学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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失ったものを数えるな

2016.04.30日

人は失ったものや、持っていないものを数えるのが好きです。
「◯◯がない、◯◯がなくなった」のように。
でも、大切なのは、「持っているものを数え、感謝すること」です。


「失ったものを数えるな」は、私の好きなスウィング(ジャズ)の王様と呼ばれたベニー・グッドマンの言葉です。
彼の半生を描いた映画『ベニー・グッドマン物語』は何度も見ました。
そして見るたびに感動し、泣きました。
その彼の言った言葉なので重みがあります。


誰でも失ったものや、持っていないものがたくさんあります。
でも、そこに目を向けていると、不幸になります。
「持っているもの」に目を向けましょう。
そうすれば、感謝できることがいっぱい見つかります。
そして幸福になります。


そして、そこから上を目指せばいいのです。
一歩、一歩。
他人と比べる必要はありません。
自分は自分でいいのです。


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あなたの人生も変わる

2016.04.29日

昨日の記事「パラダイム・シフト」の中で紹介したボブ・プロクターはこんな人です。
以下は6年前に書いた記事の再録です。読むとあなたの人生も変わります。


中学3年生のとき、成績不良で学校を中退した少年。
その後、低い時間給のアルバイトを転々とし、またどの職業についても長続きせず、借金の生活。
25歳のときふと手にした本がナポレオン・ヒルのThink and Grow Rich (邦題『思考は現実化する』)。
彼はむさぼるようにこの本を読み、そしてその1年後には年収が10万ドル(1000万円)を突破。
彼は今や億万長者で、アメリカを代表するビジネスコンサルタント、著述家、モチベーショナルスピーカーです。
彼の名前はボブ・プロクター。
私も彼の本 YOU WERE BORN RICH (邦題『宇宙を味方にしてお金に愛される法則』)を読み、彼のCDもいくつか聴いていて、とても波長の合う人のひとりです。
これまでこのブログの中で何度か取り上げてきた「引き寄せの法則」を、 The Secret (邦題『ザ・シークレット』)の中でボブ・プロクターが語っています(「不愉快なことがあったとき」)。


先日、ブライアン・トレーシーのメルマガでボブ・プロクターの最新のビデオの案内があり、早速見てみたところ彼は今75歳。
しかし30分あまりのビデオで、力強く、流れるようにメッセージを語っていて、とても75歳とは信じられないほどでした。


このビデオの中で彼が言っていました。
「成功し、金持ちになるのに、学歴とか生まれつきの頭の良さとかは必要ない。
物事には正しいやり方がある。自分はそれを知らなかったので遠回りしてきたけれど、実は簡単なことである。
それはパラダイム(理論的枠組み)を変えることだ。
パラダイム(考え方の枠組み)を変えると自分自身が変わる。
自分自身が変われば、すべてが変わる」


勉強においても、仕事においても、人間関係においても、正しいやり方というものがあります。
それを忠実に実行するなら、誰でも人生で成功を手に入れることができます。
ただ、実行する前にその原則を学ばなければなりません。
上に挙げた本をお薦めします。
ぜひ皆さんも読んで、学び、実行し、人生のさまざまな分野で成功を収めてください。


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パラダイム・シフト

2016.04.28日
rouba2.jpg rouba5.jpg


上の2枚の絵は有名なだまし絵(隠し絵)ですが、あなたには何に見えますか?
何も見えないと言う人もいますが、たいていの人は年老いた女性、あるいは若い女性が見えると言います。
目を凝らして見てみてください。
いったん年老いた女性が見えると、若い女性は見えなくなりますし、若い女性が見えると年老いた女性が見えなくなる不思議な絵です。


これは視点の問題です。
だれでもこうと思い込むと他が見えなくなるのです。
これをパラダイム、「固定観念」と言い、視点を変えることをパラダイム・シフトと言います。
以下は「成績不良から億万長者に」なった、私の尊敬するボブ・プロクター氏のブログからの抜粋です。
「人の名前を覚えること」という昨日の記事の最後のところに書いたのですが、昔は人の名前を覚えることに自信のあった私ですが、今はなかなか覚えられず自信喪失になりがちで、「自分の全盛時代はすでに終わった」と過去を懐かしんでいたのですが、このボブ・プロクターの記事を読んでこのような考えを改めることにしました。


私には固定観念があるし、あなたにもある。
しかし、成長するためにはこの固定観念から抜け出さなければならない。
次の5つは、よく見受けられるが、同時にほとんどのケース自分では気づきにくいパラダイム(固定観念)で、私たちの人生に大きな影響を与えるものである。


固定観念 1.すべてはうまくいっている
人生は別に苦しみというほどのものではないが、かといって取り立てて言うほどたいしたものでもない。
人生において手に入れられるものはこんなものだろう。あるいは、とくにそれ以上望むまでもない、と自分に言い聞かせている。


しかし視点を変えると:
「私は幸せだ。しかし、決して満足しているわけではない」
地面の中の種が太陽の光や養分を、また水をさらに求めているように、私たちはみんな成長したいという自然な欲求を持っている。
私たちの存在の法則とは、もっと知りたい、もっとなにかをしたい、さらに向上したいという欲求だ。


固定観念 2.私は収入の限界を知っている
いくら一生懸命働いても、あるいはなにをしようとも、稼げる収入はこんなものだ。
あなたは行き詰まりを感じ、このハードルをどのようにして超えることができるのかわからないでいる。


しかし視点を変えると:
「私は自分の将来の経済について大きな夢を持っている」
あなたは今までに夢見た以上のお金を稼ぐことができる。しかし、自分の収入には限界があると話したり、考えたり、感じたりしていたらこれは達成できない。
あなたが信じたとおりになる、というのが宇宙の法則だ。
収入を増やすことができるのは、正しい、積極的な思考のみによる。


固定観念 3.私の全盛時代はもう終わった
40代以上の人の多くは、自分たちにできることはすでに達成したと感じている。これから新しい仕事をしたり、人間関係を築いたり、健康を増進させたり、お金を増やすにはもう十分な時間がないと思っている。「どうせなにをやっても無駄だ」と。


Iしかし視点を変えると:
「あなたは100歳以上生きられる」
私たちの体は、100歳以上生きられるように造られている。
もしも100歳以上生きられるとわかっていたら、あなたは今の生活の何を変えだろう?それとも、あなたは自分にできることはもう全部やってきたと思っているのだろうか?
私たちの寿命は絶えず伸び続けている。豊かで、幸せで、健康的な次の100年を、さらにそれ以上のいのちを期待しようではないか。
私はもうすぐ82歳になろうとしている。しかし、多くの30歳の人たちよりももっと大きな目標を持っているし、エネルギーもたっぷりある。このペースをスローダウンすることなどまったく考えていない。
だから、もしあなたが自分の全盛時代はすでに終わったと思っているなら、そんなことで自分の人生を無駄にするのはすぐにやめることだ。次にやってくる素晴らしいことを受け取る準備をしておくことだ。


固定観念 4.私は愛される価値がない
あなたは今孤独を感じているかもしれない。愛を分かち合えるパートナーはもう見つからないだろうと思っているかもしれない。あなたのことを愛してくれる人がいたなら、あなたの人生は劇的に変わると思っているかもしれない。
ひょっとしたらあなたはとても外交的で、ユーモアのセンスもあるかもしれない。しかし、自分は愛されていない、と心の内ではさびしく思っているかもしれない。
あなたは太りすぎていて人から愛されないと思っているかもしれない。体重計が示す数字があなたの価値を決めると思っているかもしれない。


しかし視点を変えると:
「私は自分自身を愛している。そしてその愛は倍になって自分に戻ってくる」
あなたは自分のことをどのように考えようがまったく自由だ。ならば、自分のことをなぜそのように卑下するのか。
あなたの潜在意識は、あなたの本当の姿と想像上の姿を区別することができない。だから、あなたが望む自分のイメージをはっきりさせよう。
一日を過ごすとき、自分が求めているもの、たとえば愛、幸せ、健康などにのみ焦点を合わせよう。


固定観念 5.私は世界の承認が必要だ
人はなにか新しいことをしようとするときはいつでも周囲の承認を得ようとする。
雇い主や上司、同僚、友人、顧客、あるいは親などからの同意や評価、承認、指導などを求める。
また、自分が間違っていないということを確信できるような条件や状況を求めるかもしれない。
この固定観念はしばしば気づくのが困難だ。なぜなら、私たちのほとんどは自分の能力を低く見ているからだ。


しかし視点を変えると:
「神はつねに私を導いてくださっている」
聖書によると、私たちは神の像に似せて造られている。
だから、もしあなたが自分の願望は重要ではない、あるいは自分の運命は失敗の道をたどるなどと思っているなら、それは誤った考えだ。そんな考えは一刻も捨て去りなさい。
もしあなたが何かをしたい、作りたい、表現したいと強く願うなら、その願望は神様から来た声だ。その声に応えるなら、あなたは確実に導かれ、成功は約束される。
たとえどれほどたくさんの固定観念がこれらのうちにあろうとも、あなたは考え方を変えることができる。


あなたの成功を祈りつつ
ボブ・プロクター

(訳: 舟田 譲二)


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人の名前を覚えること

2016.04.27日

先日のBBQ大会の夜のレクで、新人の先生やOBの先生たちの自己紹介がありました。
司会役の、今年晴れて念願だった地元の県立高校の数学教師となった旧人のT先生が、「皆さん、ぼくの名前を知っていますか?」と言った流れで、あとの先生もみんな同じ質問で自己紹介をしました。
先生たちみんなが終わったところで、T先生が「あっ、忘れてました。アカデミーで一番偉い先生、学院長先生がいました。学院長、自己紹介をよろしくお願いします」と私の方に振ってきました。


生徒はいつも私のことを「学院長」と呼んでいるため、どうかすると私の名字すら知らない子がいます。
そこで、「皆さん、ぼくの名前を知っていますか?」と同じように尋ねたところ、案の定手を挙げたのは数人。そこで、「名前は学院長ではなくて、舟田譲二です。ジョージです。よろしくお願いしま〜す」と言いました。
いやー、やっぱり名前は覚えて欲しいですね。


私はこれまでいろいろな記憶術の本を読んで勉強してきました。
英語で書かれた、アメリカの記憶術の神様と呼ばれる人たちの本も何冊か読みました。
どれにも共通して書いてあるのは、自分の知っていることに結び付けて覚える、ということです。
今から30年近く前、中央大学で教えていた当時、英語音声学と英語表現研究のクラスにそれぞれ100人ずつの学生、それに国史専攻やフランス文学専攻など、英語専攻以外の学生の教養英語に各50名ずつ、合計毎年250〜300人ほどを教えていました。
この学生全員の名前を私は覚えました。
授業時間内に何度も何度も学生を名前を呼んで当てて質問したり、発言させたり、声をかけたりして、その都度その学生の名前と顔や性格など何か特徴をつかんで、それらを結びつけて覚える、という方法でした。もちろん簡単なことではありませんが、コツは繰り返しです。
この結果、毎年大勢の学生が、学年末試験のとき、4年間の大学生活で名前を覚えてくれたのは先生が初めてだった、と答案用紙に書いてくれました。
当時教えた学生の名前と顔を何人かは今でもはっきり覚えていますし、いまだに親交のある人も何人かいます。
また塾を始めて30年間、これまで教えてきた生徒の名前もほとんど覚えています。


私は「人の名前を覚える」ことをアメリカにいたときに学びました。日本には、「隣のご主人」とか「〇〇さんの奥さん」、あるいは「先生」、というような言い方がありますが、英語にはありません。アメリカ人はみんな、一人ひとりを名前で呼びます。しかも、早く名前を覚えます。自分の名前を覚えてもらい、呼んでもらえることはうれしいことです。そこで、
「これはすごい。自分も真似をしよう」と思ったのです。
人の名前を覚えることにはいろいろなメリットがあります。
デール・カーネギー(1888〜1955)というアメリカの有名なビジネスセミナー講師・著述家は、
「人にとって一番耳に響きのいいのは、自分の名前である」
と言っています。
本当にそのとおりです。


ところが、ここ数年体調を壊して以来、生徒の名前がなかなか覚えられなくなってきているのです。
「昔はよかった」といくら昔を懐かしんでも、意味ありません。
そこで、パラダイムシフトをすることにしました。
これについては、また明日の記事でお話しします。


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明日またやってみよう

2016.04.26日

Courage doesn't always roar.
Sometimes courage is the little voice at the end of the day that says, "I'll try again tomorrow."

Mary Anne Radmacher - Author and Artist


勇気はいつでも大声を上げるとは限らない。
ときに勇気は、一日の終わりに小さな声で、「明日またやってみよう」と言う。

メアリー・アン・ラッドマッカー、作家・芸術家
(訳:舟田 譲二)


私たちは「勇気」と言うと、人目を意識せずに大声で自分の意見を主張することだ、と思いがちです。
しかし必ずしもそうではなく、ときに自分に向かって「明日また頑張ろう」と言うのも勇気なのです。とくに、落ち込んだり、辛い思いをしたり、悲しいとき、不安なとき、自信をなくしているときなどに「明日また頑張ろう」と言うのは確かに勇気のいることです。


でも、たとえ小さな声でも、一日の終わりに「明日またやってみよう」と言うならば、明日に向けて新たなエネルギーが内側から湧き上がってきます。
勇気のいることですが、これをしなければ私たちはつぶされてしまうことがあるのです。
私自身、この「明日またやってみよう」にこれまでどれほど助けられてきたことか。


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BBQ大会

2016.04.25日

昨日はアカデミーの今年度第1回イベント、中学生対象のBBQ大会の日でした。
先週やる予定だったのが大嵐で1週間延期に。
今日も天気予報では曇りときどき雨だったのですが、雨は夜中に降って明け方には上がり、曇り空ながら予定通り湘南平で行うことができました。


現地に向かう塾バスの中は、みんな冗談を言い合ってもうノリノリ。
「なに中?」(どこの中学校?)
と聞かれて、
「ダイエット中」。


しかし、いざ始めようとすると思わぬハプニングが。
事前に用意しておいた木炭が湿気てしまっていて、着火しないのです。
遅れてくる第2陣に電話して、急きょ途中ホームセンターに寄って新しい炭火や着火剤などを買ってきてくれるよう依頼しました。
ところが、雨上がりで湿度が高いせいか、届いた新しい炭火でもなかなか火が起きないのです。
予定時間を大幅に回って、生徒たちはお腹ペコペコ。
「肉〜...、ニク〜...にく〜...」と消え入るような声。
「火がつくのが早いか、日が暮れるのが早いか...」なんて冗談が飛び出す始末。


ようやく火がつき肉が焼け始めると、3台のBBQコンロの周りに群がった飢えたハイエナたちは、焼けあがる前に次々と箸で突っつきほおばり出しました。焼いても焼いてもあっという間に平らげていきます。
先生たちは牛、豚、鳥肉や野菜、焼きそばなどの調理にてんてこ舞い。自分たちの食べる番はなかなか回ってきません。


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お腹いっぱい食べて満足した子たちは横でハレーボールを始めますが、中には最初から最後の最後まで食べ続ける子も。さすが成長盛り、食い盛りの中学生です。


予定をオーバーしましたが無事BBQも終わり、塾に移動。
生徒たちのお楽しみの時間、先生たちの得意技、用意周到なレクタイムです。
新人の先生たちの紹介に始まり、OBの先生たちも加わって◯☓ゲームや数学クイズなどに興じてみんな思う存分楽しみました。
かくして天気も守られ、先生と生徒、生徒同士の懇親会を成功裏に終えることができました。
部活などで参加できなかった生徒の皆さんは、次回のメインイベント、夏合宿をお楽しみに。


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学習は「楽」習

2016.04.24日

2008年にノーベル物理学賞を受賞した京都産業大名誉教授の益川敏英さんが受賞の翌年、母校の名古屋市立向陽高校で講演しました。そこで益川さんは次のように語りました。
「学問は、より多くの自由を獲得するための作業だ」。
エジソン、ヘーゲル、福沢諭吉、パスツールとファーブル。歴史に残る多くの学者を引き合いに出しながら、益川さんはまず「私たちはなぜ学ぶのか」を語った。
「いまは非常に変化の激しい時代。私たちはその変化の法則を読み取り、10年、20年先を読み取る力が必要です。学校で教えられていることにその芽があるはず。勉強という言葉には苦しみを強いる意味があって私は大嫌い。でも英語studyの語源には知る楽しみという意味がある。本来、知ることは楽しいこと。ぜひ楽しみ方を覚えてください」と熱弁を振るった。

(朝日新聞より)


日本語の「勉強」は確かに、とてもネガティブなイメージがあります。漢字自体「勉」は、「女性がお産をする時に力む」という意味からうまれていて「苦」のイメージ、「強」は「強いる、無理強いする」という意味です。(「勉強する目的は」
子どもたちが勉強が嫌い、というのもうなずけます。私自身、小学生から高校生までの間、いつも強制的に勉強させられて、勉強は嫌いでした。


勉強の楽しさを知ったのは大学に入ってからです。あまりにも勉強が楽しくて、大学卒業後も3つの大学院と神学校で学び、最終的に卒業したのは34歳のときでした。あれほど勉強嫌いだった私が34歳まで勉強を続けたのは、まさに「勉強の楽しさ」を知ったからにほかなりません。
ですから、学生時代の塾講師や家庭教師に始まり、これまでずっと教育畑を歩んできましたが、いつも心がけてきたことは、生徒・学生(英会話を学んだ成人の方も含め)に「学ぶ楽しさ」を味わってもらうことです。
アカデミー学院の生徒が、「勉強が楽しい」と言ってくれるのを耳にするたびに、また中学・高校・大学の同窓会では、何人もの旧友から舟田のお陰で英語が好きになった、できるようになった、卒業できたなどと声をかけてもらうと、とてもうれしくなります。


何人かの生徒が以前行っていた塾の話を聞かせてくれました。
クラスのひとりの生徒が宿題を忘れると、全体責任と言ってクラスの生徒全員に居残りさせるとか、テストで合格点に達しないと、追試験、それがだめなら追追試験、といつまでもテストを繰り返す、挙句の果てに生徒はテストに合格するために答を丸暗記する、等々。
熱心なのはわかりますが、これでは勉強嫌いになるのは当たり前です。要するに「勉」「強」なのです。
強制や罰から上質(クォリティ)は生まれません。
このようなやり方で、とりあえず成績が上がり、志望校に合格できたとしても、合格したとたん反動で遊びまくり勉強しなくなります。勉強は志望校に合格するためにいやいややっていたからです。
益川さんも言っているように、本来「知ること」は「楽しいこと」です。このようにして「学ぶ楽しさ」を味わった人は一生勉強し続けます。人は生きている限り一生学び続けます。そうでないと進歩がありません。
勉強は、小中高校生が志望校に入るために、歯を食いしばって苦しみながらするものでは決してありません。
学習は「楽」習。
皆さん、勉強は苦しまずに楽しみましょう!


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クォリティ

2016.04.23日

クォリティって何でしょう?


クォリティ、英語でquality、日本語では「質」あるいは「上質」。
アカデミーのホームページに推薦のことばを書いてくださった立正大学元教授の柿谷正期氏が日本で始められたリアリティセラピーは、人は外側の刺激によって反応するのではなく、内側から動機づけられて行動を選択するという選択理論心理学を基盤としたカウンセリングの一手法です。選択理論を基盤としたクォリティスクールでは、「何かを学ぶということは人生の質を高める。そのことを生徒によく理解してもらったうえで、強制や批判、罰などを排除して自ら進んで学ぶように導くなら上質の結果(成績や生活習慣など)を生み出すことができる」と言っています。つまり、生徒を脅し、あるいは褒美などでつって宿題を強制的にやらせ、忘れてきたら罰を与える、というようなやり方では、恐れからあるいは褒美につられて宿題はやってくるかもしれないが、決してそこから上質は生まれない、というわけです。


私が子どもの頃はこのようなやり方がごく普通でしたが、今日でもなんと多くの学校や塾でこのような強制的な指導が行われていることでしょう。宿題を忘れると罰が与えられるので、それを恐れて友達の答を写してとりあえず宿題を提出する、ということがまかり通っています。これではクォリティ(上質)が生まれるわけがありません。


会社の経営法においても同じで、ボスマネジメントといって上司が部下に対して脅しと報酬で強制的に仕事をやらせても上質な結果は決して生まれません。しかしリードマネジメントで上司が人間関係を大切にして、絶えず上質を目指すなら職場環境が変わり、従業員はみんな一生懸命働き、いい結果を生み出します。


勉強をする、宿題をするのは誰のためでもない、自分のためです。自分が将来より良い人生を歩むためです。このことがわかるようになると、勉強にも身が入り、学んだことが身につき、上質が生まれるようになります。実は、結果を出す生徒とそうでない生徒の違いはまさにこの動機付けの違いにあります。


勉強に限らず、仕事でも同じやるなら、楽しみながら、しかも一生懸命やろうではありませんか。それがクォリティを生み出すのですから。


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知恵を体得する

2016.04.22日

ある青年が老齢の知者に尋ねました。
「先生はどのようにしてそのような知恵を体得されたのですか?」
「賢明な判断によってじゃ」
「それでは、賢明な判断はどのようにして下されたのですか?」
「経験だよ」
「その経験はどのようにして得られたのですか?」
「愚かな判断によってじゃよ」


人間、だれでも失敗します。失敗しない人なんかいません。失敗から学んで、そこから成長する。ここが大切なのです。


勉強において、私はいつも生徒にできる限り消しゴムを使わないよう指導しています。
小さい頃から、親や学校の先生たちから教えられているのか、みんな書き間違えるとすぐに消しゴムを使ってきれいに消して書き直します。
答えだけでなく、漢字や計算の途中式などもすぐに消します。


提出するテストの答案用紙やノートでもない限り、答えにせよ、あるいは漢字や計算の途中式にせよ、間違いは残しておいて、赤で直し、自分の間違いの記録をとっておいて、あとで見直す時に間違いから学ぶことはとても大切です。英語の3単現のsのつけ忘れなど、自分の間違えるパターンに気づかなければなりません。そうでないと、同じ間違いを何度も繰り返すことになってしまいます。
間違った答えや文字を消してしまうのは本当にもったいないことです。


そして、このことは私たちの人生そのものにも通じることです。
私たちはどうかすると、消してしまった方がいいような心の傷をいつまでも消さずに大事にとっておいて、事あるごとにその傷を見て、また痛むというようなことをしばしばしています。
逆に、失敗から学ぶべきことで、消してはいけない記憶を消してしまい、同じ失敗を繰り返したりします。
このふたつの間違いをしている人がとても多いです。
でも、失敗すること自体は、人間である限りいわば当たり前のことで、なにも悪いことではありません。
大切なのは、失敗から学ぶことです。
失敗から学ぶならば、冒頭の話に登場する知者のように、人生のすべての経験を糧にして知恵を体得することができるのです。


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継続は力なり

2016.04.21日

「継続は力なり」
よく聞く言葉ですよね。
しかし、これほど真理で、また同時にこれほど行うのが難しく、また実際に行っている人が少ない言葉もないのではないか、と思います。


昔、小学1年生からアカデミーに来た生徒で、算数が本当に苦手な子がいました。
3年生、4年生になっても、足し算をまだ両手の指を使ってやっていました。新しい単元を教えるときは、何度教えてもなかなか理解できなく、教えるほうも教えられるほうもとても苦労しました。
しかし、家でお母さんが熱心にフォローしてくださったお陰もあって、進歩は遅かったのですが、本当に根気強く、コツコツとよく頑張りました。
その結果どうなったと思います?
中学に入ると、どんどん伸びてきて、数学と理科では何と学年1位を取るほどにまでなり、学校の先生達や同じ学年の友達からは「天才」と呼ばれるようになったのです。
そして理系の優秀な高校に進学しました。


私もアメリカに留学していたときのことを思い出します。
最初の年、歴史言語学という科目を取りました。
どんなことをするかというと、世界中のいろいろな言語の音声や文法のサンプルを集め、それらが歴史的にどのように変遷してきたか、どの言語とどの言語が親戚関係にあるか、などを緻密に分析するのです。
このクラスは本当に死ぬ思いをしました。大学院のクラスの中でももっとも難しいクラスのひとつで、それを外国人の留学生が、しかも1年目で取ったのですから言うまでもありません。
毎回の授業のたびにクイズと呼ばれる小テストがあり、前回の授業の復習があります。
リーディングアサインメントといって、教科書のほかに課題本も何冊も読まなければなりませんでした。レポートもあり、その上、ミッドターム(中間テスト)とファイナル(期末テスト)もあり、しかもこれを4ヶ月間にやるのです。
私は途中でギブアップしたくなりました。
あるとき、クラスのほかの学生に弱音をはきました。「もうだめだ。ついていけない」と。
そうしたら、驚いたことに彼女(40代の女性英語教師)は、
「えっ?あなたも大変だったの?このクラスの人たちはみんな苦労しているのよ。私もさっぱりわからない。あなたは平気だとばっかり思ってた」
と答えるではありませんか!
「このクラスは historical linguistics (歴史言語学)ではなくて、hysterical linguistics (ヒステリー症の言語学)だ」と私が言ったら、クラスで大いに受けました。
でも私はこのクラスメートの言葉に励まされて、最後まで頑張ることができました。
しかも成績はAというおまけ付きで。


「成績が上がらないから」「本人のやる気がないから」と言って、退塾してしまう人がときどきいます。
本当に残念です。結果が出るまで我慢が必要なのです。そして陰でコツコツ頑張る努力が必要です。
何もしないで、塾に行っていれば成績が上がる、なんてことはありません。
昔、アカデミーを退塾してよその塾にかわった生徒が、学校の運動会でうちの教師に会い、
「アカデミーをやめたことを後悔している。アカデミーのほうがよかった」
と言っていたというこを聞きました。


あきらめてはだめなのです。人生も同じです。
「継続は力なり」
続けていくうちに道は開けます。
途中であきらめてしまったら、成功しないのは当たり前のことです。


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共依存症から感謝の人生に

2016.04.20日

Gratitude makes sense of our past, brings peace for today, and creates a vision for tomorrow.
Melody Beattie - Author


感謝の心は、私たちの過去を理解する助けとなり、今日という日に平安をもたらし、明日への洞察力を産み出してくれる。
メロディ・ビーティ、作家
(訳:舟田 譲二)


彼女の生い立ちを知ると、上の言葉の重み、真の意味がわかります。
メロディ・ビーティは1948年、ミネソタ州に生まれました。幼児期に親に捨てられ、4歳のときには誘拐され、青春時代には近所の人に性的虐待を受けました。
12歳からアルコールを摂取し始め、13歳で本格的なアルコール依存症に。また、18歳までには薬物中毒になり、不良仲間と強盗を繰り返し逮捕され、さらに離婚、そして子どもを亡くすという辛い経験をいくつもしてきました。
このような中から立ち直り、自らの体験をもとに1986年に「共依存」という新しい概念を世に紹介しました。
"Codependent No More"(『共依存症  いつも他人に振りまわされる人たち』講談社)は350万部のベストセラーに。これまでに15冊の本を書き、それらは20か国語に翻訳され、世界中の多くの同じ悩みに苦しむ人を助けてきました。


「共依存症」とは...
頼まれなくても他人の世話に明け暮れる。相手を喜ばせようといつも自分は後回し。そして、思いどおりにならないといって腹を立てる。
なぜいつも自分が犠牲になるのか。なぜうまくいかない人間関係にしがみつき、相手をコントロールしようとして結局振りまわされるのか。「愛しているだけ」で相手を変えることができるのか。本当に、あなたがいなければ彼は駄目になるのか
といった疑問に彼女は答えてくれます。
もう、誰にも、何にも振りまわされないありのまま人生を送ることができるようになるのです。
そしてそのとき、冒頭の彼女の言葉の意味がはっきりとわかるようになります。
(参考。「『共依存』はここまで恐ろしかった!あなたの日常に潜む共依存の恐怖とは」


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ほんやくコンニャク

2016.04.19日
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今、世界中で人工知能(AI)が注目を集めています。
去る3月24日の「ついにここまで来たか」という記事の中でも、人工知能(AI)によって書かれた小説のことを取り上げました。
昨日の読売新聞には、3月24日に東京・読売大手町ホールで開かれた「読売ICTフォーラム」の内容を紹介する記事が載っていました。その一部を下にご紹介させていただきます。


 人工知能(AI)の「アルファ碁」が囲碁で韓国のトッププロ棋士に4勝1敗で勝ったことがメディアをにぎわせた。思考ゲームの中で囲碁は最も難しく、プロに勝つのは先だと思われていたが10年前倒しで起きた。大きいのがディープラーニング(深層学習)を使ったところだ。
 囲碁の場合、局面を画像として認識する度合いが将棋などより大きい。この辺は強いとか厚いとか、そういったことを絵として見る能力がコンピューターはこれまで苦手だった。ところがこのディープラーニングというのはそれが非常に得意だ。


 人間ならイヌ、ネコ、オオカミの画像を一瞬で認識できる。ところがこれをコンピューターにわからせるのは非常に難しい。目の形や耳の形に注目して判定すると、イヌとオオカミ両方の特徴を持つシベリアンハスキーのような例外が出てくる。今までどこが重要かを見抜いてモデルを作るのは人間がやっていた。それを一部だがコンピューターがやり始めたのがディープラーニングだ。2015年にはコンピューターが画像認識で人間を超えた。


 AIは今後、認識、運動、言語というように発展していく。子どもの発達の過程に似ていて、最初は見分けられるようになる。そのうち体の動かし方が上手になり、言葉を覚えるようになる。
 ドラえもんの「ほんやくコンニャク」のような、瞬時に正確に外国語を翻訳するものは30年ぐらいまでにできるのではないかと思う。


 AIやロボットにはメール管理、スケジュール管理といった情報路線と、産業用ロボットなどの運動路線がある。情報路線はグーグルやアマゾンなどが強いが、運動路線はがら空きだ。日本企業がディープラーニングの技術を使用して新製品を出すことで勝ち上がり、決勝リーグを戦うのは十分可能だと思う。
(4月18日付 読売新聞9面 「読売ICTフォーラム2016」 産業用ロボ 日本に好機…東京大学大学院工学系研究科特任准教授 松尾豊氏 より)


私が昔、アメリカに留学して言語学を研究していたとき、コンピュータによる機械翻訳は将来的にも不可能だと言われていました。
ところがどうでしょう。「ドラえもんの『ほんやくコンニャク』のような、瞬時に正確に外国語を翻訳するものは30年ぐらいまでにできるのではないか」と、松尾氏は語っています。2030年と言えば、ほんの14〜5年先のことです。
これまで夢物語だったことがAIのおかげで、どんどん実現されていて、私たちの生活がものすごいスピードで変わりつつあります。


AIによって人間は将来、コンピュータによって支配されるようになるのではないか、と危惧している人もいますが、東大発ベンチャー企業の創業者で、トヨタ自動車と提携して人工知能を用いた自動運転で注目を集めている西川 徹氏(プリファードネットワークス代表取締役社長)は上の記事の中で次のように語っています。
「人と機械は得意な分野が全然違う。人じゃないとできないところはずっと残り続けると思うので、お互いの強みを融合させてより高度な社会を設計していく。その設計ができるのは人間しかいない」
私はこの分野に関してはまったくの素人ですが、同氏の発言に100%同意します。
ですから、たとえ「ほんやくコンニャク」のような便利な機械が登場したとしても、翻訳家や通訳が消えてなくなることはないでしょうし、英語を始めとする語学の勉強が不必要になることは絶対にないと思います。いえ、その必要性はきっとますます高まることでしょう。


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3Kの仕事

2016.04.18日

ひと頃「3K」といういやな言葉が流行りました。
「きつい」「汚い」「危険な」仕事ということで、主に道路工事などのブルーカラーの職種に使われました。
みんな、面白半分でさかんに「3K」と言っていましたが、聞いていて不愉快でした。
最近は「3K」がどんどん増えて、「帰れない」「給料が安い」「休暇が取れない」とか、「(就業)規則が厳しい」「化粧がのらない」「結婚できない」「管理職(幹部・経営陣)が傲慢」「キリが無い」「気が休まらない」「休憩できない」「心を病む」「雇用が不安定」「子供を作れない」「(必要)経費が自腹」「過労死」「臭い」等など言われているようです(Wikipediaより)。


それだけ仕事に不満を持っている人が多いのでしょう。
私が携わっている塾の仕事の「3K」は何だろうと考えてみました。
「感動」「感謝」「関係づくり」「きれい」「快適」「貢献」「感性」「寄与」「感激」「確信」「共感」「感銘」「子育て」「関心」「感心」「活躍」「献身」「共生」「興奮」「高揚」「効果」「教育」「共有」...。
Kで始まる言葉、パッと出てきたのは、全部ポジティブな言葉ばかりでした。
実際のところ、このブログの過去の記事を振り返っても、塾の仕事に関連する記事はほとんどがこのような言葉で描写されています。
上の中から「3K」選ぶのは難しいですが、敢えて選ぶとしたら日ごろから感じている「感動」「感謝」「関係づくり」かなと思いました。


そこで、果たしてこれは塾業だけに当てはまるのだろうかと考えてみると、実はそうではなく、どのような職種にも言えるということに気づきました。
私は、反社会的・反人道的な仕事でない限り、この世に尊くない仕事などないと常々思っています。
ですから冒頭の「3K」という、ある特定の職種を侮蔑したような言葉は好きではないのです。
つまり、自分の仕事を自分自身がどのように見ているか、ということが大切なのです。
ということは、同じ仕事をするなら、私が上に挙げた「塾業の3K」のような、あるいはそれ以外何でもいいのですが、ポジティブな面に目を留めなければ損だということです。
マイナス面に目を向けると、不満がどんどんふくらんでいきます。
そして、仕事をやるのがますますいやになります。
これでは、一緒に仕事をしている同僚にも、上司や部下にも、またお客様に対しても、そして家族に対しても失礼ですし、周りのみんなが気の毒です。
扱っている商品すら可哀想です。


学生の場合の仕事に当たる勉強も同様です。
いやな面ばかり見ていると勉強がますます面白くなくなります。
昔、アカデミーで教えていたA先生は、中学1年生のとき、「勉強が楽しくて仕方がない」と言っていました。
その理由を尋ねると、「今学んでいることが、将来すべて役立つと思うとワクワクする」との返事。
このような態度で勉強していると、実際学んでいることがすべて身につき、そして将来確実に役立つようになります。


主婦の家事や子育ても同じです。
問題はどこに焦点を合わせるかです。


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西暦2340年

2016.04.17日
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あなたが今やっている仕事は、324年後にまだ人々に価値が認められ、賞賛されていて、人々の役に立ち、影響を与えていると思いますか?
これは興味深い質問です。
多くの人は、そんなこと自分には関係ないと答えます。
この質問に正直に答えるなら、他の人たちはそうは思えないと答えざるを得ないことでしょう。
こんなのは変な質問だと思う人もいるでしょう。
しかしながら、アムステルダムの美術館でレンブラントの名画『夜警』の前に立っていたとき、この質問が私の心に響いてきたのです。


レンブラントは『夜警』を1642年に描いたものと思われます。少なくとも、絵にはこの年号が記されています。
以前にもそこへ足を運んだことがあったので、レンブラントの作品を見たのはそれが初めてではありませんでした。
私は美術評論家ではありませんが、レンブラントの絵の精緻さやその完成度の高さには魅了されます。
アムステルダムを訪れたとき、やはりレンブラントの名画に魅せられている妻のリンダに、私はよくこのことを話しました。
というわけで、私たちはそこで『夜警』を味わいながら鑑賞していました。そのとき、レンブラントがいったいどれくらい前にこの絵を描いたか、そして世界中の人々が今もこの作品を高く評価していることに思いをはせました。
レンブラントはこの一枚の作品に、およそ一年かけただろうと言われています。


彼が毎日絵筆を手に取り、絵の具を混ぜ合わせていたとき、この絵がこんなにすごい価値のあるものとなり、何百年経っても人々に評価されることになるだろう、と思っていたなどとは考えられません。
とんでもない。この名画を研究すると、レンブラントが毎日、自分の持てる最高のものをこの絵に捧げていたということは明らかです。
レンブラントは偉大な芸術家で、彼は最高の仕事をしたのです。


西暦2340年に、あなたについて、またあなたの仕事について、誰かが語っているでしょうか?
それとも、あなたはそのことを気に留めますか?
もし、気に留めるなら、ウォレス・D・ワトルズが1903年に著した傑作『金持ちになる科学』の中で語っているアドバイスに耳を傾けるといいでしょう。
その中に彼は書いています。
「偉大になることにも、偉大な仕事をすることにも秘密などない。ただ、小さなことを毎日、最高の方法でやるだけだ」


レンブラントがやったこともおそらくこれでしょう。小さなことを毎日、最高の方法でやったのです。
そして374年後の今日、私はあなたにこのことを語っているのです。
今日あなたにできる最高のことをやりなさい。2340年にものすごい結果を生み出しているかもしれません、と。
笑いたければ笑えばいいです。
レンブラントもおそらく1642年には、同様に笑っていたことでしょう。しかし、彼は自らの最高のものを捧げたのです。
あなたも同じことをやってみませんか。


ボブ・プロクター
(訳:舟田 譲二)


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人を潤す者は自分も潤される

2016.04.16日

うなぎ屋の隣に住んでいる人が、いつもうなぎのにおいをおかずにご飯を食べていたところ、うなぎ屋の主人が「代金を払え」と言ってきました。
すると、においをタダ嗅ぎしていた人は、財布を取り出して小銭の音をチャリ〜ンと鳴らし、「自分はうなぎを食べたわけではなく、においを嗅いでいるだけなので、代金はお金ではなく音で支払う」と答えたそうな。


落語の小話です。
ウケました(笑)。
なるほど、ケチな人にはケチで応える、というわけですね。
これはある意味、世の中の常識というか、慣わしというか。


小学生の頃、私はとても貧しい家庭の子でした。
周りの友達はそこそこのお小遣いをもらっていて、それでマンガ本を買ったり、お好み焼き屋に友達と一緒に行って飲み食いしたりしていました。
一方、私はお小遣いをもらっていなかったので、友達に貸してもらったマンガを読んだり、お好み焼き屋に行っても横でにおいだけ嗅いでいたりしたものです。それで上の話を思い出した次第です。


家に風呂はなく銭湯に行っていたのですが、友達の家に遊びに行くと、友達のお母さんはそのことを知っていたのでしょう、夏など夕方になると友達と一緒に風呂入れてくださったりしたものです。


靴を買ってもらうときはいつも自分の足のサイズよりもふた回りほど大きいもので、つま先に新聞紙などを丸めてつめて履き、サイズがきちきちになってついには底に穴が開いて雨の日に水が入ってくるようになってようやく新しい靴を買ってもらっていました。


でも、貧しいことを苦に思ったり、恥ずかしいと思ったりしたことはありませんでした。
それは、両親の豊かな愛情をいつも感じていたからです。
そんなこともあって、貧しい中で育ったにもかかわらず、私はお金やモノに対する執着心はなく、「15億の遺産を相続することに!」なっても、ロトで3億円当たったと言われても、まったく心を動かされることはありません。


聖書の中に次のような言葉があります。
施し散らして、なお富を増す人があり、与えるべきものを惜しんで、かえって貧しくなる者がある。
物惜しみしない者は富み、人を潤す者は自分も潤される。

(箴言 11:24, 25)


先日「マタイ効果+α(アルファ)」の中でも書いたとおりで、これは真理です。
このような人生を歩みたいものです。


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愛するとは

2016.04.15日

「ラスベガス日本人教会」を牧会する、私の敬愛する鶴田牧師の3年前のブログ記事の転載です。
親子関係、子育てについて教えていますが、これは夫婦関係を始め、あなたが大切にするすべての人間関係にも通じることで、自分と特定の人との関係を頭に入れながらお読みください。


今日は、“子供が一番欲しいもの”ということについて考えてみました。
ところで皆さんは、自分の小さな子供が何を一番欲しがっているかを考えたことはありますか?オモチャでしょうか?コンピューターゲームでしょうか?それとも美味しいチョコレート?


そうではありません。小さな子供は、お父さんとお母さんと一緒にいることを何よりも欲しているのです。彼らはお父さんとお母さんが傍に居てくれれば、愛されていることを確認し、安心感を覚え、自分が価値のある人間であることを信じるようになります。


ですから、親が子供を愛するということは、時間を使わないで子供が欲しい物を買い与えることではなく、何よりも時間という大切なものを犠牲にして子供と一緒に過ごすことであり、そこに親子が深い絆で結ばれ、同時に、その子供が肯定的な自己像を持つに至る大切な要因があるのです。
そして、その自己像が、いわゆる人生脚本として、その子の一生を支配し、大きく左右していくことを考えれば、子供と過ごす時間の大切さは、どれだけ強調してもし過ぎることはないのです。


ある日、5歳になる娘を持つ父親が、その日も仕事で疲れきって遅く家に帰ってきました。すると、彼の娘がドアのところで待っていたのです。父親は驚いて言いました。


父: まだ起きていたの?もう遅いから早く寝なさい。
娘: パパ。寝る前に聞きたいことがあるんだけど。
父: なんだい?
娘: パパは1時間にいくらお金をかせぐの?
父: そんな事、お前には関係ないことだよ。


仕事で疲れている父親はイライラして言いました。


父: どうして、そんなこと聞くんだ?
娘: どうしても知りたいだけなの。1時間にいくらなの?


女の子は嘆願しました。


父: あまり給料は良くないよ・・・20ドルくらいかな。ただし残業代は無しだ。
娘: わぁ。


女の子は言いました。


娘: ねえ。パパ。私に10ドル貸してくれない?
父: なんだって!


疲れていた父親は怒ってしまいました。


父: お前が何不自由なく暮らせるためにお父さんは働いているんだ。それなのにお金が欲しいだなんて。ダメだ!早く部屋に行って寝なさい!


女の子は、黙って自分の部屋に行きました。しばらくして父親は後悔し始め、少し厳しく叱り過ぎたかも知れない…。きっと娘はどうしても買わなくてはいけないものがあったのだろう…。それに今まで娘は一度も何かをねだったことなどなかった・・・。


父親は娘の部屋に行くとそっとドアを開けて、小さな声で言いました。


父: もう寝ちゃったかい?
娘: ううん。パパ!


娘は少し泣いているようでした。


父: 今日は長いこと働いていたし、ちょっとイライラしてたんだ・・・。ほら。お前の10ドルだよ。


娘はベットから飛び起きて顔を輝かせました。


娘: ありがとう。パパ!


そして、小さな手を枕の下に入れると数枚の硬貨を取り出しました。父親はちょっとびっくりして言いました。

父: おいおい。もういくらか持ってるじゃないか。
娘: だって足りなかったんだもん。でももう足りたよ。


娘はそう答えた。そして10ドル札と硬貨を父親に差しのべて、


娘: パパ!私20ドル持ってるの。これでパパの1時間を買えるよね?


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15億の遺産を相続することに!

2016.04.14日

一昨夜、3時に電話のけたたましい音にたたき起こされました。
「こんな夜中にいったい誰?」
うちでは、夜の12時から朝の7時までは電話が鳴らないようにセットしてあるのに、どうして?
受話器を取るとファックスでした。


まったく人騒がせな、と思い布団に戻ったのですが、蕁麻疹が出てきて眠れなくなりました。腹立たしい!


そして昨日の朝起きて、電話機のファックス受信のランプが点滅しているので、印刷しました。
送信者はスペインの法律事務所の弁護士。
読み進んでいくと、なんとびつくりぽん。次のような内容でした。


「スペインの実業家、ジョン・フナダ氏が家族と共に不慮の事故で亡くなりました。
同氏の生前中、顧問弁護士の私が財産管理をしていましたが、15億の遺産を残されました。遺産を相続する親族の方を探していたところ、日本の公文書を通してあなたの名前にたどり着きました。
つきましては、あなた様が相続人になる可能性が高いので、ぜひ手続きを進めることをお薦めします。手続きをしないとこの遺産はスペインの国庫に返還されることになります。なお、この件は係争中につき、外部には一切漏れないようくれぐれもご注意ください」


IMG_8131.JPG


ファックス送信者の法律事務所をネットで検索すると、実在する会社で、記載されている電話番号、ファックス番号、メールアドレス等ぜんぶ本物です。
また蕁麻疹が出てきました。
私はこのような類(たぐい)のものは初めから信じない性質(たち)で、いつもすぐにスルーするのですが、今回ばかりはひょっとしたら...。しかも、なにせ15億です。


なんて微塵も思いませんよ。
私はことお金に関しては非常に淡泊で、この話には興味もわきませんでした (笑)。
可能性がゼロとは言いませんが、可能性の問題ではなく、危うきには近寄らない主義なのです。
そう言えば、前にもロトで3億円が当選したという手紙がオーストラリアから送られてきたことを思い出しました。(そのときの記事がこれです。「お金を得たければ」

私の尊敬するビジネス・コンサルタントのブライアン・トレーシーがセミナーの中で語っています。
「お金を得たければ、第1のルールはお金を失わないこと。
第2のルールは、疑わしきは第1のルールに戻ること。
『お金を手に入れるのは釘で砂に穴を掘るように難しい。
しかし、失うのは砂に水を注ぐように簡単だ』
という日本のことわざがある」
「無駄なお金は使わないこと、そして疑わしきには手を出さないこと、これがお金を貯める第一歩」という教えに私は100%賛同するものです。
皆さんだったらいかがされますか?


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同情と共感

2016.04.13日

英語では「同情」を sympathy (スィンパすぃ)、「共感」を empathy(エンパすぃ) と言います。(英語のthは上の歯と下の歯の間に舌を軽くはさんで出す摩擦音で、日本語にはない音なのでsのスの音と区別するために敢えてひらがな表記しました)
両者は一見よく似た言葉です。
これはギリシャ語の pathos 「苦しみ」から来ています。日本語にもなって「ペーソス」(悲しみ、悲哀、哀愁)といった意味で使われています。
sympathy の sym- は「共に、同時に」といった意味の接頭辞で、たとえば symphony 「シンフォニー、交響曲」、 synchronized swimming 「シンクロナイズドスイミング」などにも使われています。
empathy の em- はもともと in- という形の接頭辞で「〜中に」という意味です。
すなわち、sympathy は「苦しみを共にする」、empathy は「苦しみの中に入っていく」ということから、日本語でそれぞれ「同情」「共感」と訳しているのです。(「共感」という日本語はむしろ sympathy に近いような感じがしますが)
empathy はまた「感情移入」という意味でも使われます。「苦しみの中に入っていく」のですから、それも理解できます。


sympathy と empathy はアメリカ人にも区別が難しい言葉で、同意語だと思っている人も少なくありません。
あるアメリカ人は両者の違いを次のように定義しました。
Empathy is entering into another's feelings. Sympathy is having a feeling together with someone.
「empathy はほかの人の気持ちの中に入っていくこと。Sympathy はその人と同じ気持ちになること」
また、
Sympathy is when you feel bad for someone else. Empathy is when you feel bad with someone else.
「Sympathy は誰かほかの人のために心を痛めること。Empathy はその人と一緒に心を痛めること」
When you feel sympathy for someone you feel sorry for their pain. When you feel empathy you are feeling the pain too.
「あなたが誰かに sympathy を感じるとき、あなたはその人の痛みを気の毒に思っている。しかし、あなたが empathy を感じるときは、あなた自身もその痛みを感じている」
とも言っています。


どっちでもいいじゃないか、と思う方もあるかもしれませんが、実はこのふたつはカウンセリングをする時に大きな違いを生み出します。
Empathy、すなわち「その人の痛みを共有して」「その人の立場に立って」話を聞くならば、その人は「自分のことを本当に理解してくれている」と感じます。


1994年、1995年に放送されたテレビドラマ『家なき子』では、主人公の相沢すず(安達祐実)が、「同情するなら金をくれ」と言った劇中の台詞が新語・流行語大賞に選ばれるほどのブームとなりました。
同情は当事者にとって、それほどうれしくないものなのかもしれません。


「ラッキーマン」で紹介したマイケル・J・フォックスも、その本の中(Chapter 8)で次のように言っています。
In man-on-the-street interviews, members of the public offered expressions not so much of sympathy, as I feared, but of genuine empathy, as well as heartfelt wishes for a positive outcome.
「街頭インタビューでは、私が恐れていたような同情の声はあまり聞かれず、むしろ心からの共感と良い結果を望む心からの願いが聞かれた」
つまり、マイケル・J・フォックスも人々から同情されることを恐れていました。ところが、自分の予想に反して、みんなが心から共感してくれていることにホッとしているのです。


Put yourself in her (his) shoes.
は英語でよく使われる表現で、「その人の靴の中に自分の身を置きなさい」というところから、
「彼女(彼)の身になってみなさい」
という意味です。
これも empathy に近い感覚だと思います。
マイケル・J・フォックスも言っているように genuine empathy 「心からの共感」を人は求めています。
上辺の同情はかえって人の心を傷つけることがあります。


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アラジン効果

2016.04.12日

一昨日、「マタイ効果」について書きました。
「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう」(マタイ福音書25:29)
という聖書の箇所から命名したもので、
「豊かな者はますます豊かになるが、貧しい者はますます貧しくなる」という社会現象から、音楽やスポーツの才能等など、いろいろな分野にこのことが当てはまります。


これに対して、私は「マタイ効果+α(アルファ)」という考えを提唱しました。
ここで私が述べたのは、マタイ効果は確かに存在するけど、これはどうしようもないことではなく、自分の手で変えることができる、ということです。


また、「魔法のランプ」についても書いたことがあります。
アラジンの魔法のランプのように、真剣に願うことはかなう、といった内容です。


今日ここに書くことは、人間関係における「アラジン効果」です。
「成功の9つのステップ」で有名なジェームス・スキナーさんは、7つ目のステップのところで「思い切った行動」について語っています。
そのひとつの例として、私たちはとかく人にお願いするのを遠慮したり、初めから無理だろうと思い込んであきらめてしまったりして、人にお願いすることを躊躇します。
「聞きもしないであきらめるな」とジェームスは言います。
聞いてみると案外うまくいくことがある、これを「アラジン効果」と彼は呼んでいます。


さて、人間関係において、私たちは人にこうしろ、ああしろ、と命令することがよくあります。
とくに会社などの組織内では上司が部下に、学校では先輩が後輩に、教師が生徒に、家庭では夫が妻に、親が子に、兄姉が弟妹に、と上下関係が存在するところでよく見られます。


親が子どもに向かって注意するときは、ついつい感情が先に出てしまって、怒鳴ったり、叱ったりとなりがちです。
怒鳴られたり、叱られたり、あるいは命令されて嬉しい人はあまりいません。
でも、このようなときに、ひと呼吸おいて冷静に、
「〜してほしいんだけど」
「〜してくれたら嬉しいんだけど」
というふうにお願いに変えると、相手もスムーズにその願い事を聞き入れ、応えてくれるものです。
上の立場にいる人は下の人になかなかお願いしにくいものです。
でも、これが良好な人間関係につながっていくのです。


これもひとつの「アラジン効果」です。


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教育と教養

2016.04.11日

私の敬愛する節子さんが昨日、久しぶりに教会の礼拝に来られました。
バスを乗り継いで2時間近くかけて来てくださいました。
2日前にお電話で礼拝に来ると伝えてくださり、とても楽しみにお待ちしていました。


じつは去る3月27日のイースターの日、教会での礼拝後、午後は教会から1時間余かかるメモリアルパークへ墓前礼拝に教会のみんなで行き、その帰り道節子さんのお宅をお訪ねしたのですが、あいにくその日は隣り街に出かけておられお留守でした。
訪ねて行った私たちを、ご主人がお茶やお菓子を出して歓待してくださり、もうまもなく戻ってきますから、と言っていろいろなお話をして私たちを楽しませてくださいました。でも、奥さんには連絡が取れず、30分余りいたのですが結局戻ってこられなかったのでお会いできないままおいとましました。


このとき、ご主人のお話の中で話題に上ったのが、歳を取ってから大切な「教育と教養」というお話でした。
ご主人はとても教育も教養もおありの方で、お話上手で話題も豊富だったのですが、この「教育と教養」はじつは期待していた内容とは違いました。
「きょういく」は「教育」ではなく、「今日、行く」ところで、「きょうよう」は「教養」ではなく、「今日の用事」だそうで、歳を取ってもボケないために、このふたつに気をつけるようにと、お嬢さんから言われたとのこと。
私たちはみんな大笑い。


でも、考えてみたら、私もぼちぼちこの「今日、行く」ところと、「今日の用事」を意識しなければならないようになってきました。
節子さんが、教会へバスを乗り継いで来られるとき、よく会う90代のおばあさんがいらっしゃるそうで、その方に年齢を尋ねられて「83歳」と答えたところ「まだ子どもねぇ」と言われたとのこと。
またまた大笑い。
「それじゃ、私なんか赤ん坊ですよ」と私。


節子さんは私のことを子どものようにとても可愛がってくださっています。
母が生きていたら今は92歳。56歳の若さで天国に帰りましたが、私のイメージの中では母が今生きていたら節子さんのような感じだろうなといつも思っています。
節子さん、いつまでもお元気でいてくださいね。


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マタイ効果+α(アルファ)

2016.04.10日

『天才! 成功する人々の法則』の第1章に「マタイ効果」というのが紹介されています。
「マタイ効果」とは、米国の社会学者ロバート・マートンが1968年に「科学におけるマタイ効果」という論文の中で提唱した科学社会学の概念です。これは新約聖書の中の
「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう」(マタイ福音書25:29)
という箇所から著者のマタイの名前を借りて、「マタイ効果」と命名したものです。
21世紀の富の配分について、金持ちはよりいっそう金持ちになり、貧乏人はよりいっそう貧乏人になってしまうという社会法則で、これによって生じる不公平な現象を指すそうです。


ロバート・マートンは経済的な面を指して言っていますが、実はこれはさまざまな分野にも当てはまるということで、前掲書『天才! 成功する人々の法則』の中では、カナダのプロのアイスホッケー選手達の誕生月が1月から3月に集中していることを取り上げています。その理由は、外国では1月が学校の新年度で1月生まれの子どもは12月生まれの子どもよりも身体面で1年の発達の差があり、体が大きく、体力もあり、そのような子どもが早くから練習に取り組むので、それだけ有利になるということです。
これをもとに、日本でもプロ野球の選手の生まれ月を調べた人がいて、新年度が4月の日本では4月から6月生まれの人がもっとも多く、1月から3月生まれの人の2.5倍だったということがわかったそうです。サッカー選手でも同様の結果が出ています。
つまり、体の成長が早く、有利なスタートを切った子どもは、メンバーに選ばれやすく、選ばれると質のよい指導を受けて、さらにレベルの高い仲間と競い合う機会にも恵まれる。それでますますその差が大きく開いていくというわけです。


私自身、これまでこのことをいろいろな世界で直感的にとらえてきていました。勉強面においてもしかりです。
たとえば、字のうまい人は字を書くのが好きでまめに書くので、ますます字がうまくなります。
漢字の好きな人は、普段書く文章に漢字を多く使うので、ますます漢字が得意になりますが、漢字が苦手な人はできる限り漢字を使わないようにするのでますます漢字が苦手になります。
計算が得意な人は、日常の生活の中で無意識のうちにいろいろな場面で計算するので、ますます計算が得意になります。
運動が得意な人は毎日運動します。その結果、ますます運動が得意になります。一方、運動が苦手な人は普段からあまり体を動かさないので、ますます運動が苦手になります。
英語が好きな人は、英語の歌を歌ったり、映画を観たり、外国人とじかに触れる機会を多く作るので、ますます英語が得意になります。逆に、英語が苦手な人は、単語ひとつさえ覚えようとしません。ですからますます英語が苦手になります。
背の高い人は、バレーやバスケットをするので、ますます高くなります。
相撲取りは体重を増やさなければならないのでたくさん食べます。だからどんどん大きくなり、ますます強くなります。
モデルさんやアイドル、女優さんは、ダイエット、シェープアップ、お化粧、ファッションに気を配るので、ますます美しくなります。
例を挙げれば切りがありません。
音楽やスポーツ、語学など、早期教育はやはり大きな成果を上げています。
「持っている者はますます与えれるが、持っていない者は、持っているものまで取り上げられる」
これは事実です。


しかし、ここで終わってしまうと、早生まれ(1月〜3月生まれ)の人には残念ながら、スポーツ、音楽、勉学などにおいて、チャンスがなくなる。また、貧しい人は、一生貧しいままで終わる。いや、ますます貧しくなる。というような不公平がそのまま通用してしまうことになります。


ところが、ここに福音があるのです。
それは私が提唱する「マタイ効果+α」です。
誰でもそのまま終わるということはありません。
このことに気づいた時点で、方向転換をするのです。当たり前と言えばごく当たり前のことです。
しかし、多くの人が、とくに「持っていない」人は、「持っていない」事実にばかり目をやって、あきらめてしまっているのです。
「自分はこうだ、ああだ」と決めつけるのは間違っています。
「今」と言った瞬間に、その「今」はもうすでに過去のものとなっています。同様に、現在の自分がたとえどうであったとしても、それはすでに過去の自分です。
明日から、と言わず、今からでも、気づいた時点で方向転換するなら、新しい未来を自分の手で切り開いていくことができるのです。人生は常に現在進行形です。
これが+αの福音です。
字の下手な人は、早速字を書く練習をしましょう。
漢字が苦手な人は、日常生活の中でできる限り漢字を使うようにしましょう。
運動が苦手な人は、とにかく体を動かしましょう。
このようにして、負の連鎖から抜け出ることは誰にでもできます。
そして、負の連鎖を断ち切って、プラスの世界に入ると、ここからたちまちプラスの連鎖が始まります。
そして、「持っている者は、与えられてますます豊かになる」のです。
事実、このようにして負の連鎖を正の連鎖に変えた人は大勢います。
スーパーマンなどいません。みんな、弱いところを持っています。
自分の持つ弱さを強みに変えていこうではありませんか。


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たらちね考

2016.04.09日

一昨日の夜、中3生のTさんに国語を教えていました。
国語が好きで得意と言うTさん、さすがにとてもよくできます。読解問題などはほとんどいつも全問正解。
「難解」な文章は、傍線を引きながら、それこそ「何回」も読んで正解に導きます。
苦手意識を持っている文法問題も少し教えるとすぐ飲み込み、どんどんできるようになります。


一昨日は、やはりTさんが苦手としている詩と俳句・短歌でした。
苦手と言っているのに、自分で一生懸命考えて、やはりほとんど全部できています。間違えたところや、よくわからなかったところを中心に教えるのですが、全部納得してくれます。
短歌のところで枕詞(まくらことば)の「たらちね」が出てきましたが、もちろん彼女にとって初顔合わせです。


足乳根の母に連れられ川越えし
田越えしこともありにけむもの

斎藤茂吉


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(斎藤茂吉生誕地 山形県上山市月岡公園内歌碑)


意味がわからないようなので、私が自分の昔の記憶で教えようとしたのですが、その前に念のためと、ちょっとiPhoneでネット検索すると意外や意外。私が習ったこととまったく違うことが書かれています。


私が教わったのは「垂乳根」、すなわち乳が垂れた老いた母のイメージだったのですが、別解釈に「足乳根」で、「満ち足りた乳」、すなわち授乳中の豊かな乳というのがありました。
さらに、もともとは「たらちね」、漢字を当てたのは後世で、意味はないとするもの。
そして、元来の意味は未詳というものも。


Tさんには一応これらみんなの解釈を教えましたが、後でいろいろ思索しました。
ネット記事の中に「垂乳根の母とは、乳が垂れた母親のことを言うのですか? なんて下品で卑わいなのでしょうか」というのがあり、思わず笑ってしまいました。
きっと、ボ…、ペ…のようなイメージを持った、若い女性の方が書かれたのでしょう。


私が子どもの頃は、近所のおばさんだけでなく、若いお母さんが電車やバスの中など公衆の面前で恥ずかしさなど微塵もなく、胸を出して赤ん坊に乳を飲ませている情景などざらでした。
これを卑わいなんて誰も思いませんでした。
ましてや「たらちね」という言葉が生まれたのは、今から約1200年も前の万葉集の時代ですよ。


私が思うに、
「垂乳根の 母が釣りたる 青蚊帳を すがしといねつ たるみたれども」
に見られるように、「たらちね」はもとは「乳が垂れた老母」の意味だった。
しかし、新たに「足乳根」という漢字がつけられて、「ふっくらした乳」の意味になり、やがて両者の意味が薄れていって、意味のない単なる枕詞と言われるようになったので、その歌によって捉え方は異なるのではないか、と。
だからどの解釈も正解でしょう。


そう言えば、私自身も子どもの頃の母のイメージはふくよかな乳、そして晩年は垂れた乳でした。
そのいずれも、あたたかさを感じこそすれ、卑わいさなどあろうはずもない。
なにせ、「たらちね」は「母」にかかる枕詞で、「女」にかかるものではないのだから。


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早起きの鳥は虫を獲る?

2016.04.08日

昨夜寝たのはいつものように遅かったのですが、今朝はいつもより早く、というか超早く、5時に目覚めてしまいました。
「早起きは三文の得」となればいいのですが。


「早起きは三文の得」という諺を英語で
"The early bird catches the worm."
(早起きの鳥は虫を獲る)
と言います。


次はアメリカでの英語のジョークを和訳したものです。
遅寝、遅起きで夜中に遊び歩く息子に父親が説教して言います。
「早起きの鳥は虫を獲る」って言うだろう?
すると息子が父親に尋ねます。
「じゃあ、鳥に食べられてしまう虫はどうなの? 早起きするから鳥に食べられるんじゃないの?」
すかさず父親が答えます。
「よく聞きなさい。この鳥に獲られる虫は早起きしたんじゃないんだよ。夜通し遊んでいて、朝帰りする途中だったんだ」


なるほど。ものは言い様です。
上の英語のジョークを日本語に翻訳するときに、"The early bird catches the worm." を「早起きは三文の得」と言ってしまうと、このジョークは相手に通じません。


このジョークの中の鳥と虫じゃないですが、世の中を見回すと、一方で得する人がいれば、他方で損をする人がいます。
いつもそうというわけではありませんが、実際にはそのようなケースが多いです。
でも、知恵を用いると、両者とも得をすることも多々あります。
これを英語で Win-Win の関係と言います。

いくら自分が正しいと思っていても、それを相手に主張することによって角が立つようであれば、結果的には自分も傷つき、損をすることになります。
人は元来自己中心なので、自分が折れることは好ましく思わないものです。
しかし、「負けるが勝ち」という言葉があるように、言いたいことをあるときには呑み込むことによって、相手の気分を害することをせず、同時に自分も傷つかず、しかも良好な人間関係が築けるということがよくあります。
これもある意味 Win-Win の関係です。


私たちは毎日、一瞬一瞬、絶え間なくAかBかという選択を迫られています。
このようなときに、賢明な選択をすると、良い結果がついてきます。
親子関係、夫婦関係における意見の衝突など、とくにそうです。
感情に振り回されるのではなく、できる限り理性的に、相手にとっても、自分にとっても益となるような言葉の選択をしようではありませんか。


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あなたは幸せですか?

2016.04.07日

「あなたは幸せですか?」
と尋ねると、
ほとんどの人が、「まあまあ幸せ」と答えます。
「なぜ幸せですか?」と聞くと、
「健康だから」「家族に恵まれているから」「仕事がうまくいってるから」「志望校に合格したから」
といった答が返ってきます。
素晴らしいことです。
が、それは本当の幸せですか?


新聞の人生相談を読んでいると、
「夫は優しい人で幸せです。でも子どもを授からないので離婚を考えています」
といった相談がときどき載っています。


「幸せ」という言葉は、もとは「仕合わせ」と書き、「仕合わせがいい」とか「仕合わせが悪い」というような表現を昔はしていたそうです。
つまり「仕合わせ」とは、「めぐり合わせ」「運」というのがもとの意味なのです。


おもしろいことに、英語の happy という言葉も語源はhappening の hap 「運」「偶然の出来事」といった意味で、日本語とそっくりなのです。
つまり、多くの人が「幸せだ」と思っているのは、「たまたま健康だから」「たまたま家族に恵まれているから」「たまたま仕事がうまくいっているから」「たまたま志望校に合格したから」なのです。
それが証拠に、あこがれの志望校に合格したにもかかわらず、5月の連休が終わる頃には毎年大勢の人が「5月病」に悩み、その学校に入学したことが果たして本当に良かったのかどうか、と迷い、悩み始めます。そして、たちまち「幸せ」でなくなってしまうのです。健康を自慢していた人が急に病気になると、たちまち「幸せ」でなくなってしまいます。
それでは、環境に左右されない「本当の幸せ」なんて、果たしてあるのでしょうか?
それがあるのです。


聖書の有名な言葉
「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。
悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです。...」 (マタイの福音書5:3〜12)
に出てくる「幸い」は、英語では happy ではなく、 blessed という言葉が使われていて、原語のギリシャ語でもそのような意味の言葉が使われています。
「心の貧しい者」「悲しむ者」は、この世の基準で考えると決して「幸せ」ではありません。
鍵は blessed という言葉にあります。
blessed は bless 「祝福する」という言葉の過去分詞形で「祝福されている」という意味です。
「天の御国」を与えるのも、「慰める」のも神様です。
この世でたとえ苦しみを体験していても、神様は心の痛みをご存じで、その痛みをいやし、慰めてくださる、すなわち「祝福してくださる」のです。


この真理がわかれば、自分の置かれている状況に振り回されずに、「幸せだ」と感じることができるようになります。
今、苦しみのどん底にいらっしゃる方があれば、安心してください。悲しんでいる方も、辛い思いをしている方も安心してください。神様はあなたの心のうちをよくご存じです。
この世には理解できないことがたくさんあります。
「神様、なぜですか?」と神様に食いつきたくなることもあるでしょう。
私たちは有限の存在なので、無限の世界にいらっしゃる神様の深いお考えやご計画を理解することができません。
でも、そのようなとき、神様にすべてをお委ねするのです。そうすれば心は平安で満たされます。
それが、神様からの「祝福」なのです。
この世の中で生きている限り、「苦しみ」「悲しみ」「辛さ」などから完全に開放されることなど、そもそもあり得ないことです。
であるとすれば、「有限」の自分の弱さを神様の前に認めること、そして神様の最善を信じること、これこそが本当に「幸せ」に生きる秘訣なのです。


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袖触れ合うも他生の縁

2016.04.06日

「袖触れ合うも他生の縁」は仏教の教えで、「他生」とは仏教の思想である輪廻で「前世」、すなわち「今の世」に対して、この世に生まれてくる前の世界を指しています。
よく「多少の縁」と勘違いしている人がいますが、そうではありません。
上のことわざの意味は、
「袖が触れ合うようなちょっとしたことも、前世からの深い因縁によって起こるものである」
ということです。


キリスト教には輪廻の思想はありません。キリスト教では神の摂理、すなわち「神の深いご愛と知恵の中で立てられたご計画によってすべては最善に導かれる」といいます。


10年ほど前のことになりますが、送迎バスを塾の前の道路に停めて教室にいたとき、外で「ドーン!」という大きな音がしました。
「あっ、また事故だ」。
どういうわけか、教室の前ではこれまで何度も自動車同士の事故、自動車と自転車やバイク、歩行者の事故などが起こっています。
しばらくすると、以前アカデミーに来ていた人が教室に来て、
「先生、アカデミーのバスがよその車にぶつけられましたよ!」
と言ってきました。
びっくりして外に出てみると、バスの後部に乗用車がめり込んでいます。
幸い、運転していた人に怪我はなく、バスには誰も乗っていなかったので、ホッとしました。


さて、バスの修理の話になったとき、相手の方の保険会社の担当者が、どうか自分の知り合いの修理工場で修理をやらせてください、としきりに頼みました。
私はこれまでずっとディーラーで修理してもらっていたので、このときもディーラーでと思っていたので、あまり気は進まなかったのですが、「どうしても」と言われるのでその工場で修理してもらうことにしました。


ところがなんと、それ以来この10年間、車検も修理、整備も、タイヤ交換も、すべてこの修理工場、Tボディーでやってもらっているのです。それも3台の送迎バスと乗用車の5台全部を。
Tさんとはいつの間にかすっかり親しくなり、その後何度かジャズのライブショーや食事に招待していただいたりしています。
つい数日前も、送迎バス1台の調子がおかしくなり、電話したところ翌日一番に来て、すぐに修理してくださったのですが、このとき同時に他にも悪いところが2か所見つかり、一緒に直していただきました。


「袖触れ合うも他生の縁」は仏教用語ですが、キリスト教式に言うならば、神様のご計画のうちにTさんと巡り会うことになっていたということです。


皆さんもきっとそうだと思いますが、私の場合、妻との出会いもいくつもの偶然が重なってたまたま出会った、と普通の人だったら言うかもしれません。しかし、これは赤い「糸」ならぬ神の「意図」によって出会ったと言うほかありません。そして、私たちの間に生まれてきた3人の子どものことを思うとき、とくにそう感じます。
そのように考えてみると、人と人との出会いは、場所や時だけでなく、すべての状況がぴったり合わなければ起こり得ないことで、やはり背後で神の手が働いていたと言わざるを得ません。
これをすべて「偶然」と呼ぶほうが、よほど大きな信仰がいります。


有名な心理学者ユングは、この世の中のことはすべてがつながっていて、意味のない偶然はない、とまで言っています。
「他生の縁」どころか、永遠から永遠に、意味をもってつながっている、しかもただのつながりではなく、すべては私たちの最善のためにつながっているのです。ちょうど数日前の記事、「ホンマ、びっくりぽんや!」に書いたとおりです。
このように考えると、人生は俄然面白くなってきます。


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コミットメント

2016.04.05日

先日来、このブログでディズニーランドの話や「仕事の価値」の中のレジ打ちの女性の話などをいくつかシェアしてきました。
これらの話が私たちの感動を呼ぶのはなぜでしょう。
スタッフのお客様に対するサービス精神もそのとおりですが、突き詰めて言うと、自分の仕事に対する「コミットメント」です。


コミットメント?
日本ではあまり聞きなれない言葉で、知らない人のほうが多いのではないかと思います。
英語の "commitment" は、日本語には訳しにくい言葉です。
英和辞典に載っている訳語を一部挙げると、
「委託、委任、公約、誓約、婚約、義務、責務、責任、かかわり合い、参加、犯行、拘留、投獄...」
これではさっぱりわかりませんよね。
ぴったりした日本語がないので、日本でも「コミットメント」とそのままカタカナ語を使っているのです。


それでは、この「コミットメント」とは何なのでしょう。
ひと言で言うと、「何かに自分自身を捧げる」ことです。
「捧げる」と言うとき、それは中途半端なやり方ではなく、「徹底的に」「心底から」「命がけで」「全身全霊」という捧げ方です。「献身」「全力投球」と言い換えることもできます。


身近なところで、勉強、部活、スポーツ、友人関係、受験、アルバイト、就職、仕事、職場での人間関係、事業、結婚、夫婦関係、子育て、親戚付き合いなどに当てはめてみましょう。
どうですか?
イメージできますか?
学生であれば、「勉強、部活、スポーツ、友人関係、受験、アルバイト、就職」に、社会人ならば「仕事、職場での人間関係、事業、結婚、夫婦関係、子育て、親戚付き合い」などに、自分自身を徹底的に捧げる、命がけで捧げることをイメージしてください。
これで成功しないほうが不思議だとは思いませんか?
逆に、「コミット」(英語の動詞は "commit")して失敗することなど考えられません。


どの世界においても成功する人の割合がほんの数パーセントしかないのは、みんな中途半端で徹底的に「コミット」していないからです。
成功している人はみんなそれぞれの分野で「コミット」しています。
プロのスポーツ選手しかり、音楽家、芸術家、政治家、学者、医者などを見ればよくわかります。
そのほか、大工さんや左官屋さん、ペンキ屋さん、豆腐屋さん、パン屋さんなどを見ても、成功している人はみんな自分の仕事に「コミット」しています。
夫婦関係がうまくいっているカップルは、お互いに「コミット」しています。


Oさんは、将来科学者になるつもりで大学では宇宙地球科学を専攻しました。
ところが大学卒業後、ひょんなことからビジネスの世界に入りました。
何をやってもうまくいかず、貧乏と不幸のどん底で毎日あえいでいました。
いろいろなことを勉強していく中で、Oさんは日本ではまだあまり知られていなかった「ある考え方」に出会います。
彼は直感的に「これだ!」と感じ、これに賭けることにしました。「コミット」する決意をしたのです。
自らのビジネスにこれを応用し、さらにこの「考え方」を日本で普及させるために命をかけることにしました。
今やOさんは、日本のダイレクトマーケティングの世界で第一人者となり、月商何千万円です。
さらに友人や家族にも恵まれ、幸せな家庭生活を送っていらっしゃいます(数年前、塾からディズニーランド遠足に行ったとき、食事の席で偶然にお子様連れのご夫妻にお会いしました)。


Oさんに限らず誰でも、何かに、あるいは誰かに出会ったとき、それ(その人)に「コミット」すれば、必ず、100%成功できます。
「100%成功の鍵」はコミットメントです。
ディズニーランドやリッツ・カールトン・ホテル(「私がとても大切にしていること」)などの成功は、スタッフの仕事に対するコミットメントにあるのです。そして、自分の仕事にコミットしている人自身も、生き甲斐を感じ、最高に幸せになっています。


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お子様ランチ

2016.04.04日

ディズニーランド内にあるレストランで、若い夫婦がお子様ランチを注文しました。
お子様ランチは、メニューには9歳以下と書いてあります。
マニュアルでは、子どものいないカップルに対してはお断りすることになっています。


しかし、そのキャストは、
「失礼ですが、お子様ランチはどなたが食べられるのですか?」と尋ねました。
奥さんが、「死んだ子どものために注文したくて…」と答えました。
「私たち夫婦は子どもをなかなか授かりませんでした。
やっと待望の娘が産まれましたが、身体が弱く、一歳の誕生日を待たずに神様のもとに召されたのです。
私たち夫婦は泣いて過ごしました。子どもの一周忌に、いつかは子どもを連れて来ようと話していたディズニーランドに来たのです。
そしたら、ゲートのところで渡されたマップに、ここにお子様ランチがあると書いてあったので思い出に・・・」
そう言って夫婦は目を伏せました。


キャストの青年は、「どうぞこちらの方に」と言って、夫婦を四人がけの家族テーブルに移動させ、子ども用の椅子を一つ用意しました。
そして、「子どもさんは、こちらに」と言って、亡くなった子どもが生きているかのように小さな椅子に導いたのです。


しばらくして、運ばれてきたのは三人分のお子様ランチでした。
キャストの青年は、「ご家族でゆっくりお楽しみください」と声をかけて、その場を立ち去りました。


後日、ディズニーランドに、このご夫妻からお礼の手紙が届きました。
「お子様ランチを食べながら涙が止まりませんでした。まるで娘が生きているかように家族の団欒を味わいました。
こんな娘との家族団欒を東京ディズニーランドでさせていただくとは、
夢にも思いませんでした。これから、二人で涙を拭いて生きて行きます。
今度はこの子の妹か弟かを連れてきっと遊びに行きます」


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ホンマ、びっくりぽんや!

2016.04.03日

今年の流行語大賞になるのではない
かと思っている、NHK朝のテレビ小説『あさが来た』の中で主人公がよく言う「びっくりぽん」。
本当に何もかもびっくりぽんでした。


昨日が最終回で、これでもう毎朝「あさ」に会えないと思うとさびしくなります。
物語の主人公「あさ」のモデル、広岡浅子は一般の人にはこれまでほとんど知られていませんでしたが、このドラマのお陰で一躍脚光を浴びることになりました。それは、加島銀行や大同生命を創業した実業家、日本女子大学校(現日本女子大学)設立に尽力した教育者としての広岡浅子です。
しかし残念なのは、ドラマが尻切れトンボで終わっていて、彼女の人生の集大成とも言える晩年が描かれていなかったことです。


成瀬仁蔵から紹介された牧師・宮川経輝によると、様々な書物を読み好奇心旺盛な浅子でしたが、宗教について問われて十分に答えることができず、「これから謙遜な生徒となって宗教を学ばねばならない」と宮川に諭されます。「自分の知らない宗教を学ぶため」という、いかにも浅子らしい理由から、宮川に師事して宗教哲学、そして聖書を学ぶとともに、キリスト教への理解を深めることとなります。


そして軽井沢の三井三郎助別荘での避暑の最中、「霊的経験」をした浅子は、そこでキリスト教の信仰を確信し、1911(明治44年)12月25日のクリスマスに、宮川が牧師を務める大阪教会(大阪市西区)で洗礼を受けました。
彼女はそのいきさつを次のように語っています。
「私は長い間キリスト教には反対でこの宗教の悪口を云って60年の生涯を過ごしてきたのですが、今から思うと反対すると言うよりはむしろ知らなかったのです。しかるに61歳になって、色々の事を経営してみたがどうも物足らぬ思いがしました。後イエスの教えを聞き、その御足の下に真実ひざまずき謝したのです」
浅子は、もっと早くに信仰を持っておけばよかったと後悔していました。


61歳で洗礼を受けた浅子は日本キリスト教中央委員となり、遊郭の女性救出を始めとした社会活動を行いました。
また、御殿場二の岡の別荘で開催した夏期勉強会には、後に『赤毛のアン』の翻訳者となり、連続テレビ小説l『花子とアン』のヒロインのモデルとなった村岡花子も参加していたそうです。これにもびっくりぽん。


浅子の娘、亀子(ドラマの中では千代)に婿養子に来た恵三。
その恵三の妹、一柳満喜子はアメリカの大学に留学中キリスト教信仰を持ち洗礼を受けて帰国。
当時、兄恵三の自宅を設計していたのは、滋賀県近江八幡市の商業高校にアメリカのYMCAから英語教師として派遣されていたW.Mヴォーリズ(ドラマの中にも一度登場)。
ヴォーリズは大阪、京都、近江八幡市等に数多くの建築物を残しましたが、私もそのいくつかを見学させていただく機会に恵まれました(「素晴らしい出会い」「妹一家と猫たちをご紹介します」)。


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また満喜子はその英語力が買われて兄の自宅の設計の通訳を務め、そこでヴォーリズに見そめられて結婚します。
満喜子はその後、近江八幡市に幼稚園を興し、これが後の近江兄弟社学園(現ヴォーリズ学園)に発展するのですが、なんとその現在の学園長はロサンゼルスの教会で牧師をしていた道城献一師で、私を信仰に導き、洗礼を授けてくださった方です。
さらに、私の甥が来週からここの高校に通うことになっているのです。
なんという巡りあわせ!
これらすべてがひものようにしてつながっている「新超ひも理論」です。
神様の壮大なドラマのごくごく小さな一部にホンマ、びっくりぽんです。


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命のサイン帳

2016.04.02日
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ある日、ディズニーランドのインフォメーションに、ひとりのお父さんが元気なさそうにやってきました。
インフォメーションのスタッフが、「どうかなさいましたか?」と尋ねたところ、
そのお父さんは答えました。
「今日、子どもと一緒に来ました。子どもが、ミッキーちゃんとか、ミニーちゃんとかのキャラクターにサインをしてほしいと言っていたので、サイン帳を持ってきたんです。
子どもは、キャラクターを見つけては、一人ひとりにサインを書いてもらっていました。
そして、あと少しでそのサイン帳が全部埋まるというところで、そのサイン帳を失くしてしまったんです。
サイン帳、落し物で届けられていないかと思って来て見たんですが、ありませんか?」


インフォメーションには、サイン帳は届けられていませんでした。
そこで、そのスタッフは、考えられるいろんなところに電話をしてみました。
ところが、どこにも届けられていませんでした。
スタッフは、サイン帳の特徴を詳しく聞いた後、「いつまでご滞在されますか?」と聞いたそうです。その家族は2泊3日で来ていたので、2日後のお昼には帰らなければならなかったそうです。
スタッフはそれを聞いて、
「それでは、この後、もう少し探してみますので、2日後、お帰りになる前にもう一度こちらにお寄りいただけますか。多分、それまでには見つけられると思います 」
と言いました。


そして、お父さんが帰られた後、そのスタッフはさらに、いろいろな部署に電話をかけて聞いてみたり、自分の足で駐車場や心当たりのある場所に探しに行ったそうです。
ところが、やっぱり、どうしても見つかりませんでした。
もしかしたら、それを拾った人が、「すごい! これキャラクターみんなのサインが書いてある」と言って、喜んで持って行ったのかもしれません。


で、そのスタッフの子は、どうしたかと言うと、結局、そのサイン帳と同じサイン帳を自分で買って、自分の足で、いろんな部署をまわって、キャラクターのサインを全部書いてもらって当日を迎えたそうです。


当日、お父さんがやってきました。
多分見つからないんだろうなという気持ちで来たのだと思います。
お父さんは、「どうでしたか?」と聞きました。


すると、スタッフの子は、
「申し訳ございません。そのサイン帳は見つけることができませんでした。
でも、お客様、こちらのサイン帳をお持ち帰り下さい」
と言って自分の買ったサイン帳を手渡しました。


お父さんが中を見ると、びっくり。キャラクターのサインが全部書いてあったのです。
お父さんは、もちろん大喜びして、「ありがとうございます!」と言って持って帰ったそうです。


ところが、この話はここで終わりません。
後日、ディズニーランドにそのお父さんからの、一通の手紙が届きました。


先日は「サイン帳」の件、ありがとうございました。
実は、連れて来ていた息子は脳腫瘍で、いつ死ぬかわからない、という状態の時でした。
息子は物心ついたときから、テレビを見ては、
「パパ、ディズニーランドに連れて行ってね」
「ディズニーランド行こうね」
と、毎日のように言っていました。


「もしかしたら、約束を果たせないかもしれない」
…そんなときでした。
「どうしても息子をディズニーランドに連れて行ってあげたい」
と思い、あと数日で命が終わってしまうかも知れないというときに、無理を承知で息子をディズニーランドに連れて行きました。


その息子が夢にまで見ていた大切な「サイン帳」を落としてしまったのです。あの、ご用意頂いたサイン帳を息子に渡すと
「パパ、あったんだね! パパありがとう!」
と言って大喜びしました。


そう言いながら息子は数日前に、息を引き取りました。
死ぬ直前まで息子はそのサイン帳をながめては、
「パパ、ディズニーランド楽しかったね!ありがとう!また、行こうね」
と言い、サイン帳を胸に抱えたまま永遠の眠りにつきました。


もし、あなたがあの時、あのサイン帳を用意してくださらなかったら、息子はこんなにも安らかな眠りにはつけなかったと思います。
息子は「ディズニーランドの星」になったと私は思っています。
あなたのおかげです。
本当にありがとうございました。


その手紙を読んだスタッフは、その場で泣き崩れたそうです。
もちろん、その男の子が死んでしまったという悲しみもあったでしょうが、
「あの時に精一杯のことをしておいて本当に良かった」
という、安堵の涙だったのではないでしょうか。


(出典元:矢島 実 「涙と感動が幸運を呼ぶ」)


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仕事の価値

2016.04.01日

3年前の記事を再録します。
今、読み返していて思わず泣いてしまいました。
何か感じ取っていただくことができれば幸いです。


私は英語教室・学習塾の仕事をほぼ30年やってきています。
高校1年のとき初めてやったアルバイトは近所のガソリンスタンドの仕事でした。
でも、よく考えてみたら小学2年生のときにそれこそ生まれて最初のアルバイトをしていました。
それは、日本酒月桂冠のテレビのCMとカレンダーのモデルでした。
今日、そのときの写真を発見しました。本邦初公開です。(ちょっとボケていますが)


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このときの様子を「時代の変遷」に書きましたので、よろしければご覧ください。
その後、小学生のころはTVタレント、舞台・映画、高校生以降は金糸製造工場、花屋、衣料品の梱包、ダンボール加工、プリント布地の色抜けの修正、行楽地でのホットドッグ販売、大手塾の電話アポ取り、コンサート会場のガードマン、家庭用品の訪問販売、職域販売、土産物屋のセールス、引越し屋、ビルの清掃、貿易業、家庭教師、塾講師、大学講師、語学学校講師、通訳、翻訳、カウンセラー、セミナー講師、サラリーマン、キリスト教会牧師等を経て、現在の学習塾の仕事に至ったのです。


以下は先日、Facebookにシェアされていた「涙が止まらない」からの転載です。少し長くなりますが、とても感動的なお話ですのでお付き合いください。


「あるレジ打ちの女性」
その女性は何をしても続かない人でした。
田舎から東京の大学に来て、部活やサークルに入るのは良いのですが、すぐイヤになって、次々と所属を変えていくような人だったのです。
そんな彼女にも、やがて就職の時期がきました。
最初、彼女はメーカー系の企業に就職します。
ところが仕事が続きません。
勤め始めて3ヶ月もしないうちに上司と衝突し、あっという間にやめてしまいました。
次に選んだ就職先は物流の会社です。
しかし入ってみて、自分が予想していた仕事とは違うという理由で、やはり半年ほどでやめてしまいました。
次に入った会社は医療事務の仕事でした。
しかしそれも、「やはりこの仕事じゃない」と言ってやめてしまいました。


そうしたことを繰り返しているうち、いつしか彼女の履歴書には、入社と退社の経歴がズラッと並ぶようになっていました。
すると、そういう内容の履歴書では、正社員に雇ってくれる会社がなくなってきます。
ついに彼女はどこへ行っても正社員として採用してもらえなくなりました。
だからといって生活のためには働かないわけにはいきません。
田舎の両親は早く帰って来いと言ってくれます。
しかし負け犬のようで帰りたくはありません。
結局、彼女は派遣会社に登録しました。
ところが派遣も勤まりません。
すぐに派遣先の社員とトラブルを起こし、イヤなことがあればその仕事をやめてしまうのです。
彼女の履歴書には、やめた派遣先のリストが長々と追加されていきました。


ある日のことです。
例によって「自分には合わない」などと言って派遣先をやめてしまった彼女に、新しい仕事先の紹介が届きました。
スーパーでレジを打つ仕事でした。
当時のレジスターは今のように読み取りセンサーに商品をかざせば値段が入力できるレジスターではありません。
値段をいちいちキーボードに打ち込まなくてはならず、多少はタイピングの訓練を必要とする仕事でした。
ところが勤めて1週間もするうち、彼女はレジ打ちにあきてきました。
ある程度仕事に慣れてきて
「私はこんな単純作業のためにいるのではない」と考え始めたのです。
とはいえ、今までさんざん転職を繰り返し、我慢の続かない自分が彼女自身も嫌いになっていました。
もっとがんばらなければ、もっと耐えなければダメということは本人にもわかっていたのです。
しかしどうがんばってもなぜか続かないのです。
この時、彼女はとりあえず辞表だけ作ってみたものの、決心をつけかねていました。
するとそこへお母さんから電話がかかってきました。
「帰っておいでよ」
受話器の向こうからお母さんのやさしい声が聞こえてきました。
これで迷いが吹っ切れました。
彼女はアパートを引き払ったらその足で辞表を出し、田舎に戻るつもりで部屋を片付け始めたのです。
長い東京生活で、荷物の量はかなりのものです。
あれこれ段ボールに詰めていると、机の引き出しの奥から1冊のノートが出てきました。
小さい頃に書きつづった大切な日記でした。
なくなって探していたものでした。
パラパラとめくっているうち、彼女は
「私はピアニストになりたい」と書かれているページを発見したのです。
そう。彼女の高校時代の夢です。
「そうだ。あの頃、私はピアニストになりたくて練習をがんばっていたんだ。。。」
彼女は思い出しました。
なぜかピアノの稽古だけは長く続いていたのです。
しかし、いつの間にかピアニストになる夢はあきらめていました。
彼女は心から夢を追いかけていた自分を思い出し、日記を見つめたまま、本当に情けなくなりました。
「あんなに希望に燃えていた自分が今はどうだろうか。
履歴書にはやめてきた会社がいくつも並ぶだけ。
自分が悪いのはわかっているけど、なんて情けないんだろう。
そして私は、また今の仕事から逃げようとしている。。。」


そして彼女は日記を閉じ、泣きながらお母さんにこう電話したのです
「お母さん。私 もう少しここでがんばる。」
彼女は用意していた辞表を破り、翌日もあの単調なレジ打ちの仕事をするために、スーパーへ出勤していきました。
ところが、「2,3日でいいから」とがんばっていた彼女に、ふとある考えが浮かびます。
「私は昔、ピアノの練習中に何度も何度も弾き間違えたけど、繰り返し弾いているうちに、どのキーがどこにあるかを指が覚えていた。
そうなったら鍵盤を見ずに楽譜を見るだけで弾けるようになった」
彼女は昔を思い出し、心に決めたのです。
「そうだ。私は私流にレジ打ちを極めてみよう」と。
レジは商品毎に打つボタンがたくさんあります。
彼女はまずそれらの配置をすべて頭に叩込むことにしました。
覚え込んだらあとは打つ練習です。
彼女はピアノを弾くような気持ちでレジを打ち始めました。
そして数日のうちに、ものすごいスピードでレジが打てるようになったのです。


すると不思議なことに、これまでレジのボタンだけ見ていた彼女が、今まで見もしなかったところへ目がいくようになったのです。
最初に目に映ったのはお客さんの様子でした
「ああ、あのお客さん、昨日も来ていたな」
「ちょうどこの時間になったら子ども連れで来るんだ」とか、いろいろなことが見えるようになったのです。
それは彼女のひそかな楽しみにもなりました。
相変わらず指はピアニストのように、ボタンの上を飛び交います。
そうしていろいろなお客さんを見ているうちに、今度はお客さんの行動パターンやクセに気づいていくのです。
「この人は安売りのものを中心に買う」
とか
「この人はいつも店が閉まる間際に来る」
とか
「この人は高いものしか買わない」
とかがわかるのです。


そんなある日、いつも期限切れ間近の安い物ばかり買うおばあちゃんが、5000円もするお頭付きの立派なタイをカゴに入れてレジへ持ってきたのです。
彼女はビックリして、思わずおばあちゃんに話しかけました。
「今日は何かいいことがあったんですか?」
おばあちゃんは彼女ににっこりと顔を向けて言いました。
「孫がね、水泳の賞を取ったんだよ。今日はそのお祝いなんだよ。
いいだろう、このタイ」と話すのです。
「いいですね。おめでとうございます」
嬉しくなった彼女の口から、自然に祝福の言葉が飛び出しました。
お客さんとコミュニケーションをとることが楽しくなったのは、これがきっかけでした。
いつしか彼女はレジに来るお客さんの顔をすっかり覚えてしまい、名前まで一致するようになりました。
「○○さん、今日はこのチョコレートですか。でも今日はあちらにもっと安いチョコレートが出てますよ」
「今日はマグロよりカツオのほうがいいわよ」などと言ってあげるようになったのです。
レジに並んでいたお客さんも応えます。
「いいこと言ってくれたわ。今から換えてくるわ」
そう言ってコミュニケーションをとり始めたのです。
彼女は、だんだんこの仕事が楽しくなってきました。
そんなある日のことでした。
「今日はすごく忙しい」と思いながら、彼女はいつものようにお客さんとの会話を楽しみつつレジを打っていました。
すると、店内放送が響きました。
「本日は大変混み合いまして大変申し訳ございません。どうぞ空いているレジにお回りください」
ところが、わずかな間をおいて、また放送が入ります。
「本日は混み合いまして大変申し訳ありません。重ねて申し上げますが、どうぞ空いているレジのほうへお回りください」
そして3回目。


同じ放送が聞こえてきた時に、初めて彼女はおかしいと気づき、周りを見渡して驚きました。
どうしたことか5つのレジが全部空いているのに、お客さんは自分のレジにしか並んでいなかったのです。
店長があわてて駆け寄ってきます。
そしてお客さんに
「どうぞ空いているあちらのレジへお回りください」と言った、その時です。
お客さんは店長に言いました。
「放っておいてちょうだい。
私はここへ買い物に来てるんじゃない。あの人としゃべりに来てるんだ。だからこのレジじゃないとイヤなんだ」
その瞬間、レジ打ちの女性はワッと泣き崩れました。
お客さんが店長に言いました。
「そうそう。私たちはこの人と話をするのが楽しみで来てるんだ。
今日の特売はほかのスーパーでもやってるよ。だけど私は、このおねえさんと話をするためにここへ来ているんだ。
だからこのレジに並ばせておくれよ。」
彼女はポロポロと泣き崩れたまま、レジを打つことができませんでした。
仕事というのはこれほど素晴らしいものなのだと初めて気づきました。
すでに彼女は昔の自分ではなくなっていたのです。
それから、彼女はレジの主任になって、新人教育に携わりました。
彼女から教えられたスタッフは、仕事の素晴らしさを感じながら、お客さんと楽しく会話していることでしょう。
出典元 (木下晴弘著『涙の数だけ大きくなれる! 』フォレスト出版)


嫌々やっているのと、楽しくやるのとでは、こうも違うものなんですね。
視点を変えるだけで、周りの世界も劇的に変わるんですね。
思いやりの心が薄れていく中、心が温かくなりました。
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読み終わったとき、私も胸が熱くなりました。
最後尾を見ると、何と11万人以上の人たちが「いいね!」をクリックしています。


仕事の数では彼女に負けるでしょうが、本当にいろんなことをやってきました。長く続かなかったというわけではなく、自分の経験のためにやってきたことで、それぞれみんなとても楽しみ、同時にたくさんのことを学んできました。そして、これらの経験が今、みんな役立っています。


反人道的、反社会的なものでもない限り、仕事に「いい、悪い」「価値がある、ない」などありません。どれも、その一つひとつが尊い働きで、社会に、そして人々に貢献しています(「自分のすることに誇りを持て」)。


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