学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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舟田式ひも勉強法 その5

2012.08.31日

閑話休題。
話を元に戻します。「舟田式ひも勉強法」の続きです。


「枝葉末節ではなく、根幹を大切に」と2回にわたって書いてきました。
それは、多くの人の勉強法が、個々バラバラの点のような事項をとりあえず試験のために覚えるというやり方に終始していて、肝心の全体像や流れ、すなわち、点と点がつながってひもとなって見えていないのです。
そして、そのようなやり方が勉強そのものだと思い込んでいるため、勉強がつまらないという結果になってしまっています。


生徒や学生の多くが普段の学びや復習を大切にせず、試験前になって慌てて試験に出そうなものを頭の中に無理やり詰め込んで暗記しています。
このような勉強法は非効率的なだけでなく、何も身につかないばかりか、勉強嫌いになるのがおちです。


勉強とは本来、未知のものを探求し、発見し、自らの糧にしていくというワクワクするような楽しいものです。
この楽しさを一旦味わうと「勉強にハマる?」ことだって十分に可能なのです。
それは、ただ単に個々バラバラの知識を暗記で頭に詰め込むという作業ではありません。
好きなこと、楽しいことは、暗記しようとして覚えるのではなく、自然と頭の中に入っていって、記憶として身につき、生涯役立つものです。ちょうど上の記事の中に登場した社会博士のN君のようなものです。


私の場合の英語も同様です。
私は英語を勉強としてとらえて、英単語を試験のために一生懸命暗記したとか、文法を覚えたという記憶がありません。
英語が好きで好きで仕方がなく、どんどんハマっていくうちに、自然と単語も発音もスペルも文法も読解もリスニングも身についていき、今では日々の生活の中のいたるところで英語を実際に使っています。
試験のために暗記中心で英語を勉強してきた人にはできないことです。
そして、これこそが本当の勉強の仕方だと確信しています。なぜなら、このような勉強法で身につけたことは試験が終わったからといって消えてなくなってしまったり、実際には役に立たないような知識とは根本的に異なるからです(「読み書きはできるが、英会話は...」)。


試験のための暗記を超えた本物の勉強は、ひものようにつながっています。たとえば、英語でいえば、上の単語も発音もスペルも文法も読解もリスニングも会話も全部つながっているのです。
ですから、当然の結果として英会話もできるし、外国人の友達を作ることも、本も読むことも、テレビや映画を観て理解することも、インターネットを活用して自分の欲しいものを手に入れることもできるのです。
試験のために勉強し、試験が終わったら忘れてしまうような勉強は、時間とお金とエネルギーの無駄です。


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閑話

2012.08.30日

「舟田式ひも勉強法」シリーズを4まで書いて、今日は「その5」の予定だったのですが、話がちょっと横道にそれます。
原稿はできているのですが、このブログの愛読者の方々に今日はどうしてもお伝えしたいことがあって。


久しぶりの丸一日の休日を藤沢のテラスモール湘南に出かけ、妻とお昼にご馳走を食べて、そのあと次男の正人に勧められていた茅ヶ崎の日帰り天然温泉「竜泉寺の湯」というところに行ってきました。

photo_fujiminoyu.jpg photo_denki.jpg

炭酸泉、ジェットバス、シェイプアップバス、電気風呂、シルク風呂、寝ころびの湯、座り湯、壺湯、富士見の岩湯、黄土サウナ、水風呂、岩盤浴と、全部試しました。2回、3回と回りました。
その中でもとくに私のお気に入りは、何と...水風呂でした。とくにサウナで汗を流したあとの水風呂は最高でした。
とてもリラックスでき、本当に心身ともにリフレッシュできました。


テラスモールで昼食が終わって書店にいた時、滋賀県に住む妹からメールが入りました。
「今、隆さんの病院に着いたところ。本人はリハビリ中だそうです。もしできたら少しでもskypeできるかな?」
「隆さん」というのはこのブログに何度も登場した中学・高校時代の親友K君のことです(「昨日はデート」「心と体は一体」)。
K君は去る5月に心筋梗塞と脳内出血を起こしました。
そして数日後に妹がK君の見舞いに行ってくれました(「ハラハラ、ドキドキ」)。
今日の大阪の病院へのお見舞いは、いわばその続編のようなものです。


電波の状態が良くなかったようで、skypeは残念ながらうまくつながらなかったのですが、電話でK君本人と少しの時間でしたが話すことができました。前回、妹が見舞いに行った時には、まだ頭もあまり回転せず、ろれつも回らなかったようでしたが、今日は思いのほかほとんど違和感を感じないほど、普通に話すことができ、私を驚かせました。
K君曰く、
「いやー、これはヤバイと思って自分で車を運転して病院に行って、受付の人に『急患です』って言ったら、医者が飛んできて、即手術になったよ」。
「いやー、君は本当に悪運の強い男だね」
としばらく会話したあと、彼が言いました。
「退院できたらもう一度富士山を見たいと思っている」
「富士山もいいけど、もうちょっと足を伸ばして平塚まで遊びにおいでよ。僕は今日、これから隣街の茅ヶ崎の温泉に行くんだけど、是非とも君をこの温泉に連れて行ってあげたい。だから早く良くなって遊びに来てね」
「うん、ありがとう。頑張るよ」
ということで、妹からの思わぬプレゼントにとても喜んだ次第です。
もう、今からK君がこちらに遊びに来てくれるのが楽しみです。


日本では昔から、温泉には心身をリフレッシュさせる力があると言われています。
今日、私がリフレッシュできたように、今度は何としてもK君に同じ喜びを味わわせてあげたいと、今からその日を首を長くして待っています。
「頑張れよ、隆さん!待ってるよ」


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舟田式ひも勉強法 その4

2012.08.29日

歴史の勉強においても同じです。
正しい勉強法は、歴史の流れ全体をまず把握して、それから個々の時代の文化や特徴、それからどの出来事が次にどの出来事につながったか、誰が影響を与えたか、という流れを知ることが大切なのですが、今の学校の勉強法や、試験はどうしても個々の出来事が重視されていて、大きな流れを把握していません。
それで、多くの生徒が「歴史は暗記だ」と言い、暗記ばかりしていて、そのため歴史の勉強がつまらなくなっています。
結局、すべてが点の出来事になっていて、ひもになってつながっていないため、歴史がわからないし、面白くないのです。歴史の学びの醍醐味をまったく知らないままほとんどの生徒が終わっています。
これは実にもったいないこと。


しかし、考えてみたら、歴史に限らず、日本ではほとんどの勉強がこのように枝葉末節にとらわれて、一番肝心な「何が」「なぜ」「どのように」「どうなったか」という流れが見えていません。
これがわからないから、みんな勉強の楽しさを知らないまま、つまらない、嫌いだと言っているのです。


これに比べて、「アメリカ滞在1日目(パート2)」に書いたアメリカの高校での歴史の授業は実に生き生きしていて、生徒全員を授業の中に引き込んで、みんなが積極的に参加し、楽しむ授業を行っていて、本当に羨ましく思いました。
勉強は本来、試験が目的でするものではありません。
日本でも、試験から離れたこのような授業が行われるようになることを切に願うものです。ちょうど「灘校教師の名物授業」のように。


小学校での算数の授業で取り扱う「速さと時間と距離」の問題もそうです。
あまりにも安易に「き・は・じ」の公式を教え、ただ機械的に問題を解けるようになることだけに終始しています(「教育哲学」)。
ですから、実生活の中で、この概念がまったく活用できないままで終わっています。
これではまったく意味がありません。


この項、さらに明日に続きます。


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舟田式ひも勉強法 その3

2012.08.28日

今日のシリーズ第3回から本論に入っていきます。


 6. 何を勉強するにしても、枝葉末節にとらわれず、根幹から入る
多くの人の勉強法は、細かいことばかり覚えようとして、肝心な中心が見えていません。
よく、「歴史は暗記だ」「理科は暗記だ」という言葉を聞きますが、歴史に限らず数学が暗記と言う人もいますし、中には国語や英語も暗記だと言う人すらいます。
そして、面白いことに、「◯◯は暗記だ」と言う人に限って、その教科が苦手です。逆に、得意な人に「◯◯は暗記じゃないんですか?」と尋ねると、「とんでもない。暗記なんてしたことありません。ちゃんと理屈があります。理屈をしっかりと理解すれば、自然と覚えられて、誰でも必ずできるようになります」という答えが返ってきます。
中には暗記が得意な人がいます。そのような人は確かに試験である程度点数は取れるのですが、根幹を理解していないため肝心要のことができません。これは「得意」とは言いません。
自分は文系だから数学や理科は苦手とか、理系だから英語や社会、国語は苦手、と言う人がとても多いですが、これも思い込みです。正しい勉強法を知らないだけのことです。
現に、理系でありながら文系科目が得意な人やその逆の人もたくさんいます。そして、理系、文系両方とも苦手な人もいくらでもいます。このような人は、まずほとんどのケース、その場限りの暗記に頼った枝葉末節の勉強をしていて、根幹をまったく理解していません。


たとえば、昔、うちの塾で講師をしていたある理系の先生は、かつて神奈川県で実施されていたア・テスト(アチーブメントテスト)で、通っていた中学校で歴代1位という立派な記録の持ち主です。彼はどの教科もまんべんなく点数が取れる人で、どの教科でも教えることができました。
ところが、この人はいつも「英語は暗記だ」と言っていました。
確かに暗記で、学校のテストや入試ではかなりの高得点ができるのですが、根幹をしっかりと理解していないため、実力はありませんでした。実際に英語の専門書を読むとか、テレビなどで英語を聞いて理解することなどまったくできず、ただ単に学校のテストができるというだけだったのです。
同様に、試験範囲が決まっている学校の中間・期末テストなどでは高得点でき、内申点もいいけど、実力テストや模擬試験になると偏差値が低いという生徒も同じような勉強法をしているため、本当の実力が伴っていません。


つい先日、Facebookで面白い画像に出くわしました。


engrish.jpg


この画像の出処は明らかではありませんが、おそらく日本国内のどこかで実際に使われているものでしょう。
You must not enter. というのはかなり高度な英語です。普通だったら Do not enter. と書くところです。
この看板を作った人の英語の知識は普通以上だと思います。
しかし、一番大切な最初の Because you are dangerous, の部分で、これを書いた人が英語の基本をきちんと理解していないことがわかります。
蛇足ですが、これだと「あなたは危険なので」という意味になり、まったくナンセンスというか、ユーモアのセンスがあるのかわかりませんが、トンチンカンな英文です。
しかし、アメリカなどで普通使われている「危険。立ち入り禁止」の看板には You must not enter. とは書いてなく、ごく普通の Do not enter. で、たとえば次のようなものです。


danger-do-not-enter-md.png


上の看板を書いた人も、英語の根幹である主語+動詞の形をきちんと理解さえしていれば、決して Because you are dangerous, のような変な英文は書かなかったことでしょう。
日本では、このようなとんちんかんな英文をTシャツを始めあちらこちらでよく見かけますが、まさに日本の教育の欠陥を如実に物語っています。
実際のところ、英語が苦手という人はまず例外なく、英語の基本中の基本である S+V, S+V+C , S+V+O , S+V+O+O , S+V+O+C という基本5文型を理解していませんし、また自動詞と他動詞の区別もわかっていません。
これを教えようとすると、「だから英語は暗記で苦手なんだ」と言う人がいますが、同じ人がサッカーやバスケットなどの細かいルールや試合運びなどは暗記でなく、しっかりと覚えています。
同じことです。暗記じゃないのです。基本は理解して身につけるものです。
英語が苦手と言う人に、この基本をしっかりと教えていくと、みるみる力がついていくというケースをこれまでいくつも見てきています。基本がわかるようになると、次から次へとつながってひものようになっていくのです。ちょうど「芋づる式」のような感じです。


この項、次回に続きます。


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舟田式ひも勉強法 その2

2012.08.27日

昨日の「舟田式ひも勉強法 その1」では真の勉強法のバックボーンとなるべき基本中の基本についてお話ししました。
それは、「勉強する目的」が豊かな人生を送るためであるということ、そして「勉強にはすべて原因・結果があってひものようにつながっている」ということを知っておくことです。
今日はシリーズの第2回。


 3. 健康な生活を送る
健康的な食生活、適度な運動、良質な睡眠、良好な人間関係を築くことは、上の2点に劣らず大切なことです。
食事が貧弱だと脳に十分な栄養が行き渡りません。適度な運動がないと脳に酸素が行きません。時間ではなく良質な睡眠が取れていないと脳はいつも半分眠った状態です。人間関係がうまくいっていないと、心がそれに煩わされて効率的な勉強などできるわけありません。
つまり、これらは勉強の準備運動のようなものです。
これも「原因と結果の法則」につながっています。準備運動なしにどんなスポーツでも最高の結果を出すことなど絶対にできません。勉強も同じです。
普段から食事、運動、睡眠、人間関係をきちんとしている人は、勉強においても好結果を出すことができます。


 4. 積極思考、楽天的な生き方、リラックスすることが大切
「自分はできない」「頭が悪い」「何をやってもうまくいかない」「親を見ていて夢が持てない」などと否定的・消極的な考え方をしていたら、これらは当然のことのように自己実現してしまいます。
つまり、自分で自分を「できない」「だめな人間だ」と洗脳しているから、自分でもそのように信じてしまうのです。
生徒を教えていて気づくことは、できる生徒はたとえ今の状態がどうであっても自分の可能性を信じていて、逆にできない生徒は「自分は頭が悪いからできるようになるわけない」と決めつけているということです。
自分の可能性に目覚めると、小さな点と点がつながっていき、ひもとなり、やがて道はどんどん開かれていきます。(「人生は出会いで決まる」
楽天的な考え方、生き方をしていると脳細胞は活性化され、シナプスがつながっていきます。そして、これが勉強において大きな役割を果たします。
「笑う門に福来る」は、古今東西、どこにおいても真理です。暗い顔をして、否定的な考え方をしていると、福は逃げていきます。
また、緊張は学習の敵です。頭や体が緊張していると、入ってくるものも入ってこなくなります。
リラックスするために、軽い音楽を聴くとか、体を動かすとか、自分に合った方法を見つけましょう。


 5. 自己責任を持つ
できない人に限って、自分の努力不足を棚に上げて、できない理由を他人のせいにします。親の遺伝や家庭環境、友人関係、学校の教師、さらには日本の政治や経済のせいにしたり、自分ができない理由をありとあらゆるところに見つけます。
できる人は、できないのは自分の努力が足りないからだと悟り、より一層の努力をすることを惜しみません。ですから、ますます伸びます。
これも線になってつながっていきます。


勉強ができるようになるには、必ずそれなりの理由があります。そして、それはほとんどのケース、自分の意志と行動で変えていくことができるものばかりです。
自分が変えなければ、当然のことながら何も変わるわけありません。
誰でも、たとえ何歳からでも、どのような状況の中からでも、変わっていくことができます。
自分の意思一つで、頭は必ず良くなり、勉強もよくできるようになります。
そして、勉強ができるようになると、人生は変わっていきます。これもひもです。


今日は下準備や心構えを中心にお話ししました。
この「舟田式ひも勉強法」シリーズは明日に続きます。
明日からは、さらに具体的な方法についてお話ししていきます。乞うご期待。


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舟田式ひも勉強法 その1

2012.08.26日

以前、このブログに「新超ひも理論」という記事を書きました。
それに先立って5回にわたって「ひもシリーズ」を書きました(「勉強のひも」「灘校教師の名物授業」「生活の中に潜む数学」「英語ができるようになるには」「ある日、突然!」)。
ブログ愛読書のひとりで、私の小学校時代からの友人の和田君が、これらの記事を読んですぐに次のようなメールをくれました。


「舟田君へ
いつもブログを楽しんでおります。
今日、メールしたのは『舟田式教育ひも理論』についてです。
私は、文章を書くのが苦手なので伝えたいことを箇条書きにします。
●舟田君の教育方法を体系づけてほしい。
●不完全でも名前を付けるべきだ。
たとえば、「舟田式ひも勉強法」
●ウィリアム・グラッサー博士の「選択理論」にもとづいたものを具体的に教育現場で活用した例。(舟田式)
もちろん、体調やお互い年のことも気になることですが、私にとってはそんなこと忘れてしまうくらい、面白いこと、意味のあることなんです」


このメールを受け取ったのはちょうど3か月前の5月のこと。以来、ずっと気になりながら、日々の生活に追われて、なかなか落ち着いて書くことができませんでした。
ところが、今朝、目覚めてすぐに、というか潜在意識の中に常にあったものが、突如スラスラと出てきました。忘れないうちにこれを書きとめようと決意し、早速記事にすることにしました。
和田君、長いことお待たせしました。


和田君の提案に従って「舟田式ひも勉強法」と名付けました(最初は「舟田式 勉強ひも理論」を考えていたのですが、和田君がつけてくれた名前の方がすっきりしていてわかりやすいと思い、これを採用しました)。
これこそまさに「ザ・勉強法」だと確信しています。
この方法で勉強をやっていったら、誰でも必ず勉強が楽しくなり、学んだことが自然と身につき、その結果成績は上がり、行きたい学校に行け、しかも幸せな生涯を送ることができます。保証付きです。
実に、世界の各分野で成功している人は、まずほとんどのケース、このような勉強法をしていると思います。
それでは、「舟田式ひも勉強法」を以下に記します。
ただし長くなるので、また何回かに分け、シリーズにして書いていくことにします。
今日は序論のようなものです。


 1. まず、何よりも勉強の目的をはっきりさせること
  多くの人が、勉強に目的意識を持たずに、学校で、あるいは塾や予備校で、ただ与えられることを無意識に、ほとんど機械的に勉強しています。
また、「親に言われるから」「試験があるから」「受験のために」「就職のために」「資格のために」勉強しているとみんな思っていますが、これらも本当の勉強の目的ではありません。
これらを勉強の目的にすると、たとえば受験で合格という「目的」を達成してしまうと、もう勉強する意味がわからなくなってしまい、五月病になってしまったり、勉強の意欲を失ったり、バイトに明け暮れる生活をしてしまったりします。また、たとえ希望の会社に就職しても、何だこんなものか、と失望してしまってやる気をなくしてしまうこともよくあります(というか、どんな会社に就職してもほとんどそんなものです)。


「勉強の目的」とは、人生を豊かにするものです。この目的がわかっていないから、ほとんどの生徒や学生が強制的にやらされていると感じて、勉強はつまらない、嫌いだと思ってしまっているのです。
「自分の人生を豊かにするために勉強するのだ」ということがわかれば、勉強する意味がわかるようになり、やる気が出てきて楽しくなり、もはや全然苦痛でなくなります(「ありがた迷惑」)。
人から言われなくても、試験がなくても、資格のためでなくても勉強できるようになります。
当たり前のことのようですが、ここのところが日本の教育全般を見ていて欠落していると常々感じています。
実はこれも、子どもの頃からの勉強が一生の生活へとひもでつながっている、という意味において「ひも勉強法」の基本なのです。


 2. 勉強とは、個々バラバラのものではなく、すべてがつながっていて、意味がある
この点においても、日本の教育のやり方は非常にまずいです。
各教科間で有機的につながっていることをまったく示せていません。
ですから、生徒たちは無機質な、味気ない勉強を、意味がわからないまま、いやいややっているのです。
つまり、勉強の全体像が見えていないのです。
どんな勉強をする時にも通じることですが、すべてに原因・結果があり、私たちが現在見ていることは何かの結果です(「蒔いた種を刈り取る」)。
この「原因と結果」というひもでつながっていることが見えてくるだけでも、勉強はわかるようになってきて、がぜん面白くなってきます。


上に挙げた「勉強の目的」と「勉強の有機的なつながり」は、いわば木の幹のようなもの、身体の背骨、バックボーンです。このバックボーンがないから、多くの人の勉強は実を結ばないのです。
「舟田式ひも勉強法」の基礎の基礎、これがなければ始まらない、というのが上の2点です。
以下、具体的な「ひも勉強法」については、明日以降の記事でご紹介していきます。
ご期待ください。


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メンコとビー玉

2012.08.25日

小学6年生に教えている中高一貫校対策のテキストに次のような問題がありました。
「6年生全員で地域のお年寄りを招待して、昔遊びを教えてもらう交流会を開くことになりました。教えてもらう遊びは、こままわし・めんこ・おてだま・おはじき・けんだまの5種類を予定しています。
(中略)
そこで、みんなから必要な情報を聞き出すために、アンケート用紙を配ることになりました。アンケート用紙を下のわくの中に作りましょう」


このテキストは、ユニークな視点や発想、表現力を鍛えるもので、これまでにない新しい問題がたくさん載っています。
生徒たちにこれらの遊びについて聞いたところ、ほとんどの子がメンコは見たことがないということでした。一人だけおじいちゃんの家にあると答えました。メンコの遊び方を尋ねると、これはだいたいみんな勘で知っていました。
しかし、ビー玉はどのように遊ぶのかも知らないという答えがみんなの口から戻ってきました。
この子どもたちが今から60年、70年先、おじいちゃんやおばあちゃんになった時、昔遊びはメンコやビー玉などでなく、ゲーム機とかになっているのでしょうか。
「おじいちゃんが子どものころは、ニンテンドーDSとかPSPっていうゲーム機で遊んでいたものだよ。懐かしいなぁ...」なんて。


私が小学生のころは、それこそメンコとビー玉の全盛期でした。
来る日も来る日も毎日、メンコかビー玉のどちらか、あるいはチャンバラごっこをしたりして遊んでいました。
うちは当時、借家に住んでいて貧しいほうでお小遣いももらっていませんでした(「不景気なときの最高の投資」)。
それで、自分でメンコやビー玉を買うことができなかったので、友達にいくつか恵んでもらって、あとは実力勝負で買って貯めていくしか方法はありませんでした。
大げさな言い方をすると、生活がかかっていてどうしても負けるわけにはいかなかったので、技術を身につけるのに必死でした。ですから自然と強くなり、結構たくさん貯めることができました。
まさに「窮すれば通ず」です。


人間誰でも窮地に追い込まれると、不思議と道が開かれるものです。
しかも、そういう時は周りの人たちが助けの手を伸べてくれたりします(「渡る世間は鬼ばかり?」)。


と同時に、私たちのすぐ近くにも私たちの助けを必要としている人がいます。
神様がその人のためにあなたを近くに置いていらっしゃるのかもしれません。


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君子良きことに近寄るべし

2012.08.24日

日本特有の蒸し暑い夜が毎日続いていますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?


私はひと昔前までは、窓を開け放しで、それこそパンツ一枚で扇風機を回しながら一晩中七転八倒しながら寝ていました。
しかし、十数年ぐらい前からでしょうか、きちんと長袖のパジャマを着て、暑くない程度に弱いエアコンをかけっぱなしにして寝るようになりました。
下手して一晩中眠れないと、翌日の仕事に差し支えるからです。
蒸し暑くなり始める梅雨入りの頃から始め、秋口の涼しくなる頃までずっと一晩中エアコンをつけっぱなしにします。
もうこれがないと正直眠れません。果たして贅沢なことなのか、あるいは今どき誰でもやっている当たり前のことなのか、私にはわかりません。


エアコンに限ったことではありません。
人は一度味を知ってしまうと、もう元には戻れなくなってしまうものです。
美味しいものを食べ始めると、もうまずいものには戻れません。


今回のロサンゼルス訪問中、何泊もお世話になった昔からの友人の大河さんは、子どもの頃から物を作るのが好きだったそうです。
広い庭のある家を、何年か前にロサンゼルス郊外の静かな住宅地に見つけてお買いになりました。
一面芝生が敷き詰められていた庭に、ご自分でジャクジーや植物棚、花壇などを造って改造されました。


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植物棚はしっかりとした造りで、4本の支柱のレベルの誤差は1センチだそうで、これは玄人の仕事以上ということです。
ジャクジーも本格的なもので、1メートルほどの深さの穴を掘り、そこに土台となるコンクリートを2トン入れたと言います。しかも、そのコンクリートを作るためにコンクリートミキサーまで購入したとのこと。
ここまでくるともうプロ顔負けです。


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大河さんの場合もそうですが、何でもやり始めると面白くて止まらなくなり、腕もどんどん上がっていきます。


ロサンゼルスに着いた翌日、訪問した高校(「アメリカ滞在1日目(パート2)」)で見学させていただいた歴史のクラスを教える教師は、家庭菜園に凝って、自宅の広い庭を全部菜園に変えてしまって何種類もの野菜類を作っていると言って、その写真を見せてくださいました。
これも本格的です。


ロサンゼルス郊外の街に住んでいらっしゃるAbeさんは、ご自宅の庭にブドウ園を持っておられ、大量の無農薬マスカットや巨峰が食べ放題で、椅子に腰かけて本を読みながら賞味されるそうです。
ああ、羨ましい!


abe.jpg 


これらは、ある意味どれも趣味と実益を兼ねた、いわゆる「いい習慣」です。これをスポーツや勉強、趣味、仕事、人間関係を築くことなどにうまく活用すると「有益な中毒!?」にもなり得ます。
一度味を知ると、もう元には戻れなくなるのです。


しかし、これに対してたとえばパチンコや賭け事、タバコ、ドラッグ、はたまた不倫などは、非常に「危険な中毒」になる可能性が高いです。


「君子危うきに近寄らず」と言いますが、さらに一歩進んで、
「君子良きことに近寄るべし」
を日々の生活の中で実践していくと、私たちは間違いなく豊かで、有意義かつ幸せな人生を送れます。


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ツクツクボウシ

2012.08.23日

一昨日、昨日、今日と、夕方に散歩に出かけました。久しぶりのことです。
最近はずっと暑い日が続き、散歩どころではなかったのですが、日が落ちるとずいぶん涼しくなってきました。(ロサンゼルスの涼しさにはかないませんが)
それに、1週間ほど前からまた何度か吐き気に襲われ、ここしばらく調子が悪かったので散歩には出かけていませんでした。


しかし、数日前に「真似されてこそ本物!」という記事を書いたところ、その中に登場した和菓子屋さんの隣町に住む妹が早速、美味しい最中や栗饅頭などの和菓子の詰め合わせを贈ってきてくれて、それをデザートにいただくと少し元気が出てきたのです。


いつもの散歩コースを歩きました。金目川沿いのサイクリングロードです。
桜並木道では夏の最後を惜しむかのように、セミが声の限り鳴いていました。
アブラゼミやヒグラシに混ざって、それに負けじと、ツクツクボウシが耳をつんざくような大きな声で鳴いていました。
一句できました。


夕暮れに
ツクツクボウシ
大合唱


セミといえば、今から40年近く前、アメリカに留学してすぐに大の仲良しになったポールのことを思い出しました(「英語がうまくなりたかったら」)。
ポールは高校生の時、日本に短期留学したのですが、それがきっかけで日本が大好きになり、大学卒業後はロサンゼルスにある日系企業に就職しました。
この夏、ロサンゼルスに行った時、彼にも会いたいと思い、Facebookなどで調べたのですが、何しろ英語の名前でポール・ケリーなんてあまりにもありふれていて、同姓同名は五万といます。
彼の住んでいた街や大学名などキーワード検索もかけたのですが、見つけることができませんでした。
そのポールが日本で経験した一番恐ろしかったことは、夜、二階の自分の部屋に戻ったところ、部屋の中にセミがいたということ。
「えっ?どうして?セミなんて可愛いものじゃない」
「冗談じゃない!あれは化け物だ。あんなグロテスクで恐ろしい生物を見たことは人生で一度もない」とポール。
日本では、セミは生活の一部になっていて、日本人ならほとんどがセミに愛着があり、化け物など、考えも及びません。
ミンミンゼミ、アブラゼミ、ツクツクボウシ、クマゼミ、ヒグラシ、ニイニイゼミ等など、種類も鳴き声も違いが分かるのですが、英語にはそのような区別はなく、ただ cicada (シケイダ)というだけです。(セミに言わせれば、それこそ「失敬だっ!」)
また、それぞれのセミの鳴き声も、アメリカ人の耳には日本のように「ミーン、ミーン、ミーン」「ジージージー」「ツクツクボウシ、ツクツクボウシ」「シンシンシンシン」「ヒシヒシヒシヒシ」「チージー、チージー」などのようには聞こえないようで、英語ではただ "shrilling" と「甲高い声で鳴いている」と表現するしかないようです。
これ一つを見るだけでも、日本ではセミがいかに私たちの生活に浸透しているかということがわかります。
昔、うちの子どもたちが近所の公園でセミを捕まえて、大きな虫カゴにぎっしり隙間もないほど詰めて持って帰ってきたこともありました。そのセミたちの鳴き声の凄まじかったこと!
ツクツクボウシの鳴き声を聞きながら、昔の日々を懐かしく思い出しつつ、ポールは今頃どうしているんだろう、と彼のことを考えました。


サイクリングロードから高麗大橋に上がりました。
ここは2か月ほど前、ある出来事でとても落ち込んでいた時、思索しながら歩いたところです(「命の洗濯」)。
橋を渡りながらちょうど真ん中辺りに来たところでふと振り返りました。
辺りはもうすっかり暗くなっていましたが、向こうの方に夕暮れに赤く染まった空が富士山の頂のすぐ右に見えました。


yuyake.JPG


以前は、時速6キロぐらいの結構速い速度でウォーキングしていたのですが、事故で怪我して以来(「スピード違反、事故から1週間」)、速度は5.5キロぐらいに落とし、ちょうど1時間をゆったりと歩くペースです。
これが今の私にとっては一番いいようです。


気持ち良い汗をかくことができました。
三日坊主で終わらせずにこれからもウォーキングを続け、心身の健康を目指してもっと頑張ろうと決意しました。
昨日の記事「自分には◯◯できない」に書いたニック・ブイチチのことを思いながら。


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自分には◯◯できない

2012.08.22日

あなたは、「自分には◯◯はできない」と思っていることはありませんか?


普通に考えると、この人ほど「自分には◯◯はできない」という言葉がピッタリという人はほかにいないでしょう。
歩くことはできない、物を食べることも、トイレに行くことも、スポーツも、楽器を演奏することもできない。髪の毛をとかすことも、ヒゲを剃ることも。
そして、...結婚も。
なにしろ両手・両脚がないのですから。
その人はニック・ブイチチさん。以前このブログでもご紹介しました(「マウント・ハーモン1日目」)。
私は知りませんでしたが、1年ほど前にはテレビ番組「アンビリーバボー」でも紹介されました。



本当にアンビリーバボー(信じられないよう)な人生を歩んでいらっしゃるニック・ブイチチさんが、今年の2月にご結婚していらっしゃったことを知りました。
お相手は日本人だそうです。とてもきれいな、まるで女優のような方です。


nick.jpg


nick2.jpg


ニックがいつも言っている、「あきらめるな。決して、絶対に、永遠にあきらめるな!」は、夢を実現するために絶対不可欠なキーワードです。
そういえば、アカデミーの生徒のひとりがサマーキャンプで、自分の夢を書きました。
「4年後のオリンピックに出る!」と。


上のビデオを見て、あなたは、「自分には◯◯はできない」と言うことができますか?


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臭いものに蓋 結論

2012.08.21日

以下は、昨日のブログ記事「臭いものに蓋 その2」の続きです。


私の限られた知識と記憶でも、中藤さんのおっしゃっていることが頭の中にありました。
従って、政治のためにこの過去の問題を利用することは、かえって両国間の問題をこじらせ、さらに将来の関係にも悪影響を及ぼすと思います。
中藤さんのおっしゃるとおり、領土問題は感情論と切り離して、司法裁判所でお互いの主張をして、相手の立場も理解し、その上で第三者に結論を出してもらうのが最善と考えます。
韓国側に、竹島が自国の領土だという確信があるなら、裁判の場でそれを堂々と主張すればいいのです。
いくら領土問題は存在しないと言っても、日本は存在すると言っているのですから。
両国間の感情問題は別次元で解決するよう、お互いに努力しなければなりません。
(舟田 譲二 8月17日)


YIさん、いつも、ありがとうございます。金大中、小渕政権の1998年に「日韓パートナーシップ宣言」と言って、ここから今の日韓文化開放や韓流ブームも始まったのです。彼らのような大局的な日韓関係構築が必要なのです。
(中藤 弘彦 8月18日)


Nakafuji 先生. 日本人の立場(入場)では無礼に感じられることもできる私のデッグル(レス)に返事までつけてくださってありがとうございます. やはり韓国人と日本人の視覚の差があることは仕方ないのですね. もちろん 1965年韓日協定と村山総理談話に対しても分からないことではないですが, 1965年韓日協定は韓国国民の意が反映されたのではなかったし, 村山総理の談話は韓国人である私としても衝撃だった位にすごい事件にしよう決断だったと思いますが, 以後日本閣僚たちの変わらない行動(靖国神社参拜みたいな) 科当時日本の雰囲気は韓国人が見るには村山総理の談話を希薄させて果して日本が韓国を真正な隣りと思っているか?する疑問をふるうことができないようにしたと思います. 明らかなことは大多数のアジア人, 特に韓国人と中国人は過去日本帝国をドイツナチスと等しく眺めるというので, 日本はいまだにまともなすぎ去った事を清算することができなかったと思うというのです. こんな考えは日本人の立場(入場)では悔しいかも知れない立場(入場)です. 現在の日本人は過去の日本人ではないからです. 私は政治家でもなくて政治を勉強した人でもないです. ただ今度独島問題によってはみでた私のような大多数の韓国の普通人々が感じる現在の情緒を伝達したい考えで先生を含めた先生のジインブンドルがよくないかも知れないデッグルをつけました.私も先生を含めたジインブンドルが残した文を見て現在日本人たちがどう思うのか日本の立場(入場)は何なのかに対して多いことを感じています. 韓国と日本の政治家たちはそれなりの所信を持って行動することだが, これによりいつまでも見たこともない韓国と日本国民がお互いを憎まなければ良いです. 私のデッグルと不良な日本語翻訳によって傷つく方がいらっしゃるか心配です. 今後とも良い意見たくさんあげてください.
(IH Jo 8月18日)


中藤先生
今回は大変勉強になりました。「日本謝罪、(韓国)政府反省」と叫んでる韓国の若者。相手だけでなく自らの立場も反省しなさいと言う所は本当に重要で素晴らしい事ですね。
以前釜山に友人の結婚式に行った時私が地下鉄の券売機で迷っていると現地のご年配のご婦人と中学生の女の子達が親切に日本語でナビゲートして下さいました。また夜11時でしたが労働組合の多数の若者が雨が降っているにもかかわらず、アリランをロック調で歌いながらデモ行進してました。何を訴えて行進していたかは解りませんがとにかく若者の爆発的エネルギーには本当に圧倒されました。私が住む福岡は在日韓国人、在日朝鮮人の方々が多く住まれて土地柄否定的な事を言う日本人の方が多いですが釜山の方々の親切な対応や夜中にデモ行進していた若者の爆発的なパワーは見習わないといけないと話してます。
IH Joさんこの場で勇気ある意見、また紳士な言動での対応本当にありがとうございます。互いの国で貴方の様な方が増え発展して行けます様祈念します。
(GK 8月18日)


中藤氏はこの問題の続編を次のように書かれました。
「今回の李明博大統領の竹島訪問は、韓国の政権末期の症状と日本の民主党政権末期の症状との負の相乗効果の結果である」
(中藤 弘彦 8月10日)


そしてまた、これに対して124人が「いいね!」と反応し、31件のコメントが上がっています。
これについては長くなりますので、ここでは取り上げません。


「臭いものに蓋」シリーズの記事を書き始めてから、尖閣諸島問題が起き、中国国内各地で大規模の反日デモが起こっています。
この尖閣諸島問題はちょうど竹島問題を裏返しにしたような感じです。
中国は、韓国とロシアに声をかけて、共同戦線で日本との領土問題に当たろうと提言しています。


日本、韓国、中国、ロシア、それぞれが竹島・尖閣・北方領土問題で自国の領有を主張して譲りません。
日本政府が中国に対して尖閣諸島の領土問題は存在しない、と言いつつ韓国に対してのみ国際司法裁判所に竹島問題で提訴するのはご都合主義です。
本当に尖閣諸島も北方領土も日本固有の領土であることを信じ、主張するのであれば、中国、ロシアとも同じ国際司法裁判所の場で堂々と戦わなければなりません。
そして、韓国も中国、ロシアも提訴に応じるべきです。
このような非常に複雑で、しかも歴史から国民感情、利害関係や経済問題まで関わる問題は、当事国同士で言い争っている限り、いつまでたっても同じことの繰り返しで決して結論が出ることはありません。
中立的な国際社会の場で結論を出してもらい、その結論にはどの国も素直に従うべきです。
どうでないと、政治・経済・文化その他あらゆる面において、当事国の国民はみんな不幸になります。


というのが私の結論であり、提案です。このような声がもっと日本国内のみならず、韓国、中国、ロシアでも起こり、問題解決に向けた一歩が踏み出せることを心から祈るものです。
現実から逃避する「臭いものに蓋」は決して良い結果を生み出しません。


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臭いものに蓋 その2

2012.08.20日

以下は、昨日のブログ記事「臭いものに蓋」の続きです。


日本国民ひとりひとりの立場(入場)は至る(ブログ著者注−以下略:分かる?)が日本政府が今まで酔って(取って?)来た行動は韓国人としては理解ができません. 韓国人たちは日本政府にドンガッは(貪欲な?)物質的な補償を願うものではないです. 過去日本政府が起こした戦争と朝鮮で行った過ちを認めて本当にアジアの隣りで参加するように願うのです.
もちろん今度事件は一政治家が国民感情を巧みに利用した政治ショーと思うこともできるが, 基本的に自分の過ちを悔やまない隣りに対するさびしい感情が積もって積もって爆発した結果ではないでしょうか?
過去の過ちを反省するのがグックギョック(国格?)をトルオトリンダ(下げる?)と思うんでしょうか? それならまことに残念なだけです.
(IH Jo 8月16日)


ノテウ以降の民主化されてからは、金大中政権の日韓関係が一番良好だったんですか?
(YI 8月16日)


上のIH Joさんのが韓国語からの翻訳なのか、あるいはご自分の意見を書かれたのかよくわかりません。日本語もよくわかりませんが、言わんとしていることは何となく伝わってきます。
私個人としては中藤さんのコメントをお聞きしたいです。
竹島問題も尖閣諸島問題も、客観的に問題を見ることができなくて、いつも感情論になっているような気がします。私は日韓の歴史については詳しくありませんが、日本政府はこれまでに韓国に対して金銭的補償も謝罪も行ってきたのではないですか?しかし、いつまでも過去の問題をほじくり返していたら、李大統領が昔言っていた未来的関係は築けませんよね。日米間の原爆問題やナチスドイツの問題、旧ソ連の問題、アフリカの多くの国の内戦問題等など、過去の問題はどこにも山積しています。過去の出来事で、未だに病気で苦しむ人や心の傷を負っている人は世界中に数え切れないほどいます。
しかし、これと領土問題は別の次元だと思うのですが。
韓国が自国の領土だと主張するのであれば、やはり国際司法裁判所のような公けで、中立的な場所で堂々とその根拠を主張すればいいのではないでしょうか。なぜそれに応じようとしないのですか?
(舟田 譲二 8月17日)


IH Jo さん、返事が遅れて申し訳ありません。ご意見、ありがとうございます。ちょっと誤解している点があると思います。日本政府は韓国に対して、公式謝罪を韓国から大統領が来る度に天皇がしており、政府次元でも村山総理が 1995年にした有名な 「村山談話」があります。そして、道義的問題と (国際)法的問題は別次元で考える必要があります。 国際法上 、1965年の日韓基本条約で日韓間の過去の問題は完全に解決されました。この事実は、法治国として韓国政府も認めなければなりません。 しかし、韓国は大統領が変わる度に新たに出発しなければならないから、前大統領の国内外政策など、 前大統領を否定することから始めるわけです。これは、韓国事情なので仕方がないですが、対日本外交政策にも現われます。日本人は道義的にもっと一層韓国に謝罪しなければならないと考える国民もやはりいます。これは、表現の自由、個々人の考えなので認めなければなりません。しかし、道義的問題と (国際)法的問題を混同すれば問題が感情的に出るしかなくなります。これがお互いに両国民に不幸をもたらします。日本政府は公式謝罪した事実があるということは憶えてくださればありがたいです。そして、貴国の世宗大の朴裕河教授が書かれた 『和解のために』という本を一度読めば、お互いに立場を客観的に見られます。私たちは国民次元でお互いに理解して日韓友好のため、熱心に努力しなければなりません。1990年代に私が明洞を歩いている時、若者たちが対日デモをしていましたが、その時、彼らが 『日本謝罪、 (韓国)政府反省』と叫んでいました。このように私は相手だけ責めるのではなく彼らのようにお互いに同じ立場に立って考えることが重要だと思います。 どうでしょうか?
(中藤 弘彦 8月17日)


舟田先生、お言葉とご意見、ありがとうございます。IH Jo さんに答える形で、これだけでは言い尽くせませんが、私の意見を述べさせて戴きました。もちろん、答えの出ない問題です。やはり、鶴田牧師の今日のブログにもありましたように、個々人では、お互い、許し合う心が大切なのですが、国家となると現実主義を取らざるを得なく、国益優先なのです。
(中藤 弘彦 8月17日)


この記事は明日に続きます。


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臭いものに蓋

2012.08.19日

「近くて遠い国」と言うと、誰でもすぐにピンとくるのはやはり韓国です。
本当に隣同士の国で、おそらく有史以前から深い関わりがあったことでしょう。
ところが、いくら悔いても悔い切れないほどの不幸な出来事が戦争中にあり、そのために未だにその尾を引いて両国間のさまざまな問題をこじらせています。
その中の一つが今回の竹島領土問題です。


日本国民の間でも、この問題に心痛めている人は少なくないと思います。韓国でも同様だと思いますが、日本とは比較にならないほど、感情問題が絡んできて、領土問題をよけいに複雑にしています。


日本人、韓国人ともに、この問題に対して、「臭いものに蓋」の姿勢で逃げていては、いつまでたっても「近くて遠い国」のままで、お互いにいい結果は生みません。


中央大学時代の教え子で、日韓問題のエキスパートである中藤弘彦氏が先日、facebook上に問題提起をされたところ、日韓両国民からかなりの反響(92人)がありました。


私も何度か意見させていただいたのですが、韓国の方も論議に加わり、問題解決に向けたとても有意義な一歩となりました。
議論が長くなったので何回かに分けて、ここに転載して紹介させていただきたいと思います。
どのような問題であれ、解決の糸口は、お互いに違いを認め、受け入れ合い、赦し合うことが不可欠だと思いますが、そのためにまずは問題の理解が不可欠です。
以下がfacebook上のやり取りです(名前はイニシャルに変えました)。


日韓関係の原点は、小渕総理と金大中大統領の相互理解に基づく。日韓両国民は、原点回帰しよう。
(中藤弘彦 8月14日)


金大中大統領は政治音痴の私が好きな数少ない政治家の一人です。
(KY 8月14日)


KYさん、金大中大統領と令夫人は日本、日本人をよく理解されておられました。
(中藤弘彦 8月14日)


映画になりましたね。だから良く分かったけど顔を見てるだけで伝わってくるものがあります。
(KY 8月14日)


1998年の「日韓パートナーシップ宣言」です。令夫人もYMCA活動をされた立派な方です。
(中藤弘彦 8月14日)


確かオリンピックが涙ウルウルじゃなかったですか?
(KY 8月14日)


金大中大統領ですか?
(中藤弘彦 8月14日)


北朝鮮との融和に努力されたでしょう!? オリンピックに北朝鮮が参加できるようになったのは彼の尽力ではなかったかしら。。ごめんさい、記憶が定かではありません。
(KY 8月14日)


とにかくこの方は好きです。
KY 8月15日)


そうでしたね。訪日時には、天皇陛下ともお互いに敬意を払い合っておられましたね。
(中藤弘彦 8月15日)


最近またピリピリしてますね。大統領の政治の道具にされるのはどうしたものか…。国際司法裁判所しか解決法はないと思うのですが。
(舟田譲二 8月15日)


舟田先生、韓国は応じません。昨日、大阪韓国総領事館の前を歩いていたら、回りもピリピリしておりました。
(中藤弘彦 8月16日)


この続きはまた明日に。


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子ども新聞

2012.08.18日

うちの塾では、「読売KODOMO新聞」を教材にして学ぶ小学生のためのクラスがあります。
発刊された当初からこれを使って、ただ単にニュースを学ぶだけでなく、みんなで一緒に考え、自分の考えを述べたり、他人の考えを聞いてそれに対して意見を言ったりなど、討論する練習をしています。


このクラスの様子を長男の直人が短期帰国したときリポートしてくれました(「NIEリポート」)し、また二人の大学生がこのクラスの見学のために塾を訪問してくれて、やはりリポートを書いてくれました(「日本の将来の教育像を提言」「社会に出て求められる能力は」)。
今、もう一度これらの記事を読み直して、自分でも本当にすごいなと感心しています。
いえ、私がすごいとか、私の塾がすごいということではもちろんなくて、小学生たちがこのように新聞を使って討論できるということがです。
そして、これは何もうちの塾だけに限ったことではなく、練習次第でどこでもできることです。


私はこれまでにも何度もこのブログで、教育における新聞の積極的な活用を推奨してきました(「教育における新聞の活用法」)。
そして、読売新聞の取材も受けました(「読売新聞の取材を受けました!」l「全国デビュー」)。


最近、読売KODOMO新聞だけでなく、小中学生用の記事が普通の新聞にも週1回ぐらいのペースで特集されていますが、これは本当にいい傾向です。
昔は、新聞というと難しいことばかり書かれていて、文字も小さく、文章も難しく、大人以外の人、子どもや老人には難しすぎるきらいがありました。
しかし、今は文章も昔と比べるとうんと平易になり、また漢字に振ってあるルビも随分増えました。
これもとてもいい傾向です。


実際、最近の新聞は記事さえ選べば、小学生でも読めるものがずいぶん増えてきました。
これを教育の場で利用しない手はありません。
これまで「教育」というと、様々な知識を頭に詰め込み、それを試験で発揮すること、そして志望校に合格することと思われてきました。
しかし、このような教育に力を入れてきた結果、高い偏差値で一流大学を卒業した人が社会に出て、それまで学んできたことがまったく発揮できないということがしばしばありました。
そして、会社に入ると新入社員はまったく一から教育し直すという本当に非効率的なことをやってきました。


学校教育でもっと実践的なこと、社会に出て即役立つことを教える必要があります。
たとえば、「金持ちになる男、貧乏になる男」などもそのうちの一つです。
アメリカなどでは、高校で自動車の運転の練習のクラスがあったり、自動車のエンジンの修理や日曜大工のクラスがあったりしますが、日本だとこれらは専門学校でないと学べません。
今日、神奈川総合高校を卒業してうちで講師をやっているA先生と話していたとき、神奈総のユニークなカリキュラムや有能かつフレンドリーな先生たちのおかげで、高校生活は最高に有意義で楽しかったという話が出てきましたが、本当にこのような教育が求められています。


そのような意味においても、小学生のうちから教育に新聞を取り入れて、実践的な訓練をしておかなければなりません。


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真似されてこそ本物!

2012.08.17日

私のお気に入りの番組、「カンブリア宮殿」(テレビ東京)を昨夜とても興味深く見ました。
滋賀県近江八幡市の「たねや」という和菓子屋さんを取材していました。
新しい洋菓子類が次々と出てくる今日、和菓子屋業界は一般的に衰退しています。しかし、この「たねや」さんは業績がうなぎ上りなのです。


「デパ地下でいつも大行列のバームクーヘンの店『クラブハリエ』。客の目の前で焼き上げ、アツアツを切り分けて売るという手法で“バームクーヘン革命”を起こした。
実はこの店を経営しているのは、創業140年の、滋賀の和菓子の老舗『たねや』。菓子市場が縮小する中にあって、たねやグループは増収増益を続け、今や売り上げ192億円。その原動力となっているのが、たねや独自の“商いの道”だ。
新しいものに挑み、しかも真似されることすら拒まない。こだわるのは、華やかさよりも田舎らしい素朴さ…。このたねやを率いるのが、4代目社長の山本昌仁だ。『皆がいいと言ったものは、もう古い』。近江(滋賀)の伝統を背負いながら革新に挑み続ける、現代版“近江商人魂”とは」 (「カンブリア宮殿」ホームページより)


これは私のお気に入りのテレビ番組で、毎回見るたびに新しいことをいろいろと教えられます。
成功の理由がいろいろと述べられていますが、ひとことで言うと、それは「社長自身の熱意」だと思いました。
たとえ失敗しても社長はそれにめげず、何事も一生懸命取り組みます。
「真似されてこそ本物!」と、同社独自のアイデアや菓子の製法などを平気で勉強会などで公にします。
何事においても決して妥協しない社長の真剣さ、オリジナリティ、商品に対するこだわり、社員思い、客本位の姿勢、そして何よりも社長の信念が会社の業績につながっています。


これを見ていて思いました。
このような姿勢は、どのような職種にも当てはまるし、また生徒や学生であれば学習に、経営者であれば会社の方向性、発展に、つまり何にでも通じるものです。
どのような分野であっても、たとえ目の前の状況がどんなに困難に見えても、この「たねや」の社長のように信念をもって真剣に取り組むなら、必ず道は開け、夢は実現できるものです。


番組を見ていて、「たねや」の最中を始め、さまざまな商品を私もぜひ試してみたいと思いました。
視聴者をそのように思わせるだけでも大したものです。


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お犬様

2012.08.16日

「お犬様」と言えば、生類憐みの令で有名な徳川綱吉。
将軍綱吉は、テレビや映画の『水戸黄門』物語の中で、生類憐みの令を始めとする悪令を出したかどで悪役が割り当てられています。
また、『忠臣蔵』(元禄赤穂事件)では、吉良上野介が事あるごとに浅野内匠頭をいじめ、その結果、浅野が殿中刃傷に及びますが、綱吉は浅野にのみ切腹を命じて吉良の罪を問わなかった、ということでも悪者のイメージがついています。


「綱吉の行状については価値の低い資料による報告が誇張されて伝えられている部分もあり、近年では綱吉の政治に対する評価の再検討が行われている」(Wikipedia)ということで、お触書は実際には犬だけではなく、猫や鳥、魚類・貝類・虫類などの生き物、さらには人間の乳幼児にまで及んでいたそうです。
綱吉は戌年生まれで、犬が好きで100匹も飼っていたそうで、特に犬を保護したため、「お犬様」将軍と呼ばれるようになったようです。
しかし、この考え方は今日の動物愛護法を始め、刑法の保護責任者遺棄罪、殺人罪や児童福祉法、児童虐待防止法などにつながっているとのこと。
なるほど、視点を変えれば悪者から一気に英雄にすらなり得るのです。


今日は、ホームセンターにドッグフードやノミ取りなどのペット用品を買いに行ってきました。
そこで見た光景は、もし綱吉が今日生きていたら腰を抜かすようなものでした。
私ですら、今日の今日まで知りませんでした。現代、犬がこれほどまでに大切にされていることを。


petsupli.JPG petsupli2.JPG

ペット専用のサプリメントです。人間と変わらないほどたくさんの種類があります。


petcake.JPG petjelly.JPG

ペット用のホットケーキやカップケーキミックス、さらにはゼリーやシャーベット、チーズスフレなどのお菓子類。


petwater.JPG petwater2.JPG

極めつけは、ペット用の飲料水。右のは人間用で、1本100円、6本入りケース売りでは498円ですが、ポカリスウェットならぬペットスウェットはなんと1本398円!


ここまで来たか、という感じです。
綱吉さんがこれを見たら涙を流して喜ぶことでしょうね。
お犬様どころか「お犬様様」。
私でもこんな高価な水は飲んだことない。
これってなんだか逆差別みたい...と思うのは、私のひがみでしょうか。


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流れを読み取る

2012.08.15日

時代の流れを読み取ることはとても大切です。
政治、経済、先端分野などの動きを常によく観察し、敏感に変化を読み取る訓練をしておくことが必要です。
どのような分野でもそうですが、「ある日、突然!」ということはなく、必ずそれまでに大小様々な「徴(しるし)」があるものです。
それを見抜いている人は、正しい人生選択ができますし、また投資においても成功します。


これはたとえば、進学する学校を決める時や、就職する時、結婚相手を決める時、転職する時、自分で事業を興す時等など、人生において大きな決断をするありとあらゆる時にも当てはまります。
見方が甘かったりすると、進学した学校が自分の期待していたようなところでなかったとか、就職した会社が潰れたとか、結婚相手が期待外れだったということになったりします。
時代の流れをしっかりと見ていると、自分で事業を興す時にも失敗することがありません。たとえ、最初うまくいかなかったとしてもすぐに軌道修正ができ、大きな失敗には至りません。
現代の少子高齢化社会、不景気、金融の不安定、国際関係の緊張などを見ていれば、かつて日本が経験した繊維業界や鉄鋼業界の衰退、バブル崩壊などから学び、同じ失敗を繰り返さずにすみます。


私たちの健康の問題もそうです。私はあまり大きなことは言えませんが、体調を壊す前には必ずと言っていいほど、さまざまな兆候(サイン)があります。多忙とかストレスとか、食生活の乱れ、運動不足などです。まめに健康診断を受けていれば、ちょっとした変化も見逃さずにすみます。


人間関係や国際関係もそうです。問題が起きる前に、やはりさまざまな兆候があります。
ちょっとした変化や動きに敏感だと、ことを大きくする前に回避することができます。
逆に鈍感だと、どんどん悪化させ、最後には修復不可能というところにいってしまいます。


と同時に、自分自身をよく知っておくことも大切です。
基本的には、何事に対しても真剣で、絶えず勉強し、人と争いを起こさず、大きな夢を持ち、その夢の実現に向かって不断の努力をし続けるなら、結果は自然とあとからついてきます。
失敗する人は、やはり失敗すべくして失敗しています。
人の失敗を反面教師にし、成功した人をお手本にして、自分の適性を見抜いたうえで頑張るなら、たいがいどんなことでも成功します。
3日前の記事「金持ちになる男、貧乏になる男」の中に書いてあるような仕事の原則を守るならば、能力や運や、資本力のあるなしを問わず、まず誰でも成功することができます。「流れを読み取る」ことも、その原則のうちの一つです。


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すべてのことに時がある

2012.08.14日

天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。
殺すのに時があり、いやすのに時がある。
くずすのに時があり、建てるのに時がある。
泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。
嘆くのに時があり、踊るのに時がある。
石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。
抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。
捜すのに時があり、失うのに時がある。
保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。
引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。
黙っているのに時があり、話をするのに時がある。
愛するのに時があり、憎むのに時がある。
戦うのに時があり、和睦するのに時がある。

(伝道者の書 3:1-8)


上の引用は、妻の実家の名古屋の方に帰省中の去る日曜日、岩倉キリスト教会(「お薦めします!」)の礼拝で語られたメッセージの聖書箇所です。
魂の奥深くにまでメッセージがしみ渡りました。


昨日、早速そのことを実感する出来事が次々といくつも起きました。
多くの人は、これらを「偶然」とか「たまたま」と言って片づけてしまうのですが、神様を信じる者にとっては、すべての出来事が神様の定められた最善の時に起きています。


まずは、三重県に住む義弟一家がやってきたこと。
義弟とは年に何回か会っているのですが、昨日は「たまたま」妻と息子も家にいたので一緒にきたとのことで、私たちにとっても想定外のことでした。義妹、甥とは4年ぶりの再会でした。


甥は来年大学を卒業しますが、去年の4月にいち早く大手企業に就職が内定したとのことで、就職祝いを直接本人に手渡すことができました。
甥はこの就職を友人のつてで「たまたま」だったと表現していましたが、これも私たちが背後で毎日祈っていたことに対する神様の答えですよと妻が甥に伝えました。


私は、社会に出てから大切かつ必要なこと、とくに三日前のブログに書いたホスピタリティ(「ホスピスクール」)と一昨日の記事「金持ちになる男、貧乏になる男」について話し、2冊の本を薦めました。
手元にあった『ディズニーのホスピタリティ』は、実際に手にとってページを繰って読んでいました。
私は、大学の4年間で学ぶこと以上にこういった実践的な学びは社会に出るとすぐに役立つよと彼に話しました。
このような「時」が与えられて感謝でした。


義弟妹は25年ほど前の新婚旅行でアメリカ西海岸に行った時、私の友人の鶴田さん(「キリスト教会は3K?」)をご紹介したのですが、奥様の潤子さんにあちらこちら案内していただいて、とても幸いな時だったと言って、その話題でしばらく盛り上がりました。
この新婚旅行も、そして潤子さんにフォーレストローンやハンティントン・ライブラリーなどにご案内していただいたのも、神様の「時」でした。


そして、夜遅くに正人がメールである出来事を伝えてきました。
実は、このことに関しては7年以上にわたって私たちが毎朝祈ってきたことに対する神様の答えでした。
でも、7年なんて長いようでほんの一瞬です。
イスラエルの民はその昔、エジプトでの奴隷状態からの開放を430年祈って、忍耐して待っていましたから。
7年間のさまざまな辛い思い出が走馬灯のように頭を駆け巡りました。そして、妻と二人で「神様の時」に心から感謝しました。


最後に、昨日書いた記事「工事中  ご迷惑をおかけします。」の内容を、人に言うだけでなく自らも実践して、実に約半年ぶりでもう一つの祈りの答えが与えられ、これも感謝しました。


「偶然」「たまたま」に見える出来事はいわば一つひとつの「点」のようなものです。
でも、信仰の目で見ると、これらの点が全部つながっていて、一本のひものようになっていることがわかります(「新超ひも理論」)。


今日は、私自身の人生の中のひとつの記念碑としてこの記事をしたためました。
感謝。
読者の皆様のためにも豊かな祝福をお祈りいたします。


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工事中  ご迷惑をおかけします。

2012.08.13日

昔、小学4年生のころ、父が運転する車で夜中に国道を走っていたところ、急にふわっと宙を飛んだかと思った次の瞬間、ドッシーン!と大きな穴ぼこの中に落ちました。
私は後ろの座席から前の座席まで吹っ飛び、家族みんなが車のダッシュボードや窓などに頭や顔をぶっつけました。当時の車にはシートベルトなど付いていませんでした。
幸い深い穴ではなく、誰も大きな怪我はありませんでした。
昭和30年代半ば、日本はまだモータリゼーションの時代に入る前で車の数は少なく、国道が工事中で途中で途切れていることなどざらでした。
今だったら、数百メートルあるいは数キロ先から「この先◯m工事中」の電気のついたサインがあり、工事現場にはたとえ夜中でも必ずガードマンがついていますが、当時はそのようなものはありませんでした。


今日、運転中に見かけた工事中の看板でこの時の思い出がよみがえってきました。



「工事中   ご迷惑お掛けしております。ご協力をお願い致します」
ヘルメットをかぶった作業員がぺこりと頭を下げています。


これを見て教えられました。
「そうか。私たち人間はみんな不完全、未完成で、いわば工事中のようなもの。
だから、みんなに迷惑をかけている。
ご協力、ご理解をお願いいたします、と頭を下げなければならない」と。


私たちは、とかく自分の主義・主張・正統性を人に訴えますが、なかなか相手の言うことに耳を傾けようとしません。
今、再び熱い注目を集めている日本と韓国の間の竹島の領有問題もそうです。
日中間の尖閣諸島問題しかり、日露間の北方領土問題しかり。


もっとごく身近なところで、親子間、夫婦間、兄弟間、親戚間、友人間、近所間など、ありとあらゆるところに、それぞれの主義・主張があります。
お互いにそれぞれの言い分があります。


でも、よく考えてみれば、みんな不完全な人間の言うこと、すること。お互いに思い違い、行き違いがあって当然のことです。


自分の義ばかり主張して譲らないと、そこには必ず摩擦が生じ、時には修復不可能な亀裂が生じることもあります。
国家間だと戦争になり、夫婦間だと離婚、友人間だと絶交となります。
そしてその結果、傷つくのは誰か?双方ともに傷つきます。喧嘩して傷つかないものはありません。


このような時、お互いに頭を下げて、「私は現在工事中です。ご迷惑をおかけします。申し訳ありません。ご協力・ご理解ください」と言って歩み寄るなら、ここから解決の糸口が見つかるものです。


何か問題に直面した時、相手の欠点ばかりが目に付く時、自分自身も「工事中」であることを認識するなら、問題は半分解決したようなものです。


「 お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい」 (聖書)


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金持ちになる男、貧乏になる男

2012.08.12日




『金持ちになる男、貧乏になる男』
(スティーブ・シーボルド著  サンマーク出版  1,575円)
この本が出版以来、アメリカでそして日本で大きな話題を呼んでいます。
タイトルが少し刺激的で、反感を抱く人もあるかもしれませんが、内容はいたって冷静、論理的で、健全なものです。


著者はシカゴの貧しい労働者の家庭に生まれ、大学生のころに富裕層の研究を開始。その後、長年の研究成果を発表し話題になり、現在は能力開発の第一人者。


実は、私自身子どもの頃から青年期に至るまで、お金に対して非常にネガティブなイメージを持っていました(「高収入は幸せをもたらすか」)。
私は信じていました。「お金は諸悪の根源である」と。


でも、いろいろと学んでいくうちに、このような考え方は誤っているということに気づきました。
そして、お金に関する記事はこのブログの中で、おそらく「愛」に次ぐほどたくさん書いてきました。ちなみに、このブログの左上のコーナーにある「エントリー検索」に「お金」と入れて検索すると100以上ヒットします。
その中の一つがたとえば、「お金は目的ではない」です。


「エントリー検索」で検索した記事をいくつか読み直してみました。
すると、冒頭に紹介した『金持ちになる男、貧乏になる男』の中に書かれていることと同じ内容のものがたくさん見つかりました。


「金持ちになる男、貧乏になる男」という言い方に抵抗がある人もいらっしゃると思いますので、たとえば「豊かな人と貧しい人」と言い換えてもいいと思います。
しかし、お金の問題は、人生における一面を表しているだけで、実はお金に限らず、人間関係、仕事、趣味、学業、スポーツ等など、ありとあらゆることに通じていて、そのことを理解してこの本を読むと、さらに得るところが大きいと思います。


上掲の本の目次の一部を以下にご紹介します。
目次をざっと見るだけでも学ぶべきことが多々あります。


第1章
「お金の本質を理解しているか?」
1 貧乏になる男は「小銭を貯める」ことを考え、金持ちになる男は「大金を稼ぐ」ことを考える
2 貧乏になる男は「時間」をお金と交換することと考え、金持ちになる男は「アイデア」をお金と交換することと考える
3 貧乏になる男は「労働」を名誉の勲章と考え、金持ちになる男は「成功」を名誉の勲章と考える
4 貧乏になる男は「お金」が諸悪の根源だと考え、金持ちになる男は「貧困」が諸悪の根源だと考える
5 貧乏になる男は金持ちになることが「特権」だと考え、金持ちになる男は金持ちになることが「権利」だと考える
6 貧乏になる男はお金が「複雑だ」と考え、金持ちになる男はお金が「単純だ」と考える
7 貧乏になる男は金持ちが「ずるい」と考え、金持ちになる男は金持ちが「野心的だ」と考える
8 貧乏になる男は「自分の努力」の対価としてお金を稼ぎ、金持ちになる男は「チームの努力」の対価としてお金を稼ぐ
9 貧乏になる男はお金の「心配」をし、金持ちになる男はお金の「夢」を見る
第2章
「お金に対して偏見をもっていないか?」
10 貧乏になる男はお金を「悪いもの」と考え、金持ちになる男はお金を「よいもの」と考える
11 貧乏になる男は「金持ちは卑怯で打算的だ」と考え、金持ちになる男は「金持ちは正直で戦略的だ」と考える
12 貧乏になる男は「高い学位」が資産形成につながると考え、金持ちになる男は「実用的知識」が資産形成につながると考える
13 貧乏になる男は「労働」でお金が得られると考え、金持ちになる男は「思考」でお金が得られると考える
14 貧乏になる男は「お金がなくなること」をたえず心配し、金持ちになる男は「もっとお金を稼ぐ方法」をつねに考える
15 貧乏になる男は「支出」について心配し、金持ちになる男は「投資」について考える
16 貧乏になる男はお金を「感情的」にとらえ、金持ちになる男はお金を「論理的」にとらえる
17 貧乏になる男は「快楽」を追求し、金持ちになる男は「利益」を追求する
18 貧乏になる男はお金を「有限」の資源と考え、金持ちになる男はお金を「無限」の資源と考える


この後、
第3章
「自分には稼げないと思いこんでいないか?」
第4章
「自分を信じて努力しているか?」
第5章
「積極的にチャンスをつかもうとしているか?」
第6章
「お金に対して罪悪感をもっていないか?」
第7章
「子どもにお金の重要性を教えているか?」
第8章
「自分に投資しているか?」
と続き、全部で100の項目が見開き2ページで書かれています。
内容は実に単純明快で、中学生で十分に読めます。


私は、この本をテキストにして、アカデミーで生徒たちにお金そして人生に対する正しい考え方をセミナー形式で教えたいと思っているほどです。


教育とは、ただ単に子どもの頭に知識を詰め込み、それをテストし、学校に入学させ、学位を与えて社会に送り出すためのものではありません。
このような実践的な学びが絶対不可欠です。
私は著者に拍手を送るとともに、今、この記事を読んでいらっしゃる方、皆さんにぜひ一読をお薦めしたいと思います。金銭的、物質的に豊かになるだけでなく、人生が豊かになり、心も豊かになることと請け合いです。


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ホスピスクール

2012.08.11日

アカデミーでは、三日前は一日勉強合宿のFIVE/TEN HOURS (ファイブ/テン アワーズ)、二日前は中3は県模試、中1・2は学力テスト、そして昨日・今日はサマーキャンプと、イベントが続いています。


先生たちは、ここ数日ほとんど徹夜状態でこれらのイベントの準備をしています。
「そこまでやるか⁉」という感じです。
これが生徒たちの感動を呼び、先生大好き、アカデミー大好き、勉強大好きへとつながっていくのです。
私はこれを、先生たちの生徒に対するサービス精神だと思っていました。
しかし昨日、サービスではないことを知りました。


書店のビジネスコーナーで、新刊書を一冊一冊手に取って読んでいた時のことです。
ディズニーに関するものが何冊かありました。これまでにも何度も読み、多くのことを学んでいたのですが、昨日ハタと気づきました。
サービスとは義務感からするものであるのに対し、自ら積極的に相手のためにするものは「ホスピタリティ」というそうです。


この「ホスピタリティ」という言葉は日本語にしにくく、だから「ホスピタリティ」と、カタカナ語のまま使っているのですが、強いて訳せば「思いやり」「心からのおもてなし」というような意味になると言われています。


日本は礼儀正しい国だとよく言われます。本当にその通りだと思います。
でも、これは「サービス」です。
「サービス」の語源は「サーバント」、すなわち「奴隷」「召使い」という意味です。
たとえば、スーパーなどのお店で買い物した時、店員が両手をお腹の前で揃えて軽く会釈し、「ありがとうございました」と丁寧に言いますが、これはいわゆる「サービス」です。ただ儀礼的にやるべきことをやっているだけです。


これに対してディズニーでは、レストランで客が食事がのっているトレイをひっくり返し、パニックしてその後片付けをしている時、そばにいたキャスト(アルバイト)がすぐに近づいて客に代わって掃除し、その間にレシートを見て、客の注文していた食事をすぐに持ってきて客に渡すという、客がまったく予期していないことをするのが「ホスピタリティ」です。


「ホスピタリティ」の起源は、ホスピタル(病院)やホスピスで、およそ2000年前から当時のローマ帝国に存在していたそうです。
「疲れた巡礼者のための憩いの家」で、誰でも食物と宿を与えられましたが、とくに病気の人は、手当てをしてもらい、治らないときは、死ぬまでやさしく看取られたと言います。


先生たちが何日もかけて用意周到に計画したサマーキャンプでは、今回新しい試みがなされました。
先ほど、イベント長の先生からメールで次のような報告を受けました。
「忍耐力、継続力、協調性、向上心、想像力のテーマごとに先生が分かれて、自身の体験談や有名人の名言、えんぴつ作成などのアクティビティを取り入れて、ディスカッションしたり、ムービーを流したりして生徒に今の自分を分析し、未来の自分を考えて欲しい、という思いでグループワークを行いました。5つのテーマに沿って行うので、生徒も自分の強いところ、弱いところがわかり、人によって同じ話でも感じ方が大きく違うので、刺激を与えられたらいいなと思っていました。
結果としては、想像以上に生徒が真剣に、楽しく取り組んでくれて、夜のイベントの最後に書いてもらった旗のコメントはいいものばかりで嬉しく思っています。
この旗は、今日ここにいる全員が、未来の自分と向きあったことを一つの形にしておこう、未来の目標を書こうという趣旨で作成しました」


生徒たちが書いたアンケートの一部を紹介します。
「A先生の志望高校選びの理由がよくわかって良かった」
「アカデミーTシャツが貰えたのがすごく嬉しかった。クイズは難しかったけど良かった」
「ムービーやクイズの問題が手作りで凝っていてすごかった」
「いろいろ、先生たちの話が聞けてよかった。楽しかったし、勉強になった」
「先生たちが夢に向かって頑張っていることや目標などが聞けて、私も夢を持ち、目標に向かって頑張ろうという気持ちになった」
「K先生の一途な気持ちが伝わった」
「将来のことを考えることができた」
「人生の生き方の勉強になった」


アカデミーTシャツは、毎年、先生たちが知恵をしぼってオリジナルデザインで作るものですが、きっと生徒たちがこれを欲しがるだろうと予期して、一人ひとりの分をあらかじめ作っておいてプレゼントしたのです。
先生たちが生徒の立場になって、生徒が求めること、喜ぶことを義務感からではなく、自ら進んで喜んでする。
これが本物のホスピタリティです。


上のイベント長の先生を始めほかの先生たちの多くも、かつてアカデミーの生徒の立場で先生たちから「ホスピタリティ」を受けたので、その精神を受け継いで実行しているのです。
これは生徒のみならず、先生たちの生涯の財産となることと思います。


私は、アカデミー学院というひとつの学習塾に「ホスピスクール」を見出しました。


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不真面目の勧め

2012.08.10日

私のブログ記事を読んでくださっている方は皆さんお気づきだと思いますが、私は元来真面目な性質(たち)です。
ある意味、真面目「過ぎる」ぐらいで、自分でもそれがわかっているのですが、物ごころついた時からずっとそのように育てられ、自分でもそのように成長してきたので、なかなか修正するのが困難です。
しかし、今回の訪米旅行の一番大きな収穫は「不真面目」の大切さを教えらたこと、と言っても過言ではありません。


行きの飛行機では、身体に悪いものは一切摂らないようにしようと意気込んでいて、機内食は健康食ばかりで肉類は残し、飲み物は水のみで、アルコール類は一切飲まず、デザートに出てきたプリンもアイスクリームも食べませんでした。
アメリカに着いてからもしばらくはずっと野菜・果物を中心にして意識的にカロリーや脂肪の高いものは避けていました。


ところが、お世話になっているお宅で、私は食事の選り好みしたり、残したりするのは嫌で、何でもいただくことにしています(ここでも真面目な性格が出ています)。
そうしたところ、やはりお客をもてなすということで、どうしても肉などのご馳走が出ます。
ステーキやバーベキューやデザートのケーキやアイスクリームなど、ご馳走攻めです。
「アメリカにいるうちは肉を食べて太って帰り、日本に戻ったらまたダイエットしてください」と言われ、私も素直に「はい、そうします」と言って、出されるものは何でもいただきました。
すると、その美味しいこと、美味しいこと。
日本のステーキは美味しいけど、アメリカのは脂肪分が少なく、硬くて美味しくない、などと言われていますが、なんのその。充分過ぎるほど柔らかく、ジューシーで本当に美味しいのです。


結局、郷に入っては郷に従えじゃないですが、何でも食べることにしました。
そして、帰りの飛行機。
機内食は全部いただき、おまけにビールもワインも飲み、デザートのケーキもアイスクリームもいただきました。
ちょっと「不真面目」になりました。


この「不真面目」になる決意をしたのは、実は末期癌である「詩人、新井雅之さんとの感動の再会」がきっかけになりました。
別に新井さんが不真面目だと言っているわけではありませんが、ある意味「不真面目」の大切さを教えていただきました。


上の記事の中に紹介させていただいた「新井雅之の復活した子羊」というブログには、新井さんのユーモアのセンスが至るところに溢れています。
中華料理店でご馳走になった時も、美味しい中華料理以上に、ご夫妻のユーモアに舌を巻きました。
奥さまの江美子さんはお仕事が大変忙しく、週に二日は昼のお仕事の後、夜勤もあるそうです。
「私は夜の仕事もしているでしょう」と、江美子さん。
すると、新井さんが、
「そう、家内はバーのホステスをしてるんですよ」。
間髪を入れず江美子さん、
「いいえ、ホステスの仕事は応募しましたが、断られてしまいました!」。
私は思わず吹き出してしまいました。


昔、看護師をしていらっしゃった江美子さんにある日、新井さんから非常電話が入りました。
「かっ血をした!」
「えっ!? 血はどんな色でした?鮮血、それともどす黒い血でしたか?」
「そんなことより、早く病院に行くことが先決(せんけつ)だ!」
このような緊急事態ですら、自然とジョークが出てくるのです。


ユーモアのセンスに溢れたご両親に育てられている娘のジョイちゃんもなかなかのもの。
「ジョイの朝の一言
『お母さんの歯ブラシ間違えて使った〜。入れ歯がうつる〜〜! 助けて!』
ジョイのお休み前の一言
『お父さんの歯ブラシ間違えて使った。これで、歯が益々綺麗になる!ピカピカ!』」
(2012年3月30日のブログ記事より)


どの記事を読んでも、思わず二コリと微笑んでしまいます。
新井さんによると、タバコなど体に悪いことは一切していなかったそうで、癌になった原因は4年少し前の極度のストレスだったとのこと。
それで、意識的に前向きに、明るく、元気に、信仰的に生きる決意をされて、それを日々の生活の中で実践していらっしゃるそうです。


末期癌で何度も大きな手術を受けながら、力強く生きていらっしゃる新井さんとご家族の見事なまでの生き様を目の当たりにして、私は打ちのめされたような気持ちになりました。
病院に入院していらっしゃって危篤の状態だとばかり思い込んでいて、新井さんをお見舞いするつもりだったのが、逆に私の方が新井さんにお見舞いされたかのような感じで、新井さんから生きる力と元気を、そしてもっと大らかに、少々「不真面目」に生きることの大切さを教えていただき、目が開かれた思いがしています。


考えてみれば、私のここ数年の体調不良も、もとをたどればやはりストレス。それも自分で自分をストレスに陥れていたことによるものでした。
でも、新井さんがご経験されたストレスに比べれば、私のなどは爪の先ほどもありません。
新井さん、江美子さん、そしてジョイちゃん、本当にありがとうございました。
心から感謝しています。
そして、アメリカでお世話になった方、お一人おひとりのお陰です。
日本に戻って生活が一段落つき、ようやく調子を戻してくることができました。
ちなみに、出発前と体脂肪・内臓脂肪ともレベルも変わっていず、食事のことで心配するほどのことはありませんでした。変化があったのは、ただひとつ。体内年齢がこれまで36歳だったのが、ひとつ年とって37歳になりました!
皆さんに感謝のご報告です。


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天からの助け

2012.08.09日

昨日、家を出ようとしたらうちの駐車場のところにアブラゼミが一匹腹を上に向けて死んでいました。
この時期になると、よく見かける光景です。
このままだときっと誰かが知らずに踏んづけるか、あるいは車が踏みつぶしてしまうだろうと思い、足でそっと道路脇のところに押しやろうとしたら、なんと突然「ジジジー」と鳴きながら飛んで行きました。
死んでいるものとばかり思っていたのでびっくりしました。
(踏みつぶさなくて良かった!)


この時、ふと思いました。
私たち人間も、弱り果てて野たれ死にしそうになって倒れていることがよくあります。
もちろん、文字通り実際に道端に倒れているというわけではなく、精神的にです。


このような時、誰かがちょっと温かい声をかけてくれたり、肩に手を置いてくれたりするだけで生き返ったりするものです。ちょうど私自身が中1の時、いじめに遭って死にたいと思っていた時に隣の席の子が「気にしなくていいよ」と声をかけてくれたのと同様です(「心が痛むいじめの問題」)。
私にとって彼のひと言はまさに天からの助けでした。


誰も相談する人がなく、途方にくれている人もいます。
あなたのすぐそばにもいるかもしれません。
死ぬほど悩み、苦しんでいる人が。


「大丈夫だよ」
「困っていることがあったらなんでも言って」
「何か私にできることある?」
「私は◯◯が好きなんだけど、あなたは?」
ちょっとしたことでいいのです。
これがひとりの人の命を救うことになるかもしれません。
躊躇しなくていいのです。


そして、もしあなた自身が困っている立場にあったなら、覚えておいてください。あなたは決してひとりぼっちじゃありません。
冒頭のアブラゼミのように、誰か通りすがりの人が触れてくれるかもしれません。
たったそれだけのことでも、力になることがあります。
決してあきらめてはいけません。
天からの助けは必ずきます。


「わたしたちは途方にくれても行き詰ることはありません」(聖書)


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FIVE/TEN HOURS (ファイブ/テン アワーズ)

2012.08.08日

今日、アカデミーでは、中3は朝9時から夜9時までの1日勉強合宿 TEN HOURS です。
中1・2は FIVE HOURS で英語・数学・国語・理科・社会5教科を1時間ずつですが、中3は各2時間ずつ10時間の勉強です。
夏休みに入って朝遅くまで寝ていた生徒にとっては、朝8:45集合、9時からの授業は大変です。
8:00に送迎バスに1番に乗ってきたSちゃんに尋ねたら案の定、朝早くて眠い、今まで1日に10時間なんて勉強したことなんかないとのこと。


今でこそ学習塾の学院長をしている私ですが、私も中学生の頃、こんなに勉強したことなんてありませんでした。自慢じゃないですが。
私がこれまでで一番勉強したのは大学院卒業試験で、1日24時間ぶっ通し、これが最高記録(「24時間筆記テスト」)。
でも正直なところ、もし自分が今中学生で、こんなふうに集中して勉強ができたなら幸せだろうなと思います。
それが証拠に、今日午後3時にひと足早く FIVE HOURS が終わった中1生たちをバスで送る時、感想を聞いてみたら、みんなの口から「楽しかった!」が返ってきました。
始まる前、「10時間も勉強したら死んでしまう」と言っている生徒も、終わる時には満足感・達成感で、「やって良かった」「楽しかった」「よくわかった」「もっとやりたい」と言ってくれます(「Ten Hours in Academy & 夏合宿」)。


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みんなとても静かに、集中して勉強に取り組んでいました。
重要ポイントのピンポイント講義プラス問題演習で、わからないところは先生が生徒一人ひとりについてフォローするというアカデミー独自のやり方です。
子どもたちが勉強嫌いになるのは、意味がわからないまま暗記を強要されたり、勉強を無理強いされるから。
勉強は強制的にではなく自発的にやって、意味がわかるなら楽しくなるものです。


私自身も小中高校生の頃、あれだけ勉強嫌いだったのに、大学に入ってから勉強の面白さにはまり、大学を卒業してからもずっと勉強を続けることになって、最終的に学校を卒業したのは34歳と、ほかの誰よりも長く勉強する結果となってしまいました。
ですから、中学生で「勉強が楽しい」と言える子は幸せだと思うのです。


ともあれ、夜の9時に FIVE/TEN HOURS が終わった時の生徒たちの満足そうな顔。
中1は FIVE HOURS がちょうどよい長さでしたが、中2はまだエネルギーがあり余っていたようで、来年からは中3同様 TEN HOURS にした方がいいかもしれません。
そして、そのあとジュースで乾杯し、スナック菓子を食べながら談笑したり、ふざけ合ったりする生徒と先生たちの幸せそうな顔顔顔。
これも一種の社会貢献だと思いました。塾教師冥利に尽きます。
生徒も先生もみんな、お疲れさまでした。
ああ、幸せ!感謝!みんな、ありがとう!


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自分のことは見えないもの

2012.08.07日

うちで飼っているラブラドールのラブは庭で放し飼いにしています。
この連日の暑さにバテ気味で、涼を求めて日陰から日陰へと移動します。
その中でもお気に入りの場所は玄関のポーチです。家の裏の方はもっと日陰がたくさんあるし、しかも風通りもよくてもっと涼しいのですが、なぜかポーチにいることが多いです。
ちょうどこんな感じです。
love9.JPG
でも伸びてしまって寝ていることが多いです。
ですから、家族の者が玄関のドアを開けて出入りするたびにラブが邪魔になります(ラブにしてみれば、私たちが邪魔なのでしょうが)
"Hey, Love! Move over! You're on my way. Hey, get up!"
(ラブ、そっちへ行きなさい。邪魔だよ。さあ、起きて!)
私はラブにはいつも英語で話しかけます。
日本語で話そうが英語で話そうが、どっちみち理解できなくて、何となく雰囲気で言われていることがわかるだけだからです。


ラブがいつも玄関で寝ているのは、やはり家族の顔を見たいからなのでしょう。
裏でひとりで(一匹で?)寝ているのは寂しいのではないでしょうか。犬ですらそうなのですから、人間はなおさらのことです。


さて、ラブがポーチに寝ているのは一向に構わないのですが、ただ一つ問題があります。
ドアを開けるときに邪魔になるというような程度のものではありません。
「臭い」です。
最近はラブラドールやゴールデンのような大型犬でも家の中で飼うところが多いようですが、うちなど毎日朝から晩まで仕事で、ラブの世話まで手が回りません。ましてや、家の中で飼うとなると最低でも週に1回はシャンプーしなければならないでしょうし、外でブラッシングをして毛を落とさないと、家の中は毛だらけになってしまいます。


それで家の外の庭で放し飼いにしているのですが、そうしょっちゅうシャンプーができるわけではないので、臭うのです。動物特有の「あの臭い」です。動物園のような。
私の毎朝の日課は、花壇の草花に水をやることと、ラブのうんちを掃除すること、そしておしっこをしたところをホースで水をかけながらデッキブラシでゴシゴシとやることですが、それでも臭います。
ラブ自身の体臭もなかなかのものです。たとえシャンプーしても、しばらくするとまたすぐに臭います。
娘が時々、家の風呂場でシャンプーするのですが、玄関から風呂場まで新聞紙で床や壁を防護して、そしてシャンプーしたあとの風呂場の掃除も大変です。
私も以前はよくやっていたのですが、今はやると必ずあとで腰痛になるので、最近は娘に任せています。


ちなみに、犬の嗅覚は人間の100万倍だとか1億倍だとかよく言われます。
私などは嗅覚はそれほど強い方ではありませんが、ラブの臭いには敏感な方です。
不思議なのは、私の嗅覚の何百万倍も強い嗅覚を持っているラブが、自分の臭いにはとても鈍感だということです。


いやいや、これは犬に限ったことではありません。
私たちも、「人のことはよく見えるが、自分のことは見えない」とよく言いますが、本当にその通りで、自分ではわかっているつもりでいますが、案外自分のことがわかっていない。
それでいて、誰それはああだ、こうだ、と人のことをよく云々します。


他人のことで何か言いたくなったら、「おっと、バックアップ、バックアップ!自分はどうなのだ?」と、自省する必要があります。
というのは、人も私たちのことを見て、同じように思っているからです。
完璧な人間などいません。ならば、お互いにありのまま受け入れるのが一番で、これが良い人間関係を築く第一歩です。
ペットと仲良くするのと同じです。


でも、明日辺りラブをシャンプーすることにします。もう私の嗅覚の限界を超えそうです。


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環境不適応症候群

2012.08.06日

ロサンゼルスから戻って10日あまりになりますが、この日本の蒸し暑い気候にまだ身体が適応していません。
気候だけでなく、慌ただしい毎日の生活にも適応していません。慌ただしいとは言っても、妻が私のことを気遣ってくれて、やっていることと言えば、ごく一部のバス送迎と小学生の個別ぐらいで、ほとんど仕事らしい仕事はやっていません。
それよりも何よりも、夢のような生活から現実の生活に引き戻されたことに対して適応ができていないのだと思います。


昨日は帰国以来初の完全休業日でしたが、身体がだるくて、昼寝、夕寝もしたのですが、それでもまだしんどくて、夜も早く床に就きました。
昨夜はぐっすり寝て、今日は久しぶりに大雨が降り、ずいぶん涼しくなりましたが、それでも体はまだ疲れていて、しょっちゅうあくびやため息が出ます。
気がつくと、呼吸が浅くなっています。


横になるとすぐに寝てしまう。送迎中に10分ほどの待ち時間があるとそのまま寝てしまう。病院の待合室でも寝てしまう。
この分だと、横にならずに縦のままでも、歩いていても寝てしまいそうな感じで、やはり疲れが出てきているのでしょう。


「お疲れが出ませんように」と、今回何人もの方々からご心配していただいていましたが、まさに皆さんの予感的中。
考えてみれば当然ですよね。全然旅慣れていない、しかもこれまでずっと仕事一筋で、遊ぶことも知らなかった者が、突然1か月もの長期休暇をいただいたのです。しかも毎日のようにあちらこちらに行って、いろいろな人に会い、これまでにしたことのないようなことを体験して、大型休暇を楽しんできたのですから、疲れていて当たり前です。


その上、気候や食生活、仕事など、生活環境がガラリと変わりました。そりゃ、疲れも出るでしょう。「疲れ」は出たくてウズウズしていたのではないでしょうか。
妻に言わせれば、「疲れが出ないということは、うちにため込んでおくということだから、むしろ疲れは外に出してしまった方がいいでしょう」。
なるほど、納得。


ということで、今はうちにたまっていた疲れを吐き出し、新しい環境に適応できるよう頑張っているところです。
おっと、危ない。「頑張って」はいけないのです。環境が変わった時、焦りや頑張りは禁物です。
環境に適応するためには、ゆったりとした気持ちで、時間をかけて、最初のうちはちょっと「怠けている」かのように見えるぐらいの方がいいのです。


人は誰でも、一生のうちに数え切れないほど、さまざまな変化に遭遇します。
受験や進学、転校、引っ越し、就職、結婚、出産、育児、家族や愛する人との別離、昇進、転職、病気、老いなどの大きな変化もあれば、新しい友との出会いや恋愛、喧嘩、別れ、ペットとの死別等など、挙げ出せば切りがありません。


私の今回の環境不適応症候群なんて取るに足りないような些細なものです。それですら、気をつけないと心身の調子を崩すのですから、ましてや人生における大きな変化の時には、焦らず、頑張らないように気をつけなければなりませんね。


とどのつまり、健康な人や強い人とは、人生における大小様々な変化に、焦らず、頑張らず、うまく適応できる人なのかもしれません。
私もそのような生き方を目指します。


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晴れのち嵐のち晴れ

2012.08.05日

帰国して以来この10日間、ずっと猛暑、熱帯夜続きで、体も精神もバテ気味です。
しかし、昨日、朝は曇り空で午後には少し雨が降って涼しくなり、ようやく一息つけました。
天気予報では、これから4日間ほど曇りが続くようで、朝夕は寒いぐらいだったロサンゼルスから戻ってきたばかりの私にとっては本当にありがたい、と思っていたのですが、今朝はまた雲一つない青空が広がり、早朝から猛暑です。
今年は世界中で記録的な暑さや干ばつが起きていて、どこも大変のようです。


20年近く前のことでしょうか、記録的な冷夏が日本を襲ったことがあり、この時はエアコンや冷蔵庫などの家電物がほとんど売れず、さらに海水浴場やプールは閑古鳥が鳴き、大雨と台風の影響もあって穀物、野菜や果物は品薄になり高騰したことがありました。


考えてみれば、地球も生きていますから、かんかん照りで雨が一滴も降らないところもあれば、片や大雨で洪水になるところもあります。
摂氏40度を超えるような猛暑の地域もあれば、零下40度という信じられない極寒の地もあります。


私たちの人生も同様で、晴れの時もあれば、大嵐の時もあります。


トヨタ自動車グループは、事業規模が急拡大していた2007年、世界生産台数で、米ゼネラル・モーターズ(GM)を抜いて初の世界一に立ちました。
しかしその後、リーマン・ショックや大量リコール、東日本大震災などトリプルパンチを喰らい、業績はここ数年落ちてきていました。
ところが一昨日、2012年の世界総生産台数が1005万台になると発表しました。今年4〜6月期連結決算(米国会計基準)では、前年同期の1079億円の赤字から2年ぶりに黒字転換。売上高は前年同期比59.9%増の5兆5015億円、税引き後利益は前年同期の約250倍の2903億円だそうです。


3年前にトヨタは380万台というアメリカ史上最大となるリコールがあり、GMのCEO(最高経営責任者)は、今年6月の株主総会で、「昨年の米国のリコール台数のうち、日系メーカー2社だけで半数近くを占めたが、GMは全体の3%未満だった」と自社の高品質をアピールしました。


しかし、中立的立場にある米国のコンシューマー・レポートが出した「最も信頼ある車トップ10とワースト10」の結果を見ると、最も信頼ある車トップ10はトヨタ・日産・ホンダの日本車が独占しました。
逆にアメリカ車はワースト10のうち4台を占め、欧州が5台、日本車は1台だけ。


おそらく、アメリカは自国の自動車メーカーを守る目的で日本車に多くのリコールを出しているのでしょうが、皮肉なことにこのリコールがかえって日本車の質とサービスの向上を促し、信頼度トップ10を独占する結果につながっているのです。
リーマン・ショックも史上最大のリコールも東日本大震災も、トヨタにとっては大嵐だったでしょうが、これが「のち晴れ」につながったのです。


だれでも順風満帆な「晴れ」を望みますが、人生、そううまくはいきません。
大嵐のような試練の時がだれにも必ずやってきます。しかし、そのような時、「嵐」に腐ったり、めげたりしてしまわず、「嵐のち晴れ」を信じて耐え忍び、嵐の只中でのちの「晴れ」のための準備をしっかりしておくなら、事態は必ず好転し「晴れ」の日を見ることができるようになります。


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心が痛むいじめの問題

2012.08.04日

1か月間の訪米中、日本のニュースから遠ざかっていましたが、ある日、池原さんのお宅でテレビニュースを見ていたら、日本でいじめの問題が大きくクローズアップされていることを知りました。
いじめの問題は、いじめられている本人のみならず、家族や周囲の者までも巻き込み、みんなを不幸にします。
いじめが原因で命を絶った人はこれまでいったいどれぐらいいることでしょうか。


実は私も、中学1年の時、執拗ないじめに悩まされ、死にたいと思ったことがありました。
小学校の卒業式の翌日にまったく知らないところに引っ越してきました。
新しい中学での生活が始まり、周りに友達がひとりもいなくて寂しい思いをしていたら、近所に住む同じクラスの二人の男の子が声をかけてくれました。それからあっという間に彼らと親しくなり、毎日遊ぶようになりました。


ある日、そのうちのひとりが私について変な噂を流し始めたようです。
「街からやってきた舟田は大会社の社長の息子で大金持ち。家には自家用の飛行機もあるらしい」云々。
周りの子たちから異様な目で見られるようになり、その噂を打ち消すのにひと苦労しました。
そうこうしているうちに、その生徒が悪い仲間と一緒になって、私に対するいじめを始めるようになりました。
「舟田、掃除さぼるなよ」
「いや、さぼっていない。ちゃんとやっているじゃないか」
「だれもお前がさぼってるなんて言ってないだろ。さぼるなって言ってるだけだ」
次第にいじめはエスカレートしていきました。事あるごとにいちゃもんをつけて、責め立ててきました。
来る日も来る日もいじめられ、もう毎日が憂鬱で、学校に行くのが苦痛になりました。
クラスの他の生徒たちはそれを見ていて見ぬふり。
しかし、ある日、隣の席に座っていたひとりのおとなしい子が味方になってくれ、気にする必要はないよ、と声をかけてくれました。
これがどれほどありがたかったことか。


その後、両親にいじめられていることを泣きながら伝えました。
それを聞いた父が立ち上がってくれました。
「その子の家に行って、お前が自分の口で、これ以上いじめないでくれ、と言いなさい。自分は口ははさまないけど、通りの角でお前たちが話しているところを見ていて、もし何かあったら助けに行くから」と言ってくれました。
そこで勇気を持って、その子の家に行き、このいじめの問題で自分はとても苦しい思いをしている、もうこれ以上続けないでくれ、とはっきりと言うことができました。
近くに立っている父の姿が目に入って、彼も少し恐れたのか、それでいじめはピタリと止まりました。
ひとりで悩んでいなくて良かったと心底思いました。


しかし、その後も別の子に電車のホームの裏に連れて行かれ殴られそうになったり、修学旅行の時にも別のクラスの子の部屋に呼び出されて数人に取り囲まれ、暴行を受けそうになったことなどもありましたが、その都度、近くにいた誰かが助けてくれました。


生徒間で行われているいじめを、たとえ目撃していても、あるいはほかの生徒から報告を受けていても、教師が見て見ぬふりをしていたり、問題が公けになると、学校ぐるみでいじめを否定したり、もみ消そうとするなど、本当に情けない話です。
さらに、最近のニュースを見ていると、巡査部長や警察官が一緒になって同僚の女性警察官に対して服を脱がせるなどのセクハラを行ったり、別の警察官らが少女に対して集団暴行を働いたり、また市や県の職員などが電車内で痴漢行為をしたり、セクハラをしたり、学校の教師が女子生徒と関係を持つなど、ここまで来るともう呆れて開いた口がふさがりません。


いじめとは子どもの間の問題だけではありません。
大人の社会においても、しかも庶民を守るべき立場にある警察官や市・県の職員、教師までもが弱い立場にいる女性や子どもに性的嫌がらせや暴行などの破廉恥行為をしているというのは、これこそまさにいじめそのものです。
学校関係者が隠蔽工作をするのもいじめ行為です。
しかも、世界の中でも例外というぐらい平和で安全な国と言われている日本国内でさえ、毎日のようにこのようないじめがあらゆるところで行われているのです。


しかし、このようなことは最近になって始まったことではなく、昔から常に起こっていました。
これはモラルの低下云々の問題ではなく、人間の心の内に潜む恐ろしい罪の性質のゆえの犯罪行為です。
この根本的な問題を解決しない限り、懲戒免職や懲役刑などの重い実刑判決を課したとしても、決して後を絶つことはないでしょう。


私たち人間は、犯罪を犯す犯さないを問わず、ひとりの例外もなく、神様の前にはみんな罪人(つみびと)です。
この罪の問題の解決なしに、平和で安全な国、幸せな人生など築けるわけありません。
今、私たちが行っていることは、いわば砂上の楼閣作りのようなものです。
日本国民みんなが一度立ち止まって、自分の心の内を再点検し、問題解決のための糸口を真剣に探し求め話し合い、それを実際に行動に移さなければならない時が来ています。


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金より銀、銀より銅

2012.08.03日

世界中の人たちが今、オリンピックに酔いしれています。
当然のごとくみんな自分の国の選手の活躍を期待し、応援しています。
選手たちはみんな4年に1回のこの本番のために、それこそ死にものぐるいで辛い練習に耐え準備してきました。
ですから、トップアスリートが頂点である金メダルを狙うのは当たり前のことでしょう。
しかし、昨日のバドミントン女子ダブルスで、強豪ペアや自国ペアとの対戦を避けようとした計算づくの「わざと負け」は本当に見苦しく、スポーツ精神にもとるのは誰の目にも明らかでしょう。
中には狙っていた金メダルが取れず、銅メダルになったのが面白くなくて、「もうどうでもいい」とふてくされた態度を露骨に表す選手がいたりして、観客のみならず世界中の人たちをがっかりさせているケースもあります(「銅もいいっ!」だったら問題ないのですが)。
逆に、昨日の北島康介選手のように、後輩に銅メダルを持っていかれても「自分のレースができたので悔いはない」と言える人は人格的に立派で、幸せな人だと思います。
4年前の北京五輪の銀メダルを手にした時、母親が「銀という字は金より良いと書く」と言って励ました結果が、内村航平選手の今回の体操・個人総合での金メダルにつながっています。


「銀メダルになって悔しい」「一からの出直しだ」「世界の壁は厚い。自分の力はまだまだだ」などのような反省と向上心につながるコメントは立派だと思います。
しかし、金メダルが取れなくてふてくされる態度や、金メダルを取るための「わざと負け」は、一体何のためのスポーツなのかと思わされます。
「オリンピックは、勝つことではなく参加することにこそ意義がある」がオリンピックの精神ではなかったのでしょうか。


そもそも歴史を見ると、金も銀も銅もそれぞれの時代や国において価値は絶えず変わってきています。だから「銀は金より良い」とか「銅は金と同じ」といった声が聞こえてくるのです。
つまりすべては受け止め方なのです。
銀メダルや銅メダルを取って、それを踏み台にして次回、金メダルを目指すなら、その銀や銅は金と同等の価値があります。また、銅メダルを心から感謝して受け取り、観衆に笑顔で応援に応えるなら、これは金以上に価値があります。
かたや、金メダルを取ったものの、その後いい成績が出せず、自分に失望落胆して自殺した人すらいます。
それならむしろ、初めから金メダルなど取らなかった方が良かったということにもなります。


私たち一般人は、オリンピックとはまったくかけ離れた別世界に生きていますが、しかし私たちも一人ひとりがやはり人生における「金」「銀」「銅」メダルを手にすることはいくらでもあります。
人と競争して「金」「銀」「銅」が取れなくてもいいのです。
一生、日の目を見ることなく、平凡な人生を送ったとしても、その人が自分の仕事に一生懸命打ち込み、また家族を大切にし、自分で満足できる幸せな人生を生き抜いたとしたならば、それはもう立派な金メダルです。
逆に、仕事でいくら大成功を収め、地位や名誉や財産を得たとしても、ポール・ゲッティのように、自分の財産を狙う家族などの骨肉の争いを目の当たりにしていたら、これはもう人生の敗北者です(「本当の幸せとは」)。


結果は大切です。しかしそれ以上に大切なのは経過、プロセスです。
相対性理論を生み出したアインシュタインは、過去・現在・未来という考え方は幻想に過ぎない、あるのはただ現在のみだ、と言いましたが、これは実に深い言葉です。
過去に生きていると「後悔」か「高慢」という罠に陥りやすいですし、未来にばかり目を向けていると、地に足がつかない「失望」や「楽観」という失敗の人生を歩むことにもなりかねません。
私たちが生きることができるのは、常に現在のみです。一瞬一瞬の現在の積み重ねが未来につながっていくのです。


私たちがこの世での人生を終えて、神の前に立った時、
「善かつ忠なるしもべよ、よくやった」
と言われて、義の冠をいただけるというのは何という恵み、大いなる特権でしょうか。


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ケセラセラ なるようになる!?

2012.08.02日

今回、1か月の訪米旅行に出かけましたが、その理由は自分自身を変えたいと思ったからです。
ここ数年心身ともに調子を崩して、大小様々な病気を次々と経験し、それに伴い魂の健康状態もあまり良くありませんでした。
心身魂のたて直し、リフレッシュが必要だったのです。


ですから、積極的に、貪欲にいろいろなことに取り組みました。
参加した3つのキリスト教修養会では、神様からのメッセージに傾聴するだけでなく、自らいろいろな人に声をかけ、親しく交わるよう努め、人々を通して語られる神様の声にも心の耳を傾けました(「人種のるつぼ」)。
また、ホテルに宿泊するのではなく、知り合いの方のお宅や、つてを通じての方々のお宅にも泊めていただいたりしながら、交流の輪を広げるよう努力しました。


これまでの自分だったら絶対にやらなかったと思われるキャノピーツアーというものにもチャレンジしました。これは、森の中の木と木を結んだワイヤーにぶら下がって高いところを結構高速で滑って降りていくものです(「よく遊び、よく学べ」)。このほか、山の中をひとりで散策したり(迷子になりましたが)、運動音痴の私ですが、アーチェリー、釣りやゴルフ、テニス、ジムなどのアクティビティも試してみました。


サンタモニカでは、お世話になっていた池原さんご夫妻のお宅から、昔よく行ったサンタモニカビーチまで6キロほど歩いていって、ピア(桟橋)で出会ったシカゴから来られたご夫妻に声をかけてしばし会話を楽しんだりしました(「懐かしのサンタモニカ」)。


積極的にいろいろチャレンジしていたので、多くの方から若く見られました。
息子の直人と兄弟と見られたことが何度もありました。
キャノピーツアーを試した時も、私の娘と同じ年頃の若い女の子を誘って一緒だったせいか、同じグループにいたドイツ系移民のご夫妻からはカップルと見られたようで、「35歳ぐらいですか?」と尋ねられたこともありました(やったーぁ!でも、啓子ちゃんにはごめんなさい)。


とにかく、あらゆることに貪欲に取り組んだため、直人を始めいろいろな人の協力を得て、行きたかったところすべて、そして会いたかった人みんなに会うことができ、さらに予想だにしなかった新しい方々との出会いもたくさんあり、300%満足の1か月でした。


帰途につくLA空港では、椅子に腰かけて待っていた時、隣りの女性が日本語の本を読んでいらっしゃるのに気づき、日本の方ですか、と声をかけました。
最近アメリカの大学を卒業されたばかりのまだお若い方でしたが、お話を伺っているとアメリカ人とご結婚されていることがわかりました。さらに話が進むと、ご主人はアーミー(陸軍)の軍人だそうで、今アフガンに赴いていらっしゃるとのこと。
私は心が痛み、ご心配ですね、と言いました。
この時、彼女の口から出てきた言葉は意外なものでした。
「心配したところでどうなるものでもなく、なるようにしかならないので、心配していません」。
私は、すごいと思いました。


なるほど、「ケセラセラ なるようになる」というわけなのですね。
英語の歌詞は "Whatever will be, will be." で、「なるものはなる。なるようにしかならない」というような意味です。
これは、ビートルズの歌、Let It Be (なるがままに)にも通じる考え方です。


もしも、神様が存在しなくて、 何事もその時の運まかせにするよりほかに選択肢がないならそれでいいでしょう。
でも、全知全能、絶対善、愛なる神様の完全なご計画(摂理)にすべてを委ねるなら、たとえ同じことが起こっても、受け止め方は180度変わってきます。
すなわち、キリスト者というものは、自らなすべきことは最善を尽くしてなしますが、あとは「なるにまかせる」のではなく、「神のみ手に委ねる」のです。
「ケセラセラ なるようになる」と一見よく似ているようにも思われますが、実は天と地ほどの開きがあります。


鉄道事故の実話をもとに三浦綾子さんが書いた『塩狩峠』の映画版では、この物語のテーマともいえる次の讃美歌が何度も歌われていました。
わが主イエスよ、あいの御手に
身もたまをもゆだねまつり、
禍(まが)に幸 にわれ言わまし、
「主よ、みこころなさせたまえ」

(讃美歌365番)


僭越ながら私も、自分のなすべき分をなしたあとは、神様の御手に委ねています。


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私は足を洗いました

2012.08.01日

「私は足を洗いました」
と言うと、今まで何か悪いことをしていて、それから離れることにしたというような意味で使われます。
実は私も、あることで足を洗うことにしたのです。


ロサンゼルスを発つ日、空港に向かう前に、郊外のグレンデールという街にあるフォーレスト・ローンという墓地に行ってきました。ここは私のお気に入りのところで、これまで何度ここに行ったかわかりません。
数日前にも行ったのですが、時間が少し遅く、建物が閉じられていて、何も見ることができずに帰ってきていました。私はもう諦めていました。すると、直人が空港に行くまでにまだ時間があるから行こう、と言って空港とは正反対の方向のフォーレスト・ローンに車で連れて行ってくれました。


この建物の中にあるのはかの有名なレオナルド・ダビンチの「最後の晩餐」のステンドグラス(横約9.2m×縦約4.6m)です。


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実際のイエス・キリストの最後の晩餐がどのような光景であったかは知る由もありませんが、聖書によると、この晩餐の後、イエスは12弟子たち一人ひとりの足を洗い始めたとあります。
当時、足を洗うという行為は最も卑しい、奴隷の仕事とされていました。身を屈めて、ひざまずき、サンダル履きで汗と砂で汚れていたきたない弟子たちの足を、こともあろうに師であるイエスが洗い始められたのです。


sensoku.jpg


実は、これは謙遜の行為を表しています。また、イエスが弟子たちを、ご自分を裏切ったユダさえも最後の最後まで愛し抜かれた愛の行為でもありました。


ロサンゼルスを発つ前日までLA郊外のオンタリオで開催されていた南カリフォルニア・クリスチャン・リトリートでイタリアから来られた講師の内村伸之先生のお話の中で、このイエスの洗足のシーンが語られ、私はとても心動かされました。この出来事はこれまでにも数え切れないほど聞いていて、よく知っている話です。しかし、今回は心の中を探られました。そして、私は心にひとつ決めました。


それからちょうど1週間目の昨夜、その時がやってきました。
私は妻に「足を洗わせて」と言って、イエスさまに習い腰を屈めて、妻の足を生まれて初めて洗いました。
心を込めて、指一本一本を、指と指の間も丁寧に、きれいに洗いました。
妻は一瞬戸惑っていましたが、リトリートで洗足のテーマが語られたので、とだけ伝えました。
妻は言いました。
「『手当て』というぐらいだから、本当は私があなたの足を洗って、あなたの癒しの手当てをしなければならないのに」。
おそらく妻には私の意図はわかっていなかったことでしょう。


リトリートの最後の日の朝、お証しをさせていただく場が与えられ、私は帰国したら妻の足を洗う決意をしたと皆さんにお伝えしたのです。
これまでも私は亭主関白とはほど遠く、常に妻のために、また子どもたちのために尽くしてきたつもりでした。しかし、まだまだ謙遜というにはほど遠く、妻が私にいろいろなことをしてくれるのは当たり前のこと、と思っている節がありました。
そのことを示されたので、自らを謙遜にし、妻に対する愛情表現のひとつとして、そして1か月の長期休暇をいただいたことに対する感謝の気持ちを込めて、足を洗うことを心に決めていたのでした。


洗った結果はというと、妻は気持ちよさそうにぐっすり眠りました。
私も幸せな気持ちでよく眠ることができました。


たとえ夫婦といえども、互いに仕え合う、それを行為で示すことはとても大切です。
足を洗うことはひとつの象徴的な行為ですが、日常の生活の中で、言葉遣いや態度など、いくらでも感謝の気持ちを伝え、また相手に仕えることはできます。私はこれを機に謙遜を学び、身につけていきたいと願っています。
イエスさまはおっしゃいました。
「わたしは、新しいいましめをあなたがたに与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」
(ヨハネによる福音書13:34)


私は、これまでの自己中心だった生活から「足を洗う」ことにしました。


リトリートに誘ってくださった鶴田先生、ありがとうございました。
今回の旅行を締めくくるにまことにふさわしいテーマの修養会でした。
感謝。


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