学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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運命の赤い糸

2016.05.31日

地球上の生物の種類は約870万ぐらいだそうですが、そのうち約9割はまだ発見されていないといいます。
しかし、1500万から4000万とか、あるいは1億と推定する研究者もいます。
この数字は種類で個体数ではありません。
人間はホモサピエンスで1種類ですが、その数は現時点で73億人あまりです。


以前教えていた私立中学3年生のS君の英語の教科書にコオロギの鳴き声の話が出ていました。
リーン、リーン、コロコロ、チンチロチンチロチンチロリンなどという秋に聞く鳴き声です。
実はこれは正確には鳴き声ではありません。
コオロギは口で鳴いているのではなく、羽根をこすり合わせて音を出しているからです。
さて、鳴くのはオスだけで、これはメスに対する求愛活動なのです。
メスは何匹ものオスの鳴き声を聞いて、この人(コオロギ君?)の歌が一番うまい、というふうに相手を決めて、ここでカップルができあがるのです。
魚もダンスを踊ったりしてメスに求愛活動をします。
クジャクは翼を広げます。
食べ物をプレゼントして求愛する鳥などもいます。
巣を作って求愛するものもいます。
ほかにも、数多くの生物がさまざまな求愛活動をします。


犬が好きな人には、同じ種類の犬でも顔を見て、可愛い犬、美人(犬?)、年寄り、意地悪な犬、怖い犬など違いがわかります。
私は犬の顔を見て、嬉しい、悲しい、甘えたい、疲れた等などの表情がわかりますが、猿の顔はほとんど見分けはつきません。
しかし、サル山で餌付けをして猿の世話をしている人には、100匹以上いるサルの1匹1匹の顔が区別でき、やはり性格もわかるそうです。


私たち人間には魚はみんな同じ顔に見えますが、おそらく魚の世界の中では、やはり美魚、老魚など違いがわかるのでしょう。
だから、上に挙げたように魚の世界でもダンスのような求愛行動があるのです。


さて、それでは人間は?
私たち日本人には、たとえばアラブ系の人たちやアフリカ系の人たちはあまり見慣れていないので、みんな似ているように見えます。
白人から見ると、日本人も中国人も韓国人も、そしてアジア系の人はみんな同じように見えて区別がつきません。


私の場合は、アメリカ人の俳優は、昔の人も今の人も結構見分けがつき、名前もわかります。
しかし、ファッションモデルになるとみんな同じ顔に見えます。
その理由を考えてみると、自分にとって大切なもの、興味・関心のあるものに関しては、よく見えるということです。


さて、人間の場合、結婚相手を探すのに、動物のような本能的な求愛活動はしません。
「婚活」をする若者は多いですが、これも一種の求愛活動でしょうが。


「運命の赤い糸で結ばれている」という表現をよくしますが、これは単なる迷信や俗説、伝説などで片づけられない面があります。
なにか目に見えない、不思議な引き合いがあり、自然とカップルができあがる、という感じがします。
アカデミーでも、2組のカップルがこれまでに誕生しています。
そのような出会いの場を提供できたということはとても喜ばしいことです。
地球上の何十億という人の中から自分の相手を見つける、というのはまさに奇跡と言っても過言じゃないほどの確率で、また不思議なめぐり合せです。


「幸せの青い鳥」じゃないですが、案外、自分のすぐそばにそのような人がいることがよくあるものです。
要は、先ほどの話ではありませんが、関心をもってよく見るということです。


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夫婦愛のかたち

2016.05.30日

「現代の清少納言」こと、橋本由香里さんの昨日のFBの投稿をシェアさせていただきます。ほのぼの夫婦愛です。


〜60歳のラブレター〜
妻から夫へ
姉の影響で
以前はあなたのワイシャツを
クリーニングに出していたのを
自分で洗いアイロンを
かけるようになりましたね。
胸のポケットに名刺が入っていたり、
朱肉のシミが付いていたり、
袖口や襟元が汚れたりして、
「ああ!契約がとれたんだわ!」とか、
「力仕事をしたんだ!」とか、
仕事をがんばっている様子が分かり、
いつも感謝でいっぱいになります。
そんな思いで
私がワイシャツを洗っているのを
気がついていないですよね。
汚れたワイシャツは
まずたわしで襟元、袖口などを
下洗いして洗濯機に入れます。
干してからアイロンをかけますが
きれいにプレスされる心地よさと
ほのかな香りに包まれて
幸せな気分になります。
時間がなくあわてて
今日着ていく分だけ
朝になってアイロンをかけている姿を
たまに見せてしまうので、 きっとあなたは、
私がワイシャツのアイロンがけが嫌いだと
思っていませんか?
本当は
お休みの日にラジオを聴きながら
アイロンをかけ、
ゆったりとあなたのことを
思いめぐらしながら、
仕事をしているのが好きなんです。
こんな平穏な毎日が続くことを
祈っています。
あなたは今年で60歳になりますが
定年がないので、
まだまだ現役で
頑張ってもらわなければなりませんが、
私もがんばってワイシャツあらい続けます。
健康であなたと私、
まずは80歳を目指し
共に生きていきましょうね。
本当にいつもありがとう!
世界一の彼方へ。
上原礼子 58才 NHK出版
〜〜〜〜〜〜〜〜
おはようございます。
私も、ワイシャツは自宅で洗い
アイロン掛けをします。
あっちゅう間にこなします。
夫は、着る直前に、
自分で二度目のアイロンをかけます。
そろりそろり…です。
お互いのペースを強要したらあきまへん。

(以上、橋本由香里さんのブログより)


ちなみに、我が家では妻のアイロンがけはありません。結婚式に着ていくワイシャツはセルフサービスでアイロンをかけます(笑)。
いろいろな夫婦愛のかたちがあっていいのです。


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魔法の小石

2016.05.29日

「なぜ、こんなつまらないことを勉強しなくちゃいけないんですか?」
 私が教壇に立っていたあいだ、生徒はあらゆる不平や疑問を投げかけてきた。中でも、この質問ほど繰り返し耳にした言葉はない。
 この質問に、私はつぎの物語をお話しすることで答えたいと思う。


 ある晩、遊牧民の群れが夜を過ごすための支度をしていると、突然あたりが厳かな光に包まれました。聖なる方がともにおられるのを人々は感じました。大きな期待を胸に、天の声が下るのを待ちました。何かとても大切なお告げがあるのだろう、と思ったからです。
 ついに、声が聞こえてきました。
「できるだけたくさんの小石を拾いなさい。その小石を袋に入れ、一日旅をするがよい。明日の夜になって、お前たちは喜び、また悲しむであろう」
 聖なる方がその場を去ると、人々は失望と怒りを口にしました。大いなる宇宙の真理について啓示が下ることを期待していたからでした。富と健康が授けられ、人生の目的が解き明かされると思ったのです。ところが与えられたのは、小石を拾うというつまらない、彼らにとってはわけのわからない作業だけでした。
 しかし、人々はぶつぶつ言いながら、いくつかの小石を拾って袋に入れました。聖なる方の神々しさがまだあたりに残っていたからでした。
 人々は一日旅をし、夜になりました。野営を張りながら小石のことを思いだし、袋からとり出してみました。すると、どの小石もひとつ残らずダイヤモンドになっていたではありませんか!
 人々は小石がダイヤモンドに変わったことを喜び、もっと小石を拾ってこなかったことを悲しみました。


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 この伝説の教えを地でいった例として、私がまだ教職に就いて間もないころに出会った、ひとりの教え子の話をご紹介しよう。仮に彼をアランと呼ぶことにする。
 アランは中学2年生。主専攻は「問題を起こすこと」、副専攻は「停学処分」といった男子生徒だ。不良になることを勉強しに来ていたようなもので、ついに「窃盗」という修士号を取ろうとしていた。
 そのころ、私は生徒たちに名言を毎朝暗唱させていた。出席をとるとき、生徒の名前に続けて誰かの言葉の前半を言う。出席とみなしてもらうためには、生徒は後半を続けて言わなくてはいけないのだ。
「アリス・アダムス−−−『努力し続けているかぎり...』」
「はい、『失敗はない』です、先生」といった具合である。
 こうして教え子たちは、その学年の終わりまでに名言を150は暗唱した。
「一直線に目標だけを見なさい。障害が目に入らないように」
「皮肉屋とは、すべてのものの値段を知っていてもその価値を知らない人のことをいう」
 そして、「思うなら信じなさい。信じるなら実践しなさい」などだ。
 アランほど、朝のこのお決まりの時間をいやがった生徒はいなかった。それは、彼が放校処分を受ける日まで変わらなかった。それから5年間、アランの消息を耳にすることはなかった。
 ところがある日、アランが電話をくれた。現在この近くのある大学で特別コースを受講しており、仮釈放期間を終えたばかりだという。
 彼は少年院に入れられた後も問題を起こしていたため、鑑別所に送られたと話してくれた。ついにはそんな自分に嫌気がさして、カミソリで手首を切ったそうだ。
「ねえ、先生、そうやって自分の命の灯が消えかかっていくのを感じながら横たわっていたときです。いきなりあのばかばかしい文句が頭に浮かんできたんです。先生がいつか20回もおれに書かせたやつですよ。『努力し続けているかぎり、失敗はない』。こいつの意味が突然わかったんです。おれが生きているかぎり、おれの人生は失敗じゃない。でも、もし自分で命を絶ってしまったら、失敗そのものになっちゃうじゃないか。そう思ったんです。それでおれは残りの力を振り絞り、助けを呼んだ。新しい人生を始めたんですよ」


 彼があの名言を学んでいたころ、それは小石にすぎなかった。しかし、ぎりぎりの状況に追いつめられ何かの導きを必要としたとき、それはダイヤモンドに変わったのだ。
 だから、私はこうアドバイスしたい。できるだけたくさんの小石を拾いなさい。ダイヤモンドのように輝く未来が約束されるのだから。
ジョン・ウェイン・シュラッター

(『こころのチキンスープ』 2 生きるとは愛すること   ジャック・キャンフィールド、マーク・V・ハンセン著 ダイヤモンド社 p.164-167)


この物語が教えていること、それは人生に無駄は決してない、ということです。
一見、無駄に見えるようなことでも、それが積み重なっていくと、いつか芽を出す時が来るのです。
私たちはみんな、誰でも大なり小なりこのような経験をしているものです。
問題は、それをいかに活かすかです。


その時はわけがわからなくても、意味がないと思われるような「小さな小石」をたくさん拾っておきましょう。
それらがいつの日かダイヤモンドに突然変わっているのです。
教育とはそのようなものです。決して無駄などありません。


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ピンチのあとにはチャンスが

2016.05.28日

先日来、「あなたの人生も変えられる」や、「ADHDからドクターに」など、苦難から栄光へのどんでん返しの人生の実例をいくつかご紹介してきました。


「ピンチをチャンスに変える」とか「ピンチとチャンスは背中合わせ」といった表現をよく耳にします。
私もこれまでの平凡な人生を振り返って、「ピンチのあとにチャンス」がやってきたことは数えきれないほどたくさんあります。
ですから、これは私の信念だと言えます。


これまで何度もタイのテレビCMで感動的なものに出会い、このブログにご紹介してきました。
このYou Can Shine(あなたも輝ける)もそのうちのひとつです。
まずは、ご覧ください。



私はこれまでにもう何度も繰り返し見ていますが、見るたびに胸が熱くなります。
初めて見たときは、感動で身震いして、涙が出てきました。
人それぞれ感じるところは違うでしょうが、私は「ピンチのあとにはチャンスが」ということをずっと考えていたので、このテーマにまさにピッタリの動画です。


聴覚障がいを持つ主人公の少女は、友達などからいじめを受け、とてもつらい日々を送っています。
少女が言います。
「なんで私は皆と違うの?」
バイオリン引きの男が答えます。
「なんで君は他の人と同じでなくっちゃいけないんだ?」
もうこの言葉だけでジーンと来ます。
実際のところ、他の人と同じである必要などひとつもありません。むしろ違うからこそ、人生は素晴らしいのです。


この少女は何度も何度もピンチに遭遇しながらもへこたれずに頑張り、最後のシーンでチャンスをものにして大逆転するのです。
人生にはこのような大逆転がつきものです。
あきらめたらその時点で終わりです。


長い人生、辛い思いや苦しい経験など誰にでも必ずあります。
私自身も子どものころ、何度もいじめを体験しました(「またいじめ...」)。
しかしその都度、「ピンチのあとにチャンス」が来ました。
苦しさの真っ只中ではそのこと自体思い出せない、周りが見えないということもあります。
しかし、そのようなときには、次のしりとりを思い出しましょう。
「ピンチ」→「チャンス」と。
日本語でもピンチに当たる「危機」の文字は、「危」のあとに「機会」の「機」が来るではありませんか。


ところで、この動画、何とシャンプー・コンディショナーの「パンテーン」のテレビCMなのです。
最後の「あなたの中に隠れている素晴らしい輝きを」は誰にも当てはまる、素晴らしい励ましのメッセージです。


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今、自分のうちにあるもの

2016.05.27日
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"What lies behind us and what lies before us are tiny matters compared to
WHAT LIES WITHIN US."

Ralph Waldo Emerson
「我々の過去にあるものも、未来にあるものも、内側にあるものと比べたら取るに足りないほど小さなことだ」
ラルフ・ウォルドー・エマソン
(訳:舟田 譲二)


エマソンのことは、1年前の記事「毎日が最高の日」を始め、これまでたびたびこのブログに書いてきました。波長の合う作家のひとりで、多くのことを教えられ、励まされています。


冒頭の言葉にもとても勇気づけられます。
私たちはとかく過去のことを悔やんだり、将来のことを心配したりしがちですが、エマソンはここで過去よりも未来よりも何よりも大切なものは、今、私たちのうちに何があるかだ、と言っています。
確かに、今自分のうちにあるものをしっかりと見つめ、その価値をはかるなら、過去も未来も取るに足りない、悔いたり不安がったりすることは、まったく意味のないことであることに気づきます。
なぜなら、いくら過去を悔いたところで、あるいは過去の思い出に浸って酔いしれていたとしても、また逆に将来のことを不安がったり、はたまた楽観的になって有頂天になっていたとしても、そんなことは何の意味もありません。それらは実体のない虚像に過ぎないからです。


私たちが唯一確かなものとして持っているものは、「今」という時であり、そして今、「自分のうちにあるもの」だけです。
あなたはそこに目を注いでいますか?
これから目を離さない限り、どうすることもできない過去の苦々しい思い出も、悔いも、あるいはどうなるかまったくわからない将来も、自分を揺るがすことはできません。


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意志あるところ道通ず

2016.05.26日

NHKの朝の連続テレビ小説『とと姉ちゃん』。
毎朝見て、多くのことを教えられ、励まされています。
そのように感じていらっしゃる方は多いのではないでしょうか。


今週はとと姉ちゃんこと、常子が職業婦人に挑戦するところです。
歯磨きは発想は良かったのですが、失敗します。
そこで今度は、当時としては給金の良かった和文タイピストに挑戦します。
もともと商売、仕事に興味があったこともありますが、今回は妹の鞠子が希望する大学進学のために、若くして亡くなった父親の遺志を継いで、父親代わりに経済的に面倒を見るという素晴らしい「とと姉」ぶりを発揮しています。


和文タイプライターは英文タイプライターのように単純なものではなく、ひらがな、カタカナ、漢字などが全部で2000字以上並び、その中から1文字ずつ拾って打つという至難の技術を要します。
常子も文字の配列をなかなか覚えられず四苦八苦します。2000字もありますから無理ありません。
東堂先生の勧めでタイプライターに並ぶ文字すべてを紙に書き写して、就職試験のために家で必至で覚えます。


私も大学生時代、英文タイプライターが高価で買えなかったため、文字配列を紙に書いてそれをタイプライターに見立てて指で打って練習したものです(「からだの一部になるまで」)。
ですから常子のやっていることがよくわかります。


じつは私も今から36年ほど前、すなわち現在のパソコンの先がけとなるワープロが普及する前に、このやっかいな和文タイプライターをニュースレターを作るために使っていたことがあるのです。
確かに文字配列を覚えるのは大変でしたが、練習して結構速く打つことができるようになりました。もちろん今のパソコンのようなわけにはいきません。文字を打ち間違えると、そのところを修正液で白く消して上から打ち直します。
常子が使っていた時代のものと比べると格段に進歩していて操作性も飛躍的に上がっていましたが、パソコンで作成する何倍、いや何十倍も時間がかかりました。
両者の写真を見比べると一目瞭然です。


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ともあれ、常子の和文タイプライターを習得じゃないですが、いざその気になれば道は必ず開けるものです。
昔から
「意志あるところ道通ず」
と言われているとおりです。
このことは、どんなことにも当てはまります。


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ADHDからドクターに

2016.05.25日

「え…ママ…なんで? そんなの絶対に嫌だよ!!!!!」


私は子供のころにADHDと診断され、学校では特別学級に通っていました。
普通クラスから急に特別クラスに変わった私のことを友達は「頭がおかしくなった」とあざ笑い、学校では酷いいじめにあっていました。
特に家の近くに住んでいた幼馴染にもひどい暴力を振るわれ、一人地べたに頭をうずめ、悔しくて数時間泣き続けたこともあります。


でも…
私はそれでもあの「病院」だけには絶対に行きたくありませんでした。
あのつーんとした独特の香りがする病院。
そして、そこにいる医者は、ただ私を診るだけで大量の薬を出し、最終的にはさじをなげる。
当時、対処療法に頼り切っていた医者たちは一人も満足な解決方法を見出すにはいたりませんでした。
かくいう私や両親も適切な情報がない為どうしてよいかわからず結局は病院に頼るしかない状況。
しかし、病院をたらいまわしにされて数か月。
はっきり言って限界が近づいていました。


それから私と両親の闘いの日々が始まりました。
とにかく、状況を打破したかった両親は、手あたり次第に情報を集めました。
「○○に良いお医者さんがいるよ!」
と言われれば何時間も車を走らせ通い、
「××で治った人がいるらしい!」
と聞けば、またそちらに通い…
中には信憑性の低い「噂」に近いような情報もありました。
しかし、両親は藁にもすがる気持ちで駆け回りました。
私は街中のありとあらゆる病院を転々としました。
「どうすれば私の病気が治るのか?」
両親は血眼になりながら、拒絶する私の手を無理やり引き、車を走らせる。


いつも違う病院
いつも違う先生
いつも違う薬
いつも違う副作用
でも、いつもと変わらない結果。
本当に苦しくて、辛くて…
いやで、いやで仕方がありませんでした。
薬が原因で廃人寸前に


月日が流れていき、私は信じられないほどの数の薬を投与していました。
錠剤
粉薬
テープ剤
注射・点滴
カプセル ...etc
特にカプセルはどれだけ変な色のカプセルを飲んだかわかりません。
副作用も様々なものがありました。
私が特に嫌だったものは吐き気をもよおすものです。
「このカプセルが体の中に入って、胃の中で溶けていく…
すると、吐き気がしてくるのか…」
そう想像しただけでカプセルを飲む前から気持ちが悪くなってきました。


それから私のADHDは更に悪化していきました。
一日のほとんどをじっと過ごすことが出来ず、病院に行く時間が近づくにつれて不安とイライラで精神的におかしくなり、時間になると発狂してしまいました。
しかも、夜は全く眠ることが出来なくなり、睡眠薬も使いだしました。
そして、その状態を改善するために更に強い薬を処方されるという悪循環の繰り返し。
私はいつの間にか、日中は意識が錯乱し、自分自身をコントロールできず、ひどい劣等感を持つようになりました。
「僕はいなくなった方がいいんだ…
一生このままならいっそ死んでしまいたい…」
ひどい虚無感と倦怠感にさいなまれ、ただただ、辛い毎日が続きました。
しかし、この後一生続くかと思われた暗闇に一筋の光が差したのです。


その日もいつもと変わらない日。
病院に通うのも抵抗する気力すらありませんでした。
病院につくと、いつもと変わらず、今日も新しい先生がくると聞きました。
猜疑心の塊だった私は先生に失礼にも
「お医者さんの仕事はうそをつくことなんでしょ?」
と言ってしまったほどです。
しかし、その先生だけは違いました。
その時のことは今でも忘れません。


「アイザック君今まで辛かったね…
もうそんな苦しい想いをする必要はないんだよ。大丈夫だから、一緒に頑張ろうね」
と微笑みながら私に語り掛けてくれました。
事実、その先生との出会いが私の人生を180度変えることになります。


先生の治療はすごいの一言でした。
まず、あれだけ苦しまされた薬を一切処方しませんでした。
その代わりに私が摂取したものはハーブや鉱物を入れたスープやお茶。
また、水をたくさん取るように言われました。
さらに、ある日は心地よい音楽の流れる淡い色の照明の部屋に通され身体をマッサージしてもらいました。
今まで行ってきたような「治療らしい治療」というものは全く何もしないのです。
しかし、先生に言われたことをその通りに続けていくと、少しづつ変化が出てきました。
3か月たつ頃には虚無感や倦怠感は薄れ、もちろん、薬を飲まないので吐き気や頭痛といったものもありません。
私は以前の元気な自分を取り戻しつつありました。


そして、 1年後…
「この問題わかる人ー!」
「はーーーーい!!!!」
そこには元気に手をあげて、発表する私がいました。
家の近くに住んでいた幼馴染とも、昔のように一緒にスキーを楽しめるようになりました。
そう、私は念願の普通クラスに戻ってきたのです!
1年前までの私はこんなことは想像もできませんでした。
毎日友達と笑いあえる喜び、お父さんとお母さんと食べられるおいしい食事、薬ももう飲まなくてよくなったので、あのいやな頭痛や吐き気からも解き放たれました。
「みんなと一緒に楽しく過ごせることがこんなにも幸せだなんて…」
私は、私を救ってくれた先生に心から感謝しました。


そして、
「僕も先生のようになりたい!
先生みたいに沢山の人を救って笑顔にするドクターになりたい!!」
そう決意しました。


その後私は、一念発起。
猛勉強を繰り返し、自然療法において世界的権威のあるアメリカの大学に進学し、医学博士号を取得。
更にそれだけで満足できなかった私は、西洋医学、東洋医学、ユナニ 医学、シッダ医学、アーユルヴェーダ、アマゾン伝統儀式...etc


この人の名はアイザック・H・ジョーンズ。
ヘルスドクターにして、年収1億円を超える起業家。
カナダ出身。
国際的なヘルス&ウェルネス専門のコンサルタント会社「エレベイズ・ヘルス」の設立者として、ハリウッド俳優やサウジアラビアの王族をはじめ、経営者、起業家など、年間200人以上の世界中のトップエグゼクティブの健康指導を行う。
イギリス、オーストラリア、アメリカ、アジア諸国など、世界各地で講演活動も精力的に行っており、医師や看護師、カイロプラクターといった、医療関係者からの支持も厚い。妻のエリカと2人の息子とともに、アメリカのジョージア州アトランタに在住。
2016年4月下旬には彼の著書『世界のエグゼクティブを変えた超一流の食事術(サンマーク出版)』が発売。
(Dr.Jones メールマガジンより)


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無理だと思うなら無理

2016.05.24日

私には、「難読症」という、生まれつきの学習障がいがあった。この障がいの原因は人によって異なるが、私の場合は視覚異常によるものだった。
 一般的に、難読症の子どもたちは言葉を瞬時に覚えることが多い。しかし、文字そのものが、実は普通の人と違って見えているということには気がつかないのだ。
 私の目に映る世界は、いろいろな形をした、いわゆる単語と呼ばれるもので満ちあふれた素晴らしいところだった。そして、見える通りに覚えた単語の数は、かなりの量になっていた。そのため、両親は私の障がいにまったく気がつかなかったし、まさか学校での勉強についていけないなど思いもしなかった。
 ところが恐ろしいことに、小学校1年生になると、アルファベットの方が、その組み合わせからなる単語よりも重要だということを知った。難読症の子どもたちにとって、アルファベットをきちんと並べるのはむずかしい。上下さかさまにしたり、前後をひっくり返したりすることが多い。そのため、1年生のときの担任の先生は、私を学習障がい児とみなした。
 1学年も終わり、休みに入った。その先生は、2年生の先生への引き継ぎに、私の障がいのことを書いた。したがって、新しい先生は、最初から私をそういう目でみるようになった。
 2年生になると、算数の問題の答えは出せても、その答えを出すための解き方がさっぱりわからなかった。しかも、この解き方の方が答えよりも大切だと言うではないか。私はますます学習に対して臆病になり、どもるようになっていった。
 はっきりとものが言えない、普通に算数の問題が解けない、アルファベットを正しく並べられない。こんな私は、お先真っ暗の状態だった。やがて、私はある作戦を思いついた。それは、教室を移動するたびに、目立たないように後ろに座ることだった。
 それでも先生に見つかって指されたときは、口ごもりながら「わッーわーわー、かッーかーか、りーりー、ません」と言った。これで私の運命は決定づけられた。それ以来、質問されることがなくなったのだ。
 私は3年生に進級した。新しい担任の先生はすでに、しゃべれない、書けない、読めない、算数もできないという私の障がいを知っていた。だから最初から、私に何の期待もしなかった。 
 やがて私は、学校で仮病を使うことを思いついた。これで、教室にいるよりも保健室にいることの方が多くなったし、学校を休んだり、早退したりもした。3年生と4年生はこんな具合に、なんとか切り抜けることができた。


 そうこうするうちに、私の知的能力はまったく死んだも同然になっていった。しかし、神は私を見捨てはしなかった。
 5年生になると、ハーディー先生が担任になったのだ。彼女は肉体的にも精神的にも強靭な先生として、アメリカ西部ではよく知られていた。この身長が180センチ以上もある先生が、私の前にそびえるように立った。そしてクラスのみんなの前で、私の背に腕をまわして言った。
「スティーブには学習障がいがあるわけじゃなくて、ちょっと変わっているだけなのよ」
 その発言以来、周囲の人々の私を見る目が変わった。単なる障がい児としてではなく、風変わりだが何かの才能をもった子どもとして接してくれるようになったのだ。
 しかし、ハーディー先生はそれで満足するような人ではなかった。先生は私に言った。
「スティーブ君、お母さんから聞いたんだけど……あなたは本を読んでもらうと、まるで写真に撮るみたいに本の内容がそっくりそのまま頭の中に入ってしまうんですってね。ただ、単語やアルファベットを並べたりすることはうまくできないのよね。それと、声を出して読むのも苦手のようね。これからは、クラスで教科書を読んでもらうときに前もって言うから、その部分を前の晩にすっかり暗記したらいいわ。みんなの前では読んでるような振りをしましょうね」
(中略)
 ハーディー先生はさらに続けた。
「スティーブ君は、実際に自分の考えを口に出して言うときになるとおじけづいてしまうようね。先生はね、どんな人のどんな考えも聞いてみる価値が十分にあると思うのよ。先生はどうしたらいいのか調べてみたの。むかしギリシャのデモステネスっていう雄弁家が試した方法があるのよ。デモステネスって発音できる?」
「デッーデッーデーデ……」
「もうすぐ、できるようになるわ。デモステネスの舌は思うように動かなかったそうよ。そこで、口の中に石をいくつか入れて、舌を訓練したというわけ。ビー玉を二つ持って来たわ。大きいから間違って飲み込む心配はないし、洗ってありますからね。これからは、授業で指されたら、まずこれを口に入れるといいわ。そして、あなたが何を言っているのかが先生に聞こえるように、立ち上がって大きな声で話して欲しいの」
 私は賭けをした。言われた通りに舌の訓練を始め、ついに話せるようになった。それも、これまでの私の状態をじゅうぶん知った上で、ハーディー先生が私本来の力を信じてくれたからだった。


 卒業後も、私はハーディー先生と連絡を取り合ってきた。しかし、数年前、ガンのため先生が重体に陥っていることを知った。
「私という、先生にとってたったひとりの特別な生徒は、1000マイルも離れたところに住んでいる。どんなに先生が寂しい思いをしていることだろう。」
 こう考えると、私はいてもたってもいられなくなり、航空券を買い求め先生のもとにかけつけた。ところが、そこには何十人もの教え子たちが集まっていた。彼らもやはり、特別な生徒たちだったのだ。卒業後も先生を慕い、先生と連絡を取り合っていたという。残された時間を先生と一緒に過ごすために、はるばるやって来たのだ。そこには、実に面白い人たちが集まっていた。上院議員が3名、州議員が12名、そしていろいろな企業の重役たちも何人かいた。
 集まったみんなと話を交わすうちに、興味深いことがわかった。四分の三の人たちが私と同じように、小学校5年生のころまで、授業についていけず、自分には何の能力もないとか、つまらない人間だとか、運命には逆らえない、などと思っていたという。
 そんな私たちがハーディー先生に会ったことで生まれ変わった。
 先生は、私たちが有能で、重要で、影響力のある人間だということを信じて疑わなかった。そして努力さえすれば、自分の人生を変えていくことができるということを。
H・スティーブン・グレン

(『こころのチキンスープ 2』 p.174-176 ジャック・キャンフィールド、マーク・V・ハンセン編著 ダイヤモンド社1996年)


私たち、塾講師や学校の教師はともすれば「この子はできる」「この子はできない」などとレッテルを貼って、それに合わせた指導をしてしまいがちです。でも、これほど恐ろしいことはありません。
可能性の芽を摘み取ってしまうのです。そしてそうすることによって、その子の将来を決めてしまうことさえあり得るのです。


ですから、私は生徒を教えるとき、常に次のようなことを言って励まします。
「ほら、できた!」とか、「すごーい!」、「君たちには力が着実についてきている。この調子でいっていいよ」、「◯◯高校、行きたいんでしょ。行けるよ」「今度の中間では満点を目指そう。みんな取る力があるよ。まあ、ケアレスミスがあって97〜98点ということもあるかもしれないけど」
これに対して、生徒が「無理!」と言うと、
「そう、無理だと思うならその通り、無理だよ。でも、できると思ってやれば必ずできる」
と答えます。


生徒一人ひとりのこれからの成長が本当に楽しみです。私は子どもたちを信じています。


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あなたの人生も変えられる

2016.05.23日

昨日、ご本人の口から聞いたびっくりするような実話を下にご紹介します。
ご本人の了承を得てシェアさせていただきます。


Mさんは1942年に満州で誕生。
3歳のとき終戦。父親は出征したまま戻らず、安否もわからず遺骨も届けられないまま終戦後戦死の知らせを母親は政府より受ける。
母親はMくんを含む4人の幼な子を連れて満州を引き上げ帰国。
母子は父親の郷里、島根県川本の父の兄のもとに身を寄せる。
母親は失対(失業対策事業)で道路工事などの肉体労働をしながら一家を支える(のちに小学校の給食のおばさんに)。


貧しい環境の中で育ったMくんは、小学校に上がるとき、自分の名前をひらがなで読むことも書くこともできなかった。
子どもの頃の記憶はほとんどない。
はっきりした記憶があるのは、小学4年か5年生のときの出来事。
間借りで住んでいた家の隣りに中国電力の社宅があり、その隣りに友達の家があった。一階部分の屋根がトタンで、二階の窓をまたいで外にでるとトタン屋根の上だった。その上でよく遊んでいた。
ある日、その家に住む友人が、トタン屋根の横を並行して走っている電線を指差して、触るとビリっとくる、と言うのを聞いて怖いもの見たさで片手で払うように触ってみた。しかし、何も起こらない。そこで、「ビリっとしないよ」と言ったところ、友人は、片手じゃだめだよ。両手でもう一本の電線を触るとビリッとくる、と言う。
そこでもう一方の手を伸ばし、両手で電線を握った瞬間、100ボルトの電気が走った。
Mくんは「ギャアーっ」と悲鳴を上げ、大声で泣き、手を離そうとするが全身はビリビリと震えるばかりで、電線はぴったり両手にくっついたままどうしても離れない。
Mくんの頭の中で一瞬、これまでの短い人生が走馬灯のようによみがえり、もはや自分の命はここまでと思った。
その瞬間、誰かがM少年の身体を抱えて思いっきり引っ張って電線から引き離し、二人は一緒にどっしーんとトタン屋根の上に転がった。
隣りの中国電力の社宅に住んでいた従業員が大声を聞いて駆けつけ、畳屋をやっていた友人の家にあった堀コタツ用の半畳の畳を持って二階に駆け上って、その上に乗ってM少年を電線より引き離したのだった。感電を避けるためのプロのとっさの判断だった。


本人曰く、これがきっかけか少しずつ勉強がわかるようになり始めた。
5年生の算数の授業のとき、担任の先生の質問にクラスの生徒の多くが手を挙げた。
Mくんもつられて手を挙げた。それまで勉強ではまったく目立たなかったMくんが手を挙げたのに驚いた教師はMくんを当てた。
わかっていたのか、それともたまたまだったのかわからないが、答えが合っていて、それをきっかけにMくんは自分に自信を持つようになり、算数が好きになった。
その後、放課後友達の家に何人かの仲間たちが集まって一緒に勉強をするようになり、お互いに教え合うようになる。


こうして高校に上がったときには、数学が一番の得意教科になり、同じクラスにいた高校教師の娘で数学がとても良くできた女の子を抜いて、学年1位になる。
高校では就職組にいたので、卒業と同時に通商産業省に就職。
しかしM青年は、それまでまったく苦手だったが英語は将来きっと必要になるだろうと思い、働きながら中央大学の夜間部に進学し英文学を学ぶことになる。
働いて稼いだお金で、当時とても高額だった英語教材リンガフォンを買い求め、毎日繰り返し、繰り返しレコードを聴いてリスニングの練習をした。
同時に、通産省で昼間行われていた、将来外国へ出張する人たちのための実用英会話クラスに参加して英語を学ぶ。
やがて大学で学年1位の成績を収めたM青年は、夜間部から初めての卒業生総代として卒業証書を授与される。


大学卒業と同時に通産省を退職し、働いて蓄えておいた貯金と退職金を元に中央大学文学部大学院に進学。
さらに勉強を続ける夢が与えられ、大学院を卒業する前にアメリカの有名大学大学院の神学部に直接手紙を書き、入学希望の意志を伝えた。
留学するためには、銀行の残高証明や親の扶養証明などの経済的保証が必要だったが、神学部の教授がM青年の熱意に心打たれ、返済義務のない奨学金と教授のアシスタントの仕事を与え、彼は留学することになる。


その大学院で(キリスト教)教職修士号、別の大学院で神学修士号、さらにもう一つ別の大学院で教育修士号と、4つの大学院で学び修士号4つを取得。
帰国後、キリスト教会牧師、カウンセラーを務めつつ、自らカウンセリングセンターを開設。
母校の中央大学で英語の講師を20年勤めたあと立正大学心理学部教授に就任。
全国でカウンセリング関係の講演活動をするほか、国際的な講演会などで通訳なども務めて今日に至る。
日本リアリティセラピー協会理事長なども務め、カウンセリング関係の著訳書は20数冊に及ぶ。


このかつてのM少年こそ、私の恩師であり、同労者(協力牧師として)、また家族ぐるみのお付き合いをしている親しい友人、柿谷正期牧師です。
柿谷牧師のことは、これまで何度もこのブログに取り上げてきました。
そのうちのひとつ、「小さな奇跡」の中では、柿谷牧師とキリスト教との出会いから救いへの軌跡が記されています。


小学校に上がるときには、自分の名前の読み書きもできなかった学習障がい児(本人談)が、のちに大学教授になったという、朝ドラ並みの一大ドラマ。
もちろんご本人の努力があったのは言うまでもありませんが、これこそ神様の奇跡でなくていったいなんでしょう。
「石ころからでも、アブラハムの子を起こすことができる」(マタイの福音書3:7)、全知全能なる神様は、私たちの、そしてあなたの人生も変えることのできるお方です。


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弥次郎兵衛もびっくりぽん!

2016.05.22日

蕎麦そばをもう一杯食いたいが、自分の懐は痛めたくない。弥次郎兵衛は一計を案じた。「ちょいと湯をくれ」。お湯はタダである。「アチッ、口をヤケドしそうだ。湯を冷ますから蕎麦をちっと埋めてくんな」
◆十返舎一九のおなじみ『東海道中膝栗毛』、原宿(静岡県沼津市)の章である。欲しければ身銭をきればいいものを、意地汚い。卑しい。ずるい。セコい。誰かさんの顔が浮かんでくる。
◆家族旅行という蕎麦が食べたくなったら、「会議費」というお湯を所望する。美術品という蕎麦が食べたくなったら、「資料代」というお湯を注文する…
◆湯水のごとき政治資金の使い道に世間の疑念は深まる一方なのに、舛添要一東京都知事はみずから疑いを晴らす気はないらしい。きのうの記者会見では「第三者の弁護士に厳しく調査してもらう」という言葉を護符のように繰り返し、質問に口を閉ざした。犯罪ドラマで取調室の容疑者が語る決まり文句「弁護士が来るまで何も話すつもりはない」を思い出した方もあろう。
◆タダのお湯を飲み過ぎて、ヤケドを負った人の都みやこ道中膝栗毛である。旅の安寧は期しがたい。

(5月21日付 読売新聞1面 「編集手帳」より)


tokaidoshu.jpg


昨日、「コミュニケーションは真実に」という記事を書いたばかりですが、一昨日の舛添東京都知事の記者会見を見ていて、真実のコミュニケーションとはほど遠いと感じたのは私だけではないでしょう。


舛添知事の資金管理団体や政党支部など4団体の09年以降の収支報告書によると、09〜14年でホテルや旅館への宿泊費とみられる支出は計22件、総額約191万円。うち千葉県の2件を含む8件が正月やお盆の時期で、支出額は計約107万円に上った。
舛添知事の当時のブログやツイッターをみると、11年1月の横浜市内のホテルに宿泊した際は「2日は家族サービスで水族館で終日過ごしました」と記載。千葉県木更津市のホテルに正月に泊まった際も、13年1月は「静かな新年を過ごしています」、14年1月は「温泉につかりながら、東京湾を眺めています」などと書き込んだ。
都庁には、舛添知事の政治資金の使途について、19日までに約6600件の意見が寄せられ、大半が批判的な内容という。高額な海外出張費や週末の別荘通いへの意見を合わせると、今年3月以降で約1万3700件に上る。
 記者会見を見た都民からは、厳しい声が相次いだ。新宿区の会社員の男性(28)は「自分がどう考えて行動したのか、今はどう思っているのかに言及しなかった。説明責任を放棄しているようにしか映らなかった」と憤った。

(5月21日付 読売新聞35面 「舛添知事 政治資金で宿泊、09年から…温泉旅館など 正月と盆、計107万円」より)


政治資金による多数の絵画購入や自宅への事務所費支出、公用車を使った別荘通いなど、政治家の資質を問う質問については、「政治資金規正法に精通した第三者の厳しい公正な調査を受けてから答える」。約2時間15分に及んだ会見で「第三者」のフレーズを数十回も繰り返し、具体的な説明を避け続けた。
(5月21日 MSNニュースより)


『東海道中膝栗毛』が書かれてちょうど200年。
冒頭の「編集手帳」に引用された、作中の弥次郎兵衛、
「舛添氏には負けた!」
と、びっくりぽん。


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コミュニケーションは真実に

2016.05.21日

いとしい相手から次のような手紙をもらったら、さて、どんな気持ちだろう。〈あくびがでるわ。いやけがさすわ。しにたいくらい。てんでたいくつ。まぬけなあなた。すべってころべ〉
◆絶望してやけ酒、やけ食いに走るのは早い。横書き6行の左端を縦に読んでみる。「あ・い・し・て・ま・す」。和田誠さんのエッセー集『ことばの波止場』(白水社)から引いた。詩人、谷川俊太郎さんの作という。伝統の言葉遊び、 折句(おりく) である
◆NHKが載せた新聞番組表の紹介文がちょっとした話題になっているらしい。2日夜に放送したサッカーワールドカップの特集『プロフェッショナル』である
◆〈日本代表エースに密着▽/本田圭佑500日の記録▽/ガチンコ総取材▽ミラ/ン移籍舞台裏▽挫折を/バネに進化▽超極秘ト/レーニングにケニア人▽/W杯へ独占インタ〉。横書きの左端を縦に読めば、「日・本・ガ・ン・バ・レ・W杯」となる。凝りましたね、NHK
◆苦心の折句も効いてか、日本時間のきのう、日本代表はコスタリカ代表との国際親善試合に逆転勝ちを収めた。「 言霊(ことだま) の 幸(さき) わう国」である。

(読売新聞 2014年 6月4日付「編集手帳」より)


私も昔、言語学をやっていたくらいで、言語には人一倍の関心があり、言葉遊びなども大好きです。
このブログでもこれまで何度も言語をテーマにした記事を書いてきています。
上の「編集手帳」も興味深く読ませていただきました。
しかし、冒頭の谷川俊太郎さんの作という手紙文は正直、ちょっといただけません。


あくびがでるわ。
いやけがさすわ。
しにたいくらい。
てんでたいくつ。
まぬけなあなた。
すべってころべ。


いくら言葉遊びと言っても、受け取った相手の気持ちを思うととってもじゃないですが、こんなことは書けません。いくら言葉遊びでも。
そこで、私だったら言葉遊びでどんな風に書くだろうかと少し考えてみました。


あなたのことを思うと
いても立ってもいられない
死んでもいいくらい
天を越えて
まっすぐに
すっ飛んで行きたい


heart1.jpg


これでも、やはり左端の文字を縦に読むと「愛してます」となり、平凡かもしれませんが、これで十分な言葉遊びになっていますし、愛している気持ちは倍になって伝わることでしょう。
あまり気をてらって、冒頭のような手紙を書くと、受け取った人はやはりショックを受け、下手をすると真意が伝わらず心が裂けてしまうかもしれません。


コミュニケーションとはこういうものです。
気をてらって、面白いつもりで言ったとしても、相手にそれが伝わらず逆に不愉快な思いをさせるなら、それは上手いコミュニケーション術とは言えません。


"The most important thing in communication is to hear what isn't being said."
-- Peter F. Drucker, Author and Management Expert
「コミュニケーションで最も大切なことは、話されていないことを聴くことだ」
(舟田訳)
著作家、経営学者のピーター・ドラッカーの言っている上の言葉がコミュニケーションの本質を語っていると思います。


実際のところ、コミュニケーションにおいて言葉そのものが果たす役割はわずか7%と言われています。
それでは残りの93%は何かと言うと、顔の表情や声の調子、話し方、身振り手振りなどのノンバーバル(非言語)コミュニケーションなのです。
たとえば、
「愛してるよ」
と同じ言葉を言ったとしても、低い声で、顔は無表情で、冷たく言ったり、あるいはうるさそうな顔をして、
「愛してるよ。愛してる、愛してる、愛してる。もうこれでいいだろうっ!」
というような調子で言ったなら、相手には間違いなく
「愛していない」
というメッセージが伝わることでしょう。


これが「言霊」と言われる所以(ゆえん)で、言葉には魂が宿っているのです。


聖書には、次のようにあります。
「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。
この言は初めに神と共にあった。
すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった」
(ヨハネ1:1〜3)
「言は神であった」とあります。
この点において、神与の人間の言葉は動物の鳴き声とは根本的に異なるのです。


私たちも言葉を大切にし、コミュニケーションは真実に行うよう常に意識したいものです。


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中3息子がゲームばかり

2016.05.20日

40代の会社員女性。シングルマザーです。中学3年の息子がどうしようもなくて、嫌になります。
高校3年の娘は大学受験に向け、親の私が驚くほど熱心に勉強しています。それに対し、息子は部活をやめさせられて以来、スマホのゲームばかりしています。同居する私の両親が息子のことで私に小言を言い、私は怒りを10倍にして息子にぶつけ、ケンカになる。いつも、この繰り返しです。


将来、こんな調子で定職に就かず、家でごろつかれても困ります。息子を私の人生から抹消したいとさえ考えます。本人にも、「こんなクズ、産むんじゃなかった」と言います。
一時は、息子の人生は息子が決める、私は明るくしてさえいればいいと、自分に言い聞かせていました。でも、こんな日々がいつまで続くのかと思うと、今、更生させるべきなのかと悩みます。(山口・C子)


◇大日向 雅美(大学教授)
子どもは必ずしも、親の思い通りに育たないものです。さりとて自分の人生から息子さんを抹消したいとは尋常ではありません。「こんなクズ、産むんじゃなかった」とまで母親から言われて、よく息子さんは耐えていると思います。


お手紙には、部活をやめさせられたと書かれています。事情がよくわかりませんが、高校受験か何かを理由に、息子さんの意思とは無関係にやめさせられたのでしょうか? そうでしたら、気持ちの整理がつかないのは当然です。


しかも家の中では、対照的に優等生のお姉さんが輝いていて、自分をめぐって祖父母の小言が飛び交い、母親からは存在を全否定されているのです。唯一の逃げ場がスマホのゲームになっているのだと思います。あなたはすでに息子さんを精神的に抹消しているのと同然です。
まず息子さんへの接し方について率直にあやまってください。今、何を考えているのか、何をしたいのか、じっくり聴いてください。娘さんと比べることはやめて、息子さんの良いところを探してください。
この先、ひきこもったり暴力を振るったりするほど追いつめないために、即刻あなたの心と態度を改めるべきです。

(5月19日付 読売新聞17面「人生案内」より)


昨日の記事「子どもをやる気にさせるコツ」に書いたことの正反対のことをすべてこの方はしていらっしゃいます。
このようなことを日々繰り返していて、親子間の信頼関係が壊れ、お互いに自暴自棄になってしまって、子どもがゲームという唯一の自分の世界に逃げる、というのはごくごく当たり前の結果です。


回答者のアドバイスはすべて納得のいくものです。
このような状況の下で、助けを求めてカウンセリングに行く人も多いです。
でも、ここで大切なことがひとつ見落とされています。
カウンセラーが、これはだめです、こうしなさいああしなさい、とアドバイスし、本人もそのとおりだと頭では納得するのですが、言われたとおりできないのが人間。
みんな自分なりの言い分もあるし、すべてのことの発端は相手にある、相手が変わらなければ、と考えるのが人の弱いところです。


真の解決の道はどこにあるかと言えば、本人のうちに、このままではだめだ、何とかしなければ、どうしても現状を変えたい、いい親子関係を築きたい、といった燃えるような願いがなければうまくいきません。
逆にこれさえあれば、もう問題の解決の道筋は見えたようなものです。
なぜなら、それさえあれば人に言われなくても自分で方法はいくらでも見つけられるからです。


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子どもをやる気にさせるコツ

2016.05.19日

子どもに対する親の接し方で、子どもはどのようにでもなります。
親はみんなそれなりに子育てに一生懸命なのですが、なかなかうまくいかないことも多く、空回りしたり、思わぬ方向に進んでショックを受けたりすることもあります。
そこで、子どもをやる気にさせるためのいくつかのヒントを。


@成功体験を味わわせる
 だれでもそうですが、何かで一度成功体験をするとやる気が出るものです。
子どもがよく言うのが、「勉強もわかると楽しい」です。つまりやる気が出ないのはその逆で、わからないからです。それが証拠に、ほとんどの子が、自分の好きな教科やスポーツなどに関しては、覚えることは苦痛どころか楽しくて自然と覚えてしまいます。
成功体験を味わわせるためには、最初の垣根を低くすること。そしてスモールステップで徐々にハードルを上げていき、ひとつずつクリアするごとに、その努力を褒めて、自信を持たせることです。


A子どもをありのまま受け入れる
 勉強に限らずどんなことでも、できてもできなくても、子どもは世界にふたりといない、かけがえのない宝物です。親の期待に沿えないという理由で、親に冷たく扱われたり、ほかの子と比較されて、「◯◯ちゃんを見てごらんなさい」というような言葉は子どもを傷つけます。他人と比較せずにありのまま受け入れてあげましょう。


B褒美でつらない
 多くの親が無意識にするのが「褒美でつる」ということです。一見、良いことのように思われるのですが、正しい動機づけは褒美ではなく、本人の内側から起こるモチベーションです。本人がやりたいという気持ちにする手助けをするのが親の務めです。


C怒らない、怒鳴らない
 子どものためを思って「こうなって欲しい」という思いから親はついつい怒ってしまいます。でも怒ることと注意することは違います。子どもが何か間違ったことや悪いことをしたときには、怒るのではなく、冷静にきちんと理由を説明して注意しましょう。大声で怒鳴るのはもってのほかです。


D脅さない、罰を与えない
 「◯◯をしないと〜するぞ!」という脅しや、何かで失敗したときに罰を与えるのも、子どものやる気をそぎます。だれでも、人から脅されたり、罰を与えられるのは嫌なものです。躾けに脅しや罰は不要です。親の気持ちを正直に、静かに話しましょう。


E否定的な言葉を使わない
 「お前は何をやってもだめだね」「何度言ったらわかるの?」
「ぐず!早くしなさい!」
「なんでこんなことができないの?」
「また壊した!」
 などなど。このような言葉を毎日聞いて育った子どもは間違いなく、自分はドジで間抜けで脳なしの役立たずだと、とても低いセルフイメージを持つようになります。そして、その結果、本当に何もできない子どもになります。


F褒める
 「お前は頭がいい!」
「美人だ!」
「世界で最高に素敵だ!」
「ユーモアのセンスがある!」
 たとえ失敗しても、
「よくチャレンジした。今度はきっとうまくいくよ」と言い、学校の成績がひとつを除いてほかは全部悪くても、
「よく頑張った!素晴らしいじゃないか。残りの科目はこれからきっと上げられるよ」
と言って励ましていたところ、4人の子どもがみんなセルフイメージの高い子どもに育った、とビジネスコンサルタントのブライアン・トレーシーは自らの体験を語っています。
子どもは褒められるとやる気を起こします。


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勉強が好きになるには

2016.05.18日

今日は、ちょうど1年前の今日書いた記事をそのままシェアさせていただきます。


"Put your hand on a hot stove for a minute, and it seems like an hour. Sit with a pretty girl for an hour, and it seems like a minute. That's relativity."
-- Albert Einstein, physicist
「熱いストーブの上に手を1分置いてみなさい。1時間のように感じるでしょう。きれいな女の子の隣りに1時間座ってごらんなさい。1分のように感じるでしょう。これが相対性理論です」
アルバート・アインシュタイン、物理学者
(訳:舟田 譲二)


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(ネコと一緒にハイポーズ!)


アインシュタインの名言はどれもこれもまことに至言です。
相対性理論という難解な理論をひと言でだれにでもわかるように言うところがいかにもアインシュタインらしいですね。


ところで、勉強嫌いな生徒や学生がとても多いのは本当に残念なことです。
親が無理やりさせるから仕方なくやる、試験があるから、宿題をやっていかないと先生に叱られるから、高校や大学に行くために勉強する、などいやいや勉強する人が大半ではないでしょうか。
このような勉強の仕方をしているから、アインシュタインが言うように勉強時間が途方もなく長く感じるのです。


一方、自分の好きなゲームや、スマホ、スポーツなど好きなことをしている時は時間はあっという間に過ぎてしまうものです。
私も最近、旧友と会う機会がよくあるのですが、あっという間に時間がきて、惜しみながら別れることになります。


塾が好きな生徒がよく言いますが、週に3日や4日じゃなくて毎日あればいいのに、と。これは塾が楽しいからです。
ということは、勉強の面白さがわかったら、どれだけ勉強してもあっという間に時間は過ぎてしまい、また次に勉強するのが楽しみになるわけです。


子どもたちに勉強は楽しいよ、と言っても「いや、勉強が楽しいなんてあり得ない。たとえお日様が西から上るようなことがあっても勉強が楽しくなることはない」などと答えます。
これにはひとつ原因があります。
親や学校、塾の先生などが勉強をつまらなくさせているのです。


だれでもそうですが、無理強いされたり、脅されたりするのはいやです。
でも、親や教師は「あなたのためだから」などと言いながら、無意識のうちに子どもに勉強することを強制しているのです。
これでは子どもが勉強嫌いになるのも無理ありません。
私の知っている限り、勉強が好きだという人で、親などに強制されて勉強した人はいません。と言うか、この人たちの親は子どもの勉強には口出ししていません。


それでは、どうすれば子どもは勉強が楽しくなり、好きになるのか。
これはとても大切な問題です。
答えは簡単。親や教師などが勉強好きで、楽しくて仕方がない、という姿勢、情熱、お手本を示すことです。
一般的に言えることですが、スポーツ好きな親に育てられた子どもはスポーツが好きになりますし、これは音楽好き、芸術好き、読書好きなどほとんどのことに当てはまります。
親が本を読まなくて子どもに本を読めと言っても読まないように、親が勉強しないで子どもに勉強しろ、と言ってもそれはしょせん無理な話です。


親や教師が勉強の面白さにハマって夢中になる。これを見た子どもは何も考えずに勉強とは面白いものだと思うようになるでしょう。
そして、勉強する時間があっという間に終わってしまい、もっとしたくなるようになります。


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燃えるような願望

2016.05.17日

昔、哲学者ソクラテスのもとにひとりの若者がやってきて言いました。
「先生。私も哲学者になりたいです。どうしたらなれますか?」
「本当に哲学者になりたいのか?」
「はい、なりたいです」
「哲学者になるのは大変だ。お金にもならないし、生活も厳しい。それでもなりたいのか?」
「はい、絶対に哲学者になりたいです」
「よし、わかった。私についてきなさい」
ソクラテスは歩き始めました。
若者は彼の後ろについて行きました。
湖のほとりに来ると、ソクラテスは水の中に入っていきました。
そこで、若者もあとについて水の中に入っていきました。
胸あたりの深さのところまで来たとき、ソクラテスが再度尋ねました。
「本当に、本当に哲学者になりたいのだな?」
「はい、本当に本当になりたいです」
その瞬間、ソクラテスは若者の首をつかみ、頭を水の中に押し込みました。
若者は何が何だかわからないまま、きっとこれには何か意味があるのだろう、と水の中で息を止めてじっとしていました。
しかし、どんどん時間が経つのに、ソクラテスは一向に手の力を緩めません。
若者は次第に苦しくなってきました。
我慢できなくなって暴れました。
しかし、ソクラテスはまだ彼の頭を水の中に押さえつけています。
もうこれ以上息を止めていられないというところまで来たとき、彼はソクラテスの手を振り切って必死で頭を水の上に出して、思いっきり空気を吸いました。
そのとき、ソクラテスが若者に尋ねました。
「今、苦しくなったとき水の中で何を考えていた?」
「空気です。空気を吸うことだけです」
「本気で哲学者になりたいならば、どうしても空気を吸いたい、吸わなければ死んでしまうというのと同じぐらいの燃えるような願望がなければならないのだよ」


うーん。なるほど。
確かに、これぐらいの燃えるような願望があれば、この世でできないことはないでしょうね。
どうしても◯◯高校(大学)に合格したい、◯◯社に就職したい、◯◯になりたい、◯◯が欲しい、◯◯さんと結婚したい等など、本気で願うならかなわない夢はありません。
これも「引き寄せの法則」のひとつです(「夢を描く」)。


「夢がかなわない」と言う人は、その夢を実現させるために何回ぐらい試していると思いますか?
3回?5回?10回?
いいえ、答えはなんと1回未満!
すなわち、ほとんどの人は最初から試そうとさえしていないのです。
まずは「試す」こと、そしてだめだったら「何度も試すこと」、それでもだめだったらどうしますか?
「夢が実現するまであきらめない」のです(「成功とはあきらめないこと」)。
そうすれば、誰でも必ず夢を実現させることができます。
これが燃えるような願望です。


ちなみに、哲学者になる方法はもうひとつあります。
(答えは、「夫婦円満の秘訣」に)


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すいません

2016.05.16日

最近私に送られてくるメールに「すいません」という言葉が頻繁(ひんぱん)に使われています。
「すいません」の終止形は「すう」なので、本来ならば「吸う」→「吸いません」となり、たとえば「タバコはもう吸いません」という使い方になるはずなのですが、ここではもちろん「すみません」の意味で使われています。


「すみません」というのは、「済む」から来ていて、「済まない」が「済みません」に変化しました。
もともとは「気が済まない」というような意味なのでしょう。
「すみません」がなぜ「すいません」になったかというと、イ音便で「み」という音が発音しやすいよう「い」に変化したのです。
ちょうど、関西で「すみません」を「すんまへん」と言うのと同じような感じです。


問題なのは、「すいません」を正しい表現だと思っている人が多いことです。
とくに若い人の間では、圧倒的に「すいません」派が多いようです。
私たちの世代になると「すいません」と言うのは抵抗がある人が多いようで、「すみません」派が増えます。
日常の会話では「すいません」でもいいのですが、誤って覚えていると正式な場でも、また書き文書でも「すいません」を使ってしまいます。
これはやはり困りものです。


以前、このブログ(「5月末決着 or 未決着?」)にも書いたことがあるのですが、コンビニやレストランのレジで
「◯◯円からお預かりします」
と言うのが今や一般的になりました。
先日はちょっと新しい表現で、
「◯◯円でお預かりします」
というのを耳にしました。
一番面白いと思ったのは
「ちょうどからお預かりします」
です。
私としては
「◯◯円お預かりします」
「ちょうどお預かりします」
という正しい日本語を使ってもらいたいのですが。


そういえば、小学生の頃、私はいつも自分のことを「ぼく」または「おれ」と相手によって使い分けて言っていたのですが、近所の年下の子が「わし」と言っているのを聞いてとても違和感があり、その子に言いました。
「『わし』というのは悪い言葉だよ。せめて『おれ』って言ったらどう?『おれ』は『おのれ』という言葉からできたんだから」
するとその子が言い返しました。
「『わし』というのは『わたし』、いや『わたくし』という、もっと丁寧な言葉からできているよ」
私は「一本やられた!」と、返す言葉がありませんでした。


言葉は生まれ育った環境や文化などを多分に反映していて、どれがいいとか悪いとかいう問題ではないのですが、でもやはり正しい言葉遣いをしてもらいたい、と言葉を愛する私はいつも思うのです。


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もうひとつの飢餓問題

2016.05.15日

"Three billion people on the face of the earth go to bed hungry every night, but four billion people go to bed every night hungry for a simple word of encouragement and recognition."
-- Cavett Robert
「世界中で30億人の人たちが飢えた状態で毎晩床に就いている。しかし、40億人の人たちはちょっとした励ましや褒め言葉に飢えた状態で毎晩床に就いている」
(キヤベット・ロバート)


うーん、なかなか鋭い指摘です。
確かに、世界中の飢餓の問題はよくあちらこちらで目にしたり耳にしたりして、みんなの知るところです。
しかし、飢餓人口よりもさらに10億人も多くの人々が「励ましや褒め言葉」に飢えている、というのはちょっとショッキングな話です。世界の総人口70億の半分以上ということです。
でも、言われてみれば、なるほど、さもありなんという感じです。


5年ほど前に、「豚もおだてりゃ木に登る」という記事を書きましたが、その後も繰り返し「褒めること」の大切さをこのブログで訴えてきました(このページ左上コーナーの「エントリー検索」に「褒める」や「ほめる」、「励まし」を入れて検索してみてください。きっとその記事の数の多さに驚かれることと思います)。


身の回りをちょっと見回してみてください。
あなたの励ましや褒め言葉を必要としている人が必ずいます。あなたのすぐ隣りにも、家族や親族の中にも、学校や職場にも、友達の中にも。
「地球の飢餓を救え」などへの寄付行為もとても大切ですが、もっと身近なところで、あなたに今すぐにでもできる飢餓対策、それが「励ましや褒め言葉」なのです。


ただ、褒めることにも一つ注意しなければならないことがあります。
それは、「褒めて、褒めて、褒めまくれ?」の中に書きましたので、こちらをご参照ください。


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嫌煙権と喫煙権

2016.05.14日

嫌煙権があるのですから、当然喫煙権だってあります。
タバコを吸う、吸わないは個人の自由だからです。
ただ、喫煙権を主張しタバコを吸うことによって、タバコを吸わない人に受動喫煙の迷惑をかけるのは考えものです。
なぜなら、嫌煙権を主張する人は、タバコを吸わないことによって、喫煙者に迷惑をかけることはないからです。
受動喫煙の危険性は広く認知されていて、受動喫煙を防止する目的で健康増進法ができているほどです。


十数年前のことですが、平塚の駅ビル、ラスカの星の広場で妻と一緒に小さなテーブルを囲んでコーヒーを楽しんでいました。
そこにひとりの60代の方が近づいてきて、「相席してもいいですか?」と尋ねました。
私はにっこり笑って「ええ、どうぞ」と答えました。断る理由は何もありませんでした。
しばらくするとその方が「タバコを吸ってもいいですか?」と私たちに尋ねました。
私は「私たちはタバコは吸わないので、タバコは遠慮していただきたいです」と答えました。
するとその人は、いきなりすごい剣幕で怒鳴りました。
「ここは相席をしていい場所ですよ。相席していいところでタバコを吸うのがなぜだめなんですか?」
「でも私たちが最初からここに座っていて、後から来たあなたにタバコを吸ってほしくないと言うのですから、タバコを吸いたい人が他の席に移るのが常識じゃないですか?」
「私はタバコを吸うことによって税金を払ってJRに寄付をしているのですよ!」
???
(タバコとJRと何の関係があるの?ここがJRの駅ビルだから?)
相手が喧嘩腰になってきて、今にもこぶしを上げんばかりになったので、私たちは仕方なく席を立ち上がり他の空いている席に移動しました。
私は非常に不愉快でした。でも、こんなところでお年寄りを相手に喧嘩するのも馬鹿げているので、自分から引き下がることにしました。
(後になってわかったことですが、この人が言いたかったのは、JRではなくJT、日本たばこ産業のことだったのです)


大学に入って最初のフランス語の時間、ベレー帽をかぶり、マントを羽織って、パイプをくわえた日本人の先生が教室に入ってきました。
「ボンジュール、ムッシュ・エ・マドモワゼル!」
しばらくフランス語で自己紹介したりしてペラペラ話し、その後ようやく日本語で話し始めました。
「私はこのクラスでは日本語は一切使いません。フランス語で授業を進めます。新しい単語や文法などで、説明が必要なときは英語を使います」
(おっ、カッコいいぞ!このクラスはおもしろくなりそうだ)
「私は授業中にパイプタバコや紙巻タバコを吸います。君たちももし授業中、タバコを吸いたかったら、教室を吸殻で汚さないように、このような携帯灰皿を持ってくれば吸ってもいいです」
(ちょっと待った!タバコを吸わない人にとっては、タバコを吸われるのは迷惑なんだ!吸殻の問題じゃない!)
授業後、私はその先生のところに行って言いました。
「先生、ちょっとお話したいことがあるのですが」
私はその場で、授業中のタバコのことを抗議したかったのですが、その先生は何を勘違いしたのか、
「あっ、それじゃ今からレストランに一緒に食事に行きましょう」
と言って私を職員食堂に連れて行き、言いました。
「何でも好きなものを注文してください。ご馳走します」
(しまった。これはやばいことになったぞ)
でも、食事をしながら私は正直に私の考えを先生に伝えました。
先生は驚いてまじまじと私を見つめて言いました。
「今まで長年教えてきて、このようなことを言われたのは初めてです。
でも、君の気持ちはよくわかりました。次回の授業のとき、学生に授業中はタバコを吸わないよう言います。そして私もできる限り授業中は控えるようにします」
その後、2年間このT先生のフランス語のクラスを取りましたが、ずっととても可愛がっていただきました。
「嫌煙権」という言葉もなかった50年近くも前のことです。


嫌煙者の中には、私のようにタバコの煙にアレルギーで、喉や目が痛くなる人もいるのです。
喫煙者は嫌煙者のために気遣う心を持ち合わせてほしいものです。
また自分の健康のためにも、周りの人々の健康のためにも、さらに自らの精神の鍛錬のためにも、タバコをやめることができたらもっといいと思います。
私の父は、私のために禁煙してくれました(「地震、雷、火事、親父」)。私は今でもこのことで父に感謝しています。


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人間は考える葦

2016.05.13日

「人間は考える葦である」
17世紀のフランスの哲学者、思想家、数学者、物理学者、宗教家のパスカルが『パンセ』の中に書いた有名な言葉です。


人間は自然界の中でもっとも弱い存在のひとつである葦(あし)のように弱いものである。
しかし、人間はただの弱い葦ではなく、自然界の中で唯一「考える」力のあるものだ、という考えです。
確かに、自然界を見回すと、人間は多くの動物より弱い存在です。
走ることにおいては時速100キロで走ることのできるチーターを始めガゼルやカンガルー、サラブレッドなどにはまったく太刀打ちできません。
でも、動物にとってはまったく意味のないマラソンで42.195キロを走り抜くことが人間にはできます。
それは人間が考える葦だからです。


泳ぎに関しても魚にははるかに及びません。水の中で暮らしていないので当たり前のことですが。
でも、人間は舟を造り、さらには潜水艦を造り、どの魚よりも遠距離を航海することができます。


空を飛ぶことに関しても鳥にはまったく及びません。そもそも人間は空を飛ぶことはできません。
しかし、大空を飛ぶ鳥を見て、鳥のように空を飛びたいと考え、頭を使って飛ぶ方法を考えつきました。それが飛行機です。


脳科学が進み、人間の脳そっくりに働くコンピュータを発明しました。
そしてこのコンピュータのお陰で、かつての原始的な舟を次第に大きな原子力空母のようなものにまで発展させることができたのです。
飛行機からさらにはロケットを発明し、宇宙に飛び出て、月にまで行くことができました。
さらに、人間が作ったAI(人工知能)は小説を描いたり(「ついにここまで来たか」)、下のような絵を描いたりすることすらできるようになりました。


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人間は考える葦だからです。
しかも、この頭脳は一部の頭のいい人だけに与えられているのではなく、人間みんなに与えられているのです。
こんなに素晴らしい頭脳が与えられていてそれを活用しなかったら、それは本当に世界最大の資源の無駄遣いです。
そして、そのことを教えるのが教育の目的です。
ただ単に、物事を暗記し、テストで高得点を取り、志望校に合格し、会社に就職するために勉強しているのではありません。


あなたにも無限の可能性があります。
考える葦だからです。


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60歳のラブレター

2016.05.12日

先おとといの記事「現代の清少納言」でご紹介した橋本由香里さんのブログからシェアさせていただきます。さすが、現代の清少納言です。
心にジーンとくるストーリーをお楽しみください。


妻から夫へ
昨年の暮れ、
和室の電球を変えようとしたら、
あなたの懐かしい字で
前回取り替えた日付がありました。
平成12年11月、その2年後、
あなたは心不全で亡くなりました。
当時小6の一人息子と私を残して
早すぎる死でした。


取り替えようと電球を外すと
日付の横に何やら文字が書いてありました。
「久美ちゃん大好き、
何年もずっと一緒一緒だよ」
えー!こんなところに?
なんとその7年後に
あなたの言葉を見たのです。
それも亡くなった後に…


顔も体格も性格も、
あなたにそっくりに成長した息子は
高校2年になり、
あなたが書いた電球を見せると
「おー!」しか返ってきませんでした。
たった13年間と言う
短い結婚生活でしたが、
ほんとに幸せな結婚できた。
ありがとう!
これからも私と息子を
見守っていてくださいね。
(もちろんその電球は
私の宝物として置いてあります)


西久保久美子56歳
NHK出版より


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雑草にも栄養が必要!?

2016.05.11日

6年前の記事の再録です。


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今朝、庭の雑草がちょっとうっとうしくなってきたので、大きく伸びた雑草を1本引き抜いたら隣の雑草も気になり始め、結局30分あまりかけて全部抜いてしまいました。
大発見をしました。
なんと、雑草にも栄養が必要だ!ということです。


家の陰になって陽のあたらないところに生えている雑草はいとも簡単にすっと抜けてしまいます。
ところが、陽のよく当たっているところの雑草は、根が張っていてなかなか抜けません。
たかが雑草、されど雑草。
やはり雑草も必死で生きています。
雑草といえども、雨の水や太陽の光など、栄養が必要なのです。
日陰で育った雑草はひ弱。


あっ、そうか!
なあーんだ、人間も一緒じゃないか。
雑草は放っておいてもどんどん生えてきますが、きれいな草花はしっかりと手入れしなければちゃんと育ちません。
今読んでいる『世界一の子ども教育モンテッソーリ 12歳までに脳を賢く優しく育てる方法』によると、子どもの脳が大きく成長するのはクリティカル・ピリオド(臨界期、敏感期)と呼ばれる幼児期から7〜10歳までだそうです。
これは、脳のシナプス密度の増加時期とも一致していて、15歳頃には大人の密度になっています。
この間に、しっかりと脳を訓練しておくのとしておかないのとでは、その後大きな差が開くのは明らかです。
別に幼児から英才教育をすべきだと言っているわけではありません(やったほうが効果はあるでしょうが)。
しかし、英才教育以上にもっと大切なのは、幼児期の家庭における親子・家族間の対話や人間関係です。
親との会話がほとんどなく、放ったらかしにされていた子どもの知能が低いのはごく当然のことです。


先週、送迎バスの中で、小学1・2年生の子ども達が、「昔、昔、あるところに...」と自分で即興でストーリーを作って話すゲームをしていました。
小学2年生のF君の話を聞いていて驚きました。
「凶器」とか「とてつもない」等など、2年生では普通知らない言葉をストーリーの中に連発するのです。
私が小学2年生の頃の語彙とは比べものになりません。
語彙が豊富なF君は、やはり算数も国語もよくでき、漢字もすぐに覚えます。
勉強の基盤ができているのです。
彼は今8歳です。
8歳になって言葉を覚え始めたのではありません。
語彙が豊富なだけではありません。
ストーリーも面白くて、しっかりした構成になっています。


雑草ですら、水や光などの栄養が十分でないとひ弱になるのですから、ましてや人間の子どもの場合、食事や睡眠、運動など物理的な環境のほか、親や兄弟など周りの人たちとの係わりが精神的・心理的・頭脳的な発達に大きな影響を与えることは疑う余地がありません。


親の子どもに対する接し方が子どもの「セルフイメージ」を決定づけます。
昔聞いた話ですが、アイルランドのひとりの少女の顔全体が真っ赤なあざでおおわれていました。
しかし、この子はそのことを全く苦にしていず、ほかの子よりも高いセルフイメージを持っていました。
生まれたときからずっと両親が温かく、愛情いっぱい育て、顔のあざのことを次のように言っていたというのです。
「お前が生まれるときに、天使がキスをしてくれたんだよ。
だから顔についているのは天使のキスマークなんだ。
人が何と言おうと全然気にすることはない。むしろ天使のキスマークを誇りに思いなさい。
お父さんとお母さんは、どこかに行ったときなど子どもがたくさんいるときにも、天使のキスマークのお陰で、お前がどこにいるかいつでもすぐにわかるし、それでこれまでどれだけ助かってきたかわからない。
お前はお父さんとお母さんの一番大切な宝物だよ」


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悪魔の囁(ささや)き

2016.05.10日

最近はとんと怖い夢を見なくなりましたが、以前とてもリアルな怖い夢を見ました。
5年前の記事の再録です。


昨夜は疲れていて、いつになく早寝しました。
とは言っても、床に就いたのは1時でしたが。
慣れないことをしたせいか、2時40分にトイレに目が覚め、次に4時過ぎ、そして6時前に目が覚めてあまりぐっすりとは眠れませんでした。


しかも久しぶりに怖い夢を見ました。
夢の中で見たのは本です。
そのタイトルは『悪魔の囁き』です。
題からして恐ろしいです。
悪魔の口が多くの人々の耳元で囁いているのです。


その本の目次を紹介します。
目次だけでも恐ろしいので、心臓の弱い方はこの先は読まないでください。


『悪魔の囁き』
第1章 馬鹿になる方法
1. 親や教師の言うことは聞くな
2. 勉強は絶対にするな
3. 本は一切読むな
第2章 貧乏になる方法
1. 一に怠惰、二に怠惰
2. お金は貯めるな、使え
3. 寄付は絶対にするな
第3章 不健康になる方法
1. 自分の好きなものを暴飲暴食せよ
2. タバコは毎日欠かすな
3. 運動するな
第4章 人間関係で失敗する方法
1. 自己中心を貫け
2. 人に感謝するな
3. 人の嫌がることをしろ
第5章 人生で失敗する方法
1. 決して目標を持つな
2. 人のためになることは一切するな
3. 勤勉・努力などの戯言(ざれごと)に耳を傾けるな
第6章 不幸な死に方をする方法
1. 夫婦・親子・親戚・友人との関係を断て
2. 自分の人生を振り返って後悔しろ
3. 死を恐れよ


賢明な読者の皆さんには、この夢のメッセージは伝わりますよね。


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現代の清少納言

2016.05.09日

年は30歳前後だったろうか。彼女は、同僚の女性たちから、のけ者にされるいじめにあう。休職して実家に帰り、引きこもりは10か月ほど続いた。彼女を救ったのは、書くことだった。愚痴を描いたのではない。皆を楽しませようと思ったのである。
ブログを綴る現代女性のようだが、平安時代、清少納言と呼ばれた女性の話だ。ユーモアのある明るい文章で人気の彼女。
「実は、絶望の中で書いたんです」と京都学園大学の山本淳子教授(55)は話す。

(5月9日付 読売新聞別刷り日曜版「よみほっと」 1ページより一部抜粋)


つい数日前、フェイスブックの共通の友人を通してひとりの方が私に友達リクエストをしてこられました。
「ブログを綴る現代女性のようだが」というのを地で行くような話です。
以下は、その方のプロフィールから。
「Facebookがきっかけ!
病気・孤独・挫折から、55歳で人生の再スタート!
『Facebookって面白い!これで元気になれるかも…』元気になりたい!明るくなりたい、そんな祈るような気持ちで毎朝投稿を始めました。
私はそこで、新しい人生と本当にやりたいことを見つけました。
当時の私は、心も体も家庭もどん底で、もがいてもがいて、なんでもやりつくして、それでも良くなれない自分に絶望していた時がありました。病気・孤独・挫折の繰り返しでした。
でも、どうしてもあきらめきれずに、自分で自分を治すしかないと腹を決め、試行錯誤しながら、迷い迷い歩いて、ここまで来れた道のりがあります。
その苦しかった道のりが糧となり、肥やしとなり、今の私を支えています。そして、私の話をすると、同じように苦しんでいる人がたくさんおり、共感を呼び、励ますことに役立つことがわかりました。
私自身、苦しかった時、
寄り添ってくれる人がいたら、どんなに心強く思えたことか…と切に思いました。
今も、そんな人にはなかなか出会うことはできません。
それなら、私がなればいい‼と決め、「どん底から輝く人生へといざなう”パラダイス人生_後見人”橋本由香里のライフ・リメイクプログラム」を開発することを決意したのです。
あなたと共に寄り添い、人生の再スタートラインに立てるよう、私がエスコートします!
どん底から輝く人生へ誘う(いざなう)ライフ・リメイクプログラム
http://hashimotoyukari.sakura.ne.jp/taiken/


人はひとりで生きていけません。
みんな、だれかを必要としており、また同時に一人ひとりに、その人にしかできない使命のようなものが与えられています。
この方はそれをご自分で見出し、自ら苦境から脱したのみならず、今や他人のために役立つことに生き甲斐を感じ、日々生き生きと生活していらっしゃいます。
素晴らしいお手本、まさに現代の清少納言です。
ご興味のある方は、上のリンク先からご本人に直接ご連絡してください。
元気がもらえますよ。


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母の日

2016.05.08日

今日、5月の第2日曜日は母の日です。
デパートなどでは、この時とばかりに母の日商戦です。
本来なら1年に1日だけ母の日に、母親に優しい言葉をかけたり、プレゼントをするのでなく、365日、毎日母親に感謝の気持ちを伝えることの方がよほど大切なのですが、ほとんどの人は普段は忘れているようです。


ところで、父の日は6月の第3日曜日ですが、母の日ほどメジャーではなく、一般の人の関心はあまり高くありません。
7年前の父の日は、何年かに一度、私の誕生日と重なる日でした(「父の日」)。
このときは感動して泣かされました。


そして、今日はなんと母の日と、私の妹(「妹一家と猫たちをご紹介します」)の誕生日が重なる日です。
両親が意図して、私と妹を父の日と母の日に重なるように産んでくれたわけではありませんが、考えるとなんとなく嬉しい気がします。
妹と私は歳が11歳も離れていて、私が小学5年生のときに生まれたため、私は妹が可愛くてしようがなく、毎日おんぶに抱っこ、ミルクを飲ませ、歌を歌い、おむつを替え、散歩に連れて行ったりと、親代わりによく面倒をみました。
そして、このような関係がその後もずっと続き、私の小中高校・大学時代の親しい友人はみんなうちに遊びに来て妹をよく可愛がってくれました。
高校の頃は、クラスのハイキングに、大学時代には友人との旅行にも妹を連れていったものです。
ですからいまだに昔の友人に会うと、まりちゃんは元気にしてる?と必ず尋ねられます。
その都度、最近の写真を見せると、変わっていない、昔のままだ、と言ってくれます。


その可愛い、私の愛する妹に、今日は
「誕生日と母の日、ダブルおめでとう!」
と心からお祝いの言葉を贈ります。
そして、全国の、いえ世界中のお母さんたちにも日頃の尊い働きに、そして深い愛情に感謝して、
「母の日、おめでとうございます!」


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価値観が人を作り上げる

2016.05.07日

先日車で走っていた時、信号のないところで私が車を停車させると、隣に乗っていた妻が、なぜ停まったのかわからず一瞬きょとんとしていました。


しばらくして、対向車線の側の歩道にいた小学生が頭を下げて横断歩道を渡っていきました。
アメリカだったらごく普通の光景です。歩行者優先のアメリカでは、このようなシーンで停車せずに走っていくとすぐに白バイがサイレンを鳴らして車を停め、チケットを切って罰金になります(経験者語る…)。


日本も昔と比べるとずいぶん変わってきましたがまだまだです。
狭い通りから大通りに車で出ようとすると、車の流れは途切れずなかなか出させてもらえません。
へたをすると前方が信号などで道路が詰まっているのに、こちらが出ようとしている通りをふさぐような形で車を停める人もいて、そうなると信号が変わってもその後ろの車もまたどんどん続いていって結局ずっと出られないことすらあります。
とくに時間に追われている夕方などに、生徒のバス送迎をしていてこのようなことがあると、ついイライラしてしまいます。


ところ変わって中国の狭い通りなどがテレビの番組などで映し出されると、「そこのけ、そこのけ、お車が通る」で、歩行者はまったく無視され、車を避けないとぶつかられたりして、非常に危険な状況にあるのを目にすることがあります。


その国の文化や習慣、さらに言えば同じ国の中でも、育った環境や、親の躾けなどによっても、人々の行動は大きく変わってきます。
これらはごく小さな一例に過ぎませんが、文化や習慣などの中で人の価値観が作り上げられていき、さらにそれが人の行動や人生までも変えてしまうというのはよくあることです。


子育ての上手な親の子どもや、躾がしっかりなされている家庭の子どもは、自然と言葉遣いも礼儀も正しくなり、また勉学に取り組む姿勢や友達関係を始めとする人間関係、また学校生活や部活など、生活全般にも大きく影響していることがよくわかります。
親だけでなく、子どもたちと日々接している私たち教育に携わる者も子どもたちの価値観を形成する役割を果たしており、その責任はまことに大きいです。


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虚心坦懐

2016.05.06日

誰にでも自分の知らない世界があります。
全知全能者でない限り、知識には限界があります。
ところが、人というものは自分の限られた知識や経験に基づいて、そんなことはあり得ない、と知らないことを否定してしまうことがよくあります。
たとえば、テレビなどでよくやる超常現象。透視、テレパシー、予言など。
確かににわかに信じられないことかもしれませんが、信じられないからと言って頭から否定するのは科学的ではありません。


昔、新聞か何かで読んだのですが、ある人が友達と話していて、う〇ことお〇っこを同時にすることができるかできないかという論争になり、ひとりは絶対にできないと言い張って賭けたそうです。(汚い話で申し訳ありません)
ところがその後、絶対にできないほうに賭けた人自身が自分でそれを体験して、負けたと言って賭けたお金を支払ったとのことです。
つまり、自分が経験していないこと、知らないことは誰でもたくさんあって当たり前で、それを謙虚に認め、経験した人の言うことを素直に認めるということはとても大切なことなのです。


宗教体験などもそのうちのひとつです。
確かにうそをつく人も中にはいるでしょうから、何でもかんでも頭から信じる必要はありませんし、また時には信じることは危険でさえあります。オウム真理教などがその例です。
でも神秘的な宗教体験をした人がみんなうそをついている、と言うほうがよほど非科学的です。


なぜこのようなことを書くのかと言うと、私がこのブログの中に書いている「引き寄せの法則」のような神秘的なことや、あるいは積極思考「成功とはあきらめないこと」などで、初めて聞く人にとってはたやすく信じられないこともたくさんあるのではないかと思うからです。
例を挙げると、今読んでいる本『アインシュタイン・ファクター』の中にも、そのようなことがいくつも出てきます。
バイオリンに1度も触れたことがない人が、イメージストリーミングのあと急激に上達してバイオリン演奏ができるようになったとか、「あなたはレンブラントだ」と催眠術をかけられた人が本当にレンブラントのようなものすごくうまい絵を描いたなど。これらを頭から信じない人もたくさんいます。
「サヴァン症候群」の人は、たとえば1度アイネクライネ・ナハトムジークのCDを聴いただけで、翌日には完璧にピアノ演奏ができるとか、9000冊の本を写真のように頭の中に記憶している、なども常識的には信じられない話です。
これらほど劇的ではありませんが、人に話しても信じてもらえないような体験を私も数えきれないほどしてきています。


しかし現実にこのようなことがあるということは、とりもなおさず人間の能力は実はとてつもなく大きいということを意味しています。
私自身は、レオナルド・ダ・ヴィンチやアインシュタイン、エジソン等など人々が天才と呼ぶ人は、実は特殊な才能を持った人ではなく、そもそも人間みんなが持って生まれている才能だと思っています。
ですから、生まれ育った時代や環境、文化的背景、人との出会いなどによって、それらの能力が引き出されると信じているのです。(「成功の背景」


「虚心坦懐」(何のわだかまりもない素直な心で、物事に臨むこと)の姿勢が、その人を伸ばします。


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見た夢を描く

2016.05.05日

かつて画家のゴッホが言いました。
「私は私の描く絵を夢見て、それから見た夢を描く」と。


だれでも絵を描くときには、最初に心の中に描く絵をイメージします。
作曲する人は、作る曲を心の中でイメージします。
小説を書く人も、やはりストーリーをまずイメージします。
自動車や家電、家具など、どんな物でも作る前に、どのようなものを作るかイメージします。
スポーツにおいても同様です。たとえば、野球ではバッターはバッターボックスに立つ前に、どのようなバッティングをするか心の中に描きます。ピッチャーも対するバッターを見て、どのような球をどのコースでどこに投げるか、やはりイメージします。
優勝するチームは最初から優勝するイメージを心の中に強く描いています。
決勝戦まで勝ち進んだチームで、「よくここまで来れたものだ。本当にラッキーだった」と思ったチームはまず負けます。
逆に、「ここまで来たのは予定通り。さあ、この試合で必ず決着をつけてやる」と心に決めて試合に臨むチームは優勝します。
人生とはそういうものです。


自分が心に描いたとおりに物事が運んだ。
このような体験をほとんどの人がこれまでに何度か経験しているはずです。
しかし、「いつも思うようにうまくいく」と、考える人もいれば、反対に「思うようにうまくいくことはめったにない」と、考える人もいます。(「自信はどのようにしたら生まれるか」


ここが成功者と失敗者の分れ目です。
成功者は「絶対に思うようにうまくいく」と考えて、その夢を実現させるまで決してあきらめません。
必ずしも簡単に夢を実現できるわけではありません。いろいろな困難にぶつかります。
しかし、困難にぶつかったとき、どのようにしたらこの困難を乗り越えることができるだろうか、ということに焦点を当て、いろいろと試します。そうしているうちに不思議と道が開けるのです。
一方、失敗者は困難にぶち当たると、「やっぱり自分には無理なんだ」と、すぐにあきらめてしまいます。
たとえすぐにあきらめなかったとしても、このような人は「なぜできないか」「なぜうまくいかないのか」と、できない理由ばかり探し、できないことを正当化します。その結果、失敗するのです。
というか、初めから失敗することが見えています。


これは人生のあらゆる場面に通じます。
小中高校生ならば学校の試験や受験において、あるいは友達作りや部活など、大学生なら就職活動において、社会人なら会社での昇進や、将来の配偶者との出会い、結婚、家庭作り、いろいろな場面での人間関係等など。


やりたいこと、なりたいもの、ほしいもの、どのようなことでも、ゴッホのように最初に心の中にイメージを描くのです。そして、次にそのイメージを具体化させるために行動を取るのです。
これを繰り返していくならば、本当に不思議なほど「自分が思い描くとおり」の人生を送ることができるようになります。
実はこれこそが、私がこれまでに何度もこのブログで言ってきた「引き寄せの法則」「引き寄せの法則 2」)であり、「魔法のランプ」であり、「夢をかなえる」「夢はかなう 2」)方法なのです。


まずは夢を描きましょう。大きな夢を。すてきな夢を。最高に幸せな夢を。
そして、それが実現できるまで決してあきらめずに追い求めましょう。
自分でもびっくりするようなことが起こりますよ。


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正直者がバカを見る?

2016.05.04日

7年前に書いた記事の再録です。
恥を忍んで...


先日、中学1年生のクラスで、英語の月例テストを返却して、答え合わせと解説をしていたときのことです。
Sさんが手を挙げて大きな声で言いました。
「先生、私の答え間違っているのに◯がついています!」
私はまじまじとSさんの顔を見て言いました。
「あなたは正直です。正直者には金の斧を上げます。間違ってつけた点はプレゼントです」


これはご存じ、イソップ物語の「金の斧と銀の斧」をもじって言ったものです。
私はこのような正直な子が大好きです。


実は私にはとても苦い思い出があります。
小学4年生のときのことです。
住んでいた家のそばに教育大学付属小学校がありました。夏休みにほんの1週間ほどでしたが、近所の子を集めて無料のサマースクール(夏期講習)がそこで開かれました。教育大学の学生が実習で教えるわけです。
当時は塾などはなく、サマースクールがどのようなものかもわからないまま、私は親の許可をもらって通うことにしました。
この頃の私は勉強はあまりできませんでした。というか、全然勉強をしていませんでした。できなくて当たり前です。
そんな子が行ったのですから、正直大変でした。
そして、サマースクールの最後の日にテストがありました。
このときも勉強していなかったので、あまりできませんでした。
テストが返ってきたとき、点数を少しでも上げたくて、間違っていた漢字に棒を1本足して正しい漢字にして、先生に言いました。
「先生、この答え合っているのにバツになっているよ」
すると先生が言いました。
「舟田君。先生はあなたの間違いをちゃんと覚えているよ。あなた自分の答えを直したでしょう」
顔が真っ赤になりました。先生がそこまで見ていたとは考えてもいませんでした。
私はその若い、優しい女性の先生が大好きだったのですが、最後の日に大変なことをしてしまいました。
本当に、穴があったら入りたい、とはこのことです。
その先生の名前も、悲しそうな顔も今でもはっきりと覚えています。
そして、その後ずっとこの思い出が心の傷となって残っているのです。
このことはこれまで誰にも話したことがありませんでした。あまりにも恥ずかしい話なので。


ですから、中1のSさんのように勇気を持って正直に言ってくれる子がいたら、本当にうれしくなります。


アメリカに留学していたとき、スーパーで食料品を買ってレジでお金を払ったところ、レジの人が10ドル札を20ドル札と間違って、払ったよりもたくさんのお釣りをくれました。
あわててレジの人に間違いを指摘して、余分にもらったお金を返したところ、その人は
"Oh, my God! Oh, my God!"
「まあ、なんてことでしょう!」
と言いながら、両手で頭を抱えて、信じられないという顔をしていました。
あまりに気が動転していたので、私にお礼を言うのさえ忘れていました。
もし黙っていたら、私は10ドル(当時のお金で多分2000円ぐらい)儲けていました。
そして、そのレジの人はあとで、自分の間違った分を店に弁償しなければならなかったことでしょう。


「正直者がバカを見る」という諺があります。
確かに、表面的に見るならそのようなことはよくあります。
先ほどのSさんは正直に自分の間違いを言ったために、テストの点数が下がって損をしていたかも知れません。
レジの人の間違った余分のお釣りをそのままもらっていたら、私は得をしていたかも知れません。
でも、大切なことを見失ってしまいます。
正直に言って、たとえ点数が少し下がったとしても、そんなことは何の意味もありません。
むしろ、小学4年のときの私のように、うそを言って恥をかくほうがよっぽど損です。(金の斧・銀の斧の物語に出てくる欲張りなきこりのように)
お釣りを余分に受け取っていて、あとで良心の呵責を感じるようなら、正直に返すほうがよっぽど自分のためです。


正直は最大の美徳です。
正直者はバカを見ません。絶対得をします。
Sさん、ありがとう。


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ゴースト・ボーイ : 暗闇の13年間

2016.05.03日

南アフリカ共和国出身のマーティン・ピストリアスさんは、生まれてから最初の12年間はごく普通の幸せで健康的な少年でした。
ところが、ある日突然すべてが変わってしまいました。
原因不明の病気になったのです。医者達はその病名を突き止められず、懸命に治療に当たりましたが病状はどんどん悪化し、いかなる動きも、話すことも、目で合図することすらできなくなり、ついには意識もなくなり、植物人間状態になってしまいました。


それからなんと13年間、暗闇の中の人生を送ります。
ところが奇跡が起きます。意識が戻ったのです。しかし、両親を始め、周囲の人たちはだれも彼が意識を持っていることがわかりません。また、そのことを伝える術も彼にはありません。そのため、介護士からはありとあらゆる虐待を受けます。
しかし、ある日大逆転の人生が始まりました。
続きはこちらの動画をご覧ください。感動で胸が震えます。



自伝『ゴースト・ボーイ』は世界的ベストセラーに。本の紹介はこちら。



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知識は力なり?

2016.05.02日

以下は7年前に書いた記事です。
教育界では最近になってようやくこのことに気づいたようで、学校の授業スタイルも、また高校入試や大学入試も変わりつつあります。


今日、バス送迎のとき、小6のA君に久し振りに英語の単語テストをしました。
「月の名前を1月から12月まで言ってごらん」
「はい。January, February, March, April, May, June, July, August, September, October, November, December」
「素晴らしい。よく覚えていたね。じゃあ今度は週の名前を言って」
「Sunday, Monday, Tuesday, Wednesday, Thursday, Friday, Saturday」
「正解!じゃあ、May I 〜? ってどういう意味だった?」
「〜してもいいですか?」
「よく覚えているね。A君は記憶力がいいね」
「はい」


実は、A君に英語の単語をバスの中で教えたのは今年の春のこと。もう半年以上経っています。
最初は「3月春休みがマーチどおしい」「May I (メイ、愛)してもいいですか?」のように語呂合わせで教えていたのですが、何度か繰り返しているうちに語呂合わせは必要なくなって、いつの間にか完璧に覚えていました。
A君に言いました。
「記憶力がいいと、テストもよくできるでしょう?」
「はい」
「学校では記憶力のいい人やテストでよくできる人は、みんな頭がいいって言ってるでしょ。でも、本当は記憶力がいい人が頭がいいとは限らないんだよ」
「えっ、本当ですか?」
「そう。じゃあ、本当に頭がいい人、というのはどういう人だと思う?」
A君、しばらく考えて、
「わかりません」
「ものを知っているだけでは頭がいいとは言わない。頭がいいとは、その知っていることをどれだけ実際の生活の中で活用できるかだよ」
「う〜ん。あまりよくわかりません」


イギリスの哲学者フランシス・ベーコン(1561〜1626)が
"Knowledge is power." (知識は力なり)
と言ったそうです。
日本は、とくに知識信奉が強く、学校教育の内容はもとより、普段のテストも、入学試験も、就職試験も、ほとんどが知識を問うタイプのものです。
そして、記憶力がよく、テストはいつも高得点で、成績のいい人、偏差値の高い学校に入学する人を、一般に頭がいいと言います。
確かに、このような人は「頭はいい」のでしょうが、ただ単に物事をたくさん知っているだけの百科事典のような人は社会ではあまり役立ちません。
むしろ、社会で必要とされるのは、問題解決能力のある人、協調性のある人、独創性のある人、リーダーシップのある人などです。
これらは「知識」とは言わず、「知恵」と呼びます。


そろそろ日本の教育も、フィンランドのような「考える」ことを訓練する形に変わっていかなければ、やがて世界から取り残されるようになると思います。


「知識は力」ではなく、その知識の使い方、すなわち「知恵」が力なのです。


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愛犬、愛車、愛◯

2016.05.01日

こんな感じのとてもおしゃれなプードルを最近よく見かけます。


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胸を張って堂々と歩いていて、まるで白い貴婦人のようです。
でも、本人(本犬)は自分がおしゃれをしているなんて意識はまったくないでしょうし、また、自分から望んでおしゃれしているわけでもなく、飼い主の趣味と贅沢でやっていることです。
ただひとつ言えることは、飼い主の愛は犬にも十分に伝わっていて、お互いに幸せでいるということです。
そして、犬の方も飼い主に対して精いっぱいその愛情に応えようとします。


愛とはそのようなものです。
愛するものは精いっぱい愛し、愛されるものはその愛に応えようとするのです。


先日、中3生に英検準2級対策授業をしていたときに、
can't stop 〜ing
(〜せずにはいられない)
という表現が出てきました。
そこで、Ray Charles の有名な歌
I Can't Stop Loving You
を紹介し、出だしを歌って聞かせました。
すると、ひとりの生徒が早速ペンで手にこの歌の題名をメモしていました(笑)。


昨日は何か月ぶりかで愛車のプリウスを洗車しました。
ずっと忙しくて時間がなかったのと、風邪で体調を壊したりして、我がプリウスは雨の跡がついてとてもみすぼらしくなっていました。


洗車し始めると、次から次へと綺麗にしたいところが出てきました。
後ろのハッチを開けたところの溝は苔が生えて緑になっていたので、割り箸の先を鉛筆削りで削って細くしたものを雑巾で包んで、隅から隅まで一点の汚れもないほどにしました。
ドアを開けたところの周囲のピラーやステップも綺麗にしました。


そうこうしているうちに、高校時代にガソリンスタンドでアルバイトをしていたときのことを思い出しました。
高校の先生をしていたちょっと年配のお客さんは、愛車のコロナをそれこそ舐めることができるほど、エンジンルームの中までピカピカにしていました。
それで、私もボンネットを開けて、ボンネットの裏からエンジン周りすべてを割り箸と雑巾で綺麗にし始めました。
それこそ、いつも修理や車検をお願いしているTボデーのTさんが見たらびっくりするほど、ホイールキャップやタイヤなど足回りから、車全体をピッカピカに仕上げました。
2時間もかかって終わると、6時過ぎで空が夕焼けで赤く染まっていました。


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これで我が愛車、プリウスもプードルじゃないですが、白の貴婦人になりました。
車にも私の愛が伝わったでしょうか?


犬や車を愛し、大切にすることは素晴らしいことです。
しかし、どういうわけか、一番大切な自分の伴侶や子ども、きょうだい、親族、友人、恩師、教え子などに愛情を十分に注がない、あるいはその愛情を伝えることが下手な人が多いのはいったいどうしたことでしょう。


もっともっと愛すべきものを愛し、
I Can't Stop Loving You
を歌だけでなく、日々の生活の中で実践したいものです。


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