学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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信じることの大切さ

2014.06.30日

「信じてくれてありがとう」


 私はニューヨーク市内の心療内科クリニックで働くソーシャルワーカー。といっても、まだ経験も浅いため、勉強しなければならないことはたくさんある。
 ある日、私のもとに別の心療内科の専門クリニックから、ローズという20歳の女性が紹介されてきた。ところが、カルテはもちろん、いままでの診療記録も届いていない。とまどっている私に、所長は言った。「とにかく話を聞いてあげなさい」。
 会ってみると、ローズは精神的に異常があるというより、孤独で、屈折した女性という印象だった。ただ家庭環境が複雑なうえ、気持ちをわかってくれる人に恵まれず、これまで病院でもきちんと話を聞いてもらったことがないようだった。
 話を聞いてあげると、彼女は進んで話をしてくれた。生きがいの感じられる仕事、安心して住める場所、温かい人間関係があれば、きっと新しい人生を始められるに違いない。私も何とか彼女の力になりたかった。こうして私たちはすっかり意気投合し、みるみるうちに彼女の生活にも変化が現れた。
 順調に診療が始まってから1か月過ぎた頃、やっとローズの診療記録が届いた。何と、その書類は厚さ10センチにもおよび、数回におよぶ入院の様子も記録されていた。「この患者は偏執的分裂症のため、回復の見込みなし」と医師の所見が記されていた。
 しかし、私の知るローズはそんな人ではなかった。そこで、こんな書類は一切無視することにした。この体験のおかげで、診断が100パーセント正確だとは限らないということもわかった。
 彼女の話から、彼女が入院生活でどんなにおぞましい目にあってきたかもわかった。薬づけにされ、隔離され、辱(はずかし)められてきたのだ。そんな苦しい日々を、ローズは生き抜いてきたのだった。
 やがてローズは仕事を見つけた。そして家族と離れて暮らせる場所も見つかった。私のもとに通い出してから数か月後、ローズはある男性を連れてきた。彼は、ローズを心から愛している立派なビジネスマンであり、いずれは結婚するつもりだと話してくれた。
 診療がついに終わったとき、ローズは銀のしおりと、手紙をくれた。手紙にはこう書かれていた。「私のことを信じてくれてありがとう」
 いまでも私は、その手紙を肌身離さず持ち歩いている。これを見るたび、人にはどんな態度でどう接したらいいかを改めてかみしめる。これもみんな、「回復の見込みなし」というレッテルに打ち勝った勇気ある女性のおかげである。
ジュディ・テーテルバウム

(『こころのチキンスープ 7 夢中になれるものありますか?』 p.53-55 ジャック・キャンフィールド、マーク・V/ハンセン他著 ダイヤモンド社)


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これは実際によくありそうな話です。
ここでは医者と患者のケースですが、学校において教師と生徒、教授と学生、企業における上司と部下、雇用人と被雇用者、家庭における夫と妻、親と子どもの間等など、いくらでもあります。
問題の根源は両者間の信頼関係の欠如と相手に対する思い込み、先入観、偏見です。このことを上の
『こころのチキンスープ』から学び取りたいものです。

以前、「『ダメだ!』という言葉が人をダメにする」という記事の中に次のように書きました。
「教師があまりにも安易に吐く『ダメだ!』という言葉が、生徒をダメにしています。
そして、親が言う『ダメだ!』という言葉が子どもを、上司や同僚が言う『ダメだ!』という言葉が社会で働く人を、夫と妻がお互いにぶつける『ダメだ!』という言葉が夫婦関係を壊しているのです。
スタント教授に習って、私たちは相手の可能性を信じ、『やればできる』という人を生かすメッセージを周りの人たちに送り続けなければなりません」


信じることの大切を再確認しましょう。


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試練のただ中での感謝

2014.06.29日

「曲がり角の先には...」の中にも書きましたが、「人生は本当に『曲がり角』が次から次へと現れ、その先に『晴れ間』があるから面白いし、楽しい、そして生きがいがあるのです」。
結婚してからの2度目のアメリカでの留学生活には本当にいろいろな出来事がありました。そして、それはいつでもいいことばかりとは限りませんでした。


長男、直人の誕生の翌日、私はほぼ1日UCLAの大学病院に入院している妻を訪ねていました。
妻の労苦をねぎらい、直人に話しかけたり二人の写真を撮ったりしていました。
直人という名前は、詩篇11:7b 「直ぐな人は、御顔(みかお)を仰ぎ見る」から取りました。


夕方家に戻ると、なぜか玄関のドアが開いています。
普段いつでも裏の勝手口から出入りしていて玄関のドアなど開けることはまずありませんでした。
「なんでドアが開いているんだろう」と思いながら、車で裏まで行き、勝手口に向かいました。
すると、台所の窓ガラスが割れています。首をかしげながら勝手口のドアを開けて中に入ると、いつも鍵をかけているドアも開いているではありませんか。
中に入ると、リビングに置いてあったTVやラジカセ、そして寝室のタンスの引き出しが全部開いていて中が荒らされています。泥棒に入られたのです。
タンスの引き出しに入れてあった妻のネックレスやイヤリング、私のタイピンなどわずかな安物の「貴重品」(笑)が全部盗まれていました。


裏に住んでいる大家さんのNさんのところに行って、泥棒に入られたことを伝え、電話を借りて警察に届けました。
警官がパトカーでやってきたのは電話してから2時間ぐらいたってからでした。
映画に出てきそうな、身長が190cmほどある大柄で、お腹も大きく出た、こんな感じのアフリカ系アメリカ人(黒人)の警官でした。


lapd2.jpg


泥棒なんてもう慣れっこという感じでニコニコしながら家の中に入ってきて、
"Hi! How're ya doin'?" (やあ、調子はどう?)
と言います。
"Oh, not too bad, but not too good, either."
(まあ、そんなに悪くはないけど、良くもないよ)
と答えると、警官はリビングの中に置いてあったさまざまな赤ちゃん用品を見るなり、
「おっ、赤ちゃんが生まれたんだ。男の子、女の子?」
と尋ねます。
私が男の子と答えると、
「名前は何てつけたの?」
「ナオト・デイヴィッド」。
するとこの警官、ポケットから葉巻を出して私に手渡し(これがお祝いの習慣)、
「ナオートウ・デイヴィッド! オメデトウ!」。


一応、盗まれたもののリストを尋ね、私が言うものをノートに書き留めていきます。
「今、ここで盗難報告をして、犯人が捕まったり、品物が戻ってくる可能性はあるんですか?」
と尋ねると、
「いや、まずない。これは形だけのもの」
と笑いながら言います。


アメリカ人の大らかさに圧倒されました。
で、もちろん品物は出てこないままでした。
私はこの時、いつものように、積極思考に頭を切り替えて神様に祈りました。
「神様、感謝します。盗まれたものがほとんど価値のないものばかりで、唯一の高価なものであるカメラは病院に持っていっていたので盗まれずにすみました。ソファやテーブル、ベッド、タンスと中の衣類など、全部持っていかれなくて、生活が続けられますことを感謝します。それに神様、何を取られても直人が与えられたことを本当に感謝します。泥棒に入られましたが、私が泥棒でなくてよかったです。感謝します。
家の中にだれもいなくて危害を加えられることがなかったことを感謝します。盗まれたものはほとんど価値のないものですが、こんなものでもその泥棒さんの役に立つなら感謝します。願わくば、この泥棒さんもいつの日か、神様を信じ、このような行動を悔い改め、もっとまじめな生活を送ることができますように...」


考えてみれば、これらのこともみんな「千載一遇のチャンス」だと思われるようになり、盗まれたものなど全然気にならなくなるぐらい、心が平安になりました。
試練をすら喜びと感謝に変えてくださる神様のみ名を心より崇めました。


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またしても危機到来!

2014.06.28日

私たちは食費も何もかも切り詰めました。
教会の人たちが、ご厚意でお米や野菜、肉などを家によく届けてくださいました。のちに妻から聞いたのですが、2年間にお米を買ったのはたったの1回だけで、それは教会の人に「お米はまだありますか」と聞かれた時、悪いと思って「まだあります」、と答えたときだけだったそうです。


私たちは故Nさんにお世話になったこの家に1年ほど住んでいましたが、ある日トイレで用を足して立ち上がろうとしたら、便器がドーンと大きな音を立てて横に倒れてしまいました。
Nさんに頼んでプラマー(水道屋)に来てもらったところ、倒れた便器を見て大笑い。
そして、もうこの便器は直すまでもない。家自体がもう寿命だと言いました。
確かに雨が降ると雨漏りもしました。
冷蔵庫の中にはアリが入ってきて食品にたかったりしました。
寝ていたベッドの中にもアリが入ってきて額の上を歩きました。
無理もありません。築50数年も経っていた家ですから。
でも、この家を出て通っていたタルボット神学校の近くのアパートに引っ越すのには勇気がいりました。
家賃が75ドルから450ドルに一気に6倍も上がったからです。


ある火曜日の朝、神学校のカルバリーチャペルという建物の中で、いつものように礼拝が行われていました。


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礼拝が終わると、ひとりの学生が前に出てきて、
「Needy students (困っている学生)のために寄付をしましょう」
と呼びかけました。
そして、献金袋が回ってきました。
私はある意味、生活に困窮していたので、心の中で「自分も needy student なんだけど、きっと自分よりももっと困っている人がいるんだろうな」と思いながら、財布の中から確か5ドル札を出して入れました。
数日後、事務室に呼び出されました。何だろうと思いながら行って名前を告げると、
「学生会からあなたにギフトです」
と言って、封筒をくれました。開けてみると、なんと200ドルほどの小切手が入っていたのです。
「Needy student って自分のことだったの!?」 私は体が震えました。
多分、当時のお金で1000円ほど献金して、40000円ほどいただいたのですから驚いて当然です。
これも例の「千載一遇のチャンス」の一つです。


「千載一遇のチャンス」というのは、千年に一度あるかないかのものすごいチャンスという意味ですが、冒頭に書いた教会の方々のご愛による食料品をいただいて2年間の生活ができたことも、住まいの家賃が75ドルから450ドルに上がったけれども2年目の授業料が奨学金で全額免除になったのも、野外礼拝のドアプライズでカリフォルニアローズ米が1袋当たったのも、長男の出産費用がほとんどかからずに済んだのも、これらすべて一般的な言い方をすれば「千載一遇のチャンス」です。千年に一度のチャンスがこれだけ続くともう何千年生きてきたのか、という感じですが、ただただ神様の憐れみに感謝するばかりです。


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もうだめだぁ〜!

2014.06.27日

ロサンゼルスに着いて9月から学校が始まりました。
とにかく今までこれほど勉強をしたことがない、というほどやってもやっても追いつかないぐらいハードな神学校生活でした。


それに加え、生活も大変でした。
学費も生活費も底をついて留学を断念して帰国しなければならない、というところまで追い詰められました。それまでに何度も学生課に奨学金の申請に行っていたのですが、当時アメリカはものすごい不景気のまっただかなで、留学生に出す奨学金はない、お金がなくなったら帰国しなさい、と言われていました。


ある夜、夢を見ました。それは聖書の記事(ルカの福音書11:5〜9)をまるで映画にしたかのような鮮やかな夢でした。
「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます」
が結論です。
私は翌朝目覚めるとすぐに妻に、興奮しながらこんな夢を見た、今日もう一度奨学金の申請に行って来る、と伝えて家を出ました。
学生課に行くとどうでしょう。いつも冷たい態度で門前払いの担当の人が驚いた顔をして私を見て言いました。
「これは不思議。今日、ちょうど新しい奨学金の枠ができたのですよ。だめもとで申請してみたら」
その日の夜中に夢で神様からメッセージをいただいていた私は、奨学金が下りると確信してその場で申請しました。
数週間後、事務所から連絡がきました。
はたして翌年1年間の全学費が免除となる、しかも返済義務のない奨学金がもらえることになり、夢が現実化しました。
これがアメリカで2番目の「千載一遇のチャンス」でした(千年に一度偶然訪れるくらいの機会という意味)。


このような時、妻のお腹がどんどん大きくなり、翌年の1月の初めが予定日とわかりました。
日本では自然分娩法としてはラマーズ法が有名ですが、アメリカではブラッドレーメソッドが人気があります。私たちは人に紹介していただいて、ブラッドレーメソッドのクラスを取ることにしました。


講師はまだ20代の若い女性で、小さなお子さんがいました。
その方の自宅で行われる12週間にわたるコースは費用が結構高くて驚きました。
私たちは貧乏留学生でしたので、生活にゆとりはまったくありません。
それを悟った講師の方が、無料でいい、と言ってくださいました。
でも12週間も無料でやっていただくというのは、どう考えても虫が良すぎるので、いえ支払いますと言ったところ半額にしてくださいました。


ところが、大きな問題がありました。
かかりつけの産婦人科医はユダヤ人で、1回診察に行くごとに高い診察費がかかり、さらに出産には多額の費用が必要で、私たちはどうしようかととても不安に感じていました。
日本からの留学生で、うちよりも少し予定日が早かった方はかかっていた産婦人科で出産し、その多額の費用の支払いで本当に自己資金が底をつき、学業を中途断念して日本に帰国されました。


で、うちはどうしたかと言うと、教会の方が、かつて私が学んでいたUCLA(カリフォルニア大学)の大学病院には貧しい人たちのための特別なプログラムがあり、ほとんど費用がかからずに出産できると教えてくださいました。
そこでUCLAに1度診察してもらいに行き、次回のアポイントを取りましたが、そのアポイントの日が来る前の予定日より1週間早い12月26日に出産を迎えました。
ぎりぎりセーフで、本当にただ同然で出産することができました。そして、出産に立ち会った私は医師や看護士の通訳をしながら、夫婦の共同作業でブラッドレーメソッドで学んだことをきちんと実践することができました。
アメリカで3番目の「千載一遇のチャンス」です。


アメリカで誕生した長男は自動的にアメリカ国籍となり、現在アメリカ留学中ですが、留学生としてではなく米国市民としてとても安い授業料で大学で学んでいます。
ブラッドレーメソッドの学びも、出産も、現在の息子の大学の授業料も、すべて信じられないくらい安くしていただく巡り合わせとなりました。これらもすべて神様が備えておいてくださった「千載一遇のチャンス」です。
「もうだめだぁ〜!」と思うたびに、ギリギリのところで不思議と道が開かれるのでした。


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アメリカに着いて

2014.06.26日

このようにして私たちは母の召天から1年半後の3月に、「千載一遇のチャンス」となる結婚へと導かれました。これが母が残していってくれた私たちへの最高のプレゼントでした。


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今から32年前、私にとっては2度目となるアメリカ留学を結婚した妻と一緒にしました。
最初の留学の時も貧乏学生でしたが、このときはさらに貧乏でした。


前回の留学のときお世話になっていた教会の今は亡きNさんのご厚意で75ドルという信じられないほど安い家賃で一軒の家に住まわせていただくことになっていました。
友人の鶴田さんが空港に迎えに来てくださって、教会近くのその家まで送ってくださいました。
この家は、家主のNさんが建てられて、ご自分が住まれたあと、何人もの教会の人が住み、さらにその後は日本から来た留学生が数多く住んでいました。
私はその家をよく知っていたのですが、妻は私が言った「古い家」というのをどのようにイメージしていたのかわかりませんが、家に着いてリビングのソファに腰掛けたとき、そのあまりの古さに驚いて言葉を失っていました。
天井には数箇所雨漏りのしみがあり、家具は昔私自身が使っていたものでしたが薄汚れていて、ベッドのマットレスはしみだらけ、バスルームには西部劇に出てくるような脚のついたバスタブが床の上に置いてありました。


次の日曜日はヴェニスビーチというところで、教会の野外礼拝がもたれました。
この教会は私が信仰を持ったところで、日本語を話す人たちの日語部と英語を話す人たちの集まる英語部があり、その合同礼拝でした。
ビーチでの礼拝なので、みんなラフな格好をして集まっていました。
参加者一人ひとりにドアプライズという数字を記したカードが配られました。
そして礼拝では、鈴木牧師が「まず神の国と神の義をもとめなさい。そうすれば、これらのものはすべて添えて与えられるであろう」という聖書の箇所(マタイの福音書6:33)からとても力強いメッセージをしてくださいました。
礼拝のあと、ビーチで食事がありました。ものすごいご馳走でした。


beachworship.JPG beachpicnic.JPG


みんな満腹して、最後にドアプライズの抽選会が始まりました。
日本のマンガとか、インスタントラーメンなどさまざまな食品や、生活グッズなどが賞品でした。
1等賞はカリフォルニアローズ米1袋でした。
みんなこの1等賞の賞品を狙っていました。


roserice2.jpg


7等賞から順に進んでいきました。
みんな息をのんでいました。
妻が、「1等賞のお米はだれに当たるのかしら」と内緒声で言いました。
私は妻の耳元でそっとささやきました。
「神様はよくご存じだから一番必要としているところに当ててくださるよ」
しかし、私はこのときすでに例の第六感で、私たちに当たる光景を心の目でありありと見ていました。
果たして、そのとおり私たちに1等賞の米が当たりました。これがアメリカに着いて最初の「千載一遇のチャンス」でした。
「まず神の国と神の義をもとめなさい。そうすれば、これらのものはすべて添えて与えられるであろう」というメッセージを聴いて、私が頭の中で描いていた映像があまりにもリアルに現実化したので、私は恐ろしくなって鳥肌が立ったのを、まるで昨日のことのようにはっきりと覚えています。


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母が残してくれた最高のプレゼント

2014.06.25日

一昨日の続きです。
さて、母が残していってくれた素晴らしいプレゼントとは・・・


数日前、「運命の出会い」の中に、
そして、まさにここでそれこそ「千載一遇のチャンス」となる出会いがあったのです。
ここは大きな教会だったので、神学生は男性・女性それぞれ3名ずつが遣わされたのですが、その中の一人が将来の私の妻となる人だったのです。

と書きましたが、この神戸中央教会での妻との一緒の奉仕はわずか3か月あまりだけでした。
私が休学して翌年4月に復学した時には、すでに妻は神学校を卒業し、伝道師として遠くの教会に派遣されていたので入れ違いになっていたのです。


普通だったらこれでもう終わりなのですが、母が天国に帰った時にこんな出来事がありました。
妻と同じ教団から献身して神学校に来ていた先輩のIさんという人が奉仕で母教会に戻った際、妻に出会い、そこで私の母が召天したことを伝えました。
それを聞いた妻が私に慰めと励ましの手紙を送ってきてくれたのです。
神学校の私のメールボックスに差出人名のない1通の手紙を見た瞬間、なぜか直感的にこれはきっと"あの姉妹"からだと思い、封を開けると私の第六感は当たっていました。
ごく普通の内容の慰めの手紙で、私もごく普通の感謝の返事を書きました。
私の返事に対してまた彼女から返事があり、というふうにして自然と文通が始まりました。しかし、なんとなくこれはただ事ではないという、またしても第六感が私の心に語りかけていました。


私は子どもの頃からどういうわけか、この「第六感」というのがとても発達していて、小さい頃から自分が思い描いたことがそのとおりに実現する、ということが数えきれないほどあったのです。
そうすると数か月後に彼女から来た手紙の末尾に次の聖書の言葉が書いてありました。
「あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」
(マタイによる福音書28:20)
そこで、私が彼女に宛てた返事には最後に次のみ言葉をもって締めくくりました。
そこでイエスは答えて言われた、「女よ、あなたの信仰は見あげたものである。あなたの願いどおりになるように」。
(マタイによる福音書15:28)


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このようにして私たちは母の召天から1年半後の3月に、「千載一遇のチャンス」となる結婚へと導かれました。これが母が残していってくれた私たちへの最高のプレゼントでした。
私は関西聖書神学校を自主退学し、アメリカのタルボット神学校の残りの2年間の学びを続けるために二人でアメリカに渡ったのでした。


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曲がり角の先には...

2014.06.24日

NHKの連続ドラマ『花子とアン』が好評だ。小説『赤毛のアン』を翻訳した村岡花子さんの物語である。「曲がり角の先には、きっと一番良いものが待っている」という意味の『赤毛のアン』の一節がドラマの冒頭で使われた
◆「曲がり角の先」で思い出す映画がある。史上最低と言われた映画監督を描いた『エド・ウッド』だ
◆大雨の中、びしょ濡ぬれのエドは、オープンカーに乗って、結婚式を挙げに行こうと恋人に切り出す。彼女はためらうが、「角を曲がれば雨はやんでるさ」と車を走らせる。何度挫折しても映画作りへの情熱を失わない、エドの生き方を象徴する場面だった
◆政府は今週、少子高齢化対策を柱にした「骨太の方針」を決める。景気は上向いてきたが財政や年金の将来への不安は払拭できない。「未来は明るい」と気安く言えない時代だ
◆でも夢を描けるから、人は今の辛つらさに耐えられる。大切なのは未来を信じる心だ。アンやエドの魅力も夢見る力にある。『花子とアン』の脚本家、中園ミホさんは「先が見えないからこそ希望が持てる」と話す。曲がり角の先の晴れ間を想像してみよう。

(読売新聞 6月23日付 「編集手帳」より)


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『花子とアン』は今、私が楽しんでいる唯一のテレビ番組です。
かつては洋画が大好きで、その後プロ野球もよく見ましたが、最近はどれもほとんど見なくなってしまいました。
でも『花子とアン』は面白い。実話に基づいているというのもいいのですが、この番組のために書き下ろした脚本も秀逸なら、監督、出演者の演技、セット等など、どれを取っても一流です。


その面白さの秘訣はやはり何と言っても「曲がり角の先には、きっと一番良いものが待っている」というテーマなんでしょう。
史上最低と言われた映画監督を描いた『エド・ウッド』も面白かったです。
しかし、この「編集手帳」の記者の結論、
でも夢を描けるから、人は今の辛つらさに耐えられる。大切なのは未来を信じる心だ。アンやエドの魅力も夢見る力にある。『花子とアン』の脚本家、中園ミホさんは「先が見えないからこそ希望が持てる」と話す。曲がり角の先の晴れ間を想像してみよう。
これも実に見事。


人生は本当に「曲がり角」が次から次へと現れ、その先に「晴れ間」があるから面白いし、楽しい、そして生きがいがあるのです。
いいことばかり続くこともなければ、同時に悪いことばかり続くこともありません。
もし、「いいことばかり続いていて幸せ」と思っていたら要注意。必ず先に愛する人との別れや、辛い悲しい出来事などが待っています。
しかし同時に、「悪いことばかり続いて不幸」と思っていたらご安心ください。必ずいいこともあります。
ただし、そのいいことを受け取るためには、やはり受け取る側の姿勢が必要です。何もしなくて「棚からぼた餅式」にいいことは起こりません。
いいことを受け取るには、それなりの私たちの普段からの生き方、姿勢が必要になってきます。


私もこれまでの人生を振り返ると当たり前のことですが、いいことも悪いことも同様に起こっています。
要は、これらをどのように受け止め、それらの経験から何を学び、今の生活にどのように活かしているか、ということです。
それがなければ、人生は常に不安なもの、あるいは怖いもの、将来や希望がないものになってしまいます。


昨日の朝、お祈りしている時に示された神様からのお約束。
「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである」
(エレミヤ書29:11)


ということで、昨日の記事「アメリカから日本へ」の続きは明日に持ち越しになってしまいました。申し訳ありません。


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アメリカから日本へ

2014.06.23日

「そして、まさにここでそれこそ「千載一遇のチャンス」となる出会いがあったのです。
ここは大きな教会だったので、神学生は男性・女性それぞれ3名ずつが遣わされたのですが、その中の一人が将来の私の妻となる人だったのです。
校長も学監も、だれも想像だにしなかった出会いでした。ご存じだったというか、ご計画してくださったのはじつに神様ご自身でした。
続きはまた明日」
と書いて、翌日、翌々日と続きを書くことができませんでした。私の誕生日が入ったからです。
それで、今日はその続きをここに記したいと思います。


アメリカのタルボット神学校で1年間の学びを終えた段階で、日本の神学校で訓練を受けたいと思い、休学届を出して帰国してきました。
正直なところ、タルボット神学校での学びは大学院修士課程のレベルで学問中心だったので、神戸の神学校の神学や聖書の学びはかなり物足りなさを感じました。授業中、教授に質問や意見しても期待しているような答えが戻ってこず、失望することもしばしばでした。
しかし、日々の生活は、毎朝5時半起床、6時から7時までの早天祈祷会に始まり、朝食や昼食は我々神学生が当番制で食材の買い物や調理に当たったりしました。授業中以外は建物内外の掃除や、古い資料のコピーや製本、建物内外や備品の修理、修繕等など、実習的なものが大半で、あとは教会への水曜日、土曜日の午後からの、日曜日は朝からの奉仕活動や、教会学校での指導、ときに祈祷会での証し、メッセージの奉仕などもあり、これらはすべて何にも代えがたい貴重な体験となりました。


(左はタルボット神学校、右は関西聖書神学校)

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関西聖書神学校での学びを夏休み前の1学期間終えたとき、京都で母の看病をしながら事業をしていた父から助けを求められ、それができないようならもう勘当だと言われ、随分苦しみましたが神様に祈り、神学校の先生方とも相談の上、休学届けを出して京都に戻りました。


ここでは、私が小学校の6年間を過ごし、毎日登下校時に真ん前を通っていた京都聖徒教会で寝泊まりさせていただいて訓練をしていただくことになりました。
毎朝5時半からの早天祈祷会、そして朝食が終わると父の会社に出かけ夕方まで仕事を手伝い、仕事が終わると母の待つアパートに戻り、母の看病や話し相手になったり、夕食の準備をしたりしました。
「それからイエスは、いっしょに下って行かれ、ナザレに帰って、両親に仕えられた。母はこれらのことをみな、心に留めておいた」 (ルカによる福音書2:51)
というイエスさまのお姿に習って私も両親に仕えました。、
夕食後の後片づけが終わると9時ごろに教会に戻る、という生活が翌年の4月の復学の時まで続きました。
でも、この期間は本当に素晴らしく祝福された時となり、父の仕事を手伝うことによって父が負っていた大きな借金を後に全額返済することができる基盤づくりができ、母とは信仰の話をしたり、共に祈ったりし、母は心身そして魂ともにかなり強められ毎週の日曜日の教会の礼拝に出られるまでに快復しました。


しかし、復学した年の7月頃からは、「神のみもと、天国に行ける日が近づいてきた。今はその日がただ待ち遠しい」と言い始めました。生涯、勤労の人であった母は、健康を害して手から仕事を奪われてからは、残された唯一の仕事、「祈り」に自分を捧げるようになっていました。
こうしてその年の9月に母は心不全で平安のうちに天国に凱旋しました。
次のような美しい詩をたくさん書き残して。


「まくらもとに 立たれし御神のみことばが
   今も耳に残りて 苦しみもぬけ去りぬ
まくらもとに 立たれし御神のみ恵みに
   甘えすがりて 悩みも悲しみも忘れ去りぬ
まくらもとに 立たれし御神の力強き
   御腕の中で 我安らかな眠りに入りぬ」
「もしキリストの愛がなかったら 痛い苦しみ
   今ごろは さまよう羊となっていたでしょう」


ところが、母はさらに素晴らしいプレゼントを残して天に帰ったのでした。
それは...
続きはまた明日。


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弱き者よ汝の名は…

2014.06.22日
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「弱き者よ汝の名は女なり」というのは、シェイクスピアの作品「ハムレット」中でハムレットが言った言葉です。
「母が、夫の死後間もなく夫の弟と結婚してしまったことを嘆いてハムレットが言った言葉」(大辞林 第三版)。


一昔前まで、この「弱き者よ汝の名は女なり」は当たり前のように一般社会に受け入れられていました。
しかし、今回の東京都議会でのまことに恥ずかしいヤジの問題、女性蔑視も甚だしい。
しかも、こんな恥ずべきことを言っておきながら逃げ隠れして、自らを明かさない、これこそまさに「弱き者よ汝の名はお前なり」と言いたくなるほどです。


私は昨日、64回目の誕生日を迎えました。朝、起きた時点で100人あまりの方々からFB上で「誕生日おめでとう」メッセージが届いていて驚いたのですが、これが一日中続き、一部はまだ今朝も届いているほどです。
FBのタイムラインのほかメッセージで、また個人的にメールで、またアメリカからの国際電話でもお祝いや励ましの言葉をいただき、感謝に堪えません。


数えてはいませんが、おそらく全部で300近く届いたのではないかと思います。
一日にこんなにたくさんの方々から誕生祝いのメッセージをいただいたのは生まれて初めてのことで、皆さんお一人おひとりのご愛に、もうただただ胸が震え、背筋を正される思いをし、
「弱き者よ汝の名は我なり」
と自分に言っているほどです。


でも、よく考えてみたら、女性男性にかかわらず、人間たるもの老若男女問わず弱い存在です。
つい先日もテレビで癌をテーマにした番組をやっていましたが、とても楽天的で明るいカップルでさえ、癌を宣告されたところ、ティッシュが山になるほど二人で毎日、一日中泣いていた、と言っていました。


「弱き者よ汝の名は我ら人間なり」です。
このことを知り、認めることはとても大切で、ある意味、人生はここからスタートすると言っても過言ではないとさえ思います。
自らの弱さをありのまま受け入れた上で、天よりの助け、慰め、励ましを乞う。
これこそが人間たるもののあるべき謙虚な姿だと思います。
このことは積極思考と決して相矛盾するものではありません。アインシュタインなど立派な人ほど謙遜なのです。


大勢の方から励ましや祈りの言葉を贈っていただき、さらに拙いブログに感謝や応援の言葉もたくさんいただき、とても恐縮しました。
この新しい一年を皆さんのお祈り、期待にお応えすべく健康管理に留意し、ちょっとオーバーな言い方をすれば、今の私にとって使命ともなっているブログに力を入れていきたいと思いますので、引き続き応援のほどよろしくお願いいたします。
心からの感謝とともに。


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心から感謝!

2014.06.21日

今日は私の誕生日。
それもなんと64回目というから自分でも驚き!


自分では38歳以降、まったく歳を取った感覚がなく、今でも、というか永遠にずっと38歳のままでいるのではないかと思っているのですが、その精神的な若さから来るのか、まあ見た目にも若く見えるようで、同窓会などに行ったり、初めてお会いする人などからも、また毎月行く床屋の主人からもいつも「若い!」と言われご機嫌の私ですが、それでも残酷なことに1年たつごとに年齢は着実に1歳ずつ増えていきます。
妻に言わせれば、見かけがいくら若くても健康でなければ意味がない、ということなんですが、体脂肪計でも肉体年齢は38歳と出ているし、去年は大腸・小腸・心臓・肺・脳など主要な器官は精密検査してもらってどこも異常なく、非常に若い、と医者たちからも言われているので、やはりきっと若いんでしょう。


今日は朝起きていつものようにお祈りをして、iPhoneを見ると100人以上の人たちから「誕生日おめでとう!」のメッセージが届いていて、感動しました。
お一人おひとりにお礼を書こうと思っていましたが、まだどんどん増え続けるので、これは不可能と思い、申し訳ありませんが、FBフレンドの方や小中高校時代の同窓生、その他教会関係の方々など、これまでお世話になってきた方々のご愛に心から感謝しつつ、この場をお借りして皆さんにお礼申し上げます。


まだまだこれから若返り、健康を快復して、命が与えられている限り少しでも神様に、そして家族・親族・恩師・友人・知人の方々に、そして社会に貢献させていただければと心より願っています。そして、これが私の毎日のお祈りでもあります。


皆様今後ともお祈りで支えてくださり、ご指導のほどよろしくお願いいたします。
今日のブログはこの感謝の言葉に変えさせていただきます。


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運命の出会い

2014.06.20日

「千載一遇のチャンス」シリーズ その6、昨日の続きです。


受洗した翌年の夏、日本伝道チームの一員として日系2世・3世に交じって私一人だけが日本人として日本に送られました。
クリスチャンになって初めての帰国で、今までとは違った視点から祖国日本を見直すことができました。
豊かな物質文明のただ中で、かつての自分がそうであったように、人生の目的を見失い、目先の快楽や贅沢ばかり追い求めている日本の青少年を見ている時、聖書のみ言葉が私に迫ってきました。
そして弟子たちに言われた、「収穫は多いが、働き人が少ない。だから、収穫の主に願って、その収穫のために働き人を送り出すようにしてもらいなさい」
(マタイの福音書9:37-38)


そしてこのミッションツアーで10日間ずっと同行してくださり、いろいろとお世話くださったのが東京聖書学院の神学生や先生方だったのです。そこで、彼らに必ずここに戻ってくると約束して、ロサンゼルスに戻り母教会の牧師に相談したところ、「ダメだ」と言われたのですから、相当なショックでした。
でも、牧師は別の神学校を私に薦めてくれました。神戸にある関西聖書神学校というところで、この牧師のお父さまがその教団委員長や、また同神学校の教授も務めていらっしゃったことがあり、母教会の1歳上の姉妹がその前年にやはりこの神学校に行き、とても感銘を受けたとおっしゃっていたことによりました。


というような次第で、神戸の神学校に行くことになりました。両親は京都に住んでいたので、近くてしょっちゅう母の見舞いにも行くことができるという利点もありました。
このようにしてこの神学校に入学した時、私はすでに29歳になっていました。
この年入学した男子神学生は10名で、例年のしきたりに従って全員が神戸の下町の歓楽街にある湊川伝道館というところに奉仕に遣わされることになっていたのですが、どういうわけか私一人だけが別の教会に遣わされることになりました。
その教会とは神戸中央教会といって、私がロサンゼルスの母教会の特伝で信仰を持つきっかけとなった大衆伝道者の本田弘慈先生が開拓・伝道し始められた教会でした。
当時の校長先生と学監の先生が私のことをいろいろと配慮して、この教会に派遣することを決められたようです。


そして、まさにここでそれこそ「千載一遇のチャンス」となる出会いがあったのです。
ここは大きな教会だったので、神学生は男性・女性それぞれ3名ずつが遣わされたのですが、その中の一人が将来の私の妻となる人だったのです。
校長も学監も、だれも想像だにしなかった出会いでした。ご存じだったというか、ご計画してくださったのはじつに神様ご自身でした。
続きはまた明日。


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最重要人物

2014.06.19日

「千載一遇のチャンス」シリーズ その5、昨日の続きです。


昨日は私がどのようにして「献身へ」導かれたかを書きました。「献身」とは文字どおり神様に身も心も献げて神様のお仕事をすることで、具体的には牧師や宣教師になることを指します。
両親の期待に背き、反対を押し切って神学校に行くことは容易いことではありませんでした。かなりの葛藤や苦しみがありました。でも、やがて必ずわかってもらえる時が来ると信じて歩を進めました。
私にとって MIP (Most Important Person) 「最重要人物」はイエス・キリストになったのです。


ちょうどこの頃、とても親しくお付き合いしていた友人(今では一番の親友)とは、それまで毎晩のように徹夜で宗教論やキリスト教批判などをしていたのですが、その私が突然クリスチャンになり、話すことが180度変わってしまったので彼は面喰いました。
この人はバリバリの理系で進化論を固く信じていたので、神様など入り込む余地もありませんでした。
そこで私は、自分でも進化論をもう一度勉強しなおし、進化論に対して神が宇宙を始め一切のものを創造されたという創造論を勉強し始めました。
今度は、彼と毎晩のように進化論と創造論、無神論と有神論などを語り合うようになりました。
そのへんのいきさつを書いたのが「VIP」という記事で、彼こと鶴田健次さんもやがて進化論を捨て、創造論が真理であると結論し、神を信じるようになりクリスチャンとなりました。
私にとって MIP はイエス・キリストですが、VIP (Very Important Person) 「重要人物」はこのようにして鶴田さんとなったわけです。


当時、鶴田さんは貧乏留学生(失礼!)でしたが、神様を信じるようになってからやっていらっしゃった貿易のお仕事がものすごく祝福され、こんどは大金持ちになられました。
ところが、彼も神様からの迫りを受け、大きな利益を上げていた会社も、所有していたいくつかのアパートなどの建物も、住んでいた大豪邸もすべて主に捧げて献身し、奥さんとお二人でラスベガスに行って教会を始められることになります。(詳しくは上の「VIP」の記事の中に。さらに、一昨年、この「ラスベガス日本人キリスト教会」を訪ねた時の記事も併せてご覧ください)


wla.jpg


この写真に写っている日本人の青年が鶴田さんで、もう一人のアメリカ人の青年は私たちの共通の友人、ハロルド・ネットランドさん。3人でよく神様について、聖書について夜を徹して話したものです。
ハロルドさんは日本で育った宣教師の子どもだったのですが、その後トリニティ神学校の教授となられました。(写真を見比べると「使用前」「使用後」がよくわかります)


私は受洗した翌年の夏、北米ホーリネス教団から日本伝道チームの一員として日本に派遣されました。
この時、大変お世話になったのが東京の東村山にある東京聖書学院でした。
当時、母は心臓病を患っており、かなり悪化していたので少しでも母のそばにいてあげたいと思い、通っていたタルボット神学校に休学届を出して、この学校に行こうと思いました。


ロサンゼルスに戻った時、そのことを教会の牧師先生にご相談したところ、ひと言で反対されてしまいました。
私は「えっ、なぜ?」と、納得がいきませんでした。
ところがここにまた不思議な神様のご計画があり、ここでも「千載一遇のチャンス」が待っていたのです。
この続きはまた明日。


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献身へ

2014.06.18日

「千載一遇のチャンス」シリーズ その4、昨日の続きです。


献身と自分の欲との間で悩み、葛藤していた時与えられたみ言葉は、
「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている」
(ローマ人への手紙8:28)
で、万事を相働かせて最善に導いてくださる神様にすべてを委ねようと心を決めました。
すると、
「わたしについてきなさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう」
(マタイの福音書4:19)
のお言葉が私の心に迫り、ついに献身を決意するに至りました。


受洗して5か月後のクリスマス、ロサンゼルスの合同教会で市民クリスマス会が開かれ、そこで聖歌隊の一員としてハレルヤコーラスを賛美していた私を見つけたひとりの牧師が、終わった途端、私のところに駆け寄ってきて泣きながら抱きかかえてくださいました。同じ日本語学校で教えていた同僚のA先生でした。(このA先生とは一昨年、訪米した時「奇跡に次ぐ奇跡、・・・に次ぐ奇跡」で再会することができました)
「舟田先生のためにずっと祈ってきましたよ」
「A先生、私献身を決意しました」
「それじゃ、私の卒業したタルボット神学校へ行くことをぜひともお奨めします」
ということで、タルボットの面接に行きました。
信仰歴半年で神学校へ来る学生は初めてだ、と言って驚いた面接担当者は、私にいくつかの質問をし、証しを聞いて入学を許可してくれました。
面接の2週間後に学校が始まりました。


両親に神学校へ行くことになったと伝えたところ、事後通告は許せない、母はショックのあまり病床に臥してしまったと父が言ってきました。
私はとても苦しかったですが、
「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます」
(使徒行伝16:31)
の約束を確信していました。


授業の始まる当日、テキストとともに初めての英語の聖書を購入しました。
聖書の知識がほとんどないまま入学したため、最初の3か月ぐらいは授業がまったくわからないような状態で無我夢中でした。
毎回の授業の宿題や予習、復習、毎週のテストやリーディングアサインメント(何冊もの本を読んでおく宿題)、レポート、クラス発表などがハンパな量でなく、アメリカに留学して以来一番大変な勉強となりました。
そしてここでの勉強の大変さは卒業するまで続きました。


さて、11歳年の離れた妹は、私の救われた日から半年後に、母は1年半後に、父は7年半かかりましたが救いにあずかりみんな受洗して、上の神様のお約束は果たされました。
しかも、父の洗礼はなんと私の手から、という神様からの最高のプレゼントつきでした。
この時の様子を書いたのが「夢はかなう! その2」で、これが本邦初公開のその洗礼式の写真です。


titisenrei.JPG


この項、明日に続きます。


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生まれ変わり

2014.06.17日

「千載一遇のチャンス」シリーズ その3です。


その前にお話しておかなければならないことがあります。
カリフォルニア州立大学フラトン校で言語学を専攻していた時、キャンパスで知り合った日本人留学生のひとりに誘われ、日蓮宗系の新興宗教である霊友会という団体にしばらく身を置いていたことがありました。


私は「訓練していたことを実践しただけです」に書いたように、幼稚園の頃から、人生や死について考えるおませな子どもでしたので、霊的なことには常に興味を持っていました。高校の頃、キリスト教会へ何度か行ったことがありましたが、そこでは答えを見つけることができませんでした。そこで、これこそが私が探し求めていた真理かと思い、熱心になりました。


舟田家代々のお墓がある京都のお寺に手紙を書いて、先祖の戒名と没年を記した過去帳を作って送ってもらいました。そして、ホームセンターで木材を買ってきて自分で先祖を祭る仏壇を作り、そこにその過去帳を置いて、毎日毎日先祖を供養する祈願をしました。
真夜中に起き手作り仏壇の前に正座して1時間お経をあげる深夜の行や、冷水を浴びる行なども行い、悟りを求めて自分を厳しく鍛錬しました。
しかし、行が終わるとたちまち元通りの自分に戻り、失望するということを繰り返していました。


ちょうどそのような時に、日系人の北米宣教100周年行事の一環として、日本から本田弘慈先生が招かれて、私の行っていたウェスト・ロサンゼルス・ホーリネス教会でも特別伝道集会が持たれたのです。
特伝なるものが何かも知らないままこの集会に出ました。
日本のビリー・グラハムと言われるだけあって、本田先生の話は集った人たちの心を完全に捉えていました。
私もまるで落語でも聞いているかのような感じで、次から次へと繰り出される面白い話に魅力され腹を抱えて笑い転げていました。


しかし、次の瞬間、突然自らの心の内に潜んでいる醜い自我、傲慢の罪が示され、私はその場で心砕かれて悔い改め、人生に転換をもたらすべく主イエス・キリストを信じ受け入れる決意をしました。
これこそが私の人生を二分する大きな決断となりました。まさに「千載一遇のチャンス」となったのです。
そして、両親の反対を押し切って2か月後に受洗し、すぐに聖歌隊に入り、会堂の清掃など教会の奉仕を始めました。


wla.jpg


受洗後3〜4か月間、聖書のみ言葉、牧師の説教、祈りなどを通して神様に生涯を捧げなさい、と献身を神様から迫られますが、大学教授になりたいという自分の欲との間にはさまれ葛藤します。
この続きは次回に。


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人生最高の日?

2014.06.16日

今、連載している「千載一遇のチャンス」は今日はお休みです。続きを待っていらっしゃる方には申し訳ありません。


実は昨日、私のこれまでの人生で最高の一日とも言える大きな出来事があったのです。今日はそれを皆さんにシェアせずにはいられません。
そして、これもまさに私にとっては「千載一遇のチャンス」でした。


まずは、このブログでこれまで何度かご紹介させていただいているFBフレンドの田中さんご一家が行っていらっしゃる荻窪栄光教会が、今年の5月に新会堂に建て替わったので一度伺いたいとずっと思っていました。ここは、妻と私が神戸の関西聖書神学校で学んだ故森山 諭教授が長年牧会していらっしゃった教会で昔、一度訪れたことがありました。
昨日その再訪の夢が実現できました。実に内外ともに素晴らしい教会堂でした。
でも建物だけでなく、もちろん礼拝そのものも主のご隣在を強く感じさせる素晴らしいものでした。
午前中、この教会の礼拝に出て、教会での昼食をはさみ田中さんご家族と短い時間でしたが、豊かなお交わりさせていただきました。


ogikubo.JPG


tanakafamily.JPG


さて、訪問する前に教会の住所を Google Map で調べていたところ、なんとすごいことに気づきました。
それは...


私の小学生時代の一番の思い出は子役でテレビに出ていたことです。
その中でもとくに印象深く、はっきりとよく覚えているのは、小学3年生の時に連続ドラマの一主人公として毎週出ていた「スーパーお姉さん」という番組です。
共演させていただいていたスーパーお姉さんこと一力那智子さんのご自宅が教会のすぐ近くだということがわかり、午前中に教会を訪ねて礼拝したあと、一力さん宅を訪問したいと思い、2週間前にお電話したのです。
こうして、一力さんご夫妻とお会いしたいと思っていた長年の夢がついに昨日実現したのです。


ちなみに今、このブログのページ左上コーナーの「エントリー検索」に「スーパーお姉さん」と入力したところ、主なものだけで次の6つの記事がヒットしました。
「何事も一生懸命」
「母の日に寄せて」
「セリフを忘れた!」
「ララミー牧場」
「アカデミー監督賞」
「今日は大掃除」


この番組の中で共演していた一力那智子さんご夫妻と感動の再会を果たし、素晴らしいお交わりの時を持たせていただいたのです。
何年ぶりの再会かと思いお尋ねしたところ、32年前の私たちの結婚式以来ということでした。
小学生の頃には家族ぐるみでご一緒に箱根などへ旅行に行ったり、アメリカ留学する前夜にはお宅に泊めていただいたりと、那智子さんとはなんと55年に及ぶ本当に長いお付き合いです。


上の「何事も一生懸命」に写っている一力さんは55年前のものですが、本当に美しい方でずっと私の理想の方でした。そして昨日お会いしてびっくり。
ほとんど昔とお変わりになっていらっしゃらない。やはりお若く、声には張りがあり、とっても綺麗。


早速リビングに招き入れられご主人とご挨拶。
それから3人で懐かしい昔話に花が咲き、続いて私の今日までの歩みに始まり、政治の話や国際問題、経済、社会問題、国際問題、キリスト教等など話題は尽きません。


ichiriki.JPG


ご主人と私は誕生日が2日違いで今年82歳とのこと。那智子さんが5歳違いとは信じられないぐらい、お二人とも本当に若々しく、あらゆることに対して関心を持っていらっしゃいます。
ご夫妻ともにゴルフをやっていらっしゃり、そのほかいろいろな社会活動にも取り組んでいらっしゃることもあってご健康でしかも話題はとても豊富。
那智子さんは本当に私の実のお姉さんのような感じです。


お二人の健康と若さの秘訣は、「ノー天気」。昔はいろいろと大変なこともあったけど、開き直ってあるがままを受け入れるようになって、人生がとても楽になり、また同時に楽しくなったとのこと。
ご主人の口からは、那智子さんが本当にポジティブかつ社交的で、歳を取らない、という言葉が何度も出てきて、なるほど明るくて、お元気なわけだと心から納得しました。
4時間半に及ぶお話があっという間に感じるほど楽しい時を過ごさせていただき、元気をいっぱいいただきました。


お二人ともいつまでもお若く、お元気でいてください、とご夫妻とご一族の皆さんの祝福を最後に祈らせていただき、再会をお約束してお別れしました。
私にとって、本当に久しぶりの充実した最高の一日となりました。
55年前に那智子さんと、そして留学前にご主人とも、次に私たちの結婚式で、そして今回32年ぶりにご夫妻との素晴らしい再会と親しいお交わりのひと時、と神様が備えておいてくださった最高のご計画とプレゼントに心から感謝した一日でした。


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千載一遇のチャンス その2

2014.06.15日

昨日の記事、「千載一遇のチャンス」の続きです。


飛び込みで訪れた家から出てこられたのは日系2世の少しご年配の方で、日本語はまったく話せませんでした。
私が日本からの留学生であるのを知ると、早速いくつかの製品を買ってくださいました。
とても明るくて感じのいい方で、ここから2ブロック離れたところにある日系人のキリスト教会に行っているが、そこの日語部の牧師はあなたと同じ京都の出身の方で、年もそれほど変わらないからそこへ一度行ってみなさい。皆さん、喜んで協力してくださいますよ、と言ってくださいました。


でも、私は敷居が高く感じて教会には行きませんでした。
この方からお電話があり2度目の注文をいただき訪ねましたところ、もう教会には行ったかと尋ねられ、私はまだ行っていなかったことをお詫びして、早速教会に足を運びました。


案の定、皆さんとても協力的でたくさん製品を買ってくださいました。
そして、牧師先生が今度の日曜日の朝、教会にいらっしゃいと誘ってくださいました。
それからしばらく毎週、教会の礼拝に出席しましたが、正直なところ牧師の話すメッセージはあまりわからず、しょっちゅう居眠りをしていました。


でも、牧師先生とは親しくなり、行くたびに牧師室にある本をお借りして読みました。
その中に、三浦綾子の『塩狩峠』や榎本保郎の『ちいろば』などがありました。


私は毎週礼拝後、牧師に聖書の中の難問をぶっつけていました。
このような時、日本のビリー・グラハムと呼ばれる日本の大衆伝道者、本田弘慈先生がこの教会に特別伝道集会に来られるからぜひいらっしゃいと誘われました。
私は当時、ビリー・グラハムや本田弘慈の名前はおろか、特別伝道集会が何かもまったく知りませんでした。
でも、何か惹かれるものを感じて、これに出席することにしました。


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そして、数週間後その日がやってきました。
続きは次回に。


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千載一遇のチャンス

2014.06.14日

昨日はプールに行って850m泳いできました。
そして夕方涼しくなってウォーキングに出かけました。歩いた時間は約2時間で距離は12km。
結構いい運動ができました。




大磯の海は昨日は波が高く、20人あまりのサーファーがサーフィンを楽しんでいました。
しかし、なかなかぴったりの波が来なく、ほとんど人は海の中で漂っています。
いい波が来るタイミングと場所は本当にまぐれのようなもので、それこそ「千載一遇のチャンス」じゃないですが、何十回に一回あるかないかで、たとえいい波が来てもそれにうまく乗れない人がほとんどで、彼らは波間に浮いているばかりです。
しかも最高の波が来てうまく乗れたとしても、その時間はわずかほんの数秒。次の瞬間には波間に飲まれています。


この時、私はふと思いました。
人との出会い、とくに結婚などもまさにそうではないか、と。
波はしょっちゅう来るのですが、自分にぴったりで、うまく乗れる波というのは数えるほどしか来ません。
同様に、結婚する相手との出会いというのも、なにか「ビビッ」と来るようなものがあり、決して条件ではなく、タイミングの問題が大きいように思われます。


さて、ここから昨日の記事、「成功とはあきらめないこと」の続きです。


断られても断られても食い下がっていった結果、ようやく就業許可を得て、パサデナ大学で教えることになりました。若干24歳、修士号を取ったばかりの新米教師です。
最初の授業は、外国語学部長が私を教室に案内し、学生たちの前で私を紹介してくださいました。
「This is Dr. Professor Joji Funada!"
と言われて、まだドクターは取っていないし、教授などとんでもない話で非常勤講師なのにと、ドギマギしました。
クラスにはまだ十代の若い学生もいましたが、40代から60代ぐらいの年配の方々もいらっしゃってちょっとビビりました。
私はここでも例の「何事にも一生懸命」で、毎回の授業で山ほどのプリントを用意しておいて、授業で使い、また宿題にもしました。そして、ほとんどの学生が毎回宿題をきちんとやってきて、「あいうえお」から始めた学生たちはセメスター(学期)の終わりには、ひらがなで日本語作文を書いて提出してくれるに至り、感動しました。


さて、教えていたクラスのうちのひとつに夫が日系3世、妻がブラジル系アメリカ人のカップルがいました。
いつもとても愛想がよく、気さくに話しかけてきました。
ある時、この夫婦が自分たちのうちでパーティをやるのでぜひ来てほしいと誘ってくれました。
私は喜んでそのパーティによばれて行きました。
ところが、驚いたことにクラスの学生がだれもいず、知らない人ばかりです。
しばらくスナックや飲み物をいただいて、いろいろな人と立ち話をしていたら、突然一人のスーツを着た紳士がみんなの前に立ち、小さなホワイトボードを使ってビジネスの話を始め、続いてその奥さんがその会社の製品のデモンストレーションを始めたのです。
私はビジネスにはまったく興味がなかったので、なにかハメられたという感じがしました。
それで一応話が終わると、すぐにいとまを告げて家に帰りました。


ところが、その夫婦がその後、何度も電話をしてきて、とにかく家で使う分だけでもいいから、うちの製品を試しに使ってくれとしつこく言い、私の家までいくつかの製品を届けてくれました。
それで、仕方なくれらを使い始めたところ、どれもこれも品質は素晴らしく、私は彼らから製品を買うと言いました。ところが、同じ製品を使うなら会員になったら3割引きで買えるからと言ってメンバーになるよう強く勧めます。
さらに、もしよければ隣近所の人や知り合いに製品を勧めて売ると小遣い稼ぎになると言うので、仕方なくメンバーになることにしました。
そして、両隣の家の人に勧め、その人たちの紹介で、というふうに少しずつ客が増えていきました。
ある時、日本人が多く住んでいる地区で、飛び込みで一軒の家の玄関のチャイムを鳴らしました。
出てきたのは日系2世の少し年配の方でした。


この話はまだまだ続きます。これがどのようにしてそれこそ本物の「千載一遇のチャンス」につながるのか次回をお楽しみに。


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成功とはあきらめないこと

2014.06.13日

私の座右の銘は「成功とはあきらめないこと」です。


今から39年前のこと。
当時私はアメリカに留学していました。修士課程を終え、博士課程で言語学を研究していた時のことです。


ucla2.jpg

UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の中庭で昼食を食べているところ。隣の人は日本から来ていた研究者で親しくさせていただいていました。


当時、私はアルバイトで通訳や翻訳の仕事をするほか、現地の日系人の子どもたちに日本語を教えていました。
その日本語学校の校長先生がパサデナ大学というところで日本語の講師をしていらっしゃたのですが、
「一緒に教えている人がやめるので空きが出る。やってみないか」と声をかけてくださいました。
二つ返事でお引き受けしました。
ところが私は外国人留学生だったので、正式に働くことはできません。
work permit (就業許可)を得なければなりませんでした。そこで移民局に行き、必要な手続きと書類を尋ね、カリフォルニア州の教員免許状や通っていた大学の学部長の推薦状、パサデナ大学の学部長の招聘状などをそろえました。
そして、移民局に行くと、まだ経済状況の証明書が足りない、と言われ、再度その書類を持って行きました。


ところが、窓口の人が 「work permit は出せない」と言うので、「上司の人をお願いします」と言いました。
担当のボスが窓口に出てきましたが、「だめだ」のひと言。
私は、「言われた必要な書類は全部そろえてきました。なぜだめなんですか?」と尋ねました。
「今、アメリカは不景気で、外国人に仕事をあげるぐらいならアメリカ人にあげる」
「でも、日本語を教えることができるのは日本人でしょう。パサデナ大学でも私を求めています。それに、今私自身、経済的にも大変なので、どうしてもこの仕事が必要なのです」
「留学生は学費が払えるという前提で来ているので、経済的に厳しくなったら本国に帰ってください」
と言って、バタンと窓口のドアを閉めてしまいました。


私はこのままあきらめて帰ることはできない、と覚悟を決めて、もう1度先ほどのボスに会うために、そこに居座りました。
お昼の時間になり、ボスが食事をするためにオフィスから出てきたところをつかまえました。
ボスは私の顔を見るなり、顔をしかめて足早に逃げようとしました。
私はボスの後を追いかけながら、何度も何度もお願いしました。
ついにボスは立ち止まり、私の顔をまじまじと見つめて、私の手から書類をもぎ取ると、「〇年△月までのみ有効」と書くと、その下に6本の強調の線を引き、私に手渡すと黙ってその場を立ち去りました。
よほど頭にきていたのでしょう、あまりにも力を入れて線を引いたので、紙が破れそうになっていました。


私はこの経験から、「何事も簡単にあきらめてはいけない。いや、成功とはあきらめないことだ」ということを学びました。
以来、この経験がどれほどいろいろな場面で私を助けてくれたか数え切れません。
それで、いつも生徒たちに「成功とはあきらめないことだ」と話しています。
あきらめずにずっと続けていると必ず成功します。


この話にはさらに後日談があります。続きはまた次回に。


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黄金律とは

2014.06.12日

「友達の友達は友達」に書きましたように、去る4月の14日、高校時代のミニ同窓会に参加するために京都に行ってきました。
その前日は、お隣の滋賀県に寄り、何人かの方々との「素晴らしい出会い」がありました。
その夜は、親しいFBフレンドの方のお世話になってホテルに泊まり、翌朝京都に出発する前、その方がホテルに訪ねてきてくださって短いひと時でしたが、素晴らしいお交わりの時を持たせていただきました。


お別れする時にその方からプレゼントしていただいた一冊の本、『バイブルに見るビジネスの黄金律』(マナブックス)は示唆に富む本当に素晴らしいものでした。
「一線で働くクリスチャン・ビジネスパースン20人の証言」が副題ですが、この中には例えば、近江兄弟社や資生堂、MKグループ、白洋舎、カネボウ薬品、ムラサキスポーツなど、普段の生活の中でよく見かける有名な会社などがたくさん入っています。(シリーズ2も出ています)


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聖書の黄金律とは、
「何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい」
(マタイの福音書7:12)
というイエス・キリストのおっしゃった有名なお言葉で、これを経営方針のモットーとしておられる会社のトップの方々がインタビューに答える形式になっています。


その中の一つ、人材派遣会社、株式会社フジスタッフの経営理念は、
「人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい」という聖書の黄金律。社員は毎日の朝礼でこの聖書の言葉を斉唱し一日の業務を始める。毎月一回の幹部会は牧師のメッセージから始まり、聖書の話を通して人間関係や生き方の学びをしている。
「人を扱う会社が、人を大切にする理念がなければ失敗します。効率とお金儲けに走ることよりも人を大切に育て、お互いの追求するものを共有していくことが大切です。だから、聖書のことばから一日を始めます。そうすれば神様が祝福されないはずがありません」
(上掲書 p.97)
「聖書のことばをシンプルに受け入れ従うこと。それしかありません」
(同 p.102)


この本をくださった方も、この黄金律に従って会社を経営していらっしゃり、お仕事はとても祝福されています。


私たちのアカデミー学院の仕事もまさに「人を扱う会社」。
相手は幼稚園児から小中高校生、そしてその生徒たちを送ってきてくださっているご父母、ご家族の方々、そして毎日生徒に接して教育に携わる講師の先生方。
妻と私は毎朝、これらの人たちのためにお祈りをもって一日を始めます。
一人ひとり、そしてそのご家族の祝福を祈ります。
時に、ウォーキングしながら、生徒や卒塾生の家の前を通るとやはり祈ります。というか祈らずにはいられません。
ときには、「近くの小中学校」を回りながら祈ることもあります。


私たちは年賀状などに、「ご多幸をお祈り申し上げます」などとよく書きますが、いざ自分が本当に祈られていると思うと、誰でも嬉しくなるのではないでしょうか。


私たちもこの聖書の黄金律をモットーにこれまでアカデミー学院を運営してきて、数え切れないほどのたくさんの祝福を神様からいただいてきました。
この黄金律はビジネスのみならず、人の人生そのものに、そして人間関係などすべてのものに適応されるまさに最高の黄金律です。
さらに、この祝福は神様を信じる者には誰にでも惜しげなく与えられるものです。


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コミュニケーションで最も大切なことは

2014.06.11日

"The most important thing in communication is to hear what isn't being said."
-- Peter F. Drucker, Author and Management Expert
「コミュニケーションで最も大切なことは、話されていないことを聴くことだ」
(舟田訳)
(ピーター・ドラッカー 著作家、経営学者  1909年 - 2005年)


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数日前の記事「真のコミュニケーションとは」にうろ覚えで書いた「良いコミュニケーションとは、相手が言ってないことを聴き取る能力」というのは、上のドラッカーの言葉でした。


一昨日、「昨日はリラックスデー」の中に、今では珍しくなった元訳聖書を高城さんに見せていただいたと書きました。
そして、その中に
「私も昔、神戸の古本屋でボロボロになった元訳聖書を買ったのですが、今ではどこに行ったのかわかりません」
と書いたのですが、ちょっと気になって探してみました。
すると、意外や意外、自分の寝ている寝室に置いてある書棚の聖書のコーナーにあるではありませんか。ただし、これは新約聖書だけの薄いもので、高城さんの旧新約聖書のぶ厚いものとは比べものになりませんが、同じように革表紙はもうボロボロになっていました。
この聖書を持っていらっしゃった高城さんのお父さまは、内村鑑三の孫弟子だったというから恐れ入ります。


motoyaku3.JPG motoyaku4.JPG

(画像をクリックすると拡大され、字が読めます)


上の高城さんの聖書を見た瞬間、これは文語訳聖書でなく元訳聖書だ、と直感でわかったのには理由があります。
「金色夜叉」に書いた関西聖書神学校で一番大きな影響を受けた教授、小島伊助先生の授業の中でしょっちゅうこの元訳聖書が文語訳聖書と並べて引用されていたからです。
たとえば、約翰傳(ヨハネ伝)3:16は次のようになっています。


「それ神は其(その)生(うみ)たまへる獨子(ひとりご)を給(たもう)ほどに世の人を愛し給へり此(こ)は凡て彼を信ずる者に亡(ほろぶ)ること無(なく)して永生(かぎりなきいのち)を受(うけ)しめんが爲なり」(元訳聖書)
「それ神はその獨子を賜ふほどに世を愛し給へり、すべて彼を信ずる者の亡びずして永遠(とこしえ)の生命(いのち)を得んためなり」(文語訳聖書)


文語訳の方は有名でこれを覚えている方は大勢いらっしゃることと思いますが、元訳はマイナーであまり知られていません。でも、両者とも文語調なので一見そっくりに見えるのですが、それぞれに味わいがあります。


冒頭に引用したドラッカーの言葉、
「コミュニケーションで最も大切なことは、話されていないことを聴くことだ」
は真理です。
字面(じづら)だけを読んでいたのでは、魂に響きません。
内村鑑三の影響を大きく受けた作家、太宰治は聖書をよく読んでいましたが、聖書のメッセージが自分の魂に届かず、それで苦しんでついには自殺を遂げています。


聖書や小説を読むときに限らず、人の話を聞く時、「話されていないこと」すなわち言外のメッセージ、か細くて聞こえにくいメッセージ、その人が本当に語ろうとしていることを聴きとることは、ドラッカーの言うようにコミュニケーションで最も大切なことです。


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どんなことでも達成できる

2014.06.10日
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"You can accomplish anything if you're willing to pay the price"
「犠牲を払う覚悟ができているならどんなことでも達成できる」
(舟田訳)
-- Vince Lombardi, American Football Coach
(アメリカンフットボールコーチ  ヴィンス・ロンバルディ)


何かことをなそうとしたら、当然のことながら、時間やお金、学び、訓練、練習に次ぐ練習と、犠牲が伴います。逆に言うと、犠牲の伴わない成功なんてあり得ません。
冒頭のアメリカンフットボールコーチ、ヴィンス・ロンバルディはWikipediaによると、
「アメリカンフットボールのコーチ。ヘッドコーチとして通算で105勝35敗6分け、勝率.750という成績を収め、負け越したことはなかった。彼がパッカーズを率いたポストシーズンでの通算成績は9勝1敗で、その間に5度のリーグチャンピオンシップ優勝を成し遂げ、そして第1回および第2回スーパーボウルを連覇した。ロンバルディの人気は当時リチャード・ニクソンが1968年の大統領選挙においてロンバルディを副大統領候補にしようと思ったといわれたほど高かった」。


副大統領候補に推されるほどの人気だったのです。
人気の秘密はもちろんその指導力にあったのですが、冒頭の「犠牲を払う覚悟ができているならどんなことでも達成できる」という、彼の積極思考と固い信念、そしてその実行力にもあったことと思います。


彼の言う、「犠牲を払う覚悟ができているならどんなことでも達成できる」はバスケットなどのスポーツに限らずどんなことにも適用できるでしょう。
夫婦、親子、兄弟姉妹などの家族関係を始めとするあらゆる人間関係から、今問題になっている日韓、日中、日露、露・ウクライナなどの国際関係、またあらゆる仕事において、本当にどんなことでも何かことをなそうと思ったら、そのための「犠牲を払う覚悟」が必要不可欠です。
学生なら勉強や部活などもそうでしょう。就活もそうです。
そして、この世のあらゆる分野で大きな功績を残し、社会に、後世に貢献した人というのは、例外なくこの「犠牲を払う覚悟」をして、それに命をかけてきた人たちです。


それでは、自分はそこまで行かなくてもいい、と言う人はどうなんでしょう。
どんな人でも、やったらやっただけの結果はついてきます。当然、やらなければやらない結果がついてくる、これはこの世の真理です。それを知ったうえでやらないのは本人の自由です。
このことは、だれでも例外なくみんな自分の人生で体験してきていることと思います。今からでもその気になりさえすれば、まだまだもう手遅れということはない、ということなのです。


嘘だと思ったら、試してみませんか?
そして、冒頭の名言が真理であることをあなたも実証してみませんか?


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昨日はリラックスデー

2014.06.09日

昨日は私たちの行っている教会の礼拝に、1か月半ほど前にお会いしたFBフレンドの高城さん(「新超ひも理論 その2」)が訪ねてきてくださいました。
礼拝中、隣りの席にいらっしゃる高城さんは賛美の時、とてもよく通る大きないい声で賛美され、圧倒されました。


礼拝が終わり新来会者紹介の時、私との出会いのきっかけ、裏話をご紹介してくださいました。
私のブログをご覧になって、「平塚にお住まいですか。私もよく平塚海岸に犬を連れて散歩に行くんですよ。そのうちにお目にかかれるかも、と書いたところ、舟田先生の方からぜひお会いしましょう、とお声がかかり、その翌週にお会いしたのです」と。
そこで私が、
「高城さんは見た目は私よりも年上に見えるかもしれませんが、実は同い年です。でも、お体は健康そのもので、私よりもずっと若く、握手した時には飛び上がるほどの握力でした。お会いしてすぐに親友になりました。心友、すなわち心の友でもあり、また信友、信仰の友でもあります」とご紹介しました。


礼拝後のお茶の時間、主人公はもっぱら高城さん。とにかく話題が豊富で尽きません。
持って来られたお父様の形見の皮表紙の元訳聖書を見せてくださいました。
これをテレビの「お宝鑑定団」に出したら相当な額がつくだろうとみんなで話していました。


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聖書の中でも特に有名なヨハネの福音書3:16を見てみると次のように訳されていました。
「それ神は其(その)生(うみ)たまへる獨子(ひとりご)を給(たもう)ほどに世の人を愛し給へり此(こ)は凡て彼を信ずる者に亡(ほろぶ)ること無(なく)して永生(かぎりなきいのち)を受(うけ)しめんが爲なり」
私も昔、神戸の古本屋でボロボロになった元訳聖書を買ったのですが、今ではどこに行ったのかわかりません。


この後に出た有名な文語訳聖書は微妙に違い、このように訳されています。
「それ神はその獨子を賜ふほどに世を愛し給へり、すべて彼を信ずる者の亡びずして永遠(とこしえ)の生命(いのち)を得んためなり」


教会を後にして駅ビルに向かい、そこでお昼を一緒にいただきました。
ここでも高城さんはその豊富な話題をもって私たちを堪能させてくださいました。


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高城さんとお別れして、私はまた一人歩いて大磯の海岸に行きました。
昨日は波はそれほど大きくなかったのでサーファーは少なかったようです。
雨上がりの晴れ間でしたが、海の色はいつもより黒く濁っているように見えました。
浜辺では何人かの子どもたちがきゃっきゃっと歓声を上げながら駆け回ったり、砂浜に穴を掘ったり、波打ち際に入ったりして遊んでいました。


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ああ、日本は平和だなぁとつくづく思いました。
そして、私の心も平和になるのを感じ、神様に感謝した次第です。
こういう平凡な風景、日々の生活の中にも神様を身近に感じられるのは何という幸せなことでしょう。


家に戻ったら2時間半ほど歩いていて、iPhone の Walkmeter によると14kmほどになっていました。


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国際人材育成 多様に

2014.06.08日
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 文部科学省の「スーパーグローバルハイスクール(SGH)」に指定された全国の高校で、国際的な人材を育成する取り組みが始まっている。生徒が住む地域と世界に共通する課題を研究したり、海外に進出した地元企業の活動に触れて国際的な問題を考えたり。語学力のほか、コミュニケーション能力や問題解決能力の向上を目指す。
 SGHは、国際的に活躍できる人材の育成を目的に、今年度からスタート。応募のあった246校から56校が選ばれた。国立4校、公立34校、私立18校で、各校には原則5年間、事業費が交付され、初年度は1校あたり1600万円が上限となる。
 総合学習で「世界の水問題」について研究活動を行ってきた宮城県立仙台二華高校は、宮城、岩手両県を流れる北上川と東南アジアのメコン川を比較し、タイ、カンボジアなどで現地調査も行う。それぞれの川の歴史や課題などを学び、国際協力機構(JICA)やNPOなどとも連携を図る。
 海外の大学進学にも力を入れる千葉市の渋谷教育学園幕張高校では、「食」について研究した上で、討論や発表などを行う。最終的には、外国の生徒を招いて英語で国際会議を開くことを目標とする。
 徳島市の徳島県立城東高校は、同県発祥の医薬品メーカー、大塚製薬と連携。生徒が同社の国内外の拠点を訪ねる予定だ。尾崎好秋校長は「地元企業の活動に触れ、地域に根ざしながら世界のことを考える視点をもってほしい」と話す。
 公立中高一貫校の先駆けとして知られる宮崎県五ヶ瀬町の五ヶ瀬中等教育学校では、「野性味あふれるグローバル・リーダー」の育成が目標。少子高齢化や農林業の停滞など地元が抱える問題を学習したうえで、同じ課題を抱える国などを訪れ、有効な対策を探る。

(読売新聞 6月7日付 「学ぶ 育む」19面)


この記事をお読みになられた皆さんのご感想はいかがでしょうか。
こんな勉強してみたい、あるいは子どもにさせたい、と思われませんか?
勉強嫌いの子どもがほとんどの普通の学校では真似のできないカリキュラムです。でも、このような勉強だったらきっとみんな勉強大好きになるんじゃないでしょうか。


これまでの試験のための暗記・詰め込み式学習が今、どんどんこのような生きた学習に生まれ変わりつつあるのです。
そして、これこそ我がアカデミー学院が目指す、楽しく学び、学んだことが将来の人生に生かされる真の教育なのです。
とは言っても、現実に学校では中間・期末テストがあり、学校の成績、そして入試というものがある以上、学習塾として当然その責務を果たさなければなりません。でも授業の基本は機械的な暗記・詰め込み式ではなく、「なぜ」を大切にした理解の伴う、楽しみながら学び、身に着くをモットーにしています。


と同時に、アカデミーでは上のような試みを小学生のために行っています。
それが、中高一貫校を目指す生徒のためのコースです。
これまでにもこのブログで何度かその活動を紹介してきましたが、その働きが以前読売新聞でも取り上げられました(「全国デビュー」)。
また、このほか「わくわく発見クラブ」も同じようなことを目標に、よそにないとてもユニークな学習を行っています(「わくわく実験教室実施」)。


アカデミーは地域密着型の私塾ですが、冒頭の読売新聞の記事のような本物の教育をこれからも目指していきたいと願っています。ぜひ応援ください。


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「ダメもと」と「ダメダメ」

2014.06.07日

「だめもととは『ダメでもともと』の略で『無理を承知でやってみる』という行為や『無理を承知でやってみて、出来ればいい』という微かな願望を意味する。平成に入ってから普及。だめもとはスポーツなどで圧倒的差のある上級者や強いチームに挑むときや、明らかに時間が足りない中で作業を完成させなければならない(完成させたい)ときに使われる」 (日本語俗語辞書 より)


県内トップレベルの高校を受験する中3のT君が何年か前、私に言いました。
「学院長、前期選抜はやめて後期選抜一本に絞るかどうかで迷ってるんです」
「えっ?どうして?」
「学校の進路指導で、先生に前期選抜はあまり可能性がないし、時間と労力がもったいないから後期だけにしたらって言われたんです」
「なるほど、そういうことね。でも、受けなければ受かる可能性はゼロだけど、受ければたとえ1%でも受かる可能性はあるんじゃない?それに前期選抜を受けるのにどれだけの時間と労力を使うの?自己PR書を書くのと面接練習だけでしょ」
「そうですね。やっぱり受けることにします」


こういうのを「ダメもと」と言います。
ダメでもともと。やるだけやってみて、だめだったら素直に結果を受け入れるだけです。


それにしても、学校の進路指導というのはいつもそうですが、「ダメもと」ではなく、「ダメダメ」です。
本人の意思も可能性も考えず、現状だけを見て、あまりにも簡単に「無理」「不可能」と言ってやる気をくじいてしまいます。
これまで似たようなケースで、担任から「絶対に無理、やめておけ」と何度「ダメダメ」と言われても、自分の意志を変えずチャレンジして、無謀と言われていた志望校に合格した人は数え切れないほどいます。


アカデミーはもともと英会話学校としてスタートしました。
まったく知り合いのいない土地で、一からというよりもゼロからのスタートで不安もありました。
でもスタートすると同時に、小学1年生から中学生・高校生・大学生・一般成人の方まで150名ほどの方が入会してくださいました。
そのうち、通っていた中学生が学校の英語を教えてほしい、数学と国語も学びたい、と言って小規模な学習塾を始めました。
時代は移り変わって英会話のニーズがだんだん減っていき、逆に塾のニーズが増えてきて自然の成り行きで塾に移行していきました。


そして、やっていた集団指導に加えて、当時、まだそれほど一般的でなかった個別指導を始めようと考えました。
その時、私の家族も、また講師の方たちもみんなが「無理」「時期尚早」などと一斉に反対しました。
つまり「ダメダメ」と言ったのです。
しかし、私は「なぜ無理なのか」「どうすればできるか」「どんな方法があるか」「よそにないものはできないか」などを考え、みんなに提案して一つひとつの問題を検証してブレーンストーミングしました。
そしてその結果、おそらく日本中でアカデミーしかやっていないだろうと思う、集団指導と個別指導を自由に組み合わせることができるコースをいくつも作ることになりました。集団指導と個別指導のいいとこ取りをして作った、生徒一人ひとりのニーズに合わせたコースです。
これがヒットして、今ではアカデミーの一番の売りになっています。
「きっとうまくいく」という予感はしていましたが、やはり「ダメもと」で始めたのです。
あの時、周りの人たちの言う「ダメダメ」という言葉を聞いてやめていたら、今日のアカデミーはありません。


「ダメもとで始めて、成功した人はたくさんいる」と言うより、むしろ「成功した人は、みんなダメもとで始めた」と言っても過言ではありません。


受験や仕事に限らず、人間関係もすべて、初めから「ダメダメ」であきらめて何もしないより、「ダメもと」でやってみる方がはるかにいい結果を生み出します。


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「ダメもと」を自分の人生をもって証明した人、アメリカの第35代大統領ジョン・F・ケネディの残した有名な言葉をもって締めくくります。
"Only those who dare to fail greatly can ever achieve greatly."
「大きな失敗を覚悟して敢えて試す人のみが大きな成功を手にする」
 (舟田訳)


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自然界の知恵から学ぶ

2014.06.06日

「舟田式ひも勉強法 その31」のテーマは:


 26. 自然界の知恵から学ぶ


以下は2年近く前に書いた記事の再録です。
昨夜ウォーキングをしていて橋を渡ろうとした時、欄干についているライトに目が行きました。
一つひとつのライトのところにクモが巣を作っていました。中には二匹のクモが半分ずつ巣の領土を分け合っているところもありました。(領土争いをしている私たち人間も、クモから共存共栄の方法を学ばなければなりません)
私は、家の中でクモを見つけようものならぞっとして鳥肌が立つほどクモは苦手です。
でも、昨夜はクモに興味を持ちました。そこでちょっと立ち止まって観察しました。


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まず、巣の幾何学的な美しさに驚きました。脳みそなんかほとんどないクモにこんな知恵があるんだ、と感心しました。
次に、神様がクモに巣を作るための糸を体から出す能力を与えてくださっていることに感動を覚えました。
家に戻ってwikipediaで調べると、クモの糸について次のように解説されていました。
「糸の組成はタンパク質分子の連鎖で、体内では液状で存在し、体外へ排出される際に空気と応力によって繊維状の糸となる。これは不可逆反応で、空気上で液状に戻ることはないが、使用した糸を蛋白源として食べ、消化して再び糸などに利用する種もみられる。
糸の強度は同じ太さの鋼鉄の5倍、伸縮率はナイロンの2倍もある。鉛筆程度の太さの糸で作られた巣を用いれば、理論上は飛行機を受け止めることができるほどである。そのため、近年では人工的にクモの糸を生成する研究も行われている」

そういえば、以前新聞でこのことを知り、「芥川龍之介もびっくり!」という記事にも書いたことがありました。


そして、光に惹かれて集まってくる虫を獲るためにライトのところに巣を作る知恵もすごいと思いました。
最初は、虫を食べるなんて気持ち悪いと思っていたのですが、クモにしてみればそんなことは要らぬお世話。クモは虫しか食べられず、しかも虫が大好物なのです。
もし、クモに考える頭があるとしたら、人間が雑食で肉でも魚でもなんでも食べるのを気持ち悪いと思うことでしょう。


その時、はっと気づきました。ひょっとしたら人間が魚を獲るのに網を使ったり、いろいろな動物を獲る時、さまざまな道具を使っているのは、このクモの巣などをヒントにして考えついたのではないだろうか、と。
つまり、人間の体にはクモのように糸を作り出す能力はありませんが、自然界の動植物の営みなどから学んで新しいものを生み出す知恵が神様によって与えられているということです。
人間には常識を超えた「超常識」が生まれつき備わっているのです。
そのお陰で、そもそも羽がなくて飛べない人間が飛行機というものを発明して飛べるようになり、さらに宇宙にまで飛んでいけるようになりました。


人間の知恵は限りありません。
その知恵は自然界の観察から始まっています。
自然界を見て驚き、感動し、そこから「なんだろう?」「なぜだろう?」「どうやったらできるのだろう?」と考えが発展していく、これが人間に与えられている知恵です。


このような驚きや感動、「なぜ?」という疑問を持ちながら勉強をすると、勉強が楽しくなり、学んだことがどんどん身についていきます。
実際、勉強ができる人はみんなこのような方法で勉強していますし、これまで人類史上で偉大なことを発見したり、発明してきた人たちもみんなここからスタートしています。
そして、これは特別な天才だけに許されていることではなく、あなたにもできるということ。
これは私たちみんなにとって大きな福音です。


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真のコミュニケーションとは

2014.06.05日

いとしい相手から次のような手紙をもらったら、さて、どんな気持ちだろう。〈あくびがでるわ。いやけがさすわ。しにたいくらい。てんでたいくつ。まぬけなあなた。すべってころべ〉
◆絶望してやけ酒、やけ食いに走るのは早い。横書き6行の左端を縦に読んでみる。「あ・い・し・て・ま・す」。和田誠さんのエッセー集『ことばの波止場』(白水社)から引いた。詩人、谷川俊太郎さんの作という。伝統の言葉遊び、 折句(おりく) である
◆NHKが載せた新聞番組表の紹介文がちょっとした話題になっているらしい。2日夜に放送したサッカーワールドカップの特集『プロフェッショナル』である
◆〈日本代表エースに密着▽/本田圭佑500日の記録▽/ガチンコ総取材▽ミラ/ン移籍舞台裏▽挫折を/バネに進化▽超極秘ト/レーニングにケニア人▽/W杯へ独占インタ〉。横書きの左端を縦に読めば、「日・本・ガ・ン・バ・レ・W杯」となる。凝りましたね、NHK
◆苦心の折句も効いてか、日本時間のきのう、日本代表はコスタリカ代表との国際親善試合に逆転勝ちを収めた。「 言霊(ことだま) の 幸(さき) わう国」である。

(読売新聞 6月4日付「編集手帳」より)


私も昔、言語学をやっていたくらいで、言語には人一倍の関心があり、言葉遊びなども大好きです。
このブログでもこれまで何度も言語をテーマにした記事を書いてきています。
上の「編集手帳」も興味深く読ませていただきました。
しかし、冒頭の谷川俊太郎さんの作という手紙文は正直、ちょっといただけません。


あくびがでるわ。
いやけがさすわ。
しにたいくらい。
てんでたいくつ。
まぬけなあなた。
すべってころべ。


いくら言葉遊びと言っても、受け取った相手の気持ちを思うととってもじゃないですが、こんなことは書けません。いくら言葉遊びでも。
そこで、私だったら言葉遊びでどんな風に書くだろうかと少し考えてみました。


あなたのことを思うと
いても立ってもいられない
死んでもいいくらい
天を越えて
まっすぐに
すっ飛んで行きたい


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これでも、やはり左端の文字を縦に読むと「愛してます」となり、平凡かもしれませんが、これで十分な言葉遊びになっていますし、愛している気持ちは倍になって伝わることでしょう。
あまり気をてらって、冒頭のような手紙を書くと、受け取った人はやはりショックを受け、下手をすると真意が伝わらず心が裂けてしまうかもしれません。


コミュニケーションとはこういうものです。
気をてらって、面白いつもりで言ったとしても、相手にそれが伝わらず逆に不愉快な思いをさせるなら、それは上手いコミュニケーション術とは言えません。


先日、FB上で確か英語で書かれていたかと思うのですが、
「良いコミュニケーションとは、相手が言ってないことを聴き取る能力」
というような内容のものがありました。
確かに言葉だけでは気持ちは十分に伝わりません。


実際のところ、コミュニケーションにおいて言葉そのものが果たす役割はわずか7%と言われています。
それでは残りの93%は何かと言うと、顔の表情や声の調子、話し方、身振り手振りなどのノンバーバル(非言語)コミュニケーションなのです。
たとえば、
「愛してるよ」
と同じ言葉を言ったとしても、低い声で、顔は無表情で、冷たく言ったり、あるいはうるさそうな顔をして、
「愛してるよ。愛してる、愛してる、愛してる。もうこれでいいだろうっ!」
というような調子で言ったなら、相手には間違いなく
「愛していない」
というメッセージが伝わることでしょう。


これが「言霊」と言われる所以(ゆえん)で、言葉には魂が宿っているのです。


聖書には、次のようにあります。
「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。
この言は初めに神と共にあった。
すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった」
(ヨハネ1:1〜3)
「言は神であった」とあります。
この点において、神与の人間の言葉は動物の鳴き声とは根本的に異なるのです。


私たちも言葉を大切にし、コミュニケーションは真実に行うよう常に意識したいものです。


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人生における真の成功者とは

2014.06.04日
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億万長者の初老の男性がロールスロイスで砂漠を横断していました。冒険の旅です。
しかし、砂漠の中を何日間もぶっ通しで運転してしまったので、シャフトが故障してしまいました。
「こりゃ、大変なことになった・・・」
砂漠のど真ん中で、初老の男性はさすがに焦ります。いざというときのために持ち歩いていた無線機で、ロールスロイス社に修理の依頼をします。
「ここまで修理に来るのに、かなりの時間がかかるだろう。どうしたもんかな〜」
と男性が悩んでいると、砂漠の地平線から、轟音を立ててヘリコプターがやってきます。
すると、そのヘリコプターは、初老の男性の近くに着地し、中からタキシードを着た人たちが出てきます。
初老の男性がビックリして見ていると、タキシードを着た人たちはすぐに車の修理に取り掛かり、アッという間に故障を直してしまいました。
タキシードを着た人たちは、初老の男性に会釈をして、再びヘリコプターに乗って、去って行きました。
この対応の早さに感動した初老の男性は、砂漠の旅を終えた後、ロールスロイス社に電話をして感謝を述べます。
「先日は、どうもありがとう。まさか、砂漠のど真ん中まですぐにヘリコプターで故障を直しに来てくれるとは。本当に感謝しています。修理の支払いをしたいので、請求書を送ってください。いくらでも払いますよ。」
と言うと、電話口からロールスロイス社のスタッフが
「お客様、何かの間違いではございませんか? ロールスロイスは、絶対に故障しません」
と言ったそうです。


この話は有名で、私は中学生の頃聞いて以来、細部までしっかり覚えていました。
ところが最近、何かのはずみでふとこの話を思い出して、ちょっと調べてみました。
すると少し違う別のバージョンがありました。


ある富豪がロールスロイスに乗っていたが、故障したのでロールスロイス社に修理を頼んだ。
そしてロールスロイスは修理され直ってきた。しかし、いつまでたっても請求書がこないので、この富豪の男性は確認するために電話をした。ところがロールスロイス社からの返事は、
「お客様、ロールスロイスは故障いたしません」
という驚くものであった。


なるほどよく似た話です。
ところがさらに調べると、どうやらこの話は「ロールスロイスは故障しない車」というイメージから生まれた作り話らしいというのです。
ひょっとしたら、ロールスロイス社自身が創り出したものかもしれません。


この類いの話はルイ・ヴィトン、エルメス、シャネル、グッチなどのような有名ブランドにはよくあるものです。
「心のこもったサービス」の中に登場するディズニーランドもその例で、伝説のようになってたくさんの本になって出ています。


このことから私は教えられました。
ブランドとは自ら創り出していくものだ、と。つまり、商品やサービスなどで、消費者に絶対的な安心や信頼を得ること、それぐらいの意気込みで私たちは仕事に当たらなければならないということです。


またこれはただ商品やサービスに限らず、自分自身という人間そのものにも当てはまります。
人に信頼される人間になること、父親、母親に、あるいは夫、妻に、兄や姉などの兄弟姉妹関係において、親戚縁者、友人、知人、上司、部下、教師、生徒など、ありとあらゆる人間関係において信頼される者になること、これこそが人生における真の成功者ではないかと。
颯爽とロールスロイスに乗って、大豪邸に住んで、人がうらやむような生活をしていても幸せとは限りません。「本当の幸福とは」に書いた世界一の億万長者だったJ・ポール・ゲッティの人生は幸せとはほど遠いものでした。


たとえ質素、倹約で、この世的にはそれほど成功していると思われないような人でも、人から信頼されている人の人生は本当に幸せで、これこそまさに「人生における真の成功者」ではないでしょうか。


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人生の敗者復活戦

2014.06.03日
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 スパーキーにとって、学校生活は大の苦手だった。中学2年のときには、全部の科目で落第した。高校では、物理で零点をとってやはり落第した。ラテン語も代数も英語もまるでだめだった。おまけに、スポーツも得意ではなかった。学校のゴルフチームには何とか入れたものの、そのシーズンで唯一の重要な試合で負けた。敗者復活戦に出たが、そこでも敗れた。
 大きくなっても、スパーキーはあいかわらず引っ込み思案だった。嫌われていたわけではなかったが、とくに仲のよい友だちもいなかった。学校以外のところで声をかけられたりすると、びっくりした。こんな調子だったから、デートなどできるはずはなかった。高校時代、一度も女の子を誘ったことはなかった。断られるのが怖くて、声をかけられなかったのだ。
 スパーキーは負け犬だった。本人もクラスメートも、そのことを知っていた。だから、彼はあきらめていた。小さいころ、なるようにしかならないと悟ったのだ。そして、何のとりえもない自分を受け入れていた。
 そんなスパーキーにも、大切なことがひとつだけあった。絵だ。彼は絵にだけは自信があった。もちろん、誰もほめてはくれなかった。高校3年のとき、卒業アルバムの編集者にマンガを見せたが、採用してもらえなかった。それでも、スパーキーは自分には絵の才能があると信じ、プロのアーティストになろうと決意した。
 高校卒業後、彼はウォルト・ディズニー・スタジオに手紙を書いた。すると、作品の見本を送れという返事が来た。スパーキーはたっぷり時間をかけて作品を描いた。ついに、ディズニー・スタジオから回答があった。ここでも、彼は断られた。負け犬はまた負けたのだ。
 そこでスパーキーは、マンガで自伝を描こうと決めた。子ども時代の自分、いつも負けてばかりでぱっとしない少年を描いた。このマンガのキャラクターは、やがて世界中で有名になる。スパーキーにとっては、何をやっても失敗ばかりしている少年は自分、チャールズ・シュルツ自身だった。
 そのマンガの名は、『ピーナッツ』。凧を上げても絶対に上がらず、ボールを蹴ってもちっとも飛んでいかないキャラクター、チャーリー・ブラウンはこうして誕生したのだ。
『ピッツ・アンド・ピーシズ』より抜粋

(『こころのチキンスープ 9  もうすぐ大人になるあなたへ…』  ジャック・キャンフィールド、マーク・V・ハンセン著 ダイヤモンド社 p.156-157)


日本ではチャーリー・ブラウンと言ってもピンと来ない人が多いかもしれません。あの有名なマンガキャラクターのスヌーピーの飼い主で、本のタイトルは『スヌーピー』ではなく、『ピーナッツ』、アニメのタイトルが『スヌーピーとチャーリー・ブラウン』。スヌーピーが主人公だと思われがちですが、チャーリー・ブラウンがこのマンガ、アニメの主人公なのです。


Charles_Schulz_NYWTS.jpg


そして、この何をやってもだめな主人公こそ作者、チャールズ・シュルツ自身だったというのは何という皮肉。
しかも、どこの会社でも雇われなかった彼がのちに大成功を収めるとは、誰も想像だにしなかったことでしょう。


「瓢箪(ひょうたん)から駒」ということわざもあるように、何がいったいどこでどうなってどうなるか、本当にわからない。人生とはこのようなものです。
あなたの人生も、まだまだこれからどうなるか、わかりませんよ。
「人生の敗者復活戦」はだれにでもあるのです。


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人口減克服

2014.06.02日

人口減克服、次の最大のハードル…骨太方針原案


 政府が6月下旬に閣議決定する「経済財政運営の基本方針(骨太の方針)」の原案が31日明らかになった。
 デフレ脱却と経済再生の次に乗り越えなければならない最大のハードルとして「人口減問題の克服」を位置付けた。50年後も1億人の人口を保つため、抜本的な少子化対策を進め、人口減と低成長の悪循環を断ち切る必要があると強調した。
 政府が骨太の方針で人口減対策に本格的に取り組むのは初めてだ。原案では、人口減と高齢化の流れを変えるのは難しく、効果が出るのに時間もかかるため、2020年には急激な人口減の流れを変えなければならないと指摘。抜本的な改革を進めるべきだ、と強調した。1人の女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率は1.41(12年)で、人口を維持するために必要な2.07を下回る。米国の1.93(10年)やフランスの2.00(11年)との差も大きい。骨太の方針では出生率の数値目標は示さないが、政府内では早期に出生率を回復させなければならない、との意見では一致している。
 女性が育児をしやすい環境を整えるため、社会保障や税制など、あらゆる分野で制度を見直す。具体的には、国の予算を出産や教育にこれまでよりも重点的に配分し、特に第3子以降の子どもを産み育てやすくする。また、保育士の資格を持ちながら現在は職場を離れている人の復帰を促すことで、待機児童を減らすことも検討する。
 長時間働くことが当然となっている今の働き方の見直しも進める。特に男性の働き方を見直し、育児や介護にかかわることができるような環境を整える。出産や育児に伴う女性の負担を減らすことで、低迷している出生率を高める狙いがある。
 甘利経済財政相は31日、札幌市内で記者団に対し、「子どもを産み育てるのか、女性が社会進出を選ぶのかは、二者択一ではない。無理なく両方を選択できる環境整備に取り組みたい」と述べた。

(読売新聞 6月1日付朝刊1面トップ記事)


「日本の将来の可能性」など、このブログの中でも何度も少子化対策を訴えてきました。
これまでは少子高齢化はもう避けられないもの、仕方ないものという論調が多く、ほとんどの識者が少子高齢化を前提として話してきていたので、昨日の上の記事にはちょっとホッとさせられた感じがしました。


加えて、昨日は平塚では人口が急増したのではないかと思うほど、どこへ行っても、人、人、人でびっくりしました。


午前中、礼拝していた湘南見附キリスト教会の真向かいにある見附台広場では、第11回「湘南よさこい祭り2014」が開催されていて、すごく賑やかでした。
礼拝が終って外に出ると、駅周辺部の国道の大通りはこの祭りのストリートパフォーマンスのため交通規制がされていて、まさに人があふれていました。


festival1.JPG festival2.JPG


ここを出て、車で湘南平塚海岸に着くと、ここも人でいっぱい。
ビーチバレー、ビーチサッカー、バスケット、スケートボード、海水浴、海難救助の練習部隊等など、空にはパラグライダーが飛んでいてここの賑わいようも今年一番でした。


beachwalk.JPG hiratsukabeach4.JPG


beachvolley.JPG beachsoccer.JPG


幼児から小中高校生、大学生、青年から中年、高齢者まで、あらゆる年齢層の人たちが参加していたこの祭りやビーチの賑わいを見ていて、やはり人口減克服、脱少子化のためには政府や自治体任せではなく、私たち国民、市民一人ひとりの積極的な意識の向上と参画が必要だとひしひしと感じました。


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人生の意味

2014.06.01日

「舟田式ひも勉強法 その30」のテーマ:


 29. 人生の意味


うちの塾の仕事を継いでくれる次男の正人が先日、今の私に力になると思うと言って一冊の本を貸してくれました。
『モリー先生との火曜日』(ミッチ・アルボム著 NHK出版)です。


表紙カバーそでに書かれている本書の紹介文。
「スポーツコラムニストで活躍するミッチ・アルボムは、偶然テレビで大学時代の恩師をみかける。モリー先生は、難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)に犯されていた。
16年ぶりの再会。モリーは幸せそうだった。動かなくなった体で人とふれあうことを楽しんでいる。
『憐れむより、君が抱えている問題を話してくれないか』
モリーは、ミッチに毎週火曜日をくれた。死の床で行われる授業に教科書はない。テーマは『人生の意味』について」


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2000年にノンフィクション部門でベストセラーとなり、テレビ映画化もされました。
これは小説ではなく実話なので、読んでいて胸に迫ってくるものがあり、何度も泣かされました。
共感するところが多々あり、自分をモリー先生の立場に置いて考えながら読みました。
いくつかモリー先生の言葉を以下にご紹介させていただきます。


「多くの人が無意味な人生を抱えて歩き回っている。自分では大事なことのように思ってあれこれ忙しげに立ち働いているけれども、実は半分寝ているようなものだ。まちがったものを追いかけているからそうなる。人生に意味を与える道は、人を愛すること、自分の周囲の社会のために尽くすこと、自分に目的と意味を与えてくれるものを創りだすこと」 (上掲書 p.48)


「ミッチ、さっき君、私が知りもしない人のことを気にかけているって言ったけれど、この病気のおかげでいちばん教えられていることは何か、教えてやろうか?」
 何でしょう?
「人生でいちばん大事なことは、愛をどうやって外に出すか、どうやって中に受け入れるか、その方法を学ぶことだよ」
 声がささやくように細くなった。「愛を受け入れる。自分は愛されるに値しないとか、愛を受け入れれば軟弱になると思われがちがちだけれども、レヴァインという賢人が言ってるよ、『愛は唯一、理性的な行為である』」
モリ―はこの言葉を心をこめて、一語一語意味を確かめるように反復した。「『愛は唯一、理性的な行為である』」 
(同上 p.57)


「この国では、ほしいものと必要なものがまるっきりごっちゃになっている。食料は必要なもの、チョコレートサンデーはほしいもの。自分を欺いてはいけないよ。最新型のスポーツカーは必要ではない。豪邸は必要ではない。
 はっきり言って、そういうものから満足は得られない。ほんとうに満足を与えてくれるものは何だと思う?」
 何ですか?
「自分が人にあげられるものを提供すること」
 ボーイスカウトみたいですね。
「別にかねのことを言ってるわけじゃない。時間だよ。あるいは心づかい。話をすること。そんなにむずかしいことじゃないだろう。
(中略)
 おぼえているかな、いかにして意義ある人生を見出すかについてしゃべったこと。私は書きとめておいたけれども、そらで言えるよ。人を愛することに自らを捧げよ、周囲の社会にみずからを捧げよ、目的と意味を与えてくれるものを創り出すことに自らを捧げよ」
 そこでにやっと笑って、つづける。「気がついただろうけれど、サラリーの話はその中に一つもない」
(中略)
 一息入れて、こちらを見る。「私はもうじき死ぬ。そうだろう?」
 はい、そうです。
「ほかの人の悩みを聞くのが、私にとってなぜ大切だと思う? 自分の痛み苦しみだけでもうたくさんじゃないか?
 もちろん、そう。だけど、人に与えることで自分が元気になれるんだよ。車や家じゃない。鏡にうつる自分の顔じゃない。自分の時間を与え、悲しい思いをしていた人たちをほほえませることができれば、私としてはこれ以上ないほど健康になった感じがするんだよ。
 こうしてあげたいと、心の底から出てくることをやるんだな。そうすれば、不満をおぼえることはない。うらやむこともない、人のものをほしがることもない。逆に、こうしてもらいたいと、心の中へ戻ってくるものには押しつぶされてしまう」
(同上 p.129-131)


このほか、まだまだたくさんありますが、あとは皆さんご自分でお読みください。
必ずや胸に迫ってくるものをお感じになり、ご自分の人生について考え直されるきっかけになるかと思います。
人生の意味について考え、それが目に見えないような小さな無数の点と点がつながってひもになっている、ということにきっとお気づきになることでしょう。
お薦めの良書です。


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