学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
読む人に元気を注入します。

ジョージ学院長 元気の出るブログ

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1年を締めくくるにふさわしい日

2013.12.31日

今日は大晦日。
この一年を振り返り、明日からの新年に向けて新しい決意をするのにとてもいい時です。


ということで、自分なりに振り返りましたところ、もちろん反省すべきこともたくさんありましたが、感謝することの方が圧倒的多数でした。


最近、FB上でフレンドの多くの方が「自分新聞」というのをシェアしていらっしゃるのを見て面白いなと思っていたのですが、これを開こうとしたら「あなたも自分新聞を作りませんか?ほんの数分でできます」というメッセージが出たので、遊び半分でやってみました。
出来上がりを見ると、「月間MVPポストと振り返る2013年」というコラムを除いては、ほぼ全部デタラメの作り話で笑ってしまいました。でも、一応FBにアップしたところ、百数十件の「いいね!」をいただき、結構多くの方がご覧くださったようです。
これが、その「自分新聞」です。
お笑いのつもりでで見てください。


(画像はクリックすると拡大されます)

上のコラムは、実際のブログ記事からの引用のものだったのですが、コンピュータが勝手に選んだものなので、私の気持ちは反映されていず、本当の意味での月間MVPではありません。
でも、一年を振り返るのにはまあまあ役立ちそうです。


病いで始まった1年でしたが、年末近くの記事になると、全体的にはかなり健康になってきているな、と我ながら嬉しく思いました。
さらに、FBを通じて新しい友人が大勢でき、しかもその内の二十名以上の方とは実際にお会いし、親しくなれたことは私にとって一番感謝なことでした。
またこの年、拙ブログがにほんブログ村で参加者6000人を超える教育部門の人気ランキングで、秋ぐらいからずっと1位になったのも確かに嬉しいことです。


今日はこの一年を締めくくるにふさわしく、「これからだ!」の中に登場したFBフレンドの鈴木伸二さん・くるみさんご夫妻と2か月ぶりに、そしてお子様たちとは初めてお会いし、とても楽しいお交わりのひと時を持たせていただきました。



「ん、これは何だ?」「ナンだっ!」
というわけで、優しいネパール人が経営する本格的なカレーナンの美味しいご馳走を初体験でいただきました。


息子さんには残念ながらお会いできませんでしたが、とても素敵な3人のお嬢さん方ともお話しできて、楽しさが三倍増しました。


ご夫妻がそれぞれ日々病いと戦っていらっしゃる中で、お子さんたちがとても明るく、伸び伸びと立派にご成長していらっしゃるご様子を拝見し、本当に嬉しくなり、同時に励まされ、私も頑張らなくては、と思いました。




鈴木さんご家族とお別れして名古屋第二日赤に向かいました。
一昨夜、現在大阪に住んでいる中学時代の親友、中村くんから電話をいただきました。この電話によると中高時代の親友だった萩原くんが3か月ほど前に腰痛で手術を受けたのが、ウィルス感染で再び悪化して名古屋の病院に入院しているというのです。
それで、この年末年始ちょうど家内の実家、名古屋方面に行くことになっていたので是非とも萩原くんを見舞いに行きたいと思ったわけです。


彼との再会ももう何十年ぶりです。
病室を訪ねると、ちょっと老けてはいましたが昔のままの親友、萩原くんでした。




医師たちは2回目の手術が必要と言っているけど、今は様子見で手術の日程は決まっていないとのこと。歩くことも立つこともできない、という状況でとても辛そうでした。
でも、会話が進むうちに彼が尊敬し、その著作を全部読んだという梅原 猛氏の話から哲学論、宗教論、人生論などに及び、昔の学生時代を彷彿とさせる白熱したひと時となりました。
私は聖書に記されている神観、人間観、罪、救済論などについて話し、彼も一生懸命真剣に耳を傾けてくれました。


そのうちに私の長男と同い年の次男夫婦が小さな子どもを二人連れて見舞いに来ました。
「爺ちゃん」と孫から呼ばれる彼の目尻は下がりっぱなしです。私の体にも身を寄せてくる可愛いお孫さんに頬ずりしたくなり、私も早く孫が欲しいなと羨ましく思いました。


ご家族の大切なお時間、と思って席を立ち失礼した時にはもうすでに1時間半も経っていました。


今日は本当に充実した、思いもよらない、今年最後の日を過ごすことができて感謝でした。


さて、来年の私の抱負は、何と言っても現在の訓練を続けて心身魂脳の健康作りに励むこと。
皆さん、新しい年も変わらずよろしくお願い申し上げます。


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よく学び、よく遊び、よく働け

2013.12.30日

アカデミーの冬期講習、今年は昨日が最終日。
今日から1月3日までは、生徒も先生たちもみんな家族孝行、友達付き合いの癒しといたわりの時です。


今朝、用事があってアカデミーに行って少し仕事をしていると、階段下で大勢の人たちのものすごい盛り上がりの声。
仕事を終えて下に下りると、教室前には現役、そしてすでにもう何年も前にリタイアしたかつての先生たちが大集合しています。
中に、偶然通りかかったのか何人かの卒塾生の顔も。
今日はこれから、現役およびOBの先生たちの毎年恒例の一泊忘年会で熱海に出かけるとのこと。


今年の2月の記事、「バレンタインが来れば 思い出す」にも少し書きましたが、うちの先生たち、生徒たちは本当にみんな仲が良く、私にとってはこれが何よりもの誇りであり、喜びです。
この記事の中に書いた講師たちの去年の忘年会はこんな感じだったようです。


そして、毎年夏には先生たちで泊りがけのバーベキュー大会もあるようで、これが今年の模様です。



卒塾して、それぞれ違う高校に進学した生徒たちもよく集まり、旧交を温めているようです。


今晩、今頃はきっともう講師たちの忘年会は盛り上がりの真っ最中のことでしょう。
私も若かったら仲間に加えていただきたいところですが、きっとお邪魔虫でしょう。


「よく学び、よく遊び、よく働け」をモットーに、どうぞ皆さん、思いっ切りはっちゃけて楽しんでくださいね。
そして、また来年からの仕事のためのエネルギーを十二分に充電してきてください。
来年もよろしくお願いします。


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人生の歩みの記録

2013.12.29日
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仕事の能力にしろ、心の広さにしろ、かなわないなと思う人に多く出会ってきた。尊敬の念を深める一方、少しねたましくもある。歴史の中にも。江戸時代の国学者、本居宣長がそうだ。
◆出生地の三重県松阪市を訪ねたおり、記念館が所蔵する日記に目を丸くした。自分の生まれた日からの出来事がつづられていたのである。つけ始めは13歳という。親から記憶の乏しい時代を聞き取り、過去を加筆したらしい。
◆解読不能と言われた古事記を読み解き、日本の古代史に光をあてた偉人は自分史の作成にも余念がなかったとみられる。
◆<才のともしきや、学ぶ事の晩(おそ)きや、暇のなきやによりて、思いくずおれて、止(やむ)ることなかれ>(うひ山ぶみ)。胸の内を見透かされたようでドキリとする。才能がない、学び始めが人より遅い、時間が足りない――怠け者の言い訳とおっしゃりたいのだろう。
◆手元に来年の手帳がある。おせちの味が舌に残る内に、まだ白い部分に書き始めようと思う。予定以外のことも。その日その日の自分をしかと見つめたい。努力を惜しまぬように、言い訳せぬように、人様をうらやまぬように。

(12月29日付 読売新聞「編集手帳」より)


上の記事によると、本居宣長が日記を書き始めたのは13歳の時といい、しかも「親から記憶の乏しい時代を聞き取り、過去を加筆した」とあります。
「解読不能と言われた古事記を読み解き、日本の古代史に光をあてた偉人は自分史の作成にも余念がなかったとみられる」というあたり、さすが本居宣長と思わずにはいられません。
記事の筆者は最後に、「その日その日の自分をしかと見つめたい。努力を惜しまぬように、言い訳せぬように、人様をうらやまぬように」と締めくくっていますが、これはまことに言い得て妙。
「才能がない、学び始めが人より遅い、時間が足りない」などと誰でもついつい言い訳したくなるものです。


かなり前になりますが、「遺産相続」という記事を書きました。
私には子どもたちに遺産相続できそうなものは特にないし、また両親から相続した遺産などもありませんでした。
この記事の中に書いたのですが、両親が亡くなってから初めて、自分は両親のことも先祖のこともほとんど何も知らなかったことに気づき、それで今、自分の子どもたちに自分の人生のことを、また私が知っている範囲内で私の両親や祖父のことなども一生懸命話しているのです。


そして、このブログもそのうちのひとつです。
私が「本居宣長のような大したもの」であるというのではまったくありませんが、やはり子どもに残せる一番の遺産というと土地とか財産などではなく、むしろやはりその生き様、人生そのものではないかと思うのです。
私は小学生の時に、中学生の時にも、そしてアメリカ留学中の時にも、日記を書き始めたことがあります。
しかし、いずれもそれこそ三日坊主になり、その書きかけたノートすらいつの間にかどこかに消えてなくなりました。おそらく恥ずかしくて捨ててしまったのでしょう。


でも、今このブログをほぼ毎日書いているのは、ある意味、自分がその日その日に感じたこと、教えられたこと、感動したことなどを残すことによって、将来いつの日か、子どもたちがその中のどれか一つからでもなにか得るところがあれば、それが何よりもの私から子どもたちへの「遺産」になると思っているからです。
と同時にこのブログは、ともすれば意気消沈してしまいがちな自分自身への励ましであり、また癒しでもあり、頭脳の訓練の場にもなっています。


「学院長 元気の出るブログ」と名づけましたが、このブログによりお一人でも元気を受け取ってくださる方がいらっしゃればそれこそ私にとって望外の喜びですし、また読者の皆さんからは温かいコメントや励ましのお言葉、お祈りなどもいただいて、私にとっても「元気の出る」源となっているのです。
本当は冒頭の写真のように、自分だけの日記帳に手書きで書くのが一番いいのでしょうが、私は今指先の自由が利かず字も書けないので、どうしてもこのパソコンやiPhoneに頼ってしまうことになります。
でも、これによって少しでも他の人のお役にも立つことができるのであれば、それこそ一石二鳥だと思い、今日もこのようなことを書いている次第です。


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空を自由に飛びたいな

2013.12.28日

湘南地方は今日は快晴に恵まれ、午前11時前にウォーキングに出かけました。
今日の目的地は湘南平です。
今年の5月に十数年ぶりに「湘南平登頂」して以来、9月にも登り(「好きなものと心中する」)、今回は3度目です。
だんだん慣れてきて、それほど疲れずに、心臓も打たず楽に登れました。


頂上からは初めて富士山が真正面に見事に見えました。


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日本テレビから撮影に来ていて何台ものカメラが展望台に設置されていました。


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ここでポカリスエットとカロリーメイトでちょっと一服して、大磯の方へ細い山道を下りました。落ち葉で覆われた小径は足下がとても滑りやすく、こけないよう細心の注意が必要でした。


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大磯ではまた海岸に出ました。
何人もの人が釣りを楽しんでいました。
すぐ足元まで波が何度も押し寄せてきてあわてて飛び跳ねました。


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大磯漁港を過ぎると、昨日散歩したところと同じところに出ました。
ここは西湘バイパスという高速道路の橋脚ですが、小中学生や一般の人々が描いた素敵な絵がずーっと並んでいてどれも名作で見応えがあります。
ところが中にはひどい落書きもあり、せっかくの周囲の芸術作品を台無しにしています。


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行く先にパラグライダーが飛んでいるのが見えました。
そう言えば、今から20数年前、中川さんというあちらこちらのパラグライダーの国際大会に出場していた方がアカデミーの英会話クラスに来ていらっしゃったなぁと思い出し、近くまで見に行こうと足を速めました。


ところが現場に着いた時には時すでに遅し。海岸に着地して、もう後片付けをしていらっしゃるところでした。
そこでお声をかけていろいろと話を伺いました。
3人の方がいらして、インストラクターを除くと結構ご年配の方々。
失礼は承知の上でお年を伺うと、お一人は71歳、もう一人の方はなんと76歳。
お二人ともパラグライダーを始められたのはまだ最近とのこと。
一緒にやりませんか、と勧められました。
私の年なんか若い方だそうです。
皆さんがやっていらっしゃったのはモーターパラグライダーといって、風に乗った上でモーターを使って好きな方向に進むやつだそうです。


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一瞬、自分もやってみたいなぁ、ドラえもんのタケコプターじゃありませんが、「空を自由に飛びたいな」とも思いました。
が、如何せん、私にはそんな勇気はありません。
インストラクターの方に名刺をいただき、一緒に飛ぶお試しもありますよ、とお誘いを受けました。
まあ、もう少し心身を鍛えて、体力と勇気がついたらやってみようかな、とも思いました。
ここ湘南地方はパラグライダーに最適のところだそうです。
うん、そのうちに…。
それまでにしっかり身体を鍛えようと思いました。


家に着いたら、なんと今日は3時間半、14km歩いていました。
もちろん、いつものようにジョン・マッカーサーのメッセージを聴いたり、祈ったりしながらの、とても楽しいひと時でした。
途中何度も、神様に心身が少しずつ強められてきていることを心から感謝しました。そして、新しい夢ができたことも。


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横棒〈一〉が生み出す大きな違い

2013.12.27日

一方通行の道を、向こうから逆走してくる車がある。正しいのはこちらだからといって、走り続ける人はいない。ブレーキを踏み、止まる。
◆〈正〉と〈止〉は横棒1本の違いである。自分が正しくとも横棒は胸にしまい、事故を避けて止まらねばならない。靖国神社に“電撃参拝”した安倍首相の安全意識は、はなはだ怪しい。
◆国のために命を捧(ささ)げた人たちに尊崇の念を示すことも、追悼に他国の干渉は受けないという信念も、「不戦の誓い」の一言一句も、どれも正しい。一方通行を逆走するがごとき中国や韓国の過剰な反発が間違っている。
◆それはその通りだが、車の運転も、政治も、つまるところは結果である。在日米国大使館は「近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに米国政府は失望している」との声明を発表した。普天間問題がようやく動きだそうというその時に、無二の親友である米国の期待を裏切る。〈正〉に酔って〈止〉を忘れた手痛い誤算だろう。
◆横棒1本の有る無しで意味が変わる漢字の組み合わせは、ほかにもある。首相の誤算が国益の〈幸〉を〈辛〉に変えなければいい。

(12月27日付 読売新聞1面「編集手帳」より)


読売新聞と言えば、政府支持の保守系新聞社ですが、その第1面の「編集手帳」にこのように書かれるぐらいですから、今回の安倍首相の靖国神社参拝は確かに配慮に欠くものだったと言われても仕方ありません。首相が、いくら「不戦の誓い」と言っても、聞き手がそのように受け取らず、中国・韓国との緊張が増すようであれば、これはアメリカや欧州各国が言うように配慮に欠けた行為だったと言われて当然です。


国際関係というのは実に複雑怪奇で、そう簡単に思うようにいくものではありません。
国立追悼施設の設置とか、靖国神社のA級戦犯たちの分祀など、隣国との摩擦を避ける方法は必ずあるはずで、口で「不戦の誓い」を訴えるだけでは確かにだめでしょう。


しかし、引用した「編集手帳」冒頭の、〈正〉と〈止〉の横棒一本の違いの例えは、本論に導くのに見事に使われています。


最後に使われた〈幸〉と〈辛〉の例えは、横棒一本と考えると、あと一歩の努力で〈辛〉を〈幸〉に変えると見ることもできます。
たとえどんなに困難な「辛い」状況にあっても、一歩前に歩を進めることが、「幸い」に変わることは何事においてもよくあることです。


私も今の「辛い」健康状態を「幸い」に変えるため、毎日何かできることを探し、たとえ小さな一歩でも前に進めるよう努力しています。
今週の月曜日は海岸の砂浜を2時間近くも歩いて、翌日と翌々日は筋肉痛になり、そのあとは雨が続き、体調も良くなかったため家から一歩も外に出ませんでした。


でも、今朝は曇り空で少し寒かったものの思い切ってウォーキングに出かけました。
しかも、トレーニングジムのマシーンでやっているように勇気を出して速歩とジョギング(と言ってもほんの数百メートル単位)を繰り返しました。
最初寒かったのが、しばらくすると暑くなったぐらいです。
小さな一歩ですが、健康回復に向けての前進です。


今日も大磯海岸を歩きました。
ここは昔、柿谷牧師も私も洗礼式に使っていたところです。
また、うちの塾で毎年夏にバーベキュー大会をした懐かしいところでもあります。



今日は、ここを通過して高麗山の周囲をぐるりと一回りして、2時間で13kmあまりをこなしました。


また、「辛い」を「幸い」に変えるために、上のにように「努力」の横棒一本を加えるだけでなく、私は「十」を 加えています。これでも「幸」になります。私にとってこの「十」は「十字架」で、信仰を表します。
運動とともに、信仰の力で「辛い」を「幸い」に変える努力も毎日怠らないようにしています。


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PISA はピザじゃない

2013.12.26日

ピザ(pizza)はイタリア料理なので、そのままイタリア語発音で、英語でも「ピッツァ」と発音します。
日本では、ピッツァはピザとして知られているので、PISAをピザと混同する人もいるかもしれません。


PISA は「ピサ」と読み、これまでこのブログでもたびたび取り上げてきており、「国際学習到達度調査」の略称です(このページ左上の「エントリー検索」にPISAと入れるとこれまでの記事が全部見られます)。


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今日の読売新聞12〜13面に「使える基礎学力育成 PISA上位に学べ」という特集記事が組まれていました。
これは、12月7日に東京国際フォーラムで催された「教育ルネサンスフォーラム 第9回教師力シンポジウム」の内容を要約したものです。


基調講演を行った渡辺 良氏(国立教育政策研究所総括客員研究員)によると、前々回および前回のPISAの結果が悪かった日本ですが、今回の「好成績は現場の努力の結果」だということです。
しかし私は、「日本、高1 学力回復!?」の中で、1回2回の結果で一喜一憂するのは早計だと書きました。


2009年、12年と連続して世界トップの上海は、1990年代後半から大学進学者が急増し、競争が激化したこと、さらに、詰め込み教育への批判から、欧米型の指導法で創造性や実践力を高める教育も進めたこと、国の教育支出も増え、教員と子ども、学校と社会の関係が強固な点も大きいと指摘されています。


これまで常に上位に位置していたフィンランドの成績が今回下がったのは、基礎知識の量を測る調査の結果が悪いので、知識や技能の活用を図る学習とのバランスを取るために、基礎知識の習得に重点を置いた結果かもしれない、とのこと。


今回、日本の成績が上がったのは、新聞を読んで要約する力を育てたり、自分の考えを書いて発表したり、活用型の学力を育てる授業が増えた成果だ、と田中博之氏(早稲田大学院教職研究科教授)は言っています。


清水静海氏(帝京大学教育学部初等教育学科長)は、「学習指導要領には、主体的に学習に取り組む態度を養い、基礎基本を活用して課題を解決することが書かれている。主体的に取り組むためには、なぜ学ぶのかという動機付けが必要だ。自分の目標を実現し、社会に参加するために、学ぶことの大切さを意識的に伝えていきたい」と述べています。


玉川大学教育学部教授の坂野慎二氏は、「子どもたちが興味・関心を持って調べて、さらに深い所に到達できたなと喜びがわく授業ができるといい」と。


須藤敏昭氏(大東文化大文学部教授)は、「基礎学力がないのは、武器を持たずに戦うようなものだが、四則計算や読み書きをトレーニングのようにすると、学校がつまらなくなってしまう。『学力を身に着けるとこんないいことがある』『こんな場面で使える』という意義を理解させる授業が重要だ」と語っています。


いずれも正論で、このような授業や学級運営ができれば、子どもたちはもっと勉強に興味を持ち、積極的に取り組むようになるに違いありません。
従来のように、ただ単に学校の中間・期末テストや成績のために、あるいは高校・大学受験のための知識重視・暗記中心の勉強ではつまらないだけでなく、身に付かず、卒業して社会に出て役立たないという結果になりがちです。


私自身も、小中学高校時代は、強制された勉強で全然楽しいなんて思ったこともありませんでした。
勉強が面白いと思うようになったのは、遅まきながら大学に入ってからのことで、なんでこんな楽しい勉強をもっと早くに学校で教えてくれなかったんだろうと思いました。勉強の面白さに目覚めた私は、あれだけ勉強嫌いだったのに、その後34歳になるまでずっといくつもの学校や大学院等で学ぶことになりました。
基礎基本が身につき、考える力、応用する力が付くならば、社会に出て役立つのは当然のことですし、これこそが勉強の本来の目的です。
「学習内容が『生きること』に直結するものなら、自然と意欲は高まるはずだ。学習意欲と生活、実体験をどう結びつけていくかが教師の力だと思う」と、明星大学教育学部教授の青木秀雄氏が語っていますが、まさにそのとおりです。


そういういう意味で、とくに小中学高校の先生たちには本当に普段の授業にもっともっと力を入れ、生徒の興味をかき立て、勉強好きな子どもを増やすよう努力してもらいたいものです。
このような積み重ねをしていく結果がPISAの成績、数値に表われるというのが本来あるべき姿、また目的でもあり、決してPISAの成績を上げるための授業をするのが目的になってはいけません。


私は今、健康上の理由でピザは長い間食べていません。食事療法や運動療法などで一日も早く健康を回復し、また美味しいピザが食べたいものです。ラーメンや焼き肉やトンカツなどが食べられるようになるために頑張るのではなく、頑張って健康になった結果、好きな物が食べられるようになる、これが正しい順序です(余談ですが)。


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メリークリスマス!

2013.12.25日
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子どもの頃は、親からもらえるクリスマスプレゼントが楽しみでしたが、27歳の時に信仰を持ってからクリスマスの意味がまったく変わってしまいました。
クリスマスプレゼントを最後に誰かからもらったのはいつのことだろうと、思い出すことすらできません。
でも、今年のクリスマスは神様ご自身からエンデの『モモ』という素晴らしい本をプレゼントのようにして導かれ、読めたことを心から感謝しています。


昨日は「ミヒャエル・エンデ著『モモ』」について書きましたが、FBでかなりの反応がありエンデの人気作家ぶりをうかがわせました。
実際、FBには何人もの方が「大好きな本です」と書いてこられました。
私も
「エンデの作品は児童文学ですが、なんか大人向けにメッセージを送っているように感じます。
彼の深い感性にしびれました」
と書いたのですが、その後Wikipediaを見てさらに驚かされました。


『モモ』(Momo)は、ドイツの作家ミヒャエル・エンデによる児童文学作品。1973年刊。1974年にドイツ児童文学賞を受賞した。各国で翻訳されている。特に日本では根強い人気があり、日本での発行部数は本国ドイツに次ぐ。
1986年に西ドイツ・イタリア制作により映画化された。映画にはエンデ自身が本人役で出演した。
(中略)
ストーリーには、忙しさの中で生きることの意味を忘れてしまった人々に対する警鐘が読み取れる。このモモという物語の中では灰色の男たちによって時間が奪われたという設定のため、多くの書評はこの物語は余裕を忘れた現代人に注意を促すことが目的であると受け止めていた。しかし、エンデ本人が世の中に訴えたかったことは、この「時間」を「お金」に変換し、利子が利子を生む現代の経済システムに疑問を抱かせることが目的だった。このことに最初に気が付き、エンデ本人に確認を取ったのはドイツの経済学者、ヴェルナー・オンケンである。


いゃあ、私もごく普通に上の一般的な解釈である「この物語は余裕を忘れた現代人に注意を促すことが目的」と受け止めていました。
しかし、経済学者が指摘した「この『時間』を『お金』に変換し、利子が利子を生む現代の経済システムに疑問を抱かせることが目的だった」という解釈がエンデ自身の言いたいことだったというのには心底恐れ入りました。


実は私もまったくの素人ながら、現代世界において常識とされ、誰も疑問にすら思わない資本主義社会に一種の恐れすら感じている者です。だからと言って、共産主義や社会主義を主張するものではもちろんありませんが、貧富の格差が大きく、さまざまな社会的矛盾を抱えている資本主義が絶対とは決して言い切れないと思っています。
世界経済にいまだ尾を引いている7年ほど前のリーマンショックは、世界中の経済に大きな影響を与えました。
そういう意味もあって、私は現在の資本主義の社会構造が完璧な理想像とは思っていません。この点でもエンデと波長が合うのかもしれません。
今度はエンデの『果てしない物語』を読もうと思っています。


それにしても、私たちみんなに大きな影響を与えている経済不況、昨日発表された「安倍カラー」の予算案にも期待して、来年にはなんとか上向きになってもらいたいものですね。サンタさん、じゃなくて神様、よろしくお願いします。
そして、最後になりましたが、皆さん
メリークリスマス!


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ミヒャエル・エンデ著 『モモ』

2013.12.24日
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三日前の夜から読み始めたミヒャエル・エンデ著の『モモ』を読み終えました。
これはなかなか読み応えのある本でした。一応は児童書なのですが、大人が読んでも十分に楽しめます。


訳者があとがきに次のように書いています。
「この本には、探偵小説のようなスリルと、空想科学小説的なファンタジーと、時代へのするどい風刺があふれています。そしてその全体は、ロマン主義的な純粋な詩的夢幻の世界、深くゆたかな人生の真実を告知する童話の世界の中に、すっぽりとつつみこまれています。内容的には、おとなにも子どもにもかかわる現代社会の大きな問題をとりあげ、その病根を痛烈に批判しながら、それをこのようにたのしく、うつくしい幻想的な童話の形式にまとめることに成功した点に、この本の画期的な意義があります」
(同書p.360)


これは実に言い得て妙。うまくこの本の性質を表現しています。
読んでいて、本当に身につまされる思いをしたり、自分の人生を省みたり、これからの人生について考えてみたり、と教えられることがたくさんありました。


またネタバレになるといけないので、内容についてはここでは触れませんが、私が深く教えられたことのひとつは次のような部分です。
主人公のひとりに道路掃除夫という、周囲の人々からは頭が少しおかしいんじゃないかと思われている老人がいます。彼の言っている言葉です。
 「なあ、モモ」と彼はたとえばこんなふうに始めます。「とっても長い道路を受け持つことがよくあるんだ。おっそろしく長くて、これじゃとてもやりきれない、こう思ってしまう。」
 彼はしばらく口をつぐんで、じっとまえのほうを見ていますが、やがてまたつづけます。
 「そこでせかせかと働きだす。どんどんスピードをあげてゆく。ときどき目をあげて見るんだが、いつ見てものこりの道路はちっともへっていない。だからもっとすごいいきおいで働きまくる。心配でたまらないんだ。そしてしまいには息が切れて、動けなくなってしまう。こういうやりかたは、いかんのだ。」
 ここで彼はしばらく考えこみます。それからやおらさきをつづけます。
 「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな? つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸(いき)のことだけ、つぎのひとはきのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな。」
 またひとやすみして、考え込み、それから、
 「するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな、たのしければ、仕事がうまくはかどる。こういうふうにやらにゃあだめなんだ。」
 そしてまたまた長い休みをとってから、
 「ひょっと気がついたときには、一歩一歩すすんできた道路がぜんぶ終わっとる。どうやってやりとげたかは、じぶんでもわからん。」 彼はひとりうなずいて、こうむすびます。「これがだいじなんだ。」

(p.48-49)


これは私が歩んできた人生そのもので、おそらく誰にも当てはまるのではないかと思います。
生徒や学生であれば勉強に、親であれば子育てに、仕事をしている人であればやっている仕事に、…と人生そのものに当てはまるのです。
このような人生について、あるいは時間管理について、人間関係について等など、読んでいて本当に目を開かれる思いを度々しました。
これも皆さんにお薦めの一冊です。


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今日は3時間以上におよぶウォーキング

2013.12.23日

今日は3時間15分に及ぶウォーキングでした。
しかも平塚海岸へ、教会でご一緒している久川 円(まどか)さんとご一緒に。
昨日の礼拝後、愛餐会で健康のためにいつもウォーキングをしているとお話ししたところ、円さんが自分も平塚海岸をウォーキングしているのでご一緒しませんか、prayer walking (祈りのウォーキング)をしましょうとお誘いくださり、今朝早速それが実現したわけです。


家から海岸までは往復で1時間10分、それプラス海岸線の波打ち際や砂浜を2時間ほど一緒に歩き、これまでのお互いの信仰人生について、共通の友人について、そして祈りの課題をシェアし合い、それからお互いのために歩きながら祈りました。


途中でこのような記念写真を撮りました。


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しばらく進むと驚くような光景に出くわしました。これです。


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だれが立てたのか名前も書いてなく、わからないのですが、いきなり砂浜のど真ん中に立っている大きな十字架には度肝を抜かれました。
しかも、裏表両面にしっかりと聖書のメッセージが書かれているのです。
これには感動を覚えました。


3時間あまりのウォーキング、しかも砂浜を2時間も歩いたのはちょっとこたえて、さすがに帰宅するとクタクタになっていて昼食後は昼寝をしなければなりませんでした。
そして、目覚めてからまたエンデの『モモ』の続きを読み始めました。
久川 円さんもエンデの作品やサンテグジュペリの『星の王子さま』など、たくさんの児童文学を読んでいらっしゃって、この点でも話がとても合い、楽しい交わりのひと時でした。
円さん、お誘いくださってありがとうございました。心から感謝します。


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クリスマス

2013.12.22日

今日は日本国内のキリスト教会ではどこでもクリスマス礼拝が持たれたことでしょう。
また明後日、イブ礼拝をやるところやクリスマスコンサートをするところもたくさんあると思いますが、その一つひとつのプログラムが祝福されますようにお祈りします。


今朝は、私たちの通う湘南見附キリスト教会でもクリスマス礼拝でした。


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柿谷牧師のメッセージは、「イエス・キリストがこの世にご誕生くださったのは、私たちを罪から救うため。その罪とはギリシャ語で『ハマルティア』と言い、意味は『的外れ』。
私たちの人生で様々な問題が起きる原因は、この的外れからきている。
的外れの生活を改めるには、イエス・キリストに従順になること。『信じなさい』と言われれば信じる。『やめなさい』と言われたらやめる。そのような従順さが私たちに求められている」というような内容でした。


礼拝後は、愛餐会でみんなで一緒にお食事とデザートにクリスマスケーキをいただきました。
その後、一人ひとり、この1年間の感謝と来年の抱負をお互いにシェアしました。
本当に感謝なひと時でした。


教会をあとにして、私はウォーキングを兼ねて駅の方に買い物に出かけ、約50分、6kmあまり歩いて家に戻りました。
そして、昨夜から読み始めたミヒャエル・エンデ著の『モモ』の続きを読みました。
これも娘から薦められた本の1冊ですが、なかなか面白く、惹きつけられて読みだしたら止まりません。

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読んでいると、アメリカにいる長男と同じ教会に行っているひとりのFBフレンドの方から、「舟田先生 ご子息直人君がソロで歌ってくれたメサイヤです」と連絡が入りました。
早速見てみました。全部で1時間20分に及ぶかなり長い動画ですが、ここにシェアさせていただきます。
もしよろしければ皆さんもご覧になってください。
息子が独唱するシーンは0:13:20辺りから6分間ほどですので、お時間のない方は飛ばしてこの部分だけでもご覧いただければ感謝です。
最後の合唱は見事です。教会でやっているコンサートとは思えないほどとても見ごたえのあるものでした。



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感謝な一日

2013.12.21日

今日は久しぶりの雲一つない晴天でした。
ここ数日、雨続きでしかも体調もあまり良くなく、ずっと家で布団の中で過ごしていたので、今日は思い切ってウォーキングに出かけることにしました。


いつものコースで金目川沿いのサイクリングロードを歩いて、海岸に出、そこから大磯港に向かって進みました。
これが大磯海岸の今日の美しい光景です。


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大磯港に着きました。港には十隻あまりの大小様々な漁船が留まっていました。


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また釣りを楽しんでいる人たちもたくさんいました。本当に平和な光景です。


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家を出てからここまででちょうど1時間。いつものように歩きながら聴いていたジョン・マッカーサーの説教が57分だったのでぴったりでした。
ところが、帰り道になるとiPhoneは電池を消耗してしまって、残量があまりなく帰りは別の説教を聴くことができなくなりました。
そこで帰り道は祈ることにしました。これも散歩しながらよくやっていることです。
途中、うちの塾から毎年何人もの生徒が受験して進学する地域の人気校、大磯高校の前を通るときには、今年のうちの塾から受験する生徒たちのために、またその他全体の生徒のために一人ひとりを覚えて祈りました。


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また、昨日共通の友人をとおして知り合ったアメリカ在住の日本人女性とその妹さんのためにもお祈りしました。お二人ともかなり重いガンだそうで、治療が終わったものの再発している模様とのこと。妹さんはすでに三度再発していらっしゃるそうです。
このお二人のために、またご主人と小さなお二人のお子様のために真剣にお祈りしました。
また、今日の午後、あと1時間半ほどでFBフレンドのマッキーさんが総合司会をされ、弟さんが尺八を演奏して行われる霞ヶ浦でのクリスマスコンサートのためにも一生懸命お祈りしました。
また、明日全国の教会で持たれるクリスマス礼拝のためにお祈りしました。
そのほか、FBでつながっている方々のために、また家族・親族を始め、これまでお世話になってきた方々など一人ひとりを覚えてお祈りしました。


ちょうど2時間、往復12kmのとても有意義なウォーキングでした。
帰宅して昼食をとったあと、疲れたので少し横になり昼寝し、目覚めてから昨夜途中で挫折した本の続きを読み始めました。
これも娘のお薦めの本だったのですが、昨夜寝る前に15ページほど読んだところで、話に乗り切れず諦めて寝てしまいました。
しかし、やはりこれでは納得がいかない。それで再度、今日挑戦することにしたのです。
『エーミールと探偵たち』というドイツの児童文学です。とても有名な物語で、これまで世界各国で翻訳され、映画化などもされています。


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ところが、読んでも読んでもなかなかストーリに乗り切れず、結局すべては夢だった、という結果に終わるんじゃないかなどと思って、ある意味批判的に読んでいました。
訳もあまりこなれていず、小さな子どもが絶対に使うわけないような難しい言葉や表現がやたら目に付き、それも冷めてしまう一因でした。たとえば、
めっぽうありがたい、そうやってくれたまえ、安心していたまえ、そろそろきな臭くなってきました、いよいよアクセルを踏むとしよう、しゃれた写真づらをしていやがる、たわけたこと言うなよ、のべつ、わがはい、新時代のあらゆる便宜が備わっている、外債をいくらかつのらなきゃならないだろう、 良だ、それどころか優だ、つゆほども、いくたり、等など。
昨日のブログ「爽快 勧善懲悪物語」でご紹介した『マチルダは小さな大天才』は、一旦読み始めたら止まらない勢いで楽しみながら読んだのですが、今日のこの本はなんか私にとってはイマイチでした。
でも、結末を知りたくて読み進んでいくうちにだんだん面白くなってきて、最後読み終えたときには昨日と同様、爽快感で満たされました。
さすが、名作と言われるだけありますね。
またまた、この本を紹介してくれた娘に心から感謝したしだいです。
これもネタバレにならないよう、ストーリーは敢えて書きませんので、ご興味のある方はぜひお読みになってください。


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爽快 勧善懲悪物語

2013.12.20日

昨日のブログ「真の友、魂の家族」に大好きな作家、三浦綾子さんの『生きること 思うこと』を読んだということを書きました。
また続けてうちにあるほかの三浦綾子さんの本を読もうと思っていたのですが、思いもかけず娘が私に5〜6冊の本を貸して、読むのを薦めてくれました。
いずれも児童書です。
児童書なんてもうそれこそ子どもの時以来読んでいません。いや、『星の王子さま』は、何度か読みました。
今日読んだ本はロアルド・ダール著 『マチルダはちいさな大天才』です。


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ロアルド・ダールは児童文学をたくさん書いていますが、意外なことになんとあの有名な映画『007は2度死ぬ』の脚本家でもありました。
児童書なので確かに内容は荒唐無稽、子どもの読者を頭に書いてはいるのですが、中身は結構深い。
訳語は非常にこなれていてうまい。しかし、中に使われている語彙が児童相手にしてはかなりレベルが高いのです。たとえば、
邪悪、賢明、早熟、感嘆、深紅色、緑の苞、呆然、厩舎、後見人、思慮深い、暴君、牛耳られる、見下げはてた、汚水だめ、早急に、抱擁、等など。
えっ、これ小学生の知っている言葉なの?と思ったほどですが、娘は12歳ぐらいの時に、さほど違和感なく読んだと言います。


さて、ストーリーはひと言で言うと「勧善懲悪」物語で、実に爽快です。
娘が私の健康状態を察して、この本を薦めてくれたのだろう、と優しい心遣いがひしひしと伝わってきました。
これは正直なところ、児童書というよりも、我々おとなが読むべき本ではないかと思ったほど、私たちが生きるべき道を読者に伝えてくれています。
内容はここで言うとネタバレになってしまうので、ご興味のある方は上のリンク先からどうぞ。


以前は大好きで、全作品を読んだミステリー作家、シドニィ・シェルダン(「明日がある」)は最近はあまり波長が合わず、読み始めるとだんだん気が重くなってきて途中で読むのをやめたのが何冊かありましたので、娘が本当に良い本を薦めてくれたと感謝している次第です。
さて、今晩はこれから次の本に進みます。楽しみです。


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真の友、魂の家族

2013.12.19日




つい先日の「夕闇に輝く十字架」という記事の中に、三浦綾子さんの『生きること 思うこと』を読んでいると書きましたが、昨夜読み終えました。


なんかまるで私の心の中を見透かして書いていらっしゃるんじゃないかと思うほど、三浦綾子さんとは考え方や感じ方で波長が合うのを感じます。


三浦さんは作家デビューされる前、ご自宅で雑貨屋を1年ほど営んでいらっしゃいました。当時の時代背景が随所に見られます。
店先に置いてある赤電話を借りに来た人のことが書いてあったりして、「赤電話」と聞くだけで懐かしさがこみ上げてきます。


この『生きること 思うこと』が出版されたのは1972年のこと。すでにデビューして10年ほど経っていて、その間に次から次へと大ヒット作品を発表していらっしゃいますが、自分はまだまだ新人と、とても謙虚です。


さて、この本を書かれた頃、1970年と言えば私はまだ20歳の大学生です。今から40数年も前のことですが、昨夜読んだところに次のような箇所があり、驚かされました。
「友人とは何か。わたしの場合、お互いに何を祈ってほしいのか、わかっている間柄の人たちだと思っている。お互いの祈りの課題、それは、真の心の底を見せることであり、弱さを見せるこだと思う。この課題をお互いに祈っているならば、ふだん、特に親しく出入りしなくても、遠くに離れていても、わたしは深く交わっていることになると信じている」
(上掲書p.200)


えっ、これって今、最先端のFacebookのことじゃないの⁉︎
Facebookについては、今年に入ってからブログの記事の中でも度々書いてきました。
一例を挙げると、
「感謝!」「毎日の元気の源」「今日のデート その2」「Facebookよ、ありがとう!」「人生、悲喜こもごも」「初対面同士の再会?」「これからだ!」「子育て禁句のあいうえお その6」
等などです。


上に挙げた記事を順に読み返すと、初めのうちはFacebookのありがたさに感謝していたのが、これが次第に発展していって、FBでつながる人たちが増え、さらにこれらの方々と次々とお会いする道が開かれていったことがよくわかります。
さらに、ただ会ったというだけでなく、この中から祈りのグループが生まれ、遠く離れているにもかかわらず、これらのフレンドと毎日FB上でお会いし、お互いに祈り合い、固い絆で結ばれているという事実です。もう他人という気がしないのです。いわば、真の友、魂の家族です。


これはまさに三浦綾子さんが上でおっしゃっていることそのものではありませんか。
三浦さんご自身が40数年前にご体験していらっしゃったことが、今やこのインターネットという時代の落とし子のお陰で、私たちも同じ恩恵にあずかることができるようになったのです。


昨夜、上の本を読み終え、感謝の気持ちにあふれてしばし神様にお祈りしました。
そして、最後になりましたが、FBフレンドの皆さん、ありがとうございます。心から感謝しています。


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キッズ クリスマス会

2013.12.18日

昨日の記事「キッズクラブ クリスマス」は去年のクリスマス会を実況したものでしたが、今日、今年の本番がありました。
その実況中継です。


山下先生のイエス・キリスト誕生秘話のクリスマスメッセージに続き、生徒一人ひとりが手に持つキャンドルホルダー上のキャンドルに火をつけて回し、場内が真っ暗になりました。


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火を灯したキャンドルを手に、生徒たちはルカの福音書2:11-14をグループごとに英語で暗唱します。
for today in the city of David there has been born for you a Savior, who is Christ the Lord.
(きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです)
"This will be a sign for you: you will find a baby wrapped in
cloths and lying in a manger."

(あなたがたは、布にくるまって飼い葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです)
And suddenly there appeared with the angel a multitude of the
heavenly host praising God and saying,

(すると、たちまち、その御使いといっしょに、多くの天の軍勢が現れて、神を賛美して言った)
"Glory to God in the highest,
And on earth peace among men with whom He is pleased."

(「いと高き所に、栄光が、神にあるように。
地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように」)


それに続いて、「きよしこの夜」の賛美が英語と日本語で力強く大きな声で歌われます。
Silent night, holy night!
All is calm, all is bright
Round yon Virgin, Mother and Child
Holy infant so tender and mild
Sleep in heavenly peace
Sleep in heavenly peace


きよしこのよる 星はひかり
すくいのみ子は み母の胸に
ねむりたもう 夢やすく


ロウソクの火が消されて、次はクリスマスリース作りです。
生徒一人ひとりがそれぞれ自分の思い思いに飾り付けをして可愛いリースを作りました。


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キャンディと雪だるまとリボンをつけてできあがり。みんなが自分の作ったものを披露します。


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これが終わると、ゲームです。
チームごとに集めたピースでサンタさんの福笑いを作ります。
これはその中のひとつ。お茶目な可愛いサンタさんができあがりました。


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このあと、みんなのお待ちかね、リフレッシュメントタイム。
ケーキやお菓子やジュースです。
みんな自分の席で黙々と。


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リフレッシュメントをいただきながら、プレゼント交換。


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と、そこへサンタクロース登場。みんなにお菓子をプレゼント。


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そしてアカデミーからの文房具等のプレゼントを自分たちで選びます。


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最後はみんなで We With You a Merry Christmas を元気よく歌ってお開き。


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今、皆さんに読んでいただいたぐらいのあっという間の1時間半のクリスマス会。
生徒たちはみんな大満足で教室を後にしました。


そうそう、書き忘れていたことがひとつありました。
先日の記事「英語の授業 中学校でも英語で」の中に書きましたが、2020年を目標に中学校での英語の授業を英語を使って教えるという計画を文科省で進めています。
アカデミーでは小学1年生から授業はできる限り日本語は使わずに英語で進めていて、今日のクリスマス会もほとんどを英語で行っていました。当たり前のことかもしれませんが。


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キッズクラブ クリスマス

2013.12.17日

アカデミー学院は1989年に平塚に旭イングリッシュ・アカデミーとして誕生しました。
来年はちょうど25周年を迎えます。
最初は幼稚園児から小学生、中学生、高校生、一般成人クラスと、開校と同時にあっという間に百数十名を超える生徒が集まりました。
しかも、最初は私ひとりでやっていたのですが、どうしても手が回らなくなって新しい先生方を数人雇い入れました。
そのうちに、中学生や高校生から学校の勉強を教えて欲しいという希望が寄せられ、英語・数学・国語の学校の教科書をサブで教え始めたのですが、そのうちにこちらのニーズの方がどんどん高まってきて、主要5教科を教え始めると、学習塾として認知されるようになり、それに従って名前も「アカデミー学院」に変更しました。


でも、最初からずっと変わっていないことは、小学生の英語教育にとても力を入れていることで、「英語はアカデミー」との評判をいただいています。
小学部では開校初年度からずっと一度も欠かさずにクリスマス会を催してきました。
毎年、最初はキャンドルラートサービスと英語の賛美歌から始まるかなり本格的なものです。


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初めの頃は、私が英語で語るクリスマスメッセージを妻が日本語に通訳していたのですが、これだと時間が倍かかるので、数年前から日本語で話すことになりました。
また、これまでは私がサンタクロース役を務めてきましたが、私の体調の問題で副学院長を務めている私の次男、正人が今年からはサンタクロースになってくれ、私はカメラマンとして参加します。
下に挙げるのは、去年のクリスマス会のライブ(?)中継です。サンタさんが登場する前に私が生徒たちに語っているクリスマスメッセージのシーンです。


クリスマスというと一番に考えることは何ですか?
そう、クリスマスプレゼント。
みんな誰だってクリスマスプレゼント楽しみだよね。


今年もサンタさんにアカデミーのクリスマス会に来てくれるようお願いしてあります。
今、サンタさんからのメールを待っているところです。


あっ、今メールが入りました。
平塚に着いて、プレゼントの買い物をするためにオリンピックに来ているそうです。
屋上にソリを駐車しようとしたら、混んでいて満車で止められないって。


つい先週のことです。
中学生クラスに学院長が入って行って一人ひとりに
「はい、クリスマスプレゼント」
と言ってあるものをあげました。
何だと思う?
それは月謝袋でした。
ただ、黙って受け取る子もいましたが、中には
「わーい、やったぁーっ!」
と大声を上げて喜んでくれる子もいました。もちろん冗談でしょうが。
一人がこう言いました。
「空っぽじゃなくて何か入っている方がいいな」
学院長は答えました。
「学院長が君たちに空の袋をプレゼントして、君たちはそれに対して中身の入った袋を持って来て学院長にプレゼントしてくれるんだよ」
その子はちょっと考えて
「なるほど。そうかっ!」
とニコニコしながら言いました。


実は、これには深い意味があります。
何か欲しいと思ったら、先に何かを上げて、自分の手の中を空っぽにしなければならないのです。
たとえば、プレゼントを両手にいっぱい抱えていたら、それ以上何も受け取ることができませんよね。


今から約2000年前、イスラエルという小さな国の小さな町の小さな馬小屋で一人の赤ん坊が生まれました。誰でしょう?
そう、イエス・キリストです。
今年は2012年で来年は2013年ですが、これはイエスさまがお生まれになって2013年目という意味です。
2000年以上もたって、なぜ世界中の人々がイエス・キリストの誕生日であるクリスマスをお祝いするのでしょう?
また、なぜ、プレゼントを上げたりもらったりするのでしょう?


イエスさまがお生まれになった時、東の国から3人の博士たちがイエスさまにプレゼントを持ってきたということは君たちも知ってますよね。そのプレゼントが何だったか知っていますか?
黄金と乳香ともつ薬です。
黄金は世界中の王様の中で最高の王様にプレゼントするものです。
乳香は世界で一番高価な香水で、これは神様にプレゼントするもの。
もつ薬というのは、死人をお墓に葬る時に使う防腐剤のようなもので、人に上げるものです。
そうです、イエス・キリストは、王であり、神であり、同時に人でもありました。


今日イエスさまは、私たちから黄金・乳香・もつ薬などの高価なプレゼントは望んでいらっしゃいません。
何を望んでいらっしゃると思いますか?


イエスさまが私たちにくださる最高のプレゼントである永遠の命を受け取るためには、私たちが両手いっぱいに持っているものを全部差し出して空っぽにしなければなりません。ちょうどさっきの月謝袋のように。
イエスさまが一番喜ばれる私たちからのプレゼントは、私たちがイエスさまに「ごめんなさい」と言って、自分のわがままという罪を差し出すことです。
そうしたら、イエスさまは私たちの空っぽになった心の中に入ってきてくださって、永遠に一緒に住んでくださいます。
その時、私たちはわがままな性質から神様を愛し、人を愛して、人に優しくなることができるようになります。
イエスさまはそのためにこの世に来てくださったのです。
そして、そのことをお祝いするのが本当のクリスマスです。


今日のクリスマス、みんなも心の中にイエスさまをお迎えしましょう。


あっ、今またサンタさんからメールが届きました。
ダイソーもクリスマスの買い物客で混んでいてもう少し時間がかかるそうです。
アカデミーに着くまで、ゲームなんかしながら待っていてくださいと言っています。


と、このような感じでしっかりとクリスマスの意味をみんなに教えます。
そしてしばらくすると、早変わりしたサンタさんが登場。
初めての生徒は目を丸くしてビックリ。
でも、もうこれまで毎年クリスマス会を経験してきている生徒はみんな口々に「あっ、学院長だ!」と。
ここではサンタさんは生徒からの質問に英語で答え、わくわく発見クラブとキッズの英語クラス担当の清田先生が通訳をしてくれました。


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今年のクリスマス会は、キッズクラブクラス合同で明日開催されます。
クリスマスメッセージは山下先生が語ってくださることになっています。
生徒たちはみんなとても楽しみにしています。私も楽しみです。


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松井秀喜の成功の秘訣は

2013.12.16日

松井秀喜さんと言えば、言わずと知れた日本を代表するアスリート。
1993年、石川・星稜高からドラフト1位で巨人入団。セ・リーグ最優秀選手(MVP)3度、本塁打王と打点王それぞれ3度、首位打者1度。
2003年にフリーエージェント(FA)移籍で米大リーグのヤンキース入り。09年のワールドシリーズで日本人初となるMVPに選ばれた。
昨年12月に現役引退を表明。今年5月、東京ドームで引退セレモニーと国民栄誉賞の表彰式が行われた。


私もあのシーンをはっきりと覚えています。
1992年の夏の甲子園。松井選手は全打席敬遠され、1度もバットを振ることなく最後の夏を終えました。
全国的な論争に発展しました。
でも松井選手は、その時のことを次のように語っています。
「あの場で僕は打って有名になったわけじゃない。その後、あそこで敬遠されるほどの打者だということを証明しないといけないなという気持ちが潜在的にあった気がします。巨人でプレーしている自分の姿を見て、『松井だったら高校時代ああいうことをされても仕方なかったんじゃないかな』と、誰もが思うくらいの選手にならなければいけないという思考回路。そういう意味では非常にプラスだったし、感謝しなければいけない。高校時代の最後が打てない形で終わったのは悔しいとは思わない。悔しいのは、負けたことだけですね」


「高校時代、山下智茂監督からは、人間としてどうあるべきかとか、男としてどうあるべきかなどを学んだ気がする。もちろん、勝って甲子園に出ることは大事な目標だし、素晴らしいことですけど、それ以上に大事なことがあるんじゃないかと。いつも言われたのは、そこに花があるとしたら、花は一番目立ってきれいだし、スターに見られる。でも、それを咲かせているのは土の部分だと。うちの生徒は土のような人間になってほしいといつも言っていました。そこが一番大事なんだよと」
(以上、12月15日付 読売新聞23面 「敬遠 悔しくなかった」より一部抜粋)


松井選手のこの言葉を読んで、うーんとうならされました。
「土のような人間になる」
人というのは目に見える部分はほんの一部分で、おそらく99.99999...%以上は土の中、すなわち目に見えない部分から成り立っています。
松井選手も言っているように、実はこの部分が本当に一番大切なのです。


巨人在籍中過ごしていた巨人寮の松井選手の部屋の畳が素振りで擦り切れていたことは有名で、寮が今春改築される際、この「松井部屋」は永久保存されることになったほどで、今も新人選手たちは必ずお参りします。


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松井選手の陰での何万回、何十万回の素振り。これが土の部分で、冒頭の彼の立派な足跡はいわば花の部分です。


これは人生、どんなことにも通じます。
生徒や学生であれば、勉強や部活の成績や進学、就職、その後の仕事、結婚、家庭生活、人間関係等などすべてそうです。


「すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ」
(マタイによる福音書7:17)
良い地に良い種を蒔き、水や栄養をたっぷり与え、地に深く根を張り、やがて良い木に育つと、良い実を結ぶのです。
人生もまったく同じです。
それを教えるのが親や教師、先輩などの務めではないでしょうか。


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わくわく発見クラブ レポート6

2013.12.15日

前回「わくわく発見クラブ レポート5」をこのブログに載せてもう2か月経ってしまいました。
今回はレポート6をお届けします。


一般に学習塾というと、どうしても詰め込み教育や受験戦争のイメージが強いのですが、アカデミー学院では教育の原点に立ち返って、いかにして子どもたちに勉強の楽しさを味わってもらい、同時に将来社会に出てからも役立つような知恵や知識を身につけてもらうか、ということを念頭に授業やカリキュラムを組み立てています。そのひとつがこのアカデミーオリジナルの小学生のための「わくわく発見クラブ」です。
それでは、前回のレポート以来この2か月間どんな活動をしてきたか、どうぞご覧になってお楽しみください。クラス担当の清田奈甫がレポートいたします。


【低学年クラス】
 10月度は「建築実験」、「目の不思議」、「吹き矢のひみつ」、「ブーメランのひみつ」を行いました。
 「建築実験」では、紙で門の形を作り、柱をつけるもの(真ん中に重りをつけるパターンと斜めに柱をつけるパターンの2パターン)と、つけないものを用意しました。3種類の門を画用紙に張って揺らし、揺れ方を見ることで柱のはたらきと強度を高める工夫を学びました。
 「目の不思議」では、盲点について学びました。片目で紙に書いた点を見て、紙を前後に移動させて書いた点が見えなくなる場所を探しました。普段は両目でものを見ているため、盲点に気づきません。子どもたちは「目に見えないところがあるんだ!」と驚いていました。両目が見えることの大切さを実感したことと思います。
 「吹き矢のひみつ」では、ストローと綿棒で吹き矢を作り、「遠くまで飛ばす工夫」を考えました。ストローの長さと矢である綿棒を設置する場所を変え、どの長さで、どこの位置に置いて吹くのが一番よく飛ぶかを検証しました。ハロウィンのパーティーとして、最後には一番良く飛ぶ吹き矢で的あてゲームを行いました。とても盛り上がり、楽しい実験となりました。目的や興味があると子ども達の目が輝きます。「わくわく」して探求していると、アイディアもたくさん出てきます。
 「吹き矢のひみつ」に続いて「ブーメランのひみつ」も探求しました。ブーメランは吹き矢と違い、飛ばすとまた戻ってきます。しかし、きちんと戻ってくるようにするためには工夫が必要です。厚紙で作ったブーメランの羽の角度を変えたり、クリップで重りをつけて飛び方の違いを学びました。「あ!戻ってきた!」と子どもたちのキラキラした笑顔を見ることができました。勉強には、達成感もとても重要だと実感しました。


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 11月度は「音のひみつ」について学びました。ストロー笛を作り、吹いてみることで「音は振動で伝わる」ことを実感しました。また、糸電話をつくり、実際に声が糸を震えながら伝わっていることを手で触って確かめました。さらに、針金でバネをつくり、糸の代わりにバネを入れてマイクをつくりました。振動を伝えるものを工夫することで、音を遠くまで運んだり、大きくしたりすることができることを学びました。
 楽しみながら、「わくわく」しながら確かめることで、記憶に残るように、たくさんのアイディアを引き出すことができるようにこれからも工夫していきます。


【高学年クラス】
 10月度は「建築実験」と「吹き矢のひみつ」を行いました。
高学年のクラスでは、「建築実験」を発展させ、法隆寺の「五重塔」にみる建物の強度を高める工夫について考えました。五重塔は、607年に建造され、マグニチュード7.0以上の地震を幾度も経験し、乗り越えてきました。地震による倒壊を防ぐ工夫の一つに「心柱」があります。中央に大きな柱をつくり、重りにすることで地震に強くしています。建築実験をすることで柱のしくみを知っていた子どもたちはスムーズに五重塔のひみつも理解することができました。そして、実際に牛乳パックを使って五重塔の模型を作ってみることにしました。
 「吹き矢のひみつ」は、低学年クラスと同様にとても盛り上がりました。子どもたちは、全員が吹き矢を手前(口の近く)に設置するよりも、奥に設置した方が良くとぶと予想しました。実際にやってみると、口の近くに設置した方が良くとぶことを発見し、とても驚いていました。結果を知っただけでなく、「口の近くに置いた方が長い時間息に押されるから良くとぶんだ!」と理由までしっかりと考えて納得することができました。
 11月は牛乳パックで「五重塔づくり」を行いました。設計図を読んで寸法を測り、厚紙や画用紙に書き出す作業は、子どもたちが予想した以上に大変なものだったようです。


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  最初は楽しみで仕方なかった子どもたちも「建築家ってこんなに大変なんだ」「なかなか進まない、いつできるんだろう?」と不安げな声をあげていました。Yちゃんはもうすぐ完成です。自分の手で作り、実際に見て、触って確かめることで五重塔の建築の工夫実感を持って理解できるようにまとめていきたいと思います。
【四字熟語】
 10月、11月の四字熟語は「連鎖反応」「半信半疑」「危機一髪」「二束三文」「質実剛健」「舌先三寸」でした。子どもたちは「さっき舌先三寸でだましちゃった」などと実際に四字熟語を使って話をするようになりました。ご家庭でもぜひ話題の種になさって下さい。


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夕闇に輝く十字架

2013.12.14日

何十年ぶりかで今、三浦綾子さん(1922-1999)の『生きること 思うこと』を読んでいます。
最近、また体調があまり芳しくなく、精神的にもちょっと落ち込んでいたので、自分を励まそうと思って本棚でふと目に留まったこの本を取り出しました。
多分、もう3回目ぐらいだと思うのですが、意外なほどあまり内容は覚えていず、ただ読み進むうちに「そうだ、そうだ!」と相槌を打ったり、「なるほど…」と共感したり、また感動を覚えたりしています。


アメリカ留学中の27歳のときに信仰を持つきっかけとなったもののひとつが、三浦綾子さんの『塩狩峠』です。
読み始めたらもう止まらず、とうとう徹夜して読んでしまいました。
読み終わったときは、目は涙涙涙で、声を上げて男泣きに泣いていました。
私も人生をこのような生き方に賭けてみようという気持ちになりました。
そして、その数ヵ月後、洗礼を受けてクリスチャンになりました。
ですから、三浦綾子さんはいわば私の命の恩人のような方です。


その翌年、28歳のとき、病床にある母を見舞いに帰国した際、ある方に北海道へお招きいただきました。このときの経緯を書いたのが、「愛を与えるとは」です。
そして、ご招待してくださった方に私の希望で、塩狩峠の記念碑が立っている現場にも連れて行っていただき、さらに旭川の三浦綾子さんのご自宅までお訪ねさせていただきました。どうしても、ひと言お礼の言葉をお伝えしたかったのです。
でも、たまたまそのときは病院に行っていらっしゃって残念ながらお会いすることができませんでした。
お手伝いさんが私の名前と住所を尋ねられたので、紙に書いてお渡ししてきました。
すると、その2週間後ぐらいに、三浦綾子さんご本人のサイン入りの英語訳された著書がアメリカに送られてきて心底、驚かされました。


そんなこともあって、三浦さんの本は小説、エッセイ集ともにすべて読み、ものによっては何度も繰り返し読みました。
相性というか波長が合うのです。
今回読み始めた『生きること 思うこと』も、書いてあること一つひとつに「うん、うん」と納得しています。


今日読んだところにこんな箇所がありました。
三浦さんが小学校に入る前、「赤い石を拾うと、母親が死ぬ」という言い伝えを誰かから聞いたそうです。
それ以来、三浦さんは怖くていつも赤い石から逃げていました。
ところが、5歳ぐらいのとき、思い切って赤い石を手に取り、家に走って持って帰りました。
はたしてお母さんは死んでいませんでした。
これを機会に三浦さんは迷信などから完全に解放されました。


ところがある日、宣教師の先生とお会いしたとき、その方のお名前がウェスレー・カルバリーと知ります。
「カルバリーとは、キリストが十字架につけられた丘の名で、されこうべという意味です」と聞いた三浦さん。自分は迷信から解放されていると思っていたけど、もし自分の名前が「されこうべ」だったら、家庭裁判所に申し立てて、姓を変えてほしいと騒ぎ立てるだろう、と。
ところが、カルバリー先生は、「キリスト教会の印は十字架。十字架はもともと死刑台。人を殺す死刑台が今は救いの印となった。これは奇跡ではないか」とおっしゃったそうです。
これを聞いた三浦さんは、「キリストが血潮を流された十字架を、キリスト教のしるしとして掲げたその自由な精神には、死からも自由である確信が、如実に現わされているではないか」と、神への全き信頼と服従こそ、真の自由の根源なのだ、と悟ったとおっしゃっています。


昨日夕方遅くに散歩していて通りかかったところに、長い間建築中だったキリスト教会が完成していて、屋根の上に火を灯した十字架が美しく夕闇の中で輝いていました。
私も子どもの頃はなんとなく不気味に感じ、怖かった十字架ですが、今は感謝と喜びと希望のしるしとなりました。


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英語授業 中学校も英語で

2013.12.13日

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 文部科学省は12日、中学校の英語授業を原則として英語で行う方針を決めた。
 高校では今年度から英語で授業が行われているが、生徒に実践的な英語力を身に着けさせるため、より早い段階から実施することにした。指導体制を強化するため、英検などの外部試験を活用し、都道府県ごとに中高の教員の「英語力」を公表する仕組みも設ける。年明けから同省の有識者会議で検討し、2020年度からの実施を目指す。
 同省では、20年度から小学校の英語教育の開始時期を現行の5年生から3年生に引き下げ、5、6年生では英語を正式な教科とする方針を決めている。現在の中学校の学習内容を一部取り入れ、基礎的な読み書きを学ぶため、中学校から英語による授業が可能になると判断した。
 これに伴い、学習指導要領を見直し、中学校の英語教育に高校の内容を一部導入する。新聞やテレビのニュースを題材にした簡単な情報交換や会話などを想定。生徒の目標となる達成レベルは、現在の英検「3級程度」から「準2級程度に引き上げる。
 教員の指導力向上のため、都道府県ごとに英検「準1級レベル以上」などの教員の割合を定期的に公表する仕組みも設ける。中高の全英語教員に英検準1級や英語力テスト「TOEFL」などの受験を促し、一定以上の成績を求める。

(12月13日 読売新聞 1面「英語授業 中学校も英語で」より一部抜粋)


「小学校の英語教育」という記事を先般書きました。
その中に、「私はもう30年以上前から、小学校からの英語教育導入を訴えてきましたが、文科省(当時は文部省)はずっと小学校からの英語教育導入は今もこれから先も一切考えていない、と断言していました」と記しましたが、今回、下村文科相は会見で、「(改革プランは)単なる受験英語から、外国人とコミュニケーションが取れるツールとして英語を教えるという意味で大きな転換であり、時代の要請だと思う」と語ったとあります。


まあ、確かに「時代の要請」でしょう。しかし、そんなことは昔から百も承知のことで、何を今さらという感じです。
私が今から30年ほど前、中央大学で英語を教えていた時、すでに授業中は一切日本語を使わずに英語だけで進めていました。
現在、県立高校の英語教師になっているその頃の学生が授業を顧みて次のように言っていました。
「私が3年次に出会った舟田譲二先生の授業、『英語表現研究』は、それまでの授業とはまったく異なるタイプのもので、私の興味・関心を大いに高めました。先生はビデオや音声を活用し、アメリカでの様々な生活場面で用いられる会話表現を中心に扱われました。(中略)授業は新鮮そのもので、次はどんなことを学べるのだろうかという期待感で、私は毎回の授業を心待ちにしていました。それまでの自分とは打って変わって、真剣に、そして積極的に授業に参加するようになりました。(中略)先生は授業において、実践的な英語コミュニケーション能力のみならず、『異文化への理解』が大切であることも教えてくださいました。それは、今日私が実践している英語教育における重要な柱ともなっています。母語として英語を話す人々と、日本人のものの考え方の違いについて、テキストでのさまざまな場面、あるいは読書課題等を通じ、常に意識して理解するよう努めることを、私は授業の中で学びました」(「心身の休息とエネルギー充電」)。
また当時の別の教え子も、アカデミー学院のホームページに次のような「推薦の言葉」を寄せてくれています。


ただ、ここで気をつけなければならないことがあります。
それは、ただ単に何でもかんでもコミュニケーション英語となってしまって、大切な英文の読み書きが弱くなる恐れもあるということです。
これは、中央大学で教えていた当時の帰国子女に、またアメリカ留学中に出会った日本からの留学生の中にもよく見られたケースです。
日本人は何かがいいとなると、みんなどっとそっちの方に流れてしまう、という傾向があるので、これは特に留意しておかなければならない点です。
英語教育は、決して会話やコミュニケーションさえできればいいというものではなく、これからは特に様々な専門分野の論文発表や研究などの場においても、英語は一層ニーズが高まっていきますので、まんべんなく真の英語力を養成することが日本の教育の現場において求められます。


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現代版鼠(ねずみ)小僧 御用

2013.12.12日




 大阪府内の民家で空き巣を繰り返したとして、府警捜査3課は11日、同府和泉市池田下町、無職出水衛被告(48)(公判中)を窃盗容疑などで逮捕、送検した、と発表した。
 出水被告は飼い猫や野良猫計約120匹の世話で年間約900万円使っていたといい、「餌代を稼ぐために90回ほど盗みをやった」と供述している。
 発表によると、出水被告は7月17日、同市内の民家に侵入、現金やネックレスなど(総額22万円相当)を盗んだ疑い。府警は、昨年9月から逮捕される今年9月までの32件(総額1920万円相当)を裏付け、うち4件が起訴された。
 出水被告は、自宅近くに月3万円で倉庫を借りて猫約20匹を飼育。毎日、近くのスーパーで5キロ分のアジや鶏肉を買い、飼い猫だけでなく、市内の公園や駐車場などにいる約100匹の野良猫にも食べさせていた。
 以前は餌代をアルバイトなどで賄っていたが、2年前に失業したという。「猫を抱くのが至福の時だった」などと話している。

(12月12日 読売新聞 「空き巣で"稼いだ"900万、猫120匹の餌代」より)


この記事を読んで一番に思い出したのは、昔子どもの頃よく映画やテレビで観た「鼠小僧」でした。
以下はWokipedia「鼠小僧」より一部抜粋したものです。
「鼠小僧について『金に困った貧しい者に、汚職大名や悪徳商家から盗んだ金銭を分け与える』と伝説がある。実はこの噂は彼が捕縛される9年も前から流れていた。事実、彼が捕縛された後、役人による家宅捜索が行われたが盗まれた金銭はほとんど発見されなかった。傍目から見ると彼の生活が分をわきまえた慎ましやかなものであることから盗んだ金の行方について噂になり、このような伝説が生まれたものと考えられる。
しかし現実の鼠小僧の記録を見るとこのような事実はどこにも記されておらず、現在の研究家の間では『盗んだ金のほとんどは博打と女と飲酒に浪費した』という説が定着している



太字で記したこの解説の最後の部分は私にとっては初耳で、これまで映画やテレビを通して知っていた、英雄として描かれた義賊のイメージが強かったので、正直がっかりでした。


冒頭の記事「空き巣で"稼いだ"900万、猫120匹の餌代」の犯人は、自ら鼠小僧のようなつもりでいたのでしょうか。
万が一にも、猫を本当に自分の命のように愛し、どうしても見捨てておけなかったとしても、人の家に無断で入って盗みを働き、それを猫の餌代にしていたというのは、猫の神様がいたとしても、やはり認めてはくれないことでしょう。
もし彼が、毎日ドブ川の中に入って、猫の餌となる鼠や魚を獲っていたとしたら、これは本物の愛で、猫からも愛され、社会からも感謝されていたことでしょう。


義賊と言えば、中世イングランドのロビンフッドの物語が有名ですが、これは伝説上の人物です。
英語には、
Even Robin Hood was a thief.
(義賊とは言っても所詮は盗人)
という諺もあるほどで、やはり盗みは盗み、決して認められません。


「あなたがたは、その実によって彼らを見わけるであろう。茨からぶどうを、あざみからいちじくを集める者があろうか。
そのように、すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。
良い木が悪い実をならせることはないし、悪い木が良い実をならせることはできない」

(マタイの福音書7:16-18)


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サンタはやっぱり実在した!

2013.12.11日

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(釧路市立仁々志別小に届いた図書約千冊のうち、書架に仮置きされた約600冊)


 北海道釧路市阿寒町の小学校3校に、匿名の男性から計約3千冊(計約600万円相当)の児童向けの図書がプレゼントされていたことが10日、分かった。各小学校では「サンタクロースからの贈り物」と喜んでいる。
 釧路市の書籍販売会社「カトウ書館」によると、11月中旬に高齢の男性が訪れ、小学校3校を指定して「子どもが喜びそうな本を贈ってほしい」と注文、その場で現金600万円を支払った。男性は名乗らず、連絡先も言わなかったという。
 カトウ書館は百科事典や図鑑、児童向け小説や絵本を選び、3校に約千冊ずつ届けた。

(東京新聞12月10日 付「『サンタ』から小学校に本3千冊 匿名男性、北海道・阿寒町」より)


昨日、この記事を読んだとき、私の心は喜びであふれました。
「ああ、やっぱりサンタさんは実在したんだ!」


猪瀬東京都知事が、問題になっている特洲会からの5000万円授受の責任を取って、今後1年間の知事給料年額約2600万円を返上する、と言ったそうです。
今日の読売新聞「USO放送」には、「いいな 給料返上しても生活できて − 都民」とありましたが、本当にこれが一般庶民の正直な感覚でしょう。


都知事が年間給料2600万円を返上すると言ったのと、冒頭記事の高齢の匿名男性が現金600万円を持ってきて小学校に本を寄付したのとでは、天と地ほどの違いがあります。


先日、FB上に面白いことが書いてありました。
お寺の住職が近所の子ども達を集めてクリスマス会を開いていたそうです。その時、子どもからキリスト教会でクリスマス会をやっていることを聞いた住職が驚いて、
「へえー、キリスト教会でもクリスマス会やるのか」ですって。


サンタクロースの起源は日本ではあまりよく知られていないようです。
以下はWikipedia より一部抜粋。
 「4世紀頃の東ローマ帝国・小アジアのミラの司教、聖ニコラウスの伝説が起源である。
(中略)
ある日ニコラウスは、貧しさのあまり、三人の娘を嫁がせることの出来ない家の存在を知った。ニコラウスは真夜中にその家を訪れ、屋根の上にある煙突から金貨を投げ入れる。このとき暖炉には靴下が下げられていたため、金貨は靴下の中に入っていたという。この金貨のおかげで娘の身売りを避けられた、という逸話が残されている。この逸話が由来となり、『夜中に煙突から家に入って、靴下の中にプレゼントを入れる』という、今日におけるサンタクロースの伝承が生まれている」



すなわち、「聖(セイント)ニコラウス」と言っていたのが、だんだん発音が変化していって、今日の「サンタクロース」になったのです。


クリスマスと言うと、どうしてもサンタクロースや赤鼻のトナカイ、靴下のプレゼントなどのイメージが強くて、上の住職さんのようにお寺でもクリスマス会をやったりするのでしょうが、クリスマスはもともと「クリスト」(キリスト)+「マス」(ミサ=祭り)で、キリストの誕生を祝うものです。


なぜクリスマスにプレゼントをするかと言うと、神様からイエス・キリストという最高のプレゼントを送っていただいたことを記念してやっているのです。神様からいただいたご愛を何らかの形にして、家族や親しい人たちにに普段の感謝の気持ちを伝えるというわけです。


そういう意味において、冒頭の匿名男性の小学校への600万円分の図書のプレゼントというのは、いわば神様からいただいたものを、感謝の気持ちを込めて行った行為ということができるでしょう。
だから、「クリスマスプレゼント」と呼ばれたのです。


サンタさんは、このように誰の心の中にも存在します。
神様からいただいたご愛を感謝の気持ちをもって周囲の人たちに表すのです。
あなたはこのクリスマス、サンタさんに何を求めますか?
また、あなたは誰に対してサンタさんになりますか?
神様からいただいているご愛を具体的な形で表して、サンタさんが実在することを証ししようではありませんか。


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個性を肯定

2013.12.10日




 私の個性をすべて受け止め、肯定してくれた。それが、香川県牟礼むれ町立牟礼小学校(現在の高松市立牟礼小)で4年から6年まで担任だった杉山恵子先生(63)です。
 当時、30歳前後の若い先生でしたが、一方で肝がすわっているところもありました。いじめている子を見つけると、「卑怯者!」と一喝してやめさせる。でも、怒るのはその場限りで、グズグズと引きずらない。「かっこいいな」と思いましたね。
 当時の私は、友達づくりが上手ではなくて、昼休みになるとひとりで図書室に行って、本を読んでいるような子でした。
 先生は、「先生とお話ししてくれる人はこれに書いてね」と、子どもたちにノートを配り、交換日記みたいなことをしていました。そこに友達づきあいに悩んでいることを書いたら、先生が「郁子ちゃんは、他の人にはない感性を持っている。ひとりで過ごすことは、あなたの生き方の大切な一部」と、好意的に受け止めてくれたのです。子どもながらに「生きづらさ」を感じていた部分が思いがけず褒められて、すごく誇らしい気持ちになったのを覚えています。
 ピアノやそろばんなど、子どもたちの得意なことを教室で披露する時間を作っていました。私は小学校1年の時からバイオリンを習っていたのですが、初めてみんなの前でバイオリンを弾いた。そうしたら大喝采で、私も驚き、自信になりました。
 音楽家として個性を磨き、発揮していける原点には、先生の支えがあったと思っています。

(5月23日付 読売新聞 インタビュー 「私の先生」より)


バイオリニスト、川井郁子さんは小学生の頃、「友達づくりが上手ではなくて、昼休みになるとひとりで図書室に行って、本を読んでいるような子でした」。
先生との交換日記の中に、友達づきあいに悩んでいると書いたところ、「郁子ちゃんは、他の人にはない感性を持っている。ひとりで過ごすことは、あなたの生き方の大切な一部」とありのままの彼女を受け入れ、褒めてくれたのです。
これがきっかけで川井さんは自分に自信を持つことができるようになったと語っています。


さらに、クラスの生徒一人ひとりに、自分の得意なことをみんなの前で披露する、という時間を作っていたそうです。
そして、川井さんが得意のバイオリンを演奏したところ拍手喝采で、自分に自信を持つことができるようになり、これがきっかけで音楽家としての道に進むことになったとのこと。
この先生の、生徒一人ひとりの個性をそのまま受け入れ、得意なことをみんなの前で披露させる、というやり方は、全教科を完璧に教えることができる教え方の上手い教師以上の指導法だと私は思います。


私は読売新聞教育面のこの「私の先生」シリーズが好きです。
これまでにも何度か引用させていただいたことがあります。
子どもにとって「先生」というのが、人生においてどれほど大きな影響を与えるかということがよくわかります。


私の場合は、小学校4年生のときのわずか3週間ほどの出会いだった教育実習の先生でした。
この西村隆宏先生との出会いで、先生のようになりたいと思うようになりました。
西村先生のことはこれまでに何度もこのブログの中で語ってきていますが、いわば私の「命の恩人」です。
「京都はとても暑く、私も熱かった!」の中にも書きましたように、なんと53年間も親しいお付き合いが続いているのです。
西村先生も私の個性をそのまま肯定的に受け入れ、心にかけてくださった方でした。
感謝!


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和食がユネスコの無形文化遺産に

2013.12.09日

 母がまな板をたたく包丁の音を思い出す。湯気の立つ味噌(みそ)汁のにおいと白いご飯に漬けもの。決して高価ではないが、季節の魚と野菜。
◆そのちゃぶ台を一家で囲んだ少年のころが懐かしい。〈和食 日本人の伝統的な食文化〉が国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産になった。
◆これが何も贅(ぜい)を尽くした日本料理などに限った話ではないのがいい。地域ごとの多様性、正月など年中行事と密接に関連して発展、家族や地域の絆を強めてきたことなどが評価された。
◆いささか大仰に言えば、日本人それぞれのおふくろの味も含め日本の食の質が世界に認められたと胸を張りたい。
◆林望さんの〈旬菜膳語〉は四季を追って日本の食材を語った名著。氏は「ああ、なんという長い歴史と無限の美味に飽かぬ国に生まれたのであろう」と述懐している。
◆が、今の日本を「魚を食わない子どもたち、飯を食べない娘たち……わが国の食文化はやせ細って来ている」と憂えてもいる。遺産登録を機に和食を見直し大切にしよう。

(12月6日付 読売新聞 「よみうり寸評」より)


小学生の頃のあのちゃぶ台の母の手料理が懐かしい…。
上の林望さんの「ああ、なんという長い歴史と無限の美味に飽かぬ国に生まれたのであろう」は、私の最近の正直な実感でもあります。


当時は乏しい、貧しい食事でした。
漬物やふりかけ、お茶漬けということもしょっちゅうでした。でも、卑屈に感じたことは一度もなかったです。


「アンコー、ハスペロー」の中に登場した私の母の妹(叔母)がアメリカ人と結婚していたこともあり、毎年夏休みに丸1か月間遊びに行くと、肉などの豪勢な食事攻め。
叔母が私によく言いました。
「日本の食事は栄養不足だからアメリカ人と比べると体が小さいんだ。もっとたくさん肉や乳製品を食べて大きくならないとだめだよ」。


私は叔母のアドバイスに素直に従って、それ以来肉や乳製品などをたくさんとってきて、日本食をある意味見下していました。
しかし、年を重ねていくうちに体のあちらこちらに不具合が起きるようになり、病院でいろいろ精密検査をしてもらったところ、善玉コレステロールが基準値よりうんと低く、逆に悪玉コレステロールが極端に多い高脂血症と高い中性脂肪がわかりました。
ほとんど運動をせずにご馳走ばかり食べていて、同時に働き過ぎてきたことの代償を今、払っているところです。


以来、食事はほぼ完全に健康的な日本食に切り替え、毎日10km前後ウォーキングしたり、ジムでトレーニングをするようになりましたが、ちょっと気づくのが遅かったです。


冒頭の記事にもあるように、贅を尽くした日本料理ではなく、いわゆる昔ながらのお袋の味の和食が見直された、ということで、ずいぶん遠回りしてきたものだと思うと同時に、ハンバーガーや炭酸飲料、甘いデザート、油もの、スナック菓子などを始めとする現代の日本人の食生活に恐れを感じます。


今回のユネスコの和食無形文化遺産認定を機に、日本人みんなに和食の良さを見直してもらいたいと切に願うものです。


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魔法の言葉

2013.12.08日




人見知りで、いつも父の背中に隠れているような子どもでした。そんな私に、人前に出るきっかけを与えてくれたのが、愛知県岡崎市立矢作西小学校6年の時の担任だった筒井博善先生(故人)。当時50歳代後半で、一人ひとりの児童によく目配りしてくださる先生でした。
 新学年が始まって間もない音楽の授業。ピアノが苦手な先生は、「代わりに弾いてくれないか」と私を指名しました。「できません」と何度も断ったのに、先生は「絶対にできるから、やってみなさい」と励ましてくれました。両親から音楽の先生を目指していることを聞き、引っ込み思案な私に活躍の場を与えてくれたのでしょう。
 学芸会でも、準主役のお姫様の役をくださいました。その時も「できるよ」と背中を押してくれました。とても恥ずかしかったけれども、大勢の前で演じる喜びも味わいました。
 先生が体調を崩して2〜3週間入院したことがありました。退院して登校した日の朝の光景が、今も忘れられません。職員室に駆けつけ、窓の前にひしめき合いながらクラス全員で先生の姿を探しました。振り向いた先生が笑いかけてくれた時、涙が出るほどうれしかったのを覚えています。
 それまでは「どうせダメだから」とあきらめがちだったのに、先生に「できるよ」と言われると、「ひょっとしてできるかも」と自信が湧いてくる。私にとって「魔法の言葉」でした。先生に出会わなければ、人前で自分の音楽を聴いてもらうシンガー・ソングライターを目指すこともなかったかもしれません。

(7月1日付 読売新聞 インタビュー 「私の先生」より)


シンガーソングライター、岡村孝子さんにとって、人生を変えた「魔法の言葉」は、小学6年の時の担任教師の「できるよ」でした。
私も教育関連の仕事に携わって足かけ40年。
この間、この「できるよ」の魔法の言葉を何回使ってきたことやら。
生徒は頭から「無理」と言うのですが、それを説得して自信を持たせ、背中を押してきた結果、英検・漢検・数検などの検定試験を始め、高校・大学受験でも、また就職において、人間関係の修復などにおいても、この魔法の言葉が数え切れないほど実現してきました。そして、これらの体験をこのブログに数多く記してきました。


私自身もそうでしたが、人間というものは基本的には否定的・消極的な考えが支配していることが多いようです。
そのような中で、学校や塾の先生、親、友達などの「できるよ」のようなちょっとした励ましの言葉が「魔法の言葉」になることは古今東西よく知られていますし、それを体験してきた方も読者の中にきっとたくさんいらっしゃることと思います。


皆さんの、お子さんや兄弟姉妹、夫や妻、親、友達あるいは生徒や先生、会社の同僚や上司、部下を含め、あらゆる人間関係において、その人を生かす「魔法の言葉」は考えてみればいくらでも見つかります。
「夫婦の間のあいうえお」シリーズや「子育てのあいうえお」シリーズなどをぜひ日々の生活の中で実践していただければと思います。
その逆の、人をつぶす「悪魔の言葉」(「子育て禁句のあいうえお」など)は子育てだけでなく、あらゆる人間関係においてできる限り使わないようにしましょうね。


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日本 営業中!

2013.12.07日

昨日、FBフレンドの方のYSさんがタイムラインに投稿された写真です。
題して「まだ日本は営業中です」。



見て、思わず吹き出してしまいました。
そういえば、このようなノボリ旗をよく街のパチンコ店の前で見かけるなと思い、お尋ねするとズバリ当たり。


これに対して私は、
「でも、今の国会を見てるともう閉店になってしまいそう…」
と書き込みました。
すると、別のフレンドSKさんが、
「次のお店のオーナーはどなたになるんでしょうね…」。
「目先のことよりも、もっとずっと先まで見ることのできる人が新オーナーにふさわしいですね」と私。
「アーメン」(同感)とKKさん。
投稿されたYSさんは、
「民主主義日本は営業終了の危機を感じて撮影しました」。
HHさんも、「この国どうなるのかな?不安だらけですわ」。
FFさん、「店主変えんとえらいことになりそうです。誰や選んだんわ、と言われんようにせんと」。


「特定秘密保護法案」を巡っては、野党のみならず、著名学識者や著作家、ジャーナリスト、映画関係者を始め、一般国民の間でも不安視、疑問視する声、不信感を持つ人が多く、採決前にもっと徹底した審議が必要だというのは誰の目にも明らかでした。


国民の不安は、この「特定秘密保護法」自体が秘密をいっぱい保護していて、ベールに包まれているということにあるのでしょう。
しかし、与党はなんとかこの法案を今国会中に通したく、議論をするためではなく、廃案に追い込まれるのを避けるために会期を2日間延長するという手を使い、昨夜参院本会議で強行採決して秘密保護法が成立しました。
まさに、今日のタイトルの「日本 営業中!」が危機の瀬戸際の状態になりました。


アベノミクスなどで、国民の大きな期待を背負って登場した安倍政権ですが、原発再稼働問題を含め、猪瀬東京都知事が都議会の代表質問で語った「心のどこかにおごりが芽生えていたのは事実」と、同じような危惧を禁じ得ません。


どこの国にも秘密はあります。国家の安全のために、また外交交渉においても秘密が伴うのは至極当然のことです。
しかし、政府にとって都合の悪いことを何でも秘密扱いにし、国民の知るべきことも隠されるとなると、これは大問題です。


日本を「明日 閉店」にしないためにも、国民のもっと熱い目、関心、論議、政治への参加意識が今まさに必要とされています。


また、日本人は一般に何事においても非常に忘れっぽい国民ですが、この法が成立した今、監視・警戒の目を注ぎ続け、必要に応じて何度でも問い直し、改善させる世論を喚起する固い決意が必要です。


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気持ち良い散歩道

2013.12.06日

今、毎日歩いている散歩道はちょうど1か月前に「桜並木の散歩道を歩いて」でご紹介したコースです。
散歩には最適のところで、午前中、午後、夕方、いつ行ってもウォーキング、ジョギング、犬の散歩をしていらっしゃる方々と多く行き違います。また、この散歩道に面した小学校の通学路にもなっていて、毎回たくさんの小学生の顔も見られます。中には「こんにちは!」と笑顔で元気に挨拶してくれる子もいて、心が和みます。


おそらくこの小学校の生徒たちの作品なのでしょうが、10数メートルおきに「犬の糞の始末」を呼びかけるラミネート加工したポスターが沿道の桜の木に貼り付けられています。
これがまたなかなかの力作ぞろいで、思わず立ち止まって1枚1枚に見入ってしまいます。
市が作製した看板もところどころにあるのですが、生徒の作品の方が圧倒的に温かみを感じさせ、しかも説得力があります。
これが市の看板です。







これはそのアメリカ版。



これらに対して、小学生の制作したポスターの一部を下にご紹介します。













いかがですか?
本当に可愛くて、素敵でしょう。
これらのポスターのお陰だと思うのですが、今までこの散歩道で犬の糞を見かけたことは一度もありません。ですからいつも安心して歩けるのです。


これに対して、私が愛犬ラブを連れて歩いていた家の近くの散歩道には、残念ながら毎回必ずと言っていいほど糞があちらこちらに落ちていていつも注意しながら歩かなければなりませんでした(「息を引き取りました」)。


これを通して教えられたことですが、学校の義務教育というのは決して勉強を教えるだけでなく、社会に貢献できることを実際に体験し、またこのような作業を通じて自分たち自身も社会常識やマナーを学ぶ、これってとても大切なことではないでしょうか。


今日も、この散歩道を気持ち良くウォーキングできる幸せを満喫してきます。


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日本、高1 学力回復!?

2013.12.05日

昨日、各新聞一面を賑わしたのは、12年度に実施された国際的な学習到達度調査(PISA)の結果です。

それによると、前々回2006年度に実施された同調査で「科学的応用力」「数学的応用力」「読解力」で過去最低を記録した日本が、09年度とそれに続く昨12年度の調査の結果、順調に回復してきているということです。
文科省は、「脱ゆとり教育」の学習指導要領や少人数学級促進などの成果とみています。


(産経デジタルニュースより)


私はこのブログで、これまでに何度かこのPISAや日本の教育の問題について書いてきました。
ご興味ある方は、このページ左上コーナーにある「エントリー検索」に「PISA」というキーワードを入力すると13の記事が全部表示され、一つひとつを読むことができます(実際、私は確認の意味もあって今回、全部読み直しました)。
その中で一番簡潔にまとめてあるのは「PISA型学力 その2」だと思いますので、お時間のある方はこちらをご覧になってください。


これらを読み直して面白く思ったのは、新指導要領で教科書が改訂されたのは、小学校は2011年、中学校は12年、高校は今13年度だということです。教科書改訂の2年ほど前から一部移行措置というので、少し単元が増えたものもありました。
でも、去年PISAを受けた高1生というのは、実際には中3の時に指導要領改訂に伴った新しい教科書で勉強し始めたばかりだったのです。
私自身、この学年を新しい教科書で教えて「おっ、すごく力がついてきたぞ!」などと感じたことはありませんでした。


たとえ、移行措置を考慮して、また現場の先生たちが意識して、PISAに対応した授業をし始めていたとしても(そのようなことは考え難いですが)、テレビCMでやっている風邪薬のように、瞬間に効果が現れるということはまず考えられません。


確かに良い結果が出れば、それは素直に喜んでいいのですが、気をつけなければならないのは、日本人はとかく目の前の結果に踊らされ、「一喜一憂」しやすいということです。これで日本の教育は順調に良い方向に進んでいると考えるのは早計です。


教育は国の将来を決めるものですから、国家百年の大計でなければなりません(「教育の力 その2」)。
今まで上位だったフィンランドが凋落して、上海がすごい勢いで伸びてきている、などと言って、文科省の研究チームを今度は上海に送るというようなことをしていてはだめなのです。


今回のPISAの結果を十分に生かして次につなげるためにも、もっと腰を据えて教育の本質を見つめることをしないと、結局今までと同じようにまた時計の振り子の失敗を繰り返すことになります。


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子育て禁句のあいうえお 最終回

2013.12.04日




長く続いた「子育て禁句のあいうえお」シリーズもいよいよ今日が最終回です。
これまでお付き合いくださった皆様には心より感謝いたします。
少しでもお役に立てたならば本望です。
では、行きましょう。


る  ルックスがいい。(悪い)!
    「◯◯さんはルックスがいい」とか「見た目が悪い」、「ブス(ブ男)だ」などと、親が子どもの前で平気で人の外見の良し悪しを話していることがあります。時には、子どもの友達のことでも、このような外見の評価をしたりします。でも、これは教育上絶対に好ましくありません。
まず、人の良し悪しを外見で判断すること自体が意味のないことですし、しかも子どもにその人の価値に関して先入観や偏見を与えることにもなります。さらに人を外見で判断するという誤った教育をすることにもつながります。
学生時代にある超有名な茶道の家元の英語通訳をしたことがあります。外見はものすごく立派で、周りの人たちがペコペコしていましたが、私はちょっと接しただけで、その人の中身が見えた気がして、とてもがっかりした覚えがあります。人は外見ではわかりません。


れ  例外は認めない。
    何かルールを決める時など、よくこの「例外は認めない」という言葉を聞きます。
まあ、確かに何事も例外ばかりあったらルールの意味がなくなりますが、かと言って例外を一切認めないというのは、杓子定規で人間的な温かみや融通というものを感じません。
とくにこれが親子関係の場合はなおさらのことです。子どものために、時には例外も認めて、失敗や過ちを受け入れてあげることも必要です。
私たち自身、これまでの人生振り返ってみると、この「例外」によってずいぶん救われてきたのではないでしょうか。


ろ  ろくでなし。
    「ろくでなし」も、このシリーズ第1回の最初の「あほ」「バカ」「マヌケ」同様、相手を見下した表現で人の心を傷つけます。
「ろくでなし」というのは、「性格が曲がっている」「役立たずのどうしようもないもの」というような意味で、別の言葉で言うと「落ちこぼれ」「能無し」「カス」「くず」「社会のダニ」「ゴキブリ」等など、相手を非難するありとあらゆる悪い言葉の総称のようなものです。
これらを言われて良い気分のする人など一人もいません。
人に言われたくないことを人に言ってはいけません。とくに自分の子どもには。


わ  わざとらしい。
    せっかく子どもが何かを一生懸命言ったり、やったりしても、それを素直に認めることができず、「わざとらしい」と言って一蹴する親がいます。これでは子どもがかわいそう。
万一、たとえわざとらしく見えたり、聞こえたりしたとしても、親はそれをありがたく受け止め、お礼を言ってあげると、子どもも気持ちよくなり、じゃあまた今度も何か喜ばれるようなことをしようという気になります。子どもの心の背後に悪意を見るのではなく、善意を見抜いて、それを伸ばしてあげるようにするのが親の務めです。


以上で「子育て禁句シリーズ」を終えることになります。
皆さんの応援、温かいコメント等たくさんいただき、ありがとうございました。
私がこのシリーズのまとめとして言いたかったことを、お二人のFBフレンドの方が見事に言ってくださいました。感謝をもってご紹介させていただきます。


「神様から授かった大切な宝物をいかに上手に育てるかは、親や教育者をはじめ、周りの大人たちの課題でしょうね」(NMさん)


「”反面教師風”学びも、時として肯定的おすすめよりインパクトがありますね。そしてこれも相手が我が子だけでなく、人間関係全てに言えるようです」(MOさん)


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子育て禁句のあいうえお その10

2013.12.03日




この「子育て禁句のあいうえお」もシリーズ10回目になりました。
今、子育て中の方も、これからの方も、もう終わって今度は孫育ての方も、またお子さんのいらっしゃらない方にも、何らかの形で少しでもお役に立てていることがあるなら、幸いです。
ちょっと長くなり過ぎた感がありますが、次回で最終回にしたいと思います。


や  やかましい!
    子どもに対して平気で「やかましい!」と怒鳴る親の気が知れません。
子どもというのは概してうるさいものです。逆に、もしおとなし過ぎたら問題です。
同じ状況でも、「やかましい」と思うか、「賑やかで楽しい」と思うか、考え方ひとつです。
同じ子育てするなら、楽しむ方が自分のためにも子どものためにもいいに違いありません。


ゆ  夢みたいな話するな。
    子どもが夢みたいな話をするのは当たり前のこと。むしろ、現実的なことばかり話す子どもがいたら、その方が問題です。
子どもの夢のような話をしっかり聴いてあげて、大きく驚いたり、感動したり、褒めたりしてあげましょう。「超常識」の中にも書きましたが、みんなから夢のような話だと言って、バカにされていた人がその夢を実現させたケースは数え切れないほどあります。


よ  欲張り!
    子どもに限らず、人間誰でも自己中心なものです。ですから自己中心な親が子どもに向かって、「欲張り!」とか「自己中心」なんて言えた義理ではありません。
親自身がまず自己中心でない生き方をして子どものお手本にならなければなりません。
「欲張り!」と子どもを責める前に、人に優しくする、人のことを心にかける生き方をまず示してあげましょう。


ら  落書きばかりして。
    子どもはあちらこちらに落書きをします。まだ、いいことと悪いことの区別がつかないのです。そして、落書きは子どもにとっては最初の自己表現活動です。少々のことは大目に見てあげながら、正しいことと間違っていることを教えていってあげてください。
私の愛用の聖書の中にも何カ所か子どもの落書きが残っていますが、今となってはいい思い出です。


り  理屈を言うな!
    親に叱られた子どもが何か言おうとすると、頭ごなしに「理屈を言うな!」と大声で怒鳴る親がよくいます。
でも、誰にでも何かを言ったり、したりするその背後には、必ず何らかの理由があります。その理由を話そうとする時に、「理屈を言うな!」と言ってさえぎってしまうと、会話がそこで中断されるばかりでなく、子どもは親に拒絶されたかのように感じます。
時に屁理屈を言うこともあるでしょう。そのような時には、冷静にその理屈が成り立たないことを教えてあげればいいのです。このようにして子どもは知恵をつけて成長していきます。


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子育て禁句のあいうえお その9

2013.12.02日




一昨日、昨日とちょっと寄り道しましたが、またいつものシリーズに戻ってきました。長い間お付き合いくださいましてありがとうございます。あともう少しです。


ま  まだっ⁉︎
    親はどうも忍耐力がないのか、しょっちゅう子どもに「まだっ⁉︎」「早くっ!」と言って、行動を急かします。子どもは何をするにも時間がかかるものです。何事にも慣れていないから当然のことです。
もう少し忍耐強く待ってあげましょう。
また、時間がかかるからといってすぐに手を貸すこともあまり良くありません。何事も自分でやることが大切なのです。その繰り返しですべて上達していきます。


み  みっともない!
    子どもがみっともないことを言ったり、したりすることも当たり前のこと。私たち自身も子どもの頃はそうだったのですから。
常識外れのことや、人に迷惑をかけるようなことはだめですが、少々みっともなくても、周りの人たちは笑って大目に見てくれます。親が人目を気にしていつも「みっともない」と言っていると、子どもは人目を意識するようになり、子どもらしい行動が自由に取れなくなってしまいます。


む  無理、無理。
    親は子どもに対してあまりにも容易に「無理」と言って、子どもが何かしようといているのを諦めさせようとします。
確かに、子どもにとって困難なことはたくさんありますが、それら一つひとつを試していく中で、できることが少しずつ増えていくのです。
ですから頭ごなしに「無理、無理」と言うのでなく、忍耐力をもって見てあげましょう。
できれば「すごい!」と言って褒め、もしできなければ「あと一歩」とか「こういうふうにやってみたら?」とヒントを与えたりして、簡単に諦めない根性を同時に育て上げるようにしましょう。
また、子どもに何か頼まれたりした時なども、あまりにもあっさりと「無理」と断るのでなく、本当に力になれないかどうかよく考えてから答えるようにしてもらいたいものです。

め  めんどくさい。
    子どもに何かせがまれて「めんどくさい」と答える親をよく見かけます。これでは子どもがかわいそう。自分が人に何かを頼んで、「めんどくさい」と言われたらどんな気持ちがしますか?
とくに子どもは親の関心や助けや愛情をいっぱい必要としています。「めんどくさい」は禁句です。
子どもに思いっきり時間を使ってあげましょう。


も  文句ある?
    子どもが何か言おうとしたら「文句ある?」と切り返す親がいます。これははた目で見ていても心が痛みます。
子どもにも当然、自分なりの考え方ややり方、価値観などがあるわけですから、親はもっと子どもの心の叫び声に耳を傾けるべきです。
「文句ある?」と言う前にお互いにもっとよく話し合い、理解するように努めましょう。


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教育の真の目的は

2013.12.01日




昨日の新聞に次のような記事が載っていました。皆さんの意識を教育の現場に向けていただきたく思い、今日も「子育て禁句のあいうえお」シリーズから緊急脱線です。


 学校でこんな実験をしたとする。同じ問題を二つの班に与えて、違う指示を出す
▼一方には「班で話し合ってもいいですが、班ではなく個人の成績を見ます。班の中で順番も決めます。他の子より良い点を取るように」と言う。他方には「よく話し合い協力し、班として少しでもいい成果を出すようにしなさい。班の点数が一人一人の点数になります」
▼さて、どちらの班の得点がよくなるか。競争が働く前者のように思えるが、逆だそうだ。競争と協力をめぐっては多様な研究がなされてきたが、競争は協力ほど成果を生まず、かえって悪影響が出るとの結果が数多く得られているという(コーン著『競争社会をこえて』)
▼考えてみれば、他者の敗北なしに自らの喜びが得られぬ競争より、ともに達成感を味わえる協力・協同の方が力強いというのは、当たり前のようでもある
▼政府が学力テストをして、学校別の結果を公表する。新聞はその順位表を載せ、学校間の競争を煽(あお)る。学校はテスト対策に追われ、答案改ざんなど不正まで行われるようになる
▼これは、教育現場に徹底した競争原理を持ち込んだ英国の話だ。日本でも学力テストの成績の学校別公表を始めるという。「成績の悪い子は、テストの日は休んでほしい」…そんな思いがチラッとでも先生たちの頭をかすめるようになったら、それこそ教育の敗北だ。

(11月30日付 中日新聞 「中日春秋」より)


この件については、すでに去る11月19日の記事「学力テストの真の目的は」の中で触れましたが、いよいよ全国的に実施される運びとなりました。


これに対して、「不特定多数の人に成績を公表しても、学校の評価に使われるだけだ」と危惧され、現場の教師の間からは次のような不安の声が上がっています。
「学校が生徒の人格形成の場ではなくなる」
「子どもに目が向かない教育になってしまう」
「結果をどう生かすかが大事なのでは」
「点数だけで学校のすべてを判断されかねない」
「学校と地域の信頼関係にダメージが出る」
「個人や学校の成績は比較するものではない」
「点数が低いと学校教育の信頼低下につながる」


1964年に三年連続学力テスト日本一を達成した香川県で当時小学校教諭を務めていた丸岡安さん(77)は、「成績を上げるための教育に日々追われていた。ペーパーで7〜8枚分の模擬テストのような宿題を出し、保護者から千本ノックだと言われたことも」と振り返る。
これまで学校別の成績公表を認めてこなかった文科省が一転して認めたことに、丸岡さんは「校長ら管理職は評価を気にして、現場の教員にテストのための教育をさせるようになる。点を取れる子は良いかもしれないが、取れない子は切り捨てられてしまう」
(以上、11月30日付中日新聞3面より一部抜粋)


これだと結局のところ、義務教育の場である公立の小中学校が、毎年進学実績を売りにして生徒募集をしている大手進学塾と同じことになってしまいかねません。
さらに困ったことは公教育で切り捨てられる子どもが出てくることです。
公教育・義務教育の根本的な目標は、基礎・基本をしっかり教え、将来社会に出てから困らないように、すべての子どもに均等の機会を与えることにあるのではないでしょうか。


文科省を始め、教育関係者には冒頭の話、「他者の敗北なしに自らの喜びが得られぬ競争より、ともに達成感を味わえる協力・協同の方が力強い」という事実にもう一度目を留めてもらいたいものです。


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