学院長元気の出るブログ

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アンチエイジング?

2019.02.19日
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"Age should not have its face lifted, but it should rather teach the world to admire wrinkles as the etchings of experience and the firm line of character."
--Ralph B. Perry - 1876-1957 - Philosopher
「年を取ったからといって美容整形などで顔のしわを取ったりすべきではない。むしろ経験を刻んだ深い彫りと、人格の証であるしわを称賛させるよう世間に知らしめるべきだ」 
--ラルフ・B・ペリー、哲学者
(訳 舟田譲二)


上の写真のおばあちゃん。とっても美しいですよね。輝いています。
もちろん、若い女性の美しさや、赤ちゃんの柔肌の美しさとは違います。
でも、しわや白髪は決して醜いものではありません。
それぞれの年代に応じた美しさというのがあるのです。


とくにしわや白髪といった加齢を象徴するものは、赤ちゃんや少年、青年、中年、壮年にはない、そして逆立ちしても絶対に真似できないもの、すなわち経験とか知恵、それによって築き上げられてきた人格です。
これが「美」でなくていったいなんでしょう。


世間では今、「アンチエイジング」が盛んに謳われ、それに乗ったサプリメントやエクササイズ、さまざまなフィットネスマシーンなどが隆盛を極めています。
「いつまでも若くいたい」というのは、正直だれの心にもあるでしょう。そして、そのために食事や生活習慣、運動など努力することは大切です。
でも「アンチエイジング」より大切なのは、「ナイスエイジング」、すなわち「素敵に老いる」ことです。


その年齢に応じた真の美しさが自然と表に現れる、それこそが本物の「美しさ」ではないでしょうか?
美容整形などで外見をいくら美しく装ったところで、そのようなものはどれも一時的なもの、そして偽りの美しさです。


聖書にも次のような言葉があります。
「白髪は栄の冠である」
(箴言16:31)
「力は若者の栄光。白髪は老人の尊厳」
(箴言20:29)


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デイリーブレッド Part 5

2019.02.19日

当時の日本は第一次世界大戦による好景気に酔いしれ、殊に京都は交通の面でも東京―下関間、米原―直江津間を結ぶ特急列車が開通し、活況を呈していた。1915年(大正4年)11月10日、京都の旧皇居紫宸殿で大正天皇の即位式が挙行され、奉祝に押し寄せた人々が京都を埋め尽くした。
賑わう祝賀会場の近隣に位置していた進々堂にも見物客が押し寄せ、一昼夜パンを焼き続けても全く供給が追いつかないほどの注文が殺到した。売り手としては嬉しい悲鳴を上げ有頂天になりたくなるが、夫妻は堅実に手頃な価格の美味しいパンを約束の時間に必ず納品し、商売の基本を怠らなかった。売れるからといって値段を上げ、品質を落とすような客の足下を見る商売は、斉の信念に反していた。


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屋町寺町に工場移転(現本社工場)

大正4年大正天皇のご大典が二条離宮で行われ堀川竹屋町にあった進々堂が大繁盛。また時代の後押しもあって社業発展の礎となる。のちに現在の場所に移転した。


進々堂が軌道に乗り始め、安定した収入を得られるようになると、斉(ひとし)はかねがね関心を持っていたフランス文学、パンの研究を目的とした渡仏留学を決意した。これに先立ち京都大学の太宰旋門教授の下でフランス語を習得。彼の紹介によりパリの住まいも決定し、1924年(大正13年)4月15日に出国した。およそ2ヶ月の船旅を経て、パリに降り立った斉はソルボンヌ大学に通い勉学に励んだ。


斉の留学中の様子は、彼が日本の家族宛てに送った多くの手紙やハガキから窺い知ることができる。妻・ハナとの手紙のやりとりだけで50 通以上にのぼり、航海中に口にした料理の話、購入した土産物や洋書を送る旨などが記されている。斉の留学にかかる費用は全てハナが送金していたようで、ところどころ旅費を心配する話も見受けられる。
学校に通う傍らで、現地の堅焼きパンを食した斉は、そのことを詳しくハナに報告している。


「パリのパンは実においしい。パリっと云ふ(つまむと)パンだがそのパリつくかげんは全くパリー風できもちがいい」と、京都のパンとは異なる味、食感は斉にたいへんな感動を与えた。これを機に、斉は現地のパン屋を視察し、技術書を片端から買い漁るなどパンの研究に打ち込んだが、思うような成果が上がらなかったようである。斉はハナに、フランスパンのパン種の製法についての情報がなかなか得られないもどかしさについて幾度となく手紙を書き送っている。


時に斉はパリを飛び出し、ヨーロッパ中を旅して廻った。イギリス、オランダ、ドイツ、チェコスロバキア、オーストリア、スイス、イタリア、など外遊し、旅先では常に家族を想い、ハナには時計やアクセサリーを、子供らには人形やおもちゃなど土産物を購入していた。こうしたやりとりを続け、学問に旅行にパン研究に、パリの地で斉は充実した時間を過ごした。
1926年(大正15年)12月22日、2年余りに及ぶ遊学を終え、斉は横浜の港に降り立った。子供たちはハナの見立てた洋服を身につけ父を迎えた。斉は家族との再会を喜び、留守中の店を守り抜いた妻を労った。


帰国後の斉は、フランスで食べたパンを再現すべく、パン種の研究に没頭した。当時の様子を、職長であった山田儀男が記憶している。
「自分は大正14年に進々堂に入店し、その直後旦那さんがフランスから帰朝されました。当時は店と工場で40人ぐらいの規模だったと思います。旦那さんは実技ができませんでしたが、フランス語の原書を翻訳してよくフランスパンを試験焼きしていました。そのためにできそこないのパンが山をなしましたが、旦那さんは納得のいくところまで実験を続けられました。時にはパンを地面に叩きつけるようなこともありましたが、根はたいへん親切で思いやりもあったので心服することができました


歯ごたえのある堅焼きパンの美味しさを人々に知らしめるために新聞広告を斉は思いついた。
斉は自身の広告に対する考えをこう記している。「広告は真実の福音でなければならない。而してあらゆる方面におけるあらゆる真実の福音宣伝でなければならない。虚偽の咆哮、誘惑の手段であってはならない。時に経営者の生活報告、思想、信仰、いつわらざる感話、一夕の瞑想録をもって紙面の一隅に天来の涼気を送るべきである」
広告は真実の福音、この考えに基づき、斉は自作の詩や短評を掲載した。


斬新な宣伝広告には、結果として予想以上の反響があった。普段パンの広告など見向きもしない新聞購読者が、進々堂に関心を持ち始めたのである。これによって進々堂の存在を京都市民に周知させ、好奇心から来店した客には進々堂の味を知らしめ、多くのファンを増やしていった。フランス風パンの研究に励む傍ら、斉は理想のパン屋を実現させるために、竹屋町直売店を工場に併設した。


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この店は開店以降、パンやバター、チーズ、ジャム、サーモンその他の缶詰類で飾られ、花瓶には絶えず季節の花が盛られていたという。まさにフランスパンを販売するにふさわしい店構えとなった竹屋町直売店は、その後に開店する北白川店とともに、進々堂のシンボルとなった。


上の引用文中太字で示した部分に、創業者続木 斉の家族や従業員に対する愛情、神を信じて商売をする誠実さ、パン作りにかける妥協を許さない熱い想いなどが溢れています。
このような真摯な姿勢こそがビジネスにおける本物の成功の鍵であると言えます。


「主食としてのパン造りを通して
人々の豊かで健康的な食生活に貢献すること、
そして常に徹底的に本物を希求し続けること。
そうぎょうしゃ続木 斉が示したこの想いは、
今も私たち進々堂の大切な道しるべです」

と『創業者の想いを受け継いで』は結んでいます。
(完)


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デイリーブレッド Part 4

2019.02.18日

「デイリーブレッド Part 3」に書きましたように、続木 斉(ひとし)は、同じ内村鑑三の門下生である鹿田久次郎と共同生活を始めるようになりました。
その後、いろいろありましたが、久次郎は同志社女学校に通う妹ハナを東京に呼びよせ、明治女学校に転校させて身の回りの世話をしてもらうようになり、そこで斉はハナと出会って親しくなりふたりは結婚し、東京の郊外に居を構えます。


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ところが、少年時代の文学や芸術への傾倒から見られるように、斉は生粋の芸術家肌であり、当時一銭にもならない詩作に没頭していた。
斉の文筆だけで生計を立てるのは容易でなかった。妻と子供を抱える身ではなおさらである。そこで金銭的に恵まれない新婚生活に区切りをつけるため、夫妻はハナの生まれ故郷である京都に職を求めた。
そこへ舞い込んできたのが、久次郎が左京区吉田で開業したパン屋を譲り受ける話である。


日露戦争以降、洋風化ムードが漂っていた日本では、帰国を断念したロシア人捕虜が黒パンを焼き始め、ブームを起こしていた。栄養面から見ても当時蔓延していた脚気予防には、精白米と比べビタミンB1をより多く含む小麦が効果的とされた。久次郎はそこに目をつけパン屋を始めたわけだが、事情により暖簾を下ろさなくてはならなかった。そこで白羽の矢が立ったのが、親族にあたる斉夫妻であった。


1913年(大正2年)、続木夫妻は久次郎の店を譲り受け、屋号を「進々堂」と命名した。これは「すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目指して一心に走っているのです」(ピリピ人への手紙3:13〜14)からヒントを得て名付けられたものである。


進々堂の店構えは、店頭も工場の一部であり、ショーケースも設置されていなかった。パンの配達は全て荷車で行い、当時は店頭売りもしなかった。進々堂の隣組だった理髪店の店主は、店先に立つ斉の印象を「商売人らしからぬ人で、小僧に対する言葉なども学者言葉で『そもそも商売たるや......』といった調子だった」と語っている。彼が店番をしながら洋書を読みふける光景を目にした者もおり、斉の関心は商売よりももっぱら勉学に傾いていたようだ。


地道な経営を続けていた進々堂だったが、開業早々困難を迎えなければならなかった。
1914年(大正3年)の暮れ、工場から火の手が上がり店舗もろとも全焼したのである。薪窯や石炭窯でパンを焼いていた当時のパン屋の事情からすると、火事は決して珍しくなく、パン屋の主人は夜中も安眠できないと言われていた。


せっかく譲り受けたパン屋が全焼し、途方に暮れる斉だったが、用心深いハナは万が一のためにと密かな貯えをしていた。そんなことを露とも知らずにいた斉は、何事も怠らず用意周到な妻に深く感銘を受けたという。
若き二人の経営者は貯金を迷わず進々堂の再建に費やし、1914年(大正3年)に堀川竹屋町に新店を構えた。建設をこの場所に決めた理由は定かではないが、偶然にも進々堂にとって飛躍を遂げる転機となる。


以上、同社ホームページ上の「続木斉物語」から一部を抜粋、編集してあらすじをまとめました。
自分の思いどおりにならないことや予期しないことはだれの人生にも必ず起こりますが、私たちの最善を願っていらっしゃる愛なる神様は、不思議なようタイミングよくさまざまなことを巡り合わせ、すべてを相働かせて益としてくださいます。


「続木斉物語」はまだ続きますが、このあともあっと驚くような展開が待ち受けています。
その背後に流れる目に見えない糸を見ていきたいと思います。そして、それはある意味私たちの人生の縮図とも言え、ここから学ぶべきことは多くあります。


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デイリーブレッド Part 3

2019.02.17日

念願であった内村門下生としての生活をスタートさせたものの、職を得ないことには暮らしがままならず、勉学に励むこともできない。そこで斉(ひとし)は生活の糧を得るためにアルバイトを始めた。ところが牛乳配達や、新聞配達など様々な職に就いてみるものの、どれも長続きしなかった。
なかなか働き口の定まらない斉だったが、ようやく腰を落ち着ける先が決まった。同じ内村門下生の相馬愛蔵夫妻が経営する、パン屋・新宿中村屋だ。


この店の主人である相馬愛蔵、黒光(こつこう)夫妻が、東京帝国大学前のパン屋を手に入れ経営を始めたのは1901年(明治34年)の暮れのことだった。愛蔵は東京専門学校(現・早稲田大学)出身であり、妻の黒光も、フェリス和英女学校を経て明治女学校に学んだインテリである。二人が経験のない商売の道に入ったのは、人に使われることを好まず、独立自尊の精神を守りたい考えからであった。熱心なクリスチャンだった二人は、内村鑑三の教えに従い、一切かけ引きなしの商法をモットーに店を経営した。周囲の玄人商人たちは、「あの書生パン屋がいつまで続くだろうか」と冷笑したが、世間の嘲笑をはねのけ中村屋は着実に業績を上げた。


斉はこの創業間もないパン屋に住み込みで働くようになり、彼らの正直商法を肌で感じ、ともに実行していった。新宿中村屋での経験が、後の進々堂の起業に生かされたことは間違いない。
中村屋でのアルバイトを機に生活の安定を図った斉は、関心のあった語学を学ぶため、外国語学校への入学を目指した。しかし中村屋の雑居生活では勉強も捗らない。
そこで、中村屋で出会った、同じく内村鑑三の門弟となっていた鹿田久次郎に相談を持ちかけたところ、彼もまた同じ悩みを抱えていることが判明し、二人は通勤圏内で借家を探し、静かな共同生活を開始した。落ち着いた時間を得た斉は、無事外国語学校に入学を果たし、それまで独習で進めてきた英語を本格的に学び始めた。


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若かりし頃の斉。働きながら学問と芸術に傾倒する


内村の門下生の中でも、学校に通う傍ら時間を縫って中村屋で働く斉はひときわ異彩を放つ存在であったようである。
後に内村は斉を、「余が君を教えしよりも、君が余に教えしこと多し。余は君の学問上の先生ならん。されども君は余の実行上の先生なり。君はパンを売りミルクを売りしも、君の面に常に歓喜満ちたり。心地よかりしは毎朝重荷を担い来りし君の顔を見ることなりし。主イエスを信じて、如何なる卑しき労働に従事するものなりとも、真心のゼントルマンたることを得るなり。君、主に謝せよ。君の歓喜はこれ彼が君に与え給いしものなればなり」と評している。


神様は、ご自身の栄光のご計画を成就させるために、じつに大勢の人々をお用いになります。
かつてシェイクスピアは『お気に召すまま』の第2幕第7場で「この世は舞台、人はみな役者だ」と書きました。
私もよくこのように考えます。とてもうまい比喩だと思います。
彼は言っていませんでしたが、さらに私は原作者は神様だと思っています。
神様が最高に素晴らしいストーリーを予め考え、そして登場人物を舞台の上に置いて演技させておられる。
しかし、かと言って、役者は決して原作者(脚本家)や監督の言いなりになってロボットのように動いているのではなく、自分の意志で動いている。
そして、登場人物一人ひとりはみんな主役です。
はた目には脇役のように見えても、自分自身は主役です。


続木 斉が明治16年という「時」に、愛媛県の宇摩郡野田村という「所」で、先見の明があり時代の流れにも敏感な父・続木寅馬(とらま)の下に生まれ、幼い時からグラッドストンやプルタークを読み聞かせられるという環境の下で育てられたこと。
その結果、斉は学問が好きになり、英語が得意になって西洋文学や文化に触れ、海外に対する憧れを抱いていた時、内村鑑三の英文著作 How I Became A Christian(『余は如何にして基督信徒となりし乎』)に出合い、それに感銘を受けて内村鑑三の弟子となります。


そこで、同じ内村門下生の相馬愛蔵夫妻が経営する、パン屋・新宿中村屋で働くようになり、内村鑑三の教えに従って一切かけ引きなしの商法をモットーに店を経営している彼らの姿から学び、それがやがて斉をしてクリスチャン精神でパン屋を始めさせるに至ります。
そんなことになるとは、だれひとり想像だにしなかったことでしょうが、神様は着々とご自身のご計画を進めておられます。
一つひとつは目に見えない糸のようなものでつながっていますが、後にならないとそれはだれにもわかりません。


「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている」(ローマ8:25)


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デイリーブレッド Part 2

2019.02.16日

昨日の記事、「デイリーブレッド」の中で、進々堂物語を書くに当たって株式会社進々堂社長、続木 創(はじむ)氏からブログ記事への転載の許可をいただいた旨書きましたが、記事の出典は同社ホームページ上の「続木斉物語」です。(さらにこれは株式会社進々堂が2013年に発行した『パン造りを通して神と人とに奉仕する 進々堂百年史』が出典となっています)
一部編集してありますが、基本的に引用部は青色で、私見は黒で記します。


進々堂創業者の続木 斉(ひとし)は、1883年(明治16年)1月16日、続木家の三男として産声を上げ、何不自由ない幼少期を過ごした。父・寅馬(とらま)は色白の偉丈夫で先見の明があり、時代の流れにも敏感な人物であった。彼は息子の斉にこれからの時代は英語が必要であると説き、グラッドストンやプルタークを読み聞かせたという。生涯にわたって学問に励む斉の精神の下地となる部分は、この父からの影響により育まれたと想像できる。


136年も前の明治時代に「これからの時代は英語が必要」と言って、イギリスの政治家グラッドストンや帝政ローマのギリシア人著述家プルタークの本を幼少の息子に読み聞かせた、という辺りからして筋金入りの家庭環境の下で続木 斉は育てられています。
グローバル時代と言われている今日でも、このような子育てをしている家庭が日本国中探していったいどれだけあることでしょう。


しかし、明治維新とともに訪れた新しい時代の波は、小さな村にまで及び、変革に対応しきれなかった続木家の没落は早かった。更に不幸なことに、寅馬が43歳の若さにしてコレラを発症し、帰らぬ人となってしまう。主人を失った続木家の生活は一変し、困窮を深めていく。
7人兄弟のうち何人かにとっては、この貧しさは人生の目的を失うに等しかった。だが、斉の兄である二男の介寿(かいじゅ)(号を石鴻元(せつこうげん)または文湖山人(ぶんこさんじん))は、息苦しい我が家の貧困を自ら脱すべく、13歳にして故郷を離れ大都会に職を求めた。八百屋、菓子屋、煙草屋と渡り歩くが、商人の仕事が肌に合わず、諏訪山の絵師、春香の家に庭掃除として住み込みで働き始める。そこで絵の面白みを覚えた介寿は、すぐさま芸術的才能を開花させ、その後は日本画家として一家をなした。


斉はこの兄の影響を受けた節がある。幼いながらも学問と芸術に傾倒し、貧しさの中から生きる喜びを見出していた。敬愛する兄にならって家を出、岡山の味噌醤油醸造家の小僧となり住み込みで働き始めたのも、介寿と同様に13歳のときだった。当時の様子を伝える資料はほとんど残されていないが、7年もの歳月をこの岡山で過ごし、仕事の合間を縫っては勉強に励む真面目な少年であったことが語り継がれている。特に英語と文学を好み、語学に関してはバーンズやワーズワースの詩集を原文で読めるほどの実力の持ち主であった。


偉大な人物というのは、恵まれた環境の下でのみ生まれるのではありません。
家が没落して生活が困窮しても、そのような中で勤勉な人は決して腐ることなく、かえって真面目に一生懸命生きようとします。
そのような人を神は決して放っておかれません。


西洋文化に触れ、海外に対する憧れを抱いていた斉に、人生の転機となるほどの感動と影響を与えたのが、内村鑑三の英文著作『余は如何にして基督信徒となりし乎』(How I Became A Christian)である。内村の思想に感化された斉は、彼のもとで直接教えを請う願いを日に日に膨らませ、ついに20歳のときに上京する意志を固めた。しかし奉公生活の給金の多くを書籍の購入に費やしたため、ひとまず神戸に出向き、旅費を稼ぐための働き口を探した。


1902年(明治35年)の第3回夏季講習会にて斉は、晴れて内村門下生の一人となった。内村はキリスト教精神にのっとり戦争を真正面から否定したばかりでなく、社会の不正、人種差別にも異を唱えていた。信仰と覚悟に満ちた内村の思想に感銘を受けた門下生には、志賀直哉や有島武郎など当時の知識人たちも含まれる。内村のもとで学んだ教えは、斉自身はもちろん、現在に至る進々堂の精神基盤の形成に大きな影響を与えた。


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1902年(明治35年)7月、内村鑑三第3回夏期講習会に集った人々。2列目右から7人目が内村鑑三。
前列右から4人目が続木斉、3列目右端が有島武郎、5列目左から4人目が志賀直哉、最後列右から4人目が小山内薫等。


苦労して働いてお金を貯めて内村鑑三の門下生になった斉はこのとき20歳。ちょうど今日の大学2年生の年齢です。
ここで斉は、志賀直哉や有島武郎などと共に内村鑑三から直接聖書の教えを学び、それが彼の将来の人生の基盤を築いたのです。
前置きが長くなりましたが、続木 斉という偉大な人物がどのようなところから誕生したか、ということを知るうえで不可欠なので敢えて書きました。
本論は明日からです。


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デイリーブレッド

2019.02.15日

私は4歳の頃から大学を卒業するまで京都で育ちました。
7年間のアメリカ留学から帰国して以来、人生の半分以上をここ神奈川県で過ごしてきましたが、私の魂の故郷はいまだに京都です。
テレビのCMやドラマで京都の風景が映ると、もう胸がいっぱいになって、ときには涙が出てくるほど大好きなのです。


一昨日、小学生の頃のことに思いを巡らせていました。
今は北大路駅という地下鉄の駅がありますが、当時は烏丸車庫という名前の市電の車庫がありました。


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小学生の頃、ここを走っていた市電はもっと古い形のものでした。
6年間、毎日ここを通って小学校に通っていました。
この写真を見るだけで胸がいっぱいになるほど、思い出のつまった光景です。
当時の友達の家がこの駅のすぐ近辺にいくつかありました。


小学生の頃の思い出でなくてならないひとつのシーンは毎朝の食卓で、そこには必ずデイリーブレッドという食パンがありました。
家族揃って、トースターで焼いてマーガリンをつけて食べるのが日課でした。
烏丸車庫の並びに小さなパン屋さんがあり、そこへデイリーブレッドを買いに行くのが私の仕事でした。
今、こうして「デイリーブレッド」と書いているだけで、焼いたばかりの香ばしい香りが漂ってくるほどです。


小学校の卒業式の翌日に嵐山に引っ越したため、馴染みのパン屋さんから離れましたが、それからもずっと近くの店でデイリーブレッドは欠かさず買ってきて食べていました。大学を卒業してアメリカに行くまでずっと。


それからすっかりデイリーブレッドのことは忘れていました。
しかし、一昨日ふとデイリーブレッドのことを思い出すと妙に懐かしくなり、またあの食パンを食べてみたいなと思いました。
そのときふと気づきました。
「あれっ、デイリーブレッドって、聖書に出てくる『日ごとの糧』(マタイ6:11)の英語 daily bread のことじゃないか!」
直感で、これを商品名にした人はきっとクリスチャンに違いない、と思いネットで検索しました。メーカーの「進々堂」という名前もはっきり覚えていました。


果たして、進々堂の創業者続木 斉(ひとし)氏はクリスチャンでした。
進々堂のホームページには、私が想像していたことと寸部違わない物語が展開されていました。
面白くて夢中で読みました。
そのストーリーがあまりにも感動的なので、もうこれはブログ読者の皆さんにお伝えせずにはいられなくなった私は、さっそくホームページの「お問い合わせ」欄から直接社長あてに長いメールをお送りして、ブログへの記事の転載の許可を求めましたところ、早速朝一番で三代目の現社長、続木 創(はじむ)氏からとてもご丁寧な返信をいただき、許可していただきました。
創業1913年という歴史を持つ「進々堂」の社名の由来は、「すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目指して一心に走っているのです」(ピリピ人への手紙3:13〜14)で、「パン造りを通して神と人とに奉仕する」という斉の原点の思いは、1世紀を超えた今も「進々堂」に引き継がれているのです。


ちょうど1年前に「なんである アイである Part3」というシリーズで森永製菓のことをご紹介したように、今回も何回かのシリーズで進々堂をご紹介したいと思います。とてもスケールの大きい物語です。
明日からスタートします。
どうぞお楽しみに。


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行動を起こさないで支払う代価は

2019.02.14日
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"The price of inaction is far greater than the cost of making a mistake."
--Meister Eckhart - 1260-1328 - Theologian
「行動を起こさないで支払う代価は、行動して失敗するコストよりもはるかに大きい」
--マイスター・エックハルト、神学者
(訳 舟田譲二)


Wikipediaで調べたてみたところ、エックハルト(13〜14世紀)は神学者とは言え彼の個々の教説を読んでいくと非常に哲学的、観念的、独断的で、聖書に基づいた普通のキリスト教神学からはかなり外れていて、異端と呼ばれてもやむをえないと思われます。


しかし、今日の冒頭の言葉は神学から離れているということもあって、一般論としてごくごく当たり前のことです。
「行動を起こさない」ということはある意味、ひとつの賢明な選択肢でもあり、私たちの多くがこれを日常実践しています。というのは、行動を起こすということは必ず失敗するリスクがあるから、私たちは本能的にリスクを回避しようとするのです。
ところが、エックハルトが言うように、たとえ行動して失敗したとしてもまったくなにも行動しないよりはるかに価値のあることです。
上の写真のような「自分の分を超えたような危険を犯すこと」は問題外です。これは喩えをわかりやすく目に訴えるために作ったもので、決してこのような行動を皆さんに勧めているわけではありませんので誤解なきよう。


今、NHKの朝ドラで『まんぷく』をやっています。
主人公のモデルは「チキンラーメン」という大ヒットしたインスタントラーメンを発明した人物です。
家族を始め、周りの人たちみんなから「そんなものできるわけない。やめておけ」と言われるました。しかし、栄養状態の悪い当時の社会になんとかして貢献したいという願望、そしてそれが必ずできるという信念が彼を突き動かし、失敗しても失敗しても決してあきらめずに実験を繰り返してついに成功します(ちょうど昨日がそのシーンでした)。
ちょうど電球を発明するときに、「1万通りのうまくいかない方法を発見した」と言ったトマス・エジソンを思い起こさせます。


人生、これが不可欠です。
私たちはエジソンのように電球を発明するとか、インスタントラーメンを発明するといった、大きなことはできないかもしれませんが、日常生活の中で大小様々な問題に遭遇するとき、この方法は必ず生かせます。
「行動を起こさないで支払う代価は、行動して失敗するコストよりもはるかに大きい」


昨日の記事に書いた競泳の池江璃花子選手の白血病のことも同様で、治療に専念して必ずカムバックするという彼女の固い決意とそれに伴う行動は必ずや実を結ぶことでしょう。
彼女自身がツイッターの中で語っているように、「神様は乗り越えられない試練は与えない」のですから。


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人生とは自分の身に起こる10%と...

2019.02.13日
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"Life is 10% what happens to us and 90% how we react to."
--Katie Piper 1983 - Activist, Writer, Television Presenter
「人生とは自分の身に起こる10%と、それに対してどのように反応するかの90%から成っている」
--ケイティ・パイパー、社会活動家・作家・テレビキャスター
(訳 舟田譲二)


イギリス人のケイティ・パイパーは現在35歳。
24歳のとき、自宅から出てきたところを顔に硫酸を浴びせかけられ全身大やけどを負いました。モデルを夢見ていたケイティは、これまで250回以上の手術を受けてきましたが、これからの人生も引き続き何度も手術を受けなければならない身です。


『きれい』と題した本にケイティは書いています。
「フードのついたパーカーを身にまとった若い男の子が、両手でコーヒーカップを持って通りを横切って自分のほうに歩いてきました。麻薬中毒者のように見えました。
気の毒に思い、携帯を首にはさんでお金をあげようとしてバッグに手を伸ばしたそのとき、
『バシャッ!』彼は手に持っていたカップの中身を私の顔に浴びせかけてきました。
一瞬、なにが起こったか状況がわかりませんでした。
と、次の瞬間鋭い痛みが私を襲いました。苦しみの爆発とでもいうか。これまで経験したことのないものでした。
その痛みは体中に広がりました。
顔が燃えているようにかんじました。あまりの熱さに顔から炎が出るかと思いました。
恐ろしい叫び声が聞こえてきました。
まるでと殺された動物の叫び声のような。
気づいたらそれは私の口から出てきていました」
(訳 舟田譲二)


モデルを夢見る、うら若い美しい女性がひとりの暴漢によって一瞬にして人生を奪われてしまいました。
まったく身に覚えのない、降って湧いてきたような悪夢。
おそらく地獄の底に突き落とされたかのように感じたことでしょう。
もう自分の将来はないと悲観したことでしょう。

ケイティはなんとそこから這いあがってきました。
「人生とは自分の身に起こる10%と、それに対してどのように反応するかの90%から成っている」
身に起こる10%の出来事の中には、自分の力ではどうしようもないこと。
道を歩いていて雷に撃たれるようなものです。


しかし、彼女はそこで悟りました。
自分でコントロールできないこと、過去に戻すことができないことは実際に起きる。
しかし、それにどのように対処するか、自分はこれからの人生をどのように生きていくかは、自分の選択だ。嘆き悲しんで人生をはかなみ、自殺することだってできる。
彼女は言います。
「だれでもポジティブに、そして固く決断するならば、たとえどのような状況でも生きていくことができる」と。
そして、ケイティは社会活動家となり、自らの経験を本に綴り、さらにテレビキャスターにまでなったのです。


昨日、突然飛び込んできたニュースにショックを受けました。
応援していた競泳の池江璃花子選手(18歳)が、ツイッターで白血病を公表したのです。
「この度、体調不良としてオーストラリアから緊急帰国し検査を受けた結果、『白血病』という診断が出ました。私自身、未だに信じられず、混乱している状況です。ですが、しっかり治療をすれば完治する病気でもあります。...今は少し休養を取り、治療に専念し、1日でも早く、また、さらに強くなった池江璃花子の姿を見せられるよう頑張っていきたいと思います。これからも温かく見守っていただけると嬉しいです」


彼女のこのポジティブな姿勢と固い決意があるなら、必ずやこの試練を乗り越えることができることでしょう。お祈りしています。


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静けさが光に変わる

2019.02.12日
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"Learning how to be still, to really be still and let life happen, that stillness becomes a radiance."
--Morgan Freeman - Actor, Producer and Narrator
「静まることを身につける。本当に動かずじっとして、人生を成り行きに任せる。そのとき、その静けさが光に変わる」
--モーガン・フリーマン、俳優・監督・ナレーター
(訳 舟田譲二)


これまでの人生を振り返ると、いつも一生懸命走ってきたような気がします。
なにせ、幼少の頃からの人生のモットーが「何事も一生懸命」でしたから。
このブログでもこれまで数えきれないほど、「何事も一生懸命」について書き、読者の皆さんにもこれをお勧めしてきました。


しかし、つい最近になってちょっと立ち止まって考えるようになりました。
そのきっかけとなったのは、去る1月28日に静岡県立病院へ脳神経外科のスーパードクターに診ていただいたときの医師の言葉です。


じつは長年苦しんできた首から肩、背中、腰の痛みをなんとか解消したいと、昨年12月に京都の脊椎脊髄疾患手術のスーパードクターに診てもらったところ、即手術が必要と言われました。ところが納得のいかないことがいくつも出てきて、予約した手術をキャンセルしてセカンドオピニオンを静岡の先生に求めることにしたという経緯がありました。


その静岡県立病院の先生が、頸椎、脊椎、腰椎のレントゲン、CT、MRIの検査のほか、問診や触診、歩く様子をみたり、先生と両手を合わせて押したり引いたり、握力を測ったりととても詳しく診察してくださいました。
そして、結論として先生がおっしゃったのは、「今すぐ手術が必要とは思えない。むしろしばらくは様子を見たほうがいいだろう。その間、できることとして姿勢に気をつけるように、しかしあまり神経質になるのは返って逆効果」ということでした。


この先生の言葉が私の心の目を開いてくれました。
「何事も一生懸命」で、毎日のウォーキングも目標を1万歩と決めると忠実に守り、体温が低いのが病気の原因と知ると毎朝起き抜けに体温を測ってスマホに記録し、毎朝の体重も欠かさず記録してきたのです。
しかし、「あまり神経質になるのは返って逆効果」という言葉が私の心に突き刺さりました。


そこで、この日以来、体温や体重を測ることをやめ、ウォーキングも万歩計を見ないようにして1万歩にこだわらないようにしてきました。
すると、なんだかふっと肩の力が抜けたような感じで、ずいぶん楽になってきました。
そしてそれと同時に、首、肩、背中、腰の痛みは確かに少し楽になったような気がします。
もちろん、姿勢や身体に力が入ることなど長年の習慣が身についているので、そう簡単には治りませんが、もっとゆったりした気持ちになって、のんびりと、静かで落ち着いた生活をすることにしました。


私の尊敬する俳優モーガン・フリーマンの言う、
「静まることを身につける。本当に動かずじっとして人生を成り行きに任せる。そのとき、その静けさが光に変わる」
が少しはわかってきたような気がします。
そして、これはヨガや瞑想、座禅、マインドフルネスといった流れにも通じるもので、心を空っぽにする、物事にあまり執着せずにのんびりする、そういった生き方をしようと、方向転換することにしました。
宇宙とはそのような感じなのではないかと思うようになりました。
そして、これは神様の世界にも通じるような気がします。


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チャンスと成長の種

2019.02.11日
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"Every challenge, every adversity, contains within it the seeds of opportunity and growth."
--Roy Bennett 1957 – 2018,  Politician
「あらゆる苦難や試練には、チャンスと成長の種が宿っている」
--ロイ・ベネット、政治家
(訳 舟田譲二)


人生に苦難や試練はつきものです。
だれもこれらを避けて通ることはできません。
「バラ色の人生」なんてものは存在しません。
どんなに美しいバラにもとげがあるように、だれの人生にも苦難や試練はあります。
苦難や試練を否定する宗教は偽物です。むしろ、苦難や試練を認めて、その中でいかに生きるかを学ぶのが正しい生き方です。


さらに、冒頭でロイ・ベネットが言っているように、「あらゆる苦難や試練には、チャンスと成長の種が宿っている」ことに気づかなければなりません。
それさえわかっていると、たとえ苦難や試練に出合っても生きる望みや力が与えられます。


アフリカ南部にあるジンバブエ共和国でムガベ大統領が1980年から37年の長期に渡って権力の座について強権政治を行っていたとき、野党の政治家として国の民主化運動に身を捧げた人です。投獄されたり迫害にも遭いましたが、そのような中でも決して潰されず、むしろそれをチャンスに変えました。


苦難や試練に遭遇したとき、落ち込んだり、腐ったり、人や社会を恨んだり、神を呪ったりしていたら、そこに隠れているチャンスと成長の種を見逃してしまいます。
せっかくのチャンスと成長の種を活かさない手はありません。


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天国と地獄

2019.02.10日

地元平塚市のタウンニュースに次のような記事が載っていました。
「市内発祥「地獄の担担麺」を再現したカップ麺がサッポロ一番(サンヨー食品)から再販されることが決まった。2月12日から全国発売される。」
こんなご当地グルメがあるとは夢にも知りませんでした。


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そういえば、昨年12月に兵庫県尼崎市の松本信章牧師のところを訪ねた際、夕食後近くの日帰り温泉につれていただき、その帰り道に翌日の朝食を買いにコンビニに寄ったところ売っていたお弁当を見てびっくりしました。
なんと「悪魔のご飯」!
ふたりで顔を見合わせて、「こんなの食べたくない〰〰!」と思わず叫んでしまいました。


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興味本位でちょっとググってみたら、あるわあるわ。


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その実態は激辛とか、激うまで、食べ始めたら「やめられない、とまらない」じゃないですが、「おいしすぎてついつい食べ過ぎてしまい、やみつきになる」ということです。
遊び半分、ウケ狙いでつけた名前なのでしょうが、本当はこれは恐ろしいことです。
こんなものばかり食べていたら間違いなく病気になってしまいます。


「やめられない、とまらない」は一種の中毒症状です。
じつは、それが悪魔のやり方であり、行き着く先である地獄の本質です(決して上の商品を誹謗中傷するものではありませんので誤解なきよう)。


確かに、地獄や天国があるかどうかは、生きている私たち人間にはだれにもわかりません。
しかし、世界中のありとあらゆる国や地域、国民や文化等々に昔から現代に至るまで天国と地獄の伝承があるということはちょっと考えてみるに値するのではないでしょうか。
「絶対にない」と信じるのはもちろん個人の自由で、だれも他人に対して自分の信仰を強要することなどできませんし、また人に言われたからと言って信じる必要もありません。
しかし、万が一、あるいは兆が一、いや京(けい)、垓(がい)、〓(じょ) 、穰(じょう) 、溝(こう)、 澗(かん)、 正(せい)、載(さい) 、極(ごく)、 恒河沙(ごうがしゃ) 、阿僧祇(あそうぎ)、 那由他(なゆた) 、不可思議(ふかしぎ)、 無量大数に一でも地獄があったとして、死んでから「しまった!」と言うことだって絶対にないとは、これまただれにも言い切ることはできません。決して脅しているわけではありません。客観的事実を述べているだけです。
ただひとつだけ言えることは、天国と地獄の存在を信じるか信じないかで、この地上での生き方が変わってきます。


天国と地獄ってどんなところなのでしょう。
下の物語は逸話ですが、うまく言い表していると思います。でも、もし本当に天国と地獄があったとしたら、こんな程度のものではないでしょうが。
(天才哲学者、思想家、数学者、物理学者、宗教家のパスカルの結論「パスカルの賭け」をお読みください)


ひとりの男が、天国と地獄について神様と話をしています。神様が男に言いました。
「こちらについて来るがよい。地獄を見せよう」
二人が最初に入っていった部屋には、人間たちが煮物の入った大きな鍋を囲んで座っていました。全員がひどくお腹をすかせ、生きる望みもすっかりなくしたように見えます。皆、スプーンを鍋に入れては煮物を口に運ぶのですが、スプーンの柄が腕より長くて口に届きません。その苦しみようと言ったら、それはひどいものでした。


「さあ、今度は天国を見せよう」しばらくすると神様が言いました。
二人がつぎに入っていったのは、先ほどとまったく同じような部屋でした。煮物の入った鍋、そして柄の長いスプーンがあり、人間たちがいました。ところがこの部屋の人たちはお腹も十分に満たされ、その顔は幸せに輝いていたのです。
「どうしてなのでしょう?私にはわかりません」とその男は言いました。
「なぜここにいる人たちはこんなに幸せで、さっきの人たちはあんなに惨めなのでしょう?条件はまったく同じだというのに!?」
神様はほほ笑むと、「それはとても簡単なことだ」と言いました。
「ここにいる者たちは、お互いに食べさせ合うことを学んだのだ。ただ、それだけの違いなのだよ」

アン・ランダース
(『こころのチキンスープ 2』 p.144-145 ジャック・キャンフィールド、マーク・V・ハンセン編著 ダイヤモンド社1996年)


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あなたはどのような人生を歩みたいですか?

2019.02.09日
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"Watch your thoughts; they lead to attitudes.
Watch your attitudes; they lead to words.
Watch your words; they lead to actions.
Watch your actions; they lead to habits.
Watch your habits; they lead to character.
Watch your character; it determines your destiny."


「あなたの思考に気をつけなさい。なぜならそれは態度につながるから。
あなたの態度に気をつけなさい。なぜならそれは言葉につながるから。
あなたの言葉に気をつけなさい。なぜならそれは行動につながるから。
あなたの行動に気をつけなさい。なぜならそれは習慣につながるから。
あなたの習慣に気をつけなさい。なぜならそれは人格につながるから。
あなたの人格に気をつけなさい。なぜならそれはあなたの運命を決めるから」

(訳 舟田譲二)


なんと深遠な言葉でしょう。
普段、気にも留めないような些細な考えがいつの間にか頭の中でどんどん膨れ上がっていき、それが態度となって表に出ます。
そしていつも同じような態度を取っていると、それが言葉遣いに現れます。
いつも同じような言葉遣いをしていると、それは私たちの行動パターンになってしまいます。
そして、同じ行動を繰り返していると、それはいつの間にか習慣になっています。
私たちは習慣の動物です。毎日同じ習慣を繰り返していると、それは私たちの人格を形成していきます。
そしてこの人格こそが、私たち自身の将来を、運命を、決めてしまうのです。


確かにそのとおりです。疑いようのない事実です。
考えもしないで流されるままに生活していると行き着く先もそれなりのところ。
おそらく、あとになって振り返ってこんなはずじゃなかったとか、もっといい人生があったのではないか、と思うことでしょう。


でも、グッドニュースはちょうどその正反対。
つまり、普段から自分の思考や、態度、言葉、行動、習慣、人格に気をつけているなら、私たちの人生の着地点も後悔のない、満ち足りた、幸せなところになるわけです。
今からでも遅くはありません。
というか、いつでも「今」という瞬間が残りの人生のスタート地点なのです。


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チャンスとドア

2019.02.08日
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"If opportunity doesn't knock, build a door."
--Milton Berle - Comedian and Actor
「チャンスが訪ねてきてくれないなら、訪ねてきてくれるようドアを作ってしまいなさい」
--ミルトン・バール、ドメディアン・俳優
(訳 舟田譲二)


チャンスを待っていてはだめです。
自分から探して見つけるのです。
でもときに、探してもなかなか見つからないことがあります。八方ふさがりのように思えることもあります。
そのようなときにはどうすれば良いのでしょう?


チャンスはせっかくあなたのもとを訪ねてやってこようとしているのに、ノックしようにもドアがない、ということだってあります。
このようなときには、チャンスがやってきてノックできるよう、あなた自身がドアを作るのです。


どのようなドアが作れるでしょうか?
友人関係のドア、仕事のドア、趣味のドア、健康のドア、遊びのドア、勉強のドア、旅行のドア、料理のドア、スポーツのドア等々、考え出せばいくらでも出てきます。
これらのドアを自分で作るのです。
そうしたら、チャンスが自分からやってきてドアをノックしてくれます。


私は昨日、買い物ついでにウォーキングに出かけました。
家に戻ってしなければならない仕事がいくつもありましたが、帰り道に思い切って書店に寄りました。
書店に足を運ぶといつもいろんな刺激が与えられます。そう言えば、ここしばらく忙しくて書店から足が遠ざかっていました。


いくつかのコーナーを回り、気になる本を手に取り中身をパラパラと拾い読みしていました。
それぞれからとてもいい刺激が与えられました。
書店を出ようとしたとき、雑誌売り場の前を通りかかると気になるタイトルが目に飛び込んできました。
健康関連の雑誌ですが、私が今悩んでいる首や肩、背中、腰の痛みのヒントとなるものがあり、手に取って見ると、具体的な体操の方法や食事など役立ちそうなものがたくさんあるではありませんか。
これは実践しなければ、と思ってレジへ。
家に戻って早速いくつか実践。明日から本格的に始めます。


かくして、私は書店に寄るというドアを作ったところ、すぐにチャンスがノックしてやってきました。
待っていてはだめです。何事も自分から働きかけないとものになりません。


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あなたは準備ができていますか?

2019.02.07日
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"I say luck is when an opportunity comes along and you're prepared for it."
--Denzel Washington - Actor
「運とは、準備ができている人に訪れるチャンスのこと」
--デンゼル・ワシントン、俳優
(訳 舟田譲二)


ずいぶん前に「運のいい人、悪い人」という記事を書きました。その中の一節を下に引用します。


私自身、自分は運のいい人間だと思っています。
ですから自分の身に起こることをほとんどすべて肯定的にとらえ、「ああ、運がよかった」と思うようにしています。たとえそれが一見マイナスに見えるようなことでも。
ヘマをしたり、大きな失敗をしでかしても、その中にひとつでもいいことを探すようにするのです。
たとえば、車を電信柱にぶっつけたとしたら「くそっ!」と思わずに、「ああ、相手が人やよその車でなくてよかった」というふうに。
以前、電子辞書や現金、図書カードなど数万円分入っていた鞄が盗まれたときも、発想転換して感謝することにしました。
「神様、感謝します。奪われたのが金品で済んで命を奪われなかったことを感謝します。金品が盗んだ人の役に立つのなら感謝します。私が泥棒でなかったことを感謝します...」。
こういう考え方ができるなんて、私は本当に運がいいと正直思いました。
すると、なんと入っていた火災保険の特約で図書カードを除いてほぼ全額が戻ってきたのです。


心理学者リチャード・ワイズマンが書いた『運のいい人、悪い人』という本を昔読みました。
著者は大勢のボランティアを集め、数千人の運のいい人と悪い人の考え方や行動パターンを分析し、自分は運がいいと考える人たちは人生に対する姿勢と行動で自ら幸運をつくり出していた、と結論していました。
私の考えとまったく同じです。


当然のことです。
「自分は運が悪い」といつでも思っていたら、笑顔が消えて暗い顔になってしまいますし、人はそのような暗い顔をしている人から離れ、その結果さらに悪いことを引き寄せることになります。


冒頭の言葉、
「運とは、準備ができている人に訪れるチャンスのこと」
は真実です。
「準備ができている」というのはどういうことでしょうか。
自分の身にいいことが起こることを予期し、期待し、信じているということです。
このような生き方をしていると、運を引き寄せます。それが、自分のもとを訪れてくれるチャンスです。じつは、ほかの人にも同じチャンスが訪れているのですが、「準備ができていない」とそれに気がつかなかったり、みすみす見逃したりするのです。
皆さんはいかがですか?
「運とは、準備ができている人に訪れるチャンスのこと」という言葉を信じますか?
信じない人はチャンスに気がつきませんよ。


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幸福の扉

2019.02.06日
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"When one door of happiness closes, another opens; but often we look so long at the closed door that we do not see the one which has been opened for us."
Helen Keller
「幸せのひとつの扉が閉ざされると別の扉が開かれる。しかし、私たちはしばしば閉ざされた扉をあまりにも長く見つめているために、私たちのために開かれている扉が見えないことがある」
ヘレン・ケラー
(訳 舟田譲二)


さすがヘレン・ケラー、鋭い視点から見事に私たちの弱いところを突いて真理を語っていますね。
神様は本当によくできたお方で(全知全能全愛のお方ですから当たり前のことですが)、私たちに平等にいいことも与えられれば、よくないことも与えられる。
うちの神様を信じたら、無病息災、商売繁盛、学業成就、子孫繁栄、交通安全、開運長寿、五穀豊穣、出世成功等々、いいことは何でもあげますよ、というのは嘘です。
こんな人生を送れる人など、地球上に誰ひとりいません。
はた目にこんな幸せな人がいるものだろうか、と思っていても、実際にはその人にも悩みや苦しみは必ずあります。
神様を私たちの奴隷のようにして、なんでもかんでも自分の思いどおりにしようということ自体がそもそも間違っています。


生きている限りだれでも、親や連れ添い、時には子との死に別れもあれば、自らが重い病気になることも、交通事故に遭うことも、受験で失敗することだってあります。それが人生というものです。C'est la vie.(セ・ラヴィ)
ただ、愛なる神様は私たちの知恵を超えたところで私たちのために最善のご計画をお持ちで、幸せのひとつの扉が閉ざされると別の扉を開けてくださいます。
ただ、未練がましく閉ざされた扉をいつまでも見つめていると、横で開かれている幸せの扉が見えなくなるということが現実にあるのです。


善き神様のご愛を信じて、与えられている恵みをひとつずつ数え、恵みに感謝していると、さらに大きな祝福が与えられていることに気づくものです。
それが本当に幸せな、生き甲斐のある人生です。
ヘレン・ケラーの言葉はじつに重たいです。心に留めておきたいとても大切な教えです。
「幸せのひとつの扉が閉ざされると別の扉が開かれる。しかし、私たちはしばしば閉ざされた扉をあまりにも長く見つめているために、私たちのために開かれている扉が見えないことがある」


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競争の世界。あなたは頑張る?

2019.02.05日
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"Achieving success is a challenge but so is struggling, so you may as well choose success."
--Rob Liano - Author
「成功を収めることは大変なことだ。しかし、困難の中でもがくのも大変。だったら成功のほうを選んでみては?」
--ロブ・リアーノ、作家
(訳 舟田譲二)


スポーツの世界、学問の世界、ビジネスや政治、医学や科学分野、芸能から芸術等など、この世の中のありとあらゆる世界において、人々は成功を目指します。当然のことです。そしてそのお陰で技術が革新されてきて、生活レベルは向上し、文化も発展してきました。
私たち一般の人間はその恩恵に浴しています。


しかし成功を目指すということは同時に競争の世界であり、そこには当然のことながら勝者も敗者も出てくるし、大きな犠牲も伴い、その犠牲によって潰される人たちもいれば、このような試練の中でもがき苦しむ人もいます。
そこで、反動的にそんなに頑張って成功を目指す必要なんかないじゃないか、と開き直る人も出てくるわけです。
ところが、じつは人がこの世で生きていく限り、たとえどの世界であっても犠牲は避けられず、またそれに伴う痛みや苦しみもあるものです。


そこで、今日の言葉を生み出した作家のロブ・リアーノは言います。
「成功を収めることは大変なことだ。しかし、困難の中でもがくのも大変。だったら成功のほうを選んでみては?」


なるほど、説得力のある言葉です。
「成功」という言葉を使うとちょっと仰々しくなりますが、もっと平たく言えば、「この世の中、どんな生き方をしようが生きるのが大変なことに変わりはない。それだったらちょっとでも上を目指して頑張っては?」というような感じではないでしょうか?


人にはそれぞれ生まれつきの能力もあれば、後天的に努力して身につける分野もありますが、いずれにしても人はみんなそれぞれ。違って当たり前。違っているからこそこの世の中うまくいっているのです。
ですから、できない人はしなくてもいいし、できる人は少しでも上を目指して頑張って、満足できる結果が得られればそれはなおいいんじゃないんだろうか、と私は最近考えるようになりました。皆さんはどうお考えになりますか?


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死ぬ前に - 生きなさい!

2019.02.04日
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"Six Ethics of LIFE."
Before you Pray - Believe.
Before you Speak - Listen.
Before you Spend - Earn.
Before you Write - Think.
Before you Quit - Try &
Before you Die - Live!


「人生の6つの倫理」
祈る前に - 信じなさい。
話す前に - 聴きなさい。
使う前に - 稼ぎなさい。
書く前に - 考えなさい。
やめる前に - 試しなさい。そして、
死ぬ前に - 生きなさい!

(訳 舟田譲二)


「倫理」というと、社会科の教科のひとつで「倫理」を思い浮かべますが、いざどういう意味と尋ねられると説明するのが難しいです。
「道徳」「モラル」とほぼ同じような意味で、「社会慣習として成立している行為規範」と定義されています。わかりやすく言うと、「私たちが社会生活を送る上で守るべき決まりごと」というような意味です。


冒頭の言葉は「人生の6つの倫理」と題されています。
1.「祈る前に - 信じなさい」
元旦に初詣に出かけ、賽銭箱に5円玉を投げ入れて「いいご縁がありますように」と語呂合わせで願掛けして、今年はきっといい縁が生まれて結婚できるだろう、なんていうのはだれが聞いても虫のよすぎる話です。
もし、良縁が与えられることを望むなら、祈りに応えてくださる神様がいると本気で信じて、神様に喜んでいただけるような生き方をし、期待しなければなりません。これが信仰です。
信じられていない神様は、人の自分勝手な祈りに応えようがありません。


2.「話す前に - 聴きなさい」
ひとりでペラペラ話してばかりいる人がいます。
当たり前のことですが、自分の話を聞いてもらいたいと思うなら、まずは相手の言うことに耳を傾けなければなりません。


3.「使う前に - 稼ぎなさい」
十分に稼いでもいないのに借金をしてまで、身の丈に合わない贅沢な生活をする人が時々いますが、これは「私たちが社会生活を送る上で守るべき決まりごと」から外れています。


4.「書く前に - 考えなさい」
書く前だけでなく、言う前、する前など、なにか行動を取ろうとしたらその前に、それがどのような結果をもたらすかを考えなければなりません。これが社会に生きる人間として責任ある行動です。


5.「やめる前に - 試しなさい」
あまりにもあっさりとあきらめる人がいます。
やめることは簡単です。
でも、何事にも当てはまりますが、やめる前にまずは試さなければなりません。


6.「死ぬ前に - 生きなさい!」
日本の自殺率は国際的に見てトップレベルです。
年間3万人を超える状態が長年続いていましたが、最近は減少傾向にあります。
とは言っても昨年は20,598人。1日当たり56.4人もの人が自らの命を絶っています。
「健康問題」「経済・生活問題」「家庭問題」などが主な理由ですが、声を大きくして大切なメッセージを伝えたいです。
「私たちが社会生活を送る上で守るべき一番大切な決まりごと」それは、
死ぬ前に - 生きなさい!


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サラリーマン川柳 2019

2019.02.03日

毎年恒例の「サラリーマン川柳」。
去年全国から送られてきた43,691句の中から選ばれた100句。
1月22日から3月15日までこちらで投票受付中です。
投票した人の中から抽選で総計800名にステキなプレゼントが当たります。私もこれから投票します。

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甲乙つけ難い秀作100句の中から私が選んだベスト10は以下のとおり。
皆さんもぜひ上のリンクから100句を見て投票してください。楽しいですよ。


1.『腕枕 乗ってくるのは にゃんこだけ』(また旅)
2.『俺四番 野球じゃなくて 風呂の順』(ぽん吉)
3.『来春は 10連休だが 定年後』(蓼喰う虫)
4.『妻の愚痴 返す言葉は うん、そだねー』(クズギルティ)
5.『再雇用 昨日の部下に 指示仰ぐ』(白いカラス)
6.『ためている 俺はストレス 妻は金』(紙風船)
7.『オレ正論 妻へりくつで なぜ勝てぬ』(のりちゃん)
8.『ご馳走を インスタ用に 作る妻』(なるほどマン)
9.『お犬様 俺の四倍 床屋代』(ナナハン親父)
9.『上司宅 家ではこんなに 動くのか?』(よみ人知らず)
10. 『大安か 上司出張 妻不在』(喜夢多来)


サラリーマン諸氏、思い当たる節のあるものも多いのでは?
私は「サラリーマンではないけれど、うん、うん、そう、そうと相づち打ち」


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バイトとパート、何が違うの? 第2回日本語検定

2019.02.02日

最近のテレビCM、皆さんお気づきですか?
やたらと「バイト・転職」のCMが多いですよね。
なぜだと思います?


理由のひとつは人手不足。
2番目は企業にとって正社員を雇うよりバイト・パート・派遣のほうがはるかに安上がりだから。
3番目の理由。じつはこれがかなり大きな要素。


政府・厚労省が組織ぐるみで賃金や労働時間の調査を不適切に行っていたことだ、というのは早とちり。この問題が発覚したのはまだこの1か月ほどのこと。
じつは、だれも指摘していませんが、国民のライフスタイルが変わってきたことによります(舟田説)。
かつては、少しでもいい大学を出ていい会社に就職して、あるいは公務員になって一生安泰、というのが就職に対する一般的な考えだったのですが、最近はこれが大きく変化してきました。
私の知り合いだけでも、立派な企業に就職したけどこんなはずじゃなかった、自分にはきっと他の道があるはずだ、会社のために一生働くのはつまらない、と言って転職している人や起業している人が何人もいます。


また、我が街平塚やお隣りの大磯、茅ヶ崎、辻堂など、いわゆる湘南地区に住んでいる人などは、とくに自由を求める気風がとても強く、海の近くに住んで仕事は飲食店などのパート・バイトであとの時間はサーフィンしたり、サイクリングや釣りをしたりと自由な生活を楽しみたい、という人がとても多いのです。


それからお母さんたちも、家で子育て、家事をしているよりも、外でパートで働いて少しでもお金を稼いで子どもの学資金にしたり、あるいは自分専用の車を買いたい、海外旅行に使いたいという人が増えてきています。
このような人をターゲットにバイト・パート・転職・派遣業などが繁盛しているのではないか、と私は見ています。ライフスタイルや価値観は時代と共に変化しますから、これがいつまでも続くとは限りませんが。
ということで、今日の「第2回日本語検定」第1問です。


第1問 バイトとパート、何が違うの?
A. 両方とも基本的には同じ。ただ業界によって呼び名が違うだけ。
B. バイトは10代〜20代の学生やフリーター、パートは30代以上の主婦層の仕事。
C. 短期から中期がバイト、長期がパート。


第2問 ものさしと定規、何が違うの?
A. ものさしは長さを測るもの、定規は線を引くもの。
B. ものさしはまっすぐのもの、定規はいろいろな形がある。
C. 両方とも同じ。


第3問 チョコレートとショコラ、何が違うの?
A. 名前が違うだけでものは同じ。
B. チョコレートは固いけど、ショコラは柔らかい。
C. チョコレートはお菓子、ショコラはケーキ。


第4問 エキサイティングとエクサイティング、何が違うの?
A. エキサイティングは日本語で、エクサイティングは英語の発音。
B. エキサイティングは「わくわくする」で、エクサイティングは「ドキドキする」。
C. エキサイティングが正しい言い方で、エクサイティングは間違った言い方。


第5問 すみませんとすいません、何が違うの?
A. 「すいません」は「すみません」の誤った言い方。
B. 「すみません」は「すいません」よりも丁寧な言い方。
C. 「すみません」は「申し訳ない」、「すいません」は「ごめんね」の意味。


第6問 匂いと臭い、何が違うの?
A. 両方とも「におい」で同じ。
B. 匂いはいい香りで、臭いはくさいという意味。
C. 匂いは女性を表現するとき、臭いは男性を表現するときに使う。


第7問 歳と才、何が違うの?
A. 「歳」は「年」の意味だが画数が多いので、「才」を使うが「才」に「年」の意味はない。
B. 「歳」も「才」も同じ。
C. 「歳」は年寄りの年齢に使い、「才」は赤ちゃんや子供の年齢に使う。


第8問 羽と羽根、何が違うの?
A. 鳥や昆虫の体についているものが羽、体から抜け落ちたものが羽根。
B. 鳥は羽根、昆虫は羽。
C. 両方とも同じ。人の好みによって使い分けている。


第9問 ハンコと印鑑、何が違うの?
A. ハンコは印を押す道具・物のことで、印鑑は押した印影のこと。
B. ハンコは略式のもので、印鑑は正式なもの。
C. 両方とも同じ。


第10問 ひょうとあられ、何が違うの?
A. ひょうは直径5ミリ以上の大きさの氷の塊、あられは5ミリ未満の氷の粒。
B. ひょうは雪と雨が混ざったもの、あられはひょうが固まったもの。
C. 地方によって呼び名が異なるが、ものは同じ。


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昨日の夕方降って道路を覆った物質はひょう、あられ?


答え
第1問 A
第2問 A
第3問 A チョコレートは英語の chocolate (チョコレット)から、ショコラはフランス語の chocolat (ショコラ)から来た名前の違いでもの自体は同じ。
第4問 A 日本語ではよく「エキストラ」とか「エキスパート」「エキスパンダー」「エキゾチック」など、「エキス」といいますがこれは間違い。英語の ex- の発音は「エクス」です。
第5問 A 「すみません」は「済む」の否定形。「すいません」は正しくは「吸う」の否定形で、たとえば「タバコは吸いません」。「すいません」は「すみません」がなまった言い方。
第6問 A 一般に「匂い」はいい香りに「臭い」は不快なにおいに使われることが多いが、「タバコの匂い」と言った場合、いい香りという意味はなく、中立的な「におい」の意味。
第7問 A
第8問 A
第9問 A
第10問 A 上の写真は、昨日の夕方6時頃突如降り出したあられで、顔にバシバシと当たり痛かったです。ひょうはもっと大粒です。


今回の答は全部Aです。
Aが続くと、もうぼちぼちBかCじゃないかと不安になる人がいますが、必ずしもBもCも答に入っているとは限りません。自信を持って答えましょう。


何問できましたか?
1~3問 普段からもっと日常のことにいろいろ関心を持ちましょう。
4~6問 「日本語は難しい」と言っていず、もっと積極的に学びましょう。
7~9問 あなたの日本語力、常識はなかなかのものです。
満点  おめでとうございます! あなたは知識が豊富なだけでなく、語学のセンスがあります。


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グラマーな女性は文法も得意!?

2019.02.01日

以下はちょうど1年前の記事の再録です。
英語を勉強中の方、好きな方、興味のある方、得意になりたい方必見です。
英語に限らず言葉を正しく、うまく使いこなせる人は魅力的です。


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「文法とは、『お前のクソ』と『お前はクソ』の違いを知っているかどうかの違い」


文法のことを英語で grammar (グラマー)と言いますが、これは日本語で「グラマーな女性」と言う時の「グラマー」の英語 glamorous と語源は同じで、元の意味は「魅力的な」です。すなわち、文法をきちんと知っていて使いこなせる人は「魅力的」ということなのです。


"She said that that that that that boy used was wrong."


最近、上の文章をよく見かけるのですが、これは昔からある有名な構文解釈にからむ英文です。
一見、「???」という感じですが、文法力があると言わんとしていることを容易く見抜くことができます。

 
1番目の that は名詞節を導く接続詞で、「〜ということ」の意味。
2番目の that は形容詞で、次の単語を修飾して「あの」の意味。
3番目の that は名詞で、「that という単語」という意味。
4番目の that は関係代名詞で、that boy used を説明しています。
5番目の that は上の2番目の形容詞と同様、「あの」という意味で boy を修飾。

 
で、「名詞節」とか「関係代名詞」といった文法用語にアレルギー反応を示す人のために文全体を日本語にすると、
「あの男の子が使った、あの "that" という単語(の使い方)は間違っている、と彼女は言った」
となります。
何となく分かったような分からないような...でしょうか?


でも、上の文章はまだまだ序の口。次のはさらに複雑。これは頭を使いますよ。
"It is true for all that that that that that that that refers to is not the same that that that that refers to."


1番目の that は代名詞。 for all that 〜で「〜にかかわらず」という意味の成句。
2番目の that は接続詞。
3番目の that は形容詞で、「あの」。
4番目の that 名詞で、「that という単語」。
5番目の that は関係代名詞。
6番目の that は形容詞で、「あの」。
7番目の that 名詞で、「that という単語」。
8番目の that は接続詞。
9番目の that は形容詞で、「あの」。
10番目の that 名詞で、「that という単語」。
11番目の that は関係代名詞。


で、分かりやすく書き換えると:
It is true for all that, that that "that" which that "that" refers to is not the same "that" which that "that" refers to.
日本語の意味は:
「あの『あの』という言葉が意味する、あの『あの』という言葉が、あの『あの』という言葉が意味するのと同じでない、ということは本当だ」
これでも分からないという人のためにもっと分かりやすく言うと:
It is true, despite everything you say, that this word to which this word refers is not the same word to which this word refers.
「あなたの言っていることに関わらず、この言葉が意味するところのこの言葉は、この言葉が意味するのと同じ言葉ではない、ということは本当だ」


ということで、分りやすく言い換えてもチンプンカンプンですね。
これはネイティブスピーカーにとってもチンプンカンプン。
でも、文法力がある人は、複雑で頭がこんがらがっても意味は分かるのです。
英語なんて文法は必要ない、会話ができればいいのだ、と言う人がよくいますが、実際には文法力のないネイティブスピーカーの書く英文はやっぱりお粗末ですし読解力もない、そして日本語の場合も同様。
つまり、どの言語に関わらず文法力が大切だ、文法力のある人は男性女性を問わず魅力的だということです(笑)


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