学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
読む人に元気を注入します。

ジョージ学院長 元気の出るブログ

ブログに関するご意見・ご感想は、こちらのフォームからお気軽にどうぞ

親に感謝!

2014.09.20日

『花子とアン』。
もう来週1週間を残すのみ。
今朝、私の魂の琴線に触れたシーンは、花子が再びラジオの子ども向け番組に復帰し司会者の質問に答えているところでした。


花子は生涯の親友、蓮子の長男が学徒出陣し、終戦の4日前に戦死し、そのことで蓮子から花子がラジオで子どもたちにお国のために身を捧げるようにと言っていたからだと責められ、もうラジオの番組には出ないと決心していました。
しかし、戦争が終わったのだからもう一度ラジオで子どもたちに夢を与えて欲しいと周囲の者から言われ、戻る決意をします。


復帰最初の花子の放送が始まりました。司会者が、英語との出会いは修和女学校だったのかと尋ねたところ、花子は最初に英語を教えてくれたのは父だ、と答えます。
フラッシュバックで子どもの頃の花子に父親が、顔の前で左手で半円を描きながら「グッドモーニング」、同じく右手で「グッドアフターヌーン」、最後に両手を開いて「グッドイーブニング」。何度も見たシーンです。


このシーンは私自身の幼少時とオーバーラップします。
当時、横浜のGHQで働いていた父は、私が将来英語ができるようになるようにと、譲二(ジョージ)という名前をつけ、生まれた時から英語で育ててくれました。
おそらく私が最初に覚えた言葉は「マミー」で、次が「ダディ」、そして「グッモンーニン」「グッナイ」だったと思います。
小学生の頃はアメリカのテレビ番組が大流行りの時代でしたが、その中でよく妻が夫を呼ぶ時に「ダーリン」と言っているのを見ていた従兄弟や友達などは、私が父のことを「ダディ」と呼んでいるのを聞き、それと混同して「ダーリン」と言ってよくからかったものです。


私も花子同様、父のお陰で英語ができるようになったのですが、それで私の人生は変わりました。
私にとっての修和女学校は、アメリカ留学となり、生涯英語と切っても切れない仲となりました。
そしてその結果、長男も次男も長女もみんな英語とつながるようになりました。


先だって、9月6日に長男がアメリカで結婚式を挙げた際、後のレセプションで息子が、自分は高校生の頃両親に逆らって、酒とタバコと麻雀付けの日になったけど、今日の自分があるのは両親のお陰で、両親には心から感謝していると言った時、私は胸が熱くなり涙がこぼれてきました。


冒頭の『花子とアン』のシーンに戻って、ラジオから流れる花子の声を聴きながら父親の吉平は眠るようにして息を引き取ります。
私の両親も私に看取られながら、身体は苦しかったでしょうが本当に心満たされた様子で眠るように天の父のもとに召されていきました。


今、この年になって、自分が召される時のシーンを頭の中に描くことができるようになり、ああ、このようにして人はずっと代々生命を引き継いできたのだなと感慨深く思い、両親に心から感謝している次第です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったら下のバナーをクリックして応援してください(IN ポイント)。
にほんブログ村の「人気ランキング順位」が出ますので、そこで同じ記事名、もしくはほかの記事で関心のあるものをクリックし、ブログが表示されたらお手数ですが再度下のバナーをクリックしてください(OUT ポイント)。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メールマガジン登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。