学院長元気の出るブログ

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子供叱るな 来た道だもの 年寄り笑うな 行く道だもの

2018.12.07日
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「子供叱るな 来た道だもの
年寄り笑うな 行く道だもの」

(作者不詳)


この言葉は結構有名で、あちらこちらでよく見かけます。
妙好人と呼ばれる、浄土宗の信徒によるという説もありますが、「妙好人」は一般名詞で「篤信者(熱心な信者)」のことで、作者は結局のところ不詳です。
永六輔の、『無名人 名語録』に収録されて、ここから独り歩きして多くの人に口ずさまれるようになったらしいです。


真理を突いたとてもいい言葉だと思います。
子育てを終え、いつの間にか高齢者の仲間入りしてしまった私など身につまされます。
親というものは無意識のうちに子供をよく叱るものです。「子供のためだ」という大義名分があるのですが、よくよく考えてみると多くの場合、親である自分自身のためであるということに気づかされます。「親」を「教師」や「上司」「先輩」などに置き換えても同じです。


そして、年寄りを見て笑います。
年寄りの仕草や言葉遣いなどを見て笑います。でも、人ごとだから笑えるのです。
自分が年寄りになってしまったら、もう笑いごとではありません。
物忘れは甚だしい、身体は弱る、頭も弱る、当然のことですが顔にはしわが刻まれ、声はかすれ、動きや仕草も自然と老人らしくなっていきます。
私はまだその一歩手前の段階ですが、すでに兆候はぼちぼち現れてきています。
今までは妻と一緒に冗談で、「爺さんやーっ、婆さんやーっ」などと言い合って笑っていましたが、これも時間の問題で笑いごとでなくなります。(まあ、うちの場合は「爺さん」「婆さん」とは言わないでしょうが...)


でも、私たち人間みんなひとりの例外もなく、現在の自分に至るまで子供時代を経てきています。子供時代にはよく失敗もし、ふざけて悪いこともし、嘘もつきと、子供ならみんなすることをしてきました。
ですから、子供を見て叱ることなどできません。来た道です。
そして、今たとえいくら若くても、時間の問題でみんなやがては老いていきます。
自分が老人に近い身になって初めて、「老人を笑う」ことがいかに愚かで、非情なことであるかがわかります。これが行く道です。


昨日は雨の合間を縫っていつものように1時間半ほど、1万歩少し、6キロウォーキングしてきました。
途中、2本の大きなイチョウの木が隣り合って立っています。
1本の葉っぱはまだ緑で、もう1本は黄色に変わっていて下には落ち葉の絨毯が敷かれていました。
春の「散る桜、残る桜も散る桜」じゃないですが、イチョウも同じ。
緑のイチョウの木が隣のどんどん黄色い葉っぱを落としている木を見て笑ったり、憐れに思ったりしても、自分も同じ身。
私たちもまったく同じ。


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そして落ち葉は風でほかの木の根元に寄せられ、やがて腐り、そして堆肥となって今生きている木や草の栄養となる。
素晴らしい自然の循環のわざ。
そして、また私たちも同じ。


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