学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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金を残す者、人を残す者

2016.01.31日

「金を残す者は下、仕事を残す者は中、人を残す者は上」
これは去年の「ノーベル生理学賞・医学賞受賞の大村智氏」のお好きな言葉です。


調べてみたら、後藤新平(1857年7月24日−1929年4月13日、日本の医師・官僚・政治家)が倒れる日に残した言葉で
「よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」
の引用でした。
後藤新平は、医師、満鉄総裁、拓殖大学学長、逓信大臣、内務大臣、外務大臣などを歴任した人物です。


「下」「中」「上」というのは昔の人の言い方で、ちょっと差別的な響きがあり、私はあまり好きではありませんが、今風に言えば、「ダメ」「まあまあ」「ベリーグッド!」といった感じでしょうか。


この世の中、多くの人がお金を残すことに汲々としているのに、後藤新平が言った、
「金を残して死ぬ者は下」
はまことに的を射た教えです。
しかし、良い仕事を残すことは尊いことと普通考えられるのに、
「仕事を残して死ぬ者は中」
と言っているところが偉大だと思います。
確かに、お金よりも、仕事よりも、何よりも尊いのは「人作り」です。


かつてアメリカの国力が強大だったのは、まさにその人材の層の厚さによるものでした。
そして、日本の高度経済成長期もしかり。
人が国力の原動力となっていたのです。


しかし、「人作り」というとき、ただ単に子供の数で終わっていてはいけません。
また、教育を言う場合でも、それがこれまでのような暗記中心の知識偏重、学歴、資格取得を目的とするような薄っぺらい教育では、真の国力増強にはつながりません。


さらに「国力」のためだけに人材育成、教育をすると言うのもまだまだです。
それだとまるで国のために人を利用しようとしているかのようです。実際のところ、そのような目的で子供を産むことを奨励し、一種の洗脳教育のようなことをやっている国もあります。
それも教育の一面ではあるのでしょうが、それが最終目的ではないのではないかと思うのです。


親が子供を産むとき、決してお国のためなどとは思っていないはずです。
子どもに対する親の愛情があり、幸せになってもらいたいという願いを込めて産み、育てているでしょう。
親が子どもの教育に時間と労力とお金をかけるのは、子どもに豊かな人生を歩んでほしいと願っているからです。
でも「豊かさ」は決して物質・金銭的な豊かさだけを指すのではなく、精神面での豊かさを親なら一番に考えているはずです。なぜなら、「金銭的な豊かさイコール幸せ」でないことは、みんな直感的に、経験的に知っているからです。


そして、そのような心身ともに健全で豊かな、幸せな人生を歩めるよう手助けするのが、教育の一番の目的であり、それがひいては国力の増強にもつながるのではないでしょうか。


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卒業式の呪縛

2016.01.30日
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全国の数百万人の高校生たちが、母校を巣立って新しい自由と責任の世界に今まさに旅立とうとしています。
多くの生徒たちは、自由な大人の仲間入りができるこの卒業式を長い間待ち焦がれていたにもかかわらず、同時に友人やこれまでの住み慣れたところを離れることを考えると不安になったりするものです。


「皆さんの人生において最高の日々を過ごした…」という、大人たちが善意で述べるお決まりの卒業式の「呪縛」の言葉は、この巣立ちをいっそう困難にします。
私がなぜ「呪縛」と言うかといえば、もし上の言葉が本当であるならば、卒業してこれからはずっと下り坂を落ちていくと、子どもたちに言っていることになるからです。
でも幸いにも、これは真実ではありません。


もちろん、ティーンエイジャーの時代は、特別な友情や、またありとあらゆる「1番」の素晴らしい思い出に満ちています。
でも、思い出のすべてがいいわけではありません。それに、たとえその思い出がいかに素敵なものであったとしても、「最高」のものであることはまずないでしょう。とんでもない。「最高」のものはまだこれから来るのです。
学校時代の友達は、お互いに共通のものがある限りこれから先もずっと友人であり続けるでしょう。しかし、同時にみんな必ず新しい友人もこれから作っていくことになります。


そうです。皆さんはこれからさまざまな新しい困難や責任に直面することでしょう。しかし、自分のやりたいことをしたり、なりたい自分になるために、これまでよりはるかに自分の力で人生をコントロールできるようになるのです。
それになによりも、見るべきところを見るならば、際限のない満足感をもたらすような成熟した、意味のある愛や信頼に足りる人間関係を見出すことができるようになるでしょう。


そして、結婚生活の中の癒しや家庭を築く上での何ものにも代えがたい喜びを充分に味わえるようになるまで待つならば、高校時代のことなどガキっぽいことに思えるほど、深い誇りと満足感をいつまでも味わうことができるようになるでしょう。


マイケル・ジョゼフソン
(訳:舟田譲二)


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励ましの力

2016.01.29日
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ウィルとファーンという2匹のカエルが深い穴に落ちました。
2匹とも初めのうちはすぐに穴から出られるだろうと思っていました。
でも、何十回試しても出られなかったウィルとファーンは、ついに大声で助けを求めました。その叫び声を聞いた森の動物たちがたくさん穴の周りに集まってきました。
でも、2匹のカエルが必死で飛び跳ねて出ようとすればするほど、みんなはよりいっそう大きな声であきらめろと叫びました。
穴から出られる望みはない、運命だからあきらめろとみんなはウィルとファーンに言いました。


とうとうウィルはあきらめてしまいました。でもファーンはあきらめようとせず、最後の力を振りしぼって思いっきりジャンプしたところ、穴から飛び出すことができました。
みんなはびっくりしました。無理だ、可能性はないとみんなが言っていたのに、なぜあきらめなかったの、とだれかがファーンに尋ねました。
ファーンはキョトンとして
「えっ、いったいなんのこと?」
と、尋ねました。
「私はちょっと耳が遠いの。みんなが私のことを応援しくれていると思っていたんだけど。みんなが励ましてくれなかったら私は穴から出られなかったわ」


私はこの話を、長年薬物中毒を患い、ホームレスで望みがまったくなかった状態から回復しつつあり、ハーフウェイ・ハウスにいた一人の女性から聞きました。
ひどく落ち込んでいて、その状態から立ち上がり、抜け出したいと思っている人にとって、前向きな考え方と人の励ましがどれほど大切か、ということをみんなに知ってもらいたいと彼女は言っていました。
自分が穴から出ることができたのは、自分にできると信じさせ、あとほんの少し頑張ってジャンプするのに必要な自信を持たせてくれた、自分のことを本当に心にかけてくれていた人たちのお陰だと、この女性は言いました。


あなたの人生には、あなたにはできないと言う人たちがつねにいます。
しかし、真の友はあなたを応援し、サポートし、あなたのうちにある隠れた才能や力を発見するのを手伝ってくれます。
みなさんがこのような友達を見つけ、宝物のように大切にし、さらにあなた自身がそのような人になることを望んでやみません。


ボブ・プロクター
(訳:舟田譲二)


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大磯散策

2016.01.28日

昨日は15℃のポカポカ陽気に誘われて久しぶりにウォーキングでちょっと遠出しました。
隣町の大磯の町役場に行く用事があって、仕事を兼ねての散歩でした。
今年初めに立てた計画では、毎日欠かさずたとえ少しでもウォーキングをすることになっていたのですが、なかなか思うようにはいきません。まとめ買いじゃないですが、ついつい「まとめウォーキング」になってしまいます。


さすが大磯は歴史ある町だけあって、あちらこちらに名所旧跡があり、案内板などを立ち止まって読んだりしているとどんどん時間が過ぎていきました。
私の長年の念願だった大学時代の恩師、福田恆存先生宅に立ち寄ることもできました。
福田先生に最後にお会いしたのは、去年の8月、夢の中でした(「嗚呼、福田恆存先生!」)。
先生はすでに21年前にお亡くなりになっていらっしゃるのですが、先生のお宅の前を通ったので、思い切って勝手口に回って呼び鈴を押してみました。ひょっとしたら明治大学教授の恆存先生のご次男さんにお会いできるかと思ったのですが、ご不在で奥様にお会いしてご挨拶しました。
恆存先生には学生時代とても可愛がっていただき、これまで3度お宅をお伺いして、書斎でお話しさせていただいたとお話ししましたら、お義母さま(恆存先生の奥様)はすでに90歳を超えるご高齢でいらっしゃりお会いできないとのこと。
福田先生宅の玄関にかかっている表札の「福」の文字は金文体という難しい%95%9F-bronze.jpgが使われていましたが、旧仮名遣い・旧字体を愛し、古い日本語をとても大切にしておられた福田恆存先生らしいと思いました。


この後、国道1号線の昔の東海道松並木が残っているところまで歩きました。
江戸時代には「下にぃ〜、下にぃ〜」と言って、大名行列が続いたところです。
このすぐ先には滄浪閣という、伊藤博文が本邸にしておられたところが今も残っています。


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この近くのあるお店の看板には「since1880」とありましたが、これはまさに伊藤博文の時代です。
ここから海岸に出ると、富士山が見事に見えます。


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目的地の大磯町役場に着きました。古い町に似つかわしくないとても近代的な建物です。


townhall.JPG


ところが、道路をはさんだ真向かいには今どきなかなか見られない昔の郵便ポストが残っていて、そのアンバランスがまた見事です。


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ぶらぶら歩いて家に戻ると、往復で2時間半、約20000歩、15キロほど歩いていました。
心地よい疲れで、昨夜はぐっすり眠ることができました。


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あなたが人生の主人公

2016.01.27日
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昨日の記事「大感動の純愛物語」は、私が大変感動したように、多くの方々の感動を呼びました。
お二人はまったく別のところで別の人生を歩んでこられましたが、世間でよく言うところの「運命のいたずら」(クリスチャンは「神様のご摂理」と言いますが)で、偶然(クリスチャン流には「神様のお導き」によって)出会い、そしてお互い愛し合うようになり、自らの生涯をこの人に捧げようと、ご結婚の決意をされました。
お二人は、もうこれ以上の幸せはない、というほどの幸せ感を今、思う存分味わっていらっしゃいます。
本当に素晴らしいことです。
私は陰ながら、お二人をこれからもずっと祈って応援していきたいと思っています。


しかし一方では、悲恋のどん底で苦しんでいらっしゃる方もあります。
『フランダースの犬』の主人公ネロは、小説の中の世界とは言え、悲劇の主人公でした。
幸せな人もいれば、不幸な人もいる。こんなのは不公平だ、と言う人もいます。
でも現実を見れば、世の中不公平なことだらけです。豊かな国や家庭に生まれて何ひとつ不自由なく、幸せな人生を送っているように見える人もいれば、逆に貧しい環境、日々の生活にも困る境遇で生まれ育ったり、食物がなくて栄養失調で幼くして命を落としていく子どもたちも世界には大勢います。


「不公平だ」と言う人に対して、「いったいどこの誰が、世の中、みんなが公平であるべきだと言ったか?」と言った人がいました。
実際のところ、みんなが等しくハッピー、ハッピーなんてことはあり得ません。
人間がいかに理想社会を求め、努力したところで完全な「公平」などはあり得ません。
ひとつには、人には罪の性質があり、人を騙してお金を取ったり、人の命を奪ったりする者がいる。ということは、その犠牲者もいる、ということで、これほど不公平なことはありませんが、これが現実です。


このような不公平な中でも、一人ひとりがある意味、人生の主人公なのです。
問題は、あなた自身が自分の人生に意味を見いだせるか否かです。そもそも、生まれてから死ぬまで、問題が何ひとつない幸せな人生を歩める人など誰ひとりとしていません。


この世の人生だけに目を向け、ハッピーエンドにのみ価値観を置いていたなら、人生は矛盾だらけ、不公平なことだらけですし、私たちの力で完全な理想を実現することなど不可能です。
でも、聖書にあるように、「わたしたちの国籍は天にある」(ピリピ3:12)と、地上での人生を超えた永遠の世界に目を向けるなら、この世での不公平は天国において是正され、大いに報いられることを私たちは知ります。
実際、これ以外に死を始めとする人生における諸問題の真の解決の道はありません。


このように見るなら、私たちはみんな一人ひとり、「自分」という人生の一大ドラマの主人公であるということがわかり、人生の生き方も大きく変わってくるのではないかと思います。


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大感動の純愛物語

2016.01.26日

18年前に空前の大ヒットをした映画『タイタニック』。
それをはるかに凌ぐ純愛物語。
しかも、これが映画やドラマ、小説ではなく実話なのです。


Facebookのフレンドが動画をアップされました。いわゆるプロポーズ大作戦の一シーンなのですが、これを観た私は感動のあまり男泣きに泣き、大粒の涙がポタポタとテーブルの上に落ちました。
最初は個人情報は伏せ、一般論として「あなたはドラマの主人公」というタイトルで記事を書こうと思っていたのですが、お二人が動画を利用してくださいと、快く申し出てくださいましたのでここにご紹介させていただくことにしました。


年齢差23歳。男性は初婚、女性の方が年上での再婚。傍目に見る限り不可能と思えるような状況ですが、二人の真実な愛がすべての壁を打ち壊しました。
昨日、お二人とやり取りしていて、その背後にはもっともっとすごい、感動の裏話が山ほどあるのですが、それらは省略します。
ただ一つ付け加えさせていただくと、女性の二人のお子さんはもうすでに成人してご結婚していらっしゃり、シングルマザーとしての再婚とのことです。お子さんたちも、そしてお二人のご両親もご結婚を応援していてくださるそうです。
それでは動画をご覧ください。
涙なしには見られません。



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私の自己評価

2016.01.25日

私は脳なしの人間でした。そして、脳なしであることを当たり前のことと思っていました。
小学生のとき、なにかチームを作るときには私はいつでも最後まで選ばれませんでした。とくに理由もないのにからかわれていました。また、友達はなかなかできませんでした。
その理由はわかりませんでした。しかしなぜか、私は仲間外れにされ、みんなの目にかなわなかったのです。
同級生たちはその理由を知っているに違いないと思っていたので、私は彼らの目をとおしていつも自分を見ていました。このようにして、自分に対して否定的に自己評価するようになっていました。
子どもの頃からティーンエイジャーの時代、そして大人になりたての頃も、そのほとんどの期間、私は自分のことを野暮で、周囲の人よりも価値がない人間だと思い、自分を嫌っていました。
クラスメイトの私に対する態度は、まさに自分でその予言を実現させる結果となっていました。


ところが、30代半ばになったとき、私のことが好きな友達がいて、私は自分の人生の様々な分野において成功しているということに気づき始めたのです。
小学校時代の同級生たちが私のことをあれこれ言っていたのは、私自身の問題だったというよりはむしろ彼ら自身の問題で、彼らの不安感からきていたのだということに気づくと、自尊心が次第に芽生え始めました。
私の中に長い間いた、傷ついた小さな女の子は、何十年も昔のあの当時の子どもたちの方がおかしかったのだということを悟りました。
私は結局のところ、全然仲間外れにされるような者ではなかったのです。


私は完璧な人間ではなかったけど(そもそも完璧な人間なんて存在しない)、私はそれでもいいんだということがわかり始めました。私は素晴らしいものをたくさん持っているいい人なのです。
私の自尊心はさらに高くなりました。
自分の内側を見て、自分がどのような人間であるかを判断するのは、自分にかかっているということがわかるようになってきました。
私の自尊心は、鏡のように他人の見方によるものではないのです。
自尊心は内側を見るところから生まれます。
この新しい見方ができるようになって、自分が愛すべき、有能な人間であることがわかり始め、それに応じて私の自尊心はますます成長していきました。


以来何年もたった今、私はありのままの自分にとても満足しています。
これは決して、もう進歩する余地がないということではありません。欠点があるにもかかわらず、私は愛すべき、価値ある人間だということを知っているという意味です。
かつての私でなく、現在の私にとても満足しています。
正しい自尊心は、健全で幸せな人生の土台です。
正しい自尊心が持てなかったとき、生きることは困難でした。
自尊心を持っている今、自分の行く先でたとえなにが起ころうとも、私はそれに対処する能力があり、必要な力が内にあるということを知っています。
ですから、肯定的な自尊心がないと人生はどれほど辛いものであるか、私にはよくわかるのです。
自分のことを、この世に一人しかいないユニークで素晴らしい人物だということをまだ知らないすべての方が、否定的な言葉をつぶやいたり、他人の考えに左右されることから脱皮して、自分は美しい人間だということを発見してもらいたいと私は切に願っています。


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サンディ・アベル (ビジネス・コーチ、作家、講演家、カウンセラー)
(訳:舟田譲二)


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釘を打ちつけ、そして引き抜く

2016.01.24日
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娘がほかの子どもに対していじわるなことを言って傷つけたことを責められたとき、娘はすぐに謝りたいと泣いて言ってきました。
それはそれでいいことなのですが、謝ればいつでも問題が解決するわけではないということを、私は娘に学んでもらいたいと思いました。


そこで、2年前に9歳のウィルという少年の父親が母親を捨てた話を娘にしました。
ウィルは、怒ってよく他の子にひどい言葉を浴びせかけていました。
彼は一度は母親に、「お父さんがお母さんを捨てたわけがわかるよ」とまで言いました。
ウィルのひどい言葉に耐えられなくなったお母さんはその夏、ウィルをおじいちゃんとおばあちゃんのところにやりました。


ウィルが自分をコントロールできるようにするためにおじいさんが考えた戦略は、彼がいじわるなことや人を不快にさせるようなことを言うたびに、ガレージに行って10センチ角の板に5センチの釘を打ちつけさせることでした。
小さな子どもにとって、これはとても骨の折れる仕事でした。でもおじいさんは、釘が板を打ち貫くまではウィルを戻ってこさせませんでした。
ガレージに10回ぐらい行ったところで、ウィルは自分の言う言葉にこれまで以上に気をつけるようになってきていました。
とうとう、彼は自分の言ったことに対して謝るようにさえなりました。


おばあさんが介入してきたのはそのときのことです。
おばあさんはウィルに釘をいっぱい打ちつけた板を持ってこさせ、その釘を全部引き抜くように言いました。
これは釘を打ちつけるよりもずっと大変な作業でした。でも、苦労したあげく、彼は釘を全部引き抜きました。
おばあさんはウィルを抱きしめて言いました。
「おばあちゃんはお前が謝ってくれて、もちろん嬉しいよ。おばあちゃんはお前を愛しているから許してあげる。でも、謝るというのはちょうど打ちつけた釘の1本を抜くのと同じようなことだということを知ってもらいたいの。
ほら、この板を見てごらん。穴が開いたままでしょ。板は元には戻らないのよ。
お前のお父さんがお前の心に穴を開けたことはよくわかっているわ。でも、どうかほかの人の心にまで穴を開けないでおくれ。お前はそんなちっぽけな人間じゃないでしょう」


4年生のクラスを受け持つひとりの先生が、つい最近私に言ってくれました。彼女は新学期の初めに生徒たちにこの話をし、そして1年をとおしてこの話を繰り返し聞かせたというのです。
生徒がいじわるなことを言ったりしたりすると、彼女はその生徒に尋ねました。
「あなたはだれかに釘を打ちつけたの?それからその釘を引き抜いたの?」


生徒たちは先生が何を言わんとしているのかちゃんと理解していて、また自分たちのしたことが間違っていたということをみんな認めていたそうです。もし、先生が生徒に「何をしたの?」と尋ねていたなら、みんなほかの子のせいにして互いに責め合うことを繰り返していたでしょう。
また、謝られた生徒たちが考えもせずに「いいよ」と言ってはいけないと、先生は生徒たちに教えました。なぜなら、自分の身にされたことは決して「良くない」し、たとえ口で「いいよ」と言っていても、心の中では当然のことながら「いい」とは思っていないからです。
そこで、先生はクラスの生徒たちに、「いいよ」と言う代わりに、「謝ってくれてありがとう」とか「許してあげるよ」と言うことを教えました。


先生はまた、教室の外で起きる家族間の難しい問題を生徒に理解させるためにもこの話を使いました。
彼女は言いました。「子どもの心に打ちつけた釘を一生引き抜かない大人もいるわ。でも、他の人に自分の人生を支配させないで、自分の力で人生を生きていくために、打たれた釘を自分で抜く力は誰にもあるのよ」と。
先生は私に言いました。「この話は単純明快です。でも、伝えているメッセージは強烈です。とくに、『あなたはそんなちっぽけな人間じゃないでしょう!』という言葉をあとに続けると。
とどのつまり、人の品性がものを言うのです。


マイケル・ジョゼフソン(キリスト教牧師)
(訳:舟田譲二)


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新型プリウス

2016.01.23日

先日、Facebookで友人がシェアしていた下の画像を見て、思わず吹き出してしまいました。


prius0.jpg


我が家にプリウスが来たのはもう5年半近くも前のこと(「白い貴婦人来る!」)。
狭い道路などで、車の前を行く歩行者や自転車の人は、エンジン音がしないプリウスに気づかないことがしばしばです。
クラクションを鳴らしてびっくりさせたくないので、そのまま後ろについてゆっくり走っていると、背後に気配がしてふと振り返り、プリウスがいることに気づき、驚いてよけてくれます。
上の画像の状況にそっくりです。(ゆうれいや不審者でなくて良かった!)


そして、つい最近プリウスの新型が発売されましたが、1か月で受注が月間販売目標(1万2000台)の約8倍にあたる10万台に達したとのこと。生産が追いつかず、いま注文すると納車は6〜7か月待ちになるといいます。
ちょっと気になって、ウォーキングしている途中、トヨタのディーラーに展示してある車を見ると、ラインがシャープでほんとカッコしい。


prius3.png


「欲しいなぁ」、なんて思ったら、何と「購入者のうち8割が男性で年代別では60代以上が中心」ですって。
まさに的中。狙い撃ちされたようです。
でも、うちのプリウスまだ新車同然。まだまだ使います。


「1リットルあたり40.8キロメートルの低燃費を実現した」とありました。
な〜んだ、そんな程度なの?
私のプリウスなんて、リッター70キロですよ。


prius2.JPG


なーんちゃって...
冗談ですよ。
よく見ると、燃費の左に2.3kmとありますが、じつは昨日ガソリンを満タンにして、ほんの少ししか走っていないときの数字でした。ガソリンスタンドから自宅までの2.9キロの下り坂をずっと静かに走ってガソリンを使わないで帰ると、99.9キロの表示が出ていますよ (^o^)/。
でも、やっぱり新型プリウス、魅力的だなぁ…


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感謝のご報告

2016.01.22日

1年半前に脳波の検査を東京の病院で受けました(「死後の世界はあるのか?」)。
その時、仲良くなった検査技師の方に撮っていただいた記念写真がこれです。


nouha-thumb.JPG


きっといい結果が出るだろうと高をくくって笑顔でいたのですが、「行きはよいよい、帰りは...」で、検査の結果は脳波に異常が認められ、なんとてんかんと診断されました。
しかし、私はこのとき、必ず癒されると信じ、自分にできることはなんでもやってきました(「『若さ』と『馬鹿さ』が取り柄」)。


そして、先週別の大学病院で再び受けた脳波とMRI、血液検査の結果が一昨日出ました。
果たして結果は...
「すべて異常なし!」


6年ほど前には突発性難聴になり1週間入院しました。同病で入院していた人はだれも治らなかったのに私だけが奇跡的に癒されました。
病院の屋上を祈りながら歩いていたとき、
「ゆけ、汝の信ずるごとく汝になれ」(マタイ8:13)
というみ言葉によって必ず癒されるという信仰が与えられました。


これまで5年余り不調だった身体が、1年少し前の2014年12月の末に、突然好転しました。
まだ去年1年間は多少の波がありましたが、最近は本当に好調で、気持ち悪くなったり、これまで毎日のように苦しんでいた首肩、腰の痛みもほとんどありません。
仕事の方も少しずつですが、負担にならない程度にやっています。


皆様のお祈りに心から感謝いたしますとともに、ご報告させていただきます。


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教え子の来訪

2016.01.21日

昨日は教え子の丈くんの誕生日。
「丈くん」といっても、今や27歳の立派な大人。
小学3年生の頃からアカデミーにお兄ちゃんと一緒に通い始め、大学生の4年間はアカデミーでは数学と理科を担当した人気講師。
大学卒業後は、私立の中学・高校で数学の教師を務め、この4月からは本人の念願であった地元の公立高校での採用が決まり、新たに高校の数学教師としてスタート。
さらにおめでたいことに、この3月には結婚式を挙げます。


その丈くんが、昨夜アカデミーを訪ねてきてくれました。
結婚式・披露宴の招待状を直接届けてくれると同時に、結婚式の司式を正式に依頼してくれたのです。
去年の7月、次男正人の結婚式の司式をした(「昨日は最高に幸せな一日でした」)のを見てとても感動したようで、式後すぐに自分の結婚式の時には司式をしてもらいたい(彼の言葉では「牧師さんしてください」)と言ってきたのです。


20年近くも丈くんの成長をずっと見てきたので、彼の結婚式の司式をさせていただくというのはとても光栄なことで、喜びもひとしおです。
小学生の頃から明るくて素直な子だったのですが、そのまま大人になったという感じです。


去年の11月20日のブログ記事、「倒産寸前ホテルが奇跡の復活」を見た丈くんは、Facebookに次のようなコメントを寄せてくれました。
「学院長!
私もこの番組を見ていたのですが、ちょうど、『アカデミーみたいだなぁ、学院長みたいだなぁ』と思いながら見ていました。
嫁さんに、『アカデミーも、似たような雰囲気があるよ』と話もし、学院長がブログにしていてビックリしたので、思わずコメントさせて頂きました(^^)」


昨夜、中1・中2と個別のクラスを何年かぶりに見学した丈くんは、「懐かしい!また、ここで働かせていただきたいです」と、とても嬉しいことを言ってくれました。
自習に来ていた中3生には、「この近くの高校の先生になるので、ひょっとしたら君たちにその学校で会うかも」と。


アカデミーの歴代の先生たちは今も付き合いが続いていて、それぞれの結婚式にはみんな仲間が集まって祝い、また毎年お盆休みにはバーベキュー大会や泊りがけの旅行、そして忘年会をしたりしています。
箱根で一泊で行われた去年の忘年会(下の写真)には、仕事で来れなかった人を除いて21人も集まったそうです。
このようにして、先生たちがいつまでも仲良くしていて、その都度私にも顔を見せて挨拶してくれるのは、私にとって本当に大きな喜びです。


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幸せはすぐそこにある?

2016.01.20日

多くの人にとって、幸せとはすぐそこにあるものです。
卒業証書や仕事、昇進、昇給。ただこれさえあれば幸せになれるのです。
ひょっとしたら結婚を、あるいは子どもができるのを待っているのかもしれません。
または定年退職したら幸せになれると思っています。


アルフレッド D’スーザは語っています。
「人生はもうすぐ始まると私は長い間思っていました。
でも、いつもなんらかの障害になるものがありました。まずやっておかなければならないことがあったり、まだやり終えていない仕事があったり、働かなければならない期間が残っていたり、あるいは返済しなければならない借金があったりとか。
これらが片付けば自分の人生は始まると思っていました。
しかし、これらの障害こそが自分の人生なんだとようやく気づき始めました」


ジョン・レノンは次のような別の言い方をしました。「人生なんて、ほかの計画を立てている間に起こるものさ」
つまり、私たちの人生とは今、現在起こっているものなのです。
自分が望む満足感や充足感を得ようとするならば、私たちは身に起こること、また周囲で起こることすべてのうちに喜びや楽しみを見出すことを学ばなければなりません。というのは、これらの経験こそがまさに私たちの人生そのものだからです。


人生とは目的地ではなく、旅のようなものだということに気づくならば、私たちはもっとも多くのものを人生から得ることができるのです。
ですから、もし自分のしたいことがあったなら、それをしようがしまいが関係なく、自分は幸せになれるのだという事実に気づき、自らをそれに合わせることを今始めるのです。


幸せはすぐそこにあるのではありません。今すでにあるか、それとも決してやってこないかのどちらかです。
幸いなことに、あなたは幸せになるために必要なものはすべて持っています。
哲学者、詩人、科学者などはみんな口をそろえて言っています。幸せは、お金や名声や権力によっては手に入れられないと。
幸せとは、事実ではなく、心の持ちようなのです。
あなたに必要なものは楽観と感謝の心です。


マイケル・ジョゼフソン(キリスト教牧師)
(訳:舟田譲二)


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下町ロケットおっちゃんの人生講義

2016.01.19日

一昨日、テレビ東京で16:00から放映していた番組、『こども経済TV第3弾』はとても感動的でした。
「北国の下町ロケット」と題して紹介された北海道に住む植松努さんは、小さな工場を経営しています。
植松さんが自ら語っている動画(TEDxSapporo)を見つけました。
夢について熱く語る素晴らしい人生の教師です。


冒頭、彼は語っています。
「僕は、小学校に上がってすぐに担任の先生にものすごい嫌われたんです。
僕が信じていたことや、ばあちゃんが教えてくれたことは全部否定されました。僕の夢は「お前なんかにできるわけがない」ってさんざん言われました。じいちゃんが撫でてくれた頭は、先生にさんざん殴られました。とっても辛かったです。
でも、助けてくれる大人はいなかったです。
僕はその先生が言っていた言葉を忘れていませんでした。その先生は「どーせ無理」という言葉をよく使っていたんです。この「どーせ無理」という言葉がおそろしい言葉なんだと思いました。
これは人間の自信と可能性を奪ってしまう最悪の言葉です。でもとっても簡単な言葉なんです。これを唱えるだけで何もしなくて済んでしまうから、とっても楽チンになれる恐ろしい言葉でもあるんです...」
続きはこちらからどうぞ。最後までごゆっくりお楽しみください。



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小さな奇跡

2016.01.18日

昨日の平塚見附キリスト教会での柿谷正期牧師のメッセージは、ヨハネの福音書2:1-11から「小さな奇跡」と題してなされました。
これは、ガリラヤのカナという町で行われた婚礼の席で、招かれていたイエスさまが、水をぶどう酒に変えるという最初の奇跡をなさったことが記されている箇所です。
以下にメッセージの概要をご紹介させていただきます。
感動に身を震わせながら聴いたメッセージです。


水をぶどう酒に変えるというのは、比較的小さな奇跡です。なぜなら普通だったらぶどう酒ができるのにかかる自然のプロセスを早められただけだからです。
この時、水をぶどう酒に変えたこの奇跡を知っていたのは、イエスさまの母マリヤと、水をくんでかめに入れた僕たちだけでした。
私たちの人生においても奇跡はたくさん起きていますが、それに気づいている人と気づかない人がいます。


戦後間もないころ、ひとりの婦人が離婚し、荷物を郷里の広島に送ったところ途中で紛失してしまいました。
この婦人、時枝スミ子さんは、山陽地方の広島に送ったのが山陰地方と間違えられて、島根県に送られたらしいことを知り、荷物の行方を追って山奥の小さな沢谷村にやってきました。
結局そこでも荷物は見つからずじまいで、途方に暮れていたとき、役場の人に声をかけられました。
「あなたは何かお仕事をしていらっしゃいますか?」
「私は看護婦ですが、今は何もしていません」
「そうですか。実は、この村では看護婦が必要なのですが、ここで働いてくださいませんか?」
というような次第で、時枝さんはこの村で保健婦として働くことになりました。


時枝さんは熱心なクリスチャンでした。
仕事をしながら、自宅でイエスさまのことを人々に伝えていらっしゃいました。
そのような中で、ひとりの青年が集会に集うようになり、やがて信仰に導かれ、第1号の受洗者となります。
酒飲みで、「のんべえの虎さん」として知られていた高橋虎夫青年はやがてすっかり生まれ変わり、その変わりようを見た人たちが大勢教会に集まるようになりました。
やがて高橋青年は献身して神学校へ行き、卒業後牧師となって郷里に戻ってきました。
その教会の土曜学校に足を運んだのが柿谷牧師の妹さんでした。
そして、妹さんに誘われ柿谷牧師も教会に通い始め、信仰を持つに至るのです。


これら一連の流れは、すべて一見「偶然」起こった出来事のように思われますが、実はすべて遠大な神様のご計画によることでした。
小さな奇跡の連続が多くの人の人生を変えていったのです。


この話を聞いていて、私も不思議な神様の御手の導きを感じずにはいれませんでした。
柿谷先生との出会いも実に不思議な、いろいろな巡りあわせの結果のものでした。
さらに、上のようなことはまったく知らないまま、私が行った神戸の関西聖書神学校は、まさにこの宣教の流れを継いでいたところで、かつて高橋虎夫先生が学ばれた神学校した。
神学校在学中、通訳の奉仕で遣わされた岡山の香登教会は、高橋先生が当時牧会していらっしゃった教会で、この時初めて先生にお会いしました。


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また、私が関西聖書神学校で学んだ小島伊助先生(「金色夜叉」)や本田弘慈先生(「生まれ変わり」)始め先生方の多くが、沢谷村の教会開拓に関わっていらっしゃったことを私はのちに『十字架は丘の上に ある看護婦の献身の生涯』によって知るのです。


そして、さらにこの神学校で、奇跡的な出会いをした女性がのちの妻となったのです(「アメリカから日本へ」「母が残してくれた最高のプレゼント」)が、これらのうちどれひとつでも欠けていても、タイミングがずれていても、今日の私はありませんでした。
そして、これも私がこのブログでよく言う「新超ひも理論」なのです。


私たちの人生には、このような「小さな奇跡」が数えきれないほど起こっているのですが、それに気づいているかどうか、それが神様のお取り計らいだと受け止めるかどうかで、人生の意味は大きく変わってきます。


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バカの大足、まぬけの小足...

2016.01.17日

中学生の時の保健体育の先生は怖いけどとても面白かったS先生。
中学3年の時、男女分かれての保健の時間に性教育がありました。
S先生が黒板に女性の体の絵を描いて生殖の仕組みについて教えてくれました。
ユーモアあふれる授業で、教室はずっと大爆笑の連続。
授業が終わり、女子が教室に戻ってくる前にS先生は黒板に書いてあった女性の体の絵にちょっと手を加えました。
上部と下部を消して横の線で結び、真ん中の部分がくびれた壺のようなオブジェにして、上の口から縦に何本もの線を引き、その先に花をつけて、はい、花がいっぱい詰まった花瓶の絵の出来上がり。
またしても、みんな大笑い。


ある時、S先生が保健の授業の中で言いました。
「バカの大足」
これはよく使われる表現ですが、その後に続いて
「間抜けの小足、中途半端のろくでなし」。
ここでまた大爆笑。
いつもこんな調子でした。


昨日、ふとこの授業風景がよみがえってきたのは、中2のみずきちゃんとバスの中で話していた時のことです。
みずきちゃんが「バカの大足」というわけではありませんが、以前塾に来ていた今は高3のお姉ちゃんのありさちゃんと姉妹そろって背がとても高いのです。
みずきちゃんとありさちゃん、どこかで聞いたことのある名前だな、と思い、以前、姉妹の名前の由来を尋ねたところ、ご両親が女優の観月ありさのファンだったそうで、初めの女の子が生まれた時「ありさ」と名付けたところ、二人目も女の子だったので「みずき」(実際にはそれぞれ漢字が使われています)と名付けたそうです。それで姉妹で「みずきありさ」。
なるほど、とても上手い名付け方です。


ところで、観月ありさは身長169センチでとても大柄な女優ですが、実はありさちゃんはさらに高くて171センチ、みずきちゃんも166センチで中2としてはかなり高く、今もまだ伸び続けています。
ご両親ともにやはり背が高いそうですが、「みずき」「ありさ」二人ともテニスをしていて、遺伝プラス運動でますます身長が伸びるのです。
昨夜、みずきちゃんに尋ねました。
「背が高くて便利なこととか不便なことってある?」
「便利なことはあまり感じたことありません。でも、洋服や靴を買う時、自分の気に入ったものがあってもサイズがなかったりすることがよくあって不便を感じます。あと、目立つことと周りの男子がみんな小さくて、それがいやかな」
室内高164センチのハイルーフの送迎バス、ほかの生徒たちはみんな大丈夫なのに、みずきちゃんは頭がつかえ、腰をかがめて車内を移動します。


背の低い人は高い人を羨ましく思ったりするものですが、実際にはそんなのはどうでもいいこと。
大足、小足、中足にバカも間抜けもろくでなしもありません。
背の高い女の子も、背の低い男の子も、みんなそれぞれの個性で、いい悪いなどありません。
みんな、それぞれの個性をお互いに認め合い、受け入れ合う。
これが人間関係をもっと気持ち良いものにし、ひいては人種や国家や文化や宗教を始めとするさまざまな差別や戦争などの解決の糸口になると私は信じています。
教育はただ勉強だけ教えて、試験のために暗記させ、志望校に合格させて、いいところに就職させることが目的ではありません。
もっと人間として基本的なことをしっかり教える必要があります。


と、上の記事を書いたのはもう4年近くも前のこと。
お姉ちゃんのみずきちゃんは今や20歳。東京の芸能事務所に所属して、プロのモデルになっているそうです。
なるほど彼女にピッタリの仕事です。
これが彼女のプロフィール写真です。カッコいい。
背の高い人を羨ましがる必要などない、と言いつつも羨ましく思っている私です(笑)。


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感動物語

2016.01.16日

私の親しい友人で、尊敬する鶴田牧師(「VIP」)がメールメッセージという形で毎週素敵なお話を送ってくださっています。
一昨日とても感動的な物語を送っていただきました。
あまりにも素晴らしいお話なので、一人でも多くの人に読んでいただきたいと思い、鶴田牧師の了承を得てここに転載してご紹介させていただきます。
これは作り話ではなく、実話だそうです。
私はまるで映画を観ているようにありありと情景を心に描きながらこれを読みました。


ある裕福な男性と彼の一人息子は、珍しい絵画の収集が趣味でした。ピカソからラファエルまで、彼らのコレクションは実に目を見張るものがありました。そして、二人はいつも一緒に座って、価値ある作品を眺めながら、その一つひとつの素晴らしさを語り合いました。


ベトナム戦争が始まり、息子は出征していきました。そして勇敢にも一人の兵士仲間を救い出そうとして犠牲になり、戦死してしまうのです。やがて父親にその知らせが届き、父親は一人息子の死を深く悲しみました。


一ヶ月が過ぎた頃、ちょうどクリスマスの前の日に、玄関のドアをたたく音がありました。ドアを開けると、一人の青年が大きな包みを持って立っていました。その青年は言いました。「あなたは私のことをご存知ありませんが、私はあなたの息子さんが命を捧げて下さった兵士です。彼はあの日、多くの兵士の命を救いました。そして最後に、負傷した私を安全な場所に運んでくれているときに心臓に弾丸を受け、即死しました。彼はいつもあなたのことを話してくれました。あなたがどんなに芸術を愛しておられるかということを。


青年は持っていた包みを差し出しました。「これは大したものではありません。私は偉大な画家ではありませんが、あなたの息子さんは、あなたがこれを持つことを望んでいると思います。」
父親は包みを開けました。それはその青年が描いた息子の肖像画でした。彼は、その兵士が息子の個性を見事に捉えて描いた絵を畏敬の念をもってじっと見つめました。父親の目からは、涙が止め処なく溢れ出てきました。彼はその青年に感謝をすると、いくらでも払うからその絵を譲って欲しいと言いました。


「そんな、とんでもありません。私は、あなたの息子さんが私にしてくれたことに何もお返しできません。これは私の心からの贈り物です。」


父親は、その肖像画を暖炉の上に掛けました。そして、訪問客が彼の家を訪ねる度に、まずこの息子の肖像画を見せて、それから彼のコレクションを見せるようにしました。


数ヶ月が経って、その男性は亡くなりました。そこで彼の遺言にしたがい、彼のすべての絵画が競売に掛けられることになりました。有力者たちが至る所から彼の家に集まり、数々の名画を見て、彼らのコレクションの一つに加える機会が訪れたことに興奮気味でした。いよいよ競売が始まり、まず最初に息子の肖像画が壇上に。


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競売人は、小槌を打ち付けました。「では、まず、この‘息子の肖像画’から始めます。誰が、この絵に値段をつけられますか?」
会場は静まり返り、しばらくして、後ろのほうから大声で、「我々は、有名な名画を見たいんだ。この絵は飛ばしてくれ!」 しかし、競売人はその声を無視し、「この絵に値段をつける人は誰かいませんか?誰が初めに値段をつけますか? 100ドル? 200ドル? 誰かいませんか?」


すると今度は、少し怒ったように叫ぶ声がありました。「我々はゴッホやレンブラントを見に来たんだ。本当の競売を始めてくれ!」 しかし競売人は執拗に続けました。「息子! 息子! 誰がこの‘息子’を持って行きますか?」
 

やっと会場の一番後ろから声がかかりました。それは長年その家で働いてきた庭師でした。「私がその絵に10ドル払おう。」 貧しい男にとって、それが払える限度でした。そこで競売人は続けました。「10ドルの声が掛かりました。20ドルはいませんか?」


すると、また会場から声がしました。「早くその絵を10ドルで彼にやって、我々は名画を見よう!」
「入札金額は10ドルです。誰も20ドルはいませんか?」


会場のあちこちから怒りの声が上がり始めました。彼らは‘息子の肖像画’など欲しくありませんでした。彼らは自分たちのコレクションのためにもっと値打ちのある投資を望んでいました。


そこで競売人は小槌を打ちつけました。「では、この‘息子’は10ドルで落札です!」
すると二列目に座っていた男性が叫びました。「さあ、名画のコレクションに移るとしよう!」


ところが、競売人は小槌を置いて言いました。「残念ですが、これで競売を終わります。」
「何だって、本命の名画はどうするんだ!」
「まことに残念です。私がこの競売を執り行なう依頼を受けたとき、遺言に特別な条件が明記されていることを聞かされました。そして、その特別な条件は、この最後の時まで明かしてはならないことになっていました。その特別な条件とは、この‘息子の肖像画’だけを競売に掛けること、そして誰であっても、この‘息子の肖像画’を買った者が絵画を含むすべての地所を相続するというものでした。ですから、この‘息子’を手に入れた者がすべてを得るのです。」


いかがでしたか?
すごい話ですよね。私は読み終わってしばらく感動に酔いしれました。
鶴田牧師は、上の話からひとり子イエス・キリストを与えてくださった父なる神様のご愛を説いていらっしゃいます。
このほか、父親の息子に対する愛とか、商売の心、人の心を理解すること、誠実、芸術品の価値等など、この物語からいろいろと教えられることがあります。
皆さんはこの物語からどんなことを教えられましたか?


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勉強を面白くさせるのは...

2016.01.15日

 13. 勉強を面白くさせるのは...
昨日の記事「だから勉強は面白い!」の中に、「教育専門家や教師が勉強とはつまらないもの、というような考え方をしていたら、子どもに勉強の面白さを伝えることができるわけありません」と書きました。
本当に学校の授業が正直つまらないです。
私自身、小学生から高校生まで勉強というものはつまらないものだ、と思い込んでいました。


しかし大学に入って初めて、勉強の面白さを体験しました。
時間や空間を超えて、縦横無尽に細かくひものようにつながっている学問の奥深さに触れて、勉強のとりこになりました。
あれほど勉強嫌いだった私が、その後、34歳で最終的に学校を卒業するまでずっと勉強し続けることとなり、さらに今、この勉強の面白さを教育の実践の場である塾で講師や生徒たちに伝えたり、ブログで皆さんにお伝えしたりする、いわば勉強の伝道師のようになったのです。
長い道のりでした。大学生になるまで誰も勉強の面白さを教えてくれなかったのです。


しかし、今になって考えてみると、確かにつまらない授業をして私を勉強嫌いにさせていた学校の先生達や日本の教育制度にも責任はありますが、実はもっと別のところに本当の責任があることに気づかされます。
その「責任」とは...


もう何年も前のことになりますが、数学や理科が大好きでかなりできる生徒がいました。
国語も社会も頑張ればそこそこできて、学校のテストでも結構いい点数が取れるのですが、どういうわけか英語に関しては単語は覚えられない、文法の基礎は何度やっても理解できないのです。
理解力はあり、頭もいいのにどうしてこの子は英語ができないのだろう、と不思議に思っていました。
ある時、この生徒とゆっくり話す機会があり、私は彼女にその理由を尋ねました。
「英語なんてどうせやっても何の役にも立たないし、やるだけ無駄」
「どうしてそう思うの?先生なんかは英語をやってきて今、いろんなところでとても役立っているし、英語の勉強が楽しくて仕方がないよ」
「えっ、うそでしょ。英語の勉強が楽しいなんて。だって、私の両親は二人とも学生時代、英語が嫌いで苦手でした。両親は、英語なんてつまらないし、やっても絶対に役立たないっていつも言っています」


「ははーん。なるほど、そうだったのか。
この生徒が英語嫌いで、勉強しようとせず、頭から英語なんてやったって何の役にも立たないと言っていたのは、両親の刷り込みだったんだ」
その後、単語の覚え方や文法の基礎を繰り返してやって、ようやく英語がまあまあできるようになり、高校受験では成功して、本人が高めに設定していた第一志望校に合格することができました。


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そうです。日本の教育制度や学校の教師や授業を云々する前に、親の勉強に対する姿勢が子どもに一番大きな影響を与えているのです。
確かに、勉強に限らず、スポーツや趣味などにおいても、親の好みや考え方が子どもの人生に大きく影響しているのは、自分自身、あるいは周囲を見ても明らかです。
親が子どもに名前をつける時点で、親は子どもにある種の期待をかけています。


有名なスポーツ選手の名前などにそれがよく表れています。
私の場合、父が英語が好きで、外人と英語でペラペラ話し、冗談を言い合って大声で笑っているのを見て育ち、また私に「譲二」(ジョージ)という名前をつけてくれたお陰で、私は幼い頃から英語が好きで、将来は絶対に英語ができるようになると信じて疑いませんでした(「意思あらば道通ず」)。
しかし、運動音痴だった父は、スポーツの面白さをまったく教えてくれず、何も習わせてくれませんでした。父を責めるわけではありませんが、スポーツを経験しないまま育った私も父同様に運動音痴になってしまいました。


本をよく読む親の子どもは読書好きに育ちます。
野球が好きな親の子どもは野球が好きになります。
しばしば政治家の子どもが政治家になり、宗教家の子どもが宗教家に、スポーツ選手の子どもがスポーツ選手に、芸術家の子どもが芸術家に、教育者の子どもが教育者に、音楽家の子どもが音楽家に、俳優の子どもが俳優になったりするのも同様です。
親の責任、大です。
子どもが勉強を面白いと感じ、好きになるための一番の責任者は親です。
そして、これが親から子へ、子から孫へと、順々にひものようにつながっていくのです。
でも何事においても手遅れということはありません。気づいた時がスタートする最善の時です。


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だから勉強は面白い!

2016.01.14日

「舟田式ひも勉強法 その10」は、私の持論を述べた2年前の記事の再録です。


 12. だから勉強は面白い!

Come on! コワモテのコジャック警部が言うと、〈早く来い〉となる。人懐こいコロンボ警部が言うと、英文では同じセリフが〈こっちこっち〉となる
◆二つのテレビドラマで吹き替え用の台本を手がけた翻訳家の額田やえ子さんが『アテレコあれこれ』(中公文庫)に書いていた。訳し方ひとつで受ける印象はがらりと変わるものらしい
◆有無を言わさぬコジャック流〈早く来い〉だろう。「高台に避難せよ!」。3・11の津波襲来に、茨城県大洗町は防災無線で住民に“命令”したという。本紙東京版で読んだ
◆「高台に避難して下さい」という丁寧な呼びかけを、町長の咄嗟の指示で切迫した命令口調に改めた。上に立つ人がしっかりしていれば住民も安心だろう
◆目を永田町に転じれば、総裁選だ、代表選だ、誰が出るの出ないのと、にぎやかである。重要法案を放置して、国会は休会したに等しい。ぴったりのセリフが額田さんの本にあった。You gotta be kidding!…。コロンボ警部の〈ホントですか、それ〉よりも、コジャック警部の〈なめるんじゃねえよ〉が気分に合う。
(2012年9月5日 読売新聞 「編集手帳」)


英語を専攻していた大学時代、言語の面白さにハマって言語学関係の本を読みあさって、独学で勉強し始め、それが高じて卒業後アメリカへ言語学を学ぶために留学する結果となりました。
上の読売新聞「編集手帳」の記事はまさにこの面白さを物語っています。
読んでいて思わず吹き出してしまい、この記事を何人かの人に紹介しました。でもそれだけではもったいなく思い、さらに以前このブログでも紹介しました。


中学や高校、さらに大学でも英語の授業というと、それこそ明治時代から変わっていないのではないかと思うほど、紋切り型に
You are Ken.
あなたは健です。
I am Ken. I have a toy in my bag.
私は健です。私は私のかばんの中におもちゃを持っています。
He has a book in his bag.
彼は彼のかばんの中に本を持っています。

のように訳して、先生も生徒もみんな平然としています。
「私は健です。私は私のかばんの中におもちゃを持っています」
なんて言う中学生の男の子がいったいどこにいるでしょう。
これではまるでちょうど今、NHKの朝ドラマでやっている『花子とアン』の中に登場する明治時代の英語の授業のようです。


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こんな訳をしているので、みんな英語はつまらないと思ってしまいます。
それこそ、上の「編集手帳」のような訳し方をしたら、生徒たちは授業に引き込まれ、勉強が大好きになるのは間違いなしです。


大学生の頃、英語のクラスで使われていたテキストで和訳のないものがありました。
すると、誰かがそれを翻訳して学生相手に売っていました。
友人にちょっと見せてもらったところ、わら半紙に殴り書きしたような、非常に質の悪いもので、しかもその訳たるや上の中学生の訳よりもっとひどく、日本語になっていませんでした。
そんなものを500円〜800円ほどで売っていました。


私はクラスの仲間5人ぐらいに声をかけて、自分たちで訳本を作ることにしました。
私の家に集まり、私がものすごいスピードでどんどん翻訳していき、それを字の上手な女の子が清書して、リコピーという当時出たての家庭用簡易コピー機、といっても建築図面に使われていたような青焼きのものですが、それで別の友人がコピーし、機械から出てきた濡れている用紙を別の者がドライヤーで乾かし、乾いたものをまた別の者がホッチキス止めするという流れ作業を徹夜でやったことが何度かありました。
でも、販売価格は100円。お金儲けをする気は初めからなかったので、元が取れればいいと考え(リコピーの値段は確か19,800円ぐらいで結構高かった)、試験が終わると売上金で手伝ってくれた仲間たちと一緒に食事をして労をねぎらったものです。


アメリカ留学中もいくつかの通訳会社や翻訳会社に登録されていて、よく仕事が回ってきました。
そのほとんどはビジネス関係だったので、上のコジャック(正しくはコゥジャック)やコロンボのような面白さはありませんでしたが、仕事はいつも楽しみながら精一杯やりました。
帰国後しばらくして、アメリカの売れっ子作家、シドニィ・シェルダンの小説が「超訳」という名の下で次々と出版され、どれも爆発的な売れ行きになりましたが、その「超訳」は誤訳のオンパレードで実にひどいものでした(「明日がある」)。
でも、あれだけ売れたということは、日本人が上の「編集手帳」のコジャックやコロンボのようなこれまでにないユニークな訳に飢えていたからでしょう。


今、日本の小中高校生や大学生もみんな、面白くて楽しい、生きた授業に飢えています。
今日も著名な教育専門家が、勉強嫌いの子を持つ母親からの相談に次のように答えているサイトを見ました。
「子どもというのはもともと勉強嫌いで、そんなことは当たり前です」。
教育専門家や教師がそのような考え方をしていたら、子どもに勉強の面白さを伝えることができるわけありません。
それこそ、コジャックじゃないですが、
You gotta be kidding!
〈なめるんじゃねえよ〉


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なんでだす?なんでだす?

2016.01.13日

NHKの朝ドラ『あさが来た』の主人公、あさが子どもの頃からいつも言っていた言葉、「なんでだす?なんでだす?」。
すると、あさの子ども千代も同じように「なんでだす?なんでだす?」と事あるごとに尋ねる。
やっぱり「蛙の子は蛙」なのでしょうか。
でも、この「なんでだす?」は学びにおいて一番大切なキーワードです。
今日の「舟田式ひも勉強法 その9」。テーマは「なぜ?」です。


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 12. 「なぜ?」という疑問を持つ
小さな子どもは好奇心のかたまりです。
しばしば「なぜ?」「どうして?」という質問を連発して親を困らせます。
最初のうちは「それはね...」と親は丁寧に答えて付き合っているのですが、そのうちにだんだん面倒くさくなって、
「だから、さっき言ったでしょ!」
「もういい加減にしなさい!」
と怒ってしまったり、無視したりするようになります。


小学校でも低学年の間、生徒は先生に「どうして?」とよく質問しますが、そのうちに質問しなくなります。
質問するとうるさがられ、嫌われると思ってしまうからです。


中学や高校、大学になると、授業の終わり近くに教師が、
「何か質問はありますか?」
と尋ねると、生徒はみんなバタンバタンと大きな音を立てて教科書を閉じ、カバンに片づけ始め、もう授業になりません。


日本では質問することは一種のタブーのような雰囲気があるようです。
中央大学で教えていた時、授業中よく質問する学生がいて、その学生を褒めたところ、自分はよく質問するので、他の学生から変わり者と見られていると言っていました。


この夏、アメリカの高校の歴史の授業を見学した時、生徒が次々と質問していました。
この時、とても興味深いシーンに出くわしました。
ひとりの生徒が、太平洋と大西洋の英語名(The Pacific Ocean, The Atlantic Ocean)の由来を尋ねました。
私はその答えを知っていたので、「はい」と手を上げて答えを言いたい欲求に駆られましたが、教師がどのように答えるか見ることにしました。
教師の答えは意外なものでした。
「それはいい質問だ。だけど、先生は今までそのことについて考えたことがなかった。君たちの今日の宿題だ。調べてきた人にはエクストラポイント(おまけ)をつけてあげるよ」(「アメリカ滞在1日目(パート2)」)。
この答えは実に見事だと思いました。
もし、私のようにその場で答えを与えていたら、生徒たちは「ふーん」と言ってそれで終わり、ほとんどの生徒はしばらくすると忘れてしまっていたことでしょう。
ところが、「自分も知らない、いい質問だ」と答えることによって、生徒にプライドを持たせると同時に、みんなに調べてこさせる宿題を出して生徒全員を巻き込むことに成功したのです。
(ということで、今、この記事を読んでいて、「?」と疑問を持った皆さんには、日本名「太平洋」と「大西洋」の「太」と「大」の漢字がなぜ違うのか調べる宿題を出します)


勉強というのは、いろいろなことに興味を持ち、「なぜ?」と疑問を持って、そこから次々と新しい世界が開けていくことに意味があるのです。
「答えが出たらそれで終わり」ではないのです。勉強とは、ひものようにつながっているものだからです。


昔、アメリカに留学していた時、カウンセリングのクラスで、90分間学生からの質問と教授の応答、またそれに対して「なぜですか?」という質問、他の学生の意見、コメント、とそれだけでほとんど終わったことがありました。
途中で教授が「お願いだからもう質問はストップしてくれ。私の言いたいことも言わせてくれ。今日の予定の授業が全然できないよ」と言い、みんな大笑いしました。


日本の教育には、この「なぜ?」が欠けているように思います。
「つべこべ言わずに黙って聞け」「教えたことを覚えればいいのだ」「教師にたてつくのか?」という姿勢です。
日本人でノーベル賞を受賞する研究者の多くが海外在住ということもこれに関係していると思います。


質問から質問へとひものようにつながってどんどん展開、発展していくような授業があったら、楽しくなって生徒はもっと一生懸命勉強に取り組むようになっていくことでしょう。


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いつでも、どこでもドア

2016.01.12日

しばらくお休みしていましたが、シリーズ「舟田式勉強法 その8」です。


 11. いつでも、どこでもドア
川崎市は3日、「川崎市藤子・F・不二雄ミュージアム」(川崎市多摩区)が開館1周年になるのを記念して、「ドラえもん」に、特別住民票を交付した。
漫画で、ドラえもんは2112年9月3日が「誕生日」。交付日は、ちょうど誕生日の100年前にあたる。同館に詰めかけたファンら約1000人が「市民」となったことを祝福。阿部孝夫市長から住民票を手渡された伊藤善章館長は、「1周年がこんなに盛り上がるとは」と驚いた様子だった。
阿部市長は「ドラえもんは最も有名な川崎市民。観光・文化大使として国際社会に宣伝してほしい」と期待を込めた。
(2012年9月3日 読売新聞)


juminhyo.jpg


私もドラえもんの大ファンなので、川崎市の特別住民票がドラえもんに交付されたというのは同じ神奈川県民としてとても嬉しく思います。
さて、ドラえもんのひみつ道具で子どもたちの間でダントツの人気は「どこでもドア」です。
私自身も「どこでもドア」が一番欲しいと思います。
テレビでいつも聞いている歌声が聞こえてきそうです。


door2.jpg


あんなとこいいな いけたらいいな
このくに あのしま たくさんあるけど
みんなみんなみんな いかせてくれる
みらいのきかいで かなえてくれる
せかいりょこうに いきたいな
「ウフフフ!どこでもドアー」
アンアンアン とってもだいすき ドラえもん
アンアンアン とってもだいすき ドラえもん


ところで、私のひみつ道具は「どこでもドア」ならぬ「いつでも、どこでもドア」で、私はこれを毎日愛用しています。
この「いつでも、どこでもドア」を開けると、自分の行きたい世界にいつでもパッとにジャンプすることができます。
朝起きて新聞を読んでいる時、テレビでニュースを見ている時、本を読んでいる時などのほか、街を歩いていても、車で走っていても、電車に乗っていても、それこそ寝ている時も、まさに四六時中、私はこれを活用しています。


どういうことかと言うと、見たり、聞いたり、臭いをかいだり、味をみたり、肌で感じるなど五感を通じて体に入ってくる情報、あるいは直感的なフィーリングに対して、私は即座にその世界に入り込むことができるのです。
目に入る情報、たとえば道路沿いの店や建物、看板、走っている車や歩いている人、テレビのドラマのストーリー、登場人物の役柄、俳優の演技、脚本、演出、舞台装置、小道具など、どんなことからも私はその世界に入って行って、そこから何か学び取ろうとします。
店では店員の接客態度や言葉遣い(「人にして欲しいこと」)、店の雰囲気や、置いてある物、トイレも掃除が行き届いているか、客の顔ぶれは...。行き違う人の顔から、その人は幸せそうか、人生に疲れていないか、何か悩み事を抱えてはいないだろうか...などと考えたりします。
ものを食べる時には、原産地はどこか、どんな人が作っているのか、どんな人に好まれているのか、料理してくれた人はどんなことを考えながら作ってくれたのか、味はどうか、どういうふうに言えば感謝の気持ちを伝えることができるだろうか、など考えます。


私はこのように常にアンテナを張っていて、身のまわりのすべてのものから学び取ろうとしています。
言い換えると、勉強とはただ単に学校や塾で学ぶこと、本から学ぶこととは限らない、ありとあらやるものから学ぶのが本当の学びということです。
そして、このようにして学んだことは生活に密着している(つまり、ひものようにつながっている)ので印象に残り、身につき、そして実生活に役立てることができます。
試験のために丸暗記して、終わったら全部忘れてしまうような役立たない学びは本当の学びではありません。
この「いつでも、どこでもドア」式勉強法を、私は生徒や学生だけでなく、すべての人にお薦めします。
勉強とは子どもの時だけするものではなく、生きている限り一生続けるものだからです。


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ほぼ癒えました

2016.01.11日

去る6日に「不名誉の負傷」をしました。
しばらくはちょっと触れただけでも飛び上がるほど痛かったのですが、昨日あたりから痛みも収まってき、バンドエイドを剥がしました。
これがその傷あとです。


fingers.JPG


爪が割れているかと思っていたのですが、ぎりぎりのところで肉だけが切れていて爪は無事で、ホッとしました。
隣りの親指の傷跡は、元日に門扉を開けるときにぶっつけたもので、このときも出血しました。
ほんの一瞬の不注意が取り返しのつかない大変なことになることもあるので、今後は本当に注意しなければならないと思いました。
痛いレッスンでしたが、これくらいで済んで良かったです。


こんなのは取るに足りないような小さな傷に過ぎず、ここに書くことすらはばかれるほどのものですが、大きな心の傷も時が、そして神様が癒してくれます。
身も心もほぼ癒され、下の写真のように心は晴れやかになりました。(昨日の澄み渡った青空の下、正面に小さく富士山が見えます。実際にはもっと大きく見えるのですが)
皆さんにご心配をおかけしましたことをお詫びしますとともに、お祈りいただきまして心より感謝いたします。


academy%20fuji.JPG


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衷心よりお詫びいたします

2016.01.10日

去る8日の拙ブログ記事、「イエス・キリストの奇跡とは」の冒頭に、アメリカのドッキリカメラの動画を載せました。
これをご覧になったほとんどの方(クリスチャンの方を含め)からは、「爆笑した」といった好意的なコメントをいただきました。
ドッキリカメラを載せた目的は、ただ単に面白いからということではなく、あくまでもその後に続く本文に書きましたように、聖書に記されているイエス・キリストの奇跡はこのような類のトリックではない、ということを弁証論的に証明することにありました。


しかし、このブログをご覧になった方のおひとりから、このドッキリカメラの動画はイエスさまを愚弄するもので不快だ、というご指摘をいただきました。
私の意図するところをご理解いただきたく、本文をお読みいただくようお願いしたのですが、削除すべきだ、と強く主張されました。


この問題で私は昨日一日悩み、敬愛する私のメンターにご相談しましたところ、次のようなお返事をいただきました。
「少しでも不快感を与えるかもしれない素材は、できるだけ用いないのが賢明ではないでしょうか。ただ、事前にそのことに全く思いが至らないことがある、というのが人間の思いの至らなさですから、そのような素材を使ってみようと思われたときは、一度自分の思いを離れて、全く別のように取られる可能性はないかを他者の立場で想像してみることで、同じ失敗はかなり防げるのでは、と思います」
確かに、自分の意図したことがなんであったにせよ、別の捉えられ方をしたということで、自分の考えが至らなかったことに気づき、心よりその方を始め、同様に不快に感じられた方がいらっしゃいましたなら、本当に申し訳なく、お詫びしたいと思いました。


改めて衷心よりお詫びいたします。
これにより、上の記事からは動画の部分を削除し、本文を一部修正しましたので、皆様のご理解をいただきたいと思います。
今後とも、至らないところがありましたら、どうぞご遠慮なくご指摘くださいますようお願いいたします。


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恥ずかしい想い出

2016.01.09日

昨日は、久しぶりに結構歩いてきました。
大晦日に10.5km、元日に9.3kmウォーキングしてきたのですが、その後はまたしばらく出かけることがありませんでした。
でも、今年の目標として具体的に書いた中に「毎日ウォーキングする」というのがあり、昨日は実行することにしたのです。
家を出てから戻ってくるまで3時間。でも途中で寄り道をしたので、歩いた距離は14.5kmでした。


いつものコースで、家から金目川サイクリングロードコース沿いに海の方に向かって歩きました。
海岸のすぐそばにFBでつながったお友達の中田さんご一家がお住まいです。
一昨年の11月に初めて平塚駅でお会いしました。
ブラジルにお住まいだったのですが、平塚の神学校に来ることを決意し、一昨年ご家族で引き上げて日本に引っ越してこられたのです。その時の経緯を書いたのが、「願いがひとつ実現」です。
この時、奥様のゆかりさんはとても大きなお腹をしていらっしゃったのですが、1年前の1月28日に双子の女の子をご出産されました。
上に3人の小学生のお子さんがいらっしゃるのですが、小5のご次男のささぐくんと小2のご長女のさきちゃんが去年の夏にアカデミーに体験に来られ、小6のご長男のあおぐくんはこの時から入塾してくださっています。


つい4日ほど前のFBのタイムラインに双子の赤ちゃんが熱を出して、ひとりは気管支炎になって入院すると書いてあったので、毎日祈っていましたが、ちょうどいい機会なので散歩の途中、ちょっとお寄りすることにしました。
すると、ご主人が入院していたというみゆちゃんを抱いて玄関に出てこられ、ちょうど退院して帰ってきたところだとのこと。このグッドニュースを聞いてとても嬉しくなりました。
しばらくすると、さきちゃんがあゆちゃんを抱いてこられました。小学2年生なのに、よく子守をしてとってもいいお姉ちゃんぶりを発揮しています。
みゆちゃん、あゆちゃんはさすがは双子。鏡に映したようで、本当にそっくり。見分けがつきません。


ayumiyu.jpg

(中田ゆかりさんのFBより、許可を得て転載)


その可愛いこと。
ご主人の実さんが抱いているみゆちゃんにチュッとキスをしていらっしゃるのを羨ましそうに見ていたら、「抱っこしますか?」と尋ねられ、念願かなって抱っこさせていただきました。
ところが、知らないおじさんに急に抱っこされて不安になったみゆちゃんは泣き出し、すぐにお父さんの腕の中に。キスは我が孫までお預けです。
夏に体験に来たささぐくんも元気な顔を見せてくれました。
しばらく玄関で立ち話して、私は大磯海岸に向けて出発。


海岸を歩いていると、見事な夕焼け。箱根連山が美しいシルエットになって浮き上がっていました。
(富士山はこのすぐ右にあります)


oisowalk1.JPG


さらに歩いて、大磯漁港に到着。
昼間働いていた船が静かに休んでいました。


oisowalk2.JPG


帰り道、辺りはすっかり暗くなって、小路の足元も見えないほど。


oisowalk3.JPG


歩きながらちょっと怖くなってきて、変な人がついてきていないか何度も振り返って確かめていたのですが、不安を振り払おうと賛美歌を歌うことにしました。


♪主 我を愛す 主は強ければ
我 弱くとも 恐れはあらじ
我が主イェス、我が主イェス、
我が主イェス、我を愛す♪


歌っていた時、今から38年ほど前の光景をふと思い出しました。
当時神学生だった私は、CS(教会学校)の小学生を引率して教団のキャンプ場へ行きました。
夜、肝試し大会があって、子どもたちが真っ暗な中を歩くのですが、この時、ふたりの女の子が手をつないで大声でこの歌を歌っていたのです。(あの時の可愛い女の子も今では50歳ぐらいのおばちゃん!そう言う青年だった私はおじいちゃん...)


と、その瞬間、すっかり忘れていた恥ずかしい想い出がよみがえってきたのです。
その夜、キャンプファイヤーの時、メッセージをするようずいぶん前に牧師先生に言われていたのですが、私はすっかり忘れてしまっていました。
司会者が、「それでは今から舟田先生がお話をしてくださいます」と言った時、私の心臓は破裂しそうになりました。
顔は真っ赤。頭の中は真っ白。
私はとっさにどうしていいかもわからず、牧師先生のところに行き、頭を下げて半分べそをかきながら事情を話しました。
すると、このベテラン牧師は、なにも言わずに笑顔ですっと立ち上がると、ファイアーのところに行き、何ごともなかったかのように、イエスさまを裏切ったペテロのお話をし始められたのです。もちろん、私へのあてつけではなく、素晴らしい伝道メッセージでした。
集会が終わってから、私は先生に何度も何度もお詫びしたのですが、先生はそんなことまったく意に介せずという感じで、とがめもせず温かく私の失敗を赦してくださいました。感謝してもしきれない、私が心より敬愛していた今は亡き大恩人、大恩師のS先生です。
今、考えても顔が赤くなり、心臓がドキドキする、私の生涯で一番恥ずかしい想い出です。


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イエス・キリストの奇跡とは

2016.01.08日

昨日、たまたま(実際にはたまたまということはないのですが「偶然、たまたま」)Facebookを見ていたら、1年ちょっと前に見た面白い動画に出くわしました。もう何度も見ているのですが、またまたお腹を抱えて大爆笑してしまいました。
そこで、その動画を紹介した記事を再度ここでシェアさせていただきます。


と、書いて動画をアップしたのですが、私の意図したところと違うように捉えた方がいらっしゃり、不快感を伝えてこられました。
自分の考えが甘かったことに気づかされ、動画の部分をカットしてこの記事を修正させていただきます。


多くの人が、聖書に載っているイエス・キリストが行った奇跡というのをこのような類(たぐい)のものだろうと思っています。あるいは、今から2000年前の人はもっと単純だったので、簡単にだまされた、あるいは信じ込まされたのだろうと言います。
果たしてそうなのでしょうか? あるいはイエス・キリストの奇跡は本物だったのでしょうか? 今日は、このことについて考えてみたいと思います。おそらくクリスチャン、ノンクリスチャンを問わずみんな関心のあることではないかと思います。
まず、この最初の点ですが、当時の人々はナイーブだったので単純にだまされた、あるいは信じたというのは事実ではありません。なぜなら、上の動画のように今日の私たちでさえ、このドッキリカメラに簡単に騙されてしまいますし、当時の人々は奇跡を見て驚き、怪しんだとあります。


「進化論 vs 神」の記事の中にも書きましたが、かのアインシュタインは天地宇宙の創造者なる神の存在は疑いようがない、と確信していました。しかし、聖書の中に記されているように、イエス・キリストが神であるとは信じられず、イエス・キリストは素晴らしい人格者だと言っていました。
果たしてそうなのでしょうか?
まず最初にこのことから検証してみましょう。


さて、ユダヤ人が紀元前何千年も前から信じてきたあの分厚い旧約聖書の中に、イエス・キリストのことがたびたび預言されていました。そして、今から約2000年前にイエス・キリストが実際にこの世に誕生しました。
そして、イエス・キリストの言行録をまとめたのが新約聖書です。これは主にイエス・キリストと起居を共にした弟子たちの手によって記されました。
新約聖書には旧約聖書で預言されていたことが全部成就したと記されています。
また、新約聖書を読んでいると、イエス・キリストが神であると弟子たちも、またイエスさま自身もたびたび証言しています。
イエスの一番弟子であったペテロは、
「イエス・キリストのしもべであり使徒であるシモン・ペテロから、私たちのであり救い主であるイエス・キリストの義によって私たちと同じ尊い信仰を受けた方々へ」 (第二ペテロ1:1)
「このようにあなたがたは、私たちのであり、救い主であるイエス・キリストの永遠の御国にはいる恵みを豊かに加えられるのです」 (第二ペテロ1:11)
と述べています。
このところは、原文のギリシャ語を見ても、1節の「神」と11節の「主」という言葉が入れ替わっているだけであとはまったく同じ言葉、語順になっているので、ペテロは明らかに「イエスは神であり、主である」と言っていることになります。


次にイエス・キリストご自身が語っておられます。たとえば、
「イエスは彼に言われた。『ピリポ。こんなに長い間あなたがたといっしょにいるのに、あなたはわたしを知らなかったのですか。わたしを見た者は、父(なる神)を見たのです。どうしてあなたは、「私たちに父を見せてください」というのですか』」 (ヨハネ14:9)
など、ほかにもたくさんあります。


さて、ここで二つの可能性があります。
イエスは神であったか、なかったかのいずれかです。
もしアインシュタインやほかの多くの人が考えるように、イエスが神でなかったとしたなら、また可能性は二つです。
一つは、イエスと弟子たちが嘘をついていて、奇跡もトリックのようなものであったか、もう一つはイエスは誇大妄想狂だったかのどちらかです。
でも、歴史上、イエスが気が狂っていたという人はキリスト教に反対する人でさえひとりもいません。この説は論理的に矛盾するのです。嘘をついたり、気が狂っている人で、同時に人格者ということはあり得ないからです。


イエスが嘘をついていたという可能性はどうでしょうか。
イエスと起居を共にしていた12弟子のうち、イエスを裏切ったユダは自殺しました。そしてヨハネは離れ小島に流されそこで幽閉されて生涯を終えます。あとの10人は全員、そしてそのほかにも大勢の人たちがイエス・キリストを信じる信仰のゆえに迫害を受け、はりつけの刑や石打ちの刑など殉教の死を遂げています。


今から20年近く前に日本中を震撼させたオウム真理教の教祖、麻原彰晃のためにはほぼ全員の弟子たちが麻原を裏切って自らの犯罪を認め、地下鉄サリン事件など教祖の指導を証言しました。
果たしてイエス・キリストがついていた嘘のために、喜んで殉教の死を遂げる人がいるでしょうか。
このように考えると、可能性はただ一つ、イエス・キリストは神ご自身であった、ということになります。


ヨハネ1:1-18で弟子ヨハネが述べているように、もしイエス・キリストが神であって、人となってこの世に来られたとすれば、イエス・キリストの奇跡など全然不思議ではなくなります。なぜでしょう。
神は永遠の昔からいまし、永遠の未来までいますお方で、天地宇宙を始め、その中の地球を始め地球上の人間や動植物などすべて存在するものを創造された全知全能のお方です。このようなお方に不可能なことはないからです。


ということは、突き詰めていくと、神が存在するかどうかという問題にかかってきます。
しかし、これについては上のアインシュタインを始め多くの科学者たちが宇宙や地球や生物を見て、創造者なる神を認めていることから、これはもう認めざるを得ません。
結論として、イエス・キリストは神であり、神であるがゆえに不可能はなく、奇跡も行うことができた、となります。
もし、今これを読んでいる方の中で無神論や進化論を信じていらっしゃる方がありましたら、どうかもう一度上の動画「進化論 vs 神」をご覧になってください。人生が変わるかもしれません。


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不名誉の負傷

2016.01.07日

昨日、ダイニングからリビングに移動して仕事をしようと、机の方に向かっていたとき、足元にあったそれほど大きくない箱を大股でまたいだつもりが、その中に左足をつっこんでしまいました。
ただそれだけだったらどうってことないのですが、その箱が絨毯の上を滑り、身体のバランスを崩し、あっ!という間もなく身体が空中で回転し、「ドッテーン」と大きな音を立てて転んでしまいました。
その際、頭を机にひどくぶっつけました。一瞬、何が何だかわからず倒れたままで数秒たってから、
「あー、痛っ!」
と、起き上がろうとすると左手の小指の先から血が出ています。ティッシュを当てるとすぐに赤く染まり、結構深く切ったようです。
なんとかバンドエイドを2枚貼ったものの、それもすぐに血がにじんできます。
しばらくすると、左肩、左腕、左膝、そして背中まで痛み始めてきました。袖をまくってみると、左腕も皮膚がむけて赤くなっていました。
下の写真は日が変わって出血が収まった指です。


finger.JPG


ちょっと落ち着いてから頭をよぎったのは
「転ばぬ先の杖」
ということわざでした。(転んでしまいましたが)
ご存じのように、転ばぬ先の杖とは、失敗しないように、万が一に備えてあらかじめ十分な準備をしておくことのたとえです。
ついこの前の日曜日、教会の礼拝で司会をしていて、皆さんに「転ばないようお気をつけください」と言っておきながら、自分が一番にこけてしまいました。
英語では、
"Prevention is better than cure."
(予防は治療にまさる)
と言いますが、甘い考えでいるということは、まさに「油断している」「予防をしていない」ということです。


そして、これは人生の一瞬一瞬に当てはまることです。
私は年始に当たり、一念発起。机の上や身の周りの片づけ、整理整頓、思い切った断捨離をしようと決めました。
そして一番初めにしたのが、机の前に置いてあった箱の中のものを取り出して不要なものを処分したのです。
ところがそのとき、空いた箱をそのまま置いておいたのが「命取り」とまでは行かないまでも、「不名誉の負傷」のもととなったわけです。


何かをやりかけたら、途中でそのまま放っておかず、一つひとつを片づけていかないとこのような痛い目に遭うのです。
「転ばぬ先の杖」。
いくら注意してもし過ぎるということはありません。
新年早々、大切なレッスンを学びました。


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対「感染症」日本の貢献 Part2

2016.01.06日

昨日の記事、「対「感染症」日本の貢献 Part1」の続きです。


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経済的自立へ
 究極のゴールは、途上国の国々が経済的に自立することだ。だが、多くの国ではまだエイズやマラリアなどの感染症が流行し、死は日常にある。人々は貧困から抜け出せないでいる。私たちはまだ投資する必要がある。すべての命は平等なのだから。


発展支える 若い人材育成
 今から300年ほど前、平均寿命は現代の半分以下で、3分の1の子どもが5歳未満で亡くなっていた。電気や交通など多くの発明のおかげで、日本や米国では当たり前のように暖房やエアコンを使っている。夜でも読書ができ、水をくむために遠くに行く必要もない。衛生環境も向上し、健康な生活を送ることができる。
 科学技術の発展はさらに加速している。日本がリードする分野の一つはiPS細胞(人工多能性幹細胞)だ。様々な健康問題への応用が期待できる。
 日本が今後も影響力を維持するためには、科学技術、特に医療、エネルギー、材料、情報技術(IT)の分野で優秀な学生を育てることが重要だ。十分に教えるだけでなく、興味の追求を楽しめる環境にも配慮する。政府の研究開発への投資、大学の役割――。他の国同様、科学技術政策がさらに有効に機能するよう、常に見直していくことも必要だ。国際的な科学コミュニティーに参加できるよう、英語力の向上も課題になる。
 そして、維持した国力でグローバルヘルスの分野でも力を発揮してほしい。日本政府はジュネーブに本部を置く国際民間財団「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」(グローバルファンド)に多額の資金を拠出し続けている。今年5月に日本で開かれる主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)でも感染症対策など保健分野を優先議題として取り上げると聞いている。途上国向けの医薬品開発に投資する官民連携組織もある。日本の製薬会社が熱帯病の治療薬を無償供与している例もある。こうした官民の貢献を高く評価している。
 国民一人ひとりには、地球規模で何が起きているかにも目を向けてほしい。日本は地域の支え合いの充実した国だ。遠い途上国での出来事を身近に感じられれば、助けたいという強い感情が起きるはずだ。個人の寄付や政府の援助がいかに途上国を変えつつあるか、発信していきたい。
 日本は今、興味深い時期にさしかかっていると思う。日本は多くの強みを持っている。だが、今後、科学技術を含め、グローバルな課題に関わる若者をどう育てていくのか。中国の台頭が日米にどう影響するのか。我々は中国の発展から何を学び、どんな協力関係を構築するのか。世界が日本のリーダーシップに期待している。


「受験勉強して東大に合格した」「一流会社に就職した」「家を建てた」「高級車を買った」云々よりも、もっともっと大切なこと。
それは、たとえ目立たなくても、上のような地球規模で考えた、国際貢献できるような人物になること。
また、教育の使命は、有名大学への進学実績ではなく、このような人材を育てることにあるのではないでしょうか。


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対「感染症」日本の貢献 Part1

2016.01.05日
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以下は1月3日付 読売新聞2面
[明日を語る2016]<1>命救う 技術革新 対「感染症」日本の貢献...ビル・ゲイツ氏
からの引用です。
国際社会におけるこれからの日本の貢献と、それに対するビル・ゲイツ氏の以下の提唱に賛同します。


大村博士の功績
 大村智博士が2015年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。彼の仕事が広く世に知られるようになったことは、とても素晴らしいことだ。博士の発見により開発された抗寄生虫薬「イベルメクチン」は熱帯で流行する多くの寄生虫病に威力を発揮する。特に、失明につながるオンコセルカ症(河川盲目症)はこの薬によって激減した。
 私と妻が設立した「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」は、この薬がアフリカの感染国に届くよう援助をしている。薬は製薬会社から無償提供されており、30年までにはこの感染症を地球上からなくすことができると思っている。
 ノーベル賞受賞後、大村博士と直接話したが、今もマラリアに関する仕事を続けているという。発展途上国を苦しめる感染症はまだ多く残されている。話を聞いて大変うれしく思った。


医療以外でも
 日本が世界に発信する科学技術のイノベーション(革新)は医療分野以外でも途上国の人々の暮らしに大きく役立つ可能性を秘めている。二酸化炭素を排出しない、安価な新エネルギーの開発は途上国に大きな問題を引き起こす気候変動への影響を軽減するだろう。
 私は若い頃、世界を塗りかえていくソフトウェアの仕事に没頭してきた。今、私が魅せられているのは、途上国の人々の健康や生活を変える、科学技術のイノベーションだ。
 例えば人工衛星から送られる高解像度の地上画像を使えば、地図にも載っていない集落を見つけることができる。手足のまひを起こすポリオのワクチン配布では、私たちはこの画像を使い、津々浦々の集落に配ることに成功した。1988年に国際的なポリオキャンペーンが始まった時、100か国以上あった感染国は、ワクチンの浸透で今や2か国だけに抑えられた。


携帯活用支援
 注目しているのが途上国で普及が進む携帯電話だ。アフリカでは食料自給率の向上が大きな課題となっているが、携帯で耕作地の写真を撮り専門家に送ることで、情報が届きにくい農民もきめ細かい農業指導が受けられる可能性がある。
 一部の国では携帯電話を使って口座を開設する「モバイル・バンキング」も始まった。人々は携帯で貯金をしたり、ものを買ったりしている。財団はこの普及の後押しも重要なテーマとして力を入れている。
 1990年には世界で10%の子どもが5歳未満で死亡していた。ワクチンの配布などで5%に半減した。科学技術を正しく活用し、途上国の人々に届けることで、今後15年でさらに半減したいと思っている。栄養状態も改善し、多くの貧しい人々がモバイル・バンキングで資産を管理し、生活を劇的に向上できるだろう。課題は山積しているが、状況は年々改善している。


この項、明日に続きます。


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0.1%が生み出す違い

2016.01.04日

昨日の記事、「好きこそ物の上手なれ」で予告しましたように、今日のが本編です。


記事中、「1.01の法則、0.99の法則」の画像がありました。
一昨年の入塾説明会の折、参加された一人の方が、部屋の壁にあったこの貼り紙を見て、これはどういう意味かと質問されました。
私は、
「これは、ある小学校の校長室に貼ってあったものです。
普通だったら1のところ、1日に1%の努力を積み重ねていくと、1年後にそれは37.8にもなる。
一方、1%力を抜いていくと、1年後に0.03になってしまう。
つまり、こつこつ努力すれば、やがて大きな力となるけれど、少しずつさぼればやがて力がなくなる、という意味です」
と答えましたが、その方は今ひとつ納得いかない表情で、私はちょっと説明が下手だったな、と反省しました。
しかし、この方のお嬢さんがこのとき中学1年生で入塾され、今中2ですが、あのときのメッセージが伝わったのか、本当にすごい努力家になり、嬉しいことに成績はどんどん上がって、今や学年で1〜2位を争うトップクラス。志望校もそれに応じて上げてきました。


さて、私はその後、上の貼り紙の意味をよくよく考えました。
「なぜ1.01が努力を重ねれば37.8になるのだろう」と。
そしてわかりました。
昨日よりも今日、目に見えないほどのほんのわずかな1%の努力をし、明日も今日よりもさらに1%の努力、というふうに積み重ねていくと、銀行の利息の複利と同じで、利子が利子を生み、どんどん大きくなっていくのです。


でも1%という努力を毎日積み重ねるのは大変なことです。そこで、それをもっと現実的な0.1%で計算してみました。
昨日の力を1とし、今日はそれに0.1%(0.001)上乗せすると1.001。明日、さらにそれに0.1%上乗せすると1.002001、明後日は1.003003001とほんの少しずつ増えていきます。これは目に見えないほどの小さな増え方です。1週間後はこんな感じです。


1week.jpg


しかし、計算してみると、日数が増えていくに従って加速度的に増えていき、1年後には1.001の365乗で1.440251313429578となり、なんと1年前の44%も増えたことになるのです。


calc.jpg


10年後には3840.465で、もとの3840倍というとてつもない数字になります。
これをグラフに表すとこのようになります。


10years.jpg


逆に、昨日よりも0.1%さぼると、1年後には0.999の365乗で0.6940698870404745…。すなわち、30.6%も力がダウンしたことになります。


校長室の貼り紙の数字は1%でしたが、もっと目立たない0.1%という小さな変化でも、これほど大きな差を生み出すのです。


これこそ私がこれまでこのブログで繰り返し述べてきた「1万時間の壁」「成績を上げるには」などの論理なのです。
今、話題になっているフィギュアスケートの羽生結弦のような練習の鬼のプロになると、こんな感じです。


20years.jpg


今日は1月4日。
「一年の計は元旦にあり」とよく言いますが、三が日休んで今日からスタートです。
そして、ここで大切なのが、一昨日の記事、「あなたの今年の計画は?」の中でご紹介した、計画を具体的に書き出すことです。


さあ、あなたは勉強か仕事、人間関係、子育て、健康作り、趣味...、どの分野でこの複利の原則を実践してみますか?


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好きこそ物の上手なれ

2016.01.03日

以下は、今からちょうど2年前の記事の再録です。
じつは、本編は明日の記事なのですが、昨日の「あなたの今年の計画は?」と明日の本編への橋渡し役として、この「好きこそ物の上手なれ」の記事がピッタリだと思い、敢えてここで再び登場してもらうことにしました。


昨日、次男の正人が平塚の自宅から東京スカイツリーまで、78.5kmを12時間半かけて走ってきました。
帰宅したのは夜中の1時近くでした。さすがに帰りは電車でしたが。


skyatree.jpg

(正人のFacebookより)


フルマラソンが42.195kmですからその倍近くで、マラソンコースをほとんど往復したようなものです。
話を聞くと、「自分が作った記録を更新することによる達成感」のようなものが動機づけになっているそうです。
マラソンが好きな人は、ランナーズハイという、走っていて脳内から分泌されるエンドルフィンによって快感を味って病みつきになる(「有益な中毒!?」)、とよく聞きますが、正人はこのランナーズハイは経験していないようで、途中何度か苦しくなり、足も痛くなるそうです。
「そんなに苦しい思いをしてなぜ走るの?」と尋ねると、小さい頃から走るのは好きだったとの答え。


なるほど、「好きこそ物の上手なれ」なんだ、と納得がいきました。
私の場合、体が弱かったこともあり、小さい頃から走ると必ず脇腹が痛くなり、走るのは苦手というか、むしろ嫌いでした。
そして、走らないでいるとますます走れなくなる。
逆に、好きで走っているとますます走れるようになる。


数日前にFacebookで知った下の言葉そのものです。


1.01%20and%200.99.jpg

(ある小学校の校長室に貼ってあったものだそうです)


これは、私たちの日常生活すべてに当てはまる真理です。
「勉強が嫌い」と思っていると、勉強するのが苦痛になり、勉強しない、するとますますできなくなる。
仕事においてもしかり、夫婦関係や友人関係、さらに言うと国際関係にも当てはまります。


私は、幼稚園の頃、通っていた歯医者さんが好きだったので、いまだに歯医者に行くことはまったく苦痛ではありません(「大丈夫」)。
小さい頃から英語が好きだったので、英語の勉強を苦痛に感じたことはありません(「意思あらば道通ず」)。


なるほど、「苦手・嫌い」「得意・好き」には、すべてそれなりの理由があり、しかも上の1.01と0.09の法則が私たちの人生のすべての面で働いている。
とするならば、うまくやれば「嫌い」を「好き」に、「不得意」を「得意」に変えることだって可能じゃないか。
そして、こと勉強に関してはそのお手伝いをするのが、まさに塾の仕事、我々の使命ではないか。
ただ単にテクニックで試験で点数だけを取らせても、勉強が嫌いだったら、せっかく学んだことを将来活かすこともできないじゃないか、と昨日の正人のランニングから教えられました。


ということで、明日の記事をどうぞお楽しみに。


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あなたの今年の計画は?

2016.01.02日

ボブ・プロクターの昨日の「インサイト・オブ・ザ・デイ」をシェアさせていただきます。


あなたの計画は?


妻と私は、クリスマスから新年を迎えるまでの間に、過去1年間どんなことを成し遂げたかふり返り、来る1年どんなことをしたいか具体的に紙に書くのを恒例の行事としています。
リンダと私は、書いた計画をあたかも道路地図のようにチェックします。これは、進むべき道を示してくれ、正しい方向に私たちを導き、道から外れないようにしてくれます。


紙に書いた計画は、多くの生産的な人たちが、計画達成のための強力なツールとして、また目標への魔法の橋として活用しています。
時間管理術に関する著書で有名なアラン・ラーキンは、
「計画を立てると、将来のために今なにかができるようになり、将来を現在にもたらすことになる」
と語っています。


具体的な計画を立てたいと思ったら、次のようなことをまず自問することです。
今から3か月後、6か月後、あるいは1年後に私はどこにいたいか?
どのようにしてそこに行くか?
今いるところから、行きたいところに行くためにはなにをしなければならないか?
行動を起こすために、最初に取らなければならない小さな第一歩はなにか?


スティーブン・ブレナンは言っています。
「私たちの目標は、紙に書いた計画という乗り物によってのみ達成できる。私たちはこの計画を熱烈に信じ、それに向かって精力的に行動しなければならない。成功への道はこれ以外にはない」


出くわす状況が、事前に描いておいた計画とぴったり合致することがあまりにも多いことにあなたはきっと驚くことでしょう。


多くの合衆国大統領の顧問を務めてきたバーナード・バルークは次のように言っています。
「私がこれまで犯してきたいかなる失敗であれ、過ちであれ、個人、公けを問わず目撃してきた愚かな行為などは、すべて考えなしに起こした行動の結果である」


ボブ・プロクター
(訳:舟田譲二)


以前、「Be→Do→Have」という記事を書きましたが、目標を具体的に紙に書くことの効果は私も実証済みです。
でも、ここしばらくやっていませんでした。
もう一度、心機一転、年頭にあたり早速実践することにしました。
皆さんもどうぞお試しあれ。


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明けましておめでとうございます。

2016.01.01日
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皆様、明けましておめでとうございます。
新しい年、皆様の上に神様の豊かな御祝福をお祈り申し上げます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。


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