学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
読む人に元気を注入します。

ジョージ学院長 元気の出るブログ

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命を大切に

2012.05.31日

hoshino.jpg


上の絵と詩は、アカデミー学院のA教室のトイレに掛けてあるものです。(C教室のトイレに掛けてあるものも同じ人の作品です)
「新しい命一式ありがとうございます
大切に使わせて頂いておりますが、
大切なあまり仕舞い込んでしまうこともあり
申し訳なくおもっております
いつもあなたが見ていて下さるのですし
使いこめば良い味も出て来ることでしょうから
安心して思い切り
使って行きたいと思っております」


絵はとても繊細なタッチで描かれているのですが、字がでこぼこでちょっと読みにくいと思われるかもしれません。


hoshino2.jpg


これらの詩画を描いているのは、星野富弘さんという方です。
星野さんは、小さい頃から人一倍健康で体力もすぐれていました。体力を使ってやることなら人並み以上で、負けるのもきらいでした。
中学時代は陸上部で、体力の限りを尽くして毎日走り回り、県大会で優勝したこともありました。
体を思いきり動かしながらできる仕事につきたいと思い、中学の体育の先生になります。
赴任して2か月後、クラブ活動の指導中、器械体操で空中回転をしていて誤って頭から落ち、首の骨を折り首から下の自由を奪われてしまいます。


ベッドに寝たきりになった星野さんは、お母さんに「産んでくれなけりゃよかったんだ。チキショウ!!」と心の中で思い、自殺を願望していました。
しかし、お見舞いに来てくださった方が三浦綾子さんの『塩狩峠』を持ってきてくださって、それを読み進んで(もちろん人に読んでもらって)いくうちに、神様を求めて聖書を読むようになり、2年後にはキリスト教の信仰を持って病床洗礼を受けます。
その頃から、何か書きたいという願いが起こされ、体の中で唯一自由が利いた口にサインペンをくわえて、初めて書いた作品は、帽子につけた黒い点です。
それ以来、毎日練習して、ようやくガタガタの字でカタカナが書けるようになり、さらに練習を重ねひらがなが、そして漢字が少しずつ書けるように、そしてついに筆と絵具を使って絵が描けるようにまでなったのです。(『愛、深き淵より。』


今や、星野富弘さんは世界中で詩画展を開く詩人・画家として活躍、21年前には群馬県みどり市に富弘美術館もオープン。



私は何か辛いことや苦しいことがあり、心が折れそうになると、この星野富弘さんの詩画でとても慰められ、励まされます。そして、命の大切さを教えられます。
おそらく世界中の人々がそうでしょう。
いつの日か群馬県の富弘美術館に訪れて、星野さんの詩画を直接鑑賞するのが今の私の夢です。


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神様からの請求書

2012.05.30日

小学3年生のたかし君がお母さんにメモ書きを手渡しました。


 今週のせいきゅう書
犬のさんぽ     250円
庭の草むしり     50円
部屋のそうじ    100円
おつかい      200円
おるすばん      50円  
合計         650円


お母さんから返事がきました。
 今週のせいきゅう書
毎日のごはん代    0円
毎日のせんたく代   0円
毎日のおふろ代    0円
電気代         0円  
合計           0円


たかし君はお母さんからの返事を見て、お母さんが毎日どれだけ自分のためにたくさんのことをしてくれているかが分かって、「ごめんなさい」と謝りました。


このような話を今から35年ぐらい前、教会の日曜学校で小学生たちに話したことがあります。
あの時の小学生たちは、今はもう40代半ば。立派なお母さんやお父さんになっていることでしょう。
昨日、ウォーキングしていてふとこのことを思い出しました。


考えてみたら、私たちは毎日の太陽や水や野菜や果物、魚・肉類などの食物、衣類、住居、車等など、日常使っているものすべて神様からただでいただいているのです。
お金を支払っている相手は、供給者の源である神様ではなく、それを利用したり加工したり、運搬している人たちでいわばサービス料のようなものです。
神様は私たちが生きていくのに必要とするものすべてをただでくださっています。
さらに、カウンセリングなどのサービスを受けるとたくさんお金がいりますが、神様はこれまで数えきれないほどお祈りに応えてくださっているのに、一度として神様からこれらに対する請求書が送られてきたこともありません。


そこで、ウォーキングしながら神様に感謝のお祈りをし始めました。
そしていいことを思いつきました。
そうだ、うちの塾に来てくれている生徒たちが通っている学校の前を通って、これらの生徒たちのためにお祈りしよう、と。
いくらお祈りしても神様から請求書は来ないのだから。
そして、まず塾近くのA小学校から始め、K小学校、Y中学校、Y小学校の周囲を回りながら今、塾に通ってくれている生徒たち一人ひとりのことを頭に思い浮かべながら、彼らの学校生活や学びが、さらに将来が祝福されるよう祈り始めました。
すると、何年も前に通ってくれていた昔の生徒たちのことも思い出し、今や高校生、大学生、社会人になっている人たちのためにもお祈りし始めました。
途中、二つの大きな団地の中を通り、これらの団地から子どもたちを塾に送ってくださっている、また過去において送ってくださっていた親御さんたちに感謝し、そしてご家族の方々の健康や仕事のためにもお祈りしました。


祈り始めたら次から次へと感謝すべきことが浮かんできました。
と同時に、お願いもしました。
この学校から、団地から、保育園からまた新しい生徒を塾にお送りください、と。
神様は祈りに応えて新しい生徒を送ってくださいますが、請求書は来ません。
なんてありがたい神様だろうとまたまた感謝でいっぱいになりました。
4キロの道のりがあっという間でした。お祈りがこんなに楽しいものとは思ってもみませんでした。
これまではいつもiPhoneでオーディオブックを聴きながらウォーキングしていたのですが、またウォーキングの新しい楽しみができました。
生徒やその家族のために祈り、塾のためにも祈りながら歩き、自分の心身の健康まで祝福される、これは一石何鳥になるのでしょう。


「お祈り」というと、何か特殊なもののように思ったり、中にはオウム真理教のようなカルトを連想して気持ち悪いと感じる人もいるかもしれませんが、人はみんな誰でも毎日さまざまなシーンで、知らず知らずのうちにお祈りしているものです。
「明日、晴れますように」「いい人と巡り会えますように」「今日の試験、うまくいきますように」「旅行で交通事故から守られますように」「仕事がもっとたくさん入ってきますように」等など。
お祈りは気持ち悪いものでも恥ずかしいものでもなく、人間としてごく自然な精神活動の一部です。
無神論者でさえ無意識にお祈りしているぐらいです。
実際、人間と動物の違いはまさにここにあると言っても過言ではないでしょう。


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♪好き好き好き好き好き

2012.05.29日

上戸彩さんの三ツ矢サイダーのCMのバックに流れる「好き好き好き好き好き...」という歌は、アニメ「一休さん」の主題歌「とんちんかんちん一休さん」を基に作られた曲だそうです。(5月28日付 読売新聞夕刊11面)


ikkyu.jpg


一休さんと言えば、誰でも知っているあのとんち話。
「このはし渡るな」
と言われて、堂々と橋の真ん中を渡り、とがめられると
「端は渡っていません」。
「屏風(びょうぶ)絵の虎が夜な夜な屏風を抜け出して暴れるので退治して欲しい」
と足利義満が一休さんに訴えたところ、
「では捕まえますから虎を屏風絵から出して下さい」
と切り返し、義満を感服させたとかいう有名な話が残っています。


しかし、その大部分は後の江戸時代に創作されたものらしいです。
実名は一休宗純(1394年2月1日−1481年12月12日)といいます。
神童だったにもかかわらず、成人してからは「男色はもとより仏教の戒律で禁じられていた飲酒・肉食や女犯を行い、盲目の森侍者(しんじしゃ)という側女や岐翁紹禎という実子の弟子がいた」とのことで、生涯好き勝手なことをした後、87歳の時マラリアで亡くなったそうです。(Wikipediaより)


Portrait_of_Ikky%3F_by_Bokusai.jpg


高僧と呼ばれた一休宗純は臨終の床で、
「死にとうない...」とつぶやきました。
弟子は聞き間違えたかと自らの耳を疑い、問い返しました。
「えっ!?和尚様、今、何と?」。
「わしゃ、死にとうない。ほんまにほんまに死にとうない...」
これが最期の言葉だったそうです。


26歳の時、カラスの鳴き声を聞いて悟りを開いたという一休和尚も目的地が分からなかったようです(「現在地と目的地」)。
透きとおっていなかったのですね。


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バカの大足

2012.05.28日

中学生の時の保健体育の先生は怖いけどとても面白かったS先生。
中学3年の時、男女分かれての保健の時間に性教育がありました。
S先生が黒板に女性の体の絵を描いて生殖の仕組みについて教えてくれました。
ユーモアあふれる授業で、教室はずっと大爆笑の連続。
授業が終わり、女子が教室に戻ってくる前にS先生は黒板に書いてあった女性の体の絵にちょっと手を加えました。
上部と下部を消して横の線で結び、真ん中の部分がくびれた壺のようなオブジェにして、上の口から縦に何本もの線を引き、その先に花をつけて、はい、花がいっぱい詰まった花瓶の絵の出来上がり。
またしても、みんな大笑い。


ある時、S先生が保健の授業の中で言いました。
「バカの大足」
これはよく使われる表現ですが、その後に続いて
「間抜けの小足、中途半端のろくでなし」。
ここでまた大爆笑。
いつもこんな調子でした。


昨日、ふとこの授業風景がよみがえってきたのは、中2のみずきちゃんとバスの中で話していた時のことです。
みずきちゃんが「バカの大足」というわけではありませんが、以前塾に来ていた今は高3のお姉ちゃんのありさちゃんと姉妹そろって背がとても高いのです。
以前、姉妹の名前の由来を尋ねたところ、ご両親が女優の観月ありさのファンだったそうで、初めの女の子が生まれた時「ありさ」と名付けたところ、二人目も女の子だったので「みずき」(実際にはそれぞれ漢字が使われています)と名付けたそうです。それで姉妹そろって「みずきありさ」。
なるほど、とても上手い名付け方です。


080117mizuki01.jpg


ところで、観月ありさは身長169センチでとても大柄な女優ですが、実はありさちゃんはさらに高くて171センチ、みずきちゃんも166センチで中2としてはかなり高く、今もまだ伸び続けています。
ご両親ともにやはり背が高いそうですが、「みずき」「ありさ」二人ともテニスをしていて、遺伝プラス運動でますます身長が伸びるのです。
昨夜、みずきちゃんに尋ねました。
「背が高くて便利なこととか不便なことってある?」
「便利なことはあまり感じたことありません。でも、洋服や靴を買う時、自分の気に入ったものがあってもサイズがなかったりすることがよくあって不便を感じます。あと、目立つことと周りの男子がみんな小さくて、それがいやかな」
ハイルーフで室内高164センチの送迎バス、ほかの生徒たちはみんな大丈夫なのに、みずきちゃんは頭がつかえ、腰をかがめて乗り降りします。


背の低い人は高い人を羨ましく思ったりするものですが、実際にはそんなのはどうでもいいこと。
大足、小足、中足にバカも間抜けもろくでなしもありません。
背の高い女の子も、背の低い男の子も、みんなそれぞれの個性で、いい悪いなどありません。
みんな、それぞれの個性をお互いに認め合い、受け入れ合う。
これが人間関係をもっと気持ち良いものにし、ひいては人種や国家や文化や宗教を始めとするさまざまな差別や戦争などの解決の糸口になると私は信じています。
教育はただ勉強だけ教えて、試験のために暗記させ、志望校に合格させて、いいところに就職させることが目的ではありません。
もっと人間として基本的なことをしっかり教える必要があります。


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舞妓さんになりたいっ!

2012.05.27日

昨日、送迎バスの中で中3のNちゃんに声をかけました。
「今回の中間テストは随分遅いね。早い学校は来週からなのに、一番最後で、6月の終わりだよ」
「はい。修学旅行があるからです」
「修学旅行は京都だよね。京都は初めて?」
「いいえ、ついこの間行ってきたばかりです。ゴールデンウィークに。しかも、修学旅行で回るところと同じところに行ってきたんです」
「えっ?もったいない!とっておけばよかったのに...。
先生は、小学4年生の時の教育実習に来た先生とずっと文通を続けていて、去年京都に行ってその先生の家に泊めていただいて、一緒に京都を修学旅行したんだよ」(「京都、最高!」
「へー、すごいですね。実は私、舞妓さんになりたいんです」
「ホントに?うーん、合ってるかもしれない。
舞妓さんって言うと、みんな京都の女の人だと思ってるけど、本当は他府県の人がほとんどなんだそうだよ」
「舞妓さんになるのに随分お金がかかるんです」
「へぇー、そうなんだ。まあ、京都弁の訓練から始まって、踊りとかいろいろあるもんね」
「お小遣いが全部飛んでしまいます」
「そうだろうね」
「1万円もかかるんです」
「えっ???1万円!?」
「しかも、持って行けるお小遣いは1万円だけなんです」
「????...。ひょっとして舞妓さんになりたいっていうのは、修学旅行で京都に行って、舞妓さんの格好をして写真を撮るってことなの?」


帰宅してネットで調べてみるとやはりそうでした。舞妓着付け体験というのがあるのです。これがその写真です。(背景は私が中高大学時代の10年あまりを過ごした嵐山です)


maiko.jpg


昔はこんなのなかったのですが、時代が豊かになったせいか、あるいは次々と新しい商売を考えるからなのか。
人力車もそうですね。今では観光地に行くとあちらこちらで見かけます。時代のニーズを見抜いています。


それはさておき、冒頭の会話、お互いに何を言っているのかさっぱり訳が分かりませんでした。
でも、こういった会話ってよくあります。
とくに親子や夫婦などの間で。
お互いに相手の言っていることを聞いているようで、実は相手が言わんとしていることをしっかりと聞き取っていない。
それで、自分の思い込みで話を続ける。
すると、相手は自分のことを全然理解してくれていないと思い、心が離れたり、時には不信感を持つことすらあります。


このようになるのを避けるにはどうしたらいいのでしょうか?
一番大切なことは、自分の思い込みで返答したり、意見を述べないこと。
上のケースでは、Nちゃんが「舞妓さんになりたい」と言った時、私がそれを将来の夢と思い込んだところから話がどんどんおかしくなっていきました。
ひとこと「舞妓さんになるのが将来の夢なの?」と聞き返していたら、このようなトンチンカンな会話を避けることができていました。


このように、相手が何か言ったら、まずは問い返してその真意を確かめるということがとても大切です。
会話というのはそのようにして成り立っているのです。
自分の言いたいことばかりを言って、相手が言っていることをしっかりと聞いていないところから誤解が生じ、それがやがて大きな問題、たとえば友人同士の絶交とか、夫婦間の離婚とかにつながることだって大いにある得るわけです。


たかがコミュニケーション、されどコミュニケーション。
コミュニケーションは社会生活の中でとても大切なものです。


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肉体改造 ズッドーン!

2012.05.26日

feitas.jpg


ご存じ、香取慎吾のCM「フェイタス貼る、ズッドーン!」の写真です。
なんと、このCMのために食事制限して1週間で10キロ減量したそうです。すごいっ!


約2か月前のブログ「改造計画、着々と進行中」に、私も肉体改造計画に挑んでいる旨を書きました。
あれ以来もほぼ毎日、早足のウォーキングを5〜6キロ、時には10キロを続け、また食事はコレステロールやカロリーの高いものは摂らず、野菜や魚を中心にし、スナックや菓子類など甘いものは一切断ち、水をたくさん飲むよう努めました。
食事は小食を時間をかけてよく噛んでゆっくり食べ、常に少し空腹を感じる状態にしました。
毎朝、ラジオ体操第1・第2もやり、ストレッチングや腹筋、腕立て伏せも。
そして、昨夜風呂に入る前にいつものように体組成計に乗ったところ、びっくり!
体重は目標値を割って、始めた当初の4キロの減量に成功。さらに、体脂肪も内臓脂肪も過去最低レベルになり、体水分率は大幅に増加、BMI(Body Mass Index)は肥満を表す25だったのが、なんと理想値の22を切って21.9に!
体内年齢は36歳。
ウエストは8センチぐらい絞れました。
鏡に自分の体を映してみて、上の香取慎吾のフェイタスのCMを思い出した次第です。
お遊びで、記念写真をiPhoneのGorillacamというアプリを使ってセルフタイマーでパチリッ!
これがそれです。


body.JPG


肉体改造 ズッドーン!
香取慎吾は35歳。私はあと1か月足らずで62歳。そんなに遜色ないんじゃないですか。
えっ?自慢してるみたいって?
そうです。自慢させてください。
ついこの前まで少し歩いたり、階段を上ったりするとフーフー言っていたのです。
幼少の頃から虚弱体質で運動は何をしてもダメだった私。あまり寿命も長くないだろうと子どもの頃から思っていた(「死ぬときに後悔すること」)のに、生まれ変わったのです。


人は何か目標ができると頑張れるものです。
そして、何事も繰り返して習慣にしてしまうこと。
これまでまったく運動をしなかった私がウォーキングを始め、最近では1日でもやらないと気持ち悪くなって落ち着かなくなります。
そして、夜11時過ぎてからでも40〜50分のウォーキングに出かけるようになりました。
勉強でも何でもそうです。
やらないと気持ち悪くなるぐらい習慣にしてしまうこと。これが成功の秘訣です。


先日、小学5年生のKちゃんがバスの中で、自分のお父さんは40歳と友達に話していました。
そこで「学院長は何歳ぐらいに見える?」と尋ねたところ、
「お父さんよりも少し若い」ですって!
そりゃそうですよ。体内年齢36歳ですもの。


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脱脂粉乳

2012.05.25日

小学生の頃、給食で脱脂粉乳なるものが出ていました。
みんな「ミルク」と呼んでいましたが、ミルクとは似ても似つかぬもの、正直、臭くてまずくて飲めるような代物ではありませんでした。飲んでお腹を壊し、下痢する子もたくさんいました。
私は当時、胃腸が弱くて正露丸が欠かせず、ビオフェルミンも毎日飲んでいましたが、どういうわけか、「ミルク」は大丈夫でした。
周りの子たちが鼻をつまんで飲んでいたり、残して捨てたりしている中、私はまずいながらも毎回残さず、最後の一滴まで飲んでいました。
また、給食のおかずもそれほど美味しいとは思いませんでしたが、全部食べていました。
当時の給食の光景はちょうどこんな感じでした。


kyusyoku.jpg


脱脂粉乳は、戦後、政府が貧しくて給食に回す予算がなく、しかも子どもたちの栄養状態が良くない時、アメリカが援助物資として日本に送ってくれていたものです。
栄養状態が良くなかったのだから、本当だったら脂肪を除いた「脱脂」でなく、脂肪を含んだものの方が良かったのではないかと思うのですが、太平洋を船で運んでくるため、腐りにくいよう「脱脂粉乳」にしていたそうです。


一方、今の日本は、世界でも稀に見る豊かな国になり、他国を援助する側になりました。本当にありがたいことです。
しかし、豊かになったため、今度は脂肪を摂り過ぎて肥満の人が増加し、心臓病が増える結果となりました。
そして、その結果、今人気なのが「脱脂粉乳」ならぬ「脂肪ゼロ」の無脂肪乳です。
私も高脂血症なので、しばらく前からこの脂肪ゼロ牛乳を飲んでいるのですが、味と匂いこそ昔の脱脂粉乳のようにひどくはないものの、やはりコクがなく水っぽくてシャビシャビ、「おいしい」とパッケージには書いてありますが、おいしくないです。
ところが、昨日何気なく飲んだ牛乳があまりにも美味しくて驚きました。
パッケージをよく見ると「低脂肪乳」とあります。「脂肪80%カット。カロリー1/2」と書いてあるのですが、しばらく普通の牛乳を飲んでいなかった私にとってはまるで「成分無調整乳」のように美味しいのです。
感動しました。


「そうか、まずいと思って飲んでいたら、ますますまずくなる。これはかえってストレスになり体にも良くない。むしろ、おいしくいただく方が体にも心にもいいんじゃないか。それに、今は油ものや菓子・ケーキ類など甘いものは一切摂っていないので、低脂肪乳ぐらいはきっと平気だ」と思いました。


人というものは、いったん贅沢を知ってしまうと、元に戻るのは本当に大変なのですね。
昔は残さず飲んでいたあのまずい脱脂粉乳はもう二度と飲めないことでしょう。


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苦しい時の神頼み

2012.05.24日

勉強嫌いだった私が最終的に学業を終えたのは34歳の時でした。
最後のテストが終わり教室を出た時、これで終わりだという実感がじわじわと生まれてきて、私は周りに人がいるかどうかもお構いなしに、飛び上がって「やったー!やったー!」と思わず叫んでしまいました。
その時の学校はTalbot Theological Seminary (タルボット神学校。今はBiola University大学院)でした(「Needy student」)。


ここでの勉強は、アメリカでのそれまでの3年間の学びとは比較にならないほど苦労しました。
中でもとくにDr. Hunter(ハンター教授)の授業は大変でした。
体験したことのない授業形式に加え、リーディングアサインメント(課題図書)、宿題、毎回の確認テスト、中間・期末テスト、いずれもかなり要求が高く、本当に死にそうでした。
しょっちゅうDr. Hunterのオフィスに行く羽目になったのですが、行くたびに救われたのは、ドアに貼ってあったポスターでした。
"If all else fails, try prayer!"
(他のすべてがうまくいかなくなったら、お祈りしてみなさい)
と書いてあったのです。(もちろん、これはハンター教授独特のジョークです)
日本流に言えば、「苦しい時の神頼み」です。
クリスチャンなら本来、他のすべてを試す前に「いの一番に」神様にお祈りしなければならないのですが、どうかするとお祈りを忘れて、その他すべてを自分の力でやってみて、「何もかもうまくいかない。どうしよう」と途方に暮れることが意外と多いものなのです。


この時以来も、数えきれないほど様々な苦しみや試練に遭ってきましたが、いつも追いつめられて苦しくなった時、「あっ、そうだ!」と思い出すのは、今から30年も前に見た"If all else fails, try prayer!"の言葉です。


「苦しい時の神頼み」、大いに結構。みんな経験しているのはないでしょうか。
これを英語で言うと、"The danger past and God forgotten." (危機が過ぎ去ると神を忘れる)
となります。
でも、苦しみから解き放たれたときに神様を忘れてはだめです。


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今のあなたは...

2012.05.23日

「私はもう〇〇年も生きてきたから、今さら自分を変えることなんてできない」
「自分はこういう人間なんだ」
「私の性格は変わらない」
このように言う人、またそのように信じている人はたくさんいます。
でも、本当にそうなのでしょうか?


確かに小さな子どもを見ても、すでにある程度性格や能力などが決まっているように思われることがよくあります。ましてや、30年、50年、70年と生きてきた人などはかなりの部分、その人の人格などでき上がっています。
しかし、「もう変わらない」「変えられない」というのは本当でしょうか?


現在の自分というのは、ある意味既に「過去」のものです。
どういうことかと言うと、生まれて以来「今」という瞬間まで積み上げられてきた結果が「現在」の自分であって、「現在」がこうだから「将来も」こうだということにはならないのです。
つまり、人は常に一瞬一瞬、現在進行形で生きていて、死ぬまでいつでも変わることができるということです。
そのために必要なのはただひとつ、「今」を変えることです。
「今」を変えるなら、またこれから先、その瞬間、瞬間を積み重ねていくことによって、将来はどのようにでも変えることができます。


「私はこういう人間なんだ」というのは、ある意味責任放棄をした言い方です。
自分の意志で変わらないことを決意しているわけで、それは取りも直さず将来の可能性を自ら狭めていると言えます。
あらゆる可能性、選択肢をオープンにしておく方が、より良い、より豊かな将来を送ることができるのは自明の理です。
さらに言うと、「やらなきゃ損」なのです。


私自身、子どもの頃はしょっちゅう体を壊し、毎月病院に通い、薬を手放したことがないほどの虚弱体質でした。
身体は硬く、スポーツは何をやっても全くだめで、高校生になって一念発起して始めたラグビーでは練習をしていただけで内臓が全部ボロボロになってすぐにドロップアウト。結婚してからも次から次へと病気が絶えず、妻はまるで老人と結婚したみたいとこぼしていたほどです(「好むと好まざるとにかかわらず」)」。その後、健康のために始めたテニスもスイミングも長続きしませんでした。
そして2年ほど前、また体調を崩しました。
しかし、私は思いました。
まだまだ「現在進行形だ」と。
甘いものは一切断ち、食事に気をつけるようになりました。
そして始めたのがウォーキング。
初めのうちは少し歩いただけで息切れし、足の裏が痛くなっていたのですが、コツコツと続けてきた結果、今では毎日5〜6キロ、日によっては朝晩で10キロも歩くことができるようになりました。
そして体重は3キロほど減り、体脂肪も内臓脂肪も標準レベルに落ち、すこぶる快調になってきました。
「私はこんな人間だ。今さら変わることなどできない」と言っていたら、もういま時分は天国に行っていたかもしれません。


大切なのは自分の考え方を変え、生き方を変えることです。
そして、これは誰にでもできることなのです。
とどのつまり、これこそが幸せな人生の生き方です。


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友達の友達の友達の友達は...

2012.05.22日

インタビューの名手といわれたコラムニスト、いまは亡き青木雨彦さんはご婦人が相手でも、必ず年齢を尋ねた。年齢で人間を計ろうとしたのではないという◆〈そのひとの人生の句読点を知りたいのである。たとえば、日本が戦争に敗けたとき、そのひとはいくつだったか…〉(ダイヤモンド社『冗談の作法』)◆終戦に限るまい。“人生の句読点”と呼べそうな出来事は誰にでもあるだろう。東京オリンピック、大阪万博、何をおいても東日本大震災…きょうの「東京スカイツリー」開業もあるいはそうなるかも知れない◆目標の高さ634メートルに到達したのは震災の1週間後、昨年3月18日のことである。翌日の紙面では、「死者、阪神大震災を超す」「福島第一原発で連日の放水」といった記事の陰に小さく報じられている。僕が、私が、何歳の頃だったな――いまの子供たちがいつか大人になって句読点を振り返る日が来るだろう。そのとき、活気に満ちて暮らしやすい世の中であればいい◆遠くから眺めると、天上の 鍼灸 ( しんきゅう ) 師が大きな手で地表に刺した 鍼 ( はり ) のようでもある。傷つき疲れた国を癒やす鍼のような。
(5月22日付 読売新聞 「編集手帳」より)


青木雨彦さんは私の好きなコラムニストでよく読ませていただいていましたが、最近お名前を見なくなってどうされたのかしらと思っていたら、もう11年も前にお亡くなりになっていました。
久しぶりにお名前を拝見してとても懐かしく思いました。


「そのひとの人生の句読点」は実に言い得て妙、見事です。
私の場合の「人生の句読点」は、ちょうど映画「3丁目の夕日」と重なる部分が多く、東京スカイツリーならぬ東京タワーに思い出がダブります。
私もちょうどを昨日「人生の句読点」のことを考えていて、Facebookの自分の基本データを書き加えて更新したところです。


Facebookが今すごい人気で、アメリカでは株式上場。
ちょっと前までは考えられなかったサービスですが、今の人々のニーズを見抜き、そういう機会を提供してくれています。
お陰で、昔々の友人や、何十年と音沙汰がなくなっていて近況を知りたかった人たち、うちの塾の卒塾生などをFacebook上で見つけることができ、お互いの近況を確認し合ったりしています。


さらに面白いのが、友達の友達の友達の友達...とたどっていくと、意外なところでいろいろな接点があったりして、なるほど、こうやって友達の輪がどんどん広がっていくのかと大いに納得。
確かに、友達の友達の友達の...と進んでいくと、当然のことながら色んなところでつながりがあるわけで、これも私の提唱する「新超ひも理論」のひとつです。
神様が人間をお創りになられたのですから、当然のことですが。
クリスチャンはお互いのことを兄弟姉妹と呼び合いますが、たとえクリスチャンでなくても、遠く遡(さかのぼ)っていくとつながっていて、みんな兄弟姉妹です。
同じ街に住んでいた人や今その街に住んでいる人、同じ学校を卒業した人、今そこに通っている人、同じ趣味や考え方、信仰を持っている人等など、どんどんつながりが出てきて実に面白いです。
本当に私たちの「人生は出会いで決まる」とつくづく思います。


私は数年前から体調を壊し、ちょっと自信喪失気味になっていて、去年の8月末には「その日」に備えて遺書まで書き、次男に「その日」が来たら「私の遺書」という記事をアップするよう、パスワードも教えておいたほどです。
まあ、それはそれでいいのですが、最近はウォーキングに励んでいて(最近は毎日5〜6キロぐらい)、体力に少しずつ自信がついてき、まだまだ頑張ろうという意欲が芽生えてきました。
このような中で、Facebookを通じて新たな友達がたくさん生まれて、それも大きな励みになってきました。
旧知の友達には近況報告、新しい友達には自己紹介を兼ねてこのブログをお送りします。
新しくお友達になった皆さん、出会いを心から感謝します。
いつの日か、どこかでお目にかかれることを期待して、さらに体力作りに励んでいきます。
よろしくお願いいたします。


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変化を支配するとは

2012.05.21日

"You cannot control what happens to you, but you can control your attitude toward what happens to you, and in that, you will be mastering change rather than allowing it to master you."
「自分に起こることをコントロールすることはできない。しかし、起こったことに対する自分の受け止め方はコントロールできる。そうすることによって、変化に自分を支配させるのではなく、自分が変化を支配することができる」


これは、私の尊敬するビジネス・コンサルタント、ブライアン・トレーシーの言葉です。
昨日送られてきたメールマガジンに書かれていました。
ブライアン・トレーシーについてはこれまでこのブログでも30回以上も取り上げて、私自身が彼から教えられたことを皆さんにお分ちしています。(ご興味のある方は、ブログの左上にある「エントリー検索」に「ブライアン」と入力していただければ、これまでの記事が読めます)


冒頭の言葉はまことに示唆に富みます。
私たちはとかくこの逆のことをしてしまい、自分の身に何か問題が起こるとそれに打ちのめされたり、あるいは起こってしまったどうしようもない事実に翻弄されたりしがちです。
しかし、ブライアン・トレーシーも言っているように、自分にできることはそれをどのように受け止めるかという自分の心だけです。
意志なら誰でもコントロールすることができます。
コントロールできないことと格闘することは馬鹿げています。初めから負けることは決まっているからです。


誰でも試練は嫌なものです。
しかし、人生に試練はつきもので、試練のない人生を歩むことのできる人などひとりもいません。
栄華を極めた古代イスラエルの第3代の王、ソロモンや、264年間も続いた江戸時代の基を築いた徳川家康でも例外ではありません。
「人の一生は重荷を負て遠き道をゆくがごとし...」と語っているように家康もその一生は苦労の連続でした。


しかし、賢い人は自分の身に降りかかってくる様々な出来事を自らの益になるような受け止め方をし、対処します。
「変化に自分を支配させるのではなく、自分が変化を支配する」ことは、いつの時代も、どんな人にも大切なことです。


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心底、恐れ入りました!

2012.05.20日

『<銀の匙>の国語授業』が昨日届き、早速昨日と今日で読みました。
この本については去る5月10日の記事「灘校教師の名物授業」の中で紹介しました。
期待通りの本でした。やはり波長が合い、読んでいて著者の言わんとしていることがビンビン伝わってきます。
そして、その多くは私自身、このブログの中に書いてきたことでもあり、自分のこれまでの考え方、やり方は誤っていなかったと確信しました。


著者の橋本さんは、東京大学合格者数1位の灘校の教師を21歳から71歳まで、半世紀にわたり務めてこられました。
本の中で橋本さんもおっしゃっていますが、灘校が東大合格者でトップに立ち、世間の注目を集めた1968年、マスコミを始め多くの教育関係者たちが灘校の受験指導を批判しました。
私もこの時のことをよく覚えています。
学校の名を上げるために受験一辺倒で、詰め込み教育をしていると一斉攻撃を受けました。
正直なところ、この本を読むまで私自身もそう信じ込んでいました。
しかし、橋本さんは次のように語っています。
「私にできることと言えば、大学入試に若者を駆り立てることではなく、こういう非常な体制の下で、いかにして正しい勉強法−人間形成の栄養分となるお膳立てをととのえるかということだけです。
私はさりげない方法で、『楽しい勉強』をモットーとして教室に臨みました」


橋本さんは岩波文庫の『銀の匙』(中勘助著)を、中高6年間かけて持ち上がりで脱線を繰り返しながら教えていらっしゃいました。ただ、これだけでは読む量が少ないからと、1か月に1冊の割合で中1から読むべき推薦書を与え、それに対する感想文を書かせました。
楽しみながらたくさん読んでいるうちに自然と読解力がつき、表現力がつく。そして、たくさん作文しているうちに本物の国語力がつき、その結果として大学合格というおまけがついてくる、という考えです。
私はこの考えに100%賛成です。
志望する高校や大学に合格するためにただひたすら暗記し、得点するテクニックを磨く勉強法というのは間違っています。
このような勉強をしていると、志望校合格という目標を達成すると、たちまち勉強しなくなってしまいます。
また、それまで勉強していたことがほとんど身についていず、将来役立ちません。


灘校で教えていらっしゃった時、橋本さんが毎回ガリ版刷りのプリント教材を山ほど作って教室に持って行くと生徒から拍手されて喜ばれたそうです。
これを読んで、そういえば私も昔よく鉄筆でガリを切り、インクで手を黒くしながら印刷していたなと思い出し、インクの臭いまでよみがえってました。
次に、英文タイプライターと和文タイプライターを使ってプリント類を作り、それをコピーするようになりました。
30年ほど前からはこれがワープロに、そして20年数年前からはパソコンに変わり、そしてコピーしていたのがプリンタでの印刷に変わりました。
時代の変遷に驚かされます。


しかし、橋本さんは今年100歳。私よりも40歳近くも上の方。
頭の回転も衰えるどころか至って鋭いし、記憶力も群を抜いていらっしゃる。
巻末には今年の3月に書かれた手書きのあとがきも載っていますが、文字も文章も見事。
もう、心底、恐れ入りました!
今、橋本さんは120歳の大還暦を目指していらっしゃるとのこと。
還暦をまだつい2年前に終えたばかりの私などはまだまだあまちゃんです。
すごい目標ができました。
直接の出会いではありませんが、この本を通しての橋本さんとの出会いに心から感謝しました(「人生は出会いで決まる」)。


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人生は出会いで決まる

2012.05.19日

「人生は出会いで決まる」と言ったのは 、オーストリア出身のユダヤ系宗教哲学者、社会学者、マルティン・ブーバー(1878年2月8日 - 1965年6月13日)です。


220px-Martin_Buber_portrait.jpg classreunion%20002.JPG


左がブーバー、右は私の同級生のT君(「お父さ〜ん!」)。ちょっと似ています。


私たちは誰ひとり例外なくこの世に生を受けてきた時、最初に母親との出会いがありました。
普通は父親との出会いもあるのですが、場合によってはこれを体験しない人もあります。
次に、祖父母や兄弟姉妹など家族や親族との出会いがあり、そして近隣の人、友人や恩師、伴侶、社会に出てからは同僚や仕事を通しての人々との出会いなどが続きます。


人は、自分ひとりだけで生きることはできません。
私たちも人生を振り返ると、数えきれないほどの人々との出会いによって、今日の自分があるということが分かります。
「人生は出会いで決まる」というのは、まことに真理をついた表現です。
とくに、赤ん坊や乳幼児期の親を始めとする人との出会いは、ある意味一生を決めると言っても過言ではありません。
しかし、これで決まりというわけでもありません。


ここにひとりの人がいます。
両親は三代目の生活保護受給者です。
離婚、再婚などで父親は4人、母親は2人いました。
二人の兄弟はアルコール中毒患者で、親戚の者の多くが犯罪に関わり刑務所生活を体験しています。
彼は義務教育の期間、学校では毎年落第します。
成人して様々な肉体労働を経て、レンガ職人になります。
26歳で大きな借金を抱え、人生に絶望します。


このような時、ビリー・グラハムクルセードに参加して、彼はクリスチャンになります。
29歳の時、3冊の辞書を買い、一から言葉を覚え始め、ラジオを聴いて発音の練習をし、さらに独学で経済、歴史、政治、神学、哲学、商業などを勉強します。
これらの学びを通じて、頭は筋肉と同様、訓練次第でいくらでも鍛えることができるということを知ります。
そして、5000人以上の伝記を読み、そこから人生に必要なものを発見します。
それは「目標」です。


その後、彼は3回起業しますが、3回とも失敗に終わります。
しかし、目標がはっきりした彼はあきらめず、不動産業を始めます。
それで成功し、ついに彼は財をなし、2つの博士号を取得、13冊の本を書き、世界的に著名な講演家、慈善事業家となり、80歳になった今日も世界中で活躍しています。
彼の名前はピーター・J・ダニエルズ。


Peter-J-Daniels1.png


「人生は出会いで決まる」は真実です。
しかも、誰にとっても遅すぎるということはありません。


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ハラハラ、ドキドキ

2012.05.18日

今日は朝からずっとハラハラ、ドキドキでした。
先日来このブログに中学・高校時代の親友のK君のことを書いています。
一昨日の記事「心と体は一体」にも書いたのですが、ここしばらくK君のことで頭がいっぱいです。


そうしたところ、昨日妹からメールが入り、K君ってRさんのこと?って尋ねてきました。
昔、K君とは家族ぐるみの付き合いだったので、妹もよく知っているのです。
滋賀県に住む妹が、隣の京都の病院に入院しているK君を見舞いに行くと言ってきてくれました。


そして、今日はその日。
朝からこのことでハラハラ、ドキドキ。
面会は多分2時ぐらいからだろうと思い、妹にメールして尋ねようとしていたら、妹の方からメールが届きました。
1時過ぎに着いて面会時間を待っているとのこと。
私は時計とにらめっこ。
2時過ぎて、まだメールが来ないとハラハラ、ドキドキ。
待ちに待った最初のメールが入ったのは2:14。
見舞いに来ていた同窓生5名の名前が挙がっていて、K君は目はつむっているけど会話はできるとのこと。
この第一報で私はどれだけホッとしたことでしょう。
このあと、数分おきに入るメールにまたまたハラハラ、ドキドキ。
次々と別の同窓生の名前が登場。
K君は舌がうまく回らず、言葉ははっきりしないよう。
そして、途中何度も眠りに落ちてはいびきをかき、といった具合。
妹は2時間あまりいて、帰る途中K君の娘さんと彼女のお母さんに会い、また一緒に病室に逆戻り。
最後に来たメールには、
「日に日に回復してはる(*いらっしゃるの京都弁)らしいよ。
会話もかなりわかるようになってるって。
驚異の回復力だって!
大丈夫だわ!」


これを見た途端、喜びと感謝で胸がいっぱいになり、涙が溢れてきました。
「良かった!良かった!」


結局、妹は4時間半も病院にいたそうです。20数回にわたってメールをやり取りし、まるで自分がそこにいるかと錯覚するほど詳しく様子を知らせてきてくれました。ありがとうね!
(お陰でiPhoneの充電が7%まで落ちてしまい、夜の送迎の時またまたハラハラ、ドキドキしましたが)


ということで、K君のことを私同様に心配してくださっている同窓生やブログ読者の皆さんにも、この嬉しいニュースをお届けします。


私の妹のことをまるで自分の妹のように可愛がってくれたK君。
多くの同窓生に愛されているK君。
そして、私にとっては無二の親友のK君。
やっぱり君の強運が君を危機から救ってくれたよ。
早く元気になって。
また近いうちに会いに行くからね!


ハラハラ、ドキドキしっぱなしの一日でしたが、「終わりよければすべて良し」。


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健康法

2012.05.17日

最近は健康ブームで、書店にもその類(たぐい)の本はたくさん並んでいてベストセラーに入っているものもあります。食事療法やサプリメントを始めとする健康食品、スイミング、ウォーキング、ジョギング、ヨガ、ダンス、テニス等スポーツなど、一般の人の健康志向はますます高まってきています。
ただ単に長生きするのでなく、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)−「質の高い生活・人生」が重要視されるようになってきたことの表れで、歓迎すべきことです。


私は今、自律神経失調症を患っています。昨日の記事「心と体は一体」に書いた吐き気やめまい、その他のいくつかの症状もおそらくそのせいだろうと思っています。
親友が先週、心筋梗塞で倒れたという友人からの知らせは、神様から私への警告でもあると受け止めています。
そういうこともあって、健康関連のニュースやテレビ番組等には常日頃から注意を払っています。


つい先日も、ある健康関連の本が新聞の広告で紹介されていたので、早速書店に買いに行きました。
ところが、同じ棚に何冊も似たようなタイトルのものが並んでいるので、1冊1冊手に取ってパラパラとページをめくってスキミングしてみて驚きました。
なんと、本ごとに全く正反対のことが書かれていることが多々あるのです。
ある本ではジョギングを勧め、他の本にはジョギングはよくない、ウォーキングがいいとあります。
またウォーキングは食事前がいいと書いてあるものもあれば、食後がいいというものもあります。
早足で歩けというのがあれば、ゆっくり歩けというのもあります。
その他、毎朝起きぬけのコップ1杯の水を飲め、いや飲んではいけないなど、同じような内容を取り扱っているにもかかわらず、まるっきり内容が異なるのです。
読めば読むほどどれに従ったらいいのか分からなくなります。


30分ほど何冊か立ち読みしているうちに、それぞれの本の内容がだいたい分かりました。
すでに私自身実行していることがほとんどで、それほど目新しい内容はなく、結局、お目当ての本は買わずに帰ってきました。


おそらくこれらの本の著者は、研究や医療の現場や自らの体験などに基づいて書いているのでしょうから、全部本当なのでしょう。わざわざ嘘を書く必要などありませんから。
ですから、一見互いに矛盾しているように見えることもたくさんありますが、そこは読む人が自分の判断で取捨選択し、自分の信念に基づいて実行すればいいのです。それでもし、思うような結果が出なければまた他の方法を試せばいいというのが私の結論です。


私は昨日のように午前中、食前にウォーキングをすることもあれば、夕食後に出かけることもあります。
時速6キロから9キロぐらいの早足で歩くこともあれば、4キロぐらいのゆっくりしたペースで歩くことも。
そのときどきの気分やニーズに従って臨機応変でやっています。
しかし、朝一番のグラス一杯の水はずっと続けています。これは体験上、健康に役立っているという確信があるからです。


確かに、100人の人がいれば100通りの健康法があり、また勉強法や読書法など、どんなことでも人それぞれに合った方法というものがあります。
そして、それでいいのです。


しかし、万有引力の法則のような不変の健康法が存在することもまた事実です。
水分や野菜・果物類はたくさん摂る、肉類や油もの、糖類、炭水化物は摂りすぎない、適度な運動をする、タバコは吸わない、くよくよせずに楽観的に生きるなど、これらは万人に通じる普遍の法則で、健康のためには実行しなければならないことです。


できることは何でもする、というのが私のモットーなので、これからも健康増進に向けて励む決意です。
ただ、私はどうも何事も一生懸命やり過ぎるきらいがあり、周囲の人を心配させることがよくあるので、「頑張り過ぎない」よう頑張ることにしています。


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心と体は一体

2012.05.16日

昨日のブログに中学・高校時代の親友のK君が心筋梗塞で入院し、脳内出血で手術したということを書きました(「昨日はデート」)。
実は私自身も同じ兆候があるので本当に気をつけなければなりません。
2年ほど前から体調を壊し、とくに1年あまり前からはしょっちゅう目の前が真っ暗になって吐き気に襲われていました。
それで、食事療法と運動療法で最近は随分良くなってきたと自分でもちょっと自信がついてきていた矢先のことです。
同級生だったKちゃんからK君(ややこしい!)の心筋梗塞の知らせを受けて、急に私自身もまた体調が狂い始め、それまではほぼ毎日朝か夜に3〜6キロ、時には朝夕で10キロほどウォーキングをしていたのに、急に行けなくなってしまいました。
すると、先週末は久しぶりにまた早朝4時頃に吐き気で目が覚め、その日は一日中何度も吐き気に襲われました。
このことを通して、本当に心と体は一体なんだと思い知らされました。


そして昨日からずっとK君のことが気になって、何をしていてもついついK君のことを考えてしまいます。
中学3年の時、同じクラスになってすぐに意気投合し、夏休みは毎日一緒に朝から晩まで遊び、自分たちで作ったテントを持って山にキャンプに行ったり、高校に入ってからもしょっちゅうお互いの家に泊まって徹夜でよく話したものでした。
その頃の思い出が次から次へのよみがえってきます。私の青春時代のひとコマひとコマにいつも彼が一緒にいるのです。
K君のことはこのブログの中でも何度か書いたことがあります(「愛は寛容であり...」「見たいけど怖い、怖いけど見たい。」「お前もか、ブルータス?」)。


昨日のブログにも書いたのですが、彼にはどうしても「現在地と目的地」の話をしておきたいのです。
私はアメリカに留学していた時にキリスト教の信仰を持ちましたが、帰国した時、一番に会ったのがK君でした。
当時父が住んでいた公団住宅にK君が車で訪ねてきてくれ、彼の車の助手席に乗ってふたりで何時間も話し込んでいました。
お互いの近況報告に始まり、私は自分が信仰に至った経緯やキリスト教の話などをしていました。
突然、運転席の窓をノックする音が聞こえ、K君は窓を開けました。
「お前ら、いったいここで何してんのや?」
ドスのきいた声が響いてきました。
私は一瞬体が凍りつきました。
K君も怖かったと思います。でも、彼は澄ました顔して答えました。
「神様の話をしてるんです」
「なにー?神様の話やと...!?」
「はい、そうです」
「人を馬鹿にすんな!早よどっか行け!」
K君が車を出そうとした時、その人が手に持っていた傘で車のトランクを思いっきり叩きました。
少し走ったところで車を止め、うしろに回って見ると、トランクが凹んでいました。
その足で近くの交番に行き、K君は被害届を出して、警察官に言いました。
「どうかこのけしからん犯人を捕まえて、厳罰に処してください!」と。
私は思わず吹き出してしまいました。
翌日の新聞を見て驚きました。
父の住んでいた公団のすぐそばの棟で、暴力団の幹部がベランダで大麻を栽培していて、警察が手入れして逮捕したとのことです。
なるほど、それでその夜、逮捕された幹部の子分が付近を警戒して見回っていたのか、とようやく納得がいきました。
「神様の話をしてるんです」と言われた暴力団の人は、本当に調子が狂ったことでしょう。


それにしても、いつも冗談ばかり言って周りの人たちを笑わせているK君が、私の信仰の話を本当に珍しく真剣に聴いてくれて、私の話すこと一つひとつに大きくうなずいて肯定的なコメントをしたり質問したりして、理解を示してくれていたのです。
今から34年ほど前のその日のことが急によみがえってきました。


今、K君がどんな容体なのか私には何も分かりません。同級生からの連絡を待っているところです。
なんとしても持ち直して元気になって欲しい、そしてもう一度会いたいと心底願っています。
そして、もし万が一にも状態が非常に悪いようなことがあるなら、なんとしても彼にもあの34年前の夜の話を思い出してもらいたいと心から祈っています。


今朝は早く目覚め、朝食前に散歩に出かけましたが、いつものように早足ではなくゆっくりと、しかもオーディオブックも聴かずに、ただK君のことを考え祈りながら40分あまり歩いてきました。
家に戻って、いつものように妻と一緒にお祈りしていた時、私の想いをくんで妻がK君の癒しために祈ってくれました。
心と体と魂は一体です。


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昨日はデート

2012.05.15日

昨日は久しぶりのデートでした。
とは言ってももちろんかわい子ちゃんとのデートなどあり得ないし、妻とのデートでもありません。
お相手はなんと次男です。


実は横浜で学習塾経営者を対象にしたセミナーに息子と二人で行ってきたのです。以前はいつも妻と一緒だったのですが、最近はもっぱら私の跡を継いでくれる息子と出かけています。
セミナーは非常に有益なもので、多くのことを学び、大きな刺激を受けました。
会場をあとにして駅に向かって歩きながらずっとセミナーで学んだ内容について話し合っていましたが、息子の提案で近くの中華街に足を伸ばし、食事をすることにしました。


延々と続く本場の中華料理店。
どこに入っていいのか皆目見当もつきません。
あちらこちらのショーウインドーを眺めたり、呼び込みのおばさんのチラシを受け取ったりしながら、ちょっと狭い通りに入ったところにあるこじんまりしたお店に入ることにしました。
つい先日も妻と話していたのですが、一般の人は大きな店や大手のブランドを信頼するのですが、むしろオートメーションで流れてくるような無機質なものよりも、心のこもった個人店の方がいいことが多い、ということを私たちは学習塾の仕事をしていてよく知っています。
案の定、運ばれてきた食事は最近食べたことないとても美味なものでした。
もっとも、近頃は健康志向で食事の量を減らし、カロリーの高いものや甘いものなど一切摂っていなかったので、よけいにおいしかったのでしょう。
食事中も、息子とずっと塾の経営戦略や具体的な方策などを話し合っていました。
お店を出たところで通りがかりの人に頼んで記念写真を1枚。


chinatown.JPG


息子とたっぷり話せて、とても有意義なひとときでした。
そして、仕事が終わって夜遅く、先日の同窓会で会った高校時代の親友のT君(「セイコーカイタイ」)からメールが入り、先日のブログ「お前もか、ブルータス?」にも書いたK君のことを知らせてきました。
数日前に他の同級生からK君が脳梗塞で倒れたという連絡が入っていたのです。
「自分で車を運転して病院まで行って入院した」とのことでしたので、さすがK、悪運の強い男だからきっと大丈夫、と言っていたのですが、なんと脳内出血も起こしていて緊急手術をし、心臓の方もあまりよくないとのこと。
大変なショックでした。
つい2週間ちょっと前に同窓会で会った時にはあれほど元気で、昔とまったく変わっていないと思っていたK君が心筋梗塞と脳内出血なんて!
私自身、悪玉コレステロール値が異常に高い上、善玉コレステロール値が極端に低く、さらに中性脂肪がかなり高いという高脂血症の同じ危険因子を持っているので、決して他人ごとではありません。


昨夜は何度も目が潤み、夜は眠れないと分かっていたので安定剤を服んで床に就きました。
日が明けて今日は、朝から携帯に「チロリーン」とメールの受信音が鳴るたびに、ドキッとする始末です。
なんとかして持ち直してもらいたい、そしてもう一度彼に直接会いたい。とくに昔、K君に話した「現在地と目的地」のことについてはどうしても話したいという思いに駆られています。
K君、頑張れ!
君の悪運じゃないけど、強運で持ちこたえてくれ!昨日のブログに書いた「ひも」でつながっていてくれ。
君には大きな野望があるではないか。果たさなければならない使命もあるではないか。
僕の心からの願いが君に届くように。


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新超ひも理論

2012.05.14日

これまで5回にわたって「勉強のひも」について書いてきました。


「勉強のひも」と書きましたが、実はこれは「勉強」に限らず、人の人生や人間関係や人の好みや趣味を始め、その他諸科学や芸術、地球や宇宙の諸現象、引いてはすべての事物の成り立ちや起源にも通じることで、私はこれを「ひも理論」と名づけようと思ったのですが、既にその名称も、また「超ひも理論」も物理学の世界で存在しているので、敢えて「新超ひも理論」と名づけたのです。


ひも理論については、Wikipediaが的を射た説明していますので下に引用させていただきます。
超弦理論(ちょうげんりろん、英: superstring theory)は、物理学の理論、仮説の1つ。物質の基本的単位を、大きさが無限に小さな0次元の点粒子ではなく、1次元の拡がりをもつ弦であると考える弦理論に、超対称性という考えを加え、拡張したもの。超ひも理論、スーパーストリング理論とも呼ばれる。
宇宙の姿やその誕生のメカニズムを解き明かし、同時に原子、素粒子、クォークといった微小な物のさらにその先の世界を説明する理論の候補として、世界の先端物理学で活発に研究されている理論である。この理論は現在、理論的な矛盾を除去することには成功しているが、なお不完全な点を指摘する専門家もおり、また実験により検証することが困難であろうとみなされているため、物理学の定説となるまでには至っていない。


ちょっと読んだだけでは???という感じかもしれませんが、簡単に言うと、この宇宙の中のすべての成り立ちは超微粒子ではなく、超微粒「ひも」でできていて、すべてがつながっているということです。


このブログにもこれまで何度か量子物理学のことを取り上げてきましたが、私自身は物理学に関しては全くの素人、門外漢ですが、直感的に非常に納得がいきますし、またとても心そそられる分野です。


この難解な「ひも理論」を、私たちの日常生活レベルで語っているのが、私の「新超ひも理論」です。
もしこの広大な宇宙が点のようなバラバラの粒子の集まりで成り立っているのでなく、ひものようにつながりがあるとするならば、ましてや私たちのような極めて小さな存在で、有限な人間ならなおさらのこと、様々な点のつながりであるひものようなもので成り立っているということは容易に想像がつきます。
また、その方がはるかに私たちを納得させてくれ、人生に対してより深い洞察力が与えられます。


一例を挙げると、夫婦関係や親子関係、友人関係、同僚関係、師弟関係などすべての人間関係に、さらに広げると国家関係にも当てはまります。
言うまでもなく、これらの関係がうまくいくかこじれるか、戦争状態になるかなどは、すべてそれまでの数えきれないほどのお互いの関わり合い方の結果であって、「ある日、突然」何か特別なことが起こったわけではありません(「ある日、突然!」)。
これを言い換えると、すべての事象はそのときどきの出来事の積み重ねの結果だということができます。
ということは、現在起こっている出来事自体は変えることはできないが、これから先のことはどんなことでも自分の意志次第でほとんど変えることができると言えます。


つまり、個々バラバラに見えることでも、それぞれの間に存在する目に見えない引力のようなものですべてがつながっているのです。
これが、私の提案する「新超ひも理論」です。


昨日は母の日でした。
私たちが今、この世に存在しているのは、母親が生み出してくれたお陰です。
しかし、父親も必要でした。
さらに、その父親にも母親にも同様に父親と母親が必要でと、どんどんさかのぼっていくと、当たり前のことですが一度も途切れることなくひものようにつながっていて、結局はみんな同じところにたどりつくことになります。


人生のひもが見えると見えないでは、人生は180度変わってきます。


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ある日、突然!

2012.05.13日

「勉強のひも」シリーズの5回目です。

「ある日、突然〜!」ということはよくあります。
ただし、よくできたもので、それまでまったく何もしないでいて「ある日、突然」とはなりません。
どういうことかと言うと、それまでの目に見えない積み重ねが「ある日、突然」実を結んでいるのです。

たとえば、今高2のT君などその典型です。
彼のことはこれまで何度もこのブログに書いてきました(「成功の鍵はこれだ!」他)が、小学3年生の時、漢字を勉強したいと言って入塾してきました。
最初のうちは漢字の勉強を中心にしていたのですが、そのうちに英語、次に国語をやり始めました。
すると、漢字の力がついていたので、読解力もあり、いっぺんに英語も国語もものすごくできるようになり、さらに学校の勉強では全教科オール5、定期テストでは学年1位、地元トップの高校に入ってからも模試で学年1位、という成績です。


T君は中3の時の文化祭で、ブラスバンドの顧問の先生のために自ら作曲し、それを全員で演奏して先生にプレゼントしました。「将来は作曲家になりたい」と言っています。
T君の場合も、ある日、突然作曲できたのではなく、それまでにたくさんの曲を聴き、演奏してきて、その積み重ねの延長に「ある日、突然」があるのです。
私の場合の英語もしかり。

小学生の時に入塾してきたN君もそうです。
彼はまさに「社会博士」とみんなが呼ぶほどの「社会オタク」でした。社会のことなら何を聞いても知っているのです(「勉強にハマる?」)。
N君の場合も、「ある日、突然」社会ができるようになったわけではなく、積み重ねてきた結果、ある日、突然、「勉強のひも」によって社会のさまざまなことがつながって見えるようになったのです。


一昨日、私のお気に入りのテレビ番組「カンブリア宮殿」で、富士フイルムのことをやっていました。
デジカメが今までのフィルムカメラに取って替わって、富士フイルムのような会社はどうするんだろう、と私は人ごとながら心配していました。
実際、昔の富士フイルムの売上げはコダックよりずっと小さかったのですが、逆転してしまいました。
コダックはデジカメを発明したのですが、本業だったフィルムが売れなくなり、自らの首を絞める結果となりました。
その間に、富士フイルムは一見まったく関係ないと思われる化粧品の分野に新しい活路を見出しました。自らのフィルム製造の技術を活かして、肌に浸透しやすい超微粒子を使って化粧品を開発し、さらに同じナノ技術を利用した健康食品や経鼻内視鏡検査機へと多角経営にシフトたのです。
その結果、かつて世界の巨大企業だった米コダック社は去る1月に倒産し、富士フイルムはV字回復。


skincare.jpg kodak.jpg


「ある日、突然」のように見えますが、実は両社のそれまでの企業風土の違いの結果で、起こるべくして起こったのです。
これらはすべて、「ひも」でつながっています。

皆さんには、自分の人生において様々なものがつながっている「ひも」が見えますか?


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英語ができるようになるには

2012.05.12日

日本人の大半は、自分には英語は関係ないと思っています。
そして、それ以外のほとんどの人は英語ができるようになりたいと願っています。英語ができると世界が広がると思っているからです。


実際、英語の必要度は高まる一方で、今や社内公用語を英語にして、英語で会議をしたり、社内文書を英語で回す企業や英語力を昇進の条件にしているところも増えてきているほどです。
身の周りの英語もどんどん増えてきています。
TOEICの受験者も年々増え、国内での英語熱は今まで以上に高まっています(「英語ができると得すること」)。
ところが、TOEFLやTOEICの結果を見ると、日本人の英語力はどうしたことか、いまだに先進国中最低レベル、世界全体で見ても下から数えた方が早いぐらい低いのです。


なぜでしょう?
すべての結果には原因があります。
ひとつにはほとんどの日本人の英語勉強法が、学校の試験のため、受験のためになっているからです。
英語を暗記科目だと思っているのです。
単語や熟語を一生懸命暗記し、文法を覚え、長文読解や作文問題をやり、発音・アクセント問題をこなし、リスニングテストの練習をしています。
そして、とりあえず学校のテストで点を取り、受験もなんとかこなして志望校に合格します。
しかし、みんな自分の英語力は大したことないと知っています。
大学に入ると英語はもう役目を果たしたかのように、みんな勉強しなくなります。文学部や外国語学部で英語を専攻する学生ですらそうです。
これで英語ができるようになったら不思議です。
英語と言えども日本語と同じ言語で生きています。それを、まるでテストのために源氏物語を覚えるような勉強法をしていて、英語ができるようになるわけありません。


私たち日本人がどのようにして日本語を身につけたかというと、まずはたくさん聞き、聞いたことを真似して話し、次にたくさん読んで、読んだことを真似て書いてきた結果です。
これを言うと、母国語と外国語では学習法が違うと言う人が必ず出てきます。
しかし、現実は逆で、外国語ができる人は国語もできるのです(「英語ができると国語もできるようになる!」)。
また、昨日の数学同様、英語も私たちの生活の中のあちらこちらに潜んでいます。たとえば、身の周りの外来語や歌の歌詞、街でよく見かける看板やテレビのCMなど。
普段からそれらに慣れ親しんでおくことは、英語の学習にも大いに役立ちます。


私の英語学習法はこれまでこのブログで繰り返し書いてきましたが、まずは大量に聴きました(「多聴多読多〇」)。
リスニングにかけてきた時間は数万時間になります。
今はiPhoneで、本を朗読したオーディオブックやセミナーを録音したCDを毎日聴いていますが、新たに別のCDをiPhoneに入れようとして整理し始めたところ、あるわあるわ。
なんと数百枚あるのです。
これらをすべて何回も繰り返し繰り返し聞いています。
この結果、英語を聴いていても日本語と同じ感覚で聴き取ることができるようになりました。


そして、たくさん聴くことは話すことにつながり、次に読むことにつながり、そして書くことにもつながるのです。
これが、英語の「勉強のひも」です。
単語、熟語、文法、読解、作文、発音・アクセント、リスニングなどをバラバラでやっていたら「ひも」でつながらないのは当たり前のことです。
英語の「ひも」が見えてくると、学習は楽しくなり、新しいことがどんどん頭に入ってきて、実際に生活の中でも使えるようになります。こうして、学んできた英語が初めて役立つのです。


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生活の中に潜む数学

2012.05.11日

「勉強のひも」シリーズ3回目です。
今日のテーマは「生活の中に潜む数学」です。


去る8日のブログ「お前もか、ブルータス?」に登場した高校時代の同級生、画家のH君のブログに面白いことが書かれていました。
1 を 7 で割ると    0.142857  この数字は不思議
                 142857 × 2 =285714
                 142857 × 3 =428571
                 142857 × 4 =571428
                 142857 × 5 =714285  
                 142857 × 6 =857142 
と数字が規則正しく繰り返しでてくる。
こんな不思議が 絵の中にもあるかも知れない。

「こんな不思議が 絵の中にもあるかも知れない」
と言うところが、さすが画家、芸術家です。


実は、多くの生徒に嫌われている数学は、生活の様々な分野で生きているのです。
ドイツの数学者、天文学者、物理学者、ヨハン・カール・フリードリヒ・ガウス(1777年4月30日 - 1855年2月23日)は、子供の頃から神童ぶりを発揮しました。
小学校での話が逸話として残っています。ある時、1から100までの数字すべてを足すように課題を出された彼は、1 + 100 = 101、2 + 99 = 101、…、50 + 51 = 101 となるので答えは 101×50 = 5050 だ、と即座に解答して教師を驚かせたそうです。
この話を知って、私は検証してみました。
小学生の頃、そろばんをやっていました。今でもよく覚えているのは、
「1円也、2也、3円也、...10円では」
「55円!」
上のガウスの計算法を当てはめてみました。
1+10=11、2+9=11、3+8=11、4+7=11、5+6=11    11×5=55
1+20=21、2+19=21、…10+11=21   21×10=210
あっ!本当だ。すごいっ!!

また、作図できる正(素数)角形は古来から知られていた正三角形と正五角形のみだと考えられていたところ、ガウスは約二千年ぶりに正17角形が作図できることを発見しました。
このほか、
・ガウス積分・ガウスの定理・ガウスの判定法・ガウスの超幾何級数・ガウスの消去法・ガウスの相互法則・ガウス平面・ガウス整数・ガウス素数・ガウス関数、ガウス曲線等など、数えきれないほどの法則や定理を発見し、後の数学界に大きく貢献しました。


黄金比は、
1:1+√5/2
の比で、近似値は1:1.618、すなわち約5:8。
黄金比はパルテノン神殿やピラミッドといった歴史的建造物、絵画などの美術品の中に見出すことができるといいます。
また、自然界にも現れ、植物の葉の並び方や巻き貝の中にも見つけることができるといった主張があります。これらから、最も安定し美しい比率とされ、意図的に黄金比を意識して創作した芸術家も数多いそうです。
身近なところでは、名刺などのカード類や、パソコンのディスプレイなどにも多く利用されています。


「数は何故美しいのか。それはベートーベンの交響曲第九番がなぜ美しいのかと訊ねるようなものだ。君がその答を知らないのであれば、他の誰も答えることはできない。私は数が美しいということを知っている。もし数が美しくないのなら、美しいものなど何も無い」
とハンガリーの数学者ポール・エルデシュが言っています。
ガリレオ・ガリレイは全ての現代物理学の数学的基盤と整合する一文として
「数学は神が創造した世界を設計するために用いた言語である」
と主張しました。
(以上、Wikipediaより)


一見、無味乾燥に見える数字の羅列の中に美を見出すことができるのです。
というか、ガリレオ・ガリレイが言うように、神がご自身の無限の知恵を用いて創造された宇宙に整然とした数学的美が隠れているのは、ある意味当然のことでしょう。
これらの主張はすべて「ひも」でつながっています。
そして、古今東西の偉大な物理学者や数学者らは、自ら研究を進めていく中でこの「ひも」を発見し、偉大な功績を後世に残しました。


しかし、これは物理学や数学の世界に限ったことではありません。
宇宙の事物・事象すべてに原因があり、結果があります。
原因のない結果は存在しません。もしそうでなかったら、宇宙に上のような規則性はなく、混沌(こんとん)としていて、何の目的もないことになります。
そして、宇宙が無目的であるなら、私たち人間の存在も、人生もすべて目的がなくなります。
しかし、私たちは直感的にそうでないことを知っています。だから、みんな一生懸命生きようとするのです。
宇宙の規則性も、地球上のすべての生物、人間にも意味があり、これらはすべて「ひも」でつながっているのです。
そのつながりの関係を見抜くのが、すなわち論理力なのです。
これを見抜くことができると、勉強(学問)の面白さにはまり、様々な分野で次々と新しい発見ができるようになります。
さらに、学者に限らず、私たちのようなごく普通の人間にとっても、「ひも」を発見することは、無意味な人生でなく有意義な人生を送ることができるということにつながります。


明日も「勉強のひも」のテーマが続きます。
また別の観点からお話しします。


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灘校教師の名物授業

2012.05.10日

 東大合格者を多数出している灘校(神戸市)で、夏目漱石も絶賛した中勘助の自伝的小説『銀の匙(さじ)』を、中学3年間かけてじっくり読む授業を行ってきた半生をまとめた。この夏には100歳になるが、「学ぶのを面白いと感じさせるのが教育のプロ」「ゆとり教育とは遊ぶことではない。水準以上のことをやって生まれる余裕のこと」と飛び出す言葉は鋭く、深い。
 1934年、当時新設校だった私立の灘校に赴任。「自由にやっていい」と国語の授業を任され、戦後、『銀の匙』を使った授業を始めた。モットーは「横道にそれること」。本文に干支が出てくればそこから昔の時刻や甲子園の由来にまで話が及び、正月の場面では実際にたこを作って揚げ、駄菓子もみんなで食べてみた。
 生徒が書きこむプリントもすべて手作り。ガリ版しかなかった時代には夢中になりすぎて過労で体を壊したこともある。「プリントを持って教室に入ると生徒が拍手で迎えてくれて、疲れが吹き飛びました」。教え子は政治家や東大学長から落語家まで各界で活躍するが、「育てたんじゃなくて育っていったんですよ」とにっこり。それだけに、68年に灘が東大合格者数日本一になったときに「詰め込み教育」「汚れた栄光」と言われ、「本当に悔しかった」と唇をかむ。
 84年に50年の教師生活を終えたが、昨年、27年ぶりに特別授業で灘の教団に立った。「学ぶ」と「遊ぶ」の違いから始まり、現役時代と変わらぬ寄り道だらけの授業に、生徒はぐんぐん引き込まれた。
 能や短歌からカエルグッズ収集、宝塚観劇、和とじ本作りまで、多趣味で多忙。85歳から9年間かけて源氏物語の現代語訳も完成させた。おしゃれも忘れず、目指すは120歳の大還暦だ。(岩波ジュニア新書、820円)  金巻有美

(5月6日付 読売新聞13面「本 よみうり堂」著者来店 「<銀の匙>の国語授業  橋本 武さん」より)


昨日の記事「勉強のひも」の続編です。
上の書評を読み、早速『〈銀の匙〉の国語授業 』を求めて書店に行ったのですが置いてなくて、ネットで注文しました。
本が届いて読むのが今から楽しみで、ワクワクしています。


橋本さんの授業スタイルは、私が予備校の時に体験した英文解釈の先生(お名前は忘れましたが、体形からみんな「だるま」というあだ名で呼んでいました)のものとよく似ています(「教育哲学」)。
私はこの「だるま」先生の授業が毎回楽しくて仕方なく、言葉に言い表せないほど大きな影響を受けました。少しオーバーに聞こえるかもしれませんが、その後の私の一生を変えるほどの新鮮でショッキングな授業で、この先生から学んだことは数えきれないほどたくさんあります。
実際のところ、大学に入ってからも「だるま」先生の授業が懐かしくて、大学の授業をさぼって予備校に行き、もぐりで授業を受けたことが何度もあるほどです。


教科書をただ教えるだけなら誰にでもできます。問題集の問題を解かせて説明するだけなら誰でもできます。
でも、これでは本当に面白い、楽しい、身に着く授業はできません。そして、勉強好きな生徒を育てることもできません。
私自身も「だるま」先生に倣い、幅の広い、奥の深い授業をすることを常に心がけてきました。
その結果、英語大好きな、得意な生徒をたくさん育ててくることができました。(橋本さん流に言うなら、英語大好きに育ってくれました)
中央大学時代に教えた学生の中からはその後高校教師や大学の先生になった人、塾の教え子で中学の教師になった人など何人もいます。


一見、脱線のように思われる話の中に、たくさんの関連事項が含まれていて、それが全部「ひも」でつながっているのです。
その「ひも」で生徒や学生を勉強の中に引きずり込み、勉強大好きにする教師、これこそが橋本さんのおっしゃるプロです。
ですから、橋本さんのおっしゃることは一つひとつ納得がいき、とても波長が合うのです。
橋本さんご自身も「勉強のひも」を発見し、それを授業の中で活用してこられた方です。
そして、橋本さんの教え子の中から「勉強のひも」を発見した大勢の人たちが現在、社会で活躍しているのです。


それにしても、「85歳から9年間かけて源氏物語の現代語訳も完成させた」というのには脱帽です。
まだまだ若輩者の私ですが、頑張れば今からでもシェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』(「お前もか、ブルータス?」の翻訳ができるのかなあ...。


明日も引き続き「勉強のひも」の具体例を別の観点からお話ししたいと思います。


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勉強のひも

2012.05.09日

「勉強のひも」って何でしょう。
これは私が発明した言葉です。ですからネットで「勉強のひも」を検索しても出てきません。


先日来、高校の時の同窓会についての記事をいくつも書いてきていますが(「43年振りの同窓会」「使用前、使用後 その2」「お父さ〜ん!」「お前もか、ブルータス?」)、みんな顔や体形など外見は変わっていても、本質的な人となりはほとんど変わっていないとつくづく思いました。
話し方や立ち居振る舞い、話の内容、人との関わり方など、ふと40数年前にタイムスリップしたかと思うほど、みんな昔のままでした。
今日のテーマである「勉強のひも」もそのうちのひとつです。


同窓会でひとりの人と次のようなやり取りをしました。
「高校2年までは真面目で、勉強をものすごく頑張っていたので、学校の成績も良く結構自信があったけど、高3になって勉強が難しくなると成績がガタガタと落ちて、結局は4年制大学に行けなくなって短大に行きました」
「得意な教科は何だった?」
「数学でした」
「数学のどういうところが好きだったの?」
「問題が解けた時の快感です」


数学が得意と言う人で、上の人のように「問題が解けた時の快感」を理由に挙げる人がとても多いことに塾の仕事をしてきて気づきました。
これはこれでもちろんいいのですが、そこでストップしていたらだめなのです。
昨日の読売新聞11面の「論点」に、「数学入試の多様化の弊害」と題して、興味深いことが書かれていました。
「2000年に実施された国立大学学部長に対するアンケートによれば、学生の学力低下の状況を尋ねた項目のなかで『論理的に思考し、それを表現する力が弱い』という選択肢に突出して8割の回答が集まった。
(中略)
大学入試は中等教育の在り方に大きな影響を与える。かつては、大学に入学するには数学を克服する必要があった。現在では、『苦手な科目を克服するより、受験方式に特化した勉強をさせたほうが効率的』との風潮が高校現場にはある。その結果、学生が本来身に着けるべき基本的な論理力を習得する機会を奪ったとも考えられる」


勉強の本質は、ただ単に問題が解けて楽しいとか、試験で高得点できる、入試で合格する得点力をつけるといったところにはありません。
本当に数学が得意な人は、計算問題であろうが、図形問題だろうが、文章題だろうが、何でも解けます。
社会が本当に好きな人は、地理も日本史も世界史も、政治も経済も、倫理社会も全部できます。
英語が得意な人は、文法問題だけでなく、発音・アクセント問題も、読解も、リスニングもみんなできます。さらに、会話もできます。
それぞれにコツがあるのです。
それはあたかも、目に見えない「ひも」のようなもので全部つながっているような感じです。


もう一歩進むと、どの教科にも通じる勉強法のような、つながっている「ひも」があります。
この「勉強のひも」を発見すると、勉強が苦痛でなくなるどころか、むしろ楽しくなり、しかもどんどん理解できて、身についていくようになります。さらに、学んだことは生涯使えるようになります。


この「勉強のひも」はどのようにしたら発見できるのでしょうか。
練習量で発見する人もいます。
良い教師に出会って見出す人もいます。
家庭環境で自然と身につける人もいます。
本を読んでいて悟る人もいます。
ある日突然、何かをきっかけに目覚める人もいます。
一人ひとり異なります。


ところが「勉強のひも」を悟ることができる人はほんのごく一握りです。大半の人は、「勉強のひも」が見えないままで一生終わります。
「勉強のひも」が発見できない人にとって、勉強は苦痛で、そのときどき行き当たりばったり的な勉強をし、とりあえず暗記して成績を上げ、そして入試で成功し、志望校に合格します。
しかし、学んだことがほとんど身についていないため忘れてしまい、将来役立てることができません。
社会に出て仕事をするようになると、上司から役立たない人間と見なされます。
企業側はこれまで大学名で信頼して雇っていたのに、期待を裏切られたと言います。


この「勉強のひも」を知っているのといないのでは、人生が180度変わってきます。
同窓会で再会した昔の友人たちを見ていても、このことが如実に表れていました。中学・高校時代にすでにこれを見抜いて、着実に身に着けていた人はみんなそれぞれの世界で成功していました。
「勉強のひも」は、上に引用した記事の「論理力」と同じようなものです。


「勉強のひも」についての具体例は、また明日の記事の中でご紹介します。


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お前もか、ブルータス?

2012.05.08日

キャスカ  この手に聞け。
シーザー  お前もか、ブルータス?


「お前もか、ブルータス?」というのは、シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』の中の有名なセリフで、今や格言、慣用句ともなっています。
もちろん、古代ローマの史実に基づいた話です。


上のは私の大学時代の恩師、福田恆存先生(「永遠に生きると思って学べ」)の訳です。
原文では、
Casca   Speak, hands, for me!
Caesar  Et tu, Brute?
となっていて、これを、他の翻訳者たちは、
「もう・・・この上は・・・腕ずくだ!」(坪内逍遥)
「こうなれば、腕に物を言わせるのだ!」(中野好夫)
「ブルータス、お前もか?」
と訳しています。
福田先生は英文学特論の授業の中で、"Speak, hands, for me!" (直訳:我が手よ、私に代わって語れ)を「この手に聞け」と訳した理由について、「舞台の上で、シーザーに今、剣を振り下ろそうとするキャスカの台詞として、坪内訳や中野訳では長過ぎてタイミングが合わない」と、劇作家の立場からの翻訳の裏話をしてくださり、大いに納得しました。私も子どもの頃、テレビや舞台の経験があったのでなおさらでした。
一般によく知られている「ブルータス、お前もか?」という訳も、福田先生の「お前もか、ブルータス?」の方がより原文に近く、雰囲気もよく出ています。


以下は、先日の「43年振りの同窓会」で会った親友のK君が、高校時代の思い出を話してくれた時によみがえってきたことです。
当時、私たちは美術部に入っていました。
毎日放課後、暗くなるまで美術室で石膏像のデッサンをしたり、油絵を描いたりしていました。
高2の時、同じクラスになったH君を美術部に誘い、彼が新しい仲間になりました。
ところが、H君のセンスは抜群、本当にはるかに群を抜いていて、みんな驚かされました。
美術部の顧問の先生からもいっぺんに認められました。
彼が初めて描いたブルータスのデッサンが舌を巻くほど、べらぼうにうまかったのです。
美術部の活動風景と、H君が描いたデッサンはちょうどこんな感じでした。


artclub.jpg brutus.JPG


先ほどのK君が、懐かしいエピソードを話してくれました。
当時、京都の四条通の地下道の中央にパネルを立てただけの簡単な市民ギャラリーがあったのですが、ある時そこで部展を開くことになり、私たちの描いた油絵を展示しました。
そうしたところ、通りかかって絵を見たある人から学校に電話があり、ぜひとも展示してある絵の中から何点か買いたいと言ってきたのです。その中に、K君、H君、私、もうひとりE君の絵が入っていました。
私たちは飛びあがって喜ぶと同時にとても緊張しました。
高校生で果たして絵を売ってよいものかどうかと。そこで顧問のA先生に相談してたところ、決して高いお金をいただかないようにと言われました。
私たちは、買いたいと言っている人のところに商談(?)に行きました。
なんでもレストランを経営していて、そこに飾りたいとのこと。
金額の話になって、私たちは尻込みしてしまい、キャンバス代、絵具代と額縁代とでいくら、ということになり、確か1点3000円で買ってもらうことになりました。


その後のことですが、抜群のアイデアマンだったK君は、これまでにいくつも起業してきて、つい4か月前にもまったく新しい事業を起こしたばかりで、これから死ぬまでに2億稼ぐという実業家になりました。
真面目で勉強家だったE君は銀行の支店長になったとK君から聞きました。
そして、H君は高校卒業後、愛知県立芸術大学に進学しました。泊りがけで彼の下宿を訪ねたことがあります。彼は同大学院を出て、画家としてスタートしました。
ネットで検索したところ、現在は制作活動とともにNHK文化センター「初歩の油絵」教室の講師として活躍中。私も近くに住んでいたら、もう一度初心者に返ってH君の講座に通ってみたいものです。
連絡先を見つけたのでメールしたところ、「お久しぶりです。一度会いたいですね」と返事をいただきました。


そして自分の描いた絵が売れて有頂天になった私は、当時ご近所にお住まいだったS画伯のところに自分の描いた絵を持って行って見てもらいましたが、先生のアドバイスに従って、いち早く芸術の道を諦めました。S画伯は私の「命の恩人」です。
私は中学、高校、大学の頃から友達に英語を教えたりしていて、好きだった教育の道に。
先日の同窓会幹事のひとり、Kちゃんから、「40年近く英語で楽しく仕事をしてこれたのも、中学のとき舟田君と英語友達になれたおかげです」とメールをいただき、とても嬉しく思った次第です。
一人ひとりが、それぞれの収まるべきところに収まったという感じです。


おっと、もうひとり大切な人を忘れていました。
N君は部展で絵こそ売れませんでしたが、その後立派な芸術家になりました。
彼の作品はさまざまな分野で商品化されています。下の写真の素敵なドレスはそのうちの一つです。
こんなのを妻の誕生日プレゼントに買ってあげられればいいな...と。


nanjo.jpg


現在も活躍中のN君ですが、前立腺がんを患い、同窓会には参加できませんでした。近日中に手術をされると聞きました。
手術の成功と、今後のますますの活躍を切にお祈りしています。


近くのホームセンター、ユニディに行くたびに、アートコーナーで石膏像のブルータスと目が合い、高校時代の美術部のことを思い出します。
「お前もか、ブルータス?」


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ひとりを大切に

2012.05.07日

copy.JPG


いきなり大きな画像で申し訳ありません。
これはうちの教室のひとつの壁際に積み上げてあるコピー用紙の箱箱箱の写真です。
ひと箱にA4とB5は5000枚、A3とB4は2500枚入っています。
ひと月ほど前に注文したものが業者から届いた時には、まだこの上にあと一段ぐらい重ねてあったのですが、1か月少しで1段消費してしまいました。
ということは、この写真の大量のコピー用紙もあと2〜3か月の命です。
特に6月は、9つの中学校から来ている中3生の修学旅行の時期と重なるため、中間テストが1か月間の長きにわたります。
ですから、連休明けの今日から早速テスト対策授業に入らねばならず、5月・6月のコピー用紙使用量はハンパじゃありません。


先日、お問合わせに来られたお客様に私が塾の説明をしている横で、数人の講師がコピー機とプリンタを使って次々とものすごい量のプリント教材を準備しているのをご覧になって驚いていらっしゃいました。
その教材の実物を手に取って、「塾ではもっと紙質の悪いものを使っているものと思っていました。それに図版や写真などもたくさん入ったとても丁寧な作りですごい!」と言って感動し、その場で入塾手続きをしてくださいました。


アカデミーでは、塾専用教材のワークと、コピー機やプリンタで作ったプリント教材だけでなく、さらにデータベースというものを使っています。
これはコンピュータに入っている38万題という膨大な問題の中から、基礎・基本・標準・応用・発展の5段階で、生徒一人ひとりに合わせた問題を作り、週2日の5教科の講義の時間プラスデータベース授業日を1日設け、前週に学んだ内容を問題演習するものです。
講師は生徒一人ひとりの横について、質問に答えたり、きちんと身についていないところを見つけて個別に指導したりします。
先日、中3のひとりの生徒がニコニコしながら言ってきました。
「今まで数学は嫌いで一番苦手な教科だったけど、データベースでたくさん問題をやったお陰で、この前学校でやった確認テストでは初めて満点が取れた!」
うちの講師のひとり、A先生は中学生の時、やったデータベースのプリントを全部取っておいて、受験前にもう一度1枚1枚やり直したと言っていました。
いまだにみかん箱一杯のデータベースプリントが取ってある、とつい先日も話していました。


実際、毎月、コピー機のメンテに来られる方も、うちのコピー枚数の多さにいつも驚いています。
今使用しているコピー機はすでに10台目ぐらいになります。
そのうちの何台かは100万枚とか200万枚も刷って、機械が完全にダウンしてしまいました(「日本の技術力」)。
プリンタも同様です。


データベースも、コピー機も、プリンタも、コピー用紙もすべてそうですが、生徒の学習のため、そして学力アップのためには惜しみません。
アカデミーのモットーは「ひとりを大切に」だからです。


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田中兄・妹・弟 五輪へ

2012.05.06日

体操・ロンドン五輪代表決定競技会兼NHK杯最終日だった昨日、なんと田中和仁(26)、理恵(24)、佑介典(22)の3きょうだいが五輪出場権を獲得するという日本体操史上初の快挙。
このニュースに日本中が沸きました。
「家族の絆でつかみ取った3枚の五輪切符だった」(5月6日付 読売新聞24面)


gym.jpg


きょうだい3人の絆だけではありません。父親も母親も体操選手で、3人とも幼少の時から体操をやっていたといいます。
怪我や手術、不調、ミス、メディアにたたかれるなどの逆境をバネに、家族みんなで励まし合いながらここまで来ました。


このような姿・努力・栄光に国民はみんな酔いしれます。
東日本大震災などの被災地を訪問すると、被災者たちは元気づけられます。
私のようなスポーツ音痴の人間ですら、勇気づけられ、自分も頑張ろうという気になるから不思議です。


「父であり、指導者だった章二さん(62)に『最後まで諦めず、楽しめ』と教わった体操を、やり抜く覚悟は出来ている」(読売新聞同記事)


お父さんが本当に大切なことを教えています。
「最後まで諦めず、楽しめ」
これは、スポーツだけでなく、勉強にも仕事にも、すべてのことに当てはまることです。
「最後まで諦めず、楽しむ」ならば、人生、ほとんどどんなことでもできます。


ありがとう、田中3きょうだい。
ロンドンでの活躍を祈っています!


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お父さ〜ん!

2012.05.05日

画家の安野光雅さん(86)がまだ若いパパの頃である。自宅に指圧師を招いて、肩を指圧してもらった。顔をしかめて痛みに耐えていると、当時3歳のお嬢ちゃんがどこからか物差しを持ち出して、指圧師の頭をぶったという。
(5月5日付 読売新聞1面「編集手帳」より)


私の父は去年の2月14日、天に帰りました(「バレンタインデーに嬉しいことが3つ」)。
時々、父のことが懐かしく、恋しくなります。
もっと〜しておいてあげればよかったな、とか思うことがあります。
今日はこどもの日。
父に想いを馳せました。


若い頃の全盛期の父はこんな感じでした。


father.jpg


今頃まだ生きていたらこんな感じになっていたのかなぁ...


classreunion%20002.JPG


「お父さ〜ん!」と思わず呼びたくなったこの人は、実は去る4月28日に京都で行われた「43年振りの同窓会」で会った私の同級生のI君です。
最初、同じテーブルに着いた時、私はてっきり恩師の方かと思いました。
すると、向こうも心得たもので、
「教師と言えばそれできっと通って、会費を払わずに済んだでしょうね。ハッハッハッハッ」。
名前を聞いても分からなくて、卒業アルバムで写真を見てようやく昔の思い出がよみがえってきた始末です。
でも、I君は私のことをよく覚えてくれていて、
「高校3年の時の印象が一番強かったのは舟田君だった。大学生の時、車で家まで送ってくれたのをよく覚えている」と言われて、そういえばそんなこともあったような、なかったような。
人は見かけじゃありません。私のお父さんのように見えたI君の方が昔のことをよく覚えていたのです。


他の参加者もみんなI君のことが分からずに、「あの人誰?」。
聞くところによると、I君は健康を害してしばらく入院していたとのこと。その時、伸び放題になった髪の毛と髭を、面倒くさくなって退院後もそのまま放っておいたそうです。
なるほど、そういうことだったのか。
私はI君のことが強烈に印象に残っていて、同窓会の翌日のブログ「使用前、使用後 その2」に、
「聖書には「白髪は輝く冠」とあり、老いの象徴というよりむしろ人生の熟練者に与えられる褒美の冠だ。
そういう意味で、昨日会った仙人のようなI君などはまさに神様から祝福の輝く冠をいただいた方です」と記したのでした。


I君、長い闘病生活、本当にごお疲れさまでした。
神様があなたに与えられた立派な「輝く冠」ですよ。
これからも十二分に養生して、私の父の分までも元気で長生きしてくださいね。


そして、最後にみんなで記念撮影。
下の集合写真は私自身の記憶のために、また同窓会に出席できなかった同窓生たちのために載せるものであって、決して自分が若く見えるなどと自慢しているわけではありませんので誤解のなきよう。
昨日、名古屋から帰宅して、今日もう一度中学と高校の卒業アルバムを取り出して、同窓会で会った一人ひとりのことを思い出しながら見比べましたが、やっぱりみんな昔と比べるとちょっと歳取ったけど、よく見るとそのまんまだと改めてびっくりしました。
次回の再会を楽しみにしつつ。
(写真をクリックすると拡大されます)


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ネイチャー・テクノロジー

2012.05.04日

昨夜、というか日が変わって今朝、無事平塚に戻ってきました。
今回は第2東名が開通していて、車の流れは非常にスムーズで、これまでのような連休の渋滞は全くありませんでした。
第2東名は、カーブや緩やかで見通しがよく、勾配は少なく、またトンネル内の照明も斜め前方を照らしていて運転者に眩しくないなど、あちらこちらに工夫されていて、快適なドライブを楽しむことができました。


先日来、京都の祇園、亀岡市、そして今回の関越自動車道でのバス事故、と大きな自動車事故が相次いでいます。
その都度、たくさんの人が犠牲になり、本当に心を痛めています。
犠牲者の方々に謹んで哀悼の意を表するとともに、ご遺族の方々の上に天父のお慰めをお祈り申し上げます。


このような痛ましい事故を避けるための初期段階の装置はすでに一部実用化され、テレビでも宣伝されていますが、交通事故死ゼロまではほど遠い道のりです。


それにしても不思議なのは、よくテレビで見る海の中を大量の魚が群れをなして泳いでいるシーン。
ほとんど隙間がないほど密集してものすごいスピードで進み、急に向きを変えたりするのに、魚同士のいわゆる「交通事故」はゼロ。
一体なぜだろう、これを何とか生かして、人間の世界で交通事故ゼロにつなげることはできないものだろうか、とずっと考えていました。


fish.jpg


そうしたところ、4月22日付の中日新聞サンデー版「ネイチャー・テクノロジー」にまさにこの答えが載っていました。
やっぱりそういう研究は進んでいるのですね。


地球上の様々な生物や自然を通して学び、それを私たち人間の日常の生活に生かす。こういうのを「ネイチャー・テクノロジー」と呼びます。


上の魚の大群のケースでは、魚の泳ぎ方に3つのルールがあるそうです。
1. 並行(追従)
      群れの進む方向を追う
2. 接近
      仲間を見つけ、近づく
3. 反発
      近づきすぎると、離れる


整然と群れをつくり、仲間同士でぶつからない魚の習性を研究し、そこから障がい物を避け、集団走行するロボットカー、すなわち、ぶつからない車を専門家たちは今、一生懸命開発しているのです。


「飛び込み名人」の異名を持つカワセミは、魚を捕るために川に飛び込んでも水しぶきをほとんどあげません。
このカワセミの姿をヒントに作られたのが新幹線500系の先端デザインで、日本初の時速300キロの営業運転を実現しました。また、このデザインはトンネル通過時の騒音の軽減にも大きく貢献しているそうです。


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以前、「ヤモリ」という記事の中にも書きましたが、地球上の生き物は多くの点で、私たち人間をはるかに超えた能力をたくさん持っています。
しかし、人間にはそれらから学び、応用し、実用化する知恵が神様から与えられているのです。
これこそ、まさしく「神業」です(「カニワザ?神業?」)。


私たちは今後も、天与の知恵を用いてネイチャー・テクノロジーの研究をさらに進め、陸だけでなく、海や空でも事故ゼロを目指していかなければなりません。


こういうことを子どもたちに教えると、もっと勉強に興味を持つようになり、強制的に勉強させようとしなくても、自ら勉強するようになるものです。
そして、これこそが教育の真の目的です。
テストで点数を取り、受験で成功することが教育の本当の目的ではありません。


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攻めの予防医学

2012.05.03日

中学2年生の時、社会科の歴史の授業で貝原益軒のことを学びました。
当時、私は真面目な生徒ではなく、授業はほとんど遊び半分だったので、貝原益軒はただ江戸時代の儒学者ぐらいしか学んでいなかったのですが、益軒の教えが実に深いことを最近知りました。


貝原益軒による『養生訓』は、今の時代にも通じる、そして特に健康にとても関心のある私にとっては、まさにバイブルのようなものです。


「身体を保護して養生するために、忘れてはならない肝要な一字がある。『畏(おそ)れる』ということである」とあり、「畏れることは慎みの心の出発をなす」と教えています。
「畏れる」とは、人為の及ばないものとして神をかしこみ敬い、身を慎むという意味で、聖書の中でも「神を畏れる」としてよく使われている表現です。


益軒の教えを簡単にまとめると、以下のようになります。
健康について
  1. 適度な運動は、気と血液がよく循環し、食物もよく消化するので病気にならない。
  2. タバコは毒である。
  3. 勤勉に働くこと自体が健康法である。
  4. 穏やかな気持ちでいれば、おのずと徳が身につき、健康になる。
  5. 養生は毎日の繰り返しで身につく。


心と体について
  6. 人の命は天からの贈り物だが、その寿命はわれわれの心次第で変わる。
  7. 心は身体の支配者であるから、心を平静にすると体にも良い。
  8. 貧しくても、楽しく生活しているならば、大きな幸せと言える。人生は楽しむものである。
  9. いつも完全無欠を求めていると疲れる。多少とも気に入るところがあれば、それで良い。


欲望について
10. すべての欲は満たせない。欲望を抑えるのは健康法の基本である。
11. 一事が万事だ。少しだけなら、と思っていると、大きな害につながることがある。
12. 生命力は限りがある。限りのない欲望をそれに使うのは間違いだ。


食について
13. 腹七分、八分ぐらいで食事を抑えれば、しばらくすると満腹感を味わえる。食べ過ぎは病気の元である。
14. 胃の弱い人は、大根、人参、芋、山芋、ゴボウなどが良い。
15. 酒はほどよく飲めば、陽気になり、消化を助け、心配事から開放され、やる気が出る。飲み過ぎると寿命を縮める。


薬と養生について
16. 病気になったら名医を選ぶ。
17. 薬を常用してはいけない。
18. 胃腸を整えるには普通の食事をしていれば良い。
19. 生まれ持っている寿命を延ばす薬はない。
20. 養生とは、生まれ持った寿命を保つことである。


現代の予防医学で言っていることを、貝原益軒は300年も前にすでに教えていたのです。
しかも、守りの予防医学ではなく、積極的な攻めの予防医学です。
上の健康法は、私もこのブログにたびたび書いてきていることですが、私自身気をつけなければならないことも多々含まれています。
毎日の生活にこれらの習慣を取り入れ、健康増進に励もうと改めて決意するとともに、皆さんにもお分かちしたいと思いました。
(「今の暮らしに生かす養生訓」  4月29日付 中日新聞  サンデー版を要約)


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一石◯鳥

2012.05.02日

一つの石で二羽の鳥を落とすことから「一石二鳥」と言い、一つの行為で、二つの目的を同時に果たすことのたとえとしてよく使われますが、私はこのゴールデンウイークを一石四鳥にも五鳥にもして、とても有意義に過ごしています。


まず、故郷の京都で行われた高校時代の同窓会に出られたこと(「43年振りの同窓会」)。
40数年ぶりに中学・高校時代の同窓生と再会して、魂が若返りました。


次に、妻の実家を訪れて親族孝行ができていること。
私の両親がすでに亡くなっているので、義母やその家族を励ましたり、少しでも力になれることは私にとっては親孝行と同じことで、これができることは本当に幸せです。


一昨日は掃除機が突然壊れて全く吸引しなくなり、修理の仕事が私に回ってきました。
本体もホースも問題なかったので、原因は床ブラシ(ヘッド)にあることが分かりました。
そこで、ドライバーでネジを一つずつ外していき、最終的には部品すべてを分解し、全部きれいに掃除し、故障の原因を見つけました。
元通り組み立てるのに悪戦苦闘して、3時間ほどかかり、腰が痛くなりましたが、最終的には完璧に直すことができました。
試してみるとすごい吸塵力で面白いほど吸い込むので嬉しくなって、家中の掃除をしました。
もし私がこちらにいない時に故障していたら、電気屋さんに修理を依頼して結構費用がかかったことでしょう。少しでも役立てて本当に幸せでした。


また、妻の実家にいると、みんなに合わせて早寝早起きになり、一日がとても長く、30時間か36時間ぐらいに感じます。
普段は毎日朝から晩まで時間に追われ、絶えず分刻みで動いているので一日があっという間に終わってしまうのですが、こちらにいると心身ともにゆったりとして、とてもリラックスできます。


そのお陰で毎日1時間(6キロ)の散歩にも出かけることができ、健康増進にも役立っています。


さらに、散歩しながらiPhoneに入れておいたオーディオブック "The Purpose Driven Life" (邦訳「人生を導く5つの目的」)を聴くことができ、これで英語に触れて頭の訓練ができると同時に魂も強められて感謝です。
本1冊分に当たるCD8枚分、8時間以上の朗読を散歩しながらほとんど全部聴いてしまいました。
この本は40日間で人生を変えるというプログラムで、全米3000万部突破のベストセラーです。
聖書を理解するためのバイブルのような本で、クリスチャンの方には必読の書、ノンクリスチャンの方には聖書にどんなことが書いてあるのか知るのにふさわしい書です。


妻も実家で、母親の介護をしたり、病院に連れて行ったり、買い物、料理、掃除など一日中働くことができ、また一緒に食事に出かけたりすることもできて喜んでいます。
そして、微々たるものですが、私もその一端を担えて幸せです。


このあと明日の夜平塚に戻り、家や塾の掃除をしたり、通信や成績表を作成したりと、仕事もたくさんできて、それこそ一石十鳥ぐらいになりそうです。
なんてありがたいゴールデンウイークでしょう。
皆さんはいかがお過ごしですか?一石◯鳥、と数えるとより一層有意義になりますよ。
後半も充実した大型連休をお楽しみください。


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現在地と目的地

2012.05.01日

妻の実家に帰省中の日曜日、家族の通う教会の礼拝に出かけました。
礼拝プログラムの裏に面白いカット(挿絵)が載っていました。


"YOU ARE HERE" は直訳すると「あなたは今、ここにいます」となり、「現在地」という意味です。
"BUT YOU SHOULD BE HERE" は「でも、あなたはここにいるべきです」となり、「目的地はこちら」というような意味になります。つまり、「教会へどうぞ」と誘っているのです。
このようなジョークのセンスあふれるカットは、キリスト教国であるアメリカでは非常によく見かけます。


人生における自分の「現在地」は、ほとんどの人が大体把握しています。
中には「現在地」すら分からず、迷子のようになっている人もいます。このような人は、まず現在の自分を客観的に見直し、総清算する必要があります。
それでもなお分からない時には、周りの人に尋ねるのも助けになるでしょう。


問題は「目的地」です。
人生における「目的地」が分からない人があまりにも多いのです。
「健康が一番」とほとんどの人が言います。
でも、誰しもがいつでも健康というわけにはいきません。
思いもかけず、ガンを宣告されることもあります。私の敬愛していた柿谷寿美江先生は、50歳の誕生日をお迎えになった時、「人生の折り返し地点です。私は100歳まで生きます」と宣言していらっしゃいましたが、その11年後の去年、ガンで亡くなりました。
でも、寿美江先生は目的を果たせなかったわけではなく、とても有意義な人生を全うされ、胸を張って目的地に到着されました(「心洗われます」)。


「家族に恵まれること」を目的地に挙げる人も多いですが、どんなに幸せでもやがて必ず家族との別離の時が来ます。
そうすると、たちまち人生の目的を見失って、生きる気力も失せてしまいます。


お金や財産、地位や名誉などを目的地にする人もたくさんいます。しかし、いざその目的地に到着すると、そこに満足は見出せず、むしろ空しさを覚えると言う人が数え切れないほどいます。


「今が楽しければいい」と言って快楽主義に走る人もいますが、これとて人生の目的地にはなり得ません。
私自身、大学生の頃、そのような生き方をしていました(「天国よいとこ一度はおいで」)。
でも、常に何か物足りなさを感じていて、これが人生の目的地ではないということが本能的に分かっていました。


私は今、人生の目的地が分かっていて、家族も、健康も、仕事もすべてを超越して、人生最大の幸せを感じ、しかも死も何も恐れるものはありません。


目的地を知っている人生と知らない人生では、それこそ天と地ほどの開きがあります。
あなたには、はっきりした目的地がありますか?


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