学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
読む人に元気を注入します。

ジョージ学院長 元気の出るブログ

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勉強の習慣

2013.02.26日

人はみんな一人ひとり異なった習慣を持っています。
どのようにしてそのような習慣が身についたかというと、例外なしに同じことを繰り返してきたからです。
日本人の多くは毎日、あるいは1日置きぐらいにシャンプーしますが、一般にフランス人や、コーンロウといって髪の毛を編んでいるアフリカ系の女性などは、1週間に1回ぐらいしか洗髪しないそうです。
毎日シャンプーしている私などからすれば1週間に1回というのは信じられないのですが、逆に彼らにすれば毎日シャンプーするということが信じられません。
なぜ?習慣だからです。


スポーツもそうです。
中2生のSくんは、サッカーの選手です。
毎日、それこそ朝から晩までボールを追って走っています。そして、それが習慣になっています。
ですから、ちょっと前に足首を捻挫して走れなくなったときなどは、もう体がウズウズして、居ても立ってもいられなくなるぐらいストレスがたまったそうです。


なるほど。この習慣というのをうまく活用すれば、勉強だってできるようになる。
「うちの子は勉強する習慣が身についていません」というお母さんの言葉をよく耳にしますが、当然のことです。毎日繰り返し繰り返し勉強していないからです。それで習慣が身につくわけありません。
毎日、勉強している子どもにとって、1日でも勉強しないと、それこそ上のS君のように、ストレスがたまって落ち着かなくなります。


それでは、勉強の習慣をどのようにしたら身につけさせることができるのでしょう。
多くの親が子どもに向かって毎日口うるさく「勉強しろ」と言いますが、これで習慣が身につくわけありません。
むしろ、これは逆効果で、子どもは言われれば言われるほどますますやる気をなくし、やらなくなります。


何事もそうですが、人は身近な人を見て学びます。
子どもにとって一番身近なのは、もちろん両親です。
「子は親の背中を見て育つ」というのはまさにこれです。
ということは、子どもに勉強の習慣をつけさせたいと望むなら、まずは親がそのお手本を示さなければなりません。
親が熱心に新聞を読み政治や社会のことに関心を持って家族の間で話題にし、音楽や絵画その他の芸術を趣味にし、本を読みながら辞書を引く、ということをしていれば、これは勉強の立派なお手本です。
家に本や辞書がないという子どもが時々いますが、これで子どもに勉強の習慣をつけさせたいと言っても無理な相談です。


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この世界を美しい花園に

2013.02.21日

人前で奇声を発し、せわしなく動き回る。先天性の脳機能障がいとされる自閉症で、周囲との意思疎通の難しさを抱えてきた。障がいが重いにもかかわらず、小学生の頃から童話や詩の創作を始め、「自閉症の僕が生きる世界」を語り伝える活動が、静かな共感を広げる。
絵本、エッセーなど著書は15冊以上に上り、グリム童話賞なども受賞。最近は月2、3回の講演をこなし、雑誌にコラムを連載する。「枯れた葉っぱ」を見つめていて、自分がここに生きている神秘に思いをはせた--。みずみずしい感性が光る文章にファンが増えている。
幼稚園の時、仲間と遊べないつらさから、「死んでしまった方がいい」と紙に書いたことも。高度な読み書きは無理と思われたが、家族の熱心な支援で7歳からパソコン操作を練習し、内面を表現する術(すべ)を身につけた。
通常の会話も買い物も、家族の助けなしにはできない。「冷たい視線を浴びると消えてしまいたくなる」。でも、人は誰もが違うし、自閉症だから見える景色もあると知った。その風景を伝えながら、生きづらさを抱える人々に元気を与えたい。
(2月19日付 読売新聞2面 「顔  重度自閉症を抱えた作家として活動を広げる東田直樹さん 20」より)


Facebookで知り合った中国系マレーシア人のWahさんが美しい絵とともに次のような内容のメッセージを書いていらっしゃいました。
Every Child is a different kind of flower, and all together make this world a beautiful garden.
(子どもたちは一人ひとりが違う種類の花で、みんなが一緒になってこの世界を美しい花園にする。 訳:舟田)


Wah.jpg


私はWahさんにコメントしました。
「私も100%同感です。そして、子どもたちだけでなく、私たち大人もです」と。
私たちはみんな、それぞれ外見も能力も性格もすべてが異なるのですが、その異なる一人ひとりでこの世が成り立っていて、美しい花園にしているのです。
誰ひとり欠けても、この世界は成り立たない。
健康で能力のある人たちだけでなく、冒頭の東田さんを始め、障がいを持っている人も、病気の人もみんな必要で、みんなが貢献しています。


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やるかやらないか

2013.02.19日

毎日Facebookをやっていると、教えられることや励まされることがたくさんあります。
今朝は次の画像と言葉に目を覚まされました。


steps.jpg


これは私だけではもったいないと思って、日本語訳をつけてシェアすることにしました。
あなたはどの段階まできましたか?
(下から順に)
「ぼくはやんないよ」
「ぼくにはできない」
「やってみたい」
「どうしたらいいの?」
「やってみよう」
「できるぞ」
「よし、やるぞ」
「やったぁ!」
(訳:舟田譲二)


すると早速「いいね!」がたくさんつきました。
本当にこれは何事にも当てはまる真理だと思います。
塾の生徒たちを見ていても同じです。
いち早く目覚めてやり始める生徒は確実にその目標を達成します。
一方で、いつまでも初めの1段から3段ぐらいのところで、ウロウロしている人もいます。
3段目の「やってみたい」だけでは不十分です。ちょうど日野原重明さんが言っている次の言葉と同じです。
「やろうと思うだけではやらないことと同じです。行動こそが勝負です」
まずは、4段目の「どうしたらいいの?」と好奇心を示し、次に「やってみよう」と決意する。
しかし、ここでストップしたら結局、「やらないことと同じ」です。
「できるぞ」と自分の可能性を信じ、「よし、やるぞ」と行動に移すことが何よりも大切なのです。
すると、結果は自然とついてきます。


少し前にやはりFacebookで次の画像に出会いました。


simple%20math.jpg


これも真理です。
私は体調を壊して、食事と運動に気をつけるようになりました。娘の協力により野菜とフルーツ、白身魚中心の食事です。この1年で体重は6キロ以上減り、今はとてもスリムになりました。
体脂肪も内臓脂肪も過去最低レベルで、去年の5月にブログに書いた「肉体改造 ズッドーン!」のの時よりもさらにかっこよくなりました。


日野原重明さんのような健康体を目指して私もすでにスタートを切りました。


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言語は面白い

2013.02.15日

ロシア語の単語を一つだけ知っている。「こんにちは」である。国際会議のロシア語通訳者、故・米原万里さんのエッセーに教わった。〈ズロース一丁!〉
◆外国語なのに響きが日本語を連想させて、何となく覚えている。そういう単語が誰しも一つ二つはあるだろう。ペルシャ語でスイカを意味するという〈ヘンダワネ〉や、スワヒリ語で唐辛子を指すという〈ピリピリ〉などは、一度聞くと忘れがたい
◆ラテン語にも、日本人によく知られた言葉がある。枢機卿が集まってローマ法王を選出する会議〈コンクラーベ〉である
◆ローマ法王ベネディクト16世(85)が高齢を理由に退位を表明した。終身制が伝統の法王がみずから退位するのは約600年ぶりのことという。後継の法王は3月にコンクラーベで決まる
◆地上には銃火とテロと災害の絶える時がない。平和の祈りという根気の要る仕事が、心臓などに持病がある高齢の法王にとって荷が重いのはたしかだろう。〈ヘンダワネ〉と疑惑を抱く段階は過ぎ、乱暴で物騒な隣近所に神経を〈ピリピリ〉とがらせる日本人にも、若い人に後事を託す気持ちは分かる。

(2月14日付 読売新聞「編集手帳」より)


「ズロース一丁」「ヘンダワネ」「コンクラーベ」
実に面白いですね。
どこの国の言語にもこのようなケースがよくあります。


「まるであほ」という以前書いた記事の中には、世界中の面白い地名を紹介しました。
「まるであほ」はアルゼンチンにある地名だそうです。
ほかにも、バヌアツのエロマンガ島、バリ島のキンタマーニ高原、オランダのスケベニンゲン、アイルランドのボイン川、北海道の珍小島(ちんこじま)…おっと下品になってしまいました。すみません。これでは文字通り「まるであほ」です。


たまたまなのですが、その国、地方ではごく普通の名前や言葉が、別の言語で面白い意味を持っているわけで、日本人のごくありふれた苗字がスペイン語で変な意味の言葉に聞こえるので、わざわざ名前の読み方を変えた日本人大使もいたほどです。でも、そのスペイン語の意味は恥ずかしくてここに書くこともできません。


言語は本当に面白いです。
アマゾンの奥地で狩猟採集漁猟の生活を送るピダハン人の言語には数を表す単語がないそうです。
ひとりのアメリカ人の宣教師が人口300人ほどの小集団のピダハン人の中で生活し、聖書をピダハン語に翻訳しようとしたのですが、言語学や人類学の常識をくつがえす言語であることを発見します。
ピダハン語には「1」「2」「たくさん」という言葉しかなく、ポルトガル語で10までの数を教えようとしたのですが、だれも覚えてくれません。チンパンジーでさえ1〜9までの数を数えることができるそうです(未確認ですが、20まで数えられるという発表もあるそうです)。
右・左を表す言葉もなければ、色を表す単語もない、動詞には完了形が存在しない、家族関係を表す言葉もない、愛とか死のような抽象的な概念を表す単語もない、とないないづくしの言語なのです。
従属節がないため、一文はとても短いけれども、ピダハン人はとてもおしゃべりでよく笑うそうです。
彼らは、周囲の環境の中でうまく生き抜いていくための知恵を備えていて、狩猟採集民として満たされた生活を送っているといいます。
従来の言語学、人類学の定説に反することばかりで、ピダハンは果たして現生人類なのだろうか、と疑われたほどです。


かつて言語学を学んでいた者として、このピダハン語には私も非常に興味があります。
言語は面白いです。


今日は、神奈川県立高校入試の日。
うちの塾生たちも今ごろ必死で問題に取り組んでいます。
ピダハン語でなく、日本語で頭の中をきちんと整理して、今まで学んできたことを思う存分答案用紙に発揮してね、と祈っているところです。


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バレンタインが来れば 思い出す

2013.02.14日

「夏が来れば 思い出す
はるかな尾瀬 遠い空…」


確か中学生の頃、音楽の時間に歌った歌。懐かしい…。
三寒四温で今日は肌寒いですが、昨日はポカポカと春のような暖かい陽気で、それに誘われて1時間あまり散歩に出かけました。
いつものように川沿いのサイクリングロードを歩いていたら、汗をかいてきて上の「夏が来れば 思い出す」の歌が突然蘇ってきました。
でも私の場合は替え歌で、
「バレンタインが来れば 思い出す
笑顔の父 笑い声…」

です。
バレンタインデーが来るたびに父のことを思い出します。これからも先ずっとそうでしょう。


父が召天して今日でちょうどまる2年(「バレンタインデーに嬉しいことが3つ」)。
去年、1周年の日に「別れは再会の始め」という記事を書いてからもう1年がたったなんて信じられないほどで、いまだに父が生きているような気がします。夢の中にもよく現れます。
父の笑顔がまぶたに焼きつき、笑い声が耳にこだましています。
晩年はアルツハイマー型認知症を患い、私のことも分からなくなった父を見て辛くて涙していましたが、今私の中にある父のイメージは、こぼれるような笑顔です。


一昨日、中3生の最後の授業があり、今年度で退職する講師3人のお別れも兼ねて、花束贈呈と生徒もみんな一緒に記念写撮影を行いました。
その夜遅く、二人から次のようなメールが届きました。
小学3年生の時からアカデミーに通い始めたAさんからは、
「本当にお世話になりました。
考えたら、私が今まで生きてきた22年間の中の、半分以上をアカデミーで過ごしてきました。
アカデミーに出会い、学院長に出会わなければ、今の私はないです。生徒でも、先生でも、たくさん楽しい思い出を作ることができました。
離れるのがものすごく悲しく寂しいですが、アカデミーで責任と誇りを持って仕事ができたことを自信にして、4月から社会人、頑張ります」

春から大学院に進学するAくんからは、
「学院長には中学の頃からお世話になり、今の僕があるのもアカデミーがあったからと言っても過言ではないでしょう。
アカデミーでは沢山の思い出と、沢山の笑顔を貰いました。これからも素敵なアカデミーを続けていってください。
僕が学校の先生になれたら、真っ先に報告します!」
と。


いつの間にか、私自身がアカデミーの先生たちや生徒たちの「お父さん」のようになっていました。
しかも、とても大きなファミリーです。
去年の年末には現役と歴代の先生たちが20人ほど集まり、相模湖の方で泊まりがけの大忘年会を開いたり、卒塾した生徒たちもよく塾に顔を出してくれますし、塾の同窓会などもあちらこちらでやっているようです。
先生も生徒もみんなとても仲がよく、私にとってこのことは一番の喜びであり、誇りです。
まだまだ若いですが、私もぼちぼちゴッドファーザーの仲間入りでしょうか。


昨日も塾に入試直前、そして学年末試験直前の補習に来ていた生徒たちに教えていて、もう一人ひとりが可愛いくて、可愛くて。
私にとって父がそうであるように、私も生徒や先生たちにとって「笑顔」のお父さんのイメージでいつまでも彼らの記憶に残りたいものです。


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オシンドローム、再来なるか!

2013.02.11日

去る1月25日のブログに「オシンドロームよ、再び!」という記事を書きました。
私は30年前、留学中だったため『おしん』を見ていませんでした。それで、今回NHK BSプレミアムで毎週日曜日に再放送されているのをとても新鮮な思いで見ているのです。
昨夜も1週間分の6話を一気に見てしまい、感動で涙を流していました。


昨今の中国や韓国での反日運動や暴動事件、また中東での人質事件などを見るにつけ、30年前のオシンドロームが再来すればいいのに、と思って上の記事を書いたわけですが、何と数日前の新聞に『おしん』の映画化が決まったと報じられていて驚きました。
私の思いが通じたにしてはあまりにも早すぎる!


放送から30年目の節目を迎えた今年、日本のみならず世界で感動を巻き起こしたドラマが、装いも新たにスクリーンによみがえる。今回の映画化では主人公・おしんの少女時代にスポットを当て、2月中旬から庄内映画村ほか山形県内でオールロケーションを敢行。メガホンを執る冨樫森監督は「平成の新しい『おしん』を見ていただこうと思っている。エピソード集にはせず、母と娘の関係性を軸に、映画として芯を通すつもり。こんな時代ですから、泣いて泣いて元気になるような映画になれば」と抱負を語った。
(2月6日付 読売新聞より)


ところが、驚いたのはこれだけではありません。
ドラマの中でおしんの母親役を演じた泉ピン子はまさにはまり役でしたが、今回の映画で母親を演じるのは上戸彩というではありませんか。
(写真の泉ピン子は、おしんの奉公先、加賀屋の大奥様、というからこれもえっ?という感じ)


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2月6日付日刊ゲンダイには、
ピン子から上戸へ――。作家の麻生千晶氏は「違和感のひと言」と、こう続ける。
「着実に経験を積んで演技力に磨きがかかってきた上戸さんですが、今回の配役はあまりにもイメージがかけ離れている。かわいらしい雰囲気が持ち味の彼女に、はたして忍従の役はハマるのでしょうか。都会のお嬢さん的な顔立ちに炭を塗りたくったとしても、たかがしれています。結婚を機に、女優として幅を広げたい気持ちも分かりますが、この役がはたして彼女のためになるのか大いに疑問です」


私もまったく同感です。
果たしてこれで、オシンドロームの再来なるか、というと「うーん」と首を傾げざるを得ません。
でも、30年前と違い忙しい現代人にとっては2時間ぐらいにまとめられた映画の方が、また現代風の上戸彩の方が意外と受けるのかもしれません。
いずれにせよ、日本国内だけでなく、むしろ中国や韓国を始めとするアジア諸国で、そして中東の国々でのオシンドロームの再来を心から期待するものです。


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新年度生徒募集のチラシをアップしました

2013.02.07日

新年度は私たち塾関係者にとってわくわく・ドキドキする時です。
今年も新しい企画を満載しました。ぜひチラシをご覧ください。
3月は無料体験月間ですので、お気軽にお試しください。


集団部のチラシはこちらです。画像をクリックすると2段階拡大されます。
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小中高の個別部および小学生のわくわく発見クラブ、中高一貫校対策クラスのチラシはこちらです。
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国語の用法の誤り

2013.02.06日

いつの時代も言葉の乱れを年配の人たちは嘆いています。
しかし、最近の言葉の乱れは目を覆うばかりです。このまま進むと、美しい日本語がどんどん失われていきそうで、空恐ろしく感じます(私は「年配」と呼ばれるこの年になる30年ぐらい前からそのように感じていますが)。


そうしたところ、今日の読売新聞27面「放送塔」に、一読者からの次のような投書が紹介されていました。
「フジ系木曜夜のドラマ◯◯が面白くて見ている。ただ、登場人物のせりふが気になる。『どうなるんだろう的な』『鳥になりたい系の人ですか?』『もう少しいますか的なことに」といったせりふがよく出てくる。若い視聴者に影響を与えると思うので、言葉遣いに気をつけてもらいたい」
投書の主は44歳の女性。若くてもこのようにはっきりと発言できる方がいらっしゃることに安堵しました。


十数年前、ある生徒のお母さんと三者面談をしていた時、お母さんの口からちょうど上のと同じ
「わたし的には」
が多発されていて驚きましたが、今やこれは当たり前のように使われています。
「心情的に」という言い方はありますが、「私的に」とは言いません。この場合、「私としては」または「私にとっては」と言うべきです。


言語学を専門にやってきたものにとって、毎日のように生活のあちらこちらで耳にする次のような言葉遣いには正直なところストレスを感じています。


「〜先生は頑張られております」
「〜されておられます」

「〜られる」は目上の人に対する尊敬語で、「おります」は自分のことをへりくだる謙譲語。これらは、「〜していらっしゃいます」と言うべきもの。
「なので、〜」
「なので」は、たとえば「東京は大都会なので、交通網は世界で最も発達している」のような使い方をし、前の文章が終わって「。」のあとで「しかし」のような接続詞的な用法は誤っています。本来は「ですから」「だから」と言わなければなりません。
「全然面白い」
「全然」は「全然面白くない」のように、否定形で使います。これは一種の流行り言葉でしょうが、聞いていて不快です。「ものすごく面白い」と言うべきです。
でも、先日中高一貫校を受検した生徒に電話をして、「どうだった?」と尋ねたところ、「全然できました!」という返事。このような「全然」なら大歓迎です。私もつられて、「下手すると全員合格かもね」なんて言っちゃいました。
「食べれない」「見れない」
これらは本来「食べられない」「見られない」と言うべきもので、いわゆる「ら抜き」と呼ばれている流行り言葉です。
「今日は多くの方々が足を運んでいただきました」
「多くの方々が足を運んでくださいました」と「多くの方々に足を運んでいただきました」が混ざった形で、主語と述語が一致していません。
「ここの美容院は値段が高い」
「値段」「価格」は物の値に使い、サービスには「料金」を使います。また、募金や献金などは「値段」とは言わず、「金額」と言います。
「なにげに」
もともとは「何気なく」だったのですが、20年ぐらい前から「なにげに」使われ始めました。
「こちらお水になります」
これは最近、レストランでよく耳にする表現。「お水です」「お冷です」で十分です。手品でお茶をお水に変えるのなら別ですが。
「1000円からお預かりします」
これはいつの間にかもう立派に市民権を得たかのように、どこでも使われています。
「1000円お預かりします」と「1000円からのお釣りです」がチャンポンになったようです。
「お車のお呼び出しを申し上げます」
車は呼び出しても返事しません。「次のナンバーのお車をお持ちの方、お呼び出し申し上げます」とでも言うべきでしょう。
「申しておられます」
「申されております」

これも「申す」という謙譲語と「おられる」という尊敬語が合体しています。これは学校の卒業式や入学式などで、「今も校長先生が申しておられましたように…」と、まるで学校の先生が間違った敬語を教えているような感じです。
同様に、「申されております」も「申す」という謙譲語、「される」という尊敬語、「おる」という謙譲語が一緒になった奇妙な敬語です。
「おっしゃっています」と言うべきです。
「◯◯療法をされている患者様へ」
「◯◯療法をされている」というと、まるで人体実験でもされているかのような感じです。正しくは「◯◯療法を受けていらっしゃる患者様へ」。
「お食事はされていないですね?」
お食事は「される」ものではなく、「する」ものですから、「お食事はしていらっしゃらないですね?」の方がいいです。尊敬語に「〜される」もあるのですが、「〜される」には受け身表現もあるので、尊敬語は「いらっしゃる」を使う方が無難です。
「食べられますか?」
これも上と同様です。上の3つの表現は、最近通っていた市民病院で耳にしたものです。
「いただかれますか?」
「いただく」は謙譲語。上の「食べられますか?」も「いただかれますか?」も、尊敬語の「召し上がりますか?」と言うべき。
「呼ばれていた」
「呼ばれていた」だと「昔、◯◯と呼ばれていた」のように聞こえます。ここでは、「呼んでいらっしゃった」という尊敬語の意味で使われていました。


このように、とくに敬語に関する誤りがとても目立ちます。日本語は敬語が美しい言語ですから、敬語の正しい使い方をしっかりと身につけたいものです。
また、冒頭の投書の中でも言われているように、テレビのドラマで使われるセリフを始め、タレントなどが使う言葉は非常に真似されやすいので注意が必要です。


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正露丸よ、ありがとう!

2013.02.05日

[七転八起]
脱「正露丸」へ老舗改革…大幸薬品社長 柴田高(たかし) 56


大幸薬品は祖父が創業し、父も社長を務めました。自分は男3人兄弟の末っ子です。父からは、「会社は継がせない。自分で食っていけるように」と言われて育ちました。体がとても弱く、子どものころから「死んだらどうなるのだろう」とよく考えていました。病院に通ううちに、人の死に立ち向かおうと、医師を志しました。
大学は川崎医科大(岡山県倉敷市)に入りました。理解力が低く、暗記も苦手でしたが、医師国家試験に受かるため、猛勉強の日々でした。学年で3番の成績で卒業でき、医師になることができました。けがや病気で苦しんでいる人を自分の技量で助けられると思い、外科医になりました。
(中略)
外科医として数千人の患者さんを治療しましたが、薬品メーカーなら、もっと多くの人の役に立てる。そう思って迷いを吹っ切り、家業に入ることを決め、48歳の時、病院の外科部長から大幸薬品の副社長に転じました。
(中略)
入社後の目標は、一流の会社に育て、株式を上場することでした。当時の主力は正露丸でしたが、売り上げは年々減り、新製品の開発は進んでいませんでした。
社員の意識を改革しなくてはなりませんでしたが、苦労しました。当時、社員には三つ、四つの仕事を同時に処理する能力が不足していました。部下に「これとこれをやってくれ」と頼むと「新たに人を雇ってほしい」と返される始末でした。
 仕事のスピードを上げ、目標を必ず達成するように求めました。しかし、老舗ゆえ、社員は変化を好みません。「どうしてこんなに苦労しないといけないのか」と不満の声が社内のあちこちから上がりました。「このままでは大幸薬品は生き残れない」と繰り返し訴え、何とか理解を得られるようになりました。
(中略)
「正露丸の会社」からどう脱皮するかが目標です。「大幸薬品は正露丸も売っていたのか」と言われてみたいと思っています。

(2月4日付読売新聞9面より)


私も小学生の頃、体が弱くしょっちゅうお腹を壊して、ビオフェルミンを毎日服み、正露丸も欠かせませんでした(「脱脂粉乳」)。


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ほとんど毎週のように医者通いをしていました。
中学時代も文化部ばかりに入っていて運動はほとんどしていなかったので、高校に入った時、体を鍛えようと思ってラグビー部に入りましたが、ものの3か月もたたないうちに心身ともにつぶれてしまいました(「ラグビー 桐蔭学園初優勝!」)。


でも、私は体が弱かったから医者になろうとか、医薬品メーカーに勤めようとは夢にも思いませんでした。
ですから、冒頭の大幸薬品社長、柴田高さんのお話などを伺うと、もう圧倒されてしまい、心から尊敬するのです。
今でも時々正露丸のお世話になるので、社長様々です。
それにしても、柴田社長の医大に入るための努力、生き様、ビジョンの大きさには本当に恐れ入ります。
私も少しは見習わなければ。もっと強くなって。
そして、社長じゃないですが、「昔は私も正露丸を服んでいたのか」と言えるぐらいになりたいものです。


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早速、選択肢の「失敗」をしでかしてしまいました

2013.02.03日

昨日の記事、「失敗は一つの選択肢。しかし怖れは選択肢にない」は、ちょうど1週間前に見たTV番組TEDの内容を記憶をたどりながら書きました。


しかし、書いた内容に先ほど急に自信がなくなってきて、ネットで調べてみました。
そうしたところ、テレビで放映されたものの元の版がネット上に公開されているのを発見し、見直してみたら案の定、不正確な内容だったことに気づきました。
昨日の記事を読んでいただいた方々には申し訳なく、ここにそのビデオをそのまま転載させていただいて、皆さんに見ていただくのが一番いいかと思いました。


記事中、「深海11000mに単身、潜水艇で潜った」というのは、映画制作2年後の世界最深のマリアナ海溝に潜った時の話で、これと撮影6か月後のロシアの潜水艇で潜って実際のタイタニックの残骸を見たというのを混同していました。
なお、この内容については、「J・キャメロン監督、地球上で最も深い海底に到達 単独世界初」に詳しく紹介されています。
上の番組で紹介された二つの別の出来事を私が混同して書いていたのです。
昨夜、寿司屋で席に案内されるまで待たされている間に書いた記事で、無責任で本当に申し訳なく、お詫びいたします。
キャメロン氏が「NASAでは失敗は選択肢にないが、我々は失敗を選択肢に入れてよい」と言っていますが、私もまさにその選択肢の「失敗」を早速しでかしてしまいました。


それでは、TEDのオリジナルをごゆっくりご覧ください。きっと感銘を受けられることと思います。



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失敗は一つの選択肢。しかし怖れは選択肢にない

2013.02.03日

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大ヒット映画『タイタニック』の製作裏話をジェームズ・キャメロン監督が語っているドキュメンタリーを先日見ました。
ロメオとジュリエットの純愛物語は表向きのもので、彼の本当の目的は深海で眠っているタイタニックの残骸を探査することにあったそうです。
そして、映画製作の2年後にキャメロン監督は夢を実現させます。
なんと命懸けで11000mの深海に、単身7時間近く潜水艇で探索し、本物の残骸を発見したのです。


cameron.jpg


その時の感動を映像を交えながら語っているのですが、彼の結論の言葉は、
"Failure is an option, but fear is not."
「失敗は一つの選択肢。しかし怖れは選択肢にない」
です。


なるほど。これは本当に含蓄のある言葉です。
多くの場合、私たちは何かしようとする時、失敗を怖れて足を踏み出すのを躊躇してしまいます。
その結果、何も起きない。
確かに失敗はしないかもしれませんが、その代わりワクワク、ドキドキする体験や、何かを成し遂げた時に味わう達成感を味わうこともありません。
そして多くの人が、人生はつまらないと言い、ブツブツ不平を鳴らしながら惰性の毎日を送っています。


それよりも、新しいことにチャレンジして、失敗したらしたでいいじゃないですか。それで人生終わりということは絶対にないのですから。
この世に失敗の経験がない人などひとりもいません。
みんな大なり小なり、いくつもの失敗を経験して、そこから学び、成長していくのです。
失敗を怖れてチャレンジしないということは、成長もワクワク、ドキドキした興奮も体験も何もないということです。
砂を噛むような味気ない人生です。


この世に生を受けた者はみんな、笑っても泣いても人生一回限り。
何もしないで、後になって後悔することほど空しい人生はありません。
チャレンジは人によってみんなまちまちです。
何だってかまいません。
自分の置かれた立場で、その時その時、チャレンジしましょう。


NHKの連続テレビ小説『純と愛』の主人公、純はまさに、この「失敗は一つの選択肢。しかし怖れは選択肢にない」を地で行っています。
たびたび失敗を繰り返しますが、失敗することを怖れず、そして決してあきらめません。
この連ドラから私はどれほど励まされ、教えられているかわかりません。
私もさまざまなことにおいて、「失敗を選択肢に入れつつも、決して怖れない」決意を新たにしました。


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