学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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キリスト教会は3K?

2012.07.31日

「酒、タバコ、飲まぬ宗旨ヤソ教(キリスト教)は、アーメン道(ああ、面倒)の宗旨なりけり」
明治時代にでも詠まれたような感じの歌ですが、日本では昔からキリスト教会に対しては「固い、暗い、厳しい」という3Kのイメージが持たれているようです。
(3Kについては記事「塾の仕事は3K」も参照)


しかし、今や多くのキリスト教会では、プレイズソングという新しい歌が歌われ、中には若者対象にバンド演奏などもあり、明るい、楽しい、元気あるイメージに変わりつつあります。
教会には若い女の子も多く、一部では「きれい、かわいい、キリスト教」などとも言われているそうです。


このたびの訪米旅行で再会を楽しみにしていた、私の親友の鶴田牧師などは、上の「固い、暗い、厳しい」の3Kとは正反対の3Kのイメージです。


私が彼を3Kで描写するとしたら、「快活、勤勉、健康」です。
性格は実に明るく、積極的で、誰にも気やすく話しかけ、すぐに親しくなり、その人のことを心にかけて決して忘れません。
そして、勤勉です。常に新しいことを研究し、毎週教会の講壇から語る聖書のメッセージ、またメールマガジンで送ってくるブログも、理路整然としていて、聴く者・読む者の知的好奇心を満たすだけでなく、心を揺さぶる熱い内容のものです。


さらに鶴田牧師は健康のお手本のような人物です。
最近受けた血液検査の結果は、すべて最高の健康体の数値だったそうです。ただ一つ、不整脈があるそうですが、普段から食事や運動に心を配り(「ジムを初体験」)、同時に聖書から魂の養いもしっかりと受けていらっしゃいます。


以下は、ラスベガスのご自宅に泊めていただいた時に聞いた話です。
鶴田さんは学生時代は柔道をやっていました。毎晩3合のご飯と大きいフライパン山盛りの野菜炒めを食べていたそうです。
ある時、建築現場でブロックを運ぶアルバイトをしました。
トラックから降ろされて山積みされているブロックをエレベーターのところまで運び、エレベーターで各階まで運んだ後、そこからブロックを使う壁面まで運ぶ仕事です。
現場監督にその働きぶりが認められた彼は、ブロックを運ぶ仕事を請け負います。
柔道や空手、フットボールなど運動系のつわものたちををリクルート。
ほとんどの学生は片手にブロックを1個ずつ持つところ、鶴田さんは片手に2個ずつ持ちました。1足200円もした厚手の革手袋が毎日2足ボロボロになって潰れたそうです。
体力に自信のある学生のほとんどが3〜4日しか体がもたず、長く続いた人でも9日間でした。
鶴田さんはその過酷な仕事をなんと1か月半も続けました。
1個運んで10円。当時の肉体労働で一番良かった日給は3000円。
今から40年前としては破格の40万円を稼ぎました。
単純計算で、1日に4個ずつ225回運んで9000円。これを45日間続けたことになります。
柔道をするにも筋トレなどで身体を鍛える必要があるから、それなら一石二鳥で身体をトレーニングしながらお金になる方がいいと、積極思考でやり抜いた、と言います。
体の弱い私など、想像もつかない世界です。


キリスト教というのは体や心が弱い人たちが助けを求めていくものだ、と一般の人たちは思うようです。私自身、自分も弱い人間だったにもかかわらず、そのような見方をしていました。
でも、鶴田牧師など、怖いものなしと思われるほど、心身ともに頑健な人です。


彼は最初、私と一緒に「固い、暗い、厳しい」イメージのキリスト教を批判をしていましたが、ある日、キリストにとらえられて、それまでビジネスで成功を収めておられたのに、それら一切を捨ててキリストに従う決意をし、牧師になられたのです(「VIP」)。


キリスト教は決して「固い、暗い、厳しい」の3Kではありません。
むしろ、人生の意味と目的を教え、明るく、力強く、幸せに生きる道を教えてくれるものです。
同じ価値観を持ち、お互いに心開いて何でも語り合える無二の親友、鶴田牧師を私は心より誇りに思い、尊敬しています。


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二十年ふた昔

2012.07.30日

「十年ひと昔」と言いますが、今回の私の訪米は20年ぶり。
まさに「二十年ふた昔」で、まるで浦島太郎のようでした。


まず、飛行機から。
前は客室前方の大きなスクリーンに、あらかじめ決められた映画がプロジェクターで映し出されて上映されていました。しかし、今や各席ごとに前の座席の背もたれに取り付けられた専用液晶パネルがあり、それを操作して好きな映画やテレビ番組、ラジオ番組、いろんなジャンルの音楽、各種ゲーム、マネージメントやリーダーシップ、語学等の学習、コンピュータの接続など、好きなことができます。私は韓国語の勉強をしましたが、最後の確認クイズはまあまあの成績で、十分に楽しませてもらいました。
機内食も格段に質が上がり、フライトアテンダントの笑顔もサービスも大きく向上しました。
空港に到着する前に、「ただ今の現地の時刻は◯時◯分です。時計の針を合わせてください」というアナウンスはなくなり、iPhoneが自動的に現地時間を表示してくれます。


ロサンゼルスに着いて最初に驚いたのは、空港の警備の厳しさ。とくに9.11以降のテロ対策で、入国の際には両手10本の指の指紋を取られました。
出国の際はさらに厳しく、靴を脱ぎ、ベルトも外し、それでもセキュリティゲートで引っかかり、両手に薬品などが付いていないか検査されました。私のような善良な市民を捕まえて、まったく!


空港を出ると、走っている車は日本車がものすごく増え、プリウスのタクシーがたくさん走っているのに驚きました。
かつて金持ちの象徴だった大型のアメリカ車はすっかり姿を消し、そのほとんどが日本車サイズに。また、昔よく見かけたひどいポンコツ車はあまり見かけなくなり、ほとんどがきれいな車に変わっていました。


次に驚いたのは、フリーウェイの数が増え、車線も増えているのに、どこもしょっちゅう渋滞していること。
フリーウェイの上り線と下り線の間にメトロという鉄道が走っているのにもびっくり。
その昔、ロサンゼルスの鉄道網は自動車会社の陰謀によって全部撤収され、家族一人ひとりが車1台を持つ完全な自動車社会になりました。
しかし、交通渋滞とスモッグがひどくなり、ようやく鉄道を新たに敷き始めたのです。しかし、その鉄道は、日本のように縦横に張り巡らされていず、極ごく一部だけで、空港行きの一番利用されそうな線ですら、空港の手前までしか通じていず、客はそこで降りて後はバスがタクシーに乗り換えなければならないという始末。本数も少なくて不便極まりなく、利用する人はごく僅かなため、2両編成や3両編成など。
みんな何とかしなければならない、とは思っているのですが、どうしていいのか分からず、とりあえずフリーウェイを増やしているというのが現状のようです。


かつては日本人観光客がものすごく目に付いたのに、今回は全く見かけず、代わりに増えたのが中国人。どこに行っても中国人に出会い、あちらこちらから中国語が聞こえてきました。留学生も日本人は少なく、中国人が圧倒的に多くて、日本と中国の現在の経済力を如実に表しています。
ショッピングモール、アウトレットでは以前見かけなかったファッショナブルなメキシコ人が増えていました。


次に貧富の差の拡大。
ロサンゼルスを発つ日、私のお気に入りのフォーレスト・ローンというひと山全体という広大な墓地へ行ってきました。映画館のスクリーンの3倍ほどもある、キリストの十字架と復活を描いた巨大な油絵が劇場のようなところで見られるので有名です。
頂上の駐車場に着くと、覆面パトカーや爆弾処理車を始め、パトカーが数十台止まっていて、騎馬警官もいます。この物々しい警護は、誰か有名人の葬儀の護衛のためです。
「本当の幸福とは」に書いたゲティセンターとゲティヴィラのような世界中の美術品を買いあさり、それを無料で公開するような億万長者がアメリカには何人もいます。
かたや、交差点で止まっている車の窓をたたいて回り、お金を無心するホームレスも今回たくさん見かけました。80歳代と思われる顔がしわくちゃの老婦人もいれば、まだ30代ぐらいの若者もいます。アメリカを襲っている不景気、貧富の格差は日本の比ではありません。


あと驚いたのは、中高年の肥満の人が前よりもずっと増えていたこと。
しかも、アメリカ人の肥満はハンパない相撲取り並み。脂肪と蛋白、カロリー、糖分の摂り過ぎで、しかも車社会で運動しないからです。私の感触では肥満率は50%ぐらいに見えましたが、統計では36%で断トツの世界一。ちなみに日本は、OECD34カ国中最下位。どうりで長寿国なわけです。


20年前に知り合った、当時学生だった人たちは今や立派な社会人、家庭人、会社経営者などに。
現役の壮年だった方は老年に。当たり前のことですが。


変わらなかったのは、お世話してくださった皆さんの愛情。
聖書の言葉。
「愛はいつまでも絶えることがない」(コリント人への手紙第一13:8)


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「振り込みました」詐欺にご注意!

2012.07.29日

「30代後半のパート女性。夫が自営業で収入が不安定なため、毎日どんよりした気持ちでいます。
夫は仕事でも家庭でも頑張ってくれていますが、家計は苦しいです。私のパート収入で埋め合わせていますが、貯金がまったくできません。宝くじでも当たらない限り、家計がよくなる気がしません。
30代前半までは、未来を信じて明るく生きてきました。でも今は、子ども2人分の教育費や家賃などがのしかかり、老後資金も考えると不安だらけになります。夢を持てないのです。
節約のことばかり考える日々では、なかなか明るい気持ちになれません。趣味のDVD鑑賞も楽しめないし、睡眠をしっかりとってもスッキリしません。
母として妻として、もっと強くならねばと思うのですが、今のままだと、少し悪い出来事が起きただけで、心の病気になりそうな気がします。前向きに生きていくため、どうすればいいでしょうか。(大阪・Y美)」

(読売新聞7月29日付「人生案内」より)


Y美さんに朗報です。
つい今しがた、次のようなメールが私のもとに送られてきました。


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つい先日も知らない英文サイトから同様のメールが入り、こちらの方は76万ドル、日本円にすると何と6000万円です。これを受け取るために下に必要事項を記入して返信してください、とありました。


「やったー!宝くじが当ったぁ!」
いいえ、これらは全部間違いなく詐欺です。
「振り込め詐欺」に代わる新手の「振り込みました詐欺」です。
だって、なんにもしてないのに1000万円や6000万円をただでくれるなんて、いったいどこにこんな奇特な人がいるでしょうか。
常識で考えて分かるでしょう。


でも不景気が底をついている今、上の相談者のY美さんのように、生活が追い詰められている人や、先が見えない人がたくさんいます。そして、こういった人たちがこれらの詐欺に引っかかりがちで、さらにどん底に追いやられてしまい、中には自殺や一家心中をする人もいるのです。
でも、「夢を実現させる」方法がただひとつあります。
それは、どうしても夢を実現させたいという強い願望と必ず実現できるという信念を持つことです。
この方法で、生活保護受給者から億万長者になった人だっています(「人生は出会いで決まる」「成績不良から億万長者に」)。
だめだとか無理だ、と思ったらその瞬間にすべての可能性の芽が摘み取られてしまいます。


私自身、その昔、留学していたときそれを体験しました。この体験をとおして夢を見ることの大切さを確信しています。たとえ目の前がどのような状況であったとしても、夢を見ることは誰にでもでき、しかもお金は一銭もかかりません。
だから、私は声を大にして、「すごい夢を見よう!」とこのブログの中で何度も訴えているのです。


人生、生きていたら誰でも経済的な問題に限らず、さまざまな問題に遭遇します。
でもそれに負けてはいけません。
必ず道は開けます。


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時差ボケ?

2012.07.28日

昨日、事故なく帰国しました。行きの飛行機で全く眠れなかったので、帰りは寝ようと決めていて、リラックスできるようビールもワインも飲んだのですが、結局一睡もできず、帰宅して眠りに着いたのは25時間後。徹夜したのと同じです。
朝は遅くまで寝てようと思って、1か月ぶりに日本の風呂にゆっくりつかり、疲れを癒し、床に就きました。


夢うつつで目が覚めた時、頭が働かず、「ここはどこ?私は誰?」のような状態でした。
この1か月間、いろいろな人の家に泊めていただいたり、ホテルに泊まったりしていたので、頭がすっかり混濁していました。
最初、38年前に住んでいたロサンゼルス近郊のカルバーシティの両親の家かと思いました。
でも考えてみたら、今までずっと直人と一緒に旅行していた。直人は私の息子じゃないか。すると、私には妻がいることになる。
えっ?結婚していたんだっけ?じゃあ、妻って一体誰だったんだ?
あっ、なーんだ、貴子じゃないか。
すると、ここは貴子の家?
貴子の家ということは自分の家じゃないか。自分の家はどこだった?ロサンゼルスだった?
目を開けると、布団の横に畳が見える。何?畳ということはここは日本?
私は日本のどこに住んでいたのだ?
足元がふらふらしながらトイレへ向かい、ようやく平塚の自宅だと分かりました。


朝5時半だというのに、家の中は既に酷暑。
汗がドッと吹き出してきました。
「これが時差ボケというやつか。いや、待てよ。これは『爺さんボケ』だぞ。ヤバイっ!」
などと考えていたら、その後ずっと眠れなくなり、結局睡眠時間は3時間半ほど。
疲れたらまた後で寝ればいい、と思って起きたのですが、結局寝ることはできませんでした。


とにかく暑い。
日本は猛暑ですよとロサンゼルスを発つ前に人から言われていましたが、日本の夏がこんなに暑いとは。猛暑(もう、しよう)がないと腹をくくりました(今晩のおかずはサーモンです。三文の得です、っといったロサンゼルスの人たちの間で大流行のダジャレがうつってしまいました)。


帰国して二日目にしてもうロサンゼルスが恋しくなりました。
皆さんがとても親切にしてくださって、いつでもまた遊びに来てください、いっそのことアメリカに永住しに来てくださいなどと何人もの人に言われ、半分その気になりかけています。
それほどロサンゼルスは私にとって居心地のいい、大好きな魂の故郷です。
まるで天上の世界から下界に降りてきたような感じです。


でも、そんなこと言ってられないので、頑張ります。そのために1か月もロサンゼルスに行ってたのですから。
皆さん、覚えてお祈りください。


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日本に到着!

2012.07.27日

神様のお守りのうちに安全に日本に戻りました。お祈りを感謝いたします。
今、成田エクスプレスで自宅に向かっているところです。


この1か月間、本当に数えきれないほど大勢の方々にお世話になりました。お一人おひとりにお礼の気持ちをお伝えしたいのですが、この場を持ちまして衷心からお礼申し上げます。


また、今回新たにお知り合いになった方々にも心から感謝いたします。
これまでの私の人生でこれほどの幸せを味わったことはありません。
とくに皆様方とお交わりしている時、あまりにも幸せで夢を見ているのではないか、もう天国に来てしまったのかと、何度も思ったほどです。


振り返れば、息子の直人に促されてロサンゼルスに行くことを決意し、翌朝一番に戸籍抄本を取り、その足でパスポートの申請に向かいました(「善は急げ!」)。
1週間後にパスポートが下りて一番早いフライトを予約したところ、ロサンゼルスに着いた翌日から修養会が始まり、それが終わった翌日からまた別の修養会。そして、最後の修養会が終わった翌日にロサンゼルスを発つというまさに神様がご用意してくださった奇跡の日程でした。


その間を縫うようにして魂の故郷である母教会を始め、直人がお世話になっている教会、親友の鶴田牧師が牧会する教会を訪ね、さらに昔通った大学や神学校、教えた学校なども全部回ることができました。
そして、お会いしたかった方々みんなと会うことができ、敬愛する主に在る兄弟姉妹方のお宅に泊めていただき、ご馳走になり、親しいお交わりをいただいたりして、もう何も思い残すことはありません。


昨日、ロサンゼルス空港に行く前には、私のお気に入りのグレンデールのフォーレスト・ローンに直人に連れてもらうことができ、もう何もかもパーフェクトでした。


ロサンゼルス空港で。


お世話になった皆さん、私に代わって留守を守り穴を埋めてくれた先生たちや妻や息子・娘に、1か月間私と行動を共にし貴重な体験をさせてくれた直人に、そして背後にあって祈ってくださっていた皆さんに心より感謝いたします。


皆さんお一人おひとりのおかげで、当初の目的であった「命の洗濯」が十分にでき、心身魂すべて元気になって帰国しました。
感謝とともに皆さんにご報告させていただきます。


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FOOTPRINTS(あしあと)

2012.07.25日

One night I dreamed a dream.
ある夜、わたしは夢を見た。
I was walking along the beach 
with my Lord.
わたしは、主とともに、なぎさを歩いていた。
Across the dark sky flashed scenes from my life.
暗い夜空に、これまでのわたしの人生が映し出された。
For each scene, I noticed two sets of footprints in the sand,
どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた。
one belonging to me and one to my Lord.
ひとつはわたしのあしあと、もう一つは主のあしあとであった。
When the last scene of my life shot before me
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、
I looked back at the footprints in the sand.
わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。
There was only one set of footprints.
そこには一つのあしあとしかなかった。
I realized that this was at the lowest and saddest times in my life.
わたしの人生でいちばんつらく、悲しい時だった。
This always bothered me and I questioned the Lord about my dilemma.
このことがいつもわたしの心を乱していたので、わたしはその悩みについて主にお尋ねした。
"Lord, you told me when I decided to follow You,
「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、あなたは私に約束されました。
You would walk and talk with me all the way.
あなたは、すべての道において、わたしとともに歩み、わたしと語り合ってくださると。
But I'm aware that during the most troublesome times of my life there is only one set of footprints.
それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、ひとりのあしあとしかなかったのです。
I just don't understand why, when I needed You most, You leave me."
いちばんあなたを必要としたときに、あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、わたしにはわかりません」
He whispered, 
主は、ささやかれた。
"My precious child,
「わたしの大切な子よ。
I love you and will never leave you
never, ever, during your trials and testings.
わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。ましてや、苦しみや試みの時に。
When you saw only one set of footprints it was then that I carried you."
あしあとがひとつだったとき、わたしはあなたを背負って歩いていた」


copyright(C)1964 by Margaret Fishback Powers
マーガレット・F・パワーズ
translation copyright(C)1996 by Pacific Broadcasting Association


昨日からの南カリフォルニア・クリスチャン・リトリート。今朝、賛美の時に歌われた曲が上の詩をもとに作られたものでした。
歌いながら上の詩を思い起こし、胸がいっぱいになり、涙があふれてきました。


この修養会のスモールグループで証しと交わりと祈りの時を持つと、皆さんそれぞれが様々な試練や困難なところを通ってきていらっしゃいます。
誰の人生にも困難や試練はつきもの。
そして、今晩の集会では一昨日の新井さんご夫妻の胸を打つお証し(「詩人、新井雅之さんとの感動の再会」)がありました。
会場のあちらこちらからすすり泣く声が聞こえてきました。


神様は、私たちとともに歩んでくださるだけでなく、本当に大変な時には私たちを背負ってくださっていたのです。
ただ、私たちがそのことに気づかなかっただけのこと。
主よ、感謝します。


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心身魂の健康の秘訣

2012.07.24日

昨日のブログに書いた新井さんといい、鶴田牧師といい、強い信仰に加え、すごい精神力と体力があることに気づきました。
お二人に共通することは、心身魂の基本となる"身体"です。


二人ともまず身体が大きい。
新井さんの横に立つと私はまるで子どものようです(「詩人、新井雅之さんとの感動の再会」)。
鶴田牧師は若い時からバリバリのスポーツマン(「ジムを初体験)。
新井さんはすごい大食漢。ご馳走をいっぱい食べて身体を作っていらっしいます。
一方、鶴田牧師は若い頃は柔道で身体を鍛え、今でもジョギングやジムを続けていらっしゃる。
健康の基本はまずは身体作りから始まるのです。


私はどうかといえば、その全く正反対。小さい頃から食は細く小柄、スポーツは何をしてもだめ(「ラグビー 桐蔭学園初優勝!)。
つまり、全然カッコ良くないのです。


1974年に初めてアメリカに来た時、靴を買おうとデパートの靴屋さんに行きました。
サイズは何ですか、と尋ねられてアメリカの靴のサイズなど知らなかったので測ってくださいと言って椅子に腰かけました。
店員が足のサイズを測る器具を足の下に置いて調べてくれました。
すると、その店員が急に大声で笑い始め、私は意味が分からずキョトンとしていました。
曰く、
「申し訳ありませんが、あなたの足のサイズは紳士物にはありません。向こうの子供靴売り場に行ってください」
この時ほど屈辱(靴辱?)を味わったことはそれまでありませんでした。
首回りでサイズを選んで服を買うと、ダブダブで丈も袖丈も長過ぎて、まるで小さな子供が大人の服を着ているようです。
食べるべきものを食べずに運動もしていなければ、身体は大きく、また強くなるわけなく、幼少の頃からずっと現在に至るまで大小様々な病気を繰り返してきたのは当然のことです。


そして、魂の方はどうかといえば、こちらの方も聖書とお祈りで支えられてはきていますが、クリスチャンとの交わりが希薄で弱ってきていました。
ですから、心身魂が病むのはある意味当然の帰着です。


それで今回、思い切って心身魂の健康回復のために1か月という、これまでの人生で初めての超大型休暇をいただいてアメリカにやってきたのですが、まさに大当たりでした。


この3週間あまりのブログ記事を読んでいただくとお分かりでしょうが、どこに行ってもたくさんご馳走をいただき、またあちらこちらへ旅行に出かけて歩いたり沢登りをしたり、新しい体験をし、初めてお会いする人にも積極的に声をかけ、数多くのクリスチャンの方々と親しいお交わりをいただき、そしてこちらに着いた翌日から、今週の木曜日にこちらを発つ前日までキリスト教の修養会漬けでみ言葉、メッセージから魂の養いもたくさんいただいています。


今日から始まった最後の修養会では、3週間前に別の修養会でお会いした方々が口々に前よりも顔色も良くなり、元気そうに見えると言ってくださって、励まされています。


あと3〜4日で日本に戻りますが、これからはよく食べ、よく眠り、よく運動し、よく聖書を読み、よく祈り、よくクリスチャンとも交わり、心身魂の健康を目指すことを決意しました。
そして、新井さんに習って、人生の折り返し点に立ったつもりで、もっと明るく元気にのびのびと、これからの人生をもっとエンジョイしながら、長生きしようと思っています。
感謝!


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詩人、新井雅之さんとの感動の再会

2012.07.23日

今回の訪米旅行の大きな目的の一つだった新井さんとの再会がようやく今日実現しました。
二人の魂の生まれ故郷、ウエストロサンゼルス・ホーリネス教会での感動の涙の再会でした。


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新井さんはちょうど4年前に余命6か月という末期がんを宣告され、それ以来、脳や肺、リンパ腺、甲状腺、肋骨と次々とがんが転移し、その都度何度も大きな手術を受けてこられ、まさに奇跡の連続で、今も治療継続中です。
新井さんのすごいところは、このがんがきっかけですごい信仰の聖徒となり、がんをも神様からのプレゼントとして感謝して受け入れていらっしゃるという点です。
実際には、言葉では言い表せないような苦しい、辛い経験をしていらっしゃるのですが、これらすべてを感謝し、輝いていらっしゃいます。
新井さんのブログをここにご紹介させていただきます。ぜひ訪ねて、新井さんを励ましてあげてください。というか、きっとあなた自身が励まされます。
「しあわせ」(新井雅之の復活した子羊)
(記事の一番下のホームボタンを押すと、トップページに戻り、他の記事も読めます)
新井さんの信仰を通して信仰に導かれた人、人生に希望が与えられた人は数えきれないほど大勢います。


新井さんと初めてお会いしたのは今から約20年前。
先日お訪ねしたラスベガス日本人キリスト教会の牧師をしていらっしゃる鶴田先生を通じて知り合い、当時はよく3人でキリスト教の話をしたものです。また、将来文筆家を目指していらっしゃった新井さんとは文学の話もよくしました。


その後、私は日本に帰国しましたが、新井さんはこちらでお仕事をされるようになりました。うちの塾の生徒を十数名連れてホームステイプログラムでロサンゼルスにやってきた時には、大きなバンで私たちをあちらこちらの観光にも連れてくださり、大変お世話になりました。


そんな新井さんががんを発病されたと知人を通して知ったときはとても大きなショックを受けました。
そしていつか、ロサンゼルスに新井さんをお見舞いに伺いたいとずっと願っていました。
今回、訪米する機会が与えられ、何としてもお会いしたいと思っていたのが新井さんだったのです(「善は急げ!」)。


新井さんは右半身不随となった今も、左の人差し指一本でパソコンに向かって創作活動を続けていらっしゃり、また現地の「日刊サン」の[ポエム一般の部]選者のことばを執筆していらっしゃることを今日新たに知り、本当に嬉しく思いました。
お話ししていたら、昔、平塚に舟田先生を訪ねましたよ、と私が忘れてしまっていたことまではっきりと覚えていらっしゃり、逆に私の方がボケが始まっているようで恥ずかしく思ったほどです。


新井さんが、あとでもっと一緒にお話ししましょうと誘ってくださり、夕食をご馳走になることになってしまいました。
お見舞いするつもりだったのが、逆にお見舞いしていただいたかのような感じです。
夕食の席では、奥様の江美子さんから病気の経緯を、そしてその中でいかに神様が働いて奇跡を起こしていらっしゃるかを伺い、胸を打たれました。
舟田先生の証しも聞かせてくださいと言われましたが、私の証しなど新井さんのご経験と比べると足元にも及ばず、恥ずかしい限りです。
ご夫妻のお話しを伺っていて、ぜひともこの奇跡の実話を本にされたらいいとお話ししました。微力ながらお力になることができたら幸いです。
今日の新井さんご夫妻とのお交わりは、今回の訪米旅行のクライマックスとなりました。
感謝。


ご馳走になった中華料理店の前で、新井さんご夫妻とお嬢さんのジョイちゃん、大河さんご夫妻とともに。


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34年ぶりの恩師との感動の再会

2012.07.22日

一昨日はかつて日本語を教えていたパサデナ・シティカレッジをゲッティセンターの後訪れました。ここで教えたことがきっかけで、私はクリスチャンになりました。
でも、36年前のキャンパスはほとんど覚えていませんでした。


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今日は、1984年に卒業した最後の学校、バイオラ大学タルボット神学大学院を訪ねました。
当時の恩師はほとんど退職しておられますが、最年長でまだ教えていらっしゃる教授のクラスを直人の友達の小山健さんがちょうど取っているということで、彼が教授にお会いできるよう手配してくださいました。


Dr. Hollomanには34年も前に組織神学を学びました。その後何千人もの学生を教えてきておられるので、私のことなど覚えていらっしゃらないだろうと思っていたのですが、ちゃんと覚えていてくださいました。
教室に来られた先生と笑顔で握手を交わした後、クラスの学生に紹介してくださり、みんなから拍手の歓迎を受けました。そして、直人も一緒授業に出させていただきました。
30年ぶりに学生に戻った気持ちで授業を受けました。
昔の授業がよみがえってきました。
OHPを使って、教授が教えてくださることをシラバスに書き込んでいくという昔と同じやりかたでした。講義の内容は全部頭の中に入っていて、よどみなく、学生とやり取りしながら進める、とても分かりやすく丁寧な授業で、1時間があっという間に過ぎました。私がちょうど必要とし、求めていた内容のもので、まさにベストタイミングでした。
正直なところ、もう一度学生に戻りたいと思ったほどです。


holloman.JPG


授業が終わって、先生がしばらく時間を取ってくださりラウンジでいろいろとお話しすることができました。優しい先生のご人格がひしひしと伝わってきました。
テネシー州やテキサス州に長年いらっしゃったので、学び始めた当初は南部アクセントが強く、ちょっと分かりにくかったのですが、今では38年もお住まいになったカリフォルニアのアクセントになり、とてもスムーズに会話が進みました。2年間の学びの中で一番お慕いしていた先生だったので、私にとってこの再会は無上の喜びでした。
小山さん、ありがとうございました。


この後、小山さんにカフェテリアでお昼をご馳走になり、キャンパスを案内していただきました。
タルボットより以前に行った学校は、どこでもいろいろなアルバイトもし、また友達とも結構遊んで学生生活を楽しんだのですが、この学校の思い出は勉強ばかりで、その他のことはほとんど覚えていません。それで、キャンパスの中を歩いても、カルバリー・チャペルという礼拝をしていたところぐらいしか分かりませんでした(「Needy student」)。


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本当に多くの方々のお祈りやサポートによって卒業させていただいたことを改めて心から感謝しました。


この後、アメリカに留学してきて最初に行ったカリフォルニア州立大学フラトン校に足を伸ばしました。
ここは39年前に学んだところです。大学新聞のインタビューを受けた懐かしい図書館の前に出ました(「井の中の蛙大海を知らず」)。
専攻していた言語学部が入っていた建物を探してキャンパス中を歩き回りました。またしても記憶が定かでありませんでしたが、Humanities - Social Sciences という建物があったので、多分これだったのだろうと思いました。


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今回の訪米旅行の目的の一つであるルーツをたどる有意義な学校巡りでした。


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本当の幸福とは

2012.07.21日

昨日はロサンゼルスで欠かすことのできない名所、UCLA近くの丘の上にある白亜の巨大施設、ゲッティセンターへ、そして今日はハイウェイ1沿いのゲッティヴィラに行ってきました。両者とも全米でも有数の美術館です。
私はこれまで行ったことがなかったので、とても楽しみにしていましたが、想像をはるかに超える素晴らしさで、所蔵品を鑑賞しながら何度も何度も感動の大きなため息をつきました。
ゲッティセンターは主に、中世から現代までの西洋絵画およびドローイング、装飾写本、彫刻、工芸品などが陳列されています。


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一方、ゲッティヴィラの方には、古代ギリシア、古代ローマ、エトルリアの古代美術品が陳列されています。


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中学、高校の頃美術部に入っていた私(「お前もか、ブルータス?」)はこういった美術展が大好きで、ほとんど毎週近く、住んでいた京都の西の端から美術館・博物館のある東の端まで自転車で通ったものでした。


しかし、今回訪れたゲッティの美術館はしびれました。
とにかくこれまで美術の教科書や美術書などで写真でしか見たことのない本物が目の前に、しかも手に触れるように陳列されていて、その数たるや数万点。
ゲッティヴィラに所蔵されている物は、古い物はBC5000〜6000のものからBC500〜600ぐらいはざらです。


ポール・ゲッティの名前は以前から知っていましたが、興味深かったのでWikipediaで調べてみました。
すると、なんと意外な面が明らかになりました。
世界一の億万長者だったJ・ポール・ゲッティは私生活はめちゃめちゃで、5回も離婚再婚を繰り返し、あげくの果ては子どももその妻もドラッグにはまり、自殺したり、ヘロインの過剰摂取で死去。孫は、自分の祖父は大金持ちだから誘拐して身代金を要求したら大金をせしめられると友人に話していたところ、その話がマフィアに流れ、実際に誘拐され、片耳を切られた後に300万ドルの身代金を支払って解放されたとか、散々の結果です。
そして、21回も遺書を書き換え、自分の妻や子孫には最低限の遺産しか分割せずに、7400万ドルという莫大な遺産を財団に残し、彼が金任せに収集した美術品を所蔵する施設を作り、無料で一般に公開することになったというのです。


彼の曾孫は、"To me, money is not happiness at all." (自分にとって、お金とは幸せとはまったくかけ離れたものだ)と語っているそうですが、本当にその通りです。


これに対して、今日までお世話になっていた池原さんご夫妻は、本当につつましい人生を歩んでこられましたが、信仰による本物の幸せを手に入れ、それをお子さん、お孫さん、曾孫さんにバトンタッチしていらっしゃいます。
幸福とは、地位とか名誉とか財産によるものではありません。


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ダグラス・マッカーサー

2012.07.20日

つい1か月ちょっと前、「いい国つくろう、〇〇〇〇。」という記事の中にダグラス・マッカーサー元帥のことを書きました。
そうしたところ今回、図らずも、今お世話になっている池原さんから読むよう薦められた本がマッカーサーの生涯について書かれた  "Old Soldiers Never Die"  (老兵は死なず)で、少し読み始めました。
なにしろ厚さ6センチ、600ページという厚手の本で、とにかくすごい本です。
何がすごいって、読み始めるとすぐに寝てしまうという、まるで睡眠薬のような本なのです。池原さんは、舟田先生だったら、読み始めたら目が冴えて眠れなくなるでしょうとおっしゃったのですが、正直なところ、これを最後まで全部読み通せる人がいるのかしら、と思うほどです。


マッカーサーの有名な言葉に、
"Age wrinkles the body. Quitting wrinkles the soul."
というのがあります。
日本語にすれば、
「 年齢は身体にシワを作る。引退することは心にシワを作る」
というような意味になります。     
マッカーサーは生涯現役のオフィサーだったといいます。


生涯現役と言えば、池原さんもそう。一応お仕事はリタイアされましたが、今でもしょっちゅう車であちらこちらへ出かけていらっしゃいます。
来週は、私も参加させていただくことになった南加リトリートにも参加されます。開催されるところはオンタリオという、サンタモニカからは83キロ、フリーウェイで約1時間の距離のところへご自分で車を運転して行かれます。85歳で!
私の父などは去年、82歳で老衰のため召天しました(「バレンタインデーに嬉しいことが3つ」)が、その10年近く前から認知症を患い、最後の数年間は私のことも分からなくなり、簡単な会話すらできませんでした。
ですから、生涯現役の池原さんを見ていると、私自身とても励まされます。


マッカーサーの言うように、
「 年齢は身体にシワを作る。引退することは心にシワを作る」
のですから、私も今回の訪米旅行を機に、心にシワを作らないよう、生涯現役を目指したいと思っています。


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懐かしのサンタモニカ

2012.07.19日

昔、留学生時代に物心ともに大変お世話になったウエストロサンゼルス・ホーリネス教会の長老、池原さんご夫妻のお宅に今、泊めていただいています。
昨夜は遅くまで、と言っても10時過ぎまでご夫妻とお話ししました。
普段はだいたい9時頃には休み、毎朝5時に起きてご夫婦で聖書を読んでお祈りしていらっしゃるそうです。なぜそんなに早く起きられるのですか、と尋ねたところ、1年間で旧新訳聖書を通読するには1日に4章読まなければならず、そのために早起きしているとのこと。この生活をもう何年も続けていらっしゃいます。
さすが聖徒は違う、と私は心を打たれました。


10時過ぎに息子さんが仕事から帰ってこられ、お食事をしていらっしゃる間、お話ししました。
日本でお生まれになりましたが、10歳の時にアメリカにやって来て、それ以来ずっとこちらの生活なので英語の方が楽だということで、英語でお話ししました。
ロサンゼルスの教育のこと、地下鉄や地上の鉄道、バス・フリーウェイなどの交通機関の問題、人種の問題、アメリカ人と日本人のマナーや両国間の文化の違いなど、話が盛り上がりました。話をしながら、ふと気づくと私たちは同い年。どうりで85歳・84歳の池原さんご夫妻を、先に天国に行った私の両親のように感じ、お慕いしていたわけです。
実際のところ、ご夫妻は私の霊の育ての親で、今回の訪米旅行のハイライトは池原さんご夫妻に昔のお礼の気持ちを伝えることでした。ですから、ロサンゼルスに到着した翌日、修養会でお二人にお会いした時、感動で涙が溢れ、体が震えて言葉が出てこなかったのです(「修養会」)。


今朝は、食事の後池原さんから戦争のことについてお話を伺いました。
多くの若者が、お国のためと洗脳されて、徴兵の1枚の葉書よりも軽い命を無駄にしていったこと、当時の日本のクリスチャンたちが迫害され、信仰を守り通した方々が獄死されたことなど、私などは聞いて学んだことですが、池原さんは身をもって体験していらっしゃるので、口から出てくる言葉の一つひとつに重みがあります。


その後、私はお宅を後にし、昔よく行ったサンタモニカビーチに向かってひとりで歩き出しました。
先週の土曜日のジムを初体験以来ずっと続いていた筋肉痛も今朝は消えていて、早足で歩くのが快適でした。
途中、UCLAの学生時代(「成功とはあきらめないこと」)、こちらの教員免許を取るために、教育実習としてESL(第二言語としての英語)クラスを教えたサンタモニカ・カレッジの前を通りかかり、キャンパスの中に入りましたが、薄ぼんやりした記憶しかありませんでした。



途中、面白い光景に出くわしました。
以前書いた記事「心温まるシーン」の中に登場するアメリカのダイナミックなゴミ収集車の実際の収集シーンです。



ビーチまで50分ほどかかりました。
数十年ぶりの光景に胸が熱くなりました。
昔は、日本からお客さんが来るといつもお連れしていたところです。


 


写真を撮ってくださった方とお話しすると、観光でシカゴから来られたとのこと。平日の午前中ということもありますが、とにかく広いビーチにいる人の数はあまりにも少なく、日本のビーチのことを思うと羨ましい限りだとお話しました。


この後、昔の記憶をたどりながらショッピングモールにやって来て、ベンチに腰かけ、今、このブログ記事を書いています。



帰り道、アメリカ特有の2両連結の大きなバスを見かけ、写真を撮りました。


 


一つひとつが青春の思い出の一コマで、今ここにいるというだけで魂の癒しになっています。
今日は久しぶりに12キロほど歩きましたが、全然疲れていません。
心身ともに強められてきていて感謝。


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インターネットよりすごい!

2012.07.18日

今回の訪米旅行で一番驚いているのは、人々のつながりです。
私はこれまでいつもインターネットのネットワークに驚いていたのですが、それを比較にならないほどはるかにしのぐのが神様のネットワークです。
どこに行っても、誰と会っても、みんなどこかでつながっているのです。
日本人のクリスチャンという限られた世界だから当たり前、と人は言うかもしれません。


しかしそうではありません。
クリスチャン以外の初めて会う人も、またクリスチャンの人でも過去を振り返ると、普通だったらまるっきり別世界にいて、決して出会うことのなかった人が、不思議な導きの中で信仰に至って新しいつながりに加わっているのです。
去る6月26日にロサンゼルスに来て以来、ほとんどと言ってよいほど毎日このことを体験しています。
そのあまりの不思議さに驚くと同時に、これはまさに神業だと言う他ないと感じています。


しかし、考えてみれば当然と言えば当然のことで、神様は聖書の中で次のように語っておられます。
「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている」(ローマ人への手紙8:28)
神様は私たち一人ひとりの幸せ、最善を願い、万事、すなわちすべての出来事や人との出会いや、その他事故や病気などすら相働かせて、私たちの人生、日々の歩みを導いてくださっているからです。
神様は時間・空間を超越した全知全能なるお方ですから、無限の知恵を用いて、私たちの人生を導いてくださいます。
当然、過去・現在・未来を超えたさまざまなネットワークをお使いになられ、そのネットワークの可能性は無限なわけです。
このことを信じると信じないでは、人生は180度変わってきますし、人生の意味・目的も必然的に変わってきます。


昨夜、ロサンゼルスの大河さん宅にやってきて一泊させていただき、今朝は大河家で聖書研究の家庭集会が持たれましたが、ここに集った人たちだけでも、全員が目に見えない不思議な糸でつながっていることが話の中で分かりました。これをキリスト教では神の摂理と言いますが、それを本当に強く感じさせられました。
感謝。



大河さん宅での家庭集会後のポットラックで。すごいご馳走でした。


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デスバレーへ

2012.07.17日

楽しい時間はあっという間に過ぎるものです。
敬愛する鶴田牧師ご夫妻との4日間の天国のような交わりは飛び去っていきました。
ラスベガスのライフスタイルも教会の人々も大好きになり、ずっとここにいたい気持ちで、後ろ髪を引かれる思いでしたが、ご夫妻のお宅を後にしました。


そのままロサンゼルスに向かうつもりだったのが、教会で昨日お会いした松岡さんの強いお奨めで急遽予定変更。ラスベガス北西にあるデスバレーに寄ることになりました。
寄ると言っても、ラスベガスから車で3時間ほどかかり、さらにロサンゼルスまでの帰路も5時間と大幅に遠くなりますが、その価値があるとのこと。鶴田さんたちもこれまでに何度かいらっしゃったことがあるそうで、行く価値があるとやはり勧められました。


デスバレーは子どもの頃、西部劇でよく見ていましたが、文字通り「死の谷」。アメリカで一番熱く、乾燥していて、低い地だそうです。
今では国立公園に指定され、観光地になっていますが、黄金ラッシュでカリフォルニアを目指す西部開拓時代は、ここで大勢の人たちが命を落としたそうです。
長野県ほどの広大な面積の地が砂漠で、数か所のスプリングを除いては水がまったくなく、また日陰もありません。
それで、生命活動ができないところと考えた白人がつけたのがデスバレーという名前ですが、この地の原住民であるアメリカ・インディアンのティンビシャ・ショション族は命ある聖なる地と考えていたそうです。


ラスベガスの街を通り抜けて一路北西へ。
またしても、走っても走っても同じ殺伐とした光景が続きます。
アメリカの広さを思い知らされます、とは言ってもこんなのは極ごく小さな一部。


デスバレーに入る手前でランチを買おうとアルバートソンスーパーマーケットに寄りました。こんなところに日本人なんか住んでいるわけないのに、なんと寿しコーナーがあり、小僧寿しのような寿しの詰め合わせパックがあったので、それを買いました。


スーパーのトイレのドアには
「当店は清潔なトイレが自慢です」
とあるので、中に入ってみたら臭くてあまりきれいじゃありませんでした。


スーパーの隣には面白い名前のランドリーがありました。日本語で言えば、「汚いランドリー」。


いかにもアメリカ人的な発想の名づけ方です。


デスバレーの入り口手前には自動券売機のような小さなスタンドが道路脇にあって、人々はみんなそこで車を止めて20ドル支払いますが、チェックポイントなどはなく、まったくの自己申告制です。これもいかにもアメリカ的。


最初の観光スポットは、ザブリスキーポイント。ここからの眺めは砂岩丘。


灼熱の砂漠なので、私たちはしっかり日焼け止めを塗りましたが、行き違う白人はみんな日焼けして肌が真っ赤になっています。
そういえば、その昔、アメリカ・インディアンのことを白人は「レッド・ピープル」と呼んでいましたが、それは肌が赤かったからです。こんなところにいたら、誰でも赤くなります。
エアコンの効いた車の中で先ほど買った寿しを食べました。味はまあまあでした。


次のスポットは、バッドウオーター・ベイスン(悪い水の盆地)ですが、別名ソルトシー「塩の海」。
ここは北アメリカで最も低い土地で、海抜−86m。
車を降りた途端、凄まじい熱気が襲ってきました。気温は47度。肌がジリジリと焼けるのが感じられます。
強い熱風が顔に吹きつけ目に入って塩で目がヒリヒリと痛くなり、涙が出てきました。


塩の結晶がキラキラと輝いています。試しに指に付けて舐めてみました。超ー塩っ辛い!本物の天然塩です。


次は、デビルズ・ゴルフコース(悪魔のゴルフコース)。
雨と風で彫刻された荒々しいデコボコの岩が見渡す限り続いています。こんなところでゴルフができるのは悪魔しかいないというところからこのように名づけられました。


最後のポイントは、アーティスト・パレット(芸術家のパレット)。いかにもその名のように、赤や緑、黄色などの色がついた岩肌の山々の間を縫うようにくねくね曲がった小道を14.5キロ走ります。


私たちが回ったのは広大なデスバレーのほんの小さな一部でした。
でも、大満足のデスバレーツアーでした。
奨めてくださった松岡さんと鶴田先生、ありがとうございました。
デスバレーを後にして、神様の守りのうちにロサンゼルスに着きました。感謝。


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ラスベガス日本人キリスト教会

2012.07.16日

今日は鶴田牧師が牧会されているラスベガス日本人キリスト教会の礼拝に出させていただきました。
私のブログ愛読者やFacebookでつながっている方がたくさんいらっしゃるということで、初めて訪れる教会というイメージはなく、まるで懐かしいところに戻ってきたような感じでした。


賛美リードをしていらっしゃる左側の方は、塩屋の神学校で舟田さんが学ばれた工藤先生のお嬢さんですよ、と鶴田さんに言われびっくりしました。当時、小学1年生ぐらいだったあのお嬢さんが…。
そして、次男の正人が今から10年ほど前、自転車旅行で広島へ行った時、途中岡山の備前市の香登キリスト教会で宿泊のお世話になったのですが、その教会の牧師先生がまさに工藤先生だったのです(「距離・速さ・時間」)。


やがて私のメッセージの番が回ってきました。
鶴田さんの家を出る前に、説教時間を尋ねたところ1時間と言われ、私が準備していたメッセージは30分ほどのものだったので、もう神様が導かれるままに自由に話そうと心に決めました。


先週の日曜日、私の母教会であるウエストロサンゼルス・ホーリネス教会でメッセージした時、泣かなかったので今日は大丈夫だろうと思っていたのですが、いざ講壇に立つともう胸がいっぱいになって、いきなり初めから泣いてしまいました。

神様がこれまでの私の人生をどのように導いてくださったか、どのようにして鶴田さんと出会い、その結果私たちの人生がどう変わったかなどをお話ししました(「VIP」)。
私たちのこれまでの人生を振り返ると、さまざまな出来事がありますが、それら一つひとつの点に見えることが、後になってみると一本のひものように全部つながっている。これが私の言う「新超ひも理論」ですが、これはまさに神様が私たち一人ひとりのためにご用意くださった最善のご計画で、これを神の摂理と言います。
会堂にいらっしゃるお一人ひとりの目を見ながら語りました。途中、何人かの方が涙していらっしゃるのが目に入りました。


私たちが考える計画はたくさんありますが、全知全能の神様が私たちの最善を願って立ててくださっているご計画は必ず成就するということを、自らの体験を通してお話ししました。


「人の心には多くの計画がある。しかしただ主のみ旨だけが堅く立つ」(箴言19:21)


礼拝後、工藤先生のお嬢さんと鶴田牧師と一緒に。


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ジムを初体験

2012.07.16日

昨夜、ラスベガスの鶴田さんご夫妻の家にやってきました。
夕食後、そして今日の朝食後は、さまざまなことをたっぷり話し合いました。35年前、知り合った時、よくこれだけ話すことがあるものだというほど、来る日も来る日も毎晩遅くまで、時には徹夜して人生論から、宗教論、哲学などについて話していました。会わない日は電話で何時間も話していて、私の両親が嫉妬して、私に注意したほどです。


今朝、話していてその当時の日々がよみがえってきました。
とにかく話し出すと止まらず、お互いにこれだけ話せる友人はこれまでにないという点で一致しました。


今日は、朝食後ご夫妻が住んでいらっしゃるコミュニティのクラブハウスに連れていただきました。ここにはゴルフ場から、映画館、大講堂、ジム、プール等などありとあらゆる施設が入っていて、コミュニティの住民はわずかな施設維持費を支払っているので、どの施設も無料で利用できるそうです。
私たちゲストは5ドル(400円)で使用させていただけます。
私はこれまで、ジムなんていうのは自分とは無関係の世界のものと思い込んでいたのですが、今回の訪米旅行は何でも積極的に挑戦することが自分の課題と捉えているので、ぜひと言ってお願いしたのです。


ジムに着いてまず、その施設の充実ぶりに目を奪われました。
ありとあらゆる種類のものがいくつもいくつもあり、住民は早朝から夜遅くまで、いつでも自由に使用できるのです。
鶴田さんに手ほどきしていただいて、いくつかのものをトライしました。
最初、腹筋を試しました。
思っていたよりできて、鶴田さんになかなかいいと褒められました。
上腕、肩、背中、腹、腿の内側・外側、ふくらはぎ等、身体の色々な部分の筋肉を鍛えるように作られたマシーンを使って試してみました。
実際にやってみると、これが予想以上に難しい。
左腕も左足も、右と比べるとはるかに力がないことに愕然としました。


鶴田さんは、一番重いもので負荷をかけてやるのですが、軽そうにスイスイとこなします。
私などは、まるでお子様用のものでやっているようなものです。

その後、テレビなどでよく見る、ベルト式の上を歩いたり、走ったりするランニングマシーンをやってみました。
これが思っていたほど簡単じゃありません。慣れるまで前後左右にバランスを崩してうまくいきませんでした。
でも、普段からウォーキングである程度鍛えていたので、しばらくやっているとコツをつかんで、スピードを変えてジョギングとかもできるようになりました。
これはかなりのエネルギーを消費します。最後の方はハァハァと荒い息づかいになりました。


これらのマシーンで普段使わない筋肉を鍛えておくと、何かあった時、それまで鍛えてきた筋肉がいざという時に役立つものだ、と鶴田さんが言いました。
私は目が開かれた思いがしました。
そういえば、鶴田さんのお宅の玄関を入ったところのホールに立派な掛け軸がかけられていました。


「人生辛酸多し、然れど神は愛なり」
これは私が尊敬し、お慕いしているウエストロサンゼルス・ホーリネス教会の池原さんがお書きになったもので、私の大好きな字だったので一目見て分かりました。池原さんご夫妻は私の霊の父・母のようなお方です。


人生にはさまざまな試練や苦しいこと、辛いことはつきものです。
ご利益宗教が言うように、これらのものから逃れて生きることなど誰一人できません。
しかし、神様は愛なるお方だということを経験的に知っているなら、たとえどのような試練に会っても、全知全能の神様がお許しになることだから、それらには必ず私たちの常識を超えた最善のご計画がある、だから神様のみ手に自らを委ねればいいのだ、ということが分かるようになります。
そのことと、普段から筋肉を鍛えておくと、いざという時に役立つということが重なって見えました。


ジムの後、保養地のレイクラスベガスへ連れていただきました。
とても美しいところで、このようなところで時々命の洗濯をすることが人には必要なんだと改めて思わされました。


美味しい中華料理の夕食をご馳走になった後は、ラスベガスのダウンタウンに連れていただき、ホテル・ベラージオの中の綺麗な花壇の飾りつけやホテル前の音楽と幻想的な光が織りなす噴水ショーなどを鑑賞しました。
それぞれの芸術的な美しさに感動を覚えました。


そして最後に、今朝連れていただいたクラブハウスに再び行き、丘の上からのラスベガスの夜景を見ました。この時期としては珍しいとても涼しい気持ちの良い風に吹かれながら、またしばらく話しました。
この砂漠のど真ん中にある街には何と全米で30番目という200万人もの人々が住んでいるそうです。
法人税や個人所得税がかからない上、他の税率も低く、大企業が多く入り、また定年退職した人たちも大勢移り住んでくるとのこと。
また、毎年ここで開催されるコンベンションには世界中からたくさんの人が集まるということで、日本で一般に思われているカジノの街というイメージとは少し違いました。
鶴田さんご夫妻は、このラスベガスに住む日本人、日系人のために伝道を始められてもう10年以上になります。
明日は、その鶴田さんが牧会していらっしゃる教会でメッセージを取り次がせていただくことになっています。
皆さんにお会いできるのがとても楽しみです。


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鶴田牧師夫妻と感動的な再会

2012.07.15日

ブライスキャニオン国立公園を後にして、一路ラスベガスに向かいました。
フリーウェイを高速で走り続けて6時間ほどの旅でした。運転を代わろうと言ったのですが、直人にすれば私の運転よりも自分の運転の方が気が楽なのでしょう。
前日通ったザイオン国立公園を経た同じルートで戻りました。


そして、長年の夢だった鶴田牧師夫妻とのラスベガスでの再会がついに実現しました。
日本から見ると羨ましいような豪邸に案内されて、久しぶりの握手を交わしました。久しぶりとは言っても、鶴田夫妻とは、ほぼ毎年5月の連休の時、訪日される度に会っているのですが、今年はたまたま来られなかったので、1年ちょっとぶりです。
ダイニングに通され、テーブルに着くと、しばらく昔話に花が咲きました。
誰々さんは今どうしているとか、あの時はこうだったとか、ああだったとか、そういった類の話です。
やがて、奥様の潤子さんが準備してくださっていた日本の鍋料理がテーブルに運ばれてきました。
お食事前に記念撮影して、鶴田さんがお祈りしてくださいました。



超豪華版の特製鍋です。
3年前に平塚の我が家に泊まりにきていただいた時、お連れしたみづほ野とは比較にならないほど美味しくて、直人も私も感動。
このラスベガス郊外の閑静な住宅地にある鶴田さんご夫妻のお宅で、一緒に語り合いながらお食事をいただいているということがまるで夢のようで、話の途中、何度も本当に夢じゃないんだと自分に言い聞かせていたほどです。


35年前の二人の出会いが今日のようになるとは一体誰が想像することができたことでしょう。
まさに「神のみぞ知る」で、神様の遠大なご計画、計り知れない知恵とご愛によって、今日ここまで私たちが導かれてきたことに、ある種の畏れを感じました。
お話ししながら、私は最高の幸せに浸っていました。


寝る時、私たちが信仰に導かれたウエストロサンゼルス・ホーリネス教会で昔一緒によく歌った聖歌292番を思い出して胸がいっぱいになりました。


今日まで守られ 来たりし我が身
露だに憂えじ  行く末などは
如何なる折りにも 愛なる神は
全ての事をば 良きにし給わん


か弱き者をも 顧み給う
我が主の恵みは この身に足れり
賑おう里にも 寂しき野にも
主の手にすがりて 喜び進まん


主の日ぞいよいよ 間近に迫る
浮き世の旅路も しばしの間のみ
間もなく栄えの 御国に行きて
常盤(ときわ)に絶えせず 我が主と住まわん



愛なる神様は誰に対しても本当にご真実な方で、私たちのためにすべてのことを相働かせて益としてくださいます。


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ブライスキャニオン国立公園

2012.07.15日

今日はブライスキャニオン国立公園を探索しました。
昨夜寝たのは1時半過ぎで今朝起きたのは5時過ぎ。ブライスキャニオンの6時過ぎの朝日を見ようと思ったからです。
朝日を見る最高のポイントをホテルにチェックインした時、聞いておいたので車でそちらに向かいました。
薄暗い中、突然現れたのは親子と思われる3頭の鹿。車が近づいても慣れているのか、まったく逃げるそぶりを見せません。
よく見ると、あちらこちらに鹿が結構たくさんいて、草を食んでいます。
勧められたブライスポイントに着いた頃、辺りは白んできました。
しかし、雲が厚く日の出の箇所が赤く染まっただけで、はっきりと日の出を見ることはできませんでした。


ホテルに戻って朝食を摂りました。典型的なアメリカンブレックファストで、スクランブルエッグ、フライドポテト、カリカリベーコン、ソーセージ、パンケーキとワッフルで、私の食べるものはありません。
直人は、「超非健康食」と言いながらそれらを食べていました。
私もかつて23歳でアメリカに来た時、学生寮に住み、これらの食事をして、あっという間に10キロぐらい体重が増えました。
今は健康志向になった私はヨーグルトとレーズン、パン、バナナとリンゴとジュース。
朝食が終わってまた部屋に戻り、チェックアウト時間まで眠りました。


その後、「世界一の人気」と言われる3マイル(4.6キロ)ハイキングコース。
サンセットポイントを出発してクイーン・ナバホ・コンビネーションループを歩きました。
出発点からの光景はこんな感じです。昨日のザイオンの渓谷とはまったく異なる不思議な景色が眼前に広がります。


ここを谷底まで下りていくのです。途中何か所もはっと息を飲むような光景に出くわしました。


やがて谷底に下りると、先ほど上から眺めていた岸壁が目の前にそびえ立っています。


最後の一気登りは心臓破りで、さすがに息が切れました。



曇り空で時々太陽が顔を出すような天気だったので、暑過ぎず、また寒くもなく、最高のコンディションでした。


2時間ほどのアップ&ダウンのコースでしたが、十二分に堪能しました。
ちょうど出発点に戻った時、雨が降り始め、最高のタイミングでした。


当初の予定だったグランドキャニオンよりも、昨日のザイオンと今日のブライスの方がアクティビティが入って、満足度ははるかに高かったと思います。
グランドキャニオンは、これまで2度行ったことがあるのですが、単なるお客さんで見学して終わりでした。


ハイキングの途中、大勢の外国人と出会いました。ドイツ語を一番よく聞きましたが、スペイン語やフランス語もよく耳に入ってきました。中学生や高校生のグループもいました。昨日は中国語を話す一家に渓流上りで出会い、写真を撮っていただきました。
昨日も今日も日本人はまったく見かけませんでした。
見かけた白人はその半数ぐらいの人が肥満で、中には小錦などの相撲取りレベルの人もいて、これはやはり食生活と運動の問題だと思いました。これでは、心臓病の人が増えるし、平均寿命も短くなるでしょう。
日本からアメリカに移住してきた人たちに聞くと、一番困るのが食事と医療制度だそうです。
しかし食事に関しては、ロサンゼルス近辺に住むと、日本のものは何でも食べられ、まったく不自由を感じません。


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初体験の渓流上り

2012.07.14日

どこまでもまっすぐに進む砂漠の中のフリーウェイ。日本の高速道路のように眠気覚ましのためなのか、あるいは地形上の制限からなのか、くねくねと曲がっていたり、アップ&ダウンや、トンネルなども一切ありません。
ただただ、枯れた荒れ地の大平原のど真ん中をひたすら走り続けます。



これは日本では見られない光景。昔、高校生の頃、そんな砂漠をイメージして鳥取砂丘に行ったら、その狭さにがっかりしたことを覚えています。
カリフォルニア1州だけで日本の国土がすっぽり入ってまだお釣りがくるほどです。
それをカリフォルニア州からネバダ州、さらにアリゾナ州からユタ州までドライブするとなると、その距離も時間もハンパない(若者言葉)です。
カリフォルニアとは1時間の時差もあります。
昨夜は真っ暗な中、フリーウェイを走っていたら突然、目の前にキラキラと光り輝く砂漠の中の大都市、ラスベガスに着きました。

数時間仮眠を取って、ザイオン国立公園に向けて出発しました。
またしても、走っても走っても地平線が見える砂漠の中。
小学生の頃、大好きでいつも見ていた西部劇に出てくるシーンそのもので、インディアンと騎兵隊が馬にまたがって激突する光景が目に浮かんできます。
それを過ぎると赤茶けた岩山が道路をはさんでそり立っています。
数時間走ってザイオン国立公園に到着。

ザイオンという名前は旧約聖書に登場する日本名「シオン」に当たるもので、その意味は「心の清い人が住むところ」です。
西部開拓時代、最初にこの山を見た人が、神様の創造された雄大で、不思議な光景に息を飲んで、このように名づけました。
私たちはシャトルバスに乗って一番川上のところまで行って、そこから2キロぐらい渓谷に沿った小径を歩き、さらに水の中に入って渓流を上りました。
冷たい水が身を刺し、一瞬凍りつきましたが、しばらくすると慣れました。

少し歩き始めると、流れの速いところに出て、杖をついていても足を取られそうになりました。胸ぐらいの深さのところに来た時は、体が冷えて心臓がドキドキしました。
「これは心臓に良くないよ」
と言うと、直人に
「これぐらいのことをして心臓を鍛えないとだめだ」
と言われ、私はなるほど、そういうふうに考えなければならないんだと教えられました。
確かに、横では子どもだけでなく、大人の人も何人か泳いでいます。
直人の積極性、好奇心、冒険心のおかげで、思いがけない素敵な経験をさせてもらうことができました。
今日のこの渓流上りのために、神様がこの半年あまりウォーキングをすることによって足腰を鍛えてくださっていました。
ザイオン国立公園を出て次の目的地、ブライスキャニオン国立公園に向かいました。渓谷に沿った道路は曲がりくねり、運転がとても怖いのですが、危険な場所にもガードレールはまったくなく、40〜50センチ程の高さのレンガのような石を積み上げただけの防護壁で、誤ってこれに衝突すると間違いなく突き破って谷底に落ちそうでヒヤヒヤしました。


また、制限速度と野生動物飛び出し注意の標識は頻繁にあるのですが、肝心の行き先や距離を知らせる標識がほとんどなく、アメリカの大ざっぱさと日本のうるさいほどの過剰サービスが本当に対象的だと思いました。
渓谷を過ぎると、昔の西部劇時代を彷彿(ほうふつ)とさせる広大な牧場が左右にいつまでも広がり、牛が自由に草を食んでいました。


とても楽しい車旅行でした。


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旧交を温める

2012.07.13日

ある年のクリスマスイブのこと、ポールはお兄さんからクリスマスに新車をプレゼントされました。彼がオフィスから出てくると、よく見かける少年が、そのピカピカの新車のまわりを歩き回っていました。よほどその車が気に入ったらしく、ポールに話し掛けてきました。
「これ、おじさんの車?」
「ああ、兄からのクリスマスプレゼントさ」とポールは答えました。
「えっ? おじさんのお兄さんがくれたの? おじさんは全然お金を払わなくてよかったの? うわあっ、すごいな! ぼく……」と、少年は何かを言いかけたまま、口をつぐんでしまいました。
ポールは、この少年が「ぼくにも、そんなお兄さんがいたらなあ」と言いたかったのだろうと思いました。ところが、少年の口から出た言葉にポールは驚きました。
「ぼくね、おじさんのお兄さんみたいになりたいなって思ったんだ」
ポールは、じっと少年の顔を見ていると、無意識に、
「この車に乗ってみるかい?」という言葉が出てきました。
少年は、二つ返事で車に乗り、目を輝かせながら言いました。
「おじさん、ぼくの家の前まで乗せてくれる?」
ポールは思わずニヤッとしながら、きっとこんな大きな車で帰ってくるところを近所の人たちに見せて、自慢したいのだろうと思いました。しかし、その憶測はまたもや違ってました。
「あそこに階段がついている家が見えるでしょう? そこで少し待っててくれる?」
少年はそう言うなり、車を降り、走って家に入っていきました。しばらくすると家の中から、ゆっくりとした足音が聞こえ、少年が体の不自由な弟を背負って出てきたのです。少年は、弟を階段の一番下に座らせ、弟の体を倒れないように支えながら言いました。
「見てごらん。さっき言ったとおり、すごい車だろ。そこにいるおじさんのお兄さんがクリスマスプレゼントにくれたんだって。お前も、待ってなよ。兄ちゃんが、いつかきっとあんな車をお前に買ってやるからな。そしたら、いつも話してるクリスマスのきれいな飾りを、その車で見に行こう」
それを聞いたポールは、何も言わずに車を降りると、少年の弟を抱き上げ、車に乗せ、少年と三人でドライブに出かけました。ポールは、二人の少年のうれしそうな顔を見ながら、久々に、何とも言えない喜びと満足を感じずにはいられませんでした。 
またこの少年がクリスチャンであることを知り、ポールは、少年の生き生きした態度、そして輝いている目を見ながら、キリストの愛のゆえに、誰かの役に立とうとする生き方の素晴らしさを、生まれて初めて体験的に知ったそうです。


私たちの多くの親切は、しばしば自分を満足させるためのものである場合があります。しかし、そういう動機の親切は、相手が自分の思い通りに反応をしてくれなければ力尽きてしまい、挙句の果てに不満の思いにすら変わることがあります。その親切が本当の愛に根ざしていないことが明らかになる瞬間です。
ところが、本当の意味で役に立つ生き方を知らなかった私たちがキリストの愛を経験するなら、義理や体裁ではなく、本当の意味で、誰かの役に立つ生き方をする者に変えられるのです。


こんな心温まる素敵なメッシージを発信していらっしゃるのがラスベガス日本人キリスト教会の私の敬愛する鶴田牧師です(「VIP」)。
今日から直人と車でグランドキャニオンへ行く予定だったのですが、グランドキャニオンは二人とも以前行ったことがあるということで、予定変更になってユタ州南部のザイオンキャニオンとブライスキャニオン国立公園に行くことになり、急きょ昨夜の夜中にロサンゼルスを発って、明け方にラスベガスに着きました。仮眠したので、これからトレッキングに出かけるところです。
明日、ラスベガスの鶴田牧師を訪ね、15日の礼拝に参加させていただくことになっています。
35年来の旧交を温めてきます。その時が今からとても楽しみです。


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昨夜と今日のエキサイティングな出来事

2012.07.12日

昨日は、直人の住んでいるところの隣街に住んでいらっしゃる柿谷真従さんご一家にお呼ばれし、とてもおいしい日本食の夕食をご馳走になりました。
真従さんは柿谷正期先生のご次男で、彼が1歳半の時に初めてお会いしました(「心洗われます」)。
1歳半の時の可愛いお顔を今でも覚えていますが、昨日もそのままの顔でした。
ご両親がアメリカ留学時代に同じ学校で知り合ってご結婚されたということもあって、真従さんも高校の時からアメリカに留学し、その高校で出会った日本人女性とご結婚されました。まさに、「歴史は繰り返す」です。
今では2児の父親となり、奥様とご一緒にとても幸せなご家庭を築いていらっしゃいます。
上のお子さんは4歳半の大雅君、下は1歳半のしいなちゃんで、もう可愛いこと、可愛いこと。見ているだけでついつい顔がほころんでしまいます。
さすが名カウンセラーのお父様の息子さんご夫妻だけあって、その子育てぶりはなかなかのものでした。
しいなちゃんが振り回したおもちゃが大雅君に当たって、大雅君が泣き始めしいなちゃんに怒ろうとした時、真従さんは大雅君を膝に乗せてなだめながら、しいなちゃんを呼び寄せて言いました。
「しいな、何て言うの?」
「ごめんちゃい」
「大雅、何て言うの?」
「いいよ」
仲直り成立。お見事!
子どもが小さいうちは何かと大変なもので、なかなか楽しむ余裕がないものですが、お二人は十二分に楽しんでいらっしゃるようでした。
お話ししていると、あちらこちらで様々な人たちとつながっていることが分かり、またまた神様の遠大なご計画に驚かずにはいられませんでした。そして、みんなで一緒にお祈りしてお別れしました。


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明けて今日も快晴。こちらは来る日も来る日も快晴続きで、昼間の日差しは強いものの涼しく、朝夕は寒いぐらいです。
マウント•ハーモンでお会いした島田牧師がゴルフ伝道をしていらっしゃって、私の健康のためにぜひゴルフをやるようにと勧めてくださいました。
「善は急げ」で、今日早速、直人のルームメイトのマサ君に近くのゴルフコースに隣接した打ちっぱなしに連れていただきました。直人も私も初体験です。
マサ君は中学生の時にお父さんにゴルフを教えてもらって始められたということで、さすがうまいものです。
最初は打ちっぱなし(英語ではdriving range)でマサ君に教えてもらって練習しました。
最初は空振り。何度か繰り返しているうちに少しずつ感覚が分かるようになり、時々真に当たるとスコーンとまっすぐ、遠くまで飛び、気持ちよかったです。

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しばらくやっていると、両手の平が真っ赤になりかなり痛くなってきました。
そこで今度はパットを試してみました。
これもなかなか難しく、最初のうちは強すぎたり、弱すぎたり、右にそれたり、左にそれたりで、それこそダブル•トリプルボギーのような感じ。
でも少しずつ上達(とまではいきませんが)し、最後は5ヤード(約4.5メートル)のパットに成功しました。


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ゴルフ場は街の真ん中の平坦なところにあるのに広大で、さすがアメリカだと思いました。
プレイしている人たちはほとんどがリタイアしたような方々でしたが、中に小学生や中学生などもいてびっくりしました。


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真っ青な空の下で太陽の光をたっぷり浴びながら、海の潮風に吹かれてやった初体験のゴルフは気分爽快でした。
日本に帰って始めようと思っていたのですが、マサ君に聞くと、コースに出られるようになるためには週に3〜4回ぐらい打ちっぱなしをやって、それで1年ぐらいかかるとのこと。
とても楽しかったのですが、プレイしている人たちを見ると、お腹が大きく出た人が多く、あんまり運動にはならないのかな、という印象を受けました。
さて、日本に戻って続けられるかどうか...。


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コミュニケーション

2012.07.11日

先週1週間、北カリフォルニアのサンタ•クルーズ近くにあるマウント•ハーモンというところで、キリスト教の修養会に参加してきました。
そこでお知り合いになったダネル•マクレイン師から今朝メールをいただきました。
マクレイン師は修養会で英語まじりの日本語でお証しされたのですが、1953年から1994年まで41年間も日本で宣教師を務められたという割には日本語がそれほどお上手でなく、英語以外の部分はあまり理解できませんでした。


修養会最終日の夜、マクレイン師と個人的に少しお話しする機会がありました。このときも会話はほとんど英語でところどころ日本語が交じるといった感じでした。
マクレイン師がお書きになった "ARE YOU HEARING HIM?" (主のみ声が聞こえますか?)という本を買い求め、サインしていただきました。
そのサインの字が85歳とは思えないほど、私よりもはるかにお上手で驚いたのですが、今日いただいたメールの文章も、また表現力も、そして記憶力もものすごく本当に圧倒されました。
今日、その本を読み始めたところ、本の中の表現力はメールの文章よりもさらにずっと上です。
きっと、何年も前にお書きになったものなのだろうと思って読み進むと、「来る2020年、今から10年足らずですが、」とあり、確かめると出版年も2012年と今年ではありませんか。
ということは、この本は去年お書きになったということです。84歳で。もう打ちのめされた感じです。
しかも、本の内容は、昔の日本での宣教の思い出話かと思っていたところ、本全体を通して日本に言及しているのは1箇所しかなく、あとは全部アメリカの現状のことが書かれているのです。
85歳というご高齢にもかかわらず、マクレイン師は今も刑務所伝道を始め、3つの高齢者ホームで聖書研究を行い、さらに月報も出していらっしゃいます。


マクレイン師の話される日本語があまりお上手でなかったので、きっとお年のせいなのだろうと思っていた自分を恥じました。
しかし、それにしてもよくあの日本語で(と言ったら失礼ですが)教会がひとつもない農村の小さな村々で41年間も宣教活動をしてこられたものだと思っていたとき、ある出来事を通してはっと気づかされました。
それは、マウント•ハーモンでお証しのとき情熱を注ぎ出すようにして私たちに訴えておられた日本に対する愛情です。
言葉が少々うまくなくても、愛情を込めて真実に話すなら相手の心に届くものなのです。
逆に、いくら上手な、あるいは正しい言葉で話したとしても、相手に自分の愛情が伝わらなければ、それは聖書の中にある「やかましいどらや、うるさいシンバルと同じ」なのです。


このことを通して私は深く心の中を探られ、悔い改めました。
神様、傲慢な私をお赦しください。


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36年ぶりのUCLA

2012.07.10日

今日は、今から36年前に通っていたUCLAに行ってきました。
当時、私は言語学部の看板教授であるドクター・ストックウェルの助手をしていて、教授がその年に書いた言語学のテキストとそのワークブックの制作の手伝いをしたり、クラスの学生が提出する宿題をチェックする仕事などをしていました(「You so Obama!」)。また、東洋言語学部の日本語学科で2つのクラスを担当していました。
キャンパスの北東の端に車を止め、昔の記憶をたどりながらキャンパス内を歩きました。
すると見覚えのあるところに出て、かつて学んでいた言語学部が入っている建物、Campbell Hall(キャンベルホール)を見つけ、すぐその横にあるパティオ(中庭)でハンバーガーやサンドイッチなどのランチを食べていた場所を見つけました。そこは、まさしく昔、「成功とはあきらめないこと」の記事に載せた、誰かに写真を撮ってもらったところでした。
胸がジーンとなりました。


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キャンパスは昔思っていた以上に緑にあふれ、とてつもなく広く、美しいところでした。
このような恵まれた環境のもとで学べる学生たちは本当に幸せです。


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最後に、直人が生まれたUCLA Medical Center(「通訳の仕事 3」)がかつて入っていた建物が後ろに見えるキャンパス入り口のところで記念写真を撮りました。


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このあと、直人がロサンゼルスに来て知り合ったUCLA近くに住む友だちの家を訪ね、将来が楽しみな4人の若者たちと夜中の12時頃までいろいろなことを話し合い、とても有意義な時を過ごすことができました。
感謝!


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魂の故郷

2012.07.09日

今朝は私の魂の故郷であるウエストロサンゼルス・ホーリネス教会の礼拝に行ってきました。
聖歌隊は賛美の質がとても高く、ガウンも昔と変わっていて素敵でした。


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今日は特別に私のために証メッセージの場を設けてくださっていて、私の子どもの頃のことから、どのようにしてこの教会で信仰に至ったかをお話しさせていただきました。


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昔、一緒に聖歌隊で歌っていたHさんは明日が誕生日で97歳とのこと。私のこともよく覚えていてくださって、お体もとてもお元気そうで、驚かされました。
こちらの日系人の方は、ご高齢でも皆さんお元気で、しかも明るく、本当に素敵にお年をとっていらっしゃいます。


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(昔、大変お世話になった92歳になられたNさんご夫妻と)


すでに天に召された方も多く、お会いしてお礼を言うことができなかったのが残念でしたが、やがて天のみ国で再会できることを楽しみにしています。


その代わりに、お若い方(といってもおそらく40代の方でしょうが)がとても増えていて、皆さん燃えていらっしゃり、大いに励まされました。
礼拝後、ランチとお交わりの時間があり、古山牧師を始め、何人かの方と親しくお話しさせていただきました。
続いて、昔住んでいた近辺のいくつかのアパートや家を車で回って見ました。懐かしさがこみ上げてきました。


直人のアパートに戻ってちょっと休みし、買い物に出かけました。
日系のスーパーには日本のものはほとんど何でも揃っています。ただ、日曜日は夜8時ぐらいに閉店します。
そこで、1.6キロほど離れたスーパーに歩いて買い物に行きました。
こちらのスーパーは駐車場が広く、店内も通路は日本のスーパーの2倍ほどあり、とてもゆったりしています。
ショッピングカートも日本のホームセンターのものよりもさらに数段大きく、手で押すバーは私のような背の低い者にとってはほとんど胸の高さぐらいまであって、しかも重く、かといってショッピング用のカゴもありません。
ミルクを買おうとすると、一番小さいものでも1/2ガロン(1.89L)、ヨーグルトも2ポンド(907g)で日本の物の倍近くあり、ちょっと買い物するとバッグが重くて大変。
道理で歩いて買い物している人がいないわけです。
2つのショッピンブバッグを持ってアパートまで帰るのが大変でした。


今週末はラスベガス教会の鶴田牧師を訪ねますが、それまでは少し時間があるので、直人と一緒にテニスをしたり、ゴルフをしたりしてゆったりと過ごそうと思っています。
そういえば、今朝の礼拝後、何人かの方が私の健康のことを気遣ってアドバイスをしに来てくださいました。やはり、リラックスすることが一番とのことでした。


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マウント・ハーモン最終日

2012.07.08日

1週間続いたマウント・ハーモン修養会も今日が最終日でした。
ブランチの後、中野先生ご夫妻を始め、テーブルでご一緒した方々と記念写真をパチリ。
その後は、日語部・英語部合同の礼拝です。
ステージ上にはバンドがいて、私にとってはかなり激しい今風の音楽が床を響かせて演奏されます。


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しかし、英語の歌詞は全て神様をほめたたえるプレイズソングです。
メッセージは英語。それに続いて聖餐式。
昨夜、集会が終わって4日のブログ「ジョン万次郎」に書いた中浜先生が、「明日の聖餐式でちょっとお手伝いしていただけますか?」と聞かれたので、私は気軽に「いいですよ」とお答えしたところ、今日になって聖餐式の聖書朗読をお願いしますと言われました。
中浜先生のお取り計らいで、大切な務めをいただき心から感謝しました。
昨夜すでに帰った人も大勢いてみんなではありませんでしたが、それでもかなりの人たちでした。


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そして最後にユースグループ(私もその一員)で記念写真を撮り、帰途につきました。
本当に天国のような1週間で、十分に休養できました。


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帰りは海岸沿いの美しい道路を通って神様に守られて直人のアパートに帰着。
近所の公園でちょっとテニスをして長いドライブの気分転換。
20数年ぶりにラケットを握りました。腕前はまあまあといったところ。思っていたよりもできましたが、足がもつれて素早く動けず、また玉がうまくラケットのスウィートスポットに当たらなかったり、空振りしたりで3〜4回も続いたらいいほうでした。でも久しぶりのスポーツはとても楽しかったです。


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その後、今回の修養会の主講師だった黒田先生ご夫妻とお嬢さんご夫妻と深夜にロサンゼルスを発つのんちゃんと一緒に楽しいお食事をよばれました。初めての韓国料理でした。
明日は、魂の生まれ故郷のウエストロサンゼルスホーリネス教会の礼拝です。待ちに待った日がやってきました。


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人種のるつぼ

2012.07.07日

今朝は6時に起きて、6時半からのマウント・ハーモン自然散策に参加者9名で出かけました。
片道30分あまりで裏山の頂上に着きました。そこにはとても大きな十字架が立っています。
そこでみんなでラジオ体操をしてお祈りをしました。



帰り道はずっと、中国から4歳の時にご両親とアメリカに移住してこられた女性のお医者さんとお話ししました。
かつて中国ではキリスト教は禁じられていましたが、今や国が開かれ、政府が認可した教会もかなりあるそうですが、政府や共産主義に対する批判を少しでもしようものならすぐに閉鎖されるそうで、まだ本当の意味での自由はありません。しかし、以前は地下教会と言われた個人の家で集会をする家庭教会は今、ものすごい勢いで増えてきているそうです。


散歩から戻って朝食、そして午前の集会のあと昼食。
食事の席では毎回、いろいろな人と同席してお話をしています。
日系1世の方や、2世、帰米2世、3世を始め、白人や様々な人種・民族との混血の人たちなど、本当に多種多様で、アメリカはまさに人種のるつぼの国です。
散歩の帰り道に話した中国から移住してきた方が私に声をかけてきて、夫を紹介してくださいました。台湾系の5世の方です。
弁護士のご主人は今、独学で日本語を勉強しています。日本人の顧客がいるからだそうです。
お二人は去年、日本に旅行して、日本人の礼儀正しさに感動したと言っていました。
奥さんがまた別の方を紹介してくださいました。
この8月に6年間の予定で日本に宣教師として行くそうです。
着ているTシャツには、
「自殺は嘘です。希望がある」
と日本語で書いてあります。
お話しすると、お父さんがフィリピン人でお母さんが日本人の混血で5世とのこと。
去年、日本に旅行したのがきっかけで、日本に自殺者がとても多いことを知り、自殺は間違いだというメッセージを伝えるために行くと言います。日本語は全く話せないそうです。
日系人だけでなく、どの人種・民族の方もみんな日本のことが好きで、日本に対して重荷を持っていてくれています。
本当にありがたいことです。


1世や2世の方たちと話すと、皆さんおっしゃるのは、日本のサービス精神とアメリカのおおざっぱさです。
こちらに来て本当にそれを強く感じます。


ロサンゼルスからここマウント・ハーモンに車で来るのに7時間半かかりました。
途中、日本のようなサービスエリアなどは一切なく、ガソリンを入れたい、トイレに行きたい、あるいは食事をしたいと思っても出口の数が非常に少なくて不便です。
フリーウェイが一部工事中で1車線になっていたため大渋滞を起こしていました。
しかし、「この先渋滞」と表示した電光掲示板らしきものは下にタイヤの付いた移動式のものが2つほど道路脇に置いてあっただけで、どこからどこまで、何キロ、どれぐらいの時間渋滞しているかといった、日本ではごく当たり前の情報など一切ありません。
しかも、かなり長い距離を閉鎖しているのですが、工事をしている様子は全く見受けられません。
この状態がずっと続いているのです。


一昨日、山の中を散歩に行った時も、日本のように目的地を示す表示板などが一切なく、そのお陰で迷い子になってしまいました。
アメリカでは、何もかも自己責任なのです。
日本のようにおんぶに抱っこではありません。


おおざっぱで不便なところはいっぱいあるのですが、こちらの人たちにとっては、かえってその方が気楽でいいようで、日本の過剰なサービスは逆に煩わしいと言います。
日本では買い物したり食事をしてレジで支払いをすると、店員は必ず両手をお腹の上辺りで合わせておじぎして、「ありがとうございました」と言ってお辞儀します。一方、アメリカでは、クレジットカードやメンバーズカードの名前を見て、
「サンキュー、メアリー」などと、ニッコリして個人の名前を言います。アメリカでは、その方が親しみを感じて喜ばれるのです。
これは別にどちらがいい、悪いの問題ではなく、習慣や文化の違いです。
でも、アメリカのおおざっぱな生活の方が確かに気は楽で、のんびり生活できます。そのせいだと思うのですが、今回の修養会に参加している方で80代、90代の方が何人もいらっしゃるのですが、みんなとてもお若く、明るくて、生き生きしていらっしゃいます。


昼食後、日語部ではファミリーごとの出し物で、聖書の言葉を詩吟で謡うチームや、迷い子の子猫ちゃんの替え歌のチーム、讃美歌を歌いながらフラダンスを踊るチームなどさまざまでとても面白かったです。



うちのチームは、全員に立ってもらい、小堀さんのピアノ伴奏で一緒にラジオ体操をしながら、牧師が聖書の中のみ言葉をメロディに合わせて歌うというものでした。
どのチームもとてもユニークでみんな大笑いして楽しいひと時を過すことができました。



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よく遊び、よく学べ

2012.07.06日

今回、1か月という長い休暇をいただいて心身魂の静養のためにアメリカに来ています。
そして、来ることのきっかけになった体調不良もなにもかも、すべてが神様が備えてくださった時だった、といろいろなことを通して強く感じています。
こちらに来てちょうど10日になりますが、日々癒され、強められてきていることを実感しています。
温かく送り出してくれた妻や次男を始め、先生たちみんなに心から感謝しています。


私はもともと引っ込み思案なところがあり、自分から進んで人に話しかけて友達になったりするのは苦手な方です。
それで、これを機会に自分の殻を破ろうと思って、ここではできる限り自分の方から初めての人、日本人だけでなく、日系人や白人にも声をかけて話し合ったり、新しいことをチャレンジするよう心がけています。
一昨日は、ひとりで山の中を散策し(何度か道に迷いましたが)、進んでアーチェリーを試したりしました。今までの私には考えられないことです。
また、昨日は自分からお願いして釣りに連れて行ってもらいました。


今日は、自分の方から修養会に参加している、娘と同じ年頃の女の子に声をかけて一緒にキャノピーツアーというものをトライしました。
これは森の中のかなり高い所をワイヤーにぶら下がってすごいスピードで滑り下りるというアドベンチャーで、最初は自分にはできないと決めつけていました。
でも、勇気を出して試そうと思いました。一人で行くつもりだったのですが、ちょっと緊張しているように見えた子に声をかけて誘い、一緒に行ったわけです。
結果は、彼女も私もとても楽しむことができ、また途中いろいろと話すこともできて本当に良かったです。







ここ半年ぐらい食事療法をしていて食べる量も極端に減らしていました。
しかし、ここマウント・ハーモンに来たら、健康食がふんだんにあり、野菜・果物中心のものを毎日とてもたくさんいただいています。
たくさん食べ、たくさん出して、こちらもとても健康的です。



一昨日の午後開催されたピアニスト小堀英郎さんのコンサートも、あまりにも美しいピアノの音色と華麗な演奏、奥さんの美しい歌声に心洗われる思いをしました。



まるで天国のような美しい大自然と素敵な人々の中で、よく話し、笑い、歌い、学び、運動し、自分がどんどん変わってきているのを感じます。
これまで、ただ仕事一筋でゆとりもなく、全く遊ぶ要素がなかったため、ストレスで心身の調子がおかしくなっていたのですが、こちらの人々の心の温かさやゆったりしたライフスタイルに教えられることが多く、日本に戻ってからもここで学んだことを日々実践していこうと決意しました。


「よく遊び、よく学べ」は、単なることわざやスローガンなどではなく、人が健全に生きるために必要不可欠なものだったと、今時分になってようやく身をもって知った次第です。
本当に感謝。


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感動的な出会い

2012.07.05日

一昨日の記事「マウント・ハーモン1日目」に書いた分科会「アンチ・エイジング・クリスチャンライフ」の講師だった藤井  肇牧師はとてもユニークな先生で、昨夜はメッセージの中で、趣味の詩吟を披露してくださいました。
もう一つの趣味が釣りとお伺いし、ぜひ連れてくださいとお願いしました。
そして今日、サンタクルーズビーチピア(桟橋)に釣りに連れて行っていただきました。



私は釣り竿がかなりしなるほどの大きな魚が餌に食いついたのですが、引き上げるタイミングで失敗して逃してしまいました。
まさに「逃した魚は大きい」です。


帰りの車の中で藤井先生のバックグラウンドをお聞きしました。
藤井先生は日本で20年間、漢方専門の薬局をしていらっしゃいました。
近くのお医者さんが漢方を処方されて、それがきっかけで知り合いになり、一緒に漢方の勉強を始めました。
哲学や宗教の話などもしていくうちにキリスト教の話に発展しました。
そのお医者さんは京大医学部卒のとても頭のいい方で、ギリシャ語の聖書を独学で読んで研究しておられ、自分はクリスチャンではないけど、世界中の宗教の中で一番優れた宗教はキリスト教だと藤井さんに言われました。


藤井さんは、自分は親鸞を信じていたので、キリスト教を批判するつもりで、聖書を読み始めました。
読み進むうちに、キリスト教に対する先入観から開放され、奥さんと一緒に心の中でキリスト教の神様を信じようと決断されました。
教会に行かなくても自分たちはもう心の中で神様を信じていたのでクリスチャンだと思っていました。
1980年にアメリカの世界的伝道者、ビリー・グラハムが日本に来るというテレビCMを見て、お義母さんとご家族で大阪の日生球場で行われたビリー・グラハム国際大会に行って、そこで初めてキリスト教の話を聞いて、みんなで一緒に信仰を持つ決断をされたそうです。
その後献身し、22年前に薬局を辞めて、アメリカの日系人教会の牧師として赴任されたとのことです。


私はこのお話を聞いて身震いしました。
当時、私は神戸にある関西神学校(「金色夜叉」)に通っていて、このビリー・グラハム大会のために1年前から祈り始めました。
そして、大会当日には近畿圏内のキリスト教会の信徒や神学校の学生など千人からなる聖歌隊の一員としてハレルヤコーラスなどを賛美し、招きの時には私たち神学生は球場のグラウンドに降りて、カウンセラーとして奉仕をしていたのです。
「私たちのために祈っていただいていたのですね」
「ひょっとしたら、私たち日生球場でお会いしていたかもしれませんね」
感動で胸が震えました。



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ジョン万次郎

2012.07.04日

2年前に放映され、大人気だったNHKの大河ドラマ「龍馬伝」にも登場したジョン万次郎こと中濱万次郎は、黒船来航の際、漂流をきっかけに米国で10年間過ごすという当時では稀な境遇を生かし、日米和親条約の締結に活躍した人物です。
(その人物像は「ジョン万次郎の愛」にさらに詳しく書かれていますので、ぜひご覧ください)


修養会二日目の今日、進行役を務めていらっしゃる中浜さんとお話ししました。
中浜さんは日本からやって来て、建設関係のお仕事をしていらっしゃいました。こちらで韓国人の女性とご結婚されましたが、この奥様が熱心なクリスチャンで、教会に関心のなかった中浜さんは日曜日はいつもゴルフにふけっていらっしゃったそうです。
ところが、このマウント・ハーモンにやって来て、キリスト教の信仰を持った中浜さんは神様のお声を聞いて牧師になる決意をし、通信教育で神学の学びをし、今はサンフランシスコすぐ近くのエルソブランテという街で、建築のお仕事を続けながら牧師をしていらっしゃいます。
この先生が何と、ジョン万次郎の5代目の子孫に当たる方と直人から聞き、びっくりしました。
お忙しい中、しばらくご一緒にお話しし、お祈りする機会が与えられました。


これまで本で読んだり、テレビで見たりしてジョン万次郎のことは多少なりとも知ってはいましたが、中浜牧師とお知り合いになって、急にとても近しく感じるようになりました。
数奇な人生を歩み、日本の近代化に欠かせない役割を果たしたジョン万次郎でしたが、中浜さんもそれに劣らないほど不思議な神様のご摂理の中で牧師に導かれ、このアメリカの地で日系人のために尊いお働きをしておられます。


お昼は、帰米2世のHさんという方とご一緒して、いろいろとお話を伺いました。
Hさんは、アメリカで生まれたものの幼少の頃、ご両親と日本に帰り、日本で育った後アメリカに帰ってこられました。
ところが、その時第二次世界大戦が勃発。
Hさんは強制収容所に18歳から22歳まで他の日系人とともに入れられるという経験をなさったそうです。
奇しくも、「龍馬伝」と同じ2年前にTBSで放映され、私も見ていた「99年の愛〜JAPANESE AMERICANS〜」の中に出てきた物語と同じ体験をされたのです。
テレビのドラマもご覧になっていらっしゃったそうで、ドラマとほとんど同じだったとおっしゃっていました。
まさにマンザナー強制収容所の体験者の生の声を聞く特権に預かり、とても光栄に思いました。
Hさんは来月89歳になられますが、とても若々しく、お体も頭の方もお元気で、歯も3本のブリッジを除いては全部ご自分のものということで、去年82歳で召天した父(「バレンタインデーに嬉しいことが3つ」)のことを思い出して、本当に驚きました。
Hさんは50年間、ガーデナー(庭師)の仕事をされました。
お客さんの一人に億万長者の方があり、そこで忠実に仕事をしていたところ、リタイア(退職)する時とても惜しまれ、奥様とご一緒に日本への飛行機のファーストクラスのチケットをプレゼントされたそうです。
信仰に入ったのが54歳の時だったそうで、それからの35年は本当に祝福された幸せな人生だったとおっしゃっていました。


今日は、日本とアメリカの歴史を垣間見る貴重な体験をさせていただきました。
感謝。


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マウント・ハーモン1日目

2012.07.03日

今朝は7:00〜7:45までの祈り会で始まりました。
7人ぐらいの小さなグループで聖書を読んで、その後一人ひとりがそこから学んだことをシェアし、祈ります。


その後、1時間余りの朝の連続聖書講解の集会。
そして、また別のスモールグループに分かれ、お互いに自己紹介したあと、聖書から学んだことや個人的なことなど、さまざまなことをシェアし、これから1年間、ファミリーのようになってお互いのために祈り合います。これが40分間。


次に選択制の分科会が1時間。
私は今の自分にとって一番関心のあるアンチ・エイジング・クリスチャンライフに出ました。
これはとてもいい学びになりました。早速、学んだことを実践して、心身魂の健康な生活を送ろうと決意しました。
この分科会で隣の席に座った日本からの留学生のSさんと知り合いになりました。
お話ししていたら、ユタ州の高校に留学してきてクリスチャンになり、現在日系人教会に通いながら、大学でファッション・マーチャンダイジングを学んでいるそうです。
驚いたのは、2年前に彼女の通う教会にラスベガス教会の鶴田先生(VIP)がスピーカーで来られて知り合いになり、私のブログを読んでいらっしゃるとのことです。
今回、どこに行っても「直人のお父さん」というのと「鶴田先生のお友達」、「ブログの読者」ということでみんなつながっていて、驚かされます。


このあと昼食で集まったダイニングルームは人でいっぱい。
私たち日本人の小さなグループの他にたくさんいくつもの別のグループが来ているのだと思っていたら、何とみんな同じグループだと言います。
その数、約700人。それでも、今年は少ないそうで、これまでは毎年1000人ぐらい来ていたそうです。

参加者は日系人だけでなく、白人やその他の人種も多く、ものすごくバラエティに富んでいます。
もとをたどれば、日本からアメリカに移民してきてクリスチャンになった人たちが始めた教会が、2世、3世、4世となっていくうちにいろんな人たちと結婚して、どんどん大きくなっていったのです。
105年の歴史を持つマウント・ハーモンというクリスチャンのキャンプ施設で、日系人たちが修養会を始めて今年で63年目だそうで、その間に国際色豊かになり、1世の方やアメリカに住む日本人など日本語を話すグループは今日、40名ほどの小さな群れになったのです。
日系2世、3世、4世、5世の方々は、顔は日本人でも、普通のアメリカ人と全く同じ英語を話し、身振り手振りも、ライフスタイルも完全にアメリカ人そのものです。
テレビのドラマで、日系人の歴史を描いたものをここ数年、いくつもやっていましたが、まさにその歴史が今、私の目の前で展開しています。


昼食後は自由行動で、巨大なレッドウッドに囲まれたこのキャンプ大自然を活かした、ジップラインやアーチェリー、フリークライミングなどさまざまなプログラムに参加できるようになっています。
私はツアーでキャンプ場を案内してもらい、ひと通り見せていただきました。

明日から午後には、童心に返ってジップラインやアーチェリーなどを体験してみたいと思っています。
このような山の中の大自然に触れたのは、おそらく高校の時以来だと思います。
ここでも命の洗濯ができています。


夕食はサラダ中心の健康食をいただき、次は夜の集会。
スピーカーはサンロレンゾキリスト教会の島田  直(すなお)牧師。
夕食の時、テーブルをご一緒したのですが、ゴルフをしながら伝道するというユニークな牧師です。
「希望は失望に終ることはない」と題して、とても力強いメッセージをいただきました。


ご自分の体験談を随所に入れて、会衆を笑いに包む素晴らしいメッセンジャーでした。
昨日のブログ記事「とても恵まれた今日一日」IN-N-OUTのトレーラーの写真を載せましたが、この会社の裏話をしてくださいました。
ハンバーガーやフライドポテトの包み紙、コーラのカップに、
"John 3:16" 
と書いてあるそうです。
これは、アメリカの有名なフットボールプレイヤー、ティム・ティーボウの目の下に書いてあるのと同じで、テレビで見た人が"John 3:16" てなんだろう、と思ってネットで何万人という人が検索したとのことです。


これは、聖書の中で一番有名な次の言葉です。
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」


最後に、『それでも僕の人生は「希望」でいっぱい 』という本の著者、ニック・ブイチチのビデオを見せて、聖書の約束「希望は失望に終ることはない」とチャレンジしてくださいました。



私は感動で涙が止まりませんでした。
2年ほど前に私は急に声が全然出なくなるという辛い経験をしたことがあります。
それ以来、大きな声、高い声が出なくて歌が歌えなくなっていたのですが、この修養会で大きな声で歌えるようになりました。
感謝!


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とても恵まれた今日一日

2012.07.02日

昨夜は、直人の通う教会の牧師宅に泊めていただきました。
去年この教会に赴任したO牧師は、その前は宣教師としてタイで19年間過ごしたということで、その時の体験談を聞かせていただきました。
宣教師の準備をするためにアメリカで英語を学んで行ったところ、英語は通じずタイ語を一から学び、次にタイ語でカレン族の話すカレン語を勉強されたそうです。
タイにはいくつもの部族があり、その一つひとつが全部異なる言語を使っているとのこと。


私は今から40年近く前、最初にアメリカに留学してきた時、タイ人の友人ができ、少しタイ語に触れる機会がありました。しかし、その発音も文字も非常に難しく、一瞬にして挫折しました。
言語が好きで、英語の他に、フランス語、スペイン語、ドイツ語、ロシア語、ポーランド語、ポルトガル語、中国語、タガログ語、ギリシャ語、ヘブライ語、エスペラント語などを少し勉強したことがありますが、タイ語は全く歯が立ちませんでした。
そのタイ語をマスターして、さらにカレン語を使ってカレン族の人々に伝道するというのは、想像を絶することです。


今朝の礼拝でも、O牧師が説教の中でスライドを使ってカレン族の話をしてくださいましたが、電気もない山奥に入って行って伝道されたお話には胸を打たれました。



この教会の礼拝は、非常にオープンでカジュアルな雰囲気で、牧師のメッセージは初めての人にもとても分かりやすく、信者の人にも深い学びになる素晴らしいものでした。
直人の賛美リードもなかなかのものでした。


さらにその後の聖餐式も、今まで35年余りの信仰生活の中で一番感動を覚えました。


メッセージの前に証しをする時間をいただき、私の誕生から直人の今日に至るまでの経過を短くお話ししました。



この教会には私のブログ愛読者の方が何人もいらっしゃるそうで、直人の父親ということもあって皆さん温かく迎えてくださり、私自身も初めてという感じがせず、とても親しみを感じました。
O先生ご夫妻、そして教会の皆様、ありがとうございました。心よりお礼申し上げます。


礼拝が終わって1時40分に出発し、サンタクルーズ(サンフランシスコの少し南)近くのマウント・ハーモンに向かいました。
フリーウェイで、昔住んでいたカルバーシティやウエストロサンゼルス、通っていたUCLAの横を通っている時、当時の思い出がよみがえってきて、とても懐かしくなりました。


このあと、車は延々と続く砂漠の中を走り続けました。
日本では見られない、見渡す限り地平線の光景や、西部劇に出てきそうな赤土の山々や、フリーウェイ沿いにいつまでも続くブトウやチェリー、柑橘類などの果樹園も向こうの端が見えないほど遠くまで広がっていて、さすがアメリカと感心しました。



これらの果物の収穫期はほとんど同時でしょうが、どうやってこんな広大な農場で収穫するのだろうと他人事ながら心配しました。きっと何千人、あるいは何万人という季節従業員がメキシコなどから雇われて来るのでしょう。


途中、ガソリン給油と軽食のために30分ほど止まりました。
そこで面白いものを見ました。710ml入りという巨大な缶ビール(iPhoneと大きさを比べると分かる)と、巨大なトレーラー。







その後、フリーウェイが工事中で1車線になっていたためひどい渋滞に巻き込まれました。
そして、目的地に着いたのは何と夜の9時過ぎ。ずっと時速120〜130キロで走り続けて、実に7時間半もかかりました。
国際免許を準備してきましたが、私の出る幕はありませんでした。正直なところ、運転する勇気もありませんが。


でも、運転していた直人はまだ元気で、今晩もこれからワークアウト(エクササイズ)をすると言い、そのタフぶりに驚かされています。


神様に守られて安全に到着しましたので、ご報告させていただきます。
明日から始まる修養会が楽しみです。


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リラックスの効用

2012.07.01日

今日はお昼で修養会が終わりました。
心が洗われるような素晴らしいリトリートでした。
4日間何から何までお世話になったTさんご夫妻とお別れしました。
まるで家族と別れるような、後ろ髪を引かれる思いでしたが、またいつでも戻って来てくださいと言われ、
「じゃあ、お言葉に甘えて『ただいま』と言って戻ってきます」と厚かましくも言ってしまいました。


クリスチャン同士はお互いに兄弟姉妹と呼びますが、この交わりは本当の家族のようです。
まあ、考えてみれば、天のお父さまである神様を中心にした大きなファミリーですから、当然のことと言えば当然です。
本当に温かいお交わりはまるで天国の先取りのような感じです。


このあと、直人が明日から出かけるマウント・ハーモン修養会のために汚れていた車を洗車し、オイル交換をしてもらうのに付き合いました。
こちらは今、ガソリンの価格が下がっているということで、日本円に直すと何と1リッター当たり70数円です。さすが車社会の国です。


でも、問題は公共の交通機関がほとんどなく不便なため、どこへいくにも車ということです。
家を一歩出ると車に乗り、職場やショッピングセンターなどの目的地まで行き、帰りも車で、歩くとか、運動する機会がほとんどありません。
しかもアメリカの食事はカロリーが高く、脂肪や糖分が多いということで、よほど意識的に運動をしないと肥満、心臓病などになってしまいます。
今の私などは特に気をつけなければなりません。


直人が洗車している間、ちょっと付近を歩いてみると、とても小さな教会の前を通りかかりました。
メキシコ人の教会で、スペイン語で書かれた面白い看板がかかっていました。
「主任牧師-イエス・キリスト
副牧師-レンス・アルティーガ」


近くの日本食マーケットに入ると、そこはドルで表示された値札さえ見なければ、日本のマーケットと見間違えるほど、日本のものが何でも揃っていて、これでは日本から来た人は、ロサンゼルスが気に入って居着いてしまうだろうなと思いました。


正直なところ、日本食は何でも食べられるし、私もアメリカに永住してもいいかなと思うほど、アメリカのライフスタイルが自分に合っているように感じます。
実際、アメリカでの生活は一日が26〜28時間ほどに感じるほど長いのです。
もっとも、ここでは仕事をしていないので長く感じるのは当たり前のことですが。
でも、今回の訪米の目的は仕事から離れてリラックスすることなので、日本の仕事のことは妻や次男、先生たちに任せています。
みんなには本当に感謝しています。
改めて、ありがとう!


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