学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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宮本武蔵大好きアルゼンチン少女が武蔵にご対面

2017.10.31日

「世界!ニッポン行きたい人応援団」(テレビ東京)


私たちは、どこかの国で待っているであろうニッポンのことが大好きな外国人の方の熱い思いをご紹介したいと世界の国々で大捜索!その中からニッポンで夢を叶えたい方のお手伝いするため、ニッポンにご招待致します。


宮本武蔵と剣術を愛するアルゼンチンの女子中学生をご招待!
もともと父親が宮本武蔵が好きで剣術をやっていた影響で、9歳の頃から剣術を習い始めた彼女。現在は、宮本武蔵が考案した剣術「二天一流」を自国で学んでいる。誕生日にはスペイン語で書かれた、宮本武蔵の書「五輪書」をもらい、大喜びした。
ニッポンでは、念願だった宮本武蔵ゆかりの地、熊本へ。さらに、大分で武蔵の剣術「二天一流」の稽古に参加する。

(「世界!ニッポン行きたい人応援団」番組ホームページより)


この様子を一部始終観させていただきました。
メリッサさんは、お父さんが宮本武蔵が好きで剣術をやっていた影響を受けて、9歳の頃から剣術を学び始めました。
誕生日にプレゼントされたスペイン語で書かれた武蔵著『五輪書』を愛読し、武蔵への想いを込め、またその中で覚えた「二天一流」などの漢字を書いたポスターを自分の部屋の壁に貼るほどの大ファンで、いつか日本に行って武蔵ゆかりの地を訪れ日本の道場で剣術を学ぶことが夢。


ある日、アルゼンチンの街中を歩いているとき、TV番組「世界!ニッポン行きたい人応援団」で選ばれて日本へ招待されることを知り、あまりの驚きに目を白黒。
そして、念願かなってお父さんと一緒に初来日。


空港に着き、一番に行きたいところを尋ねられると迷わず、武蔵が晩年に「五輪の書」を著したとされる熊本の金峰山(きんぽうざん)山麓にある洞窟「霊厳洞」と答えます。
そして、霊厳洞へ。
道着に着替えて雲巌禅寺の受付で住職から五輪書と座禅を組むときの座布団をプレゼントされ、宮本武蔵が描いた絵画などを見学。そして霊厳洞の武蔵が座禅を組んだと言われる船頭石でメリッサも座禅を組みます。


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次に、武蔵の剣術「二天一流」の稽古に参加するために大分に向かいます。
道場に入って練習しているお弟子さんたちに迎えられ挨拶していると、後ろからそっと近づいてきた兵法二天一流の十二代宗家・吉用(よしもち)清さんがそっとメリッサの肩に手を置く。
振り返ったメリッサは憧れの雲の上の人、吉用清さんに出会い息を飲みます。番組のサプライズだったのです。


そして師匠から稽古をつけてもらいます。
いつもニコニコ笑顔のメリッサはこのときは真剣勝負の顔に。
最初のうちは思うようにいかなかったものの少し練習するうちに吉用さんも驚くほどの上達ぶり。
最後には指導されたように脇を締めて模造刀を振ると空気を切る「ビューン」という音が出るようになります。
稽古が終わって、夜は吉用さんの家に招かれて、奥さんの手料理でもてなされた上、夢にまで見ていた日本の家の和室にお父さんと一緒に泊めてもらいます。


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翌日、吉用さんに連れてもらって父娘は、武蔵の剣術を受け継ぐ「兵法二天一流」の後継者、十代目の宗家によって奉納された宇佐神宮を訪れます。
そこで武蔵が自ら木を削って作ったという日本で唯一現存する赤樫木刀(通常は非公開)を吉用さんのサプライズで見せてもらい、手に取ります。
憧れの武蔵手作りの木刀を震える手で持ったメリッサは、約400年前に武蔵が愛用していた木刀の神々しさに触れ、
「武蔵先生の気がこの木刀から伝わってくるような気がします」
と感動で涙を流さんばかり。


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番組の冒頭から最後まで、メリッサの「アーッ」という驚きの声や「ハァー」というため息が何度も聞かれ、彼女の素直な感動の気持ちが伝わってきて、こちらまで感動を覚えます。
メリッサのお陰で私までにわか武蔵ファンになり、熊本の金峰山の「霊厳洞」を訪れてみたいとまで思うようになりました。
メリッサ一家の武蔵をきっかけとする日本に対する思い入れ、太っ腹で素敵な番組の企画、そしてそれを知った人たちの親切なもてなしが一体となって心に響き、見終わった後はとても爽やかな気持ちになりました。


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ビジネスのエッセンス

2016.07.19日
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徳川幕府の末期を支えた幕臣・勝海舟は、明治維新の後、1899年(明治32年)まで生きた。晩年の時事談議をまとめた「氷川清話」の中で、勝は塚本定次という商人を、「田舎にはまだ感心に本気の人が居る」と大いに称賛している。


塚本は、思わぬ利益を得た時には、自分でため込まず、従業員に分配したり、学校に寄付したりする。所有する荒れ地には、桜を植えて近隣住民を楽しませたという。


塚本は、いわゆる近江商人の一人だ。今の滋賀県を拠点とした商人たちは全国に商いを展開し、江戸時代に大いに栄えた。塚本の言動に見るような利他的な家訓が、近江商人の家には数多く伝わっている。例えば中村治兵衛宗岸そうがんという商人は18世紀半ば、後継ぎとして孫娘の婿に迎えた15歳の青年にこんな書き置きを残した。
「皆人よき様にとおもひ、高利望み申さず、とかく天道のめぐみ次第と、只ただそのゆくさきの人を大切におもふべく候」
自分だけが大きな利益を得ようと思わず、取引先の人々を大切に思いなさい、と丁寧に説いている。


 近江商人は、近江を本拠に、地方に支店を出して、互いの特産品をそれぞれの土地に届ける、現代の商社のような機能を果たしていた。


 「彼らは他国に出かけていって商売をした。行った先の地域社会に支持されなければ、商いは成り立たないと知っていました」。長年、近江商人を研究してきた末永國紀くにとし・同志社大名誉教授は話す。
 薄利でよい、誠実に働け。理想論にも見えるけれど、「ひとかどの商人は似た言葉を残しているし、引き継げなかったところは滅んでいる」(末永名誉教授)。持続可能な経営のための知恵だったのだろう。


 そんな近江商人の哲学を、後世の研究者が集約した言葉が「売り手よし、買い手よし、世間よし」、通称「三方よし」。近年は、企業の社会的責任の源流と注目を受けている。


 近頃、あちこちで大企業の幹部が謝罪する姿を目にするにつけ、買い手や世間を軽んじた商いは、結局は長続きしないのだと痛感する。
(7月17日付 読売新聞 日曜版 「[名言巡礼 繁栄をもたらした利他精神]近江商人の商売の心構え…売り手よし、買い手よし、世間よし」より)


私は大学卒業後もいくつかの学校で学び、最終的に卒業して仕事に就いたのは34歳の時。
もちろんそれまでにも仕事はいくつもしてきましたが、自立して本格的に始めたのはこの時です。
キリスト教会牧師、英会話学校講師、大学講師、企業のサラリーマンと、四足の草鞋(わらじ)を履くという忙しさでした。
そしてその後、これらすべてをやめて自分の英会話学校、学習塾の仕事を始めました。
30年あまりになりますが、自分ほど商売に向いていないものはいないというほど、こと商売に関しては本当に下手です。
ただ、ここまでやってこれたのは、父から仕込まれた上の近江商人のサービス精神に負うところが大きいです。
私は儲けを度外視して一生懸命人に仕えることに徹してきました。
その結果、今日があります。
勝海舟が称賛したという近江商人の精神こそが、日本が世界に誇るビジネスのエッセンスではないでしょうか。


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鬼怒鳴門

2016.06.06日

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ドナルド・キーンさんが、京都に留学生として下宿していたときのこと。


「或る晩のことです。十五夜で、それはそれはきれいな月の晩でした。
私は大学からの帰り途、その月を見上げて、惚れ惚れしながら京都の町を歩いておりました」


キーン博士は思いました。
こんな月の光に照らされた竜安寺の石庭はさぞ美しかろう。
是非見てみたい。
博士はその足で竜安寺へ向かいました。
当時(大戦前)の京都の寺はいずこも終日門が開いていて、人の出入りも自由だったといいます。


「私は竜安寺の門をくぐって本殿に入り、あの有名な石庭を前にした縁側に座り込みました。
月光に照らされた石庭の美しさ。
私はしばらく身動きができませんでした。
三十分、いえ小一時間ほども私はぼんやりと庭を眺めていました。
もう十分すぎるほど石庭に見惚れた後です。
ふと傍らへ目をやると同時に私は驚きました。


「いつの間にか私のそばに、一杯のお茶が置いてあったのです。
誰が?いつの間に?どうして?
想像するしかないのですが、おそらくお寺の誰かだったのでしょう。
外国人の若い学生が石庭に見惚れているのを見て、邪魔をしないように、そうっとお茶を置いていってくれたのです。
私は、とても感激しました」


こんなもてなし方ができる民族は日本人だけだ、
と博士は思ったそうです。
「そして、だからこそ私は日本のことが大好きになりました」
と博士は結びました。

(「おっちゃん、おばちゃんのゆるゆる倶楽部」より)


竜安寺の石庭は、京都育ちの私にとってはまさに魂のふるさとのようなところです。
中学生の頃からいったい何度足を運び、ドナルド・キーンさんのように石庭を前に座り込んで、目を閉じて聴こえない波の音に耳を傾け、何時間も過ごしたことでしょう(「懐かしい!」)。
「魅死魔幽鬼夫さま」の中にも書きましたが、私は学生時代以来のドナルド・キーンさんファンのひとりです。
そのキーンさんの若かりし頃の京都の思い出話と巡り合って感動しました。


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たらちね考

2016.04.09日

一昨日の夜、中3生のTさんに国語を教えていました。
国語が好きで得意と言うTさん、さすがにとてもよくできます。読解問題などはほとんどいつも全問正解。
「難解」な文章は、傍線を引きながら、それこそ「何回」も読んで正解に導きます。
苦手意識を持っている文法問題も少し教えるとすぐ飲み込み、どんどんできるようになります。


一昨日は、やはりTさんが苦手としている詩と俳句・短歌でした。
苦手と言っているのに、自分で一生懸命考えて、やはりほとんど全部できています。間違えたところや、よくわからなかったところを中心に教えるのですが、全部納得してくれます。
短歌のところで枕詞(まくらことば)の「たらちね」が出てきましたが、もちろん彼女にとって初顔合わせです。


足乳根の母に連れられ川越えし
田越えしこともありにけむもの

斎藤茂吉


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(斎藤茂吉生誕地 山形県上山市月岡公園内歌碑)


意味がわからないようなので、私が自分の昔の記憶で教えようとしたのですが、その前に念のためと、ちょっとiPhoneでネット検索すると意外や意外。私が習ったこととまったく違うことが書かれています。


私が教わったのは「垂乳根」、すなわち乳が垂れた老いた母のイメージだったのですが、別解釈に「足乳根」で、「満ち足りた乳」、すなわち授乳中の豊かな乳というのがありました。
さらに、もともとは「たらちね」、漢字を当てたのは後世で、意味はないとするもの。
そして、元来の意味は未詳というものも。


Tさんには一応これらみんなの解釈を教えましたが、後でいろいろ思索しました。
ネット記事の中に「垂乳根の母とは、乳が垂れた母親のことを言うのですか? なんて下品で卑わいなのでしょうか」というのがあり、思わず笑ってしまいました。
きっと、ボ…、ペ…のようなイメージを持った、若い女性の方が書かれたのでしょう。


私が子どもの頃は、近所のおばさんだけでなく、若いお母さんが電車やバスの中など公衆の面前で恥ずかしさなど微塵もなく、胸を出して赤ん坊に乳を飲ませている情景などざらでした。
これを卑わいなんて誰も思いませんでした。
ましてや「たらちね」という言葉が生まれたのは、今から約1200年も前の万葉集の時代ですよ。


私が思うに、
「垂乳根の 母が釣りたる 青蚊帳を すがしといねつ たるみたれども」
に見られるように、「たらちね」はもとは「乳が垂れた老母」の意味だった。
しかし、新たに「足乳根」という漢字がつけられて、「ふっくらした乳」の意味になり、やがて両者の意味が薄れていって、意味のない単なる枕詞と言われるようになったので、その歌によって捉え方は異なるのではないか、と。
だからどの解釈も正解でしょう。


そう言えば、私自身も子どもの頃の母のイメージはふくよかな乳、そして晩年は垂れた乳でした。
そのいずれも、あたたかさを感じこそすれ、卑わいさなどあろうはずもない。
なにせ、「たらちね」は「母」にかかる枕詞で、「女」にかかるものではないのだから。


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『フランダースの犬』

2015.12.25日

今日はクリスマスですが、ここ数日、クリスマス関連の話ばかりでしたので、今日はちょっと気分転換。


以前このブログで、テレビ神奈川(TVK)放映のアニメ『世界名作劇場』でやっていた『ペリーヌ物語』(「障害が大きければ」)と『母をたずねて三千里』(「チャンスは手を伸ばし、もぎ取るもの」)をご紹介しました。
その後、マーク・トウェインの『トム・ソーヤーの冒険』が放映され、これらいずれにもすっかりハマってしまい、主人公と一緒にときには泣き、ときには笑い、もうまるで我が子(孫?)のように可愛くなり、上映作品が変わるたびに前のキャラクターに会えなくなって、とても寂しい思いをしました。
でも、ようやくトム・ソーヤーが見られなくなったのにも慣れて、今は『フランダースの犬』のネロとアロアに毎日会えるのを楽しみにしています。


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そして、またまたハマっています。
ストーリーは知っていて、最後の悲しいエンディングは見られないかもと思うほど、今から辛い気持ちになってしまうのですが、今の主人公たちの幸せな日々を見ていると本当に癒されます。


ちょっと気になったので、『フランダースの犬』について調べてみたところ、とても面白いことを発見しました。(以下Wikipediaより一部引用)


原作は、イギリスの作家ウィーダが19世紀(1872年)に書いた児童文学で、美術をテーマとした少年の悲劇。
日本語版は1908年(明治41年)に初めて『フランダースの犬』(日高善一 訳)として内外出版協会から出版された。西洋人の固有名詞が受容されにくいと考えられたためか、ネロは清(きよし)、パトラッシュは斑(ぶち)、アロアは綾子(あやこ)、ステファン・キースリンガーは木蔦捨次郎(きつた・すてじろう)などと訳された。


原作の舞台となったベルギーでは、『フランダースの犬』は出版されているが、作品の舞台になっているとはいえ原作者が英国人のイギリス文学ということもあってあまり有名ではなく、日本での評価とは対照的に地元での評価はさほど高くはない。
2007年には、ベルギー人監督により「なぜベルギーでは無名の物語が日本で非常に有名になったか」を検証するドキュメンタリー映画が制作された。
日本人観光客からの問い合わせが多かったこともあり、1986年にはホーボケンにネロとパトラッシュの銅像が建てられた。また、2003年にはアントワープ・ノートルダム大聖堂前の広場に記念碑が設置された。


アメリカでは、『フランダースの犬』は出版されているが、「こんな結末では、主人公たちが可哀想過ぎる」という出版関係者の意向により、ハッピーエンドを迎えるように改変が加えられている。具体的には「ネロとパトラッシュは聖堂で死なない」「ネロの父親が名乗り出る」などがある。


日本での明治の初訳で登場人物たちの名前が、「清」、「斑」、「綾子」、「木蔦捨次郎」などと日本名で訳されているというのには思わず吹き出してしまいました。
さらに、ベルギー人のブライドか、はたまた対抗心からか、イギリス文学ということで気に食わないところ。
そして、日本人がこのような悲しい物語が好きで、日本から大勢のファンが本国ベルギーの現地を訪れたのが契機となり、ネロとパトラッシュの銅像が建てられたり、アントワープ・ノートルダム大聖堂前の広場に記念碑が設置されたというのも、実に面白いです。
一方、何でも陽気なものが好きなアメリカ人は、この悲しい物語をごり押しでハッピーエンディングに書き換えるというのにも笑わされました。
「ところ変われば...」で、それぞれのお国柄、国民性や文化が出ていて、非常に興味深いです。
きっと、こういうのが小説だけでなく、いろいろな分野で世界中に見られるのでしょうね。
こういったことをテーマに研究するだけでも、比較文化論の研究論文が書けそうです。


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焼きイモ食ってプッスー!

2015.10.27日
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焼き芋が美味しい季節となりました。
昨日は焼き芋を食べながら、小学生の頃のことを思い出しました。


友達の間で大流行(おおはや)りしていた言葉遊びを私も知りたくて、一生懸命お願いして教えてもらいました。これです。
「日本の、乃木さんが、凱旋す、雀、目白、ロシヤ、野蛮国、クロバトキン、キ◯玉、まめ豆腐、ふんどし、しめた、高々百本、ポンヤーリ、リッカーちゃんのはげ頭、負けて逃げるはとんとことん、富山の三十八連隊、太鼓が鳴ったら昼飯や、焼き芋食ってプッスー」


「焼き芋食ってプッスー」とはいきませんでしたが、興味がわいてきて、この歌のルーツをネットで探りました。
手毬(てまり)唄というものだそうで、Wikipediaによると1950年代頃まで全国でよく歌われていたとのこと。
よく知られているのは、
「あんたがたどこさ、肥後さ、肥後どこさ、熊本さ、熊本どこさ、船場(せんば)さ、船場山には狸がおってさ、それを猟師が鉄砲で撃ってさ、煮てさ、焼いてさ、食ってさ、それを木の葉でちょいと隠(かぶ)せ」
というやつで、これもよく歌いました。


冒頭の「日本の、乃木さんが...」は全国にいろいろなバージョンがあるようですが、私が覚えていたものは載っていず、次のが一応ポピュラーなものだそうです。
「日本の、乃木さんが、凱旋す、雀、目白、ロシヤ、野蛮国、クロパトキン、金の玉、負けて逃げゆくチャンチャン棒(坊)、棒で叩くは犬格子(犬殺し)、シベリア鉄道長けれど、土瓶の口から火を噴けば、バルチク艦隊壊滅し、死ぬ気で尽すは日本の、乃木さんが、凱旋す…」
残念ながら、これには私たちが大好きだった、最後の「焼きイモ食ってプッスー」がありません。


今日はなぜこれを取り上げたかと言うと、ここにも子どもの頃の遊びの中に勉強のヒントが隠されているからです。
こんなくだらないもの、覚えたところで何の役にも立たないように思われます。
昔は今のようにゲームを始めいろいろな遊ぶものがなかったので、子どもたちはこのような歌を歌って笑い転げて楽しんでいました。純朴な時代です。
勉強のヒントというのは、これを歌いながら知らない言葉を覚えたり、繰り返し歌うことによって脳が訓練されたり、さらには仲間同士の連帯感のようなものが身についたりしていたのです。


今の子どもたちが遊んでいるゲームも頭は使うのでしょうが、なんか昔の単純な遊びの中にさまざまな面白い学びの要素が含まれているような気がします。
勉強の基本は、興味を持って楽しみながら繰り返す、これに集約されるように思います。
興味のないものを、無理やり強制的に丸暗記させても、試験では間に合っても、試験が終われば忘れてしまいます。
掛け算の九九も、子どもにとっては学ぶ時、期待感でワクワクしています。そして覚えるまで繰り返します。これが一生身についていて忘れない秘訣です。
私がこの「日本の乃木さんが…」を55年たった今でもしっかり覚えているのも同様です。


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スケベニンゲン!?

2015.10.02日

私は小さい時から言葉が大好きです。
昨日の記事に書いたしりとりゲームは、子どもの頃スポーツが苦手だった私にとっては得意技でした。
下の記事は約6年前のものです。今、読み返しても吹き出してしまいます。
気分転換に皆さんもどうぞお楽しみください。


「まるであほ」


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スーパーでのクリスマスオーケストラ

2015.03.01日

アカデミーでは明日から新年度です。
その準備のため、昨日は朝早くから夜10時半まで塾で仕事をしていて、くたくたになって帰宅しようやく食事にありつきました。


そのとき、かかっていたTV番組「スマステ」の中で紹介されたドイツのあるスーパーでのキャッシュレジスター・クリスマスオーケストラ。
とても感動的で癒されましたのでちょっと季節外れですが、ご覧になっていらっしゃらなかった方のためにここにご紹介させていただきます。
こんなシーンが街にある普通のスーパーで実際に見られるなんてさすがは外国ならではですね。
それではどうぞお楽しみください。



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芸術の極致!

2015.02.12日


これはもう美、芸術の極致! 感動ものです。
外国では卒業式や結婚披露宴などでよく演奏されるバロック時代の有名な曲、ヨハン・パッヘルベルの「カノンニ長調」です。


このワイン・ハープと呼ばれる新しい楽器(?)、最近はやっているようであちらこちらで演奏されています。ワイングラスに正確に測った水を入れて音程を作り、指先のタッチや震え、撫で方などで微妙の音を出します。
奏者はRobert Tisoという元ギターリストで、現在はワイン・ハープのプロです。
本来3つのバイオリンとコントラバスで演奏されるこの曲を自分でそれぞれのパートを別々に録音し、あとで合成したものです。
練習するのに3週間、レコーディングと合成にまる一日かかったそうです。


それにしても知恵をしぼって次から次へと新しいものを生み出す人間の才能、美を追い求める心というのはすごいですね。
もうただただ感心と感動です。


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人口減克服

2014.06.02日

人口減克服、次の最大のハードル…骨太方針原案


 政府が6月下旬に閣議決定する「経済財政運営の基本方針(骨太の方針)」の原案が31日明らかになった。
 デフレ脱却と経済再生の次に乗り越えなければならない最大のハードルとして「人口減問題の克服」を位置付けた。50年後も1億人の人口を保つため、抜本的な少子化対策を進め、人口減と低成長の悪循環を断ち切る必要があると強調した。
 政府が骨太の方針で人口減対策に本格的に取り組むのは初めてだ。原案では、人口減と高齢化の流れを変えるのは難しく、効果が出るのに時間もかかるため、2020年には急激な人口減の流れを変えなければならないと指摘。抜本的な改革を進めるべきだ、と強調した。1人の女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率は1.41(12年)で、人口を維持するために必要な2.07を下回る。米国の1.93(10年)やフランスの2.00(11年)との差も大きい。骨太の方針では出生率の数値目標は示さないが、政府内では早期に出生率を回復させなければならない、との意見では一致している。
 女性が育児をしやすい環境を整えるため、社会保障や税制など、あらゆる分野で制度を見直す。具体的には、国の予算を出産や教育にこれまでよりも重点的に配分し、特に第3子以降の子どもを産み育てやすくする。また、保育士の資格を持ちながら現在は職場を離れている人の復帰を促すことで、待機児童を減らすことも検討する。
 長時間働くことが当然となっている今の働き方の見直しも進める。特に男性の働き方を見直し、育児や介護にかかわることができるような環境を整える。出産や育児に伴う女性の負担を減らすことで、低迷している出生率を高める狙いがある。
 甘利経済財政相は31日、札幌市内で記者団に対し、「子どもを産み育てるのか、女性が社会進出を選ぶのかは、二者択一ではない。無理なく両方を選択できる環境整備に取り組みたい」と述べた。

(読売新聞 6月1日付朝刊1面トップ記事)


「日本の将来の可能性」など、このブログの中でも何度も少子化対策を訴えてきました。
これまでは少子高齢化はもう避けられないもの、仕方ないものという論調が多く、ほとんどの識者が少子高齢化を前提として話してきていたので、昨日の上の記事にはちょっとホッとさせられた感じがしました。


加えて、昨日は平塚では人口が急増したのではないかと思うほど、どこへ行っても、人、人、人でびっくりしました。


午前中、礼拝していた湘南見附キリスト教会の真向かいにある見附台広場では、第11回「湘南よさこい祭り2014」が開催されていて、すごく賑やかでした。
礼拝が終って外に出ると、駅周辺部の国道の大通りはこの祭りのストリートパフォーマンスのため交通規制がされていて、まさに人があふれていました。


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ここを出て、車で湘南平塚海岸に着くと、ここも人でいっぱい。
ビーチバレー、ビーチサッカー、バスケット、スケートボード、海水浴、海難救助の練習部隊等など、空にはパラグライダーが飛んでいてここの賑わいようも今年一番でした。


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幼児から小中高校生、大学生、青年から中年、高齢者まで、あらゆる年齢層の人たちが参加していたこの祭りやビーチの賑わいを見ていて、やはり人口減克服、脱少子化のためには政府や自治体任せではなく、私たち国民、市民一人ひとりの積極的な意識の向上と参画が必要だとひしひしと感じました。


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いろはにほへと

2014.04.05日

色は匂へど 散りぬるを
我が世誰そ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず


日本人なら誰でも知っているのではないかと思われるほど有名な、そして実に見事に日本文化を表した歌です。


昨日は、いつものコースを散歩しながら、真っ青な空を背景に満開ながら早くもヒラヒラと花びらが風で散り始め、足元が桜の花びら絨毯になりつつある光景を目の当たりにし、ふと上の「いろはにほへと」が心に浮かんでしきました。


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これはもともと仏教的な思想で、平安時代末期に流行したもの。
『涅槃経(ねはんきょう)』の
「諸行無常 是正滅法 生滅滅己 寂滅為楽」を表すと言われています。
すなわち、今日流の言葉に変えると次のようになります。


「香りよく色美しく咲き誇っている花も、やがては散ってしまう。
(諸行無常)
この世に生きる私たちとて、いつまでも生き続けられるものではない。
(是生滅法)
この無常の、有為転変の迷いの奥山を今乗り越えて
(生滅滅己)
悟りの世界に至れば、もはや儚(はかな)い夢を見ることなく、現象の仮相の世界に酔いしれることもない安らかな心境である。
(寂滅為楽)」

(「にほんごであそぶふぁんさいと」より)


一昨日の「プロの船乗り」の中にも書きましたが、FBフレンドのお孫さんさんが、わずか1歳3か月という短い生涯を終えて天国に召されました。ご両親をはじめ、ご家族の方々の気持ちを思うと心締めつけられる思いがします。


昨日、結心(ゆう)くんの告別式がありました。
それに参列した別のFBフレンドの方からのご報告を受け、葬儀のお写真を拝見させていただき、悲しい、辛い思いをすると同時に、天国での再会が約束されているクリスチャンの告別式のなんと幸いなものであるかを再認識させていただき、私もその場にご一緒させていただいたかのような錯覚を覚えました。


これは、上の「いろはにほへと」の無常、希望のない世界とはまるっきり正反対のものではないか、と大きな慰めと励まし、平安と希望が与えられ、きっとご家族の方々皆さんも同じ気持ちでいらっしゃることだろうと思いました。
ちょうど私の母と父の、そして敬愛していた友人の柿谷寿美江さんの告別式がそうであったように(「天国よいとこ一度はおいで」)。


昨日は昼に2時間ほど用事を兼ねてウォーキングしましたが、暗くなってから再び結心くんの追悼の気持ちを込めてもう1時間ほどいつものコースを歩きつつ、ご遺族の皆様のために、そしてこれまでの苦しみから解放されて今や天のお父さまのみ懐で安らいでいらっしゃる結心くんに心を馳せてお祈りしました。


途中、私の父の葬儀の時に司式をしてくださった牧師先生の教会の前を通りかかりました。
桜のシルエットの向こうに美しい十字架が輝いていました。


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かの内村鑑三がご自分のお嬢さんを19歳で天国に送られた時に、
「ルツ子さん万歳!」
と、大声でおっしゃったことを思い出し、私も
「結心くんバンザーイ!」
と大声で何度も繰り返しました。
その都度、涙が頬を伝わって落ちてきました。
地上ではお会いすることはありませんでしたが、お名前の通りみんなの心を結んでくれた結心くん。
私もやがて天国で可愛い結心くんにお会いできるのを楽しみにしています。


なお、この記事は個人情報を含んでいますので、結心くんのことをご存じの方は、もしコメントをお書きになる場合、個人を特定できるような姓などはお書きにならないようご協力のほどよろしくお願いいたします。


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芸術と非芸術の差

2014.03.25日

昨日の記事「健康になる靴」の最後のところに、これからウォーキングに出かけます、と書きましたが、2時間少し、距離にして11.5kmほど歩いてきました。
そして、心地よい汗をかいて、思ったとおり気持ちよくなってもどってくることができました。
昨日歩いたコースはいつもの大磯海岸ですが、ここは以前毎年、中学部の生徒たちと一緒に「新入生歓迎BBQ大会」をしていたところです。今はバーべキュー禁止の札が立っています。


海岸の砂浜の上には西湘バイパスが走っていて、その高架の下でいつもバーベキューをしていました。
この高架の橋脚には大磯町が主催したものでしょうか、一般市民による絵がたくさん描かれています。
これまではいつもなんとなく見てはいたのですが、昨日はゆっくり一つひとつを見ながら砂浜の上を歩きました。
おそらく中学生や高校生、大学生、また一般成人の方々が参加して描いたものと思われますが、どれもこれも力作ぞろいで心ゆくまで目を楽しませていただきました。
下の写真のように見渡す限りずっと絵が続いています。


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あまりにもたくさんあって、全部を載せられないのは残念ですが、そのうちのごく一部を下にご紹介させていただきます。皆さんもお楽しみください。
(横に2つずつ並べていますが、それぞれの絵をクリックすると拡大表示されます)


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大磯の海をテーマにしたこんな素晴らしい作品が延々と続いているのです。もうこれは見事というほかありません。


目を十二分に楽しませていただき、砂浜から上に上がり小路に出るところ、防波堤の裏にこのような落書きが今度はまた延々と続いています。


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もうこれには本当にがっかりです。
でも、ここでちょっと考えてみました。


ここを犬を散歩に連れて歩いている人がたくさんいらっしゃいますが、散歩している犬など動物には、もちろん絵が描いてあることなどまったく自覚なんかありません。
ましてや、芸術の絵と落書きの絵の違いなどわかるわけがありません。
しかし、人間であればたとえ子どもでもわかります。
それはなぜでしょう。


よく「心身の健康」などと言います。つまり、「心と身体」です。
この「心」という言葉、「精神」や「魂」という言葉と似ていて、なかなか厳密な区別をするのが難しいものです。
しかし、上の絵と落書きの例を見ると、おそらく世界中の人(人間)は、絵を見て美しいと感じ、落書きを見て不快な思いをするでしょう(一部の落書き愛好家を除いて)。
落書きを芸術の一つとみなすこともできますが、このような公衆の目に触れるところに卑猥な言葉や絵を描いたり、よその家の塀や店舗のシャッターに、夜中に人目につかないようにして落書きしていること自体が反社会的な行動で、人から受け入れられないのではないでしょうか。
つまり、人間には「美しいもの」を愛(め)でて、「醜いもの」を嫌うという「心」が本能的に備わっているのです。
これが聖書のいうところの、
「神はまた言われた。『われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り...』」
で、人間が神にかたどって造られたことの証拠のひとつだと思うのです。


しばらく歩き、金目川沿いの土手の小径を歩き始めると、ちょうど夕日が西の山に沈む時でした。あまりの美しさに心打たれてパチリ。
これはもうまさに神の創造のみわざです。


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今朝、気分が悪かったのも、運動しながら上の芸術品と神の創造のみわざに触れていっぺんに吹っ飛んでしまいました。感謝。


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あっ、火事だ!

2014.01.14日

「あっ、火事だ!」
今日の夕方、5時過ぎにいつもの金目川サイクリングロードをウォーキングしていたところ、花水橋の下辺りで大きな火の手が上がっています。
そういえば、最近ずっと橋脚の補強工事が行われていて毎日、溶接工事をしている火花が飛び散っていました。
きっとそれに違いないと思い、恐る恐る近づいて行きました。
消防士の姿も見えました。
火の回りには大勢の野次馬が集まっています。
ところが近づくに従って、何だか火事の雰囲気とはちょっと違います。
野次馬と思われた人たちは手の先に何か竹竿のような長い棒を持っています。
火事のような緊迫感はなく、むしろ非常に和やかな雰囲気が漂い、みんなが楽しんでいる様子が見えてきました。


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「何だろう?」と思い、さらに近づき、火を取り囲んでいる人たちのひとりのお年寄りの方に声をかけました。
「これは何ですか?」
「さぎちょうさいって言うお祭りですよ」
「どんな字を書くんですか?」
「ニンベンに左で佐々木の佐、儀式の儀、長短の長です。どんど焼きとも言います」
「みんな手に持っているものは何ですか?」
「竹の棒の先に手作りの団子をつけて、それをこの火で焼いて食べるんですよ」
「大磯のお祭りですか?」
「そう、本祭は一昨日12日の日曜日に大磯の北浜海岸で、これよりも大きい8メートルほどの火の山が8個並んでいたんです。国の重要無形民族文化財になっていますよ。今日のはその後祭のようなもので、各地域でやってるんです」
すると隣にいた別のおばあちゃんが言いました。
「いや、大磯の祭りじゃないですよ。私は厚木から来ましたが、厚木でも昔から同じものをやっています。
この火で焼いた団子を食べると無病息災で長生きするんですよ。まずくて子どもの頃は嫌いでしたけどね。でももう80歳になりましたよ」
私はこのおばあちゃんの肩を軽くたたきながら、言いました。
「おばあちゃん、とてもお元気そうでお若いですよ」
おばあちゃんは顔をしわくちゃにして、ニコニコしながら嬉しそうに言いました。
「ありがと」
見ていると団子だけでなく、小学生たちは書初めを火の中に放りこんでいました。


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それまで防寒具に身を包んでいてもとても寒かったのですが、この火に当たっているうちにだんだん身体がポカポカしてきました。
しばらくこのおじいちゃんとおばあちゃんと立ち話して、そこを発ちウォーキングを続けました。


早歩きしたり、ちょっと軽くジョギングをしたりしていると、汗が出てくるほど暑くなってきました。
海岸まで出て、いつものコースを回りました。
立ち話していた時間を含めて1時間半ほどして家に戻ると、iPhoneに歩いた距離は7.74kmと出ていました。
今日は午後3時から小学部キッズクラブ英語クラスの教師たちが集まり、私も加わって教師会をやっていたので、時間が遅くなりました。
夕方5時になり、最初は寒くてウォーキングに出かけるのを躊躇していたのですが、やっぱり行って良かった。


家に着いて早速、ネットで検索すると、おじいちゃんが教えてくれた字ではなく、「左義長祭」となっていて、大磯や厚木に限らず日本全国で広く見られる習俗で、起源は平安時代にさかのぼるとありました。
でも、地元の人にとっては、自分たちの地の誇りのお祭りなんでしょうね。


各地の民族文化ってとても素敵です。
私は子どもの頃は、近隣の神社や街のお祭りなど好きなほうで、ほとんど全部行っていましたが、キリスト教の信仰を持って以来、このような祭りの類には自然と行かなくなってしまいました。
今日の左義長祭もそうでしょうが、これらの祭りに参加しているからと言って、何かの神様を本気で信じているとかではなく、ほとんどの人は風習として、文化の一部として受け止めているのでしょうね。
そして、それはそれで非常に尊いことで、私たちも尊重しなければならないと思いました。


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度肝を抜かれた市民文化祭

2013.11.04日

今私が滞在している愛知県郊外の小さな町、岩倉市では毎年文化の日にちなんで、11月頭に四日間、市民文化祭が体育館(総合体育文化センター)で開催されます。


昨日、足を運んで観てきました。
これがまたハンパじゃなく、度肝を抜かれました。
広い体育館が所狭しとぎっしり一般市民の手による芸術品で埋め尽くされているのです。見物客は引きも切らず、会場は人であふれていました。
小学生から成人まで数百人が参加しているこの文化祭、そのレベルの高さに舌を巻きました。


生花、盆栽、日本画、洋画、書道、彫刻、工芸、写真に始まり、洋服のデザインや日常小物品等など、その数においてもクオリティにおいても、素人の一般市民による作品とは思えないほどのものばかりです。
専門家の審査員による市長賞、記念賞、美術展賞などもありましたが、それ以外のものもどれもこれも力作ぞろいです。
出品者のお名前を見ていると、「◯◯子」というのが多いところから、熟年者が過半数を占めるものと想像しました。ここでも、老人(と言っては失礼ですが)パワーを感じました。


さらに驚いたのは、キルトクラブ、伊勢型紙を楽しむ会、アートフラワー教室、婦人会、老人クラブ、俳句俳画会、ペン習字会、焼き物を楽しむ会、華風会、学書会、木彫りの会、桜ちりめん細工、七宝愛好会、手編の会、ニットサークル、フラワーアレンジメント、洋裁サークル、リボンアートクラブ等など、大小さまざまな有志によるサークル活動が活発に行われているということでした。
私も十二分に心の栄養をいただきました。あとはもう言葉は不要でしょう。
その作品の一部を下に写真でご紹介します。存分にお楽しみください。(写真をクリックすると拡大されます)







































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トイレ考 その2

2013.10.28日

昨日の記事「トイレの貼り紙考」に続き、今日もトイレの話。
以前にも「トイレ考」を書いたことがあるので、これで2回目になります。


高校3年の時の英語教師はものすごく恐い顔をしていて、「ガイコツ」というあだ名がつけられていました。
実際に怖い、厳しい先生でしたが、授業は結構楽しく、笑い声が絶えませんでした。
夏休みの宿題は、「本当に怖い話」に書いたように、本当に恐ろしいものでした。膨大な量とその内容も。
教科書はまったく使わず、手製のプリントだけを使い、ちょっとキザっぽいところもあって、この先生を嫌っている生徒もたくさんいましたが、私は好きでした。


面白かったのは、授業中によく出るトイレの話。
曰く、
「日本は古くは平安時代から水洗便所だった。幅の狭い清らかな小川が宮中を流れていて、貴族はこの川をまたいで用を足していた。下僕たちはその下流の方で、貴族のやったものがプカプカ浮かんで流れてくるのを眺めながらやっていた」
「アフリカのある国では、わらの紐のようなものが木と木の間に張ってあって、みんなそのそばで用を足すとその紐を棒でトントンと叩いて前の人の干からびたものを落とした後、その紐をまたいで歩いてあそこを拭く」
「南アメリカのある国では、高い山の岩場で割れ目をまたいで用を足す。そして、黄金の塊がキラキラと輝きながら下に落ちていくのを見て楽しむ」
等など。
(下の話で不愉快な思いをされた方には、ごめんなさい)
この手の話はネタが絶えませんでした。どんな話をしていてもトイレの話につながると言ってもいいほどでした。
内容の真偽のほどはわかりませんが、話し方がとてもリアルで引き込まれ、高校生にとっては英語の授業よりもこちらの方が魅力的でした。
45年も前の話をはっきりと覚えているぐらいですから。


昔から、「馬上」「枕上(ちんじょう)(寝床)」とともに「厠(し) 上(じょう)(トイレ)」が文章を練るのに最適の場所とされてきたのも、人を冷静な心持ちにさせる空間だからだろう。
◆最近は外出の折など、冷静になれない空間に出くわすことが少なくない。
◆衛生陶器メーカーのTOTOが募集した「トイレ川柳」入選作に同憂の友を見つけた。〈斬新で流すところがわからない〉。スイッチを片っ端から押しても水が流れない。観賞に堪える物ではないから、外で待つ次の人を呼び入れて聞くわけにもいかず、困った覚えがある。親切・便利を極めて不親切・不便に至る。一事が万事、機械オンチには生きにくいご時世ではある。
◆かつての「サラリーマン川柳」を思い出す。〈このオレにあたたかいのは便座だけ〉。最後の砦(とりで)も、いまや危うし。

(10月19日付 読売新聞「編集手帳」より一部抜粋)


さすがに今の時代、馬上はまずあり得ませんが、私も散歩中によく考えますし、「枕上」「厠上」で物事を考えることも多いです。
いい考えが浮かんだり、このブログに書く記事のヒントが与えられることもよくあります。
ただ最近は、枕上で考えた「素晴らしいアイデア」は、翌朝目覚めるとすっかり頭の中から消え去っていることがしばしばです。かと言って、起き上がって電気をつけてメモでもしようものなら頭がフル回転し始め、そのあともう眠りに戻れなくなります。


その点、トイレは誰からも邪魔されることのない個室で、しかも今はこのiPhoneという優れものがあるので、メモするどころかそこで記事を書いてしまうことすらあります。
読者の方にはまことに失礼な話で申し訳ありません。でも、今はトイレでは書いていません。


上の「編集手帳」にあるような状況に遭遇したことが私にもあります。
最新の駅ビルやデパートなどで、あまりにも最先端をいくもので、しかも使用説明などがありません。
それらしきところに手をかざしても流れない。
焦ってどうしようと思って、便器から少し離れたところ自動で流れました。
それならそうと、最初からそう書いておいてくれたらいいのに、まったく人騒がせな!
(今日は内容が内容だけに画像は載せません。あしからず)


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豚のローストビーフ!?

2013.09.05日

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去る8月28日にNHK総合で放映された「歴史秘話ヒストリア」では、今日の観光都市京都の魅力の裏話を紹介していました。たった今、録画されていたものを見たのですが、これは意外中の意外、おそらく多くの京都人ですら知らないような話でした。


京都は、京都御所を中心に様々な職人や商人の住まいが立ち並び、日本の宮廷文化を支える街として繁栄を謳歌していました。
ところが、元治元(1864)年7月、御所の蛤御門をめぐる戦いで火事が発生。炎は瞬く間に京都中に広がり、2万7500軒を焼き尽くす大惨事となったのです。
京都の火事を前に、大久保利通は天皇を京都から東京へ移し、東京を新な都にしようという計画を立てました。大久保は京都から天皇を引き離し、東京で新しいく国づくりをすべきだと考えます。京都とつながりの深い保守的な公家や寺社などは強硬に反対。大久保は保守派を説得するために「行幸」(ぎょうこう)ということにし、天皇が東京へ行くのはあくまでも「お出かけ」であり、また京都に戻ってくるということにします。


明治元(1868)年10月13日、天皇は江戸城に入り東京城と名を改めます。2ヶ月後、天皇は予定通り京都に帰ってきました。しかし、京都の人々の間ではいずれ都が東京に移るといううわさが絶えません。
新政府は人々を安心させるためにお触れを出し、京都の町内一つひとつに明治天皇の名義で御土器などを配ります。これに喜んだ京都の人達は、仕事を2日間休んで天皇から頂いたお酒を心ゆくまで楽しんだといいます。


明治2(1869)年3月、天皇は再び東京に行幸します。しかも、今回の行幸は太政官という当時の政府をまるごと東京に引き連れて行ってしまい、事実上の遷都を意味しました。
これに京都の人達は、天皇が東京に行った後もまだ残っていた皇后に京都を離れないよう訴えたといいます。しかし、群衆は門兵に追い払われて皇后も東京へと出かけました。
さらに、保守派の公家2人は日光で兵を挙げ、天皇を京都に連れ帰ろうとクーデターを計画しましたが事前に情報が漏れて失敗。
明治3年の正月を天皇と皇后は東京で迎え、京都は首都の地位を東京に明け渡します。天皇を失った京都の産業は御所という得意先を失い、廃業または東京へついていく店が続出。京都の人口は一挙に3分の2に減り、閑古鳥が鳴くありさまだったといいます。


現在の京都は年間5000万人を超える観光客が訪れる日本屈指の観光都市です。
その観光客の中でも特に目につくのが外国人の姿で、大河ドラマ「八重の桜」の主人公の兄で会津藩士だった山本覚馬は戊辰戦争後に京都府に顧問として迎え入れられ、衰退した京都を蘇らせるために注目したのが外国人の力を借りることでした。


1867年に開かれたパリ万博には42か国が参加し、各国の特産品や最新の科学技術が披露され900万人が押し寄せました。日本館は東洋風で精巧に作られた工芸品が高い評価を受け人気を博します。山本覚馬はこの日本のブームに目をつけて、京都で博覧会を実行すべく京都博覧会社を設立。


博覧会の開催に向けて、街を挙げての準備が始まります。会場は多くの人が入れるよう西本願寺・知恩院・建仁寺が提供。肝心の展示品は街の人から外国人が喜びそうな品物が集まり、英文のガイドブックを作るために山本覚馬の手助けをしたのが妹 八重でした。


明治5(1872)年3月、第一回京都博覧会が始まります。選りすぐりの工芸品などが展示され、80日間で外国人770人を含む4万人が会場を訪れて博覧会は大成功を収め、翌年に御所で開催した博覧会には40万人の人出でにぎわいました。
街の人たちも初めて接する外国人のおもてなしに奮闘します。老舗の料亭が外国人の食事を担当し、試行錯誤の末にフランス料理のフルコースを完成させます。
そのメニューになんと「豚のローストビーフ」や「鶏のローストビーフ」なるものが残っているのです。
京都の人たちの気配りは外国人の安全にまで及んでいて、外国人専用ガードマンが配備されました。
こうして京都の産業は外国という新たな得意先を見つけ、復興の糸口を掴んでいったのです。
(以上、「TVでた蔵」の一部を抜粋、改変)


京都の奇跡的な大復興の陰に「八重の桜」の八重がいたのです。
感動!
京都を心の故郷と思っていた私にとって、大きな驚きの発見でした。


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アメリカの娘が結婚しました!

2013.08.26日

今年の1月の「アメリカの娘が結婚します!」の記事の中でお知らせしましたように、娘のDoraがJeremiahと今日、結婚式を挙げました。


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我が娘ながらほれぼれします。本当に美しい!


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日本の結婚式のように大きな会場に多数の人を招いて豪勢にするのではなく、会場も質素、ケーキも小さくて可愛い。そして、式後には新婦自ら友だちと一緒に歌を披露。いかにもアメリカ的。

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(写真をクリックすると拡大されます)


記念写真も庭で撮るラフなスタイル。
いいですね。こういうカジュアルな結婚式。
私も日本の父として結婚式に招待されていたのですが、行けなくて残念でした。でも、今はこのようにFacebookのお陰で、その場にいたかのような気持ちになれ、お祝いもできて本当に幸せです。


しかし、それにしてもうちの子どもたちの結婚式はいつになるんだろう…。


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大安吉日? ダイアン吉日?

2013.07.05日

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今日の読売新聞2面「顔」に第9回中曽根康弘賞・奨励賞を受賞した英語落語家 ダイアン吉日さん」という記事が載っていました。
「アリゲーター? いいえ、どういたしまして」。「ありがとう」がうまく発音できず、英語で「ワニ」と言ってみたら通じたというエピソードをネタにした」で始まる紹介文に私は魅せられ、ネットで検索してみたら、あるわあるわ。
下のYouTube画像には思わず吹き出してしまいました。



さらに検索すると、毎日小学生新聞の記事が出てきました。こちらの方が、冒頭の読売新聞の記事よりも面白いので、下にそのまま引用させていただきます。
イギリス・リバプール出身の落語家、ダイアン吉日さん。古典落語から英語を混ぜた創作落語まで、ユーモアあふれる話芸は日本人はもちろん、外国のお客さんにも人気です。1990年に来日し、着付け、茶道、華道までたしなむダイアンさんに、毎小特派員の津村美和さんと、弟の直樹君が日本の文化について聞きました。


美和さん:   日本に来て驚いたことは何ですか。
ダイアンさん: 野菜だけで作った食品がほとんどないことです。私は肉や魚を食べないベジタリアンで、イギリスではベジタリアン向けの食べ物があるのが普通。「日本人は健康食品を食べている」というイメージがあって、野菜中心の食事が多いと思っていたから、肉や魚がよく食べられていてびっくりしました。
直樹君:    なぜ落語家になったのですか。
ダイアンさん: 日本に住んで6年目に、友人から「落語家の桂枝雀師匠のお茶子をしない?」と電話がありました。お茶子は、寄席で舞台の座布団を用意したり、演者の名前を書いたビラをめくったりする人。故・枝雀師匠は、英語の落語に挑戦していて、友達は英語を教えていたんです。私は落語はよく知らなかったけど、「着物が着られるよ」と聞いて飛びついた(笑い)。枝雀師匠の落語を見て、「たった一人で、扇子と手ぬぐいだけを使って世界を表している。なんてすばらしいパフォーマンス!」と大好きになり、落語を学び始めました。今はコンピューターで遊ぶ人が多いけど、落語のように、想像力を使う文化をもっと大切にしてほしい。
美和さん:   得意な落語は?
ダイアンさん: 初めて日本に来たイギリス青年の驚きを落語にした「ワンダフル・ジャパン」。日本では街角でテッシュをもらえたり、タクシーのドアが自動で開くことにびっくりする話です。私も来日当初、「ただでティッシュをくれるなんて、日本はお金持ちの国!」と思いました。
美和さん:   着物はどのような色や柄が好きですか。
ダイアンさん: 赤やブルーなどの派手な色の着物が好きで、250着は持ってる。でも、最近は地味だと思っていた色や柄の「渋さ」が分かってきました。
美和さん:   私は日本舞踊を習っています。
ダイアンさん: すばらしい! 海外の友達はみんな、日本に来たら着物を着た女性と写真を撮りたいと思ってる。着物は世界一の民族衣装よ。
直樹君:    日本人と、イギリスの男の人はどちらがすてきですか。
ダイアンさん: 私は世界40か国以上を旅してきたから、すてきな男の人に国籍は関係ないなあ。イギリスの男性は、女性の荷物を持ったりする「レディ・ファースト」のマナーがあるところが好き。日本の男性は、なんでも丁寧に教えてくれて、すごく親切ですね。
直樹君:    今、夢中になっていることは何ですか。
ダイアンさん: 旅行が好きで、年に1か国は訪れます。旅先では必ず「日本のことを教えて」と言われる。昨年、ロンドンで開かれた日本文化を紹介するイベントに、3日間で3万5000人が来ました。私の落語も、三味線や合気道のパフォーマンス、漫才も大人気。だから、私は世界を回って日本文化を伝えたいと思う。今、日本文化は世界で「かっこいい」と言われてる。なのに、日本人はそれを分かってなくて、華道も茶道も着物も古くさいと思っているでしょ。それって、すごくもったいないよ!


最後のところが読売新聞の冒頭の記事では、「今、日本は世界中のあこがれ。その格好良さに、肝心の日本人が気付いてへんねん」と笑った。となっており、大阪弁で語っているこの口調がなんとも言えずおかしい。そして、ダイアンさんの言っていることが実に的を射ていて、日本人みんなにもっとこのことを知ってほしいと私も心から願いました。


それにしても、このような形でいわゆる「外国人」が日本人以上に日本の良さを知っていて、その日本を世界の人々に知ってほしい、と言って文化の架け橋になっていらっしゃるというのには、本当に頭が下がる思いがします。私たち日本人ももっと積極的に海外に出て、異文化交流に励み、近隣諸国との摩擦の原因を取り除いたり、また遠いアフリカや南アメリカの国々との新しい交流の道も開いてもらいたいものです。
そして、彼女が願っているように、本当の「大安吉日」が一日も早く世界中に実現しますように。
そのためにも、日本の英語教育は重要な役割を担っていますよ。


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お犬様

2012.08.16日

「お犬様」と言えば、生類憐みの令で有名な徳川綱吉。
将軍綱吉は、テレビや映画の『水戸黄門』物語の中で、生類憐みの令を始めとする悪令を出したかどで悪役が割り当てられています。
また、『忠臣蔵』(元禄赤穂事件)では、吉良上野介が事あるごとに浅野内匠頭をいじめ、その結果、浅野が殿中刃傷に及びますが、綱吉は浅野にのみ切腹を命じて吉良の罪を問わなかった、ということでも悪者のイメージがついています。


「綱吉の行状については価値の低い資料による報告が誇張されて伝えられている部分もあり、近年では綱吉の政治に対する評価の再検討が行われている」(Wikipedia)ということで、お触書は実際には犬だけではなく、猫や鳥、魚類・貝類・虫類などの生き物、さらには人間の乳幼児にまで及んでいたそうです。
綱吉は戌年生まれで、犬が好きで100匹も飼っていたそうで、特に犬を保護したため、「お犬様」将軍と呼ばれるようになったようです。
しかし、この考え方は今日の動物愛護法を始め、刑法の保護責任者遺棄罪、殺人罪や児童福祉法、児童虐待防止法などにつながっているとのこと。
なるほど、視点を変えれば悪者から一気に英雄にすらなり得るのです。


今日は、ホームセンターにドッグフードやノミ取りなどのペット用品を買いに行ってきました。
そこで見た光景は、もし綱吉が今日生きていたら腰を抜かすようなものでした。
私ですら、今日の今日まで知りませんでした。現代、犬がこれほどまでに大切にされていることを。


petsupli.JPG petsupli2.JPG

ペット専用のサプリメントです。人間と変わらないほどたくさんの種類があります。


petcake.JPG petjelly.JPG

ペット用のホットケーキやカップケーキミックス、さらにはゼリーやシャーベット、チーズスフレなどのお菓子類。


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極めつけは、ペット用の飲料水。右のは人間用で、1本100円、6本入りケース売りでは498円ですが、ポカリスウェットならぬペットスウェットはなんと1本398円!


ここまで来たか、という感じです。
綱吉さんがこれを見たら涙を流して喜ぶことでしょうね。
お犬様どころか「お犬様様」。
私でもこんな高価な水は飲んだことない。
これってなんだか逆差別みたい...と思うのは、私のひがみでしょうか。


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人種のるつぼ

2012.07.07日

今朝は6時に起きて、6時半からのマウント・ハーモン自然散策に参加者9名で出かけました。
片道30分あまりで裏山の頂上に着きました。そこにはとても大きな十字架が立っています。
そこでみんなでラジオ体操をしてお祈りをしました。



帰り道はずっと、中国から4歳の時にご両親とアメリカに移住してこられた女性のお医者さんとお話ししました。
かつて中国ではキリスト教は禁じられていましたが、今や国が開かれ、政府が認可した教会もかなりあるそうですが、政府や共産主義に対する批判を少しでもしようものならすぐに閉鎖されるそうで、まだ本当の意味での自由はありません。しかし、以前は地下教会と言われた個人の家で集会をする家庭教会は今、ものすごい勢いで増えてきているそうです。


散歩から戻って朝食、そして午前の集会のあと昼食。
食事の席では毎回、いろいろな人と同席してお話をしています。
日系1世の方や、2世、帰米2世、3世を始め、白人や様々な人種・民族との混血の人たちなど、本当に多種多様で、アメリカはまさに人種のるつぼの国です。
散歩の帰り道に話した中国から移住してきた方が私に声をかけてきて、夫を紹介してくださいました。台湾系の5世の方です。
弁護士のご主人は今、独学で日本語を勉強しています。日本人の顧客がいるからだそうです。
お二人は去年、日本に旅行して、日本人の礼儀正しさに感動したと言っていました。
奥さんがまた別の方を紹介してくださいました。
この8月に6年間の予定で日本に宣教師として行くそうです。
着ているTシャツには、
「自殺は嘘です。希望がある」
と日本語で書いてあります。
お話しすると、お父さんがフィリピン人でお母さんが日本人の混血で5世とのこと。
去年、日本に旅行したのがきっかけで、日本に自殺者がとても多いことを知り、自殺は間違いだというメッセージを伝えるために行くと言います。日本語は全く話せないそうです。
日系人だけでなく、どの人種・民族の方もみんな日本のことが好きで、日本に対して重荷を持っていてくれています。
本当にありがたいことです。


1世や2世の方たちと話すと、皆さんおっしゃるのは、日本のサービス精神とアメリカのおおざっぱさです。
こちらに来て本当にそれを強く感じます。


ロサンゼルスからここマウント・ハーモンに車で来るのに7時間半かかりました。
途中、日本のようなサービスエリアなどは一切なく、ガソリンを入れたい、トイレに行きたい、あるいは食事をしたいと思っても出口の数が非常に少なくて不便です。
フリーウェイが一部工事中で1車線になっていたため大渋滞を起こしていました。
しかし、「この先渋滞」と表示した電光掲示板らしきものは下にタイヤの付いた移動式のものが2つほど道路脇に置いてあっただけで、どこからどこまで、何キロ、どれぐらいの時間渋滞しているかといった、日本ではごく当たり前の情報など一切ありません。
しかも、かなり長い距離を閉鎖しているのですが、工事をしている様子は全く見受けられません。
この状態がずっと続いているのです。


一昨日、山の中を散歩に行った時も、日本のように目的地を示す表示板などが一切なく、そのお陰で迷い子になってしまいました。
アメリカでは、何もかも自己責任なのです。
日本のようにおんぶに抱っこではありません。


おおざっぱで不便なところはいっぱいあるのですが、こちらの人たちにとっては、かえってその方が気楽でいいようで、日本の過剰なサービスは逆に煩わしいと言います。
日本では買い物したり食事をしてレジで支払いをすると、店員は必ず両手をお腹の上辺りで合わせておじぎして、「ありがとうございました」と言ってお辞儀します。一方、アメリカでは、クレジットカードやメンバーズカードの名前を見て、
「サンキュー、メアリー」などと、ニッコリして個人の名前を言います。アメリカでは、その方が親しみを感じて喜ばれるのです。
これは別にどちらがいい、悪いの問題ではなく、習慣や文化の違いです。
でも、アメリカのおおざっぱな生活の方が確かに気は楽で、のんびり生活できます。そのせいだと思うのですが、今回の修養会に参加している方で80代、90代の方が何人もいらっしゃるのですが、みんなとてもお若く、明るくて、生き生きしていらっしゃいます。


昼食後、日語部ではファミリーごとの出し物で、聖書の言葉を詩吟で謡うチームや、迷い子の子猫ちゃんの替え歌のチーム、讃美歌を歌いながらフラダンスを踊るチームなどさまざまでとても面白かったです。



うちのチームは、全員に立ってもらい、小堀さんのピアノ伴奏で一緒にラジオ体操をしながら、牧師が聖書の中のみ言葉をメロディに合わせて歌うというものでした。
どのチームもとてもユニークでみんな大笑いして楽しいひと時を過すことができました。



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岸和田だんじり祭と京都祇園祭

2012.03.19日

毎日見ているNHKの「カーネーション」は本当に面白く、示唆に富んでいて、毎回エネルギーを与えられます。
私があんまりにも「カーネーション」のことをこのブログで取り上げるので、一度見たらハマってしまった、と何人かの方からメールをいただいています。


このドラマの中に何度も繰り返し登場するだんじりは、舞台となっている大阪の岸和田に住む人々のエネルギーの源、いわば「血」になっているようです。
ちょうど、ブラジルのリオのカーニバルがそうであるように。


私自身は正直なところ、この荒々しく、激しいだんじりは苦手です。
テレビで何度か本物のだんじりのシーンを見たのですが、激し過ぎてしょっちゅう喧嘩あり、なんでもありという感じで、私の中にはそのような血は流れていません。


同じ山車(だし)を使いながら、だんじりは激しさと騒がしさとスピードが売り、一方京都の祇園祭(ぎおんまつり)はおっとりしていて、静かで、ゆっくり。
「コンコンチキチン、コンチキチン」というのどかな調べが40年以上経った今も私の頭の中にこびりついています。


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            岸和田だんじり祭                          京都祇園祭


私は生まれは横浜ですが、物心がついた幼稚園の頃から大学を卒業するまでずっと京都で過ごしました。
ですから、京都風の物事の考え方や感じ方が染みついています。
そんなのんびり屋の私は、だんじりには馴染めません。
これはどちらがいい、悪いの問題ではなく、文化の問題なのです。
人はみんな生まれ育った環境の中で、価値観などを身につけていきます。

NHKのBS歴史館「古代都市ポンペイの真実〜新発見!54体の人骨の謎〜」という番組を昨日見ました。
古代ローマの人たちは、午前中だけ仕事をし、午後からは社交場でもある風呂に入り、そこに設置されていたゲームなどをして楽しみ、食事は限度を越えて吐きながら(ただし当時はこれは健康法で太らないための措置)食べまくっていたそうです。
番組出演者の一人、イタリア人タレントのパンツェッタ・ジローラモさんが言っていました。
「イタリア人はその日、その日を楽しく過ごす生き方で、明日のこと将来のことは心配しないことにしている。
ガソリンスタンドでガソリンを入れる時は、1000円で何リッターという買い方をしている。だから、ガソリンが値上がりしても同じ1000円で買っているからたとえ量が少々減ったとしても気にしない。
これが、イタリア人流の幸せな生き方です」


私はこれを聞いて感心して「う〜ん」とうなりました。
なるほど、そういう生き方もあるのか、と。
確かにそのように日々を過ごしていたらストレスは少ないし、ハッピーな毎日になるでしょう。


と思いながら、昨日の夕方、近隣で一番安いガソリンスタンドを調べて、送迎バスと乗用車の5台にガソリンを満タンにしてきました。
やっぱり私はイタリア人ではなく、日本人です。血は争えません。これも染みついた文化の一部です。


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マクドナルドと寿司

2012.01.12日

何人かのアメリカ人の友人に尋ねたことがあります。
「あなたはマクドナルドを毎日でも食べることができますか?」
予想通りの答えが返ってきました。
「ええ、毎日でも食べることができます」
しかし、予想外だったのはその答えの続きです。
「朝昼晩と一日に三食マクドナルドでも大丈夫だし、それが毎日続いても平気です」
正直、これには驚きました。


一日に三食、それを毎日というのはさすがにアメリカ人です。まあ日本人が一日三食、毎日ご飯を食べても平気なのと同じなのでしょう。
でも考えてみたら、私自身もアメリカに留学していた若い頃、一日三食は無理でしたが、毎日マクドナルドを食べていた時期がありました。
朝8時のクラスがあり、家を6時半頃出て車でフリーウェイを1時間近く走って、学校の近くのマクドナルドに立ち寄って朝食を食べていました。今、流行りの「朝マック」です。
そして、時には昼もキャンパスの学生食堂でハンバーガーということもありました。


私も若い頃は結構頻繁にマクドナルドを食べていましたが、年をとってくるとそうしょっちゅうは食べられなくなりました。
カロリーとか健康上という理由からだけでなく、やはり年齢とともに食事の好みも変わってきたからでしょう。


しかし、先週からマクドナルドが始めた新しいメニューの「グランドキャニオンバーガー」は、物珍しさもあって久しぶりに食べたくなり、試してみました。
ボリュームたっぷり。こんな感じです。

image_bigamerica_gc_01.jpg

何とおいしかったこと!
このあと1月下旬、2月、3月に「ラスベガスバーガー」「ブロードウェイバーガー」「ビバリーヒルズバーガー」と昔懐かしい名前の新シリーズが目白押しです。
このようなキャンペーンは本場のアメリカより日本の方が上手です。
アメリカ人はずっと同じメニューでも飽きないようです。
ラスベガスやブロードウェイ、ビバリーヒルズバーガー、どれもこれもおいしそうですが、写真を見ているだけでもうお腹いっぱいになってしまい、私にはたとえ1か月に1個でも続けては無理です。


でも、それこそ毎日続けても平気なものがあります。
それは寿司です。
先日のブログ記事「ポルシェより高い◯◯◯!?」に書いたように、早速昨日スシローに寿司を食べに行ってきました。
中に入って受付機を操作していたら、
「学院長。明けましておめでとうございます」。
目を上げると、卒塾生で大学生のSさん。
この店舗でアルバイトをしている何人かの卒塾生のうちの一人です。


「ひと皿100円均一」と大きな文字で店の看板に書かれているので、最初のうちは「安かろう、まずかろう」のイメージで敬遠していたのですが、勇気を出して一度試してみるとこれまで食べたどの寿司屋よりも安くておいしい。
お金がない20数年前、無理して行っていた高い寿司屋さん(家族で1回1万円以上もした!) よりも正直おいしいと思います。
最初の1個から最後の1個までおいしいのです。
はまってしまいました。
スシローの寿司なら、それこそ毎日でも大丈夫です。多分・・・


うちもスシローに習って、安くてうまく、サービス満点、お客さんを飽きさせずに大満足させる、そのような塾作りを目指そう、と改めて想いを熱くしました。


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チベット族の少女

2011.10.05日

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昨日、放映された「長江 天と地の大紀行 第1回 チベット大峡谷と理想郷」(19:30ー21:00 BSプレミアム)はとても感動的な番組でした。
中国系日本人俳優の阿部力(あべつよし)さんが、チベット高原の長江上流を訪れリポートしていました。
雄大かつ美しい景色もさることながら、私の心を捕えたのはシャングリラのチベット族の一少女でした。


阿部さんは草原を一望できる高台を訪れ、そこで子羊を抱いた少女と一緒に写真を撮ります。
少女は見た目は日本人とさほど変わらず、まだ中学生ぐらいのあどけない感じなのですが、実は18歳。
小学校の時に習った中国語を話して旅行客に記念写真を撮りませんか、と声をかけるのですが、中国人観光客たちは素っ気なく「結構」、「興味がない」と断ります。
阿部さんは写真を撮ったお礼にと、日本円にして60円を支払うと、「こんなにたくさんいただけません」と言います。
「今や中国人は金持ちだから、もっと積極的に声をかけて商売しなさい」と阿部さんに言われるのですが、控えめな少女は「そんなことできません」と答えます。


妹を学校に行かせてあげるため、少女は小学校を卒業するとすぐに観光客と記念写真を撮る仕事を始めます。
阿部さんが尋ねます。
「写真の仕事をしていない時は何をしているの?」
「この仕事をしていない時は、家で家事を手伝っているか、畑で仕事をしています」


「どんな夢があるの?」
「夢?そんなこと考えたこともありません」
「上海に行きたくない?」
「行きたいけど無理です」


空を飛ぶ飛行機も見て、少女が尋ねます。
「あの飛行機には何人ぐらい人が乗ってるの?」
「大きい飛行機だと400人ぐらい」と阿部さん。
「そんなのうそだ!」と少女。
「400人も人が飛行機に乗っているとか、上海には100階建ての建物があるなんてみんな信じられない」


少女がまだ見ぬ地、上海に思いを寄せているのを見た阿部さんは、スタッフにお願いします。
(実は、二人のやり取りを見ながら私は、心の中で阿部さんの口からこの言葉が出てくるのを念じていたのです)
「この子は本当に上海に行きたがっている。我々が上海に戻るときに一緒に連れて行ってあげることはできませんか?この少女に広い世界に目を開かせてあげたい」と。
スタッフの了解を得た阿部さんは、少女の家族のもとへ説得に向かいます。
母親は了承したものの、少女のおじさんが反対し、結局夢をかなえてあげることはできません。
落胆する二人。


やがて阿部さんがこの地を発つ日がきます。
少女が淋しそうな顔をします。
後ろ髪を引かれる思いで阿部さんはこの小さな村をあとにします。


あまりにも純朴な、痛々しい少女の姿に、私は途中何度も涙しました。
そして胸がチクチクと痛みました。


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国民性

2010.10.04日

「ある豪華客船が航海の最中に沈みだした。
船長は乗客たちに速やかに船から脱出して海に飛び込むように、指示をしなければならなかった。
船長は、それぞれの外国人乗客にこう言った。
アメリカ人には『飛び込めばあなたは英雄ですよ』
イギリス人には『飛び込めばあなたは紳士です』
ドイツ人には『飛び込むのがこの船の規則となっています』
イタリア人には『飛び込めば女性にもてますよ』
フランス人には『飛び込まないでください』
日本人には『みんな飛び込んでいますよ』」


これまで、何度かいろいろなところで聞いた有名なジョークで、『世界の日本人ジョーク集』にも載っています。


今日の読売新聞8面に「異文化生かして市場に挑む」という記事があり、その中に20世紀フォックス映画日本代表のジェシー・リーさんのことが書かれています。
「世界でもっとも厳しい」と言われる日本の消費者に、映画の作り手が作品にこめた思いを届けるにはどうすればよいか、に挑戦し続けています。
4年前に日本代表に着任して以来、リーさんは日本の社会や文化、言葉のニュアンスなど勉強を重ねているそうです。
リーさんは次のように語っています。
「韓国出身の私が、米国に本拠を置く会社で日本の社員と一緒に取り組むことは、マイナスではなく、プラスだと思っています。
日本の調和を大事にする気持ちを基本にしながら、米国のリーダーシップや韓国のチャレンジ精神をうまく取り入れたい。
そのために常に対話を心がけ、20世紀フォックスならではの独自性をつくることが自分の役割だと思います」


現在、中国との間で尖閣諸島の問題がどんどん大きくなってきて、日中両国でお互いに感情が先走ってしまい、冷静に判断・行動ができなくなってきている面があります。
尖閣諸島の問題だけでなく、ロシアとの間には北方領土問題、韓国との間には竹島問題、アメリカとの間には普天間問題等などがあります。
国際関係は、日本に限ったことではなく、どこの国も抱えている問題です。


「原則論と方法論」の両者が必要ですが、同時に各国の歴史や文化、国民性の違いなどをお互いに認識し、受け入れ合わなければ、過去に犯した戦争という大きな失敗を、人類はこれから先いつまでも繰り返すことになるでしょう。


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「ドキがムネムネ」

2010.08.08日

昨日、夏期講習の前半が終了しました。
今日は明日の中3の勉強合宿と明後日・明々後日の合宿の準備日で、先生たちが早くから塾に来て、夜遅くまで働いています。
昨夜、送迎が終わって塾から自宅に帰る道、高校生らしき男女のカップルが自転車に二人乗りして横を通っていきました。
女子に自転車をこがせて、男子が後ろに乗っています。
まあ、これだけなら最近はそれほど珍しい光景ではありません。
ただ、後ろに乗っている男子の手の行き先が怪しいのです。
行き先は...恥ずかしくて言えません。
しかし、女子はキャッキャと笑い声を上げているだけではありませんか!
私のほうが、「ドキがムネムネ」しました。


私は自分の中学生の頃のことを思い出しました。
近所に住んでいたSさんという同学年の女の子と学校の行き帰り、よく一緒になりました。
お互いに好意を寄せているとかいうのじゃなかったのですが、ただ一緒に並んで話しながら歩いているだけで、「ドキがムネムネ」しました。
中学1年のとき、2年生の先輩の女子からラブレターをもらったことがありました。
「お付き合いしてください」と書いてありました。
このときも、「ドキがムネムネ」!
純情な私は怖くなって、その美人(!)の先輩に「すみません」と言ってお断りしました。
中学2年のときには、1年後輩の女子生徒が私にラブレターを送ってきました。
まあ、あの頃は結構もててたんですねぇ...。
その子とは図書室でいい本を薦めたり、勉強を教えたりする清い仲でした。
アメリカ留学から戻ってきた30歳の頃、書店でふと目にした本にその子の名前があるではありませんか!
「上野千鶴子」
またまた「ドキがムネムネ」しました。
その本を手に取り、すぐに裏表紙を開いて著者のプロフィールを見ました。
何と同姓同名の人で、私よりも2歳上の大学教授でした。
ホッと胸を撫で下ろしました。
中学3年の修学旅行のときには、箱根を走っていた観光バスの中で英語で"Home Sweet Home" と "The Red River Valley"を歌ったところ、クラスの女子達がキャーキャー言って大もてでした。
このときも「ドキがムネムネ」。


高校2年の頃はものすごい恥ずかしがり屋になって、同じクラスのちょっとハーフっぽい感じのYさんに密かな好意を抱いていましたが、やはり「ドキがムネムネ」するばかりで、結局ひとことも言えないまま何もなく終わってしまいました。


「ドキがムネムネ」の体験は、その前にも後にもたくさんありますが、昨夜の高校生のカップルを見たりすると、私の若かった頃のような新鮮な「ドキがムネムネ」はもうないのかな、とちょっと気の毒な気持ちになりました。
今振り返ると、「ドキがムネムネ」は古き良き時代でした。


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ピースサイン

2010.01.14日

写真を撮るとき、日本人(とくに若い人)のほとんどがピースサインをします。
人差し指と中指の2本を立てて、ジャンケンのチョキのサインを顔の横に出すアレです。
アカデミーのイベントなどで集合写真を撮ると、みんなこのピースサインをします。
これは実は日本独自の文化です。
欧米では一昔前、ベトナム戦争に反対する人たちがさかんに「平和」をアッピールするためにやっていましたが、その後この習慣はすたれてしまいました。
ピースサインのルーツは、イギリスのチャーチル首相がナチスドイツ相手の戦争に勝利したときに、勝利(Victory)したと言ってサインしたのが始めと言われています。
それが回り回って日本で復活し、「勝利」「平和」の意味もなしに、写真を撮るときのかつての「はい、チーズ」に代わって習慣化したのです。


アカデミーの成人英会話クラスに長年通ってくださっていたKさんが、20年近くも前のことですが、友達と一緒にハワイ旅行に行ったとき、海岸でみんなでピースサインをして写真を撮っていたそうです。
すると、現地のガイドさんがあわてて言いました。
「皆さん、ここでピースサインをしてはいけません。ハワイではそのサインはサメが出た、ということを意味するのです。だから、皆さんがピースサインをしたら、海岸にいる人たちがパニックして大騒動になりますよ」
これを聞いたKさん、日本に帰ってきてから得意になって、友達みんなにこの話をしていたそうです。
そしてある日、英会話のクラスでこの話題が出ました。
私はこの話を聞いて吹き出してしまいました。
「Kさん、そのガイドさんにかつがれたのですよ。日本人がみんなピースサインをしているのを見て、そのガイドはふざけて言ったのですよ」
「えーっ!そんなんですか?」とKさん。


実はこれに類する話はよくあります。
だれかが冗談半分で言ったことが、いつの間にかまことしやかに語られるようになって、そのうちにそれが真実のようになってしまうのです。
1月7日のブログ「案ずるより横山やすし」の中に書いたデーブ・スペクターさんは、あまりにも日本語がうまいため、「埼玉県出身、生粋の日本人」とか、「英検3級を持っている」、「元・暴走族の総長」などのうわさがあとを絶たないようです。


そう言えば、今思い出したのですが、私は小学校を卒業してすぐに引越し、まったく知らないところの中学校に通い始めました。
そのときやはりうわさ話が広がりました。
私が「街」からやってきた、大会社の社長の息子で、大金持ちで、ヘリコプターもあるなんて、まったく他愛のない話なのですが、これがしばらくの間、私の知らないところで語られていたのです。
知って驚きました。とにかく、私の家はその当時、とても貧しい生活をしていたのですから。


まあ、いずれにせよ、戦争のない平和な日本で、多くの日本人が写真を撮るときにピースサインをしているのは、まさに平和を象徴しているように思います。


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正人のアメリカリポート その2 後編

2009.12.02日

前編より続く


■10月末には、ハロウィンがありました。
日本ではあまりメジャーではありませんが、ディズニーランドなんかでは盛り上がるあれです。
よくアメリカの映画やドラマなどでは微笑ましい光景が描かれていますね。


この祭り、アメリカでは本当に盛り上がります。
ハロウィン前にはどこの店にも、大量のカボチャや、お化けのおもちゃ・置物、普段よりもさらに多いお菓子などが所狭しと並びます。家の周りにお化けの置物を飾るところもあります。


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そして仮装!
子どもも大人も、もうみんな本気です。
友人のホストファミリーは、夫婦で『ゴーストバスターズ』に出てくる退治人とお化けのコスプレをしていたのですが、あの掃除機みたいな道具を作るのに半日くらいかけていました。
僕はその日、毎週金曜日に行われているインターナショナルミーティングという…食事会に参加していたのですが、子どもたちが来るわ来るわ。
そしてみんな“Trick or treat!”と言ってお菓子を取っていきます。


halloween6.jpghalloween7.jpg


halloween3.jpghalloween4.jpg


もうかわいいのなんの。
いたずらされても一向に構わないとか思いながら、お菓子をあげていました。


■これは余談になりますが、先月僕は24歳の誕生日を迎えました。
こちらの友人たちにもらったのは、なんと初心者用ギターセット。それと、僕の一番好きなイギリスのバンド、Coldplayの楽譜…。
何より嬉しかったのは、まだ3か月くらいしか滞在していなかった自分にも、そんなサプライズを計画してくれたということと、ギターを練習したいと僕が何気なく言ったことを覚えていてくれたことでした。


masato2.jpg


アメリカの祝日にはまだそれほどの愛着は沸いていませんが、普段は離れている人と人とがつながれる機会だという点では、いいものだなと思いました。


こちらの人は、誰かに物をあげることにまったく躊躇がありません。
感謝祭で食事を振る舞うことにも、ハロウィンで子どもにお菓子を配ることにも。
それよりも、どんどん人との交友の幅を広げていこうということに関心を向けているようです。


誕生日には、日本にいる多くの大切な友人から、メールやメッセージをもらいました。
正直、日本人同士の親密な交友関係のほうが僕は好きです。
今でももちろん、アカデミーのイベントムービーを見ては、自分の一番落ち着けた場所を思い出して、懐かしく感じています。
日本を離れ、アメリカに来てから強く思うようになったのは、自分は24年間、周りの人たちの中で支えられて、生かされてきたんだということです。
人と人とのつながりは、本当に何にも増して、大切なんじゃないか。普段はそんなこと人に言えないし、気づきにくいけれど。文字通り、フェラーリより、ノーベル賞より、自分だけの成功より。


嫌いなものは嫌い、好きなものは好きだとはっきり言うような、アメリカ人の祝日の過ごし方は、僕にそんな風に思わせました。


長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただけていたら幸いです。
また続きをお届けできるまで、お元気で!


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正人のアメリカリポート その2 前編

2009.12.01日

こんにちは、正人です。みなさんいかがお過ごしですか?
早いもので、もう12月ですね。あと1か月で2010年になるということが、なんだか不思議に思えます。
何より残念なのが、年末年始を日本で過ごすことができないということです。
年越しそばに、紅白、除夜の鐘、初日の出、おせち料理、お正月セール…。日本のそういった文化が、今は恋しくて仕方ありません。
恒例行事というものは、どうも年や回数を経るごとに、大切なものに思えてくるもののようですね。


それはさておき、アメリカリポート第2弾ということで、今回は最近あったこちらの行事について書きたいと思います。


■11月の第4木曜日には、感謝祭(Thanksgiving Day)という祝日がありました。
日本ではまったく馴染みがないと思いますが、この祝日は17世紀前半にイギリスからアメリカに初めて移住した人たち、ピルグリムファーザーズが、インディアンと協力して初めて収穫を得られたことを神に感謝したのが起源であると言われています。
ですが、僕にとって大事なのは、4日間の休日が得られたということに尽きます。


この日に何をするのかというと、多くのアメリカ人は親戚や友人同士で集まって、大きな食事会をします。
…はい、食事会です。
うちのホストは毎週金曜日に食事会に行っています。毎週日曜日の教会でも食事が出ます。たまに大学のスタッフでさえ無料でランチを配っています。
そして祝日にはまた食事会…。
はい、こっちの文化は本当に食べることが中心のようです。


そして僕もホストファミリーと一緒に、フィラデルフィアに住んでいる娘さんとお孫さんの家庭に、車で1時間かけて行きました。そこには親戚が13人も集まり、中にはフロリダから来たという人もいました。
なかなか時間がないと会えない家族と会うことができる。それがこの祝日の過ごし方にある本当の意義なのでしょう。
ただ、食事もやっぱり欠かせない、ということも確かなのだと思いますが。


帰ってから、ホストのお母さんと二人で話していました。お母さんの娘さんのうち、2人が離婚を経験しているということだったので、離婚問題について話しました。
よく言われるように、アメリカでは離婚が非常に多いです。こちらに来てから本当なんだなと実感しました。
彼女自身も20年ほど前に離婚をして、今の夫は再婚相手だということを聞いていました。彼女の子どもはみんな、前の夫との間の子どもだそうです。
そして彼女は何食わぬ顔でこう言いました。
「あなた気づいてた?あそこに集まった家族の中に私の前の旦那がいたのよ」


なんだって???


その前の旦那さんという人も、現奥さんを連れてきていました。日本人だったら、気を使ってなかなかそういうことは出来ないものではないかと思います…。
でも二人とも、別れてからでも娘たちの顔はやはり見たい、ということで、感謝祭の日にある食事会で、年に一度お互いに顔を合わせるそうです。気まずさを乗り越えているのか、あまり感じていないのかわかりませんが、子どものことを本当に愛しているんだなと思い、素敵だと思いました。


後編に続く


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正人のアメリカリポート その1

2009.11.08日

去る11月5日のブログ「すぐおいしい、すごくおいしい」で予告しました「正人のアメリカリポート その1」をお届けします。
アメリカは実に多様性に富む国です。その中でも、正人の滞在するペンシルベニア州ランカスター郡はかなり特異なところです。その文化の一端をご紹介します。


こんにちは。学院長の次男の正人です。
このブログをご愛読していらっしゃる方はご存知かもしれませんが、僕は8月5日からアメリカのペンシルベニア州、ランカスターという町に留学に来ています。
こちらに来て約3か月が経ち、いまだに英語では苦労していますが、生活にはだいぶ慣れてきて、学業の方も順調に進んでいます。本当に、全面的に応援してくれる家族をはじめ、日本で僕を励ましてくれて、今の僕の心の支えになっている友人や生徒たちに、すごく感謝しています。


ということで、近況報告を兼ねて、僕がこちらで経験したことの中から、いくつか印象的だったことをお伝えしたいと思います。


まず、最初に受けたこの町の印象について。
ホストファミリーのお父さんに空港まで車で迎えに来てもらい、夜も遅い中、四苦八苦して英語を話しながら家へ向かっていました。周りからはどんどん街灯がなくなっていき、あぁここは自然が豊かなところなんだな、と思っていました。星とかよく見えるんだろうなー、と。そして家に到着し、素敵なベッドルームに案内され、慣れない大きなベッドで眠りにつきました。


次の日の朝、家の周りを見回してみて、愕然。
家の前後は馬と牛のいるでっかい牧場で、家の周囲は見渡す限りのとうもろこし畑。
目の前を飛び回る何匹もの蝿。


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家の表を通り過ぎる馬車。
とんでもないところに来てたんだ、と思いました。


buggy


この辺りには、アーミッシュと呼ばれる、独自の文化を持つキリスト教の一派の人たちがたくさん住んでいます。彼らは基本的に電気を使わず、家の中ではろうそくを使って生活していて、移動手段には馬車かキックボード(みたいなもの)を用いています。
特に僕の家の周りは、観光地としても有名なくらい変わった風景が広がっています。
家の前を通る馬車の数はハンパじゃありません。日本で言うプリウス並みに走っています。しかもプリウスより環境に優しいっていう。
とは言えこれらの馬車は当然1馬力なので、道の端をゆっくり走っています。そのせいでたまに渋滞になることがあっても、この辺りに住んでいる人たちは何一つ文句を言いません。


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(ホストファミリーのヘフリーさんご夫妻と)


こちらに来て思ったのは、アメリカ人はすごく親切、寛容で、フレンドリーだなということです。特に見知らぬ人に対しては、日本よりもずっと。
入り口を通るときは、後の人のためにちょっと立ち止まってでもドアを開けておくとか、
お店の人はいつも "Hi, how are you doing?" と気さくに聞いてきます。


しかしながら同時に、すごくサバサバもしています。
ほとんどの人が、 "Hi, how are you doing?"
に対する相手の答えを聞く前に歩き去っています。元気か、と聞きたいというよりも、決まり文句みたいな感じでしょうか。
日本は日本でもちろん親切な人はたくさんいます。ですから、親切にする仕方や考え方が違うのだな、と思いました。
たとえば日本では、見知らぬ人に対しては警戒して親切に接しないけど、知人などには気を使い、すごく丁寧に接する、とか。
「○○人のほうがより親切」というのではなくて、何をより親切と考えるかは、個人的にどんな文化が好きか、ということによって変わってくるんじゃないか、と思います。


日本と違う寛容さは、法律のレベルでも存在します。
申し訳ありませんが、食事中の方はちょっと読まないほうがいいかもしれません。
前述したように、家の周りは畑に囲まれているので、道路には泥が結構ちらばっています。
ある日、友人の車に乗っていると、前方に馬車が走っているのが見えました。
速度を落とし、後からついて走っていると、馬車のどこからか泥が落ちました。

馬の、そう、尻尾(しっぽ)の辺りから。

泥だと思っていたのは、馬のフンだったんですよね…。
道路の端に落ちていたたくさんの泥のようなものが、実は全部それだったと知り、かなりショックを受けました。
排気ガスを出さない一方で、いいことばかりじゃないんだな、と。
それでも、警察はおろか、誰もそれについて文句を言いません。店の前にフンをされたからと言って店主が訴訟を起こす、というようなこともありません。

でも、犬のフンの不始末は2万円の罰金だそうです。
異なる文化に対しては特例的に罰金も免除にしてしまう寛容さに、理解できないながらもかなり感心させられてしまいました。


そんなこんなで、色々なことに衝撃を受け、カルチャーショックの憂鬱をくぐり抜け、3か月経った今では、アメリカ人のいい意味での「適当さ」が好きになり、楽しくやっています。

それでは、次回のアメリカリポートがお届けできるまで、みなさんお元気で!


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