学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ラムネの原点

2017.10.04日

3日前の記事、「i'm lovin' it」はマクドナルドのテレビCMのキャッチコピーですが、じつはこの発音が英語学習上とても大切で、あの「ラムネ」の発音の原点でもあるのです。


第19講 「lovin' it の発音」


「英語をネイティブのように発音したかったら」の中でも取り上げましたが、英語の語尾の -ng の発音は young における日本語式の〔ヤング〕ではありません。発音記号では【jʌ'ŋ】と書き、〔ヤンく゚〕のようにカ行の鼻濁音〔く゚〕と発音します。最後に〔グ〕をつけてはだめなのです。
ですから、loving は【lʌ'viŋ】〔らヴィンく゚〕です。(〔ら〕のひらがな表記は便宜上英語のLの音を表しています)


ところが、マクドナルドのCMでは loving ではなく lovin' と書いてあります。会話を文字化するとき、loving を短縮形の lovin' でよく表します。
"i'm lovin' it" 「マックだ〜い好き中」のような会話調の雰囲気を出しているのです。
さて、この lovin' の発音も loving 同様【lʌ'vi'ŋ】〔らヴィンく゚〕です。
そして、あとに it がついているので、 lovin' it【lʌ'viŋət】〔らヴィンけ゚(ット)〕のようになります。
この場合のあいまい母音【ə】は日本語の〔ア〕の音ではなく、そのスペリングによって弱い【ɑ】【e】【i】のように聞こえます。
(例: animal【ǽnəməl】 、ceremony【sérəmòuni|-mə】 、possible【pɑ'səbl】 )


日本のテレビCMでは「アイム ラビニ」のように言っています(最近は、ララララッラーのようなメロディに変わっていますが)。
でも英語では「ラビニ」のように〔ニ〕という音にはなりません。なぜなら lovin' の発音は【lʌ'vin】〔らヴィン〕じゃないからです。
アクセントが【lʌ'viŋət】〔ヴィンけ゚(ット)〕と【lʌ'】〔〕の上にあるので、そのあとの it は【it】とは発音されずあいまい母音の【ət】になり、ふたつの音がくっついて〔ネ〕のように聞こえ、さらに〔(ット)〕も飲みこまれてしまって聞こえなくなり〔ヴィンけ゚〕のようになります。


ちょうど日本の飲み物「ラムネ」の音の成り立ちとよく似ています。
もとは明治時代にイギリスから入ってきた lemonade【lèmənéɪd】〔ムネイ(ド〕だったのですが、初めに聞いた人が〔ラムネ〕と聞き間違えたことから「ラムネ」と命名されたのです。ラムネとレモネードはまったく別物なのですがね(笑)。


ramune.jpg


もうひとつおまけ。
"i'm loving you." を日本語式に〔ラブ〕と言うと、英語では love よりもむしろ rub のように R の音に聞こえてしまいます。
rub【rʌ'b】〔ラブ〕の意味は「こする」ですから、これまた大変な誤解のもとになります(笑)。


英語の 【f, v】 と日本語の〔フ、ブ〕とは調音の仕方が根本的に違います(両者を区別するため、本稿では便宜上英語の 【f】 はひらがな表記で〔ふ〕、 【v】はカタカナで〔ヴ〕としています)。


下の左図のように、英語の 【f, v】 は上の歯が下の唇に当たって出す唇歯摩擦音ですが、右図のように日本語の【ɸ】〔フ〕は唇を丸めてロウソクの火を「フゥー」と吹き消すときの両唇摩擦音で、【β】〔ブ〕はその有声音です。左図と右図の上の歯の位置に注目してください。


fv.jpg
        【f, v】                        【ɸ , β】


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i'm lovin' it

2017.10.01日


しょっちゅう目にするマクドナルドのテレビCM。
今日は日曜日なので、全国のマクドナルドはよく流行ることでしょうね。


このキャッチコピーの "i'm lovin' it" ですが、そもそも love という動詞は「状態動詞」で like, need, want などと同じく現在進行形にはできない、と学校で習っています。
I am wanting some water. (水が欲しい)
とは言えず、
I want some water.
と現在形を使って言います。
現在進行形は「動作動詞」といって、たとえば read, run, talk などにしか使えません。
I am reading an interesting novel. (私は今面白い小説を読んでいるところ)


ということで、上のマクドナルドのキャッチコピー "i'm lovin' it" は文法的に間違っています。
しかし、CMの "i'm lovin' it" の右上に小さな®がついています。これは登録商標(registered trademark symbol のイニシャルの R)なのです。
登録商標では、quick という正しいスペリングに対して Kwik とつけても構わないわけです(「クエスチョン スイーツ ツイッター の共通点は?」)。


この "i'm lovin' it" にはちょっと違和感があるので消費者の目(耳)を引きます。
それがマクドナルドの戦略だったのです。
ですから、私は最初にこのCMを見たとき、「あっ、うまいキャッチコピーを作ったものだ」と感心していたのですが、ネット上ではこれは文法的に間違っているというのが日本国内だけでなく、アメリカやそのほかの国々でも取り上げられました。



でもこのキャッチコピーは2003年から世界中で統一して使っているので、いつの間にかそれがもう当たり前のようになってしまって、いつの間にかアメリカでも一般の人々の間で "i'm lovin' it"が使われるようになりました。
平たく言えば「大好き」なのですが、あえて原語の雰囲気を出すと、
「マックだ〜い好き中」
のような感じでしょうか。
ちょっとオーバーな言い方をすれば、英語の文法がマクドナルドのCMで書き変えられたのです。


hear (聞こえる)も同じく状態動詞なので、 I'm hearing the concert." (今コンサートを聞いているところ)とは言えませんが、会話表現では、
"I'm hearin' ya." (ya は you の会話表現)
(きみの言ってることはわかる)
のような言い方はネイティブの間で以前から使われていたので、マクドナルドはこれをうまく利用したのですね。


でも、日本人がカッコつけのつもりで真似して下手に使って、
"I'm lovin' you."
なんて恋人や伴侶にに言ったら、
「今(この瞬間)はきみのこと愛してるよ(あなたのこと愛してるわ)」
のような響きになり、最近ちまたでよく耳にする本物の愛情の伴わない「不◯している」のような感じになりやけどしますので、ご注意のほどを。


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クエスチョン スイーツ ツイッター の共通点は?

2017.09.27日

「クイーン」「クイック」「クエスチョン」「クエスト」(ドラゴンクエスト)「スクワット」などすっかり日本語になったものがたくさんあります。
ほかに、「スイーツ」「スエットパンツ」「スイッチ」「スイング」「ツイン」等など。
これらの共通点はなんでしょう?


この「クイ〜」や「クエ〜」「スエ〜」「スイ〜」「ツイ〜」で始まる言葉も日本人にとっては発音がちょっと難しく、「hat に『ハッと』する」の中に書きましたように、正確な発音を身につけておかないと、「ついうっかり」といつもの癖が出てしまいます。


第17講 「qu sw tw の発音」


英語の勉強をしていて、q で始まる単語が全部 qu になっていることにお気づきになった方もあるかと思います(一部 qa qi qo もありますが、これらはイスラムやアラブ系、中国系の地名・人名など固有名詞の独自の発音を英語表記したもの)。
昔の英語(5c〜12c頃)では cw と綴られていましたがこんにちの qu と同じ音です(c k q は親戚の文字)。
イングランドは昔いろいろな国に征服されました。その都度、その国の言語の影響を大きく受けました。
もともと話されていたイングランドの言語はゲルマン民族の制服によりドイツ語に近い言語に取って代わり、後にノルマン民族に征服された際にはラテン語系のフランス語にも影響されました(当時、支配階級がフランス語を話し、庶民は英語を話していました)。
この結果、英語にはいろいろな言語の語彙やその発音が残り、現代英語になったのです。また、その過程で、ヨーロッパの多くの言語に見られる複雑な、名詞・形容詞・動詞の格変化の屈折が英語になくなり、わずか「3単現のs」が残っている程度になりました。


さて、qu- で始まる単語の発音は、「クイーン」「クイック」「クエスチョン」「クエスト」のような〔ク〕ではなく、【kw-】と〔クウ〕という音です。【w】〔ウ〕と言うとき、日本語の普通の〔う〕の音ではなく、唇を丸めて突き出して強く〔ウゥ〕と発音します。
ですから、
queen【kwíːn】 〔クウィーン〕, quick【kwík】〔クウィック〕, question【kwéstʃən】〔クウェスチュン〕, quest 【kwést】〔クウェスト〕, squat【skwɑ't】〔スクウァット〕(スクワットではない)
のようになります。
ときどき Kwik のようなスペリングを見かけることがありますが、これは英語の綴り字法ではなく、 quick をもじって商品名にしたもので、発音は quick と同じです。


このほか上の例では、、
「スイーツ」は sweets【swíːts】〔スウィーツ〕, 「スエットパンツ」の「スエット」は sweat【swét】〔スウェット〕, switch【swítʃ】〔スウィッチ〕, swing【swíŋ】〔スウィンく゚〕, twin【twín】〔トゥウィン〕
のように発音します。
そうそう、ついでに日本語の「セーター」は英語では sweater【swétər】〔スウェター〕(「汗をかかせるもの」の意味)です。


なお、「ツイッター」は英語では twitter【twítər】〔トゥウィッタ〕、「ツイート」は tweet【twíːt】〔トゥウィート〕で、日本語とは似ても似つかない発音です。もともと tweet は鳥のさえずりの「ピーピー」「チュッチュ」というような擬音語で、 twitter はピーチクパーチクしゃべる「おしゃべり屋」のような感じの意味です。当初、日本語では「ツイート」を「つぶやく」と言っていましたね。


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発音のセオリーと実践

2017.09.26日

"In theory, there is no difference between theory and practice. But in practice, there is."
--Yogi Berra
「理論上、理論と実践に違いはない。しかし、実践においては違いがある」
--ヨギ・ベラ、MLBプロ野球選手
(訳 舟田譲二)


ヨギ・ベラ(1925-2015)はメジャーリーグ選手としては、身長172.7cmと超小柄でしたが、アメリカ野球殿堂博物館入りしている名プレーヤー。
「メジャーリーグ屈指の「バッドボールヒッター」(悪球打ち)と呼ばれ、日米野球で金田正一が投じた頭の上の高さの悪球をバットを立てて大根切りで右翼スタンドへ叩き込んだそうです。
(Wikipediaより)


ヨギ・ベラの人生が上の名言を証明しています。
先日シェアしたバスケットボールのおもしろ動画をもう一度ご覧ください。
これは理論上の話で、実践ではまずこううまくいかないでしょうが。



第16講 「理論と実践」


「理論」を英語で theory と言います。最近はカタカナ語がやたらと多く、普通に「セオリー」と言われるようになりました。
「理論上、理論と実践に違い」はなく、日本では日常の生活で「セオリー」で事欠くことはまずありません。
「しかし、実践においては違いがある」のです。
どういうことかと言うと、この theory という言葉をいつでも「セオリー」と言っていると、英語を話しているときにも無意識のうちに〔セオリー〕と言ってしまうのです。これが理論と実践の違いの現実です。
私はこれまでそのような状況を数えきれないほど見てきました。これが、日本人の英語が外国人に通じない理由のひとつだと言えます。


高校時代、夏休みにアメリカからひとりの高校生が我が家にホームステイに来ました。
私の小中高校時代の友人がたくさん遊びに来て、みんな英会話の実践を試みたのですが、なかなか彼らの話す英語が通じません。
そのひとつの例を「エピソード」の中で以前ご紹介しました。


さて、 theory ですが、英語では【θíːəri】と発音します。
この【θ】はギリシャ語の「シータ」といい、見た目も形が少し似ていますが、口の中で上の歯と下の歯の間に舌先を少し出して〔す〕という音を出します(〔 〕内のひらがな表記は日本語にない音だということを意味しています)。英米人の中には舌を歯と歯の間にはさまず、上の歯の裏に当てて発音する人もいますが、下の図のような舌の位置で th の音を練習することをお勧めします。


th.png


英語によく出てくる th の綴りは、無声音では theory のように【θ】、有声音では【ð】と発音します。
ですから、英語の the, this, they, there などを日本語式に〔ザ〕〔ズィス〕〔ゼイ〕〔ゼア〕と発音したら絶対に通じないのです。
〔アイ スィンク〕と言ったら、英語では I sink と聞こえます。
〔ゼン〕は zen (禅)と聞こえます。then は正しくは【ðén】です。


英語に限らず語学の学習はたとえどの言語でも必ずそれぞれ独自の音があります。それを自国語の似た音で間に合わせようとすると、絶対に上達しません。
そういう意味で、まだ頭が柔らかい幼い子どもほど先入観や恥ずかしさ、癖などがないので楽に新しい言語の正しい音を身につけることができるのです。


でも、これは私の持論ですが、何事にも手遅れということはありません。今からでもしっかり練習すれば必ず正しい発音をすることができるようになります。カタカナ英語だった大勢の人を綺麗な発音ができるよう指導してきたので確信を持って言うことができます。


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hat に「ハッと」する

2017.09.24日

昔は「帽子」というと hat 〔ハット〕、と学校で習っていましたが、こんにち hat はほとんど見かけなくなり、今や帽子は cap 〔キャップ〕となりました。お年寄りから子どもまでみんな cap を愛用しています。私自身もそうです。4年前には hat をかぶっていましたが今は cap です。最初はちょっと抵抗があったのですが、今ではこのように後ろ向けにかぶったりするようになりました 笑。(次男夫婦から今年の誕生プレゼントにもらった愛用のキャップで、つばは後ろについています)


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第15講 「hat hut hot  の発音」


一般に日本では hat は〔ハット〕と発音するものと思っている人が多いと思いますが、実は cap 〔キャップ〕と同じ母音です。
cap とか cat だとちゃんと発音できるのに、hat になるとたちまち〔ハット〕になってしまいます。
同じ a のスペリングなので【æ】という音ですから、【hǽt】は〔ハット〕というより、むしろ〔ヘァット〕に近い発音です。
そもそも cap も【kjǽp】〔キャップ〕ではなく【kǽp】〔ケァップ〕なのです。(【j】の音については「i と j」を参照)


基本的に、アクセントのある a は【ǽ】〔エァ〕と発音されます。
アクセントがほかの母音にある場合には、 a は【ə】〔あ〕というあいまい母音になります(「『アァー』『あぁー』、ため息が出ますね」)。
たとえば、cap は【kǽp】ですが、-ity という名詞を作る接尾辞がつくとアクセントはその直前に移動するので、capable (能力のある)の名詞形 capacity (能力)を日本語で最近よく「キャパシティ」と言いますよね。しかし、正確には【kəpǽsəti】〔かペァスティ〕のようになります(カタカナ表記に少し無理がありますが)。


本題に戻りますと、日本語で〔ハット〕と言うと、アメリカ英語では「小屋」を意味する hut 【hʌ't】〔はット〕と聞こえます。(ここでひらがなで〔は〕と表記したのは下の【ɑ】の発音と便宜上区別するためであって、音を表しているわけではありません。日本語は一般にあまり口を大きく開けて発音しないので、〔あ〕はこの【ʌ】に近い暗い音です)
スペリングは cut, sun のように u で綴られることがほとんどですが、次のようなケースもあります。
come, love, won, country, trouble, young, blood, flood


【ʌ】と【ə】は非常によく似ていますが、上で述べましたように【ə】はアクセントのない弱い音で、【ʌ】はアクセントがあるはっきりした音です。
「しかし」という意味の but は普通の会話の中では【bət】と弱く発音しますが、強調するときには【bʌ't】と言います。


これに対してよく似た音で hot 【hɑ't】の【ɑ】は口を大きく開けてはっきりと発音します。
(イギリス英語では、コーヒーの「ホット」のような【hɔ't】の音になります)


ということで、日本語ではみんな同じ〔ハット〕になる言葉ですが、英語ではhat【hǽt】(帽子)、hut【hʌ't】(小屋)、hot【hɑ't】(熱い、暑い)で、全部まったく違う音なので、発音する際には気をつけなければなりません。
本当に hat の音には「ハッと」しますね (笑)


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英語をネイティブのように発音したかったら

2017.09.23日

singer は日本語では「シンガー」。
youg の比較級は younger 「ヤンガー」。
と思うでしょう。
残念でした!


第14講 「英語の【ŋgər】〔ンガ〕 と 【ŋər】〔ンか゚〕いう音」


日本語にはガ行の鼻濁音というのがあります。
「私行きます」
の「が」を「か゚」【ŋa】と発音する地域が東日本を中心にあります。もともと東京方言なのですが、NHKのアナウンサーなどは標準語として訓練されているので「か゚」と言っています。
鼻から息を抜いて〔か゚、き゚、く゚、け゚、こ゚〕と言います。
最近ではだんだん聞かれなくなってきており、やがて日本語から完全に消えてしまうと思います。
ちょうど「ヱ」〔ウェ〕とか「ヰ」〔ウィ〕、「%82%A2.jpg」〔ィイ〕、「%82%A6.jpg」〔ィエ〕のように(「『ちょっと贅沢なビール』と言えば...」「ウヰスキーを飲む」「イースト菌?」)。


さて、今日の本題です。
英語の sing を【siŋg】〔スィング〕と発音するものと思っている人がほとんどだと思います。
これは正確には【siŋ】〔スィンく゚〕というふうに、語末の g は発音しません。
したがって、 singer も【síngər】〔スィンガ〕ではなく、【síŋər】〔スィンか゚〕になります。
えっ、なにが違うの?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、じつはこれが大きな違いで、アメリカ人のネイティブスピーカーは文脈で singer って言いたいんだろうなと理解はしてくれるでしょうが、アメリカ人が「ワターシノ ナマーエワ ジョン ホワイト デース」と言っているように訛って聞こえるのです。


「〜する人」を表す英語の接尾辞 -er は、全部 singer【síŋər】同様、【-ŋər】〔ンか゚〕と発音されます。


ところが、ここで大問題。
young【jʌ'ŋ】〔ヤンく゚〕の比較級(もっと若い)は、【jʌ'ŋər】〔ヤンか゚〕にならず【jʌ'ŋgər】〔ヤンガ〕なのです。
なぜだかわかりますか?


これはかなり高度なレベルで、大学の英語専攻の学生や学校の英語の先生でも区別できないほどです。
答えは、上の「〜する人」という場合は鼻濁音の【ŋər】〔ンか゚〕ですが、形容詞(ものの様子を表す言葉)の比較級・最上級では【ŋgər】〔ンガ〕という音になる、です。アメリカ人が発音しているのをよーく聴いていたらわかります。
この発音の区別ができるようになったら、もう一人前、ネイティブ並みです。
ちょっと(じゃなくてたくさん)練習してみてください。


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「アァー」「あぁー」、ため息が出ますね

2017.09.21日

第13講 「英語の〔アー〕という音」


英語には、〔アー〕の音に2種類あります。
イギリス英語も入れると厳密には3つになりますが、ここでは一般によく使われているアメリカ英語を扱います。
この区別がけっこうやっかいで、学校の英語の先生でも正確にできる人はあまりいないんじゃないかと思います。
ましてや生徒にしてみれば、発音どころでなくスペリングの段階で「アァー」「あぁー」と、ため息が出てきます。


そこで、今日はこの発音とスペリングを取り扱い、皆さんのため息をなくすお手伝いをさせていただきたいと思います。
(〔 〕内のカタカナ・ひらがな表記は音を区別するための便宜上のものでとくに意味はありません)


1.澄んだきれいな【ɑːr】〔アァー〕という音


これは日本語の「ア」よりも口を大きく開け、舌の位置をできる限り下げて、はっきりと「アー」と言います。
アメリカ英語では「アー」の後ちょっと巻き舌にして r の音を響かせるので、発音記号では r が少し右に傾いた形(イタリック体)で【ɑːr】と記されています。日本語表記の〔アァー〕の小さい ァ がそれを表しています。
(イギリス英語では【ɑː】と発音され、この r の音が入っていません。イギリス人が
I can't. を〔アイ カーント〕と発音しているのをよく聞くことがあると思いますが、この音です)


この【ɑːr】という r が聞こえる音は、通常 -ar と綴られます。
たとえば:
car【kɑ'ːr】〔カァー〕, park【pɑ'ːrk】〔パァーク〕、large【lɑ'ːrdʒ】〔らァーヂ〕(ひらがな表記のラ行は便宜的に L を表しています。〔ジ〕と〔ヂ〕については「第5講 「ジ と ヂ 」を参照のこと)


<例外>
w の後の ar は【wɔ'ːr】〔ウォー〕と発音する。(Star Wars 〔スターウォーズ〕)
award【əwɔ'ːrd】〔アウォード〕(日本語で「賞」を意味する「アワード」は間違い。アメリカ人タレントのデーブ・スペクターさんは、日本人になりきってわざと「アワード」と言っています。日本語になった外来語には、このようなスペリング・プロナンシエーションがたくさんあります)


2.口の中でこもった感じの【əːr】〔あぁー〕という音


この【əːr】という音はほとんどの場合、a 以外の母音、i, e, u などが r と一緒に綴られます。
口は小さく開けて、巻き舌で重い感じで〔あぁー〕と発音します。(【ə】はあいまい母音と呼ばれ、あいまいな音です。ここではひらがなで〔あ〕と表記します)
たとえば、
bird【bə'ːrd】〔ばぁード〕
her【hə'ːr】〔はぁ〕
surf【sə'ːrf】〔さぁーフ〕(サーフィンする)


ほかに w の後の or や ear で綴られることもあります。
例:
work【wə'ːrk】〔わぁーク〕
world【wə'ːrld】〔わぁーるド〕
heard【hə'ːrd】〔はぁード〕(hear「聞こえる」の過去形)
pearl【pə'ːrl】〔ぱぁーる〕


<例外>
heart の ear は【hɑ'ːrt】〔ハート〕のように【ɑːr】と発音する。
ハート(心、心臓)は濁っていてはだめだから (笑)


ミニマルペア(最小対語)で比較すると:
star【stɑ'ːr】〔スタァー〕(星)−stir【stə'ːr】〔スたぁー〕(かき混ぜる)
heart【hɑ'ːrt】〔ハァート〕(心、心臓)−hurt【hə'ːrt】〔はぁート〕(傷つける)
carve【kɑ'ːrv】〔カァーヴ〕(彫る、刻む)−curve【kə'ːrv】〔かぁーヴ〕(カーブ、曲線)
farm【fɑ'ːrm】〔ファーム〕(農場)−firm【fə'ːrm】〔ふぁーム〕(堅い)
barn【bɑ'ːrn】〔バァーン〕(納屋)−burn【bə'ːrn】〔ばぁーン〕(燃える)


このように、英語には日本語にない音があるので、学び始める最初にその発音とスペリングの区別をしっかり身につけておかないと後で「アァー」「あぁー」と、ため息が出ことになるのです。


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「ベース」はひらがなでは「べえす」それとも「べいす」?

2017.09.20日

第12講 「ベースは『べえす』それとも『ベイス』?」


日本語のカタカナ表記は主に外来語や動物の鳴き声、音などに使われます。
たとえば、「ベースボール」、「ワンワン」、「カタカタ」のように。


小学1年生でカタカナを学ぶとき、ひらがな表記と比較しながら学びます。
「ケース」はひらがなでどのように書くと思います?
「けーす」はだめです。なぜならひらがなには音を伸ばす「ー」はないからです。
そこで、〔ケ〕の音を伸ばしたときの母音「エ」を使って、「けえす」と書くのです。
「ゲーム」も同様に「げえむ」です。
このひらがな表記に違和感を感じるのは私だけでしょうか?皆さんはいかがですか?


それでは、「ボール」はどう書くかといえば、「ぼおる」となるのです。
サラダボウルは「ぼうる」になります。
これはball 【bɔ'ːl】〔ボール〕、bowl【bóul】〔ボウル〕で英語の発音に近いです。


しかし、英語で「ゲーム」は game 【géim】〔ゲイム〕で、〔ゲーム〕でも〔ゲエム〕でもありません。
ところで、英語には
【aː】〔アー〕、【iː】〔イー〕、【uː】〔ウー〕、【ɔː】〔オー〕という長母音はありますが、【eː】〔エー〕という音はありません。
全て【ei】〔エイ〕なのです。
ですから、本当は日本語の表記も「ベース」よりも「ベイス」、「エース」→「エイス」、「テープ」→「テイプ」、「レース」→「レイス」、「ペースト」→「ペイスト」、「ゲート」→「ゲイト」、「デート」→「デイト」のほうが、もとの言葉の発音に近いですし、そのように変えればいいと私は思うのですが。
というのは、こんにち「メイン」、「ヘイトクライム」など、〔エイ〕という音の言葉が日本語にも定着してきているからです。


そうであれば、カタカナ語のひらがな表記を「べえす」、「ええす」「てえぷ」などとこだわる必要もなく、ひらがなでもカタカナ同様、「べいす」、「えいす」、「ていぷ」とすればいいじゃありませんか。
というのが、私の考察で提言です。
また、英語を話すときには決して【eː】〔エー〕とは言わず、【ei】〔エイ〕と発音してくださいね。


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ジョンはハゲだ

2017.09.19日

音声学シリーズの第6講で取り上げた、「ライト(右)にライト(光)を当てろ!?」のように、日本語では英語のRとLの発音の区別がないので日本語の【ɾ】音〔ラリルレロ〕を当てて同じように発音する人が多いのです。そのためRとLのスペリングが苦手になる、という結果になります。
英語学習の初めにRとLの発音の区別をきちんと学習しておけばそれで済むことなのですが、これまでの日本の英語教育が読み・書き・文法中心で、発音を軽視してきたためそのツケが回ってきたのです。


第11講 「I bought a boat. (私は舟を買った)」


英語で bought【bɔ'ːt】〔ボート〕と boat【bóut】〔ボウト〕はまったく違う音なのですが、日本語になるとカタカナ表記が「ボート」となってしまうため、英語の発音がおろそかになってしまいます。
上のタイトルの場合は、
〔アイ ボート ア ボウト〕(実際には〔アイ ボータ ボウト〕のように聞こえる)
のように言わなければ通じません。


このようなものをミニマルペア(最小対語)と呼びます。
ほかにいくつか例を挙げると、
chalk【tʃɔ'ːk】〔チョーク〕 - choke【tʃóuk】〔チョウク〕(息を詰まらせる), call【kɔ'ːl】〔コール〕(呼ぶ、電話する) - coal 【kóul】〔コウル〕(石炭), bald【bɔ'ːld】〔ボールド〕(禿げている) - bold【bóuld】〔ボウルド〕(勇敢な)


上の例からもわかるように、じつは発音とスペリングには関連性があります。
たとえば、al や ough, augh は〔オー〕と発音され、 choke のように 母音+子音+e で終わる単語は子音の前の母音の音、ここでは〔オウ〕、oa や o も〔オウ〕と発音します。これをフォニックスと言い、これを英語学習の初期段階で教えることがとても大切です。


ですから、「ジョンは勇敢だ」(John is bold.)と言うつもりで、
〔ジョン イズ ボールド〕
と言ってしまったら、
John is bald. と聞こえ、「ジョンはハゲだ」という意味に取られ誤解されてしまいます。


ちなみに、最近、日本の一女性政治家が言った
「このハゲーッ!」
の暴言が大問題になっていますが、これは日本独自のもののようで、外国では一般にハゲを揶揄(やゆ)するような習慣はないようです。少なくとも私は聞いたことがありません。欧米では20代や30代で禿げる人はいくらでもいて当たり前のように受け取られているので、偏見がないのだと思います。


話が脱線しましたが、日本人にとっては〔ボールド〕も〔ボウルド〕も大差ないように思われますが、英語を学ぶ場合はこのような基本をきちんと押さえておくことがとても大切です。
あっ、そう言えば、テレビのCMでよく見る液体洗剤「ボールド」も正確には〔ボウルド〕です。(ハゲではありません 笑)


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ストレス

2017.09.09日

「最近ストレスを感じる」
現代の日本はよく「ストレス社会」と言われます。
私はストレスを感じなくて良い、どうでもいいようなことでも自分からストレスを背負ってしまうほうで、気をつけなければなりません。
しかし、今日のテーマは:


第10講 「英語のストレス」


「英語の勉強がストレスになる」人もいるかもしれませんが、そういう意味ではありません。
音声学で「ストレス」というのは、日本語で言うところの「アクセント」のことです。
英語で accent と言うと、人が真っ先に考えるのは「訛(なま)り」のことです。
He speaks English with a Japanese accent.
(彼は日本語訛りで英語を話す)


日本語には高低アクセント(Pitch Accent)があります。たとえば下のように。


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(「日本語のアクセント 〜日本語の音韻(3)〜: 日本語への想い」から)


しかし、英語の場合は強弱アクセントがあり、それをストレス(Stress Accent)と呼びます。
さて、この「ストレス」という言葉ですが、日本人が発音すると、〔スレス〕のようになりますが、英語では【strés】と発音し、日本語式に言うなら〔ストス〕のように、「レ」の部分を強く言います。なぜなら、stress には t のあとに母音がないので、子音のみを強く発音することはできないからです。


私の愛車「プリウス」は、日本語では〔リウス〕と、「プ」の部分を強く発音しますが、アメリカでは【puríus】〔プウス〕と「リ」の部分が強く発音されます。スペリングが Prius で、P のあとに母音がないからです。ですから、アメリカ人が〔プウス〕と言ったら日本人には訛っているように聞こえるのです。
逆に、日本語では〔プ〕は p u のように子音のあとに母音がくっついているので、日本人にとって英語のように母音がついていない子音が発音しにくいわけです。


日本語になってしまった外来語(カタカナ表記の言葉)を発音するときには、とくに注意が必要です。
男性用ヘアケア用品の「サクセス」はテレビのCMで〔クセス〕と言っていますが、英語の正しい発音は【səksés】〔サクス〕です。


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MEIDI-YA

2017.09.08日

今、オーストラリアに短期留学中の甥っ子の玲音(レオン)と一昨日スカイプで話しました。
ホストファミリーはどんな人と尋ねたら、ホストマザーに代わると言われて、ジュディさんと話し始めたら、玲音のことを Reon と発音しています。
「あなたは Reon とR で彼のことを呼んでいるのですか? Leon て言わないのですか?」と尋ねると、
「そう、書類に Reon って書いてあったから。最初、英語式の Leon かなと思ったんだけど」という返事。
横にいる玲音が彼女と英語で話しているのが聞こえてくるとけっこうペラペラと話していて、ジュディも彼のことをとてもほめているので嬉しくなってきました。


日本では、パスポートを取るときに名前を原則ヘボン式ローマ字表記するよう定められています。そのため、ラ行は「R」と決められていて、Leon とは綴れないのです。私は Leon を使えるようにしてもいいと思うのですが。
まあ、これぐらいはまだいいのですが、小学校ではいまだに19世紀に発案された訓令式ローマ字という時代遅れの、外国では通じないものを教えています。なぜなのか?ただ単に規則的で覚えやすいという理由からです。


第9講 「ローマ字表記のなぞ」


缶詰で有名な「明治屋」ってご存じですよね。この名前のローマ字表記は MEIDI-YA です。
「あれっ?」と思われた方もあるのではないでしょうか。
これだと発音すると〔メイディヤ〕になります。
普通だったら MEIJI-YA と綴るはずです。


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昔、「日通」のトラックには全部 NITTU と書いてありました。
発音すると〔ニットゥ〕です。おそらく人からそのように指摘されたのでしょう、もうずいぶん前に表記を NITTSU に変えました。
この NITTU が訓令式ローマ字です。
今では「明治屋」の「ジ」は訓令式ローマ字では ZI になります。
ザ行は za zi zu ze zo で、ダ行は da zi zu de do となっていますが、昔は日本式ローマ字の表記で da di du de do でした。
明治屋は明治時代創業なので、 MEIDI-YA と綴ったのでしょう。
タ行は ta ti tu te to なので、 NITTU だったのでしょうね。
訓令式ローマ字は、上のザ行のように規則正しく綴っているかと思えば、ダ行のように zi zu が入ったりでかなり混乱しているように思われます。


訓令式ローマ字とヘボン式ローマ字で異なるのは以下のものです。
〔シ〕si→shi、〔チ〕ti→chi、〔ツ〕tu→tsu、〔フ〕hu→fu、〔ジ〕zi→ji、〔シャ シュ ショ〕sya syu syo→sha shu sho、〔チャ チュ チョ〕tya tyu tyo→cha chu cho、〔ジャ ジュ ジョ〕zya zyu zyo→ja ju jo
音はヘボン式のほうが日本語発音に近いです。訓令式だと、〔スィ〕〔ティ〕〔トゥ〕〔ズィ〕〔スャ〕〔スュ〕〔スョ〕〔テャ〕〔テュ〕〔テョ〕というとても奇妙な発音になります。
小学生にとってローマ字を覚えるのはけっこう大変なようですが、学校での指導時間はほとんどありません。
そして、中学生になったら英語の時間に最初にヘボン式ローマ字を学び、それを使わなければ☓になります。
パスポートを申請するときにもヘボン式が必要で、外国で通じるのもヘボン式です。
どうしてこんな複雑で面倒なことをしているのでしょうか。


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いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どのように?

2017.09.06日

「いつ?」、「どこで?」、「だれが?」、「何を?」、「なぜ?」、「どのように?」
と言えば、おそらく誰でも知ってるあの5W1Hの "When", "Where", "Who", "What", "Why", "How" です。("Which" 「どちら」が含まれていないのは、通常 "Who", "What" で間に合うからです)
えっ、なんでひとつだけ仲間はずれの "How" が入ってるの?って。
実は逆に "how" だけが正統派で、あとの5Wが仲間外れなのです。
英語の本国、イギリスでは5世紀〜11世紀頃の古英語時代には、それぞれ "hwenne", "hwær", "hwa","hwæt", "hwi", "hu" と綴られていたのです。それが時代の変遷とともにスペリングが変わって現在のものになりました。発音は古英語時代からさほど変わっていないようです。
(「ヘェー!」「ヘェー!」「ヘェー!」で3ヘェー!)


ちなみに、日本語も平安時代にはハ行がこんにちのように〔は ひ ふ へ ほ〕とは発音されず、なんと〔ふぁ ふぃ ふ ふぇ ふぉ〕と発音されていたそうです!
「ファイト」「フィールド」「フェーン現象」「フォント」など、最新の外来語が平安時代にすでに正しく発音されていたとはびっくりぽん!
(「ヘェー!」「ヘェー!」「ヘェー!」「ヘェー!」「ヘェー!」「ヘェー!」「ヘェー!」「ヘェー!」「ヘェー!」「ヘェー!」で10ヘェー!!)


なぜこのようなことを書くのかと言うと、実はこの Wh- で始まる単語の発音が、簡単そうでけっこう難しく、間違えて発音している人がたくさんいるからです。(学校の英語の先生でさえ)


第8講 「Wh- の発音の仕方」


日本語には世界でも珍しい〔ふ〕という音があります。外国人にとってはこれが発音しづらく、【f】の音で代用するケースが多いです。ですから私の名前「ふなだ」もローマ字綴りだとFunadaになり、Hunadaとは書かないのです。
この日本語〔ふ〕の音は、IPA(国際音声記号)では【ϕ】(ギリシャ語の〔ファイ〕の文字)を当てています。


日本人が英語を発音をするとき、自然と日本語にある音を代用しようとするので、Wh-疑問詞に無意識のうちにこの【ϕ】という音を入れてしまいます。
たとえば、"When"を【ɸwén】〔ふウェン〕、 "Where"を【ɸwéər】〔ふウェア〕、 "Who"を【ɸúː】〔ふウー〕、 What を【ɸwɑ't】〔ふワット〕、 "Why"を【ɸwái】〔ふワイ〕のようにです。


正しくはそれぞれ次のように発音します。(〔 〕内の日本語の発音表記はあくまでも便宜上で、正確ではありません)
【(h)wén】〔(ホ)ウェン〕、 "Where"を【(h)wéər】〔(ホ)ウェア〕、 "Who"を【húː】〔フー〕、 What を【(h)wɑ't】〔(ホ)ワット〕、 "Why"を【(h)wái】〔(ホ)ワイ〕。
英語の【(h)】と日本語の〔(ホ)〕が( )に入っているのは、ほとんど聞こえないか発音しない、という意味です。
"Who"【húː】はカタカナ表記で〔フー〕と書いたのは、日本語の「ふ」の音である【ɸúː】〔ふウー〕と区別するためで、口を丸めて突き出しロウソクの火を消すときのように「フー」と言ったら【ɸúː】〔ふウー〕になってしまいます。あくまでも【h】の「はー」と軽く息を出すときの音です。


微妙な違いで大したことないと思われるかもしれませんが、たったこれだけのことで日本人の訛りか、ネイティブの発音の違いになってしまいます。


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ぬかづけ

2017.09.04日

数日前のテレビ番組で、「林修の今でしょ!講座【長生きの秘訣が分かる3時間SP】健康長寿まとめ」をやっていました。最近はこの手の番組がとても多く、健康志向の人が増えてきたことと、今ひとつはやはり高齢化社会を反映しているのでしょう。
そう言う私も、こういった番組はほとんど欠かさず毎回観ています(笑)。


さて、その中で発酵食品がいいと言っていました(これはいつも聞いていることですが)。
納豆は常連で、いつも必ず出てきます。
味噌やヨーグルトもよく出てきますし、私も納豆、味噌汁、ヨーグルトは毎日食しています。
しかし、私にとって盲点だったのは、「漬け物」でした。
それで、何でも新し者屋の私は早速、漬け物を作ろう!と言いました。
そうしたら、言いだしっぺの私が作ることに相成りました。
スーパーで日曜日の食料品のまとめ買いのときに「いりぬか」を買ってきました。


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そして、昨日、生まれて初めての試みで、パッケージ裏に書いてある「ぬかみその漬け方」という説明とネット検索した「糠漬け」のサイトを見ながらチャレンジしました。
昨日は午後から雨が降り始め、いつものウォーキングに出かけられなくなったので、その時間を利用して作りました。なんと、いつもの1時間半ほどの1万歩のウォーキングのほうがよっほど楽で、ぬか床作りと野菜の材料を切って漬け終ったときには、もうくたくた。十分すぎるほど運動できました(笑)。
朝にはできているそうなので、楽しみです。
さて、この糠漬けが今日の音声学のテーマです。


第7講 「ず と づ の区別 」


去る3日の記事、「私の名前は〔ジョージ〕それとも〔ヂョーヂ〕?」を読んだ方から次のようなご質問をいただきました。
では、ずとづの発音は英語ではどうなりますか?私の名前は香鶴子ですがかづこと読みます。づにこだわりを持っています‼人からかずこと書かれたら少しムッとします。笑。両親がつけてくれた名前のづにこだわっています。


まず、日本語では書き方と発音の仕方が必ずしも一致しません。下がご質問に対する答えです。
「ず」は「す」の濁音。「づ」は「つ」の濁音。〔す〕と言いながらその舌の位置のままで濁らせると〔ず〕になりますし、〔つ〕を濁らせると〔づ〕になります。
ですから、「つづき」と言うときには、〔つ〕につられて〔づ〕になりますし、「すずめ」も同様に〔す〕に引きずられて〔ず〕と自然と発音しています。これを逆に、〔つずき〕とか〔すづめ〕と発音するのは至難の業です。
香鶴子さんの場合は、「鶴」の字が使われているので「かづこ」で正解です。和子だと「かずこ」となります。


上の答えで「かづこ」というのは書き方です。発音する際にはおそらく〔かずこ〕とご本人も知らないうちに言っていらっしゃることと思います。
発音はあくまでも〔つ〕が濁った音が〔づ〕で、〔す〕が濁った音は〔ず〕で、〔づ〕の発音は語頭(単語の初め)かまたは、「つづく」のように「つ」の文字に続くときに自然と使いますが、それ以外ではほとんどの場合〔ず〕と言っていると思います。ですから、今日のタイトルの「ぬかづけ」も、ぬかにつけるので「づ」の文字を使いますが、発音すると〔ぬかずけ〕になっています。
昨日、ネット上のニュースを見ていたら、「気ずかない」云々とありましたが、正しくは「気づかない」です。記者が「気づかない」ぐらいですから、日本語は難しいですね(笑)。


これが英語になると、発音は明らかに異なります。
たとえば、car の複数形 cars は【kɑ'ːrz】〔カーズ〕ですが、card の複数形 cards は【kɑ'ːrdz】〔カーヅ〕となります。
ネイティブの人たちは小さい頃からまったく意識せずに、当たり前のこととして自然と区別していますが、日本人にとっては聞き分けるのも、発音し分けるのも非常に困難です。
皆さん、試してみてください。
これをクリアすると英語の発音は飛躍的にうまくなり、ネイティブの発音に一歩近づけます。


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ライト(右)にライト(光)を当てろ!?

2017.09.04日

第6講 「英語の R と L の発音の区別 」


4年前の記事、「一石三鳥」の中に登場した卒塾生のAさんは中学生時代、英語がダントツによくできました。
法学部を出たあと就職したのですが、自分には合わないと言って仕事を辞め、通信教育で教師になる資格を取るための勉強をしていました。おそらく今はどこかの中学校で英語の先生になっていることでしょう。


この子は、どの教科もとても良くできたのですが、特に英語が得意で、高円宮英語弁論大会に出たいと言ってきたので、発音の特訓をしました。
学校のテストでは英語は毎回満点かそれに近い得点でした。いつもミスするのは、RとLのスペリング間違いでした。しかし、弁論大会の練習のとき徹底してRとLの発音の仕方を教えたところ、それからスペリング間違いはしなくなりました。
英語の学習で一番大切なのは、スペリングを丸暗記することではなく、発音を正確に身につけることです。そうすれば、外国人に通じる綺麗な正しい発音になりますし、スペリングで間違えることもなくなります。


Rの発音
下の図のように、Rを発音するときには、口の中で舌は上顎(あご)にくっつかず、ちょっと後ろに反ったような感じになります。
この状態で、何度もrightと言ってみてください。


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Lの発音
Lを発音するときには、舌の先を上の歯茎にしっかりとくっつけたまま離さないで喉から空気を流します。
舌を上の歯茎にできるだけ長くくっつけてlightと何度も言って、違いを確かめてみてください。


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これに対して、日本語のラ行は英語のLよりももう少し後ろに舌の先が触れて、その次の瞬間「ら」と言うとき舌を弾いて上顎から離します。(そのため専門用語で「弾音」といいます)


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自分で声を出して、「ら り る れ ろ」と言ってみてください。
口の中で、上顎に舌が触って発音する瞬間に離れるのがわかると思います。
英語の【r】【l】と区別するため、日本語のラ行は【ɾ】という発音記号を用います。小文字の「r」の上の棒が消えたような文字です。


ですから、right【rait】(右、正しい)は舌の先をどこにもつけずに発音し、light【lait】(光)は舌の先を上の歯茎にしっかりとくっつけたまま発音しながら覚えると、どのような単語でもRとLを正確に発音できるようになり、同時にスペリングも正確に覚えられます。
これを両方とも日本語で【ɾait】〔ライト〕と言うから、RとLを間違えるのです。


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私の名前は〔ジョージ〕それとも〔ヂョーヂ〕?

2017.09.03日

第5講 「ジ と ヂ 」


今日のテーマである「ジ と ヂ 」に入る前に、8月31日の「ウヰスキーを飲む」の中に書いたワ行についてひと言付け加えておきます。これも大切な英語の発音に関することですので。
この中に次のように書きました。
ワ行にはかつて、「わゐうゑを」「ワヰウヱヲ」と、ひらがな・かたかなともにイ行の「ゐ」「ヰ」、エ行の「ゑ」「ヱ」があり、昔は[wa, wi, wu, we, wo]と発音されていたものと思われます([wu]に当たる文字がありませんが)


[wu]に当たる文字がないばかりか、この【wu】の音もおそらく日本語には昔から今日までありません。
英語を始めとする他の言語にはあるものが多いのですが。
ですから、日本人はwoman【wúmən】の発音が苦手で、〔ウーマン〕と日本語式に言ってしまうのです。
この英語の発音を正確にする秘訣は、「イースト菌?」の中に挙げた
〔アー エー イー ウー エー オー、アオ〕の発声練習の続きで、ワ行も同様に
〔ゥアー ゥエー ゥイー ゥウー ゥエー ゥオー、ゥアゥオ〕
と練習すると、唇をすぼめて〔ゥウ〕と言うことができるので、woman【wúmən】と正しく発音できるようになります。


さて、「ジ と ヂ 」の区別ですが、実は日本人は知らないうちにきちんと発音できています。
たとえば、「しじみ」と言うときいくら頑張っても「しぢみ」と発音するのは非常に難しいです。
同様に、「ちぢむ」と言うところを「ちじむ」と発音するのも困難です。
今日の日本語では「ジ」も「ヂ」も同じように発音するものとほとんどの人が思っていますが、実はそうではありません。
〔ジ〕は〔シ〕の音が濁った音ですから、〔シ〕の口の構え・舌の位置をそのままで〔ジー〕と言えばいいのです(摩擦音)。
〔ヂ〕も同じで、〔チ〕の口の構え・舌の位置をそのままで〔ヂー〕と伸ばせばできます。
つまり、〔シ〕〔ジ〕の音を出すとき、舌の先はどこにも触りませんが、〔チ〕と言うときには舌の先が上の歯茎に触れて下がはねます。ちょうど「ちぇっ!」と舌打ちをするときのように。ですから〔ヂ〕の音も同じように舌の先が上の歯茎に触れます。これを破裂音と摩擦音が一緒になっているので破擦音と言います。
ですから、「しじみ」と言うときには自然と同じ舌の位置で発音するので自然と〔ジ〕になりますし、「ちぢむ」も同様に、自然と〔ヂ〕になるのです。


ところが、これが英語の発音になると、pledge【plédʒ】〔プレッヂ〕(誓約)の〔ヂ〕とplesure【pléʒər】〔プレジャー〕(楽しみ)の〔ジ〕が区別ができなくなります。
コツは、発音記号で【dʒ】となっているものは舌先を上の歯茎につけて〔ヂ〕と言い、【ʒ】のときには舌先をどこにもつけずに〔ジ〕と言うのです。
私の名前を英語で言うとGeorgeですが、これは【dʒɔ'ːrdʒ】となり〔ジョージ〕ではなく、正確には〔ヂョーヂ〕です。
厳密に言うと、日本語の「ジョージ」は〔ジョージ〕と〔ヂョーヂ〕の中間のような音です。
同じGeorgeでもフランス語では【ʒɔ'ːrʒ】〔ジョルジュ〕と発音し、摩擦音の〔ジ〕の音になります。
フランス人が話す英語に訛りがあるように聞こえるのは、このように英語の音がなく、フランス語の音で代用するからで、日本人の英語に訛りがあるのも同様の理由によります。


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イースト菌?

2017.09.01日

第3講 「イースト菌?」


ワ行に古くは「わゐうゑを」「ワヰウヱヲ」と、ひらがな・かたかなともにイ行の「ゐ」「ゑ」〔ウィ〕、ウ行の「ヰ」「ヱ」〔ウェ〕があったというのは、とても面白いです。
昨日の記事の中に書いた「ウヰスキー」の表記について、お友達のTakamiさんが再度、素敵なコメントをくださいました。
幼少の頃より、両親が社交ダンス教師だった私は、ダンス教室の入り口に掲げてあるダンスのメニュー?の中に「クヰックステップ」というのがあったのです。
これを発見したのも、もう50年以上前です。
「クイックステップ」というダンスがあることは子供ながら知っていましたので、なんで「イ」じゃなくて「ヰ」なんていう変な形で書くのだろうかと思っていました。
両親は、「これはウィと発音するのだよ」とは教えてくれませんでした。
まさにこれが quickにより近いカタカナ表記なのですね。
ウィスキーは、たいていの日本人は「ウイスキー」といいます。これもマッサンが「ヰ」の前に「ウ」をつけて商標登録したからなのかも…


もしも、「クヰック」という表記と〔ウィ〕という音が今日残っていたら、「クイック」よりも英語のquickの発音に近いので、日本人の英語の発音ももうちょっとうまくなっていたかもしれません。
「ウォーター」もきっと「ウヲーター」と表記され、発音も〔ウウォーター〕となっていて、よりwaterの発音に近かったことでしょう。
実際のところ、「ウォーター」があまりにも根付いているため、日本人で正確にwaterを【wɔ'ːtər,wɑ't-|wɔ'ːtə】〔ウウォーター〕と発音できる人はあまりいません。


雑誌『わかさ』10月号の特集は「のど」です。


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私は幼少の頃から喉が弱く、小学生時代劇団に入っていて発声練習をするとすぐに声がれして、親に吸入器を買ってもらってしょっちゅうそれで喉を潤していました。こんにち耳鼻咽喉科で喉が痛いと言うと、口に当てて蒸気が出てくるネブライザーです。
この『わかさ』の表紙に「かすれ声はのどの老化のサイン!」とあったので、1年以上前からかすれ声で授業ができなくなっていた私は、さっそく買ってきて読み始めました。
「高低をつけて声を出しのど仏を上下に動かす[のど仏スクワット]なら、起動も広がり[発声機能]がみるみるアップ」(p.26)には次のような喉の運動が載っています。


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いいことは何でもすぐに実行する私は、これをウォーキング中に(近くに人がいないのを確かめて)やっています(笑)。
昔、劇団でよくやった〔アー エー イー ウー エー オー、アオ〕の発声練習です。
これで喉仏を上下させて喉を鍛えるというわけです。
〔カー ケー キー クー ケー コー、カコ...〕
とずっとやっていくと、ヤ行にきます。
〔ィヤー ィエー ィイー ィユー ィエー ィヨー、ィヤ ィヨ〕
普通は、〔ヤー エー イー ユー エー ヨー、ヤヨ〕となるのですが、これは今日ヤ行が「ヤイユエヨ」になっているからです。
でも、正確には[ィヤ ィイ ィユ ィエ ィヨ]です。英語の発音記号では【ja ji ju je jo】となります。
この発音記号の【j】についてはよく〔ジ〕と発音するものと思っている人がいますので次回扱います。


ワ行には「わゐうゑを」「ワヰウヱヲ」があるのに、ヤ行にはなぜか「イ」と「エ」がありません。
ところが、実は昔あったのです。
画像としてしか残っていませんので、それを下に載せます。


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これは漢字の「以」から作られた〔ィイ〕に当たる文字で、ひらがなの「い」の原形になりました。


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これは漢字の「江」から作られた〔ィエ〕に当たる文字で、かたかなの「エ」の原形になりました。


さて、前置きが長くなりましたが、第2講「イースト菌」の「イースト」は英語ではyeastと綴り、「東」を意味するeastと発音が明確に違います。
east【íːst】、yeast【jíːst】で、イースト菌には【j】の文字がついています。これが〔ィイ〕という音です。
ですから、正確には「イースト菌」ではなく、「ィイースト菌」です。
日本人にとって発音の区別が一番難しいものです。
同様に、ear【íər】、year【jíər】で、yが先頭に付くときには、舌を思いっきり上あごに近づけて強く〔ィイ〕と発音します。
この項、次回に続きます。


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ウヰスキーを飲む

2017.08.31日

昨日は、「『ちょっと贅沢なビール』と言えば...」でしたが、今日は「ウヰスキーを飲む」です。私は飲みませんが...


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第2講 「『ウヰスキーを飲む』の『ヰ』と『を』の音は」


今から千年以上も前に作られた「いろは歌」。
いろはにほへど ちりぬるを (色はにほへど 散りぬるを)
わかよたれそ つねならむ (我が世たれぞ 常ならむ)
うゐのおくやま けふこえて (有為の奥山今日越えて)


この「有為の...」の意味は、「有為(人間の所行)の深い山を今日越えて」です。
漢字で書く「有為」はもとはかなで「うゐ」です。
現代語の[うい]という発音は当時のものとは異なります。
おそらく古代日本語では、[ううぃ]と発音していたものと思われます。
この発音が次第に簡素化されてイ音便で[うい]となったのでしょう。


昨日の第1講、「『ちょっと贅沢なビール』と言えば...」の記事を読んだお友達のTakamiさんが次のようなコメントを送ってくださいました。
「私の母は『◯◯ヱ』といいます。
ですので、私も『ヱ』には子供の頃から興味を持っていました。
母の名のヱの前の母音は『オ』です。
仮に『コトヱ』とすると、『コトエ』と言うより自然に『ウェ』となります。
ヱビスビールのYEを見たとき、なんでWEじゃないの?と、私も思いました。
日本語と英語の発音…おもしろいですね。次回も楽しみです。
外国人が難しい日本語の発音…『○○円お預かりします』など『ん』のあとに母音が繋がっているヤツです。次回も楽しみにしてます♪」


Takamiさんはさすがプロの声楽家。お母さんのお名前からこのような問題にすでに子どものときに興味を持っていらっしゃって、「ヱビスビールのYEを見たとき、なんでWEじゃないの?」と疑問を感じていらっしゃいました。普通の人はこんなことに気づきません。見慣れている人はそれを当たり前だと思っているのです。
Takamiさんのおっしゃるとおり、お母さんのお名前がたとえば「コトヱ」さんだとしたら、「ヱ」の音は、前の音「ト」を伸ばしたときに残る[オ]の音につられて[ウェ]となり、その結果「コトヱ」のように「ヱ」の文字をお母さんのご両親が当てられたのです。ご両親が住んでいらっしゃった時代、地方では[ウェ]という発音が普通だったのでしょう。


6年前に天国に旅立たれた友人の柿谷寿美江さん(「心洗われます」)は、ご自分のお名前をローマ字でSumiyeと綴っていらっしゃいましたが、この場合も前の音[イ]につられて、次の[エ]の音は[イェ]となるのです(イ音便)。
もしも、ローマ字でSumieと綴ると、外国人は[スミエ]ではなく[スミー]と発音してしまします。
なぜなら、英語ではieは[イエ]とは発音せず、[イー]になるからです。(例:calorie, movie, rookie, Katie)


今日の、テーマである「ヰ」の文字は、「ニッカウヰスキー」の名前に残っているぐらいですが、これは正確には「ヰ」自体が[ウィ]という発音なので、これだと[ウウィスキー]となって変です。正しい旧仮名遣いにするとすれば「ヰスキー」なのですが、これは会社を興した「マッサン」がそのように命名した結果登録商標になったので、正しかろうが、間違っていようが勝手です。このような例は他にいくらでもあります(笑)。


ということで、ワ行にはかつて、「わゐうゑを」「ワヰウヱヲ」と、ひらがな・かたかなともにイ行の「ゐ」「ヰ」、エ行の「ゑ」「ヱ」があり、昔は[wa, wi, wu, we, wo]と発音されていたものと思われます([wu]に当たる文字がありませんが)。
これが音便で簡略化され、こんにちの「わ(い)(う)(え)を」、すなわち「わを」になったのです。


最後にこの「を」という文字ですが、皆さんはこれをどのように発音されますか?
たとえば、「ウヰスキー飲む」と言うとき、[ウォ]と発音しますか?
それとも[オ]?
これを研究している人たちがいて、結論は出ていないのですが、どうやら昔本州とあまり行き来のなかった九州や四国地方に[ウォ]が比較的多く残っているようです。こんにちは圧倒的に[オ]と発音する人が多く、また学校でも[オ]と普通指導しています。
しかし、[ウォ]と発音するのは地方のお年寄りが多いのかと思いきや、意外なことに都会に住む若い人の間でもけっこうあるようです。
名古屋育ちの私の妻も[ウォ]派なのですが、本人は私が指摘するまで全然気づいていませんでした。
しかし、妻の弟妹たちはみんな普通に[オ]と発音しているので、家庭環境とか地方、時代の影響ではありません。そこで、妻の小学校時代の先生が国語を教えているとき、「を」と「お」と区別するために「を」は[ウォ]と発音するのだと教えたのだろう、というのが私の推測です。


明日は、ヤ行の「やいゆえよ」を扱いますが、何とこれが日本人が一番苦手とする英語の発音につながります。どうぞお楽しみに。


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東北でよかった!?

2017.04.28日

"It’s not what you say out of your mouth that determines your life, it’s what you whisper to yourself that has the most power."
--Benjamin Disraeli – 1804-1881, Former British Prime Minister
「口が語る言葉があなたの人生を決定するのではない。最も大きな力を持っている、自分の心にささやく言葉が人生を決定するのだ」
--ベンジャミン・ディズレーリ、元英国首相


今村雅弘元復興大臣が東日本大震災の復興に関連して、「まだ東北のほうだったからよかったが、もっと首都圏に近かったりすると、莫大な額になる」と失言し、その責任を取って大臣を辞任しました。
まことにデリカシーに欠ける不用意な発言で、空いた口がふさがらない、とみんな思っていることでしょう。私もそう思っていました。


実際には、冒頭でベンジャミン・ディズレーリが言っているように、「口が語った言葉」というよりむしろいつも心の中で思っていたことがついおもてに出てしまって、それが彼の人生を決定づける結果となったと言う方が当たっているのでしょう。


ところが、なんと面白いことに、この「東北でよかった」発言が、逆手を取ってポジティブになって急拡散しているそうです。
ハッシュタグ「#東北でよかった」をつけて東北地方の魅力を伝える投稿が大量にされていると言います。
曰く
「青森はねぷた祭りではしゃげるし、秋田は金萬、ハタハタ美味しいし、岩手ははやぶさ・こまちの連結切り離し見れるし、山形はさくらんぼ狩りできるし、宮城は光のページェントやばいし、福島は磐梯山のドライブ最高なので、生まれが #東北でよかった ( ˘ω˘ )」
等々。


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これらもやはり普段から心の中でそのように思っているから自然と口に出てきたのです。
図らずも今村元復興相の不用意な発言が、逆に東北の良さをアピールすることになった!
こんな展開になるとは、だれも予想だにしなかった?
いいえ、そうではなく、東北を愛してやまない人たちが常々心の中でささやいている言葉が、大臣の不快な失言すらも、明るい、希望の言葉に変えてしまったのです。
「口が語る言葉があなたの人生を決定するのではない。最も大きな力を持っている、自分の心にささやく言葉が人生を決定するのだ」


ガンバレ、東北!


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子どもをバカに育てたかったら

2017.04.26日

"It is easier to build up a child than it is to repair an adult. Choose your words WISELY!"
「子どもを育て上げる方が、大人を修理するより簡単だ。言葉を賢明に選べ」
(訳 舟田譲二)


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「子育ては難しい」とよく言います。
確かに難しいです。みんなあちらに頭をぶっつけ、こちらにぶっつけ、苦労します。
子育てにこれが正解、というのはありません。一人ひとり子どもの性格も違えば、親の生まれ育った環境も価値観も異なりますし、子育てはケースバイケースです。


しかし、ひとつ言えることは、
子どもをバカに育てたかったら、子どもが小さいときから「お前はバカだ、アホだ、マヌケだ、脳なしだ」と言い続けることです。
そうすれば十中八九(「じゅっちゅうはっく」ではなく、正確には「じっちゅうはっく」)、子どもは期待どおりに(?)バカに育ちます。
このように言われて育った子どもはセルフ・イメージが低くなり、自分は本当にバカだと思い込み、バカな行動を取るようになります。


塾に来ている生徒の中にも、「私はバカだから」と言う子が時々います。
親がそのように洗脳してきたのです。


逆に、できる子の親は決まって
「お前は頭がいいね」
と言って育てています。
そして、このように言うのは頭のいい親です。
「お前はバカだ、アホだ」と言う親がバカなのです。


冒頭の
「子どもを育て上げる方が、大人を修理するより簡単だ。言葉を賢明に選べ」
は何を教えているかと言えば、「お前はバカだ、アホだ」と言って育てられて大人になって壊れた人を修理するのは至難の業。むしろ、子どもをまともに育てる方がよっぽど簡単だ、ということです。


それでは、「お前はバカだ、アホだ」と言って育てられた人はもう手遅れか、と言えば決してそうではありません。「大人を修理するより簡単だ」とあるように、修理は難しいかもしれませんが、可能です。決して手遅れ、不可能ということはありません。
また同様に、子育てにも手遅れはありません。
気づいたときが吉日。早速改めることです。


ついでに、これは親子間だけに限らず、夫婦間や労使間などありとあらゆる人間関係にも通じます。念のため。


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どうすっぺ?

2017.04.10日

NHKの朝の連ドラ『ひよっこ』が始まりました。
前回の『べっぴんさん』とは雰囲気がすっかり変わって、明るく、楽しいドラマです。


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舞台は神戸から移って茨城県。
時代背景は東京オリンピック開催の年、1964年。ちょうど私の青春時代と重なり、とても身近に感じます。
でも、今のところとくに興味があるのは、このドラマの中で話されている茨城弁です。
これまでの連ドラでは関西弁が多かったのでフレッシュな感じがします。
京都育ちなのでドラマの中で登場人物が話す京都弁はほとんどの場合本物でないのがわかり、違和感を覚えます。
今回の『ひよっこ』も、地元の人に言わせれば話されている茨城弁はきっと本物じゃないのでしょうが、私には本物のように聞こえます。聞いていてとても可愛いです。


一般には「関西弁」と一括(くく)りにしますが、京都弁と大阪弁、そのほか神戸、滋賀、奈良など、みんな微妙に少しずつ違います。
私が現在住んでいる平塚は神奈川県で茨城と同じ関東圏なので、少し似ているところがあります。
「行くべ」
と、この辺りの子どもたちがよく言いますが、これなどは茨城弁と同じです。


関西弁は語尾が下がりますが、茨城弁は語尾が尻上がり調です。
また、カ行やタ行が濁音化し、「アタマ」(頭)は「アダマ」となります。
元言語学者の端くれなので、方言には結構うるさいほうで、各地の方言の特徴をつかんで真似するのは得意です。
それでドラマが終わったとき、茨城県民よろしく尻上がり調で「エガッダ、エガッダ」(良かった、良かった)と言ったところ妻が吹き出していましたが、正直なところドラマの中でみんなが話している茨城弁にはまだついていけてません。通訳が必要です。
「どうすっぺ?」(どうしましょう?)。


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べっぴんさん

2017.04.02日

"I have learned over the years that when one’s mind is made up, this diminishes fear."
--Rosa Parks – 1913-2005, Activist
「長年を通じて私が学んだこと、それは心が決まると恐れは消えるということ」
--ローザ・パークス、公民権運動活動家
(訳 舟田譲二)


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昨日、NHKの朝の連ドラ『べっぴんさん』が最終回を迎えました。
このドラマからも教えられたことはたくさんありますが、そのひとつは主人公すみれら4人の仲間の友情の固さと彼女たちの仕事への情熱、決意です。
夢を実現させる過程でさまざまな問題に遭遇しますが、彼女たちの決意を妨げるものはありませんでした。


ローザ・パークスが言うところの「心が決まると恐れは消える」です。
恐れが消えると、どんな問題でも乗り越えることができるのです。これがこのドラマのテーマだったのではないかと思っています。


ここからは番外編ですが、このドラマのタイトル『べっぴんさん』という言葉に興味がわきました。
江戸時代に生まれたこの言葉、漢字では「別品」。つまり特別な品物という意味です。これが明治時代になると、とくに美しい女性に用いられるようになりました。


私の子どもの頃も、この「べっぴんさん」という言葉はよく使われていました。当時のこの男性版は「男前」です。
両方とも死語になって時久しくなります。
その後、「美人」「ハンサム」になりますが、「ハンサム」も死語になり、今では男性のことは「イケメン」と言います。
イケメンは単に容姿のことを言うのではなく、「かわいい」とか「カッコいい」という意味を含んでいます。


脱線ついでに、健太郎役を演じていた古川雄輝さんがドラマの中で何度か英語を話すシーンがありました。その発音がネイティヴ並みで、これは普通じゃないと思っていたら、案の定、7歳から8年間カナダで過ごし、その後ニューヨークに渡り11年間海外生活をした帰国子女だったということでした。
彼は現在29歳ですが、ドラマの中では高校生から40代くらいまでを演じています。


他にも、主役の芳根京子さんも20歳の若さながら少女役から腰の曲がった60歳代のおばあちゃん役までを演じ、その娘のさくら役の井頭愛海さんは芳根京子さんとわずか4歳差でありながら、見事に子供役からお母さん役まで演じています。
ストーリーそのものや演出の甘さなども目立ちましたが、それを役者が演技でカバーしていました。


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日本語の間違いあれこれ

2016.12.05日

下に挙げるのは、そのほとんどがメールマガジンやフェイスブック、ホームページなどで毎日のように見かける「変な日本語」です。テレビのバラエティ番組などで出演者が話している言葉も含まれます。


1.「分かち書き」
分かち書きってご存じですか?
こんな感じの書き方です。


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これは小学1年生の国語の教科書のページです。
「ある 日、 三びきの ねずみの きょうだいの ところへ、 おばあちゃんから 手がみが とどきました。」
1年生は日本語の読み書きを学び始めたばかりでまだ慣れていないので、このような書き方をすることにより読み書きしやすくしているのです。
でも、大人がこの小1レベルの書き方をしているのは恥ずかしいです。


2.句読点(くとうてん)の使い方
[ 。 と 、]の使い方は、上の国語の教科書のように、小学1年生からしっかり学んでいるはずなのに、これができていない人が非常に多いのも残念なことです。
中には、文節ごとに読点(とうてん) [ 、]を入れている人もいますが、これは非常に読みにくいです。
「私は、昨日、京都へ、行きました。」
また、読点の使い方を誤ると、意味を読み違えることになりますので要注意です。
「彼は、嬉しそうに話している彼女の顔を見つめていた。」 (嬉しそうな顔をしているのは彼女)
「彼は嬉しそうに、話している彼女の顔を見つめていた。」 (嬉しそうな顔をしているのは彼)


3.敬語(丁寧語、尊敬語、謙譲語)の使い方
・されております (「される」という尊敬語と「おる」という謙譲語が一緒になっている)
→していらっしゃいます
・大切な人はおりますか? (大切な人に「おる」は不可)
→大切な方はいらっしゃいますか?
・行かれます (軽い敬語)
→いらっしゃいます
・申されました (「申す」は自分のことに使う謙譲語で、「される」という尊敬語と一緒に使えない)
→おっしゃいました
・ご意見を貰っています
→ご意見をいただいています
・覚えていますでしょうか? (客に対しては丁寧の度合いが低い)
→覚えていらっしゃいますでしょうか?
・迷われている方
→迷っていらっしゃる方
・先生が言われています
→先生がおっしゃっています
・〜されてください
→〜してください
・了解しました (客や目上の人に対しては不可)
→承知いたしました


4.主語と述語の不一致
・◯◯さんが〜していただいた
→◯◯さんが〜してくださった
・◯◯さんが来ていただきました
→◯◯さんに来ていただきました
→◯◯さんが来てくださいました
・一読しただけで長文が理解したり (「長文」は理解しない。理解するのは「人」)
→理解できたり


5.漢字の読み方の間違い
・来日 (日本に来ること)
らいじつ→らいにち
・落日 (沈もうとしている太陽)
らくにち→らくじつ
・入国
にゅうごく→にゅうこく (にゅうごくは「入獄」で刑務所に入ること)
・出国
しゅつごく→しゅっこく (しゅつごくは「出獄」)
(テレビで有名なコメンテーターの方が誤って使っていた)


6.漢字の使い分け
・始めて見た
→初めて見た
・初める
→始める
(「初め」は、時間的に早い段階、最初、一番目などの意味)
(「始め」は、開始、始まり、着手などの意味)


7.漢字の間違い
・達 (しんにょうの右側は「羊」だが「幸」と書く人が多い)
・博士、専門 (「博」に点をつけなかったり、「専」に点をつける人が多い。音読みでハ行の時には点がつく)


8.重複表現の間違い
・日本に来日して
→来日して
・頭痛が痛い
→頭痛がする
(「馬から落ちて落馬して」と同じ類)


9.ことわざのうろ覚え
・友は類を呼ぶ
→類は友を呼ぶ
・思い立ったら吉日
→思い立ったが吉日


などなど、たくさんあります。私たちの国語を大切にしましょう。


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恐ろしや、訳者の作り出すイメージ

2016.10.08日

レイモンド・チャンドラーの小説は主人公の私立探偵マーロウが語り手である。「私」(清水俊二訳)。「おれ」(田中小実昌訳)。第一人称は訳者で異なる。
◆どちらを好むかは人それぞれだが、〈私は腰を降ろした〉(清水訳『高い窓』)の「私」が「おれ」であると、どうだろう。目に浮かぶ動作の速度や、椅子の立てる音は微妙に違ってくる。言葉とは繊細なものである。
◆本紙の東京版で砂川浩慶・立教大学教授のコラムを読み、「役割語」なる言葉を教わった。性別や職業など、特定の人物像を思い起こさせる言葉遣いを指す。
◆競泳選手マイケル・フェルプス(米国)の発言はテレビで「ぼく」と訳され、ほぼ同年齢の陸上選手ウサイン・ボルト(ジャマイカ)は「オレ」と訳されることが多いという。そうしたイメージの固定化はいずれ、報道を紋切り型にしかねない。自戒の念を新たにした次第である。
◆とはいえ、第一人称の「I」を“オレさま”と訳してみたい人が世間にいるのも確かだろう。フィリピンの大統領。米国の大統領候補。「ばいきんまん」じゃあるまいし、である。自戒、早くも危うし。

(読売新聞 10月7日 編集手帳より)


アメリカ大統領選の共和党候補ドナルド・トランプ氏は10月5日、ネバダ州ヘンダーソンのヘンダーソン・パビリオンで演説しました。


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トランプ氏は、一票でも多く得るためなら何でも言うという姿勢を見せ、会場にいた不治の病と闘う患者たちを前にこう言い放った。
「もう少し生きて、来月俺に投票してほしい。あなたたちの病気がどんなに重かろうと俺は構わない。たった今医者のところでもう終わりだと告げられて戻ってきたとしても、俺は構わない。そんなことは問題じゃない。とにかく、なんとしても11月8日までは生き延びてベッドから這い上がって、俺に一票を入れるんだ」


実際にトランプ氏が語ったのは、次のような言葉です。
"I don't care how sick you are, I don't care if you just came back from the doctor and he gave you the worst possible prognosis, meaning it's over. Doesn't matter. Hang out till November 8. Get out and vote."


でも、
「どうかお願いです。なんとか投票日まで持ちこたえて、私のために一票投じてください」
と訳したら、トランプ氏のイメージがすっかり変わってしまいます。
訳し方次第で、紳士にもダーティなイメージにもできる。
これが言葉の怖さ、というか訳者の先入観の怖さです。


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安住アナがヤバイ!

2016.10.06日

一昨日、今年度最後の中2の国語の授業で太宰治の『走れメロス』をやっていました。
授業が終わって、バス送迎の女子生徒たちに駐車場に向かう途中言いました。
「今日、国語で『走れメロス』をやったんでしょ。
実は、これ先生の愛読書なんだよ」
そして背広の内ポケットから文庫本を取り出して見せました。
「へえー、『走れメロス』が?」
「いや、ちょっと、なんかちょっと違うよ。ホラホラ。『走れエロス』って書いてある!」
「エー!?なにこれ?」
「やだー!エロス?」
「なにそれ?エロ本?」
「先生、そんなの読んでるの?」
みんな一斉に大声で叫びました。


5年半前の記事、「見たいけど怖い、怖いけど見たい」の冒頭の一部です。この続きが気になる方は左のリンク先からご覧ください。


しかし、これよりもはるかにヤバいのが我らのヒーロー安住アナの「走れメロス特別授業」。
2014年2月28日に放映された『ぴったんこカンカン』の再放送を先週見たのですが、大爆笑。
母校の明治大学で元ゼミ恩師の齋藤孝先生を横に安住アナが名講義。


20年前、無口な学生だった安住アナは、齋藤先生の授業で
「君達、教師を目指しているのに誰も前に出て2・3分喋れないのか!」
の言葉に、前に出てあろうことか40分喋り続けた。
それも誰も止めようがない素晴しい内容で、終わったと同時に学生全員がスタンディング・オベーション。
「あれが原点」
齊藤教授いわく、20年勤めて一番プレゼンが凄かった生徒。


こんな楽しい授業だったら、だれでも勉強大好きになること間違いなし!
それでは、その名講義をどうぞ。



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あなたは先生にキスのお返しをしたの?

2016.10.01日
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アメリカの小学校で文法の時間のこと。
先  生「ウィリー、次のようなのを何と言いますか?
    I love, you love, he loves
ウィリー「三角関係です。だれかが撃たれて殺されます」

10,000 JOKES, TOASTS & STORIES, Doubleday & Companyより 訳:舟田譲二)


これはアメリカのジョーク集からの引用です。
先生は、「3人称・単数・現在のs」という答えを期待していたのでしょうが、思いもよらない答え。
でも、アメリカだったらあり得そうな話です。


同じ本からもうひとつキスの絡んだ話。
これもアメリカならではのジョークです。
男の子が家に帰ってきてお母さんに言いました。
「ママ、ニュースだよ。今日、学校で先生にキスされたんだ」
「まあ、お利口さんだったのね。で、あなたは先生にキスのお返しをしたの?」
「もちろんしなかったよ!顔にキスしたよ!」


これは読んでいて???。
英語の本文には次のようにあります。
"Did you kiss her back?"
"Of course not! I kissed her face!"


"Did you kiss her back?"のbackは「キスのお返しをする」という意味なのですが、男の子はbackを「背中」と勘違いして「もちろん(背中になんか)しなかったよ!顔にキスしたよ!」と答えているのです。
日本語の訳文だけ見ていたのではわかりません。
ここが翻訳の難しいところで、訳者の腕が問われるところです。
昨日の「語学は不要になる?」に書いたように、コンピュータによる機械翻訳では上と同じようなトンチンカンな面白くないジョークになってしまいます。


ところが、AI(人工知能)だと、人間の知能を使ってジョークをくみ取り、文脈を変えてでもうまく翻訳するというのです。
AIとの知能比べで挑戦してみたのですが、これがなかなか難しい。そりゃそうです。なにせ人間の知恵を上回っているのですから。
そこで私が考えたAI並み(笑)の翻訳は:


男の子が家に帰ってきてお母さんに言いました。
「ママ、ニュースだよ。今日、学校で先生にキスされたんだ」
「まあ、お利口さんだったのね。で、あなたは先生にキスのお返しをしたの?」
「もちろんしてやったよ!天才のぼくにキスするなんて先生もお利口さんだねって!」


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語学は不要になる?

2016.09.30日

昨日、NHK NEWS WEB の「語学は不要になる?自動翻訳最前線」という記事が目に留まりました。私の専門とする言語学の分野です。


「考え得ることは...」という7年前の記事の中に書いた、私がアメリカに留学していた40年余り前の自動翻訳の力量は次のようなものでした。
“It’s one thirty.”  「それは1と30だ」 (「1時30分です」)
“Time flies like an arrow.”  「時ハエは矢が好きだ」 (「光陰矢のごとし」)


今、手元にある1973年発行の『概説言語学』(ノウエル・ミニス編 三省堂)の VI「言語学と文学」(ジョージ・スタイナー著)の章には次のようにあります。
「たとえ最も複雑なコンピューターであろうとも、人間の言語行使能力と実際的言語運用とにたいして真の光をあてるには、あまりにも甚だしく初歩的であり、あまりにも甚だしく図式的である。とりわけ意味と含蓄の決定にかんしては、人間の脳のなかの10の14乗の電気化学細胞と神経細胞接合点が一挙に作動するのであって、そのさいの速度・そのさいの精妙な選択の水準たるや、機械的計算などは、まったく及ぶべくもないと、わたしは思うのである。またわたしは、機械翻訳の潜在能力についても、懐疑的である。この点にかんしては、広範な混乱がみられる。特定の巨大な語彙集ならば、たしかにつくることはできる。この種の語彙集なら、たしかに、化学や高額の文献を翻訳するという労多い過程を劇的にスピード・アップできるかもしれない。しかし、このような電気仕掛けの語彙集などは、どれほど洗練されようとも、たかだか超辞書にすぎず、人間の行う翻訳の手引きになるものにすぎない。こういうものは、一群の通常原語の素材を対応する一群の言語に、いかなる真の意味においても、翻訳などできるものではない」(同上p.168-169) 
この訳文自体がまるで機械翻訳したような感じです(笑)


AN INTRODUCTION TO HISTORICAL AND COMPARATIVE LINGUISTICS (Raimo Antilla, MacMillan, 1970) p.370 、An Introduction to Descriptive Linguistics (H.A.Gleason, Holt Rinehart Winston, 1961) p.205-207 にも機械翻訳について同様の懐疑的な見解が述べられています。


当然のことです。今から40〜50年前には絵を描いたり、小説を書いたりするAI(人工知能)など想像もつかなかったからです。
しかし、今や2020年の東京オリンピックを目標に、スマホで使える自動翻訳の実用化を目指しているというのです。
そのアプリはこんな感じです。


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「難解な日本語もスラスラ翻訳」と書かれていますが、こんなのはAIの力を借りずともいとも簡単に翻訳できます。語彙も文法も非常に単純だからです。
本当に難しいのは、主語がなかったり、主語と述語が一致していない、次のような日本語特有の非文法的な文章です。
「二人が向かった先は地元で有名なスーパーに足を踏み入れた」
(『リアル鬼ごっこ』(文芸社)  p.137)
日本人ならごく普通に日常使っている文で、私たちは暗黙の了解で理解していますが、このような非論理的な文章は機械には理解不能です。


今回の記事を書いた記者は結論として次のように書いています。
「ただ、食べればあらゆる言語を自動翻訳してくれるドラえもんの“ほんやくコンニャク”のような、ひみつ道具の域に達するのはまだまだ先になりそうです。語学をしっかりと学び直そうと決意を新たにした取材になりました」


そう、今年の春「ほんやくコンニャク」にも書いたとおり、語学はやっぱり勉強しなければならないのです。たとえ機械翻訳ができるようになったとしても。


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86,400秒分の1秒

2016.09.04日

"God gave you a gift of 86,400 seconds today. Have you used one to say 'thank you?'"
-- William Arthur Ward
「神様は今日、あなたに86,400秒という贈り物をくださいました。あなたはそのうちの1秒を使って『ありがとう』と言いましたか?」
-- ウィリアム・アーサー・ウォード
(訳:舟田譲二)


ウィリアム・アーサー・ウォード(1921-1994)はアメリカの教育学者、牧師、教師。
アメリカでインスピレーションナルな名言でもっともよく引用される人物の一人です。


よく引用される彼の有名な言葉に次のものがあります。
The mediocre teacher tells.
The good teacher explains.
The superior teacher demonstrates.
The great teacher inspires.
平凡な教師はただしゃべる。
良い教師は解説する。
さらに優れた教師は自らやってみせる。
しかし、偉大なる教師は生徒の心に火をつける。
(訳:舟田譲二)


これは本当に教育者として鏡にすべき名言中の名言です。
以前、山本五十六の有名な言葉をご紹介しましたが、これに通じる教えです(「ほめてやらねば 人は動かじ」)。


さて、今日の冒頭の彼の言葉
「神様は今日、あなたに86,400秒という贈り物をくださいました。あなたはそのうちの1秒を使って『ありがとう』と言いましたか?」
は、本当に耳に痛いです。


去る2月に「ありがとう」と「サンキュー」の反対語という記事を書きました。
「感謝する心」の反対は「当たり前と思う心」です。
私たちは、毎日毎日、数えきれないほどたくさんの素晴らしいプレゼントを神様からいただきながら、無意識のうちにそれを当たり前のものと思い、感謝するのを忘れてしまいがちです。
そのプレゼントの中でも最高のものは「時」です。だれでも公平に1日に86,400秒という時間を与えられています。
生きていること、時間が与えられていること、そんなことは当たり前だと思っているのです。
しかし、ウィリアム・ウォードは言っています。「86,400秒のうちの1秒でも使って『ありがとう』と言いましたか?」と。


人から何をしてもらっても当たり前。神様から数えきれないほどの恵みを毎日いただいても当たり前。
これは本当に私たちが陥りやすい罠で、なんでもかんでも「当たり前」と思っていると、「感謝する心」、喜びが生まれてきません。


まずは、86,400秒のうちの1秒を使って神様に「ありがとう」「感謝します」と言いましょう。
そして、次に、家族や友人など私たちの身の周りの人たちに同じく「ありがとう」と言おうではありませんか。
私たちが今日の一日生かされていることは、まさに神様のお陰、身の周りの人たちのお陰です。
みんながこのような思いで一日を過ごすなら、争いは止み、家族も、世の中も本当に平和になるでしょう。


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読み書きはできるが、英会話は...

2016.08.18日

「英語は読み書きはできるが、会話はできない」
という話をよく聞きます。
確かに、日本ではほとんどの人が最低でも中学・高校で6年間、さらに大学まで進むと10年間か、それ以上英語を学んでいます。


高校生を教えていると、高校で使っている英語の教科書はかなりレベルが高く、また大学入試となると、英語を母国語としている人でも難しいと感じるほどです。
大学受験には普通4000語程度、難関大学で5500語以上の英単語が必要と言われています。
これほど英語を勉強してきているので、みんな自分は読み書きはできると思っています。


今から30数年前、中央大学で英文専攻の学生に英語を教えていたとき、彼らの語彙力不足に驚きました。
彼らに、大学受験でたくさん単語を覚えてきたでしょう、と言うと戻ってきた返事は、
「受験が終わると全部忘れてしまいました」。
英作文をさせると、書く文章は中学生並みの稚拙なもの。しかも、単純な文法間違いやスペリングミスもいっぱいあります。


昔、外資系の企業に勤めていたとき、東大出の部長レベルの人やそれ以上の人たちの英語の読み書きも実にあやしいものでした。
でも、みんな自分は英会話は苦手だけど、読み書きはできる、と言っていました。


「英語の読み書きができる」とは、辞書を片手に縦の文章(日本語)を横(英語)に、横の文章を縦にする、というのではありません。これは「暗号解読」のようなものです。
「英語が読める」というとき、辞書の助けなしに新聞や本が読める、ということです。私たち日本人が日本語で書かれた新聞や本を読むときに、よほどのことがない限り辞書を引かないのと同様です。
「英語が書ける」というのも、辞書なしにスラスラと自分の言いたいことを文章にできる、ということです。
今はemailやチャットがあるので、気軽に外国人とリアルタイムで「書いた文章」で会話をすることもできます。


W.A.グロータース氏はその著『誤訳』の中で、最善の英語勉強法は辞書を引かずに英語で書かれた推理小説を読むことである、と言っています。
まったく同感です。私のお奨めは「明日がある」の中でご紹介したシドニィ・シェルダンの小説です。息もつかせないスピーディーなストーリー展開で、読み出したらやめられなくなります。まどろこしくて辞書など使ってられなくなります。


ときどき社会や英語は暗記科目だ、と言う人がいます。確かに、社会では地名や人名、出来事など覚えることがたくさんあります。また英語も、単語・熟語・文法など覚えなければ読むことも書くこともできません。
しかし、本当に社会や英語ができる人は、これらが暗記科目とは絶対に思っていません。
暗記科目と思っている間は、ただ試験のための勉強をしているに過ぎません。これでは使い物にならないのは当然のことです。
本当に英語の読み書きができるというのは、これまでに学んできたことを総合的に活用して、自由自在に自己表現したり、相手の言わんとしていることを理解する、ということです。そのためには、異文化の理解も必要です。


つまり、日本人の言う
「英語は読み書きはできるが、会話はできない」
というのは、日本人の美しい誤解なのです。
もし、英語の読み書きができれば、会話だって少し耳の訓練をし、発音の訓練をすればできます。
「読み書きはできる」と言う前に、まずは読み書きの本当の力をつけましょう。
それが英会話の第1歩です。


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おじいさん考

2016.08.06日

「ひとりのおじいさんが通りを横切っていました」
という英作文があると、次のように書く生徒が必ず何人かいます。
"A grandfather was crossing the street."
なるほど、確かに「おじいさん」=grandfather。
いや、ちょっと待った!


grandfather は自分の「おじいちゃん」のことで、よその「お年寄り」のことは英語で grandfather とは言わず an old man と言います。
この辺が日本語と英語の違いで、日本語の「おじいさん」はそれほど厳密には区別しないので子どもたちにとっては難しいようです。


ひと昔前まではみんな「おじいちゃん」と言っていたのに、最近はどうも「じいじ」と呼ぶ人が多いようです。おじいちゃんたちも自分のことを「じいじ」と呼んでいます。
したがって「おばあちゃん」も「ばあば」と言います。


「じいじ」「ばあば」と言うと、優しいおじいちゃん、おばあちゃんのイメージがわきます。
ところが、昔よく耳にしていた「じじい」「ばばあ」だと、これは罵倒しているイメージで、現在ではご法度になっています。
いつ頃から可愛い呼び名の「じいじ」「ばあば」が使われ始めたのでしょうか。


昨日は、週に1回のスイミングの日で体育館のプールに行って1時間、600mほどゆっくり泳いできました。
途中、小学5年生の女の子ふたりがコースに入ってきました。どっちが先に行くかでしばらくもめていました。
私が横にいたので、隣にいた子が「お先にどうぞ」と声をかけてくれました。
そこで壁を蹴って泳ごうとしたそのとき、もうひとりの女の子が自分に先に行けと言われたと思ったようで、私と同時に泳ぎかけました。
隣の子が友達に「いや、おじいさんに言ったの」と言うので、私はびっくり。
「えっ、おじいさんって僕のこと?」
「あっ、すみません。おじさんでした!」
ちょうど、そこへ隣のレーンから来て経緯(いきさつ)を見ていた人が言いました。
「じいじはこっちだよ。ハハハハ」
私も思わず「ハハハ」と笑ってしまいました。


スイムキャップをかぶり、ゴーグルをつけているから顔はよく見えなかったにしても、「おじいさん」と呼ばれたのは生まれて初めてのことだったので、ちょっとショックでした。(スイムキャップとゴーグルを取って「おじさん」の顔を見せれば良かった?笑)


そう言う私も長男と次男が結婚したので、もういつ「じいじ」になっても不思議でない歳、というか内心早くなりたいと思っています。
ただ、うちでは妻と話し合って、「じいじ」「ばあば」ではなく、「グランパ」「グランマ」にすることに決めています。それは子どもたちも、すでに天国に帰った私たちの親のことを「グランパ」「グランマ」と呼んでいたからです。


私の友人のほとんどはもうすでに「じいじ」「ばあば」になっていて、みんな孫が可愛くて仕方ないと言います。
私たちも最近、よその小さい子どもや赤ちゃんを見るともう可愛くてたまらず、知らず知らずのうちに目じりが下がってしまいます。また、毎日接している小学生たちも、私たちからすればみんな孫のようなもので、もういつでも「グランパ」「グランマ」になる準備は整っています。(というか、もう心はすでにおじいさん、おばあさんです)
実際のところふたりの間で、
「おばあさんは街へショッピングに、おじいさんはスーパーへ食料品の買い物に行きました」
なんて冗談で言ったりしています。


早くおいで、孫たちよ。待ってるよ!


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「ありがとう」のひと言

2016.08.03日
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"Feeling gratitude and not expressing it is like wrapping a present and not giving it."
-- William Arthur Ward, Scholar
「感謝してはいながらその気持ちを表現しなければ、それはプレゼントをラッピングしておいて相手に渡さないようなものだ」
-- ウィリアム・アーサー・ウォード、学者
(訳:舟田譲二)


ウイリアム・アーサー・ウォード(William Arthur Ward, 1921-1994)は、米国ルイジアナ州出身で、メソジスト教会監督や日曜学校校長、信徒リーダーなどを務めたほか、いくつかの大学で教え、リーダーズダイジェストなどのコラムニストとしても活躍していました。
彼が残した名言は、今日でもアメリカでもっとも多く引用されていると言われます。


さて、感謝していながらその気持ちを素直に表せない人がとても多いです。日本人にその傾向が強いように思われます。
外国の人の場合はちょっとオーバーすぎるほど言葉だけでなく、顔の表情やジェスチャー、ハグしたりなど、全身で感謝の気持ちを相手に伝えます。
そのアメリカですら、ウィリアム・ウォードが人々にもっと感謝の気持ちを表すようにと勧めているぐらいですから、ましてや私たち日本人においておやです。


日本人の場合、とくに夫婦間や親子間など家族の間で、「ありがとう」というひと言が出てこないことが多いように思いますが、いかがでしょうか?
以前、「ありがとう」と「サンキュー」の反対語という記事を書きましたが、「ありがとう」の反対語は「当たり前」です。
つまり、人に何をしてもらっても「当たり前」と思う傲慢な心です。確かに何でも当たり前と思っていると、「ありがとう」という感謝の気持ちは起きてこないですよね。


いくら感謝していると言っても、その気持ちを表現しなければ、「プレゼントをラッピングしていながらそれを渡さないようなもの」で、これでは元も子もありません。
私たち日本人は、もっと素直に感謝の気持ちを相手に伝えられるようになりたいものです。
それも、とくに家族など身近な人たちに。


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コミュニケーションは真実に

2016.05.21日

いとしい相手から次のような手紙をもらったら、さて、どんな気持ちだろう。〈あくびがでるわ。いやけがさすわ。しにたいくらい。てんでたいくつ。まぬけなあなた。すべってころべ〉
◆絶望してやけ酒、やけ食いに走るのは早い。横書き6行の左端を縦に読んでみる。「あ・い・し・て・ま・す」。和田誠さんのエッセー集『ことばの波止場』(白水社)から引いた。詩人、谷川俊太郎さんの作という。伝統の言葉遊び、 折句(おりく) である
◆NHKが載せた新聞番組表の紹介文がちょっとした話題になっているらしい。2日夜に放送したサッカーワールドカップの特集『プロフェッショナル』である
◆〈日本代表エースに密着▽/本田圭佑500日の記録▽/ガチンコ総取材▽ミラ/ン移籍舞台裏▽挫折を/バネに進化▽超極秘ト/レーニングにケニア人▽/W杯へ独占インタ〉。横書きの左端を縦に読めば、「日・本・ガ・ン・バ・レ・W杯」となる。凝りましたね、NHK
◆苦心の折句も効いてか、日本時間のきのう、日本代表はコスタリカ代表との国際親善試合に逆転勝ちを収めた。「 言霊(ことだま) の 幸(さき) わう国」である。

(読売新聞 2014年 6月4日付「編集手帳」より)


私も昔、言語学をやっていたくらいで、言語には人一倍の関心があり、言葉遊びなども大好きです。
このブログでもこれまで何度も言語をテーマにした記事を書いてきています。
上の「編集手帳」も興味深く読ませていただきました。
しかし、冒頭の谷川俊太郎さんの作という手紙文は正直、ちょっといただけません。


あくびがでるわ。
いやけがさすわ。
しにたいくらい。
てんでたいくつ。
まぬけなあなた。
すべってころべ。


いくら言葉遊びと言っても、受け取った相手の気持ちを思うととってもじゃないですが、こんなことは書けません。いくら言葉遊びでも。
そこで、私だったら言葉遊びでどんな風に書くだろうかと少し考えてみました。


あなたのことを思うと
いても立ってもいられない
死んでもいいくらい
天を越えて
まっすぐに
すっ飛んで行きたい


heart1.jpg


これでも、やはり左端の文字を縦に読むと「愛してます」となり、平凡かもしれませんが、これで十分な言葉遊びになっていますし、愛している気持ちは倍になって伝わることでしょう。
あまり気をてらって、冒頭のような手紙を書くと、受け取った人はやはりショックを受け、下手をすると真意が伝わらず心が裂けてしまうかもしれません。


コミュニケーションとはこういうものです。
気をてらって、面白いつもりで言ったとしても、相手にそれが伝わらず逆に不愉快な思いをさせるなら、それは上手いコミュニケーション術とは言えません。


"The most important thing in communication is to hear what isn't being said."
-- Peter F. Drucker, Author and Management Expert
「コミュニケーションで最も大切なことは、話されていないことを聴くことだ」
(舟田訳)
著作家、経営学者のピーター・ドラッカーの言っている上の言葉がコミュニケーションの本質を語っていると思います。


実際のところ、コミュニケーションにおいて言葉そのものが果たす役割はわずか7%と言われています。
それでは残りの93%は何かと言うと、顔の表情や声の調子、話し方、身振り手振りなどのノンバーバル(非言語)コミュニケーションなのです。
たとえば、
「愛してるよ」
と同じ言葉を言ったとしても、低い声で、顔は無表情で、冷たく言ったり、あるいはうるさそうな顔をして、
「愛してるよ。愛してる、愛してる、愛してる。もうこれでいいだろうっ!」
というような調子で言ったなら、相手には間違いなく
「愛していない」
というメッセージが伝わることでしょう。


これが「言霊」と言われる所以(ゆえん)で、言葉には魂が宿っているのです。


聖書には、次のようにあります。
「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。
この言は初めに神と共にあった。
すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった」
(ヨハネ1:1〜3)
「言は神であった」とあります。
この点において、神与の人間の言葉は動物の鳴き声とは根本的に異なるのです。


私たちも言葉を大切にし、コミュニケーションは真実に行うよう常に意識したいものです。


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すいません

2016.05.16日

最近私に送られてくるメールに「すいません」という言葉が頻繁(ひんぱん)に使われています。
「すいません」の終止形は「すう」なので、本来ならば「吸う」→「吸いません」となり、たとえば「タバコはもう吸いません」という使い方になるはずなのですが、ここではもちろん「すみません」の意味で使われています。


「すみません」というのは、「済む」から来ていて、「済まない」が「済みません」に変化しました。
もともとは「気が済まない」というような意味なのでしょう。
「すみません」がなぜ「すいません」になったかというと、イ音便で「み」という音が発音しやすいよう「い」に変化したのです。
ちょうど、関西で「すみません」を「すんまへん」と言うのと同じような感じです。


問題なのは、「すいません」を正しい表現だと思っている人が多いことです。
とくに若い人の間では、圧倒的に「すいません」派が多いようです。
私たちの世代になると「すいません」と言うのは抵抗がある人が多いようで、「すみません」派が増えます。
日常の会話では「すいません」でもいいのですが、誤って覚えていると正式な場でも、また書き文書でも「すいません」を使ってしまいます。
これはやはり困りものです。


以前、このブログ(「5月末決着 or 未決着?」)にも書いたことがあるのですが、コンビニやレストランのレジで
「◯◯円からお預かりします」
と言うのが今や一般的になりました。
先日はちょっと新しい表現で、
「◯◯円でお預かりします」
というのを耳にしました。
一番面白いと思ったのは
「ちょうどからお預かりします」
です。
私としては
「◯◯円お預かりします」
「ちょうどお預かりします」
という正しい日本語を使ってもらいたいのですが。


そういえば、小学生の頃、私はいつも自分のことを「ぼく」または「おれ」と相手によって使い分けて言っていたのですが、近所の年下の子が「わし」と言っているのを聞いてとても違和感があり、その子に言いました。
「『わし』というのは悪い言葉だよ。せめて『おれ』って言ったらどう?『おれ』は『おのれ』という言葉からできたんだから」
するとその子が言い返しました。
「『わし』というのは『わたし』、いや『わたくし』という、もっと丁寧な言葉からできているよ」
私は「一本やられた!」と、返す言葉がありませんでした。


言葉は生まれ育った環境や文化などを多分に反映していて、どれがいいとか悪いとかいう問題ではないのですが、でもやはり正しい言葉遣いをしてもらいたい、と言葉を愛する私はいつも思うのです。


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国語力がみるみるつく

2016.02.18日

昨日の記事、「幸せだなぁ、ぼくは」の中でご紹介した年長さんのMちゃん、昨日も教室に来てお勉強していたのですが、国語の力がみるみるついていきます。
「ガウディアの国語教材は、この論理力育成を意識して作られている」と、「勉強しない子が勉強するようになる」の記事の中にも書いたのですが、このことを傍証する他のガウディア教室の事例が昨日、ガウディア本部からのメールマガジンで送られてきました。
以下がその内容です。


実は、ガウディアには、中学生以上の子が100人弱、通っていることをご存知でしょうか?
「教材を最後まで終わらせたい」ということでそのまま続ける子や、中学生になってから入会する子、事情はさまざまです。
そんな中学生以上の子がいる教室から、特に国語教材について、うれしい報告が寄せられていますので、一部ご紹介いたします。


▽▽▽
●中3(女の子)
中2の4月から入会。国語を学習。
神奈川県の県模試【国語】で
・中2の5月〜中3の7月まで 偏差60
 ⇒中3の8月に偏差70に!
・中学校の国語の通知表が中2で4
 ⇒中3では5に!


●中1(女の子)
・国語の成績が、夏休み明け実力テストで118番/201人(これで母親が相談にみえました)。
 ⇒冬休み明け実力テスト11番/200人と大幅アップ!
  保護者は大満足でした。


●中2(女の子)
中1の4月からガウディアの国語を学習し、現在も通室。
もともと成績は悪かったが、2年生になって、前期のテストが68点、58点。
今回の中間で80点を取り、成績が3→4に上がりそうということです。
すごく丁寧に字を書き、言われたことはやり覚えることは得意だが、ガウディアの国語を学習することにより多方面から見る力や考える力がつき、応用問題でも対応できるようになってきました。
また今では、集中力がついて学習するコツも掴めたようす。
数学は別に指導しているが、数学の応用問題もできるようになってきました。


●6年生(男の子)
全国統一テストを受けたら、私立中のほとんどがA判定でした。
受験勉強はまったくやっていません。


●中2(男の子)
小学校2年生で入会、6年生で卒業。
最初は、もうとんでもなかった!
お喋りはする、ぼーっとして何も手をつけようとしない、宿題をやるなんて考えられない子でした。
今では、中学校の定期テストで全ての点数が90点前後。
これは、ガウディアで考える姿勢が身についた、学習習慣がついたことの成果。
これだけ出来ていれば、塾も行く必要がないのですが、最近、自塾にまた戻ってきてくれました。


この実績はすごいですね。
私もガウディアの教材に惚れ込んで、去年の4月からうちでも導入し、その効果をこれまで実感していたのですが、上の他塾の事例を見て、ガウディア教材にますます自信を深めるとともに、これはうちの中学生にも勧めなければならないな、と痛感した次第です。(漢字・国語力が不安な大人の方にもお薦めできます)


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魔法の言葉

2016.02.11日


人見知りで、いつも父の背中に隠れているような子どもでした。そんな私に、人前に出るきっかけを与えてくれたのが、愛知県岡崎市立矢作西小学校6年の時の担任だった筒井博善先生(故人)。当時50歳代後半で、一人ひとりの児童によく目配りしてくださる先生でした。
 新学年が始まって間もない音楽の授業。ピアノが苦手な先生は、「代わりに弾いてくれないか」と私を指名しました。「できません」と何度も断ったのに、先生は「絶対にできるから、やってみなさい」と励ましてくれました。両親から音楽の先生を目指していることを聞き、引っ込み思案な私に活躍の場を与えてくれたのでしょう。
 学芸会でも、準主役のお姫様の役をくださいました。その時も「できるよ」と背中を押してくれました。とても恥ずかしかったけれども、大勢の前で演じる喜びも味わいました。
 先生が体調を崩して2〜3週間入院したことがありました。退院して登校した日の朝の光景が、今も忘れられません。職員室に駆けつけ、窓の前にひしめき合いながらクラス全員で先生の姿を探しました。振り向いた先生が笑いかけてくれた時、涙が出るほどうれしかったのを覚えています。
 それまでは「どうせダメだから」とあきらめがちだったのに、先生に「できるよ」と言われると、「ひょっとしてできるかも」と自信が湧いてくる。私にとって「魔法の言葉」でした。先生に出会わなければ、人前で自分の音楽を聴いてもらうシンガー・ソングライターを目指すこともなかったかもしれません。

(2013年7月1日付 読売新聞 インタビュー 「私の先生」より)


シンガーソングライター、岡村孝子さんにとって、人生を変えた「魔法の言葉」は、小学6年の時の担任教師の「できるよ」でした。
私も教育関連の仕事に携わって足かけ40年。この間、この「できるよ」の魔法の言葉を何回使ってきたことか。
生徒は頭から「無理」と言うのですが、それを説得して自信を持たせ、背中を押してきた結果、英検・漢検・数検などの検定試験を始め、高校・大学受験でも、また就職において、人間関係の修復などにおいても、この魔法の言葉が数え切れないほど実現してきました。そして、これらの体験をこのブログに数多く記してきました。


私自身もそうでしたが、人間というものは基本的には否定的・消極的な考えが支配していることが多いようです。
そのような中で、学校や塾の先生、親、友達などの「できるよ」のようなちょっとした励ましの言葉が「魔法の言葉」になることは古今東西よく知られていますし、それを体験してきた方も読者の中にきっとたくさんいらっしゃることと思います。


皆さんの、お子さんや兄弟姉妹、夫や妻、親、友達あるいは生徒や先生、会社の同僚や上司、部下を含め、あらゆる人間関係において、その人を生かす「魔法の言葉」は考えてみればいくらでも見つかります。
「夫婦の間のあいうえお」シリーズや「子育てのあいうえお」シリーズなどをぜひ日々の生活の中で実践していただければと思います。
その逆の、人をつぶす「悪魔の言葉」(「子育て禁句のあいうえお」など)は子育てだけでなく、あらゆる人間関係においてできる限り使わないようにしましょうね。


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最近多い政治家のお食事券

2016.02.08日

漢字の書き間違いは、ときに読み手の想像力を刺激する。劇作家の宇野信夫は、知り合いの大学生からもらった手紙をある随筆に書き留めている。〈故郷へ遺産争続のために帰りました…〉。穏便に片づけばいいが。
◆茨木のり子さんの詩『笑う能力』も、やはり手紙の一節からはじまる。〈「先生 お元気ですか/我が家の姉もそろそろ色づいてまいりました」〉。“柿”の誤字か、“気”の脱字か、ちょっと迷ってみるのも楽しい。
◆〈労働省(×)の健康の保持〉。〈労働者(○)の健康の保持〉。すでに公布されている改正労働安全衛生法の条文に誤りが見つかったという。
◆厚生労働省の担当者が誤植を見落としたらしい。厚労省では昨年、労働者派遣法改正案の条文や国会提出の資料などで記述ミスが相次ぎ、事務次官をはじめ幹部6人が訓告処分を受けている。なるほど、働く人の健康よりも“わが省”の無事が気になりますか、誤記も出ますわな…などと憎まれ口をきいておく。
◆人事異動の季節も遠くない。〈餞別(せんべつ)を銭別と書いて本音ばれ〉(サラリーマン川柳)。厚労省の皆さんは、とくに用心されたし。

(読売新聞 2015年2月21日付 編集手帳)


「故郷へ遺産争続のために帰りました」
「我が家のもそろそろ色づいてまいりました」
には笑ってしまいました。
でも、「労働省の健康の保持」には思わず眉をひそめてしまいました。


最近はパソコンや携帯が普及してきて誤字、誤変換が日常の生活の中で急増中。吹き出してしまうものが少なくありません。
下は、実際の小学生の漢字のテストで誤字の例。


sentou.jpg


「父と戦闘に行く」 (おー、怖い親子!)
「本能寺の恋」 (信長とだれの恋?)
「政治家のお食事券」 (最近多いアブナイお食事券‼)
これには大爆笑。


でも、笑っていられません。
私もきっと同じような間違いを無意識のうちにしでかしています。
このブログ記事で誤字・変換ミスにお気づきになられたらお知らせくださいね。


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頭を良くする方法

2015.11.27日

昨日、ネットサーフィンしていて偶然、下のサイトに出合いました。
いいえ、偶然じゃないです(「偶然、たまたま」「再び『偶然、たまたま』?」)。これも実はちゃんと「ひも」でつながっています。


■頭の回転が速い人に共通する10の特徴
1.早口で話したり話の展開が速い
2.つい人の話をまとめたくなってしまう
3.人の言いたいことをすぐに理解できる
4.知識があることをおおっぴらにしない
5.なにごとにおいても決断がはやい
6.仕事もプライベートも要領よくこなす
7.仕事をするときのペースも速い
8.人間関係を瞬時に見抜くことができる
9.記憶力がよく昔のことも覚えている
10.好奇心が旺盛でなにごとにもWHYではじまる


■新しい言語の学習が年齢に関係なく脳を構造的に強化することが明らかに
多言語を勉強することで「脳力」が鍛えられ、認知症防止にもつながるという研究結果が発表されていますが、母国語以外の言語を学習することは、年齢に関係なく物理的に脳の構造に変化を与えて、脳の機能を向上させることが新たにペンシルベニア州立大学の研究によって明らかになりました。


ペンシルベニア州立大学の心理学・言語学・情報科学・テクノロジー学部のピン・リー教授の研究によると、母国語以外の言語学習が、学習者の脳内ネットワークを構造的・機能的に強化させることが判明しました。リー教授は「第二言語の学習は脳の特定エリアを使用するため、脳を強化させたり、成長させたりする『脳の体操』のような効果があるのです」と話しています。


リー教授の研究チームは、英語を母国語とする39人のイングリッシュスピーカーを集めて、半数の参加者に6週間にわたって中国語のボキャブラリー学習を行わせるという脳の研究を実施しました。新しい語彙を学習したチームは、学習を行わなかったチームに比べて学習した語彙を覚えるまでの目的達成率が高くなっており、脳内ネットワークが強化されていることが判明。「新しい言語を学習する」というタスクが、脳の柔軟性と効率性を上昇させるのに適した作業であるということが分かりました。


また、学習開始前と開始後に参加者たちの脳をMRIでスキャンしたところ、脳内ネットワークをつなぐ神経が学習前に比べて物理的に発達していたとのこと。また、この効果は学習者の年齢に関係なく得ることができることも分かっています。リー教授は「最も興味深い発見は、従来の研究に反して脳は我々が考えていたよりも柔軟だったことです。また、新言語の学習が人々に『美しい老化』をもたらすかもしれません」と話しています。
「知らないと損!!手軽にできる頭の回転をよくする方法とは」より抜粋)


上に引用したことは、これまで「学院長 元気の出るブログ」で繰り返し述べてきたことと合致しています。
これらもすべて「勉強のひも」によってつながっています。


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英語ができるようになるには

2015.11.19日

日本人の大半は、自分は英語には関係ないと思っています。
しかし同時に、それ以外のほとんどの人は英語ができるようになりたいと願っています。英語ができると世界が広がると思っているからです。


実際、英語の必要度は高まる一方で、今や社内公用語を英語にして、英語で会議をしたり、社内文書を英語で回す企業や英語力を昇進の条件にしているところも増えてきているほどです。
身の周りの英語もどんどん増えてきています。
TOEICの受験者も年々増え、国内での英語熱は今まで以上に高まっています(「英語ができると得すること」)。
ところが、TOEFLやTOEICの結果を見ると、日本人の英語力はどうしたことか、いまだに先進国中最低レベル、世界全体で見ても下から数えた方が早いぐらい低いのです。


なぜでしょう?
すべての結果には原因があります。
ひとつにはほとんどの日本人の英語勉強法が、学校の試験のため、受験のためになっているからです。
英語を暗記科目だと思っているのです。
単語や熟語を一生懸命暗記し、文法を覚え、長文読解や作文問題をやり、発音・アクセント問題をこなし、リスニングテストの練習をしています。
そして、とりあえず学校のテストで点を取り、受験もなんとかこなして志望校に合格します。
しかし、みんな自分の英語力は大したことないと知っています。
大学に入ると英語はもう役目を果たしたかのように、みんな勉強しなくなります。文学部や外国語学部で英語を専攻する学生ですらそうです。
これで英語ができるようになったら不思議です。
英語と言えども日本語と同じ言語で生きています。それを、まるでテストのために源氏物語を覚えるような勉強法をしていて、英語ができるようになるわけありません。


私たち日本人がどのようにして日本語を身につけたかというと、まずはたくさん聞き、聞いたことを真似して話し、次にたくさん読んで、読んだことを真似て書いてきた結果です。
これを言うと、母国語と外国語では学習法が違うと言う人が必ず出てきます。
しかし、現実は逆で、外国語ができる人は国語もできるのです(「英語ができると国語もできるようになる!」)。
また、昨日の数学同様、英語も私たちの生活の中のあちらこちらに潜んでいます。たとえば、身の周りの外来語や歌の歌詞、街でよく見かける看板やテレビのCMなど。
普段からそれらに慣れ親しんでおくことは、英語の学習にも大いに役立ちます。


私の英語学習法はこれまでこのブログで繰り返し書いてきましたが、まずは大量に聴きました(「多聴多読多〇」)。
リスニングにかけてきた時間は数万時間になります。
今はiPhoneで、本を朗読したオーディオブックやセミナーを録音したCDを毎日聴いていますが、新たに別のCDをiPhoneに入れようとして整理し始めたところ、あるわあるわ。
なんと数百枚あるのです。
これらをすべて何回も繰り返し繰り返し聞いています。
この結果、英語を聴いていても日本語と同じ感覚で聴き取ることができるようになりました。


そして、たくさん聴くことは話すことにつながり、次に読むことにつながり、そして書くことにもつながるのです。
これが、英語の「勉強のひも」です。
単語、熟語、文法、読解、作文、発音・アクセント、リスニングなどをバラバラでやっていたら「ひも」でつながらないのは当たり前のことです。
英語の「ひも」が見えてくると、学習は楽しくなり、新しいことがどんどん頭に入ってきて、実際に生活の中でも使えるようになります。こうして、学んできた英語が初めて役立つのです。


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スケベニンゲン!?

2015.10.02日

私は小さい時から言葉が大好きです。
昨日の記事に書いたしりとりゲームは、子どもの頃スポーツが苦手だった私にとっては得意技でした。
下の記事は約6年前のものです。今、読み返しても吹き出してしまいます。
気分転換に皆さんもどうぞお楽しみください。


「まるであほ」


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本物の雄弁とは

2015.09.22日
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"Eloquent speech is not from lip to ear, but rather from heart to heart."
-- William Jennings Bryan - 1860-1925, Politician
「説得力のある演説とは、唇から耳へのものではなく、心から心に伝わるものである」
-- ウィリアム・ジェニングズ・ブライアン(1860-1925)、政治家
(訳:舟田譲二)


今回、国会の参議院では安保法案をめぐってもめにもめ、結局は予想通りの展開となり、初めに結論ありき、という感じでした。
入れ替わり立ち代わり、質問、答弁が繰り返されますが、どれもこれもごく当たり前の想定内のものばかりで、まるで予め用意されていた台本を読んでいるかのような印象を受けたのは私だけでしょうか。野党のパフォーマンスも鼻につくものばかりでした。ましてや恫喝まがいの発言や応酬、暴力による実力行使などもっての外。まるで幼稚園児の喧嘩のようで、正直テレビ中継を見ていて恥ずかしかったです。
安保法制の良し悪しをここで私は云々するつもりはありませんが、なんかもっとハートに響く、そして「なるほど」と、納得の行く演説をできないものなのだろうかと思いました。
ちょっと生意気な言い方ですが、先日来このブログでも繰り返し言っているように、英雄というか大物が政界に登場しなくなって時久しく、現代はまさに英雄待望の時代です。


冒頭の名言
「説得力のある演説とは、唇から耳へのものではなく、心から心に伝わるものである」
は今日よく言われることです。それをいち早く19世紀後半から20世紀初頭にかけてすでに語っていたというのは、さすが本物の雄弁家です。


ブライアンは、アメリカ合衆国大統領選挙における民主党の大統領候補者に3回選出された、アメリカの歴史の中で最も人気のある雄弁家の一人。
彼はまた敬虔な長老教会派の信者であり、大衆民主主主義の強い支持者であり、銀行と鉄道の厳しい批判者、1890年代の銀本位制運動のリーダー、当時の民主党の最有力者であり、平和主義者、禁酒法支持者であると共に、ダーウィニズムの反対者でもあり、また、19世紀後半と20世紀前半のアメリカのポピュリズム(人民主義)における最も著名なリーダーの一人であった。
(以上、Wikipediaより抜粋)


このような本物の、心から心へ力強く語りかける雄弁家、そしてそれを実行できる人物が求められる今日の日本です。


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言葉遣い

2015.08.16日

私はどうも生真面目というか、クソまじめというか。
まあ、きっとクソまじめなのでしょう。
言葉遣いにとてもうるさいのです。
昨日も録画しておいたテレビ番組「心と脳の白熱教室 『あなたの性格は変えられるか』」を見ていたのですが、英語で話されているのを日本語に翻訳してナレーションをしている人が「気高い」という言葉を「きだかい」と言っているのを聞いてちょっと幻滅してしまい、素晴らしい番組の価値が半減したかのような気がしました。
もちろん、これは「けだかい」と読みます。


ほかにもこれまでこのブログで言葉に関する記事はたくさん書いてきましたが、昔、言語学をやっていたこともあってか、とくに言葉遣いについてはうるさいのです。
今ではもう当たり前のようにみんなが使っている「なので…」という言い方も、私は好きではなく、自分では絶対に使うことはできません。
考えてみたら、「嗚呼、福田恆存先生!」の中に書いた福田恆存先生や、金田一春彦先生(「自分を買ってもらえ そこ2」)など、国語の大家から受けた影響が大きいのかもしれません。


また、言葉遣いに敏感な私は、ええとこのボン(「今日は何の日?」)じゃないですが、これまで一度も妻や子どもたちに対してさえ「俺」とか「お前」という言葉を使ったことがありません。親しい友達の間ですらそうです。自分のことは「僕」、「私」また「パパ」などと言い、相手のことは名前を使って呼んでいます。
小学生のとき、近所に住んでいた2歳年下の子が自分のことを「わし」と言っているのを聞いて驚き、「僕」と言った方がいいよと教えてあげたことがあるほどです。


このような言葉遣いになったのは、おそらく両親の育て方の故でしょう。
私は小さい頃から言葉遣いにはデリケートで、言葉が大好きでした。
ですからきっと福田先生や金田一先生とも波長が合い、大学では英語、英語学を専攻して、大学院では言語学を専攻することになったのだと思います。


このような私が聖書に触れたとき、聖書の言葉
「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった」(ヨハネによる福音書 1:1)
はまさに私の魂に即座に響き、その後の聖書理解、神理解に大いに役立ちました。


私たち人間が人間たる所以は、言葉を使うことにあり、そしてこの言葉は神様ご自身が私たち人間とコミュニケート(意思疎通)するために与えられた最大のプレゼントだと確信するのです。


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心は花のようなもの

2015.06.24日
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"People will not bear it when advice is violently given, even if it is well founded. Hearts are flowers; they remain open to the softly falling dew, but shut up in the violent downpour of rain."
-- John Paul Richter
「たとえまともなアドバイスであってもきつい調子で言われると人は我慢できないものだ。心は花のようなもの。優しく包んでくれる露に花は開き続けるが、激しく降りかかる雨には閉じる」
-- ヨハン・パウル・リヒター
(訳:舟田譲二)


ヨハン・パウル・フリードリヒ・リヒター(1763-1825)はドイツの小説家。
このリヒターの言葉は私たちみんなが肝に銘じておくべきものです。
私たちはとかく「義」「正しいこと」「まともなこと」「常識的なこと」「明白なこと」などを相手に言えば通じると思いやすいです。
しかし、上でリヒターが言っているようにたとえ言っていることが100%正しかったとしても、その言い方がきつい調子だったり、相手を責めるような調子だったりすると、人はそのようなアドバイスは聞きたくないものです。
それはあたかも激しく降りかかる雨に花が閉じるようなものだ、と。実に小説家らしい素敵な表現です。


これは子どもとて同じです。親からあまりにも理詰めで「これはいけない」「ああしろ」「こうしろ」「お前は間違っている」などと言われても、心を閉ざすものです。
夫婦関係においてもしかり、職場の人間関係もそうです。
言っている内容が正しいかどうかではなく、その言い方が相手の心を動かすかどうかが問題なのです。


今一度、自分自身の言葉遣いを点検しましょう。
花を覆う露のように優しいでしょうか。
それとも激しく降りかかる雨のようでしょうか。


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トイレ考 その3

2015.02.11日

昨日は朝からとても晴れて暖かい一日でした。とは言ってもまだまだ寒かったですが。
朝、教室に着くと、目の前に雪をかぶった富士山が目の前に大きくそびえ立っていました。写メを撮ったのですが、写真だとやはり遠くなので小さくしか映っていません。教室の前の通りの先にある山の上に頭をのぞかせています。山がないところでは、本当に雄大な姿を見せていて迫力満点です。


academyFuji.JPG

(クリックすると拡大されます)


昨日この建物の中で起こった夜の個別のクラスでの出来事。
教えていた中3のKさんが
「すみません。トイレ行ってもいいですか?」
「もしだめだって言ったらどうする?」と私が変なつっこみ。
Kさん、思わずニタリ(というか苦笑)。


思い出したのは先日FBフレンドのYさんから送られてきたこの画像。


cattoilet.JPG


しばらくしたら今度は自習をしていた中2のHくんが尋ねました。
「先生、トイレ借りてもいいですか?」
私は返事しました。
「うん、貸してあげるけどあとでちゃんと返してね」
Hくん、「???」


これは平塚市内の某ドラッグストアにあった張り紙。


toire.JPG


図書館の本じゃあるまいし、トイレって貸し出しすることなんかできませんよね。
お粗末ながら「トイレ考 その2」に続くシリーズその3でした。今日はちょっと気分転換でした。


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コミュニケーションの大切さ

2015.02.03日

「コミュニケーション」の大切さが指摘されるようになって時久しいです。
みんなコミュニケーションが重要なことはよくわかっているのですが、一般に日本人は下手なように思われます。
コミュニケーションは日本語に直すと「意思疎通」で、お互いに忌憚(きたん)なく心の中に思っていることを相手に伝え、理解し合い、争い事などを避け、より良い人間関係を築くためのものです。
今回の「イスラム国」との摩擦や衝突などを見ても、やはりコミュニケーションがうまくできていないな、と思わずにはいられません。


先日の記事「満足とは」に引用した哲学者・エピクテトスの有名な言葉にこのようなものがあります。
「神は人間にひとつの舌と、ふたつの耳を与えた。しゃべることの2倍多く聞けということだ」
これは実に真理をついており言い得て妙です。
さらに言うならば、人間には目もふたつ与えられています。これはすなわち、お互いに相手の目をふたつの目でしっかり見て、コミュニケーションを取りなさい、ということでもあるでしょう。


昔、英会話を教えていた方で、ある大手の商事会社を定年退職して家にいながらご自分の趣味をいろいろやっていらっしゃる方がいました。
家に呼ばれて行ったことがあるのですが、奥さんとふたり暮らし、そして犬がいました。
気がつくと、ご主人も奥さんもふたりとも笑顔で犬とはよく会話されるのですが、ご夫婦の間ではまったく会話がないのです。
なにか言いたいことがあると、お互いに犬を通じて相手に伝達していらっしゃるような感じでした。
日本人の高齢者の夫婦間によく見られるコミュニケーションがうまくできていない典型的なケースです。

私たち夫婦も今年高齢者の仲間入りをするのですが、よくこれだけ話すことがあると思うほど、日々のニュースのことから私たちの信仰のこと、仕事のこと、仕事に関わる人たちのこと、知人・友人・親族のこと等々、どんな話題でも顔を合わせている間はネタが途切れることはありません。
もちろん行き違うこともありますが、そのようなときにはお互いに素直に謝ります。
そして、エピクテトスのアドバイスに従って、話す2倍の時間をかけて相手の言うことに耳を傾け、そして相手の目をしっかりと見つめながら。
高齢者特有の、相手は言ったことを忘れて同じことを何度も言うけれども、こちらもそれを忘れてしまっているので聴く(笑)という面もあるようですが。


communication.jpg


新聞の「人生案内」などを見ていると、たいがいの問題の根底にはこのコミュニケーションの不足があるように思われてなりません。


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急ピッチの時代の変遷

2015.01.27日

朝ドラ『マッサン』の中で、マッサンとエリーの愛娘エマが学校でいじめられます。当時、日本では珍しかった、とくに北海道などではまず見られなかった外国人のお母さんだったからです。
子どもたちは面白半分でエマをからかいます。
「お前の母さん異人さん。拾われてきた子だ」と言って。


いじめは何も今に始まったことではなく昔からありました。
私も小学生のころ、名前が「ジョージ」というだけでよくいじめられました。さすがに異人とは言われませんでしたが、
「ジョージ、ジョージ、ゾーリ」
などとと言われたりして。
母をマミー、父のことをダディと呼んでいたことも当時は珍しく、アメリカのテレビドラマでよく耳にした「ダーリン」と聞き違えて、みんなに「ダーリン、ダーリン」と言われたこともありました。


ところでこの「異人」という言葉、今ではもう使われなくなり「外国人」にとって代わって、国際結婚はもう珍しいものではなくなり、むしろハーフの子の方がもてはやされる時代になりました。


時代の変遷の早さに驚かされます。
私たちが高校生のころは喫茶店への出入りも禁じられていましたが、今やこの喫茶店もほぼ死語にになり、カフェと呼ばれています。


小学3年生のとき、学校でトイレに行きたくなったのですが、当時のボットン便◯にはトイレットペーパーなどなく、自分が持って行ったチリ紙がなければ使えませんでした。
それでとても恥ずかしい思いをしながら友達に小さな声で「チリ紙貸して」と言ったところ、親友だと思っていた彼はふざけて大声で「御不浄行くの?」と言い、それにつられて他の男子たちも次々と面白がって「御不浄、御不浄」と言い出しました。たったこれだけのことですが、私は顔を真っ赤にしてトイレに行けなくなってしまいました。
御不浄というのは、当時私たちの母親などが使っていた言葉で、元来「浄(きよ)くない」ところという意味からできています。
これも今では死語です。


この他「食堂」はレストランに、「接吻」はキス等々、言葉はどんどん変わり、それとともに生活環境や習慣なども大きく変化してきました。


これからの時代がどのように変わっていくのかわかりませんが、おそらく今まで以上の早さで変化していくことでしょう。
楽しみでもあり、同時にちょっと怖い気がするのは歳取ってきた証拠でしょうか。


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リラグゼーション

2014.10.27日

私はリラックスできないのです。
この「リラグゼーション」(リラクゼーションの表記もあり)という言葉を見たり、聞いたりすると。
「リラグゼーション」ってどういう意味ですか? と尋ねたら、誰でもすぐに「リラックスすることに決まってるじゃないか」と言うでしょう。
正しい発音はリラックスからきているので、relaxation「リラクセイション」となります。
日本語ではカ行、サ行などは清音と呼ばれ澄んだ音なのですが、ガ行、ザ行などは濁音と呼ばれ、濁った音です。だから私は「リラグゼーション」という発音を聞くとリラックスできなくなるのです。
一体だれがこの「リラグゼーション」という言葉を生み出したのでしょう。


あと、これもリラックスするためにの jacuzzi 「ジャクーズィー」なのに、「ジャグジー」と言われると同じものに浸かっていても疲れが取れなくなります。



これからアイススケートのシーズンになりますが、今日もテレビで「エキシビション」と言っていました。
これは本来、exhibit (エグズィビット)の名詞形ですから「エグズィビッション」という発音になります。
これも初めから正しい発音(せめて原音に近い「エグジビション」)で輸入して日本語化しておけば良かったのに…とついつい思ってしまいます。


つい最近、寿司屋に行ったときのこと。
すぐ近くのテーブルで親と子どもが「アボガド」と言っていました。
なるほど、メニューにも店内の貼り紙にもそう表記されています。
これは英語では avocado で正しい発音は「アヴォカードウ」です。
「アボガド」と言われると私にはせっかくの美味しさが台無しになってしまいます。せめて「アボカド」と言ってもらいたいものです。


しばらく前の記事「国語用法の誤り」にも書いたのですが、「五千円からお預かりします」は非常に居心地が悪いです。しかし、今日は「五千円でお預かりします」とレジで言われ、アッまた新種が現れたと思いました。
なぜ単純に「五千円お預かりします」と言わないのでしょうね。


このほか、あちこちでよく耳にする変な日本語で「バッグ」を「バック」、「ドッグ」を「ドック」など挙げ出せば切りがありません。
もっと言葉を大切にしてもらいたいものです。


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代価と代償

2014.03.20日

昨夜、自宅の机につけてある蛍光灯スタンドの球が切れました。
そこで今日は雨でしたが、近くの◯◯電機まで歩いて買いに行くことにしました。
本当は低気圧のせいか気分はかなり滅入っていて、昼食後はそのまま布団に入ってひと眠りしようと思っていたのですが、気分転換のために思い切って傘をさして出かけました。
一昨日、昨日と違って今日はかなり寒く、また冬に戻ったような感じでした。


◯◯電機で型番を伝えて店員さんに探してもらったところ置いていないとの返事。
近くだったら☐☐☐☐ホームセンターさんにあるかもしれないと言われ、思い切って足を伸ばすことにしました。
ところがここにも置いてなく、◯◯◯◯ホームセンターだったらあるかもしれないとのこと。
そこまでは歩いて1時間以上かかりますし、しかもこの雨と寒さの中。もうあきらめることにしました。
そして、そこから引き返して家に戻ろうとしたのですが、せっかくここまで来たのだからもうちょっと足を伸ばして、いつもの散歩コースを逆回りで海岸まで行こうと思いました。


途中、だんだん横殴りの風が強くなってきて、雨が容赦なくズボンや傘をさしている上着にも打ちつけます。
でもこうなったら最後まで歩きとおそうと心に決めました。


歩いているうちに体が温まると同時に沈んでいた心も少しずつ明るくなってきました。
いつものように歩きながら声に出して祈り始めました。
「神様、感謝します。感謝します。感謝します」と言っているうちに、感謝すべきことが次から次へと頭に浮かんで、感謝は途切れません。
今年、私に与えられている聖書の言葉、
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです」
(テサロニケ人への手紙 第1 5:16〜18)
が頭に浮かんできました。


そういえば、最近「喜ぶ」ことが少ないなぁ...、と気づき、喜ぶべきことをまた一つひとつ数え上げながら感謝を神に捧げました。


そうしているときにとても大切なことに気づきました。
「そうか、今、雨の中を歩いていてずぶ濡れになっているけど、これは健康になるための代償なんだ」と。
「代償」というのは、「目的を達するために、犠牲にしたり失ったりするもの」というような意味です。
ウォーキングという時間や労力、そして今日の場合は雨に濡れるという犠牲を払って、健康を得るのです。


私たちは日常生活の中で、常にさまざまな「代価」を支払って、何かを成し遂げるための犠牲や代金などを支払っています。
家で使っている電気や水道・ガス、インターネットや携帯電話、食品、着物等など、すべて代金を支払ってその恩恵にあずかっているわけです。


上に挙げた「代償」と言うとなにか自分が損をしているような感じがしますが、この「代価」という言葉を使うと益を被る、というプラス面がクローズアップされます。
私は今、毎日、玄米採食を中心とした食事療法をしていて、以前大好きだったラーメンや焼き肉やギョーザ、ピザ、ケーキやアイスクリームなどといったものは一切食べていません。
また、今日も雨の中約12キロほど歩いてきましたが、このウォーキングも時間や労力といった犠牲が伴っています。
しかし、今、自分が一番求めている健康を得るためには、このような「代償」は全然痛くもかゆくもありません。
なぜなら、その結果、自分が一番求めている「健康」を手に入れることができるからです。
ですから、私にとってはこれらは「代償」ではなく、むしろ喜んで捧げる「代価」なのです。


このように考え始めると、もうウォーキングも食事療法も全然苦痛ではなく、むしろ楽しんでできるようになります。
生徒や学生にとっての勉強だって同じです。
試験のためとか、仕方なく、あるいはいやいややっていると、これは「代償」で、身に着くものも着かなくなってしまいます。
それに対して、多くの子どもたちが学校の部活などでサッカーや野球などのスポーツには喜んで、時間も労力も捧げます。
これはうまくなる、レギュラーになって試合に出る、試合に勝つ、などの対価が得られる「代価」だからです。


私たちはやることなすことすべて、自分の益のために「代価」を払っていると思えば、同じことをやっていても全然苦痛ではなくなり、むしろ楽しいこと、喜ばしいこととさえなるのです。
同じ生きるのなら、そのような生き方をしないと損じゃないですか。


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魔法の言葉

2013.12.08日




人見知りで、いつも父の背中に隠れているような子どもでした。そんな私に、人前に出るきっかけを与えてくれたのが、愛知県岡崎市立矢作西小学校6年の時の担任だった筒井博善先生(故人)。当時50歳代後半で、一人ひとりの児童によく目配りしてくださる先生でした。
 新学年が始まって間もない音楽の授業。ピアノが苦手な先生は、「代わりに弾いてくれないか」と私を指名しました。「できません」と何度も断ったのに、先生は「絶対にできるから、やってみなさい」と励ましてくれました。両親から音楽の先生を目指していることを聞き、引っ込み思案な私に活躍の場を与えてくれたのでしょう。
 学芸会でも、準主役のお姫様の役をくださいました。その時も「できるよ」と背中を押してくれました。とても恥ずかしかったけれども、大勢の前で演じる喜びも味わいました。
 先生が体調を崩して2〜3週間入院したことがありました。退院して登校した日の朝の光景が、今も忘れられません。職員室に駆けつけ、窓の前にひしめき合いながらクラス全員で先生の姿を探しました。振り向いた先生が笑いかけてくれた時、涙が出るほどうれしかったのを覚えています。
 それまでは「どうせダメだから」とあきらめがちだったのに、先生に「できるよ」と言われると、「ひょっとしてできるかも」と自信が湧いてくる。私にとって「魔法の言葉」でした。先生に出会わなければ、人前で自分の音楽を聴いてもらうシンガー・ソングライターを目指すこともなかったかもしれません。

(7月1日付 読売新聞 インタビュー 「私の先生」より)


シンガーソングライター、岡村孝子さんにとって、人生を変えた「魔法の言葉」は、小学6年の時の担任教師の「できるよ」でした。
私も教育関連の仕事に携わって足かけ40年。
この間、この「できるよ」の魔法の言葉を何回使ってきたことやら。
生徒は頭から「無理」と言うのですが、それを説得して自信を持たせ、背中を押してきた結果、英検・漢検・数検などの検定試験を始め、高校・大学受験でも、また就職において、人間関係の修復などにおいても、この魔法の言葉が数え切れないほど実現してきました。そして、これらの体験をこのブログに数多く記してきました。


私自身もそうでしたが、人間というものは基本的には否定的・消極的な考えが支配していることが多いようです。
そのような中で、学校や塾の先生、親、友達などの「できるよ」のようなちょっとした励ましの言葉が「魔法の言葉」になることは古今東西よく知られていますし、それを体験してきた方も読者の中にきっとたくさんいらっしゃることと思います。


皆さんの、お子さんや兄弟姉妹、夫や妻、親、友達あるいは生徒や先生、会社の同僚や上司、部下を含め、あらゆる人間関係において、その人を生かす「魔法の言葉」は考えてみればいくらでも見つかります。
「夫婦の間のあいうえお」シリーズや「子育てのあいうえお」シリーズなどをぜひ日々の生活の中で実践していただければと思います。
その逆の、人をつぶす「悪魔の言葉」(「子育て禁句のあいうえお」など)は子育てだけでなく、あらゆる人間関係においてできる限り使わないようにしましょうね。


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小さな一歩一歩の積み重ね

2013.10.21日

昨日は朝起きた時から体調不良で、朝食後もう一度寝直しました。
その後も思うように回復しなかったのですが、先日書いた記事「やる気が出ない時」を思い出して、それに従って行動することにしました。


洗濯したり、掃除をしたり、網戸を洗ったり、ウォーキングに出かけ、ついでに買い物をして、戻ってきてからは料理にとりかかりました。
野菜スープを作りました。
正直、辛かったのですが、動いているとそのことに集中して気分転換になり、結果的に良かったと思います。
スープも結構美味しくて大満足でした。


昨夜はくたくたに疲れていたので夜はぐっすり眠れました。
そしたら、今朝は割と元気に起きることができました。
やはり「やる気が出ない時」は、行動を起こすことだと再確認した次第です。
学生の場合も、勉強をやる気が起きない時の最善の処置方は、勉強をすることだと思いました。


そして、今日は2回に分けてトータル約2時間、12キロ近く歩くことができました。
さらに今晩も料理にチャレンジしました。
なんと肉じゃがです。



包丁も今まで触ったことがなかったので、材料の準備に時間がかかりましたが、これもなかなかうまくできて、我ながら「うまいっ!」って感激しました。
このことから、包丁さばきにしても、料理にしてもやはり同じことを繰り返し、慣れることが一番だ。
ということは、学生にとっても勉強は繰り返して慣れることだとつくづく思いました。


さらに今日のもう一つの収穫は、ウォーキングしている途中、市の体育館に立ち寄って、トレーニングジムについて尋ね、明後日の講習会を申し込んだことです。
この講習会を終えると、これからいつでも施設を使えるそうです。
体育館用の上履きが必要と言われ、帰りにスーパーに寄って早速、食料品と一緒に靴も買ってきました。


私にとっては大きな第一歩です。
これまで、このようなことをしたことがなかったので、これも自信につながり、さらに心身の訓練、癒しにつながることと確信しています。


誰の人生にも試練はつきものですが、そのような時はやはりたとえやる気が起きなくても、行動を起こすことが一番だと改めて教えられました。
このような小さな一歩一歩の積み重ねが人生を作るのですね。


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国語の用法の誤り

2013.02.06日

いつの時代も言葉の乱れを年配の人たちは嘆いています。
しかし、最近の言葉の乱れは目を覆うばかりです。このまま進むと、美しい日本語がどんどん失われていきそうで、空恐ろしく感じます(私は「年配」と呼ばれるこの年になる30年ぐらい前からそのように感じていますが)。


そうしたところ、今日の読売新聞27面「放送塔」に、一読者からの次のような投書が紹介されていました。
「フジ系木曜夜のドラマ◯◯が面白くて見ている。ただ、登場人物のせりふが気になる。『どうなるんだろう的な』『鳥になりたい系の人ですか?』『もう少しいますか的なことに」といったせりふがよく出てくる。若い視聴者に影響を与えると思うので、言葉遣いに気をつけてもらいたい」
投書の主は44歳の女性。若くてもこのようにはっきりと発言できる方がいらっしゃることに安堵しました。


十数年前、ある生徒のお母さんと三者面談をしていた時、お母さんの口からちょうど上のと同じ
「わたし的には」
が多発されていて驚きましたが、今やこれは当たり前のように使われています。
「心情的に」という言い方はありますが、「私的に」とは言いません。この場合、「私としては」または「私にとっては」と言うべきです。


言語学を専門にやってきたものにとって、毎日のように生活のあちらこちらで耳にする次のような言葉遣いには正直なところストレスを感じています。


「〜先生は頑張られております」
「〜されておられます」

「〜られる」は目上の人に対する尊敬語で、「おります」は自分のことをへりくだる謙譲語。これらは、「〜していらっしゃいます」と言うべきもの。
「なので、〜」
「なので」は、たとえば「東京は大都会なので、交通網は世界で最も発達している」のような使い方をし、前の文章が終わって「。」のあとで「しかし」のような接続詞的な用法は誤っています。本来は「ですから」「だから」と言わなければなりません。
「全然面白い」
「全然」は「全然面白くない」のように、否定形で使います。これは一種の流行り言葉でしょうが、聞いていて不快です。「ものすごく面白い」と言うべきです。
でも、先日中高一貫校を受検した生徒に電話をして、「どうだった?」と尋ねたところ、「全然できました!」という返事。このような「全然」なら大歓迎です。私もつられて、「下手すると全員合格かもね」なんて言っちゃいました。
「食べれない」「見れない」
これらは本来「食べられない」「見られない」と言うべきもので、いわゆる「ら抜き」と呼ばれている流行り言葉です。
「今日は多くの方々が足を運んでいただきました」
「多くの方々が足を運んでくださいました」と「多くの方々に足を運んでいただきました」が混ざった形で、主語と述語が一致していません。
「ここの美容院は値段が高い」
「値段」「価格」は物の値に使い、サービスには「料金」を使います。また、募金や献金などは「値段」とは言わず、「金額」と言います。
「なにげに」
もともとは「何気なく」だったのですが、20年ぐらい前から「なにげに」使われ始めました。
「こちらお水になります」
これは最近、レストランでよく耳にする表現。「お水です」「お冷です」で十分です。手品でお茶をお水に変えるのなら別ですが。
「1000円からお預かりします」
これはいつの間にかもう立派に市民権を得たかのように、どこでも使われています。
「1000円お預かりします」と「1000円からのお釣りです」がチャンポンになったようです。
「お車のお呼び出しを申し上げます」
車は呼び出しても返事しません。「次のナンバーのお車をお持ちの方、お呼び出し申し上げます」とでも言うべきでしょう。
「申しておられます」
「申されております」

これも「申す」という謙譲語と「おられる」という尊敬語が合体しています。これは学校の卒業式や入学式などで、「今も校長先生が申しておられましたように…」と、まるで学校の先生が間違った敬語を教えているような感じです。
同様に、「申されております」も「申す」という謙譲語、「される」という尊敬語、「おる」という謙譲語が一緒になった奇妙な敬語です。
「おっしゃっています」と言うべきです。
「◯◯療法をされている患者様へ」
「◯◯療法をされている」というと、まるで人体実験でもされているかのような感じです。正しくは「◯◯療法を受けていらっしゃる患者様へ」。
「お食事はされていないですね?」
お食事は「される」ものではなく、「する」ものですから、「お食事はしていらっしゃらないですね?」の方がいいです。尊敬語に「〜される」もあるのですが、「〜される」には受け身表現もあるので、尊敬語は「いらっしゃる」を使う方が無難です。
「食べられますか?」
これも上と同様です。上の3つの表現は、最近通っていた市民病院で耳にしたものです。
「いただかれますか?」
「いただく」は謙譲語。上の「食べられますか?」も「いただかれますか?」も、尊敬語の「召し上がりますか?」と言うべき。
「呼ばれていた」
「呼ばれていた」だと「昔、◯◯と呼ばれていた」のように聞こえます。ここでは、「呼んでいらっしゃった」という尊敬語の意味で使われていました。


このように、とくに敬語に関する誤りがとても目立ちます。日本語は敬語が美しい言語ですから、敬語の正しい使い方をしっかりと身につけたいものです。
また、冒頭の投書の中でも言われているように、テレビのドラマで使われるセリフを始め、タレントなどが使う言葉は非常に真似されやすいので注意が必要です。


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しびれる〜!

2012.01.03日

先日、高1のT君にセンター試験対策の現代文をやっていた時、しびれる文章に出会いました。


「彼は自分の帰る場所に存在している大人たちから、自分の困難が、成長と共に減って行くであろうことを予測していた。それは、時間の流れに沿って泳いで行けば、たちまち、同種の人間たちに出会うだろうという確信に近いものをもたらした。
 過去は、どんな内容にせよ、笑うことが出来るものよ。母親は、いつも、そう言って、秀美を落ち着かせた。自分の現在は、常に未来のためのものだ。彼は、そう思った。そして、ある堤防まで辿(たど)り着いた時に、現在は、現在のためにだけ存在するようになるのを予感した。堤防を越えようとする時、その汗のしたたりは、現在進行形になる筈(はず)だ。それまでは、どのような困難も甘受するのが、子供の義務だと、彼は思った」
(山田詠美『眠れる分度器』より。太字はブログ筆者)


T君は高1であるにもかかわらず、センター試験対策の現代文をほとんど90%の精度で正答します。満点の時もしばしばです。
しかし、その彼がどうしても上の太字の部分がわからない、と言います。
逆に、私はそれこそ年の功か、あるいは波長が合うのか、この部分がビンビン来て、それこそ「しびれる〜!」という感じでした。


「過去は、どんな内容にせよ、笑うことが出来る」 - そう。嬉しかったことも、悲しかったことや、辛かったことも、成功したことも、失敗したことも、今となっては全部いい思い出。過去を振り返ると笑うことができる。
「自分の現在は、常に未来のため」 - これはまさに私の信念そのもの。
「ある堤防まで辿り着いた時に、現在は、現在のためにだけ存在する」 - 堤防は目の前にはだかる困難や試練。それに直面するときはまさに現在。
「堤防を越えようとする時、その汗のしたたりは、現在進行形になる」 - 困難・試練を越えようと一生懸命あがく時、汗がしたたり落ちるが、それが常に現在進行形。この現在進行形の積み重ねが成長につながる。


と、例を挙げながらT君に説明したところ、T君の顔がパッと明るくなりました。
うん、うんとうなずき、納得がいったようです。


この現代文の問題集には、小説から論説文、評論文、古文などいろいろな作品の一部が抜粋されているのですが、その一つひとつから学ぶことが多く、いつもとても得をした気分になります。
先日は、三島由紀夫の『剣』の問題だったのですが、T君は意外なことに三島由紀夫の名前を聞いたことがないと言い、そこで私がちょうど大学生だった時の彼の自衛隊市ヶ谷駐屯地でのクーデターの企てと割腹自殺の話をし、また彼の代表作やその特徴、川端康成や太宰治等との交友、映画化された作品の話などをしました。


ほんのつまみ食いにしか過ぎないのですが、いろいろな作品に出会えるというのは幸せなことです。
これをきっかけにT君が原書に進むことをいつも願っている次第です。
そう言う私も、問題を解きながら「しびれた」作品を最初から全部読みたいと思っています。


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言魂(ことだま)

2011.12.18日

一昨日、中3生のSさんが書いた作文のコピーを私に手渡してくれました。
先日、三者面談の際、この夏に書いた作文のことが話題に上り、ぜひとも読ませていただきたいとお願いしていたものです。
Sさんは去年も神奈川県で優秀賞を受賞していて、去年の作文「ご近所力」も素晴らしい内容でしたが、今年のもそれに劣らないものでした。
読んでいて何度も胸が熱くなり、涙が出てきました。
私がアメリカの大学院で7年間かけて学んだ言語学、心理学、教育学、宗教学を、Sさんはわずか15歳で悟ったとも言えるほどで、彼女の豊かな感受性と表現力に感動を覚えました。
「私は子どもたちはこの社会の子どもだと思い育てています。
自分の利益のためでなく、誰かのために何かの役に立つ人になってほしいです。
ゴールは進学校でも難関大学でもなく、社会で役に立つ人です」というお母さんの言葉どおりに育っているSさんがとても頼もしく見えました。
本人の了承を得て、ここに全文そのまま引用させていただきます。
どうぞ皆さんも心ゆくまでこの作文を堪能してください。


『言葉の力』


 「言魂(言霊)という言葉を聞いたことがあるだろうか?古来、日本において言葉に宿ると信じられた霊的な力のことを言う。言魂とは、声に出した言葉が現実の事実に対して、何らかの影響を与えるものと信じられ、良い言葉を発すると良いことが起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こると伝えられた。
 今まで私は、この言魂の力に何度も助けられてきたように思う。
 七月。バスケットボール部で練習を積んできた私にとって、中学校生活最後の夏の大会が始まろうとしていた。レギュラーの私はその時、ひどい貧血と偏頭痛でコンディションは最悪だった。思うように動かない体に、プレッシャーがずっしりと重くのしかかっていた。そんな時に、不安は重なる。ゲームリーダーとして、いつもチームを引っ張っていた友達が練習試合でけがをした。
 『一週間後の初戦までに間に合わないって。』
目を真っ赤にした友達の顔が揺らいで見えた。
(どうしよう・・・でも、勝たないと・・・)
次の試合に友達が戻ってくるまで勝ち進まなければ、という気持ちが、また強いプレッシャーとなった。
 それでも部活中は、仲間のやる気に自分を奮い立たせることができた。でも、家に帰ると涙がわっと溢れ出た。私は副部長として力が足りない。まして、チームを引っ張っていけるほどバスケットがうまい訳でもない。レギュラーで一番足を引っ張っているのも私だ。今すぐバスケットをやめてしまいたい。小さい子のように、大声で泣き叫ぶ自分が恥ずかしいと思わなかった。
 あんなにつらくて、長く感じた一週間はなかった。試合が始まると、弱音ばかり吐いていた私は、嘘のようにシュートをきめた。大きな壁を乗り越えられた瞬間だった。私たちは初戦を勝ち進み、友達は試合に復帰することができた。中学校生活最後の試合は、市内三位、ブロック大会ベスト8入りで終わった。私の心は、達成感で満ちていた。
 もう着ることもないユニフォームを見て思い返す。いつも私は、くじけそうな心をたくさんの言葉の力で助けられていたことを・・・。
『優衣が頑張っていることは、みんながわかっているから。』
先生の言葉は、私を安心させてくれた。
『大丈夫だよ。』
チームメイトはそう言って体調を気遣ってくれた。
『頑張ってきた自分に自信を持ってごらん。』
母はいつも私を見守り、励ましてくれた。言葉のひとつひとつが積み重なって、私の力になっていた。宝物になっていた。そのことに気づいた。
『みんながいてくれたから、ここまで勝つことができたんだよ。ありがとう。』
友達の言葉が優しく心に響いた。
 ひと息ついて思う。今の日本はどうだろう。あの東日本大震災から五ヶ月。草花の新しい生命が芽吹く春に、消えてしまった多くの命を悔やみ、嘆き、言葉にならない悲しみがガレキの大地に涙を降らせた。涙は復興への芽となり、やがて、たくさんの希望の花のつぼみを膨らませようとしている。
『がんばろう日本。ばんばろう東北。』
がんばろうという言葉に、こんなに魂を込めた時があっただろうか。力強くも、優しく投げかけたその言葉が日本中に世界中に溢れている。
 日本最古の和歌集である万葉集に、日本は言魂の力によって幸せがもたらされる国『言霊の幸はふ(さきわう)国』と書かれている。私たちは心の奥底にある思いを言葉に換え、声にして、この国が辿る復興への道標を示さなければならない。ひとりひとりの持つ言魂が日本を支える力になる。日本は幸せな国になる。
 言葉は力に変わる。私は今、心のこもった言葉で誰かを支えたり、励ましたり、幸せにできるような人になりたいと心の底から思う。」


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なので、「なので」は使わない!

2011.12.16日

最近よく使われている表現に「なので〜」があります。
10年ぐらい前から使われ始めた記憶があり、比較的新しい用法です。
誰かがこの言い方を始めたところ、あっという間に広がり、学校の先生たちも使うようになりました。


本来、「なので」は、「今年は暖冬なので、冬物の衣類の売れ行きが悪い」のような使い方をします。
これを文頭で接続詞として使う「なので、私は◯◯には反対です」のような言い方は、文法的には正しい用法ではありません。


しかし、最近はテレビのバラエティ番組の出演者のみならず、アナウンサーまでが「なので〜」を多用し、日常よく耳にするようになってきて、市民権を得る一歩手前まで来たような感じです。
ひょっとしたら10年後には国語辞書にもこの用法が載るようになるかもしれません。


話し言葉で使う「なので〜」にもまだ違和感があるのですが、これが書き言葉になるとくだけた感じになり、より一層違和感は強くなります。
文章にする場合は、
「だから」「したがって」「そのため」「ですから」「よって」
という言葉を使った方が間違いありません。


今、ちょうど中3生の自己PR書の書き方や面接、1分間スピーチを、そして小学6年生のNIEのグループディスカッションなどを指導しているところです。
この「なので〜」は正しい用法ではないので使わないようにと言っているのですが、周りの人たちがみんな使っているので、それが当たり前になっていて、ついつい無意識に使ってしますようです。


学校の先生たちも使っているぐらいですから、そこまで気にしなくてもいいのではないかと言う人もいますが、私のように気になる人もまだたくさんいることも事実で、そうである以上は使わないに越したことありません。


なので、「なので〜」は正しい日本語と認められるまでは使わないようにしましょう。あれっ?


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チームティーチング

2011.11.14日

「チームティーチング」
最近この言葉をよく新聞等で見かけます。
たとえば、AET(外国語指導助手)と日本人英語教師がペアになって教えるというものです。
英語の授業に限らず、複数の教師がお互いに協力し合って一つのクラスを教えるというのは新しい方向性で、いろいろな可能性があり、とてもいいと思います。
これからどんどんこのような形の授業が増えていくことでしょう。


ひとつだけしっくりこないのは、この名称です。
「ティーチング」と言いながら、なぜ「チーム」と言って「ティーム」と言わないのでしょうか。
「チームティーチング」は、私にすれば実にぎこちなくて、舌を噛みそうです。
昔は日本語に「ティー」という発音がなかったためそれに代わって「チー」という音を当てたのでしょうが、今や「レモンティー」や「ティーンエイジャー」、「ピーティーエー」など、「ティー」という音はすっかり日本語に定着し、お年寄りでも「ティー」と発音できない人などいないでしょう。
というか、もし「レモンチー」とか「ピーチーエー」などと言ったら、変人だと思われることでしょう。


なぜ「ティーム」でなく「チーム」という言葉がいまだに使われているかと言うと、「チーム」が広く日本人全体に定着しているからです。
確かにこの理由は理解できます。
しかし、最近、外来語の表記法がより原語の発音に近い形にどんどん変えられてきているのに、いつまでも「ティーム」でなく「チーム」を使っているのは納得いきません。


その理由は、英語教育の観点から好ましくないからです。
中学生などで、結構英語のできる生徒でも "team" という単語を見て「チーム」と発音する生徒がいるのです。すなわち「チーム」が正しい英語の発音だと思い込んでいるらしいのです。
フォニックスで "tea" は「ティー」と発音すると最初に教えておけば、このスペリングは簡単に覚えられるし、しかもペットボトルの飲み物などで子どもたちにもよく目についているのでまったく問題ありません。
そして、"tea"を「ティー」と発音するということばわかっていれば、"team" の発音もスペリングもすんなりと頭に入ります。
さらに、"steam" 「スティーム」(スチーム)や "stream" 「ストリーム」(小川)なども簡単に身につきます。
そうすれば、"team" を「チーム」と発音する生徒は一人も出てきません。


レモンティやミルクティが日常茶飯事に全国民に使われている今日、もうぼちぼち「チーム」を卒業にしてもいいのではないでしょうか。


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場の「ふいんき」を読んで!!

2011.10.26日

最近、「雰囲気」を「ふいんき」と読む人が増えてきている、と少し前の新聞記事にありました。
うちの中2の生徒に試験対策で国語を教えていた時、この「雰囲気」の読みが出てきて、見ていると案の定「ふいんき」と書いていました。
私が「ふいんき」じゃないよ、と言うと、「うそっ!」と言います。
「嘘だと思うなら調べてみて」
辞書で調べて、
「えーっ!信じられない。みんな『ふいんき』って言ってるよ」
「だって漢字をそのまま読んでごらん」


このような言葉の間違った使い方はいつの時代にもあるものです。
そういう私も子どもの頃、やはり間違って使っていた言葉がいくつかありました(「クロペラ トンデル???」)。


昔、父の職場の同僚は「ほったらかし」を「ほったからし」と言っていましたが、誰もそれを正さなかったので本人はそう言うものと信じ込んでずっと間違い続けていました。


「シミュレーション」を「シュミレーション」、「コミュニケーション」を「コミニュケーション」と思い込んでいる人もとても多く、あちらこちらでよく耳にします。
相手がお客さんだったりすると、言わんとしていることが分かるので敢えて間違いを指摘したりしません。


傑作は、犬の「ダルメシアン」を「ダメルシアン」。
この名前だと、せっかくの可愛い犬がダメなイメージになってしまいます。
darumesian.jpg
(ダメルシアン?)


健康サプリメントの「グルコサミン」を「ヒアルロン酸」につられて「グルコミサン」。
中華料理店で「ピータン」を注文するつもりで「ピーターパン」。


それでは、ここで問題です。ジャンジャン!間違いを直してください。 (答えはこの記事の最後に)
時期早尚、愛想を振りまく、荒治療、印籠を渡す、玉石混合、旧態然、口車を合わせる、渡る世間は鬼ばかり、三身一体、体調を壊す、目覚めが悪い、腹が煮えくりかえる、人の道にも劣る、暇をもてあそぶ、コンセントを抜く、的を得る、汚名挽回、異和感、笑顔がこぼれる、危機一発


本人は大真面目で言っていて、「それは違う」と間違いを正すと恥をかかせることになりかねないので、その場の「ふいんき」を読んで、やんわりと相手に教えてあげるのが一番いいようです。


また、自分自身も間違わないよう普段から正しい言葉の用法を身につけておかないと、思わぬところで恥をかきます。
(8月21日付 読売新聞「恥ずかしい!言い間違い」参考)


(クイズの答え)順に
時期尚早、愛嬌を振りまく、荒療治、引導を渡す、玉石混淆、旧態依然、口裏を合わせる、渡る世間に鬼はなし、三位一体、体調を崩す、寝覚めが悪い、腸(はらわた)が煮えくりかえる、人の道にもとる、暇を持て余す、プラグを抜く、的を射る、汚名返上、違和感、笑みがこぼれる、危機一髪


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寒っ!

2011.09.20日

今日は早く目が覚めました。新聞を取りに外に一歩出るなり「寒っ!」。


「暑さ寒さも彼岸(ひがん)まで」とはよく言ったもの。
今日は彼岸の入りです。
台風が近づいてきていることもありますが、やはり彼岸になるとうそのように涼しくなります。


「彼岸とは、煩悩を脱した悟りの境地のことで、煩悩や迷いに満ちたこの世をこちら側の岸「此岸」(しがん)と言うのに対して、向う側の岸「彼岸」という」(Wikipediaより)
仏教の概念である「彼岸」は、クリスチャンの私にとって別に何の意味もないのですが、やはり日本人だからか季節の変わり目ということで、小さい頃から自然と体で覚えています。
太陽が真東から上がって、真西に沈み昼と夜の長さが同じになる春分の日と秋分の日を挟んだ前後3日の計7日間を「彼岸会」(ひがんえ)と呼びます。


去る9月16日付読売新聞38面に載っていた「10代7割『来れる』派 『ら』抜き言葉 浸透中」の記事には、「ら」抜き言葉と並んで最近の若者言葉である形容詞の語幹を使う言い方が目立ってきているとありました。
「寒っ!」とか、「すごっ!」「長っ!」「短っ!」「うるさっ!」などがその一例です。


「寒っ」は63%が「自分も使うし、他人が言うのも気にならない」と答え、「自分は使わないが、他人が言うのは気にならない」が22%。
これらが「気になる」割合は年齢が上がるにつれて多くなると言います。


してみると、「寒っ!」と普通に言える私はまだまだ若いということか。
実は、塾という仕事をしていて毎日小学生、中高生などと接していると、否(いや)が応でもこれらの言葉が耳に入ってきて、自分でも知らず知らずのうちに使ってしまっているのです。


でも、これはありがたいことで、子ども達から毎日若さの素(もと)をいただいているわけです。
いつも塾の仕事はありがたいと思い、子ども達には感謝しています。
「塾の仕事は3K」に、塾の仕事に対する私のイメージをKで始まる言葉で表しましたが、新たなKが見つかりました。
「気持ちが若くいられる」です。


「ショウほど素敵な商売はない」じゃないですが、本当に塾ほど素敵な仕事はないと思っています。


ちなみに、「見れない」「食べれない」などの「ら」抜き言葉には耳にするのにもまだかなり抵抗があり、私自身は使うことができません。
ということは、やっぱり年相応ということか...。
さらに、「寒っ!」は何と江戸時代から使われていたとか(9月16日付「よみうり寸評」)。
なぬっ!ということは私は古い人間じゃないか!


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サラサラとザラザラ

2011.09.03日

去る7月27日のブログ「ブーンとサクサク」に、擬音語と擬態語のことを少し書きました。


英語を始めとするヨーロッパの言語などにはこの擬音語・擬態語というのはあまりありません。
たとえば、gli というスペリングがあれば、それはだいたい光に関連していて「キラキラ」「チラチラ」「キラリ」などの感じを含んでいて、sn が入っていると、それは鼻に関した言葉で、「くすくす」「クンクン」「グーグー」などの意味を持っていることが多いですが、それでも上に挙げたような日本語の擬音語・擬態語にははるかに及びません。


日本語にはおよそ2000語ぐらい擬音語・擬態語があると言われますが、お隣の韓国語にはなんと8000語もあるというから恐れ入ります。
日本語や韓国語に擬音語・擬態語が多いのは、ヨーロッパの言語などと比べると、動詞や形容詞の数が少ないのでそれを補い、表現の幅を広げるために生まれたと言われています。
日本語に擬音語・擬態語が多いのはよく知られているところですが、韓国語にさらに日本語の何倍もあるというのは、韓国語では男性と女性で、また赤ん坊や子どもや一般成人、そして老人などで使える表現が異なるためだそうです。


日本語の擬音語・擬態語の場合、「ガタガタ」のように点点を使った濁音(だくおん)になると、「重い」「荒々しい」「不快」「醜い」「遅い」「鈍い」などネガティブなイメージがつくことが多いのです。
ですから、「サラサラ」と言うと、きれいな、さわやかな、すべすべしたイメージを受けるのですが、「ザラザラ」と言うと、荒れた、粗い、不快なイメージがします。


この擬音語・擬態語はとても便利いいもので、新しく発明することもできます。
私の場合、毎朝安全カミソリでひげを剃っている(「無料お試し」)のですが、新しい刃は気持ちよく剃れます。
しかし、しばらく使っているとだんだん切れ味が落ちてきて、肌を荒らしたりします。
ホルダーにインジケーターと呼ばれる緑色の部分があり、そこが白くなってくると刃の替え時だということが分かるようになっています。
1週間から10日もたつと徐々に白くなってきて、「もうぼちぼち刃の替え時ですよ」と教えてくれるのですが、やっぱりそれ以上に信頼できるのは切れ味という感覚です。
私の場合、切れ味がいい時は「ソリソリ」と気持ちよく剃れるのですが、切れ味が落ちてくるとこれが「ゾリゾリ」という感じになります。
この「ソリソリ」は「剃る」のイメージから私が発明した表現です。
そして、切れ味が落ちてきた時の「ゾリゾリ」は、濁音が入っていて鈍くなった感じがします。


私が発明したこの「ソリソリ」と「ゾリゾリ」は、まず日本中の誰もまだ使っていない表現ですが、誰かに「このカミソリはソリソリと剃れる」とか「剃り味がゾリゾリしている」と言えば、初めて聞いた人でも大体イメージでき、私の言っている意味が通じます。
もし、ジレットやシックのような安全カミソリメーカーの関係者の人が、私のこのブログをたまたま目にして、「これは面白い!」と思って、この表現をテレビのCMで使い始めたりしたら、この擬音語はやがて立派な日本語となり、辞書にも載るようになるのです。
まあ、そのようなことはないでしょうが。
でも、言葉が新しく生まれる時というのはそういうものです。
皆さんも、新しい擬音語や擬態語を発明してみてはいかがですか?
楽しいですよ。


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すいません

2010.07.20日

最近私に送られてくるメールに「すいません」という言葉が頻繁(ひんぱん)に使われています。
「すいません」の終止形は「すう」なので、本来ならば「吸う」→「吸いません」となり、たとえば「タバコはもう吸いません」という使い方になるはずなのですが、ここではもちろん「すみません」の意味で使われています。


「すみません」というのは、「済む」から来ていて、「済まない」が「済みません」に変化しました。
もともとは「気が済まない」というような意味なのでしょう。
「すみません」がなぜ「すいません」になったかというと、イ音便で「み」という音が発音しやすいよう「い」に変化したのです。
ちょうど、関西で「すみません」を「すんまへん」と言うのと同じような感じです。


問題なのは、「すいません」を正しい表現だと思っている人が多いことです。
とくに若い人の間では、圧倒的に「すいません」派が多いようです。
私たちの世代になると「すいません」と言うのは抵抗がある人が多いようで、「すみません」派が増えます。
日常の会話では「すいません」でもいいのですが、誤って覚えていると正式な場でも、また書き文書でも「すいません」を使ってしまいます。
これはやはり困りものです。


以前、このブログ(「5月末決着 or 未決着?」)にも書いたことがあるのですが、コンビニやレストランのレジで
「○○円からお預かりします」
と言うのが今や一般的になりました。
先日はちょっと新しい表現で、
「○○円でお預かりします」
というのを耳にしました。
一番面白いと思ったのは
「ちょうどからお預かりします」
です。
私としては
「○○円お預かりします」
「ちょうどお預かりします」
という正しい日本語を使ってもらいたいのですが。


そういえば、小学生の頃、私はいつも自分のことを「ぼく」または「おれ」と相手によって使い分けて言っていたのですが、近所の年下の子が「わし」と言っているのを聞いてとても違和感があり、その子に言いました。
「『わし』というのは悪い言葉だよ。せめて『おれ』って言ったらどう?『おれ』は『おのれ』という言葉からできたんだから」
するとその子が言い返しました。
「『わし』というのは『わたくし』という、もっと丁寧な言葉からできているよ」
私はギャフンとなり、返す言葉がありませんでした。


言葉は多分に生まれ育った環境や文化などを反映していて、どれがいいとか悪いとかいう問題ではないのですが、でもやはり正しい言葉遣いをしてもらいたい、と思うのは私が昔、言語学をやっていたせいでしょうか。


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しりとりの効用

2010.06.11日

小学生の頃、しりとりが好きで、友達や大人を相手にしょっちゅうしりとりをしていました。
その時の私の裏技は、相手を「リ」で攻めることでした。
たとえば次のようにです。
「ラッパ」(相手)→「パリ」(私)→「理科」→「狩り」→「リス」→「スリ」→「リンゴ」→「ゴリ」(魚の名前)→「リュックサック」→「栗」...
この辺までくると相手も気づいて、「ずるいよ!『リ』ばっかりじゃない!」と言います。
ついこの前も、送迎バスの中で小学生たちとしりとりをやったとき、この手を使いました。
小学生の語彙だと、「リ」で始まる言葉はすぐに底をつきます。


今日の読売新聞に、「しりとり必勝法!?」(13面)という記事が載っていました。
この記事によると、奈良時代より前、日本語にはラ行で始まる言葉がなかった、ということです。
ラ行で始まる言葉は、ほとんどが外来語なのです。
なるほど、カタカナ語が多いですよね。
「らっきょう」や「陸」のような日本語と思われるものも、実は中国語から入ってきたものなのです。
「『まくら』『ユリ』など、ラ行で終わる言葉を言えば、相手をこまらせることができますよ」というのがこの記事の結論でした。
これを読んで、昔よくやった相手を「リ」攻めにするやり方は正解だったんだと思いました。
このほか、ガ行などの濁点、パ行などの半濁点で始まる言葉も数が少ないのでしりとりには有効です。


「雑草にも栄養が必要!?」の中で紹介した小学2年生のF君は語彙が豊富です。
送迎バスの中でしりとりをしたりすると、本当にたくさん言葉を知っているなと驚かされます。
つい先日も、まさか知らないだろうと思って「検索」という言葉を使ったところ、即座に「調べることでしょ」という答えが返ってきました。


いつも言うことですが、私たちはみんな頭の中で言葉を使って物事を考えています(「語彙力強化」)。
ですから、語彙が豊富なほど、思考力もつくわけです。
そのような意味で、しりとりは語彙力増強にもなる、しかもいつでもどこでも誰とでもできる手軽でお金のかからないゲームです。
英語も同様で、とどのつまり英語力は語彙力であると言っても過言ではありません。
私の場合は、小学生のころに覚えた単語で中学は全部間に合いました。


英語の語彙力をつけるゲームとして、Scrabble (スクラブル)というのがあります。
これはボードゲームで、アルファベットのコマをプレイヤーがマス目の上に置いて、クロスワードのような感覚で単語を綴っていくもので、以前アカデミーで大はやりしたことがありました。
このスクラブルもお薦めです。


国語力・英語力をつける第1歩は語彙力をつけること。
そのためには、日常の会話の中で親が子どもに言葉を教えることがとても大切です。


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クロペラ トンデル???

2010.04.19日

「クロペラ」 「トンデル」
何のことだと思います?
「クロペラ」は「プロペラ」(飛行機の)のこと、「トンデル」は「トンネル」のことです。
これらは私が幼稚園の頃、間違えて言っていた言葉です。
小さい頃は耳で聞いた言葉をそのまま覚えるので、聞き間違えると自分ではそう信じ込んでいるので直すのがなかなか難しいものです。


うちの子どもがやはり小さい頃、「カニに食われた」と言っていて、それを聞いた兄がおどけて、
「こえー!カニに食われたんだって」
と笑いながら言っていました。
これは「蚊に食われた」を聞き間違えた例です。


アメリカにいたとき、親友だったポールは、よく間違った英語を話していました。
そのうちのひとつは「エクセドラ」です。
「今、何て言った?」と尋ねると、
「エクセドラ」と言うので、
「何、それ?」
と聞き返すと、彼は
「えっ?こんなこと知らないの?ほら、『その他もろもろ』の意味だよ」
と言います。
そこで私が、
「それを言うなら『エトセトラ』だよ」
と言うと、日本人に英語を直されたのが面白くなくて、彼はむきになって
「いや、『エクセドラ』だ。誰も『エトセトラ』なんて言っていない」
と言い張りました。


また、別の時にポールが、
「マインアズウェル」 (Mine as well.)
と言っていたので、私が
「それは『マイトアズウェル』(Might as well.) だよ」
と言うと、
「いや、絶対に『マインアズウェル』だ。日本人のくせして、アメリカ人に英語を教えるな」
と言い返しました。
Might as well. というのは、「〜してもいいよ」といったような意味の表現です。
彼はこれを小さいときに「マインアズウェル」と聞き違えて、そのまま覚えてずっと使っていたのでしょう。


思い込みというのは誰にでもよくあることです。
NHKの大河ドラマで、
「殿がそう申されました」
というのをよく耳にするので、昨日のブログにも書いたように、
「校長先生が申されました」
といった間違った敬語が使われるようになります。


言語はその国の文化のとても重要な一部分ですので、もっと大切にしなければならないと常々思っています。
もし間違った表現を使っていたら、お互いにやんわりと正してあげるような優しさがあってもいいのではないでしょうか?


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ロンドン or ランドン?

2010.04.18日

大学1年の時、外人実習の英会話の授業が2つありました。
ひとつはアメリカ人の先生、もうひとつはイギリス人の先生でした。
アメリカ人の先生とはすぐに意気投合したのですが、イギリス人の先生はちょっと苦手でした。
I can't speak Japanese. (私は日本語は話せません)
を「アイ カーント スピーク ジャパニーズ」
と慣れないイギリス英語で話していたからです。
そこで私はイギリス人の先生のクラスの時には、イギリス英語で話そうと決めました。
結構うまくいきました。
ある時、London の発音をする際、イギリス英語だからと思って「ロンドン」と言ったところ、その先生に
「ランドン」と直されました。
あれっ?o を「ア」と発音するのはアメリカ英語だったんじゃないの?と思って尋ねると、何と London はアメリカ英語でもイギリス英語でも「ランドン」と発音するのだと教えられました。
早速辞書で発音記号を調べたら、確かにvを逆さまにした「ア」という記号で表記されていました。
その後、やはりそのイギリス人の先生から front も「フロント」ではなく「フラント」と発音するのだと教えられました。
bus とか up の「ア」という音です。
それ以来、私は必ず「ランドン」「フラント」と発音してきました。


ところが、アメリカ人で「ロンドン」「フロント」と発音する人がたくさんいるのです。
ブライアン・トレーシーなどは、これらの発音だけでなく、たとえば thorough (完全)という単語も「ソラ」と発音しています。これは正確には「サラ」と発音しなければなりません。
辞書にも「ソラ」という発音は載っていません。
これをスペリング・プロナンシエーションと言って、スペリングどおりに発音するもので、とくにアメリカ人にその傾向が強いようです。


日本の学校の英語の試験だったら×になるところですが、アメリカ人は平気で間違った(?)発音をしています。
アメリカ人はスペリングも弱い人がたくさんいます。
tomorrow を tommorrow と綴ったり、Wednesday を Wendsday、February を Feburary などへっちゃらです。
私はときどきアメリカ人とチャットをしますが、返信が来るのが随分遅いので、なんでこんなに時間がかかるんだろう、と思っていたら、チャットをしながら辞書でスペリングを調べていた、と言うのです。


日本人でも漢字を間違えたり、敬語など変な日本語を話す人がいくらでもいるのと同じです。
たとえば、「申す」というのは自分のことに使う謙譲語なのに、「ただ今、校長先生が申されておりましたように...」など、学校の教師でも平気で間違った日本語を使っています。
さらに最近、「○○さんがお死にになられました」という奇妙な日本語を耳にしました。


最近、「なので」とか「自分的には」、「なにげに」などといった変な日本語がメジャーになってきています。
でも、やはり正しい日本語、英語を使えるようにしておきたいものです。


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まるであほ

2009.12.13日

今年生れた赤ちゃんにつけられた男女の名前ベスト10(ベネッセコーポレーション調べ)が先日の新聞に載っていました。
それによると、男子1位は4年連続で「大翔(ひろと、はるとなど)」、女の子は前年4位の「凛(りん)」だったということで、ベネッセは「経済情勢が厳しい中、困難に立ち向かう『強さ』を感じさせる名前が好まれた」と言っています。
男子ではこのほか、翔太、蓮、颯太、蒼空、悠斗、悠人、悠真、瑛太、翔、
女子では、さくら、陽菜、結愛、結菜、美羽、結衣、葵、美優、美咲がそれぞれベスト10入り。


うちの塾にも、上に挙げた名前の子が何人かいます。
私が子どものころの、〇〇子は姿を消して久しくなります。
名前は時代を表すのですね。


ところで、今日の読売新聞14面の文化のページに『世界でもっとも阿呆な旅』(安居良基著)が紹介されていました。
著者は変わった名前の地名を地図で見つけてはそこを訪ねて、それを写真入りで本にしたというのです。
国内外100か所以上を巡っているというから驚きです。
読んでいて思わず吹き出しました。
今日のタイトルの「マルデアホ」はアルゼンチンにあるそうです。
このほか、バヌアツのエロマンガ島、バリ島のキンタマーニ高原、アメリカのオナラスカ、トルコのシリブリ、国内では珍小島(ちんこじま)、笑内(おかしくない)、鼻毛、南蛇井(なんじゃい)、上間久里(かみまくり)、下井尻(しもいじり)、向津具(むかつく)などが紹介されていました。


yarikirenai.jpg
こんな名前の川のそばに住んでいる人は「やりきれない」ですよね。


著者名でネットを検索したら、あるわあるわ。
オランダのスケベニンゲン、アイルランドのボイン川、貧乏山(北海道)、裏金山(新潟県)、昼寝山(香川県)、快楽(佐賀県)、寿命(福岡県)、面白山(山形県)、小浮気(茨城県)等など。
私も中学1年の頃、休み時間になるといつも友達と一緒に、地図で変わった名前探しをやりました。
アフリカのマリという国にあるトンブクツーはこのとき知った地名で今でも印象に残っています。
私はこれがきっかけで地理が好きになりました。
しかし、こんなにたくさんあるとは、恐れ入りました。
まあ、贅沢な趣味ですが、著者のユニークさには脱帽です。


親は子どもにいろいろな願いを込めて名前をつけます。
皆さん、親からつけていただいた名前を大切にし、誇りを持ちましょう。
名は体を表すとも言いますから。


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感謝の心

2009.09.22日

どの言語でも一番美しい言葉は「ありがとう」だ、とよく言われます。
「ありがとう」は、あらゆる人間関係をよりスムーズにします。
ところが、みんなこのことがわかっていながら、なかなか言えないのが「ありがとう」です。
とくに、夫婦間・親子間・兄弟間などの家族間で「ありがとう」が言えないようです。
家族の間で「ありがとう」なんて言うのは照れくさい、言わなくても通じてる、当たり前のことだから言う必要なんかない等など、さまざまな理由をつけてみんな「ありがとう」を言いません。
でも本当は、家族間こそもっと「ありがとう」を言って、お互いにいたわり合い、感謝の気持ちを伝えたいものです。


ペットが人を癒し、和ませ、喜ばせてくれる、とよく言います。
確かに犬や猫などのペットは、飼い主に逆らわず、従順で、しかも飼い主に微笑みかけ、上手に甘えます。
ペットはこのようにして、飼い主に「ありがとう」と言っているのです。
ずいぶん前になりますが、知り合いに犬を飼っている老夫婦がいました。
ご主人も奥さんも犬とはニコニコしながらよく会話するのですが、夫婦間では一切会話がなく、本当に気の毒でした。
「ありがとう」のひと言が夫婦関係を変えたのに...。


親子間の「ありがとう」もあまり聞きません。
親は子どもに命令し、叱り、不満をぶっつけ、怒鳴りつけています。
子どもは親に逆らい、減らず口をたたき、ときに親を罵ったりもします。
「ありがとう」が言えないのです。


逆に、「ありがとう」をいつも口にしていると、不平不満、文句、相手をけなす言葉、傷つける言葉などは出てこなくなります。
そして人間関係がスムーズになるのです。
「ありがとう」は魔法の言葉です。


日本語の「ありがとう」の語源は、「有り難い」で、「めったにないこと」というような意味です。
すなわち、人が自分に何かしてくれたときに、「これはめったにないことだ」と言っているようなものです。
考えてみるとこれは相手に対して結構失礼な言い方です。
にもかかわらず、「ありがとう」が日本語で一番美しい言葉なのは、相手に感謝の心を伝えるからです。
人はみんなだれかのお世話になっています。


家族間で、親族間で、職場で、学校で、上司と部下の間で、友人同士の間で、あるゆる人間関係の中で、「ありがとう」をもっともっと言いましょう。
言って得することはあっても、損をすることは一つもありません。


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バアバとババア

2009.08.01日

私が子どもの頃は「おばあちゃん」と呼んでいましたが、今は「バアバ」と呼ぶのが流行っているらしいです。
同様に、「おじいちゃん」ではなく「ジイジ」です。
でも、気をつけないと発音を少し間違えて「ババア」「ジジイ」と言ってしまったら大変です。
バアバとババア、ジイジとジジイ、発音ではわずかな違いですが、ニュアンスはまるで違います。


一時期、女性差別語というのが非常に意識されたときがあって、市役所などの「婦人課」は「女性課」に改められました。
その理由は、「婦人」の「婦」の漢字がほうきではくの「掃く」の字に似ていたからです。
男女平等を訴える人たちが、「婦人」という漢字は、「女性は掃除する人」という偏見を持っていてけしからん、と言ったのです。
ところが、この漢字のルーツをたどると、中国語の「婦人」で、これは「身分の高い人の妻」というまったく別の意味だったそうです。


今は差別語として使われなくなった「め〇ら」「つ〇ぼ」という言葉は、今はそれぞれ「目が不自由な人」「耳が不自由な人」と言い換えています。
しかし、当事者達はむしろ「盲人」「聾唖者」と呼ばれるほうを好むそうです。
もともと「め〇ら」「つ〇ぼ」という言葉に差別の意味が含まれているわけではありません。
問題は言葉を使う人の意識とその使い方です。


英語でも黒人を意味する言葉は、今では普通 black を使っていますが、昔はこの black が差別用語で、代わりに negro という学術用語が使われていた時代がありました。ところが、やはり使う人に差別の意識があったのでこれが差別用語になり、また black に戻りました。
そして最近では、この black もまた差別の意味を含むようになってきたので、African American という言い方が好んで使われています。
この場合も、 black あるいは negro という言葉そのものに差別の意味があるわけではありません。


言葉は生きていて、時代によって、また使われる人たちによって、どんどん変化していきます。


そう言えば、「何気なく」という言葉が、今から16〜17年ほど前から「何気に」という使い方がされるようになりました。最初は間違った使い方をしていると思って、とても違和感があったのですが、周りであまりにも多くの人が使うようになってくると、逆に「何気なく」という正しい言い方のほうが変に感じるようになってきました。


面白いのは、地名と人名で同じ名前が違うように発音されることです。
たとえば、地名の「上野」は「うえの」と発音しますが、人名の「上野」は「えの」と言います。これを逆に言ったら変です。(日本語は強弱アクセントではなく高低アクセントですが、便宜上高いアクセントを太字で表しました)
バに住んでいるチさん」も、アクセントを逆に言ったら舌足らずの外国人の日本語のように聞こえます。


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