学院長元気の出るブログ

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信仰のジャンプ

2018.09.11日
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"Sometimes your only available transportation is a leap of faith."
ーーMargaret Shepard - 1845-1924 - American Heiress
「ときに、唯一残された移動手段は信仰のジャンプです」
ーーマーガレット・シェパード、高名な一族の遺産相続人
(訳 舟田譲二)


一般の日本人は、「信仰」とか「宗教」という言葉にとてもデリケートです。
他方、ほとんどの国では「信仰」「宗教」は生活の一部となっています。
ですから、日本人が「私は無宗教だ」と言うと、外国の人たちは一様に驚きます。


第二次世界大戦前、ドイツで列強国の代表が集まっていた会議の席で、ドイツのリッペントロップ外務大臣が演説のあと、「我がドイツは、神以外の何ものも怖れない」と言ったところ、そのあと立った日本の松岡洋右外務大臣は、「我が日本は、その神をも怖れない」と言って、会場の人たちから失笑を買った、という逸話が残っています。


「日本教」の面白いところは、真剣に信仰しているわけではないのに、家には神棚や仏壇があって手を合わせて拝み、正月には神社に参り、彼岸には寺へ墓参りに出かけます。
そして結婚式はキリスト教で行い、キリストの誕生日を祝うクリスマスは全国で多くの人が盛大にパーティをします。
きっとそれらは習慣で宗教ではないのでしょう。


神様なんか信じていない、と言いながら飛行機に乗るときには心の中で「事故を起こさず無事目的地に着きますように」と祈り、万一飛行中に何かトラブルが起きたりすると、必死で祈ります。地震が起きたり、土砂崩れや川が氾濫しても祈ります。


上の画像が見事に今日の名言を物語っています。
多くの人が信じていないと言いながら、心のどこかで何かを信じているのです。
そうでなければ、飛行機に乗ることも、電車やバスやタクシーに乗ることもできません。
アミューズメントパークで絶叫系コースターに乗るのも、信仰があるからです。
実際のところ、あちらこちらの過激なコースターで死亡事故がいくつも起きているのです。


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「ときに、唯一残された移動手段は信仰のジャンプです」


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