学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
読む人に元気を注入します。

ジョージ学院長 元気の出るブログ

ブログに関するご意見・ご感想は、こちらのフォームからお気軽にどうぞ

学院長プロフィール写真

2014.11.30日




私がFBで使わせていただいているプロフィール写真の似顔絵がここ数日のことですが、「いいね!」のクリックが急増し、瞬く間に300件を突破し、今も増え続けています。びっくりです。またコメントもたくさんいただき本当に感謝しています。


知っている方々だけでなく、知らない人やお会いしたことのない方からも「そっくり」とか「よく似ている」(⁉︎)と言われたりしています。
もっとも昔からの友人や同級生などからはちょっと辛辣に「若過ぎる」「若く描いてもらったんだろう」という指摘もありましたが、別にそのように頼んで描いてもらったわけではないので、言わせておけばいい(笑)じゃありませんが、気になりません。


これをプロフィール写真としてアップした今年2月の記事「学院長のいろいろ」の中に、若さを維持する秘訣も書いてありますのでよろしければご参考に。また、この中には塾選びをする時の注意事項も挙げてあります。


自分もこんな似顔絵を描いてもらいたいという方がたくさんいらっしゃいますので、作者の金斗絃先生の方に直接お問い合わせください。
世界や日本各地の風景画を始め、絵本なども数多く描いていらっしゃり、さまざまな画風をお持ちの素晴らしい画家で、私も大ファンの一人です。
今後とも、私ともども金斗絃先生も(あれっ、逆かな…)よろしくお願いします。


あっ、昨夜遅くにアメリカにいらっしゃるFBフレンドの方からご連絡があり、私の似顔絵のプロフィール写真がまたFBに載ったとのこと。これで合点がいきました。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

子どもは将来の財産

2014.11.29日

社会科授業。教員のジェームス・テイラーさん(31)が、第2次世界大戦で日本への原爆投下を命じた大統領について英語で問いかけた。
"Was Truman guilty of war crimes?"
(トルーマン米大統領は戦争犯罪で有罪か?)
生徒たちは肯定と否定に分かれ、英語で議論した。


これは大学の授業ではなく、なんと中学3年生の授業なのです。
大学生でもこれだけの討論が英語でできる学生がいったいどれだけいることでしょう。私は今から40年ぐらい昔、中央大学で英語専攻の学生を教えていた時、このような討論会を何度か催しましたが、発言することができたのはごく数人の学生。そしてその英語力も怪しいものがほとんどという状況でした。
上のは、群馬県太田市の小中高一貫校「ぐんま国際アカデミー」(GKA)の9年生の授業のひとコマです。
同校は、2005年、国語など一部を除き授業を全て英語で行うイマージョン(英語漬け)教育を掲げて開校。授業時間数の7割が英語による授業で、小学校6年間で計約4900時間、中学校3年間で計約2200時間に上り、英語の議論で批判的思考力や課題解決力を育むのが目的といいます。
昨年11月に中等部(7〜9年生)生徒249人が団体受験した英語力テストTOEIC(990点満点)の平均点は577点。大学生平均449点を上回り、8人は900点を超えたそうです。


ところがなんでもそうですが、いいこと尽くしではなく問題もあります。一つは学力間格差。もう一つは日本の大学受験の際に不利なこと。
開校時、小4で入学した1期生59人が今春高等部を卒業しましたが、卒業生は17人。うち一人はアメリカの私立大学に進学、4人は国内の国立大、9人は私立大に進学し、3人が浪人中。親も生徒本人も、大学進学のことを考えると不安になるとのこと。
グローバル人材育成の理想と、大学合格という現実のギャップにGKAは直面しています。
しかし、東大などが国際バカロレア(IB)の成績を評価する入試改革を進めており、GKA初等部の井上春樹副校長は、「グローバル社会で生きる力を身につける教育が、認められてきた。真価は卒業生が社会に出てからわかるでしょう」と語ったそうです。
(以上、11月28日付 読売新聞27面 「教育ルネサンス」より一部抜粋)


上の記事の中で紹介されている英語漬けにするというイマ―ジョンメソッドは、そのようなニーズや希望を持っている親や子どもにとっては理想的な環境なのですが、なんでも右に倣え式の日本の教育システムや社会構造の中では確かに不利になることも多々あることと思います。
我がアカデミー学院においては、一般の進学塾がやっているようにただ単に生徒に試験で点数を取らせるための暗記教育を行ったり、進学実績を競い合ってそれで生徒集めをするというようなことは行っていません。


むしろ、上のイマ―ジョンメソッドまではいかないまでも、幼児・小学生対象のKids Club Englishでの英語による読み・書き・会話の授業、「わくわく発見クラブ」のような自分たちで仮説を立てて実験したり、もの作りをしたりしてその過程や結果を分析して学ぶという授業、中高一貫校対策クラスでの教科の枠を超えた授業や思考法の訓練、新聞記事を読んでのグループ討論を行うクラス。
中学部では、暗記中心でなく「なぜ?」というプロセスを大切にした授業、そして集団授業と個別授業を生徒一人ひとりのニーズやご家庭の事情に合わせて自由に組み合わせることができるコースを設け、高校生には全教科に対応した個別のクラスなど、よその塾にないオリジナルのきめ細かいサービスをしています。
しっかりとした教育哲学に基づいて幼稚園から高校生まで一貫教育を行っているのです。
でも、今の社会ではなかなか認知してもらえないようです。要するに手っ取り早く、結果の見えるものを一般の人々は求めているのです。


しかし、教育で一番大切なこのところをはしょって、手間暇かけずに安易にやっていると、「教育とは手間と時間がかかるもの」に書いたようなつけが後になって必ず回ってくるものです。
このことはずっと以前から繰り返しこのブログで述べてきているのですが、周囲の公立の小中高校や学習塾などでは一向にそのような問題意識すら生まれていず、事なかれ主義、商売主義であるのが現実です。
日本の将来を担う子どもは財産であり、その意識をもって私たちは産・学・社会・家庭共同で子どもの教育・育成に取り組んでいかなければなりません。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

あなたの習慣は?

2014.11.28日
habit.jpg


"Being miserable is a habit. Being happy is a habit. The choice is yours."
--Tom Hopkins, sales trainer
「みじめな気持ちでいるのは習慣です。幸せな気持ちでいるのも習慣です。どちらを選ぶかはあなた次第です」
--トム・ホプキンズ,セールス・トレーナー
(訳: 舟田譲二)


確かに。
私たちはとかく周りの状況が順調だと幸せに感じ、うまくいっていないとみじめな気持になります。そして、このみじめになっているのは、だれだれのせいだ、◯◯のせいだ、と何かのせいにしたくなるものです。
でもよく考えてみたら、冒頭の言葉のように、みじめになるのも、幸せになるのも周囲の状況の結果ではないのですよね。


私たちから見て、とても恵まれていて幸せそうな方でもみじめに感じていることはしばしばありますし、その逆に大変な逆境にあるにもかかわらず幸せに感じていらっしゃる方もあります。
つい先日ご紹介した「持っていないものを数えるな」の中に登場する女性など、両腕がないのにとても明るく幸せに生活していらっしゃいます。
「命を大切に」に書いた星野富弘さんも同じです。
世界にはこのような方がたくさんいらっしゃいます。


不平不満を言ったり、みじめな気持ちになるのをいつも繰り返しているとこれは習慣になり、自分にとっても周りの人たちにとっても非常に不幸なことです。
ところが、たとえ同じような状況でも幸せに感じることを繰り返していると習慣になり、これは自分自身だけでなく、周りの人たちをも幸せにします。
怒ることも笑顔でいることも、繰り返していると習慣になります。
どちらを選んだ方が得か、もう言うまでもないですよね。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

死が別つまで Part3

2014.11.27日

『幸福♡脳』をつくれば 恋も仕事もうまくいく −心を病んでいませんか−』(医学博士・神津健一著 予防医学・代替医療振興協会発行)に面白いことが書かれていました。
ちょうど、昨日まで続けていた「死が別つまで」のシリーズに関連しているので、グッドタイミングと思いシェアさせていただくことにしました。


koufukunou.jpg


第5章
恋愛脳・結婚脳・離婚脳・「SEX」脳


◯恋愛脳
恋愛はしても結婚はしたくないか、しなくてもいい、という人が増えている。確かに恋愛と結婚は違う。
恋の始めはドーパミンホルモンが沢山分泌するが、時間が経つにつれて刺激もなくなり、分泌量は徐々に下降する。
すると恋愛関係の維持に疲れを感じ、ときには煩わしくさえなってくる。これは恋愛の終末期である。
恋愛脳は最初重く、時間が経つと軽くなる。


◯結婚脳
恋愛から結婚に至るケースが自然であるが、恋愛期間が長過ぎるとドーパミンホルモンの分泌が減少して、結婚に対する欲望も徐々に後退する。結婚願望は安定感をもたらすセロトニンホルモンによる。
ドーパミンの分泌が盛んで燃えるような恋をしていても、もしこの人と二人だけで、いつもず〜っと一緒にいたい、暮らしたい、できれば子どもが欲しい...と思ったら、脳内はセロトニンという安定感を与えてくれるホルモンが増幅していると考えられる。


◯離婚脳
結婚生活が3年以上も経過するとセロトニンやGABAなど安定感をもたらせたホルモンに馴れ、刺激がなくなると倦怠期に入ってくる。とくに子供がいない夫婦の場合は、かなり深刻になるケースもある。
時には配偶者の存在がうっとうしく感じたり逃避したくなるのは、ノルアドレナリンホルモンの仕業である。
新しい刺激や快感を求めてドーパミンやアドレナリンホルモンが分泌量を増やすのもこの頃である。脳が徐々に離婚志向に傾き始めるので要注意。


◯「SEX」脳
「愛する人とのいいSEXは健康にいいし、気持ちも穏やかになり、女性は艶やかになり、キレイになる」
これは幸せ感が得られるドーパミンやセロトニンの分泌が促されるからである。
「SEXは脳でする」と言われていますが、前頭葉の大脳新皮質の働きが大きく関係している。好きという感情に想像力や精神的満足感などを視床下部に性腺刺激を与えてドーパミンホルモンを分泌する。
しかし、ストレスを受けると性ホルモンの分泌量が減ったり止まったりする。すると女性は月経が止まったり、不順になったりするし、男性はインポテンツになったりする。
アメリカの美人女流作家で栄養学者としても著名な、ノーラ・ハイデンはその著書『Energy』(エネルギー)の中で、Dr. Eugene Sheimann の『セックスは心臓と生命を長持ちさせる』の著書を引用し、若々しく、健康を保つために、セックスの重要性を次の10項目で説明しています。


1. セックスは、ホルモンのバランスを調整し、動脈の活性化を促進する。
2. セックスは、女性にとっても男性にとっても老化現象の進行を防ぎ、若さを保つのに役立っている。
3. セックスは、愛と共に、人生に夢と希望、生き甲斐をもたらしてくれる。
4. セックスは、夫婦生活を楽しく、潤いのあるものにしてくれる。中年になって独身生活を送っている男性の50%は心臓麻痺になっていることを銘記すべきである。
5. セックスは、男性が歳をとってからの不整脈や、インポテンツを防ぐのに役立っている。
6. セックスは、フラストレーションによる食べ過ぎ、酒やタバコの飲み過ぎを抑制してくれる。
7. セックスは、コレステロールのレベルを下げるのに役立っている。
8. セックスは、性格を温和にし、落ち込んだり、孤独にならず、やる気をもたらしてくれる。
9. セックスは、心と身体の柔軟体操として大いに役立つものである。
10. セックスは、最も経済的にストレスを解消する唯一の方法である。


いかがでしょうか。
地球上のほとんどの動物が、ただ子孫保存のために繁殖期に本能によって交尾するのに対して、人間は男性と女性が愛を交わして性の営みをし、これは上に挙げたようにさまざまな心身の健康を生み出すのです。


聖書の創世記2章には次のように記されています。
「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」
「これこそ、ついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。
男から取ったものだから、これを女と名づけよう」
「それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである」


ここに見事なまでに神様の人間に対する性の祝福が記されています。
そして、この性の営みは「夫婦間」のみで許されていることで、婚外のセックスはほとんど必ずと言っていいぐらい離婚や憎しみ、金銭のトラブル、ときには傷害事件や殺人事件、また子どもの情緒不安定や精神障害など恐ろしいトラブルのもととなっています。上の離婚脳のところにあるノルアドレナリンホルモンには要注意です。


これまで私は性に関して恥ずかしいという思いが常にあり、友人との間ですら話題にしたことがなく、セックスの「セ」の字も言えないほどだったのですが、今回初めてこのブログでも取り上げる勇気が与えられました。
そして、至った結論はやはり「死が別つまで」です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

死が別つまで Part2

2014.11.26日

父親が太郎君の髪を見て言いました。
「太郎。髪が長くなったから、明日散髪に行きなさい」
これをそばで聞いていた母親が言いました。
「あら、いいわよ。今の子供はみんなこんな長さが普通よ。太郎、行かなくていいわ」
ここで問題になっているのは髪の長さではありません。この家ではだれが支配権を握っているかということです。母親は自分が何をしているのか意識していないと思いますが、実は子供の前で父親の頬に平手打ちをくわせたのと同じです。

(『しあわせな夫婦になるために』 柿谷正期著 いのちのことば社 p.26)


shiawase.jpg


著者の柿谷正期氏は、もうかれこれ40年近くにおよぶ私の師であり、同労者であり、また冗談を言い合える親しい友でもあります。毎週、柿谷氏が牧会していらっしゃる教会の礼拝にも行っています。
去る23日、礼拝後に先生が26年前に書かれた上の書を買い求め早速読みました。
読んでいて、一つひとつ首肯することばかり。そして、自分なりに努力してきたつもりではありますが、この本の中に教えられていることに自らを当てはめると思い当たる節が多々あり、反省しています。よく言われることですが、頭でわかっていることと実行することとは別なんですよね。
夫婦関係、親子関係、セルフイメージ、子育てについてなど、非常に大切なことがぎっしりと詰め込まれていて、今日でも類書を見つけるのはなかなか困難です。
具体的には、夫婦間のコミュニケーションの取り方、夫婦喧嘩の仕方、互いに赦し合うことの大切さなど日常生活に密着した内容になっています。
これから結婚しようとしている人、もう既に結婚している人、良い結婚生活ができている人にもそうでない人にも一読をお薦めしたい良書です。


また、同じく柿谷氏の翻訳による『夫婦のための豊かな性生活の手引き』(エド・ウィート著)のカセットテープ版(CD版もあり)を先日から毎朝妻と一緒に聴いて学んでいます。
我が家ではこういった話題はこれまでずっとタブー視されてきていたのですが、これからも教えられること多く、また同時に反省しきりです。結婚前に、あるいは結婚してからでももっと早くに聴いて夫婦で一緒に学んでおけば良かった、そしてもっとオープンに子どもたちとも聖書に基づいた正しい性の概念を話し合っておけばよかった、と。
現淀川キリスト教病院名誉ホスピス長、大阪大学名誉教授の柏木哲夫氏は、「婚約中のカップル、新婚の夫婦、壮年・中年の夫婦、また初老・老人の夫婦...すべてのクリスチャンが一度聴いてみる価値のあるカセットである」と推薦の言葉を寄せていらっしゃいます。


上記の書籍あるいはオーディオ書籍、その他柿谷氏による著作をお求めになりたい方は、「柿谷カウンセリングセンター 書籍申込み書」から、またカウンセリングご希望の方は、「柿谷カウンセリングセンターホーム―ページ」からどうぞ。
きっとさまざまな問題の解決の糸口になることかと思います。
私自身、これまで柿谷氏にどれほどお世話になってきたかはかり知れないほどで、いつも心から感謝しています。


1年に1日だけの「いい夫婦」ではなく、死が別つまで真のいい夫婦でありたいものです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

教育とは手間と時間がかかるもの

2014.11.25日

人類は未熟に生まれてきたからこそ生き残れた。科学ジャーナリストのチップ・ウォルター氏が、『人類進化700万年の物語』(青土社)で説いている。
◆人の子供は無力で生まれてくる。生後すぐに歩ける動物と違い、長期間、保護されないと生きていけない。この長い幼少期に人は教育を受け、環境の変化に対峙たいじできる順応性や社会性を学べる。現代人とは別の人類とされるネアンデルタール人が滅んだのは、多くの子孫を残すため、早く大人になろうと進化したからだという。
◆破綻した銀行の経営者から、「異なる価値観を持つ人を育ててこなかったのが敗因だった」とかつて聞いたことがある。教育の手間と時間を惜しんだため、時代の荒波に立ち向かえる、視野の広い人材がいなかったと悔いていた。
◆1859年の今日11月24日は、ダーウィンが『種の起源』を出版した日だ。子孫が多様になればなるほど、その種が生存競争で勝ち残る機会は増す、と彼は唱えた。
◆大切なのは、逆境を生き抜く柔軟さを備えることだろう。人と企業は同一視できないが、盛衰の背景には共通する物語があるのかもしれない。

(11月24日付 読売新聞 「編集手帳」より)


この「編集手帳」を昨日とても興味深く読みました。
前半部分のネアンデルタール人云々など進化に関する部分が、あたかも歴史上真実であるかのように書かれていますが、これはあくまでも推論であり、仮説に過ぎません。
そもそも155年前にダーウィンが『種の起源』を出版した時点から、いわゆる「進化論」と呼ばれるものはどんどん変化(進化?)してきており、これからも変化し続けるでしょうから、これをまるで事実であるかのように学校の歴史や理科の授業で教えること自体に問題があります。
私がかつて中学生の頃は、ネアンデルタール人は人類の先祖である、とはっきり教えていましたから。
(進化論については、「進化か創造か」および「進化論 vs 神」をご覧ください)


しかし後半部、すなわち「異なる価値観を持つ人を育ててこなかったのが敗因だった。教育の手間と時間を惜しんだため、時代の荒波に立ち向かえる、視野の広い人材がいなかった」と言う銀行経営者の話は、さもありなんとまことに納得のいく言葉です。
現に、つい20〜30年ほど前までは、就職するなら絶対につぶれない銀行が一番などと言われていたのですが、その後バブル崩壊やリーマンショックなどで、多くの銀行が実際につぶれたり経営統合や大幅なリストラをしたりしました。全国のあちらこちらで、かつて銀行だった建物が取り壊されて、今や公園やドラッグストア、コンビニに変わったりしています。


上の銀行経営者が語っていることは、私たちへの警鐘となるもので、日本人特有のなんでもかんでも人と同じ、右に倣え式の教育をしていたのでは、これから先日本は立ち行きません。
今回のノーベル賞受賞となった青色ダイオードの発明や、あるいはホンダとトヨタが相次いで発表した「究極のエコカー」と呼ばれる燃料電池車(FCV)など、世界をリードする先進的な技術も、みんなから不可能と言われていたところに敢えて挑戦したことによって得られた画期的な結果です。人と同じことをしていたら絶対に達し得なかったことです。


fcv_step3-2.jpg


私たち塾業界を含む教育者も、これまでのような暗記中心で、試験で点を取らせるテクニックを教え、合格実績を競い合うような教育をしていて、「教育の手間と時間を惜しまず、時代の荒波に立ち向かえるような視野の広い人材」を育てる、手間暇かけた真の教育をしていかなければ、中国を始めとする周りの新興国にどんどん負けていくことになるのは火を見るより明らかです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

死が別つまで

2014.11.24日

"A good marriage is when you're married to not to someone you can live with, but to someone you really can not live without."
Dr. Howard Hendricks
「良い結婚とは、一緒に生きることができる人と結婚していることではなく、その人がいなくては生きていけない人と結婚していることである」
ハワード・ヘンドリックス博士



ヘンドリックス博士はダラス神学校を卒業したのち、ある教会の牧師として働き始めましたが、間もなく卒業した神学校から招聘され、昨年88歳で天に召されるまで、60年あまりにわたり、13000人以上の学生を教えてこられました。
「自分は教えることが好きだ。教えることは私にとって生きることだ」とまで言われた博士の言葉に、その生き様が表れています。


このヘンドリックス博士が残された名言の一つが冒頭の結婚に関する言葉です。


私たちはとかく結婚に関して、わりといい加減というか、好きだ、惚れた、といった感情に流されて、あるいは家や将来性やその他さまざまな条件などで結婚してしまいがちです。
しかし、結婚とは聖書によると、イエス・キリストと花嫁なる教会の関係に例えられるほど神聖なものです。
そのように考えると、そう簡単に離婚や再婚を繰り返したりすることなどできなくなるはずです。


確かに、結婚して最初の頃はみんな幸せでラブラブムードでやっていけるのですが、一生このような関係を続けるのはなかなか困難です。
みんなそれぞれ個性があり、物事の考え方や感じ方、価値観なども違いますから、行き違いや衝突なども起きるでしょう。
でも、だからと言って、もうダメだと言うことは決してありません。
思い立ったが吉日で、気づいたならそれこそいつからでももう一度やり直すことができる、それが結婚というものです。


「妻たる者よ。主に仕えるように自分の夫に仕えなさい」
(エペソ人への手紙 5:22)
「夫たる者よ。キリストが教会を愛してそのためにご自身をささげられたように、妻を愛しなさい」
(エペソ人への手紙 5:25)


相手がいなければ生きていけないというほどお互いに自らを捧げ、仕え合うならば、その結婚は必ず神様に豊かに祝福され、死が別つまで共に素晴らしい生涯を生き抜くことができることでしょう。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

甘いものに注意!

2014.11.23日

毎日忙しくしている妻が昨日は珍しく昼間少し時間があって、短い時間でしたが久し振りに一緒にデート。
と言っても、妻のデパートへのショッピングにお付き合いしただけですが。


一緒にお昼をいただき、その後デザートはサーティワン・アイスクリームひとつを半分ずつシェア。
高脂血症やその他の病いを抱え、一時期は完全に砂糖断ちをし、食事も動物脂肪は極力というかほぼゼロに抑え、ほとんど玄米菜食と魚ばかりでした。
加えて運動療法で、ほぼ毎日2時間近く、約10kmのウォーキングで、その効果があって極端に体重は落ち、ウエストも細くなって今までの洋服は全部着られなくなってしまいました。また検査の結果も数値にかなりの改善が見られたので、最近はついつい油断してまた甘いものを食べるようになってきたのです。


アイスクリームを食べているとき、Baskin BR Robbinsというロゴが目に入り、ひと昔前のことを思い出して妻にその話をしました。
2年半前の記事「若返りました!」に書いた今から26年前の逸話です。
このとき、リアリティセラピーの講師の先生が他にも二人見えていて、その先生たちの通訳もしていました。
一人の先生がBaskin Robbins Ice Creamと言われたとき、私は言わなくてもいいのに、「日本にはありませんが、アメリカのバスキン・ロビンスのアイスクリームは...」と言ったところ、先生からクレームがついて、日本にもたくさんありますよ、と。私はこのときまで、バスキン・ロビンスが日本のサーティワン・アイスクリームのこととは知らなかったのです。


それで、妻に店のロゴを見せてBaskin Robbinsの間にあるBRのイニシャルの真ん中のところがピンクで「31」になっている意味、すなわち31種類のフレーバーが常にあり、これはひと月毎日違う種類のものが食べられるという意味だ、と説明しました。また、アメリカではBaskin Robbins Ice Creamという名前だけど、日本ではそんな名前では誰にも覚えてもらえないので、サーティワン・アイスクリームという名前に変えたんだよ、とつけ加えました。
妻がBaskin Robbinsは何?と尋ねたので、多分創業者の名前から取ったんだと思う、アメリカではよくあることだから、と答えました。


31.JPG


このあと、妻がウィンドーショッピングを楽しんでいる間、ベンチに腰かけてiPhoneでBaskin Robbinsを検索してみると、はたして先ほど私が直感で妻に説明したことがほとんど全部当たっていました。
違っていたのは、創業者の名前のところで、実際には創業者はバートン・バスキンという人とアービン・ロビンスの二人の名前から取った、というところだけでした。
そう言えば、アメリカにいたときにもしょっちゅうこのアイスクリームを食べていたのですが、これと日本のサーティワン・アイスクリームが私にはまったくつながっていませんでした。


それにしてもこのサーティワン・アイスクリーム、本当に美味しい!
世界シェアナンバーワンにも納得がいきます。それと、二人の創業者がこの仕事に賭けた情熱がよく伝わってきました。
でも、いくら美味しいからと言ってこんなの毎日食べていたら、肥満かあるいは心臓病のどちらかになるので、あくまでもほどほどに。
甘〜い「いい夫婦の日」の出来事でした。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

企業のCM、広告

2014.11.22日


「昔はおとめ、今ではふとめ」
昨日見たテレビCM。思わず吹き出してしまいました。
上のCMの企業や商品を宣伝する意図は毛頭ありませんので、お間違いのないように。
あくまでも、このCMのユーモアのセンスに脱帽しただけです。


最近、いろいろなCMや新聞に折り込まれてくるチラシを見てつくづく思うのは、みんなすごく考えてうまく作っているな、ということ。うーん、と唸らされます。
見ているとすごくいいものに見えて、みんな欲しくなってしまいます。「今すぐお電話を。0120-〇〇〇-〇〇〇!」なんて言われると、買わなきゃ損かなどと思ってしまうのですが、ちょっと冷静に考えていつも買わないことにしています。


ちょっとネットで調べてみたところ、テレビのスポットCMという15秒の短いもので、制作に2500万〜1億円もかかっているそうです。出演者のギャラは別で!
折り込みされるチラシなども、手作りのものは除いてまずほとんどはプロの人たちの手によって作られています。とくに全県、あるいは全国規模の大手の学習塾などはそれこそ毎週のように派手なチラシを入れてきて、キャッチコピーで一種の洗脳のようなことをしています。
これをいつもテレビのCMやチラシで目にしていると、「塾と言えば◯◯◯」と自然と思ってしまうのです。
でも、この背後にはやはり何億という宣伝費がかかっていて、それが授業料に転嫁されています。当然のことですが。


うちのような個人経営の中小企業では宣伝費にお金などかけられるわけもなく、手作りのチラシとあとは地道に生徒や生徒のご父母の皆さんによるご紹介や口コミに頼る以外ありません。


私にとってとても大切なFBフレンドの方から毎月、その方の会社で製造・販売していらっしゃるサプリメントを送っていただいているのですが、昨日も届けられました。
箱の中には必ず社長であるその方の直筆で真心こもったお手紙が添えられています。昨日のお手紙には次のようにありました。
「私事で恐縮でございますが、我が家では老猫(100歳)を筆頭に数匹の猫がいます。シャム猫やロシアングルーとかではなく、野良猫ちゃんです。けれどもとっても可愛くて愛しいです。
その中の100歳の猫、チョコは腎臓が弱ってきて毒素の排出が困難なのです。2日に1度、病院に連れて行っていました。それと毎日、弊社の商品に使われております天然ミネラル「ゼオライト」が有害物質を吸着・排出する働きがありますので、それをキャットフード、お水に1日1包ずつ入れています。
病院で血液検査をしましたら、かなり腎臓の数値が良くなり、今では1週間に1度の通院となりました。
キャットフードも添加物が多く入っています。美味しく味をつけたり食欲をそそる匂いもつけています。先日から無添加のキャットフードを◯◯本舗で購入いたしました。ところが食べないのです(泣)。
添加物のものに慣れているのです。人間も同じですね。見た目や匂い、人工的な味つけに慣れてしまっているのです。とても怖いことです。添加物の副作用は必ずあります。サイレントキラーですね。
自分の為、家族の為、大切な方の為、そしてペットの為に、日々解毒の大切を知っていただきたいです。そして、是非実践して下さいますことを願っております。
弊社は派手な広告はできません。けれども熱意と誠意で作らせていただきました商品が、皆様の愛情に支えていただきながら、少しでも社会に貢献できましたら、とても嬉しく思います。
これからも末永くご指導くださいますようお願い申し上げます」


このお手紙を拝読していて、この方の誠意が痛いほどひしひしと伝わってき、感動しました。
このように消費者一人ひとりに心をかけ、祈り心をこめて商品を製造・販売していらっしゃる方はそう多くないと思います。
もちろんこの方の会社はうちのような小企業などとは違い、大きく、そして立派な企業なのですが、うちの塾の方針とも波長が合い、気持ちが通じ合います。
そしてお互いに毎日祈り会い、支え合っています。このような素晴らしい友が与えられていることに心より感謝している次第です。
私たち人間は、一人ひとりでは弱いものですが、お互いに支え合うと何倍もの力になります。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

この本は何?

2014.11.21日

「こんな実験を・・・」にも書きましたが、聖書は人類史上最大のベストセラー、過去数千年にわたって読み継がれてきた世界的なベストセラーです。1815年〜1998年に推定で約3880億冊販売・配布され、2000年の1年間だけでも世界中の聖書協会によって約6億3300万冊が配布・販売されたそうです。(Wikipediaより)


世界の有名人が聖書のことを何と言っているか聞いてみましよう。


「いかなる世界史におけるよりも、聖書の中にはより確かな真理が存在する」
(ニュートン)

「私が獄につながれ、ただ一冊の本を持ちこむことを許されるとしたら、私は聖書を選ぶ」
(ゲーテ)

「私の生涯に最も大きい影響を与えた書物は聖書である」
(ガンジー)

「聖書は古いものでも新しいものでもない。聖書は永遠のものである」
(ルター)

「聖書を教えない単なる教育は、無責任な人に鉄砲を渡すようなものである」
(ルーズベルト大統領)

「聖書は世界無二、宇宙第一の書物である」
(山室軍平)

「聖書を読んだなら、それが神の言葉であることがわかる。なぜなら聖書の中に、自分の心、幸せ、そして義務についても鍵を見出すからである」
(ウィルソン大統領)

「聖書に精通することは、大学教育にまさる価値がある」
(ルーズベルト大統領)

「聖書はただの本ではない。抵抗するあらゆるものを征服する力を持つ、生き物だ」
(ナポレオン)

「聖書に立ち返るか、野生に帰るか、どちらかだ」
(ルイ・パロー)

世界中の偉人たちが証言しているように、聖書ほど世界中の多くの人に影響を与え、その人生を変えた書物はほかにありません。


私が持っている聖書は、旧約の原典であるヘブル語、新約のギリシャ語を始め、日英のさまざまな訳のものなど十数冊ありますが、その中で普段使っているものは下の3冊です。
黒いのは日本語の聖書で、その上にあるのは世界最小の英語の聖書(縦12cm, 横9.5cm, 厚さ2cm, 全880頁)。



どれぐらい小さいかというと、下の写真で私の親指の大きさと比較したらわかります。
紙の厚さは超薄で、文字は本当に小さくて、目を凝らさないと読めません。とても気に入っているのは、イエス・キリストの言葉が赤で印刷されている点です。(写真をクリックすると拡大されます)




でも、ポケットに入る大きさで毎週の礼拝に、また旅行などのときにも持ち運びに便利なので愛用しています。


この最小の聖書はアメリカ留学中に買ったものですが、当時のお金で5000〜6000円ぐらいしたかと思います。とても貧しい生活をしていた(「Needy student」)ので、ずいぶん迷いましたが、今となっては買って本当に良かったと思っています。


「この小さな一冊の本の中に、世界中のすべての本を全部合わせたよりも深遠な内容がぎっしりと詰まっている」
(舟田譲二)
これは有名人の言葉じゃないですが…。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

持っていないものを数えるな

2014.11.20日

私たちは、とかく自分の持っていないものを見て、それを数えて嘆いたり、悲しんだり、人が持っているものを羨んだりしやすいものです。
次の動画をご覧ください。



いかがでしょうか。目が開かれる思いがしたのではないでしょうか。
この女性を見ていると、両腕がないにもかかわらず嘆くことなくとても明るく、日常の生活に何不自由なく暮らしていらっしゃいます。
そして、与えられている足を手の代わりに最大限に活用しておられます。その足の動きはもうまるで手ではないかと見まごうばかり。というか、私の手よりはるかに器用です。


私など、これまでの数々の病歴を数えて健康な人が羨ましくなったりします。
また、そのうちのひとつに書痙というのがあります。かつてはなめらかな綺麗な字が書けたのですが、神経から来ている病いで、もう30年近く手先が震えて字が書けないのです。ですから、やはり綺麗な字がスラスラと書ける人を見ると羨ましくなります。
そのほか数え上げれば切りがないほど、自分に欠けているものを見つけることができます。


上の動画を見て私は頭をガーンと殴られたような気持ちになりました。
そして悔い改めてお祈りしました。
「ああ、私は神様に愛され、手や足や、家族や友人、そのほかたとえ小さなものでもたくさんの賜物をいただいてこの世に生まれてきているのに、持っていないものばかりに目が行って、それらを数えていました。神様、ごめんなさい。これからはあなたに与えられているものを数えて感謝し、それらをもっとあなたのために用いさせていただくよう努めます」


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

小さなことの積み重ね

2014.11.19日

この動画はすごい。すごすぎる。ここまで来ると、もう芸術の最高の領域。



これはフランスのテレビショーでやっていたものだそうです。
一足飛びにここまで来れたわけではありません。いったいどれだけの汗や血を流し、苦しんできたことでしょう。


作家であり、積極思考の生みの親でもあるデール・カーネギーは次のように語っています。
"Don't be afraid to give your best to what seemingly are small jobs. Every time you conquer one it makes you that much stronger. If you do the little jobs well, the big ones tend to take care of themselves."
「小さな仕事に見えることに自分の最善を尽くすことを恐れてはいけない。ひとつこなしていくごとに、あなたはその分強くなっていく。そして、小さな仕事をきちんとやっていると、大きな仕事は自然とうまくできるようになるものだ」

(訳:舟田譲二)


私たち人間は、とかく大きな仕事には一生懸命取り組みますが、一見人目を引かないような小さな仕事は手抜きしがちです。
ところが、デール・カーネギーはまったく逆のことをここで勧めています。
すなわち、小さな仕事にこそ最善を尽くして取り組みなさい。そうするならば、大きな仕事というものは自然とできるようになりますよ、と。
これは上の動画のような超ハイレベルなものに限らず、すべてのことに当てはまる真理です。


生徒や学生であれば、日々の小さなステップ・バイ・ステップの基本的な勉強にしっかり取り組んでいると、それが積み重なってやがて大きな力となり、社会に出てからも有益なものとなり、大きく用いられるようになります。
学校の試験や入試のためだけの付け焼刃の勉強法はとりあえず点数を取って良い成績を取ったり、志望校に合格できるかもしれませんが、このようなものは将来決して役立ちません。


steplogo.gif


人間関係においてもそうです。
親子、夫婦、兄弟関係から始まり、学校での生徒同士、教師と生徒の間、先輩・後輩の間、職場での人間関係を始め、顧客との関係等々、やはり良い人間関係を築くコツは、コツコツと小さなところから始めていくことです。そうするならば、やがてそれが将来大きな花を咲かせることになります。


仕事も同様。
何事も急に一足飛びにうまくいくことなどありません。
冒頭のデール・カーネギーの言葉をもう一度かみしめ、私たちの日常の生活の中で活かしていきたいものです。成功は保証つきです。


「小さな仕事に見えることに自分の最善を尽くすことを恐れてはいけない。ひとつこなしていくごとに、あなたはその分強くなっていく。そして、小さな仕事をきちんとやっていると、大きな仕事は自然とうまくできるようになるものだ」


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

カーラース、なぜ鳴くの?

2014.11.18日

昨日、ウォーキングに出かけようとしたら、どこからか幼い女の子の可愛い声が聞こえてきました。
「アイラブユー、アイラブユー、アイラブユー…」と、リズムに乗って繰り返しています。
やがて父親と4歳ぐらいの女の子が手をつないで仲良さそうに、私の行く道の前を歩いていきました。


Iloveyou.JPG


そのとき、私はふと20数年前の頃にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えました。
実は末っ子の娘が40歳のときに生まれることがわかったときから、胎教じゃないですが、妻の大きくなっていくお腹に手を当てながら、毎日英語で "I love you. I love you. I love you. God is sending us a big present. You're going to be a beautiful girl. I love you. I love you." (愛してるよ。愛してるよ。神様は私たちのところに素晴らしいプレゼントを送ってくださる。必ずとっても美しい女の子になるよ。愛してるよ)などと話しかけていたのです。
そして生まれてからも、毎日毎日、それこそ朝から晩まで、ミルクを飲ませるときも、おむつを替えるときも、お風呂に入れているときも常に英語で話しかけていました。
娘が14〜15歳になるまでこれがその後もずっと続きました。ニュースなど結構難しい内容のことも英語で話していました。
でも家族がみんな日本語で話すので、私にも日本語で答え、いわば半バイリンガル(?)のような感じでした。
さすがに年頃になってきたら、恥ずかしいだろうと思い、その頃から少しずつ日本語でも話しかけるようになったのですが、初めの頃はぎこちなく、とても話しづらかったのを覚えています。
でも、そのお陰か、英語を聴くことに関しては結構自信があるようで、アメリカやイギリスのテレビ番組を見ていても大体の内容はわかると言います。
冒頭に登場した女の子も将来、こんな形で英語が好きになってくれればいいなと思いました。


さて、いつものウォーキングのコース、近所の金目川沿いのサイクリングロードを歩いていると、すぐ目の前に真っ黒に見える鳥の大群が飛翔していました。大きな声で鳴きながら。
そのあまりの数の多さに驚き、持っていたiPhoneで写真を撮りました。


mukudori.JPG


これは、この辺りをねぐらとしているムクドリです。
川沿いに立ててある看板には、「シラサギとムクドリの生息地です。大きな音を立てたりして驚かさないようにしてください」とあります。
むしろ、この鳥の大きな鳴き声と大群にこちらの方が驚かされたのですが。


家に戻ってネットでムクドリを検索してみると、
「もともとは農作物に害を及ぼす虫を食べる、益鳥とされていた。平均的なムクドリの家族(親2羽、雛6羽)が1年間に捕食する虫の数は百万匹以上と研究されている。当時害虫を1匹駆除するのに1円かかるといわれていたため、ムクドリ1家族で年間に百万円以上の利益を国家にもたらす「農林鳥」とたたえられたほどである。その後、生息環境の破壊により都市に適応して大量に増殖すると、鳴き声による騒音や糞害などが、しばしば問題になる。日本国内では1994年からは狩猟鳥に指定されている。その他、果物を好んで食べるため、果樹園に被害を与えるとして駆除されることもある」(Wikipediaより)
とあります。


私はこれを見て思いました。
農作物に害を及ぼす虫を食べる、益鳥とされていて、ムクドリ1家族で年間に百万円以上の利益を国家にもたらす「農林鳥」とたたえられたのに、鳴き声による騒音や糞害、また果樹園に被害を与えると言われるようになると、途端に害鳥になり狩猟鳥に指定された、とは何という人間の身勝手なことか。
それも人間の手による生息環境の破壊により都市に移動していった結果ではないですか。
ひと昔前によく流行った歌、「カーラース、なぜ鳴くの。カラスの勝手でしょ」じゃないですが、それこそ「人間の勝手でしょ」。
私も以前、頭の上を飛んでいたスズメに糞をかけられたことが何度かありますが、「糞害だ!」と「憤慨」することなく苦笑したものです。また、家の周りで毎日のように大きな声で鳴くこのムクドリやカラスの鳴き声を騒音だから駆除せよ、などとは考えたこともありません。


昨日の記事「雁に学ぶ」の中に書いたように、もう少し人間と周囲の動植物との間に調和をもたらすことはできないものでしょうか。
この地球と地球上のすべての生き物は、神様が愛をもってお創りになったもので、人間だけのものではないはずです。
犬や猫などのペットもそうで、ペット業者が金儲けのために劣悪な環境の中で増殖させ、不要になったものはどんどん殺処分していくというのも、まったくもってひどい話です。
これこそまさに「人間の横暴」(とても興味深いアニメがあります)ではありませんか。


私たちは、もう一度謙虚になって、地球上のすべての被造物との共生、調和、平和を考えるべきではないでしょうか。我が子だけにではなく、すべてのものに"I love you."と言えるようになりたいものです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

雁に学ぶ

2014.11.17日





秋になると、雁の群れがV字型に列を作り、冬に備えて南に渡るのを目にすることでしょう。
そのとき、雁がなぜそんな習性をもっているか考えてみてください。
雁が羽ばたきをすると、上向きの気流が起きます。その雁のすぐ後ろを飛ぶ雁は、少ない体力で同じ距離を飛ぶことができることになります。その結果、V字型に列を作って飛べば、一羽だけで飛んだときに比べて、飛行距離は少なくとも71%増えるのだそうです。
これは、人間の世界にも当てはまります。全員が協力して同じ方向に進むならば、より早く、よりたやすく目的地に到達することができます。お互いに推進力を得ながら進んで行くからです。
もし、中の一羽がV字型から外れるようなことがあると、他の雁たちは飛ぶ力が急に落ちて、なかなか進めなくなるのを感じます。そこで前を飛ぶ雁の起こした浮力を利用するため、すぐにきちんとした形に戻っていきます。
私たち人間に一羽の雁ほどの知恵があれば、同じ方向を目指す者同士が一緒に力を合わせることでしょう。
先頭の雁は疲れると後ろに下がり、代わりに他の雁が先導します。
南に渡る雁のように、人間の世界でも、大変な仕事のときは順番に受け持つという思いやりを示せばきっとうまくいくでしょう。
雁たちは、前を飛ぶ仲間を鳴き声で応援しながら飛び続けます。
私たち人間が後ろから声をかけるときは、どんなメッセージを送っているのでしょうね?
最後に、これはとても重要なことですが、一羽の雁が病気になったり、撃たれて仲間たちと飛べなくなったとします。すると、元気な二羽の雁たちが仲間を離れて、その雁を助けて守ろうとするのです。そして、その雁が回復して、また一緒に飛べるまで、あるいは死ぬまで一緒にいると聞いています。
介護の役目が終わったとき初めて、その二羽の雁たちは自分たちだけで目的地に飛んでいくか、もしくは後からやってきたグループに合流するのです。
もし、私たちが雁と同じ知恵をもち合わせているなら、お互いに助け合っていくことができるでしょう。
作者不明

(『こころのチキンスープ2 生きることは愛すること』p.239-240 ジャック・キャンフィールド、マーク・V・ハンセン編著 ダイヤモンド社)


これは、私たち人間にとって示唆に富んだ教えではないでしょうか。
今、この瞬間にも、地球上ではあちらこちらで戦争によって多くの人が傷つき、殺されています。
また、飢餓で4秒に1人の人たちが死んでいっているのです。しかし、世界の食料生産総量は世界中の人たちを養うのに十分な量があるといいます。
世界では年間5000万人、日本では1日に2000人が堕胎(人工中絶)で赤ちゃんが殺されているとそうです。本当に恐ろしい話です。


人間が上の話の雁たちから学び、みんなでもっと愛し合い、助け合い、いたわり合っていくならば、この地球は平和で安心して住める地上のパラダイスを実現させることができるでしょう。
どうかそのために私にできることを教え、たとえ小さなことでも今日から始めることができますように。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

群盲象を撫でる

2014.11.16日

何人かの盲人を象のところへ連れて行き、一人には象の足を触らせ、別の一人には尻尾を、また別の一人には鼻を、あるいは耳を、牙を、わき腹をというふうに、それぞれ別の部分を触らせます。その後象とはどんなものだったか描写してもらいました。
すると、ある人は「象とはひものような細長くて、絶えず動くものだ」、また別の人は「いや違う。象とは太い木のようなものだ」、また別の人は「いや、大きなうちわのようなものでひらひらしていて風を送ってくれる」、「いや、長いホースのようなものだ」、「いや、大きな壁のようなものだ」、「いや、みんな違う。象とは先がとがっていて湾曲した固い長い棒のようなものだ」と答えた、という話。
これが有名な諺(ことわざ)にもなっている「群盲象を撫でる」(もしくは「群盲象を評す」)です。
つまり、同じものを触っていても、みんな体験することが違うので、違う描写になっているけれども、実際には「象」という同じものを触っているのだ、ということです。


この諺を引いて、宗教も同じようなものだ。キリスト教も、イスラム教も、仏教も、その他の宗教もみんな同じ神を目指しているけれども、違う観点から見ているので違う表現で神を言い表している、と。
とくにこのような考え方は日本人には受けます。あまり相手とぶつかるような真っ向勝負は好まず、みんなと仲良くやっていこうではないか、というわけです。
ですから、日本の家にはよく同じ部屋に仏壇と神棚があって、両方に向かって手を合わせ拝んでも何の違和感もないし、またお寺にも神社にもお参りに行きます。私の両親も私もかつてはそうでした。
ですから、神に至る道、救われる道はただひとつ、イエス・キリストを信じるだけだ、とクリスチャンが言うと心が狭いとか、他の宗教に対して寛容的でないとか言われます。


この他にも一休禅師が詠んだといわれる似たような次の歌もあります。
「分け登る麓の道は多けれど 同じ高嶺の月を見るかな」
このような考え方は日本人には確かに受け入れやすいですよね。


%81%9B%90%E7%8D%CE%8ER.JPG


しかし、よく考えてみると、上の群盲の話は象を神と比べているところに、同様に下の歌でも月と神を比較しているところに問題があります。
つまり、どの宗教を信じる人々も同じ神を体験しているのだと最初からそう思い込んでいますが、実際にはみんなそれぞれ異なった神を信じているのです。
ですからキリスト教とイスラム教が同時に正しいということはあり得ませんし、また仏教とイスラム教が、仏教とキリスト教が同じことを教えている、ということは絶対にないのです。みんな神概念も教えも違います。
ということは、可能性としては、どの宗教もみんな間違っているか、あるいはこれら世界に存在する数多くの宗教の中でどれかひとつだけが正しいかのどちらかになります。


宇宙、万物の創造主なる神様ご自身がイエス・キリストという人となってこの世に来られ、私たちの罪の罰を身代わりとなって十字架の上で受け、そのことによって神との和解の道を開いてくださった。これを信じる者のみが救いを得、天の神様のみもとに行くことができるというのが聖書の中に記されたキリスト教の教えです。
イスラム教にも、仏教にも、ヒンドゥー教など他の宗教にはこのようなイエス・キリストによる救いの教えはなく、みんなそれぞれ異なった教えを持っています。
ですから非常に単純な三段論法でいっても、みんな間違っているか、あるいはひとつだけが正しいかのいずれかになる、というわけです。
真理を求めるとき、寛容的であるかないかということが問題になるのではありません。どれが正しいか、そしてどれを信じるか、あるいはどれも信じないかのいずれかになるのです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

◯◯のお手入れはお早めに

2014.11.15日

『2匹のカエルを用意し、一方は熱湯に入れ、もう一方は緩やかに昇温する冷水に入れる。すると、前者は直ちに飛び跳ね脱出・生存するのに対し、後者は水温の上昇を知覚できずに死亡する』
およそ人間は環境適応能力を持つがゆえに、暫時的な変化は万一それが致命的なものであっても、受け入れてしまう傾向が見られる。例えば業績悪化が危機的レベルに迫りつつあるにもかかわらず、低すぎる営業目標達成を祝す経営幹部や、敗色濃厚にもかかわらず、なお好戦的な軍上層部など。
心理学者や経済学者、経営コンサルタントなどが、著作で茹でガエルの話を比喩として使用することがある。
(以上Wikipediaより引用)


この話は昔からよく耳にしますが、科学会ではこれを実験して本当ではない、すなわちカエルはたとえ徐々にであっても水温が上がっていくにつれて激しくもがき、死ぬ前に脱出するそうです。今日では、いわゆる疑似科学であると言われています。
しかし、この喩(たとえ)は真実でないにしても、私たち人間には良い警鐘となります。


私はもうずいぶん長い間、首・肩の凝り、痛みが激しく、毎晩風呂上りの寝る前に経皮鎮痛消炎湿布を貼らないと眠れないほどです。
2つの整形外科でレントゲンを撮って診てもらったところ、第5頸椎と第6頸椎の間の隙間が狭く、おそらくそこで神経が圧迫されているのではないか、とのこと。
ところが、昨日は毎週金曜日のスイミングの日だったのですが、初めて50分間で1000m泳いできました。これまでは850mほどだったのでかなりハードでしたが、終わってみると何とも言えず清々しく爽やかでした。
そして、夜になってもいつもの首の痛みがなく、もうビックリ。久しぶりに湿布なしで寝ましたが、今朝起きても大丈夫。これからは、週2回ぐらいのペースでスイミングに行こうかなと思っています。


つい先日も、吉永小百合さんがテレビに出ていらっしゃいましたが、69歳というご年齢には見えない美しさ、肌の艶やかさ、ご健康に驚かされましたが、その秘訣のひとつがスイミングだそうで、毎日かなりたくさん泳いでいらっしゃるとのこと。子どもの頃からサユリストのひとりである私も吉永小百合さんに習おうと思った次第です。



sayuri.jpg


吉永小百合さんの心身のご健康や肌の艶やかさなど、これにはちゃんとした普段からの「◯◯のお手入れ」が行き届いているに違いありません。しかも、早めの。それが今日の吉永小百合さんを作っているのです。


ということは、私たちも誰だってこの「早めの◯◯のお手入れ」をすれば、心身や魂の健康のためにも、ボケ予防のためにも、また子どもや学生であれば頭の訓練、そして将来の人生のためにも必ず役立つに違いありません。
冒頭の茹でガエルの喩のように、ぬるま湯に浸かっているといつの間にか茹で上がってしまって手遅れということにもなりかねません。
私の場合、ここ数年体調を崩していますが、「人生、これからだ!」と、テレビのCMじゃないですが、頑張ろうと決意した次第です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

イエス・キリストの奇跡とは

2014.11.14日

多くの人が、聖書に載っているイエス・キリストが行った奇跡というのをトリックのような類(たぐい)のものだろうと思っています。あるいは、今から2000年前の人はもっと単純だったので、簡単にだまされた、あるいは信じ込まされたのだろうと言います。
果たしてそうなのでしょうか? あるいはイエス・キリストの奇跡は本物だったのでしょうか? 今日は、このことについて考えてみたいと思います。おそらくクリスチャン、ノンクリスチャンを問わずみんな関心のあることではないかと思います。
まず、この最初の点ですが、当時の人々はナイーブだったので単純にだまされた、あるいは信じたというのは事実ではありません。なぜなら、上の動画のように今日の私たちでさえ、このドッキリカメラに簡単に騙されてしまいますし、当時の人々は奇跡を見て驚き、怪しんだとあります。


「進化論 vs 神」の記事の中にも書きましたが、かのアインシュタインは天地宇宙の創造者なる神の存在は疑いようがない、と確信していました。しかし、聖書の中に記されているように、イエス・キリストが神であるとは信じられず、イエス・キリストは素晴らしい人格者だと言っていました。
果たしてそうなのでしょうか?
まず最初にこのことから検証してみましょう。


さて、ユダヤ人が紀元前何千年も前から信じてきたあの分厚い旧約聖書の中に、イエス・キリストのことがたびたび預言されていました。そして、今から約2000年前にイエス・キリストが実際にこの世に誕生しました。
そして、イエス・キリストの言行録をまとめたのが新約聖書です。これは主にイエス・キリストと起居を共にした弟子たちの手によって記されました。
新約聖書には旧約聖書で預言されていたことが全部成就したと記されています。
また、新約聖書を読んでいると、イエス・キリストが神であると弟子たちも、またイエスさま自身もたびたび証言しています。
イエスの一番弟子であったペテロは、
「イエス・キリストのしもべであり使徒であるシモン・ペテロから、私たちのであり救い主であるイエス・キリストの義によって私たちと同じ尊い信仰を受けた方々へ」 (第二ペテロ1:1)
「このようにあなたがたは、私たちのであり、救い主であるイエス・キリストの永遠の御国にはいる恵みを豊かに加えられるのです」 (第二ペテロ1:11)
と述べています。
このところは、原文のギリシャ語を見ても、1節の「神」と11節の「主」という言葉が入れ替わっているだけであとはまったく同じ言葉、語順になっているので、ペテロは明らかに「イエスは神であり、主である」と言っていることになります。


次にイエス・キリストご自身が語っておられます。たとえば、
「イエスは彼に言われた。『ピリポ。こんなに長い間あなたがたといっしょにいるのに、あなたはわたしを知らなかったのですか。わたしを見た者は、父(なる神)を見たのです。どうしてあなたは、「私たちに父を見せてください」というのですか』」 (ヨハネ14:9)
など、ほかにもたくさんあります。


さて、ここで二つの可能性があります。
イエスは神であったか、なかったかのいずれかです。
もしアインシュタインやほかの多くの人が考えるように、イエスが神でなかったとしたなら、また可能性は二つです。
一つは、イエスと弟子たちが嘘をついていたか、もう一つはイエスは誇大妄想狂だったかのどちらかです。
でも、歴史上、イエスが気が狂っていたという人はキリスト教に反対する人でさえひとりもいません。この説は論理的に矛盾するのです。嘘をついたり、気が狂っている人で、同時に人格者ということはあり得ないからです。


イエスが嘘をついていたという可能性はどうでしょうか。
イエスと起居を共にしていた12弟子のうち、イエスを裏切ったユダは自殺しました。そしてヨハネは離れ小島に流されそこで幽閉されて生涯を終えます。あとの10人は全員、そしてそのほかにも大勢の人たちがイエス・キリストを信じる信仰のゆえに迫害を受け、はりつけの刑や石打ちの刑など殉教の死を遂げています。


今から20年近く前に日本中を震撼させたオウム真理教の教祖、麻原彰晃のためにはほぼ全員の弟子たちが麻原を裏切って自らの犯罪を認め、地下鉄サリン事件など教祖の指導を証言しました。
果たしてイエス・キリストがついていた嘘のために、喜んで殉教の死を遂げる人がいるでしょうか。
このように考えると、可能性はただ一つ、イエス・キリストは神ご自身であった、ということになります。


ヨハネ1:1-18で弟子ヨハネが述べているように、もしイエス・キリストが神であって、人となってこの世に来られたとすれば、イエス・キリストの奇跡など全然不思議ではなくなります。なぜでしょう。
神は永遠の昔からいまし、永遠の未来までいますお方で、天地宇宙を始め、その中の地球を始め地球上の人間や動植物などすべて存在するものを創造された全知全能のお方です。このようなお方に不可能なことはないからです。


ということは、突き詰めていくと、神が存在するかどうかという問題にかかってきます。
しかし、これについては上のアインシュタインを始め多くの科学者たちが宇宙や地球や生物を見て、創造者なる神を認めていることから、これはもう認めざるを得ません。
結論として、イエス・キリストは神であり、神であるがゆえに不可能はなく、奇跡も行うことができた、となります。
もし、今これを読んでいる方の中で無神論や進化論を信じていらっしゃる方がありましたら、どうかもう一度上の動画「進化論 vs 神」をご覧になってください。人生が変わるかもしれません。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

我が祖国、日本

2014.11.13日

日本は四季折々、それぞれの美しさや良さがある、自然にとても恵まれた国です。
ちょうど今、木々の葉っぱが黄色から赤に変わり、今日のように風の強い日は葉っぱが雪のように風に舞ってます。




もうすぐ紅葉は赤く、イチョウの葉は黄色くなり、地面を覆い尽くします。
今日は青空が広がり、うちの前からも富士山がくっきりと見えます。




先日、私のために毎日祈ってくださっているお友達のKさんから、お見舞いでとても立派な胡蝶蘭が贈られてきてうちの玄関を賑わし、毎日私を元気づけてくれています。




私は子どもの頃は夏が大好きでしたが、中学生ぐらいから秋のこの時季が一番好きになりました。
涼しくて頭も身体もスッキリして、とても気持ちがいい。
なにかちょっと寂しげなこの季節が好きなのです。


かと言って、秋の後に続く寒い冬は苦手です。でも、同時に冬は冬で「冬来りなば春遠からじ」で、「人生の厳しい冬もいつまでも続くわけではなく、希望に満ちた将来がすぐ後に控えている」と嬉しいメッセージを届けてくれます。しびれるような寒さの中にも冬の良さはたくさんあり、苦手ですが嫌いではありません。


そして一斉に花が開き、豪華絢爛な春がやってきます。
道端の草花までも美しく咲き誇り、私たちの心までウキウキしてきます。


うだるような暑さの夏は今は苦手になりましたが、夕方、太陽が落ちると海風に吹かれて散歩するととても気持ちいいです。
夜はエアコンを弱くかけっぱなしにするのでよく眠れます。
そして、また大好きな秋が巡ってきます。


数々の火山の上に横たわる日本列島は昔から天変地異が多く、これからも火山の噴火や地震、津波、台風による洪水など確実に起こります。
でも、そのつど日本人はこれまでみんなで支え合い、助け合って、幾多の試練や困難を乗り越えてきました。
これからだって大丈夫です。


アメリカを始め外国にも友達はたくさんいます。
そして、それらの国もそれぞれに素晴らしさがたくさんあり、その国々の人々や自然、文化や歴史、習慣・習俗を愛し、尊敬します。
しかし、やっぱり素晴らしい日本。
我が祖国、日本を心から愛し、誇りに思います。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

四苦八苦

2014.11.12日


お釈迦さま(ゴータマ・シッダルタ)は、王子として裕福な生活を送っていましたが、ある日城から一歩外へ出ると貧しい人や病人、老人など大勢の苦しんでいる人を見て「人生は苦なり」と初めて知り、いかにして人間の苦しみである「四苦八苦」から解脱するかを求めて、29歳で出家しました。
この「四苦八苦」の最初の四苦は「生老病死」、すなわち「この世に生まれてくること」「老いていくこと」「病になること」「死ぬこと」、そして、「愛別離苦(あいべつりく)」(親子・夫婦など、愛する人と生別または死別する苦痛や悲しみ)・「怨憎会苦(おんぞうえく)」(うらみ憎む相手に会う苦しみ)・「求不得苦(ぐふとっく)」(求めているものが得られないことから生じる苦しみ)・「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」(色受想行識に執着する苦しみ)の四苦を加えたものを八苦と呼んでいます。つまり前の四苦は、人間の生きものとして起こる苦しみであり、後の四苦は、人間が人間であるために味わう苦しみです。


上の動画を見ると、ひとりの人が生まれて、やがて少女になり、若い女性に、徐々に歳取って熟女に、そして最後は老女になっていく様がものすごい早送りのような感じで絵に表されています。
昨日、これを見たとき、もう圧倒されてしまいました。実に見事と言うほかありません。
この画家にかかったら、どんな赤ちゃんでも、その後の成長から年老いるまでの顔が見えてしまいそうです。


さて、聖書ではこれらのことを何と言っているでしょうか。
誕生は、
「見よ、子供たちは神から賜わった嗣業であり、胎の実は報いの賜物である」 (詩篇 127:3)
老いることに関しては、
「わたしはあなたがたの年老いるまで変らず、白髪となるまで、あなたがたを持ち運ぶ。わたしは造ったゆえ、必ず負い、持ち運び、かつ救う」 (イザヤ書 46:4)
「若い人の栄えはその力、老人の美しさはそのしらがである」 (箴言 20:29)
病いについては、
「主は彼をその病の床でささえられる。あなたは彼の病む時、その病をことごとくいやされる」 (詩篇 41:3)
「まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと」 (イザヤ書 53:4)
死については、
「主の聖徒の死はそのみ前において尊い」 (詩篇 116:15)
「死は勝利にのまれてしまった。死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」 (コリント人への第一の手紙 15:55)
「わたしたちは、兄弟を愛しているので、死からいのちへ移ってきたことを、知っている。愛さない者は、死のうちにとどまっている」 (ヨハネの第一の手紙 3:14)


神様を信じる者にとって、「生老病死」は苦しみや呪いではなく、むしろ祝福なのです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

死の影の谷を歩むとも

2014.11.11日


主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。
主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとり伴われます。
主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。
たとい、死の影の谷を歩むことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。
私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油を注いでくださいます。私の杯は、あふれています。
まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みがわたしを追ってくるでしょう。私は、いつまでも、主の家に住みましょう。

(詩篇23篇)


「死の影の谷を歩むことがあっても、私はわざわいを恐れません」。
いくら神様が共にいて、守ってくださるからといっても、上の動画はちょっといただけません。
いつ崖から落っこちてバスの観光旅行客みんながバスともども木端微塵になってもまったく不思議ではありません。
実際のところ、これまでにこのような事故が一度もなかったという方がむしろ信じられないぐらいで、おそらく事故があっても救助隊も送られないようなところでしょう。
バスツアーの乗客たちはアメリカ人と思われますが、みんな「うわぁー、神様! 信じられない。こんな最悪の道は生まれて初めてだ」とか、大声で言いながら笑っていますが、笑っているどころではありません。
このような無謀な行動を神様は守ってくださいません。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

何を信じ、いかに生きるべきか

2014.11.10日

【CJC=東京】英国国教会の聖職者1500人に行った調査の結果、約2%が神の存在を信じていないことが分かった。調査はイングランド、スコットランド、ウエールズの聖職者を対象に、国際マーケット調査機関「YouGov」(ユーガブ)が今年8〜9月にかけて行ったもの。調査結果は28日に発表された。
調査は、自分の信仰に最も近い記述を選ぶ形式で、回答者の83%という圧倒的多数が「人格的な神が存在する」を選び、さらに3%が「何らかの霊もしくは力が存在している」と答えている。一方、聖職者の16%が神についてはあいまいで、神は人間が作りだしたと考えている人が2%いることも分かった。9%が「神はどのような存在なのかを人間は知ることができない」という選択肢を選んでいる。
高齢の聖職者の方が若手よりも非正統的な信仰を保持している。2011年以後に聖職に任命された人の約9割が神を信じているのに対し、1960年代に聖職になった人は72%にとどまっている。
国教会総会(ゼネラル・シノッド)はこのような見解に対応措置は取らず、聖職者は、教義から逸脱しても制裁を受けることはない。
「インデペンデント」紙は、総会の信徒議員アリソン・ルオフさんが、神を信じないで聖職者であることが理解できないと言ったことを報じている。「聖職者は近ごろでは場当たりのことを説教しているだけだ。もっと良い話が聞けるよう望む」と言う。


「恐ろしいこと」と言うべきか、あるいは逆に「さもありなん」と言うべきか...
これが罪の恐ろしさです。
信仰を持っていないのに、聖職に就くというのは私にとっては理解できないことなのですが、そのような人は仕事の選択肢のひとつのようにでも考えているのでしょうか。
もっと、ひどいケースになると、アメリカのメガチャーチと呼ばれる、体育館に何万人も集めるような巨大な教会の牧師で、礼拝の様子がテレビ中継されているところで、「今日、今すぐ、神様のために1000ドル送ってください。献金した人には必ず神様の祝福があります」と、大胆に語っている牧師さえいます。
ここまでいくと、もう完全に金目当てに教会をやっている堕落した牧師と言わざるを得ず、このような人は、たとえこの世で高級車を乗り回し、大豪邸に住んで贅沢な生活をしていても、間違いなく地獄に行って神様の裁きをうけることでしょう。もともと信仰がないのですから至極当然のことですが。


megachurch.jpg


このような話を聞いていると宗教に関して意識の低い日本人の大半は、「だから宗教は怖いんだ」と言います。
しかし、知っておかなければならないのは、宗教と信仰心とは別物だ、ということです。
私たちは宗教を信じているのではありません。


これは日本でも同様で、以前うちの塾に就職を希望して面接に来た人で、家が神社という人がいました。
その人に少し神社のことやお父さんの神主さんの仕事のことを尋ねたところ、「神主なんてだれも神様信仰なんか持っていませんよ。ただ職業として、そして金儲けのためにやっているだけです。うちなんかそれでかなり豪勢な生活をしていて、信徒の人は知らないけれども、家の地下には大きなオーディオルームがあって、まるでちょっとした映画館のようです。そのほか、父は高級外車にも乗っているし...」という答え。
そういえば、以前たまたま前を通りかかった神社の前にあった立て看板を見てみると、人の心を引くようないいことばかりが書いてありました。
「家内安全、商売繁盛、無病息災、交通安全、合格祈願、その他」。
これらのものを手に入れたいという人間の欲望につけ込んだ商法だということもできます。
しかし考えてみれば、たとえいくら拝んでもらってもどこの家にも家族の病気や老人の死を始め、大変なこと、辛いことなど人生にはつきものです。これらをすべて逃れて生きることのできる人など地球上どこにもいません。
大切なのは、宗教ではなく何を信じ、いかに生きるかということです。


%8BF%8A%E8.JPG


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

最後通牒

2014.11.09日

韓国紙の東亜日報が、拉致被害者の横田めぐみさんが北朝鮮の薬物過剰投与によって亡くなっていたと報じたことについて、報道は承知しているが信ぴょう性はない、と菅官房長官が一昨日の閣議後会見で語ったということです。
この北朝鮮による拉致問題、いつまでたっても埒(らち)が明かず(これはダジャレではありません)、日本人はみんな怒り心頭です。
また、最高裁で確定した朝鮮総連本部立ち退き問題も同様です。
このような北朝鮮に対して、日本政府は最後通牒をつきつけるべきだ、という意見もあります。


さて、この「最後通牒」という言葉ですが、もとは「 紛争当事国の一方が、平和的な外交交渉を打ち切って自国の最終的要求を相手国に提出し、それが一定期限内に受け入れられなければ自由行動をとることを述べた外交文書」という意味で使われていたのですが、徐々に私たちの日常生活の中でも使われるようになり、「交渉の決裂も辞さないという態度で、相手に一方的に示す最終的な要求」という意味で、現在ではいろいろな場でよく使用されています。


私が子どもの頃、私が親の言うことに聞き従わないとき、両親が私によくつきつけた「最後通牒」は、「それじゃ、もう勝手にしなさい!」でした。
最後通牒をつきつけられると、賽は自分の方に投げられ、あとは自分の決断にかかっているわけです。つまりどのように決断するかは自分の責任になります。
上のように「それじゃ、もう勝手にしなさい!」と言われると、私は自分で責任を取ることはできないことがわかっているので、決まって親の元に行き、「ごめんなさい」と言って泣いて詫びていました。


アメリカに留学していた26歳のときのこと。
ある日、教会で持たれた特別伝道集会に誘われて行き、そこで神様から「最後通牒をつきつけられた」ときも、自分で自分の人生に責任を持てないことを知っていた私は顔を涙でぐしゃぐしゃにして、神様にお詫びして悔い改めました(「死の問題の解決」)。
そしてそれ以来、今もいろいろな人間関係で、あるいは神様との関係でも問題が生じて自分の内に潜んでいる高慢の罪を神様に示されると、「最後通牒」じゃないですが、素直に悔い改めて謝ることにしています。


一昨日の記事、「こんな実験を...」をお読みになった方、もちろん決して脅しでも何でもありませんが、ご自分の人生を、そして死後のことを真剣にお考えになるなら、自分で納得のいく答えを出していただきたいと真に願うものです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

願いがひとつ実現

2014.11.08日

「初めまして。舟田譲二と申します。 共通の友達が多いので、どこかに接点があるかなと思ってリクエストしました。 よろしければお友達になってください。 自己紹介代わりに、拙ブログをご覧ください。よろしくお願いします」


「メッセージありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願い致します。実は今、朴先生のラスベガスの投稿から舟田先生のブログへと移り、塾のHPにお邪魔していたところです。HPを閉めたところで、先生からのリクエストに気づき、驚きました。私も、日本では、長いこと家庭教師や塾講師をしておりました。「先生、うちの学校に来てよ。」「うちの子の家庭教師になって下さい。」等と嬉しい言葉をもらったこと、バレンタインデーには複数の女子生徒からプレゼントをもらった(笑)こと等を思い出しておりました。先生の経営なさっておられる塾も、講師と生徒が仲がよく、生徒や保護者から信頼されているとても素敵な塾ですね。
 (ある時、以前バイトとして塾講師をしていた時の生徒の妹達の家庭教師になってもらいたいと言って、私が「今は大手の塾でフルタイムで講師をしているから無理だ」と答えても、私がYesを出すまで何度も電話をかけてきたお母さんがいらっしゃいました。携帯にも自宅にも電話がかかってくるので、辟易しましたが、あまりのしつこさに、Yesを出さざるを得ませんでした。実は、このお母さんのママ友さんも、それより以前に、「娘の家庭教師になってもらいたい」と仰って来られたことがあるのですが、その時は、私が一度「無理です」とお伝えしただけで、諦めて下さいました。後日、このママ友さんにばったりお会いした時に、「私の娘の時は無理だと仰ったのに、どうして◯◯さんで教えていらっしゃるんですか!?」と迫られました。「◯◯さんにも、無理ですとお伝えしたのですが、私が『はい』と答えるまで昼も夜も電話をかけ続けられて来たので、仕方なく……」と答えながら、寡婦と裁判官の例え話を思い出していました。今でも、どうしても相手にこちらの訴えを受け取ってもらわなくてはならない時は、聖書の話と、この時のお母さんの行動を思い出します)
 その後、神様によってブラジルでの奉仕に導かれ、さらに結婚へ導かれ、現在はサンパウロで日本語教師をしております。  よろしくお願い致します」


「ご丁寧なお返事をありがとうございます。 塾・家庭教師、日本語教師など、共通点がとても多いですね。私も昔留学中、LA近辺で常に日本語教師や通訳などの仕事をしていました。 鶴田先生とはそのような時にお会いして意気投合したのですよ」


このようなやり取りから1年以上前の去年の8月にFBフレンドになった中田ゆかりさんから、今年の5月に次のようなメールをいただきました。
「実は、神様に日本へ戻るように示されているような気がして、主人と祈ってまいりましたが、本当にそうなりそうです。 現在の職場は、心から神様を信じる教職員が多く、とても素晴らしいので離れがたいのですが、また子ども達も日本行きを嫌がっていたのですが、私達のこちらでの恩人(日系2世)の急な死を通して、私達に残されている時間があるうちに、神様に示されていることをしなければならないと、強く思わされました。 それで、驚かれるかも知れませんが、引越し先は平塚市です」


以来ずっとメールでやり取りし、お互いに祈り励まし合ってきたのですが、この中田さんご一家がちょうど1週間前にブラジルを離れて日本に到着され、ついに中田さんご夫妻と昨日平塚でお会いする機会が与えられたのです。


ブラジルと日本の地理や気候、移民などの歴史など2国間の関係から始まり、文化や習慣・習俗・政治、国民性の違い、言語について、宗教観など話題は多肢にわたりましたが、とどのつまりさまざまな問題の根源は教育にある、ということで教育者である私たちは結論に至り、教育についてさらに突っ込んで話し合いました。



このようにして、FBでつながった人たちと次々と親しいお友達が生まれ、実際にお目にかかってお交わりさせていただいたりするようになり、私はつくづく幸せ者だなぁと、昨日は心から感謝した一日でした。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

こんな実験を...

2014.11.07日

こんな実験をしてみたらどうでしょう。
あなたの住んでいる町で、同じぐらいの年齢、教育バックグラウンドもほぼ同じ、収入も生活レベルもだいたい同じ男性あるいは女性10人を選びます。あるいは、呼びかけてボランティアで集まってもらってもいいでしょう。
その人たちに一つのテーマを与えて短いエッセイを書いてもらいます。
たとえば、「日本の政治はどうあるべきか」とか「人はいかに生きるべきか」など、議論の的になるようなものならなんでもいいです。
書き終わったら、それを集めて読み比べます。
みんなが同じようなことを書いているという確率はどのぐらいだと思います?
まずはバラバラでしょう。せいぜいうまくいって数人の意見が一部で一致する程度です。


昨日、ある方からメールでご質問をいただきました。
ご本人の許可を得て、その一部をご紹介させていただきます。


子どもの頃から信じていた神さまは、世界を創られた神さま…まさにキリスト教で説いている神さま。イエスさまとも、思春期時代に出会い、恋焦がれるような思いでした。
でも、受洗に至るまでの何十年の人生で、「神さま」のことは、いろいろと考えたり感じたりしてきた中で、やはり「他の宗教」の信者さんや、イエスさまのことを知らずに神様を信じている人のことを考えてしまいます。
人間の心には、きっと「神さま」を信じ求めるものがあると思います。それに気づくか気づかないか、求めるか、求めないか…なのではと思います。


そして、未だにわからないのは、本当にイエス様を受け入れた人でなければ天国にいけないのだろうか? イエス様を知らないまま、世界を創られた神さまを信じて敬虔に生きた人はどうなるの??ということです。
「それはわからない」
と、牧師先生は仰いました。
それが答えなのなら、天国も地獄も、死んだあとのことはなにもわからないのだと、私は思います。
天国とはどんなところで、どんな人が天国に行けるのか。
そんなことが、わかるのでしょうか?
今の私には、その明確な答えがわかりません。天国へのパスポートをゲットしたなどとは全く思えません。


これは多くの人が持っている疑問で、私自身も神様を信じる前は同じように考え、通い始めた教会の牧師を攻め、また親友だった現ラスベガス日本人キリスト教会の鶴田牧師とも毎日このような問題について論議していました。


上の方のご質問には聖書の言葉をもってお答えしましたが、様々な疑問を突き詰めていくと、これらの疑問に答えている聖書が果たして信用できるかどうか、というところに行き着きます。


聖書は、今から約2000年前に書き上げられました。
紀元前1400年頃からおよそ1500年かけて、3つの大陸で、3つの言語で、異なった文化の下、教育や生まれ育ち、職業もまったく異なる40人以上の人たちによって書かれました。
現代のように、お互いに情報交換する術(すべ)を持たない人たちです。
ところが、なんと聖書には最初から最後まで統一性があり、矛盾はなく、主題はただひとつ「イエス・キリスト」です。


冒頭に書いた実験を考えるとこんなことは不可能で、このような本ができあがる確率は何兆分の一以下です。
歴史上、聖書が間違いであることを証明しようとして研究した人が何人もいます。
そのうちのひとりがあの有名な映画『ベン・ハー』の元となった小説の著者、ルー・ウォレスです。
彼は無神論者でキリスト教を論破しようと思って、聖書や当時の資料を調べていくうちに自分が逆に論破され、キリストを信じます。そして、その信仰告白を小説の形で現したのが『ベン・ハー』です。
また、日本の浄土真宗の僧侶だった人が聖書を読み進むうちに、聖書を信じクリスチャンになり、お寺を閉じたという話もいくつかあります。その中のひとりが書かれた本を読んだことがあります。
イスラムの信者やユダヤ教徒で、やはりキリスト教を論破しようとして聖書を読んでいくうちにキリスト教徒になった人も大勢います。アメリカの神学校で学んでいたとき、そのような人が何人かいました。


benhur.jpg


聖書には、夫婦の関係、子育て、人間関係、ビジネスなど私たちの実生活に直結した話題から、宇宙の始まり、人生の意味、死について、天国や地獄、救いについてなど、人がこの世で生きるにあたって知りたいことすべてが書かれています。


私の大学のときの卒論は「シェイクスピアと英語」でしたが、英語に最も大きな影響を与えたのはシェイクスピアです。しかし、シェイクスピアに最も大きな影響を与えたのは聖書で、次のように言われているぐらいです。
「イギリスはシェイクスピアを生んだ。しかし、聖書がイギリスを生んだ」
世界の永遠のベストセラーと呼ばれる聖書をお読みになることをお勧めします。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

たかが犬、されど犬⁉︎

2014.11.06日

「たかが犬、されど犬」なんて言ったら、犬に叱られそうです。
最初この動画を見たときはもうただただ大笑い。「うーん、面白いっ!」。
見終わって思ったのは、「こんな犬、欲しい〜!」。


まずはこの可愛くて、お利口さんの犬の動画をご覧になってください。



でも、しばらくたって考えていると、「この犬、マジすごいっ!! 実際には、信頼関係ができたトレーナーに調教され、言われたとおりに演技しているわけで、決して自分で考えて行動しているわけではないのでしょうが、その演技はもうまるで俳優並み! 私も負けそう」。


次に思ったのは、「犬でさえ訓練されてここまでできるのであれば、ましてや人間においておや」。
ということは、親がどれだけ愛情を注いで子どもを育てるか、それこそが子どものその後の人生を決めると言っても過言ではありません。また、学校の教師や塾の講師の愛情も同様です。
このことは、以前「遺伝か環境か 2」という記事に書いたとおりです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

サムシング・グレート Part2

2014.11.05日

読んでいた『奇跡を呼ぶ100万回の祈り』を昨日読み終えました。
この中で著者が言いたいことを抜粋してまとめると下のようになります。


私たち人間の体は、膨大な量の「細胞」からできています。その数は、体重1キログラムあたり1兆個として、60キログラムの人なら、60兆個。ちょっとピンとこない数字ですが、それらの細胞の1個1個に、いくつかの特殊な細胞を除いて同じ遺伝子が組み込まれているのです。


細胞の中には遺伝子があり、そこには人間の体をつくるプログラムがDNAという物質で書き込まれています。DNAは2本の糸が、二重らせん構造になってからみあい、その2本の糸が離れないよう、「塩基」と呼ばれるもので対になってつながっています。


その情報量は、というと32億の塩基対から成り立っていて、もしこれを本にするなら1000ページの本、1000冊分にもなります。たった 1個の細胞のDNAが、これだけの情報を持っているというわけです。


人間とチンパンジーの遺伝子を比較してみても、それぞれの遺伝子の塩基配列(遺伝情報)の違いは、わずか1.2%。遺伝子レベルでいえば、人間とチンパンジーは98.8%まで同じ生き物だということが分かったのです。
さらに言うと、植物のイネと人間のゲノム配列は40%までが同じだったのです。


いったい、このことは何を意味しているのでしょうか。
人間には、イネ以外の動植物の遺伝情報とも、おそらくたくさんの共通部分があると考えられます。
このことは、すべての地球上の生き物の命は、どこかしら「つながっている」ことを意味しています。


例えば、人間同士に関していえば、ヒトの全遺伝情報(ゲノム)の差は、わずか0.5%です。ほんのわずかな差でしかないのです。そのことは、自分の大いなる祈りと行動によって、ここに紹介した偉人たちのような偉業を、私たちがそれぞれの立場で成し遂げることすら不可能なことではないと示してくれていると私は思います。


このことは、人間をさかのぼっていくと共通の祖先、すなわち一組の夫婦に行き着くように、すべての地球上の動植物も元は同じで、サムシング・グレート、すなわち同じ創造者に行き着くことを暗示しています。
以前私が書いた「ニワトリが先か、卵が先か」にも通じる考えです。


そして、この本を元に映画『祈り』が制作されたとき、監督の白鳥哲氏は祈りについて次のようなショートメッセージを作りました。どうぞご覧ください。



↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

サムシング・グレート

2014.11.04日
kiseki.jpg


親しくさせていただいているKさんから先日いただいた本、『奇跡を呼ぶ100万回の祈り』をとても興味深く読んでいるところです。
著者は筑波大名誉教授、村上和雄氏で、ダライ・ラマ14世が「村上氏の考えは宗教と科学の垣根を越え、すべての読者を調和の世界へと誘(いざな)うであろう」と祝辞を贈っています。
村上氏は、生物科学を専門とされ、高血圧の黒幕である「レニン」の遺伝子解読を成し遂げて、世界的評価を得た方で著書多数。


この本の中で村上氏は次のように述べています。


私は、約50年にわたり生命科学の世界に身を置き、その後半半分は遺伝子の研究をし続けてきました。
遺伝子という極小単位の生命の営みを解き明かしながら、その精緻(せいち)で絶妙に組み込まれた存在と機能を目(ま)の当たりにするにつけ、これこそ人知をはるかに超えた叡智そのものであると感嘆することが私には何度もありました。
そのたび、私は胸の奥深くまで息を吸い込みながら、目には見えないけれども確実に存在する「大いなるもの」に畏敬の念や祈りを捧げるようになりました。
その偉大な何かを私は「サムシング・グレート」と名づけましたが、自分の遺伝子の中にすら、このような科学、非科学のどちらともいえない、それらを完全に超越しつつも確実に存在する「大いなる何か」が宿っていることを感じずにはいられませんでした。そのような遺伝子が、私たちの体をつくるすべての細胞の中に宿り、日々生きていく命をつくっているのです。

(中略)
アメリカの病院で、大変興味深い実験が行われました。
心臓病患者398人に対する実験で、「他人に祈られた患者」は、そうでない患者に比べて人工呼吸器、抗生物質、透析の使用率が少ない、ということが分かったのです。

(中略)
そもそも、科学と祈り(宗教)は、かつては別個のものではなかったのです。科学のルーツをたどっていくと、神の存在を研究する神学にたどり着きます。例えば地動説を唱えたガリレオ・ガリレイやコペルニクスも、エンドウ豆の研究から遺伝の法則を発見したメンデルも、みんな敬虔なクリスチャンだったことはよく知られています。
つまり、もともと人智を超えた偉大な存在を探求することを前提として出発した神学や科学が、近代になって「客観的に証明できないものが神と同じ次元で扱われるのはおかしい」とされ、別個のものに分けられてしまったのです。

(中略)
「あなたは、重いがん(悪性腫瘍)と宣告されたものが、自然に治癒できると思いますか?」
このような質問をなげかけられたとき、ほとんどの人は、そんなことは不可能に近いと思うのではないでしょうか。現代の最新科学、医学をもってしても最も恐れられているがん。
もし、仮にがんが自然治癒することがあったとしても、それは「奇跡」のようなことで、例外中の例外のようなことだと思うでしょう。
しかも「奇跡」という現象で語られるものは、人によって「信じるか、信じないか」といった、信仰の領域のような出来事となり、科学や医学の領域ではほとんど語られないものになっていました。
しかし、現実には、臨床医学で「自然寛解」と呼ばれているような、つまり自然にがんが消えてしまうという現象は、決して珍しいことではないのです。
ではどうして、このような「奇跡」が起こるのか。
アメリカでがんの自然寛解を経験した患者50人に「なぜ、あなたは回復することができたと思いますか?」というアンケートを行いました。すると、いちばん多かった答えは「祈りによって」68%というものだったのです。

(中略)
かつて、私は京都大学医学部の故・青柳安誠名誉教授から、
「優秀な外科医ほど、手術の前に、手術の成功を祈っている」
と教えていただいたことがあります。
これは決して腕に自信がないからだとか、不安であるからではありません。むしろ逆であって、医療の技術が100%力を発揮し、さらに患者の生命力、治ろうとする力も100%発揮できるよう、その「力」を引き出すために祈るのです。

(上掲書p.49-61)


非常に優れた科学者である村上氏はクリスチャンではありませんが、直感的に感じる人間にはわからない存在を「サムシング・グレート」(Something great=偉大な何か)と名づけて呼んでいらっしゃいますが、これこそ私たちの祈りに耳を傾け、応えてくださる万物の創造主にして人格者なる神以外にはあり得ません。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。まあ

子どもの可能性と教育法

2014.11.03日

5歳のとき多動児で学習障害児。学校では先生から見放され、上の子は9歳まで、下の子は10歳まで字の読み書きもできませんでした。
お母さんは最初はとても辛い思いをしましたが、そこから立ち上がり、子どもたちに学校をやめさせて、自ら家でホームスクーリングで教え始めます。
子どもたちは母親の愛情を感じ、学んだことをスポンジのようにどんどん吸収していき、兄の方は11歳、弟は12歳でなんと大学生に‼︎


これはアメリカで起こった実話です。
ふたりは大学卒業後、システムエンジニアになり、その後あの有名な映画『ロード・オブ・ザ・リングズ』のデジタルイメージを制作したのです。


母親は自らの子育ての記録を本に著し、その本は教育界のみならず一般の人々の間でも絶賛されて、米国テレビネットワークCNN, ABC, NBC, CBSで、そしてウオールストリート・ジャーナル、ワシントンポスト、ロサンゼルスタイムス、ニューヨークタイムス他の新聞でも紹介されました。
この本は、親や教育者たちに子どものチャレンジ精神を力に変え、興味・関心を発見し、さらにそれらを情熱に変え、情熱を才気・知性に変える方法を教えています。
本に寄せられた推薦の言葉には、「この本は全世界の言語に翻訳されて、すべての教育者、親に読んでもらうべきだ」とありました。


brilliance.JPG


彼女はテレビのインタビューで次のように語っています。
子どもは一人ひとり異なり、それぞれが自分の興味、関心、賜物を持っている。それを早く見出し、育てることが親の務め。
親子の間の信頼関係がもっとも大切。子どもに対して強制的だと子どもは親に逆らうようになるが、信頼関係ができていると子どもは自ら進んで勉強もするようになる。
公教育始まった当時と今ではすっかり環境が変わっている。教育の仕方も時代とともに変化させなければならない。


resa2.jpg


子どもはみんな「無限の可能性」(こちらの記事もクリックしてご覧ください)を持ってこの世に生まれてきています。
その可能性の芽を親や学校が摘み取っていてはだめです。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

学歴ってなに?

2014.11.02日

去る10月30日「ノアの洪水 Part3」と31日の「無神論 vs 神」の動画でインタビューしていたのはレイ・コンフォートという人です。


彼はニュージーランド生まれで、高校卒業後は銀行に勤務。20歳のときに自営業を始め、22歳でクリスチャンになります。
その後、集っていた教会で7年間の訓練を受けて牧師に任命され、3年半教会の牧師を務めます。
それから12年間、ニュージーランドのクライストチャーチの街角で説教する大衆伝道者に。
20代半ばで海外からも説教依頼が来るようになり、39歳のときに南カリフォルニアのカルバリー・チャペルという教会から招聘されます。


結局、レイ・コンフォート氏の学歴は高卒です。大学に進学してもいなければ、神学校も卒業していません。
でも、彼は独学で、生物学や地学、進化論や創造論、聖書などを研究して数多くの本を著し、動画の中のように博士号を持っている専門家の大学教授を次々と論破していくのです。




これを見ていると、学歴ってなんだろうと思わされます。
実際のところ、私の友人や知人、教え子などで立派な学歴を持っているもののそれがなんの役にも立っていない人もいれば、逆にビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズのように学歴がなくても大成功を収めている人もたくさんいます。


中国は今、急速に学歴社会になってきていて、卒業証書が売買されているといいます。
結局のところ、人間の価値もまた将来の働き、稼ぎも決して学歴ではありません。


あまり学歴にこだわり過ぎて、人生の本質を見失うことのないよう、親は子育てにおいて留意しなければなりません。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。

真面目な中にもユーモア Part2

2014.11.01日

ここ数日、ちょっと難しい内容でした。
でも、昨日の動画をまだご覧になっていらっしゃらない方がありましたら、ぜひ少しお時間を取って見てみてください。それこそ「目からウロコ」です。


今日は皆さんにリラックスしていただきたく、先日の記事「真面目な中にもユーモア」の第二弾をお届けします。
前回はユーモラスなバレエでしたが、今日は思わす吹き出してしまうクラシック音楽です。こんなのがあるとは、今の今まで私は知りませんでした。お陰で心身ともに癒されました。
こういうところから入っていったら、もっとクラシックファンが増えるのではと思います。
これには言葉はいりません。
どうぞごゆっくりお楽しみください。


.


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のにほんブログ村のバナー(マーク)をクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。