学院長元気の出るブログ

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お客様は神様?

2015.06.19日
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面白いサイトを見つけました。
客『お客様は神様だろ』 歴史学「そんな史実は無い」  経済学「需給関係から逸脱しなければな」  心理学「偉ぶって承認欲求は満たされたかね?」  生物学「人は神じゃなくて進化した猿だってば」  人文学「本来は芸能の観客に感謝する言葉で…」  数学「“客=神”の定義が不明」  哲学「神は死んだ」
— プチ心理学 (@shinrigaku_)


三波春夫が言った「お客様は神様」が1960年代、あっという間に日本津々浦々に広まり、いまだにこれが店にクレームをつけるクレーマーによって使われたり、社員教育の際に使われたりしています。
「お客様はお金を落としてくれるから神様だ」と思っている「お客様はカネ様」の人も少なくありません。
しかし、「お客様は神様」と言った三波春夫の真意は「歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払って、心をまっさらにしなければ完璧な藝をお見せすることはできないのです。ですから、お客様を神様とみて、歌を唄うのです。また、演者にとってお客様を歓ばせるということは絶対条件です。だからお客様は絶対者、神様なのです」ということだそうです。


私は毎朝、健康のための運動も兼ねて塾の掃除をしています。
「学院長」「代表取締役社長」なんて名ばかりで、実際には「総理大臣」ならぬ「掃除大臣」です。でも、無理やり妻にやらされているのでもありませんし、またこれまで一度として恥ずかしいとか、嫌だとか思ったこともありません。
いえ、むしろ教室掃除できるのはありがたいと本心から思っています。


それは、生徒がお金をもたらしてくれる「お客様は神様」だからでは決してありません。
私にとって塾に来てくれている生徒一人ひとりはとても大切な子どもたち、ある意味我が子のような存在です。だから、これらの生徒が良い環境で気持ちよく勉強できるよう教室を綺麗にできるというのは本当に有難いことだと思っています。


玄関の入り口と教室の入り口の一面のガラスドアを生徒たちが手で触って開けるのでいつも汚れています。
生徒をお迎えするドアですので、一番にこのガラスドアの汚れを雑巾(ぞうきん)で拭いて綺麗にします。
以前は、ドアに手で持つところがちゃんとあるから、そこを持ってくれれば指紋がついて汚れないのに、と思ったこともありました。
でも今は、この手垢を拭く時、生徒が出入りする時にこのドアを活用してくれているんだ、と思うと感謝できます。
毎日たくさん出るゴミを集める時も感謝です。
トイレ掃除も感謝です。便器も床もひざまずいて綺麗に雑巾掛けします。決して嫌だとは思いません。
便所掃除をした松下幸之助に倣っているというわけではありませんが、その精神は同じです。


同じ行為でも、お客様はお金を落としてくれる神様だから、と思うとこれは拝金主義で、そこには愛はありませんし、空しい行いとなってしまいます。
先日、近所の自転車屋さんにパンク修理に息子の自転車を持って行きました。店主はとても愛想よく丁寧に対応してくれました。
しかし、あまり良い気はしなかったのです。なぜか。それは数年前にその自転車屋さんに自転車を梱包してくる段ボールを分けてもらえないか、とお願いに行った時、儲からない話だからか、つっけんどんにあしらわれて嫌な思いをしたことがあったからです。
このような見え見えの「お客様は神様」は人にすぐ見抜かれます。
お客様は決して神様ではありませんが、三波春夫のように「神様に接するかのような気持ち」を持つことはとても大切です。


昨日、掃除をしながら頭に浮かんだトイレ掃除考でした。


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