学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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初対面同士の再会?

2013.09.30日

今日は上野精養軒で同窓会がありました。
同窓会とは言っても卒業校の同窓生たちとのものではなく、FBでつながっている人たちのもので、集まった12人のうち9人は初対面でした。
でも、普段から毎日のようにFB上で顔を合わせ、お互いに親しく声をかけ合っているので、初めてお会いするという感覚ではなく、まるで昔からの友人という感じでした。
いわば、初対面同士の再会(?)という、これまでなかった新しい形態の同窓会です。
ほとんどは関東近辺に住むものたちですが、中には福井から飛行機で、京都から新幹線で駆けつけた人たちもいました。


このうち私の既知の一人は今年の4月に初デートした小川政弘さん(「今日のデート その2」)、もう一人は8月にお会いした藤木冨士子さん(「人生、悲喜こもごも」)でやはりFBフレンド。
他の人たちもそのほとんどがみんな初対面だったのですが、会った瞬間から懐かしい友に再会したように感じていました。
これはSNSという時代が生み出した新しい形態の仲間で、これからさらに加速度的に今まで見られなかった人間関係がどんどん生まれてくることでしょう。


ほとんどみんな初対面なので、最初は自己紹介から始まりました。
今回、この同窓会が企画されるきっかけとなったのは、アメリカ在住40年のますみさんのお里帰りです。
ますみさんから始まり、一人ひとりが自己紹介していくのですが、FBを通して知っていることもありますが、ほとんどは初めて知ることばかりで、みんな人の話を聴きながら大きくうなづいて、「ふーん」「へえー」と驚くようなことばかり。


自己紹介が終わると、あちらこちらに質問が飛んだり、共通の友人の話になったりして、そのたびにまた驚きの声が上がります。
そのうちに隣りや向かいの人たちなど近くの者同士のグループで話が盛り上がり、予定されていた2時間あまりがあっという間にたちました。


みんなが立ち上がり、さあ、これで終わりかという時、皆さんが私の周りに集まって、お一人おひとりが肩に手を置いて私のために祈ってくださいました。感動で涙が出てきました。
ほかにも近くお孫さんが手術を受けられる方のために祈ったり、と本当に感動の場面でした。
クリスチャンの集いというのはなんて聖く、温かく、気持ちの良い交わりなのだろうとつくづく思いました。
そのあとで、記念写真をパチリ。


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そして、予定のない人たちは二次会で、新橋駅の近くの沖縄料理店へ。
ひとりの方の知り合いの若い男性がそこでアルバイトをしていらっしゃって、その方の沖縄三味線の演奏にしびれながら美味しい料理を満喫。
本当に"天国の前味"を味わわせていただいた素敵な一日でした。
皆さん、本当にありがとうございました。心からの感謝とともに。


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ユーレカ!

2013.09.29日

ギリシア人の植民都市であったシラクサの僭主ヒエロン2世が金細工師に金を渡し、純金の王冠を作らせた。ところが、金細工師は金に混ぜ物をし、王から預かった金の一部を盗んだ、という噂が広まった。
そこで、ヒエロンはアルキメデスに、王冠を壊さずに混ぜ物がしてあるかどうか調べるように命じた。アルキメデスは困り果てたが、ある日、風呂に入ったところ、水が湯船からあふれるのを見て、その瞬間、アルキメデスの原理のヒントを発見したと言われる。
このとき、浴場から飛び出たアルキメデスは「ユレーカ」(分かったぞ)と叫びながら裸で走っていったという。


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アルキメデスは、金細工師に渡したのと同じ重量の金塊を用意し、これと王冠を天秤棒に吊るしてバランスを取り、水を張った容器に入れた。空気中では天秤棒は、てこの原理によりバランスが保たれている。てこの原理は水中でも変わらないので、金塊と王冠を水中に沈めても、天秤棒のバランスは保たれるはずである。しかし、水中でのバランスが崩れたために、王冠と金塊の比重が違うということが判明し、金細工師の不正が明らかになった。これがアルキメデスの発見した浮力の原理である。金細工師の名は知られていないが、その後死刑になったと伝えられる。
(以上、ウィキペディア「アルキメデスの原理」より一部抜粋)


先月20日にサプライズのプレゼントをいただいたことを記事に書きました(「サプライズの日」)。
この時、マドレーヌさんからいただいた音楽CDはその後、寝る前や散歩の時に何度も聴いて、そのたびにとても癒され感謝しています。
そして贈っていただいた本は、その頃まだ読んでいる途中の本があったのと、また北海道旅行に行くのに kindle で他の本を持って行って読んだりしていたので、なかなか読み始めることができませんでした。
しかし、つい1週間ほど前、「ホッとひと息」に書いたように、ようやく3週間かかって読み終えました。


それ以来、ずっと楽しみにとってあったこの本を読んでいます。


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これは、それまで読んでいた "Master of the Game" のような、いわゆるセキュラー(世俗的)な本と異なり、非常に霊的に深く、高尚な本で、読むたびに霊のまなこが開かれる思いをしています。
この中に、冒頭のアルキメデスの逸話が登場します。
この難しい問題を解いた時、アルキメデスは大声で "Eureka!"(ユーレカ!) と叫んだ。それは英語で "I have found it!" (見つけたぞ!)という意味だ、とあります。
1840年代、カリフォルニア州サッターズミルで金が発見された時、やはり「ユーレカ!」と叫ばれ、そのことを聞いた数多くのアメリカ人を始め、外国からも人々がここに押し寄せました。これがいわゆる「ゴールドラッシュ」です。


この本の著者はイエス・キリストに出会った時、思わず「ユーレカ!」と叫んだそうです。
金とは比べ物にならない素晴らしい出会い。この瞬間に著者プリシラ・デグナン・フリッツさんの人生は180度変わったと言います。
フリッツさんは成功を目指して哲学や歴史、宗教などを学び、一生懸命働いていました。
真理を探し求めていましたが、愛の神がいらっしゃるならなぜこの世は憎しみや戦争や、虐待、混乱などに満ちあふれているのか、あまりにも不合理だと考えていました。
ところがある日、自分が数多くの小さな偽りの太陽に満ちた暗闇の中を歩んでいることに気づいたそうです。
それまでは、人生というのは限られた短い期間、終わるまでに楽しんで生きればいいのだと思っていました。
しかし、イエスに出会い、人生の目的地は墓場ではない、肉体はちりだからちりに帰るが、魂は造り主である神のもとに帰る、と悟ったのです。


「天国よいとこ一度はおいで」の中に書いたように私も36年前、同じ体験をしました。
「ユーレカ!」とは叫びませんでしたが、今、その日のことを振り返るとフリッツさんとまったく同じ気持ちで、心の中で「ユーレカ!」と叫んでいます。


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ハッピー・ハッピーな人生?

2013.09.28日

近年、アメリカのキリスト教界で人気のあるのは、prosperity gospel (繁栄の福音)と呼ばれるもので、このような教会の礼拝は何千、何万人という人であふれかえり、一流のアーティストなどでステージがすべて派手に演出されています。
牧師の語るメッセージは多くの人の耳に心地よいもので、神様にたくさん捧げなさい、そうすればたくさん与えられ裕福になります、あらゆる病いは癒されます、というような内容のものが多いようです。


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今朝読んでいた本に次のような箇所がありました。
人にふりかかる最悪のわざわいは、揺りかごから墓場まで自分の思いどおりにして暮らすということ、ほしいものはなんでも与えられ、また買うことができるということ、そして、「私はこうしたいができない。ああしたいがそれをしてはならない」と言わざるを得ないはめに追い込まれることが決してないということ、決して自己否定をすることがなく、決して働くことがなく、決して欠乏を感ずることがないということ、である。このような人の魂は、大きな罪を犯すときのように、非常な危険にさらされているのである。
チャールズ・キングズリ

(『山頂を目指して』 L.B.カウマン著 いのちのことば社 p.497)


これこそまさに現代の人々が望んでいることではありませんか。
「揺りかごから墓場まで自分の思いどおりにして暮らす」「ほしいものはなんでも与えられ、また買うことができる」「『私はこうしたいができない。ああしたいがそれをしてはならない』と言わざるを得ないはめに追い込まれることが決してない」「決して自己否定をすることがなく、決して働くことがなく、決して欠乏を感ずることがない」。
これらを望まない人が果たしているでしょうか。
ですから、冒頭のような「繁栄の福音」を語る牧師、教会は人気を博するのです。
多くの新興宗教もまたしかり。


しかし、このような絵に描いたような夢のような人生をずっと歩むことはまずあり得ません。
病いや試練、失敗や悲しみ、辛さ、絶望、苦難、恐怖、愛する者との別離、老い、死…、これらはだれの人生につきもので、これらを避けて通ることはできません。


釈迦は王宮で王子として生まれ、何不自由ない幸せな生活を送っていましたが、ある日、城の外に出て人の生老病死を目の当たりにして考え込みました。
そして出家し、石の上で座禅を組んで瞑想して35歳の時に悟りを開き、仏陀(ぶっだ)となりました。
人には生まれながらにして欲望や誘惑があり、それらに惑わされるから不幸になる、故にそれらから解き放たれて自由になること、それが悟りだと言ったのです。
しかし、生身を持った私たちがこのように悟りを開いて煩悩から解放されるというのはまず至難のわざです。
実際のところ、とんち話で有名な高僧、悟りを開いていた一休和尚ですら臨終の床で「わしゃ、死にとうない。ほんまにほんまに死にとうない...」と言ったそうで、死を恐れていたようです(「♪好き好き好き好き好き」)。


キリスト教の言う「福音」とは、良き知らせという意味ですが、それは決して苦しみのない、ハッピー・ハッピーのものではありません。
私たちのこの地上のでの人生は不完全なものなので、さまざまな苦しみなど尽きませんが、やがて来るあの世ではすべての苦しみから解放され、最高の状態を体験することができるという約束が与えられているのです(「あの世は本当にある?」)。
これを知らないで、この世での繁栄を目的にした人生を歩むことは残念ながらはかなく、虚しいものに終わります。
逆にこのことを知っていると、地上での人生はたとえ苦しみや困難があっても、それに正面から向き合い、力強い、感謝の日々を送ることができます。


いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべてのことについて、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、、神があなたがたに求めておられることである。

(I テサロニケ5:16-18)


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好きなものと心中する

2013.09.27日

朝起きて一番に見たFBの秋の紅葉の動画があまりにもきれいだったので、まだ紅葉は見られないことはわかっていましたが、今日は海岸へ行くのをやめて湘南平にウォーキングに行くことにしました。
昨夜はぐっすり眠れたので、足取りも軽く、いつもよりも順調に進みました。
途中の光景があまりにも美しくて思わず1枚パチリ。
この後方に富士山があります。


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頂上では展望台に上ると180度、見事な相模湾の光景が目の前に広がります。
左は鎌倉・江ノ島・三浦半島、右は小田原・伊豆半島です。


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ポカポカと暖かい太陽の光を浴び、心地よい海風に吹かれながらしばらく絶景を楽しみました。
そして、下りるのは前回と同じようにまた大磯の町の方へ、急な下り坂を足元を一歩一歩確かめながら用心して下りていきました。
(帰宅してiPhoneのwalkmeterを見ると、今日も2時間あまり、10.55km歩いていました)


山の頂上付近と、大磯町に出るまでの間は電波の状態があまり良くないためか、ネットがうまくつながらず途中で何度も途切れるのであきらめましたが、それ以外は上りもそして自宅に戻る道もずっとiPhoneで、私の大好きなアメリカ人牧師、John MacArthur (ジョン・マッカーサー)のメッセージを聴いていました。
以前はこの教会のサイト(gty)を開く際、勧められるままにスマートフォン専用のページを開いていたのですが、それを選択せずに普通のHPを開くとマッカーサー牧師の聖日メッセージだけでなく、年に1回この教会で開かれる Shepherds' Conference (シェパーズ・カンファランス)という聖会の過去のメッセージも全部見られることを知り、それ以来はいつもこれを楽しんでいます。


マッカーサー牧師のメッセージは世界でも超一級レベルで、1時間ほどの長さのメッセージも全然長く感じません。引き込まれて夢中で聴いているうちにあっという間に終わる、という感じです。
今日も行きと帰りで、2つのメッセージを聞くことができました。
途中、彼独特の面白い、そしてクールなユーモアやジョークもあり、会衆のどっという笑い声も聞こえますが、私も思わず一緒に声を出して笑ってしまいます。
このとき、ふと気づきました。
日本にも学校で英語を学び、良い成績を取り、英語が得意と言う方はきっとたくさんいらっしゃるでしょうが、このメッセージがほとんど違和感なく全部理解できて、ジョークやユーモアにアメリカ人と一緒に笑えるというのはなんという特権だろうかと。


去る9月24日の読売新聞15面に、「英会話通じる喜び 体験」と題して、小学校の英語教育専門家、吉田研作上智大学教授のインタビュー記事が載っていました。
その一部を下に引用します。
−実施学年の早期化が検討されている。母語への影響が心配という声を聞くが。
 「小さい頃から日本語とは違う言語や文化、習慣に触れると、世界観が広がり、好奇心が旺盛になり、英語に対する動機付けが生まれる。外国の人と話したいとか、英語を使って世界のことを知りたいとか、そういう意識が高校生になっても大学生になっても強い。いわゆるコミュニケーション能力の素地になる」
−逆に、母語が発達途上なのに英語を教える意味を疑問視する声もある。
 「英語の正確さも大事だが、まず通じる喜びを味わってもらうことが重要だ。そもそも言葉というものは曖昧で、全ての表現をきちんと理解しているかというと、そうではない。小さい子が親と話している時も、全部はわかっていなくてもコミュニケーションは成立している」


私はこれを読んでいて、自分のこれまでの人生に当てはめ、まさにその通りだと思わず相槌を打ちました。
日本人は英語を学校の試験のために、受験のためにばかり勉強していて、実際に使えるという体験をしていないから、みんな英語は難しい、役立たない、嫌いだ、などと言うのです。
私は決してバイリンガルの環境で育ったわけではありませんが、英語が自由に話せた父の影響で幼い時から英語に興味を持ち、絶対に話せるようになりたい、外国のことを知りたいという欲求がおそらく他のどの子よりも強かったのだと思います。
私は英語の勉強に軽く1万時間以上を費やしました(「100%保証付 成功の秘訣」)。どうしても英語ができるようになりたかったからです。
そして1万時間の成果を今、十二分に味わっています。


英語に限らずどんなことでも、本当に自分のものにしたいと思ったら、それこそそれと心中するぐらいの意気込みと努力が必要です。
そして、その見返りは何にも代え難い素晴らしいものになります。


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教育の本来の目的とは

2013.09.26日

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小学校で先生が児童に教えた。「ひとの嫌がることを進んでしなさい」。ある男の子は女の子のスカートをまくって歩いたという。日本語はむずかしい。
◆文化庁「国語に関する世論調査」の〈噴飯もの〉でも、むずかしさを実感した。「腹立たしくて仕方ないこと」(49.0%)と誤解していた人が、正答の「おかしくてたまらないこと」(19.7%)を上回ったという。
◆食べている飯を笑って噴き出す語源は承知しているが、正答・誤答の単純な切り分けが引っかかった。たとえば爆笑落語を聴いて、「ああ、おかしくてたまらない。じつに噴飯ものだ」と言い表すのが正しい用法とは思えない。
◆政治家お得意の弁明「秘書が、秘書が」ならばお笑いぐさの噴飯ものだろう。怒りや不快感の生み出す苦い笑いが〈噴飯もの〉に必須の調味料だとすれば、さて、どちらが正答で、どちらが誤答か、訳が分からなくなってくる。言葉はややこしい。スカートをまくって叱られた男の子も訳が分からなかったろう。
◆正答を尊重し、上司にお世辞でも言ってみますか。「部長のユーモアのセンスは噴飯ものですね」などと。

(9月26日付 読売新 1面「編集手帳」より)


さて、上の記事を読んで皆さんはどう思われたでしょう。
確かに日本語は難しい、そのとおりです。
上の小学生の話を読んで思わず笑った人もたくさんいらっしゃることと思います。私も最初は笑いました。


しかし、ちょっと待ってください。
その後の「噴飯もの」の話はよくわかります。実際、どこの国の言語でも歴史を見ると、時代とともに意味や使われ方が変わってきたものなんて枚挙にいとまがありません。
たとえば、英語でも apron (エプロン)という言葉は昔は napron (ネイプロン)だったのですが、その前に不定冠詞の a をつけて a napron (ア ネイプロン)と言っていたのが、いつの間にか an apron (アン ネイプロン)と人々が勘違いして言っているうちに、これが正しい言葉に変わってしまったのです。
もしも、もっと早くにこの言葉が日本に入ってきていたとしたら、今ごろ日本では「ネプロン」と言っていたかもしれません。(ちなみに、外来語の日本式発音は「エイプロン」→「エプロン」のようにかなり不正確なものが多いので英語を話すときは要注意です)
ですから、「噴飯もの」が本来の意味から大きく外れて、そのうちに「腹立たしくて仕方ないこと」として使われるようになる可能性だって十分にあります。


そして、「人の嫌がることを進んでしなさい」という教師の言葉は確かに舌足らずで、本来なら「人がするのを嫌がるようなことを進んでしなさい。たとえば落ちているゴミを拾うとか」と言っていればそれで済んだことです。
これに対して「ある男の子は女の子のスカートをまくって歩いた」というのは、まるっきり的外れな行動で、その子が本気で「女の子が嫌がるスカートまくりをすること」を先生が勧めたとは絶対に思っていないはずです。
たとえば、この男の子が素直に先生の言った言葉をそのまま「人の嫌がることを進んでしなさい」と受け取っていて、女の子のスカートまくりだけでなく、人のものを傷つけたり盗んだり、嫌がらせやいじめをしていたとは思えません。
なぜなら、人には神様から与えられた良心というものが生まれながらにして誰にでもあるからです(「良知良能」を参照)。
この男の子は先生の言葉をわざと逆手に取ってふざけてスカートめくりをしていたのです。
私自身の小中学生の頃のことを思い返すと、このような悪知恵の働く者がクラスに必ず何人かはいました。
それなのに、冒頭の編集手帳の記者のように、「スカートをまくって叱られた男の子も訳が分からなかったろう」と考えるのはあまりにもおめでたすぎます。


百歩譲って、この男の子が本当に先生の言った言葉を文字通りに受け取り、その先生の言いつけに従って良心的に女の子のスカートめくりをしていたとするならば、これは今日の学校の教育に問題があります。
掛け算や割り算、漢字や敬語、地理や歴史、生物や化学などの勉強を教える前に、このような人間として当たり前のごく基本的なことが教えられていなかったとしたら、それこそ大問題です。
当該の教師は、くだんの男の子がスカートまくりをして回っているということがわかった時点で、学級会でそのことをみんなで話し合い、自分の舌足らずを詫びると同時に、みんなに考えさせ、意見を述べさせ、スカートまくりをした男の子に自ら反省・謝罪させるよう導けたはずです。
ただ単に勉強を教えることだけが教育ではなく、このような生活に密着したケースから子どもたちにさまざまなことを学ばせるのが本来の教育の目的ではないでしょうか。


今日は、また教室掃除のあと、ウォーキングで大磯の海岸まで出かけ、石段に腰をかけて上のことを考えながらこの記事を書いていました。
写真のように昨日と同様、波はとても高かったのですが、青空が広がり最初はポカポカしていて気持ちよく過ごしていました。ところがいつの間にか空は暗い雲に覆われ、急に海風が冷たく感じられるようになり、雨が降っては大変と慌てて帰宅し、先ほど昼食をとって残りを書いたところです。
そして今日も1時間50分、11km歩くことができました。


そう言えば、この「学院長 元気の出るブログ」が593人参加の塾教育部門ではずっと1位ですが、今朝は6176人参加している教育ブログ村で1位になっていました。
また、塾教育部門の注目記事ではどの記事も常に上位にランキングされています。
「もちろん記事がいいからのご褒美ですね、おめでとうございます」などと、すぐに皆さんから温かいお言葉を次々といただきました。心から感謝します。引き続き応援の方、よろしくお願いします。

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史上初の大快挙!

2013.09.25日

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横須賀市のマリーナで訓練を積み、太平洋を手こぎボートで横断していた英国人女性冒険家サラ・オーテンさん(28)が日本時間の24日午前5時35分、米アラスカ州のアリューシャン列島にあるアダック島に到着した。今年4月27日に千葉県銚子市を出航、151日間かけて約6900キロをこぎ抜いた。


◆横須賀に滞在しトレーニング
支援団体によると、オーテンさんは当初、カナダを目指したが、逆風と悪天候で目的地をアラスカに変更。身体的、精神的に追い込まれながら、「ボートには、私を応援するたくさんの人が一緒に乗っている」と奮い立たせたという。
オーテンさんは自転車などの人力での単独世界一周を目指しており、2011年4月、英ロンドンを出発。カヤックと自転車でヨーロッパ、アジアを横断し、同10月にサハリンから北海道に上陸した。
日本では横須賀市のマリーナに滞在してトレーニングした後、昨年5月に銚子マリーナを出航したが、宮城県石巻市沖で嵐に遭い、船体に穴が開いたため、第2管区海上保安本部の巡視船に救助された。それでもあきらめず、今年4月、新しい手こぎボート「ハッピー・ソックス号」(長さ約7メートル)で銚子マリーナから再出発していた。
今後は来年4月にアラスカを出発、米大陸と大西洋を横断して、15年秋のロンドン到着を予定している。

(9月25日付 読売新聞 33面「英女性 太平洋6900キロこぎ抜く」より)


サラ・オーテンさんについては、去る4月に「驚愕 超鉄人現る!」の中でご紹介しました。
しかし、6月に宮城県石巻市沖約900キロで嵐に遭い、船体に穴が開いたと救助を求め横断を断念した、というニュースを知って心配していましたが、きっとまたやってくれるだろうと思って陰ながら応援していました。
今日の新聞で上の記事を読んだとき、本当に自分の娘のことのように嬉しく、誇らしく思いました。
今から約50年前、堀江謙一さんがヨット「マーメイド号」で94日間かけて太平洋無寄港単独横断したときは世界中の人々が驚きましたが、今回はなんと女性、しかも手こぎボートで151日かけての単独横断という史上初の大快挙。
「おめでとう! よくやったね、サラ! お疲れさまでした」


昨日は朝は塾の掃除、昼からは病院で3時間いろいろな検査を受けて、戻るとすぐに妻に代わって慣れないバス送迎の仕事をし、夜にはくたくたに疲れてしまいました。
ウォーキングに出かける時間もまったくなく、心身ともにノックアウト状態でした。
しかし、夜はぐっすり眠ることができ、今朝は元気に起きることができました。それで、午前中は教室掃除、そしてそれに続いて、郵便局や買い物などの仕事も兼ねてウォーキングに出かけました。
今日は朝から雨が降っていたので、傘をさしてです。
予定していたよりどんどん足が伸びて、いつの間にか2時間、11キロ歩いていました。帰ってきたら足の裏が赤く腫れていて痛くなっていました。
また、雨に濡れて靴もズボンもズクズクで泥だらけ。シャツも汗でベタベタ。


しかし考えてみたら、サラ・オーテンさんが手こぎボートで太平洋を横断したというのは、私たちの想像をはるかに超えています。
下の写真は実際に使われたボートとは違いますが、こんな感じだったのでしょうか。いえいえ、もっともっと大きな荒波にもてあそばれたことでしょう。
今日の平塚の海は荒れていて3mぐらいの波でしたが、サラさんが体験したのはきっとこんなものじゃなかったでしょう。


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私にはサラさんの真似なんてとってもじゃないですができません。体力も精神力も冒険心も何もありません。100%どころか、1000%も10000%も不可能です。
でも、神様は私たち一人ひとりに違う賜物を与えてくださっていて、その賜物をこの生涯においていかに使わせていただくか、この世の役に立たせていただくか、ということが大切なのであって、人と比較して劣等感を感じたり、あるいは人を羨んだりする必要はまったくありません。
サラさんはサラさん、私は私、あなたはあなた。
それでいいのです。


サラさん、2年後には無事ロンドンに帰りついてくださいね。そして世界中の人々に夢と希望と勇気を与えてください。
未踏の単独人力世界一周の成功をお祈りしています。


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歳を取らない秘訣

2013.09.24日

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今日、久しぶりに夕方の小学生のバス送迎をしました。
いつもは妻がやっているのですが、義母が先週召天し、妻はまだ実家の方にいるので私が先に戻って代行したわけです。
3時過ぎから7時までほとんど休む暇もないほど、生徒を迎えに行ったり、送ったり、また迎えに、送りに、と行ったり来たりで大変でした。
この大変な仕事をいつもしている妻には本当に頭が下がる思いでした。


さて、小学2年生の男の子と3年生の女の子ふたりがすぐ後ろで会話しているのが耳に入ってきました。
「昔は、〜だった」
思わず吹き出しそうになりました。
まだ8歳、9歳ぐらいの小さな子どもたちが「昔は…」と言っているのです。
そうか、この子たちにとっても、自分たちが幼稚園の頃のことは「昔」なのか…。


そう言えば、3週間ほど前のことです。(これは昔ではありません!)
FBフレンドのNさんのタイムラインにいきなり私の名前が登場しました。
【ロンパールーム風・・・。ご挨拶・・・。】
は〜い!舟田さ〜ん♪


私はこのロンパールームというのをよく知らなかったので、次のようにNさんに書き送りました。
ロンパールームというのは、確か私の一回りほど離れた妹が大ファンで毎日見ていたような…。私はあまり記憶にないなぁ。


するとすぐにNさんから、
舟田さん、おはよう御座います。一つ疑問なのですが、舟田さんがロンパールームを知らない世代ではない筈なのですが・・・まさか40代ではないですよね?(笑 ^^;


そこで私が、
調べてみたら私が中学生から高校生の頃やっていたようで、ひと回りほど離れた妹は毎日夢中でしたが、私は見たことはありませんでした。
と返信。


折り返し、Nさんから、
舟田さん、それは偽証罪に等しいです(核爆  50歳〜60歳のレンジと思っていますが^^←これでもお若く見積もっております ^^


お世辞かどうかわかりませんが、実は外れです。偽証罪には該当しません。でも、ありがとうございます。と私。
これに対してNさんから再び、
舟田さん、訳わかりません(笑 私の直感では舟田さんのお気持ちが40歳代・・・いや・・・30・・・20歳代と言うお若いお気持ちでいらっしゃるのでしょうね^^ お互いに気持ちと身体の年齢のギャップに注意しましょう^^


1年少し前、「今日は私の誕生日」に次のように書きました。
「学ぶことをやめた人は誰でも年寄りだ。たとえ20歳であろうと80歳であろうと。学び続ける人はいつまでも若い。人生で最も素晴らしいことは、精神を若く保つことである」
(ヘンリー・フォード ー 米フォード自動車創業者)

私の若さの秘訣はこれだと思っています。


数年前、お年寄りの方おふたりが大きな声で立ち話をしていらっしゃるのが聞こえてきました。
「わしゃ、もう年じゃよ」
それを聞いたおばあさんが言いました。
「えっ、あんた、歳取ったって、いくつ?まだ若いじゃない」
「いやー、もう来年60じゃよ」


「えっ!? まだ59歳なの!!」と私は心の中で叫びました。私と2歳ほどしか変わらなかったのです。


歳を取らない秘訣、それは
気持ちを若く保つこと
です。


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人生最大の大逆転

2013.09.23日




去る17日に召天した義母(「お義母さん、ご卒業おめでとうございます!」)の思い出の詰まった衣類などの遺品整理や形見分けを妻と義妹が毎日やっています。


元気だった義母は2年半前に交通事故に遇い、以来急に体力が衰えて最近はほとんどベッドの上の生活になっていました。会話は減りましたが、頭は最後までしっかりしていて私たちと普通に話すことができ、痴呆になることなく天国に行きました。
あっと言う間のことだったのでみんなびっくりでした。


本当に幼い時から苦労の絶えなかった義母でしたが、30年ほど前にイエスさまに出会い、人生は大逆転しました。
野球で言えば、9回裏ツーアウトで満塁ホームランを打って逆転するようなものです。しかし、野球ではたとえ逆転勝利してもそれはほんの一時的なものですが、信仰を持つとこれは永遠につながるので、それこそほかの何物にも替えられない、本物中の本物の大逆転です。


自宅で、苦しむことなく、娘(義妹)の腕の中に抱かれ、話しかけられながら眠るようにして往く、というまさに絵に描いたような大往生です。
こんな幸せな往き方があるでしょうか。
しかも、往った先は天国で、神様のみ腕の中! もう最高です。
私もこのようにして神のもとに召されたいものです。


義母の人生は苦労の連続だったと妻がよく言います。確かにそうだったと思います。まるで、おしんの人生のようです(「おしんドロームよ、再び!」)。


私は義母の人生を考えていた時、ピッタリした言葉がないものかと頭の中で探していました。
その時、ひらめいたのがこの「大逆転」で、これを妻と義妹、義弟たちに言った時、みんな口を揃えて「まさにそれだ!」と言いました。


そう言う私も27歳の時、やはり同じ人生の大逆転を経験しました。この気持ちはそれ以来微動だにすることなく、むしろますます固い確信となっています。
クリスチャンとなってただ一つだけ後悔することがあります。
それは、「お奨めします!」の中にも書きましたが高校生の時に教会に行ったことがあり、そして大学生の時にも「英会話の基本はここで学びました」にあるように宣教師の家に4年間も聖書研究に通い、信仰をもっと早くに持つ機会が何度もあったのに先延ばしにしていたことです。
信仰を持って人生の大逆転を経験した私の唯一の後悔は、もっと早くに…、ということですが、これにも神様の「時」というのがあるのです。


聖書の言葉。
「あなたがたは主にお会いすることのできるうちに、主を尋ねよ。近くおられるうちに呼び求めよ」
(イザヤ書55:6)


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パスカルの賭け

2013.09.22日

『パンセ』の著者として知られる、17世紀のフランスの哲学者、思想家、数学者、物理学者、宗教家のパスカルが言った、
「人間は考える葦である」
は世界中の人々に知られているあまりにも有名な言葉です。
実際のところ、これが人間をほかの動物すべてと区別するもっとも大きな相違点です。


パスカルはあるとき、人生で最大の賭けをしました。
数学者でもあった彼は、緻密な論理と計算によって考え尽くし、ある結論に達しました。これが『パンセ』の中に書かれています。


人間の限られた知恵では、100%の確信を持って神の存在を証明することも、また否定することもできません。ということは、神の存在の可能性は五分五分です。


そこで、彼は考えました。
神が存在しなかったとした場合、神の存在を信じていたとしても信じていなかったとしても、天国も地獄も存在しないから死んで得るものも失うものも何もない。


しかし、神の存在を信じていて、実際にもし神が存在していたとしたならば、死後の行き先は天国で、受け取るものは無限大だが、神が存在しなかった場合は、天国も地獄もないので失うものは何もない。
ならば、神の存在の可能性がたとえどれだけ小さかったとしても、それに賭けた方が得である。故に自分は神の存在を信じる、と。



神の存在を損得で信じたり、また信じることだけで、すべての問題が解決するわけではありませんが、まずはこれが人生のスタートラインです。


あなたはどちらに賭けますか?


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ホッとひと息

2013.09.21日

つい先日、「今日は凪」という記事を書き、平凡な日々をリラックスして過ごしている様子を書きましたが、まさかその1週間後に義母を天国に送るとは夢にも思っていませんでした。
昨日、無事告別式を終えましたが、同居していてショックが大きかっただろうと心配していた義妹と義弟は、私たちが一緒にいることもあってか、比較的元気でホッとしています。
義母の思い出話を語るときも、笑顔で明るく、やはり天国の信仰の力の大きさを改めて感じています。
もしも、この地上での別れが永遠の別れと思ったら、これほど辛く、悲しいことはないのですが、天国での再会を信じて待ち望むことができるというのはなんと幸いなことでしょう。


冒頭の「今日は凪」の中に書いた、シドニィ・シェルダンの本 "The Master oh the Game" も3週間とこれまでにないほど長い時間がかかりましたが昨日読み終わりました。



(もう何度も読んだので、ボロボロになり、この本もいよいよ寿命です)
早速次の本 "Nothing Lasts Forever" (邦訳『女医』)を読み始めました。
本当は次に読む本はすでに決まっていたのですが、妻の実家に持ってくるのにかさばるので、また娘の Kindle を借りてきたためこの本になってしまいました。
これも前に読んでいるのですが、もう20年ほど前のことなので内容は覚えていません。


義母の召天という出来事があったので、辛い思いを紛らわし、気分転換するにはとてもいいです。
上に述べた『ゲームの達人』(邦訳名)も十分に楽しむことができました。
英語を使って本を読んだり、映画やテレビで洋画を見たり、外国人と話したりするとき、英語をやってきて本当に良かった、とつくづく思います。
繰り返し言うことですが、これがもしも試験のための勉強で終わっていて、英語が実際に使えなかったなら、私の人生は大きく変わっていただろうと思います。
この点で、私に英語に興味を持つきっかけを作ってくれた父やアメリカ人の叔父と叔母に心から感謝しています。


そして、今回は義母の死を通して、改めて妻に巡り合えたことを感謝した次第です。
人生とは出会いです。


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お義母さん、ご卒業おめでとうございます!

2013.09.20日

去る火曜日、17日に義母が85歳で天に帰りました。
そして今日が告別式でした。



(直前の式場の様子)
大勢の方々にご参列いただき、皆さんにお別れを惜しまれながら、神様の栄光顕わされる素晴らしい告別式となりました。


義母はもともと熱心な日蓮宗の信者で、毎日家にある仏壇に手を合わせて親や先祖に心から感謝し、供養することを怠らない人でした。
そして、長女である私の妻が20歳の時イエス・キリストに出会いクリスチャンになった時、
「あなたはキリストでいきなさい。私は仏教でやっていく」
と言っていました。
しかし、私たちが結婚しアメリカに留学していた時、妻は毎週のように母親に手紙を書き、近況報告をするとともに福音を語り、伝道し続けました。
それがきっかけで義母は教会に通い始め、やがて信仰に導かれて洗礼を受けクリスチャンになりました。
それから義母の人生は変わり、毎朝熱心に聖書を読み、祈り、教会奉仕に励むようになりました。


幼い時に親に死に別れて養女に取られ、以来辛い、苦しい人生を長い間送ってきましたが、最後は兄弟仲のよい子どもたちや孫たちに囲まれ、本当に幸せな日々を送り、大往生を遂げました。
そんな義母を私は心より誇りに思い、これまでの長い人生に本当にお疲れさまでしたと、声をかけました。
眠っているような安らかな綺麗なお顔でした。


一昨日の記事、「目標の大還暦ならず」にも書きましたが、脳死研究の専門家、京都大学大学院教授、カール・ベッカー氏の語った次の言葉には本当に深い意味があります。
「死後の世界があることは明白です。古今東西、世界中どこの国、文化でも死後の世界を信じないところはありません。往生というのは、あっちの世界に往って生きる、という意味です。
死とは、この世という学校、訓練、苦しみの世界からの卒業式のようなものです」


お義母さん、ご卒業おめでとうございます。
今までの苦労が豊かに報われ、天国の神様のもとでこれから先ず〜っといつまでも、平安に幸せにお過ごしくださいね。


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目標の大還暦ならず

2013.09.18日

義母が昨日、眠るように安らかに天に召されました。
85歳でした。
長い間、本当にお疲れさまでした。また、私の妻、貴子をこの世に送ってくださって、お義母さんありがとうございました。
お陰さまでお義母さんの血を継いだ3人の子どもが神様から送られてきました。
いくら感謝してもし切れません。
今は天の御父の暖かい懐の中で安らいでいらっしゃることと思います。


昨夜というか夜中に、妻の実家に車で4時間半かけてやってきました。
FBフレンドの多くの方々のお祈りを感謝します。
今朝、お義母さんにお会いしましたが、とても綺麗なお顔で、本当に眠っていらっしゃるようです。


最近、「天国」という記事、そしてそれに続いて、「あの世は本当にある?」を書いたばかりでしたが、まさかこんなに早くお義母さんがその天国に行ってしまわれるとは夢にも思っていず、来週末お会いする予定でいました。
今もテレビで、脳死研究の専門家、京都大学大学院教授、カール・ベッカー氏が、
「死後の世界があることは明白です。古今東西、世界中どこの国、文化でも死後の世界を信じないところはありません。往生というのは、あっちの世界に往って生きる、という意味です。
死とは、この世という学校、訓練、苦しみの世界からの卒業式のようなものです」
と語っていたところです。
今頃は、先に行っていた私の母(「母の日に寄せて」)と「初めまして」と、そして父(「バレンタインデーに嬉しいことが3つ」)には「ご無沙汰しています」とご挨拶していらっしゃるかもしれませんね。
そのうちに私たちも行きますので、その時のお義母さんとの再会を心から楽しみにしていますね。


つい一週間前には、私が心の中で尊敬し、お慕いしていた教師のお手本中のお手本であった先生がお亡くなりになったばかりでした。
大還暦を目標にしていたのは義母ではなく、この方です。
以下は、昨日用意していた記事です。
断りなくブログを数日お休みすると、きっとご心配される方もあろうかと思い、今日アップします。


「灘校教師の名物授業」でご紹介した橋本 武さんが去る11日、老衰で死去されました。120歳の大還暦を目指していらっしゃったのですが、101歳での大往生でした。



橋本さん著の『<銀の匙>の国語授業』を読んだ時の感動は今でもはっきり覚えています(「心底、恐れ入りました」)。
次の言葉に橋本さんのお考え、教育に対する姿勢が詰まっています。
「私にできることと言えば、大学入試に若者を駆り立てることではなく、こういう非常な体制の下で、いかにして正しい勉強法−人間形成の栄養分となるお膳立てをととのえるかということだけです。
私はさりげない方法で、『楽しい勉強』をモットーとして教室に臨みました」



本当に私の教師像のお手本でもありました。学校教師や塾講師など、教育関係者にはぜひともこの橋本さんのスピリットから学んでもらいたいものです。
さらに、教育関係者のみならず子育て中のお父さん、お母さん方にとっても、この橋本さんの教育に対する姿勢から学ぶことは数え切れないほどたくさんあると思います。


勉強は本来楽しいものです。無理強いされて嫌々ながら、また目先の試験に合格するためにのみするものではありませんよ、と橋本さんは今も私たちに語りかけていらっしゃいます。


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良知良能

2013.09.16日

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読売新聞に掲載されているこの「ポケモンと一緒に覚えよう! 四字熟語」シリーズはもうずいぶん長く続いています。
例文にポケモンのキャラクターを使って、子どもにもわかりやすく書かれているので、アカデミーでも小学生対象の「わくわく発見クラブ」でこれを使って四字熟語を教えています。
中にはかなり難解なものもあり、時々ドキッとさせられます。


今日の新聞に載っていた「良知良能」は、難しいものではありませんが、お恥ずかしいことに私は知りませんでした。お初にお目にかかった次第です。
意味は上にあるように、「人が生まれながらに持っている知恵と能力。経験や勉強で身につけたものではなく、元から備わっている良い知恵と能力のこと」です。
人間は本来、善良な生き物であるという、孟子の性善説に基づく考え方とされています。


それでは人間の原罪を問うキリスト教は性悪説かと言えば、ものごとはそう簡単ではありません。
確かに聖書によれば、神が最初に造られた人、アダムとエバ(イブとも)が最初に神の言いつけに背いて罪を犯したとあり、また「人は罪人(つみびと)である」ともよく言われ、これからいくと性悪説のように思われます。
そして、一般にもキリスト教は性悪説を説いている、と言われていることが多いようです。
しかし、聖書をよく見ると、天地宇宙をお造りになった神は、一つひとつの創造を終えるごとに「神は見て、それをよしとされた」とあるように、満足されましたが、最後に「人をご自身のかたちに創造され」、創造のわざを完成されたとき、「見よ、それは非常によかった」と大満足していらっしゃることがわかります。
神様がご自身のかたちに似せて人を造られた、ということはその中に罪の性質などがあるわけないということになります。
でも、アダムとエバは神様から与えられた最大の権利である「自由意思」を誤って用いて罪を犯してしまいました。
それで、人はみんなアダムとエバから受け継いだ罪の性質を持って生まれてくるので、性善説であるということもできません。ですから、キリスト教は「原罪説」だと言う方が正確なのかもしれません。


さて、今日の四字熟語「良知良能」は「人が生まれながらに持っている知恵と能力」とあり、これはだれも疑う余地はありません。つまり、「経験や勉強で身につけ」なくても、このような知恵と能力を人種や民族、あるいは時代を問わず人間はみんな持って生まれてきています。それは、神に似せられて造られているからです。
それをいかにしてさらに伸ばし、人間社会においてお互いに役立ち、助け合うことができるよう手助けするかというのが教育の役割です。
ここで「教育」と言う場合、それは必ずしも学校教育とは限らず、家庭教育や社会教育などすべて含まれます。
つまり、私たちはみんなこのような素晴らしい責任、任務、仕事が与えられているということです。
日常の生活のひとコマひとコマでこのことをもっと意識すると、子育ても夫婦関係も、学校教育も、すべての人間関係ももっともっとよくなる、またよくならなければならないと思うのですが、いかがでしょうか。


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あの世は本当にある?

2013.09.15日

つい先日、「天国?」という記事を書いたところ、ものすごい反響がありました。
人間、誰しも関心のあるトピックです。なぜなら、たとえこの世でどれだけ幸せに暮らしていたとしても、誰にも必ず最後の日、死がやってくるからであり、その死がすべての終わりになることを人は恐れるからです。


昨日のブログ「超プチ贅沢」の中に、本屋で立ち読みして内容がほぼ頭の中に入ってしまった、と書いたところ、ひとりのブログ愛読者の方から、「舟田先生、立ち読みでほとんど頭に入れられちゃ、本屋さん上がったり(笑)」とお叱りを受け、反省しました。


さて、「あの世は本当にあるのか?」という問題。
思わず引き寄せられ立ち読みしたのは、『「あの世」が存在する7つの理由』という本です。


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著者はフランス人で、麻酔・蘇生医として25年以上にわたり救命救急の現場で働いてきた人で、その経験を通して書かれたのが本書です。長年にわたる研究によって、「人生とは、死によって必ずしも終わるものではなく、意識をともなったまま、別の次元の中で続いていくものだ」というのが結論です。
フランスでベストセラーになっている本だそうで、専門家が書いているだけに確かに説得力があります。
最新の研究によれば、「死後の世界を信じること」は免疫力を高め、さらにはストレスによる病気の症状をやわらげて、寿命を延ばすといいます。
ではもし、死後の世界を信じられるような科学的で論理的な根拠がすでに存在するとしたら?
しかもその根拠が7つもあって、そのすべてが反論できないほど決定的なものだとしたら?
そして本書を読むことで、あなたの常識がまったくくつがえされるとしたら?
本書は、救命救急の現場で日夜、死の淵をさまよう患者をみてきた蘇生医が、25年にわたる経験の末にたどりついた、死後の世界が存在する明確な根拠を示しています。
これによって、見えない世界に懐疑的・否定的な人々によるお決まりの反論は見事に打ち砕かれ、家族や友人の死から立ち直れない人、死を恐れる人は大きな勇気を得ることができるかもしれません。
そして、あなたの死生観や人生観さえも根本から変わるに違いありません。

(Amazon.co.jp の同書内容紹介より抜粋)


○臨死体験は幻覚ではない
○視覚障害者たちの臨死体験
○確かに「あの世」から戻ってきた!
○死に瀕した人々の共通点
○私たちは慣習に支配されている
○珍しいことではない体外離脱
○隠しテレビによる画期的な実験

など興味深い内容が延々と続きます。


この本の中に紹介されている臨死体験者の話を読んでいて、「母の日に寄せて」の中に書いた私の母も一度臨死体験をしており、やはり同じように魂がふっと抜けてベッドの上で苦しそうにしている自分を上から見ていた、と同じような話をしていたことを思い出しました。


普通より少しおマセな子だった私は、幼稚園のころから死に体する恐怖にとらわれていたのですが、「訓練していたことを実践しただけです」に書いたように、27歳でキリスト教に触れて信仰を持ったその瞬間に死の恐怖から完全に解放されました。


「人生、悲喜こもごも」の中に書いた、つい1か月ほど前に24歳の若さで天国に旅立たれたみずきさんのこともよく考えますが、もし肉体の死が永遠の別れであるとするなら、ご両親にとってこれほど辛いことはありません。しかし、しばしの別れであって、やがて天国での再会があるということがわかっていれば、これからの残された人生の生き方にも、またご自身の心身の健康にも大きな影響を及ぼすことでしょう。
日本ではよく、「故人のご冥福をお祈りします」と言いますが、私は今、ご両親のためにお祈りするばかりです。


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超プチ贅沢!

2013.09.14日

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今日は贅沢な日でした。しかし、「超プチ」が前につく、小さな小さな贅沢です。
午後2時から1時間、小学生のための英検対策講座。少人数で一人ひとりにたっぷりサービスするクラスでした。
その後、土曜日の私たち夫婦のデートコースである「スシロー」で遅いお昼を。
近くにスシローができた時、「安かろう、まずかろう」という先入観でずっと敬遠してほかの寿司屋に行っていたのですが、外食産業の業界専門誌にスシローのことが非常に高く評価されているのを見ました。じゃあ一度試してみようということで、行って食べてみると意外や意外、本当にどれを食べても美味しかった。しかも、ひと皿105円。びっくりです。
もともと寿司大好き人間です。今から20数年前、うちの子どもたちがまだ小さい頃、知り合いに紹介された寿司屋では当時としてはとても高い、毎回10000円かかっていました。
でもスシローに行き始めると、このときの高級寿司屋よりもさらに満足度が高く、ほとんど毎週行くようになりました。
今日は二人で好きなものを好きなだけ食べて、10皿。たったの1050円。超プチ贅沢です。


このあと、二人で駅ビルに出かけ、妻は大好きなウィンドウショッピング。私は本屋で何冊かの興味ある本を立ち読み。気に入ったのがあれば買おうと思っていたのですが、もう立ち読みでほとんど内容が頭の中に入ってしまいました。
そして地下で夕食のお弁当とおかずを買い、妻の希望で駅近くのレストランでデザートタイム。
私は今、健康のために甘いものはほとんど食べていないのですが、たまにはつき合おうということで、妻が注文したチョコレートサンデーを二人でいただきました。これは美味しかった!
これが今日の超プチ贅沢の第2弾。料金はなんとたったの346円。


そして夕方には、二人のお気に入りの湯乃蔵ガーデン温泉。ここも妻との週末のデートコース。以前、「台風の中の混浴露天風呂」「裸のつきあい」などにも書いたところです。
8月末に4泊5日で妻と北海道へ"親"婚旅行へ行き、そのとき各地の温泉回りをしたのですが、実は私たちは二人とも北海道の本物の温泉よりも、地元のスーパー銭湯であるこの湯乃蔵ガーデン温泉の方がいいという結論に達しました。
今日は、市内の中学校や高校で体育祭が行われたようで、打ち上げの生徒も大勢来ていてイモの子を洗うような混雑ぶりでした。男風呂だけでゆうに100人以上、女風呂も同様に混んでいたようで、レストラン・休憩室も満員。
ここは土曜・日曜は平日より料金が高いのですが、それでも800円。二人で1600円。これが超プチ贅沢第3弾。
締めて3000円弱。


「ああ、僕ぁ幸せただな〜!」
と思っていたのですが、今日知ったCNNニュースによると、日本人全体の幸福感は世界156カ国中、なんと43位ですって。びっくり!もっと上位に入るかと思っていたのに…。上位10位は以下のとおり。
1位 デンマーク
2位 ノルウェー
3位 スイス
4位 オランダ
5位 スウェーデン
6位 カナダ
7位 フィンランド
8位 オーストリア
9位 アイスランド
10位 オーストラリア


これは、実際に生活レベルがどうのこうのというのではなく、国民が感じている幸福度なので、各国間で比較できるものではないのですが、それにしても43位は低すぎる。
これは感謝の心が欠けていることの現れではないでしょうか。
もっともっと、今日私が感じたような「超プチ贅沢」に対する感謝の気持ちを持ってもらいたいものです。


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夫婦円満の秘訣 その2

2013.09.13日

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昨夜、テレビで崩壊寸前の夫婦の問題が取り上げられていました。
夫は2年半前リストラに会い、以来警備員のアルバイトをしながら求職活動をしていますが、7年前に購入したマンションのローン支払いなど生活費で、毎月14万5000円の赤字が膨らみ続けているといいます。
経済アナリストの森永卓郎さんが、夫婦の生活に密着し、アドバイスをします。
家族でフィリピンに移住したら、生活費は日本と比べたら比較にならないほど安く上がり生活は楽になるし、子どもが現地の学校に行ったら日本に帰国した際、英語ができるようになっていて帰国子女として母親が希望している私立の学校に編入もできる、と。
すると、夫はその提案に乗り気で、やってみないとわからない、試してみようと言い、妻は頭から猛反対で夫を激しく罵倒します。
妻は夫の努力を全然評価せず、自分は働く意思は全くなく夫を責めるばかりで、食べ物や日常生活では贅沢していながら、子どもを私立の学校にやりたいと言っています。
最後のシーンで、夫は引き続き職を探し、頑張るしかない、と元気なく言っていました。


これを見ていて、私は無意識のうちに夫婦円満の秘訣について考えていました。
そして今日、この問題について書こうとしたら、すでに「夫婦円満の秘訣」という記事を3年半ほどまえに書いていたので、きょうはシリーズ その2です。(このページ左上コーナーにある「エントリー検索」に「夫婦円満」というキーワードを入力すると、ほかにもいくつかの記事が出てきますので、関心のある方、あるいはニーズのある方はご参照ください)


さて今日、私は3時間ほどかけて主夫業をしました。
私がここ数年体調を崩しているので、そのしわ寄せが妻や息子、娘に行っていて、いつも本当に申し訳なく思っています。
今の私がすべき第一優先の仕事は健康作りです。
そして、同時に自分にできることは何でもするよう努めています。


今朝は妻が塾の掃除に行っている間、まず洗濯物を干し、昨日の洗濯物をたたんで片づけ、それから家の掃除をしました。
普段あまり手の届かないところ、例えば押入れのスノコや衣装ケースなどを全部のけて掃除機をかけ、ふすまも外して下の車輪などのホコリも取りました。
さらに、冷蔵庫を前に移動して床や壁、冷蔵庫の上、裏側、下に着いているホコリを掃除機で吸い、雑巾がけしました。
ピアノの下、洗濯機の下なども同様に掃除機を使ってきれいにしました。
途中、掃除機の中のゴミ・ホコリを2回出しました。
私は、このような家事をすることを恥ずかしいとは全然思いません。
今は料理こそしませんが、独身のころやっていたので、いざとなればいつでもできます。
私が小学生のころは、毎年大晦日に母親は煮しめなど料理で正月の準備をしている間、父親が家中の大掃除をし、畳も全部上げて表に出して干し、パンパンとホコリを叩き出したりし、私も父の手伝いをしていました。最近は、このような光景はまったく見かけなくなりました。


つまり、夫婦円満の秘訣のひとつは、お互いに仕事分担してできることはどんなことでもやって助け合うということです。
冒頭のテレビ番組に登場した妻のように、相手を責めるばかりで、自分もできる範囲内で協力しようという意気込みがなければ、たとえどんな状況でも、うまくいくものもいかなくなります。


そう言えば、私の尊敬するJohn MacArthur (ジョン・マッカーサー)牧師が説教の中で言っていました。
「私は罪人(つみびと)だ。ただ自分が罪人であるだけではない。さらに、罪人である妻と結婚もしている」
この言葉は示唆に富みます。
人間、みんなそもそも自己中心な罪人なのです。だから、罪人同士が結婚し、夫婦となっているのですから、お互いに足りないところ、欠けているところなどあって当たり前の話。
相手を責めるということは、すなわち自分自身も同じ欠け、足りないところがあるということを認めているのと同じことです。
だからこそ、お互いにその欠けを補い合う努力をする、これが夫婦円満の秘訣の第一歩です。


つい先日、友人を通してあるご夫婦の結婚カウンセリングを依頼され、今晩ご夫妻にお会いすることになりました。
お話しするポイントは、過去がどうであったかではなく、今、自分たちの望んでいることは何か、今どんなことをしているか、今していることはその目標達成のために役立っているか、目標に向かって自分たちにできることは何か、この4つのポイントです。
これは、どんな問題にも当てはまります。
お試しあれ。


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35年来の友人と…

2013.09.12日

昨日は平塚の海のように私の心身も「凪」で、とても幸せに健やかに過ごせました。
あまりにも調子良く、しかもたくさんウォーキングもして体も心地よく疲れていたので、今晩は薬を服まなくてもきっとぐっすり眠れるだろう、と思って薬なしで床につきました。
ところがなんと、頭が妙に冴え渡って仕事のことなどいろいろなことを考えて寝つけず、ちょっとウトウトとしたかと思ったらすぐに目覚め、時計を見たら朝の4時。それからもう一睡もできないような状態でした。
で、今朝は頭がちょっと朦朧(もうろう)としていて、しかも寝不足からか気分もあまり良くなく、結局いつものウォーキングにも行けずじまいで、夕方にはもう眠くてたまらなくなり、ちょっと夕寝してしまいました。
昨日はちょっと調子が良すぎた。やっぱりまだまだなのだなぁと思った次第です。


しかし、今日は昨日以上の、最高の出来事がひとつありました。
それは、...


今年の1月に大磯の海岸までウォーキングして、夕焼けに赤く染まった大島を見て「価値観の大転換」に書いたあの日の出来事がありありとよみがえってきました。
思い起こせば、私がまだ28歳だったときのことです。
クリスチャンになってまだ1年しかたっていないのに、ロサンゼルスの母教会から日本伝道チームの一員として日本に送られ、大島での青年キャンプに参加したのです。


oshima.jpg


そこで出会ったひとりの若い美しい女性。
私は直感的に、この人はこのキャンプで必ずや信仰に導かれ、生まれ変わりを体験されると確信しました。
夜のキャンプファイヤーで、参加者の方々の前で私自身の体験談を語る機会が与えられ、そのあとでその女性とお話ししました。
とても真面目な方で、真剣に神様を求めていらっしゃいました。
そこで個人伝道をして、最後にお尋ねしたら「イエスさまを信じます」という嬉しいお返事。その場で一緒に涙を流して感謝のお祈りをしました。
その後、何度かお会いしてお話しなどしていましたが、途中から音信不通。どうしていらっしゃるかな、といつも心の中にこの姉妹のことがありました。
そう言えば、「神様のウンチ」の中に書いた先天性盲目の晶子ちゃんという小学4年生の女の子が、この姉妹と同じ街に住んでいらっしゃることを知って、姉妹にお願いして訪問していただいたこともありました。


上のことを思い出したのは今日、この姉妹が今や大きな教会の牧師をしていらっしゃり、素晴らしいお働きをなさっていることをネットで知り、もう居ても立ってもいられなくなり教会にお電話したことに始まります。
ご本人が直接電話を取られ、お互いに35年前の昔を懐かしみながら親しい会話を20分ほど心ゆくまで楽しむことができました。
「今日の私があるのは、そしてこの教会があるのは、あの大島での譲二さんとの出会いの結果です」と言われ、胸が熱くなるのを覚えました。
最後には、さすがは牧師、「お祈りさせてください」と、私のためにお祈りしてくださいました。
35年前と立場がすっかり逆になっていました。


これが今日の最高の出来事です。
調子が優れなかった体も心もこれでいっぺんに元気になりました。
神様、あなたの御名を崇め、心から感謝します。


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今日は凪(なぎ)

2013.09.11日

今日は久しぶりに妻と一緒に湘南平塚海岸へピクニック(?)に行ってきました。
途中コンビニに寄っておにぎりを、そしてパン屋さんでパンを買い、海岸の砂浜で持っていったビーチチェアに腰かけてお昼をいただきました。
海は凪で波はほとんどゼロに近く、気温は27℃ありましたが空には雲がかかっていて暑くなく、心地よい海風に吹かれていました。
左手には江ノ島の向こうに三浦半島が、右手には伊豆半島がうっすらと見えます。


miurapeninsular.JPG   izupeni.JPG


近くには何組かの若いカップルや中年のご夫妻、家族連れの人たちが散歩やピクニックを楽しんでいらっしゃいました。とても平和な光景です。


picnic.JPG


そのあと妻はiPhoneに入れてあるお気に入りの音楽を聴き、私はお気に入りの本 Master of the Game を読み、1時間ちょっとリラックスの時を過ごしました。


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この本は2週間前に「親婚旅行」で北海道旅行に行った時、Kindle版で持って行きましたが、旅の楽しさに夢中になってしまって本の方はあまり進みませんでした。
帰宅して続きを本で読み始めたら何と、たったの4分の1ほどしか読んでいませんでした。Kindleではどれだけ進んでいるのか皆目見当がつきません。これが欠点です。
ただ、本はもう30年もたっていて、その上、何度も読んでいるので上の写真のようにもうボロボロに近くなり、紙の色は真っ黄色です。
その後、塾通信の作成や成績表と一緒に発送する昨日まで仕事に追われて思うように進まず、ようやく半分少しまできたところです。
でも、さすが「マスター・オブ・ストーリーテラー」と言われるだけあって、ストーリーは何度読んでも最高に面白いです。


今日、海岸で読んでいたところが面白くて、帰宅して続きを読み、章の終わりまできて一段落したので、夕方またウォーキングに出かけました。
1時間半、8.7km歩いてきました。
身体の調子はまだまだ一進一退の状態ですが、今日は海の凪のように私の調子も凪でした。


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天国?

2013.09.10日

毎日Facebookを見ていて、本当にいろいろな人たちとの出会いがあり、また自分の知らない世界を垣間見させてもらいとても感謝しています。
とくに訪れたことのない地の風景や人々、その地方の特産品やさまざまな花などの植物や動物など、驚きがいっぱいです。
FBでお友達になった人たちはとても親しみを感じ、まだ会ったことのない人でももうまるで知古の友のような感じになり、実に不思議な世界です。
ちょっと前なら仮想現実などと呼んでいましたが、今ではそれがもう仮想でなくなっています。


最近、FB上でよく見る画像には驚かされるもの、微笑ましいもの、胸が熱くなるものなどが実にたくさんあります。
次のはそのうちの「動物と人」シリーズです(1,000,000 Pictures より)。


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本当に心温まります。
聖書の中に次のような箇所があります。
「おおかみは小羊と共にやどり、ひょうは子やぎと共に伏し、子牛、若じし、肥えたる家畜は共にいて、小さいわらべに導かれ、雌牛と熊とは食い物を共にし、牛の子と熊の子と共に伏し、ししは牛のようにわらを食い、乳のみ子は毒蛇のほらに戯れ、乳離れの子は手をまむしの穴に入れる」
(イザヤ書11:6-8)
これは天国の描写ではありませんが、千年王国と言われる天国に似たような状況です。
こんな光景でしょうか。


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つい先日、FBフレンドのUさんのタイムラインに『天国は、本当にある』という本が紹介されていました。
臨死体験をした4歳の子どもが話したことをもとに書かれているということで、ものすごく説得力があるそうです。
Amazonでもとても評判の良い本のようで、私もぜひとも読んでみたいと思っています。

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きっと天国は上の写真以上に、想像もつかないほど素晴らしい世界なのでしょう。
「偶然と必然」の中に書いた、1か月ほど前に若くして天国に旅立たれたみずきちゃんに、また私自身の父や母に、そして信仰の先輩方や主にある兄弟姉妹たちに天国でお会いできる日が今から本当に楽しみです。


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少子高齢化社会

2013.09.08日

今日は礼拝が終わって教会から歩いて駅の方へ妻と食事と買い物に出かけました。
去る6月に「時代の流れ」という記事を書きましたが、今日はこの時代の流れをより一層強く感じました。
私が高校生のころ、今日のユニクロのような感じで破竹の勢いで急成長し、全国に展開して私もそのファンの一人だった長崎屋が初めの店を出したのが、ここ平塚。ところが、その前を通ると数年前に閉じられていた建物はもう解体工事がほとんど完了に近くなっていました。
そのすぐ近くにあった大手銀行もバブル崩壊とともに姿を消し、今は公園になっています。
十数年前までは結構人通りの多かった街の一番の繁華街だった商店街はシャッターが閉まったままの店も多く、閑古鳥が鳴いています。
明治40年創業で100年の歴史を誇っていた地元百貨店も数年前に直営売り場が完全になくなってテナントビルになり、ここも閑古鳥状態です。


気がつくと、どこもかしこもデイケアサービスや整骨院、鍼灸・マッサージなど高齢者対象の店があふれるほどで、テレビや新聞の宣伝はサプリメントを始めとするシルバー向けの商品や旅行、雑誌の特集記事も高齢者対象のものばかり目につくようになっています。
逆に、昔あちらこちらにあったおもちゃ屋や駄菓子屋など、子ども相手の店はほとんど見かけなくなり、ここにも少子化の影響がみられます。
日本はとくに世界でもトップレベルの少子高齢化の国。
もはや「時代の変化」などと言っておられず、このまま指を加えて見ているわけにはいきません。一刻も早くなんとか手を打たないと日本の将来がなくなります。


民主党が「子ども手当て」なる餌をぶら下げて自民党から政権を取りましたが、行き当たりばったり、票目当てのものはまったく根本的な解決にはなりませんでした。
つい先日、「子どもたちはどこへ行った?」にも書きましたが、そのひとつは移民政策でしょう。
さらに、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、デンマークなど北欧の国々のように、政府がもっと教育費にお金をかけて子育てを支援し、将来の国の宝である子どもに対して投資しなければならないのです。これらの国々では、基本的に教育費は小学校入学時から大学卒業までほとんどお金がかからないようになっています。


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「PISA型学力 その2」を始め、これまで何度もこれについてはこのブログで書いてきましたが、子どもに形式的な教育をするのではなく、本当に将来役立つ「考える力」をつける教育にお金を惜しんでいてはいけません。どうも日本は昔から形にばかりとらわれていて、実質をしっかりと見ていない感があります。


教育費だけでなく医療費など、子育てを支援する本物の福祉をもっと充実させないと少子化に歯止めはかかりません。
また政府は、国民全体にこの「少子高齢化」の問題をもっと強くアピールして、理解と協力を得るようさまざまな取り組みをしなければならないでしょう。


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反省を成功に

2013.09.07日

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昨日、FBフレンドのNさんがタイムラインに次のように書き込んでいらっしゃいました。
「久しぶりの図書館。入ってすぐ席に着けば良いものを、まず、館内を回って興味深いタイトルのついた本を手に取ってパラパラと拾い読み…。‘うわっ!これ面白そう!あ、あれも読みたい…’なんて順番に見ているうちに、ハッと気が付くと2時間近くも経っていた。 エ〜ッ!?w(+ο+)w 〜何やってんの私?  結局、勉強が捗るどころか、時間のムダ遣い! あ〜ぁやっちまった!! (ーー;)」
私はこれに対して次のようなメッセージを送りました。
「まあまあ、そういう時も必要ですよ。人生に無駄は一つもありません」
そして、右のリンクを貼りました。「人生に無駄はひとつもない」
これは私の信念です。
反省することはあっても決して後悔しません。なぜなら後悔は後退し、前進しないからです(「後悔と反省」)。


今朝、ラスベガス教会の私の親友、敬愛する鶴田牧師から次のようなブログ記事が届きました。
失敗を後悔して終わるのではなく、それをいかにそして成功に変えるか、ということを教えています。
タイミングが良かったので、下にコピーしてご紹介させていただきます。


今日は、“失敗に学ぶ”ということを考えてみました。
人生には、失敗はつきものです。何かをやろうとしたら、最後までスムーズにやり遂げることなど滅多にありません。ほとんどの場合、人は途中でくじけそうになったり、諦めかけたりするものです。


しかしながら、自分の経験だけでなく多くの人々の経験から分かることは、失敗は必ず次に役立つものであるということです。
そもそも英語のSUCCESS(成功)という言葉自体、「後から来る」という意味のラテン語に由来しています。それが何の後から来るのかというと、失敗の後からなのです。つまり、成功とは失敗の後から来るものである、ということです。
特に、大きな失敗は、一時的には大きな痛手にはなりますが、その度合いが大きいほど、めざましい変化につながります。なぜなら自分を真剣に変革しようという気持ちが生まれるからです。


よく、大失敗したり、大病をしたりした人は、人間的にも大きく成長していることから、ずっと魅力的な人間になると言われます。だからこそ、そのような人は素晴らしい親友を見つけやすいと言われるのです。
最悪の失敗ですら、「次はやり方を変えたほうがいい」と私たちに教えてくれます。世界最高峰に7度の登頂を果たした米国の登山家ピート・アサンズは、「エベレストに挑んだ最初の4回の遠征では、どうやったら登れないかを学びました。失敗は、アプローチに磨きをかけるチャンスを与えてくれるものです」と言っています。
その意味では、中途半端な失敗よりも、大きな失敗の方が良いくらいです。人間というのは、どうも成功からはあまり学ばず、失敗して初めて真剣に物事を考え、大切なことを学び取っていくようです。


聖書の中にも、多くの失敗をした人々の人生が記されています。信仰の父と呼ばれる、あの偉大なアブラハムでさえも大きな失敗を経験しました。それは創世記の16章に出てくる出来事ですが、彼の生涯において最も大きな失敗でした。
アブラハムはこの失敗によって、13年間も神からの呼びかけを聞くこともなく、神からの導きも一切ないという、神の不在経験を余儀なくされたのです。逆に、その失敗は家庭内にいろいろな問題を引き起こし、そればかりか、4000年以上たった今日においても、世界はその問題を引きずっているのです。


神を信じるクリスチャンにとっても、失敗のない人生、失敗のない信仰生活はあり得ません。創世記16章のような出来事は信仰者の誰もが必ず引き起こす間違いです。つまり、それは神から与えられた約束を、私たちの力で実現しなければならないと考えてしまうことからもたらされる失敗です。


「失敗は成功のもと」という格言があるように、神を信じる人生においても、私たちは多くの失敗の痛みを通して、多くのことに気づかされ、成長していくものです。やがてイスラエルの民も自分たちの国を失うという痛みを経験しながら、はじめて神の教えを喜びとし、昼も夜もそれを口ずさむというライフスタイルを形成していきます。


「苦しみに会ったことは、私にとって幸いでした。私はそれであなたのおきてを学びました。」(詩篇119:71)という詩篇の記者の告白も、自らの失敗を通して学んだ結実でした。


創世記に記されたアブラハムの全生涯を見渡すとき、彼に対する神の導きの中に失敗の経験が無駄なく組み込まれているように見えます。失敗それ自体は、辛く、痛みを伴うものですが、それがやがて益となり、アブラハムをして「信仰の父」と呼ばれる者に導かれた神の恵みと真実に絶えず心を留めていきたいものです。
今日の一言: 成功は失敗の後から来る


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勉強が嫌い?

2013.09.06日

これまでこのブログで数え切れないほどこの問題について書いてきました。
多くの生徒が勉強は嫌いだと言います。しかし、学校は行かなければならないし、学校ではテストがあり、また高校入試や大学入試もあるので、仕方なくやっている、とみんな口を揃えて言います。
近くのある塾の生徒募集のチラシにも、「勉強はやらなければ仕方ないから心を鬼にしてやる。これは必要悪である」と書いてありました。塾長がこのような考え方をしていたら、生徒はみんなそのように考えるようになることでしょう。


昨日の記事に書いた「豚のローストビーフ」のテレビ番組を見ていて、私は歴史ってこんなに面白かったんだ、と改めて思いました。歴史が嫌いと言う人は、まず例外なく無味乾燥な出来事と登場人物と年代を丸暗記しています。私自身も中学・高校のころはそうでした。これでは面白いわけがありません。


「アメリカ滞在1日目(パート2)」は去年の夏、アメリカ旅行に行った際、現地の高校の授業を見学させていただいたときのことを記した記事です。
世界史の授業でしたが、これがとても面白くて、見学していて知らず知らずのうちにその中に引き込まれ、まるで自分も生徒のひとりになったかのように錯覚したぐらいです。
私が経験した中学・高校のころの歴史の授業は、先生が教科書に書いてあることをただそのまま話すだけで、「ここは試験に出すから線を引いて覚えておくように」というような感じでまったく面白くありませんでした。
ところが、このアメリカの高校の授業では、先生と生徒の間で活発なやり取りがあり、しかも歴史をただ過去の事実として教えるのではなく、なぜそのようになったと思うか、その原因は、そして結果はどうなったと思うか、などと生徒に尋ねかけ、生徒同士で話し合って発表させたり、先生が予期していないような質問が生徒から活発になされたりしていました。
こんな授業だったら、みんな歴史が好きになるに違いないと思いました。


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つい2週間ほど前、平塚駅近くで卒塾生と偶然会いました。現在、高校2年生。地元で2番手のかなりハイレベルの高校に進学したのですが、競争が激しく、毎回テストの結果が廊下に1位〜最下位まで貼り出されるそうです。
この生徒曰く、成績は決して良くはないけれど、学院長に楽しく英語を学んだお陰で、学校の授業は楽しく受けられ、高校生活もとても充実しているとのこと。
こうでなくっちゃダメなんです。
受験勉強を頑張りすぎて、合格という目標を達成したとたんに勉強をやる気がなくなってしまい、高校生活あるいは大学生活をただ惰性で送っているという人たちが大勢います。
これは実にもったいない。


学校で学ぶことは、単に試験のため、進学のためではなく、もっと長い目で見て、自分の人生を豊かにするためのものです。
そのような見方ができるようになると、勉強はとても楽しくなってきます。
日本の現在の学校教育も、塾や予備校の教育もこの点で合格点に達していないように思います。
現にスウェーデンやフィンランドなど北欧の学校の授業を見ていると、考える力をつけさせる理想的な教育をやっています。
そしてその結果が、国際学力テストに表れているのです(「数学力は忍耐力」))。


日本では「ゆとり教育」の結果、学力が落ちたと言って、たちまちまた昔の詰め込み式教育に戻り、教科書は厚くなり、授業時間数は増え、試験問題は難しくなり、土曜日の授業がまた復活するという状況です。
どうも、時計の振り子のように右から左へと大きく揺れるばかりで、本質を見ていないように感じます。


私は学校の教師にもっと楽しい授業をやってもらいたいといつも思っています。
そして声を大にして子どもたちに伝えたい。
「勉強はとっても楽しいんだよ!」と。


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豚のローストビーフ!?

2013.09.05日

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去る8月28日にNHK総合で放映された「歴史秘話ヒストリア」では、今日の観光都市京都の魅力の裏話を紹介していました。たった今、録画されていたものを見たのですが、これは意外中の意外、おそらく多くの京都人ですら知らないような話でした。


京都は、京都御所を中心に様々な職人や商人の住まいが立ち並び、日本の宮廷文化を支える街として繁栄を謳歌していました。
ところが、元治元(1864)年7月、御所の蛤御門をめぐる戦いで火事が発生。炎は瞬く間に京都中に広がり、2万7500軒を焼き尽くす大惨事となったのです。
京都の火事を前に、大久保利通は天皇を京都から東京へ移し、東京を新な都にしようという計画を立てました。大久保は京都から天皇を引き離し、東京で新しいく国づくりをすべきだと考えます。京都とつながりの深い保守的な公家や寺社などは強硬に反対。大久保は保守派を説得するために「行幸」(ぎょうこう)ということにし、天皇が東京へ行くのはあくまでも「お出かけ」であり、また京都に戻ってくるということにします。


明治元(1868)年10月13日、天皇は江戸城に入り東京城と名を改めます。2ヶ月後、天皇は予定通り京都に帰ってきました。しかし、京都の人々の間ではいずれ都が東京に移るといううわさが絶えません。
新政府は人々を安心させるためにお触れを出し、京都の町内一つひとつに明治天皇の名義で御土器などを配ります。これに喜んだ京都の人達は、仕事を2日間休んで天皇から頂いたお酒を心ゆくまで楽しんだといいます。


明治2(1869)年3月、天皇は再び東京に行幸します。しかも、今回の行幸は太政官という当時の政府をまるごと東京に引き連れて行ってしまい、事実上の遷都を意味しました。
これに京都の人達は、天皇が東京に行った後もまだ残っていた皇后に京都を離れないよう訴えたといいます。しかし、群衆は門兵に追い払われて皇后も東京へと出かけました。
さらに、保守派の公家2人は日光で兵を挙げ、天皇を京都に連れ帰ろうとクーデターを計画しましたが事前に情報が漏れて失敗。
明治3年の正月を天皇と皇后は東京で迎え、京都は首都の地位を東京に明け渡します。天皇を失った京都の産業は御所という得意先を失い、廃業または東京へついていく店が続出。京都の人口は一挙に3分の2に減り、閑古鳥が鳴くありさまだったといいます。


現在の京都は年間5000万人を超える観光客が訪れる日本屈指の観光都市です。
その観光客の中でも特に目につくのが外国人の姿で、大河ドラマ「八重の桜」の主人公の兄で会津藩士だった山本覚馬は戊辰戦争後に京都府に顧問として迎え入れられ、衰退した京都を蘇らせるために注目したのが外国人の力を借りることでした。


1867年に開かれたパリ万博には42か国が参加し、各国の特産品や最新の科学技術が披露され900万人が押し寄せました。日本館は東洋風で精巧に作られた工芸品が高い評価を受け人気を博します。山本覚馬はこの日本のブームに目をつけて、京都で博覧会を実行すべく京都博覧会社を設立。


博覧会の開催に向けて、街を挙げての準備が始まります。会場は多くの人が入れるよう西本願寺・知恩院・建仁寺が提供。肝心の展示品は街の人から外国人が喜びそうな品物が集まり、英文のガイドブックを作るために山本覚馬の手助けをしたのが妹 八重でした。


明治5(1872)年3月、第一回京都博覧会が始まります。選りすぐりの工芸品などが展示され、80日間で外国人770人を含む4万人が会場を訪れて博覧会は大成功を収め、翌年に御所で開催した博覧会には40万人の人出でにぎわいました。
街の人たちも初めて接する外国人のおもてなしに奮闘します。老舗の料亭が外国人の食事を担当し、試行錯誤の末にフランス料理のフルコースを完成させます。
そのメニューになんと「豚のローストビーフ」や「鶏のローストビーフ」なるものが残っているのです。
京都の人たちの気配りは外国人の安全にまで及んでいて、外国人専用ガードマンが配備されました。
こうして京都の産業は外国という新たな得意先を見つけ、復興の糸口を掴んでいったのです。
(以上、「TVでた蔵」の一部を抜粋、改変)


京都の奇跡的な大復興の陰に「八重の桜」の八重がいたのです。
感動!
京都を心の故郷と思っていた私にとって、大きな驚きの発見でした。


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昨日のびっくりとは… 必見!

2013.09.04日

朝9時半ごろ、電話がありました。
「舟田さんのお宅ですか。こちらは平塚市役所、福祉課の◯◯と申します。
実は、過去5年間の健康保険の払い戻し請求の申請書を今年の4月8日にお送りしたのですが、まだその申請書がこちらに届いていません」
「私は記憶にないのですが、ちょっとお待ちください。家内に変わりますので」


電話の内容を妻に伝えましたが、妻も覚えがありません。
「もしもし。そのような記憶はありませんが」
「見落としていらっしゃったのではないかと思いお電話をいたしました。52,500円の払戻金が発生していますので、お振り込みいたしたいと思います。
本当は8月31日でその申請の手続きが締め切られているのですが、この2〜3日のうちに払い戻し請求の申請書をお送りしますので、振込口座名と必要事項を書いてご返送ください。至急手続きいたしますので。
こちらから銀行の方に連絡して振込の作業を進めておきます。銀行の方からご連絡がいくかもしれません」
「はい、わかりました。どうもありがとうございます」


5分ほどすると、今度は別の男性から電話がかかってきました。妻が出て、話を聞きながらメモを取っています。
「舟田様ですね。私は各銀行共通のコールセンターの担当、◯◯と申します。今、平塚市役所の◯◯さんから払い戻し金のことでお電話がありました。
つきましては、今回はすでに申請時期が過ぎていますので、申請書に代わり特別に今このお電話でいくつか確認させていただきまして、今日振り込ませていただきたいと思います。
舟田様は◯◯信用金庫のキーカードはお持ちでしょうか?」
「いいえ、持っておりません」
「ああ、そうですか?この信用金庫に50万円以上の預金があり、このカードがあれば、手数料の2,100円が無料になるのですが…。
それでは今からすぐにお手続きいたしますので、恐れ入りますがお近くの◯◯スーパーに端末機がありますので、そちらの方にお越しいただけますか?端末機のところにお着きになりましたら、こちらの方で操作法をお知らせいたしますので、こちらコールセンターのIP電話番号0803-○○○-○○○○の方にお電話ください。舟田様の携帯電話の番号をお知らせいただけますでしょうか?」
「はい、○○○-○○○○-○○○○です」
「では、お待ちしております」


電話を切った妻が戻ってきたので電話の内容を尋ねると上のような話だったと言います。
「今から◯◯スーパーの端末機に手続きに行くので、一緒についてきて」と妻。
「えっ、ちょっと待った!この話はおかしいよ。臭い。市役所の福祉課の担当者に電話して確認するよ」
「大丈夫よ。今、電話くださったコールセンターの◯◯さんが市役所の福祉課の◯◯さんから電話があったって言ってたから」
「いや、それ自体が怪しい」


市役所に電話し、福祉課の◯◯さんをお願いします、と言ったところ、市役所には福祉課というものがないこと、◯◯という人間がいないこと、また保険金の払い戻しにATMを使うことはない、など思ったとおりの返事。
コールセンターのIP電話番号0803-○○○-○○○○は、携帯の080-をごまかすための方法だとすぐにピンときました。
市役所への電話に続き、すぐに警察に電話して事情を説明しました。
しばらくして警察官がうちにやってきて、電話の内容の確認と聴取。
警察官によると、これは新手の振り込め詐欺とのこと。
私に言わせれば、これは「振り込め詐欺」ではなく、「振り込みます詐欺」。
一般には「還付金詐欺」と呼ばれているようですが、この手の詐欺行為をしている人たちは悪知恵が発達していて、「オレオレ詐欺」が知れ渡るとすぐに手を変え品を変えて、別の方法を考えつきます。ですから、「オレオレ詐欺」とか「還付金詐欺」とか名前をつけると逆にそのような先入観を持ってしまうのでよくありません。
「振り込みます詐欺」は実に巧妙で、ATMのところではおそらく「こちらから入金しますので入金のボタンを押してください」などと言い、相手口座に振り込ませるのです。
「振り込め」と言うとみんな警戒するので、「振り込みます」という甘い言葉を使って人を油断させ、騙します。


以前、成人英会話クラスをやっていたとき、ひとりの方のところに息子を装った「オレオレ詐欺」の電話があって、すぐに気づいたので怒って切ったとおっしゃっていたのですが、私は騙された振りをして、相手の携帯番号を聞いておいて警察に連絡すればよかったのに、と言ったことがありました。
ですから、うちにこのような電話がかかってきたら、私は騙された振りをしてできる限り情報を聞き出そうと思っていたのですが、妻が本当にすっかり騙され、代わりに情報を全部聞いておいてくれました。
なんとか犯人逮捕につながることを期待して、私は上のコールセンターの番号という携帯番号を警察に伝え、捜査の進捗状況を連絡して欲しいと伝えたのですが、多くの場合これらの携帯は闇で売買されているもので、足がつかないものです。


「自分は大丈夫」とみんな思っています。妻も前から、自分は大丈夫と言っていました。
実際のところ、詐欺問題のプロでそのような本も書いている著者自身が、次男を装う者からの電話に引っかかってしまい、大金を振り込んでしまった、という笑うに笑えない話もあります。
相手は事前に、名前や家族関係まで調べて電話してきたりします。
そして、電話の主は演技がうまく、いかにも市役所職員らしく、また息子、娘、孫、会社の同僚らしく話します。
お金が関わることは、たとえこちらに「振り込む」という内容のものでもどんなものでも要注意で、必ず確認してください。というか、まずは嘘の可能性の方が大です。


そう言えば、数年前にオーストラリアからのメールで「宝くじ500万円が当選しました。つきましては、現金を受け取るためにこちらにお返事ください」というのが来たこともありますし、最近では毎日のように、知らない可愛い女の子からFacebookで友達リクエストがきます。これも絶対に承認してはだめです。たとえ、共通の友達が何人かいてもです。その人たちも騙されている可能性があります。
連絡は下のメールアドレスにお願いしますとか、メンバー登録してくださいとあり、そのうち、いついつどこどこで一緒にお食事しましょう、デートしましょうとなり、これがまず100%お金の関わる詐欺に発展します。


皆さん、本当にお気をつけください。
いくら気をつけても注意し過ぎるということはありません。


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今日の出来事

2013.09.03日

今日は朝からすごーい出来事がありました。
ずっと前から一度は経験してみたいと思っていたことです。
で、そのあっと驚くような内容とは…。
続きは明日のお楽しみ!
今日はあまり体調が良くないのでここまで。


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今日はお休み

2013.09.02日

4泊5日の北海道旅行から昨日、無事戻ってきました。たくさんの素晴らしい思い出を心に詰めて。
そして、たくさんのご馳走を胃に詰めて。


千歳空港を発ったころから胃が重く感じ始め、帰宅した途端に胃痛。
昨夜も今朝も、そしてお昼もあまり食べていないのですが、まだ胃腸の具合は良くなく、今日はずっと布団の上で休んでいます。
きっと毎日のご馳走攻めに胃も腸も驚いてしまって、機能が追いつかない状態なのでしょう。


今回の旅行に持って行ったシドニィ・シェルダンの Master of the Game 『ゲームの達人』 (「人を変えようとするな」)は、旅行があまりにも楽しかったのと、バスガイドさんのお話が面白くてついつい引き込まれ、あまり読み進めることができませんでした。
そこで、今日は旅の疲れを癒す意味でもゆっくり休もうと思い、一日布団の上で横になって続きを読んでいますが、相変わらず面白い。この本はもうすでに何度も読んでいるのですが、それでも面白い。改めて著者シドニィ・シェルダンの才能に驚いています。


この本は日本ではアカデミー出版(アカデミー学院とは無関係)から1987年に超訳と名づけられて日本語で出版されるなりいきなりベストセラーとなり、ものすごい評判になりました。そこで、私も購入して読み始めたらもう面白くて仕方ない。
読み終わってから原本の英語で読みたくなり、英語版を入手して読み始めたら、もう超訳とは比較にならないほどもっと面白くて、すっかりシェルダンの大ファンになり、それ以降彼の本をすべてネットで注文して英語版で読みました。
妻や子どもたちも超訳で読み始めてみんなファンになったのですが、あるとき英語版と超訳を比べてみたところ、単なる意訳ではなく、どのページにも誤訳が何か所も見つかり、この超訳の信頼性が揺らぎました。
そこで出版社に電話をして出版部の担当者にその間違いをいくつか指摘したところ、調べて返事するということでしたが、結局返事は一切ありませんでした。


シドニィ・シェルダンについては「明日がある」の中に詳しく書いていますので、ご興味のある方はこちらをご覧ください。
そして、皆さんにはぜひ英語版でシェルダンの作品を読んでいただきたいと思います。英語が苦手な方には、これが英語版で読めるようになるのを目標にお勉強されることをお勧めします。


ということで、今日は体調もまだ快復していずお休みの日なので、私のブロブも短く、これでおしまい。


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北海道にさようなら

2013.09.01日

今日は私たちの31年半振りの"親"婚旅行の最終日。
4泊5日は長いようで終わってみれば、あっという間でした。
多くの方に応援、お祈りしていただき、最初から最後まで本当に何もかも祝福された、とても満足できる旅行となりました。
一番の目的であった「心身魂のリラックスと癒し、そして夫婦の間の親密度を深める」は、見事にイメージどおりにすべて達成できました。


北海道の山や湖、海などの美しい大自然、美味しい食事、ツアーのガイド、添乗員、バス運転手とグループの人たち、いろいろなところに隠された心憎いばかりの演出や心遣いなど、どれを取っても大満足で、たった今、アンケートにその旨書いたところです。
家族や親族に、また知り合いにもぜひ勧めたいと思いました。


昨夜は、せっかく北海道に来たのだから本場の焼き肉を食べたいということで、ホテルのフロントで聞いて出かけたところ、そこはつぶれていました。通りがかりの学生風の青年に尋ねたところ、丁寧に近くの美味しい焼き肉屋さんを教えてくれました。
ところが、その店はたまたまお休み。
結局30分あまりかけて歩き、別のお店に行きましたが、ここがまた大当たり。
生ビールで乾杯して、美味しい焼き肉を心行くまで楽しむことができました。


明けて今朝は、宿泊したシェラトン札幌のダイニングでバイキング。クラシックの美しい音楽が流れる最高の雰囲気の中で、種類の豊富な中からいただいたものはどれもこれも美味。大満足でした。
ホテルを出て最後は支笏湖へ。


支笏湖は目に見えないほどの小さな霧雨に煙っていましたが、これもまた味わいがあり素敵でした。


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今回のツアー、参加者のほとんどは私たちと同じぐらいの年代、もしくはそれ以上のご夫婦、中には20代、60代と思われる女性同士のお友達や、30代の若いカップル、40代の親子連れにおじいちゃんやおばあちゃんもご一緒、30代〜60代の一人旅の方など、バラエティに富んでいましたが、皆さんお一人ひとりとても楽しんでいらっしゃるように見えました。


最後に千歳空港を発つ前に今回のツアーでお世話になったスタッフの方々とご一緒に記念撮影、と思ったのですが、皆さん忙しくて時間がありませんでした。
本当にありがとうございました。
その代わり(?)、飛行機に乗る直前に最後の写真を撮って北海道にさようならを告げました。最後のペアルックです。


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そして先ほど、無事羽田空港に到着しました。
ただいまっ!
千歳空港を発つときの気温は18℃で、東京は34.8℃。
熱っ!


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