学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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大きな期待

2014.02.28日

またまたブライアン・トレーシーの3日前のメールマガジンから。


"High achievement always takes place in the framework of high expectation."
-- Charles Kettering, Inventor
「優れた業績というものは、大きな期待の中でいつも生まれる」
(チャールズ・ケタリング 発明家)


以下はWikipedia より。
チャールズ・フランクリン・ケタリング(Charles Franklin Kettering 、1876年8月29日 – 1958年11月24日もしくは11月25日)は、アメリカ合衆国オハイオ州ラウドンビル生まれの、農民、教員、メカニック、エンジニア、科学者、発明家、社会哲学家である。


ケタリングは米国で300以上の特許を取得している。NCR時代にはモーターを動力としレジスターを電動化(1906年)した。デルコでは、バッテリーを利用したイグニッション・システム(点火装置)として「高圧点火システム」(1910年)、自動車での電気式のセルフスターター(セルモーター、1911年)、電気式ヘッドライトの発明がある。ケタリングの「高圧点火システム」は日本では一般に「ポイント式」と呼ばれているもので、米国中心にケタリング式点火装置とも呼ばれている。ケタリングの発明をディードがキャデラックに売り込み成功した。それと同時にクランク逆回転による怪我が元で友人を亡くしたキャデラックのヘンリー・リーランドから、セルフスターターの開発を要請されそれに応えたもの。ケタリングはその要求に自身のレジスターの電動化をヒントとしてアイデアを得たといわれている。このセルフスターターはそれまでの標準であったクランク始動にとって変わることになる。セルフスターターは1911年2月17日にキャデラックに始めて搭載された。イグニッションシステム、セルフスターター、ヘッドライトという電気を利用したケタリングの発明の3点セットは米国の自動車業界で広く使われるようになった。セルフスターターの特許取得は1916年2月8日だった。


そのほかに携帯型ライト、第一次世界大戦で使用された「エアリアル・トーピドゥ(空中魚雷)」(現代の巡航ミサイルの前身と考えられる。またの名をケタリング・バグといった)、性病の治癒法、未熟児保育器、エンジン使用の発電機などがケタリングの特許である。発電機はデルコ (Delco) となづけられた。


1920年代の自動車に用いられたデュポンで製造販売された自動車塗装用塗料「Duco」を開発。速乾ペイントのさきがけとなったもの。ディーゼルエンジンや太陽エネルギーの利用方法の開発も支援していた。ケタリングは診断技術としての磁力の応用についても初期の貢献をしている。


ケタリングの経歴を見るだけで、冒頭の引用の言葉の意味がよくわかります。
貧しい環境の下で生まれ、その後農民から教員、メカニックからエンジニア、科学者、発明家、社会哲学家にまでなったケタリングの上に挙げた諸々の発明に、今日の私たちも大きな恩恵にあずかっています。


私も大学生の頃、冬の寒い朝など車のエンジンがセルモーターでかからず、よくクランク棒を回して始動していたものです。もう今では見かけなくなった光景ですが、こんな感じでした。


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それがいつの間にか、あっという間に感じるものの実際には40年以上かかったのですが、3日前に書いた記事、「日本の将来の可能性」のような世界になりました。
しかし、その背後にはこのケタリングのような数え切れないほどの研究者や発明家の活躍があったのです。
しかも、これらの人たちはみんな例外なく、大きな期待を持って研究にいそしみ、後世に残る偉大な功績を上げました。


私たち平凡な者は、このような偉大な功績というものを後世に残すことはないでしょうが、「優れた業績というものは、大きな期待の中でいつも生まれる」という原則は、いつの時代にも、どこの誰にでも当てはまります。
昨日の記事「人生は長い」の中に書いた今年の受験生で、志望校合格を果たせなかった人たちも、大きな期待を持ってチャレンジしたことに意義があり、このことは生涯何にも変えられない貴重な体験になって、今後の成長の礎(いしずえ)となることは疑いようがありません。
私たちも、これからは何かする時にはいつも「大きな期待」を持ってことに当たりましよう。


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人生は長い

2014.02.27日

今日は県立高校の合格発表の日。
私は朝から伊勢原の東海大病院の定期診察の日で、待合室で待っている間に次々と合否の結果がスタッフからメールで送られてきました。
全員志望校合格を合言葉に生徒も講師もみんな、最後の最後まで本当に頑張ってきたのですが、残念ながら不合格者が2名出ました。
「オリンピックは魔物」という言葉を先日のソチオリンピックでもよく耳にしましたが、オリンピックに限らずおよそ勝負事はなんでも魔物です。
ちょっと難しいところにチャレンジして成功する生徒もいれば、安全圏を狙う生徒も、そして絶対大丈夫と思って頑張ってきたのに残念な結果という生徒もいました。
これが現実の人生なのです。


病院から戻り、食事をとって急ぎ塾に駆けつけました。合格者が塾に報告に来て、みんなでワイワイガヤガヤ、キャーキャーと騒ぎながらお茶やジュース、お菓子でお祝いをしている隣の部屋で、今回残念ながら涙を飲んだ二人の生徒を我々4人の講師が慰めと励ましの言葉をかけていました。
でも辛いながらも報告に来てくれ、しかも進学先の併願していた私立の高校での生活について、夢と希望を語ってくれて私たちもホッとしました。


受験なんて長い人生で見れば、ほんの一通過点にしか過ぎません。涙を飲んだ人にしてみると今回のこの結果というのは、これまでの人生で一番大きい試練、悲しみ、悔しさ、辛さであるかもしれませんが、「人間万事塞翁が馬」で、いつ、どこで、何が、どう作用して、どんな結果になるか、誰にもわかりません。大学受験のとき同じような辛い体験をし、そのときのことを「人間万事塞翁が馬」というタイトルで5年前のちょうど今頃記事にしましたが、その中に書いた私の大学の不合格体験を2名の生徒に語り、慰め、励ましました。すると、もう二人の先生も同じような体験をシェアしてくれました。


このあともう一人、連絡がつかなかった生徒が不合格だったということがわかり、本当にいつものことながら腸(はらわた)が引き裂かれる思いをしました。
学習塾という仕事をしていると通らなければならない辛い経験ですが、こればかりは私たちが本人に代わってするというわけにはいきません。当人がこれを糧に、進学先の高校でこれからの3年間をどのように過ごすかが一番大事なことであって、志望校への合否が決して人生を決めるわけではありません。
合格した生徒も残念な結果に終わった生徒も等しく、そこで最高の3年間の有意義な高校生活が送れるよう心より祈り、祝福して彼らを塾から送り出しました。


このあと、来週末は彼らが毎年夏期合宿でお世話になった足柄ふれあいの村で、塾生活最後で最大のイベント「卒デミー」という一泊二日の卒塾式を残すのみとなりました。この日は、現地に向かう前にボウリングを楽しみ、現地ではみんなで炊事、食事をともにし、夜はお楽しみのレクリエーションがあります。毎年、3年間の塾生活の集大成となる思い出のビデオ上映などもあり、みんな涙、涙、涙の感動のひと時です。
生徒たちは感想文に、「アカデミー、卒業したくない」「ずっとアカデミーにいたい」などと書いてくれ、これを見て私たちも泣かされます。
その「卒デミー」の案内には次のように書いてありました。


「たくさん話したバスの中、
爆笑が巻き起こる休み時間、
真剣に向き合った入試対策授業。
このアカデミーで皆と出逢い、
一緒に過ごせた時間を
僕たちは幸せに思います。
最後にもう一つ、皆とぼくたちで
思い出を増やしませんか?」


そして今日は塾で朝早くから待機していて塾生たちの合否報告を受け、一緒にお祝いした先生たちは夕方から二泊三日の関西地方への旅行に出かけました。
また、来週には今年大学3年生になる学年の卒塾生たちが塾の同窓会をすることになっているそうで、いつまでもこのような塾生たちの素敵な交わりが続いていることを私は心より誇りに思い、「塾をやっていて良かった」と心から幸せを感じています。


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学院長のいろいろ

2014.02.26日
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友達リクエストが来て最近FBフレンドになった金 斗鉉(キム・トウゲン)さんが、「お友達になった記念に」と言って、ご厚意で上の私の似顔絵を描いて昨夜送ってきてくださいました。
これを今朝アップしたところ、FBフレンドの小川さんが、ぜひともプロフィール写真にするように、とお勧めくださり、そうしたら「いいね!」があっという間に180件を超え、とても好意的なコメントが殺到しました。
まだ会ったことのない人からも、「本人に会ってないけど、似てる」と言われ、「私も直接本人に会ったことはないのですが、やはり似ていると思いました。毎日、朝から晩まで顔を合わせている家内もそっくりだと言うのだから間違いないでしょう」と返事しました。
ちょっと若すぎる、という正直なコメントもいくつかありました。
「アメリカの娘」のDoraからも早速、
"This is amazing! It looks exactly like you! Very neat."
(これはびっくり!そっくりよ。とっても素敵)

と嬉しいコメントが届きました。


私もすっかりこの絵がお気に入りになったのですが、実際には実物よりも若々しく、さらにハンサムに描かれていて、ちょっと恐縮しています。
でも、毎晩測る体組成計によると、体脂肪率やBMI、内臓脂肪レベルなどから体内年齢は38歳と出ていますし、精神年齢も38歳なので、まあいいか。


日頃から「ああ、自分は歳取った」と言っていると本当に実年齢以上に老けて見えるものです。
新聞やテレビなどで私と同い年の人の年齢が報道されると、「うわーっ、おじいさん!」なんて思ってしまうのですが、考えたら自分も同年齢。自称38歳ですが、あと数か月で「無視」(?)される年齢になります。


実年齢はどうすることもできませんが、気持ちが若いということは大切で、よくうちの生徒たちからも友達感覚で、
「学級委員長」とか「ガキンチョー」、「♫ガックインチョー♪」なんて呼ばれたりします。
誰かが私のことを「舟田先生」なんて名前で呼んだりすると、
「えっ、舟田先生? 学院長じゃないの?」って、中には私の名前を知らずに「学院長」というのが名前だと思っている(?)子もいるぐらいで、尊敬の念で「学院長」と呼んでいるわけではありません。
私も努めて、しかめっ面をした怖い「学院長」ではなく、むしろ「楽院長」であるようにしています。


ところで、ほとんどの職業に免許制度というものがあって、たとえば美容師や食品取扱業、マッサージ師、教師など免許がなければなれないのですが、どういうわけか学習塾という業種は免許が要らず、就職口がないから、あるいは他になんにもやることがないから塾でもやるかとか、金儲けが目的で副業で塾をやる人も中にはいて、これは大きな問題です。塾というのは、次世代を担う青少年を育成する非常に尊い仕事なのに。以下は塾業界の裏話です。


学びを追求する学究肌の「学求院長」だったらいいのですが、隅にも置けない「我悪院長」もいます。
不動産業や建築業など、まったく教育とはかけ離れた仕事をしながら、利益追求型のフランチャイズで塾をやっている「我益院長」もたくさんいます。
たとえば、生徒を◯◯名以上集めるというような本部からのノルマがあったり、本部にロイヤリティを支払うために一人当たり少しでも売り上げを上げようとして、夏期講習に80万円という途方もない額を提示し、「そんなの無理です」と親が言うと、「それではこれとこれをカットして、60万」。「それでも高すぎます」「じゃあ、さらにこれとこれをカットして50万、これが最低限です」という塾もたくさんあります。
以前、このような個別指導塾から姉妹でうちに移ってきた生徒がいましたが、毎月一人当たり5教科で10万円、二人で20万円、夏期講習になると百数十万円支払っていたというとんでもないケースもありました。


もうかなり前のことになりますが、学習塾経営者対象のセミナーがある塾で開催され参加したところ、ここは本当に愕然(がくぜん)とする「愕院長」が経営していました。
曰く、「うちは学生アルバイトは一人もいません。全員プロの専任講師です、とうたって実際には家でブラブラしている家庭の主婦を使ったら人件費も安くつく」と言います。
さらに「英語の教材に付録でついてきた音声CDをコピーして、当塾特製CD、1500円のところ特別価格の800円で提供と言って売り、そのお金で銀座の飲み屋に飲みに行った」などと自慢していました。
そして、セミナーが終わって帰ろうとしたら、今日のセミナーの内容をCDに収めたものを8万円のところ5万円で譲ります、という本物の「愕院長」でした。


時々、ニュースになるのは、教え子の女子生徒と◯◯関係に陥る「害悪院長」も。他塾の話ですが、昔、そのような女子生徒の母親から相談を受けたことがあります。「塾の先生と駆け落ちして家出した」と。


かたや、教え方が下手で生徒が集まらず、経営破綻した「我苦院長」も近所だけでもこれまで何人かいました。


「学院長」にもピンキリでいろいろありますので、塾選びにはくれぐれもご注意を。


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日本の将来の可能性

2014.02.25日

近年、新聞やテレビなど、どこを見ても「少子高齢化」ばかり言われていて、日本の将来が暗く見えます。
曰く、日本は少子高齢化社会で世界一だ、と。
それがさらに少子化に拍車をかけているように思われます。
確かに周りを見回すと、高齢者向けの施設や商品などが溢れてきており、逆に子ども向けの施設や商品がどんどん減ってきています。
まるで、近い将来「日本沈没」になってしまいそうな印象を受けてしまいます。


これまで何度もこのブログで、少子高齢化対策を訴えてきました。このまま放っておいたら、日本は確実に少子高齢化社会に向けてまっしぐらに進んでいくことでしょう。
政治家も教育者も産業関係の人たちもみんな少子高齢化を前提として物事を考えているきらいがあります。


でも、ちょっと待った!
ただ、指をくわえて少子高齢化社会を待っていてはいけないのです。
いろいろと知恵を使い、もっと子どもを増やし、日本を沈没から救わなければなりません。


そのひとつの方策として、移民政策や日本の青少年の海外留学および海外からの留学生受け入れなどをこれまで訴えてきました。
もうひとつは、日本が世界に誇る各種技術を活用して、若者たちに日本の将来に希望を持たせることです。
これは不可欠です。


去る1月29日〜31日まで、東京ビッグサイトで開催された「enex 2015」のことが、今日の読売新聞面〜面に紹介されていました。
これを見ていると、日本の将来には大いに期待できます。
以下に読売新聞からその一部を引用してご紹介させていただきます。


「セッション  水素・燃料電池が見据える未来の社会」
日本の優れた技術力で世界シェア拡大へ
戸邉 水素エネルギーは、多様な一次エネルギーから製造できる上、様々な形態で貯蔵や輸送ができるため安定供給が可能です。エネルギー効率が高く、環境負荷が少ない点も大きなメリットです。定置用燃料電池、燃料電池自動車などは分散型や非常用のエネルギーとして重要な役割を果たしますが、こうした分野の特許は世界の6割のシェアを日本企業が占めており、海外に輸出するなど国際競争力を発揮できると考えます。
(中略)
吉田 燃料電池自動車は、総合効率が高く環境に優しいのはもちろん、ガソリン自動車並みの航続距離や燃料充填の速さといった多くの利点を有しています。非常用電源としての活用など、他ツールと組み合わせて新しい価値を生む可能性も秘めています。
(中略)
河合 現在、トヨタの燃料電池自動車(FCV)は、世界で百数十台が走っており、技術的な問題はほぼクリアしています。燃料である水素もガソリンや都市ガスと同様に安全に使うことが可能です。
(中略)
守谷 水と電気、水素は非常に親和性が高いため、循環させて使うことで持続可能な社会に貢献できると思います。ホンダでは、太陽光から水素を発生する高圧水電解システム「ソーラー水素ステーション」を開発し、2年前に日本に導入しました。
(中略)
松岡 水素ステーションの開発、製造に関しては、2015年の燃料電池自動車の一般販売向けて、2013年度より経済産業省の建設補助金を投入し商用ステーションの整備が始まっています。
(中略)
政井 この分野でいかに日本にアドバンテージがあるか分かりました。今後も大いに期待したいと思います。

(2月25日付 読売新聞 18-21面 「enex 2014 エネマネでスマートな社会へ」より)


そして、ホンダとトヨタが開発しているFCVコンセプトカーが下のものです。


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「行くぜ、キット!」「了解です、マイケル」に書いた、まだしばらく先の将来のことと思い描いていた世界が、もうすぐ手の届くところまで近づいてきています。
そして、このような明るい未来を実現させるのは現在の青少年で、彼らの教育が不可欠になり、我々教育関係者(公教育・学習塾等)の出番となるのです。
彼らをただ単に、志望校に合格させるためだけの暗記教育などをしていたのではいけません。
今や、彼らの創造性を芽生えさせる教育が必要なのです。


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エマソンに、そしてトレーシーに感謝!

2014.02.24日
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大学生のころ、ラルフ・ウォルドー・エマソンの作品をいくつか読みましたが、あれから40数年経ち、もうすっかり記憶の彼方に。
でも、ありがたいことに毎日届くブライアン・トレーシーのメールマガジンにしょっちゅうエマソンの名言が紹介されていて、その都度「ああ、そうなんだ!」と感心させられています。
去る22日には非常に印象深いエマソンの次の言葉が紹介されていました。


"Skill to do comes of doing."
「技術というものは、なにかをすることによって身に着くものだ」


これは実に簡潔明瞭、素晴らしい名言です。
日本語のことわざだと、「習うより慣れろ」とでもいうところでしょうか。
機械物や車の修理、あるいは楽器の演奏、絵画や彫刻などの芸術、車の運転、料理、スポーツなどから始まり、子どもなら勉強に至るまで、およそ日常生活の中で私たちがしていることのすべては、「繰り返し」ということによって初めて身に着くもので、その道のプロは何十年と同じことを繰り返してきた人たちです。
ところがどうしたことか、こんなに誰の目にも明らかなことなのに、人は「繰り返して身につける」というステップを飛ばして早く技術を身につけたいと思うものです。
でもそんなに甘くはありません。
「技術というものは、なにかをすることによって身に着くもの」なのです。


今日もまたエマソンの名言が紹介されていました。もう、最近はエマソン・シリーズのような感じです。


"What lies behind us, and what lies before us, are tiny matters compared to what lies within us."
「過去に何があり、未来に何があるかは些細なことだ。私たちの内部に何があるかに比べれば」


私たちはとかく、自分の過去のことにこだわったり、未来のことを心配したりしがちですが、そんなことは大した問題ではない。一番大切なのは、今、自分の内に何があるかだ、という意味です。
「少年よ、大志を抱け」というクラーク博士の言葉じゃないですが、自分の内に「大志」があるならどんなことでも可能だ、ということです。


さすが、思想家、哲学者、作家、詩人、エッセイストという多才なエマソンだけありますね。
そして、このような貴重な教えを本人の死後130年以上もたった今日、私たちに教えてくれるブライアン・トレーシーにも心から感謝です。


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今日はかけがえのないプレゼント

2014.02.23日
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エレノア・ルーズベルト(1884−1962)は、アメリカの第32代大統領フランクリン・ルーズベルト大統領の夫人です。
彼女はいくつもの名言を残していますが、私は次の言葉がとても好きです。


Yesterday is history.
Tomorrow is a mystery, and
today is a gift.
That's why they call it the present.

「昨日は過去。
明日のことはわからない。
今日という日は贈り物。
だから、プレゼント(現在)と呼ばれている」


私たちは一瞬でも過ぎ去った過去はもうどうすることもできません。
みんな「明日がある」と思いますが、明日が自分に来るかどうか、だれも知りません。
私は毎朝、目覚めると一番に、「神様、おはようございます。今日という新しい一日を私にお与えくださって心より感謝します」とお祈りします。
つまり、今日は神様が私たちにくださった最高のプレゼントです。だから、今日のことを英語では「プレゼント」(現在)というのだ、とエレノア・ルーズベルトが語っているのです。


これまでこのブログで何度か引用した『こころのチキンスープ』という本の中に次のような実話が載っていました。


理想の女の子

 「理想の女の子」と初めて会った日を、ぼくは決して忘れないだろう。彼女の名は、スージー・サマーズ。きらきらと輝く瞳は電気を発しているようで、微笑みかけられた相手は、特別の人間になった気がしたものだ。
 たしかに息をのむほどの美人だったが、忘れられないのは目に見えない美しさだった。彼女はほんとうにやさしくて、聞き上手だった。ユーモアのセンスがあったし、言葉はいつも的確で、おまけに、女子にも人気があった。どんなにうぬぼれても不思議ではなかったが、そんなところはこれぽっちもなかった。
 もちろん、スージーはぼくだけでなく男子全員のあこがれのまとだった。ある日、ぼくたちは教室まで一緒に歩いた。それに、ふたりきりでランチを食べたことまであった。ぼくは天にものぼる心地がした。
 「あんなにすてきなガールフレンドがいたら、ほかの女の子に目もくれないんだけど......」とよく思った。だが、彼女ほどの女の子なら、きっとパーフェクトなボーイフレンドがいるに違いない。
 こうしてぼくは、卒業とともに最初の片思いの相手とさよならした。
 一年後、彼女の親友に会ったとき、ぼくはドキドキしながら、「スージーはどうしてる?」と尋ねてみた。
「あなたのこと、ようやく忘れられたみたいよ」という答えが返ってきた。
「ええっ、なんだって?」ぼくは聞き返した。
「あなたのやり方ってひどかったわよね、ほんとに。教室まで一緒に歩いたりして、気がありそうなふりをしてたじゃないの。それに、ランチのとき一緒だったこともあるでしょう? あのあと彼女、週末ずっと電話のそばに座って待ってたのよ。きっと、あなたから電話がかかってくるって」
 ぼくは断られるのが怖かった。自分の気持ちを一度だって彼女に伝えないままだった。デートに誘って、もしノーと言われたらどうしよう? 断られたらおしまいだ。デートできない。もちろん、つきあうこともできない。だから、片思いのまま、黙っていた。
 それで、どうなったか? 結局、ぼくは彼女と一度もデートできなかった。しかも、もし、誘っていればデートできたという。これこそ取り返しのつかない過ちだった。
ジャック・シュラッター

(『こころのチキンスープ 9』 p.16-18 ジャック・キャンフィールド、マーク・V・ハンセン、キンバリー・カーバーガー編著 ダイヤモンド社)


恋愛に限らずこのような経験というのは誰にでもあります。
あとになって、「あのとき、ああしておけばよかった」と後悔するのですが、「後悔先に立たず」でもう取り返しがつきません。


「きょう、み声を聞いたなら、あなたがたの心を、かたくなにしてはいけない」
と聖書は何度も繰り返し私たちに語っています。
今日という日は、実に神様からの最高のプレゼント。これ以上のプレゼントはありません。


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びっくり続きの一日

2014.02.22日
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昨日、FBフレンドの松浦慶子さんのタイムラインに今日の午後、平塚市内の教会で子どものための集会があり、慶子さんの腹話術が披露されるとありました。
本来は予定が入っていて行けないかと思っていたのですが、うまい具合に予定がキャンセルになって行けることになりました。
自宅から歩いて1時間、6kmあまりの距離でちょうどいつものウォーキングにもぴったりの距離です。


慶子さんには去年の9月、東京でFBフレンドたち12名でお会いしたのが初めてでした(「初対面同士の再会?」)。
絵や詩、俳句、短歌など素晴らしい賜物をもっていらっしゃり、私は「詩画集を早く出してください」といつもお願いしている大ファンのひとりです。下のがその一例です。


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「冴え返る 寒き厨に 一人立つ
      雪明り 朝の厨で 米をとぐ」


これらだけでもう十分にプロなのですが、本業は腹話術師です。それも、人形のキャラクターに合わせて12色の声を使い分けることができるという本格派です。
そして長い間楽しみにしていた慶子さんの腹話術が今日、ようやく見られたのです。


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そして、その実に見事な腹話術の動画がこれです。慶子さんの手にかかると、人形が本当に生きて自ら語っているように見えます。
今日は6色の声を使い分けていらっしゃいました。しかも、ストーリーは全部自作のオリジナルです。



「何事も一生懸命」にも書きましたが、私は小学生のころ子役のテレビタレントでした。
そして、当時腹話術と言えばこの人という超有名人だった川上のぼる氏とふたりで共演したことがあるのですが、あのときの川上のぼる氏を彷彿(ほうふつ)とさせるほどの名演技でした。
アカデミーの小学生のイベントにもいつかぜひ来ていただきたい、と思ったほどです。


今日はさらにおまけつきでした。
集会が終わったとき、隣に座っていらっしゃったひとりのお母さんが私に声をかけられたのです。
「舟田先生ですか?」
「えっ、どちら様でしたっけ?」
「私、小学生のとき先生の塾で英会話を学んでいたSです。覚えていらっしゃいますか?」
「えっ、あのときのSさん!? 覚えていますよ。そう言えば面影が残っている!」
「舟田先生が教室を開かれた一番最初の生徒で、そのとき小学5年生だったんですよ」
「ということは、今...」
「35歳です。これが娘です。結婚して横浜に住んでいるのですが、今日は平塚に里帰りなんです」
そうか、アカデミー学院は今年25周年。ということはあの25年前のSさんがこんな立派なお母さんになっていらっしゃる。もう、それはそれは感動ものでした。
そして、5歳のお嬢さんと一緒にお二人の写真も記念に撮らせていただきました。


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今日は、びっくり続きのとても素敵な感動の一日でした。感謝!


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もうひとつの飢餓問題

2014.02.21日
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世界的に有名な経営コンサルタント、ブライアン・トレーシーについてはこれまでこのブログで何度も取り上げてきました(「不景気なときの最高の投資」ほか)。彼からの一昨日のメールマガジンに次のような言葉が紹介されていました。


"Three billion people on the face of the earth go to bed hungry every night, but four billion people go to bed every night hungry for a simple word of encouragement and recognition."
-- Cavett Robert
「世界中で30億人の人たちが飢えた状態で毎晩床に就いている。しかし、40億人の人たちはちょっとした励ましや褒め言葉に飢えた状態で毎晩床に就いている」
(キヤベット・ロバート)


うーん、なかなか鋭い指摘です。
確かに、世界中の飢餓の問題はよくあちらこちらで目にしたり耳にしたりして、みんなの知るところです。
しかし、飢餓人口よりもさらに10億人も多くの人々が「励ましや褒め言葉」に飢えている、というのはちょっとショッキングな話です。世界の総人口70億の半分以上ということです。
でも、言われてみれば、なるほど、さもありなんという感じです。


3年ほど前に、「豚もおだてりゃ木に登る」という記事を書きましたが、その後も繰り返し「褒めること」の大切さをこのブログで訴えてきました(このページ左上コーナーの「エントリー検索」に「褒める」や「ほめる」を入れて検索してみてください。きっとその記事の数の多さに驚かれることと思います)。


身の回りをちょっと見回してみてください。
あなたの励ましや褒め言葉を必要としている人が必ずいます。あなたのすぐ隣りにも、家族の中にも、学校や職場にも、友達の中にも。
「地球の飢餓を救え」などへの寄付行為もとても大切ですが、もっと身近なところで、あなたに今すぐにでもできる飢餓対策、それが「励ましや褒め言葉」なのです。


ただ、褒めることにも一つ注意しなければならないことがあります。
それは、「褒めて、褒めて、褒めまくれ?」の中に書きましたので、こちらをご参照ください。


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人生やりなおし機

2014.02.20日

パンパカパンパンパーン!


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こんな便利な機械があったらいいな〜...


昨日書いた記事、「何もかもただ面倒くさい」に登場する「人間・男・50代」さんのことが、まだ気にかかっています。
新聞に載って今日はもう4日目ですが、頭から離れません。昨日私が書いた記事をこの方が読むことはまずないでしょうし、私にはただ祈ることしかできません。


ただ、私たちは誰でもこの世に生きている限り例外なく、このようなやる気がなくなるとき、物事がうまくいかないときというのがあります。人生死ぬまでずっと順風満帆、などというおめでたい人は世界中、また歴史上どこにもいません。
ですから、この相談者に直接、私のメッセージは伝わらないでしょうが、今、この記事を読んでいらっしゃる方で似たような状況にいらっしゃる方、あるいは将来そのような状況に遭遇したときのために、何か少しでもヒントになることがあればと思い、今日もいわば昨日の続編のようなものを書いています。


今朝、昔の記事をいくつか見直していたとき、「人をバカにすると」というのが目に留まりました。これは今から3年あまり前に書いたものです。
今日、にほんブログ村の「教育部門」の参加者は6412人ですが、当時は4606人で、上の記事は1位にランキングされるほど多くの人に読まれたようです。


この中に書かれていることは、ひとことで言うと「引き寄せの法則」です。
人をバカにすると人からバカにされる、人に親切にすると親切にされる、ある人を好きになるとその人から好かれる、逆に嫌っていると嫌われる、尊敬していると尊敬されるなど、この法則は自分の生き方、考え方、人との接し方、スポーツや勉強、仕事、子育てなど何にでも当てはまります。
(ご興味ある方は上のリンク先をクリックして記事をご覧ください)


この「人間・男・50代」さんに限らず、「やる気が出ない」からと言って何もしないでいると、状況は何も変わらないどころか、逆にますます「何もしない」生活を引き寄せてしまい、その底なしの穴の中にどんどん落ち込んでいくのです。
ですから、たとえ何もやる気がしなくても、何かするのです。


私も、たとえ体調が悪くて家から出る気がしなくても出るようにしています。たとえ一歩でもいいのです。
食べる気がしないからと言って、何も食べないでいたら飢え死にしてしまいます。
何かアクションを起こす。
すると、そこから新しい道が開けてきます。
でもアクションを取らない限り、いいことは何も起こりません。
「犬も歩けば棒に当たる」のです。


私も自分の人生を振り返ると、人目には順調に来たかのように見えるかもしれませんが、絶えず試練とチャレンジ、克服の繰り返しでした。
そして、今日の自分があるのです。
小さなことでもいいので、何かアクションを起こすようにしましょう。


ということで、昨日も今日も外は寒く、正直なところ外に出たくはなかったのですが、思い切ってウォーキングにでかけ、両日とも2時間足らず、12kmほど歩いてきました。
家を出たときは寒くて手はかじかみ、身も心も硬くなっていたのですが、30分もすると暑くなってきて、家に帰ってきたときにはうっすらと汗をかいているほどで、心もリラックスしていました。これで今晩もぐっすり眠れることでしょう。
この小さな積み重ねが、私の現在の健康回復に大きな貢献をしてくれているのです。
そして、ドラえもんに頼まなくても、だれでも、いつからでも、「人生、やりなおし」がきくのです。


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何もかもただ面倒くさい

2014.02.19日

4年少し前に「死ぬときに後悔すること」という記事を書きました。これは、「死ぬときに後悔すること25 」という新聞に載っていた本の広告が目に留まり、大きな紙面を取って紹介されていた25項目について自分なりに考えて書いたものでした。
「人が死ぬときにはこういうことで後悔するのか」と妙に感心したものでした。
私自身は、ここに挙げられていた25項目を見て、自分は後悔することは何もないな、と思いました。
その大きな理由は、私の場合、キリスト教信仰によるものだとすぐにわかりました。


二日前の読売新聞「人生案内」に寄せられていた次のような相談が私の心を捕えて離れません。
少し長くなりますが、下に引用します。


「何もかもただ面倒くさい」
 人間・男・50代。ただ、ただ、毎日が面倒くさい。
 口から出る言葉は、嫌だ、面倒くさい、疲れる。それでも腹は減る。食べてしまう。食べるのは、パンとバナナ、時々、納豆、豆腐。
 昨年はひどい腹痛で救急で運ばれた。痛いことは嫌だ。苦しいことは、もうこりごりだ。
 自分で死ぬのは苦しいだろう。それに、そうする力もなく、ただ、それすら、面倒くさい、と。
 人間も地球も、もうこりごり。3000年眠りたい。3000年後の世界を見てみたいと考えた時もあったが、今は、ただ、ただ、毎日をやり過ごして、ただ食って眠るだけ。
 地球に、自分の体に大隕石でも落ちて、すべてが終わりになればよいと、考えながら眠りに就く毎日。
 何を相談しているのかもわからない。こんな人間。このハガキも投げやりの勢いで、ようやく出す。死ぬこともできず、ただ、ただ、やり過ごす毎日。(青森・A男)
     ◇
 まるで一編の詩を読むような独特の美文にまず引かれました。ただ、その内容はかなり深刻です。きっと何かのひどい体験で深く傷つけられてしまったものと推察されますが、それが具体的に書いてない。これはどう人生案内してよいものか、正直戸惑いました。
 しかし、考えてみると人間なぜ面倒くさがりもせず生きているのか……。そちらの方が不思議な気もしないでもない。私の見るところでは、多くの人間はここをどうにかごまかして暮らしているように思えます。
 ある哲学者によれば、人間の生きる理由には「快楽」「倫理」「信仰」の3段階があるそうです。つまり、「楽しいことを求めて」「世のため、人のために」「神様の救いを信じて」の3種の生きがいですね。まあこれをヒントにすれば、このどれか、自分のレベルに合った生きがいを開発すればよいように思えます。
 あなたは「そんな面倒なことできるか!」と言われるかもしれない。でも、ここに相談されたこと、私のややこしい文章をここまで読んでいただけたことだけを見ても、あなたの生活のエネルギーが完全に枯渇しているようには思えないのですが……。 
(野村 総一郎(精神科医)

(2月17日付 読売新聞 17面 「人生案内」)


回答者の野村さんが引用している哲学者の言葉「人間の生きる理由には『快楽』『倫理』『信仰』の3段階がある」についてですが、確かに一般の人々の多くは、「生きる目的は幸せになることであり、幸せとは快楽である」というような捕え方をしています。
次に、快楽だけで人は幸せになることはできない、と悟った人は、自らを人のため、世のために捧げて、そのことによって自分の生きる使命を全うしようとします。これがいわゆる「倫理」です。
この倫理は、それなりに立派で、素晴らしい生き方です。実際のところ、このような立派な生き方を一生懸命している方も大勢いらっしゃいます。


そして、最後の段階の「信仰」は、「倫理には限界があり、また自分の心の中には醜さや自己中心な思いなどがあり、自分の力では完全に倫理で自らを全うすることはできない。それができるのは、神信仰によるのみだ。自らの足りなさを神の前に認め、神の憐み、恵み、赦し、愛をいただくとき、人は初めて本当の生きる目的を知るに至る」というものです。


私は幼い頃からこのような問題に非常に敏感な子どもでした。すでに幼稚園児のときに、「罪の呵責」に苦しんでいました。
そして本能的にその罪の罰としての死があることを知り、死を恐れていました。罪と死の問題が解決され、本当に自由になったのは信仰を持った27歳の誕生日を迎える直前のときのことでした(「訓練していたことを実践しただけです」)。


もし、私があのとき信仰に至っていなかったなら、おそらく私も上の「人生案内」の相談者のように、いまだに生きる目的がわからず、快楽を追い求めつつ、それがかなわない人生を呪い、死を恐れ、「何もかもただ面倒くさい」というような生活を送っていたのではないかと思うのです。
そういう意味で、この記事を読んだとき、「人間・男・50代」という方の気持ちが痛いほどよくわかり、本当に他人ごとではない、と思いました。
そして、この人のように考え、人生の意味がわからず、同じような苦しみを負って仕方なく生きていらっしゃる方が、きっと私たちの身の回りにもたくさんいらっしゃるのではないか、と思うと本当に心が痛みます。


もし、自分の人生に意味がなかったなら、人生は本当に苦渋に満ちたものとなり、生きる目的がわからず、恐怖の死と隣り合わせの生活を送ることになります。
でも安心してください。私たちがこの世に生まれてきたことにも、そして今日生かされていることにも必ず意味があります。
そのことを、「人生案内」のこの相談者にぜひとも伝えてあげたいと思うものです。


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山梨県の大雪と日本国民の伝統

2014.02.18日

先週の金曜日、神奈川県立高校の入試日は朝から雪が降り始め、午後には見る見るうちに積もり、その日のクラスは全部キャンセルして、別の日に振り替えしました。
3日目の昨日の朝は、まだ家の前の駐車場や裏庭には雪が残っていて凍っていたので、車の安全な出入りのために駐車場の雪かきをシャベルでやりました。
家の北側の駐輪場にはいまだにこのような雪の山が残っています。


churinjou.jpg


今日、平塚駅まで買い物を兼ねた往復10kmほどのウォーキングをしてきたのですが、道路脇のあちらこちらにまだ雪が積み上げられて1mほどの山になっているところが何か所もありました。


去る1月5日の「心の一新」の記事の中に書いた、親育て子育ての里「美徳杜」(びとくもり)という非常にユニークな、食育を中心にしたペンション経営をなさっている長野さんから、このペンションにお招きいただき、実は、昨日の朝から5日間の予定で行くことにしていたのです。
ところが、山梨県南都留郡に位置するこのペンションも、今回の大雪の影響で現地への道が全て閉ざされたと長野さんからご連絡が入り、急きょ3月まで延期となったところでした。
山梨県の雪の量は、それこそハンパないのです。上の我が家の雪などそれこそ足元にも及びません。


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FBフレンドのFFさんからは、今朝次のようなメールをいただきました。
「舟田先生、時期がちょっと違ったら、あの雪の中・・・と思うと、祈らずにはいられませんよね」
普段だったらまずそんなに意識していない山梨県のことですが、今回この大雪の被害のことで全国的な注目を集めており、FFさんのおっしゃるとおり、ちょっとタイミングがずれていたら、私もそのペンションで雪の中に埋もれていたか、と思うともうこの雪害の影響を受けられた山梨県の数十万人の方々のために祈らずにはいられません。


美徳杜の長野さんも、FBのタイムライン上で長野県民に向けて熱い応援のメッセージを昨日送っていらっしゃいました。
「山梨の皆さん、食糧がないからと焦り、チョコレートジュース、缶コーヒーなど甘いものや袋がしやジャンクフードレトルトばかりでお腹を満たそうとしたら、血糖が急上昇して余計にお腹が空いたり、心が不安定になります。
落ち着いて、手にはいる、漬物、野菜や果物、お粥、味噌汁などを少量ずつ家族で分かち合って下さい。今こそ、和食で乗り越えて下さいね。
人は、粗食小食の方が、健康でいられるのです。
わたくしも、東京から出来ることを探します。
皆さんの安全と一日も早い復興を心からお祈りいたします」


さすが食育をご専門にしていらっしゃる長野さんならではの、山梨県民への温かい心遣いです。


私はギリギリでタイミングがずれたので助かった、というような自己中心的な考え方をしていたのでは、この世の中成り立ちません。
むしろ今回、テレビのニュースなどでも繰り返し報道されているように、雪の中で立ち往生した車の中の人たちに、地元の方々がボランティアでおにぎりやお茶などを配って励ましていらっしゃる、という献身的な姿に胸を打たれています。
本当は自分たちすら、冷蔵庫の食料品が底を突きかけ、またスーパーやコンビニでも棚が空っぽになっているという状況なのに。
これは先般の東日本大震災やその前の阪神・淡路大震災の時などにも見られた、他人を思いやることのできる素晴らしい日本人の国民性、誇るべき伝統だと思います。


今回の関東甲信、東北地方などの記録的な豪雪による甚大な被害に対して、政府は自衛隊の災害派遣部隊を増員すると言っていますが、迅速な対応が望まれます。
火山列島の上に位置する日本は火山の噴火や地震、津波などの天災を今後も避けて通ることはできませんが、これまで歴史の中で立派に生き抜いてきたように、これから先も互いに助け合い、必ずや危機状態や困難を乗り越えていくことができることでしょう。


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日本の教育改革

2014.02.17日

昨日の読売新聞10面、読者からの意見投稿をまとめた「気流」のテーマは「談義風発  大学」。
この中にいくつか注目すべき意見が載っていました。
そのうちの2つを下にご紹介させていただきたいと思います。


「授業は双方向で」 (50歳 会社員)
 学生が受け身ではなく、主体的に学ぶことができるような少人数の授業を増やすべきだ。自身の学生生活を振り返っても、大教室で先生の話を一方的に聞いただけの授業は、内容をよく覚えていない。
 少人数のゼミナールで受けた指導や、自分で発表したり発言したりした内容ほど印象深く、よく覚えている。学生から先生に対しても発言する、双方向の授業が必要だろう。
 特に、学生の発表に力を入れるようにしてはどうか。自分の考えを人にも分かるように説明する力は、就職活動や、後に社会人になってからも大いに役に立つと思う。


「秋入学で国際化」 (58歳 主婦)
 日本では1〜3月に大学入試があり、春に入学しますが、海外の大学に合わせて、秋入学も大々的に実施すべきだと思います。春入学は国内で学んだ学生向けに、秋入学は海外からの留学生や帰国子女を対象とするのです。
 外国から優秀な学生が入学しやすくなり、その数が増えれば、日本の学生にも刺激になるでしょう。外国の学生との交流が自然に深まると思います。
 6年後には、東京五輪・パラリンピックが開催されます。秋入学を取り入れ、外国の学生と交流を深めることで、日本の学生の資質向上につながればと期待しています。


まず初めの「授業は双方向で」ですが、日本の教育は小中高、大学と通じて、概して一方通行のものが多く、まことに残念です。
私は大学卒業後、アメリカの大学院に留学し、7年の間に3つの学校で学び、また同時に3つの大学で教えました。
そのどこでも、この「双方向授業」がごく当たり前で、もしそうでなければ学生の方がクレームを出して、先生は首になってしまいます。
日本では、どうもおとなしく授業を受けるお利口さん生徒を育てる風習のようなものがあり、授業中に質問したり、意見したりすると先生からも周りの生徒や学生からも白い目で見られることがよくあります。
私もそのような体験を何度もしました。
ですから、アメリカに行って自由に楽しく学び、また堂々と生徒や学生が先生たちと質疑応答に限らず、意見交換したりして学ぶ環境は本当に素晴らしいと思いました。
日本の教育も早く、このようなオープンな授業形態に変わっていかないと、優秀な生徒、学生を育てていけません。


2つ目の「秋入学で国際化」も実にもっともな意見です。
日本で新年度がスタートするのは春だけですが、その理由は桜の時期に合わせているという、これまでの歴史、風習にすぎません。
外国ではほとんどの学校が秋に新年度を迎えますが、より柔軟で、2学期制もあれば4学期制もあり、また夏や冬の期間の学期もあり、そのどの時期にも入学・卒業ができる、と実に融通性に富んでいます。
そのため、生徒や学生は一つの学校から別の学校に自由に転校、転学できます。
高校を卒業して、まずは地元の学費無料の2年制の短期大学に進学し、そこを卒業してから4年生大学の3年次に転学する学生はとても多いです。
また、奨学金制度も充実していて、日本のように返還義務のないもので、たとえお金がなくても大学や大学院を卒業することができます。
私自身、この奨学金に何度お世話になったかわかりません。


さらに、この秋学期制の導入はただ単に外国からの留学生や帰国子女を迎える機会が増えるだけでなく、国内から外国への留学のチャンスも広げますし、日本が気に入った留学生がそのまま日本に永住したり、日本人と結婚したりすることも可能にし、日本の少子化対策の一助にもつながります。
そのような意味も含めて、もっと大局的な観点から日本の教育改革をもっと積極的に進めていって欲しいものだとつくづく思います。


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これからの時代に求められる真の力とは

2014.02.16日
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一昨日、雪の中で実施された神奈川県立高校の入試問題と模範解答が、昨日の読売新聞の別刷りに掲載されていました。また、同日の読売新聞32面の地域版には、出題傾向分析が載っていました。
その一部をここにご紹介させていただきます。


英 語
文法問題で比較的難易度の高い設問もあった。英作文では内容の自由度が高まり、これまでより正しい文を書く力があるかが問われた。同様の出題傾向は今後も続くとみられ、教科書の文法や表現を理解し、設問に合わせて使いこなす練習を積み重ねる必要がある。長文問題では、今の話題と誰が何を話したかを把握しつつ読む練習を繰り返すべきである。
国 語
設問別の適切な解き方を定着させ、安定した読解力を身につけたい。問5は、昨年に続き資料を基にした作文が出題された。60〜80時程度の記述問題があるが、この程度の字数で答える問題は多いため十分に練習しておく。資料を基にした作文や短歌、俳句など神奈川県特有の傾向はあるものの、年によって難易度の変化があるため、他県の入試問題を多く解くことも効果的な学習になる。
数 学
関数や確率の問題では、他の単元の知識を同時に活用することが求められる。そのため、教科書にある基礎知識や、基本的な問題を解くテクニックを習得した後、入試レベルの総合問題を数多く解き、慣れておく必要がある。
理 科
前半には、「回路と電流」「力学的エネルギーの保存」「遺伝子の伝わり」など、知識や仕組みの深い理解だけではなく、それに基づいた思考力を必要とする問題が多かった。後半では、実験とその結果から考察させる問題が続いた。連立方程式や三平方の定理といった、数学的な処理を組み合わせる力も求められた。理科の原理原則を十分に理解することはもちろんだが、ただ覚えるだけではなく、実験結果を踏まえて考察する習慣を持つようにしたい。
社 会
さまざまな分野の知識が複合的に問われる設問や資料を読みこなす設問、完答形式の設問が増加したことによって、昨年よりも難易度は上昇した。設問の趣旨や、問われていることをすばやく正確につかんで処理する力、与えられた資料などから分析・考察する力が求められた。


一昨日の記事「勉強の秘訣はこれ以外にない」の中に書いた「練習・繰り返し」の大切さが、上に引用した新聞記事の中で何度も強調されています。


さて、2年前までの神奈川県立高校の入試問題は各教科50点満点で、どの教科もそのほとんどが記号選択方式でした。
記述式問題はほとんどなく、数学の証明問題ですら、筆記式の全証明ではなく穴埋め問題でした。
以前聞いた話では、神奈川県の公立高校の入試レベルは全国47都道府県中、40数番目で下から数えた方が早いほどだ、ということでした。
その結果、東京のすぐ隣りに位置していながら、国公立大学や一流私立大学への進学率が他府県と比べて非常に低いという、まことに恥ずかしい状況でした。


神奈川県教委は重い腰を上げて、ようやく昨年から試験問題もまた試験制度も大きく変えました。
これまでは、前期選抜と後期選抜があり、前期選抜は実質、中学校での成績(内申点)と面接だけで決まり、後期選抜はほとんど入試の得点だけで決まるという類のものでした。
昨年から前期・後期を一本化し、面接は全員に課し、各教科の配点も100点満点になり、記述式問題の数が増えました。しかし、これでも東京を始め、他府県の入試問題と比べるとまだまだ難易度はそれほど高くない、と言わざるを得ません。ようやくよそ並みになってきたというところでしょうか。
県内の上位校で以前行っていた「独自入試」と呼ばれていたものが変わって「特色検査」になり、内容もただレベルが高いだけでなく、教科横断型、また記述力や応用力、判断力などが求められるようになりました。


ここで注目すべき点は、今後どこの都道府県でも同じ傾向になると思われるいう点です。
すなわち、従来のように暗記による知識を問う問題ではなく、総合的に、また教科横断的に、「思考力」「判断力」「分析力」「表現力」「発想力」「批評力」などを求める形になっていくということです。
そして、これこそまさにアカデミー学院がこれまでも常に求めてきたことであり、今では小学生の「わくわく発見クラブ」で実践していることなのです。
三日前の「キッズクラブチラシ完成」に載せたチラシにまさにそのことが謳(うた)われています(「わくわく発見クラブ」)。


これからの時代、このような総合力、応用力、実践力が必ず求められるようになる、と先見して始めたクラスです。
皆さん、ぜひご期待ください。


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言葉の面白さ

2014.02.15日
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  寒い日には、長めのコート、厚めのセーターで外出。帰ったら、熱めの紅茶に砂糖を多めに入れて……。
「長い」「厚い」「熱い」「多い」といった物の様子を表す言葉などに「め」が付くと、その性質や程度が少し強く出ていることを表します。漢字を当てれば「目」です。新聞では読みやすさを考え、平仮名で書いています。
「多い」なら「多め」、「少ない」なら「少なめ」と、「い」を取って「め」を付けるのがルールです。「多いめ」「少ないめ」のように「い」を残してはいけません。作文を書くときには気をつけてください。
ただし、例外があります。それは「濃い」です。本来は「濃め」のはずですが、それでは言いにくいからでしょうか、「濃いめ」がふつうの言い方になっています。反対語の「薄い」は「薄め」です。「薄いめ」ではありません。
しようゆの色が薄いのは「薄口」、濃いのは「濃い口」です。この場合も、「薄い」の「い」は取れても、濃いの「い」は残ります。
「濃い」の「い」は特別ーーといっても、「濃いくする」「濃いすぎる」の「い」は余分です。「濃くする」「濃すぎる」が適切です。

(2月12日付 読売新聞21面 「学ぶ 育む」より)


だから日本語は難しい、と言いたくなるかもしれません。
実際のところ、日本語にはもともと外国語のようにしっかりした文法というものがなく、近世になって外国語の文法をほとんど真似して取り入れ、日本語風にアレンジしたのが国文法です。
日本語に例外が多いのはそのためです。


形容詞は「〜い」で終わるものがほとんどですが、少数ながら「〜な」で終わるものもあります。
「きれいな」「静かな」などが例としてよく挙げられますが、これらは形容詞とは呼ばず、形容動詞といいます。それは、「きれいだ」「静かだ」のように「〜だ」と言い換えられ、動詞のような働きもするからです。


それでは、上のケースはどうかと言えば、実は簡単。
「濃い」は例外ではなく、もっと特別な理由があるのです。
実は「〜い」形の形容詞は、「濃い」の二文字を除いて他はみんな三文字以上なのです。たとえば、「あつい」とか「うすい」、「おおきい」、「おもしろい」のように。
ですから、バランス感覚の問題で「濃め」とは言わずに「濃いめ」と言うのです。


上の記事では、
「多いめ」「少ないめ」「薄いめ」
とは言わないので注意、と言っていますが、最近これらはあちらこちらでしょっちゅう耳にします。
テレビでもよく聞きます。
そして、もともと文法的に間違っていても、多くの人たちが言い始めて、そちらの方が一般的になると、いつの間にかそれが正しい用法とみなされるようになります。


以前、「国語の用法の誤り」という記事を書き、そのようなケースをいくつか挙げましたが、それ以降もこのようなものはどんどん増え続けています。
本来間違っている言葉の使い方なのですが、あまりにも多くの人たちが使うようになると、それが正しいとみなされるようになるのです。そして、辞書すら書き換えられます。
それが、ある意味言語が生きている証拠で、また面白さでもあるのです。
ですから、「多いめ」「少ないめ」「薄いめ」などが市民権を取るのはそんなに遠い将来ではないと私は思っています。


「教育の本来の目的とは」の中に、同じような例を「スカートまくり」の話や英語のケースなども交えて挙げていますので、ご興味ある方はこちらもぜひご覧になってください。


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勉強の秘訣はこれ以外にない

2014.02.14日

昨日、Facebook上でFBフレンドのHUさんがとても面白い動画をアップしていらっしゃいました。
その動画を下にシェアさせていただきます。



私も幼少の頃から、これまでかなりの数の犬や猫を飼ってきました。
中には元警察犬かと思われるほどとても賢い犬もいて、私が幼児の時に横浜から京都に引っ越しした際、引っ越し業者のトラックが京都に着くなり檻から逃げ出して、なんと横浜の家まで何か月もかけて戻った、というものすごいのもいました。
これがその犬で、マックという名前でした。今でもうすぼんやりとその時のことを覚えているぐらいですから、よっぽどインパクトがあったのでしょう。マミーと呼んでいた今は亡き母と一緒の写真です。


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しかし、このマックでも上のYouTubeの動画の犬には負けそうです。
とくに最後のシーンで、トイレの水を流し損ねたのに気がつくと、もう一度やり直しているところなど、もうお見事というほかありません。
この犬を見て私は大笑いし、同時に感動し、そしてとても大切なことを教えられました。
それはひと言で言うと、
「何事も訓練、練習次第」
ということです。


「氏より育ち」の中に登場した、私が中学・高校生の頃飼っていたイングリッシュ・ポインターのジュリーは血統書付の犬でしたが、まったくのおバカさんでした。ところが、同じ時に飼っていた元野良猫のゴンベエはとても頭のいい猫でした。
その違いは何か。
結局のところ、やはり「訓練・練習・繰り返し」なのです。


これは犬や猫に限ったことではなく、私たち人間もまったく同じです。
今、ソチでやっているオリンピック選手を見ていても、うまい選手はほぼ例外なく幼少の頃から、ものすごい時間をかけて練習してきています(「1万時間の壁」)。


勉強ができる子というのは、例外なく身に着くまで何度も何度も繰り返しています。
塾でいくらしっかり教えても、家に帰って1週間テキストを開けない、宿題をしない、ということで勉強ができるようになるわけありません。
いわゆる「できない子」というのは、まさに忠実に(?)上のことをきちんと守っているのです。


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キッズクラブチラシ完成

2014.02.13日

今月初めに塾の新年度のチラシをアップしました(「新年度チラシ出来」)。
このチラシはなかなか好評で、あちらこちらからたくさんのお褒めの言葉をいただきました。
また、1回目の入塾説明会には多くの方々がいらっしゃってくださいました。
2回目の説明会が来る日曜日、16日にもありますので、まだの方はぜひいらしてください。


さて、今回、新たに小学生部門キッズクラブのチラシも完成しました。やはり長男、直人の制作です。
お近くにお住まいで、小学生のお子様がいらっしゃる方はぜひこの無料体験レッスンにお越しください。


表面はこちら。


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こちらをクリックすると拡大されて文字がはっきり見られます)


裏面はこちら。


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中3最後の授業

2014.02.12日

いよいよ中3生の公立高校の入試日が明後日に迫りました。
昨日は、中3入試直前特訓最後の授業でした。
そして、授業後は恒例のお別れ記念写真撮影。


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私の両脇の先生お二人は、今年度で講師を引退し、中3生と一緒に卒塾です。
中野友祐先生は6年間、二宮孝太先生5年間の長きにわたって生徒の指導にご尽力くださいまして、本当にありがとうございました。また、お疲れさまでした。お二人の功績には塾生、そしてスタッフ一同心より感謝しています。
写真撮影前に花束贈呈と生徒からの寄せ書きアルバムがプレゼントされました。そして、先生たちからは生徒一人ひとりに、先生たち手作りのメッセージ入り合格お守りがプレゼントされました。それに続いてお二人の感謝のお別れの言葉がありましたが、生徒たちの間ではあちらこちらでシクシクと泣き声がもれていました。


このあと、合格発表があったあとの3月8日〜9日は、これまで毎年夏に合宿をやってきた足柄ふれあいの村で一泊の卒塾式「卒デミー」が塾の最後のイベントになります。
これも感動と感謝の時で、毎年生徒も先生たちもみんな涙で顔をぐしゃぐしゃにします。中には号泣する人も。
一昨年の卒デミーの様子と生徒たちの声は、「学院長の言葉」とその中のリンク先に載せましたが、中学3年間に大きく成長した生徒たちが高校へ巣立っていくのを見送るのは、塾の仕事をやっていて一番の感動の瞬間です。
卒塾して何年経っても塾に元気な顔を見せてくれる子(大人?)たちがいるのも、本当に感謝なことです。


昨夜は、生徒たちが教室を出る際、一人ひとりに声をかけました。
中には「小学校の時から7年間、お世話になりました。ありがとうございました。入試、頑張ってきます!」と言ってくれる生徒もいて、7年前の小学3年生の時のあのわんぱく坊主がこんなに立派に成長したんだ、と胸が一杯になりました。


14日の入試本番、それから17・18日の面接、これまでやるだけのことはやってきたので、自信を持って臨んでください。
試験は最後の1分1秒まで、あきらめずに全力で頑張りましょう。
面接も、塾で練習したとおりのことができれば大丈夫です。
合格発表の日の君たちの明るい笑顔での報告を待っていますね。


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実験や製作 関心高める

2014.02.11日

去る2月4日の読売新聞に「子どもの『理系講座』続々 実験や製作 関心高める」という興味深い記事が載っていました。
ちょうど一昨日、「リケジョ、泣き明かした夜も」という記事を書いたばかりです。
以下に上の読売新聞の記事の一部を抜粋してご紹介します。


 子ども向けの理系スクールが相次いで開講し、人気を集めている。スマートフォン用のアプリを開発したり、ペットボトルサイズのロケットを打ち上げたり、多彩な内容だ。机上の勉強では理解しにくい、モノの仕組みなどを体感でき、自ら学ぶ力も育めると、親の関心も高い。
 子ども向けの理系スクールが人気を集める背景には、子どもの「理科離れ」が進んでいることが影響しているようだ。国際教育到達度評価学会(本部・アムステルダム)が2011年に行った子どもの学力調査によると、「理科の勉強が好き」とした割合は、日本の小4が83%、中2が53%。国際平均の同86%、同76%を下回った。「理科を使う職業につきたい」とした割合も、日本の中2が20%と国際平均の56%を大きく下回った。
 子どもの時から理科に興味を示さないまま成長することで、将来的に理系の人材が不足し、科学技術停滞や産業競争力の低下も懸念されている。
 こうした「理科離れ」に歯止めをけけようと国や大学も対策を打ち出し始めている。
 文部科学省は、新学習指導要領(11年〜12年度完全実施)で、小中学校の理科の授業時間数を見直し前の640時間から790時間に増やした。同省は「観察・実験などを行う時間を確保し、科学への関心や学習意欲を高める」とする。
(中略)
 ベネッセ教育総合研究所主任研究員の木村治生さんは、「子どもが学校教育の中で理科の面白さや生活への有用性を十分に実感できていないことが、理科離れにつながっている」と指摘する。そうした実態に対する親の危機感に対応したのが理系スクールだった。
(後略)

(2月4日付読売新聞14〜15面 「子どもの『理系講座』続々 実験や製作 関心高める」)


これぞまさしくアカデミー学院が率先して行っている「わくわく発見クラブ」ではありませんか。
これまで何回かにわたって「わくわく発見クラブ」レポートをこのブログ上でご紹介してきました。


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(ご興味のおありの方は下のリンク先をご覧ください。「レポート1」「レポート2」「レポート3」「レポート4」「レポート5」「レポート6」「レポート7」「レポート8」


私自身は完全な文系の人間で、理系には興味を持てませんでした。その第1の理由は、正直言うと、学校の授業や実験が面白くなかったからです。
理系教科を指導する先生たちもあまり魅力がありませんでした。中には「鉄仮面」というあだ名の教師もいて、顔色ひとつ変えず、ただ教科書を読み上げながら黒板に向かって板書しているだけのつまらない授業で、みんな寝ていました。
これで、理系科目に興味を持て、と言う方が無理な話です。


それと、もう一つ。
英語も同様ですが、知らないうちに理系科目に興味を持つように育てる親はだいたいほとんどの場合理系なのですが、やはり幼い頃からこのような環境を子どもに提供することがとても大切だ、ということがよくわかります。


ということで、なにも最近はやりの「リケジョ」と、女子に限ったことではなく、男子もみんな幼い時からもっともっと理系教科に興味を持ってもらい、日本の将来の科学技術や科学関連の産業の発展にも寄与してもらって国の明るい将来像を描き、そのことによって日本が現在抱えている少子化の問題にもぜひとも歯止めをかけてもらいたいものだと切に願うものです。


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いい湯だな、アハーン!

2014.02.10日

昨日はアカデミーでは、3月から始まる新年度の入塾説明会・父母会でした。
「何事も一生懸命」がモットーの私は、一昨日はその資料準備などでかなり長時間頑張り、昨日も新しく来られたお客様たちのために一生懸命でした。


でも、以前は最初から最後まで全部一人でやっていたのを、今は次男で副学院長を務める正人と、専任の清田奈甫講師が、パワーポイントを使って素晴らしいプレゼンテーションをしてくれ、私は安心して見ていられました。
とは言え、やはり神経を使い、クタクタに疲れたのには変わりありません。


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(画像をクリックすると拡大されます)


今朝起きると、首、肩、背中、腰が痛くなっていて、朝食後しばらく寝ていたのですが痛みが一向に取れず、家の近くにあってよく利用する「湯乃蔵温泉」に行くことにしました。


それというのも、今朝FBに載せられていたKMさんの下の左の写真に刺激されていたからです。
私はこの写真の中の猫の表情を見て、昔よく流行った
♫「いい湯だな、アハーン!」♬
というのを思い出し、写真の中の猫が私の頭の中では温泉に浸かって気持ち良さそうな顔をしている右の猿に変わっていたのです。


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そんなこんなで、やってきてたっぷり、ゆっくり入りました。
ひとつの浴槽に入るたびに「ハアーッ」と大きなため息に似たものが自然と出てきます。そして、上の猫や猿と同じような顔をして湯に浸かっていました。
そしてジェットバスでは、首、肩、背中の患部を何度も繰り返し集中的に大噴流を当てました。
今出てきたところですが、心身ともにかなりリラックスしてずいぶん楽になりました。
もちろん、たったこれだけで痛みが完全に取れたわけではありませんが、やはり人間、気分転換、休憩が必要なんですね。
一生懸命とリラックス、このバランス、リズムが人生には欠かせないということを最近ようやく学んだような次第です。


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リケジョ、泣き明かした夜も

2014.02.09日
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理化学研究所などが、まったく新しい「万能細胞」の作製に成功した。マウスの体の細胞を、弱酸性の液体で刺激するだけで、どんな細胞にもなれる万能細胞に変化する。いったん役割が定まった体の細胞が、この程度の刺激で万能細胞に変わることはありえないとされていた。生命科学の常識を覆す画期的な成果だ。2月9日、英科学誌ネイチャー電子版のトップ記事として掲載された。


世界を驚かす画期的な新型の万能細胞(STAP(スタップ)細胞)をつくったのは、博士号をとってわずか3年という、30歳の若き女性研究者、小保方晴子(おぼかたはるこ)さんだ。研究室をかっぽう着姿で立ち回る「行動派」は、負けず嫌いで、とことんやり抜くのが信条だ。


「やめてやると思った日も、泣き明かした夜も数知れないですが、今日一日、明日一日だけ頑張ろうと思ってやっていたら、5年が過ぎていました」
「実は様々なものを試した。細いガラス管の中に通す物理的ダメージを与えたり、毒素で細胞膜に穴をあけたり、飢餓状態にするために栄養を与えず長期培養したり、ヒートショックを与えたり、思いつく限りの条件を試した。その中でたまたまというか、酸性溶液によるストレスが最も効率が高かった」

(朝日デジタルニュースより一部抜粋)


ニュースの動画はこちらから。



目を見張るような、世界に誇ることのできる素晴らしい研究成果です。
小保方晴子さんの上の言葉、
「やめてやると思った日も、泣き明かした夜も数知れないですが、今日一日、明日一日だけ頑張ろうと思ってやっていたら、5年が過ぎていました」。
これこそ、なにかをモノにしようとする人に欠かせない姿勢です。


1週間少し前、このニュースが流れるなり、もう新聞もテレビも週刊誌もどこを見ても「リケジョ」ばかり。
日本人というのは、なんでもすぐにブームにするのが好きで、得意です。
スポーツで言えば、昔は総国民が相撲ファン、その後プロレスに、そしてプロ野球に、スラムダンクでバスケブームに、次にJリーグでサッカーに、そして今はソチオリンピックも手伝ってフィギュアスケートブーム。
今度はこのSTAP細胞が注目されて「リケジョ」ブーム。


まあ、理系の女子が注目されること自体は非常にいいことで、これがきっかけとなって、今の小中高大学生などの間で理系を目指す「女子」、に限らず男子も大勢起こされ、日本の将来を担う若い人材がどんどん出てくることを切に願うものです。
そして、そのためにはやっぱり英語が必要になってきます(「英語学習の秘訣 その5 (国際舞台を目指して)」)。


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わくわく発見クラブ レポート8

2014.02.08日

今日は、アカデミー学院オリジナルの小学生対象「わくわく発見クラブ」の1月度のレポートをお届けします。
担当の清田先生がレポートしてくださいます。今回は8回目ですが、これまでのレポートをご覧になりたい方は、このブログページ左上にある「エントリー検索」に「わくわく発見クラブ」と入力すると過去の記事が全部見られます。
それでは、1月のレポートをどうぞ。

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清田奈甫先生

【低学年クラス】
低学年クラスでは、「作文が得意になる書き方」、「ろうそくのヒミツ」、「都道府県のカタチ@」「都道府県のカタチA」を発見しました。
「作文が得意になる書き方」では、みんなの大嫌いな「作文」に挑戦しました。「作文を書いてみよう!」と言ったらみんな一斉に「え〜!やだ〜!」。「作文はたくさん書くことを思いつかないし、何から書いたらいいかわからないから苦手」とのことでした。でも、わくわく発見クラブなら大丈夫。
「さぁ、たくさん書きなさい!」とは言いません。「どうやったら上手にたくさん書けるのか」研究しました。
発見したコツは【書くことを先に決める】こと。書きながら続きを考える生徒が多いのですが、そうすると文章の意味がつながらなくなってしまいます。


今回は「お正月に楽しかったこと」をテーマに@いつ、Aどこで・誰と、B何をしたか、Cそのときの会話や様子、を順番に書くことにしました。それぞれ思い出しながら書き出し、それからつなげて作文にすることで、すらすらと書くことができました。また、低学年の子どもたちにとっては自分の気持ちや考えを書き表すことが難しく、「楽しかった」「うれしかった」で終わってしまいます。今回は「楽しかった」だけでなく「どんなことが」楽しいと思ったのか「どのくらい(またやりたいと思った、など)」楽しいと思ったのかを考え、書くことにしました。


このように、「何を」「どうやって」書けば良いかを理解すれば、あとは自分の体験に内容を変えて書くだけになります。作文が苦手な子どもたちでしたが、授業の後半には全員が一生懸命鉛筆を進め、最後には「まだ!もうちょっと!」と自分の気持ちを一生懸命書き表していました。
作文が「楽しい!簡単!」だと思えるようにさまざまなコツを発見しながら、深い考えを書けるように作文を書く機会を増やしていきたいと思います。


「ろうそくのヒミツ」では、ろうそくを使って2つの実験を行いました。1つめは、ろうそくを立てて水を入れたお皿を用意し、ろうそくに火を付けた状態で上からコップをかぶせる実験です。コップをかぶせて少し時間がたつとやがて火は消えます(コップの中の酸素がなくなるためです)。すると、コップの中の空気が減り、その分、水がコップの中に入っていきます。実験前、子どもたちは「火が燃え続けると思う!」「火は消えちゃうよ!」などとろうそくの火に注目していたので、最初は水の変化に気づきませんでした。2回目の挑戦で「水が増えてる!!!」と大発見をしてくれました。私たちが食べ物を食べないと元気に動けないのと同じように、火が燃えるためにも「酸素」という食べ物が必要で、食べてしまうと少なくなることを学びました。かなり衝撃的だったようで、翌週に「火の食べ物は?」と聞いたところ「酸素!」と大きな声で答えてくれました。中学校の理科は覚える情報が大量で難しくなりますが、このように感覚で覚えていることがたくさんあるととても有利です。


「都道府県のカタチ」では、まず粘土で都道府県をつくって遊びながら、さまざまな形があることを学びました。そして現在、「都道府県図鑑」を作っています。まだ都道府県の全てを覚えていない子どもたちですが、面白い形を探して積極的に書き表しています。実際に作り、書いて、色を塗って、気づいたら全て覚えてしまっていた!というのを目指しています。


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【高学年クラス】
高学年クラスでは、「作文が得意になる書き方」「カメラのしくみ」を学びました。
「作文が得意になる書き方」では、読者が惹きつけられる文章の書き方を研究しました。今回は冬休みの出来事を「会話文」から文章を始めることで「読みたい!」と思わせる文章を書くことにしました。
"「痛っ!なにするのよ?」
私は叫んだ。"
こんなふうに作文が始まったら、何が起こったのかを知りたくなって、続きが読みたくなります。
高学年では、「たくさん書ける」「自分の考えを深く書ける」だけではなく、文章をわかりやすくする工夫や読者が惹きつけられる文章を書く工夫も取り入れています。自分の考えを筋道立てて説明する力は今の入試や社会で求められている力です。「文章は書くのが面倒だから苦手」ではもったいない!少しでも楽しみながら自分の考えを表現する練習がたくさんできるよう、さまざまなテーマで作文に挑戦していきたいと思います。作文検定への挑戦も考えています。


「カメラのしくみ」では、牛乳パックをボディに、虫眼鏡をレンズにした手作りカメラを製作しました。1月の最終週には完成し、実際に感光紙を使って撮影に挑戦しました。1回目は残念ながら上手く写すことができませんでしたが、これから原因や上手く写す工夫を研究し、手作りカメラでの写真撮影を成功させたいと思います。


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【四字熟語】
1月の四字熟語は「冷却期間」「不可抗力」「精神統一」でした。東大脳ドリルでは、低学年ではことばの意味調べを、高学年では論理力を鍛える「虫食い(虫食いで穴があいた部分を前後の文章から考える)問題に取り組みました。
一度経験したことを何度もくり返すことが知識を定着させるコツです。ご家庭で何度もくり返し使えるよう、会話の中に四字熟語を取り入れていただけますと幸いです。


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本州縦断達成!

2014.02.07日

iPhoneのアプリ walkmeter を使い始めたのは、2012年の4月。
最初の頃は忘れていたりしてあまり活用していませんでした。
そして、当時の記録を見ると、1日に3kmとか4kmとか、ほんのわずかしか歩いていません。
また、その年の6月は1か月まるまるアメリカに行っていて、その間はまったく使用していませんでした。
さらに、普段歩いている時も、意識してウォーキングに出かける時以外は、忘れていてほとんどwalkmeterを起動していません。


去年の11月に「千里の道も一歩から」という記事を書いた時、アプリに記録されている歩行距離を試しに足してみたところ、1500kmあまりになっていて驚きました。「東京から鹿児島まででも1353.8kmですから、ちょっと自分を褒めたくなります」とその中に書いていました。


最近はほとんど毎日欠かさず、だいたい10km前後歩いています。今日は久し振りの晴天に誘われて出かけ、歩いた距離は13kmでした。
下の地図と同様のものが、昨日アップしたFacebookムービーにも登場していました。


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途中、かつての東海道五十三次の松並木の下も歩いてきました。上の地図上では6.5kmの辺りです。


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家に戻ってきて、11月以降の2か月半ほどでどれくらい歩いただろう、とまたwalkmeterの記録を調べてみました。
記録していない日もたくさんありますが、それでも総距離は約2000kmに達していました。
これはどれくらいの距離に当たるのかと思って調べてみたところ、なんと本州縦断の距離に当たるのです。
「パンパカパーン!本州縦断達成!」


次の目標は、北海道の最北端から九州最南端の日本列島縦断、総2943km。あと900kmぐらいです。これはもう十分に射程距離内です。


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この毎日のウォーキングのお陰で、最近は体調も非常によくなり、つい最近行った健康診断の結果では半年前と比べて数値も大幅に改善していました。
ますます意欲がわいてきました。


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教え子に育てられる恵み

2014.02.06日

今から30年前、私は7年間のアメリカ留学を終えて帰国し、外資系企業で英会話の講師をしながら、カウンセリングセンターでカウンセラーや結婚セミナーなどの仕事を、そして教会では牧師の仕事と、目が回るほど忙しい生活を送っていました。
さらに、中央大学では英語表現研究というクラスと英語音声学、一般教養英語のクラスも教えていました。
どの仕事も楽しくて、日替わりメニューのような仕事を思う存分エンジョイしていました。


その中でもとくに楽しんでいたのは、中央大学での授業でした。
何しろ学生とは10歳ちょっとしか年が離れていなかったので、私としては半分友達感覚でした。
当時教えていた学生とはその後、彼らが留学でアメリカへ行っていたときにも現地で会ったり、今でも何人かと年賀状のやり取りや、時々機会があると会ったりして交わりが続いていて、このことは私にとっては宝のようなものです。
そのうちのひとり、Kさんにはこれまで何度かこのブログの中にも登場していただきました。
Kさんは大学卒業後、高校の英語教師になり、今や4校目の職場で、進路指導の主任のようなお仕事をずっとしてきていらっしゃいます。
また、ご家族ぐるみのお付き合いもさせていただいている上、クラシックコンサートにご招待していただいたりと、こちらの方がいろいろお世話にもなっていて、いつも心から感謝しています。


そのKさんから、先日までの「英語学習の秘訣」シリーズの記事に合わせて下のようなとても嬉しい感想文を寄せていただきました。
身に余るような光栄なことで、そのままここに転載させていただくことは、まるで自慢話をしているようでちょっとはばかられるのですが、現在学校や塾で先生をしていらっしゃる方や、将来先生を目指して勉強していらっしゃる方々にとって何かひとつでもご参考になることもあればと思い、ご本人の了承を得て下にそのままご紹介させていただきます。


中大時代、私はそれほど優等生ではありませんでした。
なにしろ私は高校時代、英語が不得意でどうしようもないところまで成績も落ち込んだのですから・・・。


社会科の教員を目指していた私ですが、2年浪人して英語を徐々に克服し、だったら不得意な科目を乗り越えた教員のほうが学校現場では役に立つかもしれないと、英語の教員をめざすようになり、英語や英米文学を学べる大学を受験することに・・・。
その割には、好きなクラシック音楽に没頭し、学問にはまじめに向き合っていた日々ではなかったのですが、大学3年になったとき舟田先生と出会い、それから興味関心のあるものに一所懸命取り組んだという程度のことです。


舟田先生の授業は、異文化への理解を深め、同時に日本の文化を外国に発信するという、当時、もっとも関心を抱いていたことを毎回ユーモア溢れる講義で掘り下げてくださり、さまざまな活動を通じて、知的好奇心を満たしてくれました。


ところで、街中の英会話スクールでは、ネイティブの講師が教えることを宣伝材料にしていることがいまだに多くあります。英会話スクールの講師がネイティブであればよいという「誤解」はまだまだ拭い去ることができないのが事実みたいです。
日本人が講師と聞いて、その時点で別の講師、あるいは別のスクールを探そうとする人は少なくありません。


大学時代、このことについては舟田先生がお話しくださったのをよく憶えていますが、今私たちが外国人相手の日本語スクールの講師になったら、どれだけの指導ができるか考えてみればよいですね。
外国語を学ぶ立場の者が正しく文法・語法を理解するために・・・。


もちろん、舟田先生のようなTEFL(Teaching English as a Foreign Language )に精通した先生に出会い、おまけにネイティブ顔負けの素晴らしい発音が聴け、英語を通じて異文化について学ぶことができるのが理想ですが・・・。


舟田先生の授業。はじめのほうの課で、
"What an awful party!"
という会話でのセリフがテキストにありました。
それから、detergent(合成洗剤)という単語。
これらは、今でもなぜか記憶の片隅に残っています。


後期の最後にグループ発表したことも憶えています。
何を発表したか忘れてしまいましたが、先生がとても褒めてくださったのは嬉しかったです。
それから、もしかしたら授業で「自己評価」をしたのは、舟田先生の授業が初めてだったかもしれません。
今では当たり前のように行われていることも、30年前はそうではなかったのです。


舟田先生の授業すべてが新鮮で、画期的な取り組みだと感じ、そのうちのいくつかは、以後の私自身の教員生活にも採り入れさせていただきました。
舟田先生とは出会って以来ずっと年賀状のやりとりも含め、ご厚誼いただき、ほかにもプライベートな部分で、いろいろとお世話になっています。


Kさん、とても温かいコメントを本当にありがとうございます。
今日の私があるのは、Kさんのような優秀な教え子が私を育ててくださったお陰だ、と逆に私は常々感謝しています。
「人が人を育てる」と言うとき、それは決して「教師が生徒を」「親が子どもを」、ということとは限らず、教師も親も同時に生徒や子どもたちから育てられています。


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身に着く勉強法

2014.02.05日

シリーズで「英語学習の秘訣」を8回にわたって書いてきました。
そして、一昨日は「日本の英語学習に大変化」という記事を書きました。
教育に関心のある方が大勢ご覧くださり、コメントもたくさんいただきました。感謝いたします。


さて、「英語学習の秘訣」の中で何度も引用してきた『外国語上達法』(岩波新書)の最終章「まとめ」にはブログの中で触れませんでしたが、非常に示唆に富む記述がありました。
「目的派」と「手段派」というタイトルです。下にその一部を引用させていただきます。
外国語を学ぼうとする人の目的は、大きく二つに分かれる。一方の人は、その外国語を学び、この外国語を知ることが目的である人たちである。(中略)言語学を専攻する人がある言語を学ぶのは、その外国語を知ることが目的で、それがその人の研究に役立っているのである。役立たせる目的がなく、外国語を学ぶことを目的にしている人は悲劇である。ところで、外国語そのものを目的としている人を、仮に「目的派」と呼ぶことにする。
(中略)
語学習得の理由のうち一番有力なグループは「手段派」と呼ばれるグループで、この派に属する人たちは、語学を習得してそれを手段にしていこうとする人たちである。語学学習では最大のグループを形成しており、この派の人たちはある外国語をモノにして、それを使って仕事をしようとしているので、学習の目的がはっきりしている。従って、目的そのもの派より成功率は高くなっている。読者の皆さんには、ここで自分がどの派に属しているかを考えてごらんになることをおすすめする。


著者はここで、語学学習の目的をただ単に勉強することに置くのではなく、むしろそれを仕事などに活用しようとするなら、成功する確率が高くなる、と言っています。
これは別に仕事に限ったことではなく、たとえば外国人の友達を作るとか、あるいは外国に旅行に行くとか、人によっていろいろな目的があり、それでいいわけです。


これは外国語学習に限らず、一般の生徒や学生がするあらゆる勉強にも当てはまり、今日のテーマである「身に着く勉強法」というのが自然と明らかになってきます。
すなわち、多くの人たちがやっているように、あるいはこれまでやってきたように、「定期試験のために」「入試のために」勉強する、というのも一種の「手段派」と言えますし、確かに試験においてはそれなりの結果を出すことはできます。
ところが、困ったことにこの方法でやってきた勉強は、試験が終わると目的を達成してしまうので、きれいさっぱり忘れてしまうということになってしまうのです。皆さんもきっとそのようなご経験がおありでしょう。
ですから、天下の進学校と言われる灘校の卒業生の8割が、自分たちのやってきた勉強法は間違っていた、と言うわけです。
つまり、「その後の実際の生活や仕事に結びつかず役立たない」、これが日本の教育の現実の姿なのです。


ですから、身に着く勉強法とは何か、をひと言で言えば、「学ぶ内容に興味を持って取り組むこと。学んでいることを一つひとつを心から楽しむこと。そうすれば、学んでいることが身に着く。試験のための丸暗記は最悪の勉強法だ」ということです。
そして、これは子どもたちの勉強だけに限ったことではなく、私たち大人にもみんなに当てはまることで、何かを身に着けたいと思ったら、興味を持ってその中に頭を突っ込むことです。
冒頭に挙げた「日本の英語学習に大変化」も、教える側の教師はもちろんのことですが、学ぶ側の生徒もそこに自分自身を投げ込むぐらいの覚悟が伴わないと、これまでのように絵に描いた餅に終わってしまいます。


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雨にも負けず、風にも負けず...

2014.02.04日

昨日は真っ青の空に、まるで春のような暖かい穏やかな天気で、それに誘われて総合公園でウォーキング、そのあと自転車で平塚海岸にまで出かけて心地よい海風に吹かれながら日光浴もしてきました。
移動に自転車も使いましたが、総走行歩行距離は15kmを超えていました。


ちょっと休憩した公園内の日本庭園では池に映った後ろの竹藪が見事で、美しい錦鯉が数匹目の前を何度も泳いで行き交っていました。


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公園内の梅園にはすでにいくつかの木が見事に花を咲かせ良い香りを放っていて、春を感じさせました。


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平塚海岸ではサーフィンをしている人たちの横で、カイトボーディングをしているが二人いて、大きな波が来ると数メートル上に飛び上がって見事に着水し、目を楽しませてくれました。
30数年前に招待旅行でグアムへ行った時、ウィンドサーフィンを初めて試み、沖に流されて遭難しそうになったことを思い出しました(「風」)。


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明けて今日は朝からとても寒く、空は雨模様。
朝、目が覚めると頭が少し痛く、今日は一日静かに横になっていよう、と思ったのですが、思い切って外に出ることにしました。
平塚駅近くの銀行とあと買い物を兼ねて、防寒具に身を固め、傘を持って出かけました。
外気温は1度。頬を打つ風は冷たく、手袋をしていても指先がかじかむぐらいで、吐く息は白く、メガネが曇ります。


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途中、鴨やシラサギが十数匹、優雅そうに川を泳いだり、岸辺で餌探しをしていました。


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鴨もシラサギもみんな、生きていくために必死です。
見ていると鴨は餌の魚を求めて1分近くも水にもぐって顔を出すのですが、口に餌はなく不成功。
これを何度も繰り返しています。
みんな、生きるために必死なんだ、とつくづく思わされました。


「雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだをもち...」
は宮沢賢治の有名な詩です。


私は丈夫な体、どころか幼少の頃からとても弱い体でした。でも、今は一生懸命「雨にも、風にも、雪にも、夏の暑さにも負けない丈夫な体」を作ろうと頑張っています。
今日は1時間半、約10kmのウォーキングと軽いジョギングを繰り返してきました。


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日本の英語教育に大変化

2014.02.03日

今日の読売新聞1面のトップ記事の一部を下に引用します。


「中学英語 学力別に授業  文科省検討 全国拡大目指す」
 文部科学省は、一部の公立中学校で行われている英語の「習熟度別指導」を、全国的に広げて実施できるよう検討を始める。生徒の理解度に応じた少人数グループによる指導で学力向上を図り、2020年度に実施を目指す中学での英語による英語授業に向けて弾みをつけたい考えだ。今月上旬に有識者会議を発足させ、今年夏をめどに、すでに導入している中学校での効果を検証し、提言をまとめる。
 公立中では、アルファベットの読み書きが困難な生徒と、日常英会話が堪能な生徒が混在し、教員から「授業が進めにくい」との声が出ている。一方、習熟度別指導を導入している中学校では、生徒の理解度向上や学習姿勢の積極化などの効果が見られるという。
 こうした現状を受け、習熟度別指導では、例えば、1クラスを複数の少人数グループに分割。苦手な生徒にはアルファベットの書き方など初歩的な内容で基礎力の定着を図る。得意な生徒には、より高度な読解や作文など発展的な学習に取り組ませるなどし、上位層の育成にもつなげる。
 20年度に全面実施を目指す文科省の改革プランでは、中学校の英語授業は英語で行うことが基本。新聞やテレビのニュースの概要を伝えられる程度の学力を育て、卒業時に目標とするレベルを英語検定「3級〜準2級程度に引き上げる。英語教育の開始時期も現行の小学5年から3年に引き下げるなど、全般的な強化を図る。
(中略)
 文部科学省が、公立中学校の英語に習熟度別指導の導入を検討する背景には、家庭環境や小学校の取り組み、自治体の財力などが生徒の学力に影響を及ぼし、差を広げている現状がある。
 小学5年からの外国語活動が必修化されたのは、2011年度。しかし、東京都品川区や横浜市では小1から英語教育を始めており、文科省の今年度調査でも小5より前から取り組む学校数は4割強を占めている。学習内容も、ゲームや音楽で親しむ程度から読み書きまで、ばらつきがある。
 幼児から英語教室に通わせる保護者も少なくない。現在の小6の約18%は、小学校入学前から英語を学び始めたとの結果も出ている。
 今回の検討は、基礎力向上だけでなく、上位層育成にも配慮している点にも特徴ががある。同省は、個々の能力に応じた指導を取り入れ、全体の英語力を向上させたい考えだ。
(2月3日付読売新聞 1面)


4年半ほど前に書いた記事に次のような一節があります。
「高校のときホームルームの時間に、教育の公平は生徒全員に同じことを教えるのではなく、生徒一人ひとりの能力や興味、関心、目的などに従ってクラス編成することだ、と意見を言ったところ、担任からもクラスメートからも一斉に差別教育だと批判されました。数学ができる生徒にも、苦手な生徒にも同じ内容を教えることがなぜ公平なのでしょうか。できる生徒にはさらに進んだ内容、深い内容を教え、できない生徒には最低限のことを楽しく学ばせ、しっかりと身につけさせるほうがはるかに公平だと思うのですが。」(「教育哲学 2」
果たして私が47年も前に訴えたことが、今、目の前で実現されようとしているのです。
私は冒頭の記事を読んで胸が高鳴るのを覚えました。


本当に長い年月かかりましたが、ようやく私の意見が聞き入れられました(!?)、というか当然のことが行われるようになったのです。
これは、未来預言者(?)である私に言わせれば、英語教育にとどまらず、やがては他の教科にもどんどん取り入れられるようになります。
そうでないと、日本の将来は危ういのです。
現在、すでに教育分野全体において日本はアジアの新興国の間でも劣勢にあり、それが政治や経済などの国際関係にも大きな影響を及ぼしていることは否めません。


私の持論である、「不景気なときの最高の投資」は教育だというのは、家庭レベルにとどまらず、「国の将来を豊かにしたいなら、教育費に国費を投入せよ」というのと同じことです。
期待しましょう。


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英語学習の秘訣 その8 (英会話)

2014.02.02日

英語というと、一般の日本人の間ではどうしても「英会話」のイメージがとても強いようです。
ちょっと大きな街では駅前に必ずと言っていいほど、英会話教室の看板が目に入ります。
かつて駅前留学で名を売り、どこでも必ず見たこの看板。


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さて、英会話というと、その類(たぐい)のテキストを見てもそうですが、シチュエーションを設定して、
「◯◯へはどのように行けばいいですか?」「この先、二つ目の信号を左に曲がり、...」
「どこの出身ですか?」「◯◯から来ました」
「あなたの好きな食べ物は何ですか?」「◯◯が一番好きです」
などといったパターンが延々と続きます。


この「英語学習の秘訣」シリーズで毎回取り上げている千野栄一著の『外国語上達法』(岩波新書)の中にも「会話」の章があります。
その中で著者が次のように語っています。
ところで、この人たちの習う英会話なるものは日本の会話学校で習う限り、ごく一部の例外を除いて英語で若干の文を交換するという程度で、会話集の中にあげられている句の繰り返し以外の何物でもない。会話というものは自分が相手の人に伝えたいことを伝え、相手の人が伝えたいと思っていることを聞くことであって、自分がたまたまその外国語で知っている句を使ってみることではない。ここに、会話集や会話学校のもたらす危険がある」 (上掲書p.171〜172)


この類の、英会話学校で教えているような内容をいわゆる「英会話」と思っていらっしゃったなら、それはとんでもない誤解で、こんなものを英会話とは言いません。
まあ、初期の段階での練習として、上のような定型にはまった会話があってもいいのかもしれませんが、これは本物の英会話ではありません。
本当の英会話とは、自由にお互いの考えや気持ちを語り合い、交流することで、私たち日本人が普段の生活の中で日本語を使って周囲の人たちとごく普通に、なんでも話し合うのと同じようなものであるべきものなのです。


それでは、このレベルまでいくためにはどうすればいいのか。これは決して簡単なことではありません。
この「英語学習の秘訣」シリーズで扱ってきた一つひとつのポイントがここで役立ってくるのではないか、と私は思うのです。
やはり、何事も根底にしっかりしたフィロソフィー(哲学)がないと、表面的になってしまいます。
ですから、まずは言語学習の基盤となる基礎語彙と基本的な文法をしっかり身につけることの大切さを強調しました。次に、文法は会話を助け、会話は文法を助けるという、文法か英会話かの二者択一ではなく両者の共存共栄(?)を訴えました。


次に、今後ますます熾烈になる国際競争において、日本が勝ち残るためには本物の英語力が不可欠だと述べました。また、それが同時に日本が今、抱えている少子化の問題の解決の道でもあることを示しました。


また、英語学習において、特に日本人が苦手とする英語の発音の問題にも触れました。学校や塾の英語の先生の発音が上手いとは限りません。
ならば、映画や歌や英語のテキストをネイティブの人が吹き込んだ音声CDやファイルなどを活用して、多聴、多読(お手本を真似て発音練習する)などでカバーすることだってできます。
要するに、いざやろうという気になりさえすれば、道はいくらでも開かれるということです。


最後に、このシリーズを終えるに当たり、次の話で締めくくりたいと思います。
英語のことわざに次のようなものがあります。
How do you eat an elephant?
(まるまる一頭の象をいかにして食べるか)
答えは簡単。
One bite at a time.
(ひと口ずつ)


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我々日本人ならば、象なんて食べられないという頭があるので、クジラにした方がピンと来るのですが、反捕鯨の英語圏では象を例に挙げています。
これが教えているのは、あまりにも大きな目標が目の前にあると、私たちはつい諦めてしまいがちだが、小さな一歩一歩で、どんなことでも成し遂げることができる、ということです。


英語の学習も同様です。
今回、このシリーズを書き始めて、多くの読者の方から、「自分は英語が苦手だった」という反応が返ってきました。
ひと口ひと口、一歩一歩です。
これで、できないことはありません。
ヒマラヤ登頂でさえも一歩一歩の積み重ねで可能になるのですから。
たとえ小さくても一歩一歩前進していきたいものです(「小さな負荷をかけよ!」)。


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新年度チラシ出来

2014.02.01日

新年度のチラシができあがりました。
今回もアメリカ留学中の長男、直人が制作してくれました。
アカデミー学院の良さを十分に打ち出してあり、なかなかの出来だと思います。
現在印刷中で、来週と再来週、近辺に新聞折り込みされます。
どうぞご覧ください。


こちらはオモテ面。


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こちらをクリックすると拡大されて文字がはっきり見られます)


ウラ面はこちら。


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