学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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片思いと相思相愛

2017.11.29日

"Our attitude towards others determines their attitude towards us."
--Earl Nightingale - 1921-1989, Author and Syndicated Radio Personality
「人への私たちの態度が、その人の私たちへの態度を決める」
--アール・ナインチンゲール、作家・ラジオパーソナリティ
(訳 舟田譲二)


人間関係って単純に言うと、こういうもんなんです。
「態度」というのは、表情や思い、言葉、行為などすべてを含みます。
自分が相手に好意を抱いていると、相手も自分に好意を抱いてくれるようになります。相手のことを尊敬していると、相手も自分を尊敬してくれます。
逆に、相手のことを苦手だと思っていると、相手もあなたのことを苦手だと思いますし、相手のことを嫌だと思っていると、相手もあなたのことを嫌だと思うようになります。


自分の心がそのまま相手に伝わってそれが自分のところに戻ってきます。
これをみんな無意識のうちにしているのです。
これは人間関係における「引き寄せの法則」です。


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それでは、よくある片思いはどうなのか、と思われるかもしれません。
自分は相手のことが好きで仕方がない、もう狂おしいほどに「好きすぎる」のに、相手は自分のことを見向きもしてくれない。
そんなこともありますよね。「経験者語る」です(笑)
よく新聞などの人生相談でも見かけます。
これは上の法則に当てはまらないのでしょうか?


片思いというのは、実は自分本位のわがままな好意なのです。
片思いしていると、周りの人が目に入らなくなり、その人のことばかり見ているようになります。すると、相手にもあなたのその視線が伝わります。
誰でもそうですが、自分のことをいつも見つめられていたり、意識されていると息が詰まるような感じになり、避けるようになります。
また、相手にしつこいほど話しかけたり、連絡を取ろうとしたりします。これも上と同様に相手には煩わしくなります。
話しかけようとしても、意識しすぎてぎこちなくなります。すると、相手はそのような人と一緒にいたくなくなります。要するに、ありのままのあなたの姿が相手には伝わらなくなるわけです。
昼も夜も相手のことばかり考えていると夢にまで見たりして、そのうちに現実の世界と空想の世界がごちゃまぜになって自分でもわからなくなり、変なことを言ったり、変な行動を取ったりするようになったりします。それが極端に進むとストーカーのようになることもあります。
当然のことながら、相手からは避けられ、嫌われることになります。
しつこいセールスや勧誘なども同様です。


つまり、相手を大切にしようという思いよりも自分の思い、感情が先走ってしまうと、相手に嫌われてしまうことになるというわけです。これが片思いの残酷な世界です。
相手のことが本当に好きだったら、それは自己中心の愛ではなく、相手を大切にする思いやりの愛になるべきなのです。
そのような愛で相手を見守っているなら、相手も自然とあなたのほうを見るようになり、お互いにまるでテレパシーのように愛が通じ合うようになり、相思相愛となります。
これは恋愛感情だけでなく、尊敬の念を含む本物の愛です。


この原理は様々な人間関係において当てはまります。
親子やきょうだい、夫婦間、友人間、上司と部下、教師と生徒の間等々。
自分の利益を求める自己中心的な心があると、表面上いくらうまく付き合っているように見えてもやがて相手には見透かされるようになります。


「愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。
不義を喜ばないで真理を喜ぶ。
そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。
愛はいつまでも絶えることがない」

(コリント人への第一の手紙 13:4-8)


このような真実な愛に根ざした人間関係を築いていきたいものです。


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AI(人工知能)に対抗するには

2017.11.23日

インターネットが私たちの生活の中で欠かせないものとなりましたが、その歴史はまだ浅くほんの20年ほど前のことです。
アップルがiPhoneを出してスマホが一気に流行り始めたのはまだつい10年前のこと。
スマホの頭脳は、今から40年ほど前の世界一のコンピュータよりはるかに優れています。


この間にAI(人工知能)は目覚ましい進歩を遂げ、今や私たちの日常生活の様々な分野に使われ始めています。
今や車の自動運転はもう当たり前の時代、さらにAIが小説を書いたり、絵を描いたり、プロ将棋士を負かし、説明文から写真を生成、作曲する等々、人間の世界に侵略してきています。


中国の大手IT企業が開発したAIロボットが「ベビーQ」とユーザーと会話。
ユーザーが「共産党万歳」と書き込むと、ベビーQは「こんなに腐敗して無能な政治のために万歳できるのか」と返答。習近平国家主席が掲げる政治スローガン「中国の夢」について「あなたの『中国の夢』は何?」と尋ねると、「私の『中国の夢』は米国への移民」と答えた、という笑い話のような本当の話があります。
ベビーQを開発した会社は慌ててサービスを停止したそうです。


AIはさらにどんどん進化し、オックスフォード大学のオズボーン准教授が予測によると今後10〜20年で47%の仕事が機械に取って代わるだろうとうことです。その主な職種としては:
銀行の融資担当者、スポーツの審判、不動産ブローカー、レストランの案内係、動物のブリーダー、電話オペレーター、レジ係、集金人、ホテルの受付係、電話販売人、時計修理工、データ入力作業員、彫刻師、苦情処理・調査担当者、簿記・会計・監査の事務員、検査・分類・見本採取・測定を行う作業員、金融機関のクレジットアナリスト、メガネ・コンタクトレンズの技術者、殺虫剤の混合・散布の技術者、義歯制作作業者、造園・用地管理の作業員、建設機器のオペレーター、訪問販売員、塗装工・壁紙張り職人等々、ひたすら何かを見る仕事や何かを繰り返す仕事、24時間いる仕事、力仕事、機械的・技術を要する作業などです。


これからは資格や技術よりも、自分の意見を持つこと、悲しんだり、怒ったり、喜んだり、感動したりなど考える力や感情という人間独自の感性を生かす分野が必要になるでしょう。
ですから教育も知識の詰め込みや暗記、試験での得点力など従来のやり方とは決別しなければなりません。これらはもう既にAIに遠く及びませんから。


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どこまでも追い求めよ。失敗を恐れるな!

2017.11.19日

"Pursue something so important that even if you fail, the world is better off with you having tried."
--Tim O’Reilly - Supporter of the Free Software and Open Source Movements
「本当に大切なことはどこまでも追い求めなさい。たとえ失敗したとしても世の中はあなたが試してみたことによって少しでも良くなるのだから」
--ティム・オーライリー、フリーソフト・オープンソースムーブメントのサポーター
(訳 舟田譲二)


私たちはとかく失敗を恐れがちです。
そのため、大胆な行動が取れない、あるいはやりかけても無理だと思ったら途中であきらめる。
「石橋を叩いて渡る」のではなく、「石橋を叩いて、結果渡らない」あるいは「石橋を叩くことすら怖くてしない」のです。
「石橋を叩かずにいきなり渡る」人が時々いて、そのような人を見ると驚いたり、尊敬したり、場合によっては呆れることすらあります。「よくあんなことができるものだ...」と。


でも、考えてみたら人類の歴史というのは、先人たちの失敗の繰り返しの上に成り立っているのであって、それがなければ今日の世界、私たちというのはあり得ません。
よく引き合いに出されるのが、エジソンが電球のフィラメントの素材を発見するのに9999回失敗した、いや失敗したのではなく、だめな方法を発見したのだ、という例の有名な話です。
このような先人たちのトライアンドエラー(英語で trial and error、日本語では試行錯誤)があってこそ今日の世界があるのです。


「もし失敗していないなら、十分に難しい問題に取り組んでいないからで、それは大きな間違いだ」
とノーベル物理学賞受賞者のフランク・ウィルチェックが言っています。
また、スタンフォード大学心理学教授のキャロル・ドゥエック氏もこう語っています。
「失敗は本当に多くの情報を提供してくれ、将来多くの成功を生み出す可能性を有している」


このほか、世界中に数えきれないほどの「失敗」に関する名言・格言がありますが、そのいずれも肯定的なものばかりで、むしろ失敗することを勧めているほどです。
とどのつまり、大切なのはチャレンジする精神とあきらめないことです。失敗することなしに成功はあり得ません。
「失敗は成功の母」なのです。


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ビジネスから人生全般、すべてに共通する真理

2017.11.02日

"Enduring success only comes as a result of persistent hard work over an extended period of time. There’s no easy way to become successful."
--Brian Tracey, business consultant, speaker, author
「永続的な成功とは、長期にかけての粘り強い努力によってのみもたらされる。成功するのに簡単な方法などひとつもない」
--ブライアン・トレーシー、ビジネスコンサルタント・スピーカー・作家
(訳 舟田譲二)


最近、やたらとSNS上で「成功」や「人生を変える」とか「心身の健康」などを謳(うた)うサイトが増えてきました。
私はいろいろなことに興味があり頭を突っ込む癖があるので、ついつい覗いてしまいます。
先日は、「無料であなたの性格タイプを診断します」というものに出合いました。ちょっと調べてみるとアメリカのもので決して怪しいものではないとわかり、質問事項に答えて送信したところ、「あなたは創造者タイプ」(Creator) です、と返事がきました。そして、数ページに及ぶかなり詳しい診断が出て、「うんうん、なるほど」と納得していたら、さらに「この結果を生かしてあなたの人生を大きく変えませんか?」というメールがきます。こちらのほうはもちろん有料です。それで放っておいたら、次々とそこから勧誘のメールがきます。


次に、「49ドルの価値のあるe-book(電子書籍)を無料でダウンロードできます」というのが別のところから来て、それを申し込むと、「まずはこちらの動画をご覧ください」と20分ほどの動画が流れます。
結構よくできた内容で、これも「うんうん、なるほど」と思っていたら、無料のe-bookが送られてきて、これも結構長いものですが、読み進めると全部納得のいくことばかり。すでに知っていたことも含まれてはいますが、よくできた内容です。
このほか、無料のライブセミナーなどもたくさん送られてきます。


しばらくすると、また別のところから...というふうにして気がつくと横文字のものがズラーッと並び、私のメールボックスには毎日この類(たぐい)のメールマガジンが送られてくるようになりました。


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心当たりのないところや、メールマガジンを登録していないところからも次々と送られてきます。メールアドレスが仲間内に流されているか、同じところが名前を変えて送ってきているようです。
いずれも、"Hi, Joji" "Hey Joji" などとても親しげに声をかけてきます。
しかし、その大半は似たり寄ったりの内容で、「成功」「人生を変える」「心身の健康」「パワフルな習慣を身につける21の法則」などです。最初は無料で釣ってきますが、もちろん全部ビジネス目的です。


国内のものでも、メールマガジン登録者数日本一という人気コンサルからお誘いがきたので、どんな内容かと思って登録すると、内容は上のものよりさらに過激。
昨日、突然来たのが下のもの。
「ご当選おめでとうございます
来年も再来年も継続して毎年1億円がもらえます!! (銀行口座に必ず入金されることを保証します!)
稼ぐ?学ぶ?必要なし! 無料で毎年1億円もらうだけです!
1億円が確実に振り込まれる『毎年1億円もらうだけモニター』当選を確定させたい方は、今すぐ無料で申請ください!
無料モニターは、応募資格:18歳以上、作業内容」一切なし、所要時間:一切なし、場所:自由、募集人数:150名限定」


これは絶対にない、こんなものに興味はない、と怖くなってすぐにメルマガ登録解除しました。
上の横文字のメルマガも全部解除しました。


世の中にはこんなものが今も昔も常にたくさんあります。とくに今のSNSの時代は世界中で大流行(おおはやり)です。
皆さん、甘い言葉には気をつけてくださいね。


ブライアン・トレーシーのような信頼できる一流の人は、絶対にそのようなことは言いません。
トレーシーが語る冒頭の
「永続的な成功とは、長期にかけての粘り強い努力によってのみもたらされる。成功するのに簡単な方法などひとつもない」
こそ、ビジネスに限らずあらゆる仕事に、そして人間関係から健康、人生全般にいたるまですべてに共通する真理です。


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AI(人工知能)は人か神か!?

2017.10.28日

「世界を、ここから動かそう」をテーマに昨27日(金)〜11月5日(日)まで、第45回東京モーターショー2017が東京ビッグサイトで開催されています。
ここ数年でめまぐるしい進歩を遂げ、現在も日々進化中で、私たちの日常生活の中にもどんどん入ってきたAIを利用した各社の技術が今年の目玉になっています。


今回の東京モーターショーのステートメントには次のようにあります。
「クルマの進化は、これからどこへ向かうのだろう。その答えは、きっとひとつではない。もしかしたらそう遠くない未来、クルマという概念は今とはまるでちがうものになるかもしれない。けれど、思い出そう。クルマの本質とは何かを。それは人を動かすものだ。ココロを動かすものだ。私たちの可能性をひろげ、自由にするものだ」


さて、東京モーターショーが開幕した昨日、びっくりするようなニュースが突然飛び込んできました。
「人型ロボットに市民権を与えた最初の国家が登場」というタイトルで、「サウジアラビアで世界で初めてロボットが市民権を取得しました」とあります。
「えっ!! 何だって!?」
一瞬自分の目を疑いました。


「ソフィア」という女性のようなロボットは、サウジアラビアの首都・リヤドで行われた「Future Investment Initiative」で公開されました。ソフィアは香港に本拠を置くHanson Roboticsが作り出したロボット。
壇上でソフィアは語りました。
「私はこのユニークな特例を得られたことを大きな誇りに思います。歴史の中でもロボットに市民権が与えられたのは初めてのことですから」
ソフィアは口の動きだけでなく、瞬きなど、表情の筋肉が非常に繊細に、常に変化しています。
ソフィアに対して「ロボットによって引き起こされる悪い未来」についての質問が投げられると、ソフィアは「あなたはイーロン・マスクの本を読みすぎていますね。そしてハリウッド映画を見過ぎています。心配しなくとも、あなたが私に親切な限り、私はあなたに親切です。私を出力・入力に対して非常に賢いものとして扱ってください」と返しました。(日本語訳がとてもロボット的 笑)
ソフィアが話している様子は以下のムービーから見ることができます。
(スクリーンの下にある四角のマーク %83X%83N%83%8A%81%5B%83%93%83V%83%87%83b%83g%202017-10-27%2021.59.39.jpg をクリックすると英語の字幕が出ます)



(https://gigazine.net/news/20171027-citizenship-humanoid-robot/より)


しかし、これだけで驚いてはいけません。
去る9月にはもっと衝撃的なニュースが報じられました。
元Googleのエンジニア、アンソニー・レヴァンドウスキー氏が人工知能を“神”と標榜する宗教団体を立ち上げたというのです!!!!
団体の最終目標を、「人工知能に付与された神聖を崇拝することで社会をより良くすること、また人工知能に基づいたGodhead(神性)の実現を発展・促進し、Godheadの理解と崇拝を通じて社会をより良くすることに貢献する」としています。


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これ以上の人工知能の研究開発に懸念の声を表す科学者や専門家は少なくありません。イギリスの理論物理学者スティーブン・ホーキング博士もその一人で、いつしか人類の知能を凌駕(りょうが)した究極の人工知能が誕生し、私たちの生存を脅かすのではないかというのです。まさに映画『ターミネーター』シリーズの“スカイネット”そのものです。
(http://tocana.jp/i/2017/10/post_14877_entry.htmlより)


私はこれを読んでいて、旧約聖書の「バベルの塔」の記事を連想しました。
当時の人々はどんどん傲慢になっていき神を神として認めず、自分たちが神のようになろうとして、「さあ、れんがを作ってよく焼こう」と言い、石の代わりにレンガを用い、粘土の代わりにアスファルトを用いて「頂上が天に届く塔を建て、名を上げよう」と言ってバベルの塔の建設に取りかかりました。紀元前2000年頃の話です。なんか今の時代とそっくりではありませんか。


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聖書の1丁目1番地とも言える創世記1章1節には次のようにあります。
「初めに、神が天と地を創造した」
19世紀のイギリスのノンクリスチャンの科学者・哲学者・社会学者・倫理学者であるハーバート・スペンサーは次のように言いました。
「この世に存在するものはすべて、時・力・空間・物質・運動(エネルギー)のうちのいずれかから成る」
この考えは科学界に大きなインパクトを与え、今日でも受け入れられています。
「時」=「初めに」、「力」=「神が」、「空間」=「天と」、「物質」=「地を」、「運動」=「創造した」
ということで、この1文に宇宙創造の要素がすべて含まれています。


進化論が教えるように無から有が偶然に生まれることは絶対にありません。有機物が無機物から生まれることもありません。それは“生命は生命からのみ生まれる”とルイ・パスツールが証明したとおりです。


ノーベル生理学・医学賞を受賞したフランシス・クリック博士(1919-2014)は、DNAの二重螺旋構造を発見しました。博士は生命を作り出すのに必要な元素が地球上には十分にないと語っていますが、聖書の創造論を信じる代わりに、生命が別の惑星から宇宙船のようなもので地球に運ばれてきた、と信じているそうです(笑)。しかし、たとえそのように信じたとしても、その別の惑星で誕生した生命の起源を説明することはできません。


また、突然変異によってもひとつの種から他の種が生まれることもありません。これは『種の起源』を著したダーウィン自身が認めています。
突然変異は常に劣勢、あるいは有害でさえあり、エントロピーの法則(熱力学第二法則)により崩壊に向かって進みます。


つまり、何もないところから偶然にアメーバ―が生まれ、それがたとえ何十億年かかかったとしても偶然が重なって人間に進化することはあり得ないということです。
「神は人をご自身のかたちに創造された」(創世記1:27)
「かたち」は英語では "image" という言葉です。
神のかたちに似せて造られたから人には道徳心や倫理観があり、殺人やテロなど不正義を憎み、罰しようとするのです。
AIは絶対に人になることも神になることもできません。


「思い出そう。人の本質とは何かを」


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だから大好き、アインシュタインさん

2017.10.27日

帝国ホテルでアインシュタインにメッセージを届けた日本人の配達人にチップ代わりに渡された2枚の手書きメモ。手数料と合わせて156万ドル(約1億7700万円)と24万ドル(約2700万円)で落札されたそうです。
1枚には「静かで質素な生活は不安に襲われながら成功を追求するより多くの喜びをもたらす」、もう1枚には「意志あるところに道は開ける」と書かれていました。


私はアインシュタインさんが大好きです。
彼の残した語録や生き方とはとても波長が合います。このブログでもこれまで何度もアインシュタインのことを取り上げてきました。
調べてみたら「アインシュタイン」の名前が74回登場しています。


20世紀最大の物理学者、現代物理学の父と呼ばれ、ノーベル物理学賞を受賞した偉大な学者でありながら、人情味豊かでユーモアたっぷりのアインシュタインさん。
1922年10月8日、妻のエルザとともにマルセーユで日本郵船の北野丸に乗船しました。香港から上海に向かう船上にいた11月10日、1921年度のノーベル物理学賞の知らせが彼のもとに届きました。


神戸に上陸したとき、記者会見で来日の目的を聞かれて、彼はこう答えました。
「それは2つあります。1つは、ラフカディオ・ハーンなどで読んだ美しい日本を自分の目で確かめてみたい。とくに音楽、美術、建築などをよく見聞きしてみたい、ということ。もう一つは、科学の世界的連携によって国際関係を一層親善に導くことは自分の使命であると考えることです」
日本滞在中は次のように語っています。
「日本の建築はすみずみまで手が入り込んでいて、外国の彫刻をみるようでした。一言でいえば、日本は絵の国、詩の国であり、謙遜の美徳は、滞在中最も感銘をうけ忘れがたいものとなりました」


その後アメリカに亡命していたアインシュタインに、1937年、同じくナチスの迫害から逃れてきたハンガリー系ユダヤ人物理学者ふたりがある情報を伝えました。ドイツは原子力エネルギーの制御に成功した、このままではナチスが原子爆弾を作ってしまうと言い、ドイツより先に原子爆弾を開発するようアメリカ政府に訴えてくれ、とふたりはアインシュタインに頼みます。
そこで、アインシュタインはルーズベルト大統領に書簡を送って、原子力兵器の開発計画を立てるよう進言します。ルーズベルト大統領はこの提案を受け入れ、マンハッタン計画がスタートしました。
ところが、のちにドイツの敗北が確定的になり、米国政府が原子爆弾を日本に対して使う計画を持っているということを知って、ユダヤ人科学者たちはショックを受けます。
日本は、ナチスドイツの同盟国でしたが、人種差別的イデオロギーに反対し、逆にヒトラーに追われた多くのユダヤ人たちを助けていました。


アインシュタインはルーズベルト大統領に、そしてルーズベルトの死後はトルーマン大統領宛てに何度も請願書を書いて送り、日本への原爆投下をやめるよう訴えましたが、それを聞き入れず8月6日、人類最初の原爆を広島に投下しました。


「私は生涯において一つの重大な過ちをしました。それはルーズヴェルト大統領に原子爆弾を作るように勧告した時です。もし私がヒロシマとナガサキのことを予見していたら、1905年に発見した公式を破棄していただろう」と語っていたそうです。
(以上、出典:中澤英雄「萬晩報」(2005年2月28日)、YAHOO知恵袋「アインシュタインと原爆の関係を教えてください」)


北朝鮮の李容浩(リ・ヨンホ)外相が9月に太平洋上空の大気圏内での水爆実験の実施を警告したことに関し、北朝鮮高官がCNNとのインタビューで、李氏の発言を「額面通り受け止めるべきだ」と述べた、と米CNNテレビは25日伝えました。高官はさらに、北朝鮮と米国との間に外交チャンネルは存在しないと述べ、「米朝間の対話のパイプは開かれている」と繰り返し表明してきたティラーソン国務長官の見解を否定したといいます。


「第二次世界大戦では原子爆弾が兵器として利用されましたが、第三次世界大戦が起こったら、どのような兵器が使われると思いますか?」
というインタビューを受けたアインシュタインが答えました。
「第三次世界大戦についてはわかりませんが、第四次大戦ならわかります。石と棍棒でしょう」
第三次世界大戦は全面核戦争になるため、世界文明の崩壊は必至で、人類は原始の時代に戻るということです。


今、まさに世界はこの瀬戸際に立たされています。
日米韓中露を始めとする世界のリーダーたちが一致団結し、知恵を振り絞ってこの危機を脱する道を見つけなければなりません。
「生まれ変わったら一番に日本を訪れたい」と言い残したほど日本をこよなく愛し、世界の平和を希求していたアインシュタインさんの遺志を継ぐのが私たち日本人、そして人類に課せられた使命です。
「意志あるところに道は開ける」と書き残したアインシュタインの言葉を信じて。


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風と共に去りぬ

2017.10.24日

"People only see what they are prepared to see."
--Ralph Waldo Emerson, philosopher, author, poet, essayist
「人は不惑のものしか見ない」
--ラルフ・ウォルドー・エマソン、哲学者・作家・詩人・エッセイスト
(訳 舟田譲二)


一昨日行われた衆院選。
まさに劇場型選挙で国民の関心は非常に高かったのですが、「超大型」台風21号とちょうど日が重なり、お年寄りや足のない方々など投票に行けなかった方も大勢いらっしゃったのではないかと思います。いつもだったら歩いて行く投票所ですが、今回ばかりは車で行かざるを得ずすぐ前に駐車し、傘をさして建物の中に入るだけでも強い雨風で体が濡れたほどです。
この悪天候が投票率の低さにつながったことは否めません。


「風と共に去りぬ」じゃないですが、衆院選は台風と共に去りました。
結果は皆さんご存じのとおり。
私は一連の流れを見ていて大方の予想はついていましたが、果たしてそのとおりの結果となりました。
自民大勝とは言うものの、これは敵失によるもので、北朝鮮問題や少子高齢化、経済、憲法など喫緊の重要問題が山積しています。
「おごれる者久しからず」です。
「おごらず愚直に」国民に約束した政策一つひとつに取り組み、即実行、実現していかなければなりません。待ったなしです。


「希望の党」は失望に終わりましたが、「希望」は失望に終わりません。いや、終わらせてはだめです。日本の将来が、子どもたちの将来がかかっているのです。


「人は不惑のものしか見ない」
与野党ともに党利党略を超えて惑いなく、山積した課題に真摯に取り組んでいただきたい。
でないと、日本の将来は本当に「風と共に去りぬ」になってしまいます。


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あなたが求めるもの

2017.10.22日

"What we seek we shall find; what we flee from flees from us."
--Ralph Waldo Emerson
「人は求めるものは見出すが、逃げようとするとそれが人から逃げていく」
--ラルフ・ウォルドー・エマソン
(訳 舟田譲二)


「そうすることができると信ずる者が勝つ」
これもアメリカの19世紀の思想家・哲学者、エマソンの名言です。
冒頭の言葉も同様のことを言っています。


今、日本ではプロ野球の、アメリカではメジャーリーグの頂点を決める決戦をしています。
選手たちは必ず勝って優勝すると言っています。
みんなが勝つと言っていますが、勝つのは1チームだけです。
エマソンが言う「そうすることができると信ずる者が勝つ」、というのと一見矛盾しているように思われます。
勝負事ですから、勝つ者がいれば必ず敗ける者もいます。
勝敗を分けるものはなんでしょう。


最初から負けるなんて誰も思っていません。もし万が一、「負けるかもしれない」なんて思っていたら、その時点で勝敗は決まっています。
高校野球の甲子園大会などがそのいい例です。
相手にプロ並みのすごい選手がいる、向こうが格上だ、なんて思っていたら必ず負けてしまいます。しかし、たとえ相手が格上でも絶対に負けない、最後までくらいついていく、と思っていると9回の裏ツーアウトノーランナーから大逆転が起きたりするものです。


プロの場合、技術面ではほとんど差はありません。
試合の展開でだれかが「ああ、ヤバイ」とか「もうダメかも」と思った時点で、その気持ちがチーム全体に伝わってしまい、そのとおりの結果になってしまいます。
つまり、勝敗の一番大きな要素はメンタル面なのです。


そういう意味において「そうすることができると信ずる者が勝つ」のです。
また、
「人は求めるものは見出すが、逃げようとするとそれが人から逃げていく」
人が本気で、疑わずに、なにかを求めていると自ずと次々と道が開かれていき、結果としてその求めているものを手に入れることになります。
しかし、自信がなかったり、疑いや迷いがあったりしたら、人はそれから逃げようとします。そうすると、求めているもの自体がその人から逃げていくのです。
人はしばしばこれを「運」と呼びますが、決して運などではなく、自らの意志、信仰、メンタルの問題です。


あなたは今、なにかを求めていますか?
本気でそれを求めていますか?
一点の疑いもなく、手に入れられると確信して求めていますか?
もし、そうなら必ず手に入ります。
たとえそれがなんてあろうとも。
聖書にも
「祈のとき、信じて求めるものは、みな与えられるであろう」(マタイ 21:22)
とあるとおりです。


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「受動喫煙対策」どこまで?

2017.10.16日

昨日の読売新聞に、[医療なび・衆院選2017]「屋内は完全禁煙」世界基準 五輪・パラ控え「受動喫煙対策」どこまで?という記事が載っていました。


記事を要約すると、非喫煙者がたばこの煙を吸う「受動喫煙」による死者は国内で年間1万5000人との推計があるそうです。
国際オリンピック委員会(IOC)は2010年、世界保健機関(WHO)と「たばこのない五輪」を推進することで合意し、それ以降五輪・パラリンピックが開催された都市では、官公庁や飲食店などの屋内完全禁煙を実現しているとのこと。


厚労省案は、飲食店などは喫煙室のみ喫煙可とした上で、30平方メートル以下のバーやスナックは例外として喫煙を認めました。


国民健康・栄養調査によると、受動喫煙の機会が最も多いのが飲食店で42.2%にも上します。
禁煙化で売り上げが落ちることを恐れる飲食店の経営者は多いのですが、WHOは2009年の報告書で、レストランやバーの調査結果を分析して、「全面禁煙にしても減収はない」と結論づけているそうです。


厚労省案や自民党案はいずれも喫煙の例外を認める内容ですが、医学界は「例外のない全面禁煙」を求める声が主流だ、といいます。


米カリフォルニア大が職場やレストラン、居酒屋を全面禁煙にした世界各地の研究を分析したところ、呼吸器の病気にかかる危険性が24%、狭心症や突然の心停止は39%、心筋梗塞(こうそく)などは15%下がることがわかったそうですが、職場に限った禁煙の効果は限定的だったとのこと。


日本内科学会や日本循環器学会など25学会が参加する「禁煙推進学術ネットワーク」も2月、こうした結果を踏まえて「部分的規制や分煙では効果が期待できない」として、「面積基準による例外や喫煙室の設置等の分煙は認めるべきではない」と声明を発表しました。
WHOは「公共の場所」を病院、大学、飲食店など8種類に分類し、国の法律等で全面禁煙になっている場所がいくつあるかでランク付けしていますが、日本は現在、中国などと並び、最低ランクに位置するというショッキングな結果。


つい先日、「受動喫煙」について書いたばかりですが、受動喫煙撲滅は世界的潮流です。
「2020年東京オリンピックのために」とか「税収」、「飲食店の売り上げに影響」などといったちっぽけな理由のためではなく、上の記事に書かれているようにもっと大所高所から受動喫煙撲滅に取り組まなければならないと思っています。
日本も世界基準を目指し、すべての人のために国を挙げて取り組んでもらいたいものです。


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たとえ可能性がどんなに低くても

2017.10.11日

"When something is important enough, you do it even if the odds are not in your favor. "
--Elon Musk, Entrepreneur, engineer, inventor, and investor
「なにかがとても大切だと思ったら、たとえ可能性が低くてもそれに賭けてやってみるべきだ」
--イーロン・マスク、起業家、技術者、発明家、投資家
(訳 舟田譲二)


イーロン・マスクの略歴
南アフリカ共和国プレトリア出身のアメリカの経営者。電気自動車メーカーのテスラモーターズ会長。
10歳のときにプログラミングを独学し、12歳で商業ソフトウェア「Blaster」を制作販売する。
高校卒業後カナダに渡り、農場や製材所、銀行のコンピューター部門などで働いたのち、アメリカのペンシルベニア大学ウォートン・スクールで学位を取得。その後、オンラインコンテンツ出版ソフトメーカー「zip2」を兄弟とともに創業。同社をコンパックに売却し多額の資金を得る。
その後、PayPalの前身のひとつX.com、宇宙航空会社スペースXなどを創業。


イーロン・マスク氏は、まさに冒頭の言葉を自分の人生で実践している人です。
下にご紹介するTEDで、マスク氏は私たちが想像もしなかった奇想天外なこと、超近未来(今年中、あるいは2〜3年以内)を大胆に予測し、それに向けて着々と計画を進め、実験を繰り返し、実現させようとしています。本当にすごい人物です。
たとえ可能性がどんなに低くても、やってみなければ明るい未来は開けないのです。
彼から教えられることがたくさんあります。私たちも大きなビジョンを持って、どんどんチャレンジしていきたいものです。
(動画の右下にある四角いマークをクリックしてJapaneseを選択すると日本語の字幕が出ます)



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受動喫煙

2017.10.08日

去る10月5日、「東京都子どもを受動喫煙から守る条例」が賛成多数で可決、成立しました。家庭内での受動喫煙防止が柱で、施行は来年4月。国に先行して受動喫煙対策に取り組むことになりました。


8年前の記事、「嫌煙権と喫煙権」を読んでくださった、『STOP受動喫煙新聞』(社団法人 受動喫煙撲滅機構発行)の編集長が、この記事を同紙に転載させて欲しいと言ってこられました(「嫌煙権と喫煙権 2」


公益社団法人 受動喫煙撲滅機構の理念は、


「禁煙・喫煙は人を意識した生活習慣やマナーであり、この点での議論はプライバシーの扱いを常に巻き込んでしまうきらいがあります。タバコが健康に重大な被害を与えるという事実も、人によってその認識に大きな差が生じています。


ところで、受動喫煙を撲滅するという概念は、タバコを吸う人を対象にしたものではなく、 受動喫煙というモノに対峠した思考です。


そこには、タバコの煙を人に吸わせることを絶対に無くそうという極めてシンプルな結論があり、タバコを巡る多くの議論はすべて置いておくという潔さがあります。ここでの着眼点は、ある人が喫煙者であるとか、今まさにタバコを吸っているとか、また、その場所が喫煙所であるとか禁煙所であるかは、論点にしないことです。


吸っている人が、その人以外の誰かにタバコの煙を吸わせないことを常に意識し、また、皆がそうした場を作っていく為に努力し、その方針をすべての人が共有するところに唯一の目的があります。「タバコの煙を吸うことが嫌である」という「ある人」の自然な気持ちは、誰もが絶対に否定できない真理ではないでしょうか。その気持ちをしっかり受け止めて、その人にタバコの煙を吸わせないという意志を皆が持つことは、人としての思いやりの心に他なりません。


受動喫煙撲滅は、まさに人間の、日本人の思いやりの心を育んでいこうという活動なのです。
受け入れる議論の余地のない問題(モノ)だから、撲滅させよう」


この受動喫煙撲滅運動は正しい方向性だと思います。
少し前のことですが、レストランで赤ちゃん連れのママ友3人がペチャクチャ、キャーキャー大声で話していました。
うるさいな、と思ってそちらの方をチラリと見た瞬間、私は背筋が凍る思いをしました。
ヤンママのうちのひとりが、笑いながら自分の赤ちゃんに向かってタバコの煙を吹きかけているのです。


受動喫煙撲滅は成人非喫煙者を含むすべての人が対象となりますが、とくに赤ちゃんや幼い子どもは自分たちの意志や力で受動喫煙を防ぐことができないので条例化する必要があります。
東京都の受動喫煙防止条例の目的は、「子どもの生命及び健康を受動喫煙の悪影響から保護するための措置を講ずることにより、子どもの心身の健やかな成長に寄与するとともに、現在及び将来の都民の健康で快適な生活の維持を図ること」にあると明記されています。
条例では、喫煙者は「家庭内の同室だけでなく、子どもが同乗する自動車内でも喫煙しないよう努めなければならない。公共の施設だけでなく、分煙が十分でない飲食店などには、立ち入らせないこと」も盛り込まれました。
「罰則もない、監視もできないという内容で条例にしても意味がない」と言っている人もいるようですが、親は自分の子どものために、また喫煙者は日本の将来を担う未成年者のために、努力義務を超えて自ら積極的に受動喫煙をさせない決意をすべきだと私は思います。
子どもを受動喫煙から守る運動が全国に広がっていくことを心から願うものです。


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障がい

2017.10.06日

「障がい」という言葉はとてもデリケートです。
新聞やテレビなどメディアでは「障害」という感じが使われていますが、「害」という字に「災害」「害虫」「災い」のような否定的な意味合いが含まれているため、最近では「障がい」とひらがなを使っているケースも多いです。


このブログで「障がい」という言葉が使われている記事を検索したところ、80ほどありました。そのいずれも、障がいを肯定的にとらえています。
以前「Yes, I can !」という記事の中であまりにも感動した動画を紹介したとき、次のような言葉を書き添えました。
"Yes, I can !"
「そう、私にもできる!」
とても励まされ、勇気づけられます。
「障がい」という言葉を「個性」「才能」と変えなければなりません。

すると、この記事と動画を見たひとりの方から、「障害を軽々しく個性、才能などと言わないでください」と抗議のメールが届きました。
私はその動画を初めて見たとき鳥肌がたつほど感動し、そのときの気持ちを正直に書いたのですが、その方にとっては「障がい」を「個性、才能」といった言葉で表してほしくないご事情があったのでしょう。


「障害」も「障がい」も言葉自体にはなんら差別的な意味合いは含んでいませんが、使う人の気持ちや状況によってはそのように受け取られることもあり、気をつけなければなりません。
その反面、「障害」という言葉が昔よりも日常生活の中でよく使われるようになり、一般の人々の間でわりと素直に受け取られるようになってきている事実もあります。
たとえば、電車やバスの中に書いてある「障害者、お年寄り、妊婦の方に席をゆずりましょう」という標語によって、最近では当たり前のようにマナーとして守られるようになってきました。
また、パラリンピックはオリンピックに劣らず人々に大きな感動を与えます。


日本語の「障がい」と似たような意味合いの英語の言葉は disabled 〔ディスエイブルド〕ですが、英語ではとても肯定的な言い回しで表現されることが多くあります。
differently talented〔ディファレントリタレンテッド〕, differently gifted 〔ディファレントリギフテッド〕(異なった賜物が与えられている人)、differently abled〔ディファレントリエイブルド〕(異なった能力を持っている人)、challenged〔チャレンジド〕(神様から与えられた困難に立ち向かっている人)などです。日本語にもこのような意味合いの言葉が生まれればいいのですが。「挑戦者」はちょっとオーバーすぎるような感じがしますが。


ブログで私がこれまでご紹介してきたのはみんなこのような人たちで、とても大きな励ましを受けます。
今日、ご紹介する下の人もそのひとりです。家族や周りの人の愛がとても大切だと教えられます。



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「白いキリン」 神獣?

2017.09.18日

2年前の記事、「ピンクの象」は大反響を呼びました。
「自分もピンクの象だ」と共感を覚えた方がたくさんいらっしゃいました。


しかし、今日は「ピンクの象」ならぬ「白いキリン」のお話です。しかもこれは実話です。
以下は9月16日付 「HUFFPOST」および「NATIONAL GEOGRAPHIC」(日本版) からのシェアです。


「完全に神獣だ」 世にも珍しい“白いキリン“の親子(動画)


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アフリカのケニアの保護区で8月下旬、なんとも珍しい全身が真っ白なキリンが見つかった。
あまりにも神々しい姿に、Twitter上では「完全に神獣だ」といった声が上がっている。



動画を撮影したのは、アンテロープ(レイヨウ)の一種「ヒロラ」の保護活動をしている「ヒロラ保護プログラム」のパトロール隊員。Youtubeで公開したところ、たちまち世界中に拡散された。


ヒロラ保護プログラムによると、白いキリンの存在はこれまでも知られていたが、実際に確認されたのは、たった2回だけ。初めての報告は、2016年のタンザニアのセレンゲティ国立公園で、2016年3月には、ケニアのイシャクビニ保護地区でも確認された。


このキリンは、皮膚の細胞が色素を作ることができない「白変種」で、白くなってしまったよう。目が赤くないことなどから、全ての器官で色素を作り出すことができない「アルビノ」ではないという。


動画や写真を見た人からは、「完全に神獣」「めっちゃ綺麗だ」といった声が相次いだ。
このタイプの動物は、皮膚細胞で色素を作れないこと以外には、生存に不利になるような遺伝的問題はない。ただ、白い色のせいで望ましくない注意を引いてしまうことはある。


保護団体のキリン保護基金によると、キリンの赤ちゃんはライオンやハイエナなどの捕食者の標的になりやすく、生後半年以内に半数以上が死亡するという。ヒロラ保護プログラムが投稿した動画のコメント欄には、生息地についての情報も記されており、世界中に拡散したことで密猟の標的になってしまうのではないかという懸念の声も寄せられている。


白く珍しい体でニュースになる動物はキリンだけではない。8月にはスウェーデンで、珍しい白いヘラジカが草むらの中を歩いている様子が撮影されている。同じく白変種と考えられる白いライオンや白いペンギンも目撃されている。


胸を張って歩くお母さんキリンの姿はまるで優雅な伯爵夫人のよう。
でも、「ピンクの象」や「白いキリン」だけでなく、人間でもちょっと見慣れない変わった人がいると特別扱いしたり差別したりすることがありますが、これらは個性のひとつです。お互いありのまま受け入れ合いましょう。


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殺人事件が予想外の展開に

2017.09.11日

2015年5月、米ミシガン州で起きた殺人事件。


マーティン・デュラムさんが自宅で射殺された。マーティンさんの体には5発の弾が撃ち込まれており、そのうちの1発は頭部へのものだった。また、現場にいた妻のグレナも撃たれて重傷を負っていた。
ところが、数日後に自宅内で遺書が見つかり、凶器と思われる銃も見つかったことから、この事件はマーティンさんの自殺として処理された。


マーティンさんが飼っていたペットのオウムのバドは、マーティンさんの前妻に引き取られたのだが、それから2週間後、バドは何やらわけのわからない鳴き声を発するようになった。しばらく叫んだりわめいたりした後、最後には必ず「撃たないでくれ!」という言葉で終えていたという。


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(イメージ画像)


前妻は何度もこの言葉を聞くうちに、これは死んだマーティンさんの最後の言葉ではないかと信じるようになった。そこで彼女は警察に通報。警察は再捜査を開始した。
ともに再婚である夫妻にはそれぞれ連れ子がいたが、子どもたちは夫妻が金のことでよく口論をしていたことや、ともに怒りやすい性格だったと証言。さらに、残された夫の遺書は、実はグレナが書いたものであることが判明したことなどから、犯人は妻のグレナだと断定するに至った。


8月末、米ミシガン州の裁判所で、陪審員らはオウムの証言を信じる判断を下し、裁判長はグレナ・デュラム(49)に殺人と武器所有の罪で終身刑を言い渡した。この判決の鍵となったのは、オウムが証言した被害者の最期の“声”であった。
(9月10日付 日刊サイゾー 「殺人事件の一部始終を目撃! オウムの“証言”で、被告に終身刑判決が下る」を一部改編)


ペットには飼い主の愛情が伝わり、ペットもその愛情に応えようとするものです。
近年は空前のペットブームですが、一方でペットに対する虐待や遺棄なども大きな社会問題になっています。
ペットは家族の一員です。一旦飼い始めたら、最後までしっかり世話をするのが飼い主の責任・義務であり、さらに愛情を注いで飼うことによってペットからも愛情が返ってきて、お互いに幸せになれるのです。


あっぱれバド! マーティンさんに対するきみの愛の恩返しが実を結んだね。


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統合型リゾート(IR)設置案に物申す

2017.08.22日

8月20日付の読売新聞「カジノ解禁 世論二分 自治体戸惑い …経済効果期待/依存症に懸念」に、カジノ解禁を含む統合型リゾート(IR)設置に向けた政府の説明・公聴会が各地で始まり、世論の賛否が割れている現状が改めて浮き彫りになっているとありました。
「観光の核となるIRで、新たな基幹産業が生まれる」「本質はばくち場。客の蓄えを奪い、ギャンブル依存症を増やす」
と、出席者の意見表明では、経済効果を期待する推進論と依存症の助長を懸念する反対論が入り乱れたそうです。


誘致に積極的な自治体も多い中、誘致の機運が失速した自治体も。横浜市は昨年12月、IR推進の超党派議員連盟に参加し、林文子市長も前向きでしたがし、7月の市長選が近づくと林氏は「白紙状態」とトーンダウン。市長選中盤に実施した読売新聞社の市民世論調査でもIR反対は71%に上ったとのこと。


カジノ問題については「観光立国 カジノ?」「アベコベのミックス?」などで私見を述べましたが、上の記事を読んでいると私の予想通り、ギャンブル依存症への懸念から誘致に対して一時期の押せ押せムードが萎えてきているのがわかります。
現在でさえパチンコや競馬・競艇などの依存症が大きな社会問題になっているのに、さらに拍車をかけるような統合型リゾート(IR)設置は時代の流れに逆行しているばかりか、家庭崩壊や犯罪の助長にもつながりかねません。


このような中、去る7月9日に私が協力牧師を務めている湘南見附キリスト教会で洗礼式が執り行われました。


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受洗されたのは若干23歳の青年ですが、この人がものすごいのです。
彼は昨年大学を卒業したばかりなのですが、今年株式会社を自力で立ち上げました。その会社の目的が、なんと「依存症からの回復支援を通じて、再犯のない社会を創る」ことなのです。
この働きがキャリコネニュースでも取り上げられました(「父はギャンブル依存から犯罪を起こし、捕まりました」――23歳の青年が依存症者の就労支援施設開業を目指す理由)。
今年の12月には都内に施設を開業するところまでこぎつけました。


本来、このような事業は政府が率先して行わなければならないのに、依存症を助長するような統合型リゾート(IR)設置を目指そうとするのは全く本末転倒です。
経済効果が年間2兆円とも6兆円とも言われていますが、裏を返せばそれだけの大金を失う人、すなわち犠牲者が出るということで、決して健全なビジネスとは言えません。
政府に、そしてIR誘致に積極的な地方公共団体に再考を促したいものです。


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一番じゃなきゃダメなんですか?

2017.06.09日

6月7日付の 読売新聞 「人生案内」に、次のような相談が載っていました。 
小学5年の息子が、何をやっても1番になれない。
控えめで、人が嫌がることはせず、いつもニコニコと穏やか。少年野球をしており、毎日、自ら進んで投球練習や素振りをコツコツやっている。性格がいいからか、今年はキャプテンになった。
しかし、リレーの選手に選ばれるわけでも、書道で表彰されるわけでもなく、特に目立ったところがない。活躍する他のお子さんを見て、正直羨ましくなってしまう、というのです

 
これに対する回答は、
「なぜあなたはそれほどにお子さんを人と比べ、1番になることを求めるのでしょうか。他者と比べて得られる相対評価は、相手次第で浮き沈みします。
育つ過程にある子どもにとって大切なことは、その子にしかない良さをしっかり認めてもらうことです。それが自己肯定感となり、その人らしい心豊かな人生を送る鍵となります」


まことにそのとおりです。
お母さんのおっしゃっていることを読んでいると、ほとんどの人が羨ましいと思うようなじつに立派なお子さんです。


蓮舫さんがこれを読んでおられたら、きっとこうおっしゃたことでしょう(笑)。


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先日テレビに出ていた双子の東大生は、おふたりとも子どもの頃の成績は学校では断トツでしたが、やはりひとりのほうが別の子よりも常に成績が上でした。
兄妹ふたりだけの小さな世界でも一番、二番が生まれます。
ましてや、10人、20人、30人...といれば当然のことながら、一番から最下位の人までいます。


それでは、一番の人には価値があって最下位の人には価値がないのでしょうか?
そんなことはありません。
一人ひとり違っていていいのです。違って当たり前です。
ロボットじゃないのですから、みんな一人ひとり違うことが素晴らしいのです。
さらに、適材適所で、一人ひとりに合った学校や仕事があり、伴侶、友人などがいます。
そうでないと逆に不公平になります。
一人ひとり違うほうが公平で、自分の器に応じたことができれば、それが最高に素晴らしいのです。
世の中のお母さん、お父さんたち、お子さんをほかの子たちと比べないでください。
そして、世界にふたりといない大切なお子さんをありのまま受け入れ、認めてあげてください。
それがお子さんを最高に生かしてあげる方法です。


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きょうを最高の日にするために

2017.06.01日

"Today, give yourself permission to be outrageously kind, irrationally warm, improbably generous. I promise it will be a blast."
--Sasha Dichter – Acumen’s Chief Innovation Officer
「きょうは、誰彼かまわず考えられないぐらい親切に、なりふり構わず温かく、あり得ないぐらい気前よく振る舞ってごらんなさい。最高の日になるの間違いなしです」
--サーシャ・ディヒター、アキュメン社チーフ・イノベーション・オフィサー
(訳 舟田譲二)


すごくいい言葉ですね。
大いに啓蒙されました。
みんながこれを、家族や身近な人でできるところから実践していくなら、私たちの日々の生活は間違いなく変わり、身の周りが、そして社会が変わり、やがて世界が変わることでしょう。


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サーシャ・ディヒターはある12月の寒い日、ニューヨークの地下鉄で家路を急いでいました。
地下鉄の中でそれまで何度も見かけたことのあるひとりの男が、ホームレスの人に寄付を、と言っているのを耳にしつつも、彼は手に持つiPhoneに没頭している素振りをして、男の言葉を無視していました。きっと自分がホームレスで人のお金を無心しているのだろうと自分を正当化していました。
しかし、その日は地下鉄を降りて歩いていて、なにか引っかかるものを感じていました。


彼は勤めていた世界的な一流企業を辞めて、非営利団体のアキュメン社で働き始め、あるバレンタインデーの日に”寛容の日”と名づけた運動を起こします。
その日には、ホームレスであろうが親しい友人、あるいは通りがかりの見知らぬ人であろうと、たとえ誰であろうとも、頼まれたことにはどんなことでも寛容に「OK」と答えるという運動です。
この運動はやがて社会改革の引き金となり、慈善事業でなくビジネスとして、インドの田舎の何百万人もの人々に安全な飲み水をもたらし、ケニヤの何千もの貧しい農民がより多くを稼げるようにし、パキスタンのスラムの人々に住まう家を与えることになります。


この人が勧めているのが冒頭の言葉
「きょうは、手当たり次第に考えられないぐらい親切に、なりふり構わず温かく、あり得ないぐらい気前よく振る舞ってごらんなさい。最高の日になるの間違いなしです」
です。
これが単なる観念的な、かっこつけの言葉でなく、地に足の着いた真意のこもった言葉であることがわかります。


私自身、これまで街頭募金を訴える人の呼びかけに対して、「あれはひょっとしたら某宗教団体がやっている資金集めかもしれない」などと自分の考えを正当化して足早にその前を通り過ぎたり、助けを必要としている人を見て見ぬふりをしていることがしばしばありました。
でも最近は、気がついた時にはできる限り手を伸べて助けるようにしています。


2か月ほど前のことです。駐車場から車を出そうとしていた時、少し離れたところを杖をついて歩いていたひとりのお年寄りが仰向けに倒れるのが目に入りました。起き上がろうとするのですが身体の自由が利かなくて立ち上がれません。
人を待たせていて急いでいるのだ、と一瞬自分を正当化しようとする考えが頭をもたげたのですが、車のエンジンを切ってその老人のところに駆け寄りました。
起こしてあげようと何度試みても体重が重すぎて私の力ではどうしても無理です。しばらく格闘しているうちに、その方が身体を横に倒して手をついて自分で起き上がりかけました。手を貸してやっとの思いで立たせてあげることができましたが、足取りが怪しくまたいつ倒れるかわからない状況です。
私はしばらくその方の手を支えながら一緒に歩き、「家までお送りしましょう」と声をかけましたが、いやすぐそこだから大丈夫、と答えてひとりで歩いて行くその方が駐車場を出るまでひやひやしながら見送りました。
汗びっしょりになり、気づくと駐車場の土が、服やずぼんについて泥だらけになっていましたが、小さな人助けができたことでちょっぴり嬉しくなりました。サーシャ・ディヒターには遠く及びませんが。


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散る桜 残る桜も 散る桜

2017.04.27日

散る桜 残る桜も 散る桜


江戸時代の曹洞宗の僧侶で、歌人でもあった良寛和尚の辞世の句と言われています。
このほか、
「散らぬ桜に散る桜、散らぬ桜も散る桜」とか
「散る桜 散らぬ桜も散る桜」
などいろいろなバージョンがありますが、言っていることはみな同じです。


つい1週間ほど前、「遅咲き」という記事の中に、いつものウォーキングのコースに周りの葉桜に囲まれて1本だけ七分ほど花をつけている桜の木を見て感動を覚え、桜の遅咲きから人の遅咲きに思いを馳せたことを書いたのですが、昨日の早朝同じところを歩いてみると、その桜もきれいに葉桜になっていました。(当たり前のことですが)


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これを見たとき、冒頭の一句が頭によぎったのです。
散った桜の花がすっかり色あせて赤茶け、人が歩いたり自転車が通るところを除いて小径(こみち)を覆っています。
頭の上には美しい若葉が生い茂っています。
今勢いあるこれらの葉も秋には全部落ちて地を覆います。
そして、落ちた花びらもまた葉もやがて腐り、土と混ざって腐葉土となり木に栄養を与え、それがまた来春の美しい花を咲かせ、葉を茂らせる。
これを何十年、何百年どころか、何千年と繰り返している。


考えてみたら、私たち人間も同じ。
私たちが今歩いている道、住んでいる町の下にも何百年、何千年という歴史が詰まっている。
数えきれないほどの人がかつてこの地の上で生活し、やがて死んで、それが肥やしとなって今日に至り、私たちが今ここで生活しているのです。


私たちも一人もれなく、この「散る桜 残る桜も 散る桜」と同じく散っていきます。
これが世の常、生まれてきたもの、万物の宿命であり、これをやたらと怖れたり、儚(はかな)んだり、悲しむ必要などありません。
当たり前のことなのですから。
むしろ、この世に、この世の命や物質に執着するから死を怖れたり、別れを悲しんだりするのです。


大切なことは、桜の花や葉が腐葉土となり肥やしとなって次に命をつないでいるように、私たちも単に物質としてだけでなく、霊や精神、また知性などが子どもや孫の代に、さらに綿々と後世に受け継がれていくというところに目をやることです。


そのことを思うと、今、ここに生かされていることが、とてつもなく偉大なこと、素晴らしいことに思われてきます。
しかも、それが単に有名人や能ある人、歴史に名を残すような偉大な人物だけでなく、生まれてきた人すべてがこの尊い使命に生かされているということ。
このように考えると、ほかの人の命も、また同様に自分の命も決して粗末にはできません。さらにもっと積極的に、大切にしなければならないということに気づくはずです。


現代の教育でこのような視点が一番欠けているのではないかと常々思っています。
教育とは、単にテストで点を取り、志望校に合格し、企業に就職し、地位を築き、名声を馳せ、財産を築くためにあるのではありません。


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小さな奇跡

2017.04.22日

"I have no silver and gold, but what I do have I give to you."(Acts 3:6)
「金や銀は私にはない。しかし、私にあるものをあげよう」(使徒の働き3:6)

(訳 舟田譲二)


これは有名な聖書の中の一節です。
今から約2000年前の歴史上の出来事。
イエス・キリストの十字架上での処刑後、弟子たちは師を失って意気消沈し、迫害を恐れて隠れていましたが、復活したイエスに出会ってからは、まったく別人のように生まれ変わりました。
弟子たちの筆頭、ペテロは3度もイエスを知らないと言って裏切りましたが、実際に復活の主に出会って、力強くイエス・キリストを宣べ伝えるようになりました。そして、その信仰の故に幾多の迫害にあい、最後は逆さ磔(はりつけ)という殉教の死を遂げた、と伝えられています。
そのペテロが言ったのが冒頭の言葉です。
このあと、彼は次のように続けています。
「ナザレの人イエス・キリストの名によって、歩きなさい」
すると、生まれつき足のきかなかった男がたちまち癒されて歩き出した、という奇跡が起きました。


しかし、今日、私がここで述べたいことは、これとは異なる奇跡です。
私はよく、冒頭の
「金や銀は私にはない。しかし、私にあるものをあげよう」
という言葉を瞑想するのです。


この世の中、「金や銀」という言葉で象徴されるような、経済的に裕福な人もいれば逆にそうでない人もいます。
同様に、学問や医療、芸術やスポーツなどさまざまな分野で抜きんでた人もいれば、そうでない人もいます。
しかし、私たちはみんなお互いに補完し合うように生まれてきています。


昨夜、フィギュアスケート世界国別対抗戦がテレビで放映されていました。
これを見て、励まされたり心が踊るような思いになった人も多かったことと思います。
このほか、連日行われているサッカーやプロ野球などのスポーツも同じです。
テレビでやっている歌番組によって、あるいはコンサートなどで音楽によって勇気づけられている人も大勢います。
ドラマやバラエティ番組などの娯楽によって癒され、楽しんでいる人もたくさんいます。
旅行したり、あるいは外食したりすることによって元気をもらっている人もいます。
病気になると医師のお世話になり、私たちはとても助けられています。
このように、私たちはみんなお互いに助け合っているのです。


私の健康のことを心にかけてくださって毎月、たくさんのサプリメントを贈ってくださっている方がいらっしゃいます。
あるいは地元の産物のうどんやチーズやハムなどを贈ってくださる方もあります。
また別の方は健康に関する本を送ってくださったり、食事などの健康法を教えてくださいます。


冒頭のペテロじゃないですが、私には金銀はありません。そのほか、私にはないものの方が多く、このように多くの方々から助けられています。
でも、私にあるもの、それは英語や教育という仕事、またこのブログ記事など、これらによって少しでも人々のお役に立つことができているなら、たとえどんなに小さくても、それは与えられている使命を果たしていると思うのです。


このようにこの世のすべてのもの、空気や水を始め、食物となる動植物やペットも、みんなそれぞれに使命が与えられていて、それを用いることによって互いに助け合っている。
同様に、あなたにも、家族の間で、また仕事を通してなど、あなたでなければできないことが必ずたくさんあります。
それが与えられていること、そして貢献できていることを感謝しつつ、また同時にほかの人たちやさまざまなものによって助けられていることを感謝する。
このとき、小さな奇跡は私たちの身の周りでたくさん起きるのです。


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自分のアイデンティティを見つける

2017.04.16日

ビリーはだれもパンチすることができない。父親が「パンチ!パンチ!」と大声で叫んでも、彼にはその指図が理解できない。実際のところ、きゃしゃな身体の少年は、異常とも言える大きなヘッドプロテクターとボクシンググローブでカモフラージュされていると言ってもいいほどだ。


ビリーは敵にアッパーカットをくらって倒されるまで何度もぶざまな恰好でロープで反動をつけては相手に向かう。しかし、気づくとリングの上に倒れている。父親は恥じ入り、トレーナーは絶望している。本物の男が夢中になるこのスポーツをビリーはなぜ身につけることができないのだろう。ビリーはただボクサーには生まれついていないのだ。


北イングランドのダーラムの通りでは、炭鉱の閉鎖に反対する抗夫たちがストライキをしている。エリオットの父親もその中のひとりだ。わずかばかりの生活費を守るために彼は警官と闘おうとしている。彼は人生の過酷な現実を理解している。もはや政治には頼れないとわかっている。彼の望みはこれまでことごとく打ち砕かれてきた。息子たちには何としてもこの苦しみを味わわせたくない。末っ子のビリーさえ自分自身を守る手立てを早くから身につけておく必要がある。だからボクシングジムに通わなければならない。すべて理にかなっている。子どもの将来のための投資と彼は信じているのだ。


しかし、ビリーはそのようには感じていない。ジムはふたつに区切られていて、その半分で少年たちはボクシングをし、あとの半分では少女たちがバレエの練習をしていた。ビリーはこのバレエのようなスポーツにすっかり魅了されている。純白の衣装のチュチュに身を包まれた少女たちはまるで宙を舞うようで、その優雅なステップや繊細なジャンプは音楽にピッタリ合っている。


繊細な感じの女性インストラクターはビリーのバレエに対する憧れに気づき、ビリーを応援して密かに彼にプライベートのダンスレッスンまでしてあげた。しかし、そのことを知った父親は頭にきて怒った。「ダンスなんて女がやるものだ!」


しかし、ビリーはこんなことでは引き下がらなかった。自分の夢を実現させるために、口げんかや周りの冷やかしなどどんな障害にも彼はくじけなかった。父はついに根負けした。ビリーはダンサーになり、ロイヤルバレエスクールのスターになった。ビリーはバレエダンサーに生まれついていたのだ。


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この感動的なストーリーは、映画『ビリー・エリオット リトルダンサー』からだ。舞台は1984年にさかのぼる。当時、男性と女性の間には大きな壁が立ちはだかっていた。今日ではこの壁は昔と比べるとずいぶん小さくなっているが、「自分のアイデンティティを見つける」というこの映画のテーマは今も変わらない。人は自分の願望をかなえるために、そして固定観念を破るために必死で自分自身を発見しようとしている。とどのつまり、私たちはみんな自らの内に幸福の種を持っている。ビリーにとってそれはダンスだった。しかし、彼の家族はそれを理解できなかった。彼らは驚かされ、さらに彼を責めたてすらした。さらにこの子はどこかおかしいのではないかとも思った。


ビリーのどこがおかしかったのか言おう。なにもおかしくなんかなかった。彼はまったく正常だった。彼は自分の内なる声に従い、その結果強くなったのだ。


ウォルフガン・ソンネンブルク


(訳 舟田譲二)


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◯◯しない勇気

2017.04.13日

「勇気」と言うと、何かをする勇気、行動を起こす勇気、と普通私たちは考えます。
ちなみに、このブログのページの左上コーナーにある「エントリー検索」に「勇気」と入力すると、数十の記事が出てきます。その記事のほとんどが「◯◯する勇気」について語っています。
私自身はそれほど勇気のある人間ではなく、勇気のある人を見ると羨望の念を抱きます。そのようなところから、自分自身に対するメッセージとしてこれらの記事を書いたのではないかと思います。


しかし、昨日、ある出来事をとおして「◯◯しない勇気」について思いを馳せることになりました。
もっと厳密に言うと、「◯◯しないことを選択する勇気」です。
「◯◯しない」のは勇気のないことのように思われますが、ときには「◯◯しないことを選択する」のは立派な勇気です。


たとえば、「一気飲み」です。
周りの者にあおられて一気飲みして急性アルコール中毒になって死亡する人がいます。
また、阪神タイガース優勝の際のファンの道頓堀ダイブなどもその例です。
これらは極端な例ですが、身の回りにも同様の「◯◯しない」勇気はいくらでもあります。


担任の先生からいじめを受けて自殺した中学生が出たのはまだつい最近の出来事です。
このようなケースは枚挙にいとまありません。
とくに体育会系の部活でのしごきや顧問の体罰等々。
また、クラス内でのいじめによる自殺も後を絶ちません。


自殺する勇気があるなら、学校に行かない勇気、部活をやめる勇気を発揮して欲しいものです。
いじめがあるにもかかわらず我慢して学校に行き続ける、体罰を受けながらも部活をやめないで、最後には追いつめられて自殺するぐらいなら、学校や部活をやめ、友達との縁を切る、こちらの方がよっぽど立派な勇気です。
たんに勉強をさせ試験で点数を取らせて進学させることが教育の本来の目的ではないはずです。むしろ、生きる力を養うことこそ教育の真の目的だと思うのです。


また、親も子どものおかしな様子に気づいたら、学校に行くことを無理強いするよりは、学校に行かせない勇気の決断が求められます。
子どもの人生、命を犠牲にしての学校や部活などなんの意味もありません。
(去る2月の記事「いじめの問題」もご参照ください)


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言い訳はしない、聞かない

2017.03.21日

"I attribute my success to this: I never gave or took any excuse."
--Florence Nightingale – 1820-1910, Founder of Modern Nursing
「私の成功の鍵は、自らも決して言い訳をしなかったし、また人の言い訳も受け入れなかった点にあると思っている」
--フローレンス・ナイチンゲール、近代看護の母
(訳 舟田譲二)


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「当時、看護婦は、病院で病人の世話をする単なる召使として見られ、専門知識の必要がない職業と考えられていた」(Wikipedia)そうで、彼女自身も無給で働いていたそうです。
ナイチンゲールは、「超人的な仕事ぶりと必要であれば相手が誰であろうと直言を厭わない果敢な姿勢により、交渉相手となる陸軍・政府関係者はナイチンゲールに敬意を示し、また恐れもした。オールド・バーリントン通りにあったナイチンゲールの住居兼事務所は関係者の間で敬意と揶揄の双方の意味を込めて『小陸軍省』 Little war office とあだ名された」(Wikipedia)とあるごとく、自らにも人にも厳しい人だったことがわかります。
そして、その姿勢が彼女を近代看護学の母たらしめたというのは、まことにさもありなんという感じです。


私たちも彼女に倣って「言い訳はしない、聞かない」姿勢を貫き、なすべきことはきちんとなしていくことをモットーにしたいものです。


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氷山の一角

2017.02.11日

"It’s the tip of the iceberg."
「氷山の一角」


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表面に現れている事柄は好ましくない物事の全体のほんの一部分であることのたとえです。


昨日、新聞に折り込まれていた「じもとの事件簿」(新聞に載らない事件 平塚市内版)。
先月の1日から末日まで市内で起きたさまざまな事件が日ごとに列挙されています。
見ると、事件の起きていない日がないほどほぼ毎日、それも1日に数件単位で起きています。
その大半は、「自転車盗」「オートバイ盗」「空き巣」「車上ねらい」といった比較的小さい事件です。
発生状況を見ると、「駐輪場に施錠していて盗まれた」「家の窓ガラスが割られて金品が盗まれた」「敷地内に施錠して駐車中、窓ガラスが割られて車内に置いてあった鞄から財布が盗まれた」「敷地内に駐車してあった車からバッテリーが盗まれた」等々です。
発生時間は早朝から昼間、夕方、夜間と、いつでも起こっています。
発生場所は市内全域です。
これでは防ぎようがありません。
比較的大きな事件のない、静かな平凡な、安全と思われる街ですらこうです。


先月は振り込め詐欺が報告されていませんでしたが、いつもは数件載っています。
現に、警察署からの防犯情報として、「百貨店店員を装う詐欺が増えています。あなたのキャッシュカードが不正に利用されていることがわかったので、新しいキャッシュカードに変更してください。古いキャッシャカードを取りに伺いますなどの電話があり、キャッシュカードをだまし取りに来る」「市役所や金融機関等の職員を装い、医療費や保険料の還付金があると告げ、ATMでお金をだまし取る手口の還付金詐欺が発生している」等々、この「事件簿」に書いてあります。


3年半ほど前、当時としては走りだった還付金詐欺の電話がうちにもかかってきたことがあります。
妻があと一歩でひっかかるところでしたが、私が気づいてぶじ事なきを得ました。この時の彼らの手口を一部始終書いた記事が「昨日のびっくりとは… 必見!」にありますので、ぜひご参考にして未然に防いでください。


上の事件簿を見ていると、これは計画的、組織的な犯罪の一部という臭いがします。
単に自転車が欲しかったから盗んだ、というのではなく、犯罪グループが存在していて大量に盗み、窃盗品をネットで売ったり、あるいは海外に転売したりしているように思われます。


最初は小さいことから始まり、そのうちだんだん大きくなっていく。それが罪の性質です。
子どもたちが「嘘つきは泥棒の始まり」とよく言いますが、まさにそのとおりです。罪は怖いです。
さらにこれらはほんの氷山の一角です。
どの街でも、報告されていない事件はまだまだたくさんあります。
皆さん、くれぐれもご注意ください!


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いじめの問題

2017.02.07日

先週の木曜日に「日本人はなぜ英語が下手なのか」という記事を書いたところ、多くの人からコメントをいただきました。
この中で引用したTBS系列で放映されている『好きか嫌いか言う時間』というディベートバラエティ番組で、昨夜は「いじめ」の問題が取り扱われました。
中高校生や現役の学校教師、箱根駅伝3連覇の青山学院・原監督などが本音でいじめについて討論していました。


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(これは動画ではありません)


去る1月28日にアカデミー学院では中学3年生を対象に受験の際の面接練習をしたのですが(「将来の夢」)、そのときひとりの生徒に中学校で頑張ったことについて尋ねたところ急に涙を流し、学校で殴る・蹴るなどのいじめを受けていると言い始めました。
この子のいじめについては本人からこれまでに何度も聞いていましたし、学校の担任にも話していると言うのですが、一向に改善されていないようで、話を聞いていてとても心が痛みました。


そう言う私自身、中学生の頃陰湿ないじめを受けた経験があり、他人ごとではありませんでした。
以下は、今から5年ほど前に書いた記事、「心が痛むいじめの問題」から一部抜粋した再録で、私自身の辛い経験を綴ったものです。今、読み直してみて、当時のことがありありと甦ってき、涙が出てきます。
いじめの問題に対してひとりでも多くの人の意識が高まり、なんらかの対策を講じるひとつのきっかけになれば幸いです。


実は私も、中学1年の時、執拗ないじめに悩まされ、死にたいと思ったことがありました。
小学校の卒業式の翌日にまったく知らないところに引っ越してきました。
新しい中学での生活が始まり、周りに友達がひとりもいなくて寂しい思いをしていたら、近所に住む同じクラスの二人の男の子が声をかけてくれました。それからあっという間に彼らと親しくなり、毎日遊ぶようになりました。


ある日、そのうちのひとりが私について変な噂を流し始めたようです。
「街からやってきた舟田は大会社の社長の息子で大金持ち。家には自家用の飛行機もあるらしい」云々。
周りの子たちから異様な目で見られるようになり、その噂を打ち消すのにひと苦労しました。
そうこうしているうちに、その生徒が悪い仲間と一緒になって、私に対するいじめを始めるようになりました。
「舟田、掃除さぼるなよ」
「いや、さぼっていない。ちゃんとやっているじゃないか」
「だれもお前がさぼってるなんて言ってないだろ。さぼるなって言ってるだけだ」
次第にいじめはエスカレートしていきました。事あるごとにいちゃもんをつけて、責め立ててきました。
来る日も来る日もいじめられ、もう毎日が憂鬱で、学校に行くのが苦痛になりました。
クラスの他の生徒たちはそれを見ていて見ぬふり。
しかし、ある日、隣の席に座っていたひとりのおとなしい子が味方になってくれ、気にする必要はないよ、と声をかけてくれました。
これがどれほどありがたかったことか。


その後、両親にいじめられていることを泣きながら伝えました。
それを聞いた父が立ち上がってくれました。
「その子の家に行って、お前が自分の口で、これ以上いじめないでくれ、と言いなさい。自分は口ははさまないけど、通りの角でお前たちが話しているところを見ていて、もし何かあったら助けに行くから」と言ってくれました。
そこで勇気を持って、その子の家に行き、このいじめの問題で自分はとても苦しい思いをしている、もうこれ以上続けないでくれ、とはっきりと言うことができました。
近くに立っている父の姿が目に入って、彼も少し恐れたのか、それでいじめはピタリと止まりました。
ひとりで悩んでいなくて良かったと心底思いました。


しかし、その後も別の子に電車のホームの裏に連れて行かれ殴られそうになったり、修学旅行の時にも別のクラスの子の部屋に呼び出されて数人に取り囲まれ、暴行を受けそうになったことなどもありましたが、その都度、近くにいた誰かが助けてくれました。


(中略)


いじめは子どもの間の問題だけではありません。
大人の社会においても、しかも庶民を守るべき立場にある警察官や市・県の職員、教師までもが弱い立場にいる女性や子どもに性的嫌がらせや暴行などの破廉恥行為をしているというのは、これこそまさにいじめそのものです。
学校関係者が隠蔽工作をするのもいじめ行為です。
しかも、世界の中でも例外というぐらい平和で安全な国と言われている日本国内でさえ、毎日のようにこのようないじめがあらゆるところで行われているのです。


しかし、このようなことは最近になって始まったことではなく、昔から常に起こっていました。
これはモラルの低下云々の問題ではなく、人間の心の内に潜む恐ろしい罪の性質のゆえの犯罪行為です。
この根本的な問題を解決しない限り、懲戒免職や懲役刑などの重い実刑判決を課したとしても、決して後を絶つことはないでしょう。


私たち人間は、犯罪を犯す犯さないを問わず、ひとりの例外もなく、神様の前にはみんな罪人(つみびと)です。
この罪の問題の解決なしに、平和で安全な国、幸せな人生など築けるわけありません。
今、私たちが行っていることは、いわば砂上の楼閣作りのようなものです。
日本国民みんなが一度立ち止まって、自分の心の内を再点検し、問題解決のための糸口を真剣に探し求め話し合い、それを実際に行動に移さなければならない時が来ています。


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ひび割れつぼの話

2017.02.06日

とっても素敵なお話に巡り合いました。
FacebookフレンドのMasumi HughesさんがDaniel Matsushitaさんのタイムラインからシェアしてくださったものです。再シェアさせていただきます。


【ひび割れつぼの話】
インドのある水運び人は2つのつぼをもっていました。その2つを天秤棒の左右につけて肩にかけ、ご主人のために毎日水を運んでいました。片方のつぼには、ひび割れがあったので、いつも水が半分こぼれていました。もう片方のつぼは完璧で、自分は役目を十分果たしていると満足していました。


ひび割れつぼは、自分のひび割れを情けなく思い、いつもみじめな気持ちになりました。2年が経ち、ひび割れつぼは、とうとう水運び人に言いました。「私は自分が恥ずかしい。私にはひび割れがあって毎日水が半分こぼれ、あなたの役に半分しかたっていない。それがとても辛いんです」  
それを聞いて水運び人は、ひび割れつぼに優しく言いました。「今度歩く時に、道端の花をよく見てごらん」


そう言われて、次の日、ひび割れつぼは、毎日通る道に美しい花が咲いていることに気づきました。美しい花を見て、少し元気になった気がしましたが、ご主人の家に着いたときには、やはり水は半分しか残っていませんでした。


「やはり私は役に立たないつぼだ。ごめんなさい」
すると水運び人はこう言ったのです。
「気がつかなかったかい? 道端の花は君の側にしか咲いていなかっただろう。僕は君のひび割れを知ってから、君の通る道に花の種をまいておいたんだ。毎日そこを通るたびに君は種に水をやり、花を育ててきたんだよ。僕は毎日その花を切り、ご主人の食卓に飾ってきた。君のおかげでご主人は、きれいな花を眺めながら 食事を楽しむことができるんだよ」


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この話はいろいろなことを教えています。


私たちはとかく自分の欠けているところに目が行き、情けない気持ちになったり、申し訳なく思ったり、自分は役立たずだと自分を責めたりしてしまいやすいものです。
しかし、自分の気がつかないところで、私たちの「欠け」そのものが、ほかの人やものの役に立っていたりするのです。


上の話の中では、もう一方のつぼは完璧だったとあります。
「自分は役目を十分果たしていると満足していました」とあり、確かに水漏れもなく役割は完璧に果たしていたかもしれませんが、「満足していた」とあるように、ひょっとしたらそれは自己満足だったのかもしれません。


私たちから見て才色兼備で「完璧」に見える人がときどきいますが、そもそも完璧などと言える人はひとりとしていません。
むしろこの世の中は、一人ひとりみんな異なるギフト(賜物、才能、特徴)が与えられていて、それらに優劣をつけることなどできません。


私たちは与えられているそれぞれのギフトを最大限に活かすことによって、互いを助け合い、補い合って役割を果たし、社会全体として機能するようになっている、と私はいつも思うのです。
ですから、自己満足して高慢になることも間違っていれば、また自分の劣っている面を見て自己卑下することも同様に間違っています。


この物語を読みながら私はこんなことをを考えていました。


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周りの人たちがあなたの真似をする

2017.01.11日

"Do something wonderful, people may imitate it."
--Albert Schweitzer - 1875-1965, Theologian
「なにか素敵なことをしなさい。周りの人たちがあなたの真似をするかもしれませんよ」
--アルベルト・シュバイツァー、神学者
(訳 舟田譲二)


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人の行動は伝染するものです。
憎しみを持っていると、連鎖反応で憎しみもどんどん広がっていきます。
個人レベルに限らず、国と国の間でも小さないさかいが起こると、それはどんどん大きくなっていきます。
分裂はますます裂け目を大きくします。
疑惑を持っていると、その疑惑はさらに大きくなり、だれも信じられなくなります。
誤りはさらに大きな誤りを引き起こします。
悪口を言っていると、悪口は周りにどんどん伝染していきます。


しかし、一方で人の良い行いもまた伝染していきます。
私たちの日々の生活を少しでも明るく、幸せにするには、また世界に平和を求めるなら、当然のことながら私たちがまず率先して人のお手本となるような行動を取らなければなりません。
なぜなら、それも伝染していくからです。


シュバイツァーがここで言っている、「なにか素敵なことをしなさい。周りの人たちがあなたの真似をするかもしれませんよ」はまさにこのことを教えています。
私がよく心に思うのは、次の「平和を求める祈り」です。


わたしをあなたの平和の道具としてお使いください。
憎しみのあるところに愛を、
いさかいのあるところにゆるしを、
分裂のあるところに一致を、
疑惑のあるところに信仰を、
誤っているところに真理を、
絶望のあるところに希望を、
闇に光を、
悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください。
慰められるよりは慰めることを、
理解されるよりは理解することを、
愛されるよりは愛することをわたしが求めますように。
わたしたちは与えるから受け、
ゆるすからゆるされ、
自分自身を捨てることによって、永遠の命に生きるからです。


地上において完全な理想郷をつくることは不可能ですが、小さな行い一つひとつの積み重ねが輪を広げていくなら、世界はもっともっと平和になり、住みやすいところになることでしょう。


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批判するより励ませ

2017.01.10日

"Those who are lifting the world upward and onward are those who encourage more than criticize."
--Elizabeth Harrison – 1849-1927, Educator
「世界を向上させ、前進させる人は、批判するよりむしろ励ます人だ」
--エリザベス・ハリソン、教育者
(訳 舟田譲二)


人を批判したり、責めたりするのはいとも簡単なことです。ときには大声で怒鳴ったり叱ったりすることもあるでしょう。
実際のところ、ほとんどの家庭において夫婦・親子・きょうだい間で、また学校では教師間あるいは教師と生徒の間、生徒間で、企業などでは上司・部下の間、同僚の間などで日常茶飯事のように行われていることでしょう。


私が塾の仕事を立ち上げたとき、最初にお世話になった会計事務所で、私たち客の面前で経営者が従業員を大声で怒鳴っているのを目撃しました。
怒鳴られていた人はうちの担当者でしたが、即首になったか、自ら退職したかで、間もなく顔を見なくなりました。
そして、私たちもこのようなところは嫌だと思い、すぐに別の会計事務所に変わりました。


人はみんなそれぞれ器の大きさが違います。自分の思うように動いてはくれませんし、期待外れの状況にときには頭にくるようなこともあるでしょう。
でもこのことは言い換えれば、同時に相手も自分のことを同じように見ている可能性があるということです。


自分が完璧からほど遠く、欠けだらけであるのと同様、この世に完璧な人などどこを探してもいません。
ということは、相手に「ああしろ、こうしろ」と要求したり、「こうあって欲しい」と期待すること自体無意味ですし、このような見方、考え方をしている限り、自分にとっても相手にとってもものすごいストレスとなって、このストレスがお互いの人間関係を壊し、さらには私たちの肉体・精神の健康すらも損ねることになります。


自分が日々接している人や環境を向上させ、前進させたいと思うなら、相手を批判するよりむしろ励ますことです。
ここから創造的な世界が開けていきます。


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リサイクル

2017.01.09日

昨年のことですが、小学5年生に社会を教えていたとき、ゴミとリサイクルの問題を取り扱いました。
生徒たちのリサイクルに対する意識は非常に高く、驚きました。
というのは、道端に平気でペットボトルや空き缶を捨てたり、可燃ごみの袋の中にペットボトル・空き缶などを入れている大人をよく見かけているからです。


資源の少ない日本でのリサイクルへの取り組みはおそらく世界でもトップクラスだと思います。
それが小学生にまで浸透しているというのはとても喜ばしいことです。
リサイクルには大きく分けて3つあり、
<リデュース> (減らす) ごみになるものは買わない、もらわない
<リユース> (繰り返し使う) 牛乳びんなどリターナブル容器の製品を買う
<リサイクル> (資源として再利用する) ごみは分別する、リサイクルされた製品を買う
生徒たちにとってリサイクルはなじみのあるもので、みんな意識して取り組んでいましたが、リデュースとリユースは新しい概念でした。


留学時代よく目にしたアメリカのごみ収集車とアメリカでのリサイクルへの意識について生徒たちに話しました。
下の動画のような大型のトラックが回ってきて、主に裏通りに置いてある大型ごみコンテナーをフォークリフトのようなもので持ち上げて、バサーっと豪快に後の荷台に落とすのですが、じつはこのコンテナーの中には生ごみだけでなく新聞紙から空き缶、ガラス瓶、プラスチック類などは当たり前のこと、使わなくなったテレビなどの家電類からソファーなどの家具まで捨ててあったりするのです。
しかも、広大な土地があるアメリカ、これらのごみを焼却したりリサイクルしたりせず、一斉に全部空き地に埋め立ててしまいます。
この動画を見せて上のことを話したところ、みんな目を丸くしてびっくり。一斉に「信じられなーい!」



当時の日本はリサイクルの技術などはなく、ほとんど全部焼却していて、これが大気汚染を引き起こしていたので大きいことは言えませんが、今日の日本のリサイクル技術と一般国民の意識の高さはすごいと思います。
国内の自治体はだいたい似たりよったりかと思いますが、私の住んでいる街のリサイクルはかなり徹底しています。


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アカデミーでもこれらを忠実に実践していて、ティッシュを使い終わったら箱をつぶし、取り口についているビニールははがしてそれぞれ紙とプラクルの資源に分けて出しています。


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ここまでやる国は世界広しと言えどもそうはないでしょう。
でも、これぐらいしなければ、地球上の資源に限りがあり、その上人口がどんどん増えていている今日、大気汚染や土壌汚染、地球温暖化、資源の枯渇など、私たち自身どんどん地球を破壊していくことになります。


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小さなことが集まって世界をひっくり返す

2016.12.30日

"Do your little bit of good where you are; its those little bits of good put together that overwhelm the world."
--Desmond Tutu (1931-), Social Activist
「今、自分のいるところで、ほんのちょっとだけ良いことをしよう。これらの小さなことが集まって世界をひっくり返すのだ」
--デズモンド・ツツ、社会活動家


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デズモンド・ツツは、南部アフリカ聖公会のケープタウン元大主教。
南アフリカのアパルトヘイト(白人と非白人の諸関係を規定する人種隔離政策)解決に向けた指導的な役割を果たしたことで、1984年にノーベル平和賞を受賞。2013年にはテンプルトン賞を受賞した。


アパルトヘイト撤廃後に、アパルトヘイト時代に黒人が受けた人権侵害等を調査するため、真実和解委員会が結成された際には、黒人、白人の双方から信頼されていたツツが委員長に就任した。
2002年4月、ボストンでパレスチナ問題に関連して、まずアパルトヘイト撤廃に何より協力してくれたのはユダヤ人であったと感謝の意を述べてから、しかしイスラエルがパレスチナ人に対して分離壁の設置やユダヤ人入植地を建設していることについて、かつて南アフリカで黒人に対して行われていたのと同じだと批判した。
2008年3月25日、チベット問題に関連して、中華人民共和国政府に対し抗議声明を発表した。
(以上、Wikipediaより抜粋)


ツツは、自らの信念に従って、イスラエルに対しても中華人民共和国政府に対しても、臆することなく堂々と批判、抗議しました。このような姿勢が、冒頭の言葉につながっています。


「今、自分のいるところで、ほんのちょっとだけ良いことをしよう。これらの小さなことが集まって世界をひっくり返すのだ」
はまさにツツが行ったことで、それが南アフリカでそれまで公然と行われていたアパルトヘイト撤廃という世界の歴史を変える大事業を成したのです。


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健康寿命を延ばせ

2016.12.23日

病気や認知症の状態で長生きすると、家族や周りの者に迷惑をかけることになりますし、また自分自身のQOL(生活の質)も落ち、決して幸せとは言えません。
そこで、最近よく言われる健康寿命が大切になってきます。
そのためには未病の段階からの予防が大切です。
病気や認知症などの予防のためにはバランスの取れた食事や質の高い睡眠、ストレスの少ない生活を心がけるとともに、適度な運動が大切であることは言うまでもありません。
日常生活の中で運動の習慣が身についていない私など、ついつい大げさに考えてしまい、億劫になりがちですが、一番手軽でお金もかからず、いつでもどこでもできる運動、それがウォーキングです。


ウォーキングとともに私がいつも心がけていることは、エスカレーターやエレベーターを使わないこと。
駅やデパート、モールなどでは私はいつも階段を使うことにしています。ですから、どこかへ出かけるとたいがい20階から30階ほどは上がることになります。
階段を1段ずつ上がると、平地のウォーキングの約2倍の運動量(カロリー消費)につながるそうで、これはジョギングと同じぐらいといいます。
身構えてジョギングしなくても手軽にジョギングと同じカロリー消費が得られるのです。
脚を大きく持ち上げる1段とばしは、股関節や骨盤まわりの筋肉を使い、インナーマッスルを鍛えられるとのことです。1段とばしで5階ぐらいまで一気に上がると、もう心臓バクバクです。


あと、有酸素運動かつ全身運動であるスイミングには週に1度は行くよう努めていますが、忙しくなると飛ばしてしまうので、やはりウォーキングが私には1番合っているようです。
たったこれだけのことで動脈硬化の予防ができ、脳神経も活性化できるとすれば、こんなありがたいことはありません。


これらのお陰で、あれだけ長い間体調不良で苦しんでいた私が、「みんなで寄ってたかって私を...」に書いたように健康になれたのです。
皆さんもご一緒に身近な運動で健康寿命を延ばしませんか。
健康寿命を延ばすことは、ひいては社会貢献にもつながります。


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かみさまへのてがみ

2016.12.17日

12月16日付 読売新聞 「編集手帳」に次のような一文がありました。


米国の子供たちが神様に手紙を書いた。例えば、〈かみさま、かぜを ひくのは なんの やくにたつのですか?〉(谷川俊太郎訳)。サンリオ刊『かみさまへのてがみ』には楽しい質問が並んでいる。
万物をこしらえたという創造主に、出来栄えの感想を尋ねた子供もいる。〈かみさま あなたは きりんを ほんとに あんなふうに つくりたかったの? それとも あれは なにかの まちがいですか?〉。長い首が不思議でならないのだろう。


これを読んで、私も『かみさまへのてがみ』を読みたくなって検索したところ、「かみさまへのてがみ」のタイトルでいくつかの興味深いYouTubeの動画がヒットしたので、ついでに見てみました。
ひとつは「お涙ちょうだい」のとても感動的なものでした。



合唱曲もありましたが、アメリカで大ヒットしたと言われる同名の映画の短いプロモーションビデオ、これも感動的で実際のビデオを観てみたくなりました。



でも、やっぱり冒頭の谷川俊太郎訳の『かみさまへのてがみ』の中に紹介されている子どもの神様への素直な質問、「かみさま あなたは きりんを ほんとに あんなふうに つくりたかったの? それとも あれは なにかの まちがいですか?」が一番心にぐさりときます。


ちょうど昨日のブログ記事「地球の将来、人類の未来は」に書いたように、現在の子どもたちがこれからの時代に直面する「動植物の生態系の破壊」や「民族・国家間の戦争、テロ、地球温暖化など異常気象による大型台風・地震・火山爆発の多発」の問題など、子どもたちの「このままではいけない。なんとかしなければ...」という魂の叫び声のようなものが聞こえてくるような気がします。
このような質問を神様にぶっつけたくなる純真な想い、この答えを子どもたちは自ら探し求めていかなければならないのです。


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コラボの世界

2016.11.26日

一昨日はここ湘南地方で57年ぶりの雪が降り、朝起きると辺りは一面銀世界。とは言っても家や車の屋根の上に2〜3センチ積もっただけで、午後にはもう溶け、車の運転や仕事には支障なくほっとしました。

昨日は朝早く目覚めたので、小一時間ウォーキングに出かけました。頭に雪を頂いた富士山が真っ青な空を背景に輝いていました。


IMG_0090.JPG

(自宅のすぐ近くから見える富士山)


でも、富士山がひとつだけしかないので美しいので、もしも両隣にも向こう側にも手前にも同じ富士山があったりしたら興ざめです(笑)。
周囲に低い、緑の山々があるからこそ際だって美しいのです。では低い山々は綺麗じゃないのかと言えば、もちろんそんなことはなく、木々の緑が日々私たちの目を楽しませてくれています。
いわば富士山と普通の山々のコラボです。


日本には四季があり、春夏秋冬それぞれに気候も景色も、食べ物もほかには味わえない良さがあります。
四つの季節がそれぞれの役割を果たしています。春夏秋冬のコラボです。


アカデミーでは毎年12月に小学生の英語教室でクリスマス会を開きます。1989年の創立以来ずっと続けていて、子どもたちの間では大人気のイベントです。
クリスマス会と言っても単なるパーティではなく発表会も兼ねているので、普段学んでいる英語を使ってゲームをしたりして楽しみます。
また、教会で行われるクリスマス礼拝のミニチュア版のような感じで、キャンドルライトで学院長のメッセージがあり、またキリストの生誕シーンの聖句を英語で暗唱したり、英語の賛美歌をアカペラで歌ったりします。


担当の先生から、生徒たちが家で練習できるよう、聖句と歌の動画を作ってアカデミーのホームページに載せて欲しいと言われ、早速作ってみました。私が英語でお手本を示し、それをカラオケのように文字が画面に流れるのを息子が作ってくれました。
HPトップページの「お知らせ」の「マイティキッズ英語教室 クリスマス会練習課題」です。
ちょっと恥ずかしいですが、息子と私のコラボ作品を下の「アカデミー学院ホームページ」の「お知らせ一覧」をクリックして2016年11月21日のところをご覧ください。


「アカデミー学院ホームページ」


私たちの身体には、無数の器官や細胞がありますが、どれ一つとして不必要なものはなく、みんながコラボしてお互いに助け合っています。
食物も無駄なものは何ひとつありません。すべてが互いに補い合っています。


人間の世界も同様で、不必要な人などひとりもいません。
みんながお互いを必要としています。
この世の中、強い人だけでなく弱い人もいて、お互いに助け合っているのです。
世界全体がコラボしています。
昨日の記事、「1日にたった1時間、たった1分を」の中に書いた「協働」です。
これがあるから世界も、宇宙もすべてがうまく機能しているのです。


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コンビーニエント!

2016.11.23日

私の住まいはとても便利のいいところにあります。
徒歩2分のところにスーパーや青空市場があり、なにか必要なものがあるとすぐに買いに行けます。
子どもたちがまだ小さかった頃、夏休みに家でかき氷を作り、いざシロップをかけようとしたら切れていて、すぐ近所のスーパーに買いに行って間に合ったほどです(笑)。
3分のところにまた別のスーパーがあり、ほかにバス停も郵便局も、そしてコンビニは2つあります。
信号なしで4分で職場に歩いて行くことができ、職場の向かいにはマクドナルドやツタヤもあります。
昔、「飛んでも8分、歩いて10分」という言葉が流行りましたが、「歩いて2分」にはかなわないでしょう。
難点は、あまりにも便利すぎて歩かなくなることです。


最近はどこでもエスカレーターがあり、階段ががら空きなのに隣のエスカレーターには長い行列ができています。
また、「動く歩道」なるものもあります。
便利になりましたが、ますます歩かなくなります。
私は健康のために敢えてエスカレーターやエレベーターは使いません。


ここ数年で私たちの生活は大きく様変わりしました。
スマホもその一例です。今や電車に乗るとほぼ全員がスマホを使っています。
道路を歩いている人もしかり。
スマホは超小型コンピュータを片手に持ち歩いているようなものです。
自宅や職場のパソコンからだけでなく、出先でスマホからでもネット通販を利用してほとんどどんなものでもすぐに注文することができ、速い場合には翌日に品物が手元に届きます。
海外からでも1週間もあれば届きます。便利な時代になりました。


コンビニはその名のごとく convenient コンビーニエント「便利」。
夜中でもアツアツのおでんを買ってきて食べることができますし、必要なものはほとんどいつでも入手できます。


ただちょっと困ったことは、なにもかもがあまりにも便利になりすぎて、それに溺れてマナー違反をする人が増えてきていることです。
「使い捨てマスク」というネーミングにも問題がありますが、マスクを平気で道路に捨てていく人。
コンビニの弁当の容器や包み紙、ペットボトルなどを道路に捨てるだけでなく、よその家の庭に投げ捨てていく人すらいます。
シャッターを閉じた店の前に座り込んで大声で話しながらコンビニで買った物を食べる若者がいるのには眉をひそめてしまいます。


別にコンビニだけのせいではないのでしょうが、食事や飲み物などがいつでもどこでも簡単に、しかも安く手に入るため、栄養の偏りという問題も生まれてきました。
昨日入ってきたニュースによると、イギリスの10代の若者(11歳〜18歳)が1年間に飲む砂糖入り清涼飲料水の量が平均234缶、浴槽約1杯分に相当すると英国がん研究所が発表しました。
これはイギリスに限らず、日本でもさほど変わらないことでしょう。


便利さにかまけていると、後になってさまざまなつけが回ってくることになります。
注意しなければなりません。


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人生に「もし」はある!

2016.11.10日

世界中が注目していたアメリカの大統領選。
「トランプかヒラリーか」という記事を書いたわずか2週間前には、ヒラリー・クリントン優勢とだれもが見ていたのに、蓋を開けると大どんでん返しの結果に。
昨日の日本時間午後4時頃ドナルド・トランプ新大統領誕生の速報が入ってきました。
その直前の午後3時29分、ライブドアニュースに面白い記事がアップされました。


バックトゥザフューチャー予言再び?トランプ優勢にネット「ビフだよ?」
 米大統領選でいよいよトランプ氏が優勢となっている状況に、ネット上では「バックトゥザフューチャー」の文字が躍っている。
 日本時間9日に開票速報がテレビ各局で行われているが、大票田のフロリダ州をトランプ氏が制覇したという報道を受け、一気にトランプ有利な状況となった。
 これを受け、ネットでは米映画「バックトゥザフューチャー」の文字があふれた。同映画のシリーズ2では、2015年にタイムスリップした主人公・マーティーが、スポーツ年鑑を入手し、現代に持ち帰るが、相棒のドクに叱られ破棄。それを見ていたビフ・タネンが、捨てたスポーツ年鑑を拾って、過去の自分に届けてしまう。
 未来の勝敗を知ったビフは大金持ちとなるが、そのビフがトランプ氏にそっくり。ビフはカジノの経営者として成功し、「トランププラザホテル」も真っ青のド派手なカジノを建設。放慢な大富豪として、世の中を牛耳っている。
 更に、この映画では、米大リーグ・カブスの優勝も予言しており、ネットでは予言めいた映画の作りに「バックトゥザフューチャーの予言再び」「ビフだよ?いいのか?」「バックトゥザフューチャーが現実になる」「カブスも世界一になったし」など、興奮ツイートが相次いでいた。


実際、2日に行われた米大リーグの頂上決戦、ワールドシリーズでは、シカゴ・カブスがクリーブランド・インディアンスに勝ち、優勝を決めました。カブスがワールドカップを制したのは108年ぶりというのです。


じつは去年の10月22日の記事、「この日がやってきた!」の中で『バック・トゥー・ザ・フューチャー PART2』のことを取り上げました。
1985年から30年後の2015年にタイムスリップしたストーリーですが、映画の中に予言されたことで実現したものの「一例を挙げると、iPadのようなタブレット型コンピュータ、液晶パネルテレビ、テレビ会議、3D映画、指紋認証技術、バイオエタノールを燃料とする自動車、メガネ型情報端末等など」と書いたのですが、ビジネスマンのビフ・タネンならぬドナルド・トランプの大統領誕生や、米大リーグで万年最下位クラスだったカブスのワールドシリーズ108年ぶり優勝などが現実となったのです。


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去る11月6日の読売新聞別刷り「よみほっと 日曜版 『名言巡礼 活字求めた飢餓の時代』」に、『どくとるマンボウ青春期』の作者であり医者でもあった北杜夫さんのことが書かれていました。
全国から秀才男子が集まった旧制松本高校時代のこと。
<恋人よ この世に物理学とかいふものがあることは 海のやうにも空のやうにも悲しいことだ>
と書いた迷答に、物理教師は合格点に1点足りない59点をつけ、「同じ答案ばかり見るのはつらいから、君、もっと書いてくれ」と言った言葉が、彼ののちの作家人生のきっかけになったそうです。
「人生に『もし』はない。しかし、もし、松高に進学していなかったら作家、北杜夫の誕生はなかった」
で記事は締めくくられています。


確かに、人生、過去を振り返って「もし、あの時...」と言っても始まりません。
しかし、将来においては「もし」(What if...?英語教えます!)は誰の人生にもつねにあります。
ちょうどトランプ氏のように。


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人と人の間の境界線

2016.10.30日

最近、「境界線」についてよく考えます。
心理学などで使う「境界線」(別名バウンダリー)と私が考えている境界線はちょっと違うようです。


広い意味での「境界線」は、たとえば国家間の「国境線」です。
国境線とは隣接する国と国との境目で、国家主権の及ぶ限界です。勝手に自国の都合や益のために他国の国境線を越えると、最悪の事態では戦争になります。国家の主権は犯してはならないからです。
各国がこの基本的なルールを守れば戦争は起きないはずです。


同様に、各個人レベルにおいてもさまざまな境界線が存在します。
それは、たとえ夫婦や親子、きょうだいなど家族間、親しい友人間においてもそうです。
それぞれ超えてはいけない私的な境界線があります。
この境界線を越えるからさまざまな問題が起こるのです。


夫婦というのは、まったくの赤の他人でありながら、もっとも近しい関係です。
聖書には、「夫婦は一体である」と教えられています。「一体」とはひとつということです。
分けられないひとつの単位です。しかし、それでもなお夫にも妻にもそれぞれ自分自身の境界線があります。
そして、この境界線を越えることは、伴侶の人権を踏みにじることになります。これが原因でお互いに不信になり、離婚に至るケースもあります。


また、結婚している夫婦は一体なので、不可侵です。
したがって不倫は絶対にだめなのです。国境を越える行為と同じです。
マジシャンのミスター・◯リックが次のように言っていました。
「不倫はバレなければ天国だが、バレたら地獄だ」と。
「経験者語る」のような響きがありますが、たとえバレなくても不倫行為は夫婦間およびそれに割り込む人物、またそれぞれの家族などすべてにとって地獄そのものです。天国なんてどこにもありません。


きょうだい間においても不可侵の境界線があります。
これを破ると親が死んだあと財産争いなどに発展したり、互いに憎しみ合ったり、裁判沙汰になったりします。最悪の事態では殺人事件にも至ります。


さまざまなトラブルやそれに伴うほとんどの事件は、この「境界線」を越えて起きるます。
私たちはみんな他人の、あるいは国家や団体などすべての権利を認め、尊重すべきなのです。


「人にされたくないことを人にしてはいけない」、という消極的なものではなく、さらに一歩進めて、
「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ」
という聖書の教えは万国共通の、そして永遠の真理です。


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トランプかヒラリーか

2016.10.26日

2週間後に迫ったアメリカ大統領選を前に、最後の討論会を終えた翌日の10月20日、大統領選挙の恒例行事となっているアルフレッド・E・スミス記念財団の慈善晩餐会で、共和党候補ドナルド・トランプ氏と民主党候補のヒラリー・クリントン氏がアメリカ人特有のジョークを交えたスピーチをしました。


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今回の大統領選はかつてないほど、相手の醜聞を暴き立てて攻撃するという中傷合戦で、どちらの候補がより良いかではなく、より悪くないかを基準に投票するとも言われています。
この晩さん会でのスピーチは、それが伝統とは言え、相手をなじる辛らつなジョークとおふざけの自虐的なジョークが絡み合い、最初から最後まで大笑いさせてくれるジョーク合戦でした。聴衆のブーイングも何度も起きました。
バックグラウンドがわかっていないと理解しづらい個所もいくつかありましたが、それでも十分に楽しめる内容です。


本人の意向を聞いたうえでスピーチライターがあらかじめ原稿を書いてはいるのですが、とっさのアドリブなども見事です。また、相手の辛らつなジョークにお互いに大笑いするところもさすがです。


下のリンク先から両者のスピーチの動画およびスピーチの原稿の日本語訳が見られます。
日本語訳を見ながら動画の音声を聴くこともできますので、英語を勉強していらっしゃる方にはリスニングの良い教材にもなることでしょう。動画で聴いている時間のない方は日本語訳にさっと目を通すだけでも楽しめます。
それではどうぞごゆっくりお楽しみください。


「トランプのスピーチ」


「ヒラリーのスピーチ」


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ココハドコ?ワタシハダレ?

2016.10.18日
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一昨日の16日、久しぶりの秋らしい好天に誘われ、ちょっと(と言うか高速で片道4時間かけて)足を伸ばして静岡県の浜名湖に出かけてきました。
海岸を散歩していて出くわした光景が上の写真です。
下は小学2年生ぐらいから上は60代後半と思しきこの集団、親子連れ、夫婦、若いカップル、友達同士、あるいは一人でとまちまちですが、97%ぐらいがスマホを片手に歩いているか、あるいはベンチに腰を下ろして、また立ち止まって目はみんなスマホの画面に釘づけです。
最初は訳がわからず、群れをなして歩いている人たちを避けながら歩いていて、異次元にさ迷いこんだような錯覚にとらわれました。
しばらくして、少し前にテレビのニュースで見た「あの光景」なんだとようやく合点がいきました。


下は、昨日の「もの言う牧師のエッセー 第251話 『ポケモンGO』 」より一部抜粋したものです。
スマホ向けゲーム“ポケモンGO”に熱中するプレーヤーらが世界中で大騒動を巻き起こしている。人をはねたりなど運転中のプレイによる死亡事故はもちろん、アメリカでは木に突っ込む人や停車中のパトカーに激突する“猛者”もいる。10代のギャルがキャラクター探しの途中で木によじ登ったあげく、体が枝に挟まって身動き取れなくなってレスキュー隊が出動したり、プレイ中に崖から落ちた20代の青年たち、夜中に個人宅に侵入し発砲された人や殺された人、“ポケストップ”にアプリを使ってビーコンを仕掛けプレーヤーをおびき出し強盗を働いた3人の10代の少年や、原発に侵入した人、ボスニア・ヘルツェゴビナでは危険な地雷原指定地域に入った人もいる。


上の写真に写っている人々はみんなスマホから顔を上げずに海岸の遊歩道を歩いています。
それも柵もない歩道ですぐ横は海です。危険極まりない!
中には釣り糸を垂れながらスマホを触っている人もいました。まさか海中のポケモンを釣ろうとしていたのではないでしょうが(笑)。


ここ浜名湖弁天島は、その昔、関西へ旅した俳人・歌人の正岡子規(1867-1902)が東海道線車中から見て、次の句を詠んだところです。
「天の川濱名の橋の十文字」(明治26年)


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(弁天神社境内の句碑)


正岡子規の上の句はレトロな雰囲気で趣(おもむ)きがあり、ほのぼのした気持ちにさせますが、もし子規が123年後の今日にタイムスリップしてこのスマホ軍団に遭遇していたなら、「ココハドコ?ワタシハダレ?」状態になっていたことでしょう。
私ですらそうだったのですから。


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注意!

2016.10.12日

「自分が注意を払っていることに注意しなさい!」
先週、ある人が言った「注意を払っていることに注意しなさい!」という言葉が心に響きました。


毎日のニュースを聞いていて、あるいは友達が自分の身に、彼らの友達の身に、はたまた世界中で起こっているさまざまな恐ろしいことなどを話しているのを聞いているうちに、いつの間にか周りは大変なことだらけ、暗いことばかりのような気がしてきて、気が滅入っていることに気づきました。


しかし、実際には人生はもっともっと素晴らしい、びっくりするようなことで満ちているし、不快に感じるよりも感謝すべきことの方がずっとたくさんあります。日々の生活の中の一瞬一瞬、私たちには選択肢があります。暗い面に目を向け、私たちの思考をそれにコントロールさせて、心配したり、憂うつになったり、落ち込んだりすることができます。あるいは、私たちの生活の中の、そして世界中の明るい面に焦点を合わせることもできるのです。


現実世界の中では、明るい面と暗い面、良いことと悪いこと、嬉しいことと悲しいことなどは、常に一緒に存在しています。私たちが何を見て、どのように考えるかによって大きな違いが生まれます。


私たちはだれでも良いことを見つけ、美しいことや喜ばしいことに注意を払うことができます。そしてそのような生き方をすると、明るい将来を見ることができ、前進する勇気がわいてきて、もっと良いことを生み出していくことができるようになります。


ということで、私は今月自分が注意を払っていることに注意するということがいかに大切であるかということに、良い面に気づいてそれを認め、すべてのことに対して意識的に感謝することに心を向けることにしました。
皆さんはいかがですか?
サンドラ・アベル、ベストセラー作家、講演者、カウンセラー、人生・ビジネスコーチ

(訳:舟田譲二)


サンドラ、ありがとう。大切なことに気づかせてくれて。
私もそうすることにしました。


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人間はみんな自己チュー

2016.10.05日

私は使ったことがありませんが、自己中心のことを「自己チュー」と言うようです。
「誰々は自己チューだ」という表現をいつ頃からかよく耳にするようになりました。
考えてみたら私自身もそうですし、人間なんてみんな自己チューです。誰だって自分が一番可愛いですし、美味しいものも食べたければ、いい家にも住みたい、いい暮らしをしたい、痛い思いはしたくない、死にたくない…、当たり前のことです。
また自分の立場が危うくなると自分を守るために嘘もつけば、人を責めもする。最近テレビなどでよく見るシーンです。
憎い人には直接暴力を振るわなくても言葉などで傷つけもする。
考えてみれば、人間関係のもつれや、国家間の戦争などすべてこの自己チューから起こっています。


ふと「自己チュー」の反対は何だろうと考えてみました。
よく「自己紹介」をもじって「他己紹介」などと言ったりしますので、「自己」の反対は「他己」?
そしたら「自己チュー」の反対は「他己チュー」、すなわち「他人中心」という意味になります。
周りを見回して、こんなお人好しの他己チューの人なんかいますか?
いるとしたら、「チューチュータコかいな」のタコぐらいでしょう。でも、そのタコすらやはり自分が可愛い自己チューです。


もともと「自己」は「己れ自ら」ということですから、「他人自ら」というのは矛盾していて、「他己」というのは誰かが勝手に言い出した言葉で、いわゆる造語です。
ですから「他己チュー」という言葉は存在しません。そもそも人間みんな自己チューなのですから、他己チューという概念も存在しません。


でも「利己主義」に対して「利他主義」もしくは「利他精神」という概念は存在します。
これについては「利他の心」「ビジネスのエッセンス」の中でも触れましたが、たとえ自己チューな私たちでも「利他精神」は日常生活の中で実践できることです。


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世界に不用の物はない

2016.09.23日
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上の4枚の写真は何だと思いますか?
ピンと来る人がいたらかなりの「通」です。
私はなにかの菌類かと思いました。でも、ハズレ。
一般の私たちにはなじみの薄い「粘菌」(ねんきん)と呼ばれるものなのですが、これがまた実に不思議な生き物。
「動物とも、植物とも、菌類とも、原生生物とも言える曖昧な生物、コスモポリタンで、梅雨時から夏にかけて、森の朽ちた倒木や落ち葉の上などに見つけられる。粘菌変形体は、裸の原形質の巨大な塊で、100gぐらいの原形質が、先端部では数cmから数mのシート状に広がり、後方では、管がネットワーク状に分布している」
と北海道大学電子科学研究所、上田哲男さんが語っています。


かつて昭和天皇もこれをご研究されていたそうです。
そして、この粘菌の研究で世界的に有名だったのは、南方熊楠(みなかたくまぐす)という1867年から1941年に活躍した博物学者、生物学者、民俗学者です。
明治19年に19歳で渡米し大学で動植物を研究し、その後25歳でイギリスに渡り、大英博物館で考古学、人類学、宗教学などの蔵書を読みふけったといいます。


18か国語を自在に操り、独学で世界的な粘菌の研究者となったこの人がすごいことを言っています。
「多くの菌類や黴(かび)菌は、まことにせっかく人の骨折って拵(こしら)えた物を腐らせ、悪(にく)むべきのはなはだしきだが、これらが全くないと物が腐らず、世界が死んだ物で塞がってニッチも三進(さっち)もならず」と続け、害虫も無益のものではないと力説したそうです。
(2016年8月21日付読売新聞 「[名言巡礼]南方熊楠の言葉…世界にまるで不用の物なし」より)


「粘菌は味覚もあり、苦いものは避け、糖とかアミノ酸のような美味いものには寄って行く。嗅覚もある。臭いに対する粘菌の反応とヒトの反応に高い相関があることから、そこに共通のメカニズムがあると想像されるほどだ。その他、重力や電流にも反応する。粘菌には五感が備わっていると言ってよい。動物では特殊化した感覚器官が局在化しているが、粘菌ではこれらの能力が全身にある。一部分を切り取っても、サイズが小さくなるだけで同じように振舞う。粘菌は、全身が感覚器官であり、運動器官であり、情報器官だと言われる」
一見原始的な生物が、感覚受容、判断、行動、“計算”、“記憶”など、脳をもつ動物にも匹敵する高度な情報能力を示すことから、これを応用した「粘菌コンピュータ」なるものまで生まれたのです。


この単細胞生物の真正粘菌が形成する餌の輸送ネットワークを理論的に解明し、都市を結ぶ実際の鉄道網よりも経済性の高いネットワークを形成する理論モデルの構築に成功したそうです。
近年ますます複雑化するネットワーク社会において、経済性および災害リスクなどの観点から最適な都市間ネットワークを設計する手法の確立につながるというではありませんか。


去る7月に相模原市の知的障害者施設で起きた殺傷事件を受けて、一昨日の21日に横浜で全国から1000人が集う追悼集会が開かれました。
参加した方たちが切々と訴えていました。
「容疑者の『障がい者はいらない』という言葉は、私たちに向けられています。私たちは障がい者である前にひとりの人間です」
「障がい者にも輝く人生があります。生まれてよかったと思える社会を作らなくてはいけません」
「障がい者はみんなうまく言葉にできなくても心や頭の中ではちゃんと考えています。このことを社会の人たちにわかってほしいです」


この世の菌類やかび菌、害虫を始めとするあらゆる動植物を指して「世界に不用の物はない」と南方熊楠は語りましたが、人である障がい者ほどこの世において大切な存在のものはありません。
私たちは障がい者と力を合わせて共生社会作りを目指さなければなりません。


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健康寿命を延ばす

2016.09.19日

老化を抑制する効果が動物実験で明らかになりつつある物質を、人間に経口投与する世界初の臨床研究が、慶応大で始まっている。人間でも効果が確認されれば、老化に伴う病気の予防や治療だけでなく、急速に進む高齢化に伴う医療費や介護費の増加を抑えられる可能性がある。


老化のメカニズム解明は急速に進んでいる。その一つが「サーチュイン」と呼ばれる遺伝子の働きだ。今回の臨床研究に参加する今井眞一郎・米ワシントン大教授(老化学)らが2000年、サーチュインの老化抑制効果を発見した。


臨床研究に使う物質は、サーチュインを活性化する働きを持つ「ニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN=Nicotinamide Mononucleotide)」。もともと体内にある物質だが、NMNを作る量は年齢が上がるにつれて減少する。そこで、NMNを経口投与して、老化を防ぐ効果があるかどうかを確認したい考えだ。


今井教授らによると、NMNをマウスに投与すると、老化で低下した様々な機能が改善し、副作用はないことがわかってきた。米ハーバード大のチームは、生後22か月(人間の年齢で60歳程度)のマウスにNMNを投与し、筋肉の状態が生後6か月(同20歳程度)相当に若返ったと発表している。糖尿病の症状が大幅に改善したとの報告もある。


healthylife.jpg


(9月7日付 読売新聞11面 [解説スペシャル]老化は抑制できるか…「長寿物質」が遺伝子活性化 より一部抜粋)


世界一の急ピッチで進む我が国の高齢化。
医療費の増大と労働人口の減少が続き、このままでは日本の社会は崩壊への一途をたどります。
上のような研究が進み実用化されると老化を抑制し、健康で元気な高齢者が増え、その結果医療費の増大と労働人口の減少といった大問題の解決の一助となるでしょう。


昨日の記事、「未来が見え始めてき」もそうですが、これからはますます遺伝子工学や先端技術、コンピュータが活躍する時代になります。
2020年度から小学校でプログラミング教育が必修化されますが、我々大人もプログラミングの基本を学び、生活の中でそれを応用できるようにならなければなりません。


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将来の農業の可能性

2016.09.17日

未来の農業が大きく変わろうとしています。
これまでのように、自然の雨や日照に頼ったり、台風や大雨や干ばつ、異常気象に左右されるのでなく、人が人工的に作物に最善の環境を提供して、人にとって最高の作物を得る。
そのために必要なのは、 フード・コンピュータと フード・サーバー それにフード・データ センターと呼ばれるもので、世界中の農家をつなぐネットワークで情報を共有化するのです。
これが未来、というよりそう遠くない将来の農業を大きく変えることになりそうなのです。
その研究の第一歩がすでに始められています。


人が自然に干渉して、人工的に作物を作るのは良くない、という人もいます。
しかし考えてみたら、もうとっくの昔から人は知恵を用いて、温室や灌漑など自然任せでない農業を行っています。
今日、ご紹介するのはアメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボが行っているそのような試みです。
(画面右下のフルスクリーンの左隣のアイコンをクリックすると日本語字幕で見ることができます)



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みんな同じ空の下で生きている

2016.09.06日

"We all live under the same sky, but we don't all have the same horizon."
--Konrad Adenauer – 1876-1967, Former Chancellor of Germany
「我々はみんな同じ空の下で生きている。しかし、見ている地平線はみんな違う」
--コンラート・アデナウアー、元ドイツ首相
(訳:舟田 譲二)


Adenauer.jpg


アデナウアーは、戦後のドイツ連邦共和国(西ドイツ)の初代首相です。
子どもの頃、ニュースや新聞でこの名前をよく見聞きしていたのを覚えています。
非常に頭の切れる人だったようで、学生時代にクラスメイトと共にカンニングを画策していたそうです。
その計画は巧妙で、頭の良いクラスメイトに問題の解答を作らせ、答えを書くときには、カンニングがバレないように一人ひとりの生徒に間違えるところまで指示していたといいます。(そんないい頭を持っているんだったら、カンニングなんかするな!(^o^))


この頭の良さをいかんなく発揮し、自らが再建したケルン大学から名誉博士号を与えられ、その後も同大学の各学部に3度にわたって名誉博士号を授与され、哲学、政治学、医学、法学などその名誉博士号は多岐にわたる。
第一次世界大戦時の食糧難には大麦の加工食品や大豆製ソーセージを発明。ナチスにより引退生活に追い込まれていた時には「害虫防止ブラシ」「車のライトに幻惑されないメガネ」など珍発明を連発。庭いじりが好きでバラの新種を開発し「アデナウアーのバラ」と名付けた。(以上、Wikipediaより)


この頭のいいアデナウアーが言った冒頭の言葉はなかなか奥が深いです。
確かに、世界中何十億という人が地球上に住んでいますが、みんな例外なく同じ空の下で生きています。しかし、見える世界はみんな異なっています。
ある人は大平原の地平線を見ているでしょうが、山しか見たことのない人もいれば、砂漠や、ジャングルや海や氷しか見たことのない人、また都会しか見たことのない人もいます。
はたまた一生裕福な世界しか見ない人もいれば、逆に貧しい世界しか見ない人もいます。


さらに言うと、同じところに住んでいて、同じ生活をしていても見ている世界は一人ひとりみんな違います。一卵性双生児の人たちですら、毎日見ている地平線は異なっています。
そして、多くの人は自分に関心のあること、自分にとって益のあることしか見ていません。
しかし、また別の人は、ほかの人に見えない世界、地平線を見ていて、いかにして他の人に、また世界に貢献できるかを考えています。


実際のところ、ドイツ語で「地平線」と言うとき、「全体を見る能力」という意味が含まれているそうです。
私たちももっと広い視野を持って世界を見るものでありたいものです。


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子どもたちはどこへ行った?

2016.08.25日

3年前の記事の再録です。
少子化がどんどん加速しているような感じがします。
「子どもたちはどこへ行った?」
リオ・オリンピックが終わったばかりで、このような提言をするのはちょうどグッドタイミングかと思いました。皆さんにもご一考いただければ幸いです。



1960年代に一世を風靡(ふうび)したピーター・ポール&マリーのフォークソングの代表のような歌。
"Where have all the flowers gone?"
(花はどこへ行った)
ベトナム戦争に対する反戦歌として世界中で大ヒットしました。
今日、夕方ウォーキングしていて突然、この歌が突然頭に甦ってきたのです。


2時間ちょっと、11キロあまり歩いてきました。
いつものコースで、金目川サイクリングコースを下って、大磯海岸に出、海岸沿いに歩きました。
とても驚いたことがひとつありました。


2時間歩いて、見かけた小学生はなんとたったの3人、中高生も5人ぐらいだったのです。
私の散歩コースを歩いているのはほとんどが、私と同じぐらいかあるいはそれ以上の高齢者です。
大磯海岸ではサーフィンを楽しんでいる若者たちが数十人いましたが、子どもの姿はまったくありませんでした。
「花はどこへ行った?」じゃありませんが、「子どもたちはどこへ行った?」なのです。


昔だったらセミやトンボ、ちょうちょなどの虫取りをしたり、川の中で水遊びしたり魚を取っている子どもたちを夏休みはあちらこちらで見かけたのですが、最近は午前中でも真昼でも本当に見ないのです。
うちの子どもたちも、夏休みは毎日このようにしてそれこそ朝早くから暗くなるまで外で遊んでいました。
あるときは、虫かごの中が真っ黒になるほどぎっしりとセミを詰め込んで持って帰ってきて、「ミンミン、ジージー、ツクツクボウシ」とうるさかったこと。
ところが、ここ数年はこのような光景をすっかり見なくなったのです。さらにホームセンターなどでも捕虫網や虫かごなどを見かけなくなりました。


musitori.jpg


ここにも少子高齢化が目に見えて表れています。
これまで少子高齢化についてはこのブログでも何度も取り上げてきましたが、今日はそれを肌で実感しました。
「30年も時代を先取りしている!」の中にも書きましたが、本当に政府は重い腰を上げて一刻も早く真剣に取り組まないと、もう秒読み段階で危機状態に突入します。


娘ともこの問題についてよく話すのですが、娘が提案するのは、日本と友好関係にある国、たとえばブラジルなどから移民を迎えるという方法です。
ブラジルはよく知られているとおり、日本人移民がもっとも多い国で、20世紀初頭から13万人が移住し、はっきりしたことはわかりませんが、今日150万人の日系ブラジル人がいると言われています。
移住した日本人が非常に勤勉でよく働き、自作農で成功した人も多く、現地では高い評価を受けています。
そこで娘が提案するのは、今度は逆にブラジルから小学生ぐらいの小さな子どもを日本にたくさん招いて留学させるということです。日本で教育を受けて国に帰ればブラジルの経済発展のためにきっと大きく貢献することでしょうし、また中には日本が気に入ってそのまま日本に居ついて日本に帰化する人や、日本人と結婚する人なども生まれることでしょう。
アメリカを始め、ヨーロッパの国々で人口増に成功している国は、みんな積極的な移民政策を取っています。
これまで日本はいわゆる「単一民族・単一国家」(正確ではありませんが)という、世界でもまれな国の一つで、外国からの移民がとても少なく、また混血も非常に少ないのが現実です。
しかし、生物学的に言っても血が濃くなればどんどん弱くなっていくことは一般にもよく知られています。
昔、イギリスやフランスなどの王族や貴族などは血を守っていたため劣化し、それがわかってからは積極的に外国人から結婚相手を選ぶようになったという経緯もあります。


ですから、日本の少子高齢化に歯止めをかけ、かつ日本を将来強い国にするためには、外国からの移民や混血の道を避けることはできません。
昔は混血児に対する偏見や差別がよく見られましたが、今ではもうほとんど当たり前のようになってきて、学校でもクラスに一人や二人はいるという状況すら実際にあります。
これだけ国際的に行き来が盛んになり、またインターネットなどを通じてどんどん国境の壁が低くなってきている今日、日本はもっと積極的にこの問題に取り組むべきだと私は思っています。


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他人の幸運を喜ぶ

2016.08.23日

"One of the sanest, surest, and most generous joys of life comes from being happy over the good fortune of others."
--Archibald Rutledge – 1883-1973, Poet
「人生において、もっとも健全、確実、かつ豊かな喜びのひとつは、他人の幸運を喜ぶところから来るものだ」
--アーチボールド・ラトリッジ、詩人
(訳:舟田 譲二)


アーチボールド・ラトリッジ(1883-1973)はアメリカのサウスカロライナ州生まれの教育者、詩人、作家。
著書も詩も、そして名言も数多く残しています。


今日の冒頭の名言、
「人生において、もっとも健全、確実、かつ豊かな喜びのひとつは、他人の幸運を喜ぶところから来るものだ」
は今日の社会に欠けているとても大切な教えのひとつのように思われます。
競争社会においては、人を蹴落としてでも自分が出世する、人よりも豊かになる、地位や名誉を築く等々に価値観が置かれがちで、いかにこれらを得るかであくせく働いているように見えてなりません。


このような社会においては、他人の成功や幸福を望むよりは、他人の不幸を望む人が多いものです。競合他社や商売敵が倒産すると喜ぶ、なんてあまりにもみみっちい、寂しいことじゃないですか。
このようなことをやっていて幸福になれるわけありません。
他人の幸運を、幸せを喜ぶこと、これほど安上がりで、しかも心身にとって健康的で、さらに自らに幸福をもたらすものはないでしょう。
逆に、他人に嫉妬したり、他人の不幸を願うことは、骨の腐りであり、心身の不健康につながり、結果自分の不幸につながります。


そして、これらは国と国との関係にも当てはまります。
敵対国と言わないまでも、政治・経済上の競争国を敵視して、その国の失敗や不幸を喜ぶなんていうのはあまりにも了見が狭いです。
もっと豊かな心の持ち主になりたいものです。これが、個人を、社会を、国を、世界を、全人類を幸せにします。
そもそも私たちはみんな兄弟姉妹ではありませんか。


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心に刻むべき厳粛な事実

2016.08.22日

昨日の記事、「良い客、悪い客」の続編です。
まことに私たちすべての者が心に刻むべき厳粛な事実です。


1 たいていの会社(店)は、不満を持っている顧客のわずか4%からしか連絡を受けない。残り96%の顧客は黙って去っていき、91%は二度と戻ってこない。このことは、接客の仕方を知らない従業員を雇っている会社には大きな損失を意味し、逆に、接客の仕方を知っている従業員を雇っている会社には大きな利益を意味する。


2 「なぜ顧客が去っていったか」という調査で次のことが判明した。
・3%は、遠方に引っ越したから
・5%は、別の会社(店)と取引するようになったから
・9%は、競合社(競合店)から良い条件を提示されたから
・14%は、製品に不満を持っているから
68%は、経営者や管理職、従業員が冷淡な態度をとったから


3 不満を持った顧客は、それを8〜10人に話すが、2割の人は20人に話す


4 クレームにうまく対処すれば、不満を持っていた顧客の70%は取引を再開する。その場でクレームを処理すれば、95%取引を再開する。そして、満足している顧客は、その問題がどのようにうまく解決されたかを平均5人に話す


5 たいていの企業は、既存顧客の維持に要する費用の6倍を新規顧客の開拓に注ぎ込んでいるが、たいていの場合、顧客のロイヤルティ(顧客が固定客になりたいと思う気持ち)は一回の購入額の10倍もの価値がある。


6 サービスの価値が低い企業は、販売収益率が平均わずか1%しかなく、市場シェアも毎年2%ずつ下げている。逆にサービスの質が高い企業は、販売収益率が平均12%で、毎年6%ずつ市場シェアを伸ばし、価格もかなり高く設定している。


7 ほとんどの企業は、5年で全顧客の半数を失っている。しかし、顧客維持率を年間わずか5%高めるだけで、売上げを25%から100%も伸ばすことができる
(太字は筆者)
『お客様の心をつかむ 真実の瞬間』 p.11〜12より)


上のことは、自ら事業を運営している者にも、また雇われている者にも、働く者すべてに通じることであり、仕事のエッセンスとも言えます。心に刻むべき厳粛な事実です。


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すぐやるか?

2016.08.16日

1か月あまり前の7月4日の記事「サービスの精神」の中に書いた、近所の空き家の植え込みの件。
最初に市役所の担当の方に電話で苦情を言ったのが6月1日。その後なしのつぶてだったので、業を煮やして市役所を訪ねて担当の方に直に会ってお話ししたのが1か月後の7月1日。
7月6日に市役所から電話があり、空き家の所有者に文書を出す決済が下りたので通知したとの返事。


それ以降も市役所からは何の連絡もなく、再度21日に電話で進捗状況を問い合わせると、担当の道路管理課より所有者に通知したが、その後返事が来たかどうか、まだ確認を取っていない、確認し次第返事するとのこと。


ところがその後も返事がなく、8月8日に担当者に電話して尋ねると、所有者に送った通知文書が戻ってきた。所有者の連絡先がわからないので、担当の道路管理課と相談の上、市の方で対処する。ただ、庭木の高さが高いので高所作業車を手配しなければならず、9月中旬になると思う、という返事。
私はそれでは木が道路をふさぐのをこのままあと1か月も放置しておくのですか、と尋ねると、「市の方ではどうしようもない」と答えます。
そこで、私は上司に代わってほしいと言いました。
担当者曰く、上司に代わったところで返事は同じだ、と。
再度、上司に代わるようお願いしたところ、「わかりました」とも「お待ちください」とも言わずに黙って電話を転送しました。かなり頭に来ていたのでしょう。


案の定、上司は保留で待たされている間に部下から伝え聞いたことをそのまま繰り返すだけ。
私は、「所有者に通知の文書を送るというそれだけのことで決済が下りるまで1か月かかり、さらに所有者に連絡がつかないからこのままあと1か月余りも待てと言う。あまりにもすべての対応が遅すぎる。このままでは近隣の人たちの生活にも支障が出るし、通行人の頭の高さまで枝が伸びてきていて事故にもつながりかねない。高所作業車の予約状況を確認して、少しでも早く対応して欲しい」と上司に伝えました。
上司から折り返し電話があり、来週中には対応する、と言ってきましたが、なんとその二日後に庭木が伐採されました。
でも、最初からはなんと2か月半もかかったのです。
下が2か月半前に苦情を言ったときと伐採後の"BEFORE" "AFTER"の写真です。
伐採直前は左の写真よりさらにひどい状態でした。


neighbor.jpg IMG_9449.JPG


ようやく道路が広くなり(もともと非常に狭い道路ですが)、見通しもよくなりました。
私は市役所の担当の上司の方に早速電話をしてお礼を言いました。
市によっては最近「すぐやる課」というのがあるそうですが、本気でやろうと思えば、もっと早くに対応できていたことです。
普通の企業なら、迅速に対応していたことでしょう。
しかし、考えてみると、私たち自身も「すぐにやろう」と思えばできることを、先延ばしにしていることが多々あります。
私はこれを反面教師にして、身近なことで自分自身に「すぐやるか?」と自問し、お盆休み中ではありますが、早速いくつかの仕事に取りかかった次第です。


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学歴よりも大切なもの

2016.08.01日
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今の世の中、日本に限らずどこの国でも、というかお隣の韓国や中国などがとくにそうなのですが、一般の人たちの間で「学歴」信仰がものすごいです。
上の写真の雑誌の記事じゃないですが、学歴が高いと出世、高収入、良い結婚、などと人は考えがちです。でもこのようなものに惑わされてはいけません。


高校受験の際の面接試験で、「将来の夢は?」とか「本校に入ってしたいことは何ですか?」などという質問に対して、ほとんどの生徒が「貴校に入学したら一生懸命勉強し、卒業後は大学に進学してさらに勉強して、社会に貢献できるような人になりたいと思います」のように答えます。
確かに模範的な回答かもしれません。多くの生徒にとって「とりあえず大学を卒業する」というのがごく当たり前のようになっているようです。


でも、最近は昔と違ってそんなに甘くありません。大学を卒業しているからといって、希望するような職種、企業に勤められるとは限りません。
企業側ももうよく知っていて、◯◯大学を出ているからといって、それだけで採るようなことはしませんし、有名大学名にもそれほどこだわりません。
なぜなら、これまで散々そのような学歴に騙されてきているからです。


多くの人が思っているほど、学歴はそれほど大きな意味を持っていません。
なぜなら、大学生のほとんどと言っていいほどが、在学中あまり勉強せずに取りあえず卒業に必要な単位は取るけれども、あとはアルバイトに明け暮れているからです。
まあ、確かにアルバイトも良い社会経験になり、社会に出てから大いに役立ちはしますが、大学の本来の目的である勉強しない、というのはどうかと思います。


大卒や大学院卒の高学歴を持っていても、社会に出てあまり間に合わない人だってたくさんいますし、逆に大学に行っていなくても会社でとても重宝する人材、自分で会社を興して大成功する人などいくらでもいます。
要は学歴じゃないということです。


それでは何が大切かというと、「学歴」ではなく「学習歴」なのです。
何を学んできたか、それを社会に出てどう活かすか、が何よりも大切なのです。
「社会に出て」と言う時、それは必ずしも「就職」とは限らず、「結婚」や「子育て」、また「さまざまな人間関係」なども含まれますし、人として人生をいかにうまく、賢く生きるか、ということなども含んでいます。
つまり、大学を出たかどうか、どこの大学を出たか、よりも大切な「何を学んだか」、そして「それをどのように実生活の中で活かすことができるか」、これによって人生を何倍も有意義に、幸せに過ごすことができるようになるのです。


そして、これらはいつも言うように、一見すべて個々の「点」に見えるのですが、これらの一つひとつの点が結びついて「ひも」になっているのです。
また、「学習歴」は必ずしも学校での学びだけにとどまらず、アルバイトなどの経験や、読書やスポーツ、趣味や人間関係など幅広いもので、これらすべてから私たちは多くのことを学ぶことができます。


大卒などの外面的な資格などではなく、実質的な学びをしっかりし、また経験も積んでおいて、それらを将来の人生においていかに役立たせるか、ということが大切なポイントなのです。
これは私自身の経験からも言えることです。そして多くの人がきっと同意してくださることと思います。


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知的障害者福祉施設で起きた事件に思う

2016.07.29日

"In helping others, we shall help ourselves, for whatever good we give out completes the circle and comes back to us."
--Flora Edwards - Author
「他の人を助けることによって、私たちは自分自身を助けることになります。というのは、たとえどのような善意を施しても、それは回り回って自分に戻ってくるからです」
--フローラ・エドワーズ、作家
(訳:舟田 譲二)


去る7月26日、神奈川県相模原市緑区の知的障がい者福祉施設「津久井やまゆり園」で19人が刺殺され、26人が重軽傷を負うという痛ましい事件が起きました。


「知的障がい者はこの世にいない方が世のためだ」という、独りよがりの異常な妄想によって引き起こされた事件のようで、世界を震撼させました。
これは、最近外国で頻繁に起きているテロ事件と本質においてまったく変わらず、独善的な行為で、世界平和などたとえどんなに立派な主義・主張を唱えても決して許さるべき行為ではありません。


世間ではよく次のように言われるのを耳にします。
「人にしてほしくないことはしてはいけない」
確かに、上の事件の犯人にしても、またテロリストたちにしても、同じことを自分にされたら嫌なはずです。
憎しみや暴力行為は、またそれを引き起こすという負の連鎖を生むだけです。


しかし、本来「人にしてほしくないことをしてはいけない」ではなく、
「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ」
(マタイによる福音書 7:12)
であるべきです。
憎しみや復讐に打ち勝つ唯一の道は、自ら進んで人に善をなすことです。
これによって正の連鎖が始まり、自分のところにも善が戻ってくるのです。


「一寸の虫にも五分の魂」で、蚊や蟻ですら自分の命に危険が迫ると必死で逃れようとしますし、死ぬ時には苦しみます。
ましてや人間においておやで、自分の価値観で他人の生命を軽んじたり、ましてやそれを奪うことなど絶対に許されません。
亡くなられた方の恐怖、苦しみ、またそのご家族の方の悲しみ、辛さを思うと心が張り裂けそうになります。


教育の原点は、まさに人の生命の尊厳を教えることにあるのではないでしょうか。
単に勉強ができる、テストでいい点が取れる、いい学校に進学する、などが教育の目的ではないはずです。
オウム事件の時もそうでしたが、テロリストたちは概して高学歴の人たちが多いようです。


学問よりも学歴よりも何よりも、人の生命を大切にすること、そしてその中には当然のことながら自分の生命も含まれるということを家庭で、そして初等教育で徹底して教えるべきだと思います。


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あちらこちらに渦巻く陰謀論

2016.07.26日

 1990年代に人気を集めた米テレビドラマ「Xエックス―ファイル」は、連邦捜査局(FBI)の捜査官が現代科学では解明できない「超常現象」にまつわる未解決事件に取り組むストーリーだ。その中核にあるのが、異星人の存在。秘密が露見しないようにと政府の秘密組織が暗躍し、捜査官の行く手に立ちはだかる……。


 荒唐無稽な話だが、米国の社会にはドラマが主題とするような「陰謀論」を受け入れやすい素地がある。シカゴ大のエリック・オリバー教授(政治学)が2011年に行った調査では、対象とした1935人のうち「政府などが企てた何らかの陰謀が存在する」と答えたのは実に55%に上った。


 背景にあるのは、米国民が政府や大企業、エリート層に対して抱く根強い不信感だ。陰謀論の代表例は、米政府が異星人の存在を隠蔽していたり、ケネディ大統領の暗殺に関与していたりとオカルト的なものがよく知られているが、オリバー教授の調査では、25%が「金融危機はウォール街の大銀行が故意に引き起こしたもの」で、19%が「イラク戦争は石油メジャーなどが主導した」と信じていた。


 こうした陰謀はドラマや映画、タブロイド紙などで取り上げられることはあっても、政治の表舞台で語られることはなかった。しかし、今年の大統領選は様相が異なる。共和党の大統領候補に指名されたドナルド・トランプ氏が、ことあるごとに持ち出すからだ。


 「顔の上に枕を載せた状態で死んでたそうだ。不自然じゃないか」。今年2月、保守派の重鎮だった最高裁判事が亡くなると、暗殺だった可能性を示唆した。オバマ大統領は生粋の米国生まれではないから、テロに強硬姿勢を取ろうとしないとほのめかすなど、根拠のないデマを広めている。


 最近の決まり文句は「The system is rigged(この世の仕組みはイカサマだ)」。政治も経済も、米国における既存の制度はすべて仕組まれているという主張だ。自分への支持が広がらないのは不公正なマスコミが結託しているからで、ヒラリー・クリントン氏の電子メール問題を巡ってFBIが刑事訴追を見送ると、これも策謀があったと決めつける。


 米政治と陰謀論に関する研究で知られるマイアミ大のジョセフ・ユシンスキー教授(政治学)は「社会が脅威や無力感を感じる時、米国では陰謀論が勢いを増す傾向にある」と指摘する。テロへの懸念が高まり、世界経済が不透明感を増す中、陰謀論をふりかざすトランプ氏が米国で支持を集める現状について、同教授は「非常に憂慮すべきことで、恐怖すら感じる」と語る。


 陰謀論を主題に据え、その後のSFドラマに大きな影響を与えた「X―ファイル」は今年1月、ミニシリーズで復活した。評判は上々で、続編の計画も浮上している。懐かしいキャストが戻ってくるのは、かつてのファンには喜ばしいことだが、それが米国の世相を色濃く反映しているのだとしたら、心穏やかではいられない。
(7月24日付 読売新聞 「[ワールドビュー]選挙に影落とす陰謀論…ニューヨーク」より)


これはアメリカの話だけではありません。
日本においても、このような類の陰謀論は政治の世界はもとより、ありとあらゆる世界に渦巻いています。
しかもSNS全盛の時代にあって、眉唾物の情報がまことしやかに述べられ、いとも簡単に拡散され、さらに多くの人々がそれに惑わされてしまっているというとても危険な状況です。
真偽を見わける力、冷静な判断力、的確な行動力が求められます。


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ビジネスのエッセンス

2016.07.19日
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徳川幕府の末期を支えた幕臣・勝海舟は、明治維新の後、1899年(明治32年)まで生きた。晩年の時事談議をまとめた「氷川清話」の中で、勝は塚本定次という商人を、「田舎にはまだ感心に本気の人が居る」と大いに称賛している。


塚本は、思わぬ利益を得た時には、自分でため込まず、従業員に分配したり、学校に寄付したりする。所有する荒れ地には、桜を植えて近隣住民を楽しませたという。


塚本は、いわゆる近江商人の一人だ。今の滋賀県を拠点とした商人たちは全国に商いを展開し、江戸時代に大いに栄えた。塚本の言動に見るような利他的な家訓が、近江商人の家には数多く伝わっている。例えば中村治兵衛宗岸そうがんという商人は18世紀半ば、後継ぎとして孫娘の婿に迎えた15歳の青年にこんな書き置きを残した。
「皆人よき様にとおもひ、高利望み申さず、とかく天道のめぐみ次第と、只ただそのゆくさきの人を大切におもふべく候」
自分だけが大きな利益を得ようと思わず、取引先の人々を大切に思いなさい、と丁寧に説いている。


 近江商人は、近江を本拠に、地方に支店を出して、互いの特産品をそれぞれの土地に届ける、現代の商社のような機能を果たしていた。


 「彼らは他国に出かけていって商売をした。行った先の地域社会に支持されなければ、商いは成り立たないと知っていました」。長年、近江商人を研究してきた末永國紀くにとし・同志社大名誉教授は話す。
 薄利でよい、誠実に働け。理想論にも見えるけれど、「ひとかどの商人は似た言葉を残しているし、引き継げなかったところは滅んでいる」(末永名誉教授)。持続可能な経営のための知恵だったのだろう。


 そんな近江商人の哲学を、後世の研究者が集約した言葉が「売り手よし、買い手よし、世間よし」、通称「三方よし」。近年は、企業の社会的責任の源流と注目を受けている。


 近頃、あちこちで大企業の幹部が謝罪する姿を目にするにつけ、買い手や世間を軽んじた商いは、結局は長続きしないのだと痛感する。
(7月17日付 読売新聞 日曜版 「[名言巡礼 繁栄をもたらした利他精神]近江商人の商売の心構え…売り手よし、買い手よし、世間よし」より)


私は大学卒業後もいくつかの学校で学び、最終的に卒業して仕事に就いたのは34歳の時。
もちろんそれまでにも仕事はいくつもしてきましたが、自立して本格的に始めたのはこの時です。
キリスト教会牧師、英会話学校講師、大学講師、企業のサラリーマンと、四足の草鞋(わらじ)を履くという忙しさでした。
そしてその後、これらすべてをやめて自分の英会話学校、学習塾の仕事を始めました。
30年あまりになりますが、自分ほど商売に向いていないものはいないというほど、こと商売に関しては本当に下手です。
ただ、ここまでやってこれたのは、父から仕込まれた上の近江商人のサービス精神に負うところが大きいです。
私は儲けを度外視して一生懸命人に仕えることに徹してきました。
その結果、今日があります。
勝海舟が称賛したという近江商人の精神こそが、日本が世界に誇るビジネスのエッセンスではないでしょうか。


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レースを始める前に勝利する

2016.06.16日

"If you have no confidence in self, you are twice defeated in the race of life. With confidence, you have won even before you have started."
(Marcus Tullius Cicero 106 BC - 43 BC - Roman Philosopher and Statesman)
「自分に自信を持っていなかったら、人生のレースですでに2倍の敗北をしている。しかし自信があったなら、レースを始める前にすでに勝利している」
(マルクス・トゥッリウス・キケロ、BC106-43 ローマの哲学者、政治家) 
(訳:舟田 譲二)


キケロについては以前、「感謝の心は…」の中でも書いたことがありますが、2000年もたった現代に生きている私たちにも直接語りかける数多くの名言を残しています。

昨日の記事、「人生の行く先は」にも記しましたが、日本の高校生の8割が自分に自信がない、と言っているそうです。
これでは、キケロが言っているように、人生のレースをスタートする前から負けているようなものです。


たとえば、どのようなスポーツでも、また芸術や学問の世界においても、「自信」が大きな役割を果たしているのは誰の目にも明らかです。自信がなかったら初めから負けています。


もちろんだれの人生にもどんでん返しのチャンスはあります。そしてそのような人生を歩んだ人も大勢います。
しかし、やはりそれ以前に、若者に、いや幼少時から自信を持たせるような教育、育て方をすることは家庭において、学校や塾において、ひいては社会、国家においても必須です。
ある意味、これを他の何物にも優先して行わなければならないと私は常々思っています。


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もうひとつの飢餓問題

2016.05.15日

"Three billion people on the face of the earth go to bed hungry every night, but four billion people go to bed every night hungry for a simple word of encouragement and recognition."
-- Cavett Robert
「世界中で30億人の人たちが飢えた状態で毎晩床に就いている。しかし、40億人の人たちはちょっとした励ましや褒め言葉に飢えた状態で毎晩床に就いている」
(キヤベット・ロバート)


うーん、なかなか鋭い指摘です。
確かに、世界中の飢餓の問題はよくあちらこちらで目にしたり耳にしたりして、みんなの知るところです。
しかし、飢餓人口よりもさらに10億人も多くの人々が「励ましや褒め言葉」に飢えている、というのはちょっとショッキングな話です。世界の総人口70億の半分以上ということです。
でも、言われてみれば、なるほど、さもありなんという感じです。


5年ほど前に、「豚もおだてりゃ木に登る」という記事を書きましたが、その後も繰り返し「褒めること」の大切さをこのブログで訴えてきました(このページ左上コーナーの「エントリー検索」に「褒める」や「ほめる」、「励まし」を入れて検索してみてください。きっとその記事の数の多さに驚かれることと思います)。


身の回りをちょっと見回してみてください。
あなたの励ましや褒め言葉を必要としている人が必ずいます。あなたのすぐ隣りにも、家族や親族の中にも、学校や職場にも、友達の中にも。
「地球の飢餓を救え」などへの寄付行為もとても大切ですが、もっと身近なところで、あなたに今すぐにでもできる飢餓対策、それが「励ましや褒め言葉」なのです。


ただ、褒めることにも一つ注意しなければならないことがあります。
それは、「褒めて、褒めて、褒めまくれ?」の中に書きましたので、こちらをご参照ください。


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学習障害

2016.03.16日

長男(13)が小学6年だった2014年12月、発達障害の一つである学習障害(LD)と診断された。
 知的発達の遅れはないが、読み書きが十分にできず、九九も覚えられない。自分と父(73)も同じだった。「不便だったものは、これなんだ」と心が軽くなった。
 進学先の中学校に宛てて、長男や自分、父が悩んだ経験を文章にまとめた。「あ」「お」といった丸みのある文字が判別できない、「客」は分かるが、2文字からなる「額」は混乱する……。小学校の特別指導の教諭に見せたところ、出版を勧められた。「恥ずかしがってばかりでは、分かってもらえない」と執筆に挑んだ。
 原稿は手書き。漢字は、平仮名をスマートフォンで変換して書き写した。昨年12月に出した本の題名は「学習障害三代おそろい」。父が勤務先に出す書類を、姉が代筆していたこともつづった。
 支えがあれば、周りと同じ生活ができることは実体験で分かっている。「少しでもLDのことを知ってもらい、子どもたちが生きやすい時代になってほしい」と願う。

(3月15日付 読売新聞「顔」 親子3代の学習障害を本にした松本三枝子さん より)


学習障害についてもっと一般の人々に知ってもらいたい、と親子3代にわたる自らの学習障害の経験を本にした勇気。
世間では、今でも学習障害に対する偏見は強く、異常視したり、言葉は悪いですがバカ扱いしたりする人がたくさんいますが、著者であるお母さんが「不便だったものは、これなんだ」とおっしゃっているように単に「不便」なのです。
これはちょうご乙武洋匡さんが、「障がいは不便です。しかし、不幸ではありません」(「五体不満足」)と言っていらっしゃるのと同じです。


さまざまな障がいを持っている人たちに対して、世の中がもっと受容的になることを切に願うものです。


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対「感染症」日本の貢献 Part2

2016.01.06日

昨日の記事、「対「感染症」日本の貢献 Part1」の続きです。


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経済的自立へ
 究極のゴールは、途上国の国々が経済的に自立することだ。だが、多くの国ではまだエイズやマラリアなどの感染症が流行し、死は日常にある。人々は貧困から抜け出せないでいる。私たちはまだ投資する必要がある。すべての命は平等なのだから。


発展支える 若い人材育成
 今から300年ほど前、平均寿命は現代の半分以下で、3分の1の子どもが5歳未満で亡くなっていた。電気や交通など多くの発明のおかげで、日本や米国では当たり前のように暖房やエアコンを使っている。夜でも読書ができ、水をくむために遠くに行く必要もない。衛生環境も向上し、健康な生活を送ることができる。
 科学技術の発展はさらに加速している。日本がリードする分野の一つはiPS細胞(人工多能性幹細胞)だ。様々な健康問題への応用が期待できる。
 日本が今後も影響力を維持するためには、科学技術、特に医療、エネルギー、材料、情報技術(IT)の分野で優秀な学生を育てることが重要だ。十分に教えるだけでなく、興味の追求を楽しめる環境にも配慮する。政府の研究開発への投資、大学の役割――。他の国同様、科学技術政策がさらに有効に機能するよう、常に見直していくことも必要だ。国際的な科学コミュニティーに参加できるよう、英語力の向上も課題になる。
 そして、維持した国力でグローバルヘルスの分野でも力を発揮してほしい。日本政府はジュネーブに本部を置く国際民間財団「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」(グローバルファンド)に多額の資金を拠出し続けている。今年5月に日本で開かれる主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)でも感染症対策など保健分野を優先議題として取り上げると聞いている。途上国向けの医薬品開発に投資する官民連携組織もある。日本の製薬会社が熱帯病の治療薬を無償供与している例もある。こうした官民の貢献を高く評価している。
 国民一人ひとりには、地球規模で何が起きているかにも目を向けてほしい。日本は地域の支え合いの充実した国だ。遠い途上国での出来事を身近に感じられれば、助けたいという強い感情が起きるはずだ。個人の寄付や政府の援助がいかに途上国を変えつつあるか、発信していきたい。
 日本は今、興味深い時期にさしかかっていると思う。日本は多くの強みを持っている。だが、今後、科学技術を含め、グローバルな課題に関わる若者をどう育てていくのか。中国の台頭が日米にどう影響するのか。我々は中国の発展から何を学び、どんな協力関係を構築するのか。世界が日本のリーダーシップに期待している。


「受験勉強して東大に合格した」「一流会社に就職した」「家を建てた」「高級車を買った」云々よりも、もっともっと大切なこと。
それは、たとえ目立たなくても、上のような地球規模で考えた、国際貢献できるような人物になること。
また、教育の使命は、有名大学への進学実績ではなく、このような人材を育てることにあるのではないでしょうか。


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対「感染症」日本の貢献 Part1

2016.01.05日
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以下は1月3日付 読売新聞2面
[明日を語る2016]<1>命救う 技術革新 対「感染症」日本の貢献...ビル・ゲイツ氏
からの引用です。
国際社会におけるこれからの日本の貢献と、それに対するビル・ゲイツ氏の以下の提唱に賛同します。


大村博士の功績
 大村智博士が2015年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。彼の仕事が広く世に知られるようになったことは、とても素晴らしいことだ。博士の発見により開発された抗寄生虫薬「イベルメクチン」は熱帯で流行する多くの寄生虫病に威力を発揮する。特に、失明につながるオンコセルカ症(河川盲目症)はこの薬によって激減した。
 私と妻が設立した「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」は、この薬がアフリカの感染国に届くよう援助をしている。薬は製薬会社から無償提供されており、30年までにはこの感染症を地球上からなくすことができると思っている。
 ノーベル賞受賞後、大村博士と直接話したが、今もマラリアに関する仕事を続けているという。発展途上国を苦しめる感染症はまだ多く残されている。話を聞いて大変うれしく思った。


医療以外でも
 日本が世界に発信する科学技術のイノベーション(革新)は医療分野以外でも途上国の人々の暮らしに大きく役立つ可能性を秘めている。二酸化炭素を排出しない、安価な新エネルギーの開発は途上国に大きな問題を引き起こす気候変動への影響を軽減するだろう。
 私は若い頃、世界を塗りかえていくソフトウェアの仕事に没頭してきた。今、私が魅せられているのは、途上国の人々の健康や生活を変える、科学技術のイノベーションだ。
 例えば人工衛星から送られる高解像度の地上画像を使えば、地図にも載っていない集落を見つけることができる。手足のまひを起こすポリオのワクチン配布では、私たちはこの画像を使い、津々浦々の集落に配ることに成功した。1988年に国際的なポリオキャンペーンが始まった時、100か国以上あった感染国は、ワクチンの浸透で今や2か国だけに抑えられた。


携帯活用支援
 注目しているのが途上国で普及が進む携帯電話だ。アフリカでは食料自給率の向上が大きな課題となっているが、携帯で耕作地の写真を撮り専門家に送ることで、情報が届きにくい農民もきめ細かい農業指導が受けられる可能性がある。
 一部の国では携帯電話を使って口座を開設する「モバイル・バンキング」も始まった。人々は携帯で貯金をしたり、ものを買ったりしている。財団はこの普及の後押しも重要なテーマとして力を入れている。
 1990年には世界で10%の子どもが5歳未満で死亡していた。ワクチンの配布などで5%に半減した。科学技術を正しく活用し、途上国の人々に届けることで、今後15年でさらに半減したいと思っている。栄養状態も改善し、多くの貧しい人々がモバイル・バンキングで資産を管理し、生活を劇的に向上できるだろう。課題は山積しているが、状況は年々改善している。


この項、明日に続きます。


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相利共生

2015.12.30日

今から25年ぐらい前のこと。
うちの塾の小中学生の生徒たち十数名をアメリカへホームステイに引率して行きました。
私がお世話になった家では夕食後の歓談のとき、なんの話からだったか、ご主人が日本の捕鯨を強く非難し始めました。
私はそれに対して、捕鯨の伝統的な意味や、文化、クジラの食用や骨、油の活用法などさまざまなことを話しましたが一切受け付けず、クジラは魚ではなく哺乳動物だから殺すのはいけないと言います。
それを言うなら、私たちはみんな牛や豚を殺して食べているではないか、これらも哺乳動物だ、と返したところ、牛豚は食べてもいいが、クジラはだめだの一点張り。
さらに、この人は狩猟が趣味で、冬になるとライフル銃を持って山に入り、シカや熊、ウサギなどを打ち殺し、その肉を食べ、その取った動物の頭をはく製にして壁に飾っていたので、私はこれこそ残酷だ、と言ったところ、もうこの話はこれで終わりだ、と言って打ち切り、気まずい雰囲気で夜が終わりました。


去る9月に「人間は万物の霊長か」という記事を書きました。
我々人間に限らず、この地上の生物はみな、ほかの動植物を食料にして生存しています。人間だけが万物の霊長だから、というわけではありません。


ここで、最近よく言われる「共生」という概念が大切になってきます。
「共生」とは、文字どおり「共に生きること」です。
Wikipediaには「複数種の生物が相互関係を持ちながら同所的に生活する現象」と定義されています。


共生と言うとき、
相利共生(そうり) … 双方の生物種がこの関係で利益を得る場合
片利共生(へんり) … 片方のみが利益を得る場合
片害共生(へんがい) … 片方のみが害を被る場合
寄生(きせい) … 片方のみが利益を得、相手方が害を被る場合
などをよく挙げますが、私は、表面的には上のように利害関係があるように見えるものも、
「すべては互いに益し合って生きている」
のではないかと思うのです。


この世を人間中心に考えると、人間に益となる動植物等のケースは上の「片利共生」になり、動植物等を中心に考えると「片害共生」で犠牲者となります。
人が愛(め)でる草花や、食用にする動植物等は、人間にとってはありがたいものであっても、彼らにとってはいわば被害者になるのですから。


しかし、視点を変えると、じつは一見被害者に見える彼らも、人に益することによってその与えられた使命を果たし、喜んでいる(?)のではないでしょうか?
これを人間のエゴだとか、傲慢と言う人もいます。
しかし、そのように言う人でも、現実にはこの世に存在するさまざまなものを食用にし、あるいは趣味や観賞用として利用しています。これは矛盾です。


さて、この共生という考えは、さらにはこの地球上の人間同士の関係においても言えます。
一昨日、日本と韓国が「慰安婦問題」で歴史的な最終合意に至りました。
これからは未来志向で、両国間の平和と繁栄を目指していかなければなりません。今までのように、両者が自分の立場ばかり主張し、一歩も譲らない姿勢でいては、お互いに益することなどひとつもありません。
そして、このような問題は、今も昔も地球上至るところで、国家・民族間の衝突や戦争に、さらにはそれが尾を引いてお互いに憎しみ合い、復讐し合うという負の連鎖に陥り、テロに発展したり、テロの掃討という報復合戦になっています。
これほど愚かなことはありません。
ここでこそ、人類、人間という広い見地から、真の「相利共生」を目指さない限り、人類は必ず滅亡の道をたどることになるでしょう。


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ある日、突然!

2015.11.21日

「勉強のひも」シリーズの第6回です。


「ある日、突然〜!」ということはよくあります。
ただし、よくできたもので、それまでまったく何もしないでいて「ある日、突然」とはなりません。
どういうことかと言うと、それまでの目に見えない積み重ねが「ある日、突然」実を結んでいるのです。


たとえば、2年前東京の難関国立大学に現役合格したのT君などその典型です。
彼のことはこれまで何度もこのブログに書いてきました(「成功の鍵はこれだ!」他)が、小学3年生の時、漢字を勉強したいと言って入塾してきました。
最初のうちは漢字の勉強を中心にしていたのですが、漢字はどんどんできるようになり、そのうちに英語、次に国語をやり始めました。
すると、漢字の力がついていたので、読解力もあり、いっぺんに英語も国語もものすごくできるようになり、さらに中学校に進学すると全教科オール5、定期テストでは学年1位、地元トップの高校に入ってからも全国模試で校内学年1位、という成績です。
そして大学受験直前までアカデミーで勉強していました。
大学卒業後はまず学校教師を目指す彼は、早速アカデミーの講師の一員として仲間に加わってくれました。


T君は中3の時の文化祭で、ブラスバンドの顧問の先生のために自ら作曲し、それを全員で演奏して先生にプレゼントしました。「将来は作曲家になりたい」と言っています。
T君の場合も、ある日、突然作曲できたのではなく、それまでにたくさんの曲を聴き、演奏してきて、その積み重ねの延長に「ある日、突然」があるのです。
私の場合の英語もしかり。

小学生の時に入塾してきたN君もそうです。
彼はまさに「社会博士」とみんなが呼ぶほどの「社会オタク」でした。社会のことなら何を聞いても知っているのです。彼のことを書いた「勉強にハマる?」は必読です。
N君の場合も、「ある日、突然」社会ができるようになったわけではなく、積み重ねてきた結果、ある日、突然、「勉強のひも」によって社会のさまざまなことがつながって見えるようになったのです。


4年前、私のお気に入りのテレビ番組「カンブリア宮殿」で、富士フイルムのことをやっていました。
デジカメが今までのフィルムカメラに取って替わった時、富士フイルムのような会社はどうするんだろう、と私は人ごとながら心配していました。
ところがなんと、昔の富士フイルムの売上げはコダックよりずっと小さかったのに、逆転してしまったのです。
コダックはデジカメを発明したのですが、本業だったフィルムが売れなくなり、自らの首を絞める結果となりました。
その間に、富士フイルムは一見まったく関係ないと思われる化粧品の分野に新しい活路を見出しました。自らのフィルム製造の技術を活かして、肌に浸透しやすい超微粒子を使って化粧品を開発し、さらに同じナノ技術を利用した健康食品や経鼻内視鏡検査機へと多角経営にシフトたのです。
その結果、かつて世界の巨大企業だった米コダック社は4年前の1月に倒産し、富士フイルムはV字回復。


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「ある日、突然」のように見えますが、実は両社のそれまでの企業風土の違いの結果で、起こるべくして起こったのです。
これらはすべて、「ひも」でつながっています。


皆さんには、自分の人生において様々なものがつながっている「ひも」が見えますか?
この「ひも」が見えるようになってくると人生は変わります。たとえあなたが何歳だったとしても。


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敬老の日にちなんで

2015.09.24日

去る9月21日、「敬老の日」にちなんで総務省統計局が発表した数字。
高齢者人口は3384万人、総人口に占める割合は26.7%と共に過去最高。
80歳以上人口が初めて1000万人を超える。
日本の高齢者人口の割合は、主要国で最高。


なんと4人にひとりが高齢者というのです。
考えてみれば、戦後のベビーブーマーたちが全員高齢者になったのですから、当然と言えば当然のことです。
さらに、1974年生まれが高齢者になる2040年(今から25年後)には、高齢者の総人口比率は36.1%になるといい、これは実に3人にひとり以上という計算です。


しかし、ちょっ、ちょっと待った!!
「高齢者」の定義が「65歳以上」というのです。な、なにぃ〜!?
そう言えば、毎月行っている床屋でもシルバー料金になってしまった... (-_-;)


まだまだ70歳ぐらいはみんな現役じゃないかっ!!
な、なんと世界にはホントにすごい人がいて、84歳で現役のファッションモデルがいるのですよ!


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2年前に書いた記事「ナイスバディ」の中で紹介したスーパーモデル、カルメン・デロリフィチェさんです。
美しくて、スタイルも抜群。背筋もシャンとしていて年をまったく感じさせません。というか、私よりもはるかに若々しくて姿勢もいい。


生まれたのは、戦時中で貧しさによる栄養不足で、ガリガリの体型だったそうです。そのころは、アメリカでは、グラマーな女優が流行っていて、ガリガリのカルメンさんは、気持ち悪いとか言われて、いじめの対象だったといいます。
しかし、彼女は自らの見方を変えて個性と受け止め、逆にそれをアピールしました。現在の白髪さえも「スノーホワイト」と、自分の美の武器としています。


やはりまずは気持ちの問題。自分は年だと思ったら本当に年寄りになってしまいます。
そして、普段からの食事や運動、睡眠などの健康的な生活習慣。
私もカルメン・デロリフィチェさんを見倣って(?)現役続行を狙ってもっと心身を鍛えます。


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社会が求める21世紀型スキル

2015.09.14日

昨日は4時間半におよぶ塾関連の研修会に参加してきました。
アカデミーで今年の4月から導入したガウディア「最高の喜び、楽しみを子どもたちに」)の教室運営者のための研修会です。
とてもたくさんのことを具体的に学ばせていただきましたが、特に2020年度(本格実施は2024年度)からの大学入試改革に関連した話がとても充実していました。


ちょうどアカデミー通信の9月号でもこのトピックを扱った記事を書いたばかりだったので、ベストタイミングでした。
そのうちの一部を下にご紹介させていただきます。教育や大学入試改革などに直接関係のない人にも、日本の将来を左右するとても大切な問題ですので、是非お読みください。


最初に興味深いデータが紹介されました。
日本の大学生が1週間あたり授業以外で勉強している時間は:
0時間 10%
1〜5時間 57%
6時間以上 33%
これに対してアメリカの大学生は:
11時間以上 58%
6〜10時間 26%
1〜5時間 15%
0時間 0.3%

日本とアメリカの大学生の勉強時間数はほとんど真逆じゃないですか。
私自身、日本の大学を卒業後、アメリカの3つの大学院で7年間学んで両者を体験してきているので十分に予想できたことでしたが、ここまで見事な結果が出るともう笑ってしまいます。


「教育先進国といわれる北欧諸国のフィンランド、ノルウェイ、スウェーデンや、デンマークアイスランド、アイルランドなどの国々と比べると日本の教育レベルは100年遅れているとも言われ、教育にかける国家予算はOECD先進国中下位に位置しています。
これまでは社会のニーズや、進学塾・予備校など受験産業の後押しもあって、テクニックで受験し、得点し、志望校に合格することを至上主義としてきました。しかし、生徒や学生の人生に役立つ肝心の『考える力』や『判断する力』『表現する力』などがおざなりにされてきた事実は否めません。
このため、志望校に合格することが目標で、この目標が達成されるとあとは何もやる気がなくなってバイトに明け暮れ、いざ社会に出ると苦労するということが多く見られました。
本物の教育が人を作り、さらに国家を作るのです。これからは日本もこのような社会を目指して教育に本腰を入れるようになるでしょう」
とアカデミー通信に書いていたのですが、まさにそのとおりのことを昨日の講師の方がおっしゃっていました。


1990年代までの日本は、工業社会で大量生産、マニュアル通り早く正確に再現する力が求められ、正解主義だったのが、現在から未来にかけて求められているのは、知識基盤社会、イノベーション、持っている知識を活用して、主体的に考え判断し表現する力で、修正主義です。


学生が就職する際に求める自らの理想は、語学力(TOEICや日本語力など)、業界に関する専門知識、簿記などの資格であるのに対して、企業が学生に求める能力は、コミュニケーション力、主体性、粘り強さなどで、学生と企業の間ではまったく正反対と言っていいほど大きな隔たりがあります。


このようなことから、社会が求める21世紀型スキルが自ずと明らかになってきます。それは、
1.創造性とイノベーション
2.批判的思考、問題解決、意思決定能力
3.学び方の学習、メタ認知
4.コミュニケーション
5.コラボレーション(チームワーク)
6.情報リテラシー
7.ICTリテラシー
8.シチズンシップ(地球とグローバルのよい市民であること)
9.人生とキャリア発達
10.個人の責任と社会的責任(異文化理解と異文化適応力)
などです。


従来の「一方的な知識伝達型講義を聞く受動的学習」から
「書く・話す・発表するなどの活動への関与と、そこで生じる認知プロセスの外化を伴う」(京都大学 溝上慎一教授)
能動的な形への変化が求められているのです。
一人ひとりが積極的に頭をフル回転させた脳"働"的に参加する真のアクティブ・ラーニングです。
昨日の研修会では頭の学びだけでなく、実際に課題が与えられて、グループで人の考えを聞き、自らの意見を発表してブレイン・ストーミングして発表するというアクティブ・ラーニングを疑似体験することもでき幸いでした。


このような流れの中で、日本の大学の入試改革が求められるようになり、中教審は世界の趨勢や欧米の教育などを参考にしつつ、日本のこれからの少子高齢化を踏まえて、入試改革の道を模索しているわけです。
今後は小中高校の現場の教師だけでなく、塾や予備校などの講師も、生徒が社会に出てから役立てることができる本物の実力(思考力・判断力・表現力・実践力など)を育てていくことが求められるようになります。そして、ガウディアの教室でも、小学生にそのような人生の基盤作りのお手伝いをさせていただく尊い使命が与えられています。


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重厚長大から軽薄短小へ

2015.08.11日

不景気の影響もあって、世の中は急速に「重厚長大から軽薄短小」化しています。
同時に便利を追求して軽薄短小化も進んでいます。身近なところでは、パソコンやメモリー媒体、携帯などのサイズがどんどん小さくなっています。
車も今やコンパクトなのが世界の主流に。
私が初めアメリカに留学した1970年代のアメ車はまさに「重厚長大」でした。
その典型の当時のキャデラックはこんな感じでした。


cadillac.jpg


私の住んでいる街で時々この車を見かけますが、改造し車高を低く下げて大音量で「ドン、ドン、ドンっ!」とビートを効かせた音楽をかけて走っています(笑)。


つい先日見かけた新車のキャデラックは信じられないほど小さくなり、隣の日本車のクラウンとほとんどサイズが変わらないほどです。


caddycrown1.JPG caddycrown2.JPG


しかも、昔はキャデラックと言えば一部の本当の金持ちしか持てなかったのに、今やごく普通の人が所有しています。私が子どもの頃は、ごく少数の金持ちの医者がカブトムシの愛称で呼ばれる小さなフォルクスワーゲンに乗っているだけでした。
しかし今では800万〜1000万円以上するような外国車を至るところで見かけるようになりました。


昨日は、なんと世界一の高級車と言われるロールスロイスが停車している私の小さな愛車、プリウスの真横を通っていき驚かされました。
これは見るからに「重厚長大」でした。


rollesroyce.jpg


日本はまだまだ不景気のただ中というのに、このような超高級車が普通に走っているところを見ると、国の景気はどん底ではないということでしょうか。


世の中はこぞって重厚長大から軽薄短小へ進んでいますが、人もひと昔前のような大きな器は長らく現れず、重厚長大な地位や名誉や財産、モノなどを求める軽薄短小な人が増えてきているような気がするのは私だけでしょうか。


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立つ瀬がある!?

2015.04.14日

一昨日、統一地方選前半戦が終わりました。
どこでも論点になったのは「地方再生」と「少子高齢化対策」。
企業誘致を訴えても、聞く方は「ああ、またか」という感じで、半信半疑といいます。
民間研究機関・日本創成会議の報告では、20代・30代が2040年までに(あと25年後)半数以下になってしまう自治体は「消滅の可能性がある」と指摘されています。
少子高齢化対策も具体案がなく、かけ声に終わっている感が否めません。


しかし、これは過疎に悩む地方自治体に限ったことではありません。
人口約25万6000人を抱える、過疎地でないここ平塚市でも同じ問題を抱えています。
市内の産業はさびれ、大手企業が他県に転出したり、かつて平塚の産業を担ってきた地元企業も次々と廃業に追いやられ、人口は減少し続けています。
昭和の成長のシンボルだった大手スーパー、長崎屋もここが発祥の地だったのですが、改装のため一時閉店と言っていながらつぶれて(「時代の流れ」)、跡地にできたのは大きなパチンコ・パチスロゲーム店。


他にも同様の大型遊戯施設がいくつも入ってきています。これでは、東京オリンピックに向けて国内にカジノを作ろう、と言っているのとなんら変わりありません(「観光立国 カジノ?」)。
目先のことに捕らわれていないでもっと先を見なければ、みんな同じ運命をたどることになりかねません。
そして平塚では、市の活性化と言って、転出した日産車体や横浜ゴムの跡地にららぽーとやイオンモールなどの大型商業施設を誘致することになっています。こんなよその真似事で市が本当に活性化するわけありません。市の将来設計のビジョンが無策だと言われても仕方ないでしょう。


このような中で、健闘している自治体が全国にはいくつもあります。
先日も「少子化対策を」の記事の中に書いた愛知県の新しい小さな街、長久手市などはその例の一つです。誕生してまだ3年で人口52,000人の街ですが、市制施行と同時に「立つ瀬がある課」というのが生まれたそうです。
「“たつせがある”という言葉は、たつせがない(自分の役割や居場所がない)の対義語として市がつくった造語です。長久手市になってすぐの2012年4月に、市民一人ひとりに役割や居場所があるまちづくりを進める課として立ち上がりました」と市の担当者。


このような斬新な発想、そして自治体と住民が一体となって取り組む姿勢が地方再生には不可欠です。
雇用を生み出す産業創出、そして抜本的な少子化対策をせずに、単なる遊戯施設や大型ショッピングモールなどの誘致で地方再生はできません。
「立つ瀬がある」という本気で取り組む覚悟がなければ、本当に「立つ瀬がなくなります」よ。


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ももクロの黒塗り問題

2015.03.09日

「ももクロの黒塗り」と言われても何のことかわからない人がたくさんいらっしゃるかと思います。
私も知らなかったのですが、簡単に事の次第を説明しますと:
二日前のTV番組「ミュージックフェア」で、事前に録画されていたももクロの黒塗り(顔を黒く塗ったメイク)と「Rats & Stars」がコラボで黒人の音楽家や文化に対し尊敬の意を表しようとして制作した歌番組に対して、米紙ニューヨーク・タイムズの日本人記者が「人種差別的」と指摘したことがきっかけで一大論争を巻き起こしたのです。



大勢の人たちがそのまま放映したら問題になりかねないと心配して、放映をやめて欲しいと声を上げたところ、TV局も耳を傾けて、冒頭「内容の一部を変更してお送りします」という字幕を出して、予定していた黒塗りの放送をやめて他のものに差し替えました。
これこそ昨日の記事、「本物の勇気とは」の実践の好例です。


たかがそれぐらいのこと、と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、ネットで情報が瞬時に世界中に拡散される時代、このようなちょっとしたことが、それがたとえ悪意がなく善意でやっていることであったとしても、テロ行為や戦争など大変なことにもなり得るのです。
そのような意味で、番組を放映しようとしていた放送局にメールなどで意見を述べて視聴者の声を届け、そして放送局側もその声に耳を傾けて大胆な決断をしたことは賞賛に値します。


言論の自由だ、と言って放映することもできましたが、悪影響が出ることを考え、敢えて言論の自由を行使しない自由もあったのです。
そして、これが本当の勇気です。


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本物の勇気とは

2015.03.08日

"Courage is what it takes to stand up and speak.
Courage is also what it takes to sit down and listen. "

-- Winston Churchill, British prime minister
「勇気には、立ち上がり語ることが欠かせない。
勇気は同時に、座り耳を傾けることも欠かせない」

ーウィンストン・チャーチル、元英国首相
(訳: 舟田譲二)


チャーチルさん、いいこと言いますね。
勇気という言葉を思うたびに考えるのは、今世界中で問題になっているイスラム過激派の問題です。
先般のフランスの政治週刊誌「シャルリー・エブド」のムハンマドの風刺画掲載とそれに触発されたイスラム過激派によるテロ行為(「考えを変える」)。
さらにそれに対して言論の自由を訴える370万人の人々によるデモ行進とシャルリー・エブドによる再度の風刺画掲載。


このような行為には終わりがなく、復讐がさらに復讐を呼ぶという負の連鎖になります。
こういうのはミラーニューロンと呼ばれています。
無意識のうちにまるで鏡のように同じ行為をしてしまうのです。


たとえば、私は今毎朝『マッサン』を見ていますが、登場人物と気持ちを同化してしまう結果、知らず知らずのうちに一緒に泣いてしまいます。
ひどいニュースを見ていると腹立たしくなります。
これもミラーニューロンの働きによるものです。


「あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。祝福して、のろってはならない。
だれに対しても悪をもって悪に報いず、すべての人に対して善を図りなさい」(ローマ人への手紙 12:14, 17)
と聖書にありますが、許せない人、憎いと思っている人の祝福を祈っていると、ミラーニューロンの働きによってそれが自分のところに戻ってくるのです。


そしてそのためには、時には立ち上がってお互いに語り、また座って耳を傾け合うことが欠かせません。
これこそが本物の勇気で、相手を力や言論でねじ伏せようとするのは勇気ではありません。


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魂のトレーニングジム

2015.02.18日

ハリウッドスター、シルベスター・スタローン。
「アメリカ合衆国の俳優、映画監督、脚本家。身長178cm。 1970年代から1990年代のアクション映画を代表するスター。60歳を超えた現在でも、鍛え上げた肉体で激しいアクションをこなす映画俳優。
9歳の時に両親が離婚したことを切っ掛けに次第に素行不良になる。小学校から高等学校修了までに14の学校から放校処分を受け、母親の経営するボクシングジムで体を鍛えながらも荒れた生活を続けた。
ポルノ映画への出演やボディーガードなどをこなして日銭を稼ぐ極貧生活が長く続いた。顔面麻痺による演技力の限界や、あまりにも典型的なシチリア人の風貌のため54回のオーディションに落ちた。
1975年、29歳の時、観戦したボクシングの世界ヘビー級タイトルマッチ「モハメド・アリ対チャック・ウェプナー」の試合に感銘を受け、それをヒントにわずか3日で書き上げた脚本をもって映画会社に売り込む。脚本が気に入った映画会社は一線級スター(ロバート・レッドフォードらが候補)を主役にした大作として製作しようとしたが、スタローンは自分を主役にしないなら脚本は渡せないと固辞、結局主張は認められた。この作品こそ『ロッキー』である。もっとも無名俳優の主演作品のため低予算のB級扱いとなり、わずかな上映館でのスタートとなった。しかし徐々に大評判を呼ぶことになり、世界的規模で大ヒット(詳細は 『ロッキー』の項で記述)、遂には同年のアカデミー賞最優秀作品賞を受賞する。映画の主人公の境遇とスタローン自身のそれが「荒んだ生活から一夜にして栄光を掴む」という古典的なまでの「アメリカン・ドリーム」を体現した点で共通していることから大変な話題を呼び、多くの人間に希望を与えた功績が評価された」 (以上Wikipedhiaより抜粋)


このスタローンが面白いことを語っています。


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この写真、かなり若いときのものですが、スタローンがクリスチャンだったとは知りませんでした。
上に書かれている内容は、
"You need to have the guidance of someone else. You cannot train yourself. I feel the same way about Christianity and about what the church is: the church is the gym of the soul."
「人はだれかほかの人の指導が必要だ。自分で自分自身をトレーニングすることはできない。キリスト教について、そして教会についても同じことが言えると思う。教会はいわば魂のトレーニングジムだ」
シルベスター・スタローン
(訳: 舟田 譲二)


普通、映画やドラマを作るとき、脚本家から始まり、俳優、監督、演出家、照明係、音響係、効果、セット、大道具、小道具等々、数多くのスタッフがいます。
スタローンはなんとひとりで脚本、監督、俳優までこなしています。
その彼が言っているのが上の言葉で、キリスト教やキリスト教会も同じで、それぞれの役割を果たす人たちがいる。そしてみんなが集まって初めて魂のトレーニングジムのようになる、というのです。
なるほど、うまく表現しています。
聖書にも、教会はいわばキリストのからだの一部一部のようなものだ、と書いてあります。


そして、このことは教会に限らず、企業やその他の組織、さらに大きく視野を広げると国、そして世界、すべてみんなお互いを必要としているということになります。
このように考えると、不必要な人などというものは誰ひとりいませんし、みんなで助け合って一つひとつの組織を構成しているのです。
キリスト教会は、スタローンが言うように魂の訓練の場です。


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考えを変える

2015.01.18日

"If you don't like something, change it.
If you can't change it, change your attitude.
Don't complain."
--Maya Angelou, poet
「もし何かが気に入らなければそれを変えなさい。
もしそれを変えることができなければ、あなたの考えを変えなさい。
愚痴を言ってはいけません。」
--マヤ・アンジェロウ、詩人

(訳: 舟田譲二)


昨日に引き続き、今日もマヤ・アンジェロウの言葉です。


何か気に入らないことがあるとき、まずすべきことはそれを変えることを試みることです。
しかし、変えることができないと私たちはしばしば不平・不満を言います。
でも、上にマヤ・アンジェロウが言っているように、一番大切なのは自分の考え方を変えることです。
愚痴をこぼしていても、また自分の主義を主張し続けていても何の解決にもなりません。


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この世の中、何でも自分の思いどおりにいくことなんてそう多くはありません。
そのようなとき、多くの人が他人を変えようとします。自分の夫や妻を、また子どもを、あるいは兄弟や親を、友人を、他の人たちを。
しかし、人は自分の思うように簡単には変わってくれません。
そのようなとき、お互いの考えが衝突して喧嘩になったり、ひどい場合は憎しみ合ったりします。
毎日のようにあちらこちらで起きているさまざまな事件や殺人、争いごと、戦争等など、これらはルーツをたどるとたいがいの場合、人を自分の思いどおりに変えようとすることから始まっています。
今回のフランスのテロ事件もそうです。


政治週刊誌「シャルリー・エブド」は、「表現の自由」を標榜し、さらにムハンマドの風刺画を描き続けてイスラム過激派の感情を逆なですることを選択しています。
「表現の自由」もイスラム過激派を変えることはできなければ、イスラム過激派もテロで「表現の自由」を変えることはできません。
ならば方法はただひとつ、自分の考え方を変えることしかありません。
愚痴を言っていても何も解決しませんし。


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利他の心

2015.01.05日

1959年、27歳で京都セラミツクを創業した稲盛和夫さん(京セラ名誉会長)は、ご自分の会社を京都一に、日本一、世界一にしようと、強い願望を持って始められました。絶縁材料の研究開発という狭い分野。持っている技術はたいしたものではなかったけれども、誰にも負けないほど努力したそうです。
稲盛氏は次のように語っています。


 日本人特有の勤勉さや、努力、丁寧なものづくりという資質はすたれていない。慈愛に満ちた思いやりの心は、一番の宝だ。東日本大震災時にも略奪などが起こらなかった。人の困っているところにつけ込んで、自分が得をしようとは思わない。経済が強い、軍事力が強いということよりも、そうした美徳という点で世界が尊敬してくれる。
 日本人が持っているおもてなしの精神を、サービス産業ではもっと発揮すべきだ。作られた笑顔ではなく、心からのおもてなしの気持ち。お客様が思っていることを気持ちよくしてあげることが一番大事になる。
 経営が厳しい地方の中小企業でも、創意工夫がカギになる。現在のビジネスをこのまま続けていて良いのか。通りいっぺんのやり方で、なかなか利益が出ないと嘆いていてもうまくいかない。どうやったら利益が出るか、考えて工夫しないといけない。
 私がもしラーメン屋なら、おいしいラーメンを作るため常に工夫し、努力をする。「ラーメンとはこんなものですよ」というのではなく、よそのラーメンを食べ、その味を出そうとすれば、もっと良いものができる。
 会社を起業するのが難しい時代という見方があるが、そんなことはない。良いアイデアや具体的な計画があれば、支援するところはいくらでもある。
 自らの利益をただ追求するのではなく、自分以外の周囲の人たちが豊かになるように考える「利他の心」が大事だと思う。今も、中堅・中小企業の経営を助ける活動をボランティアでしているが、利他をベースに経営している会社は非常に順調にいっている。
 世界で貧富の格差が問題になっている。ますます、思いやりや礼儀正しさといった日本人が持つ良さが称賛される時代が来ると思っている。

(1月4日付 読売新聞1面〜2面 一部抜粋)


まことにそのとおりだと思います。
NHK朝ドラの『マッサン』が思っていた以上にすごい人気です。このブログでもこれまで何度か取り上げました(「マッサン」「マッサン Part2」「やってみなはれ」)。
この番組の人気の秘訣のひとつは、その昔、大正時代から昭和時代にかけて日常生活の中でごく当たり前に見られたおもてなしの心、作った料理を近所におすそ分けしたり、そのお返しをしたり、お互いにいたわり合い、助け合うといった下町の人々の人情に心惹かれるからではないでしょうか。
これこそ、『マッサン』に登場するでき過ぎ妻、エリーのモデルとなったリタじゃないですが、まさに「利他精神」です。


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リタさんは生涯マッサンの夢をかなえるために尽くし、日本人以上に日本人らしい嫁と呼ばれ、マッサンもその妻の心に応えてリタの最期を看取るのです。
リタじゃなく「利他」の心、これこそ今の日本に求められている、そして世界のお手本ともなるべき大切な「お・も・て・な・し」の精神ではないでしょうか。


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観光立国 カジノ?

2014.12.30日

2020年の東京オリンピック。みんな大きな期待を寄せています。
その一つが、このオリンピックを機に日本を観光立国にして海外から観光客を呼び込み、外貨を落としてもらえる主要産業の一つにしようという考えです。
また、これにあわせてカジノを作る案も出ています。
カジノ施設数が3〜4カ所の場合が1.2兆円、10カ所の場合が2.2兆円の巨大産業になるとも言われています。


しかしちょっと待った!
「そんなに甘くはありません」。(こんなCMが昔あったような気がしますが...)


まず、観光立国について。
1. 観光は円安・円高など状況に大きく作用されやすく安定していない
今は確かに円安のため中国を始め東南アジアなど近隣の国々からの観光客が大勢日本を訪れています。しかしこの円安はくせ者で、いつなんどき、どんなことで円高になるかわからず、まったく当てにできません。
2. 日本の天変地異の多さ
もうすぐ4年になるあの東日本大震災の時、日本に滞在していた外国人が一斉に帰国しました。福島原子力発電の事故に起因する放射性物質による環境・食品・人体への影響を恐れたからです。
また日本は火山列島。今も全国にいつ爆発しても不思議でない活火山が110もあるといいます。地震や津波の危険性も常にあります。このようなことが起きると観光客の足はいっぺんに途絶えます。
3. イタリアやフランスなどのように、陸続きでしかも文化や歴史も共有しているものが多く、気軽に観光できる国々と比べると、日本は島国でどこの国からも離れていて、主要産業を外国人に頼る観光にすることは危険性が伴います。
4. 私がロサンゼルスにいた今から40年ほど前、日本からの観光客がものすごい数で、そのお陰で私もガイドや通訳などの案内をしていました。
観光バスで乗りつけた観光客たちは、日本と比べて破格のゴルフセットやウイスキーなどを買い占めていて、観光客が去ると店の中が空っぽになるほどでした。
ところが、その中心地の一つだったリトルトーキョーは今や閑古鳥が鳴き、日系人の高齢化が進みリタイアメントアパート(高齢者用住宅)にどんどん変わってきているそうです。
日本国内でもかつて観光地で人を大勢集めていたところで今はさびれてしまって、建物などが老朽化し、ますます観光客の足が遠のいているところがたくさんあります。


littletokyo.jpg


次にカジノについて。
1. これも景気や円安などに大きく左右され収入は安定しません。
2. 施設の建設にも運営するのにも莫大な費用がかかります。
3. 観光地としての日本の売りである伝統的文化にそぐいません。
4. 近隣の国などがカジノを作るとたちまち客はそちらの方に流れてしまい、離れた地域のカジノはつぶれてしまいます。これまでカジノで一番有名だったラスベガスがその典型的な例です。
5. カジノはギャンブルであり、健全なビジネスとは言えません。
@勤労意欲の減退、A依存症、B反社会勢力の関与、C射幸心を煽って財産を使い果たして破産したり、家庭崩壊させる可能性が限りなく大きい、D青少年への悪影響も大きい、等々負の面があまりにもたくさんありすぎます。たとえカジノで国や地方にお金が入り、雇用を創出し潤ったとしても、それと同程度にあるいはそれ以上にマイナス面が大きければやっても意味がありません。
たとえばカジノでいくら国が潤ったとしても、自分や自分の家族、親族、親しい友人などがカジノの犠牲者になったとしたら誰でも嫌でしょう。


casino.jpg


ほかにもまだまだありますが、オリンピックに照準を合わせて観光やカジノで外貨獲得を狙う戦略はあまりにも浅はかで危険性が高く、目先の甘い話に乗るのは要注意です。
それよりむしろ、日本が得意とする分野、技術などで堅実な産業を育てていく方が、確実に日本にとっては益となると思います。
そしてそのために欠かせないのが、今の子どもたちの力です。
ここで子どもたちを育てる教育がとても大切になってきます。
ですからまず少子化対策をしなければなりません。子育て支援金のような一時的なものが役に立たないのはもうみんな見てきました。
抜本的な対策、また最近増えつつある海外からの移住者や移住や就職を目的にした留学生の受け入れなども重要になってくるでしょう。


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慰安婦問題とSTAP細胞

2014.12.28日

昨日の読売新聞一面に「朝日社長がおわび 慰安婦問題誤りを放置」と「STAP細胞調査打ち切り」という二つの記事が載っていました。
ほかの面にもこの二つの記事に関する会見要旨、検証、関連記事などが載っており、一昨日の新聞にも慰安婦問題についての第三者委員会の委員二人とメディア論専門家の分析と意見が紹介されていました。


これらを読んでいて、問題の根源、ルーツは似たようなところにある気がしたのは、おそらく私だけではないでしょう。
STAP細胞については、今年の2月に「リケジョ、泣き明かした夜も」という記事をブログに書き、この成果に大いに期待していただけに非情に残念です。
また慰安婦問題については、この朝日新聞の記事が元で、日韓問題にとどまらず米国、カナダ、中国、オランダ、オーストラリアなど国際問題にまで発展し、日本が国際的に大きな信頼を失ったことは否めません。もちろん、真実は追求し、認めるべきは認めて、謝罪すべきは謝罪すべきなのですが、物事の本質をここで見極めてきっちりと解決しておかないと、また同じような問題が繰り返し起きる可能性があります。


これらの問題のルーツは何かというと、一つは人間誰しもが持つ名声や利潤を追求する心、二つ目は問題が発覚した時にそれを隠そうとし、また偽りや過ちを認めて謝罪しようとしない自己保身という罪の性質です。
日本では一般に「罪」と「犯罪」が同一視される傾向があり、この程度のことは犯罪ではなく誰でもやっていることだ、というような意識があり自分を正当化しようとします。それが証拠に、日本人に「あなたは自分が罪人だと思いますか?」と尋ねると、まずほとんどの人が「自分は罪人ではない」と答えますが、これは「犯罪は犯していない」という意味で、キリスト教文化が根ざしている欧米などと比べると「罪」に対する意識が非常に希薄だからです。


日本がこれから真のグローバル化を目指すためには上に挙げたような態度を改め、世界に認められるような真の国際人を目指さなければなりません。


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新大学入試、現小6が対象に

2014.12.27日

新大学入試、20年にも 1点刻み廃止、年に複数回 中教審答申


 中央教育審議会(中教審、安西祐一郎会長)は22日、知識偏重型や1点刻みの大学入試を改めて思考力や判断力をみる内容に変え、高校・大学教育も抜本的に改革すべきだとの提言を、下村文部科学相に答申した。大学入試センター試験を廃止、新たに「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」を導入することが柱で、早ければ現在の小学6年生が高校3年になる2020〜21年初頭の実施を見込む。


 新たな大学進学テストは、センター試験と異なり、従来の「教科型」に加えて数学と理科など複数の教科を合わせた「合教科型」や教科の枠を超えた「総合型」も出題。記述式問題を取り入れ英語の民間試験も利用する。年複数回実施し、将来はコンピューター出題方式の導入を目指す。各大学が個別入試に使う成績は、1点刻みではなく段階別評価で示す。実現すれば共通1次試験導入(1979年)以来の大改革だが、新テストの内容の具体化はこれからで、高校や大学側には不安や反発の声もある。


 答申は、「社会の変化は加速しており、同じ教育を続けていては新時代に通用する子供の力を育むことはできない」と指摘。現在の大学入試は暗記に偏りがちで、思考力や判断力、主体性など真の「学力」が十分に育成、評価されていないと批判し、「改革は不可欠」と強調した。各大学の個別入試についても、小論文や面接など多様な尺度から選考することが必要だと求めた。


 答申は、大学進学テストとは別に、高校での基礎的な学習の達成度を測る「高校基礎学力テスト(仮称)」も提案。2、3年生の時に複数回受験可能として高校での指導に役立てるほか、進学や就職の際の学力把握に使用できるとしている。
 二つのテストの具体的な設計は、来月にも設置される文科省の専門家会議が今後1年をめどに、作問の方法、コンピューター出題方式の導入などについてまとめる予定。テストの運営は、センター試験を作問している大学入試センターを改組した組織が行うとしている。幼稚園から高校までの教育内容を見直す学習指導要領の改定も、入試改革を踏まえて行う。

                  ◇

今回の答申には、企業側の要望が反映された。答申にあたり、経団連教育問題委員会は「現状の教育は画一的で知識詰め込み型が目立ち、グローバル社会を生き抜くために必要な幅広い視野や論理的に考える力を身に付けにくい。英語力も十分とは言えない。答申を着実に実行してもらいたい」とのコメントを出した。
答申は現代の社会について、変化が速く将来の見通しが難しい「荒波に挟まれた厳しい時代」ととらえ、将来は、今はない職業が増えると示唆した。今後社会に出る子供たちが幸福な人生を築くためには、十分な思考力、判断力、主体性の育成が急務だと強調し、大学入試を根本から変えることで、幼稚園から大学まで一体となった教育改革を狙う内容になっている。

(2014年12月23日付 読売新聞 1面〜2面記事 一部を抜粋)


今回の答申に企業側の要望が反映されたということは、現在の教育では十分に用を果たしていないということです。知識詰め込みや暗記式の勉強法でなく、考える力、社会に出て役立つ力を身につけるといったこれらのことは、教育の基本であり、我がアカデミー学院では25年前の開校当初から実践してきています(詳しくは「子どもは将来の財産」)。
文科省がようやく重い腰を上げて本格的な教育改革に取り組もうとしていますが、この間にお隣の韓国や中国は次々と教育改革を行ってきてそれなりの実績も出しており、日本が遅きに失した感は否めません。
でも、一日も早く改革に取り組まなければなりません。
日本の将来を握るのは子どもたちです。
そして子どもたちを育てるのが教育で、私たち教育者の責任です。


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子どもは将来の財産

2014.11.29日

社会科授業。教員のジェームス・テイラーさん(31)が、第2次世界大戦で日本への原爆投下を命じた大統領について英語で問いかけた。
"Was Truman guilty of war crimes?"
(トルーマン米大統領は戦争犯罪で有罪か?)
生徒たちは肯定と否定に分かれ、英語で議論した。


これは大学の授業ではなく、なんと中学3年生の授業なのです。
大学生でもこれだけの討論が英語でできる学生がいったいどれだけいることでしょう。私は今から40年ぐらい昔、中央大学で英語専攻の学生を教えていた時、このような討論会を何度か催しましたが、発言することができたのはごく数人の学生。そしてその英語力も怪しいものがほとんどという状況でした。
上のは、群馬県太田市の小中高一貫校「ぐんま国際アカデミー」(GKA)の9年生の授業のひとコマです。
同校は、2005年、国語など一部を除き授業を全て英語で行うイマージョン(英語漬け)教育を掲げて開校。授業時間数の7割が英語による授業で、小学校6年間で計約4900時間、中学校3年間で計約2200時間に上り、英語の議論で批判的思考力や課題解決力を育むのが目的といいます。
昨年11月に中等部(7〜9年生)生徒249人が団体受験した英語力テストTOEIC(990点満点)の平均点は577点。大学生平均449点を上回り、8人は900点を超えたそうです。


ところがなんでもそうですが、いいこと尽くしではなく問題もあります。一つは学力間格差。もう一つは日本の大学受験の際に不利なこと。
開校時、小4で入学した1期生59人が今春高等部を卒業しましたが、卒業生は17人。うち一人はアメリカの私立大学に進学、4人は国内の国立大、9人は私立大に進学し、3人が浪人中。親も生徒本人も、大学進学のことを考えると不安になるとのこと。
グローバル人材育成の理想と、大学合格という現実のギャップにGKAは直面しています。
しかし、東大などが国際バカロレア(IB)の成績を評価する入試改革を進めており、GKA初等部の井上春樹副校長は、「グローバル社会で生きる力を身につける教育が、認められてきた。真価は卒業生が社会に出てからわかるでしょう」と語ったそうです。
(以上、11月28日付 読売新聞27面 「教育ルネサンス」より一部抜粋)


上の記事の中で紹介されている英語漬けにするというイマ―ジョンメソッドは、そのようなニーズや希望を持っている親や子どもにとっては理想的な環境なのですが、なんでも右に倣え式の日本の教育システムや社会構造の中では確かに不利になることも多々あることと思います。
我がアカデミー学院においては、一般の進学塾がやっているようにただ単に生徒に試験で点数を取らせるための暗記教育を行ったり、進学実績を競い合ってそれで生徒集めをするというようなことは行っていません。


むしろ、上のイマ―ジョンメソッドまではいかないまでも、幼児・小学生対象のKids Club Englishでの英語による読み・書き・会話の授業、「わくわく発見クラブ」のような自分たちで仮説を立てて実験したり、もの作りをしたりしてその過程や結果を分析して学ぶという授業、中高一貫校対策クラスでの教科の枠を超えた授業や思考法の訓練、新聞記事を読んでのグループ討論を行うクラス。
中学部では、暗記中心でなく「なぜ?」というプロセスを大切にした授業、そして集団授業と個別授業を生徒一人ひとりのニーズやご家庭の事情に合わせて自由に組み合わせることができるコースを設け、高校生には全教科に対応した個別のクラスなど、よその塾にないオリジナルのきめ細かいサービスをしています。
しっかりとした教育哲学に基づいて幼稚園から高校生まで一貫教育を行っているのです。
でも、今の社会ではなかなか認知してもらえないようです。要するに手っ取り早く、結果の見えるものを一般の人々は求めているのです。


しかし、教育で一番大切なこのところをはしょって、手間暇かけずに安易にやっていると、「教育とは手間と時間がかかるもの」に書いたようなつけが後になって必ず回ってくるものです。
このことはずっと以前から繰り返しこのブログで述べてきているのですが、周囲の公立の小中高校や学習塾などでは一向にそのような問題意識すら生まれていず、事なかれ主義、商売主義であるのが現実です。
日本の将来を担う子どもは財産であり、その意識をもって私たちは産・学・社会・家庭共同で子どもの教育・育成に取り組んでいかなければなりません。


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女性差別と女性区別

2014.09.19日

今日のYOMIURI ONLINE KODOMO に興味深い記事が二つ載っていました。


一つは群馬県大泉町の一町議が、町議会全員協議会で、女性の農業委員登用を求める女性団体からの要請書を巡って協議した際、「女性は本当に必要か」「(女性で)大丈夫か」「(女性で)十分働けるか」と発言し、女性蔑視発言などで問責決議案が町議会に提出され、6対5の賛成多数で可決されたという内容のものです。


もう一つは神奈川県内のS女子大学付属中高等学校の記事です。
この学校の「特進コース」で、中3の段階で上位の大学を目指したい生徒を対象に、2009年に「特進準備クラス」を設置し、高等部の学習を先取りするなどの取り組みにより、進学実績も飛躍的に向上。国公立・難関私大をはじめとする他大学の進学者数は24年度の87人から、25年度は112人、26年度は144人と着実に伸びてきているそうです。


こうした実績の裏には、特進クラスはもちろんですが、女性の特質を生かした同校ならではの女子教育の指導方法にあると校長は話しています。
「男子は、突き放してもはい上がれる子が多い。勉強もゲーム感覚でやり、挑戦意欲を刺激することで伸びていきます。女子生徒は1人ではなく、みんなで頑張ることでお互いに切磋琢磨して力を伸ばしていくのが特徴ですね。また繰り返しやるドリル方式や、ほめることで安心感を与える指導法が効果的なようです」


男女別に取り組む教育法は、最近の脳科学によって実証されているといいます。
「ヨーロッパなどでは男女を“差別”ではなく“区別”することで、それぞれの学習効果を高める研究がすでに進んでいます。本校でも今後ともその面での研究を深めていくつもりです」


受験教育に特化せず、さまざまな情操教育に力を入れてきた同校では例えば、中1と高1で週に1回、「茶道の授業」が行われています。礼節を重んじる日本古来の文化を通して、言葉遣いや立ち居振る舞いを磨き、外から見える自分を見つめ直すとのことです。
「茶道の言葉に、守(しゅ)・破(は)・離(り)という言葉があります。守は基本をしっかり守ること。破はそこから発展させること。離はさらに新しい道をひらくという教えです。これは子育てにもつながること。今の親御さんにもわかってもらいたいですね」と同校長先生。


他にも、自分の誕生を知り、乳児に触れ合うことで女性としての自覚と命の大切さを学ぶ「命の授業」。中3全員が普通救命受講証の取得を目指す「心肺蘇生法講習会」。すべての生活の基本となる食育や、中1〜3年生全員が体育館で一斉に行う書き初めなど、一人の女性として生きる上で大切な知識や感性を身につけるカリキュラムがとても充実。


将来、社会と関わり活躍していく女性。結婚し、母として子どもを育てていく女性。どんな未来を選んでも、これからの時代をたくましく、しなやかに生きていくための教育がここにはある、と記事は締めくくっています。


この男女の「差別」ではなく、「区別」を生かした教育は、これから必ず必要性が認められていくと思います。
そもそも男女は、身体だけでなく、精神的にも感受性などさまざまな面において異なります。異なって当然なのです。
それをまったく同じように扱うということ自体が逆差別ですし、ましてや冒頭の町議会の話など問題外です。


男女がそれぞれの特徴を生かして、共同でさまざまな分野で活躍しく、これが正しい意味での区別で、私たちは差別を超えたこのような世界をこれから求めていかなければなりません。


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街興し(まちおこし)

2014.08.25日

私が子どもの頃は、みんな生きるのに必死という感じで、あまり「街興し」などというようなものはなかったような気がします。
せいぜい月に2回程度の夜店と、あとは地域の神社のお祭りとより大きな規模の「菊人形展」のようなものぐらいだったでしょうか。


しかし、映画『三丁目の夕日』のようなイメージを求めてか、全国あちらこちらで「街興し」なるものをやるようになったようです。
とくに最近流行っているのは「ゆるキャラ」と呼ばれるご当地キャラクターの着ぐるみ、ゆいぐるみ。
どこかが始めると日本国内みんなが真似するというのが、またいかにも日本らしいです。
去年のゆるキャラ1位は栃木県の「さのまる」というものらしいですが、あまり関心のない私にとってはどれもこれもみんな一緒に見えてしまいます。


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その他、各地で企業誘致、就労の場づくり、都市開発、再開発、地場産品の発掘や開発 - ご当地グルメ、名物、、イベント(スポーツ、祭など)、観光資源の創出、観光資源の発掘、目玉施設の整備 - 総合(運動)公園・スポーツ公園の整備・美術館や博物館など「箱物」の整備など(以上Wikipediaより抜粋)が主なものらしいです。どこも人集めに必死ですが、なかなかうまくいくものは少ないようです。


昨日は礼拝の後、駅の近くに食事に出かけると、あちらこちらでさまざまな催しをやっていて人もそれなりにたくさん集まっていました。


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平塚は7月の七夕が一番有名ですが、10月には平塚囲碁祭り1000面打ち大会といって全国からプロの棋士80名を招待する大きなイベントもあります。
平塚市も一生懸命で、なんとかして新しい人をただ観光だけでなく、住民を増やしたい、といろいろな策を打っていますが、ことはそう簡単ではありません。
そして、これはどこでも同じ状況です。


もっともっと各地で、さらに地域の壁を超えてこのような交流の場を設け、自分の住んでいる地域だけでなく、他の地域にも目を向けて、全国規模で日本の将来のために今から取り組んでいかないと、本当に「日本沈没」になりかねません。


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日本の少子化と国際化にもの申す

2014.08.12日

昨日から神奈川県平塚市の自宅から名古屋郊外の妻の実家にお盆帰省。
私は今、車の運転にドクターストップがかかっているため妻が一人でずっと運転。
途中やはりお盆ラッシュで渋滞があり、休憩も含めて約7時間の長旅。妻に本当に申し訳なく思いつつ、私は助手席で昨日のブログ記事を書いたり、寝たり。
帰りもきっと渋滞に巻き込まれることになるでしょう。


妻の実家の隣街に住んでいらっしゃるFacebookフレンドの掃部関(かもんぜき)美智子さんと前から帰省の際にはお会いする約束をしていたのですが、昨夜ようやく実現しました。
二人とも安藤秀世先生や金 斗絃先生、金野正樹先生など共通の友人があまりにも多く、そこからFBでつながった仲ですが、初めてお会いしたという感じはまったくなく、昔からの親しい友人という不思議な感覚でした。


ただ、ご両親が日本からブラジルに移住され、現地で生まれてブラジル人として育たれた美智子さんにとって、24年前に日本に期待して来られた時のショックは大変なものだったそうです。
ブラジルという国は全体的にのんびりしていて人も温かく、住み心地良かったのに、日本に来て驚いたのはみんなせかせかしていて、他人には冷たかったこと、また人種差別があったことだそうです。このことは昨日の記事「もうだめだ、という時は…」にも関連していて、お話をお聞きしていてとても心が痛みました。


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ご一緒に見えたのは美智子さんの息子さんのお嫁さんで、23年前に来日され、学校で美智子さんの生徒さんだったそうです。彼女もやはり美智子さんと同じことをおっしゃっていて、今でも同じような差別を体験しておられるとのこと。
この名古屋近辺はブラジルからの移民がとても多い地域で、私も以前、日本の少子化の問題について「子どもたちはどこへ行った?」の記事の中でもブラジルなどからの移民政策を進めるようにと提案していたのですが、未だに続く日本の鎖国的な国民性を打破しなければならないと、お二人のお話をお聞きして強く感じた次第です。


このような時に見た次のYouTubeの微笑ましい動画からは本当に教えられることが多いです。
どうぞお楽しみください。私たちも彼らのように人種や民族を超えてもっと仲良くなれないものなのでしょうか。





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医大受験「負けたくない」…

2014.08.04日

[貧困 子供のSOS]シリーズ第4回です。


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 窓から入る外気に、かすかに潮のにおいが混じる。兵庫県西宮市の海際にある公営住宅の一室。7月30日の夕方、県立高校3年の男子生徒(18)は机に向かい、表情を引き締めた。「絶対、医大に合格してみせる」。8月末の選抜入試まであとわずか。自宅や学校などで連日、10時間以上の勉強を続けている。
 医師になりたいと思ったのは、両親が離婚して2年後の小学2年生の時。小児ぜんそくで入院したのがきっかけだった。担当の男性医師は、呼吸が苦しくなるとすぐに駆けつけ、休日にも様子を見に、私服のまま病室に足を運んでくれた。「自分もこんな人になりたい」と憧れた。
 母親(38)は自分や弟(16)、妹(14)を養うため、工事現場やガソリンスタンドのアルバイトとして働いていた。生活は厳しく、鉛筆や本もなかなか買ってもらえなかったが、仕事で疲れていても、毎日、その日の学校での出来事を熱心に聞き、悩みの相談にも乗ってくれた。「貧しいけど、何でも話せるいい家族。不幸だと思ったことはない」
 同級生は受験に備えて予備校や塾に通うが、自分にはできない。「金をかけて勉強しているやつらに負けたくない」。卒業生から問題集をもらい、ぼろぼろになるまで繰り返し解いて、校内テストでトップを維持してきた。
 母親は持病が悪化して働けなくなり、2年前から生活保護を受けるようになった。母親から「お金がかかるから医学部には行かないで」と頼まれたが、夢をあきらめられなかった。大学のパンフレットをかき集め、成績優秀者の授業料を免除する私大と、学費が他の学部と同じ年間約50万円の国公立大に挑むことに決めた。
 ただ、浪人は許されない。大学に進んでも生活保護の対象から外されてしまうため、生活費も自力で確保しなければならない。「現役で合格できても、アルバイトと厳しい医学部の勉強を両立できるのか」。不安を押し殺し、また机に向かう。

(中略)

    ◇

 経済的に恵まれない子供ほど進学率は低い。塾に通えず、学ぶ意欲を失い、必要な学力を身に付けられない子供も多い。学力があっても、学費や在学中の生活費を出せる見込みがなく、進学をあきらめてしまうケースも少なくない。
 国の統計では、大学への進学率は全体では47.4%だが、生活保護世帯では15.6%にとどまる。親から子へ貧しさが受け継がれる「貧困の連鎖」を断ち切るためにも、大学授業料の減免や返済不要の奨学金の拡大など、進学支援の充実を求める声は高まっている。

(8月2日付 『読売新聞』 35面)


冒頭の高3の男子生徒は本当に偉いと思います。
このような環境の下で、自暴自棄になり「自分は頭が悪いからどうせやっても無理」とか「自分は親の離婚の犠牲者」、「うちにはお金がないから進学などできるわけがない」、「一生、アルバイト、パートしかできない」、「水商売ぐらいしか道はない」、「土方にでもなるか」...となる人が非常に多いのが現実です。
しかし、同じ環境の中に置かれていても、それを周りの親や環境のせいにせず、自分で夢を目指して頑張る人がこうしてちゃんといるのです。
もちろん生やさしいことではありません。浪人もゆるされないし、成績優秀で奨学金などを得なければなりません。
でも不可能じゃないのです。
何が違うのでしょう。


昨日の記事「母親版『メシ、フロ、ネル』」の家庭では、親子の間にコミュニケーションがなかったのです。
しかし、この男子の家庭では「仕事で疲れていても、毎日、その日の学校での出来事を熱心に聞き、悩みの相談にも乗ってくれた。『貧しいけど、何でも話せるいい家族。不幸だと思ったことはない』」と、同じ条件でも親の意識ひとつでちゃんとコミュニケーションがしっかりと取れていて、互いに信頼関係ができていたのです。


「経済的に恵まれない子供ほど進学率は低い。塾に通えず、学ぶ意欲を失い、必要な学力を身に付けられない子供も多い」とあるように、これが確かに現実の世界です。しかし、親の気持ち、心がけひとつで同じ状況の下でも子どもの将来を変えることができます。


「親から子へ貧しさが受け継がれる『貧困の連鎖』を断ち切るためにも、大学授業料の減免や返済不要の奨学金の拡大など、進学支援の充実を求める声は高まっている」と結論づけられていますが、アメリカなどではこのような制度が非常に充実していて、私などもそのお陰でアメリカで7年間も学べたのです。
日本にも巨大企業がたくさんあります。そのような企業、あるいはトップの人たちがもっと教育機関などに寄附しやすいような税制度やシステムなどを作り、たとえ貧しい環境の中にあっても進学が可能になり、それが少しでも彼らのやる気を起こさせる動機づけになればと切に願う者の一人です。


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母親版「メシ、フロ、ネル」

2014.08.03日

[子供の貧困 SOS]シリーズ第3回です。


(前略)
 貧しさから、子供があたり前の生活や体験をあきらめざるを得なくなることを、教育や児童福祉の専門家は「剥奪」(はくだつ)と呼ぶ。
 「剥奪によって子供は自信や将来への希望を失い、学校に行けなくなったり、問題行動を起こしたりする。不登校やいじめの背景には、剥奪が隠れていることが多い」。道中隆・関西国際大教授(社会福祉学)は指摘する。東京都板橋区の06年の調査では、生活保護を受給している家庭の中学生449人のうち、不登校になったのは11.58%の52人。これに対し、生活保護や就学援助を一切受けていない家庭では2.41%と、その差は4.8倍にも上った。
 道中教授は「貧困による悩みや苦しみは、親には相談しづらい。学校で相談員を増やすなどして悩みを聞き出し、心の負担を軽くすることが重要だ」と話す。

     ◇

 大阪府の少年(15)は6月下旬、入学したばかりのパソコンの専門学校を退学した。登校したのはわずか2日。辞めた理由を尋ねる母親(46)に「今さら勉強したってしょうがない」と吐き捨てた。
 小学2年のときに両親が離婚。生活保護を受給していたが、母親は3人の息子を養うため、機械部品工場で夜の9時、10時まで働くようになった。帰宅後のわずかな時間も弟たちの世話に追われ、母親が口にするのは「ごはん」「お風呂」「寝なさい」だけ。
 「お金がないから」と洋服もおもちゃもゲームも買ってもらえず、母親への不満ばかりが募った。勉強する気もなくなり、授業についていけなくなった。
 5年生になって熱心な担任の女性教師と出会い、放課後に勉強をみてもらった。初めて「勉強したい」と思い、母親に頼み込んで週に1度だけ塾に通ったが、6年生で担任が代わると、また授業から取り残された。
 中3の秋、同級生が受験勉強に没頭する姿を見るのがつらくて、学校に通うのをやめた。そのまま卒業し、高校には進めなかった。
 母親の勧めで専門学校に入ったが、かけ算や割り算すら満足にできないままでは、授業についていけるはずもなかった。「したいことは何もない。もう、どうでもいい」と少年は言う。
 「ほかの子と同じように、勉強できる環境すら作ってやれなかった。息子たちの将来を思うと、胸が張り裂けそうになる。できることなら、人生をやり直したいぐらいです」。母親は深いため息をついた。

(8月1日付 『読売新聞』 31面)


これを読んでいて、それこそこちらの方が「胸が張り裂けそうに」なりました。この子の将来はどうなるんだろう、と。


学習塾という子どもと接する仕事をしてきて、子どもになにか問題があるケースというのは、ほとんどの場合、原因はその家庭環境にあるように思われます。
頭はものすごく切れるのに集中力のない子どもなどの場合、家で夫婦喧嘩が絶えず、毎日のように自分の目の前を皿やその他の物が飛び交う、と言っている小学低学年の生徒がいました。話を聞いていて本当に心が痛みました。


夫婦仲が悪い例としてよく言われる「メシ、フロ、ネル」ですが、これが親子の間でも同様に「ごはん」「お風呂」「寝なさい」だけというのはとても大きな問題です。
これで子どもがまともに育つわけがありません。


学校では結婚前の望まない妊娠を避けるために、と言って避妊法を道徳の時間に実際に避妊具を用いて教えているそうです。しかし、これだと避妊さえしっかりやっていれば、婚前のセックスも認める、と言っているようなものです。


本当に必要なのはそんなことではありません。
結婚とはどういうものか、なぜ結婚するのか、結婚したらどんな責任が伴うのか、子どもに大きな影響を与える離婚を避けるためにはどうすれば良いのか、等など教えるべきことはいくらでもあるはずです。


今はあまりにも安易に離婚するカップルが多く、その結果犠牲になるのはいつも子どもです。
この問題は夫婦の間でもゆっくり時間をかけて、しっかり話し合っておく、そして離婚は選択肢に入れないというぐらいの決意が必要がです。


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夜の歌舞伎町 苦闘の母…

2014.08.01日

 東京・歌舞伎町の雑居ビル3階にある24時間対応の託児所「わんぱくランド」。7月上旬の未明、プレールームに敷かれた小さな布団で、1歳2か月の男児が寝息を立てていた。
 「ただいま」。午前2時過ぎ、勤務を終えた母親(28)が戻り、男児に身を寄せた。母親はメイクを落とさず、スプレーで固めた髪形のまま横になり、たちまち眠りに落ちた。電車が動き出した午前5時過ぎ、目を覚ました男児を抱き上げ、薄明るくなった歓楽街を抜けて駅に向かった。
 妊娠8か月で、将来を誓い合った男性が突然、姿を消した。両親はすでに他界し、頼れる人はいない。「1人で育てるしかない」と決意し、昨年5月に出産した。
 すぐには働けないと思い、生活保護の受給を考えたが、都内の市役所で男性職員から「出産直後だからって働けないんですか?」と言われ、あきらめた。以前、専門学校で取った指圧師の資格を生かして働くことも考えたが、なかなか勤め先が見つからなかった。貯金が底をつきかけ、昨秋、半月ごとに給料が出るキャバクラ店で働き始めた。
 月収は指名客の数で左右され、15万〜40万円と一定しない。子供の急な発熱で欠勤すると罰金。保育料だけで月10万円かかる。客との飲食で空腹を満たし、節約しても、家賃を払うとマイナスの月もある。子供に新しい服を買えず、小さくなったものを着せ続けたこともあった。
 男児は昼寝が欠かせず、起きて一緒にいられるのは出勤する夕方までの短い時間だけ。まだ伝い歩きをせず、言葉も少ないと感じる。男児は目を覚ましている時は自分のそばを離れず、頻繁に抱っこをせがむ。
 寝る時間を削って転職先を探し、7月末にようやく指圧師として働けることが決まった。母親は「これまで息子に寂しい思いをさせてしまった。もう夜の仕事はしない」と誓う。
 わんぱくランドの職員によると、この母子のようなケースはまれで、「多くの母親は仕事と子育てで疲れ果て、職を探す気力をなくしてしまう」と話す。

       ◇

 母子家庭は全国に約124万世帯。8割の母親は働いているが、その半分はパートかアルバイトなどの非正規だ。生活保護を受けているのは1割に過ぎない。
 厚生労働省の2013年の調査では、母子家庭の母親が働いて得た収入は平均で年179万円で、両親がいる家庭や父子家庭などの平均年収603万円とは大きな開きがある。母子家庭の36.5%は貯蓄ゼロ。収入を増やそうと、昼と夜の仕事を掛け持ちする人も少なくないが、夜間に子供を預けられる先は少ない。
(後略)
(7月31日付 『読売新聞』 31面)


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これは昨日の記事「クリスマス おにぎり1個…」の続きです。昨日の記事はかなり大きな反響を呼びました。今日の記事も読んでいてとても心が痛みます。


一人のFacebookフレンドの方が、たとえ生活保護などの制度があっても、それがちゃんと活用されていないのではないかとおっしゃっていましたが、案の定、上の記事によると活用しているのは1割に満たないとのこと。その他の子育て支援制度もきっと似たり寄ったりでしょう。
せっかくあっても活用されていない、また活用するにはいろいろと条件や制約がついていて利用できない人々もかなりいるものと思われます。
役所などの行政があまり親切でない、だから昨日の記事の人のようにあきらめるケースも少なくないでしょう。


また、母子家庭で生活が大変なところは、ついてっとり早くお金が入る夜の水商売の仕事に就く人も多く、子どもの世話のことが問題になるケースがとても多いです。昼間、家に子どもをひとりで置いておいて熱中症で亡くなっていたなど。また、親子での会話が少ないため、語彙力が極端に貧弱な子どもも多いですし、思春期になって不良につるんでしまうケースもよく見受けられます。


「母子家庭の母親が働いて得た収入は平均で年179万円で、両親がいる家庭や父子家庭などの平均年収603万円とは大きな開きがある」や「母子家庭の36.5%は貯蓄ゼロ。収入を増やそうと、昼と夜の仕事を掛け持ちする人も少なくないが、夜間に子供を預けられる先は少ない」などからも、彼らの生活がいかに大変かがよくわかります。
行政の手がこのような弱者にも十分に届き、6人に1人の貧困の子どもの状態が一刻も早く改善されることを切に願うものです。


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クリスマス おにぎり1個…

2014.07.31日

昨日の読売新聞社会面[貧困 子供のSOS]<1>クリスマス おにぎり1個…「同級生と住む世界違うんだ」からの引用です。ちょっと時間を取って現状に目を向けてください。


 豊かなはずの日本で、子供の6人に1人が貧困に苦しんでいる。厚生労働省が16日に公表した2012年の子供の貧困率は16.3%で過去最悪を更新した。貧しさから進学をあきらめる子や、食事も満足にとれない子がいる。家庭の経済状況で、子供の将来が左右されない社会を作るにはどうすべきか。この夏、国は「子供の貧困対策大綱」をまとめる。現状をリポートし、課題を探る。
 ガラス窓越しに真冬の冷気が入り込む。昨年のクリスマス。首都圏の公営住宅に住む女児(12)は薄暗い部屋で、スエット姿で毛布にくるまり、寒さに震えながら、母親(50)の帰りを待っていた。
 外の廊下に響く足音が玄関前で止まる。メーターボックスを開け、水道のバルブを閉める音が聞こえた。台所の蛇口をひねると水は出ない。「またなの?」。思わずため息をついた。
 帰宅した母親と空のペットボトルを抱えて近くの公園に行き、水をくんだ。自宅との間を何度も行き来していると、近くの民家から「勝手にくむな」とどなる男の声が飛んできた。
 持ち帰った水でのどを潤し、母親とおにぎりを一つずつほおばった。この日初めての食事。あまりの惨めさに、涙も出なかった。
 母親と2人暮らし。幼いころから母親が仕事でいなくなると不安に襲われ、自分を傷つけたくなる。介護ヘルパーの母親は、そんな自分を心配して短時間しか働けず、給料は月10万円に満たない。料金未払いで電気、ガス、水道がたびたび止まる。昨夏も電気が止まり、エアコンが使えず、熱中症になった。今年は日中の暑さをしのぐため、近所の図書館で過ごしている。
 食事はNPO団体から配られる賞味期限が迫ったレトルト食品や缶詰でしのいでいるが、月末が近づくと底をつく。そんな生活が5年近く続いている。
 体調を崩しやすく、毎月のように風邪をひく。母親が家計をやりくりし、本や文房具を買ってくれることもあるが、「食費に回せるのに」と思ってしまう。
 小学校の同級生はスマートフォンでゲームに熱中し、休み明けは、家族旅行の思い出話で盛り上がる。そんな姿をみる度に、「住む世界が違うんだ。私は身分が違うんだから、仕方がない」と言い聞かせる。苦しい状況を知られたくなくて、友達と深くつきあえない。
 「私なんかダメなんだって、いつも思う」。母親の隣で力なく笑った。

(7月30日付 『読売新聞』 31面)


bosikatei.jpg


これが中国とかベトナムとか、外国の話ではなく、同じこの日本の中の世界なのです。しかも6人に1人。
信じれますか?
私の知らない世界でした。この記事を読んで本当に胸が痛みました。あまりにもひどい。世界でも最も豊かな国の一つだと言われているこの日本で。


政府は高齢者社会に向けて社会福祉サービスを充実させようとし、また途上国援助の一環として円借款や無償資金援助などを活発に行っており、もちろんどれもこれも大切なことですが、肝心のおひざ元の日本国の中で6人に1人が上のような経済的危機状態の中で暮らしているというのは、なにか釈然としないものを感じざるを得ません。追いつめられて一家心中というケースだって十分あり得るでしょう。
国債や借入金を合わせた「国の借金」が2013年度末で過去最大の1024兆9568億円となったといいます。


その場限りの見た目カッコいい経済政策ではなく、もっと長期的な展望で自らの足元をもっとしっかり見つめやっていかないと、日本は将来本当に破産するということだって十分に考えられます。
そして、我々国民がこの現実の問題にもっと目を向けて、自らの生活を見直し、ぜいたくを改め、政府にもそれを求めるようにならなければなりません。


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人口減克服

2014.06.02日

人口減克服、次の最大のハードル…骨太方針原案


 政府が6月下旬に閣議決定する「経済財政運営の基本方針(骨太の方針)」の原案が31日明らかになった。
 デフレ脱却と経済再生の次に乗り越えなければならない最大のハードルとして「人口減問題の克服」を位置付けた。50年後も1億人の人口を保つため、抜本的な少子化対策を進め、人口減と低成長の悪循環を断ち切る必要があると強調した。
 政府が骨太の方針で人口減対策に本格的に取り組むのは初めてだ。原案では、人口減と高齢化の流れを変えるのは難しく、効果が出るのに時間もかかるため、2020年には急激な人口減の流れを変えなければならないと指摘。抜本的な改革を進めるべきだ、と強調した。1人の女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率は1.41(12年)で、人口を維持するために必要な2.07を下回る。米国の1.93(10年)やフランスの2.00(11年)との差も大きい。骨太の方針では出生率の数値目標は示さないが、政府内では早期に出生率を回復させなければならない、との意見では一致している。
 女性が育児をしやすい環境を整えるため、社会保障や税制など、あらゆる分野で制度を見直す。具体的には、国の予算を出産や教育にこれまでよりも重点的に配分し、特に第3子以降の子どもを産み育てやすくする。また、保育士の資格を持ちながら現在は職場を離れている人の復帰を促すことで、待機児童を減らすことも検討する。
 長時間働くことが当然となっている今の働き方の見直しも進める。特に男性の働き方を見直し、育児や介護にかかわることができるような環境を整える。出産や育児に伴う女性の負担を減らすことで、低迷している出生率を高める狙いがある。
 甘利経済財政相は31日、札幌市内で記者団に対し、「子どもを産み育てるのか、女性が社会進出を選ぶのかは、二者択一ではない。無理なく両方を選択できる環境整備に取り組みたい」と述べた。

(読売新聞 6月1日付朝刊1面トップ記事)


「日本の将来の可能性」など、このブログの中でも何度も少子化対策を訴えてきました。
これまでは少子高齢化はもう避けられないもの、仕方ないものという論調が多く、ほとんどの識者が少子高齢化を前提として話してきていたので、昨日の上の記事にはちょっとホッとさせられた感じがしました。


加えて、昨日は平塚では人口が急増したのではないかと思うほど、どこへ行っても、人、人、人でびっくりしました。


午前中、礼拝していた湘南見附キリスト教会の真向かいにある見附台広場では、第11回「湘南よさこい祭り2014」が開催されていて、すごく賑やかでした。
礼拝が終って外に出ると、駅周辺部の国道の大通りはこの祭りのストリートパフォーマンスのため交通規制がされていて、まさに人があふれていました。


festival1.JPG festival2.JPG


ここを出て、車で湘南平塚海岸に着くと、ここも人でいっぱい。
ビーチバレー、ビーチサッカー、バスケット、スケートボード、海水浴、海難救助の練習部隊等など、空にはパラグライダーが飛んでいてここの賑わいようも今年一番でした。


beachwalk.JPG hiratsukabeach4.JPG


beachvolley.JPG beachsoccer.JPG


幼児から小中高校生、大学生、青年から中年、高齢者まで、あらゆる年齢層の人たちが参加していたこの祭りやビーチの賑わいを見ていて、やはり人口減克服、脱少子化のためには政府や自治体任せではなく、私たち国民、市民一人ひとりの積極的な意識の向上と参画が必要だとひしひしと感じました。


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◯◯◯が◯んだ、小指が痛い...

2014.04.11日

あなたがかんだ 小指が痛い
きのうの夜の 小指が痛い
そっとくちびる 押しあてて
あなたのことを しのんでみるの
私をどうぞ ひとりにしてね
きのうの夜の 小指が痛い


これは、伊東ゆかりの1967年の大ヒット曲「小指の想い出」の1番の歌詞です。
私とほぼ同世代の人だったら、ほとんどみんな無意識のうちに口ずさんだ経験があるのではないかと思うほど、当時はみんながこの歌を歌っていました。
意味も知らずに私も歌っていましたが、なんで「あなたがかんだ 小指が痛い きのうの夜の 小指が痛い」のだろう、とネットで調べてみたら結構ヤバイ内容のようです。それを国民みんなが知ってか知らずか歌っていたのす。


実は、私も今、小指が痛いんです。
でもそれは、当前のことながら「あなたが昨日の夜、噛んだ」からではありません。
今日のブログタイトルの
「◯◯◯が◯んだ、小指が痛い」
の◯に入る言葉は、
「わたしが転んだ」なのです。恥ずかしながら...
ついでに、その続きの部分はこのようになります。
「ひと月前の、小指が痛い」


ちょうど1か月前の今日、「心身の健康をあなたにも」という記事の中に、山梨県南都留郡(山中湖近く)にある美徳杜(びとくもり)に来ています、と書いてその中にテニスをしている写真を載せました。実はこの時、テニスコートの周りはすっかり雪に覆われていて、コートに降りる階段も雪が積もっており、しかもそれが凍っていたのです。手すりに捕まりながらゆっくり気をつけて一歩一歩降りていたのですが、底が丸い「健康になる靴」MBTを履いていたため、滑って大きく転んでしまいました。
その時、体を支えようとして右手を階段についた時、どうやら打ち所が悪かったようで、右手の小指をひどく痛めてしまいました。
でも痛みを我慢してテニスを続けました。撮ってもらった写真を見ると、ちょっと格好が悪いのは右手の小指が痛かったせいです(と、長年やっていなかったのを怪我をした小指のせいにする私です)。


tennis.JPG


夜になると小指が赤く大きくはれ上がり、美徳杜のスタッフの方に湿布をしていただきました。
数日、痛みは激しかったのですが徐々に引いていき、家に帰る頃にはかなり良くなっていたので、もう大丈夫と思っていたら、なんの1か月たった今もまだ痛いのです。
私のホームドクター(娘)によると、たとえ骨折していても固定しておけば自然とつながるものだ、ということで整形外科にも行かずにいたのですが、なかなか痛みが消えません。
食事するときに箸を持つのさえ不自由なぐらいです。
怪我をしてもう1か月もたつのに、生活のさまざまな場面で不便を感じています。


聖書に次のような言葉があります。
目は手にむかって、「おまえはいらない」とは言えず、また頭は足にむかって、「おまえはいらない」とも言えない。
そうではなく、むしろ、からだのうちで他よりも弱く見える肢体が、かえって必要なのであり...

(コリント人への手紙第1 12:21-22)


たった1本の、それも小さな小指。普段、小指のことなどまず考えもしない、まさに「からだのうちで他よりも弱く見える肢体(体の一部)」です。
しかし、この1本の小指が痛むと、身体全体が痛みを共有する。気分まで滅入ってしまうのです。
人間の体というものはこのようにできているのです。


そして、それは身体だけに限らず、家族や学校、会社や、どんな集合体も同様で、小さな目立たない人でもみんな絶対に必要不可欠な存在です。だれかが痛みを覚えると、みんなが痛みます。
こんな共生の家族や社会を、そして世界を、私たちは日常の生活の一場面一場面で目指していきたいものです。


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政治家は金銭に関して襟を正せ

2014.04.08日
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そんなわけないだろ、と思いつつも、おかしい。〈除夜の鐘 税込み価格で108つ〉
◆第一生命保険の「サラリーマン川柳コンクール」入選100作品の一句である。数字を見ると時節柄、つい見境もなく消費税率を計算してしまう心境も分からないではない
◆あれを買っておこう。これは買い急ぐこともない。消費増税を目前に思案中の方は多かろう。通勤の駅で定期券を購入する人の行列を見たあとに新聞をひらくと、同じ数字の「8」でも別世界の出来事に感じられる。みんなの党の渡辺喜美代表が化粧品販売会社の会長から借りた8億円である
◆貸した会長は選挙資金として用立てたと証言しているが、渡辺氏は否定している。 酉とりの市の熊手など、「政治家として生きていく上で必要なもろもろ」の費用に充てたという。熊手ねえ
◆鐘は鐘でもこちらは『平家物語』祇園精舎の鐘を思い出させる。往年のパロディー集『 寶ほう石筥せきばこ 』(小社刊)に、選挙を勝ち抜く政治家を描いた一編がある。〈議員勝者の金の声、所業不浄の響きあり〉。使途も手続きも清浄そのものだと言い張るには、資料と説明が足りない。

(3月29日付 読売新聞 「編集手帳」より)


これは実に見事なコメント。
読んでいて思わず吹き出してしまい、また「うん、うん」と納得させられることばかりでした。
同日の読売新聞38面には「猪瀬前知事に罰金50万円」という記事が載っていて、その中で猪瀬さんは
「5000万円は選挙資金の側面もあった。これまで不正確な説明をし、おわびしたい」と謝罪した。
(中略)
猪瀬前知事は「『1億円を要請したことは100%ない』とか『選挙資金でないと断言できる』などの発言は、自分がそうするはずがないというおごりで述べてしまった」と謝罪。「個人の借入金」との説明を翻し、容疑を認めたことについて「責任を取ってけじめをつけたいと考え、検事に『処罰を受け入れたい』と申し出た」と説明した。


この猪瀬前知事の正直な罪の告白には好感が持てます。
しかし、冒頭の渡辺喜美代表の、8億円を酉とりの市の熊手など、「政治家として生きていく上で必要なもろもろ」の費用に充てた、という釈明には誰も納得できないことでしょう。
渡辺喜美代表にも正直に話してもらいたいものです。
また、このことをきっかけに、政治家たちはみんな金銭に関しては襟を正し、同じ間違いを繰り返さないように心から願うものです。


と、ここまで先日書いて、そのうちに結果が出るだろうと思っていたら、なんと1週間たった昨日、ようやく渡辺喜美代表が多額の借り入れ問題で党内が混乱した責任をとり、代表を辞任する考えを表明した、とニュース速報が流れました。
でも、ただ代表を辞任して責任を取るというのではなく、やはり猪瀬前東京都知事のように、正直に話してもらいたいです。政治家たる者、やはり国民に選ばれた代表ですし、ある意味お手本にならなければならない人たちですので。


今日の読売新聞編集手帳には、
「選挙に使ったとすれば公職選挙法に触れる。辞任しても疑惑は晴れない。酉の市で大きめの熊手を買ったのはもう分かった。ほかの使い道である」
とあります。
これまで、正義の味方のようにしていつも、猪瀬前都知事を始め他の政治家のモラルを問うてきた人ならば、ただ責任を取って代表辞任で決着を図るのでなく、ことの真相をはっきりさせ、謝罪すべき点は堂々と国民の前につまびらかにすべきだと思います。「酉の市で大きめの熊手」ではだれも納得しません。


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「醜い」から「見にくい」へ

2014.04.04日

私たちはとかく「醜い」ものに目が行きがちです。
政治家の金銭がらみの汚職や、企業による製品の生産地の偽装やその他の隠ぺい工作、公害、大災害、著名人の不倫行為、中傷合戦、国と国の間の領土争い、大勢の無実の人を巻き込むテロ行為、詐欺事件や殺人・傷害事件等など。毎日の新聞やテレビのニュースはこれらで溢れています。
私の知人のある人は、ニュースはこのようなネガティブなものが多すぎて、見ていると気が滅入るのでニュースは見ない、と言っているほどです。
私はニュース番組は大切だと思い、出来る限り見るようにしていますが、それでもときには上の知人の言うようにもう見ているのが苦痛に感じることがあります。


ウォーキングしていても、道端や川に捨てられているタバコの吸い殻やパッケージ、ペットボトルや空き缶、コンビニのビニール袋に入れられた弁当箱や使い捨てマスクを始めとするゴミ類がどうしても目につきます。
私のお気に入りで、平塚の金目川サイクリングコースを経て大磯海岸に出、海岸沿いに歩いて大磯滄浪閣の前から北上し、山の間を通って自宅に戻るという約12kmの散歩コースがあります。
小川のせせらぎや海の波音やウグイスのさえずりを聴いたり、美しい道端の花や雄大な海や東海道の松並木を眺めたりと、心の癒しになる本当に素晴らしいコースです(「人生を振り返ると」は逆コースで回りました)。


ところが、ここにもありとあらゆるゴミが捨てられているし、あちらこちらのひどい落書きなど、見るたびに心を痛めます。
山と山の間を通る小路には、道路脇に山から湧き出てきた泉が小川となって流れているとても素敵なところがあるのですが、ここにもありとあらゆるゴミが捨てられています。それで、本来だったら手ですくって飲めるほどの美しい水なのでしょうが、見るも無残なぐらい汚れています。
さらに、トタンで囲われて「ゴミ捨て禁止」という看板が立っている空地には、冷蔵庫やテレビ、洗濯機などの大型ごみが山積みして捨てられています。


私はとくにこういうのが苦手で、ついついそれらが目につき、そして心が痛むだけでなく不快になったり、さらにひどい時には嘔吐感を伴うことさえあります。


そこで最近、自分の健康のために意識して行っていることがあります。
それは、敢えて「醜い」ものから目を遠ざけて、それらを「見にくく」させるということです。
これは自然に対してだけでなく、冒頭に挙げたような社会悪や人の醜さについても同じです。
そして、意識的に美しいもの、心洗われるもの、感動を覚えるようなもの、喜びがあふれてくるようなもの、笑いがこみあげてくるようなもの、あるいはそういった感じの心地よい人に目を向けるようにしているのです。


もちろん、この世の悪から目を避けて、いいものばかりを見て生きていくことはできませんし、それが必ずしも正しいこととは限りません。時には、間違っていること、不正に対して自分の意見を持ち、声を大にしなければならないことも多々あります。


でも、今の私にとって、この世の悪や人の不正に目を留めていると、私自身が参ってしまうことになるので、敢えていいことに目を向けるように意識しているのです。
すると、人のいい面もたくさん見えてくるようになり、感謝する心も生まれてきます。


敢えて「醜い」から「見にくい」へ心を変換することも人生においては大切なことだと思う昨今です。
今日は、人の気分を悪くさせるゴミの写真はここに載せないことにしました。


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久しぶりの大型感動ドラマ

2014.03.23日

このブログを書き始めて5年と4か月ほどになります。
この間、身体の調子が悪かった時以外はほぼ毎日、それも結構長い記事を書き続けてきました。
ゼロから始めて、いつの間にかにほんブログ村の塾教育部門ではずっと1位のご評価をいただき、6000人あまりが参加する教育部門でも1〜2位に位置しています。
読者の皆さんの温かい応援を心より感謝いたします。


私がこのブログを書いている目的は2つ。
1つは、私の日々の感動を皆さんと分かち合い、少しでも皆さんの元気の元になれればという願い、そしてもう1つはこれを書くことによって自分自身を励ますことにあります。
そして、記事を読んでくださった方とのFBやメールによるやり取りも私の元気の源となっています。
ありがとうございます。


今日は午前中の礼拝が終わり、妻と一緒に昼食をとったあと、ウォーキングで今は大磯の海岸に来ています。
ポカポカと暖かい太陽の下で、砂浜に降りる石階段に腰かけて海を眺めながら書いています。







この写真に写っているのは、目の前で繰り広げられている右下に小さく写っている4人のベテラン操者による、まるで曲芸のような凧上げなのです。


でも、今日一番お伝えしたいことはこれではなく昨日の感動です。


日本人のための国産自動車づくりに人生をかけた男の生き様を描く。トヨタ自動車の創業者、豊田喜一郎をモデルに、佐藤浩市が信念と覚悟で仲間を率いる主人公を演じる。2夜連続の1夜目。
戦前、アメリカの自動車産業の隆盛を自分の目で見た愛知佐一郎は、無謀とも言われた国産乗用車の開発にゼロから乗り出す。佐一郎は「日本も車の時代が来る」と確信するが、技術の高い壁、戦後の苦しい経営と、困難が次々に立ちはだかる。
佐藤は夢をあきらめずに試練に耐える大人の男を演じ切った。物語は悲運の色彩を強めるが、佐藤のすごみは増していく。福沢克雄の演出は表情の切り取り方が鮮烈。昭和の空気感やものづくりの現場も見事に再現した。久しぶりに胸が熱くなった」

(読売新聞 40面「試写室」)





最近、テレビドラマは全然見ていなかったのですが、このドラマは最初から興味がありました。
上の「試写室」の中にも書かれていますが、本当に「久しぶりに胸が熱くなった」スケールの大きいドラマでした。


昨夜と今夜の二夜連続ドラマですので、昨夜ご覧になられなかった方にもお薦めです。
見逃された昨夜のストーリーは、TBSのホームページでも紹介されていますので、こちらからどうぞ(「制作秘話」には、上海ロケのこと、500人以上という空前のエキストラのことなどが書かれています)。


「社員は家族で、苦しみも喜びも共にする」という創業者のメッセージが熱いです。
また、床の間にかけられていた豊田自動織機創業者、豊田佐吉の掛け軸の言葉も感動的でした。




「百忍千鍛事遂全」 (ひゃくにん せんたん こと ついに なす)と読み、「百の苦難を耐え忍び、千の訓練で鍛えれば、目標を達成することができる」という意味の言葉です。
ある時、佐吉翁は、長男 喜一郎に対して、掛け軸の前で
「私は自動織機の技術で、日本の発展に貢献してきた。お前は何をもって国家のお役にたつのか。窓を開けろ。外は広いぞ」
と檄を飛ばしたそうです。
それから喜一郎は、この掛け軸の前で3年間、熟考に熟考を重ね、やがて自動車の製造開発に、没頭していったといわれています。


私がとくにこのドラマに惹かれた理由の一つは、私の父がトヨタではありませんが、長年日産自動車の仕事に携わっていたということもあり、子どもの頃から自動車にはとても興味があったからです。たまたまですが、今日は3年前に天に帰った亡き父の誕生日でもあります。(「バレンタインデーに嬉しいことが3つ」


このドラマの非常に興味深い裏舞台については、上のTBSのサイトに詳しくありますので、ぜひご覧になって、今晩の続きをご覧ください。
感動保証付きです。


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日本の将来の可能性

2014.02.25日

近年、新聞やテレビなど、どこを見ても「少子高齢化」ばかり言われていて、日本の将来が暗く見えます。
曰く、日本は少子高齢化社会で世界一だ、と。
それがさらに少子化に拍車をかけているように思われます。
確かに周りを見回すと、高齢者向けの施設や商品などが溢れてきており、逆に子ども向けの施設や商品がどんどん減ってきています。
まるで、近い将来「日本沈没」になってしまいそうな印象を受けてしまいます。


これまで何度もこのブログで、少子高齢化対策を訴えてきました。このまま放っておいたら、日本は確実に少子高齢化社会に向けてまっしぐらに進んでいくことでしょう。
政治家も教育者も産業関係の人たちもみんな少子高齢化を前提として物事を考えているきらいがあります。


でも、ちょっと待った!
ただ、指をくわえて少子高齢化社会を待っていてはいけないのです。
いろいろと知恵を使い、もっと子どもを増やし、日本を沈没から救わなければなりません。


そのひとつの方策として、移民政策や日本の青少年の海外留学および海外からの留学生受け入れなどをこれまで訴えてきました。
もうひとつは、日本が世界に誇る各種技術を活用して、若者たちに日本の将来に希望を持たせることです。
これは不可欠です。


去る1月29日〜31日まで、東京ビッグサイトで開催された「enex 2015」のことが、今日の読売新聞面〜面に紹介されていました。
これを見ていると、日本の将来には大いに期待できます。
以下に読売新聞からその一部を引用してご紹介させていただきます。


「セッション  水素・燃料電池が見据える未来の社会」
日本の優れた技術力で世界シェア拡大へ
戸邉 水素エネルギーは、多様な一次エネルギーから製造できる上、様々な形態で貯蔵や輸送ができるため安定供給が可能です。エネルギー効率が高く、環境負荷が少ない点も大きなメリットです。定置用燃料電池、燃料電池自動車などは分散型や非常用のエネルギーとして重要な役割を果たしますが、こうした分野の特許は世界の6割のシェアを日本企業が占めており、海外に輸出するなど国際競争力を発揮できると考えます。
(中略)
吉田 燃料電池自動車は、総合効率が高く環境に優しいのはもちろん、ガソリン自動車並みの航続距離や燃料充填の速さといった多くの利点を有しています。非常用電源としての活用など、他ツールと組み合わせて新しい価値を生む可能性も秘めています。
(中略)
河合 現在、トヨタの燃料電池自動車(FCV)は、世界で百数十台が走っており、技術的な問題はほぼクリアしています。燃料である水素もガソリンや都市ガスと同様に安全に使うことが可能です。
(中略)
守谷 水と電気、水素は非常に親和性が高いため、循環させて使うことで持続可能な社会に貢献できると思います。ホンダでは、太陽光から水素を発生する高圧水電解システム「ソーラー水素ステーション」を開発し、2年前に日本に導入しました。
(中略)
松岡 水素ステーションの開発、製造に関しては、2015年の燃料電池自動車の一般販売向けて、2013年度より経済産業省の建設補助金を投入し商用ステーションの整備が始まっています。
(中略)
政井 この分野でいかに日本にアドバンテージがあるか分かりました。今後も大いに期待したいと思います。

(2月25日付 読売新聞 18-21面 「enex 2014 エネマネでスマートな社会へ」より)


そして、ホンダとトヨタが開発しているFCVコンセプトカーが下のものです。


honda.jpg  toyota4.jpg


「行くぜ、キット!」「了解です、マイケル」に書いた、まだしばらく先の将来のことと思い描いていた世界が、もうすぐ手の届くところまで近づいてきています。
そして、このような明るい未来を実現させるのは現在の青少年で、彼らの教育が不可欠になり、我々教育関係者(公教育・学習塾等)の出番となるのです。
彼らをただ単に、志望校に合格させるためだけの暗記教育などをしていたのではいけません。
今や、彼らの創造性を芽生えさせる教育が必要なのです。


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もうひとつの飢餓問題

2014.02.21日
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世界的に有名な経営コンサルタント、ブライアン・トレーシーについてはこれまでこのブログで何度も取り上げてきました(「不景気なときの最高の投資」ほか)。彼からの一昨日のメールマガジンに次のような言葉が紹介されていました。


"Three billion people on the face of the earth go to bed hungry every night, but four billion people go to bed every night hungry for a simple word of encouragement and recognition."
-- Cavett Robert
「世界中で30億人の人たちが飢えた状態で毎晩床に就いている。しかし、40億人の人たちはちょっとした励ましや褒め言葉に飢えた状態で毎晩床に就いている」
(キヤベット・ロバート)


うーん、なかなか鋭い指摘です。
確かに、世界中の飢餓の問題はよくあちらこちらで目にしたり耳にしたりして、みんなの知るところです。
しかし、飢餓人口よりもさらに10億人も多くの人々が「励ましや褒め言葉」に飢えている、というのはちょっとショッキングな話です。世界の総人口70億の半分以上ということです。
でも、言われてみれば、なるほど、さもありなんという感じです。


3年ほど前に、「豚もおだてりゃ木に登る」という記事を書きましたが、その後も繰り返し「褒めること」の大切さをこのブログで訴えてきました(このページ左上コーナーの「エントリー検索」に「褒める」や「ほめる」を入れて検索してみてください。きっとその記事の数の多さに驚かれることと思います)。


身の回りをちょっと見回してみてください。
あなたの励ましや褒め言葉を必要としている人が必ずいます。あなたのすぐ隣りにも、家族の中にも、学校や職場にも、友達の中にも。
「地球の飢餓を救え」などへの寄付行為もとても大切ですが、もっと身近なところで、あなたに今すぐにでもできる飢餓対策、それが「励ましや褒め言葉」なのです。


ただ、褒めることにも一つ注意しなければならないことがあります。
それは、「褒めて、褒めて、褒めまくれ?」の中に書きましたので、こちらをご参照ください。


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山梨県の大雪と日本国民の伝統

2014.02.18日

先週の金曜日、神奈川県立高校の入試日は朝から雪が降り始め、午後には見る見るうちに積もり、その日のクラスは全部キャンセルして、別の日に振り替えしました。
3日目の昨日の朝は、まだ家の前の駐車場や裏庭には雪が残っていて凍っていたので、車の安全な出入りのために駐車場の雪かきをシャベルでやりました。
家の北側の駐輪場にはいまだにこのような雪の山が残っています。


churinjou.jpg


今日、平塚駅まで買い物を兼ねた往復10kmほどのウォーキングをしてきたのですが、道路脇のあちらこちらにまだ雪が積み上げられて1mほどの山になっているところが何か所もありました。


去る1月5日の「心の一新」の記事の中に書いた、親育て子育ての里「美徳杜」(びとくもり)という非常にユニークな、食育を中心にしたペンション経営をなさっている長野さんから、このペンションにお招きいただき、実は、昨日の朝から5日間の予定で行くことにしていたのです。
ところが、山梨県南都留郡に位置するこのペンションも、今回の大雪の影響で現地への道が全て閉ざされたと長野さんからご連絡が入り、急きょ3月まで延期となったところでした。
山梨県の雪の量は、それこそハンパないのです。上の我が家の雪などそれこそ足元にも及びません。


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FBフレンドのFFさんからは、今朝次のようなメールをいただきました。
「舟田先生、時期がちょっと違ったら、あの雪の中・・・と思うと、祈らずにはいられませんよね」
普段だったらまずそんなに意識していない山梨県のことですが、今回この大雪の被害のことで全国的な注目を集めており、FFさんのおっしゃるとおり、ちょっとタイミングがずれていたら、私もそのペンションで雪の中に埋もれていたか、と思うともうこの雪害の影響を受けられた山梨県の数十万人の方々のために祈らずにはいられません。


美徳杜の長野さんも、FBのタイムライン上で長野県民に向けて熱い応援のメッセージを昨日送っていらっしゃいました。
「山梨の皆さん、食糧がないからと焦り、チョコレートジュース、缶コーヒーなど甘いものや袋がしやジャンクフードレトルトばかりでお腹を満たそうとしたら、血糖が急上昇して余計にお腹が空いたり、心が不安定になります。
落ち着いて、手にはいる、漬物、野菜や果物、お粥、味噌汁などを少量ずつ家族で分かち合って下さい。今こそ、和食で乗り越えて下さいね。
人は、粗食小食の方が、健康でいられるのです。
わたくしも、東京から出来ることを探します。
皆さんの安全と一日も早い復興を心からお祈りいたします」


さすが食育をご専門にしていらっしゃる長野さんならではの、山梨県民への温かい心遣いです。


私はギリギリでタイミングがずれたので助かった、というような自己中心的な考え方をしていたのでは、この世の中成り立ちません。
むしろ今回、テレビのニュースなどでも繰り返し報道されているように、雪の中で立ち往生した車の中の人たちに、地元の方々がボランティアでおにぎりやお茶などを配って励ましていらっしゃる、という献身的な姿に胸を打たれています。
本当は自分たちすら、冷蔵庫の食料品が底を突きかけ、またスーパーやコンビニでも棚が空っぽになっているという状況なのに。
これは先般の東日本大震災やその前の阪神・淡路大震災の時などにも見られた、他人を思いやることのできる素晴らしい日本人の国民性、誇るべき伝統だと思います。


今回の関東甲信、東北地方などの記録的な豪雪による甚大な被害に対して、政府は自衛隊の災害派遣部隊を増員すると言っていますが、迅速な対応が望まれます。
火山列島の上に位置する日本は火山の噴火や地震、津波などの天災を今後も避けて通ることはできませんが、これまで歴史の中で立派に生き抜いてきたように、これから先も互いに助け合い、必ずや危機状態や困難を乗り越えていくことができることでしょう。


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ニコニコ新聞

2014.01.19日

以前、「新聞の読み方」という記事を書いたほど、前は毎朝新聞を読むのが楽しみで、隅から隅まで読んでいました。
しかし最近は、いきなり一面から殺人、強盗、裏献金など、暗くて気が重くなるような記事であふれ返っています。
その他のページも、誘拐、いじめ、体罰、強姦、痴漢、のぞき見等など、心を明るく、元気にするような記事が本当に少なく、読んでいるとだんだん気が滅入ってきます。


テレビのニュースも同様で、ドラマに至っては憎しみ、嫉妬、復讐、殺人の類いのものか、あとはくだらないと言ったら失礼ですが、どこのチャンネルにも同じ顔ぶれが出ているバラエティなどエンタメ系番組がほとんどで、正直なところ私はうんざりです。


中に海外ルポルタージュや政治家、教育者などの討論会、日本古来の文化や民芸などを紹介する番組や、海外の教育番組、会場内人物や視聴者参加型の討論会など、面白いもの、役立つものもありますが、その数は極めて少なく、下手をするとつまらないもので時間をズルズルと使ってしまいます。


「軽薄な」文化が今の日本を象徴しているように思われます。
多くの若者や子どもたちがこのようなものに乗せられて、「あはは」と笑って無駄な時間を過ごしているような気がしてなりません。


新聞社やテレビ関連など、報道関係やマスコミ各社はもっと内容をよく吟味して、国民を賢くするように努めてもらわないと、下手すると一億国民総白痴化されかねません。


私たちは見るもの、聞くものをもっと賢明に取捨選択しないと、後でしまったと後悔することになるでしょう。


時間はどんどん流れていきます。
人生、長くないですよ。
この歳になると、特にそういう思いが強くなってきます。


「読売KODOMO新聞」のような感じで、人を賢くし、かつ明るい気持ちにさせ、国民みんなに将来に対する夢と希望を与えるような「ニコニコ新聞」みたいなものが出ないものかと思うのですが。


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かゆみと痛み

2014.01.18日




最近、夜寝ていて、膝から下のふくらはぎやすね、足首の部分がものすごくかゆくなることがよくあります。
皮膚が乾燥するこの時期、いつもなります。
でも、若い頃頻繁になった体全体がかゆくなる蕁麻疹と比べたらうんとましです。


それでも一旦かゆくなり始めるともう我慢できなくなり、寝ていても無意識のうちに掻いています。
ところが、掻いてかゆみは収まるのではなく、さらにかゆくなりまた掻く。これの繰り返しです。
そこで仕方なく起きて、枕元に置いてある「乾燥肌の治療乳液」なるものを、そのかゆい部分に塗ります。
しばらくするとかゆみは収まり、またそのあとはぐっすり眠れます。


寝ている時に、起きて薬をつけることはとても面倒で、最初はできる限り我慢して、無意識にかいているのです。
そして、かいている時間が長くなると、後で肌は赤く腫れてかき傷が残り、痛くなります。
そんなことなら、もっと早くに起きて薬をつければいいのに、と思うのですが、ついついかいてしまうのです。
うちの子どもも小さい頃、アトピーで毎週皮膚科に連れて行っていた時代がありました。体中がかきむしった跡で傷だらけになっていて、本当にかわいそうでした。


「かいたら後で痛くなる」ということがわかっているのにかく。
これと同じようなことを私たちは日常の生活の中でもよくしています。
子どもの頃、ものすごく流行った植木等の歌、「わかっちゃいるけど、やめられない」というやつです。


勉強しなければだめだ、ということはよくわかっているけど、遊んでしまう。そして試験があり、答案が戻ってきて「しまった。もっとやっておけばよかった」というのも同じです。


また、友達同士の喧嘩もそうならば、親の子育てにおける「叱ることと甘やかすこと」も、兄弟関係や夫婦関係、職場における人間関係などもそうです。
「今、ここでこれを言ってはだめだ」ということがわかっていながら、黙っていられずつい言ってしまう。そして案の定、後で痛い思いをし後悔する。


おそらく、誰でも経験していることではないでしょうか。
人間にとって一番難しいことは、自己コントロールです。


それではどうすればよいか。
先ほどのかゆい時につける薬があるように、ちゃんとそれぞれにふさわしい方法があります。
ですから、たとえば書店に行くと、「〜の時にはどうすればよいか」といった、いわゆるハウツー本が、あらゆる分野にわたってたくさんあるわけです。


ということは、私たち素人が自分の考え方ややり方でやって失敗するより、かゆみ止めの薬をつけるように、ひどくならないうちに正しい方法で処置することが大切なのです。
そのために、医者だけでなくカウンセラーもいるし、また身近なところには、同じことをすでに経験し、その問題を乗り越えた先輩たちがいるので、それらの人たちにアドバイスを求めるわけです。


この世の中非常にうまくできていて、みんなお互いに助け合って生きていけるようになっています。
自分が何かの問題で苦しんでいる時、助けてくれる人がいるように、あなたの周りにもあなたの助けを求めている人、必要としている人がいっぱいいます。
そのような人のニーズに気づき、手を伸べて助けられるような者になりたいものです。


ある意味、これは教育の目的そのものでもあります。
自分さえ良ければそれでいい、という自己中心的な考え方や生き方ではなく、お互いに助け合っていける者、かゆいところに手が届くような者になりましょう。


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日本民族の大移動

2014.01.02日

昨年9月に義母が召天したこともあり、年末から今日までの4日間、家内の実家で過ごしました。
親族との良い交わりの時が持て、感謝でした。


午後3時に家を出たものの東名高速はUターンラッシュで、しかも何箇所で追突事故もあったりして、あちらこちらで大渋滞。
午後11時現在もまだ渋滞の中を走っていて、ナビによると到着予定時刻は夜中の12時。
普段のちょうど倍の9時間もかかります。



年末年始とお盆は、国内ではゲルマン民族ならぬ日本民族の大移動で、東名に限らず主要幹線道路はほぼ全面的に大渋滞。「わかっちゃいるけど、やめられない」というやつです。


いやあ、行きも帰りもほとんど妻が一人で運転してくれ、私は助手席でゆっくりさせていただきました。
私の健康を心配してくれる妻にただただ感謝です。


日本の恒例行事となったこの夏冬の民族の大移動。でも、家族や親族との交流の場が持てることには感謝しなければなりません。


それにしても、年末年始やお盆など、全国民一斉の休みでなく分散させる画期的な妙案というのはないんでしょうかね。
考えついたらそれこそノーベル賞ものとか。


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メリークリスマス!

2013.12.25日
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子どもの頃は、親からもらえるクリスマスプレゼントが楽しみでしたが、27歳の時に信仰を持ってからクリスマスの意味がまったく変わってしまいました。
クリスマスプレゼントを最後に誰かからもらったのはいつのことだろうと、思い出すことすらできません。
でも、今年のクリスマスは神様ご自身からエンデの『モモ』という素晴らしい本をプレゼントのようにして導かれ、読めたことを心から感謝しています。


昨日は「ミヒャエル・エンデ著『モモ』」について書きましたが、FBでかなりの反応がありエンデの人気作家ぶりをうかがわせました。
実際、FBには何人もの方が「大好きな本です」と書いてこられました。
私も
「エンデの作品は児童文学ですが、なんか大人向けにメッセージを送っているように感じます。
彼の深い感性にしびれました」
と書いたのですが、その後Wikipediaを見てさらに驚かされました。


『モモ』(Momo)は、ドイツの作家ミヒャエル・エンデによる児童文学作品。1973年刊。1974年にドイツ児童文学賞を受賞した。各国で翻訳されている。特に日本では根強い人気があり、日本での発行部数は本国ドイツに次ぐ。
1986年に西ドイツ・イタリア制作により映画化された。映画にはエンデ自身が本人役で出演した。
(中略)
ストーリーには、忙しさの中で生きることの意味を忘れてしまった人々に対する警鐘が読み取れる。このモモという物語の中では灰色の男たちによって時間が奪われたという設定のため、多くの書評はこの物語は余裕を忘れた現代人に注意を促すことが目的であると受け止めていた。しかし、エンデ本人が世の中に訴えたかったことは、この「時間」を「お金」に変換し、利子が利子を生む現代の経済システムに疑問を抱かせることが目的だった。このことに最初に気が付き、エンデ本人に確認を取ったのはドイツの経済学者、ヴェルナー・オンケンである。


いゃあ、私もごく普通に上の一般的な解釈である「この物語は余裕を忘れた現代人に注意を促すことが目的」と受け止めていました。
しかし、経済学者が指摘した「この『時間』を『お金』に変換し、利子が利子を生む現代の経済システムに疑問を抱かせることが目的だった」という解釈がエンデ自身の言いたいことだったというのには心底恐れ入りました。


実は私もまったくの素人ながら、現代世界において常識とされ、誰も疑問にすら思わない資本主義社会に一種の恐れすら感じている者です。だからと言って、共産主義や社会主義を主張するものではもちろんありませんが、貧富の格差が大きく、さまざまな社会的矛盾を抱えている資本主義が絶対とは決して言い切れないと思っています。
世界経済にいまだ尾を引いている7年ほど前のリーマンショックは、世界中の経済に大きな影響を与えました。
そういう意味もあって、私は現在の資本主義の社会構造が完璧な理想像とは思っていません。この点でもエンデと波長が合うのかもしれません。
今度はエンデの『果てしない物語』を読もうと思っています。


それにしても、私たちみんなに大きな影響を与えている経済不況、昨日発表された「安倍カラー」の予算案にも期待して、来年にはなんとか上向きになってもらいたいものですね。サンタさん、じゃなくて神様、よろしくお願いします。
そして、最後になりましたが、皆さん
メリークリスマス!


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ミヒャエル・エンデ著 『モモ』

2013.12.24日
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三日前の夜から読み始めたミヒャエル・エンデ著の『モモ』を読み終えました。
これはなかなか読み応えのある本でした。一応は児童書なのですが、大人が読んでも十分に楽しめます。


訳者があとがきに次のように書いています。
「この本には、探偵小説のようなスリルと、空想科学小説的なファンタジーと、時代へのするどい風刺があふれています。そしてその全体は、ロマン主義的な純粋な詩的夢幻の世界、深くゆたかな人生の真実を告知する童話の世界の中に、すっぽりとつつみこまれています。内容的には、おとなにも子どもにもかかわる現代社会の大きな問題をとりあげ、その病根を痛烈に批判しながら、それをこのようにたのしく、うつくしい幻想的な童話の形式にまとめることに成功した点に、この本の画期的な意義があります」
(同書p.360)


これは実に言い得て妙。うまくこの本の性質を表現しています。
読んでいて、本当に身につまされる思いをしたり、自分の人生を省みたり、これからの人生について考えてみたり、と教えられることがたくさんありました。


またネタバレになるといけないので、内容についてはここでは触れませんが、私が深く教えられたことのひとつは次のような部分です。
主人公のひとりに道路掃除夫という、周囲の人々からは頭が少しおかしいんじゃないかと思われている老人がいます。彼の言っている言葉です。
 「なあ、モモ」と彼はたとえばこんなふうに始めます。「とっても長い道路を受け持つことがよくあるんだ。おっそろしく長くて、これじゃとてもやりきれない、こう思ってしまう。」
 彼はしばらく口をつぐんで、じっとまえのほうを見ていますが、やがてまたつづけます。
 「そこでせかせかと働きだす。どんどんスピードをあげてゆく。ときどき目をあげて見るんだが、いつ見てものこりの道路はちっともへっていない。だからもっとすごいいきおいで働きまくる。心配でたまらないんだ。そしてしまいには息が切れて、動けなくなってしまう。こういうやりかたは、いかんのだ。」
 ここで彼はしばらく考えこみます。それからやおらさきをつづけます。
 「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな? つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸(いき)のことだけ、つぎのひとはきのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな。」
 またひとやすみして、考え込み、それから、
 「するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな、たのしければ、仕事がうまくはかどる。こういうふうにやらにゃあだめなんだ。」
 そしてまたまた長い休みをとってから、
 「ひょっと気がついたときには、一歩一歩すすんできた道路がぜんぶ終わっとる。どうやってやりとげたかは、じぶんでもわからん。」 彼はひとりうなずいて、こうむすびます。「これがだいじなんだ。」

(p.48-49)


これは私が歩んできた人生そのもので、おそらく誰にも当てはまるのではないかと思います。
生徒や学生であれば勉強に、親であれば子育てに、仕事をしている人であればやっている仕事に、…と人生そのものに当てはまるのです。
このような人生について、あるいは時間管理について、人間関係について等など、読んでいて本当に目を開かれる思いを度々しました。
これも皆さんにお薦めの一冊です。


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日本 営業中!

2013.12.07日

昨日、FBフレンドの方のYSさんがタイムラインに投稿された写真です。
題して「まだ日本は営業中です」。



見て、思わず吹き出してしまいました。
そういえば、このようなノボリ旗をよく街のパチンコ店の前で見かけるなと思い、お尋ねするとズバリ当たり。


これに対して私は、
「でも、今の国会を見てるともう閉店になってしまいそう…」
と書き込みました。
すると、別のフレンドSKさんが、
「次のお店のオーナーはどなたになるんでしょうね…」。
「目先のことよりも、もっとずっと先まで見ることのできる人が新オーナーにふさわしいですね」と私。
「アーメン」(同感)とKKさん。
投稿されたYSさんは、
「民主主義日本は営業終了の危機を感じて撮影しました」。
HHさんも、「この国どうなるのかな?不安だらけですわ」。
FFさん、「店主変えんとえらいことになりそうです。誰や選んだんわ、と言われんようにせんと」。


「特定秘密保護法案」を巡っては、野党のみならず、著名学識者や著作家、ジャーナリスト、映画関係者を始め、一般国民の間でも不安視、疑問視する声、不信感を持つ人が多く、採決前にもっと徹底した審議が必要だというのは誰の目にも明らかでした。


国民の不安は、この「特定秘密保護法」自体が秘密をいっぱい保護していて、ベールに包まれているということにあるのでしょう。
しかし、与党はなんとかこの法案を今国会中に通したく、議論をするためではなく、廃案に追い込まれるのを避けるために会期を2日間延長するという手を使い、昨夜参院本会議で強行採決して秘密保護法が成立しました。
まさに、今日のタイトルの「日本 営業中!」が危機の瀬戸際の状態になりました。


アベノミクスなどで、国民の大きな期待を背負って登場した安倍政権ですが、原発再稼働問題を含め、猪瀬東京都知事が都議会の代表質問で語った「心のどこかにおごりが芽生えていたのは事実」と、同じような危惧を禁じ得ません。


どこの国にも秘密はあります。国家の安全のために、また外交交渉においても秘密が伴うのは至極当然のことです。
しかし、政府にとって都合の悪いことを何でも秘密扱いにし、国民の知るべきことも隠されるとなると、これは大問題です。


日本を「明日 閉店」にしないためにも、国民のもっと熱い目、関心、論議、政治への参加意識が今まさに必要とされています。


また、日本人は一般に何事においても非常に忘れっぽい国民ですが、この法が成立した今、監視・警戒の目を注ぎ続け、必要に応じて何度でも問い直し、改善させる世論を喚起する固い決意が必要です。


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原発 即ゼロに!

2013.11.17日




去る11月12日、小泉純一郎元首相が記者会見し、安倍晋三首相に「原発 即ゼロに」を訴えることを明らかにしました。


小泉氏の記者会見での発言のポイントは以下のとおりです。
1. 安倍晋三首相に対し、脱原発を政治決断するよう迫る。即時、原発ゼロが望ましい。
2. 自民党議員の本音は賛否半々。安倍首相が原発ゼロを決断すれば、自民党は反対できない。
3. 政治が原発ゼロを決めれば、知恵ある人がいい方針を出す。専門家の知恵を借り、その結論を尊重すべきだ。
4. 脱原発を目指す新党結成には否定的見解。
5. 政治の責任で放射性廃棄物の最終処分場所を見つけろというのは楽観的で無責任。

(11月13日付 中日新聞より)


また小泉元首相は、「原発ゼロ」の主な理由として、「脱原発3本の矢」を挙げました。
1. 核のゴミ
地下300mより深い場所で、放射能の影響が薄れるまで核のゴミを埋没することが法律で決まっているが、地震国で地下水が多い日本で、万年単位で安全に管理できる場所はない。しかも、自ら最終処分場の候補地を名乗る自治体などない(これは筆者の考え)。
2. 高コスト
原発はコストの安さばかり強調されるが、核のゴミや事故も考えれば決して安くない。老朽化した原発の廃炉や、原発の新規制基準を満たすための費用なども巨額で、結局は消費者が負担する。
3. 事故被害
事故から2年8か月たった今も、14万2千人を超える福島県民が避難生活を送る。被害者への損害賠償費用は既に3兆9000億円に上り、今後も増える。これまでの除染に1兆3千億円、再除染や除去した汚染土などの中間貯蔵施設建設などにはさらに数兆円規模に達する。


これらはどれを取ってももっともなことばかりで、「アベノミクス3本の矢」よりよほど説得力があります。
日本政府は、原発システムを海外に販売することによって利益を上げることを目論んでいます。
でも、日本の今回の原発事故の恐ろしさを見て政治的に方針転換し、脱原発を決断したドイツに日本はすぐにでも見習うべきです。
そして、この原発ゼロの方針転換を決める時期は今を逃すと、後になるほど困難になるのは目に見えています。


朝日新聞社が実施した全国定例世論調査では、小泉元首相の主張を「支持する」は60%にのぼり、「支持しない」の25%を大きく上回ったとのことです。
国民および地方自治体の声を聞いて、安倍政権は大決断をすべき時が来ています。


最近では太陽光発電や風力発電だけでなく、地熱発電や海上風力発電、海底水流発電や、私案の宇宙太陽光発電エネルギーステーション(「究極のエネルギー問題解決策発表」)など、新しい発電方法はどんどん研究が進んでいます。そして、人間の英知をを結集するならきっとまだまだ斬新なアイデアが必ず出てきます。


日本の将来のためにも、地球の未来のためにも、どう考えても「原発ゼロ」以外に方法はありません。


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度肝を抜かれた市民文化祭

2013.11.04日

今私が滞在している愛知県郊外の小さな町、岩倉市では毎年文化の日にちなんで、11月頭に四日間、市民文化祭が体育館(総合体育文化センター)で開催されます。


昨日、足を運んで観てきました。
これがまたハンパじゃなく、度肝を抜かれました。
広い体育館が所狭しとぎっしり一般市民の手による芸術品で埋め尽くされているのです。見物客は引きも切らず、会場は人であふれていました。
小学生から成人まで数百人が参加しているこの文化祭、そのレベルの高さに舌を巻きました。


生花、盆栽、日本画、洋画、書道、彫刻、工芸、写真に始まり、洋服のデザインや日常小物品等など、その数においてもクオリティにおいても、素人の一般市民による作品とは思えないほどのものばかりです。
専門家の審査員による市長賞、記念賞、美術展賞などもありましたが、それ以外のものもどれもこれも力作ぞろいです。
出品者のお名前を見ていると、「◯◯子」というのが多いところから、熟年者が過半数を占めるものと想像しました。ここでも、老人(と言っては失礼ですが)パワーを感じました。


さらに驚いたのは、キルトクラブ、伊勢型紙を楽しむ会、アートフラワー教室、婦人会、老人クラブ、俳句俳画会、ペン習字会、焼き物を楽しむ会、華風会、学書会、木彫りの会、桜ちりめん細工、七宝愛好会、手編の会、ニットサークル、フラワーアレンジメント、洋裁サークル、リボンアートクラブ等など、大小さまざまな有志によるサークル活動が活発に行われているということでした。
私も十二分に心の栄養をいただきました。あとはもう言葉は不要でしょう。
その作品の一部を下に写真でご紹介します。存分にお楽しみください。(写真をクリックすると拡大されます)







































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トイレ考 その2

2013.10.28日

昨日の記事「トイレの貼り紙考」に続き、今日もトイレの話。
以前にも「トイレ考」を書いたことがあるので、これで2回目になります。


高校3年の時の英語教師はものすごく恐い顔をしていて、「ガイコツ」というあだ名がつけられていました。
実際に怖い、厳しい先生でしたが、授業は結構楽しく、笑い声が絶えませんでした。
夏休みの宿題は、「本当に怖い話」に書いたように、本当に恐ろしいものでした。膨大な量とその内容も。
教科書はまったく使わず、手製のプリントだけを使い、ちょっとキザっぽいところもあって、この先生を嫌っている生徒もたくさんいましたが、私は好きでした。


面白かったのは、授業中によく出るトイレの話。
曰く、
「日本は古くは平安時代から水洗便所だった。幅の狭い清らかな小川が宮中を流れていて、貴族はこの川をまたいで用を足していた。下僕たちはその下流の方で、貴族のやったものがプカプカ浮かんで流れてくるのを眺めながらやっていた」
「アフリカのある国では、わらの紐のようなものが木と木の間に張ってあって、みんなそのそばで用を足すとその紐を棒でトントンと叩いて前の人の干からびたものを落とした後、その紐をまたいで歩いてあそこを拭く」
「南アメリカのある国では、高い山の岩場で割れ目をまたいで用を足す。そして、黄金の塊がキラキラと輝きながら下に落ちていくのを見て楽しむ」
等など。
(下の話で不愉快な思いをされた方には、ごめんなさい)
この手の話はネタが絶えませんでした。どんな話をしていてもトイレの話につながると言ってもいいほどでした。
内容の真偽のほどはわかりませんが、話し方がとてもリアルで引き込まれ、高校生にとっては英語の授業よりもこちらの方が魅力的でした。
45年も前の話をはっきりと覚えているぐらいですから。


昔から、「馬上」「枕上(ちんじょう)(寝床)」とともに「厠(し) 上(じょう)(トイレ)」が文章を練るのに最適の場所とされてきたのも、人を冷静な心持ちにさせる空間だからだろう。
◆最近は外出の折など、冷静になれない空間に出くわすことが少なくない。
◆衛生陶器メーカーのTOTOが募集した「トイレ川柳」入選作に同憂の友を見つけた。〈斬新で流すところがわからない〉。スイッチを片っ端から押しても水が流れない。観賞に堪える物ではないから、外で待つ次の人を呼び入れて聞くわけにもいかず、困った覚えがある。親切・便利を極めて不親切・不便に至る。一事が万事、機械オンチには生きにくいご時世ではある。
◆かつての「サラリーマン川柳」を思い出す。〈このオレにあたたかいのは便座だけ〉。最後の砦(とりで)も、いまや危うし。

(10月19日付 読売新聞「編集手帳」より一部抜粋)


さすがに今の時代、馬上はまずあり得ませんが、私も散歩中によく考えますし、「枕上」「厠上」で物事を考えることも多いです。
いい考えが浮かんだり、このブログに書く記事のヒントが与えられることもよくあります。
ただ最近は、枕上で考えた「素晴らしいアイデア」は、翌朝目覚めるとすっかり頭の中から消え去っていることがしばしばです。かと言って、起き上がって電気をつけてメモでもしようものなら頭がフル回転し始め、そのあともう眠りに戻れなくなります。


その点、トイレは誰からも邪魔されることのない個室で、しかも今はこのiPhoneという優れものがあるので、メモするどころかそこで記事を書いてしまうことすらあります。
読者の方にはまことに失礼な話で申し訳ありません。でも、今はトイレでは書いていません。


上の「編集手帳」にあるような状況に遭遇したことが私にもあります。
最新の駅ビルやデパートなどで、あまりにも最先端をいくもので、しかも使用説明などがありません。
それらしきところに手をかざしても流れない。
焦ってどうしようと思って、便器から少し離れたところ自動で流れました。
それならそうと、最初からそう書いておいてくれたらいいのに、まったく人騒がせな!
(今日は内容が内容だけに画像は載せません。あしからず)


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トイレの貼り紙考

2013.10.27日


(上の写真はいずれもネットから拝借)


小社のお手洗いの良いところは、貼り紙がないことだとひそかに思っている。
◆公衆トイレなどでは<一歩前へ>の掲示をしばしば見るが、どこか命令の響きがある。<○○こぼすな>。これに至っては、書き主の怒りがひしひしと伝わる。人間なら当然するべきことをしているのに、悪いことをしているような…
◆それが、いつからだろう。トイレが礼を言うようになったのは。〈いつもきれいにご利用いただき、ありがとうございます〉。商業施設では今や定番だろう。歌人の穂村弘さんが初対面の感想をエッセーにしている。
◆<衝撃を受けた。私に云っているのか。私が「いつもきれいに」おしっこしているところを誰かがみていた?>(ちくま文庫『絶叫委員会』)。なるほど、自分以外に知るよしもない秘めたる作法、しかも事に及ぶ前に礼をいただくのもヘンである。

(10月26日付 読売新聞「編集手帳」より 一部省略)


昨日、FB上でフレンドのMさんがこの問題を取り上げていらっしゃいました。
「最初に貼り紙をした人は、心を込めてそれを貼ったのではないかなあ。
店主が感動するほど、そこのお店はお客様がマナーの良い使い方をしていたのではないかなあ。
だから、思わずそう書いてしまったのではないかなあ」
とMさんは善意で受け止めて書いていらっしゃいます。
私が思うにはおそらく「汚さないよう気をつけましょう」よりも当たりが柔らかく聞こえるのではないか、という店主の心遣いがことの始まりではないかと。


でも確かに理屈を言えば、用を足す前からそのように言われるのも変だし、ましてや「いつも見ているのか?」というのはちょっとうがった見方ですが、なるほどそう言えなくもありません。


Mさんもおっしゃっていますが、本来はそのような貼り紙がなくてもきれいに使うのは当り前のことですし、もし汚したなら自分でその後始末をするのも常識です。
ところがなかなかそうできないのが人間の性(さが)。


上の「いつもきれいにご利用いただき、ありがとうございます」は、新東名高速のSA、PAのトイレに貼ってあり、本当に驚くほどきれいです。
公園などにあるいわゆる「公衆トイレ」や昔の学校などのトイレは、本当に汚くて臭いのが当り前だったのですが、最近はずいぶん様変わりしてきました。


しかし実際のところ、やはり相変わらず便器の周りは汚れていることが多く、きれいなのは昔と比べると格段に掃除の回数が増えた結果ではないかと思われます。
コンビニなどで売上げの高い店ほどトイレがきれい、というのもやはり貼り紙というよりは、頻繁な掃除のせい、すなわち店主の気遣いの結果ではないかという気がするのですが。


一般に日本のトイレはきれいな方ですが、掃除してくださっている方々の身にもなって、公衆道徳を身につけ、みんなにもっともっときれいに使ってもらいたいものです。それにしても冒頭の写真、右の貼り紙にはユーモアのセンスに脱帽です。


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秘密保護

2013.10.26日

誰にでも秘密があるのと同様に、会社にも国にも当然、秘密があるでしょう。そして、秘密は保護される必要があります。
今回の秘密保護法案の問題、新聞社は各社それぞれの立場から社説でその是非を論じています。


読売新聞には、
「国民の「知る権利」を守りつつ、国の安全保障に関わる機密を保全する仕組みを構築することが肝要である」とあり、
毎日新聞には、
「安全保障上、重要な情報を一定期間、機密として扱うことに反対はしない。問題は、特定秘密として指定された機密が、将来的に国民に公開される仕組みが、法案では担保されていないことだ」
とあります。


さらに朝日新聞、
「政府がもつ情報は、本来は国民のものだ。十分とは言えない公開制度を改めることが先決だ。そこに目をつぶったまま、秘密保護法制だけを進めることは許されない」。


東京新聞は社説では扱わず、一般に言われている問題点を3つ挙げています。
「一つは、指定が行政機関の長だけの判断で決められ、第三者のチェックを受けないことだ。
罰則は、秘密を漏らした公務員だけでなく、情報を知ろうとした市民にも適用される。
秘密を永久に公表しなくてよい仕組みにもなっている」。


下の漫画は中日新聞に載っていたもので、国民の不安の気持ちを代表して表しています。


(図をクリックすると拡大されます。一番下の絵に注目してください)


数の論理で決められることなく、国会で十二分に論議されて国民の声が反映されることを心から望むものです。そうでないと政治は死んだも同然になります。


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巨人・大鵬・卵焼き

2013.10.22日




昨日はパ・リーグのCSで楽天イーグルスの初優勝が決まりました。心からお祝い申し上げます。
野村監督がおっしゃっていましたが、球団設立当初は選手の寄せ集めでバラバラだったそうです。
毎年最下位だったチームがメキメキと力をつけてきて、星野名監督のもとで創設8年目にして初優勝というのは、実に素晴らしい成果です。
リーグ優勝の立役者である田中将大投手の華々しい活躍とチーム全体のまとまりが優勝の鍵となりました。
まさに「栄枯盛衰」を目の当たりにしたような気がしました。


これで日本シリーズでジャイアンツとの対決が見ものになりました。とくにみんなの関心はやはりなんと言ってもジャイアンツ打線と田中投手との一騎打ちでしょう。
星野監督が優勝インタビューでおっしゃった「永遠のライバル、巨人をやっつける」の意気込みに、日本シリーズが本当に楽しみです。





昨日はまた女子フィギュアで浅田真央さんのアメリカ大会優勝が決まり、これでグランプリ全7大会制覇という偉業。前日の男子ファイルでの新人、町田樹くんの優勝と合わせて日本勢のアベック優勝、本当にお見事です。


このようなスポーツ界での日本人選手の活躍は日本国民に喜びだけでなく、夢と希望も与えてくれますね。
本当に素直に嬉しいです。


私が子どもの頃は、「巨人・大鵬・卵焼き」と言って、国民みんなが好きなものの代名詞のようになっていました。そうでないとまるでへそ曲がりか非国民のような感じすらありましたが、今やこのような「巨人・大鵬・卵焼き」の時代は終わり、何事も自由、そして可能な時代になりました。


日本人の国民性か、真面目にコツコツ頑張っていたら、やがて必ず日の目を見ることでしょう。
今、盛んに少子高齢化が叫ばれ、経済の失速と併せて、国全体がちょっと元気をなくしている感がありますが、大丈夫。きっと日本は立派に復活します。


ちょうど私が5年ほど前に始めたこのブログも、最初は最下位からのスタートでした。
それが、ほぼ毎日続けて頑張ってきた結果、ついに600人近くの方が参加するにほんブログ村の塾教育部門で1位になっただけでなく、6,200人以上が参加している教育部門でも1位を継続できるに至りました。参加者全体の718,000人あまりの中で1,400位前後というのはまだまだ大したものではありませんが。



もともと順位を競い合っていたわけではありませんし、また金メダルや優勝とはほど遠いものですが、一歩一歩コツコツと歩んできたのがこの結果につながりました。
愛読者の皆さんの温かいサポートのお陰と心から感謝しています。
今後とも引き続き応援のほど、よろしくお願いいたします。


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日本再生に不可欠なものは

2013.10.20日

昨日の中日新聞の9面に「マンパワーで日本再生」という記事が一面使って載っていました。


18日に中部圏知事会議が行われ、中日新聞がこの会議に合わせて各県知事と名古屋市長に、人材育成策について事前インタビューしたものの紹介です。これは結構読みごたえがありました。


河村たかし名古屋市長は「多彩な人を支え手に」、大村秀章愛知県知事は「海外留学生援助」を訴え、古田肇岐阜県知事は「研修で即戦力を」、鈴木英敬三重県知事は「農水産業に若い力を」、嘉田由紀子滋賀県知事は「働く場に全員参加で」、阿部守一長野県知事は「革新の視点育てる」、川勝平太静岡県知事は「母親の力発揮支援」、西川一誠福井県知事は「18年教育が奏功」、谷本正憲石川県知事は「企業誘致し新技術」、石井隆一富山県知事は「少年に科学教育を」と、どれもこれもそれぞれ自分たちの地元の特徴をよく分析した上で活性化のために素晴らしいことを企て、努力している姿勢がよく伝わってきます。


ただ一つ気になったことは、
「少子高齢化による人口構造の変化を考えると」
「人口減少社会にあって」
「少子高齢化で生産年齢人口が将来にわたり減少していくと見込まれる中」
「人口減少が本格化する中で」
と、何人もの方が人口減少を当たり前、もう変えられない事実として受け止めているように思われたことです。


日本政府も常にそのようなメッセージを送り続けており、いつの間にか我々国民も洗脳されてしまってそれが当たり前、もうどうにもならないことだと考えるようになってきています。


確かにこれは現実で、これから目をそらすことは現実逃避です。
しかし、少子高齢化、人口減少は変えられない事実という考え方をすることも同様に現実逃避ではないかと思うのです。
いかにして少子高齢化、人口減少に歯止めをかけるか、人口増加のために何かできることはないかと積極的な観点から考えないと、すべては対症療法のようになり、根本的な問題解決にはならないのではないでしょうか。


以前書いた「子どもたちはどこへ行った」「少子高齢化社会」などは一つの提案ですが、政府、自治体、マスコミ、教育機関、社会、国民みんなが一体となってこの問題に取り組まなければなりません。
冒頭の記事のように、首長たちが自分たちの自治体単位で日本再生をいくら考えても、行き着く先は同じです。


日本再生のために絶対不可欠なのはマンパワーであり、そのためには人口増加を図らなければなりませんが、もう一つあります。それは、上にも述べられているように教育です。
ただ、現在のような暗記・点取り主義・学歴迎合の教育に終始していてはだめなのです(「不景気なときの最高の投資」「技術立国 将来の日本を担う青少年を育てよ!」)。


移民政策や教育制度、子育て支援を含む福祉制度などで先陣を切っている欧米、とくに北欧諸国の長い将来を見据えた諸政策に、我が国の政治家や都道府県首長などはもっと学ぶ必要があります。
また、さらに横の連携を取って国全体で取り組まなければなりません。


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原発政策に勇気と英断を

2013.10.05日




今日、FB上に流れた上の写真を見た時、体が一瞬凍りつきました。
東京電力がこんなポスターを⁉︎、と信じられない思いで見ていたのですが、よく見るとなんとこれはブラックジョーク。
「東京電力」と思いきや、ポスターには「東京雷力」とあるではありませんか。
緊張が一気に爆笑に変わってしまいました。そりゃそうですよね。いくら東京電力でも、「日本の放射能は安全です」なんて言えるわけないですものね。
誰が作ったのかわかりませんが、実によくできていて、抜群のセンスの風刺力。


しかし、日本政府は実際のところこれに似たようなことを言ってきており、これまでの数え切れないほどの失敗に対する本当の反省の色が見えません。
人命、福島を始めとする東北地方の地域住民の生活、地球規模の環境問題など、本来なによりも重視されなければならないことよりも、効率性や企業の利益の方が優先されているように思われてなりません。


ドイツのメルケル首相は1日、22日の総選挙に向けたテレビ討論で、東京電力福島第一原発の放射能汚染水漏れを念頭に「最近の福島についての議論を見て、(ドイツの)脱原発の決定は正しかったと改めて確信している」と述べた。独メディアは汚染水漏れについて批判的に報じている。
(9月2日付 朝日新聞デジタル 「脱原発、正しかった」より抜粋)


また、今日の中日新聞にも非常に意味深な風刺画が載っていました。
思わず「線路は続くよ」のメロディに乗せてこの替え歌を歌ってしまいました。



ドイツ政府も原発問題では、これまで時の政権によって右へ左へと大きく揺れてきましたが、よくぞここまで思い切った決断ができたものだ、と胸を打たれました。
ドイツにできて、日本にできないということは絶対にないはずです。
日本政府も、目先の利益に目を奪われることなく、長い目で地球規模の安全のために英断をしてもらいたいものだと、切に願うものです。


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少子高齢化社会

2013.09.08日

今日は礼拝が終わって教会から歩いて駅の方へ妻と食事と買い物に出かけました。
去る6月に「時代の流れ」という記事を書きましたが、今日はこの時代の流れをより一層強く感じました。
私が高校生のころ、今日のユニクロのような感じで破竹の勢いで急成長し、全国に展開して私もそのファンの一人だった長崎屋が初めの店を出したのが、ここ平塚。ところが、その前を通ると数年前に閉じられていた建物はもう解体工事がほとんど完了に近くなっていました。
そのすぐ近くにあった大手銀行もバブル崩壊とともに姿を消し、今は公園になっています。
十数年前までは結構人通りの多かった街の一番の繁華街だった商店街はシャッターが閉まったままの店も多く、閑古鳥が鳴いています。
明治40年創業で100年の歴史を誇っていた地元百貨店も数年前に直営売り場が完全になくなってテナントビルになり、ここも閑古鳥状態です。


気がつくと、どこもかしこもデイケアサービスや整骨院、鍼灸・マッサージなど高齢者対象の店があふれるほどで、テレビや新聞の宣伝はサプリメントを始めとするシルバー向けの商品や旅行、雑誌の特集記事も高齢者対象のものばかり目につくようになっています。
逆に、昔あちらこちらにあったおもちゃ屋や駄菓子屋など、子ども相手の店はほとんど見かけなくなり、ここにも少子化の影響がみられます。
日本はとくに世界でもトップレベルの少子高齢化の国。
もはや「時代の変化」などと言っておられず、このまま指を加えて見ているわけにはいきません。一刻も早くなんとか手を打たないと日本の将来がなくなります。


民主党が「子ども手当て」なる餌をぶら下げて自民党から政権を取りましたが、行き当たりばったり、票目当てのものはまったく根本的な解決にはなりませんでした。
つい先日、「子どもたちはどこへ行った?」にも書きましたが、そのひとつは移民政策でしょう。
さらに、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、デンマークなど北欧の国々のように、政府がもっと教育費にお金をかけて子育てを支援し、将来の国の宝である子どもに対して投資しなければならないのです。これらの国々では、基本的に教育費は小学校入学時から大学卒業までほとんどお金がかからないようになっています。


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「PISA型学力 その2」を始め、これまで何度もこれについてはこのブログで書いてきましたが、子どもに形式的な教育をするのではなく、本当に将来役立つ「考える力」をつける教育にお金を惜しんでいてはいけません。どうも日本は昔から形にばかりとらわれていて、実質をしっかりと見ていない感があります。


教育費だけでなく医療費など、子育てを支援する本物の福祉をもっと充実させないと少子化に歯止めはかかりません。
また政府は、国民全体にこの「少子高齢化」の問題をもっと強くアピールして、理解と協力を得るようさまざまな取り組みをしなければならないでしょう。


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昨日のびっくりとは… 必見!

2013.09.04日

朝9時半ごろ、電話がありました。
「舟田さんのお宅ですか。こちらは平塚市役所、福祉課の◯◯と申します。
実は、過去5年間の健康保険の払い戻し請求の申請書を今年の4月8日にお送りしたのですが、まだその申請書がこちらに届いていません」
「私は記憶にないのですが、ちょっとお待ちください。家内に変わりますので」


電話の内容を妻に伝えましたが、妻も覚えがありません。
「もしもし。そのような記憶はありませんが」
「見落としていらっしゃったのではないかと思いお電話をいたしました。52,500円の払戻金が発生していますので、お振り込みいたしたいと思います。
本当は8月31日でその申請の手続きが締め切られているのですが、この2〜3日のうちに払い戻し請求の申請書をお送りしますので、振込口座名と必要事項を書いてご返送ください。至急手続きいたしますので。
こちらから銀行の方に連絡して振込の作業を進めておきます。銀行の方からご連絡がいくかもしれません」
「はい、わかりました。どうもありがとうございます」


5分ほどすると、今度は別の男性から電話がかかってきました。妻が出て、話を聞きながらメモを取っています。
「舟田様ですね。私は各銀行共通のコールセンターの担当、◯◯と申します。今、平塚市役所の◯◯さんから払い戻し金のことでお電話がありました。
つきましては、今回はすでに申請時期が過ぎていますので、申請書に代わり特別に今このお電話でいくつか確認させていただきまして、今日振り込ませていただきたいと思います。
舟田様は◯◯信用金庫のキーカードはお持ちでしょうか?」
「いいえ、持っておりません」
「ああ、そうですか?この信用金庫に50万円以上の預金があり、このカードがあれば、手数料の2,100円が無料になるのですが…。
それでは今からすぐにお手続きいたしますので、恐れ入りますがお近くの◯◯スーパーに端末機がありますので、そちらの方にお越しいただけますか?端末機のところにお着きになりましたら、こちらの方で操作法をお知らせいたしますので、こちらコールセンターのIP電話番号0803-○○○-○○○○の方にお電話ください。舟田様の携帯電話の番号をお知らせいただけますでしょうか?」
「はい、○○○-○○○○-○○○○です」
「では、お待ちしております」


電話を切った妻が戻ってきたので電話の内容を尋ねると上のような話だったと言います。
「今から◯◯スーパーの端末機に手続きに行くので、一緒についてきて」と妻。
「えっ、ちょっと待った!この話はおかしいよ。臭い。市役所の福祉課の担当者に電話して確認するよ」
「大丈夫よ。今、電話くださったコールセンターの◯◯さんが市役所の福祉課の◯◯さんから電話があったって言ってたから」
「いや、それ自体が怪しい」


市役所に電話し、福祉課の◯◯さんをお願いします、と言ったところ、市役所には福祉課というものがないこと、◯◯という人間がいないこと、また保険金の払い戻しにATMを使うことはない、など思ったとおりの返事。
コールセンターのIP電話番号0803-○○○-○○○○は、携帯の080-をごまかすための方法だとすぐにピンときました。
市役所への電話に続き、すぐに警察に電話して事情を説明しました。
しばらくして警察官がうちにやってきて、電話の内容の確認と聴取。
警察官によると、これは新手の振り込め詐欺とのこと。
私に言わせれば、これは「振り込め詐欺」ではなく、「振り込みます詐欺」。
一般には「還付金詐欺」と呼ばれているようですが、この手の詐欺行為をしている人たちは悪知恵が発達していて、「オレオレ詐欺」が知れ渡るとすぐに手を変え品を変えて、別の方法を考えつきます。ですから、「オレオレ詐欺」とか「還付金詐欺」とか名前をつけると逆にそのような先入観を持ってしまうのでよくありません。
「振り込みます詐欺」は実に巧妙で、ATMのところではおそらく「こちらから入金しますので入金のボタンを押してください」などと言い、相手口座に振り込ませるのです。
「振り込め」と言うとみんな警戒するので、「振り込みます」という甘い言葉を使って人を油断させ、騙します。


以前、成人英会話クラスをやっていたとき、ひとりの方のところに息子を装った「オレオレ詐欺」の電話があって、すぐに気づいたので怒って切ったとおっしゃっていたのですが、私は騙された振りをして、相手の携帯番号を聞いておいて警察に連絡すればよかったのに、と言ったことがありました。
ですから、うちにこのような電話がかかってきたら、私は騙された振りをしてできる限り情報を聞き出そうと思っていたのですが、妻が本当にすっかり騙され、代わりに情報を全部聞いておいてくれました。
なんとか犯人逮捕につながることを期待して、私は上のコールセンターの番号という携帯番号を警察に伝え、捜査の進捗状況を連絡して欲しいと伝えたのですが、多くの場合これらの携帯は闇で売買されているもので、足がつかないものです。


「自分は大丈夫」とみんな思っています。妻も前から、自分は大丈夫と言っていました。
実際のところ、詐欺問題のプロでそのような本も書いている著者自身が、次男を装う者からの電話に引っかかってしまい、大金を振り込んでしまった、という笑うに笑えない話もあります。
相手は事前に、名前や家族関係まで調べて電話してきたりします。
そして、電話の主は演技がうまく、いかにも市役所職員らしく、また息子、娘、孫、会社の同僚らしく話します。
お金が関わることは、たとえこちらに「振り込む」という内容のものでもどんなものでも要注意で、必ず確認してください。というか、まずは嘘の可能性の方が大です。


そう言えば、数年前にオーストラリアからのメールで「宝くじ500万円が当選しました。つきましては、現金を受け取るためにこちらにお返事ください」というのが来たこともありますし、最近では毎日のように、知らない可愛い女の子からFacebookで友達リクエストがきます。これも絶対に承認してはだめです。たとえ、共通の友達が何人かいてもです。その人たちも騙されている可能性があります。
連絡は下のメールアドレスにお願いしますとか、メンバー登録してくださいとあり、そのうち、いついつどこどこで一緒にお食事しましょう、デートしましょうとなり、これがまず100%お金の関わる詐欺に発展します。


皆さん、本当にお気をつけください。
いくら気をつけても注意し過ぎるということはありません。


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今日の出来事

2013.09.03日

今日は朝からすごーい出来事がありました。
ずっと前から一度は経験してみたいと思っていたことです。
で、そのあっと驚くような内容とは…。
続きは明日のお楽しみ!
今日はあまり体調が良くないのでここまで。


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弱者に優しい社会を

2013.08.27日

HeavensSpecialChild.jpg


Heaven's Special Child
天国の特別なこども


A meeting was held quite far from earth
会議が開かれました。 地球からはるか遠くで
"It's time again for another birth,"
「また、次の赤ちゃんの誕生の時間ですよ」
Said the Angels to the Lord above,
天においでになる神さまに向かって、天使たちは言ました。
"This special child will need much love.
「この子は特別な赤ちゃんで、沢山の人たちの愛情が必要でしょう。」


Her progress may seem very slow
この子の成長はゆっくりに見えるかもしれません。
Accomplishments she may not show
もしかして、一人前になれないかもしれません。
And she'll require extra care
だから、この子は下界で出会う人びとに
From the folks she will meet down there.
特に気をつけて、もらわなければならないのです。


She may not run or laugh or play
走ったり、笑ったり、遊んだりすることができないかもしれません。
Her thoughts may seem quite far away
もしかして この子の思うことはなかなか分かって貰えないかもしれません。
In many ways she won't adapt
何をやっても うまくいかないかもしれません。
And she will be known as handicapped
そしてこの子はハンデを負っていると思われるでしょう。


So let's be careful where she is sent
ですから 私たちはこの子が何処に生まれるか、
We want her life to be content
この子の生涯が幸せなものとなるように
Please Lord, find the parents who
どうぞ神さま、この子のために素晴らしい両親を探してあげてください。
Will do a special job for You
神さまのために特別な任務を引き受けてくれるような両親を。


They will not realize right away
その二人は すぐには気づかないかもしれません。
The leading role they're asked to play
彼ら二人が自分たちに求められている特別な役割を。
But with this child sent from above
けれども 天から授けられたこの子によって
Comes stronger faith and richer love
ますます強い信仰と豊かな愛を抱くようになるでしょう。


And soon they'll know the privilege given
やがて二人は自分たちに与えられた特別の神様のみ心を悟るようになるでしょう。
In caring for this gift from Heaven
神から贈られたこの子を育てることによって。
Their precious charge, so meek and mild,
柔和でおだやかな この尊い授かりものこそ
Is Heaven's very special child." 
天から授かった特別な子どもなのです。


by Edna Massimilla
エドナ・マシミラ作  大江祐子訳  (一部著者改変)


上の詩は、FBフレンドのOさんから昨日教えていただいたものです。
昨日の記事、「母の愛」を読んで知らせてきてくださいました。
Oさんはご自分のお子さんが障がいをもって生まれてきたことを知ったとき、この詩によってとても励まされたそうです。
そして、お子さんが「産んでくれてありがとう」と心から感じて生きられるよう、そして将来自立できるよう、障がいを受け入れ喜んで育ててきたとおっしゃいます。
この詩も、そしてOさんの言葉にも一つひとつに重みがあり、深い感動を覚えました。
きっと、天上で冒頭の詩のような会話がなされて、神様がOさんご夫妻を選び、特別なお子さんをお二人に贈ってくださったのでしょう。
ですからお子さんも心からそのような感謝の気持ちを持っていらっしゃるに違いありません。
そして天国においては、「良い忠実なしもべよ、よくやった。あなたは、わずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ」(マタイ25:23)と、神様から労をねぎらう温かいお声をかけていただき、大きな祝福を受けられることでしょう。


私は幼稚園のころは間借りしていた家に障がい者の方がおられ、また小学校時代には斜め向かいのお宅にダウン症のお子さんがいらっしゃったりして、小さいころから障がい者に対する意識は高い方でした(「DOOR TO DOOR」)。
ですから、このブログでも障がい、あるいは障がい者を取り上げた記事はたくさんあります。
その願いは、この社会から、全世界から障がい者に対する偏見や差別行為がなくなることです。でも、現実には今この瞬間にも世界中のあちらこちらで人種偏見や政治理念の違いによる戦争が行われていて、また私たちのすぐ身近なところでも差別行為が行われ、それがさらに進んで傷害事件や殺人事件にまでつながっています。
これが聖書のいう人間の罪の本質です。
ですから問題の根本的な解決は天国に行かない限り実現しないのでしょうが、かと言って私たちは手をこまねいているわけにはいきません。
日常の生活の中で、できることをなにかひとつでもするのが、人としての務めでしょう。


今日の新聞には1面トップに、「認知症に優しい街 推進」という記事が載っていました。
これによると、65歳以上の認知症高齢者は462万人と推定され、さらに予備軍(私も含めて)が400万人いるというのです。
日本の高齢化率は24%と世界一(誇れることではありませんが)、そして65歳以上の15%が認知症を発症しているといいます。
一方、イギリスやアメリカを始めとする諸外国では既に国を挙げた「国家認知症戦略」なるものを策定し、推進しているそうです。


日本も、昔と比べると障がい者、高齢者、認知症患者など弱者に対する偏見や差別行為はかなり減ったとは言え、正直なところまだまだです。
昨日の記事、「サービス+利益の一石二鳥」のような社会がどんどん広がっていくことを心より願います。
今日、私にできることは何でしょう。神様教えてください。


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サービス+利益の一石二鳥

2013.08.26日

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日本郵便が高齢者事業、安否報告や買い物代行 
 日本郵政グループの日本郵便は、郵便局員が高齢者世帯を訪問し、暮らしぶりを確認したり、買い物代行などを行ったりする生活支援サービス事業を10月から始める。
 高齢者の割合が高い北海道、宮城、山梨、石川、岡山、長崎の6道県の一部地域、計103郵便局で先行的に実施する。2014年4月から地域を順次拡大し、15年4月の全国展開を目指す。
 郵便局員が、郵便や貯金・保険の窓口業務以外を行うのは初めてだ。
 郵便局の営業活動の中で、都市部に住む人が過疎地などで暮らす高齢の両親らの暮らしぶりや、安否を把握したいという需要があることが分かった。日本郵便は、地域に密着した郵便局ネットワークの強みを生かせ、収益の拡大にもつながると判断した。
 新しい生活支援サービスは、郵便局員が、会員となった顧客から依頼された高齢者の自宅を訪問したり、郵便局を会場にした食事会に招いたりして、生活ぶりや健康状態を把握する。その上で、遠くに住む家族など、指定の届け先に月1回、リポートを送る。
 医療機関の紹介や、生活の悩みに24時間いつでも電話で相談に応じるサービスも専門の業者に委託して提供する。会員の基本料金は、月額1000円程度になる見込みだ。
 このほか、流通企業などと提携し、水やコメ、生活必需品などを定期的に自宅に届ける買い物支援や、利用者の健康状態を毎日電話で確認するサービスも受けられる。これらのサービスは追加料金がかかる。

(8月26日付 読売新聞1面)


少子高齢化についてはつい一昨日、「子どもたちはどこへ行った?」に書いたばかりですが、今日の朝刊一面のトップ記事はこの画期的な発想で、私はとても嬉しくなりました。
昔の郵政公社ではおそらく考えつかなかった「サービス+利益の一石二鳥」の発想です。
郵便事業がインターネット、メールなどによってどんどん縮小化してきているので、発想の大転換をしたわけですね。


でも、よくよく考えてみたら、私が子どもの頃などは、「郵便屋さん、おはようさん」の歌に見られるような光景、すなわちよく郵便屋さんが家を一軒一軒歩いて、あるいは自転車で回りながら、「暑いですね」「お変わりありませんか?」「おじいちゃん、最近どうですか?」などのような会話が家の前で割と頻繁に行われていたような記憶があります。
まあ、昔は今のように忙しくなく、暇だったこともあるのでしょうが、郵便屋さんが地域に溶け込んでいて普通にこのようなコミュニケーションが取れていたのでしょう。
このほか、「トーフー、トーフー」とラッパを鳴らしながら回る豆腐屋さんとか、お店のご用聞きの人とかともごく自然な会話がありました。
今は、何か殺伐としていて、何もかもが機械的にマニュアル通りに、そして忙しく動いているようで、昔のようなゆったりした感じ、ぬくもりが欠けているように感じるのはきっと私だけではないでしょう。


このような中で、せっかく家を一軒一軒回っている郵便屋さんなんだから、昔に戻ってこういうサービスをしようというのは、私は大賛成です。とくに、近年の高齢化や社会構造の変化などでお年寄りの独り住まいなども多く、よく孤独死のニュースなんかも目にしますので、これはうまく機能するようになると画期的な試みとなると思います。


そう言えば、宅配業者が事業に参入して郵便事業を圧迫するようになってから、郵便局員の応対もとてもよくなりました。
やはり、どの世界もこのようないい意味での競争が必要ですね。


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子どもたちはどこへ行った?

2013.08.24日


1960年代に一世を風靡(ふうび)したピーター・ポール&マリーのフォークソングの代表のような歌。
"Where have all the flowers gone?"
(花はどこへ行った)
ベトナム戦争に対する反戦歌として世界中で大ヒットしました。
今日、夕方ウォーキングしていて突然、この歌が突然頭に甦ってきたのです。


2時間ちょっと、11キロあまり歩いてきました。
いつものコースで、金目川サイクリングコースを下って、大磯海岸に出、海岸沿いに歩きました。
とても驚いたことがひとつありました。


2時間歩いて、見かけた小学生はなんとたったの3人、中高生も5人ぐらいだったのです。
私の散歩コースを歩いているのはほとんどが、私と同じぐらいかあるいはそれ以上の高齢者です。
大磯海岸ではサーフィンを楽しんでいる若者たちが数十人いましたが、子どもの姿はまったくありませんでした。
「花はどこへ行った?」じゃありませんが、「子どもたちはどこへ行った?」なのです。


昔だったらセミやトンボ、ちょうちょなどの虫取りをしたり、川の中で水遊びしたり魚を取っている子どもたちを夏休みはあちらこちらで見かけたのですが、最近は午前中でも真昼でも本当に見ないのです。
うちの子どもたちも、夏休みは毎日このようにしてそれこそ朝早くから暗くなるまで外で遊んでいました。
あるときは、虫かごの中が真っ黒になるほどぎっしりとセミを詰め込んで持って帰ってきて、「ミンミン、ジージー、ツクツクボウシ」とうるさかったこと。
ところが、ここ数年はこのような光景をすっかり見なくなったのです。さらにホームセンターなどでも捕虫網や虫かごなどを見かけなくなりました。


musitori.jpg


ここにも少子高齢化が目に見えて表れています。
これまで少子高齢化についてはこのブログでも何度も取り上げてきましたが、今日はそれを肌で実感しました。
「30年も時代を先取りしている!」の中にも書きましたが、本当に政府は重い腰を上げて一刻も早く真剣に取り組まないと、もう秒読み段階で危機状態に突入します。


娘ともこの問題についてよく話すのですが、娘が提案するのは、日本と友好関係にある国、たとえばブラジルなどから移民を迎えるという方法です。
ブラジルはよく知られているとおり、日本人移民がもっとも多い国で、20世紀初頭から13万人が移住し、はっきりしたことはわかりませんが、今日150万人の日系ブラジル人がいると言われています。
移住した日本人が非常に勤勉でよく働き、自作農で成功した人も多く、現地では高い評価を受けています。
そこで娘が提案するのは、今度は逆にブラジルから小学生ぐらいの小さな子どもを日本にたくさん招いて留学させるということです。日本で教育を受けて国に帰ればブラジルの経済発展のためにきっと大きく貢献することでしょうし、また中には日本が気に入ってそのまま日本に居ついて日本に帰化する人や、日本人と結婚する人なども生まれることでしょう。
アメリカを始め、ヨーロッパの国々で人口増に成功している国は、みんな積極的な移民政策を取っています。
これまで日本はいわゆる「単一民族・単一国家」(正確ではありませんが)という、世界でもまれな国の一つで、外国からの移民がとても少なく、また混血も非常に少ないのが現実です。
しかし、生物学的に言っても血が濃くなればどんどん弱くなっていくことは一般にもよく知られています。
昔、イギリスやフランスなどの王族や貴族などは血を守っていたため劣化し、それがわかってからは積極的に外国人から結婚相手を選ぶようになったという経緯もあります。


ですから、日本の少子高齢化に歯止めをかけ、かつ日本を将来強い国にするためには、外国からの移民や混血の道を避けることはできません。
昔は混血児に対する偏見や差別がよく見られましたが、今ではもうほとんど当たり前のようになってきて、学校でもクラスに一人や二人はいるという状況すら実際にあります。
これだけ国際的に行き来が盛んになり、またインターネットなどを通じてどんどん国境の壁が低くなってきている今日、日本はもっと積極的にこの問題に取り組むべきだと私は思っています。


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小さな奇跡

2013.08.16日

京都で西村先生ご夫妻からいただいた『風になってください II 視覚障がい者からのメッセージ』(松永信也著、法藏館)を早速昨日読ませていただきました。


kaze.jpg


冒頭の「1章 ありがとうカード 《街角の出会い》」から感動し、圧倒されることばかりでした。
黄色の水仙
いつもの暮らしの中では、
もう自分が見えない人間だということは、
ほとんど忘れてしまっている。
一日二日ならともかくも、十五年というような時間は、
見えない世界を日常化してしまうのだ。
そして、視覚以外の五感を、当たり前のように使って生活している。
耳も鼻もよく働くし、つい興味のあるものは触ってしまう。
安全に快適に生きていくために、できるだけ正確な情報を求めて、
視覚以外の残りの五感は自然にがんばるのだろう。
目ほど正確ではなく、限られた情報だということは、納得済みのことである。
その暮らしの中には、特別なセンチメンタリズムも存在しない。
時間と空間の織り成す日常で、穏やかに呼吸するのが、
人間が暮らしていくということなのかもしれない。
僕たちの日常も、見える人たちと同じように、
普通に存在し、普通に喜怒哀楽もあるのだ。
ただ、そこに見える人が関わって、思いもかけない感動が生まれる時がある。
奇跡と言ってもいいのかもしれない。


僕は、いつものように普通にカフェでコーヒーを飲み、外へ出た。
顔に当たる粉雪が、冷たいなあと思った。
寒いという感覚だけで、僕は無表情だったと思う。
もちろん、この時点で、風景とか映像とかの概念はない。
数歩進んだとき、サポーターが水仙の花を見つけた。
そして、僕にそれを伝えた。
僕は、その水仙の花を触らせてもらい、そっと鼻を近づけた。
微かだけど、甘い香りがした。
サポーターは、それが黄色の水仙であることも教えてくれた。
突然、僕の脳の中の黄色が蘇った。
グレー一色だった目の前に、
卵黄のような黄色が広がった。
まるで、溢(こぼ)した絵の具のように、それは広がっていった。
僕は、今年初めての春を感じた。
うれしくなった。
僕の表情も、きっと春になっていたと思う。


どこかで、見えない人に出会ったら、
色や形を伝えてあげてください。
どこかで、聞こえない人に出会ったら、
小鳥のさえずりやせせらぎの音を教えてあげてください。
どこかで、歩けない人に出会ったら、
山の向こう側の話をしてあげてください。
どこかで、寂しい人に出会ったら、
希望を語ってあげてください。
ひょっとしたら、小さな奇跡が生まれるかもしれません。


たったこれだけの文章が、私の心の目を開いてくれました。
そうか、私はこのような世界を今まで考えても見なかった。
見えること、聞こえること、歩けること、ものを食べられること、家族がいること、仕事ができること等など、なにもかもごく当たり前のことと思っていました。
でも考えてみたら、本当にこれってすごいことなんだと改めて驚かされました。


私の塾のすぐ裏には整形外科があり、塾の前を毎日白い杖をついて歩いている、整形外科で働いているマッサージ師の人が何人かいらっしゃいます。
それも当たり前の見慣れた光景になっていて、とくに注意を払うこともありませんでした。
何度か、車が近づいているとき、「あっ、車が来ていますよ」とかひと言、ふた言声をかけたことはありますが、そんな程度でした。
でも、本を読み進むうちに、目が不自由な方々の生活の中の様々な困難な面がよくわかりました。


これからは、この本の中に登場する通りがかりの方々が、ひじを貸してあげて手引きしていらっしゃるように、自分もそのような状況に出会ったら、進んでお手伝いさせていただきたいと心より願いました。
そして目や耳など、身体のさまざまな部分に障がいを持っていらっしゃる方々への思いやりにつながって、このような小さな親切が私たちの周りでどんどん広がっていき、みんなが共同で生活する、「小さな奇跡」があちらこちらに生まれる、そんな社会になっていったらいいな、と心から思いました。


西村先生ご夫妻の、これまでの視覚障がい者の方々への尊いボランティアのお仕事を心から感謝するとともに、私の目を開いてくださいましたことに言い尽くせない喜びを感じました。ありがとうございました。


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オシンドローム再来、いよいよか

2013.07.18日

oshin.jpg
(テヘランで「おしん」の放送に夢中になる家族)


イランで、NHKの連続テレビ小説「おしん」(1983〜84年)が再放送され、国民がテレビにかじりついている。
 イラン・イラク戦争(1980〜88年)時にも放送され、最高視聴率約90%を獲得。イラン国営テレビによると、その後再放送はなかったが、同テレビ系タマシャ・チャンネルが5月、毎晩午後10時の再放送を始め、ブームに再び火がついた。
 イランでは現在、視聴率の定期調査はないが、同チャンネルの6月末の視聴者調査では、「おしん」を好きな番組と答えた人は58%で断トツ。同国では毎晩、イラン警察の特集番組が放送されていたが、警察庁長官は8日、記者団に「家族と一緒に『おしん』を見ている」と答えた。
最近まで同時間帯に警察の
 80年代の「おしん」人気の背景は、主人公の辛苦が戦時中のイラン人と重なったことがある。国営テレビ関係者は再ブームについて「米欧の経済制裁で国民(の気分)は沈んでいる。戦争時と似たような状況が理由では」と指摘した。
「おしん」は、貧しさから奉公に出された主人公がたくましく生きる物語。80〜90年代に世界70か国以上で放送され、人気を呼んだ。

(7月18日付 読売新聞 7面)


「おしん」は日本でも今年に入って、NHK BSで日曜日に1週間分をまとめて放送しており、妻も私もすっかりハマってしまいました。毎週、日曜日の楽しみのひとつになっています。
このブログでも取り上げて「オシンドロームよ、再び!」という記事を書き、オシンドロームの再来を願っている、と書きました。
すると、それから1か月もたたないうちに「おしん」の映画化が決まった、というニュースを知り、再び「オシンドローム、再来なるか!」という記事を書きました。
この約5か月後の今日の新聞に再び冒頭のイランでの記事が載り、私の想いが通じたか、と思うほどです。


でも、私の本当の願いは、今、尖閣諸島や竹島問題で関係がぎくしゃくし、お互いにちょっと感情的になり過ぎているお隣の中国と韓国でオシンドロームが再び起きることです。おしんは本当に日本の美徳の象徴だと思います。
日本でも、学校の道徳の時間などにこの番組を生徒に見せる方が、孔子や老子、ガンジーなどの名前を暗記させるよりよほど効果があると思うのですが。


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私の隣人とは

2013.07.14日

昨日の読売新聞「人生案内」より。
友人とは何か悩む
30歳を目前にした公務員男性です。「友人」とは何なのか、悩んでいます。
友人と呼べる存在はいますが、自分の側だけが友人だと思っているのではないかと考えてしまいます。「今度、いつ空いてる?」「飲みにでも行く?」と誘うのは、いつもいつも自分。自分が動かないと、会うことも遊ぶこともありません。自分ばかりが声をかけるむなしさを感じます。
大学を卒業する時に、友人と呼べる存在を作ろうとしなかったことに気づき、社会人になって積極的に動き、出会いを広げようとしました。「求めよ、さらば与えられん」と言いますが、「与えられた」と感じたことはほとんどありません。
自分は「つまらないやつ」と思われているのでしょうか。趣味もないので関係が広がらないのでしょうか。
花火大会や海水浴など自分には無縁です。そんな話を聞くと孤独感が強くなり、つらくなります。若いうちに親友や仲間という存在を感じられない自分は人生の負け組ですか。自分の今までの人生は何だったのでしょうか。(神奈川・T男)
    ◇
友だちを作るのを、いちどやめてみませんか?
あなたは友だちというのを、いっしょに飲む仲間、あるいは祭りや海水浴などでいっしょに遊ぶ人というようにイメージされているようですね。たしかに仕事の後で息抜きしたいとき、だれも横にいないのは寂しいものです。
ごはんも一人で食べるより、仲間と食べるほうがうんとおいしい。けれどもそれがおいしいのは、相手が自分にとって大切な人だからです。苦楽をともにしてきたという共通の思いがあるからです。
楽のみならず苦をともにしてきたというこのことが、たがいの信頼というものを築きます。地域社会の結束も、日々の暮らしを、伝統行事を手をたずさえて守ってきた、災害を、戦乱を力を合わせてくぐり抜けてきた、という体験をとおして育まれます。
遊びや飲み会に誘うよりも、相手が苦労している仕事に思いをはせる、もがいている相手に脇から手を差しだす、そんな小さな思いやりが後で大きな意味をもってきます。友だちというのは、「作る」ものでなく「なる」ものです。
  鷲田 清一(哲学者)

(7月13日付 読売新聞17面)


今日の礼拝の柿谷牧師のメッセージは、「誰が私の隣人か?」というタイトルでした。
聖書の中でもとても有名なルカの福音書10章、善きサマリヤ人のたとえ話からです。
ユダヤ人の律法学者が同じユダヤ人であるイエスに、永遠の生命を受けるために何をすべきかと問いかけたところ、イエスは逆に律法にはどうあるかと尋ね返します。
律法学者が、「神を愛し、隣人を愛する」と答えたところ、イエスは「正しい、その通りにしなさい。そうすればいのちが得られる」と答えます。
律法学者が「隣人とは誰のことですか」と尋ねると、イエスは次のたとえ話をします。
ある人がエルサレムからエリコに向かう道中で、強盗に襲われて身ぐるみはがされ、半殺しになって道端に捨てられていました。
祭司、そしてレビ人といったいわゆる聖職者はこの人を助けずに通り過ぎます。
しかしユダヤ人からとてもに嫌われていたサマリア人は、この大怪我をした人の手当てをし、自分の家畜に乗せて宿屋まで運び、介抱します。翌日、宿屋に怪我人の世話を頼んで費用まで出して出かけました。
このたとえ話をした後、律法学者に対してイエスが、このたとえ話の中で怪我人の隣人は誰かと尋ねたところ、「助けたサマリア人です」と彼は答えます。
するとイエスは、「あなたも行って同じようにしなさい」と言った、というストーリーです。


柿谷牧師は、メッセージのまとめとして、「隣人とは友人ではない。出会った人、神があなたの隣に置いてくださった人のことである。あなたの隣人は誰か。あなたはどのような隣人になりたいか。隣人に今週一週間何ができるか」と問いかけられました。


冒頭の「人生相談」の中で質問者のT男さんが、人から遊びや飲みに誘われるのを待っているけど誘われない。自分の方ばかり誘っているのはむなしい。「親友や仲間という存在を感じられない自分は人生の負け組ですか。自分の今までの人生は何だったのか」と言っています。


確かに、どのような友人も最初は隣人です。神があなたの隣に置いてくださった人です。
まずは神が自分の隣に置いてくださった隣人に対して何ができるかを考え、そしてそれを実行するところから、人間関係が友人へと発展していくのです。


私は自分の隣人とは誰か、考えました。
近所に住んでいる人たちだけが隣人ではありません。
神様が私の隣に置いてくださった人たち、たとえば、仕事の仲間であるアカデミーの先生たちや生徒、その生徒を送ってくださっているご父母の方々、これまで学校や職場などさまざまなところで出会ってきた人たち、さらにこのブログを通して、あるいはFacebookを通して知り合った方々、など挙げ出せば切りがありません。


礼拝後、妻と一緒に近くのショッピングモールに出かけましたが、そこでアカデミーの生徒とそのご家族ふた組に、さらに10年以上も前にうちで先生をしていた方でつい先日結婚されたばかりの素敵なカップルにも出会い、この人たちも私の隣人だと気づきました。


私が今週、これらの人たちにできることは何か。
ひとつはこのブログを通してメッセージを送ること。また、声をかけてあげること。耳を傾けてあげること。
さらに自分に何ができるか、毎日考えながら生活しようと思いを新たにしました。


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視点を変えると世界が変わる!

2013.07.11日

昨日Facebookを見ていたら次のような面白いものに出会いました。


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それで下のような日本語訳をつけてシェアさせていただきました。
「ロバの背にふたりも乗ってる。かわいそうに!」
「奥さんを歩かせるなんてなんてひどい人なの!」
「奥さんをひとりで乗せるなんてバカだね!」
「ロバの使い方も知らないなんてバカじゃない!」
とかく社会とはこういうもの。


いつもだと、私が面白いなと思ったものはほとんど小川先輩が訳してアップしてくださっているので、今回も一応チェックしたのですが、小川さんがまだやっていらっしゃらないようなので、自分で訳をつけて皆さんに見ていただきたいと思った次第です。
しかし、本当に私が言いたかったことは、上のことではなく、ちょうどその正反対のことです。


英語がわからないとして、このような翻訳がついていたらどうでしょう。
「ふたりも乗せてる。偉いロバだね!」
「ご主人思いの優しい奥さんだね!」
「奥さんのことを本当に大切にしているご主人、すごいね!」
「ロバをいたわって自分たちは歩いている。偉い人たちだね!」
社会とはこのようにあるべきもの。


同じ絵を見ても、視点を変えると世界がまったく正反対に見えます。
とかくこの世は、社会を、人々を批判的に見がちです。そして、裏でとやかく陰口をたたくものです。
でも、このような優しい心遣いをして、お互いにいたわり合うなら社会は変わります。
そして、あなたの人生も変わります。
あなたはどちらの生き方を選択しますか?


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母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい

2013.07.06日

ある男性が認知症の母親を殺害し、心中を図るという事件が起きました。
認知症の母親の介護で生活苦に陥り、母親と相談の上で殺害したというものです。母親を殺害した後、自分も自殺を図ったのですが発見され一命を取り留めました。
両親と3人暮らしでしたが、95年に父親が死亡。
その頃から、母親に認知症の症状が出始め、男性はひとりで介護していました。


母親は05年4月ごろから昼夜が逆転し、徘徊で警察に保護されるなど症状は進行していきました。
男性は休職してデイケアを利用しましたが介護負担は軽減せず、9月に退職。
生活保護は、失業給付金などを理由に認められませんでした。
介護と両立する仕事は見つからず、失業保険の給付は12月にストップ。
カードローンの貸し出しも限度額に達し、デイケア費やアパート家賃が払えなくなり、06年1月31日に心中を決意しました。


「最後の親孝行に」と、車椅子の母を連れて京都市内を観光し、次の早朝、河川敷の遊歩道で、
「もう生きられへん。ここで終わりやで」
と言うと、母親は
「そうか、あかんか。康晴、一緒やで」
と答えました。
「すまんな」
と謝ると、母親は
「こっちに来い」
と息子を呼び、彼が母の額に自分の額をくっつけると、母親は
「○○はわしの子や。わしが殺ったる」
と言いました。この言葉を聞いて、男性は母の殺害を決意。
母親の首を絞めて殺し、自分も包丁で首を切って自殺を図りました。


冒頭陳述の間、片桐被告は背筋を伸ばして上を向いていました。
肩を震わせ、 眼鏡を外して右腕で涙をぬぐう場面もありました。
裁判では検察官が献身的な介護の末に失職等を経て追い詰められていく過程を陳述。
殺害時の2人のやりとりや、「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」という供述も紹介。目を赤くした裁判官が言葉を詰まらせ、刑務官も涙をこらえるようにまばたきするなど、法廷は静まり返りました。
男性は、
「私の手は母を殺めるための手だったのか」
と言葉をもらしたそうです。


裁判官は被告に対し、
「尊い命を奪ったという結果は取り返しのつかない重大なことだが、経緯や被害者の心情を思うと、社会で生活し自力で更生するなかで母親の冥福を祈らせることが相当。被告人を懲役2年6ヵ月に処する…」
そして続けてこう言いました。
「…この判決確定の日から3年間、その刑の執行を猶予する」


被告は、殺人(承諾殺人)で異例の執行猶予つきの判決を言い渡たされました。
そして被害者(母親)の心情に対し、
「被害者は被告人に感謝こそすれ、決して恨みなど抱いておらず、今後は幸せな人生を歩んでいくことを望んでいるであろうと推察される。
絶対に自分で自分を殺めることのないように。お母さんのためにも幸せに生きてほしい」
と言うと、被告は深々と頭を下げ、
「ありがとうございました」
と答えました。


被告に判決を言い渡した後、裁判官は次の言葉を残しました。
「本件で裁かれるのは被告人だけではなく、介護保険や生活保護行政の在り方も問われている。
こうして事件に発展した以上は、どう対応すべきだったかを行政の関係者は考え直す余地がある」

(引用元: Kokoro堂  一部語句表現を改変)


昨日、Facebookで読んだこの記事はあまりにも悲しすぎて心が痛み、読んでいて涙が出てきました。
社会の片隅にこのような追い詰められた生活をしている人が、今、この瞬間にもきっとたくさんいらっしゃることでしょう。
裁判官も言っているように、行政は杓子定規にただ規則だけを云々するのではなく、困窮した人たちの状況をくみ取り、なんとか超法規的な決断を下すことができるようなシステムを構築することが必要です。
しかしなによりも、まずは近所の人たちが気づいて助けの手を差し伸べるような、映画「3丁目の夕日」の昭和時代(「日本よ、どこへ行く?」)にあった温かい人間関係のある地域社会の再構築を私たち自身が目指さなければなりません。


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時代の流れ

2013.06.27日

東京のランドマークだった銀座松坂屋が88年の歴史に幕を下ろします。
いつもそうですが、それまで全然人が入っていなかったのに、閉店完全売り尽くしセールになると人でいっぱい。
こんなんだったらもう少しやってれば良かった!? いいえ、そうはいかないのです。
これは時代の流れ。どこの世界にもあります。
デパートは昭和時代が全盛期。ちょうど私たちが生まれ育っていく過程でした。私たちはいわばデパートと一緒に育ったと言ってもいいほどです。子ども時代は親に連れられてデパートに行くのが楽しみで、お子様ランチや屋上の乗り物を楽しんだものでした。
そして結婚して子どもができ、やはり子どもにも同じようにしてきました。
しかし、時代の流れには逆らえません。デパートはどんどん尻すぼみになり、全国で次々と姿を消していきました。


そういえば、私が高校生のころ、デパートに対抗してどんどん伸びていったのがチェーンストア。
アルバイトして稼いだお金で自分の洋服などを買うのが楽しみでした。
そのひとつが長崎屋。
ところがその本家本元である発祥の地、平塚の長崎屋も2008年に改修工事という名目のもと閉店。
しかし、そのしばらく前から閑古鳥が鳴いていました。そして、ついに現在は取り壊し作業中です。
ほかにダイエーなどもそうです。


今はチェーンストアやデパートに代わって、いわゆるショッピングモールという新しい、モダンな感じの複合施設が大流行(「テラスモール湘南がすごい!」)。


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ところが、このショッピングモールでさえ、すでに買い物客の足が落ちてきて経営権が変わったところもすぐ近くにあります。
商売というのは本当に難しいものです。


塾業界でも同じです。
かつて全国規模で展開していて日本一と言われ、大型バス何十台に乗った何百人(千人以上?)ものハチマキ姿の生徒たちが富士山麓のホテルに集結して合宿で勉強している姿をテレビで紹介していましたが、その数年後にここも倒産してしまいました。
平塚市内一番の大手塾も昨年倒産しました。


そのような中で私が感心しているものもたくさんあります。
たとえば、味の素。
私が小学生のころは、調味料と言えば味の素で、全盛期でした。ところが、化学調味料が身体に良くないとマスコミで盛んに言われるようになり、売上げはどんどん落ち、この会社も危ないな、と思ったことがありました。
ところが、まるで奇跡のように新しい爽やかなイメージの会社に生まれ変わり、今は新商品を次から次へと投入して成長路線に乗っています。
ほかにもこのような会社がいくつもあります。


時代の流れを読むということは商売に限らず、何事においても大切なことです。
そう言う私も時代の流れに取り残されないよう必死です。


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障がい者、高齢者、認知症の人に優しい社会を

2013.05.03日

昨日Facebookで友達リクエストが届き、お友達になったばかりの佐藤雅彦さんから今朝、次のようなポスティングが届きました。
5月3日水曜日 憲法記念日
皆さんおはようございます。
生きている意味についてお話します。


私は配送途中で地図を見て、配送先商品を届けたあと、車に戻る道がわからなくなりました。そして電話番号が短期記憶できなくなり固定電話からの電話がスムーズにできなくなりましした。そこで神科医を受診して、認知症と診断されました。
認知症と診断されてから、記憶に障がいが起きることがわかっていますので、毎日の自分の行動をノートに記録をとるようになりました。マイナスの記録ばかり記録するようになり、不安が不安をよび体調をくずしました。自分で自分がコントロールできなくなりました。


このような試練をくぐったのち、神様にすべてを委ねることができるようになりました。しばらくたったのち、この試練で自分の人格が成長していることに気がつきました。
人生の意味とは、試練に会い、人格を磨くために生かされているということだと学びました。
私たちは、神様に生かされているので、自分勝手に生きているのではなく、神様を礼拝するように作られている。神様にそむいて、自分勝手に生きることは罪である。
・日頃、「生きている」と実感するとき
美しい庭園をみたり、興味のある本をよんだり、おいしいものをたべたりするときにも感じます。
温泉にいったり、旅行などしなくても、日々小さな身の回りのことに興味をもつことで生きていると感じます。
私は、荒川土手の、春は菜の花、秋はコスモスがさいているのを見るのが好きです、美しい花を見ていると、「生きている」と実感します。
小さな目標を立てて、それをやりとげたきの充実感、満足感を感じたとき。
旧約聖書1500ページを1カ月で読み終えたとき、充実感満足感得て生きていると感じました。
私の今年の目標は、毎日聖書を20ページ読み、1日7000歩、歩くことです。


・楽しみ  旅行、演劇鑑賞、外食、美しい花を見ること、具体的には、新宿御苑や深大寺植物園を訪問して、バラをみること。春は新宿御苑の桜見物。絵画を鑑賞したり、描いたりすること。
・大切にしていること   人間の価値はこれができる、あれができると言う有用性で決まるのでなく、神様が作られた作品であるので、なんにもできなくとも、尊い存在だと自覚すること。
いつも、否定的に考えるのではなく、常に前向きに考え行動すること。
失った能力を嘆いたり数えるのではなく、常に残された機能に目を向け感謝して生きること。
神様はいつも最善のことをして下さると、確信して、イエス・キリストの名によって、祈り求めること。
美しい物を見て、美しいと感じるこころ、いつも何事にも、興味を失わないこと。


次の聖書のことばを頼りに 試練をのりこえてきました。
「あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実なかたですから、あなたがたを耐えるこのできないような試練にあわせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます」
(新約聖書  コリント人への手紙 第一 10章13節)


認知症と診断されたことを公けに表明し、前向きに一生懸命毎日を送っていらっしゃる佐藤さんのお姿に胸を打たれました。
そこで、さかのぼって佐藤さんのポスティングを見ていくと、美しい花や景色などの写真やご自身があちらこちらを訪ねていらっしゃる写真がたくさんアップされていて、佐藤さんの美しい心が伝わってきました。


さらにさかのぼっていくと、4月28日には次のような記事が載っていました。
どういう社会になってほしいか
1)常識で考えるとおかしなことに見えても、失敗しても、笑ってすましてもらえるような、すぐ苦情を言わない、成熟した余裕のある社会。
2)道で迷っていたり、スーパーでウロウロと商品を探している時、「何かお困りですか」と声をかけてくれるやさしい社会。
3)スーパーや駅の窓口で、支払いに時間がかかっても、待ってくれる優しい社会。現実はせかされるので、複数支払窓口があるところでは、高齢者、障がい者、認知症本人の優先窓口を設けてもらいたい。そうすれば認知症本人も優先窓口だと言うことで、心に余裕ができ、せかされるともなく、支払うことができる。
4)障がい者、高齢者、認知症本人を、社会のお荷物と考えるのではなく、コミュニティの一員として認める社会。そのためには、認知症の人を劣る、価値のない存在と考えない。
5)認知症の人のできることを見つけ、駅や公園の掃除など、認知症の人に役割与えてくれる社会
6)人間の価値を、あれができる、これができる、という人の有用性だけで考えるのではなく、多様な価値観を認め、すべてのひとが等しい尊い存在であると認める社会。
7)行う作業に時間がかかっても、その作業をする自由がある社会(作業に時間がかかると言うり理由だけで、その作業から排除しない社会)
8)障がい年金をもらっている人を、家に閉じ込めるのではなく、外に出て活動する自由のある社会。(現実には、外に出歩いていると、障がい年金をもらって、外に出てあそんでいる、本当は病気ではないのではないか言う、偏見がある)
9)認知症の人を何も考えられない人ではなく、言葉を理解するのに時間がかかる人、今までのように、問題行動だけを取り上げるのではなく、適切な介護をすれば、一部の例外を除いて、認知症の人が笑って暮せると信じることができる社会。


佐藤さんはこのような障がい者、高齢者、認知症の人に優しい社会の実現を願って、自ら積極的に活動していらっしゃるのです。
私も上のような社会の実現のために応援することを決意しました。
さらに見ていくと、4月2日には、見覚えのある次のポスティングに目がとまりました。
幸せになりたければ信じなければなりません。
そうでないと、幸せは決してあなたのところにやってきません。
ああ、そういうわけで鳥はもっとも暗い日でも春を信じて歌い続けることができるのですね。
(訳: 舟田譲二)


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そう、そのような社会の実現を信じて、みんなで力を合わせていきましょう。


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プラス・アルファが生み出す違い

2013.04.12日

「プラス・アルファが違いを生み出す」とはどういうことでしょう。
これは、学生なら勉強で、社会人なら仕事で、クオリティ(上質)を生み出すということで、好ましい結果を伴います。
学生や社会人に限らず、父親・母親として、あるいは子どもとして、兄や姉として、弟・妹として、教師・生徒として、上司・部下として、先輩・後輩として等など様々な人間関係にも、また国家間などありとあらゆる関係においても当てはまります。
また人としての成長や健康増進などにも応用できます。


普通のことをしていたら、当然のことながら普通の結果しか生まれません。
さらに優れた「何か」を求めるなら、やはりどうしてもこの「プラス・アルファ」が必要になってきます。


ところがどういうわけか、このごく当たり前の事実に気づかない人や、関心のない人、分かっていてもそのための努力をしようとしない人などがあまりにも多いのです。
誰でもちょっと意識すれば、プラス・アルファの違いを生み出し、その恩恵にあずかることができるのに。
実際のところ、あらゆる分野でいわゆる「成功」している人や国、会社などは、例外なくこの「プラス・アルファ」を実行しています。


それでは、「プラス・アルファ」を実行するとは、具体的にはどういうことでしょう。
普通だったらやらない、あと一歩の努力、心がけです。
学生ならば、勉強や部活、仲間との人間関係などにおいて実行できます。
あと10分の努力、ひと声かける思いやり、夫婦間のお互いに気遣う優しさ、仲間と一緒に力を合わせて盛り上げようとする思い、セールスならもうひとつ商品を売ろうとする決意等、この「プラス・アルファ」はどのような場面でも活かすことができます。


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塾業界においては、これまでの私の経験では、一般的に無愛想なところが多かったです。
それが当たり前になっている節さえあります。
でも、アカデミーでは違います。
問い合わせのお客様が見えると、講師はみんな笑顔で応対し、お帰りになる時にはみんなが深くお辞儀して、明るい声で「ありがとうございました!」と言って玄関で見送ります。
生徒が塾に着くと、先生たちはみんな一人ひとりに「こんにちは!」「こんばんは!」、生徒が帰る時には「お疲れさま!」「さようなら!」「気をつけてね!」と声をかけます。
たったこれだけのことで、お客様もご父母の方々も生徒もみんな気持ちよくなります。
毎月の生徒の努力を成績表やカルテの形で表して、塾の様子を知らせる通信と一緒に保護者の方のもとにお送りします。
こういうところにも「プラス・アルファ」を表せます。
塾ですから生徒に力をつけられるようにしっかり教えるのは当たり前のことです。


ちょっとした心がけや気遣いで、あらゆる場面において「プラス・アルファ」を実践していくなら、必ずやその結果がついてきます。


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大震災から2年

2013.03.11日

あの3.11からちょうど2年。
昨日からテレビや新聞など、あちらこちらでこの特集がされていました。
今日の読売新聞夕刊は広告欄すべてのページを取って、大きな白紙の中に小さな文字で、
「あの日から2年が経ちました、が。」
「体の傷は癒えても、心はまだ、震災のさなかにいる。
・・・そんな人々がいることを私たちは忘れません。」

そして、真ん中の見開き8-9面には、
「まだまだできることがある。
まだまだしなければならないことがある。
私たちはまだまだスタートしたばかりだと思っています。」

とあります。
広告主は「社団法人 東京都医師会」


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これはインパクトがあります。
みんな一瞬、何だろう、と思って考えます。それをもちろん狙ってのことです。
そう、私たちはこの日のことを決して忘れてはいけません。
忘れている人などきっといないでしょうが、さらに上に言っているように、
「体の傷は癒えても、心はまだ、震災のさなかにいる。
・・・そんな人々がいることを私たちは忘れません。
まだまだできることがある。
まだまだしなければならないことがある。」
ということを肝に銘じておかなければなりません。


さて、ちょうど2年前の東日本大震災翌日にはアカデミーで卒塾式を行いましたが、その時の様子を「至れり尽くせり」という記事に記しました。
今日、愛川ふれあいの村から塾に戻ってきた生徒たちが卒デミーの感想文を書いてくれました。
その一部を下にご紹介します。
「アカデミーは勉強以外の事もすごく力を入れていて、そのイベントとかのおかげで、3年を担当していない先生とも仲良くできたり、担当している先生とは普段あまり話さないような話題を話すことができたり…。アカデミーには、私が想像していたよりもはるかにたくさんのものを私に授けてくれました。本当に、今までありがとうございました」
「先生たちが自分たちの時間を削ってまで準備してくれて卒デミーは本当に楽しかった。先生たち、今まで本当にありがとうございました。3年後、自分も皆さんのようなすばらしい先生になれるようがんばって、ここに戻ってきます!!」
「いろんな事できて楽しかったよ。夜レクとか楽しすぎたっ。先生、みーんな大好き!出会えてよかった!! いままでありがとうございました」
「夜のビデオ、とっても感動しました。アカデミー学院は良い塾だなと改めて思いました。本当に楽しい3年間をありがとうございました」


生徒たち一人ひとりがアカデミーで学び、身につけたこと、この卒デミーで体験したことなどをこれからの高校生活だけでなく、生涯にわたってさまざまなところで活かし、社会に役立てる人物になってくれることを心から願っています。
君たちにはまだまだやらなければならないことが山ほどあります。


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春が来たぁ〜!

2013.03.04日

3月は暦の上で春。
一昨日の1日には早速「春一番」が吹き、急に暖かくなってきました。
今週半ばにはもう20度を超える陽気になるとか。


1年で一番日が短い冬至(12月22日頃)よりも気温がぐんぐん下がり、一番寒くなるのは2月ですが(「日が長くなってきた」)、1年の暦の中で12月・1月・2月の冬が終わった翌月から春になるというのは出来すぎと言う他ありません。
これから桜のつぼみがどんどん大きくなり、あと1か月ちょっとすると桜を始め、いろいろな花が一斉に咲き始めます。
私たちの心まで明るくなって、うきうきした気分になってきます。


アカデミー学院でも今日が新年度の初日。
新しい生徒が大勢やってきます。学校ではまだ小学6年生ですがアカデミーでは今日から中学1年生。新2年生で入塾してくる生徒や体験生もたくさんいます。みんなに会うのが今から楽しみです。
2月28日には公立高校の合格発表があり、うちの中3生からは続々と嬉しい合格通知が舞い込みました。講師全員が塾に待機し、電話で合格の連絡が入り、また午後からは生徒が塾を訪れるたびにみんなで「やったぁー!」「良かった!」と大拍手。
中3生にも春が来ました。


昨日は柿谷先生の教会の礼拝に久しぶりに出かけました。
ここ2か月ほど、腸炎になったりして体調を崩し(「回復途上にあります」)、そのあとはずっと3月の新年度のための入塾説明会や無料体験レッスンなどが続き、ちょっとご無沙汰していました。
そう言えば、ちょうど1年前のブログにも柿谷先生の教会での様子を記しました(「若返りました!」)。
昨日は礼拝後の交わりの時、初めて教会に来られたカメラマンの方との出会いがありました。
教会員のMさんのお父様がカメラマンということで、そのつながりでMさんが教会に誘われたのです。
いろいろと興味深いお話や目を覚まされるようなお話をMさんから伺い、本当に感謝しました。私達の心にも春がやってきました。


また、昨日は教会に出かける前に読んだ新聞にも素敵な記事が載っていました。
『顔 「見た目に症状のある人を被写体にする写真家 冨樫東正(とがしはるまさ)さん 38)』(読売新聞2面)
冨樫さんはこの3年あまり、顔のあざや脱毛など外見に症状のある人を撮影してきて、それらを先月都内で写真展を開いて紹介したそうです。
「最初はどう接していいか迷ったし、展示なんて考えもしなかった」。実際に相対してみると、普通の人たち。会話が進むうち、症状のことを忘れた。「知らないからジロジロ見たりしてしまう。僕の写真で、もっと彼らを知ってもらえたら」
(中略)
写真嫌いだった人も、作品には顔をほころばせる。「遺影にしたい」と冗談めかして喜ぶ人もいた。「僕のラウフワークになるのかな」。資金難の活動だが、機会があれば各地で展示したいと考えている。


私はこの記事を読んでいて心がポカポカと温かくなってきました。
「見た目問題」に限らず、さまざまな障がいを負っている人も、また病の人、お年寄りもみんなごく普通の人。
ともすれば社会で肩身の狭い思いをしている人たちにも、本当の意味で春が来ることを心から祈りつつ。


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オシンドローム、再来なるか!

2013.02.11日

去る1月25日のブログに「オシンドロームよ、再び!」という記事を書きました。
私は30年前、留学中だったため『おしん』を見ていませんでした。それで、今回NHK BSプレミアムで毎週日曜日に再放送されているのをとても新鮮な思いで見ているのです。
昨夜も1週間分の6話を一気に見てしまい、感動で涙を流していました。


昨今の中国や韓国での反日運動や暴動事件、また中東での人質事件などを見るにつけ、30年前のオシンドロームが再来すればいいのに、と思って上の記事を書いたわけですが、何と数日前の新聞に『おしん』の映画化が決まったと報じられていて驚きました。
私の思いが通じたにしてはあまりにも早すぎる!


放送から30年目の節目を迎えた今年、日本のみならず世界で感動を巻き起こしたドラマが、装いも新たにスクリーンによみがえる。今回の映画化では主人公・おしんの少女時代にスポットを当て、2月中旬から庄内映画村ほか山形県内でオールロケーションを敢行。メガホンを執る冨樫森監督は「平成の新しい『おしん』を見ていただこうと思っている。エピソード集にはせず、母と娘の関係性を軸に、映画として芯を通すつもり。こんな時代ですから、泣いて泣いて元気になるような映画になれば」と抱負を語った。
(2月6日付 読売新聞より)


ところが、驚いたのはこれだけではありません。
ドラマの中でおしんの母親役を演じた泉ピン子はまさにはまり役でしたが、今回の映画で母親を演じるのは上戸彩というではありませんか。
(写真の泉ピン子は、おしんの奉公先、加賀屋の大奥様、というからこれもえっ?という感じ)


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2月6日付日刊ゲンダイには、
ピン子から上戸へ――。作家の麻生千晶氏は「違和感のひと言」と、こう続ける。
「着実に経験を積んで演技力に磨きがかかってきた上戸さんですが、今回の配役はあまりにもイメージがかけ離れている。かわいらしい雰囲気が持ち味の彼女に、はたして忍従の役はハマるのでしょうか。都会のお嬢さん的な顔立ちに炭を塗りたくったとしても、たかがしれています。結婚を機に、女優として幅を広げたい気持ちも分かりますが、この役がはたして彼女のためになるのか大いに疑問です」


私もまったく同感です。
果たしてこれで、オシンドロームの再来なるか、というと「うーん」と首を傾げざるを得ません。
でも、30年前と違い忙しい現代人にとっては2時間ぐらいにまとめられた映画の方が、また現代風の上戸彩の方が意外と受けるのかもしれません。
いずれにせよ、日本国内だけでなく、むしろ中国や韓国を始めとするアジア諸国で、そして中東の国々でのオシンドロームの再来を心から期待するものです。


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親指が痛い!

2013.01.11日

今、私は両手の親指の先がひび割れしていて、絶えず痛んでいます。
以前よく同じことを言っていた妻に尋ねました。
「私は今はひび割れはない。あなたが代わって教室掃除をしてくれていて、水仕事をしていないから。
あなたの親指のひび割れは水仕事のせいよ。ゴム手袋をしてやった方がいいわよ」
なるほど、そういうことだったのか…。


「ペンだこ消えて代わりに…」に書いた、掃除機のパイプが当たってできた親指の「掃除機だこ」ともう一つ、小指の付け根のところにもたこができていましたが、さらに今度はひび割れ。
名誉の勲章です。
わずか2ミリほど割れているだけなのに、これが痛いこと、痛いこと。
シャツを着るときなどボタンをかけるのにも一苦労、結んである紐をほどくこともできないほどです。
夜、寝ていてもジンジンと痛みます。オロナインをつけてバンドエイドを1日に何度も取り替えているのですが、それでも痛いです。
聖書に、「もし(体の)一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しむ」という表現がありますが、まことにその通りです。


大阪の高校で、部活の顧問の教諭に体罰を受けた生徒が翌日に自殺した、というなんとも痛ましい出来事がありました。
ご両親の心痛は察するに余りあります。
今、この学校では、ひとりの生徒の死を通して、職員、生徒、父母、みんなが痛み、苦しんでいます。さらに、卒業生、近隣の人たち、そして日本中の人たちが悲しい思いに沈んでいます。


このような事件が起きると、当たり前のことですが、すぐに体罰が云々されます。
体罰は実際のところ、あってはならないことで、問題外です。
しかし、体罰だけでなく、言葉による暴力だって同様に人を傷つけ、苦しめ、場合によっては自殺に追いやることもあります。
昔からそうですが、教師による体罰や言葉の暴力が後を絶ちません。
人の気持ちを組むなら、決して体罰や言葉の暴力などできるわけありません。自分だって嫌でしょう。
誰だって嫌です。
人の痛みを自分の痛みとして理解しないと、独りよがりのこのような暴力に発展しがちです。


うちの近所で多教場展開していた、地元の大きな塾が昨年の夏の終わりに閉鎖しました。
一時期は飛ぶ鳥をも落とすほどの勢いで、優秀な生徒をたくさん集め、素晴らしい進学実績も上げていたのですが、その影で常に体罰や言葉の暴力があったようで、それを経験し塾恐怖症に陥った生徒がうちに転塾してきたことがありました。初めの頃は暗く、誰とも話しませんでしたが、1年たった頃にはすっかり明るくなって、クラスのみんなと、そして先生達とも仲良くなっていました。
結局のところ、このような暴力は長続きせず、生徒から、親から見放され、どんどん生徒の数が減っていってつぶれてしまったのです。


学校の教師、塾の講師、会社の上司など上に立つ者は、弱い立場にいる人たちの心をもっと理解し、人の痛みを自らの痛みとする者にならなければなりません。


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ユニバレ

2013.01.03日

毎週毎週ユニクロのカラフルな大きなチラシが新聞折り込みされてきます。
年末は大晦日まで歳末大感謝祭、年が明けて元旦・2日は初売り特別号、3日・4日はお年玉特別号と、年中常に大安売りです。
そして、おそらく日本全国津々浦々どこの店舗も絶えず人でいっぱい、大繁盛しているのでしょう。


そう、何を隠そう、家族も私もユニクロファンです。
ユニクロのチラシが新聞に入っていると、
「はーい、ユニクロファンの皆ささま〜、お待たせしました!」
と冗談めかして言いながらチラシを手渡すほどです。
以前は別に何とも思っていなかったのですが、気がつくと、私自身下着類から普段着のタートルネックのシャツ、Tシャツ類やズボン、ジャケット類まで、どうかすると全身ユニクロに包まれています。


世間では、こういうのを「ユニバレ」と、ユニクロ製品を着ているのが一目でばれてしまうことを揶揄(やゆ)して言うそうです。
でも、いいじゃないですか、ユニバレで。
よほどの金持ちで、ユニクロなど見向きもしないブランド志向の人でもない限り、おおかたの人は大なり小なりユニクロを愛用していると言っても過言ではないでしょう。とにかく、安いのに品質は決してそんなに悪くない。


ユニクロ戦略には教えれることが実にたくさんあります。
たとえば、私が今とても重宝している、薄いのに暖かいヒートテックの下着。
これは、東レだったか一流企業が開発した技術を導入し、縫製は人件費の安い中国や、最近はベトナムなどで大量生産して、コストダウンを図っています。
原材料を一旦輸出して、外国で製造し、製品を逆輸入するという、輸出入のコストが余分にかかっても国内生産よりも安く上がる。そして、今度はこの製品を世界中に輸出する。
うーん、実に賢い!
「国内産業が振るわなくなる」という批判もありますが、それはまた別次元の話であり、大局観に立って国が真剣に考えなければならない問題です。


ユニクロの柳井社長は、ユニバレなんてまったく気にしていません。むしろ、ユニクロ製品を国民服にしたいと考えているほどで、その戦略が着々と進められている感じすらします。


マーケティング状況を絶えず分析し、売れない商品や利益の薄い部門はどんどんカットして、その分を次々と新しいものに置き換えていく臨機応変の体制。
これらの戦略は日本政府も、そして我々私企業も学ばなければならない点です。


以前このブログに書いたスシローもよく似ています(「スシローを侮るなかれ!」)。
私は昔はもっと高い寿司屋に行き、高い服を着ていたのですが、いつの間にかユニクロで身を固め、毎週スシローに足を運ぶ、ごくごく一般的な庶民になっていました。


スシローに行くと、バイトしている卒塾生やうちの講師や生徒とその家族ともしょっちゅう顔を合わせます。
これぞまさしくユニバレならぬ「スシロバレ」。
しかし、これとて何も恥ずべきことではありません。
ユニクロからもスシローからも私は多くのことを教えられていて、本当にいつも感謝しているぐらいです。


ユニバレ、スシロバレ、バレバレで大いに結構。
一昔前の「巨人、大鵬、卵焼き」じゃないですが、私は庶民であることをむしろ誇りにすら思っています。
この新しい年、安倍内閣主導のもと、願わくば、国内にもっともっとたくさんのユニクロやスシローのような、庶民のための企業が生まれ、経済を活性化してくれることを。


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おばあさんは川へせんたくに…

2012.11.19日

「むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へせんたくに行きました」


日本人ならだれでも知っている桃太郎の出だしの部分です。
実に単純明快なストーリーですが、この「おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へせんたくに行きました」にとても深いレッスンが秘められていることに気づきました。


去年の3.11の東日本大震災のとき、私の住んでいる神奈川県でも大きな揺れがあり、交通が麻痺しましたが、目立った被害というものはありませんでした(「地震のお見舞いをありがとうございます」)。
しかしその後、計画停電なるものが東電によって実施され、平塚市も対象地域になりました。
市役所から毎朝9時過ぎに流される広報の、エコーして聞き取りにくい停電の情報に耳をそば立て、それにあわせて塾を休校にするかどうか決め、手分けして生徒の家に電話したり、休校措置のためなくなった授業の振り替えの時間割を組んだり、その連絡をしたり、と朝から晩までてんてこ舞いでした(「地震の影響」「計画停電の最新情報です」)。
その10日ほど前に、義母が交通事故に遭い、妻がそのため実家に帰っていました。いつもは私の右腕として事務的な仕事を完璧にこなしてくれていた妻が不在だったため、責任が私の肩に重くのしかかり、極度のストレスがいくつも重なって、ついに私は体調を崩してしまいました。


何もしていないのに急に胸がドキドキしてきたり、めまいに襲われたり、吐き気を催したり、これが授業中も、送迎バスを運転しているときも、眠っている夜中も、時を選ばず突如起こり、ついにダウンしてしまいました。
私の現在の体調不良の原因はここにありました。
1年半あまり経ち、ようやく精神的に少しゆとりが出てきて、当時のブログを読み直すと、毎日の緊張や塾の様子などがよみがえってきます。


以来、私の仕事を妻や息子、娘、塾の先生方が分担してくれて、肩の荷を少しずつ下ろすことができるようになりました。
今もまだ吐き気と隣り合わせのような毎日を送っていて、夜中一睡もできないこともしばしばです。


しかし、考えてみたら、私のストレスや苦しみなどは、被災地の人たちとは比べものになりません。
被災地では、愛する家族や親族・友人を始め、家や車・家財道具・船などの仕事道具・土地、仕事、その他多くのものを失い、今も避難所や仮設住宅に住んでいらっしゃる方々が大勢いらっしゃいます。
現地でさまざまなボランティア活動や、体を張って放射能の除染活動をしていらっしゃる方々も数え切れないほどいらっしゃいます。
このようなことを考えると、私など不満を鳴らすことなど決してできません。


ちょうど、私の仕事を周りの人たちが分担してやってくれているように、被災地でも多くの人たちがそれぞれの持ち場立場で力を出して、助け合っています。
「そうだ。人というのはひとりでは生きていけない。みんながお互いを必要とし、助け合いながら生きているんだ」
冒頭の桃太郎の物語に登場するおじいさんとおばあさんが役割分担をして仕事をしているように、私たちもみんな自分にできることをして助け合っています。


これはなにも大人の世界に限ったことではありません。
子どもには子どもなりの仕事があります。
必ずしも何かするという具体的な仕事でなくても、家族の中に存在するというだけでも大きな役割を果たしています。
家庭において、おじいちゃんやおばあちゃんもそれぞれに貢献しています。
あらゆる職についている人が、それぞれに分を果たしています。


世界に目を移しても同じです。
あらゆる国が、国民、民族がそれぞれに果たすべき責任や役割があります。
今、日本と中国は尖閣諸島の領有問題で衝突し、その結果、お互いに経済面のみならず、さまざまな分野で痛みや苦しみを味わっています。
中東の国々も同様です。
私たちは地球人として、お互いに助け合わなければなりません。


国内では、衆院が解散され、総選挙が行われますが、自分の政党の利益などを優先して考えていてはだめです。
みんな、自分に与えられている使命や責任をきちんと全うして、お互いに助け合っていくなら、家庭も、学校も、職場も、日本も、世界も、もっともっと平和になり、住みやすくなります。
私たちも、桃太郎に登場するおじいさん、おばあさんに学ばなければなりません。


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緊急提言

2012.09.24日

昨日、多くの方からメールをいただき、読者の方にご心配をおかけしていると思い、メールマガジン登録してくださっている方々に下のようなメールをお送りしたのですが、今日もまた引き続き多くの方々からメールをいただいているので、やはり他のブログ読者の方にもお知らせした方がいいと思い、ペンを執った(?)次第です。これが昨日お送りしたメールです。


「しばらくブログをお休みします」と書いたところ、早速何人もの方からお気遣いのメールやお電話をいただき、本当に恐縮しています。
ご心配をおかけして申し訳ありません。
この夏のアメリカ旅行から戻って以来、家内の心遣いと息子や先生たちの協力も得て、仕事はほとんど外してもらって楽をさせていただいています。
娘も私のために野菜や魚を中心とした健康食を毎日料理して協力してくれていて、体組成計では、体脂肪や内臓脂肪、BMIの数値も大きく改善しています。
しかし、相変わらず疲れやすいのと吐き気に襲われることが頻繁にあります。
そこで、やはり一番大切なのは、頭の中を空っぽにして、のんびり過ごすことだろうと思い、そのためにはパソコンの前で過ごす時間を減らさなければならないという結論に達してブログの休刊を決意した次第です。
そして、今日は仕事が終わった夕方から、先日来何度か行っている平塚市内の日帰り温泉に家内と一緒に行ってボケっとしてきました。
行く前は緊張していて呼吸が浅かったのですが、出てきたら心身ともにすっかりリラックスしてとても気持ちよくなっていました。
これまでずっと働き詰めだったので、これからはできる限りこういうゆとりの時間を作ろうと思っています。
この夏、訪問させていただいたラスベガス教会の敬愛する鶴田牧師からは、教会をあげてみんなでお祈りする、という温かいお言葉をいただき、元気百倍、勇気千倍です。
皆様に心から感謝しつつ。
舟田 譲二


これは余談ですが、一昨日のブログ休止お知らせの記事はあっと言う間に、塾教育部門だけでなく、5600サイトを超える教育部門でも注目記事で1位になり、ブログ休止した方がいいのかななどと思ったりしました(笑)。


さて、妻から頭脳を酷使し過ぎだから頭をもっと休ませて、体を使った方がいいと言われ、私も本当にそのとおりだと思いました。
折しも、妻が2週間あまり前から膝を痛め、整形外科で診てもらったところ、軟骨がすり減って水が溜まっているという例のやつで、私も体を動かしながら妻の助けになるので一石二鳥だと、教室掃除を先週からやって、気持ちのいい汗をかいています。これも私のリハビリの一環です。


今朝、掃除していてふと思ったことがあり、ブログ休止中ですが、どうしても緊急提言したいと思いました。


今、平塚市内の、各中学校では前期期末試験の時期で、昨日まで連日、試験対策の授業や補習で大勢の生徒が来ていました。今週の試験で今日も補習に大勢来ているのですが、どうしても生徒に伝えたいことがあるのです。


教室掃除をして気づいたのは、机の上も床もあまりにも消しゴムのカスが多いということです。
塾だから当たり前のことと思われるかもしれませんが、私はいつも生徒にできる限り消しゴムを使わないよう指導しているのです。


小さい頃から、親や学校の先生たちから教えられているのか、みんな書き間違えるとすぐに消しゴムを使ってきれいに消して書き直します。
答えだけでなく、漢字や計算の途中式などもすぐに消します。
中には、テストで自信がない時、イともエとも読めるよう消しゴムでうまく消して薄くし、どちらかが当たればいいというような猿知恵を働かすような子もいますが、これは絶対にだめです。


テストでない限り、答えにせよ、あるいは漢字や途中式にせよ、間違いを残しておいて、赤で直し、自分の間違いの記録をとっておいて、あとで見直す時に間違いから学ぶことはとても大切です。英語の3単現のsのつけ忘れなど、自分の間違えるパターンに気づかなければなりません。
間違った答えや文字を消してしまうのは本当にもったいないことです。


このことを試験勉強をしている生徒に言おうと思った時にふとひらめいたのです。
これは私たちの人生そのものにも通じることだと。
私たちはどうかすると、消してしまった方がいいような心の傷をいつまでも消さずに大事にとっておいて、事あるごとにその傷を見て、なめて、また痛むというようなことをしばしばしています。
逆に、失敗から学ぶべきことで、消してはいけない記憶を消してしまい、同じ失敗を繰り返します。
これは人間関係すべてに当てはまることです。


最近の中国や韓国との領土問題もそうで、これまで長年にわたってお互いに助け合ってきた、消してはいけない良い思い出を容易に消してしまっています。
そして、消し去るべき過去の傷という嫌な思い出に囚われて、いつまでもそこに戻って痛みを味わい、相手を責めるということをやっているように見えますが、これは本当に愚かなことです。将来に向けてまったく発展性がないばかりか、逆に一発触発の戦争の大きな危険性を孕んでいて、不幸を繰り返すのみならず、かえってこれまで以上に大きな傷跡を残すことにもなりかねません。
また、中国が主張している棚上げ論は、「イともエとも読めるよう消しゴムでうまく消して薄くしている」のと同じで、問題の先送りに過ぎず、後世につけを回すだけです。ちょうど、今がそれであるように。


このような問題は、まずは当事国が膝を交えて話し合わなければならないのは当然のことですが、それができなければやはり国際司法裁判所という第三者に仲裁してもらうのが一番です(「日中韓ロの領土問題解決策」)。


多くの人が提案している、アメリカなどの第三国に入ってもらうことはかえって問題を大きくする危険性があり、得策ではありません。アメリカが加わり、これに韓国や北朝鮮やロシアが参戦し、などとなるとそれこそ第3次世界大戦にもなりかねません。
だから、アメリカに限らず当事国以外はどの国も関わり合いたくないのです。
解決のお手伝いは利害関係のない第三者に当たってもらうのが一番です。


教室掃除をしていてふと思ったことでした。
このような記事が書けるほどですから大した病気ではありませんので、ご安心ください。
ブログ休止の決意をたった一日で破ってしまいましたが、これからしばらくは不定期で休みますのでよろしく。


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物事の本質を見極める力

2012.09.19日

「イスラムを侮辱している」として、イラン元最高指導者ホメイニ師から死刑宣告を受けた『悪魔の詩』の著者、サルマン・ラシユディ氏が回想録を刊行したそうです(19日付 読売新聞7面)。
回想録発売を前に英BBCテレビのインタビューに応じて、欧米での反イスラム的な言動が「冒とく」としてイスラム圏で激しい講義を引き起こす事件が重なる現状について、「『悪魔の詩』は今日なら出版できていないだろう。自由世界に生きる唯一の道は、耳の痛いことでも言える権利が確保されているとの確信を持つことだ」と"不寛容"を批判した、と記事にあります。
英紙によると、イランの強硬派宗教財団は新著発表を受け、ラシュディ氏処刑実行者への懸賞金をこれまでより50万ドル増額し、330万ドル(約2億6000万円)としたとのこと。


イスラム教に限らず、どんな宗教であっても、自分の信念・信仰と違うからと言ってそれを冒とくするような言動は厳に慎まなければなりません。これは人間の尊厳を認めるという意味において当然のことです。
しかし、冒とくされたからと言って、相手に対して復讐したり、暴力に訴えたり、殺人に走ることはさらに間違っていて、それこそその宗教の教祖に対する冒とく行為です。


アメリカなどでよく見られるケースですが、堕胎手術に反対する人たちが、堕胎を施行する産婦人科医に対して「堕胎は殺人だ」と言ってその医者を殺すというのも同じようなことです。


尖閣諸島の領有問題で、日本政府が国有化したことに対して怒り、日系企業を焼き討ちにしたり、日本人に暴行を働いたり、略奪したり、という今回の中国での騒動もやはり同じ理屈で間違っています。
ましてや、これらの行動を愛国心から行っているなどと思っていたらそれこそ大間違いで、彼らの行為は自らの国に泥を塗り、国際信用を落とすという結果になっています。


私たち人間は、頭に血が上ると物事の本質を見極めることができなくなり、まったく逆のことをやっているということが往々にしてあります。
「物事の本質を見極める力」はどのようにしたら身につけることができるのでしょうか。


まずは、周りに扇動されないことが大切です。
今の中国を見ていると、暴動を起こしている人たちはまさに扇動されているということがよくわかります。
「日本の軍事大国化」の脅威をあおる中国メディアの報道に呼応するように、スローガンの中身は過激化して、「日本を核で全滅させろ」「ミサイルで東京を壊滅させろ」などの挑発的なスローガンも競うように掲げられている(19日付 読売新聞7面)そうです。
扇動されないためには、その中に自分の身を置かないことです。「朱に交われば赤くなる」というように、その中にいると知らず知らずのうちに考え方や行動も過激なものに染まってしまいます。


次に客観的に物事を見る目を養うことです。
人はなかなか自分を客観的に見ることができないものです。
自分がこのようなことを言ったり、したりしたら、人は自分のことをどのように見るだろうと考えること、これが客観的に自分を見るということです。


そして、その言葉や行為の結果を考えることです。
やはり今回の中国の反日運動を例に挙げると、日系企業に放火したり、店舗や商品を破壊、略奪するという行為がどのような結果を招くかを考えなければなりません。
日本を責めているつもりで、いつの間にか自分たちの首を絞めていることになっているのです。
つまり、まったく本質から外れたことをやっているということです。


物事の本質を見極める力を養うということは一夕一朝にできることではありません。
国の教育も大きな役割を果たしていますし、家庭教育もそれに劣らず大切です。
私たち日本人も、中国の問題を他人事ではなく自分たち自身の問題として考えなければなりません。


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少子高齢化、領土問題、円高、不景気、失業者...

2012.09.18日

敬老の日の昨日、65歳以上が3000万人を突破したと報じられました。実に約4人に1人が高齢者という勘定です。


すぐ隣には中国の反日デモ90都市に拡大、満州事変の発端となった柳条湖事件から81年目に当たる今日、18日にも各地で大規模な反日デモが呼びかけられているという記事が載っていました。


この他、北朝鮮の拉致被害者問題、世界中に広がりつつあるイスラム教徒による反米デモ、リビヤ米大使を始めとする死者を出すほどにまで過激化した暴徒。


失業者や生活保護受給者を数多く生み出している日本経済の低迷。
どのページをめくっても重苦しい暗いニュースばかり。
新聞記事を読むと気が滅入るので、新聞はとっていないという人が最近ずいぶん増えてきています。また、現実的に新聞代の節約という目的もあるのでしょう。

そのような中で、今日の読売新聞1面に「樋口広太郎氏 死去」のニュースが載っていました。
1人の人の死亡記事であるにもかかわらず、失礼ですが、心が明るくなり、希望の火が見えるものでした。
樋口広太郎氏はアサヒビールの元社長。大手銀行の副頭取を務めていた1986年に、業界三位に低迷し「夕日ビール」と揶揄(やゆ)されていたアサヒビールに転じ、翌年大ヒット商品となる「スーパードライ」を発売。そして社長在任中の6年間で売上高をなんと3倍に伸ばしたといいます。当時のテレビCMは今もまぶたに焼きつき、音声も耳に残っているほど大きなインパクトがあり、アサヒビールの躍進を私自身目の当たりにしてきたので、この経緯をよく覚えています。
今や、日本国内のみならず外国でも、また飛行機の中でもビールを注文するとスーパードライが出されるほど、ビールの代名詞にまでなりました。


これで思い出すのは、アメリカ留学中の1970年代初頭の頃のこと。
とても親しくさせていただいていた韓国人の牧師先生が繰り返し私に言っていました。
「韓国にはまだカラーテレビがない。韓国の一般の人々の暮しはまだまだ信じられないぐらい貧しい。しかし、日本から技術供与を受けて韓国はこれから必ず大きく成長する」と。
そして、この先生が紹介してくださった韓国人の実業家の方とオレゴン州ポートランド市に通訳として商談にご一緒しました。
その内容とは、ポートランドの材木業者から安価な木材の切れ端を買いつけて、それで割り箸を作って日本に輸出するというものでした。


あれから40年。今やサムスンやLGなどの電子・電機産業、自動車産業、鉄鋼業、造船業など、多くの韓国企業が日本企業を追い越すほどにまでなりました。
米経済誌フォーブスが発表するアジアの優良企業50社に、韓国から8社が、中国からは23社が入り、日本からはなんと1社も入らなかったそうです。
本当にあっと言う間の出来事です。


アサヒビールのスーパードライといい、韓国のサムスンといい、時代の流れを読み、時流にうまく乗るなら、信じられないようなことが起こり得るということを実証しています。


これは取りも直さず、今、日本が、そして世界が抱えている冒頭のような諸問題にも必ず解決の道があるということを意味しています。
神様が人間に与えてくださった知恵は計り知れないほどのものです。
「三人寄れば文殊の知恵」じゃないですが、この知恵を用いて今の難局を乗り越えていかなければなりませんし、私たちには必ずできます。
樋口広太郎さん、ありがとうございました。


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心が痛むいじめの問題

2012.08.04日

1か月間の訪米中、日本のニュースから遠ざかっていましたが、ある日、池原さんのお宅でテレビニュースを見ていたら、日本でいじめの問題が大きくクローズアップされていることを知りました。
いじめの問題は、いじめられている本人のみならず、家族や周囲の者までも巻き込み、みんなを不幸にします。
いじめが原因で命を絶った人はこれまでいったいどれぐらいいることでしょうか。


実は私も、中学1年の時、執拗ないじめに悩まされ、死にたいと思ったことがありました。
小学校の卒業式の翌日にまったく知らないところに引っ越してきました。
新しい中学での生活が始まり、周りに友達がひとりもいなくて寂しい思いをしていたら、近所に住む同じクラスの二人の男の子が声をかけてくれました。それからあっという間に彼らと親しくなり、毎日遊ぶようになりました。


ある日、そのうちのひとりが私について変な噂を流し始めたようです。
「街からやってきた舟田は大会社の社長の息子で大金持ち。家には自家用の飛行機もあるらしい」云々。
周りの子たちから異様な目で見られるようになり、その噂を打ち消すのにひと苦労しました。
そうこうしているうちに、その生徒が悪い仲間と一緒になって、私に対するいじめを始めるようになりました。
「舟田、掃除さぼるなよ」
「いや、さぼっていない。ちゃんとやっているじゃないか」
「だれもお前がさぼってるなんて言ってないだろ。さぼるなって言ってるだけだ」
次第にいじめはエスカレートしていきました。事あるごとにいちゃもんをつけて、責め立ててきました。
来る日も来る日もいじめられ、もう毎日が憂鬱で、学校に行くのが苦痛になりました。
クラスの他の生徒たちはそれを見ていて見ぬふり。
しかし、ある日、隣の席に座っていたひとりのおとなしい子が味方になってくれ、気にする必要はないよ、と声をかけてくれました。
これがどれほどありがたかったことか。


その後、両親にいじめられていることを泣きながら伝えました。
それを聞いた父が立ち上がってくれました。
「その子の家に行って、お前が自分の口で、これ以上いじめないでくれ、と言いなさい。自分は口ははさまないけど、通りの角でお前たちが話しているところを見ていて、もし何かあったら助けに行くから」と言ってくれました。
そこで勇気を持って、その子の家に行き、このいじめの問題で自分はとても苦しい思いをしている、もうこれ以上続けないでくれ、とはっきりと言うことができました。
近くに立っている父の姿が目に入って、彼も少し恐れたのか、それでいじめはピタリと止まりました。
ひとりで悩んでいなくて良かったと心底思いました。


しかし、その後も別の子に電車のホームの裏に連れて行かれ殴られそうになったり、修学旅行の時にも別のクラスの子の部屋に呼び出されて数人に取り囲まれ、暴行を受けそうになったことなどもありましたが、その都度、近くにいた誰かが助けてくれました。


生徒間で行われているいじめを、たとえ目撃していても、あるいはほかの生徒から報告を受けていても、教師が見て見ぬふりをしていたり、問題が公けになると、学校ぐるみでいじめを否定したり、もみ消そうとするなど、本当に情けない話です。
さらに、最近のニュースを見ていると、巡査部長や警察官が一緒になって同僚の女性警察官に対して服を脱がせるなどのセクハラを行ったり、別の警察官らが少女に対して集団暴行を働いたり、また市や県の職員などが電車内で痴漢行為をしたり、セクハラをしたり、学校の教師が女子生徒と関係を持つなど、ここまで来るともう呆れて開いた口がふさがりません。


いじめとは子どもの間の問題だけではありません。
大人の社会においても、しかも庶民を守るべき立場にある警察官や市・県の職員、教師までもが弱い立場にいる女性や子どもに性的嫌がらせや暴行などの破廉恥行為をしているというのは、これこそまさにいじめそのものです。
学校関係者が隠蔽工作をするのもいじめ行為です。
しかも、世界の中でも例外というぐらい平和で安全な国と言われている日本国内でさえ、毎日のようにこのようないじめがあらゆるところで行われているのです。


しかし、このようなことは最近になって始まったことではなく、昔から常に起こっていました。
これはモラルの低下云々の問題ではなく、人間の心の内に潜む恐ろしい罪の性質のゆえの犯罪行為です。
この根本的な問題を解決しない限り、懲戒免職や懲役刑などの重い実刑判決を課したとしても、決して後を絶つことはないでしょう。


私たち人間は、犯罪を犯す犯さないを問わず、ひとりの例外もなく、神様の前にはみんな罪人(つみびと)です。
この罪の問題の解決なしに、平和で安全な国、幸せな人生など築けるわけありません。
今、私たちが行っていることは、いわば砂上の楼閣作りのようなものです。
日本国民みんなが一度立ち止まって、自分の心の内を再点検し、問題解決のための糸口を真剣に探し求め話し合い、それを実際に行動に移さなければならない時が来ています。


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二十年ふた昔

2012.07.30日

「十年ひと昔」と言いますが、今回の私の訪米は20年ぶり。
まさに「二十年ふた昔」で、まるで浦島太郎のようでした。


まず、飛行機から。
前は客室前方の大きなスクリーンに、あらかじめ決められた映画がプロジェクターで映し出されて上映されていました。しかし、今や各席ごとに前の座席の背もたれに取り付けられた専用液晶パネルがあり、それを操作して好きな映画やテレビ番組、ラジオ番組、いろんなジャンルの音楽、各種ゲーム、マネージメントやリーダーシップ、語学等の学習、コンピュータの接続など、好きなことができます。私は韓国語の勉強をしましたが、最後の確認クイズはまあまあの成績で、十分に楽しませてもらいました。
機内食も格段に質が上がり、フライトアテンダントの笑顔もサービスも大きく向上しました。
空港に到着する前に、「ただ今の現地の時刻は◯時◯分です。時計の針を合わせてください」というアナウンスはなくなり、iPhoneが自動的に現地時間を表示してくれます。


ロサンゼルスに着いて最初に驚いたのは、空港の警備の厳しさ。とくに9.11以降のテロ対策で、入国の際には両手10本の指の指紋を取られました。
出国の際はさらに厳しく、靴を脱ぎ、ベルトも外し、それでもセキュリティゲートで引っかかり、両手に薬品などが付いていないか検査されました。私のような善良な市民を捕まえて、まったく!


空港を出ると、走っている車は日本車がものすごく増え、プリウスのタクシーがたくさん走っているのに驚きました。
かつて金持ちの象徴だった大型のアメリカ車はすっかり姿を消し、そのほとんどが日本車サイズに。また、昔よく見かけたひどいポンコツ車はあまり見かけなくなり、ほとんどがきれいな車に変わっていました。


次に驚いたのは、フリーウェイの数が増え、車線も増えているのに、どこもしょっちゅう渋滞していること。
フリーウェイの上り線と下り線の間にメトロという鉄道が走っているのにもびっくり。
その昔、ロサンゼルスの鉄道網は自動車会社の陰謀によって全部撤収され、家族一人ひとりが車1台を持つ完全な自動車社会になりました。
しかし、交通渋滞とスモッグがひどくなり、ようやく鉄道を新たに敷き始めたのです。しかし、その鉄道は、日本のように縦横に張り巡らされていず、極ごく一部だけで、空港行きの一番利用されそうな線ですら、空港の手前までしか通じていず、客はそこで降りて後はバスがタクシーに乗り換えなければならないという始末。本数も少なくて不便極まりなく、利用する人はごく僅かなため、2両編成や3両編成など。
みんな何とかしなければならない、とは思っているのですが、どうしていいのか分からず、とりあえずフリーウェイを増やしているというのが現状のようです。


かつては日本人観光客がものすごく目に付いたのに、今回は全く見かけず、代わりに増えたのが中国人。どこに行っても中国人に出会い、あちらこちらから中国語が聞こえてきました。留学生も日本人は少なく、中国人が圧倒的に多くて、日本と中国の現在の経済力を如実に表しています。
ショッピングモール、アウトレットでは以前見かけなかったファッショナブルなメキシコ人が増えていました。


次に貧富の差の拡大。
ロサンゼルスを発つ日、私のお気に入りのフォーレスト・ローンというひと山全体という広大な墓地へ行ってきました。映画館のスクリーンの3倍ほどもある、キリストの十字架と復活を描いた巨大な油絵が劇場のようなところで見られるので有名です。
頂上の駐車場に着くと、覆面パトカーや爆弾処理車を始め、パトカーが数十台止まっていて、騎馬警官もいます。この物々しい警護は、誰か有名人の葬儀の護衛のためです。
「本当の幸福とは」に書いたゲティセンターとゲティヴィラのような世界中の美術品を買いあさり、それを無料で公開するような億万長者がアメリカには何人もいます。
かたや、交差点で止まっている車の窓をたたいて回り、お金を無心するホームレスも今回たくさん見かけました。80歳代と思われる顔がしわくちゃの老婦人もいれば、まだ30代ぐらいの若者もいます。アメリカを襲っている不景気、貧富の格差は日本の比ではありません。


あと驚いたのは、中高年の肥満の人が前よりもずっと増えていたこと。
しかも、アメリカ人の肥満はハンパない相撲取り並み。脂肪と蛋白、カロリー、糖分の摂り過ぎで、しかも車社会で運動しないからです。私の感触では肥満率は50%ぐらいに見えましたが、統計では36%で断トツの世界一。ちなみに日本は、OECD34カ国中最下位。どうりで長寿国なわけです。


20年前に知り合った、当時学生だった人たちは今や立派な社会人、家庭人、会社経営者などに。
現役の壮年だった方は老年に。当たり前のことですが。


変わらなかったのは、お世話してくださった皆さんの愛情。
聖書の言葉。
「愛はいつまでも絶えることがない」(コリント人への手紙第一13:8)


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「振り込みました」詐欺にご注意!

2012.07.29日

「30代後半のパート女性。夫が自営業で収入が不安定なため、毎日どんよりした気持ちでいます。
夫は仕事でも家庭でも頑張ってくれていますが、家計は苦しいです。私のパート収入で埋め合わせていますが、貯金がまったくできません。宝くじでも当たらない限り、家計がよくなる気がしません。
30代前半までは、未来を信じて明るく生きてきました。でも今は、子ども2人分の教育費や家賃などがのしかかり、老後資金も考えると不安だらけになります。夢を持てないのです。
節約のことばかり考える日々では、なかなか明るい気持ちになれません。趣味のDVD鑑賞も楽しめないし、睡眠をしっかりとってもスッキリしません。
母として妻として、もっと強くならねばと思うのですが、今のままだと、少し悪い出来事が起きただけで、心の病気になりそうな気がします。前向きに生きていくため、どうすればいいでしょうか。(大阪・Y美)」

(読売新聞7月29日付「人生案内」より)


Y美さんに朗報です。
つい今しがた、次のようなメールが私のもとに送られてきました。


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つい先日も知らない英文サイトから同様のメールが入り、こちらの方は76万ドル、日本円にすると何と6000万円です。これを受け取るために下に必要事項を記入して返信してください、とありました。


「やったー!宝くじが当ったぁ!」
いいえ、これらは全部間違いなく詐欺です。
「振り込め詐欺」に代わる新手の「振り込みました詐欺」です。
だって、なんにもしてないのに1000万円や6000万円をただでくれるなんて、いったいどこにこんな奇特な人がいるでしょうか。
常識で考えて分かるでしょう。


でも不景気が底をついている今、上の相談者のY美さんのように、生活が追い詰められている人や、先が見えない人がたくさんいます。そして、こういった人たちがこれらの詐欺に引っかかりがちで、さらにどん底に追いやられてしまい、中には自殺や一家心中をする人もいるのです。
でも、「夢を実現させる」方法がただひとつあります。
それは、どうしても夢を実現させたいという強い願望と必ず実現できるという信念を持つことです。
この方法で、生活保護受給者から億万長者になった人だっています(「人生は出会いで決まる」「成績不良から億万長者に」)。
だめだとか無理だ、と思ったらその瞬間にすべての可能性の芽が摘み取られてしまいます。


私自身、その昔、留学していたときそれを体験しました。この体験をとおして夢を見ることの大切さを確信しています。たとえ目の前がどのような状況であったとしても、夢を見ることは誰にでもでき、しかもお金は一銭もかかりません。
だから、私は声を大にして、「すごい夢を見よう!」とこのブログの中で何度も訴えているのです。


人生、生きていたら誰でも経済的な問題に限らず、さまざまな問題に遭遇します。
でもそれに負けてはいけません。
必ず道は開けます。


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アメリカの多様性

2012.06.29日

アメリカに来て一番驚くのが多様性です。
日本ではアメリカというと「白人と黒人の国」というイメージをみんな持っていますが、実際には世界中のあらゆる国から来た人々から成り立っています。
ですから、街を歩いていても、レストランに入っても、ホテルでも、どこでも英語だけでなく、スペイン語から中国語、日本語、ベトナム語等などありとあらゆる言語が耳に入ってきますし、話されている英語もいろいろな言語のアクセントが入っています。
こちらにくる時のフライトのパーサーはマレーシア人で、すごいアクセントの英語で私に話しかけてきて、私は4度も5度も繰り返して尋ね返しました。
ようやく推測して、
「えっ?Eggs or noodles? (卵かうどんか)って聞いているのですか?」
たったこれだけの簡単な英語が通じなかったのです。
今日も、シンガポール航空に帰りのフライトの日程変更の電話をしたのですが、相手の言っている英語がさっぱり通じなくて、ほとほと困りました。
日系人マーケットに行ったところ、日本食のフードコートにはうどんやラーメンを始め、トンカツから弁当、カレーライス等など何から何まであります。
英語と日本語で表記されていて、働いている人たちも英語も日本語も話します。
お客さんたちの中には中国語で話している人もいるし、スペイン語も聞こえてきます。


車も日本車の多いのに驚きましたが、どこの国の車もあり、面白いぐらいカラフルで形もさまざまなユニークなものが走っています。
個性を大切にする国です。
そして、多様性、人と違うことをお互いに受け入れ合う、認め合う、そういう社会が自然と歴史の中ででき上がっています。


昨日、今日とキリスト教の修養会に行ってきました。ここでも参加者は日本人、日系人なのですが、実にさまざまな人がカリフォルニアのあちらこちらから、そしてハワイからも、私のように日本からも来ています。
そして、みんながそれぞれ個性を持っているのですが、信仰によって一つに結ばれている調和があり、温かさがあります。


今回の私の訪米の目的の一つである魂の癒しが十二分にここでなされています。
昨日は、20年ぶり、あるいはそれ以上の時を経ての感動の再会がいくつもあり、私はその都度、涙涙涙でしたが、この涙によって心の洗濯ができているように感じました。
どんな人も温かく迎え、受け入れてくれるこの国に、そしてクリスチャンの愛に心が躍っています。


これからの毎日が新しい発見と感動の連続で、1ヶ月の滞在中にきっと心身魂ともにすっかりリフレッシュできることと思います。感謝します。


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ディズニーランドなう(続き)

2012.06.23日

バズライトイヤーが終わり、妻は「あれだけ待たされて、たったあれだけのこと?」。
そう、ディズニーランドのアトラクションはみんなこんなもんです。


ディズニーランドは、家族や友達、カップルで来るから楽しいもの。
私など、今年は食事療法をしているので、いつも食べるピザやハンバーガー、ポップコーンやアイスクリームなど、好物が一つも食べられません。
妻が隣でコーラと一緒にピザをおいしそうに食べながら、「ひと口食べる?」。
いいえ、私は意思が固いのです。
一度誘惑に負けると、あとはズルズルといってしまいそうなので、断りました。
私のお昼は、来る途中セブンイレブンで買ってきたお茶とおにぎりだけでした。


正直なところ、これまで皆勤で毎年来たM君じゃないですが、私たちもぼちぼちディズニーランド遠足は卒業かな、と。
妻はもう疲れ果てて、レストランのテーブルで身体を大きく左に傾けて倒れそうになりながら爆睡中。


私は、転んだら石ころ一つでも拾って立ち上がる方なので、今日もここディズニーランドで学ぶことを探して、大きく目を見開いています。


ディズニーで学ぶことと言えばやっぱりこれですね。
「サービス精神」と「夢はかなう」というメッセージ。


お客様一人ひとりの笑顔のために、1日2万人以上働いているという全従業員(そのほとんどはアルバイト)のこぼれるような笑顔です。
チケットブースに始まり、どこのアトラクションでも、パレードでも、また通りやトイレを掃除している人も、レストランや売店など、いつでもどこでも、小さな子どもであろうがシニアであろうが、誰に対しても笑顔で丁寧な言葉遣いで客に接しています。
これは実にすごいこと。
これは、どの業界においても学ぶべきことです。
そして、これを私たちがみんな日常の生活の中で実践するなら、世の中、本当に平和になるでしょう。
しかも、決してできないことではありません。
せっかく学んだことを実践しなければ実にもったいないことです。


かつてディズニー・ワールドがフロリダに誕生した時、ウォルト・ディズニーのお兄さんにある人がお祝いの言葉を贈って言ったそうです。
「ウォルトがこのディズニーワールドを見ることができなくて残念でしたね」
すると兄が答えました。
「弟がディズニー・ワールドを見なかったですって?とんでもない。弟が夢の中で見ていたから、今日このようにディズニー・ワールドが誕生したのですよ」


私も信じます。
「夢は必ずかなう」と。


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いい国つくろう、〇〇〇〇。

2012.06.13日

「いい国つくろう、〇〇〇〇」
と言えば、誰でも中学の時に覚えた歴史年号の語呂合わせ
「いい国(1192)つくろう、鎌倉幕府」
を思い出します。


しかし、今朝の読売新聞20-21面に、「第28回 読売広告大賞」の金賞として紹介されていたのは、
「いい国つくろう、何度でも。」
です。


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これは、去年の9月2日の全国紙の朝刊などを見開きで飾ったもので、当然のことながら私の目も引きました。
1945年8月30日、連合国総司令官のダグラス・マッカーサー元帥が厚木飛行場に降り立つ写真を背景に、「いい国つくろう、何度でも。」という見出しをつけているのですが、これには賛否両論ありました。
しかし、東日本大震災で日本国民全体がかなり大きなダメージを受けていた時に、この「いい国つくろう、何度でも。」に勇気づけられた人はきっと多かったことと思います。
そう言う私もそのうちの一人です。


広告主の宝島社によると、
「敗戦や災害など、これまで幾度となく苦境に直面してきた日本。 日本人はそのつど、不屈の精神と協調性を武器に国を建て直してきた歴史があります。世界のどこを見ても、これほどしぶとく、強い生命力を秘めた国民は存在しないのではないか。そんな気さえするのです。『いい国つくろう、何度でも。』この投げかけを通じて、日本人が本来持っている力を呼び覚ましてみたいと考えました」
ということで、なるほどとうなずけます。


マッカーサー元帥が67年前に厚木飛行場に降り立った時、心の中で「いい国つくろう」と思ったかどうかはもちろん誰にも分かりませんが、敗戦を屈辱的と見るよりも、むしろ敗戦のお陰で戦後、日本はここまで成長発展してこれたのだ、ということは誰しもが認めるところです。
そして、宝島社が言うように、日本人の底力は今回の大震災も福島原発問題も、今後起こるであろうと最近とみに言われている日本全国での大地震や火山の爆発、少子高齢化など幾多の試練もきっと乗り越えていくことができると私も信じるものです。


日本国民みんなで心を合わせ、「いい国つくろう、何度でも。」と大声で叫んで、新しい国づくりに励んでいきたいと心から望んでいます。


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濡れ手に粟

2012.06.11日

ピン ポン ポーン!
「こちらは平塚広報です。
平塚警察署からのお知らせです。ただいま、平塚市内において家族を装った者による詐欺事件が多発しています。
不審な電話などがありましたら、すぐに平塚警察署までご連絡ください」
ピン ポン ポーン!


最近、平塚市内全域をカバーする広域放送で、このような警告がよく流れています。
そして、一昨日の読売新聞湘南版(31面)には、次のような記事が載っていました。
詐欺で150万円被害
 平塚署は9日、平塚市内に住む60歳代の無職女性が、長男などを名乗る男らに現金150万円をだまし取られたと発表した。同署は詐欺事件とみて捜査している。発表によると、8日昼頃、長男を名乗る男から「電車の中にカバンを忘れた」と女性宅に電話があった。
 その後、駅員を名乗る男から「身分確認のため、息子の氏名や生年月日を教えてほしい」と電話があり、女性が長男の名前などを教えると、再び、長男を名乗る男から「カバンの中に会社の通帳が入っているが、業者にお金を支払うため、部下に取りに行かせる」と電話があった。女性は同日午後、自宅を訪れた男に現金150万円を手渡したという」


以前のような単純な「オレオレ詐欺」ではなく、かなり手の込んだ、複数の人間を使った新手の詐欺事件が増えてきています。
平塚警察署によると、昨年は管内で11件、1,464万9千円の振り込め詐欺があり、今年に入ってからは既に4件、1,100万円の被害が出ているといいます。
今日、東京では同様の手口で1件で1,500万円の被害が出、全国では今年に入って5億5千万円の被害といいます。


被害者のほとんどが60歳代から70歳代の女性で、1件当たりの被害額はおよそ100万円から300万円。
そもそも、そんな大金がよく手元にあるものだと驚かされますが、それにしてもコツコツと蓄えた大切な虎の子の老後の生活費を非情にも奪う犯罪者に本当に怒りを覚え、被害に遭われた方々のことを思うと心が痛みます。自分の親が同じ被害に遭ったら彼らはどのように感じるのでしょう。
おそらく、一旦このような悪事に手を染めると、「濡れ手に粟」のような感覚で、もうやめられなくなってしまうのでしょう。
初めのうちは遊び感覚でやっているのかもしれませんが、やがてどんどんエスカレートしていき、間違いなく自らの人生を破滅に導きます。


知り合いの家にもこのような電話がかかってきたことがあるそうです。
その人は、「あなた誰?これは詐欺でしょう!」と言ったら、電話が切れたと言っていました。
このような電話がかかってきたら私なら、
「えっ?和夫?どうしたの?」
とわざと嘘の名前を言ってだまされたふりをし、家に現金を取りに来る時間や振込先などの情報をしっかりと聞いておいて、それをすぐに警察に知らせ、犯人逮捕につなげるのですが。
しかし、相手があまりにも巧妙なので、自分は絶対にだまされないと普段思っている人でも、ついはめられてしまうのでしょうね。
他人ごとではありません。皆さん、くれぐれも気をつけましょう。


最後に、この記事が、これらの詐欺事件に関わっている人たちの目に触れるようなことはまずないでしょうが、万が一にも目に留まるようなことがあったなら、次のことを伝えたいと思います。
あなたの人生はまだ今からでもやり直すことができます。自分の罪を悔い改め、自首して犯した罪に対する裁きを正々堂々と受けてください。
そして、被害者の方々にも謝罪し、自分で働いて償ってください。
そこからあなたの人生は180度変わり、どんどん開けていきます。あなたは新しい命か、破滅のどちらかを選びとらなければなりません。


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バカの大足

2012.05.28日

中学生の時の保健体育の先生は怖いけどとても面白かったS先生。
中学3年の時、男女分かれての保健の時間に性教育がありました。
S先生が黒板に女性の体の絵を描いて生殖の仕組みについて教えてくれました。
ユーモアあふれる授業で、教室はずっと大爆笑の連続。
授業が終わり、女子が教室に戻ってくる前にS先生は黒板に書いてあった女性の体の絵にちょっと手を加えました。
上部と下部を消して横の線で結び、真ん中の部分がくびれた壺のようなオブジェにして、上の口から縦に何本もの線を引き、その先に花をつけて、はい、花がいっぱい詰まった花瓶の絵の出来上がり。
またしても、みんな大笑い。


ある時、S先生が保健の授業の中で言いました。
「バカの大足」
これはよく使われる表現ですが、その後に続いて
「間抜けの小足、中途半端のろくでなし」。
ここでまた大爆笑。
いつもこんな調子でした。


昨日、ふとこの授業風景がよみがえってきたのは、中2のみずきちゃんとバスの中で話していた時のことです。
みずきちゃんが「バカの大足」というわけではありませんが、以前塾に来ていた今は高3のお姉ちゃんのありさちゃんと姉妹そろって背がとても高いのです。
以前、姉妹の名前の由来を尋ねたところ、ご両親が女優の観月ありさのファンだったそうで、初めの女の子が生まれた時「ありさ」と名付けたところ、二人目も女の子だったので「みずき」(実際にはそれぞれ漢字が使われています)と名付けたそうです。それで姉妹そろって「みずきありさ」。
なるほど、とても上手い名付け方です。


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ところで、観月ありさは身長169センチでとても大柄な女優ですが、実はありさちゃんはさらに高くて171センチ、みずきちゃんも166センチで中2としてはかなり高く、今もまだ伸び続けています。
ご両親ともにやはり背が高いそうですが、「みずき」「ありさ」二人ともテニスをしていて、遺伝プラス運動でますます身長が伸びるのです。
昨夜、みずきちゃんに尋ねました。
「背が高くて便利なこととか不便なことってある?」
「便利なことはあまり感じたことありません。でも、洋服や靴を買う時、自分の気に入ったものがあってもサイズがなかったりすることがよくあって不便を感じます。あと、目立つことと周りの男子がみんな小さくて、それがいやかな」
ハイルーフで室内高164センチの送迎バス、ほかの生徒たちはみんな大丈夫なのに、みずきちゃんは頭がつかえ、腰をかがめて乗り降りします。


背の低い人は高い人を羨ましく思ったりするものですが、実際にはそんなのはどうでもいいこと。
大足、小足、中足にバカも間抜けもろくでなしもありません。
背の高い女の子も、背の低い男の子も、みんなそれぞれの個性で、いい悪いなどありません。
みんな、それぞれの個性をお互いに認め合い、受け入れ合う。
これが人間関係をもっと気持ち良いものにし、ひいては人種や国家や文化や宗教を始めとするさまざまな差別や戦争などの解決の糸口になると私は信じています。
教育はただ勉強だけ教えて、試験のために暗記させ、志望校に合格させて、いいところに就職させることが目的ではありません。
もっと人間として基本的なことをしっかり教える必要があります。


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パンティストッキング

2012.04.19日

昨日の読売新聞23面に「透けるパンスト 復権」というタイトルで、興味深い記事(興味があるのは記事で、パンストではない!)が載っていました。


「パンティストッキング(パンスト)はタイツと違って、薄手で肌が透けて見えるのが特徴。これまでは、スーツやフォーマルな装いに合わせるものという印象が強かった。
パンストの生産数は1989年をピークに減少を続け、昨年の生産数はピーク時から約8割減となった。素肌を見せる『生足ブーム』や細身のパンツの流行などが理由という。
昨年秋頃からスーツ姿の女性にまじって10代、20代の女性が『パンスト』を求めて訪れる。ただし、呼び方は『薄いタイツ』や『透けるタイツ』。
『パンストという名はおしゃれじゃないと感じるのでは。カジュアルな服に合わせたいという女性が増えた』
という店員の声や、
『肌が透けるのが春っぽいし、かわいいと思う』
という若い購入者の声。
凝ったデザインも増えた。花柄や幾何学模様などがプリントされた肌色のパンストが人気。ピンクや水色の水玉柄やトランプ柄が売れ筋」 (記事を要約)


20120418-262262-1-N.jpg
(売り場には、肌色や黒、柄が入ったものなど約200種類のストッキングが並ぶという)


上のパンストの記事を読んで思い出しました。
小学6年生の頃、テレビで「バークシャー、バークシャー、シームレスストッキング」というCMが連日繰り返し繰り返し流れ、近所の4年生の男の子がそのCMソングを意味も分からずに口ずさんでいるのを聞いて、私は恥ずかしくなってその子をいさめたことがありました。
このシームレスストッキングは爆発的な売れ行きになったようです。


そして、高校2年の修学旅行の時の甘酸っぱい思い出がよみがえってきました。
電車の中で席を立とうとした時、前の座席に座っていたYさんの足に当たり、彼女の履いていたパンストに電線が入ったのです。
当時はまだ高かったパンスト。私は弁償すると言ったのですが、彼女は「大丈夫」の一点張り。
しかし、やはりどうしても申し訳なくて、長崎に着くと友達についてきてもらってデパートの婦人靴下売場へ直行。
顔を真っ赤にして、店員さんに「すみません。パンストを買いたいんですけど」。
周りの人にも聞こえるのではないかと思うほど「ドキッドキッ」と心臓が大きな音を立てていました。
詰襟の学生服を着た男子高校生がいきなり「パンストください」と来たのですから、きっと店員も驚いたことでしょう。
生まれて初めて(当たり前)、そして後にも先にもこの時一回限りですが、パンストを買いました。
そして、またもや顔を真っ赤にしてYさんに買ったパンストを手渡しました。
それほどうぶで純情、気の小さい私でした。
当時のことをふと思い出したら、また胸がドキドキしてきました。
正直、今この「パンスト」の記事を書いていているだけでも恥ずかしいぐらいです。


そういえば、確かに最近パンストという言葉を聞かなくなっていたな、と改めて時代の変化に驚かされました。
古臭く、ダサいイメージになった「パンスト」が、今になって若い子の間で「シアタイツ」と名前を変えて人気を呼んでいて復活目前、と。
面白いものです。時代は繰り返すと言いますが、本当にそうなのですね。


そうしてみると、私たちの身の回りにもそのようなものがまだまだたくさん眠っているのかもしれません。


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世界仰天ニュース 千葉に巨大〇〇〇現る!

2012.04.07日

昨日、千葉県市原市に世界一という巨大な〇〇〇が現れました。


と言ってもそれは生き物ではなく、なんとトイレなのです。
広さ約200平方メートル、杉の丸太を並べて高さ2メートル、周囲54メートルの壁をつくり、中央にガラス張りでカーテンのついた個室(1.4メートル四方)のトイレ、その周りには色とりどりの花のプランターが並んでいます。


toilet.jpg


去年「台湾タワー」の国際設計競技で最優秀賞を受賞した世界的に活躍する建築家に市原市が設計を依頼し、1000万円近く(987万円)かけて作ったといいます。


興味深いニュースだったので、ネットで検索したところ、人々の反応は予想通り。
「税金の無駄遣いだ」
「野グソしろ」(原文のままー下品な表現をお許しください)
「もっと違うことで世界一になってほしい」
「誰が使うんだ」
「市原市民だけども、こんなものに税金使われてると思うとバカらしくなってきたから 、今後は滞納しまくる事に決めたよ」
「民間企業がしたことならアフォかで済むが、 税金突っ込んで何作ってるんだ」
「プランターのセンスも悪い」
と、延々と批判コメントが続きます。


実際のところ、もし民間企業がこれを作ったとしたら費用対効果が出ず、倒産するでしょう。
また、大金持ちの個人資産家がお金の使い道に困ったとしても、このようなトイレを自分の家の庭に作らないことでしょう。
昔、アメリカの大金持ちの家を訪ねたことがありますが、超豪華なバスルームには大理石のバフタブがあり、トイレが二つ並んでいました(「何事も一生懸命 2」)。
庭も広大で、プールもテニスコートもありましたが、こんな世界一のトイレという発想はなかったと思います。
男性の私でさえ、このトイレを利用したいとは決して思いません。
裏手には小高い丘が見えますし、カーテンを引いて使用するなら何のためのガラス張りトイレなのかということになります。


市民・県民が必死で働いて、精一杯納めている税金はもっと賢明に使わなければならないのは当然のことでしょう。
昨日書いた記事「増えーるメガネ!」をかけてこの世界一のトイレを見直してみましたが、残念ながら悪い点ばかりが増えて見えてしましました。
おそらく利用する人はほとんどいないでしょう。取り壊されるのは時間の問題でしょうか。
この世界一のトイレを喜んだのは、昨日見学に訪れた保育園児ぐらいですかね。
今日は「元気の出ないブログ」になって申し訳ありません。


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譲り合いの精神

2012.03.23日

横浜市営地下鉄は全国で唯一「全席優先席」にしているそうです。


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これは本当に素晴らしいことです。
お年寄りや体の不自由な方や妊婦や小さな子供連れの方がいらっしゃったら、優先席に限らずたとえどの席でも率先して譲る、そんな当たり前のことですが、当たり前のことがなかなかできないので、市がそれを率先してやり出したのです。
本当は、こんなステッカーや「全席優先席」という概念すらなくても、みんなが自然とやるようにならなければならないのですが、市交通局関係者の利用者への期待と啓蒙の表れでしょう。


ところが、今日の新聞によると「全席優先席」だと、席を譲られると答えた高齢者は49%で、半数は譲られないということです。
そこで、今夏から「最優先席」をステッカー代など400万円かけて導入するとのこと。
ところが、これにも賛否両論で、「再優先席以外が普通席になるだけ」「普通席と優先席の関係と何が違うのか」、「市のメンツのために全席優先を続けるのか」「座席の区別は当初の理念からずれるのでは」「最優先席の導入は、せっかく根づいてきた譲り合いの精神に逆効果を与えることになる」「将来、『最最優先席』や『特上席』を設けることになるのでは」などと、なかなかみんな手厳しい。
関西でも「全席優先席」の試みがなされたことがあったそうですが、今ではすべて撤退したとのことです。


40年近くも前のことですから今はどうかわかりませんが、私がアメリカに留学していた頃、アメリカでは車を運転する時には普通にみんなお互いに譲り合っていました。
それが当たり前だったのですが、当時みんなが「我先に」だった日本からやってきた私にはショックでした。
ある時、駐車場からバックして道路に出ようとした車に、後続の車が止まって譲ってあげたところ、白バイがサイレンを鳴らしてきました。切符を切られたのはバックして出ようとした車で、交通を妨害したということでした。
これがこの出来事が新聞に報道されるや否や、多くの市民から「譲り合いの精神によるもので、交通妨害ではない」と抗議が殺到して、裁判の結果、罰金を払わずに済んだ、というということがありました。
車の運転だけでなく、デパートなどで入口のドアを次の人のために持って開けているとか、エスカレーターやエレベーターの乗り降りの際など、一般の人々の間に譲り合いの精神がごく普通に行き渡っていて、子供たちも日常そのような大人の姿を見ていて自然と公衆マナーを身につけていました。


一方、毎日のバス送迎の際感じることですが、狭い道路の信号で先頭車が右折しようとしている時、直進車がちょっとスピードを落とせば右折できるのに逆にスピードを上げてきて右折させない、さらに信号が赤になっても直進車が信号に入ってきて、先頭の1台がようやく右折するだけで後続の車は1台も進めないということがよくあります。一昨日もこの光景に出くわしました。


去年お亡くなりになった柿谷寿美江先生(「心洗われます」)は、アメリカに長年住んでいらっしゃったのですが、帰国後、車を運転しておられた時、狭い道路で対向車が止まって待ってくれたので、ありがたいと思いながら横を通り過ぎようとしたら、いきなり相手の人に大声で「手を上げるとか、礼ぐらいしろ!」と怒鳴られてびっくりしたとおしゃっていました。
私自身も、送迎中に似たようなケースでとても恐ろしい思いをしたことがあって、これがいまだにトラウマになっています(「長生きするための秘訣」)。


日本人はよく、お隣の中国人のマナーのことを云々しますが、他人のことなど言えたものではありません。
世界をリードするような国に、国民になりたければ、日常の生活の中で私たち自身、自分の足元を見直す必要があります。


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美しいハーモニー

2012.03.07日

去る1月26日に銀座王子ホールで催されたラ・ストラヴァガンツァ東京の公演を今朝、テレビで見ました。
私はもともとヴィヴァルディを始めとするバロック音楽は大好きなのですが(「いやしのバロック」)、今日は心ゆくまで堪能させていただきました。


とくに見事と思ったのは、メンバーの息の合ったところ。
4人のヴァイオリニスト、2人のヴィオリスト、あとチェロ、コントラバス、リュート、チェンバロの奏者がそれぞれ一人ずつの10人のメンバー。
みんな、演奏を心から楽しんでいるというのが伝わってきます。
曲の始めは、もちろん指揮者などなしで、ピタッと全員が合っています。プロですから当たり前のことですが。


あまりの美しさにしばし時を忘れて、演奏される曲の中をまるで夢の中にいるかのように漂っていました。
17世紀以来ずっと、これらの曲が数えきれないほど多くの人々によって演奏され、そして聴かれ、愛されてきたのです。
ふと思いました。
音楽の美しさは、そのハーモニーにあると。


しかし、ハーモニーは何も音楽に限ったことではありません。
家庭におけるハーモニーや職場、学校や部活動におけるハーモニーなどもあるでしょう。
メンバーの息がピッタリ合っていたら、そこには必ず美しいハーモニーがあります。


私は我が家のハーモニーを、そして職場であるアカデミーのハーモニーに心から感謝しました。
とくにうちで働いている先生たちのハーモニーはラ・ストラヴァガンツァ東京に劣らないほど(ちょっとオーバーですが)見事です。
個々の先生たちの授業などの働きもさることながら、何かことをする時のハーモニーは本当に見事です。
私などはどちらかと言うと、これまで一匹狼的なところが強かったので、このような先生たちのハーモニーを見ていると羨ましいほどです。とくに今は、4日後に迫った「卒デミー」という卒塾式です。このために先生たちが時間を惜しまず入念に準備を進めています。
これまでの卒塾式でも、それこそ分単位どころか秒単位での緻密なスケジュールで、参加した生徒たちをみんな大いに感動させてきました。


ハーモニー。
これは今の日本の社会にも、そして世界にも求められています。
みんなが心を一つにして、力を合わせるなら、常識では考えられないようなことがどんどんできるようになります。
今日は、朝の美しい音楽のハーモニーを見て(実に曲目の一つは「調和の霊感」)、一日幸せな気持ちでいることができました。
ハーモニーは美しく、そして癒しの力もあります。


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矛盾に満ちた世界

2012.02.10日

小学5年生か6年生の時だったと思います。
国語の教科書に「矛盾」の話が載っていました。
『韓非子』の一篇「難」に基づく故事成語で、「どんな盾も突き抜く矛」と「どんな矛も防ぐ盾」を売っていた楚の男が、客に「その矛でその盾を突いたらどうなる」と問われ答えられなかったという話です。
挿絵つきのストーリー仕立てで面白く描かれていて、クラスのみんなが大笑いしました。


つい先日、テレビのニュースで、井の頭自然文化園の象の花子さんが65歳の誕生日を迎えたと報じていました。
花子さんの長寿の秘訣は食生活ということで、健康食やドクダミ茶、薬用酒などが与えられているそうです。
私が飲んでいるのと同じ養命酒(「トクトクトクトクの音がたまらない」)を飲んでいます。
人が飲むのは1回おちょこ1杯ぐらいの量ですが、象の飲む量ときたらハンパじゃないでしょう。
すごく贅沢な象です。


つい先日、平塚駅前の地下道の寒いところで段ボールにくるまって寝ているホームレスの人を見たのを思い出しました。
象に長生きしてもらうために栄養食を食べさせて、かたやホームレスの人が住むところも、食べるものもなく、寒さに震えている。
これはある意味矛盾です。


来週、公立高校を受験する生徒たちがすべり止めで受ける私立の入試が今日ありました。
試験のレベルは中学の指導要領を超えたかなり難度の高いもの。
ある高校では600人ほどの生徒が試験を受け、明日は合格発表です。
正直、こんなにたくさんの答案用紙を1日で採点するのは教師全員が徹夜でやっても無理ではないかと思います。
結果は白紙答案でも出さない限りはほぼ全員合格です。
そして、3日後の月曜日には入学金の9万円を納めなければならないと言います。
私立校に合格した生徒は本命の公立高校の入試を来週の木曜日に受け、ほとんどがこちらにも合格します。
すると、先に納入した入学金はパアです。それを承知の上で私立校は高い入学金を納入させます。
これは一種の詐欺ではないかと思うほどですが、これもある意味矛盾の世界です。


今日、1週間前にあった中高一貫校の合格発表がありました。
うちの塾から受検した生徒の中の一人は、模試ではほとんどいつも合格圏内に入る高得点、高偏差値で、しかも作文力も抜群、グループ活動の討論もいつもみんなをリードし、しっかりした自分の意見を持ち、それを的確に発表することのできる大学生顔負けの生徒です。
しかも、当日の検査もいつも通りよくできていてグループ活動もうまくでき、本人のみならず教師もみんな合格を疑いませんでしたが、結果は予想だにしなかった残念な結果となりました。
その子の心の内を思うと胸が張り裂けそうになるほど苦しいです。
6倍という高倍率ではありましたが、この子が不合格になるのなら一体誰が合格するのかと思うほどです。
実際には、遥かに偏差値の低い、また自分の意見も十分に述べることができなかった生徒が何人も合格しているのでしょう。
これも矛盾の世界です。


この世の中、どこを見回しても矛盾だらけで、逆に矛盾のない世界を探すほうが難しいほどです。
しかし、これらの矛盾に満ちた世界に私たちは生きていて、またこれからも生き続けなければならず、いくら大声で「矛盾だ!」と叫んだところで、これらの矛盾が消えるわけではありません。
矛盾だらけの世界で、開き直って賢く生きていくこと、これが私たちに与えられた宿命であり、また同時に使命でもあります。


大人になって、「矛盾」は冒頭の物語のように面白いものでは決してないということを悟るようになりました。
不合格は誰にとっても本当に辛いことですが、「合格、不合格は人生の一通過点」であることを理解し、このところから力強く立ち上がって新しい人生を切り開いていって欲しいと心から願うものです。


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駐車ご遠慮ください?

2012.02.07日

最近、よく「◯◯ご遠慮ください」という注意書きを見かけます。
「ご遠慮ください」という「遠慮がち」な表現のため、あまり効果がないようです。


近所の団地のバスロータリーのところに、この「駐車御遠慮ください」の看板が立てられていますが、ほとんどいつ通りかかっても何台かの車がとまっています。
面白いのは、「御遠慮ください」と書いてあるので、みんな堂々とはとめずに「遠慮がちに」とめているということです。


rotary.JPG


上の写真はつい先日通りかかった時に撮ったものですが、看板のすぐ後ろに白い車が1台とまっていますが、よく見るとさらにずっと向こうの方にもう1台黒っぽい車がとめられています。
両方とも目立たないように隅の方に「遠慮」してとまっているように見えます。


なぜ、もっと強い調子で「駐車禁止」と書かないのでしょうか。
最近は自分たちの権利を主張する人が増えてきて、あまり強い調子で言うとかえって反感を招くため及び腰になっているようです。


昔は、上のバスロータリーや市役所のような公の場ほど、権力意識が強くて「◯◯禁止」とか「◯◯するな!」というような調子のものが多かったのですが、今ではすっかり逆になってしまって、民間の方が強くなっています。
たとえばこのような感じです。


parking.JPG


そういえば数年前のことですが、うちの塾の駐車場2台分のところの真ん中に1台の車が斜めにとめてありました。
頭から突っ込んでいたので、目の前の壁に「アカデミー学院専用駐車場」と書いてあるのが目に入っていたはずです。
送迎から戻ってきてバスがとめられず困りました。
ふと中を見ると女の人が乗っています。
そこで私はバスから降りてその車に近づき、女性に「遠慮がちに」言いました。
「すみません。ここはうちの駐車場ですので移動してもらえませんか?」
ちょうどその時、よその店で買い物していた夫と思われる人が戻って来ました。
男性が車に乗ると助手席の女性が男性に何か言いました。
そして、次の瞬間、バックする車の窓が開いて女性の罵声が響きました。
「バカヤロー!ハゲ!!」
私は空いた口がふさがりませんでした。
(どっちがバカなんだ...。それに私は禿げではない!)


それ以来、怖くてごく当たり前のことが言えなくなりました。上のバスロータリーの注意書きと同じで及び腰になってしまったのです。
こういうところから「◯◯ご遠慮ください」という表現がきっとふえたのでしょうが、それがかえって横着を助長しているように思われてなりません。
大人はもっと常識をわきまえた行動を取り、子供たちのお手本になってもらいたいものです。


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ロバのパン屋

2012.02.04日

小学4年生のAちゃんを送迎で迎えに行くと、いつもAちゃんの家の前に軽のワゴン車が止まっていて、周りには人がいっぱい。
Aちゃんに尋ねるとパン屋さんだと言います。
去る水曜日は小さな子供たちの黒山のひとだかりで、ふと私が小学生の頃よく見ていたロバのパン屋さんのことを思い出しました。
するとロバ(実際には馬)に引かれた馬車がまわって来るとき流していた蓄音機のメロディが蘇ってきました。
そしてAちゃんにそのことを話し、おぼろげに覚えていた歌を歌って聞かせました。
「...チンカラリンロンやってくる...
チョコレートパンもアンパンも、なんでもあります、チンカラリン」
あと何だったっけ...。なんとなく思い出せそうなのですが、出てきません。
信号で止まったとき、胸ポケットからiPhoneを取り出し、「ロバのパン屋」で検索すると、あるわあるわ。
まずYouTubeが見つかったので、それをかけてAちゃんに聞かせてあげました。(というか、本当は私が聞きたかったのですが)
これがそれです。懐かしく感じる方もきっといらっしゃることでしょう。



でも、この歌を聞いたAちゃんの反応は...。
「古臭い歌だなぁ〜」という感じでした。
いや、実際のところ、私が聞いても古臭く感じるのですから当然のことでしょう。
Aちゃんに言いました。
「家のパソコンでYouTubeで見てごらん。きっと、おじいちゃんやおばあちゃんが懐かしく思うよ」
そう、もうおじいちゃん、おばあちゃんの年代なのですよね、懐かしく感じるのは。


ところで、このロバのパン屋さん、私も子どもの頃何度か母親に頼んで買ってもらった覚えがあるのですが、パンが包まれていた包装紙までネットに載っていました。思い出しました。まさにこれです。


roba.jpg


ロバのパン屋さんの馬車は昭和30年代の半ば頃まで見かけましたが、その後車の普及に伴って姿を消してしまいました。
この馬車、人目を引き、蓄音機から流れる歌も良かったのですが、通ったあと道路に残される馬糞が次第に人々の顰蹙(ひんしゅく)を買うようになりました。


そして、これに変わって登場したのが軽のワゴン車による新種の「ロバ(?)のパン屋」で、これがAちゃんの家の前に毎週やってくるパン屋さんです。


panya.jpg


時代の変遷とともに商売も形を変えていくのですね。
後日談ですが、Aちゃん、あの日家に帰って早速お父さんに頼んで、パソコンで上のYouTubeを再生してもらったそうです。
お父さん曰く、「何、これ??」ですって。


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お下がり

2012.01.29日

時代の変遷で私たちの生活習慣が変わり、それに伴って言葉も廃れたり、あるいは新しい言葉が生まれたりします。


「お下がり 」(おさがり)という言葉も耳にしなくなって久しいです。
Wikipediaで調べてみると、次のように書いてありました。


「お下がりは年長者が使用した物を、年少者が使用する場合のその物及び、物の移動行為を指す。お下がりとなるものは、再使用が出来るもの。
高度経済成長期までの日本は購買力が低く、また物は使えなくなるまで大切に使うべきだということが常識としてあった。そのため、子供の衣類や育児用品のように、まだきれいな状態のまま本人の成長により使えなくなるものは、兄弟姉妹あるいは親族・知人間での『お下がり』が当然のことであった。
しかし高度経済成長期以降、可処分所得が増えて購買力があがり、また少子化で親・祖父母が一人の子供にかけられるお金が増え、お下がりはだんだん行われなくなっていった。 お下がりをもらって気を使うより、お金を出して新しい商品を買うことが出来るようになっていったからである。またあげる方も、相手がありがた迷惑に感じるかもしれないと躊躇するからである。
現在では、かつて『お下がり』で回されていた衣服や育児用品が、バザー、フリーマーケット、ガレージセールや、リサイクルショップの定番となっている」


なるほど、そういうことだったのですね。
私の子どもの頃はお下がりはごく当たり前のことで、私は長男で上がいなかったのですが、数多くいた従兄弟から次々とお下がりが回ってきました。
衣服が中心でしたが、それ以外にたとえばおもちゃや自転車などもありました。
何をいただいても嬉しくて、恥ずかしいなどと思ったこともありませんでした。
それぐらい、当時はお下がりがどこでも当たり前だったのです。


上に引用したWikipediaの記事にあるように、今では「お下がりをもらって気を使うより、お金を出して新しい商品を買うことが出来るようになっていったこと。またあげる方も、相手がありがた迷惑に感じるかもしれないと躊躇する」ということから、最近はお下がりは周りでもあまり見られなくなってきました。


しかしつい先日、思わぬところでお下がりに気づきました。
実は、長男が高校生の頃に着ていたセーターを私が着ていて、娘が着なくなったセーターを妻が着ているのに気づき、二人で笑いました。
このほか、次男がやはり高校生の頃着ていたコートを私は着ます。
私たちにとっては使える物は使わないと「もったいない」のです。


「お下がりは年長者が使用した物を、年少者が使用する」というWikipediaの定義から言えば、「年少者から年長者への物の移動」は、正確には「お下がり」ではなく「お上がり」とでも言うのでしょうか...。
で、「お上がり」のメリットは?
エコなだけでなく、気持ちも若返ります。


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政治家は...

2012.01.26日

昨日の読売新聞[「編集手帳」より。


源義経が平家の軍に夜討ちをかけようとしたが、暗くて道が見えない。義経が「例の大松明(おおたいまつ)はどうだ」と問い、家来が「その手がございました」と答える。『平家物語』巻九の一場面である
◆義経一行は道沿いの民家に火を放ち、火事の明かりを頼りに山を越えていく。暗くなったら、また次の民家に火をつける…。松明がわりに家を燃やされる農民は、たまったものではない
◆政権奪取に至る暗い夜道にも、「大松明」が要るのかどうか。政権交代の前も、後も、通過する軍勢に家を燃やされる気分がつきまとって離れない
◆交代前は民主党が自公政権に「解散を!」と迫り、交代後は自公両党が民主党政権に同じ文句を突きつけている。つまるところ物事は動かず、老後の安心も国の財政も炎上に至ったのは見ての通りである。通常国会が開幕した。同じ火ならば、法案を照らすロウソクの炎がいい。与野党が額を寄せ、より良い案に練る。政策を壊し合うのではなく作り合うなかで、政権担当能力の優劣は競えるはずである
◆「民意を問う」という美名に名を借りた椅子取りゲームで、国を灰にされたくはない。


「平家にあらずんば人にあらず」という傲慢に劣らず、上の「松明がわりに家を燃やす」という蛮行には胸が悪くなります。


しかし、今の日本の政治も似たり寄ったり。
野党の時には与党の政策をすべて非難し、与野党の立場が逆転すると両者ともやることが180度転換する。
これほど国民を愚弄したことはないのではないでしょうか。
本気で国民のことを思うのであれば、お互いに膝を突き合わせて話し合い、一つひとつの政策に是々非々で臨むべきでしょう。


昨日、中央大学時代の教え子で、現在いくつかの大学で講師をしている中藤君(「"仁"の世界に入った!」)からメールをいただきました。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の精神で、政界入りを目指していらっしゃいます。


Facebookの彼の自己紹介を見ると、
「十数年に亘り、自民党と民主党の日韓議員外交に携わって来ております。政府特使の随行も2回経験いたしました。渉外、随行、通訳を務めながら、日韓関係の現場を肌で体験できることは大きな収穫です。また、韓国政界との人脈も大きく拡げることができました。光栄なことに、李明博大統領、金泳三大統領にもお会いできました。しかし、縁の下の力持ちではなく、いつか自身が直接交渉をしたいという思いはあります」。


日英韓国語に堪能で通訳や翻訳の仕事をこなし、三か国の文化・歴史・政治等に詳しく、学術・政財界で広い人脈を持つ中藤君には、是非とも懸案になっている日韓関係の改善・発展のために一肌脱いでもらいたいと思っています。
「今年は行動に出る」とのこと、大いに期待し、応援しています。


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テラスモール湘南がすごい!

2012.01.21日

去年の11月にオープンしたテラスモール湘南に今日初めて行ってきました。
妻と娘はこれまで何度か行って気に入っているようで話には聞いていたのですが、実際に行ってみると本当にすごい!!
何がすごいって、もう何もかも!


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平塚からテラスモールのある藤沢市辻堂まで距離にして14kmほどで電車だと10分、車で20分ほどの距離です。妻はこれまでいつも電車で行っていたのですが、今日は車で行ったところ、モールの1kmほど手前からすごく渋滞していて何と1時間もかかり、さらに駐車場に入ってからも車をとめる場所を見つけるまでに20分もかかりました。
モール周辺も駐車場内も車車車で全然動かないのです。
まず、これが「すごい!」
しかも、モール近辺にどこから駐車場に入ればいいのか案内板が一つもなく、駐車場内に車を誘導する係員が一人もいない。
これも「すごい!」というか、信じられなーい!


ようやく車をとめて中に入ると、人人人!
東京ドーム3.6個分という湘南地方随一のモールが小さく感じるほどの人の数です。
不景気、不景気と言いながらこんなにたくさんの人たちがショッピングや映画や食事を楽しんでいる。
これが実に「すごい!」


着いたのが夕方の4時過ぎでしたが、数多いレストランはどこも満員。これも「すごい!」
入ったハンバーグレストランで、妻はハンバーグ、私はステーキを注文しました。これが美味しかったこと。これも「すごい!」


食事のあと妻はウインドーショッピング、私は有隣堂書店へ。
大きな書店なのに、私の探していた本がない!これも「すごい!」
客のほとんどが若い人たちで、残念ながらミセスのショップはなかったと妻はがっかり。
これもある意味「すごい!」
デザートを食べて駐車場を出ようとしたら、また車車車。出るのに何と40分もかかりました。
これが一番「すごい!」
何もかも記録づくめ。
すべての意味でまさに「すごい‼」テラスモール湘南でした。
もう懲りてしまって二度と車では行かないことに決めました。


ふと思いたしたのは、今から40年前にアメリカに行った時、今日の日本のショッピングモールよりももっと巨大なモールが既にいくつもあったこと。
当時、日本にはまだショッピングモールはおろかホームセンターさえなく、デパートとスーパーの全盛時代でした。
初めてこの巨大なショッピングモールを見た時は、それこそ腰を抜かさんばかりに「すごい!!」と驚いたものですが、今や日本ではあちらこちらにあってもう当たり前の光景。
これも「すごい!」


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シンメトリー

2012.01.13日

ここしばらく毎日とても暖かい良い天気が続いています。
今日は久し振りに平塚市総合公園を散歩しました。
前回ここを散歩したのは去年の11月26日、晩秋で紅葉がきれいな時でした(「チラシもヤバイ!!」)。


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総合公園内の紅葉の日本庭園


先日、塾で生徒たちが総合公園の外周は1750mという話をしていたので、今日は外周を2周しようと思いました。
30代ぐらいの若い人たちが本格的なジョギング姿で颯爽(さっそう)と走って行く横を私は早足で歩いていました。
気がつくと歩いているのはお年寄りばかり。
「そうか。鼻垂れ小僧ながら私も既にその仲間か…」


早足で平塚球場や平塚競技場の横を歩いていると、さすがにちょっと汗ばんできました。
1周終える辺りでとても美しいシンメトリーの光景が目に飛び込んできてハッと息を飲みました。


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それこそ美術の教科書に出てきそうなシンメトリーと一点透視図法のお手本のような光景です。
前回来た時は、真っ黄色の銀杏の葉っぱが絨毯(じゅうたん)のように道路一面に敷き詰められていましたが、今回は枯れ木の並木道になっています。
この右側には元大原高校、現在は中高一貫校の平塚中等教育学校があります。


学校の横を歩いていたら子供たちの元気な声が聞こえてきました。
ああ、ここでうちの卒塾生の中等教育学校一期生のN君や弟のT君が今、学んでいるんだな。
そして、今年新たにここを受検する(そう、試験を受けるのではなく適性検査を受けるので受験ではない)何人かの生徒たちがまたこの4月からここの生徒になるんだ、と思うととても嬉しくなりました。
ここの高等部で学んでいる生徒もたくさんいますが、今年大学受験の子も多く、彼らの健闘を祈りました。


そして、上のシンメトリーの並木道のすぐ左側には総合体育館があり、今ここのプールで妻が泳いでいます。
平日のプールはご年配の方々ばかり。
私は去年、体調を崩して以来スイミングはリタイアして今はもっぱらウォーキングです。


シンメトリーの並木道を挟んで右側では「これから」の子供たちが将来のために頭と体を鍛えていて、左側では「これからではない」(「これまで」ではない!)人たちが老後のために体を鍛えている。
これもシンメトリーです。


という私も若者がジョギングしている横をウォーキングしていて、これもある意味シンメトリーか。
あるいは、世代間のバトンタッチか。
2周少し回って300キロカロリーほど消費しました。妻の50分のスイミングの消費カロリーとほぼ同じくらいです。
これもシンメトリー?


私たちが子供の時は、高度成長期で右肩上がりの経済と共に歩んできましたが、今の子供たちはバブルがはじけて以来ずっと右肩下がりの経済の真っ只中。
おっと、これはこのようなシンメトリーじゃなくて、全国民一丸となってV字奪回のシンメトリーを目指さなければなりません。
そのためにも、今の子供たちには頑張ってもらいたいものです。


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ポルシェより高い◯◯◯!?

2012.01.07日

一昨日の読売新聞夕刊1面にびっくりするような記事が載っていました。
「東京・築地の中央卸売市場で5日早朝、新春恒例の初競りが行われ、青森・大間産の本マグロ1本が史上最高値を2,000万円以上も上回る5,649万円で競り落とされた」というのです。


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記事の写真を次男に見せて、
「史上最高値だって。いくらぐらいだと思う?」
と尋ねたら、
「100万ぐらい?」という返事。
「全然。もっと思い切って!」
「じゃあ、500万とか?」
「いや。まだまだ甘い、甘い」
「だって、常識的に考えてマグロがポルシェよりも高いなんてあり得ないでしょ」
「それが何と5,649万円だって!」
「・・・」


調べてみたら、ポルシェは600万ぐらいからあり、高いもので1,000万から2,500万円台でした。
なんだかポルシェが急にとても安く思えてきました。


「この本マグロは269キロで、競り落とした寿司チェーン店の喜代村によると、握りずし1個に換算すると15,000円程度になるが、店舗では134〜418円の通常価格で販売するという。
木村清社長(59)は『東日本大震災などで元気を失いかけた日本の皆さんに最高のマグロを届けたかった』と笑顔を見せた」(読売新聞)


地元の漁業組合長は「新年早々、明るいニュース。今年は辰(たつ)年にちなんで、景気が竜のように上り続けてほしい」と語ったそうです。
木村清社長の思いが通じたようです。


一昨日のブログ「逆立ちしても無理!」の三浦雄一郎さんの80歳でのエベレスト登頂チャレンジ同様、私にはこんなに高いマグロを競り落とすことも、あるいはポルシェを買うことも、やっぱり逆立ちしても無理ですが、少なくともスシローに行って100円のマグロを食べるぐらいのことはできます。
そして、たとえこのような本当に微々たることでも、みんなが参加して協力するなら「塵も積もれば山となる」で、日本の経済復興の一助となることができるのです。


ということで、早速小さな小さな、目に見えないほどですが自分にもできる小さな復興のお手伝いをしよう、とスシローに行くことにしました(「スシローを侮るなかれ!」)。


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落穂拾い?

2011.12.28日

今日、バス送迎中に見た光景は、ミレーのあの有名な「落穂拾い」そっくりでした。


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ただ、私が見たのは女性でなく男性で、しかもお年寄りで、拾っていたのは落穂でなくゴミでした。


ミレーの落ち穂拾いは、19世紀中頃のフランスの貧しい農民の逞(たくま)しい生き方を描いた名作です。
落穂拾いとは、地主の麦畑の収穫を手伝う零細農民が、手間賃のほかに収穫の約10%だけ残された落穂を拾うことを許されていた当時の互助精神の風習です。


時と場所が変わって現代の豊かな日本。
コンビニで買ったおにぎりや菓子の包装紙、マックの紙コップややポテトの紙容器やハンバーガーの包み紙、ペットボトルなどが道路のあちらこちらに捨てられています。
これらは子供が捨てたものでしょうが、無理もありません。
大人がタバコの空きパッケージや吸殻、ビールの空き缶などを捨てているのを毎日のように目の当たりにしているのですから。


以前、このブログに「きれいな街づくり」という記事を書きました。
塾のすぐ近くのバス停。後ろの橋の欄干にどなたかボランティアの方がビニール袋をくくりつけてくださって、それまで毎日ゴミが散らかっていたバス停付近がきれいになったと喜んでいたのもつかの間。
ビニール袋がだんだん大きくなるにつれてゴミの量も半端でなくなり、大きなビニール袋が毎日満杯になって、さらに歩道の上まで溢れるようになったのです。
ご近所のボランティアの方は毎日、そのゴミ袋を取り替えていらっしゃったのですが、ついに堪忍袋の緒が切れたのか、それとも家族の人にもう止めろと言われたのか、タバコの吸殻入れもゴミ袋もなくなってしまいました。
その結果、ゴミの量は以前よりは減りましたが、今も相変わらずバス停付近にはタバコの吸殻、空き缶、ペットボトル、空き箱などのゴミが散乱しています。
よく中国人の公衆マナーのことを日本人は云々しますが、人のことなど言えた義理ではありません。


私は塾まで歩いて行く道は塾の近辺、また家に帰る道は家の近辺に落ちているゴミは手で拾い、自分のところのゴミ箱まで持って行って捨てます。また駐車場にバスをとめて塾まで歩いていく道に落ちているゴミもできる限り拾うようにしています。
しかしこれがほぼ毎日のことなのです。ゴミが一つも落ちていない日のほうが珍しいぐらいです。


今日、送迎中に見かけた「落穂拾い」ならぬ「ゴミ拾い」の光景は胸が痛みました。
それと言うのも、お年寄りにとって腰を屈めてゴミを拾うのは結構重労働で大変なのです。
私自身、腰痛持ちなのでその辛さがわかります。
「いたちごっこ」の中に書いたM牧師は80歳を超えるご高齢ですが、いまだに大きなゴミ袋を持ってしょっちゅうゴミ拾いをしていらっしゃいます。


ゴミ拾いは素晴らしいボランティア活動ですが、そもそもゴミを捨てること自体が問題です。
大人が率先してゴミを捨てないお手本を示さなければなりません。
19世紀のフランスの貧しかった農村のほうがよほどきれいだったのではないでしょうか。


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飲酒運転キャンペーン?

2011.12.17日

夕方、買い物で駅の近くに行った時、小さな交差点に警察官が5〜6人立ち、車を1台1台止めていて、道路が渋滞していました。
事故があったのか、それとも検問でもしているのかと思いながら進むと、私の車も止められました。
助手席に座っていた妻が窓を開けると、警察官が何か入ったビニール袋を差し出して言いました。
「ただ今、飲酒運転キャンペーンをやっています。よろしくお願いします」


車を出すと、妻が袋の中を見て喜びました。
中に大きなみかんが2個入っていたのです。
早速妻は食べ始め、車の中はみかんのいい臭いでいっぱいになりました。
駅ビルの駐車場にとめて、私もみかんをいただきました。
しかし、それにしてもなにか腑に落ちない。
何だろう?
「そうだ!飲酒運転キャンペーンだ。これって変じゃない?なんだか飲酒運転を奨励しているみたいじゃない?」
「そうよね。飲酒運転根絶キャンペーンとか言わなきゃね」


そうです。警察官の言った「飲酒運転キャンペーン」は変です。
そして、みかんの入っていた袋の中に食べ終わった皮を入れようとすると、中に紙が入っていました。
そこには次のように書いてありました。
「運転免許、捨てますか!!
平成21年6月から飲酒運転に対する行政処分が強化されます。
(0.25ml以上の)酒気帯び  免許取消  違反点数25点
(0.25ml未満の)酒気帯び  免許停止90日  違反点数13点
酒酔い運転 免許取消 最長10年  違反点数90点」


これを見て、またまた??
飲酒運転をしてはいけないのは「免許取消」になるから?
えっ?そうじゃないでしょ!
飲酒運転は交通事故の一番の原因になり得るし、交通事故を起こしたら人を傷つけたり、殺したりすることになる危険な行為だからいけないんじゃないの?
免許を取り上げられるから飲酒運転をしてはいけないの?


まあ、「飲酒運転キャンペーン」と言うぐらいだから、これぐらいは当たり前のことか...
それにしても、「飲酒運転キャンペーンです」と言って、みかんを配って、これで本当に飲酒運転を根絶できるのですかね...
またしても???でした。
納得いきませんでしたが、みかんだけはおいしくいただきました。


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原発問題と戦争

2011.12.14日

一昨日のブログ記事「原発問題はまったく収束していない!」は、私の小学校時代の友人W君から送られてきたメールをそのまま転載させていただいたものですが、かなりの反響がありました。
そこで次のようなメールを彼に送りました。


「原発問題に関する貴重な資料を本当にありがとう。
僕自身とても勉強になりました。
昨日のブログに転載させてもらったところ、かなりのアクセス数でした。
多くの人々の目に留まり、君の願いも叶えられてよかったね。
また、資料提供をお願いします。
僕にできることであれば喜んで協力します」


今朝、W君から第二弾とも言える、かなりショッキングなメールが返ってきました。
これはどうしても皆さんにお伝えしなければならないと思い、再びW君の了承を得て、ここに転載させていただきます。
原発問題は、戦争のように一地域や国家間の問題ではなく、その規模や危険度、恐ろしさは地球規模の問題です。
これによって、一人でも多くの人の関心が原発問題に集められ、ここから議論が起こり、やがてそれが世論を動かすほどになり、脱原発の方向に進むことを祈りつつ、今日の記事とさせていただきます。


「ありがとう。
少しでも多くの人が気付いてくれることを願います。
私の知人、元マスコミの人ですが彼もネットはガサネタが多いからと言っていましたが、東京新聞、47ニュースなどを見せるとようやく分かってくれました。
最近では朝日新聞も少し脱原発に傾いてきています。


人間観察の面からも原発問題で見えてくるものがたくさんあります。
先の戦争で「神風」までいった狂気、命を大切にしないという意味で、命令を下した方の狂気のことです。
今の福島の人たちが同じように見えてしまいます。
子供の頃、なぜ大人たちは戦争を止められなかったのだろうと疑問に思っていました。
この年になって、ようやく答えが見つかりました。最大の原因はマスコミです。
だれでも、出来れば戦争なんかしたくないし、死にたくもありません。
同様に、分かっていれば、原発なんか怖くて誰も賛成しないでしょう。


情報を操作して「安全神話」を作り上げた手法などが明らかにされてきました。
ETVも精力的に「安全神話」の歴史的な分析をしています。
核燃料の廃棄物の問題なんか処分の仕方も決まらないまま、どんどん増え続けています。
活断層の上にある原発など、危なくてどうしようもありません。
だいたい原発というメカニズムはコンセントを抜くと爆発するという性格のモノです。
知れば知るほど怖くなります。


廃炉するにしても10年以上冷やし続けなければなりません。
大変なコストです。原発の電気が安いというのもあらゆる意味で完全に嘘でした。
事故の補償費用を計算に入れなくても決して安くはありません。
アメリカではすでに太陽光の方がコストが安くなっています。
そして、これらのことは電力会社が全てマスコミの広告スポンサーになることで封じてきました。
独占企業になぜ巨額の広告費がいるのか考えてみてください。しかも広告費用は全て電気代という形で私たちが払っています。


舟田君もぜひ、原発の情報には注目してください。
福島はまだ、コントロールされているとはとうてい思えません。
何が起こっても不思議ではない状態です。
また、なぜ高学歴の官僚が国民に不利益になることをするようになるのか、教育者の立場からもその心理的なメカニズムを解明してほしいです」


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原発問題はまったく収束していない!

2011.12.12日

文系の私は心理的・心情的な面などにより関心があって、どうしてもこのブログの記事もそのような分野が中心になってしまいます。
昨日の記事「幸福論」などもその典型です。


しかし、今日、小学校時代の友人からメールで原発問題に対してもっと意識を喚起するようにと忠告を受けました。
リンクされていたYouTubeや国立感染症研究所ホームペ−ジなども見せてもらった上で、やはりこれはもっと多くの人の目に止まった方がいいと思い、友人の許可を得て、ここに全文を引用させていただきます。
私同様、一人でも多くの人の関心が喚起されれば友人の本望だと思います。


「舟田君へ
ブログはいつも楽しく拝見しております。
大いに参考になるところや、疑問に思うところなどありますが、いま日本での最大の問題は原発だと思っています。
これは日本だけの問題ではなく、大げさに思うかも知れませんが理系の私としては間違いなく地球規模の話だと思っています。
多くの日本人は大手メディアが話題にしないことは分からないしそんな問題の存在することも知りません。
チェルノブイリの経験のから、日本の10年後が想像できる人は少ないですが一部の企業(カタログハウス、城南信金、ソフトバンク、東京新聞)はハッキリとその立場を明確にしてくれています。
放射能の恐ろしいところは、低染量の被爆が個人個人ではわかりにくいが統計的に見るととんでもなくあらゆる病気の発生率が高くなることです。
これは、被爆により免疫力が低くなるからです。


過去10年間との比較グラフ
無菌性髄膜炎
手足口病
伝染性紅斑
急性出血性結膜炎
マイコプラズマ肺炎(天皇陛下も)
を見てください。
国立感染症研究所ホームペ−ジ


最後に英語の堪能な舟田君なら日本語字幕版なしで分かってもらえると思います。
「海外市民団体の見る日本の汚染瓦礫受入問題」


舟田君の幸せ論も分かりますが、最高の学歴をもった人たちですら自分たちの既得権を守るためにしていることは、みんなにとってとても迷惑な行為です。
今日本に必要なのは現実を直視する勇気だと思います。
放射能の怖さをみんなで議論すべきだと思います。
そして、出来れば読売新聞だけでなく、東京新聞やETV(NHK)をみてください。(47ニュースも)
かなりの企業が、汚染のひどさに気付き始めています。


舟田君もお気づきかも知れませんが、老婆心から最近知り得た情報をもとに今考えていることをお知らせして、近況報告とさせてもらいます」


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リーダー論

2011.12.09日

最近、あちらこちらで鳥の大群を見かけます。
一昨日は家を出ると同時に耳をつんざくような鳥の鳴き声が聞こえてきました。30〜40メートル歩いてバス通りの手前まで来ると、大通りの上の電線はすべて見渡す限り延々と鳥がぎっしりと止まっているのです。
すぐ後ろを自転車に乗ってきた二人の主婦の方が、「キャー!」と大きな悲鳴を上げ、「何ー、これー‼ 気持ち悪い!」と繰り返し言っていました。


つい数日前も空が真っ黒になるほどの鳥の大きな群れがすぐ頭の上をぐるぐると飛び回っていました。
そして、昨日は夕方、塾から家に戻って来ると家の前の電線がやはり鳥で真っ黒。




ネットで調べたところ、あちらこちらで同様のシーンが目撃されているようで、たくさん報告されていました。
鳥の正体はムクドリだそうです。
なぜ、急に大量に出現しているのかはわからないようですが、一部には大きな地震の前兆というようなことも言われています。


鳥の大群を見て思い出したのは、ヒチコックのあの有名な映画「鳥」です。
この映画は何度も見たことがあるのですが、見るたびに恐怖に襲われ、しばらく鳥恐怖症になってしまいます。


電線にずらりと並んでいる鳥からは大量に爆弾が投下され、そのフン害に「憤慨」している人も少なくありません。
先日はうちの娘も被弾して、帰宅するなりシャワーを浴びていました。


鳥の大群が空を舞っているのを見ていつも驚くのは、あれだけ密集した状態で飛んでいて、よく空中接触しないものだということです。
私たち人間は、車の接触事故どころか歩いていても人にぶつかったりします。
もう一つ感心するのは、あの大群を率いて右へ左へ旋回しては電線に舞い降り、また同じグループを率いて飛び立つ、あの先頭を飛ぶリーダーです。


一方、人間のリーダーを見ていると、誰かさんのように右往左往してリーダーシップが発揮できなかったり、あるいはワンマンで国を独裁したり、会社の利益を私物化したりするような人が跡を絶ちません。


リーダーたる者、その組織の進むべき道を示し、自ら先頭に立って他の者を導かなければなりません。


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私にはギリシャ語だ!

2011.11.05日

「ギリシャのパパンドレウ首相が打って出た捨て身の賭けは、薄氷ながら首相の勝利に終わった。議会の信任を得たパパンドレウ氏は、財政再建の大役を担う大連立内閣の樹立で影響力を行使するもよう。政権協議にメドが付いた段階で辞任するとの見方がある半面、政権中枢に残るとの指摘もある。一方、緊縮策に対する国民の不満は強く、財政再建を巡る動きは予断を許さない。
寝耳に水のギリシャ国民投票と内閣信任投票の実施が発表されたのは、20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)直前の10月31日。国民投票でギリシャ支援策の受け入れが否決されれば同国の債務不履行(デフォルト)は避けられず、国際社会は危機感を募らせた。
(中略)
だが国民の不満は収まらない。信任投票を控えた4日夜、アテネ中心部の議会前広場では、緊縮策に伴う年金カットや公務員の人員削減に反対する国民が集まり、デモなどの抗議活動を繰り広げた。連立内閣で政権基盤が強化されたとしても、財政赤字削減策に抵抗する国民の意思は変わらない。現政権ができなかった自国民の説得という難題は、連立内閣にそのまま引き継がれることになる」
(11月5日付 日本経済新聞 1面)


ギリシャが大変なことになっています。
国民の不満、首相と内閣の綱渡り、EU圏の不信、世界経済に及ぼす影響等など、ことはかなり深刻です。
いろいろニュースを見ていても、イマイチ事情がよく理解できません。
みんな、てんでばらばらで、どこを向いて、どこに進もうとしているのかはっきりしないのです。


こういうのを、英語では "It's Greek to me." と言います。
直訳すると「それは私にはギリシャ語だ」。
普通、日本語では「チンプンカンプン」と言います。
「さっぱりわからない」というような意味です。
英語でなぜ "It's Greek to me." と言うかといえば、ギリシャ語がヨーロッパ共通の普通のアルファベットを用いず、ギリシャ語特有のアルファベットを使い、人々に馴染みがないからです。
「複雑さ、不明瞭さ」のゆえにギリシャ語がたとえに使われているのです。


私もかつて新約聖書が書かれている言語であるギリシャ語を学んだことがあります。
30年以上たった今でもギリシャ語は読めますし、意味も少しはわかります。
しかし、ギリシャの現在の経済情勢は「チンプンカンプン」です。


大学生の頃、種田輝豊さんの『20ヵ国語ペラペラ』という本を読み、それに触発されて、英語の次にフランス語、スペイン語、ドイツ語、ポーランド語、ギリシャ語、ヘブライ語、ロシア語、中国語、韓国語、タガログ語、そしてエスペラント語などを半分趣味、半分言語学関係や聖書の研究目的などで学びました(「バセバ11」)。
ギリシャ語などまだ簡単なほうで、これまでやった中で一番難しかったのはヘブライ語(旧約聖書が書かれている言語で、今日でもイスラエルで使われている)です。
これは文字もそれこそギリシャ語どころでなく、ちょっとアラブ語に似た感じのまるで暗号のようです。
ヘブライ語(もしくはへブル語)は、しかも右から左へ書き、単語と単語の間にスペースもなく、全部ひとつながりで、しかも句読点もありません。
いかに言語が好きな私でもヘブライ語だけは辟易(へきえき)しました。
ヘブライ語は今でもトラウマになっています。


この点、ギリシャ語は私にとっては理解不能と言うほどではないので、今回のギリシャ問題も必ず世界各国の援助も得て、なんとか道は開け、解決できる問題だと私は個人的には思っています。
しかし、ギリシャ国民にも責任はあるので、ただ単に政府に不満をぶっつけるだけでなく、まずは自国の経済再建のために痛みも互いに分かち合い、みんなで一致協力してもらいたいものだと思っています。


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トイレ考

2011.11.01日

私が小学生の頃、昭和時代のトイレは汲み取り式の和式「便所」でした。
いまどき「便所」などと言う人はまずいないでしょう。
文字通り「便をする所」で、言葉自体が何だか臭ってきそうな感じです。
トイレットペーパーが生まれるまでは、落とし紙といって灰色の表面がザラザラした粗悪なちり紙を使っていました。そして、それ以前は新聞紙を切ったものを落とし紙として使用していました。
今のようなトイレットーペーパーが一般に普及し始めたのは中学生の頃のことです。


小学生の頃、母方の叔母がアメリカ人と結婚していて、毎年夏休みはずっとこの叔母の家で過ごしました(「意思あらば道通ず」)。
叔母の家は今から50年以上も前から洋式水洗トイレでした。
しかも、使われていたトイレットペーパーは薄いピンクやブルーで、花などの絵柄が印刷され、香水までついていました(我が家ではまだ落とし紙を使っていた時代に)。
トイレはいわゆるバスルーム形式で、洗面所とバスタブがついていて、いつでも清潔で爽やかな匂いがしていました。
私はこのトイレが羨ましくて仕方なく、いつの日かこのような家に住めるようになりたいといつも思っていました。


我が家に水洗式の洋式トイレができたのは、私が高校生の頃、両親が家を新築した時のことでした。
この頃はまだ洋式トイレがほとんど普及していず、私の友人が家に遊びに来た時、トイレの使い方がわからず私に聞いていたものです。
「小の時は立って、大の時は座ってするんだよ」
と言うと、友人が
「それで、小をする時は?」
とまた同じことを尋ねるので、
「だから立ってするんだよ」
と答えましたが、友人は不審そうな顔をしてトイレへ。
トイレから出てきた友人は、「小をするときも座ってしたよ」と。
何のことかと思ったら、友人は「大をしながら途中で小をする時」のことを尋ねていたのでした。
しかも、トイレの水タンクを抱えるようにして前向きに座り、「何て不便なトイレだろうと思った」と、彼が言うのを聞いてみんなで大笑い。


アメリカにいた時、驚いたのは学校のトイレなどにドアがないこと。
またドアがあっても、丈が短く、人の足が見えるようなものもあちらこちらにありました。
公衆トイレにもドアがなくて、ドアのあるところは25セントぐらいのお金を入れなければ利用できず、日本人が何人かドア代わりになってトイレの前に立っているのをアメリカ人が不思議そうに見ていました。


アメリカ人の大金持ちの家に招待された時、その家のトイレには度肝を抜かれました。
バスルームが10畳ほどの広さで、壁一面鏡張りで、シャワーのほか、大理石の大きなバスタブがあり、トイレが二つ並んであり、その真ん中にビデがありました。
きっとご夫妻で並んでトイレに座りながら、今日の予定などを話していたのでしょう(「何事も一生懸命 2」)。
一般にアメリカ人は、人前でトイレを利用するのをそれほど恥ずかしがらないようです。


成人英会話のクラスに長年通ってくださったSさんは、ご主人が中国人でその関係で通訳の仕事でよく中国に行っていらっしゃいました。
今から30年近く前にSさんから聞いた中国のトイレの話はあまりにも強烈な印象が残っていて、いまだに忘れることができません。
当時、中国ではきれいなトイレはホテルぐらいで、レストランも空港もどこも汚くて入れなかったそうです。
それで、昼間はできる限り水分を取らずにトイレは夜まで我慢していたとのこと。
一歩都会から離れて地方に行くと、トイレは畑の中に穴を掘って衝立(ついたて)で囲まれているだけのものでした。
Sさんは、昼間トイレを我慢して、みんなが寝静まるのを待って夜中にそっと寝床を出て、抜き足差し足で畑の中のトイレに向かったそうです。
トイレの近くまで来て、ふと人の気配を感じて振り向くと、なんと何人もの人がそうっと静かに後をつけて来ていたのです。
Sさんが驚くとみんなも驚いて尋ねたそうです。
「こんな真夜中に一体全体どこに行くのですか?」


そういえば、最近高速道路をよく利用するのですが、つい何年か前まで高速道路のサービスエリアのトイレは汚くて臭いのが当たり前だったのが、今ではとても清潔で便器はシャワレット付き、しかも冬は洗面所の水は温水が出て、温風乾燥機もついていてすっかり様変わりしました。


今では日本では当たり前になっているシャワレット脱臭装置付き暖房便座は、まだ外国にはありません。
いつの間にか、日本がトイレで世界トップレベルにまでなりました。


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お年寄りは国家の財産

2011.10.29日

ある夫婦が姑と同居していました。
夫婦は自分たちの親(義理の親)をいつでも邪見に扱っていました。
しばらくすると、親を見ていた孫たちもみんなおばあちゃんを邪魔者扱いし始めました。
その後、おばあちゃんは亡くなり、世代が変わりました。
しかし、おばあちゃんを邪魔者扱いしていた息子夫婦がおじいちゃん、おばあちゃんになった時、今度は自分たちの子どもたちから邪魔者扱いされるようになりました。
まさに「歴史は繰り返す」で、別の言い方をすれば、これも「引き寄せの法則」です。


自分の親や祖父母など親族の老人を大切にするのは当たり前のことですが、親族以外の老人をも大切にするのは人としての務めです。老人を邪魔者扱いしていると、それはいつの日か必ず自分に返ってきます。


老人は現在の自分たちを育て、国を築いてきてくれたいわば恩人です。
今日、日本がこのように豊かな国になったのは、まさに昭和初期から戦前、戦中、戦後の貧しい、大変な時代を経て、1973年までの高度経済成長期を支えてきた今のお年寄りたちのお陰です。


4年前から超高齢化社会に入り、右を見ても左を見ても老人ばかりで、老人ホームやデイケアセンターなど老人対象のビジネスが大繁盛している昨今です。
このような中で、高齢者を支えるために税金がたくさん支出されるのは当然のことですが、これに対して文句を言う人がいます。
しかし、少子化に拍車をかけ、日本を少子高齢化社会にしているのは私たち自身の責任です。


お年寄りは国家の財産です。
老人を大切にし、サポートするのは私たち全国民の義務です。
そうでないと、冒頭の話のように私たちの代に必ずつけが回ってきます。


つい先日、「老人は胸を張って老人らしく」という記事を書きましたが、お年寄りが本当に胸を張って堂々と人生の集大成の時を迎えられるよう、みんなでサポートしましょう。


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豊かだった昭和時代

2011.10.27日

昨日の読売新聞21面に、「昭和史検定 30年代に学ぶ心の豊かさ」という記事が載っていました。
この記事の筆者、庶民文化研究家の町田忍さんが小学2年生だった昭和33年当時の写真が載っています。
町田さんはちょうど私と同い年、写真も当時ごく普通にどこでも見られた光景で、とても近しく感じます。


同記事によると、平成に入ってから、昭和30年代を中心とする時代が脚光を浴びているそうです。
日本中に次々と誕生している「新横浜ラーメン博物館」など昭和をテーマにした施設や「ALWAYS 三丁目の夕日」のような映画が人気を呼んでいるのは、単なる懐古趣味ではないと言います。


確かに筆者の言うように、とくに昭和30年代は目まぐるしく発展したとても面白い時代です。
「三種の神器」はこの時代を特徴づける大きな要素です。
また、同氏が主張するように心の豊かさやおもいやりに富んだ時代でもありました(「日本よ、どこへ行く?」「ご近所力」)。


このブログで何度か取り上げたNHKの連続テレビ小説「カーネーション」(「出会い その2」「ミシン」)に登場する昭和初期の町並みや家の中のつくり、調度品、家族そろってちゃぶ台を囲んでの食事の様子など、一つひとつに見覚えがあり、妙に懐かしく感じられます。
昭和は日本だけでなく世界でも最長の元号(62年と14日)ですが、大正末期から昭和30年代に至るまでの歩みは遅々としていて、ほとんど変わらなかったように思われます。
そうでなければ昭和初期の様子を見て、私が懐かしく感じるわけありません。


このゆったりとした流れの中で人々の心が育まれていき、やがてそれが30年代からの高度経済成長へとつながるのです。
昭和史検定という新しい試みが始められる今、私たちは忙しい日々の歩を止めて、生活のゆとりや優しさ、おもいやりについて考え、ただ昭和時代を懐かしむのではなく、「豊かだった」昭和時代から学ぶことも必要なのではないでしょうか?


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新聞広告の日

2011.10.20日

今日の読売新聞夕刊を見て度肝を抜かれました。
1面の左上隅、そして下の部分が真っ白になっていて、そこには小さな文字で「きょう、10月20日は、新聞広告の日です」とあります。
紙面を開くと、4・5・6・7・12・13・14・15・16面とほとんどのページが、一部もしくは全面が真っ白になっています。


いつも広告が載っているところに広告がないと、とても変な感じがし、何と物足りなく感じることでしょう。
朝日・毎日などほかの新聞は見ていないのでわかりませんが、ひょっとしたら全部の新聞で同様の企画をして、普段当たり前に思っている新聞広告に注意を向ける意図なのかもしれません。


「東日本大震災の直後、広告が消えた新聞を覚えていますか」
と空白の部分に小さな文字があり、ふとその日のことを思い出しました。
なるほど、そういうことだったのか。
また別の紙面には、
「ふだん、なにげなく目にする広告。でもそれは、幸福の証なのかもしれない」
とありました。


新聞社にとって、広告はもっとも大切な収入源。
それを敢えて、このように真っ白にして、読者の注目を集め、広告の大切さを知らせる。
この心憎いばかりの企画に頭をガツーンと打たれた感じがしました。


夕方のNIE(新聞を教育に)のクラスで、小学6年生の生徒たちにこの夕刊を見せました。
みんな一様にアッと驚いた表情を見せました。
私はみんなにこの企画について考えてもらいました。


一人が言いました。
「普段の生活の中であって当たり前のものは、なかなかそのありがたみがわからない」
「あって当たり前のものの中に、私たちの幸せが隠れている」
「電気や、水道、ガスなどもありがたく思い、無駄遣いしてはいけない」
「身の周りの自然や動植物なども大切にしなければならない」
等などたくさんの意見が出ました。


最後に私は昨日のブログ記事、「最後だとわかっていたなら」を読んで、みんなに家族や友達などのありがたさを話してクラスを閉じました。


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注意すると

2011.10.18日

昨日の朝、東京駅のホームで缶ビールを万引きしようとした男が、注意した人に刃物で切りつけて逃走した、という物騒な事件がありました(17日付読売新聞夕刊社会面)。
幸い、軽傷で済んだそうですが、これまで似たようなケースで命を落とした人もいます。
怖い世の中です。


私は弱いのですが、なまじっか正義感が強いため、このような状況に遭遇するとつい注意したくなります。


この記事を読んで34年前の夏の暑い日の出来事を思い出しました。
日本から来たお客さんを連れて、ロサンゼルスのユニバーサルスタジオを案内していました。
人気のあるアトラクションは長蛇の列でした。
私たちもその列に並んでいたのですが、入口に近づいて来た時、知らん顔してすーっと私たちの前に割り込んできた人がいました。
見たところ60歳ぐらいのスーツを着た白髪の紳士で、20代の若い女性と一緒です。
父娘(おやこ)だろうと思い、私は声をかけました。
「エクスキューズミー、サー。
みんなこの暑い中、この長い列に並んでいるんです。横入りはマナー違反ですよ」
すると紳士と思われた男性は私に牙をむきました。
「何だ、若造のくせして!パンチを食らわせてもらいたいのか?」
今にも私に殴りかかろうとしました。
私は注意したことを後悔しましたが、もう後の祭りです。
殴られる覚悟をしていたら、私の前にいた家族連れの若いお父さんが振り向いて言いました。
「私も知っている。あなたたちはここに並んでいませんでしたよ」
「生意気な!お前にも一発食らわせてやる」
この瞬間、騒ぎを聞きつけたパークの従業員が駆けつけ、その「父娘」と思われたカップルを列の最後尾まで連れて行ってくれました。
私は胸を撫で下ろしましたが、その日は一日、あの「父娘」にまた出くわさないかとずっと恐れて楽しむことができませんでした。また、案内していたお客さんにも不愉快な思いをさせたことを後悔しました。
アメリカには7年間住んでいましたが、怖い目に遭ったのはこれが最初で最後でした。


このような私の性格をよく知っている妻は、ずっと前から絶対にそのようなことはしないようにと私に釘を刺しています。


しかし、ほんの数日前、似たようなことが起こり、相手に注意したことを妻に告白しました。
すると妻が怒って言いました。
「絶対にしないでって何度も言ってるでしょ!」
「うん。実は家を出たところで下校途中の小学生たちが、よその家に向かって小石を投げているのを見て、『コラっ!何をしてるんだ!石なんか投げてダメだろ!』って怒鳴ったら、『すみません』って言って謝ったよ。
僕は小学生ぐらいしか注意しないよ。中学生も高校生も怖くて」
これを聞いた妻はホッと一安心。


でも、本当は、上に書いたユニバーサルスタジオのケースのように、周りのみんなが協力して、マナー違反や犯罪を防ぐようにしなければならないのですが。
そうしないと、安心して住める社会は実現できません。


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百貨店

2011.10.04日

先日、小学6年生のNIESのクラスで百貨店のことが出てきました。
近年、大型スーパーやコンビニエンスストア、ショッピングモールなどに押されて、百貨店がどんどん姿を消していって少なくなってきているというデータをもとにみんなで話し合いました。
生徒たちに理由を尋ねると、大型スーパーの方が安い、コンビニの方が便利、百貨店は時代遅れだ、ショッピングモールのような複合施設だと、家族みんなで映画を見たり、食事したり、買い物ができたりして一日中楽しめる、という答えが返ってきました。
なるほど、本当にそのとおりです。
そこで、私は彼らに尋ねました。
「平塚にも百貨店があったんだけど知ってる?」
みんなお互いに顔を見合わせて、「平塚に百貨店?そんなのあったの?」と誰も知りません。
そこで私が「ほら、梅屋がそうだよ」と言うと、みんな驚いて
「えーっ!梅屋が百貨店なの?」
と一斉に大声を上げました。
みんなの頭の中では百貨店というと、大都市にある大きな三越とか高島屋のようなイメージだったようで、地元の「梅屋」が百貨店だったということを知りませんでした。
それほど梅屋の存在が彼らにとっては小さかったのです。


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Wikipediaにも載っている明治40年創業の梅屋は107年の歴史を経て、去る8月末日で完全閉店したのです。
ユニクロなどのテナントが入っている元別館のYouU館はまだ営業しているのですが、かつて車が列を作って並んでいた専用駐車場は今では2〜3台しか車がとまっていず、さびしい限りです。


私たちも大磯・平塚に移り住んで27年。この間、梅屋にはずいぶんお世話になりました。
子どもたちがまだ小さい頃は、梅屋の屋上にあったお金を入れると揺れ動く乗り物などで遊ばせ、7階にあった大食堂でよく食事もしました。
近辺で唯一の百貨店だったからです。
しかし、時代の波には勝てなかったようです。
最近では買い物客はお年寄りばかりで、家族連れや若い人たちはほとんど見かけなくなっていました。


考えてみると、その時代時代にさまざまな新しいビジネスが生まれ、古いものが順に消えていきます。
百貨店もそのひとつです。
今から40年近く前、初めてアメリカに行ったとき、その頃まだ日本にはなかったディズニーランドやユニバーサルスタジオのような巨大テーマパークを始め、大きなショッピングモールや、大型ディスカウントストア、ホームセンター、コンビニ、ファーストフードのドライブスルー等など、どれもこれも珍しいものばかりで目を見張っていました。
今、これらはすべて日本で当たり前のものになりました。
代わりに、昔ながらの商店街の小さな商店や食堂が次々と姿を消していっています。
どのビジネスにも「上り坂と下り坂」があります。


人は新しいもの、珍しいもの、便利なもの、楽しいもの、きれいなもの、おいしいものを求めます。
そして、人が命や文化、伝統などを次の世代へ伝えていくように、ビジネスもまた形を変えて次の世代にバトンタッチしていきます。
これも進化の一つの形です。


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被災地復興のためにできること

2011.09.30日

読売新聞朝刊の社会面に連載されている「声援 復興をめざして」では、音楽・スボーツ・芸術・評論・学術・芸能等など、幅広く各界の著名人が被災地の方々に声援を送っていらっしゃいます。
皆さん共通して書いておられることは、自分の仕事を通して少しでも復興のお役に立つことができれば、ということです。


スボーツ選手は自分達のプレイを通して被災者の方々に元気を与えたい、ミュージシャンの方たちは音楽を通して復興に役立ちたいと。
これは素晴らしいことで、私たちの良きお手本となります。
がれき撤去やその他いくらでも人の手を必要とする仕事があります。被災地に直接出向いてボランティアでこれらをやるのも一つの方法ですが、必ずしもそうでなくて、自分達の持ち場・立場で、与えられている仕事や責務を一生懸命果たすこと、これも立派な復興のお手伝いです。


実際、現地に直接行ける人は限られています。
しかし、たとえ著名人でなく無名の私たちでも、自分のやるべきことをしっかりやること、これも劣らず立派な行為で、一つひとつが復興の手助けになります。


とくに、小中高生や大学生などの場合、今与えられている一番の責務は勉強することです。
「選ばれた戦士たち」にも書きましたが、小学生でもそれぐらいのことはわかります。
もちろん短期目標として、勉強することは自分自身の成績のため、志望校合格のためとも言えますが、今しっかり学ぶことは長期的には将来社会に出て仕事で復興に貢献できるようになるためでもあります。


学校や学習塾など教育に携わっている者は、将来の日本を担う人材育成のためにさらに汗を流さなければなりません。


同様に、お父さん方やお母さん方も一番の仕事である子育てに、そして会社やパートなどのさまざまな仕事に一生懸命取り組むことが、被災地のみならず延(ひ)いては国全体の復興のために役立つことになるのです。


「頑張ろう、日本!」は復興のための単なるスローガンではなく、私たち国民一人ひとりの責任であり、また同時に義務です。


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色弱

2011.09.14日

先日、息子が言いました。
「高校生のK君、昨日茶髪だったね」
「えっ、そうだったの?気がつかなかった」
「だって、自分が教えてたんでしょ」
「うん。でも髪の毛の色は見なかった」


「◯◯さんって青い服着てた人?」というような話が出てくると、私の返事は決まって、
「いや、服の色までは覚えていない」。


そう、私はこと色に関しては本当にうといのです。
これで高校生の頃、よく将来芸術家を目指すなんて無茶なことを考えたものです。
幸い、知り合いの画家によって諭(さと)され、すぐに諦(あきら)めましたが(「命の恩人」)。
中学生になった最初の身体検査では「赤緑色弱」と診断されました。
色盲・色弱の検査は、いろいろな色の円が大小さまざま混ざっていて、その中から数字を見つけるものですが、私の場合、赤と緑が混ざっていると灰色のように見えて、見えるはずのない模様が見えたり、見えるべきものが見えなかったりしてしまうのです。
色盲ではないので、個々の色の区別はつくのですが色弱で、その名の通り「色に関して弱い」、いわゆる「色音痴」です。


人の髪の毛の色や服の色などにはほとんど関心がなく、印象に残りません。
だから冒頭のような出来事はしょっちゅうです。
また自分の衣類に関しても同様で、スーツやワイシャツ、ポロシャツ、Tシャツ、ズボンにどんな色があり、何着持っているかもあまり関心がなく、シーズンの変わり目の衣替えの時、ああこんなものがあったんだと驚くような始末です。


しかし、私は「心の色」に関しては人一倍敏感なほうで、違いがよく見えます。
この人の今日の心の状態は「空色」「緑」「黄色」「赤」「灰色」など自然に伝わってきます。
ですからカウンセリングには向いています。心の状態が見えるのですから。
昔、カウンセリングの仕事をしていたのですが、来談者から自分の心をよく理解してくれていると言われたものです。
しかし、このことは同時に、ある意味敏感すぎてほかの人に見えない部分まで見えてしまうのでとても疲れるという面もあります。


英語に To put oneself in someone's shoes. という表現がありますが、「他人の靴の中に自分を入れる」ということから、「その人の立場に立つ」というような意味になります(「同情と共感」)。
結局、私の場合はカウンセリングを仕事として割り切ってやることができず、人の悩みや苦しみを一緒に背負い込んでしまってすごいストレスになり自分自身が体調を壊してしまったのでカウンセリングの仕事は辞めることになりました。


人の髪の毛や服の色に敏感な人が心の色に鈍感だ、とはもちろん言いませんが、人それぞれ敏感、鈍感な点が異なり、得意・不得意や、またさまざまな分野において適性というものがあります。
上の色盲・色弱も最近では「異常」というよりは、「個性」の違いという受け止め方をしているようで、ある特定の色が見えない、区別できないから異常とするほうがむしろ異常ではないかと思います。


実際、この世の中、いろいろな人がいて成り立っていて、それぞれが自分の得意な分野で自分の能力を伸ばせばいいわけで、みんながお互いに補い合い助け合う、そのような共生できる社会を私たちは目指すべきだと思います。


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台風12号去って

2011.09.05日

今朝起きて、ようやく涼しくなったとホッとする間もなく、ネットで台風関連のニュースを見て大きなショックを受けました。

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なんと死者27名、行方不明54名、「8月30日の降り始めからの雨量が1800ミリを超えるなど、紀伊半島を中心に記録的な豪雨となった」とのこと。
他人事のように、「涼しくなった」などと言っていられません。
ご家族を亡くされた方や家を失った方々に心からお悔やみ、お見舞い申し上げます。


今年は3.11の東日本大震災、およびそれに伴う巨大津波と福島原発事故、そして今回の台風12号と、息つく間もなく大災害が続いています。
野田新内閣に課せられた使命はあまりにも重いです。政治家が自分の政治生命のことばかり考えて、派閥争いをしていたら日本の復活はあり得ません。
しかし、政府任せにしているのではなく、国民みんなが痛み分けをして被災地の復興と日本の復活のために犠牲を払い、汗を流さなければなりません。
他人事のように思っていたら、いつ何どき自分の身にも同じことが起こらないとも限りません。
そして、このようなときこそ、国民みんなが心を一つにしなければなりません。


日本はこれまでも数えきれないほどの苦難と試練を乗り越えてきています。
今回の試練が乗り越えられないなどということは絶対にあり得ません。
そして世界中のみんなが日本の復活を信じ、見守っています。
今、日本が世界に良いお手本を示さなければ、世界中が失望落胆し、さらには経済的にもますます厳しい状況に陥ります。


「頑張ろう、日本!」というスローガンだけでなく、「みんなで頑張るぞ!」という固い決意が全国民に求められています。


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静かで、にぎやかな客

2011.08.19日

先日、何年ぶりかで近くのバーミヤンで食事をしました。
すぐ前のテーブルには40代〜50代ぐらいの3組のカップルが対面して座っていらっしゃいました。
皆さん、親しいお友達同士のようで、会話がとても盛り上がっていました。
でも、とても静かなのです。実際のところ、とてもにぎやかなのに声が全然聞こえてこない。
そう、聾唖(ろうあ)の方々で手話で話していらっしゃったのです。


食事しながら、何となしに見ていると、皆さん顔の表情がとても豊かで、両手と体全体を使ったジェスチャーもとてもダイナミックです。
そして、みんな食事をしながらもお互いの目をしっかりと見ながら会話をしていらっしゃいます。
時々笑い声も聞こえてきます。


そういえば、中学の英語の教科書にも、手話で話す時にはただ指先だけでコミュニケーションをとろうとするのではなく、顔の表情が大切だという内容が書かれていました。


最近はテレビのニュースなどでも手話通訳がついているものをよく見かけるようになりました。


アメリカに留学していた時、通訳の仕事を頼まれて、ある州立大学のキャンパスに行きました。
大きな講堂の中は老若男女の聾唖者でぎっしり埋め尽くされていました。
ステージの上でミュージカルが上演されているのに私は度肝を抜かれました。
健常者のボランティアの人たちが手話を使いながら歌い、踊っているのです。
そして、観客席では聾唖の方々がみんな体を大きく動かしながらステージ上のパフォーマーたちと一緒に手話を使って歌っていました。
みんな顔が輝いていて、生き生きしていました。


私に通訳を頼んだのは、日本から来られた聾唖学校関係の教育者の方々でしたが、私と同様、皆さん度肝を抜かれていらっしゃいました。
今から40年近くも前のことですが、アメリカの聾唖教育の視察に来られた方々が日本に戻って、このような働きを進められたらいいなと私は心から祈っていました。


私が幼少の頃は、日本ではまだまだ障がい者に対する世間の偏見や差別があちらこちらでよく見られました。
幼稚園の時、間借りしていた家には20代の若い娘さんがいましたが、その方は足が不自由で家の中ではいつもあぐらをかいた姿勢でいざっておられました。
その方はいわゆる座敷牢で、外には一切出ることはありませんでした。
私は子ども心ながらに、気の毒だなあと思っていました。


しかし、今や日本でも、さまざまな障がいを持った人たちが、ごく普通に社会に出て仕事したり、生活したりすることができるようになってきました。
真の共生社会にはまだ遠い道のりかもしれませんが、一歩一歩確実に近づいできています。
それが今回の東日本大震災の被災者の方々に対する支援という形でも表れています。
このような動きがさらに広げられるためには、私たちの意識改革と協力が不可欠です。


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4つのタイプ

2011.08.05日

家庭教師、塾講師、大学の助手、非常勤講師、語学学校講師、セミナー講師などを経て現在の学習塾という仕事に至り、これまでに3000人以上の小中高校生、大学生、一般成人を教えてきました。
教えていていつも感じるのは生徒に4つのタイプがあるということです。


第1は、「できるし、やるタイプ」です。
このタイプの生徒は自らの持てる才能を最大限に発揮するために実によく努力します。
学習に対するモチベーションも非常に高く、成績云々(うんぬん)よりも勉強することが好きです。
昨日のブログ「仕事が趣味」に書いた根岸英一氏などはまさにこのタイプです。
好奇心が旺盛で、本もよく読み、常にいろいろなことを考えています。
またチャレンジ精神も相当なもので、英検・漢検・数検などの検定試験などもどんどん積極的に受験しますし、スポーツや楽器などにも挑戦します。
このタイプの生徒は教えていて実に気持ちがいいです。
また将来、大きく伸びるのが見えていてとても楽しみです。


第2は、「できるけど、やらないタイプ」です。
このタイプの生徒はとても多いです。
見ていて歯がゆい思いをします。
「もっと頑張れば驚くほど伸びるし、将来の可能性も大きく広がるのにもったいないなぁ」と思ってしまいます。
実際、学校のテストなどでも、それほど勉強しなくても結構できます。
でも、トップにはなれません。なぜなら、第1のタイプの生徒がトップを占めているからです。
でもこのタイプの人たちは、社会に出てからうまくやっていくことができます。


第3は、「できないけど、やるタイプ」です。
このタイプの生徒は実に努力家です。
そして、テストでもかなりいい結果を出します。
その結果、学校の成績もいいほうで、結構上位の学校に進学します。
周りの生徒たちはこのタイプの生徒をできると思っています。
でも、本人は自分がそれほどできるとは思っていず、良い成績は実力というよりは努力の結果だということをよく知っています。
このタイプの人は社会に出て、目立ちはしませんが、コツコツと真面目によく働き、結構間に合います。


第4は、「できないし、やらないタイプ」です。
このタイプは本当に大変です。
多くの場合、その生徒ができないのは、親や家庭環境、学校や塾の教師などの接し方などによる刷り込みに原因があり、本人自身も自分はできないと思い込んでいて、努力もしません。
ですからいつまでたってもそこから抜け出せません。
決して手遅れということはなく、基礎の基礎に戻って一つひとつをゆっくり進めていけば、必ず身に付き、小さな一歩一歩が成功体験につながり、やがては伸びることができるのですが、そこまで持っていくのが一苦労です。


人間、一人ひとりみんな顔や姿恰好が違い、性格も違うように、適性や能力にも差があって当たり前なのですが、今の競争社会は「できるタイプ」を重んじ、「できないタイプ」を疎(うと)む傾向があるため、第4のタイプの人たちは社会に受け入れられず、さまざまな面で苦労することになり、やがて性格的に屈折してしまうケースが多々あります。


上の4つのタイプは否定しても現実に存在します。
大切なのは、自分に何が欠けているかを悟り、その欠けをいかにして補うか、あるいは自分に与えられている才能をいかにして伸ばしていくかということ。
もう一つは、4つのタイプの人間がお互いに助け合い、共生する社会づくりを目指すことです。
そうすれば、社会からはみ出た人たちを矯正して社会に受け入れたり、あるいは初めからはみ出さないようにみんなで協力して一人ひとりの居場所を作ることができます。
所詮、人間は誰ひとり自分だけで生きていくことはできず、またみんながお互いを必要としているからです。


みんながバラバラなのは一番効率が悪く、しかも不安定で危険な状況に陥(おちい)る要素をはらんでいます。ちょうど最近起きたノルウェーのテロ事件のように。
このような悲劇をなくすためにも、共生社会が必要なのです。


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フェラーリの四駆、3200万円也!

2011.07.06日

イタリアの超高級スポーツカー、フェラーリ初の4人乗りで四輪駆動の新型車「FF(フェラーリ・フォー)」が今日の新聞をにぎわしました。


346134.jpg


エンジンは何と12気筒、660馬力、排気量6262ccで、最高時速は335キロだそうです。
車愛好者ならシビれるようなスーパーカー。
来日したフェラーリのモンテゼモロ会長は「どんな状態の道でも運転しやすく、4人で食事にも出掛けられる利便性の高い車」と売り込んだとのことです。
既に注文が数十件入っているといい、今年度の世界の生産予定分はすでに受注を終えたといいます。


国内では東日本大震災からまだ4か月経っていず、復興もままならない状況。多くの被災者が今なお劣悪な環境のもとで避難生活を強いられ、国民みんなが節電や節約に協力し、また募金活動をしています。
原発問題もあり、世界も決して政治経済が順風満帆というわけではないのに、お金のあるところにはある、それもハンパじゃないレベルで。


私も車は好きですし、人の知恵と技術を結集した性能の高い車や、さまざまな新しいものが造られることには大いに賛成です。
しかし、今のこの時勢に3200万円もする高級車が飛ぶように売れるという事実に何か釈然としないものを感じ、首を傾げてしまいます。


それにしても、「利便性の高い車」とフェラーリ社の会長が言っているようですが、国内で、いや世界中を見回しても、時速335キロを出せるところはどこにあるのでしょうね。
どのように利便性が高いのか、これもよく理解できません。


車に限ったことではありませんが、一部の金持ちだけに楽しんでもらうのではなく、この技術や資金をもっと世界中の多くの人の役に立つような途(みち)に使えないものでしょうか。
世界中には今この時も飢え死にしている人がたくさんいるのです。


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セイコーカイタイ

2011.05.03日

今から40年ぐらい前のことです。
私の高校・大学時代の親友がアメリカにホームステイに行きました。
彼は予定していたホームステイの期間が終ったとき、帰国する前にヨーロッパを回り、さらに当時のソ連を経て帰ってくることにしました。


シベリア鉄道でソ連に入ったのですが、国境を越えた途端、機関銃を肩にかけたソ連兵が何人も列車に入ってきて、乗客一人ひとりの荷物を開けて検査し始めました。
私の友人もカバンを開けられ、アメリカやヨーロッパの国々で買ってきた雑誌類やちょっと高価な土産物などを目の前で全部没収されたそうです。
そして、モスクワに入ったときにはほとんど無一文になっていました。


日本大使館に助けを求めに行きましたが相手にされず、赤の広場で途方に暮れていました。
そのとき、ひとりの中年男性が近づいてきて、言いました。
「セイコーカイタイ、セイコーカイタイ」
友人は何のことかさっぱり分からずポカンとしていると、彼の左手首を指差します。
やっとわかりました。
彼のセイコーの時計を売ってくれと言っているのです。
お互いに片言の英語で話して商談成立。
当時のお金にして10万円ぐらいで売れました。
実はこの時計、旅に出る前に質屋で3000円ぐらいで買ったものだったのです。


ところが困った問題が起きました。
ソ連に入国する際に申請した所持金以上の現金を出国時に持っているとまた全部没収されてしまいます。
そこで彼は時計を売ったお金を一生懸命使おうとして、何度もパブのようなところに足を運びました。
そして、地元の若者と一緒にウォッカを飲みながら語り合ったそうです。
ソ連の若者が国に対する不満を訴えていると、すぐに秘密警察が来て会話に耳を傾けます。
それに気付くと若者は顔を真っ青にして走って逃げて行ったとのこと。
当時のソ連は貧しい国で、お金を使っても使っても使い切れなくて、仕方なくダイヤモンドの指輪を買い、それをパンツの中に隠して出国しようとしたそうです。
しかし、それでもまだ所持金が多過ぎたため、港で警察に拘束されました。
言葉が通じず、もうだめかと思っていたとき、日本人のツアーガイドの人が通訳して助けてくれ、無事出国できました。
ダイヤの指輪は見つからずにすみ、帰国後、また質屋で売ってお金に変えました。


彼のお土産は、ソ連製の質の悪い 葉巻でした。もちろん吸いはしませんでしたが。
でもそれ以上に価値があったのは、まるで映画のような彼の土産話でした。
面白くて涙を流して笑い転げながら聞き入りました。
40年経った今でも細部まではっきり覚えているぐらいです。


昨日、国際テロ組織アル・カーイダの指導者、ビンラーディンが殺害されたとのことです。
しかし残念ながら、これでテロ行為が終結するということは考えられず、これから先も報復、再報復、再々報復と惨事が繰り返され、多くの無関係な人の尊い命が奪われることでしょう。


今回、日本へ帰化することを決断された日本文学研究者のドナルド・キーンさんが、「火星人がいたらどんなにいいでしょう」と語ったことがあるそうです(5月3日付読売新聞「編集手帳」)。
その意味は、「私たちは団結して、火星人に対して皆一緒の地球人」ということです。
私も「教育の力」という記事の中に、
「みんな同じ地球という星に住んでいる地球人です。
もとをたどれば、私たちはみんな兄弟姉妹です」
と書きましたが、国や宗教や文化、人種、歴史などを超えた「地球人」としての兄弟愛をみんなで目指していくためには、教育の力が不可欠です。


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昭和は遠くになりにけり

2011.04.29日

今日の読売新聞「編集手帳」より。


“お天気博士”倉嶋厚さんの祖母は嘉永年間の生まれという。ある日、厚少年を呼び、読み書きのできない自分に代わって紙に文字を書いて欲しいと頼んだ。「お地蔵様」「お観音様」「ラジオ様」「電話様」「ガス様」「自動車様」…戦前のことらしい
◆おばあちゃん、これは何なの? 言われるままに書きながら尋ねると、「私の神様、仏様だよ」――そう答えたと、倉嶋さんは自著『季節さわやか事典』(東京堂出版)で回想している
◆「様」は付けないまでも、生活を彩る品々に多くの人が感謝の心を寄せていたのは、いつ頃までだろう
◆高度成長期のあたりに、日本人は何か大切な忘れ物をしてきたのかも知れない。家に明かりがともる、たったそれだけのことのありがたさが身にしみるなかで迎えた「昭和の日」である
◆9年前に亡くなった歌人、富小路禎子(とみのこうじよしこ)さんに一首がある。
〈服あふれ靴あふれ籠にパンあふれ足るを知らざる国となり果つ〉
忘れ物を取りに戻る旅に、頼れる地図があるわけでもない。倉嶋さんのおばあさんに倣って、身のまわりの“様”を数えることから始めるのもいいだろう。

(2011年4月29日01時24分  読売新聞)


高校2年のとき、明治100年を祝いました。
そのとき、明治は遠くになりにけり、とよく言われたものです。
しかし、今や昭和から86年。
戦後のまだ貧しかった時代に生まれ育った私たちは、質素・倹約に努め、ものを大切にしてきました。
高度成長期の日本をリードしてきた往年の名優・名女優、スポーツ選手、芸術家、学者、政治家たちが次々と逝去されていく中で、昭和は遠くになりにけり、と一抹の寂しさを感じているのは私だけではないでしょう。


ものが溢れる豊かな時代に育った若い世代の人たちは、なんでもあって当たり前。
「電話様」「ガス様」といった感謝の心をついつい忘れがちです。
今日のこの豊かな日本があるのは、戦後の大変な時代を牽引してきた勤勉な先達のお陰です。
昭和の日を迎え、私たちは今一度身の回りを見て、この豊かで平和な日本に住めることを感謝しなければなりません。


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大震災から1か月

2011.04.10日

東日本大震災からちょうど1か月になります。
あの日のことが、まるで昨日のことのように脳裏に焼き付いています。
仕事が終わって帰宅し、テレビでニュースを見たときのショックは口では言い表せません。
夢を見ているのではないかと思ったほどです。


今日の新聞には震災で亡くなった方々のお名前が延々と6ページにわたって載っていました。
あまりにも無機質で、まるで電話帳を見ているような感じでした。
私も昔の知り合いが宮城県にいるので、これまで新聞の死亡者名をひょっとしたらと思って毎日見てきたのですが、今日改めてその名前を探しました。
リストの中にはありませんでした。
しかし、名前がないからといって無事とは限りません。
震災による死者数は13,000人にのぼり、新聞に掲載されていた方はそのうちの8,580人で、行方不明者はいまだに15,000人近くもいるのです。
8,580人でも気が遠くなるほどの数なのに、最終的にはいったいどれだけの犠牲者数になるのでしょうか。


連なるお名前の下には年齢が載っています。
この世に生を受けて間もない0歳の赤ちゃんから、うちの塾に通っている生徒と同じ年齢の子どもたちも大勢入っています。
ある小学校では全児童の約7割が死亡・行方不明となったとあり、本当に心が痛みます。
赤ちゃんからお年寄りの方々まで、お一人おひとりにそれぞれの生活があったのです。
それを無残にも一瞬のうちに奪い去った津波は、被災者の方々にすれば恐ろしいというよりも、むしろ憎いぐらいでしょう。
心中察するに余りあります。


志半ばで命を奪われた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災者の方々の心の傷が癒されて、生活が一日も早く元どおりに、いえ、元以上に立派に復興されますことを心からお祈りするものです。
力強く立ち直ることが、亡くなられた方々の命をひとりとして無駄にしないための唯一の道だと思います。
日本全国民が、また世界中のあらゆる国の人々が復興のための支援を惜しまずに寄せることができますように。


避難していらっしゃる方々の数はまだまだ多く、また現在も風評被害で苦しんでいらっしゃる方々や、将来の生活のめどが立たない方、あるいは原発事故による放射能汚染を恐れていらっしゃる方々が多い中、今日の1か月の節目が新しい人生のスタートとなりますよう切にお祈り申し上げます。


大丈夫。
東北地方は必ず奇跡的な復活を遂げます。
それまで忍耐強く、そして希望をもって一歩一歩前進していきましょう。
私たち、そして世界中の人々と一緒に。


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頭が禿げるー!

2011.04.04日

先週は雨が降る日が多かったのですが、バス送迎をしていたとき、バスを降りた生徒が大声で、
「頭が禿げるー!」
と言ってかけていきました。
もちろん冗談で言っているのでしょうが、心が痛みました。
そういえば、これまで見なかった光景ですが、最近、目に見えないほどの霧雨でもほとんどの人が傘をさして歩いています。


先日、このブログでご紹介させていただいたKさん(「やめられない、とまらない」)から今日、次のようなメールをいただきました。
少し長くなりますが、とても大切なことをおっしゃっているので下に全文を引用させていただきます。


「私の小さな意見にも目を留めて、それを用いて下さり、有難う御座います。今日のメルマガを読んでも、同感の思いでいっぱいです。(いつも、深く納得しつつ拝見していますが)
日本がこのような状況になり、死者の“数”が日増しに多くなる悲しいニュースの一方で、生存者が見つかったという嬉しいニュースがあります。世界中の国からの援助と、励ましとを頂いて、世界が一つになりつつあるのを感じます。日本人のまれに見るマナーの良さと、助け合いの精神を見て、「また再建しましょう!」という年配の方のたくましい言葉を聞いてこちらが元気付けられます。
本来神様が私たちに様々な容姿と能力を与えられたのはそれぞれが補い合って生きて行くためだと思います。それがこの世界で差別となってしまうのは一番悲しい事です。私は広島で生まれて被爆者二世として育ちましたので、他府県で生まれ育った方よりは、よく被爆の事を聞かされて育ちました。
原爆手帳を持つ父はよく「長生きは出来ないだろう」と口癖の様に呟いていました。でも、父は持病の高血圧に悩まされはしましたが、被爆の後遺症とされる白血病や癌とは無縁でした。
ひょっとしたら、高血圧も放射能の影響だと言う人は居るかもしれませんが、あの原子爆弾の放射能を爆心地から1.5Kmの場所で受けた人にしてはむしろ影響がなかったに等しいのではないかと思うほどそれ以外では健康でした。被爆した多くの人が亡くなったのも知っています。私の放射能に対する専門的な知識が少ないためにこのような事を思うのかもしれません。ですが、今の政府の対応も、原発周辺の方の反応も過剰の様に思います。むしろ、無知故に、大騒ぎをしている様に思えてなりません。
放射能と言う物はまだ未知の部分が多いから用心に用心を越した事はないのかもしれません。
それでも、と思います。放射能が除染出来るものならば、(実際、除染出来ると報道されています)今豊作の農作物はたとえ放射能を浴びていても、洗えば放射能は落ちると言う事ではないかと思うのは素人だからでしょうか。一生懸命無農薬で育てて来たキャベツを出荷出来ないと言われて失望して自殺した方のニュースを読んで思いました。この、食べ物が少ない時に、そこまでして人が丹誠込めて育てた農作物を、放射能を浴びただけで捨てる事が唯一の道なのかなと思います。チェルブイリの健康被害を調査されたロバートゲイリーと言うお医者さんも、来日して、今の放射能の混ざった水を毎日2リットル、1ヶ月間のみ続けても健康に何ら影響はないと、意見を表明されました。むしろ、高齢者の方が避難を余儀なくされて永年住み続けた場所から見知らぬ土地で避難所生活をする事の方が健康により悪影響を及ぼすといわれました。それを証拠に十分な手当を受けられない人がどんどん命を落としています。このような状況だからこそ、小さなストレスも命取りなのだろうと思います。政府や専門家もその言葉に重みがあるので万が一の時に責任を押し付けられたくないから避難を勧告せざるをえない事情もあると思います。もう少し一人一人が知恵を働かせて、人の気持ちにももっと焦点を当てられないものかと思います。一生懸命育てた農作物を捨てられて、それを育てた人の無念さを思います。一生懸命育てた牛からしぼった牛乳を捨てられた飼育者の思いを考えます。死にたくなって当然だと思います。
そのキャベツを食べて一体どのくらい命が縮むのでしょうか。
自分を含めてみんなが、見かけじゃなくてもっと心や真理に焦点を向ける事が出来る様になれば、住み良い世の中になると、先生のメルマガは教えてくれます。
だから、読み出すと、止まらなくなるんだと思います」


大震災のあと、原発問題が起こり、それに続いてさらに新しい問題が起こりました。
それは「風評被害」というもので、これによって原発近くの県産の農作物や酪農製品、海産物などがボイコットされて、地元の関連産業従事者たちが大被害を受けています。
しかも、そのほとんどが冒頭に書いた「頭が禿げる!」と同じ程度の無知やデマによるものです。
また、ミネラルウォーターを始めとする食料品・生活物資の買い占めにより、それらを一番必要としている被災地の人々に届かないという問題です。
これは地震の後の、二次災害、三次災害で、被災者の方々を二重、三重に苦しめています。
この結果、生きる意欲、目的を見失って自殺している人も出てきているといいます。
もし、自分がその立場だったらどのように感じるのでしょうか。


今日の新聞に載っていた週刊誌の宣伝には、
「許せない放射能差別」として
「福島県民の宿泊を拒否したホテル、原発の近くは白血病が多いとデモをバラ撒く活動家、タクシー、トラックも『福島行かない』看過できない人権侵害事件」
という言葉が躍っていました。
本当に悲しいことです。
地震、津波は自然災害で、私たちにはどうすることもできませんが、しかしこれらはある意味「人災」です。


しかし、今日の読売新聞の震災特集面には次のような読者の投書が載っていました。
「先日、家の近くのスーパーの店外で、『東北の皆さんを応援しましょう!』と書いた旗が立てられ、風評被害に苦しむ地域の野菜などが安い値段で売られていました。多くの客が殺到し、なんと30分ほどで完売になっていました。私ももちろん買いました。家族5人でささやかながらの募金もさせてもらいましたが、こうして野菜を買うのも支援になると思います。被災地の皆さん、頑張り過ぎずゆっくり支えあい、明日に向かってGOです!」


これを読んで私はホッとしました。
被災地の方々がこれを読んでどれほど喜んでいらっしゃることでしょうか。
マスコミは人々の不安を煽(あお)るようなことを言うのではなく、上のような人々の声や運動をもっと大きく取り上げて、国民全体に被災者をサポートしていく意識を高めていくようにしてほしいものです。
また、私たちもうわさやデマに踊らされないように気をつけなければなりません。
みんなで心をひとつにし、力を合わせて、この困難な時を乗り切ろうではありませんか。


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無計画停電

2011.03.16日

今日も正午に平塚広報の放送で、市内の計画停電が夕方から実施されると案内されました。
しかし、すでに一昨日も昨日も計画停電のために休講措置を取ったにもかかわらず、実施されませんでした。
そして、今日の夕方も授業を休講にしたにもかかわらず、結局は停電になりませんでした。
まるで、イソップ物語の「オオカミ少年」のようです。


さらに問題なのは、同じ町名が第2グループと第5グループなどと、2つあるいは3つののグループに入っていて、どちらの時間帯で実施されるのかわからないという点です。
平塚市のホームページでも、同じ問題を取り上げていて、いずれか一方の時間帯のみ実施されるが、どちらで実施されるかは東電からは連絡がなく不明とのこと。


東電に問い合わせようとして、この3日間いくつかの電話番号に何度電話しても全部、「電話が混みあっています。後ほどおかけ直しください」というメッセージが繰り返されるばかりで、どこにもつながりません。
おそらく、問い合わせだけでなく、苦情の電話も集中しているのでしよう。
計画停電が実施予定だったのに実施されなかったり、予定が入っていなかつたのに停電になったりしているようです。
まさに「無計画停電」です。


しかし、東電も原子力発電所の相次ぐ事故の対応に追われていて、きっと中はひっくり返っていて、大変なのだと思います。
このようなとき、政府は何をしているんだ、東電は何をしているんだ、とみんな怒り、非難するものです。


テレビで緊急地震速報がしょっちゅう流れ、また市の広報の放送がされます。
街の中も商店はみんな照明を落とし、店は早く閉まり、看板の電気も消え、人々の表情も暗いです。
これで空襲警報でも流れればもう戦時中と変わらなくなります。
でも、世界の多くの国々では、実際もっと過酷な状況の下で、日々怯(おび)えながら生活している人が大勢います。


政府や東電を、また人を責めるのは簡単です。
でも、このような大変なときこそ、忍耐と協力が不可欠です。
もう少し寛容になって、みんなでこの苦しいときを乗り切る覚悟が必要です。


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地震のお見舞いをありがとうございます

2011.03.11日

今日東北地方を中心に起きた大きな地震のニュースを、先ほど帰宅してテレビのニュースで見ているところですが、映像にただただ驚くばかりです。
国外、また県外の方、何人かからお見舞いをいただきました。
ご心配いただきましてありがとうございます。
この紙面をお借りしてこちらの様子をお知らせさせていただきます。


ここ平塚ではさほど大きな被害は出ていませんが、かなり大きな揺れでした。
ちょうど問い合わせのお客様が見えていて、入塾のご案内をしているところでした。
いきなり建物が大きく揺れ出し、ちょっと船酔いしているような感じになりました。
地震の怖さを知らない私は、お客様にそのままお話を続けていたのですが、お客様がだんだん不安になってきました。
私は落ち着いていて、
「この揺れだと、震度4ぐらいですね。あっ、かなり揺れが強くなってきましたね。これは震度5ですね」
などと言っていたら、その方が「外に避難しましょう」と言って、席を立たれたので私も後について建物の外に出ました。
近所の人たちも大勢外に出ていました。
歩道に立っていても大きく揺れ続け、走っていた車も停車して安全を確認していました。
しばらくたって建物の中に戻ろうとしても、お客様はまだ不安で外に立っていらっしゃいました。
ようやく教室に戻ってからもまだしばらくの間、余震が続きました。
携帯電話が通じず、お子様が心配だと言ってお客様は塾を出られました。
その後、バス送迎に出ましたが、東名高速や小田原厚木道路などの高速が閉鎖されたため、下の一般道路に車があふれて、どこも大渋滞でした。
授業は通常通り行いましたが、連絡がつかずお休みになった方も何人かいらっしゃいました。
明日は中3の塾生のための卒塾式の日ですが、交通が遮断されたため3名の先生たちが東京で足止めになっているそうで、明日の参加が危ぶまれています。


今日はずっと塾にいてニュースから遠ざかっていたので、今ニュースを見て事の重大さに本当に改めて驚いています。
地震の本当の怖さを初めて知った次第です。
被災された方々に心からお見舞い申し上げます。


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マッチ1本火事の元、火の用心!

2011.01.30日

「マッチ1本火事の元、火の用心!」 チョン、チョン
「さんま焼いても家焼くな、火の用心!」 チョン、チョン
「家一軒焼いても国の損、火の用心!」 チョン、チョン
小学生の頃、1週間に2日ほど数人で拍子木を持って近所を回っていました。
先日、テレビで同じシーンが映されていて、今でも東京の下町で行われているのを知って驚きました。


強烈な印象が残っているのは、
「家一軒焼いても国の損」
という言葉です。
家一軒でも国の損ならば、人ひとりの命はどうなのか?
殺人事件や交通事故などで亡くなった方の遺失利益というのが計算され、裁判などでよく賠償命令が下されます。
また、ある人は生命保険で下りる額が人の命の値段だと言います。
その額、7000万円とか、3億円とか、10億円とか言われたりします。
1977年、時の首相福田赳夫氏は、日本赤軍によるダッカでの日航機ハイジャック事件で次のように言いました。
「人の命は地球より重い」。


それなのに、全世界で、今日も自爆テロや内戦、殺人事件や交通事故死など、いわゆる不当に大勢の人の尊い命が奪われています。
私が今日、この中で注目したいのは「交通事故死」です。


先日、中2のT君に教えていたとき尋ねました。
「交通事故が一番よく起きるのはどこだと思う?」
T君、ちょっと考えて答えました。
「交差点ですか?」
「そう。そのとおり。その原因は何だと思う?」
「信号無視?」


そうです。
交通事故の半数以上は交差点内で起きています。
そして事故の原因の大半は信号無視です。
中学2年生にもわかることです。


そこで私が提案するのは、どの交差点にも信号機の上にコンビニにあるような録画機能を備えたカメラを装着することです。
このように言うと、必ず出てくるのがそれに伴う莫大な費用という反対意見です。
「不可能だ」と。
しかし、もし「家一軒焼いても国の損」であり、「人の命は地球より重い」のならば、信号機にカメラをつける費用など取るに足りません。


信号無視をする運転者がいれば、罰金を取ってそれを費用の一部に回せばいいのです。
そして万一事故が起きた場合には、録画したビデオからすぐに加害者・被害者が特定できますし、そのためみんなが交差点内の運転に注意を払うようになります。
信号無視による事故は激減し、多くの人命が損なわれずに済みます。
「〇月〇日午後〇時頃、この交差点内において人身事故が起きました。事故を目撃した方は、〇〇警察署までご連絡ください」という、事故後何か月もの間立ち続ける看板も姿を消し、逃げ得は許されなくなります。


費用よりも、人命を尊ぶべきではないのでしょうか。
人のプライバシーの問題よりも命のほうがはるかに尊いのです。


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少子高齢化社会

2011.01.14日

日本人の平均寿命が男性79.59歳、女性86.44歳と、ともに4年連続で過去最高を更新したということで、女性は文句なしの世界1。男性は5位とは言え、男女で世界トップレベルの長寿国ということに違いはありません。
65歳まで生存する確率は男性で86.7%、女性で93.6%。90歳までは男性22.2%、女性46.4%だそうです。


しかし問題なのは、少子化です。
先進国ではアメリカを除いてほとんどの国で少子化が進んでいます。
平均寿命が延びるということはおめでたいことですが、しかし高齢者を支える若い世代の人の数がどんどん減っていくということは、それだけ若い世代に負担が重くのしかかるということで、これは大きな問題です。
少子化対策のためにいろいろな方策が練られていますが、これといった決定打は今のところないようです。
期待された子ども手当ても空振りで、少子化対策には全然役立っていないとのこと。
同じ少子化で悩むヨーロッパの国々は、移民政策で人口減少を補っているそうですが、これとて真の少子化対策にはなっていません。


さて、少子高齢化が進むと、当然のことながら社会の経済にもいろいろな面で影響が出てきます。
そのひとつは、子どもの絶対的な数が減ってきているわけですから塾の需要が減るということ。
そして逆に、高齢者の数が増えているから老人ホームの需要が増えてきているということです。


ところが、周りを見回すと、経営難でつぶれる老人ホームもあれば、どんどん大きく成長している塾もあるのです。
これは、エコカーが増えてガソリンの需要が減ったので廃業するガソリンスタンドが増えているという問題と似ています。
どういうことかと言うと、最近、私の家の近所でつぶれてしまったガソリンスタンドが4軒もある一方、私が利用しているガソリンスタンドは平日でも客足が途切れず、土日などは長い行列ができるほどよく繁盛しているのです。
つぶれたガソリンスタンドには共通点があります。
ひとことで言うと「活気がない」のです。
照明は暗く、看板のペイントは剥げ落ち、働いている人の数は少なく動きも緩慢で、しかも接客が下手でサービスが悪い、と悪いことが何拍子も揃っています。
かたや流行っているガソリンスタンドは、ちょうどその正反対です。
廃(すた)れるのに理由があり、繁盛するのにも理由があります。


円高が日本経済を直撃していると言われていますが、その一方で円高にもめげず大きく成長している企業もたくさんあるのです。
つまり、すべてはやり方だ、ということです。


少子化対策は国だけでなく、私たち国民も真剣に考えて取り組まななければなりませんが、企業は少子化を嘆くのではなく、それに対する方策を練るならば、困難な中にあっても十分に健闘することができるのです。


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高校生の伊達直人君へ

2011.01.13日

昨日のブログ「タイガーマスク 全国に現る!」に「直人現象」について書きました。
今日の新聞には「『伊達直人』全都道府県に」(読売新聞34面)という記事が載っていて、これによるとこの運動が全都道府県に広がり、さらに昨日は神奈川、青森、福岡で現金100万円が届けられたとのことです。


今日の読売新聞の湘南版には「タイガー現象 期待と戸惑い」という記事があり、そこに横浜市の担当者の声が載っていました。
「感謝しているが、以前から地道に寄付くださる方もおり、今回の件だけ注目されることには少し戸惑っている」


「やっぱり」と思いました。
それは、昨日のブログにも書いたように、「貧困が解消されない限り、こうした寄付が続くのでは」と語る大学教授の声に対して、私はむしろ「これこそまさに『ペイ・フォーワード』の精神だ」と思うのです。
確かに、「タイガーマスク現象」がスポットライトを浴びると、それに促(うなが)されて行動を取る人も出てきますが、それに関係なくずっと前からこのような奇特な人はあちらこちらにいて、そして貧困の問題にも関係なくペイ・フォワードの精神はいつの時代にも生きているのです。


しかし、今日感動したのは「全都道府県」でも「100万円」でもなく、同じ湘南版の記事に載っていた本当に小さな「愛の行為」です。
記事の一部を下に引用します。
「厚木児童相談所の玄関で見つかった段ボール箱には『高校生なのでこんな物しか差し上げられませんがどうかお役立て下さい。高校生の伊達直人より』と書かれたメモが貼ってあった。鉛筆30本や消しゴム6個などが入っていた」


私はこの記事を読んだとき、本当に涙が出てきました。
「高校生なので」「こんな物しか」。
とんでもない!
あなたの勇気とその愛の行為は、高校生という「立場」や、鉛筆や消しゴムという「物」をはるかに越えています。
あなたは大切なことを私たちに教えてくれました。
高校生の伊達直人君、
本当にありがとう!


誰にでもできることがあります。
立場や豊かさに関係なく。


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タイガーマスク 全国に現る!

2011.01.12日

昨日の朝刊と夕刊、そして今日の朝刊と、なんと連続で取り上げられている超ホットな話題があります。
それは、タイガーマスク。
読売新聞のキーワードランキングでも、1位「直人現象」、2位「タイガーマスク現象」と、1・2位を独占。


昨日の読売新聞夕刊「よみうり寸評」より一部抜粋。
「漫画『タイガーマスク』が少年漫画雑誌に連載されたり、テレビアニメで放映され人気を呼んだのは1968〜71年のことだった。
◆ざっと40年前後の昔だ。今、全国に広がろうとしているランドセルなどを児童福祉施設に贈る善意の人たちの年配は、おおむねそれから推定できるだろう。
◆タイガーマスクの主人公・伊達直人は施設で育った孤児だった。覆面のプロレスラーとなってファイトマネーを自分を育ててくれた孤児の家『ちびっこハウス』に贈ったあたりが泣かせる。40年後、それをまねた善行が広がった。
(中略)
◆ランドセルもうれしかろうが、子どもたちには自分を思ってくれる温かい心が何よりの贈り物だろう」


今日の「USO放送」にも、
「首相と同名
肩身がひろくなりました
―全国の直人
タイガーマスクどの」。


うちの長男の名前も直人(関係ありませんが)。
次男は、昨夜仕事から帰ってきて、「タイガーマスク現象」の記事を読んだとき、感動で涙が出てきた、と。


ある大学教授はこの現象について次のように語っています。
「(不況を背景に)子供の貧困が深刻化しており、罪のない子供にみじめな思いをさせたくないというメッセージが読み取れる。貧困が解消されない限り、こうした寄付が続くのでは」


確かにそういう面もあるかもしれませんが、私自身は、これこそまさに「ペイ・フォーワード」の精神だと思っています。
上の記事はちょうど2年前に、このような運動が起こることを願って書いたものですが、今、それが現実に起きているのを目のあたりにすると、胸が熱くなるのを覚えます。
この全国のタイガーマスクは、自分が過去に受けた恩を別の形にして他の人(子ども)たちに返しているのだと思うのです。
このような純粋な気持ちからのペイ・フォーワードの運動が、もっとほかの形でもどんどん広げられていけば素晴しいではありませんか。
この善意の運動は、暗い、寒い世の中にあって、私たちの心を温めてくれます。


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「無縁社会」の話をしよう

2011.01.11日

「無縁社会」の話をしよう
今日の読売新聞1面「日本の改新」は、マイケル・サンデル氏のインタビュー記事です。
このシリーズはとても面白く、毎回楽しみに読んでいます。


ご存じのとおりサンデル氏はハーバード大学教授で、受講者14,000人を記録した人気教授です。
授業の様子は下のYouTubeから



昨年は東京大学を訪れて、ハーバード大学と同じスタイルで学生とディベートし、その様子がテレビでも放映されました。
(サンデル氏の著書およびDVDはこちらから)
サンデル氏の授業スタイルは徹底したディベート形式。
難しい問題を取り上げて、みんなで議論するが、明確な答えを一つ出す必要はない。
ディベートすることにより、みんなの意見を交換することができ、その中から一つでも二つでも何かを学び、そこから問題解決の糸口が見つかればよい、という考えです。
他者の視点を知り、互いを尊敬し、相手に耳を傾け、共通点を見出そうとすることに意義があると同氏は言います。
私はこの考え方に賛成で、困難な問題に対する素晴らしいアプローチ法だと思っています。
日本の大学の多くの授業のように、教授がただノートを読み上げ、板書し、学生はただ受け身でノートを取るだけのスタイルから新しいものは生まれません。
政治の世界でもこのような建設的な討議がもっとなされるようになったら、日本の将来はきっと大きく変わることでしょう。


今日のテーマ「無縁社会」では、日本の孤独死や不明高齢者の問題を取り上げ、原因をみんなで考え、語り合おうというものです。
いくつかの原因を挙げて、一つひとつを検証しています。
しかし、サンデル氏はあくまでも問題を提起し、私たち日本人にこの問題についてもっと深く掘り下げて考え、話し合うことの必要性を訴えています。


以前、このブログでも「ご近所力」というタイトルで似たような問題を取り上げました。
これはうちの生徒が書いた作文の内容を紹介したものです。


いつも思うことですが、ゴミ収集日のゴミ置き場ひとつを見ても、この「ご近所力」がよく見えます。
近所に大きなアパートがあるのですが、ここはゴミ収集日でなくても生ゴミが出されていて、いつもカラスの餌食になり、道路や付近一帯にゴミがちらかっています。
しかも、何日も放置されていて誰も掃除しません。
一方、そのすぐ近くにある比較的新しい家が並んでいるところは、ゴミは収集日にしか出されませんし、しかもカラスが嫌うという黄色のネットを自分たちでお金を出して購入し、きれいにゴミにカバーしてあるので決して荒らされることはなく、いつもきれいです。


近年、日本では個人主義が急速に発達し、横のつながりが希薄になってきました。
中高生や大学生など若者は、携帯電話のメールで人とつながっていることで安心感を買っています。
登録してあるアドレスは、200とか300など想像もつかないほどの数です。
そのくせ、ひとりで昼食をとるのが恥ずかしいと言って人目を過剰に意識し、大学などでは友人と一緒に食事できないとトイレの中で隠れてひとりで食べている、という異常な状態です。
これもある意味、若者の間の「ご近所力」の問題です。


マイケル・サンデル氏に習って私たちも
「さあ、無縁社会の話をしよう」
と腰を上げなければならない時代にもう突入しています。


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ご近所力

2010.10.13日

一昨日、中2のSさんから夏休みの課題作文で神奈川県の優秀賞を受賞したという知らせを受けました。
そして昨日、Sさんがその作文を塾に持ってきて見せてくれました。
題を聞いたところ、「ごきんじょりょく」と口頭で返事が戻ってきましたが、最初中国語かと思いました。
漢字で書くと「ご近所力」で、一風変わった聞き慣れない言葉です。
今年の夏の猛暑の中で独り暮らしの高齢者がたくさん亡くなったことを通して、母親との会話から、昔の近所の人たちの強い結びつきを知り、自分も近所のお年寄りに何らかの力になりたいと思った、という内容です。


「昔はご近所の誰もが顔見知りで、おばあちゃんたちは入れ替わり縁側に集まってはお茶を飲みながら毎日話をしていた。
だから、しばらく顔を見ない人がいれば、みんなで心配したとのこと。
都会の大きなマンションでは隣の人さえ知らない人がいて、近所づきあいをしなくなった結果、人間関係が希薄になってきているのが、高齢者の孤独死を発見しにくくしている。
今、母親は近所のお年寄りを見守っている。
雨戸が開いていないと母は心配し、自分が雨戸が開いていたのを伝えてホッとする。
最近は、朝学校に行く前に、このおばあちゃんの家を見守るのが自分の習慣になった。
助け合い、支え合う「ご近所力」を大切にしていきたい、といった趣旨の作文です。


私はこれを読んで感動しました。
さすがに優秀賞を取るだけのことはある。
しっかりした内容で、構成も非常に上手です。
それにも増して、中学2年生の子が、近所のおばあさんを気遣う優しい気持ちに心打たれました。


そういえば、私も子どものころは、近所の間でお付き合いがあって、手作りの料理をお皿にほんの少しおすそ分けで持っていくと、翌日にはそのお皿にお返しの料理が盛られて戻ってくるのでした。
私がいたずらをしたりすると、近所の大人の人に叱られました。
逆に褒められることもありました。
近所の家に上がりこんで遊ぶこともしばしばありました。
しかし、最近はこのようなことはめっきり見なくなりました。
悪いことをしている子どもを見ても大人は注意しません。
本当に人間関係が希薄になってしまいました。
お互いにプライバシーを重視し、相手の世界に踏み込まないようにするあまり、関心まで持たなくなったのです。
何か殺伐とした感じさえします。


このような世界が当たり前になっている今日この頃、中学生が「ご近所力」を大切にしよう、と呼びかけてくれると、まだまだ日本も捨てたものじゃない、とホッとした気持ちになりました」


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魔の変則六差路

2010.07.31日

私のバス送迎のルートに凄(すさ)まじい箇所があります。
私はそれを「魔の変則六差路」と呼んでいます。



大きな地図で見る


北西から南東にのびている道路がバス通りですが、幅が狭くてバスが行き来できないところも多く、ちょっと広いところでよく退避しています。
その狭い交差点内にバス停が何と2箇所あります。
しかも、南西の角には信用金庫の駐車場があり、そこに車が絶えず出入りします。
さらに、見通しの悪い狭い通りから人や自転車が入ってきます。
最悪のときは、交差点内に2台のバスが止まり、バス通りも、南北の通りも、そして南西から北東にのびる通りも全部が渋滞して、車がまったく動かなくなり、その間を縫って人や自転車が通行します。
南西に400mほど行ったところに平塚江南高校があるのですが、夕方などひどいときはこの当たりまで渋滞します。
バス通りが優先道路なので、そのほかの通りにいる車は車の切れ目ができるまで待たなければなりません。
上の地図は通りの広さがあまり正確ではなく、北にのびる通りはネックが狭くなっていて、そこは車が2台行き来できず、さらにそのすぐ先には小さな青果市場があり、そこへ行く人や自転車、トラックも数多く、この狭い通りが混雑します。
また交差点内には地図のような広い逆三角形の空間もありません。
かと言って信号をつければかえって渋滞しそうです。
日本国内にはこのようなひどい渋滞を引き起こす交差点はきっとあちらこちらに数多くあるのでしょう。


交通行政のまずさもあるのですが、それよりもさらにまずいのは運転手のマナーです。
みんな我先にと交差点に入るので、それも渋滞の原因になります。
バスの運転手も交差点に入る手前でちょっと止まればほかの通りの車が進めるのですが、当然の権利のようにして交差点内のバス停に止まり、前後左右の渋滞を引き起こします。


昔、フィリピンのマニラに行ったことがあるのですが、乗っていた観光バスの運転手は、交差点の信号が赤でも平気で無視して突っ込むわ、前方がちょっと混雑していると反対側の車線を走るわ、で生きた心地がしませんでした。
これに対して思い出すのは、アメリカでの経験です。
信号のない交差点では、優先道路とかに関係なく、すべての車が一旦停止した後、交互に車が進むのがごく普通のマナーになっていました。
最初これを見たときは本当に驚きました。
また、道路の広いアメリカでは車を斜めに頭から突っ込んで駐車できるところがたくさんあります。
そして駐車していた車がバックして出てくるとき、道路を走っていた車はストップして相手の車が出るのを待ちます。
アメリカが何でもすべていいというわけではありませんが、見習うべきことはたくさんあります。
車の運転マナーはそのうちのひとつです。


みんなが譲り合いの精神で運転するなら、渋滞も事故の数もうんと減ると思います。
譲り合いの精神は、車の運転だけではなく、日常生活のさまざまな面においても活かされるようになると、人間関係はもっとスムーズに、そして気持ちよいものになることでしょう。


今朝、別の場所ですが、狭い通りから広い通りに出るとき、右からも左からも車が続いていてなかなか出られなかったところ、1台の車が止まって通してくれました。
とても嬉しくてその運転手に手を挙げ、何度も頭を下げてお礼をの気持ちを伝えました。
たったこれだけのことで、今日1日気分がとても爽(さわ)やかでした。
そしてその後、例の「魔の変則六差路」で私も止まってほかの車に譲ってお返しをし、さらに気持ち良くなりました。


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かつては日本も

2010.07.23日

昨日、書店で雑誌を立ち読みしていて次のような記事を目にしました。
中国人資産家の一行が、2億円から5億円台もするマンションの見学会に団体バスで乗り付けたいと言ってきたそうです。投資用として買うことを考えてのことだそうです。
さらに続けて、日本の家の前を通りかかった中国人のバイヤーが庭木を売ってくれと1500万円の現金を差し出したりするとありました。
500万円で買った松の木を中国の資産家に5000万円で売るとのこと。
そのうちに中国はソニーも三菱も買ってしまうのでは、と続いています。
そういえば、今秋葉原の家電量販店には大型バスが乗り付けられ、多数の中国人観光客が流れ込んで家電品を買い占めていくそうです。
不景気な時代なので、日本にとってはとてもありがたい話ではあるのですが、そのうちに日本は中国人にすべて乗っ取られてしまうのではないか、と一部で噂(うわさ)されています。


私がアメリカに最初に留学した1973年、初めて目にした24時間営業のコンビニエンスストア(コンビニ)に驚きました。
その代表格は7-Elevenでした。
翌1974年に、7-Elevenの親会社である米サウスランド社とライセンス契約を結んだセブン-イレブンの日本第1号店が東京に生まれました。
ところが、その後日本国内には津々浦々どこにもコンビニができ、合理的なシステム管理が進み、1991年に本家のサウスランド社が経営破たんし、日本セブン-イレブンに逆買収され子会社化されることになります。
この事実は今日、アメリカ人でもあまり知らないのではないかと思います。


当時私は学業のかたわら通訳の仕事をしていて、日本から来る観光客の案内もしていました。
ロサンゼルスにあるリトルトーキョーという日本人町にはいくつかの免税店がありました。
私が付き添っている団体の乗る大型観光バスがそこに乗り付けられ、日本人観光客がどっと流れ込みます。
1〜2時間経ってバスが出るころには、店の中のゴルフセットや香水、ブランドバッグなどがごっそりなくなり、店の中は空っぽだと店の人たちが嬉しい悲鳴を上げていました。
ディズニーランドでは日本人観光客が大勢見られました。
また、金持ちの日本人が高級住宅街のビバリーヒルズの豪邸を次々と買っていると言われ、アメリカ人が眉をひそめていました。
そして「ジャパン・バッシング」なるものが起こり、日本車を取り囲んで大きなハンマーなどで車をボコボコに叩いているショッキングなシーンがニュースに流されました。


当時、中国では人民服(日本の詰襟の学生服のような感じのもの)を着た人たちが天安門広場の前の道路を横並びで自転車で往来していました。
韓国ではまだカラーテレビがなくて、日本に技術を学びに来ていました。
ハーマン・カーンというアメリカの未来学者が来日して、21世紀は日本の世紀になると予言していました。
それがなんと30数年経ってみると、すっかり逆転してしまいました。
カラーテレビは韓国のメーカーに負け、中国人が日本の物を買いあさっています。
東京ディズニーランドでは、中国語があちらこちらで飛び交っています。


時代は待ったなしにどんどん変化していきます。
かつての栄光にしがみついてると将来はありません。
成長を目指して絶えず努力し続けなければなりません。
かつてアメリカが急成長し、その後日本が高度成長時代を迎え、そして今は中国やインドや韓国などがアメリカや日本に取って代わりました。
その背後にあるキーワードは「貪欲」です。
所詮(しょせん)、歴史は繰り返すものです。


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国会をつるし首にしろ!

2010.07.17日

先日の参院選で民主党が大敗して過半数割れとなり、衆参でねじれ国会となりました。
この結果、衆院選で通った法案が参院に回されてもそこで否決され、再度衆院に差し戻されても3分の2以上の賛成がないと通らないので、重要法案がひとつも通らなくなる可能性があると言われています。


イギリスでも去る5月の総選挙で同じような結果となり、過半数に達する政党がなくなったため「ハングパーラメント」(宙ぶらりんの国会)状態となりました。
この総選挙の数日前、イギリス各地では人々がプラカードを持ってデモをしていました。
そのプラカードなどに "Hang Parliament" と書いてあったのですが、日本の各テレビ局のレポーターおよびニュース解説者が、これを「ハングパーラメント」と言って、「過半数割れ政党の宙ぶらりんの国会という意味だ」と解説していました。
ところが、「ハングパーラメント」は正確には "Hung Parliament" で、デモをしている人たちが持っていたプラカードの文字とは微妙にスペルが違っています。
テレビ局の解説者たちはこれに気づいていませんでした。
Hang は「つるす」という意味の動詞の原形で、hung はそれの過去分詞形です。
したがって、hung と言えば確かに「つるされた」という意味から「宙ぶらりんの」という意味の形容詞になりますが、hang は原形なので命令文になり、今日のタイトルのように「国会をつるし首にしろ」という意味になるのです。


hang%27em.jpg


ネットで上のような絵を見つけました。
これがまさに「国会をつるし首にしろ!」です。
これを市民運動でやっています。


つまり、イギリスの国民も日本の国民も、政権与党に期待できず、「ノー」を突きつけたわけです。
政局は安定しませんが、このことによって与野党の政治家がみんな襟を正して真剣に政治に取り組むようになるといいと思います。
そして、それが国民の声です。


選挙のことを心にかける政治家はいりません。
国民のことを心にかける政治家が必要とされています。


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三種の神器

2010.05.16日

先日、中3の生徒たちがお互いに社会のいろいろな問題をクイズのように出し合って、答えていました。
「三種の神器は何?」
「えーと...テレビ、洗濯機、冷蔵庫」
「当たり!じゃあ、高度成長期の3Cは?」
「カラーテレビ、クーラー、カー(車)」


三種の神器とは、もともと天照大神から授けられたとする鏡・剣・玉を指し、日本の歴代天皇が継承してきた三種の宝物のことです。


jingi.jpg


これが新時代の生活必需品として3種類の耐久消費財という意味で使われるようになり、1950年代後半には上の家電3品目が「三種の神器」と呼ばれ、さらに1960年代半ばから「新・三種の神器」として「カラーテレビ、クーラー、カー」となったのです。
そして2000年代に入って「三種の神器」は、デジタルカメラ・DVDレコーダー・薄型テレビとなりました。
最新の「三種の神器」は、エコカー、ソーラー発電、グリーン家電でしょうか。
つい最近日本で出たばかりのiPadもすぐに「三種の神器」入りをすることでしょう。


私の場合は運よく(?)、上に挙げた「三種の神器」を全部、時代とともに身をもって体験してきました。
時代の急激な変化を目撃してこれたことはとても幸せだと思っています。


小学校の4年生の頃、最初に電気冷蔵庫が我が家にも来ました。
それまでうちにあったのは氷で冷やすタイプの昔の冷蔵庫で、親戚からお下がりでもらってきたものでした。


reizouko.jpg


新しく来た電気冷蔵庫には鍵がついていて、子ども(私)が勝手に開けて中のものを取り出すことができないように(!)なっていました。
電源を入れてしばらくして、ドアを開けるとバナナのような匂いがプーンとしてきました。


次に洗濯機が来ました。
それまでは木でできたたらいに水を入れて、洗濯板を使って母が洗濯していました。


200px-Tarai-sentakuita.JPG sentakuki.jpg


この洗濯機はあの「三丁目の夕日」の映画の中に出てくるハンドル式の絞り機付きのもので、画期的でした。
絞り機から出てくる板のようになった洗濯物を見て、
「わー、便利!」と感動したことを今でもはっきり覚えています。


そして最後に白黒テレビが来ました。
それまでは近所のお金持ちの家にテレビを見させてもらいに行っていました。


TVcast.jpg TV.jpg

(この写真の説明は「何事も一生懸命」に)


やがて我が家にも車が来、カラーテレビが来て、クーラーが来ました。
うちはあまり豊かではなかったので、いつもよその家がほとんど持つようになって、少し値段が下がってからでした。
そして、人並みに「三種の神器」が揃うにしたがって、豊かさを実感したものでした。


しかし、今になって考えてみると、本当の豊かさとは「三種の神器」のような物によるのではない、ということです。
当時、友達の家にあって我が家に「三種の神器」がなくても、それなりに十分に幸せを感じていましたし、よその家をうらやましく思ったこともありませんでした(「不景気なときの最高の投資」)。
今あるものに満足する、これこそ「千種の神器」にもまさる、本当の心の豊かさです。
(ちなみに、うちにはまだ薄型テレビもエコカー、ソーラー発電、グリーン家電もありませんが、十分に幸せです)


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高速道路無料化?

2009.12.20日

鳩山政権がマニフェストの目玉のひとつに挙げていた高速道路の無償化がだんだん怪しくなってきました。
ガソリンの暫定税率廃止も同じです。
子ども手当ての所得制限なしも、制限付きの方向に進んでいます。
鳩山首相は、これらの政策実施のための財源は十分にある、と繰り返し言っていましたが、十分どころかまったく足りていない状況です。
人の心を惹くおいしい政策ばかり挙げて、実際に政権を取ったらやっぱりだめだった、と言うのなら誰にだってできます。
でも、それではあまりにも無責任なのではないでしょうか?
それが支持率の急下降に表れていると思います。


高速道路の無料化に関しては、私は最初から反対でした。
まず、無料にすれば高速道路に車が集中してCo2(2酸化炭素)の排出が増えて、鳩山政権が挙げる90年比25%削減の目標と合致しませんし、受益者負担の原則からはずれ、高速道路を利用しない人から取る税金を高速道路を利用する人の無料化に回すことになるからです。これはどう見ても不公平です。


ところで、今日の読売新聞7面に面白い記事が載っていました。
「米 高速無料の功罪」と題されていて、カリフォルニア州ロサンゼルス市ではこれまで無料だった高速道路を11年1月から市中心部を有料化にする方向に進んでいる、という内容です。
ロサンゼルスは昔、路面電車など鉄道網が結構充実していたのですが、モータリゼーション(自動車の普及)にあわせて、石油会社と自動車会社が協力して鉄道会社を買収して、次々と電車を廃線にもっていって、車と石油の売り上げを伸ばしたと言われています。
もともとロサンゼルスで始まったフリーウェイ(高速道路)は、全米でもトップの高速道路網で有名です。


800px-Sandiegofreeway.jpg


片道は普通で4車線、広いところだと6〜8車線もある広い高速道路は、朝夕のラッシュアワー時には全然動かなくなる大渋滞です。
車があふれるロサンゼルスはスモッグもひどく、80〜90年代に入ってようやく鉄道が見直され、地下鉄が作られるようになってきたような次第です。


渋滞緩和と排ガス削減を狙って連邦政府は、高速道路の有料化に補助金を出しているほどです。
日本はほとんどすべての面で、アメリカのあとを追っているので、アメリカのモータリゼーションの反省から学んでいるはずなのに、時代に逆行する「高速道路無料化」の政策を挙げて票取りをしたのは実に問題だと思います。


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