学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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感謝の心と当たり前

2018.08.31日
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"Kindness is a language which the deaf can hear and the blind can see."
--Mark Twain – 1835-1910, Author and Humorist
「親切は耳の不自由な人にも聴くことができ、目の不自由な人にも見える言語である」
--マーク・トウェイン、ユーモア作家
(訳 舟田譲二)


マーク・トウェインの名言はどれもウィットとユーモアに富んでいると思っていたら、案の定「ユーモア作家」と呼ばれていたのですね。


一般によく言われていることですが、耳の不自由な人、目の不自由な人というのは耳が聞こえない、あるいは目が見えない分その他の感覚が鋭敏で、私たちが聞き落としたり見落としたりしていること、気づかないことをしっかりと捉えていらっしゃるそうです。


そう言えば、あの盲聾唖の三重苦の下にあったヘレン・ケラーさんは、素晴らしい感受性をいかんなく発揮して、素晴らしい働きをして世界中の人々にはかり知れないほどの勇気や励まし、夢や希望を与えてくれました。そして、亡き後もその感動はずっとこんにちも、そしてこれからも永遠に語り継がれていくことでしょう。


私たちは、人に親切にしてもらっても当たり前のことと思っていることがいかに多いかと思い知らされます。
だから、世界中で一番美しい言葉は「ありがとう」だとよく言われるのだと思います。
普段あまり考えないことですが、「ありがとう」の反対は「当たり前」です。
耳が聞こえる、目が見える、話せる、呼吸できる、物が食べられる、手足が自由に使えて歩ける、物をつかんだり動かしたりできる等々、どれひとつとしてじつは「当たり前」のことではありません。いつなんどき、怪我や病気でこれらの能力が取り去られるかもしれません。


私たちは絶えず周りの数えきれないほどの人々の親切や犠牲の行為によって生かされています。
いま一度、これらのことを見直して、「ありがとう」と感謝の気持ちを言い表したいものです。
そして同時に、日々の生活の中で自分にできること、気づいた小さな親切をひとつでもふたつでも自ら進んで実行していく者になりたいです。これらは必ず天に嘉(よみ)せられています(=神様の目に留まり、認められている)。


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習慣の鎖

2018.08.30日
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"Chains of habit are too light to be felt until they’re too heavy to be broken."
--Warren Buffett – 1930〜 Business Magnate, Investor, Speaker, and Philanthropist
「習慣の鎖は、最初のうちはとても軽くて感じないものだが、ある日気づくとあまりにも重くて断ち切ることができなくなっている」
ーーウォレン・バフェット(87歳)、ビジネス界有力者・投資家・モチベーショナルスピーカー・慈善活動家
(訳 舟田譲二)


ウォレン・バフェットは幼い頃から商才があったようで、祖父からコーラを6本25セントで買い、それを1本5セントで売ったり、ワシントン・ポスト紙の配達のアルバイト、ゴルフ場のボール拾い、競馬の予想新聞の販売などを行っていました。
高校3年のときには友人と中古のピンボール(パチンコに似たアメリカ版ゲーム機)を1台25ドルで購入し、それを理容店に置くという商売を始めました。この商売は成功を収め、最終的には週50ドルの利益を稼ぎ出すまでになり、その後、この事業を退役軍人に1,200ドルで売却したそうです。
現在、世界最大の投資持株会社であるバークシャー・ハサウェイの筆頭株主で、同社の会長兼CEOを務めており、大統領自由勲章を受賞しています。
アメリカ実業界の巨匠です。
(Wikipediaより)


このような成功者が語る言葉は傾聴に値します。なぜなら一朝一夕に成功する人などひとりもいず、成功は普段からの勤勉や生活習慣の結実だからです。
その彼のいう言葉、
「習慣の鎖は、最初のうちはとても軽くて感じないものだが、ある日気づくとあまりにも重くて断ち切ることができなくなっている」
はまことに真実です。


「習慣」と言うとき、もちろん良い習慣もあれば、悪い習慣もあります。
上で彼の言っている「習慣」は通例「悪い習慣」を指します。
たとえば、「悪い習慣」の代表としてよく挙げられるのはタバコです。
最初は喫煙が習慣になるとはほとんどの人は思わず、軽い気持ちで始めます。多くの場合、好奇心や人とのつき合いがきっかけになります。親や身近な友人などがタバコを吸っているとタバコのハードルは非常に低く、簡単に手が届き始められます。
そして吸い始めの頃は、バフェットが言うように本当に軽くて何も感じません。
そして、こんなの数年経ったらいつでもやめられると思っている人も少なくありません。
ところが数年経ったときには、喫煙の習慣という鎖はずしりと重くなっていて、もう自分の力では断ち切ることができなくなっています。
(私は経験ありませんが、経験者から聞いた話です)


マリファナ(別名「大麻」)はとても軽くて、まるでタバコのようです。
吸っているととてもリラックスして快感(トリップ)を味わうことができます。
最初はこの快感を味わいたくて吸っているのですが、そのうちに快感はあまり感じなくなり、タバコと同じようにただ習慣になっています。


マリファナはアルコール、ニコチン、コカイン、ヘロイン、カフェインの5つの物質と比較すると、依存、離脱、耐性という点においてマリファナは最も低いと言われています。そのため、それほど罪責感なく始める人が多いのですが、乱用すると気管支や喉を痛めるほか、免疫力の低下や白血球の減少などの深刻な症状も出てきます。


マリファナが恐ろしいのは、吸引に慣れてしまい当たり前になると、ほとんどの人が次の刺激を求めて覚せい剤に手を伸ばします。そして、一旦覚せい剤の罠にはまると、もう抜け出せなくなります。やがて幻覚や幻聴が起きるようになり、2階から飛び降りるなど自傷行為をしたり、人に危害を加えたりと恐ろしい犯罪に進むことにもなります。
(これも体験者から聞いた話で、私の体験談ではありません)


「君子危うきに近寄らず」で、重い鎖で縛りつけられ身動きが取れなくならないように、たとえ軽くてつけているのがわからないほどの鎖であっても悪習慣の鎖は負わないほうが賢いのです。


さて、「悪い習慣」もあれば「良い習慣」もある、と冒頭で述べました。
「悪い習慣」を「良い習慣」に変える方法については、「悪い習慣 良い習慣」の中に書きました。もし、タバコやアルコール、パチンコなどだけでなく、子育てや人間関係などでの悪い習慣に悩んでいる人がいらっしゃったら、ぜひご参考になさってください。


「悪い習慣は身につけるのはたやすいけど、身につくと生活は困難になる。
しかし、良い習慣は身につけるのは困難だけど、身についてしまうと生活はたやすくなる」
「良い習慣」という鎖はまったく重くありません。むしろ、軽くてとても心地いいものです。


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再び「怒ることと叱ること」

2018.08.29日

一昨日の記事、「怒ることと叱ること」に対して、柿谷正期先生より以下のような大変貴重なご意見をいただきました。
さすがカウンセリング専門家のご指摘です。
また、別の視点から「怒ることと叱ること」を見ることによって目が開かれるかもしれません。
皆さんにシェアさせていただきます。


ブログ、読みました。子育ての結果は孫が成人するまでわからない、というのが私の持論です。
たまたまよく育つ子もいるし、そうでない子もいます。次にその子が子育てをするときに、どんな子育てをするかで決まるという考えです。
以下は『日本選択理論心理学会ニュースレター(JACTP)2018 Spring Vol. 79』に書いた「叱るって必要ですか?」です。


昨年(2017)の12月愛媛県松山市で講演会が企画された。テーマは素敵な人間関係と周知されていたが、司会者から講演タイトルはどうされますか、と直前に聞かれた。そして急遽「叱るって必要ですか?」にしてもらった。講演会は付録で、午後のロールプレイ研修が主目的となる研修会だった。初めての人も招けるように講演会が企画され、午後はロールプレイ、質疑応答というのが、岡山、京都での1日研修を先例とした企画だった。
 我が家の三男が小学校に上がったとき、担任教師はベテランの女性教師だった。「私は怒っているのではなく、叱っているのです。」と怒ることと叱ることを区別されていた。叱ることは教育者がしなければならないこと、良い教師は生徒を叱ることができる人、というのが多くの教師の考えだ。
 あるときこのクラスで生徒に教師が聞いた。「みなさん、先生の得意なことを知っていますか?」一人の男子生徒がボソッと言った。「オコル(怒る)コト」。叱っている人は、「怒る」、「叱る」の区別をしていると主張しても、生徒には「怒る」としか伝わっていない。非行少年が「親父に叱ってもらいたかった。」と言って、ハラハラと涙を流すシーンがあるが、そのとき父親が叱る行為をしていたら殺傷事件になっていた可能性がある。少年の語彙不足で使った言葉の真の意味は、叱られることではなく「もっと関わって欲しかった。」ということであろう。
 忙しい出勤前の朝、子どもが指で背広をツンツンと突ついていた。「お前何してる?」子どもは「お父さんの洗濯代を高くする攻撃!」と答えた。この父親は子どもを叱った。「叱るときには叱らなければならぬ。」と。しかし、子どもの背後にあるメッセージは、「お父さん、最近遊んでくれていないけど、、、」と言わんとしていたのかもしれない。もし、そうであるなら、「唾を背広につけることはいいことかい、悪いことかい」と自己評価を促して、「止めてくれる?」で済むかもしれない。そして、「最近君と遊べる時間が取れなくてご免な。土曜日はお父さん家にいるから、遊ぼうか?」と対応することもできる。「叱るって本当に必要だろうか?」担任教師と副担任教師に叱られて生徒が自殺したという新聞記事を見ながらつぶやいた。       
柿谷正期(日本選択理論心理学会会長)


確かに、注意している親や教師、上司、先輩などにしてみれば、相手のことを思って「叱っている」つもりかもしれませんが、「叱られている」側にしてみれば「怒られている」のと同じで、区別がつかないケースが多いことでしょう。
もちろん「叱り方」にもよるのでしょうが、上の記事の中で柿谷先生が指摘していらっしゃるように、叱らずに相手に考えるチャンスを与え、また同時に「叱る側」も相手の言語外メッセージを聴き取ることができるようになるのではないかと思います。
そうするならば、感情的に「叱る」(=「怒る」)ことは格段に減り、場合によっては叱らずに相手にもっと賢明な行動を選択してもらうこともできるようになるのではないでしょうか。


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怒りと塩酸

2018.08.28日
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"Anger is an acid that can do more harm to the vessel in which it is stored than to anything on which it is poured."
--Mark Twain – 1835-1910, Writer
「怒りはそれをぶちまけるよりも、保存しておく器をもっとひどく痛めつける塩酸のようなものだ」
--マーク・トウェイン、作家
(訳 舟田譲二)


さすがアメリカを代表する文豪マーク・トウェイン。
うまいこと言いますね。
人に怒りをぶちまけるのとうちにとどめておくことを、塩酸を人にぶちまけることと器の中に保存しておくことと比べています。
塩酸を人にぶちまけたら、もちろんその人は化学熱傷という火傷を負います。
目に入れば失明することもありますし、体内に摂取したり吸入したりすると死ぬこともあります。
しかし、長い間器に入れて保存しておくと塩酸は容器を腐食させ、やがては破壊します。


マーク・トウェインはこの塩酸を、人間と怒りの関係に例えています。
怒りは塩酸よりも人に注ぐともっと恐ろしい被害を与え、さらに恐ろしいのは怒りを自らの内に溜めておくこと。塩酸が器を腐食させるように、怒りを内に留めているとその人の人格を腐敗させ、人生を狂わせてしまいます。


怒りがそこまで恐ろしいものであるということを人はあまり知りません。
「絶対に赦せない」と言って、人として怒るのは当然のことだと思い、怒る自分を正当化しようとします。
その良い例がドラマや映画、小説などで、「怒り」や怒りから来る「復讐」をテーマとしていて、これらは間違いなく恐ろしい結末を迎えます。


一方、怒りから解放されると、本当に自由になります。
また怒りの問題の解決はあらゆる人間関係修復の鍵です。


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怒ることと叱ること

2018.08.27日
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昨日は教会の礼拝に柿谷先生のご次男の真従(まさつぐ)さんご一家とご三男の命(いのち)さんご夫妻が来られてとても楽しいひと時を持つことができました。
真従さんと奥さんには去る4月にロスでお会いしたばかりですが(「いっちゃれば ちょーでー」)、その6年前には「昨夜と今日のエキサイティングな出来事」でお宅に伺い、ご家族を訪ねました。


そのときのことを下のように書いていました。
上のお子さんは4歳半の大雅君、下は1歳半のしいなちゃんで、もう可愛いこと、可愛いこと。見ているだけでついつい顔がほころんでしまいます。
さすが名カウンセラーのお父様の息子さんご夫妻だけあって、その子育てぶりはなかなかのものでした。
しいなちゃんが振り回したおもちゃが大雅君に当たって、大雅君が泣き始めしいなちゃんに怒ろうとした時、真従さんは大雅君を膝に乗せてなだめながら、しいなちゃんを呼び寄せて言いました。
「しいな、何て言うの?」
「ごめんちゃい」
「大雅、何て言うの?」
「いいよ」
仲直り成立。お見事!
子どもが小さいうちは何かと大変なもので、なかなか楽しむ余裕がないものですが、お二人は十二分に楽しんでいらっしゃるようでした。

昨日はさらにお子さんが2人増えていて、子どもたちのにぎやかなこと。
礼拝が終わってからは教会堂の中をまるで体育館のように走り回り、ものすごい大声。
みんな仲良く、じゃれ合っているような感じで、見ていてついつい笑顔がこぼれてしまいます。
このときもやはり真従さんご夫妻の子どもたちに対する接し方や言葉遣いは本当に見事でした。カウンセリングの大御所である柿谷先生と奥様の寿美江先生の良きロールモデルで三人の息子さんたちはみなさんとても立派に育たれました。皆さんにはよくお会いするのですが、その都度感心します。
6年前の記事中の写真と今回の写真を比べると、我々大人はさほど変わりませんが、子どもたちの成長ぶりには目を見張ります。


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カウンセリングでよく問題になるのは、「怒る」ことと「叱る」ことの違いです。
親子の間や上司と部下、子弟間、先輩・後輩間など、身分や立場上の上下関係においては、「怒る」ことと「叱る」ことがよく混同され、それがもとでさらに人間関係を壊しているケースがよくあります。
数年前のことですが、あるお店の中でひとりのお母さんがまだ4〜5歳ぐらいの小さな子どもをヒステリックに大声でずっと怒鳴りっぱなしという状況に出くわしました。その場に居合わせた人々はみんな眉をひそめていました。私はその子どもの将来のことを思うととても胸が痛みました。


国語辞典の「怒る」の定義の中に、「叱る」という言葉を挙げているものもあるほどです。
1 不満・不快なことがあって、がまんできない気持ちを表す。腹を立てる。いかる。「真っ赤になって―・る」
2 よくない言動を強くとがめる。しかる。「へまをして―・られた」


しかし、「怒る」と「叱る」の間には、厳然たる違いが存在します。
「怒る」は基本的には上の定義にもあるように、「不満・不快なことがあって、がまんできない気持ちを表す。腹を立てる。いかる」、すなわち自分本位の心の中の不満の爆発、怒りをぶっつけるという意味合いが含まれます。
「叱る」は往々にして、「怒る」と同じ状況を生み出すからです。


しかし、「叱る」の本来の意味は、「目下の者の言動のよくない点などを指摘して、強くとがめる」です。
すなわち、怒りという心の中の状態を相手にぶっつけるという自分本位のものでなく、相手のことを考え、また相手が改善することを期待して「注意する」という行動を指しています。
ですから、「優しく怒る」ことは普通できませんが、「優しく叱る」ことはだれにでもできます。


ここで気をつけなければいけないのは、たとえいくら相手のことを思っての行為であっても、「怒り」の感情を相手にぶっつけて「叱る」なら、それは単なる「怒り」としか相手には受け取られないということです。
この点において、多くの人たちが過ちを犯しています。
とくに多いのが、親が子を叱るケースです。親が愛の行為から叱っているとしても、子どもは怒られているとしか感じません。
これでは元も子もありません。


正しく「叱る」コツは、
1.叱る前にひと呼吸おく
2.大声を出さず、冷静に叱る
3.叱るべきときに間髪を入れずに叱る
4.ねちねちとしつこく叱らない
5.的をひとつに絞って具体的に叱る
6.人前で叱らない
7.優しく叱る
8.相手が納得できるよう論理的に叱る


このように、怒らずに叱ることはだれにでもできます。


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人生にはまだまだ先がある

2018.08.26日
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"Whenever You feel depressed, keep this in mind:
Things are yet to happen..
Life is yet to go..
This is just a Bend, Not an End."


「気持ちが落ち込んでいるときは次のことを覚えておこう。
これからまだまだいろんなことが起こる。
人生にはまだまだ先がある。
ここは曲がり角で、行き止まりではない」


去る7月15日にものもらいになりました。
これがはやり目になり、両目とも腫れて充血し、ほとんど外に出られなくなりました。完治するまで1カ月ほどかかりました。
この間、線維筋痛症の痛みが悪化して、一日中ベッドの上に寝ている日も出てきました。
前日までほぼ毎日約10000歩(6.3km)のペースでウォーキングしていたのに、その日からピタリと止まりました。
日によっては一日中ベッドの上で、家から一歩も外に出ない日もたびたびありました。


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処方されている鎮痛剤を服用しているのですが、あまり効き目はなく、首から肩・背中・腰を中心に一日中鈍痛が続いています。まるで重い荷物を常に肩に担いでいるような感じです。
夜中にトイレに目覚めたときや朝一番ベッドから起きたときの痛みは尋常じゃなく、この痛みが一日中続いたら頭がおかしくなってしまうとさえ思うほどです。


このような日が続くと気が滅入り、そしてうつ状態になってきます。
処方薬の効能には、糖尿病性神経障害、線維筋痛症、慢性腰痛症や変形関節症にともなう痛みを和らげる。うつ病・うつ状態の改善、とあります。


昨日、健診の結果を聞きに医者のところに行き、症状を伝えたところ、このような状態だったらだれでもうつ状態になります、と言われました。
脳内の神経伝達物質であるセロトニンやノルアドレナリンの量が少なくなると、不安や気分の落ち込み、意欲の低下などいった症状があらわれ、うつ状態を引き起こします。脳内に一度放出された神経伝達物質などが細胞内へ回収されることを「再取り込み」といい、再取り込みを阻害することにより脳内のこれらの神経伝達物質の量が増え、結果鎮痛効果もあるそうです。
だれでも、ときに気が滅入り、うつ状態になることがあります。
これは体内(脳内)の歯車が狂って、そのため正常に機能しなくなっているためです。


「元気の出るブログ」と言いながら、それを書いている本人が元気がなくなっていたら、読んでる人まで気が滅入ってきますよね。申し訳ありません。
でも、まだこの先、続きがあるのです。
それが冒頭の言葉です。
「気持ちが落ち込んでいるときは次のことを覚えておこう。
これからまだまだいろんなことが起こる。
人生にはまだまだ先がある。
ここは曲がり角で、行き止まりではない」


そう、「曲がり角」なのです。
どうかすると、先にある曲がり角は行き止まりに見えます。
車を運転していて狭い道路に入ったときなどよくあることです。「しまった。行き止まりだ!」と一瞬焦りますが、少し先に進むと右や左に道路が直角に曲がっていることがあります。
これです。
「これからまだまだいろんなことが起こる。
人生にはまだまだ先がある」


私はまだまだ諦めません。
曲がり角は、言い変えればターニングポイントです。
必ず道は通じると信じて歩み続けます。
皆さんの中にも、いつの日か、いや、ひょっとしたら今私と同じような「行き止まり」に見えるような状況に置かれている人がいるかもしれませんが、この言葉を思い出してくださいね。
「気持ちが落ち込んでいるときは次のことを覚えておこう。
これからまだまだいろんなことが起こる。
人生にはまだまだ先がある。
ここは曲がり角で、行き止まりではない」


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夢の実現に向けて最初の一歩踏み出す

2018.08.25日
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"You don't have to see the whole staircase, just take the first step."
--Martin Luther King, 1929-1968, Minister and Activist
「階段を上まで全部見る必要はない。ただ最初の一段だけ上ればいい」
--マーティン・ルーサー・キング、牧師・公民権運動活動家
(訳 舟田譲二)


キング牧師の有名な演説 "I Have a Dream."(私には夢がある)。
この演説が世界を変えたと言っても過言ではありません。
「私には夢がある。
いつの日か、この国が立ち上がり、『すべての人間は平等に作られているということは、自明の真実であると考える』というこの国の信条を、真の意味で実現させるという夢である」


「私には夢がある。それは、いつの日か、ジョージア州の赤土の丘で、かつての奴隷の息子たちとかつての奴隷所有者の息子たちが、兄弟として同じテーブルにつくという夢である。
私には夢がある。それは、いつの日か、私の4人の幼い子どもたちが、肌の色によってではなく、人格そのものによって評価される国に住むという夢である」


この演説を機に、アフリカ系アメリカ人の地位が次第に向上し、キング牧師の夢が現実のものとなりました。


9年前にはオバマ大統領というアフリカ系アメリカ人初の米大統領が誕生しました。
そして、オバマ大統領夫妻を深く慕っていたイギリスのヘンリー王子。
ヘンリー王子は去る5月にアメリカの女優メーガン・マークルさんと結婚式を挙げました。
メーガンさんは皆さんご存じのように、アフリカ系アメリカ人でした。
結婚式の様子を生中継のテレビで観ていたら、アメリカから米聖公会のマイケル・カリー司教が説教をしてその中でキング牧師の言葉を引用し、その後やはりアフリカ系アメリカ人の聖歌隊が「スタンド・バイ・ミー」のゴスペルを歌っているのを聴いたときには、私は胸がいっぱいになって涙で目が曇りました。


キング牧師が1963年8月、リンカーン記念堂の前で25万人近い人々を前に「私には夢がある」と語っていたときには、これから先続く長い階段の全体が見えていたわけではありません。しかし、最初の一段を上ったのです。
アメリカ国内ではこんにちもまだ人種問題は完全に解決したわけではありませんが、キング牧師の夢の実現に向けて一歩一歩進んでいます。


どのような夢であれ、全体像が見えなくても構わないのです。
大切なのはその夢の実現に向けて最初の一歩を踏み出すことです。


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まだまだ知らないことばかり

2018.08.24日
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ティラノサウルスよりも大きかった体長15m以上にもなるスピノサウルス。
およそ1億年前、現在のモロッコあたりの北アフリカの海岸線をうろついていた史上最大の肉食恐竜スピノサウルスは、ワニのような頭を持ち、魚や他の動物を食べていました。


スピノサウルスは水の中の獲物を追って、多くの時間を水中で過ごし、泳いでいた可能性、さらには潜水をしていた可能性もあると言われていたのですが、なんと8月16日付けのオンラインン学術誌「Peer」に発表された結果によると、泳ぎがうまくなかったらしいといいます。
コンピューター・シミュレーションを使って調査した結果、スピノサウルスが獲物を追って水中に潜るには浮力がありすぎ、また、頭が重くスリムな体形ゆえに、水の中では体が横に傾いてしまうということです。
これを紹介しているのが下の動画です。とても興味深いです。



まだまだわからないことがたくさんあります。恐竜が1億年前に住んでいたということさえ、果たして本当かどうか学者の間でも意見が分かれています。


さて、話は変わりますが、それでは次の動物は何でしょう?
哺乳動物のように全身が毛で覆われていて、心臓も哺乳動物のものに似ているのに、水鳥のような口ばしを持っていて、足にも水かきがあります。足の先には蛇のような毒づめがあり、卵を産むような穴が尻尾の下にあります。
何だかわかりますか?


最初、この動物の標本がイギリスの動物学者のもとに届いたとき、みんな初めて見る奇妙な動物に戸惑いました。哺乳動物と爬虫類、鳥類の特徴を併せ持っています。
ビーバーのような動物の体にカモのくちばしを縫いつけた作り物で、動物学者たちをかつごうと悪ふざけをしているのだと騒がれました。
しかし、作り物にしてはあまりにも精巧にできていて、縫い合わせた痕(あと)も見られない。
もし本物の生き物だとしたら、これは爬虫類の特徴を持った哺乳動物なのか、哺乳動物の特徴を持った爬虫類なのか、一部鳥類なのか、そうでなければいったい何なのだと動物学者たちは喧々諤々(けんけんがくがく)。


この熱い議論がイギリスで数十年続きました。
しかし、その動物のはく製が送られてきたオーストラリアで、目撃者の情報が次第に寄せられるようになり、偽物ではなく本物だと言わざるを得なくなりました。
哺乳動物かどうか確証はないけれども、一応、世界でもっとも奇妙な哺乳動物だと結論づけられました。19世紀のことです。
皆さん、もうおわかりになりましたか?


そう、卵を産む鳥のようでありながら母親は子に乳を与えて育てる哺乳動物、カモノハシです。とても愛嬌のある可愛い顔をしています。


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今でこそよく知られるようになったカモノハシですが、いまだに世にも奇妙な動物です。
「奇妙な動物」というのは、私たち人間の常識にとらわれるからそう思うだけで、じつは私たちの知らない世界というのはまだまだたくさんあります。
というか、知らない世界のほうがはるかに多く、地球上のことですらまだまだ知らないことばかりです。
(出典:前半のスピノサウルスの記事はナショナル・ジオグラフィック、後半のカモノハシは東北大の英語入試過去問長文読解からの抜粋要約)


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問題と夢

2018.08.23日
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"Don't be pushed by your problems. Be led by your dreams."
--Ralph Waldo Emerson, 1803-1882, American Essayist
「問題に押し戻されてはいけない。夢に引き上げられるのだ」
--ラルフ・ウォルドー・エマソン、19世紀アメリカのエッセイイスト
(訳 舟田譲二)


私たちの人生で問題に遭遇することは不可避です。
順風満帆、なんにも問題のない人なんてこの世にひとりも存在しません。もし、これまで問題にぶつかったことがないと言う人がいたなら心配ご無用。これから必ず問題はやってきます。
大切なのは「問題に押し戻されない」ことです。
「問題」という激しい逆風に遭うと押し戻されそうになります。
でも、このようなときにはまず地に足を踏ん張って耐えること。
次に、この逆風を利用して空に舞い上がること。
そのとき役立つのが夢です。夢や希望があると逆風にも耐えられ、「夢に引き上げられる」こともできます。


歴史上、また現代においても成功した人というのは、例外なくぶつかった「問題」に押しつぶされずにむしろ「問題を押しつぶした」人たちです。
そして、このような人たちの行動の原動力となったのは「夢」です。


「西日本豪雨被災者の生きる力」の中でも紹介しましたが、ヴィクトール・フランクルはナチスの強制収容所アウシュビッツで奇跡的に生き残ったひとりですが、その時の経験を通して、人間は生きる目標があればたとえどれほど過酷な環境の中にいても生きる力が与えられる、という結論に至り、それを書物に著しました。


フランクルは「人生はどんな状況でも意味がある」と説き、生きがいを見つけられずに悩む人たちにメッセージを発し続けました。過酷な環境の中で、人は「心の支え」、生きる目的を持つことが、生き残る唯一の道であると語っています。
運命に毅然とした態度をとり、どんな状況でも一瞬一瞬を大切にすること。それが生きがいを見いだす力になる。幸福を感じ取る力を持てるかどうかは、運命への向き合い方で決まるとフランクルは結論します。


あなたの夢は何ですか?
夢さえあれば、どんな大きな問題にぶち当たっても押し戻されず、夢はあなたを問題から引き上げてくれます。


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アントマン

2018.08.22日

協力牧師としてご奉仕させていただいている湘南見附キリスト教会で、去る19日の礼拝で取り次ぎましたメッセージの音声がネット上にアップされました。
リンク先をシェアさせていただきます。
主任牧師の柿谷正期先生の最近のメッセージも聴くことができますので、どうぞご利用ください。


↓お聴きになる方はこちらをクリック。
「湘南見附キリスト教会礼拝メッセージ」


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背景の画像は教会内部の写真で、あまりにも大き過ぎて説教者の私は、8月31日ロードショーの映画『アントマン&ワスプ』の主人公アントマンのように身長が100分の1以下になってしまい、小さ過ぎて写っていません🤣
(教会の写真、アントマンともにジョーダンです、ごめんなさい)


メッセージタイトルは「ヨブの試練」です。
ヨブ記は私の苦手な書なのですが、これまでの自分の人生に照らし合わせて今回新たな視点から見直すことができ、その中からシェアいたしました。
ヨブが受けた数々の恐ろしい試練から見れば、ちっちゃな私「アントマン」の病いなど、まるで赤ちゃんが蚊に刺されて泣いているようなもの。
でも、ここしばらく首から肩、背中、腰に至る線維筋痛症の痛みで参っていて、この日も痛みに耐えながらメッセージし、ほんの少しですがヨブの気持ちに近づけたかなと…(続きは音声メッセージで)


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健康に良い食品、悪い食品 

2018.08.21日

一昨日、教え子のAさんが教会の礼拝に来てくださいました。
礼拝後お茶の時間に緑茶を出そうとしたところ、カフェインで体調を壊すことがよくあり最近は緑茶は飲まず、カフェインを含まない麦茶を飲むようにしていて、いつも麦茶を持ち歩いている、と言います。ちょうど教会にも麦茶があったのでそれを出してみんなでいただきました。


近年、健康志向が高まり、テレビでもほとんど毎日のように健康関連の番組をやっています。
私もこれらの健康番組を見ることがとても多いです。
その中で、健康長寿の人たちはよく納豆を食べる、トマトを食べる、海藻類をよく食べる、根菜類をよく食べる、ヨーグルトを毎日食べている、等々言っています。
すると、私自身もそうですが、これらの健康番組に影響されて、「◯◯がいい」と言われると早速飛びつきます。


「バターは悪いけどマーガリンがいい」「動物性油脂は良くないけど植物性油脂はいい」と、かつて言われていたのに、今ではまったく逆のことが言われているというものが少なくありません。
振り回されて、「どちらが本当なんだ?」と言いたくなります。
皆さんもそのような経験はありませんか?


健康をよく崩す私は、言われることは何でも素直に聞いて、良いと言われるものは摂り、良くないと言われるものは身体に摂り入れないようにしています。
しばらく前に、ポリフェノールを多く含むコーヒーを1日に3〜4杯飲む人は健康長寿の人が多いとテレビで聞いて1日に2〜3杯飲んでいたのですが、今患っている繊維筋痛症によくないということなのでコーヒーをやめました。
カフェインレスだったらいいという人と、カフェインを抜く処理工程で薬品が使われるので良くないと言う人がいて、これも迷ってしまいます。


このほか、米やパン、麺類、とうもろこしなどの炭水化物が良くないとか、乳製品が良くないと言う人もいて、最近は炭水化物抜きダイエットをしている人がや乳製品を摂らない人も多いです。
どうしたらいいのでしょう?


私の結論としては、人によって腸内に住んでいる細菌が違えば体質なども違うため、ある人に合うものでも合わない人もあるということです。
しかし、一般的に健康に欠かせないもの、いいものというものもあります。
それは、たとえば
魚類(さけ、EPA、DHAを多く含む背の青い魚−サンマ、サバ)
良質の牛肉・豚肉・鶏肉(ソーセージ、ハム、ベーコンなどの加工肉は良くない)
野菜(ブロッコリー、トマト、大豆、アボカド、アスパラガス、ニンニク、唐辛子、生姜)
果物(いちご、ブルーベリー、クランベリー、バナナ、リンゴ、キウィ。フルーツジュース類は良くない)
油(エクストラバージンオリーブオイル、えごま油、アマニ油)
茶色い炭水化物(玄米、全粒粉。白米、小麦は良くない)
ナッツ類(アーモンド、クルミ、カシューナッツ、ピスタチオ)


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しかし、これら身体に良いものでも、摂り過ぎはよくない。
主食、副菜、主菜のバランスが大切。
塩、油、糖質は控え目に。
いずれにせよ食事は楽しむことが一番。あまり神経質になると逆効果です。
皆さん、健康長寿を目指しましょう。


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論理思考と想像力

2018.08.20日

"Logic will get you from A to Z. Imagination will get you everywhere."
—Albert Einstein, 1879-1955, Physicist
「論理思考は私たちをAからZまで導いてくれる。しかし、想像力はどこでもドアだ」
—アルベルト・アインシュタイン、物理学者
(訳 舟田譲二)


私は論理思考が好きです。
いつも物事を考えるとき、世の中の出来事を見るとき、人のことを考えるとき、車を運転しているとき、本を読んでいるとき、テレビドラマやニュースを見ているとき、何をしているときでも無意識のうちに論理的に考えています。


論理思考はアインシュタインが言うように、AからZまで連れて行ってくれます。
論理思考をするのは楽しいです。
ドラマや映画を観ていてストーリーの展開や結末を予想し、それが当たっていることもしばしばですし、ニュースで事件を知って犯人像をプロファイリング(「新潟県女児殺害事件 プロファイリング」)したり、事件の展開を予想することができたりします。
もちろん素人で、神様じゃないので外れることもありますし、いつでもAからZまでたどり着けるとは限らず、時には半分ぐらいのMだったり、G辺りで挫折することもあります。でもZまでたどり着けたときは爽快です。
これは勉強にも大いに役立ちます。


論理思考をするのがいつの間にか癖になっていて、音楽や芸術、映画など本来直感で味わうべきものまで論理思考をしてしまいます。
そして、それが邪魔してしまい、つまらなくなってしまうこともしばしばです。
たとえば、先日観た『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』では、ストーリーを楽しみつつも矛盾点が目についたり、先が読めてしまってつまらなくなることもあります。


一方で私はとても感情的、情緒的な人間で、小説を読んで、ドラマや映画を観てよく感動して涙を流します。
去年劇場で公開された話題作『君の膵臓をたべたい』を昨夜テレビで観て、素直に泣いてしまいました。
このようなときは、純粋に映画の世界にハマって楽しんでいます。
そして、冒頭でアインシュタインが語っているように、「どこでもドア」で過去の世界や、自分の知らない別世界に飛び込んだりしています。


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人生には論理思考が必要で、これがないと世界は成り立ちませんが、論理思考だけでは行き着く先はZ止まりです。同時に人間のみに与えられている想像力である「どこでもドア」(「空っぽのポケット」)がないと、楽しくないし、発展に限界があります。


論理思考と想像力、このふたつを自由に駆使できるようになると、人生はより豊かに、楽しくなります。


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ミッション:インポッシブル/フォールアウト

2018.08.19日

去る15日に『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』を観てきました。
映画を観るのは本当に久しぶりです。よほどの機会でもない限り最近は映画を観に行かなくなりました。でも、私の一番のお気に入り『ミッション:インポッシブル』は見逃せません。


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やはり期待にたがわずストーリー、トム・クルーズ始め俳優たちの演技、映像技術、音響効果、演出、どれをとっても素晴らしい出来でした。
初めから最後まで息つく暇もないほどのアクション、ハラハラドキドキの連続。
しかし、それにしてもトム・クルーズが56歳とは信じ難いです。
これまでと比べると若干ふっくらとした感じにはなっていますが、鍛え抜かれた身体、そしてスタントなしの体を張った危険なシーンの迫真の演技等、どう見てもまだ40歳ぐらいの脂の乗り切った男のイメージです。


このシリーズ、すでに6作目。
22年間で全6作。おおむね4年に1作のペースなので、もし7作目があるとしたらそのときトムは60歳。60歳でこのようなアクションができるとしたら、まさに現代の生けるスーパーマンです。


それにしても、数々の見せ場のアクションシーンはどうやって撮影しているのでしょう。スタントは使っていないといいます。毎回格段に進歩する撮影技術によるところもあるのでしょうが、それにしても観客を最初から最後まで虜にするストーリー展開には舌を巻きます。
観終わって劇場を後にし車で自宅に戻る真夜中、まだ映画の余韻の中でなんとなく自分もトム・クルーズになったような気がして、映画の中のような離れ業ができそうな錯覚に陥りましたが、もちろん安全運転で帰宅しました(笑)。
ストーリーや見せ場を書くとネタバレになりますので、皆さんぜひ劇場に足を運んでご自分の身体でその楽しさを味わってきてください。


『ミッション:インポッシブル』、およびトム・クルーズについてはこのブログでもこれまで度々取り上げてきました。ご興味のある方は、ブログページ左上のコーナーにある「エントリー検索」に「ミッション」「インポッシブル」「トム・クルーズ」などのキーワードを入れると、過去の記事が全部出てきますのでよろしかったらご覧ください。


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美人とブス

2018.08.18日
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相手の気持ちを何も考えずに
そのまま口に出すのが「ブス」
相手の気持ちを察して
ふさわしい言葉を使うのが「美人」
批判しかしないのが「ブス」
アドバイスするのが「美人」
自分ばかり話して
相手の話を聞かないのが「ブス」
相手の話を引き出し
求めることを話すのが「美人」
他人を妬んで何もしないのが「ブス」
できることから始めるのが「美人」
自分のことしか考えないのが「ブス」
まわりのことも考えるのが「美人」
まわりに期待して動かないのが「ブス」
自分から声をかけるのが「美人」
いつでも心がけ次第で「美人」になれる


これも一昨日と同じく、田口久人さんの作です。
「美人とブス」なんてとても過激なタイトルで、不快感を催す人もいるかもしれません。
でも、読んでいくと、女性の外面的なことを語っているのではなく、内面の美しさを語っていて、しかも女性に限らず男性にも、私たち人間みんなに当てはまることだと気づきます。


言い換えれば「美人」とは「心の美しい人」、「ブス」とは外面上の不細工(ぶさいく)さではなく「人間関係において自己中心な心の貧しい人」のことを指すということがわかります。
敢えて「美人とブス」という言葉を選んで使っているのです。


別のサイトにこんなのがありました。
やはり内面を言っており、女性に限らず男性にも当てはまります。
「ブスの25箇条」
1.笑顔がない
2.お礼を言わない
3.おいしいと言わない
4.目が輝いていない
5.精気がない
6.いつも口がへの字の形をしている
7.自信がない
8.希望や信念がない
9.自分がブスであることをしらない
10.声が小さくイジケている
11.自分が最も正しいと信じている
12.グチをこぼす
13.他人をうらむ
14.責任転嫁がうまい
15.いつも周囲が悪いと思っている
16.他人を嫉妬する
17.他人につくさない
18.他人を信じない
19.謙虚さがなくゴウマンである
20.人のアドバイスや忠告を受け入れない
21.なんでもないことにキズつく
22.悲観的に物事を考える
23.問題意識を持っていない
24.存在自体が周囲を暗くする
25.人生においても仕事においても意欲がない


聖書にも、
「顔かたちや身のたけを見てはならない。わたしはすでにその人を捨てた。わたしが見るところは人とは異なる。人は外の顔かたちを見、主は心を見る」
(サムエル記上 16:7)
とあります。
外見に惑わされてはいけません。
また私たち自身も心を磨くようにならなければなりませんね。


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孫は目に入れても痛くない!

2018.08.17日

4月には長男直人とお嫁さんの恵利紗さんのところに長男斗史希くんが生まれ、一昨日には次男正人とお嫁さんの萌さんに長女杏菜ちゃんが誕生しました。
「孫は目に入れても痛くない」とよく言いますが、本当ですね。
なんとこれは英語の
"My grandchild is the apple of my eye."
の日本語訳だそうです。


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昨日、萌さんと杏菜ちゃんに会いに行ってきました。
一人目、二人目関係なく、もうふたりとも可愛くて可愛くて。目に入れてもきっと痛くないでしょう。


IMG_3673.jpg  IMG_3672.jpg


左は生まれたてほやほやの杏菜ちゃん、右は生後4か月の斗史希くん。すっかりお兄ちゃんになっています。


萌さんのご実家の近くの病院なので、萌さんのご両親、そしてお姉さんご一家もちょうど来られて皆さんとご一緒に歓談する時間も持てました。
本当に幸せいっぱいのひと時でした。


ところが、帰途、都内の不慣れな道をカーナビを当てに走っていて、交差点で右折したところ警察がやってきて切符を切られました。
なんと道が朝夕混む都内ではバス専用レーンというのがあり、しかも午前7時から10時、午後4時から7時までの時間帯は右折禁止なんですって! 
そんなこと聞いてないよ。カーナビも教えてくれなかったよ!
「ご納得がいきませんか?」
と警官が尋ねるので、
「神奈川県平塚市にはバス専用レーンもなければ、時間帯での右折禁止なんていうのもありません。カーナビも教えてくれませんでした。初めてで知らなかったので勘弁してくださいよ」
など、いろいろお巡りさんを説得しようとしたのですが、無駄骨でした。
お巡りさんの殺し文句は
「以前、ここで右折違反をした人を捕まえたところ警察官でしたが、規則ですので警察官でも切符は切らなければなりませんでした」。
これはきっとマニュアルに載っている、切符を切るときの決まり文句なのでしょう。


家に帰ってその交差点名をググってみたところ、ちょうどその角に交番があって、右折取締りの穴場のようで、何人もの人が捕まってぼやいていました。
まあ、いいこと(二人目の孫が生まれた)もあれば、悪いこともあるさ、それが人生というもの。C'est la vie.(セ・ラ・ヴィ!)
杏菜ちゃんに免じて赦してもらいましょ。


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あなたは恋してますか、それともそれは愛?

2018.08.16日
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昨日、8月15日、終戦記念日に次男正人とお嫁さんの萌さんのところに長女杏菜(あんな)ちゃんが誕生しました。
ふたりの愛の結晶です。


1人でも成立するのが「恋」
2人必要なのが「愛」
理由を作って会うのが「恋」
理由もなく会えるのが「愛」
伝え方に悩むのが「恋」
伝えなくても伝わるのが「愛」
叶わないこともあるのが「恋」
叶えたのが「愛」
一瞬で生まれるのが「恋」
一生育むのが「愛」
すぐに消えるのが「恋」
ずっと残るのが「愛」
相手の嫌いな所を見ないのが「恋」
全て受け入れるのが「愛」

―田口久人、ヤングキャリアコンサルタント


若い頃はみんな、好きな人のことで心を悩ませますね。
じっとしていられない。
一日中、いつもその人のことばかり考えている。
勉強や仕事が手につかない。
その人と少しの間でも一緒にいたい。
その人のことをもっと知りたい。
その人を自分だけのものにしたい。
その人がだれか他の人と親しげにしているのを見るとやきもちを焼く。
その人を自分のほうに向けたい。
....


挙げだせば切りがありません。
このような思いである時期、みんな悩みます。
でも、上のようなことを学校では教えてくれません。
親も友達も教えてくれません。
こんなとき、上の恋愛に関する名言を知ったなら、もっと気が楽になることでしょう。


上のことをひと言で言うと、
自分中心なのが「恋」
相手中心なのが「愛」

です。
愛には自己犠牲が伴います。
自己犠牲をいとうようなら、それは自己中心な恋。

恋が発展して愛になることもありますが、恋のままで一気に進んで結婚すると失敗に終わることがあります。というか、失敗に終わることが多いです。
結婚してからでもそのことに気づき、軌道修正してお互いに愛を育んでいくならばその結婚は成功します。手遅れはありません。


田口久人さんのことは以前、「自分らしく」でもご紹介しましたが、素晴らしい名言をたくさん書いていらっしゃいます。
私も「片思いと相思相愛」で同じテーマについて書いています。よろしかったらこちらの記事もご覧ください。


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爺さんやぁ〜! 婆さんやぁ〜!

2018.08.15日

「爺さんやぁ〜! 婆さんやぁ〜!」と言えば、30年ほど前のお茶の間大人気TV番組『志村けんのだいじょうぶだぁ』(1987〜1993放映。2007〜現在まで毎年単発スペシャル)の中の志村けんと田代まさしのお笑いコント。



去る10日から昨日14日まで名古屋郊外の妻の実家に行ってました。
昨日はUターンラッシュのピークと言われていたので、覚悟して夜8時ごろ家を出たのですが、なんと今まで経験したことないほど渋滞がなく最短時間で帰ってこれました。


行きも帰りも車中はまるで現代版東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)。
愛車のプリウスも満8歳になり、搭載してあるカーナビはデータが古くなっただけでなく、タッチパネルの反応が悪くなり、オーディオがうまく機能しないことがしょちゅう。
ボリュームを大きくしようと思って+ボタンを押すと小さくなるし、いつもある曲になると同じものをいつまでも延々とリピートして先に進まない等々。
「これはボケの初期症状だ。反応が悪くなってきたし、同じことを何度も繰り返す、こちらの指示することの反対の行動をする」(私)
「私たちと一緒ね」(妻)


往路、名古屋に近づいてきたとき、義弟の住んでいる三重県の鈴鹿まで渋滞20kmの表示が。
名古屋を過ぎて岐阜方面に向かって走っているとき、こちらも途中から渋滞が始まりました。
「この渋滞、鈴鹿まで続いているのかしら?」(妻)
「えっ、どういうこと?」(私)
「だってさっき鈴鹿まで渋滞って言ってたでしょ」(妻)
「あれは三重県方面だから名古屋から南のほうだよ。僕たちが今向かっているのは岐阜方面で北だよ」(私)
「えっ、鈴鹿のほうじゃないの?」(妻)
「もしも〜し。大丈夫ですか?壊れていませんか?」(私)
「私、急に疲れてきて、頭が働かなくなってきた。運転代わって」(妻)
と、まあこんな調子。
まるで「爺さんやぁ〜! 婆さんやぁ〜!」みたいです。


そういえば、ロスの長男直人のところに男児が生まれたのはもう4か月少し前。送られてくる写真や動画を見るとすっかり大きくなってもう赤ちゃんではなく、幼児みたいな感じ。
そう、この時点で確かに「爺さんやぁ〜! 婆さんやぁ〜!」になったのだから、不思議じゃないです。


そして、昨日は次男正人のお嫁さんの萌さんの出産予定日。
楽しみにしていたのですが、日を越して今朝、正人からメールで破水があったと連絡。
いよいよです。しかも今度は女の子!


つい1週間前の「20年ぶりのミニクラス会」では、お会いした皆さんから20年前と全然変わらない、と言われてご満悦でしたが、妻に言わせれば外面だけ若く見えても意味がない、あなたの身体の中はもう80代のお爺さんみたい、と辛らつに言われています。
妻の実家に着いてからずっと腰痛で寝てばかりいたこともあります。
まあ、おあいこさんです。


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結婚における幸せは運による

2018.08.14日
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“Happiness in marriage is entirely a matter of chance.”
―Jane Austin, 1775-1817, Novelist
「結婚における幸せは、まったく運による」
―ジェーン・オースティン、小説家
(訳 舟田譲二)


ジェーン・オースティンはいわゆる「いいとこのお嬢様」で、自身の数少ない恋愛経験と、田舎町の小さな社会の中で見聞きしたことを基に空想を繰り広げて恋愛小説を10冊ほど書いた女流作家です。


彼女の限られた見聞と空想世界の中から達した結論が冒頭の
「結婚における幸せは、まったく運による」
であって、私の考えではありません。誤解のなきよう。


それでは、私自身の結婚観はどうかと言えば、
「結婚における幸せは、まったく努力による」
です。
「運が良くて幸せになった」
と思っている人がいるとしたらとんでもない誤解で、その人の伴侶はそれはそれは涙ぐましい努力を陰でしています。
また、人生においてもっとも大きな比重を占める結婚が運によるものだとしたら、その他のことすべてが運によることになります。そして、そうでないことは私たちは経験上、また直感的に知っています。


何事にも原因があって結果があります。
どんなに大恋愛をして結婚したとしても、どちらか一方が相手の意向にそぐわない生活をしていたり、相手の気持ちをくみ取らない態度で接していたら当然の結果として結婚は破綻し、離婚という結果になります。
「風呂、お茶、飯」。退職後、一日中自宅にいるにも関わらず、会社員時代と変わらない亭主関白ぶりで指図する夫の態度などが原因で、妻が体調を崩す「夫源病(ふげんびょう)」が増えていて、なかには別居や離婚に至るケースもあると、昨日ニュースで報じていました。
これは「運」が悪かったのではなく、夫の「態度」が悪かったのです。


結婚生活とは、恋愛ごっことは違います。
「こんなはずじゃなかった」という場合は、惚れた腫れたで結婚して、相手をよく見ていなかったか、あるいは相手が自分のことを美しき誤解をしていたか、それともどちらかが豹変したかです。


結婚生活を成功させ、ふたりが幸せになるためには、お互いの「思いやり」や「努力」という協力が欠かせません。
冒頭の絵の中に
...by chance の上に取消線が引いてあってその上に choice とありますが、まさにその通りで「偶然」ではなく、結婚における幸せとは努力という「選択」の結果によるものです。
これらをせずにいて、お互いに「ハッピー、ハッピー」と言っているとしたら、それはふたりともとてもおめでたい人たちです。
絵に描いた餅のような幸せな結婚生活は、普通天から自然と降ってきません。


逆に、お互いの違いが次第に見えてきたとしても、「破れ鍋に綴じ蓋」(「夫婦円満の秘訣」)でお互いの欠けている部分を補い合う努力ができるなら、ふたりとも幸せになることができます。


最後に、この記事では「結婚生活における幸せ」をテーマに書いただけであって、ジェーン・オースティンの作家としての力量を批判するものではありません。オースティンはイギリスを代表する女流作家であり、没後200年経った今日でもイギリス国内のみならず世界中で人気があり、また彼女の作品が多くがドラマ化、映画化されているという事実を取っても、彼女の文才は十分認められます。


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あなたの夢は何ですか?

2018.08.13日
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"Success is walking from failure to failure with no loss of enthusiasm."
--Winston Churchill, 1874-1965, Former British Prime Minister
「成功とは熱意を失わないまま失敗から失敗へと歩むことだ」
--ウィンストン・チャーチル、元英国首相
(訳 舟田譲二)


BBCが2002年に放送したテレビ番組『100名の最も偉大な英国人』。イギリス大衆の投票によって、歴史上最も偉大な英国人として選ばれた1位はチャーチル元首相。
このような成功の代名詞のような方ですら「失敗から失敗へと歩む」なんて言っておられるのは、じつに意外な感じがします。
チャーチルですらそうならば、ましてや私たち凡人など失敗して当たり前と言えるでしょう。


ただ、大切なのはチャーチルが言っているように、たとえ失敗続きでも「熱意を失わない」で歩み続けることです。熱意を失なわずに前進し続けるならたとえ失敗続きでもやがては成功に至るのです。その成功とは、もちろん人によって内容はまちまちでしょうが、人生を終えるとき振り返って後悔のない生き方をしてきていたならば、それこそが真の「成功者」です。


「失敗から失敗」への人生は敗北だと一般の人は考えるのですが、決してそうではありません。「失敗」イコール「敗北」ではないことを私たちは覚えておかなければなりません。
失敗して倒れても、そこで何かを拾って立ち上がり、その失敗を次に生かすなら、それは立派な成功です。
失敗したと言ってくさってしまい、やる気をなくして一生をダラダラ過ごしたならこれは本物の敗北者です。
でも、熱意を持って夢を追い続け、次から次へとチャレンジする姿は決して敗北者などではありません。


このような人は成功者は歴史上数えきれないほどいます。
また私たちの身近なところにもいくらでもいます。
結局、そういった人が成功を収めています。


熱意を持ち、夢を追い続けている人は目が輝いていてとても魅力的です。
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自分自身を理解する

2018.08.12日
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"You are not here to make others understand you. You are here to understand yourself."
--Kristen Butler, Editor, Producer
「私たちは人に理解してもらうために生きているのではない。自分自身を理解するために生きているのだ」
--クリステン・バトラー、編集者・プロデューサー
(訳 舟田譲二)


私たちは無意識のうちに「人に理解してもらおう」としています。
人に理解してもらうことは大切です。
でも、それ以上に大切なのは自分自身を理解すること。
よく、「自分のことは自分が一番よく知っている」と人は言いますが、じつは思っているほど私たちは自分のことをよく理解していません。


あのパウロですら言っています。
「わたしは自分のしていることが、わからない。なぜなら、わたしは自分の欲する事は行わず、かえって自分の憎む事をしているからである」
(ローマ人への手紙 7:15)


試しに、自分のことを人に理解してもらうために言葉や動作や作品など、どんなことを使ってでもいいので説明してみましょう。
どんなにうまく説明、表現したとしても相手はあなたのことを完全に理解することなど絶対にできません。
それどころか、相手に理解してもらおうとして手を尽くして説明しようとすればするほど、自分で自分のことがよくわかっていないということに気づきます。
自分自身を理解することは私たちの人生の目標であり、目的地です。


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赦しの秘訣

2018.08.11日
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“I forgive people but that doesn't mean I accept their behavior or trust them. I forgive them for me, so I can let go and move on with my life.”
―Unknown


「私は人を赦す。しかし、それは決してその人の行動を受け入れるとか、その人を信用する、という意味ではない。私は自分のために赦すのだ。赦すことによって過去の苦しみを手放し、新しい人生に向かって歩を前に進めることができるように」
―作者不詳


これまで「赦し」については何度も書いてきました。(関心のある方は、ページ左上コーナーの「エントリー検索」に「赦し」と入力して過去ログをご覧ください)
すると、その都度何人もの方が「ある人をいまだに赦せなくて苦しみ続けている」と書いてこられました。
それほど「赦し」というのは難しく、私たち人間にとって大きな、重いテーマなのです。


数日前の記事「真の赦し」に対して、マレーシアのマデレン・ウォーさんが実にタイムリーなコメントを今日送ってきてくださいました。日本語訳したものを下に載せます。


「一日の終わりに人を赦すことは、その人のためにするのではなく、自分自身のためにするのです。
その時には、赦すことがたとえどれほど不条理に思われたとしても無条件に赦す。そのことによって、私たちは過去のことは過去に流し、現在に生きることができるようになる。そして、私たちの内にあるもっとも深いところでもっとも痛んでいる傷を癒す方法をご存じである『無限の光なる方』の前に立ち、真に自由にされるのです」
―デニス・メリット・ジョーンズ、作家


とどのつまり、人を赦すのはその人のためではなく、自分自身のためなのです。
赦しには痛み、苦しみが伴います。
「なぜ赦さなければならないのか?相手のほうが悪いのに」と誰でも思います。
しかし、赦さないでいると、心の奥底深くにしまってある「憎しみ」や「恨み」が頭をもたげてきます。そして、私たちを苦しめます。
時に人はその憎しみや恨みに負けてしまって、自らの手で制裁しようとして犯罪に走ります。その犯罪の故に今度は自分が裁かれることになり、自分はさらに苦しむことになるのです。


復讐は自分がするのではなく、正しい裁きをなさる方にお任せする、これが一番良い方法です。


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20年ぶりのミニクラス会

2018.08.10日

昨日は20年ぶりぐらいで、昔やっていた成人英会話クラスのミニクラス会のようなものに招かれました。
その内のおひとり、Kさんが今年の年賀状に、パーキンソン病を患って家の中は杖、外は車椅子の生活で要介護1になった、と書いてこられショックを受けました。なんとかお見舞いにお伺いしたいと思ったのですが、突然私がひとりで行くと先方も当惑されるかもしれないと思い、当時同じクラスで親しくしていらっしゃったお友達のMさんにご一緒に行きませんかとお声をかけたのです。
ところがKさんのお具合が良くなかったのかなかなか都合の合う日が定まらずにいて、半年近くたった2週間ほど前にMさんからご連絡が入って昨日お伺いすることになったのです。しかも、同じクラスにいらっしゃったYさんもご一緒ということで、20年ぶりの4人のミニミニクラス会となったわけです。


Kさん宅に着くと、家の中から「どうぞ」と声は聞こえるのですが、玄関に出てこられません。
中に入って行くと、両手に大掛かりな杖を持って立っておられましたが、ほとんど身動きが取れないような感じで、さぞかしご不自由だろうとお察ししました。
Kさんは当時、息子さんと娘さんが小学生から中学生の頃にかけてうちの塾に来て学んでいてくださったこともあり、彼らの近況を伺うのも楽しみにしていました。
今や息子さんは39歳、37歳のお嬢さんはご結婚されて2児の母でお近くにお住まいとのこと。機会があったらぜひおふたりのお子さんたちにもお会いしたいとお伝えしました。


皆さん(私も含め)高齢者となった今、それぞれさまざまなご病気を抱えていらっしゃったり、ご主人をガンで亡くされたりと、大変な中を通ってこられています。私の病いや苦労などは赤ん坊のようなものです。
皆さん、私が昔と全然変わっていないとおっしゃってくださり、嬉しいのですが、それは上辺だけの話で、妻に言わせれば私は外見だけで内側は80歳のおじいさんだそうです(涙)。


さて、高齢者の集いらしく、話題はもっぱら病気のことや健康のこと、あるいは大きな地震や先日の西日本豪雨のような災害が起きたらどうするか、これからの老後はどう生きるか、どのような生活形態になるか、など切実な問題ばかりです。
しかし、皆さん英語の勉強を続けていらっしゃって、ハリー・ポッターを原作で読んだり、外国旅行をされたりと、すごい知的好奇心です。また、趣味の刺繍の立派な作品を持ってきて披露してくださったり、管理栄養士の知識をシェアしてくださったりと、圧倒されました。


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(Mさんのオリジナル刺繍作品)


話題は尽きず、あっという間に4時間近くも経っていました。
お暇を告げるときには、Kさんはとても喜んでくださり、また遊びに来てくださいとおっしゃって、みんなに会って少しでもお元気になられたなら、それこそ本望で目的を達成することができました。でも正直なところ、私が皆さんから一番元気をいただきました。
皆さん、素敵な機会を作ってくださってありがとうございました。


またお会いしましょうね。それまで皆さんお元気で。


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ストレス この不思議なもの

2018.08.09日
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"God will never give you anything you can't handle, so don't stress. "
--Kelly Clarkson
「神は私たちが負い切れないような重荷は決して与えられない。だから思い悩むな」
--ケリー・クラークソン
(訳 舟田譲二)


先日、ラジオの番組でガーデニングの話を聞いていました。
ある種の鉢植えの植物はストレスを与えるほうがいいと、専門家が言っているのを聞いてびっくりしました。
一旦芽を出すと水をやらないほうがいいと言います。ストレスを感じさせるのです。そうすればより美しい花を、よりたくさん咲かせるのだそうです。


これまで聞いたきたストレスの話と全然違います。医者は、ストレスは悪い、あらゆる病いのもとだ、働き過ぎでストレスにさらされていると早死にする、と言います。
新聞や雑誌、テレビ番組などではいかにしてストレスを減らすか、避けるかという方法を教えています。ストレスに関していいことを言っている人などひとりもいません。


でも、植物にとってストレスがいいならば、ひょっとして私たち人間にとってもストレスがプラスになる点があるのではないか。考えれば考えるほど、ストレスは人間にもいい点があるように思われてきました。
ある程度のストレスがないと、私たちは怠惰になり、また務めを疎かにしてしまいがちです。
学生ならばだれでも1年を通じてしっかり勉強すれば、まったく不安なく試験に臨むことができるということを知っています。
ところが、現実にはみんな普段はあまり勉強せず、試験勉強は土壇場になるまで先延ばしにしています。


同様に、私たちはなにか問題があっても締切日が迫るまでそのままにしておきます。
たとえば、年賀状を書くというルーティーンにしても、年末が押し迫って土壇場になって書くのではなく早めに書いておこうといつも思うのですが、毎年のように12月の29日、30日になるまで放っておきます。
緊張が最高潮に達するまで私たちは本気で取り組みません。生徒や学生の宿題や試験勉強もそうです。


ほかの分野でも、満足感があると創造性や好奇心はどこかに消え失せてしまいます。
「神の与えたもう不満」とも呼べる、現状に対する創造的な不満足は、それがなんであれ進歩を生み出します。そして、この不満は一種のストレスです。


だから、ある程度のストレスは人間の進歩にとって必要なんじゃないかと私には思われてきたのです。ただ、どの程度のストレスはいいのか、あるいは悪いのか、それが問題なのです。
長時間過重なストレスの下で働くことを強要する職場で働く人たちは気の毒です。というのは、過重なストレスは非生産的だからです。
自営業を営んでいる人たちの場合は、自分にとって最適のレベルのストレスを自分で選択する自由があるかもしれません。しかし、いずれの場合も、成功するためにはある一定期間のストレスに対して準備をしておくことが必要になります。


というわけで、この鉢植えの植物のケースのように、初めは十分な水を与えられていて、その後自分の力で苦難に立ち向かうよう放っておかれると、私たちもまた、過保護にされて自分で何事も挑戦したことのない人たちと比べると、より美しい花を、よりたくさん人生で咲かせることができるようになるのかもしれません。


上の文は私の経験から述べていることではなく、実は昨夜高3生のKちゃんの英語の指導をしていたとき出くわした入試の過去問の長文読解の文です(一部改編)。
教えていながら、なるほど、なるほど、うん、その通りだと、相づちを打ち、私自身がこれまでこのブログで繰り返し述べてきたこととも矛盾せず、これは是非とも皆さんにもシェアしようと思った次第です。


「ストレス」は人間だれしもこの世で生きていく限り決して避けて通ることはできません。
過重なストレスが健康に良くないのは明らかですが、これも程度の問題で、私たちの成長・進歩のためにストレスは必要不可欠なものだと、改めて思わされ、感謝しました。


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降ればどしゃ降り

2018.08.08日

一昨日は塾のイベントで、中1・2生は5時間勉強する "5 Hours"、中3生は10時間の "10 Hours" が催されました。
中3生は朝9時から昼食と夕食をはさんで夜9時まで。中1・2生もよく頑張りました。
2教室の仕切りを取り払って広い空間で生徒たちは壁やホワイトボードなどに向かってひたすら5教科の問題に取り組み、解き終わると講師のところに答案用紙を持って行って、採点・間違ったところは解説を受け、合格するまで再テストという流れ。


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外気温が高かったこともあり、エアコンはフル稼働でしたが、教室の中は生徒の熱気でムンムン。
勉強時間が終わってリフレッシュメントのときに生徒たちが書いてくれたアンケートの一部をご紹介すると:
「集中して取り組むことができた。レベルが合っていて良かった。プリントありがとうございました」
「だれにもじゃまされず、めっちゃ集中してできた」
「休憩時間がないからその時間まで頑張ろうと思った。こんなに集中できたのは初めて」
「5教科まんべんなくできた。今日やった教材をこれからもやり直したい」
「勉強が楽しく感じられた。ありがとうございました」
「夏休みで一番勉強した」
「解き終わったらすぐに見せに行ってアドバイスがもらえたので良かった」
「自分の実力が確かめられて、とても良い機会だった」
「間違えたところをしっかり教えてくれてありがとうございました」
「先生たちが分かりやすく、ていねいに教えてくれた」
などと、みんな大満足の様子。


明けて昨日の関東地方は台風13号接近の影響で、突然秋が来たかと思うほどの10月並みの涼しさ。
ちょうど1か月前には西日本豪雨が多くの府県に甚大な被害をもたらしました。
復興にはまだまだ時間がかかります。
でも、大丈夫。日本はこれまでも幾多の大地震や洪水、土砂崩れ、火山の噴火などで打ちのめされるような経験をしてきましたが、そのたびに人々の協力で困難を乗り越えてきました。
今回も、東日本大震災のときのように大勢のボランティアの人たちが現地に駆けつけて炎暑の中、被災者の方々の手助けや復興のお手伝いをしてくださっています。ボランティアの方々には本当に頭の下がる思いをしています。


「降ればどしゃ降り」という有名なことわざがあります。
英語では、
It never rains but it pours.
(When it rains, it pours.)
と言います。日本語の感覚とぴったりの英語のことわざです。
「悪いことは続くものだ」というような意味で、先日の記事「弱り目に祟り目」と同じです。(ちなみに、皆さんにご心配いただきました目のほう、結局ウイルス性急性結膜炎、別名・はやり目でしたが、人にもうつさずに済んで、まだ少し充血は残っているもののほぼ回復しました。お祈りをありがとうございました)

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上の絵の中の会話は次のような意味です。
ロバート:昨日は車はパンクするし、学校には遅刻、テストには落ちる、その上ガールフレンドにはふられちまったよ。
スティーブン:へぇー、降ればどしゃ降りってやつだね!(悪いことは続くもんだね!)


先日の台風12号も、勢力の大きさと東から西への異例のコースで、しかも西日本の被災地を直撃する恐れがあり、今回は早めの避難を、とニュースで繰り返し警告していました。
そして予想されたとおりのコースをたどりましたが、幸い被害が最小限で済んで「降ればどしゃ降り」にならず、ホッとした次第です。


しかし、私たちの人生には上のロバートのように悪いことが続くことがときにあります。
このようなとき、天を呪ったところでなんの解決にもなりません。より一層辛くなるばかりです。
むしろ、試練や苦しみの中で、たとえ小さなこと一つでも幸いなことを見つけると、次から次への感謝できることが出てきます。
今回の西日本豪雨の被災者の方々も口々にそのことをインタビューでおっしゃっていました。
人生とはこういうものです。
1年間ずっと雨が続いたり、日照りが続くことがないように、私たちの人生も一生ずっと悪いことばかり続くことはありません。


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真の赦し

2018.08.07日
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"It's not an easy journey, to get to a place where you forgive people. But it is such a powerful place, because it frees you."
--Tyler Perry, Actor
「人を赦すというところに行き着く旅は決して容易くはない。しかし、そこはものすごく心強いところだ。というのは、そこは私たちを自由にしてくれるところだから」
--タイラー・ペリー、俳優
(訳 舟田譲二)


まず「ゆるす」に当たる二つの漢字の違いについて触れなければなりません。
「赦す」と「許す」です。
「許す」には「赦す」の意味も含まれています。
多くの人が日常生活でよく使うのは「許す」で、「赦す」という字を知らない人もたくさんいます。
「許す」は「許可する」という意味で、英語では permit です。
これに対して「赦す」は「赦免」「特赦」「恩赦」などに見られるように、「罪を赦す」という意味です。英語では上で使われている forgive もしくは pardon です。


「赦」の漢字は、偏の「赤」の上の「土」の部分は人が両手両足を広げた「大」のような形で「人」の象形で、その下の部分は「炎」の象形です。つまり、人を火であぶって罪を祓い清めています。


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右側の部分の「攴」は上の「ト」(ボク)の部分は「ボコッ」という表音文字で、下の「又」は右手の象形です。右手で「ボコッ」と音が出るほど強く叩いている様子を表しています。
「赤」と「攴」で、人を叩いて罪を祓い清めるところから、「罪を赦す」という意味で用いられるようになりました。


この「赦し」は私たちの人生の永遠のテーマです。
小説や詩、映画、ドラマなどのテーマもその多くに「赦し」が絡んでいます。
私たちの日常の生活を見てもやはりそうです。
人間関係のこじれ、夫婦・親子喧嘩、別居、離婚、DV、子どもの虐待、さらには夫婦・きょうだい、親子、親族間などの傷害・殺人事件などもそのほとんどは、この「赦し」の問題が関わっています。
それほど「赦し」は人生にとって重い、しかも困難な道です。


なぜ人を赦すのがこれほどまでに難しいのでしょう?
それは自分自身が赦されたという経験をしていないからではないでしょうか。
真に赦された経験をしているならば、自分も人を赦すことができるようになります。
その赦しの意味の重さに気づき、自分も人を赦さざるを得なくなるからです。
主の祈りの「我らに罪をおかす者を 我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ」の本当の意味は、
「私たちが赦されたように、私たちも、私たちに対して罪を犯した人たちを赦します」
です。


殺人事件の裁判で犯人に死刑判決が下されても、遺族は「犯人を一生赦すことができない」とよく言いますが、その結果自分自身が一生苦しみ、重い十字架を背負って生きていかなければならなくなります。
でも、自分自身も罪赦された罪人だとわかり、犯人を真に赦すことができたなら、広いところに立ち、自由になれます。それが冒頭の言葉の意味です。
「人を赦すというところに行き着く旅は決して容易くはない。しかし、そこはものすごく心強いところだ。というのは、そこは私たちを自由にしてくれるところだから」


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大谷翔平はベーブ・ルースを超えられるか

2018.08.06日
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"Every strike brings me closer to the next home run."
--Babe Ruth, 1895-1948, Major League Baseball Player
「ストライクを取られるたびに次のホームランが近づいてくる」
--ベーブ・ルース、メジャーリーグ選手
(訳 舟田譲二)


昨日は第100回全国高校野球が甲子園球場で開幕しました。
昨夜7時から11時まではテレビで「ファン10万人が投票!! 高校野球総選挙!」という番組で、過去の甲子園を沸かせた名選手、名場面の感動シーンが一挙再現されていました。


海の向こうのアメリカでは、メジャーリーグ・エンゼルスの大谷翔平選手が現地時間の3日、インディアンス戦で10号2ラン、続く打席で特大11号ソロを放ち、5打数4安打3打点の大活躍でチームの勝利に貢献しました。日本人メジャーリーガーで1年目から2桁本塁打を放ったのは7人目。2桁が7回という記録を持つのは松井秀樹さん。
先日の9号は136メートルの特大弾で、「月まで届きそうなホームランだ」と叫ばれていました。
本拠地のロサンゼルスでは私の友人を含む地元の日本人・日系人の方々が毎回大勢球場に足を運び、大フィーバーです。私がこの春、4月にロサンゼルスに行ったときはデビュー戦直後で、どこへ行っても大谷選手の話題で持ちきり。レストランの入口には大谷選手の活躍を1面トップで伝える現地新聞が山積みされていました。


人気の秘密は、投手と打者を本格的に両立する二刀流で、2015年には最優秀防御率、最多勝利、最高勝率の投手タイトルを獲得。翌2016年には、プロ野球史上初の「2桁勝利・100安打・20本塁打」を達成しました。球速160km/hの日本のアマチュア野球最速投球記録、さらに165km/hのNPB最速投球記録保持者でもあります。


さて、ベーブ・ルースというと、だれもが知る通算715本の本塁打記録を持つ「アメリカ球界最大の巨人の1人」と評されています。
じつはルースも投手として野球人生をスタートしています。彼の人生の全半はこんな感じでした。(Wikipediaより一部抜粋)


母親は病弱で、ルースが15歳の時に結核で亡くなりました。また、父親は酒場の仕事で忙しく、息子の世話にほとんど関わったことがありませんでした。そのため、両親から適切な教育を受ける機会がなかったため、大人の手にも余る腕白坊主に成長し、勉強も完全に疎かになって、学校をサボっては通りをうろつき、町の不良たちと喧嘩に明け暮れ、商店の品物を万引きしたり、酒を飲んだり煙草を吸ったりするなど、様々な非行に手を染めた悪童でした。


7歳になった頃には既に両親の手には負えなくなり、「セント・メアリー少年工業学校」という全寮制の矯正学校兼孤児院に送られました。ルースはその後の12年間をセント・メアリーで過ごすことになります。そこで少年たちの教官を務めていたカトリックの神父、ブラザー・マシアス・バウトラーと出逢い、野球を教わったことが、ルースの人生に決定的な影響をもたらすことになります。以後、ルースは生涯にわたってマシアスを恩師と仰ぎました。


メジャーリーグデビューとなった1914年、19歳のときルースは5試合に出場し、そのうちの4試合は投手としてマウンドに登りました。
1917年もルースは大活躍を見せ、24勝13敗・防御率2.01、6完封に打率.325の成績を残します。


1919年、レッドソックスに所属していたベーブ・ルースは24歳。大谷翔平選手と同じ年齢だったシーズンに、ヤンキースとの開幕戦で4番レフトで先発出場。
結果は4打数2安打3打点1本塁打と大活躍。
投手としてのシーズン初登板は開幕から8試合目で、ヤンキース相手に9回を7被安打2失点に抑えて完投勝利。


ヤンキースでのデビュー年となった1920年には、「もうこれ以上の本塁打記録は生まれないだろう。去年が異常だっただけであれほどの本塁打数は期待できない。20本打てれば上出来だろう」と言われながら、ルースは打率.376、54本塁打を記録しました。


ところが、打撃の調子が上がらなくなると、メディアは「ルース。満塁の好機で凡退」など悪いことばかりを記事にしました。そのため、知人に「なぜ、ここの記者は悪いことばかり書くんだ?」と文句を言いました。知人に「それは悪いことしか書くことがないからそうなるんだ。活躍すればそれを記事にしてもらえるはずだ」と言われ、再び打ち始めると記事にも活躍したことが載るようになりました。


ここまで読むと、今の大谷翔平選手とダブってきます。
大谷選手も投手として勝ちがつかなかったり、ヒットやホームランが出ないとメディアに騒がれますが、彼は至って冷静。「いくら払っても経験する価値がある。これをどうプラスにするか。経験したことがない球だった。今後クリアしていくことが大事」と話しています。この謙虚さも多くの人が彼に好感が持つ要因の一つではないでしょうか。


大谷翔平選手はは今季どこまでの成績を上げられるだろう、と話題になっていますが、現地のメディアはすでに「ベーブ・ルースを超えた」と報じているそうです。
私も大谷選手がベーブ・ルースを超える可能性は十分にあると思っています。
「ストライクを取られるたびに次のホームランが近づいてくる」
とベーブ・ルースが言っていますが、三振を恐れずどんどん積極的にチャレンジしていって欲しいですね。大谷選手の今後のさらなる活躍を大いに期待しています。


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読書と記憶の量

2018.08.05日
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"No amount of reading or memorizing will make you successful in life. It is the understanding and application of wise thought which counts."
ーーBob Proctor, Author, Speaker
「読書や記憶の量で成功するのではない。肝心なのは理解と適用だ」
--ボブ・プロクター、作家・モチベーショナルスピーカー
(訳 舟田譲二)


これまで大勢の生徒や学生を指導してきて感じるのは、幼い頃からよく本を読んでいる子は概して勉強もよくできるということです。
語彙力もあり、その結果高い思考力を持っています。
思考力が鍛えられているので、どの教科もまんべんなくできます。


それでは、本を読むことが好きという子はすべて頭がいいか、というと必ずしもそうとは限りません。
たくさんの本を読んでいるのに語彙力のない子もいます。
できる子とどこが違うのか、子でもたちと話しながら考えてみました。
すると、後者の子は本をただ読んでいるだけで、本から学んでいない、ということがわかりました。読む本は小説でも何でもいいのですが、ただ字面(じづら)を追いながらストーリーを楽しんでいるだけなのです。
読み終わって、ああ面白かった、つまらなかった、で終わってしまっています。


一方、前者の子は本を読むとき、知らない言葉や漢字に出合ったら、一応文脈でその意味を類推して読み進みますが、必要に応じて国語辞典や漢和辞典を使って言葉を調べます。また、ときには親や先生にその言葉の意味だけでなく、使い方などを尋ね、それを覚えたら早速日常生活の中でそれを自分でも使います。
また読んだ本の内容をよく覚えており、人にもそれを上手に伝えることができます。


今や将棋界のみならず時の人となっている藤井聡太七段は、5歳のときに祖父母から将棋の手ほどきを受け、将棋教室に入会。入会時に師範から渡された、500ページ近い厚さの所司和晴『駒落ち定跡』を、まだ読み書きができない藤井は符号を頼りに読み進め、1年後には完全に理解・記憶したといいます。
その後も本をたくさん読み、読書が好きで新聞もよく読んで、学校の勉強もよくできるそうです。
ですから語彙力も相当なもので、大人でも知らないような言葉を勝利インタビューで普通に使って周囲の者を驚かせます。


ときどき、暗記が得意で、学校のテストの点数はとても良く、学年でも常に上位に入っていたりするけれども、教科書以外のことになるととんと知識がないという子がいます。一流大学の学生の中にもいます。
このような人は読書量や記憶量はすごいのですが、理解と適用が伴っていないのです。
学習というのはただ知識を詰め込むことではありません。
これまでの日本社会が、そのような人を能力があると信じ、持てはやして優遇してきたこともあり、ややもするとそれが頭が良いことだと勘違いしている人がたくさんいます。
実社会に出て期待外れで伸びない人というのはこのタイプの人が多いようです。
要は量ではなく質なのです。実際に使えるかどうかです。


「読書や記憶の量で成功するのではない。肝心なのは理解と適用だ」
というボブ・プロクターの言葉を今一度よく吟味し、幼いときから家族や周囲の者が、また学校や塾などの教育機関がもっと真の思考力をつけた子供たちを育てていかなければなりません。


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扉が閉ざされたとき

2018.08.04日
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"Realize that if a door is closed, it's because what was behind it wasn't meant for you."
--Mandy Hale, Author
「扉が閉ざされたときには、覚えておきなさい。その扉の向こう側にはあるものは、あなたのものではなかったということを」
--マンディ・ヘイル、作家
(訳 舟田譲二)


「逃(に)がした魚は大きい」
ってよく聞きますよね。
あるいは、ひょっとして自分でも使ったことがある人もいらっしゃるかもしれません。
これはもちろん、
「一度手に入れかけて失ったものは、実際よりも大きく(素晴らしく)見えるものだ」
という意味です。


よく使われるのが男女間で彼氏や彼女と別れたあと、
「しまった!あのとき喧嘩しなければよかった。別れるんじゃなかった...」
などというような場合です。
ほかにも、たとえば商談がうまくいかなくてライバルに取られたとか、家を買おうと思って躊躇している間にほかの人が契約してしまった、等々。


私はこのような考え方は好きではありません。後悔するのが嫌いな人間ですから。
たとえ何かで失敗したとしても、「あのとき失敗しておいて良かった。そのお陰で今の自分がある」「あの失敗からこんな大切なことを学んだ」というふうに考えます。
第一に、果たして「逃した魚が本当に大きかった(価値があった)かどうか、知る由もありません。
第二に、後悔したところで元に戻すことなどだれにもできません。
三番目に「逃がした魚は大きい」と思っていると、それを引きずってより良い未来に向かって進めないからです。


今日の冒頭の言葉、
「扉が閉ざされたときには、覚えておきなさい。その扉の向こう側にはあるものは、あなたのものではなかったということを」
も同じです。
どんなに運の強い人やいつもうまくやりぬけている人でも、思っていた扉が閉ざされるという経験は必ずあります。
もしも、これまでそのような経験はなかったと思っている人がいたら、心配ご無用。これから必ずありますから。受験や結婚や就職を始め、人生で大きな決断をしようとするときに本命だと信じていた扉が閉ざされるという経験はだれでも必ずします。


ここで大切なのは、それにいつまでもこだわっていない、ということです。
むしろ、あの閉ざされた扉の向こう側にあったものは自分のためのものではなかったのだときっぱりあきらめ、次の道を探ることです。そうすれば、別の扉が開かれます。
そして後になって振り返ったとき、それまで起った出来事の一つひとつの点と点が結びついて線になって、意味がわかるようになるときが必ずやってきます。「ああ、あれで良かったんだ」と。


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ユーレカ!

2018.08.03日

「ユーレカ!」(ギリシャ語 εὕρηκα [ウレーカ] 英語表記 Eureka [ユーーカ])とは、日本語で「わかった!」「そうだったんだ!」「これだ!」「やったー!」のような意味です。
何か新しいことを発見したり、今までわからなかったことが急に閃いて解決できた時などに使い、英語の “Aha!” (アッー!)に当たります。(太字の部分を強く発音します)


昨日の記事を書いた直後にふとこの言葉が頭に浮かんできました。
一昨夜教えていた高3生、そして夕方ちょっと教えた小学1年生と、夜にやはりちょこっと教えた中3生が「そうか!」と、見せてくれた笑顔を思い出したからです。


「ユーレカ!」の由来をWikipediaから一部引用します。
数学でおそらく誰でも一度は耳にする「アルキメデスの原理」で有名な古代ギリシャの数学者アルキメデス(紀元前3C)の逸話です。


"Eureka!"という感嘆詞は、古代ギリシャの学者アルキメデスに帰するものである。伝えられるところでは、彼が風呂に入ったとき、浴槽に入ると水位が上昇することに気づき、上昇した分の体積は彼の体の水中に入った部分の体積に等しいとわかり、"Eureka! Eureka!"と2回叫んだという。彼は形状の複雑な物体の体積を正確に量るという困難な問題を解決できたと理解し、浴槽から飛び出して、裸のままシラクサの街を駆け抜け、この発見を共有しようとしたと伝えられている。


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アルキメデスの洞察は、ヒエロン2世によって提起された、形状の複雑な金でできた誓いの王冠(英語版)の純度を計測するという問題の解決につながった。ヒエロン2世は金細工職人に王冠の材料として純金を渡したが、金細工職人が金の量を減らして同じ重さの銀を加えたのではないかと疑っていたのである。物質の重さを高い精度で比較するための器材は既に存在していた。これに体積を量ることができれば、密度が計算でき、金の密度は銀の約2倍もあり、標準温度・圧力において大きな値であるため、銀が混ざっていれば密度が低くなるのでそれがわかる。


やっぱり頭のいい人というか、天才の考えることは違いますねぇー!
凡人は風呂に入って湯船から湯が溢れるのを見ても当たり前のことと思って、別に何も感じない。
そして、「ユーレカ!」と叫ぶや否や、風呂から飛び出して裸のまま街の中を駆け抜けた、というところがいかにも天才(笑)。


私たちの生活の周りにはこのような思わぬ発見につながるものがいっぱい隠されています。
アルキメデスのような天才的発見でなくても、日々の人間関係において、また学生であれば勉強で、大人であれば料理や家事や仕事など、至るところにこの "Eureka!", “Aha!”, 「そうだったんだ!」が潜んでいます。
私はこの体験をするのが大好きで、毎日大小様々な発見をして楽しんでいます。それを教えている生徒や、またこのブログの読者の方に分かち合いたいというのが私の一番の願いです。


2年前の並行記事、「Aha!体験」にも面白い発見・気づきがあります。ぜひ併せてお読みください。


あっ、そうそう大切なことを今、思い出しました。
昨日、眼科に再び行ってきました。
前回の診察時検査してもらった結果、ウイルス性急性(流行性角)結膜炎は陰性だったのですが、3日目にそれまで大丈夫だった左目まで真っ赤に充血し始めたので、きっと右目のがうつったのだろうと思っていたら、やはりそうでした。いわゆる「はやり目」です。
ウイルスは細菌よりも小さく目に見えない微生物で、自分で生きることはできません。
ヒトや動物の細胞内に侵入して、その細胞を自分の住みやすいように変えて住み着きます。ウイルスの住み着いた細胞はやがて衰え、死んでしまい、病気になります。
しかし、ウイルスに対するヒトや動物の抵抗力が強いときは、ウイルスは活動することができないので病気になりません。
つまり、体力や免疫力が衰えているときにウイルスに侵されるのです。
今回、ものもらい(細菌性でウイルス性ではない)とはやり目の記事を書いたところ、何人もの方が同時期に同じ病を発症していらっしゃいました。
じつはこの夏の暑い時期に両者とも発症しやすく、直接の接触により伝染するのがはやり目です。
細菌やウイルスはどこにでもいます。身体の抵抗力をつけておくことと目を清潔に保つことが大切です。
皆さんもどうぞお気をつけくださいね。


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決意を新たに

2018.08.02日
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"Believe you can and you are halfway there."
--Theodore Roosevelt, 26th President of the US
「できると信じなさい。そうすれば半ば成功したようなものです」
--セオドア・ルーズベルト、第26代合衆国大統領


昨日は久しぶりに、と言っても4日ぶりなのですが記事「弱り目に祟り目」を書いて、ここ数日お休みをしていたわけを皆さんにお知らせしました。
お休みしている間に、また昨日の記事をご覧になって、大勢の方々が心配して励ましのお言葉やお祈りのお言葉をお贈りくださり、心より感謝いたします。


お陰さまで昨日は前日よりもずっと良くなりました。
良くなると早速バスでの生徒の送迎や、授業(と言ってもこの夏は高3生の受験英語の指導だけ)が入り急に忙しくなり、そのためウォーキングやお昼寝もできなくなりました(笑)。
元気になって仕事ができるというのは本当にありがたいことで、教えることは「三度の飯よりも好きな」ので、教えているときが一番幸せです。
生徒が今までわからなかったことがわかるようになり、目が輝き顔がパッと明るくなる瞬間、これが私にとって最高に幸せなときです。
昨日は夕方、小学1年生にもちょっと教える機会があったのですが、この瞬間を見ることができ、ダブルで幸せでした。


でも、私はいつもこうして教えることや仕事をすること、人を喜ばせることに夢中になって、ついつい食事や運動、睡眠・休息などを疎かにしてしまうため、体調を崩してしまう傾向があり、そこが私の一番弱いところです。


今回のことをきっかけに健康寿命を少しでも伸ばすため、これからは生活習慣を見直して改めようと、いつものことですがまた決意を新たにしています。
ルーズベルト大統領も言っているように、
「できると信じなさい。そうすれば半ば成功したようなものです」
ですから。


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弱り目に祟り目

2018.08.01日
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「弱り目に祟り目」
困っているときに、さらに災難が重なること。不運が重なることのたとえ。
泣き面(つら)に蜂。踏んだり蹴ったり。ダブルパンチ。一難去ってまた一難。
<例文>「会社をクビになった日に財布を落とし、帰宅したら家が全焼していた。これが弱り目に祟り目ということか」

(故事ことわざ辞典より)


去る16日、「迷惑なものもらいました」に書きましたが、その前日ものもらいになりました。
5日ほどでほぼ良くなり、もう大丈夫と思っていたら翌週23日になると目が痛み始め、真っ赤に充血したので慌ててかかりつけの眼科医に行きました。検査の結果ウイルスは発見されませんでしたが急性結膜炎と診断されました。ただウイルスの潜伏期間という可能性もあるので、家族にうつさないよう注意するようにと言われ、新しい目薬を処方されました。


ところが、一昨日29日の朝になると両目とも充血して真っ赤になり、まぶたがまた腫れ始めました。
涙と目ヤニでつねにうるうるしていてものがはっきり見えません。
目を休ませるためしばらくパソコン・スマホを触らずブログもお休みしていました。


さらにこの間、繊維筋痛症の腰痛も悪化し、ベッドの上に横になっていても腰が痛い。
しばらくウォーキングも頑張っていたのに、またまたストップしてしまいました。


昨日あたりからようやく目の腫れも少し引いてきて、まだ不自由はあるものの一応普通に生活できるようになってきました。
ブログを数日お休みしていたのでご心配くださった方々がメールで様子を尋ねてきて、お祈りくださったお陰でここまで快復することができました。お礼申し上げます。


まさに「弱り目に祟り目」でしたが、私のこの程度の痛みや苦しみなど本当に無きに等しきものです。それでも妻を始め何人かの方が、次から次へと病気が続くので、まるで旧約聖書に登場するヨブのようですね、と言ってくださり、それがきっかけでもう一度ヨブ記を読み直しました。
もともとヨブ記は聖書の中で私がもっとも苦手とする書で、ヨブの痛み・苦しみ・悶えと延々と続く重い調子の論争を読むたびに気が滅入ってくるのですが、今回改めて読み直して別の観点から見なおすことができました。


そして、8月19日の教会での礼拝説教を「ヨブの試練」というテーマで準備するよう導かれました。
目をしばらく使えなくてベッドの上で目をつむりながら瞑想し、だいたいのアウトラインができあがりました。
試練をも益に変えてくださる神様に感謝しています。
あと1週間もしないで完治するのではないかと期待しています。


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