学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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日常性の中に潜む非日常性

2017.05.14日

今、NHKでやっている朝ドラ『ひよっこ』を観ていて教えらえることのひとつ、それは「日常性の中に潜む非日常性」です。


主人公を始めとする登場人物の周囲で起こる出来事は、みんな日常性の中に潜む非日常性です。
このドラマの作りがあまりにも丁寧すぎて、ストーリーの展開が遅く感じられ、それが視聴者に退屈を感じさせている面があるかもしれません。
これらはすべて私たちの日常生活の中にも起こっているごくごく当たり前の、小さな出来事ばかりです。ある意味、他人の目から見ればどうでもいいようなことでしょう。
しかし、当人にしてみれば「どうでもいいような」小さな出来事は、とても大きな意味を持つものばかりです。
それは、自分をその立場に置いてみればすぐにわかります。
そのようにこのドラマを観てみると、「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣く」ようになり、面白さが倍増します。
私は毎回、観るたびに喜び、泣いています。


しかし、それだけではありません。
私たちの生活の中には、同時に「非日常性の中に潜む日常性」もたくさんあるのです。
ほかの人には理解してもらえないような辛いことや悲しいこと、苦しいことなど、これらは当人にしてみれば「非日常的」なことです。人はだれでもこのような「非日常的」なことは求めず、波風の立たないごくごく普通の「日常的」な生活を求めるものです。
しかし、忘れてはならないのは、この「非日常的」なことの中にもたくさんの「日常性」が隠されているということです。


去る3日にお会いした、癌で病床に臥せっていらっしゃる鴨下新市さん(「ハゲ増す?」)のことを、あれ以来ずっと一日に何度も覚えてお祈りしています。
新市さんや奥さん、ご家族のことを思うと胸が痛みます。
とつぜん癌を宣告され、かなり危機的な状況にあるということは紛れもなく「非日常的」なことです。しかし、そのような中において静かに流れる時、家族とともに過ごす大切な時間、神様との語らいの時、これらはすべて新市さんにとっては「日常性」です。


私たちも、「非日常性の中に潜む日常性」に気づくとき、そこに平安や喜び、希望を見出すことができます。
それが、真の幸せです。
決して「日常性の中に潜む非日常性」を求めないこと、認めないことではないのです。


「あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである」
(コリント人への第一の手紙 10:13)


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人類の未来は日本にかかっている

2017.02.16日
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ひと昔前(40年も前!)に大流行した「ノストラダムスの予言」ならぬ、「アインシュタインの予言」というのがあります。下にご紹介します。


近代日本の発達ほど、世界を驚かしたものはない。
この驚異的な発展には、他の国と異なる何ものかがなくてはならない。
果たせるかなこの国の、三千年の歴史がそれであった。
この長い歴史を通して、一系の天皇をいただいているということが、今日の日本をあらせしめたのである。
私はこのような尊い国が、世界に一カ所位なくてはならないと考えていた。
なぜならば世界の未来は進むだけ進み、その間幾度か戦いは繰り返されて、最後には戦いに疲れる時がくる。
その時人類はまことの平和を求めて、世界的な盟主を挙げねばならない。
この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、凡ゆる国の歴史を抜き越えた、最も古くまた尊い家柄ではなくてはならぬ。
世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。
それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。
吾々は神に感謝する、吾々に日本という尊い国を、作って置いてくれたことを。


これは、今村均(1886-1968)陸軍大将が1956年に記した『祖国愛』の中に紹介されているもので、その後も何人かの人によって同文が引用されています。
今村大将は、聖書を愛読していた人格者で、自分の部下が一人として戦犯として裁かれることを望まず、自らがすべての責任を負って刑罰を受けました。
マッカーサーは今村のことを、
「日本に来て以来、初めて真の武士道に触れた思いがした」
と述べたそうです。
今日でもインドネシアでは多くの人に語り継がれ愛されている人物で、日本に好感を持っている人が多いのは今村大将によるところが大きいそうです。
誠実な人ですから、嘘を言っているとは思えませんし、どこかで話がこんがらがって上の言葉をアインシュタインの予言として紹介したのかもしれません。
もしも本当にアインシュタインがこのようなことを言っていたらすごいことです。でも、真偽のほどは分かりませんが、どうも別人が言ったことのようです。


実際にアインシュタインが語った予言は次のようなものです。
「第二次世界大戦では原子爆弾が兵器として利用されましたが、第三次世界大戦が起こったら、どのような兵器が使われると思いますか?」
というインタビューを受けたアインシュタインが
「第三次世界大戦についてはわかりませんが、第四次大戦ならわかります。石と棍棒でしょう」
と答えたといいます。第三次世界大戦は全面核戦争になるため、世界文明の崩壊は必至で、人類は原始の時代に戻るということです。


平和主義者、反戦論者だったアインシュタインらしい機知に富んだ警告の「予言」です。
この予言が実現しないためにも、平和国家日本の果たすべき役割はとても大きく、為政者が道を誤らないことを切に祈るものです。と同時に、その為政者を選び、意見を反映させる私たち国民の責任もとても大きいです。


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戦争か平和か

2017.02.15日

我々人類はつねに戦争の危機に直面しています。
世界の指導者に戦争を避け、平和を模索する知恵を求めるものです。


ジョン・F・ケネディ(第35代米国大統領)が残した名言に次のようなものがあります。
When written in Chinese, the word “crisis” is composed of two characters -- one represents danger and one represents opportunity.
中国語で「危機」という言葉を書くと、二つの漢字からできている。ひとつは「危険」でもうひとつは「機会」である。


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最近急に人々の注目を集め始めてきたのは、昨日の記事「最高の暮らしと最低の生活」にも書いた、民族間、宗教間を始め、政治信条や価値観の違いなどから生まれるテロ事件とその報復の連鎖、日本国内でも活発化してきているヘイトスピーチなどです。
これに対する決定的な打開策というのはそう簡単には見つかりません。
しかし、第三次世界大戦を引き起こし得るキューバ危機を土壇場で回避させることに成功したケネディ元大統領の冒頭の言葉は私たちに希望の光を見せてくれます。


私たちはとかく現在の「危険」な状態ばかりに目をやりがちで、ついつい悲観的になってしまいます。
でもケネディが言っているように、この「危機」には同時に「機会」も含まれていることを見落としてはなりません。
悲観的になって諦めてしまったり、あるいは感情的になったりしていると、すぐそばにある「機会」に気づくことさえできません。


ケネディはまた次のようにも言っています。

いかなる犠牲、いかなる危険を伴おうとも、すべての危険の中で最も大きな危険は、何もしないということである。

人類は戦争を絶滅させなければならない。さもないと戦争が人類を絶滅させるだろう。


私たちが現在直面しているこの大きな問題の陰には必ず機会もあります。それを見つけて、地球人が一致団結してこの問題解決に向けて行動を取らなければ、本当に戦争によって私たちは絶滅させられることでしょう。


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周りの人たちがあなたの真似をする

2017.01.11日

"Do something wonderful, people may imitate it."
--Albert Schweitzer - 1875-1965, Theologian
「なにか素敵なことをしなさい。周りの人たちがあなたの真似をするかもしれませんよ」
--アルベルト・シュバイツァー、神学者
(訳 舟田譲二)


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人の行動は伝染するものです。
憎しみを持っていると、連鎖反応で憎しみもどんどん広がっていきます。
個人レベルに限らず、国と国の間でも小さないさかいが起こると、それはどんどん大きくなっていきます。
分裂はますます裂け目を大きくします。
疑惑を持っていると、その疑惑はさらに大きくなり、だれも信じられなくなります。
誤りはさらに大きな誤りを引き起こします。
悪口を言っていると、悪口は周りにどんどん伝染していきます。


しかし、一方で人の良い行いもまた伝染していきます。
私たちの日々の生活を少しでも明るく、幸せにするには、また世界に平和を求めるなら、当然のことながら私たちがまず率先して人のお手本となるような行動を取らなければなりません。
なぜなら、それも伝染していくからです。


シュバイツァーがここで言っている、「なにか素敵なことをしなさい。周りの人たちがあなたの真似をするかもしれませんよ」はまさにこのことを教えています。
私がよく心に思うのは、次の「平和を求める祈り」です。


わたしをあなたの平和の道具としてお使いください。
憎しみのあるところに愛を、
いさかいのあるところにゆるしを、
分裂のあるところに一致を、
疑惑のあるところに信仰を、
誤っているところに真理を、
絶望のあるところに希望を、
闇に光を、
悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください。
慰められるよりは慰めることを、
理解されるよりは理解することを、
愛されるよりは愛することをわたしが求めますように。
わたしたちは与えるから受け、
ゆるすからゆるされ、
自分自身を捨てることによって、永遠の命に生きるからです。


地上において完全な理想郷をつくることは不可能ですが、小さな行い一つひとつの積み重ねが輪を広げていくなら、世界はもっともっと平和になり、住みやすいところになることでしょう。


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批判するより励ませ

2017.01.10日

"Those who are lifting the world upward and onward are those who encourage more than criticize."
--Elizabeth Harrison – 1849-1927, Educator
「世界を向上させ、前進させる人は、批判するよりむしろ励ます人だ」
--エリザベス・ハリソン、教育者
(訳 舟田譲二)


人を批判したり、責めたりするのはいとも簡単なことです。ときには大声で怒鳴ったり叱ったりすることもあるでしょう。
実際のところ、ほとんどの家庭において夫婦・親子・きょうだい間で、また学校では教師間あるいは教師と生徒の間、生徒間で、企業などでは上司・部下の間、同僚の間などで日常茶飯事のように行われていることでしょう。


私が塾の仕事を立ち上げたとき、最初にお世話になった会計事務所で、私たち客の面前で経営者が従業員を大声で怒鳴っているのを目撃しました。
怒鳴られていた人はうちの担当者でしたが、即首になったか、自ら退職したかで、間もなく顔を見なくなりました。
そして、私たちもこのようなところは嫌だと思い、すぐに別の会計事務所に変わりました。


人はみんなそれぞれ器の大きさが違います。自分の思うように動いてはくれませんし、期待外れの状況にときには頭にくるようなこともあるでしょう。
でもこのことは言い換えれば、同時に相手も自分のことを同じように見ている可能性があるということです。


自分が完璧からほど遠く、欠けだらけであるのと同様、この世に完璧な人などどこを探してもいません。
ということは、相手に「ああしろ、こうしろ」と要求したり、「こうあって欲しい」と期待すること自体無意味ですし、このような見方、考え方をしている限り、自分にとっても相手にとってもものすごいストレスとなって、このストレスがお互いの人間関係を壊し、さらには私たちの肉体・精神の健康すらも損ねることになります。


自分が日々接している人や環境を向上させ、前進させたいと思うなら、相手を批判するよりむしろ励ますことです。
ここから創造的な世界が開けていきます。


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1日にたった1時間、たった1分を

2016.11.25日

"A single hour a day, steadily given to the study of some interesting subject, brings unexpected accumulations of knowledge."
--William Ellery Channing - 1780-1842, Preacher
「1日にたった1時間コンスタントに何か興味のあることを学び続けるなら、積もり積もって予期しないような知識になる」
--ウィリアム・エラリー・チャニング、説教者
(訳 舟田譲二)


じつは、「1日に1時間」でなく、「たった1分」でも、毎日同じことを続けるなら、66日、すなわち2か月ほどでどんなことでも習慣になるそうです。
このブログのことで、よくこんなに毎日書き続けることができるものだ、と人から言われますが、これもひとつの習慣です。
そして、続けているうちに習慣になるだけでなく、自分の身となり、それを役立てることもできるようになります。


先般のアメリカ大統領選のこともあって、最近、富と貧困の格差の問題がよく取り上げられます。
先日、テレビを見ていたら「世界で最も裕福な80人の資産額は、合わせて1兆9000億ドルで、これは、下位半数にあたる35億人の資産総額とほぼ同じ」というショッキングなニュースに遭遇しました。
プライベートジェットを飛ばし、5つ星ホテルに滞在し、超一流の料理を楽しみながら、金融市場や経済動向について会話を交わす裕福な人たちがいる一方で、10億を超える人々が、1日1ドル25セント(約130円)未満での生活を続けているといいます。


貧困層の人たちは、これは不公平だと言い、富裕層の人たちは、自分たちは一生懸命勉強し、頭を使って働いてきて得た結果だ、と言います。
確かに両者の主張はまったく的外れとは言えないでしょう。
同時に生まれ育ちなど環境の違いという面もあることは否めません。
また、不公平であることに違いはなく、富の再分配、あるいは共有化など、この問題を是正しなければ世界はますます不安定になっていき、それはやがて第3次世界大戦の引き金となることもあり得るでしょう。


しかし、いくら「不公平だ」と叫んでいたところで状況が改善するわけでなないので、まずは自分にできることを何かひとつでも始めることが必要です。
それが、冒頭の「1日にたった1時間コンスタントに何か興味のあることを学び続ける」ことであり、また「たった1分でも、毎日同じことをし続けて習慣」にし、新しい何かを生み出すことなのです。
そしてこのことは貧困層の人たちだけでなく、富裕層の人たちも同様で、より良い世界を作るために両者が知恵を寄せ集め、また協働しなければならないのではないでしょうか。
現状の上にあぐらをかいて何もしないのが一番いけないと私は思います。


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本物の美しさ

2016.11.13日

"As you grow older, you will discover that you have two hands, one for helping yourself, the other for helping others."
Audrey Hepburn - 1929-1993, Actress
「歳を重ねるにつれて、ふたつある手のうちひとつは自分を助けるため、もうひとつは他人を助けるためにあることがわかるようになる」
オードリー・ヘプバーン
(訳 舟田譲二)


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ヘプバーンといえば『ローマの休日』。
でも、『麗しのサブリナ』も良かったし、『戦争と平和』『パリの恋人』『昼下りの情事』『尼僧物語』『ティファニーで朝食を』『暗くなるまで待って』『おしゃれ泥棒』も『シャレード』も『マイ・フェア・レディ』も、もうどれもこれも全部良かった。大ファンでした。
本当に綺麗でした。
演技もその役になりきってうまかった。
ヘプバーンはアカデミー賞、エミー賞、グラミー賞、トニー賞といくつもの賞を取り、もっとも人気のあった女優のひとりです。


しかし、後半生のほとんどは国際連合児童基金(ユニセフ)での仕事に捧げました。
しばらく銀幕から遠ざかって見なくなったなと思っていたある日、ニュースでユニセフの活動をしている様子を見て、びっくり。
「えっ、これヘプバーン?」


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若いころの可愛さや華やかさはもはや消えてなくなっていましたが、内側から本物の美しさが溢れ出ていました。
これが、冒頭のヘプバーンの言葉、
「歳を重ねるにつれて、ふたつある手のうちひとつは自分を助けるため、もうひとつは他人を助けるためにあることがわかるようになる」
に表われています。
ますます彼女のファンになりました。


人からちやほやされる上辺の美しさは若いころの一時的なもの。
永遠に残るのは、内側から溢れ出る本物の美しさです。


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争いの修復作業

2016.10.28日

昔々、隣同士の農場に住んでいるふたりの兄弟が大きな争いごとに陥ってしまいました。これまで何の問題もなく、必要に応じてそのときどきお互いに機械や物を貸し合ったり、仕事を手伝い合ったりしてきたのですが、この40年で初めての大きな兄弟げんかになりました。


これまでの長い間の協力関係がいっぺんに壊れてしまいました。ほんの些細な誤解から始まったのですが、やがてそれは大きな問題に発展し、お互いに相手をひどい言葉でののしり合い、ついには何週間も口を利かなくなってしまいました。


ある日の朝、ジョンの家のドアに「トン、トン」とノックの音がしました。ドアを開けると見知らぬ男が大工道具の箱を持って立っています。
「2〜3日でできる仕事を探しているのですが」
とその男が言いました。
「ひょっとしたらその辺で、何か私にできるような小さな仕事はありませんか?」


「ああ、あるとも」と兄のジョンが答えました。
「お前さんにぴったりの仕事がある。あの川の向こう側の農場を見てみろ。あれはうちの隣の農場で、実は弟がやっているんだ。先週まで向こうとうちの間には牧草地があったんだが、弟のやつが小川の土手にブルドーザーを入れやがって、今では間に大きな淵ができてしまった。やつは俺に嫌がらせをしたつもりでいるんだろうが、俺はやつに一杯食わせてやろうと思ってる。あそこの小屋の横に積み上げてある乾燥させた木材が見えるだろう。あれで2メートル半ほどの高さの柵を作ってもらいたいんだ。やつの農場を見なくて済むように。少なくともあいつの頭を冷やすことになるだろう」


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大工は答えました。
「状況はわかりました。釘と穴堀機を用意してください。そうしたらきっとあなたのお気に召すような仕事ができることと思います」


ジョンは大工がすぐに仕事に取りかかれるよう、町へ行って材料や道具を準備すると、一日出かけました。
大工は寸法を測ったり、のこぎりで切ったり、釘で打ちつけたりして一日中一生懸命働きました。
ジョンは戻ってくると、びっくりして目を大きく見開き、口をあんぐり開けました。


柵などどこにもありません。あったのは橋。川の一方からもう一方にかかっている橋!手すりのついた立派な橋です。
そして向こうから橋を渡ってくるのは、隣の農場に住む弟。手を広げてやってきます。


「俺があんなにひどいことを言ったり、したりしたにもかかわらず、こんな橋を作るとは兄さんは大したやつだ」


ふたりの兄弟は初め橋の両端に立ち、次には真ん中で会い、お互いの手を取り合いました。ふたりは振り返って、道具箱を持ち上げようとしている大工の方を見ました。
「ちょっと待ってくれ。あと数日ここにいてくれ。ほかにももっとたくさん仕事があるから」と兄のジョンが言いました。


大工は言いました。
「ここにいたいのは山々なんですが、もっとたくさんの橋を造らなければなりませんので」
作者不詳

(訳:舟田譲二)


現代の「万里の長城」を造ると主張している御仁がいらっしゃる中で、心温まる素晴らしいお話です。
私たちも高い塀を建てるのではなく、橋をかける者になりたいものです。


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人間はみんな自己チュー

2016.10.05日

私は使ったことがありませんが、自己中心のことを「自己チュー」と言うようです。
「誰々は自己チューだ」という表現をいつ頃からかよく耳にするようになりました。
考えてみたら私自身もそうですし、人間なんてみんな自己チューです。誰だって自分が一番可愛いですし、美味しいものも食べたければ、いい家にも住みたい、いい暮らしをしたい、痛い思いはしたくない、死にたくない…、当たり前のことです。
また自分の立場が危うくなると自分を守るために嘘もつけば、人を責めもする。最近テレビなどでよく見るシーンです。
憎い人には直接暴力を振るわなくても言葉などで傷つけもする。
考えてみれば、人間関係のもつれや、国家間の戦争などすべてこの自己チューから起こっています。


ふと「自己チュー」の反対は何だろうと考えてみました。
よく「自己紹介」をもじって「他己紹介」などと言ったりしますので、「自己」の反対は「他己」?
そしたら「自己チュー」の反対は「他己チュー」、すなわち「他人中心」という意味になります。
周りを見回して、こんなお人好しの他己チューの人なんかいますか?
いるとしたら、「チューチュータコかいな」のタコぐらいでしょう。でも、そのタコすらやはり自分が可愛い自己チューです。


もともと「自己」は「己れ自ら」ということですから、「他人自ら」というのは矛盾していて、「他己」というのは誰かが勝手に言い出した言葉で、いわゆる造語です。
ですから「他己チュー」という言葉は存在しません。そもそも人間みんな自己チューなのですから、他己チューという概念も存在しません。


でも「利己主義」に対して「利他主義」もしくは「利他精神」という概念は存在します。
これについては「利他の心」「ビジネスのエッセンス」の中でも触れましたが、たとえ自己チューな私たちでも「利他精神」は日常生活の中で実践できることです。


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86,400秒分の1秒

2016.09.04日

"God gave you a gift of 86,400 seconds today. Have you used one to say 'thank you?'"
-- William Arthur Ward
「神様は今日、あなたに86,400秒という贈り物をくださいました。あなたはそのうちの1秒を使って『ありがとう』と言いましたか?」
-- ウィリアム・アーサー・ウォード
(訳:舟田譲二)


ウィリアム・アーサー・ウォード(1921-1994)はアメリカの教育学者、牧師、教師。
アメリカでインスピレーションナルな名言でもっともよく引用される人物の一人です。


よく引用される彼の有名な言葉に次のものがあります。
The mediocre teacher tells.
The good teacher explains.
The superior teacher demonstrates.
The great teacher inspires.
平凡な教師はただしゃべる。
良い教師は解説する。
さらに優れた教師は自らやってみせる。
しかし、偉大なる教師は生徒の心に火をつける。
(訳:舟田譲二)


これは本当に教育者として鏡にすべき名言中の名言です。
以前、山本五十六の有名な言葉をご紹介しましたが、これに通じる教えです(「ほめてやらねば 人は動かじ」)。


さて、今日の冒頭の彼の言葉
「神様は今日、あなたに86,400秒という贈り物をくださいました。あなたはそのうちの1秒を使って『ありがとう』と言いましたか?」
は、本当に耳に痛いです。


去る2月に「ありがとう」と「サンキュー」の反対語という記事を書きました。
「感謝する心」の反対は「当たり前と思う心」です。
私たちは、毎日毎日、数えきれないほどたくさんの素晴らしいプレゼントを神様からいただきながら、無意識のうちにそれを当たり前のものと思い、感謝するのを忘れてしまいがちです。
そのプレゼントの中でも最高のものは「時」です。だれでも公平に1日に86,400秒という時間を与えられています。
生きていること、時間が与えられていること、そんなことは当たり前だと思っているのです。
しかし、ウィリアム・ウォードは言っています。「86,400秒のうちの1秒でも使って『ありがとう』と言いましたか?」と。


人から何をしてもらっても当たり前。神様から数えきれないほどの恵みを毎日いただいても当たり前。
これは本当に私たちが陥りやすい罠で、なんでもかんでも「当たり前」と思っていると、「感謝する心」、喜びが生まれてきません。


まずは、86,400秒のうちの1秒を使って神様に「ありがとう」「感謝します」と言いましょう。
そして、次に、家族や友人など私たちの身の周りの人たちに同じく「ありがとう」と言おうではありませんか。
私たちが今日の一日生かされていることは、まさに神様のお陰、身の周りの人たちのお陰です。
みんながこのような思いで一日を過ごすなら、争いは止み、家族も、世の中も本当に平和になるでしょう。


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他人の幸運を喜ぶ

2016.08.23日

"One of the sanest, surest, and most generous joys of life comes from being happy over the good fortune of others."
--Archibald Rutledge – 1883-1973, Poet
「人生において、もっとも健全、確実、かつ豊かな喜びのひとつは、他人の幸運を喜ぶところから来るものだ」
--アーチボールド・ラトリッジ、詩人
(訳:舟田 譲二)


アーチボールド・ラトリッジ(1883-1973)はアメリカのサウスカロライナ州生まれの教育者、詩人、作家。
著書も詩も、そして名言も数多く残しています。


今日の冒頭の名言、
「人生において、もっとも健全、確実、かつ豊かな喜びのひとつは、他人の幸運を喜ぶところから来るものだ」
は今日の社会に欠けているとても大切な教えのひとつのように思われます。
競争社会においては、人を蹴落としてでも自分が出世する、人よりも豊かになる、地位や名誉を築く等々に価値観が置かれがちで、いかにこれらを得るかであくせく働いているように見えてなりません。


このような社会においては、他人の成功や幸福を望むよりは、他人の不幸を望む人が多いものです。競合他社や商売敵が倒産すると喜ぶ、なんてあまりにもみみっちい、寂しいことじゃないですか。
このようなことをやっていて幸福になれるわけありません。
他人の幸運を、幸せを喜ぶこと、これほど安上がりで、しかも心身にとって健康的で、さらに自らに幸福をもたらすものはないでしょう。
逆に、他人に嫉妬したり、他人の不幸を願うことは、骨の腐りであり、心身の不健康につながり、結果自分の不幸につながります。


そして、これらは国と国との関係にも当てはまります。
敵対国と言わないまでも、政治・経済上の競争国を敵視して、その国の失敗や不幸を喜ぶなんていうのはあまりにも了見が狭いです。
もっと豊かな心の持ち主になりたいものです。これが、個人を、社会を、国を、世界を、全人類を幸せにします。
そもそも私たちはみんな兄弟姉妹ではありませんか。


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知的障害者福祉施設で起きた事件に思う

2016.07.29日

"In helping others, we shall help ourselves, for whatever good we give out completes the circle and comes back to us."
--Flora Edwards - Author
「他の人を助けることによって、私たちは自分自身を助けることになります。というのは、たとえどのような善意を施しても、それは回り回って自分に戻ってくるからです」
--フローラ・エドワーズ、作家
(訳:舟田 譲二)


去る7月26日、神奈川県相模原市緑区の知的障がい者福祉施設「津久井やまゆり園」で19人が刺殺され、26人が重軽傷を負うという痛ましい事件が起きました。


「知的障がい者はこの世にいない方が世のためだ」という、独りよがりの異常な妄想によって引き起こされた事件のようで、世界を震撼させました。
これは、最近外国で頻繁に起きているテロ事件と本質においてまったく変わらず、独善的な行為で、世界平和などたとえどんなに立派な主義・主張を唱えても決して許さるべき行為ではありません。


世間ではよく次のように言われるのを耳にします。
「人にしてほしくないことはしてはいけない」
確かに、上の事件の犯人にしても、またテロリストたちにしても、同じことを自分にされたら嫌なはずです。
憎しみや暴力行為は、またそれを引き起こすという負の連鎖を生むだけです。


しかし、本来「人にしてほしくないことをしてはいけない」ではなく、
「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ」
(マタイによる福音書 7:12)
であるべきです。
憎しみや復讐に打ち勝つ唯一の道は、自ら進んで人に善をなすことです。
これによって正の連鎖が始まり、自分のところにも善が戻ってくるのです。


「一寸の虫にも五分の魂」で、蚊や蟻ですら自分の命に危険が迫ると必死で逃れようとしますし、死ぬ時には苦しみます。
ましてや人間においておやで、自分の価値観で他人の生命を軽んじたり、ましてやそれを奪うことなど絶対に許されません。
亡くなられた方の恐怖、苦しみ、またそのご家族の方の悲しみ、辛さを思うと心が張り裂けそうになります。


教育の原点は、まさに人の生命の尊厳を教えることにあるのではないでしょうか。
単に勉強ができる、テストでいい点が取れる、いい学校に進学する、などが教育の目的ではないはずです。
オウム事件の時もそうでしたが、テロリストたちは概して高学歴の人たちが多いようです。


学問よりも学歴よりも何よりも、人の生命を大切にすること、そしてその中には当然のことながら自分の生命も含まれるということを家庭で、そして初等教育で徹底して教えるべきだと思います。


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怒りの原因

2016.06.09日

「怒り」はだれの心にもあり、コントロールするのが難しいものです。
あるときには、人に対して、あるいは物に対して、はたまた国や異なった考え方・価値観などに対して、そして自分に対してさえも怒ることがあります。
この御しにくい怒りはどこから来るのでしょうか?
そして、怒りをうまくコントロールするにはどうしたらいいのでしょうか?


私はこの問題をずっと長い間考えてきました。
なぜなら、この世の問題のほとんどは、「怒り」によって引き起こされているからです。
傷害事件や殺人事件など、原因の多くは「怒り」です。
国家間の戦争も、テロも、宗教間の対立も、相手に対する怒りが原因であることが多いです。


それでは、「怒り」の原因は何か。
これがわかり、うまくコントロールできるようになると、多くの問題を未然に防ぐことができます。
私が到達した答え、「怒り」の原因をひとことで言うと、「相手を自分の思うように動かしたい、コントロールしたい」という考えです。
たとえ夫婦間や親子間など近しい関係にあっても、人は自分の期待どおりには動いてくれないものです。
なぜなら、人はみんなそれぞれ自分なりの価値観を持っていて、それに従って行動し、生きているからです。
自分だって、人からなにかを強制されることは嫌でしょうし、実際のところ人に言われるとおりには動きません。ならば、人が自分の思いどおりに動いてくれないのは当たり前のことです。


ところが、他人が自分の思いどおりに行動してくれないと、人は腹立ち、怒るのです。
つい先日、北海道七飯町の山林で父親の仕置きで山林で置き去りにされた少年のケース(「月に代わって、おしおきよ!」)も、ことの発端は子どもが自分の思いどおりにならないことに対する父親の怒りです。


ここに怒りの対処法の答えが隠されています。
自分だって人にああしろ、こうしろ、と言われるのが嫌なのですから、人だって同じ。たとえ子どもでも親の思いどおりにいかなくて当たり前。生徒も教師の言いなりにはなりませんし、部下も上司の思うようには動いてくれません。
そこで腹を立てるのではなく、相手の立場に自分を置いてみる。そうすることによって同じ問題でも違う面が見えてきます。
もしも怒りがムラムラと湧き上がってきたら、その場でそれを爆発させてしまわず、まずはひと呼吸置くことです。ほんのちょっと時間を置くだけでも、血が上っている頭も冷めてきます。
これは怒る価値があるかどうか、と客観的に判断します。多くの場合、怒ることによって得る結果は、相手だけでなく、自分にとっても苦をもたらし、損になることがわかります。


それでも人間は感情を持った動物ですから、いつでも冷静に対処できるとは限りません。
怒ることもあるでしょう。
そのようなときには、次の聖書の言葉を思い出すといいです。
「怒ることがあっても、罪を犯してはならない。憤ったままで、日が暮れるようであってはならない」
(エペソ人への手紙 4:26)


怒りそのものは罪ではありません。「義憤」というものもあり、神様ご自身も悪に対しては非常に強い怒りを持っていらっしゃいます。
しかし、それを爆発させて相手を傷つけるようなことになると、それは罪です。
そして、もし怒ってしまった場合には、日が暮れる前に、すなわちその日のうちに詫びて、関係を修復することです。
これができれば、家庭は円満になり、親子・友人間、また国家間の争いもなくなるのですが...


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そうこなくっちゃ!

2016.06.08日

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飛行機の機中でのこと。
「ちょっとスチュワーデスさん!席を変えてちょうだい」
ヨハネスブルグ発の混んだ飛行機の中で、白人中年女性の乗客が叫びました。
「何かありましたか?」
「あなたわからないの?黒人なんかの隣には座りたくないのよ!  こんな人迷惑だわ」
女性の隣では、黒人男性が憮然とした顔で座っています。
「お客様、少々お待ち下さいませ。空いている席を確認してきます」
乗務員は足早に立ち去りました。
周囲の乗客はざわざわと不穏な空気に覆われました。
しばらくして乗務員が戻って来ました。
いずれの航空会社の乗務員も、接客については、 厳しい教育を受けてきています。
その乗務員がどのようにこの乗客に応対するのか、 機内の乗客全員がかたずを飲んで、経緯を見守っていました。


乗務員は件(くだん)の乗客にこう言いました。
「お待たせしました。ファーストクラスにひとつ空きがありますので、どうぞそちらへ」
周囲の乗客のため息がもれました。
しかし、
「本来ならこういうことはできないんですが、隣の席がこんな人では確かに迷惑でしょうと、機長が特別に許可しました。さ、どうぞ」
ファーストクラスに招かれたのは、黒人男性の方でした。
周囲の乗客は、ホッとした表情で、 にこやかに黒人男性を見送りました。

(「おっちゃん、おばちゃんのゆるゆる倶楽部」より)


爽快!
そうこなくっちゃ!
結末を読んでホッとしました。
"I have a dream!"というあの偉大な演説をしたマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師も、半世紀を経た今日、まだまだ一部とは言え夢が実現されつつあることを知って、きっと天国で喜んでいらっしゃることでしょう。


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対「感染症」日本の貢献 Part2

2016.01.06日

昨日の記事、「対「感染症」日本の貢献 Part1」の続きです。


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経済的自立へ
 究極のゴールは、途上国の国々が経済的に自立することだ。だが、多くの国ではまだエイズやマラリアなどの感染症が流行し、死は日常にある。人々は貧困から抜け出せないでいる。私たちはまだ投資する必要がある。すべての命は平等なのだから。


発展支える 若い人材育成
 今から300年ほど前、平均寿命は現代の半分以下で、3分の1の子どもが5歳未満で亡くなっていた。電気や交通など多くの発明のおかげで、日本や米国では当たり前のように暖房やエアコンを使っている。夜でも読書ができ、水をくむために遠くに行く必要もない。衛生環境も向上し、健康な生活を送ることができる。
 科学技術の発展はさらに加速している。日本がリードする分野の一つはiPS細胞(人工多能性幹細胞)だ。様々な健康問題への応用が期待できる。
 日本が今後も影響力を維持するためには、科学技術、特に医療、エネルギー、材料、情報技術(IT)の分野で優秀な学生を育てることが重要だ。十分に教えるだけでなく、興味の追求を楽しめる環境にも配慮する。政府の研究開発への投資、大学の役割――。他の国同様、科学技術政策がさらに有効に機能するよう、常に見直していくことも必要だ。国際的な科学コミュニティーに参加できるよう、英語力の向上も課題になる。
 そして、維持した国力でグローバルヘルスの分野でも力を発揮してほしい。日本政府はジュネーブに本部を置く国際民間財団「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」(グローバルファンド)に多額の資金を拠出し続けている。今年5月に日本で開かれる主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)でも感染症対策など保健分野を優先議題として取り上げると聞いている。途上国向けの医薬品開発に投資する官民連携組織もある。日本の製薬会社が熱帯病の治療薬を無償供与している例もある。こうした官民の貢献を高く評価している。
 国民一人ひとりには、地球規模で何が起きているかにも目を向けてほしい。日本は地域の支え合いの充実した国だ。遠い途上国での出来事を身近に感じられれば、助けたいという強い感情が起きるはずだ。個人の寄付や政府の援助がいかに途上国を変えつつあるか、発信していきたい。
 日本は今、興味深い時期にさしかかっていると思う。日本は多くの強みを持っている。だが、今後、科学技術を含め、グローバルな課題に関わる若者をどう育てていくのか。中国の台頭が日米にどう影響するのか。我々は中国の発展から何を学び、どんな協力関係を構築するのか。世界が日本のリーダーシップに期待している。


「受験勉強して東大に合格した」「一流会社に就職した」「家を建てた」「高級車を買った」云々よりも、もっともっと大切なこと。
それは、たとえ目立たなくても、上のような地球規模で考えた、国際貢献できるような人物になること。
また、教育の使命は、有名大学への進学実績ではなく、このような人材を育てることにあるのではないでしょうか。


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対「感染症」日本の貢献 Part1

2016.01.05日
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以下は1月3日付 読売新聞2面
[明日を語る2016]<1>命救う 技術革新 対「感染症」日本の貢献...ビル・ゲイツ氏
からの引用です。
国際社会におけるこれからの日本の貢献と、それに対するビル・ゲイツ氏の以下の提唱に賛同します。


大村博士の功績
 大村智博士が2015年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。彼の仕事が広く世に知られるようになったことは、とても素晴らしいことだ。博士の発見により開発された抗寄生虫薬「イベルメクチン」は熱帯で流行する多くの寄生虫病に威力を発揮する。特に、失明につながるオンコセルカ症(河川盲目症)はこの薬によって激減した。
 私と妻が設立した「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」は、この薬がアフリカの感染国に届くよう援助をしている。薬は製薬会社から無償提供されており、30年までにはこの感染症を地球上からなくすことができると思っている。
 ノーベル賞受賞後、大村博士と直接話したが、今もマラリアに関する仕事を続けているという。発展途上国を苦しめる感染症はまだ多く残されている。話を聞いて大変うれしく思った。


医療以外でも
 日本が世界に発信する科学技術のイノベーション(革新)は医療分野以外でも途上国の人々の暮らしに大きく役立つ可能性を秘めている。二酸化炭素を排出しない、安価な新エネルギーの開発は途上国に大きな問題を引き起こす気候変動への影響を軽減するだろう。
 私は若い頃、世界を塗りかえていくソフトウェアの仕事に没頭してきた。今、私が魅せられているのは、途上国の人々の健康や生活を変える、科学技術のイノベーションだ。
 例えば人工衛星から送られる高解像度の地上画像を使えば、地図にも載っていない集落を見つけることができる。手足のまひを起こすポリオのワクチン配布では、私たちはこの画像を使い、津々浦々の集落に配ることに成功した。1988年に国際的なポリオキャンペーンが始まった時、100か国以上あった感染国は、ワクチンの浸透で今や2か国だけに抑えられた。


携帯活用支援
 注目しているのが途上国で普及が進む携帯電話だ。アフリカでは食料自給率の向上が大きな課題となっているが、携帯で耕作地の写真を撮り専門家に送ることで、情報が届きにくい農民もきめ細かい農業指導が受けられる可能性がある。
 一部の国では携帯電話を使って口座を開設する「モバイル・バンキング」も始まった。人々は携帯で貯金をしたり、ものを買ったりしている。財団はこの普及の後押しも重要なテーマとして力を入れている。
 1990年には世界で10%の子どもが5歳未満で死亡していた。ワクチンの配布などで5%に半減した。科学技術を正しく活用し、途上国の人々に届けることで、今後15年でさらに半減したいと思っている。栄養状態も改善し、多くの貧しい人々がモバイル・バンキングで資産を管理し、生活を劇的に向上できるだろう。課題は山積しているが、状況は年々改善している。


この項、明日に続きます。


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相利共生

2015.12.30日

今から25年ぐらい前のこと。
うちの塾の小中学生の生徒たち十数名をアメリカへホームステイに引率して行きました。
私がお世話になった家では夕食後の歓談のとき、なんの話からだったか、ご主人が日本の捕鯨を強く非難し始めました。
私はそれに対して、捕鯨の伝統的な意味や、文化、クジラの食用や骨、油の活用法などさまざまなことを話しましたが一切受け付けず、クジラは魚ではなく哺乳動物だから殺すのはいけないと言います。
それを言うなら、私たちはみんな牛や豚を殺して食べているではないか、これらも哺乳動物だ、と返したところ、牛豚は食べてもいいが、クジラはだめだの一点張り。
さらに、この人は狩猟が趣味で、冬になるとライフル銃を持って山に入り、シカや熊、ウサギなどを打ち殺し、その肉を食べ、その取った動物の頭をはく製にして壁に飾っていたので、私はこれこそ残酷だ、と言ったところ、もうこの話はこれで終わりだ、と言って打ち切り、気まずい雰囲気で夜が終わりました。


去る9月に「人間は万物の霊長か」という記事を書きました。
我々人間に限らず、この地上の生物はみな、ほかの動植物を食料にして生存しています。人間だけが万物の霊長だから、というわけではありません。


ここで、最近よく言われる「共生」という概念が大切になってきます。
「共生」とは、文字どおり「共に生きること」です。
Wikipediaには「複数種の生物が相互関係を持ちながら同所的に生活する現象」と定義されています。


共生と言うとき、
相利共生(そうり) … 双方の生物種がこの関係で利益を得る場合
片利共生(へんり) … 片方のみが利益を得る場合
片害共生(へんがい) … 片方のみが害を被る場合
寄生(きせい) … 片方のみが利益を得、相手方が害を被る場合
などをよく挙げますが、私は、表面的には上のように利害関係があるように見えるものも、
「すべては互いに益し合って生きている」
のではないかと思うのです。


この世を人間中心に考えると、人間に益となる動植物等のケースは上の「片利共生」になり、動植物等を中心に考えると「片害共生」で犠牲者となります。
人が愛(め)でる草花や、食用にする動植物等は、人間にとってはありがたいものであっても、彼らにとってはいわば被害者になるのですから。


しかし、視点を変えると、じつは一見被害者に見える彼らも、人に益することによってその与えられた使命を果たし、喜んでいる(?)のではないでしょうか?
これを人間のエゴだとか、傲慢と言う人もいます。
しかし、そのように言う人でも、現実にはこの世に存在するさまざまなものを食用にし、あるいは趣味や観賞用として利用しています。これは矛盾です。


さて、この共生という考えは、さらにはこの地球上の人間同士の関係においても言えます。
一昨日、日本と韓国が「慰安婦問題」で歴史的な最終合意に至りました。
これからは未来志向で、両国間の平和と繁栄を目指していかなければなりません。今までのように、両者が自分の立場ばかり主張し、一歩も譲らない姿勢でいては、お互いに益することなどひとつもありません。
そして、このような問題は、今も昔も地球上至るところで、国家・民族間の衝突や戦争に、さらにはそれが尾を引いてお互いに憎しみ合い、復讐し合うという負の連鎖に陥り、テロに発展したり、テロの掃討という報復合戦になっています。
これほど愚かなことはありません。
ここでこそ、人類、人間という広い見地から、真の「相利共生」を目指さない限り、人類は必ず滅亡の道をたどることになるでしょう。


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新超ひも理論

2015.11.23日

昨日の記事「音楽に見られるひも理論」に書いた、NCM2のクリスマス・コンサートは本当に素晴らしいもので、魂を揺さぶられました。
記事の中でご紹介した「輝く日を仰ぐとき」が、午前の礼拝に続き、コンサートでもまた賛美されました。
また、40年近く前、導かれた教会の祈祷会でよく賛美していた「歌いつつ歩まん」が歌われ、当時大変お世話になった日系1世のおじいちゃん、おばあちゃんたちのことを思い出し、胸がいっぱいになり涙が止まりませんでした。
その昔、長男の直人もこのNCM2のメンバーとしてご一緒に賛美させていただいていたのですが、「直人くんのお父さんですか?」と何人もの方々から声をかけられたり、ブログを読んでいますと言ってくださる方など、このコンサートでも「ひも」でつながっている人があまりにも多くて驚かされました。


ncm2.JPG


さて、これまで8回にわたって「勉強のひも」について書いてきました。


「勉強のひも」と書きましたが、実はこれは「勉強」に限らず、人の人生や人間関係や人の好みや趣味を始め、その他諸科学や芸術、地球や宇宙の諸現象、引いてはすべての事物の成り立ちや起源にも通じることで、私はこれを「ひも理論」と名づけようと思ったのですが、ネットで調べてみると既にその名称も、また「超ひも理論」も物理学の世界で存在していることを知り、敢えて「新超ひも理論」と名づけたのです。


ひも理論については、Wikipediaが的を射た説明していますので下に引用させていただきます。
超弦理論(ちょうげんりろん、英: superstring theory)は、物理学の理論、仮説の1つ。物質の基本的単位を、大きさが無限に小さな0次元の点粒子ではなく、1次元の拡がりをもつ弦であると考える弦理論に、超対称性という考えを加え、拡張したもの。超ひも理論、スーパーストリング理論とも呼ばれる。
宇宙の姿やその誕生のメカニズムを解き明かし、同時に原子、素粒子、クォークといった微小な物のさらにその先の世界を説明する理論の候補として、世界の先端物理学で活発に研究されている理論である。この理論は現在、理論的な矛盾を除去することには成功しているが、なお不完全な点を指摘する専門家もおり、また実験により検証することが困難であろうとみなされているため、物理学の定説となるまでには至っていない。


ちょっと読んだだけでは???という感じかもしれませんが、簡単に言うと、この宇宙の中のすべての成り立ちは超微粒子ではなく、超微粒「ひも」でできていて、すべてがつながっているということです。


このブログにもこれまで何度か量子物理学のことを取り上げてきましたが、私自身は物理学に関しては全くの素人、門外漢ですが、直感的に非常に納得がいきますし、またとても心そそられる分野です。


この難解な「ひも理論」を、私たちの日常生活レベルで語っているのが、私の「新超ひも理論」です。
もしこの広大な宇宙が点のようなバラバラの粒子の集まりで成り立っているのでなく、ひものようにつながりがあるとするならば、ましてや私たちのような極めて小さな存在で、有限な人間ならなおさらのこと、様々な点のつながりであるひものようなもので成り立っているということは容易に想像がつきます。
また、その方がはるかに私たちを納得させてくれ、人生に対してより深い洞察力が与えられます。


一例を挙げると、夫婦関係や親子関係、友人関係、同僚関係、師弟関係などすべての人間関係に、さらに広げると国家関係にも当てはまります。
言うまでもなく、これらの関係がうまくいくかこじれるか、戦争状態になるかなどは、すべてそれまでの数えきれないほどのお互いの関わり合い方の結果であって、「ある日、突然!」何か特別なことが起こったわけではありません。
これを言い換えると、すべての事象はそのときどきの出来事の積み重ねの結果、つまり何らかの原因があってその結果がある、ということができます。
ということは、現在起こっている出来事自体は変えることはできないが、これから先のことはどんなことでも自分の意志次第でほとんど変えることができると言えます。(『バック・トゥー・ザ・フューチャー 』


つまり、個々バラバラに見えることでも、それぞれの間に存在する目に見えない引力のようなものですべてがつながっているのです。
これが、私の提案する「新超ひも理論」です。


私たちが今、この世に存在しているのは、母親が生み出してくれたお陰です。
しかし、父親も必要でした。
さらに、その父親にも母親にも同様に父親と母親が必要で、とどんどんさかのぼっていくと、当たり前のことですが一度も途切れることなくひものようにつながっていて、結局はみんな同じところにたどりつくことになります。


宇宙がある日突然、意味もなくビッグバンで生まれ、その後自然の流れで今日に至り、その過程で偶然に単細胞の生命が生まれ、それがどんどん進化していった結果、私たちが現在この世に生きているのだとすれば、人生には何の意味もなく、生きる目的もなくなり、「飲めや、食えや」でその日その日を面白おかしく生きていけばいいことになります。
でも、私たちは直感的にそうではないことを知っています。
このように「人生のひも」が見えると見えないでは、人生は180度変わってきます。


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86,400秒分の1秒

2015.09.03日

"God gave you a gift of 86,400 seconds today. Have you used one to say 'thank you?'"
-- William Arthur Ward
「神様は今日、あなたに86,400秒という贈り物をくださいました。あなたはそのうちの1秒を使って『ありがとう』と言いましたか?」
-- ウィリアム・アーサー・ウォード
(訳:舟田譲二)


ウィリアム・アーサー・ウォード(1921-1994)はアメリカの教育学者、牧師、教師。
アメリカでインスピレーションナルな名言でもっともよく引用される人物の一人です。


よく引用される彼の有名な言葉に次のものがあります。
The mediocre teacher tells.
The good teacher explains.
The superior teacher demonstrates.
The great teacher inspires.
平凡な教師はただしゃべる。
良い教師は解説する。
さらに優れた教師は自らやってみせる。
しかし、偉大なる教師は生徒の心に火をつける。
(訳:舟田譲二)


これは本当に教育者として鏡にすべき名言中の名言です。
以前、山本五十六の有名な言葉をご紹介しましたが、これに通じる教えです(「ほめてやらねば 人は動かじ」)。


さて、今日の冒頭の彼の言葉
「神様は今日、あなたに86,400秒という贈り物をくださいました。あなたはそのうちの1秒を使って『ありがとう』と言いましたか?」
は、本当に耳に痛いです。


去る2月に「ありがとう」と「サンキュー」の反対語という記事を書きました。
「感謝する心」の反対は「当たり前と思う心」です。
私たちは、毎日毎日、数えきれないほどたくさんの素晴らしいプレゼントを神様からいただきながら、無意識のうちにそれを当たり前のものと思い、感謝するのを忘れてしまいがちです。
そのプレゼントの中でも最高のものは「時」です。だれでも公平に1日に86,400秒という時間を与えられています。
生きていること、時間が与えられていること、そんなことは当たり前だと思っているのです。
しかし、ウィリアム・ウォードは言っています。「86,400秒のうちの1秒でも使って『ありがとう』と言いましたか?」と。


人から何をしてもらっても当たり前。神様から数えきれないほどの恵みを毎日いただいても当たり前。
これは本当に私たちが陥りやすい罠で、なんでもかんでも「当たり前」と思っていると、「感謝する心」、喜びが生まれてきません。


まずは、86,400秒のうちの1秒を使って神様に「ありがとう」「感謝します」と言いましょう。
そして、次に、家族や友人など私たちの身の周りの人たちに同じく「ありがとう」と言おうではありませんか。
私たちが今日の一日生かされていることは、まさに神様のお陰、身の周りの人たちのお陰です。
みんながこのような思いで一日を過ごすなら、争いは止み、家族も、世の中も本当に平和になるでしょう。


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人類の未来は日本にかかっている

2015.08.29日
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ひと昔前(40年近くも前!)に大流行したノストラダムスの予言ならぬ、「アインシュタインの予言」というのがあります。下にご紹介します。


近代日本の発達ほど、世界を驚かしたものはない。
この驚異的な発展には、他の国と異なる何ものかがなくてはならない。
果たせるかなこの国の、三千年の歴史がそれであった。
この長い歴史を通して、一系の天皇をいただいているということが、今日の日本をあらせしめたのである。
私はこのような尊い国が、世界に一カ所位なくてはならないと考えていた。
なぜならば世界の未来は進むだけ進み、その間幾度か戦いは繰り返されて、最後には戦いに疲れる時がくる。
その時人類はまことの平和を求めて、世界的な盟主を挙げねばならない。
この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、凡ゆる国の歴史を抜き越えた、最も古くまた尊い家柄ではなくてはならぬ。
世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。
それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。
吾々は神に感謝する、吾々に日本という尊い国を、作って置いてくれたことを。


これは、今村均(1886-1968)陸軍大将が1956年に記した『祖国愛』の中に紹介されているもので、その後も何人かの人によって同文が引用されています。
今村大将は、聖書を愛読していた人格者で、自分の部下が一人として戦犯として裁かれることを望まず、自らがすべての責任を負って刑罰を受けました。
マッカーサーは今村のことを、
「日本に来て以来、初めて真の武士道に触れた思いがした」
と述べたそうです。
今日でもインドネシアでは多くの人に語り継がれ愛されている人物で、日本に好感を持っている人が多いのは今村大将によるところが大きいそうです。
誠実な人ですから、嘘を言っているとは思えませんし、どこかで話がこんがらがって上の言葉をアインシュタインの予言として紹介したのかもしれません。
もしも本当にアインシュタインがこのようなことを言っていたらすごいことです。でも、真偽のほどは分かりませんが、どうも別人が言ったことのようです。


実際にアインシュタインが語った予言は次のようなものです。
「第二次世界大戦では原子爆弾が兵器として利用されましたが、第三次世界大戦が起こったら、どのような兵器が使われると思いますか?」
というインタビューを受けたアインシュタインが
「第三次世界大戦についてはわかりませんが、第四次大戦ならわかります。石と棍棒でしょう」
と答えたといいます。第三次世界大戦は全面核戦争になるため、世界文明の崩壊は必至で、人類は原始の時代に戻るということです。


平和主義者、反戦論者だったアインシュタインらしい機知に富んだ警告の「予言」です。
この予言が実現しないためにも、平和国家日本の果たすべき役割はとても大きく、為政者が道を誤らないことを切に祈るものです。と同時に、その為政者を選び、意見を反映させる私たち国民の責任もとても大きいです。


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人間の頭脳の不思議

2015.06.12日

"An amazing thing, the human brain. Capable of understanding incredibly complex and intricate concepts. Yet at times unable to recognize the obvious and simple."
-- Jay Abraham, Marketing Expert
「驚くべきもの、それは人間の頭脳。信じられないような複雑なことや難解な概念を理解することができる。しかし時に、明白で単純なことを認識することができない」
-- ジェイ・エイブラハム、マーケティングのエキスパート
(訳:舟田 譲二)


人間の頭脳は本当にすごいです。
走ることでは絶対にかなわない獣を研究して自動車を産み出し、水中を泳ぐことでかなわない魚を見て舟や潜水艦を作り、鳥のように飛びたいと思ったら飛行機を発明し、さらには今やどんな鳥もかなわない宇宙船を作って宇宙の彼方へ冒険の旅行に、そして火星に移住することも考えるほどにまでなりました。
植物を研究してそこからさまざまな薬物を始め、バイオの世界を切り開きました。


人間が考え出したコンピュータは、想像もつかないようなスピードで超複雑な計算を瞬時にこなし、これが宇宙船の飛行も可能にしています。
人は一見、コンピュータに負けたように見えますが、このコンピュータを産み出したのは人間で、しかもこれをどんどん進化させているのも人間です。コンピュータ自体は自分自身で進化することはできません。


人間というものはこれほどすごいものでありながら、やはり神に創られた被造物。神が無限であるのに対し、人間はあくまでも有限の世界の中に生きています。
そんな人間ですから、冒頭の言葉のように、あまりにも「明白で単純なことを認識することができない」ことがあるのです。
そのひとつが戦争です。
戦争などして益するところなど何ひとつありません。そんなことは誰の目にも明白で単純なことです。しかし、こんな単純なことを認識できず有史以来戦争を絶えず続けているのです。
そして、対人関係のレベルで、また国家間のレベルで互いに愛し、受容し、助け合っていかなければならないのに、ぎゃくに憎み、拒絶し、闘っています。なんと愚かなことか。
人は自らの限度を知り、もっと謙虚にならなければなりません。それが唯一の真の平和を築く方法であり、みんなが幸せに生きることができる方法なのです。


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自分を惨めにするにも労力を要する

2015.05.31日

"We either make ourselves miserable or we make ourselves strong. The amount of work is the same."
-- Carlos Castaneda, author
「私たちは、自分自身を惨めにするか、あるいは強くするかだが、その労力は変わらない」
-- カルロス・カスタネダ、作家
(訳:舟田 譲二)


カルロス・カスタネダ(1925-1998)はペルー生まれのアメリカの作家・人類学者です。
私の母校でもあるUCLAで文化人類学を学び、ヤキインディアンの呪術関連の著書をたくさん残してます。私もUCLAの前にいたカリフォルニア州立大学フラトン校で文化人類学を学びましたが、とても興味深い分野で大好きでした(「日本よ、どこへ行く?」)。
その文化人類学者が言っている冒頭の言葉は示唆に富みます。


私たちは日常生活の中で、無意識のうちに自分を惨めにするようなことを言ったり、したりしていますが、それにもじつは労力がいるのです。自分を強くするのと同等の労力が。


勉強を嫌がる子どもたちは勉強をサボります。一方、目標がはっきりしている生徒は目標に向けて一生懸命勉強します。
一見、サボる方が楽で勉強するほうが大変な労力がいるように思われますが、サボるのにも勉強するのと同じだけの労力を要します。
夫婦関係や親子関係、友人関係、親戚関係、職場の人間関係などはなかなか難しいものです。
とても壊れやすいです。
しかし、これらの人間関係を壊すのにも労力が必要で、正しい人間関係を築くのと同等の労力を要します。
また、国際関係において、互いに憎しみ合い戦争するのにも、平和を築くために努力するのと同じ労力を要しています。
このほか、信仰の世界においても、神の存在を否定するのにも、神を信じるのと同じ労力を必要としています。


同じ労力を要するのなら、否定的、破壊的なことに使うよりも、肯定的、建設的なことに使った方がよっぽどいいのじゃないでしょうか。


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ヒトの排せつ物のリサイクル?

2015.03.28日

「ダッフンダ〜!」の中に書いた「人間の排泄物を再び元の食物に還元しようという究極のリサイクル」を地で行くようなニュースが飛び込んできました。
ただし食物へのリサイクルではありません。排泄物の中に含まれている超貴重な物(?)です。


【ワシントンAFP=時事】ヒトの排せつ物には金などの貴金属が含まれており、集めれば数億ドル(数百億円)相当になる可能性があるとする研究結果が、米デンバーで開催中の米国化学会の会合で発表された。貴金属採掘の必要性が減ることで環境保全にも資すると期待されるが、どのように抽出するかが課題という。
米地質調査所(USGS)の研究チームは、排せつ物の金の含有量が「最低レベルの鉱床と同水準だった」と説明。処理済みの排せつ物からはプラチナや銀も見つかった。別の専門家グループの最近の研究によれば、米国人100万人の排せつ物は1300万ドル(約15億円)相当の金属を含有している可能性がある。 
米国では排水処理施設から年間700万トン以上の汚泥が生じている。うち半分は肥料になり、残りは焼却処分されたり、埋め立て地に埋められたりしている。


人間の体は「土のちり」で創られたと聖書にありますが、実際のところ私たちの体は全て土の中に含まれている成分からできています。当然のことながら食物も同じで、土の中に含まれている成分でつくられています。
ですから排泄物の中に様々な鉱物資源が含まれていてもごく自然なことです。


時代はどんどんすごい方向に進んでいっています。
アメリカのNASAは本気で人類の火星への移住を計画していて、そのための研究に莫大な費用を使っているとのこと。地球滅亡を前提としてのことです。
もはやSFの世界ではないのですね。
でも、ちょっと怖い気がします。
私としては、火星に移住するよりも先にこの地球の環境を護り、そして人類が戦争をせずにもっと仲良く暮らせることに研究費を回してもらいたいと思います。皆さんはいかがですか?


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憎むべきは

2015.02.20日

昨今のISIS(イスラム国)のおぞましいテロ、殺戮行為やイスラム過激派同士の戦い、イスラエル・パレスチナ、ウクライナ問題等々、世界の歴史上、大小様々な戦争が地球上になかった日は一日もないそおうです。
朝ドラ『マッサン』の今朝のシーンでも、戦争のためにエリーやマッサンの家族が犠牲になりとても苦しい思いをしています。


誰でも家族が殺されるような戦争は嫌です。戦争なんてなくなればいいと思います。
しかし、戦争によって国同士、国民・民族同士が互いに憎しみ合います。


しかし、憎むべきは国でも、国民でも民族でもありません。
憎むべきは戦争です。
そしてこの戦争を起こすように背後でけしかけている悪魔こそ私たちが憎むべき相手なのです。
多くの人の目がくらまされて人を憎み、復讐にやっきになっています。


もういい加減に人間同士、国同士で憎み合い、殺し合う戦争をやめようではありませんか。
さもないと、地球滅亡に向かって人類はまっしぐらに進むことになります。


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復讐するは我にあり

2015.01.25日

イスラム国に人質として捉えられていた日本人のうちのひとり、湯川遥菜さんが殺害された模様という非常に恐ろしいニュースが入ってきました。もし事実だとしたら残念でなりません。
お父様も、「とうとう来てしまった。非常に残念な気持ちだ」と述べていらっしゃいました。
国民みんながこの辛いお気持ちを共有しています。
ここまで来たら、あとは少なくとも後藤健二さんの無事の解放のために日本政府に全力を尽くしてもらいたいと切に願うばかりです。
同時に、ネットなどでイスラム国の人たちを挑発するような浅はかな書き込みをしている日本人の自制を強く求めます。


今、政府は非常に難しい選択を迫られています。
どちらを選択しても必ず大なり小なりのツケが回ってくるのです。
ここで下手な道を選ぶと、日本のみならず世界も危険に巻き込むことになりかねません。
すなわち、欧米諸国と足並みを揃えて、日本は断固テロと闘うと言って「反イスラム」の立場を明確にすると、イスラム過激派みなを敵に回し、日本をテロの対象国としてしまいます。
これだけは絶対に避けなければなりません。
テロ行為には反対だがイスラム諸国に敵するものではなく今後とも日本は人道支援を続けるというメッセージを発信すべきです。


最悪のシナリオは、日本が欧米諸国と一緒になってイスラム国掃討作戦に参加するということです。
これはこれまでの「やられたらやり返す」という図式で、負の連鎖を生み出しこそすれ、ここから解決の糸口は絶対に見つかりません。
「復讐するは我にあり」と仰せられる、絶対的な主権を持ち、正義をなされる神の手に裁きを委ねるべきです(「真の平和を求めるなら」)。


難しい舵取りの中、日本政府が自らの手で復讐するという最悪の間違った選択をしないよう切に祈ります。


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真の世界平和を求めるなら

2015.01.22日

昨日は一日、「イスラム国」が日本人を人質にとって身代金を要求してきたという大事件に日本中が、世界が、多くの人たちが、そして私も翻弄され、一昨日の夜はひと晩眠れないほど心を騒がせました。自分で何かできるわけでもないのに。
昨日はそのようなことで、神様の知恵を祈り求めつつ、平和的解決のための方策がないものかと自分なりにいろいろと模索していました。


日本政府としてはテロと断固戦うとして欧米諸国と安直に同調することは危険極まりありません。自国の安全さえ守られればいいという自己中心的な考えからそのように言うのではありませんが、ここで選択を誤ると日本はこれから確実にアメリカや今回のフランス同様、テロの対象国となります。さらに、日本だけでなく世界中にそのような対象国をさらに広げることは必至です。
ただ問題を複雑にしているのは、イスラム国が認知された国家ではなく、正規の外交ルートもなければ向こうの方から話し合いの場に出てくるということも望み薄ということです。
そもそも、自爆テロなどをする過激派グループは、自分たちの主張はしていますが、他人の意見を聞く姿勢をこれまで一切見せてきていません。これは、同じイスラム教を信奉する国、国民とすらそうなので明らかです。
結局のところ、日本が良好な関係を持っているトルコなど周辺国とのパイプを通じてなんとかイスラム国に連絡を取り、水面下で交渉することしかないのでしょう。
しかし、ここでまた難しい問題は、日本が「人の命は地球よりも重い」と言って安易に身代金を支払うと、それに味をしめた彼らはまた日本人の中から次の標的を見つけ、同じことを繰り返すということにもなりかねないことです。


本来イスラム教は穏健で平和を愛する宗教だと言っても、そのイスラム教徒や国家ですらイスラム国などの過激派からは敵視されていて被害を受け、話し合うことすらできないでいるのです。
もしも、彼ら過激派に自分たちの考えや主義、抑圧感や不満などがあるならば、公けの場に出てそれを堂々と主張し、解決に向けてみんなの協力を要請すればいいのですが、それすらせずただ暴力によってそれを訴えようとするのは、かえって人々の反感を買い、自分たちを孤立化させてお互いに犠牲者を多く出すばかりで何の解決にもなりません。


つい先日「銃と自由」という笑うに笑えない怖いジョークをネット上で見つけました。
ロシアン 「わが国は治安が悪化し、銃が自由に手に入るようになってしまった」
一同「大変だね」
チャイニーズ 「わが国も貧富の差が出てきて、銃を自由に使う奴が増えたよ」
一同 「困ったもんだ」
ジャパニーズ 「わが国は不景気でも銃は自由に使われません」
一同 「素晴らしい!」
アメリカン 「わが国は景気も良くて、しかも銃も自由に手に入るぜ!」
一同 「???」
タリバン 「わが国は貧しいが、銃が手に入るほど自由だ!」
一同 「…」


聖書には、
「平和を作り出す人たちは幸いである。彼らは神の子らと呼ばれるであろう」
(マタイ5:9)
とあります。
また、次のような言葉もあります。
「愛する人たち。自分で復讐してはいけません。
神の怒りにまかせなさい。
それはこう書いてあるからです。
『復讐は私のすることである。私が報いをする』
と主は言われる」

(ローマ12:19)


人類がこの地上において生き延びるためには、みんながお互いを認め、受け入れ、協力し合う心、平和を作り出す決意と行動が必要不可欠です。
イスラム過激派の人たちも、自らを神の子と称するならば、そのための協力を惜しんでいてはだめです。ユダヤ教、キリスト教とともに彼らも経典とする旧約聖書にあるように、復讐は自分たちの手でするのでなく、神の手に委ねるべきです。
また同時に反イスラムの立場にある人たちも、単に「反テロリズム」を訴えて暴力に暴力で向かっていては、同じく復讐をしていることになり、負の連鎖で絶対に解決の糸口は見つかりません。
このままの状況が進むと、かつて歴史が見たこともないような世界規模の戦争に突入していき、人類は間違いなく自滅することでしょう。
そのようにならないようただひたすら祈り、また世界の国々のリーダーたちが賢明な決断ができるよう切望するものです。
そして、何よりも湯川遥菜さんと後藤健二さんの無事の解放を心よりお祈りします。


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平和的解決を

2015.01.21日

昨日の読売新聞1面トップ記事は、「欧州 闇の武器ルート テロリストらに流出」というもので、これによると今回のフランスの連続銃撃テロ事件の容疑者たちの持っていた武器は、ベルギーで調達された可能性が高まっているとのこと。
90年代半ば以降、強力な軍用武器が大量に西バルカン地域や旧ソ連諸国から欧州に流入しているそうです。また、混乱が広がる北アフリカ・中東からの武器流入も懸念されています。


これに関連した記事を書こうとしていた矢先、昨夜遅く
「過激派組織『イスラム国』とみられる組織が、邦人2人の殺害を予告する映像をインターネット上で公開し、人質解放の条件として、日本政府が72時間以内に2億ドル(約236億円)の身代金を支払うよう要求している。2人は、湯川遥菜さんと、ジャーナリストの後藤健二さんとみられる」
というニュースが飛び込んできました。
もっとも怖れていたことが現実となり、ショックで頭がいっぱいで昨夜はほとんど眠ることができませんでした。


日本の指導者や世界の指導者たちが誤った道を進めて、さらに悲惨なテロ活動とその報復の連鎖が拡大しないことを切に祈り、願っています。
それで今日は書こうと思っていたブログ記事を自粛し、ただひたすらこの事件の平和的解決に向けて祈りたいと思います。
志しを共にする方はどうぞ心合わせてご一緒にお祈りください。


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考えを変える

2015.01.18日

"If you don't like something, change it.
If you can't change it, change your attitude.
Don't complain."
--Maya Angelou, poet
「もし何かが気に入らなければそれを変えなさい。
もしそれを変えることができなければ、あなたの考えを変えなさい。
愚痴を言ってはいけません。」
--マヤ・アンジェロウ、詩人

(訳: 舟田譲二)


昨日に引き続き、今日もマヤ・アンジェロウの言葉です。


何か気に入らないことがあるとき、まずすべきことはそれを変えることを試みることです。
しかし、変えることができないと私たちはしばしば不平・不満を言います。
でも、上にマヤ・アンジェロウが言っているように、一番大切なのは自分の考え方を変えることです。
愚痴をこぼしていても、また自分の主義を主張し続けていても何の解決にもなりません。


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この世の中、何でも自分の思いどおりにいくことなんてそう多くはありません。
そのようなとき、多くの人が他人を変えようとします。自分の夫や妻を、また子どもを、あるいは兄弟や親を、友人を、他の人たちを。
しかし、人は自分の思うように簡単には変わってくれません。
そのようなとき、お互いの考えが衝突して喧嘩になったり、ひどい場合は憎しみ合ったりします。
毎日のようにあちらこちらで起きているさまざまな事件や殺人、争いごと、戦争等など、これらはルーツをたどるとたいがいの場合、人を自分の思いどおりに変えようとすることから始まっています。
今回のフランスのテロ事件もそうです。


政治週刊誌「シャルリー・エブド」は、「表現の自由」を標榜し、さらにムハンマドの風刺画を描き続けてイスラム過激派の感情を逆なですることを選択しています。
「表現の自由」もイスラム過激派を変えることはできなければ、イスラム過激派もテロで「表現の自由」を変えることはできません。
ならば方法はただひとつ、自分の考え方を変えることしかありません。
愚痴を言っていても何も解決しませんし。


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戦争か平和か

2015.01.14日
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ジョン・F・ケネディ(第35代米国大統領)が残した名言に次のようなものがあります。
When written in Chinese, the word “crisis” is composed of two characters -- one represents danger and one represents opportunity.
中国語で「危機」という言葉を書くと、二つの漢字からできている。ひとつは「危険」でもうひとつは「機会」である。


最近急に人々の注目を集め始めてきたのは、昨日の記事「最高の暮らしと最低の生活」にも書いた、民族間、宗教間を始め、政治信条や価値観の違いなどから生まれるテロ事件とその報復の連鎖、日本国内でも活発化してきているヘイトスピーチなどです。
これに対する決定的な打開策というのはそう簡単には見つかりません。
しかし、第三次世界大戦を引き起こし得るキューバ危機を土壇場で回避させることに成功したケネディ元大統領の冒頭の言葉は私たちに希望の光を見せてくれます。


私たちはとかく現在の「危険」な状態ばかりに目をやりがちで、ついつい悲観的になってしまいます。
でもケネディが言っているように、この「危機」には同時に「機会」も含まれていることを見落としてはなりません。
悲観的になって諦めてしまったり、あるいは感情的になったりしていると、すぐそばにある「機会」に気づくことさえできません。


ケネディはまた次のようにも言っています。

いかなる犠牲、いかなる危険を伴おうとも、すべての危険の中で最も大きな危険は、何もしないということである。

人類は戦争を絶滅させなければならない。さもないと戦争が人類を絶滅させるだろう。


私たちが現在直面しているこの大きな問題の陰には必ず機会もあります。それを見つけて、地球人が一致団結してこの問題解決に向けて行動を取らなければ、本当に戦争によって私たちは絶滅させられることでしょう。


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カーラース、なぜ鳴くの?

2014.11.18日

昨日、ウォーキングに出かけようとしたら、どこからか幼い女の子の可愛い声が聞こえてきました。
「アイラブユー、アイラブユー、アイラブユー…」と、リズムに乗って繰り返しています。
やがて父親と4歳ぐらいの女の子が手をつないで仲良さそうに、私の行く道の前を歩いていきました。


Iloveyou.JPG


そのとき、私はふと20数年前の頃にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えました。
実は末っ子の娘が40歳のときに生まれることがわかったときから、胎教じゃないですが、妻の大きくなっていくお腹に手を当てながら、毎日英語で "I love you. I love you. I love you. God is sending us a big present. You're going to be a beautiful girl. I love you. I love you." (愛してるよ。愛してるよ。神様は私たちのところに素晴らしいプレゼントを送ってくださる。必ずとっても美しい女の子になるよ。愛してるよ)などと話しかけていたのです。
そして生まれてからも、毎日毎日、それこそ朝から晩まで、ミルクを飲ませるときも、おむつを替えるときも、お風呂に入れているときも常に英語で話しかけていました。
娘が14〜15歳になるまでこれがその後もずっと続きました。ニュースなど結構難しい内容のことも英語で話していました。
でも家族がみんな日本語で話すので、私にも日本語で答え、いわば半バイリンガル(?)のような感じでした。
さすがに年頃になってきたら、恥ずかしいだろうと思い、その頃から少しずつ日本語でも話しかけるようになったのですが、初めの頃はぎこちなく、とても話しづらかったのを覚えています。
でも、そのお陰か、英語を聴くことに関しては結構自信があるようで、アメリカやイギリスのテレビ番組を見ていても大体の内容はわかると言います。
冒頭に登場した女の子も将来、こんな形で英語が好きになってくれればいいなと思いました。


さて、いつものウォーキングのコース、近所の金目川沿いのサイクリングロードを歩いていると、すぐ目の前に真っ黒に見える鳥の大群が飛翔していました。大きな声で鳴きながら。
そのあまりの数の多さに驚き、持っていたiPhoneで写真を撮りました。


mukudori.JPG


これは、この辺りをねぐらとしているムクドリです。
川沿いに立ててある看板には、「シラサギとムクドリの生息地です。大きな音を立てたりして驚かさないようにしてください」とあります。
むしろ、この鳥の大きな鳴き声と大群にこちらの方が驚かされたのですが。


家に戻ってネットでムクドリを検索してみると、
「もともとは農作物に害を及ぼす虫を食べる、益鳥とされていた。平均的なムクドリの家族(親2羽、雛6羽)が1年間に捕食する虫の数は百万匹以上と研究されている。当時害虫を1匹駆除するのに1円かかるといわれていたため、ムクドリ1家族で年間に百万円以上の利益を国家にもたらす「農林鳥」とたたえられたほどである。その後、生息環境の破壊により都市に適応して大量に増殖すると、鳴き声による騒音や糞害などが、しばしば問題になる。日本国内では1994年からは狩猟鳥に指定されている。その他、果物を好んで食べるため、果樹園に被害を与えるとして駆除されることもある」(Wikipediaより)
とあります。


私はこれを見て思いました。
農作物に害を及ぼす虫を食べる、益鳥とされていて、ムクドリ1家族で年間に百万円以上の利益を国家にもたらす「農林鳥」とたたえられたのに、鳴き声による騒音や糞害、また果樹園に被害を与えると言われるようになると、途端に害鳥になり狩猟鳥に指定された、とは何という人間の身勝手なことか。
それも人間の手による生息環境の破壊により都市に移動していった結果ではないですか。
ひと昔前によく流行った歌、「カーラース、なぜ鳴くの。カラスの勝手でしょ」じゃないですが、それこそ「人間の勝手でしょ」。
私も以前、頭の上を飛んでいたスズメに糞をかけられたことが何度かありますが、「糞害だ!」と「憤慨」することなく苦笑したものです。また、家の周りで毎日のように大きな声で鳴くこのムクドリやカラスの鳴き声を騒音だから駆除せよ、などとは考えたこともありません。


昨日の記事「雁に学ぶ」の中に書いたように、もう少し人間と周囲の動植物との間に調和をもたらすことはできないものでしょうか。
この地球と地球上のすべての生き物は、神様が愛をもってお創りになったもので、人間だけのものではないはずです。
犬や猫などのペットもそうで、ペット業者が金儲けのために劣悪な環境の中で増殖させ、不要になったものはどんどん殺処分していくというのも、まったくもってひどい話です。
これこそまさに「人間の横暴」(とても興味深いアニメがあります)ではありませんか。


私たちは、もう一度謙虚になって、地球上のすべての被造物との共生、調和、平和を考えるべきではないでしょうか。我が子だけにではなく、すべてのものに"I love you."と言えるようになりたいものです。


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雁に学ぶ

2014.11.17日





秋になると、雁の群れがV字型に列を作り、冬に備えて南に渡るのを目にすることでしょう。
そのとき、雁がなぜそんな習性をもっているか考えてみてください。
雁が羽ばたきをすると、上向きの気流が起きます。その雁のすぐ後ろを飛ぶ雁は、少ない体力で同じ距離を飛ぶことができることになります。その結果、V字型に列を作って飛べば、一羽だけで飛んだときに比べて、飛行距離は少なくとも71%増えるのだそうです。
これは、人間の世界にも当てはまります。全員が協力して同じ方向に進むならば、より早く、よりたやすく目的地に到達することができます。お互いに推進力を得ながら進んで行くからです。
もし、中の一羽がV字型から外れるようなことがあると、他の雁たちは飛ぶ力が急に落ちて、なかなか進めなくなるのを感じます。そこで前を飛ぶ雁の起こした浮力を利用するため、すぐにきちんとした形に戻っていきます。
私たち人間に一羽の雁ほどの知恵があれば、同じ方向を目指す者同士が一緒に力を合わせることでしょう。
先頭の雁は疲れると後ろに下がり、代わりに他の雁が先導します。
南に渡る雁のように、人間の世界でも、大変な仕事のときは順番に受け持つという思いやりを示せばきっとうまくいくでしょう。
雁たちは、前を飛ぶ仲間を鳴き声で応援しながら飛び続けます。
私たち人間が後ろから声をかけるときは、どんなメッセージを送っているのでしょうね?
最後に、これはとても重要なことですが、一羽の雁が病気になったり、撃たれて仲間たちと飛べなくなったとします。すると、元気な二羽の雁たちが仲間を離れて、その雁を助けて守ろうとするのです。そして、その雁が回復して、また一緒に飛べるまで、あるいは死ぬまで一緒にいると聞いています。
介護の役目が終わったとき初めて、その二羽の雁たちは自分たちだけで目的地に飛んでいくか、もしくは後からやってきたグループに合流するのです。
もし、私たちが雁と同じ知恵をもち合わせているなら、お互いに助け合っていくことができるでしょう。
作者不明

(『こころのチキンスープ2 生きることは愛すること』p.239-240 ジャック・キャンフィールド、マーク・V・ハンセン編著 ダイヤモンド社)


これは、私たち人間にとって示唆に富んだ教えではないでしょうか。
今、この瞬間にも、地球上ではあちらこちらで戦争によって多くの人が傷つき、殺されています。
また、飢餓で4秒に1人の人たちが死んでいっているのです。しかし、世界の食料生産総量は世界中の人たちを養うのに十分な量があるといいます。
世界では年間5000万人、日本では1日に2000人が堕胎(人工中絶)で赤ちゃんが殺されているとそうです。本当に恐ろしい話です。


人間が上の話の雁たちから学び、みんなでもっと愛し合い、助け合い、いたわり合っていくならば、この地球は平和で安心して住める地上のパラダイスを実現させることができるでしょう。
どうかそのために私にできることを教え、たとえ小さなことでも今日から始めることができますように。


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本当の平和とは

2014.10.11日

ノーベル平和賞にノミネートされていた「憲法9条を保持する日本国民」は残念ながら受賞を逃しました。でもその代わりに受賞されたパキスタン人のマララ・ユスフザイさん(17歳)はまことにこの賞を受賞するにふさわしい方であったと心から喜び、祝福したいと思います。


記者会見でマララさんは次のように述べました。
「平和賞は私だけに授与されるものではなく、声を上げられない全ての子供たちのものです。私はこうした子供たちのために訴え、共に闘います。
受賞は終わりではなく、本当の始まりです。私は全ての子供たちが学校へ通う姿を見たいのです。学校へ通えない子供たちがまだ5700万人もいます。初のパキスタン人、初の若い女性、最も若い受賞者となることを誇りに思います」
また同時受賞が決まったインドで子供の権利を守る運動を続けるカイラシュ・サティアルティ氏(60)について、
「受賞者の1人はパキスタン、もう1人がインドから。これはパキスタン、インド国民への友好のメッセージとなります」と言明し、領土問題を巡り、緊張が続く両国の関係改善に尽力する考えも示されました。
(以上、10月11日付 読売プレミアムより一部抜粋)


パキスタンの成人識字率は、男性が70%に対し女性は46%といいます。
またユニセフの「世界子供白書2014」によると、中学、高校に在籍しているのは男子が64%、女子が61%ですが、ニジェールやマリなど「後発開発発展途上国」では男子が36%、女子は30%だそうです。
(10月11日付 読売新聞 3面)
このように発展途上国などの子どもに対する教育の遅れ、男女間の差、児童の労働に従事する割合の高さなどが、国の貧しさにつながっています。


日本人の識字率は100%で世界でもトップ。それが今日の日本の繁栄を築いてきました。
このように考えると、日本の子どもたちが学校が嫌い、勉強したくない、受験がいや、などと言っているのはなんという贅沢な話なのでしょう。


「受賞者の1人はパキスタン、もう1人がインドから。これはパキスタン、インド国民への友好のメッセージとなります」と述べ、領土問題を巡り、緊張が続く両国の関係改善に尽力する考えを示された、というのは本当に勇気ある素晴らしい発言だと思います。


ちょうどこのようなことを今朝考えていたとき、FBフレンドの中村佐知さんがシェアされた詩に次のような箇所がありました。


ビルは空高くなったが、人の気は短くなり
高速道路は広くなったが、視野は狭くなり
お金を使ってはいるが、得る物は少なく
たくさん物を買っているが、楽しみは少なくなっている
家は大きくなったが、家庭は小さくなり
より便利になったが、時間は前よりもない

(中略)

夫婦でかせいでも離婚も増え
家は良くなったが家庭は壊れている


忘れないでほしい
愛するものと過ごす時間を
それは永遠には続かないのだ


忘れないでほしい
すぐそばにいる人を抱きしめることを
あなたが与えることができるこの唯一の宝物には
1円たりともかからない


忘れないでほしい
あなたのパートナーや愛する者に
「愛している」と言うことを
心を込めて


あなたの心からのキスと抱擁は
傷をいやしてくれるだろう


忘れないでほしい
もう逢えないかもしれない人の手を握り
その時間を慈しむことを


愛し
話し
あなたの心の中にある
かけがえのない思いを
分かち合おう


人生はどれだけ
呼吸をし続けるかで
決まるのではない


どれだけ
心のふるえる瞬間があるかだ

(牧師 ボブ・モアヘッド)
(全文はこちらから。http://temita.jp/none/6884


インドやパキスタン、その他発展途上国の教育の遅れ、男女間の差、貧しさだけでなく、日本や欧米を始めとする豊かな国でも、表面上はどんどん発展し、豊かになっているように見えますが、実際には心が通い合っていず、家族もバラバラ。また、国と国との間の争いなど、本当に心を痛める現代の世界ですが、上の詩のように、まずは身近なパートナーや家族から、本物の愛を分かち合い、それを広めていくことの大切さを改めて教えられました。


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人類が生き残る唯一の道

2014.08.17日

"We must learn to live together as brothers or perish together as fools."
---Martin Luther King, Jr.
「我々は兄弟として生きていくことを学ばねばならない。さもなくば、我々は愚か者として共に滅びることになる」
マルチン・ルター・キング Jr.牧師

(訳 : 舟田譲二)




今、イスラエルのガザ地区やウクライナの政府軍と親ロシア派との衝突、その他日本の北方領土でのロシア軍の軍事演習、韓国との間の竹島問題、中国との尖閣諸島問題を始め、アフリカでは同じ国の中での内戦状態の国々など、挙げ出せば切りがないぐらい戦闘状態もしくは一触即発のところが目白押しです。


どうしてこうも人間は戦争をしたがるのか?
これはもとをたどれば、人間の自己中心性、すなわち罪から来ています。
先日、「日本の少子化と国際化にもの申す」に書いたいじめや人種差別などと根源は同じです。


しかし、これを続けていると冒頭でキング牧師が言っているように、間違いなく、「我々は愚か者として共に滅びることに」なります。
それを避けたければ、牧師の言うように「我々は兄弟として生きていくことを学ばねばならない」のです。
戦争は、いや戦争ばかりでなく人種差別や身近なところのいじめなど、お互いに傷つけ合うばかりで何一つ益はありません。


人種・民族・国家を超えて我々はみんな一つの人間という兄弟姉妹であることを理解し、損得勘定抜きでそれを実際に実践していかないと、やがて世界大戦争になり、確実に「我々は愚か者として共に滅びることになる」でしょう。


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◯◯◯が◯んだ、小指が痛い...

2014.04.11日

あなたがかんだ 小指が痛い
きのうの夜の 小指が痛い
そっとくちびる 押しあてて
あなたのことを しのんでみるの
私をどうぞ ひとりにしてね
きのうの夜の 小指が痛い


これは、伊東ゆかりの1967年の大ヒット曲「小指の想い出」の1番の歌詞です。
私とほぼ同世代の人だったら、ほとんどみんな無意識のうちに口ずさんだ経験があるのではないかと思うほど、当時はみんながこの歌を歌っていました。
意味も知らずに私も歌っていましたが、なんで「あなたがかんだ 小指が痛い きのうの夜の 小指が痛い」のだろう、とネットで調べてみたら結構ヤバイ内容のようです。それを国民みんなが知ってか知らずか歌っていたのす。


実は、私も今、小指が痛いんです。
でもそれは、当前のことながら「あなたが昨日の夜、噛んだ」からではありません。
今日のブログタイトルの
「◯◯◯が◯んだ、小指が痛い」
の◯に入る言葉は、
「わたしが転んだ」なのです。恥ずかしながら...
ついでに、その続きの部分はこのようになります。
「ひと月前の、小指が痛い」


ちょうど1か月前の今日、「心身の健康をあなたにも」という記事の中に、山梨県南都留郡(山中湖近く)にある美徳杜(びとくもり)に来ています、と書いてその中にテニスをしている写真を載せました。実はこの時、テニスコートの周りはすっかり雪に覆われていて、コートに降りる階段も雪が積もっており、しかもそれが凍っていたのです。手すりに捕まりながらゆっくり気をつけて一歩一歩降りていたのですが、底が丸い「健康になる靴」MBTを履いていたため、滑って大きく転んでしまいました。
その時、体を支えようとして右手を階段についた時、どうやら打ち所が悪かったようで、右手の小指をひどく痛めてしまいました。
でも痛みを我慢してテニスを続けました。撮ってもらった写真を見ると、ちょっと格好が悪いのは右手の小指が痛かったせいです(と、長年やっていなかったのを怪我をした小指のせいにする私です)。


tennis.JPG


夜になると小指が赤く大きくはれ上がり、美徳杜のスタッフの方に湿布をしていただきました。
数日、痛みは激しかったのですが徐々に引いていき、家に帰る頃にはかなり良くなっていたので、もう大丈夫と思っていたら、なんの1か月たった今もまだ痛いのです。
私のホームドクター(娘)によると、たとえ骨折していても固定しておけば自然とつながるものだ、ということで整形外科にも行かずにいたのですが、なかなか痛みが消えません。
食事するときに箸を持つのさえ不自由なぐらいです。
怪我をしてもう1か月もたつのに、生活のさまざまな場面で不便を感じています。


聖書に次のような言葉があります。
目は手にむかって、「おまえはいらない」とは言えず、また頭は足にむかって、「おまえはいらない」とも言えない。
そうではなく、むしろ、からだのうちで他よりも弱く見える肢体が、かえって必要なのであり...

(コリント人への手紙第1 12:21-22)


たった1本の、それも小さな小指。普段、小指のことなどまず考えもしない、まさに「からだのうちで他よりも弱く見える肢体(体の一部)」です。
しかし、この1本の小指が痛むと、身体全体が痛みを共有する。気分まで滅入ってしまうのです。
人間の体というものはこのようにできているのです。


そして、それは身体だけに限らず、家族や学校、会社や、どんな集合体も同様で、小さな目立たない人でもみんな絶対に必要不可欠な存在です。だれかが痛みを覚えると、みんなが痛みます。
こんな共生の家族や社会を、そして世界を、私たちは日常の生活の一場面一場面で目指していきたいものです。


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横棒〈一〉が生み出す大きな違い

2013.12.27日

一方通行の道を、向こうから逆走してくる車がある。正しいのはこちらだからといって、走り続ける人はいない。ブレーキを踏み、止まる。
◆〈正〉と〈止〉は横棒1本の違いである。自分が正しくとも横棒は胸にしまい、事故を避けて止まらねばならない。靖国神社に“電撃参拝”した安倍首相の安全意識は、はなはだ怪しい。
◆国のために命を捧(ささ)げた人たちに尊崇の念を示すことも、追悼に他国の干渉は受けないという信念も、「不戦の誓い」の一言一句も、どれも正しい。一方通行を逆走するがごとき中国や韓国の過剰な反発が間違っている。
◆それはその通りだが、車の運転も、政治も、つまるところは結果である。在日米国大使館は「近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに米国政府は失望している」との声明を発表した。普天間問題がようやく動きだそうというその時に、無二の親友である米国の期待を裏切る。〈正〉に酔って〈止〉を忘れた手痛い誤算だろう。
◆横棒1本の有る無しで意味が変わる漢字の組み合わせは、ほかにもある。首相の誤算が国益の〈幸〉を〈辛〉に変えなければいい。

(12月27日付 読売新聞1面「編集手帳」より)


読売新聞と言えば、政府支持の保守系新聞社ですが、その第1面の「編集手帳」にこのように書かれるぐらいですから、今回の安倍首相の靖国神社参拝は確かに配慮に欠くものだったと言われても仕方ありません。首相が、いくら「不戦の誓い」と言っても、聞き手がそのように受け取らず、中国・韓国との緊張が増すようであれば、これはアメリカや欧州各国が言うように配慮に欠けた行為だったと言われて当然です。


国際関係というのは実に複雑怪奇で、そう簡単に思うようにいくものではありません。
国立追悼施設の設置とか、靖国神社のA級戦犯たちの分祀など、隣国との摩擦を避ける方法は必ずあるはずで、口で「不戦の誓い」を訴えるだけでは確かにだめでしょう。


しかし、引用した「編集手帳」冒頭の、〈正〉と〈止〉の横棒一本の違いの例えは、本論に導くのに見事に使われています。


最後に使われた〈幸〉と〈辛〉の例えは、横棒一本と考えると、あと一歩の努力で〈辛〉を〈幸〉に変えると見ることもできます。
たとえどんなに困難な「辛い」状況にあっても、一歩前に歩を進めることが、「幸い」に変わることは何事においてもよくあることです。


私も今の「辛い」健康状態を「幸い」に変えるため、毎日何かできることを探し、たとえ小さな一歩でも前に進めるよう努力しています。
今週の月曜日は海岸の砂浜を2時間近くも歩いて、翌日と翌々日は筋肉痛になり、そのあとは雨が続き、体調も良くなかったため家から一歩も外に出ませんでした。


でも、今朝は曇り空で少し寒かったものの思い切ってウォーキングに出かけました。
しかも、トレーニングジムのマシーンでやっているように勇気を出して速歩とジョギング(と言ってもほんの数百メートル単位)を繰り返しました。
最初寒かったのが、しばらくすると暑くなったぐらいです。
小さな一歩ですが、健康回復に向けての前進です。


今日も大磯海岸を歩きました。
ここは昔、柿谷牧師も私も洗礼式に使っていたところです。
また、うちの塾で毎年夏にバーベキュー大会をした懐かしいところでもあります。



今日は、ここを通過して高麗山の周囲をぐるりと一回りして、2時間で13kmあまりをこなしました。


また、「辛い」を「幸い」に変えるために、上のにように「努力」の横棒一本を加えるだけでなく、私は「十」を 加えています。これでも「幸」になります。私にとってこの「十」は「十字架」で、信仰を表します。
運動とともに、信仰の力で「辛い」を「幸い」に変える努力も毎日怠らないようにしています。


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メリークリスマス!

2013.12.25日
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子どもの頃は、親からもらえるクリスマスプレゼントが楽しみでしたが、27歳の時に信仰を持ってからクリスマスの意味がまったく変わってしまいました。
クリスマスプレゼントを最後に誰かからもらったのはいつのことだろうと、思い出すことすらできません。
でも、今年のクリスマスは神様ご自身からエンデの『モモ』という素晴らしい本をプレゼントのようにして導かれ、読めたことを心から感謝しています。


昨日は「ミヒャエル・エンデ著『モモ』」について書きましたが、FBでかなりの反応がありエンデの人気作家ぶりをうかがわせました。
実際、FBには何人もの方が「大好きな本です」と書いてこられました。
私も
「エンデの作品は児童文学ですが、なんか大人向けにメッセージを送っているように感じます。
彼の深い感性にしびれました」
と書いたのですが、その後Wikipediaを見てさらに驚かされました。


『モモ』(Momo)は、ドイツの作家ミヒャエル・エンデによる児童文学作品。1973年刊。1974年にドイツ児童文学賞を受賞した。各国で翻訳されている。特に日本では根強い人気があり、日本での発行部数は本国ドイツに次ぐ。
1986年に西ドイツ・イタリア制作により映画化された。映画にはエンデ自身が本人役で出演した。
(中略)
ストーリーには、忙しさの中で生きることの意味を忘れてしまった人々に対する警鐘が読み取れる。このモモという物語の中では灰色の男たちによって時間が奪われたという設定のため、多くの書評はこの物語は余裕を忘れた現代人に注意を促すことが目的であると受け止めていた。しかし、エンデ本人が世の中に訴えたかったことは、この「時間」を「お金」に変換し、利子が利子を生む現代の経済システムに疑問を抱かせることが目的だった。このことに最初に気が付き、エンデ本人に確認を取ったのはドイツの経済学者、ヴェルナー・オンケンである。


いゃあ、私もごく普通に上の一般的な解釈である「この物語は余裕を忘れた現代人に注意を促すことが目的」と受け止めていました。
しかし、経済学者が指摘した「この『時間』を『お金』に変換し、利子が利子を生む現代の経済システムに疑問を抱かせることが目的だった」という解釈がエンデ自身の言いたいことだったというのには心底恐れ入りました。


実は私もまったくの素人ながら、現代世界において常識とされ、誰も疑問にすら思わない資本主義社会に一種の恐れすら感じている者です。だからと言って、共産主義や社会主義を主張するものではもちろんありませんが、貧富の格差が大きく、さまざまな社会的矛盾を抱えている資本主義が絶対とは決して言い切れないと思っています。
世界経済にいまだ尾を引いている7年ほど前のリーマンショックは、世界中の経済に大きな影響を与えました。
そういう意味もあって、私は現在の資本主義の社会構造が完璧な理想像とは思っていません。この点でもエンデと波長が合うのかもしれません。
今度はエンデの『果てしない物語』を読もうと思っています。


それにしても、私たちみんなに大きな影響を与えている経済不況、昨日発表された「安倍カラー」の予算案にも期待して、来年にはなんとか上向きになってもらいたいものですね。サンタさん、じゃなくて神様、よろしくお願いします。
そして、最後になりましたが、皆さん
メリークリスマス!


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感謝、感謝、感謝! その2

2013.10.07日

「いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべてのことについて、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、、神があなたがたに求めておられることである」

(I テサロニケ5:16-18)


昨日はいろいろなことがあって結構参っていたのですが、上の聖書の勧めに従って、「喜び、祈り、すべてのことについて感謝」しました。
今朝、目が覚めると10時間ぐらい寝ていたようで、心身ともにずいぶんすっきりしていました。
昨日の大きな問題はとりあえず一段落ついていることもわかり、ほっとしました。
そして、また上のように喜び、祈り、感謝しました。
すると、あるわ、あるわ。次々と喜べることが、そして感謝できることが出てきます。
思い当たること一つひとつに感謝し始めたら、それこそ数え切れないほとで、祈りの中で何度も何度も「感謝します!」と涙を流しながら言っていました。


私はもともと平和主義の人間で、いじめや差別や喧嘩、戦争などが大嫌いです。当たり前のことかもしれませんが、今この瞬間にも世界中で、日本国内でもいたるところでこれらが行われていて、毎日のニュースに事欠かないほどです。新聞の記事を読んだり、テレビでニュースを見ていると、胸が痛くなるようなものがあまりにも多すぎるのです。


去年、ロンドンオリンピックで世界中が湧いていたとき、私は「金より銀、銀より銅」という記事を書いていたぐらいで、スポーツのような勝負事ですら苦手なぐらいです。
そのようなわけで、日本では国民の間で一番の人気娯楽とされるパチンコを始め、競馬や競輪などの賭け事はもちろんのこと、子どもたちが夢中でやっているゲームのようなものも苦手です。
このブログを書いているのも、決して他人と競争しようとか、人気1位を目指そうとか、そのような目標は初めから一切ありません。


ところがどうでしょう。
先ほど、ちょっと確かめてみたところ、なんとここ1週間ほど、いつの間にかにほんブログ村の人気ランキングで、592人参加の「塾教育部門」だけでなく、6195人が参加している「教育部門」でも1位になっているではありませんか。
これはひとえに私の拙いブログをご愛読くださり、応援してくださっている皆様方のサポートの賜物です。


上の「金より銀、銀より銅」の中にも書いていましたように、「結果ではなく経過が大切」なのであって、これまで私が精一杯、ちょっとおこがましい言い方ですが、誠意を込めて書いてきたことに対するご褒美かな、と正直嬉しく思っています。
皆さんの応援に本当に心から感謝いたします。
そして、今後とも引き続きサポートのほど、よろしくお願いします。
毎日書き続けるというのは、読んでくださる方がいらっしゃって初めてできることで、このブログが少しでも皆さんの「元気のもと」になっているならば、私の本望です。
ということで、今日はまたまた「感謝、感謝、感謝!」の日でした。


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この世界を美しい花園に

2013.02.21日

人前で奇声を発し、せわしなく動き回る。先天性の脳機能障がいとされる自閉症で、周囲との意思疎通の難しさを抱えてきた。障がいが重いにもかかわらず、小学生の頃から童話や詩の創作を始め、「自閉症の僕が生きる世界」を語り伝える活動が、静かな共感を広げる。
絵本、エッセーなど著書は15冊以上に上り、グリム童話賞なども受賞。最近は月2、3回の講演をこなし、雑誌にコラムを連載する。「枯れた葉っぱ」を見つめていて、自分がここに生きている神秘に思いをはせた--。みずみずしい感性が光る文章にファンが増えている。
幼稚園の時、仲間と遊べないつらさから、「死んでしまった方がいい」と紙に書いたことも。高度な読み書きは無理と思われたが、家族の熱心な支援で7歳からパソコン操作を練習し、内面を表現する術(すべ)を身につけた。
通常の会話も買い物も、家族の助けなしにはできない。「冷たい視線を浴びると消えてしまいたくなる」。でも、人は誰もが違うし、自閉症だから見える景色もあると知った。その風景を伝えながら、生きづらさを抱える人々に元気を与えたい。
(2月19日付 読売新聞2面 「顔  重度自閉症を抱えた作家として活動を広げる東田直樹さん 20」より)


Facebookで知り合った中国系マレーシア人のWahさんが美しい絵とともに次のような内容のメッセージを書いていらっしゃいました。
Every Child is a different kind of flower, and all together make this world a beautiful garden.
(子どもたちは一人ひとりが違う種類の花で、みんなが一緒になってこの世界を美しい花園にする。 訳:舟田)


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私はWahさんにコメントしました。
「私も100%同感です。そして、子どもたちだけでなく、私たち大人もです」と。
私たちはみんな、それぞれ外見も能力も性格もすべてが異なるのですが、その異なる一人ひとりでこの世が成り立っていて、美しい花園にしているのです。
誰ひとり欠けても、この世界は成り立たない。
健康で能力のある人たちだけでなく、冒頭の東田さんを始め、障がいを持っている人も、病気の人もみんな必要で、みんなが貢献しています。


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オシンドロームよ、再び!

2013.01.25日

3週間前からNHK BSプレミアムで、あの『おしん』を再放送しています。
日曜日にまとめて1週間6話分の一挙放映です。
私は『おしん』の話は聞いてはいたのですが、不思議なことにほとんど記憶にないのです。なぜだろうと不思議に思っていたら、ちょうど2度目のアメリカ留学の時と重なっていたのです。アメリカでも多分放映されていたのでしょうが、私自身、おしんのような貧乏留学生生活を送っていたので、テレビなど見ている余裕もなかったのが原因のようです(「Needy student」)。


正直なところ、私はこのようなドラマは苦手で、見ていると苦しくなってくるので、私自身の精神衛生上あまり良くないのです。
ところが、あに図らんや私がこのドラマにハマるとは。
そう、妻と一緒に見始めたらもうやめられない。毎週日曜日の夜は、一気に6話全部見てしまうほどのハマりようです。


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『おしん』に関して私はほとんど予備知識がなかったので、ちょっとWikipediaで調べてみました。
これが実に面白い。
以下、Wikipediaからの一部引用です。

・本放送の人気ぶりから『オシンドローム』と呼ばれるほどの社会現象を巻き起こした。この『オシンドローム』という言葉はアメリカのニュース雑誌「タイム」のフリー記者であるジェーン・コンドンが紙上で掲載したもので、1984年の第1回新語・流行語大賞の新語部門・金賞を受賞している。
・ドラマと現実の区別がつかなくなった熱狂的な視聴者が、おしん役の小林や母ふじを演じた泉ピン子宛てに米を送ったり、「おしんに渡してほしい」と、NHKに多額の金銭を送ってきたこともあった。おしんの父作造がおしんやふじに厳しく接するため、作造役の伊東四朗宅に「お宅のご主人は娘に厳しすぎる」と視聴者が抗議に訪れ、家人が「あれはそういう役」「うちには娘はいない」と応対するも最後には庭先で口論になったこともあったという。おしんと対立した姑を演じた高森和子は町中でにらみつけられたり、苦情を言われたこともあった。
・『おしん』は日本国外、とりわけアジア圏で人気が高く、『おしん』を観て日本や日本女性に好意的な印象を抱いたという人々も数多い。少女時代を演じた小林綾子が放送された国を訪れると、今でも「オシン!」、泉ピン子は「オシンマザー!」と呼ばれ、様々な歓待を受けるという。
・当時の中曽根首相と親密な関係にあったアメリカ大統領、ロナルド・レーガンが1983年に来日した際に国会で「日本にはおしんの精神がある」と日本人を『おしん』に喩え、称賛している。
・中華人民共和国では非常に人気があり、初回放送から20年以上経った2007年でも、湖南テレビにて、『阿信』(アーシン)として再放送されている。
・ベトナムでは、『おしん』がメイドや家政婦を指す代名詞になっている。
・エジプトのカイロでは、『おしん』放映時間に停電が発生、放送を観られないことに怒った視聴者が電力会社やテレビ局に大挙押し掛け、投石や放火等の暴動を起こすという事件があった。その後、政府が該当話の再放送を約束する声明を出し、事態はようやく収束した。
・アフガニスタンやイランではペルシャ語吹き替えにて放送されたが、イラン国営テレビでの放映が最高視聴率90%超を記録する爆発的人気となり、長きに亘り『Oshin(ウーシン)』は日本を表す代名詞となった。
・ジャマイカでは、おしんブームが到来し、男女に限らず、名前に「オシン」をつけるのが流行した。


これがほんの30年ほど前のこととはにわかには信じがたいほどです。
とくに、中国やエジプト、アフガニスタン、イランなどでの反響の大きさには驚きます。


先週アルジェリアで発生した人質事件の犠牲者の方々が今朝、無言の帰国をされたというニュースを知って、やり切れない気持ちになりました。
中国との間で尖閣諸島問題、韓国との間で竹島問題と、国際関係が非常に複雑かつデリケートになっているこのような時、もう一度上のようなオシンドロームが起きないものか、そして、世界中の人がおしんの精神から人間として大切な心を学ぶことはできないものか、と心底思いました。
もし、今回の事件を起こしたテロリストたちがこの『おしん』を見ていたとしたら、あのような残虐なことができただろうか。去年の中国での反日の暴動もそうです。
日本を含め、世界中がお金お金、と経済優先になってきていて、大切な心をどこかに置き去りにしてきたような気がするのは私だけでしょうか。


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おばあさんは川へせんたくに…

2012.11.19日

「むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へせんたくに行きました」


日本人ならだれでも知っている桃太郎の出だしの部分です。
実に単純明快なストーリーですが、この「おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へせんたくに行きました」にとても深いレッスンが秘められていることに気づきました。


去年の3.11の東日本大震災のとき、私の住んでいる神奈川県でも大きな揺れがあり、交通が麻痺しましたが、目立った被害というものはありませんでした(「地震のお見舞いをありがとうございます」)。
しかしその後、計画停電なるものが東電によって実施され、平塚市も対象地域になりました。
市役所から毎朝9時過ぎに流される広報の、エコーして聞き取りにくい停電の情報に耳をそば立て、それにあわせて塾を休校にするかどうか決め、手分けして生徒の家に電話したり、休校措置のためなくなった授業の振り替えの時間割を組んだり、その連絡をしたり、と朝から晩までてんてこ舞いでした(「地震の影響」「計画停電の最新情報です」)。
その10日ほど前に、義母が交通事故に遭い、妻がそのため実家に帰っていました。いつもは私の右腕として事務的な仕事を完璧にこなしてくれていた妻が不在だったため、責任が私の肩に重くのしかかり、極度のストレスがいくつも重なって、ついに私は体調を崩してしまいました。


何もしていないのに急に胸がドキドキしてきたり、めまいに襲われたり、吐き気を催したり、これが授業中も、送迎バスを運転しているときも、眠っている夜中も、時を選ばず突如起こり、ついにダウンしてしまいました。
私の現在の体調不良の原因はここにありました。
1年半あまり経ち、ようやく精神的に少しゆとりが出てきて、当時のブログを読み直すと、毎日の緊張や塾の様子などがよみがえってきます。


以来、私の仕事を妻や息子、娘、塾の先生方が分担してくれて、肩の荷を少しずつ下ろすことができるようになりました。
今もまだ吐き気と隣り合わせのような毎日を送っていて、夜中一睡もできないこともしばしばです。


しかし、考えてみたら、私のストレスや苦しみなどは、被災地の人たちとは比べものになりません。
被災地では、愛する家族や親族・友人を始め、家や車・家財道具・船などの仕事道具・土地、仕事、その他多くのものを失い、今も避難所や仮設住宅に住んでいらっしゃる方々が大勢いらっしゃいます。
現地でさまざまなボランティア活動や、体を張って放射能の除染活動をしていらっしゃる方々も数え切れないほどいらっしゃいます。
このようなことを考えると、私など不満を鳴らすことなど決してできません。


ちょうど、私の仕事を周りの人たちが分担してやってくれているように、被災地でも多くの人たちがそれぞれの持ち場立場で力を出して、助け合っています。
「そうだ。人というのはひとりでは生きていけない。みんながお互いを必要とし、助け合いながら生きているんだ」
冒頭の桃太郎の物語に登場するおじいさんとおばあさんが役割分担をして仕事をしているように、私たちもみんな自分にできることをして助け合っています。


これはなにも大人の世界に限ったことではありません。
子どもには子どもなりの仕事があります。
必ずしも何かするという具体的な仕事でなくても、家族の中に存在するというだけでも大きな役割を果たしています。
家庭において、おじいちゃんやおばあちゃんもそれぞれに貢献しています。
あらゆる職についている人が、それぞれに分を果たしています。


世界に目を移しても同じです。
あらゆる国が、国民、民族がそれぞれに果たすべき責任や役割があります。
今、日本と中国は尖閣諸島の領有問題で衝突し、その結果、お互いに経済面のみならず、さまざまな分野で痛みや苦しみを味わっています。
中東の国々も同様です。
私たちは地球人として、お互いに助け合わなければなりません。


国内では、衆院が解散され、総選挙が行われますが、自分の政党の利益などを優先して考えていてはだめです。
みんな、自分に与えられている使命や責任をきちんと全うして、お互いに助け合っていくなら、家庭も、学校も、職場も、日本も、世界も、もっともっと平和になり、住みやすくなります。
私たちも、桃太郎に登場するおじいさん、おばあさんに学ばなければなりません。


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ノーベル賞、受賞!

2012.10.09日

5年前のことです。
ある朝、いつものように起きて着替え、郵便受けに入っている朝刊を取ろうと思って玄関のドアを開けました。
家の周りは黒山の人だかりです。
何事かと思った瞬間、一斉にフラッシュがバチバチと大きな音を立ててたかれ、私はそのまぶしさに目がくらみました。
「おめでとうございます!」
「ノーベル平和賞、受賞おめでとうございます!」
私は何が何だかさっぱりわけが分からず、キョトンとしていました。
「受賞の感想を何かひとこと!」
えっ、まだ寝ぼけているのだろうか?
それともまだ夢の中だろうか?
あっ、わかった。これはきっと例のドッキリカメラだ!
と思った瞬間、目が覚めました。
夢だったのです。(当たり前のことですが...)
でも、あまりにもリアルな夢だったので、夢なのか本当なのかわからないぐらいで、私はしばらく夢の余韻を布団の中で味わっていました。
今朝、玄関のドアを開けて郵便受けから新聞を取ると、1面トップを飾っていたのはオバマ米大統領のノーベル平和賞授与決定の記事でした。
私は心からオバマ大統領に「おめでとうございます!」と言いました。
まるで自分のことのように嬉しかったです。(私が受賞できるわけないのですが)


と、この記事を書いたのは今からちょうど3年前のこと(「ノーベル平和賞、おめでとうございます!」)。
今朝の新聞1面トップを飾ったのは、山中伸弥・京都大教授のノーベル生理学・医学賞受賞の記事でした。
本当に喜ばしいことです。ノーベル賞受賞ということもさることながら、やはり将来の医療を一新するほどの大きな可能性が見えてきたという点が何よりも素晴らしいです。
病気やケガで傷んだ臓器や組織を、iPS細胞で作った細胞で置き換える「再生医療」も、もう夢物語ではないのです。


読売新聞1面の編集手帳には山中教授に関する面白い過去の出来事が紹介されていました。
「スポーツ選手を治療する整形外科の臨床医を志し、挫折している。うまくやれば20分の手術が2時間かかったというから、よほど不器用だったのだろう。邪魔で足手まといの“ジャマナカ”と、先輩医師からは残酷な異名までもらったという。臨床医になる夢にフられて研究医に転身し、iPS細胞(新型万能細胞)という途方もない“孝行息子”を人類の未来に産み落とした。〈人間万事 塞翁 ( さいおう ) が馬〉だからこそ、人生は面白い」


誰でも人生で、一度や二度ならず挫折を味わうものですが、それを肥やしに、バネにしてそこからどのように立ち直るかが人生の成功の鍵を握っています。


橋下徹大阪市長が、尖閣諸島、竹島、北方領土問題で国際司法裁判所に提訴して、判決の結果がどう出ようと関係国間で共同管理の取り決めをするという平和的解決を提案したところ、周囲から猛反対に遭い、四面楚歌だ、と1週間前の記事「近況報告、および国際問題についての提言」に書きました。


「人間万事塞翁が馬」。
山中教授じゃないですが、まだまだどうなるかわかりません。
日本と中国、韓国を戦争の危機から救う画期的な提案をし成功した、といって何年か先にノーベル平和賞受賞ということになるかもしれません。
ひょっとしたら、平和賞にノミネートされた橋下市長が、
「いや、あれはアカデミー学院の舟田学院長との共同提案です」なんて言って、共同受賞ということになったりして…なんて冒頭のような話は1000%あり得ませんが...。
橋下市長、くじけないでください。あなたがおっしゃっていることは正論です。


今日はいい天気に誘われて、ブラブラと往復1時間半かけて大磯の海岸まで散歩に行き、波が打ち寄せる音を聞きつつ、どこまでも水平に広がる平和な大海原を見て、徒然なるままに平和について考えました。


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近況報告、および国際問題についての提言

2012.10.04日

脂質異常、自律神経失調、前立腺肥大が私の抱える病いですが、いずれも少しずつ改善してきています。
食事療法とウォーキングで中性脂肪は激減し、体脂肪・内臓脂肪も大きく減りました。あとは善玉コレステロールHDLを増やし、悪玉コレステロールLDLの数値を下げることが課題です。
前立腺は手術を覚悟していたのですが、4か月間薬を服用して、大きさはほぼ普通になったことが今日、病院の検査の結果わかりました。あとは加齢にともなう抗利尿ホルモン分泌減少の問題だそうです。
自律神経のアンバランスは、現在できる限り仕事を減らし、リラックスすることにより対応しています。
皆さんのお祈りを感謝します。
「ゆっくり休んでください」というお言葉と同時に、「早くカムバックしてください」「せめて1週間に1回でも」というメールもいただき、とても励まされています。ありがとうございます。
この場を借りて改善のご報告をさせていただきます。
ということで、今後、このブログは調子の良い時、気が向いた時のみ書くことにします。


さて、9月30日の読売新聞に二つの興味深い記事が載っていました。
一つは1・2面の『地球を読む』シリーズ「中国・中東デモ 歪んだ自由 暴力正当化」。
寄稿者の山内昌之氏は、カイロ大客員教授、ハーバード大客員研究員、東大教授を歴任したバランスのとれた論客で、私はこの方とは波長が合うようで、いつも楽しみながら記事を読んでいます。


今回の論点は、今、中国で起きている尖閣諸島問題に発した反日運動と中東を中心に起きている反イスラム社会に対するデモが高じて暴力に至ったのにいくつかの共通点があるということです。
その一つは、市民の批判が外国の価値観や政策に向けられる限り、暴力や破壊さえ容認する「仕切られた自由」が存在することであるといいます。
私もこの見方にまったく同感で、奇しくも去る9月19日のブログ「物事の本質を見極める力」に似たようなことを述べました。


もう一つの記事は、大阪の橋下徹市長が竹島のみならず、尖閣諸島・北方領土も日本が自ら進んで国際司法裁判所(ICJ)に提訴すべきだと発言したというものです(同4面)。


実は、このことも私はずっと前から主張していることであって(「臭いものに蓋 結論」「日中韓ロの領土問題解決策」)、これまで政治家や文化人、学者、外交専門家などがなぜそのように言わないのか不思議だったぐらいです。
また、橋下市長は領土問題に決着をみた後に、漁業や海底資源の共同管理を提案していますが、これも私の主張とまったく同じです。


橋下市長はICJにかければ、尖閣諸島はもともと日本の領土だから、必ずそういう結論が出る、中国が提訴しないのは自分たちに勝ち目がないと思っているからだ、と言っています。
私はこの考えには首肯できません。裁判にかけるのは勝ち目があるから、ないから、という問題ではなく、公平中立な第三者機関であるICJに客観的に判断してもらうことが、お互いに納得いく唯一の平和的な解決法だ、というのが私の主張です。
現在のシステムでは、提訴された国が裁判に応じなければ裁判できないということで、これでは裁判への応訴を義務とする選択条項受諾宣言をしていず、かつ勝ち目のない国は絶対に裁判に出るわけなく、裁判の機能をまったく果たしていないことになります。


裁判の結果、尖閣諸島や竹島、あるいは北方領土が日本の領土ではない、という結論が出れば日本も素直にそれに従うという姿勢を見せなければなりません。そうでないと、どこの国もICJに応訴しなくなります。
みんな自国の領土だと主張しているのですから、いわば同じ土俵上にいるわけです。それを堂々とICJの場で主張すれば良いのです。
また、ICJの判決に拘束力がないとのことですが、地域紛争から大戦争まで全地球人の生命と安全を守るためには、各国の最高裁判所のように、ICJに絶対的な権限が与えられることが必要不可欠です。そうでなければ、ICJの存在意味がありません。


ところで、橋下徹市長の意見に賛成する人はほとんどいないようで、2チャンネルなどでは売国奴扱いされて非難ごうごうです。やはり、私のような素人が言うのと、政治家が言うのでは意味が全然違うようです。
国家間で紛争が起きるとにわかに国粋主義者が増えてナショナリズムが高まるのは世の常で、こういう時こそ私たちは冷静さを失わないよう注意しなければなりません。
そして、同じことを中国・韓国・ロシアにも求めたいものです。


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緊急提言

2012.09.24日

昨日、多くの方からメールをいただき、読者の方にご心配をおかけしていると思い、メールマガジン登録してくださっている方々に下のようなメールをお送りしたのですが、今日もまた引き続き多くの方々からメールをいただいているので、やはり他のブログ読者の方にもお知らせした方がいいと思い、ペンを執った(?)次第です。これが昨日お送りしたメールです。


「しばらくブログをお休みします」と書いたところ、早速何人もの方からお気遣いのメールやお電話をいただき、本当に恐縮しています。
ご心配をおかけして申し訳ありません。
この夏のアメリカ旅行から戻って以来、家内の心遣いと息子や先生たちの協力も得て、仕事はほとんど外してもらって楽をさせていただいています。
娘も私のために野菜や魚を中心とした健康食を毎日料理して協力してくれていて、体組成計では、体脂肪や内臓脂肪、BMIの数値も大きく改善しています。
しかし、相変わらず疲れやすいのと吐き気に襲われることが頻繁にあります。
そこで、やはり一番大切なのは、頭の中を空っぽにして、のんびり過ごすことだろうと思い、そのためにはパソコンの前で過ごす時間を減らさなければならないという結論に達してブログの休刊を決意した次第です。
そして、今日は仕事が終わった夕方から、先日来何度か行っている平塚市内の日帰り温泉に家内と一緒に行ってボケっとしてきました。
行く前は緊張していて呼吸が浅かったのですが、出てきたら心身ともにすっかりリラックスしてとても気持ちよくなっていました。
これまでずっと働き詰めだったので、これからはできる限りこういうゆとりの時間を作ろうと思っています。
この夏、訪問させていただいたラスベガス教会の敬愛する鶴田牧師からは、教会をあげてみんなでお祈りする、という温かいお言葉をいただき、元気百倍、勇気千倍です。
皆様に心から感謝しつつ。
舟田 譲二


これは余談ですが、一昨日のブログ休止お知らせの記事はあっと言う間に、塾教育部門だけでなく、5600サイトを超える教育部門でも注目記事で1位になり、ブログ休止した方がいいのかななどと思ったりしました(笑)。


さて、妻から頭脳を酷使し過ぎだから頭をもっと休ませて、体を使った方がいいと言われ、私も本当にそのとおりだと思いました。
折しも、妻が2週間あまり前から膝を痛め、整形外科で診てもらったところ、軟骨がすり減って水が溜まっているという例のやつで、私も体を動かしながら妻の助けになるので一石二鳥だと、教室掃除を先週からやって、気持ちのいい汗をかいています。これも私のリハビリの一環です。


今朝、掃除していてふと思ったことがあり、ブログ休止中ですが、どうしても緊急提言したいと思いました。


今、平塚市内の、各中学校では前期期末試験の時期で、昨日まで連日、試験対策の授業や補習で大勢の生徒が来ていました。今週の試験で今日も補習に大勢来ているのですが、どうしても生徒に伝えたいことがあるのです。


教室掃除をして気づいたのは、机の上も床もあまりにも消しゴムのカスが多いということです。
塾だから当たり前のことと思われるかもしれませんが、私はいつも生徒にできる限り消しゴムを使わないよう指導しているのです。


小さい頃から、親や学校の先生たちから教えられているのか、みんな書き間違えるとすぐに消しゴムを使ってきれいに消して書き直します。
答えだけでなく、漢字や計算の途中式などもすぐに消します。
中には、テストで自信がない時、イともエとも読めるよう消しゴムでうまく消して薄くし、どちらかが当たればいいというような猿知恵を働かすような子もいますが、これは絶対にだめです。


テストでない限り、答えにせよ、あるいは漢字や途中式にせよ、間違いを残しておいて、赤で直し、自分の間違いの記録をとっておいて、あとで見直す時に間違いから学ぶことはとても大切です。英語の3単現のsのつけ忘れなど、自分の間違えるパターンに気づかなければなりません。
間違った答えや文字を消してしまうのは本当にもったいないことです。


このことを試験勉強をしている生徒に言おうと思った時にふとひらめいたのです。
これは私たちの人生そのものにも通じることだと。
私たちはどうかすると、消してしまった方がいいような心の傷をいつまでも消さずに大事にとっておいて、事あるごとにその傷を見て、なめて、また痛むというようなことをしばしばしています。
逆に、失敗から学ぶべきことで、消してはいけない記憶を消してしまい、同じ失敗を繰り返します。
これは人間関係すべてに当てはまることです。


最近の中国や韓国との領土問題もそうで、これまで長年にわたってお互いに助け合ってきた、消してはいけない良い思い出を容易に消してしまっています。
そして、消し去るべき過去の傷という嫌な思い出に囚われて、いつまでもそこに戻って痛みを味わい、相手を責めるということをやっているように見えますが、これは本当に愚かなことです。将来に向けてまったく発展性がないばかりか、逆に一発触発の戦争の大きな危険性を孕んでいて、不幸を繰り返すのみならず、かえってこれまで以上に大きな傷跡を残すことにもなりかねません。
また、中国が主張している棚上げ論は、「イともエとも読めるよう消しゴムでうまく消して薄くしている」のと同じで、問題の先送りに過ぎず、後世につけを回すだけです。ちょうど、今がそれであるように。


このような問題は、まずは当事国が膝を交えて話し合わなければならないのは当然のことですが、それができなければやはり国際司法裁判所という第三者に仲裁してもらうのが一番です(「日中韓ロの領土問題解決策」)。


多くの人が提案している、アメリカなどの第三国に入ってもらうことはかえって問題を大きくする危険性があり、得策ではありません。アメリカが加わり、これに韓国や北朝鮮やロシアが参戦し、などとなるとそれこそ第3次世界大戦にもなりかねません。
だから、アメリカに限らず当事国以外はどの国も関わり合いたくないのです。
解決のお手伝いは利害関係のない第三者に当たってもらうのが一番です。


教室掃除をしていてふと思ったことでした。
このような記事が書けるほどですから大した病気ではありませんので、ご安心ください。
ブログ休止の決意をたった一日で破ってしまいましたが、これからしばらくは不定期で休みますのでよろしく。


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愛国教育

2012.09.17日

日増しに激しくなっている、尖閣諸島関連の中国国内のデモと暴動については昨日のブログ「日中韓ロの領土問題解決策」にも書きました。


今日の朝刊によると、中国内の反日デモが80都市に拡大、参加者は8万人以上とあり、日系企業等の被害総額は数十億円といいます。
デモ参加者は尖閣の領有権主張に加えて、日本との開戦を主張し、「対日宣戦!」というスローガンを連呼しているそうです。


中国の愛国教育は一見、成功しているかのように見えます。
しかし、このような暴力行為を愛国心の現れと見るのはとんでもない見当違いです。
面白い、と言ったら失礼ですが、日系企業が放火され車などがひっくり返されたり燃やされたりしているのを見た中国人が、「やり過ぎだ。オーナーは中国人だ」と言っていたそうです。オーナーが中国人だからダメだという発想も変です。


中国も韓国も愛国教育を取り違えているようです。
愛国心の故に暴力に訴えることが英雄視されるというのは、根本的に間違っています。国自体がまずそのことに気づき、暴力を絶対に許さないという姿勢を示さなければなりません。
たとえ一部の暴徒であるとしても、放火や破壊、略奪などの暴力に出たり、「対日宣戦」を訴えるような国民を育てたという点において、中国の愛国教育は失敗です。そして、このことは後になって必ずツケが回ってきます。


一方、日本国内はどうかといえば、ほとんどの人は中国の度を過ぎた蛮行のニュースに眉をひそめてはいるものの、これと言った目立った抗議行動は起きていません。
日本の新聞やテレビニュースの論調は、至って客観的、冷静です。
これは、日本人の愛国心の欠如を物語っているのでしょうか。
それとも、日本人は波風を立てるのが嫌いで、できる限り事を穏便に済ませたいという国民性の表れでしょうか。


日本国内の報道では、竹島も尖閣諸島も北方領土も全部日本のものだ、と言ってその歴史的根拠を挙げていますが、韓国や中国、ロシア国内ではまったく異なることが教えられ、報道されています。
つまり、どこの国も自国にとって有利な証拠しか取り上げず、他国を盗っ人呼ばわりしているのです。
そして、それは日本も同様です。
日本国内では、他国が主張している自国にとって不利な証拠や他国の主張は報道しません。
そのような意味において、中国も韓国もロシアも日本も、みんなまったく変わりません。


今日の中日新聞6面「ニュースがわかるA to Z  日本をめぐる領土問題」は、各国の主張とその根拠を挙げていて、これはすごい勇気ある報道だと思いました。


昨日も書きましたように、このような状況下で、いくら自分の国が正しいと主張したところで、平行線をたどるだけで、お互いに譲らないのは自明の理です。
だから、私は国際司法裁判所という第三者による判断を仰ぐことを提案しているのです。
実際、これ以外に解決の方法はないでしょう。
日本もどの国も潔く司法の手に委ねる覚悟をすべきです。


正しい愛国教育は、自国さえ良ければよいとか、他国をおとしめるようなものであってはなりません。
どの国もお互いを必要としていて、持ちつ持たれつの関係であることを自覚し、他国を尊重すべきです。
そして、このことを教えるのが真の愛国教育です。


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日中韓ロの領土問題解決策

2012.09.16日

日本政府のこれまでの「なあなあ外交」のため、先延ばししてきた領土問題がこじれにこじれて、にっちもさっちもいかない状態になっています。
先だっての日露首脳会談では、野田首相とプーチン大統領が北方領土問題は継続して話し合うということで合意したと報じられていましたが、それ以外にどんな結論があり得るのでしょう。
そして、その横には韓国の李明博大統領と笑顔で握手を交わしている野田首相の写真が新聞に掲載されていました。お互いの心のうちは?


しかし、尖閣諸島を日本が国有化したというニュースに中国・台湾が怒りを爆発させ、ここ数日、中国国内では大規模なデモと、一部暴徒化した群衆による日本人襲撃、日系企業や店舗に対する放火や略奪、政府による日本製品のボイコット容認など、事態は深刻の度を増すばかりです。


これに対して、日本国内では民主・自民両党の代表選、総裁選びにみんなが翻弄され、領土問題にまで手が及ばないのが現状です。
総裁候補者や識者は揃って、対話の重要性を説いていますが、非常に感情的になり、ここまで切迫した時点になってどうやって、そしてどんな対話を始めるというのでしょうか。喧嘩別れになるのが落ちです。
また、当事国の学識者による対話を提案している人もいますが、この問題は政治家であろうが、学識者であろうが、対話で解決するような甘いものではありません。
そもそもスターティングポイントが違い、その上様々な経済的な権益問題、さらに過去の歴史問題まで絡んでくるので、そう簡単に対話で解決というわけにはいきません。


そこで、もう何年も前から私が主張している解決法は、ハーグの国際司法裁判所という第三者による判断を仰ぐということです。
ここで、関係諸国は学識者を送り歴史の流れや諸資料、国際条約、国民、とりわけ地元の住民の生活や声、これまでの衝突の経緯など洗いざらい提示して、堂々とそれぞれの主張を展開すればいいのです。
その上で国際司法裁判所の判断には、すべての国が素直に従う。ひょっとしたら日本は竹島を失うことになるかもしれません。しかし、それが裁判というものです。


ただ、一つ大切なことがあります。
それは、裁判というと得てしてどちらか一方が勝ってもう一方が負けるという「WIN-LOSE」の結果になるということです。
そこで、裁判の結果を尊重して領土問題に決着を見ながらも、関係諸国がお互いの権益を最大限配慮する。たとえば海底資源の共同開発や安全な漁業の操業などが行えるよう紳士的な協定を結ぶ。
私はこれが最善の解決策だと考えています。


これこそが本物の平和的解決で、関係諸国みんなが幸せになれる「WIN-WIN」の解決法です。(「WIN-WIN」については拙ブログ「Win-Win の関係」、および鶴田牧師のブログ牧師室より#101 “Win-Win”を参照)
もし、この裁判の結果に従わない国が出れば、国際的な批判を浴びて、その国は立ちゆかなくなることでしょう。


そのためには、日本は竹島問題だけを国際司法裁判所に提訴するのでなく、尖閣諸島の領有権も国際司法裁判所に自ら提訴すべきです。
韓国が、竹島の領土問題は存在しないと言っているのと、日本が尖閣諸島の領土問題問題は存在しない、と言っているのは同次元です(「臭いものに蓋 結論」を)。
これまでのような「棚上げ」という解決法は、単なる目先の逃げに過ぎず、これから先未来永劫に禍根を残し、みんなが「LOSE-LOSE」になり、さらに下手をすると戦争という最悪の結果になることもあり得るというのは歴史が証明するところです。


日中韓ロ関係諸国の冷静かつ賢明な真の解決策を模索する姿勢が求められます。


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臭いものに蓋 結論

2012.08.21日

以下は、昨日のブログ記事「臭いものに蓋 その2」の続きです。


私の限られた知識と記憶でも、中藤さんのおっしゃっていることが頭の中にありました。
従って、政治のためにこの過去の問題を利用することは、かえって両国間の問題をこじらせ、さらに将来の関係にも悪影響を及ぼすと思います。
中藤さんのおっしゃるとおり、領土問題は感情論と切り離して、司法裁判所でお互いの主張をして、相手の立場も理解し、その上で第三者に結論を出してもらうのが最善と考えます。
韓国側に、竹島が自国の領土だという確信があるなら、裁判の場でそれを堂々と主張すればいいのです。
いくら領土問題は存在しないと言っても、日本は存在すると言っているのですから。
両国間の感情問題は別次元で解決するよう、お互いに努力しなければなりません。
(舟田 譲二 8月17日)


YIさん、いつも、ありがとうございます。金大中、小渕政権の1998年に「日韓パートナーシップ宣言」と言って、ここから今の日韓文化開放や韓流ブームも始まったのです。彼らのような大局的な日韓関係構築が必要なのです。
(中藤 弘彦 8月18日)


Nakafuji 先生. 日本人の立場(入場)では無礼に感じられることもできる私のデッグル(レス)に返事までつけてくださってありがとうございます. やはり韓国人と日本人の視覚の差があることは仕方ないのですね. もちろん 1965年韓日協定と村山総理談話に対しても分からないことではないですが, 1965年韓日協定は韓国国民の意が反映されたのではなかったし, 村山総理の談話は韓国人である私としても衝撃だった位にすごい事件にしよう決断だったと思いますが, 以後日本閣僚たちの変わらない行動(靖国神社参拜みたいな) 科当時日本の雰囲気は韓国人が見るには村山総理の談話を希薄させて果して日本が韓国を真正な隣りと思っているか?する疑問をふるうことができないようにしたと思います. 明らかなことは大多数のアジア人, 特に韓国人と中国人は過去日本帝国をドイツナチスと等しく眺めるというので, 日本はいまだにまともなすぎ去った事を清算することができなかったと思うというのです. こんな考えは日本人の立場(入場)では悔しいかも知れない立場(入場)です. 現在の日本人は過去の日本人ではないからです. 私は政治家でもなくて政治を勉強した人でもないです. ただ今度独島問題によってはみでた私のような大多数の韓国の普通人々が感じる現在の情緒を伝達したい考えで先生を含めた先生のジインブンドルがよくないかも知れないデッグルをつけました.私も先生を含めたジインブンドルが残した文を見て現在日本人たちがどう思うのか日本の立場(入場)は何なのかに対して多いことを感じています. 韓国と日本の政治家たちはそれなりの所信を持って行動することだが, これによりいつまでも見たこともない韓国と日本国民がお互いを憎まなければ良いです. 私のデッグルと不良な日本語翻訳によって傷つく方がいらっしゃるか心配です. 今後とも良い意見たくさんあげてください.
(IH Jo 8月18日)


中藤先生
今回は大変勉強になりました。「日本謝罪、(韓国)政府反省」と叫んでる韓国の若者。相手だけでなく自らの立場も反省しなさいと言う所は本当に重要で素晴らしい事ですね。
以前釜山に友人の結婚式に行った時私が地下鉄の券売機で迷っていると現地のご年配のご婦人と中学生の女の子達が親切に日本語でナビゲートして下さいました。また夜11時でしたが労働組合の多数の若者が雨が降っているにもかかわらず、アリランをロック調で歌いながらデモ行進してました。何を訴えて行進していたかは解りませんがとにかく若者の爆発的エネルギーには本当に圧倒されました。私が住む福岡は在日韓国人、在日朝鮮人の方々が多く住まれて土地柄否定的な事を言う日本人の方が多いですが釜山の方々の親切な対応や夜中にデモ行進していた若者の爆発的なパワーは見習わないといけないと話してます。
IH Joさんこの場で勇気ある意見、また紳士な言動での対応本当にありがとうございます。互いの国で貴方の様な方が増え発展して行けます様祈念します。
(GK 8月18日)


中藤氏はこの問題の続編を次のように書かれました。
「今回の李明博大統領の竹島訪問は、韓国の政権末期の症状と日本の民主党政権末期の症状との負の相乗効果の結果である」
(中藤 弘彦 8月10日)


そしてまた、これに対して124人が「いいね!」と反応し、31件のコメントが上がっています。
これについては長くなりますので、ここでは取り上げません。


「臭いものに蓋」シリーズの記事を書き始めてから、尖閣諸島問題が起き、中国国内各地で大規模の反日デモが起こっています。
この尖閣諸島問題はちょうど竹島問題を裏返しにしたような感じです。
中国は、韓国とロシアに声をかけて、共同戦線で日本との領土問題に当たろうと提言しています。


日本、韓国、中国、ロシア、それぞれが竹島・尖閣・北方領土問題で自国の領有を主張して譲りません。
日本政府が中国に対して尖閣諸島の領土問題は存在しない、と言いつつ韓国に対してのみ国際司法裁判所に竹島問題で提訴するのはご都合主義です。
本当に尖閣諸島も北方領土も日本固有の領土であることを信じ、主張するのであれば、中国、ロシアとも同じ国際司法裁判所の場で堂々と戦わなければなりません。
そして、韓国も中国、ロシアも提訴に応じるべきです。
このような非常に複雑で、しかも歴史から国民感情、利害関係や経済問題まで関わる問題は、当事国同士で言い争っている限り、いつまでたっても同じことの繰り返しで決して結論が出ることはありません。
中立的な国際社会の場で結論を出してもらい、その結論にはどの国も素直に従うべきです。
どうでないと、政治・経済・文化その他あらゆる面において、当事国の国民はみんな不幸になります。


というのが私の結論であり、提案です。このような声がもっと日本国内のみならず、韓国、中国、ロシアでも起こり、問題解決に向けた一歩が踏み出せることを心から祈るものです。
現実から逃避する「臭いものに蓋」は決して良い結果を生み出しません。


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臭いものに蓋 その2

2012.08.20日

以下は、昨日のブログ記事「臭いものに蓋」の続きです。


日本国民ひとりひとりの立場(入場)は至る(ブログ著者注−以下略:分かる?)が日本政府が今まで酔って(取って?)来た行動は韓国人としては理解ができません. 韓国人たちは日本政府にドンガッは(貪欲な?)物質的な補償を願うものではないです. 過去日本政府が起こした戦争と朝鮮で行った過ちを認めて本当にアジアの隣りで参加するように願うのです.
もちろん今度事件は一政治家が国民感情を巧みに利用した政治ショーと思うこともできるが, 基本的に自分の過ちを悔やまない隣りに対するさびしい感情が積もって積もって爆発した結果ではないでしょうか?
過去の過ちを反省するのがグックギョック(国格?)をトルオトリンダ(下げる?)と思うんでしょうか? それならまことに残念なだけです.
(IH Jo 8月16日)


ノテウ以降の民主化されてからは、金大中政権の日韓関係が一番良好だったんですか?
(YI 8月16日)


上のIH Joさんのが韓国語からの翻訳なのか、あるいはご自分の意見を書かれたのかよくわかりません。日本語もよくわかりませんが、言わんとしていることは何となく伝わってきます。
私個人としては中藤さんのコメントをお聞きしたいです。
竹島問題も尖閣諸島問題も、客観的に問題を見ることができなくて、いつも感情論になっているような気がします。私は日韓の歴史については詳しくありませんが、日本政府はこれまでに韓国に対して金銭的補償も謝罪も行ってきたのではないですか?しかし、いつまでも過去の問題をほじくり返していたら、李大統領が昔言っていた未来的関係は築けませんよね。日米間の原爆問題やナチスドイツの問題、旧ソ連の問題、アフリカの多くの国の内戦問題等など、過去の問題はどこにも山積しています。過去の出来事で、未だに病気で苦しむ人や心の傷を負っている人は世界中に数え切れないほどいます。
しかし、これと領土問題は別の次元だと思うのですが。
韓国が自国の領土だと主張するのであれば、やはり国際司法裁判所のような公けで、中立的な場所で堂々とその根拠を主張すればいいのではないでしょうか。なぜそれに応じようとしないのですか?
(舟田 譲二 8月17日)


IH Jo さん、返事が遅れて申し訳ありません。ご意見、ありがとうございます。ちょっと誤解している点があると思います。日本政府は韓国に対して、公式謝罪を韓国から大統領が来る度に天皇がしており、政府次元でも村山総理が 1995年にした有名な 「村山談話」があります。そして、道義的問題と (国際)法的問題は別次元で考える必要があります。 国際法上 、1965年の日韓基本条約で日韓間の過去の問題は完全に解決されました。この事実は、法治国として韓国政府も認めなければなりません。 しかし、韓国は大統領が変わる度に新たに出発しなければならないから、前大統領の国内外政策など、 前大統領を否定することから始めるわけです。これは、韓国事情なので仕方がないですが、対日本外交政策にも現われます。日本人は道義的にもっと一層韓国に謝罪しなければならないと考える国民もやはりいます。これは、表現の自由、個々人の考えなので認めなければなりません。しかし、道義的問題と (国際)法的問題を混同すれば問題が感情的に出るしかなくなります。これがお互いに両国民に不幸をもたらします。日本政府は公式謝罪した事実があるということは憶えてくださればありがたいです。そして、貴国の世宗大の朴裕河教授が書かれた 『和解のために』という本を一度読めば、お互いに立場を客観的に見られます。私たちは国民次元でお互いに理解して日韓友好のため、熱心に努力しなければなりません。1990年代に私が明洞を歩いている時、若者たちが対日デモをしていましたが、その時、彼らが 『日本謝罪、 (韓国)政府反省』と叫んでいました。このように私は相手だけ責めるのではなく彼らのようにお互いに同じ立場に立って考えることが重要だと思います。 どうでしょうか?
(中藤 弘彦 8月17日)


舟田先生、お言葉とご意見、ありがとうございます。IH Jo さんに答える形で、これだけでは言い尽くせませんが、私の意見を述べさせて戴きました。もちろん、答えの出ない問題です。やはり、鶴田牧師の今日のブログにもありましたように、個々人では、お互い、許し合う心が大切なのですが、国家となると現実主義を取らざるを得なく、国益優先なのです。
(中藤 弘彦 8月17日)


この記事は明日に続きます。


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臭いものに蓋

2012.08.19日

「近くて遠い国」と言うと、誰でもすぐにピンとくるのはやはり韓国です。
本当に隣同士の国で、おそらく有史以前から深い関わりがあったことでしょう。
ところが、いくら悔いても悔い切れないほどの不幸な出来事が戦争中にあり、そのために未だにその尾を引いて両国間のさまざまな問題をこじらせています。
その中の一つが今回の竹島領土問題です。


日本国民の間でも、この問題に心痛めている人は少なくないと思います。韓国でも同様だと思いますが、日本とは比較にならないほど、感情問題が絡んできて、領土問題をよけいに複雑にしています。


日本人、韓国人ともに、この問題に対して、「臭いものに蓋」の姿勢で逃げていては、いつまでたっても「近くて遠い国」のままで、お互いにいい結果は生みません。


中央大学時代の教え子で、日韓問題のエキスパートである中藤弘彦氏が先日、facebook上に問題提起をされたところ、日韓両国民からかなりの反響(92人)がありました。


私も何度か意見させていただいたのですが、韓国の方も論議に加わり、問題解決に向けたとても有意義な一歩となりました。
議論が長くなったので何回かに分けて、ここに転載して紹介させていただきたいと思います。
どのような問題であれ、解決の糸口は、お互いに違いを認め、受け入れ合い、赦し合うことが不可欠だと思いますが、そのためにまずは問題の理解が不可欠です。
以下がfacebook上のやり取りです(名前はイニシャルに変えました)。


日韓関係の原点は、小渕総理と金大中大統領の相互理解に基づく。日韓両国民は、原点回帰しよう。
(中藤弘彦 8月14日)


金大中大統領は政治音痴の私が好きな数少ない政治家の一人です。
(KY 8月14日)


KYさん、金大中大統領と令夫人は日本、日本人をよく理解されておられました。
(中藤弘彦 8月14日)


映画になりましたね。だから良く分かったけど顔を見てるだけで伝わってくるものがあります。
(KY 8月14日)


1998年の「日韓パートナーシップ宣言」です。令夫人もYMCA活動をされた立派な方です。
(中藤弘彦 8月14日)


確かオリンピックが涙ウルウルじゃなかったですか?
(KY 8月14日)


金大中大統領ですか?
(中藤弘彦 8月14日)


北朝鮮との融和に努力されたでしょう!? オリンピックに北朝鮮が参加できるようになったのは彼の尽力ではなかったかしら。。ごめんさい、記憶が定かではありません。
(KY 8月14日)


とにかくこの方は好きです。
KY 8月15日)


そうでしたね。訪日時には、天皇陛下ともお互いに敬意を払い合っておられましたね。
(中藤弘彦 8月15日)


最近またピリピリしてますね。大統領の政治の道具にされるのはどうしたものか…。国際司法裁判所しか解決法はないと思うのですが。
(舟田譲二 8月15日)


舟田先生、韓国は応じません。昨日、大阪韓国総領事館の前を歩いていたら、回りもピリピリしておりました。
(中藤弘彦 8月16日)


この続きはまた明日に。


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ディズニーランドなう(続き)

2012.06.23日

バズライトイヤーが終わり、妻は「あれだけ待たされて、たったあれだけのこと?」。
そう、ディズニーランドのアトラクションはみんなこんなもんです。


ディズニーランドは、家族や友達、カップルで来るから楽しいもの。
私など、今年は食事療法をしているので、いつも食べるピザやハンバーガー、ポップコーンやアイスクリームなど、好物が一つも食べられません。
妻が隣でコーラと一緒にピザをおいしそうに食べながら、「ひと口食べる?」。
いいえ、私は意思が固いのです。
一度誘惑に負けると、あとはズルズルといってしまいそうなので、断りました。
私のお昼は、来る途中セブンイレブンで買ってきたお茶とおにぎりだけでした。


正直なところ、これまで皆勤で毎年来たM君じゃないですが、私たちもぼちぼちディズニーランド遠足は卒業かな、と。
妻はもう疲れ果てて、レストランのテーブルで身体を大きく左に傾けて倒れそうになりながら爆睡中。


私は、転んだら石ころ一つでも拾って立ち上がる方なので、今日もここディズニーランドで学ぶことを探して、大きく目を見開いています。


ディズニーで学ぶことと言えばやっぱりこれですね。
「サービス精神」と「夢はかなう」というメッセージ。


お客様一人ひとりの笑顔のために、1日2万人以上働いているという全従業員(そのほとんどはアルバイト)のこぼれるような笑顔です。
チケットブースに始まり、どこのアトラクションでも、パレードでも、また通りやトイレを掃除している人も、レストランや売店など、いつでもどこでも、小さな子どもであろうがシニアであろうが、誰に対しても笑顔で丁寧な言葉遣いで客に接しています。
これは実にすごいこと。
これは、どの業界においても学ぶべきことです。
そして、これを私たちがみんな日常の生活の中で実践するなら、世の中、本当に平和になるでしょう。
しかも、決してできないことではありません。
せっかく学んだことを実践しなければ実にもったいないことです。


かつてディズニー・ワールドがフロリダに誕生した時、ウォルト・ディズニーのお兄さんにある人がお祝いの言葉を贈って言ったそうです。
「ウォルトがこのディズニーワールドを見ることができなくて残念でしたね」
すると兄が答えました。
「弟がディズニー・ワールドを見なかったですって?とんでもない。弟が夢の中で見ていたから、今日このようにディズニー・ワールドが誕生したのですよ」


私も信じます。
「夢は必ずかなう」と。


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バカの大足

2012.05.28日

中学生の時の保健体育の先生は怖いけどとても面白かったS先生。
中学3年の時、男女分かれての保健の時間に性教育がありました。
S先生が黒板に女性の体の絵を描いて生殖の仕組みについて教えてくれました。
ユーモアあふれる授業で、教室はずっと大爆笑の連続。
授業が終わり、女子が教室に戻ってくる前にS先生は黒板に書いてあった女性の体の絵にちょっと手を加えました。
上部と下部を消して横の線で結び、真ん中の部分がくびれた壺のようなオブジェにして、上の口から縦に何本もの線を引き、その先に花をつけて、はい、花がいっぱい詰まった花瓶の絵の出来上がり。
またしても、みんな大笑い。


ある時、S先生が保健の授業の中で言いました。
「バカの大足」
これはよく使われる表現ですが、その後に続いて
「間抜けの小足、中途半端のろくでなし」。
ここでまた大爆笑。
いつもこんな調子でした。


昨日、ふとこの授業風景がよみがえってきたのは、中2のみずきちゃんとバスの中で話していた時のことです。
みずきちゃんが「バカの大足」というわけではありませんが、以前塾に来ていた今は高3のお姉ちゃんのありさちゃんと姉妹そろって背がとても高いのです。
以前、姉妹の名前の由来を尋ねたところ、ご両親が女優の観月ありさのファンだったそうで、初めの女の子が生まれた時「ありさ」と名付けたところ、二人目も女の子だったので「みずき」(実際にはそれぞれ漢字が使われています)と名付けたそうです。それで姉妹そろって「みずきありさ」。
なるほど、とても上手い名付け方です。


080117mizuki01.jpg


ところで、観月ありさは身長169センチでとても大柄な女優ですが、実はありさちゃんはさらに高くて171センチ、みずきちゃんも166センチで中2としてはかなり高く、今もまだ伸び続けています。
ご両親ともにやはり背が高いそうですが、「みずき」「ありさ」二人ともテニスをしていて、遺伝プラス運動でますます身長が伸びるのです。
昨夜、みずきちゃんに尋ねました。
「背が高くて便利なこととか不便なことってある?」
「便利なことはあまり感じたことありません。でも、洋服や靴を買う時、自分の気に入ったものがあってもサイズがなかったりすることがよくあって不便を感じます。あと、目立つことと周りの男子がみんな小さくて、それがいやかな」
ハイルーフで室内高164センチの送迎バス、ほかの生徒たちはみんな大丈夫なのに、みずきちゃんは頭がつかえ、腰をかがめて乗り降りします。


背の低い人は高い人を羨ましく思ったりするものですが、実際にはそんなのはどうでもいいこと。
大足、小足、中足にバカも間抜けもろくでなしもありません。
背の高い女の子も、背の低い男の子も、みんなそれぞれの個性で、いい悪いなどありません。
みんな、それぞれの個性をお互いに認め合い、受け入れ合う。
これが人間関係をもっと気持ち良いものにし、ひいては人種や国家や文化や宗教を始めとするさまざまな差別や戦争などの解決の糸口になると私は信じています。
教育はただ勉強だけ教えて、試験のために暗記させ、志望校に合格させて、いいところに就職させることが目的ではありません。
もっと人間として基本的なことをしっかり教える必要があります。


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原発問題と戦争

2011.12.14日

一昨日のブログ記事「原発問題はまったく収束していない!」は、私の小学校時代の友人W君から送られてきたメールをそのまま転載させていただいたものですが、かなりの反響がありました。
そこで次のようなメールを彼に送りました。


「原発問題に関する貴重な資料を本当にありがとう。
僕自身とても勉強になりました。
昨日のブログに転載させてもらったところ、かなりのアクセス数でした。
多くの人々の目に留まり、君の願いも叶えられてよかったね。
また、資料提供をお願いします。
僕にできることであれば喜んで協力します」


今朝、W君から第二弾とも言える、かなりショッキングなメールが返ってきました。
これはどうしても皆さんにお伝えしなければならないと思い、再びW君の了承を得て、ここに転載させていただきます。
原発問題は、戦争のように一地域や国家間の問題ではなく、その規模や危険度、恐ろしさは地球規模の問題です。
これによって、一人でも多くの人の関心が原発問題に集められ、ここから議論が起こり、やがてそれが世論を動かすほどになり、脱原発の方向に進むことを祈りつつ、今日の記事とさせていただきます。


「ありがとう。
少しでも多くの人が気付いてくれることを願います。
私の知人、元マスコミの人ですが彼もネットはガサネタが多いからと言っていましたが、東京新聞、47ニュースなどを見せるとようやく分かってくれました。
最近では朝日新聞も少し脱原発に傾いてきています。


人間観察の面からも原発問題で見えてくるものがたくさんあります。
先の戦争で「神風」までいった狂気、命を大切にしないという意味で、命令を下した方の狂気のことです。
今の福島の人たちが同じように見えてしまいます。
子供の頃、なぜ大人たちは戦争を止められなかったのだろうと疑問に思っていました。
この年になって、ようやく答えが見つかりました。最大の原因はマスコミです。
だれでも、出来れば戦争なんかしたくないし、死にたくもありません。
同様に、分かっていれば、原発なんか怖くて誰も賛成しないでしょう。


情報を操作して「安全神話」を作り上げた手法などが明らかにされてきました。
ETVも精力的に「安全神話」の歴史的な分析をしています。
核燃料の廃棄物の問題なんか処分の仕方も決まらないまま、どんどん増え続けています。
活断層の上にある原発など、危なくてどうしようもありません。
だいたい原発というメカニズムはコンセントを抜くと爆発するという性格のモノです。
知れば知るほど怖くなります。


廃炉するにしても10年以上冷やし続けなければなりません。
大変なコストです。原発の電気が安いというのもあらゆる意味で完全に嘘でした。
事故の補償費用を計算に入れなくても決して安くはありません。
アメリカではすでに太陽光の方がコストが安くなっています。
そして、これらのことは電力会社が全てマスコミの広告スポンサーになることで封じてきました。
独占企業になぜ巨額の広告費がいるのか考えてみてください。しかも広告費用は全て電気代という形で私たちが払っています。


舟田君もぜひ、原発の情報には注目してください。
福島はまだ、コントロールされているとはとうてい思えません。
何が起こっても不思議ではない状態です。
また、なぜ高学歴の官僚が国民に不利益になることをするようになるのか、教育者の立場からもその心理的なメカニズムを解明してほしいです」


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憎しみから愛へ

2011.06.18日

昨日の読売新聞の記事「東京大空襲体験 元米兵ハロランさん死去」(36面)より。
「第2次大戦末期にB29爆撃機に乗り組んでいたところ、撃墜されて日本側の捕虜になった元米兵レイモンド・ハロランさん(89)が7日、メンローパークの病院で死去した。死因などは伝えられていない。
ハロランさんは1945年3月の東京大空襲を生き延び、捕虜のまま終戦を迎えた。80年代からたびたび日本に招かれるなどして、各地で自分の体験を伝えてきたほか、自機を撃墜した日本のパイロットとも再会するなど、戦争体験者らとも交流を重ねてきた」


人を憎しみに駆りたてる戦争は数え切れないほど大勢の人を不幸のどん底に陥れる恐ろしいものです。
そしてその傷痕(きずあと)はなかなか癒えません。
しかし、上の記事を読むと恐ろしい戦争の陰に咲く一輪の美しい花を見るような清々(すがすが)しい気持ちになります。
起きてしまった過去はもう元に戻すことはできません。しかし、その辛い過去から目を離さずに同時に希望の明日に目を向けることはできます。
それを可能にするのは、赦しと愛です。
冒頭の記事のハロランさんの人生はまさにその表れです。


去る5月27日のブログ記事「平和をつくるものは幸いです」の中に、テロリズムの問題解決は市民レベルの交流を通して、お互いの違いを認めた上で理解を深めていくことにあるという旨を書きましたが、本当にそれ以外道はないと私は思っています。


時を同じくして、アメリカの日本文学研究者ドナルド・キーン氏(88歳)が、日本への永住を決意して日本国籍を取得し、ニューヨークで最後の講演をしたという記事が数日前の新聞に載っていました。
キーン氏は16歳でコロンビア大学文学部に入学し、中国人留学生と知り合いになり、漢字に興味を持つようになります。
そしてその延長で『源氏物語』を読んだのを機に日本語に惹かれ、日本研究の道に進みます。
大学卒業後、日米開戦にともなって米海軍日本語学校に入学し日本語の訓練を受け、戦争中は通訳の仕事をします。


当時、日本では英語は敵国語で英語を学ぶことは売国奴だと言われていましたが、アメリカでは軍隊で日本語の特訓をしていました。
そして、ここからキーン氏やサイデンステッカー氏など将来の偉大な日本文学研究者が生まれ、戦争で傷ついた両国間の橋渡し役をすることとなったのです。
なんという不思議な巡り合わせでしょうか。


学生時代、私はキーン氏とサイデンステッカー氏のファンのひとりでしたが、両氏とも日本を、そして日本人をこよなく愛した人たちでした。
冒頭のハロランさんもそのような人のひとりです。
私のアメリカ人の叔父も硫黄島上陸に参加した元米兵でしたが、そののち私の叔母と結婚して日本に永住することになり、私の人生に多大な影響を与えてくれました(「意思あらば道通ず」)。
願わくは、今日も傷ついているアフガンやパキスタン、イラン、イラクなどの人たちにもこのような赦しと愛を体験してもらう日が一日も早くやってくるように。


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平和をつくるものは幸いです。

2011.05.27日

ACの公共広告「『思い』は見えないけれど、『思いやり』はだれにでも見える」については、これまでこのブログの記事で何度か取り上げてきました。
テレビのCMは、階段をつらそうに上るお年寄りの横を通り過ぎた高校生ぐらいの少年が、勇気を出して数段戻り、おばあさんの手荷物を持ってあげて一緒に上るという心にジーンとくるシーンです。


昨日、これとそっくりの状況を耳にしました。
ひとりの若い女の子が道を歩いていて、交差点の信号が渡れないおばあさんを見かけました。
おばあさんは腰が直角に折れ曲がって前方も見えないほどだったそうです。
一旦横を通り過ぎたもののやはり気になって戻り、おばあさんに声をかけて一緒に横断歩道を渡りました。
しかし、それでもまだ不安だったこの子はおばあさんと一緒に歩いて家まで送ってあげたそうです。
その距離、約1キロです。しかも、自分の向かうのとまったく逆の方向。
つまり往復で2キロあまり余分に歩いたのです。
私はこの話を聞いて、その子の勇気に拍手を送り、自分が当のおばあさんになったような思いで、心から感謝しました。


「愛」とは、時間も労力も犠牲にする、というより犠牲とは思わずに自ら進んで人のために行う行為のことです。
しかもなんの見返りも期待せずに。
人はだれでもこの世に生を受け生きている限り、数え切れないほど大勢の人々のお世話になっています。
そのお礼をするのは人間として当たり前のことですが、それを当事者にではなく別の人にお返しする。それが「ペイ・フォワード」です。
一人ひとりが、上の例のように小さなことを心がけるなら、これがやがて家族に、近所に、学校や会社、社会全体に、そしてゆくゆくは世界平和にもつながっていくのです。


先日、小学生のNIE(教育に新聞を)のクラスでテロリズムについて話し合いました。
ビンラーディンが殺害されたことに対して、アル・カーイダが報復し、それに対してまた報復と、終わりのない泥沼に陥る様相です。
この悪い連鎖を断ち切るにはどんな方法があるだろうか、と生徒に問題提起しました。
オバマ大統領がパキスタンに行って、アル・カーイダのリーダーと話し合えば解決するだろうかと私は問いました。
みんなの答えは「ノー」でした。
そこで私は、かつて長年にわたって流血が繰り返されたイギリスとIRA(アイルランド共和軍)との戦いを例に挙げ、生徒に考えてもらいました。
すると、「お互いにもっと理解できるように市民レベルで交流する」という素晴らしい意見が出ました。
これが正解です。


そして、そのためには、私たちが毎日の生活の中で、目に見える「思いやり」を冒頭の話のように実践することが一番の近道であり、また唯一の方法なのです。


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祈り

2010.08.02日

今日の読売新聞2面「平和と核廃絶を願う『INORI〜祈り〜』を歌う歌手 クミコさん 55」から。


「千羽折れば病気が治ると信じ、鶴を折り続けた少女。広島の『原爆の子の像』のモデルで、白血病のため12歳でこの世を去った佐々木禎子(さだこ)さんの、おいが作った曲を託された。
シャンソン歌手として活動を開始。命の尊さをテーマにした曲を多く歌ってきたものの、最初は歌うのをためらった。
『私には重過ぎる』。しかし、『二度と二度と辛(つら)い思いは 誰にもしてほしくはない』という禎子さんの祈りのような曲のメッセージを、『ちゃんと伝えるのが使命』と思うようになった。
同時に、平和への祈りを込めた折り鶴を集めようと思い立ち、インターネットなどで参加を呼びかけた。
自らも折り紙に向かい、気付いた。『折っていると、無心になるんです。「折る」と「祈る」は漢字も似ている。禎子ちゃんは、痛みやつらさを忘れるために折っていたんじゃないかな』
集まった折り鶴は約5万2000羽。原爆忌に合わせて広島に届け、この曲を披露する。
「生きたいと願った一人の少女の歌であり、背景に何万人もの苦しみを抱えている歌。丁寧に丁寧に歌っていきたい」』


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中学3年の英語の教科書 New Crown の Lesson 4 にちょうどこの佐々木禎子さんの物語が出てきます。
夏期講習に入って、先日やったばかりです。
生徒たちはこの箇所を学んでいて、ただ単に英語の単語や文法を覚える学習作業をするだけでなく、このストーリーの中に引き込まれます。
そして、「禎子さんは、きっと治ると信じて千羽鶴を折りました。
でも、禎子さんは亡くなりました」
という教科書のあっけない終わりにみんなとてもがっかりしていました。
しかし、この2行の行間に上の記事のような感動的な出来事が隠されているのです。


禎子さんは「きっと治ると信じて」千羽鶴を折ったのに、その甲斐なく亡くなってしまいました。
しかし、それで終わったのではありません。
その続きの物語が65年経った今日もまだ生き続けているのです。
そして、禎子さんの平和を求める祈りが今日、世界中に広げられ、禎子さんの尊い遺志が脈々と受け継がれているのです。
今週金曜日に行われる広島の平和記念式典で、その生きたドラマが演じられます。
世界中の多くの人々の心を動かし、核廃絶を願い(「核のない世界」)、平和を求める祈りが全世界で捧げられますよう、私も陰ながら祈るものです。


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慈しみの心

2010.01.02日

昨年の6月9日のブログに、私たちはみんなパズルの中のワンピース、不必要な人などひとりもいません、と書きました(「パズルのワンピース」)。


詩人、絵本作家の谷川俊太郎さんが「みんなちがって」と題して、次のように書いています。
「たとえれば
この世は複雑精緻(せいち)なジグソーパズル
ありとある生きものがパズルの一片
風に乗るもの 地をはうもの
砂にひそむもの 岩に棲(す)むもの
水に潜るもの 草原を駆けるもの
ピースひとつがまた枝分かれして
数え切れないピースがひしめき
どんなに小さいピースが欠けても
世界はその傷口から病んでゆく


たとえれば
この星は和音に満ちたオーケストラ
そこではひとつひとつのいのちが楽器
囀(さえず)るもの 吠えるもの
コトバもつもの うめくもの
黙っているもの 地響き立てるもの
繊細微妙(せんさいびみょう)ないのちの波動が
スコアに書けないいのちのとどろきが
太古から豊かな調べを奏でている
確かなリズムを刻み続ける


自然が生んだ生きものたちの
さまざまな形さまざまな色さまざまな性(さが)
ヒトの都合で左右できない天与(てんよ)の豊穣(ほうじょう)
それをかつて一人の娘はこう記した
『みんなちがって みんないい』」
(末尾のことばは、金子みすずの詩「私と小鳥と鈴と」より)


この世の中の生きとし生けるものへの賛歌です。
そしてこれは、冒頭に引用した私のブログの「この世に不必要な人」などひとりもいない、に相通じます。
私たち一人ひとりが、あらゆる生きものに対して、また地球上のすべての人に対して、このような慈しみの心をもつならば、この世から争いやテロや殺し合い、妬み、嫉妬、騙し合い、奪い合いなどが消えることでしょう。


私たちみんなが耳を傾けるべきメッセージが上の詩の中にあります。


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ノーベル平和賞、おめでとうございます!

2009.10.10日

5年前のことです。
ある朝、いつものように起きて着替え、郵便受けに入っている朝刊を取ろうと思って玄関のドアを開けました。
家の周りは黒山の人だかりです。
何事かと思った瞬間、一斉にフラッシュがバチバチと大きな音を立ててたかれ、私はそのまぶしさに目がくらみました。
「おめでとうございます!」
「ノーベル平和賞、受賞おめでとうございます!」
私は何が何だかさっぱりわけが分からず、キョトンとしていました。
「受賞の感想を何かひとこと!」
えっ、まだ寝ぼけているのだろうか?
それともまだ夢の中だろうか?
あっ、わかった。これはきっと例のドッキリカメラだ!
と思った瞬間、目が覚めました。
夢だったのです。(当たり前のことですが...)
でも、あまりにもリアルな夢だったので、夢なのか本当なのかわからないぐらいで、私はしばらく夢の余韻を布団の中で味わっていました。


今朝、玄関のドアを開けて郵便受けから新聞を取ると、1面トップを飾っていたのはオバマ米大統領のノーベル平和賞授与決定の記事でした。
私は心からオバマ大統領に「おめでとうございます!」と言いました。
まるで自分のことのように嬉しかったです。(私が受賞できるわけないのですが)


今年の3月、アカデミーの卒塾式をするとき、生徒にプレゼントするアルバムの中に各教師の紹介欄があり、そこに「尊敬する人」というのがあったのですが、私は躊躇することなく「オバマ大統領」と書きました。
生い立ちが貧しくて、苦学生だったこと、そのような中でコツコツと努力して今日の人生を築き上げてきた、という点で私はオバマ大統領を心から尊敬しています。
彼の"YES, WE CAN!" のメッセージに共感を覚えました。
また、彼の苦学の学生時代にもとても親しみを感じました。
さらに今回のノーベル平和賞授与の決定で、同じ平和を愛する者として、また同じ賞の受賞者(?)として、ますますオバマ氏に共感しました。


ですから、オバマ大統領のノーベル平和賞授与決定のニュースに、私はとても興奮したのです。
しかも、授与決定の理由が「実績」ではなく、「期待値」であることも素晴らしいと思いました。
これで、オバマ氏自身も、アメリカ合衆国も、アメリカ国民も、また全世界も、心をひとつにして「核のない平和な世界」を希求し、実現に向けて努力するのを後押しすることになるでしょう。


オバマさん、本当におめでとうございます!
でも、仕事はこれからですよ。
頑張ってください!世界のみんなが応援していますよ。


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核のない世界

2009.07.10日

イタリアのラクイラで行われた主要8カ国(G8)首脳会議が10日閉幕しました。
首脳宣言・声明骨子の中に、「核兵器のない世界に向けた状況を作ることを約束する」というのがありました。
今日の読売新聞のUSO放送に「核のない世界  うちのことか?  自民党員」とあって、思わず笑ってしまいました。
それはさておき、冷戦時代と呼ばれた20世紀後半は、核による抑止力という名目の下で核兵器がどんどん作られエスカレートしていきました。
冷戦時代は1989年に終わりましたが、21世紀に入ってからはイランや北朝鮮などの核拡散問題が新たに浮上し、人類は常に核戦争の脅威にさらされてきました。
しかし今年初めに誕生した米オバマ政権は前政権と異なり、力によらない和平交渉を軸にした外交を進めようとしています。そのひとつが、今回の「核のない世界」を目指す、というものです。


現在のアメリカはまだ世界で最大の核保有国であり、そのアメリカがそんなこと言ったって現実味が薄いと感じる人が多いことと思います。
しかし、これは「核のない世界」づくりに向けた大きな一歩です。
何事も最初の一歩を踏み出すのが難しいものです。
今回、アメリカとロシアが「核のない世界を目指す」で一致したのは素晴らしいことです。
現在保有する核を即座に全部廃棄する、というのは確かに現実的に困難でしょう。
でも、それに向けたスタートを今切ろう、という決意がなされたことは大いに評価されるべきでしょう。


「千里の道も一歩から」とか、「ローマは1日にしてならず」、「ちりも積もれば山となる」等など、古人の素晴らしい格言が私たちに与えられています。
平和を築くのも一歩からです。
核を世界からなくすなんて不可能だ、と言っていたら、確かに永遠になくならないでしょう。
核のある世界よりもない世界のほうがいいに決まっています。
ならば、なくすための第1歩を踏み出すことが大切なのです。たとえ道は遠くても。


この1か月余り平塚と名古屋の間を車で何度も往復しています。
ときに夜中に家に戻ることもあります。
夜間、高速道路を走るのはとても神経を使い、疲れます。
名古屋から平塚に向けて夜走るとき、絶えず40m先しかヘッドライトは照らしませんが、絶えずその40m先を見ながら運転を続けます。
40mが80mに、やがてそれが4kmに、80kmにというふうに積み重ねていくうちに、いつの間にか350km先の平塚の我が家に着くのです。


平和への道も同様です。
たとえ小さな一歩でも、積み重ねて前進していくことが、やがて「核のない世界」へと導いていくのです。
今回のG8で「核のない世界」を目指していくと宣言されたことは、まことに人間に与えられた知恵の結果だと思います。


「平和をつくり出す人たちは、さいわいです。
彼らは神の子と呼ばれるであろう」 (マタイの福音書5:9)


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宇宙船「地球号」

2009.06.14日

宇宙航空研究開発機構は6月11日、2007年9月14日の打ち上げ以来、17か月余りにわたり月の全球を観測した月周回衛星「かぐや」を月に制御落下させた、と発表しました。
TVのニュースでは、宇宙航空研究開発機構の職員達が手をたたいて、落下の成功を祝っていました。
確かに、月に関する貴重な観測データを数多く地球に送り、素晴らしい成果を上げました。
しかし、衛星を「かぐや」と命名して、「かぐや姫 月に帰る」というニュースの見出しには、何か人間のエゴのようなものを感じてしまいます。
たとえ名前は「かぐや」でも、もともと月のものではなく、人間が月に持って行ったもので、いわば月に産業廃棄物を残してきたのです。


宇宙航空研究開発機構によると、「かぐや」は月面に衝突しないよう常に軌道修正をかけていたそうで、そのための燃料がつきてしまったので、落下させたということです。
まあ、確かに仕方ないことなのかもしれませんが、しかし今後、日本を始め他国が同様に、月や火星などに衛星の残骸を残してくると、今問題になっている宇宙ゴミと同じことになると思います。


宇宙ゴミは、地球から高度2000キロ以下のところに何と4500トン以上も浮遊しているとのことです。地表から300 - 450kmの低軌道では秒速で7 - 8kmという高速で移動していて、宇宙船に衝突すると大きな損傷を与えるといいます。5 - 10mmのデブリ(宇宙ゴミ)と衝突するのは大砲で撃たれるに等しい(Wikipediaより)そうです。


spacedebri.jpg


宇宙ゴミのイメージCG(Wikipediaより)


それはさておき、月面近くの「かぐや」から送られてきた満月ならぬ「満地球の出」は実に美しい画像でした。


fullearth.jpg


YouTube の動画はこちらから。


果てしなく広がり続ける無限の宇宙に、こんなに美しい地球が浮かんでいるのです。
宇宙から見た美しい地球の姿。
こんなに美しい地球上で、戦争や殺し合い、憎しみ合い、飢餓などが毎日起こっているというのは実に残念なことです。


私たちはみんな、いわば運命共同体である宇宙船「地球号」に乗っているのです。
誰かが痛み、苦しむことは、ほかの人にとっても同じ痛み、苦しみを味わうことなのです。
私たち人間は、もとをたどれば、みんな兄弟、姉妹、親戚です。
宇宙船「地球号」を、みんながお互いにいたわり合い、助け合う、そのような平和なものにしたいものです。


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新しい年に期待すること

2009.01.01日

新年明けましておめでとうございます


昨日、妻と一緒に車で名古屋の妻の実家に行ってきました。
途中、足柄SAで富士山をバックに写真を撮りました。


2009.1.1


義母と義弟・義妹達と一緒に親しく交わるのを楽しみにしていたのですが、義弟が体調を悪くしていたために、義母の訪問と義弟の見舞いに終わり、本当に残念でした。でもこの家族のために少しでも力になることができて感謝でした。


この年末年始、イスラエルとパレスチナ自治政府の間の軍事衝突、イスラエル軍のガザ空爆で死者400人超、負傷者2000人という痛ましいニュースが報じられています。
パレスチナ自治政府はイスラエルの生存権を認めない、イスラエルは自らを守るために自治政府を攻撃する、パレスチナハマスはロケット弾で報復する、という悪循環です。


しかしこのような悲劇は、なにもイスラエルとパレスチナ自治政府の間に限ったことではありません。いつも思うことですが、人間誰しも自分が可愛いものです。自己中心なのです。相手を認めないで、自分の言いたいことだけ主張していたらいつまでたっても解決の糸口は見つかりません。お互いに折れる、相手を認める、相手の立場を尊重する、これしか生き残る道はないのです。


私は昨日・今日の出来事を帰りの車の中で振り返りながらバリアフリーについて考えていました。
バリアフリーは単に建物の段差をなくすことではないと思います。老人や障がい者、病人だけを対象にするものでもありません。真のバリアフリーとは、貧富の差、男女の差、能力の差、身分・地位の差、民族・人種間の違い、宗教の違い、政治信条の違い、これらすべてを越えて、相手をありのまま受け入れ、認める。これができなければ人類の将来はない、と思います。
イスラエルとパレスチナのような国家間の問題だけでなく、もっと身近なところ、たとえば夫婦間、親子間、兄弟間、友人間、同僚間、近所の人たちの間、これらすべてにおいて、いじめや差別行為等の障壁をなくすよう、日常の生活の中で私たち自身が努力する。この積み重ね、発展が世界の平和につながっていくと思います。


バリアフリー、障壁をなくした本当の平和は、思いやりの心から始まります。
この新しい1年、私たちの身の回りで、国内で、世界で、一歩一歩バリアフリーが進められることを心から祈っています。


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平和

2008.12.20日

昨夜は授業終了後、夜中の1時近くまで教師会がありました。
それでこのブログを書くのが1日飛んでしまいました。


教師会では、生徒一人ひとりの様子や、各学年、クラスの様子などの情報交換や、問題点の提起とその解決策、今後の方針などをみんなで話し合います。
これは何年か前の教師会の写真ですが、まあこんな感じです。教師会の写真なんか普通まず撮らないですからね。


cimg0014.jpg


教師会はジョークが飛び交い、いつもとても明るい雰囲気で進められます。
しかし、同時にとても真剣な話し合いです。先生達の献身に感謝しています。
そして、みんな仲がいいなぁ、とつくづく感心します。
私が学生の頃は、こんな打ち解けた楽しい雰囲気はありませんでした。
平和です。先生達の間のこの平和がアカデミーの塾全体にも行き渡っているように感じます。
アカデミーの生徒がみんな、塾がアットホームだ、楽しい、と言ってくれるルーツはここにある、と思いました。


平和と言えば、アシジの聖フランシスコの平和を求める祈りをいつも思い出します。私の大好きな一節です。この祈りを祈るとき、背筋がピンと伸びる気がします。


「わたしをあなたの平和の道具としてお使いください。
憎しみのあるところに愛を、いさかいのあるところにゆるしを、
分裂のあるところに一致を、疑惑のあるところに信仰を、
誤っているところに真理を、絶望のあるところに希望を、
闇に光を、悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください。
慰められるよりは慰めることを、
理解されるよりは理解することを、
愛されるよりは愛することをわたしが求めますように。...」


地球上のみんながこの祈りをもって毎日過ごすなら、世界からは殺人や戦争や、さまざまな犯罪はなくなり、本当の平和がやってくることでしょう。しかし、現実は厳しいです。
であればあるほど、私たち一人ひとりができるところからやっていく、ということしかほかに方法はないのではないでしょうか。


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