学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
読む人に元気を注入します。

ジョージ学院長 元気の出るブログ

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夏休み、今日で終わり

2014.08.31日

 <先生にみつからないようにすりゃいいんだ>。小学5年生タケシの一言が、会社設立のきっかけだった。6月に亡くなった児童文学者、古田足日(たるひ)さんの名作「宿題ひきうけ株式会社」。タケシと同じ年代に夢中で読んだ記憶がある
◆タケシの企たくらみはしかし、すぐ先生にばれてしまう。会社も解散させられるが、最近は、さほど後ろめたいことでもないらしい
◆宿題代行業者なるものが、ネット上に堂々と看板を掲げている。料金は、算数ドリルが「1冊5000円」、読書感想文は「原稿用紙1枚3000円」。頼めば、筆跡も似せてくれるそうだ
◆夏休みが終わる。新学期開始を早める学校が増えているが、宿題に追われている家庭も少なくはないだろう。業者は、一番のかき入れ時かもしれない
◆古田さんは、まえがきにこう記す。<もし、きみがニンジンがきらいだとしても、ニンジンはたべなければならぬ。でも、もし宿題がきらいだとしたら、考えなければならぬ。なぜこの世の中に宿題があるのかということを>。幸い、きょうは休日だ。愛息愛娘(まなむすめ)を手伝いつつ、両者の違いを話し合ってみてはいかがだろう。

(2014年8月31日付 読売新聞 1面「編集手帳」より)


furuta.jpg


古田 足日(1927-2014)は、日本の児童文学作家・評論家。
この『宿題ひきうけ株式会社』は、古田さんが52歳の時の作品で、今から35年以上も前に今日の日本の教育産業を見越して書かれたような気がしなくもありません。
しかしそれにしても、それを小学5年生のタケシを始めとする少年仲間が株式会社を設立して、先生にばれないようにやろうとした、というのはユーモアのセンス抜群で実に面白い。タケシたちの一団はきっと優秀な切れる子たちだったのでしょう。


それに対して、「宿題代行業者なるものが、ネット上に堂々と看板を掲げて」やっている、しかもかなりの高額な料金を取って、となると話は違う。「頼めば、筆跡も似せてくれる」というおまけつき。これには呆れてものも言えない。
つい2日ほど前にニュースで、お隣の中国では大学の卒業証書を売買しているというのを見て驚いたばかりですが、これもそれほど変わった話ではありません。
こういうことをやる業者も業者であれば、それを利用させる親も親(オヤオヤ...というジョークも虚しい)。


それこそ、上の「編集手帳」の中に引いてある古田さんのまえがき、
「もし、きみがニンジンがきらいだとしても、ニンジンはたべなければならぬ。でも、もし宿題がきらいだとしたら、考えなければならぬ。なぜこの世の中に宿題があるのかということを」
これを本当に親子で真剣に考え、話し合って欲しいものです。


そういえば、大きい声では言えませんが、うちでも今から何十年前だったか、子どもたちの夏休み最後の日の8月31日は徹夜に近い状態で子どもたちに付き合って宿題をさせていたなぁ...。


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成功の秘訣

2014.08.30日

"Resolve to perform what you ought; perform without fail what you resolve."
--Benjamin Franklin, Statesman
「自分のしなければならないことを決めない。そして自分が決めたことを確実に行いなさい」

(訳 : 舟田譲二)


ベンジャミン・フランクリン(1706-1790)はアメリカ合衆国の政治家、外交官、著述家、物理学者、気象学者。
印刷業で成功を収めた後、政界に進出しアメリカ独立に多大な貢献をした。また、凧を用いた実験で、雷がelectricity(電気)であることを明らかにしたことでも知られている。現在の米100ドル紙幣に肖像が描かれている(以上Wikipediaより)。




道徳的に非常に高い目標を求め、次の十三徳にそれをまとめて自らこれら一つひとつを1週間ずつ実行し、年に4回繰り返した、というすごい人物です。
《十三徳》
1. 節制
2. 沈黙
3. 規律
4. 決断
5. 節約
6. 勤勉
7. 誠実
8. 正義
9. 中庸
10. 清潔
11. 平静
12. 純潔
13. 謙譲



さすがそれだけあって、アメリカ合衆国建国の父の一人として讃えられています。


今日の冒頭の言葉、
「自分のしなければならないことを決めない。そして自分が決めたことを確実に行いなさい」
は上の十三徳の4番目「決断」です。
「なすべきをなさんと決心すべし。決心したることは必ず実行すべし」
という文語調訳もあります。


ただ口で人に言うだけでなく、自らそれを率先して行う、というところが「すごい」を超えて「ホンモノ」ですね。


ところで、この言葉実は何事にも当てはまるのです。
生徒や学生ならば勉強に、音楽やスポーツや絵画など習い事をしている人ならばそれに、ビジネスマンや事業家なら自分の仕事に、親なら子育てに、その他夫婦関係を始めとするあらゆる人間関係に等など、
「自分のしなければならないことを決め、そして自分が決めたことを確実に行う」
ならば、すべてにおいて成功しないわけありません。


ベンジャミン・フランクリンさん、素晴らしい言葉を私たちに残してくださって心より感謝いたします。
あなたに習って、何か一つでもこのような決断力と実行力を身につけて成功させていただきたいと思います。


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酷暑、猛暑、冷夏?

2014.08.29日

今年はよく酷暑、猛暑と言われました。
実際のところ、全国で記録された気温はものすごいものでした。
時々、冷夏というのがあり、このような年は、海もプールも避暑地や観光地も人出が少なく、「商売上がったり」です。


ところがどういうわけか、私にとってこの夏は「冷夏」で、しかもあっという間に終わってしまった感じなのです。


多くの方々から、メールやFacebookで暑中見舞い、残暑見舞いが届き、「毎日暑い日が続きますが、…」とあります。
しかし、私にはその実感があまりなかったのです。
そして「えっ、もう9月?」という感じです。


その理由を考えてみました。
ひとつには、身体が弱っているので日中の暑い時は熱中症を避けてできる限り外に出なかったこと。
ウォーキングに出るのはいつも夕方太陽が落ちる5時から6時半頃で、とくにこの湘南地方はたとえ気温がまだ少々高くても涼しい海風が頬を撫でてあまり暑く感じないのです。
汗はかきましたが。


しかも日中、家にいたときはたいていエアコンの効いた涼しい部屋で本を読んだり、ブログを書いたり、昼寝をしたりしていたので、暑さを感じなかったのは当然のことです。


夜、寝る時も最初の頃はエアコンをつけずに暑さと格闘していたのですが、パジャマは汗でべっとり、しかも睡眠が浅くて翌朝はぐったりだったので、弱温でエアコンを入れたら嘘のようにぐっすり眠れるようになりました。


今の私はとにかく、心身ともにゆったりさせてストレスをできる限りなくすことが一番と医者に勧められているので、そのお陰でこの暑い夏を心地良く過ごせたようです。


私が休んでいた時に一生懸命働いていてくれた妻や息子を始め、先生方お一人ひとりが汗を流して代わりに働いてくださったことに心から感謝している次第です。


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成功とは

2014.08.28日

"Success is the maximum utilization of the ability that you have."
--Zig Ziglar, Motivational Speaker
「成功とは、自分の持っている才能を最大限に活用することである」
モチベーショナルスピーカー ジグ・ジグラー

(訳 : 舟田譲二)


ジグ・ジグラーといえば知る人ぞ知る、アメリカを代表するモチベーショナル(人にやる気の火をつける)スピーカー(1926-2012)。
私も彼のスピーチをこれまでいくつも聴いてきて、実際に「やる気の火をつけられた」一人です。



「勝利」については数え切れないほど、あちらこちらで語ってきました。
そのうちの一つに次のようなものがあります。
"You were born to WIN, but in order to be a winner, you must plan to win, prepare to win, and expect to win."
「皆さんは勝利するために生まれてきました。でも勝利者になるためには、勝利に向けて計画を練り、勝利の備えをなし、勝利を期待しなければなりません」
(訳 : 舟田譲二)


これを読んでいるとなんとなく冒頭の、
「成功とは、自分の持っている才能を最大限に活用することである」
というのと矛盾しているように感じます。
こちらはどちらかと言えばちょっと消極的、すぐ上の
「皆さんは勝利するために生まれてきました…」
はとても積極的に感じられます。


でも、決してお互いに矛盾していません。相補い合うことを言っていて、両方とも真理なのです。
冒頭の、「成功とは、自分の持っている才能を最大限に活用することである」は、後者の「勝利者になるためには、勝利に向けて計画を練り、勝利の備えをなし、勝利を期待しなければなりません」で成功するための具体策を教えてくれているのです。


しかし、ここで大切なことは、人はやはり一人ひとり生まれた時に与えられている能力や育つ環境によって、当然のことながら差があります。
これは決して差別思想ではなく、現実です。


そこで、ジグ・ジグラーは言うのです。
「自分の持っている才能を最大限に活用することが成功である」
そして、
「成功するためには、成功に向けて計画を練り、成功の備えをなし、成功を期待しなければならない」と。


人と比較する必要はないのです。
自分に与えられた能力や可能性を最大限に活かすことが、私たち一人ひとりに求められているのです。


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忍耐とは

2014.08.27日

"Perseverance is not a long race; it is many short races one after another."
--Walter Elliot
「忍耐とは長いレースではない。次から次へと続く短いたくさんのレースのことだ」
ウォルター・エリオット

(訳 : 舟田譲二)


330px-Walter_Elliot_Elliot.jpg


ウォルター・エリオットは日本ではほとんど知られていませんが、1888-1958のスコットランドの政治家です。
31歳の時に結婚し、新婚旅行で山登りをしていて事故で奥さんを亡くしたというまことに気の毒な方です。


彼の口から出た冒頭の言葉はきっとこの経験も含め、おそらく政治家としても苦労や忍耐が続き、そのような中で生まれたものでしょう。
そう考えると、とても重みを感じます。


私も含め、普通「忍耐」と言うと、長く続く苦しい、辛い、悲しい経験と思うものです。
しかし、これまでの人生を私自身振り返ってみると、一つひとつの辛い経験はそれほど長くは続いていなかったように感じます。
むしろ、ウォルター・エリオットの言うように、「次から次へと続く短いたくさんのレース」という方が当っているような気がします。
皆さんはいかがですか?


ということは言い換えると、私たち人間は誰ひとり例外なく、愛する連れ合いや子ども、親や兄弟、親しい友人やペットなどとの別れを始め、人間関係や事業での失敗や健康不良等など、数え上げれば切りがないほどの試練に出会いますが、それらは長い間いつまでも私たちを苦しめ、悲しめるものではなく、必ず逃がれの道や癒しの道も備えられているということです。
そうでなければ、私たち人間は誰ひとりとして70年、80年もの長い年月を忍耐して生き抜くことはできないことでしょう。
この配慮も神様の憐みと智慧によるものではないでしょうか。


『氷点』の著者で有名な三浦綾子さんは、生涯ずっとさまざまな病気との闘いの連続でした。しかし、ご本人の口を通して出てきた言葉は、
「私はよっぽど神様にえこひいきされているんだ」
で、いつも神様のご愛を身近に感じていらっしゃったということでした。


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塾の仕事の醍醐味って

2014.08.26日

昨日は特別な日でした。
学習塾をやっていてこれほど嬉しいことはありません。
先週、卒塾生から連絡があって会いたいと言ってきてくれました。


彼は今年19歳。本当だったら大学1年生なのですが、高3の9月にアメリカに留学し、この6月に帰国してきたために、大学受験は一浪扱いになってしまいます。でも、アメリカの高校で取った単位を認められて日本の高卒資格は取れたそうです。


先日の「愛◯精神」に書いたまさに絵のようなご家族で、お母さんともFBでつながっていて、ご兄弟姉妹3人が通ってくださいました。


一番上のお姉さんは、国立大学を卒業して今は中学校の理科の先生。塾に来ていた当時から理数系が得意で特に理科は抜群のセンスを持っていました。夢がかなって私たちも嬉しく思います。最初のうちは英語が苦手と言っていたのですが、中3の中頃あたりからぐんぐん伸び始めて苦手を克服しました。
彼女とも時々メールのやり取りをしていて、また近いうちに遊びに行きますと言ってくれています。
その下に3歳違いで現在大学生のお兄さん、そしてさらに3歳違いの彼。


中3の途中で横浜に引っ越しされましたが、その後も一番下のHくんはわざわざ電車で平塚まで来てたびたび塾に顔を出してくれています。


今日はアメリカでの体験談を聞かせてもらい、将来の夢なども聞きました。


今回は久しぶりだったので、彼の成長ぶりに驚かされました。
身長が180cm近くもあり、アメリカの高校生に全然引けを取らず、部活も彼らと対等に陸上をやっていてたくさんの賞を取ったということで、その賞状や賞のリボンなども持ってきて見せてくれました。


soya.JPG


行っていた先は、最北東端のメイン州というとても寒いところ。全土の90%近くが森林で、あとは湖、川、山、海岸と自然に恵まれたとても美しいところ。日本人などほとんどいません。
日本に戻ってきて、アメリカ人と話す機会もよくあるけど、日常会話に困ることはないとのこと。
Hくんに日本との一番大きな違いはと尋ねると、やはり人間関係という答えが返ってきました。
そして、将来の夢を尋ねると、来年英文科か教育学科に進んで教師になりたいとのこと。
英語が得意になり英語の教師になりたいと思うようになったのは学院長との出会いのお陰ですと、お世辞にしても嬉しいことを言ってくれました。
昔からの優しさはそのまま持っていて、それでいて心身ともに本当にたくましくなっていました。
最後に、後輩にひと言アドバイスを、とお願いしたところ、
「先生方はみんなすでに同じ道を通ってきた人たち。経験者。だから、宿題にしても何にしても先生方の言うことを素直に聞くこと。これが一番大切」
とのことでした。


塾の仕事の醍醐味は、やはり生徒の成長を見ることです。
Hくんのこれからの歩みのために神様の祝福を心より祈った次第です。


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街興し(まちおこし)

2014.08.25日

私が子どもの頃は、みんな生きるのに必死という感じで、あまり「街興し」などというようなものはなかったような気がします。
せいぜい月に2回程度の夜店と、あとは地域の神社のお祭りとより大きな規模の「菊人形展」のようなものぐらいだったでしょうか。


しかし、映画『三丁目の夕日』のようなイメージを求めてか、全国あちらこちらで「街興し」なるものをやるようになったようです。
とくに最近流行っているのは「ゆるキャラ」と呼ばれるご当地キャラクターの着ぐるみ、ゆいぐるみ。
どこかが始めると日本国内みんなが真似するというのが、またいかにも日本らしいです。
去年のゆるキャラ1位は栃木県の「さのまる」というものらしいですが、あまり関心のない私にとってはどれもこれもみんな一緒に見えてしまいます。


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その他、各地で企業誘致、就労の場づくり、都市開発、再開発、地場産品の発掘や開発 - ご当地グルメ、名物、、イベント(スポーツ、祭など)、観光資源の創出、観光資源の発掘、目玉施設の整備 - 総合(運動)公園・スポーツ公園の整備・美術館や博物館など「箱物」の整備など(以上Wikipediaより抜粋)が主なものらしいです。どこも人集めに必死ですが、なかなかうまくいくものは少ないようです。


昨日は礼拝の後、駅の近くに食事に出かけると、あちらこちらでさまざまな催しをやっていて人もそれなりにたくさん集まっていました。


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平塚は7月の七夕が一番有名ですが、10月には平塚囲碁祭り1000面打ち大会といって全国からプロの棋士80名を招待する大きなイベントもあります。
平塚市も一生懸命で、なんとかして新しい人をただ観光だけでなく、住民を増やしたい、といろいろな策を打っていますが、ことはそう簡単ではありません。
そして、これはどこでも同じ状況です。


もっともっと各地で、さらに地域の壁を超えてこのような交流の場を設け、自分の住んでいる地域だけでなく、他の地域にも目を向けて、全国規模で日本の将来のために今から取り組んでいかないと、本当に「日本沈没」になりかねません。


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呪文の言葉

2014.08.24日

"In the middle of every difficulty comes opportunity."
--Albert Einstein
「あらゆる困難のまっただ中に最高のチャンスが訪れる」
アルベルト・アインシュタイン

(訳 : 舟田譲二)


アインシュタインと言えば、誰でも天才の代名詞のように思います。
しかし、彼自身はこう言っています。
「私には特別な才能などありません。ただ、ものすごく好奇心が強いだけです」
またこのようにも言っています
「学べば学ぶほど、自分がどれだけ無知であるか思い知らされる。
自分の無知に気づけば気づくほど、より一層学びたくなる」


彼は自分のことを天才とは思っていなかったようです。非常に謙遜で好感が持てます。


アインシュタインのような人ですら難問にたびたびぶち当たり、その都度その困難と闘っている中で、解決の糸口を見つけ、そこから答えを見出していったのです。


アインシュタインと比べるわけではありませんが、私もよく難問にぶつかります。
そのような時、私は自分独自の「呪文」を唱えます。
それは、
「主よ(神様のこと)、感謝します。感謝します。感謝します」
というものです。
辛い時、苦しい時、悲しい時、八方ふさがりに思えるような時も、この呪文のような祈りを唱えます。


えっ、問題に直面している時に神様に感謝できるの、と皆さんは思われるかも知れません。
聖書には、
「いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである」
(テサロニケ人への第一の手紙 5:16-18)
とあります。
問題のただ中でどうやって喜んだり、祈ったり、感謝したりできるのか、と思われるかもしれませんが、実はこれこそが問題に打ち勝つ最も簡単かつ優れた方法なのです。


普通はみんな、辛い時、苦しい時、悲しい時、八方ふさがりの時には愚痴を言ったり、周りの人に当たったり、やる気をなくしたりするものです。当然のことです。
しかし、聖書がこのような時にも、
「いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことについて祈りなさい」というのには必ず理由があるはずです。


私の場合、上の呪文
「主よ、感謝します。感謝します。感謝します」
を唱えているうちに、感謝すべきことが次から次へと頭に浮かんできて切りがなくなるのです。
そして、こうして感謝の祈りを捧げているうちに、心はどんどん平安になり、喜びに満ちあふれ、神様との会話である祈りに没頭してしまいます。


なるほど、だから神様は、そのようにしなさいとお命じになったのだと納得がいきます。
私たちをお創りになられた神様は、私たち以上に私たちのことをよくご存じで、だから私たちの最善を願ってこのようにおっしゃっているのだ、とわかるのです。


アインシュタインのような人ですら難問に当たり、その都度、神に助けを求めて
「あらゆる困難のまっただ中に最高のチャンスが訪れる」
と言っているのですから、私たちがそのような姿勢を持つことはごくごく当然のことではないでしょうか。


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信仰とは

2014.08.23日

先日、神奈川合同庁舎にパスポートの申請に行った時、受付事務は5階とありました。
左にエレベーター、右に階段があります。
昔だったら考えることなくエレベーターを使っていたのですが、ここ数年、健康を意識するようになってからエレベーター、エスカレーターは使っていません。
不思議なもので、使わなくなると今度はそれが当たり前になるのです。


で、この時も左のエレベーターは目に入らず、すぐに階段を上り始めました。
すると階段の真ん中ほどのところに何やら大きなシールが貼ってあります。薄暗い階段だけに余計に目立ちます。
最初のところには次のように書いてありました。
「チャレンジ 運動習慣 階段のぼり 3033運動 あなたの体が ヨミガエル ミチガエル ワカガエル」と可愛いカエルのキャラクターが言っています。
この「3033運動」(サンマルサンサン)ってなんだろう、って思ったら、次のところにはこのようにありました。
「1日30分 週3日 3ヶ月間 運動を続けよう」
なるほど、そういう意味か。
次の階段のところには、このように書いてありました。
「3033運動 急がば階段」
次は、
「3033運動 その1歩が体をカエル!」
そして次、
「3033運動 だんだん、楽になるよ、階段」
あと、
「3033運動 足腰をタダで鍛える階段ジム」
「3033運動 階段使って貯筋運動‼︎」
「3033運動 階段のぼりは基礎代謝も高めます」
そして、最後の階段には、このシールが。


staircase.JPG


うーん、これはグッドアイデア。
「足腰をタダで鍛える階段ジム」「階段使って貯筋運動」には思わず笑わされました。うまい!
この3033運動を庁舎内のみんなが活用して健康改善に役立っていればいいなと、願わずにはいられませんでした。


一般の人に「信仰」という言葉を使うと、多くの人は身構えて、新興宗教とか寄付、布教活動とか、そういったネガティブなイメージを抱き、警戒します。
でも考えてみたら人間ってみんな誰でも、日々、秒々刻々、ありとあらゆるものを信仰しています。
電車やバス、飛行機に乗る時もそうですし、自分の働いている会社や通っている学校や塾、家族や友人、挙げ出せば切りがありません。
みんな信仰しているから生きられるのです。


先日来、たびたび引用しているマルチン・ルター・キングJr 牧師がこのようなことを言っています。
"Faith is taking the first step even when you don't see the whole staircase."
「信仰とは、たとえ階段全体が見えなくても最初の一歩を踏み出すことである」

(訳 : 舟田譲二)


上の「3033運動」もそうですが、人間というものはみんな自分の信じるところに従って行動します。この合同庁舎で働いている人でも、階段に貼ってあるシールの言葉を信じずに、ずっとエレベーターを使っている人もいることでしょう。信じていないからです。私の場合は、食事療法と運動療法で健康がずいぶん改善しました。信じて行動したからです。


聖書に書いてある言葉も、信じる、信じないはみんな個人の自由ですが、面白いことに信じる人にはその言葉が生きて働くのです。
「さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである」
(ヘブル人への手紙 11:1)
これは、実にうまい信仰の定義だと思います。


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教育とは何ぞや

2014.08.22日

「学院長 元気の出るブログ」を書き始めて5年弱。この間、体調の悪かった時を除いてお休みをしたことはほとんどありません。やはり体調が悪くて一部、内容を少し変えアップデートして書いたこともありましたが、ほとんどは異なったことを書いてきました。
しかも、塾のブログでありながら、書いている内容はジャンルが非常に幅広く、教育にとどまらず、私の専門分野である英語や言語学、コミュニケーション、キリスト教に始まり、ビジネス、ユーモア、愛、名言・格言、技術革新、健康、子育て、自然、社会、塾生、人格形成、人間関係、人生、積極思考、風物詩、文化、平和等など多岐にわたります。その日、その日の雑感を記してきました。
この間、愛読者の数はどんどん増え、「にほんブログ村」の6600有余人が参加する「教育部門」ではもう1年以上ずっと1位をいただいています。お友達からお友達へのご紹介もたくさんいただき、海外に住む日本人のみならず外国の方で翻訳ソフトを使って読んでくださっている方もあります。
メールマガジン登録者も数百名を超えました。
ご愛読者の皆様には心より感謝申し上げます。


さて、学校などの教育関係者や塾関係者などが参加する「にほんブログ村 教育部門」でなぜこれほどまでに読者の皆様のご支持を得るに至ったのか、昨日一日かけていろいろ考えてみました。


行きついた答えは、私のブログがただ単に自分の専門分野のみを語るのではなく、様々な人のニーズに応えているということが一つ。
もう一つは、それこそが真の教育の目的だということです。
今日のタイトル「教育とは何ぞや」を書くに当たって、ブログ左上コーナーの「エントリー検索」に「教育とは」と入力して調べてみたところ、「真の教育とは」を始め、9件の記事がヒットしました。


この記事を含め、昨日の記事「幸せになりたいなら」など、これまでに書いてきた記事を振り返ってみて、共通点、すなわち私がこのブログを通して訴えたいこと、「教育の目的とは何か」とを自分なりに考えてみました。
すると明白な答えが出ました。


「教育」という時、一般に考えられているように、ただ単に教師が生徒・学生に物事を教え、生徒・学生は学んだことを覚えて高校や大学入試に利用したり、あるいは入社試験で合格することにあるのではない、ということです。


「教育」とは、一人の人が自分の力で生涯生きていくために必要な力をつける学びの場である、と。
だから、教育は学校を卒業したらそれで終わりでなく一生、生きている限り続くのです。
その意味でも、かのアインシュタインの言った言葉、
"Education is what remains after one has forgotten what one has learned in school."
「学校で学んだことを一切忘れてしまった時に、なお残っているもの、それこそ教育だ」

は実に的を射た見事な表現なのです。


アカデミー学院は学習塾ですから、当然のことながら学校で学ぶ勉強を生徒にわかりやすく教え、身につけさせ、試験で点数を取らせ、志望校に合格させるという、塾としての使命は持っており、それも果たしています。
しかし、そこにとどまらず講師と生徒やご父母の方々との関係作りや、さらにそれを超えた人生勉強をしていただきたい、そしてその輪をアカデミー内だけにとどめず一人でも多くの方と分かち合いたい、というのがこのブログの底流にある私個人の願いであり、目的です。


というわけで、今日のテーマ「教育とは何ぞや」の答えは、「人がこの世で生きていく上で必要なものすべて」と答えることができるでしょう。


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幸せになりたいなら

2014.08.21日

"Those who are not looking for happiness are the most likely to find it, because those who are searching forget that the surest way to be happy is to seek happiness for others. ".
---Martin Luther King, Jr. , clergyman
「自らの幸せを見つけようとしていない人が一番幸せ見つけるものだ。というのは、自分の幸せを探している人というのは、幸せになれるもっとも確実な方法が他人の幸せを探すことだということを忘れているからだ」
マルチン・ルター・キングJr.牧師

(訳 : 舟田譲二)



私がよく引用する偉人などの名言・格言はこのブライアン・トレーシーのメールマガジンからのものが多いです。毎日送られてきて、教えられることばかりです。
つい先日も、「人類が生き残る唯一の道」で、またずいぶん前にも「オバマ大統領誕生!」の記事の中でマルチン・ルター・キングJr.牧師のことはご紹介しました。


今日の、キング牧師の言葉は本当に意味深です。
なぜなら、幸せになりたくない人などだれもいないからです。そしてだれでも自分の幸せを追求するものです。
しかし、キング牧師は言います。
「幸せになれるもっとも確実な方法は他人の幸せを探すことだ」と。
ここで、普通の人なら、「人の幸せなんてどうでもいい。自分が幸せになりたいんだ」という発想になり、中には「人が幸せになる、ということは自分の幸せの分までその人に取られることになる」とやっかみやひがみが生じたりするものです。


この結果、世界中で戦争があり、同国内でも、同じ家庭内でも、会社内や学校内でも憎しみや争いが絶えないのです。
問題の根本解決の唯一の方法は、ここでマルチン・ルター・キングJr.牧師が言っているように、
「自分の幸せを探している人というのは、幸せになれるもっとも確実な方法が他人の幸せを探すことだ」
というのを肝に銘じて、それを日々の生活の中で実践することにあります。


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愛◯精神

2014.08.20日

愛◯精神
この◯の中に入る文字といえば、生徒・学生ならば「校」が入り、社会人なら「社」が入ることでしょう。
「愛校精神」「愛社精神」って、いい響きがありますね。


ところで、皆さんにはこの「愛校精神」「愛社精神」はありますか?
よっぽど素敵な先生や友人、仲間や上司との出会いがない限り、「ただなんとなく」という感じの人が多いのではないでしょうか。特別に嫌とか好きという感情がないのです。


私は他に愛◯精神の◯に入る言葉を考えてみたのですが、ちょっと見当たりませんでした。
あっ、一つだけ見つかりました。
それは、「愛塾精神」です。
これは、「ひとりを大切に」をモットーとする我がアカデミー学院にまことにふさわしい言葉です。



私たちは当然のことですが、生徒やご父母の皆さんをとても大切にします。しかし、さらに与えられている講師の先生方お一人ひとりも大切にします。


その結果、兄や姉を送ってくださったご父母の方々はその弟さんや妹さんを送ってくださり、兄弟姉妹の入塾率が非常に高いです。
早いケースでは、卒塾生が結婚して二代目となるお子さんを送ってくださっている方もいらっしゃいます。
何年も前に卒塾した生徒のご父母の皆さんとのつながりもあります。
また、卒塾した生徒たちが先生たちを招いて同窓会(「塾の同窓会」)をやることや一緒にディズニーランドなどへ自分たちで遠足に行くこともあります。
また、暇があるとひょこっと塾に顔を出して近況報告をしてくれる卒塾生やお母さん方もいます。


卒塾した後、高校で頑張ってトップレベルの大学に進学し、講師として戻ってきて大学の4年間、もしくは大学院に進んでさらに1〜2年働いてくれる人たちもたくさんいます。
そして、代々の先生たちがお盆と正月の年に2回、泊まりがけで旅行に出かけたり、バーベキュー大会(「講師の懇親会」)を開いたりします。
先生たちもみんな年代を超えてとても仲がいいのです。


これまでに、茅ヶ崎や辻堂、大磯、二宮といった近辺の街々から通ってくださったお子さんや東京から通ってくださった成人の方もいらっしゃいました。
今年の3月に山梨で一日だけ出会った小学5年生のYくんに少し英語を教えてあげたところ、とても気に入っていただいて八王子のご自宅から電車で2時間半かけて、小学6年生のお子さんが夜のクラスに通ってくれています。
彼は夏休みの間は家族で山梨に行っていて、その山梨から3時間近くかけて通ってくれました。


これらが「愛塾精神」でなくて何でしょう。
私は、生徒も講師もご父母の方々も、うちの家族もみんなを心から誇りに思うと同時に感謝の気持ちで頭が下がる思いです。
また、直接アカデミー学院に関わっていなくても、「近ければ是非とも子どもを通わせたい」と言って、祈りで応援し、励ましてくださる方々にも心より感謝しています。


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逆風満帆

2014.08.19日

 「通勤電車」が「痛勤電車」になることはよくある。「厚顔無恥」ほどは憎めない「童顔無恥」の人も、世間にはたまにいる。神仏に祈る「無病息災」も「一病息災」となれば、身近な生活信条である
◆1文字の違いで言葉のもつ表情が変わるから日本語は面白い。先日、学生時代の友人から届いた残暑見舞いのはがきに〈逆風満帆〉とあった。健康の面か、仕事の面か、風の種類は書かれていない。お互いに、何かと逆風に身をさらす年齢ではある
◆順風満帆の人には「そりゃよござんすね」と素通りできるが、向かい風に精神の帆を高々と揚げる人には肩の一つも叩たたいてやりたいのが人情だろう。誰の造語かは知らず、操船の理屈にかなっているかどうかも承知していないが、捨てがたい味がある
◆営業成績の棒グラフから吹いてくる風もある。職場や得意先の人間関係から吹いてくる風もある。郷里や行楽地で過ごしたお盆休みが明け、逆風を吹かせる低気圧に囲まれた日常に戻ったばかり、という方も多かろう
◆〈炎天の遠き帆やわがこころの帆〉(山口誓子)。逆風満帆。そんなおまじないがあってもいい。

(2014年8月19日付 読売新聞 1面 「編集手帳」より)


「一字違い」、これはよくあります。
私は「舟田」といいますが、Facebookやメールで「船田さん」「船田先生」と書いてくる人はしょっちゅうで、もう慣れっこになってしまいました。
パソコンで「ふなだ」と入力すると一番に「船田」が出てくるからと、もう一つは「舟田」という苗字が珍しいこともあり、自然と「船田」になってしまうようです。


この「舟」と「船」という字、面白いです。
普通は「舟」は「横に八と口のない小舟の舟です」と説明するのですが、中にはこの「舟」という字を知らない人さえいます。
「舟」は小舟です。それに対して「船」は外洋船など大きな船に使います。
そのルーツは、聖書的に言うと、中国語では横の「八と口」は「八人」と人の人数を表し、ノアの方舟にノア夫妻と、ノアの息子3人とその嫁3人の8人が乗っていたからだと言われています。
そのくせ「ノアの方舟」というときには小舟の「舟」という字が使われているから不思議です。
これはつい先日まで上映されていた映画『ノア 約束の舟』でも使われていた文字です。実際には巨大な船であったにもかかわらず。


今日の「編集手帳」に載っている「通勤電車」が「痛勤電車」になるのはよく見かけます。これは電車通勤していらっしゃる方々の毎日の実感でしょう。


gyakufu.jpg


しかし、「逆風満帆」は初めて見ました。
「順風満帆」は誰でも求めるもので、私もこれまでにこのブログで何度か扱ってきた言葉なので、左上の「エントリー検索」で調べてみたところ、11の記事がヒットしました。
そのどれでも言っていることは、「人生、順風満帆にはいかないものだ。逆風が吹いてきてもヨットの操縦のように逆風を利用しなけれなならない」というような内容のものだと思います。
今日の「逆風満帆」は教えられることが大でした。
なるほど順風満帆はそういつまでも続くものではなく、人生には逆風がつきものです。自分は逆風ばかりだと言う人さえいます。
次から次へと試練が襲ってきて、辛い、悲しい、苦しい思いの中で必死で生きている人はこの世の中、たくさんいらっしゃいます。


しかし、そのような中で「逆風満帆」に受けても、それをすらうまく利用して前進し、自分の目的地に着く人も同時に大勢いらっしゃるのです。
逆風をうまく利用する方法を知っている人はいいのですが、そうでない人は逆風に自分の力だけで立ち向かうと途中で力尽きて挫折していまうので、全能者なる神のみ手に委ねるということです。
聖書には、
「万事相働きて益となる」
(ローマ人への手紙8:28)
というみ言葉がありますが、神様はすべてのことを相働かせて私たちに最善を導いてくださる、という意味です。
今、朝ドラでやっている『花子とアン』でも、次から次へと難問や危機にぶつかりますが、「曲がり角の向こうにはきっといいものが待っている」という希望を持っているので、あれだけ力強く生きていけるのです。


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ミッション・ポッシブル

2014.08.18日

拙ブログ記事を Facebook でシェアしてくださる方がとても大勢いてくださり、常々感謝しているのですが、その中でもNさんはそれこそ毎日シェアしてくださっています。
そのNさんのタイムラインに今日はこんな言葉がありました。
「すべての不可能は今日までのこと」
これは素晴らしいですね。みんなにとって大きな励ましとなる言葉です。
私たちはとかく自分の世界を自分で小さくする傾向があります。
「できない」「無理だ」「不可能だ」...と。


以前、テレビのCMを見ていていたく感動し、「Impossible? I'm possible.」という記事を書きました。ご覧になっていらっしゃらない方はぜひご覧ください。
これはトム・クルーズが主演した連続シリーズの「ミッション・インポッシブル」をもじったものですが、なんとそのルーツがオードリー・ヘップバーンにあったというのも驚きです。


Mission Impossible というのは、「実行不可能」というような意味です。
私たちも日頃の生活の中で、これはもう不可能と思うようなことはしょっちゅうあります。
そのような時に出会ったのがYouTubeの次の動画で、これには大いに笑わされ、感心させられ、教えられ、私の Facebook でもシェアさせていただいたところ、やはり大きな反響を呼びました。まずはご覧ください。



タイトルは「ミッション・インポッシブル・リス」で、バックには「ミッション・インポッシブル」の映画のテーマ曲が流れていて、次のような解説がついていました。
「これは英国で撮られたものです。庭の持ち主がこの複雑な仕掛けを作りました。仕掛けをクリアするたびにお駄賃のナッツがリスに与えられます。リスが一つの仕掛けをクリアするごとにさらにもう一つ仕掛けを加えて、最後にはこのようなものができるようになったのです。2週間以上かかったそうです」


今日の冒頭の言葉、
「すべての不可能は今日までのこと」
はこの小さなリスだけに当てはまることではなく、だれにでも当てはまることです。
うそだと思ったら、早速今日、なにか試してください。ただし、いきなり大きなことではなく、このリスさんのようにステップ・バイ・ステップで。


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人類が生き残る唯一の道

2014.08.17日

"We must learn to live together as brothers or perish together as fools."
---Martin Luther King, Jr.
「我々は兄弟として生きていくことを学ばねばならない。さもなくば、我々は愚か者として共に滅びることになる」
マルチン・ルター・キング Jr.牧師

(訳 : 舟田譲二)




今、イスラエルのガザ地区やウクライナの政府軍と親ロシア派との衝突、その他日本の北方領土でのロシア軍の軍事演習、韓国との間の竹島問題、中国との尖閣諸島問題を始め、アフリカでは同じ国の中での内戦状態の国々など、挙げ出せば切りがないぐらい戦闘状態もしくは一触即発のところが目白押しです。


どうしてこうも人間は戦争をしたがるのか?
これはもとをたどれば、人間の自己中心性、すなわち罪から来ています。
先日、「日本の少子化と国際化にもの申す」に書いたいじめや人種差別などと根源は同じです。


しかし、これを続けていると冒頭でキング牧師が言っているように、間違いなく、「我々は愚か者として共に滅びることに」なります。
それを避けたければ、牧師の言うように「我々は兄弟として生きていくことを学ばねばならない」のです。
戦争は、いや戦争ばかりでなく人種差別や身近なところのいじめなど、お互いに傷つけ合うばかりで何一つ益はありません。


人種・民族・国家を超えて我々はみんな一つの人間という兄弟姉妹であることを理解し、損得勘定抜きでそれを実際に実践していかないと、やがて世界大戦争になり、確実に「我々は愚か者として共に滅びることになる」でしょう。


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死の問題の解決

2014.08.16日

一昨日、昨日のブログで死の問題を扱ったところ反響がものすごく驚きました。お子様を、ご兄弟を、親を亡くされた方々の体験談が多く寄せられました。
やはり、死は家族や愛するものとを引き裂く、冷酷・残酷なもので、人間にとって一番の、そして最後の敵であるからでしょう。


私自身、おませだったこともあり、幼稚園の時にすでに死を意識していました。
夜、布団に入ると目を閉じて両手で鼻と耳をふさぎ、何も見えない、聞こえない、息もできない状況を作り、死の世界というのはきっとこのような苦しい、恐ろしいところだろうと想像し、両親や友達との別れや、この世の楽しさとの別れを直感的に知り、怖れていました。
毎晩、「死ぬのが怖い」「死にたくない」と泣いて、両親を困らせました。
両親は私に、
「大丈夫だよ、譲二は死なないよ」
と言って慰めてくれても、そんなのは嘘だとわかっていました。


この死を意識し怖れるのは、小学校に上がっても、中学生、高校生になってもずっと続いていました。
自分はきっと20歳まで生きられないだろうと思っていたほどです。
外面的には友達と毎日明るく過ごしているのですが、心の中では常に死に対する恐怖心がありました。


やがて大学生になり、20歳を越えた時には「まだ生きている」と驚いたほどです。
大学卒業後、アメリカの大学院に留学してからも死を怖れる心は変わりませんでした。
ある日までは。


その日、日本のビリー・グラハムと言われる本田弘慈先生が来られるから、と特別伝道集会に誘われていました。私は特別伝道集会なるものがどんなものかも知らないまま、ただ誘われたのでその日教会に行きました。


本田先生というのは実に面白い先生で、私は漫談でも聞くような思いで腹を抱えて笑い転げていました。
その時、本田先生は突然おっしゃいました。
「年をとった人たち。あなたがたは高慢だ」
これを聞いた私は「そうだ。これは父のことだ。父こそこの話を聞きに来るべきだった」と思っていました。
ところが次の瞬間、本田先生は私の方を指差しておっしゃったのです。
「しかし、若いあなたがたの高慢さは年寄り以上だ。まるで固いハガネのようで曲げても勢いよく戻ってくる。神様はこの高慢の罪を他の何よりも嫌われる」
これを聞いた私は、つい今しがた「父を高慢だ。父をここに連れてくれば良かった」
と思っていた自分こそが高慢だったと初めて気づき、自分のうちにある高慢という罪を示されました。


本田先生のお話が終わり、招きがありました。
「今日、自分の罪を悔い改めて、生まれ変わりたいと思う人は手を挙げてください」
知らないうちに私は手を挙げていました。
「今、手を挙げた人たちのために祈りたいと思います。前に出てきてください」
と言われた時には、私は真っ先に前に出て行きました。
本田先生が私の頭の上に手を置いて、
「子よ、しっかりしなさい。あなたの罪は赦された」
と言われた時、過去に犯した数え切れないほどの罪が走馬灯のように頭の中を巡り、もう涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっていました。
そしてこの瞬間、自分の罪は赦された、もはや神に裁かれることはなく、永遠の地獄から永遠の命に移された、という確信が与えられ、ようやく死の恐怖から解放されたのです。
27歳の誕生日直前の日のことでした。


そして、次に使徒の働き16:31の
「主イエスを信じなさい。そうしたらあなたもあなたの家族も救われます」
という神様のお約束を信じ、家族の救いのために祈り始め、証ししました。
半年後に妹が救われました。1年半後に母が救われました。
そして、私を迫害していた父も7年半後に救われ、しかも私の手から洗礼を受けてくれました(「献身へ」)。


このようにして、私も家族も信仰を持って死を怖れなくなり、心臓を病んでいた母は天国の神様のもとに行ける日を楽しみにしていましたし、私も母との死別を全然悲しまなかったのです。
私が幼稚園の時、両親が「大丈夫だよ、譲二は死なないよ」と言っていたのが私だけでなく両親の上にも成就したのです。
死の恐怖から解放され、先に天国に行った両親やその他の主に在る先生方や兄弟姉妹方と再び相まみえる望みが与えられているというのはなんという幸いなことでしょう。


そして罪と死の問題の解決は、このイエス・キリストが十字架の上で流してくださった私たちのための身代わりの血潮を信じること以外にはあり得ません。
このことを一人でも多くの方々にお伝えするのが自分に与えられた使命だと思っています。


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母親を亡くした時

2014.08.15日

昨日の記事に対して、Facebookにはものすごい反響があり、その中のかなり多くの方がご自分のお子さんを亡くされた時の辛さ、苦しみを綴っていらっしゃいました。その数に驚くとともに、心の痛みを私も共にさせていただきました。
それで、今日のタイトルは初め「子どもを亡くした時 その2」とするつもりだったのですが、やはり内容に合わせて「母親を亡くした時」と変えました。


さて昨日の続きです。
私の胸は高鳴ってきました。ドキドキという音が聞こえるほどです。
しかし、他の人たちがやっている演技を見ていて、私の頭の中ではすでにある程度のイメージはできていました。


襖の裏側に立って待っています。
「次の人」とキューサインが出ました。
私は襖を勢いよく開けて、「ただい…」と言いかけて、母の遺体を見つけます。
遺体に見たてているものは、昔よくあった小さな丸椅子の周りに座布団をひもで巻きつけたものが畳の上に置いてあるだけです。
私は一瞬息をのんで状況を理解しようと努めますが、目の前の母の遺体をにわかに信じ、受け入れることができず、開けた襖を両手にしたままそこに立ち尽くしてしまいます。
しばらくして、ようやく遺体の方に向かって一歩踏み出し、次に遺体のところに駆けつけて抱きつき、わッと泣き始めます。
「お母ちゃん、お母ちゃん、おかあ〜ちゃ〜ん」
と抱きしめた丸椅子を揺すりながら大声でわめいているうちに、演技をしていることを忘れて本当に母親の遺体を抱いている気持ちになり、涙をボロボロこぼし、わんわんと本当に泣いてしまっていたのです。
辺りはシーンと静まり返り、団長がOKサインを出しても私はまだ泣き続けていました。


実はこの時の泣きシーンが高く評価され、それ以来劇団に入ってくる子役の仕事はほとんど私にまわってき、翌年は「スーパーお姉さん」で主役をもらったのでした。
その頃のことを書いたのが「何事も一生懸命」「セリフを忘れた!」「時代の変遷」「アカデミー監督賞」「今日は大掃除」などで、今年の6月に32年ぶりにスーパーお姉さんに再会した時の記事と写真が「人生最高の日?」に載っています。
お暇な方はどうぞご覧になってください。


というようなことで、素人の私が言うのも口はばったいですが、テレビや映画などで演じる時にはその役になり切らなければならないというのが私の持論です。


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子どもを亡くした時

2014.08.14日




毎日欠かさず観ている『花子とアン』、昨日は予想外の展開で、家族みんなが目に入れても痛くないほど愛し、神童だと言って将来を期待していた一人息子の歩(あゆむ)くんが、当時流行していた疫痢にかかりあっという間に命を引き取ります。


自分の愛する子どもを亡くした親の気持ちはいかばかりだったことでしょう。これは実話に基づいているそうで、6歳の誕生日が目前だったとのことです。
観ていて私も心が痛み、心の中で主人公たちと一緒に泣いていました。


ただ一つ気になったこと。歩を始め、これまでみんな好演していたのですが…。
主人公の花子の悲しみ方があまりにも軽すぎる。普通、目の前で子どもを亡くしたらあんなものでは過ぎないのではないか。
花子の目から涙もこぼれていたのですが、ほんの数滴。ボロボロと流れていない。
もしも、私が花子の立場だったら、というか誰でも気が狂わんばかりにもっと号泣するはずだと思ったのです。


横にいる父親の英治もしかり。また急いで駆けつけた蓮子も、花子を抱きかかえながら顔をくしゃくしゃにして泣いているのですが、目から涙がこぼれていない。
このシーンを見ていて、私は56年前の小学2年生のある日のことが鮮やかによみがえってきました。


当時、私は劇団「わらべの会」に所属していました。
劇団とはいっても民家の2階の和室二間を借りている本当に小さな規模のもので、劇団員もそれほど多くありませんでした。指導していたのは30代の団長一人。
発声練習に始まり、早口言葉(「神田鍛冶町の角の乾物屋」)を何度も繰り返し、次に団長が状況設定をして喜怒哀楽を表現させる訓練を来る日も来る日もやっていました。


ある日、こんな状況設定がなされました。
学校から帰って来て、病気で寝ているお母さんのところにまっしぐらに駆けつけ、部屋の襖を開けた途端、お母さんは死んでいて顔の上に白い布がかけられている。
さあ、一人ずつやりなさい、というわけで他の子どもたちの前でいきなり演技させられます。
一人ひとりの演技に対して団長がコメントし、だんだん私の番が近づいてきました。
私は胸がドキドキしていました。そしていよいよ自分の番が廻ってきました。


まだまだ長くなりそうなので、今日はここまで。続きはまた明日。
ごきげんよう、皆さん。さようなら。


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平凡と非凡の違いとは

2014.08.13日

"The difference between ordinary and extraordinary is that little 'extra'."
-- Jimmy Johnson, American Football Coach
「平凡と非凡の違いは、あのほんのちょっとの『プラスアルファ』だ」
アメリカンフットボールコーチ  ジミー・ジョンソン

(訳 : 舟田 譲二)


Jimmy-Johnson.jpg


これは有名なフットボールコーチが言った言葉ですが、これはフットボールに限らず何にでも当てはまります。勉強でも、ビジネスマンの仕事でも、商売でも、親業でも、教師でも、医師でも、その他ありとあらゆることに通じる素晴らしい教えです。
できる人というのはもともと才能のある特別な人ではなく、普通の人よりどれだけあと少しの「プラスアルファ」をやっているかです。


たとえば野球を例にとると今、ちょうど夏の甲子園全国高校野球を毎日やっていますが、一目見てやはりプロと違うのがわかります。当然のことです。これまでの練習にかけてる時間が全然違うからです。
これがプロとノンプロの違いです。


しかし、イチローや松井選手など、プロの中でも群を抜く人となるとこれはまた話が違います。
他の選手みんなが寝てからでも畳が擦り切れるまで素振りをしていました(「松井秀喜の成功の秘訣は」)。


"God's hand" (神の手)と呼ばれる腕を持っているプロの外科医なども同様です。
これまでにこなしてきた手術の件数が桁違いに多いのです。


平凡と非凡を分ける違いとは、そのほんのちょっとの「プラスアルファ」です。
ということは、あなたももしプロに、あるいはプロのように非凡な能力を発揮したいと思うなら、普通の人がやらないあと一歩をやることです。


しかし、プロの中でさらに突出したかったら、あとほんの少しの「プラスアルファ」では間に合いません。「1万時間の壁」を超えるほどの努力が必要になってきます。


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日本の少子化と国際化にもの申す

2014.08.12日

昨日から神奈川県平塚市の自宅から名古屋郊外の妻の実家にお盆帰省。
私は今、車の運転にドクターストップがかかっているため妻が一人でずっと運転。
途中やはりお盆ラッシュで渋滞があり、休憩も含めて約7時間の長旅。妻に本当に申し訳なく思いつつ、私は助手席で昨日のブログ記事を書いたり、寝たり。
帰りもきっと渋滞に巻き込まれることになるでしょう。


妻の実家の隣街に住んでいらっしゃるFacebookフレンドの掃部関(かもんぜき)美智子さんと前から帰省の際にはお会いする約束をしていたのですが、昨夜ようやく実現しました。
二人とも安藤秀世先生や金 斗絃先生、金野正樹先生など共通の友人があまりにも多く、そこからFBでつながった仲ですが、初めてお会いしたという感じはまったくなく、昔からの親しい友人という不思議な感覚でした。


ただ、ご両親が日本からブラジルに移住され、現地で生まれてブラジル人として育たれた美智子さんにとって、24年前に日本に期待して来られた時のショックは大変なものだったそうです。
ブラジルという国は全体的にのんびりしていて人も温かく、住み心地良かったのに、日本に来て驚いたのはみんなせかせかしていて、他人には冷たかったこと、また人種差別があったことだそうです。このことは昨日の記事「もうだめだ、という時は…」にも関連していて、お話をお聞きしていてとても心が痛みました。


IMG_4790.jpg

ご一緒に見えたのは美智子さんの息子さんのお嫁さんで、23年前に来日され、学校で美智子さんの生徒さんだったそうです。彼女もやはり美智子さんと同じことをおっしゃっていて、今でも同じような差別を体験しておられるとのこと。
この名古屋近辺はブラジルからの移民がとても多い地域で、私も以前、日本の少子化の問題について「子どもたちはどこへ行った?」の記事の中でもブラジルなどからの移民政策を進めるようにと提案していたのですが、未だに続く日本の鎖国的な国民性を打破しなければならないと、お二人のお話をお聞きして強く感じた次第です。


このような時に見た次のYouTubeの微笑ましい動画からは本当に教えられることが多いです。
どうぞお楽しみください。私たちも彼らのように人種や民族を超えてもっと仲良くなれないものなのでしょうか。





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もうだめだ、という時は…

2014.08.11日


"When you get into a tight place and everything goes against you till it seems you could not hold on a minute longer, never give up then, for that is just the place and time that the tide will turn."
--Harriet Beecher Stowe, author
「大変な状況に追い込まれ、何もかもがうまくいかず、もうこれ以上だめだ、というところまで来た時も決してあきらめてはいけない。なぜなら、その時、その場こそまさに潮流が変わる時だから」
作家 ハリエット・ビーチャー・ストウ

(訳 : 舟田 譲二)



ハリエット・ビーチャー・ストウは奴隷制廃止論者で知られたアメリカの作家。
代表作の『アンクル・トムの小屋』は奴隷の生活について描かれた物語であり、1851年から1852年にかけて、奴隷制廃止論者の団体において雑誌連載形式で発表された作品となる。(Wikipediaより)


奴隷制度が当たり前だった時代に、それに反対することは、しかも女性の立場で、これはもう四方八方反対者に囲まれ二進(にっち)も三進(さっち)もいかない状況だったことでしょう。
そのような中で、『アンクル・トムの小屋』を書いて一般の国民に奴隷制度の酷さ、恐ろしさを訴えました。


当時のアメリカは奴隷解放問題で南北分裂の危機を抱えていたため、大変大きな反響を呼び、奴隷解放への世論を喚起する一方、奴隷制の擁護論者からは激しい批判を浴びせられました。
そして南北戦争開戦後、リンカーン大統領は彼女に対して、
「あなたのような小さな方が、この大きな戦争を引き起こしたのですね」
と挨拶したという逸話が残っているほど大きな影響を与えたのです。


彼女は実に冒頭の言葉、
「大変な状況に追い込まれ、何もかもがうまくいかず、もうこれ以上だめだ、というところまで来た時も決してあきらめてはいけない。なぜなら、その時、その場こそまさに潮流が変わる時だから」
を実体験した人です。
だからこそこの言葉に説得力があるのです。


私たちも困難、試練に巡り合う時、そして人生で試練に巡り合わない人は一人もいませんが、このストウ夫人の励ましの言葉を思い出したいものです。


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最高の遺産相続

2014.08.10日

"When a man dies, if he can pass enthusiasm along to his children, he has left them an estate of immeasurable value."
Thomas Edison, inventor
「人が死ぬ時、自分が燃えている情熱を子どもたちに託すことができたなら、その人は無限の財産を残したことになる」
発明家 トマス・エジソン

(訳 : 舟田 譲二)


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これは実にいい言葉ですね。こういうの大好きです。
人は死ぬ時、金銭や土地や家や事業などの財産を通常残します。これを遺産と言います。
子どもたちはこの親の残した遺産を受け取り、兄弟姉妹などで分け合います。遺産相続です。
しかし、中には負の遺産、すなわち借金や、財産を巡っての兄弟姉妹間での遺産を巡っての争いを残す人もいます。これは大きな問題です。


しかし、冒頭でトマス・エジソンの言っている、
「人が死ぬ時、自分が燃えている情熱を子どもたちに託すことができたなら、その人は無限の財産を残したことになる」
は、金銭や土地や家、事業などの財産よりもよっぽど素晴らしい、いや最高の遺産だと私も思います。


ここで使われている enthusiasm という言葉は、もともと「心の中に神が宿っている状態」という意味で、そこから「熱中」とか「熱心」という意味に発展しました。


私が「燃えているもの」は何かと考えてみたら、やはりなんと言っても神信仰です。その他すべてのことはここから発しています。
ですから私の一番の願いは子どもたちみんなが間違いなくこの、他の何ものにも代え難い信仰を継承してくれることです。
私にとって信仰は命そのものです。


そして、次に私が燃えているものは教育です。
私は生涯、精神的には伝道者として、実際の生活としては教育者として生きてきました。
それは、これからの残された人生も変わりません。


これらの想いを二人の息子がそれぞれ継いでくれることは私にとってこの上ない喜びです。
私が今、enthusiastic (熱心な)このブログもだれかが引き継いでくれればもう最高です。


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成功とは

2014.08.09日

"Success is not to be pursued; it is to be attracted by the person you become."
Jim Rohn, author
「成功とは追い求めるものではなく、自分がなる人物によって引き寄せられるものである」
(著作家 ジム・ローン)

訳: 舟田 譲二


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ジムローン(1930-2009)はアメリカを代表する世界トップクラスの成功哲学者で、コカ・コーラやIBMなどの一流企業のコンサルタントとして、また多くの著書を残し、そしてセミナー講演者と大活躍しました。
私も彼のファンの一人で、数年前まではバス送迎するたびに彼のセミナーを録音したCD16枚組セットを繰り返し繰り返し、それこそ何十回と聴き、空で全部暗記するほとでした。



ジム・ローンは、いわゆる世で言うところの成功者です。それも大成功者です。
その大成功者の彼の言っていることが、冒頭の台詞
「成功とは追い求めるものではなく、自分がなる人物によって引き寄せられるものである」
なのです。


これは、会社経営者や経営者を目指す人たちだけに適応される言葉でなく、一般の会社員にも、学生にも、主婦にも、だれにでも当てはまる言葉です。
私がこのブログでこれまで何度も書いてきた「引き寄せの法則」や「ひも理論」などとも相通じます。
ちなみに「成功」という場合、必ずしも金銭的な成功だけを意味するのではなく、置かれているそれぞれの持ち場立場での「成功」すべてを指します。


でも大成功を収め、大富豪者となったジム・ローン氏本人が、「経験者語る」で言っている言葉ですから重みが違います。


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過大評価と過小評価

2014.08.08日

"Too many people overvalue what they are not and undervalue what they are."
(Malcolm Forbes, Publisher)
「自分のことを実際以上に過大評価する人があまりにも多く、同時に過小評価する人もあまりにも多い」

(出版業 マルコム・フォーブス)
訳: 舟田 譲二


これを言ったのは、アメリカを代表する経済誌『フォーブス誌』の元発行人、マルコム・フォーブス氏(1919-1990)です。


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日本語にも「分相応」という言葉があります。「その人の身分や能力にふさわしい」という意味です。
これとはちょっと違うのですが、上でフォーブス氏が言わんとしていることは、この世の中を見ているとあまりにも多くの人が背伸びして自分の実力以上のものを見せたがっている、あるいは本当にそう思い込んでいる。
しかし一方では自分の実力を知らずに過小評価している人もとても多い。両者とも間違っている、ということだと思います。


フォーブス氏のように世界中の有名人と年から年中会っていると、こんなことはきっとすぐに見抜けるのでしょう。
高望みする必要もなければ、自分を必要以上に低く評価し、おとしめる必要もない。ありのままの自分でいいのだ、ということです。
確かに私たちも周囲を見渡すとこの両者を見ます。そして、私たち自身もこのどちらかに当てはまるかもしれません。


でも、神様の目からご覧になると、フォーブス氏のような大富豪であろうと逆に貧しい人であっても、健康であろうが病気であろうが、みんな等しく価値ある大切な人であって、神様は人を偏り見るようなことはなさいません。
ですから、必要以上に高望みして良く見せようとすることも、また卑下することも必要ないのです。ありのままの自分を受け入れましょう。あなたはあなた自身そのままで神様に愛されています。


そう考えればとても幸せになれるし、また気が楽になるじゃないですか。


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当たり前のこと

2014.08.07日

朝、太陽が昇る。
目が覚める。
外では、ウグイスや鳩、カラスやスズメ、セミの鳴き声が聞こえてくる。
散歩に連れてもらっている犬に出会う。
猫の姿も見る。
我が家の小さな庭にはきゅうりがなっている。きゅうりが小さな可愛い花をつけている。
川には水が流れていて、爽やかなせせらぎの音が聞こえてくる。
山々は深い緑の木々で覆われている。
散歩道の両脇にはきれいな花が咲き誇っている。
海に行くと、100色の、いや1000色の絵の具を使っても表せないさまざまな異なる表情で日々、時間ごとに私たちの目を楽しませてくれる。
夕方には太陽が傾き、きれいな夕焼けを見せてくれる。
雨の後の美しい虹。
夕方になると月が姿を現す。
夜のとばりが下りると空には無数の星が輝く。


これらの自然の恵みを私たちは普段、何の気なしに見ていて、どれもこれも「当たり前」ものとして見ている。


いや、自然だけではない。
家族や友人や同僚など毎日接する人々も「当たり前」。
住んでいる家も、運転している車も、乗っている自転車も、毎日食べる食事や飲み物も、着ている服も、メガネや靴も、どれもこれもみんな「当たり前」。


これらのものに改めて感謝することなどまずほとんどないのではないでしょうか?


しかし、考えてみたら、私たちはこれらすべてのものや人の恩恵にあずかり日々暮らしているのです。
どれ一つ欠けても困るし、生きていけません。


この世に存在するものすべてのものに存在目的があります。
意味のないものなど一つもありません。
たとえ道端に転がっている、何の役にも立たなさそうに見える石ころ一個にさえ存在目的があるのです。


山にある岩石が川に流され、途中互いにぶつかり合ってだんだん小さくなり、やがて海に至る頃には砂になっています。私たちはその砂を用いて家や道路などの建造物を造ります。


私たちが「当たり前」に毎日使っている車や飛行機や船なども全部、この世に存在する原材料を使って造っています。


太陽と地球の間の距離は絶妙で、あと少し距離が近いと地球は灼熱の砂漠になり、あとほんの少し近いと南極大陸のように氷に覆われます。
もし月と地球の距離が現状の半分だとすると、引力によって起こる潮の干満は現在の4倍となり、地球との距離が3分の1になると、潮の干満は9倍になるので一日に2度全てが水浸しになりおぼれることになります。



酸素と窒素、二酸化炭素、その他の元素の割合もまさにピッタリで、このお陰で私たち人間を始め哺乳類は呼吸することができ、植物も生きることができるのです。
そして、食のサイクルも最善の形でかみ合っています。


これら上に挙げたものどれ一つをとっても、バランスが少しでも崩れると私たちは生きていけません。
私たちが普段「当たり前」と思っているものは、宇宙から始まり、私たちの日常の生活に至るまで決して当たり前のことではなく、絶妙なバランス、最高の計画に従って成り立っているのです。


そして、それらすべての背後にあるのが創造主なる神様で、神ぬきにこれらを説明することはできません。


そして、被造物すべてが創造主をほめ歌っているのです。


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宝のあるところに心もある

2014.08.06日

「あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない。
むしろ自分のため、虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえなさい。
あなたの宝のある所には、心もあるからである」

(マタイによる福音書 6:19-21)


これはイエス・キリストの有名な山上の垂訓の中の一部です。
イエスさまがこれをおっしゃっていたのは紀元1世紀、日本では弥生時代中期です。
この時代に「あなたの宝のある所には、心もあるからである」とおっしゃっていたのには驚かされます。


これはまさに現代にもそのまま通じる心理学そのものです。
自分が何かを大切にしていたら、たとえそれがものでなくて仕事や研究や趣味、あるいは家族や好きな人など、どんなものであっても確かに、「心もそこにあります」よね。
いつも心の中でそれについて、あるいはその人について考えています。
これは現在最先端のカウンセリングでも活用される手法です。


私は今、我が家の小さな庭で家庭菜園をしています。
これが昨日採れたものです。
横にある500円玉と比べると大きさがわかります。



このように立派に育ってくれると、もう我が子のように可愛いものです。これが毎日毎日採れるのです。
そして、毎日たっぷりキュウリをサラダや漬け物にしていただいていますが、そのシャキシャキ感がなんとも言えず美味しい。
もうこうなると、いつでも(とまではいきませんが)我が子のキュウリのことを考えます。


私は毎日、夕方涼しくなってからウォーキングに出かけます。だいたい2時間前後、10〜15kmほど歩きます。するとまた、これが楽しい。毎日見る海の顔がその日によって違うのです。
こうなると海も我が子のようなものです。


このように、人は自分が大切にするものや人、ことなどをまるで自分の宝物のようにします。
すると宝物ですからいつでもそのことが頭の中にあります。
これが冒頭のイエスさまのおっしゃった、
「天に、宝をたくわえなさい。
あなたの宝のある所には、心もあるからである」
なのです。
地上にたくわえる宝物はやがて必ず消えてなくなるか、あるいはたとえどんなに素晴らしい宝物であったとしても、やがて私たちがこの世を去る時にはお別れしなければなりません。
愛する家族であっても。


頭の中でいつも、いかにして人を騙して振り込め詐欺のような方法でお金を取るか考えている人たち。心の中はそれで常にいっぱいになっています。しかし、たとえいくら人を騙して金を儲けてこの地上で遊んで、食べて、いいものを着て豪遊しても、そんなもので心が満たされるわけありません。
むしろ、心の中では常に警察に捕まることを恐れ、逃げ隠れしています。そんな生活が幸せなわけないでしょう。


あなたの宝物はなんですか?
それによってこの世での人生の生き方が変わってきます。そしてさらに、死後、永遠を過ごすところもこの地上で何を宝物にしていたかによって変わってきます。


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子育ては親の責任

2014.08.05日

以前、子育てシリーズで「子育てのあいうえお その1」「子育てのあいうえお その2」「子育てのあいうえお その3」「子育てのあいうえお その4」「子育てのあいうえお その5」「子育てのあいうえお その6」をあいうえお順で書きました。


このシリーズ、なかなか評判がよかったのでそれに続いて今度は「子育て禁句のあいうえお」シリーズを書きました。
「子育て禁句のあいうえお その1」「子育て禁句のあいうえお その2」「子育て禁句のあいうえお その3」「子育て禁句のあいうえお その4」「子育て禁句のあいうえお その5」「子育て禁句のあいうえお その6」「子育て禁句のあいうえお その7」「子育て禁句のあいうえお その8」「子育て禁句のあいうえお その9」「子育て禁句のあいうえお その10」
「子育て禁句のあいうえお 最終回」と、11回にわたって書きました。


もし、まだご覧になっていらっしゃらない方がありましたら、すぐに読める内容なのでぜひご覧ください。
子育ての終わった方は孫育てに、お子さんのいらっしゃらない方は甥子さんや姪子さんに、まだこれからの方には将来のお勉強のために今から見ておかれたらなにかと役立つことかと思います。


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「子は親の背中を見て育つ」とよく言いますが、子どもは親の背中だけでなくすべてを見ています。
先日、大磯海岸に行った時、サーフィンをやっている親の子どもは小学生の時からサーフィンを、釣りをしている親の隣りには小学生の子どもが釣りを、並んで一緒にジョギングをしている親子などを見かけました。今度の東京オリンピックでは2代目の活躍が期待されています。
趣味から好み、特技まで親の影響を受け、真似をして育ちます。そういう私も父のお陰で英語が得意になりました。親の生き様が子どもの一生を決めると言っても過言ではないほどです。
どんな子どもに育てるか、それはまさに親の責任です。


「子は親の鏡」というタイトルのものをFacebookで最近見つけましたのでそれをここにシェアさせていただきます。
ちょうど読売新聞の[貧困 子供のSOS]をシリーズでご紹介してきた内容と、上の「子育てのあいうえお」「子育て禁句のあいうえお」の総集編のような感じで、とてもうまくまとめられています。
一分間の短いYouTubeの画像もついていますので、ぜひご覧ください。よくあちらこちらで見かける光景です。



「子は親の鏡」


けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる
とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる
不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる
「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持ちになる
子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる
親が他人を羨(うらや)んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる
叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう
励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる
広い心で接すれば、キレる子にはならない
誉(ほ)めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ
愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ
認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる
見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる
分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ
親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る
子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つ
やさしく、思いやりを持って育てれば、子どもは、やさしい子に育つ
守ってあげれば、子どもは、強い子に育つ
和気あいあいとした家庭で育てば、
子どもは、この世はいいところだと思えるようになる


ドロシー・ロー・ノルト


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医大受験「負けたくない」…

2014.08.04日

[貧困 子供のSOS]シリーズ第4回です。


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 窓から入る外気に、かすかに潮のにおいが混じる。兵庫県西宮市の海際にある公営住宅の一室。7月30日の夕方、県立高校3年の男子生徒(18)は机に向かい、表情を引き締めた。「絶対、医大に合格してみせる」。8月末の選抜入試まであとわずか。自宅や学校などで連日、10時間以上の勉強を続けている。
 医師になりたいと思ったのは、両親が離婚して2年後の小学2年生の時。小児ぜんそくで入院したのがきっかけだった。担当の男性医師は、呼吸が苦しくなるとすぐに駆けつけ、休日にも様子を見に、私服のまま病室に足を運んでくれた。「自分もこんな人になりたい」と憧れた。
 母親(38)は自分や弟(16)、妹(14)を養うため、工事現場やガソリンスタンドのアルバイトとして働いていた。生活は厳しく、鉛筆や本もなかなか買ってもらえなかったが、仕事で疲れていても、毎日、その日の学校での出来事を熱心に聞き、悩みの相談にも乗ってくれた。「貧しいけど、何でも話せるいい家族。不幸だと思ったことはない」
 同級生は受験に備えて予備校や塾に通うが、自分にはできない。「金をかけて勉強しているやつらに負けたくない」。卒業生から問題集をもらい、ぼろぼろになるまで繰り返し解いて、校内テストでトップを維持してきた。
 母親は持病が悪化して働けなくなり、2年前から生活保護を受けるようになった。母親から「お金がかかるから医学部には行かないで」と頼まれたが、夢をあきらめられなかった。大学のパンフレットをかき集め、成績優秀者の授業料を免除する私大と、学費が他の学部と同じ年間約50万円の国公立大に挑むことに決めた。
 ただ、浪人は許されない。大学に進んでも生活保護の対象から外されてしまうため、生活費も自力で確保しなければならない。「現役で合格できても、アルバイトと厳しい医学部の勉強を両立できるのか」。不安を押し殺し、また机に向かう。

(中略)

    ◇

 経済的に恵まれない子供ほど進学率は低い。塾に通えず、学ぶ意欲を失い、必要な学力を身に付けられない子供も多い。学力があっても、学費や在学中の生活費を出せる見込みがなく、進学をあきらめてしまうケースも少なくない。
 国の統計では、大学への進学率は全体では47.4%だが、生活保護世帯では15.6%にとどまる。親から子へ貧しさが受け継がれる「貧困の連鎖」を断ち切るためにも、大学授業料の減免や返済不要の奨学金の拡大など、進学支援の充実を求める声は高まっている。

(8月2日付 『読売新聞』 35面)


冒頭の高3の男子生徒は本当に偉いと思います。
このような環境の下で、自暴自棄になり「自分は頭が悪いからどうせやっても無理」とか「自分は親の離婚の犠牲者」、「うちにはお金がないから進学などできるわけがない」、「一生、アルバイト、パートしかできない」、「水商売ぐらいしか道はない」、「土方にでもなるか」...となる人が非常に多いのが現実です。
しかし、同じ環境の中に置かれていても、それを周りの親や環境のせいにせず、自分で夢を目指して頑張る人がこうしてちゃんといるのです。
もちろん生やさしいことではありません。浪人もゆるされないし、成績優秀で奨学金などを得なければなりません。
でも不可能じゃないのです。
何が違うのでしょう。


昨日の記事「母親版『メシ、フロ、ネル』」の家庭では、親子の間にコミュニケーションがなかったのです。
しかし、この男子の家庭では「仕事で疲れていても、毎日、その日の学校での出来事を熱心に聞き、悩みの相談にも乗ってくれた。『貧しいけど、何でも話せるいい家族。不幸だと思ったことはない』」と、同じ条件でも親の意識ひとつでちゃんとコミュニケーションがしっかりと取れていて、互いに信頼関係ができていたのです。


「経済的に恵まれない子供ほど進学率は低い。塾に通えず、学ぶ意欲を失い、必要な学力を身に付けられない子供も多い」とあるように、これが確かに現実の世界です。しかし、親の気持ち、心がけひとつで同じ状況の下でも子どもの将来を変えることができます。


「親から子へ貧しさが受け継がれる『貧困の連鎖』を断ち切るためにも、大学授業料の減免や返済不要の奨学金の拡大など、進学支援の充実を求める声は高まっている」と結論づけられていますが、アメリカなどではこのような制度が非常に充実していて、私などもそのお陰でアメリカで7年間も学べたのです。
日本にも巨大企業がたくさんあります。そのような企業、あるいはトップの人たちがもっと教育機関などに寄附しやすいような税制度やシステムなどを作り、たとえ貧しい環境の中にあっても進学が可能になり、それが少しでも彼らのやる気を起こさせる動機づけになればと切に願う者の一人です。


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母親版「メシ、フロ、ネル」

2014.08.03日

[子供の貧困 SOS]シリーズ第3回です。


(前略)
 貧しさから、子供があたり前の生活や体験をあきらめざるを得なくなることを、教育や児童福祉の専門家は「剥奪」(はくだつ)と呼ぶ。
 「剥奪によって子供は自信や将来への希望を失い、学校に行けなくなったり、問題行動を起こしたりする。不登校やいじめの背景には、剥奪が隠れていることが多い」。道中隆・関西国際大教授(社会福祉学)は指摘する。東京都板橋区の06年の調査では、生活保護を受給している家庭の中学生449人のうち、不登校になったのは11.58%の52人。これに対し、生活保護や就学援助を一切受けていない家庭では2.41%と、その差は4.8倍にも上った。
 道中教授は「貧困による悩みや苦しみは、親には相談しづらい。学校で相談員を増やすなどして悩みを聞き出し、心の負担を軽くすることが重要だ」と話す。

     ◇

 大阪府の少年(15)は6月下旬、入学したばかりのパソコンの専門学校を退学した。登校したのはわずか2日。辞めた理由を尋ねる母親(46)に「今さら勉強したってしょうがない」と吐き捨てた。
 小学2年のときに両親が離婚。生活保護を受給していたが、母親は3人の息子を養うため、機械部品工場で夜の9時、10時まで働くようになった。帰宅後のわずかな時間も弟たちの世話に追われ、母親が口にするのは「ごはん」「お風呂」「寝なさい」だけ。
 「お金がないから」と洋服もおもちゃもゲームも買ってもらえず、母親への不満ばかりが募った。勉強する気もなくなり、授業についていけなくなった。
 5年生になって熱心な担任の女性教師と出会い、放課後に勉強をみてもらった。初めて「勉強したい」と思い、母親に頼み込んで週に1度だけ塾に通ったが、6年生で担任が代わると、また授業から取り残された。
 中3の秋、同級生が受験勉強に没頭する姿を見るのがつらくて、学校に通うのをやめた。そのまま卒業し、高校には進めなかった。
 母親の勧めで専門学校に入ったが、かけ算や割り算すら満足にできないままでは、授業についていけるはずもなかった。「したいことは何もない。もう、どうでもいい」と少年は言う。
 「ほかの子と同じように、勉強できる環境すら作ってやれなかった。息子たちの将来を思うと、胸が張り裂けそうになる。できることなら、人生をやり直したいぐらいです」。母親は深いため息をついた。

(8月1日付 『読売新聞』 31面)


これを読んでいて、それこそこちらの方が「胸が張り裂けそうに」なりました。この子の将来はどうなるんだろう、と。


学習塾という子どもと接する仕事をしてきて、子どもになにか問題があるケースというのは、ほとんどの場合、原因はその家庭環境にあるように思われます。
頭はものすごく切れるのに集中力のない子どもなどの場合、家で夫婦喧嘩が絶えず、毎日のように自分の目の前を皿やその他の物が飛び交う、と言っている小学低学年の生徒がいました。話を聞いていて本当に心が痛みました。


夫婦仲が悪い例としてよく言われる「メシ、フロ、ネル」ですが、これが親子の間でも同様に「ごはん」「お風呂」「寝なさい」だけというのはとても大きな問題です。
これで子どもがまともに育つわけがありません。


学校では結婚前の望まない妊娠を避けるために、と言って避妊法を道徳の時間に実際に避妊具を用いて教えているそうです。しかし、これだと避妊さえしっかりやっていれば、婚前のセックスも認める、と言っているようなものです。


本当に必要なのはそんなことではありません。
結婚とはどういうものか、なぜ結婚するのか、結婚したらどんな責任が伴うのか、子どもに大きな影響を与える離婚を避けるためにはどうすれば良いのか、等など教えるべきことはいくらでもあるはずです。


今はあまりにも安易に離婚するカップルが多く、その結果犠牲になるのはいつも子どもです。
この問題は夫婦の間でもゆっくり時間をかけて、しっかり話し合っておく、そして離婚は選択肢に入れないというぐらいの決意が必要がです。


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日本最初の海水浴場「大磯」の今

2014.08.02日

いつもは夕方日が落ちる頃、涼しくなってからウォーキングに出かけるのですが、昨日は昼間に出かけました。
日差しは強く、さすがに暑かったです。
行き先は大磯海水浴場。いつも行くのは夕方なので人はまばらなのですが、昼間どれくらいの人で賑わっているのか見てみたかったのです。


oisobeach4.JPG


oisobeach3.JPG


こんな感じです。真昼なのに、海の家はどこもがらがら、ほとんど人がいません。
ここがかつてたくさんの人が集まっていた由緒ある海水浴場だとはちょっと信じられないぐらいです。
こんな看板が立っています。


oisobeach0.JPG

(画面をクリックすると拡大されて文字が読めます)


面白いのはかつてのビーチパラソルはほとんど消えてしまって、日よけ用の1人〜3人用の小さなテントのようなものが今は主流のようです。


oisobeach.JPG


子どもたちは波打ち際で波を身体に受けてはしゃいだり、砂のところに穴を掘って身を横たえて埋めたり、お城を作ったり。
でも若者たちは敢えて日に焼けるために強い日差しの下で甲羅干しをしています。


kouraboshi.JPG


静かで平和な大磯の海水浴場でした。
きっと今は、「湘南よいとこ一度はおいで」の大磯ロングビーチ方が人気があるのでしょうね。
「幸せを感じる瞬間」に書いた湘南ひらつかビーチパークとあわせてぜひ遊びにいらっしゃってくださいね。


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夜の歌舞伎町 苦闘の母…

2014.08.01日

 東京・歌舞伎町の雑居ビル3階にある24時間対応の託児所「わんぱくランド」。7月上旬の未明、プレールームに敷かれた小さな布団で、1歳2か月の男児が寝息を立てていた。
 「ただいま」。午前2時過ぎ、勤務を終えた母親(28)が戻り、男児に身を寄せた。母親はメイクを落とさず、スプレーで固めた髪形のまま横になり、たちまち眠りに落ちた。電車が動き出した午前5時過ぎ、目を覚ました男児を抱き上げ、薄明るくなった歓楽街を抜けて駅に向かった。
 妊娠8か月で、将来を誓い合った男性が突然、姿を消した。両親はすでに他界し、頼れる人はいない。「1人で育てるしかない」と決意し、昨年5月に出産した。
 すぐには働けないと思い、生活保護の受給を考えたが、都内の市役所で男性職員から「出産直後だからって働けないんですか?」と言われ、あきらめた。以前、専門学校で取った指圧師の資格を生かして働くことも考えたが、なかなか勤め先が見つからなかった。貯金が底をつきかけ、昨秋、半月ごとに給料が出るキャバクラ店で働き始めた。
 月収は指名客の数で左右され、15万〜40万円と一定しない。子供の急な発熱で欠勤すると罰金。保育料だけで月10万円かかる。客との飲食で空腹を満たし、節約しても、家賃を払うとマイナスの月もある。子供に新しい服を買えず、小さくなったものを着せ続けたこともあった。
 男児は昼寝が欠かせず、起きて一緒にいられるのは出勤する夕方までの短い時間だけ。まだ伝い歩きをせず、言葉も少ないと感じる。男児は目を覚ましている時は自分のそばを離れず、頻繁に抱っこをせがむ。
 寝る時間を削って転職先を探し、7月末にようやく指圧師として働けることが決まった。母親は「これまで息子に寂しい思いをさせてしまった。もう夜の仕事はしない」と誓う。
 わんぱくランドの職員によると、この母子のようなケースはまれで、「多くの母親は仕事と子育てで疲れ果て、職を探す気力をなくしてしまう」と話す。

       ◇

 母子家庭は全国に約124万世帯。8割の母親は働いているが、その半分はパートかアルバイトなどの非正規だ。生活保護を受けているのは1割に過ぎない。
 厚生労働省の2013年の調査では、母子家庭の母親が働いて得た収入は平均で年179万円で、両親がいる家庭や父子家庭などの平均年収603万円とは大きな開きがある。母子家庭の36.5%は貯蓄ゼロ。収入を増やそうと、昼と夜の仕事を掛け持ちする人も少なくないが、夜間に子供を預けられる先は少ない。
(後略)
(7月31日付 『読売新聞』 31面)


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これは昨日の記事「クリスマス おにぎり1個…」の続きです。昨日の記事はかなり大きな反響を呼びました。今日の記事も読んでいてとても心が痛みます。


一人のFacebookフレンドの方が、たとえ生活保護などの制度があっても、それがちゃんと活用されていないのではないかとおっしゃっていましたが、案の定、上の記事によると活用しているのは1割に満たないとのこと。その他の子育て支援制度もきっと似たり寄ったりでしょう。
せっかくあっても活用されていない、また活用するにはいろいろと条件や制約がついていて利用できない人々もかなりいるものと思われます。
役所などの行政があまり親切でない、だから昨日の記事の人のようにあきらめるケースも少なくないでしょう。


また、母子家庭で生活が大変なところは、ついてっとり早くお金が入る夜の水商売の仕事に就く人も多く、子どもの世話のことが問題になるケースがとても多いです。昼間、家に子どもをひとりで置いておいて熱中症で亡くなっていたなど。また、親子での会話が少ないため、語彙力が極端に貧弱な子どもも多いですし、思春期になって不良につるんでしまうケースもよく見受けられます。


「母子家庭の母親が働いて得た収入は平均で年179万円で、両親がいる家庭や父子家庭などの平均年収603万円とは大きな開きがある」や「母子家庭の36.5%は貯蓄ゼロ。収入を増やそうと、昼と夜の仕事を掛け持ちする人も少なくないが、夜間に子供を預けられる先は少ない」などからも、彼らの生活がいかに大変かがよくわかります。
行政の手がこのような弱者にも十分に届き、6人に1人の貧困の子どもの状態が一刻も早く改善されることを切に願うものです。


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