学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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瓢箪(ひょうたん)から駒

2012.11.28日

以前、このブログの中でGIGO(ガイゴー、ギゴー) という言葉を紹介したことがあります(「頭の中にあることは」
「正しい質問、誤った質問」
)。
これは、コンピュータの専門用語で、Garbage In, Garbage Outのイニシャルから作られました。
「ゴミを入れればゴミが出てくる」。
すなわち、コンピュータのプログラム(ソフト)がいかに完璧であっても、入力するデータが間違っていると当然のことながら、とんでもない間違った結果が出てくるといった意味です。
逆もまた真なりで、Good In, Good Out、良いものを入れれば良いものが出てきます。


ところが、GIGOにはもう一つの意味があります。
それは、Garbage In, Gospel Outで、「ゴミを入れたら、福音が出てきた」ということです。
「福音」という言葉は一般の人にはなじみが薄いものですが、「センサーで障がい物を検知し、音で知らせる最新型の白いステッキは目の不自由な人たちにとって福音だ」というような使われ方をします(このようなものがあればいいな、と私が勝手に考えたもので、実際にあるかどうかわかりませんが)。


goo辞書によると、福音は次のように定義されています。
1 喜びを伝える知らせ。よい便り。「―をもたらす」
2 イエス=キリストによってもたらされた人類の救いと神の国に関する喜ばしい知らせ。また、福音書にしるされているキリストの生涯と教え。


聖書が中国語に翻訳される時、原語のギリシャ語で、「朗報」「良い知らせ」という意味のユーアンゲリオンという言葉が「福音」と訳され、それがそのまま日本語に入ってきたのです。


さて、コンピュータの世界では、Garbage In, Gospel Outということはまずあり得ず、「良い結果が得られた」という判断自体が勘違いであり、検証もせずにコンピュータの出力をむやみに信じることを揶揄(やゆ)する意味が強い、ということだそうです。


しかし、「福音」という言葉が専売特許のキリスト教では、このようなことはしょっちゅうです。
日本語で言えば、
「瓢箪(ひょうたん)から駒」
(「瓢箪から駒が出る」とは、思いもかけないことや道理上ありえないことが起こること)
に近い感じで、考えられないようなことがしばしば起こります。


先日のブログ「裸のつき合い」に登場した人たちなどは、その一例です。
元暴走族や元ヤクザだった人が、ある日イエス・キリストを信じて人生がすっかり変わったというような話です。


その中でもとくに有名なのは、『刺青クリスチャン 親分はイエス様』の中で紹介され、映画化もされた元ヤクザで現在はキリスト教の伝道に携わっているミッション・バラバのメンバーの人たち。
鈴木啓之さんはそのうちの一人です。


聖書には、
「人にはそれはできないが、神にはなんでもできない事はない」(マタイ19:26)
とあります。
たとえGarbage(ゴミ)のようなものが入っていても、Gospel (福音)が出てくるというのは、福音(朗報)でなくて何でしょう。
しかも、元暴走族や元ヤクザのような人たちでさえ、これほどドラマチックな変化を遂げられるのならば、普通の私たちなど変えることは神様にとって簡単なことではありませんか。
だれでも無限の可能性を秘めています。


遺伝でも何でもありません。
瓢箪から駒が出てくることは、信仰の世界では十二分にあり得るのです。


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裸のつき合い

2012.11.22日

私の無二の親友、鶴田牧師がアメリカからやってきて、昨日は我が家に泊まってくださいました。
1週間ほどの短い日本滞在で、毎日びっしりとスケジュールが詰まっている中、丸一日一緒に過ごせる時間を取ってくれました。


鶴田さんは、これまでにもこのブログに何度も登場し、ご存じの方も多いことと思います(「VIP」他)。
36年にも及ぶ長いお付き合いで、お互いに最も気が置けない間柄です。
喜びや楽しいこと、嬉しいことなどだけでなく、辛いことや、悲しいこと、苦しいこともお互いに心を割って話し合い、この30数年裸のつき合いをしてきました。
そして、昨日は本当の「裸のつき合い」をしました。


毎週末、妻と行っている湯乃蔵ガーデンという温泉に昨日は鶴田さんと行き、3時間近くも一緒に温泉につかりながら、いろんな話題に花を咲かせました。
話す主体は鶴田さんで私はもっぱら聞き役でしたが、私の知らない世界をいくつも紹介してもらいました。


その話の中に登場する人のひとりは、赤ん坊の時に親に捨てられ、なんと3歳にして物を売ってお金を稼いだという人物です。そして、小学生の時には働いて、育ての親を経済的に助けていたという信じられないような話です。
このようにして幼い時から自活する術を身につけ、苦労に次ぐ苦労を重ねて、その後クリスチャンになります。そして、成功を収め、今、ご自分の自伝を書いていらっしゃるそうで、その自伝が映画化されることになり、来年の3月にクランクインするとのことです。
お話を聞いていて、この映画を見るのが今から楽しみです。


そのほか、元暴走族だった人が牧師になって、今は中国に宣教師として行ってすごい働きをしていらっしゃるという話や、鶴田さんが中国に行って実際に目撃した嘘のような話など、私はただただ
「へぇ〜!」
と目を丸くして驚くばかりでした。


夕方、アカデミーにご案内して、小学生のクラスを見学していただきました。
キッズクラブの英語クラスでは、クリスマス会の時に歌う英語の讃美歌「荒野の果てに」を生徒たちが披露してくれると、鶴田さんも一緒に
「グローオーオーオーオーリア インエクセルシスデーオ」
と、声をあわせて歌っていらっしゃいました。
クラス終了後、鶴田さんを先生たちに紹介すると、何人かが学院長のブログで知っています、という声が。
鶴田さんはとても気さくにみんなに声をかけ、アメリカに来られるときにはぜひ自分のところを訪ねてください、と誘っていらっしゃいました。


その後、我が家で一緒に夕食。
食事の時も、食後もずっと家族と話が続き、床についたのは夜中の2時近く。
私は興奮していて、明け方近くまで眠れませんでした。
そして、その時、30数年前のことがよみがえってきました。
しょっちゅう夜を徹していろいろなことを語り合ったのですが、世が明けると鶴田さんは決まってすぐにグーグーといびきをかいて眠り始めるのですが、私はやはり興奮して眠れなかったのです。


今日は平塚を発って大阪に向かわれましたが、大阪でもアメリカで知り合った方々に会われることになっていました。
鶴田さんは成功していたビジネスを捨てて、全人生をキリストのために、そして人々のために捧げていらっしゃいます。
私のことを「永遠の命の恩人」と呼び、ご自分のアメリカでの救霊の働きの結果を、「舟田さんの実」と言って心遣いをみせてくださいます。
大きな体だけでなく、懐の大きさも私の何倍もある鶴田さんがとてもまぶしく見えます。


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おばあさんは川へせんたくに…

2012.11.19日

「むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へせんたくに行きました」


日本人ならだれでも知っている桃太郎の出だしの部分です。
実に単純明快なストーリーですが、この「おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へせんたくに行きました」にとても深いレッスンが秘められていることに気づきました。


去年の3.11の東日本大震災のとき、私の住んでいる神奈川県でも大きな揺れがあり、交通が麻痺しましたが、目立った被害というものはありませんでした(「地震のお見舞いをありがとうございます」)。
しかしその後、計画停電なるものが東電によって実施され、平塚市も対象地域になりました。
市役所から毎朝9時過ぎに流される広報の、エコーして聞き取りにくい停電の情報に耳をそば立て、それにあわせて塾を休校にするかどうか決め、手分けして生徒の家に電話したり、休校措置のためなくなった授業の振り替えの時間割を組んだり、その連絡をしたり、と朝から晩までてんてこ舞いでした(「地震の影響」「計画停電の最新情報です」)。
その10日ほど前に、義母が交通事故に遭い、妻がそのため実家に帰っていました。いつもは私の右腕として事務的な仕事を完璧にこなしてくれていた妻が不在だったため、責任が私の肩に重くのしかかり、極度のストレスがいくつも重なって、ついに私は体調を崩してしまいました。


何もしていないのに急に胸がドキドキしてきたり、めまいに襲われたり、吐き気を催したり、これが授業中も、送迎バスを運転しているときも、眠っている夜中も、時を選ばず突如起こり、ついにダウンしてしまいました。
私の現在の体調不良の原因はここにありました。
1年半あまり経ち、ようやく精神的に少しゆとりが出てきて、当時のブログを読み直すと、毎日の緊張や塾の様子などがよみがえってきます。


以来、私の仕事を妻や息子、娘、塾の先生方が分担してくれて、肩の荷を少しずつ下ろすことができるようになりました。
今もまだ吐き気と隣り合わせのような毎日を送っていて、夜中一睡もできないこともしばしばです。


しかし、考えてみたら、私のストレスや苦しみなどは、被災地の人たちとは比べものになりません。
被災地では、愛する家族や親族・友人を始め、家や車・家財道具・船などの仕事道具・土地、仕事、その他多くのものを失い、今も避難所や仮設住宅に住んでいらっしゃる方々が大勢いらっしゃいます。
現地でさまざまなボランティア活動や、体を張って放射能の除染活動をしていらっしゃる方々も数え切れないほどいらっしゃいます。
このようなことを考えると、私など不満を鳴らすことなど決してできません。


ちょうど、私の仕事を周りの人たちが分担してやってくれているように、被災地でも多くの人たちがそれぞれの持ち場立場で力を出して、助け合っています。
「そうだ。人というのはひとりでは生きていけない。みんながお互いを必要とし、助け合いながら生きているんだ」
冒頭の桃太郎の物語に登場するおじいさんとおばあさんが役割分担をして仕事をしているように、私たちもみんな自分にできることをして助け合っています。


これはなにも大人の世界に限ったことではありません。
子どもには子どもなりの仕事があります。
必ずしも何かするという具体的な仕事でなくても、家族の中に存在するというだけでも大きな役割を果たしています。
家庭において、おじいちゃんやおばあちゃんもそれぞれに貢献しています。
あらゆる職についている人が、それぞれに分を果たしています。


世界に目を移しても同じです。
あらゆる国が、国民、民族がそれぞれに果たすべき責任や役割があります。
今、日本と中国は尖閣諸島の領有問題で衝突し、その結果、お互いに経済面のみならず、さまざまな分野で痛みや苦しみを味わっています。
中東の国々も同様です。
私たちは地球人として、お互いに助け合わなければなりません。


国内では、衆院が解散され、総選挙が行われますが、自分の政党の利益などを優先して考えていてはだめです。
みんな、自分に与えられている使命や責任をきちんと全うして、お互いに助け合っていくなら、家庭も、学校も、職場も、日本も、世界も、もっともっと平和になり、住みやすくなります。
私たちも、桃太郎に登場するおじいさん、おばあさんに学ばなければなりません。


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明日はわが身

2012.11.16日

一昨日知った女優、森光子さんご逝去のニュース。
森光子さんは、小さい頃から私の心の母で、ずっとお慕いしてきました(「母の日に寄せて」)。
生涯現役で頑張ってこられた森光子さんを心から尊敬するとともに、私も森さんを目指したいと思っています。


さて、我が家では、愛犬のラブが年老いて耳が遠くなり、歩くのも大変になり、少し痴呆も始まってきました。ラブのことは、これまで何度かこのブログにも書いてきた(「自分のことは見えないもの」)のですが、この2か月ほどで急に老け込んでしまいました。
獣医によると、人間でいえばもう90代だそうです。


体の免疫力が落ちて全身できものに覆われています。まるで旧約聖書に登場するヨブのようです。
それこそ頭の先から顔じゅう、目の周りや耳の中、背中、腹から足にかけて、足の裏まで数えきれないほどたくさんできていて、かさぶたになっているのはまだいいのですが、膿んで真っ赤に腫れているのがお腹にいくつもあり、足の裏のものは出血していてラブが歩く下は赤い血の斑点がつきます。
ラブは意味がわからず、全身の患部をなめようとしますが、これがまた逆効果。
そこで、なめられないようにエリザベスカラーという透明なブラスチック製の30センチほどの大きな襟を首の周りにつけています。
ラブの痛々しい姿を見るたびに心が痛みます。


娘は、小学3年生の頃からずっと自分の妹のようにして可愛がってきたのですが、今ではまるで自分の親の世話をするかのように毎日朝早くから夜中までつきっきりで、ラブの介護・看護をし、自分の服やラブに使っているシーツやタオル類を毎日山のように洗濯しています。
これらのせいで、腰痛になったようです。


獣医に通い、薬やシャンプーをもらってしょっちゅう体じゅう洗ったり、強酸性水なるものをネットで見つけて患部を消毒してやったり。
抱きかかえるようにして時間をかけて全身をマッサージし、歩けないので抱いてカートに乗せ、近くの公園まで連れて行ってやったりと、そのかいがいしい介護ぶりを見ていると辛くなり、涙が出てきます。


これまで庭の犬小屋で飼っていたのですが、寒くなってきて可哀想だということで、家の中に入れてやり、玄関の半分以上を占める大きな犬用のベッドに寝かせています。
ほとんどの時間、寝ているのですが、体をピクピクと激しく痙攣させているので、これも見て胸が痛みます。


ラブの臭いのせいか、私はアレルギー性鼻炎になり、激しいクシャミと鼻水、鼻づまりに襲われ、一晩中眠れなかったことも何回か。
そこで、ホルムアルデヒドなどの化学物質も除去する強力な空気清浄機を玄関に置いて作動させているほか、家じゅうの空気を強制換気するようになって症状はうんと軽くなりました。


ラブを見ていて可哀想に思うのと同時に、これはまさに明日の自分の姿だ、と感じます。
とくに、最近は体調が優れないせいもあるのでしょうが。
つくづく考えます。歳を取るということは…と。


つい先日、あるスーパーのフードコートで妻と一緒に軽食をとっていた時、すぐ横に二人の小さな子どもを連れた若いカップルが食事していました。
見ていて微笑ましく、つい笑みがこぼれてきました。
その家族のすぐ後ろにいたのは70代後半と思われる老夫婦。
この時、はっとしました。
私たちもこのように子育てをしていたのは、まだついこの前のことだと思っていたのに、気がつくと、なんとこの老夫婦の方が自分たちに年が近いではありませんか。
ああ、そうか。もう時間の問題なんだ…。


ラブの姿は、まさに明日のわが身です。
でも、歳を取ること、そしてやがて死を迎えることは、人間に限らずすべての生き物の宿命であり、これ自体を変えることはだれにもできません。


ならば、これからの人生をいかに生きるかが問題になってきます。
昔、恐れていた死の問題は、すでに解決できています(「天国よいとこ一度はおいで」)。
そして、私にはお手本にすべき素晴らしい先輩、西村先生がいます(「使用前、使用後」)。この方のように、素敵な老い方をしたいといつも願っています。


悔いのないよう、輝きながら、幸せに、有意義に、そして健康に、人生、最後の最後まで精一杯生きようと、ラブを見ていて、そして森光子さんの訃報に触れて、改めて決意した次第です。


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クラシックコンサート

2012.11.12日

先日、東京・サントリーホールで行われたクラシックコンサートに行ってきました。


concert.JPG
(演奏が始まる直前のサントリーホール)


ウラディーミル・フェドセーエフ指揮によるチャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラの演奏でした。
総勢100名を超えるフルオーケストラは圧巻で、舞台近くのS席に身をうずめ、聴き入りました。
空気が震えて肌に直接伝わってくる感覚は、当たり前のことですが、CDやテレビで見るコンサートとは天と地ほど違い、大満足のいくものでした。


指揮者フェドセーエフは、どう見ても80歳とは思えない軽々とした身のこなしようで、全身を前後左右に揺さぶる名指揮ぶりで観客を魅了し、1曲終わるごとに割れんばかりの拍手と「ブラボー」という声援に包まれていました。


予定されていた全曲の演奏が終わるとおなじみのアンコールです。
指揮者は舞台袖に何度も下がっては舞台中央の指揮台に戻り、丁寧にお辞儀し、楽団員に向かって手を上げて褒め称えます。その都度大声援と拍手の渦です。


アンコールは「くるみ割り人形」から「アラビアの踊り」と「白鳥の湖」から「四羽の白鳥の踊り」の2曲ありましたが、指揮者が舞台袖に下がっている間に、ちゃんと次に演奏する曲に合わせたハープやその他の楽器を持った演奏者が舞台に現れ準備をしています。いわば、仕組まれたアンコールですが、それがわかっていても、観客は拍手と声援を惜しみません。
すべての演奏が終った時、観客は総立ちで耳が痛くなるほどの「ウォー」という地響きのような大歓声といつまでも鳴りやまない拍手でした(実際、拍手し続けた私の両手は真っ赤になり、痛くなっていました)。


フェドセーエフの見事な指揮を見ていて、私は中学校の音楽会を思い出していました。
中1の時は、学級委員を務めていた優秀で真面目のお手本のようなK君の指揮でした。
3拍子の曲でしたが、両手を上に上げてまっすぐ下に振り下ろし、左右に開いたあと元の位置に戻す、あの教科書に載っている直角三角形を描くタクトの振り方です。
直立不動でまっすぐ前を見て、機械的に両手を振る指揮にみんな大笑いでした。


それに対して中3の時の私のクラスの指揮者は吹奏楽部でトロンボーンを演奏している、いわばセミプロのようなG君です。
目をつぶり、体を揺すりながら、時には激しく、時には優しく両手を自在に操り、各楽器のパート演奏の時にはそちらの方にタクトを向けて繊細に動かします。
素人離れしたその指揮ぶりはまるでフェドセーエフばりでした。
優勝したのは言うまでもありません。
胸がジーンと熱くなる中学の時の甘美な思い出です。


話は上のチャイコフスキーのコンサートに戻ります。
途中の休憩時間から席に帰ると、隣の席の親子連れの方が、
「舟田先生ですか?」。
私は意表を突かれてドギマギ。
(こんなところに知っている人などいるわけない…)
すると、
「小島です」。
「えっ!? あの小島昭彦さんの奥様ですか?」
3年半前のブログに登場した、中央大学時代の教え子です。(「心身の休息とエネルギー充電」


今回のコンサートチケットも小島さんにお世話になっていたのですが、奥様と息子さんが隣の席にいらっしゃるという、心憎いばかりの演出に私は感動で胸が震えました。


話を聞くと、息子さんはもう中学1年生とのこと。
年賀状に写真入りで息子さんの誕生を知らせてくださったのは、何と13年も前!
幸い、非常に印象的なお名前だったのではっきりと覚えていて、
「◯◯君ですか?」
と尋ね、ここから勉強のことや部活のことなど話が弾みました。
お父さんに似て、とてもハンサムで聡明そうな好青年(少年?)でした。


コンサート終了後、ご一緒にお茶でも、と言おうとしたら、主人が車で迎えに来るので、よろしかったらご一緒に、と逆にお誘いを受けて、お言葉に甘えさせていただくことになりました。


車の中で小島さんとお話ししていると、中央大学時代の懐かしい思い出が鮮やかによみがえってきました。
卒業後、高校の英語教師になられた小島さんもいつの間にかもう50歳。
学校では進路指導を担当するベテランです。


盛り上がっている話に夢中になっていると、あっという間に我が家の前に着いていました。
お住まいの藤沢を越えて、わざわざ平塚まで送ってくださり、大変恐縮しました。
小島さんの粋な計らいで、素晴らしいコンサートだけでなく、思いもかけないご家族との楽しい交わりのひと時まで与えられ、心から感謝しました。
おかげさまで、心身ともにリフレッシュすることができました。
小島さん、本当にありがとうございました。


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リラグゼーション

2012.11.07日

睡眠不足に加え、副交感神経よりも交感神経が優位になって、心身が常に緊張状態にあるというのが私の抱える健康問題のもう一つの原因のようです。
そのため最近は、塾の先生たちや家族の協力を得て、できる限り仕事を減らし、心身をリラックスさせるようにしています。


海岸へ行って海を眺めながらぼけっとしたり、日帰り温泉に行ったり、好きなクラシックコンサートに行ったりしていますが、これらは効果抜群で、本当にリラックスできます。
まだまだですが、きっと徐々に改善していくものと期待しています。今しばらくは忍耐の時です。
ここ数日、肌寒い日が続いたのですが、今日は久しぶりの晴天に恵まれ、海まで散歩しましたが、ちょっと汗ばむほどで、とても気持ち良かったです。

oiso.JPG


さて、今日のブログタイトルの「リラグゼーション」ですが、「リラックスすること」という意味で、すっかり日本語として定着し、あちらこちらでよく見かけます。
「リラクゼーション」と書いてあるものもあります。
二つの違いにお気づきになりましたか?
一つは「リラグゼーション」で、もう一つは「リラクゼーション」、「ク」に点点がついている(濁音)かどうかの違いです。


ところが、当たり前のように使われ、すっかり日本語の中で市民権を得たこれら二つの言葉は両方とも間違っています。
正しくは「リラクセーション」(発音上さらに正確には「リラクセイション」)で、クもセも濁音ではなく清音です。
もともと relax(リラックス) という動詞に名詞語尾の tion(ション)がついてできた言葉なので、グとかゼのように濁音になるわけないのです。
しかし、「リラグゼーション」や「リラクゼーション」を見慣れてしまうと、正しい「リラクセーション」がかえって変に見えてくるから不思議です。


似たような誤った外来語はほかにもたくさんあります。
よく見かける「アボガド」は「アボカド」(正確にはアボカード)です。英名のスペリング avocado を見ればすぐにわかることです。
あと、フルーツの「キューイ」もそうです。
kiwi ですから「キーウィ」としか発音のしようがありません。これは、「キューリ」の発音に影響されたのかもしれません。
アボカドもキーウィも大好きなのですが、「アボガド」とか「キューイ」と書いてあるのを見ると、食欲減退してしまいます。


話はちょっとそれますが、小学1年生で学ぶひらがなの長音表記の問題を取り上げてみたいと思います。
上の「リラクセーション」や「キーウィ」のような長音(伸ばす音)は、「りらくせーしょん」や「きーうぃ」とは書かずに「りらくせえしょん」や「きいうぃ」のように書くのをご存じでしたか?
「カード」は「かあど」、「ケーキ」は「けえき」、「ボール」は「ぼうる」と書いて伸ばし棒を使いません。
私はこれにも非常に違和感を覚えます。このような表記法に何らかの利点や意味があるのでしょうか。
カタカナを習うようになって長音に伸ばし棒を使うのであれば、初めからひらがなでも同じ長音の表記法を教えた方が混乱がなくていいのに、と思います。


おそらくほとんどの人は、「リラグゼーション」でも「リラクセーション」でも、「りらくせーしょん」でも「りらくせえしょん」でも、どうだっていいじゃないかと思われるのでしょうが、言語学を専門にしてきた私にとって、これらは看過できない大問題です。
濁音がいっぱい入った「リラグゼーション」では、私はリラックスできないのです。


しかし、自分でどうすることもできないこのような問題にも気を使っていて、これがまたストレスになり、自分を苦しめているのだ、と客観的に自分を見ることができるようになったのは、一歩前進かもしれません。


皆さんは「リラクセーション」第一に、健康には十二分に留意し、人生をエンジョイされますように。


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睡眠不足

2012.11.05日

先日、「藤本義一さん逝く」という記事を書きましたが、その時のひとつのエピソードを昨日思い出しました。
それは、「セリフを忘れた!」の中に書いた東芝日曜劇場『風圧』のリハーサルの時のことです。


藤本義一さんによる脚本は秀逸で、ハラハラドキドキするようなストーリーだったのですが、それに負けず劣らずすごかったのが、俳優たちの鬼気迫る演技でした。
私はそれまでにいくつかのドラマに出演していましたが、このドラマはただものではないと幼心ながら直感しました。
台本の読み合わせのあと、舞台リハーサルでそれをまざまざと見せつけられました。


嵐の深夜、強盗殺人犯が刑事宅に押し入るのですが、この時幼い私はもちろん寝ています。
布団の中で寝ているはずの私ですが、周りの俳優たちの演技にただならぬものを感じ、興奮して寝ていられず目を開けて、しっかりとみんなの演技を見ていたのです。


休憩時間になった時、付き添いの劇団マネージャーに呼び寄せられ、こっぴどく叱られました。
「台本には何て書いてある?
ケン(私のこと)はずっと寝てるんだろ?何で起きて見てたんだ!?」
そして、私が目覚めるシーンまで台本の1ページ1ページに赤鉛筆で大きく書きました。
「ケン、ねる!」


このことがきっと尾を引いて、次のコニカのCMでセリフを忘れるという大ポカをしでかしてしまったのだ、と今になってわかりました(「セリフを忘れた!」)。


私はこのころから興奮すると寝られなくなるという癖が身についたのかもしれません(笑)。
今の健康不良の一因は睡眠不足にあるのではないかと思っています。
これは前立腺肥大によるもので、夜中、2時間置きに2〜3回トイレに行くために目覚め、下手をするとそのあと1〜2時間眠れないこともあります。明け方の5時ぐらいにトイレに起きると、そのあとずっと眠れないこともしょっちゅうです。
眠ろうと思えば思うほど眠れず、結局頭の中でいろいろと考え事をしてしまします。
医師によると、これでも症状は改善してきているということです。確かに、ひどい時は、それこそ1時間置きに4〜5回起きることもありました。


前立腺肥大で夜中に何度も起きるのも、明け方に目覚めるともう眠れないというのも、典型的な老人病だそうで、自分ではまだまだ若いつもりでいるのですが、いつの間にか老人の仲間入りをしてしまったようです。
(^^;; (大汗)


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藤本義一さん逝く

2012.11.01日

藤本義一さんの出世作、小説『ちりめんじゃこ』はスリの話である。主人公にはモデルがいた。その人が刑務所で肝臓を患ったと聞き、藤本さんは見舞金を送った。
◆礼状が来た。文面に、〈私も務めを果たして真人間になりますから、どうぞ藤本先生も真人間になってください〉。藤本さんがある対談で回想している。おそらくは取材を受ける過程でスリ氏は、その人に同胞にも似た親しみを感じていたのだろう。
◆藤本さんはかつて本紙の取材に、「人生は石ころ」と語っている。転がって人生をつくる。斜面だと転がり落ちる。石ころの人生、優しさを欠いてはいけない。「みんな死ぬためではなく、生きるために生きているんだから」と。
◆スリ氏に伝わったのも、その優しさだろう。人生通、世間通の作家として、タレントとして活躍し、ダンディーな容姿と歯切れのいい語り口でも親しまれた藤本さんが79歳で亡くなった。
◆思春期の遠い昔、藤本さんの『11PM』で“大人の世界”をのぞき見ては胸をドキドキさせた一人である。課外授業でお世話になった恩師の訃報に接したような、なんだかそんな気がする。

(読売新聞11月1日付 「編集手帳」より)


fujimoto.jpg

藤本義一さんが一昨日がんで亡くなりました。79歳でした。
実は、私も子役のタレントとして藤本義一さんのお世話になったことがあります。
出演させていただいた、東芝日曜劇場『風圧』の脚本が藤本義一さんによるものでした。もちろん、当時10歳の私にはそんなこと知る由もなく、後に知ったことですが。


『風圧』は、サスペンスドラマで、52年も経つのにそのあらすじをいまだにはっきり覚えています。
ある嵐の夜、一人の刑事の家に強盗殺人犯が包丁を持って押し入り、家族を人質に取ります。
寝ていた子どもの私はこの出来事に目覚め、怖れて泣き叫びます。
このあと、私の父役である刑事が犯人を家から逃がしてしまい、責任を問われ、周囲の批判の目という風圧に耐えながら、死にものぐるいで犯人を追うというストーリーです。
犯人役、そして刑事役の俳優たちはみんな迫真の演技を見せ、私はただただ圧倒されていました。
当時の藤本義一さんはデビューして3年目、27歳の新鋭脚本家でした。
その後、才覚を現し、放送作家としてだけでなく、小説家、詩人、エッセイスト、TVパーソナリティ、キャスター、コメンテーター、評論家など幅広く活躍され、『鬼の詩』では直木賞も受賞していらっしゃいます。


私が高校生から大学生のころは、当時としては奇抜で斬新なTV番組だった『11PM』のクールなキャスターとして名を上げ、冒頭の編集手帳の筆者同様、好奇心のかたまりだった思春期の私はこの番組にはまり込み、藤本義一さんからいろいろ「社会勉強」をさせていただいたものでした。


幼いころから長い間、陰ながら本当にお世話になり、ありがとうございました。
安らかにお休みください。


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