学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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一番の子育て法とは

2013.11.30日




「子育ての禁句シリーズ」も8回まで来て、あと余すところ「ま」行〜「わ」までです。
ただ、同じような話が長く続くと誰でも飽きがくるもので、またまた「閑話休題」です。
今日の話題は、勉強しない子どもにどうやって勉強させるか、ということです。
以下は読売新聞からの引用です。


 40代の主婦。夫は海外赴任中で、大学生の長男と、高校2年の次男と住んでいます。次男がなかなか本気で勉強をしてくれません。
 次男には行きたい大学があり、本人も受験に向けて動きだそうと頭では思っているみたいですが、行動が伴いません。成績は常に低迷しています。
私があまり口を出すのもマイナスだと思い、黙っていようと思うのですが、顔を見るとついヤキモキして次男にあたってしまいます。
 次男を見ると、自分の高校時代を思い出します。がむしゃらに勉強をしたわけでもなく、いつも中途半端でした。そんな私の血を次男が引きついでしまったのかとネガティブな気持ちになります。私のようになってほしくないのです。
 次男は、性格が素直で、家の事をよく手伝ってくれます。今時の高校生とは思えないほど、よく気が付く子です。学校の成績だけがすべてではないと思うのですが、入試では成績が重視されるので次男が心配です。あまりあれやこれや言わない方がいいですか。(埼玉・Y子)

      
 ご夫君がいない中、責任をもってお二人のお子さんを育てるのは大変ですね。
 お子さんが将来幸せになってほしい、だから、今勉強を頑張ってほしいという気持ちは分かります。スランプに陥っている子どもに、つい小言を言いたくなる気持ちも分かります。
 ただ、成績が下がって落ち込んでいるのは当の本人です。それでも荒れることなく素直で家事を手伝うように育てたあなたは、もっと胸を張っていいのでは。
 お子さん以上にあなたの方がナーバスになっている気がします。小言を言う前に、リラックスしている自分を想像してみてください。
 まだ、受験まで一年以上あります。お手伝いありがとうとほめながら、勉強頑張ってねと一言言えば大丈夫でしょう。
 それより、あなたご自身が、英会話でも茶道でもよいですから、何か目標をもって学習活動を始めたらいかがでしょう。そんな母親の姿をみれば、お子さんもやる気が出てくると思います。
山田 昌弘(大学教授)

(11月27日付 読売新聞「人生案内」より)


これはどこの家庭にもある問題と言っても過言ではないでしょう。
正直なところ、教育に携わっている私のところでも似たようなことがありました。


そこで気をつけないと、今続けている「子育ての禁句シリーズ」のような言葉の暴力を振るってしまうことになりかねないのです。


回答者の山田教授が最後におっしゃっている「それより、あなたご自身が、英会話でも茶道でもよいですから、何か目標をもって学習活動を始めたらいかがでしょう。そんな母親の姿をみれば、お子さんもやる気が出てくると思います」は、まさに正論です。


これまで長年、教育の仕事に関わってきて、多くの生徒や学生、その親御さんなどと接してきましたが、子どもの勉強に対する考え方、取り組み方はまさに親の姿勢にかかっています。


勉強が好きな子、できる子はまず例外なく、親が勉強好きです。普段からよく本を読んだりして勉強しています。子どもは親の背中を見て育つと言いますが、これは事実です。
逆に、家に国語辞典もない、本もない家庭で育った子どもは、概して本は読まないし、勉強は嫌いです。
また、誰でもそうですが、人から強制されて何かをやるというのは嫌なものです。
ですから、口でやかましく「勉強しろ」と言っているだけではだめなのです。


スポーツ選手や音楽家、芸術家など、やはり親の姿を見ていて自然とそれに興味を持つようになり、その道に進んでいきます。
強制から上質は生まれません。


親が家で良いお手本を示してあげる、それが一番の子育て法です。


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子育て禁句のあいうえお その8

2013.11.29日

私たちが子どもの頃からみると、確かにこの「子育て禁句」シリーズに書いているようなひどい言葉遣いはずいぶん減っていると思います。
でも、現実に今でも時々ここに挙げているようなシーンに遭遇することがありますし、また青少年の非行などの背景にこのような親の子育てがあることも否定できません。


散歩していて、仲の良さそうな親子を見かけるとホッとします。
昨日もそのようなシーンにいくつか遭遇しました。
すると、自然とこちらも笑顔になってしまいます。



(昨日の散歩中、赤・黄色の落ち葉に囲まれた石のベンチに腰かけて)


それでは、今日も続きをいきましょう。あくまでも反面教師にしてくださいね。


は  恥さらし!
    子どもはまだ社会経験は浅いし、人間関係だって下手に決まっています。ですから時々、親にとって恥ずかしい場面に遭遇することだってあります。それは、私たち自身も子どもの頃はそうだったんですから。
でも、子どもに向かって敢えて「恥さらし!」なんて言う必要はありません。もっと具体的にどのように言えば良かったのか、すれば良かったのかを教えればいいのです。子どもたちはこうして学びながら成長していくのです。


ひ  ひねくれもん!
    子どもは何事においても親の思うようにはいきません。一個の人格を持ってこの世に生まれてきているのですから。
親の思い通りにいかないからといって、「ひねくれもん!」と言うのは間違っています。ひょっとしたら親の考えの方が間違っている可能性だってあります。
子どもの考え方を尊重してあげましょう。間違っていれば、それを具体的に示して教えればいいだけのことです。


ふ  ふざけるな!
    子どもがふざけているのを見て「ふざけるな!」と言うのではなく、むしろ親にとって面白くない時にこのような言い方をするのではないでしょうか。ですから、子どもだって時には親に向かって同じように「ふざけるな!」と言うのでしょう。
でも、この言葉はお互いを傷つけ、不愉快にし、関係を壊すだけで決して解決には至りません。
「ふざけるな!」は会話も行き詰まりにします。この言葉を使う前に、「なぜ?」と理由を尋ねて、お互いの立場や考え方の違いを理解するように努めるべきです。解決の道はそこから自ずと開かれていきます。


へ  下手くそ。
    子どもは何をやっても下手くそなのは当たり前。私もあなたも子どもの頃は、下手くそだったのです。
子どもは「下手くそ」と言われると、やる気をなくすのが落ちです。
ですから、どのようにすればうまくなるのか教えるのが親の務めなのです。


ほ  没収する!
    子どもが携帯やゲームや漫画本、テレビなどに夢中になっていると、親はつい「没収する!」と言って取り上げてしまいます。
でも、いきなり没収するのでなく、その前に親子の間でルール作りをすることが大切です。
「◯時まで」とか、「〜をやったら」などと、お互いに納得がいくように話し合ってルールを作り、それを破った場合は没収という取り決めをしておく方が効果的ですし、さらに将来の社会性を身につけるためにも役立ちます。


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子育て禁句のあいうえお その7

2013.11.28日




実はこの「子育て禁句のあいうえお」を書き始めたのは「夫婦間のあいうえお」や「子育てのあいうえお」を書いた頃で1年以上も前のことです。
でも、「子育て禁句のあいうえお その1」にも書きましたように、「禁句」シリーズなので「あまりにも否定的、攻撃的な言葉が多く、自分でも書きながら気が重くなってきて」アップするのをやめようと思い、そのまま放っておきました。


しかし、世の中いいことばかりではなく、現実には辛いことや悲しいことがあまりにも多く、ドメスティックバイオレンスなど子どもに対する親の虐待事件など、ニュースの話題に上らない日がないぐらいです。
それで、思い切って反面教師の意味合いで、今回このシリーズを始めることにしました。
ですから、もしお読みになっていて不愉快になられたら、本当に申し訳ありません。裏を読み取っていただければ幸いです。
それでは、その続きです。
反面教師として、何か一つでもご参考になることがあればと願いつつ。


ぬ  抜かしやがる!
    子どもが生意気なことを言うようになるのは成長のしるしです。みんなそのようなところを通って大人になっていくのです。
そのような時に、「生意気なことを抜かしやがる」などと言うと、上から目線で子どもを押さえつけ、バカにするので、子どもの成長はなくなります。そもそも「言う」という意味で「抜かす」と言うのは、相手を卑しめる非常に悪い言葉です。
子どもは親の背中を見て育ちますから、もっと人を大切にした言葉遣いを普段から心がけ、いいお手本になるようにしなければなりません。
以前、一人の小学生の女の子がものすごい言葉遣いをするので注意したところ、家でいつも母親からそのように言われているから、という答えが戻ってきたことがありますので、私たち親は本当に要注意です。


ね  寝ぼけたことをほざくな!
    「ほざく」も上の「抜かす」と同様、相手を卑しめる悪い言葉です。私自身は上品なので(笑)、このような言葉は使ったことがなく、テレビなどで聞いているだけでも胸が悪くなるほどです。
「寝ぼけたこと」というのは、子どもにとっては心の中にある「夢」の話です。人類はこれまで、荒唐無稽と思われるようなことを考えてきたお陰でここまで進歩してくることができたのです。
子どもが考える「夢」、すなわち「超常識」を頭からバカにしないで、そのような夢をもっともっと大きくするお手伝いをするのが親の真の務めです。


の  のぼせるな!
    子どもは誰でも人から褒められたいものです。自分ですごいと思うことを何か言ったりしたりして、得意顔になっている時に、親から「のぼせるな!」などと言われたら、それこそ風船に針を刺すようなものです。がっかりするどころか、やる気さえなくしてしまいます。
むしろ、「すごいね!」とか「偉い!」、「お前は将来きっと大物になるよ」などと言って褒めて、励ましてあげましょう。
その上で、天狗にならないようちょこっとだけ釘を刺せばいいのです。


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子育て禁句のあいうえお その6

2013.11.27日

今日は素晴らしい出会いがありました。
私は今、健康回復のために名古屋郊外の街に仮住まいしているのですが、しばらく前からFacebook でつながっていた方が隣町に住んでいらっしゃることを最近知りました。
そして、お互いのやり取りの中で、すぐ近くにいるのでお会いしましょうという話になり、今日実現したのです。
ご自宅にお招きいただき、奥様ともお会いして、奥様手作りのお昼もご馳走になりました。


安倍 正(ただし)さんという私より4歳年上の方ですが、お仕事など社会経験だけでなく、若くしてご結婚されたので、子育て・孫育てのご経験もとても豊富です。
お子様は40代〜30代の方が男女6人、お孫さんも大学生から小学生まで11人もいらっしゃるのです。
しかも、とてもお上手にお子様方をお育てになり、皆さんとても立派にご成長されていて良好な親子関係を持っていらっしゃいます。


しかも、趣味の音楽ではいろいろな楽器をこなし、合唱団にも入っておられ、旅行もこれまでに何か国も行っていらっしゃいます。
他にも趣味をたくさん持っておられ、これまでの人生を精一杯エンジョイしてきて後悔することは何もないとおっしゃるのです。



クリスチャンの方で、この「子育て禁句のあいうえお」シリーズを読んできて、ほとんどすべてそのようにやってきたとおっしゃり、まさにお手本のような子育てをしてこられた方です。
お話ししていて教えられることばかりで、同時に非常に励まされました。しかもとてもご健康で、文字どおり私の目標のようなお方でした。
安倍さん、本当にありがとうございました。今後ともよろしくご指導のほどお願いいたします。


今日は続きの「な」行ですが、前置きが長くなったので、ちょっと短めにします。


な  何をやってもダメな子ね。
    この言葉もこれまで数え切れないほど耳にしてきました。はたで聞いていても気が滅入るぐらいですから、これを毎日、親から言われている子どもの心の中はどんなでしょう。
「何をやってもダメな子ね」と言われて、「なにくそ。そのうちに見返してやるぞ」と、反骨精神が養えればいいのですが、たいがいは親の言葉に洗脳されてしまって、自分はダメな子だ、という刷り込みがされてしまいます。
「お母さんも子どものころは、これはなかなかうまくできなかった。でも練習してできるようになった。あなたも練習すればきっとできるようになるよ。一緒にやつてみよう」と励ましてあげるのが一番でしょう。


に  憎たらしい!
    これほど子どもの心を傷つける言葉はないでしょう。親の愛をひとかけらも感じることができません。このような言葉を毎日聞いて育った子どもは愛情というものを経験していないため、人に対する愛情も欠けています。
子どもが生まれて最初に経験するのは親の愛情です。たっぷり愛情を注いで、愛情豊かな子どもに育ててあげましょう。
そして、それは冒頭の安倍さんのように可能なことなのです。


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子育て禁句のあいうえお その5

2013.11.26日

childcouple.jpg


昨日の記事「ダウン症の先生 活躍中」は、多くの人の感動を呼んだようで、たくさんのクリックをいただきました。
人を差別したり、いじめたりするのは人間の自己中心の罪の性質からきていますが、ダウン症に限らずどのような障がいもまた欠点も、その人の個性として受け入れられるような世の中になったら、どれだけ住みやすく、平和な世界になることでしょう。一人ひとりがみんな社会に欠かせないものとして、貢献できる社会を目指したいものです。
そして、これは親の育て方いかんにかかっているのです。
それでは、今日も続きの「た」行を見ていきましょう。


た  大したことない。
    子どもが何を言っても、何をしてもあんまり感動しない、あるいは目も向けない親が時々います。
子どもの描いた絵を見ても、作文を読んでも、戻ってきたテストを見ても、「 大したことない」と言って、褒めないのです。
中には、テストで95点取ってきても、「なんで100点が取れないの!? あっ、これもこれもケアレスミス。ケアレスミスがいつも多すぎる!ここはよく考えればできる問題でしょ!」などと言って、95点の努力を褒めない親がいます。これでは、子どもはやる気をなくしてしまいます。
こんな時には、「おっ、95点!よく頑張ったね。どこで5点を落としたのかな?あー、惜しい。これは手に関連している漢字だから手へんを使うんだよ。人べんは人に関することだから、これだと『侍』になっちゃうよ。あれっ、ここは記号で答えなさいって問題にあるのに、言葉で答えてしまったね。これからは気をつけようね!」と言えば、子どもはますますやる気になります。


ち  中途半端のろくでなし。
    中学生のとき、体育の先生が言いました。「バカの大足、マヌケの小足。じゃあ、中ぐらいは何だと思う?中途半端のろくでなし、って言うんだよ。あっはっはっは」。
何を言っても、何をしても、どこかに欠点やだめなところを見つけて、そこにケチをつける親がよくいます。
実際のところ、いざケチをつけようと思えば、どんなことでも文句を言うことはできます。そう言う親でさえ、子どもに言わせれば完璧からは程遠い、欠点だらけの人間です。そもそも完璧な人間なんていないんですから。
お互いに相手にケチをつけ始めたら切りがありませんし、必ず不愉快になり、また喧嘩になります。
足が大きくても、小さくても、中ぐらいでも、いくらでも褒めることはできます。褒めるところを探しましょう。
褒められて不愉快になったり、怒ったりする人はいません。


つ  つけあがるな!
    子どもというものは人から褒められると誰でも嬉しくてついつい調子に乗るものです。そんな時に、「つけあがるな!」などと言ったら、せっかく褒めたのが台無しになってしまいます。
「つけあがるな!」と言って責める代わりに、「うん、これは偉いけど、あまり調子に乗りすぎたらダメだよ。周りの人のこともよく考えてあげないと」とか、「これはとってもいい。でも、まだまだ伸びる余地があるよ。これで満足していたらダメだ。さらにもっと上を目指して頑張ろうね」などと言って、高慢になるのを言下に戒めるといいでしょう。


て  低脳!
    自分の子どもに対して「低脳」呼ばわりするというのは、自分自身が低能であることを証明しているのにほかなりません。賢い親は自分の子どもを賢いように扱いますし、そのような言葉遣いをします。そして、この親の子どもに対する接し方が子どもをそのように育て上げていきます。
賢い子どもに育てたければ、そのように扱うことです。「お前は頭が悪い」というメッセージを子どもに送り続けていたら、子どもは間違いなく頭の悪い子に育っていきます。子どもがどのように育っていくかは、親の育て方にかかっています。


と  とぼけるな!
    子どもも人間ですから、人に責められると当然のことながら、自己防衛本能が働いて自分を守ろうとします。そのような時に、あまりにもはっきりと「とぼけるな!」と言われると、逃げ場がなくなります。
子どもに逃げ場を作っておいてあげることもときには必要です。
ただ、子どもがとぼけているのをそのまま放置するのではなく、やはりここで親がどのように対処するかで、これからの子どもの成長に大きく影響します。


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ダウン症の先生 活躍中

2013.11.25日

閑話休題
「子育て禁句のあいうえお」シリーズを続けていますが、今日はちょっと話題を変えて、気持ちをリフレッシュしようと思います。
以前「泣くから悲しい」という記事の中に、五体不満足の乙武洋匡さんの子どもの頃のご両親の育て方について書きました。
「しかし、ご両親はそんな洋匡さんが障がいのゆえに転んだり、何かをしようとして失敗する姿を見て笑い飛ばしていたそうです。すると、乙武さんも自分の失敗を一緒になって笑っていたということで、自らの障がいを一度も不幸とは考えなかったと言っておられました」。


また、つい先日書いた「両親の愛情をたっぷり受けて」の中に登場したレーナ・マリアさんもご両親の愛情深い育て方のお陰で、今日のような立派なゴスペル歌手になられました。
今日、ご紹介するデボラ・セアブラさんもダウン症で生まれてきていながら、やはりご両親の上手な育て方の結果、立派に学校教師になられました。


debora-seabra.jpg


 ブラジルで初めてダウン症を乗り越えて教師となったデボラ・セアブラさん(32)に注目が集まっている。筋力をつけるためのトレーニングや演劇の練習では健常者と同じプログラムをこなし、北東部リオ・グランデ・ド・ノルテ州州都ナタルの私立学校生徒とも、生き生きと接する補助教員のデボラさんの姿は、ダウン症を抱えた人も健常者同様に社会に適応できることを証明している。
 デボラさんは特殊学級で学んだことがなく、高校卒業までの全課程を健常者と共に過ごした。また2005年には、ダウン症患者としては初めて、幼児教育や初等教育(日本での小学校にあたる部分)の教師資格もえた。
 デボラさんはサンパウロ州立カンピーナス大学で研修を受けた後、ナタルの名門私立校の一つである「Escola Domestica」に補助教員として就職した。勤め始めてから、もう9年になる。
 自らの学校生活を「良い経験だった」と振り返るデボラさんは、「普通の学校に通うことで、他の子供たちの仲間に入れてもらえたと感じることが出来た。偏見も乗り越えたし、友達もたくさんできた。私がそこにいたことで、多くの人たちに障害者を取り込むインクルージョン教育がどのようなもので、どのように機能するかを示せたと思う」
 今年は、初等部1年生にいる6〜7歳の児童28人のクラスで、読み書きを教えるための手伝いをする任務が与えられた。
 「私は子供が好きだし、忍耐力だってあるわ。(私が)怒りっぽいかって? そんなことないわ、普通よ。とてもよく子供たちに接していると思うわ」と胸を張る。
 職場でも同僚の教師、職員、生徒に温かく迎えられた。時々、生徒はデボラさんの話し方がなぜ違うのかを尋ねる。「そういうときは、私の話し方はこうなの。皆それぞれ自分の話し方があるでしょって答えるの」。その機会にダウン症について説明すると、生徒たちも理解してくれるという。
 デボラさんが生まれた頃、社会でのダウン症の認知度は低かった。ダウン症の子供を持つ親の多くは、いじめを恐れて特殊学級のある学校を選んだ。障害を持つ児童と健常児の接触を制限し、障害を持つ子供たちだけを集めて訓練することで社会に適応できる可能性が高まるという誤った理解をしていた。
 デボラさんの両親はそれとは反対に、「娘は普通の子供」と判断したことから通常の学校に入れた。その結果、幼稚部では"モンゴル人"と呼ばれていじめられ、辛い時期もあったが、「モンゴル人とはモンゴルに住む人のこと」と教え、ダウン症がどういう病気かを説明する女性教師に助けられた。
 ダウン症を持つブラジル初の教師として、デボラさんは今では国内各地、アルゼンチンやポルトガルでも講演活動を行う。「今でも偏見はある。でも、私の講演でそれが少しでも減ればうれしい。たくさんの教師が聴きに来てくれて、終わったら立って拍手をしてくれた」と喜ぶ。
 純粋な子供に植えつけられる偏見の"芽"は、教育で摘み取ることができる。デボラさんのような存在は、無用な差別や偏見を社会から根絶するための大きな助けとなるに違いない。

(8月6日付 ニッケイ新聞 「ブラジル初のダウン症教師=デボラ・セアブラさん=「普通の教育受けられる」=国内外で啓発、講演活動も」より)


この記事を知ったきっかけは、11月22日付読売新聞23面「学ぶ 育む ダウン症の先生活躍中」の記事を読んだことです。
セアブラさんのことをもう少し知りたくなって検索したところ、上の記事に出会い、読んでいて胸が熱くなりました。
「セアブラさんは同小で、低学年児童への読み書き指導を主に担当。笑みを絶やさず、ゆっくり穏やかに話すセアブラさんに児童はすぐに懐くという。アンジェラ・フォンセカ校長(66)は『まじめな勤務態度は他の教師や児童の手本。彼女と接することで、子供たちは自然と互いに個性を認め合い、仲良くなるので、保護者にも高く評価されている』と話す」と上の読売新聞の記事にあります。


日本社会は昔から比べると障がい者に対する差別行為はずいぶん減りました。
でも一部ではいまだに根強く残っています。
日本でも、このブラジルのケースのように、ダウン症に限らず障がい者がどんどん一般社会の中に入っていって貢献できるようになり、特別視されなくなればいいなと心から願っています。


またいつも言っていますように、健康や貧富などの環境によって人は幸不幸になるのでなく、親の育て方にかかっている、ということがこれらの話からよくおわかりいただけることと思います。
そういう意味においても、今回の「子育て禁句のあいうえお」は、私たちみんなが「子育て」に限らず、あらゆる人間関係において気をつけなければならないことなのです。


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子育て禁句のあいうえお その4

2013.11.24日

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私の子どもの頃は、親や学校の先生、近所の大人などは怖い存在で、絶対服従のような感じでしたが、最近はいい意味でも悪い意味でもこれがだんだんなくなってきました。そしてお互いに友達同士のような感覚になり、言葉遣いもそのようになってきました。
でも、これはちょっと考える余地があると私は常々思っています。


さ  寒っ!
    これも最近の流行り言葉です。大人も子どももほとんどみんなが日常に使っています。
でも、この「寒っ!」という言葉を耳にすると、本当に「寒く」なってしまいます。
友達同士ならまだしも、親が子どもに対して言う言葉ではないでしょう。当人同士はおそらく軽い気持ちでふざけながら使っているのでしょうが、やはりはたで聞いていていい気持ちはしません。
「寒っ!」というのは、やはり相手を小バカにした響きがあり、愛情を感じません。
「寒っ!」と言う代りに、何かもっとユニークな面白いジョークで言い返したらどうでしょう。


し  死ね!
    「死ね!」もここ十年ぐらいでしょうか、流行り始めるとみんなが言います。上の「寒っ!」と同様、もちろんふざけて言っているのでしょうが、やはり人を不愉快にします。ましてや、親が子どもに言う言葉ではありません。
実際、学校などで友達の間でいじめられ「死ね!」と言われて自殺した子もいるのですから、言葉遣いにはくれぐれも注意して欲しいものです。


す  好きにしろ!
    「好きにしろ!」は、私が子どものころ親に言われる一番怖い、嫌な言葉でした。私は素直な子どもだったので、こう言われるととても苦しくなって、いつでも親のもとに戻って「ごめんなさい」と謝ったものです。親に逆らってまで自分の好きなことはできませんでした。
しかし、今は時代が違います。うっかり「好きにしろ!」などと言うと、それを逆手にとってやり兼ねません。ちょうど「ひとの嫌がることを進んでしなさい」と小学校で先生に言われたある男の子が女の子のスカートをまくって歩いたという話もありますので要注意です(「教育の本来の目的とは」)。


せ  セコいやつだ!
    人に対して「セコい」という言うのは、相手を責める、品位を下げて卑しめることです。前にも書いたように子どもが自己中心なのは、まだ十分な人間関係を経験していず、人に対する気遣いなどができないので、ある意味当たり前のことなのです。
こういうときに、ただ一方的に「セコい」と言って責めるのではなく、それではどうすればいいのか、何と言えばいいのか、人に対する気遣いを教えてあげると、子どもの成長を促す素晴らしいチャンスとなります。


そ  損した。
    親が子育てに当たって損することなど数え切れないほどあります。そんな時にいちいち「損した」などと言う必要はありません。
子どもはみんな無限の可能性を持って生まれてきていますが、それはそう簡単に見つかるものではありません。いろいろ試していく中で、発見できる良さや才能、特徴、適性、特技などを発見するのです。
それまで遠回りすることなど当たり前で、むしろ一発で見つけられる方が稀です。
ですから、何かをやってうまくいかなかったときに、「損した」などと言うと、子どもはこれから新しいことにチャレンジすることに億劫になってしまい、その結果素晴らしいチャンスを失うことにもなりかねません。
子どもは長〜い目で見てあげましょう。


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子育て禁句のあいうえお その3

2013.11.23日

今の私の一番の仕事は、健康回復です。
「健全な精神は健全な肉体に宿る」というのは、古代ローマの詩人ユベナリスが、『風刺詩集』の中で「大欲を抱かず、健康な身体に健全な精神が宿るようように祈らなければならない」と語った言葉の一部が広まったと言われています。
今日一般には、「体が健康であれば、それに伴って精神も健全である。また、何事も身体がもとである」(故事ことわざ辞典より)というような意味で使われています。


ということで、私も今は心身魂、それに頭脳も加えて新たに「心身魂脳」の健康を目指して日々訓練に励んでいます。
昨日は、1周1.8kmのコースを3周早歩きで、最後の1周はノンストップのジョギングで計7.54km、1時間15分ほど「健全な肉体」作りに励んできました。
今からちょうど50年前、中学生のとき体育の時間に1500m走がありました。幼少の頃から身体が弱かった私は、走り終わったときはもう心臓が止まるかと思うほどへとへとになりましたが、今日はなんと1800m走っても平気でした。
「『加齢』という言葉」という記事を書いた3年前頃から、体力の衰えを感じ始めてスタートしたウォーキングのお陰でここまで強められました。まさに「継続は力なり」です。
でも、まだ昨日も2度ほど気持ち悪くなっているので、まだまだ回復途上です。
それに今日は、昨日の頑張り過ぎがたたって、両足の太ももが筋肉痛です。いつも皆さんから「無理しすぎないように」と言われているのですが、ついつい…。


ということで、「子育て禁句」も継続は力で、毎日の積み重ねでどんどん親子関係を改善させていくことができるので、今日も引き続き頑張りましょう。「無理しすぎない程度に」。


oyako.jpg


か  癇(カン)にさわる
    当然、時には子どもの言うことやすることが親の癇にさわることだってあります。子どもも一人格を持っていますし、何でもかんでも親の思いどおりにいくわけがありません。むしろ、親の思いどおりに育つ子どもほどのちになって大きな問題に当たるということがよくあります。
ですから、子どもを一人格者として認め、受け入れてあげましょう。たとえ癇にさわることがあっても、そんなことは口に出して言う必要はありません。こちらはおとななのですから、ニコッと微笑んで流してあげましょう。


き  気に食わない。
    上の「癇にさわる」と同様、気に食わないことだってあるでしょう。でもこの言葉も禁句です。
「気に食わない」と言われた子どもは、親に愛されていない、拒絶されていると感じます。
むしろ、なぜ気に食わないのかその理由・原因を考えて、どのようにしたら良いのかを教えてあげるといいです。そうしたら、子どもは親の愛情を感じます。


く  くだらん!
    相手はまだ子どもで、価値観も十分に育っていないわけですから、親から見て「くだらない」ことを言ったり、したりするのは当たり前のことです。
しかし、ここで「くだらん!」と言って、子どもの言うこと、することをバカにしたり、切り捨てたりするのではなく、やはりどのように言えば、あるいはすれば、それが「くだる(?)」ことになるのか、ヒントをあげればいいのです。優れた価値観を子どものうちに育てていくことも親の大切な使命のひとつですから。


け  けちんぼ!
    子どもはそもそも自己中心なものです。それで当たり前です。生まれたときからずっと親にそのように育てられてきたわけですから。
でも、物心がつき始めた頃から、ぼちぼちと周りの人のことを考えることのできるような子どもに育てていくのが親の務めです。ここでもやはり、「けちんぼ!」と言うのではなく、「〜してほしいな」とか「〜できたらすごいよ」というような言い方で、けちんぼを徐々に修正していけばいいのです。


こ  困った子だ。
    子どもは成長過程にあります。常に「現在進行形」です。ですから親が困ることがあるのもしごく当たり前のことです。でもそんなときに、わざわざ「困った子だ」と念を押して言う必要もありません。この言葉も子どもにとっては「自分は親にとって邪魔物なのだ」「自分は親に愛されていない」というメッセージに聞こえます。この場合も、「困った子だ」と言うよりも、どのようにしてもらいたいのか、具体的に言う方がはるかに良い結果を生みます。


親子関係は、すべての人間関係の基本の基本となるものです。そういう意味で、子育ては親の一大事業、仕事以上に大切な責任ある仕事です。仕事のために子育てを犠牲にすることは本末転倒です。
そのことを常に頭に入れて日々、子どもと接するよう努めましょう。親子関係が飛躍的に改善すること間違いなしです。そして、のちに子どもは親に感謝するようになります。
テレビによく出ている有名な女優さんで、いまだに親を憎んでいて、親の悪口を毎回公言している人がいますが、実に気の毒と言うほかありません。そのようにならないためにも。


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子育て禁句のあいうえお その2

2013.11.22日
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昨日から始まった新シリーズの第2回です。
夫婦や親子のような遠慮のない間柄でも、やはり言ってはいけない禁句というものがあります。
ところが、親しいが故につい舌が滑って、言ってはならないことを言ってしまうことがあるものです。
今日もひとりのFBフレンドの方が、娘に言ってはいけないことを言ってしまった、と悔やんでいらっしゃいました。
それに対する私の返答は、
「私のところでは滅多にないことですが、親子でも夫婦でも、頭に血が上っていてちょっと言い過ぎたな、と思った時には、すぐにメールで、あるいは直接顔を合わせて素直に『言い過ぎてしまった。ごめんなさい』と謝ります。また、同時に主に悔い改めをし、平安をいただくようにしています」。
言い過ぎたと思ったときは、やはり素直に謝って信頼関係を回復することが大切だと思います。
それでは、今日は続きの「い」からです。


い  いじわる!
    子どもを注意するつもりで「いじわる!」「イケズ!」などと言ったりすることがありますが、これも子どもに「自分はいじわるなんだ」と自己暗示をかけることにもなり得ます。もしも兄弟げんかをしていたら、一方を「いじわる!」と言って責めるのでなく、具体的に「◯◯ちゃん、〜してあげたらどう?きっと喜ぶよ」のような積極的な言い方のお手本を示してあげる方が絶対に効果的です。
「いじわる!」「イケズ!」に限らず、とにかくどちらかを一方的に責めるのはご法度です。


う  うっとうしい。
    子どもに対して不用意に「うっとうしいなぁ」などと言っている親を時々見かけます。
このようなとき、子どもは自分が愛されていない、心にかけてもらっていない、というメッセージを受け取ります。そしてその結果、親に甘えたり、人を信頼したりできなくなり、うまく自己表現できなくなるケースもあります。
子どもが話しかけてきたら、手を止めて子どもにしっかり向き合い、話を聞いてあげましょう。もし何かしていて手を止められなかったら、「ちょっと待ってね。これが終わったら聞いてあげるから」と言いましょう。
このようなところから、子どもは自分の内に価値観を育てていくことになるのです。


え  偉そうなこと言うな!
    この言葉もよくあちらこちらで耳にします。私の友人だったM宣教師ご夫妻は、この点においては本当にお手本のような方でした。子どもが大人の観点から生意気に聞こえるようなことを言っても、必ずゆっくりと耳を傾けて、「なるほど。それはいい考えだ」と真剣に受け止めるのです。その上で、「じゃあ、〜はどうしたらいいの?」などと、さらに子どもに自らの考えを積極的に進めさせるお手伝いをするのです。


お  お前はいらない子だった。
    これを言われた子どもは本当にかわいそうです。昔はよく「お前は橋の下で拾ってきた子だ」と言う親がいましたが、それと同じことです。
「お前はいらない子だった」と親に言われて、嬉しい子どもなどひとりもいません。死にたくなったり、家出したくなったりした子(人)を何人か知っています。これは、おとなになってもずっとトラウマになり一生引きずる言葉にもなります。
逆に「お前がいてくれるだけで自分たちは嬉しい」というメッセージを言葉でも行動でも常に子どもに送るべきです。


それでは今日はここまで。続きはまた明日。


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子育て禁句のあいうえお その1

2013.11.21日

以前「夫婦の間のあいうえお」と「子育てのあいうえお」をシリーズで書きましたが、結構評判で多くの方から温かいコメントをいただきました。
いずれも良い夫婦関係、親子関係を築くためのヒントを自らの経験や反省を交えて書いたものです。


まだご覧になっていらっしゃらない方で、ご興味のある方はこちらからどうぞ。少しでもご参考になれば幸いです。
「夫婦の間のあいうえお」「夫婦の間のあいうえお その2」「夫婦の間のあいうえお その3」「子育てのあいうえお その1」「子育てのあいうえお その2」「子育てのあいうえお その3」「子育てのあいうえお その4」「子育てのあいうえお その5」「子育てのあいうえお その6」


そして、次に「子育て禁句のあいうえお」のシリーズを直後から書き始めていたのですが、あまりにも否定的、攻撃的な言葉が多く、自分でも書きながら気が重くなってきて、途中何度もやめようと思いました。
しかし、先日の記事に書いた、両腕がなく、片足は半分の長さという大きなハンデを持って生まれてきたレーナ・マリアさんは「両親の愛情たっぷり受けて」育てられ、本当に幸せな人生を送っていらっしゃるなとひしひし思いました。


逆に、非常に残念なことですが、学習塾の仕事を長年やってきて、そのまったく逆のケースも見てきました。
親子での三者面談をしていると、私の目の前で親子喧嘩を始めたり、汚い言葉でお互いを罵り合うような場面にも何度か遭遇しました。
また、あるときはデパートの中で、母親が自分の子どもをずっと罵倒しっぱなしという状況を目の当たりにしました。
このような光景には本当に心が痛みます。


そして、あくまでも一般論としてですが、子どもがいかに育っていくか、子どもがどのような人生を送るかは、かなりの部分、と言うかほとんど両親の育て方にかかっているとつくづく感じます。
それで、敢えてこの「子育て禁句のあいうえお」をシリーズで書くことにしました。


これは絶対にお手本にしてはいけないこと、反面教師にして欲しい言葉集です。
しかしもし、万が一にでもご家庭で、このような言葉が使われているようなことがあったなら、4日前の記事「原発 即ゼロ」同様、「即ゼロ」にしなければなりません。


たとえ経済的に困窮している家庭であっても、片親であっても、両親共稼ぎで子どもと接する時間が短くても、あるいは子どもにある種の障がいがあったとしても、親の子どもに対する接し方、言葉遣いで子どもはどのようにでも育ちます。
レーナ・マリアさんがそのいい例です。
ですから、これはあくまでも悪いお手本ですので、良いお手本は上の「子育てのあいうえお」を参考にしてくださいね。
今日は第1回目ですが、前置きが長くなったのでほんのお触りで、最初の「あ」だけになります。


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あ  あほ!
   「あほ!」「バカ!」「マヌケ!」など、相手を罵倒する言葉は絶対にだめです。とくに子どもに対してこのような言葉を繰り返していると、子どもは「自分はあほで、バカで、マヌケなんだ」と自己暗示をかけるようになってしまい、セルフイメージがとても低くなり、本物のバカになってしまいます。また、友達に対しても同じような言葉遣いをするようになり、人間関係が下手になります。
中学の時のクラス担任の一人がこのようなタイプの人で、授業中しょっちゅう生徒たちに「あほ、バカ」を連発していました。すると、そのクラスは本当に勉強ができなくなってしまいました。
逆に少しでもいいところを見つけてそこを褒めていると、子どもは必ずいい方に伸びていきます。
「バカっ!」とか「バカもん!」「バカヤローっ!」と関東で言うのと比べると、関西の「アホやなぁ」「アホかいな」「アホたれ」と言うのでは、関西の方がなんとなく優しく聞こえるのですが、両方ともだめです。その理由は上に述べたとおりです。


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千里の道も一歩から

2013.11.20日

数年前から体調を崩し、それ以来食事療法や運動療法などで頑張っています。
最近、徐々に良くなってきたと実感できるようになってきました。


トレーニングジムも三日坊主をクリアしてすでに6日。
最初のうちは、翌々日辺りから筋肉痛がありましたが、今ではもうありません。
ジムに行かない日はウォーキングを大体10キロほどしています。
iPhoneのWalkmeterというアプリによると、これまで歩いた距離は1500kmあまりとなっています。
1年半ほど前の記事「改造計画、着々と進行中」に初めてこのアプリのことが登場するので、おそらくその少し前から使い始めたのでしょう。
でも記録しないで歩いている日も結構あるので、トータルすればかなりの距離になるのではないでしょうか。東京から鹿児島まででも1353.8kmですから、ちょっと自分を褒めたくなります。
まさに「千里の道も一歩から」です。


これは、別に歩くことに限らず、仕事や勉強や人間関係、家事、子育て、趣味など、およそ毎日の生活に関わることすべてに言えます。
最初は本当に小さな一歩です。


1969年、人類で初めて月に降り立った宇宙飛行士、ニール・アームストロングが地球に送ったメッセージ「人間にとっては小さな一歩だが人類にとっては偉大な一歩だ」じゃないですが、私にとっても本当に大きな一歩でした。


昔は歩くことは私の価値観になかったのですが、今では楽しみにすらなっています。やはりなんでもそうですが、「継続」することですね。


今、散歩するコースに公園があり、葉の色づきの変化が毎日のように見られるのも楽しみのひとつです。



あと、ウォーキングする時やジムでトレーニングする時に、iPhoneを使って素敵な音楽(「サプライズの日」)や、私のお気に入りのアメリカ人牧師のメッセージ(「100%返金保証付 成功の秘訣」)を聴くのも楽しみを増し加えてくれます。


千里の道も一歩から。
千里の道を楽にさせるのは「楽しみ」の要素を加えることです。


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学力テストの真の目的は

2013.11.19日




 小六と中三を対象とした全国学力テストの学校別の成績が一斉に公表されるおそれが出てきた。文部科学省は前向きのようだが、点取り競争に陥らないか。子どもをこれ以上追い込んではならない。
 学力テストは六年前、ゆとり教育が学力低下を招いたといった批判を背景にはじまった。学校での取り組みの課題を探り、先生の授業や子どもの勉強に役立てる。それが大きな目的だ。
 とはいえ、学校や地域の順位争いが心配された。だからこそ、文科省は学校の自主公表を除き、教育委員会による学校別の成績の公表を禁じてきた。
 しかし、次からのテスト結果の取り扱いを検討している文科省の専門家会議は、公表解禁へとかじを切りつつあるように映る。近く結論が出るが、気がかりだ。
 そのよりどころは、知事や市町村長、教委、学校、保護者へのアンケートのようだ。知事、都道府県教委、保護者のそれぞれ四割以上が事実上、学校別の成績の公表に賛成だったからだ。
 教育行政の担い手としての説明責任を理由に挙げる声が目立って多かった。わが子の通う学校の位置づけを知りたいと思う保護者の心情にもうなずける。
 けれども、現場の意思を尊重して民主的に議論する限り、方針転換は考えられない。なぜなら市町村教委と学校のそれぞれ八割近く、市町村長の六割以上、保護者の五割以上は反対だったからだ。
 子どもに近い立場の人ほど学校や地域の序列化や、テスト偏重の授業の横行を憂慮している。かつての学力テストでは障害児を休ませたり、先生が答えをほのめかしたりと不正が相次いだと聞く。教育がゆがみ、地域がすさんだ。
 大学入試改革をめぐり政府の教育再生実行会議は、人物本位の評価への転換を提言したばかりだ。ペーパー試験では一面的な能力しか測れないからだ。学力テストの点にこだわる発想は矛盾する。
 かねて国連子どもの権利委員会は、日本の教育のありように警鐘を鳴らしている。すなわち、高度に競争的な学校環境が、子どものいじめ、精神障害、不登校、中途退学、自殺を助長している可能性があるというのだ。
 政治家の人気取りに利用されがちなテストは廃止し、こうした問題の解決を図ることこそが生きる力の底上げにつながるだろう。全国のトップからビリまで子どもが順位づけされる事態になれば、問題がさらに深刻化しかねない。

(11月14日付 中日新聞社説より)


なんでもそういう傾向はありますが、こと教育問題に関しては、これまで常に時計の振り子のように右へ左へと何年かの周期で大きく揺れています。
その原因は、政治であったり、教育委員会、日教組や親の願望などであったりするのですが、いつも犠牲者は選ぶ権利のない当の子どもたちです。


学力テストの本来の目的は、各教科・単元などの生徒たちの理解度を調査し、それをどのようにして現場に反映させて教育の質を向上させるか、ということにあるはずです。そして、それは取りも直さず、将来の日本を担う若者たちの育成です。


ところが、これまでもそうですが、莫大な経費をかけて実施するわりには、ただ単に平均点を出し、都道府県別、あるいは市町村別の出来・不出来の比較に終わってしまい、その結果が十分に現場に活かされてこなかったと、正直言わざるを得ません。


それが今回問題になっているように、学校別の結果を公表するようでは、学力テストの本来の目的どころか、単に学校間の競争やランク付けに終わってしまう可能性が非常に大です。
すると、教師も自校の成績を上げたいがために、点数を取らせるための暗記やテクニックなどの試験対策をすることにもなりかねず、結局のところ、かつての「ゆとり教育」の正反対の結果を生むことになります。


もっと長い目で見た、生徒に生きる力をつけさせるような本物の教育をするためには、ただ単に経費をかけて学力テストをすればいいというようなものではありません。


政治家や教育関係者だけでなく、もっと幅広く一般国民の生の声をもくみ上げて、議論する必要があります。
学力テストの莫大な費用を無駄にしないためだけでなく、一番大切な子どもたちのための真の教育を目指すために。


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43年ぶりの再会

2013.11.18日

今日は高校時代の親友、堀 博喜くんと実に43年ぶりの再会を果たしました。
堀くんのことはHくんという名で、「お前もか、ブルータス?」にすでに登場しています。大学時代に京都から彼の愛知県芸大生時代の下宿先を車で訪ねて一泊させてもらいましたが、それ以来ということになります。


彼は今、名古屋のNHK文化講座で油絵の講師をしていて、そのクラスを訪問させていただきました。


教室に一歩足を踏み入れるや、懐かしい油絵の具の匂いに圧倒されました。
生徒の皆さんはほとんどがご年配の方で、趣味で油絵を学んでいらっしゃいます。
堀先生が、生徒一人ひとりの絵の前に座って、どのようにしたらもっと良くなるかを、絵筆とパレットを手にアドバイスをされます。
横で聞いていて、その一つひとつになるほどと、思わずうなずいてしまいました。






生徒の皆さんに、私のことを高校時代の同級生で同じ美術部だったと紹介してくれました。
でも、私は早くに絵に見切りをつけて、自分の英語の道に進んで良かったと思いました。「命の恩人」のお陰です。


クラスの後、近くの美味しい寿司屋さんに連れていただきご馳走になりました。
堀くんが持ってきてくれた高校時代のクラス写真や修学旅行の写真を見ながら、昔話に花が咲きました。お得意客のようで、店長さんの特別扱いでした。
これが、高校2年の修学旅行時の二人の写真で、「使用前・使用後」です。







食事が終わって、彼と一緒によくグループ展をやっているという友人の個展にも連れてもらいました。






中高大学生時代、よく美術展や個展を回ったことが懐かしく思い出されました。


下の写真は、つい今月の3日から10日までギャラリーで個展を開かれた時の作品の一つです。






来年の1月8日からは、名古屋松坂屋で個展を開かれます。それを訪ねるのが今からとても楽しみです。お近くにお住まいの方は是非どうぞ。きっとご満足いただけるものと確信しています。


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原発 即ゼロに!

2013.11.17日




去る11月12日、小泉純一郎元首相が記者会見し、安倍晋三首相に「原発 即ゼロに」を訴えることを明らかにしました。


小泉氏の記者会見での発言のポイントは以下のとおりです。
1. 安倍晋三首相に対し、脱原発を政治決断するよう迫る。即時、原発ゼロが望ましい。
2. 自民党議員の本音は賛否半々。安倍首相が原発ゼロを決断すれば、自民党は反対できない。
3. 政治が原発ゼロを決めれば、知恵ある人がいい方針を出す。専門家の知恵を借り、その結論を尊重すべきだ。
4. 脱原発を目指す新党結成には否定的見解。
5. 政治の責任で放射性廃棄物の最終処分場所を見つけろというのは楽観的で無責任。

(11月13日付 中日新聞より)


また小泉元首相は、「原発ゼロ」の主な理由として、「脱原発3本の矢」を挙げました。
1. 核のゴミ
地下300mより深い場所で、放射能の影響が薄れるまで核のゴミを埋没することが法律で決まっているが、地震国で地下水が多い日本で、万年単位で安全に管理できる場所はない。しかも、自ら最終処分場の候補地を名乗る自治体などない(これは筆者の考え)。
2. 高コスト
原発はコストの安さばかり強調されるが、核のゴミや事故も考えれば決して安くない。老朽化した原発の廃炉や、原発の新規制基準を満たすための費用なども巨額で、結局は消費者が負担する。
3. 事故被害
事故から2年8か月たった今も、14万2千人を超える福島県民が避難生活を送る。被害者への損害賠償費用は既に3兆9000億円に上り、今後も増える。これまでの除染に1兆3千億円、再除染や除去した汚染土などの中間貯蔵施設建設などにはさらに数兆円規模に達する。


これらはどれを取ってももっともなことばかりで、「アベノミクス3本の矢」よりよほど説得力があります。
日本政府は、原発システムを海外に販売することによって利益を上げることを目論んでいます。
でも、日本の今回の原発事故の恐ろしさを見て政治的に方針転換し、脱原発を決断したドイツに日本はすぐにでも見習うべきです。
そして、この原発ゼロの方針転換を決める時期は今を逃すと、後になるほど困難になるのは目に見えています。


朝日新聞社が実施した全国定例世論調査では、小泉元首相の主張を「支持する」は60%にのぼり、「支持しない」の25%を大きく上回ったとのことです。
国民および地方自治体の声を聞いて、安倍政権は大決断をすべき時が来ています。


最近では太陽光発電や風力発電だけでなく、地熱発電や海上風力発電、海底水流発電や、私案の宇宙太陽光発電エネルギーステーション(「究極のエネルギー問題解決策発表」)など、新しい発電方法はどんどん研究が進んでいます。そして、人間の英知をを結集するならきっとまだまだ斬新なアイデアが必ず出てきます。


日本の将来のためにも、地球の未来のためにも、どう考えても「原発ゼロ」以外に方法はありません。


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省エネ車から蓄エネ車へ

2013.11.16日

1950〜60年代のアメリカ車はとてつもなく大きく、ガソリンをがぶ飲みしているような感じでした。また、それが繁栄のしるしでかっこ良く、庶民の憧れの的だったのです。



ところが70年代に入ると世界はオイルショックを経験し、以降省エネが叫ばれるようになって、車はどんどん小型化し、さらに最近では燃費のいいハイブリッド車がメインになってきました。
とてもいい傾向です。


ところが、最新のものは省エネタイプではなく、なんと蓄エネタイプだと言います。
これは、水素などをエネルギーにして走り、さらに走りながらエネルギーを充電して、地震などの非常事態にはエネルギー供給車として活躍するというのです。昨夜、テレビのニュースで見たものです。


「燃料電池バスから電力を供給」
水素などを燃料にして走る「燃料電池自動車」が次世代自動車として注目を集めている。政府が7月末に発表した「エネルギーに関する今後の重点施策」の中でも次世代自動車の普及策に掲げられた。その一環で2015年までに4大都市圏(首都圏、中部、関西、北部九州)を中心に、燃料電池自動車向けの水素供給設備を100か所にわたって整備する方針が打ち出されている。
 すでに日本のメーカーではトヨタ自動車、日産自動車、ホンダといった大手各社が燃料電池自動車を開発済みで、限定的な販売も始まっている。そのひとつが燃料電池バスで、トヨタはハイブリッド方式の「FCHV-BUS」をバス会社に供給しており、実際に羽田空港行きのリムジンバスなどで利用されている(図1)。

水素などを燃料にして走る「燃料電池自動車」が次世代自動車として注目を集めている。政府が7月末に発表した「エネルギーに関する今後の重点施策」の中でも次世代自動車の普及策に掲げられた。その一環で2015年までに4大都市圏(首都圏、中部、関西、北部九州)を中心に、燃料電池自動車向けの水素供給設備を100か所にわたって整備する方針が打ち出されている。
 すでに日本のメーカーではトヨタ自動車、日産自動車、ホンダといった大手各社が燃料電池自動車を開発済みで、限定的な販売も始まっている。そのひとつが燃料電池バスで、トヨタはハイブリッド方式の「FCHV-BUS」をバス会社に供給しており、実際に羽田空港行きのリムジンバスなどで利用されている。


 トヨタは今回FCHV-BUSをベースに、燃料電池バス(FCバス)から外部に電力を供給できるシステムを開発した。FCバスの燃料電池で発電した電力を交流100Vに変換して、車内にある2つのコンセントから最大3kW(各1.5kW)で供給する(図2)。

(図2 燃料電池(FC)バスによる電力供給の仕組み。出典:トヨタ自動車)


 1台のFCバスに水素が最大レベルまで充填された状態で、100時間以上にわたって電力を供給することが可能になる。9月2日に愛知県豊田市で行われた防災訓練において20台の情報端末に電力を供給するデモを実施した。
 さらにコンセント経由ではなくて建物の電気配線を通じて電力を供給できるV2H(Vehicle to Home)システムの開発も進めている。この方式だと最大で9.8kWの電力を50時間にわたって供給できるようになる見込みだ。2013年度から2年間をかけて「豊田市低炭素社会システム実証プロジェクト」の中で実証実験を行う予定で、2015年度からの実用化に備える。

(2012年9月3日 「スマート ジャパン」より)


2015年に実用化と言いますから、もう2年後です。
昨夜のニュースでも、もう具体的にそのバスが被災地などを想定した場所で家庭用の電力を供給している様子を映し出していました。


これからの技術革新は、これまで以上に加速度的に進んでいきます。
そして、その先方を担ぐのが、現在の子どもたちです。
いつも言っていることですが、教育は目先の暗記やテストでの点数、志望校合格などに目を奪われていてはなりません。
じっくりと腰を据えた、将来の日本をリードする人作りが本物の教育です。


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ムンクも真っ青「ギャーッ!」

2013.11.15日

競売会社クリスティーズが12日にニューヨークで行った競売で、アイルランド生まれの画家フランシス・ベーコン(1909―92年)の作品「ルシアン・フロイドの三習作」が、美術品の競売で史上最高額となる約1億4240万ドル(約141億6400万円)で落札された。
 これまでの最高額は、昨年5月に約1億1992万ドルで落札されたエドバルド・ムンクの「叫び」だった。

(11月13日付 YOMIURI ONLINE より )


この最新ニュースに私もびっくり、ムンクと一緒に叫んでしまいました。
昨日、FBでご紹介したところ、多くの人の関心を引き大きな反響がありました。
ご覧になっていらっしゃらなかった方々のために、ここにもう一度載せさせていただきます。


これがかの有名なムンクの「叫び」で、おそらくほとんどの人がこれまでに何度かは目にしていらっしゃるのではないかと思います。それぐらい世界的に有名な絵です。



これに対して、今回史上最高値で落札されたというフランシス・ベーコンの「ルシアン・フロイドの三習作」はこちらです。
私も見たのは初めてですが、多分ほとんどの方も初めてではないかと思います。



それにしても、絵の価値はどのようにして決まるのでしょうか?
それは、見る人、あるいは買う人の価値観です。
私にはムンクの方が馴染みがあるので、値打ちがあるように思われるのですが、落札した人にとってはベーコンの方がはるかに価値があるのでしょう。


私たちの人生も同じで、自分では価値がないと思っていても、神様からご覧になると、私たちには無限の価値があるのです。
ですから、私たちは自分の命を、人生を粗末にしてはならず、大切にしなければなりません。
そのことがわかったら、毎日の生き方が必ず変わってきます。


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三日坊主をクリアする方法

2013.11.14日

先月の25日、「今日は久しぶりの休日」に、近くの体育館のトレーニングジムに行き始めたことを書きました。
そしてそれに続き、「心身魂の鍛錬」で2回目のジムに行った旨をお伝えしました。
この体育館は年末年始の一週間だけが休みということで、「すごい!」と驚いていたのですが、ちょっと驚くのが早過ぎました。


その直後の11月4日〜11日まで1週間休館となり、気を削がれてしまいました。
でも、今の私はそれぐらいのことではへこたれません。
再開された一昨日行って、さらに今日も行ってきました。
なんと今日は4日目で「三日坊主をクリア」したのです。



(ウォーキングをしているところ)


今年の始めのブログでも「三日坊主になるかどうか…」という記事の中に「今年の目標は健康管理」と書いたのですが、思い返せばこれまで三日坊主だったことは数え切れないほどありました。


子どもの頃は、新年を迎えると今年こそは毎日日記をつけると自分に誓いながら、いつも三日坊主でした。
毎日、予習・復習をする、なんていうのは、三日も続きませんでした。
三日は続いても三か月続かなかったことや、三年しか続かなかったこともたくさんあります。


信仰はこれまで36年間続き、これはもう死ぬまで絶対に続けられる自信があります。信仰が楽しくなり、私の人生の基盤、揺るぎない信念、生活の一部となってしまったからです。
幼稚園の頃から英語が好きで、大きくなったら絶対に英語を自由に話せるようになりたい、という目的と目標を持ち、英語の勉強を楽しんできた結果が今日の私につながっているのも同じです。


今年の目標は健康管理と書いて、これまで三日坊主に終わらずにウォーキングや健康食などがずっと続いているのは、やはり明確な目的と目標があり、それを楽しんでいるからです。


何事もそうですが、明確な目的と目標があると、これは強いです。さらに、いやいやしたりするのではなく、それをすることの中に楽しみを見出すこと。楽しみながらやっていると、これは続き、そして繰り返しているうちに習慣になり、逆にするのが当たり前になってしまいます。


つまり、三日坊主をクリアする方法は、それをするための「明確な目的と目標」を持つこと、そしてそれをするのを「楽しむ」こと。あとはその目的と目標を達成するまで毎日繰り返すことです。


これは勉強や仕事やスポーツ、趣味など、どんなことにも言えます。
皆さんもおそらく、ご自分のこれまでを振り返ってみると、長く続いているものは、やはりそれをする目的と目標があったこと、そしてそれを楽しんできたからではないでしょうか。


これから何かチャレンジしようと思っていることがあるならば、ぜひともこの「目的と目標と楽しむ」の三点セットをお試しください。きっとうまくいきますよ。


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両親の愛情たっぷり受けて

2013.11.13日

昨日「甘ったれるな!」という記事を書きました。
レーナ・マリアさんは両腕がなく、左足が右足の半分の長さしかないという大きなハンデを持ってこの世に生まれてこられましたが、ご両親の愛情をいっぱい受けて育たれました。


1988年のソウルパラリンピックでは、両腕がないにも関わらず、背泳4位、自由形5位、平泳ぎ6位入賞というとてつもない記録を出して世界の注目を集めました。
私なんか両腕、両足、それこそ五体満足な身体でありながら、パラリンピックでどんな競技に出ても、それこそ最下位間違いなしの心身ともに弱い者です。第一からして、両腕がなくて背泳、自由形、平泳ぎができるということ自体が私の限られた頭では理解不能です。


以前、「五体不満足」という記事の中で乙武洋匡さんのことを書きましたが、人の幸不幸は健康や物質的豊かさなどによるものではないのです。


冒頭に書いたレーナ・マリアさんが、去年日本に公演にいらっしゃった時のテレビCMをYouTubeで見つけました。とても感動的なのでお裾分けさせていただきます。
昨日のブログに載せた動画には彼女の歌声しか入っていなかったので、彼女の普段の姿を垣間見ることは私たちにとって大きな励みになります。
障がいの辛さなど微塵も感じさせない彼女の笑顔、輝きをご覧になってください。ご両親の愛情をたっぷり受けて育ってこられたレーナ・マリアさんを。
(ビデオの字幕中「2つの足がなくても」は、「2つの手がなくても」の誤りです)



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甘ったれるな!

2013.11.12日

これまでこのブログで障がい者についての記事をたくさん書いてきました。
その一部を挙げると、「頑張れ、リジー!」「神様のウンチ」「盲目にならなくても見える!」「サヴァン症候群 天才か?」などです。


私のブログのタイトルは「元気の出るブログ」ですが、これらを書いたのは、ある意味自分への励ましの意味も含んでいます。
「甘ったれるな!」と自分に言い聞かせているのです。


私たちは、と言うか私は、どうしても自分に甘いところがあり、ちょっと大変だったり、苦しかったりすると、すぐに「ああ、神様!」と神頼みになってしまうのです。
でも、上に挙げた人たちのことを思うと、自分の大変さや苦しさなど足元にも及びません。
ついつい自分に甘くなってしまうのです。


私自身がいつもこのブログの中に書いているように、人生の質を高めるかどうか、幸せになるかどうかは、自分の考え方次第なのです。


今朝、FBフレンドの方がレーナ・マリアさんの「馬槽の中に」をシェアしてくださっていました。
レーナ・マリアは私も大好きなゴスペル歌手で、日本にもこれまで何度かコンサートに見えていてファンもとても多いです。


彼女のことはご存じの方も多いことでしょうが、以下に概略をWikipedia から引用させていただきます。


1968年、スウェーデン中南部のハーボ村に生まれる。障害のために、出生時から両腕がなく、左脚が右脚の半分の長さだった。両親の元で育てられる。
1988年、ソウルパラリンピックに出場し、背泳4位、自由形5位、平泳ぎ6位入賞する。その後、音楽で生きることを決意し、水泳選手をやめる。彼女のドキュメンタリー番組「目標に向けて」がヨーロッパ各地でテレビ放映され、大きな反響を呼ぶ。
1991年、テレビ朝日「ニュースステーション」でレーナのドキュメンタリー番組が放映される。その後、ニュースステーションに出演。
1995年、ビョーン・クリングヴァルとストックホルムで結婚。
1998年、長野パラリンピック(冬季)の開会式で歌う。
1999年、大分国際車いすマラソン大会の開会式で歌う。


そして、ここにそのレーナ・マリアさんの美しい歌声をご紹介させていただきます。
今、少し弱っている自分に、そして同じような境遇にいらっしゃる方にも「甘ったれるな!」というメッセージを込めて。



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要注意!

2013.11.11日




太りすぎがメタボや糖尿病などの原因になることはよく知られている。食事制限や運動で減量に懸命の努力をしている人は多い。
◆手っ取り早くやせようと、ダイエット食品に飛びつく向きもある。だが、過去には中国製品による重い副作用での死亡例もあり、用心が要る。
◆思い切った方法としては、胃を縛ったり、小さくしたりする外科手術がある。食べる量が減って効果があり、米国では広く行われている。リスクもあり、対象はかなり重度の肥満に限られている。
◆やせずにメタボや糖尿病を治療する薬ができるか
もしれないという。東京大の門脇孝教授らの研究チームが、糖尿病などを改善する働きのある物質を見つけ、飲み薬としての開発を目指している。
◆減量の苦労なしにメタボを治せるなら福音だが、まだ動物実験の段階。実用化されるとしても当分先になる。
◆研究チームは「心臓や関節の病気で運動ができない人の治療」とも説明している。やはりメタボ対策は、食事の節制や運動の地道な努力が基本のようである。

(11月9日付 読売新聞「よみうり寸評」より )


昨夜、テレビのニュースでもこの肥満の問題を取り上げていました。
国連によると、世界でもっとも肥満率が高い国はアメリカを越してメキシコになりました。メキシコの成人の約70パーセントが太りすぎで、うち約33パーセントは肥満とのこと。


体重に問題をかかえているメキシコ人は、1989年にはわずか10パーセント未満でしたが、2011年には、国連の食糧農業機関がメキシコ国民の体重増加が緊急レベルに達したと発表。しかし、そのまま肥満の流行を食い止めることはできなかったようです。


メキシコ人の肥満の一番の原因は高カロリー、炭水化物、脂肪、糖分の摂り過ぎにあります。
とくに小さな子ども、幼児までがコーラ類をたくさん飲んでいるのです。


子どもの肥満が深刻化する中、コカ・コーラ社が肥満撲滅のため新たなキャンペーンに乗り出しました。キャンペーンは「太るからコカ・コーラはあまり飲まないで!!」という皮肉なのものです。


【肥満率の高い国トップ20】は:
1位:メキシコ(32.8パーセント)
2位:アメリカ合衆国(31.8パーセント)
3位:シリア(31.6パーセント)
4位:ベネズエラ、リビア(30.8パーセント)
5位:トリニダード・トバゴ(30.0パーセント)
6位:ヴァヌアトゥ(29.8パーセント)
7位:イラク、アルゼンチン(29.4パーセント)
8位:トルコ(29.3パーセント)
9位:チリ(29.1パーセント)
10位:チェコ共和国(28.7パーセント)
11位:レバノン(28.2パーセント)
12位:ニュージーランド、スロベニア(27.0パーセント)
13位:エルサルバドル(26.9パーセント)
14位:マルタ(26.6パーセント)
15位:パナマ、アンティグア(25.8パーセント)
16位:イスラエル(25.5パーセント)
17位:オーストラリア、セントヴィンセント(25.1パーセント)
18位:ドミニカ(25.0パーセント)
19位:英国、ロシア(24.9パーセント)
20位:ハンガリー(24.8パーセント)


これらの国を見てわかるように、決して豊かな国が肥満の割合が多いわけではないのです。


日本の肥満度は、OECD 加盟34か国中34位。「太り気味」の BMI 25以上の人は人口の25.1%に留まっています。「肥満」とされる BMI 30以上の人はわずかに3.9%。日本では米国とは対照的に、「普通」や「低体重」の人が多数派を占めるようです。
かつて「肥満」だった私も、今や「普通」から「低体重」になりました。食事と運動の成果です「肉体改造 ズッドーン!」


1998年から2025年の間で、肥満に関係した糖尿病患者の数は2倍に増え3億人になるとされています。ほかにも、太りすぎによる健康トラブルは枚挙にいとまがありません。


皆さん、健康管理のために、正しい食生活と運動に努めましょう。
私も今、一生懸命取り組み中です。


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間違ってもいい

2013.11.10日




もと鹿児島藩士で維新後に滋賀県知事を務めた中井桜洲(おうしゅう)にロンドン留学中のこぼれ話がある。知人の家を訪問した帰り道、同じ家を訪ねる英国紳士に道を聞かれた。「3軒目の家だ」と伝える英語力がない。
◆桜洲は家並みを指さして言った。「ツデー、ツモロー、アフターツモロー・ハウス」(注: 明日、明後日、し明後日の家)。通じたという。言葉が通じたというよりは、伝えたい心と受け止めたい心と、心が通じたのだろう。
◆プロ野球の日本シリーズで記憶に残った光景がある。東北楽天がピンチの場面で何度か、三塁を守るマギー選手がどの日本人選手よりも早くマウンドに駆け寄り、投手に声を掛けていた。
◆助っ人も生え抜きもない。英語も日本語もない。同僚がつらいときだから、そこに行く。チームが一丸となるとはこういうことかと、テレビを見ていて感じ入った。駆け寄る足音だけで、気持ちは投手に通じただろう。
◆心があれば言葉は通じる。小欄も遅ればせながら、街角で外国人に道を聞かれたときは、桜洲先生にならって堂々と答えることにしよう。多少ヘンな英語が返ってきても、どうか「ワン・プリーズ」(ひとつよろしく)。

(11月6日付 読売新聞「編集手帳」より )


最後の「ワン・プリーズ」(ひとつよろしく)には笑ってしまいましたが、この記者の言わんとしていることは、本当にどれもこれもまっとうなことばかり。
「心があれば言葉は通じる」は、本当に大切な考え方で、記事冒頭の『「3軒目の家だ」と伝える英語力がない。桜洲は家並みを指さして言った。「ツデー、ツモロー、アフターツモロー・ハウス」』には、心底恐れ入りました。


上の「心があれば通じる」の論点を一歩進めて、これを教育に応用させたいと私は願っています。
日本には「恥の文化」というのがあって、間違って恥をかくことを恐れるあまり何も言わない、ということがよくあります。
これは、学校教育においてもしかりで、教師が「何かわからないことがある人」とか「質問は?」と尋ねても、勇気を持って手を挙げ尋ねる人はまずいません。


以前、「恥をかくこと」という記事の中にも書いたことがありますが、アメリカ留学中に経験したことで、教授の授業レベルの高さとともに、学生の質問内容のレベルの低さに驚いたことがありました。


しかしそれでいいのです。
恥をかいてでも、学ぶことが何よりも大切なのです。と言うか、恥をかかずに学ぶことなんかできないと言っても過言ではありません。
「間違いから学ぶことは学問の王道だ」と「アンコー、ハスペロー」の中にも書きましたが、このような雰囲気をクラスの中で教師が作ることが大切です。
教師にそのような心があれば、それは生徒にも必ず伝わります。


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五感を最大限に

2013.11.09日




五感という分類の仕方は、もともとは古代ギリシャのアリストテレスによる分類に端を発しており、それが様々な文化に引き継がれ、現在でも小学校などでも教えられており、広く通念ともなっている。
すなわち視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚をさす。
学問的には、現在では、感覚には少なくとも9種類はある、と大方認められており、細かく分類すれば20余りある、とする説明もある。
(以上Wikipedia より一部抜粋)


まあ、細かいことはいいとして、実質的に私たちが日常意識しているのは、やはり上の視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感です。
中には身体的な障がいを負っていて、このうちのいくつかの感覚が麻痺、あるいは機能していない人たちもいます。


盲聾唖(見えない・聞こえない・話せない)という三重苦の中で、家庭教師のアン・サリバン女史の助けによって、冷たい井戸水の触覚をきっかけに三重苦を克服したというヘレン・ケラーの話などは、本当に感動的です。


スーパーマンのような人は誰もいず、みんな何らかの弱さを持っています。
私など小学生の頃は、視力は両眼ともにいつも1.5で自信があったのに、中学2年の時に急に落ち始め、高校に入った最初の検査ではもう0.01というレベルまで落ちていました。視力0.01というのは、眼鏡を外してはっきり見える距離が10cmというものです。
勉強のやり過ぎでした、なんて言えればいいのですが、実際は父親からの遺伝といつも暗いところで本を読んでいたのが原因だったのでしょう。自慢じゃないですが、勉強は全然しませんでした。


4年ほど前には突発性難聴になり、同病で入院していた人はみんな治らなかったのに私だけが奇跡的に癒されました。でも、聴力は今でも劣っていて、人の話をよく聞き返します。


触覚、味覚、嗅覚は今のところ大丈夫です。これらも年とともに徐々に衰えていくのでしょうが。


しかし、私のモットーは常にその時々において、一瞬一瞬、最大限に五感を活用し、その恵みに感謝するすることです。
何を見ても「ああ、美しいな!」と感動し、何を聞いても「ああ、なんて素敵なんだ!」、何に触れてもその触感を慈しみ、楽しみ、何を食べても飲んでも「ああ、美味しい!」と心から味わい、どんな匂いを嗅いでもその香りを楽しむようにしています(子どもの靴の臭いはまだ苦手ですが)。


このようなことを普段から意識していると、何を見ても、聞いても、触れても、食べても飲んでも、香りを嗅いでも、感動して、生かされていることを実感し、感謝の気持ちにあふれます。
私は人と接する時を始め、散歩する時も、食事する時、読書、音楽、テレビ、映画などを楽しむ時も、五感をフルに活かし、至福の時を楽しんでいます。


ただ、一つだけ気をつけなければならないことがあります。
それは何かと言うと、あまりにもすべてにおいて鋭敏になり過ぎると、心身に与える影響が大きくなり過ぎて、負担になることもあるということです。
過去の偉大な芸術家や文芸家を始め、おおよそ各分野でずば抜けた人たちというのは、一般的に感受性が異常に鋭い人たちで、そのため自らを滅ぼす結果になった人も少なくありません。


ですから結論としては、人生を楽しむために五感を最大限に活用することは大切ですが何事もほどほどに、ということです。


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PM2.5に注意!

2013.11.08日

Genesis 1:1
In the beginning God created the heavens and the earth.........after that everything else was made in China.

創世記1:1「初めに、神が天と地を創造した。…その後、他のすべてのものは中国で作られた」
(FBフレンドの小林医師のポスティングより)


これには笑ってしまいました。
本当に言えてる。
昔、私が小学生の頃、お祭りや夜店の屋台で売られていたブリキ製の1個10円のチャチなおもちゃには、なぜか英語で"Made in Japan"と書いてありました。
ところが、今や日本のメーカーの家電でも裏を見ると"Made in China"と書かれているものがほとんどです。
まあ、インドネシアやシンガポール、マレーシアというのも最近は増えてきましたが。


しかし、笑っているどころではないのです。今、日本国内でも問題になっているPM2.5もMade in China。
北京などでは、まるで霧のようで5メートル先が見えないことすらあると言います。さらに北京に一日滞在するとタバコ21本吸ったのと同じだとか。



そして、秋から冬にかけて、雨が降らないのでそれが偏西風に乗って日本に流れてきます。
今年、もうすでに国の基準を超える高い濃度が計測されているそうです。



目や鼻、喉に影響が出るだけでなく、呼吸器や心臓能力にも及び、さらに肺がん、発癌リスクを最高レベルに上げ、死亡率は上昇し、精子・卵子が作られにくくなって生殖能力にも影響を及ぼすと、昨夜のテレビニュースで言っていました。


PM2.5はとても細かい微粒子のため、口から吸い込むと、血管に入り全身に巡り、細い血管が詰まりやすくなって、脳梗塞、心不全、動脈瘤、呼吸困難、肺がん、腸管出血なども引き起こすそうです。


注意報などが発令されたら、外出を控えることと、やはりマスクをするぐらいしか予防策はないようです。
ただ、気をつけないとマスクも効果の低い"Made in China"ですのでご注意を。
中国ではこんな毒ガスマスクをつけている人もいるそうです。



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桜並木の散歩道を歩いて

2013.11.07日




満開だったらさぞかし息を飲むような美しさだろうな、と思われる桜並木の散歩道を昨日、今日と1時間あまり歩いてきました。
愛知県犬山市から江南市、大口町、岩倉市、川井町を流れる五条川沿いの全長27.11kmの尾北自然歩道と呼ばれるところで、そのうち岩倉市内は中央を7.6km通っています。
小さな川ですが、両岸4〜5mおきに植樹されている桜は今はまだ黄色や赤の葉に覆われていて、一部の葉がハラハラと水面や散歩道に舞い落ちています。春の満開のシーズンの華麗さは十分に想像がつきます。


10〜20cmほどの浅い川には鯉があちらこちらにたむろしていました。別の場所で、2匹の美しいニシキゴイを目にしました。



そう言えば、30年前アメリカ留学中のこと。教会の方がお食事にお招きくださり、裏庭の日本庭園を見せていただきました。ここがアメリカか、と思うほどの立派な庭園にはこれまた素敵な池があり、そこに十数匹の大きなニシキゴイが悠々と泳いでいました。
お尋ねしたところ、一匹なんと当時のお金で10〜15万円ほどもしたとのこと。


ここでは普通の黒のコイは大きな集団を成して泳いでいるのですが、ニシキゴイは一匹だけ。「醜いアヒルの子」じゃないですが、コイたちの間では、お互いに違うとか、どちらがより美しいとか、そんな意識はまったくないことでしょう。みんな平等で、喧嘩もなければ、いじめや仲間外れなどもない世界です。


同じ種類の動物や魚や鳥など、みんな群生しています。
そう言えば、2か月ぐらい前だったでしょうか、平塚の金目川沿いの小径を散歩していた時、河原にカラスの大集団がいました。その外れにシラサギが一羽だけいて「白一点」で、なんだか違和感を覚えました。当のシラサギは感じでいなかったのでしょうか。


FBフレンドのマデレンさんがご夫妻で中国旅行に行っていらっしゃいました。
ご帰国されて、旅行中の写真をFB上でシェアしてくださっているのですが、その中に面白いものがありました。






「犬も猫も豚もみんな友達」とあります。羨ましいです。
人間なんてみんな仲間なんだから、肌の色や言葉や文化、住んでいるところなどが違っていても、はたまた同じ国の中、同じ会社、学校、家族の間ですら仲たがいするのは、すぐにでもやめて、上の犬、猫、豚のようにみんな本当に仲良く平和に暮らしたいものです。


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超一流と超三流

2013.11.06日

昨日は、もうずいぶん前に教会で知り合い、3日前の日曜日に礼拝後ずっと一緒に話していたアメリカ人の友人、マイクを職場に訪ねて岐阜に行ってきました。
長い電車の中で、FBフレンドのハワイの医師、小林先生から送られてきた「ユダヤ人の笑い話より」シリーズに夢中になっていました。次のはそのうちの一つ。


「改名」
アドルフヒトラーの時代、ドイツでは個人の名前の変更は原則として赦されなかったが、よっぽどひどい名前の場合は例外的に改名を認める場合があった。
一人のユダヤ人が名前を変えたいといって役所にきた。
"お前の名前はなんというのか?"
"はい、アドルフ•シュティンクフースといいます"
(シュティンクフースとは英語でSTINK FOOT「臭い足」の意)
"なるほど、シュティンクフースか、これじゃあ仕方が無い。改名を許可しよう。で、新しい名前はなんという?"
ユダヤ人はおどおどしながら答えた。
"カール•シュティンクフースです"



このシリーズ、どれもとても面白いので、私もぜひ読んでみたいと思い、小林先生に出典をお尋ねしたところ、「30年も前に読んだ本で名前を忘れました」とのお返事。書名を忘れても、その中身をこれだけはっきりと、しかもいくつも覚えていらっしゃるあたり、さすがです。


そこで、岐阜までの電車があまりにも長いので車中、ネット検索してみました。
すると、あるわあるわ。本もたくさん出ています。
見ていたら次のような傑作に出会いました(一部改変)。


イスラエル国会の議長は毒舌をもって知られていた。あるとき、本会議で120人の議員を前にして
「この議会にどうして信頼を置けというのですか。議員の半分がバカなのに!」
と演説を締めくくった。
 しかし、あまりにも侮辱的な発言なので、本人やメディアに講義の電話やメールが殺到した。
翌日、彼はやむなく演壇に立って謝罪した。
「昨日の私の発言で、ご迷惑をおかけしたことを、心から深くお詫びいたします。昨日の発言を撤回させていただきます。議員の半分はバカではありません」

(「頭が良くなるユダヤ人ジョーク集」より)


うーん、これには唸りました。こういうものばかり読んでいたら確かに頭が良くなりそうです。
同時に、これは今の日本の国会での質疑応答を見ていて、議員たちにそのまま送りたい言葉だと思いました。


というところで、岐阜駅に到着しました。お陰で長い旅もまったく退屈せずに済みました。


岐阜駅で降りて、マイクに描いてもらった地図を見ながら難なく目的地に着くことができました。
なんと駅前の一等地にある37階建ての立派なビルです。



マイクに案内されて、一つひとつの教室やカウンセリングルームなどを見せていただきました。とてもきれいなオフィスで、英会話教室として使うのはもったいないぐらいです。
教材や、パソコンと連動させた最先端の大きなモニターや電子白板などの教具も実演して見せてもらいました。
これがまたすごい!
英会話テキストをもとに、パワーポイントを使った自作の教材でデモンストレーションしてくれました。
もう見事というほかありません。



しかも、生徒は小学生から一般成人まで、ひとクラスほとんどが1名か2名と言いますから、本当に贅沢なシステムです。
文字通り世界最先端、最強のシステム、そしてマイクのようなとても優秀な先生に学べる生徒はなんて幸せなんだろうと、羨ましく思いました。


このあと、マイクと英語教育論やお互いのバックグラウンド、家族のことなど親しく話し合うひと時も与えられ感謝でした。
私が30年近く前、中央大学で教えていた頃の最先端機器は、オーディオ・ビジュアルという名のもと、VCRのビデオテープで、早送りしたり巻き戻したりしていたことをマイクに話したところ、そう言えば自分が子どもの頃、父親がそんなのを使っていたなですって。隔世の感を禁じ得ませんでした。


ただ、一等地にある一流のビル、一流の教具教材、一流の講師で、生徒は1人か2人ということですから、費用の方も超一流のようです。当然のことですが。


そこで、ユダヤ人ならこんな時、どんなジョークを言うのだろうと帰りの電車の中で考えてみました。次のは自作のユダヤ人ジョーク。


<カウンセリングルームにて>
カウンセラー「無料体験されていかがでしたか?」
体験生「何もかも超一流ですごいです。ただ、授業料も超一流で…」
カウンセラー「そりゃそうでしょう。すべて超一流ですから」
体験生「ただ一つだけ超三流のものがありますよ」
カウンセラー「えっ、超三流のものなんてありませんっ!」
体験生「いえ、確かに超三流のものがあります。生徒の私の財布の中身が超三流です」


お後がよろしいようで…


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羊頭狗肉

2013.11.05日




(11月5日付 中日新聞より)


缶詰のラベルに〈牛肉風うま煮〉。中身は馬肉である。実在の品か、笑い話か、実否のほどは不明という。世相語の採集で知られた国語学者の見坊(けんぼう) 豪紀(ひでとし)さんが『〈’60年代〉ことばのくずかご』(筑摩書房)に書き留めている。
◆まあ、嘘(うそ)は言っていない。当節が当節だから、嘘だけはつかない心掛けに誠実味を感じてしまうところが悲しい。あちこちの有名ホテルで、レストランのメニューから“偽装”も同然の「誤表示」が明るみに出ている。
◆「小ぶりのエビは、すべて〈芝海老〉と表記していいと思っていた」という記者会見での言い訳には笑ってしまった。
◆ひょっとすると、霜降りの牛肉はすべて「松阪牛」と表示していいと思っているのかも知れない。俗に〈一文儲(いちもんもう)けの百失い〉という。たかだかナンボかの後ろ暗い儲けと引き換えに、信用の暖簾(のれん)に泥を塗ってどうする。
◆西洋のジョークより。「ボーイ君、これは仔牛(こうし)の肉かね? それとも、普通の牛肉かね?」「区別がおつきになりませんか?」「うん、つかないなあ」「それなら、どっちだっていいじゃありませんか」。それを言っちゃあ、おしまいよ。

(11月11日付 読売新聞「よみうり寸評」より )


確か中学の時、国語の時間に「羊頭狗肉(ようとうくにく)」の四字熟語を学びました。
ネットの四字熟語辞典には次のようにあります。
「狗肉」とは、犬の肉のこと。
羊の頭を看板に掲げながら、実際には犬の肉を売ってごまかすことから。
『無門関・六則』に「羊頭を懸けて狗肉を売る」とあるのに基づく。
また、『晏子春秋』には「猶牛首を門に懸けて馬肉を売るがごとし」とある。
【出典】 『無門関』
【注意】 「羊頭苦肉」と書くのは誤り。



「車海老といいながら実際はブラックタイガーだった」など、次から次へと発覚する今回の一流ホテル、レストランの偽装表示事件、ルーツはここにあったのですね。
上にご丁寧にも、【注意】 「羊頭苦肉」と書くのは誤り。とありますが、ホテルやレストランのお詫びの記者会見で語られる「小ぶりのエビは、すべて〈芝海老〉と表記していいと思っていた」とか「誤表示」だったという、これぞまさしく「苦肉」の弁明。


確かに上の西洋のジョークじゃありませんが、仔牛の肉か牛肉かなんてプロでもない限りわかりませんよ。「それなら、どっちだっていいじゃありませんか」というわけにはいきません。


企業の場合、こういったことがどこからか漏れて明るみに出ると、お詫びの記者会見とか、取締役辞任とかでまあ何とか片を付けるわけですが、このたびの秘密保全法ではそうはいきません。
「羊頭狗肉」以上に、非常に危険な臭いがプンプンします。
冒頭の小泉元首相のような「外野党」が必要になってきました。


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度肝を抜かれた市民文化祭

2013.11.04日

今私が滞在している愛知県郊外の小さな町、岩倉市では毎年文化の日にちなんで、11月頭に四日間、市民文化祭が体育館(総合体育文化センター)で開催されます。


昨日、足を運んで観てきました。
これがまたハンパじゃなく、度肝を抜かれました。
広い体育館が所狭しとぎっしり一般市民の手による芸術品で埋め尽くされているのです。見物客は引きも切らず、会場は人であふれていました。
小学生から成人まで数百人が参加しているこの文化祭、そのレベルの高さに舌を巻きました。


生花、盆栽、日本画、洋画、書道、彫刻、工芸、写真に始まり、洋服のデザインや日常小物品等など、その数においてもクオリティにおいても、素人の一般市民による作品とは思えないほどのものばかりです。
専門家の審査員による市長賞、記念賞、美術展賞などもありましたが、それ以外のものもどれもこれも力作ぞろいです。
出品者のお名前を見ていると、「◯◯子」というのが多いところから、熟年者が過半数を占めるものと想像しました。ここでも、老人(と言っては失礼ですが)パワーを感じました。


さらに驚いたのは、キルトクラブ、伊勢型紙を楽しむ会、アートフラワー教室、婦人会、老人クラブ、俳句俳画会、ペン習字会、焼き物を楽しむ会、華風会、学書会、木彫りの会、桜ちりめん細工、七宝愛好会、手編の会、ニットサークル、フラワーアレンジメント、洋裁サークル、リボンアートクラブ等など、大小さまざまな有志によるサークル活動が活発に行われているということでした。
私も十二分に心の栄養をいただきました。あとはもう言葉は不要でしょう。
その作品の一部を下に写真でご紹介します。存分にお楽しみください。(写真をクリックすると拡大されます)







































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昨日の大きな収穫

2013.11.03日

「実るほどに頭を垂れる稲穂かな」という記事をずいぶん前に書きましたが、昨日は散歩してしてまさにこの文字通りの光景をたくさん目にしました。



このことわざは本来、人の謙遜さをうたったものですが、その由来である実物も当たり前のことですが、その通り「実って頭(こうべ)を垂れて」刈り入れを今か今かと待っているようでした。


隣同士の田んぼで、すでに刈り入れが終わっているところもあれば、刈り入れを待っているところ、さらにはまだ色づいていない成長の遅い稲もあり、素人考えながら不思議に思いました。
植えられた苗の問題なのか、その時期なのか、それとも土地の質(栄養状態)の問題なのか私にはまったくわかりません。



昨日も体育館のジムに行きました。
そのすぐそばの田んぼで、刈り入れが終わったところにご夫婦で藁を蒔いていらっしゃる方があり、立ち止まってお声をかけました。



「それは田んぼの養生のためにしていらっしゃるんですか?」
「ああ、そうじゃよ。これから寒くなるから、土地を冷やさないようにな」
「お宅の田んぼは早くに刈り入れが終わっているのですが、向かいの田んぼは十分に色づいているのになぜ刈り入れをしないんですか?」
「わしらは歳取ってもう暇だからいつでもできるけど、この辺の田んぼをやってる人で農業専業の人はほとんどなくて、みんなサラリーマン兼業なんじゃよ。それで、稲刈りをするにも手がないもんだから、土曜とか日曜にやったりするからなかなかできんのじゃ」
「へえ〜、サラリーマン兼業なんですか」
「そう、今どき農業だけでは食っていけんから、みんな働いとる。うちなんかも、これで自分とこの分だけで、売るところまでいかんよ」
「そうなんですか。大変ですね。最近は自動稲刈り機をよく見ますが」
「もう今はみんなあれを使っとる。手で刈り入れやっとるとこなんかほとんどない。けど、あの機械安いもんでも100万ぐらい、高いもんやと1000万もするよ」



(後ろに見えるのが体育館)

「へえ〜、そんなに高いんですか。あと、この近くの田んぼを見てたら、まだ青いまんまの稲もあったんですが、あれはどうしてですか?」
「あれは肥料のやり過ぎじゃよ」
「肥料はやり過ぎてもだめなんですね」
「あと、いつ田植えしたかとか、日当たりとか、土地とか、いろいろあるなぁ」
「台風で稲が倒れているところもたくさんありましたが、あれでも刈り入れはできるのですか?」
「ああ、あれは手でやりよるよ」
「普通、刈り入れって9月から10月じゃないんですか?もう11月ですけど」
「台風があったのと、刈り入れの手がないのと、まあちょっとでも遅らして実を大きくしようと思っとるんじゃろ」
「なるほど、よくわかりました。ありがとうございました。頑張ってくださいね」


このご夫婦と話していて思いました。
人間も同じだなぁと。
成長の早い人もいれば、遅い人もいる。
田んぼにおいて日差しなど、見たところ同じ条件のように思われるところで育っても異なる結果が生まれる。
それこそ同じ親からでも、全然違う兄弟姉妹が生まれてくる。
栄養を与え過ぎてもだめ。
同じ田んぼで取られた米でさえ、みんな同じ味ではない。美味しいのもあればそうでないのもある。
私たちにはその理由はわからない。
しかし、現実にみんな違う。


でも、それで当たり前なんだ。
人も顔も違えば、身体の大きさや性格も、能力もみんな違う。
だからこそ、みんなが必要で、誰ひとりこの世に不必要な人なんかいない。
神様はよくご存じだ。


でも、それでは人に迷惑をかけたり、暴力を振るったり、さらには人のものを盗んだり、騙したり、殺したりする人がいるのはなぜ?
そうか、これが聖書の言うところの「罪」で、今、大きな問題になっているホテルやレストランなどの産地偽装、表示偽装なども全部納得がいく。
逆に言うと、人間の罪の問題を解決せずに、この地上において、みんなが住みやすい、安心できる社会、あるいは国、世界などできるわけがないのだ。


というわけで、昨日は農家の方から多くのことを教えていただきました。これが私の昨日の大きな収穫でした。


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教育者の使命とは

2013.11.02日

「おはよう、フェルプスくん。
今回の君の使命は…
リーダーやメンバーが捕えられ、或いは殺されても当局は一切関知しない。なおこのテープは自動的に消滅する」

私が高校生の頃、大ヒットしたテレビ番組「スパイ大作戦」の冒頭のおなじみのシーン。
当時、一番お気に入りの番組で、試験中でも欠かさず観ていたぐらいです。


さて、少し前に書いた「急速に近づいてきた近未来の世界」「行くぜ、キット! 了解です、マイケル」の内容が、いよいよ本当に目前に迫ってきた感があります。


「スパイ大作戦」で毎回使われていた道具、変装用のラバー製の顔マスクが今や3Dプンリタで本当に作れるのです。しかも、高いと思っていた価格も、塾を始めた30年近く前、最初に買ったページプンリタと変わらないほど安価です。






そして昨晩、テレビのルポルタージュ番組で、名古屋工業大学国際音声技術研究所で開発した個人用音声合成システムが紹介されていました。
声が出なくなった、ニューロン疾患(MND/ ALS)などの脳神経変性病患者の事前に録音しておいた声を元に、コンピュータが声を合成して本人の話し方などの特徴もそのまま、簡単な操作で声に出して家族と会話できるのです。
これには本当にたまげました。


なんと、この機械と上の3Dプンリタで作った人面マスクを組み合わせたら、もう「スパイ大作戦」の世界です。


「おおよそ人が考え得ることは、すべて実現可能です」と以前「究極のエネルギー問題解決策発表」に書きましたが、まさにその通りです。
そして、地球の将来を担うのが現在の子どもたちであり、その宝物のような子どもたちを育てるのが、教育者の使命です。
教育者は、決して高校や大学進学のための受験テクニックを教えるようなものに成り下がってはなりません。


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小学校の英語教育

2013.11.01日




「ワッタイム イズ イッ(何時)?」。
豊橋市立芦原小学校の図書室。三年生の英語授業を支援するスクールアシスタント(SA)が流ちょうに問い掛ける。
「イッツ テン オクローック(十時です)」。子どもたちが大きな声で答えると、かたわらにいた担任教諭が「グッジョブ(良くできました)」と声を掛けた。黒板は使わない。頼りは耳だけだ。
豊橋市は全五十二小学校で、三〜六年生が月に二回(年二十時間)、英語の授業を受ける。三、四年では非常勤のSAが、五、六年では近くの中学校に常駐している外国語指導助手(ALT)が、担任教諭を補助する。
朝や帰りの会でも復習するなどして授業と合わせると週一回(年三十五時間)は学校で英語に触れる。
市は英語教育の推進に年一億一千七百万円(十三年度)を投じている。
市の調査によると、小学生の九割強が毎年、「英語は楽しい」と答える。現在の中学三年生約三千八百人は、「小学三年からの英語授業」を受けた最初の学年。彼らを対象にした学力検査は、「聞く」「話す」「読む」「書く」の英語の四技能すべてで、全国の平均正答率を2〜5ポイント上回った。



岐阜市は04年度から1・2年年生にも隔週程度、英語教育を実施。愛知県岡崎市も10年度から1年生の英語学習を始めDVDなどを活用する。文科省は20年度までに指導要領を改正し、3年生から週1・2回の英語授業を始めることを検討している。
(10月31日付 中日新聞30面 「小3から英語 グッド?」から一部抜粋)


これまでもこのブログで小学校の英語教育についてしばしば触れてきましたが、「ようやく」という感です。
私はもう30年以上前から、小学校からの英語教育導入を訴えてきましたが、文科省(当時は文部省)はずっと小学校からの英語教育導入は今もこれから先も一切考えていない、と断言していました(「日本の英語教育にひと言 その2」他)。


今回、文科省は思い腰を上げ、当初は小4からの導入を考えていたようですが、やはり冒頭の記事のように、各地で小3とか小1のような低学年から導入している学校の成功例の報告を受けて「ようやく」小3からのスタートをほぼ決めたようです。


お隣の韓国や中国では、小学校の英語教育導入により教育面だけでなく、経済面でも大きな成果を上げています。
一歩出遅れた日本も、ここで本気でこの問題に取り組まないと、ますます差を開けられることになりかねません。


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