学院長元気の出るブログ

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ひび割れつぼの話

2017.02.06日

とっても素敵なお話に巡り合いました。
FacebookフレンドのMasumi HughesさんがDaniel Matsushitaさんのタイムラインからシェアしてくださったものです。再シェアさせていただきます。


【ひび割れつぼの話】
インドのある水運び人は2つのつぼをもっていました。その2つを天秤棒の左右につけて肩にかけ、ご主人のために毎日水を運んでいました。片方のつぼには、ひび割れがあったので、いつも水が半分こぼれていました。もう片方のつぼは完璧で、自分は役目を十分果たしていると満足していました。


ひび割れつぼは、自分のひび割れを情けなく思い、いつもみじめな気持ちになりました。2年が経ち、ひび割れつぼは、とうとう水運び人に言いました。「私は自分が恥ずかしい。私にはひび割れがあって毎日水が半分こぼれ、あなたの役に半分しかたっていない。それがとても辛いんです」  
それを聞いて水運び人は、ひび割れつぼに優しく言いました。「今度歩く時に、道端の花をよく見てごらん」


そう言われて、次の日、ひび割れつぼは、毎日通る道に美しい花が咲いていることに気づきました。美しい花を見て、少し元気になった気がしましたが、ご主人の家に着いたときには、やはり水は半分しか残っていませんでした。


「やはり私は役に立たないつぼだ。ごめんなさい」
すると水運び人はこう言ったのです。
「気がつかなかったかい? 道端の花は君の側にしか咲いていなかっただろう。僕は君のひび割れを知ってから、君の通る道に花の種をまいておいたんだ。毎日そこを通るたびに君は種に水をやり、花を育ててきたんだよ。僕は毎日その花を切り、ご主人の食卓に飾ってきた。君のおかげでご主人は、きれいな花を眺めながら 食事を楽しむことができるんだよ」


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この話はいろいろなことを教えています。


私たちはとかく自分の欠けているところに目が行き、情けない気持ちになったり、申し訳なく思ったり、自分は役立たずだと自分を責めたりしてしまいやすいものです。
しかし、自分の気がつかないところで、私たちの「欠け」そのものが、ほかの人やものの役に立っていたりするのです。


上の話の中では、もう一方のつぼは完璧だったとあります。
「自分は役目を十分果たしていると満足していました」とあり、確かに水漏れもなく役割は完璧に果たしていたかもしれませんが、「満足していた」とあるように、ひょっとしたらそれは自己満足だったのかもしれません。


私たちから見て才色兼備で「完璧」に見える人がときどきいますが、そもそも完璧などと言える人はひとりとしていません。
むしろこの世の中は、一人ひとりみんな異なるギフト(賜物、才能、特徴)が与えられていて、それらに優劣をつけることなどできません。


私たちは与えられているそれぞれのギフトを最大限に活かすことによって、互いを助け合い、補い合って役割を果たし、社会全体として機能するようになっている、と私はいつも思うのです。
ですから、自己満足して高慢になることも間違っていれば、また自分の劣っている面を見て自己卑下することも同様に間違っています。


この物語を読みながら私はこんなことをを考えていました。


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