学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
読む人に元気を注入します。

ジョージ学院長 元気の出るブログ

ブログに関するご意見・ご感想は、こちらのフォームからお気軽にどうぞ

私もこういう生き方をしたい!

2017.05.29日

長年の喉の酷使で1年ほど前から声が出なくなり、それまで教えていたすべてのクラスから降りました。その経緯を書いたのが「三度の飯よりも好きな...」の記事です。
「三度の飯とは比べものにならないぐらい好きなもの、それは教えること」と書いたのですが、その中で引用したのは宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の有名な詩です。
それほど詳しく知っていたわけではないのですが、宮沢賢治の生き方や考え方にとても共感を覚え、いわゆる「波長が合う」ので、「宮沢賢治のような素朴な生き方がしたい」と書きました。


昨夜、親しくさせていただいているFBフレンドで、これまで何度もこのブログに登場していただいているひかりさんから次のようなメールが届きました。
私は読んでいて胸が高鳴り、この感動を是非ともひとりでも多くの人にシェアしたいと思い、ひかりさんにその旨お伝えしてご了解をいただきましたので、以下に原文のまま引用させていただくことにします。


宮沢賢治の「雨ニモマケズ」という詩のモデルになったと言われている、斎藤宗次郎さんという方をご存知ですか?既にご存知かもしれませんが、少しネットから引用して紹介させて頂きます。
私はこの斎藤宗次郎さんの生き様に感銘を受け、私もこういう生き方をしたい!と心から願いました。


「雨にも負けず」


雨にも負けず 風にも負けず
雪にも 夏の暑さにも負けぬ
丈夫な体をもち
慾はなく 決して怒らず
いつも 静かに笑っている
一日に 玄米四合と 味噌と
少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく 見聞きし 分かり
そして 忘れず
野原の 松の林の 陰の
小さな 萱ぶきの 小屋にいて
東に病気の子供あれば
行って 看病してやり
西に疲れた母あれば
行って その稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行って 怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があれば、
つまらないから やめろと言い
日照りの時は 涙を流し
寒さの夏は おろおろ歩き
みんなに 木偶坊(でくのぼう)と呼ばれ
褒(ほ)められもせず 苦にもされず
そういうものに 私はなりたい


この宮沢賢治の「雨にも負けず・・・」の詩には、実際のモデルがいたことをご存知でしょうか。この詩には色々な解釈がなされ、法華経の“常不軽菩薩(じょうふぎょうぼさつ)”の精神を表している、とも言われていますが、それでもひとりのクリスチャンの影響があったようです。


そのモデルの名前は斎藤宗次郎といい、1877年に岩手県の花巻に禅宗の寺の三男として生まれました。小学校の教師になりますが内村鑑三の影響を受けてクリスチャンとなります。


当時は、キリスト教が「耶蘇(やそ)教」などと呼ばれ迫害をされるような時代でした。親からは勘当され、教師の職は失い、町を歩いていれば「ヤソ」と嘲られ石を投げられました。家のガラスが割られたり、家を壊されたこともあったそうです。大衆の迫害はエスカレートしていき9歳の長女にまでおよび、「ヤソの子供」とばかにされお腹を蹴られ、腹膜炎を起こして亡くなってしまいました。その娘の愛子ちゃんは亡くなる時、賛美歌を歌ってほしいといい、彼が賛美歌を歌うと「神は愛なり」と書いて天に召されたそうです。


彼はそのような失意のどん底にあっても「御心がなりますように」とくじけることなく神様を信じ、神様に従い続けました。普通なら迫害のない別の土地へ移るところですが、宗一郎はむしろ、その土地の人々に神様の愛をもって仕えることを選びました。朝は3時に起きて牛乳や新聞の配達をし、迫害をする人たちのために祈り、福音を伝えたのです。10メートル歩いては神様に祈り、10メートル歩いては神様に感謝を捧げたという話はあまりにも有名です。


彼はそれこそ、雨の日も、風の日も、雪の寒さの中でも休むことなく働き、仕事の合間に病人を見舞い、励まし、祈りました。「でくのぼう」と言われながら最後まで愛を貫き通したのです。


そんな斎藤宗次郎は1926年に内村鑑三に招かれて東京へ引っ越すことになりました。花巻の地を離れる日、誰も見送りに来てくれないだろうと思って駅に行くと、そこには身動きがとれないほど大勢の人々であふれていました。なんと町長をはじめ学校の教師に生徒たち、迫害をしていた町の人たちが見送りに集まっていたのでした。彼の行いを通して神様の栄光が現され、町の人々の中で実を結んだのでした。そして、その群集のひとりに宮沢賢治がいて、「そういうものに、わたしは、なりたい」と書いた、とされています。


まさに、この斎藤宗次郎というひとはキリストの同労者として生きたのです。


ひかりさんが送ってきてくださった上の文章を読みながら、私は感動でしびれました。
「私もこういう生き方をしたい!」
とおっしゃるひかりさんと私もまったく同じです。


皆さんはいかがですか?


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスできます。


↓ブログランキングに参加しています。
記事がお気に召しましたら、下のバナーをクリックして応援していただければ感謝です。


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ