学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
読む人に元気を注入します。

ジョージ学院長 元気の出るブログ

ブログに関するご意見・ご感想は、こちらのフォームからお気軽にどうぞ

器の大きい人 小さい人

2017.10.17日

「器の大きいリーダー」「あの人は器が大きい」「器が小さい」などとよく言います。
「器」とは文字どおり「容器」「入れ物」のことです。


そこから発展して、人の才能や器量、度量、心の大きさなどを指して言うようになりました。
社会ではもちろん器の大きい人が求められます。
器の大きい人は、能力があり、いい仕事ができ、人間関係も上手く、出世するし、また社会にも役立ちますし、会社や国のリーダーにもなります。


でも、よく考えてみると世の中、器の大きい人ばかりではありません。
子どもでも、たとえば今注目の将棋の藤井四段のような器の大きい子もいれば、大人でも器の小さい人がいます。それは、持って生まれた遺伝的な要素もあるでしょうし、また育った環境にもよるでしょう。
いずれにせよ、器の大きい人も小さい人もいるという事実をまず認識することが必要です。


最近相次ぐ車の運転手による暴力行為やそれが引き起こした非常に残忍な事故、事件。
「注意されてむかついた」「追い越されて頭にきた」等々。
そんなこと、本当はどうでもいいようなことではありませんか。こんなことで自分が怪我しても損ですし、人を怪我させたり、死なせたりして犯罪者になったら一生を棒に振ることになります。


私も後続車にあおられたり、高速道路で目の前に割り込まれたりして怖い思いをしたことが何度かあります。
このようなとき、この人は「器が小さいんだ」と思って相手にしないことにしています。
つられてこちらまで怒ってしまったら、自分のほうが器が小さいことになります。


親が子どもに接するとき、あるいは会社で上司が部下に、学校で教師が生徒に接するとき、一般的には長く生きてきて、より多くの様々な経験を積んできた人の方が器は大きいものです。もちろん逆のケースもありますが。
しかしいずれにせよ、器の大きい人が器の小さい人を見ると、当然ことながら器の小さい人はまだ様々な面で欠けがあるわけです。
すると、ついつい欠けが目について、注意したり、叱ったり、時には頭にきて怒ったりすることもあります。


昔、最初にお世話になった税理士さんは、本を何冊か書いていて講演会などもたびたび開いている実力者でした。
あるとき素人なので小さなことでミスをしたところこっぴどく怒られ、さらに始末書まで書かされました。
その後、その方の事務所を訪れたとき、私の目の前で部下を大声で怒鳴りつけ、罵倒していました。
それを見て私はすぐに契約を解除して別の税理士に替わりました。私の信頼を失ったのです。
おそらく、その税理士さんは誰に対してもそのような態度だったのでしょう。数年後、その税理士事務所はつぶれていました。
器の小さい税理士さんでした。


「大きい器」に当たる英語は、
tolerant (忍耐強い)
accepting(包容力のある人)
generous(寛大な)
などと言います。


すなわち、器の大きい人は必ずしも特定の能力のあるなしだけでなく、「入れ物が大きい」わけですから、忍耐強く、温かく包み込むような、寛大な人なのです。
親が子どもに接するときも気をつけないと、大声で怒鳴ったり、怒ってばかりいたら、子どもから「お母さん(お父さん)は気が短いな(=器が小さい)」と思われているかもしれません。ひょっとしたら、子どものほうが器が大きいということもあり得ます。


夫婦間のトラブル、仲たがいも最初はほんのちょっとしたことなのですが、そこにばかり目をやっていると、積もり積もって爆発して大ゲンカになったりするものです。
このようなときは、「この人は器が小さいんだ」と思って相手を受け入れ、自分が一歩退くことが解決の糸口となります。喧嘩というのはお互いに自分は正しい、相手が間違っていると思い込んでいるからです。
なにか言いたくなったら、深呼吸してひと呼吸おくことです。
自分の気持ちをぶっつけると、お互いに惨めな思いになるだけです。
少しでも自分が大きい器に成長するために、弱い、小さい器を包み込んであげましょう。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

棚からぼたもち

2017.10.15日

"The amount of good luck coming your way depends on your willingness to act."
--Barbara Sher – Author
「あなたにやってくる幸運は、あなたが自ら進んで行おうとする意志にかかっている」
--バーバラ・シャー、作家
(訳 舟田譲二)


「棚からぼたもち」は落ちてきません。
こんなことは子どもでも知っています。
しかしどういうわけか、私たちは無意識のうちに「棚からぼたもち」が落ちてくるのを期待するものです。


「パチンコで1日に最高8万円稼いだ」とある人が言っていました。
それじゃ、パチンコでよほど稼いでいるんだねと尋ねたところ、全体では大きく負け越しているという返事。
一度勝つと味をしめ、負けると負けを取り戻そうとしてどんどんつぎ込み、いつの間にかハマっている、という依存症の仕組みです。


小〜中規模のパチンコ店で年間数千万から数億円の粗利が出ているそうです。ということは当然のことながら、一部のプロを除いて大半の人はパチンコ店にお金を貢いでいるという計算になります。
店の入口近くに陣取って玉を入れた箱をたくさん積み上げている人はプロで、いわば店のサクラです。
棚からぼたもちはやっぱり落ちてきません。


一方、年老いた母親の老後の世話を一生懸命やってきたひとりの女性がいます。
この人は、真夏の暑い日も、風が吹く真冬の寒い日も雨の日も、歩けなくなったお母さんを車椅子に乗せて家から1.4キロも離れた病院へ診察やリハビリに毎日のように連れて行っていました。
病院の横にある花壇に咲く季節の綺麗な花を見ながら、いつもお母さんと語り合っていました。


IMG_1842.JPG


ある日、娘はいつものように痩せ細ったお母さんを膝の上で抱いて話しかけていました。そのうちにお母さんは子守唄を聞いているように眠ってしまいました。お母さんをベッドに移そうとしたら、お母さんはすでに天国へ旅立っていました。
葬儀屋さんが言っていたそうです。
「自分の家で、こんな幸せな死に方ができる人なんて今どきめったにいない」と。


車椅子を押して病院に通ったのは本当に大変だったけど、今になって考えればとってもいい思い出だ、とこの人は幸せを噛み締めています。
自ら進んで力を尽くしてお母さんの介護をしてきたことが、結果として今の幸福につながっているのです。
幸運はこのような人のところにやってくるのです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

原因と結果は事実の両面

2017.10.14日

"Cause and effect are two sides of one fact."
--Ralph Waldo Emerson, philosopher, author, poet, essayist
「原因と結果は事実の両面だ」
--ラルフ・ウォルド・エマソン
哲学者、作家、詩人、エッセイスト
(訳 舟田譲二)


「同じコインの裏表」とよく言いますが、ここでエマソンが言っているのも同じような意味です。
物事にはすべて原因があって結果がある。
私たちの目に見える結果には必ず原因がある。
これが「事実の両面」という意味です。
ときに私たちには理解できないような結果に遭遇することがあります。
しかし、それは私たちの知恵に限りがあるからで、たとえ目に見えなくても必ず原因があります。


善因善果、悪因悪果。
聖書にはこのことがたくさん教えられています。


A man reaps what he sows. (Galatians 6:7-8 )
「人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります」 (ガラテヤ人への手紙6:7−8)


They that sow in tears shall reap in joy. (Psalms 126:5)
「涙と共に種を蒔く者は、喜びの歌と共に刈り入れる」 (詩編 126:5 )


Whoever sows sparingly will also reap sparingly, and whoever sows generously will also reap generously. (2 Corinthians 9:6)
「少しだけ蒔く者は、少しだけ刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ります」 (コリント人への手紙II9:6)


私は小学校のとき、大きくなったら英語が話せるようになりたい、と思ってとにかく単語をたくさん覚えました。
中学時代は、リンガフォンという当時非常に高価だった英会話レコード教材を父に頼んで飼ってもらいました。そして擦り切れるほど何度も繰り返し繰り返し聞き、アメリカ人の発音と同じように発音できるようになるまで練習しました。
大学時代は、キャンパスで出会った外国人講師とはみんな親しくなり、毎週家に遊びに行き、家に泊めてもらったり、一緒に食事に行ったり、旅行に行ったりして英語を使う機会をいっぱい作りました。
その結果、大学卒業後アメリカに留学したときには、アメリカ人からアメリカ生まれの日系人と間違えられました。


たくさんよい種を蒔くとたくさんよい刈り取りができるのです。
その逆に、悪い種を蒔くと悪い刈り取りをしなければならなくなります。


アル中になろうとか、ニコチン中毒になろうと思って酒やタバコを始める人はまずいません。
最初は好奇心から始めたり、かっこよさを求めて始め、初めのうちはおいしくないのですが、繰り返しているうちにハマってしまいます。そのうちにやめられなくなる。これが依存症の恐ろしいところです。
酒が大好きだった俳優の石原裕次郎は肝細胞がんで死亡。タバコが大好きだったニュースキャスターの筑紫哲也さんは肺がんで死亡。やはり蒔いた種を刈り取ることになりました。


同じ種を蒔くなら、よい種を蒔いてよい刈り取りをしたいと思いませんか?
普段からいろいろなところでよい種をいっぱい蒔いておきましょう。
結果は...お楽しみです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

成功と失敗

2017.10.12日

"Success is not final, failure is not fatal: it is the courage to continue that counts."
--Winston Churchill – 1874-1965, British Prime Minister
「成功は最終目的地ではないし、失敗は致命傷でもない。大切なのは継続する勇気だ」
--ウィンストン・チャーチル、英国元首相


ウィンストン・チャーチルと言えば、イギリスを代表する元首相。
イギリスでは現在でもチャーチル人気は高く、2002年にBBCが行った「100名の最も偉大な英国人」の世論調査では1位になったという。
世界のCEOが選んだ尊敬するリーダー」ランキングで1位になったのもウィンストン・チャーチル。
2016年には英国初のプラスチック製の5ポンド紙幣に彼の肖像が使用されたほど。


o-PHOTO-570.jpg


私たちのイメージとして、チャーチルは成功者です。
しかし、彼は幼少時代から勉強が大嫌い。吃音(どもり)で言葉もはっきり話すことができませんでした。
小学生時代、成績は全教科で最下位。クラスメイトからも嫌われるという問題児で、品行不良で校長からはよく鞭打ちに処されたそうです。
中学校の入試もほとんどできず、ラテン語の試験では氏名記入欄以外は白紙だったといいます。
それで勉強しなくていい、名もない高校に進学し、そこで英語、古典、図画、フランス語、作文の勉強に力を入れました。


その後軍人になり次々といくつもの戦争を経験しますが、どこでも失敗ばかり。
軍人兼ジャーナリスト兼作家として働いていた時期もあります。


26歳にして方針転換し政治家に。
しかし政治家になってからも、何度も落選したりします。
浪人時代には大量の読書をしたり、絵を描いたりしていました。
この当時に描かれた絵が、20世紀の天才画家ピカソが「チャーチルは画家を職業にしても、十分食っていかれただろう」と評価したほどで、今日でも高額で売買されています。
チャーチルは失敗にめげず、やがて政界に復帰して海軍大臣、軍需大臣、植民地大臣、財務大臣など、主要な閣僚ポストを歴任することになります。しかし、そこでも失敗し、罷免されたりもします。


チャーチルの言うように、「成功」だけを目標にしていると「失敗」は致命傷だと思いやすいものです。
しかし、彼は学生時代から大人になっても、何度も何度も失敗を繰り返しながら、つねに継続する勇気を持ち合わせていました。
その結果、ついに65歳にして首相の座に着きます。
5年間務めたあと解散総選挙で下野。
このとき、全6巻の『第二次世界大戦』の著し、これでのちにノーベル文学賞を得ています。
6年ぶりに首相に返り咲くことになったチャーチルですが、すでに77歳になっており、しばしば心臓発作を起こすなど健康と言える状態ではありませんでした。
それでも80歳で首相の座を降りてからも81歳、85歳の総選挙で当選を果たして庶民院議員を務め続けました。


日曜画家で描いた絵が高く評価され、また英語と作文の勉強に力を入れ、5000冊を超える読書をしたのが、軍人兼ジャーナリスト兼作家、そしてノーベル文学賞受賞につながり、戦争で体験したことがのちに政治家として第二次世界大戦で大役を果たすことにつながりました。

まさに、
「成功は最終目的地ではないし、失敗は致命傷ではない。大切なのは継続する勇気だ」
の名言どおりに生きた人物です。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

たとえ可能性がどんなに低くても

2017.10.11日

"When something is important enough, you do it even if the odds are not in your favor. "
--Elon Musk, Entrepreneur, engineer, inventor, and investor
「なにかがとても大切だと思ったら、たとえ可能性が低くてもそれに賭けてやってみるべきだ」
--イーロン・マスク、起業家、技術者、発明家、投資家
(訳 舟田譲二)


イーロン・マスクの略歴
南アフリカ共和国プレトリア出身のアメリカの経営者。電気自動車メーカーのテスラモーターズ会長。
10歳のときにプログラミングを独学し、12歳で商業ソフトウェア「Blaster」を制作販売する。
高校卒業後カナダに渡り、農場や製材所、銀行のコンピューター部門などで働いたのち、アメリカのペンシルベニア大学ウォートン・スクールで学位を取得。その後、オンラインコンテンツ出版ソフトメーカー「zip2」を兄弟とともに創業。同社をコンパックに売却し多額の資金を得る。
その後、PayPalの前身のひとつX.com、宇宙航空会社スペースXなどを創業。


イーロン・マスク氏は、まさに冒頭の言葉を自分の人生で実践している人です。
下にご紹介するTEDで、マスク氏は私たちが想像もしなかった奇想天外なこと、超近未来(今年中、あるいは2〜3年以内)を大胆に予測し、それに向けて着々と計画を進め、実験を繰り返し、実現させようとしています。本当にすごい人物です。
たとえ可能性がどんなに低くても、やってみなければ明るい未来は開けないのです。
彼から教えられることがたくさんあります。私たちも大きなビジョンを持って、どんどんチャレンジしていきたいものです。
(動画の右下にある四角いマークをクリックしてJapaneseを選択すると日本語の字幕が出ます)



毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

人の魅力は...

2017.10.07日

昨日の記事、「障がい」に対して、ひとりの方が次のように書いてこられました。
「障害者です。別に何の抵抗もありません。と言うか、自分を障害者とも思ってないんですけどね。challenged、ですから」


2日前の10月5日付読売新聞14面 「人生案内」に次のような相談が載っていました。


奇形抱え人生に自信持てず


30代の公務員女性。お尻に奇形を抱えて生まれました。自分の人生に自信が持てません。
医師からは治すことは難しいと告げられており、この先も一生、この体で生きていくことになると思います。家族は「服で見えないのだから、いいじゃない」と言いますが、その言葉を受け入れる余裕も強さもありません。


奇形のことを知られるのが怖くて、友人と旅行に行ったことも、男性と交際したことも一度もありません。友達や周りの女性たちを羨ましく思うことが度々あります。「人と同じことはできないし、楽しみもあまりないけれど、この体で一生懸命生きよう。そうしたら、来世はきれいな体で生まれてこられる。旅行も恋愛も結婚もできる。だから大丈夫」と、自分に言い聞かせています。


後ろ向きな考えかもしれませんが、私の考えは間違っているでしょうか。自分に自信はありませんが、これから先、両親の亡き後も一人でしたたかに生きていけるよう、助言をお願いします。(茨城・M子)


◇海原 純子(心療内科医)


自分の努力で変えることができない体の問題は、いくら人から気にするなと言われても、絶えず脳裏から離れないものです。物心ついた頃から、そうした悩みを抱えながら成長なさってきたあなたのつらさは想像を超えるものでしょう。


ただ、あなたに一つ質問があります。あなたは、体に奇形がある人と旅行に行ったり、交際したりするのは嫌ですか? そうではないはずです。


その人と関わりたくなるかどうかは、奇形の有無ではなく、人としての魅力があるかどうかによると思います。人としての魅力というのは、体の問題を吹き飛ばしてしまう大きなエネルギーを持っているのです。


誤字や脱字がなく、みとれるほど美しい字でつづられたお手紙には、あなたの生き方が見えます。「この体で一生懸命生きよう」と自分に言い聞かせ、一人で生きていけるようにと考えて、仕事で自分の場を築いてこられた。
あなたは、もうすでに大きな魅力をお持ちです。来世まで待たずに、この人生で幸せになってください。


5年前に書いた記事、「自分には◯◯できない」(講演の動画あり)の中で紹介したニック・ブイチチさんは先天性四肢欠損症で両腕両足がない状態で生まれてきました。
「手足がないことで幼少期を肉体的、精神的に大きな苦労とともに成長する。その間、何度も絶望に襲われ自殺を考えた。それを思いとどまったのは両親の愛と両親への感謝からであった。
自分自身の世話をすべて自分で行い、水泳、サーフィン、ボート、魚釣りなどありとあらゆるレジャーを楽しみ、2012年には日本人女性と結婚した。現在2児の父」
(Wikipediaより一部抜粋)


nickv3.jpg


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

障がい

2017.10.06日

「障がい」という言葉はとてもデリケートです。
新聞やテレビなどメディアでは「障害」という感じが使われていますが、「害」という字に「災害」「害虫」「災い」のような否定的な意味合いが含まれているため、最近では「障がい」とひらがなを使っているケースも多いです。


このブログで「障がい」という言葉が使われている記事を検索したところ、80ほどありました。そのいずれも、障がいを肯定的にとらえています。
以前「Yes, I can !」という記事の中であまりにも感動した動画を紹介したとき、次のような言葉を書き添えました。
"Yes, I can !"
「そう、私にもできる!」
とても励まされ、勇気づけられます。
「障がい」という言葉を「個性」「才能」と変えなければなりません。

すると、この記事と動画を見たひとりの方から、「障害を軽々しく個性、才能などと言わないでください」と抗議のメールが届きました。
私はその動画を初めて見たとき鳥肌がたつほど感動し、そのときの気持ちを正直に書いたのですが、その方にとっては「障がい」を「個性、才能」といった言葉で表してほしくないご事情があったのでしょう。


「障害」も「障がい」も言葉自体にはなんら差別的な意味合いは含んでいませんが、使う人の気持ちや状況によってはそのように受け取られることもあり、気をつけなければなりません。
その反面、「障害」という言葉が昔よりも日常生活の中でよく使われるようになり、一般の人々の間でわりと素直に受け取られるようになってきている事実もあります。
たとえば、電車やバスの中に書いてある「障害者、お年寄り、妊婦の方に席をゆずりましょう」という標語によって、最近では当たり前のようにマナーとして守られるようになってきました。
また、パラリンピックはオリンピックに劣らず人々に大きな感動を与えます。


日本語の「障がい」と似たような意味合いの英語の言葉は disabled 〔ディスエイブルド〕ですが、英語ではとても肯定的な言い回しで表現されることが多くあります。
differently talented〔ディファレントリタレンテッド〕, differently gifted 〔ディファレントリギフテッド〕(異なった賜物が与えられている人)、differently abled〔ディファレントリエイブルド〕(異なった能力を持っている人)、challenged〔チャレンジド〕(神様から与えられた困難に立ち向かっている人)などです。日本語にもこのような意味合いの言葉が生まれればいいのですが。「挑戦者」はちょっとオーバーすぎるような感じがしますが。


ブログで私がこれまでご紹介してきたのはみんなこのような人たちで、とても大きな励ましを受けます。
今日、ご紹介する下の人もそのひとりです。家族や周りの人の愛がとても大切だと教えられます。



毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

「満足」と「不満」の分かれ目

2017.10.05日

"Abundance is not something we acquire. It is something we tune into."
--Wayne Dyer – 1940-2015, Author and Speaker
「豊かさとは手に入れるものにあるのではなく、目を注ぐものにある」
--ウェイン・ダイア、作家・スピーカー
(訳 舟田譲二)


ほとんどの人は豊かになりたいと思います。
「豊かになる必要はない」と言いつつも、美味しいものや栄養あるものを食べたいし、少しでもいい服を着たい。旅行に行きたい。友達に会いに行きたい。病気にかかったら医者にかかりたい、薬も服みたい。健康になるために運動をしたいし、運動するためにはスニーカーやさまざまな用具も必要。
豊かでなければこれらしたいことや必要なこともできなくなります。


そして、普通「豊か」というとき、私たちは無意識のうちに「物」や「お金」を頭に浮かべます。
豊かになること自体はなにも悪いことではありません。
ひもじい思いをしたり、貧しい生活をして心が折れるよりも、豊かなほうがいいに決まっています。
しかし、それでは「物」や「お金」があることイコール「豊か」かというと、そうではないと私たちは直感的に知っています。


3日前(アメリカ現地時間では10月1日)、ラスベガスで起きた悲惨な銃乱射事件の容疑者は、弟の話によると「ただポーカー・ゲームをして、船旅に出かけて、タコ・ベルでブリートを食べてるだけの人」と、ごく普通の人物。
元会計士で裕福な年金生活者が多く住む新興住宅地の2階建て一軒家で暮らしていた。不動産投資で巨額の利益を得ていて、事件前の数日は数万ドルギャンブルに使い、最近数週間で少なくとも16万ドル(約1800万円)を稼いでいた。さらにフィリピンにいる交際相手の女性には10万ドル(約1100万円)を送金していたという。また、小型飛行機の操縦免許をもち、小型機を2機所有していた。
一般的な基準から言うと非常に「豊か」な生活を送っていたことになります。


ところが、彼はおそらく自分の「持っているもの」には目を向けず、何かはわかりませんが「持っていないもの」「欠けているもの」、すなわち「不満」にばかり目をやっていて、それが引き金になって爆発して、社会を逆恨みし、自殺する前にひとりでも多くの人を道ずれにして社会に報復しようと考えたのではないか、と私は推察しています。
テロリストや殺人者など凶悪犯罪を犯す人物というのは、たいがいこのようなタイプの人です。


もし、この容疑者が手元にあるもの、「持っているもの」に目を注いでそれで満足していたなら、「持っていないもの」「不満」など目に入らなかったでしょうし、このような恐ろしい事件を起こすこともなかったことでしょう。


kop-w1200.jpg


よく言われるように、グラスの中に入っている半分の水を見て、「半分もある」と思うか「半分しかない」と思うか、それだけで同じ半分の水が「満足」になるか、「不満」になるかなのです。
人生とはまさにこのような考え方の選択の連続です。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

涙くんさよなら

2017.10.02日

♪ 1 涙くんさよなら さよなら涙くん
また会う日まで
君は僕の友達だ
この世は悲しいことだらけ
君なしではとても
生きて行けそうもない
だけど僕は恋をした
素晴らしい恋なんだ
だからしばらくは君と
会わずに暮らせるだろう
涙くんさよなら さよなら涙くん
また会う日まで


♪ 2 涙くんさよなら さよなら涙くん
また会う日まで
君は僕の友達だ
この世は悲しいことだらけ
君なしではとても
生きて行けそうもない
だけど僕のあの娘はね
とっても優しい人なんだ
だからしばらくは君と
会わずに暮らせるだろう
涙くんさよなら さよなら涙くん
また会う日まで
また会う日まで また会う日まで


namidakun.jpg


NHKの連続テレビ小説『ひよっこ』が一昨日終わってしまいました。
テレビ番組『家族みんなで歌合戦』に出場した谷田部家が全員で歌う「涙くん さよなら」がフィナーレで、もう泣けて泣けて。


人生に辛いことや悲しいことはつきものです。
でも、悲しいことばかりではない。嬉しいこともある。楽しいこともある。最高に幸せを感じるときもある。
「涙くんさよなら」だ。
しかし、それは「また会う日まで」。


この朝ドラは、脚本から演出、音楽、舞台装置等、すべて作りがとても丁寧で、キャストの演技もいいし、最初からハマっていましたが、最後まで期待を裏切らない最高のドラマでした。
最終回まで毎回、伏線がいくつもあるのですが、ドラマの中の登場人物と一緒にハラハラしたり、大声で笑ったり、泣いたりと、感情を共有できた秀作朝ドラでした。
登場人物みんな大好きです。


なによりも心を打ったのは、テーマである「家族愛」と「友情」。
これさえあれば人はどんなに辛いことがあっても生きていけます。
勇気を与えられ、励まされ、心温められ、感動させられと、もう見事というよりほかありません。


放送は半年でしたが、1年近くにおよぶ撮影。出演者を始めスタッフの皆さん、本当にお疲れさまでした。
そして、大きな感動をありがとうございました。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

知識だけでも、意思だけでも十分ではない

2017.09.30日

"Knowing is not enough; we must apply. Willing is not enough; we must do."
--Johann Wolfgang von Goethe – 1749-1832, Writer and Statesman
「知識だけでは十分ではない。それを生かさなければならない。
意思だけでは十分ではない。実行しなければならない」

--ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ、作家・政治家


厚生労働省は29日、20〜74歳の約320万人(3.6%)が、生涯でパチンコや競馬などのギャンブル依存症が疑われる状態になったことがあるとする2017年度調査結果を発表した。16年度調査と比べ0.9ポイント増加。前回は都市部に限った調査だったが、今回は地方も含み国内の実態をより正確に反映している。諸外国と比べ日本の割合は高く、対策が急務になっている。
過去1年以内にギャンブルに使った平均額は月約5万8千円だった。
ギャンブル依存症が疑われる人の割合を諸外国と比較すると、生涯でみた場合は、オランダが1.9%(06年)、フランスが1.2%(11年)、スイスが1.1%(08年)であり、日本の割合の高さが目立つ。

(9月29日付 日本経済新聞WEB版より一部抜粋)


ギャンブルがいけないことも、また酒やタバコその他の依存症が良くないこともみんなわかっています。
でも、「知識だけでは十分ではない。それを生かさなければならない」のです。
多くの人が何度も「やめよう」と決意します。
しかし、「意思だけでは十分ではない。実行しなければならない」のです。


これはなにもこれらの依存症に限ったことではありません。
私たちも身の周りを見渡すと、また自分自身の生活を見直しても、結構似たり寄ったりのところがあるのではないでしょうか?


ゲーテは若いときから老いるまで、年上の人妻を始め、多くの女性に燃えるような恋愛をしてはその都度失恋に終わりました。しかし、その経験がすべて『若きウェルテルの悩み』など彼の作品に生かされました。


ゲーテはまた次のような名言も残しています。
「私たちは高いところに憧れるが、歩き始めることには無関心だ。
山々を望みながら、平らな道を歩きたがるものだ」


「私たちは」と一般化して言っていますが、おそらくゲーテ自身、自分がそうだったことを悟っていたのではないかと思います。
そして、これは私たちみんなに当てはまることです。
すなわち、楽なほうに流されるのです。
だから、ゲーテは自身を含め、私たちみんなに忠告の思いを込めて、冒頭の言葉を語ったのではないでしょうか。
「知識だけでは十分ではない。それを生かさなければならない。
意思だけでは十分ではない。実行しなければならない」と。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

トマス・エジソンの失敗は...

2017.09.28日

"I make more mistakes than anyone else I know. And, sooner or later, I patent most of them."
--Thomas Edison – 1847-1931, Inventor and Businessman
「私は知っているほかのだれよりも多くの失敗をする。しかし、遅かれ早かれ失敗のほとんどで特許を取る」
--トマス・エジソン、発明家・起業家
(訳 舟田譲二)


エジソンは電球を作るときに1万回実験に失敗したけれども、「失敗だって?とんでもない。1万通りのうまくいかない方法を見つけたんだよ」と言った、という有名な逸話がありますが、上でエジソンは自分の失敗を認めています。


ただ、その失敗をも生かして成功に結びつけているというわけです。
これはとても大切なレッスンです。
「失敗は成功のもと」
とよく言いますが、まさにそのとおりです。


人はだれでも失敗します。失敗しない人などひとりもいません。
失敗に打ちのめされて「もうだめだ」と思うことこそが、本当の失敗なのです。
私もこれまで数えきれないほど多くの失敗をしてきました。
ときどきその時の思い出が甦ってきて、冷や汗をかいたり、胸が苦しくなることさえあります。


しかし、そのようなときには、「いや、あのときの失敗があったからこそ今の自分があるのだ」と思い直すことによって失敗のトラウマから解き放たれます。
いつまでも過去の失敗に捕らわれていることこそが失敗です。
たとえ何度失敗しようともあきらめなければ成功する、ということは人類の歴史が証明しています。
「成功とはあきらめないこと」は私の固い信念でもあります。


私はこれまで健康をないがしろにしてきたため、そのツケが回ってきてここ7〜8年さまざまな病いで苦しんでいます。
でも、これでもう終わりではありません。
今、食生活を始め、運動や睡眠などあらゆる生活習慣を点検し直し、改めるべくできる限りのことをしています。
私は何度転んでも、いつも石でも拾って立ち上がります。そしてそれを成功へとつなげる決意をしています。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

愛の輪を広げよう

2017.09.25日

"Spread love everywhere you go. Let no one ever come to you without leaving happier."
--Mother Teresa – 1910-1997, Nun and Missionary
「あなたが行くところどこででも愛の輪を広げなさい。あなたのところに来る人が、もっと幸せな気持ちになってあなたのもとを去ることができるように」
--マザー・テレサ、修道女・宣教師
(訳 舟田譲二)


昨日はとても嬉しいことがふたつありました。
毎日、一日に何度もお祈りしている人が何人かいるのですが、そのうちのひとりの方が半年ぶりぐらいで教会に来られました。
前回久しぶりに来られたときには体調が思わしくないようで、言葉数も少なかったのですが、昨日は目が合うなりその表情からすっかりお元気になられている様子がすぐにわかりました。
お互いににっこりと笑顔を交わすなり、こちらに飛んできて両手を広げてハグしてくださいました。
ハグして背中をさすりながら私は嬉しくて涙が出てきました。
「毎日お祈りしていましたよ」
と言うと、
「はい、ありがとう。わかっていました」という返事。


礼拝中はとても美しい、大きな声で賛美され、牧師のメッセージにはひと言ひと言大きくうなずいてメモを取っていらっしゃり、その姿を後ろから見ていて何度も何度も涙が出てきました。
礼拝後もしばらくお話ししましたが、自ら進んでいろいろなことを話してくださり、何年も昔に戻ったような気持ちになりました。


午後からは別の方ふたりが遠くからうちを訪ねてきてくださいました。
このおふたりのためにも毎日お祈りしているのですが、とても元気で明るく、いろいろな話に花が咲き、祈りが聞かれていることを目の当たりにして、嬉しくて仕方ありませんでした。


ふたりが帰られてから、私は冒頭のマザー・テレサの言葉をしみじみとかみしめました。
まるで天使が朝は教会に、午後には家を訪ねてきてくれたような感じでした。
私の一番の喜びは、人が幸せになっているのを見ることです。
人の幸せが私の幸せです。
マザー・テレサのように、私自身も幸せを持ち運ぶ器になりたいと心から願わされました。


そもそも私たちはみんなそのために生かされ、この地上に置かれているのではないか、それこそが私たちの使命なのではないか、と強く思わされた一日でした。
神様、感謝いたします。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

「一線を越える」ではなく「線を越える」

2017.09.13日

"You can waste your lives drawing lines. Or you can live your life crossing them."
--Shonda Rhimes – Television Producer and Author
「自分の人生に線を引くことによって人生を無駄にすることもできれば、その線を越えることによって人生を生かすこともできる」
--ションダ・ライムズ、テレビプロデューサー、作家
(訳 舟田譲二)


「これは無理」
「私にはできない」
などと、私たちはとかく自分の人生に「境界線」を引いて、初めからあきらめていることが多いのではないでしょうか?


プロスキーヤーであり登山家でもある現在84歳の三浦雄一郎氏は、37歳のときエベレストのサウスコル8000m地点からの滑降を成功させ、その後54歳で南アメリカ大陸最高峰アコンカグアからの滑降を成功させたことにより、世界七大陸最高峰全峰からの滑降を成功させました。
しかし、その後不摂生な生活を送った結果、60歳を超えてから体はどんどん太って血圧は200近くまで上がり、不整脈が出、糖尿病と診断されて、医者からは3年も持たないと言われました。


そこで、65歳のとき一念発起して再び体力づくりに励み、70歳でエベレストを登頂、さらに、75歳、80歳と3度のエベレスト登頂を果たし、90歳で再度エベレスト登頂を目指していらっしゃいます。


三浦さんは自分の人生に「不可能」という境界線を一旦引きましたが、65歳にしてその線を越える決意をされ、以来5年ごとにエベレスト登頂というとてつもない目標をこれまで達成してこられたのです。


かたや若干67歳の私は、過日天に召された日野原重明先生を人生のお手本にしていると言いながら、昨日の記事で「残りの人生を考えると、よくて10年、下手をすると5年単位。正直なところ20年という先までは見えません」と弱音を吐いています。
まことにお恥ずかしい限りです。
人生の先輩の方々からお叱りを受けそうです。


じつは先週の土曜日、「完璧すぎるDIY」の中に書きましたが、4時間半かけて中腰になりながら階段踊り場のカーペット張替え作業をして以来昨日まで、その疲れからまた体調を崩し、ちょっと無理をしすぎたと後悔していました。
それで、昨日の記事のように弱気になっていたのです。


睡眠障害を逆手にとって毎朝早起きし、体操やストレッチ、ウォーキングなどをして頑張っていたのですが、ここ数日は歩数計が1000歩台を示しています。


でも、自分でも納得がいく残りの人生を送るためには、ただおとなしくしているのではなく、もっといろいろなことに果敢にチャレンジしなければなりません。
Comfort zone(居心地のいい安全地帯)の境界線を越えるのです。
「不可能を可能に」は私の人生のモットーではありませんか。
最近よく耳にする「一線を越える」のではなく(笑)、「線を越える」決意をしました。
ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

残りの人生をいかに生きるか

2017.09.12日

"I choose to make the rest of my life the best of my life."
--Louise Hay – Author and Publisher
「私は残りの人生を、自分の人生で最高のものにすることにした」
--ルイーズ・ヘイ、作家・パブリッシャー
(訳 舟田譲二)


この名言に出会ったのは昨日のことです。
じつは、私自身最近ずっとこれとまったく同じことを考えていたので、ちょっとびっくりしました。
まるで私の気持ちを代弁してもらったような気がしています。


ここ数年、身近な人、愛する人の死が続き、これからの自分の人生について考えざるを得ません。
残りの人生を考えると、よくて10年、下手をすると5年単位。正直なところ20年という先までは見えません。
ちょうど1年前に「人生という砂時計」という記事を書いていたのですが、「人生の砂時計」をより一層強く実感しています。


地上での残された人生をいかに悔いなく生き、最高のものにするか、毎日のように考えています。
過去を振り返れば失敗したことが思い出され、後悔することはたくさんありますが、それにもかかわらず私は神様にあって今日あるを得ていることに対して感謝の気持ちでいっぱいです。


残された人生を後悔しながら生き続けることも、逆に最高のものにすることもどちらでもできます。
私は後者を選択します。
そして、その決断をすると自然と毎日そのような生き方ができるようになってきます。


つい2日前、アメリカのindividualogist.comというところから"What Your Archetype?"という、無料で私のタイプをオンラインで診断するというものが送られてきました。いわゆる怪しげな性格診断アプリなどではないので、私は試してみることにしました。
10問の質問に答えてわずか1分ほどで、「クリエイター」(創造者、考案者)タイプという結果が出ました。
5ページにわたるかなり詳しい診断が送信されてきましたが、読んでいて一つひとつ納得のいくことばかりで、長所・短所も含めこれを生かして残りの人生を送りたいとさらに願うようになりました。


読者の皆さんは、これからどのような人生を送りたいと願っていらっしゃいますか?


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

楽観主義とは

2017.08.29日

"Optimism is the faith that leads to achievement."
--Helen Keller – 1880-1968, Author, Activist, and Lecturer
「楽観主義とは結果を出す信仰です」
--ヘレン・ケラー、作家・社会活動家・講演家
(訳 舟田譲二)


去る26日〜27日にかけての「24時間テレビ『愛は地球を救う』」。
チャリティの募金額が激減し過去10年で最低だったとか、番組に飽きたとか、チャリティ番組なのに出演者に高額のギャラが発生など、批判も多かったとネットに載っていました。
ずっと観ていたわけではありませんが、それでもたまたま見た「お母さんの目になる…4歳の娘がはじめてのおつかい」や「女芸人と耳の不自由な子ども達が コンビネーションマリンバに挑戦!」などは素直に感動し、涙、涙、涙でした。
とくに「耳の不自由な子ども達がコンビネーションマリンバに挑戦!」の1シーンで、母親が子どもに対して「こんな子に生んでごめんね」と言うのに対して、子どもが「こんな子どもに生まれてきてお母さんごめんね」と言うところでは涙が止まりませんでした。感動の涙です。
「なんでこんな子どもが生まれてきたんだ。お前なんかいらない子だ」と言う親や、「なんで頼んでもいないのに生んだんだ?」と言う子どもがいますが、私はこれを聞くと胸が締め付けられ悲しい涙が出てきます。


DIFT-U2V0AAYnaj.jpg


このような中で、盲聾唖という三重苦を乗り越えたヘレン・ケラーの「楽観主義とは結果を出す信仰」という言葉には胸が震えます。
上の「お母さんの目になる…4歳の娘がはじめてのおつかい」「女芸人と耳の不自由な子ども達が コンビネーションマリンバに挑戦!」は、子どもたちが結果を出すことを信じ、幾多の困難を乗り越えてチャレンジしたことにより目標を達成した見事な例です。


私など、やれ繊維筋痛症で身体中が痛いとか、睡眠障害で眠れないなどと愚痴を言っているのが恥ずかしくなります。
夜中に身体が火照って眠れないのです。熱くて熱くて。それで体温を測ってみたらなんと34.9度という超低体温。
いつも寝る前に摂っている睡眠を促すというサプリメント、メラトニン10mgを昨夜は30mgも摂ったにもかかわらずです。途中何度もベッドから抜け出して、リビングでストレッチや深呼吸をしたり、ベッドに戻ってタオルに包んだ保冷剤を首や後頭部、おでこに当てたりしましたが、明け方の4時まで眠れませんでした。そしてようやく寝たと思った5時20分には目覚め、1時間20分しか眠れなかったのですが、それがどうした!?


最近、こんなことはしょっちゅうで、もう慣れっこになりました。
それで昨日は目覚めてからもう眠りに戻れなかったので、時間がもったいないと、6時過ぎには起きて早朝ウォーキングに出かけました。
早朝の朝日を浴びると、夜寝る頃には体内に本物のメラトニンが発生してよく眠れるといいます。


朝は23.5℃ととても涼しく、そよ風に吹かれて快適なウォーキングでした。
昨日の記事、「空の鳥を見よ」じゃないですが、いつものサイクリングロードでスズメたちが「チュンチュン」と朝の挨拶をして私を出迎えてくれました。
さらに進んでいくと、桜の並木では「ミーン、ミーン、ミーン」とミンミンゼミ、そして「ツクツクボーシ、ツクツクボーシ」とツクツクボウシの耳をつんざくような大合唱。
中には、ちょっとあわてんぼうの秋の虫がもう秋の到来を告げて鳴いていました。
とても爽やかな気持ちの良い早朝ウォーキングでした。


そして、正午には長男直人の嫁の恵利紗さんのご両親が平塚を訪問してくださり、ららぽーとでお会いしてお昼をご一緒に。と、そのとき、ロサンゼルスにいる恵利紗さんからお母さんの携帯に電話が。
お母さんはなんてタイミングがいいの、とびっくり。
実は昨夜寝る前に思いついて、直人に提案しておいたサプライズです。
食事が終わってから静かなカフェに移動して、そこでスカイプで国際電話会談(笑)。
お互いの近況を知らせ合ったり、また直人と恵利紗の生まれたときや、子どもの頃の逸話など、話は尽きませんでした。
そして、最後に直人にお祈りしてもらいました。


家に戻って少し身体を休めて夕方に残り半分のウォーキングに出かけ、目標の11,300歩以上を達成、6.9km歩けました。
私もヘレン・ケラー同様、「結果を出す信仰、楽観主義」の固い信奉者です。
ぐっすり眠れるようになり、身体の痛みも取り去られて完全に癒されると信じています。
神様感謝します。また、お祈りくださっている皆様、ありがとうございます。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

超感動実話

2017.08.27日

「事実は小説よりも奇なり」と言いますが、これはまるで映画を観ているような超感動実話です。
私は昨日、これを初めて読んで身震いして涙が出てき、日本語に翻訳しながらまた涙を流し、今再度これを読み返して「こんなことが本当にあるんだ」と感動すると同時にとても励まされました。
ひとりでも多くの方に読んでいただきたいと思い、シェアさせていただきます。


彼女は一時(いっとき)も私の傍(かたわ)らを離れなかった


「マイクのいったいどこがそんなにいいの?舌がもつれてまともに話すこともできないじゃない!」
初めて会ったガールフレンドのお母さんがそう言うのを聞いて、私は車に乗ってその場を去りました。


しかしその数日後、お母さんのために赤いカーネーションを一輪手に持って、同じドアの前に立ってチャイムを鳴らしたとき、私の将来の義理のお母さんはドアに出るなり「溶けて」(笑)しまいました。


シャロンとは高校時代ずっと真剣にお付き合いしました。私が卒業して遠くの大学に行ったとき、シャロンは高校3年生。長距離電話の請求額に比例するかのように、私たちの愛はどんどん育っていきました。


翌年、シャロンも私がいたテキサス大学オースティン校に入学し、私たちは最高に幸せでした。私たちはまさに世界の頂点に立ったかのような感じで、もう人生は約束されているかのように思っていました。
ところが運命の夜がやってきました。一瞬の出来事で私たちの人生は永遠のどん底に突き落とされたかのようになりました。


1981年2月18日。その日、私たちは大学の図書館で勉強していました。夜遅くなってきてシャロンは眠くなったので寮に戻りたいと言いました。
車に乗り込んだ私たちは彼女の寮に向かいましたが、運の悪いことにガソリンのゲージがゼロになっていました。近くのコンビニのガソリンスタンドに立ち寄り、シャロンに2ドル借りてガソリン代を支払いに私は店内に入って行きました。


ものごとというのは、いつでも思い通りに行くとは限らないものです。
運悪く、そのときたまたま店は強盗に襲われている真っ只中でした。強盗のひとりが私を冷蔵室に無理やり連れて行き、床に押し倒して後頭部に銃を撃ったのです。そう、処刑するかのように。


物語はここで終わりません。強盗は私が死んだと思いました。犯行の目撃者を消した、と。
しかし、強盗たちが現場を立ち去ったとき、私にはまだ微(かす)かに脈があったのです。


私が生き延びると思った人はほとんどいませんでした。そのため警察もこの事件を殺人課に回したほどです。夜中に寝ていたところをたたき起こされて病院に駆けつけた神経外科医も、私を見て手術したところで助かる見込みはないと思い、そのまま帰宅してしまいました。


ところが、その医師は翌朝病院に戻ってきて、私にまだ息があるのを見て大きなショックを受けました。
医師は私の両親に、手術しなければならないが、助かる見込みはほとんどないと伝えました。


しかし、私は医師の予想を裏切って手術後生き延びたのです。医師は両親に言いました。
息をしてはいるが、これから先、自分の意思を人に伝えたり、また人の言うことを理解できるようにはなることはない、つまり植物人間になるだろう、と。


医師の言葉を聞いた父はシャロンに、
「きみは自分の人生を歩みなさい」
と伝えました。


シャロンは即座に答えました。
「マイクが私の人生です」


私たちはそのときまだ結婚していませんでしたが、シャロンは「病めるときも健やかなるときも…」という誓いの言葉を固く信じていました。
彼女は大学を1学期休学して、ヒューストンの病院で私のリハビリに付き添ってくれました。
シャロンは、他の同級生たちがパーティなどで学生生活を謳歌しているとき、「病院でよだれを垂らしているボーイフレンド」と時を過ごしていたのです。


ついにシャロンは学業を続けるためオースティンのキャンパスに戻りました。
またまた、私たちの電話代は信じられないぐらいの額になりました。
私の目標もシャロンと一緒になるために大学に戻ることでした。
私が生き延びるとはだれも信じなかったあの忌まわしい事件から1年半経ち、私はようやくその目標を達成することができたのです。その主な理由のひとつは、もちろん、私の愛するシャロンが諦めることも、屈服することも断固拒否したからです。


大学に戻って4年後私は卒業しました。私にとって、このことは遂にシャロンにプロポーズできるということでした。長いトンネルの末の光です。決して過去を振り返らない、つねに将来を見るようにと私をいつも励ましてくれたのはシャロンでした。


5月のある美しい日、シャロンと私は誓いを交わし結婚することができました。私たちは結ばれることになっていたのです。私たちは本当に長い、いろいろな出来事があったこの9年間デートをしました。しかし、結婚式の当日、それだけの価値があったとつくづく思わされました。シャロンはまさに私の「魂の伴侶」です。


結婚して長い年月が経ちました。そして美しい娘、ショーンが与えられました。私たちはあまりにもたくさんのことを一緒に経験してきました。辛い嫌な経験もありました。しかし、もっともっとたくさんの素晴らしい経験をしました。


これは単なる妻への「ラブレター」ではありません。むしろこれは、瀕死の状態にあるボーイフレンドと付き合い続けるのはやめろ、とみんながアドバイスしたにも関わらず、それを乗り越えたひとりの女性の物語です。
私にとってこのことは、シャロンがどれほど純粋で、内面も外面も美しい女性であるかということに他なりません。
さらに、たとえどんなことがあっても決して夢をあきらめてはいけないということを証明してくれています。私がここまで回復できたのは、私の努力などではなく、すべてシャロンのお陰だと思っています。もし彼女がいなかったら私はどうなっていたことか。少なくとも今の私はいませんでした。


この話は私のガールフレンドのお母さんの言葉で始まりました。
「マイクのいったいどこがそんなにいいの?」
その本当の答えは、
「マイクにいいところなどひとつもない」
です。
シャロンこそが「いいところだらけ」なのです。
シャロン、きみのことを心から愛してるよ!


©2017 マイケル・ジョーダン・シーガル


マイケル・ジョーダン・シーガルが自ら語る感動的な動画はこちらから観られます。(日本語字幕はありません)


http://inspirationbymike.com/video.html


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

絵に描いた餅

2017.08.24日

"Do more than belong: participate. Do more than care: help. Do more than believe: practice. Do more than be fair: be kind. Do more than forgive: forget. Do more than dream: work."
--William Arthur Ward – 1921-1994, Writer
「ただ所属するだけでなく参加せよ。心にかけるだけでなく助けよ。信じるだけでなく実践せよ。公平であるだけでなく親切にせよ。許すだけでなく忘れよ。夢見るだけでなく働け」
--ウィリアム・アーサー・ウォード、作家
(訳 舟田譲二)


私たちはとかく上に挙げられている前者の方であることが多いのではないでしょうか。
いろいろなグループに所属してはいるけど、積極的に参加はしていない。
ある人や団体などを心にかけてはいるけど、かと言って手助けしていない。
宗教や信条など信じてはいるけど、本格的には実践していない。
他人に対して公平であるよう努めてはいるけど、手を伸べるほど親切にはしていない。
人に何かされた嫌なことを許してはいるけど、いつまでも忘れてはいない。
素敵な夢を見てはいるけど、その実現のために真剣に行動していない。


「分かっちゃいるけど…」
正直なところ耳が痛いです。
これでは全部、絵に描いた餅ですね。
どんなに上手に描かれていても、絵に描かれた餅は見るだけで食べられませんし、どんな素晴らしいことでも実現もしなければ、何の役にも立ちません。


肝心なのは、誰もがしているような、分かりきった当たり前のことだけで満足するのではなく、そこから一歩前に踏み出すこと。
すべてはそこから始まります。実践する者でありたいものです。
ウィリアム・アーサー・ウォードさん、大切なことを教えてくださってありがとうございます。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

私もそのような者でありたい

2017.08.20日

"Those who bring sunshine into the lives of others, cannot keep it from themselves."
--Sir James M. Barrie – 1860-1937, Novelist
「人の人生に光をもたらす者は、自分の内に光を留めておくことができない」
--サー・ジェームズ・M・バリー、小説家
(訳 舟田譲二)


美味しいレストランを発見したり、素晴らしい小説を読んだり、映画を観たり、素敵な人に出会ったりすると、人はそのことを友人や知人、家族などに言わずにはいれなくなるものです。
素晴らしいものを知ったら、それを自分だけのものにしておくのは逆にもったいないこと。


人の人生に光をもたらすような人は、自分の内にその光を留めておくことができません。
私もそのような者でありたい。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

天に宝を積もう!

2017.08.18日

"The most valuable things in life are not measured in monetary terms. The really important things are not houses and lands, stocks and bonds, automobiles and real estate, but friendships, trust, confidence, empathy, mercy, love, and faith."
--Bertrand Russell – 1872-1970, Philosopher and Writer
「人生で最も価値あるものは金銭では測れない。本当に大切なものとは、家や土地、株や債券、車や不動産などではなく、友情であり、信頼、自信、共感、憐れみ、愛、信仰である」
--バートランド・ラッセル、哲学者・作家
(訳 舟田譲二)


この世の多くの人は、ラッセルが言うところの友情、信頼、自信、共感、憐れみ、愛、信仰などに裏切られた経験があってか、そのようなものを大切なものとは思わない。むしろこれらを嘲笑し、こんなものでは生きていけない、こんなことを言うのはおめでたい人だ、と言う。


やっぱり生きていく上でなくてはならないもの、最終的に頼りになるものは、金であり、家、土地、株、債券、車、不動産などの財産だと言います。
確かに一見そのように思われます。また、これ自体は決して間違っていることではなく、尊いことですらあります。
そして多くの人は、一生かけてこれらの財産を築くことを目指します。
しかし、これが人生の目的となると、話は別です。このような人生は不毛で、真の喜びや満足、平安はありません。


聖書の中にイエス・キリストが語られた次のような譬え話があります。


「ある金持の畑が豊作であった。
そこで彼は心の中で、『どうしようか、わたしの作物をしまっておく所がないのだが』と思いめぐらして言った、『こうしよう。わたしの倉を取りこわし、もっと大きいのを建てて、そこに穀物や食糧を全部しまい込もう。
そして自分の魂に言おう。たましいよ、おまえには長年分の食糧がたくさんたくわえてある。さあ安心せよ、食え、飲め、楽しめ』。
すると神が彼に言われた、『愚かな者よ、あなたの魂は今夜のうちにも取り去られるであろう。そしたら、あなたが用意した物は、だれのものになるのか』。
自分のために宝を積んで神に対して富まない者は、これと同じである」

(ルカによる福音書 12:16-21)


このことは、かつて世界一の億万長者と呼ばれたポール・ゲッティの人生を見ても明らかです。
J・ポール・ゲッティは私生活はめちゃめちゃで、5回も離婚再婚を繰り返し、あげくの果ては子どももその妻もドラッグにはまり、自殺したり、ヘロインの過剰摂取で死去。孫は、自分の祖父は大金持ちだから誘拐して身代金を要求したら大金をせしめられると友人に話していたところ、その話がマフィアに流れ、実際に誘拐され、片耳を切られた後に300万ドルの身代金を支払って解放されたとか、散々の結果です。
そして、21回も遺書を書き換え、自分の妻や子孫には最低限の遺産しか分割せずに、7400万ドルという莫大な遺産を財団に残し、彼が金任せに収集した美術品を所蔵する施設を作り、無料で一般に公開することになったというのです。
彼の曾孫は、"To me, money is not happiness at all." (自分にとって、お金とは幸せとはまったくかけ離れたものだ)と語っているそうですが、本当にその通りです。


天に宝を積みましょう。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

成功者になってください

2017.08.16日

"If you want to be successful, it's just this simple. Know what you are doing. Love what you are doing. And believe in what you are doing."
--Will Rogers – 1879-1935, Actor
「もし成功したかったら、自分がやっていることをよく知り、やっていることに惚れ込み、やっていることを信じること。たったそれだけのことだ」
--ウィル・ロジャーズ、俳優


私自身は決して世にいうところの「成功者」ではありませんし、自分でも成功した人間だ、なんて思ってみたこともありません。
ただ、「成功」というとき、それは単に地位を築く、有名になるとか、金持ちになるなど、いわゆる「地位・名誉・財産」ではないと私はいつも思っています。
むしろ、後悔のない、満足した、幸せな人生を送ることこそ、本当の「成功」だと考えています。そして、そういう意味において、自分は成功者だと思っています。


ところで、冒頭でウィル・ロジャーズが言っているように、「自分がやっていることをよく知り、やっていることに惚れ込み、やっていることを信じること」は何をするにしても、本当に大切なことです。
というのは、多くの人が仕事にしても勉学にしても、家族・友人関係などの人間関係においても、健康にしても意識せずただ何となくやっているからです。このようなやり方で、満足したり、幸せになったりするわけありません。
つまり、やることは何であるにせよ、根を詰めて一生懸命取り組み、やっていることを心底愛し、信じているなら、それは必ず成功につながります。
もちろん仕事や勉学においても。また、有名になったり、財を築くことにもなるかもしれませんが、それはあくまでも結果です。


ですから生徒たちを始め、接する人たち、読者の皆さん方にはもれなく、人生において成功して欲しい、と私は常々願っているのです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

幸せな人生を送れるかどうかは…

2017.08.13日

"Life itself is a privilege, but to live life to the fullest – well, that is a choice."
--Andy Andrews – Author
「人生はそれ自体が恩恵だ。しかし、人生を心ゆくまで享受できるかどうかということになると、それはその人の選択の問題だ」
--アンディ・アンドリュース、作家
(訳 舟田譲二)


自分の人生を「恩恵」と受け止めている人は少ないのではないでしょうか?


2年前の記事、「『ありがとう』と『サンキュー』の反対語」の中にも書きましたが、自分の人生を「当たり前」と考え、「自分の意思で生まれてきたわけではない」、「頼んでもいないのになんで生んでくれたんだ」などと人が言っているのを何度も聞いたことがあります。
これは、自分の人生に対する冒涜だと思います。また、生んでくれた親にも、そして他の誰よりもこの世に送り出してくださった神様に対する冒涜です。


感謝のないところには喜びも、生き甲斐も、充実感も、使命感も何もないでしょう。
このような人たちが、オレオレ詐欺を行なったり、その他様々な反社会的な行為をして快感を味わっているように思えてなりません。


「人生はそれ自体が恩恵だ。しかし、人生を心ゆくまで享受できるかどうかということになると、それはその人の選択の問題だ」と冒頭でアンディ・アンドリュースが語っていますが、自分が今この瞬間生きている、生かされているということ自体が、奇跡、恩恵です。憐れみ、恵みです。


しかし、この人生を享受できていないとするならば、それは運命や宿命などの問題ではなく、自分の愚かな選択の結果です。
なぜなら、同じ状況に置かれていても、あるいは自分とは比較にならないほど劣悪な環境に置かれていたり、心身の病い、障がいなどを負っていても、その中で感謝して、明るく、力強く生きている人は世の中にいくらでも、いや数えきれないほどいるからです。


これらの人たちは、自分の人生を恩恵だと受け止め、感謝して生きることを選択しています。これは決して綺麗事や理想論、非現実ではなく、まさにこの瞬間世界中で起こっている現実です。
世界に目を向けてみましょう。いや、その気になれば自分の身の回りにもいくらでもそのような人を見つけられます。
幸せな人生を送れるかどうか、それはあなた自身の選択です。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

自分の人生に責任を持つ

2017.08.12日

"Your future depends on many things, but mostly yourself."
--Frank Tyger (1929-2011) Editorial Cartoonist and humorist
「あなたの将来は多くの要素にかかっている。しかし、一番大きな要素はあなた自身だ」
--フランク・タイガー、風刺漫画家・ユーモア作家
(訳 舟田譲二)


私たちの人生は生まれた境遇(親や家庭環境、社会環境等々)に大きな影響を受けています。
今、NHKで放映されている朝ドラ『ひよっこ』に登場する主人公、谷田部みね子は奥茨城村の農家に生まれ育ち、小さいときから田植えや稲刈りなどの農作業を手伝っていく中で、農家の仕事が大好きになります。
小さな農家で経済的に厳しい状況から、父親は東京へ出稼ぎに出て働きながら仕送りして家計を支えます。
みね子は、東京で突然行方不明になった父を探すため、また父に代わって家計を助けるため集団就職で上京することを決断します。


農家に生まれ、農家の仕事を子どもの頃から手伝ってきたことも、また家族を助けるために集団就職したことも、ある意味そういう環境に置かれた結果です。


IMG_1424.PNG


これらはみね子の将来を決める大きな要素です。
しかし、かと言って、みね子の人生はこれらの要素によって決められたわけではありませんし、環境の犠牲になったわけでもありません。
一つひとつの出来事の背後には、みね子の選択があります。


私たちの人生も同じです。
人生に大きな影響を与える様々な要素はたくさんありますが、どの要素よりも最も大きく、そして重要な要素は、私たち自身の選択と決断、そして行動です。
私たちは決して環境の犠牲者ではありません。たとえどのような環境の下にいたとしても、それらの環境を生かしたり、あるいはひどい逆境に打ち勝つこともできるのです。「人生は今日からでも変えられる」の中に書いたオプラ・ウィンフリーがそれを見事なまでに実証しています。
また、このような例は枚挙にいとまがありません。


冒頭でフランク・タイガーが言っている「あなたの将来は多くの要素にかかっている。しかし、一番大きな要素はあなた自身だ」とは、まさにそういう意味です。
これは、学生だったら勉強や進学、部活や友達関係、社会人だったら仕事や家庭や職場の人間関係、はたまた家族・親族・友人関係から健康に至るまで、あらゆることに当てはまります。
言い訳はやめて、自分の人生に責任を持つ、それが人生で最も大切なことと言えます。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

遂に出版された!

2017.08.09日

ちょうど2か月前に「カウンセリングの良書」でご紹介しました、長男直人の嫁、舟田恵利紗の訳による『互いに助け合うために』が出版され、昨日恵利紗さんのお父さんから送られてきました。
英語版 INSTRUMENTS IN THE REDEEMER'S HANDSという原題を『互いに助け合うために』 とうまく訳し替えていますし、本文を見てもよくこなれた分かりやすい日本語で、難しい内容が読者に理解されやすいようよく工夫して訳されています。
監訳を依頼されていたのですが、体調不良のためお断りしたのがかえって良い結果となり、とても嬉しく思っています。


%8C%DD%82%A2%82%C9%8F%95%82%AF%8D%87%82%A4%82%BD%82%DF%82%C9.jpg


この本は、副題に「主の御手の器として、変化を必要としている人々が互いに助け合うために」とあるように、牧師やカウンセラーのみならず、クリスチャンを始め一般の方々にもぜひとも読んで日常生活の中で活用していただきたいお薦めの本です。
発行者である名古屋市内の神学校、キリスト聖書学園では、カウンセリングのテキストとして使用されるようですが、広く一般の人々の手にも渡って活用されることを切に願うものです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

そう、私もできる! そして、あなたにも!

2017.08.07日

"Yes, I can !"
「そう、私にもできる!」


1年前の今日、アップした動画を見直して、感動しています。
とても励まされ、勇気づけられます。
そう、私もできる! そして、あなたにも!



毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

恩知らず

2017.07.30日

夏の真昼の道中で暑さにあえぐ旅人がプラタナスの木を見つけた。その陰で身を休めながら「実がなっていない」「役立たずな木だ」と散々な言いようである。「恩知らずめ」と木が怒ったのも無理はない。イソップの寓話(ぐうわ)である。
◆身近な街路樹のプラタナスが減っているという。大きくなるので剪定(せんてい)や落ち葉の処理に手間がかかる。それがきらわれるらしい。
◆かように現実の世界でも見過ごされがちな恩恵に、光があたったと思わせる話もある。五輪開催時の暑さ対策として街路樹の陰を広げる。東京都のそんな計画を先週の記事が伝えていた。会場周辺のプラタナスなど2000本が対象になる。
◆読売新聞の社屋から遠くない都心の通りで、その1本をみた。幹から枝先までの距離は剪定で抑えられている。これが倍以上になるまで枝張りを大きくするという。3年先のきょうは大会7日目にあたる。緑陰のありがたみが身にしみる人もいよう。
◆人に親切を施してもわかってもらえないことは多い――イソップの教えるところである。確かにそうだが、感謝される日もいずれは来る。寓話の続編が紡がれるといい。

(7月30日付 読売新聞「編集手帳」)


イソップ物語の「プラタナスの木」はこんなストーリーです。


夏の盛りの暑い日に、ふたりの旅人が暑さでぐったりしていましたが、大きなプラタナスの木を見つけました。そこでその木陰に入ってひと休みしていました。
ふたりは木を見上げて言いました。
「この木は実はつけないし、葉っぱは散らかるばかりで役立たずだなぁ」
するとプラタナスの木が怒って言いました。
「恩知らずども。私の木陰で休んで恩恵に与っているくせに、実がないだの無用だのと」


うちでも今から約20年前に新築した際、狭い庭に4メートルほどの常緑樹の樫の木を植えました。
10年もするとその木はどんどん背が伸びて葉が生い茂り、二階の大屋根を超えるほどにまでなりました。木陰になったダイニングは涼しくて良かったのですが、根が張って木の周りのインターロッキングを持ち上げ始めました。
そこで、庭師を呼んで剪定してもらおうとしたところ、根がブロックの塀と家の基礎にも食い込みかけていることがわかり、慌てて根元から伐採して、大きな根っこも引き抜いてもらいました。


IMG_1316.jpg IMG_1317.jpg


塀と家の基礎は難を免れましたが、今は「朝日が暑い。木がないと家が殺風景で寂しい。何か新しい木が欲しいね」などと話し合っています。
まるでイソップの寓話そのものです。


同様に、私たちはしばしば人にお世話になっている間はそれを当たり前のことと思い、その人がいなくなると途端にその人の有難さが身にしみて感じる、ということがよくあります。
「孝行のしたい時分に親はなし 」の諺ように。


親や子など身近な者だけでなく、自分のそばにいる人や、関わりのある人はみな、意味あってそばに置かれているのです。


また逆の立場で、たとえ人に親切を施してもわかってもらえない、時には誤解されるようなことすらままあります。
それでもいいのです。そもそも人に感謝されたくてするようなことは本当の親切ではないのですから。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

一番じゃなきゃダメなんですか?

2017.06.09日

 30代の会社員女性。小学5年の息子が、何をやっても1番になれません。
 息子は控えめで人が嫌がることはせず、いつもニコニコと穏やかです。少年野球をしており、毎日、自ら進んで投球練習や素振りをコツコツやっています。性格がいいからか、今年はキャプテンになりました。しかし、試合ではそこそこ活躍するものの、最優秀賞などの個人賞は取れません。
 本人も悔しい思いをしているようですが、賞を取った子に笑顔で、「おめでとう」と声をかけます。その姿を見ると、悔しくて歯がゆい気持ちになるのです。
 思えば、息子はリレーの選手に選ばれるわけでも、書道で表彰されるわけでもなく、特に目立ったところがありません。悪くないけれど、決して目立つことのない息子。活躍する他のお子さんを見て、正直羨ましくなってしまいます。
 こんな母親に心の持ちようを教えてください。(埼玉・Y子)

     

 ◇大日向雅美(大学教授)
 なぜあなたはそれほどにお子さんを人と比べ、1番になることを求めるのでしょうか。他者と比べて得られる相対評価は、相手次第で浮き沈みします。
 あなたが書いておられることを見れば、息子さんは他の人にはない資質をたくさん持っていて、なんと素晴らしいことかと思います。地道な努力を惜しまず、自分が評価されなくても友だちの成功を祝福することなど、よほどの人格者の大人でもなかなかできないことです。少年野球のキャプテンに選ばれたのは、それだけ仲間や指導者から人望があるということではないでしょうか。
 育つ過程にある子どもにとって大切なことは、その子にしかない良さをしっかり認めてもらうことです。それが自己肯定感となり、その人らしい心豊かな人生を送る鍵となります。
 ないものねだりも、子を思う親の情ゆえかもしれません。しかし、失礼を十二分に承知で申し上げれば、ご自分はこれまでどれほどのことをなし得ていらしたのでしょうか。そうして、わが身を振り返り、子どもに過剰な期待を抱いて追い詰めないよう自戒することこそが、本当の親の情ではないでしょうか。

(2017年6月7日付 読売新聞 「人生案内」より)


蓮舫さんがこれを読んでおられたら、「一番じゃなきゃダメなんですか?」ときっとおっしゃるところでしょう(笑)。


B8ocXDBCcAAlLKu.jpg


先日テレビに出ていた双子の東大生は、おふたりとも子どもの頃の成績は学校では断トツでしたが、やはりひとりのほうが別の子よりも常に成績が上でした。
兄妹ふたりだけの小さな世界でも一番、二番が生まれます。
ましてや、10人、20人、30人...といれば当然のことながら、一番から最下位の人までいます。


それでは、一番の人には価値があって最下位の人には価値がないのでしょうか?
そんなことはありません。
一人ひとり違っていていいのです。違って当たり前です。
ロボットじゃないのですから、みんな一人ひとり違うことが素晴らしいのです。
さらに、適材適所で、一人ひとりに合った学校や仕事があり、伴侶、友人などがいます。
そうでないと逆に不公平になります。
一人ひとり違うほうが公平で、自分の器に応じたことができれば、それが最高に素晴らしいのです。
世の中のお母さん、お父さんたち、お子さんをほかの子たちと比べないでください。
そして、世界にふたりといない大切なお子さんをありのまま受け入れ、認めてあげてください。
それがお子さんを最高に生かしてあげる方法です。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

カウンセリングの良書

2017.06.08日

長男直人の嫁、恵利紗が英書 INSTRUMENTS IN THE REDEEMER'S HANDS People in Need of Change Helping People in Need of Change by Paul David Tripp を日本語に翻訳し、間もなく出版されることになっています。
一年ほど前に恵利紗から監訳を頼まれて少しやりかけたのですが、体調不良だったということもあり続けられずすぐに断念してしまいました。
360ページという結構厚手の本で、しかもカウンセリングの専門書なので翻訳するのはさぞかし大変だったと思いますが、見事にやり遂げました。


%83X%83N%83%8A%81%5B%83%93%83V%83%87%83b%83g%202017-06-07%2022.18.47.jpg


この本の111ページにカウンセリングに関して次のような箇所がありました。
「『知る』とは、神様が私たちのもとに送ってくださった人と本当に心から知り合いになる、ということである。私たちはとかくだれか人を知っていると思うと、表面から掘り下げて本当に尋ねなければならないような絶対に必要不可欠な質問をしないものだ。私たちは、その人に関する客観的な事実、たとえば伴侶はだれかとか、職場はどこか、その人の好き嫌い、子どもたちのことなど、を知っていると、とかくその人自身を知った気になってしまうものである。しかし、実際には私たちはその人のことについて本当のところ何も知っていないのだ。
 ひとりの人を知るとは、その人の心を知る、ということである。その人のことがよくわかり始めたと言うとき、それはその人の膝小僧がどんなであるかがわかるほど親しくなった、などということではもちろんない! その人のことがわかるとは、その人の信念や目標、希望や夢、価値観や欲望等々をもっとよく「知る」ということだ。友達のことを知っていると言うとき、その友人がどのように考えるか、ある状況下でその人がどのように感じるかが予想できるものだ。友情とは、心と心がつながっているということだ。
 へブル書4:14-16には、キリストは私たちの世界に入ってきて、33年間この地上にお住まいになったとある。すなわち、私たちが直面するようなことはすべてキリストご自身経験され、だから私たちの苦しみをキリストは理解してくださっていると私たちは知ることができる。だから、「知る」という働きは、それが友人間においていい質問をするとか、あるいはもっとフォーマルなカウンセリングの場で必要な情報を得るとかであろうとも、とても大切なことなのだ。目標は表面より下にもぐることだ。そうすることによって、あなたはその人が、自分自身をよりよく理解し、神様の目標であるより深い心の変化を望むのを手助けすることができる」


専門家である恵利紗のようにはうまく訳せていないでしょうが、このようにカウンセリングの基本である来談者のことをどのように「知る」ことが大切かを、とてもわかりやすく具体的に教えている良書です。
近々出版されるそうですが、今から楽しみです。
ビブリカルカウンセリング(聖書的カウンセリング)という新しい分野の本ですが、ご興味ある方にはお薦めします。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

優しい言葉、親切な顔つき、感じのいい笑顔

2017.06.07日

"A gentle word, a kind look, a good-natured smile can work wonders and accomplish miracles."
--William Hazlitt – 1778-1830, Writer
「優しい言葉、親切な顔つき、感じのいい笑顔は、びっくりするような結果をもたらし、さらに奇跡を起こす」
--ウィリアム・ヘイズリット、作家


上辺だけの「優しい言葉、親切な顔つき、感じのいい笑顔」をしている人を私はこれまでたくさん見てきました。
このような人に騙される人はたくさんいます。お人好しだった父はよく騙されました。
でも、私は直感的にすぐにわかります。
ですから、甘い言葉にひっかかりません。


しかし同時に、本物の「優しい言葉、親切な顔つき、感じのいい笑顔」をしている人にもこれまでたくさん出会ってきました。
本物かどうか、「におい」というか、やはり直感でわかります。
そして、このような人に出会うと奇跡が起こり、人生が変わります。


人を見る目というのはどのようにしたら養われるか。
直感が働かない場合には、しばらくその人の言動を注意深く観る(観察する)ことです。外面ばかり見ていたら騙されます。
でも人は知らず知らずのうちに本音を出してしまうものです。
本心からか、それともお金儲けやその他の下心があるかどうか、あるいは他意はないけどshallow(深くなく、表面的)なのか、見極める必要があります。
とくに職場や伴侶を選ぶときなど、一生に関わる人を見抜く目を持っていないと、あとで後悔することになります。
「後悔先に立たず」
人を見る目を養いましょう。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

今日一日だけ

2017.06.06日

「クスリをやめるってかっこいい!」
 1993年。世界53か国から米国シカゴに集まった5万人の人波にもまれながら、当時30歳の三浦陽二さん(53)は初めて思った。知らない者同士が熱いハグを交わし、薬物をやめていることを祝い合う。どの顔も力強く、温かかった。
 薬物依存症の当事者たちの世界大会。薬物からの回復支援施設・日本ダルク(東京)の理事長の近藤恒夫さんに同行した。この旅が三浦さんの薬物依存症回復への転機となった。


 小さい頃、学校でよくいじめられた。中学1年の時、13人のいじめっ子に闘いを挑むと、不良に一目置かれるようになった。中1でたばこ、中2でシンナー。高校を中退し、移った定時制高校で先輩が声をかけてきた。「覚醒剤、やったことある?」「もちろんあるさ」。虚勢を張った。覚醒剤依存の始まりだった。大学に進んだが中退。稼いだ金を薬につぎ込んだ。


 逮捕は2回。初犯は執行猶予で済んだが、26歳の時に実刑となり、1年間服役した。刑務所に入った時の「二度とやらない」という決心は、出所の頃には「次は絶対捕まらないぞ」に変わっていた。
 親は日本ダルクに相談し、三浦さんに世界大会行きを勧めた。親の金で遊べるなら、と軽い気持ちだったが、帰国した時にはダルクに入る決心が固まった。
 「今日一日」だけ薬をやめる生活を積み重ねて23年。日本ダルクの職員となった三浦さんは「近藤さんや世界の人たちに接することで、自分を大切にしようと思うことができた」と振り返る。


 世界の薬物依存の実情に詳しく、近藤さんとの共著もある放送プロデューサーのデーブ・スペクターさんによると、欧米では非合法薬物であっても組織的な売買ではなく、自己使用や所持だけなら刑罰より回復支援が重視されるという。
 昨年から日本でも、刑務所にいる期間を短縮し、残りを執行猶予にして社会の中での更生を目指す「刑の一部執行猶予制度」が始まった。いかに回復につなぐかが今後の課題だ。
 日本は長く厳罰主義で臨んできたため、社会の目も厳しい。「刑務所に入ったことでつながりが切れ、社会復帰に苦しむ人が多い」と近藤さん。スペクターさんは「薬物は手を染めた時点では自己責任ですけど、抜け出せないのは病気。本人も苦しい。社会から抹殺せず、『戻ってきてね』と声をかけていいのではないでしょうか」と話す。

(2017年6月5日付 読売新聞 12面「医療ルネサンス 依存症からの回復 脱薬物 社会復帰に課題」より)


いろいろと教えられる記事です。
とくにデーブ・スペクターさんが言う、
「薬物は手を染めた時点では自己責任ですけど、抜け出せないのは病気。本人も苦しい。社会から抹殺せず、『戻ってきてね』と声をかけていいのではないでしょうか」。
このような社会全体で助け合うという考え方はこれからの社会では必要不可欠です。


それと、三浦陽二さんの言う「『今日一日』だけ薬をやめる生活を積み重ねて23年」の考え方。
この「今日一日だけ」の取り組みとその積み重ねは何事にも通じる大切な教えです。
「今日一日だけ」は、悪い習慣を断つにも、良い習慣を身につけるのにも役立てることができる方法です。
良きにつけ悪しきにつけ「塵も積もれば山」になります。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

大いなることを期待せよ

2017.06.04日

"Expect your every need to be met. Expect the answer to every problem. Expect abundance on every level."
--Eileen Caddy – 1917-2006, Author
「あなたの必要がすべて満たされると期待しなさい。あらゆる問題に答えがあることを期待しなさい。あらゆるレベルで満ち足りることを期待しなさい」
--アイリーン・キャディ、作家
(訳 舟田譲二)


私たちはとかく「まあ、こんなもんだろう」「これだけあればいいや」と、小さなことで満足してしまいがちです。
というか、「現状満足」「欲を持たないことが美徳」のような風潮があります。
私自身もどちらかとそのタイプで、あまり大きなことは望まないほうです。


でも、アイリーン・キャディはここで、
「あなたの必要がすべて満たされると期待しなさい。あらゆる問題に答えがあることを期待しなさい。あらゆるレベルで満ち足りることを期待しなさい」
と言っています。
なぜでしょう?
答えは、期待しなかったらそのとおりの結果しか得られないから。
これは決して遠慮ではなく、欲がないことです。
欲がないところに成長・発展はありません。
人類がここまで発展してきたのは、飽くなき欲望があったからです。


アイリーン・キャディはまた次のようにも語っています。
「あなたの人生で何かをうまくゆかせる秘訣は、まず第一に、うまくゆかせたいという心の奥底から沸き上がる願望です。次に、それが必ずうまくゆくと信頼し、確信することです。次に、あなたの意識に生き生きした明確なビジョンを描きます。そして、疑念や不信をもたずに、人生が一歩一歩実現してゆくのを見守るのです」


確かにこのような生き方をしていったら、夢は一つひとつ実現できていくことでしょう。
仕事においても、子育てにおいて、家族やその他あらゆる人間関係において、趣味や健康作りなど、これは何事においても当てはまります。
逆にそうでないと、私たちの人生はどんどん尻すぼみになっていき、自分でも惨めな気持ちになっていきます。そして、これは決して健全なことではありません。
夢を持ち、その夢に向けて努力することは大切なことであり、幸せな人生を生きるために不可欠なのです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

私はミスったフナダ

2017.06.03日

"We all make mistakes, have struggles, and even regret things in our past. But you are not your mistakes, you are not your struggles, and you are here NOW with the power to shape your day and your future."
--Steve Maraboli – Author
「私たちはだれでも失敗するし、苦悶もするし、さらに過去のことで後悔もする。しかし、あなたは決して自分の失敗そのものではないし、自身の苦悶そのものでもない。あなたにはここで、今日、そして将来を作っていく力がある」
--スティーブ・マラボリ、作家
(訳 舟田譲二)


すごく励まされる言葉です。
私はミスターフナダならぬミスったフナダ、妻はミセスフナダならぬミスフナダ!ふたりとも毎日のようにミスします。
また、いろいろなことでよく苦悶します。


とくに私は今、毎日、朝起きてから寝るまで、生きているのが辛いくらい、身体全体の痛みと闘っています。
病院での種々の検査の結果は異状なく、おそらく運動不足による筋肉の衰え、パソコン・スマホの使い過ぎや普段からの悪い姿勢などからくる生活習慣病のようです(今週から通い始めた整骨院の先生談)。
これまでの生活習慣の”失敗”の結果、肉体的な”苦しみ”を日々味わっていて、過去を後悔しています。蒔いた種を刈り取っているのです。


でも、スティーブ・マラボリの今日の言葉、
「私たちはだれでも失敗するし、苦悶もするし、さらに過去のことで後悔もする。しかし、あなたは決して自分の失敗そのものではないし、自身の苦悶そのものでもない。あなたにはここで、今日、そして将来を作っていく力がある」
によって、大きな励ましをもらい、将来を作り出していく希望が与えられました。
なぜなら、私は失敗そのものではないし、苦悶そのものでもないからです。


私たちにはいつも”今”という瞬間があります。
そして、この瞬間の決断ひとつで、”今日”という日を作り、さらに今日の積み重ねの"将来"を作っていくことができるのです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

最高の自分バージョン

2017.05.30日

"Beauty is being the best possible version of yourself."
--Audrey Hepburn – 1929-1993, Actress
「美しさとは最高の自分バージョンでいること」
--オードリー・ヘプバーン、女優


audrey.jpg


オードリー・ヘプバーンについては、これまでたびたびこのブログで取り上げてきました。
何を隠そう、私は若い頃からずっと彼女のファンなのです。
若いころは彼女の艶(あで)やかさに惹かれていましたが、今は彼女の内面の美しさ、心の美しさに昔以上に魅了されています。


半年前の記事、「内から出る本当の美しさ」にアップしたのは晩年の彼女の写真です。


IMG_9961.JPG


確かに若いころのような華やかな美しさはありません。
しかし、作り物でない本物の美しさが内からにじみ出ています。


3年前の記事、「おお、オードリー!」の中に、「心に響く真の美しさ、絶世の美女【オードリーヘップバーン】が愛した詩」を引用しました。


時を越えた美しさの秘密


魅力的な唇であるためには、美しい言葉を使いなさい。
愛らしい瞳であるためには、他人の美点を探しなさい。
スリムな体であるためには、飢えた人々と食べ物を分かち合いなさい。
豊かな髪であるためには、一日に一度子供の指で梳いてもらいなさい。
美しい身のこなしのためには、決してひとりで歩むことがないと知ることです。


物は壊れれば復元できませんが、人は転べば立ち上がり、失敗すればやり直し、挫折すれば再起し、間違えれば矯正し、何度でも再出発することができます。
誰も決して見捨ててはいけません。
人生に迷い、助けて欲しいとき、いつもあなたの手のちょっと先に助けてくれる手がさしのべられていることを、忘れないで下さい。


年をとると、人は自分にふたつの手があることに気づきます。
ひとつの手は、自分自身を助けるため、もうひとつの手は他者を助けるために。


女性の美しさは 身にまとう服にあるのではなく、その容姿でもなく、髪を梳くしぐさにあるのでもありません。
女性の美しさは、その人の瞳の奥にあるはずです。
そこは心の入り口であり、愛情のやどる場所でもあるからです。
女性の美しさは、顔のほくろなどに影響されるものではなく、その本当の美しさは その人の精神に反映されるものなのです。
それは心のこもった思いやりの気持ちであり、時として見せる情熱であり、その美しさは、年を追うごとに磨かれていくものなのです。

-- サム・レヴェンソン


これは本当に真理です。
多くの人がこれとまったく逆のことをやっています。
オードリーの晩年の美しさは、口先だけでなく「最高の自分バージョン」を日々生きていたところから自然とおもてに現れていたものなのでしょう。
私たちも彼女に倣ってこの「最高の自分バージョン」を目指したいものです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

私もこういう生き方をしたい!

2017.05.29日

長年の喉の酷使で1年ほど前から声が出なくなり、それまで教えていたすべてのクラスから降りました。その経緯を書いたのが「三度の飯よりも好きな...」の記事です。
「三度の飯とは比べものにならないぐらい好きなもの、それは教えること」と書いたのですが、その中で引用したのは宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の有名な詩です。
それほど詳しく知っていたわけではないのですが、宮沢賢治の生き方や考え方にとても共感を覚え、いわゆる「波長が合う」ので、「宮沢賢治のような素朴な生き方がしたい」と書きました。


昨夜、親しくさせていただいているFBフレンドで、これまで何度もこのブログに登場していただいているひかりさんから次のようなメールが届きました。
私は読んでいて胸が高鳴り、この感動を是非ともひとりでも多くの人にシェアしたいと思い、ひかりさんにその旨お伝えしてご了解をいただきましたので、以下に原文のまま引用させていただくことにします。


宮沢賢治の「雨ニモマケズ」という詩のモデルになったと言われている、斎藤宗次郎さんという方をご存知ですか?既にご存知かもしれませんが、少しネットから引用して紹介させて頂きます。
私はこの斎藤宗次郎さんの生き様に感銘を受け、私もこういう生き方をしたい!と心から願いました。


「雨にも負けず」


雨にも負けず 風にも負けず
雪にも 夏の暑さにも負けぬ
丈夫な体をもち
慾はなく 決して怒らず
いつも 静かに笑っている
一日に 玄米四合と 味噌と
少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく 見聞きし 分かり
そして 忘れず
野原の 松の林の 陰の
小さな 萱ぶきの 小屋にいて
東に病気の子供あれば
行って 看病してやり
西に疲れた母あれば
行って その稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行って 怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があれば、
つまらないから やめろと言い
日照りの時は 涙を流し
寒さの夏は おろおろ歩き
みんなに 木偶坊(でくのぼう)と呼ばれ
褒(ほ)められもせず 苦にもされず
そういうものに 私はなりたい


この宮沢賢治の「雨にも負けず・・・」の詩には、実際のモデルがいたことをご存知でしょうか。この詩には色々な解釈がなされ、法華経の“常不軽菩薩(じょうふぎょうぼさつ)”の精神を表している、とも言われていますが、それでもひとりのクリスチャンの影響があったようです。


そのモデルの名前は斎藤宗次郎といい、1877年に岩手県の花巻に禅宗の寺の三男として生まれました。小学校の教師になりますが内村鑑三の影響を受けてクリスチャンとなります。


当時は、キリスト教が「耶蘇(やそ)教」などと呼ばれ迫害をされるような時代でした。親からは勘当され、教師の職は失い、町を歩いていれば「ヤソ」と嘲られ石を投げられました。家のガラスが割られたり、家を壊されたこともあったそうです。大衆の迫害はエスカレートしていき9歳の長女にまでおよび、「ヤソの子供」とばかにされお腹を蹴られ、腹膜炎を起こして亡くなってしまいました。その娘の愛子ちゃんは亡くなる時、賛美歌を歌ってほしいといい、彼が賛美歌を歌うと「神は愛なり」と書いて天に召されたそうです。


彼はそのような失意のどん底にあっても「御心がなりますように」とくじけることなく神様を信じ、神様に従い続けました。普通なら迫害のない別の土地へ移るところですが、宗一郎はむしろ、その土地の人々に神様の愛をもって仕えることを選びました。朝は3時に起きて牛乳や新聞の配達をし、迫害をする人たちのために祈り、福音を伝えたのです。10メートル歩いては神様に祈り、10メートル歩いては神様に感謝を捧げたという話はあまりにも有名です。


彼はそれこそ、雨の日も、風の日も、雪の寒さの中でも休むことなく働き、仕事の合間に病人を見舞い、励まし、祈りました。「でくのぼう」と言われながら最後まで愛を貫き通したのです。


そんな斎藤宗次郎は1926年に内村鑑三に招かれて東京へ引っ越すことになりました。花巻の地を離れる日、誰も見送りに来てくれないだろうと思って駅に行くと、そこには身動きがとれないほど大勢の人々であふれていました。なんと町長をはじめ学校の教師に生徒たち、迫害をしていた町の人たちが見送りに集まっていたのでした。彼の行いを通して神様の栄光が現され、町の人々の中で実を結んだのでした。そして、その群集のひとりに宮沢賢治がいて、「そういうものに、わたしは、なりたい」と書いた、とされています。


まさに、この斎藤宗次郎というひとはキリストの同労者として生きたのです。


ひかりさんが送ってきてくださった上の文章を読みながら、私は感動でしびれました。
「私もこういう生き方をしたい!」
とおっしゃるひかりさんと私もまったく同じです。


皆さんはいかがですか?


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

愛情と思いやり

2017.05.28日

"Love and compassion are necessities, not luxuries. Without them humanity cannot survive."
--Dalai Lama – Buddhist Monk
「愛情と思いやりは必需品です。贅沢品ではありません。愛情と思いやりがないと人類は生存できません」
--ダライ・ラマ、仏教僧侶
(訳 舟田譲二)


「愛情と思いやり」
こんなの絵に描いた餅、理想像、求めるのは贅沢、などと思っている人がとても多いのではないでしょうか?
世知辛い世の中になった?


確かに朝ドラ『ひよっこ』なんかを見ていると、あの映画『三丁目の夕日』に見られた昭和の古き良き時代の人情が最近は薄れてきているように思われます。


でも、「愛情と思いやり」は昔を偲んで「昔は良かった」と言って惜しむものではなく、また今の時代には「下町の人情はもうない」と嘆くものでもありません。


「愛情と思いやり」は、私たちの心がけひとつで日常生活の中で実践できることです。
たとえば、夫婦・親子・きょうだいの間で、親族間、友人間、職場の同僚間等々、あらゆる人間関係の中で、私たちが率先して行うべきことなのです。
決して贅沢品にしてはいけません。
なぜなら、ダライ・ラマが言っているように、これがないと人間は生きていけないからです。


「愛情と思いやり」こそが、人間を人間たらしめるものです。
確かに動物の世界にも、損得感情抜きの「愛情と思いやり」が見られるように思われます。
しかし、動物と人間の決定的な違い、それは私たち人間が、神の像(かたち)に似せられて創られているということです。そうでなければ、人間は他の動物よりも少しは頭がいいという単なるレベルの差になってしまいます。
ですから、「愛情と思いやりがないと人類は生存できません」とダライ・ラマは語っているのです。


まずは私たちができるところから実践していこうではありませんか。
本物の「愛情と思いやり」はここにあり、と。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

受けるより与えるほうが幸い

2017.05.26日

"Remember that the happiest people are not those getting more, but those giving more."
--H. Jackson Brown, Jr - Author
「最も幸せな人とは、より多くを得ている人ではなく、より多くを与えている人だ」
--H・ジャクソン・ブラウンJr、作家
(訳 舟田譲二)


この世の基準は「より多くを得て幸せになる」です。
これはおそらく人間の本心でしょう。
「多くを持っている」は、もちろん家や財や地位や名誉なども含まれるでしょうが、さらに言えば頭脳や容貌、運動・音楽・芸術などさまざまな才能等々、挙げだせば切りがありません。
みんなこれらを追い求めます。そして、これらがひとつでも多く得られれば幸せになれるという幻想を持っています。


5年前、心身の休養のためロサンゼルスに行った際、ゲッティセンターとゲッティヴィラを訪れたとき、これは幻想だということをまざまざと知らされました。
そのときの記事、「本当の幸福とは」の中にも書きましたが、世界一の億万長者だったJ・ポール・ゲッティは私生活はめちゃめちゃで、5回も離婚再婚を繰り返し、あげくの果ては子どももその妻もドラッグにはまり、自殺したり、ヘロインの過剰摂取で死去。孫は、自分の祖父は大金持ちだから誘拐して身代金を要求したら大金をせしめられると友人に話していたところ、その話がマフィアに流れ、実際に誘拐され、片耳を切られた後に300万ドルの身代金を支払って解放されたとか、散々の結果です。
そして、21回も遺書を書き換え、自分の妻や子孫には最低限の遺産しか分割せずに、7400万ドルという莫大な遺産を財団に残し、彼が金任せに収集した美術品を所蔵する施設を作り、無料で一般に公開することになったというのです。
彼の曾孫は、"To me, money is not happiness at all." (自分にとって、お金とは幸せとはまったくかけ離れたものだ)と語っているそうです。
おそらくポール・ゲッティはお金でありとあらゆるものを手に入れましたが幸せにはなれず、その結果財団への寄付という形で与えることによって初めて平安を得たのではないでしょうか。


「まばたきの詩人」と呼ばれた水野源三さん(1937-1984)は9歳のとき赤痢にかかりその高熱によって脳性麻痺を起こし、やがて目と耳の機能以外のすべてを失いました。
話すことも書くこともできなくなりましたが、母親が彼が何か言おうとしていると感じて、五十音順を指で指し示したところ、まばたきして合図しました。以来、まばたきで綴った詩が後に詩集シリーズとなり多くの人の感動を呼びました。


41yxhDKkBwL._SX348_BO1%2C204%2C203%2C200_.jpg


口も手足もきかなくなったわたしを
28年間も 世話をしてくれた母
良い詩をつくれるようにと
四季の花を咲かせてくれた母 
まばたきでつづった詩を一つ残らず
ノートに書いておいてくれた母
詩を書いてやれないのが悲しいと言って
天国に召されて行った母
今も夢の中で老眼鏡をかけ
書きつづけていてくれる母


神様の 大きな御手の中で
かたつむりは かたつむりらしく歩み
蛍草は 蛍草らしく咲き
雨蛙は 雨蛙らしく鳴き
神様の 大きな御手の中で
私は 私らしく 生きる


涙なしには読めません。
水野源三さんは何ひとつ持たず、貧しい一生を終えられました。
でも、限りないほど多くの人を慰め、励ましてきました。そして、今も与え続けています。
本当に与えるだけの人生でした。
でも、彼ほど幸せな人はいなかったと思います。


「受けるより与えるほうが幸いである」(使徒20:35)


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

強い人はチャンスを作る

2017.05.24日

"Don't wait for extraordinary opportunities. Seize common occasions and make them great. Weak men wait for opportunities; strong men make them."
--Orison Swett Marden, 1850-1924, Author
「びっくりするようなチャンスを待っていてはいけない。ごく当たり前の機会をとらえて、それを大きなチャンスに変えよ。弱い人はチャンスを待っているが、強い人はチャンスを作る」
--オリソン・スウェット・マーデン、作家
(訳 舟田譲二)


チャンスは待つものではなく、作るもの。
確かに弱い人というのは自ら行動してチャンスを作ろうとせず、チャンスがやってくるのを待っています。
でも、マーデンが言っているように、大きなチャンスを待つのではなく、小さなチャンスをとらえてそれを大きなものにする。こちらの方がよっぽど実践的です。なぜなら、大きなチャンスなんてそれほど頻繁にやってくるものではないからです。


私はかつてアメリカ留学時代、貧乏学生だったので奨学金を申請しました。何度申請しても門前払いでした。当時、アメリカはものすごい不景気で、奨学金に余裕があれば留学生ではなく自国民に優先して給付していたからです。
でも私はあきらめませんでした。何度断られても、だめもとで応募しました。担当の方からは煩わしく思われるほどでした。
でも、ある日申請に行ったところ、ちょうどその日、新しい奨学金の枠ができた、申請してみなさいと担当の人に言われ、その場で申請したところなんと翌年1年間の学費が免除になりました。同じとき日本から留学していた人で、うちと同じように同時期に赤ちゃんが生まれたご夫妻は奨学金を申請することなく、生活費が尽きて途中で断念して帰国しました。
「もうだめだぁ〜!」という状況を何度も経験しましたが、その都度、道が開かれました。
私は決して「強い人」のタイプではありませんが、いつもあらゆる機会をとらえてそれを大きなチャンスに変えてきました。
ですから、「経験者語る」で、これは人生のあらゆる場面で実践すべき価値ある勧めです。


「びっくりするようなチャンスを待っていてはいけない。ごく当たり前の機会をとらえて、それを大きなチャンスに変えよ。弱い人はチャンスを待っているが、強い人はチャンスを作る」


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

本物のヒーローとは

2017.05.23日

"So many of our dreams at first seem impossible, then they seem improbable, and then, when we summon the will, they soon become inevitable."
--Christopher Reeve – 1952-2004, Actor, Director, Producer, and Activist
「私たちの夢のほとんどは最初は不可能に見え、しばらくすると信じ難く思われるようになり、そして意志の力を奮い起こすとやがてそれは不可避になるものだ」
--クリストファー・リーヴ、俳優・監督・演出家・社会活動家
(訳 舟田譲二)


img_6.jpg


クリストファー・リーヴといえば、言わずと知れたリチャード・ドナー監督作品『スーパーマン』(1978年)で主演し、一躍大スターになりました。
しかし、1995年乗馬競争中に落馬し、脊髄損傷で首から下が麻痺する大怪我を負いました。その後は映画出演からほとんど引退し、リハビリテーションに専念します。
また、妻のディナとともに「クリストファー・アンド・ディナ・リーヴ麻痺資源センター」を開設し、身体の麻痺に苦しむ人たちに、より独立して生きることを教える事業に専念。


1997年にエミー賞を、翌年にはグラミー賞を受賞し、芸能活動を再開します。
1999年にはテレビ映画『裏窓』(アルフレッド・ヒッチコックの『裏窓』のリメイク)を製作、車椅子に乗った主人公を演じました。2003年に、連続テレビ番組『ヤング・スーパーマン』に、若きクラーク・ケントに素姓の手掛かりを与えるスワン博士役で出演。
2004年、自宅で心不全を起こし昏睡状態となり52歳の若さで世を去りました。


「ヒーローとは何か?」というインタビューについて、『スーパーマン』の映画撮影中は「先のことを考えずに勇気ある行動をとる人のこと」と答えていましたが、事故を起こした後は「どんな障害にあっても努力を惜しまず、耐え抜く強さを身につけていったごく普通の人」と答えています。
(以上、Wikipediaより一部抜粋改編)


私にとってクリストファー・リーヴはスーパーマンのイメージがあまりにも強く、まさにヒーローそのものでした。
その彼が落馬事故で、脊髄損傷で首から下が麻痺したというニュースを聞いたときは大きなショックを受けました。


しかし、彼のその後の生き方がじつに見事で、スーパーマン以上に世界中の人々に大きな感動と夢と希望を与える本物のヒーローになりました。
そのクリストファー・リーヴが言っている冒頭の言葉、
「私たちの夢のほとんどは最初は不可能に見え、しばらくすると信じ難く思われるようになり、そして意志の力を奮い起こすとやがてそれは不可避になるものだ」
は、まさに彼の勇気ある人生そのものを物語っています。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

水を得た魚 vs 陸に上がった河童

2017.05.22日

昨日はウォーキングを兼ねて教会へ歩いて行ったので礼拝の後、教会とは目と鼻の先にあるアカデミー元講師の家に立ち寄りました。
Sさんは大学生の4年間、アカデミーで講師を務めてくださいました。
もともと国語が得意で、お父さんも学校の先生、校長だったということもあって、昔から先生志望でした。それで塾での講師経験が役立つということで、アカデミーに応募してこられました。
案の定、素晴らしい講師となり、生徒の間では名物先生、アカデミーの看板講師のひとりとして大活躍してくださいました。


ところが大学卒業後、都内の大企業に就職。その後地元の企業に転職し、そこで編集長という得意の国語力を活かした仕事に就いて7年間活躍しておられたのですが、どうしても教師になりたいという夢が忘れられず、足かけ12年かけて教員免許を取得。そして、次の就職先が決まらないまま惜しまれつつも退職されました。
いくつかの会社からお呼びの声がかかり、政治家からは市議選へのお誘いがあったりしたそうですが、それらすべてを蹴って教師の道を追い求め、去年めでたく公立中学校に国語教諭として採用され、今年は2年生の学級担任とサッカー部の顧問を務めていらっしゃいます。


卒塾生や元講師の結婚式ではしょっちゅう顔を合わせているのですが、お仕事のことなど直接お話を伺いたく思い、教会の帰り道Sさん宅を訪れたのです。
あいにく朝から部活で出かけていらっしゃるということで、奥さんと玄関先で立ち話をしました。
学校の先生は部活など忙しくて大変でしょう、と言ったところ、以前は朝なかなか起きられなかったのが、今では毎朝6時起きで、体育祭の日など4時に起きて5時に学校に行くほど、今の仕事を楽しんでいらっしゃるとのこと。
アカデミーでの昔のSさんの楽しい授業を思い出し、一度授業見学に行きたいです、と言ったところ、ご自身も高校英語教師を務めていらっしゃる奥さん、「私も見てみたいんです」と。
まさに「水を得た魚」です。
Sさん、夢がかなって良かったですね。


そう言えば、アカデミーでこの4月から正社員として働いてくださっている孝太先生に先日尋ねました。
「アカデミーに来て1か月になるけど、どう?」
戻ってきた返事は、
「めっちゃ楽しいです」。
ここにも「水を得た魚」がもう一匹いました。
彼も大学卒業後大手金融会社に勤めていたのですが、やり甲斐のない仕事に辟易(へきえき)としていました。大学生の4年間と卒業後の1年間、アカデミーで講師として働いて、その時の楽しさが忘れられなかったのです。


ちなみに「水を得た魚」に当たる英語表現は、
"a duck in water"
と言います。
"The way you dance, you are like a duck in water."
「きみの踊り方を見ていると、まるで水の中のアヒルのようだ」
アヒルは陸上でも生活しますが、水の中に入ると生き生きする、というところから来たのでしょう。
英語では「魚が水の中にいるのは当たり前」というところから、敢えて"a fish in water "とは言わず、代わりに、"a fish out of water"と言って、これは日本語の「陸(おか)に上がった河童(かっぱ)」に当たります。


あなたは「水を得た魚」ですか?
それとも「陸に上がった河童」ですか?


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

嵐の中で

2017.05.21日

“Life is not about waiting for the storms to pass. It's about learning how to dance in the rain.”
― Vivian Greene
「人生とは嵐が過ぎ去るのを待っていることではない。雨の中で踊るのを学ぶことだ」
― ヴィヴィアン・グリーン
(訳 舟田譲二)


人生に嵐はつきものです。
順風満帆な良い時もあります。
でも、一生ずっと順風満帆ということは絶対にありません。保証します(笑)。
それでは嵐が来たときにはどうするか。
嵐が過ぎ去るのを待つのも確かにひとつの方法です。
中には人生の嵐の中で泣く人もいます。涙も癒しになります。
でも、もっといい方法は、嵐の中で歌い、踊ること。


tumblr_m82l6xghWL1r0a4hso1_r2_500.gif

Gene Kelly ”Singing in the Rain"


もちろん歌って踊ってもいいのですが、必ずしもだれもがそうできるとは限りません。
ここで言っているのは、文字どおり踊るということではなく、何か行動を起こすということです。


嵐を過ぎ越すもっと建設的で実践的な方法は、たとえば本を読むこと。本から新しいことを学んだり、勇気や励ましをもらったりして、苦しみの中で立ち上がることができるようになるかもしれません。
料理したり、部屋の片づけをしたり、絵を描いたり、何か作ったり、楽器を演奏したり、ドラマを観たり、夢を描いたり、あるいは自分の気持ちを紙とペンで(パソコンやスマホで)綴ってみてもいいです(これは私がいつもやっていること)。
ほかに、だれかと話してもいいです。
こういったことをしているうちに新しい道が開けたりするものです。


とにかく、ひとりでずっと家の中に閉じこもって何もしないこと、これは良くないです。
嵐が過ぎ去るのを待っているつもりが、次から次へと別の嵐が襲ってくることもあり、負のサイクルに陥ってしまい、そこからなかなか抜け出せなくなることもあるからです(引きこもりはそのひとつ)。


「雨の中で踊る」、これはすなわち何か行動することです。
ここから新しい道は開けていきます。
そもそも、終わりのない嵐なんてないのですから。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

クルーズにハマってます

2017.05.20日

「クルーズの旅にハマっています」
いえ、私のことではありません。
知り合いの方から送られてきた今年の年賀状に書いてあった言葉です。
ほかにも何人か、毎年年賀状に海外旅行の折の写真を載せて近況報告をしてくださる方がいます。


ちょうど1年前に書いた記事「習慣が結果を生む」を昨日読み返していました。
その中にマザー・テレサの次の言葉がありました。
思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。


その下に
「人間というものは持って生まれた性格や素質、才能、さらに言えば容姿から言動、仕事ぶり、人間関係や日常の生活の細かなことに至るまで、ほぼすべて習慣の結果によるものなのです。
このことに留意して日々を過ごすことが私たちの運命をすら変えてしまいます」

という私のコメントが。
「そのとおり!」とひざを叩いて読んでいました。


冒頭の「クルーズにハマっている」と言う方は、お子さんたちを立派に育て、大勢のお孫さんたちにも恵まれ、ご夫婦で本当にお幸せな人生を歩んでこられて、今はそのご褒美で世界中を回るクルーズを楽しんでいらっしゃいます。
まさに「習慣の結果」を今、楽しんでいらっしゃるのです。


一方、私はどうかと言うと、やはり同様に「習慣の結果」を刈り取っているところです。
かなり前から、毎朝起きると首から肩、背中、腰、お尻、太もも、ふくらはぎに強烈な痛みが走ります。午後になるとかなり楽にはなるのですが、それでも一日中痛みは残っています。
ネットで検索してみたところ、同じ症状で悩んでいらっしゃる方が大勢いらっしゃって、膠原病やリューマチ、線維筋痛症などの可能性もあるので、病院に行って検査を受けるようにと勧められていました。
それで、私も先週病院へ行き、血液検査、尿検査を始め、レントゲンなどいろいろな検査をしてもらい、今週結果を聞きに行ってきました。
結果は...
一応、どの検査も異状は見られませんでしたが、首から肩、背中、腰を診てくださった医師が「まるで板のように硬くなっている」と驚き、接骨院に行ってマッサージしてもらうようにと勧められました。


それで、一昨日60分の全身マッサージを受けてきたのですが、首からアキレス腱まで身体全体がガチガチになっていると言われました。
これはまさに運動不足の「習慣の結果」。子どもの頃からほとんど運動らしい運動をしてこなかったので、このような硬い身体になってしまったのです。
そして昨日は朝起きると、今度はマッサージの揉み返しで全身が痛い。
お陰で、本当だったら昨夜からこの週末、名古屋の妻の実家に車で行く予定だったのが行けなくなり、妻には新幹線でひとりで行ってもらうことにしました。私は家でお留守番。


実は最近、毎月ほぼ2回の割合で実家に車で通っているのですが、東名・新東名・名神を4〜5時間かけて走るこの週末の小旅行が私たちにとっては「クルーズ」になっているのです。
妻と笑いながら話しています。
私たちがハマっているのは「介護クルーズ」だね、と。
そして、この介護も今までの長年の「習慣の結果」によるものです。
私たちには船で世界中を回るクルーズよりもこちらの介護クルーズの方が似合っていて、結構楽しんでいます(笑)。


でも、この身体中の痛みはとても辛いので反省し、これからは運動やストレッチに励み、これを習慣にして健康長寿の結果を刈り取りたいと思っています。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

学ぶことからすべての奇跡が始まる

2017.05.19日

"Learning is the beginning of wealth. Learning is the beginning of health. Learning is the beginning of spirituality. Searching and learning is where the miracle process all begins. "
--Jim Rohn
「学習は豊かさのもと。学習は健康のもと。学習は霊性のもと。探求し、学ぶことからすべての奇跡が始まる」
--ジム・ローン


昨日はとても嬉しいことがありました。


小学4年生のときからアカデミーに来ている6年生のお子さん。
入塾当初は数字の概念すらなく、基本の基本から始め、足し算や引き算の意味も教えなければなりませんでした。


さらに、3+2=5のような簡単な計算すら指折り数えていて、時間がかかるだけでなく、間違いがとても多く、間違いを指摘しても自分の力で直すことすらできませんでした。
学んだ計算方法を使って解く文章題も、文章そのものを読む力がないため問題を理解して式を立てることもできません。
手取り足取りで、図を描いて意味を説明するのですが、何度繰り返しても理解できません。
ようやく理解できたかと思い、次の同じタイプの問題に当たらせるとたちまちとんでもない解き方をします。足し算でなければ引き算、かけ算でなければ割り算のような感じで当てずっぽうで解きます。


このようなお子さんは学習障害のレッテルを貼られて、放ったらかしにされるケースがしばしばです。
しかし、この子を担当している私は必ずできるようになると信じ、いつも笑顔で優しく、忍耐強く指導してきました。
そして、最近になってようやく暗算で計算できるようになり、また文章題だけでなく、図形問題や重さ、長さの問題、小数、分数なども理解する力がついてきました。数か月前と比べると見違えるほどです。


そして、昨日は最初、全部間違えていた問題も、理屈を説明したところすぐに理解して、間違えていた問題を全部すらすらと解き直し始めたのです。そして、終わったときにはとても清々しい笑顔!
感動ものでした。
教師をやっていて最高の幸せを感じる一瞬です。


「学習は豊かさのもと。学習は健康のもと。学習は霊性のもと。探求し、学ぶことからすべての奇跡が始まる」
この生徒の人生がここからスタートし、豊かさ、健康、霊性を身に着け、人生の奇跡が始まることを心より祈るものです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

人が求めるリーダー像

2017.05.16日

"A person who wants to lead the orchestra must turn their back on the crowd."
--Max Lucado – Author and Preacher
「オーケストラを指揮したいと思う者は聴衆に背を向けなければならない」
--マックス・ルーカド、作家・牧師
(訳 舟田譲二)


「オーケストラを指揮したいと思う者」とはどのような人のことでしょう?
「指揮したい」とあるように、人をリードしたい人、すなわち人の先頭に立って企業やその他さまざまなグループや団体、組織などを引っ張っていきたい人、リーダーのことです。
経営者やトップの人でなくて学校の教師や塾の先生もある意味、生徒に対してリーダーです。
親も子どもに対してはリーダーです。


リーダーになる人はもちろんその資質も大切ですが、同時に八方美人で誰からもよく思われたいと思う人は不適です。つまり、マックス・ルーカドが上で言っているように「聴衆に背を向けなければならない」のです。
リーダーとはある意味大変な仕事で、人から理解されず辛いこともたくさんあります。敢えて心を鬼にしなければならないこともあります。
しかし、リーダーたる者これに耐えなければなりません。リーダーとして成功している人たちはみんなこの辛いところを通ってきています。


しかし、かと言って冷血にならなければならないというわけではありません。人気取りのためにニコニコするのでなく、真に血が通った温かい人、他人のことを大切にする人、他人のために尽くす人で、素晴らしいリーダーはいくらでもいます。
いえ、むしろ人が求める理想のリーダー像はまさにこのような人です。


自分は後ろにいて鞭をふるって他人を駆り立てる、という典型的なボスタイプのリーダーは今は求められていません。人が求めるのは、自ら先頭に立ってお手本を示し、人を引っ張っていくタイプのリーダーです。


leader-boss.jpg


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

成功の奥義

2017.05.15日

"Experience shows that success is due less to ability than to zeal. The winner is he who gives himself to his work, body, and soul."
--Sir Thomas Fowell Buxton – 1786-1845, English Member of Parliament
「成功は能力よりもむしろ熱心さによるということは経験上明らかである。勝利者とは、自らを己れの仕事や肉体、魂に捧げる者だ」
--サー・トマス・ファウエル・バックストン、英国議会議員
(訳 舟田譲二)


これは私自身これまでこのブログで繰り返し述べてきていることです。
「成功する人は能力のある人だ」と、世間ではまことしやかに言われています。そして多くの人がそのように信じています。
その結果、自分には能力がないから成功は無理だと初めから諦めたり、あるいは成功している人を指をくわえてただ羨んでいたりする人が実に多いです。


その理由のひとつは、成績至上主義の我が国の教育、そして学歴社会にあると言ってもいいでしょう。
今ひとつの理由は、親の子育ての仕方です。
賢い親は、子どもが幼少の頃より様々なチャンスを与え、褒めて育ててセルフイメージを高め、持っている能力をますます引き伸ばします。
それに対し、知恵のない親は自分の子どもに、「バカ、アホ、マヌケ、能なし、役立たず」といったネガテイブな言葉を小さい頃から常に浴びせかけ、子どもに低いセルフイメージを植えつけます(「子どもをバカに育てたかったら」)。これで子どもが賢く育ったら不思議です。まことに親の責任大です。


しかし、サー・トマス・ファウエル・バックストンが上で述べているように、成功している人を見ると、決して能力によるものではなく、その人の物事に取り組む姿勢、熱心さ、勤勉、努力であることを私たちはみんな経験上知っています。
「自らを己れの仕事や肉体、魂に捧げる者」とは、コミットする人のことです(「コミットメント」を参照)


今からでも決して遅くありません。
自分自身のことでも、また子どものことでも。
この成功の奥義は仕事や勉強のみならず、スポーツから人間関係からどのような世界でも共通しています。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

日常性の中に潜む非日常性

2017.05.14日

今、NHKでやっている朝ドラ『ひよっこ』を観ていて教えらえることのひとつ、それは「日常性の中に潜む非日常性」です。


主人公を始めとする登場人物の周囲で起こる出来事は、みんな日常性の中に潜む非日常性です。
このドラマの作りがあまりにも丁寧すぎて、ストーリーの展開が遅く感じられ、それが視聴者に退屈を感じさせている面があるかもしれません。
これらはすべて私たちの日常生活の中にも起こっているごくごく当たり前の、小さな出来事ばかりです。ある意味、他人の目から見ればどうでもいいようなことでしょう。
しかし、当人にしてみれば「どうでもいいような」小さな出来事は、とても大きな意味を持つものばかりです。
それは、自分をその立場に置いてみればすぐにわかります。
そのようにこのドラマを観てみると、「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣く」ようになり、面白さが倍増します。
私は毎回、観るたびに喜び、泣いています。


しかし、それだけではありません。
私たちの生活の中には、同時に「非日常性の中に潜む日常性」もたくさんあるのです。
ほかの人には理解してもらえないような辛いことや悲しいこと、苦しいことなど、これらは当人にしてみれば「非日常的」なことです。人はだれでもこのような「非日常的」なことは求めず、波風の立たないごくごく普通の「日常的」な生活を求めるものです。
しかし、忘れてはならないのは、この「非日常的」なことの中にもたくさんの「日常性」が隠されているということです。


去る3日にお会いした、癌で病床に臥せっていらっしゃる鴨下新市さん(「ハゲ増す?」)のことを、あれ以来ずっと一日に何度も覚えてお祈りしています。
新市さんや奥さん、ご家族のことを思うと胸が痛みます。
とつぜん癌を宣告され、かなり危機的な状況にあるということは紛れもなく「非日常的」なことです。しかし、そのような中において静かに流れる時、家族とともに過ごす大切な時間、神様との語らいの時、これらはすべて新市さんにとっては「日常性」です。


私たちも、「非日常性の中に潜む日常性」に気づくとき、そこに平安や喜び、希望を見出すことができます。
それが、真の幸せです。
決して「日常性の中に潜む非日常性」を求めないこと、認めないことではないのです。


「あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである」
(コリント人への第一の手紙 10:13)


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

一か八かやってみる

2017.05.13日

"If you wait for the perfect moment when all is safe and assured, it may never arrive. Mountains will not be climbed, races won, or lasting happiness achieved."
--Maurice Chevalier – 1888-1972, Actor
「すべてが安全かつ確実で完璧な時を待っていたら、そのような時は決して来ないだろう。山には登れないし、競争には勝てない、また永続する幸せは達成できないだろう」
--モーリス・シュヴァリエ、俳優
(訳 舟田譲二)


飛行機に乗ることを怖れる人がいます。
でも、それを言うなら、電車だってバスだって、自転車だって事故を起こす危険性があります。
さらに言えば、歩いていても何かにぶつかったり、こけることだってあります。車にはねられることもあります。
でも、みんな家から出て歩き、自転車に乗り、バスや電車に乗ります。なら、飛行機だって同じです。どうなるかわからないけど、みんな信じて行動しているのです。


学生は合格が確実でなくても志望校を受験します。
スポーツ選手は万全でなくても試合に臨みます。
仕事を選ぶ時も、ある意味一か八かです。
結婚を決断する時もそうです。


そう、人生に確実とか完璧というようなものはありません。このようなものは夢物語。
完璧な時など永遠にやってきません。
決断が必要なのです。
「案ずるより産むがやすし」で、やってみたら案外簡単にできたりするものです。
マイク・ニコルズというコメディアン・映画監督は言っています。
「唯一安全な道は、一か八かやってみることだ」
と。


信仰とはそのようなものです。
完全にすべてが整って、信じられる条件がそろったら信じる、というのは信仰ではありません。


「さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである」
(ヘブル人への手紙 11:1)
「彼は望み得ないのに、なおも望みつつ信じた」
(ローマ人への手紙 4:18)
「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。その時、あなたがたはわたしに呼ばわり、来て、わたしに祈る。わたしはあなたがたの祈を聞く。あなたがたはわたしを尋ね求めて、わたしに会う。もしあなたがたが一心にわたしを尋ね求めるならば、わたしはあなたがたに会うと主は言われる」
(エレミヤ書 29:11-14)


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

DNAを受け継ぐ

2017.05.12日

"It is in Toyota's DNA that mistakes made once will not be repeated."
--Akio Toyota
「一度犯した過ちは二度と繰り返さない。それがトヨタのDNAだ」
--豊田章男、トヨタ自動車株式会社代表取締役社長
(訳 舟田譲二)


今月から来月初めにかけてこの近辺の中学校の生徒は京都、奈良(大阪)方面へ修学旅行に行きます。ほとんどの子が初めての関西ということでみんなとても楽しみにしています。
昨日、何人かの中3生に尋ねました。
「奈良で見たいものは何?」
返ってくる答えは決まって
「鹿公園」
です。
そこで
「大仏は?」
と水を向けると、
「大仏も見たいです」
続けて尋ねます。
「奈良の大仏と鎌倉の大仏ではどちらが大きいか知ってる?」
「奈良です」
「そう、正解。奈良の大仏は鎌倉の大仏よりも大きいんだけど、建物の中にあるんだよ。すごいよね。じゃあ、奈良の大仏と鎌倉の大仏、どっちが先にたったか知ってる?」
「奈良!」
「残念」
「じゃあ、鎌倉?」
「残念!」
「えっ、どっちが先なんですか?」
「まだ両方ともたっていない」
「???」
「奈良の大仏も鎌倉の大仏もまだ座ったままだよ」
「???」
こちらの子たちにはこのなぞなぞが通じません。


statue-buddha-1.jpg kamakura.jpg

お釈迦さまをモデルにしたものなので、同じDNAを引き継いでいてやっぱりよく似ています(笑)


ゴールデンウィークに京都に行った際、従兄の家を訪ねました。
久し振りに会って、私の顔を見るなり従兄が、
「おっちゃん(私の父のこと)によく似てきたなぁ」
と。

dad.jpg
今は亡き父が55歳の頃の写真です


大仏のジョークのセンスも父からのDNAです。


また、従兄家族と会ったときの記事(「今日の素敵な出来事」)に妹と一緒に撮った写真が載っていますが、それを見た人や妹と一緒に会った人たちからも兄妹そっくりだ、と言われました。
DNAは争えません。


つい1週間ほど前、アメリカ留学中の長男直人が卒業したと言って写真を送ってきました。
その写真を見て、私の卒業のときの写真と似ている、やはり同じDNAだなと思いました。
人からもよく親子そっくりだと言われます。
そのことを直人に伝えると、直人も自分の写真を見てそう思ってた、と言ってきました。


naoto2.JPG.jpeg joji.JPG

眼鏡をかけた直人はもっとよく似ています


この写真の中の私の年よりも直人の方が10歳も上ですが、直人はまだこれから4年間、さらにその上の学校での学びが待っています。
私は34歳で最終の学びを終えましたが、もっと学んでおきたかった、機会があったらまた学びたいとこの年になってもまだ思っています。高校まであれだけ勉強嫌いだった私が大学に入って勉強の面白さにハマりましたが、直人も同じです。
上の豊田章男社長の
「一度犯した過ちは二度と繰り返さない。それがトヨタのDNAだ」
の言葉のごとく、直人は私の後悔を知ってかしらでか、トヨタと同じくこの点でも私のDNAを受け継いでいるようです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

本物の幸せ

2017.05.11日

山のあなたの空遠く
「幸」(さいわい)住むと人のいふ
噫(ああ)、われひとと尋(と)めゆきて
涙さしぐみかへりきぬ
山のあなたになお遠く
「幸」住むと人のいふ

(カール・ブッセ作 上田 敏訳)


ずっと「幸せ」を捜し求め続けてきた。
でも、「幸せ」は見つからなかった。
それはとても悲しいことだったけれど、
でも「幸せ」がないというわけではない。
どこかに、どこかに、きっとあるんだよ
(現代語訳)


人は「幸せ」を求めて人生を歩みます。
それは、家族や友人であったり、仕事や趣味、旅行、グルメだったりと、いろいろです。
でも、どこを探し求めても真の「幸せ」は見つかりません。
メーテルリンクの『青い鳥』だったら、「家(身近なところ)にあった」となるわけですが、必ずしもそうなるわけでもありません。


しかし、アメリカ合衆国第32代大統領フランクリン・ルーズベルトの妻、エレノア・ルーズベルトは次のように語っています。
"Happiness is not a goal – it’s a by-product of a life well lived."
「幸せとは目標ではない。良い人生を歩んだときの副産物だ」

(訳 舟田譲二)


確かに、「幸せ」を探し求める人生は虚しいです。
まあ、そこそこ満足させてくれるものは見つかるでしょう。しかし、それが本物の幸せではない、ということを私たちは直感的に知っています。
むしろエレノア・ルーズベルトが言っているように、良い人生を歩んできたことを感謝するときにあとからついてくるもの、それが本当の「幸せ」です。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

将来が残っている

2017.05.09日

"Just remember when you think all is lost, the future remains."
--Dr. Robert Goddard – 1882-1945, Professor, Physicist, and Inventor
「すべてを失ったと思うとき、思い出せ。将来が残っていることを」
--ドクター・ロバート・ゴダード、大学教授・物理学者・発明家
(訳 舟田譲二)


「財も家族も仕事も健康も友人もすべてを失った」
というと、もう生きる希望も目的も何もかもなくなり、人は死を選ぶことがあります。
しかし、ここでドクター・ロバート・ゴッダードは私たちが生きる理由をはっきりと教えてくれています。
それは、だれにでも与えられている「将来」です。


将来さえあれば、たとえそのほかのもの全てを失ったとしても、それらはいつでもまた取り戻すことは可能です。
最後の土壇場で「将来」が残されていることを思い出そう。
人生はいつでも一からのやり直しがききます。


しかし、それではその将来さえも奪われたとしたらどうか。
癌などで余命いくばくと宣言されたとき。
これで将来は潰(つい)えたのか。


いやそうではない。「今日もいくつもの素敵な出会いが」の中に記した道城献一先生や「ハゲ増す?」の鴨下新市さんがそうです。
また、「今もなお語っている」の中の榎本保郎先生もそうです。
信仰者の強さは、命がこの世で終わるものではなく、永遠に続くことを信じ、そこに本当の「将来」があることを知っているからです。


「イエスは彼女に言われた、『わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。
また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信じるか』」

(ヨハネによる福音書 11:25, 26)


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

人は自分の運命の建築士

2017.05.07日

「運命は偶然よりも必然である。<運命は性格の中にある>という言葉はけっして等閑(なおざり−いい加減)にうまれたものではない」
(芥川龍之介『侏儒の言葉』より)


本能寺の変で織田信長は明智光秀に討たれました。
歴史家はその原因を詮索し諸説述べていますが、いずれにしてもこれは偶然起こった出来事ではありません。
それに至るまでに、伏線がいくつもあったのです。
おそらく信長が自分の蒔いた種を刈り取って、そういう運命をたどることとなったのでしょう。


ちょうど2年前に「運命とは」という記事を書きました。
この中でも運命と必然について書いています。


運命とは自分の力ではどうすることもできないもの、と日常の生活の中でもよく耳にします。
しかし、芥川龍之介も「運命とは偶然によるものではなく、原因があって結果が生まれる必然だ」と言っているのです。
アメリカの第28代大統領T・W・ウィルソンも次のように言っています。
「運命の中に偶然はない。人はある運命に出合う前に、自分がそれを作っている」


「人は自分の運命の建築士」ということわざがドイツにあるそうです。
あなたもこれからの自分の人生を設計し、建築しませんか?


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

今もなお語っている

2017.05.05日

「彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている」
(ヘブル人への手紙 11:4)


我が敬愛する故榎本保郎牧師の『旧約聖書一日一章』『新約聖書一日一章』をデボーションに使わせていただき、過去何年にもわたり毎朝妻と一緒に読んでお祈りしています。


榎本牧師の『ちいろば』『ちいろば余滴』はこれまで繰り返し繰り返し読んできました。そして読むたびに、笑ったり泣いたりしています。他のどの本よりもこれを私は愛読しています。私が信仰を持つきっかけになったのもこの本でした。


このたび、5月の連休を利用して京都・滋賀を訪れ、去る2日滋賀県近江八幡市のアシュラムセンターに榎本和子先生を訪ねました。
その日の出来事を記したのが「今日もいくつもの素敵な出会いが」です。
和子先生には40年近く前、アシュラムで初めてお会いしたのですが、4年前に再会したとき私のことをちゃんと覚えていてくださったのです。
そして3年前に再々会し、今回なんと再々々会させていただく恵みに浴しました。
私をひと目見るなり和子先生は、
「舟田先生。前回お会いしたときよりお元気そうで、どっしりと落ち着いていらっしゃる」
と言ってくださり、2年半前に健康を回復したのを見抜かれて驚かされました。
和子先生は私にとって霊の母のような方です。


今は毎朝、『旧約聖書一日一章』で榎本保郎先生から、その日その日にまさにぴったりのみ言葉とメッセージをいただいているのですが、冒頭のみ言葉「彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている」のように、直接語りかけていただいているような気がしてなりません。
和子先生も、必要なことはこの2冊の本の中に全て書かれているから何度も読み返しなさい、とよく人におっしゃっているそうです。


IMG_0989.JPG


今回、和子先生から『ちいろばの女房』というご著書をいただき、早速一気に読んだのですが、『ちいろば』の中に出てくるシーンを裏側の和子先生の視点から書いていらっしゃっていたり、また『ちいろば』以降の出来事も書いてあり、読みながらまるでその場に遭遇したかのような錯覚にとらわれます。そして、『ちいろば』を読んだときと同じように、笑ったり、泣いたりしています。


特に、ちょうど40年前の7月、伝道旅行でロサンゼルスに向かう飛行機の中で保郎先生が喀血し、空港に着くと同時に病院に緊急入院された箇所は、ちょうど私もロサンゼルスで先生をお待ちしていたときのことで、知らせを聞くと同時に断食して必死で祈っていたので、まるで映画の中のシーンが機内、病院、教会と交互に切り替えられているかのような感じです。


また、先日お会いしたとき、和子先生のお口から直接伺ったお話がこの本の中にいくつも描かれていて、これも映画のシーンのように目の前に迫ってきます。


本のカバーそでに書かれている言葉が和子先生のお気持ちをひと言で見事に物語っています。
「今までの私の望みは保郎でした。
でも保郎は死んでしまった。
しかし、主に、神様に望みを抱けば、
決して望みは消えることはなく、
何が起こっても大丈夫なのだと気づいたのです。」


これを読んで私も気づかされました。
頼るべきは人ではなく、絶対に変わることのない神様ご自身だということを。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

ハゲ増す?

2017.05.03日

"Dreams are only dreams until you wake up and make them real."
--Ned Vizzini – 1981-2013, Writer
「夢はあくまでも夢にすぎない。目覚めて、それを現実のものにしない限りは」
--ネッド・ヴィッジー二、作家
(訳 舟田譲二)


今日は妻の母教会の宣教60周年記念感謝会に参加してきました。
後藤喜良先生の力強いメッセージと、これまでご奉仕してこられた牧師先生たちや献身者の方々、ここで信仰に導かれた方々のお証(あかし)などがありました。
ドイツから来た女性宣教師が開拓されたこの教会は、過去60年の間に16人という大勢の献身者を輩出してきました。一応、妻もその中のひとりということで、突然証を頼まれて少し語りましたが、皆さんお話のお上手な方々ばかりでした。
中でもFacebookでお知り合いになった、敬愛する鴨下彌(わたる)先生の尾西教会で信仰に導かれたお証はまるで漫談のようでみんな笑い転げていました。


IMG_0961.JPG


IMG_0888.JPG


私たちの結婚の仲人をしてくださった中嶋先生ご夫妻と妻の青年時代の信仰の友、Mさんと一緒に


しかし、一番親しくさせていただき、お会いするのを楽しみにしていた新市さんからほんの数日前メールをいただき、癌で入院中と知らされ、私は「心が折れそうになって」いました。


しかし、司会をしていらっしゃる牧師の土肥先生は、沈痛な表情ではなく、むしろにこやかに新市さんのご病気のことをお伝えになりました。
土肥先生によると、現在の新会堂建設の是非を問う役員会で全員が反対したにもかかわらず、新市さんおひとりが賛成され、教団の理事会で3分の2以上の賛成があってゴーサインが出たそうです。
そして、長年にわたって積み立てられてきた会堂献金で借入金ゼロで建築できたとのこと。


新市さんは祈りに祈って、そして行動を起こして長年の夢だった会堂建設を現実のものにされたのです。
今日の60周年記念感謝会をほかの誰よりも楽しみにしていらっしゃった新市さんが参加できなかったのを皆さんとても残念に思っていらっしゃいました。


私たちは新会堂の献堂式の約1か月後に訪ねましたが、妻が青年時代をともに過ごした新市さんと私はそこで友達になりました。


その新市さんが癌と知り、Facebookの彼の過去の記事をたどると、3月には次のように書いていらっしゃいました。
「12月から3ヶ月半理髪店に行ってないので困っていましたが、調度抗がん剤の副作用で髪の毛がなくなりつつあり、理髪店に足を運ぶ手間がなくなり助かりました。全て主は益としてくださいます。感謝です」


記念会のあと、新市さんを病院にお見舞いに行けるかどうか土肥先生にお尋ねしたところ、大丈夫とのお返事。
「かえってこちらが励まされますよ」と土肥牧師。


早速、病院に向かいました。
ベッドの上の新市さんに今日の記念感謝会のお話をし、新会堂の影の功労者である新市さんの労をたたえると、新市さんは謙遜して全ては神様のみわざとおっしゃるばかり。
土肥先生がおっしゃっていたとおりだったので、私はそのことを伝えて「とても励まされます」と言ったところ、新市さんは
「いや、まだ髪の毛はありますよ」
と冗談で返し私たちを笑わせました。
実は新市さんは鴨下彌先生の弟さん。ご兄弟揃ってすごいユーモアの持ち主です。


でもそれ以上に、私は信仰者の強さを見せつけられた思いをしました。
最後に新市さんと手を取り合ってお祈りしましたが、みんな涙が溢れてきました。それは悲しみの涙ではなく、感謝の涙でした。


「イエスは彼女に言われた、『わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。
また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信じるか』」

(ヨハネによる福音書 11:25, 26)


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

今日もいくつもの素敵な出会いが

2017.05.02日

4年前にお会いした榎本和子先生(「京都は暑く、私も熱かった!」)は、知る人ぞ知る『ちいろば』牧師の奥様です。
3年前に再びお会いして(「素晴らしい出会い」)またの再会をお約束していたのですが、今日それを果たすことができました。


前回、前々回は妹は一緒じゃなかったのですが、今回は妹にも是非とも会ってもらいたいと思い、同伴してもらいました。


朝、お電話したらお風邪を召して、花粉症で顔と両目が腫れていて床についているのでお会いできないと恵さんのお嫁さんのお返事だったのですが、「今、起きてきました。ちょっとお待ちください」とおっしゃって、和子先生とお話ししたところ是非お越しくださいとのこと。
すぐに準備して家を出ました。


目が腫れていて会うのが恥ずかしいとおっしゃっていたのですが全然わからないほどで、今年92歳というお年を感じさせないほど相変わらず頭はボケるどころか私よりもはるかに明晰でかくしゃくとしていらっしゃって驚かされました。
話はあちらこちらに飛びますが、全てきちんと理解し、適切なお返事やご感想をくださり、またご謙遜と独特のユーモアでみんなを笑わせてくださいます。


IMG_0841.JPG


「前回お会いしたときよりお元気そうで、どっしりと落ち着いていらっしゃる」と、私の顔を見るなり言ってくださり、2年半前に健康を回復したことをちゃんと見抜いていらっしゃって、二重三重に驚かされました。


昨日私たちがお会いした西村先生のこともよく覚えていらっしゃり、和子先生にいただいた『旧約聖書一日一章』『新約聖書一日一章』を宝物にして読んでいらっしゃいますよ、とお伝えしたところ、昨年出版された『ちいろばの女房』を西村先生、妹と私に一冊ずつ、おもて表紙を開いたところに目の前でみ言葉とサインを達筆でしたためてプレゼントしてくださいました。


IMG_0874.JPG


妹がオルガンに興味を持っていることを伝えたところ、るつ子先生が奥の部屋にあるとても立派なオルガンを見せてくださって、週に一日オルガンを教えているとおっしゃいました。それを聞いた妹は以前からずっとオルガンを習いたいと思っていたと言うと、なんとその場で来週からオルガンを教えてくださることになる、というびっくりぽんのお土産付きでした。


IMG_0844.JPG


ほんの30分ほどお目にかかれれば、と言ってお伺いしたのに、いつの間にか2時間になってしまいました。おいとまする時には、お昼をご一緒にどうぞとお勧めくださいましたが、温かいお心遣いを心から感謝して失礼しました。


榎本先生宅を出て急いでヴォーリズ学園へ。
副校長先生と少しお話しして、校内を見学させていただきました。
顔を合わす生徒たちが「こんにちは!」と元気よく挨拶してくれ、礼儀正しいのに驚きました。
つい10日前に召天された道城先生のお部屋は電気が消えていて主人なき学園長室が寂しさを物語っていました。
副校長先生始め、お話しする先生方皆さんが、道城学園長は責任感の強い方で使命を全うされたと口を揃えておっしゃっていました。
先ほどのるつ子先生はヴォーリズ学園でハンドベルのご指導をしていらっしゃいますが、るつ子先生も道城先生のことを、学園長として、理事長として、牧師として、父親として、夫として使命を立派に全うされたとおっしゃっていましたが、死の間際まで全力で走るべき行程を走り抜かれた先生を改めて尊敬しました。


IMG_0856.JPG


ヴォーリズ学園を後にして次に道城先生宅を訪ねました。40年前の留学中、大変お世話になった道城夫人を弔問しました。
お部屋の中は道城先生がお使いになっていたパソコンなどがそのままあり、在りし日の道城先生が偲ばれました。
まだ10日ほど前にご主人を亡くされたばかりですが、夫人はとても明るく、昔の思い出話や、4人のお子さんのこと、お孫さんのことなどをお写真を見せながら話してくださいました。
上の3人の息子さんたちは、当時まだ生まれたばかりの赤ん坊から幼稚園児くらいのわんぱく坊主でしたが、今や独立してご家庭を持っていらっしゃり、道城先生も立派に成長されたお子さんやお孫さんたちに囲まれて天国に旅立たれ、お幸せだったことでしょう。
奥様も道城先生の生涯を太く短い立派な人生だったと振り返っていらっしゃいました。
「されど我らが国籍は天に在り」
のみ言葉をいつも語っていらっしゃった道城先生ですが、まさにそのみ言葉に生きる人生でした。


IMG_0860.JPG


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

心が折れそうになってる…

2017.04.30日

"You are braver than you believe, stronger than you seem, and smarter than you think."
--(Winnie the Pooh) A. A. Milne – 1882-1956, Author
「あなたは自分が信じているより勇敢で、見た目よりもよりも強く、思っているより利口だ」
--『クマのプーさん』の原作者、A・A・ミルン
(訳 舟田譲二)


実は今、私は心が折れそうになっています。


ちょうど1週間前の記事「命の恩人の召天の知らせにショック」に書いた道城先生の奥様を明後日、弔問させていただくことになっています。
本来ならばこの日にお見舞いに伺う予定だったのですが、癌の進行が予想外に早く、1週間遅れで間に合わず残念ながら願いがかないませんでした。
73歳での召天でした。


そして、3日は妻の母教会の60周年記念会があり、私たちの仲人をしてくださった牧師先生始め、これまでに二度この教会を訪ねた際、お知り合いになった方々とお会いできるのを楽しみにしてきました。
ところが昨夜、そのうちのひとりで一番親しくさせていただいている兄弟にメールで時間を尋ねたところ、返ってきた返事に愕然としました。
癌で入院中で、万一の時に備えて家族の出席も難しいとのこと。記念会の後、お見舞いに伺いたいと思っています。
この方は私たちと同い年です。


この他、病名は知らされていませんが、もう半年以上入院しておられる知り合いの方がいらっしゃいます。この方はまだ30代の若い方で、毎日お祈りしているのですが、お母さんと離れて寂しい思いをして暮らしている幼いお子さんたちのことを考えると辛くてたまりません。


でも、このような中、グッドニュースがあります。
57年の長きにわたって親しくお付き合いさせていただき、敬愛してやまない小学校時代の恩師、西村先生を明日、京都にお訪ねすることになっているのです。


先生は7年前血液の癌と言われるリンパ腫を患われ、化学療法で一旦良くなられたのですが、昨年秋再発し、今また治療を受けていらっしゃいます。
これまで結構頻繁にお会いしていたのですが、ここ3年ほど私が急に忙しくなったことと、先生のご病気もあってお会いすることがかなわなかったので、化学療法が一段落し落ち着いているとお聞きして、居ても立っても居られないなくなり是非ともお目にかかりたいとお願いし、明日の再会が実現することになったのです。しかも、滋賀に住む妹と一緒にお会いできるというオマケ付きです。


西村先生は私の人生の中で今や一番長くお付き合いさせていただいている、私にとってまるで父親のような存在の大切な方です。
先生がリンパ腫と闘い、懸命に明るく、積極的に生きていらっしゃるお姿は、今心が折れそうになっている私にとって何よりもの喜び、力の源泉となっています。


クマのプーさんが、
「あなたは自分が信じているより勇敢で、見た目よりもよりも強く、思っているより利口だ」
と励ましてくれているような気がして嬉しくなりました。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

私はこれで◯◯がやめられました

2017.04.29日

"A year from now you will wish you had started today."
--Karen Lamb – Author
「今から1年後、あなたは今日始めていたら良かった、と思っていることでしょう」
--カレン・ラム、著作家
(訳 舟田譲二)


こんなことってよくありませんか?
あの時、あれをしておけばよかった、なんて。
「後悔先に立たず」です。


でも、グッドニュースがあります。
それは…
今日から実行して、来年…そしてこれから先ずぅ〜っと同じ後悔をしない、という方法です。
これなら「先に立ちます」。


あなたも早速試してみませんか?
「私はこれで◯◯がやめられました。これもあれもできるようになりました」😇


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

散る桜 残る桜も 散る桜

2017.04.27日

散る桜 残る桜も 散る桜


江戸時代の曹洞宗の僧侶で、歌人でもあった良寛和尚の辞世の句と言われています。
このほか、
「散らぬ桜に散る桜、散らぬ桜も散る桜」とか
「散る桜 散らぬ桜も散る桜」
などいろいろなバージョンがありますが、言っていることはみな同じです。


つい1週間ほど前、「遅咲き」という記事の中に、いつものウォーキングのコースに周りの葉桜に囲まれて1本だけ七分ほど花をつけている桜の木を見て感動を覚え、桜の遅咲きから人の遅咲きに思いを馳せたことを書いたのですが、昨日の早朝同じところを歩いてみると、その桜もきれいに葉桜になっていました。(当たり前のことですが)


FullSizeRender%20%2821%29.jpg


これを見たとき、冒頭の一句が頭によぎったのです。
散った桜の花がすっかり色あせて赤茶け、人が歩いたり自転車が通るところを除いて小径(こみち)を覆っています。
頭の上には美しい若葉が生い茂っています。
今勢いあるこれらの葉も秋には全部落ちて地を覆います。
そして、落ちた花びらもまた葉もやがて腐り、土と混ざって腐葉土となり木に栄養を与え、それがまた来春の美しい花を咲かせ、葉を茂らせる。
これを何十年、何百年どころか、何千年と繰り返している。


考えてみたら、私たち人間も同じ。
私たちが今歩いている道、住んでいる町の下にも何百年、何千年という歴史が詰まっている。
数えきれないほどの人がかつてこの地の上で生活し、やがて死んで、それが肥やしとなって今日に至り、私たちが今ここで生活しているのです。


私たちも一人もれなく、この「散る桜 残る桜も 散る桜」と同じく散っていきます。
これが世の常、生まれてきたもの、万物の宿命であり、これをやたらと怖れたり、儚(はかな)んだり、悲しむ必要などありません。
当たり前のことなのですから。
むしろ、この世に、この世の命や物質に執着するから死を怖れたり、別れを悲しんだりするのです。


大切なことは、桜の花や葉が腐葉土となり肥やしとなって次に命をつないでいるように、私たちも単に物質としてだけでなく、霊や精神、また知性などが子どもや孫の代に、さらに綿々と後世に受け継がれていくというところに目をやることです。


そのことを思うと、今、ここに生かされていることが、とてつもなく偉大なこと、素晴らしいことに思われてきます。
しかも、それが単に有名人や能ある人、歴史に名を残すような偉大な人物だけでなく、生まれてきた人すべてがこの尊い使命に生かされているということ。
このように考えると、ほかの人の命も、また同様に自分の命も決して粗末にはできません。さらにもっと積極的に、大切にしなければならないということに気づくはずです。


現代の教育でこのような視点が一番欠けているのではないかと常々思っています。
教育とは、単にテストで点を取り、志望校に合格し、企業に就職し、地位を築き、名声を馳せ、財産を築くためにあるのではありません。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

子どもをバカに育てたかったら

2017.04.26日

"It is easier to build up a child than it is to repair an adult. Choose your words WISELY!"
「子どもを育て上げる方が、大人を修理するより簡単だ。言葉を賢明に選べ」
(訳 舟田譲二)


BsixCdNIMAA_5FX.jpg


「子育ては難しい」とよく言います。
確かに難しいです。みんなあちらに頭をぶっつけ、こちらにぶっつけ、苦労します。
子育てにこれが正解、というのはありません。一人ひとり子どもの性格も違えば、親の生まれ育った環境も価値観も異なりますし、子育てはケースバイケースです。


しかし、ひとつ言えることは、
子どもをバカに育てたかったら、子どもが小さいときから「お前はバカだ、アホだ、マヌケだ、脳なしだ」と言い続けることです。
そうすれば十中八九(「じゅっちゅうはっく」ではなく、正確には「じっちゅうはっく」)、子どもは期待どおりに(?)バカに育ちます。
このように言われて育った子どもはセルフ・イメージが低くなり、自分は本当にバカだと思い込み、バカな行動を取るようになります。


塾に来ている生徒の中にも、「私はバカだから」と言う子が時々います。
親がそのように洗脳してきたのです。


逆に、できる子の親は決まって
「お前は頭がいいね」
と言って育てています。
そして、このように言うのは頭のいい親です。
「お前はバカだ、アホだ」と言う親がバカなのです。


冒頭の
「子どもを育て上げる方が、大人を修理するより簡単だ。言葉を賢明に選べ」
は何を教えているかと言えば、「お前はバカだ、アホだ」と言って育てられて大人になって壊れた人を修理するのは至難の業。むしろ、子どもをまともに育てる方がよっぽど簡単だ、ということです。


それでは、「お前はバカだ、アホだ」と言って育てられた人はもう手遅れか、と言えば決してそうではありません。「大人を修理するより簡単だ」とあるように、修理は難しいかもしれませんが、可能です。決して手遅れ、不可能ということはありません。
また同様に、子育てにも手遅れはありません。
気づいたときが吉日。早速改めることです。


ついでに、これは親子間だけに限らず、夫婦間や労使間などありとあらゆる人間関係にも通じます。念のため。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

ひよっこ

2017.04.25日

“The right thing to do and the hard thing to do are usually the same.”
― Steve Maraboli
「なすべき正しいことと、なすのが困難なことはたいてい同じだ」
― スティーブ・マラボリ
(訳 舟田譲二)


%83X%83N%83%8A%81%5B%83%93%83V%83%87%83b%83g%202017-04-24%2022.56.40.jpg


「どうすっぺ?」に続くNHKの朝ドラ『ひよっこ』の第2弾です。
だんだん面白くなってきました。
これまでの筋展開はあまりにも日常的なことばかりで、平凡なストーリーのイメージで、妻は「つまらない」と言っていたのですが、私は今回のこのドラマには結構初めからハマっています。


そのひとつは、平凡な中に小さなドラマがいくつもあり、これが私たちの日常生活と同じだから共感するのです。
今ひとつの理由は、演出に負うところも大きいと思うのですが、出演者の演技がみんなすごく自然でとても上手いこと。ドラマを観ているのを忘れさせるほどです。
もうひとつは、時代背景が私の青春時代と重なっていて、以前「豊かだった昭和時代」に書いたように、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』のような素朴な時代の人情の温かみを感じるからです。


これまでもそうでしたが、昨日の『ひよっこ』のシーンでは何度も泣かされました。
登場人物一人ひとりの気持ちが痛いほど伝わってきて、感情移入してしまうからです。
これからのストーリーの展開、ある程度想像はつくのですが、「ひよっこ」がどのように成長していくのか楽しみです。


冒頭のスティーブ・マラボリの言葉、
「なすべき正しいことと、なすのが困難なことはたいてい同じだ」
を、このドラマの中の人たちは本当は難しいのに違いないのに、みんなごく自然にやっている。そこにも胸を打たれます。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

命の恩人の召天の知らせにショック

2017.04.24日

アメリカ留学時代、知人に紹介された教会に通い始め、27歳の時信仰に導かれました。
当時の私はとても生意気な若僧で、教会の牧師に難問ばかりぶつけて困らせていました。でも忍耐強く私の相手になってくださり、ついには洗礼に導き、何度もご家庭に食事に招いてくださったりして家族ぐるみでお世話してくださった道城献一牧師が一昨日癌で天に召された、と福岡在住のA牧師から連絡が入りました。


道城先生が癌で余命1か月とA先生から連絡を受けたのはほんの10日前のこと。
あわてて先生のお宅の電話番号を調べてお電話し、奥様とお話しした時、その前日に入院したばかりと言う奥様の声や話し方は40年前と全く変わらずとても明るくて、内心ほっとしていました。近いうちにお見舞いに伺いたいとお話しし、数日後再びお電話して5月の連休中に訪れたいとお伝えした時には、もってあと数日と聞かされ、ショックで涙は出ても声は出ませんでした。


本当は最初に知らせを受けた時、すぐに飛んで行ってお会いしていれば、お礼を言うことができたのに、と思うと悔やまれてなりません。
永遠の命の恩人となってくださったばかりか、私と妻との出会いの道を神様のご計画のもと道城先生が開いてくださったこと、そしてその結果三人の子宝に恵まれたことをお伝えしてお礼を言いたかったのです(その経緯を記したのが「最重要人物」「運命の出会い」「母が残してくれた最高のプレゼント」です)。


道城先生は私の帰国後、滋賀県近江八幡市にあるミッションスクール、近江兄弟社学園(現ヴォーリズ学園)の学園長として招聘され、その重責を担っていらっしゃいました。
昨年、私の甥がこの学校を受験するのをきっかけに、道城先生とお電話でお話しすることができましたが、これが最後の会話となりました。
お年は私と6歳しか違わず、本当に残念でなりません。


奥様とお話しした時、
「しばらくのお別れはお辛いでしょうが、やがて天の御国での再会の約束がありますから」
と言って電話を切ったのですが、奥様のお気持ちを思うと胸が張り裂けそうになります。
再会の約束があっても数十年連れ添って喜びも悲しみも分かち合ってきた伴侶との別離はさぞかし悲しくて、辛いことでしょう。
今は道城先生が天の父のみ腕に抱かれ痛みから解放されて安らいでいらっしゃることを信じつつ、奥様始めご家族・ご親族の皆様の上に平安とお慰めと癒しをお祈りするばかりです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

使命に生きる

2017.04.23日

「小さな奇跡」という昨日の記事をご覧になったひとりの方から次のようなメールを朝一番にいただきました。
ご本人の承諾を得て、その一部を下にご紹介させていただきます。


「敬愛なる舟田先生
おはようございます。
朝からすみません、どうしても舟田先生に感謝の気持ちを伝えたくてメールさせて頂きました。
私は先生のブログに毎日どれだけ力を頂いているか分かりません。最近は自分でも驚くほど精神状態が不安定になることがあり、聖書を開く元気もない時に、先生のブログに何度も救われました。(不思議なことにどれもタイムリーなメッセージで、神様の働きを感じました)
私にとって先生のブログは、本当に豊かに生きる為の知恵がつまった、現代版・箴言です。
先生にしかできない素晴らしい働きですね。
その恩恵にあずかることができて本当に感謝致します。
きっと多くの読者の方も同じ気持ちだと思います。
先生も毎日お忙しいと思いますが、お体ご自愛下さいね。また夏になったら海でプレヤーウォーキングできたら嬉しいです!
では、今日も舟田先生にとって素敵な1日になりますように!
感謝を込めて
H」


じつはこのようなメールを読者の方からよくいただくのですが、これぞまさしく私の願っていることで、私がこのブログを書く目的です。
私は次のようなお返事を書き送りました。



「Hさん
こんにちは。
私のブログが少しでもお役に立っているなら本当にとても嬉しいです。
おそらく今日の記事を読んで、このようなご感想を寄せてくださったのだと思いますが、その中に書いていますように、一人ひとりみんなに、ひとりの漏れもなく存在の意味・目的があり、使命が与えられています。そして、それはもちろん神様から来るものです。神様抜きにしたら、人生に目的も意味もありませんし、使命がなければ人は生きていくことができなくなります。
蟻のような小さな生き物や、さらに言えばアメーバや細菌のような微生物にさえ存在の意味、目的、使命が与えられていて、みんな必死に生きようとしているのです。たったこれだけのことでも、神の存在が証明できると言っても過言ではないと私はいつも思っています。
神様はHさんに素晴らしい賜物をたくさん与え、尊く用いてくださっています。Hさんの普段からの明るさ、積極性などは周りの多くの方々に希望や喜びを与えてくれていますよ。
ですから安心してください。
『主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである』
(エレミヤ 29:11)
私もHさんの平安と希望に満ちた明るい将来を信じて祈っています」


これは、私がこのブログで繰り返しお送りしているメッセージ、私の信念です。
皆さんも、「◯や◯は私にはない。しかし、私にあるものをあげよう」と、ご自分の持てる最高のものを家族や友人に、この世に提供して与えられている使命を全うしてくださいね。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

小さな奇跡

2017.04.22日

"I have no silver and gold, but what I do have I give to you."(Acts 3:6)
「金や銀は私にはない。しかし、私にあるものをあげよう」(使徒の働き3:6)

(訳 舟田譲二)


これは有名な聖書の中の一節です。
今から約2000年前の歴史上の出来事。
イエス・キリストの十字架上での処刑後、弟子たちは師を失って意気消沈し、迫害を恐れて隠れていましたが、復活したイエスに出会ってからは、まったく別人のように生まれ変わりました。
弟子たちの筆頭、ペテロは3度もイエスを知らないと言って裏切りましたが、実際に復活の主に出会って、力強くイエス・キリストを宣べ伝えるようになりました。そして、その信仰の故に幾多の迫害にあい、最後は逆さ磔(はりつけ)という殉教の死を遂げた、と伝えられています。
そのペテロが言ったのが冒頭の言葉です。
このあと、彼は次のように続けています。
「ナザレの人イエス・キリストの名によって、歩きなさい」
すると、生まれつき足のきかなかった男がたちまち癒されて歩き出した、という奇跡が起きました。


しかし、今日、私がここで述べたいことは、これとは異なる奇跡です。
私はよく、冒頭の
「金や銀は私にはない。しかし、私にあるものをあげよう」
という言葉を瞑想するのです。


この世の中、「金や銀」という言葉で象徴されるような、経済的に裕福な人もいれば逆にそうでない人もいます。
同様に、学問や医療、芸術やスポーツなどさまざまな分野で抜きんでた人もいれば、そうでない人もいます。
しかし、私たちはみんなお互いに補完し合うように生まれてきています。


昨夜、フィギュアスケート世界国別対抗戦がテレビで放映されていました。
これを見て、励まされたり心が踊るような思いになった人も多かったことと思います。
このほか、連日行われているサッカーやプロ野球などのスポーツも同じです。
テレビでやっている歌番組によって、あるいはコンサートなどで音楽によって勇気づけられている人も大勢います。
ドラマやバラエティ番組などの娯楽によって癒され、楽しんでいる人もたくさんいます。
旅行したり、あるいは外食したりすることによって元気をもらっている人もいます。
病気になると医師のお世話になり、私たちはとても助けられています。
このように、私たちはみんなお互いに助け合っているのです。


私の健康のことを心にかけてくださって毎月、たくさんのサプリメントを贈ってくださっている方がいらっしゃいます。
あるいは地元の産物のうどんやチーズやハムなどを贈ってくださる方もあります。
また別の方は健康に関する本を送ってくださったり、食事などの健康法を教えてくださいます。


冒頭のペテロじゃないですが、私には金銀はありません。そのほか、私にはないものの方が多く、このように多くの方々から助けられています。
でも、私にあるもの、それは英語や教育という仕事、またこのブログ記事など、これらによって少しでも人々のお役に立つことができているなら、たとえどんなに小さくても、それは与えられている使命を果たしていると思うのです。


このようにこの世のすべてのもの、空気や水を始め、食物となる動植物やペットも、みんなそれぞれに使命が与えられていて、それを用いることによって互いに助け合っている。
同様に、あなたにも、家族の間で、また仕事を通してなど、あなたでなければできないことが必ずたくさんあります。
それが与えられていること、そして貢献できていることを感謝しつつ、また同時にほかの人たちやさまざまなものによって助けられていることを感謝する。
このとき、小さな奇跡は私たちの身の周りでたくさん起きるのです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

遅咲き

2017.04.21日

昨日は朝早く目覚め、その後眠りに戻れなかったので、久し振りに早朝ウォーキングに出かけました。
まだ少し肌寒かったので、暖かい恰好をして家を出たのですが、早足でしばらく歩いているうちにだんだん熱くなってきて、1時間歩きとてもいい汗をかきました。


いつものウォーキングコースの川沿いのサイクリングロードを歩いていました。
つい10日ほど前まで桜が見事なまでに満開だったのですが、もう全部散ってしまって葉桜になっていました。
私はもちろん満開の桜も好きなのですが、散りかけて花と葉っぱが混じっているのも好きですし、散った後の葉桜も好きで、葉桜を楽しみながら歩いていたのですが、なんとまだ七分ほど花を咲かせている桜に出会いました。


IMG_0744.JPG


去る2月にも早朝ウォーキングに出かけた際、桜のつぼみの大きさがピンキリなのを見て、「成長の度合いに差がある」という記事を書いたことを思い出しました。
この桜はきっと遅咲きだったのでしょう。
周りの木が次々と美しい花を咲かせ、その下を歩く人たちの目はそれらの木に釘づけになっていて、花をつけていないこの木の下を多くの人々は素通りしていたのかもしれません。
そして、他の木の花が全部散ってしまった今、このようにまだたくさん花をつけているこの木を見た人は、私と同じようにきっと足を止めて驚いて見直していることでしょう。


「遅咲きの桜」のことを英語で late-blooming cherry blossoms と言いますが、面白いことに日本語で「遅咲きの人」と言うように英語でも同じように late bloomer と言います。
ちょっと気になって late bloomer という言葉が使われている引用をネットで調べてみたところ、あるわあるわ。
ファッションモデル、女優・俳優、スポーツ選手、学者、作家など各界の著名人が "I'm a late bloomer."(私は遅咲き) "I was such a late bloomer."(私はこんな遅咲きでした) "I've always been a late bloomer."(私はずーっと遅咲き人間でした)などと口をそろえて言っているではありませんか。


そう、「遅咲き」 "late bloomer" であることはなんら悪いことでも、変わっていることでも、困るようなことでもありません。
遅咲きの桜が個性であるように、遅咲きの人も個性であって、私たちはそのことを認め、受け入れなければなりません。


「発達障害」「学習障害」「ADHD - 注意欠陥・多動性障害」「アスペルガー症候群」等々、以前あまり耳にしなかったこれらの言葉が最近は日常茶飯事に使われるようになり、ひとり歩きしているようにさえ思われます。
一人ひとりの個性の違いとして受け入れ、理解する助けとするならいいのですが、往々にしてレッテルを貼ってしまって異状視する風潮は問題です。
うちの卒塾生の中にも遅咲きだったけれども、今は社会で立派に活躍している人がいくらでもいます。


この世はこぞって「神童」を愛でて、「早咲き」 "early bloomer" を育てようと躍起になりがちですが、「早咲き」「遅咲き」両者ともにこの世になくてならない存在で、みんなあって初めて社会は成り立っているのです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

健康で幸福になるために

2017.04.19日

“The reason many people in our society are miserable, sick, and highly stressed is because of an unhealthy attachment to things they have no control over.”
― Steve Maraboli
「惨めで、病んでいて、ストレスに苦しんでいる人がこの社会にあまりにも多い理由は、自分でどうすることもできないことに異常にこだわっているからだ」
― スティーブ・マラボリ
(訳 舟田譲二)


これは至言です。まことに真理をついています。
一見、お釈迦さまの解脱の教えに似ているようにも思えます。


お釈迦さま(ゴータマ・シッダルタ)は、王宮で王子として裕福な生活を送っていましたが、ある日城から一歩外へ出ると、貧しい人や病人、老人、死にかけている人など苦しんでいる人が大勢いるのを見て「人生は苦なり」と初めて知り、いかにして人間の苦しみである「四苦八苦」から解脱するかを求めて、29歳で出家しました。
この「四苦八苦」の最初の四苦は「生老病死」、すなわち「この世に生まれてくること」「老いていくこと」「病になること」「死ぬこと」、そして、「愛別離苦(あいべつりく)」(親子・夫婦など、愛する人と生別または死別する苦痛や悲しみ)・「怨憎会苦(おんぞうえく)」(うらみ憎む相手に会う苦しみ)・「求不得苦(ぐふとっく)」(求めているものが得られないことから生じる苦しみ)・「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」(色受想行識に執着する苦しみ)の四苦を加えたものを八苦と呼んでいます。つまり前の四苦は、人間の生きものとして起こる苦しみであり、後の四苦は、人間が人間であるために味わう苦しみです。


スティーブ・マラボリが冒頭で言っている
「自分でどうすることもできないことに異常にこだわっている」
というのは、お釈迦さまが言う「だから解脱せよ」というのとはずいぶん違います。
「解脱」というのは、この世の煩悩から解放されて悩みや迷いからまったく自由な「涅槃の世界に入る」という意味ですが、これができるならだれも苦労しません。実際のところ、日夜解脱を目指している僧侶でさえ、目標にしてはいるが奥が深くて到達できない、と言っているぐらいですから。


でもスティーブ・マラボリの言う「自分でどうすることもできないことに異常にこだわっている」は、原文にあるように「自分でコントロールできないことに捕らわれていると、惨めになり、病み、ストレスに押しつぶされそうになりますよ」、というもっと日常的な、私たちにも手の届くところにある処方箋のようなものです。


健康で幸福になるには、自分の手でコントロールできないことに執着しないことです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

自分のアイデンティティを見つける

2017.04.16日

ビリーはだれもパンチすることができない。父親が「パンチ!パンチ!」と大声で叫んでも、彼にはその指図が理解できない。実際のところ、きゃしゃな身体の少年は、異常とも言える大きなヘッドプロテクターとボクシンググローブでカモフラージュされていると言ってもいいほどだ。


ビリーは敵にアッパーカットをくらって倒されるまで何度もぶざまな恰好でロープで反動をつけては相手に向かう。しかし、気づくとリングの上に倒れている。父親は恥じ入り、トレーナーは絶望している。本物の男が夢中になるこのスポーツをビリーはなぜ身につけることができないのだろう。ビリーはただボクサーには生まれついていないのだ。


北イングランドのダーラムの通りでは、炭鉱の閉鎖に反対する抗夫たちがストライキをしている。エリオットの父親もその中のひとりだ。わずかばかりの生活費を守るために彼は警官と闘おうとしている。彼は人生の過酷な現実を理解している。もはや政治には頼れないとわかっている。彼の望みはこれまでことごとく打ち砕かれてきた。息子たちには何としてもこの苦しみを味わわせたくない。末っ子のビリーさえ自分自身を守る手立てを早くから身につけておく必要がある。だからボクシングジムに通わなければならない。すべて理にかなっている。子どもの将来のための投資と彼は信じているのだ。


しかし、ビリーはそのようには感じていない。ジムはふたつに区切られていて、その半分で少年たちはボクシングをし、あとの半分では少女たちがバレエの練習をしていた。ビリーはこのバレエのようなスポーツにすっかり魅了されている。純白の衣装のチュチュに身を包まれた少女たちはまるで宙を舞うようで、その優雅なステップや繊細なジャンプは音楽にピッタリ合っている。


繊細な感じの女性インストラクターはビリーのバレエに対する憧れに気づき、ビリーを応援して密かに彼にプライベートのダンスレッスンまでしてあげた。しかし、そのことを知った父親は頭にきて怒った。「ダンスなんて女がやるものだ!」


しかし、ビリーはこんなことでは引き下がらなかった。自分の夢を実現させるために、口げんかや周りの冷やかしなどどんな障害にも彼はくじけなかった。父はついに根負けした。ビリーはダンサーになり、ロイヤルバレエスクールのスターになった。ビリーはバレエダンサーに生まれついていたのだ。


283748FA00000578-3344424-image-a-3_1449152697617.jpg


この感動的なストーリーは、映画『ビリー・エリオット リトルダンサー』からだ。舞台は1984年にさかのぼる。当時、男性と女性の間には大きな壁が立ちはだかっていた。今日ではこの壁は昔と比べるとずいぶん小さくなっているが、「自分のアイデンティティを見つける」というこの映画のテーマは今も変わらない。人は自分の願望をかなえるために、そして固定観念を破るために必死で自分自身を発見しようとしている。とどのつまり、私たちはみんな自らの内に幸福の種を持っている。ビリーにとってそれはダンスだった。しかし、彼の家族はそれを理解できなかった。彼らは驚かされ、さらに彼を責めたてすらした。さらにこの子はどこかおかしいのではないかとも思った。


ビリーのどこがおかしかったのか言おう。なにもおかしくなんかなかった。彼はまったく正常だった。彼は自分の内なる声に従い、その結果強くなったのだ。


ウォルフガン・ソンネンブルク


(訳 舟田譲二)


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

成功への道

2017.04.15日

"Take up one idea. Make that one idea your life – think of it, dream of it, live on that idea. Let the brain, muscles, nerves, every part of your body, be full of that idea, and just leave every other idea alone. This is the way to success."
--Swami Vivekananda – 1863-1902, Indian Hindu Monk
「アイデアをひとつ取り上げなさい。そのアイデアをあなたのいのちにしなさい。絶えずそのアイデアのことを考え、夢に見、そのアイデアで生活しなさい。脳も筋肉も神経も、身体の隅々にそのアイデアを行き渡らせて満たしなさい。その他のアイデアは一切捨て去りなさい。これが成功への道です」
--スワミ・ヴィヴェカナンダ、インドのヒンズー教僧侶
(訳 舟田譲二)


なかなかこんなことできません。
でも、確かに何かで成功している人というのは、みんなこれを実践してきた人です。
いろいろな分野で成功した人のことを考えてみてください。
勉強や仕事、商売、研究だけでなく、趣味や芸術、スポーツ、子育て、人間関係などあらゆる世界においてこれは真理です。


今、あなたの頭の中にあることは何ですか?
たったひとつのアイデア、考え、思想、信念でいいのです。
たえずそのことを考え、日々、一瞬一瞬、自分の全人生をかける覚悟で、そのことを考えて生活してごらんなさい。
これで成功しなかったら不思議です。
嘘だと思ったら試してみなさい。そして、その結果を私に知らせてください。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

あなたもどうですか?

2017.04.14日

きょう、多くの人が新鮮なインスピレーションとともに目覚めようとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が自分の周りを取り囲んでいる美しいものに目を向けようとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が昨日の亡霊と別れて、きょうのはかり知れない力を捉えようとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が現在与えられている恵みに目を留めて、過去の壁を打ち破ろうとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が自己不信と不安の重荷を、安心と自信の力に変えようとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が信じている自らの限界を超えて、内に潜む力につながろうとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が自分の子どもに対して良きお手本となれるような生き方をしようとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が悪い習慣の奴隷から自分を解放しようとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が自分の幸福感を支配している状況から自由になろうとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が質素の中にある豊かさを見出そうとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が困難な道徳的選択に直面していますが、利益を追い求めるのではなく、正しいことを選択しようとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が被害者意識の中にどっぷりと浸っているのをやめて、自分の人生の主導権を握り、プラスの変化を起こそうとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人が違いを生み出すために必要な行動を起こそうとしています。あなたもどうですか?


きょう、多くの人がより良い母親、父親、息子、娘、学生、教師、労働者、職場のボス、兄弟や姉妹等々になる決心をしようとしています。あなたもどうですか?


きょうは新しい日です!


多くの人がきょうという一日を自分の手のうちに治めようとしています。


多くの人が最高に生きようとしています。


あなたもどうですか?


スティーブ・マラボリ
(訳 舟田譲二)


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

◯◯しない勇気

2017.04.13日

「勇気」と言うと、何かをする勇気、行動を起こす勇気、と普通私たちは考えます。
ちなみに、このブログのページの左上コーナーにある「エントリー検索」に「勇気」と入力すると、数十の記事が出てきます。その記事のほとんどが「◯◯する勇気」について語っています。
私自身はそれほど勇気のある人間ではなく、勇気のある人を見ると羨望の念を抱きます。そのようなところから、自分自身に対するメッセージとしてこれらの記事を書いたのではないかと思います。


しかし、昨日、ある出来事をとおして「◯◯しない勇気」について思いを馳せることになりました。
もっと厳密に言うと、「◯◯しないことを選択する勇気」です。
「◯◯しない」のは勇気のないことのように思われますが、ときには「◯◯しないことを選択する」のは立派な勇気です。


たとえば、「一気飲み」です。
周りの者にあおられて一気飲みして急性アルコール中毒になって死亡する人がいます。
また、阪神タイガース優勝の際のファンの道頓堀ダイブなどもその例です。
これらは極端な例ですが、身の回りにも同様の「◯◯しない」勇気はいくらでもあります。


担任の先生からいじめを受けて自殺した中学生が出たのはまだつい最近の出来事です。
このようなケースは枚挙にいとまありません。
とくに体育会系の部活でのしごきや顧問の体罰等々。
また、クラス内でのいじめによる自殺も後を絶ちません。


自殺する勇気があるなら、学校に行かない勇気、部活をやめる勇気を発揮して欲しいものです。
いじめがあるにもかかわらず我慢して学校に行き続ける、体罰を受けながらも部活をやめないで、最後には追いつめられて自殺するぐらいなら、学校や部活をやめ、友達との縁を切る、こちらの方がよっぽど立派な勇気です。
たんに勉強をさせ試験で点数を取らせて進学させることが教育の本来の目的ではないはずです。むしろ、生きる力を養うことこそ教育の真の目的だと思うのです。


また、親も子どものおかしな様子に気づいたら、学校に行くことを無理強いするよりは、学校に行かせない勇気の決断が求められます。
子どもの人生、命を犠牲にしての学校や部活などなんの意味もありません。
(去る2月の記事「いじめの問題」もご参照ください)


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

最高の素晴らしいプレゼント

2017.04.11日

“Forget yesterday - it has already forgotten you. Don't sweat tomorrow - you haven't even met. Instead, open your eyes and your heart to a truly precious gift - today.”
― Steve Maraboli
「昨日のことは忘れなさい。昨日はもうあなたのことを忘れています。明日のことで心配するのはやめなさい。あなたはまだ明日に出会っていないのですから。代わりにあなたの目と心を最高の素晴らしいプレゼント、<今日>に向けて開きなさい。」
― スティーブ・マラボリ
(訳 舟田譲二)


私たちはもうどうすることもできない「昨日」という過去に心を奪われて後悔したり、苦しんだり、悲しんだりして自由を失っていることでしょう。
また、まだどうなるかもわからない「明日」という未来に心を向けて不安になったり、心配したり、自信を失ったりしていることでしょう。
過去も未来も私たちの手には届かず、コントロールできません。


コントロールできるのはただ「今日」という現在だけ。
「今日」こそ私たちに与えられている最高の素晴らしいプレゼントです。
それも、厳密に言うと「今」という瞬間だけ。
「今」という瞬間はどんどん流れていきます。
その一瞬一瞬をいかに大切にするか、いかに生きるか、いかに賢い選択をするか。
私たちにできることはただそれだけです。
その積み重ねが、「過去」の傷を癒し、「未来」の不安を消して、私たちを一歩一歩、先に導いていってくれるのです。


「空の鳥を見よ、播かず、刈らず、倉に收めず、然るに汝らの天の父は、これを養ひたまふ。汝らは之よりも遙に優るる者ならずや」
(マタイ6:26 文語訳)


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

良い人間関係を築くために

2017.04.09日

まれに見るほど幸福に感じている100人にインタビューしたなら、戻ってくる答えの共通点のトップは「まれに見るほど」の良い人間関係です。


現代の私たちの大衆文化の中では物質主義や自尊心などが一般に広く受け入れられているにも関わらず、富や美は幸福をもたらすのには不十分です。
と言うか、富や美は幸福になるために必要でさえありません。さらに言えば、職場での、家族間での、あるいは家庭内における下手な人間関係が、苦悩と心労の確実な原因です。
私たちのほとんどにとって、幸福のレベルにもっとも大きな影響を与えるのは家族間の人間関係です。その中でも一番強力な影響を持つのは、ひとつの屋根の下に一緒に住んでいる核家族で、とくに親子間の関係です。


年齢に関わらず、あなたと両親との関係は慰めになるか苦痛になるかのどちらかです。多くの子どもたちは両親に対して相反する感情を持っています。しかし、ほとんどの子どもは両親に認めてもらいたい、関心と愛を示してもらいたいと切に願っています。両親も似たようなニーズを持っています。


あなたが親だったら、子どもがあなたに愛されていると感じるよう、つねに、そして真剣な努力をする決意をしなければなりません。
子どもにもっと幸せになってもらいたい、そして自分自身ももっと幸せになりたいと思うなら、子どもたちが頑張っているのを低く評価したり、認めることをおろそかにしたりせず、また失望しているような素振りをすることは避けなければなりません。息子、娘として誇りに思っているということを伝えなさい。


そして、今もまだ両親が健全であるなら、子どもの頃両親にしてもらったことに対してだけでなく、今のありのままの両親を愛していることを伝えて喜ばせてあげましょう。
両親に頻繁に話しかけ、上辺でない、有意義な会話をしましょう。
また両親の助言を求めましょう。あなたがその助言にたとえ同意しなくても、軽蔑の眼で両親を見るようなことをしてはいけません。
愛を表す最善の方法は、敬意を表すことです。


マイケル・ジョゼフソン
(訳 舟田譲二)


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

男のロマン

2017.04.08日

"The only way to do great work is to love what you do."
--Steve Jobs – 1955-2011, Co-Founder of Apple Inc.
「偉大な働きを成す唯一の方法は、自分のすることを愛することだ」
--スティーブ・ジョブズ、アップル社共同設立者
(訳 舟田譲二)


IMG_0682.PNG


「自分のすることを愛する」
スティーブ・ジョブズはこの言葉のとおり、自分のすることを愛し、世界の歴史を塗りかえるほどの偉大な働きをしてその短い生涯を全うしました。
今日の私たちの生活があるのはスティーブ・ジョブズに負うところが大です。
かつて大学などの研究機関や大企業にしかなかった大型コンピュータを家庭に一台、さらにはひとり一台の小型コンピュータを開発し、そして今日世界中に普及してこれなしの生活は考えられないというスマホも生み出してくれました。


IMG_0683.PNG


いくつもの奇怪な言動で物議もかもし出しましたが、彼はまさに男のロマンとも言える「自分のすることを愛する」人生を駆け抜けました。


ジョン・スカリーはまことに彼のことを的確に次のように語っています。
「スティーブ・ジョブズ氏は、強烈な情熱をもち、生きている間は彼を追う人達の生活に重大な違いを作り出した。お金や、どんな物を持っているかといったことに執着してなかった。世界はスティーブ・ジョブズ氏が輝かしい天才でありテクノロジーを魔法に変えた人物であることを知っている。スティーブ氏の一部は、その美しくデザインされた製品と妥協の無いメディア体験を通じて、今も我々全ての中に生き続けている。スティーブ・ジョブズ氏は、その創造性で我々のイマジネーションを虜にした。彼の遺産は、史上最高のCEOとしてより、遥かに大きなものだ」


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

セルフコントロールの秘密

2017.04.07日

TEDからシェアします。あなたの人生を変えるとても大切な教えです。
スピーカーは心理学者・科学者ジョナサン・ブリッカー博士です。


母のことを話します。
母は42歳で私を生みました。
そして母は人生で初めて運動を始めたのです。母はまず近所を走ることから始めました。その後5kmに、さらに10kmに挑戦しました。
その後はマラソンにも出ました。その後トライアスロンにも挑戦しました。
57歳のときには、私の母はエベレストのベースキャンプまで登ったのです。


父の話もさせてください。
私が子供の頃、父はよく科学の教室に連れて行ってくれました。父は私の高校の微積分の教師でもありました。私は机の下にもぐりこみたいような気持ちでしたが。


私は母から大切なことを学びました。
健康の価値です。
父からも大切なことを学びました。
科学の価値です。
これら二つの価値は私の人生を導き、我々が直面するある疫病を理解する助けになりました。それはエボラのことではありません。
そうではなく、「不健康な生活」という疫病です。


世界の5億人の人が肥満です。
たばこの害に関する米国公衆衛生局長官の最初の報告書が公開されて50年経った今、喫煙の問題は克服されたと思うかもしれません。でも現在、世界で10億人が喫煙しています。
たばこと肥満は防ぎうる早期死亡の大きな原因の2つです。
これらの問題を解決することは、ジグソーパズルを解くようなものです。
我々が不健康な行動をとるのは遺伝や脳内の神経伝達物質や、周囲の人々やメディアといった環境が影響します。


パズルの一つひとつのピースは、あなたや私が自ら解決できるものではありません。
しかし、鍵となりうるピースがひとつあります。
それは、私たちの選択、すなわち喫煙や過食といった嗜癖行動につながる渇望をどう扱うかということです。
私たちの選択なのです。


セルフコントロールのための新しい科学は、これらの疫病を解決する鍵となるかもしれません。
それを「ウィリングネス」(意欲)といいます。
ウィリングネスとは、あなたの中のやめられない渇望を認めながらも、喫煙や不適切な食事といった行動を起こさないようにします。
かといって、私は意志の力についてお話しているのではなく、渇望を我慢し続けることをすすめているわけでもありません。
そうではなく、渇望の捉え方を変えようと言っているのです。


この続きの動画はこちらから。


「TED セルフコントロールの秘密」


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

将来の幸福の種に涙の水をやった実例

2017.04.06日

“ダルマ宰相”高橋是清(これきよ)が米国に留学したのは13歳のときである。書類にサインし、米国人宅に身を寄せたが、なんだか様子がおかしい。牛や馬の世話ばかりさせられ、学問をする暇などない。
◆〈私は驚いてしまった。あの時署名したのは身売りの契約書であった…〉(中公文庫『高橋是清自伝』)。渡航の仲立ちをした米国人の貿易商が、旅費と学費をおのが懐に入れ、奴隷として売り払ったらしい。世に不届き者の種は尽きまじ、だろう。
◆支払った金は、どこにいったやら。奴隷に売られはしないものの、海の向こうに描いた夢が無残に砕けたということでは、いくらか似ていなくもない。
◆旅行先で宿泊代を追加請求される。あるいは出発当日、航空券が発行されない。無理な格安商法で破綻した旅行会社「てるみくらぶ」(東京都渋谷区)である。破産手続きに入る直前まで客を募るとは、どういう神経だろう。宰相の異名ではないが、被害者がダルマのごとく真っ赤になって憤る気持ちは分かる。
◆〈天地あめつちの神も助けよ草枕旅ゆく君が家に至るまで〉(万葉集)。いまも1100人の旅行者が海外渡航中という。

(2017年4月5日付 読売新聞「編集手帳」)


「私がアメリカ留学から帰国してすぐ、大磯町で小中学生のための英語教室の責任者として働いていたとき、教室を提供してくださっていたのがこの高橋是清のお孫さんでした。
そして、その方のお孫さんが、当時小学生から中学生だった時、家庭教師させていただいていました。彼女のお祖母さんがとても教育熱心な方で、お孫さんの教育を私の手に委ねてくださっていました。
高橋是清の血を引いていたからというわけではないでしょうが、打てば響くという感じのとても英語のできる聡明なお嬢さんでした。
中学生の時には、自ら英語弁論大会にチャレンジしたいと申し出られ、その指導をしたこともありました」(2015年8月23日付ブログ記事「経世済民 高橋是清」より)


米国に留学するつもりで、騙されて身売りの契約書に署名したわずか13歳の少年、高橋是清は明けても暮れても牛や馬の世話ばかりさせられるはめになりました。
昨日の記事「流す涙で将来の幸福の種に水をやる」のごとく、悲しくて、辛くて、苦しくてどれほど涙したことでしょう。


しかし、この涙は無駄ではありませんでした。
将来の幸福の種にやる水となる涙だったのです。
彼はその後も幾度もの難局を乗り切り、日銀総裁までのぼりつめ、政治家へと転身。副総裁の時、日露戦争の戦費調達に成功。財政の天才といわれ、大蔵大臣を7度(兼任ふくむ)務め、第20代総理大臣に。世界恐慌から日本経済を回復させました。


「めでたし、めでたし」と思いきや、何と二・二六事件で暗殺されます。
幸福の絶頂から地獄のどん底へと突き落とされたご遺族の方々の心中察するに余りあります。
このときも、悲しく、辛く、苦しい涙がたくさん流されました。
しかし、その後も脈々と高橋是清の種は受け継がれ、今日にまで至り、豊かに実を結んでいます。「将来の幸福の種に涙の水をやった」実例です。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事をお気に召していただけましたら、読後下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

流す涙で将来の幸福の種に水をやる

2017.04.05日

“Cry. Forgive. Learn. Move on. Let your tears water the seeds of your future happiness.”
ーー Steve Maraboli
「泣きなさい。許しなさい。学びなさい。立ち止まらないで進みなさい。あなたが流す涙で将来の幸福の種に水をやりなさい」
ーー スティーブ・マラボリ
(訳 舟田譲二)


悲しいところ、苦しいところ、辛いところにとどまっていてはいけません。そこにとどまっていると、心身を痛め続けることになるからです。
思いっきり泣けばいい。また、裏切られたり、騙されたりして憎い相手がいても赦すのです。そして、失敗から学びましょう。
たくさん涙を流していいのです。
しかし、そこにとどまっていず次のステップに進まなければなりません。


歩を進め、やがて時が経って振り返るとき、あなたが流したあのときの涙が今味わっている幸福の種に水をやっていたことがわかるのです。
流す涙は無駄になりません。
これまでの人生がそうであったように、これからもそうです。
ですから、信じて前進し続けるのです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

教育の大切な務めのひとつ

2017.04.04日

“Happiness is not the absence of problems, it's the ability to deal with them.”
ーー Steve Maraboli
「幸福とは問題がないことではない。問題に対処する能力のことだ」
ーースティーブ・マラボリ
(訳 舟田譲二)


無病息災(病気をせず健康なこと)、順風満帆、商売繁盛、夫婦円満、家内安全、千客万来、無憂無風(心配や混乱がなく、平穏なこと)、交通安全、福徳円満(幸福や財産に恵まれ、満ち足りていること)、健康長寿、恋愛成就、開運招福、等々だれでも望むことです。
全国津々浦々の神社仏閣にはこれらの御利益の文言(もんごん)がひしめき合っています。
パワースポットと呼ばれているところは若者の間でも人気です。
最近では巷で開かれているさまざまなセミナーと称するものでも、このようなことが堂々とうたわれて、多くの人を惹きつけています。


しかし、みんな知っています。
たとえこれらのパワースポットをいくつ回って、どれだけお金を積んで祈祷してもらおうと、これらのご利益が棚からぼた餅式に落ちてくるわけないと。
どんなに運の強い人でも、恵まれている人でも、病気にもなれば、家族との死に別れもあります。勤めている会社の倒産もあれば、事故に遭うことだってあります。


つまり、これらのいわゆる「不幸」はだれの人生にもつきもので、避けて通ることのできる人など古今東西ひとりだにいません。
むしろ、スティーブ・マラボリが冒頭で言っているように、
「幸福とは問題がないことではない。問題に対処する能力のこと」
です。
問題を避けるよう注意し、努めることは大切です。しかし、本当に必要なのは、人生の諸問題に遭遇したときに、いかに対処するかです。
そのための知恵をつけることも教育の大切な務めのひとつです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

好きな自分になれる

2017.04.03日

高校のときのクラス会からたった今戻ってきたところです。
高校を卒業したのははるか昔のことで、まるで前世だったかのようさえ思えるほどです。
それで今日は、あの当時と今のことを振り返って考えているところです。


私は高校生の頃、おとなしくて恥ずかしがり屋で、自分に自信がなく、基本的には目立たないタイプの子でした。二、三の親しい友達はいましたが、目につかないその他大勢の中のひとりで、ただ4年間の高校時代を終えてその次のステップに進んでいきました。


それ以来、私はそれまでとはまったく違ういくつかの人生を送り、その経験のおかげでとても積極的で自信のある女性に変身しました。気の小さい少女はもうずっと前に消えてしまっていたのです。


ですから、このクラス会に足を踏み入れた途端、「昔の私」が頭をもたげてきたのに気づいたときにはびっくりしました。昔住み慣れた街に戻ってきて、以前のクラスメイトと再会したとき、ずっと前に消えていたと思っていた自分の内の一部が現れたのです。初めはとても奇異に感じました。


でもしばらくして、かつての十代の少女だった私が、現在の私の中にずっと残っていたことに気づいたのです。


過去の私、そして何十年も昔に私が経験したことのすべてが、現在の私を形成する土台であり、とても大切なものなのです。
このことから、今、私が頭の中で考える度合いに応じて過去が自分の内に存在するということに気づきました。
つまり、過去の自分、現在の自分、未来の自分など、私はいつでもなりたい自分になる力を持っているということです。毎日、どのような状況においても、どのような自分になるかは私の選択なのです。


ということで、私は今回のクラス会で、過去の少女時代の自分に感謝し、その少女時代の自分が私に教えてくれたことに対して感謝した次第です。


それから、ありのままの自分になって、クラス会を楽しむことができました。
「あれはあの時のこと、これは今」と、過去と現在をいかにうまく使い分けるかは自分次第だということを再認識するとてもいい機会になりました。


皆さんはいかがですか?


coach-sandy.jpg


サンディ・アベル (ビジネス・コーチ、作家、講演家、カウンセラー)
(訳 舟田譲二)


そう、だれでも、いつでも、なりたい自分になれるのです。
昔の自分のままでいるか、今の自分をそのまま出すか、理想とする未来の自分を追い求めていくか、それはあなた自身の選択です。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

べっぴんさん

2017.04.02日

"I have learned over the years that when one’s mind is made up, this diminishes fear."
--Rosa Parks – 1913-2005, Activist
「長年を通じて私が学んだこと、それは心が決まると恐れは消えるということ」
--ローザ・パークス、公民権運動活動家
(訳 舟田譲二)


IMG_0650.PNG


昨日、NHKの朝の連ドラ『べっぴんさん』が最終回を迎えました。
このドラマからも教えられたことはたくさんありますが、そのひとつは主人公すみれら4人の仲間の友情の固さと彼女たちの仕事への情熱、決意です。
夢を実現させる過程でさまざまな問題に遭遇しますが、彼女たちの決意を妨げるものはありませんでした。


ローザ・パークスが言うところの「心が決まると恐れは消える」です。
恐れが消えると、どんな問題でも乗り越えることができるのです。これがこのドラマのテーマだったのではないかと思っています。


ここからは番外編ですが、このドラマのタイトル『べっぴんさん』という言葉に興味がわきました。
江戸時代に生まれたこの言葉、漢字では「別品」。つまり特別な品物という意味です。これが明治時代になると、とくに美しい女性に用いられるようになりました。


私の子どもの頃も、この「べっぴんさん」という言葉はよく使われていました。当時のこの男性版は「男前」です。
両方とも死語になって時久しくなります。
その後、「美人」「ハンサム」になりますが、「ハンサム」も死語になり、今では男性のことは「イケメン」と言います。
イケメンは単に容姿のことを言うのではなく、「かわいい」とか「カッコいい」という意味を含んでいます。


脱線ついでに、健太郎役を演じていた古川雄輝さんがドラマの中で何度か英語を話すシーンがありました。その発音がネイティヴ並みで、これは普通じゃないと思っていたら、案の定、7歳から8年間カナダで過ごし、その後ニューヨークに渡り11年間海外生活をした帰国子女だったということでした。
彼は現在29歳ですが、ドラマの中では高校生から40代くらいまでを演じています。


他にも、主役の芳根京子さんも20歳の若さながら少女役から腰の曲がった60歳代のおばあちゃん役までを演じ、その娘のさくら役の井頭愛海さんは芳根京子さんとわずか4歳差でありながら、見事に子供役からお母さん役まで演じています。
ストーリーそのものや演出の甘さなども目立ちましたが、それを役者が演技でカバーしていました。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

人生はその人の勇気に比例して...

2017.04.01日

"Life shrinks or expands in proportion to one’s courage."
--Anais Nin – 1903-1977, Essayist
「人生はその人の勇気に比例して縮んだり、広がったりする」
--アナイス・ニン、エッセイイスト
(訳 舟田譲二)


確かに勇気ある人の人生はスケールが大きい。それに対して、勇気のない人の人生は人目を引かず、地味で、スケールが小さい。
私などは典型的な「勇気のない」部類の人間です。
ですから必然的にスケールが小さい。


でも、一人ひとりそれぞれ持って生まれた器というものがあり、みんながみんな必ずしもスケールの大きな人生を歩まなければならないというわけではありません。
むしろ、世の中は99.9%平凡な人から成っているのではないかと思います。
そして、それでいいのです。
勇気ある、器の大きい0.1%の人がリーダーとなり、この世を引っ張っていきます。また、革新的な行動を取ったり、大発見や大発明をしたり、素晴らしい創作活動をしたりして、人類の発展や幸福に貢献します。
貢献する人もいれば、その貢献に浴する人もいる。それで社会は成り立っているのです。


アナイス・ニンは20世紀、1903年から1977に生きた著作家です。
日記作者としておそらくもっともよく知られています。
11歳のとき、母親と兄弟とともにフランスからアメリカに渡ります。その途上、船の上で日記を書き始めますが、家族を捨てた父親に自分の身の上を伝えたいという願いからでした。
そして死ぬ間際まで60年以上にわたって日記を書き続け、それを後年出版します。その日記の中には、アメリカの著名な作家ヘンリー・ミラーを始め、多くの著名な作家、芸術家、心理分析家などと知り合い、親密な関係になったことを明け透けに記し、その奔放な生活ぶりを記しました。
そして、日記を書くことに夢中になり、日々の出来事だけでなく、心の内や、創作した物語など、あらゆるものを日記に書いていき、やがてそれらのうちのいくつかが小説となって出版され、世の称賛を浴びるに至りました。


良きにつけ悪しきにつけ、なにかに没頭し、それで名を成し、世に貢献できるようになるということは、彼女の言うように、勇気のいることであり、その結果、彼女の「人生は勇気に比例して大きく広がった」のでしょう。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

元気になりたかったら

2017.03.31日

"If you want to lift yourself up, lift up someone else."
--Booker T. Washington – 1856-1915, Educator
「もし元気になりたかったら、だれか他の人を元気にしてあげなさい」
--ブッカー・ワシントン、教育者


ブッカー・ワシントンは、バージニア州で奴隷として生まれました。
奴隷制から解放された後、教員養成学校で学び、後年米国で著名な教育者となり、裕福な慈善家から支援を得て多数の小さな地域の学校と、南部の至る所で黒人のための高等教育機関を設立、運営することを支援しました。


彼の自叙伝『奴隷から立ち上がりて』はベストセラーとなり、彼は大統領のゲストとしてホワイトハウスに招待された最初のアフリカ系アメリカ人となりました。


彼はアメリカ合衆国の社会への寄与に関して、ハーバード大学とダートマス・カレッジから名誉学位を与えられ、バージニア州ハーディの彼の生家は国の記念物に指定されました。また、初のアフリカ系アメリカ人を記念する硬貨として彼の肖像が刻まされた50セント硬貨が発行され、アメリカ郵政史上初のアフリカ系アメリカ人を描いた彼を記念する切手が発行されました。
(以上Wikipediaより一部抜粋)


このブッカー・ワシントンが語っている言葉が冒頭の、
「もし元気になりたかったら、だれか他の人を元気にしてあげなさい」
です。
いかにも教育者らしい、またアフリカ系の同胞のために尽力した、素晴らしい人物にふさわしい言葉です。
そして、この勧めは単に「元気になりたかったら」にとどまらず、「幸せになりたかったら」「豊かになりたかったら」「友人が欲しかったら」「頭が良くなりたかったら」等々、ありとあらゆることに通じる普遍的な教えです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

思い切って

2017.03.30日

新しい一日が始まるとき、思い切って感謝の気持ちを込めて微笑んでみましょう。
暗闇の中では、思い切って初めに火を灯す者になりましょう。
不正が行われているときには、思い切ってそれを最初に糾弾する者になりましょう。
困難な状況に遭遇したときには、思い切ってとにかくやってみましょう。
人生で打ちのめされそうになったときには、思い切って反撃に出ましょう。
希望がすべて消えてなくなったかのように思えるときには、思い切って別の希望を見つけましょう。
疲れたと感じるときには、思い切ってやり続けましょう。
大変な状況の中にいるときには、思い切ってもっと強くなりましょう。
愛に傷つけられたときには、思い切ってもう一度愛しましょう。
だれかが傷ついているときには、思い切って癒しの手助けをしてあげましょう。
だれかが途方に暮れているときには、思い切って道を探す手伝いをしてあげましょう。
友達が倒れたら、思い切って一番初めに手を差し伸べてあげましょう。
偶然にだれかに出会ったら、思い切ってその人を微笑ませてあげましょう。
最高の気持ちを味わっているときには、思い切ってだれかほかの人も最高に感じられるようにしてあげましょう。
一日が終わるときには、思い切って今日は最善を尽くしたと思いましょう。
思い切って最高のものになりましょう。
つねに「思い切って」を目指しましょう。

(訳 舟田譲二)


これも私が尊敬するスティーブ・マラボリの名言。素晴らしい詩です。
とても励まされ、やる気を引き起こされます。
仕事において、学業において、人間関係において等々、へこたれそうになったときや、自信が消え失せそうなとき、躊躇しているときなどに、この「思い切って」何かをやってみたら、きっと新しい道が開かれることでしょう。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

幸いな生き方

2017.03.29日

"As I look back on my life, I realize that every time I thought I was being rejected from something good, I was actually being redirected to something better."
ーーSteve Maraboli - Speaker, Author, & Behavioral Scientist
「人生を振り返ってみると、いいものを拒絶されたと思っていたのが、じつはさらに良いものへ導かれていたということに気づく」
--スティーブ・マラボリ、スピーカー・作家・行動科学者
(訳 舟田譲二)


スティーブ・マラボリの格言、「人を愛する最善の方法」を一昨日シェアしましたが、ちょっと調べてみると、マラボリは数々の素晴らしい格言を発し続けています。
どれもこれも波長が合い、大ファンになってしまいました。
きっとこれからもこの人の格言を度々シェアさせていただくことになることと思います。


今日の格言、
「人生を振り返ってみると、いいものを拒絶されたと思っていたのが、じつはさらに良いものへ導かれていたということに気づく」
は、これまで私がこのブログで繰り返し書いてきたことと軌を一(きをいつ)にします。


私もこれまでの人生を振り返って、自分の思いどおりに行かなかったとき、「なぜ?」といぶかしく思ったり、不満に思ったり、がっかりしたり、辛い思いをしたり、ときには腹を立てたこともありました。
しかし、あとになって考えると(何年越しということもありましたが)、それら一つひとつが目に見えない糸のようなものでつながっていて、結局は最善の結果に導かれていた、ということばかりです(これは私の信念である「新超ひも理論」です)。
みなさんもそのように感じていらっしゃることはありませんか?


私の好きな聖書の言葉もこのことを別の表現で語っています。
「凡(すべ)てのこと相働きて益となる」(ローマ8:28)
これは文語訳という私のお気に入りの訳ですが、ちょっとわかりにくいかもしれません。
英語訳では
"And we know that in all things God works for the good of those who love him, who have been called according to his purpose.”
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」(新改訳)
と、「物事が自然と良くなる」というのではなく、神様ご自身が背後にあって働いて物事を最善に導いてくださる、ということが明らかにされています。


成り行き任せ、運に頼るわけではありません。
人格者なる神様が、私たちの最善を願って一人ひとりの人生を導いていてくださっているという信仰の世界です。
ならば、これから先、残された人生も最善に導かれるに違いないと信じ、神の御手に委ねること。これが一番幸いな生き方だということになります。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

人を愛する最善の方法

2017.03.26日

"I find the best way to love someone is not to change them, but instead, help them reveal the greatest version of themselves."
--Steve Maraboli – Author and Speaker
「人を愛する最善の方法は、その人を変えようとするのではなく、その人が最高の自分を出せるよう手助けすることだ、ということを私は悟った」
--スティーブ・マラボリ、著作家・スピーカー
(訳 舟田譲二)


そうなんです。
私たちは無意識のうちに、自分が愛している人、子どもとか伴侶とか、近しい人ほどより良くなってほしいと望むあまり、ついついその人に「こうした方がいいよ」「これはしない方がいい」と言ったり、ときには「こんなことはしちゃだめだ」と言いたくなるものです。
その動機はあくまでもその愛する人に良くなってもらいたいからで、もちろんいじわるなんかではありません。


しかし、往々にして相手からは煙たがられたり、ときには反発されたりして、こちらの意図が伝わりません。
スティーブ・マラボリはとても素晴らしい助言を私たちに与えてくれています。
「人を愛する最善の方法は、その人を変えようとするのではなく、その人が最高の自分を出せるよう手助けすることだ」と。
手助けするには方法はいくつもあるでしょう。
それはアドバイスや説教ではなく、むしろ自分でモデルとなり示すことかもしれません。
「最高の自分を出す」とは、その人が内に持っているものを引き出すことです。
そのお手伝いをするのが、最善の愛を示す方法なのです。
なにか心当たること、あなたにもできることはありませんか?


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

意志が生み出した製品

2017.03.25日

"I am not a product of my circumstances. I am a product of my decisions."
--Stephen Covey – 1932-2012, Author and Speaker
「私は境遇が生み出した製品ではない。私の意志が生み出した製品だ」
--スティーブン・コヴィー、著作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


多くの人が、「遺伝」の犠牲者になっていて、自分にはどうしようもないこととあきらめれています。
でも実際には、「自分はどうしようもない」という考えの犠牲者になっているのですが、そのことに気づいていません。


ここでコヴィーが「製品」という無機質な言葉を使っていますが、人間は決してロボットのような無機質なものではありません。
正しくは、「造られたもの」という意味において「被造物」です。
人間は決して境遇によって生み出された1個の「もの」ではありません。
被造物の冠で、意志を持って生まれてきています。
そして、どのような者になるか、それは一重に自らの考えという「意志」の結果によるものであり、そのような意味において「私は境遇が生み出した製品ではない。私の意志が生み出した製品だ」と彼は言っているのです。


同じ遺伝子を持って生まれてきた一卵性双生児といえども、一人ひとりはそれぞれ別個の意志を持っていて、その人がどのような人生を歩むか、どのような人物になるかはその人の意志にかかっています。


遺伝子の影響はみんな受けていますが、決して遺伝子によって操られているautomaton(自動人形、ロボット)ではありません。
だれでも意志の力を働かせて、自分の思い通りの人生を歩むことができるのです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

恵みを数え始めたら

2017.03.24日

"When I started counting my blessings, my whole life turned around."
--Willie Nelson – Singer/Songwriter
「恵みを数え始めたら、私の人生は180度変わった」
--ウィリー・ネルソン、シンガーソングライター
(訳 舟田譲二)


1年少し前の記事、「幸せだなぁ、ぼくは」「超先行予約」に登場した現在小1のMちゃん。
幼稚園年長さんで入塾してきたのですが、この1年間の成長は目覚ましく驚かされることばかりです。


家が近くで、しかも私の自宅と塾の前の通りが通学路になっているので、しょっちゅう会います。そして、学校の帰り道などに会うといつもニコニコして近寄ってきて、お互いにハイタッチを交わします。これだけで、"You made my day!" (お陰で今日も最高の一日になったよ!)


一昨日は、授業中私の顔を見ていて「学院長先生」と言うので、「なあに?」と聞き返すと彼女の口から返ってきた言葉は、なんと
「学院長先生の髪の毛、少なくなってきたね」。
「えーっ、いっぱいあるよ!ほら」
もう、可愛くて仕方ありません。


つい数日前、誕生日を迎えた中学高校時代の友人に「おめでとう」メッセージを送ったところ、戻ってきた返事に「孫のためにまだしばらくは働きます」とありました。
「うちはまだ孫はいないんですよ。羨ましいです」
と書いたのですが、考えてみたら私などいったい何人の孫同様の可愛い子どもたちと毎日塾で顔を合わせていることか。


つい先日も、上のMちゃんが私に尋ねました。
「学院長先生、ガウディアの生徒たちのこと好き?」
「うん、みんな大好きだよ!」
そう、ガウディアの生徒だけでなく、中学生も、卒塾した生徒たちも、私にしてみればみんな孫のようなもの。可愛くないわけありません。
こんな素晴らしい仕事に就けて本当に幸せだ、と毎日を満喫しています。
もちろん、辛いことや悲しいことも多々ありますが、恵みを数え始めると止まりません。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

追いつめられないために

2017.03.23日

"Every strike brings me closer to the next home run."
--Babe Ruth – 1895-1948, Professional Baseball Player
「ストライクを取られるたびに次のホームランに近づいていく」
--ベーブ・ルース、大リーグ選手
(訳 舟田譲二)


普通、人はストライクを取られるたびに、追いつめられていって「自分はダメだ」と暗くなっていくものです。
でも、野球の神様と言われたベーブ・ルース、さすが言うことが違います。
「ストライクを取られるたびに次のホームランに近づいていく」。
この発想の転換が素晴らしいです。


これは、ちょうど「視点を変えると」の中に登場した7歳の少年、ニックに似ています。
自分でボールを上にトスして、それをバットで打とうとするけどなかなか打てなくて、スリーストライク三振になると、自分は名ピッチャーだと言う。
視点を変えることがいかに大切かということを物語っています。


私たちも、とかく物事を一方的にしか見られず、否定的に考えるという罠に陥りがちですが、視点を変えると同じ出来事でも正反対にとらえることができる、といういい例です。
あなたの直面している問題はなんですか?
視点を変えて見てみませんか?
きっと新しい世界が開けますよ。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

言い訳はしない、聞かない

2017.03.21日

"I attribute my success to this: I never gave or took any excuse."
--Florence Nightingale – 1820-1910, Founder of Modern Nursing
「私の成功の鍵は、自らも決して言い訳をしなかったし、また人の言い訳も受け入れなかった点にあると思っている」
--フローレンス・ナイチンゲール、近代看護の母
(訳 舟田譲二)


%83i%83C%83%60%83%93%83Q%81%5B%83%8B.jpg


「当時、看護婦は、病院で病人の世話をする単なる召使として見られ、専門知識の必要がない職業と考えられていた」(Wikipedia)そうで、彼女自身も無給で働いていたそうです。
ナイチンゲールは、「超人的な仕事ぶりと必要であれば相手が誰であろうと直言を厭わない果敢な姿勢により、交渉相手となる陸軍・政府関係者はナイチンゲールに敬意を示し、また恐れもした。オールド・バーリントン通りにあったナイチンゲールの住居兼事務所は関係者の間で敬意と揶揄の双方の意味を込めて『小陸軍省』 Little war office とあだ名された」(Wikipedia)とあるごとく、自らにも人にも厳しい人だったことがわかります。
そして、その姿勢が彼女を近代看護学の母たらしめたというのは、まことにさもありなんという感じです。


私たちも彼女に倣って「言い訳はしない、聞かない」姿勢を貫き、なすべきことはきちんとなしていくことをモットーにしたいものです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

人との出逢いが人生を変える

2017.03.19日

昨日は甥っ子の結婚式でした(「べっぴんさんに招かれてジェームス邸へ」)。
甥っ子は大学卒業後、大手製鋼会社に就職。半年後に職場で出逢った女性とおつき合いし始め、4年後のちょうど1年前にプロポーズして、昨日めでたくゴールイン。
本当にお似合いのカップルで、昨日の結婚式にはふたりの友人が大勢お祝いに駆けつけてくれましたが、とても祝福された素晴らしい結婚式、披露宴でした。


IMG_0582.JPG


新郎新婦が主人公で歌を歌ったり踊ったりと、私たちの頃とはすっかり違う、まるでショーのような楽しい披露宴でした。


ふたりが気に入って決めたという式場・ジェームス邸は、さすが歴史の刻まれた素敵なところ。朝ドラ『べっぴんさん』のシーンに出てきたそのままの美しいところです。
建物も庭も披露宴も食事も、すべて最高のところで、心から堪能させていただきました。


IMG_0613.JPG


披露宴がお開きになって、お楽しみの第2弾は38年前に私たち夫婦が出逢った場、関西聖書神学校訪問です。
ふたりの出逢いのエピソードなどを話しながら、歩いて5分の神学校へ次男夫婦と一緒に行きました。


初めに家内が3年間お世話になった女子寮の前に出てきました。次に校門前。
懐かしい!
昔のままです。
38年前のさまざまな思い出がまるで昨日のことのようによみがえってきました。
玄関横の私が寝泊まりしていた男子寮の部屋。


IMG_0621.JPG


当時、大変お世話になった有賀校長や工藤学監のお住まいもそのまま。
おふたりとも他のお働きに就いていらっしゃいますが、今も現役でご活躍中。


次男は今年32歳。
この時、宇宙のどこにも存在していませんでした。しかし、神様のご計画のうちにちゃんと私たちの間に生まれてくるよう定められていました。
この世に偶然などというものは何ひとつ存在しません。


そして、私たち夫婦が不思議なようにして出逢ったように、次男夫婦も、甥っ子夫婦もいろいろなところを通り時いたって出逢い、結婚しました。そして、またそこに新しい命が生まれ…、というふうにして、これからも命が受け継がれていきます。私たちの想像をはるかに超えた不思議な世界です。


「人との出逢いが人生を変える」のを目の当たりにした一日でした。

毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

人の思考から発掘された金

2017.03.17日

"More gold has been mined from the thoughts of men than has been taken from the earth."
--Napoleon Hill – 1883-1970, Author
「人の思考から発掘されてきた金は、地球から採掘された金より多い」
--ナポレオン・ヒル、著作家
(訳 舟田譲二)


20160202-00000002-wordleaf-041cacda7802409564916f5cef8b6ffdc.jpg


人は太古の昔から金を愛しています。
実際のところ、この地上で一番価値あるものは金で、ほかの何よりもキラキラと美しく輝く金に人は魅了され、この金を手に入れるためには人を騙し、盗み、殺し、戦争し、とありとあらゆる悪行を重ねてきました。
金は人を狂わせるほどに魔力のあるものです。


しかし、ここに金よりはるかに価値あるものがあります。
人を狂わせるような魔物ではなく、むしろ人を活かす素晴らしいものです。それは人の頭の中に無尽蔵に埋蔵されている思考です。
これは金など足元にも及ばないほどはるかに価値あるものです。
なぜなら、金の埋蔵量には限りがあり、価値も初めから決まっていますが、人の思考という金は無限の可能性を秘めた価値を持っているからです。


そして、この無限の価値を持つ人の思考は、だれの頭の中にも平等に与えられています。
それは、鍛えれば鍛えるほどますます輝きを増し、どんどん大きく成長していきます。
あなたの頭の中にもこの素晴らしい金が眠っています。
あなたに発掘され、活用されるのを待っているのです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

十(じゅう)語るよりも一(いち)示せ

2017.03.16日

"You can preach a better sermon with your life than with your lips."
--Oliver Goldsmith – 1728-1774, Author
「良い説教とは唇ではなく、その人の生き様で語られるものだ」
--オリバー・ゴールドスミス
(訳 舟田譲二)


ここで言われている「説教」とは、親が子に対して、あるいは教師が生徒に対してガミガミ言う説教のことではなく、教会において牧師が会衆に向かって語るメッセージのことです。
しかし、同時にこれは親が子に、教師が生徒に対してする「説教」にも当てはまります。


人に「ああせよ、こうせよ」と言ったり、「あれをするな、これをするな」と言うのは簡単でだれにでもできます。
でも、往々にしてそう言っている本人がその言葉のとおりにできていないものです。
よくできたもので、人はすぐさまそれを見抜いてしまいます。すると、いくらいいことを語っていても、そんなのは絵に描いた餅と同じで何のありがたみもありません。


子どもが親の背中を見て育つのと同様、一番いい教育は言葉によるものではなく、生き様、普段の生活をとおして見せるものです。
これほど説得力のある教育はほかにありません。
そして、これはその他どんなことにも当てはまります。
十(じゅう)語るよりも一(いち)示しましょう。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

夢が現実を打ち砕く

2017.03.15日

"Reality can destroy the dream - why shouldn’t the dream destroy reality?"
--George Moore - 1852-1933, Novelist
「現実は夢を打ち砕くことがある。ならば、夢が現実を打ち砕いてもいいじゃないか」
--ジョージ・ムア、小説家
(訳 舟田譲二)


最近書いた3つの記事、「持っているものはますます与えられる」「褒めることよりも大切なこと」「勢いを維持させる方法」の中に登場した新中3のAさんが留まるところを知りません。


昨日も塾に来て、最近の様子を話してくれました。
曰く、
「行きたい高校を横浜のK高校に決めました。調べてみたらこの学校に行くためには家を6時半に出なければなりません。私は朝起きてから用意するのに時間がかかるので、毎朝4時半に起きて来年のために今から準備しています。
今、通っている学校に行くには時間が早すぎるので、準備ができた6時半から家を出るまでの1時間半は勉強しています。難しい高校を目指す人は毎日4時間は勉強しているそうです」。
「えーっ、そんなに早く起きたら、学校で授業中に居眠りするんじゃないの?」
とわざと水を差すようなことを言うと、
「いいえ、毎晩早く寝ているので授業中眠くなりません」
という返事。
「いやー、そこまでやっていたら、これはもうその志望校に受かったようなものだね」


この学校の偏差値は、地元のトップ校よりもさらに高く県内でも有数の難関校。
現実的にはとってもじゃないけど無理な話です。
でも、彼女を見ていると、冒頭のジョージ・ムアの格言
「現実は夢を打ち砕くことがある。ならば、夢が現実を打ち砕いてもいいじゃないか」
を地で行っているような感じです。


この分だと、Aさんは本当に逆立ちしても無理と思えるこの難関校合格を果たすだけでなく、さらにその先には、「アメリカの大学に留学して化学を勉強したいんです。今、元素は118発見されているんだけど、私は120番目の新元素を発見するのが夢なんです。そして、将来は大学で化学を教える先生になりたいです」というとてつもなく大きな夢さえ実現させてしまいそうです。


確かに夢を打ち砕くような現実に直面していながら、夢が現実を打ち砕いて大いなることを成し遂げた人たちが人類のこれまでの歴史を塗り替えてきたのです。
Aさんがそのような人物のひとりとなってもなんら不思議はありません。
祈って応援しているよ。頑張れAさん!


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

今を生きる

2017.03.14日

"We must not allow the clock and the calendar to blind us to the fact that each moment is a miracle and a mystery."
--H.G. Wells – 1866-1946, Writer
「時計やカレンダーに目を奪われて、一瞬一瞬が奇跡であり、神秘であるという事実を見逃してはいけない」
--H・G・ウェルズ、作家
(訳 舟田譲二)


毎日忙しく過ごし、時がどんどん流れていきます。
いつも時間に追われているような感じで、時間を気にして一日に何度も時計に目をやり、カレンダーでスケジュールを確認しています。息せき切り、焦って、それだけで疲れてしまうような有様です。


この忙しい時代に生きている私たちは、大なり小なりこのような生活を送っているのではないでしょうか。
そして、無意識のうちに人生を何十年という長さで見るようになっていて、「今」という瞬間を見失っています。
今という瞬間瞬間は、実は奇跡そのものであり、私たちには理解できない神秘です。
この世への誕生に始まり、両親との出会い、それに続く身の周りの人たちとの出会い、出会った人たちとの間に生まれる一つひとつのドラマ。
これらは確かにすべてが奇跡、そして神秘です。


時計やカレンダーに目を奪われていたら、私たちの人生の中でもっとも大切な「今」という最高の瞬間を見逃してしまいます。
上のH・G・ウェルズの言葉によって、改めて「今を生きよう」と襟を正される思いになった次第です。感謝!


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

人が幸せを感じるのは

2017.03.12日

近年、「幸福」の本質や要因について、知識の体系化がかつてないほど進んできています。
そのひとつとして、「幸福」は感情であり、決して環境によるものではないということが明らかになりました。幸福とは「面白いこと」や「楽しいこと」以上のことです。幸福は、長く続く健全な状態だということができます。


私たちが幸福と感じるのは、「私たち【に】何かが起こるから」ではなく、「私たち【の内に】何かが起こるから」です。言い方を変えれば、幸福とは人生に対する私たちの受け止め方です。
アブラハム・リンカンはかつて言いました。
「人は自分が願う分だけ幸せになれる」と。
仏教の諺によると、
「痛みは避けられない。しかし、苦しみは選択できる」のです。


それでは、幸せな人たちに共通する特性は何でしょうか?
お金ではありません。名声でも、外見でもありません。知性や能力でもありません。
いいえ、もっとも大切なふたつの要因は、「感謝の心」と「満足いく人間関係」です。


公式は単純です。
「感謝できることを数え、家族や友達を楽しむこと」です。


ところが残念なことに、「単純」イコール「簡単」とは限りません。


本能的に暗い表情をする人や悲観的になる人は、自分たちの考え方を再構築しなければなりません。
「幸福とは欲しいものを手に入れることではなく、自分が手に入れたものを望むことだ」
と言うのと、
「自分が持っているもので本当に満足する」
というのはまったく別のことです。


多くの人にとって、ポジティブに考え、行動するには訓練が必要です。


時にそれは、物事の見方を変え、明るい兆しやコップに入っている半分の水を見て、感謝するのを選択することです。
またある時に必要なのは、痛みや失望、嫉妬心などを抱えて悩み苦しむ代わりに、感謝すべきことすべてを含め良い考えに心を向けるように自分をし向けることです。


興味深いことに、ポジティブな態度を維持する能力が、大切な人間関係を生み出したり維持したり、最善の結果を期待することと同様、とても大切なことだということです。


マイケル・ジョゼフソン
(訳 舟田譲二)


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

向かい風に向かって

2017.03.10日

"When everything seems to be going against you, remember that the airplane takes off against the wind, not with it."
--Henry Ford – 1863-1947, Industrialist
「何もかもうまくいかないときには思い出すといい。飛行機が離陸するのは向かい風に向かってであって、追い風に乗ってではないということを」
--ヘンリー・フォード、実業家
(訳 舟田譲二)


今、大きな問題にぶつかっています。
というか、これまでの人生を振り返ってみて、問題のなかったときなんかない、と言っても過言ではありません。だからある意味、「いつものように」と言ったほうが適切かもしれません。
私のような平凡な人生を送ってきた人間ですらそうなんですから、おそらくだれでも似たり寄ったりでしょう。


ヘンリー・フォードはこれをうまく表現しています。
「飛行機が離陸するのは向かい風に向かってだ」と。
向かい風はだれにとっても好ましくないもの、できれば避けたいものです。人はみんな「順風満帆」を望みます。
「隣の芝生は青く見える」もので、人を見ているとあの人は恵まれている、と思いやすいです。
でも、決してそんなことはありません。


飛行機は真正面から強い風を受けているとき揚力が最大となり、離陸しやすくなります。
同様に、「困難な場所から離陸する」のは、向かい風が強くて前に進めないようなさ中です。
順風満帆の中では飛び立つことはできません。


皆さんはいかがですか?
なにか問題を抱えていらっしゃいますか?
決して簡単なことではありませんが、大きい問題に直面していたら感謝しましょう。
なぜならここから奇跡的と思えるような方法で飛び立つことができるからです。
振り返ってみるとこれまでの人生がそうであったように。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

良いコミュニケーションの秘訣

2017.03.07日

「コミュニケーション」の大切さが指摘されるようになってずいぶんたちました。
みんなコミュニケーションが重要なことはよくわかっているのですが、一般に日本人は下手なように思われます。
コミュニケーションは日本語に直すと「意思疎通」で、お互いに忌憚(きたん)なく心の中に思っていることを相手に伝え、理解し合い、争い事などを避け、より良い人間関係を築くためのものです。


哲学者・エピクテトスの有名な言葉にこのようなものがあります。
「神は人間にひとつの舌と、ふたつの耳を与えた。しゃべることの2倍多く聞けということだ」
これは実に真理をついており言い得て妙です。
さらに言うならば、人間には目もふたつ与えられています。これはすなわち、お互いに相手の目をふたつの目でしっかり見て、コミュニケーションを取りなさい、ということでもあるでしょう。


昔、英会話を教えていた方で、ある大手の商事会社を定年退職して家にいながらご自分の趣味をいろいろやっていらっしゃる方がいました。
家に呼ばれて行ったことがあるのですが、奥さんとふたり暮らし、そして犬がいました。
気がつくと、ご主人も奥さんもふたりとも笑顔で犬とはよく会話されるのですが、ご夫婦の間ではまったく会話がないのです。
なにか言いたいことがあると、お互いに犬を通じて相手に伝達していらっしゃるような感じでした。
日本人の高齢者の夫婦間によく見られるコミュニケーションがうまくできていない典型的なケースです。


私たち夫婦もすでに高齢者の仲間入りをしていますが、よくこれだけ話すことがあるものだと思うほど、日々のニュースのことから私たちの信仰のこと、仕事のこと、仕事に関わる人たちのこと、知人・友人・親族のこと等々、どんな話題でも顔を合わせている間はネタが途切れることはありません。
もちろん行き違うこともありますが、そのようなときにはお互いに素直に謝ります。
エピクテトスのアドバイスに従って、話す2倍の時間をかけて相手の言うことに耳を傾け、そして相手の目をしっかりと見つめながら。
高齢者特有の、相手は言ったことを忘れて同じことを何度も言い、こちらもそれを忘れてしまっているので何度も聴くという面もあるようですが(笑)。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

楽しい時はあっという間に過ぎる!

2017.03.06日

"Nothing limits achievement like small thinking; nothing expands possibilities like unleashed imagination."
--William Arthur Ward – 1921-1994, Writer
「小さな思考ほど可能性を制限するものはない。一方、自由な想像力ほど可能性を拡げるものはない」
--ウィリアム・アーサー・ウォード、著作家
(訳 舟田譲二)


Facebookつながりで3年前に初めてお会いした田中さんご一家(「最高の一日」)のお宅に、今帰国中の長男の直人夫婦と共に昨日お食事にお招きいただきました。
この3年間、ご家族皆さんと何度も親しくお交わりさせていただいていて、なんだかもう家族のような感じです。


奥様の元美さんとお嬢さんのひかりさんの手作りのすごいご馳走をいただきました。どれもこれも美味しいプロのフルコースに舌鼓を打ちました。


IMG_0449.JPG


食事をいただきながらみんなの共通の関心事である聖書や信仰の話、カウンセリング、心理学から英語、アメリカの学校、文化や政治の話等々、話題は尽きることなく大いに盛り上がりました。


直人夫婦もご長男の晴也(はるや)さん、ご次男の恵嗣さん、ご長女のひかりさんとアメリカや国内で何度も会っており、私も皆さんと何度もお会いしていて、不思議なつながりに目に見ない糸で結ばれているとしか言いようがありません。
ひかりさんが、「舟田先生がおっしゃっている「ひも理論」ですね」と。皆さん、私のブログをいつも読んでいて、よく覚えてくださっています。
過去のブログ記事に何度も皆さん登場していただいていて、それらを振り返ってみんなで懐かしく写真を見ながら思い出をたどりました。


ブログの検索機能を使うと、私の過去の記事が一瞬に出てくるので、「まるでドラえもんの秘密のポッケのようですね」と大笑い。


田中さんご一家は昔、神戸の塩屋に住んでいらっしゃったとのこと。ここは、家内と私が通っていた神学校のあるところで、二人の出会いの場。共通の友人や知人もたくさんいます。


また、恵嗣さんがこの夏留学されるアメリカの大学は、8年前に次男の正人が留学していたところ。


話をしていると、みんなそれぞれ大変なところも通ってきています。
しかし、その都度不思議なようにして道が開かれ、今日に至っています。
その時にはわかりませんでしたが、「自由な想像力」が可能性を次々と拡げてきてくれました。
ということは、これからの一人ひとりの人生においても同様のことが当てはまると言わざるを得ません。
「小さな思考ほど可能性を制限するものはない。一方、自由な想像力ほど可能性を拡げるものはない」


あっという間の楽しい4時間でした。
最後に皆さんお一人おひとりの祝福をお祈りしてお別れしました。


IMG_0489.JPG


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

もっとも大切なのは理念

2017.03.04日

"Focus on where you’re going and you’ll know what steps to take. Focus on the steps you’re taking and you won’t know where you’re going."
--Simon Sinek – Author
「自分がどこに向かって進むか、そこに焦点を合わせなさい。そうすればどんな道筋を歩めばよいかわかります。自分が歩む道筋に焦点を合わせなさい。そうすればどこに向かって進むかわからなくなります」
--サイモン・シネック、著作家
(訳 舟田譲二)


サイモン・シネックのTEDの動画を下に載せますが、その再生回数はなんと1700万回以上。
回数ではピコ太郎にははるか及びませんが、その中身・クオリティの違いは歴然です。


サイモン・シネックによると、ひとはWHY(なぜ)に共感し、行動するとのこと。
企業でいえば経営理念に当たる部分です。


すなわち、CMや広告を見ていると、多くの企業がWHATから伝えていますが、一番大切なWHYが欠けています。
1. WHAT→こんな製品を作りました
2. HOW→こんなふうに使うことができます
3. ぜひお試しください


しかし、成功を収めている人物や企業にはWHY(理念)があります。
1. WHY→なぜを実現するために
2. HOW→どのようにして
3. WHAT→何を作ったか


IMG_0444.PNG


マーチン・ルーサー・キング牧師は、人種差別をなくすために立ち上がったひとりの黒人です。
演説家はキング牧師だけではありませんでしたが、人々はなぜこのキング牧師だけに従ったのか。
それは、人種差別をなくすための方法(WHAT、HOW)ではなく、自分自身の夢(WHY)を語ったからです。


多くの演説家は「私にはプランがある」(WHAT)と語りますが、
キング牧師は、「私には夢がる」(WHY)と語りました。
事前に何の告知もしていなかったのに25万人以上の人々が集まりました。
なぜ、何のために、誰のために集まったのか?
キング牧師のために集まったのではありません。
自分のため、自分の信じることのために集まったのです。
なぜならその25万人の内の25%は白人だったからです。


それではサイモン・シネックのスーパープレゼンに耳を傾けてください。
わかりやすい英語で語っていますが、字幕スーパーをつけて見ることもできます。
この教えはビジネスのみならず、教育から子育て、人間関係など、およそ人の日々の生活から人生に至るまで、すべての分野に適用できる教えです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

時代の流れに飲みこまれないように

2017.03.03日

NHKの連続テレビ小説『べっぴんさん』もあと1か月を切り、最終章に入りました。
昨日まで1970年の大阪万博当時の日本を描いていました。
大学生だった私も家族や友人たちと一緒に何度か足を運びました。当時の思い出がよみがえってきます。あれからもう47年も経つのですね。


面白いと思うのは、万博のシーンが実写版のニュースで映し出されると、人々が身に着けている服装だけでなく、身体のスタイルや顔つきまでが現代の日本人と違うということです。
また、ニュースの中で語っているアナウンサーの声や話し方もまったく異なっています。それはドラマのシーンによく出てくる、昭和天皇による終戦の詔書のラジオ放送の音声のような響きを感じさせます。
昨日のシーンでは、エイス社長の栄輔が「21世紀の子どもたち」というショーを演出します。
ここに登場するのはもちろん現代の子どもたち。するとやはりごく普通の21世紀の現代っ子の顔をしています。そしてドラマの中で時代の寵児だった栄輔も、現代の若者で、47年前の若者とはまったく違います。当たり前のことですが(笑)。


1108069_27_0_large.jpeg


コンパニオンに抜擢されたのは、おそらく流行の最先端の人たちだったのでしょうが、今ではなんか時代遅れで、ちょっと日本人じゃないようにすら思われます。
そして、この人たちも今や70歳前後。若かった私もそうなのですからごくごく当たり前のこと。


時代の変遷を感じるとともに、私たち人間はひとりの例外もなく確実に老いて(円熟して)いき、次の世代の人たちにバトンタッチをする。そして、それが数えきれないほどの世代、脈々と繰り返されて現在に至っていると肌身で感じます。


私が小学生の頃当たり前だった白熱灯は徐々に蛍光灯に変わっていき、それが今やLEDにどんどん取って代わっていっています。
出始めた当時、画期的だったブラウン管白黒テレビは、今や薄型の壁掛け50インチ大画面、映像も信じられないぐらい美しい4K。
初代新幹線0系はとっくに姿を消し、もうすぐリニア新幹線の時代になります。


ヒトもモノもどんどん変わっていきます。
しかし、永遠に変わらないものがあります。
私たちはそこに目を注がないと、めまぐるしい時代の流れに飲みこまれて、自分を見失ってしまいます。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

本物の幸せとは

2017.03.02日

"Happiness cannot be traveled to, owned, earned, or worn. It is the spiritual experience of living every minute with love, grace and gratitude."
--Denis Waitley – Author and Speaker
「幸せとは、旅行で得られるものではない。また所有できるものでもなければ、獲得するものでもなく、身につけることのできるものでもない。幸せとは、愛と恵みと感謝に秒々刻々生きる霊的な経験である」
--デニス・ウェイトレー、著作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


ある方からの今年の年賀状に「クルーズにハマっています」とありました。
クルーズにハマることができるって何て幸せな人なんだろう、と思いました。
確かにこの世の基準から言えばそうでしょう。そして、この方は本当に恵まれた生活をしていらっしゃり、お幸せな方です。


しかし、逆に経済的に大変で毎日生活に追われている人や、親の介護や、自らの健康のことで思い悩んだり苦しんだりしている人、将来の生活に対して不安を抱いている人などは、一見「幸せ」からかけ離れているように思われます。
そして、実際のところこのような生活の中で「不幸」をなめつくしている方もいらっしゃいます。


しかし、同じような大変な中にいながらも「不幸」と感じず、置かれている状況をありのまま受け入れ「愛と恵みと感謝」で受け止めている人もいるのです。
そして、これこそが状況に左右されない本物の幸せなのです。
旅行や持ち物、所得、ファッションなどで人は本当に幸せになることはできません。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

夢を現実にする潜在意識を活性化する

2017.03.01日

"The more you see yourself as what you’d like to become, and act as if what you want is already there, the more you’ll activate those dormant forces that will collaborate to transform your dream into reality."
--Wayne Dyer – 1940-2015, Author and Speaker
「自分がなりたい姿をありありと心に描き、あたかもその夢を達成したかのように振る舞っているなら、夢を現実にする潜在意識を活性化できる可能性がより一層高まる」
--ウェイン・ダイアー、著作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


wayned.jpg


ウェイン・ダイアーのことは、これまでこのブログでも何度か取り上げたことがありますが、彼はいわゆる「引き寄せの法則」(このブログページの左上コーナーにある【エントリー検索】に「ウェイン・ダイアー」「引き寄せの法則」を入力すると過去の記事が出てきます)の提唱者です。


「自分がなりたい姿をありありと心に描き、あたかもその夢を達成したかのように振る舞う」ことをあなたはこれまでにやったことがありますか?
そして、その結果「夢を現実化させた」経験がありますか?


これを信じるか信じないかはもちろん自由です。信じない人もたくさんいます。でも、信じて彼が上で述べていることを実践するなら、それが果たして真実かどうかを自分で確かめることができます。信じないなら、本当かどうか確かめようがありません。ですから、やってみて損をすることはありません。


私自身は、これまでの人生で同じような経験をいくつもしてきている(過去の記事でそのうちのいくつかをシェアしています)ので、これが本当だと信じています。
そして、実際に同様の経験をした人が古今東西、数えきれないほどいることも事実です。
嘘だ、と言う人もきっと大勢いるでしょうが、自分が経験したことがないから嘘だ、というのは論理的に矛盾しています。
それはちょうど神の存在を信じるか、信じないのと似ています。
無神論を信じるのは自由ですが、神の存在を否定することは、存在を証明することと同様に不可能です。できることは演繹的・帰納的に、また経験的に可能性を探ることだけです。


いずれにせよ、心に描いている夢(願望)がなにかあるなら、ウェイン・ダイアーが言うように「自分がなりたい姿をありありと心に描き、あたかもその夢を達成したかのように振る舞ってみて」、それが果たして「夢を現実化させる」ことができるかどうか、試してみることです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

ゲノムを読んで人間を作る方法

2017.02.28日

秘密も病気も美もすべてが書かれたゲノム、それは人間を作り上げるのに必要なひとそろいの遺伝的手順書です。科学者であり起業家であるリッカルド・サバティーニが、今や小さなバイアル瓶の中の血液から複雑なゲノムの暗号を解読して身長、目の色、年齢、容貌まで予想できることを示します。ゲノムについての理解によってやがてガンのような病気に対する個別化医療が可能になるとサバティーニは言います。我々は生命そのものを変える力を手にしたのです。それをどのように使いましょう?


ゲノムの第一人者、リッカルド・サバティーニがTEDで熱く語ります。



毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

私は残りの人生、毎日何をしたいのだろうか?

2017.02.26日

"Look yourself in the mirror and ask yourself, what do I want to do everyday for the rest of my life … Do that."
--Gary Vaynerchuk – Entrepreneur
「自分を鏡に映してよく見て、自問しなさい。『私は残りの人生、毎日何をしたいのだろうか?』と。そして、その答えを行動に移しなさい」
--ゲイリー・ヴェイナチャック、アントレプレナー
(訳 舟田譲二)


quote-look-yourself-in-the-mirror-and-ask-yourself-what-do-i-want-to-do-everyday-for-the-rest-gary-vaynerchuk-57-62-72.jpg


私たちはとかく時の流れに流されがちです。あまり深く考えずに、一日一日を送っています。
そして、あっという間に一週間たち、一か月、一年がたってしまいます。
振り返ってみて、自分はこの一年、何をやっていたのだろう、このままでいいのだろうか、とふと不安になったりするものです。


どのような人生を送っても、それが自分の一生。
同じ生きるなら、悔いのない一生を送りたいものです。
そのために必要なこと、それは「自分が心底からやりたい」と思っていることを、今ここで立ち止まってよく考えること。そして、それを早速今日から実行することです。
でないと、人生の終末を迎えるとき、「ああ、自分の一生はなんだったのか。これで良かったのだろうか」と後悔することになります。


ゲイリー・ヴェイナチャックはユダヤ系ロシア人で、ソ連崩壊後家族はアメリカに移住しました。そして一間のアパートに家族9人で暮らし、屋台でレモネードを売る仕事をしたりしていました。おそらくこのような経験から上のような言葉が生まれたのでしょう。


冒頭で、
"Look yourself in the mirror and ask yourself,..."
とヴェイナチャックが言っています。
この表現はけっこうよく使われるようですが、私にはちょっと違和感のある文章です。私だったら"Look at yourself in the mirror..."と言います。
おそらく、
"Look at yourself in the mirror..."
(鏡に映った自分を見なさい)

"Look yourself in the eye..."
(自分の目をよく見なさい)
を合体させて新しく造語したのではないかと思います。
したがって、意味もその両方を含めて冒頭のような
「自分を鏡に映してよく見て、自問しなさい」
としました。でも、ひょっとしたら英語の誤用かもしれません。
ついでに、冒頭のeverydayは「毎日の」という形容詞で、everyday activities「毎日の活動」のように使い、普段使う「毎日」はevery day(I run every day.)と書いて使い分けるのでこれは明らかな誤用です。アメリカ人ですらよく間違えるので要注意です。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

幸運の女神には前髪しかない!?

2017.02.25日

"Life gives us choices…you either grab on with both hands and just go for it, or you sit on the sidelines."
--Christine Feehan – Writer
「人生は選択だ。両手でつかんでやってみるか、それとも座ってただ眺めているか」
--クリスティーン・フィーハン
(訳 舟田譲二)


人生は一瞬一瞬、つねに私たちの選択にかかっています。
ほとんどの人はこのことに関して無意識で、ただ流されるままに生きています。
でも、意識している人は、その一瞬一瞬のチャンスをものにしています。なぜなら、それが自らの選択だということを知っているからです。ですから、可能性にかけて両手でそのチャンスをつかみ、試してみるのです。
でも、それを選択だと意識していない人は、ただ座って眺めているだけで、目の前をチャンスが素通りしていきます。


ギリシャ神話には概念の異なるふたりの 「時の神」が存在しました。計ることのできる、流れる 「時間」 を意味する「クロノス」(Chronos) と、一瞬の「時」を意味する「カイロス」(Kairos)です。
カイロスは、頭にひとつかみの前髪だけが生えていて、肩とかかとに翼を持っています。
一瞬にして目の前を走り抜ける「カイロス」 を捕まえるには前髪をつかむしかありません。通り過ぎた後を追いかけても、後ろ髪がないので捕まえられません。すなわち、「チャンス」を失うことになるわけです。


同じ時代、同じ場所にいても、そのチャンスをものにしたのはごく一部の人で、その他の大多数の人たちはチャンスの存在すら気づいていないということです。
チャンスをものにするのは、環境にもよりますが、結局のところ本人の意思です。


あなたの目の前にもこの瞬間、素晴らしいチャンスが訪れています。
今、両手を伸ばしてつかまないとチャンスはスルリと手から抜け、あとから追いかけて捕えようとしても、後ろ髪のない「はげの女神」は笑いながら逃げていきます。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

学びは一生続けるもの

2017.02.22日

昨日の読売新聞23面に、開成・柳沢幸雄校長と厚切りジェイソンさんのスペシャル対談が載っていました。
とても興味深い記事で思わず引き込まれました。
その中に次のような箇所があり、特に目を引きました。


ジェイソン 日本で頭のいい人とは、いっぱいモノを覚えている人。でもそれは本当はどうでもよくて、それを使ってどう次、生かすのかまで行かないと。例えば全体が分かるような情報というのは、悪くないとは思うが、その後それをどう使うかが問題。これを読めば頭が良くなるということではないと思う。
柳沢 ジェイソンさんが言ったのは、日米の教育の違いかも。日本の場合は知識を広く与えていく。米国の場合は知識を深掘りする。抜けがたくさんあってもいいんですね。典型的なのは、米国では九九を教えないこと。
ジェイソン そう!教えない。わかんない。暗記する必要はないよ。
柳沢 今は電卓もあるし、いいじゃないかと。でも、九九をやらないと割り算の暗算が出来ない。米国の小学校では、「GUESS」(推測しろ)と教える。だいたいこのへんかなと。あとは電卓があるからやらなくていいよと。その抜けを埋めるのが大学。米国の大学のテキストは分厚い。経済学のテキストなら一番初めに微分の話から出てくる。日本では高校の数学で全部やっている。まんべんなく知識を入れて、そこから自分で組み立てて発言できるようにする日本と、最初にきちんと発言できるように育てて、それで自分が興味のあったところを埋めていく米国。その違いだと思う。


私の教えている小中学生たちに、アメリカでは九九がない、と言うとみんなびっくりします。
ある意味、日本の九九はとてもうまくできていて、便利なものです。
でも、本当に大切なのは、九九を使って暗算で素早く計算できることではなく、それで何ができるかということです。それは考える力、そしてそれを活用する力です。


昨日の記事、「勢いを維持させる方法」の中にも書きましたが、アメリカより一時帰国中の長男夫婦と一昨夜、アメリカの大学院での勉強のことについて話し合っていました。
長男も私も、小中高校とずっと勉強が大嫌いだったのですが、その理由のひとつが試験のための暗記中心の詰め込み教育だったことです。
アメリカの大学院では知識の詰め込みなどほとんどなく、上で厚切りジェイソンが言っているようにそれを使って次にどう生かすか、です。
ですから、ひとつのクラスで読むテキストの厚さは全部合わせると15センチかそれ以上になりますし、提出するレポートの量も半端ではありません。
長男は今、オンラインのクラスを取っていて、日本にいてもテキストを読み進め、レポートを書いて送信し、またオンラインでテストを受けたりしていますが、その勉強量たるや1日8時間といいます。
私などは手抜きで結構いい加減にやっていたのですが、長男は真面目に取り組んでいて、以前読ませてもらったレポートはとても緻密に書かれていて驚きました。
やり始めるととことん凝ってしまうので、嫁が時間や健康を管理してくれているそうです。
まさに二人三脚の学業です。
アメリカでは、このように結婚してからも大学院で学んでいる人たちが大勢います。
詰まるところ、学びとは一生続けるものなのです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

勢いを維持させる方法

2017.02.21日

"One way to keep momentum going is to have constantly greater goals."
--Michael Korda - Writer
「勢いを維持させる方法のひとつは、さらに大きな目標をつねに持つことだ」
--マイケル・コルダ、作家
(訳 舟田譲二)


去る18日、19日の両日は3月から始まる新年度の学院説明会の日でした。
土曜日は日中お仕事をしていらっしゃるご父母の方が多く、日曜日に参加者が集中してしまいました。でもなんとか人数が溢れることなく、全席埋まって滞りなく実施することができ感謝でした。


冒頭の学院長挨拶のところで、アカデミーの売りである「勉強が楽しくなる秘訣」について話しました。
ちょうど1か月ほど前に書いた記事、「論より証拠」と、1年ほど前の記事、「勉強が好きになるには」の中に書いた内容をご父母の方々に話しました(興味のある方はご覧ください)。


神奈川県立高校の入試制度や今年度の入試問題の解説や傾向と対策なども副学院長のほうから話すことになっていましたので、数日前に書いた「持っているものはますます与えられる」の中に登場した中2のAさんとご両親も参加してくださっていました。


setumeikai.jpg


(パワーポイントで入試制度を解説する副学院長)


説明会が終わると、ご両親が私のところにやって来ておっしゃいました。
「1年前、アカデミーに来るまでは勉強が嫌いでまったくしなかったのですが、今の娘の姿を見て本当に信じられません」
私は答えました。
「本当によく頑張っていらっしゃいます。将来はアメリカの大学院に留学して、120番目の新元素を発見し、大学で化学を教えたい、って言っておられますよ」
(この辺りのことは3日前の「褒めることよりも大切なこと」に詳しく書きました)


マイケル・コルダの今日の格言、
「勢いを維持させる方法のひとつは、さらに大きな目標をつねに持つことだ」
は、まさにこのAさんのことを言っています。
初めのうちはBe動詞もわからず涙を流していたのに、アメリカの高校に留学したいと言うようになり、次に今年の目標は英語で5を取ると言い、次にアメリカに留学して化学を勉強する、そして将来は化学者になって120番目の新元素を発見し、大学の先生になることと、目標をどんどん進化させ、具体的にイメージするようになってきています。
それが彼女が勢いを維持させている秘訣です。


そして、それもこれも、勉強を面白くさせ、とりこにさせること。すべてはこれにかかっています。
一昨日は、3か月の短期で帰国している長男夫婦がお嫁さんのご両親と一緒に平塚を訪問し、親しい交わりの時をもちました。長男夫婦は一泊して昨夜遅くにお嫁さんの実家に戻りました。
小中高校と勉強が大嫌いだった長男ですが、今はやはり勉強の面白さにハマっています。
私が最終的に学業を終えたのは34歳のときのこと。
アメリカに留学して早十数年経つ長男は奇しくも現在34歳ですが、まだ大学院で勉強中で卒業するのは4年先といいます。私をはるかに超えます。
やはり目標がどんどん大きくなり続けているのです。


これは勉強に限らず、どんなことにも当てはまります。
この秘訣がわかれば、「勢いを維持させる」ことはだれにでもできます。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

試練は人生を意味あるものにする

2017.02.20日

"Challenges make life interesting, however, overcoming them is what makes life meaningful."
--Mark Twain – 1835-1910, Writer
「試練は人生を面白くする。しかし、試練を乗り越えることは人生を意味あるものにする」
--マーク・トウェイン、作家
(訳 舟田譲二)


だれでも試練はできることなら避けたいものです。
しかし人生に試練はつきもので、だれも避けて通ることはできません。


試練の真っただ中を通っているときは苦しいし、嫌なものです。でも不思議なことに、試練はある意味人生を面白いものにしています。試練のない人生なんて、「クリー◯のないコーヒー」みたいで、平凡でつまらないことでしょう。


さらに試練を乗り越えて振り返ると、試練が自分を練り清めてさらに大きく、強くしてくれたことに気づきます。つまり、試練が人生を意味あるものにしてくれたということがわかるのです。
きっとそのような意味で、試練を通して私たちが成長することを神様は望んで、敢えて試練を与えてくださっているのでしょう。


少なくとも、試練に対する受け止め方・考え方を変えると、試練そのものが持つ意味も、また私たちに与える影響もすっかり変わってきます。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

源たれ

2017.02.19日

私の初恋は高校生のときでした。
私はチアリーダーのメンバの一員で、デイブはアメフト選手。私たちは出会ってすぐデートを始めました。
すぐに親密な仲になりました。まだティーンエージャーでしたが、これまで味わったことのない特別な感情を抱くようになりました。


数か月後、デイブは家族で旅行に出かけ、旅先から私に手紙を送ってきました。
母が届いた手紙を私に手渡してくれました。
デイブからの手紙だとわかると、私は舞い上がるような気持ちで自分の部屋に駆けていきました。
封筒から手紙を取り出すとドアを閉めました。床に座ってドアに背をもたれかかせ、デイブからの素敵なラブレターを読み始めました。
家族旅行の冒険をシェアしてくれ、そして私に会えなくてさびしいと言って、最後のところには「愛してる」とありました。
やったぁー!これまでだれも私に愛してるなんて言ってくれたことありません。
大ショックです。だれかが私を愛してくれてる!私は赤ん坊のように大泣きに泣きました。
嬉しさと悲しさが同時にやってきました。嬉しさというのは、だれかが私を愛してくれてると知ったから。悲しさというのは、これまでだれからも「愛してる」と言われたことがなかったから。


デイブと私は高校生の間、ずっと離れていられなくなりました。
3年生になった時、デイブは妹さんが別の高校に通っているひとりの友達と多くの時間を過ごすようになり、距離が開き始めました。
2週間ほどたったある日、突然、私に別れを告げて、その友達の妹と付き合い始めたのです。
予期さえしなかったことです。ふたりの関係がこのようにして終わり、私は自分は人から愛されるような人間じゃないんだと考えるようになりました。心の中に大きな穴がぽっかりとあきました。
この破局で味わった苦痛は決定的でした。もう二度とだれにもこのようなことを私にさせない、と私は心に決めました。このような思いが実は自分自身を傷つけているとは思いもよりませんでした。


このとき以来、私は次々といろいろな男性と付き合いました。でも、二度と傷つけられたくなかったので関係を断ち切るのはいつも私のほうでした。


恋愛関係が次から次へと壊れていく中で、私はメンターのボブ・プロクターにアドバイスを求めに行く決心をしました。ボブは成功について少なからず通じていたので、きっと私を助けてくれるに違いないと思ったのです。このとき私は20代で、将来もし家族を持ちたいならもっと長続きする関係を築くことを考えなければならないと思ったからです。


ボブと私は腰かけ、心を割って話し合いました。彼は私に大切な質問をしました。
「きみの理想的な人はどんな人?」
私は答えました。
「一緒にいて楽しい人で、心が広くて、楽天的で、よく笑う人で、家族を大切にし、ロマンチストで、信頼できる人で、正直で...」
私の理想像はどんどん続きました。


ボブは熱心に耳を傾けてくれました。そして次にとても大切な質問をしました。
「ペギー、きみ自身は自分がそのような人物だと思うかい?」
うーん...。私はちょっと考えなければなりませんでした。
そして、私は自分はそういう人間だと思い、そうだと答えました。
ボブは言いました。
「素晴らしい」
彼は続けて言いました。
「たとえどんなものであれ、人はだれでも自分と同じものを引き寄せるんだよ。人生で楽しさを求めるなら、自分自身が楽しい人になることだ。人に正直を求めるなら、自分が正直であること。人生で愛を求めるなら、愛のある人になる。ロマンスを求めるなら、自分がロマンチックな人になること」


ひと言で言えば、自分自身がその「源になれ」ということです。
自分が望むものが何であれ、望むそのものになること。


50代になった今、私は夫のデニスと満ち足りた幸せな結婚生活を送っています。決してデニスに私が求めるもの、たとえば「愛」「喜び」「楽しさ」「ロマンチック」「正直」などを彼に求めません。というのは、人生でこれらを体験するには、私自身がそのものでなければならないということを知っているからです。それは私の内から出てくるものでなければなりません。私たちの結婚はまるでマジックのようで、人の目にはものすごい「幸運」に映っていることでしょう。
でも、私たちが経験している愛や喜びは、私たちの選択にかかっています。その選択とは、私たちの願望の源です。


「自らその源たれ」というこの成功の原則はどんなことにも、そしてすべてのことに当てはまります。
もし、人生で成功したいと望むなら、人の成功の源となることです。
人生で繁栄を望むなら、人の繁栄の源になりなさい。
この方程式は、「源たれ」という3文字に集約されます。そしてこれは、あなたの人生を常により良くしていく可能性を秘めているのです。


ペギー・マッコール


%83X%83N%83%8A%81%5B%83%93%83V%83%87%83b%83g%202017-02-18%2023.46.18.png


ペギー・マッコールはニューヨークタイムズ紙の12冊のベストセラーの著者。
ネット上で無料のモーニング・マネー・クラスを提供している。毎日、3〜5分のショートメッセージをビデオで届けてくれます。ご希望される方は次のサイトから登録してください。http://peggymccoll.com/go/morning-money-classes/

(訳 舟田譲二)


(自ら「源たれ」というのは素晴らしいメッセージです。これは人生で成功する秘訣です。
私もときどきこのサイトを見ますが、毎回教えられることがたくさんあります。ペギーはかなり早口の英語で語りますが、リスニングのいい練習にもなりますよ)


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

今日の日差しを楽しむ

2017.02.17日

一昨日のこと。ひとりの小学6年生の子と話していたら、「現世は地獄だ」と言うではありませんか。
まるで悟りを得たお坊さんのようなことを言うのでびっくりしました。
話をしていくと、彼は彼なりにこの世で生きていくのにいろいろと苦労し、将来を案じているのです。
でも、私は言いました。
「人生、だれでも辛いことや悲しいこと、大変なことはあるよ。
でも、そんな面ばかり見ていたら、せっかくの人生が台無しになるじゃない。先生は、いつでもいい面を見るようにしているから、大変なことがあってもいつでも幸せだと思ってるし、地獄だなんて考えたこともないよ」


ウィリアム・フェザー(1889-1981)というアメリカの著作家が次のように言っています。
"Some people are making such thorough preparation for rainy days that they aren’t enjoying today’s sunshine."
「雨の日の備えにあまりにも一生懸命になっていて、今日の日差しを楽しんでいない人がいる」

(訳 舟田譲二)


「雨の日の備え」は確かに大切です。
「備えあれば憂いなし」と言うように、普段から台風や地震の備えがあれば、いざという時安心です。
しかし、同時に、あるいはそれ以上に大切な「今日の日差し」を楽しむことを忘れたり、おろそかにしたら、それこそ本末転倒です。


今日与えられている「日差し」、すなわち恵みや喜び、楽しみ、幸せ、仕事、健康、家族、友人等々を享受、感謝するのを忘れて、将来のことを心配したり、不安に思っていたりしたら、それこそ人生を台無しにしてしまいます。
実際、そのような生き方をしている人がたくさんいます。


だれの人生にも「雨の日」や「嵐の日」は必ずあります。
でも、どんな人の人生でも、「雨の日」「嵐の日」ばかりで、「晴れの日」がないということは絶対にありません。
5年前に書いた記事「晴れのち嵐のち晴れ」のごとく、だれの人生にも「晴れ」も「雨」も「嵐」もあります。
ならば「晴れ」のときには、その「晴れ」の日を、「日差し」を精一杯楽しまないと。


ウィリアム・フェザーはまた、「人生を楽しんでいる人に失敗者はいない」という名言も残しています。
皆さん、人生を楽しみましょう。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。ポチでご協力を。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

持っているものはますます与えられる

2017.02.14日

中2のAさん。
1年少し前に入塾してきました。
自信がなく、顔も上げず、言葉も交わさず、目も合わせません。
英語に関してはBe動詞もわからず、単語もほとんど書けませんでした。
あまりにもできなくて、最初の頃はときどき目に涙を浮かべてさえいました。


約半年後の去年の夏期講習の最後に行った全県学力テストの頃には、英語はかなりできるようになってきていました。
Be動詞どころか、一般動詞との区別もつき、疑問文も否定文も一般動詞の不規則動詞も覚え、実力が着実についてきました。
英語の学力テストの結果が戻ってきて、案の定ものすごくできていました。
褒めたところ、突然泣き始めました。
感動して泣いたのかと思いきや、なんと自分が期待していた結果ではなかったと言って悔し泣きしていたのです。
でも、学校の成績は4になり、塾での様子はとても明るくなって先生やほかの生徒たちとも笑いながら大声で話すようになってきました。


最近話していたら、自分は英語に命をかける、なんとしても学校の成績を5にする、と宣言しました。
ところが、昨夜は私に英語ではなく理科のプリントを要求するのです。それも学年末試験が間近であるにもかかわらず、試験対策のプリントではなく、まだ1年先の中3生の入試予想問題をやると言います。
「えっ、英語に命をかけるんじゃなかったの?」と私。
「英語を頑張ってやってると頭が疲れてくるので、頭を休めるのに理科をやりたいんです」
「頭を休めるのに入試の問題?」
「理科は大好きなので、塾で中3の理科の教科書を借りて読んだり、ネットで調べたりしているので理科のことはたいがいわかります。この前やった県模試の過去問では偏差値64が出ました。高校の物理や化学も簡単なものならできます」
そこで、理科の入試予想問題をあげてやらせたところ、すぐに解き終わって82点という高得点。
疲れた頭を休めて楽しみながらやって82点。


ほとんどの女子生徒が理科は苦手、しかも生物や地学分野は好きな子もいますが、物理や化学は一番嫌われている分野です。
なぜAさんは理科がこんなにできるのか。
答えは自分でも言っているように、「理科が大好き」だからです。
好きなものは自ら進んでどんどんやるので、ますますできるようになる。
「持っているものはますます与えられる」という聖書の中に教えられている真理です。


だれでもそうですが、苦手な教科はできる限り避けて通りたい。だから、あまり勉強しない。そうすると、「持っていない者は、持っているものまで取られてしまう」のです。
ということは、何ごともやらないでいるとどんどんできなくなる。
ぎゃくに、できないことでもやっているとどんどんできるようになってきて、面白くなり、ますます好きになる。好きになるともっとやるので、さらにできるようになる。


これは勉強に限らず、人生のおよそあらゆる面において通じることです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

借りを返す

2017.02.13日

"The only people with whom you should try to get even are those who have helped you."
--John E. Southard - Author
「借りを返すことを考えるべき唯一の相手は、あなたを助けてくれた人だ」
--ジョン・E・サウザード、著作家
(訳 舟田譲二)


「借りを返す」とは、もともと「借りていたものを返却する」という意味ですが、そこから転じて、「相手に復讐する、自分が受けた損失や屈辱と同等のものを相手に味合わせる」「恨みのある相手に仕返しをする」という意味で一般によく使われます。
しかし同時に、「以前良くしてもらった相手のためになることをする」「恩返しする ・ 恩に報いる」という良い意味でも使います。


ここで、ジョン・E・サウザードが言わんとしているのは、英語の get even 「仕返しをする」という言葉を「恩を返す」という意味に置き換えて、聴き手の不意を突くように「借りを返すのは、仕返しではなくあなたを助けてくれた人に恩を返しなさい」と言っているのです。じつにうまい言い方です。


英語のことわざに
Forgiveness is the best revenge.
赦しは最大の復讐。
というのがあります。


憎しみを持ち続けていると、それは相手よりも自分を苦しめ、傷つけることになります。それこそ相手の思う壺です。
古今東西、多くの小説や映画、テレビドラマのテーマは復讐です。
でも復讐することによって得るものはありません。失うものばかりです。


ですから、借りを返すのは復讐ではなく、自分に良くしてくれた人に恩を返すのが一番なのです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

成功の鍵は「◯◯臭い」?

2017.02.12日

人生の成功の鍵のキーワードは「◯◯臭い」だ、と言ったら、皆さんはこの◯◯の中に何を入れますか?
まさか、「足が臭い」と言う人は一人もいないでしょう。
そう、当たり!
「面倒臭い」です。
もちろん、厳密に言うと、成功の鍵は「面倒臭がらない」ですが。


中には面倒臭がらずにどんなことでもコツコツ頑張れる人もいますが、ほとんどの人は面倒臭がります。


ひらがなで書こうとする生徒に「漢字で書きなさい」と言うと、「面倒臭い」と言います。
宿題をやってこない生徒にその理由を尋ねると、決まって「面倒臭い」と答えます。


私は中学1年になった時、希望に胸をふくらませてテニス部に仮入部しました。
とてもカッコ良く見えたのです。
ところが、くる日もくる日も球拾いばかり。
ラケットに触ることもできません。
顧問の先生が言いました。
「夏休みは毎日練習で休みなし。水泳は禁止」
これを聞いて私はすぐにやめました。
「面倒臭い」と思ったからです。
でも、どんなスポーツや楽器も、基礎練習という「面倒臭い」ところを通らずしてものにできることなどあり得ません。


天才の代名詞のように言われるかのアインシュタインは次のように言っています。
「私は頭が良いわけではない。
ただ人よりも長い時間、問題と向き合うようにしているだけである」


アインシュタインですらそうであれば、私たちはなおさらです。
もしアインシュタインが「面倒臭い」と言って、途中で諦めていたら、相対性理論は生まれませんでした。


テニス部に入って連日の球拾いで飽きてしまった面倒臭がりの私ですが、英語の勉強だけは面倒臭くありませんでした。
その理由が何だったのか考えてみました。
まず第1に英語が好きだったから。
次に、将来、英語が自由に使えるようになりたいという目標があったからです。


私にとって英語は、ほかの教科のように勉強しなければならないもの、テストのために無理やり暗記しなければならないものではなく、英語はある意味「恋人」のような存在でした。
一緒にいるだけで楽しい、声を聞いているだけでワクワクする、そんな感じでした。
ですから、レコードが擦り切れるほど毎日聞くのも苦痛ではありませんでしたし、レコードに録音されているアメリカ人と同じ発音ができるまで練習することもまったく面倒臭くありませんでした。


一般の人が面倒臭いと言うようなこれらの基礎練習を積み重ねたお陰で英語ができるようになり、さらにアメリカに留学して7年間も学ぶことができたました。
そして、英語が私の生涯の仕事となりました。


私は子どもの頃、夢見た俳優になりませんでした。また、高校生の頃希望した弁護士にも、大学生の頃願っていたように商社マンにも、大学教授にも、また大会社の社長にもなりませんでした(「夢の実現」)。
世間的にはいわゆる「成功者」ではありません。
でも、アインシュタインの
「もし自分のしていることが大好きなら、あなたは成功しているのです」 (「成功≠幸福」) 
という言葉のように、人と比較する必要もなく、私は本当に幸せな成功者だと思っています。


とどのつまり、成功の秘訣とはみんなが「面倒臭い」と言うようなことを面倒臭がらずにコツコツ続けることです。
そしてそのためには、自分のやりたいことにぞっこん惚れ込むことです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

意志あらば道通ず

2017.02.09日

志村けんといえば、言わずと知れた日本を代表するお笑いタレント。
私と同い年なのですが、マルチの才能を持ち、今でも私なんかよりはるかに精力的に働き、稼ぎまくっています。


デビュー当時のことをよく覚えていますが、ドリフターズの舞台番組にチョイ役で出してもらっていましたが、舞台の端から端まで走り回って、下手なギャグを言いまくるのですがまったくウケず、仲間からも聴衆からも半分バカにされていました。
その彼が、なんと最後にはドリフターズで一番の人気者になり、さらに一番息の長い、稼ぎ頭の芸人となりました。


Wikipediaによると、ドリフに弟子入りすることを決めた志村けんは、「1968年2月にいかりや長介の家へ直接押しかけ、雪の降る中、いかりや本人が夜中に帰ってくるまで12時間ほど待ち続けた。1週間後にいかりやから弟子入りを認められ、ドリフの付き人となった」そうです。
これを読んでいて、ちょうど同じ頃、アメリカ留学中の私が就業許可をもらうまで必死で移民局のボスに喰らいついていった姿を思い出しました(「成功とはあきらめないこと」)。


昨日「究極のリサイクル」という記事を書いていて、志村けんが芸人を目指すきっかけとなったエピソードを2年少し前に書いたのを思い出し、読み返してみました。
今日は、その記事を下に再録させていただきます。
メッセージは「意志あらば道通ず」です。


現代はエコブームで、何でもリサイクル。
でも何と300年近くも前、アイルランドの作家、スウィフトが『ガリバー旅行記』の中に書いた空に浮かぶ島ラピュタの中にその原型があるのです。
この物語の中に、人間の排泄物を再び元の食物に還元しようという究極のリサイクルのシーンが出てきます。学者たちが大真面目で、それこそ糞まみれになって研究しているのです。
すみません。汚い話になってしまって。


この物語はもちろん作り物なのでただ笑い飛ばして終わりなのですが、実際に私たちがよく知っている人で自分の排泄物(う◯こ)を食べ物に変えた人がいます。
それは1980年代に大ヒットして、日本全国で子どもから大人までがそのものまねをしたぐらいのバラエティ番組『志村けんのだいじょうぶだぁ』に登場していた「変なおじさん」こと志村けんです。
コントの中で、変なおじさんが、最後に決まって言うセリフが「だっふんだー!」でした。(私は見ていませんでしたが...汗)
これを漢字で書くと「脱糞だ」。(そういう意味が込められていたかどうかはわかりません)


志村けんがどうして、この下ネタを食べ物に変えたかというと、実は小学1年生の時、運動会の徒競走で「よーい、ドンっ!」の瞬間にみんなの前でう◯こをたれてしまったのです。
みんなから笑われました。この時、本人は恥ずかしくて泣いたそうです。そしてその後も「ウンコもらし」というあだ名で呼ばれていました。
しかし、志村はこれをバネにし、逆にお笑いで人々を笑わせて一生食べていこうと決心することになるのです。志村けんは、まさにラピュタ島の物語に登場する学者のように排泄物を生涯の糧(食べ物)に変えるという究極のリサイクルに成功したわけです。


hennaojisan.jpg


普通このような経験をすると、もう生きていけなくなる人だっています。
しかし、このみんなから笑われた経験の「う◯こ」を生涯食べていけるお笑い芸人にリサイクルしところが本当にすごいです。


恥ずかしい経験や辛い経験、悲しい経験など人間だれしも必ず一つや二つ、いやきっとそれ以上あるでしょうが、考え方を変えるとそれすら益に変えることだってできるのです。
私たちも志村けんに倣って物事を肯定的にとらえ、変えていけるようになりたいものです。
「意志あらば道通ず」です。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

いじめの問題

2017.02.07日

先週の木曜日に「日本人はなぜ英語が下手なのか」という記事を書いたところ、多くの人からコメントをいただきました。
この中で引用したTBS系列で放映されている『好きか嫌いか言う時間』というディベートバラエティ番組で、昨夜は「いじめ」の問題が取り扱われました。
中高校生や現役の学校教師、箱根駅伝3連覇の青山学院・原監督などが本音でいじめについて討論していました。


%83X%83N%83%8A%81%5B%83%93%83V%83%87%83b%83g%202017-02-06%2023.13.58.png

(これは動画ではありません)


去る1月28日にアカデミー学院では中学3年生を対象に受験の際の面接練習をしたのですが(「将来の夢」)、そのときひとりの生徒に中学校で頑張ったことについて尋ねたところ急に涙を流し、学校で殴る・蹴るなどのいじめを受けていると言い始めました。
この子のいじめについては本人からこれまでに何度も聞いていましたし、学校の担任にも話していると言うのですが、一向に改善されていないようで、話を聞いていてとても心が痛みました。


そう言う私自身、中学生の頃陰湿ないじめを受けた経験があり、他人ごとではありませんでした。
以下は、今から5年ほど前に書いた記事、「心が痛むいじめの問題」から一部抜粋した再録で、私自身の辛い経験を綴ったものです。今、読み直してみて、当時のことがありありと甦ってき、涙が出てきます。
いじめの問題に対してひとりでも多くの人の意識が高まり、なんらかの対策を講じるひとつのきっかけになれば幸いです。


実は私も、中学1年の時、執拗ないじめに悩まされ、死にたいと思ったことがありました。
小学校の卒業式の翌日にまったく知らないところに引っ越してきました。
新しい中学での生活が始まり、周りに友達がひとりもいなくて寂しい思いをしていたら、近所に住む同じクラスの二人の男の子が声をかけてくれました。それからあっという間に彼らと親しくなり、毎日遊ぶようになりました。


ある日、そのうちのひとりが私について変な噂を流し始めたようです。
「街からやってきた舟田は大会社の社長の息子で大金持ち。家には自家用の飛行機もあるらしい」云々。
周りの子たちから異様な目で見られるようになり、その噂を打ち消すのにひと苦労しました。
そうこうしているうちに、その生徒が悪い仲間と一緒になって、私に対するいじめを始めるようになりました。
「舟田、掃除さぼるなよ」
「いや、さぼっていない。ちゃんとやっているじゃないか」
「だれもお前がさぼってるなんて言ってないだろ。さぼるなって言ってるだけだ」
次第にいじめはエスカレートしていきました。事あるごとにいちゃもんをつけて、責め立ててきました。
来る日も来る日もいじめられ、もう毎日が憂鬱で、学校に行くのが苦痛になりました。
クラスの他の生徒たちはそれを見ていて見ぬふり。
しかし、ある日、隣の席に座っていたひとりのおとなしい子が味方になってくれ、気にする必要はないよ、と声をかけてくれました。
これがどれほどありがたかったことか。


その後、両親にいじめられていることを泣きながら伝えました。
それを聞いた父が立ち上がってくれました。
「その子の家に行って、お前が自分の口で、これ以上いじめないでくれ、と言いなさい。自分は口ははさまないけど、通りの角でお前たちが話しているところを見ていて、もし何かあったら助けに行くから」と言ってくれました。
そこで勇気を持って、その子の家に行き、このいじめの問題で自分はとても苦しい思いをしている、もうこれ以上続けないでくれ、とはっきりと言うことができました。
近くに立っている父の姿が目に入って、彼も少し恐れたのか、それでいじめはピタリと止まりました。
ひとりで悩んでいなくて良かったと心底思いました。


しかし、その後も別の子に電車のホームの裏に連れて行かれ殴られそうになったり、修学旅行の時にも別のクラスの子の部屋に呼び出されて数人に取り囲まれ、暴行を受けそうになったことなどもありましたが、その都度、近くにいた誰かが助けてくれました。


(中略)


いじめは子どもの間の問題だけではありません。
大人の社会においても、しかも庶民を守るべき立場にある警察官や市・県の職員、教師までもが弱い立場にいる女性や子どもに性的嫌がらせや暴行などの破廉恥行為をしているというのは、これこそまさにいじめそのものです。
学校関係者が隠蔽工作をするのもいじめ行為です。
しかも、世界の中でも例外というぐらい平和で安全な国と言われている日本国内でさえ、毎日のようにこのようないじめがあらゆるところで行われているのです。


しかし、このようなことは最近になって始まったことではなく、昔から常に起こっていました。
これはモラルの低下云々の問題ではなく、人間の心の内に潜む恐ろしい罪の性質のゆえの犯罪行為です。
この根本的な問題を解決しない限り、懲戒免職や懲役刑などの重い実刑判決を課したとしても、決して後を絶つことはないでしょう。


私たち人間は、犯罪を犯す犯さないを問わず、ひとりの例外もなく、神様の前にはみんな罪人(つみびと)です。
この罪の問題の解決なしに、平和で安全な国、幸せな人生など築けるわけありません。
今、私たちが行っていることは、いわば砂上の楼閣作りのようなものです。
日本国民みんなが一度立ち止まって、自分の心の内を再点検し、問題解決のための糸口を真剣に探し求め話し合い、それを実際に行動に移さなければならない時が来ています。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

ひび割れつぼの話

2017.02.06日

とっても素敵なお話に巡り合いました。
FacebookフレンドのMasumi HughesさんがDaniel Matsushitaさんのタイムラインからシェアしてくださったものです。再シェアさせていただきます。


【ひび割れつぼの話】
インドのある水運び人は2つのつぼをもっていました。その2つを天秤棒の左右につけて肩にかけ、ご主人のために毎日水を運んでいました。片方のつぼには、ひび割れがあったので、いつも水が半分こぼれていました。もう片方のつぼは完璧で、自分は役目を十分果たしていると満足していました。


ひび割れつぼは、自分のひび割れを情けなく思い、いつもみじめな気持ちになりました。2年が経ち、ひび割れつぼは、とうとう水運び人に言いました。「私は自分が恥ずかしい。私にはひび割れがあって毎日水が半分こぼれ、あなたの役に半分しかたっていない。それがとても辛いんです」  
それを聞いて水運び人は、ひび割れつぼに優しく言いました。「今度歩く時に、道端の花をよく見てごらん」


そう言われて、次の日、ひび割れつぼは、毎日通る道に美しい花が咲いていることに気づきました。美しい花を見て、少し元気になった気がしましたが、ご主人の家に着いたときには、やはり水は半分しか残っていませんでした。


「やはり私は役に立たないつぼだ。ごめんなさい」
すると水運び人はこう言ったのです。
「気がつかなかったかい? 道端の花は君の側にしか咲いていなかっただろう。僕は君のひび割れを知ってから、君の通る道に花の種をまいておいたんだ。毎日そこを通るたびに君は種に水をやり、花を育ててきたんだよ。僕は毎日その花を切り、ご主人の食卓に飾ってきた。君のおかげでご主人は、きれいな花を眺めながら 食事を楽しむことができるんだよ」


img_2.jpg


この話はいろいろなことを教えています。


私たちはとかく自分の欠けているところに目が行き、情けない気持ちになったり、申し訳なく思ったり、自分は役立たずだと自分を責めたりしてしまいやすいものです。
しかし、自分の気がつかないところで、私たちの「欠け」そのものが、ほかの人やものの役に立っていたりするのです。


上の話の中では、もう一方のつぼは完璧だったとあります。
「自分は役目を十分果たしていると満足していました」とあり、確かに水漏れもなく役割は完璧に果たしていたかもしれませんが、「満足していた」とあるように、ひょっとしたらそれは自己満足だったのかもしれません。


私たちから見て才色兼備で「完璧」に見える人がときどきいますが、そもそも完璧などと言える人はひとりとしていません。
むしろこの世の中は、一人ひとりみんな異なるギフト(賜物、才能、特徴)が与えられていて、それらに優劣をつけることなどできません。


私たちは与えられているそれぞれのギフトを最大限に活かすことによって、互いを助け合い、補い合って役割を果たし、社会全体として機能するようになっている、と私はいつも思うのです。
ですから、自己満足して高慢になることも間違っていれば、また自分の劣っている面を見て自己卑下することも同様に間違っています。


この物語を読みながら私はこんなことをを考えていました。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

ロシアより愛を込めて

2017.02.04日

"The mediocre teacher tells.
The good teacher explains.
The superior teacher demonstrates.
The great teacher inspires."

--William Arthur Ward
「平凡な教師はただしゃべる。
良い教師は解説する。
さらに優れた教師は自らやってみせる。
しかし、偉大なる教師は生徒の心に火をつける」

--ウィリアム・アーサー・ウォード
(訳:舟田譲二)


ウイリアム・アーサー・ウォードは、米国ルイジアナ州出身で、メソジスト教会監督や日曜学校校長、信徒リーダーなどを務めたほか、いくつかの大学で教え、リーダーズダイジェストなどのコラムニストとしても活躍していました。
彼が残した名言は、今日でもアメリカでもっとも多く引用されていると言われます。


昨夜、塾から家に帰る道、向こうの方から飛び跳ねるように駆け寄ってくる若い女性がいました。
最初、私の後ろにいるだれかに向かって駆けてくるのかと思い、振り返ろうとしたのですが、近づいてきたその女性は満面の笑みで、私に声をかけてきました。
「学院長先生!あー、お会いできて良かった!」


アカデミーで7年間働いてくださり、生徒たちの人気者だった清田先生です。
去年、退職されて今も東京で教育関係のお仕事をしていらっしゃるのですが、昨夜はなんと仕事が終わってからわざわざ電車に乗って平塚まできてくださいました。そして、折り返しお住まいの埼玉まで戻られるとのこと。
それは、私にバレンタインのチョコレートを届けるため!ではなく(笑)、もうすぐ卒塾する愛する中3の生徒たちにチョコレートを直接手渡し、受験生を激励するためだったのです。
私のためのチョコレートもついでに(?)ありました。というか、在職中毎年バレンタインになると欠かさずチョコレートをくださっていましたが。
昨日いただいたチョコレートは超豪華版。ピンクのハートのボックスに入ったキュートなゴディバのアソートメントチョコ。


shopping.jpg


家に帰って妻と一緒にひとついただきましたが、口の中でとろけて、思わず「美味しい〜!」。
その温かいお心遣いに胸に熱いものが込み上げてきました。ありがとう、清田先生!


このとき、お気に入りで何度も観た映画、『007 ロシアより愛を込めて』の主題歌の冒頭の歌詞がよみがえってきました。


51z27YdTL7L.jpg


(ジェームズ・ガクインチョーとタチアナ・キヨタ?)


From Russia with love I fly to you,
much wiser since my goodbye to you.
I've travelled the world to learn,
I must return from Russia with love.


清田先生はロシアほど遠くはありませんが(笑)、東京から1時間以上もかけて愛する生徒たちのために駆けつけてくださいました。「ロシアより愛を込めて」ならぬ「埼玉より愛を込めて」
本当の愛情がなければできないことです。
生徒たちもみんな、清田先生の気持ちをしっかりと受け止めて、全力で10日後の受験に臨むことでしょう。
「偉大なる教師は生徒の心に火をつける」
これは真実です。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

やればできる?

2017.02.03日

以下は6年前の記事の再録です。
受験や勉強に限らず、いろいろなことに当てはまると思い、シェアさせていただきます。


今日、中1の生徒と高2の生徒ふたりを教えていました。
英語が苦手と言って入塾した子たちです。
中1の生徒は英語が全然わからないと最初言っていたのですが、ほんの数か月で見違えるほど力がついてきて、今日など「この子は本当に英語が苦手なの?」と思うほどよくできて、「もうほぼ全クリだよ」と言ったほどです。
ふたりの高校生も目に見えて力がついてきました。
間違えても、指摘するとすぐに間違いに気付づいて自分で訂正できるほどになりました。


学校の先生も、また塾の先生も、そして親もよく言うセリフが、
「やればできる」
です。
ところが数日前、ある女子アナの言っている言葉が新聞に載っていました。
この方は、神奈川の名門校である湘南高校の出身で、当時習っていた英語の先生が言ったそうです。
「やればできるというのは、やらない人の言い訳だ。本当は、やったからできるのだ」と。


私はこれを読んで「なるほど」と思いました。
私なども三者面談をしていてついつい「〇〇君はやればできるのですが」と言ってしまいます。
でも、ほとんどのケース、この類(たぐい)の生徒は「やらない」のです。
そして、暗に「できないのはやらないからだ」と言っているわけです。
やらない生徒にやる気を起こさせて、やらせるのが教師の務めではないかと示されました。


「やる気」は、強制や脅しからは起きてきません。
自らのうちから溢れてくるようなモチベーションが必要なのです。
そのモチベーションに目覚めさせるのが私たち教師の仕事です。


昨日、試験が終わって塾に来た中1のE君と中2のK君。
ふたりともニコニコしていて顔が輝いていました。
聞くと、試験がとてもできたとのこと。
なるほど、ニコニコするわけです。
とくに、K君はこれまでほとんど無表情で、感情を出すことがなかったのですが、昨日はこれまでに見たことのない笑顔でした。
K君はつい最近まで勉強が嫌いで、いやいややっていたのですが、つい1か月余り前、
「君には〇〇という高校がとっても合っていると思うよ。この高校だったら、ちょっと頑張れば十分に可能性があるよ」
と言って資料を見せたところ、目が輝き始め、がぜんやる気を出してきたのです。
そして、この1か月少しの間、一生懸命頑張った結果が今回の学年末試験に出たというわけです。


結局のところ、「やればできる」ではなく、「やったからできた」のです。
これがきっかけで自信につながると、連鎖反応でどんどん伸びていきます。


今年、一足先に中高一貫校の平塚中等教育学校に合格を決めたT君。
最初は1時間かかって1行も作文を書くことができなかったのに、繰り返し繰り返し書いているうちにものすごくうまくなり、学校の先生にも褒めていただいたとのこと。
2歳上のお兄さんのN君も同じ学校に現在通っており、兄弟での合格となりました。
適性検査が終わったその日に、お母さんが塾にお礼を言いに来てくださいました。
お母さんの話では、入塾したときから3年間でやってきたワークやプリント類を重ねたらなんと50センチほどの高さになったそうです。
まさに「やったからできた」のケースです。


とどのつまり、「やればできるのに」は、やらないことの言い訳に過ぎません。
そんなことを言っている暇があったら、まずはやってみることです。
やって、やって、やりまくって、「やったからできた」と胸を張って言えるようになって欲しいと思います。
また、私たちはそのために骨身を惜しまず生徒に指導しなければならないとつくづく思いました。
親や教師は、安易に「やればできるのに」と言わないほうがいいでしょう。やらないことを、またできないことを正当化させることにつながりかねません。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

できる人の特徴

2017.02.01日

勉強ができる学生、仕事ができる人、良い人間関係が築ける人には共通点があります。


そのひとつは、目標をはっきりさせていることです(「成功する人とは」)。
目標のない人、心がコロコロ移ろう人は、行き先がはっきりしていず行き当たりばったりなので、行うことはまるで空を打つようなものです。
これで成功したら不思議です。


そして次に、その目標に向けて「一点集中」しています。(「手に入れたいものを確実にゲットする法」)。
これまで多くの生徒や学生、成人の方々を教えてきて、掲げた目標を目指して一点集中する人で成功しなかった人はひとりもいません。
志望校合格や英検1級合格、希望していた職種・職場に就くなど目に見える形で夢を実現している人たちから、親子関係・夫婦関係など人間関係において成功している人は、頭の中に明確なビジョンを描いていて、それに向けて一点集中しています。


三番目の特徴は、物事を論理的に考える力があります(「頭を良くし、成績を上げる方法」)。
これには訓練が必要です。
しかし、言い換えれば、誰でも訓練すれば論理的思考ができるようになる、ということでもあります。


どのようにしたら論理的思考の訓練ができるか。
新聞の社説などがもっとも簡単に活用できる方法です。
「社説」といって、別に身構える必要はありません。自分の興味ある分野の社説を読めばいいのです。たとえば、今もっともホットな話題で毎日のように社説を賑わしているのは、アメリカの新大統領トランプ氏に関する記事です。
書かれている内容に賛成・反対する必要はありません。論旨を読み解けばいいのです。
たとえ新聞をとっていなくても、今やスマホを活用してネットでどの新聞社の社説でも読むことができます。


第四に、持てる能力を最大限に活用しています(「あなたも天才!」)。
私たちはみんなものすごい能力を持っているのですが、それをうまく活用していません。
活用すればするほど、能力はさらに伸びます。


あなたがもし今の自分に満足していなくてもっと伸びたいと思うなら、上の4つの「できる人の特徴」を真似ることです。
また、子どもにもっと伸びて欲しいと思ったら、同様に上のことを実践することです。
詳しく知りたい人は、上のリンク先の記事をご覧ください。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

私欲から解放されて

2017.01.31日

"What we have done for ourselves dies with us; what we have done for others and the world remains and is immortal."
--Albert Pike – 1809-1891, Attorney and Writer
「私たちが自分のためにやったことは、自分の死とともに消えてなくなる。しかし、人のため、世のためにやったことは永遠に残る」
--アルバート・パイク、弁護士、作家
(訳 舟田譲二)


アルバート・パイクについては、ネットで調べるとフリーメイソンKKK(クー・クラックス・クラン)の創始者であるとか、第1次・第2次・第3次世界大戦を予言していたとか、いろいろ書かれています。
しかし、そんなことはさておき、冒頭の
「私たちが自分のためにやったことは、自分の死とともに消えてなくなる。しかし、人のため、世のためにやったことは永遠に残る」
はツボを得た言葉です。


人は生来自己中心なもので、その行動のほとんどは自分の益のためです。
しかし、自分のためにたとえどんなに偉大なことをして地位を得、名声を博し、偉大な事業をなし、財産を蓄えたとしても、その人が死ぬとすべては消えてなくなり、人々の記憶からも消し去られてしまいます。
しょせん、あの世にこれらを携えていくことはできないのです。


一方、ひとりの人が他の人のため、世のためになしたことは、永遠に人の心に刻みつけられ、語り告げられます。
それは文学や哲学、教育、スポーツ、芸術etc.etc.、どれを取っても明らかです。
残されたものは、たとえ何年、何百年、何千年たっても、私たちの魂に語りかけ、教え、励まし、慰め、知恵を、喜びを、勇気を与え...と、その影響ははかり知れません。


1909年に北海道で起きた鉄道事故の実話を元に三浦綾子さんが小説にした『塩狩峠』は、のちに映画化されました。
「人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない」という聖書の言葉を実践して自らの命を犠牲にしたひとりの青年の行動が、100年以上たった今日も、本や映画を通して国内外の多くの人に感動を与え、命を与え続けています。


どんなことであれ、私欲から解放されて自由に活動、行動するなら、それは多くの人に、そして世に益するものとなるのです。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

悪夢の人生からの脱出

2017.01.30日

父はよく言っていました。
「自分は大きな試練の中を通っていると思ったなら、もっと大変な人が必ずいるものだ」と。
父の言っていることは確かにその通りでしたが、だからと言ってそれで私の大変な人生が少しでも楽になることは決してありませんでした。私は自分の身の上話を人に話すことはめったにありません。というのは、私の人生は苦しみと不運と挫折に満ちていたからです。しかし、ある日私の人生は奇跡的に一変したのです。


私はアル中一家の中で育ちました。7人きょうだいの中の末っ子でした。私が生まれるまでに両親は20年間も子育てをしていました。家族はみんな精神、情緒、神経障害で苦しんでいました。まさに全員が犠牲者の一家だったのです。


私は子どもの頃、見捨てられたように感じていました。ですから、姉がガンになったときには連れができた、とホッとしたほどです。姉は肢体切断されベッドに寝たきりの状態でした。そして私はまだ小学校に上がる前で家にいたので、姉と私は奇妙な組み合わせの二人連れになりました。


姉は亡くなるまでのほんの短い期間、私に時間も心もすべてを捧げてくれ、それまで経験したことのない「養育される」という経験をさせてくれました。姉と一緒にいることで、それまでの暗い雲が消えて晴れたような気持ちになり、純粋な優しさの中にどっぷりと浸からせてもらえました。私は姉と過ごすこの貴重な時が永遠に続いて欲しいと願いましたが、残念なことに私が5歳のとき、愛する姉は神様のみもとに帰って行ったと両親に告げられました。


私が一番必要とし、これほどまでに愛していた姉を私から取り去ってしまうなんて、なんとひどい神様なんだろうと神様を恨みました。
機能不全の私の家族は、悲しみの経験をすらきちんと受け止めることができませんでした。私の悲しみ、見捨てられた思い、苦しみは、まもなく激しい苦痛と怒りに変わりました。私の内にあった不満の種が、試練の人生経験に花を咲かせていくのにさほど時間はかかりませんでした。


私はまだ幼かったときに赤ん坊を産み、そして何年もたって困難な結婚生活が続けられなくなりました。それはとても劇的な終わりで、あたかも燃え上がるビルから沈没しかけている船に飛び移るような感じでした。


ようやく立ち直った私は、夢に描いていた仕事を見つけました。それから数年は、まともな人生が送れていたのですが、ある日突然、人生はまた下降線をたどり始めました。私は職場を変え、人を支援するような仕事からまったく正反対と思えるような仕事に就きました。新しい仕事を始めて7日目のこと、娘が恐ろしい交通事故に遭いました。命を失っていて当たり前というような事故でした。6週間、集中治療室で10回に及ぶ手術を受けたあと、命は取りとめたものの身体が麻痺した状態になりました。


娘はシングルマザーでした。4歳、6歳、10歳の男の子たちを引き取りました。我が家にはまだふたりの娘がいて、私たち3人が生活するのがぎりぎりという小さな家に住んでいました。人生は全然好転しませんでした。


身体が麻痺した私の娘は、受けていた介護が虐待とネグレクトに変わり、その結果、地獄のような最悪のうつ状態になりました。数年後、私の2番目の娘が夫と赤ん坊を連れて私の家に転がり込んできました。最悪の職場環境の中で3年間、私は人手を借りずに10人もの人の面倒をみたのです。私は自殺願望になりました。


私はまるで存在しない一個の「存在」でした。存在したのは、絶え間ない要求とストレス、苦痛、そして朝から晩まで続く仕事でした。私は死なせてくださいと祈りました。


最終的には、八方ふさがりの行き詰まりがブレークスルー、突破口となったのです。
ちょうど両親がそうだったように、私も精神、情緒、神経障害を患っていることに気づきました。娘は身体が麻痺していましたが、私は麻痺状態で生きていました。


そのとき、突然人生に変化が起きたのです。
私が世話をしていた何人かの者が家から出ていきました。私は仕事を辞めました。次の1年間、回復の道を歩みながら同時にまったく新しいレベルで自分を訓練し始めました。ボブ・プロクターのコーチングプログラムとマトリックスに参加したのです。充実した人生を築くために、これまで見つけることができなかったジグソーパズルの欠けていたピースをようやく見つけたのです。


私は自分がなりたい人物に変身するために、それまでの自分を捨て去らなければなりませんでした。
収入はゼロでしたが、ビジネスを築きつつ、私は引き続き自分自身を高めるよう努めました。数か月後、マトリックスのプログラムに参加するときにはちょうど800ドルしかありませんでした。いったいどのようにして収入ゼロの状態で家を空けて6日間のセミナーに参加できるというのでしょう。いいえ、いったいどうして参加できないことなどあるでしょうか。セミナーに登録したとき、私はすでに参加する決断をしていたのです。そして、もうもとに戻らない決断をしていました。心の中ではこのセミナーに参加する旅行なんてあまりにも無責任だ、仕事を探しに行け、という声が聞こえていましたが、私はセミナーに参加することでなにか大きな変化が必ず起きると感じていました。


私の夢はかなうかかなわないかのきわどいところにありましたが、私に未知の世界に無理やり飛び込ませようとする力が働いていました。
私は自分の直感を信じたことを感謝しています。というのは、その結果、数えきれないほどの奇跡が次々と起こり、そして今日も家族と私はその恩恵に浴しているからです。
持っていた800ドルはホテルの宿泊費の半分にしかならなかったので、私はだれか部屋をシェアしてくれる人がいないか尋ねました。
ひとりの女性が部屋をシェアしてくれることになりました。この出会いが私にとって劇的な転換点となり、さらにポジティブな方向に進む原動力となりました。まず、彼女はすぐにクリストファー・データ・リーブ協会に私を紹介してくれました。これは、私の麻痺状態にある娘にとって奇跡的な出来事をもたらしてくれました。長期ケアの間に行われた悪夢のような虐待とネグレクトから9年後に、この協会とのつながりのお陰で娘はついに自分の人生を切り開いていくようになったのです。
次に、ホテルの部屋をシェアしてくれたこの女性は、私のビジネスが目覚ましく成長するよう手助けをしてくれ、さらにホテルの滞在費すべてを支払ってくれたのです。


しがみついていたものを手放し、人生が私たちをサポートしてくれるようにすると、不可能は可能になります。
混沌とストレス、絶望、挫折の過去から満ち足りた人生へと私の目の前で大きく変革し始めました。毎日が新しい祝福で満ちた日になりました。


マトリックスのセミナーに続く数週間、奇跡は次から次へと起こりました。現金がまったくなかったときに、なんと幸運にも私は無料の旅行クーポンが当たり、それで娘の結婚式に参列することができ、次にどうしても訪ねたかった当時危篤状態にあった姉を見舞うこともできたのです。


執着していたものを手放すと、人生に奇跡や驚くようなことが起こります。
このようないくつものブレークスルーを経験することによって、私は新しい気づきが与えられました。この中には、同時に起こった現実の肉体的なブレークスルーもあります。それはちょうど、パティオの割れたガラス戸を修理し、新しい基礎や庭や外壁を造るようなものです。私の人生の内面と外面の再構築が進行中でした。それはあたかも、明白なブレークスルーで人生が私を劇的に声援してくれているようなものでした。


それから間もなく私は素晴らしい男性と出逢いました。彼は私がこれまで一度も経験したこともないような最高の愛情を私に注いでくれました。ついに私は自らの自暴自棄と和解できたのです。


私は悲劇を生き延びて、そこからすべての夢の実現という橋を無事に渡ることができました。
私は人生によって押し流されているように感じていた問題に満ちた世界をあとにし、今、自信に満ちた、夢の人生を送っています。私は惨めな困難な世界を生きぬきました。そして今では、試練の中にある人たちがそこを脱出し、人生を変革させるお手伝いをしています。


もしあなたの人生が試練の中にあるとしても、ちょうど夜のあとに昼が来るように必ず良くなります。決してあきらめてはいけません。私が苦しみの生涯を生きぬき、成功することができたのなら、あなたも必ずや人生のブレークスルーを経験できます。
キャシー・シーバー


キャシーは著作家、講演者、人生変革コーチ、声のアーティスト。これまで数えきれないほど大勢の困難な中にある人たちが幸せな人生を送れるよう助けてきました。
(訳 舟田譲二)


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

将来の夢

2017.01.29日

アカデミー学院では昨日、18日後に迫っている中3生の高校入試の一部である面接のための練習を行いました。
オリエンテーションが終わると、担当する私たち講師が3つの教室に別れて生徒一人ひとりを順々に面接しました。
午後2時から6時まで4時間かけてひと通り全員の面接を行ったものの、生徒たちはひとりの先生にしか当たっていないので、来週もう一度練習して、全員が3人の先生の面接を受け、それぞれ異なった練習ができるようにしています。
生徒たちは本番を意識して全員学校の制服を着てきました。学校の雰囲気です。
私はもうひとりR先生とペアを組んで行いました。
高校の本番の面接では、面接官二人から三人で行われます。


ドアをノックして教室に入ってくるところから指導します。
お辞儀、挨拶の仕方から始まり、出身中学校名、氏名を述べて着席し、質問が始まります。
最初の質問は、志望の動機です。これはどこの学校でも必ず尋ねられます。
生徒たちはみんな緊張していますが、準備しているのでスムーズに話せます。


中学校時代の部活動や生徒会・委員会活動、得意・不得意教科、高校で力を入れたいこと等々、尋ねていきます。生徒の回答に対してさらにつっこんだ質問もします。
ほとんど全員、難なくこなします。


一番興味あるのは、将来の夢、なぜそのような夢を持つようになったのか、夢の実現に向けて高校で何をしたいかというポイントです。
介護福祉士や美容師、保育士、パティシエなどいろいろな職業名が挙げられます。
一番多かった夢は「学校の教師」でした。
これは私たち塾講師にとってまさに教師冥利に尽きる答えです。
実際のところ、これまで卒塾生で中学校や高校の教師になった人が何人もいます。


15歳やそこらで夢や目標を持てない人はたくさんいますし、もちろんそれでも全然問題ありません。
でも、一般的に言うと、小学生の頃から「将来の夢」を持っている人は、今回の稀勢の里など多くのスポーツ選手などに見られるように、夢を実現できる確率が非常に高いです。
私も途中で画家や弁護士や外交官、商社マンなど浮気もしましたが、やはり小学生の頃から心の中に描いていた先生になりました。


「将来の夢」を持つようになるきっかけは多くの場合、親や兄姉、先生などそれまでに触れてきた身近な人の影響です。


ということは、あなたが今何歳であろうと、これからの人生の「将来の夢」も、やはりだれかモデルにできる人がいて、その人を目標に、今できることを一つひとつ重ねていくなら、小学生や中高生のようにその夢を実現できる可能性が高いということです。


あなたの夢は何ですか?


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

そうだ、京都へ行こう! その3

2017.01.28日

"Be respectful. Words are powerful. Use them as candles to light the way, not clubs to beat someone up."
--Michael Josephson – Author and Speaker
「言葉を丁寧に扱いなさい。言葉には力があります。言葉は、人を打ち叩く棒のようにではなく、行く道を照らすロウソクのように使いなさい」
--マイケル・ジョゼフソン、著作家、講演者
(訳 舟田譲二)


マイケル・ジョゼフソン氏は、これまでこのブログで何度も引用してきている私の尊敬する方で、彼とはとても波長が合います。
このブログページ左上の「エントリー検索」に「マイケル・ジョゼフソン」と入力すると、その引用した記事が出てきます。最新の「にんじんと卵とコーヒー豆から学ぶレッスン」を始め、8つの記事がありますので、関心のある方はぜひご覧ください。一つひとつから様々なことを教えられます。


さて、今日の言葉ですが、言語学を専門としてきた者として、言語の働き、その重大さは人一倍よく理解しています。
マイケル・ジョゼフソンさんはそれを見事なまでに語っています。
「言葉を丁寧に扱いなさい。言葉には力があります。言葉は、人を打ち叩く棒のようにではなく、行く道を照らすロウソクのように使いなさい」


一昨日、我が家を訪問してくださっていた鶴田牧師が、ここ湘南地方の夏は涼しく冬は暖かく、富士山がすぐ近くに見える風光明媚で、物価が安く住みやすい平塚をとても気に入ってくださいました。
将来、もし帰国するようなことがあれば平塚を選択肢のひとつに入れてくださいましたが、もうひとつの強力なライバルがあります。
それは「京都」です。
私も同じで、幼少時から大学卒業までちょうど20年間過ごした京都はまさに私の心のふるさとで、写真で京都の風景を見たり、テレビのドラマなどで京都のシーンが出てきたり、柔らかい京都弁を聞いたりすると、鳥肌が立つほどの思い入れのある街です。


前回、京都に行った際、地下鉄に乗っていた時のひとコマです。
前の座席に座っていた若いお母さんと小さな子どもが話していました。
「なにゆうてんの。ほんまにあほやなぁ〜、あんたは」
ごく日常的な、このスローテンポの母親の言葉に私はとても癒され、「ああ、京都はいいな」と改めて感じ入りました。


これが、ここ平塚など関東地方だったら次のような言葉になります。
「何言ってんの!バカだね、お前はっ!」
実際、このような親子の会話をこれまで何度も耳にしてきて、しばしば心に痛みを覚えました。
ときに、塾で親子の三者面談の席ですらこのような会話が交わされます。


ドナルド・キーンさんが若かりし頃、留学生時代の京都、竜安寺での思い出を語った記事を「鬼怒鳴門」に書きましたが、これらふたつの話を私は鶴田さんにシェアしました。
すると、鶴田さんもこのドナルド・キーンさんの話に痛く感動していました。


人生の半分を過ごしたここ平塚はまことに住みやすい街ですが、私も鶴田さん同様、やはり今も京都が大好きで、将来いつか京都に戻りたいな、という願いがつねにあります。
京都は日本を代表する観光都市でつねに観光旅行客でどこも混雑していて、しかも夏は蒸し暑く冬は底冷えし、物価は高く、住むには決して湘南地方のように恵まれた環境にはないのですが、私の魂が京都へ誘(いざな)うのです。
「そうだ、京都へ行こう!」
今年はぜひともまた大好きな京都に行きたいと思っています。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

旧交を温める

2017.01.26日

40年来の親友、ラスベガス在住の鶴田健二牧師夫妻が、昨日我が家を訪ねてきてくださいました。
先日、お母さまが90歳の長寿を全うして天国に旅立たれ、そのご葬儀のために日本に来られたのです。
ご葬儀は教会で営まれました。親族はほぼ全員、参列者の7割ぐらいが非キリスト信者という中で持たれたキリスト教式の葬儀は、参列者皆さんにとても深い感銘と感動を与えた、ということで故人の素晴らしい証のときとなったそうです。


鶴田牧師のことは、「VIP」始め、これまで何度もこのブログの中でご紹介してきました。
アメリカ留学中の26歳のときに不思議な巡りあわせで出会い、意気投合して毎晩のように宗教論、哲学、人生論などを闘わせて、徹夜することもしばしばでした。


その後、私は帰国しましたが、鶴田さんはアメリカに残り、成功していた事業をやめて献身して牧師になり、ラスベガスの地で日系人、日本人のための伝道、牧会をしてこられました。
日本に来られるたびに訪ねてくださり、一緒にお食事したり、ときには温泉に入ったり、とずっと昔と変わらないお付き合いをさせていただいています。
前回は、約2年半前の長男の結婚式のとき、ロサンゼルスからラスベガスに足を伸ばし、しばらく泊めていただいてフーバーダムなどあちらこちらに連れていただき、とても楽しい時を過ごさせていただきました(「鶴田牧師夫妻と感動的な再会」)。


昨夜は駅にお迎えしてご一緒にお食事。


IMG_0257.JPG


その後うちに来ていただき、夜中の1時半過ぎまでいろいろな話題に花が咲き、40年前の日々の思い出がよみがえってきました。


「旧交を温める」っていいですね。
こんな素晴らしい友が与えられていて、どんなことでも腹を割って話し合えるというのは、ホント幸せです。


↓ブログランキングに参加しています。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

今という一瞬一瞬を

2017.01.24日

"You don't get to choose how or when you die. You can only decide how you are going to live."
--Joan Baez – Singer/Songwriter
「人はいつ、どのような死に方をするか、自分で選択することはできない。自分で決めることができるのは、唯一、これからどのように生きていくかだけだ」
--ジョーン・バエズ、シンガーソングライター
(訳 舟田譲二)


ジョーン・バエズと言えば、私の若い頃大流行りしたフォークソングの草分け的存在。
森山良子が「日本のジョーン・バエズ」と呼ばれていました。
彼女の「ドナ・ドナ・ドナ」や「朝日の当たる家」は大ヒットし、毎日ラジオで流れていて、私も彼女の歌に合わせて口ずさんでいたものです。
私の高校のときのクラスメートの女の子も、ギターを持ってこれらの歌を学園祭で歌っていたのを覚えています。


当時19歳ぐらいだったジョーン・バエズは今や76歳。でも現役続行中です。
エキゾチックな黒髪だった少女の面影はあまりありませんが、今でもとても綺麗で、愛するギターを抱えて歌う姿はそのままです。


4dce60e92c20504619a351e40d607d198e05d626.69.2.9.2.jpeg RS160621-17.jpg


冒頭の言葉、
「人はいつ、どのような死に方をするか、自分で選択することはできない。自分で決めることができるのは、唯一、これからどのように生きていくかだけだ」
はまことに当を得た表現です。
病気なのか、事故なのか、老衰なのか、いつ、どこで、どのような死に方をするのか、選択できないのであれば、そのようなことで思い悩んだり、不安に思ったりしても仕方がありません。


むしろ、私たちが心すべきなのは、これからどのように生きていくか、さらに言えば、今、この瞬間をどのように生きるか、です。
時間は常に、秒々刻々流れています。
私たちにできることは、今という一瞬一瞬を精一杯、悔いのないように生きることだけです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

将来のビジョン

2017.01.22日

"If you don’t have a vision for the future, then your future is threatened to be a repeat of the past."
--Alphonso R. Bernard – Pastor and Author
「将来にビジョンがないと、あなたの将来は過去の繰り返しの脅威にさらされる」
--アルフォンソ・R・バーナード、牧師・著作家
(訳 舟田譲二)


「将来のビジョン」と言うと、なんか立派なビジョンのように聞こえますが、別に立派でなければならないわけではありません。
どんなビジョン、夢でもいいのです。


今のままではだめだ、嫌だ、変えなければ、やり直したい、という切実な思いが必要なのです。それが将来のビジョンです。
それがないと、いつまでたっても、何も変化は起こりません。
変化が起こらないだけでなく、過去を繰り返し、過去の犠牲者となるのです。


しかし、将来に変化を願うビジョンさえあれば、道は必ず開けます。過去の繰り返しの脅威から解放されます。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

あなたはどちらを選びますか?

2017.01.21日

"A person is literally what they think, their character being the complete sum of all their thoughts."
--James Allen – 1864-1912, Writer
「人は、文字どおりその人が考えるとおりのもので、性格はその人の思考の全体像のようなものだ」
--ジェームズ・アレン、著作家
(訳 舟田譲二)


8年前、「頭の中にあることは」という記事の中に、このジェームズ・アレンが著した『人は心の中で考えたとおりの人間になる』という本を紹介しました。
彼は、聖書の中の
"As a man thinks in his heart, so is he." (箴言23:7)
「人は心に考えるような人になる」
という言葉から、100年以上にわたって世界中のベストセラーになったこの本を書きましたが、今日流行っている自己啓発の生みの親のような人物です。


また、この教えは「成功する人に共通していること」です。
すなわち、「成功の鍵は、能力ではなくその人が持つセルフイメージ」なのです。


毎日のように全国のあちらこちらで催されている自己啓発のセミナーで教えていることは、突きつめていくと上の言葉に集約されます。ですから、たとえ何百万、何千万円というお金をこれらのセミナーや本などに費やしても、セルフイメージの低い人は成功しません。


ジェームズ・アレンが言っているように、「人は、文字どおりその人が考えるとおりのもので、性格はその人の思考の全体像のようなもの」です。
いつも消極的、否定的に考えている人は、やはりそのとおりの人になります。
ならば、積極的、肯定的に考えなければ損です。
どちらを選ぶかはあなた次第です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

行動あるのみ

2017.01.20日

"If you put off everything till you're sure of it, you'll never get anything done."
--Norman Vincent Peale – 1898-1993, Minister and Author
「絶対に大丈夫、と言えるまで何もかも先延ばしにしていたら、一生何も成し遂げられない」
--ノーマン・ヴィンセント・ピール、牧師・著作家
(訳 舟田譲二)


1月3日の記事、「すべてはここから始まる」の中にウォルト・ディズニーの言葉「事を始めようと思ったら、ああだこうだと言うのをやめて、やり始めることだ」を引用しました。


1月14日には「やるのは<今>」の中の「思い切ってやってみなさい。未来はだれにも約束されていません」、1月16日の「行き詰まった、もうこれで終わりだ」には「行き詰まった、もうこれで終わりだ、と思うような時は、しばしば何か別のことの始まりだ」など、つい最近だけでもよく似た内容のメッセージを送り続けています。
私も今、大きなチャレンジを受けており、これらは自分自身を鼓舞するメッセージでもあります。


「家内安全、商売繁盛、無病息災、交通安全」等々、だれでも求めるものですが、こんな人生どこにもありません。
「人生、山あり谷あり」は私の人生哲学そのものです。


「絶対に大丈夫、と言えるまで何もかも先延ばしにしていたら、一生何も成し遂げられない」
そもそも「絶対に大丈夫」なんてあり得ないのです。
そう、「行動あるのみ」です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

心から祈っています

2017.01.19日
IMG_0248.JPG


🌸がんばれ!! 受験生🌸
皆さんの志望校合格を心から祈っています


アカデミーの教室の前に立ててあるのぼり旗です。
その隣ののぼり旗にある「入試直前対策講座」を実施中です。2月15日から始まる神奈川県立高校入試の直前、13日まで対策授業を行います。


生徒たちの多く(とくに女子)がバッグや筆箱などに御守りをいくつかつけています。
正月に初詣に行って買ってきたのでしょうか。
きっとみんな手を合わせてお祈りしてきたのでしょう。


そして、アカデミーののぼりに書いてある「皆さんの志望校合格を心から祈っています」に嘘偽りはありません。
本当に毎朝、受験生一人ひとりの名前とそれぞれの志望校名を挙げて合格をお祈りしているのです。
トップ校を目指している生徒たちに声をかけると、みんなかなりチャレンジした高校を目指しているので、「やるだけのことをやって、いざとなれば併願する私立に行くつもり」と腹をくくっています。
私はこのようなチャレンジ精神が大好きです。


13年前に卒塾したひとりの生徒は、チャレンジした公立に不合格になりましたが、併願した私立高校に進学して3年間頑張った結果、現役で国立大学に合格。さらに教員採用試験に合格し、大学卒業と同時に希望していた理科の教師になり見事にリベンジしました。
昨日の記事にも書きましたように、受験で失敗しても「空は落ちてこなかった」のです。
私自身、大学受験で失敗を経験しましたが、逆にそのお陰で現在の自分があると受験失敗の結果にとても満足している次第です。


上の画像をよく見ると、去る1月5日の記事「とんこつラーメン」に書いたラーメン屋さん「井乃家」の「らーめん」と書いたのぼり旗がアカデミーの2本の旗の間に立っています。
年末に開店して以来、正月の2〜3日休んだだけで、あとはまったく休みなしで、連夜11時まで営業して頑張っています。
先週、再びここに食べに行ってきました。
しかも、私と同様「とんこつが大の苦手」の妻を説得して連れて行ったのですが、やはり「美味しい!」ととても気に入ってくれました。
また、その数日後には、私の上のブログを見たと言ってアカデミーのOB先生が食べに行ってくれました。


このラーメン屋さん、いつ見ても店内は客で満員。2回ほど閉店時間の1時間以上前に閉まっていたので、どうしたのだろうと思ってよく見ると「スープ終了」の貼り紙が。とても嬉しくなりました。
どんどん流行って欲しいと、ここの店主である卒塾生のためにも祈っています。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

空は落ちてこなかった

2017.01.18日

"I quit being afraid when my first venture failed and the sky didn’t fall down."
--Allen H. Neuharth – 1924-2013, Author
「私は、最初のベンチャービジネスで失敗したとき空は落ちてこなかったので、心配するのをやめることにした」
--アレン・ニューハース、著作家


昨日の朝一番、私の同労者である柿谷正期牧師よりメールが入ってきて、6年前に亡くなられた先生の前妻、寿美江先生のお父さまが98歳(99歳?)でハワイの地で召天されたというニュースが入ってきました。
昔、平塚に住んでいらっしゃった時には毎週教会でお会いし、よくお話ししました。
帰米二世でロサンゼルスで育ち、教育もアメリカで受け、牧師を務められた方です。
好きな小説のことでとてもよく話が合いました。
あるとき、私の好きな作家、シドニィ・シェルダンのことをご紹介したところ、1冊読んですっかりファンになられ、その後次々と彼の本を読んでは、私にその感想をシェアしてくださいました。


そのシドニィ・シェルダンの代表作のひとつ、The Sky Is Falling (邦題『空が落ちる』)を上の言葉を読んだとき思い出したのです。
シドニィ・シェルダンについては、これまで何度かこのブログに書いてきました。


profile%20photo.jpg  sheldon4.jpg

(年を取るとこんな感じになるのかな?なーんて言ったりして...)


「ブログを続ける動機づけ」の中にも、この The Sky Is Falling の話が出てきますが、英語ではよく使われる表現で、言い換えれば「この世の終わり」といった感じです。


アレン・ニューハースは大学生時代、キャンパス新聞の編集長をやっていました。
その後、ベンチャーで『サウス・ダコタ スポーツ』という週刊誌を立ち上げたのですが、失敗して大きな借金を抱えました。これが、彼の言っている「最初のベンチャービジネスで失敗した」という経験です。


シドニィ・シェルダンの小説のメインテーマは、たとえどんな失敗をしても「明日がある」ということだと思います。
そういう意味において、私も同じメッセージをこのブログで繰り返し述べていて、彼とは波長が合うのでしょう。


私の2度目のアメリカ留学は結婚して32歳のときでしたが、ちょうどこの時、アメリカで新しい全国紙が華々しくデビューしました。
USA Today という新聞で、私もこれを当時よく読んでいましたが、なんとこれがアレン・ニューハースが興したものだったのです。
彼は1回目の失敗でジャーナリズムの世界をあきらめず、ずっと続けていったお陰でこの USA Today で大成功を収めたのです。


というわけで、人生に失敗はつきもの。しかし、決して「空は落ちてこない」、すなわち世の終わりにはなりません。必ず、また別のチャンスが回ってきます。
ですから、彼に倣って心配するのはやめましょう。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

行き詰まった、もうこれで終わりだ

2017.01.16日

"Often when you think you're at the end of something, you're at the beginning of something else."
--Fred Rogers(1928-2003), Television Personality
「行き詰まった、もうこれで終わりだ、と思うような時は、しばしば何か別のことの始まりだ」
--フレッド・ロジャーズ、教育者、テレビホスト
(訳 舟田譲二)


quote-766.jpg


長い人生、生きていると必ず二度や三度、いや数えきれないほど、「行き詰まった、もうこれで終わりだ」というような状況に遭遇します。
長く生きていなくても、たとえ子どもでもこのように感じて、中には思いつめて自死する子すらいます。
私の中学校時代のクラスメートがふたり自死しました。
原因はいじめもあれば、病気、家庭の事情など様々です。
しかし、「待った!」
人生は終わりではありません。
終わりというのは、病気や老化など寿命が尽きたときの自然死です。


フレッド・ロジャーズが言っているように、
「行き詰まった、もうこれで終わりだ、と思うような時は、しばしば何か別のことの始まり」
です。
そう、道は必ず開けます。行きづまりは、すなわち新しい道への入口です。


フレッド・ロジャーズは大学卒業後、将来牧師になるために神学校に進学しましたが、ちょうどそのとき出合ったテレビに子どもの教育への大きな可能性を感じ、テレビ業界に入ります。
子ども向けの歌を200曲以上作詞・作曲し、数多くの児童書や教育書を著し、教育業界での貢献に対して多くの賞を受賞しました。


fred.jpg


そのようなことから、冒頭の言葉はおそらく青少年への愛情を込めたメッセージではないかと思います。
でも、同時にこのメッセージは人生のどの年代においても当てはまる真理です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

やるのは<今>

2017.01.14日

"Go for it now. The future is promised to no one."
--Wayne Dyer - 1940-2015, Author and Speaker
「思い切ってやってみなさい。未来はだれにも約束されていません」
--ウェイン・ダイアー、著作家・スピーカー
(訳 舟田譲二)


ウェイン・ダイアーはアメリカの心理学者で、自己実現・自己啓発に関する書籍を数多く著し、世界的に高く評価されています。
日本語にも多く訳されていますがその一例を挙げると:


wd2%20%282%29.jpg  wd3.jpg wd2%20%281%29.jpg


このブログの中でも、「引き寄せの法則 2」「夢を描く」などの中にも書いたいわゆる「引き寄せの法則」で、私自身この法則をこれまで数えきれないほど経験してきているので、これは本当だと確信をもって言うことができます。


ウェイン・ダイアーは上の言葉のほかにも、
「これまでの人生を振り返ってみるとわかるが、私たちは自分がやってしまった事柄についてはほとんど後悔しない。むしろ後悔するのは、自分がやらなかったことである」
などと言っています。


物ごとはやってみないことにはうまくいくかどうか、わかりません。
うまくいかないこともあるでしょう。うまくいかなくて元々だと考えればいいのです。
でも、やってみたらうまくいくかもしれない。やらなければ、うまくいったかもしれないものも、何ひとつ実現しません。
そもそも「未来はだれにも約束されていない」のですから、それならやってみないと損ではありませんか。
行動を起こした人しか成功を味わうことはできないのです。
これは仕事に限らず、勉強やスポーツ、子育てや人間関係などありとあらゆるものに当てはまります。


原文には、"Go for it now."と "now"という言葉が入っています。
そう、やるのは<今>です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

人生とは芸術

2017.01.13日

"Life is the art of drawing without an eraser."
--John W. Gardner – 1912-2002, Former U.S. Secretary of Health, Education, and Welfare
「人生とは消しゴムなしで描く芸術だ」
--ジョン・W・ガードナー、米国保健教育福祉省元長官
(訳 舟田譲二)


うまく言ったものですね。
私も「人生とは芸術だ」と常々思っています。
私たち一人ひとりが描く異なった絵。
いえ、人だけではありません。地球上のすべての動植物、さらに細菌なども含むすべての生命体がその人生をかけて1枚1枚の絵を描いています。
どれ1枚をとってもみんな異なり、しかも無価値なものなどなく1枚1枚に無限の価値がある。
「開運!なんでも鑑定団」に出したら、それこそ値段がつきません。それぐらい価値あるものです。


さらにすごいのは、消しゴムで消して描き直すことができない、みんな一回限りの人生を最高に描いているのです。
もちろん、はた目に見ると「傑作」や「駄作」もあるでしょうし、「失敗作」もあるかもしれません。しかしこれはあくまでも人間の見方。
神様の目から見れば、どれ一つとして「駄作」や「失敗作」はないのです。
なぜなら神様は
「わたしの目には、あなたは高価で尊い」(イザヤ43:4)
「わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している」(エレミヤ31:3)
と一人ひとりにおっしゃっているからです。


あなたは神様の最高傑作。
たとえ失敗があったとしても消しゴムで消して描きなおす必要のない、ありのまま、今の状態で最高の芸術作品なのです。
卑下したり、悲観することは作者である神様に対する冒涜です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

『大人になってなりたい職業』第2位は

2017.01.12日

ドイツの数学者ガウスに逸話がある。ある問題に熱中しているとき、医者がそばに来て、2階で奥さんが危篤だと告げた。ガウスは目をそらさず、つぶやいたという。「待つように言ってくれ。もう少しで解答が出る」
◆作家のアイザック・アシモフが『アシモフの雑学コレクション』(新潮文庫)に書き留めている。これは少々度が過ぎた例だが、研究以外は目に入らない没頭ぶりは古今の学者に共通する習性であり、魅力でもあろう。
◆熱中することの美しさを米国の作家ジョン・スタインベックは別の表現で語っている。〈天才とは、蝶ちょうを追っていつのまにか山頂に登った少年である〉と。
◆第一生命保険が『大人になったらなりたい職業』を保育園児と小学生に聞いたところ、男の子では、「サッカー選手」に次いで「学者・博士」が2位を占めた。前年8位からの急浮上という。無心に蝶を追いつつ、いつか山頂に立つ子もいるだろう。
◆そういえば、「末は博士か大臣か」という言い回しを最近は聞かない。いつぞやの「よみうり時事川柳」を思い出す。〈勉強をせぬとああいう大臣に〉。聞かないわけである。

(1月11日付 読売新聞 「編集手帳」より)


「末は博士か大臣か」。
〈勉強をせぬとああいう大臣に〉で、今の子どもたちに大臣は人気なし。さもありなん。
それにしても、『大人になったらなりたい職業』でサッカー選手が1位というのはわかりますが、2位に「学者・博士」というのにはちょっとびっくり。でも、とても嬉しいです。日本の将来は明るい!
これは多分に、ここ数年の日本人ノーベル賞受賞者の影響でしょう。
ノーベル賞を受賞するには、何十年もの日の当たらない陰の研究が必要で、今日大勢の受賞者が出ているのは長年地道にコツコツ頑張ってきたことの結果だ。だから、これから先、日本がこれまでのようにノーベル賞受賞者を輩出するのは困難だろう、とある著名人が語っていましたが、なんのその。
今の小学生たち、末が楽しみです。


butterfly.jpg


〈天才とは、蝶ちょうを追っていつのまにか山頂に登った少年である〉というスタインベックの言葉は、さすが米国が生み出した偉大な作家らしい表現だと唸ってしまいました。
ノーベル賞受賞者たちもかつて子どもだった頃、蝶ちょうを追っていつのまにか山頂に登り着いた人たちなのでしょう。
今の時代、あまりにも周りが騒がしくて雑念に振り回されがち。
子どもたちにもっともっと夢を追って、いつの間にか山頂にたどり着いてもらいたいものです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

周りの人たちがあなたの真似をする

2017.01.11日

"Do something wonderful, people may imitate it."
--Albert Schweitzer - 1875-1965, Theologian
「なにか素敵なことをしなさい。周りの人たちがあなたの真似をするかもしれませんよ」
--アルベルト・シュバイツァー、神学者
(訳 舟田譲二)


mig.jpg


人の行動は伝染するものです。
憎しみを持っていると、連鎖反応で憎しみもどんどん広がっていきます。
個人レベルに限らず、国と国の間でも小さないさかいが起こると、それはどんどん大きくなっていきます。
分裂はますます裂け目を大きくします。
疑惑を持っていると、その疑惑はさらに大きくなり、だれも信じられなくなります。
誤りはさらに大きな誤りを引き起こします。
悪口を言っていると、悪口は周りにどんどん伝染していきます。


しかし、一方で人の良い行いもまた伝染していきます。
私たちの日々の生活を少しでも明るく、幸せにするには、また世界に平和を求めるなら、当然のことながら私たちがまず率先して人のお手本となるような行動を取らなければなりません。
なぜなら、それも伝染していくからです。


シュバイツァーがここで言っている、「なにか素敵なことをしなさい。周りの人たちがあなたの真似をするかもしれませんよ」はまさにこのことを教えています。
私がよく心に思うのは、次の「平和を求める祈り」です。


わたしをあなたの平和の道具としてお使いください。
憎しみのあるところに愛を、
いさかいのあるところにゆるしを、
分裂のあるところに一致を、
疑惑のあるところに信仰を、
誤っているところに真理を、
絶望のあるところに希望を、
闇に光を、
悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください。
慰められるよりは慰めることを、
理解されるよりは理解することを、
愛されるよりは愛することをわたしが求めますように。
わたしたちは与えるから受け、
ゆるすからゆるされ、
自分自身を捨てることによって、永遠の命に生きるからです。


地上において完全な理想郷をつくることは不可能ですが、小さな行い一つひとつの積み重ねが輪を広げていくなら、世界はもっともっと平和になり、住みやすいところになることでしょう。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

批判するより励ませ

2017.01.10日

"Those who are lifting the world upward and onward are those who encourage more than criticize."
--Elizabeth Harrison – 1849-1927, Educator
「世界を向上させ、前進させる人は、批判するよりむしろ励ます人だ」
--エリザベス・ハリソン、教育者
(訳 舟田譲二)


人を批判したり、責めたりするのはいとも簡単なことです。ときには大声で怒鳴ったり叱ったりすることもあるでしょう。
実際のところ、ほとんどの家庭において夫婦・親子・きょうだい間で、また学校では教師間あるいは教師と生徒の間、生徒間で、企業などでは上司・部下の間、同僚の間などで日常茶飯事のように行われていることでしょう。


私が塾の仕事を立ち上げたとき、最初にお世話になった会計事務所で、私たち客の面前で経営者が従業員を大声で怒鳴っているのを目撃しました。
怒鳴られていた人はうちの担当者でしたが、即首になったか、自ら退職したかで、間もなく顔を見なくなりました。
そして、私たちもこのようなところは嫌だと思い、すぐに別の会計事務所に変わりました。


人はみんなそれぞれ器の大きさが違います。自分の思うように動いてはくれませんし、期待外れの状況にときには頭にくるようなこともあるでしょう。
でもこのことは言い換えれば、同時に相手も自分のことを同じように見ている可能性があるということです。


自分が完璧からほど遠く、欠けだらけであるのと同様、この世に完璧な人などどこを探してもいません。
ということは、相手に「ああしろ、こうしろ」と要求したり、「こうあって欲しい」と期待すること自体無意味ですし、このような見方、考え方をしている限り、自分にとっても相手にとってもものすごいストレスとなって、このストレスがお互いの人間関係を壊し、さらには私たちの肉体・精神の健康すらも損ねることになります。


自分が日々接している人や環境を向上させ、前進させたいと思うなら、相手を批判するよりむしろ励ますことです。
ここから創造的な世界が開けていきます。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

ダディ

2017.01.07日

今から数年前、2005年11月28日に父は亡くなりました。
父の名前はジョン。父は私の人生の大半において、子どもたちとほとんど時間を過ごすことのなかった、つねに忙しい会社の経営者でした。
子どもの頃のことを考えると、ほとんど母の思い出ばかりです。母は家族をひとつにまとめ、自らの愛情とサポートで家庭を築いてくれていました。
父はいわゆる大物のビジネスマンで、ただ仕事やレクリエーションのスケジュールに沿って、家を出たり入ったりしているだけでした。


しかし父は、年を取るにつれて自分の人生に関わっている人たちに関心を寄せるようになりました。娘たちや義理の息子たち、孫たちなどに。
ひ孫が誕生すると父はそれまでとはまったく違う人物となり、周りの人たちのことをもっとよく知ろうとするようになりました。父は愛する者たちみんなと時間を過ごすよう努め、私たちに自分自身をまるでギフトのようにして与えてくれました。


その過程で父は、家族の一員として愛されるとはどういうことかを学びました。
また、父がどれほど素晴らしい人物であったかを知るきっかけも私たちに与えてくれました。
父が人生最後の数年間に、その生き様を通して人生についてとても多くのことを私に教えてくれた、ということを知ったらきっと驚いたことでしょう。


父はいつでも万事において楽しい面や良い面を見つけていました。決して鼻を鳴らしたり不平を言ったり、人の悪口を言ったり、人に対して否定的な見方をしたりすることなく、自分の財産に対しては物惜しみせず、道徳面、金銭面においては人々の信用が厚く、機会あるたびに人をハグし、愛を体現し、感謝の気持ちを表していました。
父は、ただありのままの姿でいるだけで素晴らしいお手本でした。


ですから私は今日、さまざまな人間関係を考えるとき、どれほど無意識のうちにお互いに影響を与え合っているかということを思いめぐらせるのです。
私たちの日常生活の中で、ほんの些細な会話や行動さえもがほかの人にいつまでも消えない印象を与えます。


ほかの人に対する心遣いや思いやりを伝えることができるよう、私は自分のすることすべてにおいてこのことを意識するよう心がけています。
ちょうど晩年の父が私に教えてくれたように。
あなたはいかがですか?


サンドラ・アベル
(訳 舟田譲二)


6年前の記事、「子は父の背中を見て」の中に、私自身の天に帰ったダディ(私も父のことをこう呼んでいました)のことを書きました。
父は決して上のサンドラ・アベルさんのダディのような立派な人ではありませんでした。
それでも数えきれないほど多くの素晴らしいレッスンを、お手本を私に残してくれました。


サンドラが
「あなたはいかがですか?」
と尋ねていますが、果たして私はどうなんでしょう?
「子は父の背中を見て育つ」と言いますが、果たして子どもたちにどのような背中を見せてきたのでしょうか。
そして、これから先も見せ続けるのでしょう。
また、子どもに対してだけでなく、あらゆる人間関係において私はどのような背中を見せているのでしょう。
私も「自分のすることすべてにおいてこのことを意識するよう心がける」ようにしています。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

親切のススメ

2017.01.06日

"Be kind whenever possible. It is always possible."
--Dalai Lama - Monk
「できる時にはいつでも親切にしなさい。そして、親切はいつでもできることです」
--ダライ・ラマ、僧侶


「可能な時にはいつでも親切にしなさい。でも、親切にするのに可能でない時などないのですよ」というダライ・ラマの親切のススメです。


img04439.jpg


「小さな親切運動」というのがありますが、上のはあくまでも一例であって、「電車やバスの中で人に席を譲る」「困っている人を手伝ってあげる」など、改まってすることである必要はありません。どんなことでもいいのです。言葉かけだけでもいい。寄り添ってあげるだけでもいいのです。
親切は、いつでも、どこでも、だれにでもできることです。
夫婦や親子、きょうだいの間でも、また友達同士、仕事仲間、上司と部下、先輩と後輩、雇主と従業員、教師と生徒の間から、まったく見知らぬ通りがかりの人に至るまで。


そう言えば、厚切りジェイソンのお笑いネタに「親を切って何が親切だ」というのがありましたが、親切とは「親を切る」のではなく、「相手にぴったり寄り添う」という意味です。
人はひとりで生きていくことはできず、誰かにぴったりと寄り添ってもらいたいものです。
ですから、ほんのちょっとしたことでいいのです。
「親切」は人間関係の潤滑油です。
親切のない世界はギスギスして、息づまるような感じがします。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

行動がその人の人となりを現す

2017.01.04日

"Do you want to know who you are? Don’t ask. Act! Action will delineate and define you."
--Thomas Jefferson - 1743-1826, 3rd U.S. President
「あなたは自分が何者であるか、知りたいと思いますか?知りたいならば尋ねるのでなく行動しなさい。行動があなたがどのような人物であるかを現し、明らかにします」
--トマス・ジェファーソン、第3代合衆国大統領
(訳 舟田譲二)


Thomas%20Jefferson%20Rembrandt.jpg


「行動がその人の人となりを現し、明らかにする」というのは実に鋭い指摘です。
口で言うだけなら、だれでも、どんなことでも言えます。言っていることは立派だけど、行いが伴っていない、というケースはよくあります。
また、その人の経歴や肩書、評判などもあまりあてになりません。経歴詐称もあれば、人の評価が誤っていることもしばしばです。


ならば何を見ればよいか?
その人の行動です。その人が何をしているか。ただの表面的な、人前での行動ではなく、日常生活の中でのその人の行動です。
それを一番よく見て知っているのは、親しい友人、身近な人、家族などです。


言葉を変えれば、普段のあなたの姿、言動を見ている家族などが当然のことながらあなたのことを一番よく知っています。
「自分のことは自分が一番よく知っている」と人はよく言いますが、じつはこれは妄想で、案外自分のことはよくわかっていない、見えていない部分がたくさんあるものです。
ですから自分の言葉や行動をいま一度客観的に見てみると、意外や意外、自分の知らない面が見えてきたりするものです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

すべてはここから始まる

2017.01.03日

"The way to get started is to quit talking and begin doing."
--Walt Disney - 1901-1966, Entrepreneur and Animator
「事を始めようと思ったら、ああだこうだと言うのをやめて、やり始めることだ」
--ウォルト・ディズニー、実業家・アニメーター
(訳 舟田譲二)


IMG_0192.JPG


ディズニーランドの創始者、ウォルト・ディズニーは今日でこそ世界で知らない人はいませんが、美術学校を卒業して就職しようとしたときには、「創造力がない」と言われて就職試験に落ち、ディズニーランドで成功するまでに3回会社を倒産させています。


ウォルトの最初の成功は、今日世界中の人気キャラクター、ミッキーマウスのアニメです。
実は、これまで何人かの生徒から「学院長のイメージはミッキーマウス」と言われていて、ミッキーマウスには兄弟のような親しみを感じるのです。
先週、風邪で一日仕事を休んで塾に顔を出さなかったら、ひとりの先生から「学院長のいないアカデミーなんて、ミッキーのいないディズニーのよう」と言われ、そんなにミッキーマウスのイメージがあるのかなと内心嬉しくなりました。


ウォルトは何度失敗しても夢がありました。
だから、「ああだこうだと言うのをやめて、やり始めた」のです。
大切なのはたとえ失敗しても、夢を実現するために行動し始めることです。


私たちはとかく頭で考えて、なかなか行動に移しません。行動しなければ何も起こりません。
私は元旦礼拝で神様から大きなチャレンジをいただいて、素直にお言葉に従い、すぐに行動する決意をしました。
すべてはここから始まります。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

大きな木

2017.01.01日

Happy New Year!


この新しい年が、皆様にとって祝福に満ちた素晴らしい年となりますようお祈りいたします。
新年にあたり《愛のギフト》をお贈りします。


日本題は『大きな木』ですが、原題は『与える木』です。
見返りを期待せず、与え続ける心の大きな木の物語です。
男の子の幸せを願って自分の持てるものをすべて与える木の愛情に涙が出てきます。


51YgmVzF2xL._SX399_BO1%2C204%2C203%2C200_.jpg 41DC3E4E1SL._SX370_BO1%2C204%2C203%2C200_.jpg


昔々、一本の木がありました。
この木はひとりの男の子が大好きでした。


男の子は毎日、木のところにやってきて、その木の落ち葉を集め、それで王冠を作って、森の王様ごっこをするのでした。
男の子は木の幹に登り、枝からぶら下がってブランコ遊びをしては、木になるリンゴを食べました。
また男の子は木とかくれんぼをしました。
疲れると木陰で眠りました。
男の子は木が大好きで、木は幸せでした。


時は流れました。
男の子は大きくなっていきました。
木はしばしばさびしくなりました。


ある日、男の子が木のところにやってきたので木は言いました。
「さあ坊や、わしの幹に登ってリンゴを食べ、わしの木陰で遊んで楽しんでおくれ」
男の子は言いました。
「ぼくはもう大きくなってあなたに登って遊ぶことなんかできないよ。
いろんなものを買って楽しみたいんだ。それにお金がほしい。ぼくにお金をくれませんか?」
木は答えました。
「ごめんね。わしにはお金はないよ。あるのは葉っぱとリンゴだけだ。わしのリンゴを持って行って町で売りなさい。そうしたらお金ができて幸せになれるでしょう」
そこで男の子は木に登り、リンゴを集めてそれを持って行ってしまいました。
木は幸せでした。


男の子は長い間ずっと戻ってきませんでした。
木は悲しくなりました。
ある日、男の子は帰ってきました。木は嬉しくて体を震わせて言いました。
「さあ、わしの幹に登って枝からぶら下がってブランコして楽しんでおくれ」
男の子は言いました。
「ぼくは忙しくて木になんか登ってられないよ。
暖かい家がほしいんだ」と男の子。
「結婚して子どもたちがほしい。だから家がいるんだ。ぼくに家をくれない?」
「わしは家なんか持ってないよ。森がわしの家なんだ。でも、わしの枝を切って家を建ててもいいよ。そしたら幸せになれるだろう」
そこで男の子は木の枝を切って、それを持って行って家を建てました。
木は幸せでした。


男の子は長い間戻ってきませんでした。
男の子が戻ってきた時、木は嬉しくて話せないほどでした。
「さあおいで。わしのところで遊んでおくれ」と木はささやきました。
「ぼくはもう年をとってしまって、惨めで遊べなくなったよ」と男の子は言いました。
「ぼくをどこか遠くに連れて行ってくれる舟がほしいんだ。ぼくに舟をくれない?」
「わしの幹を切り倒して舟を作りなさい。そうしたら遠くに船旅に出られますよ。そして幸せになれるでしょう」
男の子は木を切り倒し、舟を作って船旅に出ました。
木は幸せでした。
いいえ、本当はそんなに幸せではありませんでした。


長〜い時がたって男の子はまた戻ってきました。
木は言いました。
「ごめんね。わしにはあんたにあげるものはもうなんにもない。リンゴはなくなってしまった」
男の子は言いました。
「私の歯はもう弱くなってリンゴを食べられなくなってしまった」
「わしの枝はなくなってしまった。もうブランコ遊びはできないよ」
男の子は言いました。
「年をとって枝でブランコ遊びはできなくなってしまったよ」
「わしの幹はもうなくなってしまった。もう登れないよ」
「私も年で木登りはできない」
木はため息をついて言いました。
「なにかをあげたいんだが、なにも残ってない。ただの古い切り株だ。ごめんね」
「もう必要なものなんてほとんどない。ただ、静かなところで腰かけて休みたいだけさ。もうくたくたなんだ」
木は思いっきり背伸びして言いました。
「じゃあ、古い切り株が腰かけて休むのにいいよ。
さあ、おいで。ここに腰かけなさい。座って休みなさい」
男の子はそうしました。
木は幸せでした。

(訳 舟田譲二)


最後にプレゼント第2弾。
The Giving Tree 原文の朗読です。
(私の朗読ではありません)



↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

確実に改善できるもの

2016.12.31日

"There is only one corner of the universe you can be certain of improving, and that’s your own self."
--Aldous Huxley - 1894-1963, Writer
「この広い宇宙に、確実に改善できるものがひとつだけある。それはあなた自身だ」
--オルダス・ハクスリー、著作家

17歳の時、医者を志望しイートン校で学んでいたが、角膜炎を患い失明状態となり退学。後に拡大鏡を使えば文字が読める程度には回復し、オックスフォード大学のベイリオル・カレッジに入学し、英文学と言語学を学んだ。

死の直前の数週間、ハクスリーと妻ローラは寝る前の時間に「光」や「解放」の話をよくしていたこともあり、妻ローラは旅立たんとするハクスリーに「あなたは真っすぐ前にそして高みに向かっている。光に向かって自分の意志で。美しく喜びに満ちて光りへと向かって進んでいる。今まで感じたこともないような大いなる愛へと向かって。」というようなことを最後の3〜4時間語りかけ続けていた。
(Wikipediaより)

ハクスリーは弱視だったこともあり、「光」に対してとくに憧れ、渇きがあったのではないでしょうか。
1944年の著書『永遠の哲学』では古今東西の神秘主義者の思想を引用抜粋し、神的な実在を認識した人間の思想を研究しました。また、精神科医のハンフリー・オズモンドにハクスリー自らが幻覚剤のモルモットとなることを申し出て、臨終直前にも幻覚剤LSDの投与を求め、その時の妻との会話が上のものです。
「あなたは真っすぐ前にそして高みに向かっている。光に向かって自分の意志で。美しく喜びに満ちて光りへと向かって進んでいる。今まで感じたこともないような大いなる愛へと向かって」

ハクスリーの結論、
「この広い宇宙に、確実に改善できるものがひとつだけある。それはあなた自身だ」
はまさに至言です。
自分以外に変えることのできるものは、この宇宙に何ひとつありません。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

「今」が大切

2016.12.28日

"Start where you are. Use what you have. Do what you can."
--Arthur Ashe - 1943-1993, Tennis Player
「今、自分のいるところから始めなさい。今、持っているものを使いなさい。今、自分にできることをしなさい」
--アーサー・アッシュ、テニスプレーヤー
(訳 舟田譲二)


こういう格言、大好きです。
そして、これは私自身の信念、生き方そのものでもあります。
決して高望みしたり、無理したりしない。かと言って、やれることをやらないのもだめ。
やれることをやる。
これをただコツコツ続けること。
それが成功への道です。


このことは、勉強にも、仕事にも、芸術にも、スポーツや趣味にも、健康作りにも、そしてありとあらゆる人間関係や国際関係にも通じます。
この原則を守らないから失敗するのです。


原文にはない「今」という言葉を付け加えましたが、英語の
where you are, what you have, what you can
には、「今」という意味が含まれています。
「今」が大切なのです。
「昨日」ではありません。過ぎ去った過去は嘆いてもどうすることもできません。
「明日」でもありません。明日やろうと思っていたら、明日はいつになってもやってきません。
さらに言えば、「今日」でもなく、「今」なのです。「今、この瞬間」です。


昨日、上のアッシュの言葉に出会って、前にどこかで見たことあるな、と思いつつも感動を覚え、記事にしたのですが、調べてみたら1年少し前に、「あなたにもできますっ!」で同じ言葉を引用していました。でも、また別の観点から書いているので、まあいいでしょう(笑)。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

汝らいま知らず、のち知るべし

2016.12.27日

"Someday, everything will make perfect sense. So for now, laugh at the confusion, smile through the tears, and keep reminding yourself that everything happens for a reason."
「いつの日か、すべてのことの理由(わけ)がわかる日がくる。だから今は、困惑していることを笑い飛ばし、涙で見えなくても微笑み、起こるすべてのことには理由があるのだと自分に言い聞かせよう」


人生、だれでも試練に遭い、「なぜ?」と言いたくなるようなことが一度ならず二度、三度と起こるものです。
「なぜ?なぜ?」と問い続けても答えは出るものではなく、逆にどんどん苦しくなるばかりです。


しかし、よく考えてみると、それまでにもまったく別の困難な状況に遭遇したことがあり、理由がわからないまま放っておいたところ、時間が解決してくれ、振り返ってみて「ああ、そういう意味だったのか」とわかったことがあるのではないでしょうか。


ですから、どうせ答えがわからないのなら、冒頭の言葉のように、「困惑していることを笑い飛ばし、涙で見えなくても微笑み、起こるすべてのことには理由があるのだと自分に言い聞かせ」、やがて答えが出る時まで待つのが最善の方法なのです。


聖書にも、
「汝らいま知らず、のち知るべし」
(ヨハネ13:7)
とありますが、これは真理です。
全知全能全愛の神は、すべてのことを相働かせて、私たちのために最善に導いて下さると信じ、委ねること、これに勝る生き方はありません。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

健康寿命を延ばせ

2016.12.23日

 「スポートロジー」という言葉をご存じでしょうか。
 スポーツと医学、その他の専門科学が融合した新しい学問領域です。超高齢社会の日本は、未病の段階からの予防が極めて重要。スポートロジーは、身体活動と健康の関係を研究する学問として、社会に貢献すると考えています。順天堂大学では医学部だけでなく、スポーツ健康科学部や看護学部も含め、スポートロジー研究を進めています。


 その研究で最近わかったことを紹介します。脳卒中や心臓病の原因となる動脈硬化は、歩けば歩くほど進行しなくなり、動脈硬化の程度を示す血管の内側の厚みも薄くなって改善する方に動いていきます。


 糖尿病も、食事療法だけより、運動療法と両方やる方がよくなります。またメタボリックシンドロームの人ほど脳機能も落ちやすいのですが、運動はメタボを改善し、脳神経も活性化します。健康寿命を延ばし、介護を受ける時期を遅らせることにもつながります。
(12月29日付 読売新聞19面 「未病シンポジウム 運動で長生き」 超高齢社会 予防が第一…順天堂大学医学部長 代田浩之氏 より)


病気や認知症の状態で長生きすると、家族や周りの者に迷惑をかけることになりますし、また自分自身のQOL(生活の質)も落ち、決して幸せとは言えません。
そこで、最近よく言われる健康寿命が大切になってきます。
そのためには上の記事にもあるように、未病の段階からの予防が大切です。
病気や認知症などの予防のためにはバランスの取れた食事や質の高い睡眠、ストレスの少ない生活を心がけるとともに、適度な運動が大切であることは言うまでもありません。
日常生活の中で運動の習慣が身についていない私など、ついつい大げさに考えてしまい、億劫になりがちですが、一番手軽でお金もかからず、いつでもどこでもできる運動、それがウォーキングです。


ウォーキングとともに私がいつも心がけていることは、エスカレーターやエレベーターを使わないこと。
駅やデパート、モールなどでは私はいつも階段を使うことにしています。ですから、どこかへ出かけるとたいがい20階から30階ほどは上がることになります。
階段を1段ずつ上がると、平地のウォーキングの約2倍の運動量(カロリー消費)につながるそうで、これはジョギングと同じぐらいといいます。
身構えてジョギングしなくても手軽にジョギングと同じカロリー消費が得られるのです。
脚を大きく持ち上げる1段とばしは、股関節や骨盤まわりの筋肉を使い、インナーマッスルを鍛えられるとのことです。1段とばしで5階ぐらいまで一気に上がると、もう心臓バクバクです。


あと、有酸素運動かつ全身運動であるスイミングには週に1度は行くよう努めていますが、忙しくなると飛ばしてしまうので、やはりウォーキングが私には1番合っているようです。
たったこれだけのことで動脈硬化の予防ができ、脳神経も活性化できるとすれば、こんなありがたいことはありません。


これらのお陰で、あれだけ長い間体調不良で苦しんでいた私が、「みんなで寄ってたかって私を...」に書いたように健康になれたのです。
皆さんもご一緒に身近な運動で健康寿命を延ばしませんか。
健康寿命を延ばすことは、ひいては社会貢献にもつながります。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

私の大好きなSさん

2016.12.19日

昨日、教会ではアドベント(待降節)第4週。講壇の前には4本目のロウソクに火が灯され、来週の日曜日25日にはイエス・キリストのご降誕をお祝いすることになります。


私の敬愛するSさんが久しぶりに教会に見えました。
天気が良ければ来たいとおっしゃっている、と前の週にお伺いしていたので、お会いできるのを楽しみにしていたのですが、昨日の週報には体調が良くなくお休みされる、と書いてあったのでがっかりしていました。なにせ遠いところにお住まいで、バスを乗り継いで2時間あまりかけて来られるので、無理はできません。
ところが、礼拝が始まりしばらくすると玄関のところで物音がし、見に行くとSさんのお姿が見えて、涙が出るほど嬉しかったです。
玄関へお迎えに行って、手を取り合って喜びました。


Sさんは今83歳。私からすれば、ちょっと年の離れたお姉さん、あるいは若いお母さんのようなご年齢です。
いつも私のことをまるでわが子のように可愛がってくださり、私は56歳の若さで天国に旅立った母のイメージが重なって、Sさんのことを自分の母のようにとてもお慕いしているのです。
教会の皆さんもSさんが来られると、とてもほっこり温かい気持ちになります。


私たちの教会では、礼拝後小さな持ち寄りの愛餐会が持たれました。
隣の席に座ってくださったSさんがご馳走をいただきながら、ご自分の小学生の頃の思い出話をしてくださいました。
ときはちょうど戦時中。
ご実家の大阪から和歌山の親戚の家に疎開されていました。周りは田んぼと山しかないとても自然に恵まれたのどかなところでした。


頭上を飛ぶB29は大阪へ爆撃に向かうため和歌山は戦災を免れました。
しかし、芋のつるを食べるほど食料に窮し、飢え死にするのではないかと思ったほどでした。そこで、近くの畑になっているものや山にできているみかんを友達と盗んで取ってきてこっそりと食べていました。内緒にしていたつもりが、甘い匂いがしてみかんを食べたのがばれてしまったと、はにかんでおっしゃるご様子はまるで当時の10歳の頃の少女のよう。


Sさんがおっしゃるに、日本がこんなに豊かになるなんて当時は想像だにしなかったと。
時代の大きな変遷をつぶさに見てこられたSさんは、その後信仰に導かれ、本当に素晴らしい人生を歩んでこられました。
昨日は礼拝でSさんの愛唱歌である聖歌506番「いわなるイエス」が歌われました。その歌詞をご自分の証を交えて語ってくださったのですが、まるで牧師の説教のように魂に染み入るメッセージで、聴いていて胸が熱くなりました。


今年の夏、とても暑かったとき、狭心症の発作を起こして、この先もうあまり長くないだろうと思いご自分の葬儀のことなど、遺言を牧師に残されました。
そんな身でありながら遠いところ足を運び、お会いするたびに私の健康のことをご心配くださって、「今日は顔色がいいですね。とてもお元気そうですよ」と優しいお声をかけてくださり、私の方がいつも元気をいただいているのです。
お帰りになるとき車でお送りしますよ、と言ったのですが、バス停まで歩き、バスに乗って帰ると気を遣って言って教会を後にされました。
Sさん、いつまでもお元気で、昨日もお話された日野原重明さんのように長生きして私たちみんなを励ましてくださいね。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

影はあなたの後ろに落ちる

2016.12.18日

"Keep your face always toward the sunshine - and shadows will fall behind you."
--Walt Whitman - 1819-1892, Poet
「いつでも太陽の方に顔を向けなさい。そうすれば影はあなたの後ろに落ちます」
--ウォルト・ホイットマン、詩人
(訳 舟田譲二)


詩人らしい表現で語った、まことに真理をついた言葉です。
人生には辛いことや悲しいこと、苦しいことはつきものです。だれもこれを避けて通ることはできません。


このようなときは、とかく暗い面ばかりが大きく見えて、明るい面が見えなくなるものです。
毎日、読売新聞に載っている【人生案内】には、人の様々な悩みや苦しみに満ちています。
タイトルを見ていると、人々の悩みのタネは尽きません。
曰く、
「夫の週末 疲れていても実家」
「息子の妻の両親 あいさつ拒む」
「妊娠中に夫が不倫…悔しい」
「いじめられた記憶消えず」
「携帯ゲームで浪費する夫」
「娘が自殺 後悔ばかり」
などなど。


「交際6年の彼が婚約破棄」
という質問に対して回答者の答えには、次のようにありました。
「間違っても、私の6年間を返せなんて叫ばないでくださいね。
同棲してよかったではないですか。楽しい時もあったでしょう。2人でいたからこそ得られたものもあるはず。今日あなたがあるのは彼のおかげでもあります。
この意義深い経験を胸に明日を生きてください。
あなたの未来にはもう彼はいませんが、彼以上の人に出会える可能性を手にしたのです。あなただって解放されたのです」


これが、冒頭のウォルト・ホイットマンが言っている
「いつでも太陽の方に顔を向けなさい。そうすれば影はあなたの後ろに落ちます」
です。
同じ生きるのなら、暗い面ばかり見て嘆いているより、明るい方を向いて希望を持って人生歩む方がいいに決まっています。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

かみさまへのてがみ

2016.12.17日

米国の子供たちが神様に手紙を書いた。例えば、〈かみさま、かぜを ひくのは なんの やくにたつのですか?〉(谷川俊太郎訳)。サンリオ刊『かみさまへのてがみ』には楽しい質問が並んでいる。
◆万物をこしらえたという創造主に、出来栄えの感想を尋ねた子供もいる。〈かみさま あなたは きりんを ほんとに あんなふうに つくりたかったの? それとも あれは なにかの まちがいですか?〉。長い首が不思議でならないのだろう。
◆動物園でおなじみの人気者に、絶滅の危険が増している。国際自然保護連合(IUCN)が最新版の「レッドリスト」で、キリンを絶滅危惧種に指定した。
◆違法な狩猟や環境の悪化などが原因という。アフリカに生息する個体数は、この30年間に約4割も減っている。「なにかの まちがいですか?」。絶滅なんて間違いですよね、と子供たちの声が聞こえてきそうである。
◆本田一弘さんにキリンの一首がある。〈見えずともいいところまで見えてしまふ淋さびしく長い麒麟きりんの首は〉(歌集『銀の鶴』)。その黒い瞳には、おのが種族のどんな未来が映っているのだろう。

(12月16日付 読売新聞 「編集手帳」より)


これを読んで、私も『かみさまへのてがみ』を読みたくなって検索したところ、「かみさまへのてがみ」のタイトルでいくつかの興味深いYouTubeの動画がヒットしたので、ついでに見てみました。
ひとつは「お涙ちょうだい」のとても感動的なものでした。



合唱曲もありましたが、アメリカで大ヒットしたと言われる同名の映画の短いプロモーションビデオ、これも感動的で実際のビデオを観てみたくなりました。



でも、やっぱり冒頭の谷川俊太郎訳の『かみさまへのてがみ』の中に紹介されている子どもの神様への素直な質問、「かみさま あなたは きりんを ほんとに あんなふうに つくりたかったの? それとも あれは なにかの まちがいですか?」が一番心にぐさりときます。


ちょうど昨日のブログ記事「地球の将来、人類の未来は」に書いたように、現在の子どもたちがこれからの時代に直面する「動植物の生態系の破壊」や「民族・国家間の戦争、テロ、地球温暖化など異常気象による大型台風・地震・火山爆発の多発」の問題など、子どもたちの「このままではいけない。なんとかしなければ...」という魂の叫び声のようなものが聞こえてくるような気がします。
このような質問を神様にぶっつけたくなる純真な想い、この答えを子どもたちは自ら探し求めていかなければならないのです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

あなたの将来が形作られるのは...

2016.12.15日

"It is in your moments of decision that your destiny is shaped."
--Tony Robbins - Author and Speaker
「決心した瞬間にあなたの将来が形作られる」
--トニー・ロビンス、著作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


「いいことはわかってる。でも...」
「これをやっていたらダメだ。だけど...」
「やるしかない。しかし...」
頭ではよくわかっているのです。でも、なかなかふんぎることができないのが私たちの弱いところ。


「断られても、断られても...」「からだの一部になるまで」「クリスマスの心 その2」などで、これまでトニー・ロビンスのことを紹介させていただきましたが(ご興味のある方はリンク先から記事をご覧ください)、彼は今日アメリカを代表するモチベーショナルスピーカーのひとりです。


E382B9E382AFE383AAE383BCE383B3E382B7E383A7E38383E38388202014-01-302021.41.47.jpg


私は彼のセミナーCDをセットでいくつか持っていて、これまで何十回、いや百回以上、暗唱するほど繰り返し聴いてきました。
トニー・ロビンスは今日の成功を勝ち取るまで、失敗を繰り返し、劣等感と自信欠如でどん底の生活をし、長い間苦しんでいました。
しかし、あるとき目覚め、決心したのです。「自分は絶対に成功する!」と。
その後も決して順風満帆ではありませんでした。しかし、決心した瞬間、彼の将来像は形作られたのです。
だから、自分の成功の原点はあのときの「決心」だと彼は自信を持って言うことができるのです。


「自分には無理」と思っていたら、そのとおり。絶対に無理です。
「自分はだめな人間だ」と思っていたら、ご名答!あなたはだめな人間です。
しかし、今のあなたがたとえどんな人間であろうと、そこから立ち上がる決意をするならば、道は必ず開かれ、目標に向かって突き進んでいくことができます。私も端くれながら、その経験者のひとりで、確信を持って同じことを言うことができます。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

思考を変えると

2016.12.14日

"Change your thoughts and you change your world."
--Norman Vincent Peale - 1898-1993, Minister and Author
「思考を変えなさい。そうすればあなたの世界を変えることができます」
--ノーマン・ヴィンセント・ピール、牧師・著作家
(訳 舟田譲二)


ノーマン・ヴィンセント・ピールは、数多くの書を著しましたが、そのうちのいくつかは日本語にも翻訳されています。『積極的考え方の力』 『人間向上の知恵』 『楽天の知学』 『きょうの祈り・瞬間の祈り』 『あなたの人生を変える40のみことば』など。
いわゆる「積極思考」の生みの親と呼ばれる人で、彼のメッセージ・著作によって人生が変えられた人は世界中に無数にいます。
私もその昔、『積極的考え方の力』を原作で読んで大きな感化を受けた者のひとりです。


「思考を変えなさい。そうすればあなたの世界を変えることができます」
はまさにそのとおりです。
と言うか、思考を変えずに自分の世界を変えることなどできるわけありません。


「自分はダメだ」と思っていたら、ダメになる。
「自分は人間関係が苦手だ」と思っていたら、ますます苦手になる。
しかし、思考を変えて
「自分にもできる」と思ったら、できるようになる。
このようにして思考を変えれば、自分の世界は変わり、人生も変わるのは当たり前のことです。
試してみませんか?


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

昨日はとても嬉しいことが

2016.12.12日

昨日はとても嬉しいことがありました。
現在27歳の教え子が数日前にメールで、「今、人生の岐路に立っている。相談に乗ってほしい」と言ってきたのです。
お互いの折り合いがついた昨日の夕方、塾に訪ねてきてくれました。


大学卒業後、就職の報告に来て以来、何年振りかで会った彼はずいぶん大人になっていて見違えました。
小学生・中学生の頃はちょっと弱々しい感じの子でしたが、自分の現在のこと、将来のことを真剣に考え、大きな舵取りをしようとしているのです。


少し話していると、何年ものブランクをまったく感じさせないほど、お互いに心開いてなんでも話すことができました。
人生の岐路に立つ相談事とは、だいたい想像はついていましたが、やはり仕事のこと、結婚のこと。
そして、これもひょっとしたら、と直感で予想してはいたのですが、信仰のことでした。
ちょうど私自身も27歳のとき、同じ問題でこれから歩む道を模索していたのです。


以前からキリスト教には関心はあったけど、今は真剣にクリスチャンになることを考えていると言います。
聖書のことや神様のことは少しは知っているの?と尋ねるとほとんど知らないとの返事。
そこで、教室の前に立ってホワイトボードに板書しながら、世界中のほかの宗教のことから始め、キリスト教の歴史や聖書の教えなどについて話し始めました。


彼は、昔の授業を思い出す、と言って生徒に戻り、私の話すことや板書することをノートに書き留めながら熱心に耳を傾けました。
私の昔ながらの授業スタイルで、質問・答えのやり取りをしながら理解を確かめつつ「授業」を進め、最後には聖書の中心的な教えである福音をはっきり語りました。
彼は一つひとつうなずきながら熱心に聴いてくれました。最後に私は彼のこれからの歩みの上に祝福をお祈りしました。


必ずや賢明な選択、決断をして、立派に自分の将来の道を切り開いていってくれることでしょう。
塾の先生という仕事をしていて、最高の幸せを感じるときです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

あなたの人生は画期的に変わる!

2016.12.11日

外的動機づけと呼ばれるいわゆる「アメとムチ」。
多くの親が子育てでこれを使い、保育園・幼稚園から始まり高等教育を終えるまで、いや、さらに社会に出て就職し、あるいは起業したりしてもやはり「アメとムチ」は多くの場で用いられています。
ある意味、それはあまりにも当たり前として受け止められ、そしてその役割を果たしてさえいます。
確かに。


でも、ちょっと待ってください。
本当にそうなんでしょうか?
それでいいのでしょうか?


常識をくつがえす次の動画を見てください。
この正しい動機づけの手法を用いれば、子育ても、教育も、企業の生産性も、はたまた人間関係も変わります。
そして、あなたの人生も画期的に変わります。たった18分ほどの時間の投資で。



↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

人生、本当にわからない

2016.12.10日

日本文学研究者のロバート・キャンベルさん(59)が来年4月から、国文学研究資料館(東京都立川市)の館長に就任することになりました。


「重厚な知が館には蓄積されている。これらの文化資源が、IT時代にあって具体的にどのように活用できるのか、国内外にもっと積極的に紹介する役割や、違う発想を期待されていると思う。画像化することで、具体的に絵や仮名遣いなども分かる重要な事業。だが画像化するだけではなく、例えば衣食住や環境学などほかの分野と一緒に研究したり、小説や芸術の分野に生かしたりすることもできるはずです。現代語訳でも読めるようにするなど、事業を深化させたい」とロバート・キャンベルさんは語っています。


昨日の記事、「一度しかない人生、できれば◯◯とともに生きたい」の中でご紹介した多和田葉子さんといい、そしてこのロバート・キャンベルさんといい、またドナルド・キーンさん(「魅死魔幽鬼夫さま」)など、自分の生まれ故郷や家族・親族・友人から離れて外国の地を終(つい)の住み処(すみか)にする、というのはよほどその国に惚れ込み、人々、言語や文化を愛してのことでなければそうたやすくできることではありません。


私の中学・高校時代の親友のひとりは、勤めていた会社に奨学金を出してもらってアメリカに留学してきて、私とルームメイトとして一緒に生活しながら同じ大学院に通っていました。卒業後また会社に戻ったのですが、その後出張でイギリスに渡り、そこが気に入って会社を辞めてそのまま居座り、現地の女性と国際結婚して今もイギリスで暮らしています。英語が苦手だった本人はイギリスに永住することや現地の人と結婚することなど、思いもよらなかったそうです。


逆に、私の場合はアメリカ大好き、英語大好きで、留学時代は卒業後そのままアメリカに残って永住することも、国際結婚もありかと考えていましたが、母の病や父の事業のことがあって日本に戻ってきて、日本人女性と結婚し、結局は日本に永住(笑)することになりました。
人生、本当にわからないものです。
でも、人それぞれに、最善の人生になっています。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

一度しかない人生、できれば◯◯とともに生きたい

2016.12.09日

「一度しかない人生、できれば◯◯とともに生きたい」
あなたなら◯◯に何が入りますか?


小説家、詩人の多和田葉子さんがドイツでクライスト賞を受賞しました。


「東京都中野区生まれ。国立市で育つ。東京都立立川高等学校、早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業。書籍取次会社に入社して西ドイツ・ハンブルクに研修に行ったことがきっかけでドイツに魅せられるようになり、ハンブルク大学大学院の修士課程を修了する。


1982年から2005年までハンブルク、2005年よりベルリン在住。1987年、ドイツにて2か国語の詩集を出版してデビュー。1991年、書類結婚の相手を異国に訪ねた女が味わうミステリアスな体験を描いた『かかとを失くして』で第34回群像新人文学賞受賞。1992年、『犬婿入り』で第108回芥川龍之介賞を受賞。


1996年、ドイツ語での文学活動に対し、バイエルン芸術アカデミーからシャミッソー文学賞を授与される。2000年、ドイツの永住権を取得。チューリッヒ大学大学院博士課程修了。博士号(ドイツ文学)を取得。2005年、ゲーテ・メダルを受賞。著作はドイツ語でも20冊以上出版されており、フランス語訳、英訳、イタリア語、中国語などの翻訳も出ている。」
(以上Wikipediaより)


多和田葉子さんの記事が、12月6日付読売新聞に「クライスト賞を受賞して  ドイツ語一つ一つ磨く小説工房」と題して載りました。とても興味深い記事なので、以下に転載させていただきます。


 小説は小学生の頃から書いていた。中学に入って初めて英語の授業があり、英語が日本語と全く違う仕組みを持っていることに大きなショックを受けた。高校時代にはドイツ語を第二外国語として学び、大学ではロシア語を勉強した。どちらも難しかったが、外国語を見たり聞いたりすると、わくわくするようになった。二十二歳でドイツに渡り、しばらくするとドイツ語で小説が書いてみたくなった。それまで日本語で書いていた、あまりにも「小説らしい小説」とは違う、透明度の高い、シンプルで、しかも哲学や詩を目指す短い作品が書けそうな気がした。


 それ以来ずっと、ドイツ語と日本語両方で執筆を続けてきた。ドイツの読者は、わたしが日本語で書いている作品は知らないし、日本語の読者はわたしのドイツ語作品を知らない。二人の作家が一つの身体の中に住んでいるようなものだった。それは二つのターゲットに向けて執筆するということではなく、どうしてもドイツ語で書きたいことと、どうしても日本語で書きたいことが湧いてくるのだ。書いているうちに金鉱を掘り当てたみたいな手応えがあればそれでいい。


 ドイツ語で書いた作品を日本語に訳したことがないわけではない。日本語だけで書いていたのではなかなか到達できない文体を発見したくて、『変身のためのオピウム』や『ボルドーの義兄』などは、ドイツ語で書いたものを日本語に翻訳してみた。逆の方向への翻訳、つまり日本語で書いたものをドイツ語になおす作業はごく最近までしたことがなかったが、『雪の練習生』で初めて挑戦した。あまりにも難しくて何度も投げ出したくなった。訳せないので同じ話を違った風に語り、それがまた翻訳と呼べるのか分からなくなった時期もあった。


 毎朝目が醒さめるとまずドイツ語に向かう。それは冒険というより、工房の地道な作業に似ている。単語を一つ一つ選んでは磨く。そんなことを三十年ほど続け、ドイツでも二十冊以上作品を発表してきたが、わたしのドイツ語による創作活動が今年クライスト賞によって評価されたことがものすごく嬉うれしい。わたしの愛読したハイナー・ミュラーやエルンスト・ヤンデル他、移動の女性作家エミーネ・セヴギ・エツダマやヘルタ・ミュラーなど、これまですばらしい作家たちが受賞している賞だ。
 一度しかない人生、できれば複数の言語とともに生きたい。(作家)


中学生になって初めて英語を学んで日本語との違いにショックを受け、高校ではドイツ語を、大学ではロシア語を学び、大学卒業後「書籍取次会社に入社して西ドイツ・ハンブルクに研修に行ったことがきっかけでドイツに魅せられ」てドイツ語と結婚(笑)。
そしてドイツ人顔負けのドイツ語で小説や詩を書き、そのドイツ語の自作の作品を日本語に翻訳、という常識では考えられないような離れ業をやってのける、まさに才女です。


彼女の結びの言葉、「一度しかない人生、できれば複数の言語とともに生きたい」は、まさに言語を愛し、言語の可能性、面白さにハマったひとりの人の生き様を見事に表しています。
私などもちろん足元にも及びませんが、同じく言語を愛し、英語と心中した者(「好きなものと心中する」)のひとりとして、私はそんな彼女にエールを送ります。多和田葉子さんの作品を読んでみたくなりました。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

女子大生 気になる男性が2人

2016.12.08日

 20代の大学生の女性。夏のゼミ合宿から、2人の男性が気になっているのですが、この気持ちが何なのかわかりません。
 2人は友達同士です。一緒に肝試しやバーベキューをし、たまに話をするうちに気になり始め、いつの間にか彼らを目で追い、一緒にいたいと思うようになってきました。
 最初は一時の感情だろうと思っていましたが、大学が始まり、彼らと会うとうれしくてたまりません。ただ、ゼミは先生の講義を聴くだけで、学生同士で活動をするわけではなく、2人と話す機会はほとんどありません。きっかけがあれば、話せるのにと残念です。
 私は中学、高校時代を女子校で過ごしました。恋愛をしたことがなく、この感情が恋なのかわからず、戸惑っています。彼らと付き合いたいのかと言われたら、それもわかりません。気になっているのが2人という状況も不思議です。
 もうすぐ就職活動が始まるため、残りの大学生活を恋愛ばかりに使ってもいられません。今後、どうすべきでしょう。(A子)

     ◆

 ◇増田明美(スポーツ解説者)


 ちいさな恋の種が地中からそっと芽を出したような相談のお手紙です。
 2人の男性のことが気になっているのですね。きっと2人の醸し出す雰囲気があなたのタイプなのでしょう。今、あなたは恋愛のドアをノックしたばかり。もしかしたら今の感情は恋というよりも「好感」なのかもしれませんね。
 でもドアの先には広い草原が広がっています。草原で芽吹いた芽から茎が伸びて、葉を茂らせ、花が咲く「恋」がきっと現れるでしょう。そして草原に出れば、あなたが2人の男性のことが気になるように、あなたのことを遠くから見つめている人がいるのです。
 これからもさまざまな出会いを大切に、大学生活をエンジョイしてください。勉強や就職活動もあるなかで「大学生活を恋愛ばかりに使ってもいられない」という真面目なあなたなら、草原で迷子になることはありません。
 これまで通り、あなたの道をしっかりと、心豊かに歩き続けてくださいね。ふとした時に、その道端に恋の花が見つかりますよ。

(12月7日付 読売新聞 「人生案内」より」)


この相談者A子さんのようなことは、女性に限らず男性も含めてほとんどの人が若いころには一度や二度ならず経験することでしょう。
その答えになるかもしれません。
以前、「生活の中に潜む数学」という記事を書きましたが、なんと結婚相手を決めるときにも数学が役立つんですって!
これから結婚という人はご参考までに。



↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

自分が立てた計画を明け渡す

2016.12.06日

"We must let go of the life we have planned, so as to accept the one that is waiting for us."
--Joseph Campbell - 1904-1987, Writer
「私たちを待ち受けている計画を受け取るためには、自分が立てた計画を明け渡さなければならない」
--ジョゼフ・キャンベル、作家
(訳 舟田譲二)


私たちはいろいろな計画を立てます。
そして、その計画を実現させるために努力します。当たり前のことです。そしてそれは素晴らしいことです。
計画のない人生は、風に弄(もてあそ)ばれて、あちらこちらに彷徨(さまよ)うようなものです。


しかし同時に、いくら素晴らしい計画を立て、その実現に向けて努力していても、思うようにいかないのが人生です。そもそも、すべてが計画どおりに進む、なんてことはまずありません。


ひとつには、私たちはひとりで生きているのではなく周りに多くの人がいて、出会う人たちの影響を絶えず受けますし、また生まれ育った環境、その時代の経済や気候など、ありとあらゆる状況・環境に影響されます。


時には自分が考えていた計画よりもはるかに素晴らしい機会に出くわすことすらあります。そのような場合は、自分が立てた計画に縛られているよりもむしろその計画を手放した方がはるかにいいことだってあります。
ジョゼフ・キャンベルが述べている冒頭の言葉もきっとそのような意味なのでしょう。


昨日放映されたNHKの連続テレビ小説『べっぴんさん』の中で、次のような言葉が語られました。
「小さな勇気と決断が人生の転機をもたらす」
自分が立てた計画を明け渡すには、確かに勇気も決断も必要になります。しかし、その決断によって人生の転機がもたらされることがしばしばあります。
私もこれまで数え切れないほどこのような体験をしてきました。


すなわち、「私たちを待ち受けている計画を受け取るためには、自分が立てた計画を明け渡さなければならない」のです。
その見極めが重要で、そのために役立つのがそれまでに得てきた経験や学び、人との出会い等々です。


とまれ、人生には無駄がありません。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

成功したければ

2016.12.04日

Put your heart, mind, and soul into even your smallest acts. This is the secret of success.
--Swami Sivananda - 1887-1963, Author
「心も精神も魂もあなたのもっとも小さな行動に至るまで注ぎなさい。これが成功の秘訣です」
--スワミ・シヴァナンダ、作家
(訳 舟田譲二)


「成功」と言うと、だれでも、仕事での成功や学業、子育て、人生での成功などをまずは思い浮かべるかもしれません。
そう、確かにこれらもすべて「成功」です。
しかし、成功はこれらの大きなものに限らず、私たちの日々の生活の中でのさまざまな小さなことすべてにおいても存在します。
家族を含むあらゆる人間関係、精神の安定、健康、規則正しい生活、食生活、運動、休息、睡眠、学び等々、生命活動全般にわたります。
これら一つひとつに、「心も精神も魂もすべて」を注ぐなら、成功しないわけありません。
これらのうちのひとつでも成功していないとすれば、それは心と精神と魂を完全に注いでいないからです。


スワミ・シヴァナンダは医師、ヨガの指導者、宗教家、思想家、作家として、生涯をとおして人民のために自らを捧げた奇特な人です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

もっとも暗い瞬間にこそ、光に焦点を合わせよう!

2016.12.03日

It is during our darkest moments that we must focus to see the light.
--Aristotle Onassis - 1906-1975, Shipping Tycoon
「もっとも暗い瞬間にこそ、光に焦点を合わせなければならない」
--アリストテレス・オナシス、海運王
(訳 舟田譲二)


海運王オナシスと聞いたら、瞬間的に「えっ、ジャクリーン・ケネディと再婚したあのオナシス?」と思われる方がきっといらっしゃるでしょう。そう、あのオナシスです。


オナシスはオスマン帝国時代のスミルナ(現トルコ領イズミル)で、中流階級のギリシャ人家庭に生まれました。第一次世界大戦後、スミルナはギリシャによって占領されましたが、1922年にトルコ軍によって奪還され、それらの紛争の中でオナシス家は全ての財産を失い、ギリシャへ難民として移住。
その後、ギリシャを離れ、ウルグアイに渡って葉巻タバコの商売を始め、アルゼンチンに移って葉巻タバコの貿易をきっかけに食肉をヨーロッパへ輸出して大成功をおさめます。
ギリシアにもどったオナシスは、第二次世界大戦後に余剰化した連合国軍の船舶を安値で購入し海運業をはじめ、時代の流れに乗って大成功し、海運王となります。
海運王の娘と結婚しましたが、オペラ歌手のマリア・カラスと恋仲になり夫人と離婚。その後カラスとも別れて、暗殺された米大統領ジョン・F・ケネディの未亡人、ジャクリーン・ケネディと再婚しました。
(以上、Wikipediaより一部抜粋)


オナシスにはゴシップがつねにつきまとっていましたが、その商才は広く認められていて、莫大な遺産とともに自らの経験から綴ったビジネスに関する名言も数多く残しています。
成功に至るまで、戦争で全ての財産を失って、難民となったりして苦労を重ねましたが、そのような真っ暗闇の中で彼はつねに一条の光を探し求めて努力し続けていました。


私たちも人生の中で、「もうだめだ」と思うような暗闇の穴に落ち込むことがあります。
でも、そういう瞬間こそ、光に焦点を合わせなければなりません。
たとえ真っ暗な闇の中でも、探し求めるなら必ず光を見出すことができます。
宇宙は真っ暗です。しかし、どんなに真っ暗でも、小さな光があれば、その光は闇の中で輝きます。


「光はやみの中に輝いている。
やみはこれに打ち勝たなかった」
(ヨハネの福音書1:5)


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

人生と人間関係を改善する方法

2016.12.02日

「ぼくのことをひとことで言い表すとしたら何て表現すると思う?」
妻はちょっと考えて言いました。
「ひとことは難しいけど、完璧主義かしら...。うーん、でもやっぱり優しさだわ」


昨日の記事、「完璧を追い求めると」の中にこの会話の経緯(いきさつ)を少し書きました。
じつはこの後、続きがあるのです。
私は妻に
「じゃあ、自分で自分のことをひとことで言い表すとしたら何て言う?ぼくはどんな言葉で表現すると思う?」
妻はしばらく考えて答えました。
「自己中心?わがままかしら?」
「残念でした。ぼくがいつも考えているのは、『正直』だよ。自己中心とかわがままなんて考えるのは、セルフイメージが低い証拠だよ」
私は妻のことを正直だと考えている理由をいくつか例を挙げて話しました。


自分のこと、また自分の伴侶や子どもなど、家族のことを正しく評価することはとても大切なことです。
否定的、消極的な見方をしていると、それはセルフイメージを低くしますし、また家族など身近な者を否定的に評価すると、それはその人間関係に大きな悪影響を与えます。
逆に良い面を見、肯定的、積極的な見方をする、すなわちいい点を探すと、セルフイメージは高くなりますし、対人関係も飛躍的に良好なものになります。


いかがですか?
あなたは自分のことをどのように表現しますか?評価しますか?
身近な人たちをどのように見ていますか?
頭に浮かぶ言葉を点検してみましょう。
これによって自分自身の人生を、そして人間関係を驚くほど改善することができます。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

完璧を追い求めると

2016.12.01日

"Perfection is not attainable, but if we chase perfection we can catch excellence."
--Vince Lombardi - 1913-1970, Football Player and Coach
「完璧は手に入れることができない。しかし、完璧を追い求めるなら、卓越は手に入れることができる」
--ヴィンス・ロンバルディ、フットボールプレーヤー、コーチ
(訳 舟田譲二)


ある日、唐突に妻に尋ねました。
「ぼくのことをひとことで言い表すとしたら何て表現すると思う?」
妻はちょっと考えて言いました。
「ひとことは難しいけど、完璧主義かしら...。うーん、でもやっぱり優しさだわ」


「優しさ」と聞いてホッとしました。
自分で言うのもなんですが、私自身もそう思っていて、もし自分から「優しさ」を取ったら何も残らない、と思うほどです。「優しさ」が裏目に出ることもよくありますが。


でも、じつは私は完璧主義者でもあるのです。妻の言っていることは当たっています。
自分でこれは良くないと思ってはいるのですが、知らず知らずのうちにその罠に陥ってしまいます。
完璧主義は罠です。
なぜなら、完璧は決して手に入れることができないからです。有限の人間には完璧は達成不可能なのです。
ですから、自分に完璧を求めているとしんどくなりますし、またいつの間にか人や社会にも完璧を求めるようになり、その結果批判的に見てしまって苦しくなります。
もっと適当だったらどれほど楽だろうとしばしば思います。


そのようなこともあって、意識的に肩の力を抜き、もっと楽に生きようと努めるのですが、小さい頃からずっとそのように生きてきたので、そう簡単にはいきません。
3年前に書いた記事、「一生懸命」を読み返すと、私のブログの中に「一生懸命」という言葉が頻出していて、そのことからも頑張るのが好きなことがよくわかります。


でも反面、自分の弱点を暴くだけでなく、ありのままの自分を受け入れるということも大切で、それを考えると、冒頭の言葉のように「完璧を追い求めるなら、卓越を手に入れることができる」といういい点もあります。そして、これによって今日の自分があるということを感謝して受け入れなければならないと気づかされます。
ひとつの例として、「完璧を追い求め」てきたお陰で、英語の発音をここまで上達させることができた、ということもできます。
ですから、プロのフットボールプレーヤー、そしてコーチのヴィンス・ロンバルディの言うことにはとても説得力があるのです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

希望の虹

2016.11.28日

"Try to be a rainbow in someone's cloud."
--Maya Angelou - 1928-2014, Poet and Author
「誰かの曇った心の雲の中で虹になろう」
--マヤ・アンジェロウ、詩人・作家
(訳 舟田譲二)


3062541_11.jpg


詩人、歌手、女優であるとともに、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアと一緒に公民権運動に参加した活動家。
8歳のときに母親の恋人にレイプされるという痛ましい経験をし、それ以来人間不信になります。
しかし、愛と希望の力に目覚めて、16歳でサンフランシスコで初の黒人女性車掌になり、それがきっかけで積極的な人生を歩み始めます。
『歌え、翔べない鳥たちよ』 (I Know Why the Caged Bird Sings)は、1930年代〜40年代にかけての偏見と差別の中で過ごした貧しい子ども時代の自身の体験をつづった自伝.。
彼女は作家として一躍有名になります。
1993年、ビル・クリントンのアメリカ合衆国大統領就任式にて自作の詩を朗読し、2011年には大統領自由勲章を受章。今日、全米の人々が尊敬する黒人女性作家です。


冒頭の
「誰かの曇った心の雲の中で虹になろう」
は、まさにマヤ・アンジェロウの人生そのものを表した名言です。
自分の生まれ育ちを呪い、自分をさげすみ、裏切り、ひどいことをしてきた人々や社会を恨み、憎んで生きる道もありましたが、彼女はその正反対の生き方、すなわち人々の心の雲の中にかかる希望の虹になることを選択したのです。


彼女のその立派な生きざまの前に、私はただただ頭を垂れ、心砕かれるばかりです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

にんじんと卵とコーヒー豆から学ぶレッスン

2016.11.27日

現実から目をそらさず考えてみよう。
私たちが人生で直面する苦痛をともなうさまざまなトラウマや不運。病気やけが、愛する人の死、失職、予期せぬ人間関係の破たんなど、これらはだれも避けて通ることができない。問題は、これらの不幸で私たちが幸せになる可能性を失うか、あるいは逆により強くなり、意味ある充実した人生を送ることが可能になるかどうかということだ。


normal.jpg


ここで、にんじんと卵とコーヒー豆が、煮えくり返った湯という極度な逆境によってどのような影響を受けるか、ということを考えてみよう。
にんじんのようにこの煮え湯という逆境の中で私たちは柔らかくなれるかもしれない。より柔軟な考え方ができるようになり、また弱者に対して同情できる優しい者になり、感謝できるようになるか、または人生がふにゃふにゃになってしまうかもしれない。


あるいは卵のように、沸騰した湯の中で私たちはより硬く、強く、賢明になるかもしれないし、または批判的、悲観的、無感覚、近寄りがたい冷たい人間になるかもしれない。


そしてコーヒー豆のように、自分の人生をより味わいのあるものに自ら進んで変えるかもしれないし、または自分そのものをまったく失ってしまうかもしれない。


私たちは自分の身に起こることをコントロールすることはできない。しかし、私たちがそれらにどのように反応するか、その結果うちでどんなことが起こるかということについては、だれでも言いたいことは山ほどあるだろう。
しかしいずれにせよ、逆境を強みに変える最初のステップは、一刻も早くこの煮えくり返った湯から飛び出すことだ。とにかくこの大きな災難にどっぷりと浸かっていないこと。悲しんでもいい。しかしそこにとどまっていず、次のステップに進むことが大切なのだ。起こってしまった不運で自分の残りの人生を台無しにしてしまってはいけない。


次に、自分自身を強いて前進させること。自分の内にあるさまざまな力や、自分を愛してくれている人、また自分の人生をより良いものに変えてくれそうな教えや信念などを結集させるのだ。
もっと満足のいく人生を送ることを可能にしてくれそうな人々や、自分自身のこれまでのさまざまな経験を総動員して、よりいっそう目的に満ちた人生の将来像を描こうではないか。
マイケル・ジョゼフソン

(訳 舟田譲二)


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

コラボの世界

2016.11.26日

一昨日はここ湘南地方で57年ぶりの雪が降り、朝起きると辺りは一面銀世界。とは言っても家や車の屋根の上に2〜3センチ積もっただけで、午後にはもう溶け、車の運転や仕事には支障なくほっとしました。


昨日は朝早く目覚めたので、小一時間ウォーキングに出かけました。頭に雪を頂いた富士山が真っ青な空を背景に輝いていました。


IMG_0090.JPG

(自宅のすぐ近くから見える富士山)


でも、富士山がひとつだけしかないので美しいので、もしも両隣にも向こう側にも手前にも同じ富士山があったりしたら興ざめです(笑)。
周囲に低い、緑の山々があるからこそ際だって美しいのです。では低い山々は綺麗じゃないのかと言えば、もちろんそんなことはなく、木々の緑が日々私たちの目を楽しませてくれています。
いわば富士山と普通の山々のコラボです。


日本には四季があり、春夏秋冬それぞれに気候も景色も、食べ物もほかには味わえない良さがあります。
四つの季節がそれぞれの役割を果たしています。春夏秋冬のコラボです。


アカデミーでは毎年12月に小学生の英語教室でクリスマス会を開きます。1989年の創立以来ずっと続けていて、子どもたちの間では大人気のイベントです。
クリスマス会と言っても単なるパーティではなく発表会も兼ねているので、普段学んでいる英語を使ってゲームをしたりして楽しみます。
また、教会で行われるクリスマス礼拝のミニチュア版のような感じで、キャンドルライトで学院長のメッセージがあり、またキリストの生誕シーンの聖句を英語で暗唱したり、英語の賛美歌をアカペラで歌ったりします。


担当の先生から、生徒たちが家で練習できるよう、聖句と歌の動画を作ってアカデミーのホームページに載せて欲しいと言われ、早速作ってみました。私が英語でお手本を示し、それをカラオケのように文字が画面に流れるのを息子が作ってくれました。
HPトップページの「お知らせ」の「マイティキッズ英語教室 クリスマス会練習課題」です。
ちょっと恥ずかしいですが、息子と私のコラボ作品を下の「アカデミー学院ホームページ」からご覧ください。


「アカデミー学院ホームページ」


私たちの身体には、無数の器官や細胞がありますが、どれ一つとして不必要なものはなく、みんながコラボしてお互いに助け合っています。
食物も無駄なものは何ひとつありません。すべてが互いに補い合っています。


人間の世界も同様で、不必要な人などひとりもいません。
みんながお互いを必要としています。
この世の中、強い人だけでなく弱い人もいて、お互いに助け合っているのです。
世界全体がコラボしています。
昨日の記事、「1日にたった1時間、たった1分を」の中に書いた「協働」です。
これがあるから世界も、宇宙もすべてがうまく機能しているのです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

1日にたった1時間、たった1分を

2016.11.25日

"A single hour a day, steadily given to the study of some interesting subject, brings unexpected accumulations of knowledge."
--William Ellery Channing - 1780-1842, Preacher
「1日にたった1時間コンスタントに何か興味のあることを学び続けるなら、積もり積もって予期しないような知識になる」
--ウィリアム・エラリー・チャニング、説教者
(訳 舟田譲二)


じつは、「1日に1時間」でなく、「たった1分」でも、毎日同じことを続けるなら、66日、すなわち2か月ほどでどんなことでも習慣になるそうです。
このブログのことで、よくこんなに毎日書き続けることができるものだ、と人から言われますが、これもひとつの習慣です。
そして、続けているうちに習慣になるだけでなく、自分の身となり、それを役立てることもできるようになります。


先般のアメリカ大統領選のこともあって、最近、富と貧困の格差の問題がよく取り上げられます。
先日、テレビを見ていたら「世界で最も裕福な80人の資産額は、合わせて1兆9000億ドルで、これは、下位半数にあたる35億人の資産総額とほぼ同じ」というショッキングなニュースに遭遇しました。
プライベートジェットを飛ばし、5つ星ホテルに滞在し、超一流の料理を楽しみながら、金融市場や経済動向について会話を交わす裕福な人たちがいる一方で、10億を超える人々が、1日1ドル25セント(約130円)未満での生活を続けているといいます。


貧困層の人たちは、これは不公平だと言い、富裕層の人たちは、自分たちは一生懸命勉強し、頭を使って働いてきて得た結果だ、と言います。
確かに両者の主張はまったく的外れとは言えないでしょう。
同時に生まれ育ちなど環境の違いという面もあることは否めません。
また、不公平であることに違いはなく、富の再分配、あるいは共有化など、この問題を是正しなければ世界はますます不安定になっていき、それはやがて第3次世界大戦の引き金となることもあり得るでしょう。


しかし、いくら「不公平だ」と叫んでいたところで状況が改善するわけでなないので、まずは自分にできることを何かひとつでも始めることが必要です。
それが、冒頭の「1日にたった1時間コンスタントに何か興味のあることを学び続ける」ことであり、また「たった1分でも、毎日同じことをし続けて習慣」にし、新しい何かを生み出すことなのです。
そしてこのことは貧困層の人たちだけでなく、富裕層の人たちも同様で、より良い世界を作るために両者が知恵を寄せ集め、また協働しなければならないのではないでしょうか。
現状の上にあぐらをかいて何もしないのが一番いけないと私は思います。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

小さな幸せを堪能

2016.11.22日

先週の木曜日は、週に一度のスイミングの日で、市内の総合公園にあるプールに行ってきました。
この時期、温水プールは外よりも温かく、冬になるといつもこの「避寒地に行」くのです。


さて、車を降りて後ろのドアを開け、水着やゴーグル、バスタオルなどが入っているバッグを取ろうとしたらどこにもない。
「あれっ?」
以前にも一度こんなことがありました。
また忘れた!
(ボケてきた...)
でも今回私のバッグを入れ忘れたのは妻でした。
これでイーブン。


妻にひとりでプールに行ってもらって私は総合公園の周囲の園路をウォーキングすることにしました。
時々ここを歩くのですが、今回は久しぶり。
最近、京都などの美しい紅葉の写真をFBフレンドの方々がシェアしてくださり、見るたびに胸をときめかせていたのですが、ここ湘南地方の平塚は温暖なので、残念ながら紅葉はあまり綺麗ではありません。
この日はポカポカ陽気でしたので、あちらこちらに家族でピクニックしていらっしゃる人たちの姿が見えました。


park1.JPG


紅葉が見られずちょっとがっかりしていたのですが、ふと思い出して公園内の日本庭園に立ち寄るとそこは別世界。とは言っても京都とは比べ物になりませんが...


park3.JPG


実は平塚はバラでも有名なんです。ちょっとだけですけど。(「平塚のバラ」
小川薔薇店には負けます(笑)。


park5.JPG


さらに園路を進んでいくと、こんな立て看板が。


park8.JPG


そうだ、アカデミーに通っている5年生のHちゃんがこのマラソンに出るって言ってたなぁー。ほかにもうちの生徒がこれに参加するのだろうか?
この日、晴れるといいな...
(と言うか、もう明日です。あーした天気になーあれ!)


さらに少し行くと、サッカーの湘南ベルマーレの本拠地Shonan BMW スタジアム平塚が。
今年は残念ながら成績が振るわず、またしてもJ2降格になってしまいましたが、地元のサポーターの応援ぶりはかなりのものです。


park6.JPG


またしばらく歩くと、今度は中高一貫校の平塚中等教育学校の裏のグラウンドに。
生徒たちが体育をやっているようです。
アカデミーからも毎年数名ここに進学していますが、人気校で評判は上々。今ではこれまで市内トップ校だった平塚江南高校に大学合格実績で肉迫していると最近耳にしました。
あの生徒たちの中にうちの卒塾生がいるのかなー。
そう言えば、現在大学生で第1期生のNくんが近くのホームセンターでバイトをしていてよく会うのですが、小学生の頃はちょっとひ弱な感じだったのが、今は身体も大きくなってたくましくなり、まぶしく見えます。


park7.JPG


そんなこんなに思いを馳せながら、早足で園路を3周したところで、プールから出て車に戻っていた妻から電話がかかってきました。
6キロほど歩いて、心地よい汗をかきました。


このあと、私たちのお気に入りの海岸近くのパスタ店に向かい、美味しいパスタのランチに舌鼓を打ち、小さな幸せを堪能した一日でした。
あっ、もちろんこの後、仕事もありましたが。


lapattola.jpg


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

『五年目のひとり』

2016.11.21日

一昨夜の土曜日に放映された山田太一ドラマスペシャル『五年目のひとり』(芸術祭参加作品)はとても見応えのある作品で、途中何度か涙しました。


新聞に載っていた番組欄には、
「山田太一×渡辺謙が贈る家族愛の物語〜東日本大震災から5年! 津波が引き裂いた父娘の命!! 忘れたくない… 遺された男に起こる奇跡〜涙と感動の結末!!」 市川悦子、高橋克実、柳葉敏郎、木村多江
とあり、興味をそそられました。


ちょうどその日、私は5年前のブログ記事、「おばあさんは川へせんたくに…」をFacebook上でシェアしていたのですが、この中で東日本大震災のことを書いていました。
大震災の前の年の暮れ辺りからちょっと体調を崩していたのですが、震災の少し前の2月14日に私は愛する父を天国に送り(「バレンタインデーに嬉しいことが3つ」)、直後には義母の交通事故、そしてそれに続く東日本大震災。
立て続けに起こったこれらの出来事が引き金となってストレスから私は体調を大きく壊し、その後4年にわたって心身の病と闘うことになったのでした。


上の「おばあさんは川へせんたくに…」の記事の中には次のように書きました。
「私のストレスや苦しみなどは、被災地の人たちとは比べものになりません。
被災地では、愛する家族や親族・友人を始め、家や車・家財道具・船などの仕事道具・土地、仕事、その他多くのものを失い、今も避難所や仮設住宅に住んでいらっしゃる方々が大勢いらっしゃいます。
現地でさまざまなボランティア活動や、体を張って放射能の除染活動をしていらっしゃる方々も数え切れないほどいらっしゃいます。
このようなことを考えると、私など不満を鳴らすことなど決してできません。
ちょうど、私の仕事を周りの人たちが分担してやってくれているように、被災地でも多くの人たちがそれぞれの持ち場立場で力を出して、助け合っています。
『そうだ。人というのはひとりでは生きていけない。みんながお互いを必要とし、助け合いながら生きているんだ』」
ちょうどこれを地で行くような内容のドラマがこの『五年目のひとり』だったのです。


749E6D6C-3D69-4129-BF52-0FF4CCD8F260-253-0000002DB9347D6B_tmp.jpg


脚本家山田太一氏はこれまで幾多の小説やエッセイ、シナリオ・戯曲などを書いてこられ、いくつもの大きな賞を受賞してこられた超ベテラン。
この作品の中でもその技量が惜しみなく発揮されていました。82歳という歳を感じさせないじつに緻密なストーリーの展開、登場人物一人ひとりの台詞のやり取りの絶妙さ。配役も演出ももう見事と言うほかなく、俳優さんたちの名演技と相まってこの作品を素晴らしいものに仕上げていました。


東日本大震災は単なる過去の出来事ではなく、今日に至るまで、そしてこれから先もまだまだその結果をあちらこちらに引きずっていきます。
それに対して私たちにできること、それはたとえ小さなことでも、一つひとつが合わさると、このドラマのようにそれは大きな感動を呼び起こし、ひとりの人の人生を変えることにもなるのです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

メダルを獲得するには

2016.11.20日

"I don’t know what’s going to happen, but I didn’t want to sit at home and do ‘shoulda-coulda-woulda’."
--Jackie Joyner-Kersee - Olympic Gold Medalist
「何が起こるかわからない。でも、家でただ座って、『〜しておけばよかった、〜できたのに、〜だったのに』って言いたくなかった」
--ジャッキー・ジョイナー=カーシー、オリンピック金メダリスト
(訳  舟田譲二)


IMG_9976.jpg


ジャッキー・ジョイナー=カーシーは、20年以上破られていない不滅の大記録の持ち主です。


FullSizeRender%20%2814%29.jpg


やっぱり本物の言うことは違いますね。


英語ではよく ‘shoulda-coulda-woulda’という表現を使います。
「シュッダ、クッダ、ウッダ」と発音し、それぞれ
should have... , could have..., would have...
の短縮形で、このあとに過去分詞が続き、冒頭のような意味になります。


だれかが
「〜しておけばよかった、〜できたのに、〜だったのに」
などと何かをしなくて後悔して言うと、
「ああ、また始まった。もう聞き飽きたよ」
と言いたいときなど
"Ah, shoulda-coulda-woulda..."
と言えばいいのです。
「ウダウダ言うな」というような感じでしょうか (笑)


私たちは後悔するのが好きです。
古人曰く
「後悔先に立たず」
まことに至言です。
後悔というのはいつでも後からするのですから。


私は後悔するのが嫌いなので、たとえ失敗しても(たくさん失敗してきましたが)、そこから何かを学び取って失敗を益に変えます。
「転んでもタダでは起き上がらない」主義です。
たとえ石ころでも拾って立ち上がり、その石ころを役立てるようにします。


とかく他人を見ていると順風満帆のように見え、自分は「逆風満帆」のように感じるものですが、だれの人生にも失敗や後悔したくなることはつきもの。


私たちも人生で何かのメダルを獲得したかったら(なにかで達成感を得たかったら)、ジャッキー・ジョイナー=カーシーのように、
「何が起こるかわからない。でも、家でただ座って、『〜しておけばよかった、〜できたのに、〜だったのに』って言いたくなかった」
という生き方をしようではありませんか。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

サラリーマン川柳 大募集!

2016.11.18日

娘来て 「誰もいないの?」 俺いるよ


毎回、国民的人気の「サラリーマン川柳」。
今年は第30回。
サラリーマン川柳が今年も募集されています。
募集要項など詳しい内容は「サラリーマン川柳 大募集!」をご覧ください。
11月25日が締め切りですので、ご興味ある方はぜひチャレンジしてください。
「一般部門」1等賞受賞者には、「おもてなしの宿50,000円相当の宿泊ギフト券」や2〜10等賞には「選べる宿泊券ギフト券30,000円相当」ほか、たくさんの商品が当たります。
今年は同時に、歴代1位決定戦も開催されており、あなたの1等賞を選び投票すると、抽選で1,000名に全国共通お食事券2,000円分が当たります。


「あなたの1等賞」は以下の中から選ぶだけです。
楽しみついでに皆さんも投票、あるいは下の作品を参考に応募してみてはいかがですか?
ネットから簡単に投票・応募できます。
上のウェブサイトで、やくみつるさんとやすみりえさんのサラ川の作り方アドバイスもあります。


時代の世相をよく表していて思わずニタリ、アッハッハ!笑いは百薬の長です。
ちょっとセクハラ、パワハラっぽいのもありますが、そこは風刺の川柳。大目に見てあげてください。


ボディコンを 無理して着たら ボンレスハム (第4回)
まだ寝てる 帰ってみれば もう寝てる (第5回)
いい家内 10年経ったら おっ家内 (第6回)
連れ込むな! わたしは急に 泊まれない (第7回)
やせてやる!! コレ食べてから やせてやる!! (第8回)
『ゴハンよ』と 呼ばれて行けば タマだった (第9回)
「早くやれ」 そう言うことは 早く言え (第10回)
わが家では 子供ポケモン パパノケモン (第11回)
コストダウン さけぶあんたが コスト高 (第12回)
プロポーズ あの日にかえって ことわりたい (第13回)
ドットコム どこが混むのと 聞く上司 (第14回)
デジカメの エサはなんだと 孫に聞く (第15回)
タバコより 体に悪い 妻のグチ (第16回)
「課長いる?」 返ったこたえは 「いりません!」 (第17回)
オレオレに 亭主と知りつつ 電話切る (第18回)
昼食は 妻がセレブで 俺セルフ (第19回)
脳年齢 年金すでに もらえます (第20回)
「空気読め!!」 それより部下の 気持ち読め!! (第21回)
しゅうち心 なくした妻は ポーニョポニョ (第22回)
仕分け人 妻に比べりゃ まだ甘い (第23回)
久しぶり〜 名が出ないまま じゃあまたね〜 (第24回)
「宝くじ 当たれば辞める」が 合言葉 (第25回)
いい夫婦 今じゃどうでも いい夫婦 (第26回)
うちの嫁 後ろ姿は フナッシー (第27回)
皮下脂肪 資源にできれば ノーベル賞 (第28回)
退職金 もらった瞬間 妻ドローン (第29回)


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

本当の勇気

2016.11.16日

6d2484bf24e027f5a2ea7a07865cd331.jpg


Courage is armor
A blind man wears;
That calloused scar
Of outlived despairs;
Courage is Fear
That has said its prayers.

--Karle Wilson Baker  (1878-1960) , Poet
「勇気は盲目の人が身に着ける鎧(よろい)
勇気はあまりにも長すぎた絶望でたこになった古傷
勇気はお祈りした後の不安」

--カール・ウィルソン・ベーカー、詩人
(訳 舟田譲二)


人生に不安や恐怖はつきものです。
不安や恐怖から逃れようとしても、だれも逃れることはできません。なぜならそれは後から追いかけてくるからです。


盲人は、戦場で鎧を身に着けようが着けまいが怖さを感じることに差はありません。なにも見えないからです。でもそばで見ていると勇気があるように見えます。


長年放っておかれた絶望によってできた古傷のたこはもはや痛みを感じません。痛みを感じないから勇気があるように見えます。


同じように、お祈りした後にも不安は残ります。でも勇気があるように見えます。


だから逃げずに敢えて不安に向き合いましょう。祈りによって力を得て。
これが本当の勇気というものです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

みんなで寄ってたかって私を...

2016.11.14日

"Laughter is an instant vacation."
--Milton Berle - 1908-2002, Comedian
「笑いはインスタント・バケーション」
--ミルトン・バール、コメディアン
(訳 舟田譲二)


今回のアメリカ大統領選でトランプ氏がクリントン氏に勝って次期大統領に決まりました。
「アメリカとメキシコの間に高い壁を作って、メキシコからの不法移民を入れない。建設費は全額メキシコに負担させる」とトランプ氏が言っていたことはよく知られた事実です。
しかし、トランプ氏の勝利を受けてメキシコ大統領も、
「メキシコとアメリカの間に高い壁を作って、アメリカからトランプ逃れの不法移民を入れない。建設費は全額アメリカに負担させる」
と言ったとか言わないとか。
もちろんこれはジョークですが(笑)。


でも、以下はジョークではなく事実です。
2週間前に、友人の柿谷正期牧師に勧められて毛髪ミネラル分析検査を受けました。
昨日その結果が届きました。
検査によると、マグネシウム、カルシウムとコバルトの数値が基準値以下でしたが、ほかはとくに問題ないようで有害金属も発見されませんでした。
詳しい分析は柿谷牧師にお願いしていますが、実年齢より低い値を推奨するというミネラルバランスから算出した「ミネラル年齢」は62.6歳と出ていました。 ヽ(^。^)ノ
ミネラルバランスを整えるために推奨される食品に挙げられているものは、ほとんど全部普段の食事で摂っています。


1年半前に測定したAGE(エイ・ジー・イー)年齢(Advanced Glycation End Products=終末糖化産物)では私の数値は200と出てこれは49歳に当たるとのこと(「健康で長生きするために」)。 ヽ(^。^)ノ


age.jpg


体組成計による体内年齢は41歳。 ヽ(^。^)ノ


bodyage.jpg


42.2%という筋肉率による年齢は20代。 ヽ(^。^)ノ


muscle.jpg


20代の血圧の正常値は上が130、下が85。そしたら私の最高血圧84、最低血圧51の年齢は10代? ヽ(^。^)ノ


blood%20pressure.jpg


みんなで寄ってたかって私を「若い、若い!」と言っておだててかつごうとしています(笑)。
ときどき自分の年齢を忘れるほどボケかけてきているし、毎月2つの病院にかかっているのに...
私はホントは何歳なの?


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

本物の美しさ

2016.11.13日

"As you grow older, you will discover that you have two hands, one for helping yourself, the other for helping others."
Audrey Hepburn - 1929-1993, Actress
「歳を重ねるにつれて、ふたつある手のうちひとつは自分を助けるため、もうひとつは他人を助けるためにあることがわかるようになる」
オードリー・ヘプバーン
(訳 舟田譲二)


9633b1b7-64ae-48f5-8e89-c4e97c0dcc34.jpg


ヘプバーンといえば『ローマの休日』。
でも、『麗しのサブリナ』も良かったし、『戦争と平和』『パリの恋人』『昼下りの情事』『尼僧物語』『ティファニーで朝食を』『暗くなるまで待って』『おしゃれ泥棒』も『シャレード』も『マイ・フェア・レディ』も、もうどれもこれも全部良かった。大ファンでした。
本当に綺麗でした。
演技もその役になりきってうまかった。
ヘプバーンはアカデミー賞、エミー賞、グラミー賞、トニー賞といくつもの賞を取り、もっとも人気のあった女優のひとりです。


しかし、後半生のほとんどは国際連合児童基金(ユニセフ)での仕事に捧げました。
しばらく銀幕から遠ざかって見なくなったなと思っていたある日、ニュースでユニセフの活動をしている様子を見て、びっくり。
「えっ、これヘプバーン?」


e0184881_18300700.jpg


若いころの可愛さや華やかさはもはや消えてなくなっていましたが、内側から本物の美しさが溢れ出ていました。
これが、冒頭のヘプバーンの言葉、
「歳を重ねるにつれて、ふたつある手のうちひとつは自分を助けるため、もうひとつは他人を助けるためにあることがわかるようになる」
に表われています。
ますます彼女のファンになりました。


人からちやほやされる上辺の美しさは若いころの一時的なもの。
永遠に残るのは、内側から溢れ出る本物の美しさです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

再び 信仰の世界

2016.11.12日

以下はちょうど1年前の記事です。
今、読み返して示唆に富む言葉に新たに感動を覚えています。
再度ここにシェアさせていただきます。


iaskedgod.JPG


I asked for strength and God
gave me difficulties to make me strong.
私は力を求めた。
神は私が強くなるよう困難を与えられた。
I asked for wisdom and God
gave me problems to solve.
私は知恵を求めた。
神は解決すべき問題を私に与えられた。
I asked for prosperity and God
gave me brawn and brains to work.
私は富を求めた。
神は屈強な身体と頭脳を私に与えられた。
I asked for courage and God
gave me dangers to overcome.
私は勇気を求めた。
神は乗り越えるべき危険を私に与えられた。
I asked for patience and God
placed me in situations where I was forced to wait.
私は忍耐力を求めた。
神は、待つことを余儀なくされる状況に私を置かれた。
I asked for love and God
gave me troubled people to help.
私は愛を求めた。
神は助けるべき困難の中にいる人を私に与えられた。
I asked for favors and God
gave me opportunities.
私は願い事をした。
神は私に機会を与えられた。
I asked for everything so I could enjoy life.
Instead, He gave me life so I could enjoy everything.
私は人生を楽しむことができるようあらゆるものを求めた。
しかし、神は私にあらゆることが楽しめるよう命を与えられた。
I received nothing I wanted,
I received everything I needed.
私は自分の望んだものを何ひとつ得なかった。
しかし、私が必要としていたものをすべて得た。

(訳:舟田譲二)


人生、自分の思うようにはいきません。
しかし、神は私たちに必要なものはすべてご存じで、私たちに最善を与えてくださいます。
これが素晴らしい信仰の世界です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

歯と身体の健康

2016.11.11日

毎日ブログ記事を書いていると、さまざまな関係から新しいつながりが生まれます。
昔の友人から、あるいは友人をとおして新しい方からご連絡をいただくこともあれば、まったく知らない方からいただくこともあります。


そのような中で先日は、「嫌煙権と喫煙権」の中に書いた公益社団法人 受動喫煙撲滅機構の方からご連絡をいただきましたし、つい一昨日は、特定非営利活動法人アマポーラ・オーソドンティック・ファシリテーターズからご連絡をいただきました。
歯科矯正の正しい普及のために活動していらっしゃる団体です。
保険が適応されない日本では歯科矯正にかなり高額な費用がかかり、これが普及の足かせとなっている事実もありますが、日本人一般の歯並びや歯科衛生に対する意識の低さからもきていると思います。
日本の歯科矯正の普及率は米国の5分の1、欧州や韓国・台湾の3分の1ほどだそうです。


shutterstock_118622818-304x214.jpg


実際のところ、私自身が子どもだったころには歯科矯正などなく、歯並びがいい、悪いは生まれつきのものでどうしようもないものと思い込んでいました。


23歳でアメリカに留学したとき、見かける小中高校生、大学生の多くが歯科矯正の上のようなブレイスをしているのを見て驚きました。
そして一般成人の人たちの歯並びの良さにも感心しました。


歯科矯正の目的は第一義的にはもちろん見た目の美しさ、笑顔の美しさです。
しかし、これが本人のセルフイメージにも大きく影響し、歯並びがいいと社会に出てからも積極的に活躍できるという事実もあります。


また、歯科矯正をすることにより、虫歯や歯周病や口臭などを予防することもでき、さらに生涯自分の歯で噛んで食事ができることにもつながり、QOL(生活の質)も向上します。
そして、歯の健康は食物を正しく咀嚼(そしゃく)し、食物に含まれている栄養素を身体の必要としている部分に送り届けるという意味においても、心身の健康そのものにも大きく寄与します。


私はもう何年も前立腺肥大で泌尿器科に通っていますが、この病すらも歯と歯茎の健康に関わっているということで、さらにはリューマチ、心臓病、認知症などにも影響するそうです。
ですから、今さら歯科矯正なんか、という人でも毎日食後にデンタルフロスや歯間ブラシなどで食べ物のカスを清掃するだけでもさまざまな病気の予防にもなります。


しかし、お子さんがまだ小中高校生ぐらいであれば、私の個人的な意見としてぜひ歯科矯正をしてあげて欲しいと思っています。うちでもしました。
矯正に費用がかかると言っても、子どもの生涯の心身の健康やセルフイメージによるQOLなどを考えるならば安い投資だからです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

人生に「もし」はある!

2016.11.10日

世界中が注目していたアメリカの大統領選。
「トランプかヒラリーか」という記事を書いたわずか2週間前には、ヒラリー・クリントン優勢とだれもが見ていたのに、蓋を開けると大どんでん返しの結果に。
昨日の日本時間午後4時頃ドナルド・トランプ新大統領誕生の速報が入ってきました。
その直前の午後3時29分、ライブドアニュースに面白い記事がアップされました。


バックトゥザフューチャー予言再び?トランプ優勢にネット「ビフだよ?」
 米大統領選でいよいよトランプ氏が優勢となっている状況に、ネット上では「バックトゥザフューチャー」の文字が躍っている。
 日本時間9日に開票速報がテレビ各局で行われているが、大票田のフロリダ州をトランプ氏が制覇したという報道を受け、一気にトランプ有利な状況となった。
 これを受け、ネットでは米映画「バックトゥザフューチャー」の文字があふれた。同映画のシリーズ2では、2015年にタイムスリップした主人公・マーティーが、スポーツ年鑑を入手し、現代に持ち帰るが、相棒のドクに叱られ破棄。それを見ていたビフ・タネンが、捨てたスポーツ年鑑を拾って、過去の自分に届けてしまう。
 未来の勝敗を知ったビフは大金持ちとなるが、そのビフがトランプ氏にそっくり。ビフはカジノの経営者として成功し、「トランププラザホテル」も真っ青のド派手なカジノを建設。放慢な大富豪として、世の中を牛耳っている。
 更に、この映画では、米大リーグ・カブスの優勝も予言しており、ネットでは予言めいた映画の作りに「バックトゥザフューチャーの予言再び」「ビフだよ?いいのか?」「バックトゥザフューチャーが現実になる」「カブスも世界一になったし」など、興奮ツイートが相次いでいた。


実際、2日に行われた米大リーグの頂上決戦、ワールドシリーズでは、シカゴ・カブスがクリーブランド・インディアンスに勝ち、優勝を決めました。カブスがワールドカップを制したのは108年ぶりというのです。


じつは去年の10月22日の記事、「この日がやってきた!」の中で『バック・トゥー・ザ・フューチャー PART2』のことを取り上げました。
1985年から30年後の2015年にタイムスリップしたストーリーですが、映画の中に予言されたことで実現したものの「一例を挙げると、iPadのようなタブレット型コンピュータ、液晶パネルテレビ、テレビ会議、3D映画、指紋認証技術、バイオエタノールを燃料とする自動車、メガネ型情報端末等など」と書いたのですが、ビジネスマンのビフ・タネンならぬドナルド・トランプの大統領誕生や、米大リーグで万年最下位クラスだったカブスのワールドシリーズ108年ぶり優勝などが現実となったのです。


back%20to%20the%20past.jpg


去る11月6日の読売新聞別刷り「よみほっと 日曜版 『名言巡礼 活字求めた飢餓の時代』」に、『どくとるマンボウ青春期』の作者であり医者でもあった北杜夫さんのことが書かれていました。
全国から秀才男子が集まった旧制松本高校時代のこと。
<恋人よ この世に物理学とかいふものがあることは 海のやうにも空のやうにも悲しいことだ>
と書いた迷答に、物理教師は合格点に1点足りない59点をつけ、「同じ答案ばかり見るのはつらいから、君、もっと書いてくれ」と言った言葉が、彼ののちの作家人生のきっかけになったそうです。
「人生に『もし』はない。しかし、もし、松高に進学していなかったら作家、北杜夫の誕生はなかった」
で記事は締めくくられています。


確かに、人生、過去を振り返って「もし、あの時...」と言っても始まりません。
しかし、将来においては「もし」(What if...?英語教えます!)は誰の人生にもつねにあります。
ちょうどトランプ氏のように。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

英語教えます!

2016.11.05日

英語でよく使う表現に"What if...?"というのがあります。
ただの"If"よりも、「もしひょっとして〜だったら」というようなニュアンスで、夢を語るときなどによく使います。
"What if you succeed?"
「自分は絶対に成功なんてできるわけない」などと思っている人に対して、このように言うと、
「いや、ひょっとしたら成功するかもしれないよ。やってみないとわからないじゃない」
という感じになります。


塾で以前イベントのときに使ったあとずっと放ったままになっていた「もしもボックス」の残骸(笑)を捨てようと昨日、自宅に持ち帰ったときに、ふと思い出しました。これはもちろんドラえもんの秘密の道具を真似たものです。
ドラえもんに出てくる「もしもボックス」は、「もしもこんなことがあったら、どんな世界になるか」ということを疑似体験するものです。この「もしもボックス」こそ、まさに仮想現実の"What if...?"の世界です。


what%20if.jpg


実は、今年になって結構精力的にいろいろなビジネスセミナーに参加していろいろなことを学んでいます。
文化の日で祝日だった一昨日も東京へあるセミナーに行ってきました。
「絶対に損はさせない」と銘打って参加費3000円を事前に徴収されていたので、かなり期待を込めて参加したのですが、実はそのあとに続く本物のセミナーの紹介に終わり、本物のセミナーはこれから1か月に1回、5か月にわたって受けて、その参加費用が861,840円(税込)というのです。当日申し込んだ場合に限り、特典もいくつもつけて特別に753,840円に大サービス!
「そんな大金ありませ〜ん」とスルーしました。
交通費を合わせると4,320円損した!とは考えませんでした。
私はいつも、「たとえ転んでもただでは起き上がらない」をモットーにしているので、そこからいろいろ考え、今の仕事に、また今後の人生に活かすことを考えてみました。


「三度の飯よりも好きな...」の中に書きましたが、8月の末にこれまで教えていたすべてのクラスから下りました。
でも、みんなからもったいない、惜しいと言われ、この「もしもボックス」に入って、もう一度チャレンジしてみたいなと思うようになりました。


あくまでも知り合いの人などで英語の助けを必要としている人のお役に立ちたい、というのが本心です。少しでも生活の助けになればいいなと思っています。
ということで、もしご興味のある方がいらっしゃったらお声をおかけください。
小中高校生、大学生から一般の方まで、遠隔地にお住まいでもメールやチャット、スカイプなどを使って、英検やTOEIC、あるいは英会話、英作文、翻訳、発音指導などご要望に応じます。料金は応相談で。


"Our greatest weakness lies in giving up. The most certain way to succeed is always to try just one more time."
--Thomas Edison
「私たちの最大の弱点はあきらめることにある。成功するもっとも確実な方法はあともう1回だけ試してみることだ」


エジソンも言っているように「あともう1回だけ試して」みようと思った次第です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

幸せになる秘訣

2016.11.02日

"One of the things I keep learning is that the secret of being happy is doing things for other people."
--Dick Gregory – Civil Rights Activist and Author
「私がいつも教えられていることのひとつは、幸せになる秘訣は他の人たちのために何かする、ということだ」
--ディック・グレゴリー、市民権活動家・作家


Dick_Gregory_2015.jpg


ディック・グレゴリーは現在84歳で、現役のコメディアン、俳優、作家、市民権活動家です。
(上の写真は1年前のもの)


彼には面白いエピソードがあります。
その昔、米国南部のあるレストランに入っていったところ、ひとりの白人のウェイトレスが彼のところにやってきて言いました。
「うちでは黒人は食わせないの」
ディックは答えました。
「ああ、全然かまわないよ。俺は黒人なんか食わねえから。フライドチキンを持ってきてくれ」
これを聞いていた3人の白人の若い男たちがディックのところにやってきて言いました。
「よーっ、おっさん。ひと言忠告しておく。お前がそのチキンにすることを、そのままお前にしてやるからな」
そこでディックはナイフとフォークをテーブルに置き、手に取ったチキンにキスして言いました。
「さあ、坊やたち、そこに並べ!」

(訳:舟田譲二 Wikipediaより。一部改)


さすが市民権活動家、コメディアン。ユーモアのセンスたっぷりに、しかも辛らつに人種差別を皮肉っています。


さて、ディック・グレゴリーの冒頭の言葉、
「私がいつも教えられていることのひとつは、幸せになる秘訣は他の人たちのために何かする、ということだ」
に私はこれ以上賛同できないほどです。
彼はまさにこの言葉どおりの幸せな人生を歩んでいるのだということがよくわかります。


この世の中、自分の幸せばかり追い求めて、人のために何かしたら損だ、と思っている人もたくさんいます。
でも、実はこのまったく逆で、人のために何かして、少しでも人の役に立てたなら、これほど幸せに感じることはありません。自分の益ばかり追い求めている間は真の喜び、幸せはありません。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

心臓の鼓動1回ごとに人生を変える

2016.10.31日

これからお話しすることは、人生において突然カーブボールが飛んできたとき、いかにしてそこから立ち直り、成長するかという実話です。
あなたの人生は、心臓がたった1回「ドキッ」と鼓動するごとに変えることができるのです。良い方にも悪い方にも。
私の身に起こったことですからはっきりとそう言うことができます。


私は医者として成功を収めていました。結婚して子どもが4人与えられました。完璧ともいえる恵まれた居住区の中で完璧な家に住んでいました。私は欲しいものはすべて手に入れたと思っていました。ところがある日、私の人生は完全にひっくり返ってしまったのです。


ほんの数年前のある雪の降る冬の日のことです。ドアに狂ったような激しいノックの音が聞こえました。
私はコートを引っかけるとハンドバッグをつかみ、何が何だかわからないまま男の人のあとについていきました。
一歩外に出ると、隣の家が火を吹いていて焼け落ちるところでした。あとになって、その火事で友人の女性が亡くなったことを知りました。
私の家にも火が燃え移っていました。
私は雪の降る中、歩道の上で家が燃え落ちるのをぼう然と見ていました。これまで一生懸命働いて築き上げてきたすべてのものが目の前で崩れ落ちていくように感じました。その日、私の人生はすっかり変わってしまいました。


その火事で所有物をすべて失っただけでなく、私が知っていたものの多くを失いました。借家を探そうとして私たちは4人の子どもたちを連れて5回引っ越しました。友人のうちの何人かはもう2度と会うことがありませんでした。貯金はどんどん減っていきました。火災保険の請求で7年間つぶしてしまいました。そして2008年には株価が暴落しました。私たちの手に残されていたわずかなものがすべて消えてなくなってしまったのです。


私は少しずつ人生を立て直し始めました。ようやく自信を取り戻しかけたとき、夫がガンと診断されました。
その頃には、これがもう自分の限界だと思いました。しかし、私たちは追い込まれないと強くなることがない、と私は自分に言い聞かせたのです。
自分の人生をちょっと考えてみてください。そうすればこれが本当だということがわかるでしょう。限界に達すると、私たちにはふたつの選択肢が残されます。方向転換するか、それとも屈服するかです。
まだ選択肢が残っていたことに私は感謝しました。


もう一度人生の秩序を回復させ、成功することが私の使命となりました。
私は目標のすべてを達成しました。私は自分を心身ともに強くし、仕事に喜びを見つけ、本を書き、夫のガンと向き合い、4人の素晴らしい子どもたちを育て、保険会社との裁判で画期的な勝利を収めたのです。


ついに私は、かつて経験したことがないほどうまく、自分のうちにあるいくつもの素晴らしい力を結集させていたことに気づきました。私と同じように、このことを知って利益を得られる人はどれくらいいるだろうか、と私は思いました。
考えてみてください。強くなり、成功し、それでいて心に平安を感じるために、私たちはみんな人生でたくさんのものを必要としています。


初め私は自分の経験したことをただ一つひとつ書き出していっただけです。これがのちにAkashaのアプリ制作につながりました。
私はAkashaを次の5つの領域でデザインしました。火、地、水、金、木。これらは一つひとつ人間の基本的なニーズを表しています。
火は愛と願望、地は調和と均衡、水は流れと生産力、金は成功と成就、木は創造と刷新を象徴しています。
その根幹でAkashaは人々の心を癒し、目標を達成するのを助け、回復し繁栄するのを手助けします。
結局のところ、あなたの人生を変えるのに必要なのは、たった1回の心臓の鼓動だけなのです。
ティーナ・チャダ医師


abouttina2.jpg


ティーナはカナダ・トロントに住む精神科医。Akasha Meditation(アーカーシャ瞑想)の創始者、Akashaアプリの制作者。
この素晴らしいアプリはAkasha Meditationから見ることができます。
Akashaは科学的根拠に基づいた、心を健康にする人生アプリ。
積極的な行動、気づき、瞑想の要素を使用者の心の内面の力と結合して、人生を変える入手可能な唯一のアプリです。

(訳:舟田譲二)


人生には本当に思いがけない出来事が起こるものです。
そのようなとき、あきらめて屈するか、それとも方向転換してチャレンジするか、私たちは選択することができます。
私自身も還暦を迎える少し前から約5年間、原因不明の病気になり毎日心身ともに苦しみました。しかし、そのまま人生を終えることは絶対にしたくなかったので、私は必死で自分にできるあらゆることを試みました。
そして今から2年ほど前、気がついたらこの苦しみから脱していました。
ですから、この実話に出てくるティーナ・チャダ医師の語っていることは真実だということがわかります。
そして、自分自身の経験からもこれはだれにでもできることだということもわかります。
この中で紹介されているアプリを使うのもひとつの手でしょう。関心のある方はお試しください。
私もアプリをスマホにダウンロードしました。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

人と人の間の境界線

2016.10.30日

最近、「境界線」についてよく考えます。
心理学などで使う「境界線」(別名バウンダリー)と私が考えている境界線はちょっと違うようです。


広い意味での「境界線」は、たとえば国家間の「国境線」です。
国境線とは隣接する国と国との境目で、国家主権の及ぶ限界です。勝手に自国の都合や益のために他国の国境線を越えると、最悪の事態では戦争になります。国家の主権は犯してはならないからです。
各国がこの基本的なルールを守れば戦争は起きないはずです。


同様に、各個人レベルにおいてもさまざまな境界線が存在します。
それは、たとえ夫婦や親子、きょうだいなど家族間、親しい友人間においてもそうです。
それぞれ超えてはいけない私的な境界線があります。
この境界線を越えるからさまざまな問題が起こるのです。


夫婦というのは、まったくの赤の他人でありながら、もっとも近しい関係です。
聖書には、「夫婦は一体である」と教えられています。「一体」とはひとつということです。
分けられないひとつの単位です。しかし、それでもなお夫にも妻にもそれぞれ自分自身の境界線があります。
そして、この境界線を越えることは、伴侶の人権を踏みにじることになります。これが原因でお互いに不信になり、離婚に至るケースもあります。


また、結婚している夫婦は一体なので、不可侵です。
したがって不倫は絶対にだめなのです。国境を越える行為と同じです。
マジシャンのミスター・◯リックが次のように言っていました。
「不倫はバレなければ天国だが、バレたら地獄だ」と。
「経験者語る」のような響きがありますが、たとえバレなくても不倫行為は夫婦間およびそれに割り込む人物、またそれぞれの家族などすべてにとって地獄そのものです。天国なんてどこにもありません。


きょうだい間においても不可侵の境界線があります。
これを破ると親が死んだあと財産争いなどに発展したり、互いに憎しみ合ったり、裁判沙汰になったりします。最悪の事態では殺人事件にも至ります。


さまざまなトラブルやそれに伴うほとんどの事件は、この「境界線」を越えて起きるます。
私たちはみんな他人の、あるいは国家や団体などすべての権利を認め、尊重すべきなのです。


「人にされたくないことを人にしてはいけない」、という消極的なものではなく、さらに一歩進めて、
「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ」
という聖書の教えは万国共通の、そして永遠の真理です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

未来を変える!

2016.10.27日

"Enjoy the little things, for one day you may look back and realize they were the big things."
--Robert Brault – Musical Artist
「小さなことを楽しんでおきなさい。いつの日か振り返ると、それらが大きなことだったことに気づくかも知れないからです」
--ロバート・ブロールト、アーティスト


これは言えてますね。
子どもの頃、あるいは若い頃のことを振り返って、その時は小さなことと思っていたことが、今になってみるととても大きなことだったということがたくさんあります。
ああ、あの時もっと楽しんでおけば良かった、と。
とくに、今は亡き父や母との想い出にそれがたくさんあります。
子どもたちとの時間もしかりです。


original.gif


ドラえもんの「タイムマシン」でもう一度過去に戻って、父や母との時を取り戻したいと思っても、残念ながらそういうわけにはいきません。


でも、今の生活の中でできることがあります。
それは、毎日、一瞬一瞬をもっともっと楽しむということです。
そうしておけば、将来いつの日か、今日のこの日のことを顧みて後悔することはないでしょう。
子育て中のお父さんやお母さんたちだけではありません。
みんなに当てはまることです。
今の生活が未来を変えるのです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

現在の幸せをみすみす見逃すな

2016.10.24日

"Do not spoil what you have by desiring what you have not; but remember that what you now have was once among the things you only hoped for."
--Epictetus (55AD-135AD) Philosopher
「自分が持っていないものを欲して、持っているものまで台無しにしてはいけない。今持っているものもかつてはただ望んでいたものなのだから」
--エピクテトス、(紀元55年-135年)古代ギリシアのストア派哲学者
(訳:舟田譲二)


人間だれしも最初からなにもかも持っているなんてことはあり得ません。
ところが、私たちはとかく欠けているもの、持っていないものに目が行きやすいものです。
しかし、ここでエピクテトスが言っている「自分が持っていないものを欲して、持っているものまで台無しにしてはいけない」というのは、とても大切なことです。
それは、「あれがない」「これが欲しい」と不満を感じていると、すでに持っているものを感謝することを忘れてしまい、現在の幸せすらみすみす見逃してしまうからです。


これはなにも物に限ったことではありません。
健康や家族、友人を含むさまざまな人間関係、能力や技術等々。
挙げ出せば切りがありませんが、これらはすべて時を経る過程で一つひとつ私たちのものとなってきたのです。それらを、望んでいたからです。


大切なのは、さらに次の目標を目指して手を伸ばし努力すること。
そのとき、必要なものはさらに与えられます。これまで与えられてきたように。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

できないのはモチベーションの欠如

2016.10.22日

"I think it all comes down to motivation. If you really want to do something, you will work hard for it."
--Edmund Hillary – 1919-2008, Mountaineer
「とどのつまりモチベーションだ。もし何かを本気でやりたいと思ったら必死でやるはずだ」
--エドモンド・ヒラリー、登山家
(訳: 舟田譲二)


人類初となるエベレスト山頂到達に成功したエドモンド・ヒラリーがまさにそのことを証明しています。


これまで多くの人、生徒や学生を見てきて、私もヒラリーの上の言葉は真理だと信じて疑いません。
学生であれば、どうしても自分の志望校に合格したいと思ったなら、その人は必死で勉強してその夢を必ずかなえます。
夢は持っていても途中であきらめてしまう人というのは、「どうしても」「何が何でも」というモチベーションに欠けているのです。


江戸時代後期、米沢藩主の上杉鷹山が家臣に「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」という歌を教訓として詠み与えたという話は有名ですが、これも同じことを言っています。
すなわち「どうしてもやるのだ」という固い決意があるならば、やる方法は自ずと見つけられるもの。


皆さんはいかがですか?
内に燃えるような思いがあるなら、たとえそれがどんなことであれ、死に物狂いでやるでしょうし、そうするなら道は開かれます。
「できないのは、やらないから」、つまりモチベーションが欠けているからなのです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

人生とはこの世でもっとも難しい試験

2016.10.21日

"Life is the most difficult exam. Many people fail because they try to copy others, not realizing that everyone has a different question paper."
「人生とはこの世でもっとも難しい試験だ。多くの人が落第する。その理由は、みんな他人の答案を写そうとするからだ。みんな違う問題が与えられているのに気づかずに」
(訳:舟田譲二)


学校のテストでよく(?)行われるいわゆるカンニングです。
勉強のよくできる子の答案を先生の目を盗んでカンニングして答えを写す。
ところが答案が戻ってきたらなんと☓がついてる!
「えっ、どうして!?」
賢い子だって間違うことがあるのです。


cheating.jpg


人生においても成功している人の真似をして自分も成功しようとする人がとても多いです。
成功するために必要な法則というものは確かに存在します。(このブログでもこのテーマは何度も取あげてきました)
でもだからと言って、成功している人を真似ればだれでも成功するというわけではありません。


巷(ちまた)でよく行われている「成功セミナー」の類いがこれです。
「私はこうやって成功しました」と言って参加者の心を動かし、クロージングで「今日、このセミナーに参加した人の特典として、これこれにさらにあれもつけて、本当だったら400万円の価値があるものを今日中だったら全部でたったの100万円でお教えします」という甘い言葉につられてサインアップする人が必ず何人かいます。
しかし、いくら言われたとおりのことをやっても、またつけてもらったテンプレートなるものを使っても、ほとんどの人は成功しません。
お金が入るのはセミナー主催者とセミナー講師です。


人それぞれが置かれている境遇や、その人の性格や、人脈、資金など、みんなまちまちだからです。
みんなが成功するならだれも苦労しません。
世の中そんなに甘くありません。


この世に存在するいわゆる「ハウ・ツーもの」と言われるものもそうです。
「東大に合格する秘訣は?」「いかにして金持ちになるか?」「賢い子どもを育てる方法」等々。


とどのつまり、人生においては他人の答案を写してもダメなんです。みんな違う問題が与えられているからです。
人から学び、それを活用することは大切ですが、自分に合うようにアレンジし、適用しなければなりません。


《番外編》
「カンニング」という言葉について。
英語のcunningから作られた和声英語です。英語の本来の意味は「ずるい、狡猾(こうかつ)な」。
また発音も「カンニング」ではなく、「カニンク゚」(半濁点のついたクは鼻に抜ける音)で、runningも同様で「ランニング」ではなく「ラニンク゚」です。
人の答案を盗み見する行為は英語でcheating「チーティンク゚」(だます)と言います。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

知らなくてもできる!

2016.10.20日

"Men often become what they believe themselves to be. If I believe I cannot do something, it makes me incapable of doing it. But when I believe I can, then I acquire the ability to do it even if I didn’t have it in the beginning."
--Mohandas Gandhi (1869-1948), Civil Rights Leader
「人はしばしば自分の思っているとおりの人物になる。もし、自分にはそんなことはできないと思っていたら、本当にできなくなる。しかし、できると信じているなら、最初はたとえそのような力がなくても、それをする力が生まれてくる」
--モーハンダース・ガンディー、公民権運動指導者


私自身、これまでの人生でガンディーのこの言葉を何度体験したきたことでしょう。そのうちのごく一部をこのブログでこれまでシェアしてきました。
皆さんの多くも大なり小なり体験したことがおありではないでしょうか。


私たちはとかく「現在」に目を奪われて、自分の能力を過小評価しがちです。
しかし、人の能力というものは絶えず進化しています。


先日、FBフレンドの寺石ゆかさんが、「ゆかふぇ」というセルフコーチングのメールマガジンでとても面白い考察をシェアしてくださっていました。ご本人の承諾を得てここにご紹介させていただきます。
題して「学習の4段階」。


第一段階
「知らないし、できない」
→無意識の無

第二段階
「知っているけれど、できない」
→有意識の無

第三段階
「知っていて、できる」
→有意識の有

第四段階
「知らなくても(意識しなくても)、できる」
→無意識の有


これは教育者として日々体験していることですが、また同時に私たちの日常の生活のさまざまな分野にも当てはまり応用できることです。


冒頭のガンディーの言葉、
「人はしばしば自分の思っているとおりの人物になる。もし、自分にはそんなことはできないと思っていたら、本当にできなくなる」は上の第二段階
「知っているけれど、できない」
です。


第三段階
「知っていて、できる」
はごく当たり前のことです。
そして、ほとんどの人がこの段階で留まって満足しています。


「しかし、できると信じているなら、最初はたとえそのような力がなくても、それをする力が生まれてくる」
は、段階を追いながら上に上っていって到達する
「知らなくても(無意識で)できる」
という第四段階に当たります。
ここまでくれば、もう本物です。


そして、この最終段階に達した人たちが、学術面のみならず、スポーツから芸術などさまざまな世界で活躍し、世に大きく貢献しています。
皆さんは勉強において、仕事やスポーツにおいて、どの段階を目指したいですか?


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

将来を現在にもたらす方法

2016.10.19日

"Planning is bringing the future into the present so that you can do something about it now."
--Alan Lakein - Author
「計画を立てると、将来のために今なにかができるようになり、将来を現在にもたらすことになる」
--アラン・ラーキン、作家
(訳:舟田譲二)


アラン・ラーキンについては「あなたの今年の計画は?」の中でもご紹介しましたが、今日盛んに言われるようになった時間管理術の生みの親のような人で、時間管理について次のような多くの名言を語っています。
「時間はすなわち人生そのもの。時間を無駄にする人は、人生を無駄にする。しかし、時間の達人は、人生の達人だ」


How to Get Control of Your Time and Your Life(邦題『時間の波に乗る19の法則』)は300万部を超すベストセラーで、今日も時間管理術のバイブルです。


lakein.jpg


それにしても、「計画を立てることは、将来のために今なにかができるようになり、将来を現在にもたらすことになる」は至言ですね。
計画を立てなければ将来を引き寄せることはできません。そして、計画を立てれば、将来を引き寄せるために今、なにをしなければならないかが明白になってきます。


私も今、これからの残された将来のために今、なにができるか、なにをすべきかを考えつつ計画を立てているところです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

私は刑事に向いてる?

2016.10.15日

「刑事といえばこの人!」と思うハマリ役男性俳優
1位は水谷豊さん。(『相棒』杉下右京役)


確かに刑事ドラマを見ていると水谷豊さんを一番よく見かけます。
ドラマから離れても、水谷さんが本物の刑事ではないかと錯覚するほどです。


で、ドラマの中の水谷豊さんを見ていると、なんとなく自分の姿がダブって見えてくるのです。
気のせいかと思ったのですが、昨日妻にそれとはなしに、「この人ってはた目に見ると僕に似てる?」と尋ねてみたら、妻も似てると言います。四六時中いつも一緒にいる妻がそう言うので、やっぱりそうなのかと思い、ちょっと遊び心で写真を並べて、鏡に映したようにしてみました。
こんな感じです。


mizutani.jpgfunada2.jpg


妻は雰囲気が似てると言いますが、皆さんはどう思われますか?


さて、私は人一倍正義感が強く、曲がったことは大嫌い、また推理力もあり刑事ドラマなどを見ていると、結構筋が読めます。
そういう点では刑事に向いているのかななんて思ったりするのです。
小学生の頃、父の親しい友人で島津さんという白バイ警官がいました。
今と違ってまだまだのんびりしていた時代。仕事中によく白バイに乗ってうちに遊びに来てくれ、私も白バイに乗せてもらったりしたことがあります。
この頃は、大きくなったら白バイに乗るカッコいい警察官になりたいなんて思ったこともありました。
しかし、私は体力もなければ精神力もない。デリケート過ぎて殺人現場などとってもじゃないですが絶対に立ち会うことなどできません。事故現場で血を見るだけでも卒倒してしまいそうです。
やっぱり私はごく普通の平凡な人間。教師しかできないような者です。逆立ちしても刑事などなれません。


うまくできたもので、人それぞれみんな向き不向きがあり、自分に合った仕事に就くと本当に幸せですが、間違うと大変。悲劇になることさえあります。
単なる憧れでなく、自分の適性をよく見極めて仕事を探すことはとても大切なことです。
皆さんはいかがですか?ご自分に合った仕事を見つけられましたか?
また、学生の方は探していらっしゃいますか?仕事選びは細心の注意を払ってくださいね。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

だめもとはダメ!

2016.10.14日

よく「だめもとで」という言葉を聞きます。
何かするときに、「だめでもともと」、うまくいったら儲けもの、とりあえずやるだけやってみよう、という考え方です。
学生なら「だめもと」で受験する人もいるでしょう。「だめもと」で就職試験を受ける人や、「だめもと」でプロポーズする人もいるかもしれません。
でも、「だめもとはダメ!」です。
なぜなら、「多分だめだろう」と初めから失敗を予想しているからです。
失敗を予想していたら、当然のことのように失敗します。
成功したければ、初めから「絶対にうまくいく」と信じて行動しなければなりません。


去る6月1日に市役所の街づくり政策課に近所の空き家の植え込みの伐採を電話で依頼したのですが全くなしのつぶてでした。そこで7月1日に市役所に足を運び、直接担当者とかけ合い、その後何度も電話で請求して、9月中ごろという返事をもらったのですが、上司に直接お願いして、8月11日に最終的に伐採してもらうことができました(詳しい顛末は「すぐやるか?」に)。


市役所に行った7月1日には、道路管理課も訪れてうちの塾の前の道路の修理跡が陥没して、バスが通るたびに「ドーン!」という大きな音がして建物に響くので、補修して欲しいとお願いしました。
そしてその補修が完了したのが3週間前の9月21日。ようやく大きな音がしなくなりました。
その「使用前」「使用後」の写真がこれです。


bus1.JPG bus2.jpg


同じ7月1日には警察署にも行って、これまでたびたび人身事故が起きている近所の交差点に一旦停止の標識の設置と停止線を引いて欲しいと依頼したのですが、これは道路法の規定でできないと言われました。しかし事故再発防止のためになんとか手立てを考えて対処して欲しいとお願いしたところ、その後市の道路管理課にこの話が行き、市の方で一昨日ようやく対処してくれました。3か月半かかりました。
下がその「使用前」「使用後」の写真です。


tokunobu1.jpg tokunobu2.jpg


破線が引いてあるのが見えます。
「前方優先道路」を意味するそうですが、私自身これまでこんな破線を見たこともなく、その意味を知っている人などまずいないのではないかと思います。でも、少なくとも何らかの手を打ってもらえたのでこれで良しとし、事故が再発しないことを祈るほかありません。


時間はかかりましたが、市役所と警察署に依頼したことはすべて応えてもらうことができました。
絶対にこちらのお願いを聞いてもらえる、と初めから確信を持って担当者に当たったからです。
何事も「だめもとはダメ」なのです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

視点を変えると

2016.10.13日

「視点を変える」って、そんなに大きな意味のあることなのでしょうか?視点を変えることによって、あなたが体験する世界が本当に変わるのでしょうか?
ちょっと次のストーリーを考えてみてください。


ロンが7歳の息子のニックにボールとバットを与えると、ニックはすぐに野球をしたがりました。
ロンはニックに言いました。
「野球というのはね、真剣勝負のゲームなんだよ。プレーできるようになるまでには一生懸命練習しなければならないんだ」
するとニックは外に出ると、ボールを上に放り上げて落ちてくるのをバットで打とうとし、これを何度も何度も繰り返しました。1時間ほどたつと、ニックは言いました。「お父さん、もう一緒にプレーできる?」


ロンは言いました。
「じゃあ、できるようになったところをパパに見せておくれ」
ニックはボールを上に投げ、落ちてくるのをめがけて思いっきりバットを振りましたが、当たりませんでした。「ワンストライク!」ニックは興奮しながら言いました。もう一度ボールを放り上げましたがまたもや空振り。「ツーストライク!」ニックは大声で叫びました。


ロンは心配しているのをニックに悟られないように言いました。
「集中するんだ、ニック。いいかい、もう一回空振りしたら三振でアウトだぞ」
ニックはもう一度宙にボールを放り上げて思いっきりバットを振りました。あまりにも強く振って空振りしたので尻もちをついてしまいました。ロンはびっくりしましたが、ニックはニタリと笑いました。
「三振したんだよ。なんでそんなに嬉しそうな顔をしてるの?」
「だってぼくものすごいピッチャーなんだもの」


このニックの積極的な姿勢には本当に恐れ入ります。彼はきっとイチローのようなすごいバッターにはならないでしょう。でも彼は多分、幸せな人生を歩むことでしょう。さらにもっとすごいのは、ニックは周りの人たちの心を和ませ、元気を与えてくれるということです。彼のこのような態度は人々に伝染するからです。
悲観論者は、ニックのような人はバラ色のメガネでこの世を見ていて思い違いをしているのだと考えます。


決して容易なことではありませんが、知恵を用いてフラストレーションや失敗をプラスの経験に変え、自分を傷つけるような怒りやうっぷん、恨みなどをうまく昇華させる力を生み出すならば、私たちの人生はもっと明るい光でいっぱいになることでしょう。
マイケル・ジョゼフソン

(訳:舟田譲二)


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

注意!

2016.10.12日

「自分が注意を払っていることに注意しなさい!」
先週、ある人が言った「注意を払っていることに注意しなさい!」という言葉が心に響きました。


毎日のニュースを聞いていて、あるいは友達が自分の身に、彼らの友達の身に、はたまた世界中で起こっているさまざまな恐ろしいことなどを話しているのを聞いているうちに、いつの間にか周りは大変なことだらけ、暗いことばかりのような気がしてきて、気が滅入っていることに気づきました。


しかし、実際には人生はもっともっと素晴らしい、びっくりするようなことで満ちているし、不快に感じるよりも感謝すべきことの方がずっとたくさんあります。日々の生活の中の一瞬一瞬、私たちには選択肢があります。暗い面に目を向け、私たちの思考をそれにコントロールさせて、心配したり、憂うつになったり、落ち込んだりすることができます。あるいは、私たちの生活の中の、そして世界中の明るい面に焦点を合わせることもできるのです。


現実世界の中では、明るい面と暗い面、良いことと悪いこと、嬉しいことと悲しいことなどは、常に一緒に存在しています。私たちが何を見て、どのように考えるかによって大きな違いが生まれます。


私たちはだれでも良いことを見つけ、美しいことや喜ばしいことに注意を払うことができます。そしてそのような生き方をすると、明るい将来を見ることができ、前進する勇気がわいてきて、もっと良いことを生み出していくことができるようになります。


ということで、私は今月自分が注意を払っていることに注意するということがいかに大切であるかということに、良い面に気づいてそれを認め、すべてのことに対して意識的に感謝することに心を向けることにしました。
皆さんはいかがですか?
サンドラ・アベル、ベストセラー作家、講演者、カウンセラー、人生・ビジネスコーチ

(訳:舟田譲二)


サンドラ、ありがとう。大切なことに気づかせてくれて。
私もそうすることにしました。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

必要なのは好機ではなく変化

2016.10.11日

"Your life does not get better by chance, it gets better by change."
--Jim Rohn – 1930-2009, Author and Speaker
「あなたの人生は好機(チャンス)によって良くなるのではない。変化(チェンジ)によって良くなるのだ」
--ジム・ローン、著作家、モチベーショナルスピーカー
(訳:舟田譲二)


冒頭の言葉、英語のYour life does not get better by chance.の"by chance"は「偶然に」という意味です。ですから、本来ならば「人生は偶然に良くなるわけではない。自分の起こす変化によって良くなる」という意味なのですが、ジム・ローンは"by chance"と"by change"を対比させることによって、「ほんのわずかな違いが大きな違いを生み出す」ことを言いたいのだと思います。
日本人にとって、「チャンス」と「チェンジ」は聞いたところそれほど似ているようには感じませんが、英語ではよく似ています。スペリングで言えば、cとgの1文字の違いです。


このようなほんのわずかな違い、それは多くの人が思っているような好機(チャンス)や偶然ではなく、自らが生み出す変化(チェンジ)によってもたらされるものです。
そして、それはだれにも公平に与えられています。


2年前、「成功とは」の記事の中でジム・ローンについて書きましたので、ご興味のある方はこちらもあわせてご覧ください。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

人生はわからないものだ

2016.10.09日

"The only safe thing is to take a chance."
--Mike Nichols(1931-2014), Film director, theatere director, film producer, actor, comedian
「唯一安全な道は、一か八かやってみることだ」
--マイク・ニコルズ、映画監督・舞台演出家・映画製作者、俳優、コメディアン
(訳:舟田譲二)


マイク・ニコルズは、1967年の『卒業』でアカデミー監督賞を受賞。このほか、トニー賞、グラミー賞、エミー賞も受賞している。
1939年、ナチス・ドイツのユダヤ人迫害から逃れるため、当時7歳のニコルズは3歳年上の兄とともにアメリカに渡る。シカゴ大学で医者になるため勉強していたが中退。その後、コメディアンから出発して、俳優、演出、監督となり、名声を博した。
(Wikipediaより)
医者になる夢を捨てる一大決意をしましたが、その結果自分の好きな道を歩み、映画監督として大成功を収めました。


一昨日の記事、「安住アナがヤバイ!」の中で、その非凡さを余すところなく披露しているアナウンサーの安住紳一郎さん(43)。


y7E3R2EIatLosIf_3159.jpeg


大学時代は姉と同じ教師を志望し、教育実習も済ませた上で就職する高校も決まっていた。
大学の掲示板でアナウンサー募集のポスターをたまたま見かけたことがきっかけとなり、「教師とアナウンサーには『一対多数のコミュニケーション』という共通項があり、教師になるための勉強につながる」と考え、記念受験のつもりでアナウンサー試験を受けることにした。TBS、日本テレビ、フジテレビ、テレビ朝日のアナウンサー試験を受けたが、日本テレビは書類選考で不採用。テレビ朝日は最終選考前に不採用。TBSとフジテレビは第一次を通過したが、フジテレビは連絡が取れずに不採用となり、TBSのみ最終選考で合格した。
2003年に放送された日曜劇場『GOOD LUCK!!』では本人の名をもじったパイロットの「安住龍二郎」役として起用され俳優デビューを果たした。その前にも2002年の冬クールに放送された『木更津キャッツアイ』最終回、同年夏クールに放送された『ぼくが地球を救う』の2作品にも本人役で出演していた。また、2006年5月から7月に放送された『愛の劇場・吾輩は主婦である』では、回想シーンに登場する若き日の夏目漱石を演じている。
(Wikipediaより)


現在TBSの局アナとして年収は2千数百万円とか。しかし、フリーになったら2億円といううわさもあるそうです。
清楚で真面目そうな感じで、凛としていながらユーモアのセンスも抜群、すました顔しておどけたりつっこみもうまい。


こんな有能な安住さんがアナウンサーになったきっかけが、上に書いたように「偶然」とも思えるアナウンサー募集のポスター。
しかも、日本テレビ、フジテレビ、テレビ朝日のアナウンサー試験で不採用になっていながら、採用されたTBSで頭角を現し、今や押しも押されもせぬ人気アナウンサー。


マイク・ニコルズ、安住アナといい、本当に人生ってわからないものです。
あなたも、ほんのちょっとしたきっかけで、信じられないような将来が開かれる可能性があるのです。
本当の安全な道というのは、一見危険に思えるようなことを一か八かやってみることかもしれません。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

失敗のススメ

2016.10.04日

"If you don’t make mistakes, you’re not working on hard enough problems. And that’s a big mistake."
--Frank Wilczek, Nobel Prize winner in Physics
「もし失敗していないなら、十分に難しい問題に取り組んでいないからで、それは大きな間違いだ」
--フランク・ウィルチェック、ノーベル物理学賞受賞
(訳:舟田譲二)


「もし失敗していないなら、十分に難しい問題に取り組んでいないからで、それは大きな間違いだ」
と言うウィルチェックの言葉は胸に刺さります。
私たちは、というか少なくとも私は、失敗するのを恐れて「十分に難しい問題に取り組む」ことなどとうていできない気の小さい者です。
その点、世紀の大発見をしてノーベル賞を受賞するような人は、不可能と思えるような難問に取り組み、何度も何度も失敗を繰り返します。
失敗があって初めて成功があるのです。


たった今入ったニュースですが、今年のノーベル医学生理学賞に大隅良典さんが決まりました。
「研究者として決して順風満帆の人生を送ってきたわけではない。助教授となり研究者として独立したのは43歳、教授になったのは51歳と早くはない。オートファジーの研究も当初は見向きもされなかった。それでも、研究費を得やすく、論文も書きやすい『流行』のテーマに転じようと考えなかった。『人と競争するのは嫌い。だれもやっていない分野でパイオニアとして切り開いていく方が楽しい』


大隅さんは受賞前、『自分がやっていることが面白いなあと思えることがサイエンスにとって一番大事。オートファジーが流行になってしまって居心地が悪い。私はちょっとへそ曲がりなんです』と話した。
(朝日新聞デジタル 「へそ曲がりの精神...大隅さんはどんな人? ノーベル賞」より)


「若い時の苦労」の中にも書きましたが、田中耕一さん(2002年化学賞受賞)は若い頃は「挫折の連続だった」と語っています。
益川敏英さん(2008年物理学賞受賞)も、
「人間は日々、小さな失敗を重ねている。失敗を失敗と思わない習慣が成功の出発点。ノーベル賞の対象となった研究も、最初は解けなかったが、そのときにとことん突き詰めて何が足りないか分析していたから、8年後、新しい理論が出て来たときに解くことができた」と言っています。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

人生は点と点がつながってできている

2016.10.03日

"Again, you can’t connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future. You have to trust in something — your gut, destiny, life, karma, whatever. This approach has never let me down, and it has made all the difference in my life."
-- Stanford Commencement Speech, June 2005, Steve Jobs
「いいですか。将来を見ていて点と点をつなぐことはできません。過去を振り返って初めて点と点をつなぐことができるのです。ですから、点は将来においてもどのようにかしてつながるに違いないと信じなければならないのです。あなたたちの直感とか、運命、人生、宿命等々、何かを信じるのです。このような考え方のお陰で、私はこれまで一度も落ち込んだことがありませんし、私の人生はこれですっかり変わりました」
-- スティーブ・ジョブズ スタンフォード大学卒業式でのスピーチ(2005年6月)から
(訳:舟田譲二)


冒頭の言葉はスティーブ・ジョブズが、今や伝説となったスタンフォード大学卒業式で語ったスピーチ「ハングリーであれ、愚か者であれ!」の中に出てきます(オリジナル動画あり)。


この中で彼が語っている「過去において起きたことはすべて点と点でつながっているように、将来においても点と点がつながるのを信じる」というのは、私がこのブログでこれまで繰り返し述べてきた「新超ひも理論」とまったく同じです。ご興味のある方はぜひこちらのリンク先の記事もご覧ください。


スティーブ・ジョブズは、一般的には不幸とも言える生い立ちや次々と襲いかかる逆境に立ち向かいつつ果敢に生き、5年前に56歳という若さで亡くなりましたが、今なおこの大切なメッセージを私たちに語り伝えています。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

幸運の女神は用意された人にのみ訪れる

2016.09.29日

昨日の記事、「Aha!体験」がふたりの人の人生を大きく変えました。


「人生は、自分が主役を演ずるドラマだと思う。では、だれがそのシナリオを書くのか。成長するまでは親にゆだねられるのが普通だが、大人になったら、自分自身で書き下ろしてほしい。自分の人生は自分で決めるのが原則であり、シナリオは人生の戦略なのだから」


9月7日、東京都文京区の東京大学安田講堂で開かれた「ノーベル賞受賞者を囲むフォーラム 次世代へのメッセージ」で江崎玲於奈・横浜薬科大学学長(1973年物理学賞)が冒頭で語った言葉です。
私も過去に「あなたが人生の主人公」などを始め、このブログで似たようなことを何度か書いてきましたが、まことに江崎玲於奈さんのおっしゃるとおりだと思います。


江崎玲於奈さんは続いてこのように述べていらっしゃいます。
「自分にはどんな才能があるのか、何を得意にしているのか、人生で何をなすべきなのか、天職はあるのか。これらの質問に対して、できるだけ的確な答えを得ること、そして、自分の才能を最大限に発揮できるようなシナリオを書く力を身に付けること、それが教育を受ける最大の目的だと知ってほしい。あとは、シナリオ通りの役を演じられるように努力することが大切だ。努力を続けていれば、きっと幸運の女神がほほ笑んでくれるだろう」


「幸運の女神は用意された人にのみ訪れる」
とフランスの生化学者、細菌学者であるルイ・パスツールも言っています(「幸運の女神に微笑んでもらうために」)。
棚からぼたもちは落ちてきません。


江崎玲於奈さんの人生を変えた「Aha!体験」は次のようなものでした。
「米国を講演旅行で回っているとき、有名なベル研究所の入り口に、電話を発明したグラハム・ベルの胸像があった。そこには『時には踏みならされた道をはずれて、森の中へ入ってみなさい。きっと見たことのない新しいものを見いだすに違いない』という言葉が刻まれていた。私は森へ踏み出す決心をした。自分のドラマの舞台を日本から米国へ移したのだ」


フォーラムで江崎さんと一緒に基調講演を行った山中伸弥・京都大学iPS細胞研究所長(2012年生理学・医学賞)も同じように「Aha!体験」をしていらっしゃいます。
「31歳で米国サンフランシスコにあるグラッドストーン研究所に留学した。この時に二つの大切なものに出会った。一つは、研究者として成功する秘訣ひけつだと、研究所長から教えてもらった『VW』という言葉だ。Vision(ビジョン)&Hard Work(ハードワーク)の頭文字をとっている。自分の目標を明確に持ち、一生懸命努力しなさいという教えだ。二つ目は、ネズミの受精卵から作られたES細胞(胚性幹細胞)だ。ES細胞は、ほぼ無限に増え、脳や心臓など色々な細胞に変わることができる。帰国後の1998年には、米国の研究者が人間のES細胞を作ったという論文を発表した。論文を初めて読んだ時、私はジャンプして喜んだのを覚えている。治療法がない多くの患者をES細胞で救えると思ったからだ」
(以上、9月27日付読売新聞 23面「新しい科学者像 ノーベル賞受賞者を囲むフォーラム」より)


あなたの「Aha!体験」はなんですか?
もしまだ経験していらっしゃらなかったら、目を見開き、耳をそばだて、自分が経験するあらゆることの背後に潜んでいる「Aha!体験」を待っていてください。
「幸運の女神は用意された人にのみ訪れる」からです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

Aha!体験

2016.09.28日

"Aha!"はアメリカでは日常よく使われる表現です。
日本語では、
「あっそうか!」
「なるほど!」
「そうだったんだ!」
「わかった!」
「ガッテン!」
といった感じです。


"Aha!は発音が大事です。
普通に「アハー」と言っていたのでは通じません。
「ア」は弱く、あとの「ハー」はトーンを上げて強く「アッハーっ!」と言います。


「Aha!体験」は人生の中で、また日々の生活の中でもとても大切です。
子どもや学生なら、勉強しているときこの"Aha!"は不可欠です。理屈がわからないまま、ただガムシャラに頭に詰め込んで丸暗記するというのは、一番悪い勉強法です。非効率なばかりでなく、全然身につかず、しばらくするときれいさっぱり忘れてしまいますし、将来的にも役に立たない。意味もわからずに丸暗記しているので、勉強がつまらなくなり、さらに嫌いにさえなってしまいます。
逆に「Aha!体験」をすると、勉強が楽しくなりますし、学んだことが生活の中で生かされるようになります。


人生の中でパズルのように見える不可解なことも、点と点がつながって線のようになり、意味がわかるようになります。そうすると、人生が開けて明るくなり、毎日の生活も楽しくなってきます。


さまざまな人間関係においても、「Aha!体験」があると人の考えや気持ち、行動が理解できるようになります。
また、自分の考え・感情・行動も客観的に判断することができるようになります。


2週間ほど前に、そのタイトルに惹かれてネットで注文した You Don't Have to Be Sick to Get Better (『良くなるために病気になる必要はない』)という中古の本が昨日届きました。
著者はMicheal Josephson(マイケル・ジョゼフソン)という私の大好きな作家です。
これまでにもこのブログで彼の名言をたびたび引用しています。
表紙のカバーには$1.99とありますが、売価は$7.11、送料込みで$15.09と約7.6倍にもなり、140ページ少しの薄い本なのに結構高い買い物になりました。でも書評がどれもとても良かったので思い切って注文しました。
届いた包みを開けると、昔アメリカの古書店でよく嗅いだ懐かしい臭いがプーンとしてきました。


josephson.JPG


早速読み始めましたが、期待にたがわず示唆に富む深い内容が満載で、1章読むごとに「Aha!体験」をしています。
その中のひとつの例話を下にご紹介します。


ふたりの男が旅に出、一生懸命働いた結果、金200個を集めることができた。
家路につこうとしていたとき、ひとりが重い病に倒れた。
臨終の床で彼は友に言った。
「お前の望むだけ妻に金をやってくれ」


村に戻るとその友は亡くなった男の家を訪ね、妻に彼の死を告げるとともに金1個を与えた。
妻はそれに抗議したが、彼は言った。
「私はただあなたのご主人の遺言を実行したまでです」
妻は夫の考えていたことが理解できなかったが、夫は頭の良い、誠実な人物だと信じていたので、村の裁判官のところに行こうと言った。
裁判官は厳格に法律を守る人だという評判を聞いていたので、男はその友の妻と一緒に裁判官のところに行くことにした。
裁判官は男の言い分を聞いた後、妻に金199個を与えるよう男に命じた。


男は抗議して言った。
「友は臨終の床で私に、自分の望むだけ妻にやってくれと言ったのですよ。どうしてその遺言を裁判官は無視できるのですか?」
裁判官は答えた。
「私はその遺言をそのまま判決に反映させた。おまえは明らかに金199個を望んだ。よって、その199個の金こそまさにおまえが彼の妻に与えるべきなのだ」

(訳:舟田譲二)


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

苦しみや困難な中にある人へ

2016.09.26日
ashlynn.jpg


私の名前はアシュリンです。
今11歳ですが、8歳の頃からずっとトゥレット症候群で苦しんでいます。まばたきや変な呼吸といったひきつけを起こします。
家族も私も初めのうちはただの癖かなにかだと思っていました。でも、だんだん症状がひどくなってきてようやくトゥレットだとわかりました。というのはお父さんも同じトゥレットだったからです。
じつは正式にトゥレットと診断されたわけではありません。というのは、これがトゥレットだということはみんなわかっているからです。それで両親は私をお医者さんに連れて行って、ただひどくならないようにと、薬を出してもらうことを望んでいないのです。


私がトゥレットだとわかってからわりとすぐに家族は引っ越しました。そしてありがたいことにホームスクーリングで学ぶようになりました。でも、教会は変わらなければなりませんでした。
新しく通い始めた教会の礼拝はすばらしかったです。でも私はきっとパニックするだろうとおそれていました。私がひきつけを起こしているのを、だれかがじっと見ていました。
その日、家に帰ったときには泣きそうになりました。
教会で洗礼を受けて半年ぐらいするとひきつけはほとんどなくなりました。2年半ほど前のことです。


それから家族はもう一度引っ越しました。そして昨日の晩、私たちはジェイミー・グレースのキャンプコンサートに行ってきました。
ジェイミーが自分のひきつけのことを話し始めたとき、私は泣きそうになりました。
ジェイミー・グレースもトゥレットだということを私は知っていました。だからジェイミーのおかげで、私もトゥレットであるということがうんと楽になりました。
ジェイミーが「神様はぜったいに間違ったことはされない」と言ったとき、もう私はその場で泣きたくなってしまいました。
幼稚園の頃からの友達に、何か月か前にトゥレットのことを勇気を出して言いました。
「あなたがトゥレットだからと言って、私はあなたのいい友達だってことに変わりはないわよ」と友達が言ったとき、また泣きたくなりました。


ギターを弾いたり、歌を歌ったりすると気持ちが落ち着きます。
ギターを習い始めて2年ぐらいになります。ギターを弾いていると気持ちよくなって、ひきつけを起こさないことに気づきました。
それからもうひとつ、トゥレットだということで落ち込むこともありますが、人と同じであることよりも人と違うということはもっといいことなんだ、ということがわかるようになりました。
これはトゥレットに限らず、自分が人と違うということで辛い思いをしている人がいたら、ジェイミー・グレースが言っているように、「神様はぜったいに間違ったことはされない」ということを思い出してほしいと思います。人と違うということであなたはもっとすてきな人になっているからです。

(訳:舟田 譲二)


ちょうど二日前、ピアノや歌を教えていらっしゃるFBフレンドのTakami Anabukiさんから、このジェイミー・グレースの"Fighter"という歌の歌詞を翻訳して欲しいと依頼されました。
訳していて魂に迫ってくるものを感じました。
この歌は、苦しみや困難な中にある人が必死で立ち上がろうとしている姿を歌っているもので、同じような境遇にいる人への励ましのメッセージとなっているからです。
これがその歌です。
長くなるので歌詞は明日のブログに載せることにします。



↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

弱き者よ、汝の名は…

2016.09.24日
5%20Funny%20Facts.jpg



「人生の5つの愉快な真理」

1.子どもがひとりできたらあなたは親になる。しかし、ふたりできたらあなたは審判になる。
2.結婚とは、一方がつねに正しく、他の一方はつねに夫であるという関係である。
3.愛はお金で買うことはできない。しかし、愛のためにはお金がたくさんかかる。
4.妻と夫はつねに妥協する。夫は自分が誤っていたと認め、妻は夫に同意する。
5.私たちの話す言葉を母語と言うが、それは父親には話す機会がまったく与えられないからである。

「最高の英語の名言」
(訳:舟田譲二)


アメリカ人特有のユーモア満載「名言」(迷言?)です。
読んでいて吹き出しながら、自分のことに当てはめて考えてみると、これが「当たらずとも遠からず」で、おそらくアメリカ人の夫婦だけでなく、ひょっとしたら日本人にも、あるいはほかの国の夫婦の間にも共通する「真理」なのかな、なんて... (笑) 。


1.は間違いなく真理。子どもがふたりできると、親は間に入って「審判」にならなければなりません。
審判に求められることは、公平であること。どちらに味方しても必ずもう一方からブーイングがきます。


2.夫婦間において「一方がつねに正しく」とはどちらのことか。「他の一方はつねに夫である」からその答えは明白です。
かつてはまったくこの逆だったのですが、男女同権が唱えられるようになってから、むしろ女性の権利の方が優先されるようになって、「老いては子に従え」じゃないですが、男性は「つねに妻に従え」のような雰囲気になってきました。その方が事は丸く収まるからです。
面白いことに、ライオンなど動物の世界においても、一見オスの方が強そうに見えるのですが、実際にはメスが自分の思うようにオスを従えています。


3.は面白い「真理」ですね。確かに愛はお金では買えないけど、たくさんお金がかかる。一般の世界ではきっとそうでしょうね。本物の愛にはお金はかからないのですが。


4.お互いに妥協しないで我を通そうとすると、衝突は不可避で関係は壊れ、離婚ということになります。そして、ほとんどのケース、女性はひとりでも、あるいは子連れでもやっていけるのですが、男性はひとりでやっていけない。そこで「謝る」。これが夫の側の妥協。それに対して、妻の「妥協」とは夫の言うことに同意する。うーん、言い得て妙。


5.一般的に男性は寡黙で、女性はおしゃべり。脳科学的にも、また遺伝子的に見ても女性の方が言語能力が優れているので、自然とそのような形になります。
そこで、家庭内においても母親の意見が通ることが多く、それを英語でも日本語でも自国語のことを「母語」と言うのとかけてるところがミソです。


ハムレットの名セリフ
「弱き者よ、汝の名は女なり」
の現代語訳は、
「弱き者よ、汝の名は男なり」。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

世界に不用の物はない

2016.09.23日
r11-p01.jpg r11-p04.jpg


r11-p02.jpg r11-p03.jpg

上の4枚の写真は何だと思いますか?
ピンと来る人がいたらかなりの「通」です。
私はなにかの菌類かと思いました。でも、ハズレ。
一般の私たちにはなじみの薄い「粘菌」(ねんきん)と呼ばれるものなのですが、これがまた実に不思議な生き物。
「動物とも、植物とも、菌類とも、原生生物とも言える曖昧な生物、コスモポリタンで、梅雨時から夏にかけて、森の朽ちた倒木や落ち葉の上などに見つけられる。粘菌変形体は、裸の原形質の巨大な塊で、100gぐらいの原形質が、先端部では数cmから数mのシート状に広がり、後方では、管がネットワーク状に分布している」
と北海道大学電子科学研究所、上田哲男さんが語っています。


かつて昭和天皇もこれをご研究されていたそうです。
そして、この粘菌の研究で世界的に有名だったのは、南方熊楠(みなかたくまぐす)という1867年から1941年に活躍した博物学者、生物学者、民俗学者です。
明治19年に19歳で渡米し大学で動植物を研究し、その後25歳でイギリスに渡り、大英博物館で考古学、人類学、宗教学などの蔵書を読みふけったといいます。


18か国語を自在に操り、独学で世界的な粘菌の研究者となったこの人がすごいことを言っています。
「多くの菌類や黴(かび)菌は、まことにせっかく人の骨折って拵(こしら)えた物を腐らせ、悪(にく)むべきのはなはだしきだが、これらが全くないと物が腐らず、世界が死んだ物で塞がってニッチも三進(さっち)もならず」と続け、害虫も無益のものではないと力説したそうです。
(2016年8月21日付読売新聞 「[名言巡礼]南方熊楠の言葉…世界にまるで不用の物なし」より)


「粘菌は味覚もあり、苦いものは避け、糖とかアミノ酸のような美味いものには寄って行く。嗅覚もある。臭いに対する粘菌の反応とヒトの反応に高い相関があることから、そこに共通のメカニズムがあると想像されるほどだ。その他、重力や電流にも反応する。粘菌には五感が備わっていると言ってよい。動物では特殊化した感覚器官が局在化しているが、粘菌ではこれらの能力が全身にある。一部分を切り取っても、サイズが小さくなるだけで同じように振舞う。粘菌は、全身が感覚器官であり、運動器官であり、情報器官だと言われる」
一見原始的な生物が、感覚受容、判断、行動、“計算”、“記憶”など、脳をもつ動物にも匹敵する高度な情報能力を示すことから、これを応用した「粘菌コンピュータ」なるものまで生まれたのです。


この単細胞生物の真正粘菌が形成する餌の輸送ネットワークを理論的に解明し、都市を結ぶ実際の鉄道網よりも経済性の高いネットワークを形成する理論モデルの構築に成功したそうです。
近年ますます複雑化するネットワーク社会において、経済性および災害リスクなどの観点から最適な都市間ネットワークを設計する手法の確立につながるというではありませんか。


去る7月に相模原市の知的障害者施設で起きた殺傷事件を受けて、一昨日の21日に横浜で全国から1000人が集う追悼集会が開かれました。
参加した方たちが切々と訴えていました。
「容疑者の『障がい者はいらない』という言葉は、私たちに向けられています。私たちは障がい者である前にひとりの人間です」
「障がい者にも輝く人生があります。生まれてよかったと思える社会を作らなくてはいけません」
「障がい者はみんなうまく言葉にできなくても心や頭の中ではちゃんと考えています。このことを社会の人たちにわかってほしいです」


この世の菌類やかび菌、害虫を始めとするあらゆる動植物を指して「世界に不用の物はない」と南方熊楠は語りましたが、人である障がい者ほどこの世において大切な存在のものはありません。
私たちは障がい者と力を合わせて共生社会作りを目指さなければなりません。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

馬がしゃべる?そーんなバカな!

2016.09.22日


「馬がしゃべる?そーんなバカな
馬が歌う?そーんなバカな
ホント。
だけど相手はひとり、ホントに好きな人にだけ
アイ アム ミスター・エド」
というオープニングソング。
1962年から1964年まで放映された日本でも人気のアメリカのホームコメディ。
私のお気に入りの番組で、欠かさず観ていました。


馬が人語を話す。これはドラマの世界。
でも、なんと馬語を話す人がいるのです。
その人の名はモンティ・ロバーツ(現在81歳)。


映画『モンタナの風に抱かれて』(ロバート・レッドフォード主演)のモデルとなった人で、その著『馬と話す男〜サラブレッドの心をつかむ 世界的調教師モンティ・ロバーツの半生』(徳間書店)は多くの人に読まれ、モンティ・ロバーツは日本に講演に来られたこともあります。


モンティは、調教したことのない野生馬をわずか30分で調教し、その背に鞍を乗せて人が乗れるまでにします。
その方法は、従来のような調教師が権威を持って鞭で馬を強制的に従わせるのではなく、馬の目線に立って馬の気持ちを理解し、馬と語り合いながら信頼関係を築き、馬が自分の方からモンティに従いたくなるように導くという画期的な方法です。



モンティ・ロバーツはひと言でズバリ、その調教の秘訣を語っています。
「どんな教師も、その気のない脳みそに知識を押し込むことはできない。教えるという一方的な行為は存在しない。あるのは、学ぶという行為だけだ」と。


学校や塾における教育、また家庭における親の子どもに対する教育において、従来の馬の調教のような脅しや強制、暴力などが日常的に行われていて、それによって生徒・子どもは勉強嫌いになっています。
さらに、教師の部活等における暴力的な指導により自殺・自殺未遂する生徒が全国で後を絶たず、平成に入ってからその数は60件余りに上ると言います。
馬でさえ、馬語を話すモンティ・ロバーツの愛情によって学ぶ姿勢が生まれるのならば、ましてや人間においておやです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

力を全部出しきる

2016.09.21日
father-child-talking-stone.jpg


小さな少年が田舎道をお父さんと一緒に歩いていました。
とても大きな樹の枝がふたりの前に立ちふさがっているところに出くわしたとき、少年は尋ねました。
「お父さん、あの大きな枝、ぼくにどけることができると思う?」
「もし、お前が力を全部出しきったら、きっとどけることができると思うよ」
そこで少年は力の限りを尽くして大きな枝を持ち上げたり、引っ張ったり、押そうとしましたが、どうしてもどけることができませんでした。
がっかりした息子は言いました。
「お父さん、残念でした。ぼくにはできないよ」
お父さんは言いました。
「もう一度試してごらん」
今回は、枝と格闘している息子に父親は手を貸して、ふたりは一緒に枝をどけることができました。
「おまえは最初、全部の力を出し切らなかったよ。お父さんに助けてと言わなかっただろう」


この話はとても大切なレッスンを教えています。私たちが自分の力だけでできないことはたくさんあります。でも、だからと言って「できない」というわけではありません。私たちの周りには家族や友人や、そして「信仰」など、目標を達成するのに助けとなるさまざまな手立てがあります。私たちはときにプライドや頑固さのゆえに、助けを求めることを怠ります。人の手を借りなければならないというのは弱さのしるしだと思うこともあります。さらに、助けを求めることを考えつかないことすらあります。どのような理由であれ、これは本当にもったいないことです。


私たちが持っている力を使い切ることは大切なことです。この中には自己鍛錬や勇気、そして愛といった自らの内側にあるものが含まれます。しかしそれだけでなく、外側にあるほかの手立ても含まれています。ちょうど私たちがほかの人たちを進んで助けるべきであるように、私たちもほかの人たちに進んで助けを求めるべきなのです。これが人間であることの素晴らしいことのひとつなのです。
マイケル・ジョゼフソン
(訳:舟田 譲二)


自分の力だけでやることが「力を全部出しきってやる」とは限らない。
人の力を借りることも、「力を全部出しきる」ことに含まれる。
なるほど、確かにそのとおりです。
そもそも私たちの持っている力なんてたかだかしれています。
素直に人に助けを求め、力を合わせて一緒にやることも「力を全部出しきる」ことのうちなのですね。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

健康寿命を延ばす

2016.09.19日

老化を抑制する効果が動物実験で明らかになりつつある物質を、人間に経口投与する世界初の臨床研究が、慶応大で始まっている。人間でも効果が確認されれば、老化に伴う病気の予防や治療だけでなく、急速に進む高齢化に伴う医療費や介護費の増加を抑えられる可能性がある。


老化のメカニズム解明は急速に進んでいる。その一つが「サーチュイン」と呼ばれる遺伝子の働きだ。今回の臨床研究に参加する今井眞一郎・米ワシントン大教授(老化学)らが2000年、サーチュインの老化抑制効果を発見した。


臨床研究に使う物質は、サーチュインを活性化する働きを持つ「ニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN=Nicotinamide Mononucleotide)」。もともと体内にある物質だが、NMNを作る量は年齢が上がるにつれて減少する。そこで、NMNを経口投与して、老化を防ぐ効果があるかどうかを確認したい考えだ。


今井教授らによると、NMNをマウスに投与すると、老化で低下した様々な機能が改善し、副作用はないことがわかってきた。米ハーバード大のチームは、生後22か月(人間の年齢で60歳程度)のマウスにNMNを投与し、筋肉の状態が生後6か月(同20歳程度)相当に若返ったと発表している。糖尿病の症状が大幅に改善したとの報告もある。


healthylife.jpg


(9月7日付 読売新聞11面 [解説スペシャル]老化は抑制できるか…「長寿物質」が遺伝子活性化 より一部抜粋)


世界一の急ピッチで進む我が国の高齢化。
医療費の増大と労働人口の減少が続き、このままでは日本の社会は崩壊への一途をたどります。
上のような研究が進み実用化されると老化を抑制し、健康で元気な高齢者が増え、その結果医療費の増大と労働人口の減少といった大問題の解決の一助となるでしょう。


昨日の記事、「未来が見え始めてき」もそうですが、これからはますます遺伝子工学や先端技術、コンピュータが活躍する時代になります。
2020年度から小学校でプログラミング教育が必修化されますが、我々大人もプログラミングの基本を学び、生活の中でそれを応用できるようにならなければなりません。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

人生は巨大なキャンバスだ

2016.09.16日

"Life is a great big canvas, throw all the paint on it you can."
--Danny Kaye、-1911-1987, Actor
「人生は巨大なキャンバスだ。ありったけの絵の具をその上に塗りたくって絵を描こう」
--ダニー・ケイ、俳優
(訳:舟田 譲二)


ダニー・ケイは20世紀を代表する偉大な俳優、コメディアン、歌手です。
ビング・クロスビーと共演した『ホワイト・クリスマス』はとても有名で、私も昔、繰り返し観ました。


Bing_Crosby_and_Danny_Kaye_in_White_Christmas_trailer_3.jpg


アカデミー賞やエミー賞も受賞し、『ダニー・ケイ・ショー』というバラエティ番組でも名を馳せました。
多芸で、楽譜が読めないのにオーケストラの指揮をしたり、国連ユニセフの親善大使として亡くなるまで活躍しました。公演で来日する都度、お忍びで福祉施設を慰問していました。
日本でダニー・ケイの大きな影響を受けたのが、当時のコメディアン谷啓です。その芸名も、ダニー・ケイを文字ってつけたものです。また、坂本九もダニー・ケイに倣って公演の合間を縫っては福祉施設を訪問していたそうです。


そんなダニー・ケイが残した冒頭の言葉、「人生は巨大なキャンバスだ。ありったけの絵の具をその上に塗りたくって絵を描こう」はまさに彼の人生そのもののようです。


どのように生きても同じ一生。
ならば私たちも、人生という巨大なキャンバスに思いっきり絵の具を塗りたくって、自分の人生を描きたいものです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

正しい怒り方

2016.09.14日

"Anyone can become angry - that is easy. But to be angry with the right person, to the right degree, at the right time, for the right purpose, and in the right way - this is not easy."
--Aristotle
「だれでも怒ることはできる。じつに簡単なことだ。しかし、しかるべき相手に、しかるべきレベルで、しかるべき時に、しかるべき目的で、しかるべき方法で怒るとなると、これは簡単なことではない」
--アリストテレス
(訳:舟田 譲二)


アリストテレスについてはこれまで何度かこのブログの中で取り上げてきました。彼の名言の多くは私の波長と非常によく合い、一つひとつビンビンきます。
6年前に書いた記事、「幸福になる秘訣」は今読み返しても、「ふむふむ、なるほど」と我ながら感心する、アリストテレス特有の幸福論です。


今日の「怒り方」も非の打ちようのないほどずばり真理を突いた教えです。
多くの人が夫婦間、親子間、きょうだい間、子弟間、同僚間、上司部下の間等々で、この「正しい怒り方」の原則を守らないために、関係を壊し、下手をすると憎しみや嫉妬に発展したり、さらにこれがもつれると、傷害事件や殺人事件に、国と国の間では戦争にまで発展するのです。


さすが天才アリストテレス、正しい怒り方をじつに簡単明瞭に教えています。
「しかるべき相手に、しかるべきレベルで、しかるべき時に、しかるべき目的で、しかるべき方法で」怒るなら、その怒りは役目を果たします。
しかし、そこが人の弱いところ。ことごとくその正反対をしてしまうのです。
「怒るべき相手を間違えている」
「怒るべきレベルを超えている」
「怒るべきでない時に怒っている」
「目的を外れて怒っている」
「正しい方法で怒っていない」


だれかに対して怒った最後の時のことを思い出してみましょう。胸に手を当てて、正直に。
私たちのだれひとり、胸を張って自分は「正しい怒り方」をしたと言うことはできないのではないでしょうか。
正しい怒り方は問題解決につながりますが、怒り方を間違えるとかえって問題を複雑にしてしまいます。
このように、「怒ること」自体は簡単なのですが、「正しく怒ること」は決して簡単ではありません。
この次、なにかで頭にきて、怒りたくなったときには、ひと呼吸おいて上のアリストテレスの「正しい怒り方」を頭の中で復習してみましょう。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

明日の良い仕事のための最善の準備

2016.09.13日

"The best preparation for good work tomorrow is to do good work today."
--Elbert Hubbard (1856-1915)
「明日の良い仕事のための最善の準備は、今日良い仕事をすることだ」
--エルバート・ハバード
(訳:舟田 譲二)


エルバート・ハバードは19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したアメリカの著名な教育者、著作家です。
セールスマンとして成功を収めた後、新しいキャリアを求めて40代はじめにそれまでの仕事をやめて大学で勉強を始め、その後会社経営をするかたわら、勤勉、質素な生活、積極的姿勢という独自の人生哲学を広めようと執筆活動をはじめました。
43歳のとき、わずか1時間で書き上げたという『ガルシアへの手紙』は、14年後には4000万部も印刷され、世界中の多くの人を啓蒙しました。


「幸せは日々の習慣で作られる」という名言も残していますが、
今日の名言
「明日の良い仕事のための最善の準備は、今日良い仕事をすることだ」
と同様、ハバードの勤勉な性格、生活態度から生まれた言葉です。


ここでは「明日の良い仕事」と言っていますが、これは仕事に限らず、親子関係を始めとするあらゆる人間関係に適用できますし、学生ならば勉学に、また健康や、人生そのものについてすべての人に当てはまります。
とどのつまり「ローマは一日にして成らず」なのです。
今日の一日をどのように過ごすかが、私たちの将来を決めます。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

心の中で人を裁いていると

2016.09.12日

"If you judge people, you have no time to love them."
--Mother Teresa – 1910-1997, Missionary and Saint
「心の中で人を裁いていると、その人を愛する余裕はありません」
--マザー・テレサ、修道女・聖人
(訳:舟田 譲二)


マザー・テレサについては「あなたの中の最良のものを」を始め、何度かこのブログでも取り上げてきました。


マザー・テレサはつい1週間前、カトリック教会で「聖人」として認定されました。
プロテスタントでは「聖人」という概念はありません。なぜなら聖書によると人はみんな同じ罪人だからです。
しかし、「聖人」であろうがなかろうが関係なく、病や貧困に苦しむ人々の救済に捧げたマザー・テレサの生涯と、彼女の謙虚な信仰の姿勢は世界中の人々から称賛され、マザー・テレサの残した数々の名言は今日も多くの人々に勇気と希望と力を与えています。
私もその恩恵に与かるひとりです。


冒頭の
「心の中で人を裁いていると、その人を愛する余裕はありません」
は私たちすべてに語られている言葉です。
私たちは例外なくみんな高慢な者であり、知らず知らずのうちに人を心の中で裁いています。
「裁く」とは、分かりやすい言葉で言い換えると、「その人の良し悪しを判断する」という意味です。
私たちはみんな「同じ穴のむじな」、似たり寄ったりです。
人を心の中で裁くことのできるような者はひとりもいません。
しかも、マザー・テレサの言うように、人を心の中で裁いている間は、その人に対する愛が自らのうちに欠けていて、自分も同じように神様から裁かれるからです。


聖書にも次のような言葉があります。
「隣り人をさばくあなたは、いったい、何者であるか」
(ヤコブの手紙 4:12)


「人をさばくな。自分がさばかれないためである」
(マタイによる福音書 7:1)


「だから、ああ、すべて人をさばく者よ。あなたには弁解の余地がない。あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めている。さばくあなたも、同じことを行っているからである」
(ローマ人への手紙 2:1)


私たちもマザー・テレサに倣って、謙虚に人に仕える者となりたいものです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

人生とは、自分の身に起こる10%と...

2016.09.11日

"Life is 10% of what happens to you and 90% of how you respond to it."
--anonymous
「人生とは、自分の身に起こる10%と、それにどのように反応するかの90%から成っている」
--作者不詳
(訳:舟田 譲二)


人生とは本当に摩訶不思議なものです。
健康で、家族に恵まれ、楽天的に、幸せに一生を過ごす人がいるかと思えば、かたやさまざまな病気を抱え、サポートしてくれる家族はいず、その結果悲観的になり、不幸な一生を送る人もたくさんいます。
これを「不公平だ!」と言う人もいます。


でも考えてみれば、そもそもこの地上において、みんなが公平ということはあり得ません。
たとえ工場でベルトコンベアーに乗って次々と生み出される機械物でも、出来不出来があります。ましてや、命を持つものですべてが同じ、公平などということを望む方がそもそも間違っています。


動物や植物の世界でも不公平は存在しています。
生まれつき足が不自由な犬もいます。同じ農園で栽培されている同じ種類の果物でも、美味しいものもあれば美味しくないものもあります。
でも、ここで大切なのは、動物や植物はほかと比べて不公平だ、なんてこれっぽっちも考えていないということです。


これに対して、人はほかの人と自分を比べるから、「不公平だ!」と言いたくなるわけです。
動植物と違って我々人間には知恵があるからそのように感じるのは当たり前だ、と言う人もいるでしょう。
ところが、またまた不思議なことに、同じ病気を抱えている人、経済的困窮の中にいる人、家族関係で問題のある人等々、似たような状況の中にあっても、ある人はその中で生き生きと、幸せに生きていますが、別の人は不平・不満が口を突いて出てきて、恵まれている人を嫉妬したり、恨んだりする人すらいます。


作家、三浦綾子さんは結核、脊椎カリエス、心臓発作、帯状疱疹、直腸癌、パーキンソン病など次から次へと襲う病魔と闘いながらも、「私はこんなにもたくさん病気をして、神様にえこひいきされている」と言って、感謝をしながら一生を送られました。
一生、綾子さんの介護を続けられた夫の三浦光世さんも、不平不満をこぼしたことはなく、夫婦円満で幸せな人生を送られました。


このように考えてみると、冒頭の言葉、
「人生とは、自分の身に起こる10%と、それにどのように反応するかの90%から成っている」
は確かに真理だと言わざるを得ません。
そして、起こったことにどのように反応するかには、根拠が必要です。無目的な出来事に対してポジティブに反応するのはまことに困難です。
このことを証ししていらっしゃるのが、シカゴ在住のFBフレンドの中村佐知さんです。


ご主人が作られた下の動画を昨日、「ミルトスの木かげで 線香花火」でシェアされました。
涙なしに見られない感動の実話です。



中村佐知さんのお嬢さんの美穂さんは21歳という若さでガンで天に召されました。
ご両親、ご家族・ご親族始め、多くの友人の方々が本当に苦しい、辛い思いをされました。
その苦しさの中で、お母さんは美保さんが息を引き取られる直前のときのことを葛藤の中で次のように語っていらっしゃいます。


「ガンになっても助かる人はいる。完治しなくても、ガンと共存しながら長生きする人もいる。死ぬにしても、安らかに眠るように亡くなる人もいる。それなのに、なぜみんは、21歳の若さで、ガンの診断を受けてから1年も経たないうちに、しかもこんなに苦しみながら、死に向かって突き進んでいるのですか…? あんなに大勢の人たちが、世界中で祈ってくださっているのに、癒しを確信し、ひれ伏して祈っていたのに、なぜこうなってしまうのですか? 私たちの祈りは、あなたの御前に何の意味もなかったのですか? My God, my God, why have you forsaken us!?」


しかし、最後には次のような言葉で締めくくっていらっしゃいます。


「みんは、本当に最期までよく頑張った。彼女の闘いは華麗だった。 感謝の言葉と愛の言葉で貫かれていた。もちろん時には痛みや悲しみゆえにかんしゃくを起こしたときもあったけれど、それでも、みんはいつも感謝と愛と憐れみの心で満ちていた。葬儀に来てくれた大勢の友人たちも、それを証ししてくれた。この地上での最期の言葉が「I love you」だとは、実にあの子らしい。苦しみのただ中からなおも愛を告白できるところは、幼児のころから少しも変わっていないのだ。敵は、みんに神様を呪わせ、親を呪わせ、この世の中を呪わせたかったのだろう。何とかみんに、いのちではなく呪いの言葉を吐かせようと、苦しみを与え続けたのかもしれない。しかし彼女は屈しなかった。苦しみを苦しみとして受け止めつつも、自分の肉体の弱さを受け入れつつも、決して屈しなかった。そして、この地での最期を「I love you!」と叫ぶことで締めくくった。敵はさぞかし悔しがったことだろう。イエスが十字架の上で赦しの言葉を語ったように、みんは病の床の淵から愛の言葉を語った。たとえ肉体は死んでも、みんはこの闘いに勝ったのだ。イエス様もみんに、「Well done!」とおっしゃっておられることだろう。」
「ミルトスの木かげで 最後の30時間」より一部抜粋)


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

私は〜で◯◯をやめました!

2016.09.09日

昨日の記事、「のめり込みに注意しましょう」の中で、パチンコや酒・タバコ・覚せい剤、子どもにとってのゲームなどの「中毒」の恐ろしさを書きましたが、最後に「良い中毒」もあると言って締めくくりました。
今日はその「良い中毒」について書きます。
これを知れば、現在の「悪い中毒」が何であれ、それから脱却できるばかりか、さらにもっと素晴らしい「中毒」を身につけて(?)、新しい人生を歩み始めることが誰にでもできるのです。


以前「有益な中毒!?」という記事を書きました。
「マラソンランナーが長時間、長距離を走っていると、あるときふっと苦しみを通り越えてある種の『快感』を味わいます。脳から快感物質であるβ(ベータ)エンドルフィンが分泌される」ランナーズハイという現象をその中でご紹介しました。


その後、この「ランナーズハイ」をもじって「ラーナーズハイ」という私の造語で、勉強も同様にその面白さにハマると脳からβエンドルフィンが分泌されて「中毒」になると書きました。


実はこのような、いわゆる「ハイ」の状態になるものは身の周り至るところに見出すことができます。
そして、これこそが私が提唱する「良い中毒」の勧めで、これを見つけさえすれば、パチンコを始めとする賭け事や酒・タバコ・覚せい剤、ゲームなどあらゆる「悪い中毒」から脱することができ、新しい、より積極的で創造的な人生を歩み始めることができるようになります。
このような「良い中毒」は、本人のみならず周りの人にも益になることが多く、これは「のめり込み」が奨励されるほどなのです。


実際のところ、薬物中毒を始めとするさまざまな「悪い中毒」から脱するためのプログラムはほとんど全部、患者に新しい価値観、楽しみ、喜びを見出す手伝いをしています。
たとえば「自分の健康のために」あるいは「子どものために」といったまったく別の価値観を発見することによって、苦労して「禁煙」せずに楽にタバコをやめることができるようになるわけです。


ある人は、芸術やスポーツなどの趣味の世界で「良い中毒」を見つけて新しい人生を歩み始めています。
皆さんはいかがでしょうか?
やめなければいけないと思っている「悪い中毒」があるなら、早速それに代わる「良い中毒」を探し始めてみませんか?


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

のめり込みに注意しましょう

2016.09.08日

「のめり込みに注意しましょう」
という標語をご覧になったことがありますか?
毎週のように新聞に折り込まれて入ってくるパチンコ・パチスロホールのチラシに載っている文言です。
「パチンコ・パチスロは適度に楽しむ遊びです」
と書いてあります。


nome21_03.jpg


先日、ひとりの中学生の生徒が私に尋ねました。
「学院長はパチンコやりますか?」
「いいや、しないよ」
「ですよね。学院長がパチンコをしそうには見えない」


私はパチンコやそれに類する賭け事が絡んだ遊びは一切しません。
昔、私の友人でパチンコをやっていて負けたので、その分を取り戻そうとしてやり続け、結局何万円という大損をしたというのがいました。
また、パチンコを趣味のようにしていて、勝ったり負けたり、という人もいましたが、聞くと、結局のところトータルでは負けている、とのこと。
でも、遊びだから、楽しんでいるんだから、それでいいと言う人もいます。

確かにそのとおりでしょう。
でも、悲しいかな、「適度に楽しむ」ことができずにハマってしまい、身を亡ぼす人が少なくない、いやとても多いのが現実です。
それにはワケがあります。
ひと言で言うと、「適度に楽しむ」ことができない魔力があるからで、人はこの魔力にとても弱いのです。
ですから、「自分は弱い」と思っていたら、初めから近づかない方が安全です。


これはパチンコやパチスロなどに限ったことではありません。
小学生が夢中になるカード集めもそうですし、中高生を始めとする学生を虜にするゲーム類もそうです。
電車に乗ると、多くの人たちが一斉にスマホを取り出し触っています。
メールでもしているのかな、と思っていたら、隣の座席のサラリーマン風の人やOLらしき人などもゲームに夢中です。
今、世界中で大流行のポケモンGOも同じです。
車の運転中にさえやる人が出て事故を起こしている始末です。


最初は興味本位で、遊びのつもりで、あるいは友達のつき合いのような感覚で始める覚せい剤などもそうです。酒やタバコも同じです。
いつの間にかハマってしまい、ついには抜けられなくなってしまいます。
同じような魔力があるのです。
何かにハマっているとき、快感を味わう脳内物質ノルアドレナリンやドーパミン、βエンドルフィンなどが分泌されるからです。
いったんその味をしめるとやめられなくなってしまう、それがいわゆる「中毒」、「依存症」です。


ですから「君子危うきに近寄らず」じゃないですが、私はこのような危険性のあるものには近づきません。


でも、「よい中毒」もあるんですよ。
それについてはまた明日書きます。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

私の人生の師、恩人

2016.09.07日
akama4-2aabd.jpg


(山口県下関市 赤間神宮にある芳一の木像)


『耳なし芳一のはなし』
人一倍多感だった小学生の頃の私にとってこの本ほど怖いものはありませんでした。
あまり本は読める方ではありませんでしたが、『耳なし芳一のはなし』だけは「見たいけど怖い、怖いけど見たい」で、こわごわ読みました。案の定、本の中の状況が目に浮かび、物悲しそうな琵琶の音色が聞こえてくるようで、トイレ(昔の暗い便所)に行くことができなくなり、夜も眠れなくなる有様でした。


その後、高校3年生の夏休みに、宿題で出された英語で書かれた原書の"Kwaidan"(『怪談』)を、またまた背筋を凍らせながら読みました。このときの思い出を綴ったのが「本当に怖い話」ですが、今読み返しても50年近くも前のことがまるで昨日のことのようにリアルに甦ってきます。


作者の小泉八雲(1850-1904)は、本名ラフカディオ・ハーンというギリシャ生まれの英国人で、「文明社会に汚染されていない」日本のことを耳にし、憧れて来日。
日本人女性の小泉セツと結婚して、自ら小泉姓を名乗って後に日本に帰化。英語教師として働いた14年間に13冊の本を書きました。
海外に日本を紹介する本とともに、日本語が読めなかったハーンは妻や家族、使用人、近所の人たちに日本の昔話や怪談などを話してもらって、それを題材に『怪談』『雪女』『ろくろ首』『食人鬼』など数多くの「お化け」物語を著しました。


「八雲は採取した数ある物語の中でも芳一を気に入っていた。妻のセツが呼びかけると、八雲は「はい私は盲目です」などと芳一になりきって執筆していたという。「芳一には、八雲をとりこにするいくつかの要素が含まれていたと思う」と話すのは、八雲のひ孫で島根県立大短期大学部教授の小泉凡さん(55)。


幼少期に父の故郷、アイルランドで暮らした八雲は、同地の昔話を聞いて育った。そこで、「魔法のフィドル」という、妙技を手にしたフィドル(バイオリン)奏者の不思議な運命を描いた著名な民話にも触れているはず。そして、「芳一を知った時、両者がよく似ていることに八雲の好奇心がかき立てられたのでは」と凡さんは推測する。さらに、八雲自身、10代半ばに事故で左目を失明し、盲目の芳一への親近感も大きかったと考える。


芳一を救おうとした住職の過失により、芳一は耳を失った。けなげに振る舞った末の災厄は、むごいものだ。ただ八雲は、その後人々が芳一の琵琶を聴きに訪れ、「彼は金持になった」という、「臥遊奇談」にはない結末を加えた。凡さんは「自分を重ねた芳一には報われてほしいと願ったのでしょう」と語った」


(9月4日付 読売新聞 日曜版 「[名言巡礼 怪異談に自身を重ねて] お前の身体じゅう、経文を書いておいたのに−耳だけぬかった!」より一部抜粋)


小泉八雲の"Kwaidan"は、その後の私の英語教師人生を決定づけたと言っていいほど、英語力の基盤を作ってくれ、ある意味小泉八雲は私の「人生の師、恩人」でもあります。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

みんな同じ空の下で生きている

2016.09.06日

"We all live under the same sky, but we don't all have the same horizon."
--Konrad Adenauer – 1876-1967, Former Chancellor of Germany
「我々はみんな同じ空の下で生きている。しかし、見ている地平線はみんな違う」
--コンラート・アデナウアー、元ドイツ首相
(訳:舟田 譲二)


Adenauer.jpg


アデナウアーは、戦後のドイツ連邦共和国(西ドイツ)の初代首相です。
子どもの頃、ニュースや新聞でこの名前をよく見聞きしていたのを覚えています。
非常に頭の切れる人だったようで、学生時代にクラスメイトと共にカンニングを画策していたそうです。
その計画は巧妙で、頭の良いクラスメイトに問題の解答を作らせ、答えを書くときには、カンニングがバレないように一人ひとりの生徒に間違えるところまで指示していたといいます。(そんないい頭を持っているんだったら、カンニングなんかするな!(^o^))


この頭の良さをいかんなく発揮し、自らが再建したケルン大学から名誉博士号を与えられ、その後も同大学の各学部に3度にわたって名誉博士号を授与され、哲学、政治学、医学、法学などその名誉博士号は多岐にわたる。
第一次世界大戦時の食糧難には大麦の加工食品や大豆製ソーセージを発明。ナチスにより引退生活に追い込まれていた時には「害虫防止ブラシ」「車のライトに幻惑されないメガネ」など珍発明を連発。庭いじりが好きでバラの新種を開発し「アデナウアーのバラ」と名付けた。(以上、Wikipediaより)


この頭のいいアデナウアーが言った冒頭の言葉はなかなか奥が深いです。
確かに、世界中何十億という人が地球上に住んでいますが、みんな例外なく同じ空の下で生きています。しかし、見える世界はみんな異なっています。
ある人は大平原の地平線を見ているでしょうが、山しか見たことのない人もいれば、砂漠や、ジャングルや海や氷しか見たことのない人、また都会しか見たことのない人もいます。
はたまた一生裕福な世界しか見ない人もいれば、逆に貧しい世界しか見ない人もいます。


さらに言うと、同じところに住んでいて、同じ生活をしていても見ている世界は一人ひとりみんな違います。一卵性双生児の人たちですら、毎日見ている地平線は異なっています。
そして、多くの人は自分に関心のあること、自分にとって益のあることしか見ていません。
しかし、また別の人は、ほかの人に見えない世界、地平線を見ていて、いかにして他の人に、また世界に貢献できるかを考えています。


実際のところ、ドイツ語で「地平線」と言うとき、「全体を見る能力」という意味が含まれているそうです。
私たちももっと広い視野を持って世界を見るものでありたいものです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

『受験のシンデレラ』

2016.09.05日

"People begin to become successful the minute they decide to be."
--Harvey Mackay – Author and Businessman
「だれでも成功すると心に決めた瞬間、成功への道を歩み始めている」
--ハーベイ・マッケイ、著述家・実業家
(訳:舟田 譲二)


精神科医・和田秀樹の原作で、自ら監督して映画化した『受験のシンデレラ』がテレビドラマ化され、NHKプレミアムで7月10日から全8回放映されましたが、録画しておいた第1回を昨日観ました。
小泉孝太郎演じる予備校のカリスマ講師と、生活費のためにバイトに明け暮れている、定時制に通う落ちこぼれの女子高校生が挑戦する、とてつもなく無謀な目標!それは1年で東大合格を目指すというもの。


scene00.jpg


脚本家・山岡潤平は次のように語っています。
「執筆中、本当の挫折とは、夢破れることよりも挑戦する前に諦めることなのではないか、と常に考えていました。
五十嵐透(予備校講師)も、遠藤真紀(女子高校生)も、人生を諦めかけていました。そんな二人が出逢い、心通い合うなんて生ぬるいものではなく、己の不遇に対する怒りの業火をぶつけ合い、血へドを吐きながら、一度は呪った自分の人生に立ち向かっていく……これは単なる受験奮闘モノではなく、やるかやらないかの局面で、やる、と決めた、勇気ある人たちの物語です」


うちは受験専門の進学塾ではありませんが、教えるという点で相通じるところも多々あり、とても興味深く観ました。
オリジナルの映画は第5回モナコ国際映画祭でエンジェル・フィルム・アワード、最優秀作品賞ほか最優秀男優賞、最優秀女優賞、最優秀脚本賞を受賞したといいます。
とまれ、残る7回を観るまでもなく、結果はもうわかっています。それはドラマだから、という理由ではありません。
「事実は小説よりも奇なり」で、同じ仕事をしていてこのようなケースは数え切れないほど見てきました。
しかし、これはなにも受験に限ったことではありません。


冒頭の「だれでも成功すると心に決めた瞬間、成功への道を歩み始めている」は、この物語のような受験に限らず、どの分野においても通じる不変の真理です。
そもそも、自分はきっと失敗するだろうと初めから思っていて成功するわけありません。なぜなら、スタートの段階で敗者の道を歩み始めているからです。


結婚であろうが、子育て、仕事、人間関係、スポーツや芸術、健康作り等々、どのような道であろうとも、もし私たちが「成功」を望むなら、「絶対に成功すると心に決める」ことが不可欠です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

86,400秒分の1秒

2016.09.04日

"God gave you a gift of 86,400 seconds today. Have you used one to say 'thank you?'"
-- William Arthur Ward
「神様は今日、あなたに86,400秒という贈り物をくださいました。あなたはそのうちの1秒を使って『ありがとう』と言いましたか?」
-- ウィリアム・アーサー・ウォード
(訳:舟田譲二)


ウィリアム・アーサー・ウォード(1921-1994)はアメリカの教育学者、牧師、教師。
アメリカでインスピレーションナルな名言でもっともよく引用される人物の一人です。


よく引用される彼の有名な言葉に次のものがあります。
The mediocre teacher tells.
The good teacher explains.
The superior teacher demonstrates.
The great teacher inspires.
平凡な教師はただしゃべる。
良い教師は解説する。
さらに優れた教師は自らやってみせる。
しかし、偉大なる教師は生徒の心に火をつける。
(訳:舟田譲二)


これは本当に教育者として鏡にすべき名言中の名言です。
以前、山本五十六の有名な言葉をご紹介しましたが、これに通じる教えです(「ほめてやらねば 人は動かじ」)。


さて、今日の冒頭の彼の言葉
「神様は今日、あなたに86,400秒という贈り物をくださいました。あなたはそのうちの1秒を使って『ありがとう』と言いましたか?」
は、本当に耳に痛いです。


去る2月に「ありがとう」と「サンキュー」の反対語という記事を書きました。
「感謝する心」の反対は「当たり前と思う心」です。
私たちは、毎日毎日、数えきれないほどたくさんの素晴らしいプレゼントを神様からいただきながら、無意識のうちにそれを当たり前のものと思い、感謝するのを忘れてしまいがちです。
そのプレゼントの中でも最高のものは「時」です。だれでも公平に1日に86,400秒という時間を与えられています。
生きていること、時間が与えられていること、そんなことは当たり前だと思っているのです。
しかし、ウィリアム・ウォードは言っています。「86,400秒のうちの1秒でも使って『ありがとう』と言いましたか?」と。


人から何をしてもらっても当たり前。神様から数えきれないほどの恵みを毎日いただいても当たり前。
これは本当に私たちが陥りやすい罠で、なんでもかんでも「当たり前」と思っていると、「感謝する心」、喜びが生まれてきません。


まずは、86,400秒のうちの1秒を使って神様に「ありがとう」「感謝します」と言いましょう。
そして、次に、家族や友人など私たちの身の周りの人たちに同じく「ありがとう」と言おうではありませんか。
私たちが今日の一日生かされていることは、まさに神様のお陰、身の周りの人たちのお陰です。
みんながこのような思いで一日を過ごすなら、争いは止み、家族も、世の中も本当に平和になるでしょう。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

用いるか、失うか

2016.09.01日

"God gives everyone certain attributes, characteristics, talents, and then He says, "If you use what you have I'll increase it, but if you don't use it, you'll lose it." Use it or lose it; it's a law."
-- Charlie "Tremendous" Jones
「神様は私たち一人ひとりに独自の性質、特性、才能を与えてくださっていて、私たちにおっしゃいます。『あなたの持っているものを用いるならば私はそれをさらに増し加えましょう。でも用いないならば、あなたはそれを失います』と。用いるか、失うか。これは法則です」
-- チャーリー・"トレメンダス"・ジョーンズ
(訳:舟田譲二)


チャーリー・"トレメンダス"・ジョーンズ(1904-2008)は、アメリカを代表するモチベーショナル・スピーカー、作家、講演家。
私の大好きな作家、オグ・マンディーノ(「アメイジング・グレース」)の勧めもあって、彼の "Life is Tremendous" を昔読んでとても啓蒙されました。書名の "Tremendous" は彼のペンネームでもありますが、「最高」「素晴らしい」「ものすごい」といった意味です。
この本は12か国語に翻訳され、世界で200万部売れたベストセラーです。


charlie.jpg


冒頭の言葉、「神様は私たち一人ひとりに独自の性質、特性、才能を与えてくださっていて、私たちにおっしゃいます。『あなたの持っているものを用いるならば私はそれをさらに増し加えましょう。でも用いないならば、あなたはそれを失います』と。用いるか、失うか。これは法則です」は、聖書の教えるメッセージであり、同時にチャーリー・"トレメンダス"・ジョーンズがその生涯を通して私たちに語っているメッセージでもあります。
上掲書もこのことを教えています。
これは、勉学に、仕事に、人間関係に、子育てや家族関係に、そして人生のありとあらゆる場面に通じます。


「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう」
(マタイによる福音書 25:29)


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

偉大で崇高な仕事

2016.08.31日

"I long to accomplish a great and noble task, but it is my chief duty to accomplish small tasks as if they were great and noble."
--Helen Keller
「私は偉大で崇高な仕事を成し遂げたいと切望しています。でも私の一番の務めは、小さな仕事を偉大で崇高な仕事のようにやり遂げることです」
--へレン・ケラー
(訳:舟田 譲二)


ヘレン・ケラー女史については以前、「五感を最大限に」の中でも書きましたが、盲聾唖(見えない・聞こえない・話せない)という三重苦の中で切望しておられたごとく、小さな仕事を偉大で崇高な仕事のように見事にやり遂げられました。本当に心より尊敬いたします。


私など「目が悪い」と言ってもメガネで矯正して見えますし、難聴で「耳が聞こえにくい」と言っても人に何度も聞き返せば聞こえます。最近では声が出にくくなり「話せない」と言っても、かすれ声で話せています。
それにもかかわらず、あれができない、これができない、と「できない」ことばかりに目がいって、最近は元気が出ずちょっと自信喪失、そして落ち込み気味です。


こんなとき、冒頭のヘレン・ケラー女史の言葉に触れ、「目と耳と口が開かれた」かのように感じています。
完璧な人などいず、みんなどこかしら欠けているものです。
でも、ヘレン・ケラー女史のように、「小さな仕事を偉大で崇高な仕事のようにやり遂げる」ことは誰にでもできることです。
私たちに求められていることは、決して人目を引くように華々しく「偉大で崇高な仕事」をすることではなく、むしろ「小さな仕事を偉大で崇高な仕事」のようにすることであり、それを忠実に行っていくとき、「偉大で崇高な」ことを成し遂げることができるのです。
ヘレン・ケラーさん、励ましの素晴らしいお言葉を感謝いたします。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

ピンチとチャンスは背中合わせ

2016.08.27日

「危機」の文字は、「危」のあとに「機会」の「機」が来る。まさに、ピンチとチャンスは背中合わせです。


星野 「常子さんが昔と変わらず、いつも誰かのために頑張っているんだな、と思って」
常子 「それが私の幸せなんだと思います。だから、結局は自分のためですね」
星野 「だからあんなに素晴らしい雑誌を作ることができるんじゃないですか? だれかの暮らしを守ることが自分の幸せだと感じられる常子さんだからこそ、『あなたの暮らし』のような雑誌が作れるんですよ、きっと」
常子 「でも、この雑誌で、ひとりでも不幸になる人がいるのなら...」
星野 「確かに商品試験で粗悪品と書かれた会社は厳しい状況に置かれるかもしれません。でも、それによって良いものを作ってくれるようになるんだとしたら、それは必要なことなんじゃないでしょうか」


(チトセ製作所の前で)
チトセ社長 「さぞいい気分だろうな。うちの商品コケにして、あんたらは消費者の味方だもんなぁ」
常子 「それは違います。商品試験は消費者のためだけのものではありません。商品試験は、生産者の方々に向けたものでもあるのです。すべての生産者の方に、安全で使いやすい商品を作ってほしいと呼びかけているだけなんです。
予算のない小さなメーカーが大手と比べられても困るとおっしゃってましたよね。でも、いくら予算のある大手の商品でもたくさんの問題点が見つかったのです。これはまだまだ改良の余地がある、努力するメーカーに成功する機会があるということじゃないでしょうか。安全で使いやすいトースター、どんな基準で、どんな商品が求められているのか紹介することで、消費者の思いを生産者の方々にお伝えしています。私たちは今回の結果を踏まえて、安全でいいトースターを作っていただきたいだけなんです」
チトセ社長 「あんたの言うことにも一理あるかもしんねぇな。うちは、決して手抜き作業なんかしてねぇし、自分とこの商品に自信だってある。だけどよ、売るためには、大手よりも安くすることが必要だと思っていた。そのためには、これだけの予算しかかけられねえ。それでいいんだって。どっかに妥協していたところもあったのかもしんねぇ。
ほんとにいいトースター、どこもまだ作ってねえって、あんた言ってたよな。だったら、うちが作ってやるよ。うちは、小さいけどな、技術は一流だって自負はある。よし、作ってやるよ」
常子 「はい、期待してます」
チトセ社長 「うん」

(昨日のNHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』より)


今年の1月の記事、「下町ロケットおっちゃんの人生講義」を彷彿(ほうふつ)とさせるようなシーンです。
これぞ、日本の今日のあらゆる産業を支えてきた日本の下町の工場の経営者たちの精神です。
考えてみたら、日本を代表する企業、自動車業界で世界最大手といわれるトヨタも、豊田自動織機製作所としてスタートしました。
パナソニックも松下幸之助が、借家で電球用ソケットの製造販売を手がけたのが始まりです。
きっとこのチトセ製作所のように、幾多の試練を通り抜けて今日の姿に変わっていったのでしょう。


上の『とと姉ちゃん』を観ていて、商品試験を始めてそれを雑誌の記事にすると言ったとき、必ずこのようなトラブルが起きるだろうと想像し、ちょっと心配していたのですが、星野の助けもあって、常子はこの危機的な状況を、日本の将来の産業界を変えるような機会に見事に変えたのです。


私たちの人生も、ピンチとチャンスは常に背中合わせです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

三度の飯よりも好きな...

2016.08.24日

「雨にも負けず 風にも負けず
雪にも 夏の暑さにも負けぬ 丈夫な体を持ち
欲はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている
一日に 玄米4合と 味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに よく見聞きし 分かり
そして忘れず
野原の松の林の陰の小さな茅葺き小屋にいて
東に病気の子どもあれば 行って 看病してやり
西に疲れた母あれば 行って その稲の束を負い
南に死にそうな人あれば 行って 怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や 訴訟があれば つまらないからやめろと言い
日照りの時は 涙を流し
寒さの夏は おろおろ歩き
みんなにデクノボーと呼ばれ
ほめられもせず 苦にもされず
そういうものに わたしはなりたい」

(宮沢賢治『雨ニモマケズ』の現代仮名づかい版)


私の好きな宮沢賢治の『雨ニモマケズ』です。
これが好きで、中3生の卒デミーでの卒塾証書にも下のようにこの文言を拝借しているほどです。
「あなたは、雨にも負けず、風にも負けず、
雪にも、夏の暑さにも負けず、アカデミー
学院の学びに、またイベントに一生懸命
取り組み、クラスの仲間と私たち教師に、
笑いと喜びと夢と希望を与え、学院所定
の全課程を修めました。
これからのあなたの歩みに幸多かれと
祈るとともに、ここにアカデミー学院を
卒塾したことを証します。」


さて、宮沢賢治のオリジナル版にある
「一日に 玄米4合と 味噌と少しの野菜を食べ」
の箇所ですが、私は今、友人に勧められて健康のために酵素玄米なるものを昼と夜、2回食べています。とっても美味しくて、お気に入りです。
量はそれぞれ茶碗に軽く一杯なので、両方合わせても多分1合ぐらいです。とってもじゃないですが、4合も食べられません。
それと、宮沢賢治よろしく、味噌汁と野菜が中心の食事です。もちろん魚や肉も食べますが。
私は食事には非常に淡泊な方で、ご馳走らしいものはめったに食べません。というか、よそでよばれるときぐらいのものです。
スシローにでも行こうものなら、私にとってはすごいご馳走です。でも、食べてもせいぜい6皿ぐらいです。
あと、これもほんのたまにですが讃岐うどんやラーメンを食べに行く程度。
贅沢を知らない人間です。宮沢賢治のような素朴な生き方がしたいとすら思っています。


よく「三度の飯よりも好きな...」と言いますが、私にとっては「三度の飯」とは比べものにならないぐらい好きなもの、それは教えることです。
生まれつき、と言えばちょっとオーバーですが、子どもの頃から周りの人たちにいろいろと教えてきたようで、中学・高校・大学時代の友人に同窓会などで会うと、みんな口をそろえて、「舟田に◯◯(多くの場合は英語)を教えてもらった」と言います。


教えることは私にとっては単なる仕事ではなく、趣味、楽しみ、いや生き甲斐とさえ言えるほどのことです。
ところが、幼児の頃から喉が弱く、大きい声を出すとすぐに喉をつぶして声が出なくなっていたのですが、その喉の弱い私が選りに選って牧師、教師という喉を使う仕事につき、これまで40年以上にわたって喉を酷使してきたため、ついに喉を本格的に潰してしまったようで、声が常にかすれた状態になってしまいました。
このまま続けると、俳優の田村正和のように本当に囁(ささや)き声しか出なくなり、最後にはまったく出なくなるものと思われます。さらには、喉頭癌になる危険性すらあると人から言われ、「三度の飯よりも好きな」教えることから降りる一大決心をしました。


考えるだけでも涙が出てくるほど辛いことなのですが、声が出ないと教えていても力が出ず、元気も出てきません。
ということで、これまで教えてきたすべてのクラスを今週から副学院長を務める次男と嫁、そして妻やほかの先生たちに代わってもらうことになりました。
これまで力を入れてきた思い入れのある生徒たちには本当に申し訳ない気持ちでいっぱいで、一昨日のクラスでは直接生徒たちに謝りました。


今はもっぱら後進の育成を始め、裏方の事務などにいそしみ、また総理大臣ならぬ掃除大臣としての職責を全うしつつ、喉の回復を待つことにします(涙)。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

他人の幸運を喜ぶ

2016.08.23日

"One of the sanest, surest, and most generous joys of life comes from being happy over the good fortune of others."
--Archibald Rutledge – 1883-1973, Poet
「人生において、もっとも健全、確実、かつ豊かな喜びのひとつは、他人の幸運を喜ぶところから来るものだ」
--アーチボールド・ラトリッジ、詩人
(訳:舟田 譲二)


アーチボールド・ラトリッジ(1883-1973)はアメリカのサウスカロライナ州生まれの教育者、詩人、作家。
著書も詩も、そして名言も数多く残しています。


今日の冒頭の名言、
「人生において、もっとも健全、確実、かつ豊かな喜びのひとつは、他人の幸運を喜ぶところから来るものだ」
は今日の社会に欠けているとても大切な教えのひとつのように思われます。
競争社会においては、人を蹴落としてでも自分が出世する、人よりも豊かになる、地位や名誉を築く等々に価値観が置かれがちで、いかにこれらを得るかであくせく働いているように見えてなりません。


このような社会においては、他人の成功や幸福を望むよりは、他人の不幸を望む人が多いものです。競合他社や商売敵が倒産すると喜ぶ、なんてあまりにもみみっちい、寂しいことじゃないですか。
このようなことをやっていて幸福になれるわけありません。
他人の幸運を、幸せを喜ぶこと、これほど安上がりで、しかも心身にとって健康的で、さらに自らに幸福をもたらすものはないでしょう。
逆に、他人に嫉妬したり、他人の不幸を願うことは、骨の腐りであり、心身の不健康につながり、結果自分の不幸につながります。


そして、これらは国と国との関係にも当てはまります。
敵対国と言わないまでも、政治・経済上の競争国を敵視して、その国の失敗や不幸を喜ぶなんていうのはあまりにも了見が狭いです。
もっと豊かな心の持ち主になりたいものです。これが、個人を、社会を、国を、世界を、全人類を幸せにします。
そもそも私たちはみんな兄弟姉妹ではありませんか。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

勝利の方程式

2016.08.17日

"If you have no confidence in self, you are twice defeated in the race of life. With confidence, you have won even before you have started."
(Marcus Tullius Cicero 106 BC - 43 BC - Roman Philosopher and Statesman)
「自分に自信を持っていなかったら、人生のレースですでに2倍の敗北をしている。しかし自信があったなら、レースを始める前にすでに勝利している」
(マルクス・トゥッリウス・キケロ、BC106-43 ローマの哲学者、政治家)
(訳:舟田 譲二)


b2e53758-s.jpg


日本の高校生の8割、じつに10人のうち8人が「自分に自信がない」と言っているそうです。これは本当に驚くべき、お先真っ暗な数字です。
原因のひとつは、そしてひょっとしたら一番大きな原因なのでしょうが、教育にあると思います。
まずは幼児期からの家庭での親の教育に始まり、小中高校と学校の教育にも責任があるでしょう。子どもに自信をなくさせるような教育をしているとしか思えません。
これでは、キケロが言っているように、人生のレースをスタートする前から負けているようなものです。


そういう私も高校生の頃、学校生活のつまらなさ、授業の退屈なこと、自分自身のやる気のなさなどから、将来が見えなくなった一時期がありました。
何のために生きているのか、人生の目的は何なのか、と真剣に考え悩みました。友人と語り合い、本を読み、またあるときは教会の門をたたいたこともあります。
でも答えは見つけられませんでした。当時の私も「自分に自信がもてない」一青年でした。
でも幸いにもその後、思考を一新する最高の機会に恵まれ、その結果人生の目的地が見えるようになりました。とどのつまり、人生の行く先は最初の思考から始まっているのです。自信がなかったら初めから負けています。


3000本安打を達成したイチロー選手は、小学生のとき作文の中に次のように書いています。
「僕の夢は一流のプロ野球選手になることです。そのためには、中学、高校と全国大会に出て活躍しなければなりません。活躍できるようになるためには練習が必要です。僕は3才の時から練習を始めています。3才から7才までは半年くらいやっていましたが、3年生の時から今までは、365日中360日は、激しい練習をしています」


アカデミー学院の中2生、笠原正喜(よしき)くんは小学生の時から柔道をやっていますが、来年は全国中学生柔道大会出場を目指しています。そして、4年後の東京オリンピックも視野に入れて毎日練習に励んでいます。自信を持っているのです。
これが「勝利の方程式」です。そして、これはスポーツに限らず、どんなことにも通じる考えです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

たった1キロの差

2016.08.15日

"Do more than is required. What is the distance between someone who achieves their goals consistently and those who spend their lives and careers merely following? The extra mile. "
-- Gary Ryan Blair, Author and Motivational Speaker
「求められている以上のことをしましょう。自分の目標を常に達成している人と、自分の人生、また仕事においてもただ人の後についていっている人との間の距離はどれだけでしょう? たった1キロです」
-- ゲリー・ライアン・ブレア、作家・モチベーショナルスピーカー
(訳:舟田譲二)


最後の「たった1キロです」というのは、「あとほんの少しの努力です」という意味です。
成功している人とそうでない人の間の距離がどれぐらい離れているか、というと「たったの1マイルだけです」と言っているのですが、1マイルは約1.6キロ、つまり「ほんの少しだ」ということになります。


たしかにどの世界においても、成功している人というのは、他の人よりももう少し努力している人です。ただし、「もう少し」というのが、どれぐらいの努力かというと、それは個人個人異なります。ある人は、人の何倍も努力するでしょう。また別の人は、本人の持って生まれた才能により、まさに「ほんの少し」かもしれません。
大切なのは、どれぐらいが「もう少し」かという問題ではなく、他の人以上に努力する、ということです。
やったらやっただけの結果が伴うのです。


プロの世界では「1万時間」と言われています。「成功の秘訣」の中にも書きましたが、たとえ1日1時間でも、それを毎日、1年365日、30年間続けるならば、トータル1万時間を超えます。これだけやればプロの世界です。
そして、これが「ほんの少し」「たった1キロ」の差なのかもしれません。
たった1キロが天地の差を生み出すのです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

甘い実をつける苦い木

2016.08.14日

"Patience is a bitter plant that produces sweet fruit."
--Charles Swindoll, Pastor and author
「忍耐は、甘い実をつける苦い木だ」
--チャールズ・スウィンドル、牧師・作家
(訳:舟田 譲二)

「忍耐」「我慢」「辛抱」「根気」「試練」「努力」。
甘美な響きのある言葉ではありません。
できることならこれらのものは避けて、楽して、順風満帆で人生を送りたいものです。
ところがうまくできたもので、私たちの地上での人生、誰ひとりとして「忍耐」「我慢」「辛抱」「根気」「試練」「努力」を経験せずに済む人はいません。

「隣の芝生は青い」で、とかくよそはよく見えるものですが、どこにも必ずさまざまな問題や試練があります。

史上30人目となるメジャー通算3000安打という偉業を達成したイチロー選手しかり、オリンピックで素晴らしい結果を出している選手、また幸せな家庭を築く人たち、健康長寿の人たち、ビジネスで成功する人たち、みんな楽してこれらの結果を得ているわけではありません。


そこに至るまで、みんな一人ひとり努力しています。これらの結果は、上の「忍耐」「我慢」「辛抱」「根気」「試練」「努力」を経てきて結んだ「甘い実」です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

メダルラッシュ

2016.08.13日

"Worrying about things that might never happen increases their chances of happening."
--Mike Dooley – Author and Speaker
「絶対に起こらないようなことで心配すると、起きる可能性が高まる」
--マイク・ドゥーリー 作家、講演家
(訳:舟田 譲二)


リオ・オリンピックがものすごい盛り上がりで、日本の選手たちの素晴らしい活躍が連日大きく報道されています。
「メダルラッシュ」の文字が新聞等で踊っています。
メダルの数が問題というわけではありませんが、彼らの活躍は私たち日本人に大きな夢と希望と喜びを与えてくれています。


活躍する選手たちに共通することは、みんな競技に出場する前からすごい積極思考だということです。
初めから負け戦さを覚悟で行っている選手はいません。国を代表して選ばれて行くま限り、全力を尽くして最高の結果を出す決意で試合に臨んでいます。


冒頭のマイク・ドゥーリーの言葉、
「絶対に起こらないようなことで心配すると、起きる可能性が高まる」
は、これまでこのブログで何度も書いてきた「引き寄せの法則」の考え方です。
「メダルなんて絶対に取れるわけがない」なんて考えていると、まさにその予言は自己実現します。メダルを取る選手は、初めから絶対にメダルを取るという信念を持っています。それがメダルを引き寄せるのです。


このことはとても大切なレッスンを私たちに教えてくれます。
学校でいい成績を上げる生徒は、例外なく初めからその決意で授業に臨み、真剣に学び、万全の準備をして試験を受けています。
逆に、よい成績を取ることができない生徒の多くは、初めから自分には無理だというあきらめのようなものがあって、それが普段からの授業や試験に臨む姿勢に現れ、当然な結果を招いています。
仕事においても、子育てや、健康、様々な人間模様においても然り。
ノーベル賞を受賞している人たちみんなが口を揃えて言っているのは、初めから信念を持って研究に臨んでいた、ということです。


皆さんもそれぞれご自分が望んでいらっしゃることでメダルラッシュしませんか?


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

人生という砂時計

2016.08.05日

2か月ほど前から使い始めた洗顔フォーム。
ほんの少しでよく泡立ち、しかもスムーズで、洗顔後もしっとり、スッキリでとても気持ちいいです。
毎日使っているのですが、使う量がほんの僅かなので、使っても使っても減りません(笑)。
この分だと一生使えるのではないか、と思うほどです。


ところが、洗顔フォームではありませんが、これまでにも同じようにやはり使ってもちょっとも減らず、一生使えるのではないかと思っていたものがいくつもありました。しかし、よくできたものでどれもこれも使用期間に差はありましたが、みんなやがて底をついてなくなりました(当たり前のことですが)。


sandclock.jpg


砂時計も同様で、最初のうちは砂が落ちるのがとてもゆっくりしているのに、半分過ぎるとどんどん速くなり、そのうちに加速度的に速くなってあっという間に最後の一粒が落ちてしまいます。


子どもの頃は、毎日毎日がとても長く感じたものです。
やがて青年期になり、徐々に時の流れるスピードか速くなってきました。
これが還暦を過ぎると、それこそ砂時計の最後の秒読みのようにめちゃくちゃ速くなってきます。
(まだ若造のくせに、とお叱りをうけそうですが)


気がつくと自分の身の回りでも、最後の一粒が下に落ちてあの世に行ってしまう人が次々と出てきました。
砂時計の中に入っている砂の量は一人ひとり異なり、それが全部下に落ちてしまうのがいつなのかは誰にも知らされていません。
まさに「神のみぞ知る」です。


私は死を恐れていません。
信仰によって死後の永遠のいのちを信じているからです。
でも、残された日々が少なくなってくるにしたがって、いつ天に召されてもいいように、悔いのない充実した時を過ごすということが今の私にとってとても大切なこととなってきました。
少しでも健康で長生きできるよう、栄養・食事や運動、休息など毎日のライフスタイルに気をつけていますが、あとは神様の御手に委ねています。
決して弱気になっているわけではありません。
人の寿命はわからないので、いつその日が来てもいいように備えをしておくことが大切だということです。(ちなみに、もう5年前に遺書をしたためていますが)


"I'm going to a special place when I die, but I want to make sure my life is special while I'm here."
「私は死んだら特別の場所に行く。しかし、私の今の人生も特別であることをこの地上に永らえている間に確実なものにしたい」
(訳:舟田 譲二)
と、語っていたアメリカの実力派プロゴルファー、ペイン・スチュアート(1957-1999)は、図らずも42歳の若さで飛行機事故で亡くなったのです。


そんなこんなで、今朝は妻とお祈りをする際、妻に上の砂時計の話をし、これまでの日々を妻に感謝するとともに、これからの時を今まで以上に大切にして一緒に過ごそう、と私の思いを伝えました。
無意識のうちに涙が頬を伝っていました。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

もう一度人生をやり直す

2016.08.02日

"Respect yourself enough to walk away from anything that no longer serves you, grows you, or makes you happy."
--Sandra Gallagher – CEO of Proctor Gallagher Institute
「あなたにとってもはや役に立たないもの、あなたを成長させてくれないようなもの、あなたの気分を良くさせてくれないようなものからきっぱりと手を切るほど、自分自身を愛し、大切にしなさい」
--サンドラ・ギャラガー、プロクター・ギャラガー・インスティテュートCEO


このブログでこれまでたびたび引用してきたボブ・プロクター(「成績不良から億万長者に」ほか)は私が尊敬する人のひとりです。
このボブ・プロクターの3日間セミナーに参加した、若くして成功を収めていた女性弁護士、サンドラ・ギャラガーは自らの人生が大転換するのを体験し、弁護士業を辞めてボブ・プロクターと一緒にビジネスコンサルタント会社を始めました。それがプロクター・ギャラガー・インスティテュートです。


TIRbanner.jpg


ボブはもっぱらセミナー講演を担当し、会社の経営はサンドラが最高経営執行者として、ふたりでチームを組んでいます。


そのサンドラの冒頭の言葉は本当に私の心を大きく動かします。
「あなたにとってもはや役に立たないもの、あなたを成長させてくれないようなもの、あなたの気分を良くさせてくれないようなものからきっぱりと手を切るほど、自分自身を愛し、大切にしなさい」
私などどちらかと言えば、自分にとって「役に立たないものや成長させてくれないようなもの、気分を良くさせてくれないようなもの」に、わかっていながらしがみついているところが多々あります。
でも、そのようなものから「きっぱりと手を切るほど、自分自身を愛し、大切にする」なら、確かに人生は一変してしまうことでしょう。
サンドラはまさに自ら実体験したことを私たちに勧めているのです。


元横綱千代の富士が61歳で亡くなったという訃報が一昨日入り、驚かされました。
今までそれほど感じていなかったのですが、自分の歳に近い人や自分よりも若い人が亡くなると、自分に残された人生も、もう何十年単位ではなく、十年単位になったと改めて気づかされます。
しかし、このようなときに上のサンドラ・ギャラガーの言葉に触れて発奮し、これからもう一度人生をやり直そうという気持ちになりました。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

学歴よりも大切なもの

2016.08.01日
president.jpg


今の世の中、日本に限らずどこの国でも、というかお隣の韓国や中国などがとくにそうなのですが、一般の人たちの間で「学歴」信仰がものすごいです。
上の写真の雑誌の記事じゃないですが、学歴が高いと出世、高収入、良い結婚、などと人は考えがちです。でもこのようなものに惑わされてはいけません。


高校受験の際の面接試験で、「将来の夢は?」とか「本校に入ってしたいことは何ですか?」などという質問に対して、ほとんどの生徒が「貴校に入学したら一生懸命勉強し、卒業後は大学に進学してさらに勉強して、社会に貢献できるような人になりたいと思います」のように答えます。
確かに模範的な回答かもしれません。多くの生徒にとって「とりあえず大学を卒業する」というのがごく当たり前のようになっているようです。


でも、最近は昔と違ってそんなに甘くありません。大学を卒業しているからといって、希望するような職種、企業に勤められるとは限りません。
企業側ももうよく知っていて、◯◯大学を出ているからといって、それだけで採るようなことはしませんし、有名大学名にもそれほどこだわりません。
なぜなら、これまで散々そのような学歴に騙されてきているからです。


多くの人が思っているほど、学歴はそれほど大きな意味を持っていません。
なぜなら、大学生のほとんどと言っていいほどが、在学中あまり勉強せずに取りあえず卒業に必要な単位は取るけれども、あとはアルバイトに明け暮れているからです。
まあ、確かにアルバイトも良い社会経験になり、社会に出てから大いに役立ちはしますが、大学の本来の目的である勉強しない、というのはどうかと思います。


大卒や大学院卒の高学歴を持っていても、社会に出てあまり間に合わない人だってたくさんいますし、逆に大学に行っていなくても会社でとても重宝する人材、自分で会社を興して大成功する人などいくらでもいます。
要は学歴じゃないということです。


それでは何が大切かというと、「学歴」ではなく「学習歴」なのです。
何を学んできたか、それを社会に出てどう活かすか、が何よりも大切なのです。
「社会に出て」と言う時、それは必ずしも「就職」とは限らず、「結婚」や「子育て」、また「さまざまな人間関係」なども含まれますし、人として人生をいかにうまく、賢く生きるか、ということなども含んでいます。
つまり、大学を出たかどうか、どこの大学を出たか、よりも大切な「何を学んだか」、そして「それをどのように実生活の中で活かすことができるか」、これによって人生を何倍も有意義に、幸せに過ごすことができるようになるのです。


そして、これらはいつも言うように、一見すべて個々の「点」に見えるのですが、これらの一つひとつの点が結びついて「ひも」になっているのです。
また、「学習歴」は必ずしも学校での学びだけにとどまらず、アルバイトなどの経験や、読書やスポーツ、趣味や人間関係など幅広いもので、これらすべてから私たちは多くのことを学ぶことができます。


大卒などの外面的な資格などではなく、実質的な学びをしっかりし、また経験も積んでおいて、それらを将来の人生においていかに役立たせるか、ということが大切なポイントなのです。
これは私自身の経験からも言えることです。そして多くの人がきっと同意してくださることと思います。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。よろしくお願いいたします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

健全なセルフイメージ

2016.07.31日

子どもの頃、私のセルフイメージはとても低かった。妹はとても可愛くて、頭がよく、性格はおっとりしていて愉快で、みんなから愛されていた。私が2歳のとき妹が生まれてきて、両親の愛情を私から「奪って」しまったので私はおもしろくなかった。そこで、私は自分のうちになにか人から愛されない原因があるに違いないと思うようになった。次に私は怒りっぽくなって、無意識のうちに人を遠ざけるようになった。


両親は愛情深く、妹と私を差別などしていなかった。しかし、両親が妹により多くの時間を割き、かまっているように見えたので(小さい子どもだから当然のことだったのだが)、私は妹ほど大切な存在でもなければ、価値もない人間だと思うようになった。


これがこの後25年間におよぶ「劣等感」の始まりだった。私は自分が愛されるに値しない者、価値のない者、ほかの人たちのように能力のない者だと思うようになった。そして、これが自己成就的予言となった。私はどのようにして友達を作ったらいいのかわからなかった。だから小学生時代はほとんど孤独な時を過ごした。中学高校生になってほんの少しはよくなったものの、自分のうちに人に与えられるものなどないと思っていたので、友達はあまりできなかった。


成人してからも本当に辛い日々を過ごしていた。しかし、いくつかの成功体験とおして私は自分自身を見つめ直し、思っていた以上のものがあるかもしれないと気づき始めた。


私は自分を注意深く見つめ、子ども時代のことから解放されて、自分が何者であるかがわかり始めてきた。自分はこれでいいのだ、自分のうちにも人に提供できるものがたくさんあることに気づいた。30代になる頃には、他人の評価によって自分が何者か決まるわけではないということもわかってきた。自分が何者であるか、そして自分に愛される価値があるということは自分しか決められないことだとわかった。


自分次第だということがわかったとき、私は自分を評価し直し、ほかの人たちと同じように、自分は愛される価値のある、かけがえのない存在で、能力があるのだと結論づけた。自分はユニークだという点においてみんなと違っていて(私たちはみんなそうなのだが)、そしてそれ自体素晴らしいことなのだ。また、ありのままの状態で私は良い人間だということにも気づいた。


かと言って自分が「完璧だ」というわけではない。そもそもそんなものは存在しないのだ。「完璧」の定義は、私たち自身にかかっている。それで、私こそ「完璧な私」だということがわかった。これは別に成長の余地がないという意味ではない。さまざまな困難や不完全なことがあっても、私は自分自身を愛し、感謝することができる、という意味である。他人に関係なく私には価値がある。もし何らかの理由によって、人々が私と同じように感じなかったとしても、それは彼らの問題であって、私の問題ではない。


私は自分の価値を認めなかったときには人生がどれほど苦痛であったかを今でもよく覚えている。私の今の目標は、他の人たちがかつての私と同じあの苦痛を感じなくていいよう、サポートすることだ。


肯定的なセルフイメージを持っている人は、人生においてどのようなことが起こってもよりうまく対処できるということを見てきた。自分の内に価値があると感じていたら、たとえさまざまな困難やトラウマがやってきてもうまく対処できるし、そこから前進することもできる。自分を愛し、受け入れることができない人にとっては、あらゆることが苦しみに感じられるものだ。


もしあなたが自分の内に疑いを持っているなら、自分の古い信念を再評価する時間を取って、あなたはこれまでもずっと驚くような素晴らしい人物であったことを再発見してもらいたい、と私は願っている。
これは必ずやあなたの人生を変えることになるだろう。


サンドラ・アベル、ベストセラー作家、スピーカー、カウンセラー、ライフ・ビジネスコーチ
(訳:舟田 譲二)


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

知的障害者福祉施設で起きた事件に思う

2016.07.29日

"In helping others, we shall help ourselves, for whatever good we give out completes the circle and comes back to us."
--Flora Edwards - Author
「他の人を助けることによって、私たちは自分自身を助けることになります。というのは、たとえどのような善意を施しても、それは回り回って自分に戻ってくるからです」
--フローラ・エドワーズ、作家
(訳:舟田 譲二)


去る7月26日、神奈川県相模原市緑区の知的障がい者福祉施設「津久井やまゆり園」で19人が刺殺され、26人が重軽傷を負うという痛ましい事件が起きました。


「知的障がい者はこの世にいない方が世のためだ」という、独りよがりの異常な妄想によって引き起こされた事件のようで、世界を震撼させました。
これは、最近外国で頻繁に起きているテロ事件と本質においてまったく変わらず、独善的な行為で、世界平和などたとえどんなに立派な主義・主張を唱えても決して許さるべき行為ではありません。


世間ではよく次のように言われるのを耳にします。
「人にしてほしくないことはしてはいけない」
確かに、上の事件の犯人にしても、またテロリストたちにしても、同じことを自分にされたら嫌なはずです。
憎しみや暴力行為は、またそれを引き起こすという負の連鎖を生むだけです。


しかし、本来「人にしてほしくないことをしてはいけない」ではなく、
「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ」
(マタイによる福音書 7:12)
であるべきです。
憎しみや復讐に打ち勝つ唯一の道は、自ら進んで人に善をなすことです。
これによって正の連鎖が始まり、自分のところにも善が戻ってくるのです。


「一寸の虫にも五分の魂」で、蚊や蟻ですら自分の命に危険が迫ると必死で逃れようとしますし、死ぬ時には苦しみます。
ましてや人間においておやで、自分の価値観で他人の生命を軽んじたり、ましてやそれを奪うことなど絶対に許されません。
亡くなられた方の恐怖、苦しみ、またそのご家族の方の悲しみ、辛さを思うと心が張り裂けそうになります。


教育の原点は、まさに人の生命の尊厳を教えることにあるのではないでしょうか。
単に勉強ができる、テストでいい点が取れる、いい学校に進学する、などが教育の目的ではないはずです。
オウム事件の時もそうでしたが、テロリストたちは概して高学歴の人たちが多いようです。


学問よりも学歴よりも何よりも、人の生命を大切にすること、そしてその中には当然のことながら自分の生命も含まれるということを家庭で、そして初等教育で徹底して教えるべきだと思います。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

あなたは豊かですか?貧しいですか?

2016.07.28日

ある日、金持ちの父親とその家族が息子に、人々がどれほど貧しいかを教えようとして、息子を田舎へ旅行に連れて行きました。
一家はとても貧しい家族の農場で一日過ごし、その夜そこに泊まりました。


旅行から戻った父親は息子に尋ねました。
「旅行はどうだった?」
「とても良かったよ、お父さん」
「 人がどれほど貧しいかよく分かったかい?」
父親が尋ねました。
「うん!」
「それで、お前はどんなことを学んだの?」
息子が答えました。
「うちには犬が1匹いるけど、向こうには4匹いた。
うちには庭の真ん中まで広がるプールがあるけど、向こうにはどこまでも続く湖があった。
うちの庭には輸入もののランプがあるけど、向こうには空に星があった。
うちのテラスはおもての庭まで続いているけど、向こうは地平線全部があった」


息子が言い終わったとき、父親は言葉を失った。


息子は続けて言いました。
「お父さん、ありがとう。僕たちがどれほど貧しいかを教えてくれて!」
(作者不祥)
(訳: 舟田譲二)


何が本当に豊かで何が貧しいかを考えさせる素晴らしいショートストーリーです。
見かけの豊かさではなく、本物の豊かさを常に追い求めたいものです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

勉強していったい何の役に立つの?

2016.07.27日

NHKの連続テレビ小説『とと姉ちゃん』。
またしてもハマってしまって、毎朝一番の楽しみにします。
この番組、舞台装置、セット、小道具から始まり、脚本、出演者の演技、演出まですべて朝ドラとしては珍しいぐらい非常にレベルの高いもので、この番組が人気の高いものとなっている一因だと思います。


ドラマの中で主人公、小橋常子は戦後の混乱した、貧しい時代にあって、とくに弱い立場にある女性が自立できるようなんとか手助けしたいと願って出版社を興します。
若くして、しかももともと全くの素人で始めた会社。何もかも初めてのことばかりで、あちらで頭をぶっつけ、こちらでぶっつけ、と失敗しながらも一歩一歩前進していきます。


そのような中で知り合った天才編集長、花山伊佐次を編集長になるよう説得します。
そして、二人で力を合わせて創刊した『あなたの暮らし』の中に、花山は次のような言葉を記します。


「この中のいくつかは
すぐあなたの暮らしに役立ち
この中のいくつかは
すぐには役立たないように見えて
やがていつの日か
あなたの暮らし方を
変えてしまうかもしれない
そんなふうに
いつでもこの一冊は
あなたの暮らしによりそって
息づいている」


toto.jpg


この『あなたの暮らし』、実はかの有名な『暮らしの手帖』。
私も昔、ある企業の広報室で働いていた頃、手にしてたびたび記事に目を通し、多くのことを教えられていました。
今日、さほど目立つ存在の雑誌ではありませんが、創刊された1948年当時、画期的なものだったことは容易に推察できます。


Kurashi-no-techo-number1-1948.jpg


上の花山伊佐治の言葉、
「この中のいくつかは
すぐあなたの暮らしに役立ち
この中のいくつかは
すぐには役立たないように見えて
やがていつの日か
あなたの暮らし方を
変えてしまうかもしれない」

は、『暮らしの手帖』の編集コンセプトになるのでしょうが、これは実にそのまま子どもたちの勉強に、また私たちの日常生活のさまざまな場面に通じる教えです。


よく子どもたちが、「こんな勉強していったい何の役に立つの?」と尋ねます。
また、大人も「こんな生活を毎日していていったい何の意味があるのだろう」と言います。
その答えがこの花山の言葉の中にあります。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

アレルギーはピストルのタマ?

2016.07.24日

 ジェリーは、顔を見るとつい軽口のひとつもたたきたくなる、そんな快活な男だった。いつも上機嫌で、前向きな言葉しか口にしない。「どうだい、元気か?」と聞けば、決まってこう答えた。「これ以上元気があまったら、おれがもう一匹できちゃうよ」
 彼の仕事はレストランの支配人。彼がユニークだったのは、店を変わるたびに彼についてくるウェイターが必ず何人かいたということである。そんなふうに慕われたのは、彼が生来の元気印だったからだ。落ち込んでいる従業員がいると、ジェリーは決まって「渋い顔をしていると、運が逃げちゃうぜ」と言って励ました。
 ある日、私はジェリーのところに行って聞いた。「教えてくれ。いつも前向きでいるなんて無理だろう。秘訣は何だ?」
 ジェリーは答えた。
「毎朝、目をさますたびに、自分に聞くんだ。『ジェリー、きょう、おまににはふたつの選択がある。機嫌よくしているか、不機嫌でいるか』。それに対して、おれは機嫌よくしている方をとる。何か悪いことが起きるたび、おれは運が悪かったと思うより、いい勉強になったと思う方を選ぶ。愚痴をこぼしにくるやつがいると、その愚痴を聞き流すこともできるが、おれは人生のいい面を見るように言ってやる」
「でも、実際にはそう簡単にはいかないだろう?」 私は反論してみた。
「いや、簡単さ。人生はすべて選択だよ。つまり、どんな状況も選択なんだ。まわりの人間に気分を左右されるかどうかだって、自分が選べるんだ。結論から言うと、人生をどう生きるかは選択しだいなんだ」
 私は、ジェリーの言葉をかみしめた。
 まもなく私は別の業界に転職し、彼とは連絡がとだえた。しかし、仕事上で迷いが生じると、しきりに彼のことを思い出した。
 数年後、人づてに、ジェリーが業界人としてゆゆしい失態を演じてしまったことを聞いた。店の裏口に鍵をかけ忘れたため、強盗に押し入られてしまったのだ。銃で脅され、金庫を開けようとした彼は、緊張のあまり手が震えて、鍵の暗証番号を間違えてしまった。強盗はカッとなって彼を銃で撃った。
 幸い、ジェリーは比較的早く発見され、近くの救急センターに運ばれた。そこで、18時間にもおよぶ手術をし、何週間も集中的な治療を受けた。体内に弾丸は残ったものの、無事に退院することができた。
 事故からおよそ半年後に、私はジェリーに会った。
「どうだい、具合は?」と私が聞くと、「これ以上元気があまったら、おれがもう一匹できちゃうよ。傷あと見るかい?」
 傷あとを見るのは遠慮したが、「強盗に襲われたとき、どんなことを考えた?」と尋ねてみた。
「まず第一に考えたことは、裏口のドアにちゃんと鍵をかけるんだったってこと」とジェリー。
「それから、床に倒れたまま考えたのは、ふたつの選択があるってこと。生きることも選べるし、死ぬことも選べる。おれは生きることを選んだ」
「怖くなかったのか? 意識はあったのかい?」
「救急隊員が素晴らしかったんだ。『だいじょうぶ、きっと元気になる』って、言い続けてくれたんだ。だけど、救急センターに運び込まれて、医者や看護婦の顔を見たとたん、すごく怖くなった。みんな、『こいつはもう死んでる』って目でおれを見るんだ。とっさに、何とかしなきゃいけないって思った」
「それで?」
「そのとき、一人の男まさりの看護婦が、大声で俺に聞いた。『あんた、アレルギーはあるの?』。 おれは言った。『あるよ』。医者と看護婦は動かしていた手をとめて、おれの顔を見た。
おれは深く息を吸ってどなった。『ピストルのタマ!』。それを聞いてみんなどっと笑った。おれは言った。『おれは生きることを選んだんだ。頼みます、死体じゃなく、生きてる人間にやるように手術してください』」
 こうしてジェリーは生き延びることができた。ジェリーが助かったのは、医学のおかげには違いないが、彼自身の腹のすわった態度のせいでもある。
 彼は私に、「自分の人生は自分で選ぶ」ことを教えてくれた。結局のところ、すべては態度しだいなのである。

(『こころのチキンスープ 7 夢中になれるものありますか?』 ジャック・キャンフィールド、マーク・V・ハンセン他編著 ダイヤモンド社)


アメリカでは風邪を引いたりして熱が出たり、体調を崩すとまずは体力をつけるためにチキンスープを患者に飲ませ(実際には具が多いので食べさせ)ます。この『こころのチキンスープ』シリーズは、心を元気づけるためのショートストーリーを集めています。
左上コーナーの「エントリー検索」に「こころのチキンスープ」と入れたところ16件ヒットしましたので、これまでにもたびたび引用していることがわかります。


以前、「強制と自由」という記事の中に少し選択理論について書きましたが、グラッサー博士がこの選択理論を提唱される前から人は無意識のうちに「おまえにはふたつの選択がある。機嫌よくしているか、不機嫌でいるか。(中略)何か悪いことが起きるたび、おれは運が悪かったと思うより、いい勉強になったと思う方を選ぶ」というふうに、みんなだれでも知らないうちに日常生活の中で選択理論を実践しているのです。
どちらを選ぶのが得か、損か、こんなこと誰の目にも明らかです。


choice2.jpg


賢い選択をして、幸せな日々を送ろうではありませんか? 幸せか不幸かはあなたの手の中にあるのです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

I'M POSSIBLE.

2016.07.23日

「もしもし、KGBですか?」「いいえ、火事で焼けましたので、ありません」。ふたたび電話。「もしもし、KGBですか?」「いいえ、KGBは火事で焼けました」
◆またも電話。「もしもし、KGBですか?」「何度、言わせるのですか? KGBは焼けたんです」「いえね、それを聞くのが楽しくて」。旧ソ連の小話である。秘密警察でもある国家保安委員会(KGB)はロクなことをしてこなかったのだろう。
◆組織はのちに衣替えして、ロシア連邦保安局(FSB)になった。前身が前身なら、後身も後身である。
◆世界反ドーピング機関の調査によればロシア政府は、2014年ソチ冬季五輪・パラリンピックでドーピングの隠蔽工作を指揮していたという。FSBの職員が尿検体をすり替えた。国家の信用は丸焼けである。リオ五輪からも締め出されかねない。
◆パラリンピックの閉会式を思い出す。〈IMPOSSIBLE(不可能)〉の電光が〈I'M POSSIBLE(私は出来る)〉に変化するシャレた演出をご記憶の方もあろう。「私は(隠蔽が)出来る」の意味だったとすれば、感動も醒さめる。

(7月20日付 読売新聞「編集手帳」より)


「Impossible? I'm possible.」という記事を5年半ほど前に書きましたが、上の話のような I'm possible. は本当に困りものです。国ぐるみの組織的ドーピングなんて、KGBがFSBに名前を変えても本質は変わっていず、やっていることはまるで『007』の映画の世界のようです。


でも、私たちの日常生活の中での
Impossible? I'm possible.
「えっ、不可能? 私はできる!」
は大歓迎!
こういうのは探せばいくらでも見つけられます。
今日もそのひとつを発見しました。


3週間ほど前、小学4年生のYちゃんとご両親が英語のクラスのことで飛び込みで問い合わせに来られました。ご両親はYちゃんの意志をくみ取って、さっそく次の週、Yちゃんとお母さんがクラスを見学に来られました。
高学年用の入門クラスですが、3月に始まっていてすでに5か月近くも過ぎており、ほかの生徒たちはもう結構英語ができるようになっています。
ちょっと腰が引けてしまいましたが、本人のやる気は変わりません。
そこで、私は提案しました。
「クラスには引き続き参加してください。そして同時に、しばらく私が個別で補習をしましょう。クラスに追いついて、みんなと一緒にやっていけるようになったと判断したら、そのままクラスに入ってください。7〜8月の授業料は無料で結構です」


さて、先週に続き昨日は2回目の個人レッスン。
前回出しておいた宿題を一つひとつ確認し、やったところを復習しました。
ノートにはきれいな字で英語が書かれていて、声を出して読んでもらうとスラスラ読めました。
今日は Unit 2 で、新しい単語が6つ出てきました。可愛い絵の下には次の言葉が書かれています。
hoop(輪), doll(人形), drum(ドラム), teddy bear(クマのぬいぐるみ), ball(ボール), kite(凧)
これらを私の後について繰り返し発音してもらい、次に絵を指して発音し、そして単語を書いてもらって、最後に単語を見て読んでもらいました。
そして、これらの単語を使って簡単な英会話。
英語はまだ全然わからないのですが、私が英語で言います。
「ヘンリーくんのおもちゃをブルーのペンで丸く囲んで」
「Yちゃんはドラムは持ってる?」
「Yちゃんのおもちゃを赤で丸く囲んで」
といった調子で。
1時間終わる頃にはYちゃんはびっくりするような綺麗な発音で言えるようになっていました。
「Yちゃん、すごーい!まるでアメリカ人の発音みたいだよ」
ちょっと恥ずかしかったのか、あまり顔色は変えませんでしたが、嬉しい気持ちは伝わってきます。
レッスンが終わって帰るときには、夏休みに広島のおじいちゃん・おばあちゃんの家に家族で車で行くことなどを生き生きと話してくれ、今度は広島から戻ってきてからね、と言って別れました。
クラスが終わって、隣りで別の生徒を教えていたM先生が言いました。
「Yちゃんの発音、すごいですね!」


Yちゃんはすでに、I と m の間に指で ' (アポストロフィ)を入れて、Impossible を I'm possible. に変えてしまいました。
Yちゃんに倣って、生活の中で I'm possible. と言えるものをどんどん増やしていきたいものです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

失敗したくなければ

2016.07.21日

"Keep on going and the chances are you will stumble on something, perhaps when you are least expecting it. I have never heard of anyone stumbling on something sitting down."
--Charles Kettering - 1876-1958 - Inventor
「前進し続けなさい。そうすればまず間違いなく何かにつまずくことでしょう。それも予想もしないような時に。座っていてつまずいた人の話など聞いたことありません」
--チャールズ・ケタリング、発明家
(訳:舟田 譲二)


チャールズ・ケタリングの名は日本ではそれほど知られていませんが、アメリカでは知る人ぞ知る、という大発明家です。
農民からスタートし、教員、メカニック、エンジニア、科学者、発明家、社会哲学家と活動の幅を広げていきました。
300以上の特許を取りましたが、その中でも今日、私たちがその恩恵にもっとも浴しているのは、自動車のセルモーターです。それ以前は、みんなこんな感じでクランク棒を回してエンジンをかけていたのです。


%83N%83%89%83%93%83N.jpg


冒頭のケタリングの名言は説明するまでもないでしょう。
発明家として大成功を収めましたが、エジソン同様、その陰では幾多の失敗も重ねています。
そもそも、失敗なしの成功などあり得ないのですから。失敗を恐れる必要などこれぽっちもありません。
いつも言うことですが、これは仕事に限らず、勉強でも、人間関係でも、子育てでも、ありとあらゆることに通じます。


ケタリングはまた、上の言葉を別の表現でも語っています。
「この世の中には最初からうまくいくものなどほとんどない。成功へと至る道では、失敗、それも度重なる失敗が道しるべとなる。失敗したくなければ、何もせずじっとしているほかない。試行錯誤を重ねながら、成功を目指して一歩一歩前進していくことが大切だ」


心しておきたい教えです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

学院長、カッコいいよ!

2016.07.20日

ちょうど6年前の記事の再録です。
今や大学2年生になった、今日の話の中に登場するS君、今頃どうしてるのかなぁ...


多分2か月ぐらい前からだと思うのですが、中2の男子生徒が私の顔を見るたびに、
「学院長、カッコいいよ!」
と言うのです。
初めのうちは冗談と受け止めて、
「ありがとう。みんなそう言うよ」
と冗談で返していたのですが、最近段々とエスカレートしてきました。
一昨日はついに何人かが私のことを
「学院長、カッコいい。ニコラス・ケイジみたいだよ」
と言うのです。
まあ、ほめられて気分悪くはないのですが、ちょっと気になることがありました。
みんなニコニコ(というかニタニタ)しながら言うのです。
しかも、よく聞いていると、
「ニコラス・ケイジ」ではなく、「ニコラス刑事」と聞こえるのです。
どうもかつがれているみたいです。
そこで
「もういいよ。冗談は」
と言ったら、
「真面目に、カッコいいっすよ!」
とS君が言うのです。
「真面目に」というのは、いわゆるこれまでの「まじで」の新しいバージョンのようです。


正直、私は自分がカッコいいなどと思ったこともありません。
ましてや、中学生の男子から「カッコいい」なんて言われる覚えもありません。
しかし、誰でも「カッコ悪い」とか「ブスだ」とか「バカだ」とか「うざい」とか言われるよりも「カッコいい」と言われるほうが、たとえ冗談でも気持ちいいものです。
それで私もS君に「学院長、カッコいいっすよ!」と言われたら、「Sもかっこいいよ!」と言い返すことにしています。


先日、バス送迎をしているとき、Rちゃんに
「◯◯ちゃんのお母さんがRちゃんのことをとてもいい子だってほめてたよ」
先生も本当にRちゃんはいい子だと思ってる」
と言ったところ、
「全然そんなことないですよ」
という返事が戻ってきました。
もちろん謙遜しているのです。
そこで私は
「オーケー、じゃあ、◯◯ちゃんのお母さんに、Rちゃんは全然いい子じゃないですよ、って言っておくね」
と冗談で言って、
「でも本当にいつもいろいろありがとう。Rちゃんにはとっても感謝しているよ」
と付け足しました。
Rちゃんはニッコリ笑って、元気よくあいさつしてバスを降りました。


人間、誰でもほめられると嬉しいものです。
「ブタもおだてりゃ木に登る」と言うぐらいですから。
それなのに、みんな人のことをあまりほめないのは一体どうしてでしょう。
耳にするのは批判的な悪い言葉ばかりです。
そしてお互いに傷つけあっています。
みんながお互いに相手のいいところを見つけて、それをほめれば人間関係はもっとうまくいき、みんなが幸せな気持ちになり、人生が楽しくなるのに。
教師は生徒を、親は子どもを、夫は妻を、妻は夫を、兄姉は弟妹を、同僚同士で、友達間で、上司が部下を、部下が上司をもっとほめるようになったら、みんなもっともっと素晴らしい人間に成長していくと「真面目に」思うのですが。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

ビジネスのエッセンス

2016.07.19日
image.jpeg


徳川幕府の末期を支えた幕臣・勝海舟は、明治維新の後、1899年(明治32年)まで生きた。晩年の時事談議をまとめた「氷川清話」の中で、勝は塚本定次という商人を、「田舎にはまだ感心に本気の人が居る」と大いに称賛している。


塚本は、思わぬ利益を得た時には、自分でため込まず、従業員に分配したり、学校に寄付したりする。所有する荒れ地には、桜を植えて近隣住民を楽しませたという。


塚本は、いわゆる近江商人の一人だ。今の滋賀県を拠点とした商人たちは全国に商いを展開し、江戸時代に大いに栄えた。塚本の言動に見るような利他的な家訓が、近江商人の家には数多く伝わっている。例えば中村治兵衛宗岸そうがんという商人は18世紀半ば、後継ぎとして孫娘の婿に迎えた15歳の青年にこんな書き置きを残した。
「皆人よき様にとおもひ、高利望み申さず、とかく天道のめぐみ次第と、只ただそのゆくさきの人を大切におもふべく候」
自分だけが大きな利益を得ようと思わず、取引先の人々を大切に思いなさい、と丁寧に説いている。


 近江商人は、近江を本拠に、地方に支店を出して、互いの特産品をそれぞれの土地に届ける、現代の商社のような機能を果たしていた。


 「彼らは他国に出かけていって商売をした。行った先の地域社会に支持されなければ、商いは成り立たないと知っていました」。長年、近江商人を研究してきた末永國紀くにとし・同志社大名誉教授は話す。
 薄利でよい、誠実に働け。理想論にも見えるけれど、「ひとかどの商人は似た言葉を残しているし、引き継げなかったところは滅んでいる」(末永名誉教授)。持続可能な経営のための知恵だったのだろう。


 そんな近江商人の哲学を、後世の研究者が集約した言葉が「売り手よし、買い手よし、世間よし」、通称「三方よし」。近年は、企業の社会的責任の源流と注目を受けている。


 近頃、あちこちで大企業の幹部が謝罪する姿を目にするにつけ、買い手や世間を軽んじた商いは、結局は長続きしないのだと痛感する。
(7月17日付 読売新聞 日曜版 「[名言巡礼 繁栄をもたらした利他精神]近江商人の商売の心構え…売り手よし、買い手よし、世間よし」より)


私は大学卒業後もいくつかの学校で学び、最終的に卒業して仕事に就いたのは34歳の時。
もちろんそれまでにも仕事はいくつもしてきましたが、自立して本格的に始めたのはこの時です。
キリスト教会牧師、英会話学校講師、大学講師、企業のサラリーマンと、四足の草鞋(わらじ)を履くという忙しさでした。
そしてその後、これらすべてをやめて自分の英会話学校、学習塾の仕事を始めました。
30年あまりになりますが、自分ほど商売に向いていないものはいないというほど、こと商売に関しては本当に下手です。
ただ、ここまでやってこれたのは、父から仕込まれた上の近江商人のサービス精神に負うところが大きいです。
私は儲けを度外視して一生懸命人に仕えることに徹してきました。
その結果、今日があります。
勝海舟が称賛したという近江商人の精神こそが、日本が世界に誇るビジネスのエッセンスではないでしょうか。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

えっ、10倍の結果が出る!?

2016.07.18日

"When I was young, I observed that nine out of 10 things I did were failures, so I did 10 times more work."
-George Bernard Shaw, Writer and Critic
「私は若かった頃、やったことの10のうち9つは失敗だったことに気づいた。そこで、私は10倍の仕事をした」
--ジョージ・バーナード・ショー、作家・批評家
(訳: 舟田 譲二)

bernard%20shaw.jpg


ジョージ・バーナード・ショーはイギリスで19-20世紀に活躍したアイルランド出身の劇作家、劇評家、音楽評論家、政治家、教育家。1925年にはノーベル文学賞を受賞していますが、日本では一般の人にはなじみが薄いです。日本での夏目漱石のように外国では知らない人がいないというほど有名な人物で、非常にユニークかつ辛らつな批評家としてもよく知られています。


バーナード・ショーが言った有名な言葉で次のようなものがあります。
「健全な精神は、健全な肉体を産む」 (The sound body is the product of the sound mind. )
あれっ、と思われたかもしれません。普通のことわざでは、
「健全なる精神は健全なる身体に宿る」 (A sound body in a sound mind.)
で、まったく逆のことを言っているのですが、私はずっと前からバーナード・ショーの言っている前者の方が正しいと思っています。


さて、今日の冒頭の言葉ですが、彼のような優秀な人でさえ若い頃は10のうち9つは失敗していたというのですから、我々においておやです。
ここで彼は10倍の仕事をしたと言っています。確かに10のうち9つ失敗していたとしたらそれを取り戻すために10倍余分に働かなければなりません。そして、それを実際に行ったのが彼、ジョージ・バーナード・ショーです。死後66年たっても全然人気が衰えず、常に世界中で多くの人々に読まれ、劇が演じられ、また名言が引用されているのも、まさに「さもありなん」という感じです。


今日の言葉はもう何もつけ足す必要がないほどはっきりしているのですが、ちょっと違う観点から生徒、学生に注意を促したいと思います。なぜなら、私自身がかつてそうでしたから。
学生ならば10倍余分に勉強することにも方法や理屈というものがあるのです。
よく中学生や高校生を見ていると、試験で間違った英単語や重要人物名や漢字などをノートいっぱいに何度も何度も、それこそ1ページがいっぱいになるまで書き直し、覚える作業をしている子がいます。
それで、その子に再度同じ問題を出してテストすると、はたしてまた同じ間違いを犯すのです。
これは、10倍やれば身につくだろうという安直な考え方によって、繰り返しの作業をただ機械的にやっているからです。


物事にはなんでも論理というものがあります。その論理をしっかり理解しなければたとえ100回やっても身につかないのです。
このことを生徒に教えるのですが、頭から勉強は「嫌なもの」「しなければならないもの」という考え方をしているので、いつまでたっても身につきません。
逆に、「なぜだろう?」という疑問をもって、その疑問を解決しようという姿勢があるならば、10回やらなくてもたった1回で完ぺきに身につけることさえできるのです。
このようなことを生徒に伝え、勉強の正しいやり方を教えたかったので塾の仕事を始めた、と言っても過言ではありません。


上に学生の勉強について述べましたが、実はこれは一般の人たちの仕事や料理や家事、育児、さらには人間関係など、ありとあらゆることに通じる真理です。
バーナード・ショーはただがむしゃらに10倍働いたのではなく、その理屈を知ったうえで10倍の仕事をしたからこそ成功を収めたのです。
ここに成功する人としない人の差があります。


嘘だと思ったら試してみてください。
理屈を知ったうえで10倍の勉強なり、仕事なり、あるいは素敵な人間関係を築く努力をしてみてください。
自分でも驚くような結果が出ます。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

幸福とは旅のようなもの

2016.07.17日

結婚したら、子どもができたら、そして…になったら幸せになれる、と私たちは思う。
ところが次には、子どもたちがまだ小さいから大変だ、もっと大きくなったらきっと満足のいく生活ができる、と思う。
この後、ティーンエイジャーになった子どもたちに手を焼いてイライラする。
子どもたちがティーンエイジャーを過ぎれば幸せになれるに違いない…


夫、または妻がまともになってくれさえしたら、あるいはもっといい車が買えたら、どこかで素敵な休暇を過ごせたら、いや退職して時間ができたら人生は完璧だ、と思う。


しかし実際には、今この時よりも幸せになれる時などない。今でなければ、いったいいつ幸せになれると言うのか。


人生は常に苦難で満ちている。
このことを認めて、いずれにせよ幸せになる決断をするのが一番だ。


私はアルフレッド・D・スーザの次の言葉が大好きだ。
「長い間、人生は間もなく始まると思っていた。本当の人生だ。しかし、いつも壁があった。初めに解決しなければならない障害物がある。まだ終わっていない仕事、退職するまでの残された期間、返さなければならない借金。これらが終わったら人生が始まる。
しかし、これらの障害も自分の人生なんだとようやくわかるようになってきた。
この見方ができるようになって、幸福への道などないということがわかった。
幸福が道なのだ。だから、一瞬一瞬を大切にしよう。そして、あなたにとって大切な人と過ごす時間をなお一層大切にしようではないか。あなたの時間を共に過ごすほど大切な人なのだから。そして、時は誰も待ってはくれはしないのだ。


だからもう待つのはやめようではないか。学校を卒業するまで、学校に戻るまで、10キロやせるまで、いや10キロ太るまで、子どもができるまで、いや子どもが自立するまで、仕事を始めるまで、退職するまで、結婚するまで、いや離婚するまで、金曜日の夜まで、いや日曜日の朝まで、新しい車を買うまで、家を買うまで、車や家のローンが終わるまで、春まで、夏まで、秋まで、冬まで、年金生活をするまで、1日まで、あるいは15日まで、あなたの歌がヒットするまで、ちょっと一杯やるまで、あるいは酔いが醒めるまで、死ぬまで、あるいは生まれ変わるまで...
幸せになるのに今よりもっといい時などないと心に決めよう。


幸せとは旅だ。目的地ではない。


クリスタル・ボイド牧師
(訳: 舟田 譲二)


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

あなたが発している波長は?

2016.07.16日

日常の生活の中で、「◯◯さんと波長が合う」とか「合わない」という表現をみんなよく使います。
この「波長」というのは何でしょうか?
一般的には「フィーリング」とか「相性」のような意味で使っているのではないでしょうか?


実は今、「量子物理学」という新しい分野の学問が熱いのです。
これまでの「ニュートン力学」は目に見える世界を扱っています。
たとえば、物体が上に上がれば下に落ちてくる(重力の法則)とか、物体を押すと押し返される(作用と反作用の法則)のようなものです。
ところが、量子物理学では原子、分子、電子、素粒子など目に見えない世界を扱っています。
そして、原子や電子が粒子としての特徴をもつと同時に波としての特徴をもつ(物質波)ことが知られています。
つまり、光や音や電波など、すべて波を発しているということはみんな知っていますが、これらは波の性質と同時に粒子としての特徴ももち合わせているそうです。
そして、さらに話を進めると、実は光や音などだけでなく、すべての物質もやはり粒子から成り立っていて、これらの粒子が波動を起こしているというのです。
そう、車も家も、人間さえも波動しているのです。


なるほど、それで合点がいきました。
人間も波動しているということは、ある種の波長の波を発しているわけで、これが人によって同じ波長で共鳴したり、衝突したりする。だから、波長が合う、合わない、ということがあるわけです。


私たちが何色が好きとか、どんな音楽が好きとか嫌いとか、誰々が好き、嫌い、どんな車が好き、どの科目が得意、不得意等など、挙げ出せば切りがありませんが、これらのもとはみんな波長のせいだということがわかれば、納得がいきます。


さて、私たちもみんなある種の波長を発しているわけですが、それが否定的・消極的・破壊的な波長だと、やはり同じような波長のものを引き寄せることになります。
これが、これまで何度もこのブログで触れてきた「引き寄せの法則」なのです。(「意思あらば道通ず」「あなたの望みをかなえよう」ほか参照)


ならば、私たちは幸せになりたければ、そのような波長を発しなければならないということです。
憎しみの波長を発していたらやはり戻ってくるのは憎しみです。
人からの愛を求めているなら愛の波長を発するのです。
あなたはそのような波長を発していますか?


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

目標設定の真髄

2016.07.15日

"I don't think there's any such thing as setting your goals too high. The higher you set your goals, the more you are going to work. If you don't reach them, then it's okay, just as long as you set it and then give 100% of yourself."
-- Dan Jansen, Speed Skater
「目標の設定が高すぎるなどというとことはありません。目標を高く設定すればするほど人は一生懸命頑張ります。目標を達成できなかったとしてもそれはそれでいいのです。目標を設定し、それに向けて100%力を出し切っている限り」
--ダン・ジャンセン、スピードスケーター
(訳:舟田 譲二)


初めこれを読んだ時、さすがいつも記録と競い合っているスピードスケーター、言うことが違うと思いました。


ダン・ジャンセンは世界のトップスピードスケーター。
1985年のサラエボに始まり、常に金メダル候補と言われながら、金メダルを取ったのは最後のチャンスとなる29歳の時のこと。10年越しの金メダルを取った人の言う言葉には重みがあります。



でもよく考えてみたら、これってスポーツ選手に限らず私たちみんなに当てはまることだと気づきました。たとえそれがどんなことであっても。


家庭のお父さんなら仕事に、と普通考えますが、仕事に限らず家族を始めとするさまざまな人間関係においても。健康管理や趣味においても。


お母さんも同様。今は外で仕事をしていらっしゃる方が多いですが、仕事のほか食材の買い物、炊事洗濯掃除などの家事、子育てなど一般にお母さんの仕事と考えられていることに限りません。
お母さん同士の、あるいはお友達との人間関係において、また趣味や気分転換となるさまざまな活動においても、やはり高い目標を設定すればそれだけ達成できるものも多くなり、満足感、幸せに、生きがいにつながります。


子どもの場合、もちろん第一には勉強、じゃなくて友達との遊びや人間関係や部活などのスポーツなどでしょう。
多くの子どもたちから嫌われている勉強ですが、今やっている勉強が自分という人間を作り上げていき、さらには将来の人生につながると思えば、勉強に対する考え方や取り組む姿勢も変わってきます。


ですから、我々大人が、教師や親がそのことを子どもたちに伝える務めがあります。
ある塾のチラシに、
「勉強はつまらないし、辛いもの。でも、学生の間は歯を食いしばってこの時を耐え忍ばなければならない」
と書いてありましたが、とんでもないことです。
教育者自ら「勉強はつまらないし、辛いもの」なんて刷り込みをしていたら、子供たちは勉強嫌いになって当たり前です。


でも上に挙げたことをするためには、冒頭でダン・ジャンセンが言っているように、目標を設定することが大切なのです。
それもできる限り高めの目標を(高すぎて不可能なものは逆効果)。
たやすく達成できるような目標は目標とは言いません。なぜなら達成できても喜びもなければ、達成感や満足感も得られませんし、自分自身にとってなんら益するところがないからです。
さらに、高めの目標を設定すれば、普通だったら達成できなかったような高い目標が達成できるのですからなおさらいいじゃないですか。


そして、万一高めに設定した目標が達成できなかった場合でも損をしたというようなことは絶対にありません。
自分はそれだけ成長したわけですから、必ずや満足感が伴い、さらには今後に向けてさらに頑張ろうという新たな目標が生まれます。


私自身も今、新しい目標に向けて日夜(笑)一生懸命取り組んでいます。
かなり高い目標ですが、それに向けて努力すること、100%自分を出し切るところに意義があるのですから。
ただし何事も無理は禁物。
「ノー天気な」一生懸命で目標に向けて共に頑張りましょう。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

人生における転機

2016.07.14日

"I found that every single successful person I've ever spoken to had a turning point and the turning point was where they made a clear, specific, unequivocal decision that they were not going to live like this anymore. Some people make that decision at 15 and some people make it at 50 and most never make it at all."
--Brian Tracy
「私がこれまで会ってきた人で成功した人は、ひとりの例外もなくみんな人生における転機を経験している。このままの状態を続けるのはもう嫌だという明確、具体的で、確固たる決断をしている。ある人は15歳のときに、またある人は50歳のときにその決断をしている。しかし、大半の人はそのような決断を一生しない」
--ブライアン・トレーシー
(訳:舟田 譲二)


ブライアン・トレーシーは、「変化を支配する」を始め、このブログでたびたび取り上げてきた私が心から尊敬するビジネス・コンサルタントです。
これまで数えきれないほど多くのことを教えられ、また啓蒙されてきました。私の人生が変えられたと言っても過言ではありません。


今日の彼の言葉もまた私たちの人生を変えるようなインパクトを持っています。
ここでブライアン・トレーシーが言う転機とは、ターニング・ポイント、すなわち「人生で回れ右をする時」のことです。
今の生活で十分満足している人も大勢います。そのような人は回れ右する必要はないかもしれません。
しかし、今の生活はもううんざりだ、生活を変えたい、人生を変えたい、もっと健康になりたい、もっといい仕事がしたい、もっといい成績を取りたい、一流になりたい等々、そのような燃えるような願望が内にあるなら、そしてその決断さえできれば、あとは自ずと道は開けていきます。必要な方法は自力でどのようにしてでも見つけ出すものです。


今春中学部を卒業し、高校1年生になったKくんが昨日の夕方、学校の帰りに突然塾にやってきました。
とても真面目で努力家で、優秀な好青年で、将来とても楽しみにしている子です。
県内でもトップレベルの私立校の特進コースに進学し、将来はコンピュータ関係の仕事をしたいという明確なビジョンを持っています。
中学の頃から理系で理数が得意なのですが、今回の期末試験で思いもよらず文系科目の方が全部よくできて、肝心の数学と物理、化学が自分の思うような結果が出なかったそうで、今月から高校部の個別で数学・物理・化学をしっかり学びたいと言ってきたのです。


奇しくも彼は現在15歳。
ブライアン・トレーシーが言った如く、このままの状態で進むのは嫌だ、という明確な思いで塾に戻って頑張る決断したのです。きっとこれが彼の人生における大きな転機となることでしょう。
このような人に、運命の女神は微笑むのです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

こんなことがあり得るのか!

2016.07.10日

希望に胸をふくらませてベネズエラからアメリカに留学してきて、エンジニアリングを学んでいた美しい20歳の女性の人生が一瞬にして悪夢に変わった。
酒気帯び運転をしていたひとりの若者の車がセンターラインを越えて女性の乗っていた車に正面衝突。
女性は九死に一生を得たものの、全身の60%を覆う重度の火傷を負う。
事故後10か月間意識不明。50回にも及ぶ手術を受けて生き返るも、顔も身体も焼け落ちて恐ろしい姿に一変した。
女性は今でも悲しくて毎日5分間泣くが、泣き終わったら気持ちを切り替えて明るく生きようと努めている。


彼女の名前はジャッキー・サブリード。
オプラ・ウィンフリー・ショーで、加害者の男性の母親と初対面し、言葉を失っている母親を抱きかかえて、
「大丈夫よ。大丈夫」
と慰める。
それに対して、母親はジャッキーに、
「あなたは世界一美しい」
と答える。


見る人々を泣かせる感動的なシーン。私も大泣きに泣きました。



↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

最高のものを求めるなら

2016.07.09日

"If you want the best the world has to offer, offer the world your best."
-- Neale Donald Walsch, Author
「もしこの世から最高のものを求めるなら、まず自らの最高のものをこの世に提供しなさい」
-- ニール・ドナルド・ウォルシュ、作家
(訳:舟田譲二)


ニール・ドナルド・ウォルシュ(1943年9月10日 - )は、アメリカ合衆国の著作家。ベストセラー『神との対話』シリーズの著者です。
著者は、自動車事故に遭って首を骨折し、何か月もの間リハビリを続けているとき仕事を失い、保険会社は補償金を出し渋り、さらに配偶者と子どもたちが自分のもとを離れ、文無しになって1年間ホームレスの生活を経験しました。
このことを通して、「変えれば、変わる」ということを知り、本に著しました(『変えれば、変わる』)。
この彼が経験から言っているのが冒頭の言葉です。


私たちはとかくこの世に対して、あるいは家族や周囲の人たちに対して、そして神様に対しても、ああして欲しい、こう欲しいなどと自分の願い事は遠慮なく言うものですが、自分の方から先に何かをする、何かを提供するということがあまりにも少ないのではないでしょうか。
しかし、宇宙の法則は、私たちが自分の持っているものを先に相手に提供することを求めています。


聖書の「求めよ、さらば与えられん」という言葉は有名ですが、あまり知られていない「与えよ、さらば与えられん」も宇宙の大原則なのです。
「与えよ。そうすれば、自分にも与えられるであろう。人々はおし入れ、ゆすり入れ、あふれ出るまでに量をよくして、あなたがたのふところに入れてくれるであろう。あなたがたの量るその量りで、自分にも量りかえされるであろうから」
(ルカによる福音書6:38)


このことを4年近く前に「与えなさい、そうすれば与えられます」という記事の中で書きました。
この世の一般的な基準からすると、与えるということは自分の持っているものが減り、損をすることになるのですが、そうではありません。与えれば与えるほど「引き寄せの法則」が働き、ますます多くのものが与えられるのです。


嘘だと思ったらニール・ドナルド・ウォルシュが言っているように、
「もしこの世から最高のものを求めるなら、まず自らの最高のものをこの世に提供しなさい」。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

達成不可能なことはない!

2016.07.08日

今春筑波大学の理工学群社会工学類に現役合格した卒塾生のTUくんが、昨夜突然塾を訪ねてきてくれました。
小学4年生のときから塾に通い始めた彼はとても優秀で、中学・高校時代さらにどんどん伸び、我がアカデミー学院のホープでした。大学生になったらぜひうちで講師になってほしいと頼んでいたのですが、なにせ自宅から大学まで片道3時間もかかるということで、キャンパスのそばにアパートを借りて自炊しながら一人住まいしています。残念ながら私の夢はかなえられませんでしたが、彼の立派な成長ぶりに目を細めました。


中学・高校時代の同級生が何人か講師として現在働いていて、まるでちょっとしたミニ同窓会のような感じでした。
クラスに顔を出してもらって自己紹介と在塾生たちへのメッセージを語ってもらい、その後授業を参観してもらいました。


Uくんはメッセージの中でとても大切なことを言いました。
「今やっていることを大切にし、楽しむこと。それは勉強だけでなく、部活も学校生活も。
勉強は時間や量ではなく、学校や塾の授業に集中し、その場でしっかり学ぶこと。
また、基本を大切にすること。応用といってもすべては基本の組み合わせだから」

自分の経験から語った、まさに的を射た素晴らしいメッセージです。
彼の卒業校を志望している生徒たちにとっては、とても刺激的な励ましの言葉でした。


引退までに世界記録となる通算8,833勝の金字塔を打ち立てたビル・シューメーカー(1931-2003)というアメリカの騎手、調教師もよく似た名言を残しています。
"When you're riding, only the race in which you're riding is important."
-- Bill Shoemaker, Jockey
「馬に乗っているとき大切なのは、自分が今まさに走っているレースだけだ」
(訳:舟田譲二)


彼は騎手だったからこのように言ったのですが、これはどんなことにも通じます。
ひと言で言うと「集中力」です。これについては以前、「手に入れたいものを確実にゲットする法」の中でも書きましたが、何ごとも中途半端に、あるいは二心でやっていたのではものにならないということで、これは真理です。
生徒や学生であれば勉強に集中しなければならないのは当たり前すぎるほど当たり前のことです。
スポーツをしているのならば、その練習に、そして試合に集中しなければなりません。
芸術家もしかり。
仕事をしている人もそう。
家庭を築いている人、子育てをしている人もそうです。


ところが、人間というのは気が多いせいか、なかなか一つのことに集中できず、ついフラフラとよそ見をしたり、あちらこちらに足を取られたり、いっときに二つ、三つのことをしようとしたりするのです。
それが脳の刺激になっていいことももちろんあります。
しかし、こと勝負事に関しては、あるいはたとえ勝負事でなく、子育てでも何でもそれに賭けているときには、やはりそれに集中しなければなりません。


冒頭のUくんのメッセージのように、勉強でも一点に集中し、その場で学んだことを吸収し、身につけるなら恐れるものはありません。
人生で達成不可能なことはありません。
Uくんの将来を楽しみにするとともに、これからもアカデミーから彼に続く意欲的な生徒が生まれることを心から祈っています。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

あなたも北極星!

2016.07.07日
%96k%8B%C9%90%AF.jpg


「私たちひとりびとりは、だれか他の人にとって、北極星のような存在である。だれも、ある人の代わりになってその人自身の生活をすることはできない。そのような意味において、私たちひとりびとりは、それぞれ自分自身の生活に責任を持たなければならない。しかし、もし私たちが、自分の理想や、愛する者たちが私たちに対していだいている希望にはるかに及ばないような生き方をするならば、私たちは、自分自身を傷つけるだけでなく、また、だれかの北極星を空から落とすことになるのである」
(『山頂をめざして』 p.469 L・B・カウマン著 いのちのことば社)


そうです。私たちはみんな、ひとり残らずだれか他の人にとって、北極星のような存在、すなわち絶対に必要な存在なのです。
赤ん坊からお年寄りまで、ひとり残らずみんなです。
自分など生きていても何の役にも立たない、自分の人生に意味なんかない、自分がこの世にいてもいなくても何も変わりない、などと人はよく考えがちです。
日本はとくに自殺(自死とも)する人の数が多く、年間30,000人にも及びます。ざっと毎日100人近くの人が自殺しているということになります。
自分の生きている価値や目的がわからないと、困難や試練、苦しみにぶつかると死にたくなることがだれにもあります。


これまでこのブログで何十もの障がい者に関する記事も書いてきましたが、そのどれもこれも否定的・悲観的なものではなく、積極的・肯定的なものばかりです。


ニック・ブイチチさんのこと(「自分には◯◯できない」)、全盲のジム・ストーヴァルさん(「盲目にならなくても見える!」)、リジー・ベラスケスさん(「頑張れ、リジー!」)、マレーシアの全盲のほか、頭蓋骨・脊柱奇形といういくつかの障害を持って生まれてきたコリンくん(「生き甲斐」)、また障がい者でなくても、携帯電話のセールスをやっていてみんなから無能と思われていたポール・ポッツさんのこと(「ダイヤモンドの原石」)等など、挙げ出せば切りがありません。


これらの人たち一人ひとりに共通すること、それは自分に与えられた役割、使命に気づいたということです。
神様はこの世に私たち一人ひとりを生み出す時に、その人にしかない大切な役割、使命を一人もれなく与えてくださっているのです。
自分自身の快楽のために生きるのは虚しいことです。でも、ほかの人の北極星(道しるべ)となるために生きることには本物の生き甲斐があります。
あなたもだれかの北極星なのです。それを空から落とさないようにしましょう。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

ハングリーであれ、愚か者であれ!

2016.07.06日

"Every memorable act in the world is a triumph of enthusiasm. Without enthusiasm you are doomed to a life of mediocrity but with it you can accomplish miracles."
--Og Mandino (1923-1996) Author
「世界中の記憶に残る行いはすべて熱意の勝利によるものだ。熱意がなければ平凡な人生に終わるのが落ちだが、熱意があれば奇跡を起こせる」

--オグ・マンディーノ、作家
(訳:舟田 譲二)


オグ・マンディーノは私の大好きな作家で、彼の作品はほとんど全部英語で読み、またオーディオブックでもたくさん聴きました。
こちらのAmazonに日本語に翻訳されたものが紹介されていますが、どれもお勧めです。
彼からはさまざまな面でとても啓蒙されました。


冒頭のオグ・マンディーノの言葉を地で行くような人生を送ったのは、アップル社を創業したスティーブ・ジョブズです。
2011年に56歳という若さで、世界中の人々から惜しまれながらこの世を去ったジョブズですが、その6年前にスタンフォード大学の卒業式で語った伝説のスピーチがこれです。
この中で彼は自らの人生哲学を実に見事に語り、今なお私たちへ熱くメッセージを伝えています。
どうぞごゆっくりお楽しみください。



↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

幸せの現在進行形

2016.07.03日

先週は火曜日の午前中は横浜にセミナーへ。
水曜日は、児童英語教育の特別研修会。当学院 Mighty Kids クラスで使用しているテキストの出版社であるマクミラン社上海支社から来日中のアジア統括トレーナーのオーストラリア人の先生が来訪して具体的に私たちの様々な質問に答え、アクティブ・ラーニング方式で指導してくださいました。
木曜日の午前中は都内の私立中高校へ英語教育に関するセミナーに参加。
金曜日は、午前中は週に1回のスイミング。その後、夕方からの仕事が始まる前に所要があって平塚市役所と警察署へ。このことについてはまた稿を改めてお伝えします。
そして、昨日土曜日は、うちの塾で7年間にわたって講師を務めてくださった先生の結婚式と、目の回るような忙しい1週間でした。


卒塾生や元講師である卒勤人(?)の成長や成功を見るのは、この仕事をしていて最高に幸せを感じる瞬間です。
この2年間は自ら司式を務めた次男(「昨日は最高に幸せな一日でした」)および卒塾・卒勤人である市川 丈さん(「一番幸せを感じるひととき」)などの結婚ラッシュで、幸せな瞬間が絶えることなく、ずっと現在進行形のような感じです。


昨日の結婚式の司式をされたのは、クリスチャンの方なら知ってる人も多い、異端の研究で有名なウイリアム・ウッド師。
さすがベテラン、見事な司式でした。


soga1.JPG


昨日の結婚式にもいつものようにアカデミー軍団が集合し、次男と同期の曾我浩平さんの結婚をみんなでお祝いしました。
長年の念願だった外資系一流企業に就職が決まった人や、今月末から勤務先の独立行政法人から海外勤務する人などの報告が、おめでたい結婚式にさらに花を添えてくれました。
このような素晴らしい仲間の連帯感がいつまでも続いていることは、私にとって何物にも代え難い幸せのひとつです。


soga2.JPG


新郎の曾我さんはとてもユニークで、ユーモアのセンス抜群の人。
アカデミー勤務中から生徒、講師仲間の間で人気抜群でしたが、昨日の結婚式後の披露宴でもその片鱗を余すところなく発揮して、会場を笑いの渦に巻いていました。


さらにもう一輪の花を添えてくれたのは、乾杯の音頭を取ったやはり元アカデミー講師の櫻井雅之さんのお笑いメッセージ。こんな面白いスピーチ、聞いたことがありません。
シェアしようと思い、ビデオに撮ったつもりが、残念ながら撮れていませんでした。
ごめんなさい。
ということで、最後に新郎新婦を囲んでアカデミーメンバーで集合写真。
次はだれの番でしょう?今から楽しみです。


soga3.jpg


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

私は諦めない、私は降参しない!

2016.07.02日

アカデミーのMighty Kids英語クラスで小学生を教えているRitz(リッツ)先生。
自己紹介するときは、いつも"RITZ CRACKERS"のRitzと言うので、みんな親しみを感じてすぐに名前を覚えます。


ritz-crackers.jpg


これはじつにうまい自己紹介の方法で、つい先日も見ていたテレビで、Bakerというアメリカ人は自分の名前を簡単には覚えてもらえないけれども、baker(パン屋さん)と言ったらすぐに覚えてもらえる、と言っていましたが、まさにそれです。


このRitz先生、アメリカ人ではなく日本人で名前は「りつこ」さん。女性ですが、身長は私よりも高く、全体に大柄で、外国人とも十分に渡り合える迫力のある方です。
この春から新たにスタッフとして加わってくださいました。
アメリカの大学を卒業後、これまでいくつかの外資系企業に勤めてこられたキャリアウーマンです。
しかし、これまで働いてきたどの職場よりも、アカデミーでの仕事が一番楽しいと言ってくださっています。


ユーモアのセンスも抜群で、動きもいっぱい、ジェスチャーたっぷりで小学生低学年のクラスでは、生徒たちはものすごいテンション。
それでいて、みんなものすごくきれいな発音で英語で話し、けっこう難しい長い英語の歌も大きな声で歌います。
高学年のクラスでも、今まであまりやる気のなかった子や恥ずかしがり屋だった男の子が、Ritz先生にかかったらまるで別人のように授業に一生懸命になり、今クラスで一番伸びてきているというのです。
生徒にやる気の火をつけるマジシャンです。


中学生のクラスでも、今までにない新しい取り組みをいろいろやっていらっしゃいます。
来週のクラスでやるという英語の歌の歌詞を昨夜は印刷して準備しておられました。
生徒たちに尋ねると、英語の教科書に載っているビートルズの歌などは古臭い感じがして、もっと今風の歌を歌いたいということで、みんなで話し合って今流行っているディズニーの『ズートピア』の主題歌"Try Everything"に決まったとのこと。私はこの映画も歌も初耳で、まったく知りませんでした。


家に帰ってネットで調べてみると、なるほど子どもたちの好きそうな歌。
しかも、歌詞は私がいつもこのブログで語っているのとよく似た内容のメッセージ。
私もこの歌にひと耳(?)惚れ。
ということで、これが来週からの中1の英語のクラスで歌われる"Try Everything"です。
動画の下に歌詞もつけますので、どうぞ味わってください。



I messed up tonight  今夜私はしくじってしまった
I lost another fight   また戦いに敗れてしまった
I still mess up but I’ll just start again まだまだ私は失敗ばかりするけど、また再スタートすればいい
I keep falling down  いつも転んでばかりで
I keep on hitting the ground 地面に打ち付けられては
I always get up now to see what’s next 次に何が来るが見るために、いつも立ち上がる
Birds don’t just fly 鳥たちはただ飛んでいるんじゃない
They fall down and get up 彼らは落ちてはまた立ち上がっているの
Nobody learns without giving. It won’t どんな人だって与えずには学ぶことはないから


I won’t give up, no I won’t give in 私は諦めない、私は降参しないから
Till I reach the end 最後の最後まで
And then I’ll start again そしてまた再スタートを切るの
Though I’m on the lead たとえ自分が先頭にいようと
I wanna try everything 私はすべてに挑戦したい
I wanna try even though I could fail 挑戦したい、たとえ失敗することがあっても
I won’t give up, no I won’t give in 私は諦めない、私は降参しないから
Till I reach the end 最後の最後まで
And then I’ll start again そしてまた再スタートを切るの
No I won’t leave 私はいなくならないわ
I wanna try everything 私はすべてに挑戦したい
I wanna try even though I could fail 挑戦したい、たとえ失敗することがあっても


Oh oh oh oh  オーオーオー
Try everything すべてに挑戦するのよ
Oh oh oh oh オーオーオー
Try everything すべてに挑戦するのよ
Oh oh oh oh オーオーオー
Try everything すべてに挑戦するのよ
Oh oh oh oh オーオーオー


Look how far you’ve come あなたがどれだけ遠くまで来たか見てみなよ
You filled your heart with love あなたはハートを愛で一杯にしたの
Baby you’ve done enough that cut your breath ベイビー、あなたは十分にやったから一息ついて
Don’t beat yourself up クタクタにならないで
Don’t need to run so fast そんなに早く走らなくてもいいから
Sometimes we come last but we did our best ときには最後になるかもしれないけど、ベストを尽くしたらそれでいい


I won’t give up, no I won’t give in  私は諦めない、私は降参しないから
Till I reach the end 最後の最後まで
And then I’ll start again そしてまた再スタートを切るの
Though I’m on the lead たとえ自分が先頭にいようと
I wanna try everything 私はすべてに挑戦したい
I wanna try even though I could fail  挑戦したい、たとえ失敗することがあっても
I won’t give up, no I won’t give in 私は諦めない、私は降参しないから
Till I reach the end 最後の最後まで
And then I’ll start again そしてまた再スタートを切るの
No I won’t leave 私はいなくならないわ
I wanna try everything 私はすべてに挑戦したい
I wanna try even though I could fail 挑戦したい、たとえ失敗することがあっても


I’ll keep on making those new mistakes 私はいつだって新しいミスを犯すだろう
I’ll keep on making them every day 私は毎日ミスを犯すだろう
Those new mistakes 新しいミスを


Oh oh oh oh  オーオーオー
Try everything すべてに挑戦するのよ
Oh oh oh oh オーオーオー
Try everything すべてに挑戦するのよ
Oh oh oh oh オーオーオー
Try everything すべてに挑戦するのよ
Oh oh oh oh オーオーオー
Try everything… すべてに挑戦して


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

自分にしてもらいたいこと

2016.07.01日

 数年前、私はある電話会社のコマーシャルに出演を依頼された。スーツを新調しようとニューオーリンズ郊外にある自宅近くの衣料品店に行ったところ、幸運にも販売員のフレッド・オーバートと出会った。自己紹介し、自分が探しているものについて相談すると、フレッドはたいへん親身になってくれた。それ以来、私はずっと彼の固定客だ。
 

 フレッドはまず私の話にじっくり耳を傾けてくれた。私がカメラの前でどんなイメージを希望しているかをよく知るため、彼はコマーシャルについて質問したうえで、細い縦縞の入った濃紺のスーツを推薦し、寸法を測った。私はそのスーツを買い、これでやっとコマーシャルの準備が整ったと思った。


 しかしその後、会社側から「コマーシャル撮りに使うセットの背景が暗いので濃い色のスーツは合わない」と言われ、私はグレーのスーツを探すために再びフレッドのところに行った。すると彼は、「そういう事情でしたら、濃紺のスーツを引き取りましょう」と言ってくれたが、私はそれが良いスーツで手放したくなかったので、そのまま自分のものにした。しかし、フレッドの店にはグレーのスーツがたくさんあったものの、どれもコマーシャルの雰囲気にぴったり合わない。フレッドは強いて自分の店のスーツを売りつけようとせず、競合店へ行くよう私に勧めたので、行ってみると、そこでイメージにぴったり合うスーツが見つかった。このことでフレッドは販売のチャンスを逸したが、私の信頼を得た。

(中略)

 以前、フレッドの上司はこう言った。「彼は絶対に顧客を失わない。彼の顧客は、引っ越すか死ぬかしない限り、生涯にわたって顧客であり続ける」。しかし、この発言は少しだけ事実と異なる。その後、私は遠方に引っ越したが、スーツはいまでもフレッドから買っている。

(中略)

 彼は私を説得して、グレーのスーツを買わせることもできたかもしれない。しかし、私が本当に必要としているかどうかもわからない商品を買って店を出ていってほしくなかった。だから、競合店を紹介したのだ。しかし、私はそれ以来、その競合店ではスーツを一着も買っておらず、フレッドの店では何着も買っている。売れば販売につながるが、買うのを手伝えば顧客の獲得につながるという証しである。
(マイケル・ルボーフ著 『お客様の心をつかむ真実の瞬間』 ダイヤモンド社 p.15-19)


今読んでいる上掲書は、ビジネスのバイブル、さらに言えば人間関係などその他すべてのことに通じるもっとも大切なことを教えてくれる本です。
私も普段から仕事をするときに、また生徒や生徒のご父母と接するとき、塾で働いてくださっている人たち、友人、親族などすべての人にこの精神を忘れず接するよう努めています。
これも「父の日」に書いたように、父から教わった大切な教えです。


そして、その原型が本の中の本と言われるバイブル(聖書)にあります。
「何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい」
(マタイの福音書7:12)


みんながこのような精神で生きていたなら、人間関係の衝突や、恨みや憎しみ、復讐、争いごとなど世の中から消えてしまうことでしょう。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

人生の高嶺を目指す

2016.06.27日
300px-1840sGreeley.jpg


"Fame is a vapor, popularity an accident, and riches take wings. Only one thing endures and that is character."
--Horace Greeley
「名声は蒸気、人気は偶然、富には羽がある。ただ一つ残るもの、それは人格だ」
--ホレス・グリーリ


ホレス・グリーリ(1811〜1872)は、アメリカ有数の新聞編集者、政治家。
奴隷制廃止運動やほかにも多くの改革運動を提唱した。大きな遺産を残し、彼の名前はいたるところに残されているが、自らの死に際しては子どもたちに質素な葬儀を要求していた。
(以上、Wikipediaより一部引用)


そのような人格者である人物にふさわしい上の言葉を彼は残しています。
まことにグリーリーのような偉大な人物でさえ、時の流れとともに名声など蒸気のように消えてなくなり、また人気は偶然のもの、富は羽が生えて飛んでいく。
いつまでも残るもの、それはその人の持つ人格です。


この世の人生で追い求めるべきもの、それは名声や人気、富などのはかないものではなく、永遠に残る人格です。
地上にながらえている限り私たちも人格を磨き続け、一歩一歩人生の高嶺を目指したいものです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

◯◯◯ができない

2016.06.25日

"If you hear a voice within you say “you cannot paint,” then by all means paint and that voice will be silenced."
--Vincent Van Gogh
「『お前には絵は描けない』という声が自分の心の中で聞こえたなら、あらゆる手を尽くして絵を描きなさい。そうしたらその声は沈黙するだろう」
--フィンセント・ファン・ゴッホ


弟に仕送りしてもらって貧しいを人生送ったゴッホは、生涯で1枚しか絵が売れなかったと言われています。生前、だれからも絵の才能を認めてもらうことができず、経済的に困窮し、パンとコーヒーとタバコだけしか口にできなくなっても彼は絵を描き続けました。
そして、自殺する約1か月前に描いた下の『医師ガシェの肖像』はのちになんと170億2000万円で売れたのです。


gogh_gachet.jpg


ゴッホが残した、冒頭の言葉に出てくる「絵を描く」を自分の問題に当てはめてみましょう。
「『お前には◯◯◯できない』という声が自分の心の中で聞こえたなら、あらゆる手を尽くして◯◯◯しなさい。そうしたらその声は沈黙するだろう」


この◯◯◯は勉強でも、仕事でも、スポーツでも、健康でもなんでもいいのです。
どんなことにも通じます。
さあ、これであなたの前に立ちはだかる「◯◯◯ができない」という声は沈黙します。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

もっと楽に生きるコツ

2016.06.23日
E887AAE784B6.jpg


As for worrying about what other people might think – forget it. They aren’t concerned about you. They’re too busy worrying about what you and other people think of them.
−Michael LeBoeuf - Author and Professor
「ほかの人が自分のことをどう思っているか、なんて心配しているなら、そんなことは忘れてしまいなさい。だれもあなたのことなんか気にしてませんよ。みんな自分のことをあなたやほかの人がどう思っているか、心配することで精一杯ですから」
−マイケル・ルボーフ 作家、大学教授
(訳:舟田 譲二)


いやー、これは言えてます。
私も知らず知らずこの罠にはまりがちなのですが、考えてみたらみんな基本的には同じ、どっこいどっこいです。
人の目を意識していると、ストレスになり健康は害するし、人間関係は壊れるし、幸せに生きることもできなくなります。
ですから、もうこんなことに煩わされるのはやめましょう。
私もやめます。
肩の力を抜いて、もっと気楽に生きていきましょう。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

平凡な中の幸せ

2016.06.22日

昨日の誕生日に際しましては、本当に数えきれないほどたくさんの方々からお祝いメッセージ、お祈りをいただき心からお礼申し上げます。お一人ひとりにお礼の気持ちをお伝えすることができませんが、今日のこの記事を通して私の想いをご理解いただければ幸いです。


家族を始め親族から、昔からの親しい友人、信仰の友、友人の友人、Facebookで知り合いになった方々、セミナー等で知り合った方々等々さまざまな方からお祝いいただきました。
その方との間柄によって、「舟田譲二様」「舟田様」というとてもご丁寧なものから、「舟田さん」「舟田先生」「譲二先生」「先生」「ジョージ」「ジョージくん」「フナやん」「舟田くん」など、呼び方も千差万別。面白いです。
多くの方が、私の健康のことを気遣いお祈りくださっていて、また「学院長 元気の出るブログ」で励まされている、と逆に私を励ましてくださいました。
お祝いメッセージ一つひとつを読みながら、また添付されている画像や音楽などを楽しませていただきながら、お一人ひとりのお顔やこれまでのおつき合いの経過などを思い浮かべ、感謝のお祈りをいたしました。


昨日の「今日は私の誕生日」に載せた『ルート66』の写真に何人かの方が反応してくださいました。
「ルート66 懐かしいですね 忘却の彼方から舞い降りてきたみたいやあ」(HIさん)
「ルート66、いいですね!! 素敵です」(TAさん)
「ルート66、これからも安全第一でお進みください(笑)」(NTさん)
ほか。



上の動画は、マ−テイン・ミルナ−(声=愛川欽也氏)、ジョ−ジ・マハリス(声=納谷悟朗氏)の二人がロスアンゼルスとシカゴを結ぶルート66を、コルベット・ステイングレ−に乗って旅する、日本では1962年から放映され絶大な人気を誇ったTVドラマ『ルート66』の主題歌です(Wikipediaより)。
青年時代7年近く過ごしたロサンゼルスのサンタモニカが起点で、全長3,755kmの大陸を横断する国道です。
テレビ番組は、この国道を旅しながら繰り広げる若者二人の日常の出来事をドラマ化したストーリーです。
私も子どものころ、このドラマが大好きで夢中になり、いつかあのルート66を自分も車で走ってみたいと憧れていたものですが、実際に現地に住み、走ってみるとごくごく普通の平凡な国道です。


考えてみたら私たちの人生も似たようなもので、ルート66を走っているような毎日ありきたりの生活なのですが、その中で起こる様々な出来事を喜んだり、悲しんだり、驚いたり、感動したり、あるいはなにも感じないような平平凡凡の日々を過ごしたりしています。


しかし、そのような平凡な生活の中にこそ幸せに生きる秘訣が隠されています。
それが昨日シェアしたTV番組TEDの「幸福な人生を送るには? ハーバード流人生満喫術」の中でも語られています。
幸せな人生を送る秘訣、それはすなわち「人間関係」です。
多くの人が思うような「富」や「名声」「地位」「豪勢な生活」「家や車などの持ち物」などは人に幸せをもたらしません。
家族や親族、友人などとの間で、豊かな人間関係を持っていること、これが何よりも幸せなことで、これがひいては健康、長寿にもつながる、というのです。


そのような意味で、今回<ルート66>の誕生日を迎えた私は、本当に平凡な生活をしていますが、家族や親族に、また多くの友人たち、また仕事における仲間、さらにはアカデミーに送られてくる多くの生徒たちに恵まれて本当に幸せだ、とつくづく実感しました。


皆さんに感謝の気持ちをこめて。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

あなたも名監督

2016.06.20日

NHKの連続テレビ小説、別名朝ドラの『とと姉ちゃん』が、スタート以来ずっと視聴率20%以上をキープしているということです。
人気の秘密はおそらく、ごく普通の人たちが主人公で、彼らの日常生活の中のありきたりな場面が描かれているところにあるのではないかと私は思っています。
普通、人気のある番組はドラマチックなものなのですが、逆にこの日常性に視聴者は親近感を覚えているのではないでしょうか。


『とと姉ちゃん』を見ていて、もうひとつ感心するのは監督の腕です。
非常に細かいところまで行き届いているのに驚かされます。
5年前に書いた「アカデミー監督賞」の記事を思い出し、今日はそれをシェアさせていただくことにしました。


私は小学生の頃、劇団に入っていてテレビや舞台、映画に子役で出演していました。
このとき私に回ってきた主役の連続ドラマは『スーパーお姉さん』という番組でした(「何事も一生懸命」)。
当時はアメリカのスーパーマンというテレビ番組が子どもの間だけでなく大人の間でも大人気で、私のお気に入りの番組でもありました。
それで『スーパーお姉さん』の主役ということでとても興奮しました。きっと日本版スーパーマンみたいな番組だろうと大いに期待したわけです。


一番最初の出演者とスタッフの顔合わせ、そして台本の読み合わせで大阪の毎日テレビのスタジオに行った時のことです。
簡単な自己紹介の後、出演者一人ひとりに台本が配られました。
そして怖そうな顔をした細身で神経質そうな感じのディレクターがみんなに指示を出しました。
「皆さん、台本を開いてください。今からこの台本のセリフを大きく変更します。自分の台本に朱を入れてください」
そう言うと、ほとんど全部のセリフに訂正を入れ始めました。


ストーリーは、私の住んでいた家の隣にスーパーお姉さん一家が引っ越してきて、挨拶に来るところから始まります。
スーパーお姉さんの自己紹介のところで、次のようなくだりがありました。
「私はこんなこともできるし、あんなこともできる。戦車だって操縦できる」
ディレクターはこれらを全部カッとしてしまい、ほかの言葉に変えてしまいました。
私がイメージしていた「スーパーマンの日本版」がすっかり消えてしまったのです。正直、がっかりするとともにこのディレクターをちょっと恨みました。
「この怖いディレクターのせいで、せっかくのスーパーお姉さんがすっかり平凡なつまらないものになってしまう」


ところが回が進むにしたがって、徐々にこのディレクターの意図が分かるようになってきました。
どのエピソードも日常茶飯事の出来事の中で小さな事件が起こり、それをスーパーお姉さんと少年ケンちゃん(私)が一緒に解決していくという内容です。
たとえば、お姉さんと私が暗い夜道を家に向かっているとき、あとをつけてくる不審者がいます。
私たちは怖くてドキドキしながらその不審者をまこうとして走ったりするのですが、コツコツコツという足音がずっとつけてきます。
それで思い切って角を曲がったところで隠れて、その不審者が来たところを捕まえたところ、なんその人はと私たちの隣の家に用事があって、タバコ屋さんで私たちのあとについて行けばいいと教えられついてきていたというオチがついているわけです。


途中からディレクターは二人体制になって、優しい女性のディレクターが加わりました。私はこのディレクター、本間さんが大好きでした。
でも、あとになってこの鬼ディレクターの良さが分かるようになりました。
もしも、脚本が書き換えられないままでスタートしていたら、『スーパーお姉さん』はすぐに頓挫(とんざ)していたことでしょう。


最近、NHKの大河ドラマ「江」や「仁」、「渡る世間は鬼ばかり」、「BOSS」、「幸せになろうよ」等などさまざまなドラマを見ていてつくづく感じるのは、脚本や俳優以上に監督の役割の大きさです。
同じ脚本で、同じ俳優が出演していても「監督」の力量ひとつで作品の出来栄えは天と地ほどの差になります。


このときひらめきました。
私たちの人生も同じではないか。
監督はストーリーを変えることも、俳優のキャラクターを変えることもできる。
同じ素材が与えられていても、監督は活かすも殺すも自由です。
ドラマを面白くするのもつまらなくするのも監督です。
そして、私たち自身の人生という一大ドラマの「監督」は私たち自身なのです。


あなたの人生の「アカデミー監督賞」はあなたに授与されます。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

今年度の流行語大賞早くも決定!?

2016.06.17日
n-MASUZOE-large570.jpg


去る5月22日の記事、「弥次郎兵衛もびっくりぽん!」に登場した主人公、舛添要一東京都知事が「いさぎ悪く」(?)辞職する決意をしました。
このときまで、今年の流行語大賞は「びっくりぽん」になると私は確信していたのですが、今回の舛添さんの辞任騒動に伴い、もっともよく使われた言葉は"sekoi"だったと、アメリカのニューヨークタイムス紙が報じて世界に発信したことによって「せこい」に決定しました(笑)。


これがその本文。
"The word that has perhaps been most frequently used to describe the episode is sekoi, meaning cheap or petty. That Mr. Masuzoe might nickel-and-dime taxpayers and contributors for spa trips seems to have struck a rawer nerve than if he had engaged in wholesale theft."
「今回のエピソードを言い表すのに最も頻繁に使われた言葉は恐らく『sekoi』だろう。その意味は『安っぽい』あるいは『ケチ』。大金を盗んだのではなく、温泉旅行といった少額の出費で少しずつ納税者や献金した人々に損害を与えたことが(都民の)いら立ちを一層増したようだ」


先日来、品性(「富と健康と品性」)や高潔(「高潔とは」)などを人生でもっとも大切な言葉としてシェアしてきましたが、なんと舛添さんは見事に反面教師となって私たちに大切なレッスンを教えてくれました。


任期中の知事給与を全額返上するという条例案は辞職に伴い取り下げられ、しっかり全額受け取るばかりか、夏のボーナス380万円、そしてさらに2200万円の退職金も受け取ることになります。
それだけならいざ知らず、都知事選にかかる費用はなんと50億円といいます。
50億から見れば、舛添さんが受け取る残りの給与やボーナス、退職金などスズメの涙ですが、本当に彼が「不徳のいたすところ」と反省しているならば、全額返却して当たり前ではないでしょうか。
でないと、彼は一生「せこい」というレッテルを貼られたまま生きることになるでしょう。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

レースを始める前に勝利する

2016.06.16日

"If you have no confidence in self, you are twice defeated in the race of life. With confidence, you have won even before you have started."
(Marcus Tullius Cicero 106 BC - 43 BC - Roman Philosopher and Statesman)
「自分に自信を持っていなかったら、人生のレースですでに2倍の敗北をしている。しかし自信があったなら、レースを始める前にすでに勝利している」
(マルクス・トゥッリウス・キケロ、BC106-43 ローマの哲学者、政治家) 
(訳:舟田 譲二)


キケロについては以前、「感謝の心は…」の中でも書いたことがありますが、2000年もたった現代に生きている私たちにも直接語りかける数多くの名言を残しています。

昨日の記事、「人生の行く先は」にも記しましたが、日本の高校生の8割が自分に自信がない、と言っているそうです。
これでは、キケロが言っているように、人生のレースをスタートする前から負けているようなものです。


たとえば、どのようなスポーツでも、また芸術や学問の世界においても、「自信」が大きな役割を果たしているのは誰の目にも明らかです。自信がなかったら初めから負けています。


もちろんだれの人生にもどんでん返しのチャンスはあります。そしてそのような人生を歩んだ人も大勢います。
しかし、やはりそれ以前に、若者に、いや幼少時から自信を持たせるような教育、育て方をすることは家庭において、学校や塾において、ひいては社会、国家においても必須です。
ある意味、これを他の何物にも優先して行わなければならないと私は常々思っています。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

人生の行く先は

2016.06.15日

"Sow a thought and you reap an action;
sow an act and you reap a habit;
sow a habit and you reap a character;
sow a character and you reap a destiny."
「思考の種を蒔きなさい。そうしたら行動の実を刈り取るでしょう。
行動の種を蒔きなさい。そうしたら習慣の実を刈り取るでしょう。
習慣の種を蒔きなさい。そうしたら人格の実を刈り取るでしょう。
人格の種を蒔きなさい。そうしたら人生の目的地を刈り取るでしょう」
(作者不詳)
(訳: 舟田 譲二)


上を次のように言い換えてみましょう。


「悪い思考の種を蒔きなさい。そうしたら悪い行動の実を刈り取るでしょう。
悪い行動の種を蒔きなさい。そうしたら悪い習慣の実を刈り取るでしょう。
悪い習慣の種を蒔きなさい。そうしたら悪い人格の実を刈り取るでしょう。
悪い人格の種を蒔きなさい。そうしたら最悪の人生の目的地を刈り取るでしょう」
こちらの方が、よりリアルで実感がわくかもしれません。


一昨日、ある人から聞いた話ですが、日本の高校生の8割、10人のうち8人が「自分に自信がない」と言っているそうです。
これは本当に驚くべき、お先真っ暗な数字です。
原因のひとつは、そしてひょっとしたら一番大きな原因なのでしょうが、教育にあると思います。
まずは幼児期からの家庭での親の教育に始まり、小中高校と学校の教育にも責任があるでしょう。
子どもに自信をなくさせるような教育をしているとしか思えません。


そういう私も高校生の頃、学校生活のつまらなさ、授業の退屈なこと、自分自身のやる気のなさなどから、将来が見えなくなった一時期がありました。
自分自身が見えなくなっていました。
何のために生きているのか、人生の目的は何なのか、と真剣に考え悩みました。
友人と語り合い、本を読み、またあるときは教会の門をたたいたこともあります(「神の存在は証明できるか」)。
でも答えは見つかりませんでした。当時の私も「自分に自信がもてない」一青年でした。


でも幸いにもその後、思考を一新する最高の機会に恵まれ、その結果人生の目的地が見えるようになりました。
とどのつまり、人生の行く先は最初の思考から始まっているのです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

人生の真髄

2016.06.14日

"The greatness of a man is not in how much wealth he acquires, but in his integrity and his ability to affect those around him positively."
-- Bob Marley
「人の偉大さはその富にあるのではなく、その人の高潔さと周囲の人にいい感化を与える能力にある」
--ボブ・マーリー


marley.jpg


ボブ・マーリー(1945-1981)は、ジャマイカのレゲエミュージシャン。その音楽はラスタファリ運動の思想を背景としており、彼の音楽と思想は数多くの人々に多大な影響を与えた。
父親61歳、母親18歳のときに生まれる。両親はボブの誕生後すぐに別れた。
10歳のときに父が死に、それまで受け取っていた経済的な援助がなくなり、母は息子を連れ職を求めてキングストン郊外のスラムに移り住んだ。ここでバニー・ウェイラーと共に音楽活動を開始し、1959年、14歳のときに音楽に専念するため学校を中退。
「One Cup of Coffee」、「Judge Not」を発表し17歳でプロデビューする。
脳腫瘍と癌の肺への転移により36歳で没す。
ハリウッドにはエルビス・プレスリーら有名ミュージシャンらと並び、ウォーク・オブ・フェイムのプレートがある。
ボブ・マーリー財団公認のドキュメンタリー映画、『ボブ・マーリー/ルーツ・オブ・レジェンド』 ほかもう1本ドキュメンタリー映画があり、1979年には来日公演もしている。
(以上、上掲写真を含めWikipediaより抜粋。)


私はレゲエやロックというジャンルの音楽にはうとく、ほとんど聴いたこともありませんし、正直私の好みではありません。
しかし、生まれ育ちの劣悪な環境にもかかわらず、昨日の記事、「高潔とは」を地で行くような生涯を歩み、また素晴らしい格言を残したこの人物を私は心より尊敬します。
この世の多くの人たちが富や地位や名誉が人生の誉れのように思い、それらを追い求めているのに対し、マーリーの生き方は人生の真髄を突いています。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

セルフイメージが低いと

2016.06.12日

"Accept yourself as you are. Otherwise you will never see opportunity. You will not feel free to move toward it; you will feel you are not deserving."
- Maxwell Maltz - 1889-1975, Author
「自分をありのまま受け入れなさい。そうでないと決して好機を見出すことはないでしょう。遠慮せずに好機に向かって進むこともできないでしょうし、自分はそれにふさわしくないと感じることでしょう」
-- マックスウェル・モルツ(1889-1975)、作家
(訳:舟田譲二)


正しいセルフイメージが持てずに悩んでいる人がとても多いです。
それが引っ込み思案の原因であることもあれば、自傷行為に走ったり、自信がないために良い仕事ができなかったり、勉強やスポーツで腕を振るうことができない、はたまた人にすぐに喧嘩を売ったり、言葉や行動でのDV(家庭内暴力)につながることもあるでしょう。
ともかく、セルフイメージが低いと、さまざまな問題の原因となります。


さらに困ったことに、冒頭にあるように、さまざまなチャンスがやってきても自信がないために、自分はそれにふさわしくないと思って、みすみす見逃してしまったりします。
私たちは神様によって、一人ひとりかけがえのない存在、最高の作品として創られています。


自分をありのまま受け入れること。
すべてはここから始まります。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

ダウン症の若者のTV番組、米テレビアカデミー賞を受賞

2016.06.10日
s_Born-This-Way.jpg


ようやくこういう時代が到来しました。
ダウン症の人たち、またその他の「障がい」を持った人たちへの偏見や差別がなくなる日が一日も早く来るよう心から願うものです。
下の動画は感動物です。


複雑な問題に取り組み、社会への変革をもたらしたTV作品に贈られる米テレビアカデミー賞(Television Academy Honors)。
第9回テレビアカデミー賞をダウン症の若者のリアリティ番組”Born This Way”が受賞しました。


“Born This Way”は大人のダウン症のある人の問題・課題にフォーカスした内容です。
7人のグループが友情、恋愛、仕事などに情熱を傾け、人生の夢をかなえるために頑張る姿がカメラに収められています。


番組制作したA&Eは”Born This Way”放映開始以降、(第6話まで)視聴率が83%伸びたと言います。
「(この結果に)わたしたちは圧倒されました。障がい者の方やその家族の視聴者から様々な意見や感想が寄せられました。」
「わたしたちの見ている世界を変化させるような番組を作ることは非常に難しいです。”Born This Way”は、その番組の一つだと私たちは信じています。」

「DS21.info」より)



↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

罪の呵責(かしゃく)

2016.06.07日

ちょうど6年前の記事の再録です。
この記事を書いた翌年、父は天国に凱旋しました。
父の思い出、そして私の恥ずかしい思い出の記事です。


昨夜はなかなか寝つけませんでした。
最後に枕もとの時計を見たときは4時でした。
そして、7時に父に起こされました。
「ジョージ、もう起きなさい!」
「はい」
「グッモーニン...」
アレっ?父の姿が見えません。
なんと夢の中で父に起こされたのです。
父には一昨日、病院で診察を受けるときに会ったばかり。
車椅子に座った父は、アルツハイマーが進み、私のことも分からず、何を話しかけても反応がありません。
かつて太っていた父は、今や手足もやせ細り、昔の面影はありません。
その父が、昔の若いときの元気のいい声で私を起こしてくれたのでした。
高校生の頃にタイムスリップしたような感じでした。


早く目覚めたので、犬を散歩に連れて行きました。
歩きながら、父のことや母のことを思い出していました。
すると幼稚園の頃のことがフラッシュバックしてきました。


IMG_0006.jpg


これは私が4歳の頃の写真です。
母が営んでいた洋裁店の前で撮ったものです。
手に持っているのはおもちゃではなく、本物のカメラ(ただし壊れていましたが)。
髪はパーマをかけて、七三で横分けしていました。
虫も殺さないような可愛い(!?)顔をしていて、近所の人たちの間で人気者でした。
母の洋裁店の筋向いには小さな会社があって、みんなが「組合」と呼んでいました。
私はしょっちゅうそこに遊びに行きました。
その「組合」の人たちが、交互に私を家に泊めてくれて、あちらこちらに連れて行ってくれました。


IMG_0005.jpg IMG_0004.jpg


左:「組合」の人たちに囲まれて  右:慰安旅行に一緒に連れて行ってもらったときの写真


ところが、表とは裏腹に私の心の中にはすでに悪い心がありました。
今でもそのシーンをはっきりと覚えています。
三輪車に乗って、住んでいた家の向かいにあった商店の玄関の大きなガラス戸に石を投げつけて割ったのです。
石を投げつければガラスが割れることはわかっていました。
「ガシャーン」という大きな音とともにガラスは粉々になって下に落ちたかと思うと、店の人が飛び出してきました。それも予期していました。でも、逃げようとしませんでした。
親を呼ばれて、こっぴどく店の人に叱られました。
もちろん、親からもさんざん叱られました。


ある日、近くの神社で縁日があってたくさんの露店が出ていました。
私は親からお小遣いをもらったことがなかったので物を買うということすら知らなかったのですが、なぜか露店で買い食いしたい衝動に駆られました。
日曜日の朝早く、親がまだ寝ているときに、そっと食器戸棚に入れてあった母親の財布から小銭を盗んだのです。
胸がドキッドキッと大きな音を立て、親に気づかれるのではないかと恐れました。
そして盗んだ小銭を持って縁日に行き、何か買い食いしたのですが、それがとてもまずくて
「しまった。悪いことをしてしまった」と、とても後悔しました。
そして、家に戻るとすぐに両親にそのことを涙ながらに打ち明けて、「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝りました。
普段優しかった両親はこのとき烈火のごとく私を叱りました。


これらの苦い思い出は、成人してからもずっと私の心を苦しめ続けました。
つい数日前、読売新聞の「人生案内」に、50代主婦の方が出来心で万引きをして、警察に通報され、その後、家族にもその店の人にも、近所の人にも顔向けができなくて、辛くて死んでしまいたい、と相談していました。
私はこれを読んで、その人の気持ちが痛いほどよくわかりました。
私自身がかつての罪の呵責から解放された、「赦しの福音」があることをその人に伝えたい、と心から願いました(「訓練していたことを実践しただけです」)。
そして、その人に声をかけてあげたいと思いました。
「死なないでください。生きていれば必ず『小さな幸せ』がいくつも見つかります。
そして、生きていて良かったと思う日がきます」と。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

富と健康と品性

2016.06.02日
billy-graham-Quotes-1.jpg


"When wealth is lost, nothing is lost; when health is lost, something is lost; when character is lost, all is lost."
(Billy Graham)
「富を失っても何も失わない。健康を失うと何かは失う。しかし品性を失うとすべてを失う」
(ビリー・グラハム)

(訳:舟田 譲二)


これはかの有名な20世紀最大の大衆伝道者、ビリー・グラハムの格言です。
1980年10月、沖縄、大阪、東海、広島、福岡、東京の全国でビリー・グラハム国際大会が開催されました。全会場での聴衆は約33万5000人と言われています。
当時神学生だった私は、大阪日生球場の大会に1000人の聖歌隊の一員、カウンセラーとして参加し、ビリー・グラハムの力強い生の声を聴きました。
人で埋め尽くされた会場はこんな感じでした。


BG.jpg


そのビリー・グラハムの上の格言はじつに意味深長です。
多くの人が、「富」と「健康」を求めて生きていますが、この両者は突き詰めて考えていくと、短い地上では影のようなもので、なんら実態のないものです。
いかに「富」と「健康」に恵まれていたとしても、やがて生涯を閉じるときにはすべて消えてしまいます。
それが人生というものです。
しかし、「品性」は人が地上での生涯を終えて亡くなったのちにも、永遠に後世の人々の心の中に生き続けます。


よし地上での人生で「富」を失ったとしても、そんなものは大したことではありません。
すべての財産を失った後に、それ以上に富を回復した人はたくさんいますし、また富がなくても幸せな人はいくらでもいます。
富が人生のすべてでないことはだれもが経験上知っています。
ですから、富を失ったからといって自殺したり、一家心中したりするなどまったく馬鹿げたことです。


それでは「健康」はどうか。
確かに「健康第一」とよく言います。どんなに成功したとしても、健康を損ねたら何の意味もないと人は言います。
健康を失うと、確かに苦しい、辛い思いをします。それは私自身何度も経験してきました。
しかし、もし健康でないことが不幸だとすると、この世の中不幸な人であふれ返ってしまいます。
ところが、健康でなくても幸せな人はいくらでもいます。
作家の故三浦綾子さんなどは、その生涯ずっと病気でしたが、彼女の口から出てきた言葉は、
「こんなにたくさん病気をして、私は神様にえこひいきされている」
でした。


人生で一番大切なのは、「品性」です。
たとえどんなに地位、名誉、財産を築いたとしても、品性を失い、人から信用されなくなるならば、それはすべてを失ったことになります。その例は枚挙にいとまありません。
「品性」とはその人のいのちそのものです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

運命の赤い糸

2016.05.31日

地球上の生物の種類は約870万ぐらいだそうですが、そのうち約9割はまだ発見されていないといいます。
しかし、1500万から4000万とか、あるいは1億と推定する研究者もいます。
この数字は種類で個体数ではありません。
人間はホモサピエンスで1種類ですが、その数は現時点で73億人あまりです。


以前教えていた私立中学3年生のS君の英語の教科書にコオロギの鳴き声の話が出ていました。
リーン、リーン、コロコロ、チンチロチンチロチンチロリンなどという秋に聞く鳴き声です。
実はこれは正確には鳴き声ではありません。
コオロギは口で鳴いているのではなく、羽根をこすり合わせて音を出しているからです。
さて、鳴くのはオスだけで、これはメスに対する求愛活動なのです。
メスは何匹ものオスの鳴き声を聞いて、この人(コオロギ君?)の歌が一番うまい、というふうに相手を決めて、ここでカップルができあがるのです。
魚もダンスを踊ったりしてメスに求愛活動をします。
クジャクは翼を広げます。
食べ物をプレゼントして求愛する鳥などもいます。
巣を作って求愛するものもいます。
ほかにも、数多くの生物がさまざまな求愛活動をします。


犬が好きな人には、同じ種類の犬でも顔を見て、可愛い犬、美人(犬?)、年寄り、意地悪な犬、怖い犬など違いがわかります。
私は犬の顔を見て、嬉しい、悲しい、甘えたい、疲れた等などの表情がわかりますが、猿の顔はほとんど見分けはつきません。
しかし、サル山で餌付けをして猿の世話をしている人には、100匹以上いるサルの1匹1匹の顔が区別でき、やはり性格もわかるそうです。


私たち人間には魚はみんな同じ顔に見えますが、おそらく魚の世界の中では、やはり美魚、老魚など違いがわかるのでしょう。
だから、上に挙げたように魚の世界でもダンスのような求愛行動があるのです。


さて、それでは人間は?
私たち日本人には、たとえばアラブ系の人たちやアフリカ系の人たちはあまり見慣れていないので、みんな似ているように見えます。
白人から見ると、日本人も中国人も韓国人も、そしてアジア系の人はみんな同じように見えて区別がつきません。


私の場合は、アメリカ人の俳優は、昔の人も今の人も結構見分けがつき、名前もわかります。
しかし、ファッションモデルになるとみんな同じ顔に見えます。
その理由を考えてみると、自分にとって大切なもの、興味・関心のあるものに関しては、よく見えるということです。


さて、人間の場合、結婚相手を探すのに、動物のような本能的な求愛活動はしません。
「婚活」をする若者は多いですが、これも一種の求愛活動でしょうが。


「運命の赤い糸で結ばれている」という表現をよくしますが、これは単なる迷信や俗説、伝説などで片づけられない面があります。
なにか目に見えない、不思議な引き合いがあり、自然とカップルができあがる、という感じがします。
アカデミーでも、2組のカップルがこれまでに誕生しています。
そのような出会いの場を提供できたということはとても喜ばしいことです。
地球上の何十億という人の中から自分の相手を見つける、というのはまさに奇跡と言っても過言じゃないほどの確率で、また不思議なめぐり合せです。


「幸せの青い鳥」じゃないですが、案外、自分のすぐそばにそのような人がいることがよくあるものです。
要は、先ほどの話ではありませんが、関心をもってよく見るということです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

魔法の小石

2016.05.29日

「なぜ、こんなつまらないことを勉強しなくちゃいけないんですか?」
 私が教壇に立っていたあいだ、生徒はあらゆる不平や疑問を投げかけてきた。中でも、この質問ほど繰り返し耳にした言葉はない。
 この質問に、私はつぎの物語をお話しすることで答えたいと思う。


 ある晩、遊牧民の群れが夜を過ごすための支度をしていると、突然あたりが厳かな光に包まれました。聖なる方がともにおられるのを人々は感じました。大きな期待を胸に、天の声が下るのを待ちました。何かとても大切なお告げがあるのだろう、と思ったからです。
 ついに、声が聞こえてきました。
「できるだけたくさんの小石を拾いなさい。その小石を袋に入れ、一日旅をするがよい。明日の夜になって、お前たちは喜び、また悲しむであろう」
 聖なる方がその場を去ると、人々は失望と怒りを口にしました。大いなる宇宙の真理について啓示が下ることを期待していたからでした。富と健康が授けられ、人生の目的が解き明かされると思ったのです。ところが与えられたのは、小石を拾うというつまらない、彼らにとってはわけのわからない作業だけでした。
 しかし、人々はぶつぶつ言いながら、いくつかの小石を拾って袋に入れました。聖なる方の神々しさがまだあたりに残っていたからでした。
 人々は一日旅をし、夜になりました。野営を張りながら小石のことを思いだし、袋からとり出してみました。すると、どの小石もひとつ残らずダイヤモンドになっていたではありませんか!
 人々は小石がダイヤモンドに変わったことを喜び、もっと小石を拾ってこなかったことを悲しみました。


koisi3.jpeg


 この伝説の教えを地でいった例として、私がまだ教職に就いて間もないころに出会った、ひとりの教え子の話をご紹介しよう。仮に彼をアランと呼ぶことにする。
 アランは中学2年生。主専攻は「問題を起こすこと」、副専攻は「停学処分」といった男子生徒だ。不良になることを勉強しに来ていたようなもので、ついに「窃盗」という修士号を取ろうとしていた。
 そのころ、私は生徒たちに名言を毎朝暗唱させていた。出席をとるとき、生徒の名前に続けて誰かの言葉の前半を言う。出席とみなしてもらうためには、生徒は後半を続けて言わなくてはいけないのだ。
「アリス・アダムス−−−『努力し続けているかぎり...』」
「はい、『失敗はない』です、先生」といった具合である。
 こうして教え子たちは、その学年の終わりまでに名言を150は暗唱した。
「一直線に目標だけを見なさい。障害が目に入らないように」
「皮肉屋とは、すべてのものの値段を知っていてもその価値を知らない人のことをいう」
 そして、「思うなら信じなさい。信じるなら実践しなさい」などだ。
 アランほど、朝のこのお決まりの時間をいやがった生徒はいなかった。それは、彼が放校処分を受ける日まで変わらなかった。それから5年間、アランの消息を耳にすることはなかった。
 ところがある日、アランが電話をくれた。現在この近くのある大学で特別コースを受講しており、仮釈放期間を終えたばかりだという。
 彼は少年院に入れられた後も問題を起こしていたため、鑑別所に送られたと話してくれた。ついにはそんな自分に嫌気がさして、カミソリで手首を切ったそうだ。
「ねえ、先生、そうやって自分の命の灯が消えかかっていくのを感じながら横たわっていたときです。いきなりあのばかばかしい文句が頭に浮かんできたんです。先生がいつか20回もおれに書かせたやつですよ。『努力し続けているかぎり、失敗はない』。こいつの意味が突然わかったんです。おれが生きているかぎり、おれの人生は失敗じゃない。でも、もし自分で命を絶ってしまったら、失敗そのものになっちゃうじゃないか。そう思ったんです。それでおれは残りの力を振り絞り、助けを呼んだ。新しい人生を始めたんですよ」


 彼があの名言を学んでいたころ、それは小石にすぎなかった。しかし、ぎりぎりの状況に追いつめられ何かの導きを必要としたとき、それはダイヤモンドに変わったのだ。
 だから、私はこうアドバイスしたい。できるだけたくさんの小石を拾いなさい。ダイヤモンドのように輝く未来が約束されるのだから。
ジョン・ウェイン・シュラッター

(『こころのチキンスープ』 2 生きるとは愛すること   ジャック・キャンフィールド、マーク・V・ハンセン著 ダイヤモンド社 p.164-167)


この物語が教えていること、それは人生に無駄は決してない、ということです。
一見、無駄に見えるようなことでも、それが積み重なっていくと、いつか芽を出す時が来るのです。
私たちはみんな、誰でも大なり小なりこのような経験をしているものです。
問題は、それをいかに活かすかです。


その時はわけがわからなくても、意味がないと思われるような「小さな小石」をたくさん拾っておきましょう。
それらがいつの日かダイヤモンドに突然変わっているのです。
教育とはそのようなものです。決して無駄などありません。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

ピンチのあとにはチャンスが

2016.05.28日

先日来、「あなたの人生も変えられる」や、「ADHDからドクターに」など、苦難から栄光へのどんでん返しの人生の実例をいくつかご紹介してきました。


「ピンチをチャンスに変える」とか「ピンチとチャンスは背中合わせ」といった表現をよく耳にします。
私もこれまでの平凡な人生を振り返って、「ピンチのあとにチャンス」がやってきたことは数えきれないほどたくさんあります。
ですから、これは私の信念だと言えます。


これまで何度もタイのテレビCMで感動的なものに出会い、このブログにご紹介してきました。
このYou Can Shine(あなたも輝ける)もそのうちのひとつです。
まずは、ご覧ください。



私はこれまでにもう何度も繰り返し見ていますが、見るたびに胸が熱くなります。
初めて見たときは、感動で身震いして、涙が出てきました。
人それぞれ感じるところは違うでしょうが、私は「ピンチのあとにはチャンスが」ということをずっと考えていたので、このテーマにまさにピッタリの動画です。


聴覚障がいを持つ主人公の少女は、友達などからいじめを受け、とてもつらい日々を送っています。
少女が言います。
「なんで私は皆と違うの?」
バイオリン引きの男が答えます。
「なんで君は他の人と同じでなくっちゃいけないんだ?」
もうこの言葉だけでジーンと来ます。
実際のところ、他の人と同じである必要などひとつもありません。むしろ違うからこそ、人生は素晴らしいのです。


この少女は何度も何度もピンチに遭遇しながらもへこたれずに頑張り、最後のシーンでチャンスをものにして大逆転するのです。
人生にはこのような大逆転がつきものです。
あきらめたらその時点で終わりです。


長い人生、辛い思いや苦しい経験など誰にでも必ずあります。
私自身も子どものころ、何度もいじめを体験しました(「またいじめ...」)。
しかしその都度、「ピンチのあとにチャンス」が来ました。
苦しさの真っ只中ではそのこと自体思い出せない、周りが見えないということもあります。
しかし、そのようなときには、次のしりとりを思い出しましょう。
「ピンチ」→「チャンス」と。
日本語でもピンチに当たる「危機」の文字は、「危」のあとに「機会」の「機」が来るではありませんか。


ところで、この動画、何とシャンプー・コンディショナーの「パンテーン」のテレビCMなのです。
最後の「あなたの中に隠れている素晴らしい輝きを」は誰にも当てはまる、素晴らしい励ましのメッセージです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。

にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

今、自分のうちにあるもの

2016.05.27日
emerson.jpg


"What lies behind us and what lies before us are tiny matters compared to
WHAT LIES WITHIN US."

Ralph Waldo Emerson
「我々の過去にあるものも、未来にあるものも、内側にあるものと比べたら取るに足りないほど小さなことだ」
ラルフ・ウォルドー・エマソン
(訳:舟田 譲二)


エマソンのことは、1年前の記事「毎日が最高の日」を始め、これまでたびたびこのブログに書いてきました。波長の合う作家のひとりで、多くのことを教えられ、励まされています。


冒頭の言葉にもとても勇気づけられます。
私たちはとかく過去のことを悔やんだり、将来のことを心配したりしがちですが、エマソンはここで過去よりも未来よりも何よりも大切なものは、今、私たちのうちに何があるかだ、と言っています。
確かに、今自分のうちにあるものをしっかりと見つめ、その価値をはかるなら、過去も未来も取るに足りない、悔いたり不安がったりすることは、まったく意味のないことであることに気づきます。
なぜなら、いくら過去を悔いたところで、あるいは過去の思い出に浸って酔いしれていたとしても、また逆に将来のことを不安がったり、はたまた楽観的になって有頂天になっていたとしても、そんなことは何の意味もありません。それらは実体のない虚像に過ぎないからです。


私たちが唯一確かなものとして持っているものは、「今」という時であり、そして今、「自分のうちにあるもの」だけです。
あなたはそこに目を注いでいますか?
これから目を離さない限り、どうすることもできない過去の苦々しい思い出も、悔いも、あるいはどうなるかまったくわからない将来も、自分を揺るがすことはできません。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

意志あるところ道通ず

2016.05.26日

NHKの朝の連続テレビ小説『とと姉ちゃん』。
毎朝見て、多くのことを教えられ、励まされています。
そのように感じていらっしゃる方は多いのではないでしょうか。


今週はとと姉ちゃんこと、常子が職業婦人に挑戦するところです。
歯磨きは発想は良かったのですが、失敗します。
そこで今度は、当時としては給金の良かった和文タイピストに挑戦します。
もともと商売、仕事に興味があったこともありますが、今回は妹の鞠子が希望する大学進学のために、若くして亡くなった父親の遺志を継いで、父親代わりに経済的に面倒を見るという素晴らしい「とと姉」ぶりを発揮しています。


和文タイプライターは英文タイプライターのように単純なものではなく、ひらがな、カタカナ、漢字などが全部で2000字以上並び、その中から1文字ずつ拾って打つという至難の技術を要します。
常子も文字の配列をなかなか覚えられず四苦八苦します。2000字もありますから無理ありません。
東堂先生の勧めでタイプライターに並ぶ文字すべてを紙に書き写して、就職試験のために家で必至で覚えます。


私も大学生時代、英文タイプライターが高価で買えなかったため、文字配列を紙に書いてそれをタイプライターに見立てて指で打って練習したものです(「からだの一部になるまで」)。
ですから常子のやっていることがよくわかります。


じつは私も今から36年ほど前、すなわち現在のパソコンの先がけとなるワープロが普及する前に、このやっかいな和文タイプライターをニュースレターを作るために使っていたことがあるのです。
確かに文字配列を覚えるのは大変でしたが、練習して結構速く打つことができるようになりました。もちろん今のパソコンのようなわけにはいきません。文字を打ち間違えると、そのところを修正液で白く消して上から打ち直します。
常子が使っていた時代のものと比べると格段に進歩していて操作性も飛躍的に上がっていましたが、パソコンで作成する何倍、いや何十倍も時間がかかりました。
両者の写真を見比べると一目瞭然です。


CjLWhUVUUAERklg.jpg 682b.jpg


d356abd0.jpg


ともあれ、常子の和文タイプライターを習得じゃないですが、いざその気になれば道は必ず開けるものです。
昔から
「意志あるところ道通ず」
と言われているとおりです。
このことは、どんなことにも当てはまります。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

ADHDからドクターに

2016.05.25日

「え…ママ…なんで? そんなの絶対に嫌だよ!!!!!」


私は子供のころにADHDと診断され、学校では特別学級に通っていました。
普通クラスから急に特別クラスに変わった私のことを友達は「頭がおかしくなった」とあざ笑い、学校では酷いいじめにあっていました。
特に家の近くに住んでいた幼馴染にもひどい暴力を振るわれ、一人地べたに頭をうずめ、悔しくて数時間泣き続けたこともあります。


でも…
私はそれでもあの「病院」だけには絶対に行きたくありませんでした。
あのつーんとした独特の香りがする病院。
そして、そこにいる医者は、ただ私を診るだけで大量の薬を出し、最終的にはさじをなげる。
当時、対処療法に頼り切っていた医者たちは一人も満足な解決方法を見出すにはいたりませんでした。
かくいう私や両親も適切な情報がない為どうしてよいかわからず結局は病院に頼るしかない状況。
しかし、病院をたらいまわしにされて数か月。
はっきり言って限界が近づいていました。


それから私と両親の闘いの日々が始まりました。
とにかく、状況を打破したかった両親は、手あたり次第に情報を集めました。
「○○に良いお医者さんがいるよ!」
と言われれば何時間も車を走らせ通い、
「××で治った人がいるらしい!」
と聞けば、またそちらに通い…
中には信憑性の低い「噂」に近いような情報もありました。
しかし、両親は藁にもすがる気持ちで駆け回りました。
私は街中のありとあらゆる病院を転々としました。
「どうすれば私の病気が治るのか?」
両親は血眼になりながら、拒絶する私の手を無理やり引き、車を走らせる。


いつも違う病院
いつも違う先生
いつも違う薬
いつも違う副作用
でも、いつもと変わらない結果。
本当に苦しくて、辛くて…
いやで、いやで仕方がありませんでした。
薬が原因で廃人寸前に


月日が流れていき、私は信じられないほどの数の薬を投与していました。
錠剤
粉薬
テープ剤
注射・点滴
カプセル ...etc
特にカプセルはどれだけ変な色のカプセルを飲んだかわかりません。
副作用も様々なものがありました。
私が特に嫌だったものは吐き気をもよおすものです。
「このカプセルが体の中に入って、胃の中で溶けていく…
すると、吐き気がしてくるのか…」
そう想像しただけでカプセルを飲む前から気持ちが悪くなってきました。


それから私のADHDは更に悪化していきました。
一日のほとんどをじっと過ごすことが出来ず、病院に行く時間が近づくにつれて不安とイライラで精神的におかしくなり、時間になると発狂してしまいました。
しかも、夜は全く眠ることが出来なくなり、睡眠薬も使いだしました。
そして、その状態を改善するために更に強い薬を処方されるという悪循環の繰り返し。
私はいつの間にか、日中は意識が錯乱し、自分自身をコントロールできず、ひどい劣等感を持つようになりました。
「僕はいなくなった方がいいんだ…
一生このままならいっそ死んでしまいたい…」
ひどい虚無感と倦怠感にさいなまれ、ただただ、辛い毎日が続きました。
しかし、この後一生続くかと思われた暗闇に一筋の光が差したのです。


その日もいつもと変わらない日。
病院に通うのも抵抗する気力すらありませんでした。
病院につくと、いつもと変わらず、今日も新しい先生がくると聞きました。
猜疑心の塊だった私は先生に失礼にも
「お医者さんの仕事はうそをつくことなんでしょ?」
と言ってしまったほどです。
しかし、その先生だけは違いました。
その時のことは今でも忘れません。


「アイザック君今まで辛かったね…
もうそんな苦しい想いをする必要はないんだよ。大丈夫だから、一緒に頑張ろうね」
と微笑みながら私に語り掛けてくれました。
事実、その先生との出会いが私の人生を180度変えることになります。


先生の治療はすごいの一言でした。
まず、あれだけ苦しまされた薬を一切処方しませんでした。
その代わりに私が摂取したものはハーブや鉱物を入れたスープやお茶。
また、水をたくさん取るように言われました。
さらに、ある日は心地よい音楽の流れる淡い色の照明の部屋に通され身体をマッサージしてもらいました。
今まで行ってきたような「治療らしい治療」というものは全く何もしないのです。
しかし、先生に言われたことをその通りに続けていくと、少しづつ変化が出てきました。
3か月たつ頃には虚無感や倦怠感は薄れ、もちろん、薬を飲まないので吐き気や頭痛といったものもありません。
私は以前の元気な自分を取り戻しつつありました。


そして、 1年後…
「この問題わかる人ー!」
「はーーーーい!!!!」
そこには元気に手をあげて、発表する私がいました。
家の近くに住んでいた幼馴染とも、昔のように一緒にスキーを楽しめるようになりました。
そう、私は念願の普通クラスに戻ってきたのです!
1年前までの私はこんなことは想像もできませんでした。
毎日友達と笑いあえる喜び、お父さんとお母さんと食べられるおいしい食事、薬ももう飲まなくてよくなったので、あのいやな頭痛や吐き気からも解き放たれました。
「みんなと一緒に楽しく過ごせることがこんなにも幸せだなんて…」
私は、私を救ってくれた先生に心から感謝しました。


そして、
「僕も先生のようになりたい!
先生みたいに沢山の人を救って笑顔にするドクターになりたい!!」
そう決意しました。


その後私は、一念発起。
猛勉強を繰り返し、自然療法において世界的権威のあるアメリカの大学に進学し、医学博士号を取得。
更にそれだけで満足できなかった私は、西洋医学、東洋医学、ユナニ 医学、シッダ医学、アーユルヴェーダ、アマゾン伝統儀式...etc


この人の名はアイザック・H・ジョーンズ。
ヘルスドクターにして、年収1億円を超える起業家。
カナダ出身。
国際的なヘルス&ウェルネス専門のコンサルタント会社「エレベイズ・ヘルス」の設立者として、ハリウッド俳優やサウジアラビアの王族をはじめ、経営者、起業家など、年間200人以上の世界中のトップエグゼクティブの健康指導を行う。
イギリス、オーストラリア、アメリカ、アジア諸国など、世界各地で講演活動も精力的に行っており、医師や看護師、カイロプラクターといった、医療関係者からの支持も厚い。妻のエリカと2人の息子とともに、アメリカのジョージア州アトランタに在住。
2016年4月下旬には彼の著書『世界のエグゼクティブを変えた超一流の食事術(サンマーク出版)』が発売。
(Dr.Jones メールマガジンより)


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

あなたの人生も変えられる

2016.05.23日

昨日、ご本人の口から聞いたびっくりするような実話を下にご紹介します。
ご本人の了承を得てシェアさせていただきます。


Mさんは1942年に満州で誕生。
3歳のとき終戦。父親は出征したまま戻らず、安否もわからず遺骨も届けられないまま終戦後戦死の知らせを母親は政府より受ける。
母親はMくんを含む4人の幼な子を連れて満州を引き上げ帰国。
母子は父親の郷里、島根県川本の父の兄のもとに身を寄せる。
母親は失対(失業対策事業)で道路工事などの肉体労働をしながら一家を支える(のちに小学校の給食のおばさんに)。


貧しい環境の中で育ったMくんは、小学校に上がるとき、自分の名前をひらがなで読むことも書くこともできなかった。
子どもの頃の記憶はほとんどない。
はっきりした記憶があるのは、小学4年か5年生のときの出来事。
間借りで住んでいた家の隣りに中国電力の社宅があり、その隣りに友達の家があった。一階部分の屋根がトタンで、二階の窓をまたいで外にでるとトタン屋根の上だった。その上でよく遊んでいた。
ある日、その家に住む友人が、トタン屋根の横を並行して走っている電線を指差して、触るとビリっとくる、と言うのを聞いて怖いもの見たさで片手で払うように触ってみた。しかし、何も起こらない。そこで、「ビリっとしないよ」と言ったところ、友人は、片手じゃだめだよ。両手でもう一本の電線を触るとビリッとくる、と言う。
そこでもう一方の手を伸ばし、両手で電線を握った瞬間、100ボルトの電気が走った。
Mくんは「ギャアーっ」と悲鳴を上げ、大声で泣き、手を離そうとするが全身はビリビリと震えるばかりで、電線はぴったり両手にくっついたままどうしても離れない。
Mくんの頭の中で一瞬、これまでの短い人生が走馬灯のようによみがえり、もはや自分の命はここまでと思った。
その瞬間、誰かがM少年の身体を抱えて思いっきり引っ張って電線から引き離し、二人は一緒にどっしーんとトタン屋根の上に転がった。
隣りの中国電力の社宅に住んでいた従業員が大声を聞いて駆けつけ、畳屋をやっていた友人の家にあった堀コタツ用の半畳の畳を持って二階に駆け上って、その上に乗ってM少年を電線より引き離したのだった。感電を避けるためのプロのとっさの判断だった。


本人曰く、これがきっかけか少しずつ勉強がわかるようになり始めた。
5年生の算数の授業のとき、担任の先生の質問にクラスの生徒の多くが手を挙げた。
Mくんもつられて手を挙げた。それまで勉強ではまったく目立たなかったMくんが手を挙げたのに驚いた教師はMくんを当てた。
わかっていたのか、それともたまたまだったのかわからないが、答えが合っていて、それをきっかけにMくんは自分に自信を持つようになり、算数が好きになった。
その後、放課後友達の家に何人かの仲間たちが集まって一緒に勉強をするようになり、お互いに教え合うようになる。


こうして高校に上がったときには、数学が一番の得意教科になり、同じクラスにいた高校教師の娘で数学がとても良くできた女の子を抜いて、学年1位になる。
高校では就職組にいたので、卒業と同時に通商産業省に就職。
しかしM青年は、それまでまったく苦手だったが英語は将来きっと必要になるだろうと思い、働きながら中央大学の夜間部に進学し英文学を学ぶことになる。
働いて稼いだお金で、当時とても高額だった英語教材リンガフォンを買い求め、毎日繰り返し、繰り返しレコードを聴いてリスニングの練習をした。
同時に、通産省で昼間行われていた、将来外国へ出張する人たちのための実用英会話クラスに参加して英語を学ぶ。
やがて大学で学年1位の成績を収めたM青年は、夜間部から初めての卒業生総代として卒業証書を授与される。


大学卒業と同時に通産省を退職し、働いて蓄えておいた貯金と退職金を元に中央大学文学部大学院に進学。
さらに勉強を続ける夢が与えられ、大学院を卒業する前にアメリカの有名大学大学院の神学部に直接手紙を書き、入学希望の意志を伝えた。
留学するためには、銀行の残高証明や親の扶養証明などの経済的保証が必要だったが、神学部の教授がM青年の熱意に心打たれ、返済義務のない奨学金と教授のアシスタントの仕事を与え、彼は留学することになる。


その大学院で(キリスト教)教職修士号、別の大学院で神学修士号、さらにもう一つ別の大学院で教育修士号と、4つの大学院で学び修士号4つを取得。
帰国後、キリスト教会牧師、カウンセラーを務めつつ、自らカウンセリングセンターを開設。
母校の中央大学で英語の講師を20年勤めたあと立正大学心理学部教授に就任。
全国でカウンセリング関係の講演活動をするほか、国際的な講演会などで通訳なども務めて今日に至る。
日本リアリティセラピー協会理事長なども務め、カウンセリング関係の著訳書は20数冊に及ぶ。


このかつてのM少年こそ、私の恩師であり、同労者(協力牧師として)、また家族ぐるみのお付き合いをしている親しい友人、柿谷正期牧師です。
柿谷牧師のことは、これまで何度もこのブログに取り上げてきました。
そのうちのひとつ、「小さな奇跡」の中では、柿谷牧師とキリスト教との出会いから救いへの軌跡が記されています。


小学校に上がるときには、自分の名前の読み書きもできなかった学習障がい児(本人談)が、のちに大学教授になったという、朝ドラ並みの一大ドラマ。
もちろんご本人の努力があったのは言うまでもありませんが、これこそ神様の奇跡でなくていったいなんでしょう。
「石ころからでも、アブラハムの子を起こすことができる」(マタイの福音書3:7)、全知全能なる神様は、私たちの、そしてあなたの人生も変えることのできるお方です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

中3息子がゲームばかり

2016.05.20日

40代の会社員女性。シングルマザーです。中学3年の息子がどうしようもなくて、嫌になります。
高校3年の娘は大学受験に向け、親の私が驚くほど熱心に勉強しています。それに対し、息子は部活をやめさせられて以来、スマホのゲームばかりしています。同居する私の両親が息子のことで私に小言を言い、私は怒りを10倍にして息子にぶつけ、ケンカになる。いつも、この繰り返しです。


将来、こんな調子で定職に就かず、家でごろつかれても困ります。息子を私の人生から抹消したいとさえ考えます。本人にも、「こんなクズ、産むんじゃなかった」と言います。
一時は、息子の人生は息子が決める、私は明るくしてさえいればいいと、自分に言い聞かせていました。でも、こんな日々がいつまで続くのかと思うと、今、更生させるべきなのかと悩みます。(山口・C子)


◇大日向 雅美(大学教授)
子どもは必ずしも、親の思い通りに育たないものです。さりとて自分の人生から息子さんを抹消したいとは尋常ではありません。「こんなクズ、産むんじゃなかった」とまで母親から言われて、よく息子さんは耐えていると思います。


お手紙には、部活をやめさせられたと書かれています。事情がよくわかりませんが、高校受験か何かを理由に、息子さんの意思とは無関係にやめさせられたのでしょうか? そうでしたら、気持ちの整理がつかないのは当然です。


しかも家の中では、対照的に優等生のお姉さんが輝いていて、自分をめぐって祖父母の小言が飛び交い、母親からは存在を全否定されているのです。唯一の逃げ場がスマホのゲームになっているのだと思います。あなたはすでに息子さんを精神的に抹消しているのと同然です。
まず息子さんへの接し方について率直にあやまってください。今、何を考えているのか、何をしたいのか、じっくり聴いてください。娘さんと比べることはやめて、息子さんの良いところを探してください。
この先、ひきこもったり暴力を振るったりするほど追いつめないために、即刻あなたの心と態度を改めるべきです。

(5月19日付 読売新聞17面「人生案内」より)


昨日の記事「子どもをやる気にさせるコツ」に書いたことの正反対のことをすべてこの方はしていらっしゃいます。
このようなことを日々繰り返していて、親子間の信頼関係が壊れ、お互いに自暴自棄になってしまって、子どもがゲームという唯一の自分の世界に逃げる、というのはごくごく当たり前の結果です。


回答者のアドバイスはすべて納得のいくものです。
このような状況の下で、助けを求めてカウンセリングに行く人も多いです。
でも、ここで大切なことがひとつ見落とされています。
カウンセラーが、これはだめです、こうしなさいああしなさい、とアドバイスし、本人もそのとおりだと頭では納得するのですが、言われたとおりできないのが人間。
みんな自分なりの言い分もあるし、すべてのことの発端は相手にある、相手が変わらなければ、と考えるのが人の弱いところです。


真の解決の道はどこにあるかと言えば、本人のうちに、このままではだめだ、何とかしなければ、どうしても現状を変えたい、いい親子関係を築きたい、といった燃えるような願いがなければうまくいきません。
逆にこれさえあれば、もう問題の解決の道筋は見えたようなものです。
なぜなら、それさえあれば人に言われなくても自分で方法はいくらでも見つけられるからです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

勉強が好きになるには

2016.05.18日

今日は、ちょうど1年前の今日書いた記事をそのままシェアさせていただきます。


"Put your hand on a hot stove for a minute, and it seems like an hour. Sit with a pretty girl for an hour, and it seems like a minute. That's relativity."
-- Albert Einstein, physicist
「熱いストーブの上に手を1分置いてみなさい。1時間のように感じるでしょう。きれいな女の子の隣りに1時間座ってごらんなさい。1分のように感じるでしょう。これが相対性理論です」
アルバート・アインシュタイン、物理学者
(訳:舟田 譲二)


perfect_matching_cat_001.jpg

(ネコと一緒にハイポーズ!)


アインシュタインの名言はどれもこれもまことに至言です。
相対性理論という難解な理論をひと言でだれにでもわかるように言うところがいかにもアインシュタインらしいですね。


ところで、勉強嫌いな生徒や学生がとても多いのは本当に残念なことです。
親が無理やりさせるから仕方なくやる、試験があるから、宿題をやっていかないと先生に叱られるから、高校や大学に行くために勉強する、などいやいや勉強する人が大半ではないでしょうか。
このような勉強の仕方をしているから、アインシュタインが言うように勉強時間が途方もなく長く感じるのです。


一方、自分の好きなゲームや、スマホ、スポーツなど好きなことをしている時は時間はあっという間に過ぎてしまうものです。
私も最近、旧友と会う機会がよくあるのですが、あっという間に時間がきて、惜しみながら別れることになります。


塾が好きな生徒がよく言いますが、週に3日や4日じゃなくて毎日あればいいのに、と。これは塾が楽しいからです。
ということは、勉強の面白さがわかったら、どれだけ勉強してもあっという間に時間は過ぎてしまい、また次に勉強するのが楽しみになるわけです。


子どもたちに勉強は楽しいよ、と言っても「いや、勉強が楽しいなんてあり得ない。たとえお日様が西から上るようなことがあっても勉強が楽しくなることはない」などと答えます。
これにはひとつ原因があります。
親や学校、塾の先生などが勉強をつまらなくさせているのです。


だれでもそうですが、無理強いされたり、脅されたりするのはいやです。
でも、親や教師は「あなたのためだから」などと言いながら、無意識のうちに子どもに勉強することを強制しているのです。
これでは子どもが勉強嫌いになるのも無理ありません。
私の知っている限り、勉強が好きだという人で、親などに強制されて勉強した人はいません。と言うか、この人たちの親は子どもの勉強には口出ししていません。


それでは、どうすれば子どもは勉強が楽しくなり、好きになるのか。
これはとても大切な問題です。
答えは簡単。親や教師などが勉強好きで、楽しくて仕方がない、という姿勢、情熱、お手本を示すことです。
一般的に言えることですが、スポーツ好きな親に育てられた子どもはスポーツが好きになりますし、これは音楽好き、芸術好き、読書好きなどほとんどのことに当てはまります。
親が本を読まなくて子どもに本を読めと言っても読まないように、親が勉強しないで子どもに勉強しろ、と言ってもそれはしょせん無理な話です。


親や教師が勉強の面白さにハマって夢中になる。これを見た子どもは何も考えずに勉強とは面白いものだと思うようになるでしょう。
そして、勉強する時間があっという間に終わってしまい、もっとしたくなるようになります。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

燃えるような願望

2016.05.17日

昔、哲学者ソクラテスのもとにひとりの若者がやってきて言いました。
「先生。私も哲学者になりたいです。どうしたらなれますか?」
「本当に哲学者になりたいのか?」
「はい、なりたいです」
「哲学者になるのは大変だ。お金にもならないし、生活も厳しい。それでもなりたいのか?」
「はい、絶対に哲学者になりたいです」
「よし、わかった。私についてきなさい」
ソクラテスは歩き始めました。
若者は彼の後ろについて行きました。
湖のほとりに来ると、ソクラテスは水の中に入っていきました。
そこで、若者もあとについて水の中に入っていきました。
胸あたりの深さのところまで来たとき、ソクラテスが再度尋ねました。
「本当に、本当に哲学者になりたいのだな?」
「はい、本当に本当になりたいです」
その瞬間、ソクラテスは若者の首をつかみ、頭を水の中に押し込みました。
若者は何が何だかわからないまま、きっとこれには何か意味があるのだろう、と水の中で息を止めてじっとしていました。
しかし、どんどん時間が経つのに、ソクラテスは一向に手の力を緩めません。
若者は次第に苦しくなってきました。
我慢できなくなって暴れました。
しかし、ソクラテスはまだ彼の頭を水の中に押さえつけています。
もうこれ以上息を止めていられないというところまで来たとき、彼はソクラテスの手を振り切って必死で頭を水の上に出して、思いっきり空気を吸いました。
そのとき、ソクラテスが若者に尋ねました。
「今、苦しくなったとき水の中で何を考えていた?」
「空気です。空気を吸うことだけです」
「本気で哲学者になりたいならば、どうしても空気を吸いたい、吸わなければ死んでしまうというのと同じぐらいの燃えるような願望がなければならないのだよ」


うーん。なるほど。
確かに、これぐらいの燃えるような願望があれば、この世でできないことはないでしょうね。
どうしても◯◯高校(大学)に合格したい、◯◯社に就職したい、◯◯になりたい、◯◯が欲しい、◯◯さんと結婚したい等など、本気で願うならかなわない夢はありません。
これも「引き寄せの法則」のひとつです(「夢を描く」)。


「夢がかなわない」と言う人は、その夢を実現させるために何回ぐらい試していると思いますか?
3回?5回?10回?
いいえ、答えはなんと1回未満!
すなわち、ほとんどの人は最初から試そうとさえしていないのです。
まずは「試す」こと、そしてだめだったら「何度も試すこと」、それでもだめだったらどうしますか?
「夢が実現するまであきらめない」のです(「成功とはあきらめないこと」)。
そうすれば、誰でも必ず夢を実現させることができます。
これが燃えるような願望です。


ちなみに、哲学者になる方法はもうひとつあります。
(答えは、「夫婦円満の秘訣」に)


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

人間は考える葦

2016.05.13日

「人間は考える葦である」
17世紀のフランスの哲学者、思想家、数学者、物理学者、宗教家のパスカルが『パンセ』の中に書いた有名な言葉です。


人間は自然界の中でもっとも弱い存在のひとつである葦(あし)のように弱いものである。
しかし、人間はただの弱い葦ではなく、自然界の中で唯一「考える」力のあるものだ、という考えです。
確かに、自然界を見回すと、人間は多くの動物より弱い存在です。
走ることにおいては時速100キロで走ることのできるチーターを始めガゼルやカンガルー、サラブレッドなどにはまったく太刀打ちできません。
でも、動物にとってはまったく意味のないマラソンで42.195キロを走り抜くことが人間にはできます。
それは人間が考える葦だからです。


泳ぎに関しても魚にははるかに及びません。水の中で暮らしていないので当たり前のことですが。
でも、人間は舟を造り、さらには潜水艦を造り、どの魚よりも遠距離を航海することができます。


空を飛ぶことに関しても鳥にはまったく及びません。そもそも人間は空を飛ぶことはできません。
しかし、大空を飛ぶ鳥を見て、鳥のように空を飛びたいと考え、頭を使って飛ぶ方法を考えつきました。それが飛行機です。


脳科学が進み、人間の脳そっくりに働くコンピュータを発明しました。
そしてこのコンピュータのお陰で、かつての原始的な舟を次第に大きな原子力空母のようなものにまで発展させることができたのです。
飛行機からさらにはロケットを発明し、宇宙に飛び出て、月にまで行くことができました。
さらに、人間が作ったAI(人工知能)は小説を描いたり(「ついにここまで来たか」)、下のような絵を描いたりすることすらできるようになりました。


wpid-29C2A2CA00000578-3130654-image-a-59_1434673291656.jpg


人間は考える葦だからです。
しかも、この頭脳は一部の頭のいい人だけに与えられているのではなく、人間みんなに与えられているのです。
こんなに素晴らしい頭脳が与えられていてそれを活用しなかったら、それは本当に世界最大の資源の無駄遣いです。
そして、そのことを教えるのが教育の目的です。
ただ単に、物事を暗記し、テストで高得点を取り、志望校に合格し、会社に就職するために勉強しているのではありません。


あなたにも無限の可能性があります。
考える葦だからです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

雑草にも栄養が必要!?

2016.05.11日

6年前の記事の再録です。


weed.jpg


今朝、庭の雑草がちょっとうっとうしくなってきたので、大きく伸びた雑草を1本引き抜いたら隣の雑草も気になり始め、結局30分あまりかけて全部抜いてしまいました。
大発見をしました。
なんと、雑草にも栄養が必要だ!ということです。


家の陰になって陽のあたらないところに生えている雑草はいとも簡単にすっと抜けてしまいます。
ところが、陽のよく当たっているところの雑草は、根が張っていてなかなか抜けません。
たかが雑草、されど雑草。
やはり雑草も必死で生きています。
雑草といえども、雨の水や太陽の光など、栄養が必要なのです。
日陰で育った雑草はひ弱。


あっ、そうか!
なあーんだ、人間も一緒じゃないか。
雑草は放っておいてもどんどん生えてきますが、きれいな草花はしっかりと手入れしなければちゃんと育ちません。
今読んでいる『世界一の子ども教育モンテッソーリ 12歳までに脳を賢く優しく育てる方法』によると、子どもの脳が大きく成長するのはクリティカル・ピリオド(臨界期、敏感期)と呼ばれる幼児期から7〜10歳までだそうです。
これは、脳のシナプス密度の増加時期とも一致していて、15歳頃には大人の密度になっています。
この間に、しっかりと脳を訓練しておくのとしておかないのとでは、その後大きな差が開くのは明らかです。
別に幼児から英才教育をすべきだと言っているわけではありません(やったほうが効果はあるでしょうが)。
しかし、英才教育以上にもっと大切なのは、幼児期の家庭における親子・家族間の対話や人間関係です。
親との会話がほとんどなく、放ったらかしにされていた子どもの知能が低いのはごく当然のことです。


先週、送迎バスの中で、小学1・2年生の子ども達が、「昔、昔、あるところに...」と自分で即興でストーリーを作って話すゲームをしていました。
小学2年生のF君の話を聞いていて驚きました。
「凶器」とか「とてつもない」等など、2年生では普通知らない言葉をストーリーの中に連発するのです。
私が小学2年生の頃の語彙とは比べものになりません。
語彙が豊富なF君は、やはり算数も国語もよくでき、漢字もすぐに覚えます。
勉強の基盤ができているのです。
彼は今8歳です。
8歳になって言葉を覚え始めたのではありません。
語彙が豊富なだけではありません。
ストーリーも面白くて、しっかりした構成になっています。


雑草ですら、水や光などの栄養が十分でないとひ弱になるのですから、ましてや人間の子どもの場合、食事や睡眠、運動など物理的な環境のほか、親や兄弟など周りの人たちとの係わりが精神的・心理的・頭脳的な発達に大きな影響を与えることは疑う余地がありません。


親の子どもに対する接し方が子どもの「セルフイメージ」を決定づけます。
昔聞いた話ですが、アイルランドのひとりの少女の顔全体が真っ赤なあざでおおわれていました。
しかし、この子はそのことを全く苦にしていず、ほかの子よりも高いセルフイメージを持っていました。
生まれたときからずっと両親が温かく、愛情いっぱい育て、顔のあざのことを次のように言っていたというのです。
「お前が生まれるときに、天使がキスをしてくれたんだよ。
だから顔についているのは天使のキスマークなんだ。
人が何と言おうと全然気にすることはない。むしろ天使のキスマークを誇りに思いなさい。
お父さんとお母さんは、どこかに行ったときなど子どもがたくさんいるときにも、天使のキスマークのお陰で、お前がどこにいるかいつでもすぐにわかるし、それでこれまでどれだけ助かってきたかわからない。
お前はお父さんとお母さんの一番大切な宝物だよ」


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

悪魔の囁(ささや)き

2016.05.10日

最近はとんと怖い夢を見なくなりましたが、以前とてもリアルな怖い夢を見ました。
5年前の記事の再録です。


昨夜は疲れていて、いつになく早寝しました。
とは言っても、床に就いたのは1時でしたが。
慣れないことをしたせいか、2時40分にトイレに目が覚め、次に4時過ぎ、そして6時前に目が覚めてあまりぐっすりとは眠れませんでした。


しかも久しぶりに怖い夢を見ました。
夢の中で見たのは本です。
そのタイトルは『悪魔の囁き』です。
題からして恐ろしいです。
悪魔の口が多くの人々の耳元で囁いているのです。


その本の目次を紹介します。
目次だけでも恐ろしいので、心臓の弱い方はこの先は読まないでください。


『悪魔の囁き』
第1章 馬鹿になる方法
1. 親や教師の言うことは聞くな
2. 勉強は絶対にするな
3. 本は一切読むな
第2章 貧乏になる方法
1. 一に怠惰、二に怠惰
2. お金は貯めるな、使え
3. 寄付は絶対にするな
第3章 不健康になる方法
1. 自分の好きなものを暴飲暴食せよ
2. タバコは毎日欠かすな
3. 運動するな
第4章 人間関係で失敗する方法
1. 自己中心を貫け
2. 人に感謝するな
3. 人の嫌がることをしろ
第5章 人生で失敗する方法
1. 決して目標を持つな
2. 人のためになることは一切するな
3. 勤勉・努力などの戯言(ざれごと)に耳を傾けるな
第6章 不幸な死に方をする方法
1. 夫婦・親子・親戚・友人との関係を断て
2. 自分の人生を振り返って後悔しろ
3. 死を恐れよ


賢明な読者の皆さんには、この夢のメッセージは伝わりますよね。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

現代の清少納言

2016.05.09日

年は30歳前後だったろうか。彼女は、同僚の女性たちから、のけ者にされるいじめにあう。休職して実家に帰り、引きこもりは10か月ほど続いた。彼女を救ったのは、書くことだった。愚痴を描いたのではない。皆を楽しませようと思ったのである。
ブログを綴る現代女性のようだが、平安時代、清少納言と呼ばれた女性の話だ。ユーモアのある明るい文章で人気の彼女。
「実は、絶望の中で書いたんです」と京都学園大学の山本淳子教授(55)は話す。

(5月9日付 読売新聞別刷り日曜版「よみほっと」 1ページより一部抜粋)


つい数日前、フェイスブックの共通の友人を通してひとりの方が私に友達リクエストをしてこられました。
「ブログを綴る現代女性のようだが」というのを地で行くような話です。
以下は、その方のプロフィールから。
「Facebookがきっかけ!
病気・孤独・挫折から、55歳で人生の再スタート!
『Facebookって面白い!これで元気になれるかも…』元気になりたい!明るくなりたい、そんな祈るような気持ちで毎朝投稿を始めました。
私はそこで、新しい人生と本当にやりたいことを見つけました。
当時の私は、心も体も家庭もどん底で、もがいてもがいて、なんでもやりつくして、それでも良くなれない自分に絶望していた時がありました。病気・孤独・挫折の繰り返しでした。
でも、どうしてもあきらめきれずに、自分で自分を治すしかないと腹を決め、試行錯誤しながら、迷い迷い歩いて、ここまで来れた道のりがあります。
その苦しかった道のりが糧となり、肥やしとなり、今の私を支えています。そして、私の話をすると、同じように苦しんでいる人がたくさんおり、共感を呼び、励ますことに役立つことがわかりました。
私自身、苦しかった時、
寄り添ってくれる人がいたら、どんなに心強く思えたことか…と切に思いました。
今も、そんな人にはなかなか出会うことはできません。
それなら、私がなればいい‼と決め、「どん底から輝く人生へといざなう”パラダイス人生_後見人”橋本由香里のライフ・リメイクプログラム」を開発することを決意したのです。
あなたと共に寄り添い、人生の再スタートラインに立てるよう、私がエスコートします!
どん底から輝く人生へ誘う(いざなう)ライフ・リメイクプログラム
http://hashimotoyukari.sakura.ne.jp/taiken/


人はひとりで生きていけません。
みんな、だれかを必要としており、また同時に一人ひとりに、その人にしかできない使命のようなものが与えられています。
この方はそれをご自分で見出し、自ら苦境から脱したのみならず、今や他人のために役立つことに生き甲斐を感じ、日々生き生きと生活していらっしゃいます。
素晴らしいお手本、まさに現代の清少納言です。
ご興味のある方は、上のリンク先からご本人に直接ご連絡してください。
元気がもらえますよ。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

価値観が人を作り上げる

2016.05.07日

先日車で走っていた時、信号のないところで私が車を停車させると、隣に乗っていた妻が、なぜ停まったのかわからず一瞬きょとんとしていました。


しばらくして、対向車線の側の歩道にいた小学生が頭を下げて横断歩道を渡っていきました。
アメリカだったらごく普通の光景です。歩行者優先のアメリカでは、このようなシーンで停車せずに走っていくとすぐに白バイがサイレンを鳴らして車を停め、チケットを切って罰金になります(経験者語る…)。


日本も昔と比べるとずいぶん変わってきましたがまだまだです。
狭い通りから大通りに車で出ようとすると、車の流れは途切れずなかなか出させてもらえません。
へたをすると前方が信号などで道路が詰まっているのに、こちらが出ようとしている通りをふさぐような形で車を停める人もいて、そうなると信号が変わってもその後ろの車もまたどんどん続いていって結局ずっと出られないことすらあります。
とくに時間に追われている夕方などに、生徒のバス送迎をしていてこのようなことがあると、ついイライラしてしまいます。


ところ変わって中国の狭い通りなどがテレビの番組などで映し出されると、「そこのけ、そこのけ、お車が通る」で、歩行者はまったく無視され、車を避けないとぶつかられたりして、非常に危険な状況にあるのを目にすることがあります。


その国の文化や習慣、さらに言えば同じ国の中でも、育った環境や、親の躾けなどによっても、人々の行動は大きく変わってきます。
これらはごく小さな一例に過ぎませんが、文化や習慣などの中で人の価値観が作り上げられていき、さらにそれが人の行動や人生までも変えてしまうというのはよくあることです。


子育ての上手な親の子どもや、躾がしっかりなされている家庭の子どもは、自然と言葉遣いも礼儀も正しくなり、また勉学に取り組む姿勢や友達関係を始めとする人間関係、また学校生活や部活など、生活全般にも大きく影響していることがよくわかります。
親だけでなく、子どもたちと日々接している私たち教育に携わる者も子どもたちの価値観を形成する役割を果たしており、その責任はまことに大きいです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

虚心坦懐

2016.05.06日

誰にでも自分の知らない世界があります。
全知全能者でない限り、知識には限界があります。
ところが、人というものは自分の限られた知識や経験に基づいて、そんなことはあり得ない、と知らないことを否定してしまうことがよくあります。
たとえば、テレビなどでよくやる超常現象。透視、テレパシー、予言など。
確かににわかに信じられないことかもしれませんが、信じられないからと言って頭から否定するのは科学的ではありません。


昔、新聞か何かで読んだのですが、ある人が友達と話していて、う〇ことお〇っこを同時にすることができるかできないかという論争になり、ひとりは絶対にできないと言い張って賭けたそうです。(汚い話で申し訳ありません)
ところがその後、絶対にできないほうに賭けた人自身が自分でそれを体験して、負けたと言って賭けたお金を支払ったとのことです。
つまり、自分が経験していないこと、知らないことは誰でもたくさんあって当たり前で、それを謙虚に認め、経験した人の言うことを素直に認めるということはとても大切なことなのです。


宗教体験などもそのうちのひとつです。
確かにうそをつく人も中にはいるでしょうから、何でもかんでも頭から信じる必要はありませんし、また時には信じることは危険でさえあります。オウム真理教などがその例です。
でも神秘的な宗教体験をした人がみんなうそをついている、と言うほうがよほど非科学的です。


なぜこのようなことを書くのかと言うと、私がこのブログの中に書いている「引き寄せの法則」のような神秘的なことや、あるいは積極思考「成功とはあきらめないこと」などで、初めて聞く人にとってはたやすく信じられないこともたくさんあるのではないかと思うからです。
例を挙げると、今読んでいる本『アインシュタイン・ファクター』の中にも、そのようなことがいくつも出てきます。
バイオリンに1度も触れたことがない人が、イメージストリーミングのあと急激に上達してバイオリン演奏ができるようになったとか、「あなたはレンブラントだ」と催眠術をかけられた人が本当にレンブラントのようなものすごくうまい絵を描いたなど。これらを頭から信じない人もたくさんいます。
「サヴァン症候群」の人は、たとえば1度アイネクライネ・ナハトムジークのCDを聴いただけで、翌日には完璧にピアノ演奏ができるとか、9000冊の本を写真のように頭の中に記憶している、なども常識的には信じられない話です。
これらほど劇的ではありませんが、人に話しても信じてもらえないような体験を私も数えきれないほどしてきています。


しかし現実にこのようなことがあるということは、とりもなおさず人間の能力は実はとてつもなく大きいということを意味しています。
私自身は、レオナルド・ダ・ヴィンチやアインシュタイン、エジソン等など人々が天才と呼ぶ人は、実は特殊な才能を持った人ではなく、そもそも人間みんなが持って生まれている才能だと思っています。
ですから、生まれ育った時代や環境、文化的背景、人との出会いなどによって、それらの能力が引き出されると信じているのです。(「成功の背景」


「虚心坦懐」(何のわだかまりもない素直な心で、物事に臨むこと)の姿勢が、その人を伸ばします。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

見た夢を描く

2016.05.05日

かつて画家のゴッホが言いました。
「私は私の描く絵を夢見て、それから見た夢を描く」と。


だれでも絵を描くときには、最初に心の中に描く絵をイメージします。
作曲する人は、作る曲を心の中でイメージします。
小説を書く人も、やはりストーリーをまずイメージします。
自動車や家電、家具など、どんな物でも作る前に、どのようなものを作るかイメージします。
スポーツにおいても同様です。たとえば、野球ではバッターはバッターボックスに立つ前に、どのようなバッティングをするか心の中に描きます。ピッチャーも対するバッターを見て、どのような球をどのコースでどこに投げるか、やはりイメージします。
優勝するチームは最初から優勝するイメージを心の中に強く描いています。
決勝戦まで勝ち進んだチームで、「よくここまで来れたものだ。本当にラッキーだった」と思ったチームはまず負けます。
逆に、「ここまで来たのは予定通り。さあ、この試合で必ず決着をつけてやる」と心に決めて試合に臨むチームは優勝します。
人生とはそういうものです。


自分が心に描いたとおりに物事が運んだ。
このような体験をほとんどの人がこれまでに何度か経験しているはずです。
しかし、「いつも思うようにうまくいく」と、考える人もいれば、反対に「思うようにうまくいくことはめったにない」と、考える人もいます。(「自信はどのようにしたら生まれるか」


ここが成功者と失敗者の分れ目です。
成功者は「絶対に思うようにうまくいく」と考えて、その夢を実現させるまで決してあきらめません。
必ずしも簡単に夢を実現できるわけではありません。いろいろな困難にぶつかります。
しかし、困難にぶつかったとき、どのようにしたらこの困難を乗り越えることができるだろうか、ということに焦点を当て、いろいろと試します。そうしているうちに不思議と道が開けるのです。
一方、失敗者は困難にぶち当たると、「やっぱり自分には無理なんだ」と、すぐにあきらめてしまいます。
たとえすぐにあきらめなかったとしても、このような人は「なぜできないか」「なぜうまくいかないのか」と、できない理由ばかり探し、できないことを正当化します。その結果、失敗するのです。
というか、初めから失敗することが見えています。


これは人生のあらゆる場面に通じます。
小中高校生ならば学校の試験や受験において、あるいは友達作りや部活など、大学生なら就職活動において、社会人なら会社での昇進や、将来の配偶者との出会い、結婚、家庭作り、いろいろな場面での人間関係等など。


やりたいこと、なりたいもの、ほしいもの、どのようなことでも、ゴッホのように最初に心の中にイメージを描くのです。そして、次にそのイメージを具体化させるために行動を取るのです。
これを繰り返していくならば、本当に不思議なほど「自分が思い描くとおり」の人生を送ることができるようになります。
実はこれこそが、私がこれまでに何度もこのブログで言ってきた「引き寄せの法則」「引き寄せの法則 2」)であり、「魔法のランプ」であり、「夢をかなえる」「夢はかなう 2」)方法なのです。


まずは夢を描きましょう。大きな夢を。すてきな夢を。最高に幸せな夢を。
そして、それが実現できるまで決してあきらめずに追い求めましょう。
自分でもびっくりするようなことが起こりますよ。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

正直者がバカを見る?

2016.05.04日

7年前に書いた記事の再録です。
恥を忍んで...


先日、中学1年生のクラスで、英語の月例テストを返却して、答え合わせと解説をしていたときのことです。
Sさんが手を挙げて大きな声で言いました。
「先生、私の答え間違っているのに◯がついています!」
私はまじまじとSさんの顔を見て言いました。
「あなたは正直です。正直者には金の斧を上げます。間違ってつけた点はプレゼントです」


これはご存じ、イソップ物語の「金の斧と銀の斧」をもじって言ったものです。
私はこのような正直な子が大好きです。


実は私にはとても苦い思い出があります。
小学4年生のときのことです。
住んでいた家のそばに教育大学付属小学校がありました。夏休みにほんの1週間ほどでしたが、近所の子を集めて無料のサマースクール(夏期講習)がそこで開かれました。教育大学の学生が実習で教えるわけです。
当時は塾などはなく、サマースクールがどのようなものかもわからないまま、私は親の許可をもらって通うことにしました。
この頃の私は勉強はあまりできませんでした。というか、全然勉強をしていませんでした。できなくて当たり前です。
そんな子が行ったのですから、正直大変でした。
そして、サマースクールの最後の日にテストがありました。
このときも勉強していなかったので、あまりできませんでした。
テストが返ってきたとき、点数を少しでも上げたくて、間違っていた漢字に棒を1本足して正しい漢字にして、先生に言いました。
「先生、この答え合っているのにバツになっているよ」
すると先生が言いました。
「舟田君。先生はあなたの間違いをちゃんと覚えているよ。あなた自分の答えを直したでしょう」
顔が真っ赤になりました。先生がそこまで見ていたとは考えてもいませんでした。
私はその若い、優しい女性の先生が大好きだったのですが、最後の日に大変なことをしてしまいました。
本当に、穴があったら入りたい、とはこのことです。
その先生の名前も、悲しそうな顔も今でもはっきりと覚えています。
そして、その後ずっとこの思い出が心の傷となって残っているのです。
このことはこれまで誰にも話したことがありませんでした。あまりにも恥ずかしい話なので。


ですから、中1のSさんのように勇気を持って正直に言ってくれる子がいたら、本当にうれしくなります。


アメリカに留学していたとき、スーパーで食料品を買ってレジでお金を払ったところ、レジの人が10ドル札を20ドル札と間違って、払ったよりもたくさんのお釣りをくれました。
あわててレジの人に間違いを指摘して、余分にもらったお金を返したところ、その人は
"Oh, my God! Oh, my God!"
「まあ、なんてことでしょう!」
と言いながら、両手で頭を抱えて、信じられないという顔をしていました。
あまりに気が動転していたので、私にお礼を言うのさえ忘れていました。
もし黙っていたら、私は10ドル(当時のお金で多分2000円ぐらい)儲けていました。
そして、そのレジの人はあとで、自分の間違った分を店に弁償しなければならなかったことでしょう。


「正直者がバカを見る」という諺があります。
確かに、表面的に見るならそのようなことはよくあります。
先ほどのSさんは正直に自分の間違いを言ったために、テストの点数が下がって損をしていたかも知れません。
レジの人の間違った余分のお釣りをそのままもらっていたら、私は得をしていたかも知れません。
でも、大切なことを見失ってしまいます。
正直に言って、たとえ点数が少し下がったとしても、そんなことは何の意味もありません。
むしろ、小学4年のときの私のように、うそを言って恥をかくほうがよっぽど損です。(金の斧・銀の斧の物語に出てくる欲張りなきこりのように)
お釣りを余分に受け取っていて、あとで良心の呵責を感じるようなら、正直に返すほうがよっぽど自分のためです。


正直は最大の美徳です。
正直者はバカを見ません。絶対得をします。
Sさん、ありがとう。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

ゴースト・ボーイ : 暗闇の13年間

2016.05.03日

南アフリカ共和国出身のマーティン・ピストリアスさんは、生まれてから最初の12年間はごく普通の幸せで健康的な少年でした。
ところが、ある日突然すべてが変わってしまいました。
原因不明の病気になったのです。医者達はその病名を突き止められず、懸命に治療に当たりましたが病状はどんどん悪化し、いかなる動きも、話すことも、目で合図することすらできなくなり、ついには意識もなくなり、植物人間状態になってしまいました。


それからなんと13年間、暗闇の中の人生を送ります。
ところが奇跡が起きます。意識が戻ったのです。しかし、両親を始め、周囲の人たちはだれも彼が意識を持っていることがわかりません。また、そのことを伝える術も彼にはありません。そのため、介護士からはありとあらゆる虐待を受けます。
しかし、ある日大逆転の人生が始まりました。
続きはこちらの動画をご覧ください。感動で胸が震えます。



自伝『ゴースト・ボーイ』は世界的ベストセラーに。本の紹介はこちら。



↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

知識は力なり?

2016.05.02日

以下は7年前に書いた記事です。
教育界では最近になってようやくこのことに気づいたようで、学校の授業スタイルも、また高校入試や大学入試も変わりつつあります。


今日、バス送迎のとき、小6のA君に久し振りに英語の単語テストをしました。
「月の名前を1月から12月まで言ってごらん」
「はい。January, February, March, April, May, June, July, August, September, October, November, December」
「素晴らしい。よく覚えていたね。じゃあ今度は週の名前を言って」
「Sunday, Monday, Tuesday, Wednesday, Thursday, Friday, Saturday」
「正解!じゃあ、May I 〜? ってどういう意味だった?」
「〜してもいいですか?」
「よく覚えているね。A君は記憶力がいいね」
「はい」


実は、A君に英語の単語をバスの中で教えたのは今年の春のこと。もう半年以上経っています。
最初は「3月春休みがマーチどおしい」「May I (メイ、愛)してもいいですか?」のように語呂合わせで教えていたのですが、何度か繰り返しているうちに語呂合わせは必要なくなって、いつの間にか完璧に覚えていました。
A君に言いました。
「記憶力がいいと、テストもよくできるでしょう?」
「はい」
「学校では記憶力のいい人やテストでよくできる人は、みんな頭がいいって言ってるでしょ。でも、本当は記憶力がいい人が頭がいいとは限らないんだよ」
「えっ、本当ですか?」
「そう。じゃあ、本当に頭がいい人、というのはどういう人だと思う?」
A君、しばらく考えて、
「わかりません」
「ものを知っているだけでは頭がいいとは言わない。頭がいいとは、その知っていることをどれだけ実際の生活の中で活用できるかだよ」
「う〜ん。あまりよくわかりません」


イギリスの哲学者フランシス・ベーコン(1561〜1626)が
"Knowledge is power." (知識は力なり)
と言ったそうです。
日本は、とくに知識信奉が強く、学校教育の内容はもとより、普段のテストも、入学試験も、就職試験も、ほとんどが知識を問うタイプのものです。
そして、記憶力がよく、テストはいつも高得点で、成績のいい人、偏差値の高い学校に入学する人を、一般に頭がいいと言います。
確かに、このような人は「頭はいい」のでしょうが、ただ単に物事をたくさん知っているだけの百科事典のような人は社会ではあまり役立ちません。
むしろ、社会で必要とされるのは、問題解決能力のある人、協調性のある人、独創性のある人、リーダーシップのある人などです。
これらは「知識」とは言わず、「知恵」と呼びます。


そろそろ日本の教育も、フィンランドのような「考える」ことを訓練する形に変わっていかなければ、やがて世界から取り残されるようになると思います。


「知識は力」ではなく、その知識の使い方、すなわち「知恵」が力なのです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

失ったものを数えるな

2016.04.30日

人は失ったものや、持っていないものを数えるのが好きです。
「◯◯がない、◯◯がなくなった」のように。
でも、大切なのは、「持っているものを数え、感謝すること」です。


「失ったものを数えるな」は、私の好きなスウィング(ジャズ)の王様と呼ばれたベニー・グッドマンの言葉です。
彼の半生を描いた映画『ベニー・グッドマン物語』は何度も見ました。
そして見るたびに感動し、泣きました。
その彼の言った言葉なので重みがあります。


誰でも失ったものや、持っていないものがたくさんあります。
でも、そこに目を向けていると、不幸になります。
「持っているもの」に目を向けましょう。
そうすれば、感謝できることがいっぱい見つかります。
そして幸福になります。


そして、そこから上を目指せばいいのです。
一歩、一歩。
他人と比べる必要はありません。
自分は自分でいいのです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

あなたの人生も変わる

2016.04.29日

昨日の記事「パラダイム・シフト」の中で紹介したボブ・プロクターはこんな人です。
以下は6年前に書いた記事の再録です。読むとあなたの人生も変わります。


中学3年生のとき、成績不良で学校を中退した少年。
その後、低い時間給のアルバイトを転々とし、またどの職業についても長続きせず、借金の生活。
25歳のときふと手にした本がナポレオン・ヒルのThink and Grow Rich (邦題『思考は現実化する』)。
彼はむさぼるようにこの本を読み、そしてその1年後には年収が10万ドル(1000万円)を突破。
彼は今や億万長者で、アメリカを代表するビジネスコンサルタント、著述家、モチベーショナルスピーカーです。
彼の名前はボブ・プロクター。
私も彼の本 YOU WERE BORN RICH (邦題『宇宙を味方にしてお金に愛される法則』)を読み、彼のCDもいくつか聴いていて、とても波長の合う人のひとりです。
これまでこのブログの中で何度か取り上げてきた「引き寄せの法則」を、 The Secret (邦題『ザ・シークレット』)の中でボブ・プロクターが語っています(「不愉快なことがあったとき」)。


先日、ブライアン・トレーシーのメルマガでボブ・プロクターの最新のビデオの案内があり、早速見てみたところ彼は今75歳。
しかし30分あまりのビデオで、力強く、流れるようにメッセージを語っていて、とても75歳とは信じられないほどでした。


このビデオの中で彼が言っていました。
「成功し、金持ちになるのに、学歴とか生まれつきの頭の良さとかは必要ない。
物事には正しいやり方がある。自分はそれを知らなかったので遠回りしてきたけれど、実は簡単なことである。
それはパラダイム(理論的枠組み)を変えることだ。
パラダイム(考え方の枠組み)を変えると自分自身が変わる。
自分自身が変われば、すべてが変わる」


勉強においても、仕事においても、人間関係においても、正しいやり方というものがあります。
それを忠実に実行するなら、誰でも人生で成功を手に入れることができます。
ただ、実行する前にその原則を学ばなければなりません。
上に挙げた本をお薦めします。
ぜひ皆さんも読んで、学び、実行し、人生のさまざまな分野で成功を収めてください。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

パラダイム・シフト

2016.04.28日
rouba2.jpg rouba5.jpg


上の2枚の絵は有名なだまし絵(隠し絵)ですが、あなたには何に見えますか?
何も見えないと言う人もいますが、たいていの人は年老いた女性、あるいは若い女性が見えると言います。
目を凝らして見てみてください。
いったん年老いた女性が見えると、若い女性は見えなくなりますし、若い女性が見えると年老いた女性が見えなくなる不思議な絵です。


これは視点の問題です。
だれでもこうと思い込むと他が見えなくなるのです。
これをパラダイム、「固定観念」と言い、視点を変えることをパラダイム・シフトと言います。
以下は「成績不良から億万長者に」なった、私の尊敬するボブ・プロクター氏のブログからの抜粋です。
「人の名前を覚えること」という昨日の記事の最後のところに書いたのですが、昔は人の名前を覚えることに自信のあった私ですが、今はなかなか覚えられず自信喪失になりがちで、「自分の全盛時代はすでに終わった」と過去を懐かしんでいたのですが、このボブ・プロクターの記事を読んでこのような考えを改めることにしました。


私には固定観念があるし、あなたにもある。
しかし、成長するためにはこの固定観念から抜け出さなければならない。
次の5つは、よく見受けられるが、同時にほとんどのケース自分では気づきにくいパラダイム(固定観念)で、私たちの人生に大きな影響を与えるものである。


固定観念 1.すべてはうまくいっている
人生は別に苦しみというほどのものではないが、かといって取り立てて言うほどたいしたものでもない。
人生において手に入れられるものはこんなものだろう。あるいは、とくにそれ以上望むまでもない、と自分に言い聞かせている。


しかし視点を変えると:
「私は幸せだ。しかし、決して満足しているわけではない」
地面の中の種が太陽の光や養分を、また水をさらに求めているように、私たちはみんな成長したいという自然な欲求を持っている。
私たちの存在の法則とは、もっと知りたい、もっとなにかをしたい、さらに向上したいという欲求だ。


固定観念 2.私は収入の限界を知っている
いくら一生懸命働いても、あるいはなにをしようとも、稼げる収入はこんなものだ。
あなたは行き詰まりを感じ、このハードルをどのようにして超えることができるのかわからないでいる。


しかし視点を変えると:
「私は自分の将来の経済について大きな夢を持っている」
あなたは今までに夢見た以上のお金を稼ぐことができる。しかし、自分の収入には限界があると話したり、考えたり、感じたりしていたらこれは達成できない。
あなたが信じたとおりになる、というのが宇宙の法則だ。
収入を増やすことができるのは、正しい、積極的な思考のみによる。


固定観念 3.私の全盛時代はもう終わった
40代以上の人の多くは、自分たちにできることはすでに達成したと感じている。これから新しい仕事をしたり、人間関係を築いたり、健康を増進させたり、お金を増やすにはもう十分な時間がないと思っている。「どうせなにをやっても無駄だ」と。


Iしかし視点を変えると:
「あなたは100歳以上生きられる」
私たちの体は、100歳以上生きられるように造られている。
もしも100歳以上生きられるとわかっていたら、あなたは今の生活の何を変えだろう?それとも、あなたは自分にできることはもう全部やってきたと思っているのだろうか?
私たちの寿命は絶えず伸び続けている。豊かで、幸せで、健康的な次の100年を、さらにそれ以上のいのちを期待しようではないか。
私はもうすぐ82歳になろうとしている。しかし、多くの30歳の人たちよりももっと大きな目標を持っているし、エネルギーもたっぷりある。このペースをスローダウンすることなどまったく考えていない。
だから、もしあなたが自分の全盛時代はすでに終わったと思っているなら、そんなことで自分の人生を無駄にするのはすぐにやめることだ。次にやってくる素晴らしいことを受け取る準備をしておくことだ。


固定観念 4.私は愛される価値がない
あなたは今孤独を感じているかもしれない。愛を分かち合えるパートナーはもう見つからないだろうと思っているかもしれない。あなたのことを愛してくれる人がいたなら、あなたの人生は劇的に変わると思っているかもしれない。
ひょっとしたらあなたはとても外交的で、ユーモアのセンスもあるかもしれない。しかし、自分は愛されていない、と心の内ではさびしく思っているかもしれない。
あなたは太りすぎていて人から愛されないと思っているかもしれない。体重計が示す数字があなたの価値を決めると思っているかもしれない。


しかし視点を変えると:
「私は自分自身を愛している。そしてその愛は倍になって自分に戻ってくる」
あなたは自分のことをどのように考えようがまったく自由だ。ならば、自分のことをなぜそのように卑下するのか。
あなたの潜在意識は、あなたの本当の姿と想像上の姿を区別することができない。だから、あなたが望む自分のイメージをはっきりさせよう。
一日を過ごすとき、自分が求めているもの、たとえば愛、幸せ、健康などにのみ焦点を合わせよう。


固定観念 5.私は世界の承認が必要だ
人はなにか新しいことをしようとするときはいつでも周囲の承認を得ようとする。
雇い主や上司、同僚、友人、顧客、あるいは親などからの同意や評価、承認、指導などを求める。
また、自分が間違っていないということを確信できるような条件や状況を求めるかもしれない。
この固定観念はしばしば気づくのが困難だ。なぜなら、私たちのほとんどは自分の能力を低く見ているからだ。


しかし視点を変えると:
「神はつねに私を導いてくださっている」
聖書によると、私たちは神の像に似せて造られている。
だから、もしあなたが自分の願望は重要ではない、あるいは自分の運命は失敗の道をたどるなどと思っているなら、それは誤った考えだ。そんな考えは一刻も捨て去りなさい。
もしあなたが何かをしたい、作りたい、表現したいと強く願うなら、その願望は神様から来た声だ。その声に応えるなら、あなたは確実に導かれ、成功は約束される。
たとえどれほどたくさんの固定観念がこれらのうちにあろうとも、あなたは考え方を変えることができる。


あなたの成功を祈りつつ
ボブ・プロクター

(訳: 舟田 譲二)


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

人の名前を覚えること

2016.04.27日

先日のBBQ大会の夜のレクで、新人の先生やOBの先生たちの自己紹介がありました。
司会役の、今年晴れて念願だった地元の県立高校の数学教師となった旧人のT先生が、「皆さん、ぼくの名前を知っていますか?」と言った流れで、あとの先生もみんな同じ質問で自己紹介をしました。
先生たちみんなが終わったところで、T先生が「あっ、忘れてました。アカデミーで一番偉い先生、学院長先生がいました。学院長、自己紹介をよろしくお願いします」と私の方に振ってきました。


生徒はいつも私のことを「学院長」と呼んでいるため、どうかすると私の名字すら知らない子がいます。
そこで、「皆さん、ぼくの名前を知っていますか?」と同じように尋ねたところ、案の定手を挙げたのは数人。そこで、「名前は学院長ではなくて、舟田譲二です。ジョージです。よろしくお願いしま〜す」と言いました。
いやー、やっぱり名前は覚えて欲しいですね。


私はこれまでいろいろな記憶術の本を読んで勉強してきました。
英語で書かれた、アメリカの記憶術の神様と呼ばれる人たちの本も何冊か読みました。
どれにも共通して書いてあるのは、自分の知っていることに結び付けて覚える、ということです。
今から30年近く前、中央大学で教えていた当時、英語音声学と英語表現研究のクラスにそれぞれ100人ずつの学生、それに国史専攻やフランス文学専攻など、英語専攻以外の学生の教養英語に各50名ずつ、合計毎年250〜300人ほどを教えていました。
この学生全員の名前を私は覚えました。
授業時間内に何度も何度も学生を名前を呼んで当てて質問したり、発言させたり、声をかけたりして、その都度その学生の名前と顔や性格など何か特徴をつかんで、それらを結びつけて覚える、という方法でした。もちろん簡単なことではありませんが、コツは繰り返しです。
この結果、毎年大勢の学生が、学年末試験のとき、4年間の大学生活で名前を覚えてくれたのは先生が初めてだった、と答案用紙に書いてくれました。
当時教えた学生の名前と顔を何人かは今でもはっきり覚えていますし、いまだに親交のある人も何人かいます。
また塾を始めて30年間、これまで教えてきた生徒の名前もほとんど覚えています。


私は「人の名前を覚える」ことをアメリカにいたときに学びました。日本には、「隣のご主人」とか「〇〇さんの奥さん」、あるいは「先生」、というような言い方がありますが、英語にはありません。アメリカ人はみんな、一人ひとりを名前で呼びます。しかも、早く名前を覚えます。自分の名前を覚えてもらい、呼んでもらえることはうれしいことです。そこで、
「これはすごい。自分も真似をしよう」と思ったのです。
人の名前を覚えることにはいろいろなメリットがあります。
デール・カーネギー(1888〜1955)というアメリカの有名なビジネスセミナー講師・著述家は、
「人にとって一番耳に響きのいいのは、自分の名前である」
と言っています。
本当にそのとおりです。


ところが、ここ数年体調を壊して以来、生徒の名前がなかなか覚えられなくなってきているのです。
「昔はよかった」といくら昔を懐かしんでも、意味ありません。
そこで、パラダイムシフトをすることにしました。
これについては、また明日の記事でお話しします。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

明日またやってみよう

2016.04.26日

Courage doesn't always roar.
Sometimes courage is the little voice at the end of the day that says, "I'll try again tomorrow."

Mary Anne Radmacher - Author and Artist


勇気はいつでも大声を上げるとは限らない。
ときに勇気は、一日の終わりに小さな声で、「明日またやってみよう」と言う。

メアリー・アン・ラッドマッカー、作家・芸術家
(訳:舟田 譲二)


私たちは「勇気」と言うと、人目を意識せずに大声で自分の意見を主張することだ、と思いがちです。
しかし必ずしもそうではなく、ときに自分に向かって「明日また頑張ろう」と言うのも勇気なのです。とくに、落ち込んだり、辛い思いをしたり、悲しいとき、不安なとき、自信をなくしているときなどに「明日また頑張ろう」と言うのは確かに勇気のいることです。


でも、たとえ小さな声でも、一日の終わりに「明日またやってみよう」と言うならば、明日に向けて新たなエネルギーが内側から湧き上がってきます。
勇気のいることですが、これをしなければ私たちはつぶされてしまうことがあるのです。
私自身、この「明日またやってみよう」にこれまでどれほど助けられてきたことか。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

学習は「楽」習

2016.04.24日

2008年にノーベル物理学賞を受賞した京都産業大名誉教授の益川敏英さんが受賞の翌年、母校の名古屋市立向陽高校で講演しました。そこで益川さんは次のように語りました。
「学問は、より多くの自由を獲得するための作業だ」。
エジソン、ヘーゲル、福沢諭吉、パスツールとファーブル。歴史に残る多くの学者を引き合いに出しながら、益川さんはまず「私たちはなぜ学ぶのか」を語った。
「いまは非常に変化の激しい時代。私たちはその変化の法則を読み取り、10年、20年先を読み取る力が必要です。学校で教えられていることにその芽があるはず。勉強という言葉には苦しみを強いる意味があって私は大嫌い。でも英語studyの語源には知る楽しみという意味がある。本来、知ることは楽しいこと。ぜひ楽しみ方を覚えてください」と熱弁を振るった。

(朝日新聞より)


日本語の「勉強」は確かに、とてもネガティブなイメージがあります。漢字自体「勉」は、「女性がお産をする時に力む」という意味からうまれていて「苦」のイメージ、「強」は「強いる、無理強いする」という意味です。(「勉強する目的は」
子どもたちが勉強が嫌い、というのもうなずけます。私自身、小学生から高校生までの間、いつも強制的に勉強させられて、勉強は嫌いでした。


勉強の楽しさを知ったのは大学に入ってからです。あまりにも勉強が楽しくて、大学卒業後も3つの大学院と神学校で学び、最終的に卒業したのは34歳のときでした。あれほど勉強嫌いだった私が34歳まで勉強を続けたのは、まさに「勉強の楽しさ」を知ったからにほかなりません。
ですから、学生時代の塾講師や家庭教師に始まり、これまでずっと教育畑を歩んできましたが、いつも心がけてきたことは、生徒・学生(英会話を学んだ成人の方も含め)に「学ぶ楽しさ」を味わってもらうことです。
アカデミー学院の生徒が、「勉強が楽しい」と言ってくれるのを耳にするたびに、また中学・高校・大学の同窓会では、何人もの旧友から舟田のお陰で英語が好きになった、できるようになった、卒業できたなどと声をかけてもらうと、とてもうれしくなります。


何人かの生徒が以前行っていた塾の話を聞かせてくれました。
クラスのひとりの生徒が宿題を忘れると、全体責任と言ってクラスの生徒全員に居残りさせるとか、テストで合格点に達しないと、追試験、それがだめなら追追試験、といつまでもテストを繰り返す、挙句の果てに生徒はテストに合格するために答を丸暗記する、等々。
熱心なのはわかりますが、これでは勉強嫌いになるのは当たり前です。要するに「勉」「強」なのです。
強制や罰から上質(クォリティ)は生まれません。
このようなやり方で、とりあえず成績が上がり、志望校に合格できたとしても、合格したとたん反動で遊びまくり勉強しなくなります。勉強は志望校に合格するためにいやいややっていたからです。
益川さんも言っているように、本来「知ること」は「楽しいこと」です。このようにして「学ぶ楽しさ」を味わった人は一生勉強し続けます。人は生きている限り一生学び続けます。そうでないと進歩がありません。
勉強は、小中高校生が志望校に入るために、歯を食いしばって苦しみながらするものでは決してありません。
学習は「楽」習。
皆さん、勉強は苦しまずに楽しみましょう!


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

クォリティ

2016.04.23日

クォリティって何でしょう?


クォリティ、英語でquality、日本語では「質」あるいは「上質」。
アカデミーのホームページに推薦のことばを書いてくださった立正大学元教授の柿谷正期氏が日本で始められたリアリティセラピーは、人は外側の刺激によって反応するのではなく、内側から動機づけられて行動を選択するという選択理論心理学を基盤としたカウンセリングの一手法です。選択理論を基盤としたクォリティスクールでは、「何かを学ぶということは人生の質を高める。そのことを生徒によく理解してもらったうえで、強制や批判、罰などを排除して自ら進んで学ぶように導くなら上質の結果(成績や生活習慣など)を生み出すことができる」と言っています。つまり、生徒を脅し、あるいは褒美などでつって宿題を強制的にやらせ、忘れてきたら罰を与える、というようなやり方では、恐れからあるいは褒美につられて宿題はやってくるかもしれないが、決してそこから上質は生まれない、というわけです。


私が子どもの頃はこのようなやり方がごく普通でしたが、今日でもなんと多くの学校や塾でこのような強制的な指導が行われていることでしょう。宿題を忘れると罰が与えられるので、それを恐れて友達の答を写してとりあえず宿題を提出する、ということがまかり通っています。これではクォリティ(上質)が生まれるわけがありません。


会社の経営法においても同じで、ボスマネジメントといって上司が部下に対して脅しと報酬で強制的に仕事をやらせても上質な結果は決して生まれません。しかしリードマネジメントで上司が人間関係を大切にして、絶えず上質を目指すなら職場環境が変わり、従業員はみんな一生懸命働き、いい結果を生み出します。


勉強をする、宿題をするのは誰のためでもない、自分のためです。自分が将来より良い人生を歩むためです。このことがわかるようになると、勉強にも身が入り、学んだことが身につき、上質が生まれるようになります。実は、結果を出す生徒とそうでない生徒の違いはまさにこの動機付けの違いにあります。


勉強に限らず、仕事でも同じやるなら、楽しみながら、しかも一生懸命やろうではありませんか。それがクォリティを生み出すのですから。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

知恵を体得する

2016.04.22日

ある青年が老齢の知者に尋ねました。
「先生はどのようにしてそのような知恵を体得されたのですか?」
「賢明な判断によってじゃ」
「それでは、賢明な判断はどのようにして下されたのですか?」
「経験だよ」
「その経験はどのようにして得られたのですか?」
「愚かな判断によってじゃよ」


人間、だれでも失敗します。失敗しない人なんかいません。失敗から学んで、そこから成長する。ここが大切なのです。


勉強において、私はいつも生徒にできる限り消しゴムを使わないよう指導しています。
小さい頃から、親や学校の先生たちから教えられているのか、みんな書き間違えるとすぐに消しゴムを使ってきれいに消して書き直します。
答えだけでなく、漢字や計算の途中式などもすぐに消します。


提出するテストの答案用紙やノートでもない限り、答えにせよ、あるいは漢字や計算の途中式にせよ、間違いは残しておいて、赤で直し、自分の間違いの記録をとっておいて、あとで見直す時に間違いから学ぶことはとても大切です。英語の3単現のsのつけ忘れなど、自分の間違えるパターンに気づかなければなりません。そうでないと、同じ間違いを何度も繰り返すことになってしまいます。
間違った答えや文字を消してしまうのは本当にもったいないことです。


そして、このことは私たちの人生そのものにも通じることです。
私たちはどうかすると、消してしまった方がいいような心の傷をいつまでも消さずに大事にとっておいて、事あるごとにその傷を見て、また痛むというようなことをしばしばしています。
逆に、失敗から学ぶべきことで、消してはいけない記憶を消してしまい、同じ失敗を繰り返したりします。
このふたつの間違いをしている人がとても多いです。
でも、失敗すること自体は、人間である限りいわば当たり前のことで、なにも悪いことではありません。
大切なのは、失敗から学ぶことです。
失敗から学ぶならば、冒頭の話に登場する知者のように、人生のすべての経験を糧にして知恵を体得することができるのです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

継続は力なり

2016.04.21日

「継続は力なり」
よく聞く言葉ですよね。
しかし、これほど真理で、また同時にこれほど行うのが難しく、また実際に行っている人が少ない言葉もないのではないか、と思います。


昔、小学1年生からアカデミーに来た生徒で、算数が本当に苦手な子がいました。
3年生、4年生になっても、足し算をまだ両手の指を使ってやっていました。新しい単元を教えるときは、何度教えてもなかなか理解できなく、教えるほうも教えられるほうもとても苦労しました。
しかし、家でお母さんが熱心にフォローしてくださったお陰もあって、進歩は遅かったのですが、本当に根気強く、コツコツとよく頑張りました。
その結果どうなったと思います?
中学に入ると、どんどん伸びてきて、数学と理科では何と学年1位を取るほどにまでなり、学校の先生達や同じ学年の友達からは「天才」と呼ばれるようになったのです。
そして理系の優秀な高校に進学しました。


私もアメリカに留学していたときのことを思い出します。
最初の年、歴史言語学という科目を取りました。
どんなことをするかというと、世界中のいろいろな言語の音声や文法のサンプルを集め、それらが歴史的にどのように変遷してきたか、どの言語とどの言語が親戚関係にあるか、などを緻密に分析するのです。
このクラスは本当に死ぬ思いをしました。大学院のクラスの中でももっとも難しいクラスのひとつで、それを外国人の留学生が、しかも1年目で取ったのですから言うまでもありません。
毎回の授業のたびにクイズと呼ばれる小テストがあり、前回の授業の復習があります。
リーディングアサインメントといって、教科書のほかに課題本も何冊も読まなければなりませんでした。レポートもあり、その上、ミッドターム(中間テスト)とファイナル(期末テスト)もあり、しかもこれを4ヶ月間にやるのです。
私は途中でギブアップしたくなりました。
あるとき、クラスのほかの学生に弱音をはきました。「もうだめだ。ついていけない」と。
そうしたら、驚いたことに彼女(40代の女性英語教師)は、
「えっ?あなたも大変だったの?このクラスの人たちはみんな苦労しているのよ。私もさっぱりわからない。あなたは平気だとばっかり思ってた」
と答えるではありませんか!
「このクラスは historical linguistics (歴史言語学)ではなくて、hysterical linguistics (ヒステリー症の言語学)だ」と私が言ったら、クラスで大いに受けました。
でも私はこのクラスメートの言葉に励まされて、最後まで頑張ることができました。
しかも成績はAというおまけ付きで。


「成績が上がらないから」「本人のやる気がないから」と言って、退塾してしまう人がときどきいます。
本当に残念です。結果が出るまで我慢が必要なのです。そして陰でコツコツ頑張る努力が必要です。
何もしないで、塾に行っていれば成績が上がる、なんてことはありません。
昔、アカデミーを退塾してよその塾にかわった生徒が、学校の運動会でうちの教師に会い、
「アカデミーをやめたことを後悔している。アカデミーのほうがよかった」
と言っていたというこを聞きました。


あきらめてはだめなのです。人生も同じです。
「継続は力なり」
続けていくうちに道は開けます。
途中であきらめてしまったら、成功しないのは当たり前のことです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

共依存症から感謝の人生に

2016.04.20日

Gratitude makes sense of our past, brings peace for today, and creates a vision for tomorrow.
Melody Beattie - Author


感謝の心は、私たちの過去を理解する助けとなり、今日という日に平安をもたらし、明日への洞察力を産み出してくれる。
メロディ・ビーティ、作家
(訳:舟田 譲二)


彼女の生い立ちを知ると、上の言葉の重み、真の意味がわかります。
メロディ・ビーティは1948年、ミネソタ州に生まれました。幼児期に親に捨てられ、4歳のときには誘拐され、青春時代には近所の人に性的虐待を受けました。
12歳からアルコールを摂取し始め、13歳で本格的なアルコール依存症に。また、18歳までには薬物中毒になり、不良仲間と強盗を繰り返し逮捕され、さらに離婚、そして子どもを亡くすという辛い経験をいくつもしてきました。
このような中から立ち直り、自らの体験をもとに1986年に「共依存」という新しい概念を世に紹介しました。
"Codependent No More"(『共依存症  いつも他人に振りまわされる人たち』講談社)は350万部のベストセラーに。これまでに15冊の本を書き、それらは20か国語に翻訳され、世界中の多くの同じ悩みに苦しむ人を助けてきました。


「共依存症」とは...
頼まれなくても他人の世話に明け暮れる。相手を喜ばせようといつも自分は後回し。そして、思いどおりにならないといって腹を立てる。
なぜいつも自分が犠牲になるのか。なぜうまくいかない人間関係にしがみつき、相手をコントロールしようとして結局振りまわされるのか。「愛しているだけ」で相手を変えることができるのか。本当に、あなたがいなければ彼は駄目になるのか
といった疑問に彼女は答えてくれます。
もう、誰にも、何にも振りまわされないありのまま人生を送ることができるようになるのです。
そしてそのとき、冒頭の彼女の言葉の意味がはっきりとわかるようになります。
(参考。「『共依存』はここまで恐ろしかった!あなたの日常に潜む共依存の恐怖とは」


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

3Kの仕事

2016.04.18日

ひと頃「3K」といういやな言葉が流行りました。
「きつい」「汚い」「危険な」仕事ということで、主に道路工事などのブルーカラーの職種に使われました。
みんな、面白半分でさかんに「3K」と言っていましたが、聞いていて不愉快でした。
最近は「3K」がどんどん増えて、「帰れない」「給料が安い」「休暇が取れない」とか、「(就業)規則が厳しい」「化粧がのらない」「結婚できない」「管理職(幹部・経営陣)が傲慢」「キリが無い」「気が休まらない」「休憩できない」「心を病む」「雇用が不安定」「子供を作れない」「(必要)経費が自腹」「過労死」「臭い」等など言われているようです(Wikipediaより)。


それだけ仕事に不満を持っている人が多いのでしょう。
私が携わっている塾の仕事の「3K」は何だろうと考えてみました。
「感動」「感謝」「関係づくり」「きれい」「快適」「貢献」「感性」「寄与」「感激」「確信」「共感」「感銘」「子育て」「関心」「感心」「活躍」「献身」「共生」「興奮」「高揚」「効果」「教育」「共有」...。
Kで始まる言葉、パッと出てきたのは、全部ポジティブな言葉ばかりでした。
実際のところ、このブログの過去の記事を振り返っても、塾の仕事に関連する記事はほとんどがこのような言葉で描写されています。
上の中から「3K」選ぶのは難しいですが、敢えて選ぶとしたら日ごろから感じている「感動」「感謝」「関係づくり」かなと思いました。


そこで、果たしてこれは塾業だけに当てはまるのだろうかと考えてみると、実はそうではなく、どのような職種にも言えるということに気づきました。
私は、反社会的・反人道的な仕事でない限り、この世に尊くない仕事などないと常々思っています。
ですから冒頭の「3K」という、ある特定の職種を侮蔑したような言葉は好きではないのです。
つまり、自分の仕事を自分自身がどのように見ているか、ということが大切なのです。
ということは、同じ仕事をするなら、私が上に挙げた「塾業の3K」のような、あるいはそれ以外何でもいいのですが、ポジティブな面に目を留めなければ損だということです。
マイナス面に目を向けると、不満がどんどんふくらんでいきます。
そして、仕事をやるのがますますいやになります。
これでは、一緒に仕事をしている同僚にも、上司や部下にも、またお客様に対しても、そして家族に対しても失礼ですし、周りのみんなが気の毒です。
扱っている商品すら可哀想です。


学生の場合の仕事に当たる勉強も同様です。
いやな面ばかり見ていると勉強がますます面白くなくなります。
昔、アカデミーで教えていたA先生は、中学1年生のとき、「勉強が楽しくて仕方がない」と言っていました。
その理由を尋ねると、「今学んでいることが、将来すべて役立つと思うとワクワクする」との返事。
このような態度で勉強していると、実際学んでいることがすべて身につき、そして将来確実に役立つようになります。


主婦の家事や子育ても同じです。
問題はどこに焦点を合わせるかです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

西暦2340年

2016.04.17日
ronda-da-noite-rembrandt.jpg


あなたが今やっている仕事は、324年後にまだ人々に価値が認められ、賞賛されていて、人々の役に立ち、影響を与えていると思いますか?
これは興味深い質問です。
多くの人は、そんなこと自分には関係ないと答えます。
この質問に正直に答えるなら、他の人たちはそうは思えないと答えざるを得ないことでしょう。
こんなのは変な質問だと思う人もいるでしょう。
しかしながら、アムステルダムの美術館でレンブラントの名画『夜警』の前に立っていたとき、この質問が私の心に響いてきたのです。


レンブラントは『夜警』を1642年に描いたものと思われます。少なくとも、絵にはこの年号が記されています。
以前にもそこへ足を運んだことがあったので、レンブラントの作品を見たのはそれが初めてではありませんでした。
私は美術評論家ではありませんが、レンブラントの絵の精緻さやその完成度の高さには魅了されます。
アムステルダムを訪れたとき、やはりレンブラントの名画に魅せられている妻のリンダに、私はよくこのことを話しました。
というわけで、私たちはそこで『夜警』を味わいながら鑑賞していました。そのとき、レンブラントがいったいどれくらい前にこの絵を描いたか、そして世界中の人々が今もこの作品を高く評価していることに思いをはせました。
レンブラントはこの一枚の作品に、およそ一年かけただろうと言われています。


彼が毎日絵筆を手に取り、絵の具を混ぜ合わせていたとき、この絵がこんなにすごい価値のあるものとなり、何百年経っても人々に評価されることになるだろう、と思っていたなどとは考えられません。
とんでもない。この名画を研究すると、レンブラントが毎日、自分の持てる最高のものをこの絵に捧げていたということは明らかです。
レンブラントは偉大な芸術家で、彼は最高の仕事をしたのです。


西暦2340年に、あなたについて、またあなたの仕事について、誰かが語っているでしょうか?
それとも、あなたはそのことを気に留めますか?
もし、気に留めるなら、ウォレス・D・ワトルズが1903年に著した傑作『金持ちになる科学』の中で語っているアドバイスに耳を傾けるといいでしょう。
その中に彼は書いています。
「偉大になることにも、偉大な仕事をすることにも秘密などない。ただ、小さなことを毎日、最高の方法でやるだけだ」


レンブラントがやったこともおそらくこれでしょう。小さなことを毎日、最高の方法でやったのです。
そして374年後の今日、私はあなたにこのことを語っているのです。
今日あなたにできる最高のことをやりなさい。2340年にものすごい結果を生み出しているかもしれません、と。
笑いたければ笑えばいいです。
レンブラントもおそらく1642年には、同様に笑っていたことでしょう。しかし、彼は自らの最高のものを捧げたのです。
あなたも同じことをやってみませんか。


ボブ・プロクター
(訳:舟田 譲二)


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

人を潤す者は自分も潤される

2016.04.16日

うなぎ屋の隣に住んでいる人が、いつもうなぎのにおいをおかずにご飯を食べていたところ、うなぎ屋の主人が「代金を払え」と言ってきました。
すると、においをタダ嗅ぎしていた人は、財布を取り出して小銭の音をチャリ〜ンと鳴らし、「自分はうなぎを食べたわけではなく、においを嗅いでいるだけなので、代金はお金ではなく音で支払う」と答えたそうな。


落語の小話です。
ウケました(笑)。
なるほど、ケチな人にはケチで応える、というわけですね。
これはある意味、世の中の常識というか、慣わしというか。


小学生の頃、私はとても貧しい家庭の子でした。
周りの友達はそこそこのお小遣いをもらっていて、それでマンガ本を買ったり、お好み焼き屋に友達と一緒に行って飲み食いしたりしていました。
一方、私はお小遣いをもらっていなかったので、友達に貸してもらったマンガを読んだり、お好み焼き屋に行っても横でにおいだけ嗅いでいたりしたものです。それで上の話を思い出した次第です。


家に風呂はなく銭湯に行っていたのですが、友達の家に遊びに行くと、友達のお母さんはそのことを知っていたのでしょう、夏など夕方になると友達と一緒に風呂入れてくださったりしたものです。


靴を買ってもらうときはいつも自分の足のサイズよりもふた回りほど大きいもので、つま先に新聞紙などを丸めてつめて履き、サイズがきちきちになってついには底に穴が開いて雨の日に水が入ってくるようになってようやく新しい靴を買ってもらっていました。


でも、貧しいことを苦に思ったり、恥ずかしいと思ったりしたことはありませんでした。
それは、両親の豊かな愛情をいつも感じていたからです。
そんなこともあって、貧しい中で育ったにもかかわらず、私はお金やモノに対する執着心はなく、「15億の遺産を相続することに!」なっても、ロトで3億円当たったと言われても、まったく心を動かされることはありません。


聖書の中に次のような言葉があります。
施し散らして、なお富を増す人があり、与えるべきものを惜しんで、かえって貧しくなる者がある。
物惜しみしない者は富み、人を潤す者は自分も潤される。

(箴言 11:24, 25)


先日「マタイ効果+α(アルファ)」の中でも書いたとおりで、これは真理です。
このような人生を歩みたいものです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

愛するとは

2016.04.15日

「ラスベガス日本人教会」を牧会する、私の敬愛する鶴田牧師の3年前のブログ記事の転載です。
親子関係、子育てについて教えていますが、これは夫婦関係を始め、あなたが大切にするすべての人間関係にも通じることで、自分と特定の人との関係を頭に入れながらお読みください。


今日は、“子供が一番欲しいもの”ということについて考えてみました。
ところで皆さんは、自分の小さな子供が何を一番欲しがっているかを考えたことはありますか?オモチャでしょうか?コンピューターゲームでしょうか?それとも美味しいチョコレート?


そうではありません。小さな子供は、お父さんとお母さんと一緒にいることを何よりも欲しているのです。彼らはお父さんとお母さんが傍に居てくれれば、愛されていることを確認し、安心感を覚え、自分が価値のある人間であることを信じるようになります。


ですから、親が子供を愛するということは、時間を使わないで子供が欲しい物を買い与えることではなく、何よりも時間という大切なものを犠牲にして子供と一緒に過ごすことであり、そこに親子が深い絆で結ばれ、同時に、その子供が肯定的な自己像を持つに至る大切な要因があるのです。
そして、その自己像が、いわゆる人生脚本として、その子の一生を支配し、大きく左右していくことを考えれば、子供と過ごす時間の大切さは、どれだけ強調してもし過ぎることはないのです。


ある日、5歳になる娘を持つ父親が、その日も仕事で疲れきって遅く家に帰ってきました。すると、彼の娘がドアのところで待っていたのです。父親は驚いて言いました。


父: まだ起きていたの?もう遅いから早く寝なさい。
娘: パパ。寝る前に聞きたいことがあるんだけど。
父: なんだい?
娘: パパは1時間にいくらお金をかせぐの?
父: そんな事、お前には関係ないことだよ。


仕事で疲れている父親はイライラして言いました。


父: どうして、そんなこと聞くんだ?
娘: どうしても知りたいだけなの。1時間にいくらなの?


女の子は嘆願しました。


父: あまり給料は良くないよ・・・20ドルくらいかな。ただし残業代は無しだ。
娘: わぁ。


女の子は言いました。


娘: ねえ。パパ。私に10ドル貸してくれない?
父: なんだって!


疲れていた父親は怒ってしまいました。


父: お前が何不自由なく暮らせるためにお父さんは働いているんだ。それなのにお金が欲しいだなんて。ダメだ!早く部屋に行って寝なさい!


女の子は、黙って自分の部屋に行きました。しばらくして父親は後悔し始め、少し厳しく叱り過ぎたかも知れない…。きっと娘はどうしても買わなくてはいけないものがあったのだろう…。それに今まで娘は一度も何かをねだったことなどなかった・・・。


父親は娘の部屋に行くとそっとドアを開けて、小さな声で言いました。


父: もう寝ちゃったかい?
娘: ううん。パパ!


娘は少し泣いているようでした。


父: 今日は長いこと働いていたし、ちょっとイライラしてたんだ・・・。ほら。お前の10ドルだよ。


娘はベットから飛び起きて顔を輝かせました。


娘: ありがとう。パパ!


そして、小さな手を枕の下に入れると数枚の硬貨を取り出しました。父親はちょっとびっくりして言いました。

父: おいおい。もういくらか持ってるじゃないか。
娘: だって足りなかったんだもん。でももう足りたよ。


娘はそう答えた。そして10ドル札と硬貨を父親に差しのべて、


娘: パパ!私20ドル持ってるの。これでパパの1時間を買えるよね?


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

15億の遺産を相続することに!

2016.04.14日

一昨夜、3時に電話のけたたましい音にたたき起こされました。
「こんな夜中にいったい誰?」
うちでは、夜の12時から朝の7時までは電話が鳴らないようにセットしてあるのに、どうして?
受話器を取るとファックスでした。


まったく人騒がせな、と思い布団に戻ったのですが、蕁麻疹が出てきて眠れなくなりました。腹立たしい!


そして昨日の朝起きて、電話機のファックス受信のランプが点滅しているので、印刷しました。
送信者はスペインの法律事務所の弁護士。
読み進んでいくと、なんとびつくりぽん。次のような内容でした。


「スペインの実業家、ジョン・フナダ氏が家族と共に不慮の事故で亡くなりました。
同氏の生前中、顧問弁護士の私が財産管理をしていましたが、15億の遺産を残されました。遺産を相続する親族の方を探していたところ、日本の公文書を通してあなたの名前にたどり着きました。
つきましては、あなた様が相続人になる可能性が高いので、ぜひ手続きを進めることをお薦めします。手続きをしないとこの遺産はスペインの国庫に返還されることになります。なお、この件は係争中につき、外部には一切漏れないようくれぐれもご注意ください」


IMG_8131.JPG


ファックス送信者の法律事務所をネットで検索すると、実在する会社で、記載されている電話番号、ファックス番号、メールアドレス等ぜんぶ本物です。
また蕁麻疹が出てきました。
私はこのような類(たぐい)のものは初めから信じない性質(たち)で、いつもすぐにスルーするのですが、今回ばかりはひょっとしたら...。しかも、なにせ15億です。


なんて微塵も思いませんよ。
私はことお金に関しては非常に淡泊で、この話には興味もわきませんでした (笑)。
可能性がゼロとは言いませんが、可能性の問題ではなく、危うきには近寄らない主義なのです。
そう言えば、前にもロトで3億円が当選したという手紙がオーストラリアから送られてきたことを思い出しました。(そのときの記事がこれです。「お金を得たければ」

私の尊敬するビジネス・コンサルタントのブライアン・トレーシーがセミナーの中で語っています。
「お金を得たければ、第1のルールはお金を失わないこと。
第2のルールは、疑わしきは第1のルールに戻ること。
『お金を手に入れるのは釘で砂に穴を掘るように難しい。
しかし、失うのは砂に水を注ぐように簡単だ』
という日本のことわざがある」
「無駄なお金は使わないこと、そして疑わしきには手を出さないこと、これがお金を貯める第一歩」という教えに私は100%賛同するものです。
皆さんだったらいかがされますか?


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

同情と共感

2016.04.13日

英語では「同情」を sympathy (スィンパすぃ)、「共感」を empathy(エンパすぃ) と言います。(英語のthは上の歯と下の歯の間に舌を軽くはさんで出す摩擦音で、日本語にはない音なのでsのスの音と区別するために敢えてひらがな表記しました)
両者は一見よく似た言葉です。
これはギリシャ語の pathos 「苦しみ」から来ています。日本語にもなって「ペーソス」(悲しみ、悲哀、哀愁)といった意味で使われています。
sympathy の sym- は「共に、同時に」といった意味の接頭辞で、たとえば symphony 「シンフォニー、交響曲」、 synchronized swimming 「シンクロナイズドスイミング」などにも使われています。
empathy の em- はもともと in- という形の接頭辞で「〜中に」という意味です。
すなわち、sympathy は「苦しみを共にする」、empathy は「苦しみの中に入っていく」ということから、日本語でそれぞれ「同情」「共感」と訳しているのです。(「共感」という日本語はむしろ sympathy に近いような感じがしますが)
empathy はまた「感情移入」という意味でも使われます。「苦しみの中に入っていく」のですから、それも理解できます。


sympathy と empathy はアメリカ人にも区別が難しい言葉で、同意語だと思っている人も少なくありません。
あるアメリカ人は両者の違いを次のように定義しました。
Empathy is entering into another's feelings. Sympathy is having a feeling together with someone.
「empathy はほかの人の気持ちの中に入っていくこと。Sympathy はその人と同じ気持ちになること」
また、
Sympathy is when you feel bad for someone else. Empathy is when you feel bad with someone else.
「Sympathy は誰かほかの人のために心を痛めること。Empathy はその人と一緒に心を痛めること」
When you feel sympathy for someone you feel sorry for their pain. When you feel empathy you are feeling the pain too.
「あなたが誰かに sympathy を感じるとき、あなたはその人の痛みを気の毒に思っている。しかし、あなたが empathy を感じるときは、あなた自身もその痛みを感じている」
とも言っています。


どっちでもいいじゃないか、と思う方もあるかもしれませんが、実はこのふたつはカウンセリングをする時に大きな違いを生み出します。
Empathy、すなわち「その人の痛みを共有して」「その人の立場に立って」話を聞くならば、その人は「自分のことを本当に理解してくれている」と感じます。


1994年、1995年に放送されたテレビドラマ『家なき子』では、主人公の相沢すず(安達祐実)が、「同情するなら金をくれ」と言った劇中の台詞が新語・流行語大賞に選ばれるほどのブームとなりました。
同情は当事者にとって、それほどうれしくないものなのかもしれません。


「ラッキーマン」で紹介したマイケル・J・フォックスも、その本の中(Chapter 8)で次のように言っています。
In man-on-the-street interviews, members of the public offered expressions not so much of sympathy, as I feared, but of genuine empathy, as well as heartfelt wishes for a positive outcome.
「街頭インタビューでは、私が恐れていたような同情の声はあまり聞かれず、むしろ心からの共感と良い結果を望む心からの願いが聞かれた」
つまり、マイケル・J・フォックスも人々から同情されることを恐れていました。ところが、自分の予想に反して、みんなが心から共感してくれていることにホッとしているのです。


Put yourself in her (his) shoes.
は英語でよく使われる表現で、「その人の靴の中に自分の身を置きなさい」というところから、
「彼女(彼)の身になってみなさい」
という意味です。
これも empathy に近い感覚だと思います。
マイケル・J・フォックスも言っているように genuine empathy 「心からの共感」を人は求めています。
上辺の同情はかえって人の心を傷つけることがあります。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

アラジン効果

2016.04.12日

一昨日、「マタイ効果」について書きました。
「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう」(マタイ福音書25:29)
という聖書の箇所から命名したもので、
「豊かな者はますます豊かになるが、貧しい者はますます貧しくなる」という社会現象から、音楽やスポーツの才能等など、いろいろな分野にこのことが当てはまります。


これに対して、私は「マタイ効果+α(アルファ)」という考えを提唱しました。
ここで私が述べたのは、マタイ効果は確かに存在するけど、これはどうしようもないことではなく、自分の手で変えることができる、ということです。


また、「魔法のランプ」についても書いたことがあります。
アラジンの魔法のランプのように、真剣に願うことはかなう、といった内容です。


今日ここに書くことは、人間関係における「アラジン効果」です。
「成功の9つのステップ」で有名なジェームス・スキナーさんは、7つ目のステップのところで「思い切った行動」について語っています。
そのひとつの例として、私たちはとかく人にお願いするのを遠慮したり、初めから無理だろうと思い込んであきらめてしまったりして、人にお願いすることを躊躇します。
「聞きもしないであきらめるな」とジェームスは言います。
聞いてみると案外うまくいくことがある、これを「アラジン効果」と彼は呼んでいます。


さて、人間関係において、私たちは人にこうしろ、ああしろ、と命令することがよくあります。
とくに会社などの組織内では上司が部下に、学校では先輩が後輩に、教師が生徒に、家庭では夫が妻に、親が子に、兄姉が弟妹に、と上下関係が存在するところでよく見られます。


親が子どもに向かって注意するときは、ついつい感情が先に出てしまって、怒鳴ったり、叱ったりとなりがちです。
怒鳴られたり、叱られたり、あるいは命令されて嬉しい人はあまりいません。
でも、このようなときに、ひと呼吸おいて冷静に、
「〜してほしいんだけど」
「〜してくれたら嬉しいんだけど」
というふうにお願いに変えると、相手もスムーズにその願い事を聞き入れ、応えてくれるものです。
上の立場にいる人は下の人になかなかお願いしにくいものです。
でも、これが良好な人間関係につながっていくのです。


これもひとつの「アラジン効果」です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

教育と教養

2016.04.11日

私の敬愛する節子さんが昨日、久しぶりに教会の礼拝に来られました。
バスを乗り継いで2時間近くかけて来てくださいました。
2日前にお電話で礼拝に来ると伝えてくださり、とても楽しみにお待ちしていました。


じつは去る3月27日のイースターの日、教会での礼拝後、午後は教会から1時間余かかるメモリアルパークへ墓前礼拝に教会のみんなで行き、その帰り道節子さんのお宅をお訪ねしたのですが、あいにくその日は隣り街に出かけておられお留守でした。
訪ねて行った私たちを、ご主人がお茶やお菓子を出して歓待してくださり、もうまもなく戻ってきますから、と言っていろいろなお話をして私たちを楽しませてくださいました。でも、奥さんには連絡が取れず、30分余りいたのですが結局戻ってこられなかったのでお会いできないままおいとましました。


このとき、ご主人のお話の中で話題に上ったのが、歳を取ってから大切な「教育と教養」というお話でした。
ご主人はとても教育も教養もおありの方で、お話上手で話題も豊富だったのですが、この「教育と教養」はじつは期待していた内容とは違いました。
「きょういく」は「教育」ではなく、「今日、行く」ところで、「きょうよう」は「教養」ではなく、「今日の用事」だそうで、歳を取ってもボケないために、このふたつに気をつけるようにと、お嬢さんから言われたとのこと。
私たちはみんな大笑い。


でも、考えてみたら、私もぼちぼちこの「今日、行く」ところと、「今日の用事」を意識しなければならないようになってきました。
節子さんが、教会へバスを乗り継いで来られるとき、よく会う90代のおばあさんがいらっしゃるそうで、その方に年齢を尋ねられて「83歳」と答えたところ「まだ子どもねぇ」と言われたとのこと。
またまた大笑い。
「それじゃ、私なんか赤ん坊ですよ」と私。


節子さんは私のことを子どものようにとても可愛がってくださっています。
母が生きていたら今は92歳。56歳の若さで天国に帰りましたが、私のイメージの中では母が今生きていたら節子さんのような感じだろうなといつも思っています。
節子さん、いつまでもお元気でいてくださいね。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

マタイ効果+α(アルファ)

2016.04.10日

『天才! 成功する人々の法則』の第1章に「マタイ効果」というのが紹介されています。
「マタイ効果」とは、米国の社会学者ロバート・マートンが1968年に「科学におけるマタイ効果」という論文の中で提唱した科学社会学の概念です。これは新約聖書の中の
「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう」(マタイ福音書25:29)
という箇所から著者のマタイの名前を借りて、「マタイ効果」と命名したものです。
21世紀の富の配分について、金持ちはよりいっそう金持ちになり、貧乏人はよりいっそう貧乏人になってしまうという社会法則で、これによって生じる不公平な現象を指すそうです。


ロバート・マートンは経済的な面を指して言っていますが、実はこれはさまざまな分野にも当てはまるということで、前掲書『天才! 成功する人々の法則』の中では、カナダのプロのアイスホッケー選手達の誕生月が1月から3月に集中していることを取り上げています。その理由は、外国では1月が学校の新年度で1月生まれの子どもは12月生まれの子どもよりも身体面で1年の発達の差があり、体が大きく、体力もあり、そのような子どもが早くから練習に取り組むので、それだけ有利になるということです。
これをもとに、日本でもプロ野球の選手の生まれ月を調べた人がいて、新年度が4月の日本では4月から6月生まれの人がもっとも多く、1月から3月生まれの人の2.5倍だったということがわかったそうです。サッカー選手でも同様の結果が出ています。
つまり、体の成長が早く、有利なスタートを切った子どもは、メンバーに選ばれやすく、選ばれると質のよい指導を受けて、さらにレベルの高い仲間と競い合う機会にも恵まれる。それでますますその差が大きく開いていくというわけです。


私自身、これまでこのことをいろいろな世界で直感的にとらえてきていました。勉強面においてもしかりです。
たとえば、字のうまい人は字を書くのが好きでまめに書くので、ますます字がうまくなります。
漢字の好きな人は、普段書く文章に漢字を多く使うので、ますます漢字が得意になりますが、漢字が苦手な人はできる限り漢字を使わないようにするのでますます漢字が苦手になります。
計算が得意な人は、日常の生活の中で無意識のうちにいろいろな場面で計算するので、ますます計算が得意になります。
運動が得意な人は毎日運動します。その結果、ますます運動が得意になります。一方、運動が苦手な人は普段からあまり体を動かさないので、ますます運動が苦手になります。
英語が好きな人は、英語の歌を歌ったり、映画を観たり、外国人とじかに触れる機会を多く作るので、ますます英語が得意になります。逆に、英語が苦手な人は、単語ひとつさえ覚えようとしません。ですからますます英語が苦手になります。
背の高い人は、バレーやバスケットをするので、ますます高くなります。
相撲取りは体重を増やさなければならないのでたくさん食べます。だからどんどん大きくなり、ますます強くなります。
モデルさんやアイドル、女優さんは、ダイエット、シェープアップ、お化粧、ファッションに気を配るので、ますます美しくなります。
例を挙げれば切りがありません。
音楽やスポーツ、語学など、早期教育はやはり大きな成果を上げています。
「持っている者はますます与えれるが、持っていない者は、持っているものまで取り上げられる」
これは事実です。


しかし、ここで終わってしまうと、早生まれ(1月〜3月生まれ)の人には残念ながら、スポーツ、音楽、勉学などにおいて、チャンスがなくなる。また、貧しい人は、一生貧しいままで終わる。いや、ますます貧しくなる。というような不公平がそのまま通用してしまうことになります。


ところが、ここに福音があるのです。
それは私が提唱する「マタイ効果+α」です。
誰でもそのまま終わるということはありません。
このことに気づいた時点で、方向転換をするのです。当たり前と言えばごく当たり前のことです。
しかし、多くの人が、とくに「持っていない」人は、「持っていない」事実にばかり目をやって、あきらめてしまっているのです。
「自分はこうだ、ああだ」と決めつけるのは間違っています。
「今」と言った瞬間に、その「今」はもうすでに過去のものとなっています。同様に、現在の自分がたとえどうであったとしても、それはすでに過去の自分です。
明日から、と言わず、今からでも、気づいた時点で方向転換するなら、新しい未来を自分の手で切り開いていくことができるのです。人生は常に現在進行形です。
これが+αの福音です。
字の下手な人は、早速字を書く練習をしましょう。
漢字が苦手な人は、日常生活の中でできる限り漢字を使うようにしましょう。
運動が苦手な人は、とにかく体を動かしましょう。
このようにして、負の連鎖から抜け出ることは誰にでもできます。
そして、負の連鎖を断ち切って、プラスの世界に入ると、ここからたちまちプラスの連鎖が始まります。
そして、「持っている者は、与えられてますます豊かになる」のです。
事実、このようにして負の連鎖を正の連鎖に変えた人は大勢います。
スーパーマンなどいません。みんな、弱いところを持っています。
自分の持つ弱さを強みに変えていこうではありませんか。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

たらちね考

2016.04.09日

一昨日の夜、中3生のTさんに国語を教えていました。
国語が好きで得意と言うTさん、さすがにとてもよくできます。読解問題などはほとんどいつも全問正解。
「難解」な文章は、傍線を引きながら、それこそ「何回」も読んで正解に導きます。
苦手意識を持っている文法問題も少し教えるとすぐ飲み込み、どんどんできるようになります。


一昨日は、やはりTさんが苦手としている詩と俳句・短歌でした。
苦手と言っているのに、自分で一生懸命考えて、やはりほとんど全部できています。間違えたところや、よくわからなかったところを中心に教えるのですが、全部納得してくれます。
短歌のところで枕詞(まくらことば)の「たらちね」が出てきましたが、もちろん彼女にとって初顔合わせです。


足乳根の母に連れられ川越えし
田越えしこともありにけむもの

斎藤茂吉


%82%A0%82%E8%82%C9%82%AF%82%DE.jpg %90%EC%89z%82%A6%82%B5.jpg %91%AB%93%FB%8D%AA%82%CC.jpg

(斎藤茂吉生誕地 山形県上山市月岡公園内歌碑)


意味がわからないようなので、私が自分の昔の記憶で教えようとしたのですが、その前に念のためと、ちょっとiPhoneでネット検索すると意外や意外。私が習ったこととまったく違うことが書かれています。


私が教わったのは「垂乳根」、すなわち乳が垂れた老いた母のイメージだったのですが、別解釈に「足乳根」で、「満ち足りた乳」、すなわち授乳中の豊かな乳というのがありました。
さらに、もともとは「たらちね」、漢字を当てたのは後世で、意味はないとするもの。
そして、元来の意味は未詳というものも。


Tさんには一応これらみんなの解釈を教えましたが、後でいろいろ思索しました。
ネット記事の中に「垂乳根の母とは、乳が垂れた母親のことを言うのですか? なんて下品で卑わいなのでしょうか」というのがあり、思わず笑ってしまいました。
きっと、ボ…、ペ…のようなイメージを持った、若い女性の方が書かれたのでしょう。


私が子どもの頃は、近所のおばさんだけでなく、若いお母さんが電車やバスの中など公衆の面前で恥ずかしさなど微塵もなく、胸を出して赤ん坊に乳を飲ませている情景などざらでした。
これを卑わいなんて誰も思いませんでした。
ましてや「たらちね」という言葉が生まれたのは、今から約1200年も前の万葉集の時代ですよ。


私が思うに、
「垂乳根の 母が釣りたる 青蚊帳を すがしといねつ たるみたれども」
に見られるように、「たらちね」はもとは「乳が垂れた老母」の意味だった。
しかし、新たに「足乳根」という漢字がつけられて、「ふっくらした乳」の意味になり、やがて両者の意味が薄れていって、意味のない単なる枕詞と言われるようになったので、その歌によって捉え方は異なるのではないか、と。
だからどの解釈も正解でしょう。


そう言えば、私自身も子どもの頃の母のイメージはふくよかな乳、そして晩年は垂れた乳でした。
そのいずれも、あたたかさを感じこそすれ、卑わいさなどあろうはずもない。
なにせ、「たらちね」は「母」にかかる枕詞で、「女」にかかるものではないのだから。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

袖触れ合うも他生の縁

2016.04.06日

「袖触れ合うも他生の縁」は仏教の教えで、「他生」とは仏教の思想である輪廻で「前世」、すなわち「今の世」に対して、この世に生まれてくる前の世界を指しています。
よく「多少の縁」と勘違いしている人がいますが、そうではありません。
上のことわざの意味は、
「袖が触れ合うようなちょっとしたことも、前世からの深い因縁によって起こるものである」
ということです。


キリスト教には輪廻の思想はありません。キリスト教では神の摂理、すなわち「神の深いご愛と知恵の中で立てられたご計画によってすべては最善に導かれる」といいます。


10年ほど前のことになりますが、送迎バスを塾の前の道路に停めて教室にいたとき、外で「ドーン!」という大きな音がしました。
「あっ、また事故だ」。
どういうわけか、教室の前ではこれまで何度も自動車同士の事故、自動車と自転車やバイク、歩行者の事故などが起こっています。
しばらくすると、以前アカデミーに来ていた人が教室に来て、
「先生、アカデミーのバスがよその車にぶつけられましたよ!」
と言ってきました。
びっくりして外に出てみると、バスの後部に乗用車がめり込んでいます。
幸い、運転していた人に怪我はなく、バスには誰も乗っていなかったので、ホッとしました。


さて、バスの修理の話になったとき、相手の方の保険会社の担当者が、どうか自分の知り合いの修理工場で修理をやらせてください、としきりに頼みました。
私はこれまでずっとディーラーで修理してもらっていたので、このときもディーラーでと思っていたので、あまり気は進まなかったのですが、「どうしても」と言われるのでその工場で修理してもらうことにしました。


ところがなんと、それ以来この10年間、車検も修理、整備も、タイヤ交換も、すべてこの修理工場、Tボディーでやってもらっているのです。それも3台の送迎バスと乗用車の5台全部を。
Tさんとはいつの間にかすっかり親しくなり、その後何度かジャズのライブショーや食事に招待していただいたりしています。
つい数日前も、送迎バス1台の調子がおかしくなり、電話したところ翌日一番に来て、すぐに修理してくださったのですが、このとき同時に他にも悪いところが2か所見つかり、一緒に直していただきました。


「袖触れ合うも他生の縁」は仏教用語ですが、キリスト教式に言うならば、神様のご計画のうちにTさんと巡り会うことになっていたということです。


皆さんもきっとそうだと思いますが、私の場合、妻との出会いもいくつもの偶然が重なってたまたま出会った、と普通の人だったら言うかもしれません。しかし、これは赤い「糸」ならぬ神の「意図」によって出会ったと言うほかありません。そして、私たちの間に生まれてきた3人の子どものことを思うとき、とくにそう感じます。
そのように考えてみると、人と人との出会いは、場所や時だけでなく、すべての状況がぴったり合わなければ起こり得ないことで、やはり背後で神の手が働いていたと言わざるを得ません。
これをすべて「偶然」と呼ぶほうが、よほど大きな信仰がいります。


有名な心理学者ユングは、この世の中のことはすべてがつながっていて、意味のない偶然はない、とまで言っています。
「他生の縁」どころか、永遠から永遠に、意味をもってつながっている、しかもただのつながりではなく、すべては私たちの最善のためにつながっているのです。ちょうど数日前の記事、「ホンマ、びっくりぽんや!」に書いたとおりです。
このように考えると、人生は俄然面白くなってきます。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

コミットメント

2016.04.05日

先日来、このブログでディズニーランドの話や「仕事の価値」の中のレジ打ちの女性の話などをいくつかシェアしてきました。
これらの話が私たちの感動を呼ぶのはなぜでしょう。
スタッフのお客様に対するサービス精神もそのとおりですが、突き詰めて言うと、自分の仕事に対する「コミットメント」です。


コミットメント?
日本ではあまり聞きなれない言葉で、知らない人のほうが多いのではないかと思います。
英語の "commitment" は、日本語には訳しにくい言葉です。
英和辞典に載っている訳語を一部挙げると、
「委託、委任、公約、誓約、婚約、義務、責務、責任、かかわり合い、参加、犯行、拘留、投獄...」
これではさっぱりわかりませんよね。
ぴったりした日本語がないので、日本でも「コミットメント」とそのままカタカナ語を使っているのです。


それでは、この「コミットメント」とは何なのでしょう。
ひと言で言うと、「何かに自分自身を捧げる」ことです。
「捧げる」と言うとき、それは中途半端なやり方ではなく、「徹底的に」「心底から」「命がけで」「全身全霊」という捧げ方です。「献身」「全力投球」と言い換えることもできます。


身近なところで、勉強、部活、スポーツ、友人関係、受験、アルバイト、就職、仕事、職場での人間関係、事業、結婚、夫婦関係、子育て、親戚付き合いなどに当てはめてみましょう。
どうですか?
イメージできますか?
学生であれば、「勉強、部活、スポーツ、友人関係、受験、アルバイト、就職」に、社会人ならば「仕事、職場での人間関係、事業、結婚、夫婦関係、子育て、親戚付き合い」などに、自分自身を徹底的に捧げる、命がけで捧げることをイメージしてください。
これで成功しないほうが不思議だとは思いませんか?
逆に、「コミット」(英語の動詞は "commit")して失敗することなど考えられません。


どの世界においても成功する人の割合がほんの数パーセントしかないのは、みんな中途半端で徹底的に「コミット」していないからです。
成功している人はみんなそれぞれの分野で「コミット」しています。
プロのスポーツ選手しかり、音楽家、芸術家、政治家、学者、医者などを見ればよくわかります。
そのほか、大工さんや左官屋さん、ペンキ屋さん、豆腐屋さん、パン屋さんなどを見ても、成功している人はみんな自分の仕事に「コミット」しています。
夫婦関係がうまくいっているカップルは、お互いに「コミット」しています。


Oさんは、将来科学者になるつもりで大学では宇宙地球科学を専攻しました。
ところが大学卒業後、ひょんなことからビジネスの世界に入りました。
何をやってもうまくいかず、貧乏と不幸のどん底で毎日あえいでいました。
いろいろなことを勉強していく中で、Oさんは日本ではまだあまり知られていなかった「ある考え方」に出会います。
彼は直感的に「これだ!」と感じ、これに賭け