学院長元気の出るブログ

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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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あなたの人生も変えられる

2016.05.23日

昨日、ご本人の口から聞いたびっくりするような実話を下にご紹介します。
ご本人の了承を得てシェアさせていただきます。


Mさんは1942年に満州で誕生。
3歳のとき終戦。父親は出征したまま戻らず、安否もわからず遺骨も届けられないまま終戦後戦死の知らせを母親は政府より受ける。
母親はMくんを含む4人の幼な子を連れて満州を引き上げ帰国。
母子は父親の郷里、島根県川本の父の兄のもとに身を寄せる。
母親は失対(失業対策事業)で道路工事などの肉体労働をしながら一家を支える(のちに小学校の給食のおばさんに)。


貧しい環境の中で育ったMくんは、小学校に上がるとき、自分の名前をひらがなで読むことも書くこともできなかった。
子どもの頃の記憶はほとんどない。
はっきりした記憶があるのは、小学4年か5年生のときの出来事。
間借りで住んでいた家の隣りに中国電力の社宅があり、その隣りに友達の家があった。一階部分の屋根がトタンで、二階の窓をまたいで外にでるとトタン屋根の上だった。その上でよく遊んでいた。
ある日、その家に住む友人が、トタン屋根の横を並行して走っている電線を指差して、触るとビリっとくる、と言うのを聞いて怖いもの見たさで片手で払うように触ってみた。しかし、何も起こらない。そこで、「ビリっとしないよ」と言ったところ、友人は、片手じゃだめだよ。両手でもう一本の電線を触るとビリッとくる、と言う。
そこでもう一方の手を伸ばし、両手で電線を握った瞬間、100ボルトの電気が走った。
Mくんは「ギャアーっ」と悲鳴を上げ、大声で泣き、手を離そうとするが全身はビリビリと震えるばかりで、電線はぴったり両手にくっついたままどうしても離れない。
Mくんの頭の中で一瞬、これまでの短い人生が走馬灯のようによみがえり、もはや自分の命はここまでと思った。
その瞬間、誰かがM少年の身体を抱えて思いっきり引っ張って電線から引き離し、二人は一緒にどっしーんとトタン屋根の上に転がった。
隣りの中国電力の社宅に住んでいた従業員が大声を聞いて駆けつけ、畳屋をやっていた友人の家にあった堀コタツ用の半畳の畳を持って二階に駆け上って、その上に乗ってM少年を電線より引き離したのだった。感電を避けるためのプロのとっさの判断だった。


本人曰く、これがきっかけか少しずつ勉強がわかるようになり始めた。
5年生の算数の授業のとき、担任の先生の質問にクラスの生徒の多くが手を挙げた。
Mくんもつられて手を挙げた。それまで勉強ではまったく目立たなかったMくんが手を挙げたのに驚いた教師はMくんを当てた。
わかっていたのか、それともたまたまだったのかわからないが、答えが合っていて、それをきっかけにMくんは自分に自信を持つようになり、算数が好きになった。
その後、放課後友達の家に何人かの仲間たちが集まって一緒に勉強をするようになり、お互いに教え合うようになる。


こうして高校に上がったときには、数学が一番の得意教科になり、同じクラスにいた高校教師の娘で数学がとても良くできた女の子を抜いて、学年1位になる。
高校では就職組にいたので、卒業と同時に通商産業省に就職。
しかしM青年は、それまでまったく苦手だったが英語は将来きっと必要になるだろうと思い、働きながら中央大学の夜間部に進学し英文学を学ぶことになる。
働いて稼いだお金で、当時とても高額だった英語教材リンガフォンを買い求め、毎日繰り返し、繰り返しレコードを聴いてリスニングの練習をした。
同時に、通産省で昼間行われていた、将来外国へ出張する人たちのための実用英会話クラスに参加して英語を学ぶ。
やがて大学で学年1位の成績を収めたM青年は、夜間部から初めての卒業生総代として卒業証書を授与される。


大学卒業と同時に通産省を退職し、働いて蓄えておいた貯金と退職金を元に中央大学文学部大学院に進学。
さらに勉強を続ける夢が与えられ、大学院を卒業する前にアメリカの有名大学大学院の神学部に直接手紙を書き、入学希望の意志を伝えた。
留学するためには、銀行の残高証明や親の扶養証明などの経済的保証が必要だったが、神学部の教授がM青年の熱意に心打たれ、返済義務のない奨学金と教授のアシスタントの仕事を与え、彼は留学することになる。


その大学院で(キリスト教)教職修士号、別の大学院で神学修士号、さらにもう一つ別の大学院で教育修士号と、4つの大学院で学び修士号4つを取得。
帰国後、キリスト教会牧師、カウンセラーを務めつつ、自らカウンセリングセンターを開設。
母校の中央大学で英語の講師を20年勤めたあと立正大学心理学部教授に就任。
全国でカウンセリング関係の講演活動をするほか、国際的な講演会などで通訳なども務めて今日に至る。
日本リアリティセラピー協会理事長なども務め、カウンセリング関係の著訳書は20数冊に及ぶ。


このかつてのM少年こそ、私の恩師であり、同労者(協力牧師として)、また家族ぐるみのお付き合いをしている親しい友人、柿谷正期牧師です。
柿谷牧師のことは、これまで何度もこのブログに取り上げてきました。
そのうちのひとつ、「小さな奇跡」の中では、柿谷牧師とキリスト教との出会いから救いへの軌跡が記されています。


小学校に上がるときには、自分の名前の読み書きもできなかった学習障がい児(本人談)が、のちに大学教授になったという、朝ドラ並みの一大ドラマ。
もちろんご本人の努力があったのは言うまでもありませんが、これこそ神様の奇跡でなくていったいなんでしょう。
「石ころからでも、アブラハムの子を起こすことができる」(マタイの福音書3:7)、全知全能なる神様は、私たちの、そしてあなたの人生も変えることのできるお方です。


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