学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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殺人事件が予想外の展開に

2017.09.11日

2015年5月、米ミシガン州で起きた殺人事件。


マーティン・デュラムさんが自宅で射殺された。マーティンさんの体には5発の弾が撃ち込まれており、そのうちの1発は頭部へのものだった。また、現場にいた妻のグレナも撃たれて重傷を負っていた。
ところが、数日後に自宅内で遺書が見つかり、凶器と思われる銃も見つかったことから、この事件はマーティンさんの自殺として処理された。


マーティンさんが飼っていたペットのオウムのバドは、マーティンさんの前妻に引き取られたのだが、それから2週間後、バドは何やらわけのわからない鳴き声を発するようになった。しばらく叫んだりわめいたりした後、最後には必ず「撃たないでくれ!」という言葉で終えていたという。


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(イメージ画像)


前妻は何度もこの言葉を聞くうちに、これは死んだマーティンさんの最後の言葉ではないかと信じるようになった。そこで彼女は警察に通報。警察は再捜査を開始した。
ともに再婚である夫妻にはそれぞれ連れ子がいたが、子どもたちは夫妻が金のことでよく口論をしていたことや、ともに怒りやすい性格だったと証言。さらに、残された夫の遺書は、実はグレナが書いたものであることが判明したことなどから、犯人は妻のグレナだと断定するに至った。


8月末、米ミシガン州の裁判所で、陪審員らはオウムの証言を信じる判断を下し、裁判長はグレナ・デュラム(49)に殺人と武器所有の罪で終身刑を言い渡した。この判決の鍵となったのは、オウムが証言した被害者の最期の“声”であった。
(9月10日付 日刊サイゾー 「殺人事件の一部始終を目撃! オウムの“証言”で、被告に終身刑判決が下る」を一部改編)


ペットには飼い主の愛情が伝わり、ペットもその愛情に応えようとするものです。
近年は空前のペットブームですが、一方でペットに対する虐待や遺棄なども大きな社会問題になっています。
ペットは家族の一員です。一旦飼い始めたら、最後までしっかり世話をするのが飼い主の責任・義務であり、さらに愛情を注いで飼うことによってペットからも愛情が返ってきて、お互いに幸せになれるのです。


あっぱれバド! マーティンさんに対するきみの愛の恩返しが実を結んだね。


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信じるなら成し遂げる道を見出せる

2017.05.17日

"Believe it can be done. When you believe something can be done, really believe, your mind will find the ways to do it. Believing a solution paves the way to solution."
--David J. Schwartz – 1927-1987, Author
「できると信じなさい。できると信じるなら、本気で信じるなら、あなたの知性はそれを成し遂げる道を見出します。解決を確信すると、解決への道が開かれます」
--デイビッド・J・シュルツ、作家
(訳 舟田譲二)


2年前、「不可能を可能に」という記事の中で、
「もし不可能だと思ったら不可能だ。もし可能だと思ったら可能だ。いずれにしてもあなたが考えるとおりになる」
という言葉を紹介しましたが、デイビッド・J・シュルツもまったく同じことを言っています。


ちょうどこのことに思いを馳せていたとき、ロシアの15歳の青年、アレクセイ・ロマノフさんのことを知りました。
両手の指がないという障がいをもって生まれてこられましたが、普通だったら「不可能」と思えるようなことにチャレンジしました。
そして、なんとわずか1年半後には下の動画のように素晴らしいピアノ演奏ができるようになっているのです。
この動画は世界中の人たちを感動させ、勇気や希望を与えてくれて、冒頭の言葉が真実であることを教えてくれます。
これを見ると、「無理」「不可能」「できない」などと、私たちが日々の生活の中であまりにも容易くに言って甘えていることを恥じるようになります。
あなたの前に立ちふさがる「不可能」はなんですか?



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良い人間関係を築くために

2017.04.09日

まれに見るほど幸福に感じている100人にインタビューしたなら、戻ってくる答えの共通点のトップは「まれに見るほど」の良い人間関係です。


現代の私たちの大衆文化の中では物質主義や自尊心などが一般に広く受け入れられているにも関わらず、富や美は幸福をもたらすのには不十分です。
と言うか、富や美は幸福になるために必要でさえありません。さらに言えば、職場での、家族間での、あるいは家庭内における下手な人間関係が、苦悩と心労の確実な原因です。
私たちのほとんどにとって、幸福のレベルにもっとも大きな影響を与えるのは家族間の人間関係です。その中でも一番強力な影響を持つのは、ひとつの屋根の下に一緒に住んでいる核家族で、とくに親子間の関係です。


年齢に関わらず、あなたと両親との関係は慰めになるか苦痛になるかのどちらかです。多くの子どもたちは両親に対して相反する感情を持っています。しかし、ほとんどの子どもは両親に認めてもらいたい、関心と愛を示してもらいたいと切に願っています。両親も似たようなニーズを持っています。


あなたが親だったら、子どもがあなたに愛されていると感じるよう、つねに、そして真剣な努力をする決意をしなければなりません。
子どもにもっと幸せになってもらいたい、そして自分自身ももっと幸せになりたいと思うなら、子どもたちが頑張っているのを低く評価したり、認めることをおろそかにしたりせず、また失望しているような素振りをすることは避けなければなりません。息子、娘として誇りに思っているということを伝えなさい。


そして、今もまだ両親が健全であるなら、子どもの頃両親にしてもらったことに対してだけでなく、今のありのままの両親を愛していることを伝えて喜ばせてあげましょう。
両親に頻繁に話しかけ、上辺でない、有意義な会話をしましょう。
また両親の助言を求めましょう。あなたがその助言にたとえ同意しなくても、軽蔑の眼で両親を見るようなことをしてはいけません。
愛を表す最善の方法は、敬意を表すことです。


マイケル・ジョゼフソン
(訳 舟田譲二)


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希望の虹

2016.11.28日

"Try to be a rainbow in someone's cloud."
--Maya Angelou - 1928-2014, Poet and Author
「誰かの曇った心の雲の中で虹になろう」
--マヤ・アンジェロウ、詩人・作家
(訳 舟田譲二)


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詩人、歌手、女優であるとともに、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアと一緒に公民権運動に参加した活動家。
8歳のときに母親の恋人にレイプされるという痛ましい経験をし、それ以来人間不信になります。
しかし、愛と希望の力に目覚めて、16歳でサンフランシスコで初の黒人女性車掌になり、それがきっかけで積極的な人生を歩み始めます。
『歌え、翔べない鳥たちよ』 (I Know Why the Caged Bird Sings)は、1930年代〜40年代にかけての偏見と差別の中で過ごした貧しい子ども時代の自身の体験をつづった自伝.。
彼女は作家として一躍有名になります。
1993年、ビル・クリントンのアメリカ合衆国大統領就任式にて自作の詩を朗読し、2011年には大統領自由勲章を受章。今日、全米の人々が尊敬する黒人女性作家です。


冒頭の
「誰かの曇った心の雲の中で虹になろう」
は、まさにマヤ・アンジェロウの人生そのものを表した名言です。
自分の生まれ育ちを呪い、自分をさげすみ、裏切り、ひどいことをしてきた人々や社会を恨み、憎んで生きる道もありましたが、彼女はその正反対の生き方、すなわち人々の心の雲の中にかかる希望の虹になることを選択したのです。


彼女のその立派な生きざまの前に、私はただただ頭を垂れ、心砕かれるばかりです。


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苦しみや困難な中にある人へ

2016.09.26日
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私の名前はアシュリンです。
今11歳ですが、8歳の頃からずっとトゥレット症候群で苦しんでいます。まばたきや変な呼吸といったひきつけを起こします。
家族も私も初めのうちはただの癖かなにかだと思っていました。でも、だんだん症状がひどくなってきてようやくトゥレットだとわかりました。というのはお父さんも同じトゥレットだったからです。
じつは正式にトゥレットと診断されたわけではありません。というのは、これがトゥレットだということはみんなわかっているからです。それで両親は私をお医者さんに連れて行って、ただひどくならないようにと、薬を出してもらうことを望んでいないのです。


私がトゥレットだとわかってからわりとすぐに家族は引っ越しました。そしてありがたいことにホームスクーリングで学ぶようになりました。でも、教会は変わらなければなりませんでした。
新しく通い始めた教会の礼拝はすばらしかったです。でも私はきっとパニックするだろうとおそれていました。私がひきつけを起こしているのを、だれかがじっと見ていました。
その日、家に帰ったときには泣きそうになりました。
教会で洗礼を受けて半年ぐらいするとひきつけはほとんどなくなりました。2年半ほど前のことです。


それから家族はもう一度引っ越しました。そして昨日の晩、私たちはジェイミー・グレースのキャンプコンサートに行ってきました。
ジェイミーが自分のひきつけのことを話し始めたとき、私は泣きそうになりました。
ジェイミー・グレースもトゥレットだということを私は知っていました。だからジェイミーのおかげで、私もトゥレットであるということがうんと楽になりました。
ジェイミーが「神様はぜったいに間違ったことはされない」と言ったとき、もう私はその場で泣きたくなってしまいました。
幼稚園の頃からの友達に、何か月か前にトゥレットのことを勇気を出して言いました。
「あなたがトゥレットだからと言って、私はあなたのいい友達だってことに変わりはないわよ」と友達が言ったとき、また泣きたくなりました。


ギターを弾いたり、歌を歌ったりすると気持ちが落ち着きます。
ギターを習い始めて2年ぐらいになります。ギターを弾いていると気持ちよくなって、ひきつけを起こさないことに気づきました。
それからもうひとつ、トゥレットだということで落ち込むこともありますが、人と同じであることよりも人と違うということはもっといいことなんだ、ということがわかるようになりました。
これはトゥレットに限らず、自分が人と違うということで辛い思いをしている人がいたら、ジェイミー・グレースが言っているように、「神様はぜったいに間違ったことはされない」ということを思い出してほしいと思います。人と違うということであなたはもっとすてきな人になっているからです。

(訳:舟田 譲二)


ちょうど二日前、ピアノや歌を教えていらっしゃるFBフレンドのTakami Anabukiさんから、このジェイミー・グレースの"Fighter"という歌の歌詞を翻訳して欲しいと依頼されました。
訳していて魂に迫ってくるものを感じました。
この歌は、苦しみや困難な中にある人が必死で立ち上がろうとしている姿を歌っているもので、同じような境遇にいる人への励ましのメッセージとなっているからです。
これがその歌です。
長くなるので歌詞は明日のブログに載せることにします。



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こんなことがあり得るのか!

2016.07.10日

希望に胸をふくらませてベネズエラからアメリカに留学してきて、エンジニアリングを学んでいた美しい20歳の女性の人生が一瞬にして悪夢に変わった。
酒気帯び運転をしていたひとりの若者の車がセンターラインを越えて女性の乗っていた車に正面衝突。
女性は九死に一生を得たものの、全身の60%を覆う重度の火傷を負う。
事故後10か月間意識不明。50回にも及ぶ手術を受けて生き返るも、顔も身体も焼け落ちて恐ろしい姿に一変した。
女性は今でも悲しくて毎日5分間泣くが、泣き終わったら気持ちを切り替えて明るく生きようと努めている。


彼女の名前はジャッキー・サブリード。
オプラ・ウィンフリー・ショーで、加害者の男性の母親と初対面し、言葉を失っている母親を抱きかかえて、
「大丈夫よ。大丈夫」
と慰める。
それに対して、母親はジャッキーに、
「あなたは世界一美しい」
と答える。


見る人々を泣かせる感動的なシーン。私も大泣きに泣きました。



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ダウン症の若者のTV番組、米テレビアカデミー賞を受賞

2016.06.10日
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ようやくこういう時代が到来しました。
ダウン症の人たち、またその他の「障がい」を持った人たちへの偏見や差別がなくなる日が一日も早く来るよう心から願うものです。
下の動画は感動物です。


複雑な問題に取り組み、社会への変革をもたらしたTV作品に贈られる米テレビアカデミー賞(Television Academy Honors)。
第9回テレビアカデミー賞をダウン症の若者のリアリティ番組”Born This Way”が受賞しました。


“Born This Way”は大人のダウン症のある人の問題・課題にフォーカスした内容です。
7人のグループが友情、恋愛、仕事などに情熱を傾け、人生の夢をかなえるために頑張る姿がカメラに収められています。


番組制作したA&Eは”Born This Way”放映開始以降、(第6話まで)視聴率が83%伸びたと言います。
「(この結果に)わたしたちは圧倒されました。障がい者の方やその家族の視聴者から様々な意見や感想が寄せられました。」
「わたしたちの見ている世界を変化させるような番組を作ることは非常に難しいです。”Born This Way”は、その番組の一つだと私たちは信じています。」

「DS21.info」より)



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そうこなくっちゃ!

2016.06.08日

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飛行機の機中でのこと。
「ちょっとスチュワーデスさん!席を変えてちょうだい」
ヨハネスブルグ発の混んだ飛行機の中で、白人中年女性の乗客が叫びました。
「何かありましたか?」
「あなたわからないの?黒人なんかの隣には座りたくないのよ!  こんな人迷惑だわ」
女性の隣では、黒人男性が憮然とした顔で座っています。
「お客様、少々お待ち下さいませ。空いている席を確認してきます」
乗務員は足早に立ち去りました。
周囲の乗客はざわざわと不穏な空気に覆われました。
しばらくして乗務員が戻って来ました。
いずれの航空会社の乗務員も、接客については、 厳しい教育を受けてきています。
その乗務員がどのようにこの乗客に応対するのか、 機内の乗客全員がかたずを飲んで、経緯を見守っていました。


乗務員は件(くだん)の乗客にこう言いました。
「お待たせしました。ファーストクラスにひとつ空きがありますので、どうぞそちらへ」
周囲の乗客のため息がもれました。
しかし、
「本来ならこういうことはできないんですが、隣の席がこんな人では確かに迷惑でしょうと、機長が特別に許可しました。さ、どうぞ」
ファーストクラスに招かれたのは、黒人男性の方でした。
周囲の乗客は、ホッとした表情で、 にこやかに黒人男性を見送りました。

(「おっちゃん、おばちゃんのゆるゆる倶楽部」より)


爽快!
そうこなくっちゃ!
結末を読んでホッとしました。
"I have a dream!"というあの偉大な演説をしたマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師も、半世紀を経た今日、まだまだ一部とは言え夢が実現されつつあることを知って、きっと天国で喜んでいらっしゃることでしょう。


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命のサイン帳

2016.04.02日
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ある日、ディズニーランドのインフォメーションに、ひとりのお父さんが元気なさそうにやってきました。
インフォメーションのスタッフが、「どうかなさいましたか?」と尋ねたところ、
そのお父さんは答えました。
「今日、子どもと一緒に来ました。子どもが、ミッキーちゃんとか、ミニーちゃんとかのキャラクターにサインをしてほしいと言っていたので、サイン帳を持ってきたんです。
子どもは、キャラクターを見つけては、一人ひとりにサインを書いてもらっていました。
そして、あと少しでそのサイン帳が全部埋まるというところで、そのサイン帳を失くしてしまったんです。
サイン帳、落し物で届けられていないかと思って来て見たんですが、ありませんか?」


インフォメーションには、サイン帳は届けられていませんでした。
そこで、そのスタッフは、考えられるいろんなところに電話をしてみました。
ところが、どこにも届けられていませんでした。
スタッフは、サイン帳の特徴を詳しく聞いた後、「いつまでご滞在されますか?」と聞いたそうです。その家族は2泊3日で来ていたので、2日後のお昼には帰らなければならなかったそうです。
スタッフはそれを聞いて、
「それでは、この後、もう少し探してみますので、2日後、お帰りになる前にもう一度こちらにお寄りいただけますか。多分、それまでには見つけられると思います 」
と言いました。


そして、お父さんが帰られた後、そのスタッフはさらに、いろいろな部署に電話をかけて聞いてみたり、自分の足で駐車場や心当たりのある場所に探しに行ったそうです。
ところが、やっぱり、どうしても見つかりませんでした。
もしかしたら、それを拾った人が、「すごい! これキャラクターみんなのサインが書いてある」と言って、喜んで持って行ったのかもしれません。


で、そのスタッフの子は、どうしたかと言うと、結局、そのサイン帳と同じサイン帳を自分で買って、自分の足で、いろんな部署をまわって、キャラクターのサインを全部書いてもらって当日を迎えたそうです。


当日、お父さんがやってきました。
多分見つからないんだろうなという気持ちで来たのだと思います。
お父さんは、「どうでしたか?」と聞きました。


すると、スタッフの子は、
「申し訳ございません。そのサイン帳は見つけることができませんでした。
でも、お客様、こちらのサイン帳をお持ち帰り下さい」
と言って自分の買ったサイン帳を手渡しました。


お父さんが中を見ると、びっくり。キャラクターのサインが全部書いてあったのです。
お父さんは、もちろん大喜びして、「ありがとうございます!」と言って持って帰ったそうです。


ところが、この話はここで終わりません。
後日、ディズニーランドにそのお父さんからの、一通の手紙が届きました。


先日は「サイン帳」の件、ありがとうございました。
実は、連れて来ていた息子は脳腫瘍で、いつ死ぬかわからない、という状態の時でした。
息子は物心ついたときから、テレビを見ては、
「パパ、ディズニーランドに連れて行ってね」
「ディズニーランド行こうね」
と、毎日のように言っていました。


「もしかしたら、約束を果たせないかもしれない」
…そんなときでした。
「どうしても息子をディズニーランドに連れて行ってあげたい」
と思い、あと数日で命が終わってしまうかも知れないというときに、無理を承知で息子をディズニーランドに連れて行きました。


その息子が夢にまで見ていた大切な「サイン帳」を落としてしまったのです。あの、ご用意頂いたサイン帳を息子に渡すと
「パパ、あったんだね! パパありがとう!」
と言って大喜びしました。


そう言いながら息子は数日前に、息を引き取りました。
死ぬ直前まで息子はそのサイン帳をながめては、
「パパ、ディズニーランド楽しかったね!ありがとう!また、行こうね」
と言い、サイン帳を胸に抱えたまま永遠の眠りにつきました。


もし、あなたがあの時、あのサイン帳を用意してくださらなかったら、息子はこんなにも安らかな眠りにはつけなかったと思います。
息子は「ディズニーランドの星」になったと私は思っています。
あなたのおかげです。
本当にありがとうございました。


その手紙を読んだスタッフは、その場で泣き崩れたそうです。
もちろん、その男の子が死んでしまったという悲しみもあったでしょうが、
「あの時に精一杯のことをしておいて本当に良かった」
という、安堵の涙だったのではないでしょうか。


(出典元:矢島 実 「涙と感動が幸運を呼ぶ」)


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仕事の価値

2016.04.01日

3年前の記事を再録します。
今、読み返していて思わず泣いてしまいました。
何か感じ取っていただくことができれば幸いです。


私は英語教室・学習塾の仕事をほぼ30年やってきています。
高校1年のとき初めてやったアルバイトは近所のガソリンスタンドの仕事でした。
でも、よく考えてみたら小学2年生のときにそれこそ生まれて最初のアルバイトをしていました。
それは、日本酒月桂冠のテレビのCMとカレンダーのモデルでした。
今日、そのときの写真を発見しました。本邦初公開です。(ちょっとボケていますが)


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このときの様子を「時代の変遷」に書きましたので、よろしければご覧ください。
その後、小学生のころはTVタレント、舞台・映画、高校生以降は金糸製造工場、花屋、衣料品の梱包、ダンボール加工、プリント布地の色抜けの修正、行楽地でのホットドッグ販売、大手塾の電話アポ取り、コンサート会場のガードマン、家庭用品の訪問販売、職域販売、土産物屋のセールス、引越し屋、ビルの清掃、貿易業、家庭教師、塾講師、大学講師、語学学校講師、通訳、翻訳、カウンセラー、セミナー講師、サラリーマン、キリスト教会牧師等を経て、現在の学習塾の仕事に至ったのです。


以下は先日、Facebookにシェアされていた「涙が止まらない」からの転載です。少し長くなりますが、とても感動的なお話ですのでお付き合いください。


「あるレジ打ちの女性」
その女性は何をしても続かない人でした。
田舎から東京の大学に来て、部活やサークルに入るのは良いのですが、すぐイヤになって、次々と所属を変えていくような人だったのです。
そんな彼女にも、やがて就職の時期がきました。
最初、彼女はメーカー系の企業に就職します。
ところが仕事が続きません。
勤め始めて3ヶ月もしないうちに上司と衝突し、あっという間にやめてしまいました。
次に選んだ就職先は物流の会社です。
しかし入ってみて、自分が予想していた仕事とは違うという理由で、やはり半年ほどでやめてしまいました。
次に入った会社は医療事務の仕事でした。
しかしそれも、「やはりこの仕事じゃない」と言ってやめてしまいました。


そうしたことを繰り返しているうち、いつしか彼女の履歴書には、入社と退社の経歴がズラッと並ぶようになっていました。
すると、そういう内容の履歴書では、正社員に雇ってくれる会社がなくなってきます。
ついに彼女はどこへ行っても正社員として採用してもらえなくなりました。
だからといって生活のためには働かないわけにはいきません。
田舎の両親は早く帰って来いと言ってくれます。
しかし負け犬のようで帰りたくはありません。
結局、彼女は派遣会社に登録しました。
ところが派遣も勤まりません。
すぐに派遣先の社員とトラブルを起こし、イヤなことがあればその仕事をやめてしまうのです。
彼女の履歴書には、やめた派遣先のリストが長々と追加されていきました。


ある日のことです。
例によって「自分には合わない」などと言って派遣先をやめてしまった彼女に、新しい仕事先の紹介が届きました。
スーパーでレジを打つ仕事でした。
当時のレジスターは今のように読み取りセンサーに商品をかざせば値段が入力できるレジスターではありません。
値段をいちいちキーボードに打ち込まなくてはならず、多少はタイピングの訓練を必要とする仕事でした。
ところが勤めて1週間もするうち、彼女はレジ打ちにあきてきました。
ある程度仕事に慣れてきて
「私はこんな単純作業のためにいるのではない」と考え始めたのです。
とはいえ、今までさんざん転職を繰り返し、我慢の続かない自分が彼女自身も嫌いになっていました。
もっとがんばらなければ、もっと耐えなければダメということは本人にもわかっていたのです。
しかしどうがんばってもなぜか続かないのです。
この時、彼女はとりあえず辞表だけ作ってみたものの、決心をつけかねていました。
するとそこへお母さんから電話がかかってきました。
「帰っておいでよ」
受話器の向こうからお母さんのやさしい声が聞こえてきました。
これで迷いが吹っ切れました。
彼女はアパートを引き払ったらその足で辞表を出し、田舎に戻るつもりで部屋を片付け始めたのです。
長い東京生活で、荷物の量はかなりのものです。
あれこれ段ボールに詰めていると、机の引き出しの奥から1冊のノートが出てきました。
小さい頃に書きつづった大切な日記でした。
なくなって探していたものでした。
パラパラとめくっているうち、彼女は
「私はピアニストになりたい」と書かれているページを発見したのです。
そう。彼女の高校時代の夢です。
「そうだ。あの頃、私はピアニストになりたくて練習をがんばっていたんだ。。。」
彼女は思い出しました。
なぜかピアノの稽古だけは長く続いていたのです。
しかし、いつの間にかピアニストになる夢はあきらめていました。
彼女は心から夢を追いかけていた自分を思い出し、日記を見つめたまま、本当に情けなくなりました。
「あんなに希望に燃えていた自分が今はどうだろうか。
履歴書にはやめてきた会社がいくつも並ぶだけ。
自分が悪いのはわかっているけど、なんて情けないんだろう。
そして私は、また今の仕事から逃げようとしている。。。」


そして彼女は日記を閉じ、泣きながらお母さんにこう電話したのです
「お母さん。私 もう少しここでがんばる。」
彼女は用意していた辞表を破り、翌日もあの単調なレジ打ちの仕事をするために、スーパーへ出勤していきました。
ところが、「2,3日でいいから」とがんばっていた彼女に、ふとある考えが浮かびます。
「私は昔、ピアノの練習中に何度も何度も弾き間違えたけど、繰り返し弾いているうちに、どのキーがどこにあるかを指が覚えていた。
そうなったら鍵盤を見ずに楽譜を見るだけで弾けるようになった」
彼女は昔を思い出し、心に決めたのです。
「そうだ。私は私流にレジ打ちを極めてみよう」と。
レジは商品毎に打つボタンがたくさんあります。
彼女はまずそれらの配置をすべて頭に叩込むことにしました。
覚え込んだらあとは打つ練習です。
彼女はピアノを弾くような気持ちでレジを打ち始めました。
そして数日のうちに、ものすごいスピードでレジが打てるようになったのです。


すると不思議なことに、これまでレジのボタンだけ見ていた彼女が、今まで見もしなかったところへ目がいくようになったのです。
最初に目に映ったのはお客さんの様子でした
「ああ、あのお客さん、昨日も来ていたな」
「ちょうどこの時間になったら子ども連れで来るんだ」とか、いろいろなことが見えるようになったのです。
それは彼女のひそかな楽しみにもなりました。
相変わらず指はピアニストのように、ボタンの上を飛び交います。
そうしていろいろなお客さんを見ているうちに、今度はお客さんの行動パターンやクセに気づいていくのです。
「この人は安売りのものを中心に買う」
とか
「この人はいつも店が閉まる間際に来る」
とか
「この人は高いものしか買わない」
とかがわかるのです。


そんなある日、いつも期限切れ間近の安い物ばかり買うおばあちゃんが、5000円もするお頭付きの立派なタイをカゴに入れてレジへ持ってきたのです。
彼女はビックリして、思わずおばあちゃんに話しかけました。
「今日は何かいいことがあったんですか?」
おばあちゃんは彼女ににっこりと顔を向けて言いました。
「孫がね、水泳の賞を取ったんだよ。今日はそのお祝いなんだよ。
いいだろう、このタイ」と話すのです。
「いいですね。おめでとうございます」
嬉しくなった彼女の口から、自然に祝福の言葉が飛び出しました。
お客さんとコミュニケーションをとることが楽しくなったのは、これがきっかけでした。
いつしか彼女はレジに来るお客さんの顔をすっかり覚えてしまい、名前まで一致するようになりました。
「○○さん、今日はこのチョコレートですか。でも今日はあちらにもっと安いチョコレートが出てますよ」
「今日はマグロよりカツオのほうがいいわよ」などと言ってあげるようになったのです。
レジに並んでいたお客さんも応えます。
「いいこと言ってくれたわ。今から換えてくるわ」
そう言ってコミュニケーションをとり始めたのです。
彼女は、だんだんこの仕事が楽しくなってきました。
そんなある日のことでした。
「今日はすごく忙しい」と思いながら、彼女はいつものようにお客さんとの会話を楽しみつつレジを打っていました。
すると、店内放送が響きました。
「本日は大変混み合いまして大変申し訳ございません。どうぞ空いているレジにお回りください」
ところが、わずかな間をおいて、また放送が入ります。
「本日は混み合いまして大変申し訳ありません。重ねて申し上げますが、どうぞ空いているレジのほうへお回りください」
そして3回目。


同じ放送が聞こえてきた時に、初めて彼女はおかしいと気づき、周りを見渡して驚きました。
どうしたことか5つのレジが全部空いているのに、お客さんは自分のレジにしか並んでいなかったのです。
店長があわてて駆け寄ってきます。
そしてお客さんに
「どうぞ空いているあちらのレジへお回りください」と言った、その時です。
お客さんは店長に言いました。
「放っておいてちょうだい。
私はここへ買い物に来てるんじゃない。あの人としゃべりに来てるんだ。だからこのレジじゃないとイヤなんだ」
その瞬間、レジ打ちの女性はワッと泣き崩れました。
お客さんが店長に言いました。
「そうそう。私たちはこの人と話をするのが楽しみで来てるんだ。
今日の特売はほかのスーパーでもやってるよ。だけど私は、このおねえさんと話をするためにここへ来ているんだ。
だからこのレジに並ばせておくれよ。」
彼女はポロポロと泣き崩れたまま、レジを打つことができませんでした。
仕事というのはこれほど素晴らしいものなのだと初めて気づきました。
すでに彼女は昔の自分ではなくなっていたのです。
それから、彼女はレジの主任になって、新人教育に携わりました。
彼女から教えられたスタッフは、仕事の素晴らしさを感じながら、お客さんと楽しく会話していることでしょう。
出典元 (木下晴弘著『涙の数だけ大きくなれる! 』フォレスト出版)


嫌々やっているのと、楽しくやるのとでは、こうも違うものなんですね。
視点を変えるだけで、周りの世界も劇的に変わるんですね。
思いやりの心が薄れていく中、心が温かくなりました。
良かったらシェアお願いします。


読み終わったとき、私も胸が熱くなりました。
最後尾を見ると、何と11万人以上の人たちが「いいね!」をクリックしています。


仕事の数では彼女に負けるでしょうが、本当にいろんなことをやってきました。長く続かなかったというわけではなく、自分の経験のためにやってきたことで、それぞれみんなとても楽しみ、同時にたくさんのことを学んできました。そして、これらの経験が今、みんな役立っています。


反人道的、反社会的なものでもない限り、仕事に「いい、悪い」「価値がある、ない」などありません。どれも、その一つひとつが尊い働きで、社会に、そして人々に貢献しています(「自分のすることに誇りを持て」)。


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子育てのあいうえお その2

2015.10.16日

きのうの朝、子供の泣き声を聞いてベランダに出た。幼稚園児の男の子が「いやだ、いやだ…」と歩道で泣いている
◆「ほら、バスが来たぞ」。若いお父さんが叱りつけても小雨のなかを動こうとしない。お父さんは男の子を抱き上げると、頬を軽くポンと叩たたいて、送迎バスのほうに走っていった
◆めずらしい光景ではあるまい。6月というと、たとえば同じ組の、入園したては神妙にしていた腕白わんぱくな子がそろそろ本領を発揮してくる頃でもある。おとなしい子供たちにとっては、乗り越えねばならない第一関門の季節かも知れない
◆「母の日」が過ぎてもうすぐ「父の日」だが、子育て奮闘中の若いパパやママには、元気いっぱいの「いってきま〜す」と「ただいまッ」にまさる贈り物はなさそうである。歌人の俵万智さんが育児の大変さに触れて、「生後1歳までの記憶があれば、子供はみんな親思いになる」と本紙で語っていたのを思い出す。5〜6歳の出来事もしっかり記憶しておいてね、というのが世の親御さんの実感だろう
◆さて、あの子は何がいやでグズっていたか。今朝は笑顔でバスに乗れるといい。

(2013年6月13日付 読売新聞1面 「編集手帳」より)


「生後1歳までの記憶があれば、子供はみんな親思いになる」という俵万智さんの言葉が非常に重く心に響きますが、5〜6歳どころか何歳になっても手遅れということはありません。「思い立ったが吉日」じゃないですが、気づいたその日から実行することが何よりも大切です。
それでは今日のシリーズ「その2」をお届けします。少しでも何かのお役に立つことができれば。


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か  可愛い!
顔や姿、格好だけでなく、言葉や仕草にも子どもの可愛さはあふれています。それを言葉で言い表し、愛情を伝えましょう。
き  気にしなくていいよ。
子どもは誰でも失敗するもの。そういうときに頭ごなしに叱るのでなく、「大丈夫。気にしなくていいよ」と言って、受け入れてあげましょう。そうすると、失敗を恐れずにいろいろなことに挑戦する積極的な子どもに育ちます。
く   くじけるな。
誰にでもくじけそうになるときがあります。「くじけるな」と言って励ますことも大切。
け   けじめをつけよう。
いつもただ褒めるばかりでなく、間違ったことにははっきりと「ノー」と言い、けじめをつけることも教えなければなりません。
こ   後悔しても仕方ない。
失敗したことは後悔しても元に戻すことはできません。後悔するよりもむしろ失敗から学び、新しいスタートを切ることによって、失敗という痛い経験が生かされてきます。
さ   才能がある。
子どもにはみんな才能があります。その才能を見抜き、引き出してあげるのが親の務めです。小さなことでも気づいたらその場で、「お前には才能がある」と言って励ましてあげましょう。その才能はどんどん伸ばされます。野球のイチロー選手などみんなこのようにして才能を伸ばしてきました。
し   幸せだよ。
「お前と一緒にいて幸せだよ」と言葉に出して愛のメッセージを伝えましょう。子どもは精神的にとても安定し、すくすくと成長することができます。
す   素直だね。
親の多くは子どもの素直でないところばかりに目が行って、ついつい「素直でない」と言ってしまいますが、本当はもっと素直なところに気づいてそれを褒める方がはるかに効果的です。
せ   積極的でいい。
積極的な子どもに育てるためには、日常の生活の中で子どもの積極的な面を見つけてそれを指摘し、褒めることが一番です。
そ   想像力があるね。
子どもは想像力がたくましいものです。その想像力を親や周りのおとなが自分たちの常識ではかって「ばか」とか「無理」とか不用意に言ってしまうケースがとても多いです。エジソンやアインシュタインなどの偉大な発明家や科学者などは、みんな親に想像力を褒められて伸びていきました。


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人を偶像化してはいけない

2015.08.07日
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"Everyone should be respected as an individual, but no one idolized."
--Albert Einstein, Theoretical Physicist
「みんな個人として尊敬されるべきである。しかし決して偶像化されてはならない」
-- アルベルト・アインシュタイン、理論物理学者
(訳:舟田譲二)


ここが人間の弱いところで、地位のある人、医者や弁護士、大学教授、学者、作家、芸術家、スポーツ選手、イケメンや美人等々、とかくこれらの人は偶像化されやすいものです。
しかし、その一方で、上のような人たちでない、いわゆるこの世で目立たない人たちは、人間としての尊厳すら認められない。
本来、神が創られた人間は、一人ひとりがほかに類を見ない、ユニークで素晴らしい賜物、能力、優れたものを持っているのに、それらがないがしろにされて、表面的なもので判断され、人々の関心を集め、さらに偶像化されがちです。


アインシュタインはノーベル賞を受賞して以来、人々から偶像視されましたが、彼は決まって、自分はごく普通の人間に過ぎないと言い、生涯謙遜を貫きました。
このような人物の言う言葉だからこそ、重みがあり、真実味があるのです。


人は天の下、みんな平等に創られています。
神以外に誰ひとりとして、神聖視されたり、偶像化されてはいけないのです。


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死が別つまで Part2

2014.11.26日

父親が太郎君の髪を見て言いました。
「太郎。髪が長くなったから、明日散髪に行きなさい」
これをそばで聞いていた母親が言いました。
「あら、いいわよ。今の子供はみんなこんな長さが普通よ。太郎、行かなくていいわ」
ここで問題になっているのは髪の長さではありません。この家ではだれが支配権を握っているかということです。母親は自分が何をしているのか意識していないと思いますが、実は子供の前で父親の頬に平手打ちをくわせたのと同じです。

(『しあわせな夫婦になるために』 柿谷正期著 いのちのことば社 p.26)


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著者の柿谷正期氏は、もうかれこれ40年近くにおよぶ私の師であり、同労者であり、また冗談を言い合える親しい友でもあります。毎週、柿谷氏が牧会していらっしゃる教会の礼拝にも行っています。
去る23日、礼拝後に先生が26年前に書かれた上の書を買い求め早速読みました。
読んでいて、一つひとつ首肯することばかり。そして、自分なりに努力してきたつもりではありますが、この本の中に教えられていることに自らを当てはめると思い当たる節が多々あり、反省しています。よく言われることですが、頭でわかっていることと実行することとは別なんですよね。
夫婦関係、親子関係、セルフイメージ、子育てについてなど、非常に大切なことがぎっしりと詰め込まれていて、今日でも類書を見つけるのはなかなか困難です。
具体的には、夫婦間のコミュニケーションの取り方、夫婦喧嘩の仕方、互いに赦し合うことの大切さなど日常生活に密着した内容になっています。
これから結婚しようとしている人、もう既に結婚している人、良い結婚生活ができている人にもそうでない人にも一読をお薦めしたい良書です。


また、同じく柿谷氏の翻訳による『夫婦のための豊かな性生活の手引き』(エド・ウィート著)のカセットテープ版(CD版もあり)を先日から毎朝妻と一緒に聴いて学んでいます。
我が家ではこういった話題はこれまでずっとタブー視されてきていたのですが、これからも教えられること多く、また同時に反省しきりです。結婚前に、あるいは結婚してからでももっと早くに聴いて夫婦で一緒に学んでおけば良かった、そしてもっとオープンに子どもたちとも聖書に基づいた正しい性の概念を話し合っておけばよかった、と。
現淀川キリスト教病院名誉ホスピス長、大阪大学名誉教授の柏木哲夫氏は、「婚約中のカップル、新婚の夫婦、壮年・中年の夫婦、また初老・老人の夫婦...すべてのクリスチャンが一度聴いてみる価値のあるカセットである」と推薦の言葉を寄せていらっしゃいます。


上記の書籍あるいはオーディオ書籍、その他柿谷氏による著作をお求めになりたい方は、「柿谷カウンセリングセンター 書籍申込み書」から、またカウンセリングご希望の方は、「柿谷カウンセリングセンターホーム―ページ」からどうぞ。
きっとさまざまな問題の解決の糸口になることかと思います。
私自身、これまで柿谷氏にどれほどお世話になってきたかはかり知れないほどで、いつも心から感謝しています。


1年に1日だけの「いい夫婦」ではなく、死が別つまで真のいい夫婦でありたいものです。


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女性差別と女性区別

2014.09.19日

今日のYOMIURI ONLINE KODOMO に興味深い記事が二つ載っていました。


一つは群馬県大泉町の一町議が、町議会全員協議会で、女性の農業委員登用を求める女性団体からの要請書を巡って協議した際、「女性は本当に必要か」「(女性で)大丈夫か」「(女性で)十分働けるか」と発言し、女性蔑視発言などで問責決議案が町議会に提出され、6対5の賛成多数で可決されたという内容のものです。


もう一つは神奈川県内のS女子大学付属中高等学校の記事です。
この学校の「特進コース」で、中3の段階で上位の大学を目指したい生徒を対象に、2009年に「特進準備クラス」を設置し、高等部の学習を先取りするなどの取り組みにより、進学実績も飛躍的に向上。国公立・難関私大をはじめとする他大学の進学者数は24年度の87人から、25年度は112人、26年度は144人と着実に伸びてきているそうです。


こうした実績の裏には、特進クラスはもちろんですが、女性の特質を生かした同校ならではの女子教育の指導方法にあると校長は話しています。
「男子は、突き放してもはい上がれる子が多い。勉強もゲーム感覚でやり、挑戦意欲を刺激することで伸びていきます。女子生徒は1人ではなく、みんなで頑張ることでお互いに切磋琢磨して力を伸ばしていくのが特徴ですね。また繰り返しやるドリル方式や、ほめることで安心感を与える指導法が効果的なようです」


男女別に取り組む教育法は、最近の脳科学によって実証されているといいます。
「ヨーロッパなどでは男女を“差別”ではなく“区別”することで、それぞれの学習効果を高める研究がすでに進んでいます。本校でも今後ともその面での研究を深めていくつもりです」


受験教育に特化せず、さまざまな情操教育に力を入れてきた同校では例えば、中1と高1で週に1回、「茶道の授業」が行われています。礼節を重んじる日本古来の文化を通して、言葉遣いや立ち居振る舞いを磨き、外から見える自分を見つめ直すとのことです。
「茶道の言葉に、守(しゅ)・破(は)・離(り)という言葉があります。守は基本をしっかり守ること。破はそこから発展させること。離はさらに新しい道をひらくという教えです。これは子育てにもつながること。今の親御さんにもわかってもらいたいですね」と同校長先生。


他にも、自分の誕生を知り、乳児に触れ合うことで女性としての自覚と命の大切さを学ぶ「命の授業」。中3全員が普通救命受講証の取得を目指す「心肺蘇生法講習会」。すべての生活の基本となる食育や、中1〜3年生全員が体育館で一斉に行う書き初めなど、一人の女性として生きる上で大切な知識や感性を身につけるカリキュラムがとても充実。


将来、社会と関わり活躍していく女性。結婚し、母として子どもを育てていく女性。どんな未来を選んでも、これからの時代をたくましく、しなやかに生きていくための教育がここにはある、と記事は締めくくっています。


この男女の「差別」ではなく、「区別」を生かした教育は、これから必ず必要性が認められていくと思います。
そもそも男女は、身体だけでなく、精神的にも感受性などさまざまな面において異なります。異なって当然なのです。
それをまったく同じように扱うということ自体が逆差別ですし、ましてや冒頭の町議会の話など問題外です。


男女がそれぞれの特徴を生かして、共同でさまざまな分野で活躍しく、これが正しい意味での区別で、私たちは差別を超えたこのような世界をこれから求めていかなければなりません。


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ミッション・ポッシブル

2014.08.18日

拙ブログ記事を Facebook でシェアしてくださる方がとても大勢いてくださり、常々感謝しているのですが、その中でもNさんはそれこそ毎日シェアしてくださっています。
そのNさんのタイムラインに今日はこんな言葉がありました。
「すべての不可能は今日までのこと」
これは素晴らしいですね。みんなにとって大きな励ましとなる言葉です。
私たちはとかく自分の世界を自分で小さくする傾向があります。
「できない」「無理だ」「不可能だ」...と。


以前、テレビのCMを見ていていたく感動し、「Impossible? I'm possible.」という記事を書きました。ご覧になっていらっしゃらない方はぜひご覧ください。
これはトム・クルーズが主演した連続シリーズの「ミッション・インポッシブル」をもじったものですが、なんとそのルーツがオードリー・ヘップバーンにあったというのも驚きです。


Mission Impossible というのは、「実行不可能」というような意味です。
私たちも日頃の生活の中で、これはもう不可能と思うようなことはしょっちゅうあります。
そのような時に出会ったのがYouTubeの次の動画で、これには大いに笑わされ、感心させられ、教えられ、私の Facebook でもシェアさせていただいたところ、やはり大きな反響を呼びました。まずはご覧ください。



タイトルは「ミッション・インポッシブル・リス」で、バックには「ミッション・インポッシブル」の映画のテーマ曲が流れていて、次のような解説がついていました。
「これは英国で撮られたものです。庭の持ち主がこの複雑な仕掛けを作りました。仕掛けをクリアするたびにお駄賃のナッツがリスに与えられます。リスが一つの仕掛けをクリアするごとにさらにもう一つ仕掛けを加えて、最後にはこのようなものができるようになったのです。2週間以上かかったそうです」


今日の冒頭の言葉、
「すべての不可能は今日までのこと」
はこの小さなリスだけに当てはまることではなく、だれにでも当てはまることです。
うそだと思ったら、早速今日、なにか試してください。ただし、いきなり大きなことではなく、このリスさんのようにステップ・バイ・ステップで。


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舟田式ひも勉強法 その19

2014.05.21日

 18. 好事魔多し
2年ほど前のことになりますが、授業中の教室の中に入って行きました。
すると、一番後ろの席に座っていた一人の女子生徒が通り過ぎた私に
「学院長」
と声をかけました。
「なーに?」
と言って振り返ると、ギョッ!
なんとその子がスカートをたくし上げて大胆に太ももを私に見せるのです。
私は見てはいけないものを見たと思い、即座に視線をそらしました。
「かゆいよ〜。あっ、血が出てきた!」
「おいおい、血が出るほど掻くなよ」
と、教えていたK先生。
スカートをたくし上げて太ももを見せたのはのAちゃんでした。
ああ、よかった!! 小学2年生のAちゃんで(笑)。
これが万が一にも中学生や高校生だったら大変なことです。もちろん、そんなことは絶対にあり得ないことですが。


「好事魔多し」という諺があります。物事が順調にいっている時ほど罠があったりするものだから、決して油断するな、という戒めです。


私自身は今、すべてが順調にいっているというわけではありません。
そして、誘惑が突然襲ってきたというような経験はありませんが、常に気をつけるようにしています(「金色夜叉」)。
なぜなら「私は大丈夫」と言っているような人で、様々な問題で失敗してきた人をこれまで数多く、身近なところでも見てきているからです。
また、社会的地位のある人や子どもを守るべき教師や大学教授、人を守る仕事をしている警察官、弁護士や裁判官、政治家などが恐ろしい事件を起こすこともしばしばです。
このような失敗は、老若男女問わず誰にも起こり得ることです。
私が日々起こす不注意によるミスなどはほんの小さなものですが、いくら注意してもし過ぎるということはありません。


勉強においてもこれは相通ずるところがあります。ここからが今日の「舟田式ひも勉強法」のテーマです。
うちの塾では中3生は毎年夏期講習の8月に第1回目の県規模の模試を行います。
みんな夏期講習で頑張っているのでその成果が出て、この模試の結果は本人たちも驚くほど良くて、志望校合格の判定が出る生徒がとても多いのです。
そこで私は、「油断大敵だよ。毎年、1回目の模試の結果が良かった人で2回目にがくんと大きく落ちる人がたくさんいるから」と警告するのですが、それにもかかわらず案の定、多くの生徒が2回目で成績を大きく落とします。なぜなら、1回目で良くなかった生徒たちが危機感を持って頑張り始めるからです。
そして、ここから3回目、4回目と模試の結果を上げていくのは至難の業です。というのは、受験が近づくにつれて受験生みんながさらに一生懸命勉強に取り組むからです。
以前、「蒔いた種を刈り取る」にも書きましたが、勉強をしなくてもできる生徒など一人もいません。


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学校の定期テストもしかり。中間で良かった人はともすれば期末で落としがちです。
部活やその他、人間関係においても同様です。
そして、これは私たち大人も同じです。
「好事魔多し」。調子の良い時ほど気を引き締めましょう。いくら注意してもし過ぎということは決して誰にもありませんので。
これらもすべて見えないひもでつながっています。


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おお、オードリー!

2014.03.27日
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昨日、FBフレンドのSKさんのタイムラインに、故オードリー・ヘップバーンさんのことが書かれていました。
「心に響く真の美しさ、絶世の美女【オードリーヘップバーン】が愛した詩」というタイトルで次の詩が紹介されていました。(実際に紹介されていたのは一部でしたが、全文をここに引用します)


時を越えた美しさの秘密


魅力的な唇であるためには、美しい言葉を使いなさい。
愛らしい瞳であるためには、他人の美点を探しなさい。
スリムな体であるためには、飢えた人々と食べ物を分かち合いなさい。
豊かな髪であるためには、一日に一度子供の指で梳いてもらいなさい。
美しい身のこなしのためには、決してひとりで歩むことがないと知ることです。


物は壊れれば復元できませんが、人は転べば立ち上がり、失敗すればやり直し、挫折すれば再起し、間違えれば矯正し、何度でも再出発することができます。
誰も決して見捨ててはいけません。
人生に迷い、助けて欲しいとき、いつもあなたの手のちょっと先に助けてくれる手がさしのべられていることを、忘れないで下さい。


年をとると、人は自分にふたつの手があることに気づきます。
ひとつの手は、自分自身を助けるため、もうひとつの手は他者を助けるために。


女性の美しさは 身にまとう服にあるのではなく、その容姿でもなく、髪を梳くしぐさにあるのでもありません。
女性の美しさは、その人の瞳の奥にあるはずです。
そこは心の入り口であり、愛情のやどる場所でもあるからです。
女性の美しさは、顔のほくろなどに影響されるものではなく、その本当の美しさは その人の精神に反映されるものなのです。
それは心のこもった思いやりの気持ちであり、時として見せる情熱であり、その美しさは、年を追うごとに磨かれていくものなのです。

- サム・レヴェンソン


オードリー・ヘプバーンがとても好きだった詩で、亡くなる年の最後のクリスマス・イヴに、2人の息子、ショーンとルークに読み聞かせたものだそうです。
この詩の原文は、アメリカの詩人サム・レヴェンソンが孫娘の誕生に贈った手紙にあり、彼の詩集『時の試練を経た人生の知恵』に収録されているものです。


私は若い頃からヘップバーンの大ファンで、おそらく彼女の映画は全部、それも何度も繰り返し観たのではないかと思います。
また、映画界から引退してからはユニセフ親善特別大使として全世界を飛び回って活躍していらっしゃったことも、彼女に非常に好感を持っている理由になっています。
63歳という若さ(今の私の年齢)で亡くなったオードリーの晩年はもちろん若い頃のような可愛さや華やかさはありませんが、内側からにじみ出る美しさがとても印象的でした。


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さすがに、上に引用した詩が大好きだと言っていたオードリー・ヘップバーンだけのことがあります。
まさに彼女はそのような素晴らしい人生を送った方だと思います。
私たちも彼女に見習いたいものです。
おお、オードリー!


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芸術と非芸術の差

2014.03.25日

昨日の記事「健康になる靴」の最後のところに、これからウォーキングに出かけます、と書きましたが、2時間少し、距離にして11.5kmほど歩いてきました。
そして、心地よい汗をかいて、思ったとおり気持ちよくなってもどってくることができました。
昨日歩いたコースはいつもの大磯海岸ですが、ここは以前毎年、中学部の生徒たちと一緒に「新入生歓迎BBQ大会」をしていたところです。今はバーべキュー禁止の札が立っています。


海岸の砂浜の上には西湘バイパスが走っていて、その高架の下でいつもバーベキューをしていました。
この高架の橋脚には大磯町が主催したものでしょうか、一般市民による絵がたくさん描かれています。
これまではいつもなんとなく見てはいたのですが、昨日はゆっくり一つひとつを見ながら砂浜の上を歩きました。
おそらく中学生や高校生、大学生、また一般成人の方々が参加して描いたものと思われますが、どれもこれも力作ぞろいで心ゆくまで目を楽しませていただきました。
下の写真のように見渡す限りずっと絵が続いています。


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あまりにもたくさんあって、全部を載せられないのは残念ですが、そのうちのごく一部を下にご紹介させていただきます。皆さんもお楽しみください。
(横に2つずつ並べていますが、それぞれの絵をクリックすると拡大表示されます)


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大磯の海をテーマにしたこんな素晴らしい作品が延々と続いているのです。もうこれは見事というほかありません。


目を十二分に楽しませていただき、砂浜から上に上がり小路に出るところ、防波堤の裏にこのような落書きが今度はまた延々と続いています。


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もうこれには本当にがっかりです。
でも、ここでちょっと考えてみました。


ここを犬を散歩に連れて歩いている人がたくさんいらっしゃいますが、散歩している犬など動物には、もちろん絵が描いてあることなどまったく自覚なんかありません。
ましてや、芸術の絵と落書きの絵の違いなどわかるわけがありません。
しかし、人間であればたとえ子どもでもわかります。
それはなぜでしょう。


よく「心身の健康」などと言います。つまり、「心と身体」です。
この「心」という言葉、「精神」や「魂」という言葉と似ていて、なかなか厳密な区別をするのが難しいものです。
しかし、上の絵と落書きの例を見ると、おそらく世界中の人(人間)は、絵を見て美しいと感じ、落書きを見て不快な思いをするでしょう(一部の落書き愛好家を除いて)。
落書きを芸術の一つとみなすこともできますが、このような公衆の目に触れるところに卑猥な言葉や絵を描いたり、よその家の塀や店舗のシャッターに、夜中に人目につかないようにして落書きしていること自体が反社会的な行動で、人から受け入れられないのではないでしょうか。
つまり、人間には「美しいもの」を愛(め)でて、「醜いもの」を嫌うという「心」が本能的に備わっているのです。
これが聖書のいうところの、
「神はまた言われた。『われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り...』」
で、人間が神にかたどって造られたことの証拠のひとつだと思うのです。


しばらく歩き、金目川沿いの土手の小径を歩き始めると、ちょうど夕日が西の山に沈む時でした。あまりの美しさに心打たれてパチリ。
これはもうまさに神の創造のみわざです。


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今朝、気分が悪かったのも、運動しながら上の芸術品と神の創造のみわざに触れていっぺんに吹っ飛んでしまいました。感謝。


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ダウン症の先生 活躍中

2013.11.25日

閑話休題
「子育て禁句のあいうえお」シリーズを続けていますが、今日はちょっと話題を変えて、気持ちをリフレッシュしようと思います。
以前「泣くから悲しい」という記事の中に、五体不満足の乙武洋匡さんの子どもの頃のご両親の育て方について書きました。
「しかし、ご両親はそんな洋匡さんが障がいのゆえに転んだり、何かをしようとして失敗する姿を見て笑い飛ばしていたそうです。すると、乙武さんも自分の失敗を一緒になって笑っていたということで、自らの障がいを一度も不幸とは考えなかったと言っておられました」。


また、つい先日書いた「両親の愛情をたっぷり受けて」の中に登場したレーナ・マリアさんもご両親の愛情深い育て方のお陰で、今日のような立派なゴスペル歌手になられました。
今日、ご紹介するデボラ・セアブラさんもダウン症で生まれてきていながら、やはりご両親の上手な育て方の結果、立派に学校教師になられました。


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 ブラジルで初めてダウン症を乗り越えて教師となったデボラ・セアブラさん(32)に注目が集まっている。筋力をつけるためのトレーニングや演劇の練習では健常者と同じプログラムをこなし、北東部リオ・グランデ・ド・ノルテ州州都ナタルの私立学校生徒とも、生き生きと接する補助教員のデボラさんの姿は、ダウン症を抱えた人も健常者同様に社会に適応できることを証明している。
 デボラさんは特殊学級で学んだことがなく、高校卒業までの全課程を健常者と共に過ごした。また2005年には、ダウン症患者としては初めて、幼児教育や初等教育(日本での小学校にあたる部分)の教師資格もえた。
 デボラさんはサンパウロ州立カンピーナス大学で研修を受けた後、ナタルの名門私立校の一つである「Escola Domestica」に補助教員として就職した。勤め始めてから、もう9年になる。
 自らの学校生活を「良い経験だった」と振り返るデボラさんは、「普通の学校に通うことで、他の子供たちの仲間に入れてもらえたと感じることが出来た。偏見も乗り越えたし、友達もたくさんできた。私がそこにいたことで、多くの人たちに障害者を取り込むインクルージョン教育がどのようなもので、どのように機能するかを示せたと思う」
 今年は、初等部1年生にいる6〜7歳の児童28人のクラスで、読み書きを教えるための手伝いをする任務が与えられた。
 「私は子供が好きだし、忍耐力だってあるわ。(私が)怒りっぽいかって? そんなことないわ、普通よ。とてもよく子供たちに接していると思うわ」と胸を張る。
 職場でも同僚の教師、職員、生徒に温かく迎えられた。時々、生徒はデボラさんの話し方がなぜ違うのかを尋ねる。「そういうときは、私の話し方はこうなの。皆それぞれ自分の話し方があるでしょって答えるの」。その機会にダウン症について説明すると、生徒たちも理解してくれるという。
 デボラさんが生まれた頃、社会でのダウン症の認知度は低かった。ダウン症の子供を持つ親の多くは、いじめを恐れて特殊学級のある学校を選んだ。障害を持つ児童と健常児の接触を制限し、障害を持つ子供たちだけを集めて訓練することで社会に適応できる可能性が高まるという誤った理解をしていた。
 デボラさんの両親はそれとは反対に、「娘は普通の子供」と判断したことから通常の学校に入れた。その結果、幼稚部では"モンゴル人"と呼ばれていじめられ、辛い時期もあったが、「モンゴル人とはモンゴルに住む人のこと」と教え、ダウン症がどういう病気かを説明する女性教師に助けられた。
 ダウン症を持つブラジル初の教師として、デボラさんは今では国内各地、アルゼンチンやポルトガルでも講演活動を行う。「今でも偏見はある。でも、私の講演でそれが少しでも減ればうれしい。たくさんの教師が聴きに来てくれて、終わったら立って拍手をしてくれた」と喜ぶ。
 純粋な子供に植えつけられる偏見の"芽"は、教育で摘み取ることができる。デボラさんのような存在は、無用な差別や偏見を社会から根絶するための大きな助けとなるに違いない。

(8月6日付 ニッケイ新聞 「ブラジル初のダウン症教師=デボラ・セアブラさん=「普通の教育受けられる」=国内外で啓発、講演活動も」より)


この記事を知ったきっかけは、11月22日付読売新聞23面「学ぶ 育む ダウン症の先生活躍中」の記事を読んだことです。
セアブラさんのことをもう少し知りたくなって検索したところ、上の記事に出会い、読んでいて胸が熱くなりました。
「セアブラさんは同小で、低学年児童への読み書き指導を主に担当。笑みを絶やさず、ゆっくり穏やかに話すセアブラさんに児童はすぐに懐くという。アンジェラ・フォンセカ校長(66)は『まじめな勤務態度は他の教師や児童の手本。彼女と接することで、子供たちは自然と互いに個性を認め合い、仲良くなるので、保護者にも高く評価されている』と話す」と上の読売新聞の記事にあります。


日本社会は昔から比べると障がい者に対する差別行為はずいぶん減りました。
でも一部ではいまだに根強く残っています。
日本でも、このブラジルのケースのように、ダウン症に限らず障がい者がどんどん一般社会の中に入っていって貢献できるようになり、特別視されなくなればいいなと心から願っています。


またいつも言っていますように、健康や貧富などの環境によって人は幸不幸になるのでなく、親の育て方にかかっている、ということがこれらの話からよくおわかりいただけることと思います。
そういう意味においても、今回の「子育て禁句のあいうえお」は、私たちみんなが「子育て」に限らず、あらゆる人間関係において気をつけなければならないことなのです。


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ムンクも真っ青「ギャーッ!」

2013.11.15日

競売会社クリスティーズが12日にニューヨークで行った競売で、アイルランド生まれの画家フランシス・ベーコン(1909―92年)の作品「ルシアン・フロイドの三習作」が、美術品の競売で史上最高額となる約1億4240万ドル(約141億6400万円)で落札された。
 これまでの最高額は、昨年5月に約1億1992万ドルで落札されたエドバルド・ムンクの「叫び」だった。

(11月13日付 YOMIURI ONLINE より )


この最新ニュースに私もびっくり、ムンクと一緒に叫んでしまいました。
昨日、FBでご紹介したところ、多くの人の関心を引き大きな反響がありました。
ご覧になっていらっしゃらなかった方々のために、ここにもう一度載せさせていただきます。


これがかの有名なムンクの「叫び」で、おそらくほとんどの人がこれまでに何度かは目にしていらっしゃるのではないかと思います。それぐらい世界的に有名な絵です。



これに対して、今回史上最高値で落札されたというフランシス・ベーコンの「ルシアン・フロイドの三習作」はこちらです。
私も見たのは初めてですが、多分ほとんどの方も初めてではないかと思います。



それにしても、絵の価値はどのようにして決まるのでしょうか?
それは、見る人、あるいは買う人の価値観です。
私にはムンクの方が馴染みがあるので、値打ちがあるように思われるのですが、落札した人にとってはベーコンの方がはるかに価値があるのでしょう。


私たちの人生も同じで、自分では価値がないと思っていても、神様からご覧になると、私たちには無限の価値があるのです。
ですから、私たちは自分の命を、人生を粗末にしてはならず、大切にしなければなりません。
そのことがわかったら、毎日の生き方が必ず変わってきます。


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甘ったれるな!

2013.11.12日

これまでこのブログで障がい者についての記事をたくさん書いてきました。
その一部を挙げると、「頑張れ、リジー!」「神様のウンチ」「盲目にならなくても見える!」「サヴァン症候群 天才か?」などです。


私のブログのタイトルは「元気の出るブログ」ですが、これらを書いたのは、ある意味自分への励ましの意味も含んでいます。
「甘ったれるな!」と自分に言い聞かせているのです。


私たちは、と言うか私は、どうしても自分に甘いところがあり、ちょっと大変だったり、苦しかったりすると、すぐに「ああ、神様!」と神頼みになってしまうのです。
でも、上に挙げた人たちのことを思うと、自分の大変さや苦しさなど足元にも及びません。
ついつい自分に甘くなってしまうのです。


私自身がいつもこのブログの中に書いているように、人生の質を高めるかどうか、幸せになるかどうかは、自分の考え方次第なのです。


今朝、FBフレンドの方がレーナ・マリアさんの「馬槽の中に」をシェアしてくださっていました。
レーナ・マリアは私も大好きなゴスペル歌手で、日本にもこれまで何度かコンサートに見えていてファンもとても多いです。


彼女のことはご存じの方も多いことでしょうが、以下に概略をWikipedia から引用させていただきます。


1968年、スウェーデン中南部のハーボ村に生まれる。障害のために、出生時から両腕がなく、左脚が右脚の半分の長さだった。両親の元で育てられる。
1988年、ソウルパラリンピックに出場し、背泳4位、自由形5位、平泳ぎ6位入賞する。その後、音楽で生きることを決意し、水泳選手をやめる。彼女のドキュメンタリー番組「目標に向けて」がヨーロッパ各地でテレビ放映され、大きな反響を呼ぶ。
1991年、テレビ朝日「ニュースステーション」でレーナのドキュメンタリー番組が放映される。その後、ニュースステーションに出演。
1995年、ビョーン・クリングヴァルとストックホルムで結婚。
1998年、長野パラリンピック(冬季)の開会式で歌う。
1999年、大分国際車いすマラソン大会の開会式で歌う。


そして、ここにそのレーナ・マリアさんの美しい歌声をご紹介させていただきます。
今、少し弱っている自分に、そして同じような境遇にいらっしゃる方にも「甘ったれるな!」というメッセージを込めて。



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昨日の大きな収穫

2013.11.03日

「実るほどに頭を垂れる稲穂かな」という記事をずいぶん前に書きましたが、昨日は散歩してしてまさにこの文字通りの光景をたくさん目にしました。



このことわざは本来、人の謙遜さをうたったものですが、その由来である実物も当たり前のことですが、その通り「実って頭(こうべ)を垂れて」刈り入れを今か今かと待っているようでした。


隣同士の田んぼで、すでに刈り入れが終わっているところもあれば、刈り入れを待っているところ、さらにはまだ色づいていない成長の遅い稲もあり、素人考えながら不思議に思いました。
植えられた苗の問題なのか、その時期なのか、それとも土地の質(栄養状態)の問題なのか私にはまったくわかりません。



昨日も体育館のジムに行きました。
そのすぐそばの田んぼで、刈り入れが終わったところにご夫婦で藁を蒔いていらっしゃる方があり、立ち止まってお声をかけました。



「それは田んぼの養生のためにしていらっしゃるんですか?」
「ああ、そうじゃよ。これから寒くなるから、土地を冷やさないようにな」
「お宅の田んぼは早くに刈り入れが終わっているのですが、向かいの田んぼは十分に色づいているのになぜ刈り入れをしないんですか?」
「わしらは歳取ってもう暇だからいつでもできるけど、この辺の田んぼをやってる人で農業専業の人はほとんどなくて、みんなサラリーマン兼業なんじゃよ。それで、稲刈りをするにも手がないもんだから、土曜とか日曜にやったりするからなかなかできんのじゃ」
「へえ〜、サラリーマン兼業なんですか」
「そう、今どき農業だけでは食っていけんから、みんな働いとる。うちなんかも、これで自分とこの分だけで、売るところまでいかんよ」
「そうなんですか。大変ですね。最近は自動稲刈り機をよく見ますが」
「もう今はみんなあれを使っとる。手で刈り入れやっとるとこなんかほとんどない。けど、あの機械安いもんでも100万ぐらい、高いもんやと1000万もするよ」



(後ろに見えるのが体育館)

「へえ〜、そんなに高いんですか。あと、この近くの田んぼを見てたら、まだ青いまんまの稲もあったんですが、あれはどうしてですか?」
「あれは肥料のやり過ぎじゃよ」
「肥料はやり過ぎてもだめなんですね」
「あと、いつ田植えしたかとか、日当たりとか、土地とか、いろいろあるなぁ」
「台風で稲が倒れているところもたくさんありましたが、あれでも刈り入れはできるのですか?」
「ああ、あれは手でやりよるよ」
「普通、刈り入れって9月から10月じゃないんですか?もう11月ですけど」
「台風があったのと、刈り入れの手がないのと、まあちょっとでも遅らして実を大きくしようと思っとるんじゃろ」
「なるほど、よくわかりました。ありがとうございました。頑張ってくださいね」


このご夫婦と話していて思いました。
人間も同じだなぁと。
成長の早い人もいれば、遅い人もいる。
田んぼにおいて日差しなど、見たところ同じ条件のように思われるところで育っても異なる結果が生まれる。
それこそ同じ親からでも、全然違う兄弟姉妹が生まれてくる。
栄養を与え過ぎてもだめ。
同じ田んぼで取られた米でさえ、みんな同じ味ではない。美味しいのもあればそうでないのもある。
私たちにはその理由はわからない。
しかし、現実にみんな違う。


でも、それで当たり前なんだ。
人も顔も違えば、身体の大きさや性格も、能力もみんな違う。
だからこそ、みんなが必要で、誰ひとりこの世に不必要な人なんかいない。
神様はよくご存じだ。


でも、それでは人に迷惑をかけたり、暴力を振るったり、さらには人のものを盗んだり、騙したり、殺したりする人がいるのはなぜ?
そうか、これが聖書の言うところの「罪」で、今、大きな問題になっているホテルやレストランなどの産地偽装、表示偽装なども全部納得がいく。
逆に言うと、人間の罪の問題を解決せずに、この地上において、みんなが住みやすい、安心できる社会、あるいは国、世界などできるわけがないのだ。


というわけで、昨日は農家の方から多くのことを教えていただきました。これが私の昨日の大きな収穫でした。


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ホントにすご〜い!

2013.10.11日

今日は朝からあまり気分が優れませんでした。
娘が塾の掃除をしてくれると言うので、申し訳ないと思いながらも頼みました。
そして、朝食を終えてからしばらくまた横になって休みました。
1時間ぐらい眠ったでしょうか。
電話の音で目覚めました。


気分は少し良くなっていたので、身体を動かしたほうがいいと思い、ウォーキングに出かけることにしました。
お腹がすくと気持ち悪くなるので、飲み物とスナック(いつものカロリーメイト)をリュックに入れて出発。
いつものコース、金目サイクリングロードを歩いて、途中から駅の方に向かい、駅ビルといくつかの店で少し買い物をし、背中のリュックに詰めて家に戻りました。
往復で1時間50分ぐらい、約10キロ歩いてきました。


しかし、それでも気分はまだあまり優れません。時々気持ち悪くなります。
今日はブログはお休みにしようか、と思っていたのですが、いやちょっと待てよ、いつものように自分の過去の記事から元気をもらおうと思い、「積極思考」のカテゴリーからいくつかの記事を拾って読み返しました。
すると、期待通りに少し気分が上向きになってきました。自分で自分を励ましているわけです。安上がりですよね。


でも、今日の一番の元気のもとは、下の動画でした。
FBでシェアされていたものを観て、「すごーい!」と心底思いました。
そこで、興奮と感動が冷めやらぬうちに私も
すご〜い!
こんなことが可能なんだ。
明確な目標と希望と努力で

とコメントをつけてシェアさせていただきました。
そして、今日は自分を励ます意味でも、まだご覧になっていらっしゃらない皆さんとご一緒にもう一度この動画を観ようと思い、ここに載せさせていただくことにしました。
ただただ驚きなのですが、最後の最後までしっかり観てください。さらに感動が深まりますので。



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史上初の大快挙!

2013.09.25日

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横須賀市のマリーナで訓練を積み、太平洋を手こぎボートで横断していた英国人女性冒険家サラ・オーテンさん(28)が日本時間の24日午前5時35分、米アラスカ州のアリューシャン列島にあるアダック島に到着した。今年4月27日に千葉県銚子市を出航、151日間かけて約6900キロをこぎ抜いた。


◆横須賀に滞在しトレーニング
支援団体によると、オーテンさんは当初、カナダを目指したが、逆風と悪天候で目的地をアラスカに変更。身体的、精神的に追い込まれながら、「ボートには、私を応援するたくさんの人が一緒に乗っている」と奮い立たせたという。
オーテンさんは自転車などの人力での単独世界一周を目指しており、2011年4月、英ロンドンを出発。カヤックと自転車でヨーロッパ、アジアを横断し、同10月にサハリンから北海道に上陸した。
日本では横須賀市のマリーナに滞在してトレーニングした後、昨年5月に銚子マリーナを出航したが、宮城県石巻市沖で嵐に遭い、船体に穴が開いたため、第2管区海上保安本部の巡視船に救助された。それでもあきらめず、今年4月、新しい手こぎボート「ハッピー・ソックス号」(長さ約7メートル)で銚子マリーナから再出発していた。
今後は来年4月にアラスカを出発、米大陸と大西洋を横断して、15年秋のロンドン到着を予定している。

(9月25日付 読売新聞 33面「英女性 太平洋6900キロこぎ抜く」より)


サラ・オーテンさんについては、去る4月に「驚愕 超鉄人現る!」の中でご紹介しました。
しかし、6月に宮城県石巻市沖約900キロで嵐に遭い、船体に穴が開いたと救助を求め横断を断念した、というニュースを知って心配していましたが、きっとまたやってくれるだろうと思って陰ながら応援していました。
今日の新聞で上の記事を読んだとき、本当に自分の娘のことのように嬉しく、誇らしく思いました。
今から約50年前、堀江謙一さんがヨット「マーメイド号」で94日間かけて太平洋無寄港単独横断したときは世界中の人々が驚きましたが、今回はなんと女性、しかも手こぎボートで151日かけての単独横断という史上初の大快挙。
「おめでとう! よくやったね、サラ! お疲れさまでした」


昨日は朝は塾の掃除、昼からは病院で3時間いろいろな検査を受けて、戻るとすぐに妻に代わって慣れないバス送迎の仕事をし、夜にはくたくたに疲れてしまいました。
ウォーキングに出かける時間もまったくなく、心身ともにノックアウト状態でした。
しかし、夜はぐっすり眠ることができ、今朝は元気に起きることができました。それで、午前中は教室掃除、そしてそれに続いて、郵便局や買い物などの仕事も兼ねてウォーキングに出かけました。
今日は朝から雨が降っていたので、傘をさしてです。
予定していたよりどんどん足が伸びて、いつの間にか2時間、11キロ歩いていました。帰ってきたら足の裏が赤く腫れていて痛くなっていました。
また、雨に濡れて靴もズボンもズクズクで泥だらけ。シャツも汗でベタベタ。


しかし考えてみたら、サラ・オーテンさんが手こぎボートで太平洋を横断したというのは、私たちの想像をはるかに超えています。
下の写真は実際に使われたボートとは違いますが、こんな感じだったのでしょうか。いえいえ、もっともっと大きな荒波にもてあそばれたことでしょう。
今日の平塚の海は荒れていて3mぐらいの波でしたが、サラさんが体験したのはきっとこんなものじゃなかったでしょう。


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私にはサラさんの真似なんてとってもじゃないですができません。体力も精神力も冒険心も何もありません。100%どころか、1000%も10000%も不可能です。
でも、神様は私たち一人ひとりに違う賜物を与えてくださっていて、その賜物をこの生涯においていかに使わせていただくか、この世の役に立たせていただくか、ということが大切なのであって、人と比較して劣等感を感じたり、あるいは人を羨んだりする必要はまったくありません。
サラさんはサラさん、私は私、あなたはあなた。
それでいいのです。


サラさん、2年後には無事ロンドンに帰りついてくださいね。そして世界中の人々に夢と希望と勇気を与えてください。
未踏の単独人力世界一周の成功をお祈りしています。


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仕事の価値

2013.07.16日

私は英語教室・学習塾の仕事をほぼ30年やってきています。
高校1年のとき初めてやったアルバイトは近所のガソリンスタンドの仕事でした。
でも、よく考えてみたら小学2年生のときにそれこそ生まれて最初のアルバイトをしていました。
それは、日本酒月桂冠のテレビのCMとカレンダーのモデルでした。
今日、そのときの写真を発見しました。本邦初公開です。(ちょっとボケていますが)


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このときの様子を「時代の変遷」に書きましたので、よろしければご覧ください。
その後、小学生のころはTVタレント、舞台・映画、高校生以降は金糸製造工場、花屋、衣料品の梱包、ダンボール加工、プリント布地の色抜けの修正、行楽地でのホットドッグ販売、大手塾の電話アポ取り、コンサート会場のガードマン、家庭用品の訪問販売、土産物屋のセールス、引越し屋、ビルの清掃、貿易業、家庭教師、塾講師、大学講師、語学学校講師、通訳、翻訳、カウンセラー、セミナー講師、サラリーマン、キリスト教牧師等を経て、現在の学習塾の仕事に至ったのです。


以下は先日、Facebookにシェアされていた「涙が止まらない」からの転載です。少し長くなりますが、とても感動的なお話ですのでお付き合いください。
「あるレジ打ちの女性」
その女性は何をしても続かない人でした。
田舎から東京の大学に来て、部活やサークルに入るのは良いのですが、すぐイヤになって、次々と所属を変えていくような人だったのです。
そんな彼女にも、やがて就職の時期がきました。
最初、彼女はメーカー系の企業に就職します。
ところが仕事が続きません。
勤め始めて3ヶ月もしないうちに上司と衝突し、あっという間にやめてしまいました。
次に選んだ就職先は物流の会社です。
しかし入ってみて、自分が予想していた仕事とは違うという理由で、やはり半年ほどでやめてしまいました。
次に入った会社は医療事務の仕事でした。
しかしそれも、「やはりこの仕事じゃない」と言ってやめてしまいました。


そうしたことを繰り返しているうち、いつしか彼女の履歴書には、入社と退社の経歴がズラッと並ぶようになっていました。
すると、そういう内容の履歴書では、正社員に雇ってくれる会社がなくなってきます。
ついに彼女はどこへ行っても正社員として採用してもらえなくなりました。
だからといって生活のためには働かないわけにはいきません。
田舎の両親は早く帰って来いと言ってくれます。
しかし負け犬のようで帰りたくはありません。
結局、彼女は派遣会社に登録しました。
ところが派遣も勤まりません。
すぐに派遣先の社員とトラブルを起こし、イヤなことがあればその仕事をやめてしまうのです。
彼女の履歴書には、やめた派遣先のリストが長々と追加されていきました。


ある日のことです。
例によって「自分には合わない」などと言って派遣先をやめてしまった彼女に、新しい仕事先の紹介が届きました。
スーパーでレジを打つ仕事でした。
当時のレジスターは今のように読み取りセンサーに商品をかざせば値段が入力できるレジスターではありません。
値段をいちいちキーボードに打ち込まなくてはならず、多少はタイピングの訓練を必要とする仕事でした。
ところが勤めて1週間もするうち、彼女はレジ打ちにあきてきました。
ある程度仕事に慣れてきて
「私はこんな単純作業のためにいるのではない」と考え始めたのです。
とはいえ、今までさんざん転職を繰り返し、我慢の続かない自分が彼女自身も嫌いになっていました。
もっとがんばらなければ、もっと耐えなければダメということは本人にもわかっていたのです。
しかしどうがんばってもなぜか続かないのです。
この時、彼女はとりあえず辞表だけ作ってみたものの、決心をつけかねていました。
するとそこへお母さんから電話がかかってきました。
「帰っておいでよ」
受話器の向こうからお母さんのやさしい声が聞こえてきました。
これで迷いが吹っ切れました。
彼女はアパートを引き払ったらその足で辞表を出し、田舎に戻るつもりで部屋を片付け始めたのです。
長い東京生活で、荷物の量はかなりのものです。
あれこれ段ボールに詰めていると、机の引き出しの奥から1冊のノートが出てきました。
小さい頃に書きつづった大切な日記でした。
なくなって探していたものでした。
パラパラとめくっているうち、彼女は
「私はピアニストになりたい」と書かれているページを発見したのです。
そう。彼女の高校時代の夢です。
「そうだ。あの頃、私はピアニストになりたくて練習をがんばっていたんだ。。。」
彼女は思い出しました。
なぜかピアノの稽古だけは長く続いていたのです。
しかし、いつの間にかピアニストになる夢はあきらめていました。
彼女は心から夢を追いかけていた自分を思い出し、日記を見つめたまま、本当に情けなくなりました。
「あんなに希望に燃えていた自分が今はどうだろうか。
履歴書にはやめてきた会社がいくつも並ぶだけ。
自分が悪いのはわかっているけど、なんて情けないんだろう。
そして私は、また今の仕事から逃げようとしている。。。」


そして彼女は日記を閉じ、泣きながらお母さんにこう電話したのです
「お母さん。私 もう少しここでがんばる。」
彼女は用意していた辞表を破り、翌日もあの単調なレジ打ちの仕事をするために、スーパーへ出勤していきました。
ところが、「2,3日でいいから」とがんばっていた彼女に、ふとある考えが浮かびます。
「私は昔、ピアノの練習中に何度も何度も弾き間違えたけど、繰り返し弾いているうちに、どのキーがどこにあるかを指が覚えていた。
そうなったら鍵盤を見ずに楽譜を見るだけで弾けるようになった」
彼女は昔を思い出し、心に決めたのです。
「そうだ。私は私流にレジ打ちを極めてみよう」と。
レジは商品毎に打つボタンがたくさんあります。
彼女はまずそれらの配置をすべて頭に叩込むことにしました。
覚え込んだらあとは打つ練習です。
彼女はピアノを弾くような気持ちでレジを打ち始めました。
そして数日のうちに、ものすごいスピードでレジが打てるようになったのです。


すると不思議なことに、これまでレジのボタンだけ見ていた彼女が、今まで見もしなかったところへ目がいくようになったのです。
最初に目に映ったのはお客さんの様子でした
「ああ、あのお客さん、昨日も来ていたな」
「ちょうどこの時間になったら子ども連れで来るんだ」とか、いろいろなことが見えるようになったのです。
それは彼女のひそかな楽しみにもなりました。
相変わらず指はピアニストのように、ボタンの上を飛び交います。
そうしていろいろなお客さんを見ているうちに、今度はお客さんの行動パターンやクセに気づいていくのです。
「この人は安売りのものを中心に買う」
とか
「この人はいつも店が閉まる間際に来る」
とか
「この人は高いものしか買わない」
とかがわかるのです。


そんなある日、いつも期限切れ間近の安い物ばかり買うおばあちゃんが、5000円もするお頭付きの立派なタイをカゴに入れてレジへ持ってきたのです。
彼女はビックリして、思わずおばあちゃんに話しかけました。
「今日は何かいいことがあったんですか?」
おばあちゃんは彼女ににっこりと顔を向けて言いました。
「孫がね、水泳の賞を取ったんだよ。今日はそのお祝いなんだよ。
いいだろう、このタイ」と話すのです。
「いいですね。おめでとうございます」
嬉しくなった彼女の口から、自然に祝福の言葉が飛び出しました。
お客さんとコミュニケーションをとることが楽しくなったのは、これがきっかけでした。
いつしか彼女はレジに来るお客さんの顔をすっかり覚えてしまい、名前まで一致するようになりました。
「○○さん、今日はこのチョコレートですか。でも今日はあちらにもっと安いチョコレートが出てますよ」
「今日はマグロよりカツオのほうがいいわよ」などと言ってあげるようになったのです。
レジに並んでいたお客さんも応えます。
「いいこと言ってくれたわ。今から換えてくるわ」
そう言ってコミュニケーションをとり始めたのです。
彼女は、だんだんこの仕事が楽しくなってきました。
そんなある日のことでした。
「今日はすごく忙しい」と思いながら、彼女はいつものようにお客さんとの会話を楽しみつつレジを打っていました。
すると、店内放送が響きました。
「本日は大変混み合いまして大変申し訳ございません。どうぞ空いているレジにお回りください」
ところが、わずかな間をおいて、また放送が入ります。
「本日は混み合いまして大変申し訳ありません。重ねて申し上げますが、どうぞ空いているレジのほうへお回りください」
そして3回目。


同じ放送が聞こえてきた時に、初めて彼女はおかしいと気づき、周りを見渡して驚きました。
どうしたことか5つのレジが全部空いているのに、お客さんは自分のレジにしか並んでいなかったのです。
店長があわてて駆け寄ってきます。
そしてお客さんに
「どうぞ空いているあちらのレジへお回りください」と言った、その時です。
お客さんは店長に言いました。
「放っておいてちょうだい。
私はここへ買い物に来てるんじゃない。あの人としゃべりに来てるんだ。だからこのレジじゃないとイヤなんだ」
その瞬間、レジ打ちの女性はワッと泣き崩れました。
お客さんが店長に言いました。
「そうそう。私たちはこの人と話をするのが楽しみで来てるんだ。
今日の特売はほかのスーパーでもやってるよ。だけど私は、このおねえさんと話をするためにここへ来ているんだ。
だからこのレジに並ばせておくれよ。」
彼女はポロポロと泣き崩れたまま、レジを打つことができませんでした。
仕事というのはこれほど素晴らしいものなのだと初めて気づきました。
すでに彼女は昔の自分ではなくなっていたのです。
それから、彼女はレジの主任になって、新人教育に携わりました。
彼女から教えられたスタッフは、仕事の素晴らしさを感じながら、お客さんと楽しく会話していることでしょう。
出典元 (木下晴弘著『涙の数だけ大きくなれる! 』フォレスト出版)


嫌々やっているのと、楽しくやるのとでは、こうも違うものなんですね。
視点を変えるだけで、周りの世界も劇的に変わるんですね。
思いやりの心が薄れていく中、心が温かくなりました。
良かったらシェアお願いします。


読み終わったとき、私も胸が熱くなりました。
最後尾を見ると、何と11万人以上の人たちが「いいね!」をクリックしています。


仕事の数でいったら私も彼女に負けないほどいろんなことをやってきましたが、長く続かなかったというより、自分の経験のためにやってきたことで、それぞれみんな楽しみ、同時にたくさんのことを学んできました。そして、これらの経験が今、みんな役立っています。


反人道的、反社会的なものでもない限り、仕事に「いい、悪い」などありません。どれも、その一つひとつが尊い働きで、社会に、そして人々に貢献しているのです(「自分のすることに誇りを持て」)。


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命のサイン帳

2013.05.20日

今日は、感動物語を皆さんにシェアさせていただきます。
Facebook「涙が止まらない」よりの転載です。


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ある日、ディズニーランドのインフォメーションに、ひとりのお父さんが元気なさそうにやってきました。
インフォメーションのスタッフが、「どうかなさいましたか?」と聞いたところ、
そのお父さんは、
「実は今日、子供と一緒に来ました。子供が、ミッキーちゃんだとか、ミニーちゃんだとかのキャラクターにサインをしてほしいと言っていたので、サイン帳を持ってきたんです。
子供は、キャラクターを見つけては、一人一人にサインを書いてもらっていました。
そして、あと少しでそのサイン帳が全部埋まる、というところで、そのサイン帳を失くしてしまったんです。
サイン帳、落し物で届けられていないかと思って来て見たんですが、ありませんか?」
と言ったそうです。


そのインフォメーションには、サイン帳は届けられていませんでした。
そこで、そのスタッフは、考えられるいろんなところに電話をしてみました。
ところが、どこにも届けられていなかったんですね。
そこで、そのスタッフは、サイン帳の特徴を詳しく聞いた後、「いつまでご滞在されますか?」と聞いたそうです。その家族は2泊3日で来ていたので、
2日後のお昼には帰らなければならなかったそうです。
スタッフはそれを聞いて
「それでは、この後、もう少し探してみますので、2日後、お帰りになる前にもう一度こちらにお寄りいただけますか。多分、それまでには見つけられると思います 」
と言ったそうです。


そして、お父さんが帰られた後、そのスタッフはさらに、細かな部署に電話をかけて聞いてみたり、自分の足で、駐車場や心当たりのある場所に探しに行ったそうです。
ところが、やっぱり、どうしても見つからなかった。
もしかしたら、それを拾った人が、「すごい! これみんなのサイン、書いてある」と
喜んで持って行っちゃったのかもしれない。
でも、とにかく見つからなかった。


で、そのスタッフの子は、どうしたかって言うと、結局、そのサイン帳と同じサイン帳を自分で買って、自分の足で、いろんな部署をまわって、キャラクターのサインを全部書いてもらって当日を迎えたそうです。


当日、お父さんがやってきました。
多分見つからないんだろうなという気持ちで
来たんだと思います。
お父さんは、「どうでしたか?」と聞きました。


すると、スタッフの子は、
「申し訳ございませんでした。そのサイン帳は見つけることができませんでした。
でも、お客様、こちらのサイン帳をお持ち帰り下さい。」
と言ったそうです。


お父さんがビックリして中を見ると、キャラクターのサインが全部書いてあった。
お父さんは、もちろん大喜びして、「ありがとうございます!」と持って帰ったそうです。


…で、この話はまだ終わらないんです。
後日、ディズニーランドにそのお父さんからの、一通の手紙が届きました。


先日は「サイン帳」の件、ありがとうございました。
実は、連れて来ていた息子は脳腫瘍で「いつ死んでしまうかわからない」
…そんな状態の時でした。
息子は物心ついたときから、テレビを見ては、「パパ、ディズニーランドに連れて行ってね」
「ディズニーランド行こうね」
と、毎日のように言っていました。


「もしかしたら、約束を果たせないかもしれない。」
…そんなときでした。
「どうしても息子をディズニーランドに連れて行ってあげたい。」
と思い、命が、あと数日で終わってしまうかも知れないというときに、ムリを承知で、息子をディズニーランドに連れて行きました。


その息子が夢にまで見ていた大切な「サイン帳」を落としてしまったのです。あの、ご用意頂いたサイン帳を息子に渡すと
「パパ、あったんだね! パパありがとう!」
と言って大喜びしました。


そう言いながら息子は数日前に、息を引き取りました。
死ぬ直前まで息子はそのサイン帳をながめては、
「パパ、ディズニーランド楽しかったね!ありがとう!また、行こうね」
と言いながら、サイン帳を胸に抱えたまま、永遠の眠りにつきました。


もし、あなたがあの時、あのサイン帳を用意してくださらなかったら、息子はこんなにも安らかな眠りにはつけなかったと思います。
私は、息子は「ディズニーランドの星」になったと思っています。
あなたのおかげです。
本当にありがとうございました。


その手紙を読んだスタッフは、その場で泣き崩れたそうです。
もちろん、その男の子が死んでしまったという悲しみもあったと思いますが、
「あの時に精一杯のことをしておいて、本当に良かった」
という、安堵の涙だったのではないでしょうか。


(出典元:矢島 実 「涙と感動が幸運を呼ぶ」)


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“現代のベートーベン”に拍手!

2013.05.01日

「魂の旋律 〜音を失った作曲家〜」(NHKスペシャル3月31日放送)の再放送を今日見ました。
“現代のベートーベン”と呼ばれる佐村河内 守(サムラゴウチ マモル)さん(49歳)は14年前に原因不明の病で両耳の聴力を失いながら、クラシック作品の中で最も困難とされる交響曲を書き上げていらっしゃいます。


そしてさらに今回、東日本大震災の被災者へ向けたピアノ曲「レクイエム」の作曲に取り組む姿が描かれていました。
東日本大震災で、母親をなくした少女にささげるレクイエムの作曲にあたり、佐村河内さんは言葉通り、膨大なメールのやりとりや、石巻に何度も足を運ぶなかで、少女の喪失感と対峙し、レクイエムを作曲されたのです。


佐村河内さんは両耳の聴力を失ったばかりか、抑鬱神経症や不安神経症、常にボイラー室に閉じ込められているかのような轟音が頭に鳴り響く頭鳴症、耳鳴り発作、腱鞘炎などに苦しみつつ、幼少のころ身につけられた絶対音感を頼りに作曲を続けておられます。
「自分の作品を聴くことができない悔しさとみじめさは、今も乗り越えられていない」と語りつつコンサート会場には、足を運ばれています。理由は、お客さんの拍手の振動を感じることができ、それが唯一の救いだからだそうです。


番組で聴かせていただいたレクイエムは魂を揺さぶられるものでした。会場をいっぱいに埋めた聴衆の被災者のなかには、涙する人たちの姿も。
しかし、私の魂を心底から震えさせたのは、佐村河内さんの壮絶な人生の一部をWikipedia「佐村河内守」で知ったときです。


筆舌に尽くし難い辛酸を舐め尽くしてこられた佐村河内さんに、惜しみない心からの拍手を送りました。私の拍手の振動も佐村河内さんに届きますように。


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少子高齢化、領土問題、円高、不景気、失業者...

2012.09.18日

敬老の日の昨日、65歳以上が3000万人を突破したと報じられました。実に約4人に1人が高齢者という勘定です。


すぐ隣には中国の反日デモ90都市に拡大、満州事変の発端となった柳条湖事件から81年目に当たる今日、18日にも各地で大規模な反日デモが呼びかけられているという記事が載っていました。


この他、北朝鮮の拉致被害者問題、世界中に広がりつつあるイスラム教徒による反米デモ、リビヤ米大使を始めとする死者を出すほどにまで過激化した暴徒。


失業者や生活保護受給者を数多く生み出している日本経済の低迷。
どのページをめくっても重苦しい暗いニュースばかり。
新聞記事を読むと気が滅入るので、新聞はとっていないという人が最近ずいぶん増えてきています。また、現実的に新聞代の節約という目的もあるのでしょう。

そのような中で、今日の読売新聞1面に「樋口広太郎氏 死去」のニュースが載っていました。
1人の人の死亡記事であるにもかかわらず、失礼ですが、心が明るくなり、希望の火が見えるものでした。
樋口広太郎氏はアサヒビールの元社長。大手銀行の副頭取を務めていた1986年に、業界三位に低迷し「夕日ビール」と揶揄(やゆ)されていたアサヒビールに転じ、翌年大ヒット商品となる「スーパードライ」を発売。そして社長在任中の6年間で売上高をなんと3倍に伸ばしたといいます。当時のテレビCMは今もまぶたに焼きつき、音声も耳に残っているほど大きなインパクトがあり、アサヒビールの躍進を私自身目の当たりにしてきたので、この経緯をよく覚えています。
今や、日本国内のみならず外国でも、また飛行機の中でもビールを注文するとスーパードライが出されるほど、ビールの代名詞にまでなりました。


これで思い出すのは、アメリカ留学中の1970年代初頭の頃のこと。
とても親しくさせていただいていた韓国人の牧師先生が繰り返し私に言っていました。
「韓国にはまだカラーテレビがない。韓国の一般の人々の暮しはまだまだ信じられないぐらい貧しい。しかし、日本から技術供与を受けて韓国はこれから必ず大きく成長する」と。
そして、この先生が紹介してくださった韓国人の実業家の方とオレゴン州ポートランド市に通訳として商談にご一緒しました。
その内容とは、ポートランドの材木業者から安価な木材の切れ端を買いつけて、それで割り箸を作って日本に輸出するというものでした。


あれから40年。今やサムスンやLGなどの電子・電機産業、自動車産業、鉄鋼業、造船業など、多くの韓国企業が日本企業を追い越すほどにまでなりました。
米経済誌フォーブスが発表するアジアの優良企業50社に、韓国から8社が、中国からは23社が入り、日本からはなんと1社も入らなかったそうです。
本当にあっと言う間の出来事です。


アサヒビールのスーパードライといい、韓国のサムスンといい、時代の流れを読み、時流にうまく乗るなら、信じられないようなことが起こり得るということを実証しています。


これは取りも直さず、今、日本が、そして世界が抱えている冒頭のような諸問題にも必ず解決の道があるということを意味しています。
神様が人間に与えてくださった知恵は計り知れないほどのものです。
「三人寄れば文殊の知恵」じゃないですが、この知恵を用いて今の難局を乗り越えていかなければなりませんし、私たちには必ずできます。
樋口広太郎さん、ありがとうございました。


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使用前、使用後  その2

2012.04.29日

昨日は、それはそれは懐かしい、楽しい高校時代の同窓会でした。
早速Facebookでつながった方もできて嬉しい限りです。


昨日のブログ「43年振りの同窓会」にも書きましたが、「みんな顔と姿・格好はすっかり変わっていますが、話し方や話す時の身振り手振り、話す内容などはまるで高校時代のまま」で、本当に面白いと思いました。


それこそまさに「使用前、使用後」という感じでした。
40数年のブランクがあっての再会ですから、なお一層そのように感じたのでしょうね。
私自身は、昨日集った仲間の中ではまだ一番若々しい方だと心の中で思っていたのですが、きっと周りのみんなも私のことを同じように「使用前、使用後」と思ったことでしょう。


中に数人、女性の方で、顔を見るとすぐ分かるというほど、昔のままの感じの若い方もいらっしゃって驚かされました。
しかし男性陣は、髪の毛は真っ白、または全くない人が多く、さすがにみんな貫禄十分。(お腹もポッコリ出ていて)
しかも、大会社の社長や大学教授、医者、税理士、建築士等などそうそうたる面々。
定年退職、また事業を辞めて引退していた人も何人かいましたが、まだつい4か月前に起業したばかりで、これから死ぬまでに2億稼ぐという豪傑もいました。
私などは、会場を間違えてきたんじゃないかと思うほどの新参者のようでした。


私自身も含めて、多くの人がこの「使用前、使用後」を恥ずかしがるものです。
でも、聖書には「白髪は輝く冠」とあり、老いの象徴というよりむしろ人生の熟練者に与えられる褒美の冠だということになります。
また、髪の毛が全くなくなった人も輝いて(光って?)いました。


そういう意味で、昨日会った仙人のようなI君などはまさに神様から祝福の輝く冠をいただいた方です。
逆に、髪の毛真っ黒、フサフサの新参者の私などはこの輝く冠はまだまだ遠いようで、これからも頑張り続けなければなりません。


白くても黒くても、光っていてもフサフサでも、みんな精いっぱい生きていれば、それが一番美しい。それが本当の輝きです。
女性の場合も、肌がツヤツヤしていて若々しい人も、そうでない人も、それぞれ美しい。
みっともないのは、他人と比較して卑下したり、人を羨んだり、あるいは逆に人を見下して高慢になることです。


私は高校3年間の思い出は薄いと思っていましたが、一次会の締めの時、みんなで歌った校歌が自分でもびっくりするほど自然と口から出てきて、本当にすっかり高校時代に戻ることができました。


♬愛宕の峰に匂う朝陽
我が立つ窓にみなぎる光
明けゆく空も美しい
みんなの瞳も美しい
いざや友よ高らかに
希望の歌をうたおうよ
文化の華を咲かすため
明日の日本を担うため♫


みんなの瞳、本当に輝いていて美しかったよ。
いつまでも輝き続けようね!


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神様のウンチ

2011.07.17日

「大阪へ向かう電車に乗った。
始発からの電車だったので、僕は安心して、向かい合わせの四人掛けのシートの窓際に座った。
...
三つ目の駅ぐらいで、親子連れが乗ってきて四人掛けの残りの座席は埋まった。
僕の隣がお母さん、前に子供二人であろうか。
年の離れていないお兄ちゃんと妹、小学校低学年ぐらいだろうか。
ひとしきりテレビの話をした後、子供達は雲を見つけた。
車窓から見える空に、電車の形の雲があったらしい。
お兄ちゃんの発見を皮切りに、兄妹の大空への旅が始まった。
電車のあとは、犬、ウサギが出てきて、
テレビマンガの主人公らしきものも出てきた。
特大のキャンバスに青い絵の具を塗りつけて、
そこに白い絵の具でどんどん描いていくようだった。
僕はうれしくなって、時々空をそっと眺めたり、
つい笑顔がこぼれたり・・・・・・。
気付いた妹が、
『おじちゃん、笑ってる』
お母さんは、『ごめんなさい』と僕に謝った。
僕は『いえいえ』とさらっとかわした。
しばらくして、子供達は不思議な雲を見つけた。
一本の長い雲。
トイレットペーパーみたいだと笑い始めた。
僕はますますうれしくなった。
神様がウンチをしたというところで、母親のストップがかかった。
次の駅で降りるらしい。
準備を始めたお兄ちゃんに、僕は声をかけた。
『ありがとう。楽しかったよ。あれはね、飛行機雲って言うんだよ。
飛行機が飛んだ後にできるんだ』
子供達とお母さんは、『ありがとう。さようなら』と言い残して降りて行った。
僕はしばらくとっても幸せな気持ちで空を眺めた。
人間は大人になるにつれ、近くしか見なくなる。
どうしてなんだろう。
僕も子供の頃、よく空を眺めた。
飽きることなく眺めていたような気がする。
そうそう、結局あの家族は、
誰も僕が見えない人間だということを気付かなかった。
それはそうだろう。
本人の僕が忘れていたんだから」
(松永信也著『風になってください』法蔵館 p.19〜21)


視覚障がい者のためのボランティアをしていらっしゃる私の恩師、西村隆宏先生ご夫妻(「使用前、使用後」)から京都修学旅行の帰り際にいただいた3冊の本の中の1冊。
読みながら何度も胸が詰まり、目頭が熱くなりました。
健常者(障がいのない人)である私たちには見えない豊かな世界です。


そういえば29歳の頃、わたぼうし小学生作文コンクールの優秀作品が新聞に載っていました。
小学4年生で先天性盲目の確か晶子ちゃんという名の女の子の作文でした。
いつか目の見えるヘルメットをかぶってお母さんや周りのものが見えるのが夢だというような内容でした。
私はこの作文にとても感動して晶子ちゃんに手紙を書く決心をしました。
点字を打つ機械を買い、独学で点字を覚え、生まれて初めて点字の手紙を書きました。
「救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい」(新約聖書 エペソ 人への手紙6:17) のみことばを添えて点字の新約聖書(全8冊)を送りました。
晶子ちゃんとお母様からご丁寧なお返事をいただきましたが、その後この晶子ちゃんがどうなったのかわかりません。
当時10歳の少女は今や40代の立派な女性になっていらっしゃることでしょう。
そして、きっと上の松永さんのように、私の見えない世界をヘルメット(救いのかぶと)をかぶって見ていらっしゃることと思います。


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優しさとは その2

2011.05.09日

昨日のブログに対して早速おひとりの方が次のようなメールをくださいました。
「本日、正人先生のレポートを読んで改めて今回の震災に心が痛みました。
震災以降、毎日、ニュースなどで見る人々の様子に涙を流していました。テレビで見ているため、ただの『悲しいお話』、『他人事』として自分は見ているんじゃないか、と自分の気持ち・感情さえ疑われるような暗い気持ちになりました。そして、震災については安易な意見は言えない気持ちでした。
ゆうべ読んだ、パルシステム(生協)が発行している『POCO21』にボランティアについて書いてあり、自分でもできることがあるんだ、と気付きました。
その冊子の内容では、『ボランティアとは共に生きること』と財団法人富士福祉事業団理事長の枝見太朗さんのお話が載っていました。
『ボランティアはともすれば「奉仕活動」と訳されることがある。
奉仕は言葉のとおり仕え奉ることであり、そこには上下関係があり、隔たりがある。
本来ボランティアとは、誰かに束縛されたり押し付けられたりするものではなく、一人の人間として自らが『こうかかわりたい』という想いから行われるものです。それは、たとえば赤ちゃんのお世話に近いものでしょう。ただひたすらに、健康と幸せを願う。金銭や物品の寄付は、施し与えるものではなく、分かち合うものであり、実際的な支援は、支援を必要とする人々に寄り添い支えることなのです』
とのお話でした。
援助という考え方ではなく、共生という考え方であれば、遠く離れた私たちでも継続的に支援していけるのかな、と思いました。何日・何年経っても被災地・被災者・避難住民のことを忘れないこと。優しさを分かち合い、優しさを具現化していくこと、それが、お互いの生きる力になればいいなと思いました。
震災について、やっと心の整理がついたように思います」
Sさん、貴重なご意見をありがとうございました。


それでは正人のレポートその2をお送りします。


東日本大震災現地レポート【陸前高田市】その2


Kさんの姿にこちらが励まされ、みんなそんなに辛い顔をせず(きっと一番辛い顔をしていたのは腰を痛めた僕だったでしょう)、お手伝いをすることができました。
前述の自然栽培で育てられたそば「光香(ほのか)」を関東で唯一使っているお店が湯河原にあるというので、みなさんもよかったらチェックしてみてください。
「もち米ができたら連絡します」とおっしゃってくださったので、連絡先をみんなで交換し、Kさんのお宅を後にしました。


しかしながら、僕たちが片付けた畑というのは被災した全体のほんのわずかな一部でした。
陸前高田市だけでもまだまだ広大な土地が手つかずの状態です。テレビでは復興を始めようとしている場所が多く取り上げられていますが、まだとてもそんな状況ではないという方もたくさんいらっしゃることでしょう。
復興ムードに盛り上がり、悲しむことを切り離してしまうと、また一層被災地の人たちとの気持ちのギャップが開いてしまうのではと感じました。
一番強く感じたのは、地元の人たちと、僕たちボランティアや写真を撮りに来ていた人、そして自衛隊の人たちとでは、表情も動きも全然違うということでした。
ボランティアセンターや診療所などで働く地元の人たちは、真剣な表情で仕事をし、何か急いでいるような印象を受けました。そのように一番力を尽くしている彼らに対して、「支援してあげよう」というのはあまりにおこがましく思われました。


それから僕は高田第一中学校に向かいました。避難所に本を届けるというのがもう一つの目的だったからです。
マッサージもヘアカットもできない自分でも、面白くて夢のある本を届けることならできる。避難所で生活をしている人たちに、少しでも元気を取り戻してもらいたい。そんな願いで、ワンピースやハリー・ポッターなどの人気のマンガや小説を中心に集め、持っていきました。
どれだけ役に立つかわからないし、もしかしたら置き場に困って邪魔なだけかもしれない。しかし、やらないよりはやって失敗した方がいい、いらないと言われれば持って帰ればいいと思い、実行に移しました。
同校には500名ほどの方々が避難生活をしていらっしゃるということで、各地から物資も届けられているようでしたが、僕の本も無事受け取ってもらえました。
いろいろと話を聞きたかったのですが、やはりみんな多忙を極める様子で、すぐに帰るのも必要かと思い、帰路につきました。


一日滞在しただけでしたが、あの壊滅した街の光景は脳裏に焼き付けられました。
翌日、この平和な平塚の街を歩いていて、不思議な違和感を覚えました。今まで当たり前だった日常の景色、便利な生活が、実はとても不安定なものの上に築かれていたのではないか。一度の地震、一度の津波で、今の生活が全て壊されてしまう可能性を持っている。
しかしそれこそが地球にとって当たり前のことではないのか。もしかすると、人間のリズムは地球のリズムに比べるとずっと速く、数年も経つと災害のない状態に慣れてしまい、それが日常であると認識して、ゆっくりと、しかし必ずやってくる地球のリズムである災害のことをいつも忘れてしまうのかもしれません。


僕が今回の旅で見たのは、東北の人々のやさしさと、人間のもつたくましさです。
一泊した旅館の女将さんも、道中で休憩をさせてくれたある家族も、ボランティアでお世話になったKさんも、みんな他人への思いやりのある方々でした。
また、瓦礫の山に挟まれた一軒のガソリンスタンドが手動のポンプを使って営業していたり、ほっかほっか亭が、店舗がつぶれたのかあるいは遠くから支援に来たのか、バスで屋台を出していたりと、一部かもしれませんが、力強く復興への一歩を踏み出しているようでした。
現地の人々のそういった力強い姿には胸が熱くなりました。


復興までにどれだけの時間がかかるのか僕には見当もつきません。5年かあるいは10年か。そしてたとえ街が復興し元通りになったとしても、あまりにも多くの尊い命が犠牲となってしまいました。


高田第一中学校の廊下には、先生が書かれたのでしょうか、激励の言葉が貼ってありました。写真は撮らなかったためにうろ覚えですが、内容は次のようなものでした。
「我々はあきらめるために生かされたのではない。絶望の中から立ち上がり、明るい未来を再建するために、子どもの未来を輝かせるために、天によって生かされたのだ」


大きなダメージを受けた被災地のために、また日本のために、自分にできることなんていうのはごく小さなことかもしれません。でも、いずれ必ず、ひとりでも多くの人たちが元気を取り戻し、少しでも幸せな生活を送れるようになる、という希望を持ち続けていきたいと思いました。
そして、5年後、10年後には社会に出ていく、アカデミーで今学んでいる生徒たちとも、そんな希望を分け合っていきたいです。


この場を借りて、被災された皆様に謹んでお見舞い申し上げます。
以上で陸前高田市のレポートを終わります。


rikuzentakata4.JPG

(画像をクリックすると拡大されます)


小さなボランティアをして、夕方6時頃岩手を発った正人が、途中休み休みしながら帰宅したのは翌朝4時頃だったようです。
6時頃、トイレに目覚めて玄関に行ったら下駄箱の上に正人の車のキーが置いてあるのを見てホッとしました。
そしてふと足元を見ると、メモが目に入りました。
「お疲れさま。もしお腹空いてたら台所におにぎりがあるので食べてください」
娘の字でした。
台所に入るとおにぎりはありませんでした。
娘の小さなボランティア活動でした。


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優しさとは その1

2011.05.08日

ゴールデンウィークの大型連休中、東日本大震災の被災地である東北地方にボランティア活動に行った人の数がハンパない(今風の言い方)そうです。
いくつかの自治体では、受け入れ態勢が整っていないという理由でボランティアを断ったとのことです。
かつてはボランティアという概念すら乏しかった日本も、経済的にまた精神的に成長してきた証しとして多くのボランティアが生まれ、活躍しているのを見て本当に嬉しくなります。
最近では、中学や高校でもボランティア体験というものがあって、駅前や街頭での募金活動を始め、老人ホームや幼稚園などの施設でのボランティアなど、生徒たちが積極的に関れる機会を設けていますが、実に素晴らしいことです。


今回の大震災で日本人全体が優しくなってきたと、以前このブログの「生まれてまもない君に」という記事の中に書きましたが、ボランティアとは突き詰めていくと、「優しさの具現化」とでも言えるのではないでしょうか。


連休の前半、鼻炎から風邪を患って家で寝ていた次男の正人も、体調が回復した後半、ひとりで車で岩手まで行き、ほんの少しですがボランティア活動に携わってきたそうです。
私たち家族には何も言わずに早朝出かけ、夜中になって「今、岩手に来ている。今晩はこちらに泊まってくる」という電話をしてきました。
どんな体験をしてきたのか、2回にわたって正人のレポートをお送りします。


東日本大震災現地レポート【陸前高田市】その1


こんにちは、舟田正人です。
先日、GWの休みを利用して、岩手県の陸前高田市へボランティアに行ってきました。今回はそこで見たもの、感じたことなどを報告したいと思います。


東北に向かった動機はいくつかありました。
一つは、現地の様子を一度この目で見てみたかったということ。そしてただ見るだけというのも無神経だし、何か力になりたい、どうせなら行ったことのない岩手を観光して微力ながら応援したい、というものでした。


しかし、岩手の内陸のほうで出会った方々が言われていたように、市内の被害状況を見て、言葉を失いました。
まずは川沿いの地域。道路一本を挟んで、山側は何の被害も見られない家屋。川側には家屋の崩れさった瓦礫の山。天国と地獄。
海の近くの平野部の状況は、想像を遥かに超えていました。
全てが破壊され、復旧された道路の両側には瓦礫が山積みにされ、街の面影はまったくありませんでした。
「壊滅的状況」ではなく、文字通り街が壊滅していたのです。それは今までに見たどんなものにも似ておらず、実際にその場に立つと、「テレビに映っていた」という感じはしませんでした。ニュースや写真で何度も見て、背筋が寒くなったのと同じ光景のはずなのに。


rikuzentakata1.jpg rikuzentakata3.jpg


先生や生徒たちにも災害の大きさを伝えようと、道路わきに車を停めて写真を撮っていると、1台のトラックにクラクションを鳴らされました。
見ると、運転手が口を動かしながら身振りをしていました。
観光客は邪魔だ、帰れ・・・きっとそう言っているのだとわかり、途端に居づらくなりました。自分はここではよそ者なのだ、そんな自分が「力になる」ことなんてできないのではないか、そう感じました。


せめてボランティアに参加しよう。自分の労働力なんて本当に微々たるものだけど、やらずに手をこまねいているだけよりもいい。
ここにいる人たちは、みんな大変な思いをしているんだ。自分だけ楽な思いはできない。被災していない自分がのうのうとこの場にいることはできない。
そう思い、何の用意もしてなかったのですが、ボランティアセンターを探し、参加することにしました。


10名ほどのグループで向かったのは、お米を自然栽培で育てているというKさんのお宅でした。
お宅といっても、家は完全に破壊され、敷石と瓦礫が残っているばかり。長野県でそばも育てていて、それを家で石臼で挽いていたそうですが、その150kgはあるという石臼までもが流されていました。近くを通る鉄道の線路が、まるで垣根のように荒々しく持ち上げられていて、津波の威力の恐ろしさを改めて感じました。


作業は、畑に流された瓦礫の撤去。作業をしながらKさんはいろいろなお話をしてくださいました。
母と自分は奇跡的に助かったが、親戚にはまだ行方不明になっている人がいる。今は支援を受けているからいいが(義援金は届いていない)、明日どうなるかがわからないのは不安だ。早く畑を片づけて、今年はもち米もまいて、年末には餅をつけたらいい...。
土壌改良に尽力してできた土には多様な生物・バクテリアなどが住んでいて、「だから土は生きているようなものなんですよ。そこからは肥料なんて使わなくても本当においしいお米ができる」と誇らしげにおっしゃっていました。
無農薬・無化学肥料のお米は、体の弱いお年寄りや病人にも安心して食べてもらうためのものだそうです。


印象的だったのは、この方の笑顔でした。
「何もなくなって海が近く(見やすく)なりましたよ」とか、「財産は何も残っていないけれど、これでみんな平等ですよ。みんな何も持っていないんだから」なんて笑いながら冗談を言い、しかしたまに神妙な顔つきにもなる...。
家も畑も滅茶苦茶にされ、震災のあと1か月は何かしなくてはと思っても体が動かなかったとおっしゃっていましたが、それでも今は希望を持ち、目標に向かって仕事の再興に取りかかっている。
人間には、どんな困難も乗り越える不屈のたくましさが眠っているんじゃないか、そしてこの人の中には、自分には決して想像もつかないような大きな悲しみと、それに打ち勝つだけのたくましさが同居しているんじゃないか、と感じさせられました。
(明日に続く)


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心温まるシーン

2011.04.26日

今日はゴミの日。
朝、出すのを忘れていて、ごみ収集車がやってきてあわててゴミを持って飛び出しました。
作業員の方が親切に、
「大丈夫ですよ。そこに置いてください」
と言うと、それを拾い上げて収集口の中に放り込んでくださいました。
「ありがとうございました」と言って庭に戻たとき、隣の人があわてて出てきました。
隣の人もゴミを出し忘れたのかな、と思っていたら、次の瞬間、私は頭を打ちのめされたかのように感じました。
「間に合ってよかった」
と言って運転席の人に何やら手渡しておられるのです。
「ご苦労さま。いつもありがとう!」
私の目に入った物は、缶コーヒーか何か作業員の人数分の3本でした。


私の貧弱な発想ではこのような行為は思いも浮かびませんでした。
この心温まるシーンを目撃して、今日は1日爽やかでした。
最近テレビのAC(公共広告機構)のCMでよくやっている
「思いは見えないけど、思いやりはだれにでも見える」
を地で行くような感じの心温まる1シーンでした。


そういえば、ゴミ収集車で思い出しました。
アメリカにいた頃、見たゴミ収集の光景です。
これは「思いやり」とはまったく無関係なのですが、アメリカらしく豪快そのものです。
日本に戻ってきて人にこのシーンを口で説明してもよくわかってもらえず、逆にオーバーな話をしていると思われていたかと思うのですが、ひょっとしてと思ってネットで検索してみると、次のような映像がYouTubeにありました。



これは子どもが遊ぶおもちゃなのですが、本物もまさにこのままのシーンです。
ただ、アメリカの収集車は日本のものよりもサイズがずっと大きいため、圧倒されてしまいます。
さらにすごいのが、このゴミ収集用の鉄製のコンテナーに、アメリカ人は生ゴミだけでなく、新聞紙から空き缶、空き瓶、なべや台所用品など、何でも捨てるのです。
少し前のことですが、アメリカに留学中の息子と話していたら、もっとすごいのは、引越しをしたりするときにはテレビからソファーなどもこのコンテナーの中に捨てていくというのです。


アメリカのソファーは日本のものよりサイズが大きいです。それをそのままコンテナーに入れるのですから自ずとその大きさがわかります。
収集車のアームをその大きなコンテナーに引っかけて、そのまま上に持ち上げていってゴミ収納部に「ガッシャーン、ガラガラガラ」と大きな音を立てて落とすのです。
日本から行って初めてこの光景を見た人はみんな度肝を抜かれます。


アメリカでは、ゴミの分別やリサイクルといった概念はないようです。
むしろ、ゴミを焼却するとダイオキシンなどの有毒ガスが発生するといって法律で禁じられているぐらいで、リサイクルには時間もコストもかかると考えられていてあまり実践されていないようです。
それで、収集したゴミをどうするのかというと、土の中に埋めてしまうのです。
なにしろ国土が日本の25倍というぐらいですから、ゴミを埋めるところはいくらでもあるようです(ちなみに人口密度は、日本はアメリカの10倍!)。
それにしても国土が狭い日本に住んでいる私たちにとって、ゴミをどんどん埋めるという発想が理解できません。


今日見たゴミ収集の心温まるシーンで、もうひとつ別のことを思い出しました。
うちの長男と次男が小学生の頃、今から20年ぐらい前のことです。
子ども達に1日に何かひとつでもいいことをしようと約束して、毎日、今日はどんなことをしたの?と尋ねていました。
すると子どもは、「今日は〇〇ちゃんに〜してあげた」とかいろいろ答えるのです。
いいことというのは、意識していないとなかなかできないものです。
私も今日から意識して、いいことを毎日ひとつでもしようと改めて決心しました。
と同時に、人がしているいいことにも目を留めるようにすることにしました。
そうしたらハッピーな毎日を過ごすことができます。


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ドラえもんのふしぎなポッケ

2011.04.19日

「こんなこといいな できたらいいな
あんなゆめ こんなゆめ いっぱいあるけど
みんなみんなみんな かなえてくれる
ふしぎなポッケで かなえてくれる
そらをじゆうに とびたいな
『ハイ!タケコプター』
アンアンアン とってもだいすき ドラえもん」


ほとんどの国民に馴染みのある歌です。
上の歌詞を見ただけで自然とメロディーや、歌手の声まで聞こえてくるから不思議です。


「ドラえもんのふしぎなポッケ」は私たちに夢を与えてくれます。
交通事故にあって今、入院している80歳を超える義母もドラえもんのファンで、病院に持って行くマンガ本を何よりも楽しみにしています。
私も昔からずっとドラえもんの大ファンです。
幼児からお年寄りまで、世界30数か国にドラえもんのファンがいます。


「“あったらいいな”をカタチにする」をキャッチコピーにしているK製薬のCMもそうですが、人間はこれまで常に頭の中で考えたことを実現してきました。
「人が想像できることは、必ず実現可能」と、SFの父といわれたジュール・ヴェルヌは言いました。


消費者物価指数は、約600品目の価格から算出され、品目などの基準は5年ごとに改定されるそうです。
今から10年前にはパソコンがこの品目の仲間に加わり、5年前にはDVDレコーダー、カーナビが、そして今年は電子辞書やメモリーカードがリストに加えられるといいます。
同時に、入れ替わりで姿を消していくものもあります。
今年の改定ではステレオやアルバムが消えます。
ステレオは私の中高大学時代とちょうどダブったものですが、今ではもう見かけなくなりました。


すべてのものが絶えず進化しているのです。
そう言えば、昔、股引き(ももひき) と呼んでいたものはその後、ズボン下となり、さらに今ではヒートテックタイツと進化しました。
オープンリールテープレコーダーはカセットレコーダーに、そしてウオークマンがオーディオの世界を変えました。
このあと、CD、MDと進化し、そして今はiPodの全盛時代です。
しかし、このiPodも時間の問題で、やがて次の世代のものにとって代わるでしょう。


人類史上画期的な発明だったモールス信号はやがて有線の固定電話に、これが無線の自動車電話に変わり、さらに高機能・小型化した携帯電話になり、今のiPhoneを始めとするスマートフォンに進化を遂げました。


こうして考えてみると、実は、「ドラえもんのふしぎなポッケ」は、人の頭の中にあるということがわかります。
人類の英知には無限の可能性があります。


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パプアニューギニアから義援金

2011.04.17日

今日の読売新聞から。


「西太平洋の島国・パプアニューギニアでは、貧しい山あいの村落で東日本大震災への募金運動が拡大し、これまでに2000人以上から義援金約8000キナ(約26万円)が集まった。児童100人分の年間教育費に相当する額だ。
同国中部のゴロカ教育大学で情報管理部長を務める原田武彦さん(38)が、ローカルのFM放送番組で被災状況を伝えたのがきっかけ。
地元住民は数百世帯に1台しかないテレビに群がり、震災のニュースを見ており、『被災した子どもを預かりたい』 『水を届けたい』との申し出が原田さんのもとに殺到した。
同大日本語学科の学生らは募金活動に立ち上がり、工事用のトロッコを募金箱代わりに村々を訪問。現金収入が限られているため、ピーナツや果物のグアバを寄付する行商の女性もいた。
小学校では『日本人と心の痛みを分かち合いたい』とのプラカードを掲げた児童約500人が出迎えた」
(4月17日付 読売新聞6面)


「約26万円は児童100人分の年間教育費に相当する額」といいます。
つまり、1人当たりの年間教育費は2600円です。
「『被災した子どもを預かりたい』『水を届けたい』との申し出が殺到」
「現金収入が限られているため、ピーナツや果物のグアバを寄付する行商の女性もいた」
このような貧しさの中から、一人約130円ほどを精一杯募金してくれたのです。
記事を読んでいて胸が痛み、目頭が熱くなりました。


私の親しい友人が青年海外協力隊の働きとして、これまで世界中のいろいろな国に行っているそうですが、その中でもパプアニューギニアは本当に貧しい国だけど、人々はみんなとても純粋で、明るくて、また機会があればぜひ行きたいと言っていました。


先日のブログに、平均年収が150万円の台湾の一般市民から100億円の義援金が集められたと書きましたが(「生まれてまもない君に」)、このほかグアテマラからはペットボトルの水や缶詰めなどの物資をはじめ、ジャマイカやアフガンなど、貧しい国々の人たちも厳しい生活費の中から精一杯の義援金を送ってきてくれています。
これまで日本が支援してきてくれたからお返しだというのです。
ならば、私たち豊かな日本人はもっともっと同胞のために喜んで募金したり、ボランティアしたりしてサポートしなければならないのではないでしょうか。


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超人

2011.04.12日

先週の金曜日の夜、NHK BSプレミアムで放映していた「密着!アタカマ砂漠マラソン」を見て、まったく度肝を抜かれました。
去る3月に行われた、世界で最も過酷なレースの1つです。
南米チリにある標高3000mの高地に広がる大砂丘や塩湖などを舞台に、選手たちは10kgの食料や寝袋の入ったバックパックを背負って道なき道250kmを7日間で走りぬきます。


atacama.jpeg


42.195kmのフルマラソンでも私にとってはあり得ない。こんなに走ったら絶対に死んでしまう。
標高3000mなんて、私などは着くなり即座に高山病で倒れてしまうことでしょう。
しかも、灼熱の砂漠や45度の急斜面の上り坂、ひざまでつかる川の中、ゴツゴツした岩山などを毎日フルマラソンに近い距離、それを7日間も走り続けるのです。
まったく人間業とは思われません。まさに「超人」(スーパーマン)です。
110名ほどの参加者のうち高山病や肉離れなどで次々と脱落する人が出る中、日本から参加したランナーは健闘して9位。お見事!


見ているだけでぐったり疲れてしまったほどです。
なぜこれほどまでして体力の限界に挑むのでしょう。
参加者一人ひとりにそれぞれの理由、目的があります。
ひとりの人は障がい児を持っていて、子どもに必ず完走すると約束したそうで、困難を乗り越える手本を示したかったと言っていました。とても感動的でした。
人間よりもはるかに運動能力の優れた動物でもこのようなレースには耐えられません。


一方、肉体の限界ではなく、頭脳の限界に挑む人たちもいます。
昨年中国で行われた「世界記憶力選手権」。
この様子も先日NHKの番組で紹介されていました。
問題用紙に延々と続く意味のない模様を15分で300個以上、それも並んでいる順番どおりに覚えたり、1000枚以上のトランプのマークと数字を1時間ですべて正確に覚える等など、これもまさに「超人」です。
総合優勝したのは、初参加の中国人大学生。
大学に入学して記憶力サークルに入り、初めて記憶術を学び始めたと言います。それまではごく普通の子どもだったそうです。


photo_56.jpg


人間というのはすごい!と心底感動を覚えました。
みんな無限の可能性を秘めているのです。
その能力が発揮される分野が一人ひとり違いますが、だれにでもそのようなとてつもない超人的な能力があると私は信じています。
それをいかに見出し、訓練し、伸ばすか、それが教育の使命であり、また醍醐味です(「みんな天才!」)。
今、教えている中学生や高校生の中にも、その年齢だった頃の私の能力をはるかに超えている子が何人かいて、私は彼らの将来をとても楽しみにしています。
アカデミーからもいつの日か、いろいろな分野の「超人」がきっと何人も誕生することでしょう。
あなたのうちにも無限の可能性が眠っています。


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日本版「シュワちゃん」

2011.03.26日

3月24日付毎日新聞  「流される母子つかむ J1仙台選手が救助」の記事を下に引用します。


「東日本大震災で被災したサッカーJ1仙台の育成組織に所属する藤沢恭史朗選手(15)=宮城県東松島市立矢本第二中学3年=が、11日の地震発生時に津波に流された親子を助けていたことが24日、わかった。藤沢選手は現在も避難所で生活しているという。


同クラブによると、藤沢選手は東松島市の自宅付近で津波に遭遇。流されないように耐えていたところで流されてきた母子を発見し、右腕で子ども、左腕で母親をつかみ、近くにあった軽トラックの屋根に上ったという。その後、胸まで浸水してきたものの、子どもを肩車し、左腕で母親をかかえたままの体勢で耐え、徐々に水かさが減ったため、無事に2人を避難所へ送り届けて自らも避難した。


藤沢選手は身長約180センチのDFでジュニアユースに所属。昨年12月の高円宮杯全日本ユース選手権(U15)にも出場しており、春からはユースに昇格することが決まっている」


「流されないように耐えていたところで流されてきた母子を発見し、右腕で子ども、左腕で母親をつかみ、近くにあった軽トラックの屋根に上ったという。その後、胸まで浸水してきたものの、子どもを肩車し、左腕で母親をかかえたままの体勢で耐え、徐々に水かさが減ったため、無事に2人を避難所へ送り届けて自らも避難した」
の箇所を読んだとき、まるで映画の中の1シーンを見ているような錯覚を覚えました。
主人公は日本版の中学生「シュワちゃん」。
本物のシュワルツネッガー顔負けです。
今回の東北関東大震災が将来いつか映画化されるときには、ぜひともこのシーンを入れてもらいたいと思いました。


1万人を超す死者、不明者も17000人を超える大惨事となりましたが、このような心温まる美談がきっとあちらこちらにあるのだと思います。
ほかにも、今日の新聞には小学校の公務員さんが津波が来ることを察知して、生徒を学校の裏山に導いて危機一髪で全員が助かったとか、飼い犬が83歳の女性を散歩コースと逆の高台に引っ張って行って助けたとか、影のヒーローがたくさんいます。


私たちは影のヒーローになることなどもちろんできませんが、少なくとも被災者や犠牲者の方々のために祈り、また募金したりして、少しでも力になることはできます。
今日も先ほど、今年卒塾した生徒が電話してきて、
「昨日のブログを読みました。ぼくも募金させてください」
と言って、寒い中わざわざ自転車で募金しに来てくれました。
とても嬉しく思いました。


とどのつまり、人間とはひとりで生きていけるものではありません。
みんな、一人ひとりが助け合って初めてこの世の中は成り立っているのです。


大勢の人の尊い命を奪ったこの地震はあまりにもむごく、現実に目を向けることがいまだに困難ですが、この出来事をとおして私たちは数えきれないほど大勢の人々の善意にも目を向け、ここから学んで一歩一歩前進していくべきでしょう。


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悪夢の中の一条の光

2011.03.13日

テレビのニュースを見るたびに、また新聞の写真を見、記事を読むごとに、まるで悪夢を見ているのではないかと思うほど、今回の東北関東大震災の爪跡が大きく、打ちのめされています。
ここ平塚ではほとんど被害は出ていない模様ですが、すぐ近くで起きた巨大地震だけに人事ではなく、被災者の皆さんと痛みを共有しています。
先ほどのニュースで、東京電力の計画停電のため明日は平塚でも1日中断続的に停電するため、夕方以降の授業ができなくなるので、休校措置をとることにしました。
計画停電は今後1か月ぐらい続く模様で、夕方から夜にかけての停電の日は授業ができなくなりますので、休校とします。ご理解のほどよろしくお願いいたします。
また休校措置をとった日については後日振替ができるときには事前にお知らせいたします。


今朝早くから私も近くの量販店に食料品や生活必需品を買い求めに行きました。
店舗はどこも消費電力を抑えるため、点灯する電灯を半分ぐらいにしていました。
暗い店舗で、客もみんな重苦しい雰囲気で買い物をしていました。
お目当てだった懐中電灯はすでに売り切れていて、電池も単1・2は売り切れ、ほかも品薄になっていました。
そのあとガソリンを入れに行ったところ、ガソリンスタンドはどこも在庫切れで閉店。
それほど大きな影響を受けていないここ平塚でさえこのような状況なのですから、被災地の方々の生活はどのようなものだろう、と胸に痛みを覚えます。


このような中、励みになるメールをアメリカにいる息子からもらいました。
ツイッターの引用です。
「日本って凄い。官僚も民間も、皆で助けようとしてる。トラックの運転手も有志で物資運んでるらしいし、東北の交通整備をヤクザさんがやってるという話も聞いた。最近、日本に対して誇りを持てないことが続いていたけれど、そんなことない。日本は凄い国だ。素直に感動してる。日本国の皆さん頑張ろう!」
「日本は強いです!大阪難波の献血施設は被災地の方の為に超満員の順番待ちでした。私欲の無い列を初めて見ました。感動しました。被災地の方々、全国でその辛さを受け止めます。あきらめずに頑張って下さい!」
「バイト先に若いお兄さんたちが軍団でお酒を買いに来たんだけど、その中の一人が『やべえ、オレお酒のためにしかお金持ってきてないから募金できん。ちょっとこれ買うのやめるわ』って言って商品返品してそのお金全部募金してた。お友達も続々と募金しててすごい感動した。 すごいよ」
「今日、募金箱に金髪にピアスの若い兄ちゃんが万札数枚入れていた。そしてその友人に「ゲームなんていつでも買えるからな」と言っていたのが聞こえて私含め周りの人達も募金していた。人は見た目じゃないことを実感した。そんなお昼でした。 この話感動しました」


このような感動の話が延々と続くのです
私は読みながら何度も何度も泣きました。
悪夢の中に一条(ひとすじ)の光を見た思いがしました。
そして、アカデミーでも募金活動をしようと決断しました。
みんな、何かできることをしたいと思っているのですが、何をどのようにしたらいいのかわからない。
学習塾は通っている生徒の数も多いし、そのご家族など接触している人がとても多いので、窓口になったらきっとみんな喜んで募金してくれるだろうと思いました。
皆さんから贈られる義援金は必ず被災者に届くよう責任をもってお預かりしますので、ご協力のほどよろしくお願いいたします。
みんなで力を合わせて、できることをしましょう!


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利益を共有する

2011.03.10日

新薬の開発には数億円もかかるそうです。
開発後にも市場に出るまでに試験を繰り返さなければならず、この費用も十分にカバーできるよう販売価格に上乗せしなければなりません。
したがってこれらの費用を支払える人でないと薬を利用できないということになります。
ところが残念なことに、貧しい国々に住む人々の病気のための治療薬は、利益が出ないので無視されがちになります。


ヴィクトリア・ヘールという化学者は新しいアイデアを思いつきました。
製薬会社はしばしば開発中の新薬が利益が上がらないと見ると、開発を途中でやめてしまうそうです。
そこでヘール女史は、このような会社に開発を断念した新薬の研究や未使用の薬を無料で提供してほしいと依頼しました。
次に女史は、貧しい国々で安全かつ効果的にこれらの薬が使えるよう、科学者を集めてその開発の続きを行ったのです。
このようにして2000年に Institute for One World (iOWH) という非営利団体を組織し、途中で断念された新薬を完成させて、貧しい国々に提供し、貢献しています。
インドの僻地(へきち)では毎年「黒熱病」で10万人もの人々が亡くなっているそうで、ある製薬会社が製品化を断念したパラモミシンという薬を完成させましたが、その治癒率はなんと94%だそうです。
これをインドの国に最低価格で売り、国はこれを必要とする人々に無料で提供するということを同女史考えています。


iOWHはアメリカにある会社ですが、市場は貧しい国々なのでほかの会社と競合しません。
製薬会社は非営利団体に寄付を行うことにより税面での優遇があり、さらに企業のイメージアップにもつながるという一石二鳥で、製薬会社はiOWHに喜んで協力してくれるそうです。
(以上、2007年度第3回 実用英語技能検定 2級の長文問題 "Sharing the Profits"より要約)


ヘール女史の思いつきで、製薬会社も貧しい国も、それらの国で病気に苦しむ人々もみんなが恩恵に与(あずか)ることができています。


「利益を共有する」 ― このような考え方は間違いなくこれからの時代の新しいキーワードになることでしょう。


(ちなみに、英検の長文問題は示唆(しさ)に富む内容のものが多く、私はいつも多くのことを教えられ感謝しています)


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人類の英知

2011.02.23日

昨日ニュージーランドで大地震があり、大勢の犠牲者が出たようです。
今も夜を徹しての必死の救出活動が行われています。
日本人の留学生や観光旅行客、また現地在留邦人も地震に巻き込まれた模様で、安否が気遣われています。
先ほどNHKのニュースで地震の続報を見ていたら、私の親友のオーストラリア人が出てきました。
京都で海外語学留学や医療研修プログラムなどの斡旋を行っていて、この方の関係でニュージーランドに行っていた人たちもこの地震に遭(あ)ったようです。
「ニュージーランドで大地震」のニュースを最初に聞いたとき、このオーストラリア人の友人のことが真っ先に頭をよぎりましたが、予感が的中してしまいました。


チュニジアで始まった反体制デモがエジプトやリビアなど北エジプトから中東全土に飛び火し、そして今や中国や北朝鮮にも影響が及びそうな形勢です。
中国では警察がデモを実力行使で押さえ込もうとしています。


中東での政情不安定は石油価格にす現政権に影響が出るような事態になると、これは全世界の経済に波及します。


翻って日本国内を見ると、菅政権が小沢問題で揺れに揺れており、内部分裂を起こしかけています。
日本も政情不安定です。


世界中のこのような状況を見ていると、「ああ、世界はいったいどうなるのだ」と不安になってきます。
昔から、このようなことが相次ぐと、やれ地球が破滅に向かっているだの、人類滅亡のシナリオだとか、終末思想が幅をきかせるようになります。
1970年代にはノストラダムスの大予言が大流行(おおはやり)し、1999年の7の月に地球が滅びると言われました。


しかし、このような先行き不透明なときこそ、私たちは人類の英知を信じ、必ず道は開け、この困難を乗り越えることができると確信しなければなりません。
これまでの人類の歴史を振り返るとそのことが明白です。


周りの声に煽(あお)られてはいけません。
足をしっかりと大地につけ、両目を見開いて、耳をクリアにして、状況を冷静に分析し、みんなで力を合わせて対応する必要があります。


ニュージーランドの被災者のために、そして今も瓦礫の下で救出を待っている人たちの無事の生還を心からお祈りします。
加えて、独裁国家で民主化を求める人たちの動きにも神の導きを祈るものです。


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これからの時代が面白い!

2011.01.26日

今日のNHKクローズアップ現代は
「建築が人をつなぐ
〜妹島和世・西沢立衛の挑戦〜」
というとても興味深いものでした。
日本の2人の建築家、妹島和世 ( せじまかずよ ) 氏と西沢立衛 ( にしざわ りゅうえ ) 氏の共同建築事務所「SANAA」の設計によるスイス連邦工科大学ローザンヌ校のロレックス・ラーニング・センターが番組の中で紹介されました。



50万冊の本を所蔵する図書館、情報センター、学生の自習空間、研究や情報交換空間、レストラン、カフェなどが2万平方メートル ( 175.5mx121.5m ) の大きなワンルームの中に、仕切りなく配置されています。
これらを繋(つな)ぐ空間の床は水平面がほとんどなく、緩やかなカーブ面や、やわらかい傾斜面になっていて、まるで大自然の中にある公園のようなのです。
あちらこちらに、談笑する学生や、ひとりで思索する人、勉強する人などみんな思い思いのことをし、そして地域の人にもオープンされているので普通の住民もその中に混ざっています。
(詳しくはSwissinfo.chをご覧ください)


これを見て、私はそれこそ「ぶったまげ」ました。
そして、妹島和世氏と西沢立衛氏の、これまでの常識や固定概念にとらわれない自由な発想と、新しい可能性に胸をときめかせました。
妹島和世氏は、今後小学校の設計をしたいとおっしゃっていましたが、それを聞いた瞬間思い出しました。


去年の12月2日のブログ「未来の学校にはショッピングモール」に紹介した、うちの小学6年生Yさんの作文です。
タイトルのとおり、Yさんは未来の学校にはショッピングモールや、さらに温泉まである、と書いていますが、上のふたりの建築家の話を聞いていて、これはまんざら夢物語じゃないぞ、と思いました。


私も子どもの頃、あるいは学生時代にこのような環境で勉強したかったと本気で思いましたが、同時に人間の無限の可能性に興奮を覚えました。


これからの時代は本当にすごいことになる。
建築だけでなく、ありとあらゆる分野において、これまで人類が築いてきた文化や芸術、技術など、はるかに超えた想像もつかないことが次々と実現していきます。


ちょうど20年前に、58,000円も出して買ったソニーのデータ・ディクマンDD1が昨日納戸から出てきて、燃せないゴミ行きになりました。
とても懐かしく思いましたが、当時画期的だったデータ・ディクマンが今のiPhoneと比べるとまるで赤ちゃんのようです。


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男女とも「草食化」進む?

2011.01.18日

去る1月13日の読売新聞34面に「男女とも『草食化』進む?」という記事が載っていました。
これによると、性交渉に対して嫌悪感を抱いたり、関心がなかったりする日本人が急増していることが厚生労働省研究班の調査でわかったということです。


記事の一部を下に引用します。
「性交渉に対して『関心がない』、『嫌悪している』と回答した人を合わせると、男性では17.7%(08年調査10.4%)、女性では48.4%(同37.0%)を占めた。特に女性ではほぼ全年齢層で08年調査より10ポイント以上増加。
男性でも16〜19歳、20〜24歳で18.6ポイント、9.7ポイントそれぞれ増加した。
一方、1か月以上性交渉しない『セックスレス』の夫婦は08年調査より4.3ポイント増加して40.8%となり、04年の調査以来初めて4割を超えた。理由は『出産後何となく』や『面倒くさい』、『仕事疲れ』が多く、これまでと同様の傾向を示した。
調査した日本家族計画協会の北村邦夫常務理事は『セックスレスの理由に「面倒くさい」とあるように、人とのかかわりが厄介だと感じる人が増え、人間関係が希薄になっているのでは』と話している」


3〜4年前、「草食系」「肉食系」という言葉が流行り始め、マスコミで大きく取り上げられたこともあって、一般の人々の間でも「草食系」が心優しく、恋愛にガツガツしない、いわゆる「いい人」という印象が定着してきたようです。
つい先日も、小学5年生に社会を教えていたとき、生徒が「日本人は草食系で、〇〇人は肉食系」などと言い、びっくりしました。


本来、「草食系」「肉食系」は動物や恐竜を分類するために使っていた言葉なのに、いつの間にかこれを人間に当てはめるようになり、「草食系」を美化し始めたのです。


セックスに淡白なのを「草食系」と呼ぶと、それがまた美化されてしまいます。
読売新聞の上の記事では「草食化」とかっこでくくり、しかも最後に?マークをつけていますが、これはなかなか心憎い「ワザ」です。


いずれにせよ、このような風潮があるものだから、ますます少子化に拍車がかかるのです(「少子高齢化社会」)。
「性交渉に対して嫌悪感を抱く」というのは、性に対して誤った見方をしていることの結果です。
この問題に関しては「むっつりスケベ!」(教育ブログ人気記事ランキング1位)を参照してください。


かつてカウンセリングをしていましたが、夫婦問題をカウンセリングするときは必ず「夫婦間の性関係」を尋ねるものです。
それは「夫婦間の性」がそのまま「夫婦関係」を表しているからです。
上の記事にある、4割以上、すなわち10組の夫婦のうち4組が「セックスレス」というのは異常な状況です。
それはただ単に、「『面倒くさい』という人とのかかわりが厄介だと感じる人が増え、人間関係が希薄になっている」というような表面的な理由ではありません。
「夫婦」というのは特殊な関係で、これを「人間関係」と十把一絡(じっぱひとから)げにした言い方をすること自体間違っています。
「セックスレス」は、夫婦間でしっかりしたコミュニケーションが取れていないことの表れです。
夫婦間の「性」はコミュニケーションの一部です。コミュニケーションは言葉だけによるのではありません。
夫婦がお互いに相手のことを「面倒くさい」と思うようになったら、夫婦関係はもう終わりです。
コミュニケーションがうまくできなくなるから離婚も増えるわけです。
夫婦は、コミュニケーションをもとにした生涯の付き合いです。


人間は「万物の霊長」です。
「万物の霊長」を英語では the lord of creation と言いますが、これは「被造物の中の王様」というような意味です。
私たち人間は「草食系」でも「肉食系」でもありません。


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擬娩

2010.10.14日

今日の読売新聞「編集手帳」より。
「妻が出産するとき、夫も床について子を産む苦しみを真似(まね)る。文化人類学の用語で、『擬娩』
(ぎべん)という。苦しみを共にすることで、妻の安産を祈る風習だろう
◆地底に閉じこめられた33人の苦しみを、世界で多くの人が我が身の苦しみとして受け止め、祈ったはずである。史上最大規模の擬娩と言えるかも知れない
◆チリ北部の鉱山で、落盤事故によって地下坑道に取り残された作業員の救出作業がつづく。命の通り道である“産道”ならぬ立て坑から一人、また一人と生還している。地下620メートル、これ以上の難産はあるまい
◆5人、10人が死亡したテロのニュースが『またか』の一語で聞き流される時代である。命とは本来、どのように遇されるべきか、遇すべきか――ともすれば死というものに神経の麻痺(まひ)しがちな現代人に、今回の救出劇は何かを語りかけるに違いない
◆江戸川柳に、<初産(ういざん)に手足のゆびを数へて見(み)>
とある。生還した人々も生まれたての赤ちゃんのように、再会した家族から指を、目を、耳を、触られているだろう。最後の一人がその時を迎えるまで、もうひと踏ん張り、擬娩で唸(うな)るとする」


私もこの擬娩で唸っていた者のひとりです。
事故が起きた8月の初め以来ずっとこのニュースに耳をそばだててきました。
そして、日本時間の今朝、33人全員帰還のニュースを聞き、本当に嬉しく思いました。
ブログ「驚くべき技術革新」の中にも書きましたが、人間の英知が結集された救出劇でした。
オーストラリア製の大型掘削機が使われ、アメリカのNASAの技術提供により救出用カプセル「不死鳥」が猛スピードで作られ、世界中の多くの人たちがこの救出作戦の成功を祈っていました。
事故当初、救出はクリスマス前頃になると言われ、気が遠くなるような思いでいましたが、数え切れないほどの人々の力が結集されて予想外に早く、しかも全員救出という奇跡が成し遂げられました。


テレビニュースで見た救出劇は本当に感動的でした。
次々とカプセルから出てくる人たちが、家族と涙を流しながら無言で長い時間抱き合うシーンには私も涙しました。
そして夕刊に載っていた33人全員の写真入りのプロフィールを読んでまた感動で胸が張り裂けそうになりました。
19歳の最年少の人から63歳の最年長者。
とくに最年長者のマリオ・ゴメスさんのことが「12歳から鉱山で働くベテラン」を紹介されているのを見てまた涙しました。
12歳と言えば、私が塾で教えている小学6年生か中学1年生。
その年から何と50年以上も鉱山で働いてきた...。これだけでも言葉で表すことのできない壮絶な人生です。


33人一人ひとりのドラマがありました。
そして、その家族、親族、友人、救出作戦に加わった人たち、陰で働いた数多くのボランティア、延(ひ)いてはチリ全国民の、そして世界中で祈ってきた人たちみんなの一大ドラマです。


日本からは地球の裏側での出来事でしたが、決して他人事ではない、全世界の人たち共有の痛み、苦しみであり、そして大きな喜びでした。


冒頭の「編集手帳」の中の「擬娩」という言葉はここで初めて知りましたが、私としてはむしろ「共娩」とでも言ってもらいたいと思いました。
今からちょうど28年前、長男がアメリカで生まれたとき、妻の出産に立会い、医者や看護師達の通訳をしながら妻と一緒に汗を流しながら、万分の一かも知れませんが、苦しみの一部を共有し、そしてオギャーという産声を聞いたときは、喜びも共有しました(「通訳の仕事 3」)。


ともあれ、本当によかった、よかった!
これからPTSD(心的外傷後ストレス障がい)なども起こるかもしれませんが、救出された皆さんの1日も早い心身の回復と日常生活への復帰を心から祈っている次第です。


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超常識

2010.07.26日

「非常識」であってはいけません。
でも「超常識」でなければいけません。


「非常識」をWikipediaでは次のように定義しています。
「常識が、ある社会において通念的に当然とされている価値観・知識などであるのに対し、非常識はそれらを知らない、あるいは知っていてもそれに沿おうとしない言動である。このため一般的な社会においては好ましくないとされる。
ただし、常識というもの自体が、それぞれの場所により時代により、そしてそれが属する社会により異なること、所定の文化など共通認識に基づく特定の思考回路を経て得られた規範であることを考えれば、この非常識と評される言動が、本当に非難の対象であるかは厳密な検討を要する」


上の「非常識と評される言動が、本当に非難の対象であるかは厳密な検討を要する」が、一昨日のブログ「謙遜は美徳?」に書いた「普段常識と考えているものを別の角度から見直してみることも大切です」に当たります。


ところが、「非常識」に対してあまり一般的に使われている言葉ではありませんが、「超常識」という概念があります。
「超常識」とは、文字通り「常識を超えている」という意味です。
常識に捕らわれていると世界が開けません。


たとえば、19世紀後半にフランスの作家、ジュール・ヴェルヌが『月世界旅行』を書いた時には、誰も宇宙旅行ができるなんて夢にも思っていませんでした。単なる空想の世界でした。
しかし今や、宇宙飛行士でなくて、普通の人でも宇宙旅行に行ける時代になりました。
19世紀の同じ頃、ヘンリー・フォードが、馬が引かない馬車(?)を作ると言った時、みんなあざ笑いました。
初めはhorseless carriage(馬なし馬車)と呼ばれていましたが、のちに自由に走り回れる車だから automobile(自動車)と呼ばれるようになりました。
アレクサンダー・グラハム・ベルの電話の発明もそうです。


人は鳥のように空を飛ぶことができません。
また魚のように水の中を自由に泳ぐことはできません。
チーターのように速く走ることもできません。
象のような力もありません。
そこで、空を飛べればいいな、という思いが飛行機の発明につながりました。
魚を見て、舟や潜水艦を発明しました。
足の速い動物を見て、車や二輪車を発明しました。
人の力が及ばない仕事ができるようブルドーザーやショベルカー、クレーン車を考案しました。
人間の好奇心や超常識がこのようなことを可能にするのです。


ドラえもんの歌詞はこの大切なことを教えてくれています。
「こんなこといいな できたらいいな
あんなゆめ こんなゆめ いっぱいあるけど
みんなみんなみんな かなえてくれる
ふしぎなポッケで かなえてくれる
そらをじゆうに とびたいな
『ハイ!タケコプター』
アンアンアン とってもだいすき ドラえもん」


数年前に、千葉大学の入試問題に「タケコプターは実現可能かどうか。その論拠を示せ」というのがありましたが、これなどは試験として素晴らしい問題です。
不可能を可能に、夢を実現させるのは、「超常識」です。


上のような大きな問題に限らず、日常の小さな問題でも、不可能に思えるようなことを「超常識」で考えると、予想外の答えが見つかることがよくあります。
日常生活の中でも、この「超常識」を活用しましょう。


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母の日に寄せて 2

2010.05.09日

「母の日に寄せて」をこのブログに書いてからもう1年経ってしまいました。
なんと月日の経つのが早いことか!
去年の母の日は、今は亡き母に思いを寄せて、母の思い出を記しました。
今も母のことを思い出すと胸が熱くなります。


優しい母には野良猫や野良犬もすぐになつきました。
私が高校生の頃、近所の子ども達に石を投げつけられていつもいじめられている野良犬がいました。
食べるものもなく、ガリガリにやせていたので、みんなに「ガリ」と呼ばれていました。
いつもしっぽを落としていて、人を見るとすぐに逃げていきました。
このガリが唯一心を開いたのは私の母でした。
母はガリが可哀想で、ご飯をやり始めました。
そのうちに、徐々にうちの家族一人ひとりに慣れてきました。
やがて、夕方あるいは夜に、父や私が家に帰ってくる時、車の音を聞き分けてどこにいてもしっぽを振りながら飛んで来て、出迎えてくれるようになりました。
うちではすでに庭で犬を飼っていたので、ガリを飼うことはできず、ご飯だけやっていました。
昼間どこにいるのか誰も知りませんでした。


このガリがあるとき妊娠し、お腹が大きくなってきました。
それからしばらく姿が見えなくなりました。
1週間ほど経ったある日、ガリがうちの前で大きな声でしきりに吠えるのです。
そこで外に出て行くと、自分の後についてきてくれと必死で吠えながら、私たち家族のほうを振り返りながらどこかへ連れて行こうとします。
ついて行くと、一軒おいた隣のAさんの家の縁の下に子犬が3〜4匹いるではありませんか。
ガリはこの自分の子どもを私たちに見せたくて仕方がなかったのです。


ところが数日後、Aさんは保健所に電話してガリと子犬を引き取りに来るように依頼しました。
私たちの見ている前で、ガリは子ども達を守るように、抵抗もせずにただ保険所の人の車に乗せられて連れて行かれました。
私たちは何もしてやることができず、ただただ泣きました。
そして、「野良犬に餌をやるなんて無責任だ」とAさんからこっぴどく叱られました。
母はもちろん悪いということはわかっていたのですが、子ども達からいじめられ、ガリガリにやせている野良犬をそのまま放っておくことができず、餌をやり続けたのでした。
たとえ野良犬と言えども、命の尊厳と野良犬に餌をやることの是非の間に板ばさみになって母は苦しんでいたのです。
母の日が来るといつも母とガリのことを思い出し、胸がキュンと痛みます。


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文化の日

2009.11.03日

今日、11月3日は文化の日です。
ほとんどの人は、「文化の日」=「祝日」ぐらいの感覚ではないでしょうか。
「文化の日」って果たして何の日?
国民の祝日に関する法律(「祝日法」)では「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」としています。
日本という国に住んでいて、私たちは「自由」と「平和」を享受しています。
本当に豊かで、恵まれた国です。
でも、文化は?


「文化」という言葉を聞くと、多くの人は「芸術」「音楽」「文学」などを思い起こすのではないでしょうか?
「文化」という言葉は英語では、culture ですが、この言葉はもともと「耕す」とか「培養する」という意味です。
人間性を耕し、培養する、それが文化です。
わかりやすい言い方をすれば、人間をより洗練されたものにする「教養」です。


日本国民の80%の趣味はパチンコだと言われています。
確かに、パチンコやカラオケも日本の文化の一部で、別に悪いことではありません。
しかし、1年に1回のせっかくの文化の日なのですから、もう少し香り高い文化を味わう日としたいものです。
今日の読売新聞社説には、「文化の日 クラシック音楽に親しもう」というタイトルで、
「落ち着いたコンサートホールで生の名演奏に接するのも、『芸術の秋』の一つの過ごし方だろう」
と書かれていました。
私もまったく同感です。
また、各地の美術館や博物館では、文化の日は入場料無料というところもたくさんあります。
芸術品に親しむことも、私たちの教養を高めます。


一般的に、日本人は「花より団子」という傾向があります。
でも、もう少し質の高い芸術や音楽や文芸などを楽しめるようになったら、もっと香り高い文化的な生活ができるようになるのではないでしょうか。


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You so Obama!

2009.08.04日

昨日のニュースにUCLA (カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の教授 Pamela Munro (パメラ・マンロ)が『UCLAスラング集第6版』を出版したというのがありました。


UCLAは今から33年前に言語学を学んでいた私の母校でもあり、しかも同時期に Pamela Munro 教授(当時は講師)もいたのでとても懐かしく思いました。


ucla.jpg


この頃、私は言語学部の看板教授 Dr. Robert Stockwell (ストックウェル)に師事していました。教授の言語学のクラスで TA (Teaching Assistant ―助手)として、教授や学生たちのお手伝いをしていました。
このとき Stockwell 教授が出版された言語学の教科書 Foundations of Syntactic Theory と  Workbook in syntactic theory and analysis のゲラ版の添削やコメントなどの仕事もさせていただきました。
教授からは出版された本の表紙を開いたところにとても温かいお言葉をいただきました。


foundations.jpg


「1976年12月3日
Joji Funada 君へ
この夏の言語学のクラスでの君の助けと、本書およびワークブックに有益なコメントを寄せてくれたことに深謝して
忠信
ロバート・P・ストックウェル」
とあります。


stockwel.gif


UCLA言語学部のホームページを見たところ、名誉教授となっておられましたが、お年なのでクラスは教えていらっしゃらないようです。


当時の言語学部長の Dr. Victoria Fromkin (ビクトリア・フロムキン教授)の書かれた An Introduction to Language はとても良い本だったので、日本の大学の教授に紹介して日本語訳『言語とは何か』が出版されました。フロムキン教授はとても気さくな人で、私も周囲の人たちに倣って彼女のことを Vicky (ビッキー)とニックネームで呼んでいました。この先生は既に亡くなっていました。


さて、冒頭のUCLAスラング集の最高傑作は、ブログタイトルの
You so Obama! (You are so Obama! の口語的表現)
です。
オバマ大統領はどこかの国の首相とは違って今もなお国民の間で支持され、人気も高く、それがこのスラングに表れています。
どういう意味で使われているかというと、なんと Cool! 「かっこいい」という意味なのです。
"You so Obama!" 「あなた、とってもナイス!」とか「君、とってもイカス」のように使っています。


私はお世話になった Dr. Stockwell にこの言葉を贈りたいと思いました。
それから、8月10日〜11日の夏合宿に向けて毎晩、というより朝方まで話し合い、準備してくれている先生達にも "You so Obama!" と言いたいと思います。
それから今、毎日夏期講習に来て頑張っている生徒たち一人ひとりにも "You so Obama!" を贈ります。
アカデミーの卒塾生たちにも "You so Obama!"


明日、アメリカに向けて発つ正人にも "You so Obama!"
この夏、帰国して私の仕事を手伝って大いに助けてくれている直人にも "You so Obama!"
私の秘書代わりになってよく働いてくれている娘のさりにも "You so Obama!"
いつも先生たちや生徒のことを陰でいろいろと気遣ってくれている副学院長にも "You so Obama!"


このブログを読んでくれている人たちにも "You so Obama!"
本当に、みんなありがとう!


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人間の価値

2009.08.02日

昨日から義母を訪ね、今朝はまた愛知県岩倉市の岩倉キリスト教会の礼拝に出席しました。
渡辺牧師の話の中に、以前科学博物館に行った時、特殊な体重計に乗ったときのことが出てきました。
体重72kgだけでなく、体の成分がそれぞれ何kgと出たそうです。
水分が43kg、炭素が13kg、窒素2kg、カルシウム1.43kgなどと出て、最後にその成分の価値は600円と出たとのことです。
私たち人間は、体そのものの物質的価値というのは高々5〜600円のものなのです。
しかし、人間の命は地球よりも重いとよく言います。
それはなぜでしょうか?


そう言えば、聖書の最初に神は人間を土から造られた、と書いてあります。
実際のところ、土の成分を調べると、先ほどの水分・炭素・カルシウム・リン・イオウのほか、アルミニウム・鉄・銅・その他のものが入っていて、人間の体の成分と同じだそうです。
それで聖書には、「人は土から取られたのだから、土に帰る」(創世記3:19)とあるのです。
ただ人間は土で造られた単なる粘土細工ではなく、
「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹き入れられた。そこで人は生きた者となった」(創世記2:7)とあるように、神様が命の息、すなわち神の霊を吹き入れられて、その結果人間となったのです。
この概念は今日、英語の inspiration (インスピレーション)という言葉にも残っています。
人間が他の動物と違う点は、神の霊を持っているというところです。
だから、人間の命は尊く、地球よりも重いのです。
車にはねられた犬や猫の死体が道路にころがっていても、人はそれをゴミ扱いにしますが、人間はそうではありません。
その意味においても、最近毎日のようにニュースになっている殺人、死体遺棄、嬰児遺棄などは許されないことなのです。


あまりにも人間の命がぞんざいに扱われています。
これが自分の親や兄弟、友人などだったら許せないと思うでしょう。
65年も前に戦争で亡くなった人の遺骨をいまだに一生懸命探し、弔うのは人間の命の尊厳の故です。
以前、「なぜ人を殺してはいけないのですか?」という問いに、正面切って答えられる人がいない、ということが話題になったことがありました。
この問いに答えたのは、キリスト教の宣教師で、やはり神様によって造られた人間は尊くて、その命を他人が奪うことはできない、と本に書いていました。


人間の価値は無限大です。
飛行機事故で亡くなった人の遺族に、生命保険会社や航空会社がたとえ何億、何十億円支払おうが、それで償えるものではありません。
他人の命だけでなく、自分の命も粗末にしてはいけません。


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韓国大統領、ペイ・フォワードを実践

2009.07.07日

「韓国の李明博(イミョンバク)大統領が、自宅を除く全財産331億4200万ウォン(約25億円)を、青少年の奨学事業のために寄付する。
6日、寄付金を運用する民間組織が発表した。
李大統領は貧しい家庭に生まれ、マッチやのり巻きを売り歩き、苦学して名門大学に進学。財閥企業の会長まで上り詰めた。
2007年の大統領選で、「妻と暮らす家があれば十分。全財産を寄付する」と公約していた。寄付金は、学生の奨学金などに活用される。
大統領は同日発表したコメントの中で、かつて大学登録料を立て替えてくれた人や学費稼ぎのための仕事を与えてくれた人たちに感謝しながら、『貧しくても一生懸命生きている人々のため、財産を使いたい』と述べた」(7月6日 読売新聞6面)


この記事を読んだとき、心に温かいものを感じました。
自ら貧しい中を通ってきて、そのような時に支えてくれた人々に対する感謝を表すために、ほかの貧しい人たちを援助する、これこそまさに「ペイ・フォワード」の精神です。


私自身も幼少時代、とても貧しい生活をしてきて、多くの人たちに支えられてきたので、この気持ちがよくわかります。(「不景気なときの最高の投資」「Needy Student」


私は今年の1月3日のブログ『ペイ・フォワード』に、正月に見たこの映画の感想を次のように書きました。
「心温まる、お奨め映画です。この新しい年、アカデミー学院でもこのような運動が広げられていくといいなと思います。そのためにはまず、私自身からその運動を始めないと」
果たして、学院の中でもいろいろな場面で実践され始め、そして私自身の私生活の中でも実践できるようになってきていて、そしてこの運動が世界中で進められてきていることをとても嬉しく思っています。


世の中、みんながこのような気持ちでお互いに助け合うようになれば、本当に平和な住みやすいところになることでしょう。
一歩、一歩。一人ひとりの行動からです。


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父の日

2009.06.21日

「舟田、明日は何の日だ?」
6月のある土曜日のホームルームの時間でした。
突然、担任のY先生が私に尋ねました。
私は心臓がドキドキし始めました。
「えっ!? なんで? なんで? ...なんで先生知ってるの?」
私は勇気をふるって震える声で答えました。
「明日はぼくの誕生日です...」
クラスは一瞬静まり返ったかと思うと、次の瞬間大爆笑になりました。
私は何のことかさっぱりわからずきょとんとしていました。
Y先生があきれ返って言いました。
「お前、明日は父の日だぞ」
みんなから笑われて、私は顔から火が出るほど真っ赤になりました。
中学2年のときのことです。
私はこのときまで「父の日」の存在すら知りませんでした。そんなぼんくらでした。


今日は父の日です。
何年かに1回、父の日と私の誕生日が重なります。
もともと父の日だから、誕生日だから、といってプレゼントとか特別なことは何もしない我が家のやり方なので、別に何も感じません。
ただ、歳を取るにしたがって正直、誕生日はあまりありがたくありません。
子どもの頃、誕生日がきて1つずつ歳を取っていくのが楽しみだったのがうそのようです。
でも、別の面で誕生日を感謝する心がいつしか生れてきました。
それは、この1年間も無事守られた、成熟することができた、素敵な家族ややりがいのある仕事が与えられていて感謝だ、というような気持ちです。


昨夜、というか、日が替わった真夜中のことですが、娘が
「パパ、お誕生日おめでとう」
とひとこと言ってくれました。やはり嬉しかったです。


今日は「父の日」ということもあって、一昨日から我が家を訪問して、昨日のディズニーランド遠足に参加してくれた妹と甥っ子と一緒に、老人ホームにいる父を訪ねました。
父がすっかり年老いて、認知症のため私たちのことがまったく分からなくなっているのを見て、甥はとても驚き、言葉を失いました。
妹も私も何度も涙しました。
訪問するたびに本当に辛いです。
昔の元気な頃の父のイメージがあまりにも強くて。
でも、これが人生なのですね。


地球上の動物の中で、年老いた親の世話を子どもがして看取るのは人間だけだそうです。
これは実に神の智恵にかなった、私たちへの配慮だと思います。
普通、動物は自分の子どもを産み、子孫を残したことを知ると、自らの役目を果たしたということで死んでいくのですが、私たち人間は親子、孫まで3代、場合によってはひ孫まで4代にわたって共に生き、子ども、孫、ひ孫が年寄りをいたわり、助けていく、というのは実に素晴らしいことだと思います。
私の家庭も妹の家庭も事情があって父と同居できず、直接世話をすることもなく、施設の人たちにお任せしていて本当に申し訳なく思っているのですが、それでもやはり年代の若い者が年寄りの面倒を見るというのは同様にすごいことです。


今日、誕生日と父の日を同時に迎えて、この世に生を与えてくれて、さらに愛情をかけて育ててくれた父に感謝するとともに、神の愛も強く感じて感謝した次第です。


と、ここまで書いたとき、本城先生が
「学院長、すみません。A教室の窓がちょっと変なんです。見に来てもらえませんか?」
と言うので、教室に行ってドアを開けると、いきなり拍手の音とともに「ハッピーバースデー」の歌が耳に飛び込んできました。暗い部屋の中に何と高1・高2の卒塾生たちと先生たちが集まっていて、真ん中にロウソクをつけたバースデーケーキが。
「お誕生日おめでとうございます!」
私は一瞬、心臓が止まるかと思ったほど、見事にサプライズパーティにはめられてしまいました。
しばらくポカンとしていて、ロウソクの火を吹き消すと、感激で涙があふれてきました。
そして、誕生プレゼントと言って素敵なネクタイをいただきました。


birthday2009a.jpg
早速、プレゼントされたネクタイをして、みんなで記念撮影。


これほど感激した誕生日は生まれて初めてでした。
父の日と誕生日が重なった今日は2回泣かされました。
先生方、卒塾生のみんな、そしてお父さん、本当にありがとう!


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あなたも尊敬されています!

2009.01.26日

聖書に次のような言葉があります。
「良い人は、その心の良い倉から良い物を出し、悪い人は、悪い倉から悪い物を出します。なぜなら人の口は、心に満ちているものを話すからです」(ルカの福音書6:45)


先週から始めた中3の面接練習が昨日終わりました。2週間にわたって4日間行い、その間に必要な人、不安な人は何度も練習を繰り返しました。その結果ほとんどの人が、どのような質問をしてもスムーズに自分の考えをスラスラと言えるようになりました。
昨日、練習をしたひとりのAさんは、「あなたの尊敬する人は誰ですか?」という私の質問に次のように答えました。
「私の周りにいる人みんな尊敬しています。それは誰でも素晴らしいところがあり、一人ひとりから学ぶところがたくさんあるからです」
この答に私は思わずうなってしまいました。
ほとんどのケース、「私の母です」とか、「黒人差別問題撤廃に貢献したキング牧師です」とか、「部活の顧問の〇〇先生です」といった答が返ってくるのですが、上のAさんの答はベストアンサーです。
「自分の尊敬する人」ですから、もちろん自分の親でもオバマ大統領でも、誰でもいいわけです。
しかし、Aさんの答を聞いたとき、「この子は本当にいつもそのように考えているのだな」と私は思いました。それは普段のAさんを見ていてもわかることです。


これまで何度かこのブログでも取り上げてきた経営コンサルタントのブライアン・トレイシーも同じようなことを言っています。
私たちは周りの人たちからいろいろなことを学ばなければなりません。


さて、Aさんの友人のSさんは、送迎バスの中で先日次のようにほかの子に言っていました。
「Aさんは、可愛いし、頭はいいし、性格はいいし、うらやましい。私もAさんのように生まれてきたかった」
このSさんも昨日2回目の面接練習をしました。
とても素直に、正直に質問に答えることができて私は彼女をほめました。そして言いました。
「この前、バスの中でSさんがAさんのこと話しているのが聞こえたんだけど、先生はSさんのこともとっても素敵だと思っているよ。明るくて、いつも周りのみんなを笑わせて楽しませてくれるし、いい性格だよ。決して自分を卑下することはないよ。自分にもっと自信をもちなさい。自分に自信をもつとますます輝くよ」
Sさんはニッコリ微笑んで、
「はい。ありがとうございます!」


そうです。SさんもAさんから尊敬されているのです。そしてほかの人たちからも。
そして「あなたも」。
あなたも、自分が気がついていないだけで、家族や友人や、その他いろいろな人たちから、尊敬されているのです。
この世の中に、役に立たない人、価値のない人、必要とされていない人、愛されていない人などいません。みんな、目的があってこの世に生まれてきたのです。みんな、愛されるために生まれてきたのです。そしてまた、人を愛するために。
私は新聞の人生相談を毎日必ず目を通しています。相談してくる多くの人が、この自分のセルフイメージで悩んでいます。傷ついています。苦しんでいます。


元気を出してください!あなたも人から尊敬され、愛されています!


中3生は、明日・明後日が前期選抜の面接試験です。自信をもって面接に臨んでください。うまくいっても、いかなくても大丈夫。道は必ず開けますから。


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素晴らしきかな、人間!

2009.01.16日

先日、高校2年生のO君に英語を教えていたとき、教科書にチスイコウモリ(別名吸血こうもり)というのが出てきました。バンパイア、まさに吸血鬼です。南アメリカの熱・亜熱帯地域に生息し、牛や馬などの動物に大きな鋭い歯で噛み付き、血を吸うことによって生きています。恐ろしい動物です。


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ところが、教科書に紹介されているチスイコウモリは何ととても義理堅い、社会性のある動物なのです。どういうことかと言うと、チスイコウモリはえさである動物の血にいつでもありつけるとは限らず、あるときはたっぷりと血を吸うが、まったく食事にありつけない日もあるそうです。これは個々のコウモリの技術というより運によるようです。それで、中に運悪く数日間動物の血にありつけず、衰弱して餓死するものも出てきます。
とても獰猛なイメージがするチスイコウモリですが、たっぷり食事を摂ったものは、食事にありつけなかったかわいそうな仲間に口移しで分けてやるそうです。そして、以前に食事を分けてもらったことのあるコウモリは、その次たっぷり血を吸うと、今度は恩返しに前に血をくれたコウモリに返すというのです。
また、いつ自分もまた食事にありつけなくなるかわからないので、余裕があるときにはほかのコウモリに分け与えるそうです。
つまり、チスイコウモリは自分だけでは生きていけないのを知っていて、お互いに助け合いをしているのです。
これを知ってO君は感心しました。動物の世界はすごいなぁ、と。


これは別にチスイコウモリに限ったことではなくて、結構いろいろな動物も似たようなことをやっています。
しかし、動物の場合は本能に従ってこれらの行動を取っていますが、人間は愛と理性で行っています。チスイコウモリのような仲間内の助け合いは、人間の場合はたとえば保険制度などを通して行っています。
人間はそれ以上に、自分の益を求めずに人のために自己犠牲を払うことすらします。地震のときの救援活動や、さまざまなボランティア活動がそれです。ときに、人を助けるために自分の命を犠牲にすることさえあります。
私はここに人間の素晴らしさを見ます。


動物と人間を比べると、人間は多くの点で動物に劣っています。鳥のように空を飛ぶことはできませんし、魚のように水の中を自由に泳ぐこともできません。また陸上を走ることにおいても多くの動物に負けます。
しかし、人間には知恵が与えられていて、空を飛びたいと思ったら飛行機を発明し、また川や海を渡るために船を、早く走るために自動車や電車を発明しました。やがて人間は空を飛ぶことを大きく超えて、宇宙にまで行くことができるようになりました。
力でも人間は多くの動物に負けてしまいます。ペットの犬ですら、きちんと飼いならさなければ人は犬に負けます。
人は自分よりもはるかに大きく、強いライオンや象や熊のような動物すら調教して、自分の思い通りに操ることができます。


人間には動物に勝るすごい能力が与えられていて、さらに動物には真似のできない愛が与えられています。人間の可能性を大いに期待しましょう。
地球温暖化防止、地域紛争の解決、地域間の貧富の差の解消、そのほか私たちの身の回りにあるさまざまなバリア(障壁)を取り除くために、人間に与えられている愛や理性に期待しましょう。
 
素晴らしきかな、人間!


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ペイ・フォーワード

2009.01.03日

『ペイ・フォワード』という映画を皆さんはもうご覧になりましたか?
2000年の作品なので9年近くも前に作られたことになります。テレビでも放映されたことがあるようです。封切された当時、私は興味を持っていたのですが見そびれてしまって、いつか見ようとずっと思っていました。
そしてついに昨日、レンタルDVDで見ました。まさに私が思っていたとおりの映画で、最後のシーンは感動で涙が止まりませんでした。
 

pay-forward.jpg


映画会<アカデミーSHOW>で次回にでも上映したいと思うので、詳しい内容はここでは書きませんが、おおまかな内容は次のようなものです。
人は他人から何か厚意を受けると、普通その相手にお返しをしようとします。しかしそれでは、その厚意は当事者間のみで完結してしまいます。
この「厚意」を受けた相手に返す(ペイ・バック)のではなく、別の人に別な形でお返し(ペイ・フォーワード)していくと、善意の輪が知らず知らずのうちにどんどん広がっていきます。
やがてそれは私たちの家族を、友達を、学校を、社会を、国を、世界を変えていくことになる、という話です。


これは普段私がこのブログに書いているのとよく似た考えです。
「平和」 「思いやりの心」 「新しい年に期待すること」
私はこの映画を見て、本当にうれしくなりました。私が言っていることは、単なる理想論ではない、ということです。


学校などでも上映されているようで、とても教育的な映画です。途中、一部?なシーンもありますが、見た人はほとんどみんな大きな感動を覚え、その人からこの小さな親切運動が広げられていっているようです。
実際、ペイ・イット・フォーワード財団まで作られていて、この運動は世界に広がっているとのことです。
アメリカでは、高速道路の料金所で料金を支払うとき、次に来る人の分まで支払ってあげる、などが実際に行われていると聞きました。
人は自己中心で、悪意も持っていますが、善意も持ち合わせており、捨てたものではありません。


この映画についてネットで調べていたら、次のサイトが見つかりました。ぜひご覧ください。 
pay-forward_move.gif 
あなたにも世界は変えられますをクリック


心温まる、お奨め映画です。
この新しい年、アカデミー学院でもこのような運動が広げられていくといいなと思います。
そのためにはまず、私自身からその運動を始めないと。


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