなくても見える!」の中でご紹介した全盲の作家ジム・ストーヴァルによるものです。
私は原作の The Ultimate Gift を数年前に読んだのですが、そのときの感動は今でも忘れることができません。
読み始めると引き込まれてしまって一気に読んでしまいました。
これまで読んだ中でもっとも感動した本の1冊です。
その後、本を朗読したオーディオ版でも聴いて感動を新たにし、また日本語版でも読みました。
長男はこの映画版をDVDで観たそうで、やはりとても良かったと言っていました。


著者のジム・ストーヴァルは、自分は目が見えないために、人一倍人の心が見える、と You Don't Have To Be Blind To See の中で述べています。
確かに、『究極の贈り物』の中に登場する人物の性格や心の動きは、まるで目の前に状況が繰り広げられているかと思うほど見事なまでに鋭く描かれています。


ストーリーをここに紹介するとネタバレになってしまいますので、ここでは敢えて書きません。
ひとりでも多くの人にぜひとも読んでいただきたいと思っていますので。
英語が少しでもできる人には、英語で原作を読むことをお勧めします。
原作で読むほうが翻訳で読むより何倍も何十倍も面白いです。
英語に関して発展途上の人は、辞書を引きながら英語の勉強を兼ねて読んでもいいでしょう。
でも、原作を読む醍醐味は、辞書を引かずに没頭することです。
ですから、そのためにも英語は勉強しなければなりません。
英語ができるようになると世界が広がります。
日本では、ほとんどの人の英語を勉強する動機は試験のためですが、このような勉強法は「労多くして実少なく」、本当にもったいないです。
本来、英語を勉強するのは、英語を使って何かができるようになるのを目標とすべきだと思うのですが。


それはさておき、この本はとくに若い人にお薦めの1冊です。
人生観、価値観が根底からひっくり返されるかもしれません。
これからの人生が豊かになること請け合いです。
でもご年配の人が読んでも、得るところははかり知れません。
私から皆さんへの「究極の贈り物」です。
読んだ方はぜひ感想をお寄せくださいね。


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リーダーは謙虚たれ

2010.05.27日

リーダーとは人を導く人のことです。
ですから、一般的にリーダーは強い人、人をぐいぐいと引っ張る人というイメージがあります。
この世の中で「先生」と呼ばれる人たちも、いわばリーダーです。
教師、医師、弁護士、政治家、会計士、芸術家、○○家の家元、作家、宗教家、コンサルタント、評論家等などが「先生」と呼ばれています。
そして、往々にして、これらの人たちは周りの人たちからペコペコされるため、高慢になりがちです。


昔、日本を代表する○道○○家の家元は、まだ学生だった私を目にも入らないような感じで鼻であしらいました。
かつてお世話になったことのある有名な会計士は、客である私をバカにした態度で扱い、部下に対しても大声でどなりつけていました。
政治家でふんぞり返っている人を何人も見てきました。
学校の教師や医者でも、高慢な人にたくさん会ってきました。


でも、本来「先生」というのは、ただ単に「先に生まれた」というだけであって、たとえ指導する立場にあるとしても、謙虚でなければなりません。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」ということわざのとおり、本当に偉い人は謙虚です。


ジャック・ウェルチはGE(ゼネラル・エレクトリック社)を時価総額・世界No1企業に育て上げた、20世紀最高の経営者と言われる人ですが、彼はこう言っています。
「私は自分よりも賢い人にいつでも囲まれていたい」
本当に謙虚です。


自分が少しでも偉いと思っていると、人は高慢になります。
「〜してあげている」という考え方は危険です。
高慢の落とし穴に陥りやすいです。
むしろ、
「〜させていただいている」
と考えるべきです。
そもそも、冒頭に挙げた「先生」と呼ばれる職業に就いている人たちはみんな、生徒や学生、患者、客、国民、ファンなどがいて初めて成り立っているわけですから、「〜させていただいている」と考えるべきなのです。


「先生」とは呼ばれていませんが、「先に生まれた」親も、実は子どもを「育ててやっている」のではなく、神様から預けられた子どもを「育てさせていただいている」のです。
このような考え方で子どもを育てると、子どもは間違いなく立派に育ちます。


リーダー達よ、謙虚たれ。


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松井秀喜選手 日米通算1500打点おめでとう!

2010.05.10日

ロサンゼルス・エンジェルスの松井秀喜選手が日米通算1500打点を達成しました。
松井選手については、昨年ニューヨーク・ヤンキースに在籍していたときワールド・シリーズでMVPに選ばれたときのことをこのブログでも書きました(「MVP」)。
その中に松井選手の人格のことに触れました。
今回1500打点を達成し、新聞には次のように書かれていました。
「チームが勝つためのプレーがモットー。その中で、打点が重要なことは承知している。だが、『自分で打って自分が得点するのはホームランだけ。あとは出塁する他の選手がいるから』と、個人の力だけでは到達できない数字だと強調する。
ソーシア監督が『驚くべきこと』と日米で活躍できる能力を評価しても、自身は『長くやってきただけ』と、4月26日に達成した大リーグ1000本安打と同様、通算記録に関心はない」(5月10日付読売新聞23面)


あの野球の天才と言われた長島茂雄(現巨人軍名誉監督)ですら生涯通じての打点は1522。
しかも、松井選手の場合は日本だけでなく、球場も広く、さらにずば抜けた投手が大勢いる大リーグの中での大記録達成です。
しかし、松井は「自分で打って自分が得点するのはホームランだけ。あとは出塁する他の選手がいるから」「長くやってきただけ」と、ものすごいことをやってのけているのに、高ぶることなく、本当に控えめです。
私はこのような謙遜な松井選手が大好きです。


20世紀のもっとも有名なスイス人のクリスチャン医師、ポール・トゥルニエは作家、神学者でもあり、数多くの著書を残しました。
あるとき、「偽善者を定義してください」と言われたとき、彼の答えは
「偽善者とは私のことです」
と答えたそうです。


松井選手とも相通じる謙遜です。
私たちも決して高ぶること、なすべきことをなしたに過ぎません、と言えるような者になりたいものです。


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