学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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欠けているのは愛

2012.10.26日

NHKの連続テレビ小説「純と愛」の中で2週間ほど前、面白いシーンがありました。
主人公の純がいろいろな人に善意で親切をしようとするのですが、何をしてもうまくいかず裏目に出てしまい、失望落胆してしまいます。
その時、彼女の良き理解者であるホテルの社長が言います。
「君には一つ欠けていることがある。それは…、まあいいや」
「いえ、いえ、よくないです。教えてください。私に何が欠けているかを」と純は食い下がります。
これに対して社長は、
「君に欠けているのは愛だ」と答えます。
純はこの言葉を聞いて、愛とは「愛ちゃん」のことと受け止め、この時から彼女は真剣に愛ちゃんのことを思い始めます。


このNHKの人気連続ドラマ、10月1日から始まったばかりで、まだこれからストーリーが展開していくのですが、主人公の純と愛という名前からして今後の展開にある程度の想像はつきます。
前々回の「カーネーション」(「岸和田だんじり祭と京都祇園祭」ほか)同様、出演者の演技も、また演出も実にうまく、これからが楽しみです。


さて、冒頭の「愛が欠けている」の言葉ですが、私はこれを聞いた瞬間はっとしました。
これまでこのブログに何度も書いてきた『ザ・パワー』(「目が開かれた!」ほか)の中で著者ロンダ・バーンがそれとそっくりのことを言っているのです。


「あなたの感情も人生の他のものと同様、肯定的にも否定的にもなります。つまり、あなたは良い感情か悪い感情のどちらかを抱いています。素晴らしい感情は全て愛から生まれています!逆に、否定的な感情は全て愛情不足から生まれています。あなたが歓びに満ちて良い気分でいる時には愛を放出しています。そして、沢山の愛を与える程、より多くの愛を受け取るのです。
絶望して気分が落ち込んだ時は、否定的なものをたくさん出しています。あなたが否定的なものを出せば出す程、否定的なものが返ってきます。否定的な感情を抱くと気分が悪くなる理由は、否定的な感情の中には肯定的な力である愛がないからです!
愛は人が感じることができる最高のものです。
これに、感謝、歓び、情熱、興奮、熱意、希望、満足が続きます。これらは良い感情です。
これに対して悪い感情は、退屈、苛立ち、落胆、心配、批判、怒り、敵意、羨望、罪悪感、絶望、恐怖と続きます」 (『ザ・パワー』p.55、およびThe Secret: The Power (Audio CD) より)


かつて私が毎日、頻繁に実感していた感謝、歓び、情熱、興奮、熱意、希望、満足などの良い感情が、最近では退屈、苛立ち、落胆、心配、批判、怒り、敵意、羨望、罪悪感、絶望、恐怖などという悪い感情に負けてしまっているのです。
これは取りも直さず、私自身の愛の欠如によるものだと、「純と愛」の上のシーンを見ていて深く示されたのです。


これまで私はそれを体調不良のせいにしていたのですが、考えてみれば、たとえ体調不良が原因だとしても、それを言っている間は、いつまでもこの「悪い感情」のサイクルから抜け出すことができないということに気づきました。
数日前、夜中一晩中、そして目覚めてからも一日中、例の吐き気に襲われ、これがきっかけでここ数日かなり体調を崩して落ち込んでいたのですが、今日、久しぶりに大磯の海岸まで歩いて行って、何時間も暖かい太陽の日差しを全身に浴びながら心地よい海風に吹かれていてようやく元気を取り戻すことができました。
それと、かなりしょぼくれていた私の隣に腰かけ、親切に声をかけてくださり、ご自分の身の上話などをして励ましてくださった見ず知らずの58歳の方にも心から感謝します。


とても大切なことに気づかせてくれた「純と愛」に心から感謝!


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ペンだこ消えて代わりに…

2012.10.20日

中学生のころ右手の中指にペンだこができているのに気づきました。そして、友達と見せあって、誰のが大きい、固いと言ってお互いに勉強の成果を自慢したものでした。
懐かしい思い出です。


数日前、親指の関節のところが妙にザラザラして引っかかりがあるので、見てみるとたこができていました。
大きく、固くなって、一部すでに皮が破れています。
何だろうと考えてみたら、それは掃除によるものだとわかりました。
去る9月24日のブログ「緊急提言」に書きましたが、妻が膝痛のため、この1か月あまり私が代わって塾の掃除をしていたのです。掃除機のパイプが当ってできた、ペンだこならぬ「掃除機だこ」でした。


そこで、冒頭の中指のペンだこを見てみたら、こちらはまるで後遺症のように形だけは残っていますが、すっかり柔らかくなっていました。
もう何十年とペンはほとんど握っていません。
一つにはワープロに始まりコンピュータを使うようになってペンを使う機会が減ったこと、もう一つは右手に軽い障がいを負って字があまり書けなくなったからです。
学生時代はかなり速いスピードで、しかも結構上手い字が書けたのですが、それも今は昔。


なるほど、使わないとどんどん退化していく。
一方、使えば使うほど強化されていく。
これは何にでも通じます。
身体も頭も、目、鼻、耳、舌、何でもそうです。


アザラシ肢症という先天性疾患で、生まれつき両腕・両脚がないニック・ブイチチさんは、唯一残された片方の足(その形からチキン手羽先と本人は呼んでいる)のつま先を使って、驚くような速さで携帯電話の小さな文字を入力し、またゴルフも釣りもウオータースライダーも楽しみ、講演旅行で世界中を飛び回っていらっしゃいます(「自分には◯◯できない」)。
普通の人だったら、自分には何もできないと言って、本当に何もしないところ、彼は不器用な身体を訓練して私たち以上に器用に使いこなしています。
きっと身体中あちらこちらにたこができていることでしょう。


身体にできたたこは、人目につかず隠れた存在ですが、ある意味オリンピックの金メダルのような名誉の勲章です。
皆さんの身体のどこかに、足の裏のたこのようなたこがあったら、恥ずかしいことと思わず、誇りに思いましょう。
そして、「ご苦労様!」と自分をねぎらってあげましょう。


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苦しいけれども楽しい

2012.10.17日

先日、陸上で世界最速の男、ウサイン・ボルトのインタビューの模様をテレビでやっていました。
長いインタビューの中で一番印象的だったのは、彼が「練習が楽しい」と繰り返し言っていたことです。


陸上の神様のような人物ですから、練習が楽しいと言うのは当たり前だ、と考えがちですが、彼はもともと足の速い選手ではなかったそうです。しかも、彼には背骨が曲がっていてまっすぐに走れないというハンデがあったのです。
それをボルトは練習で克服しました。しかも、その練習たるや並の量ではありません。
それこそ、死に物狂いの練習です。毎日、毎日、朝から晩まで走るのです。決して楽な練習ではありません。
しかし、彼はその練習を「楽しい」と言っています。


陸上などスポーツに限ったことではありません。
勉強でも、仕事でも、挙げ句の果てには遊びでさえ、本気でその道を極めようと思ったら、死に物狂いの練習が必要です。だらだらしていたのでは、遊びでさえ極めることはできません。


今、塾では中学生や小学生の三者面談をしています。
受験まで残されているのは3か月少し。
この3か月をどのように過ごすかで結果が決まります。
いえ、受験だけではありません。
今という時をどのように過ごすかは、将来を、人生そのものを決めます。
そして、その鍵は「練習量」です。


練習に費やす時間やエネルギー、情熱が、たとえどのような道であれ、成功と失敗の分かれ目となります。
そして、多くの場合、練習は大変なものです。
なぜなら、楽な練習でものにできることなどないからです。


しかし、BUT、大きな「しかし」です。
たとえ大変な、苦しい練習であっても、「楽しむ」ことは可能なのです。
ちょうど、冒頭のボルトがそうであるように。
いいえ、ボルトに限りません。
誰でも、自分の力を出し惜しみせずに、120%全力投球するなら、その練習は苦しみを超えて「楽しい」に変わります。


「そんなことあり得ない」と言う人は、まだそのような体験をしていないのです。
自ら体験せずに、「あり得ない」と言うのは間違っています。
世界中の数えきれない人たちが、この体験を通して自分の夢を実現させています。


私の場合、かつてその練習は勉強でしたが、今必要な練習は、健康作りのための食事や運動、精神療法などの「練習」です。
時々、健康作りのための練習でくじけそうになります。肉体的に、精神的にめげてしまいそうです。
でも、正直なところ苦しかった「勉強」という練習を若い頃楽しんでいたように、健康作りの練習を楽しもうと発想転換をすることにしました。今日から。


苦しい練習を楽しみましょう。先には栄冠が待ち受けています。


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女の子だから

2012.10.11日

今日、10月11日は「国際ガールズ・デー」だそうです。夕刊で初めて知りました。
夕刊1面の下にピンクの広告が載っていて、そこに
"Because I am a Girl(女の子だから)"
と書いてあるのを最初に見た時、意味がわかりませんでした。
よく見ると、その上に
「39% エチオピア15歳〜24歳の女性の識字率(男性62%)。男の子が学校に通う間、女の子は家事労働に従事」
「62% ニジェール15〜19歳の女の子の既婚率(男の子6%)。早すぎる結婚、妊娠で、教育の機会を奪われるだけではなく、命を落とすことも」
「2/3  サハラ砂漠以南のアフリカで10代HIV感染者のうち女の子の割合。教育を受けていない、貧困のため性産業に就くなどの理由から、感染の危険が高まります」
とあります。
これでようやく飲み込めました。


キャッチコピーの"Because I am a Girl(女の子だから)"の下には、
「それは、世界中のどんな国でも、絶望の言葉であってはならない。
10月11日は、国際ガールズ・デー。こんな日に、途上国の女の子たちの抱える現状を考えてみませんか」。
そして、www.plan-japan.org/girl/のアドレスがあったので、早速見てみました。


女の子だから、10代で結婚させられる。
女の子だから、学校に行かせてもらえない。
女の子だから、暴力をふるわれて文句も言えない。
女の子だから、生まれてさえこられないこともある。
女の子だから、泣きたいときに泣くことも、
笑いたいときに笑うことも、
怒りたいときに怒ることもできない。
女の子だから、恋することも知らずに一生を終える。
もしも、この文章が間違っているように感じたら、
この世界の間違いを、まずは知ってください。
Because I am a Girl(女の子だから)
その後に来る言葉は、
私たちの力で変えられる未来です。


読むにつれて心が痛くなってきました。
若い娘を持つひとりの父親として。
同じ年代の女の子たちを教える立場にある者として。
そして、ひとりの人間として。


私にできることは、これらの途上国の女の子たちのために祈ること。
そして、寄付すること。
上のホームページ上で簡単に寄付できました。
今、この記事を読んでいらっしゃる方で、私と同じように心に痛みを覚える方がありましたら、ぜひ協力してあげてください。
たとえ僅かな寄付でも、塵も積もれば山となり、世界を動かすことができます。


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ノーベル賞、受賞!

2012.10.09日

5年前のことです。
ある朝、いつものように起きて着替え、郵便受けに入っている朝刊を取ろうと思って玄関のドアを開けました。
家の周りは黒山の人だかりです。
何事かと思った瞬間、一斉にフラッシュがバチバチと大きな音を立ててたかれ、私はそのまぶしさに目がくらみました。
「おめでとうございます!」
「ノーベル平和賞、受賞おめでとうございます!」
私は何が何だかさっぱりわけが分からず、キョトンとしていました。
「受賞の感想を何かひとこと!」
えっ、まだ寝ぼけているのだろうか?
それともまだ夢の中だろうか?
あっ、わかった。これはきっと例のドッキリカメラだ!
と思った瞬間、目が覚めました。
夢だったのです。(当たり前のことですが...)
でも、あまりにもリアルな夢だったので、夢なのか本当なのかわからないぐらいで、私はしばらく夢の余韻を布団の中で味わっていました。
今朝、玄関のドアを開けて郵便受けから新聞を取ると、1面トップを飾っていたのはオバマ米大統領のノーベル平和賞授与決定の記事でした。
私は心からオバマ大統領に「おめでとうございます!」と言いました。
まるで自分のことのように嬉しかったです。(私が受賞できるわけないのですが)


と、この記事を書いたのは今からちょうど3年前のこと(「ノーベル平和賞、おめでとうございます!」)。
今朝の新聞1面トップを飾ったのは、山中伸弥・京都大教授のノーベル生理学・医学賞受賞の記事でした。
本当に喜ばしいことです。ノーベル賞受賞ということもさることながら、やはり将来の医療を一新するほどの大きな可能性が見えてきたという点が何よりも素晴らしいです。
病気やケガで傷んだ臓器や組織を、iPS細胞で作った細胞で置き換える「再生医療」も、もう夢物語ではないのです。


読売新聞1面の編集手帳には山中教授に関する面白い過去の出来事が紹介されていました。
「スポーツ選手を治療する整形外科の臨床医を志し、挫折している。うまくやれば20分の手術が2時間かかったというから、よほど不器用だったのだろう。邪魔で足手まといの“ジャマナカ”と、先輩医師からは残酷な異名までもらったという。臨床医になる夢にフられて研究医に転身し、iPS細胞(新型万能細胞)という途方もない“孝行息子”を人類の未来に産み落とした。〈人間万事 塞翁 ( さいおう ) が馬〉だからこそ、人生は面白い」


誰でも人生で、一度や二度ならず挫折を味わうものですが、それを肥やしに、バネにしてそこからどのように立ち直るかが人生の成功の鍵を握っています。


橋下徹大阪市長が、尖閣諸島、竹島、北方領土問題で国際司法裁判所に提訴して、判決の結果がどう出ようと関係国間で共同管理の取り決めをするという平和的解決を提案したところ、周囲から猛反対に遭い、四面楚歌だ、と1週間前の記事「近況報告、および国際問題についての提言」に書きました。


「人間万事塞翁が馬」。
山中教授じゃないですが、まだまだどうなるかわかりません。
日本と中国、韓国を戦争の危機から救う画期的な提案をし成功した、といって何年か先にノーベル平和賞受賞ということになるかもしれません。
ひょっとしたら、平和賞にノミネートされた橋下市長が、
「いや、あれはアカデミー学院の舟田学院長との共同提案です」なんて言って、共同受賞ということになったりして…なんて冒頭のような話は1000%あり得ませんが...。
橋下市長、くじけないでください。あなたがおっしゃっていることは正論です。


今日はいい天気に誘われて、ブラブラと往復1時間半かけて大磯の海岸まで散歩に行き、波が打ち寄せる音を聞きつつ、どこまでも水平に広がる平和な大海原を見て、徒然なるままに平和について考えました。


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近況報告、および国際問題についての提言

2012.10.04日

脂質異常、自律神経失調、前立腺肥大が私の抱える病いですが、いずれも少しずつ改善してきています。
食事療法とウォーキングで中性脂肪は激減し、体脂肪・内臓脂肪も大きく減りました。あとは善玉コレステロールHDLを増やし、悪玉コレステロールLDLの数値を下げることが課題です。
前立腺は手術を覚悟していたのですが、4か月間薬を服用して、大きさはほぼ普通になったことが今日、病院の検査の結果わかりました。あとは加齢にともなう抗利尿ホルモン分泌減少の問題だそうです。
自律神経のアンバランスは、現在できる限り仕事を減らし、リラックスすることにより対応しています。
皆さんのお祈りを感謝します。
「ゆっくり休んでください」というお言葉と同時に、「早くカムバックしてください」「せめて1週間に1回でも」というメールもいただき、とても励まされています。ありがとうございます。
この場を借りて改善のご報告をさせていただきます。
ということで、今後、このブログは調子の良い時、気が向いた時のみ書くことにします。


さて、9月30日の読売新聞に二つの興味深い記事が載っていました。
一つは1・2面の『地球を読む』シリーズ「中国・中東デモ 歪んだ自由 暴力正当化」。
寄稿者の山内昌之氏は、カイロ大客員教授、ハーバード大客員研究員、東大教授を歴任したバランスのとれた論客で、私はこの方とは波長が合うようで、いつも楽しみながら記事を読んでいます。


今回の論点は、今、中国で起きている尖閣諸島問題に発した反日運動と中東を中心に起きている反イスラム社会に対するデモが高じて暴力に至ったのにいくつかの共通点があるということです。
その一つは、市民の批判が外国の価値観や政策に向けられる限り、暴力や破壊さえ容認する「仕切られた自由」が存在することであるといいます。
私もこの見方にまったく同感で、奇しくも去る9月19日のブログ「物事の本質を見極める力」に似たようなことを述べました。


もう一つの記事は、大阪の橋下徹市長が竹島のみならず、尖閣諸島・北方領土も日本が自ら進んで国際司法裁判所(ICJ)に提訴すべきだと発言したというものです(同4面)。


実は、このことも私はずっと前から主張していることであって(「臭いものに蓋 結論」「日中韓ロの領土問題解決策」)、これまで政治家や文化人、学者、外交専門家などがなぜそのように言わないのか不思議だったぐらいです。
また、橋下市長は領土問題に決着をみた後に、漁業や海底資源の共同管理を提案していますが、これも私の主張とまったく同じです。


橋下市長はICJにかければ、尖閣諸島はもともと日本の領土だから、必ずそういう結論が出る、中国が提訴しないのは自分たちに勝ち目がないと思っているからだ、と言っています。
私はこの考えには首肯できません。裁判にかけるのは勝ち目があるから、ないから、という問題ではなく、公平中立な第三者機関であるICJに客観的に判断してもらうことが、お互いに納得いく唯一の平和的な解決法だ、というのが私の主張です。
現在のシステムでは、提訴された国が裁判に応じなければ裁判できないということで、これでは裁判への応訴を義務とする選択条項受諾宣言をしていず、かつ勝ち目のない国は絶対に裁判に出るわけなく、裁判の機能をまったく果たしていないことになります。


裁判の結果、尖閣諸島や竹島、あるいは北方領土が日本の領土ではない、という結論が出れば日本も素直にそれに従うという姿勢を見せなければなりません。そうでないと、どこの国もICJに応訴しなくなります。
みんな自国の領土だと主張しているのですから、いわば同じ土俵上にいるわけです。それを堂々とICJの場で主張すれば良いのです。
また、ICJの判決に拘束力がないとのことですが、地域紛争から大戦争まで全地球人の生命と安全を守るためには、各国の最高裁判所のように、ICJに絶対的な権限が与えられることが必要不可欠です。そうでなければ、ICJの存在意味がありません。


ところで、橋下徹市長の意見に賛成する人はほとんどいないようで、2チャンネルなどでは売国奴扱いされて非難ごうごうです。やはり、私のような素人が言うのと、政治家が言うのでは意味が全然違うようです。
国家間で紛争が起きるとにわかに国粋主義者が増えてナショナリズムが高まるのは世の常で、こういう時こそ私たちは冷静さを失わないよう注意しなければなりません。
そして、同じことを中国・韓国・ロシアにも求めたいものです。


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