学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
読む人に元気を注入します。

ジョージ学院長 元気の出るブログ

ブログに関するご意見・ご感想は、こちらのフォームからお気軽にどうぞ

人生、生きていれば

2019.03.31日
4vqA9183.jpg


"A few bad chapters does not mean your story is over."
「いくつかの章がつまらなかったと言って、それであなたの人生のストーリーが終わりというわけではない」
(訳 舟田譲二)


小説を読んでいて、初めから最後まで読者を夢中にさせて飽きさせないというのは、どちらかと言うとまれです。
とくに、20世紀以前の外国の小説というのは、大体において最初の数章は前置きが長々と続き、これに飽きて途中で脱落する人が多いです。ここは我慢のしどころです。あとのほうに読み進んでいくうちにようやく前の話がつながってくるからです。つまり、余計な話というのは概してありません。どこかでつながっています。もっともそれを読み落としていることもあるでしょうが。


中だるみということもあります。途中で飽きてくるのです。でも、そこにも意味が隠されています。
映画やテレビドラマも同様です。無駄なように見える部分も何か意味があります。
私は推理小説やサスペンスドラマなどを見ていて、犯人がわかったり、ストーリーの先がわかることがよくありますが、これもほとんどの場合、見落としてしまうようなほんのちょっとしたヒントを読み取るのがコツです。


私たちの人生もこれに似ています。
最初のうちはつまらない、あるいは途中でつまらなくなるということもあるでしょう。
ひょっとしたら小さい頃からずっと楽しかったのに、最近急につまらなくなってきたり、いやになるようなことだってあるかもしれません。
でも、さらに生き続けていると、小説や映画、ドラマと同じように、途中で思わぬ展開になって面白くなるということもしばしばあります。


つまり、冒頭の言葉のように、
「いくつかの章がつまらなかったと言って、それであなたの人生のストーリーが終わりというわけではない」
のです。


つまらない、将来に夢が持てない、生きる意味が見出せない、などと言って死を急ぐのは間違っています。
実際のところ、人生に絶望して死にたい、死にたいと思っていて自殺を試みた人が、何かのきっかけで思わぬ出会いや展開があって、突如人生が面白くなったという人だってたくさんいます。
そのような人がみんな口を揃えて言うのが、あとになって振り返ってみて初めて、あの時の辛かった、苦しかったときの意味がわかるようになった、ということです。
「すべてのことが相働いて益となる」のです。
私はこのような人を何人か知っていますが、その逆に将来の可能性を自ら断ってしまった人も何人か知っています。本当に残念です。


小説やドラマ、映画のように、途中で少々つまらないと思っても、行き詰っても、生き続けるのです。たとえ将来が見えなくてもあきらめないで生きるのです。
早まって命を絶ってしまったら、そのあとでどんな不思議な、面白い展開があるかわからないじゃないですか。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら下の [塾教育] のマークをクリックして応援してください。
励みになりますのでよろしくお願いします。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村