学院長元気の出るブログ

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◯◯しない勇気

2017.04.13日

「勇気」と言うと、何かをする勇気、行動を起こす勇気、と普通私たちは考えます。
ちなみに、このブログのページの左上コーナーにある「エントリー検索」に「勇気」と入力すると、数十の記事が出てきます。その記事のほとんどが「◯◯する勇気」について語っています。
私自身はそれほど勇気のある人間ではなく、勇気のある人を見ると羨望の念を抱きます。そのようなところから、自分自身に対するメッセージとしてこれらの記事を書いたのではないかと思います。


しかし、昨日、ある出来事をとおして「◯◯しない勇気」について思いを馳せることになりました。
もっと厳密に言うと、「◯◯しないことを選択する勇気」です。
「◯◯しない」のは勇気のないことのように思われますが、ときには「◯◯しないことを選択する」のは立派な勇気です。


たとえば、「一気飲み」です。
周りの者にあおられて一気飲みして急性アルコール中毒になって死亡する人がいます。
また、阪神タイガース優勝の際のファンの道頓堀ダイブなどもその例です。
これらは極端な例ですが、身の回りにも同様の「◯◯しない」勇気はいくらでもあります。


担任の先生からいじめを受けて自殺した中学生が出たのはまだつい最近の出来事です。
このようなケースは枚挙にいとまありません。
とくに体育会系の部活でのしごきや顧問の体罰等々。
また、クラス内でのいじめによる自殺も後を絶ちません。


自殺する勇気があるなら、学校に行かない勇気、部活をやめる勇気を発揮して欲しいものです。
いじめがあるにもかかわらず我慢して学校に行き続ける、体罰を受けながらも部活をやめないで、最後には追いつめられて自殺するぐらいなら、学校や部活をやめ、友達との縁を切る、こちらの方がよっぽど立派な勇気です。
たんに勉強をさせ試験で点数を取らせて進学させることが教育の本来の目的ではないはずです。むしろ、生きる力を養うことこそ教育の真の目的だと思うのです。


また、親も子どものおかしな様子に気づいたら、学校に行くことを無理強いするよりは、学校に行かせない勇気の決断が求められます。
子どもの人生、命を犠牲にしての学校や部活などなんの意味もありません。
(去る2月の記事「いじめの問題」もご参照ください)


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