学院長元気の出るブログ

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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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無理だと思うなら無理

2016.05.24日

私には、「難読症」という、生まれつきの学習障がいがあった。この障がいの原因は人によって異なるが、私の場合は視覚異常によるものだった。
 一般的に、難読症の子どもたちは言葉を瞬時に覚えることが多い。しかし、文字そのものが、実は普通の人と違って見えているということには気がつかないのだ。
 私の目に映る世界は、いろいろな形をした、いわゆる単語と呼ばれるもので満ちあふれた素晴らしいところだった。そして、見える通りに覚えた単語の数は、かなりの量になっていた。そのため、両親は私の障がいにまったく気がつかなかったし、まさか学校での勉強についていけないなど思いもしなかった。
 ところが恐ろしいことに、小学校1年生になると、アルファベットの方が、その組み合わせからなる単語よりも重要だということを知った。難読症の子どもたちにとって、アルファベットをきちんと並べるのはむずかしい。上下さかさまにしたり、前後をひっくり返したりすることが多い。そのため、1年生のときの担任の先生は、私を学習障がい児とみなした。
 1学年も終わり、休みに入った。その先生は、2年生の先生への引き継ぎに、私の障がいのことを書いた。したがって、新しい先生は、最初から私をそういう目でみるようになった。
 2年生になると、算数の問題の答えは出せても、その答えを出すための解き方がさっぱりわからなかった。しかも、この解き方の方が答えよりも大切だと言うではないか。私はますます学習に対して臆病になり、どもるようになっていった。
 はっきりとものが言えない、普通に算数の問題が解けない、アルファベットを正しく並べられない。こんな私は、お先真っ暗の状態だった。やがて、私はある作戦を思いついた。それは、教室を移動するたびに、目立たないように後ろに座ることだった。
 それでも先生に見つかって指されたときは、口ごもりながら「わッーわーわー、かッーかーか、りーりー、ません」と言った。これで私の運命は決定づけられた。それ以来、質問されることがなくなったのだ。
 私は3年生に進級した。新しい担任の先生はすでに、しゃべれない、書けない、読めない、算数もできないという私の障がいを知っていた。だから最初から、私に何の期待もしなかった。 
 やがて私は、学校で仮病を使うことを思いついた。これで、教室にいるよりも保健室にいることの方が多くなったし、学校を休んだり、早退したりもした。3年生と4年生はこんな具合に、なんとか切り抜けることができた。


 そうこうするうちに、私の知的能力はまったく死んだも同然になっていった。しかし、神は私を見捨てはしなかった。
 5年生になると、ハーディー先生が担任になったのだ。彼女は肉体的にも精神的にも強靭な先生として、アメリカ西部ではよく知られていた。この身長が180センチ以上もある先生が、私の前にそびえるように立った。そしてクラスのみんなの前で、私の背に腕をまわして言った。
「スティーブには学習障がいがあるわけじゃなくて、ちょっと変わっているだけなのよ」
 その発言以来、周囲の人々の私を見る目が変わった。単なる障がい児としてではなく、風変わりだが何かの才能をもった子どもとして接してくれるようになったのだ。
 しかし、ハーディー先生はそれで満足するような人ではなかった。先生は私に言った。
「スティーブ君、お母さんから聞いたんだけど……あなたは本を読んでもらうと、まるで写真に撮るみたいに本の内容がそっくりそのまま頭の中に入ってしまうんですってね。ただ、単語やアルファベットを並べたりすることはうまくできないのよね。それと、声を出して読むのも苦手のようね。これからは、クラスで教科書を読んでもらうときに前もって言うから、その部分を前の晩にすっかり暗記したらいいわ。みんなの前では読んでるような振りをしましょうね」
(中略)
 ハーディー先生はさらに続けた。
「スティーブ君は、実際に自分の考えを口に出して言うときになるとおじけづいてしまうようね。先生はね、どんな人のどんな考えも聞いてみる価値が十分にあると思うのよ。先生はどうしたらいいのか調べてみたの。むかしギリシャのデモステネスっていう雄弁家が試した方法があるのよ。デモステネスって発音できる?」
「デッーデッーデーデ……」
「もうすぐ、できるようになるわ。デモステネスの舌は思うように動かなかったそうよ。そこで、口の中に石をいくつか入れて、舌を訓練したというわけ。ビー玉を二つ持って来たわ。大きいから間違って飲み込む心配はないし、洗ってありますからね。これからは、授業で指されたら、まずこれを口に入れるといいわ。そして、あなたが何を言っているのかが先生に聞こえるように、立ち上がって大きな声で話して欲しいの」
 私は賭けをした。言われた通りに舌の訓練を始め、ついに話せるようになった。それも、これまでの私の状態をじゅうぶん知った上で、ハーディー先生が私本来の力を信じてくれたからだった。


 卒業後も、私はハーディー先生と連絡を取り合ってきた。しかし、数年前、ガンのため先生が重体に陥っていることを知った。
「私という、先生にとってたったひとりの特別な生徒は、1000マイルも離れたところに住んでいる。どんなに先生が寂しい思いをしていることだろう。」
 こう考えると、私はいてもたってもいられなくなり、航空券を買い求め先生のもとにかけつけた。ところが、そこには何十人もの教え子たちが集まっていた。彼らもやはり、特別な生徒たちだったのだ。卒業後も先生を慕い、先生と連絡を取り合っていたという。残された時間を先生と一緒に過ごすために、はるばるやって来たのだ。そこには、実に面白い人たちが集まっていた。上院議員が3名、州議員が12名、そしていろいろな企業の重役たちも何人かいた。
 集まったみんなと話を交わすうちに、興味深いことがわかった。四分の三の人たちが私と同じように、小学校5年生のころまで、授業についていけず、自分には何の能力もないとか、つまらない人間だとか、運命には逆らえない、などと思っていたという。
 そんな私たちがハーディー先生に会ったことで生まれ変わった。
 先生は、私たちが有能で、重要で、影響力のある人間だということを信じて疑わなかった。そして努力さえすれば、自分の人生を変えていくことができるということを。
H・スティーブン・グレン

(『こころのチキンスープ 2』 p.174-176 ジャック・キャンフィールド、マーク・V・ハンセン編著 ダイヤモンド社1996年)


私たち、塾講師や学校の教師はともすれば「この子はできる」「この子はできない」などとレッテルを貼って、それに合わせた指導をしてしまいがちです。でも、これほど恐ろしいことはありません。
可能性の芽を摘み取ってしまうのです。そしてそうすることによって、その子の将来を決めてしまうことさえあり得るのです。


ですから、私は生徒を教えるとき、常に次のようなことを言って励まします。
「ほら、できた!」とか、「すごーい!」、「君たちには力が着実についてきている。この調子でいっていいよ」、「◯◯高校、行きたいんでしょ。行けるよ」「今度の中間では満点を目指そう。みんな取る力があるよ。まあ、ケアレスミスがあって97〜98点ということもあるかもしれないけど」
これに対して、生徒が「無理!」と言うと、
「そう、無理だと思うならその通り、無理だよ。でも、できると思ってやれば必ずできる」
と答えます。


生徒一人ひとりのこれからの成長が本当に楽しみです。私は子どもたちを信じています。


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