学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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英語学習の秘訣 その7 (発音)

2014.01.31日
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いろいろ述べてきたが、発音が外国語の学習にとって大切であることと、発音に関しては初めが肝心であることだけは忘れないでいただきたい。最後に、ある若い友人から聞いた話を現代のイソップ風小話に仕立てて、それをお伝えして「発音」の章を閉じることにしよう。
あるとき、一羽のアヒルが藪の近くを通りかかった。すると藪のかげから、仲間のアヒルの呼ぶ声がした。そこでその方へいってみると、狐が出てきてアヒルを食べてしまった。食べ終えた狐は舌なめずりをしながら、次のようにいったそうである。
「ああ、音声学をやっておいてよかった」

(『外国語上達法』千野栄一著 岩波新書 p. 159-160)


上掲書に沿い、シリーズで英語学習の秘訣を述べてきました。
「学習書」「辞書」の章は、すでに時代遅れになっている感があるので飛ばしましたが、この「発音」の章は読んでいて、これだけ英語に触れる機会が増えた今日でも、日本における状況はほとんど変わっていないと言わざるを得ません。
それぐらい、一般的に言って日本人の英語の発音は正直言ってまずく、通じない、ミスコミュニケーションの原因にもなっています。


冒頭のイソップ風小話には思わず笑わされてしまいました。
著者は、日本人の有名な[r]と[l]の発音の間違いによるミスコミュニケーションの例を挙げています。
著者がヨーロッパの中華料理店で食事をしていたときに、実際に目の当たりに目撃した出来事です。
混雑した店で同席した日本人の客が外国人に料理を勧めているシーンです。
前菜として豚の舌(タン)やピータン、クラゲの酢の物、フカひれスープと話が進み、日本人が「ライスは?」と尋ねたとき、外国人が「オー! ノー!」と叫んだと言います。
日本人が[r]でなく[l]で発音したため、外国人は rice(ご飯)ではなく lice(シラミ)と聞いて腰を抜かさんばかりに驚いたという、出来過ぎたような実話です。
著者はこの[r]と[l]を日本人の「国民病」と呼んでいるぐらいです。


この[r]と[l]よりも日本人にとってさらに難しいのは[z]と[dz]の発音・聞き取りの区別です。大学の音声学の授業で英語専攻の学生に教えていたとき、板書し、私の口を大きく開けて見せて、何度も繰り返し違いを説明し、発音して聞かせ、その後について繰り返させても、きちんとできた学生はごく数名でした(l「エピソード」)。


ですから、著者は外国語を学ぶとき、母国語にまだ十分に染まっていず、耳と舌が柔軟な幼少期に始めることが大切だと言っているのです。
アカデミーでも長年英語を教えてきて、幼児、あるいは小学低学年から学び始めた生徒の発音のうまさと耳の良さは、中学から始めた生徒と比べて違いは歴然としていることを見せつけられてきました。


自分はもう手遅れと言う人は、せめてお子さんやお孫さんにそのチャンスをあげてくださいね。


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英語学習の秘訣 その6 (優れた教師とは)

2014.01.30日
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この「英語学習の秘訣」シリーズ、今日は「その6」で、理想の教師像について、そしてそこから何を学ぶか、ということについて書いてみたいと思います。
テーマの「英語学習の秘訣」と「教師像」ではちょっとズレがあるように思われるかもしれませんが、少し読み進んでください。このところから、きっと参考になることもあるかと思います。
これは必ずしも語学教師に限らず、どの教科を教える教師にも当てはまりますし、塾講師にも当てはまります。


このシリーズの中でご紹介している『外国語上達法』の中で、著者の千野栄一氏は、理想の語学教師像を次のように描いています。
語学教師にとっての第一の資格は、まずその外国語をよく知っていることである。教師の外国語の実力に対する学生、受講者の信頼は、授業がせいこうするための必要条件である。従って教師の実力に受講者が疑いを抱いたらその授業はうまくいかず、受講者がその外国語の習得に失敗するパーセンテージは高くなる。
(中略)
外国語の習得にとって日本語もその外国語と同じであり、外国語を磨き上げるのと同じように日本語にも注意するよう目をむけさせることは学習の初期の段階から必要なことで、この点への配慮をおこたらないことも語学教師にとっての大切なポイントである。

第一番目の語学教師の資格としてこれが挙げられているということは、当然と言えば当然のことなのですが、実際にはこの一番基本の点において条件を満たしていない教師が非常に多いことは残念ながら事実です。
それでは学習者として、どうすればいいのか。
私もこれまでの人生で、優れた教師に常に恵まれてきたわけではありません。私よりも大きく力の劣る教師に習ったこともしばしばでした。
そのような時、たとえば教師の発音のまずさであれば、私は教科書やテキストに沿った外国人が吹き込んだレコードやテープを擦り切れるほど何度も繰り返し聴き、同じ発音ができるようになるまで自分で練習しました。
また、教師の日本語訳に不満な時は、「自分だったらこう訳すだろう。その方がわかりやすいし、自然だ」というふうに、英語と同時に日本語にも注意を払うように努めました。


第二に、語学教師は教え方にたけていなければならない。たとえそんなによく外国語を知っていても、それを学習者に伝える技術を身につけていなかればうまく伝わらないのは自明の理である。
教え方のうまくない教師に出会った時、私はその事実を反面教師として受け止め、「ああ、ここはこういうふうに教えればもっとわかりやすいのに」と、自分が将来教える立場になった時のことを考えて、頭の中でシミュレーションしたりしていました。
もちろん、教え方のうまい教師の場合は、その秘訣を自分でも意識して身につけ真似をするよう努力しました。


そして最後に、語学教師にとって一番大切なものは、語学教育への熱意と、学習者をひきつけずにはおかない魅力ある人間性である。これが欠けていては教壇に立つ資格がなく、これさえあれば時には語学力がいささか不足していようと、教え方にやや難があろうとカバーできる大切な資質である。 (上掲書p.121〜122)
この点においても、熱意や愛のまったく感じられない、単なる職業教師のような人に習ったことも何度もあります。
大学4年の時、教育実習で母校の高校に教えに行き、最終授業日に生徒に感想を書いてもらったところ、
「担任の〇〇先生のようなサラリーマン教師にはならないでください」
というのがとても多くて驚かされました(「教師に不可欠な資格」)。


生徒にとって、教師との出会いは、どうかすると自分の人生を決めるほど大きなものです。
私も小学4年生の時に出会った教育実習の大学生だった先生、西村先生に強烈なインパクトを受けて、自分も将来はこのような先生になりたいと思ったほどです。
そして、それ以来なんと53年あまりも親しいお付き合いが続いているのです(「京都はとても暑く、私も熱かった!」)。


でも、小学5・6年生の時の担任とは馬が合わず、正直大嫌いでした。先生を批判した作文を7枚ぐらい書いたぐらいです。
しかし、卒業後この先生に道で偶然にお会いして以来、何年にもわたってずっと文通を続け、先生の書いていらっしゃった素人私小説も全部読んで感想文を送ったりして親しくお付き合いするようになり、習っていた当時見えなかった先生の良さが見えるようになってきたものでした。
どんな先生にもそれぞれ、短所もあれば長所もあります。
同じ学ぶなら、長所をできる限り探すようにして、そこから学ぶ方が自分のためにも益になります。


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英語学習の秘訣 その5 (国際舞台を目指して)

2014.01.29日
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これまで国内では、英検が英語学習者の大きな目標、動機づけ、また進学、就職に有利な条件といって幼児からご年配の方まで大勢の方が受検してきました。
アカデミーでも、毎年多くの生徒・学生が英検に挑戦して合格を果たしてきました。
実は、アカデミーでは英検対策講座を開いていて、これに参加する人はそのほとんどが合格してきました。


英検は、語彙・文法・読解・聴き取りなどバランスの取れた構成で、中3終了程度の3級以上では、ペーパーの1次試験合格者には面接して会話するという2次試験もあります。


しかし、もちろんこれで万全、あるいは英語の力が正確に測れるというわけではりません。
どんなものにも長所もあれば短所、弱点もあります。
英検の場合は、過去問をたくさん解けば大体合格すると言われるほど、問題がパターン化されていて、本当の力が測れないという可能性も指摘されてきました。


そこで、最近では多くの大学や企業などではTOEIC (Test of English for International Communication) の方がより正確に英語の力が判断できるといって、英検以上に評価されるようになってきています。
また、海外に留学する際に受験するTOEFL (Test of English as a Foreign Language) を重視するところもたくさん出てきました。


このような中で、英検も危機感を抱くようになり、出題形式の改定や試験問題のクォリティを高め、コンピュータを利用した受検を可能にするなど、次世代の英検を目指すことを表明しました。


国内の中学・高校の英語教育も、2020年東京オリンピック実施を見据えて、2014年度(今年)から逐次英語教育の改革を推進し、授業を日本語を使わずに英語で行うなど、今後大幅に形を変え、実力を重視するようになってきます。
英語教員の資格も全員最低英検準1級レベルを確保し、生徒には高校卒業時に現在の英検2級レベルの目標を準1級レベルに上げ、また中学生の場合は卒業時に3級レベルを準2級レベルに引き上げることを文科省では目標にしています。


これは、お隣の韓国や中国、香港を始め、シンガポール、マレーシアなどのアジア圏の新興国が英語教育に力を入れて、国際市場でどんどん日本を駆逐している現状を見て、国(文科省)がようやく重い腰を上げたということに他なりません。
それに従って、現在は小学5・6年生で半分お遊びでやっている英語を成績のつく必修科目とし、さらに導入を3年に引き下げる、という決断を下しました。
私に言わせれば、「遅すぎる!」。


旧文部省が、英語教育を小学校に導入することは将来的にも一切考えていない、と断言していた25年前からアカデミーでは幼児からの英語教育に取り組み、近隣では「英語はアカデミー」と言われるほど、大きな成果を上げてきました。
それは、私自身が幼児の頃から英語をやってきたお陰で英語ができるようになった、という経験から確信を持って始めたことの結果です。


これからの国際社会は、今まで以上に競争が激しくなり、新興国もどんどん誕生してくることでしょう。
アメリカやEU、日本など、これまで世界の経済や政治、技術などをリードしてきた国々がこれからも安泰ということは絶対にあり得ません。


日本も今、ここで真剣勝負で立ち上がらないと将来がなくなります。
とくに世界一の少子高齢化が進んでいる日本は、これから生き残りをかけて真剣勝負でやっていかなければなりません。
そのような中で、現在、実質上国際共通語として用いられている英語の教育は国の将来を決めるほど大きな力をもっています。
このことに国民みんながもっと目を見開き、真剣に取り組まなければなりません。
そういう流れの中で、日本が得意とする技術の分野で世界を再びリードするようになる見込みが出てくれば、現在どんどん進んでいる少子化にストップをかけることも可能になります。


ガンバレ、ニッポン! 国際舞台での活躍を祈りつつ。


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英語学習の秘訣 その4 (文法力か会話力か)

2014.01.28日





昨日の記事、「英語学習の秘訣 その3 (文法)」では、英文を読んだり、書いたり、あるいは会話したりするのに必要不可欠なルールに当たるのが文法で、語彙(単語)と双璧を成すものであることをお伝えしました。
単語だけでも、また文法だけでも本当の力にはなりませんし、読み書きも会話もできません。


ところがどういうわけか、日本のこれまでの英語教育は、この単語と文法の丸暗記に徹してきて、それで学校のテストや入試で間に合わせてきました。


今から30年ぐらい前、中央大学で英語・英文学を専攻する学生たちに、英語表現研究というクラスで英会話を教えていたのですが、驚いたことに単語力も文法力も全然ない。学生たち自身もそのことに気づいて愕然としていました。
そして、彼らは言いました。
「あの受験勉強の時に、あれだけ一生懸命覚えてきた単語も文法も、みんな消えてなくなってしまった」
彼らの話す英語はもとより、書く英文もまるで中学生レベルで、スペリングもめちゃくちゃ。
でも、これは何も中大生に限ったことではありません。


つまり、私が今ここで言わんとしていることは、試験のための暗記中心の勉強法では、英語に限らず他のどの教科でも、使えるレベルまでの力はつかない、ただ試験で点を取るだけで目的を達し、試験が終わったらせいせいして、きれいさっぱり忘れてしまうということになるのです。
それまでかけてきた時間も労力もお金も全く実を結ばない、実にもったいないことをしているいるのです。


ほとんどの人はそのことに薄々気づいているのですが、そういう社会構造の中にいて、それで当たり前、それ以外のやり方を知らないし、勉強とはそういうものだ、と思い込み、開き直っているように見受けられます。


そこで、最近文科省が打ち出した6年後ぐらいから実施される新しい英語教育法では、英会話を中心としたものになり、中学から教科書は英会話ばかりが出てくる、高校入試も大学入試も英会話中心のものになりそうな様相です。


日本という国は、教育に限らず何事も時計の振り子のように極端になりがちで、たとえば英語だと、読み書き文法か、さもなくば会話かというふうになってしまうのです。
でもこれは、二者択一のものではありません。
このまま進むと、また十数年経つと、英会話力はついたけど、読み書き文法が弱くなったと言ってまた逆戻りということにもなりかねません。


私たち日本人が、普段の生活の中で日本語で会話もすれば読み書きもする、当たり前のことです。
これは、いわば車の両輪のようなものです。
会話力が読み書き文法を助けるし、文法が会話を助ける。こんなのごく当たり前のことです。
これがきちんとできていないから、日本人の英語力がいつまでたっても上がらないのです。


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英語学習の秘訣 その3 (文法)

2014.01.27日
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昨日の記事で、外国語学習において、とくにここでは英語を中心に話をすすめていますが、文法は、文章の意味を正確に伝えるために、あるいは理解するために不可欠なものであると書きました。


ところが、「文法」と聞いただけでアレルギー症状を起こす人が多いのは、現在の日本の英語教育において、文法を血の通っていない、無味乾燥で味気ないものという教え方をしているからではないかと私は思っています。
私が高校に入って一番に英文法のクラスを教えた先生がまさにそれで、ただ文法事項の羅列と暗記と試験の繰り返しで、みんなすぐに嫌いになってしまいました。


同じことを教えるにも、ちゃんと理由をつけて、「なぜ」ということ、そもそも文法を学ぶ意味、理由を最初に生徒に理解してもらわないと、学ぶ側の生徒にしてみれば、訳もわからずただ暗記を強要されて、苦痛になるのは火を見るよりも明らかです。
幼い頃からあれだけ英語好きで、学習意欲満々だった私でさえも、この英文法のクラスで英語学習がつまらなくなったぐらいです。


そもそも、サッカーやバスケット、野球、テニスなど、どんなスポーツにもルールという約束事があります。このルールを知らずにいくらがむしゃらにやったところで、上手くならないばかりか、ゲームは成り立たないし、さらに混沌となり、面白くなくなってしまいます。
語学学習における文法もまさにそれと同じです。


語学、会話や読み書きなどを面白く、しかも意味を理解するために、このルールなる文法をしっかり身につけなければ、スポーツにおけるゲームがむちゃくちゃになるのと同じです。
そのことを最初に生徒に教え、基本の基本、もっとも簡単な基礎から少しずつ、納得してもらいながら教えないと、語学学習は苦痛になります。


将来、英語を使って外国人と自由に会話したり、映画を観たり、本や新聞などを読んだりできるようになるために、この基本的なルールである文法を身につけなければならないのです。


私はいち早くこのことに気づき、文法の基本からやり直したのが今日につながっていると信じています。
このお陰で、小説や文学などを読むこともできれば、映画を観ることも、外国人と会話したり、メールのやり取りやチャットもできて、人生を何倍も豊かにし、そして楽しむことができていると思い感謝しています。


ちょうど、1000語、2000語、3000語の基本語が必要だったように、語学をものにするためには、やはり文法の基本がどうしても不可欠なのです。
基本の基本を一つずつマスターしていくと、文法に対するアレルギーを体験する必要もありません。
そのためには、「文法」という高い壁を自分で築いてしまってはだめなのです。


基礎語彙と基礎文法が身に付いていくならば、語学学習は決して困難なものではありません。
ちょうど、スポーツで基礎的な訓練を繰り返しやって、ルールを覚え、ゲームをするのとまったく同じです。


この「英語学習の秘訣」シリーズの記事を読み、そして実践することによって、一人でも多くの生徒・学生や一般人の方が、英語に対するアレルギーをなくし、今からでも楽しみながら学んで、少しでも生活を豊かにしてもらえればと心から願っています。


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英語学習の秘訣 その2

2014.01.26日
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昨日の記事、「英語学習の秘訣」に外国語学習における基本中の基本は語彙力、すなわち単語、それも生活に密着した3000語の使う頻度の高い基礎語を身に着けることであると書きました。


昨日、ご紹介しました『外国語上達法』の中で著者千野栄一氏は、3000語で一般の文書の90%は理解できる、残りの10%の語は辞書で引けばいいと言います。
さらに、頻度数の順で5000番から6000番までの1000語を覚えても、全体の理解範囲はほんの数パーセント上がるに過ぎないと語っています。


ただし、言語によっても差があり、フランス語など、1000語で会話の90%もカバーできるものもあれば、日本語のように10000語でようやく90%に達するものもあるとのことです。
このような難しい日本語を母国語として操っている私たち日本人にとって、外国語学習はそれほど困難ではない、と言いたいところですが、どういうわけか、読み書き・会話で日本語を自由に操る外国人を私は大勢知っていますが、日本人で同様のレベルで外国語を操る人はあまり知りません。


さて、今日のテーマは昨日予告しましたように文法です。
「文法」と聞くだけでアレルギーを起こす人もあるぐらい、文法は一般の人たちに嫌われています。
私の父は、終戦後進駐軍で日英語の通訳をやっていたほど、英語を自由に操っていました。
アメリカ人と大声を上げて笑いながら冗談を交わしている父を見て、幼な心に私は父に憧れ、大きくなったら絶対に父のように上手く英語が話せるようになりたいといつも思っていました。


その父の英語は、アメリカの軍人が話すのと同じ発音、文法でした。
たとえば、「彼女は何も知らない」を、
"She don't know nothing."
(正確には She doesn't know anything.)
と言って平然としていました。
父は、文法なんて必要ないと、私が小さい時から繰り返し言って、私をそのように洗脳していました。
で、当然のことのように私も最初のうちは文法を無視していました。
しかし、それでは学校のテストや入試では間に合わないことに気づき、慌てて軌道修正しました。


結果的には、文法を基礎から早めにしっかりやり直して正解でした。ですから、私が大学生になった頃には父は英語のことは私に全部任せ、和文英訳など仕事上必要なことはすべて私にやらせるようになりました。


会話と文法は決して対立するものではありません。
日本人で、英語の読み書き、文法は得意だが会話が苦手と言う人がよくいますが、これは美しき誤解で、そのような人の読み書きは非常に怪しいもので、辞書を片手に縦のもの(日本語)を横(英語)に機械的に変換しているだけで、決して正しい、きれいな英語になっていません。
大学で英語を教えている教授においてすらそうです。


文法とは、文章の意味を正確に伝えるために、あるいは理解するために不可欠なもので、直感的な会話力だけではある程度までしか役立ちません。
実際のところ、英語を母国語とするアメリカ人ですら文法を苦手とする人はたくさんいて、その人たちの書く文章などは私が見ていても恥ずかしいぐらいです。


そして、その文法の基礎、be動詞と一般動詞、自動詞と他動詞、主語・動詞・目的語などを中学から現在は教えていますが、この段階でつまずいた人たちは、この先ずっと英語が苦手、嫌い、アレルギーになってしまっています。


それでは、どうすれば良いのか。
長くなるので、これはまた明日に続きます。


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英語学習の秘訣

2014.01.25日




今から26年ほど前に出た本で、何度か繰り返して読んだことがある『外国語上達法』(千野栄一著 岩波新書)を最近また読み返しています。


幼稚園の頃から英語が好きだった私は、中学の時に英語だけでは飽き足らず、国際共通語を目指してポーランドの医師ザメンホフ氏によってつくられた人造語、エスペラント語を学びました。
大学時代には種田輝豊著『20ヵ国語ペラペラ』という本を読んで触発されました。
そして外国語学習にハマり、大学では第二外国語としてフランス語、第三にスペイン語を取り、その他ロシア語、中国語、ドイツ語、ポーランド語のクラスに潜りで入って、学びました。ポーランド語の先生は、私が潜りであるのを知って逆に喜び、ポーランド語の辞書をプレゼントしてくださいました。


卒業後、アメリカに留学してからは知り合ったフィリピン人や韓国人の留学生と友達になり、タガログ語と韓国語も勉強しました。
この後、キリスト教信仰を持ち、当時研究していた言語学からキリスト教神学、教育学、心理学、カウンセリングに学びが移行しました。
この時は、旧約聖書の原語であるヘブライ語、新約聖書の原語ギリシャ語を学びました。
あれだけ、外国語好きだった私も、ヘブライ語だけには音を上げました。それぐらい、ヘブライ語には苦労しました。おそらく、これまでに勉強してきたものすべての中で一番苦労したのが、このヘブライ語です。


英語は会話のみならず、読み書きにも不自由ないレベルになり、フランス語とスペイン語は簡単な会話と読み書き、ポーランド語、タガログ語は友達がいたので簡単な会話。ロシア語、中国語等は学生時代は簡単な読み書きのレベル、という感じで、種田輝豊氏のようにペラペラの領域などは夢のまた夢でしたが、外国語の勉強は十分に楽しみました。


さて、今日のテーマ「英語学習の秘訣」ですが、千野栄一氏は冒頭の『外国語上達法』の中で、まず一番大切なのは約3000語の基礎語彙と呼ばれる生活に密着した単語を覚えることであると語っています。
なんと、この3000語で日常の会話はもとより、読み書きも90%までカバーできるというのです。


実は、私自身も幼い頃から英語に興味を持っていたので、日本語と同時に英語の単語を覚えました。父やアメリカ人と結婚した叔母とその叔父から、片っぱしから英語の言葉を学びました。
「◯◯って英語で何て言うの?」
といった感じで、手当たり次第に尋ね、ほとんどの身の回りの単語を覚えました。
そのお陰で、中学のみならず高校でもほとんど単語では苦労しなかったほどです。


この基礎語彙というのは、主に生活に密着した言葉です。
つまり、外国語学習、具体的にはほとんどの人にとっての英語学習の基本の基本は、まずは生活に密着した1000語、次にあと1000語、そしてもう1000語と最低限3000語という基礎語彙をしっかりと身につけることなのです。
これまで長年英語を教えてきて、英語の得意な生徒は間違いなく単語力があり、逆に英語が苦手と言う生徒は例外なく単語を知りません(「バセバ11」)。


さらに、一つの単語を覚える時には、それから派生した形容詞や副詞、動詞形などの派生語も一緒に覚える。
また、同時に反意語や類義語なども覚えることができれば、もう完璧です。
また、それらを個々バラバラに覚えるのではなく、その中に共通するルールのようなものを見出すと簡単に覚えられ、また忘れなくなります。
上の「バセバ11」にも書きましたが、これは英語の発音にも通じます。


英語学習において次に大切なのは、文法ですが、これは明日に回します。


そう言えば、私が英語以外の言語学習で成功しなかった一番の理由は、やはり単語不足でした。


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類は友を呼ぶ

2014.01.24日

「類は友を呼ぶ」ということわざをよく、間違えて覚えて、
「友は類を呼ぶ」と言う人がいます。気をつけましょう。
もちろん、「気の合う者や似通った者同士は、自然に寄り集まって仲間を作るものである」(故事ことわざ辞典より)という意味です。
昨日の記事、「子育ての基本」の中に登場した田中将大選手と坂本隼人選手もそうですし、このようなケースは枚挙にいとまがありません。


英語ではこのことわざを
Birds of a feather flock together.
(同じ羽毛の鳥は群がる)
と言いますが、今日も夕方ウォーキングをしていて、まさにそれを目撃しました。
上の写真は鴨が数羽泳いでいるところ。下のは対岸でカラスが数十羽集まっているところ。


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馬が合う者同士が自然と集まるのは人間も同じです。
ということはいい仲間、友人を選ばなければならないということです。
私が中学生の頃は、今のように部活動がそれほど盛んではなく、今で言ういわゆる「帰宅部」というのが多くて、私もそのうちの一人でした。
もし、スポーツをやる友達と親しくなっていて、その人に引っ張られて運動部に入っていたら、おそらくもっと身体は強くなっていたことでしょう。


大磯海岸を歩いていたら、昨日の記事に登場した田中将大を彷彿とさせるように高校生らしき野球少年二人が砂浜で暗くなるまでキャッチボールをしていました。彼らも田中選手に刺激されて将来はプロ野球選手を目指すのでしょうか。


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どんな人と親しくなるかによってあなたの人生は大きく変わります。
私の場合、やはり最初は英語が好きな人と友達になり、お互いに単語を言い合って覚えたりしていました。また、高校時代は油絵を描く友達と一緒になって美術部で毎日、絵を描いて楽しんでいました。
クリスチャンになってからは、やはり自然とクリスチャンの人たちとの交流が多くなり、今は本当にそのことで感謝しています。
あなたはどんな人と交わりますか?


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子育ての基本

2014.01.23日

以前、「ほめてやらねば 人は動かじ」という記事を書きました。
「やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて、 ほめてやらねば人は動かじ」は、かの有名な山本五十六の言葉ですが、実はそのあと次のような言葉が続くのですが、この部分はそれほど知られていません。
「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」


相手に良いお手本を示して「ほめること」の大切さを山本五十六は一番に挙げ、次に相手との心通わせたコミュニケーションとともに、相手に「任せる」ことの大切さを訴え、最後に「見守り、信頼」しなければ人は立派に育たない、と言っているのです。
これは実に深い。


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今日、楽天の田中将大投手(25)が米大リーグの名門球団、ヤンキースへの移籍が決まったとニュースで一斉に報じていました。7年契約で総額1億5500万ドル(約161億2000万円)という破格な契約内容で、ヤンキースがいかに田中に大きな期待を寄せているかがわかります。
田中選手は記者会見で、「ただ(大リーグ)に行っただけでは面白くない。向こうで世界一をつかみ取るため、その戦力になるために行く」と抱負を語りました。


田中選手は小学1年の時から、地元の少年野球チームに入り、キャッチャーを務めていたそうで、相手のピッチャー役は現巨人軍の坂本隼人だったと言います。
やはり、何かをものにしようと思ったら、このような幼少年時代から始めないとなかなか難しいものです。当時のチームの監督によると、田中選手はものすごく練習熱心で、家でも常に練習に励んでいたとのこと。


今、フィギュアスケートで日本中のファンを集めている浅田真央は3歳から12歳までバレエを習い、5歳からスケートを始めています。
およそスポーツ界で実績を上げる人というのは、幼少の頃に始め、将来に対して大きな夢を抱き、その夢に向かって練習熱心です。
しかし、その背後には常に山本五十六の言葉を実践している優秀な指導者がいます。


これは、スポーツの世界に限らず、企業やあらゆる組織、学校など、どこにおいても通じることです。
各界の多くの有名な人たちは、自分たちが出会った師匠のことを語ります。


しかし、トップアスリートなどにならない、私たちのようなごく平凡な人間でも、上の事実は当てはまります。
一番身近なところでは、親の子育てです。親は子どもの良き模範となり、褒め、よき理解者、サポーターとなり、見守り、信頼する、このことが不可欠です。多くの親が、このまったく正反対のことをして、子どもをつぶしているように思われてなりません。


親たる者は、今一度、子どもがたとえ何歳であろうとも、この山本五十六の言葉を肝に銘じて日々子どもと接しているか、点検してみたいものです。
「やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて、 ほめてやらねば人は動かじ。
話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」


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近くの小中学校

2014.01.22日

いつものように今日も海岸の方へウォーキングに行こうと、家を出ました。
ところが、最初に行ったところが家から一番近くの小学校で、ここから多くの生徒がアカデミーに通ってきてくれているので、その生徒たち一人ひとりのことを覚えてお祈りし始めました。


すると、その延長線上で足が自然と近くの中学校に向かいました。
そこで、ここからも大勢の生徒が来てくれているので、学校の裏道を通りながら、また生徒全員のために祈りました。特に今年高校受験する生徒たち一人ひとりの志望校合格のためにもお祈りしました。
教室から音楽の時間か、生徒たちの歌声が聞こえてきました。


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そして、またそのすぐ近くにある小学校に、さらにその先にある小学校に向かい、同じように生徒のために祈りました。同時にこれまでにこれらの学校から来てくれて、卒塾した生徒たちのためにも、そしてこれらの生徒やご兄弟姉妹を送ってくださったご両親のためにもお祈りしました。
この学校では休み時間で、生徒たちが黄色い声を上げて、元気に校庭を走り回っていました。


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私の子どもたちが通い、卒業した学校もこれらの中にあります。
こうなると、もう近辺の小学校、中学校を全部回ろうという気持ちになり、ウォーキングの運動も兼ねて祈りの行脚をすることにして、あともう一つの小学校と二つの中学校を回ることにしました。


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途中、歩いている道で塾生や卒塾生、また過去において、あるいは現在もアカデミーで教えてくださっている先生たちの家の前もいくつも通り、そのたびにお一人ひとりのために感謝しつつ、お祈りしました。
あの子は、もう今頃30何歳かになっていて、きっと結婚して家庭を持っているだろうなとか、大学卒業後体調を壊して家にいたあの子は今頃どうしているんだろう、などと考えながら歩きました。


こんなに遠くから自転車で通ってくれていたんだとか、親の送迎があったことにも感謝しました。
また、多くの道はかつて私も送迎バスを運転しながら生徒を送り迎えしていたことも思い出しました。


家に着く間際に、小学3年生の時から通い始め、高校3年の今年まで通ってくれ、センター試験を受験したばかりの生徒からメールが入り、結果はまあまあで射程圏内に入っているという嬉しい知らせも受けました。二次試験も頑張るようにとエールを送りました。


このようにして家に戻ると、歩いた時間は2時間あまり、距離は12km近くになっていました。
しかし、今日回ったところは、旭地区と呼ばれるところの近くの小中学校で、ここから山を越え、あるいは川を越えたところからは、さらに6つの小学校と5つの中学校から生徒たちが来てくれています。
そのことを思うと生徒やご家族の方々にもう感謝の気持ちでいっぱいになりました。
みんな、将来のために今、しっかり勉強して、立派に育ってね。


私の今の仕事はまず第一に健康を回復させること、次に先生や生徒のために祈ること、そして先生を教育、訓練することと改めて思った次第です。


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神の存在は証明できるか

2014.01.21日
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今日は夕方、ウォーキングをしている時、facebookを見ていたらFBフレンドのYHさんが、
「私が求めている真実は、神様が本当にいるかということだと思う」(後略)
と書いていらっしゃいました。
これまでにも同じようなことを何度か書いていらっしゃり、メッセージを使ってやり取りをしてきました。
ご本人は、「神様のために生きる生き方ができれば。。。と思っているのですが、迷いが少しあります。ただ、私は子供の頃から、信仰をもっているので、それから離れるのは、まずあり得ないでしょう」とおっしゃっています。
ですから、基本的には信仰はお持ちなのですが、迷いがある、確信が持てない、ということでしょうか。
私は今日は約2時間、10km歩きながら、ずっとそのことを考えました。


実は、YHさんに限らず多くの方が同じ問題にぶつかっていらっしゃいます。
私も27歳で信仰を持つまで同じでした。
高校生の時、近くの教会に行き、牧師先生に尋ねました。
「先生、本当に神様は存在するのですか?」
これに対する牧師の答えはこうでした。
「だって、人間の顔を見るだけでも神の存在は明らかですよ。
まず目が頭の前にあって、その下に鼻があり、口がある。もし、目が頭の後ろにあったら物を食べる時、口に持っていけないないですよ。鼻が口の上にあるから物を食べる時、腐っていないかどうか臭いをかいで確かめて食べることができる。こんなふうに人間を創ることができるのは神様しかありませんよ」
私はこれを聞いて、「なるほど、そうだったのか!」とは思わず、「この牧師、バカじゃないか」と思って、それ以来その教会には足を運びませんでした。


その後、私の人生はすごく順調に進んでいるように思われ、周囲の人々からも羨ましがられていました。
毎日を楽しく、自分の思い通りのことをして過ごし、将来も約束されているように思われていました。
しかし、私の心の中には常に「神様は存在するのだろうか?私は死んだらどうなるのだろうか?」という疑問があり、心に平安はありませんでした。


アメリカの大学院に留学していた26歳の時に教会に通い始め、やはり牧師に同じ質問を投げかけ、真剣に神を求め始めました。
そして27歳の誕生日直前のある日、はっきりと神様の存在、自分の罪の性質、キリストの十字架と罪の赦し、永遠の命の約束を信じることができるようになり、一生をクリスチャンとしてやっていこうという決断をしました。
この時、両親からは猛反対され、父からは勘当だとまで言われ、苦しい思いをしましたが、決断は揺るぎませんでした。


信仰を持つ前から非常に親しくしていた、やはりノンクリスチャンの鶴田さんと、毎日のように宗教批判や神の存在否定などの話を人生論などとあわせてしていましたが、ある日突然私が信仰を持ったので彼は面喰いました。
それからは、私は鶴田さんに毎日のように聖書の話や神の話をするようになりました。
彼も自分で進化論などいろいろ調べていくうちに、無神論の信念が揺るぎ始めました。
その時、彼が言ったのが、パスカルのパンセの話です。


その内容をひと言でいうと、神の存在の証明は人間にはできないということです。
ならば、「存在する」と「存在しない」は両者とも50%の確率です。
哲学者、数学者、物理学者であったパスカルはいろいろと考えた挙句、最後に結論を出しました。
それは、同じ50%の確率なら神の存在に賭けた方が得だ、ということで彼は神の存在を信じたのでした (「パスカルの賭け」に詳しく書いていますので、ご興味のある方はご覧になってください)。


このことが鶴田さんにも大きな影響を与え、彼も信仰を持つ決断を下します。
以来、私たちはいつも神について、聖書についてなどを話すようになり、鶴田さんはのちに大成功を収めていた事業を捨てて、牧師になる決断をし、今はラスベガスでキリスト教会の牧師を務めていらっしゃいます(「ラスベガス日本人キリスト教会」)。


神の存在は人間の知恵では証明できません。
神を信じる信じないはもちろん自由です。しかし、神を信じるか信じないかで人生が180度変わることは事実です。
私も27歳で信仰を持って以来、今日までこのことで後悔したことは一度もありません。
いえ、ひとつだけ後悔していることがあります。
それは、もっと早くに信じていればよかった、という後悔です。


人生はある意味、賭けの連続です。友達選びや学校選び、伴侶選びもそうです。
しかし、信仰を持つか持たないかは、人生において何よりも大きな賭けだと私は思います。


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冬来たりなば春遠からじ

2014.01.20日

今日は大寒。
Wikipediaによると、
寒さが最も厳しくなるころ。『暦便覧』では「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也」と説明している
とありますが、実際に最も寒くなるのは、今月末から来月初めころにかけてです。


今日は、教会の久川 円(まどか)さんと例のプレヤーウォーキングの日。
前回2週間前は、湘南平に登りました(「今日はウォーキングデート?」)が、今日は大磯海岸です。
待ち合わせ場所に向かう途中の金目川サイクリングロード沿いの桜並木を通っていてふと上を見上げると、もう芽がだいぶ膨らんできていて、
「冬来たりなば春遠からじ」
を思い出しました。


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このことわざはあまりにも有名で、日本独自のものとばかり思っていたら、その語源はなんとイギリスの詩人シェリーの『西風の賦 (西風に寄せる歌) Ode to the west wind』の末句
If winter comes, can spring be far behind? (冬が来たら、春はもうそう遠くはない)
が語源というから驚きです。


円さんとお会いし、今日は大磯海岸の砂浜、波打ち際を大磯漁港に向かって歩きました。
ときどき、すぐ足元まで波が押し寄せましたが、今日は凪でとても静かな海でした。
また、大寒というのに、顔に当たる風はちょっと冷たいものの、太陽がキラキラと輝き、ポカポカと暖かいとても気持ちのいい日でした。
歩きながら交互にお互いの家族のために、またお互いの健康やこれからの将来のためにお祈りしました。


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円さんはこれまでのご自分の人生のこと、ご家族やご親族のこと、また出会った人たち、教会のこと、これからの人生の計画など、話題が途切れず、私はもっぱら聞き役に回りました。
お話を聞いていると、あまりにも劇的なものばかりなので、それを自伝にして書かれたらどうですか、とお薦めしたところ、書いたら何冊にもなるけど、自分のうちに秘めておいて、機会が与えられたら今日のように直接、目と目を合わせてお友達にお話ししたいので、本には書かないとおっしゃいました。
歩きながら、前回のように人目などまったく気にかけず、突然大きな声で賛美をし始められます。
その歌たるや本当にプロ顔負けで、まるでミュージカルを観ているかと錯覚するほどです。
そのように言ったところ、ご本人もミュージカルに応募しようかと思っているとのこと。さすがです。


ちょっと休憩し、石段に腰かけてお祈りしました。
円さんは途中で涙をボロボロと流し、神様に真剣にお祈りされます。そのお祈りにも私は圧倒されました。円さんの一番の願いは、将来韓国の人と結婚して、宣教師として北朝鮮へ行き、そこにキリスト教会を建てることだそうです。
内に燃えるような救霊の想いをもっていらっしゃいます。


ところが、祈り終えると、いつものようにこのようなおどけたポーズを取って私は笑わされます。


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このあと、円さんが今朝お作りになったちらし寿司をご馳走になりました。
これがまたすごくて、材料の野菜はすべて有機栽培されたという健康食で、具材一つひとつを別の汁で煮たという手のかかった本格的なもの。こんな美味しいちらし寿司は生まれて初めてです。


これまで何冊もの本になるほど本当に大変な人生を送ってこられた円さんですが、今日の記事のタイトル「冬来たりなば春遠からじ」のごとく、円さんの人生も必ずや近く春がやってきて、美しい花が豊かに咲くことでしょう。
そのことを祈りつつお別れしました。


今日は他に買い物などの予定もあったので、待ち合わせ場所まで自転車で行ったのですが、お別れしてからいくつかの用事を済ませて家に帰ると、移動総距離は18.44km。
心身魂脳のいい訓練、運動になり、感謝な一日でした。
体調も日々、良くなってきているのが実感できます。


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ニコニコ新聞

2014.01.19日

以前、「新聞の読み方」という記事を書いたほど、前は毎朝新聞を読むのが楽しみで、隅から隅まで読んでいました。
しかし最近は、いきなり一面から殺人、強盗、裏献金など、暗くて気が重くなるような記事であふれ返っています。
その他のページも、誘拐、いじめ、体罰、強姦、痴漢、のぞき見等など、心を明るく、元気にするような記事が本当に少なく、読んでいるとだんだん気が滅入ってきます。


テレビのニュースも同様で、ドラマに至っては憎しみ、嫉妬、復讐、殺人の類いのものか、あとはくだらないと言ったら失礼ですが、どこのチャンネルにも同じ顔ぶれが出ているバラエティなどエンタメ系番組がほとんどで、正直なところ私はうんざりです。


中に海外ルポルタージュや政治家、教育者などの討論会、日本古来の文化や民芸などを紹介する番組や、海外の教育番組、会場内人物や視聴者参加型の討論会など、面白いもの、役立つものもありますが、その数は極めて少なく、下手をするとつまらないもので時間をズルズルと使ってしまいます。


「軽薄な」文化が今の日本を象徴しているように思われます。
多くの若者や子どもたちがこのようなものに乗せられて、「あはは」と笑って無駄な時間を過ごしているような気がしてなりません。


新聞社やテレビ関連など、報道関係やマスコミ各社はもっと内容をよく吟味して、国民を賢くするように努めてもらわないと、下手すると一億国民総白痴化されかねません。


私たちは見るもの、聞くものをもっと賢明に取捨選択しないと、後でしまったと後悔することになるでしょう。


時間はどんどん流れていきます。
人生、長くないですよ。
この歳になると、特にそういう思いが強くなってきます。


「読売KODOMO新聞」のような感じで、人を賢くし、かつ明るい気持ちにさせ、国民みんなに将来に対する夢と希望を与えるような「ニコニコ新聞」みたいなものが出ないものかと思うのですが。


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かゆみと痛み

2014.01.18日




最近、夜寝ていて、膝から下のふくらはぎやすね、足首の部分がものすごくかゆくなることがよくあります。
皮膚が乾燥するこの時期、いつもなります。
でも、若い頃頻繁になった体全体がかゆくなる蕁麻疹と比べたらうんとましです。


それでも一旦かゆくなり始めるともう我慢できなくなり、寝ていても無意識のうちに掻いています。
ところが、掻いてかゆみは収まるのではなく、さらにかゆくなりまた掻く。これの繰り返しです。
そこで仕方なく起きて、枕元に置いてある「乾燥肌の治療乳液」なるものを、そのかゆい部分に塗ります。
しばらくするとかゆみは収まり、またそのあとはぐっすり眠れます。


寝ている時に、起きて薬をつけることはとても面倒で、最初はできる限り我慢して、無意識にかいているのです。
そして、かいている時間が長くなると、後で肌は赤く腫れてかき傷が残り、痛くなります。
そんなことなら、もっと早くに起きて薬をつければいいのに、と思うのですが、ついついかいてしまうのです。
うちの子どもも小さい頃、アトピーで毎週皮膚科に連れて行っていた時代がありました。体中がかきむしった跡で傷だらけになっていて、本当にかわいそうでした。


「かいたら後で痛くなる」ということがわかっているのにかく。
これと同じようなことを私たちは日常の生活の中でもよくしています。
子どもの頃、ものすごく流行った植木等の歌、「わかっちゃいるけど、やめられない」というやつです。


勉強しなければだめだ、ということはよくわかっているけど、遊んでしまう。そして試験があり、答案が戻ってきて「しまった。もっとやっておけばよかった」というのも同じです。


また、友達同士の喧嘩もそうならば、親の子育てにおける「叱ることと甘やかすこと」も、兄弟関係や夫婦関係、職場における人間関係などもそうです。
「今、ここでこれを言ってはだめだ」ということがわかっていながら、黙っていられずつい言ってしまう。そして案の定、後で痛い思いをし後悔する。


おそらく、誰でも経験していることではないでしょうか。
人間にとって一番難しいことは、自己コントロールです。


それではどうすればよいか。
先ほどのかゆい時につける薬があるように、ちゃんとそれぞれにふさわしい方法があります。
ですから、たとえば書店に行くと、「〜の時にはどうすればよいか」といった、いわゆるハウツー本が、あらゆる分野にわたってたくさんあるわけです。


ということは、私たち素人が自分の考え方ややり方でやって失敗するより、かゆみ止めの薬をつけるように、ひどくならないうちに正しい方法で処置することが大切なのです。
そのために、医者だけでなくカウンセラーもいるし、また身近なところには、同じことをすでに経験し、その問題を乗り越えた先輩たちがいるので、それらの人たちにアドバイスを求めるわけです。


この世の中非常にうまくできていて、みんなお互いに助け合って生きていけるようになっています。
自分が何かの問題で苦しんでいる時、助けてくれる人がいるように、あなたの周りにもあなたの助けを求めている人、必要としている人がいっぱいいます。
そのような人のニーズに気づき、手を伸べて助けられるような者になりたいものです。


ある意味、これは教育の目的そのものでもあります。
自分さえ良ければそれでいい、という自己中心的な考え方や生き方ではなく、お互いに助け合っていける者、かゆいところに手が届くような者になりましょう。


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思考力を伸ばすには

2014.01.17日

埼玉県は東京大学と連携し、仲間と話し合いながら自分なりの理解を深めていく「協調学習」を公立高校などで試みている。生徒の思考力やコミュニケーション能力を伸ばすのが目的だ。
(中略)
 グループに分かれて資料を読み、それぞれ理解した知識を持ち寄ることで、与えられた課題の全体像をつかみ、解決を目指していく手法だ。
(中略)
 春日部市の県立春日部女子高校では昨年11月、2年生が国語の授業で、夏目漱石の小説「こころ」を教材に取り組んだ。筧美和子教諭(49)の指導で、3、4人の班ごとに「先生」や「K」など登場人物の一人について心情を考察。その上で、各班から一人ずつ集まって新しいグループを作り、班で考察した結果を伝え合いながら、「困難にめげずに未来をひらくにはどんな心が必要か」をテーマに意見交換した。「柔軟に立ち向かうことが必要」「利己的でも自分の意志を貫いた方がいい」などと、議論が白熱する場面もあった。
 小林寧々さん(17)は「友だちの考えを聞き、小説がより理解できた」と話した。
 ジグソー法は国語に限らず、ほぼ全教科で取り入れられている。「赤い焼きそばを作るために必要な調味料は何か」(化学)、「日本のお坊さんはなぜ結婚しないのか」(日本史)など、ユニークな課題も多い。生徒の学習意欲が高まり、表現力や問題解決能力が身に着きやすくなるという。
 県教委高校教育指導課は「全員が互いに知識を伝える役割を担うので、一部の生徒だけが活動することにならない。時間内に自分の考えをまとめなければならず、大学入試の論述問題を解くのにも役立つ」と話している。

(1月17日付 読売新聞 23面「『協調学習』が伸ばす思考力」より)


これは今日の読売新聞の教育面の記事です。
毎回、欠かさず目を通すページです。
ここに「生徒の思考力やコミュニケーション能力を伸ばすのが目的だ」とあります。
現在、多くの公立学校や学習塾などでは、この「思考力を伸ばす」という観点が抜け落ちていて、ただ単に試験に出そうな問題を丸暗記させたり、解答のテクニックを教えて、いかにして得点力を上げるかということに奔走しているように思われてなりません。
現に、その際たるやり方を長年実践してきた地元の一番塾が一昨年倒産しました。
このようなやり方は、今や時代遅れであるだけでなく、本当の考える力、発表する力、協調する力など、社会に出てから一番求められる本当の実力はつきません。
ですから、つい先日も記事の中に書きましたように、関西切っての名門私立校である灘高校の卒業生の8割が「中高時代の勉強のやり方は間違っていたと言っている」(「ラーナーズハイ」)のです。


それに対して、我がアカデミー学院の働きは地味ではありますが、「わくわく発見クラブ レポート7」の中にも書きましたように、冒頭の埼玉県立高校で今、取り入れて実験しているようなグループ活動や生徒間の意見発表や討議、実験など、小学生からすでに積極的にやっていて、ある意味時代の最先端というか、先取りしているとさえ言えます。


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(2011年11月12日 「NIEリポート」より)


アカデミーのこの働きは読売新聞でも紹介され、「全国デビュー」を果たしました。
日本全体の教育は早晩このような形に変わっていくことでしょう。
教育というものは、暗記や点取りを目標にしていたのではだめなのです。
学んだことが身につき、しかも将来社会に出て役立つような思考力を伸ばすものでなければなりません。


アカデミー学院はこの3月に創立25周年を迎えます。
この間、近隣で姿を消していった塾は20ぐらいに上ります。
創立時の第一期生の一人が今や結婚して家庭を持っているのですが、小学2年生のお子さんを去年、アカデミーに入塾させてくださいました。
この他、塾生の弟妹さんの入塾率が非常に高いというところに、アカデミーの教育方針に対する信頼が表れていると、私たちは確信しています。
この信頼、期待を裏切らないよう、アカデミーではこれからも思考力を伸ばす教育に力を入れていきます。


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損か得か 価値観の大転換

2014.01.16日

つい2日前の記事「あっ、火事だ!」の中に「無病息災」という言葉が出てきました。
日本ではあちらこちらでよく見かける言葉です。
まあ、人間だれしも病気せずに元気であることを望みますし、天変地異などの災いは望みません。それを神仏に祈り求めるのはごく自然な行為です。
有名な無神論者が乗っていた飛行機がエンジントラブルを起こし、急降下し始めた時、その人は思わず「神よ、助けたまえ」と祈った、という有名な話がありますが、人間ってそんなものでしょう。


去年2か月ほど過ごした愛知県岩倉市の妻の実家近く、私のウォーキングコースには神社があり、表にこんな看板が立てかけられていました。


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まあ、私もそうでしたが、人は年齢によって健康の節目のようなものがあるようで、これを厄年とか、前厄、後厄とか名をつけて、厄除けお祓いの儀式を行うのが神道神社です。
私もクリスチャンになる前は、このようなものをとくに信じていたわけではありませんでしたが、習わしに従ってお祓いに行ったりしていました。


しかし、信仰を持つようになると、価値観がガラリと180度変わり、このようなものはまったく信じなくなりました。信じている人たちを批判したり、そのような行為を否定するわけではありませんが、よく考えてみると人間生きている限り、だれでも病気にもなれば、家族や親族の間に不幸も起きるし、地震や火事、交通事故などもあります。お祓いしてもらったからと言って、これらのもの一切から逃れることなどできるわけありません。


『塩狩峠』などの著作で有名な作家、三浦綾子さんなどは生涯、さまざまな病気との闘いの連続でしたが、ご自分のことを「自分は本当に神様にえこひいきされている」とおっしゃっていたほど、病気でも神様のご愛をいつも身近に感じていらっしゃいました。


実は、私も小さい頃から体は弱い方で、しょっちゅう、それこそ毎週近く病院通いをしていました。それで、自分はきっと20歳まで命は持たないだろうと思っていたほどです(「死ぬときに後悔すること」)。
20歳を過ぎた時には「まだ生きている!」と自分でも驚き、じゃあ、今度は30歳まで、...などと思っているうちに、いつの間にかとうに60を越えてしまいました。
これまで本当に数えきれないほどたくさんの病気を経験してきましたが、今日も生かされています。


とくに大きく体調を崩し始めた数年前までは、たとえば駅ビルやデパートなどに行くと、エスカレーターやエレベーターが動いているのを見て、私はこれらは使わないと損だと思っていました。
せっかく動いているのだから、使わないと損、というのはごく自然な考え方です。
そして、今日もデパートに行きましたが、100%近くの人々がエスカレーター、エレベーターを使っています。


ところが、健康のことを意識するようになってから、私の価値観がまたまた180度変わりました。
身体を少しでも鍛えるためにエスカレーター、エレベーターは使ったら損だ、と思うようになったのです。ですから、ここ数年はどこに行ってもこれらは一切使わず、いつも階段を使って、6階まででも歩いて上がったり下りたりしています。
今の私にとっては、目の前を動いているエスカレーターを使うことの方が損になったのです。


今もまだ決して体調は万全とは言えませんが、毎日ウォーキングしたり、身体に良いものを食べ、悪いものは食べないなどの努力をしています。
その結果、体組成計には私の体内年齢は38歳と出ます。
おそらく精神年齢はもっと若いのではないかと思うほど、柔軟な考え方をするよう常に努めています。
私は今、体内年齢逆戻り計画を立てています。最近は、もっともっと若返りたい、健康になりたい、長生きしたい、と思うようになりました。これまではついつい弱気になって、どうせそう長くはないだろうなんて思っていました。でも今は、少しでも健康で長生きして、家族・親族・友人・社会などに貢献できるようになりたいと思うようになったのです。ようやくです。
バスに乗ると運賃が、タクシーに乗ると料金がかかります。当然のことです。代価を支払っているわけですから。
でも、観点を変えると、代価を支払って逆に体を衰えさせているということにもなります。
ですから私は今、駅までの5キロほどはバスを使わず、いつも歩いて行きます。身体を健康にしたいからです。


実は、これは子どもなら勉強やスポーツの練習などにも当てはまります。
子どもたちはたいがい、勉強が嫌いだと言い、勉強から逃れて遊ぼうとします。もちろん遊びも大切で、勉強だけで子どもが育つわけではありません。
でも、どんなスポーツでもうまく、強くなりたかったら練習を積まなければならないのと同様、勉強もすればするほど頭を訓練することになり、それが将来の仕事や人生に大きな影響を与えることになるのは明白です。
これも価値観の大逆転です。
損だと思っていた勉強が、得に変わるのです。


皆さんにとって、これまで損だと思っていたもので、得に変わるものは何でしょう。ちょっと考えてみましょう。価値観の大転換で、人生が変わることもあり得ます。


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人生、是即芸術也

2014.01.15日

高校時代の親友で、昨年「43年ぶりの再会」を果たした画家、堀 博喜くんがこの1月8日から昨14日まで、松坂屋名古屋店の美術画廊で個展を開催していました。
かなりの大勢の人が来訪して、大賑わい、大評判だったと聞き、とても嬉しく思いました。
私も愛知県・岐阜県近辺に住んでいらっしゃる知人・友人にご案内しました。
芸術家として独立してやっていくのはなかなか大変なことですが、彼は立派な芸術家です。
送られてきた個展案内の表紙の写真はこれです。


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(「赤い花」20号)


Wikipediaで「芸術」を検索すると、その定義は次のようにあります。
「表現者あるいは表現物と、鑑賞者とが相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動。文芸(言語芸術)、美術(造形芸術)、音楽(音響芸術)、演劇・映画(総合芸術)などを指す」


一般の人にとって、「芸術」というと、たいがいは上に出てくるような文芸、美術、音楽、演劇・映画などが一番に思いつくのではないでしょうか。
もう少し具体的には、絵画や彫刻、陶芸品、建築、演劇、舞踊、詩や文学などをイメージすることでしょう。
私もかつてはそうでした。
でも今は違います。


今、私が「芸術」と言うとき、それは非常に幅広く、上のような目に見え、耳に聞こえ、手で触れ、など五感で感じ、その美しさを愛(め)でるものに限りません。
では、何なのかと言うと、表現するのはちょっと難しいのですが、ひと言でいうと「人生そのもの」です。
このことはまだ、先日熱海で連休をご一緒に過ごさせていただいた田中さん親子にしか話していません。
また、ネット検索してもこのような概念は出てこないので、単なる私一人の思い込みなのかもしれませし、
あるいはひょっとしたら、前代未聞の天才的発想(?)なのかもしれません。(まずそんなことはあり得ないでしょうし、単なる自分勝手な思い込みに過ぎないのでしょうが)


人、ひとりの生き様そのものが、私には芸術と映るのです。
いえ、人の生き様だけではありません。
さらに言うと、この実に不可思議な宇宙と宇宙に存在するすべてのもの、事象、地球上の動植物やそれらの生態、山や海などの大自然、その他ありとあらゆるもの、人の思想や生き方、生活、新聞やテレビなどのメディアを始め、およそ私たちの考え得るもの、毎日接するすべて、あらゆる人間関係、教育、これらが私にとっては「芸術」そのものなのです。


たとえば、極端な例を挙げれば、私が憎悪する詐欺行為や強盗殺人、戦争、闇献金など政治界の暗い面などでさえ「芸術」なのです。
だから、人はこれらを映画や音楽や絵画や文学などの形に表そうとするのではないでしょうか。
昔、土産物屋で見たウンチ(汚い話ですみません)そっくりのゴム製の造形物は、人に嫌悪感を催させさえしますが、これが商品(芸術品?)になって売られているということは、その元のものにも芸術性があるということになるのです。少なくとも私にとっては。


人、ひとりの人生、生き様も実に芸術性の高いものだと思います。
ですから、私たちはそれから学び、それを模範にして向上しようとし、実際死ぬまで成長していくわけです。
また、先ほどの例のようにその逆の強盗殺人などの悪い例を見ると、私たちは無意識のうちにそれを嫌い、反面教師としてそのようにならないようにしようとする自然な働きがあります。これもやはり芸術性の表われだと思うのです。


3.1415926939897932384...と永遠に続くという実に不思議な円周率(「お薦め脳訓練法」)ですが、これを何万桁と覚えている人が言っていました。「円周率は芸術だ」と。その人は円周率を見ているだけで快感を味わうことができるのだそうです。つまり、そこに芸術性を見出しているのです。


「人生、是即芸術也」 (人生、これ即ち芸術なり)
あなたの人生はいかがですか?
ご自分の日々の生活のさまざまな分野において芸術が見えますか?感じられますか?
そうなると、人生は、そして日々の生活は感動や驚きや喜び、感謝に満ちたものになります。


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あっ、火事だ!

2014.01.14日

「あっ、火事だ!」
今日の夕方、5時過ぎにいつもの金目川サイクリングロードをウォーキングしていたところ、花水橋の下辺りで大きな火の手が上がっています。
そういえば、最近ずっと橋脚の補強工事が行われていて毎日、溶接工事をしている火花が飛び散っていました。
きっとそれに違いないと思い、恐る恐る近づいて行きました。
消防士の姿も見えました。
火の回りには大勢の野次馬が集まっています。
ところが近づくに従って、何だか火事の雰囲気とはちょっと違います。
野次馬と思われた人たちは手の先に何か竹竿のような長い棒を持っています。
火事のような緊迫感はなく、むしろ非常に和やかな雰囲気が漂い、みんなが楽しんでいる様子が見えてきました。


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「何だろう?」と思い、さらに近づき、火を取り囲んでいる人たちのひとりのお年寄りの方に声をかけました。
「これは何ですか?」
「さぎちょうさいって言うお祭りですよ」
「どんな字を書くんですか?」
「ニンベンに左で佐々木の佐、儀式の儀、長短の長です。どんど焼きとも言います」
「みんな手に持っているものは何ですか?」
「竹の棒の先に手作りの団子をつけて、それをこの火で焼いて食べるんですよ」
「大磯のお祭りですか?」
「そう、本祭は一昨日12日の日曜日に大磯の北浜海岸で、これよりも大きい8メートルほどの火の山が8個並んでいたんです。国の重要無形民族文化財になっていますよ。今日のはその後祭のようなもので、各地域でやってるんです」
すると隣にいた別のおばあちゃんが言いました。
「いや、大磯の祭りじゃないですよ。私は厚木から来ましたが、厚木でも昔から同じものをやっています。
この火で焼いた団子を食べると無病息災で長生きするんですよ。まずくて子どもの頃は嫌いでしたけどね。でももう80歳になりましたよ」
私はこのおばあちゃんの肩を軽くたたきながら、言いました。
「おばあちゃん、とてもお元気そうでお若いですよ」
おばあちゃんは顔をしわくちゃにして、ニコニコしながら嬉しそうに言いました。
「ありがと」
見ていると団子だけでなく、小学生たちは書初めを火の中に放りこんでいました。


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それまで防寒具に身を包んでいてもとても寒かったのですが、この火に当たっているうちにだんだん身体がポカポカしてきました。
しばらくこのおじいちゃんとおばあちゃんと立ち話して、そこを発ちウォーキングを続けました。


早歩きしたり、ちょっと軽くジョギングをしたりしていると、汗が出てくるほど暑くなってきました。
海岸まで出て、いつものコースを回りました。
立ち話していた時間を含めて1時間半ほどして家に戻ると、iPhoneに歩いた距離は7.74kmと出ていました。
今日は午後3時から小学部キッズクラブ英語クラスの教師たちが集まり、私も加わって教師会をやっていたので、時間が遅くなりました。
夕方5時になり、最初は寒くてウォーキングに出かけるのを躊躇していたのですが、やっぱり行って良かった。


家に着いて早速、ネットで検索すると、おじいちゃんが教えてくれた字ではなく、「左義長祭」となっていて、大磯や厚木に限らず日本全国で広く見られる習俗で、起源は平安時代にさかのぼるとありました。
でも、地元の人にとっては、自分たちの地の誇りのお祭りなんでしょうね。


各地の民族文化ってとても素敵です。
私は子どもの頃は、近隣の神社や街のお祭りなど好きなほうで、ほとんど全部行っていましたが、キリスト教の信仰を持って以来、このような祭りの類には自然と行かなくなってしまいました。
今日の左義長祭もそうでしょうが、これらの祭りに参加しているからと言って、何かの神様を本気で信じているとかではなく、ほとんどの人は風習として、文化の一部として受け止めているのでしょうね。
そして、それはそれで非常に尊いことで、私たちも尊重しなければならないと思いました。


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最高の二乗

2014.01.13日

子どもの頃から、寝るところが変わると興奮して眠れないことがしばしばでしたが、昨夜もその例にもれませんでした。
田中さんご家族の深いご愛に触れて興奮し、いただいたご馳走でお腹がびっくりし、身体が熱くなってなかなか眠れませんでした。


田中さんご一家は、無私の心で喜んで主にお仕えしていらっしゃる、愛に包まれた本当に素敵なご家族です。
この熱海の別荘を教会の青年会のために、ご親戚やお友達のために提供していらっしゃるということをお伺いして、頭が下がる思いがしました。
2階の1部屋は海が目の前に見える書斎ですが、私に本を書くためにいつでも泊りがけで来て使ってくださいなんて言われ、FBを通じてお知り合いになった私のような者にも愛を注いでくださり、感謝、感激です。
まるで、新たに兄妹、息子、娘が増えたような錯覚にとらわれたほどです。


会話の中で何か私のお証をすると、それブログ記事で読みました、と何度もおっしゃり、恐縮しました。ブログを読んでいる時に、リンク先が本文中にあると必ずその都度そこに飛んで読んでくださっているとのこと、ブロガーにとっては光栄の至りです。


今日は朝起きると、お嬢さんのひかりさんはお仕事ですでに6時半に電車で東京に戻られたとのこと。今日の一日、ご一緒できないことがとても残念でした。


朝食が終わると家の裏山を登りました。頂上からは富士山や大島などが見える絶景でした。


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このあと、伊東市まで足を伸ばして連れて行っていただいたところは、ステンドグラス美術館。


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館内全部が聖書の出来事を絵にした美しいステンドグラスに包まれ、さらに100年ぐらい前のドイツ製のオルゴールの演奏やピアノとヴィブラフォンの生演奏、また結婚式場にも使われるホールでは、パイプオルガンの生演奏と、至れり尽くせり。
どの演奏も見事なもので、感動の連続でした。
ここは本当に皆さんにもお薦めのところです。
庭に出たところでパチリと1枚記念写真。


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ここを出て、今度はやはり目の前に海が広がるホテルの中のカフェで、軽い昼食。


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もうこれで十分すぎるほどのおもてなしを受けたのに、さらに別荘近くの酵素風呂に連れていただきました。米ぬかと木のおがくずを混ぜた砂のようなところに20分ほど頭だけ出して寝そべり汗をびっしょりかいて、そのあとは露天岩風呂。
この酵素風呂も初体験ならば、上がってからの青汁と玄米餅も私にとっては初体験。


昨日が最高の日だと思っていたら、今日はさらに最高の二乗のような素晴らしい一日でした。


その時どき、お互いに心割っていろいろなことを話し合い、もうまるで旧知の仲のような感じで、田中さんご一家には、どれだけ感謝してもし切れないほどです。


平塚への帰り道、伊豆半島の一本道は連休のUターンラッシュで大渋滞。
でも、家の前まで送っていただき、これからも家族ぐるみで親しくお付き合いしましょうと言っていただき、今回はお仕事の都合で来れなかったご主人の勝己さんにも次回お会いできるのを本当に楽しみにしています。
また、4人のお子さん方のこれからの歩みのうえに神様の豊かな祝福をお祈りしてお別れしました。


田中さん、最高の二乗の週末を本当にありがとうございました。
「ありがとうございました」より他にもっと感謝の気持ちを伝える言葉はないものかと、じれったく思うこの二日間でした。
これから両家の親しいお付き合いが始まることを祈りつつ、また互いに誓い合ってお別れしました。
あっ、そうそう。あまりにも楽しい、幸せな二日間で心身魂脳の癒しにもなり、お陰さまでずいぶん元気になりました。それも併せて感謝して皆様にも報告させていただきます。


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最高の一日

2014.01.12日

今日は朝の教会の礼拝に始まり、この礼拝に東京からいらっしゃったFBフレンドの田中さん母子に熱海にある別荘にご招待を受け、温泉や海の幸のご馳走、ご家族との親しいお交わりで、最高の一日になりました。


ご長男の晴也(ハルヤ)くんがこの年末年始にロサンゼルスに1週間いらっしゃり、そこでうちの長男の直人にお世話になったので、ということで今回のこの出会いが実現しました。カウンセラーを目指していらっしゃるご長女のひかりさんには、柿谷先生がやっておられるリアリティセラピーをご紹介し、空きが出る5月から学びを始められることも今日、決まりました。


教会を後にして、伊豆に向かう道は連休の観光客で結構混んでいて、ずいぶん時間がかかりましたが、車の中ではずっと楽しい会話が続き、あっと言う間に着いた感じです。


田中さんの別荘すぐ近くにある温泉旅館で、晴也くんとご一緒に温泉に入らせていただきました。
なんと目の前に美しい相模灘が広がる絶景の温泉です。妻がいつか海の見える温泉に行きたいと、ずっと前から言っていましたが、まさにそれをそのまま絵にしたようなところです。ご一緒だった方としばらくお話ししていて、写真を撮っていただきました。


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このあと、田中さんの別荘に連れていただき、そこで夕食までの時間、親しくお話ししてお交わりしました。
FBでつながるまで、全く別の世界で生きてきた私たちでしたが、お話ししていると、いろいろなところで共通の知人や恩師などたくさんの接点があり、背後にある神様のご計画にみんな驚いた次第です。


この後、家からすぐ近くの和食料亭に連れていただき、そこでこれまで食べたこともないような海の幸のご馳走をいただきました。店のご主人がザルに入った生きたイカを持ってきて見せてくださり、しばらくするとそれが形を変えてお皿の上に乗って運ばれてきました。まだ足がピクピクしている超新鮮なものです。この他、さまざまな刺身やサザエの壺焼き、カニの味噌汁など、本当に豪勢なお食事で、ここ数年ずっと食事療法で粗食を食べていた私の胃はきっと驚いたことでしょう。



夕食後はまた別荘に戻り、私のこれまでの人生の証、信仰のお話など、話題は尽きませんでした。最後に、みんなで一人ずつ順番にお祈りし、神様のご栄光を崇めました。


クリスチャンの交わりがかくも素晴らしいものだとは、私にとっては本当に新たな発見のようでとても新鮮に感じ、大感謝の一日でした。まるで、信仰を共にするもう一つの新しい家族ができたような錯覚を覚えるほど、祝福された最高の時を過ごさせていただきました。
神様の恵みに心から感謝するとともに、田中さんご一家のご愛に胸を打たれた一日となりました。


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わくわく発見クラブ レポート7

2014.01.11日

今日は、アカデミー学院オリジナルの小学生対象「わくわく発見クラブ」のレポートをお届けします。
担当の清田先生がレポートしてくださいます。今回は7回目ですが、これまでのレポートをご覧になりたい方は、このブログページ左上にある「エントリー検索」に「わくわく発見クラブ」と入力すると過去の記事が全部見られます。
それでは、12月のレポートをどうぞ。


【低学年クラス】
 低学年クラスでは、「パラシュートのひみつ」、「塩水のチカラ」、「マニキュアの不思議」を学びましました。
 「パラシュートのひみつ」では、ティッシュを使ってパラシュートを作り、上から落としてパラシュートが落下する様子を観察しました。ティッシュが空気を包み込むことでゆっくりと落下することを発見しました。「ゆっくり落ちていく!すごーい!」と高いところから何度も落として落下する様子を観察しました。
 さらに、クリップで重りをつけました。子どもたちは「クリップをつけたら浮かばずにすぐに落ちちゃう」と予想しましたが、予想よりもゆっくりと落ちていく様子に驚いていました。パラシュートの長さや重りの重さを変えて、さらに発展した実験へとつなげていこうと思います。



「塩水のチカラ」では、水に沈むトマトやうずらの卵が魔法の水(塩水)に入れると浮かぶことを発見しました。塩水の濃度を変えて実験を行い、どのくらい濃くすると浮かぶようになるのかを確かめました。
この原因を知るには「浮力」について知る必要があります。今の発達段階では理解が難しいと思いますが、実験を通して経験として知ることで理解しやすくなります。「食塩水ってすごい!もっとヒミツを知りたい!」と子どもたちもわくわくしていましたので、この他にも「食塩水が凍らないひみつ」や「結晶ができるひみつ」などの実験を行って理解を深め、浮力についてもっと深く理解してもらう予定です。



 「マニキュアの不思議」では、マニキュアが発泡スチロールを溶かすことを発見しました。爪にぬる身近な液体にものを溶かすチカラがあることに驚き、様々なものにぬって溶けるかどうか調べてみました。子どもたちは紙やプラスチックコップ、ティッシュなどを選び、マニキュアをぬって溶けるかどうか実験しました。


 これらの実験を通して、今月は実験をまとめる「レポートの書き方」を学びました。「用意するもの(必要な道具)」「やり方(方法)」「何を変えるか(実験条件)」「結果」「わかったこと・考えたこと(考察)」を順番にまとめました。理科の実験では必ずレポートを書きます。レポートを書くのが苦手な子どもたちが多いですが、書き方を知ればスムーズにかけるようになります。3つの実験を通して書き方をつかんできた子どもたちは、スムーズにかけるようになってきました。中学、高校、大学でも客観的に実験結果を記述する力が求められます。これからも実験を発展させて高度な分析ができるようトレーニングしていきます!実験からわかることだけでなく、応用したり、利用したりする方法やアイディアも出せるようにトレーニングしていきたいと思っています。






【高学年クラス】

 高学年クラスでは、1か月かけて「五重塔のまとめ」を行いながら、「塩水のチカラ」、「マニキュアの不思議」を学びましました。
 五重塔を最後まで完成させることができたのは、Yちゃん1人でした。設計をすること、設計通りの大きさに材料を切ること、正しく組み立てることの大変さを実感したようです。Yちゃん自身も「途中から雑になってしまった」と感想に書いていました。夏ごろから「ものづくりをしたい!」とわくわくしていた子どもたちですが、何を作るか考え、実際に形にすることの大変さを実感したようです。最後はYちゃんをみんなで手伝い五重塔を完成させ、地震に強い建築のヒミツについて考えました。
 今回の五重塔作りでは、「心棒の効果」を発見しました。五十の塔はその中央に大きな柱(重り)を作ることで耐震性を確保しています。実際に牛乳パックで心棒を作り、屋根を周りにつけていくことで心棒の工夫を実感しました。木造の古い建築物なのに、長い間地震に耐えることができる工夫を昔の人が思いついたことに驚いていました。



 「塩水のチカラ」、「マニキュアの不思議」では、さすが高学年です。「他のものでためしたらどうなるか」「どうしてこうなるのか分からなかった」などと実験結果をまとめ、自分の考えや疑問を書き出すことができました。これらの「こうして調べてみたい」「なぜ?」を再スタートとし、さらに発展した実験へとつなげていきます。


【四字熟語】
 12月の四字熟語は「先刻承知」「一目瞭然」でした。新年度もたくさん語彙を増やしていきます。東大脳ドリルでは、低学年では「辞書なぞなぞ」で似ている言葉の意味を、高学年では「敬語」を学びました。また、文章を読んで意味を考えるトレーニングを行っています。国語力は全教科の土台となるものです。言葉の意味を知り、適切に使って文章を書けるようにしていきたいと思います。また、実験を通して書くことに挑戦してきましたので、1月度は「作文」で自分の考えを文章にするトレーニングを取り入れていきます。

(わくわく発見クラブ担当 清田 奈甫)


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人生を振り返ると

2014.01.10日

昨夜、BS歴史館というTV番組で、松尾芭蕉を特集していました。
松尾芭蕉と言えば、
「古池や
蛙飛び込む
水の音」。
芭蕉のことをより深く知ることのできるとても興味深い番組でした。


もう一句、
「白波の
打ち寄せ際に
足跡が」


えっ、こんな俳句聞いたことも見たこともないですって?
そりゃそうでしょう。これは、今日私が即席で作ったものです(駄作ですみません)。


一昨日、昨日と雨に降られましたが、傘をさしてウォーキングを続けました。
今日は、曇天でしたがまあ歩き日和かと思い、出かけました。
歩いたコースはこれです。


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2時間半ほど、いつもと逆コースの高麗山を回るもので、途中からWalkmeterを起動したので、全部で約12kmほどでした。
上の地図で5kmの地点で撮ったのが次の写真で、かの有名な東海道53次の大磯の松並木です。


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右側が上り、白い車が見えている左側車線が下りで、これが昔のままの松並木で、このすぐ先に旧伊藤博文邸の滄浪閣があります。


この後、大磯海岸に出て砂浜を歩きました。とても気持ち良かったです。


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先ほどの
「白波の
打ち寄せ際に
足跡が」
の句が突然生まれたのは、上の地図の7km地点で、砂浜の歩いてきた道を振り返ったときのことです。


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そしてこれを見て、ふと思い出したのが、次の詩です。


ある夜、わたしは夢を見た。
わたしは、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでのわたしの人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた。
ひとつはわたしのあしあと、もう一つは主のあしあとであった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、
わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。
そこには一つのあしあとしかなかった。
わたしの人生でいちばんつらく、悲しい時だった。
このことがいつもわたしの心を乱していたので、わたしはその悩みについて主にお尋ねした。
「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、あなたは私に約束されました。
あなたは、すべての道において、わたしとともに歩み、わたしと語り合ってくださると。
それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、ひとりのあしあとしかなかったのです。
いちばんあなたを必要としたときに、あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、わたしにはわかりません」
主は、ささやかれた。
「わたしの大切な子よ。
わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。ましてや、苦しみや試みの時に。
あしあとがひとつだったとき、わたしはあなたを背負って歩いていた。

「FOOTPRINTS(あしあと)」より)


常に順風満帆の人生ということものは絶対にだれにもありません。
いいこともあれば、辛いこと、悲しいこと、苦しいこともあります。
でも、上の詩は私たちを大きく慰め、励ましてくれます。
そして、これから先に出会う困難にも打ち勝てる力を与えてくれます。


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女性の永遠の夢 若さと美貌

2014.01.09日

「義兄の妻の美しさねたむ――」。人生案内に昨年9月掲載された、40代パート女性の相談だ。「夫の兄の妻は、年を経ても美しさと若さを保ついわゆる『美魔女』。義兄は奥さんが美人なのを時々自慢し、親戚も彼女を褒める。私の立場がない」
 容姿についての悩みは、古くから寄せられ、その中心は若い女性だった。「良人(夫)の憂鬱は私が醜い為ではないか」(1933年25歳)。「みにくい顔に悲観 毎日厚化粧、整形手術したい」(68年7月、22歳)。「私にとって外見がすべて」(2009年4月、20歳大学生)。
 近年、相談者の年齢の幅は広がった。「『不格好』つらい60代主婦」(11年9月)は、「夫や親戚から体形について言われ放題。細くて美しい人を見ると、あんな風に生まれ変わりたいと思う」。冒頭の「美魔女」の相談もその一例だ。
 「私という病」などの著書があり、全身で美容整形手術を受けていると明かしている、作家の中村うさぎさん(55)=写真=は言う。


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「若さと見た目の美しさという、努力だけでは穴埋めできないものがある。それを持っていれば得することが多いと、何よりも女性自身が知っている。どんなに社会的に成功していても、どこかに美醜の評価がつきまとう」
 だれにも自分の理想の顔やスタイルがある。そして、歳を取れば若い頃のある時期、容姿の「黄金期」に戻りたくなるもの、と中村さん。「理想に向かって努力するのは悪いことではないと思います」
 東京都内の会社員、薄(うすき)良美さん(41)は、美容皮膚科に数か月から半年に一度通い、肌の角質除去やレーザー処理によるシミの除去などを行っている。深夜勤務も多い仕事で、年々、疲れが顔から抜けなくなったのがきっかけだ。
 「その年齢でのベストを保ちたい。職場で疲れた顔や老け込んだ雰囲気を見せたくなかった」と話す。「『こうありたい自分』に近づければ自信が持てるし、気持ちも健やかになる。しかめ面で疲れた表情よりは、いきいきと過ごす姿を見せる方が、周囲も気分がいいのでは」と語る。
 内面の充実が大切というのは都内の主婦(66)。1年前に始めたフラダンスを仲間と楽しみ、互いの上達を褒め合う時間が活力となっている。「若い頃は化粧品やサプリメントなど色々試した。今も姿勢を良く保ったりファッションに気を使ったり、美を保つ意識は常にありますが、それ以上に楽しく生きることが、きれいであることにつながっていると思う」
 中村さんは、「きれいと褒められれば気持ちがよいし、その人が快適に生きられるならいいこと。でも、自分という人間を掘り下げる作業に向かえるかどうかで、その人の今後に大きな違いが出る」と言う。自己実現か、友人の称賛の言葉か、夫やパートナーの愛情が欲しいのか――。
 「自分は何を求めていたのか、どうありたいのかを深く考えなければ、悩みの解決にはならない。いつになっても満足を得られないでしょう」
     ◆
 ◇60、70代でも花開く
 2011年、博報堂がアジア12都市の50代女性1284人に行った意識調査では、「精神的にも身体的にもいつまでも若々しくいたい」という女性は、東京で80%を超え、他の都市よりも20ポイント近く高かった。
 「美魔女」の名付け親で、現在は女性雑誌「DRESS」編集長の山本由樹さんは、「美しさとはその人の心持ちや生き方が作り出すものだと、多くの人はわかっているはず。女性にとって今や40代は折り返し地点。60代や70代で花開くことも可能になった。『なりたい自分』に向かって主体的に人生を選択する女性は、今後も増えていくだろう」と話す。

(2014年1月9日付 読売新聞19面 「悩める女性へE」より)


上の記事を読んでいて、女性の気持ちが痛いほどよくわかります。
そりゃだれだって、上の中村うさぎさんじゃないけど、若々しくてきれいでいたいですよね。
でも、後半部分で66歳の女性が「内面の充実が大切」と語っているのは、まさに事の真髄を突いていて、これは外面の若さや美しさよりもはるかに大切なことです。
最後の結論部分にある
「美しさとはその人の心持ちや生き方が作り出すものだと、多くの人はわかっているはず。女性にとって今や40代は折り返し地点。60代や70代で花開くことも可能になった。『なりたい自分』に向かって主体的に人生を選択する女性は、今後も増えていくだろう」
というのは、確かに間違いないでしょう。そして、これは決して女性に限らず男性にも、人間みんなに当てはまることです。


考えてもみてください。高齢化の時代、どんなに頑張っても80代、90代になればそれ相応にしわも増え、顔は老人の顔になっていきます。
確かに見栄えは誰にとっても大切ですが、これは永遠には続きません。ならば、永遠に続く内面の美しさ、生きる充実感、目的などのほうがはるかに大切なのは言うまでもありません。


実際のところ、表面的にどんなに美しい人でも、内側が腐っている人(失礼!)もいれば、逆に外面的にはイマイチというか「うーん…」という人(またまた失礼!)だって、この世にはたくさんいますが、やはり人が本当に見るのは、その人の内側の美しさではないでしょうか。現に、私は上の両者をこれまでたくさん見てきました。そしてどちらの方が幸せかは言うまでもありません。


私たちは「朽ちるもの」にではなく、「朽ちないもの」に目を向けるべきです。
同じ人生を生きるなら、否定的なものに目を向けるのではなく、肯定的なものに目を向ける方が幸せに生きられるのは自明の理です。そして、それは毎日のあなたの選択にかかっているのです。


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ラーナーズハイ

2014.01.08日

今日は全国的に雨だそうで、午前中、FBフレンドのSKさんが、こんな写真をアップして、


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「1日中 雨のようです。
雨の日は心がしっとりと落ち着く時もあれば、太陽の光を求めているのか不安定になってしまう時もあります。
今日は後者です…
みんなで雨雲を吹いてます。東へいけ、〜♪
ふ〜、ふ〜♪」
と書いていました。
そこで私は、
「SKさんの祈りが届いて、雨雲は東へ流れて、関東の方はこれから雨になるようです」
と答えました。
SKさんからは、
「どーも すいません(((^_^;)」。


神奈川県平塚市も天気予報では3時から雨になっています。
空がだんだん暗くなってきました。
しかし、箱根の辺りの上は雲が切れてまだ明るかったので、今のうちだ、とばかりにいつものウォーキングに出かけました。
最近は毎日ウォーキングしているので、しないと物足りなく感じるのです。


結構寒かったので、帽子をかぶりマフラーをして手袋をはめて完全武装で出かけました。
こんな格好で。


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それでも寒く、思い切ってちょっとジョギングしてみました。


最近、体育館のトレーニングジムに行くようになって、ランニングマシーンでウォーキングとランニングを交互にやったりしていたので、少しずつ走るのに慣れてきているのです。
いつもの川沿いのサイクリングロードを、この橋からあの橋まで、と小さな目標を立てて走ると、わりと走りやすく、目標達成できると満足感も得られます。


このようにして走っていると、やはり雨がポツリポツリと降り始めてきました。
そこで準備しておいた折りたたみ傘を開いて、傘を片手に走りました。
確かに空を見上げると、箱根の方はまだ明るいのですが、平塚の上は暗い雲が覆っています。


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走っていて思い出しました。
次男の正人がちょうど1年ほど前、平塚の自宅から東京スカイツリーまで12時間半かけて、78.5km走って行ったのです。その時の様子は「好きこそ物の上手なれ」に書いたのですが、マラソン選手が体験するランナーズハイという快感は感じることなく、苦しかったそうです。


私の知り合いで、癌で胃の全摘手術をしたにもかかわらず、最高の快感を味わうランナーズハイが忘れられず未だにマラソンをしている人がいます(「有益な中毒!?」)。
このランナーズハイというのは、走っている時に限界を超えるほどの苦しみを味わった時に、脳内快感ホルモンβ(ベータ)エンドルフィンというものが分泌され、苦しみを忘れてまるで麻薬をやっているかのような快感を味わうそうです。


正人も私もまだまだそこまで達していませんので、ランナーズハイは体験していません。
そういえば、小学生の頃、すぐ近所にとても頭のいい高校生のお兄さんが住んでいて、その人が「勉強が楽しくて仕方がない」と言っている、と母から聞かされました。
私は、「そんなことはあり得ない。その人は頭が狂っている」と言ったことを覚えています。


それぐらい勉強嫌いだった私でしたが、大学に入ってから勉強の面白さにすっかり取りつかれて、大学卒業後も次々といろいろな学校や大学院に行き、結局最終的に卒業したのは34歳の時でした。
今から考えると、私の場合、ランナーズハイならぬ「ラーナーズハイ」(学ぶ楽しさのとりこ)になっていたのです。


つい最近のことですが、東大・京大に多数の合格者を出している神戸の名門校灘高校卒業生の8割が、中高時代の勉強のやり方は間違っていたと言っている、という記事を読みました。
やはり、勉強というのは試験のための詰め込みや暗記をしていても楽しいわけはなく、意味や理由、理屈がわかって初めて楽しくなるもので、ここまでいったらもう自然と「ラーナーズハイ」を体験するのです。
そしてこれが本当の勉強法です。


それではどうすればこの「ラーナーズハイ」を体験できるのか。
それはマラソン選手が、走って走って走りまくり、苦しみの際まで行って、一種のランニングの中毒症状になる、というのと同じで、やはり勉強も繰り返し繰り返しやって、理屈がわかるようになって初めてβエンドルフィンという快感を脳に感じるようになるのです。


これは勉強に限ったことではありません。仕事でも、人間関係でも、およそ人生のあらゆる場面に共通するものです。音楽家や画家などの芸術家、文学者や天文学者などの学者、みんな同じです。
嘘だと思う人はぜひお試しください。


「ラーナーズハイ」は私の造語ですが、真理であると自信を持って言うことができます。
受験生など、ぜひここまで突き詰めてやってみてください。結果は保証します。


ウォーキング・ジョギングから帰宅すると、汗びっしょりになっていました。気持ちの良い汗です。
そのうちに病みつきになってランナーズハイを体験できるようになるかも。
あっ、そうそう、この毎日のウォーキングや食事療法などの取り組みで、体調が目に見えて良くなってきています。皆さんのお祈りを心から感謝したします。


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次はオマエダ!

2014.01.07日

先日、FBでとても面白い写真に出会いました。


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これはれっきとした駅名なのです。


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でも初めて見る人はみんな、私がそうだったように一瞬ドキッとするのではないでしょうか。


私はふと、小中高校生の頃のことを思い出しました。
授業中、自信ない質問ほど自分にやってくるもので、「次はオマエダ!」という直感がよく当たったものです。


今、FBをやっていて、毎日毎日、まさに自分が必要としている聖書のみ言葉やメッセージ、美しい自然の風景や可愛い動植物の写真などが次から次へと送られてきます。
そして、これらによって多くのことを教えられ、癒され、慰められ、励まされています。
また、昔の友達との思わぬ再会があったりします。
不思議なぐらいタイムリーにこれらがやってくるのです。


しかし、ただ受動的にこれらを受け止めるのではなく、大切なのはむしろ積極的に自分のうちに取り入れて実践してこそ、活かされるということに最近気づかされています。


私はここ数年体調を崩し、自分のしたいこと、しなければならないこと、使命などが十分にできていないように感じ、ますます焦ったり、落ち込んだりしていたのですが、元の元気な自分を取り戻すために、今は食事や運動、読書や勉強、旧友や新しい友との出会いなど、積極的に取り組むよう日々努めています。
傍目に見ている妻などは、そのような私の姿を見て、よくそこまで頑張れるね、と驚いているぐらいです。


先ほど、FBフレンドのTNさんが、
「今年の目標
今年こそ、私らしく『即実行』の年にします。宜しくお願いします。
毎日5キロのジョギングを目指します」
と書いていらっしゃいました。
うーん、実に素晴らしい。


「次はオマエダ!」というのは、誰にも当てはまる力強いメッセージだ、と改めて感謝して受け止めました。
ただ、見ているだけ、聞いているだけでは何の役にも立ちません。


そう、「次はオマエダ!」
あなたが今年、いや今すべきことは何ですか?


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今日はウォーキングデート?

2014.01.06日

昨年12月23日に同じ教会の久川 円(まどか)さんとご一緒に平塚海岸をウォーキングしました(「今日は3時間以上におよぶウォーキング」が、今日はその第2弾でした。


朝10時にうちの近くのスーパーで待ち合わせし、湘南平を目指して歩き始めました。
これは「空を自由に飛びたいな」に書いた時と同じコースですが、時間の関係でほんの少しショートカットして3時間45分、13kmご一緒に楽しく会話しながら歩きました。


円さんは、教会の礼拝でもいつもとても大きな美しい声で賛美してくださっているのですが、ウォーキングの途中突然、大きな声の賛美が始まりました。
私も一緒に歌いたいなとも思ったのですが、如何せん私は声が出ません。
1曲目が終わったかと思う間もなく、2曲目が始まりました。私の聞いたことのない綺麗な曲です。歌い終わったところで、今の曲は何という名前の歌ですか、とお聞きしようとしたら、ご自分の方から、今のは即興で歌ったオリジナル賛美です、と言われてびっくり仰天。
次もまたオリジナル曲!
お尋ねすると、メロディも歌詞も自然と生まれてきて歌えるとのこと、もうまるで作詞・作曲家兼歌手じゃないかと思うほど、完璧な歌でした。


円さんは、途中出会う人、一人ひとりに大きな声で挨拶し、落ち葉を竹ぼうきで掃除している作業員の方には、「ご苦労さまです。綺麗になりますね。頑張ってください!」と大きな声をかけたりします。
このようにしてお話ししているうちに湘南平の頂上に着きました。


いつもは一人でただ黙々と早足で歩いているのですが、ウォーキングがこんなに楽しいものとは思ってもみませんでした。
今日も晴れ渡った良いお天気で、展望台からは見事な富士山の勇姿が見えました。カメラが趣味で富士山の撮影をしていらっしゃった方に1枚パチリッと撮っていただきました。



うちの子どもたちが小学生の頃、連れて行った標高1,250mの大山が北方に、その左手には雪の積もった丹沢山系が見えます。



南方には太陽にキラキラと輝く見事な太平洋。この太平洋の約8,400km先に長男の直人がいるんだ、とはにわかに信じられません。



展望台でひと休みして、急な山道を大磯に向かって下り始めました。
ここで prayer walking、二人で交代でお祈りしました。
お互いの健康、将来の夢のために、また家族のために、日本や韓国、世界中の教会の働きのために等など。
円さんの夢は、韓国の人と結婚して北朝鮮に伝道に行き、そこにキリスト教会を建てることだそうです。
彼女の遠大な夢、計画、積極的な考え方にはいつも圧倒されます。


大磯海岸に着き、海岸沿いの道を歩いて途中、石段に腰かけ海を眺めながら、円さんの手作りの美味しいサンドイッチのお昼を頂きました。


この後は、歩きながら児童文学論議。
先日、私の読んだ「ミヒャエル・エンデ著『モモ』」などは、10代の時に読んで以来何度も繰り返し読んでいらっしゃるそうで、感想を求められ、お互いの感想をシェアしました。
彼女は小学3年生の頃、『モモ』のミュージカルを観たそうで、その時の歌をそのままはっきりと覚えている、と言ってまた大きな声で歌ってくれました。
歌詞の一部は自分の作詞ということですが、私は彼女の記憶力、歌唱力にただただ驚き、感動するばかりでした。


この他、エンデの『はてしない物語』や、C・S・ルイスの『ナルニア国物語』や、私が今読んでいる『ライオンと魔女』についてなど、話は尽きません。
五感だけでなく、第六感まで非常に鋭い円さんの感受性には驚かされっぱなしでした。
あっという間に出発地点のスーパーに着きました。


坐骨神経痛を抱えている円さんは、今日は結構長距離だったので、帰り道は随分ひどく痛んだそうで、今晩は針治療にいらっしゃるとのこと。
私が、癒しのためにお祈りしますと言うと、自分はこの坐骨神経痛を感謝して受け止めているとおっしゃり、二重に驚かされました。


今日は気持ちの良いウォーキングだけでなく、円さんから数え切れないほどたくさんのことを教えられた豊かな感謝の一日でした。


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心の一新

2014.01.05日
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今日は今年初めの教会の聖日礼拝。
牧師のメッセージの箇所は、ローマ人への手紙12:1-2で、「新年の決意」というタイトルでした。


心を新たにすることによって、造りかえられ、何が神の御旨であるか、何が善であって、神に喜ばれ、かつ全きことであるかを、わきまえ知るべきである。
(ローマ12:2)


メッセージの要約は以下のようです。
「私たちの内側にはこのままではいけない、変わらねばならないという意識がある。
でも、どうせだめだと頭からあきらめていることがよくある。
しかし、聖書は私たちは変えられると教えている。
わたしたちはみな、顔おおいなしに、主の栄光を鏡に映すように見つつ、栄光から栄光へと、主と同じ姿に変えられていく。これは霊なる主の働きによるのである。
(2コリント3:18)


ここで使われている「変えられる」という言葉は英語では transformed で意味は「すっかり変わってしまう」。
これに対して、ローマ12:2で使われている「造り返られる」は conformed で「〜の型に従う、一致する」という意味。


自らをどのようにして変えるのか。
「心を新たにすることによって、造りかえられる」(別訳「心の一新によって」)
「心 」という言葉は日本語特有のもので、私たちは胸を押さえて心はここにある、と言う。
しかし、原文の意味は、「考え方を変える」ということ。


現代日本は高齢化時代。日頃から人を悪く思う習慣を身につけていると歳取っても変わらず、いつまでたっても人を悪く思う。
しかし、考え方の習慣を変えることによって、自分を変えることができる。
また、自分自身についての考え方を変えることも大切。
自分は、教育を受けていないから、失敗したから、などと考えていると、いつまでたってもそこから脱することはできない。
作家、三浦綾子さんは病気の問屋と言われるほど、たくさんの病気を次から次へとした。そこで、NHKは三浦綾子さんの追悼番組を早くから準備して撮影したが77歳でなくなるまで、何度も撮り直ししなければならなかった。
だから、自分自身に対する考え方を変える必要がある。
欠けだらけ、罪だらけでも良い。
Transform(すっかり造り返られる)のである。
心の大掃除をして、恨みつらみを捨てる。心の刷新をする。
「赦し」とは、赦しの感情が伴わなくても赦すことである。しかし、それでは偽善ではないかと人は言う。
私たちは朝、起きる感じがしなくても起きる。これは決して偽善ではない。
行動を起こすと気持ちは後からついくるものである。
人を赦す、否定的な言葉を肯定的に変える。これらは決して偽善ではない。
教師が変われば生徒も変わってくる。
かつて落合監督は、選手に対して、悪いところを治すのではなく、良いところを伸ばすようにしたら中日は変わった。
親子、夫婦関係など人間関係も変わってくる。
感謝するという考え方に変えていくと生活も変わってくる。感謝するようマインドセットをする。
「何でこんなことが起こるのだろう」という考え方は、「神様が敢えて許されたということは、それに意味があるからに違いない」というふうに。
肯定的な考え方を身につけると肯定的に生きられるようになる。
感謝する生き方をしていると感謝できるようになる。
子どもを叱る代わりに自己評価させる。
立正大学で昔教えていた心理学のクラスのひとりの学生は、自分は間違ってこの大学に入り、間違って心理学を専攻したと思っていた。授業中も帽子をかぶったままでサングラスをかけてきていたが、注意しなかった。彼は注意されると思っていたが、注意されず驚き、自分を見直し、自ら帽子とサングラスを取った。
今は、立派なスクールカウンセラーになっている。あのとき、帽子とサングラスを注意されていたら、今日の自分はないと言っている。
心の一新は思考の一新である。
この新しい年、私たちは思考を一新して、新しく造りかえられたいものである」


上のメッセージにより、素晴らしいチャレンジをいただき、私も思考を一新して、新しい人生を歩み始めたいと心から願わされました。


初めてお会いするご一家が礼拝に見えていました。柿谷牧師ご一家との長いお付き合いで、信仰に導かれたとのこと。
礼拝後、お茶の時間に自己紹介してお話を始めると、なんと相手の方は私をご存じ。
「えっ、どこでお会いしましたか?」とお尋ねすると、FBフレンドでメールマガジン登録していて、私のブログを読んでくださっているとのこと。
さらに、お話が進むと、奥様は山梨県の富士山のふもとで食育が学べるペンション「美徳杜」(びとくもり)を経営し、健康増進と疾病予防のプログラムを実践していらっしゃるとのこと。上の富士山の写真は奥様から送っていただいたもので、こんなところだそうです。
私も2泊3日ぐらいでいらっしゃったら、と勧められ、早速伺わせていただくことに。
神様が、素晴らしい出会いを昨日に引き続き今日も与えてくださって心から感謝しました。
これで、今年の私の目標、心身魂脳の健康回復がさらに手の届くところに近づいてきたことを実感しました。


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正月早々びっくり

2014.01.04日

昨年秋、義母が召天し、本来ならば日本の慣例に従って「喪中」ということになります。
でも、キリスト教では天の神様の元に召されたということで、逆にある意味喜ばしい(誤解のなきよう)ことでさえあります。
もちろん別れは辛いですし、姿が見られなくなることは寂しいのですが、天国で再会できる喜びと希望があるので、喪中というとらえ方はしません。むしろ地上での死は天国への勝利の旅立ちです。


さて、元旦は恒例の「明けましておめでとう」メールをFBフレンドの皆さんからたくさんいただき、お一人おひとりに返信をしました。やはり多くの方に心にかけていただいているというのはありがたいことです。


しかし、正月早々びっくりしたのは、過去のFBポスティングの写真に「いいね!」や温かいコメントをたくさんいただいたことです。
私がアップしたのは、去年かまたは1年以上も前のことなのに、どういうわけか、これらのポスティングに次から次へと「いいね!」やコメントがなんと数百も続いたのです。
最初のうちは何が何だかわからないままに返信していたのですが、その数があまりにも多く、圧倒されてしまいました。
「わけが分からない」とFB上に書いたところ、大阪のFFさんからメールをいただきました。
「誰かとFB友だちになって、その人がタイムラインを遡って、いいねしたり、コメントを書いたりすると、もう一度過去の写真が浮かび上がるみたいですよ」
とのこと。
そうか、なるほどそれで合点がいきました。
大晦日の記事「1年を締めくくるにふさわしい日」に「自分新聞」を載せたので、そこから誰かが過去の記事を開き、というふうにしてどんどん広がっていったようです。


さて、昨日は一日体調不良で寝ていたのですが、今日は元気を取り戻し、前から約束してあった方にお会いするために午前中から出かけました。
これが今日の「びっくり」のメインイベントです。
その方というのは、やはりFBフレンドで、もう結構長くつながっています。
実は、アメリカにお住まいなのですが、私の住んでいる平塚の隣町にご実家があり、お体の具合が悪いお父様のお見舞いにお嬢さんとご一緒に年末年始に一時帰国をされたのです。それで、お会いすることになったというわけです。
さて、どなたでしょうか?
FBでつながっていてご存じの方もきっといらっしゃることと思いますが、Yukiko Grace Winn さんです。
横浜駅でお会いして、お昼とその後お茶をご一緒しながらいろいろな話に花が咲き、とても楽しい時間でした。もちろん二人っきりのデート、というわけではなく、お嬢様の Megumi さんもご一緒の3人デートでした。


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母娘(おやこ)と言うよりもまるで姉妹のようなお若くてきれいなお母さんとチャーミングでとても聡明なお嬢さんでした。
話題は、それぞれの家族のことや、救いの証しに始まり、教会、政治や芸術、日米の教育、仕事、これからの人生の計画や夢など多岐にわたり、あっという間の3時間でした。
お嬢さんの Megumi さんは完全なバイリンガル。日本語も不自由なく話すことができ、こちらの言うことも全部理解できます。でもちょっと難しい政治の話になったりすると、いつの間にか英語にスイッチする、という感じでしたが、全然違和感なくお互いにスムーズにコミュニケーションできました。


winns2.JPG  winns3.JPG


Yukiko さんはFBフレンドの中で実際に会ったのは私が初めてだったということで、光栄に思いました。
お二人とお話ししていて、またまた若いパワーと元気をいただくことができ、平塚駅までの往復約10kmを歩きましたが、全然平気でした。


今日は、Yukiko さん、 Megumi さんと親しくお交わりして「心」を、駅までのウォーキングで「体」を、そして歩いていた1時間20分ほどはいつものようにジョン・マッカーサー牧師の英語のメッセージ(「100%返金保証付『成功の秘訣』」)を聴いて「魂」と「脳」も鍛えることができ、私の今年の目標である「心身魂脳」の健康の実践もできて、本当に感謝な、またびっくりの一日でした。


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問題に目を向けずに

2014.01.03日

昨日のブログ「日本民族の大移動」にも書きましたが、東名でUターンラッシュに巻き込まれ、9時間かかって昨夜12時に無事帰宅しました。


疲れましたが、それ以外にも理由があり、今日は朝から体調不良で、ずっと布団の中に入って寝ています。これぞ、本当の「寝正月」です。


そのような中で、これまで何度もこのブログに登場していただいたFBフレンドの小川さんの今日のポスティングに大きな慰めと励ましをいただき、心より感謝しています。




本当に、人生にさまざまな問題は付きもので、平穏無事に何事もなく一生を終えるなんてことはあり得ません。
このような時、問題に目を向けるのではなく、神様に目を向けて祈る、という、とても大切なことをもう一度思い起こさせていただいて、心から感謝しています。


また、昨年暮れの拙記事「横棒〈一〉が生み出す大きな違い」に、「辛い」から「幸い」への脱出の道は、上に横棒の「一」を加えること、すなわち一歩前進することだ、と書きました。
そして、同時に「辛」の字の上に十字架の「十」、すなわち信仰を加えると「幸」になるとも書きましたが、実に上の小川さんのポスティングと同様、信仰こそが人生を幸せに生きる秘訣だと思っています。


私は信仰を持つ27歳までは、どんなことでも自分の力でできるなんて、甘い考え方をしていました。
しかし今、この年まで生きてきて、信仰なしの人生なんて考えられません。
善にして善を行い、すべてを相働かせて最善に導いてくださる、絶対者にして愛なるなる神様を信じずにどうやって生きていけるのだろうと不思議に思うほどです。


ということで、今日は心身ともに不調でしたが、また新たな力を上からいただいて再び元気にしていただき感謝した次第です。


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日本民族の大移動

2014.01.02日

昨年9月に義母が召天したこともあり、年末から今日までの4日間、家内の実家で過ごしました。
親族との良い交わりの時が持て、感謝でした。


午後3時に家を出たものの東名高速はUターンラッシュで、しかも何箇所で追突事故もあったりして、あちらこちらで大渋滞。
午後11時現在もまだ渋滞の中を走っていて、ナビによると到着予定時刻は夜中の12時。
普段のちょうど倍の9時間もかかります。



年末年始とお盆は、国内ではゲルマン民族ならぬ日本民族の大移動で、東名に限らず主要幹線道路はほぼ全面的に大渋滞。「わかっちゃいるけど、やめられない」というやつです。


いやあ、行きも帰りもほとんど妻が一人で運転してくれ、私は助手席でゆっくりさせていただきました。
私の健康を心配してくれる妻にただただ感謝です。


日本の恒例行事となったこの夏冬の民族の大移動。でも、家族や親族との交流の場が持てることには感謝しなければなりません。


それにしても、年末年始やお盆など、全国民一斉の休みでなく分散させる画期的な妙案というのはないんでしょうかね。
考えついたらそれこそノーベル賞ものとか。


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明けましておめでとうございます

2014.01.01日

明けましておめでとうございます。
皆様、きっと素敵な元旦をお過ごしになっていらっしゃることと思います。


私たちは一昨日、神奈川県平塚市の自宅から車で名古屋郊外の妻の実家にやって来ました。
途中、足柄SAで休憩をし、美味しいお昼をいただきました。
とても良いお天気で、目の前に雄大な富士山が美しくそびえていました。




今朝は、いつものように岩倉キリスト教会の元旦礼拝に出席し、今年一年間のチャレンジをいただきました。


初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て手でさわったもの、すなわち、いのちの言について。
このいのちが現れたので、この永遠のいのちをわたしたちは見て、そのあかしをし、かつ、あなたがたに告げ知らせるのである。この永遠のいのちは、父と共にいましたが、今やわたしたちに現れたものである。
すなわち、わたしたちが見たもの、聞いたものを、あなたがたにも告げ知らせる。それは、あなたがたも、わたしたちの交わりにあずかるようになるためである。わたしたちの交わりとは、父ならびに御子イエス・キリストとの交わりのことである。
これを書きおくるのは、わたしたちの喜びが満ちあふれるためである。

(ヨハネの手紙第一 1:1〜4)


「愛する人のために私たちは何をしてあげたいと思うか?
自分の一番大切なものを愛する人にあげたいものである。
神は愛する私たちに一番大切なもの、すなわち永遠の命を与えてくださった。
私たちは少しでも地上で長生きしたいと思う。しかし、地上での命には限りがある。大切なのはその後に続く永遠の命である。
私たちには永遠の命の完成という希望が、命の喜び、生きる喜びが神様から与えられている」


命の喜び、生きる喜び
これがあるのとないのでは、人生は180度変わってきます。
私は、この新しい一年、永遠の命を受けた者として、「命の喜び、生きる喜び」に満ちあふれた感謝の日々を送ろうと決意を新たにした次第です。


皆様の日々の生活の上にも、神様の豊かな祝福がありますよう心よりお祈り申し上げます。


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