学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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語学は不要になる?

2016.09.30日

昨日、NHK NEWS WEB の「語学は不要になる?自動翻訳最前線」という記事が目に留まりました。私の専門とする言語学の分野です。


「考え得ることは...」という7年前の記事の中に書いた、私がアメリカに留学していた40年余り前の自動翻訳の力量は次のようなものでした。
“It’s one thirty.”  「それは1と30だ」 (「1時30分です」)
“Time flies like an arrow.”  「時ハエは矢が好きだ」 (「光陰矢のごとし」)


今、手元にある1973年発行の『概説言語学』(ノウエル・ミニス編 三省堂)の VI「言語学と文学」(ジョージ・スタイナー著)の章には次のようにあります。
「たとえ最も複雑なコンピューターであろうとも、人間の言語行使能力と実際的言語運用とにたいして真の光をあてるには、あまりにも甚だしく初歩的であり、あまりにも甚だしく図式的である。とりわけ意味と含蓄の決定にかんしては、人間の脳のなかの10の14乗の電気化学細胞と神経細胞接合点が一挙に作動するのであって、そのさいの速度・そのさいの精妙な選択の水準たるや、機械的計算などは、まったく及ぶべくもないと、わたしは思うのである。またわたしは、機械翻訳の潜在能力についても、懐疑的である。この点にかんしては、広範な混乱がみられる。特定の巨大な語彙集ならば、たしかにつくることはできる。この種の語彙集なら、たしかに、化学や高額の文献を翻訳するという労多い過程を劇的にスピード・アップできるかもしれない。しかし、このような電気仕掛けの語彙集などは、どれほど洗練されようとも、たかだか超辞書にすぎず、人間の行う翻訳の手引きになるものにすぎない。こういうものは、一群の通常原語の素材を対応する一群の言語に、いかなる真の意味においても、翻訳などできるものではない」(同上p.168-169) 
この訳文自体がまるで機械翻訳したような感じです(笑)


AN INTRODUCTION TO HISTORICAL AND COMPARATIVE LINGUISTICS (Raimo Antilla, MacMillan, 1970) p.370 、An Introduction to Descriptive Linguistics (H.A.Gleason, Holt Rinehart Winston, 1961) p.205-207 にも機械翻訳について同様の懐疑的な見解が述べられています。


当然のことです。今から40〜50年前には絵を描いたり、小説を書いたりするAI(人工知能)など想像もつかなかったからです。
しかし、今や2020年の東京オリンピックを目標に、スマホで使える自動翻訳の実用化を目指しているというのです。
そのアプリはこんな感じです。


translator.jpg


「難解な日本語もスラスラ翻訳」と書かれていますが、こんなのはAIの力を借りずともいとも簡単に翻訳できます。語彙も文法も非常に単純だからです。
本当に難しいのは、主語がなかったり、主語と述語が一致していない、次のような日本語特有の非文法的な文章です。
「二人が向かった先は地元で有名なスーパーに足を踏み入れた」
(『リアル鬼ごっこ』(文芸社)  p.137)
日本人ならごく普通に日常使っている文で、私たちは暗黙の了解で理解していますが、このような非論理的な文章は機械には理解不能です。


今回の記事を書いた記者は結論として次のように書いています。
「ただ、食べればあらゆる言語を自動翻訳してくれるドラえもんの“ほんやくコンニャク”のような、ひみつ道具の域に達するのはまだまだ先になりそうです。語学をしっかりと学び直そうと決意を新たにした取材になりました」


そう、今年の春「ほんやくコンニャク」にも書いたとおり、語学はやっぱり勉強しなければならないのです。たとえ機械翻訳ができるようになったとしても。


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幸運の女神は用意された人にのみ訪れる

2016.09.29日

昨日の記事、「Aha!体験」がふたりの人の人生を大きく変えました。


「人生は、自分が主役を演ずるドラマだと思う。では、だれがそのシナリオを書くのか。成長するまでは親にゆだねられるのが普通だが、大人になったら、自分自身で書き下ろしてほしい。自分の人生は自分で決めるのが原則であり、シナリオは人生の戦略なのだから」


9月7日、東京都文京区の東京大学安田講堂で開かれた「ノーベル賞受賞者を囲むフォーラム 次世代へのメッセージ」で江崎玲於奈・横浜薬科大学学長(1973年物理学賞)が冒頭で語った言葉です。
私も過去に「あなたが人生の主人公」などを始め、このブログで似たようなことを何度か書いてきましたが、まことに江崎玲於奈さんのおっしゃるとおりだと思います。


江崎玲於奈さんは続いてこのように述べていらっしゃいます。
「自分にはどんな才能があるのか、何を得意にしているのか、人生で何をなすべきなのか、天職はあるのか。これらの質問に対して、できるだけ的確な答えを得ること、そして、自分の才能を最大限に発揮できるようなシナリオを書く力を身に付けること、それが教育を受ける最大の目的だと知ってほしい。あとは、シナリオ通りの役を演じられるように努力することが大切だ。努力を続けていれば、きっと幸運の女神がほほ笑んでくれるだろう」


「幸運の女神は用意された人にのみ訪れる」
とフランスの生化学者、細菌学者であるルイ・パスツールも言っています(「幸運の女神に微笑んでもらうために」)。
棚からぼたもちは落ちてきません。


江崎玲於奈さんの人生を変えた「Aha!体験」は次のようなものでした。
「米国を講演旅行で回っているとき、有名なベル研究所の入り口に、電話を発明したグラハム・ベルの胸像があった。そこには『時には踏みならされた道をはずれて、森の中へ入ってみなさい。きっと見たことのない新しいものを見いだすに違いない』という言葉が刻まれていた。私は森へ踏み出す決心をした。自分のドラマの舞台を日本から米国へ移したのだ」


フォーラムで江崎さんと一緒に基調講演を行った山中伸弥・京都大学iPS細胞研究所長(2012年生理学・医学賞)も同じように「Aha!体験」をしていらっしゃいます。
「31歳で米国サンフランシスコにあるグラッドストーン研究所に留学した。この時に二つの大切なものに出会った。一つは、研究者として成功する秘訣ひけつだと、研究所長から教えてもらった『VW』という言葉だ。Vision(ビジョン)&Hard Work(ハードワーク)の頭文字をとっている。自分の目標を明確に持ち、一生懸命努力しなさいという教えだ。二つ目は、ネズミの受精卵から作られたES細胞(胚性幹細胞)だ。ES細胞は、ほぼ無限に増え、脳や心臓など色々な細胞に変わることができる。帰国後の1998年には、米国の研究者が人間のES細胞を作ったという論文を発表した。論文を初めて読んだ時、私はジャンプして喜んだのを覚えている。治療法がない多くの患者をES細胞で救えると思ったからだ」
(以上、9月27日付読売新聞 23面「新しい科学者像 ノーベル賞受賞者を囲むフォーラム」より)


あなたの「Aha!体験」はなんですか?
もしまだ経験していらっしゃらなかったら、目を見開き、耳をそばだて、自分が経験するあらゆることの背後に潜んでいる「Aha!体験」を待っていてください。
「幸運の女神は用意された人にのみ訪れる」からです。


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Aha!体験

2016.09.28日

"Aha!"はアメリカでは日常よく使われる表現です。
日本語では、
「あっそうか!」
「なるほど!」
「そうだったんだ!」
「わかった!」
「ガッテン!」
といった感じです。


"Aha!は発音が大事です。
普通に「アハー」と言っていたのでは通じません。
「ア」は弱く、あとの「ハー」はトーンを上げて強く「アッハーっ!」と言います。


「Aha!体験」は人生の中で、また日々の生活の中でもとても大切です。
子どもや学生なら、勉強しているときこの"Aha!"は不可欠です。理屈がわからないまま、ただガムシャラに頭に詰め込んで丸暗記するというのは、一番悪い勉強法です。非効率なばかりでなく、全然身につかず、しばらくするときれいさっぱり忘れてしまいますし、将来的にも役に立たない。意味もわからずに丸暗記しているので、勉強がつまらなくなり、さらに嫌いにさえなってしまいます。
逆に「Aha!体験」をすると、勉強が楽しくなりますし、学んだことが生活の中で生かされるようになります。


人生の中でパズルのように見える不可解なことも、点と点がつながって線のようになり、意味がわかるようになります。そうすると、人生が開けて明るくなり、毎日の生活も楽しくなってきます。


さまざまな人間関係においても、「Aha!体験」があると人の考えや気持ち、行動が理解できるようになります。
また、自分の考え・感情・行動も客観的に判断することができるようになります。


2週間ほど前に、そのタイトルに惹かれてネットで注文した You Don't Have to Be Sick to Get Better (『良くなるために病気になる必要はない』)という中古の本が昨日届きました。
著者はMicheal Josephson(マイケル・ジョゼフソン)という私の大好きな作家です。
これまでにもこのブログで彼の名言をたびたび引用しています。
表紙のカバーには$1.99とありますが、売価は$7.11、送料込みで$15.09と約7.6倍にもなり、140ページ少しの薄い本なのに結構高い買い物になりました。でも書評がどれもとても良かったので思い切って注文しました。
届いた包みを開けると、昔アメリカの古書店でよく嗅いだ懐かしい臭いがプーンとしてきました。


josephson.JPG


早速読み始めましたが、期待にたがわず示唆に富む深い内容が満載で、1章読むごとに「Aha!体験」をしています。
その中のひとつの例話を下にご紹介します。


ふたりの男が旅に出、一生懸命働いた結果、金200個を集めることができた。
家路につこうとしていたとき、ひとりが重い病に倒れた。
臨終の床で彼は友に言った。
「お前の望むだけ妻に金をやってくれ」


村に戻るとその友は亡くなった男の家を訪ね、妻に彼の死を告げるとともに金1個を与えた。
妻はそれに抗議したが、彼は言った。
「私はただあなたのご主人の遺言を実行したまでです」
妻は夫の考えていたことが理解できなかったが、夫は頭の良い、誠実な人物だと信じていたので、村の裁判官のところに行こうと言った。
裁判官は厳格に法律を守る人だという評判を聞いていたので、男はその友の妻と一緒に裁判官のところに行くことにした。
裁判官は男の言い分を聞いた後、妻に金199個を与えるよう男に命じた。


男は抗議して言った。
「友は臨終の床で私に、自分の望むだけ妻にやってくれと言ったのですよ。どうしてその遺言を裁判官は無視できるのですか?」
裁判官は答えた。
「私はその遺言をそのまま判決に反映させた。おまえは明らかに金199個を望んだ。よって、その199個の金こそまさにおまえが彼の妻に与えるべきなのだ」

(訳:舟田譲二)


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続 苦しみや困難な中にある人へ

2016.09.27日

昨日の記事、「苦しみや困難な中にある人へ」の続きです。
Takami Anabukiさんが主宰していらっしゃる音楽教室の発表会でこの歌を歌う女の子も、アシュリンとはすこし違いますがやはりメンタルな面で困難を抱えながら、一生懸命生きている13歳の子だそうです。お母さんと彼女自身でこの歌を選んだ、と聞いてなおさら胸に迫ってくるものがありました。自らのうちにある魂の叫びをこの歌で表そうとしているのでしょうか。


歌を歌っているジェイミー・グレース(25歳)自身もトゥレット症候群ですが、15歳のときからYouTubeで自分の歌を発表してきて、19歳のときからレコーディングを始めています。
彼女は自分の苦しい体験を綴って歌詞にし、魂を込めて歌っているので、同じような苦しみや困難な中にある人を勇気づける力があるのだと思います。



Seven bucks an hour
時給3ドル
Bills stacked on the counter
紙幣がカウンターの上に積まれてる
Got a baby on the way, they'll have to feed
赤ん坊がもうすぐ生まれてくる
子どもたちを養わなければならない
His pride is gettin' torn down
彼のプライドはボロボロだ
His confidence is worn out
自信はもう擦り切れた
This ain't the way he dreamed that it would be
こんなはずじゃなかった


But he won't ever ask why
でも彼はその理由を絶対に尋ねない
'Cause he's made up his mind
決心したからだ


He's a fighter, got that fire
彼はファイターだ あの火を持っている
When they thought he'd fade away
彼はきっと消え失せるとみんなが思ったとき
Throws a fist up, as he gets up
拳を振り上げ 立ち上がり
Feelin' stronger everyday
日ごとに強くなっていくのを感じながら
When he gets down on his knees, he finds
The courage to believe
He's a fighter, he's a fighter
ひざまずくとき 自分はファイターだ、自分はファイターだ信じる勇気が湧いてくる
Who inspires me
彼は私に勇気をくれる


She's got no time for make-up
化粧する時間なんてない
When she's got three boys to wake up
3人の子どもを起こさなければならない
Never thought she'd have to raise them on her own
自分で子どもたちを育てる羽目になるなんて思ってもみなかった
And some days she feels like cryin'
ときには泣きたくなる
But she's holdin' on, survivin'
でも必死で食らいついて、なんとかやってる
On the love that makes their little house
A home
子どもたちの小さな家を家庭にしてくれる愛に


And she sees it in their eyes
子どもたちの目を見ればわかる
All the reasons why, yeah
その理由が そうだ


She's a fighter, got that fire
彼女はファイターだ あの火を持っている
When you thought she'd fade away
彼女はきっと消え失せるとみんなが思ったとき
Throws a fist up, as she gets up
拳を振り上げ 立ち上がり
Feelin' stronger everyday
日ごとに強くなっていくのを感じながら
When she gets down on her knees,
She finds the courage to believe
She's a fighter, she's a figher
ひざまずくとき、自分はファイターだ、自分はファイターだ信じる勇気が湧いてくる
Who inspires me, oohooo
彼女は私に勇気をくれる オー
She inspires me, yeah
彼女は私に勇気をくれる そうだ


She's been here before
彼女は以前ここにいた
And she's only eight years old
まだ8歳のとき
But she knows the name of every nurse she sees
でも、会う看護師の名前は一人残らずみんな知っている
And though she don't like the chemo
化学療法は嫌いだけど
She waits it out, never losin' hope that
じっと待っている 希望を失わずに
Someday soon she'll be cancer-free
いつか もうすぐガンから自由になれる
She's a fighter, got that fire
彼女はファイターだ あの火を持っている
When they thought she'd fade away
彼女はきっと消え失せるとみんなが思ったとき
Throws a fist up, keeps her head up
拳を振り上げ 頭を上げて
Feelin' stronger everyday
日ごとに強くなっていくのを感じながら
When she gets down on her knees,
ひざまずくとき、
She finds the courage to believe
信じる勇気が湧いてくる
She's a fighter, she's a figher
自分はファイターだ、自分はファイターだ
Who inspires, yeah
彼女は私に勇気をくれる そうだ
He's a fighter, he's a fighter
彼はファイターだ 彼はファイターだ
Who inspires me
私に勇気をくれる
He inspires me
私に勇気をくれる


You're my inspiration, my inspiration, yeah
あなたは私のインスピレーション、インスピレーション そうだ
You're my inspiration, my inspiration, yeah
あなたは私のインスピレーション、インスピレーション そうだ
You are my inspiration, my inspiration, yeah
あなたは私のインスピレーション、インスピレーション そうだ
You're my inspiration, my inspiration, yeah
あなたは私のインスピレーション、インスピレーション そうだ


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苦しみや困難な中にある人へ

2016.09.26日
ashlynn.jpg


私の名前はアシュリンです。
今11歳ですが、8歳の頃からずっとトゥレット症候群で苦しんでいます。まばたきや変な呼吸といったひきつけを起こします。
家族も私も初めのうちはただの癖かなにかだと思っていました。でも、だんだん症状がひどくなってきてようやくトゥレットだとわかりました。というのはお父さんも同じトゥレットだったからです。
じつは正式にトゥレットと診断されたわけではありません。というのは、これがトゥレットだということはみんなわかっているからです。それで両親は私をお医者さんに連れて行って、ただひどくならないようにと、薬を出してもらうことを望んでいないのです。


私がトゥレットだとわかってからわりとすぐに家族は引っ越しました。そしてありがたいことにホームスクーリングで学ぶようになりました。でも、教会は変わらなければなりませんでした。
新しく通い始めた教会の礼拝はすばらしかったです。でも私はきっとパニックするだろうとおそれていました。私がひきつけを起こしているのを、だれかがじっと見ていました。
その日、家に帰ったときには泣きそうになりました。
教会で洗礼を受けて半年ぐらいするとひきつけはほとんどなくなりました。2年半ほど前のことです。


それから家族はもう一度引っ越しました。そして昨日の晩、私たちはジェイミー・グレースのキャンプコンサートに行ってきました。
ジェイミーが自分のひきつけのことを話し始めたとき、私は泣きそうになりました。
ジェイミー・グレースもトゥレットだということを私は知っていました。だからジェイミーのおかげで、私もトゥレットであるということがうんと楽になりました。
ジェイミーが「神様はぜったいに間違ったことはされない」と言ったとき、もう私はその場で泣きたくなってしまいました。
幼稚園の頃からの友達に、何か月か前にトゥレットのことを勇気を出して言いました。
「あなたがトゥレットだからと言って、私はあなたのいい友達だってことに変わりはないわよ」と友達が言ったとき、また泣きたくなりました。


ギターを弾いたり、歌を歌ったりすると気持ちが落ち着きます。
ギターを習い始めて2年ぐらいになります。ギターを弾いていると気持ちよくなって、ひきつけを起こさないことに気づきました。
それからもうひとつ、トゥレットだということで落ち込むこともありますが、人と同じであることよりも人と違うということはもっといいことなんだ、ということがわかるようになりました。
これはトゥレットに限らず、自分が人と違うということで辛い思いをしている人がいたら、ジェイミー・グレースが言っているように、「神様はぜったいに間違ったことはされない」ということを思い出してほしいと思います。人と違うということであなたはもっとすてきな人になっているからです。

(訳:舟田 譲二)


ちょうど二日前、ピアノや歌を教えていらっしゃるFBフレンドのTakami Anabukiさんから、このジェイミー・グレースの"Fighter"という歌の歌詞を翻訳して欲しいと依頼されました。
訳していて魂に迫ってくるものを感じました。
この歌は、苦しみや困難な中にある人が必死で立ち上がろうとしている姿を歌っているもので、同じような境遇にいる人への励ましのメッセージとなっているからです。
これがその歌です。
長くなるので歌詞は明日のブログに載せることにします。



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真の友は永遠に

2016.09.25日
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良い友はお互いを思いやる
親しい友はお互いに理解し合う
しかし真の友は永遠に共にいる
言葉を超え、距離を超え、時を超えて

「最高の英語の名言」より
(訳:舟田 譲二)


このような友を持ちたいものです。
そして、このような真の友になりたいものです。


原文では、"True Friends..."と複数形になっていて、「真の友」を一般化して言っていますが、我々有限の人間が、言葉を超え(すなわち文化を超え)、そして時空を超えて永遠に良き友でいることなど能力的にも物理的にも不可能です。
言葉も時も空間も超えた真の友と言えば、やはりイエス・キリストでしょう。
キリスト教式結婚式や葬儀などで必ずと言っていいほどよく歌われる讃美歌312番は世界中の人に愛されています。その歌詞は:


いつくしみふかき ともなるイエスは
つみ とが うれいを とりさりたもう
こころのなげきを つつまず のべて
などかは おろさぬ おえる おもにを


いつくしみふかき ともなるイエスは
われらのよわきを しりて あわれむ
なやみ かなしみに しずめるときも
いのりに こたえて なぐさめたまわん


いつくしみふかき ともなるイエスは
かわらぬ あいもて みちびきたもう
よの とも われらを すてさるときも
いのりに こたえて いたわりたまわん


感謝します、イエスさま。


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弱き者よ、汝の名は…

2016.09.24日
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「人生の5つの愉快な真理」

1.子どもがひとりできたらあなたは親になる。しかし、ふたりできたらあなたは審判になる。
2.結婚とは、一方がつねに正しく、他の一方はつねに夫であるという関係である。
3.愛はお金で買うことはできない。しかし、愛のためにはお金がたくさんかかる。
4.妻と夫はつねに妥協する。夫は自分が誤っていたと認め、妻は夫に同意する。
5.私たちの話す言葉を母語と言うが、それは父親には話す機会がまったく与えられないからである。

「最高の英語の名言」
(訳:舟田譲二)


アメリカ人特有のユーモア満載「名言」(迷言?)です。
読んでいて吹き出しながら、自分のことに当てはめて考えてみると、これが「当たらずとも遠からず」で、おそらくアメリカ人の夫婦だけでなく、ひょっとしたら日本人にも、あるいはほかの国の夫婦の間にも共通する「真理」なのかな、なんて... (笑) 。


1.は間違いなく真理。子どもがふたりできると、親は間に入って「審判」にならなければなりません。
審判に求められることは、公平であること。どちらに味方しても必ずもう一方からブーイングがきます。


2.夫婦間において「一方がつねに正しく」とはどちらのことか。「他の一方はつねに夫である」からその答えは明白です。
かつてはまったくこの逆だったのですが、男女同権が唱えられるようになってから、むしろ女性の権利の方が優先されるようになって、「老いては子に従え」じゃないですが、男性は「つねに妻に従え」のような雰囲気になってきました。その方が事は丸く収まるからです。
面白いことに、ライオンなど動物の世界においても、一見オスの方が強そうに見えるのですが、実際にはメスが自分の思うようにオスを従えています。


3.は面白い「真理」ですね。確かに愛はお金では買えないけど、たくさんお金がかかる。一般の世界ではきっとそうでしょうね。本物の愛にはお金はかからないのですが。


4.お互いに妥協しないで我を通そうとすると、衝突は不可避で関係は壊れ、離婚ということになります。そして、ほとんどのケース、女性はひとりでも、あるいは子連れでもやっていけるのですが、男性はひとりでやっていけない。そこで「謝る」。これが夫の側の妥協。それに対して、妻の「妥協」とは夫の言うことに同意する。うーん、言い得て妙。


5.一般的に男性は寡黙で、女性はおしゃべり。脳科学的にも、また遺伝子的に見ても女性の方が言語能力が優れているので、自然とそのような形になります。
そこで、家庭内においても母親の意見が通ることが多く、それを英語でも日本語でも自国語のことを「母語」と言うのとかけてるところがミソです。


ハムレットの名セリフ
「弱き者よ、汝の名は女なり」
の現代語訳は、
「弱き者よ、汝の名は男なり」。


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世界に不用の物はない

2016.09.23日
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上の4枚の写真は何だと思いますか?
ピンと来る人がいたらかなりの「通」です。
私はなにかの菌類かと思いました。でも、ハズレ。
一般の私たちにはなじみの薄い「粘菌」(ねんきん)と呼ばれるものなのですが、これがまた実に不思議な生き物。
「動物とも、植物とも、菌類とも、原生生物とも言える曖昧な生物、コスモポリタンで、梅雨時から夏にかけて、森の朽ちた倒木や落ち葉の上などに見つけられる。粘菌変形体は、裸の原形質の巨大な塊で、100gぐらいの原形質が、先端部では数cmから数mのシート状に広がり、後方では、管がネットワーク状に分布している」
と北海道大学電子科学研究所、上田哲男さんが語っています。


かつて昭和天皇もこれをご研究されていたそうです。
そして、この粘菌の研究で世界的に有名だったのは、南方熊楠(みなかたくまぐす)という1867年から1941年に活躍した博物学者、生物学者、民俗学者です。
明治19年に19歳で渡米し大学で動植物を研究し、その後25歳でイギリスに渡り、大英博物館で考古学、人類学、宗教学などの蔵書を読みふけったといいます。


18か国語を自在に操り、独学で世界的な粘菌の研究者となったこの人がすごいことを言っています。
「多くの菌類や黴(かび)菌は、まことにせっかく人の骨折って拵(こしら)えた物を腐らせ、悪(にく)むべきのはなはだしきだが、これらが全くないと物が腐らず、世界が死んだ物で塞がってニッチも三進(さっち)もならず」と続け、害虫も無益のものではないと力説したそうです。
(2016年8月21日付読売新聞 「[名言巡礼]南方熊楠の言葉…世界にまるで不用の物なし」より)


「粘菌は味覚もあり、苦いものは避け、糖とかアミノ酸のような美味いものには寄って行く。嗅覚もある。臭いに対する粘菌の反応とヒトの反応に高い相関があることから、そこに共通のメカニズムがあると想像されるほどだ。その他、重力や電流にも反応する。粘菌には五感が備わっていると言ってよい。動物では特殊化した感覚器官が局在化しているが、粘菌ではこれらの能力が全身にある。一部分を切り取っても、サイズが小さくなるだけで同じように振舞う。粘菌は、全身が感覚器官であり、運動器官であり、情報器官だと言われる」
一見原始的な生物が、感覚受容、判断、行動、“計算”、“記憶”など、脳をもつ動物にも匹敵する高度な情報能力を示すことから、これを応用した「粘菌コンピュータ」なるものまで生まれたのです。


この単細胞生物の真正粘菌が形成する餌の輸送ネットワークを理論的に解明し、都市を結ぶ実際の鉄道網よりも経済性の高いネットワークを形成する理論モデルの構築に成功したそうです。
近年ますます複雑化するネットワーク社会において、経済性および災害リスクなどの観点から最適な都市間ネットワークを設計する手法の確立につながるというではありませんか。


去る7月に相模原市の知的障害者施設で起きた殺傷事件を受けて、一昨日の21日に横浜で全国から1000人が集う追悼集会が開かれました。
参加した方たちが切々と訴えていました。
「容疑者の『障がい者はいらない』という言葉は、私たちに向けられています。私たちは障がい者である前にひとりの人間です」
「障がい者にも輝く人生があります。生まれてよかったと思える社会を作らなくてはいけません」
「障がい者はみんなうまく言葉にできなくても心や頭の中ではちゃんと考えています。このことを社会の人たちにわかってほしいです」


この世の菌類やかび菌、害虫を始めとするあらゆる動植物を指して「世界に不用の物はない」と南方熊楠は語りましたが、人である障がい者ほどこの世において大切な存在のものはありません。
私たちは障がい者と力を合わせて共生社会作りを目指さなければなりません。


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馬がしゃべる?そーんなバカな!

2016.09.22日


「馬がしゃべる?そーんなバカな
馬が歌う?そーんなバカな
ホント。
だけど相手はひとり、ホントに好きな人にだけ
アイ アム ミスター・エド」
というオープニングソング。
1962年から1964年まで放映された日本でも人気のアメリカのホームコメディ。
私のお気に入りの番組で、欠かさず観ていました。


馬が人語を話す。これはドラマの世界。
でも、なんと馬語を話す人がいるのです。
その人の名はモンティ・ロバーツ(現在81歳)。


映画『モンタナの風に抱かれて』(ロバート・レッドフォード主演)のモデルとなった人で、その著『馬と話す男〜サラブレッドの心をつかむ 世界的調教師モンティ・ロバーツの半生』(徳間書店)は多くの人に読まれ、モンティ・ロバーツは日本に講演に来られたこともあります。


モンティは、調教したことのない野生馬をわずか30分で調教し、その背に鞍を乗せて人が乗れるまでにします。
その方法は、従来のような調教師が権威を持って鞭で馬を強制的に従わせるのではなく、馬の目線に立って馬の気持ちを理解し、馬と語り合いながら信頼関係を築き、馬が自分の方からモンティに従いたくなるように導くという画期的な方法です。



モンティ・ロバーツはひと言でズバリ、その調教の秘訣を語っています。
「どんな教師も、その気のない脳みそに知識を押し込むことはできない。教えるという一方的な行為は存在しない。あるのは、学ぶという行為だけだ」と。


学校や塾における教育、また家庭における親の子どもに対する教育において、従来の馬の調教のような脅しや強制、暴力などが日常的に行われていて、それによって生徒・子どもは勉強嫌いになっています。
さらに、教師の部活等における暴力的な指導により自殺・自殺未遂する生徒が全国で後を絶たず、平成に入ってからその数は60件余りに上ると言います。
馬でさえ、馬語を話すモンティ・ロバーツの愛情によって学ぶ姿勢が生まれるのならば、ましてや人間においておやです。


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力を全部出しきる

2016.09.21日
father-child-talking-stone.jpg


小さな少年が田舎道をお父さんと一緒に歩いていました。
とても大きな樹の枝がふたりの前に立ちふさがっているところに出くわしたとき、少年は尋ねました。
「お父さん、あの大きな枝、ぼくにどけることができると思う?」
「もし、お前が力を全部出しきったら、きっとどけることができると思うよ」
そこで少年は力の限りを尽くして大きな枝を持ち上げたり、引っ張ったり、押そうとしましたが、どうしてもどけることができませんでした。
がっかりした息子は言いました。
「お父さん、残念でした。ぼくにはできないよ」
お父さんは言いました。
「もう一度試してごらん」
今回は、枝と格闘している息子に父親は手を貸して、ふたりは一緒に枝をどけることができました。
「おまえは最初、全部の力を出し切らなかったよ。お父さんに助けてと言わなかっただろう」


この話はとても大切なレッスンを教えています。私たちが自分の力だけでできないことはたくさんあります。でも、だからと言って「できない」というわけではありません。私たちの周りには家族や友人や、そして「信仰」など、目標を達成するのに助けとなるさまざまな手立てがあります。私たちはときにプライドや頑固さのゆえに、助けを求めることを怠ります。人の手を借りなければならないというのは弱さのしるしだと思うこともあります。さらに、助けを求めることを考えつかないことすらあります。どのような理由であれ、これは本当にもったいないことです。


私たちが持っている力を使い切ることは大切なことです。この中には自己鍛錬や勇気、そして愛といった自らの内側にあるものが含まれます。しかしそれだけでなく、外側にあるほかの手立ても含まれています。ちょうど私たちがほかの人たちを進んで助けるべきであるように、私たちもほかの人たちに進んで助けを求めるべきなのです。これが人間であることの素晴らしいことのひとつなのです。
マイケル・ジョゼフソン
(訳:舟田 譲二)


自分の力だけでやることが「力を全部出しきってやる」とは限らない。
人の力を借りることも、「力を全部出しきる」ことに含まれる。
なるほど、確かにそのとおりです。
そもそも私たちの持っている力なんてたかだかしれています。
素直に人に助けを求め、力を合わせて一緒にやることも「力を全部出しきる」ことのうちなのですね。


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マヌケ

2016.09.20日

アルゼンチンにある「マルデアホ」という地名を始め、世界中の面白い地名を「まるであほ」という7年前の記事の中でご紹介しました。


昨日、さらに面白い地名をたくさん見つけました。その一部を下にシェアします。
地理の勉強がこんなんだったら、生徒たちはみんな地理大好きになりますよ。


「マダカシラ」
インドの町。岩山に築かれた「マダカシラ要塞」が有名だそうです。この要塞にいたら周りを見回して、「敵はまだかしら?」って感じですね。


アメリカのウィスコンシン州にある町「オナラスカ」。


onaraska.jpg

(学校名が「オナラスカ公立学校」。でも、授業ができなくなると困るので、校内ではもちろんオナラ禁止です、はい)


インドの町「マヌケ」。
別に住人がマヌケというわけではありません。賢い人もいます (^o^)。


アメリカのアイダホ州南西部に位置する都市「ナンパ」。


nampa.jpg

(見た目はのんびりした雰囲気の田舎ですが、危険なので女性は近寄らないでください?)


「シリフケ」はトルコにある町。
えっ、拭いていないんですか?


ドナウ川に面したスロバキアの町「コマールノ」。
うん、ホント困るの〜。


マレーシアのマレー半島先端にある町「パンティ」。


panti.jpg

(霧が立ち込めていて何も見えません。見るな!)


フィリピンの町「イロイロ」。
今の大統領、本当に色々ありますね。


南米スリナムにある村「アフォバッカ」。
アホばっかではありません。


北アフリカにある「キレナイカ地方」。
この地方に住む人たちは「キレナイか?」


タイのリゾート地「サムイ島」。
ホントはメチャクチャ暑いところなのに、「寒い島」とはこれいかに?


トルコのカッパドキア地方にある「カイマクル」。
観光客は土産物を買いまくるので、町はホクホク(笑)。


アメリカ、ミシガン州にある街「ボインシティ」。
紹介されたら急に日本からの観光客が殺到したとか(そんなことあるわけないよ)。


チェコ北東部、ポーランド国境近くにある町「フルチーン」。
ん〜...


インドネシア、バリ島にある有名な観光地「キンタマーニ」。
ちょっとお下品になってしまいました。失礼。


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健康寿命を延ばす

2016.09.19日

老化を抑制する効果が動物実験で明らかになりつつある物質を、人間に経口投与する世界初の臨床研究が、慶応大で始まっている。人間でも効果が確認されれば、老化に伴う病気の予防や治療だけでなく、急速に進む高齢化に伴う医療費や介護費の増加を抑えられる可能性がある。


老化のメカニズム解明は急速に進んでいる。その一つが「サーチュイン」と呼ばれる遺伝子の働きだ。今回の臨床研究に参加する今井眞一郎・米ワシントン大教授(老化学)らが2000年、サーチュインの老化抑制効果を発見した。


臨床研究に使う物質は、サーチュインを活性化する働きを持つ「ニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN=Nicotinamide Mononucleotide)」。もともと体内にある物質だが、NMNを作る量は年齢が上がるにつれて減少する。そこで、NMNを経口投与して、老化を防ぐ効果があるかどうかを確認したい考えだ。


今井教授らによると、NMNをマウスに投与すると、老化で低下した様々な機能が改善し、副作用はないことがわかってきた。米ハーバード大のチームは、生後22か月(人間の年齢で60歳程度)のマウスにNMNを投与し、筋肉の状態が生後6か月(同20歳程度)相当に若返ったと発表している。糖尿病の症状が大幅に改善したとの報告もある。


healthylife.jpg


(9月7日付 読売新聞11面 [解説スペシャル]老化は抑制できるか…「長寿物質」が遺伝子活性化 より一部抜粋)


世界一の急ピッチで進む我が国の高齢化。
医療費の増大と労働人口の減少が続き、このままでは日本の社会は崩壊への一途をたどります。
上のような研究が進み実用化されると老化を抑制し、健康で元気な高齢者が増え、その結果医療費の増大と労働人口の減少といった大問題の解決の一助となるでしょう。


昨日の記事、「未来が見え始めてき」もそうですが、これからはますます遺伝子工学や先端技術、コンピュータが活躍する時代になります。
2020年度から小学校でプログラミング教育が必修化されますが、我々大人もプログラミングの基本を学び、生活の中でそれを応用できるようにならなければなりません。


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未来が見え始めてきた

2016.09.18日

1956年にアメリカの自動車メーカー・GMが1976年の近未来の自動運転を予測して作った映画です。



60年後の今日、ようやくこの自動運転がほぼ実用のレベルにまでなりました。
昨日のNHKスペシャル「自動運転革命」では、各社の世界最先端の自動運転技術を紹介していました。
「いま、世界の産業構造と社会のあり方を変える「自動運転革命」が起きようとしている。IT企業Googleがハンドルもアクセルもない完全自動運転車を発表。これを受け、自動車メーカーは、一気に自動運転車開発へと舵を切り、大競争時代に突入している。自動車大国ドイツは、メルセデス・ベンツがいち早く高速道路での自動運転機能を市販車に搭載するなど、世界をリード。対する日本勢では、トヨタ、日産、ホンダなどが開発を加速させる。中でも日産は、カメラやセンサーなどで高い技術力をもつ海外企業と提携し、2020年までに難易度が高い一般道を走行できる自動運転車の実現を目指す」
(NHKウェブサイトより)


下は、番組内でも紹介されていた日産自動車の公道での自動運転の動画です。
足早に未来が見え始めてきました。


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将来の農業の可能性

2016.09.17日

未来の農業が大きく変わろうとしています。
これまでのように、自然の雨や日照に頼ったり、台風や大雨や干ばつ、異常気象に左右されるのでなく、人が人工的に作物に最善の環境を提供して、人にとって最高の作物を得る。
そのために必要なのは、 フード・コンピュータと フード・サーバー それにフード・データ センターと呼ばれるもので、世界中の農家をつなぐネットワークで情報を共有化するのです。
これが未来、というよりそう遠くない将来の農業を大きく変えることになりそうなのです。
その研究の第一歩がすでに始められています。


人が自然に干渉して、人工的に作物を作るのは良くない、という人もいます。
しかし考えてみたら、もうとっくの昔から人は知恵を用いて、温室や灌漑など自然任せでない農業を行っています。
今日、ご紹介するのはアメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボが行っているそのような試みです。
(画面右下のフルスクリーンの左隣のアイコンをクリックすると日本語字幕で見ることができます)



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人生は巨大なキャンバスだ

2016.09.16日

"Life is a great big canvas, throw all the paint on it you can."
--Danny Kaye、-1911-1987, Actor
「人生は巨大なキャンバスだ。ありったけの絵の具をその上に塗りたくって絵を描こう」
--ダニー・ケイ、俳優
(訳:舟田 譲二)


ダニー・ケイは20世紀を代表する偉大な俳優、コメディアン、歌手です。
ビング・クロスビーと共演した『ホワイト・クリスマス』はとても有名で、私も昔、繰り返し観ました。


Bing_Crosby_and_Danny_Kaye_in_White_Christmas_trailer_3.jpg


アカデミー賞やエミー賞も受賞し、『ダニー・ケイ・ショー』というバラエティ番組でも名を馳せました。
多芸で、楽譜が読めないのにオーケストラの指揮をしたり、国連ユニセフの親善大使として亡くなるまで活躍しました。公演で来日する都度、お忍びで福祉施設を慰問していました。
日本でダニー・ケイの大きな影響を受けたのが、当時のコメディアン谷啓です。その芸名も、ダニー・ケイを文字ってつけたものです。また、坂本九もダニー・ケイに倣って公演の合間を縫っては福祉施設を訪問していたそうです。


そんなダニー・ケイが残した冒頭の言葉、「人生は巨大なキャンバスだ。ありったけの絵の具をその上に塗りたくって絵を描こう」はまさに彼の人生そのもののようです。


どのように生きても同じ一生。
ならば私たちも、人生という巨大なキャンバスに思いっきり絵の具を塗りたくって、自分の人生を描きたいものです。


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「怒る」と「叱る」

2016.09.15日

少し前に、「怒りの原因」という記事を書きました。
そして昨日、その続編ともなる「正しい怒り方」について記しました。


「怒り」というのは、ある意味人間の本質にも迫るような大きな問題です。
この怒りが原因で、傷害事件や殺人事件から国と国との間の戦争問題にまで発展するのです。


さて、親子の間や上司と部下、子弟間、先輩・後輩間など、身分や立場上の上下関係においては、「怒る」ことと「叱る」ことがよく混同され、それがもとでさらに人間関係を壊しているケースがよくあります。


国語辞典の「怒る」の定義の中に、「叱る」という言葉を挙げているものもあるほどです。
1 不満・不快なことがあって、がまんできない気持ちを表す。腹を立てる。いかる。「真っ赤になって―・る」
2 よくない言動を強くとがめる。しかる。「へまをして―・られた」


しかし、「怒る」と「叱る」の間には、厳然たる違いが存在します。
「怒る」は基本的には上の定義にもあるように、「不満・不快なことがあって、がまんできない気持ちを表す。腹を立てる。いかる」、すなわち自分本位の心の中の不満の爆発、怒りをぶっつけるという意味合いが含まれます。
「叱る」は往々にして、「怒る」と同じ状況を生み出すからです。


しかし、「叱る」の本来の意味は、「目下の者の言動のよくない点などを指摘して、強くとがめる」です。
すなわち、怒りという心の中の状態を相手にぶっつけるという自分本位のものでなく、相手のことを考え、また相手が改善することを期待して「注意する」という行動を指しています。
ですから、「優しく怒る」ことは普通できませんが、「優しく叱る」ことはだれにでもできます。


ここで気をつけなければいけないのは、たとえいくら相手のことを思っての行為であっても、「怒り」の感情を相手にぶっつけて「叱る」なら、それは単なる「怒り」としか相手には受け取られないということです。
この点において、多くの人たちが過ちを犯しています。
とくに多いのが、親が子を叱るケースです。親が愛の行為から叱っているとしても、子どもは怒られているとしか感じません。
これでは元も子もありません。


正しく「叱る」コツは、
1.叱る前にひと呼吸おく
2.大声を出さず、冷静に叱る
3.叱るべきときに間髪を入れずに叱る
4.ねちねちとしつこく叱らない
5.的をひとつに絞って具体的に叱る
6.人前で叱らない
7.優しく叱る
8.相手が納得できるよう論理的に叱る


このように、怒らずに叱ることはだれにでもできます。


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正しい怒り方

2016.09.14日

"Anyone can become angry - that is easy. But to be angry with the right person, to the right degree, at the right time, for the right purpose, and in the right way - this is not easy."
--Aristotle
「だれでも怒ることはできる。じつに簡単なことだ。しかし、しかるべき相手に、しかるべきレベルで、しかるべき時に、しかるべき目的で、しかるべき方法で怒るとなると、これは簡単なことではない」
--アリストテレス
(訳:舟田 譲二)


アリストテレスについてはこれまで何度かこのブログの中で取り上げてきました。彼の名言の多くは私の波長と非常によく合い、一つひとつビンビンきます。
6年前に書いた記事、「幸福になる秘訣」は今読み返しても、「ふむふむ、なるほど」と我ながら感心する、アリストテレス特有の幸福論です。


今日の「怒り方」も非の打ちようのないほどずばり真理を突いた教えです。
多くの人が夫婦間、親子間、きょうだい間、子弟間、同僚間、上司部下の間等々で、この「正しい怒り方」の原則を守らないために、関係を壊し、下手をすると憎しみや嫉妬に発展したり、さらにこれがもつれると、傷害事件や殺人事件に、国と国の間では戦争にまで発展するのです。


さすが天才アリストテレス、正しい怒り方をじつに簡単明瞭に教えています。
「しかるべき相手に、しかるべきレベルで、しかるべき時に、しかるべき目的で、しかるべき方法で」怒るなら、その怒りは役目を果たします。
しかし、そこが人の弱いところ。ことごとくその正反対をしてしまうのです。
「怒るべき相手を間違えている」
「怒るべきレベルを超えている」
「怒るべきでない時に怒っている」
「目的を外れて怒っている」
「正しい方法で怒っていない」


だれかに対して怒った最後の時のことを思い出してみましょう。胸に手を当てて、正直に。
私たちのだれひとり、胸を張って自分は「正しい怒り方」をしたと言うことはできないのではないでしょうか。
正しい怒り方は問題解決につながりますが、怒り方を間違えるとかえって問題を複雑にしてしまいます。
このように、「怒ること」自体は簡単なのですが、「正しく怒ること」は決して簡単ではありません。
この次、なにかで頭にきて、怒りたくなったときには、ひと呼吸おいて上のアリストテレスの「正しい怒り方」を頭の中で復習してみましょう。


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明日の良い仕事のための最善の準備

2016.09.13日

"The best preparation for good work tomorrow is to do good work today."
--Elbert Hubbard (1856-1915)
「明日の良い仕事のための最善の準備は、今日良い仕事をすることだ」
--エルバート・ハバード
(訳:舟田 譲二)


エルバート・ハバードは19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したアメリカの著名な教育者、著作家です。
セールスマンとして成功を収めた後、新しいキャリアを求めて40代はじめにそれまでの仕事をやめて大学で勉強を始め、その後会社経営をするかたわら、勤勉、質素な生活、積極的姿勢という独自の人生哲学を広めようと執筆活動をはじめました。
43歳のとき、わずか1時間で書き上げたという『ガルシアへの手紙』は、14年後には4000万部も印刷され、世界中の多くの人を啓蒙しました。


「幸せは日々の習慣で作られる」という名言も残していますが、
今日の名言
「明日の良い仕事のための最善の準備は、今日良い仕事をすることだ」
と同様、ハバードの勤勉な性格、生活態度から生まれた言葉です。


ここでは「明日の良い仕事」と言っていますが、これは仕事に限らず、親子関係を始めとするあらゆる人間関係に適用できますし、学生ならば勉学に、また健康や、人生そのものについてすべての人に当てはまります。
とどのつまり「ローマは一日にして成らず」なのです。
今日の一日をどのように過ごすかが、私たちの将来を決めます。


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心の中で人を裁いていると

2016.09.12日

"If you judge people, you have no time to love them."
--Mother Teresa – 1910-1997, Missionary and Saint
「心の中で人を裁いていると、その人を愛する余裕はありません」
--マザー・テレサ、修道女・聖人
(訳:舟田 譲二)


マザー・テレサについては「あなたの中の最良のものを」を始め、何度かこのブログでも取り上げてきました。


マザー・テレサはつい1週間前、カトリック教会で「聖人」として認定されました。
プロテスタントでは「聖人」という概念はありません。なぜなら聖書によると人はみんな同じ罪人だからです。
しかし、「聖人」であろうがなかろうが関係なく、病や貧困に苦しむ人々の救済に捧げたマザー・テレサの生涯と、彼女の謙虚な信仰の姿勢は世界中の人々から称賛され、マザー・テレサの残した数々の名言は今日も多くの人々に勇気と希望と力を与えています。
私もその恩恵に与かるひとりです。


冒頭の
「心の中で人を裁いていると、その人を愛する余裕はありません」
は私たちすべてに語られている言葉です。
私たちは例外なくみんな高慢な者であり、知らず知らずのうちに人を心の中で裁いています。
「裁く」とは、分かりやすい言葉で言い換えると、「その人の良し悪しを判断する」という意味です。
私たちはみんな「同じ穴のむじな」、似たり寄ったりです。
人を心の中で裁くことのできるような者はひとりもいません。
しかも、マザー・テレサの言うように、人を心の中で裁いている間は、その人に対する愛が自らのうちに欠けていて、自分も同じように神様から裁かれるからです。


聖書にも次のような言葉があります。
「隣り人をさばくあなたは、いったい、何者であるか」
(ヤコブの手紙 4:12)


「人をさばくな。自分がさばかれないためである」
(マタイによる福音書 7:1)


「だから、ああ、すべて人をさばく者よ。あなたには弁解の余地がない。あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めている。さばくあなたも、同じことを行っているからである」
(ローマ人への手紙 2:1)


私たちもマザー・テレサに倣って、謙虚に人に仕える者となりたいものです。


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人生とは、自分の身に起こる10%と...

2016.09.11日

"Life is 10% of what happens to you and 90% of how you respond to it."
--anonymous
「人生とは、自分の身に起こる10%と、それにどのように反応するかの90%から成っている」
--作者不詳
(訳:舟田 譲二)


人生とは本当に摩訶不思議なものです。
健康で、家族に恵まれ、楽天的に、幸せに一生を過ごす人がいるかと思えば、かたやさまざまな病気を抱え、サポートしてくれる家族はいず、その結果悲観的になり、不幸な一生を送る人もたくさんいます。
これを「不公平だ!」と言う人もいます。


でも考えてみれば、そもそもこの地上において、みんなが公平ということはあり得ません。
たとえ工場でベルトコンベアーに乗って次々と生み出される機械物でも、出来不出来があります。ましてや、命を持つものですべてが同じ、公平などということを望む方がそもそも間違っています。


動物や植物の世界でも不公平は存在しています。
生まれつき足が不自由な犬もいます。同じ農園で栽培されている同じ種類の果物でも、美味しいものもあれば美味しくないものもあります。
でも、ここで大切なのは、動物や植物はほかと比べて不公平だ、なんてこれっぽっちも考えていないということです。


これに対して、人はほかの人と自分を比べるから、「不公平だ!」と言いたくなるわけです。
動植物と違って我々人間には知恵があるからそのように感じるのは当たり前だ、と言う人もいるでしょう。
ところが、またまた不思議なことに、同じ病気を抱えている人、経済的困窮の中にいる人、家族関係で問題のある人等々、似たような状況の中にあっても、ある人はその中で生き生きと、幸せに生きていますが、別の人は不平・不満が口を突いて出てきて、恵まれている人を嫉妬したり、恨んだりする人すらいます。


作家、三浦綾子さんは結核、脊椎カリエス、心臓発作、帯状疱疹、直腸癌、パーキンソン病など次から次へと襲う病魔と闘いながらも、「私はこんなにもたくさん病気をして、神様にえこひいきされている」と言って、感謝をしながら一生を送られました。
一生、綾子さんの介護を続けられた夫の三浦光世さんも、不平不満をこぼしたことはなく、夫婦円満で幸せな人生を送られました。


このように考えてみると、冒頭の言葉、
「人生とは、自分の身に起こる10%と、それにどのように反応するかの90%から成っている」
は確かに真理だと言わざるを得ません。
そして、起こったことにどのように反応するかには、根拠が必要です。無目的な出来事に対してポジティブに反応するのはまことに困難です。
このことを証ししていらっしゃるのが、シカゴ在住のFBフレンドの中村佐知さんです。


ご主人が作られた下の動画を昨日、「ミルトスの木かげで 線香花火」でシェアされました。
涙なしに見られない感動の実話です。



中村佐知さんのお嬢さんの美穂さんは21歳という若さでガンで天に召されました。
ご両親、ご家族・ご親族始め、多くの友人の方々が本当に苦しい、辛い思いをされました。
その苦しさの中で、お母さんは美保さんが息を引き取られる直前のときのことを葛藤の中で次のように語っていらっしゃいます。


「ガンになっても助かる人はいる。完治しなくても、ガンと共存しながら長生きする人もいる。死ぬにしても、安らかに眠るように亡くなる人もいる。それなのに、なぜみんは、21歳の若さで、ガンの診断を受けてから1年も経たないうちに、しかもこんなに苦しみながら、死に向かって突き進んでいるのですか…? あんなに大勢の人たちが、世界中で祈ってくださっているのに、癒しを確信し、ひれ伏して祈っていたのに、なぜこうなってしまうのですか? 私たちの祈りは、あなたの御前に何の意味もなかったのですか? My God, my God, why have you forsaken us!?」


しかし、最後には次のような言葉で締めくくっていらっしゃいます。


「みんは、本当に最期までよく頑張った。彼女の闘いは華麗だった。 感謝の言葉と愛の言葉で貫かれていた。もちろん時には痛みや悲しみゆえにかんしゃくを起こしたときもあったけれど、それでも、みんはいつも感謝と愛と憐れみの心で満ちていた。葬儀に来てくれた大勢の友人たちも、それを証ししてくれた。この地上での最期の言葉が「I love you」だとは、実にあの子らしい。苦しみのただ中からなおも愛を告白できるところは、幼児のころから少しも変わっていないのだ。敵は、みんに神様を呪わせ、親を呪わせ、この世の中を呪わせたかったのだろう。何とかみんに、いのちではなく呪いの言葉を吐かせようと、苦しみを与え続けたのかもしれない。しかし彼女は屈しなかった。苦しみを苦しみとして受け止めつつも、自分の肉体の弱さを受け入れつつも、決して屈しなかった。そして、この地での最期を「I love you!」と叫ぶことで締めくくった。敵はさぞかし悔しがったことだろう。イエスが十字架の上で赦しの言葉を語ったように、みんは病の床の淵から愛の言葉を語った。たとえ肉体は死んでも、みんはこの闘いに勝ったのだ。イエス様もみんに、「Well done!」とおっしゃっておられることだろう。」
「ミルトスの木かげで 最後の30時間」より一部抜粋)


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本物の愛とは

2016.09.10日

"Life has taught us that love does not consist in gazing at each other, but in looking outward together, in the same direction."
--Antoine de Saint-Exupery – 1900-1944, Aviator and Writer
「愛とはお互いの目を見つめ合うことにあるのではない。一緒に外を見る、それも同じ方向を見つめることだ、ということを我々は経験から学んでいる」
--アントワーヌ・サン=テグジュペリ、パイロット・作家
(訳:舟田 譲二)


サン=テグジュペリと言えば『星の王子さま』。
私の大好きな本のひとつで、人生の節目節目で何度も読み返しては多くのことを教えられ、感銘し、共感を覚えた書です。(「星の王子さま」
いわゆる「波長が合う」作家です。


普通、「愛」というと、私たちが一番に想像するのは男女間、恋人同士、夫婦間の愛などです。
そして、そのイメージは決まって、ふたりがお互いに目を見つめ合っている姿です。
しかし、ここでサン=テグジュペリが言っている愛は、「一緒に外を見る、それも同じ方向を見つめることだ」という深遠なものです。
「お互いに目を見つめ合う愛」も大切なものですが、そのような「惚れた、腫れた」の類いの愛というものは、そういつまでも続くものではありません。


本物の愛とは、むしろ手を携えて一緒に自分たちの外の世界を、同じ方向を見つめること。
これだと、必ずしも「男女間の愛」に限定されることなく、同じ意志、目的、夢を持った者たちの群れなど誰にでも当てはまります。
そして、これこそが時代や国や文化を超えた本物の愛で、この愛がこれまで世界を動かし、変えてきたのではないでしょうか。


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私は〜で◯◯をやめました!

2016.09.09日

昨日の記事、「のめり込みに注意しましょう」の中で、パチンコや酒・タバコ・覚せい剤、子どもにとってのゲームなどの「中毒」の恐ろしさを書きましたが、最後に「良い中毒」もあると言って締めくくりました。
今日はその「良い中毒」について書きます。
これを知れば、現在の「悪い中毒」が何であれ、それから脱却できるばかりか、さらにもっと素晴らしい「中毒」を身につけて(?)、新しい人生を歩み始めることが誰にでもできるのです。


以前「有益な中毒!?」という記事を書きました。
「マラソンランナーが長時間、長距離を走っていると、あるときふっと苦しみを通り越えてある種の『快感』を味わいます。脳から快感物質であるβ(ベータ)エンドルフィンが分泌される」ランナーズハイという現象をその中でご紹介しました。


その後、この「ランナーズハイ」をもじって「ラーナーズハイ」という私の造語で、勉強も同様にその面白さにハマると脳からβエンドルフィンが分泌されて「中毒」になると書きました。


実はこのような、いわゆる「ハイ」の状態になるものは身の周り至るところに見出すことができます。
そして、これこそが私が提唱する「良い中毒」の勧めで、これを見つけさえすれば、パチンコを始めとする賭け事や酒・タバコ・覚せい剤、ゲームなどあらゆる「悪い中毒」から脱することができ、新しい、より積極的で創造的な人生を歩み始めることができるようになります。
このような「良い中毒」は、本人のみならず周りの人にも益になることが多く、これは「のめり込み」が奨励されるほどなのです。


実際のところ、薬物中毒を始めとするさまざまな「悪い中毒」から脱するためのプログラムはほとんど全部、患者に新しい価値観、楽しみ、喜びを見出す手伝いをしています。
たとえば「自分の健康のために」あるいは「子どものために」といったまったく別の価値観を発見することによって、苦労して「禁煙」せずに楽にタバコをやめることができるようになるわけです。


ある人は、芸術やスポーツなどの趣味の世界で「良い中毒」を見つけて新しい人生を歩み始めています。
皆さんはいかがでしょうか?
やめなければいけないと思っている「悪い中毒」があるなら、早速それに代わる「良い中毒」を探し始めてみませんか?


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のめり込みに注意しましょう

2016.09.08日

「のめり込みに注意しましょう」
という標語をご覧になったことがありますか?
毎週のように新聞に折り込まれて入ってくるパチンコ・パチスロホールのチラシに載っている文言です。
「パチンコ・パチスロは適度に楽しむ遊びです」
と書いてあります。


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先日、ひとりの中学生の生徒が私に尋ねました。
「学院長はパチンコやりますか?」
「いいや、しないよ」
「ですよね。学院長がパチンコをしそうには見えない」


私はパチンコやそれに類する賭け事が絡んだ遊びは一切しません。
昔、私の友人でパチンコをやっていて負けたので、その分を取り戻そうとしてやり続け、結局何万円という大損をしたというのがいました。
また、パチンコを趣味のようにしていて、勝ったり負けたり、という人もいましたが、聞くと、結局のところトータルでは負けている、とのこと。
でも、遊びだから、楽しんでいるんだから、それでいいと言う人もいます。

確かにそのとおりでしょう。
でも、悲しいかな、「適度に楽しむ」ことができずにハマってしまい、身を亡ぼす人が少なくない、いやとても多いのが現実です。
それにはワケがあります。
ひと言で言うと、「適度に楽しむ」ことができない魔力があるからで、人はこの魔力にとても弱いのです。
ですから、「自分は弱い」と思っていたら、初めから近づかない方が安全です。


これはパチンコやパチスロなどに限ったことではありません。
小学生が夢中になるカード集めもそうですし、中高生を始めとする学生を虜にするゲーム類もそうです。
電車に乗ると、多くの人たちが一斉にスマホを取り出し触っています。
メールでもしているのかな、と思っていたら、隣の座席のサラリーマン風の人やOLらしき人などもゲームに夢中です。
今、世界中で大流行のポケモンGOも同じです。
車の運転中にさえやる人が出て事故を起こしている始末です。


最初は興味本位で、遊びのつもりで、あるいは友達のつき合いのような感覚で始める覚せい剤などもそうです。酒やタバコも同じです。
いつの間にかハマってしまい、ついには抜けられなくなってしまいます。
同じような魔力があるのです。
何かにハマっているとき、快感を味わう脳内物質ノルアドレナリンやドーパミン、βエンドルフィンなどが分泌されるからです。
いったんその味をしめるとやめられなくなってしまう、それがいわゆる「中毒」、「依存症」です。


ですから「君子危うきに近寄らず」じゃないですが、私はこのような危険性のあるものには近づきません。


でも、「よい中毒」もあるんですよ。
それについてはまた明日書きます。


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私の人生の師、恩人

2016.09.07日
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(山口県下関市 赤間神宮にある芳一の木像)


『耳なし芳一のはなし』
人一倍多感だった小学生の頃の私にとってこの本ほど怖いものはありませんでした。
あまり本は読める方ではありませんでしたが、『耳なし芳一のはなし』だけは「見たいけど怖い、怖いけど見たい」で、こわごわ読みました。案の定、本の中の状況が目に浮かび、物悲しそうな琵琶の音色が聞こえてくるようで、トイレ(昔の暗い便所)に行くことができなくなり、夜も眠れなくなる有様でした。


その後、高校3年生の夏休みに、宿題で出された英語で書かれた原書の"Kwaidan"(『怪談』)を、またまた背筋を凍らせながら読みました。このときの思い出を綴ったのが「本当に怖い話」ですが、今読み返しても50年近くも前のことがまるで昨日のことのようにリアルに甦ってきます。


作者の小泉八雲(1850-1904)は、本名ラフカディオ・ハーンというギリシャ生まれの英国人で、「文明社会に汚染されていない」日本のことを耳にし、憧れて来日。
日本人女性の小泉セツと結婚して、自ら小泉姓を名乗って後に日本に帰化。英語教師として働いた14年間に13冊の本を書きました。
海外に日本を紹介する本とともに、日本語が読めなかったハーンは妻や家族、使用人、近所の人たちに日本の昔話や怪談などを話してもらって、それを題材に『怪談』『雪女』『ろくろ首』『食人鬼』など数多くの「お化け」物語を著しました。


「八雲は採取した数ある物語の中でも芳一を気に入っていた。妻のセツが呼びかけると、八雲は「はい私は盲目です」などと芳一になりきって執筆していたという。「芳一には、八雲をとりこにするいくつかの要素が含まれていたと思う」と話すのは、八雲のひ孫で島根県立大短期大学部教授の小泉凡さん(55)。


幼少期に父の故郷、アイルランドで暮らした八雲は、同地の昔話を聞いて育った。そこで、「魔法のフィドル」という、妙技を手にしたフィドル(バイオリン)奏者の不思議な運命を描いた著名な民話にも触れているはず。そして、「芳一を知った時、両者がよく似ていることに八雲の好奇心がかき立てられたのでは」と凡さんは推測する。さらに、八雲自身、10代半ばに事故で左目を失明し、盲目の芳一への親近感も大きかったと考える。


芳一を救おうとした住職の過失により、芳一は耳を失った。けなげに振る舞った末の災厄は、むごいものだ。ただ八雲は、その後人々が芳一の琵琶を聴きに訪れ、「彼は金持になった」という、「臥遊奇談」にはない結末を加えた。凡さんは「自分を重ねた芳一には報われてほしいと願ったのでしょう」と語った」


(9月4日付 読売新聞 日曜版 「[名言巡礼 怪異談に自身を重ねて] お前の身体じゅう、経文を書いておいたのに−耳だけぬかった!」より一部抜粋)


小泉八雲の"Kwaidan"は、その後の私の英語教師人生を決定づけたと言っていいほど、英語力の基盤を作ってくれ、ある意味小泉八雲は私の「人生の師、恩人」でもあります。


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みんな同じ空の下で生きている

2016.09.06日

"We all live under the same sky, but we don't all have the same horizon."
--Konrad Adenauer – 1876-1967, Former Chancellor of Germany
「我々はみんな同じ空の下で生きている。しかし、見ている地平線はみんな違う」
--コンラート・アデナウアー、元ドイツ首相
(訳:舟田 譲二)


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アデナウアーは、戦後のドイツ連邦共和国(西ドイツ)の初代首相です。
子どもの頃、ニュースや新聞でこの名前をよく見聞きしていたのを覚えています。
非常に頭の切れる人だったようで、学生時代にクラスメイトと共にカンニングを画策していたそうです。
その計画は巧妙で、頭の良いクラスメイトに問題の解答を作らせ、答えを書くときには、カンニングがバレないように一人ひとりの生徒に間違えるところまで指示していたといいます。(そんないい頭を持っているんだったら、カンニングなんかするな!(^o^))


この頭の良さをいかんなく発揮し、自らが再建したケルン大学から名誉博士号を与えられ、その後も同大学の各学部に3度にわたって名誉博士号を授与され、哲学、政治学、医学、法学などその名誉博士号は多岐にわたる。
第一次世界大戦時の食糧難には大麦の加工食品や大豆製ソーセージを発明。ナチスにより引退生活に追い込まれていた時には「害虫防止ブラシ」「車のライトに幻惑されないメガネ」など珍発明を連発。庭いじりが好きでバラの新種を開発し「アデナウアーのバラ」と名付けた。(以上、Wikipediaより)


この頭のいいアデナウアーが言った冒頭の言葉はなかなか奥が深いです。
確かに、世界中何十億という人が地球上に住んでいますが、みんな例外なく同じ空の下で生きています。しかし、見える世界はみんな異なっています。
ある人は大平原の地平線を見ているでしょうが、山しか見たことのない人もいれば、砂漠や、ジャングルや海や氷しか見たことのない人、また都会しか見たことのない人もいます。
はたまた一生裕福な世界しか見ない人もいれば、逆に貧しい世界しか見ない人もいます。


さらに言うと、同じところに住んでいて、同じ生活をしていても見ている世界は一人ひとりみんな違います。一卵性双生児の人たちですら、毎日見ている地平線は異なっています。
そして、多くの人は自分に関心のあること、自分にとって益のあることしか見ていません。
しかし、また別の人は、ほかの人に見えない世界、地平線を見ていて、いかにして他の人に、また世界に貢献できるかを考えています。


実際のところ、ドイツ語で「地平線」と言うとき、「全体を見る能力」という意味が含まれているそうです。
私たちももっと広い視野を持って世界を見るものでありたいものです。


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『受験のシンデレラ』

2016.09.05日

"People begin to become successful the minute they decide to be."
--Harvey Mackay – Author and Businessman
「だれでも成功すると心に決めた瞬間、成功への道を歩み始めている」
--ハーベイ・マッケイ、著述家・実業家
(訳:舟田 譲二)


精神科医・和田秀樹の原作で、自ら監督して映画化した『受験のシンデレラ』がテレビドラマ化され、NHKプレミアムで7月10日から全8回放映されましたが、録画しておいた第1回を昨日観ました。
小泉孝太郎演じる予備校のカリスマ講師と、生活費のためにバイトに明け暮れている、定時制に通う落ちこぼれの女子高校生が挑戦する、とてつもなく無謀な目標!それは1年で東大合格を目指すというもの。


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脚本家・山岡潤平は次のように語っています。
「執筆中、本当の挫折とは、夢破れることよりも挑戦する前に諦めることなのではないか、と常に考えていました。
五十嵐透(予備校講師)も、遠藤真紀(女子高校生)も、人生を諦めかけていました。そんな二人が出逢い、心通い合うなんて生ぬるいものではなく、己の不遇に対する怒りの業火をぶつけ合い、血へドを吐きながら、一度は呪った自分の人生に立ち向かっていく……これは単なる受験奮闘モノではなく、やるかやらないかの局面で、やる、と決めた、勇気ある人たちの物語です」


うちは受験専門の進学塾ではありませんが、教えるという点で相通じるところも多々あり、とても興味深く観ました。
オリジナルの映画は第5回モナコ国際映画祭でエンジェル・フィルム・アワード、最優秀作品賞ほか最優秀男優賞、最優秀女優賞、最優秀脚本賞を受賞したといいます。
とまれ、残る7回を観るまでもなく、結果はもうわかっています。それはドラマだから、という理由ではありません。
「事実は小説よりも奇なり」で、同じ仕事をしていてこのようなケースは数え切れないほど見てきました。
しかし、これはなにも受験に限ったことではありません。


冒頭の「だれでも成功すると心に決めた瞬間、成功への道を歩み始めている」は、この物語のような受験に限らず、どの分野においても通じる不変の真理です。
そもそも、自分はきっと失敗するだろうと初めから思っていて成功するわけありません。なぜなら、スタートの段階で敗者の道を歩み始めているからです。


結婚であろうが、子育て、仕事、人間関係、スポーツや芸術、健康作り等々、どのような道であろうとも、もし私たちが「成功」を望むなら、「絶対に成功すると心に決める」ことが不可欠です。


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86,400秒分の1秒

2016.09.04日

"God gave you a gift of 86,400 seconds today. Have you used one to say 'thank you?'"
-- William Arthur Ward
「神様は今日、あなたに86,400秒という贈り物をくださいました。あなたはそのうちの1秒を使って『ありがとう』と言いましたか?」
-- ウィリアム・アーサー・ウォード
(訳:舟田譲二)


ウィリアム・アーサー・ウォード(1921-1994)はアメリカの教育学者、牧師、教師。
アメリカでインスピレーションナルな名言でもっともよく引用される人物の一人です。


よく引用される彼の有名な言葉に次のものがあります。
The mediocre teacher tells.
The good teacher explains.
The superior teacher demonstrates.
The great teacher inspires.
平凡な教師はただしゃべる。
良い教師は解説する。
さらに優れた教師は自らやってみせる。
しかし、偉大なる教師は生徒の心に火をつける。
(訳:舟田譲二)


これは本当に教育者として鏡にすべき名言中の名言です。
以前、山本五十六の有名な言葉をご紹介しましたが、これに通じる教えです(「ほめてやらねば 人は動かじ」)。


さて、今日の冒頭の彼の言葉
「神様は今日、あなたに86,400秒という贈り物をくださいました。あなたはそのうちの1秒を使って『ありがとう』と言いましたか?」
は、本当に耳に痛いです。


去る2月に「ありがとう」と「サンキュー」の反対語という記事を書きました。
「感謝する心」の反対は「当たり前と思う心」です。
私たちは、毎日毎日、数えきれないほどたくさんの素晴らしいプレゼントを神様からいただきながら、無意識のうちにそれを当たり前のものと思い、感謝するのを忘れてしまいがちです。
そのプレゼントの中でも最高のものは「時」です。だれでも公平に1日に86,400秒という時間を与えられています。
生きていること、時間が与えられていること、そんなことは当たり前だと思っているのです。
しかし、ウィリアム・ウォードは言っています。「86,400秒のうちの1秒でも使って『ありがとう』と言いましたか?」と。


人から何をしてもらっても当たり前。神様から数えきれないほどの恵みを毎日いただいても当たり前。
これは本当に私たちが陥りやすい罠で、なんでもかんでも「当たり前」と思っていると、「感謝する心」、喜びが生まれてきません。


まずは、86,400秒のうちの1秒を使って神様に「ありがとう」「感謝します」と言いましょう。
そして、次に、家族や友人など私たちの身の周りの人たちに同じく「ありがとう」と言おうではありませんか。
私たちが今日の一日生かされていることは、まさに神様のお陰、身の周りの人たちのお陰です。
みんながこのような思いで一日を過ごすなら、争いは止み、家族も、世の中も本当に平和になるでしょう。


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「ドレミの歌」考

2016.09.03日

アカデミー学院の「マイティキッズ英語クラス」では、夏休みにあの有名な「ドレミの歌」の英語版を生徒各自が家庭学習で練習しました。
昨日から再開した9月の通常授業では、各クラスでこの歌をみんなで練習して、歌っている様子を録画し、生徒とご父母の方たちのために、他のイベントと併せたDVDを作る予定です。


この歌、なかなか奥が深く、考え出せば切りがないほどですが、今日はそのさわりだけご紹介します。
でも、その前にまずは The Sound of Music から英語の "Do Re Mi" オリジナル版を、そのあとで日本語の「ドレミの歌」の動画を字幕付きでアップします。
歌詞についての解説は動画の下に書きます。




英語版、日本語版ともあまりにも有名で、日米英国民のみんながそらで歌えるほどなのですが、これがなかなか意味が深い。
まず、英語から行きます。
歌詞は上の動画で字幕が出ましたが、念のため下に日本語訳を付けて載せます。(全部載せると長くなるので中心の部分だけ)


Doe, a deer, a female deer
(Doe"ドゥ"は鹿、めすの鹿)
Ray, a drop of golden sun
(Ray"レィ"は金色の太陽のしずく)
Me, a name I call myself
(Me"ミー"は私が自分のことを呼ぶときの名前)
Far, a long, long way to run
(Far"ファー"は、走っていく長い、長い道)
Sew, a needle pulling thread
(Sew"ソゥ"は針と糸で縫うこと)
La, a note to follow Sew
(La"ラ"は、"So"のあとにくる音)
Tea, a drink with jam and bread
(Tea"ティー"は、ジャムをつけたパンと一緒に飲む飲み物)
That will bring us back to Do
(ここでまたドに戻るのよ)
(訳:舟田 譲二)


まず、英語ではドレミをイタリア語から取って発音しますが、上の歌と若干異なり、
Do, Re, Mi, Fa, Sol, Ra, Si
となります。
なぜDo(ド)をDoe(ドゥ)、Re(レ)をRay(レィ)と発音しているかと言うと、英語では(ド)とか(レ)という音は発音しにくく、自然と(ドゥ)(レィ)のようになるからです。
(ちょうど、日本人の名前の「伊藤」を英語で Ito と綴り、英語風に発音すると自然と「イトウ」となるのと同じです。Kobanは「小判」ではなく、コゥバン「交番」と発音されます)


ただ、Sol(ソゥる)がSew(ソゥ)、Ra(ラ)がLa(ら)、Si(スィ)がTea(ティー)のように発音されているのか私にはよくわかりません。(上のカタカナ表記はrの音、ひらがな表記は l 音を表します)
というのは、歌の途中のSo, Do, La, Fa, Mi, Do, Reのところでは、ソゥ、ドゥ、ラー、ファ、ミー、ドゥ、レィと歌っているかと思えば、ドー、レーと言ったりしていて、結構いいかげんなのです。

次に歌詞ですが、Doをドゥと発音するので、音をかけてdoeという雌鹿という言葉に、同様にReをray(光)に、Miをme(私)、Faをfar(遠い)、Soをsew(縫う)に、Tiをtea(紅茶)にかけているところは、すごいです。
ところが、Laで始まる言葉が思いつかなかったので、Laは「Soのあとにくる音」というのが、私としてはちょっといただけません。
世界中の食文化が日常化した今だったら、Lasagnia (ラザニア)と言っても良かったかもしれません。
たとえば、
La, an Italian dish, Lasagnia
のように。


その点、日本語の歌詞の「ドはドーナツのド、レはレモンのレ、ミはみんなのミ、ファはファイトのファ、ラはラッパのラ」は本当に見事です。
歌手、ペギー葉山のこの訳は名訳中の名訳と言われています。
これは、日本語の特徴が「あいうえお」といった単純な音節であることによります。
ひとつだけ注文をつけるとすれば、「ソはあおいそら」のところです。
「アはあおいそら」だとわかるのですが。ほかが全部、音符の音で始まっている言葉なのでちょっと残念です。


そこで、私なりにソの音で始まり、同じ韻を踏む3〜4文字の言葉を探してみました。
たとえば「ソング」とか「ソファ」とか、「ソナタ」「ソムリエ」等々。
この場合、問題なのは音階で、「ソはあおいそら」は<ソドレミファソラ>と次第に上がっているのですが、ここに「ソング」や「ソファ」を入れると、訛ってしまって変になるのです。
唯一、「ソはそよかぜのソ」だったらイメージ的にも合いますし、ソの音で始まるので「あおいそら」のような違和感はありません。
ペギー葉山さんが、作詞していらっしゃるところに居合わせていたなら、「ソはそよかぜのソ」をぜひ勧めてあげたかったです。


英語という言語が、短い単語はひとつの音節で、ひとつの音符にのせることができるのに対し、日本語の場合はひとつの音符にひとつの音しかのせられないため、歌詞の文句が自然と短くなり、英語のようにたくさんのメッセージを伝えることができないのが、私としてはいつも残念に思う点です。


ということで、学院長のうんちく終わり。(言いたいことはまだまだあるのですがここまで)


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正しいストレス解消法

2016.09.02日

今の時代、完全にストレスフリーな生活なんてあり得ません。
小さな子どもでも日常の生活の中でストレスをたくさん感じています。
ましてや、我々大人はだれでもさまざまなストレスを抱えています。
そこでいろいろなストレス解消法が言われているわけですが、なんと、多くの人がやっている下の解消法は逆効果なんだそうです。


1.愚痴を言う
ストレス発散しているように思えますが、ネガティブな事が会話に入ってくるとストレスが上がってしまうとのこと。吐き出してスッキリしているつもりなのに、言葉にしてしまうことで、イヤだという感情が再確認されるわけです。


2.お酒を飲む
ストレスが生じるような出来事を経験した直後にアルコールを摂取すると、体内のコルチゾール値が抑制されるそうです。コルチゾールはストレス対処に必須の物質で、分泌が抑制されると、緊張感が長い時間残ったままになってしまうのだといいます。


3.ゲームで発散
何が間違いかというと「睡眠時間を削って、新たなコミュニティで頑張る」という状態を発生させてしまっている点です。目の疲れはそのまま脳に伝わり、判断能力が鈍くなります。その結果、小さな事でもイライラしたり、怒りっぽくなるのです。


4.衝動買い
お金をたくさん使うことで、ドーパミンが分泌され、ストレスを忘れてハイになっている状態。家に帰ると体がぐったりしたりと、かえってストレスを感じることに。「罪悪感の残る買い物」「無断欠勤や予定をすっぽかしたときの買い物」は、ストレスが溜まる買い物の仕方だそうです。


5.甘いものにも逃げる
一時的に血糖値が上がって気分は落ち着きます。でもその後脳は血糖値を上げようとアドレナリンを分泌。急にイライラしたりという副作用ももたらします。甘いものが、コルチゾールを生成する副腎という臓器の機能を低下させるため、よりストレスに弱い身体ができてしまいます。

6.とにかく寝る!
休みの日に寝だめをする人ほど「不眠」や「抑うつ」を訴える割合が高いことが明らかになりました。寝溜めをすることによって、体内リズムが狂い、正常に働いていた身体の作用がうまくいかなくなっていることが原因です。


7.無理に予定を入れる
“はしゃぎ系”のストレス解消をしていると、気付かないうちに疲労をためこんでいき、うっかり自分の首を絞めていることになるかもしれないのです!“食べる、飲む、買う”というようなことをしすぎるのは、その反動で落ち込むことがあります。


一番間いいストレス解消法は「深呼吸」!!
深呼吸は、体のストレスを下げる最も効果ある方法の1つ。正しい呼吸法は、血圧、脈拍数、汗も減り、消化も助けるという健康にも良い影響が。1回、2回、3回とゆっくり大きく息を吸ってゆっくりと吐きます。鼻から吸い、口から出すとよいでしょう。「深呼吸くらいで」とバカにしたものじゃありません。深い呼吸は副交感神経を優位にしてくれるので、気持ちが落ちつきます。

(以上、「NAVERまとめ 『マジか…やりがちだけど逆効果だったストレス解消法』」より)


私もこの深呼吸、よくやります。
確かに効果テキメン。
お試しあれ!


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用いるか、失うか

2016.09.01日

"God gives everyone certain attributes, characteristics, talents, and then He says, "If you use what you have I'll increase it, but if you don't use it, you'll lose it." Use it or lose it; it's a law."
-- Charlie "Tremendous" Jones
「神様は私たち一人ひとりに独自の性質、特性、才能を与えてくださっていて、私たちにおっしゃいます。『あなたの持っているものを用いるならば私はそれをさらに増し加えましょう。でも用いないならば、あなたはそれを失います』と。用いるか、失うか。これは法則です」
-- チャーリー・"トレメンダス"・ジョーンズ
(訳:舟田譲二)


チャーリー・"トレメンダス"・ジョーンズ(1904-2008)は、アメリカを代表するモチベーショナル・スピーカー、作家、講演家。
私の大好きな作家、オグ・マンディーノ(「アメイジング・グレース」)の勧めもあって、彼の "Life is Tremendous" を昔読んでとても啓蒙されました。書名の "Tremendous" は彼のペンネームでもありますが、「最高」「素晴らしい」「ものすごい」といった意味です。
この本は12か国語に翻訳され、世界で200万部売れたベストセラーです。


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冒頭の言葉、「神様は私たち一人ひとりに独自の性質、特性、才能を与えてくださっていて、私たちにおっしゃいます。『あなたの持っているものを用いるならば私はそれをさらに増し加えましょう。でも用いないならば、あなたはそれを失います』と。用いるか、失うか。これは法則です」は、聖書の教えるメッセージであり、同時にチャーリー・"トレメンダス"・ジョーンズがその生涯を通して私たちに語っているメッセージでもあります。
上掲書もこのことを教えています。
これは、勉学に、仕事に、人間関係に、子育てや家族関係に、そして人生のありとあらゆる場面に通じます。


「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう」
(マタイによる福音書 25:29)


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