学院長元気の出るブログ

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再びsympathy(同情)と empathy(共感)について

2012.12.19日

1か月少し前、一人の方からメールマガジンのご登録をいただきました。
そこに次のような感想が添えられていました。
empathyとsympathyの違いを調べていてこのブログにたどりつきました。
他の記事も面白く、参考になるものがたくさんあるように思います。
これからも読ませていただきたいと思います。
よろしくおねがいします。


最近、このようなメールを新しい読者の方からよくいただきます。
つい先日も、「色々勉強させてください」と、ある方からメールマガジンのご登録がありました。
感謝なことです。


さて、上の「empathyとsympathy」ですが、3年半ほど前に書いた「同情と共感」という記事のことです。
まだお読みになっていらっしゃらない方はぜひ今、ここでちょっとお時間を取って読んでみてください。


記事の中で私は、sympathy(同情)よりも empathy(共感)の方に価値があるかのような書き方をしていました。
そして、私はどちらかというと、empathy派の人間なのですが、物事には必ず両面あって、empathyがsympathyよりも必ずしも優れているとは限りません。


つい先日、愛犬ラブが亡くなりました(「息を引き取りました」)。
とても辛い経験でした。
私は例によって、empathy派というか、そういう性格なので、ラブの心の中に入っていって、いまわの際(きわ)のラブの気持ちが痛いほどよくわかり、辛かったです。
また毎日、つきっきりで点滴を打ったりして看病し、介護していた娘の心の中にも入っていき、無二の親友が死にいく姿を見ていて苦しんでいる気持ちが、また痛いほどわかり、私も娘と同じ気持ちになり、とても苦しい思いをしました。


実は、このような性格のため、ドラマを見ていてもよく泣きます。
若い頃やっていたカウンセラーやキリスト教牧師の仕事も、人の悩み、苦しみをその人と一緒に背負ってしまったために、自分自身が壊れてしまい、やめる結果となりました。


一見empathyはとてもいいことのように思われるのですが、実はこれもケースバイケース、また人によってできる人できない人もいるのだ、ということがあとになってから分かりました。


毎朝見ているNHKの連続テレビ小説、「純と愛」の主人公の純もそのような傾向があります。
その点、愛(いとし)も純と同じような性格をしているのですが、冷静に、そして客観的に物事を見て、正しい判断をすることができるようで、これは実にすごいことだと思います。


「喜ぶ者とともに喜び、悲しむ者とともに悲しむ」(「喜びは2倍に、悲しみは半分に」)ことも大切ですが、この世を生きていく上で、私たちはsympathyとempathyをうまく使い分けていく必要がありそうです。
今回、ラブの死に当たり、上の愛(いとし)にならって冷静に受け止めるようにし、ペットロス症候群のようにならないよう努めました。
今も、ラブのことや娘のことを考えると辛くなるので、できる限り考えないようにし、娘との話題も選んでいます。
とどのつまり、人生というのは一瞬一瞬が選択の連続なのですね。


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