学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
読む人に元気を注入します。

ジョージ学院長 元気の出るブログ

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身体は正直

2013.05.31日

私は自分のことを正直者だと思っています。というか、上に「馬鹿」がつく方ですが。
40歳代はずっと四十肩を、50歳代は五十肩を患い、60代になって男性更年期障がいというのになって体調を崩しました。


これまでちょっと頑張りすぎてきたので、今はできる限りリラックスするよう努めています。
健康回復のために1年あまり前から食事療法を始めました。
これまでは好き嫌いなく何でも食べてきたのですが、今では私の身体によくないもの、たとえばトンカツを始めとする揚げ物類、ラーメンや中華料理など油分の多いもの、ケーキやアイスクリームなどの甘いものは食べません。
運動でウォーキングがいいと言われると、ほとんど毎日5〜6キロ、多いときは10キロあるいはそれ以上歩いています。
そのお陰で体調は順調に良くなってきています。


今日は数年ぶりにプールにスイミングに行ってきました。
四十肩、五十肩を患っていたときは腕が動かずクロールができなくなり、スイミングは時々しか行かなくなりました。
今は肩は大丈夫なのでクロールもブレスト(平泳ぎ)もできます。
今日はちょっと欲が出てきてバック(背泳)もしてみました。最初のうちは面白いほどスムーズに進み、なかなか捨てたものじゃないと思っていたのですが、25mの半分辺りからだんだんきつくなってきて、上に見える高い天井がまったく進まなくなり、永遠に続きそうに思ったほどです。
でもなんとか泳ぎ切りました。すると、急に両脇の後ろの上腕筋が痛くなり始めました。
結局、25mを20往復して500m泳いだのですが、数年ぶりの500mはちょっとこたえました。
家に帰ってくるともうくたくた。
まるで10キロのウォーキングをしたあと、腕立て伏せを20回ぐらいやったような感じです。


何事もそうですが、やり過ぎはやらなさ過ぎと同じで、かえって身体にはよくありません。
身体は本当に正直です。
これからは無理し過ぎないようにします。


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愛のいろいろな形

2013.05.30日

「愛」と言うと、どうしても男女間の「惚れた、腫れた」の恋心のイメージが先行してしまいます。
しかし、愛にはいろいろな形があります。
先日、ラスベガス日本人教会の鶴田牧師のブログ記事「愛するとは」をご紹介しましたが、その中に描かれていた「愛」は親が子どものために費やす時間のことで、愛するとは時間を使うことである、と書かれていました。
これは本当に大切なことで、愛する人のためには誰でも時間を惜しみません。
そして、これは親子や男女間だけの問題ではなく、ありとあらゆる人間関係にも通じます。


つい最近お知り合いになった方が、親の愛情を微塵も感じたことなく育ち、幼少の頃から愛に飢えていたそうです。生い立ちをお伺いして、本当に心が痛みました。
この方は愛を求めて若いころ教会に通い始め、そこで神様にお出会いし、ほんものの愛を初めて体験されたそうです。今はご病気で苦しんでいらっしゃるようですが、Facebook上のお友達の励ましで、一生懸命生きていらっしゃいます。心から尊敬します。
励ましや祈り、これも愛のひとつの形です。


ここ数日、愛のいろいろな形について考えています。
うちのアカデミーの先生たちが生徒たちのことを大切に思い、犠牲を惜しまずに生徒たちが通う学校の運動会や文化祭を訪れて励ましたりするのも愛のひとつの形です。


私は家族をとても愛しています。
実際のところ、たとえば家族のうちで心臓移植などが必要な状況になれば迷うことなく自分の心臓を提供できます。命すら惜しまない。これも愛のひとつの形です。


それでは通りがかりの見知らぬ人のためにも自分の命が捧げられるかというと、ちょっと考えてしまいます。
とっさに思わず体が動いてしまうということもあるかもしれませんが、きっと二の足を踏んでしまうことでしょう。
でもその場で、救護したり、警察や救急車を呼んだりはできるでしょう。それも愛のひとつの形です。


世界で最初に印刷された書物で、出版以来ずっと毎年、世界のベストセラーと言われる聖書の中で一番有名な言葉は、
「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」
(ヨハネの福音書3:16)
です。
これこそまさに愛の極みでしょう。私たちには真似できない最高の愛です。


しかし、日々の生活の中で具体的な形で愛を表すことは私たちにもできます。
忍耐もそうでしょうし、親切な行為もそうでしょう。赦しも愛の形のひとつです。人をありのまま受け入れること、信頼することも愛のひとつの形です。
命を与えるというような特別な状況でなくても、家族や親族、友人、同僚、先生、生徒等など、ありとあらゆる人間関係において愛のさまざまな行為を示すことは誰にでもできます。
一人ひとりがこのような生き方を心がけるなら、世界は本当にもっと平和に、そして私たちの日常生活も潤いのある、充実したものになることでしょう。
人はみんな愛情を必要としていのです。


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希望と励ましと平安

2013.05.28日

つい一昨日、「希望と励まし」という記事を書いたばかりですが、今日『こころのチキンスープ』を読んでいて次のような文に出くわしました。


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いいんだよ、ビッキー


 誰の人生にも、インスピレーションを得る瞬間がある。尊敬している誰かと話しているときかもしれないし、何かを体験したときかもしれない。そのときから、人生を見る目は大きく変わる。
 ぼくにそんなインスピレーションを与えてくれたのは、優しくて愛情深い妹のビッキーだった。彼女は表彰されたいとか、有名になりたいと願うような子ではなかった。ただ、家族や友人と愛情を分かち合うことだけを望んでいた。
 ぼくが大学3年生になる前の夏、父から、ビッキーが病院にかつぎこまれたと電話があった。意識を失って倒れ、右半身が麻痺したという。最初は、脳の発作ではないかと言われた。だが、検査の結果、事態はもっと深刻だとわかった。悪性脳腫瘍だったのだ。医師は、残念だがあと3か月しかもたないだろうと言った。そんなことがあり得るだろうか。ビッキーはこんなに若く、昨日まで元気いっぱいだったというのに……。
 ぼくはとてつもないショックと虚脱感に襲われた。しかし、ビッキーは希望と励ましが必要なのだ。誰かが、病気に勝てると信じさせてやらなければならない。ぼくはビッキーのコーチになった。毎日、腫瘍が縮んでいくさまをありありと思い浮かべ、明るいことだけを話し合った。
「暗い考えを持っているなら、ドアの外に置いてきてください」と書いて、病室のドアに貼りさえした。
 ぼくは、何としてもビッキーをこの闘いに勝たせてみせると決意していた。ふたりで50:50という約束をした。ぼくが50パーセント闘うから、ビッキーも50パーセント闘うんだよ、と。
 夏休みが終わり、ぼくは3000マイル離れた大学に戻らなければならなくなった。こんなとき、ビッキーを置いていっていいものか迷った。大学に戻るのはやめようかと思う、とビッキーに言った。それが間違いだった。ビッキーは怒って、「心配しないでちょうだい。わたしはだいじょうぶなのよ」と言った。
 もしぼくが大学に戻らなかったら、ビッキーはもう自分はだめなんだろうと思うだろう。そんなことはしたくない。ビッキーは脳腫瘍に勝てると信じていなくてはいけないのだ。
生きているビッキーを見るのはこれが最後になるかもしれないと思いながら、ぼくは大学に戻った。ビッキーのために、遠くから50パーセントの闘いを続けた。毎晩、床につく前にビッキーに話しかけ、ぼくの声が届くことを祈った。「ビッキー。きみのために闘っているよ。決してあきらめるものか。きみが闘い続けている限り、ぼくたちはきっと勝てるよ」
数か月が過ぎた。ビッキーはがんばり続けていた。年長の友だちと話していたとき、ビッキーのようすを聞かれた。ぼくは「具合は悪くなっているけど、ビッキーは負けないよ」と答えた。ところが、彼女はこう言ったのだ。
「ビッキーが楽になれないのは、あなたをがっかりさせたくないためだと思わない?」
 本当にそうなのだろうか?ビッキーに闘い続けろというのは、ぼくのわがままなのだろうか? その夜、眠りにつく前に、ぼくはビッキーに語りかけた。
「ビッキー、苦しいだろう? もう、終わりにしたいと思っているかもしれないね。もしそうなら、それでいいんだよ。きみががんばっていたから、ぼくたちは負けなかった。でも、もし、もっと良いところへ行きたいと思うなら、それでもいいよ。いつか、また会えるもの。きみを愛している。きみがどこに行っても、ぼくはずっときみのそばにいるよ」
 翌日の早朝、母から電話があった。ビッキーの闘いは終わったのだ。
                                            ジェームズ・マリンチャク

(『こころのチキンスープ 9』 p.36-38 ジャック・キャンフィールド、マーク・V・ハンセン他著 ダイヤモンド社1998年)


上にも「希望と励まし」が出てきます。
希望と励ましは、生きていくのに欠かせない必須のものです。
しかし、上の話のように、たとえ癒しを固く信じ希望を持ち続け、励まし続けても、願いがかなわないことがあります。


私はこれを読みながら、私たちの友人だった柿谷寿美江先生のことを思い出していました。
「心洗われます」)。
寿美江先生の場合も上のストーリーの中のビッキーとよく似たケースでした。
ご本人もそうでしたでしょうし、ご家族や私たち友人などもみんな寿美江先生の癒しを信じて疑いませんでした。
愛する人と別れる死は辛く、悲しいものですが、死が永遠の別れではなく、再会の約束が与えられているということ、そして生も死も神様のご計画のうちにあると信じることができれば、私たちは平安をいただくことができます。
ちょうど上のストーリーのように。


私も両親との別れは本当に辛かったですが、やはり希望と平安がありましたし、上の話のように快く見送ることができました(「バレンタインデーに嬉しいことが3つ」)、「母の日に寄せて」))。


さて、今日の結論は、人生に必要なのは「希望と励まし」、そしてもうひとつある、それは「平安」だということです。
平安がない人生は常に不安と背中合わせの連続になります。ちょうど私の子どもの頃がそうだったように(「訓練していたことを実践しただけです」)。
ですから、私自身もいつになるかはわかりませんが、やがてこの世を去るとき、この希望と励ましと平安があるので、なにひとつ怖れることはありません。


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「どうせ」と「けれども」

2013.05.27日

ちょうど2年前、体調を崩していた私に妻から思わぬ誕生プレゼントをもらいました。
「気分転換に旅行に行ってきたら?」と。
いつもテレビで見ていたJR東海のCMが頭にこびりついていて、夢にまで見ていた我がふるさと、京都。
私は思わず「そうだ、京都へ行こう!」と叫んで、京都旅行が実現しました。


私はこのCMがどれもこれも大好きでした。



話は変わりますが、今日の読売新聞のUSO放送、思わず吹き出してしまいました。
「小学校で英語
塾に通わないと…
        -教師」


これはもちろん、先日私の書いた記事「日本の教育は変わるか」に関連したもので、教師に対して皮肉を込めて書いたものです。
でも発想が実に面白い。「座布団一枚!」と言いたいところです。
これを見て、私は冒頭の「そうだ、京都へ行こう!」を思い出したわけです。
「日本の教育は変わるか」の中に、現場の小学校教師の声を載せました。
「英語は苦手で、最初は本当に困った」、「低学年からの指導は効果が大きい。ただ、小学校で英語が得意な教諭は少なく、ALTなどの支援は必要だ」、「英語を教えたこともないし、教え方が分からないという教員が多い」、「日本人だけだと、CDを使うぐらいしか生の英語を聞かせることができない」。


さしずめ、「そうだ、塾へ行こう!」という発想でしょう。
まあ、このUSO放送は冗談にしても、本当にこのような積極姿勢が教師にも求められます。
ただ、「できない」と言うだけでなく、それじゃどうすればいいいか、ということを考えなければなりません。ましてや、普段毎日子どもたちにそのことを教えているのですから。


よく、生徒の口から「どうせ」という言葉を聞きます。
「どうせできないから」というものです。
考えてみれば、子どもだけではありません。大人も含め、本当にどれほど多くの人が、毎日毎日この「どうせ〜ない」という否定的な言葉を使っていることでしょう。
自分が◯◯できないのは、親のせいだ、遺伝のせいだ、環境のせいだ、学校のせいだ、会社のせいだ、教師のせいだ、部長・社長のせいだ、等など。
これを言っている間は、何も始まりません。


しかし、たとえ現在の状況はどのようであっても、「けれども」という発想に切り替えるなら、新しい道はどんどん開け、明るい将来が開けていきます。
昨日も「希望と励ましは酸素のようなもの」の中にも書きましたように、「この世で重要な物事のほとんどは、全く希望がないように見えたときでも挑戦し続けた人々によって成し遂げられてきたもの」なのです。


誰でも人生を変えることはできます。今日、今からでも。
発想を「どうせ」から「けれども」に変える時。


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希望と励ましは酸素のようなもの

2013.05.26日

今日の礼拝での柿谷牧師のメッセージは「どんなときにも希望を」でした。
クルージングで妻の姿が見えなくなったのを1時間もたって気づいた夫は、船長に頼んで港に引き返してもらい、さらに海を数時間捜索してようやく波間に浮いていた妻を発見して彼女は助かったそうです。
助かった秘訣を尋ねられた女性は、「希望を失わなかったこと」と答えました。


エミール・ブルンナーという神学者は、
「希望は肺にとって酸素のようなものだ」と言っているそうです。
「この世で重要な物事のほとんどは、全く希望がないように見えたときでも挑戦し続けた人々によって成し遂げられてきたものだ」とデール・カーネギーも語っています。
希望の持てるような状況・環境でなくても希望は持てる、ということを聖書も繰り返し語っています。


つい昨日は、FBフレンドのマドレーヌさん(「この世界を美しい花園に」)が、次のようなポスティングで励ましてくださいました。


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"Encouragement is oxygen of the soul."
~ Author Unknown
「励ましは魂に酸素である」
(作者不祥)


"One of the highest human duties is the duty of encouragement."
~ William Barclay
「人間の最も崇高な責務のひとつは励ましの責務である」
(ウイリアム・バークレー)


Do I encourage those around me?"
私は周りの人たちを励ましているだろうか?


聖書にも次のような言葉があります。
「ですから、あなたがたは、今しているとおり、互いに励まし合い、互いに徳を高め合いなさい」(第一テサロニケ5:11)


上のふたつの話から、私は教えられました。
"Hygiene and health go hand in hand. "
「清潔と健康は相伴う」
と言いますが、「希望を失わないこと」と「励まし」はまさに"hand in hand"、「お互いに相伴う」ものです。
だから、両者とも私たちが生きていくには不可欠なもので、「希望は肺にとって酸素のようなもの」「励ましは魂に酸素である」と言っているのです。


「希望を失わないこと」は自分がしなければならないことで、「励まし」は周囲の者がすること、両者相まって人は生きていくことができるのです。
今回の三浦雄一郎さんのエベレスト登頂(「80歳、まだまだ行ける」)においても、ご本人は「決してあきらめない」という固い決意が成功の秘訣と語っていらっしゃいましたが、同時に背後の「応援」の力も不可欠だったとおっしゃっています。
私もFBフレンドや家族を始め、周りの人たちに毎日どれほど助けられているかわかりません。


自らはどのような状況の下でも「希望を失わない」ことを、そして同時に周りの人たちには「励まし」になれることを常に心がけたいものです。


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日本の教育は変わるか

2013.05.24日

政府の教育再生実行会議(座長・鎌田薫早稲田大総長)のグローバル化への対応などに関する提言案が17日、明らかになった。
 世界で活躍する人材の育成に向け、現在小学校高学年で行われている英語教育について正式な教科にすることや、開始学年を引き下げることなどを求めている。次回会合で正式にとりまとめ、月内に安倍首相に提言する。
 小学校では2011年度から、5、6年生で週1回の「外国語活動」が必修化されたが、正式な教科ではなく、担当は大半が英語専門でない教員。授業の質向上が求められていた。
 提言案では小学校の英語教育を拡充するため、〈1〉正式な教科化〈2〉開始学年の引き下げ〈3〉専任教員の配置〈4〉指導時間の増加――などの検討を政府に求めている。
 文部科学省は近く現在の英語教育の検証を行った上で、中央教育審議会での検討に入る方針だ。外国語活動の開始を小学3年生程度に引き下げ、5年生からは教科化して教科書や成績評価も導入する案が軸になるとみられる。ただ、実現には専任教員配置に伴う財源確保などの課題がある。
 アジア諸国では小学1〜3年生頃に英語教育を始めるのが主流で、日本でも専門家から「小学3年生頃に始めるのが適切」との指摘がある。

(5月18日付 読売新聞1面「小学英語、開始学年下げる…教育再生会議提言案」)


つい1か月ほど前に「英語教育についての提言」 という記事を書きました。その中に、
「せっかく小学校に英語教育を導入し、小学生の英検受験熱が高まってきているのですから、それこそこの小学校でもっと画期的な授業法を確立し、その延長線上に高校での英語による授業がなされなければなりません。しかしこれも、現在は現場の小学校の教師やテキストの力量不足、システムの不備、AETの外国人教師不足など、問題は山積していて成果は十分に上がっていません。
お隣の韓国や中国では英語教育を小学校にうまく導入し、国民の英語力はどんどん高くなってきているのに、我が国の英語教育が旧態依然なのはいただけません。
形式ばかりの改革など意味ありません」

と書きました。
すると案の定、昨日の新聞には小学校の現場教師、校長の声として、
「英語は苦手で、最初は本当に困った」、「低学年からの指導は効果が大きい。ただ、小学校で英語が得意な教諭は少なく、ALTなどの支援は必要だ」、「英語を教えたこともないし、教え方が分からないという教員が多い」、「日本人だけだと、CDを使うぐらいしか生の英語を聞かせることができない」
などが上がっていました。

(5月23日付 読売新聞36面「小学英語 戸惑う教員」より抜粋)


そのような意味で、今回の冒頭のニュースはかなり画期的な試みと言えます。
30年ぐらい前に文科省の前身である文部省が、小学校への英語導入は将来的にも一切考えていないと断言していた(「英語熱いよいよ高まるが…」)ことを考えると、ようやくここまで来たなという感じです。
というのは、「ゆとり教育」が実施されていた30年間に日本人の学力は国際的に見ても大きく下がったからです。


学校の授業時間数が大きく減れば親の教育に対する意識は下がるし、その結果通塾率も下がり、さらにテレビゲームや携帯電話という子どもの時間を奪うものも同時期に出現しました。勉強する時間が減れば学力が落ちるのは当然のことです。
そしてこの間、韓国や中国を始め、香港、台湾、シンガポールなどのアジア諸国で、日本に追いつき、追い越せと学習時間が増え、英語を始めとする教育に対する取り組みが大きく変化した結果、国際学力テストの結果だけでなく、経済においても日本は大きな遅れを取ることになったのです。


そして一昨日、読売新聞夕刊1面に載った「英語で理数 100高校指定  文科省方針 海外進学目指す」という記事が私の目を引きました。
これによると、文科省は今後5年間に「スーパー・グローバル・ハイスクール」を各都道府県に100校ほど指定し、海外で活躍する「グローバル人材」育成を支援する方針を決めたということです。
指定校は特例的な扱いで、学習指導要領などにとらわれず独自の科目設定などができる仕組みで、現行の理系・文系のような分け方をせず、歴史や自然科学など、文理横断的に学ばせるそうです。さらに、理科、数学などの教科も一部は英語で教え、英語で討論、発表する機会を設けるといった先進的な取り組みも想定しているとのこと。
高校在学中の留学や海外の大学進学も支援、TOEFLや国際バカロレアなどの試験に対応できる授業を行えるようにするという考えなのです。


これが実施されることになれば、日本の教育界や研究・技術の分野だけでなく、産業界にも画期的な変化をもたらし、日本は国際的にも大きく成長発展することでしょう。
将来に対して大いに期待できそうな方向に進んでいます。


このように見ていると、なにか良いことづくめのようですが、人間というものは得てして時計の振り子のように大きく右から左へ揺れるもので気をつけなければならないこともあります。今回もまた極端に行き過ぎると過剰競争によるストレスやそれに伴ういじめや差別、非行など諸問題が起こったり、学力・貧富の格差に起因する社会構造上の問題も出てくる可能性が多分にあります。
国や文科省、学校などに任せきりにしているのではなく、私たち一般国民も常識的に絶えず新しい制度を監視、チェックし、国民の声を上げることが必要不可欠です。


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80歳、まだまだ行ける

2013.05.23日

カラッと晴れた今日は、外気温は夏並みに上がったようですが、涼しい風が吹き気持ちよく過ごせました。


ここ数日、急に暑くなってきて妻から早く扇風機を出してとせがまれていましたが、ようやく重い腰を上げて扇風機を出し、石油ファンヒーターを片づけることができました。
これは毎年の私の仕事です。


2時間あまりかけてやっていたら、最後には腰が痛くなりました。これまでに何度かぎっくり腰をやっていて、もともと腰はそれほど強くないので長時間の中腰はこたえます。
しかも、今日なんかしなくてもいいのに、猫の額ほどの小さな庭ですが雑草むしりまでやったから余計に腰に負担がかかりました。
でも、心地良い汗をかいて、満足感もあります。
おそらく、これはどこの家でも夫の仕事でしょう。
私がしなくなったら、果たして息子はこんなことやるのだろうか、と一瞬考えました。しかし、ファンヒーターや扇風機を使うのは主に私たちで、子どもたちは年中エアコンを使っているので、この仕事はもう時間の問題で、誰もしなくなるでしょう。
それでも、冬の風呂に入る前後の脱衣室のファンヒーターの暖かさや、夏の扇風機の涼しさは本当にありがたいものです。


片づけと草むしり、掃除をしながらふと50数年前の子どもの頃の思い出がよみがえってきて、今日のブログの記事にしようと思いました。
でも、似たようなことを既に書いていては大変、と思って念のためブログ左上コーナーのエントリー検索に、「虫干し」と入れて調べてみると、なんと書こうと思っていた内容が2年前の記事「今日は大掃除」にそっくりそのまま書かれているではありませんか。
これは小学生の頃、テレビに出ていた時の1シーンを思い出して書いたものです。
54年前の出来事を鮮やかに覚えていたことに自信を取り戻したのですが、次の瞬間、わずか2年前にそれを書いたことを忘れている物忘れのひどさに愕然としました。
これは記憶力がいいのか悪いのか?(悪いに決まっている!)


今日は頑張りすぎて腰痛になり、また記憶力の低下にショックも受けましたが、仕事をしていて手際の良さに自分でもちょっと驚きました。
どこに何を持って行ってそこで何をし、その帰りに何を持って戻り、次に何をするかなど、驚くほど無駄がなく、一つひとつ実に要領よく仕事が進められるのです。


まだまだ捨てたものじゃないぞ、と内心ほくそ笑んでいたその時、ニュース速報が入りました。
数日前から待ちに待っていたニュースです。
80歳の登山家・冒険家の三浦雄一郎さんが、世界最高齢でエベレストの登頂に成功したというのです。


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「世界最高の気分です。人生、これ以上ないという気分。80歳、まだまだ行ける」
と三浦さん。
心からおめでとうございます。
あなたの偉業に計り知れないほどの元気を、そして勇気と希望をいただきました。
本当にあなたの爪の垢を煎じて飲ませていただきたいほどです。
石油ファンヒーターを片づけ、扇風機を出し、草むしりをして腰痛になっていた自分がとても恥ずかしくなりました。
私も、「80歳、まだまだ行ける」と言えるよう、頑張ります。
下りにも十分お気をつけて、お元気なお体で帰国し、さらに私たちとその喜びを分かち合ってください。


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わくわく発見クラブ レポート3

2013.05.22日

今日は、「わくわく発見クラブ レポート1」、そして「わくわく発見クラブ レポート2」に続く「レポート3」です。
クラス担当の清田先生が書いてくださいました。


4月の第1回目の授業日は久しぶりに雨が降っていました。子どもたちは雨も大好きだそうです。
そこで、子どもたちに「雨はどこから来るの?」と質問してみました。すると「空!」と元気な返事が返ってきました。
さらに「ずっと空に雨がたまっているの?」と聞くと考え込む子どもたち。
第1回目のわくわく発見は、雨がどこからやってくるのかをつきとめることにしました。
雨は海や川の水が水蒸気になって空にのぼっていったものであることや、雨がきれいな水ではないことを知った子どもたちはビックリ。また新しい発見をして、目が輝いていました。


さらに、イースターについて学院長先生からお話を聞き、イースターエッグを作りました。
「外国にはこんなに楽しいイベントがあるんだ」と、とても楽しそうに「My egg(マイ・エッグ)」を作っていました。


第1回で雨について学んだ子どもたちは「虹」に興味を持ち、各自で調べてくることを宿題にして、第2回のテーマとしました。
また、名画を観賞して落札金額をあてる「お宝鑑定」を行いました。
今回紹介したのはピカソの「近衛兵と鳩」でした。


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普段あまり絵を観賞する機会がないようで、「どうしてこんな絵が高く売れるの?」と不思議そうにしていました。また、100億円で売れた絵があるという話をすると、聞いたこともない金額に子どもたちの目はまん丸になっていました。これからも、名画を鑑賞し、芸術の奥深さを感じてもらいたいと思っています。


第3回は水性ペンを使った実験でした。
紙(コーヒーフィルター)につけた水性ペンのインクは水につけるとどんどん紙を上がっていきます。このとき、水に溶けやすく紙につきにくい色は水と一緒にすぐに上がっていきますが、その反対の色はあまり上がりません。その結果、色が分離してどんな色で作られているのかがわかります。
とても楽しかったようで、子どもたちに大人気の実験でした。特に黒が紫や青、黄色などを混ぜて作られていることが印象的だったようです。
高学年の子どもたちには、「油性ペンでやったらどうなるかな」と質問しました。すると「油性は水に溶けないから分離できない、だから何色でできているのか調べられないよ」と考えることのできた子もいました。子どもたちの考える力に、敬服しました。このように、ひとつの勉強から様々な場合を考えてみることが思考力を鍛える秘訣です。


第4回は低学年の子どもたちが「台風」について、高学年の子どもたちが「時計」について調べたいということで、それぞれ研究し、発表し合いました。
「知りたいことについて調べる」ということが習慣になってきて、とてもうれしく思っています。これからも知りたいことをたくさん調べて、ものしり博士になりましょう!
また、都道府県についての学びも始めました。低学年の子どもたちには日本の形、都道府県の位置と名前から、高学年の子どもたちには神奈川県の特徴から学習を始め、全ての県について位置や特徴を楽しみながら覚えていく予定です。都道府県の位置や特徴を覚えておくと、中学校の社会は得意科目になります。


今月の四字熟語は「縦横無尽」、「一念発起」、「感謝感激」、「一意専心」でした。
ご家庭で、どのように使うのかぜひ話し合って下さい。
また、「東大脳ドリル」では、有名な俳句を暗記して書き写したり、さまざまな感想文を読んでひとりだけ違う感情を表している人を探したりしています。言葉の意味や気持ちを話し合いながら考えることで、文章の意味を理解しているかどうかを確かめながら読解力を高めていきます。


私が今もし小学生だったら、絶対にこんな授業に参加したいと思います。
毎回毎回、わくわく、ドキドキの発見の連続です。
しかも、ただ単にお遊びしているのではなく、楽しみながら同時に理科も社会や国語、算数も、そして芸術も学んでいます。
これこそ、理想の教育像だと思います。
毎回、しっかりと準備し、生徒をうまく導いてくださっている清田先生に心から感謝します。
 

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愛するとは

2013.05.21日

「ラスベガス日本人教会」を牧会する、私の敬愛する鶴田牧師のブログからの転載です。
親子関係、子育てについて教えていますが、これは夫婦関係を始め、あなたが大切にするすべての人間関係にも通じることで、自分と特定の人との関係を頭に入れながらお読みくださるといいと思います。


今日は、“子供が一番欲しいもの”ということについて考えてみました。
ところで皆さんは、自分の小さな子供が何を一番欲しがっているかを考えたことはありますか?オモチャでしょうか?コンピューターゲームでしょうか?それとも美味しいチョコレート?


そうではありません。小さな子供は、お父さんとお母さんと一緒にいることを何よりも欲しているのです。彼らはお父さんとお母さんが傍に居てくれれば、愛されていることを確認し、安心感を覚え、自分が価値のある人間であることを信じるようになります。


ですから、親が子供を愛するということは、時間を使わないで子供が欲しい物を買い与えることではなく、何よりも時間という大切なものを犠牲にして子供と一緒に過ごすことであり、そこに親子が深い絆で結ばれ、同時に、その子供が肯定的な自己像を持つに至る大切な要因があるのです。
そして、その自己像が、いわゆる人生脚本として、その子の一生を支配し、大きく左右していくことを考えれば、子供と過ごす時間の大切さは、どれだけ強調してもし過ぎることはないのです。


ある日、5歳になる娘を持つ父親が、その日も仕事で疲れきって遅く家に帰ってきました。すると、彼の娘がドアのところで待っていたのです。父親は驚いて言いました。


父: まだ起きていたの?もう遅いから早く寝なさい。
娘: パパ。寝る前に聞きたいことがあるんだけど。
父: なんだい?
娘: パパは1時間にいくらお金をかせぐの?
父: そんな事、お前には関係ないことだよ。


仕事で疲れている父親はイライラして言いました。


父: どうして、そんなこと聞くんだ?
娘: どうしても知りたいだけなの。1時間にいくらなの?


女の子は嘆願しました。


父: あまり給料は良くないよ・・・20ドルくらいかな。ただし残業代は無しだ。
娘: わぁ。


女の子は言いました。


娘: ねえ。パパ。私に10ドル貸してくれない?
父: なんだって!


疲れていた父親は怒ってしまいました。


父: お前が何不自由なく暮らせるためにお父さんは働いているんだ。それなのにお金が欲しいだなんて。ダメだ!早く部屋に行って寝なさい!


女の子は、黙って自分の部屋に行きました。しばらくして父親は後悔し始め、少し厳しく叱り過ぎたかも知れない…。きっと娘はどうしても買わなくてはいけないものがあったのだろう…。それに今まで娘は一度も何かをねだったことなどなかった・・・。


父親は娘の部屋に行くとそっとドアを開けて、小さな声で言いました。


父: もう寝ちゃったかい?
娘: ううん。パパ!


娘は少し泣いているようでした。


父: 今日は長いこと働いていたし、ちょっとイライラしてたんだ・・・。ほら。お前の10ドルだよ。


娘はベットから飛び起きて顔を輝かせました。


娘: ありがとう。パパ!


そして、小さな手を枕の下に入れると数枚の硬貨を取り出しました。父親はちょっとびっくりして言いました。

父: おいおい。もういくらか持ってるじゃないか。
娘: だって足りなかったんだもん。でももう足りたよ。


娘はそう答えた。そして10ドル札と硬貨を父親に差しのべて、


娘: パパ!私20ドル持ってるの。これでパパの1時間を買えるよね?


今日の一言: 愛するとは時間を使うこと


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命のサイン帳

2013.05.20日

今日は、感動物語を皆さんにシェアさせていただきます。
Facebook「涙が止まらない」よりの転載です。


disney0.jpg


ある日、ディズニーランドのインフォメーションに、ひとりのお父さんが元気なさそうにやってきました。
インフォメーションのスタッフが、「どうかなさいましたか?」と聞いたところ、
そのお父さんは、
「実は今日、子供と一緒に来ました。子供が、ミッキーちゃんだとか、ミニーちゃんだとかのキャラクターにサインをしてほしいと言っていたので、サイン帳を持ってきたんです。
子供は、キャラクターを見つけては、一人一人にサインを書いてもらっていました。
そして、あと少しでそのサイン帳が全部埋まる、というところで、そのサイン帳を失くしてしまったんです。
サイン帳、落し物で届けられていないかと思って来て見たんですが、ありませんか?」
と言ったそうです。


そのインフォメーションには、サイン帳は届けられていませんでした。
そこで、そのスタッフは、考えられるいろんなところに電話をしてみました。
ところが、どこにも届けられていなかったんですね。
そこで、そのスタッフは、サイン帳の特徴を詳しく聞いた後、「いつまでご滞在されますか?」と聞いたそうです。その家族は2泊3日で来ていたので、
2日後のお昼には帰らなければならなかったそうです。
スタッフはそれを聞いて
「それでは、この後、もう少し探してみますので、2日後、お帰りになる前にもう一度こちらにお寄りいただけますか。多分、それまでには見つけられると思います 」
と言ったそうです。


そして、お父さんが帰られた後、そのスタッフはさらに、細かな部署に電話をかけて聞いてみたり、自分の足で、駐車場や心当たりのある場所に探しに行ったそうです。
ところが、やっぱり、どうしても見つからなかった。
もしかしたら、それを拾った人が、「すごい! これみんなのサイン、書いてある」と
喜んで持って行っちゃったのかもしれない。
でも、とにかく見つからなかった。


で、そのスタッフの子は、どうしたかって言うと、結局、そのサイン帳と同じサイン帳を自分で買って、自分の足で、いろんな部署をまわって、キャラクターのサインを全部書いてもらって当日を迎えたそうです。


当日、お父さんがやってきました。
多分見つからないんだろうなという気持ちで
来たんだと思います。
お父さんは、「どうでしたか?」と聞きました。


すると、スタッフの子は、
「申し訳ございませんでした。そのサイン帳は見つけることができませんでした。
でも、お客様、こちらのサイン帳をお持ち帰り下さい。」
と言ったそうです。


お父さんがビックリして中を見ると、キャラクターのサインが全部書いてあった。
お父さんは、もちろん大喜びして、「ありがとうございます!」と持って帰ったそうです。


…で、この話はまだ終わらないんです。
後日、ディズニーランドにそのお父さんからの、一通の手紙が届きました。


先日は「サイン帳」の件、ありがとうございました。
実は、連れて来ていた息子は脳腫瘍で「いつ死んでしまうかわからない」
…そんな状態の時でした。
息子は物心ついたときから、テレビを見ては、「パパ、ディズニーランドに連れて行ってね」
「ディズニーランド行こうね」
と、毎日のように言っていました。


「もしかしたら、約束を果たせないかもしれない。」
…そんなときでした。
「どうしても息子をディズニーランドに連れて行ってあげたい。」
と思い、命が、あと数日で終わってしまうかも知れないというときに、ムリを承知で、息子をディズニーランドに連れて行きました。


その息子が夢にまで見ていた大切な「サイン帳」を落としてしまったのです。あの、ご用意頂いたサイン帳を息子に渡すと
「パパ、あったんだね! パパありがとう!」
と言って大喜びしました。


そう言いながら息子は数日前に、息を引き取りました。
死ぬ直前まで息子はそのサイン帳をながめては、
「パパ、ディズニーランド楽しかったね!ありがとう!また、行こうね」
と言いながら、サイン帳を胸に抱えたまま、永遠の眠りにつきました。


もし、あなたがあの時、あのサイン帳を用意してくださらなかったら、息子はこんなにも安らかな眠りにはつけなかったと思います。
私は、息子は「ディズニーランドの星」になったと思っています。
あなたのおかげです。
本当にありがとうございました。


その手紙を読んだスタッフは、その場で泣き崩れたそうです。
もちろん、その男の子が死んでしまったという悲しみもあったと思いますが、
「あの時に精一杯のことをしておいて、本当に良かった」
という、安堵の涙だったのではないでしょうか。


(出典元:矢島 実 「涙と感動が幸運を呼ぶ」)


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リラックスするよう努める

2013.05.19日

この週末、土日はできる限りリラックスするよう努めました。
「リラックス」と「努める」というのは一見矛盾しているようにも思われますが、リラックスするためには意識して努力することが必要なのです。でないと、無意識のうちに忙しい、ストレスの生活に陥ってしまいます。そして、これはなにごとにも当てはまる大切なことです。


昨日は、湘南ビーチバレーとして今や名所となった平塚海岸に行ってきました。
ポカポカと暖かいお天気に恵まれ、もうすでに海水浴している人や、水着姿でサンベイジング(日光浴)している人たち、パラグライダーやパラセイリング、サーフィンをしている若者たち、ビーチバレーやビーチサッカーをしている少年たち等など、すごい人出でした。
さすが湘南海岸です。
妻と私はこれらの人たちを見ながら持参したお弁当やお菓子をいただいてリラックス。


beach0.JPGbeach4.JPG


今日は午前中は教会の礼拝、午後からは駅近くのレストランで美味しい昼食をいただいて、それからちょっとショッピング。
そして、そのあとは去年11月にも親友の鶴田牧師と一緒に行った湯乃蔵ガーデン(「裸のつき合い」)という温泉(スーパー銭湯)でリラックス。
14種類のいろいろな温泉すべてに約2時間身を浸し、心身ともに本当にゆったりすることができました。


そして帰宅してからは、毎週とても楽しみにしているテレビドラマ「おしん」(「オシンドロームよ、再び」)の1週間分を観て過ごしました。
毎日取り組んでいる食事療法とウォーキングに併せて、こんなリラックス生活をしていたら、健康にならない方が不思議です。


今日、礼拝で初めてお会いしたMさんに、顔色がとてもいいと褒めていただいきましたが、だんだん自信がついてきました。
感謝。


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「互いに愛し合う」とは

2013.05.17日

今日はちょっと一人で落ち着いて考えごとがしたくて、久しぶりに大磯の海岸にやって来ました。
ポカポカと暖かい太陽を身体いっぱいに受けて、日向ぼっこをしながら石段に腰かけています。
遠くに白波を立てて進む船が見えます。漁から戻って来た大きな漁船は大磯港に向かっています。
時々ヘリコプターが轟音を立てて頭の上を通り過ぎて行きますが、辺りに人は誰もいません。


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何十羽もの鳩が「クークー」と鳴きながらすぐそばまで近寄って来ます。
一見、みんな同じように見えるのですが、よく見ていると一羽一羽色合いも大きさも、声も鳴き方も、さらに額が飛び出ているものやそうでないもの、頭の大きいものや小さいもの、クチバシの色や形など、全部違うのです。考えてみればごくごく当たり前のことなのですが。


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私がいくら鳥が好きと言ったところで、区別がつくのは鳩とカラス、スズメとツバメ、クジャクなど主だったものだけで、毎日Facebook上に紹介される数え切れないほどの美しい鳥は初めて見るものばかりです。


その中の鳩という一種類だけでもこれだけ個性があるのです。
しかし、個性に気づいたところで、一羽一羽に名前をつけて区別するなどということはまず不可能です。
おそらく鳩の方でも、私たち人間はみんな同じように見えて区別はつかないことでしょう。もちろん、鳩同士ではお互いに区別がつき、好き嫌いなどもあることと思います。仲良さそうなのもいれば、追いかけられて逃げ回っているのもいますから。


私たち人間も同じで、合う、合わないがあります。これはごく自然なことです。
でも、聖書を読んでいると、
「互いに愛し合いなさい」
という表現によく出会います。


「わたしのいましめは、これである。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい」
(ヨハネの福音書15:12)


こんなことは可能なのだろうかと人は言います。
しかしよく見ると、
「互いに好きになりなさい」
とは書いてありません。
「好き」というのと「愛する」とは、一見似ているように思われますが、実は異なります。
聖書の言う「愛する」は、「好きだ、惚れた」のレベルのものではなく、たとえどのようであっても自分の意思で相手をありのまま受け入れ、赦し、相手のために自分を犠牲にする覚悟をするということです。
果たしてそんなことができるのでしょうか。
上の聖書の言葉はイエス・キリストが語られたものですが、
「わたしがあなたがたを愛したように」
とあるように、イエスの愛はまさに私たちをありのまま受け入れ、赦し、ご自分を犠牲にしてくださった愛なのです。一人ひとりの個性や長所、短所、能力、外見、国籍など一切を超えて。
この愛を体験しないと、自分を犠牲にするような愛は損だから「まっぴらご免」となってしまいます。
しかし、体験した者にとっては、それが可能になる。だから、
「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい」
ということができるのです。
もしそうでなければ、この「愛し合いなさい」という命令は意味のない、空しいものになってしまいます。


私たち一人ひとりが「お互いに愛し合う」ことができるようになったら、憎しみや偽り、誤解、殺し合いなど、およそ考え得るこの世の悲劇はほとんどがなくなるのではないでしょうか。
神様のご愛に生かされる者となりたいものです。
と、つれづれなるままに、涼しい潮風に吹かれながら考えていました。


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教師の醍醐味

2013.05.16日

教師の醍醐味。それは、「接する生徒一人ひとりのうちに無限の可能性を認め、それを信じ、伸ばすためにあらゆる努力をすること、そして、その結果を見ること」です。
今日ご紹介するのはその実例です。


私には、「難読症」という、生まれつきの学習障がいがあった。この障がいの原因は人によって異なるが、私の場合は視覚異常によるものだった。
 一般的に、難読症の子どもたちは言葉を瞬時に覚えることが多い。しかし、文字そのものが、実は普通の人と違って見えているということには気がつかないのだ。
 私の目に映る世界は、いろいろな形をした、いわゆる単語と呼ばれるもので満ちあふれた素晴らしいところだった。そして、見える通りに覚えた単語の数は、かなりの量になっていた。そのため、両親は私の障がいにまったく気がつかなかったし、まさか学校での勉強についていけないなど思いもしなかった。
 ところが恐ろしいことに、小学校1年生になると、アルファベットの方が、その組み合わせからなる単語よりも重要だということを知った。難読症の子どもたちにとって、アルファベットをきちんと並べるのはむずかしい。上下さかさまにしたり、前後をひっくり返したりすることが多い。そのため、1年生のときの担任の先生は、私を学習障がい児とみなした。
 1学年も終わり、休みに入った。その先生は、2年生の先生への引き継ぎに、私の障がいのことを書いた。したがって、新しい先生は、最初から私をそういう目でみるようになった。
 2年生になると、算数の問題の答えは出せても、その答えを出すための解き方がさっぱりわからなかった。しかも、この解き方の方が答えよりも大切だと言うではないか。私はますます学習に対して臆病になり、どもるようになっていった。
 はっきりとものが言えない、普通に算数の問題が解けない、アルファベットを正しく並べられない。こんな私は、お先真っ暗の状態だった。やがて、私はある作戦を思いついた。それは、教室を移動するたびに、目立たないように後ろに座ることだった。
 それでも先生に見つかって指されたときは、口ごもりながら「わッーわーわー、かッーかーか、りーりー、ません」と言った。これで私の運命は決定づけられた。それ以来、質問されることがなくなったのだ。
 私は3年生に進級した。新しい担任の先生はすでに、しゃべれない、書けない、読めない、算数もできないという私の障がいを知っていた。だから最初から、私に何の期待もしなかった。 
 やがて私は、学校で仮病を使うことを思いついた。これで、教室にいるよりも保健室にいることの方が多くなったし、学校を休んだり、早退したりもした。3年生と4年生はこんな具合に、なんとか切り抜けることができた。


 こうするうちに、私の知的能力はまったく死んだも同然になっていった。しかし、神は私を見捨てはしなかった。
 5年生になると、ハーディー先生が担任になったのだ。彼女は肉体的にも精神的にも強靭な先生として、アメリカ西部ではよく知られていた。この身長が180センチ以上もある先生が、私の前にそびえるように立った。そしてクラスのみんなの前で、私の背に腕をまわして言った。
「スティーブには学習障がいがあるわけじゃなくて、ちょっと変わっているだけなのよ」
 その発言以来、周囲の人々の私を見る目が変わった。単なる障がい児としてではなく、風変わりだが何かの才能をもった子どもとして接してくれるようになったのだ。
 しかし、ハーディー先生はそれで満足するような人ではなかった。先生は私に言った。
「スティーブ君、お母さんから聞いたんだけど……あなたは本を読んでもらうと、まるで写真に撮るみたいに本の内容がそっくりそのまま頭の中に入ってしまうんですってね。ただ、単語やアルファベットを並べたりすることはうまくできないのよね。それと、声を出して読むのも苦手のようね。これからは、クラスで教科書を読んでもらうときに前もって言うから、その部分を前の晩にすっかり暗記したらいいわ。みんなの前では読んでるような振りをしましょうね」
(中略)
 ハーディー先生はさらに続けた。
「スティーブ君は、実際に自分の考えを口に出して言うときになるとおじけづいてしまうようね。先生はね、どんな人のどんな考えも聞いてみる価値が十分にあると思うのよ。先生はどうしたらいいのか調べてみたの。むかしギリシャのデモステネスっていう雄弁家が試した方法があるのよ。デモステネスって発音できる?」
「デッーデッーデーデ……」
「もうすぐ、できるようになるわ。デモステネスの舌は思うように動かなかったそうよ。そこで、口の中に石をいくつか入れて、舌を訓練したというわけ。ビー玉を二つ持って来たわ。大きいから間違って飲み込む心配はないし、洗ってありますからね。これからは、授業で指されたら、まずこれを口に入れるといいわ。そして、あなたが何を言っているのかが先生に聞こえるように、立ち上がって大きな声で話して欲しいの」
 私は賭けをした。言われた通りに舌の訓練を始め、ついに話せるようになった。それも、これまでの私の状態をじゅうぶん知った上で、ハーディー先生が私本来の力を信じてくれたからだった。


 卒業後も、私はハーディー先生と連絡を取り合ってきた。しかし、数年前、ガンのため先生が重体に陥っていることを知った。
「私という、先生にとってたったひとりの特別な生徒は、1000マイルも離れたところに住んでいる。どんなに先生が寂しい思いをしていることだろう。」
 こう考えると、私はいてもたってもいられなくなり、航空券を買い求め先生のもとにかけつけた。ところが、そこには何十人もの教え子たちが集まっていた。彼らもやはり、特別な生徒たちだったのだ。卒業後も先生を慕い、先生と連絡を取り合っていたという。残された時間を先生と一緒に過ごすために、はるばるやって来たのだ。そこには、実に面白い人たちが集まっていた。上院議員が3名、州議員が12名、そしていろいろな企業の重役たちも何人かいた。
 集まったみんなと話を交わすうちに、興味深いことがわかった。四分の三の人たちが私と同じように、小学校5年生のころまで、授業についていけず、自分には何の能力もないとか、つまらない人間だとか、運命には逆らえない、などと思っていたという。
 そんな私たちがハーディー先生に会ったことで生まれ変わった。
 先生は、私たちが有能で、重要で、影響力のある人間だということを信じて疑わなかった。そして努力さえすれば、自分の人生を変えていくことができるということを。
          H・スティーブン・グレン

(『こころのチキンスープ 2』 p.174-176 ジャック・キャンフィールド、マーク・V・ハンセン編著 ダイヤモンド社1996年)


私たち、塾講師や学校の教師はともすれば「この子はできる」「この子はできない」などとレッテルを貼って、それに合わせた指導をしてしまいがちです。でも、これほど恐ろしいことはありません。
可能性の芽を摘み取ってしまうのです。そしてそうすることによって、その子の将来を決めてしまうことさえあり得るのです。


ですから、私は生徒を教えるとき、常に次のようなことを言って励まします。
「ほら、できた!」とか、「すごーい!」、「君たちには力が着実についてきている。この調子でいっていいよ」、「◯◯高校、行きたいんでしょ。行けるよ」「今度の中間では満点を目指そう。みんな取る力があるよ。まあ、ケアレスミスがあって97〜98点ということもあるかもしれないけど」
これに対して、生徒が「無理!」と言うと、
「そう、無理だと思うならその通り、無理だよ。でも、できると思ってやれば必ずできる」
と答えます。
今日も、中3のクラスで生徒たちに本心から上のように言いました。
生徒一人ひとりのこれからの成長が本当に楽しみです。生徒を信じています。


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チャンスは自分で作るもの

2013.05.15日

多くの人が、「チャンスがない」と言って嘆いています。
「チャンスさえあれば…」「自分は運が悪い」「周りの人がみんな自分のチャンスを奪ってしまう」等など。


ここにひとりの女性がいます。
彼女の名前はスーザン・ボイル。イギリスのスコットランド出身。


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このとき47歳。独身。男性からキスされたこともありません。仕事にも就いていません。
でも夢はプロの歌手になること。
「その夢がまだ実現していないのはなぜ?」
と尋ねられて彼女はこう答えます。
「機会がなかったのです」
でも、彼女はこの機会をとらえました。そして続けてこう言っています。
「でもここで変わるかも」
その続きはこのビデオをご覧ください。



それは2009年4月11日のことです。
イギリスの有名なテレビ番組 "Britain's Got Talent" というオーディションに出て、これがきっかけで歌手としてデビュー。
「みんなが心の中で何て思ってるかちゃんとわかっていたわ。でもそれがどうしたの?歌えればいいんでしょ。美人コンテストじゃないんだから」と、彼女はのちにサンデー・タイムズ紙のインタビューに答えています。
上のYouTubeのビデオは何と最初の9日間で1億回を超えるアクセスでした。
ついに夢がかなってプロデビュー。


昨日、FBフレンドのマドレーヌさんがシェアしてくださったスーザンの歌を聴いて酔いしれ、つい先ほどYouTubeで検索して、彼女のことを詳しく知ったばかりです。
上の写真が「使用前」なら下の写真は「使用後」です。


マドレーヌさんがシェアしてくださった美しい歌を皆さんもどうぞお楽しみください。



そういえば、4年前に書いた記事「ダイヤモンドの原石」のポール・ポッツさんのことを思い出しました。
チャンスは待っているものではなく、自分から探し求めるものです。そうするなら、必ずチャンスを自分のものにすることができます。


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ますます若返る!

2013.05.14日

「勇気を持って行動することが大切です。頭の中で考えるだけではだめ。行動するということが、皆さんを変えるんです」。山梨県南アルプス市で4月に開かれた「新老人の会」の講演会。同会会長の日野原さんは、約700人を前に「実際にやってみること」が肝心だと語りかけた。
 同じ行動パターンに陥りがちな生活を、何かに挑戦することで変化させ、自分の手でデザインしてみようというのが、講演の主要テーマ。
 「人間は、自分の運命は自ら作っていけるものだとなかなか悟らない」という哲学者ベルグソンの言葉を紹介しつつ、動物は走り方を変えられず、鳥も飛び方を変えられないが、「皆さんは自分の生き方を変えることができる、デザインできる。時間に命を吹き込むと、その時間は生きてくる」と、力を込めた。
 会場のスクリーンには、バットでソフトボールを見事に打ち返した瞬間や、オーケストラを指揮したり、ゴルフをプレーしたりする日野原さんの姿が大写しに。いずれも、2011年10月に100歳に達した後の挑戦の姿だ。
 「私がスポーツマンならイチローのようになっていた。指揮者も、小澤征爾にまではいかないが、かなりいいところまで行くんじゃない?」。ユーモアたっぷりの話に、会場は大きな笑いに包まれた。
 現在も同病院で回診するほか、講演で各地を飛び回り、ラジオ出演、原稿執筆と多忙だ。挑戦を続ける姿を見せることで、「誰にも自分の行動を変えるチャンスはある」と伝えたいのだという。講演でも、「自分の運命は自分で作ろう」と力強く呼びかけた。
(中略)
――新たな挑戦は、難しいものではありませんか。
 「私も、俳句といえば芭蕉を小学校で習った程度だったが、98歳の時、自分で作ってみようと思い立った。最近、童謡や童話も作っている。思い切ってやってみようと思えば、いつでも始められる」
――運命は、自分で挑戦することで変えられると。
「生きがいが推進力になる。朝起きて、何もすることがない、というのはダメ。今日はこれをやろう、というのが大事だ。もし、病気を持っていても、その上で何ができるか、生きがいを見つけてほしい」

(5月14日付 読売新聞夕刊6面 「日野原重明さん講演  100歳超えても挑戦続く」より)


私の大好きな日野原重明さん。波長がとても合います。


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これまでにも何度かこのブログに登場していただいています。
(ページ左上の「エントリー検索」に「日野原」と入力するとその記事が出てきます)
今もFacebookに載る日野原重明さんの「日めくりカレンダー」を毎日必ず読み、多くのことを教えられ、「いいね!」をクリックしています。


冒頭に引用した今日の読売新聞夕刊の記事ですが、またまた大きな励ましと元気をいただきました。
私の場合、ここ数年の体調不良の原因が頑張りすぎにあることがわかったので、昨日からあまり頑張らないことを決心したのですが、この「頑張らない」という決心すら「自分の運命は自分で作る」ということです。
最近は毎日1時間のウォーキングをしているのですが、今日はいつものようにロンダ・バーンの『ザ・シークレット』のオーディオブックを聴いていて、新たなチャレンジをいただき、自分のこれからの人生にもっともっと積極的に生きる決意をし、またそこから自信もわいてきました。


今日はまた、4年ぶりにメガネを新調しました。これまでのような「年寄り」風の縦長のものから、縦幅の狭い今流行りのちょっとかっこいいデザインのものにしました。
そこで、洗面所の鏡の前に立ちiPhoneを使い自分の写真を撮って、それをFacebookのプロフィール写真にしました。今まで使っていたプロフィール写真は多分7〜8年前に撮ったものだったのですが、かえって今の方が若返ったような感じです(と、自分では思っています)。


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実際、体重は10キロ以上減り、ウエストも10センチ細くなり、体組成計の数値は体脂肪も内臓脂肪、BMI(Body Mass Index)も過去最低レベル。体内年齢は37歳です。
つい2週間ほど前、温泉でマッサージをしていただいたところ、アンケートに書き込んだ生年月日を見た施術者は「えっ!お若いですねぇ!」と驚きの声を上げていました。
また、一昨日ヘアカットに行ってきたのですが、店長が私の髪の色艶が前よりもよくなり、腰がしっかりして、量も増えてきていると褒めてくれました。
これからは体調を完全に回復して、新しいことにもチャレンジしてますます若返り、私の目標である日野原重明さんを目指します。


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天国と地獄

2013.05.13日

ひとりの男が、天国と地獄について神様と話をしています。神様が男に言いました。
「こちらについて来るがよい。地獄を見せよう」
二人が最初に入っていった部屋には、人間たちが煮物の入った大きな鍋を囲んで座っていました。全員がひどくお腹をすかせ、生きる望みもすっかりなくしたように見えます。皆、スプーンを鍋に入れては煮物を口に運ぶのですが、スプーンの柄が腕より長くて口に届きません。その苦しみようと言ったら、それはひどいものでした。


「さあ、今度は天国を見せよう」しばらくすると神様が言いました。
二人がつぎに入っていったのは、先ほどとまったく同じような部屋でした。煮物の入った鍋、そして柄の長いスプーンがあり、人間たちがいました。ところがこの部屋の人たちはお腹も十分に満たされ、その顔は幸せに輝いていたのです。
「どうしてなのでしょう?私にはわかりません」とその男は言いました。
「なぜここにいる人たちはこんなに幸せで、さっきの人たちはあんなに惨めなのでしょう?条件はまったく同じだというのに!?」
神様はほほ笑むと、「それはとても簡単なことだ」と言いました。
「ここにいる者たちは、お互いに食べさせ合うことを学んだのだ。ただ、それだけの違いなのだよ」
アン・ランダース

(『こころのチキンスープ 2』 p.144-145 ジャック・キャンフィールド、マーク・V・ハンセン編著 ダイヤモンド社1996年)


1か月ほど前にも『こころのチキンスープ』からの引用文を紹介しました(「これぞ教育の真髄!」)。
今回の引用は「生きることは愛すること」という副題がついたシリーズ2からのものです。
題は「天国と地獄」で、ちょっと宗教臭く聞こえるかもしれませんが、実はこれはもちろん寓話であるにもかかわらず、現実の私たちの生活をよく表しています。
すなわち、人が集まるところ、それが家庭であろうが、学校や職場であろうが、友達などのサークルのようなものなど、どのようなものであれ自己中心な人たちが集まるところはまさに地獄そのものだということです。
それに対して、人のために生きようとする人たちが集まるところは天国です。
ちょうど、昨日、一昨日のこのブログに書いたジニー・ベラスケスさんやそのご両親、友達などのように、人のために何か役に立ちたいと思っているなら、その人たちは毎日天国のような生活をしているのです。


今、私たちが毎日曜日に通っている教会(「若返りました!」)では、礼拝でちょうど天国について学んでいるところです。
昨日は、「天国とは現在のこの地上の生活と連続性があるところで、そこに行ったときには懐かしい我が家に帰ってきたかのような気持ちになる」と柿谷牧師が教えてくださいました。
本当にその通りだと思います。
ちょうど昨日も礼拝後お話が出たのですが、やがて天国に行ったときには、一昨年お別れした柿谷先生の奥様の寿美江先生(「心洗われます」)や私の父(「バレンタインデーに嬉しいことが3つ」)や母(「母の日に寄せて」)を始め、多くの信仰の先輩方・お世話になった先生方などにお会いできるのが本当に楽しみです。
きっと、とても懐かしい再会となることでしょう。
でも、それまではこの地上でもやはり天国のような生活をしたいものです。
冒頭の話のようにたとえ同じ条件であっても、人のために生きる日々を送ることが天国のような生活だと教えられた次第です。
感謝。


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頑張れ、リジー!

2013.05.12日

昨日のブログに、リジー・ベラスケスさんのことを書きました(「本当の幸せとは何か?」)。
多くの人の目に留まり、計り知れないほどの励ましをみんな与えられたことと思います。
紹介してくださったマドレーヌさんが、さらにYouTubeの動画をシェアしてくださいました。
リジーがいじめの問題で語っているもので、これからも多くのことを教えていただきました。
ほかにもたくさんの動画がアップされていたので、一つひとつ見ていきました。どれもこれも感動です。
今日は、そのうちの一つである「トゥデイショー」というリジーと家族のテレビインタビューの動画を中心に教えられた子育てについてシェアさせていただきます。



リジーが医師たちの予想に反して、このように成長したのはまさに神業ですが、それと同時に彼女が持って生まれた大きな障がいにも関わらずこのように立派に育ったのは、ご両親の子育ての仕方に負うところが大です。実際、FBのコメントに「ご両親の子育て大成功です」というのがありました。


リジーが障がいを持って誕生したとき、おそらくご両親のショックは相当なものだったと思います。
医師たちが言った「彼女はハイハイしたり、歩いたり、話したりすることはできない。考えることさえできないだろう。ましてや普通の生活など送ることはできない。子どもはこれ以上作らないように」という警告の言葉はさらに大きなショックだったことでしょう。
実際のところ、世の中には障がい児が誕生したために夫が家庭から逃げ出したり、子どもを殺したり、一家心中する人たちだっています(「幸せと感じたことがない」)。


しかし、このご両親は否定しても変わらない現実をそのまま受け入れ、リジーを神様が与えてくださった大切な子どもとして深く愛し、普通の子とまったく変わらない子どもとして育てました。
人の目を意識せずどこにでも彼女を連れて行きました。周りの人たちの好奇心の視線はまったく気にならなかったそうで、人に尋ねられるとご両親はリジーの病気を説明しました。
自分がほかの子と違うと本人が知ったのは幼稚園に入ったときのことです。ほかの子たちから変な目で見られたり、陰口を言われて初めて気づいたそうです。
そして、小学生のころはかなりいじめにあい、深く傷ついたこともありましたが、落ち込むことは決してありませんでした。彼女は家に帰ってきてひとりで泣いたことはあっても両親の前で決して涙を見せませんでした。というのは、彼女自身、自分は体が小さくて、外見こそほかの子と違うように見えても、実質なんら違うところはないと信じていて、またご両親もこれまで一度も彼女のことを特別扱いしたり、あるいは不憫に思って涙を流したりしたことがなかったからです。


私たちはこのことから実に多くのことを教えられます。
本人が劣等感を持ったり、自信が持てなかったりするのは、実に親の育て方次第だということです。
この点において、世の親たちはいったいどれほどたくさんの間違いを毎日犯していることでしょう。
自分の子どもに向かって、「馬鹿」「ブス」「デブ」「能なし」「のろま」「ろくでなし」「なにをやってもへまばかりする」「不器用だ」「なんでこんなことができないの!」「隣の○○ちゃんを少しは見習いなさい」「○○さんのところはいいわね」「こんな子どもになったのはお前のせいだ」「親の遺伝だから仕方ない」...。このような言葉が延々と続きます。
これで子どもがまともに育ったらそれこそ不思議です。


リジーがこのように、正しいセルフイメージを持って育ったことにより、彼女はごく普通に周囲の子どもたちと親しくなり、たくさんの友達を作りました。
ほかのビデオを見ていると、彼女のことを知っている友達などはみんな口をそろえて、彼女は今まで会った中で最高の子だと言っています。
また、いじめについて語っているビデオを始め、どれを見ても彼女は本当に頭の切れる子です。


今日の自分を形作ったのは、信仰と両親と友人だとリジーは言います。
そして、自分がこのように生まれてきたのは神様が自分に使命を与えてくださったからで、もしもこの障がいを持って生まれてこなかったなら決してこのように大勢の人たちの心に届くことはできなかったでしょう、と言っています。


そして、彼女の結論は、
「もし私が自分の人生についてこのように考えることができるのなら、たとえどのような状況であってもだれでもできないことはない」
で、温かいメッセージを人々に送り続けています。


リジーについてもっと知りたい方は次のリンクもぜひご覧になってください。彼女の日常の生活が紹介されています。
"About Lizzie"
私もいくつかのビデオを見ていくうちにリジーにとても親しみを感じるようになり、彼女のファンになりました。
頑張れ、リジー!


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本当の幸せとは何か?

2013.05.11日

リジー・ベラスケスさんは高校のとき、「世界一のブス女」としてYouTubeに8秒間のビデオで紹介されました。


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世界中で他に二人しかいないという奇病をもって生まれてきたベラスケスさんは、脂肪組織がまったくなく、筋肉を作ることも、エネルギーを蓄えることも、体重を増やすこともできません。体脂肪は0%で、体重はたったの27kgしかありません。
上のYouTubeに寄せられたコメントで人は彼女のことを「it」(それ)「化け物」などと呼び、彼女に自殺するよう勧めていました。


このような状況にもかかわらず、ベラスケスさんは4つの目標を立てました。
1. モチベーションスピーカーになる
2. 本を出版する
3. 大学を卒業する
4. 家族と仕事を持つ


現在23歳のベラスケスさんは、モチベーションスピーカーとなってすでに7年、200回以上もセミナーを開き、「自分のユニークさをありのまま受け入れる」「いかにいじめに対処するか」「試練を乗り越える方法」などのテーマで話してきています。


彼女はテキサス州立大学サンマルコス校でコミュニケーションを専攻する4年生、親友と一緒に暮らしています。
彼女の最初の本『リジー、美しい』は2010年に出版され、世界中の人々の心をとらえ、2冊目の本『美しくなりなさい。ありのままの自分でいなさい』は9月初めに出版、そして2013年には3冊目の本を書こうとしています。


CNNテレビのヘッドラインニュースのインタビューで、彼女はDr.ドゥルー・ピンスキーに次のように言いました。
「今、私が本気で取り組んでいるのは、公の場での人々の視線の問題です。
でも、ようやくここまでやってきました。人々が私を見つめて私のことをああだ、こうだと決めつけるのをただ座って待っているのではなく、私の方から彼らのところに近づいて行き、自己紹介して名刺を手渡し、『はじめまして。私はリジーといいます。私をジロジロと見つめているのではなく、お勉強し始めませんか』と声をかけるのです」


ベラスケスさんは、テキサス州サンアントニオ市に生まれました。4週間の早産で、体重は950gしかありませんでした。
母親のリタさん(45歳)はデイリーメール紙に語っています。
「医師たちは、この子がどうやって生き延びるか想像もつかなかったと言いました。
ベビー用品の服は大きすぎて、おもちゃ屋に行って人形の服を買わなければなりませんでした」
医師はリタさんと夫のルーペさんに警告しました。
「あなたがたのこの一番上のお嬢さんは一生歩いたり、話したりすることはできないでしょう。ましてや普通の生活など送ることはできません」と。(彼女のふたりの弟妹は同じ症状を患うことはありませんでした)
ところがなんと、彼女は成長したのです。身体は本当にとても小さいのですが、内臓も脳も骨も普通に成長しました。


彼女には栄養を蓄える脂肪組織がまったくありません。ですから一日を送るためには、エネルギー源を得るために15分か20分おきに何か食べなければならないのです。
片方の茶色の目は4歳のとき曇り始め、今ではこの目は全く視力を失いました。もう一方の目もほんのわずかの視力しかありません。


リジー・ベラスケスさんのことが励みとなったなら、「いいね!」か「シェア」をクリックしてください。
このような大変な状況の中で、彼女が私たちの励みとなり続けられるよう、彼女のために祈りのコメントをよろしくお願いします。


4日前、私はFacebook上でこのポスティングを読み、ベラスケスさんの写真を見て、「気の毒に」と思い、とても心が痛みました。
でもこの数日、ベラスケスさんのことを、そして本当の幸せとは何か、ということをずっと考えているうちに考え方がだんだん変わってきました。
大変なハンディがあるにもかかわらず大きな目標を4つも立てて、それを一つひとつ実現していっているベラスケスさんは、本当は一番幸せなんじゃないか。
逆に、「世界一のブス女」というビデオをYouTubeに載せた人や、「化け物」「死ね」などと書き込んだ人たちはなんて不幸なんだろうと。
そして、彼女の名前をネットで検索したところ、ベラスケスさんが家族や多くの友人たちに囲まれ、みんなの愛に包まれてとても幸せそうにしていらっしゃる写真が何枚も載っていて、最近体調不良と言って元気があまりなかった私は本当に打ちのめされたような気持ちになりました。


リンク先をたどって見てみると、正直なところ興味本位としか思えないような不快な写真や人種偏見、女性蔑視に満ちた写真などが多数載せられている中で、今年1月15日にアップされた彼女のポスティングのところには、なんと262,125人が「いいね!」、29,323人がコメント、38,012人がシェアしていて、その数は今この瞬間もどんどん増え続けています。
そして、寄せられているコメントはすべてポジティブなもので、彼女の勇気、積極性、彼女の美しさを褒め称えています。
このページをシェアで紹介してくださったマドレーヌさんに心から感謝するとともに、ひとりでも多くの人にベラスケスさんの存在を知ってもらい、私のように元気をもらってもらいたいと思い、記事にしました。
リジー・ベラスケスさんに心から感謝!


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通訳の仕事の大変さ

2013.05.10日

5月6日に書いた記事「神の存在を100%信じることは可能か」の中にみずきさんとの出会いのシーンが出てきますが、この日の出来事を記したのが「36年ぶりのUCLA」です。
この中に、「直人が生まれたUCLA Medical Center」というくだりがあり、誕生の際の逸話として通訳の話が出てきます(「通訳の仕事 3」)。
今日のテーマは「通訳」です。


進駐軍の上司が、ある県庁で占領政策の講義をした。新米の通訳、村松増美(ますみ)さんには、何度も出てくる「アジェンダ」(行動計画)の意味が分からない。「ジェンダー」(性差)ならばぼんやり分かる◆「なんでここでセックスまがいの話が出るのだろう」と訝(いぶか)りつつ、通訳した。さっきのジェンダーって、どういう意味ですか? 仕事が終わって上司に尋ねた。相手は頭を抱えたらしい◆「ひどいことをしたもんですよね」。鳥飼玖美子著『通訳者と戦後日米外交』(みすず書房)で、村松さんは冷汗三斗の昔を回想している◆〈ミスター同時通訳〉の名声は数え切れない若き日の失敗の上に咲いた花だろう。東京の下町に育ち、戦時下の“敵性語”として英語に出会い、19歳までは喋(しゃべ)ってもまるで通じなかった。その半生ほど、語学を学ぶ若い人たちを勇気づけるものはあるまい。同時通訳の草分けとして月面着陸の生中継などで活躍した村松さんが82歳で死去した◆落語の桂枝雀さんから芸名を許されている。桂を一画削り、枝雀(四尺)を憚(はばか)って、「柱 三 尺」(はしらみしゃく)。同時通訳という話芸の、たしかに真打ちである。
(5月10日付読売新聞1面「編集手帳」より)


村松増美さんと言えば、やはりあの1969年のアポロ月面着陸の生中継でしょう。
あれは本当にカッコよかった!
当時、私の家にはアメリカから交換留学生のエドくんが来ていて、彼と私の友達とみんなでテレビにくぎ付けになっていました。私自身も友達にエドくんの通訳のようなこともしていたので、この村松さんの同時通訳を見ていて、自分も将来は通訳の仕事をしたいと真剣に思いました(「意志あらば道通ず」)。


その後、英語の勉強に力を入れて大学では英語を専攻。
京都国際会議場で同時通訳のブースの中に入ってプロの方のされる通訳を見せていただいたりもしました。そして、大学卒業後はアメリカに留学して言語学を学び、そこではアルバイトで通訳の仕事を何度もしました。
そのときの苦い思い出ですが、アメリカの三菱自動車の愛好者が集められて座談会が開かれ、日本からやってきた三菱自動車の技術者たちに、座談会の様子を同時通訳していたときのことです。
しばらくすると議論が白熱して、みんなが一斉に話し出し、もう訳しきれなくなりました。そこで私は、
「要するに、ミツビシの車はカッコよくて、いい車だ。最高だ!とみんな興奮して言っているのです」と言ってのけました。今から考えるともう冷や汗ものです(「通訳の仕事」)。


また、ハリウッドの映画関連の会社でやった通訳の仕事でも、知らない専門用語が次々と出てきて焦ったことがありました。どうしようもなく、私はそれらの専門用語を全部カタカナ英語で通訳したところ、それで全部通じました。考えてみれば当たり前のことです。技術分野では専門用語はほとんど全部カタカナになっているのですから(「通訳の仕事 2」)。


また、あるときは
"This is where the rubber hits the road."
という初めて聞く表現に出会い、戸惑ったこともありました(「通訳の仕事 4」)。
英語ははっきりと聞き取れるのですが、その意味がわからない。
何度尋ねても相手は同じことを繰り返すだけで、何と訳していいのかわからない。
別の言葉で言い換えてもらって、ようやくなんとか訳すことができました。
これも本当に冷や汗でした。


というようなわけで、上の村松増美さんの、「アジェンダ」(行動計画)と「ジェンダー」(性差)のところで「なんでここでセックスまがいの話が出るのだろう」と訝ったいう逸話など、通訳の仕事の大変さはとてもよくわかります。なぜなら、たとえバイリンガルであったとしても、自分の知らない言葉や表現は必ずあるからです。


82歳でお亡くなりになった村松増美さんの草分け同時通訳者としての偉業を称えるとともに、故人の平安とご遺族の方々の上に慰めをお祈りいたします。


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神の存在を100%信じることは可能か その2

2013.05.09日

5月6日付の本ブログ「神の存在を100%信じることは可能か」の続編です。
前回の最後の部分を少しリピートします。


本当に深い神聖な祈りで、そのあと私もお祈りをしました。その時、天から黄金の強い光がまっすぐ自分の頭から心、全身へ降りてくるのを感じ、いや 感じただけではなく目をつぶっていた中にはっきりと見たのです。その光は太く熱を帯び、魂を心から熱くさせるようなものでした。それをしばらく浴びて、お祈りが終わった後、動こうとすると何かの力にとらわれているかのように動けなかったのです。立とうとしても立てず、全身にその力が残っている感じでした。「これは間違いなく神である、それ以外の何者でもない。」と、私が神様の存在を100%確信した瞬間でした。


―それは、凄い神体験ですね。


はい。あまりにも強すぎる霊体験だったので、今思うとそれは夢だったのではないかと思うときもありますが、この体験をすぐ、私をおうちにステイさせてくださった彼女や直人兄にも話しましたし、この霊体験によって、私はこれは神様によって導かれている、神様のことを学ばなければいけないと強く思ったのです。


―なるほど。


それも、ラスベガスに帰って船田先生の親友である鶴田先生のところで学ばないとと思ったのが、私がこのラスベガス日本人教会に本格的に通い、入門クラスを受けるようになったきっかけです。


―思いが与えられたのですね。


はい。これが、私が神様を確信した時です。今思うと「あの時この時、私を守ってくれていた絶対的権力の存在も、あなただったのですね。」と、感謝をせずにはいられません。神は私を、私が気づく前から愛してくれていたのです。神様は私たち一人ひとりをノンクリスチャンでも平等に愛してくれているんです。神は愛です。ハレルヤ!


―ハレルヤ!主のみなを賛美いたします。みずきさんは、今後どのような信仰生活を送っていきたいと思っていますか?


今後は、できるだけ多くクリスチャンの交わりの場に足を運び、霊的に成長していきたいです。今は日曜の礼拝の他に、水曜日の祈祷会には必ず出ています。この祈祷会は、私のクリスチャンの歩みにおいても重要な意義を持っていまして、皆様が私の救いの為に真剣にお祈りして頂いたように、私も真剣にまだ救われていない人々、神様の癒しが必要な人々の為にお祈りをしています。
また、少し難しいのですが、月曜の聖書クラスと金曜のスモールグループも積極的に参加しています。松岡さんはいつも聖霊さまの働きによって神様の御言葉を私たちにわかり易く教えてくださいます。


―スモールグループに参加なされて、どうですか?


スモールグループは少人数で神様について学び、意見交換もでき、霊的に成長するには非常によい場なので、皆様にも積極的に参加していただきたいです!また聖書を毎日少しずつでも読むようにしています。今は、旧約聖書を読んでいて、全ページ朗読し終わることをまず目標としています。そして、お祈り!!


―クリスチャンライフには、欠けてはいけない祈りですね。


はい。お祈りは、眠る前に神様が与えてくださった日に感謝して、毎日行うようにしているのですが、精神的に疲れていると忘れて寝てしまうことがあるので、しっかりと意識をしてやっていかなければと思います。


―日々、大切にしている御言葉はありますか?


私が大切にしている御言葉は、「いつも喜んでいなさい。 絶えず祈りなさい。 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることです。」第一テサロニケ5:16-18


まず神が与えてくれる日用の糧に感謝して、一日一日神が与えてくれることに喜びを見出しそれを感じること。そして、その喜びと感謝を神にお祈りすること。この御言葉を常に胸に刻み、日常生活に反映させることで、神の愛と霊に満たされた生活を送りたいです。そして、できるだけ教会に奉仕をして神様が望まれるクリスチャンへと成長していきたいです。


―最後に、伝えたいことはありますか?


本当に神様のもとに導いてくれた方々、一人ひとりに感謝をいたします。


一人でも欠けていたら、私はここにいなかっただろうし、神によって与えられた人生がこんなに素晴らしいものだと実感することはなかったでしょう。何より大きな変化は、クリスチャンになってかけがえのない神様の愛の存在を知ったことです。クリスチャンになる前を愛という事に対して、あまり深く考えたことはなかったのですが、今はいつでもどこでも、変わる事のない何よりも深い愛を神様が与えてくれたことを知ったのです。イエス様が私たちのために罪をかぶり、十字架にかけられたことが、それを証明することに気がついたのです。私は、今後それを常に心に留め、神様を愛し、神様が私たちに望まれるように生き、愛と喜び、感謝に溢れる人生を送っていきたいです。神は愛なり。ハレルヤ!


(ブログ制作チーム: Sao)


みずきさんの信仰の成長とこれからの人生の祝福を心よりお祈りしています。


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感謝!感謝!感謝します!

2013.05.08日

これまでこのブログに何度も登場した『ザ・シークレット』(「不愉快なことがあったとき」他)と『ザ・パワー』(「愛を与えるとは」他)から、また新しい気づきを与えられ、毎日実践しています。


それは「感謝」です。感謝についてもこのブログでは数え切れないほど書いてきています。
つい先日(4月24日)も、「いつも落ち込んでいなさい」に書いたばかりです。
今回教えられたのは、『ザ・シークレット』の中の「私達の身体のある部分は毎日新たに入れ替わっています。ある部分は何ヶ月かで替わり、ある部分は何年もかかります。そして、数年ごとに私達一人ひとりは全く新しい肉体に生まれ変わっているのです」(『ザ・シークレット』(ロンダ・バーン著 角川書店 p.210〜211)の部分からです。
もちろんこのことは前から知ってはいましたが、頭の知識ではなく、ひしひしと実感するようになったのです。


同著者による『ザ・パワー』(角川書店 p.255)には次のようにあります。
「全ての細胞はその一生を通じて、1週間に7日、1日24時間、チームとして働きます。そして唯一の目的はあなたの身体の健康と生命を維持することです。身体にはおよそ百兆の細胞があります。つまり百兆という細胞がノンストップで働き、あなたに命を与えているのです!あなたはその百兆の細胞の指揮者で、あなたの思考、感情、信念を通してそれらに命令し指揮しているのです」


「他の科学者たちは水の実験を通して、健康に及ぼす愛の力を解明し、革命的成果を上げています。水と健康はどう関係しているのでしょうか?人の身体の70パーセントは水でできています。あなたの頭の中の80パーセントは水です!
 日本、ロシア、ヨーロッパそしてアメリカの研究者たちは、水に対して、愛や感謝といったポジティブな言葉や感情を向けると、水のエネルギーのレベルが上昇するだけでなく、水の構造そのものが変わり、完全に調和のとれた物に変化することを発見しました。そのポジティブな感情が高ければ高いほどその水はより美しく調和の取れた水となります。水に憎しみなどのネガティブな感情を送ると、その水のエネルギーレベルは下がり、混乱した変化が起き、水の構造にもネガティブな変化が起こります」(上掲書p.259〜260)


私はこのことを知って以来、毎朝起き抜けに飲む水をグラスにくむとそれを見つめながら感謝して心の中で言います。
「ありがとう。感謝します。この今飲もうとしている水の分子一つひとつが私の身体の隅々にまで行き渡り、エネルギーの源となってくれることを感謝します。どうか、髪の毛1本1本の先から足の指の爪の先に、私の内臓器官一つひとつにまで、このきれいでエネルギーにあふれた水の分子一つひとつが行き渡りますように。私の体内の内臓器官から皮膚組織にいたる隅々の細胞がこの水の分子によって活性化され、新しく作り替えられますように」
ゆっくり一口ずつ飲みながら「感謝します。感謝します。感謝します」と繰り返します。


なんかちょっとおまじないめいて聞こえるかもしれません。
でも考えてみてください。
たとえば、その正反対に、
「この水の中には数え切れないほどの塩素、窒素、トリハロメタンなど、身体にとって有害物質が入っている。今、私はこの有害な水を飲む。身体に悪影響を及ばさないわけがない。私の健康不良はこの水のせいに違いない。こんな水を飲まなければならないとは自分はなんて不幸なんだ」
などと思いながら飲んだら、同じ水でも働きがまったく変わってくるのは自明の理です。


同様に、食事するときにも私は一つひとつを心から感謝していただいています。
とくにここ数年は健康のために良い食事を心がけ、砂糖などの糖分、塩分、保存料などは極力避け、さらに私の身体に良くない油物はほとんど食べていません。
その結果、これまで何も意識せずに食べていた、そして大好きだったトンカツを始め、ラーメンや焼き肉、ピザ、ケーキやアイスクリームなども食べていません。
時々食べてみたいなと思ったこともかつてはありましたが、今はもうこれらに心惹かれることもなく、人が食べているのを見ても、羨ましく思いません。
野菜・果物・魚介類中心の食事が一番美味しく感じるようになりました。
そして、料理してくれる娘や妻に、また外食するときにも料理人に心から感謝し、「ああ、美味しかった。ご馳走さまでした。ありがとう」と言います。


また、健康のために始めたウォーキングなどの運動も、初めのころは「しなければならない」という一種の脅迫観念のようなものがありましたが、今では楽しみに変わっています。
そして、毎日幸せに、健やかに過ごせることを心底感謝しています。
感謝は人の生活活動の中で、ほかの何よりも一番大切なものだと感じている今日この頃です。


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湘南平登頂

2013.05.07日

ここしばらく1時間から2時間ぐらいウォーキングで鍛えてきたので、今日はその成果を見ようと、平塚市と大磯町の間にある標高181mの丘陵、湘南平の頂上を目指しました。
片道約3.6kmでそれほどの距離ではないのですが、やはり長い上り坂なので気合が入りました。
なにしろうちの子ども達がまだ小学生の頃、何度か一緒に登ったことがある程度でもう10年以上も登っていなかったので、ちょっと度胸が要りました。


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いつものようにオーディオブックを聴きながらなので、楽しみながら登ることができました。思っていたほどきつい上り坂ではなく、ちょっと拍子抜けのような感じでした。
48分くらいかけて山頂に達しました。
展望台に登って南には小田原から大磯、そして鎌倉まで見渡せる相模湾を一望、西には富士山、北には私の住まいのある平原が広がる平塚市を眺めることができました。
青空が広がり、涼風に吹かれてとても気持ちよく、空気もとても美味しく感じました。


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頂上には大きなテレビ等が立っています。
以前、来たときには転倒防止用に囲ってあるフェンスが空きスペースもないほどぎっしり錠前がくっつけられていて大変見苦しかったのですが、鉄塔を上り始めるとそのほとんどの錠前は取り外されてきれいに朱色のペインティングが施されていて、私はホッとしました。
ところが2階、3階と上に上がっていくにつれ、フェンスに取り付けられている錠前の数が多くなってきてがっかりしました。これは、カップルが永遠に固く結ばれていますようにという縁担ぎのようなものです。


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そして、あちらこちらに大きな、下手な文字で落書きされています。本当に見苦しい。
そのほとんどは、「愛してる!」「大好きー!」「結婚する」などという若いカップルが書き残したもの。
このようなくだらない落書きをする者に限って、結婚しないまま別れるか、あるいは結婚しても早々別れる結果に終わるケースが多いものです。
本物の愛情で固く結ばれている人は、このような落書きも錠前をつけるようなことも決してしません。


湘南平をあとにして、下りは非常に楽でした。往復1時間35分で、7.23kmのウォーキングでしたが、やはりちょっと疲れました。でも、確実な体力の回復を感じることができ、感謝でした。
家に戻って服を変え、塾に向かいました。
小学生の「わくわく発見クラブ」の授業を見学しました。
みんなで、時計を分解し、それを知恵を合わせて組み立てる作業をしていました。
クラスが終わって、担当の清田先生に湘南平の話をし、この夏休みに生徒たちを連れて湘南平を登ることを提案したところ、清田先生も大賛成で、昆虫採集や植物採集、その他のアクティビティを今から考えるとのことでした。今から楽しみです。


気持ちよい汗を流すことができた、楽しい一日でした。


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神の存在を100%信じることは可能か

2013.05.06日

皆さんは、神の存在を100%確信した、という経験はおありでしょうか?
かのアインシュタインは次のように言っています。
「科学者たちは、“科学の主”なる神がすでに創られたものを、発見できるだけだ。
私は科学を研究すればするほど、神の存在を信じる」


ここに、私が去年の夏に出会ったごく普通の日本人の若い女性の神との出会いの記録があります。
私の敬愛する鶴田牧師が牧会されるラスベガス日本人教会ブログからの転載です(鶴田師からも本人からも転載の快諾を得ました)。


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―ハレルヤ!主のみなを賛美いたします。みずき姉に伺います。洗礼を受けられた今、どういう気分ですか?


まさに気分はハレルヤ、喜びに満ち溢れています。ありがたいことに、イースターという特別な日に洗礼を受けることができました。私は元々は無宗教だったので、キリスト教は未知の世界でした。新しいことを学ぶにつれていろいろな疑問がわいてきたのですが、鶴田先生がわかりやすく丁寧に教えてくれたので、1クラスごとに神様に対する理解が深まり、神様との距離が近づいていくのを実感しました。


―初心者クラスはどうでしたか。印象に残っていることを教えてください。


実際に、学びにおいての疑問があり、それを先生に問いかけたとき、先生のお話に応えるかのような形となって神様が私にサインを送ってくれたのです。それが1度でなく2度あったのです。信仰告白の前に心にあった迷いと不安は、この先生のお話と神様のサインによって瞬く間に晴れ、自分の罪を改めて認めて心から信仰告白をすることができました。


―ハレルヤ!そして、イースターの日、晴れて洗礼式へと導かれたのですね。


はい!先生のお言葉と私の頭に置かれたその手を通し、全身全霊で聖霊さまのお恵みを感じました。この洗礼式は、私の人生の大きな転機となった日です。鶴田先生、薫さん、松岡さんを始め、私が救われるよう願ってくれたラスベガス教会の皆さん、私の洗礼を祈り、祝福してくださり、この教会の一員として温かく迎えてくださって本当にありがとうございます。そしてイエス様、この救いに本当に感謝いたします。


―感謝ですね。今こうしてまっすぐに神さまと向き合うことができたみずきさんですが、どのような子供時代をすごされましたか?


子供時代の頃の記憶は、正直あまりないのですが、はっきり覚えていることは、小さい頃に実家の隣に大きな教会があり、イエス様を賛美していたことです。そこの教会では、何人かとてもよくしてくれるお姉さんお兄さんがいて、今も彼らの名前と顔を覚えています。
実はこの教会は元々は亡くなった祖父の所有地でそこを教会に売却したそうなんです。成長するにつれ、教会には行かなくなったのですが、今思うと、その時から、今こうしてラスベガスで神様を受け入れるものと定められていたことなのだと、思わずにはいられません。その教会は、現在は引っ越してサービスは行っていないようなのですが、聖書を作っているようなので、日本に帰国した時に、訪れてみようと思います。


―へぇ、そんなお話があったのですね。やはり神様の業はとても興味深いですね。では、みずきさんがアメリカに来たきっかけは何ですか?


2008年 留学のためにアメリカに渡りました。ワシントン州で1年6ヶ月Community Collegeに通い、UNLVでHospitality Managementを専攻する為に、ラスベガスに移りました。


―教会に来たきっかけは何ですか?


2012年7月にロサンゼルスを訪れているときに、出会ったクリスチャンのお友達・舟田直人兄とそのお父さん舟田譲二先生に連れてきてもらったことがきっかけです。
日本に4年ぶりに帰国した際、帰りにロサンゼルスに立ち寄った時、ラスベガスの友人を通して二人に出会いました。有難いことに、お二人がラスベガスを訪問するということで一緒に私も連れていってくださり、その最後に鶴田先生のご自宅を訪問して翌日の日曜にこの教会に初めて訪れました。旅行の途中、舟田先生ご自身が昔 牧師であったことやイエス様についてお話してくれたのですが、その時は自分はキリスト教と全く無関係でしたので、今いちよくわかりませんでした。


―鶴田牧師の親友・舟田譲二先生ですね?


はい、そうです。でも、その日曜になされた舟田先生のスピーチは本当に感動的でした。先生はその時、全ての出会いは必然であって神様のご計画の元にあるとおっしゃっていたことは、非常に印象に残っています。今でも時々、舟田先生と連絡をとるのですが、先生も心から私の洗礼を喜んでくれました。しかも舟田先生は、私と初めて会った時から、私が救いの道に導かれることがわかっていたそうで(笑)、直人兄も2012年の冬、私が導かれる為に大きな役割を担ってくれました。お二人とも非常によくしてくれて、私がイエス様に出会うきっかけを作ってくれて、本当に感謝しています。お二人の出会いも舟田先生がおっしゃったように、神様のご計画であったことに間違いありません。


−では、ずばり「神様はいるんだ!」と思った瞬間はいつでしょう?


昔からずっと絶対権力のような存在があるのは感じていました。幾度となく、ギリギリのところでうまく助けられたという経験があったからです。ただ私は、幽霊というものが全く見えないし、感じることができないので、知り合いがそういう経験をしてもそういった存在はないと思っていました。
ですが、2012年の冬、日本からの帰路の途中、ロサンゼルスに立ち寄っていた時に、人生で一番の霊的体験をしました。直人兄に誘われて彼の教会に行き、多くの若者のクリスチャンと交わりました。その時、私は自分の人生のことや今までのこと、今後のことで思い煩っていたのですが、クリスチャンの人たちと交わったことで何かに自負を追ったような気持ちになったのです。神様のことを知りたいという気持ちにはなったものの、同時に「クリスチャンであるからこうでなければならない。」といった状況に置かれたので、クリスチャンに対しての疑問も生まれ、自分はクリスチャンとは交われないという思いも生まれ、正直複雑でした。
そんな時に、その教会のある日本人の方が会ったばかりの私を受け入れてくださり、彼女と旦那様のお家に何日かお世話になりました。
彼女のご自宅はイエス様の愛に包まれたとても温かい家族でした。彼女は私に「信仰とはどういうものなのか」「神様の愛」を温かく教えてくださり、会ったばかりなのに私の為を思い泣いてくださいました。彼女も一人でアメリカに渡り、色々な経験を通してここまでやってきたそうで何か見透かされているような感じがしたのです。
彼女は私に、彼女が救われたようにイエス様によって私も救いの恵みを受けられるようお祈りしてくれていたのだと思います。彼女に対する感謝の気持ちは言葉では表しきれません。
クリスマスの週の土曜、彼女のご自宅でご家族のクリスマスの集まりがあり、私もそこに招かれました。集まりの最後に一人ひとり証しを伸べ、最後にお祈りをしました。1番最後に皆さんが私の肩に手をあて、私の為にお祈りをしてくれたのです。それは、今、思い煩っていることを取り払い、神様が神様のお示しになっている方に導いてくれることを。
本当に深い神聖な祈りで、そのあと私もお祈りをしました。その時、天から黄金の強い光がまっすぐ自分の頭から心、全身へ降りてくるのを感じ、いや 感じただけではなく目をつぶっていた中にはっきりと見たのです。その光は太く熱を帯び、魂を心から熱くさせるようなものでした。それをしばらく浴びて、お祈りが終わった後、動こうとすると何かの力にとらわれているかのように動けなかったのです。立とうとしても立てず、全身にその力が残っている感じでした。「これは間違いなく神である、それ以外の何者でもない。」と、私が神様の存在を100%確信した瞬間でした。


次回に続く
(LVJCCブログ制作チーム:Sao)


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タイムマシンに乗って…

2013.05.04日

昨日は庭の草むしり、今日は洗車とワックスがけ、食器洗い、その他の家の仕事をしました。妻と手分けして家の内外の仕事をしています。連休のいつもの過ごし方です。
でもおかげで腰痛になりました。そんなに大したことはありませんが。


最初に愛車プリウスを洗車し、続いて学院の生徒送迎用のバスを洗いました。バスと言っても10人乗りの小型の方で、一般のバンより少し大きい程度でたかがしれているのですが、小さなプリウスを洗ったあとで、しかも本当に久しぶりだったのでとても大きく感じました。表面積にするとおそらく3倍ぐらいあったでしょうか。
洗車のあとは「鏡面仕上げ」という名前のワックスを使って、水垢や小さな傷なども落として、文字通りいい男の私(?)の姿が映るぐらいピカピカにしました。
バスの後ろには「ひとりを大切に」というアカデミーのモットーが書かれています。
このモットーに恥じないよう、来週月曜日からうちのVIPである生徒をピッカピカのバスで送迎できることを楽しみにしながら。


洗車していたとき、すぐ近所の小さな子ども達が遊んでいる黄色い声が聞こえてきました。見ると2〜3歳ぐらいの女の子ふたりが三輪車に乗って可愛い会話をしています。
あれっ、こんな小さな子どもって近所にいたっけ、と考えてみると、なんと私の記憶にあったのは、まだお腹の大きいお母さんでした。「えっ、いつの間に!」
あのお母さんから生まれてもう3年ほども経っていたのです。「うそーっ!」という感じでした。
しかも、しっかりした会話をしていたので、二重の驚きでした。
そういえば、隣の家のお子さんもついこの前4〜5歳ぐらいだと思っていたのに、もう中学生になっています。
よその子どもの成長するのは早いものです。
でもその間、自分も同じだけ年とっています。そして、うちの子ども達も同様に大きくなっているのですが、全然そんな気がしません。不思議ですね。


しばらくすると、近所の子ども達は家に戻ったようで、今度は家の中からお母さんとの大きな声の会話が聞こえてきました。
何を言っているのかはわかりませんが、ときどきお母さんが大声で怒っています。
「○○でしょ!だめじゃないの!まったくもう…」
そういえば、うちでもそういう時期があったなぁ…。
時間が経つのは本当に早い。
今、もし親の立場だったらきっと違う育て方をしているだろうな。タイムマシンがあって過去に戻ることができたら…なんて思っても意味ありません。


この年になると、友人などのところでは子ども達が結婚して独立し、孫もいます。早く結婚した友人などではすでにひ孫がいるのもいます。
孫が可愛い、とみんな言いますが、わかります。最近、うちの塾を始め、あちらこちらで見かける小さな子ども達が可愛くて仕方ありません。抱きしめて頬ずりしたくなるほどです。
ああ、早く孫が欲しいな、とは言ってもこればかりは自分の意思ではどうすることもできません。


そういえば、Facebookの友達、小川政弘さん(「今日のデート その2」)が今日、こんなポスティングをしていました。
◆あるものをないかのように◆
―決して後悔しない生き方の秘けつ―

今まで一度も泣かなかったかのように、ほほ笑みなさい。
今まで一度も負けなかったかのように、闘いなさい。
今まで一度も傷つかなかったかのように、愛しなさい。
そして、明日という日がないかのように、生きなさい。
----------------------------------------------
いつも心の中で信じなさい、”わたしは、この、ありのままの自分で完璧なんだ“と。
私は、毎日、あなたと一緒にいると幸運です。あなたの愛する人も、いつもこう言えますように。


Always believe in heart "I Am Perfect Just The Way I Am."
I Feel Lucky Every Day When i'm With You. Should always be the sentence for your beloved.


smile.jpg


そうだ。後悔しても意味がない。
タイムマシンに乗って過去に戻るよりも、むしろ「明日という日がないかのように、今日を生きよう」と新たに決意した次第です。
感謝。


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障がい者、高齢者、認知症の人に優しい社会を

2013.05.03日

昨日Facebookで友達リクエストが届き、お友達になったばかりの佐藤雅彦さんから今朝、次のようなポスティングが届きました。
5月3日水曜日 憲法記念日
皆さんおはようございます。
生きている意味についてお話します。


私は配送途中で地図を見て、配送先商品を届けたあと、車に戻る道がわからなくなりました。そして電話番号が短期記憶できなくなり固定電話からの電話がスムーズにできなくなりましした。そこで神科医を受診して、認知症と診断されました。
認知症と診断されてから、記憶に障がいが起きることがわかっていますので、毎日の自分の行動をノートに記録をとるようになりました。マイナスの記録ばかり記録するようになり、不安が不安をよび体調をくずしました。自分で自分がコントロールできなくなりました。


このような試練をくぐったのち、神様にすべてを委ねることができるようになりました。しばらくたったのち、この試練で自分の人格が成長していることに気がつきました。
人生の意味とは、試練に会い、人格を磨くために生かされているということだと学びました。
私たちは、神様に生かされているので、自分勝手に生きているのではなく、神様を礼拝するように作られている。神様にそむいて、自分勝手に生きることは罪である。
・日頃、「生きている」と実感するとき
美しい庭園をみたり、興味のある本をよんだり、おいしいものをたべたりするときにも感じます。
温泉にいったり、旅行などしなくても、日々小さな身の回りのことに興味をもつことで生きていると感じます。
私は、荒川土手の、春は菜の花、秋はコスモスがさいているのを見るのが好きです、美しい花を見ていると、「生きている」と実感します。
小さな目標を立てて、それをやりとげたきの充実感、満足感を感じたとき。
旧約聖書1500ページを1カ月で読み終えたとき、充実感満足感得て生きていると感じました。
私の今年の目標は、毎日聖書を20ページ読み、1日7000歩、歩くことです。


・楽しみ  旅行、演劇鑑賞、外食、美しい花を見ること、具体的には、新宿御苑や深大寺植物園を訪問して、バラをみること。春は新宿御苑の桜見物。絵画を鑑賞したり、描いたりすること。
・大切にしていること   人間の価値はこれができる、あれができると言う有用性で決まるのでなく、神様が作られた作品であるので、なんにもできなくとも、尊い存在だと自覚すること。
いつも、否定的に考えるのではなく、常に前向きに考え行動すること。
失った能力を嘆いたり数えるのではなく、常に残された機能に目を向け感謝して生きること。
神様はいつも最善のことをして下さると、確信して、イエス・キリストの名によって、祈り求めること。
美しい物を見て、美しいと感じるこころ、いつも何事にも、興味を失わないこと。


次の聖書のことばを頼りに 試練をのりこえてきました。
「あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実なかたですから、あなたがたを耐えるこのできないような試練にあわせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます」
(新約聖書  コリント人への手紙 第一 10章13節)


認知症と診断されたことを公けに表明し、前向きに一生懸命毎日を送っていらっしゃる佐藤さんのお姿に胸を打たれました。
そこで、さかのぼって佐藤さんのポスティングを見ていくと、美しい花や景色などの写真やご自身があちらこちらを訪ねていらっしゃる写真がたくさんアップされていて、佐藤さんの美しい心が伝わってきました。


さらにさかのぼっていくと、4月28日には次のような記事が載っていました。
どういう社会になってほしいか
1)常識で考えるとおかしなことに見えても、失敗しても、笑ってすましてもらえるような、すぐ苦情を言わない、成熟した余裕のある社会。
2)道で迷っていたり、スーパーでウロウロと商品を探している時、「何かお困りですか」と声をかけてくれるやさしい社会。
3)スーパーや駅の窓口で、支払いに時間がかかっても、待ってくれる優しい社会。現実はせかされるので、複数支払窓口があるところでは、高齢者、障がい者、認知症本人の優先窓口を設けてもらいたい。そうすれば認知症本人も優先窓口だと言うことで、心に余裕ができ、せかされるともなく、支払うことができる。
4)障がい者、高齢者、認知症本人を、社会のお荷物と考えるのではなく、コミュニティの一員として認める社会。そのためには、認知症の人を劣る、価値のない存在と考えない。
5)認知症の人のできることを見つけ、駅や公園の掃除など、認知症の人に役割与えてくれる社会
6)人間の価値を、あれができる、これができる、という人の有用性だけで考えるのではなく、多様な価値観を認め、すべてのひとが等しい尊い存在であると認める社会。
7)行う作業に時間がかかっても、その作業をする自由がある社会(作業に時間がかかると言うり理由だけで、その作業から排除しない社会)
8)障がい年金をもらっている人を、家に閉じ込めるのではなく、外に出て活動する自由のある社会。(現実には、外に出歩いていると、障がい年金をもらって、外に出てあそんでいる、本当は病気ではないのではないか言う、偏見がある)
9)認知症の人を何も考えられない人ではなく、言葉を理解するのに時間がかかる人、今までのように、問題行動だけを取り上げるのではなく、適切な介護をすれば、一部の例外を除いて、認知症の人が笑って暮せると信じることができる社会。


佐藤さんはこのような障がい者、高齢者、認知症の人に優しい社会の実現を願って、自ら積極的に活動していらっしゃるのです。
私も上のような社会の実現のために応援することを決意しました。
さらに見ていくと、4月2日には、見覚えのある次のポスティングに目がとまりました。
幸せになりたければ信じなければなりません。
そうでないと、幸せは決してあなたのところにやってきません。
ああ、そういうわけで鳥はもっとも暗い日でも春を信じて歌い続けることができるのですね。
(訳: 舟田譲二)


happiness.jpg


そう、そのような社会の実現を信じて、みんなで力を合わせていきましょう。


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佐村河内 守さん、全国ツアー決定!

2013.05.02日

昨日のブログ“現代のベートーベン”に拍手!」にご紹介しました佐村河内 守(さむらごうち・まもる)さんの「交響曲第1番《HIROSHIMA》」の全国ツアーが決定したことを読売オンラインで今日知りました。


samuragouchi.jpg


両耳の聴力を失った作曲家、佐村河内さんが2011年7月に発売された「交響曲第1番HIROSHIMA》」は、クラシックで「1万枚売れれば大ヒット」と言われるなか、驚異的数字と言える累計出荷枚数12万枚を突破、音楽チャートTOP10入りしたそうです。


これは佐村河内さん35歳のときの作品で、すでに全聴覚を失い、絶え間ない耳鳴りの苦しみの中で完成させた交響曲。全3楽章、演奏時間80分超、100人を超える大編成のオーケストラで演奏される超大作。深い闇の彼方に希望の曙光(しょこう)が降り注ぐような音楽は多くの人々に感動を呼び起こし、特に東日本大震災発生後、被災地を中心に「希望のシンフォニー」と呼ばれているとのこと。
その全国ツアーが、6月15日のザ・シンフォニーホール(大阪府)公演を皮切りに、全国を巡演するそうです。
(以上2013年4月10日 読売新聞より要約)


その練習風景や、指揮者、演奏者たちの声を紹介した動画を見つけましたので、ぜひご覧ください。
そして、よろしければぜひ近くの公演に足を運び、拍手で作曲家、佐村河内さんを応援してあげてください。



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“現代のベートーベン”に拍手!

2013.05.01日

「魂の旋律 〜音を失った作曲家〜」(NHKスペシャル3月31日放送)の再放送を今日見ました。
“現代のベートーベン”と呼ばれる佐村河内 守(サムラゴウチ マモル)さん(49歳)は14年前に原因不明の病で両耳の聴力を失いながら、クラシック作品の中で最も困難とされる交響曲を書き上げていらっしゃいます。


そしてさらに今回、東日本大震災の被災者へ向けたピアノ曲「レクイエム」の作曲に取り組む姿が描かれていました。
東日本大震災で、母親をなくした少女にささげるレクイエムの作曲にあたり、佐村河内さんは言葉通り、膨大なメールのやりとりや、石巻に何度も足を運ぶなかで、少女の喪失感と対峙し、レクイエムを作曲されたのです。


佐村河内さんは両耳の聴力を失ったばかりか、抑鬱神経症や不安神経症、常にボイラー室に閉じ込められているかのような轟音が頭に鳴り響く頭鳴症、耳鳴り発作、腱鞘炎などに苦しみつつ、幼少のころ身につけられた絶対音感を頼りに作曲を続けておられます。
「自分の作品を聴くことができない悔しさとみじめさは、今も乗り越えられていない」と語りつつコンサート会場には、足を運ばれています。理由は、お客さんの拍手の振動を感じることができ、それが唯一の救いだからだそうです。


番組で聴かせていただいたレクイエムは魂を揺さぶられるものでした。会場をいっぱいに埋めた聴衆の被災者のなかには、涙する人たちの姿も。
しかし、私の魂を心底から震えさせたのは、佐村河内さんの壮絶な人生の一部をWikipedia「佐村河内守」で知ったときです。


筆舌に尽くし難い辛酸を舐め尽くしてこられた佐村河内さんに、惜しみない心からの拍手を送りました。私の拍手の振動も佐村河内さんに届きますように。


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