学院長元気の出るブログ

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思考を変えると、世界が変わる

2018.02.19日

"Change your thoughts and you change your world."
--Norman Vincent Peale – 1898-1993, Minister and Author
「あなたの思考を変えなさい。そうすればあなたの世界が変わります」
--ノーマン・ヴィンセント・ピール、牧師・作家
(訳 舟田譲二)


FacebookフレンドのShalohm Ghaley(シャローム・ゲイリー)さんが次のようなお話をシェアしてくださいました。


一人の王様に男の召使いがいました。
この召使いはいつも王様に言っていました。「王様、神様のなさることはいつも完璧で、間違いは絶対におかされません。ですから、どんなことがあっても気落ちなさらないでください」


ある日、王様と召使いは猟に出かけました。そのとき一頭の野獣が王様に襲いかかってきました。召使いは何とか野獣を殺すことはできましたが、王様の指が野獣に食いちぎられるのを防ぐことはできませんでした。


王様は召使いが命を守ってくれたことに対する感謝の気持ちを示すどころか烈火のごとく怒り、言いました。
「もし神が善いお方であるなら、私は野獣に襲われることもなかっただろうし、指を失うこともなかっただろう!」


召使いは王に答えました。
「これらすべての不運な出来事にもかかわらず、神様は善きお方で、そのなさることに絶対に間違いはない、常に完璧だとしか申し上げることができません」
怒りに狂った王は召使いを捕えるよう命じました。
牢に入れられることになった召使いは再び王に言いました。神は善きお方で、 そのなさることは常に完璧です、と。


またある日、王様は一人で猟に出かけましたが、そのとき人を犠牲に捧げる野蛮人に捕らえられました。
祭壇の上で、野蛮人たちは王の指が欠けていることに気づきました。そのため神々に捧げるのに、王は傷物で完璧でないということで放免されました。


宮殿に戻ってきた王は召使いを釈放するよう命じ、召使いに言いました。
「友よ。神は本当に私に対して善きお方であった。私はあと一歩のところで殺されるところだったが、指が欠けていたおかげで放免された。しかし、一つ聞きたいことがある。もし神が本当にそれほど善きお方であるなら、なぜ私がお前を牢に入れるのを神は許されたのだ?」
召使いは答えました。
「王様。もし私が牢に入れられていなかったら私はきっと王様とご一緒に狩りに出かけていたことでしょう。そうしたら、私には欠けた指がないので私が犠牲の捧げものにされていました。神様のなさることは常に完璧なのです。神様に間違いは決してありません」


すべての出来事には目的があるということを忘れて、私たちはしばしば人生について、また私たちの身に起こる不幸な出来事について不平を言います。
あなたが今、私のこのメッセージを読んでいることの理由も神様はご存じです。どうかこのメッセージをだれか知り合いの方にシェアしてその方を祝福してあげてください。
神様は善きお方で、なさることは常に完璧だからです!


皆さん、一つの良い態度はあなたの人生に対する姿勢を決定します。自分の人生や経歴、職業、家庭生活などを見るとき、あなたは何と言いますか?神様に感謝しますか?サタン(悪魔)を非難しますか?神様に対して正しい態度を取っていると、神様はあなたのために動いてくださいます。


今ここで座して次のように言ってみましょう。
「ぐっすり眠ることができたことを感謝します。いろんな可能性が与えられて生かされていることを感謝します。住むところが与えられていることを感謝します。仕事が与えられていることを感謝します。家族や友人が与えられていることを感謝します。そして何よりも私の人生に神様が与えられていることを感謝します」
他の人が栄えていても嫉妬することなく、神様の恵みに感謝しましょう。なぜならその人たちがどんな辛いところや試練、苦しみを通って現在に至ったかあなたには分からないからです。ですから、自分に与えられているものを覚えて神様に感謝しましょう。
神様がいらっしゃるとわずかなものは豊かになります。神様の恵みの中ですべては益になります。もし神様があなたとご一緒にいらっしゃると感じるなら、このメッセージで誰かの人生に触れてあげてください。
「神、もし我らの味方なれば誰か我らに敵せんや」
神様はあなたが何かで苦しんだこともご覧になっていらっしゃいます。そして、おっしゃいます、「もう終わったんだよ」と。祝福があなたを待ち受けています。

(訳 舟田譲二)


「人間万事塞翁が馬」という有名な話があります。
「国境の近くにあった塞(とりで)の近くに住んでいた翁(老人)は、何よりも自分の馬をかわいがっていた。
その馬は、周りからも評判が立つほどの駿馬だったが、ある日突然、蜂に刺された拍子に飛び出してしまう。
一向に帰ってこない馬の様子に、周りからは翁に同情するほどだったが、翁は『これがきっかけで何かいいことが起こるかも知れない』とだけ言って、我慢強く待ち続けた。
すると、どうだろうか。しばらくして、その馬が別の白い馬を連れ帰ってきたのだ。
しかも、その白馬も負けず劣らずの優駿で、周りの者は口々に何と幸運なことかと囃(はや)し立てたが、翁は『これがきっかけで、別の悪いことが起こるかもしれない』と自分を戒め、決して喜ばなかった。
それから、かわいがっていた息子がその白馬から落ちて、片足を挫いてしまった。
周りはまた同じように慰めの言葉を掛けたが、翁はまた同様に『いいことの前兆かも知れない』と告げる。
それからしばらくして、隣国との戦争が勃発した。若い男は皆、戦争に借り出されて戦死した。
しかし息子は怪我していたため、徴兵されず命拾いした。そして、戦争も終わり、翁は息子たちと一緒に末永く幸せに暮らした」
 


一見、冒頭の話と似ているように思われますが、大きな違いがひとつあります。
それは、「人間万事塞翁が馬」には歴史を支配される絶対者の存在がなく、いつ、どこで、何が起こってどうなるか分からないという、ある意味成り行き任せなであること。
それに対して、冒頭の話には「善にして善をなし給う愛の神が、すべてのことを相働かせて私たちのために最善をなしてくださる」という大きな大前提がある、ということです。
どちらを信じようが自由です。もちろん、どちらを信じなくても勝手です。


6年前に知り合ったみづきちゃんという24歳の子がラスベガスで交通事故に遭い天に召されました。
ご両親の心痛を思うと胸が張り裂けそうでした。
でも、その後お母さんは信仰に導かれて人生がすっかり変わり、やがて天国でお嬢さんに再会できる日を心待ちにして日々お幸せに暮らせるようになりました。今もお母さんとはよくメールでやり取りしていますが、こちらのほうが励まされるほどです。
ノーマン・ヴィンセント・ピールがいうように、
「思考を変えると、あなたの世界は変わります」。


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