学院長元気の出るブログ

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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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練習は夢をかなえる

2014.05.31日

「舟田式ひも勉強法 その29」のテーマ:


 28. 練習は夢をかなえる



このYouTubeの動画は以前、Facebook上でシェアしたものですが、ものすごい反響を呼びました。
現在までにすでに2000万回近くも再生されていて、世界中の人々に大きな感動を与えています。
この動画が教えるもの、それは「夢はかなえられる」というよりも、むしろ「練習は夢をかなえる」です。
登場する青年の自転車のわざはもう見事と言うほかありません。
この人の名前はDanny MacAskill(ダニー・マッキャスキル)。現在28歳、スコットランド出身のプロのストリートバイク青年です。
機械工だったのですが、フルタイムのプロになるために仕事をやめました。


しかし、ここまで来るのは決してたやすいことではありませんでした。
生まれつき、あるいは幼少の頃から才能を持っていて、初めからこのようなサーカスのようなわざができたわけではありません。
何百回、あるいは何千回も失敗し、こけて怪我をしたり、ひょっとしたら骨折もしたかもしれません。
毎日、毎日練習を繰り返し、悔しくて涙を流したこともあるでしょう。
あるいはあきらめそうになったこともあるかもしれません。


でも、彼はあきらめませんでした。
失敗しても、失敗しても練習しました。来る日も来る日も練習をし、それこそ自転車が自分の体の一部になるまで練習を繰り返しました。
そして上の動画のような信じられないわざができるようになったのです。
鍵は「練習は夢をかなえる」で、これはどのような勉強にも、その他あらゆることに通じることです。
一つひとつの練習の点と点がつながってひもとなり、今日の彼の素晴らしいバイクのわざになったのです。


もうひとつ、大自然の中で彼が実演している、これまた素晴らしい映像を発見しましたので、どうぞご覧になってお楽しみください。これは上のものよりもさらに過激です。
「練習は嘘をつかない」は本当です。



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禁じられた果実

2014.05.30日

「舟田式ひも勉強法 その28」のテーマは:


 27. ひも授業の模範例


"Forbidden fruit is the sweetest."
「禁じられた果実は一番おいしい」


eden.jpg

(ミケランジェロの「エデンの園」より)


 禁じられたことはかえってしたいものであり、見るなと言われると見たくなるのが人情である。不義の快楽は最も楽しいということで、『こわい物見たさ』や『無い物食おうが人の癖』に当たる。
 このことわざの出典は、『旧約聖書』創世記2章にある Adam と Eve の話である。人類の始祖であるアダムとイブは、『エデンの園』(the Garden of Eve)という楽園に住んでいたが、園にあるどの木の実を食べてもよいが、中央にある「善悪を知る木」(the tree of knowledge of good and evil)の実だけは食べてはいけないと神から言われていた。しかし、狡猾な蛇に誘惑されてイブが食べてしまい、一緒にいたアダムにも与えたので、アダムも食べてしまった。すると二人の目が開き、自分たちが裸であることに気づいて、イチジクの葉(fig leaves)をつづり合わせて腰に巻いた。そしてこれが神の怒りにふれ、アダムとイブはエデンの園から追放された。これが人間の犯した原罪(the original sin)で、人間が苦悩を背負うにいたったゆえんである。つまり女には「苦しみの中で子を産む」(in sorrow thou shalt bring forth children)という罰が与えられ、男には「額に汗してパンを食い、ついには土に帰る」(in the sweat of thy face shalt thou eat bread, till thou return unto the ground)という罰が与えられたのである。
 このアダムとイブが食べた forbidden fruit が apple であったとは、Bible の中では明らかにされていないが、イギリスの詩人 John Milton (1609-74) が Paradise Lost (『失楽園』)の中で apple と書いてから、一般にそう信じられるようになったという。
 ちなみに、「のどぼとけ」のことを英語で Adam's apple (アダムのリンゴ)と言うが、これは、アダムがリンゴを食べようとしたとき、天使が空から降りてきたので、アダムはあわててリンゴを飲み込もうとしたが、そのときかけらがのどに引っかかってしまい、それ以来、アダムの子孫である全男性ののどが飛び出して、「のどぼとけ」になったというわけである。日本では、その部分の骨が仏様の形に似ているというので、「のどぼとけ」と呼ばれているという説もある。なおアダムがリンゴを食べる前にイブはちゃっかり二つも食べてしまったので、女性は胸が二つふくらんだのだというjoke もある。
 アダムがイブに対して自己紹介した次の言葉は、人類が発した第一声である。
 "Madam, I'm Adam."
 実はこれは「竹やぶ焼けた」と同じく、後ろから読んでも同じ「回文」(palindrome)なのである。Madam の次のカンマと I'm のアポストロフィーが対称になっている傑作である。なお、これに対してイブが答えた言葉はもちろん "Eve." で、これも回文である。
 また、次の文はナポレオンがエルバ島に島流しになったときの言葉で、これも回文である。
 "Able was I ere I saw Elba."
(エルバ島を見るまでは余は才たけていた) ere=before
 さて、リンゴに関することわざをもう一つ挙げよう。
 * The apples on the other side of the wall are the sweetest."
 (塀の向こうのリンゴは一番おいしい)
 隣りの家のリンゴはおいしそうに見える。同様に、他人の物や手に入らない物は、とかくよく見えるものである。この世に浮気が絶えぬのも、他人の奥さんやご主人がよく見えるからである。
 リンゴは英米でもポピュラーな果物である。生で皮のままかじって食べることが多いが、焼きリンゴ(baked apple) にしたり、リンゴ酒(cider)、アップルソース(applesauce)などに加工して食することも多い。
 「ごまをする人」のことを apple-polisher と言うが、これは昔、アメリカの小学生が先生への贈り物としてぴかぴかに磨いたリンゴを持って行った風習からである。
 apple pie はアメリカ人の好物で、食後のデザートの代表であるばかりでなく、アメリカ人にとって愛国心の象徴でもあり、 as American as apple pie (きわめてアメリカ的な)という慣用句になっている。以前、GM(General Motors)というアメリカの自動車会社が、シボレー(Chevrolet)という大衆車の宣伝のために "baseball, hot dog, apple pie and Chevrolet" というテレビコマーシャルを流したが、これもまた、野球やホットドッグと並んで、アップルパイがアメリカ人の大好物であることを示していよう。
 「瞳」 (=pupil) のことを the apple of the (a person's) eye と言うが、これは「非常に大切にしているもの、掌中の珠(たま)」の意味になり、次のように使われる。
 She is the apple of her father's eye. (彼女は父親に目の中に入れても痛くないほど可愛がられている)
 さて、リンゴから連想する色は、日本では「赤」であるが、西洋では料理用の青リンゴから green のイメージが強く、 apple green (薄緑色)という表現もある。
 またリンゴは「豊穣(ほうじょう)、喜び、会い、健康、知恵」などを象徴するが、同時に禁断の木の実から、「罪、不和」などをも表し、不運な (unlucky)果物とされるのに対して、ナシ(pear)は幸運な(lucky)果物とされる。

(『ことわざの英語』 p.176-179 奥津文夫著 講談社現代新書より)


上の本はもう23年ほど前に買った、私のお気に入りの中の一冊で、これまでにもこのブログに何度か引用させていただいています。
今日、なぜこの章を引用したかと言いますと、これを読んでいると、かつて私が教えていた成人英会話クラスの内容とそっくりだからで、これが「舟田式ひも勉強法」の実演モデルのような感じがしたからです。
たとえば、「思いわずらうな」の記事の中にも、上のナポレオンの "Able was I ere I saw Elba." が登場します。


また、文中の"Baseball, Hotdogs, Apple Pie & Chevrolet" のテレビCMはちょうど私がアメリカに留学していた当時の1975年に大ヒットしたものでこれです。昔のものなのでちょっと画像は悪いですが、雰囲気は味わってもらえるものと思います。



その昔、私が30代の頃、中央大学で教えていた「英語表現研究」というクラスもちょうどこのような感じで、一つのことから次へ、またその次へとひものようにつながって、いろいろなことを教えていました。ただし、この時は日本語は一切使わず英語だけしか使わない授業でしたが。
その時の授業の様子を記したのが、「教え子に育てられる恵み」という記事の中に登場する、教え子のKさん(公立高校教諭のため匿名希望)が書いてくれた手記です。


私のこのような授業スタイルには実はモデルがあり、それが「難しくても 熱い授業」に書いたあの「ダルマ先生」です。


ひもでつながった勉強は本当に楽しいもので、暗記や試験のための勉強と異なり、ずっと頭の中に残っています。そして、それは人生のさまざまな分野で役立つ本物の勉強です。


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「批判」と「批評」

2014.05.29日

「舟田式ひも勉強法 その27」ですが、今日からタイトルを下の小見出しにします。
その方が内容がよくわかっていいと思いますので。


 26. 「批判」と「批評」


「批判」と「批評」、とてもよく似た言葉ですよね。
実際のところ、数学の集合の図でいくと、Aという「批判」とBの「批評」の二つの円があって、真ん中の重なっている部分があると思います。


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ですから人によっては、両者を同じ意味でとらえて、自分の家族のメンバーや職場の上司、同僚、部下を、学校においては生徒同士で、あるいは教師・生徒間で、ごく日常的にこの「批判」を繰り返しています。
でもこの「批判」、気をつけないと、人を傷つけ、場合によっては人を潰してしまうことすらあります。実際、そのようなケースをこれまであちらこちらでたくさん見てきました。


ここでは「舟田式ひも勉強法」の中で扱っているので、特に学校や塾での教師または講師と生徒間に、そして家庭内においては、夫婦・親子・兄弟間に的を絞ってお話ししますが、どのような人間関係にも適用できます。


一般的に「批判」は、別の言い方をすれば「悪口」になりがちです。
相手の気に入らないところや面白くないところを直接相手にぶっつけることもあれば、本人のいないところでの陰口になったりします。
つまり、「批判」は否定的な意味合いを持つことが多いのです。
さらに「批判」は場合によっては、非難、中傷、叱責といった意味合いを含むこともあります。


これに対して「批評」は悪口ではなく、良い点も認めて褒めた上で何か悪い点があればそれも指摘する、すなわち客観的に相手を見て、評価するのです。ですから、「評価」の「評」の字が入っているのでしょう。
ここで大切なのは、ただいい、悪いを言うだけでなく、なぜそう思うか、どうすれば改善できるかということを相手に伝えて、相手の徳を高め、成長を促すことです。
ですから、「批判」は否定的なのに対して、「批評」は肯定的な意味で使うことができるのです。
この世に「批評家」という職業はあっても「批判家」というがないのはそのためです。


さて、上に挙げた家庭内、あるいは学校内のさまざまな人間関係において、うまく「批評」を用いれば、相手を高めることができますが、「批判」は相手を潰すことになりかねないのです。


ところが、なんと多くの人がこの「批判」の罠に陥って相手を傷つけ、潰し、また自分自身をも悪口を言うことによって不快な思いをしていることでしょう。
教師が生徒に対して、あるいは親が子に対して、また夫婦間や兄弟間で吐く暴言などはこの「批判」のひとつの形です。


昔、親しくしていたあるアメリカ人の家庭では、もう見事なまでに冷静かつ客観的に、相手に対して「批評」し、相手の改善を促す素晴らしいメッセージをきっちりと伝えていました。
信頼関係ができているので、当然のことのように、夫婦・親子・兄弟関係は素晴らしいものでした。


私はこれまで、家族の間で、友人間、先輩・後輩間、職場の同僚・上司、その他の人間関係で批評を受けたことはもちろん何度もあり、そのお陰でここまで成長してこれましたが、批判された経験がほとんどありませんでした。それで、FBで友達リクエストしてきた方から、私が記事に綺麗事ばかり書いていて「偽善者だ」と批判を一度受けた時にはとても凹んでしまいました。
普段から良好なコミュニケーションが取れ、信頼関係ができている親子関係などで、批評されていて、時に批判されるのはいいかも知れませんが、信頼関係ができていない間での批判はこたえます。
批判されない状況とはいわば無菌状態のようなもので、そのような中で育てられると、打たれ弱い者にもなりかねませんので、適度な批判も受けて訓練されておく方がいいかもしれません。


これも「ひも理論」でつながっていて、「批評」により正しい人間関係ができ、その結果お互いの信頼関係をさらに発展させ、みんなが一緒に成長していきます。
他方、「批判」ばかりしている人間関係は、どんどん壊れていき、また相手を潰していきます。これもひもでつながっているのです。
そしてこれらが子どもの勉強に大きな影響を与えることは疑う余地ありません。


何事にも手遅れということはありません。
早速今日からでも、「批判」ではなく「批評」によってより良い人間関係を築いていこうではありませんか。
親子の間でこれを実践すると、子どもの勉強嫌いはなくなり、勉強を楽しんでやるようになりますよ。


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舟田式ひも勉強法 その26

2014.05.28日

 25. 魔法の小石


「なぜ、こんなつまらないことを勉強しなくちゃいけないんですか?」
 私が教壇に立っていたあいだ、生徒はあらゆる不平や疑問を投げかけてきた。中でも、この質問ほど繰り返し耳にした言葉はない。
 この質問に、私はつぎの物語をお話しすることで答えたいと思う。


 ある晩、遊牧民の群れが夜を過ごすための支度をしていると、突然あたりが厳かな光に包まれました。聖なる方がともにおられるのを人々は感じました。大きな期待を胸に、天の声が下るのを待ちました。何かとても大切なお告げがあるのだろう、と思ったからです。
 ついに、声が聞こえてきました。
「できるだけたくさんの小石を拾いなさい。その小石を袋に入れ、一日旅をするがよい。明日の夜になって、お前たちは喜び、また悲しむであろう」
 聖なる方がその場を去ると、人々は失望と怒りを口にしました。大いなる宇宙の真理について啓示が下ることを期待していたからでした。富と健康が授けられ、人生の目的が解き明かされると思ったのです。ところが与えられたのは、小石を拾うというつまらない、彼らにとってはわけのわからない作業だけでした。
 しかし、人々はぶつぶつ言いながら、いくつかの小石を拾って袋に入れました。聖なる方の神々しさがまだあたりに残っていたからでした。
 人々は一日旅をし、夜になりました。野営を張りながら小石のことを思いだし、袋からとり出してみました。すると、どの小石もひとつ残らずダイヤモンドになっていたではありませんか!
 人々は小石がダイヤモンドに変わったことを喜び、もっと小石を拾ってこなかったことを悲しみました。


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 この伝説の教えを地でいった例として、私がまだ教職に就いて間もないころに出会った、ひとりの教え子の話をご紹介しよう。仮に彼をアランと呼ぶことにする。
 アランは中学2年生。主専攻は「問題を起こすこと」、副専攻は「停学処分」といった男子生徒だ。不良になることを勉強しに来ていたようなもので、ついに「窃盗」という修士号を取ろうとしていた。
 そのころ、私は生徒たちに名言を毎朝暗唱させていた。出席をとるとき、生徒の名前に続けて誰かの言葉の前半を言う。出席とみなしてもらうためには、生徒は後半を続けて言わなくてはいけないのだ。
「アリス・アダムス−−−『努力し続けているかぎり...』」
「はい、『失敗はない』です、先生」といった具合である。
 こうして教え子たちは、その学年の終わりまでに名言を150は暗唱した。
「一直線に目標だけを見なさい。障害が目に入らないように」
「皮肉屋とは、すべてのものの値段を知っていてもその価値を知らない人のことをいう」
 そして、「思うなら信じなさい。信じるなら実践しなさい」などだ。
 アランほど、朝のこのお決まりの時間をいやがった生徒はいなかった。それは、彼が放校処分を受ける日まで変わらなかった。それから5年間、アランの消息を耳にすることはなかった。
 ところがある日、アランが電話をくれた。現在この近くのある大学で特別コースを受講しており、仮釈放期間を終えたばかりだという。
 彼は少年院に入れられた後も問題を起こしていたため、鑑別所に送られたと話してくれた。ついにはそんな自分に嫌気がさして、カミソリで手首を切ったそうだ。
「ねえ、先生、そうやって自分の命の灯が消えかかっていくのを感じながら横たわっていたときです。いきなりあのばかばかしい文句が頭に浮かんできたんです。先生がいつか20回もおれに書かせたやつですよ。『努力し続けているかぎり、失敗はない』。こいつの意味が突然わかったんです。おれが生きているかぎり、おれの人生は失敗じゃない。でも、もし自分で命を絶ってしまったら、失敗そのものになっちゃうじゃないか。そう思ったんです。それでおれは残りの力を振り絞り、助けを呼んだ。新しい人生を始めたんですよ」


 彼があの名言を学んでいたころ、それは小石にすぎなかった。しかし、ぎりぎりの状況に追いつめられ何かの導きを必要としたとき、それはダイヤモンドに変わったのだ。
 だから、私はこうアドバイスしたい。できるだけたくさんの小石を拾いなさい。ダイヤモンドのように輝く未来が約束されるのだから。
ジョン・ウェイン・シュラッター


(『こころのチキンスープ』 2 生きるとは愛すること   ジャック・キャンフィールド、マーク・V・ハンセン著 ダイヤモンド社 p.164-167)


この『こころのチキンスープ』シリーズは、昔アメリカで大ヒットして、その後日本でも20年ほど前にどの本もベストセラーになるほどの人気でした。


この物語が教えていること、それは人生に無駄は決してない、ということです。
一見、無駄に見えるようなことでも、それが積み重なっていくと、いつか芽を出す時が来るのです。
これも目に見えない小さな点と点でつながれていて、やがてひもとなっているのが、後になって振り返る時わかるのです。
私たちはみんな、誰でも大なり小なりこのような経験をしているものです。
問題は、それをいかに活かすかです。


その時はわけがわからなくても、意味がないと思われるような「小さな小石」をたくさん拾っておきましょう。
それらがいつの日かダイヤモンドに突然変わっているのです。
教育とはそのようなものです。決して無駄などありません。


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舟田式ひも勉強法 その25

2014.05.27日

 24. 最高の教師と最高の生徒


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"The best teachers teach from the heart, not from the book."
「最高の教師というものは心から教える。本からは教えない」


この言葉は教師について語っていますが、学ぶ側の生徒の立場に立ってもまったく同じことが言えます。
すなわち、
「最高の生徒というものは心から学ぶ。本からは学ばない」


もちろん、本から学ぶことはいくらでもあります。
ただ、ここで言わんとしていることは、「暗記詰め込み式に」「機械的に」「試験のために」本から学ぶのではなく、「心を込めて、楽しみながら、人生を豊かにするために」本から学ぶということです。


この言葉は教育に関して素晴らしい真理を含んでいます。
この世でいわゆる学者と呼ばれる、その道のプロの人で「暗記詰め込み式に」「機械的に」「試験のために」学んだ人など一人もいません。
そして、「心を込めて、楽しみながら、人生を豊かにするために」学んだ人で勉強嫌いになった人も一人もいません。


一般に、勉強嫌いの人が多いのは、正しい、そして楽しい勉強法を知らないからです。
そして、そのようなつまらない「暗記詰め込み式・機械的な」勉強法を教えている現場の教師、またそうさせる日本の教育システムが問題なのです。


それが証拠に、デンマークやスウェーデン、ノルウェイなどの北欧諸国では教育にすごいお金をかけ(「少子高齢化社会」)、身につく楽しい勉強を教えており、落ちこぼれを出さない工夫をいろいろこらしています。


一昨年の夏に訪れたアメリカの高校の授業もそうでしたし(「アメリカ滞在1日目(パート2)」)、私自身がアメリカで経験した7年間の学びでもまさにこの「最高の教師というものは心から教える。本からは教えない」を実践していました。


そういう意味で、ちょっと宣伝っぽく聞こえるかも知れませんが、塾選びも大切になってくるのです。
日本の多くの塾は進学実績を宣伝の全面に出して、初めから勉強のできる生徒を集めています。高い進学実績が出せるのはごく当然のことです。
もしうちの塾とそのような実績を宣伝する塾の生徒をそっくり入れ替えたらどんな結果が出るか、考えてみただけでも面白いです。


これも、「舟田式ひも勉強法 その22」に書いたように、日本の社会全体が盲目的に学歴を信仰している結果です。
この中でも述べましたが、学歴など社会に出てなんの役にも立ちません。本当に役立つのは何を学んで、身につけてきたかという「学習歴」です。

そして、「最高の教師というものは心から教える。本からは教えない」と「最高の生徒というものは心から学ぶ。本からは学ばない」というのも、やはりひもでつながっているのです。
さらにこれは人の人生にもひもでつながっていきます。


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舟田式ひも勉強法 その24

2014.05.26日

 23. 騙されない常識力をつける


昨日、知らない女性から次のようなメッセージがFacebookに届きました。
「譲二さんと楽しみたいーー(^○^)
急に連絡して私の変な願望見せちゃってごめんなさいww
GWの連休何も出来ませんでしたヽ(∇ ̄*)
facebookの知り合いかも?に出てきましたし良かったらお友達になってくださいヽ(∇ ̄*)
使い方も良く解らないので、ラインでもお話しして欲しいです☆
◯◯まで連絡もらえたら連絡しますねーー
連絡くださいね♪約束-----ヽ(=´▽`=)ノ」


FBの共通の友人に何人かのフレンドが入っていました。でも騙されません。共通のフレンドがいるからっといって侮ってはいけません。これらの人たちも騙されているのですから。
このようなメッセージが時々入りますが、即ゴミ箱行きです。


つい3日前には、アメリカ・ニューヨークからすごいメールが届きました。


youhavewon.jpg


内容は、「おめでとうございます! あなたは宝くじで100万ドル(1億円)に当選しました」というもので、「つきましては送金作業を進めるため、次の情報をお送りください」といって、私の住所・氏名・メールアドレス等などを入力するページが続いています。
そういえば以前、「『振り込みました』詐欺にご注意!」という記事を書きましたが、これも同じような内容のものでした。


東京都内だけで、今年の1月〜4月までの振り込め詐欺の被害額が20億円だったといいます。未然に防止できたものが16億円。
今年の全国の被害額はすでに100億円を超えています。
過去最悪だった去年の被害額364億円を大きく上回るペースだそうで、このままいくと詐欺被害総額450億円ペースだそうです。
これだけ、毎日のようにテレビや新聞などで、「振り込め詐欺にご注意!」と呼びかけているにもかかわらずです。


sagi.jpg


みんな自分は大丈夫と思っています。
それが証拠に、うちでも同じことが去年あったのです(「昨日のびっくりとは… 必見!」)。


このような詐欺事件に巻き込まれないようにするには、常識力というものが必要になります。
学校で教えているような教育だけでは、この生きていくのに絶対必要不可欠な常識力はなかなか身につきません。本当はこのような生きる力こそ、みんな身につけておかなければならないことなのですが、学校ではまず教えません。
ですから家庭で教えなければならないのです。
そして、これも実はすべてひものようにつながっています。
「自分は大丈夫」「共通の友人がいるから」「息子の声と似ていた」「市役所の人だから信用した」「異性の友達が欲しかった」...
このような油断が点と点でつながってひもになり、騙されてしまうわけです。


しかし、それにしても私が非常に恐れていることは、このたぐいの詐欺事件を起こしている犯人たちも結婚し、子どもをもうけて子育てをしているということです。このような親のもとで育つ子どもも確実に同じような人間になっていきます。
このことも高校生の時にやったアルバイトで私は経験しました(「刷り込み」)。
これもひものようにつながっていきます。


つまり良きにつけ悪しきにつけ、親の子育ては知らず知らずのうちにひもになってつながっていきますので、親の責任は本当に恐ろしいほど大きいです。
いい種をまけばいい実を実らせますが、悪い種をまけば当然のことながら悪い実がなるのです。これもひも理論です。


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舟田式ひも勉強法 その23

2014.05.25日

 22. 漢字の勉強法


漢字に非常に関心のある私はこれまで何度も漢字の勉強法について書いてきました。
一例を挙げると、「舟田式ひも勉強法 その8」「横棒〈一〉が生み出す大きな違い」などですが、ご興味のある方はご覧になってください。
さて、一昨日の読売新聞の「編集手帳」に面白いことが書かれていました。


眺めていると絵や像が浮かんでくる、そういう漢字がある。「麗」という字を見ると、美しいツノを戴(いただ)いて崖に立つ鹿が目の前に現れ、「串」という字を見ると、蒲(かば)焼きの幻影がいい匂いを放つ
◆いまの季節でいえば、麦の異体字「麥」がそうだろう。実った姿だけではなく、ツンツンした穂の手触りまでが伝わってくる。きのうのヨミウリ・オンラインが麦秋の写真を載せていた。山口県下関市で大麦の収穫作業が最盛期を迎えているという
◆見出しに「大麦畑、ビール色に」とあった。日本酒を愛した若山牧水にも、稲穂を見て〈酒のあぢはひ日にまさり来れ〉と詠んだ一首があるから、ここは麦の穂からビールの喉ごしを連想するのもお許し願うとしよう
◆実るほど 頭(こうべ)を垂れる稲穂が管理職とすれば、踏まれても天に向かって穂を突き出す麦は新入社員の趣かも知れない。社会に出てもうすぐ2か月。踏まれた夜にひとり、苦いビールで一日の疲れを癒やす人もいるだろう
◆〈麦秋や若者の髪炎なす〉(西東三鬼)。気分の湿りがちな梅雨も近い。髪はともかく、胸の炎は「麥」のごとく、ツンツンと鋭くあれ。

(5月23日付 読売新聞1面「編集手帳」より)


この中に出てくる「麦」の異体字「麥」は、恥ずかしながら私は「初めてお目にかかります」ということで、新しい発見でした。
「実った姿だけではなく、ツンツンした穂の手触りまでが伝わってくる」ということで、今晩は私もその恩恵に与かって「苦いビールで一日の疲れを癒し」ていただくことにします。
記事中に紹介されている他の漢字、「麗」「串」のイメージ、これらもとてもよくわかります。実にうまく表現していると思いました。これは実に素晴らしい漢字の勉強法の一つです。


漢字が苦手、と言う人が結構多く、驚かされます。
店で買い物をして、領収書を書いてもらう時、店員の書く漢字を見ていると間違いはしょっちゅう、さらに筆順の間違いが実に甚だしい。大人でもこうなんだから、ましてや子どもたちにおいておや、です。


毎年、生徒の書く字を見ていて驚かされるのが、「達」という字です。
「私達は...」と作文するのですが、その「達」の字、旁(つくり)が「幸」になっています。これもたった「横棒一本」の違いですが、多くの生徒が「幸」だと思い込んでいるのです。
これについては以前にもこのブログ記事に書いたことがありますが、なぜ「達」の旁が「幸」でないのか。
普通はたいがい、何らかの意味があるのですが、意味のないことだってたくさんあります。そのような場合はただ覚えるしかありません。
しかし、何十回書いて覚えようとしても、それだけでは印象が薄くてすぐに忘れてしまいます。
そこで、自分でなんらかの意味をつけるのです。
たとえば、これは生徒に教えるためにとっさに考えついた私のおやじギャグでお恥ずかしいのですが、こうです。
「毛は刈り取られ、肉は食べられる羊達は幸せじゃない」
これで「羊達」の「達」という字の旁は幸せの「幸」ではなく「羊」だと覚えれば、「あっ、そうだもう一本棒を入れなければ」ということになります。


同様に「辛い」という字も一見「幸い」と似ているのですが、やはり横棒一本の差です。
左の字は「辛い」(つらい)、右の字は「幸い」(さいわい)で、まったく逆の意味ですが、字が似ているため子どもたちにとってはややこしいのです。
そこで私が教える時には、
辛い人生、プラス思考で上にのサインをつけると、幸せな人生に変わるよ」
と言うのです。
実際にペンを取って、「辛」という字を書き、その上に「十」をつけてみてください。あれっ、不思議!「幸」になります。
私にとってこの上の「+」サインは、実は私の信仰の基である十字架の「十」なのです。
私の人生も信仰を持つまでは「辛い」ことが多かったのですが、キリスト教の十字架信仰を持ってから「幸い」な人生に180度変えられました。


これらはひとつの例に過ぎませんが、このようにして自分で何か理由を考えて漢字の形や意味を覚えると身につき、それはもう一生忘れることはありません。
これも私の言うところの「ひも勉強法」で、ひもでつながるということです。
漢字が苦手と言う人、とくに最近の若い人に多いですが、できる限り漢字を使わずにひらがなやカタカナでで間に合わそうとします。そして、漢字を使わないためますます苦手になってしまうのです。
でも漢字はこの「ひも勉強法」で学ぶと楽しく、しかも確実に身につき、日々の生活でも大いに役立つようになります。


漢字への興味がきっかけで勉強大好きになり、どの教科の勉強も全部よくできるようになり、今年アカデミーの講師の新しい戦力となって加わってくれた人がいます。
「成功の鍵はこれだ!」の中にも書いた「将来は作曲家になりたい」という有光理彦(としひこ)さんです。
これを見るだけでも、漢字の勉強がいかに大切か、そして人生を変えるか、ということがよくおわかりいただけるかと思います。


ところで、日本漢字能力検定協会が発表した2013年を表す漢字は、
・日本全体のチームワーク=「輪」で2020年オリンピック・パラリンピックの東京開催、富士山の世界文化遺産登録、サッカーFIFAワールドカップ2014に日本代表の出場が決定。日本に再び五輪がやってくるという「輪」。
・東北地方の一致団結した大きな「輪」で、東北楽天ゴールデンイーグルスが日本シリーズ初優勝。
・ワールドカップの日本代表新ユニホームで円陣を組むと「輪」のデザインになる、ということで、「輪」と決まりました。
ちなみに、この「輪」という字、「車」が「侖」すなわち、一つ屋根の下できれいに順序よく並んで輪のようになっている様からできています。


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舟田式ひも勉強法 その22

2014.05.24日

 21. 学歴よりも学習歴


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今の世の中、日本に限らずどこの国でも、というかお隣の韓国や中国などがとくにそうなのですが、一般の人たちの間で「学歴」信仰がものすごいです。
上の写真の雑誌の記事じゃないですが、学歴が高いと出世、高収入、良い結婚、などと人は考えがちです。でもこのようなものに惑わされてはいけません。


うちの塾では高校受験シーズンが近づいてくると、面接練習を何度も繰り返してするのですが、「将来の夢は?」とか「本校に入ってしたいことは何ですか?」などという質問に対して、ほとんどの生徒が「貴校に入学したら一生懸命勉強し、卒業後は大学に進学してさらに勉強して、社会に貢献できるような人になりたいと思います」というような返事が戻ってきます。
まあ、確かに模範的な回答かもしれませんが、このように答えていた生徒のその後を見ると、高校卒業後大学に進学せず、そのまま就職している子もたくさんいます。別にそれが悪いと言っているわけではありません。
しかし、多くの生徒にとって「とりあえず大学を卒業する」というのがごく当たり前のようになっているようです。


でも、最近は昔と違ってそんなに甘くありません。大学を卒業しているからといって、希望するような職種、企業に勤められるとは限りません。
企業側ももうよく知っていて、◯◯大学を出ているからといって、それだけで採るようなことはしませんし、有名大学名にもそれほどこだわりません。
なぜなら、これまで散々そのような学歴に騙されてきているからです。


多くの人が思っているほど、学歴というものはそれほど大きな意味を持っていません。
なぜなら、大学生というとそのほとんどと言っていいほどが、在学中あまり勉強せずに取りあえず卒業に必要な単位は取るけれども、あとはアルバイトで明け暮れているからです。
まあ、確かにアルバイトも良い社会経験になり、社会に出てから大いに役立ちはしますが、大学の本来の目的である勉強しない、というのはどうかと思います。


大卒や大学院卒の高学歴を持っていても、社会に出てほとんど役立たない人だってたくさんいますし、逆に大学に行っていなくても会社でとても重宝する人材、自分で会社を興して大成功する人などいくらでもいます。
要は学歴じゃないということです。


それでは何が大切かというと、「学歴」ではなく「学習歴」なのです。
何を学んできたか、それを社会に出てどう活かすか、が何よりも大切なのです。
「社会に出て」と言う時、それは必ずしも「就職」という意味とは限らず、「結婚」や「子育て」、また「さまざまな人間関係」なども含まれますし、人として人生をいかにうまく、賢く生きるか、ということなども含んでいます。
つまり、大学を出たかどうか、どこの大学を出たか、よりも大切な「何を学んだか」、そして「それをどのように実生活の中で活かすことができるか」、これによって人生を何倍も有意義に、幸せに過ごすことができるようになるのです。


そして、これらはいつも言うように、一見すべて個々の「点」に見えるのですが、これらの一つひとつの点が結びついて「ひも」になっているのです。
また、「学習歴」は必ずしも学校での学びだけにとどまらず、アルバイトなどの経験や、読書やスポーツ、趣味や人間関係など幅広いもので、これらすべてから私たちは多くのことを学ぶことができます。


大卒などの外面的な資格などではなく、実質的な学びをしっかりし、また経験も積んでおいて、それらを将来の人生においてすべて役立たせるか、ということが「舟田式ひも勉強法」の大切なポイントなのです。
これは私自身の経験から言えることで、間違いありません。そして多くの人がきっと同意してくださることと思います。


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舟田式ひも勉強法 その21

2014.05.23日

 20. 正しいやり方
先日、「真面目とノー天気」という記事を書きましたところ、かなり大勢の方にご覧いただいたようで、心より感謝いたします。


この中に書いたMBTの靴ですが、今回は2度目の購入でした。
ところが意外や意外。
店内でいくつかの新しい靴を履いて
試し歩きをしたところ、店主に歩き方を改めるよう言われました。


これまでは大股で早足で歩いていて、それなりに下半身に筋肉も結構ついてきてそれで良いものだとばかり思い込んでいました。
ところが店主曰く、
「もっと小股で」。
「えっ、今まで歩幅60cm以上で歩いてきたんですが」
「いえ、それだと外側の筋肉はつくかもしれませんが、肝心の内側の筋肉がつきません」
「じゃあ、これでどうですか?」と、うんと歩幅を小さくしました。
「いや、あと半歩分ぐらい小さくして」
「こんなぐらい?」
「いえ、まだまだ広過ぎます」
「これでいいですか?」
「はい、そんなもんです。今度は、歩く時、足が外股になっていますが、平行になるようにしてください」
意識して小股で、両足を平行にして店内を何度も歩きます。
「はい、それでいいです。あとひとつ。今の歩き方のように、踵(かかと)から下りて、つま先で蹴るようにして歩いてはだめです。足の裏の真ん中あたりで着地するようにして、蹴るのではなく、飛ぶような感覚で歩くのです」


MBT3.jpg

「MBT公式サイト」より)


うーん、なかなか難しい。
何度も店主の前で歩く練習をしてついにOKをもらい、購入後外に出て10km歩いて帰宅しました。
常に自分に、
「小股、内股(平行にするためには意識的に内股に)、真ん中で、飛ぶように」
と四拍子意識しながら歩いていたら、いつもの倍も疲れてしまいました。


何ごともそうですが、正しい使い方、やり方というものがあります。
そのとおりにせずに自己流でやっていると思うような効果が出ないということはよくあるものです。
このMBTシューズ、購入して1週間余りたち、ようやく無意識のうちに、教えられた正しい歩き方ができるようになり、一昨日は22km、昨日も今日も10kmほど歩いてきました。


実は、勉強も同じで、成果が上がらない生徒を見ていると要領の悪い、あるいは間違った勉強法をしているケースが少なくありません。
たとえば女子などで多いケースは、カラーペンなどを使って、まるで芸術品かと思えるような綺麗なノート作りをしている子。
これで、学んだことがしっかり頭に入っていれば何も問題ないのですが、ほとんどのケース、綺麗なノート作り自体が目的になってしまっていて、せっかく時間をかけてやったのに内容が頭に入っていないのです。つまり、ノート作りだけで満足してしまっているわけです。


また、中には教科書をノートに丸写しして覚えようとしている子もいますが、これも同様でほとんどの場合ただ機械的にやっているだけで、このやり方では頭に入りません。


英語の単語をノートに何十回も書いているのも同じです。
覚えたかと思ってテストすると、ついさっきまでずっと書き続けていた単語が見事にスペル間違いです。


ほかにも、たとえばものすごいスピードでたくさん問題を解く子がいますが、あとしっかり見直さないでやりっぱなし、あるいは丸つけするだけで、間違ったところの解説を読んだり、教科書を確認したり、先生に尋ねたりしない。
これで成果が上がるわけありません。


このような間違ったやり方をしている生徒を見つけると、その都度正しいやり方を丁寧に教えます。
すると、素直にそれに従ってこれまでのやり方を改める子は必ず伸びますが、中には自分のやり方にこだわって、あるいは教えられたことを忘れてしまって同じやり方を繰り返し、成果が出ない子も残念ながらいます。


私自身も子どもの頃は勉強の仕方がわからず、ただ試験のための丸暗記に頼ったり、教科書を何度も読んだり、ノートにまとめたり、というようなことをしていました。しかし、いい結果は出ませんでした。


正しい勉強法を身につけたのは、予備校時代のダルマ先生の楽しい授業(「難しくても 熱い授業」)に出会ってからです。
答えだけでなく、先生の話すジョークや発音から文法、著者について、作風や時代背景などさまざまな情報を空いているスペースにどんどん書き込んでいきました。すると、それがどんどんひもになってつながっていき、今でもその時に学んだことを覚えています。


以来、大学で、そして卒業後はアメリカに留学し大学院や神学校などいくつもの学校で学び、最終的に卒業したのは34歳の時でしたが、この正しい学び方を身につけてからは、もう勉強が楽しくて、大切なポイントもわかるし、何よりも、これまで「点」と「点」のように個々バラバラに見えていたものが、つながってひものようになって見えるようになったことです。


この教科に応じた正しいやり方こそがひものようにつながる、という「舟田式ひも勉強法」の中心テーマなのです。


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舟田式ひも勉強法 その20

2014.05.22日

 19. 早めのお手当て
「手当て」という言葉は怪我とか病気の手当てとして使われます。
「手を当てる」からきているというのは通説で、本来は「人手を充当する」というのが語源だそうですが、実際に患部に手を当てるという「手当て療法」が世界中にあります。
私たちは歯が痛かったり、お腹や頭、打ち身でどこかが痛かったりすると、無意識のうちにその部分に手を当てます。
患部に手を当てる行為は癒しなのです。


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ある本で読んだのですが、ネズミの母親は生まれたばかりの赤ちゃんネズミを体中なめ回すそうです。
ところが、ネズミにも可愛い子どもや可愛くない子どもがあるのかどうかはわかりませんが、ものすごくなめられる赤ちゃんもいれば、ほとんどなめてもらえない赤ちゃんもいるようです。
アメリカの大学でこれらの赤ちゃんネズミの脳を調べたそうです。
すると、母親によくなめられている赤ちゃんネズミの海馬(脳の中で記憶をつかさどる部分)はなめられていないものよりも大きく発達していて、頭が良く、ストレスは少なく、精神的に安定しているということがわかったといいます。
この場合、母ネズミが赤ちゃんをなめる行為はいわば人間の手当てのようなものと思われます。


なめる行為や手を当てる行為そのものに癒しや頭を良くする作用があるのかどうかはわかりませんが、ひとつはっきりわかることがあります。
それは「心をかける」「愛情を注ぐ」ことが相手や患部そのものに伝わり、それがさまざまな形となって現れるということです。


最近、学校などでのいじめの問題が大きく取り上げられていますが、いじめる子ども、そしてケースによってはいじめられる子どもにも、しばしばこの「愛情欠乏」の傾向が見られるそうです。
それは、親の愛情欠乏もあれば、友達や教師を始め、身近な者の愛情をあまり感じていないことによるようです。


「早めにお手当てを。ピンポーン!」は、製薬会社のテレビCMのコピーですが、病気の時だけでなく、普段の生活から、さらに言うと赤ん坊の時からの「手当て」、親を始め周囲の者が注ぐ愛情がその人の人生を決めると言っても過言ではありません。
ですから「早めのお手当て」が必要なのです。
しかし、いつも言っていますように、どんなことにも手遅れということはありません。「思い立ったが吉日」で、その日から始めるのが「早めのお手当て」です。


この「手当て」「愛情」は、勉強にも当然当てはまります。
よく理解できていないことをそのまま置いておくと、学校では容赦なくどんどん先に進んでいきます。
そして、そのためにわからないところが多くなり過ぎて手をつけられなくなり、ついには落ちこぼれて、その教科が、あるいは勉強そのものが嫌いになる、というケースがとても多いのです。
学んでいる「点」と「点」がつながってひもになっていないからです。
勉強においては、「早めのお手当て」をして、苦手をそのままにしておかなないことが一番大切です。
これも大切な「舟田式ひも勉強法」の一つです。


さらに、「早めのお手当て」は勉強のみならず、心身の健康や仕事、人間関係などあらゆる面に表われ、その人の人生すべてにおいてひものようにつながっています。


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舟田式ひも勉強法 その19

2014.05.21日

 18. 好事魔多し
2年ほど前のことになりますが、授業中の教室の中に入って行きました。
すると、一番後ろの席に座っていた一人の女子生徒が通り過ぎた私に
「学院長」
と声をかけました。
「なーに?」
と言って振り返ると、ギョッ!
なんとその子がスカートをたくし上げて大胆に太ももを私に見せるのです。
私は見てはいけないものを見たと思い、即座に視線をそらしました。
「かゆいよ〜。あっ、血が出てきた!」
「おいおい、血が出るほど掻くなよ」
と、教えていたK先生。
スカートをたくし上げて太ももを見せたのはのAちゃんでした。
ああ、よかった!! 小学2年生のAちゃんで(笑)。
これが万が一にも中学生や高校生だったら大変なことです。もちろん、そんなことは絶対にあり得ないことですが。


「好事魔多し」という諺があります。物事が順調にいっている時ほど罠があったりするものだから、決して油断するな、という戒めです。


私自身は今、すべてが順調にいっているというわけではありません。
そして、誘惑が突然襲ってきたというような経験はありませんが、常に気をつけるようにしています(「金色夜叉」)。
なぜなら「私は大丈夫」と言っているような人で、様々な問題で失敗してきた人をこれまで数多く、身近なところでも見てきているからです。
また、社会的地位のある人や子どもを守るべき教師や大学教授、人を守る仕事をしている警察官、弁護士や裁判官、政治家などが恐ろしい事件を起こすこともしばしばです。
このような失敗は、老若男女問わず誰にも起こり得ることです。
私が日々起こす不注意によるミスなどはほんの小さなものですが、いくら注意してもし過ぎるということはありません。


勉強においてもこれは相通ずるところがあります。ここからが今日の「舟田式ひも勉強法」のテーマです。
うちの塾では中3生は毎年夏期講習の8月に第1回目の県規模の模試を行います。
みんな夏期講習で頑張っているのでその成果が出て、この模試の結果は本人たちも驚くほど良くて、志望校合格の判定が出る生徒がとても多いのです。
そこで私は、「油断大敵だよ。毎年、1回目の模試の結果が良かった人で2回目にがくんと大きく落ちる人がたくさんいるから」と警告するのですが、それにもかかわらず案の定、多くの生徒が2回目で成績を大きく落とします。なぜなら、1回目で良くなかった生徒たちが危機感を持って頑張り始めるからです。
そして、ここから3回目、4回目と模試の結果を上げていくのは至難の業です。というのは、受験が近づくにつれて受験生みんながさらに一生懸命勉強に取り組むからです。
以前、「蒔いた種を刈り取る」にも書きましたが、勉強をしなくてもできる生徒など一人もいません。


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学校の定期テストもしかり。中間で良かった人はともすれば期末で落としがちです。
部活やその他、人間関係においても同様です。
そして、これは私たち大人も同じです。
「好事魔多し」。調子の良い時ほど気を引き締めましょう。いくら注意してもし過ぎということは決して誰にもありませんので。
これらもすべて見えないひもでつながっています。


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祈りの交換

2014.05.20日

数日前、「昨日は美女とデート!」の中に書いたデート相手(なんて書いたらきっと迷惑に思われることでしょうが)のひかりさんとデートしていた時、一緒にお祈りする時間を持ちました。
それと同時に、自分たちがとても大切にしていて、ある意味自分の信仰の基盤としている祈りがあり、それをお互いに交換しあいました。


そして、私はひかりさんがシェアしてくださったこの「病者の祈り」が自らの祈りになりました。


病者の祈り


大事を成そうとして力を与えてほしいと神に求めたのに
慎み深く従順であるようにと弱さを授かった


より偉大なことができるように健康を求めたのに
よりよきことができるようにと病弱を与えられた


幸せになろうとして富を求めたのに
賢明であるようにと貧困を授かった


世の人々の賞賛を得ようとして権力を求めたのに
神の前にひざまずくようにと弱さを授かった


人生を享楽しようとあらゆるものを求めたのに
あらゆるものを喜べるようにと生命を授かった


求めたものは一つとして与えられなかったが願いはすべて聞き届けられた
神の意にそわぬ者であるにもかかわらず心の中の言い表せない祈りはすべてかなえられた
私はあらゆる人々の中で最も豊かに祝福されたのだ


これは、ニューヨーク・リハビリテーション研究所の壁に書かれている患者の詩だそうです。
実に私たちの人生の真理を描いた詩だと思います。
普通、人は「力」「健康」「富」「権力」「あらゆるもの」を求めるものですが、これらを求めた祈りは一見聞かれなかったように思われるほどすべては逆の結果になった。
しかし、人生振り返ると神様は求めたものはひとつとして与えられなかったが、祈りはすべて聞かれていた。そしてあらゆる人々の中で最も豊かに祝福されていた、と病者の方が書いていらっしゃる真実な祈りです。


作家の故三浦綾子さんも、その生涯はほとんどずっと大きな病気の連続でした。しかし、ご自分のことを「自分は本当に神様にえこひいきされている」とおっしゃっているほど、病気でも神様のご愛をいつもとても身近に感じていらっしゃいました。(「損か得か 価値観の大転換」
私も今、同じ気持ちです。


さて、私がひかりさんにシェアした祈りはこれです。


平和を求める祈り


わたしをあなたの平和の道具としてお使いください。
憎しみのあるところに愛を、
いさかいのあるところにゆるしを、
分裂のあるところに一致を、
疑惑のあるところに信仰を、
誤っているところに真理を、
絶望のあるところに希望を、
闇に光を、
悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください。
慰められるよりは慰めることを、
理解されるよりは理解することを、
愛されるよりは愛することをわたしが求めますように。
わたしたちは与えるから受け、
ゆるすからゆるされ、
自分自身を捨てることによって、永遠の命に生きるからです。

「平和」


これは毎週、私たちの教会の礼拝の中でみんなで祈っている聖フランシスコの「平和を求める祈り」と呼ばれるものです。


fransisco.JPG


この「平和を求める祈り」は、祈るたびに胸が熱くなり、背筋が正される思いがします。
私たちはとかく、「憎しみ」「いさかい」「分裂」「疑惑」「誤り」「絶望」「闇」「悲しみ」などに陥りやすく、「慰められること」「理解されること」「愛されること」「受けること」「ゆるされること」を求めやすいものです。
しかし、むしろ人を慰め、理解し、愛し、与え、ゆるすことを日常の生活の中で私たちが実践していくならば、自分の生活だけでなく、周囲が変わり、そしてさらにその輪を国際間にも広げていくなら、世界は平和になることでしょう。
綺麗ごとのように思われるかもしれませんが、これ以外に身の回りで、あるいは世界で真の平和を達成する方法はありません。


お互いのために祈るだけでなく、このように自らの祈りを互いに交換しあい、それを自分の祈りとできるというのはなんて幸いなことなんだろうと心から感謝した次第です。


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亭主元気で留守がいい

2014.05.18日

昨日は礼拝後、妻と一緒にいつもの湘南平塚海岸に行って、持って行ったチェアに座ってお昼のお弁当をいただきました。
その後、砂浜を歩いて波打ち際まで行き、波の音を聴き、周囲の大勢の人たちを見ながら、いろいろなことを話しました。
夫婦水入らずの時です。


hiratsukakaigan.JPG

その時、ふと昔よくやっていたテレビCMを思い出しました。
「亭主元気で留守がいい」



うちなんか、お互いに依存心が強いせいもあるのでしょうが、仕事を含めこれまではほとんど四六時中一緒でした。
最近になって私の健康快復のためのウォーキングなどで、仕事も以前のように常に一緒ではなくなり、少しずつお互いに独立(?)してきました。
でも妻に言わせれば、上の「亭主元気で留守がいい」というのは信じられないないようです。


そういえば、昔、成人英会話クラスを教えていた時、大手商事会社を定年退職したばかりの男の方が女性に混じって入っていました。
年の頃にすれば、おそらく今の私とほとんど変わっていなかったのでしょうが、ご年配に感じ、貫禄と存在感、また発言力のある方でした。


一度、この方がご自分の家でクラスをやって欲しいとおっしゃり、クラスのメンバーみんなでお邪魔しました。
とても素敵なお家で、愛犬が家の中で飼われていました。
奥様も隣の部屋にいらっしゃるのですが、私たちのところには顔も出されず、お茶の用意もご主人一人で全部やっておられました。


気づくと、ご主人は犬には頻繁に話しかけ、その犬が今度は奥様のところへ行き、奥様も何やら犬に話しかけていらっしゃいます。
犬はまるで通訳のようにご主人と奥様の間を行ったり来たりしながら、二人の間を取り持っていたのです。


このご家庭では、まさに上の「亭主元気で留守がいい」そのもので、二人の間には普段から一切会話がなく、それこそ
「風呂」「メシ」「寝る」
の口だったそうです。


せっかくお子さんたちがみんな独立し、夫婦だけで暮らしていらっしゃるのだからもっと仲良くされたら毎日が有意義で楽しいだろうに、と思ったことでした。


日本にはどうやらこのような夫婦が結構多いようで、だから「亭主元気で留守がいい」のようなCMが人々の共感を呼び、受けるようです。
でも、これは本当にもったいない。


私たち夫婦は、いつでもどこでも一緒にいるので、どこに行っても「ご夫婦仲がいいですね」と言われます。今日も教会で言われました。


仲が悪いよりいい方が良いに決まっているじゃないですか。
でも、そのためには普段からお互いに何でも心を割って話し合えるような場を意識的に作って、心にあることを伝え、コミュニケーションを図るようにしておかなければなりません。


この後、私はさらに歩いて日本最初の海水浴場、大磯海岸に行きましたが、平塚湘南海岸と違って閑散としていてちょっと寂しく思いました。
ここは昔、教会をやっていた時、洗礼式をやった思い出深いところでもあります。
今日はわりと暖かかったので、平塚でも大磯でも海の中に入って遊んでいる子どもたちが何人かいました。
平和な感謝の一日でした。


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わくわく実験教室実施

2014.05.18日

「将来の日本を、そして世界を担う子どもを」の中でご紹介したアカデミー学院の「わくわく実験教室」を昨日実施しました。
低学年20名、高学年16名が参加し、ご父母の方も15名参観してくださいました。
素晴らしいわくわく実験教室となりました。
背後でお祈りして応援してくださった皆さんに心より感謝いたします。


化学の実験としては、3つのグラスに入れた水にうがい薬を1滴落とし茶色になった溶液に、子どもたちがよく食べたり飲んだりする3種類のお菓子や飲み物を入れたら色が消えて透明になるが、どれだろうと子どもたちに予想させ、それぞれのお菓子や飲み物を選んだ生徒に、それを選んだ理由を述べさせます。そして目の前で実演します。

実際にやってみると、あれあれ不思議! みんなから「わぁーっ!」という歓声が上がりました。

次の実験は物理。といっても難しいものではなく、普段の生活に密着したこと。
プラスチック製の口の丸い小さなゴミ箱にビニールの黒いごみ袋をきれいにピンと貼った、太鼓のようなものをあらかじめ作っておき、その上に塩をまいて、生徒たちはその周りに円陣を組みます。
この塩を動かすにはどうしたらいいか。
みんな口で息を吹きかけるとか、いろいろ意見を出します。
そこでフーッと息を吹きかけたら当然塩は動きます。これは空気によって押されてだ、と生徒たちは答えます。
それじゃ、今度はみんなで息を吹きかけずに、一斉に大きな声を上げたらどうなるか? みんな???
早速実験。
「アーーーーーーーーー!」
するとあら不思議。声を出しているだけなのに、黒いビニール袋の上に載っていた塩は微妙に移動して模様を描きました。
またしても、みんなの反応は「えーーーーーっ!?」という驚き。
さあ、どうしてだろう?と生徒に尋ねると、いろいろな意見が出ます。
察しのよい何人かの生徒が「空気が振動して!」と言います。
「ピンポーン。大正解! 音は目に見えないけど、空気を振動させて伝わり、物を動かすのです、という解説がつきます。


そして、最後の実験は生徒一人ひとりに、プリンのカップ様のものと2本の細いチューブを用意しておき、そのカップに小さな穴を二つ開けてチューブを差し込みます。
さあ、何ができたのでしょう?
聴診器です。
早速、自分の胸や隣にいるお友達の胸に当てて聞いてみると、「ドキッドキッ」という心臓の音が聞こえます。
早く終わって隣りの友達同士で電話ごっこをしている子もいます。


と、こんな調子であっという間の1時間。
帰り際には、今日やった実験の観察結果を書き記すノートやメモを書いたもの、そしてまだいくつか家でできる別の簡単な実験を紹介した手作りの冊子などをセットしたものと作った聴診器がお土産。
みんな大満足の様子でした。


私がご父母の方々に最後の締めくくりの感謝のご挨拶とアカデミー学院のご紹介。
終了後、何人かのお母さん方からは塾についてのご質問があり、ご父母の方々だけでなく子どもたちもみんな出口の机の上に置いておいたアカデミーの入学案内とチラシを持って塾をあとにしました。


ボランティアでお手伝いしてくださった先生方に感想を聞くと、みんな一様に「とても楽しかった。こんな実験、自分たちも小学生の時にやってみたかった。このようなやり方だったらみんな勉強大好きになる」という答え。


お陰さまで大成功でした。
わくわく発見クラブ担当の清田奈甫講師と副学院長の次男、正人は今日のイベントの準備でここ数日ほとんど徹夜でした。本当に素敵な実験教室をありがとう。そして、お疲れさまでした。
感謝をもってここにご報告させていただきます。


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昨日は美女とデート!

2014.05.16日

昨日は美女とデート。
午後1時に平塚駅で待ち合わせ、平塚駅南口から海岸に向かう途中にある美味しいパスタ店でお昼を一緒にいただき、話題が尽きず2時間おしゃべりしました。
そして海岸まで歩き、波打ち際を散歩。感激した彼女ははしゃぎながら駆けて行き、靴を履いたまま海水の中へ。


hikari1.JPG


10日前には彼女のお母さんと同じ場所でデートしたばかり。
お母さんと一緒に撮ったのが左の写真。同じところで写真を撮ろうと思って今日も彼女をその場所にお連れしたところなんと十字架がなくなっている。残念!左の写真の十字架についている紙には「違法建造物」と書かれていて撤去命令が出ていたのです。
そこで海をバックに彼女と一緒に「ピース」して記念写真を撮りました。ちょうど親子ぐらい年が離れているのですが、まるでナイスカップルのよう?
(写真をクリックすると拡大されます)


motomi.JPG hikari.JPG


実はこの母娘、今年の1月に「最高の一日」の中でご紹介したFBフレンドの田中さんです。
この時、伊豆の別荘にご招待いただき本当に文字通り「最高の一日」を過ごさせていただいたのですが、その後もこの別荘をご厚意で使わせていただいたりして大変お世話になっています。
ご長男の晴也くんがこの年末年始に、ロサンゼルスを訪れ直人と親しいお交わりを持たせていただいたのがきっかけで、ご家族みなさんととても親しくなりました。そして、上のお写真のご長女のひかりさんも先月末に1週間ロサンゼルスを訪問し、やはり直人とお交わりさせていただいたのです。


今日はこの後、先日お母さんとご一緒に腰かけてお話したりお祈りした同じベンチのところで、ひかりさんとお話ししたのですが、あっという間の3時間でした。ロサンゼルスのお話しに始まり、これまでの信仰の軌跡について、また私自身のこれまでの人生のお話など話題は尽きませんでした。
驚いたのは、お母さんもそうでしたが、ひかりさんも私の過去のブログ記事をよく読んでくださっていて、いろいろな出来事や経験をとてもよく覚えていてくださったことで感激しました。
でも話の主人公は初めから終わりまでずっと神様で、ひかりさんの口から、「舟田先生がいつもおっしゃっている『ひも』ですね」という言葉に、私もそれを改めて強く感じました。
そしてふたりで神様に心から感謝して、一緒にお祈りの時を持ちました。
駅でお見送りしたときにはお会いしてから6時間が経っていました。


家に戻ったのは夜の8時近く。
今日歩いた時間は3時間、距離は16kmでした。
私が今年の目標としている心身魂脳の健康にとてもいい一日となりました。
感謝!


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舟田式ひも勉強法 その18

2014.05.16日

 17. 引き寄せの法則
これまでこのブログで何度も「引き寄せの法則」について書いてきました(興味ある方は、この画面左上のエントリー検索に「引き寄せの法則」と入力して検索すると30あまりヒットします)。
著者ロンダ・バーン自ら著書を朗読しているオーディオブック "The Power"を送迎バスの中でこれまで何十回と聴きました。もう全部、丸暗記してしまったかと思うほどなのですが、不思議なもので聴くたびに新しいことを教えられ、またすでに忘れてしまっていることがたくさんあるのに驚かされます。


「引き寄せる」と日本語で訳されている言葉は英語では attract (魅了する)です。つまり、「人を魅力で引き寄せる」という意味です。
そして、その背後にある力は「愛」です。
ちょうど男女が愛で引き寄せられるように。


しかし、この「引き寄せ」は必ずしも、いいことばかりとは限りません。悪いことをも引き寄せます。
以前、このテーマで書いた時もそうだったのですが、だれでも体調が悪いとついつい悪いことを考えてしまいがちです。
すると、次から次へとさらに悪いことを考え、それが芋づる式でまたまた悪いことを引き起こすのです。
そこで、悪いことから良いことへと目を転じて、良いことを考え始めると不思議なことに今度は、次から次へと良いことが起きてきます。
私の体調もまさにそうで、「具合が悪い」「気持ちが悪い」と考えていると、本当にそのような状態が次から次へと起こるのですが、「おっ、今日は調子いいぞ」「最近はだいぶ良くなってきたな」「この調子で良くなっていけばいいな」などと考えていると、今度は本当に知らないうちに調子よくなってくるのです。
そして、さらにその調子良さが次の調子の良さを引き起こしてくれ、と今までの悪循環が好循環へと変えられていくのです。


仕事もそう。人間関係もそう。自分自身の見方さえもそう。
いい面を見ていると、さらにどんどんいい面が見えるようになってきます。ちょうど昨日の「『醜い』から『見えにくい』へ」に書いた「イイトコメガネ」と同じです。
逆に悪い面を見ていると、次から次へと本当に悪いことばかりが起こってきます。
「善因善果、悪因悪果」です。すべてはひもでつながっているのです。


学生にとっての勉強も同じこと。
勉強がよくできる生徒、学生は、物事を肯定的に考え、良い面に目をやります。たとえテストで失敗しても失敗から学びます。「そうだったのか!」と。すると、勉強が面白くなってきて、さらにできるようになるのです。
勉強は嫌いだ、面白くなんかない、仕方なくいやいややっている、自分は頭が悪い、親の遺伝のせいだ、学校の教師のせいだ、などと悪いことを考えていると、さらにどんどん悪い結果を引き寄せてしまいます。
これもやはり引き寄せの法則で、自分でも知らず知らずに悪いことを引き寄せて(attract)しているのです。


この悪循環に陥った時、断ち切る方法はなんでしょう。それはただ一つ。
たとえ、どんなに大変な状況の中にあって、物事が思うようにうまくいかず、四方八方ふさがれているように思われる時でも、上を見上げることです。上はいつでも大きく開かれています。


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「わたしは山にむかって目をあげる。わが助けは、どこから来るであろうか。
わが助けは、天と地を造られた主から来る」

(詩篇 第121篇1〜2節)


すなわち、いくらでも惜しげもなく愛情を注ぎ、知恵をくださり、力や勇気や希望を与えてくださる神様に目を向けるのです。すると、これもまた「引き寄せの法則」でどんどんいいことを引き寄せてくれ、悪い循環を断ち切ることができるようになります。
私も今の状態から立ち上がることを決意しました。


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「醜い」から「見えにくい」へ

2014.05.15日

去る4月4日に「『醜い』から『見にくい』へ」という記事を書きました。その中で私が言わんとしたことは、とかく目につきやすい「醜い」ものを意識的に「見にくい」ものにしてしまうということでした。


今日のタイトルは「『醜い』から『見えにくい』へ」で、一見同じように見えます。
何が違うんでしょう?
よく見比べてください。


1文字「え」が入っているかいないかの違いです。
冒頭の記事の中に、
「敢えて「醜い」ものから目を遠ざけて、それらを「見にくく」させるということです。
これは自然に対してだけでなく、冒頭に挙げたような社会悪や人の醜さについても同じです。
そして、意識的に美しいもの、心洗われるもの、感動を覚えるようなもの、喜びがあふれてくるようなもの、笑いがこみあげてくるようなもの、あるいはそういった感じの心地よい人に目を向けるようにしているのです」
と書きました。


この「意識的に美しいもの、心洗われるもの、感動を覚えるようなもの、喜びがあふれてくるようなもの、笑いがこみあげてくるようなもの、あるいはそういった感じの心地よい人に目を向ける」ことは、普通だったら「見えにくい」ものなのですが、そこに目を向けるというのが、今回のテーマ「『醜い』から『見えにくい』へ」です。


ちょうどこのことを考えていた時、テレビで面白いCMに出会いました。
それはAC ジャパンのCMで、これです。



「イイトコメガネはみんなの心の中にあるよ!」
というキャッチコピーこそ、まさに私が言いたかったことです。
意識すると、周囲の人の中に、自分の中にも、人間関係の中に、自分の仕事の中に、勉強の中に、また自然の中に、人間が生み出した文化やさまざまな発明品の中に、その他ありとあらゆるものの中に、この「いいこと」がいっぱい見えてくるのです。
これらはうっかりしていると見過ごしてしまったりするような「見えにくい」ものであることが多いものです。


私たちはとかく「醜い」ものに目が行きがちで、不快な思いをしたり、批判したりしやすいのですが、むしろこの「見えにくい」ところに目を注ぐといいものがどんどん見つかり、幸せな気持ちになることができるのです。
これこそが本当の「幸せ」の秘訣かも知れませんね。
しかも、ドラえもんに秘密の道具「イイトコメガネ」を出してもらわなくても、私たちの心の中にちゃんとあるのですから。


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ノー天気の利点

2014.05.14日

昨日は午前中、東海大伊勢原病院の定期診察に出かけ、帰りはバスとウォーキング、そして買い物をし家に戻ったのはもう午後3時になっていました。


帰り道、交差点の赤信号で立ち止まっていました。
間もなく隣に来たおばあさんが私に声をかけてくれました。
「今日は朝は寒かったから厚着をしていたら、昼から暑くなってきて服を着替えましたよ。1日でこんなに温度差があるとちょっと大変」
「私も今朝家を出る時は、セーターを着て上にジャケットを着ていたのですが、今はセーターはこの買い物袋の中、ジャケットはこうして腰に巻いています。もう汗びっしょりですよ。こういう時は風邪を引きやすいから気をつけないとね」と私。
信号が青に変わって歩きながら会話が続きました。
「いやー、私はそれで風邪を引いて、年だから長引いてしまって、ようやく今治りかけているところ」とおばあさん。
「お大事になさってくださいね」
「歳取るといいことなんかひとつもない。今は小さな魚屋を転がしながら年金で細々となんとかやりくりしているけど、生きていてもなんにもいいことなんかない」
「いやいや、まだまだいいことたくさんありますよ」
「もう、いっそのこと早く死んでしまいたい」
「そんなにあわてなくて大丈夫ですよ。それほどお年には見えませんが、おいくつなんですか?」
「もう63です。おばあちゃんですよ」
「そうなんですか...。じゃあ、私は何歳ぐらいに見えます?」
「そうね、57〜58ぐらい?」
「じつはもうすぐ64歳なんですよ」
「えーっ、それじゃ私よりも一つ上?」
「いや、おばさんまだお若いですよ。これからですよ。お互いに頑張りましょうね」


このおばさん、実際、見たところもう67〜68歳に見えました。お話ししていても私よりもずっと上だとばかり思っていました。
ところが実際のお年を聞いてびっくり。私よりも若い。
私は自称38歳。永遠の青年のつもりです。精神年齢がこの辺りでストップしたままなんです。
ところが肉体の方は遠慮なくどんどん年は進んでいきます。とは言っても、私の先輩などに言わせれば私などまだほんの若造に過ぎないのでしょうが。


「新超ひも理論 その2」に登場したFBフレンドの高城さんとはまだつい3週間ほど前に初めてお会いしたばかりです。


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高城さんと私は同い年。見た目は私の方が若く見えるかもしれませんが、体内年齢は高城さんの方がずっとお若く、しかもお元気。朝4時とか早起きして犬の散歩に20数kmも歩き、週に2〜3日ジムに通って筋トレをやっていらっしゃるというだけあって、握手を交わしたら悲鳴を上げそうになるほどのすごい握力でした。
高城さん曰く、
「舟田先生。私と友達になったから先生もこれからはどんどん元気になりますよ。モーセは120歳まで生きましたから、私たちはまだ人生の半ばちょっと過ぎたばかりです。二人で一緒に120歳を目指して頑張りましょう」。
そして、お会いした平塚海岸に来る途中、相模川の河畔で摘んできたという野草をリュックサックがいっぱいになるほどくださいました。
その次の日から毎日毎日、山ほどの野草サラダや野草の煮物をいただき、さらに毎日のようにFBやメールでメッセージを送ってきて励ましてくださっています。


2日前の記事「真面目とノー天気」に対してFBのコメントには、
「主の平和。何亊も一生懸命は私も同じです。先生のメッセージで、ストレスを感じない私の生き方、まさにこのノー天気なのです。気にしない、気にしない。失敗しても、まっいいかとおかげでこんなお気楽人生歩んでいます。でもー生懸命なのです。独立独歩、悪く言えば唯我独尊、これ自分の給料は自分で作ってきた生き様と無関係ではなさそうです。何かのドラマでヒロインが「なんちゃない」と口癖のように言っていたのを印象深く覚えています。「なんちゃない」は「どおってことない」という意味でしょう。先生丿ー天気に明るい爺を目指しましょう。悪童と優等生が案外とっても仲良しになれるもんです。知り合えた、そして尊敬と友情を主に感謝します。元気になられるよう今日もしっかり神様にお祈りいたします。主が私逹の真中にあって私逹の手を握ってくださることに感謝します。アーメン」
とあり、「何事も一生懸命だけど、同時にノー天気」、とノー天気な生き方を勧めてくださいました。


そして、昨日お会いしたおばあさん(?)との出会いと会話を通して、早速自分がちょっとノー天気になり、若返り始めてきているのを実感し、神様に、そして高城さんを始めこのブログでつながっている皆さんに心より感謝した次第です。


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舟田式ひも勉強法 その17

2014.05.13日

 16. 思考は現実化する
毎日の新聞を読んでいると、今も昔も変わらないなと思います。
ちょうど2年ほど前に書いた記事の中に、30代の会社社長が、飛行機の中で女性客室乗務員のスカートの中をボールペン型の小型カメラで盗撮した疑いで、迷惑防止条例違反で逮捕されたというニュースを紹介しましたが、このようなことは毎度どこかで繰り返されています。
容疑者は容疑を認め、「制服を見て盗撮したくなった」と供述しているそうです。
盗撮やわいせつ、淫行など、この手のニュースはほとんど毎日のように新聞の三面記事や地域版に載っていて、逮捕される犯人はどういうわけか学校の教師や現場の巡査、巡査部長、地方自治体の職員や政治家などが多く驚かされます。
みんな口をそろえたように言うのが、出会い系サイトを通じて知り合い、「ついムラムラとなって」です。


私の神学校時代の恩師、小島伊助先生が、この世の中は「金色夜叉」だ、すなわち「金と色と夜だ」とおっしゃいましたが、まさに上のような性的な問題に始まり、「昨日のびっくりとは… 必見!」にも書きましたように、振り込め詐欺など「金」の面など、手を変え品を変え、常に私たちを狙っています。


これらの事件すべてに共通するものがあります。
なんでしょうか?


「思考は現実化する」ということです。
冒頭の社長は常日頃からそのようなことばかり考えていて、あらかじめ盗撮用のボールペン型の小型カメラを用意しています。
わいせつで逮捕される人たちは、出会い系サイトを普段から利用しています。初めからそのようなことを期待しているからです。
振り込め詐欺や贈収賄など金に関わることで犯罪に手を染める人も同様で、常日頃からそのようなことばかり考えています。
つまり、人間とはみんな、普段考えていることを意識するしないを問わず現実化させているのです。


『思考は現実化する』はナポレオン・ヒルの Think and Grow Rich の邦訳題です(「成功とはあきらめないこと 2」)。
この概念は当然のことながら、勉強においても当てはまります。
多くの場合、「自分は頭が悪い」「能力がない」と思っている生徒は、そのような考え方が自己実現して、勉強せず、結果的にダメな人間になってしまいます。
一方、以前「ウェビナー」に書いたボブ・プロクター氏やピーター・J・ダニエルズ氏(「人生は出会いで決まる」)などは、学校では落ちこぼれでしたが、『思考は現実化する』という本や人との出会いなどを通して目が開かれ、自分の可能性を信じてコツコツと努力した結果、大成功を収めました。


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「勉強にハマる?」に書いた一人の生徒は、本当に文字通りの「社会博士」で、社会に関することならそれこそ何でも知っていました。本人はこと社会に関しては自分でも胸を張れるぐらい自信があるのですが、気が小さいためそれ以外の教科には苦手意識が先行し、持っている力を十分に発揮することができませんでした。


つまり、思考と行動、そしてその結果はひものようにつながっているということです。
これを、私たちも活用しない手はありません。
勉強にこれを利用すれば、誰でも頭を良くして、成績を上げることは可能です。これが「舟田式ひも勉強法」です。
そして、これによって人生を変えることだってできます。
健康だってそうです。私は今、この「ひも理論」を使って、健康を快復し元気になることを目指しています。
「思考は現実化する」はいい意味においても悪い意味においても真理です。


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真面目とノー天気

2014.05.12日

『論語』先進に次のような箇所があります。
四字熟語で「過猶不及 (かゆうふきゅう)」といいますが、あまり知られていません。


孔子の高弟に子貢という人がいました。
あるとき、子貢は同門の二人を比較して尋ねました。
「師(子張)と商(子夏)とでは、どちらがすぐれているでしょうか」と。
(子曰く)
「師は(才気にまかせて)ゆき過ぎるところがあり、商は(控えめすぎて)足りないところがある」と。
子貢が重ねて尋ねました。
「それでは師のほうがまさっているのですか」。
(子曰く)
「過ぎたるは猶ほ及ばざるがごとし」。
(ゆき過ぎるのは、足りないのと同じようなものだ)

(『論語』 旺文社より)


私のこれまでのモットーは「何事も一生懸命」でした。
しかし、最近「一生懸命の弊害」のようなものに気づくようになりました。


ここ数年、体調を崩すきっかけになったのが、よく考えると原因は実にこの「何事も一生懸命」にあるということがわかってきたのです。


これまでの人生を振り返ってみると、幼稚園の頃からこの「一生懸命」は始まっていました。
幼稚園児で「罪の呵責(かしゃく)」に苦しむ子はそうはいないと思います。しかし、私は罪の呵責に苦しみ、そしてその結果、常に死の恐怖におびえていました。幼稚園の時にです(「訓練していたことを実践しただけです」)。


このような真面目さは、その後もずっと続き、現在にまで至っています。
「玄米菜食がいい」「ウォーキングがいい」「積極思考がいい」などと聞くと、すぐにそれらを生活の中に取り入れ、忠実に実行します。
2年前の記事「改造計画、着々と進行中」の中には週に2日、朝夕各5〜6kmずつ歩いている、と書いていましたが、今ではほぼ毎日10〜15kmも歩く、という熱心さです。
去る3月に「健康になる靴」という記事を書きましたが、1週間ほど前、雨の日にこれを履いて歩いていたら底の穴から水が入ってきて靴下が濡れてしまいついにあきらめました。
とても高い靴でしたが、わずか1年少しという短い寿命でした。
前に履いていた普通の運動靴でウォーキングを始めたら、足が痛くてしようがない。
それでついに昨日、また新たにMBTシューズを購入しました。新製品で前のものよりも安くて軽い、と非常に気に入りました。靴屋さんに、毎日10〜15kmウォーキングしていると言ったら、びっくりしていました。
早速、この靴を履いて海岸まで歩き、家に戻ったら10kmになっていました。やっぱり頑張り過ぎ!


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かつての私もそうでしたが、去年FBフレンドになったマッキーさんはサラリーマンの仕事を続けながら自立で教会の牧師を務めていらっしゃいます。
「初対面同士の再会?」で去年の9月に初めてお会いしたのですが、素晴らしいユーモアの持ち主で、裏表がなく、お話ししていると自然と笑ってしまいます。
このマッキーさんのFBからは、毎回多くのことを教えられ、また送られてくるメッセージにもとても励まされていて、感謝に絶えません。


マッキーさんも、もちろん何事に対しても一生懸命な方なのですが、ユーモアのセンスを忘れずに周りの者に愛情を振りまき、リラックスさせ、大いに楽しませる、という素晴らしい賜物をお持ちです。
ご自分のことを「ノー天気」とおっしゃっています。
この「ノー天気」というのは辞書によると、「能天気 軽薄でむこうみずであること。のんきでばかげていること。また、そのさまや、そのような人」とありますが、必ずしもそのような悪い意味で使われていず、実際には「気楽でのんびり、楽観的」といった肯定的な意味も含まれています。
これこそ私が見習わなければならないところです。


何事もそうなんでしょうが、私の場合はこと真面目に関しては「過ぎたるはなお及ばざるが如し」で、マッキーさんに習って「ノー天気」になったなら、今の体調不良など一気に治ってしまうことでしょう。


マッキーさん始めこのブログで、またFBでつながっている皆さん、引き続き私の健康快復のためにお祈りくださり、ご指導くださいますようよろしくお願い申し上げます(と言っているところがまだまだ真面目過ぎるのですね、きっと)。


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舟田式ひも勉強法 その16

2014.05.11日

昨日の記事「舟田式ひも勉強法 その15」に「使えることを教える」という内容を書きましたが、それをまさに実証するかのように、翻訳家の鴻巣(こうのす)友季子さんが去る5月3日付の中日新聞4面に同様のことを語っていらっしゃいました。



英語ができないと世界の共通ステージに参加できない、という強迫観念が、年々高まっています。それは確かに事実でしょう。理系の研究者は英語で論文を書かなければ読んでもらえない。文学でも芸術でも、一定以上の舞台を目指すのであれば、英語がないと不便ですよね。
小学校で英語を学ぶのも土台をつくるという意味では良いことだと思います。自分が目指すゴールには英語力が必要だと分かってから勉強を始めたのでは不十分な場合もある。跳び箱で言うと、五段くらいまでは飛べるようにしておきましょうと。
ただ、私が小学生から大学生までに翻訳を教えた経験から、日本の語学教育には「能動的な学び」が欠けていると思います。科目の点数を上げるための受け身の学習が中心で、英語という言語と自分から有機的に関わろうとはあまりしない。受験英語の弊害ではないでしょうか。
たとえば英語の読解で、受動的な読みと能動的な読みの違いは、英文和訳と翻訳の違いと言い換えられます。試験の英文和訳はただ英語を日本語にして並び替えるだけで、要は言葉の前をスーッと通り過ぎている。そうではなく、原文に働きかけて読む訓練ができると良いですね。
他国語を翻訳する時って、母語に無理をさせているんですね。日本語が英語とぶつかってインタラクション(相互作用)を起こし、双方がもみほぐされて柔らかくなる。そうすると読みが深まる。英語を能動的に読むことは、日本語について立ち止まって考えることでもあるんです。



私は決して英語万能主義者ではありません。「英語の世紀」といわれ始まった今世紀ですが、英語大国の米国では近年、異言語に関心を持つ出版社も増え、科学分野でも国の主導で翻訳が進められています。みんなが英語に合わせて生きていくわけじゃない、という雰囲気が漂ってきた。英語の一人勝ちの状況は、この20年ほどで変わるのではと感じています。
英語に限らず、他言語を使えるようになることは、日本語のほかに窓をもう一つ持つようなものです。同じ部屋にいても、のぞく窓が違えば見える景色も変わる。仮に日本が独裁体制や戦争に巻き込まれて情報が遮断されても、他言語ができれば別の回路を確保できます。使えるのが一言語か二言語以上かという違いは、決定的だと思います。



私はこの鴻巣さんの考えとまったく同じです。外国語という時、それは必ずしも英語でなければならないということはありません。私自身、英語のほかに、大学時代には第2外国語としてフランス語を、第3外国語としてスペイン語、あとは趣味で、あるいは出会った外国人と話したくてドイツ語、ロシア語、ポルトガル語、ポーランド語、中国語、韓国語、タガログ語(フィリピンの言葉)、ギリシャ語とヘブライ語(聖書の中に使われている言語)、そして世界共通語の人造語であるエスペラント語などを勉強しました。
ただ、現状ではやはり世界の共通語として用いられている英語ができることは、いろいろな面で有利であることに違いありません。
だから、日本における英語教育の発展に大きな期待を寄せるのです。


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舟田式ひも勉強法 その15

2014.05.10日

一昨日のブログ「舟田式ひも勉強法 その14」の中に「14. 使えることを学ぶ」というテーマで、生徒は使えることを学びたがっていると書きました。生徒が勉強嫌いなのは、どうせ何をやっても役に立たない、使えないと思い込み、試験や成績のためにばかり勉強しているからです。
今日のテーマはその具体例で、英語を取り上げます。


 15. 使えることを教える
 文部科学省は12日、中学校の英語授業を原則として英語で行う方針を決めた。
 高校では今年度から英語で授業が行われているが、生徒に実践的な英語力を身に着けさせるため、より早い段階から実施することにした。指導体制を強化するため、英検などの外部試験を活用し、都道府県ごとに中高の教員の「英語力」を公表する仕組みも設ける。年明けから同省の有識者会議で検討し、2020年度からの実施を目指す。
 同省では、20年度から小学校の英語教育の開始時期を現行の5年生から3年生に引き下げ、5、6年生では英語を正式な教科とする方針を決めている。現在の中学校の学習内容を一部取り入れ、基礎的な読み書きを学ぶため、中学校から英語による授業が可能になると判断した。
 これに伴い、学習指導要領を見直し、中学校の英語教育に高校の内容を一部導入する。新聞やテレビのニュースを題材にした簡単な情報交換や会話などを想定。生徒の目標となる達成レベルは、現在の英検「3級程度」から「準2級程度に引き上げる。
 教員の指導力向上のため、都道府県ごとに英検「準1級レベル以上」などの教員の割合を定期的に公表する仕組みも設ける。中高の全英語教員に英検準1級や英語力テスト「TOEFL」などの受験を促し、一定以上の成績を求める。

(2013年12月13日 読売新聞 1面「英語授業 中学校も英語で」より一部抜粋)


「小学校の英語教育」という記事を2013年11月1日に書きました。
その中に、「私はもう30年以上前から、小学校からの英語教育導入を訴えてきましたが、文科省(当時は文部省)はずっと小学校からの英語教育導入は今もこれから先も一切考えていない、と断言していました」と記しましたが、下村文科相は会見で、「(改革プランは)単なる受験英語から、外国人とコミュニケーションが取れるツールとして英語を教えるという意味で大きな転換であり、時代の要請だと思う」と語ったとあります。


まあ、確かに「時代の要請」でしょう。しかし、そんなことは昔から百も承知のことで、何を今さらという感じです。
この時も、「英語よりも日本語教育を優先しろ」というもっともらしい反対論が出ましたが、今ではもうそのような声はすっかり影を潜めました。そもそも、英語か日本語か、という二者択一の問題ではないのです。それは、あたかも、「算数か国語か」と言っているようなものです。


そして今回、2020年度からの小学3年生からの英語必修化が決定したのです。
私に言わせれば「何を今さら」という感じで、はっきり言って遅すぎます。しかも、上の記事によると、実施されるのは今から6年も先のことです。


日本がこのように小学校への英語導入に手間取っている間に、お隣の韓国や中国ではいち早く導入し、高校生の英語力において両国とも日本を大きく上回っているという結果が出ています。
実際のところ、街角でのテレビのインタビューに英語で応じる一般人の数は、韓国・中国は日本の比ではありません。
そして、それがそのまま欧米への日本人留学生の数の大幅な減少に反映し、さらに日本は国際社会での経済活動においても両国に大きく後れをとる結果となりました。


韓国の小学校で英語教育が始まったのは1981年。97年に小学校の3年生から正規の必修科目として導入され、3・4年で週1時間、5・6年で週2時間すでにやっているのです。
小学校英語教育の目的は、日常生活で使用する基礎的な英語を理解し、表現する能力を育てること。そのため、授業は歌やチャンツ(メロディーを付けずにリズミカルに唱える詩や言葉遊び)、ゲームなど遊びを通した音声言語教育が中心です。
文字については、4年生で基本的な名詞の読み、5年生で基本単語の読み、書きの練習を行い、6年生になると文章を扱い、4技能を総合的に指導するといいます。文法は現在形や未来形、不定詞など、日本の中2レベルの事項も扱います。
(VIEW2 ベネッセ教育研究開発センター)
アカデミーでやっているキッズクラブ英語クラスはちょうどこれと同じような感じです。


上の結果が日韓の高校生の英語力にはっきりと目に見える形で現れています。


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(出典/ Benesse 教育研究開発センター『東アジア高校英語教育 GTEC調査2006報告書』)


実生活で使えるようになる指導をしてこそ教育は実を結ぶのです。つまり、ひもでつながるということです。
何度も繰り返しますが、目先の学校の定期試験や成績、受験のためだけの勉強は不毛です。試験が終わると忘れてしまって使えるところまでいかないからです。このことは、日本人のほぼみんなが言っていることです。現に周りを見回し、英語を自由に使える人がいったい何人いるでしょうか。
日本の経済力をかつてのように復活させるために、使える英語の教育は欠かせないのです。


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将来の日本を、そして世界を担う子どもを

2014.05.09日

 その昔、テレビの『ウルトラマン』に登場した怪獣に「ガヴァドン」がいる。子供が塀に落書きした絵が、地球に届く宇宙線の異常で3次元に変化して誕生した怪獣である
◆平面がたちまち立体に変わる。50年ほど前に放送された当時は、荒唐無稽の設定であったろう。設計図があれば紙を印刷する手軽さで樹脂製の立体物を作り上げる3D(3次元)プリンターが実用化された現代である。子供たちもいまはガヴァドンにあまり驚かないかも知れない
◆この装置で殺傷能力のある拳銃を作り、隠し持っていた大学職員の男が銃刀法違反の疑いで逮捕された◆都々逸に、〈二つ良いことさて無いものよ 月が漏るなら雨が漏る〉とある。科学や技術の進歩もそうで、3Dプリンターにしても人工骨など医療分野をはじめとして、モノ作りの世界では夢の技術として期待を背負っている。“夢”の通る穴は生かし、“悪夢”の通る穴をふさぐ法の整備を急がねばなるまい
◆同じ3D生まれでも、ぐうぐう寝てばかりで 愛嬌あいきょう のあるガヴァドンは子供たちに愛された。人を傷つけるしか能のない怪獣は早々に退治するに限る。

(読売新聞 5月9日付「編集手帳」より)


本当に時代の変遷には目を見張るものがあります。
3Dプリンターで殺傷能力のある拳銃が作られたとのこと。しかも、大学職員の手によって。もう私の理解の範囲をはるかに超えています。
昔のテレビの『ウルトラマン』の世界が今や現実のものとなっているとは。


しかし、これで驚いていてはいけません。
今、人類は未曽有の地球の未来の危機に直面しています。
つい最近までは地球温暖化云々されていましたが、今の大きな問題は原子力発電です。
双方にそれぞれ言い分があるのでしょうが、原子力発電の廃棄物質をたとえ地下何百メートルに保存しようとも、将来の危険性から逃れることはできず、ツケをただ私たちの子孫に回すだけのことです。
今日、世界はいろいろな面で便利になった反面、このほかにも直面している大きな問題が数えきれないほどあります。


このような中で、私たちのなすべきことの一つは、今の子どもたちの教育です。
「教育」と言うと、ほとんどの人は目先の高校や大学の志望校合格のレベルでとどまってしまっているのですが、もっともっと長い目で、大きな観点から考えなければ、日本も、そして地球もそう長い寿命は期待できません。


私たちのアカデミー学院では、それをいち早く意識し、そのような教育にこれまで25年間取り組んできました。
そのうちの一つが昨年よりスタートした「わくわく発見クラブ」です。
このたび創立25周年を記念して、小学生を対象にした特別企画のイベントを先生たちが企画・立案してくれました。
そして、昨日塾から一番近い小学校の校門前でその案内を下校途中の児童たちに配布したところ、とても良い反応で、早速申し込みが何件かあったようです。
昨夜のFacebookにそのチラシを写メで撮ったものをあっぷしたところ、あっという間に「いいね!」が80件を超え、今朝見るとその数は147件に達していました。
そして、「この生徒の中から世界平和のために働く器が起こされますように。できれば新エネルギー発明のためにも貢献する方がおこされますように」を始めとするたくさんのコメントをいただき、またこのページをご自分のタイムラインにシェアしてくださった方もありました。
これがそのチラシです。(画像をクリックすると拡大されて、文字が読みやすくなります)


(おもて面)

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(うら面)

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裏面の右上コーナーにはいろいろな色の厚紙がホッチキス止めされていて、それを指示に従って簡単な作業をすると紙製のホイッスルができあがり、吹いてみると「ピーッ」と音が出て、これだけでも私は大感動でした。


5月17日(土曜日)に親子連れでたくさんの子どもたちが集まり、自分たちの手で作るものや化学実験に胸をときめかせてくれて、これが将来の日本を担う子どもたちになってくれれば、と心から願っている次第です。
お近くにお住いの方はどうぞご遠慮なくご参加ください。また、遠方の方は背後のお祈りでこのイベントを、そして将来の科学者たちの誕生のために覚えてサポートしてくだされば本当に幸いです。


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舟田式ひも勉強法 その14

2014.05.08日
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「舟田式ひも勉強法 その9」では、「10. 学んだことを使う」というテーマで話しました。
今日のトピックはこれと似ていますが、ちょっと異なります。


 14. 使えることを学ぶ
正確には「使えることを教える」とすべきなのですが、生徒の立場からすれば、「使えることを学びたい」と思っているはずです。
昨日の記事「13. 勉強を面白くさせるのは...」に書いた生徒のように「どうせやっても何の役にも立たないし、やるだけ無駄な勉強はしたくない」と思うのは人情です。というか、誰でも、私でも「役立たない、やっても無駄な勉強」なんかしたくありません。
ですから、学ぶ生徒の立場、観点に立って、役立つ、使えることを教えなければならないのです。
今、生徒たちが勉強しているのは、正直なところ、「試験で役立つから」という理由だけです。


でも、舟田式ひも勉強法 その1の「1.まず、何よりも勉強の目的をはっきりさせること」でも書きましたように、勉強する目的は試験のためではなく、私たちが豊かな人生を歩むことができるようになるためです。「豊かな人生」という時、それはなにもいい会社に就職して経済的に豊かになる、という意味ではなく、心身ともに健康で、幸せで、意義ある人生を送るということです。
このために勉強は不可欠です。
言い換えるなば、小中高校、大学でしっかりと勉強しておくならば、「心身ともに健康で、幸せで、意義ある人生を送る」ことができるのです。


ところが残念なことに、勉強をつまらなく教えているため、生徒はみんな勉強嫌いになり、勉強とはただ試験のためだけにするもので、将来役立たないと思い込んでいます。
だから、小中高校の12年間、さらに大学も加えると16年間、浪人の1年も加えると17年間という膨大な時間と多大なお金と大変な労力の無駄遣いをしていると私は言っているのです。
日本の教育はまったく空回りしています。
このような状況に一石投じたく思い、この「舟田式ひも勉強法」シリーズを書いているのです。


昨日の記事に対してFacebookに次のような書き込みをしてくださった方がありました。
「子供が勉強ってワクワクしないって言ってますが( ̄^ ̄)ゞ」
これに対して、FBフレンドのがSTさんが次のような大変嬉しいコメントをくださいました。
「小学5年の時新卒の教師が担任になり、この先生、学芸大のサッカー部員でした。学年3クラスの中で私達5年3組の男子はサッカーを教わることとなります。サッカーというスポーツに初めて接して僕らは夢中になりました。小学校6年の運動会の徒競争で変化は起きます。いつもうしろから2、З番でゴールしていた私が2着になったのです。校庭狭しと走り回っていた結果でした。5年6年と同じクラスでサツカー好きになった僕らは中学もサツカー部を選びました。その数5人、脱落者2人いましたので私とI君、T君の3人はその後の栄光に輝く道にと進みます。私逹がラッキーだったのは中学2年の時、これまた新任の日体大卒の先生がサッカー部の顧問となられたこと、弱小だったチームがあれよあれよと強くなり、その年の夏の大会で準優勝、並みいる強豪を打ち破ぶる快挙でした。秋の大会で優勝、以後私逹の中学はこの先生の監督のされていた数年、常勝チームとして名をはせます。ここの頃は私の足の早さにかなう者は学校内にはいませんでした。父親からは読書することの大切さ、文字を書くこの大切さ、思考することの大切さを学び、出会ったニ人の教師によってアスリートのー端を体現できたこと、本当に感謝してます。先生の「ひも理論」実感してつかめます。感謝、感謝、感謝をこめて」


さて、本題に戻りますが、役立つ勉強とは何でしょう?
ここで、ひも理論が登場します。
「役立つ」というのは、「学んでいることと生活がひもでつながっている」ということです。
上にも書きましたように、現在の日本の学校教育、あるいは塾・予備校教育はこの点において、あまりにも「試験で点数を取らせるため」というところに重点が置かれているため、生徒は試験のために仕方なく勉強していて、だから勉強がつまらない、嫌い、という悪循環に陥っています。
また、教育の現場においても、勉強を楽しく、面白く教えるような余裕はなく、その結果いわゆる知識の詰め込み教育になってしまっているのです。
そして、このような勉強は、まさに知識の切り売りで、点と点の集合体のようで、まったく線になってつながっていません。
各教科間での連携もまったくありません。


「学んでいることと生活がひもでつながっている」ことを教えるには、かなりの準備と教師の力量も必要になってきます。ちょうど「灘校教師の名物授業」のように。この先生の授業には、私も「心底、恐れ入りました!」
しかし、これをすべての教師に求めるというのは不可能なことなので、少なくとも、自分が教えている教科がどのような点で自分の生活で役立っているかという自らの経験を生徒にシェアし、他の応用例なども交えて授業の中で話し、生徒の興味を引きつけることが必要不可欠です。
いわゆる名物教師というのは、これができる人です。
このために、教師はただ教科書の内容を教え、問題の解き方を教えるだけでなく、普段から自分の教える教科だけでなく他の教科も含めてもっと研鑽を積み、また他の教師ともそのような学びの場を作って、いかにして生徒の将来の人生に役立つような教え方ができるか、研究しなければなりません。
そのような授業ができるようになると、生徒は「実生活の中で使えることを学んでいる」と実感し、勉強が面白くなります。


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舟田式ひも勉強法 その13

2014.05.07日

 13. 勉強を面白くさせるのは...
昨日の記事「12. だから勉強は面白い!」の中に、「教育専門家や教師が勉強とはつまらないもの、というような考え方をしていたら、子どもに勉強の面白さを伝えることができるわけありません」と書きました。
本当に学校の授業が正直つまらないです。
私自身、小学生から高校生まで勉強というものはつまらないものだ、と思い込んでいました。


しかし大学に入って初めて、勉強の面白さを体験しました。
時間や空間を超えて、縦横無尽に細かくひものようにつながっている学問の奥深さに触れて、勉強のとりこになりました。
あれほど勉強嫌いだった私が、その後、34歳で最終的に学校を卒業するまでずっと勉強し続けることとなり、さらに今、この勉強の面白さを教育の実践の場である塾で講師や生徒たちに伝えたり、ブログで皆さんにお伝えしたりする、いわば勉強の伝道師のようになったのです。
長い道のりでした。大学生になるまで誰も勉強の面白さを教えてくれなかったのです。


しかし、今になって考えてみると、確かにつまらない授業をして私を勉強嫌いにさせていた学校の先生達や日本の教育制度にも責任はありますが、実はもっと別のところに本当の責任があることに気づかされます。
その「責任」とは...


もう何年も前のことになりますが、数学や理科が大好きでかなりできる生徒がいました。
国語も社会も頑張ればそこそこできて、学校のテストでも結構いい点数が取れるのですが、どういうわけか英語に関しては単語は覚えられない、文法の基礎は何度やっても理解できないのです。
理解力はあり、頭もいいのにどうしてこの子は英語ができないのだろう、と不思議に思っていました。
ある時、この生徒とゆっくり話す機会があり、私は彼女にその理由を尋ねました。
「英語なんてどうせやっても何の役にも立たないし、やるだけ無駄」
「どうしてそう思うの?先生なんかは英語をやってきて今、いろんなところでとても役立っているし、英語の勉強が楽しくて仕方がないよ」
「えっ、うそでしょ。英語の勉強が楽しいなんて。だって、私の両親は二人とも学生時代、英語が嫌いで苦手でした。両親は、英語なんてつまらないし、やっても絶対に役立たないっていつも言っています」


「ははーん。なるほど、そうだったのか。
この生徒が英語嫌いで、勉強しようとせず、頭から英語なんてやったって何の役にも立たないと言っていたのは、両親の刷り込みだったんだ」
その後、単語の覚え方や文法の基礎を繰り返してやって、ようやく英語がまあまあできるようになり、高校受験では成功して、本人が高めに設定していた第一志望校に合格することができました。



そうです。日本の教育制度や学校の教師や授業を云々する前に、親の勉強に対する姿勢が子どもに一番大きな影響を与えているのです。
確かに、勉強に限らず、スポーツや趣味などにおいても、親の好みや考え方が子どもの人生に大きく影響しているのは、自分自身、あるいは周囲を見ても明らかです。
親が子どもに名前をつける時点で、親は子どもにある種の期待をかけています。


有名なスポーツ選手の名前などにそれがよく表れています。
私の場合、父が英語が好きで、外人と英語でペラペラ話し、冗談を言い合って大声で笑っているのを見て育ち、また私に「譲二」(ジョージ)という名前をつけてくれたお陰で、私は幼い頃から英語が好きで、将来は絶対に英語ができるようになると信じて疑いませんでした(「意思あらば道通ず」)。
しかし、運動音痴だった父は、スポーツの面白さをまったく教えてくれず、何も習わせてくれませんでした。父を責めるわけではありませんが、スポーツを経験しないまま育った私も父同様に運動音痴になってしまいました。


本をよく読む親の子どもは読書好きに育ちます。
野球が好きな親の子どもは野球が好きになります。
しばしば政治家の子どもが政治家になり、宗教家の子どもが宗教家に、スポーツ選手の子どもがスポーツ選手に、芸術家の子どもが芸術家に、教育者の子どもが教育者に、音楽家の子どもが音楽家に、俳優の子どもが俳優になったりするのも同様です。
親の責任、大です。
子どもが勉強を面白いと感じ、好きになるための一番の責任者は親です。
そして、これが親から子へ、子から孫へと、順々にひものようにつながっていくのです。
何事においても手遅れということはありません。気づいた時がスタートする最善の時です。


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舟田式ひも勉強法 その12

2014.05.06日

 12. だから勉強は面白い!

Come on! コワモテのコジャック警部が言うと、〈早く来い〉となる。人懐こいコロンボ警部が言うと、英文では同じセリフが〈こっちこっち〉となる
◆二つのテレビドラマで吹き替え用の台本を手がけた翻訳家の額田やえ子さんが『アテレコあれこれ』(中公文庫)に書いていた。訳し方ひとつで受ける印象はがらりと変わるものらしい
◆有無を言わさぬコジャック流〈早く来い〉だろう。「高台に避難せよ!」。3・11の津波襲来に、茨城県大洗町は防災無線で住民に“命令”したという。本紙東京版で読んだ
◆「高台に避難して下さい」という丁寧な呼びかけを、町長の咄嗟の指示で切迫した命令口調に改めた。上に立つ人がしっかりしていれば住民も安心だろう
◆目を永田町に転じれば、総裁選だ、代表選だ、誰が出るの出ないのと、にぎやかである。重要法案を放置して、国会は休会したに等しい。ぴったりのセリフが額田さんの本にあった。You gotta be kidding!…。コロンボ警部の〈ホントですか、それ〉よりも、コジャック警部の〈なめるんじゃねえよ〉が気分に合う。
(2012年9月5日 読売新聞 「編集手帳」)


英語を専攻していた大学時代、言語の面白さにハマって言語学関係の本を読みあさって、独学で勉強し始め、それが高じて卒業後アメリカへ言語学を学ぶために留学する結果となりました。
上の読売新聞「編集手帳」の記事はまさにこの面白さを物語っています。
読んでいて思わず吹き出してしまい、この記事を何人かの人に紹介しました。でもそれだけではもったいなく思い、さらに以前このブログでも紹介しました。


中学や高校、さらに大学でも英語の授業というと、それこそ明治時代から変わっていないのではないかと思うほど、紋切り型に
You are Ken.
あなたは健です。
I am Ken. I have a toy in my bag.
私は健です。私は私のかばんの中におもちゃを持っています。
He has a book in his bag.
彼は彼のかばんの中に本を持っています。

のように訳して、先生も生徒もみんな平然としています。
「私は健です。私は私のかばんの中におもちゃを持っています」
なんて言う中学生の男の子がいったいどこにいるでしょう。
これではまるでちょうど今、NHKの朝ドラマでやっている「花子とアン」の中に登場する明治時代の英語の授業のようです。


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こんな訳をしているので、みんな英語はつまらないと思ってしまいます。
それこそ、上の「編集手帳」のような訳し方をしたら、生徒たちは授業に引き込まれ、勉強が大好きになるのは間違いなしです。


大学生の頃、英語のクラスで使われていたテキストで和訳のないものがありました。
すると、誰かがそれを翻訳して学生相手に売っていました。
友人にちょっと見せてもらったところ、わら半紙に殴り書きしたような、非常に質の悪いもので、しかもその訳たるや上の中学生の訳よりもっとひどく、日本語になっていませんでした。
そんなものを500円〜800円ほどで売っていました。


私はクラスの仲間5人ぐらいに声をかけて、自分たちで訳本を作ることにしました。
私の家に集まり、私がものすごいスピードでどんどん翻訳していき、それを字の上手な女の子が清書して、リコピーという当時出たての家庭用簡易コピー機、といっても建築図面に使われていたような青焼きのものですが、それで別の友人がコピーし、機械から出てきた濡れている用紙を別の者がドライヤーで乾かし、乾いたものをまた別の者がホッチキス止めするという流れ作業を徹夜でやったことが何度かありました。
でも、販売価格は100円。お金儲けをする気は初めからなかったので、元が取れればいいと考え(リコピーの値段は確か19,800円ぐらいで結構高かった)、試験が終わると売上金で手伝ってくれた仲間たちと一緒に食事をして労をねぎらったものです。


アメリカ留学中もいくつかの通訳会社や翻訳会社に登録されていて、よく仕事が回ってきました。
そのほとんどはビジネス関係だったので、上のコジャック(正しくはコゥジャック)やコロンボのような面白さはありませんでしたが、仕事はいつも楽しみながら精一杯やりました。
帰国後しばらくして、アメリカの売れっ子作家、シドニィ・シェルダンの小説が「超訳」という名の下で次々と出版され、どれも爆発的な売れ行きになりましたが、その「超訳」は誤訳のオンパレードで実にひどいものでした(「明日がある」)。
でも、あれだけ売れたということは、日本人が上の「編集手帳」のコジャックやコロンボのようなこれまでにないユニークな訳に飢えていたからでしょう。


今、日本の小中高校生や大学生もみんな、面白くて楽しい、生きた授業に飢えています。
今日も著名な教育専門家が、勉強嫌いの子を持つ母親からの相談に次のように答えているサイトを見ました。
「子どもというのはもともと勉強嫌いで、そんなことは当たり前です」。
教育専門家や教師がそのような考え方をしていたら、子どもに勉強の面白さを伝えることができるわけありません。
それこそ、コジャックじゃないですが、
You gotta be kidding!
〈なめるんじゃねえよ〉


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舟田式ひも勉強法 その11

2014.05.05日

 12. 「なぜ?」という疑問を持つ


小さな子どもは好奇心のかたまりです。
しばしば「なぜ?」「どうして?」という質問を連発して親を困らせます。
最初のうちは「それはね...」と親は丁寧に答えて付き合っているのですが、そのうちにだんだん面倒くさくなって、
「だから、さっき言ったでしょっ!」
「もういい加減にしなさい!」
と怒ってしまったり、無視したりするようになります。


小学校でも低学年の間、生徒は先生に「どうして?」とよく質問しますが、そのうちに質問しなくなります。
質問するとうるさがられ、嫌われると思ってしまうからです。


中学や高校、大学になると、授業の終わり近くに教師が、
「何か質問はありますか?」
と尋ねますが、これは「授業はこれでおしまい」の別の言い方にすぎません。だから生徒や学生たちはみんなバタンバタンと大きな音を立てて教科書を閉じ、カバンに片づけ始めるのです。


日本では質問することは一種のタブーのような雰囲気があるようです。
中央大学で教えていた時、授業中よく質問する学生がいて、その学生を褒めたところ、自分はよく質問するので他の学生から変わり者と見られている、と言っていました。


2年前の夏、アメリカの高校の歴史の授業を見学した時、生徒が次々と質問していました。
この時、とても興味深いシーンに出くわしました。
ひとりの生徒が、太平洋と大西洋の英語名(The Pacific Ocean, The Atlantic Ocean)の由来を尋ねました。
私はその答えを知っていたので、「はい」と手を上げて答えを言いたい欲求に駆られましたが、教師がどのように答えるか見ることにしました。
教師の答えは意外なものでした。
「それはいい質問だ。だけど、先生は今までそのことについて考えたことがなかった。君たちの今日の宿題だ。調べてきた人にはエクストラポイント(おまけ)をつけてあげるよ」(「アメリカ滞在1日目(パート2)」)。
この答えは実に見事だと思いました。
もし、私のようにその場で答えを与えていたら、生徒たちは「ふーん」と言ってそれで終わり、ほとんどの生徒はしばらくすると忘れてしまっていたことでしょう。
ところが、「自分も知らない、いい質問だ」と答えることによって、生徒にプライドを持たせると同時に、みんなに調べてこさせる宿題を出して生徒全員を巻き込むことに成功したのです。(実際のところ、この先生は本当に知らなかったのでしょうが)
ということで、今、この記事を読んでいて、「?」と疑問を持った皆さんには、日本名「太平洋」と「大西洋」の「太」と「大」の漢字がなぜ違うのか調べるのを今日の宿題にします。


勉強というのは、いろいろなことに興味を持ち、「なぜ?」と疑問を持つと、そこから次々と新しい世界が開けていくことに意味があるのです。
「答えが出たらそれで終わり」ではないのです。勉強とは、ひものようにつながっているものだからです。


昔、アメリカに留学していた時、カウンセリングのクラスで、90分間学生からの質問と教授の応答、またそれに対して「なぜですか?」という質問、他の学生の意見、コメント、とそれだけでほとんど終わったことがありました。
途中で教授が「お願いだからもう質問はストップしてくれ。私の言いたいことも言わせてくれ。今日の予定の授業が全然できないよ」と言い、みんな大笑いしました。


日本の教育には、この「なぜ?」が欠けているように思います。
「つべこべ言わずに黙って聞け」「教えたことを覚えればいいのだ」「教師にたてつくのか?」という姿勢です。
私も学生時代、質問や自分の考え、意見を連発して、先生に迷惑がられたことがありました。でも、質問したお陰でとても可愛がってくださった先生もたくさんありました。
日本人でノーベル賞を受賞する研究者の多くが海外在住(あるいは海外在住経験者)ということもこれに関係していると思います。


質問から質問へとひものようにつながってどんどん展開、発展していくような授業だったら、楽しくなって生徒はもっと一生懸命勉強に取り組むようになっていくことでしょう。


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舟田式ひも勉強法 その10

2014.05.04日

 11. いつでも、どこでもドア
川崎市は3日、「川崎市藤子・F・不二雄ミュージアム」(川崎市多摩区)が開館1周年になるのを記念して、「ドラえもん」に、特別住民票を交付した。
漫画で、ドラえもんは2112年9月3日が「誕生日」。交付日は、ちょうど誕生日の100年前にあたる。同館に詰めかけたファンら約1000人が「市民」となったことを祝福。阿部孝夫市長から住民票を手渡された伊藤善章館長は、「1周年がこんなに盛り上がるとは」と驚いた様子だった。
阿部市長は「ドラえもんは最も有名な川崎市民。観光・文化大使として国際社会に宣伝してほしい」と期待を込めた。
(2012年9月3日 読売新聞)


juminhyo.jpg


私もドラえもんの大ファンなので、川崎市の特別住民票がドラえもんに交付されたというのは同じ神奈川県民としてとても嬉しく思います。
さて、ドラえもんのひみつ道具で子どもたちの間でダントツの人気は「どこでもドア」です。
私自身も「どこでもドア」が一番欲しいと思います。
テレビでいつも聞いている歌声が聞こえてきそうです。


door2.jpg


あんなとこいいな いけたらいいな
このくに あのしま たくさんあるけど
みんなみんなみんな いかせてくれる
みらいのきかいで かなえてくれる
せかいりょこうに いきたいな
「ウフフフ!どこでもドアー」
アンアンアン とってもだいすき ドラえもん
アンアンアン とってもだいすき ドラえもん


ところで、私のひみつ道具は「どこでもドア」ならぬ「いつでも、どこでもドア」で、私はこれを毎日愛用しています。
この「いつでも、どこでもドア」を開けると、自分の行きたい世界にいつでもパッとにジャンプすることができます。
朝起きて新聞を読んでいる時、テレビでニュースを見ている時、本を読んでいる時などのほか、街を歩いていても、車で走っていても、電車に乗っていても、それこそ寝ている時も、まさに四六時中、私はこれを活用しています。
どういうことかと言うと、見たり、聞いたり、臭いをかいだり、味をみたり、肌で感じるなど五感を通じて体に入ってくる情報、あるいは直感的なフィーリングに対して、私は即座にその世界に入り込むことができるのです。
目に入る情報、たとえば道路沿いの店や建物、看板、走っている車や歩いている人、テレビのドラマのストーリー、登場人物の役柄、俳優の演技、脚本、演出、舞台装置、小道具など、どんなことからも私はその世界に入って行って、そこから何か学び取ろうとします。
店では店員の接客態度や言葉遣い(「人にして欲しいこと」)、店の雰囲気や、置いてある物、トイレも掃除が行き届いているか、客の顔ぶれは...。行き違う人の顔から、その人は幸せそうか、人生に疲れていないか、何か悩み事を抱えてはいないだろうか...などと考えたりします。
ものを食べる時には、原産地はどこか、どんな人が作っているのか、どんな人に好まれているのか、料理してくれた人はどんなことを考えながら作ってくれたのか、味はどうか、どういうふうに言えば感謝の気持ちを伝えることができるだろうか、など考えます。


私はこのように常にアンテナを張っていて、身のまわりのすべてのものから学び取ろうとしています。
言い換えると、勉強とはただ単に学校や塾で学ぶこと、本から学ぶこととは限らない、ありとあらやるものから学ぶのが本当の学びです。
そして、このようにして学んだことは生活に密着している(つまり、ひものようにつながっている)ので印象に残り、身につき、そして実生活に役立てることができます。
役立たないような学びは本当の学びではありません。
そして、勉強とは子どもの時だけするものではなく、生きている限り一生続けるものです。


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舟田式ひも勉強法 その9

2014.05.03日

 10. 学んだことを使う
多くの人の勉強の仕方は試験で点数を取るため、あるいは志望校に、資格試験に合格するためのものです。
ですから試験が終わったり、志望校や資格試験に合格するともう勉強しなくなります。
その結果、学んだことをどんどん忘れていき、結局全然役立たないまま終わってしまいます。
これは実にもったいない話です。


学んだことは生活の中で実際に使うのが一番です。使うと覚え、身につきます。新しく覚えた漢字や言葉、四字熟語、ことわざなどはすぐに使うことです。
もう一つの方法は、人に教えることです。
誰かに教えようとすると、自分の頭の中を整理して、わかりやすく説明しなければならないので、自然と覚えてしまいます。
学校で学んだことや新聞・テレビのニュースで知ったことを、家族や友人など人に伝えるのもいい訓練になります。


また別の方法は、たとえば数学の公式(速さ・時間・距離など)を実際に当てはめて試すことです。
高速道路を時速80キロで走っていて、40キロ先のサービスエリアまであと何分かかるか、と言えば
「距離÷速さ=時間」 に当てはめると
40÷80=0.5
0.5時間は1時間の半分だから30分。
だから、あと30分後にサービスエリアに着く、といった具合です。
これも一度試すと、あとはもう体が覚え、直感的にわかるようになります。時速80kmということは1時間で80km進む。とすれば40kmはその半分だからあと30分、というふうに。
小学生などで、この「き・は・じ」の公式を学んたものの、意味がわかっていないため、上のケースで計算を間違えて、
80÷40=2
答え 2時間
と平気で書く子がいますが、これなどはまさに体験をとおして身につけていないことによる弱点の典型ですが、大人でも似たような間違いを犯している人が結構います。


学んだことを実際に使うという点で、漢字ほどいい例はありません。
使うと覚えますが、使わないといつまでも覚えることができません。
小学生や中学生など、既に学校で学んだ漢字なのに面倒だからといつもひらがなで書いている子がいますが、このような子は間違いなく漢字が苦手になります。
漢字が得意な人は例外なく、学んだ漢字を普段の生活の中で使っています。


また、自分で実験してみることで、学んだことが本当だとわかると、この体験は確実に自分の身につきます。これは何も学校でやるような理科の実験に限ったことではありません。
美術で扱う色相環で、青・黄・赤の三原色のうち、青と黄を混ぜると緑に、赤と青を混ぜると紫に、赤と黄を混ぜると橙になる、といったことも頭で覚えようとするより、自分で絵の具を使って混ぜてみるとすぐに覚えます。また、ここで混ぜる割合を少しずつ変えていくと、青緑、深緑、黄緑などさまざまな色になるということも体で覚えることができます。


sikisoukan.jpg


歴史上の出来事を自分の人生に当てはめると、歴史を役立てることができます。
とどのつまり、どんな勉強でもそうですが、すべては私たちの生活につながっているのです。ひものように。
学んだことを生かしてこそ勉強の意味があります。
試験のためだけの勉強は本当に非効率的、不経済で、敢えて言うと無意味です。


学校の教育は、この実践的な面にもっと光を当てると生徒を勉強に引き込むことができ、さらに勉強好きな子に育てることができるようになります。
今の教育制度では、多大なお金と膨大な時間と大変な労力をかけて、勉強嫌いな子どもを育てています。
私が自分でも体験し、また見てきたアメリカの教育の現場では、生徒や学生に体験させる学習に力を入れています。
日本の教育行政には、他国の教育事情からもっと学んでもらいたいものです。


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舟田式ひも勉強法 その8

2014.05.02日

 9. 右脳・左脳を使い分ける
右脳・左脳にそれぞれの得意分野があります。
その得意分野に合わせた学習法が効率的なのは言うまでもありません。


たとえば、右脳が得意なのは視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚などの五感を通じた感覚的なもので、これは昨日の記事に書いた「イメージに結びつける」ようなことです。
これに対して左脳は、言語中枢があるため論理的思考などが得意です。
ですから、イメージを活用して勉強する方法と同時に、内容によっては理屈を大切にした勉強法も必要になってくるわけです。
多くの生徒がこのことを理解しないで、論理的な問題も感覚で勉強しようとしています。これは非常に非効率的なだけでなく、身につきません。そして、これが勉強が苦手になっている理由の一つです。


具体的な例を挙げると、地理で国名と首都名を覚えるとき、あまり論理的な関係がないことがほとんどです。それでイメージ法を使います。
「パラグアイ  アスンシオン」
こんなの普通で覚えられるわけありません。
そこで、私の得意なオヤジギャグの出番です。
腹具合が悪いから、明日にしよう
これで一発で覚えられます。
「ガイアナ  ジョージタウン」は
外野ジョージに守らせろ」
「エクアドル  キト」
「エクアドルにはドルがあるからきっと金持ちだ」
「ベネズエラ  カラカス」
米国ネズミが偉いカラスにやられた」
といった調子です。
これをただ語呂合わせだけでなく、イメージして映像化すると非常に楽に覚えられ、しかも一度覚えるとずっと頭の中に残っています。


これに対して、たとえば国とその国の公用語を覚える場合は、論理的な方法が有効です。
メキシコおよび中南米でポルトガル語を公用語としているのはブラジルだけであとの国は全部スペイン語です。
その理由は、かつてポルトガルがブラジルを植民地とし、あと残りの国々はスペインが植民地にしていたからです。
これさえわかれば、アフリカの公用語などにも同じことが適応できます。
また、地理的要因(気候・港・緯度・海に面しているか・山の中にあるか等)と産物や産業に、またその地方の発展や交通網に関連があり、これもひもになってつながって楽に覚えられます。
たとえば、「讃岐うどん」は全国的にとても有名ですが、これは四国香川県は瀬戸内式気候で雨が少ないため米作より麦の栽培に適していました。そこで、この麦を使ったうどんが盛んになったわけです。


漢字においては、偏、構え、かんむり、足、つくりなどほとんどに意味があります。
それぞれの意味がわかれば、同じグループの漢字がひものようにつながって容易に覚えることができますし、紛らわしい漢字の見分けも簡単にできるようになります。
示偏と衣偏はカタカナの「ネ」に点がついているか、ついていないかで紛らわしく、生徒は間違いますが(大人もよく間違います)、もともと示偏はその「示」の形から神様へのお供え物の台の形を表し、神様に関連した文字がほとんどです。(礼、社、祝、祖、祷、祈、視、祉、福など)
これに対して、衣偏は着物のあわせを前から見た象形文字ですから、着物に関連した漢字に使われます。「裕」という字は、「着物がたくさんあって豊か、金持ち」というところからできています。(衿、袢、補、褂、裸、褌など)
漢字の場合は、このように理屈と同時に象形文字というイメージの両方を活用するのが正攻法です。


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舟田式ひも勉強法 その7

2014.05.01日

 8. イメージに結びつける
勉強を楽しくするにはいくつも秘訣があります。そのひとつは「イメージに結びつける」ことです。
実際のところ、イメージを広げることによって、個々バラバラのことがひもになってつながり、勉強はどんどん面白くなり、また学んだことはたやすく身についていきます。


たとえば歴史を勉強する時、単に人物名と出来事を覚えようとするのでなく、教科書に載っている織田信長や豊臣秀吉、徳川家康などの肖像画でイメージしたり、あるいはNHKの大河ドラマに出演した俳優などでイメージする方がはるかに歴史の流れも出来事も時代背景もよく覚えられ身につきます。
私も昔、中央大学で教えていた頃、このイメージ法を使い、毎年教えていた250〜300名の学生の名前を全員覚えていました(「人の名前を覚えるコツ」)。


アメリカに留学していた時、言語学のクラスで記憶術が話題になった時、黒板に円周率を3.1415926539897932384…と書き始めると先生も学生もみんなびっくりしました。でも、これもイメージによる簡単な記憶術なのです(「お薦め脳訓練法」)。


同様に英単語の覚え方もイメージ法を活用すると簡単に覚えられます。
中学時代、私の親友のK君は頭が柔らかくとてもユニークな覚え方をしていました。
海流に乗って彼んとこへ行く」  海流=current(カレント)
エビダンスするという証拠を見せろ」   証拠=evidence(エビデンス)
私はこのような覚え方はしませんでしたが、英語が苦手な生徒にとっては非常に有効な方法であることを知っていたので、教える時には私もよく活用しました(「Hな私たちの時間」)。
pnumonoultramicroscopicsilicovolcanoconiosis (じん肺症、珪性肺塵症)という英語で一番長い単語を覚えた時の私自身の英単語記憶法は次のようなものでした。即ち、この長い単語を意味のある部分に分解して、それぞれの意味を確認してつなぎ合わせたのです。
pnumono=肺の、ultra=超、microscopic=顕微鏡の、silico=珪(ケイ)素、volcano=火山、coniosis=病気
これで全然苦労せずにこの世界一長い単語を覚えられました。(「私の英単語記憶術を公開します」を参照)。
これもイメージによるひも勉強法です。


マインドマップも非常に効果的なイメージ法で、よく活用しました。

mindmap.jpg


昔、政治の世界で盛んに言われた三角大福(三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫)や麻垣康三(麻生太郎、谷垣禎一、福田康夫、安倍晋三)などもこのイメージ法を利用したもので、多くの人の記憶にいつまでも残っている非常にうまい覚え方です。


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