学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
読む人に元気を注入します。

ジョージ学院長 元気の出るブログ

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A Happy New Year!

2011.12.31日

一昨日、中3生をバスで送る時、今年最後だったので、みんな互いに挨拶して言っていました。
「良いお年を!」
「良いお年を!」


そこで私はバスを降りる生徒に言ってみました。
「A Happy New Year!」
ところが、誰も
「良いお年を!」
とも
「A Happy New Year!」
とも返してくれません。


そこで、バスに残っていた生徒に尋ねました。
「なんでみんな、先生に『良いお年を!』って言ってくれないのかなぁ…」
すると、Rちゃんが私に尋ね返しました。
「A Happy New Year!って、『明けましておめでとう』っていう意味じゃないんですか?」
「どう思う?考えてごらん」
勘の鋭いRちゃんはすぐに気づきました。
「あっ、そうかっ!『良いお年を』っていう意味だ!」
他の生徒が尋ねました。
「えっ、どうして?」
「だって歌で、We wish a Merry Christmas,  We wish a Merry Christmas,  We wish a Merry Christmas and a Happy New Year!  って言うじゃん。
Merry Christmas. と A Happy New Year  だから、『良いお年を』っていう意味になるんだよ!」
それを聞いていた他の生徒たちはみんな、
「おー、意味深っ!」
と感動の声を上げました。


そうです。
日本では「明けましておめでとう」イコール「A Happy New Year」だとみんな思っているのですが、実は、これは年末に言う言葉で「良いお年をお迎えになるようお祈りしていますよ」という意味なのです。
すなわち、We wish a Merry Christmas  と言うのと同じで、I wish you a happy new year.  から来ています。


それでは、「明けましておめでとう」は何と言うのかと言えば、A を付けずに  Happy New Year! と言います。
Merry Christmas! とか、Good morning!  Happy Birthday! などと同じで A をつけずに言います。
でも、アメリカなどでは日本のようにことさら新年を大げさにお祝いしないので、Happy New Year  すら言わない人がほとんどです。
つまり、日本の正月に当たるのがアメリカではクリスマスで、この時は全国のあちらこちらに散らばっている家族が集まり、みんな Merry Christmas と言って祝い、別れる時に付け足しのように A Happy New Year 「良いお年を」と言うわけです。


ところで、year と ear  の発音の違いですが、日本人には難しいようで、よく A Happy New Ear.と言っているのを聞きます。
これだと、「幸せな新しい耳」となって意味不明です。
ear  は「イアリング」から「リング」を取った発音で「イア」です。
これに対して、year  は辞書で発音記号を見ると、「イア」の前にjの文字がついています。
このjは、イよりも強い音です。従って、year  は「ィア」のように発音します。


何はともあれ、皆さん、
"A Happy New Year !"
「良いお年を!」。


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末は東大?

2011.12.30日

つい2週間ぐらい前、小学1年生のAちゃんが入塾してきました。
お父さんとお母さんがご一緒に問い合わせに見え、いろいろとお話ししていたらその場で入塾の手続きをしてくださいました。


冬期講習の前半最終日の昨日、私はAちゃんに国語を教えました。
1年生だというのに、とてもしっかりしていて、語彙は豊富で、教えたことはすぐに理解し、問題もスラスラ解いて、ワークをあっという間に8ページやってしまいました。
唯一間違えたのは、ひらがなをカタカナに直す問題で、「ちゅうりっぷ」を「チユウリップ」と書いていました。
そこで、口で言う時に伸ばす音はひらがなでは「う」と書くけれど、カタカナでは棒を書いて伸ばすのだよ、と教えると残りの間違えた問題もすぐに全部自分で直すことができました。


「生き物のようすを人に教えるように書きましょう」という作文問題を見た時、「難しい!」と言いましたが、私が少しヒントを与えるとすぐに書き始めました。
「このまえ、ロイヤルホームセンターに犬を見に行ってきました」で始まる作文には、犬のことが生き生きと描かれていて、私は感動して花マルをつけてあげました。
Aちゃんは犬が大好きで3年生になったら犬を飼ってもらうのだと目を輝かせて話してくれました。


ご両親が問い合わせに来られた時、入塾するのが遅すぎたのではないかとおっしゃいました。
大丈夫ですよ、とお答えしたところ、お母さんが、それでは今からしっかり勉強すれば東大にも行けるでしょうかと笑いながら尋ねられました。


昨日、Aちゃんを教えていて、正直なところ本当に東大も夢じゃない、いや、十分に可能だと思いました。
現在中3のT君が幼稚園の年中で入塾してきて、この11年間彼の成長振りを見てくることができましたが、同じようにAちゃんの成長を今度は息子が見ることになるでしょう。


でも、東大に行くかどうかが問題ではありません。
先日書いた「言魂」という記事の中にご紹介したひとりの塾生のお母さんの言葉、
「私は子どもたちはこの社会の子どもだと思い育てています。
自分の利益のためでなく、誰かのために何かの役に立つ人になってほしいです。
ゴールは進学校でも難関大学でもなく、社会で役に立つ人です」こそが、子育てにおいて最も大切な精神です。


ところで、Aちゃんのご両親はものすごく教育熱心で、本当に末は東大を目指しているのかと言えば、決してそうではありません。
ご両親が求めていらっしゃるのは、将来自分の力で生きていくことのできる自立した子供に成長して欲しいということです。


実は、教育の目的はここにあるのです。生徒に丸暗記を強要してテストで点を取らせ、東大などの一流大学に行かせることが教育の目的だと勘違いしている親がいて、またそのことを奨励して親を焚きつけている人が塾業界には特に大勢いるように思われます。
でも、どんなに一流大学を出ていようが社会で役立たなかったり、自立できないようなら、全く意味のないことです。


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人のことは良く見えるもの

2011.12.29日

去る12月10日のブログ「人のことはよく見えるもの」の要旨は、「他人のことはよく見えるけど、自分のことは見えないもの。外見に限ったことではなく、行動や考え方や心の内側にも当てはまる。人のことをとやかく言うよりも、自分のことをもっとしっかりと見つめ直さなければならない」ということでした。


今日のブログタイトルは上のとそっくりですが、内容は異なります。
「よく」が「良く」になっています。
「人が良く見える」というのは、言い換えると「人のことが羨ましく思われる」といった意味です。
「隣の芝生は青い」というのと同じです。
英語のことわざで、
"The grass is always greener on the other side of the fence."
(フェンスの向こう側の芝生はいつでもうちより青い)
というのを日本語に訳したものです。


しかし、「人のことが羨ましく思われる」というのもある意味、「自分のことがよく見えていない」ことの裏返しだと言うことができます。
とかくよその国や街や、よその家のこと、他人のことは良く見えるもので、ここから嫉妬が起きたりします。
新聞に毎日載っている「人生案内」(人生相談)を見ていると、このことがよくわかります。
そして、作家や医者、カウンセラーなどの識者の回答はその多くが、「あなたは幸せですよ」と、自分自身の恵まれている境遇に目を留めなさいといった内容です。


物事には何でも裏表があり、ひとつのマイナス面は見方を変えるとプラスであることがよくあります。
ですから、「人のことが羨ましく思われる」時には、「自分のことがよく見えていない」ということを悟り、もう一度自分を見直すことが必要です。
「失ったもの(持っていないもの)を数えるな。持っているものを数えよ」というのと同じです。
実は、これが幸せな人生の送り方の秘訣の一つなのです。


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落穂拾い?

2011.12.28日

今日、バス送迎中に見た光景は、ミレーのあの有名な「落穂拾い」そっくりでした。


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ただ、私が見たのは女性でなく男性で、しかもお年寄りで、拾っていたのは落穂でなくゴミでした。


ミレーの落ち穂拾いは、19世紀中頃のフランスの貧しい農民の逞(たくま)しい生き方を描いた名作です。
落穂拾いとは、地主の麦畑の収穫を手伝う零細農民が、手間賃のほかに収穫の約10%だけ残された落穂を拾うことを許されていた当時の互助精神の風習です。


時と場所が変わって現代の豊かな日本。
コンビニで買ったおにぎりや菓子の包装紙、マックの紙コップややポテトの紙容器やハンバーガーの包み紙、ペットボトルなどが道路のあちらこちらに捨てられています。
これらは子供が捨てたものでしょうが、無理もありません。
大人がタバコの空きパッケージや吸殻、ビールの空き缶などを捨てているのを毎日のように目の当たりにしているのですから。


以前、このブログに「きれいな街づくり」という記事を書きました。
塾のすぐ近くのバス停。後ろの橋の欄干にどなたかボランティアの方がビニール袋をくくりつけてくださって、それまで毎日ゴミが散らかっていたバス停付近がきれいになったと喜んでいたのもつかの間。
ビニール袋がだんだん大きくなるにつれてゴミの量も半端でなくなり、大きなビニール袋が毎日満杯になって、さらに歩道の上まで溢れるようになったのです。
ご近所のボランティアの方は毎日、そのゴミ袋を取り替えていらっしゃったのですが、ついに堪忍袋の緒が切れたのか、それとも家族の人にもう止めろと言われたのか、タバコの吸殻入れもゴミ袋もなくなってしまいました。
その結果、ゴミの量は以前よりは減りましたが、今も相変わらずバス停付近にはタバコの吸殻、空き缶、ペットボトル、空き箱などのゴミが散乱しています。
よく中国人の公衆マナーのことを日本人は云々しますが、人のことなど言えた義理ではありません。


私は塾まで歩いて行く道は塾の近辺、また家に帰る道は家の近辺に落ちているゴミは手で拾い、自分のところのゴミ箱まで持って行って捨てます。また駐車場にバスをとめて塾まで歩いていく道に落ちているゴミもできる限り拾うようにしています。
しかしこれがほぼ毎日のことなのです。ゴミが一つも落ちていない日のほうが珍しいぐらいです。


今日、送迎中に見かけた「落穂拾い」ならぬ「ゴミ拾い」の光景は胸が痛みました。
それと言うのも、お年寄りにとって腰を屈めてゴミを拾うのは結構重労働で大変なのです。
私自身、腰痛持ちなのでその辛さがわかります。
「いたちごっこ」の中に書いたM牧師は80歳を超えるご高齢ですが、いまだに大きなゴミ袋を持ってしょっちゅうゴミ拾いをしていらっしゃいます。


ゴミ拾いは素晴らしいボランティア活動ですが、そもそもゴミを捨てること自体が問題です。
大人が率先してゴミを捨てないお手本を示さなければなりません。
19世紀のフランスの貧しかった農村のほうがよほどきれいだったのではないでしょうか。


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若い時の苦労

2011.12.27日

「若い時の苦労は買ってでもせよ」とよく言われます。


今日の読売新聞18〜19面には「日本の未来 切り開く 高い志持つ科学者に」と題して、ノーベル賞受賞者を囲むフォーラム(12月16日 仙台市東北大学で開催)の要旨が紹介されていました。
その中で、野依良治氏(2001年化学賞受賞)が次のように語っています。
「多くの米国人がノーベル賞を受賞したが、過酷な人生を送った人が多い。4分の1くらいが移民だといわれる。特にユダヤ系の人が多く、化学賞では受賞者の16%、物理学賞と生理学・医学賞では25%を占めている。若い時の苦労が力になっているのだろう。
東北の若い人は震災にあって、つらい思いをしたが、生きる力は何かを実感したと思う。被災地から偉大な仕事をする科学者が出てくるのではないかと期待している。高い志を持って、前に進んでほしい」。


「子供には失敗させたくないと考える『カーリングペアレンツ』が増えている」と田中耕一さん(2002年化学賞受賞)は指摘しています。
ストーンが目標通り滑るよう氷の表面をブラシで掃くカーリング競技のように、子供がつまずかないように道をきれいに掃いてやる、困難となりそうなことがあればあらかじめ排除する親が増えているというわけです。
田中さん自身は、若い頃は「挫折の連続だった」と語っています。
一方、益川敏英さん(2008年物理学賞受賞)は、
「人間は日々、小さな失敗を重ねている。失敗を失敗と思わない習慣が成功の出発点。ノーベル賞の対象となった研究も、最初は解けなかったが、そのときにとことん突き詰めて何が足りないか分析していたから、8年後、新しい理論が出て来たときに解くことができた」と言っています。


失敗は大いに結構。失敗しても原因を自分で考えて次に生かすことこそが大切だ、とノーベル賞受賞者たちは口を揃えて言っています。


カーリングペアレンツは、子供が将来経験しそうな困難をあらかじめ取り除くという余分なことをしているのです。
昔から「可愛い子には旅をさせよ」と言うように、子供が可愛ければなおさらのこと、敢えて子供のために困難を経験させる。これこそが日本の、そして世界の将来のために、今の親に求められていることではないでしょうか。子供たちに力強い人生を歩ませるためにも。


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試してガッテン!

2011.12.26日

先日、塾に問い合わせに来られたお母さんが授業の様子を見ようとして教室に入るなり、椅子の足に履かせてあるテニスボールに目を留めて驚いていらっしゃいました。
これがその写真です。


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10年近く前に新聞記事の中で紹介されていたもので、学校の教室で椅子を引くときに出るギーギーガーガーと耳をつく不快な音を消すことができると書いてありました。
これを読んで私は早速、昔通っていた湘南平テニススクールを訪ね、使わなくなったテニスボールを分けていただけませんかとお願いしたところ、快く大きなビニールのゴミ袋2つを満杯にしてただでくださいました。
試したみたところ、まさに「大当たり!」
本当に不快な音がまったくせず、これはすごいと舌を巻きました。
使っているうちにだんだん悪くなっていき、あんなにたくさんあったボールも全部使い果たし、再びテニススクールを訪ねてまた1回目と同じぐらいのボールをいただいたのがもうすでに4年ぐらい前。
つい数日前も古くなったボールを新しいものに取り替る作業をしたところです。


私は常にアンテナを張っていて、いろいろな情報に目や耳を向けて、いいと言われていることはすぐに試す主義です。
NHKの長寿番組「試してガッテン」じゃないですが、納得がいくかどうかまずは試すことにしています。


夜中に数回トイレに目が覚める、とこのブログの中でも何度かこぼしていましたが、新聞でノコギリヤシというものを知り、いくつか試して3つ目のブランドでようやく当たって、最近では夜中に1度も目覚めないこともあります。
また、夜ぐっすり眠れない原因が睡眠時無呼吸症候群だったとわかりましたが(「ショック!」)、新聞の広告でグリシンという眠りをサポートするものがあることを知り、これも試してみたところ私にはとてもよく合い、今ではもう毎晩欠かせなくなっています。
試して良かった!とつくづく思います。


この他、新刊・既刊を問わずいいと言われる本や、セミナーCDなどもすぐに取り寄せて試してみます。
またコンサートや映画、美術展などもいいと思うものはどんどん試します。
レストランや様々なお店、食べ物なども試します。ですから私には食わず嫌いというものがありません。
安眠枕や無圧布団などのグッズも試してみます。
もちろん中には期待外れというものもありますが、それでも試してみなければいいかどうかはわかりません。
たとえ、期待していたような結果が出なくでも、「試して良かった」と思います。
なぜなら試すと納得がいくからです。


そういえば、今春卒塾した高1のM君(「お試し版NIE」)が塾の感想文の中に次のように書いていました。
「アカデミーに入る前は、アカデミーのことをしょぼい塾だと思っていましたが、入ってみたら最高の塾でした」
M君、試してみてくれてありがとう。また、たくさんの友達を紹介してくれて本当にありがとう。


何でもそうですが、頭から「どうせ〜に違いない」と決めつけて試さないのは、往々にして大きな損をします。
まずは試してみること。
試してだめだったらまた他を試せばいいのです。
試さないことには絶対に当たりはありません。


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ヒートテックタイツ

2011.12.25日

先日、取引先の教材出版会社の営業の人が、来年改定になる中学教科書に対応した新しい教材見本を持ってきました。
開口一番、
「急に寒くなってきましたね。ヒートテックタイツを履きだしたらもうやめられません。先生はヒートテックタイツを履いていらっしゃいますか?」。
「いいえ、履いていません」
と答えましたが、この答えは半分本当で半分嘘です。
「私はズボン下を履いています」とはかっこ悪くて言えませんでした。


ズボン下のことは私が小学生の頃は「パッチ」と呼んでいましたし、さらにその前は「股引(ももひき)」と呼ばれていました。
いまどき股引やパッチを履いているなんて言ったら化石のように思われそうです。
でも、ヒートテックタイツと言うと、何かとてもかっこ良くて、堂々と言えるだけでなく、むしろ時代の最先端を行くような響きすらあるから不思議です。


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     ヒートテックタイツ               ズボン下                  股引


冒頭の営業マンはまだ30歳代でカッコいい人です。今、彼は行った先々でヒートテックタイツを履いていると堂々と言っているのでしょう。実際、上の写真を見ても、ヒートテックタイツはズボン下よりずっとカッコいいです。


時代はどんどん移り変わり、股引やパッチ、ズボン下だけでなく、レコードやカセットテープ、写真アルバム、公衆電話など、私たちの身の回りからどんどん姿を消していっています。
時代のひと区切りごとに一抹の寂しさを覚えると同時に、新しい時代の到来に胸をときめかせます。


さて、来年はどのような年になるのでしょうか?
大いに楽しみにしています。


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クリスマスの心 その2

2011.12.24日

2年前のクリスマスの日に「クリスマスの心」という記事を書きましたが、今、もう一度それを読み返していました。
今日はクリスマスイブ。
塾の方は「クリスマスイブ休み」です。生徒にも、また先生たちにも家族や友人と素敵なクリスマスイブを過ごしていただきたいと願ってお休みにしました。
今日の休みの後は一気に29日まで、そして年末年始の5日間の休みの後1月は4日〜7日まで冬期講習です。
塾によってはクリスマスも元旦も何もなく、冬休みの間ぶっ通しで講習会というところもありますが、やはり家族や友達とのゆったりした交わりの時間、そして心身の休息、リフレッシュする時も必要だと思います。


アカデミーでは一昨日、小学生のクリスマス会を催しました(クリスマス会の様子と写真は「体調は最悪、でも最高に幸せ!」に)。
今日は、朝からクリスマスツリーの片付けをしました。
「今年もご苦労さま。また来年もよろしくお願いします」と感謝の気持ちを込めて。


先日、送迎バスの中で聴いていたCDの中で、いまだにイギリスで多くの国民に愛され、慕われているウィンストン・チャーチルの有名な言葉が引用されていて、それにとても感銘を受けました。
゛We make a living by what we get, but we make a life by what we give.゛
(人は得るもので生計を立て、与えるもので人生を築く)


私たちは往々にして、生計を立てるために「得る」ことにばかりに心が行ってしまって、人生を築く上でもっとも大切な「与える」ことを忘れてしまいがちです。
たとえば、このクリスマスシーズンでさえ、クリスマスプレゼントは「相手が何かをくれるから、そのお返しに何かをあげなくては」とか、「何かを上げれば、きっと何かをくれるだろう」といったギブ・アンド・テイクになってしまうことが多いのです。


しかし、クリスマスの本当の心は「与える」ことです。言うならば、ギブ・アンド・ギブです。
神様ご自身が私たちに最高のプレゼントとして、御子イエス・キリストをこの世に送ってくださったのがクリスマスの始まりだからです。
見返りを期待しない一方的なご愛です。


アメリカのモチベーショナル・スピーカー、トニー・ロビンスは「成功の秘訣」というセミナーの中で次のように言っています。
「得るものの10倍のものを与えなさい」
クリスマスの心でもある「与える」ことをモットーに人と接し、仕事をするならば、神様は驚くほど豊かに祝福してくださいます。


「豊かに与えるから豊かに与えられる」
これは単なる成功の秘訣ではなく、幸福な人生の秘訣です。


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辛いは幸いへ

2011.12.23日

今年の日本10大ニュースが発表されました。
1位は誰にも明らか、東日本大震災です。
2位はサッカー「なでしこジャパン」世界一。


3月の東日本大震災で全国民が打ちのめされました。
でも7月のサッカー女子ワールドカップでの「なでしこジャパン」の優勝で、全国民が勇気づけられ、被災地の人たちにも元気が届けられました。
今日の読売新聞22面〜23面には、「最大の試練  最高の勲章」という大きな文字が踊っていました。


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上の写真は、日本漢字能力検定教会が主催した「漢字のある風景」写真コンテストにおいて小・中学生部門大賞を受賞した作品で、タイトルは「東北に届け」です。
家族で撮ったという本当に微笑ましい写真ですが、これを見て思わず私も「東北に『幸』届け」と心から祈りました。


1年ちょっと前のブログ記事「将来は作曲家になりたい」の中に書いたT君は現在地元トップ校の高1生。
小学4年生の時、漢字の勉強がしたいと言って入塾してきました。
なぜ漢字の勉強に興味を持ったの?と最近尋ねたところ、薔薇(バラ)とか欝(うつ)といった難しい漢字を覚えて、それを家族の人たちに「この漢字読める?書ける?」などと言っているうちに、段々得意になっていったとの返事が戻ってきました。


漢字が得意になったおかげで語彙(知っていて使える言葉の総数)が増え、語彙力が強くなったおかげで国語の読解力がつき、さらに国語ができるようになったおかげで英語も数学も得意になり、やがて鬼に金棒、全教科オールマイティーにできる子になりました。私の自慢の教え子のひとりです。


何かちょっとしたことがきっかけで、そこからどんどんと世界が広がっていくケースというのはよくあることです。
T君の場合はそれが漢字でした。


去る11月23日に東京で開かれた活字文化フォーラム「社会に生きる漢字の力」のあらましが、読売新聞(12月18日付 28〜29面)に紹介されていました。
パネルディスカッションで、川本裕子早稲田大学大学院教授が次のように言っています。
「漢字は一文字で意味を表すので、コミュニケーションを効率よくしてくれる。書くにしても、読む時も、そのコンパクトさが好きです。しかも、文章の中に漢字を入れていくことで知的な文章になると思う。
そういう意味で、漢字をどれだけ読めるかは、その人の頭の中の容量を広げ、自分の世界を広げていく第一歩だと思います」 (太字ブログ著者)


上のT君の場合も、まさにそうでした。
ということは、これは誰にでも当てはまるということです。
一般的に言って、漢字の弱い生徒は語彙が貧弱で、このことは思考力や表現力に大きな影響を与え、ひいてはそれが生きる力にもつながっていくと私は思っています。
したがって、子供の頃に漢字をしっかりと学んでおくことはとても大切なことです。


それにしても、冒頭に書いた今年最大の「辛い」から最高の「幸い」に。
漢字をよく見ると、「辛」と「幸」はとてもよく似ています。
「辛」の上の棒に横線を一本入れると「幸」になります。
「辛い、辛い」と言っている状況に一線を画すると、そこから「幸せ」につながるとも言えるでしょう。
「辛い」人生に十字架を立てる(イエス・キリストを信じる)と「幸い」な人生に変わる、とある牧師が昔言っていたのを昨日のことのようにはっきりと覚えています。
そして、私自身の人生はそのように変えられました。
東北の被災者の方々のみならず、今、「辛い」中を通っている人たちにも、「幸い」な人生が必ず先に待ち受けています。


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体調は最悪、でも最高に幸せ!

2011.12.22日

昨日は、アカデミー恒例のキッズクラブのクリスマス会でした。


用意周到。先生たちは事前に何度も打ち合わせを繰り返し、当日はリハーサルまでして流れを確認。
果たして結果は、予定通りに全てが順調に進み、生徒たちはみんな大満足。例年以上に大いに盛り上がり、生徒も我々スタッフも心ゆくまで楽しむことができました。


唯一調子が悪かったのは私自身で、夜中に始まった吐き気が昨日は一日中何度も起きて、とても不快な状態が続きました。
やっぱりまだ完全には回復していないようです。クリスマス会の始まる直前まで、そして終わるなりまた気分が悪くなりましたが、やっている間はすっかり忘れるほど快調だったので、やはり精神的な問題ではないかと思っています。


しかし、私の穴を埋めるべく、次男正人がバス送迎に始まり、写真撮影やサンタクロースなどで活躍してくれとても助かりました。ゆくゆくはこのクリスマス会も正人が中心になってやっていくことになるので、彼にとってもいい経験になったことでしょう。


私が唯一やったのは、最初のクリスマスメッセージだけ。
今年の全員合唱の「アメイジング・グレース」は、テレビのCMなどにもよく流れるとてもポピュラーな歌ですが、これを作詞した、18世紀のイギリス人、ジョン・ニュートンの話をしました。
落ち着きのない子や騒がしい子も、このメッセージの間はみんなシーンとなって話に聞き入ってくれました。
何か一つでも彼らの心に残ればと祈りつつ話しました。


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会が終わって、先生たちも私たちもみんな満足感いっぱい、感動すら覚えました。


生徒に尋ねたところ、子ども会などでやるクリスマス会はつまらないけど、アカデミーのクリスマス会は一味違うと。
これまでにも帰りのバスの中で、生徒が「あー、楽しかった!」と言うのを何度も耳にしており、これによって私たちの労苦も報われます。
体調は最悪、でも最高に幸せな一日でした。


今日から冬期講習ですが、毎年クリスマス会が終わると、ああこれで今年も終わりだなー、と実感します。


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「ダメだ!」という言葉が人をダメにする

2011.12.21日

12月14日付 読売新聞 「教育ルネサンス 成長信じれば変わる」は、教師の目を開く記事でした。
以下はその要約です。


「早稲田大学の国際教養学部、カワン・スタント教授(60)は中国系インドネシア人。
貧しい境遇から日本で奨学金を得て、26歳で大学に進学。数々の苦難を乗り越え、日本の4大学で工学、医学など四つの博士号を得た経験が、『人生は挑戦の連続』という信念を生んだ。


早大に移籍する前、ある私立大学で教えていた。
『8割の学生は授業が理解できない』と切り捨てる教授陣。
学生の無気力、無感動は成長を期待されないためではないかとスタント教授は考え、『やればできる』と学生を奮い立たせた。
この結果、研究室では特許が認められるような研究も生まれ、『スタント効果』と呼ばれた。
『私は、一人も見捨てない』
とスタント教授は言う。


早大大学院で学ぶ中国人留学生の蘇霞さん(42)は、スタント教授と学外の講演会で出会い、『人が変わる秘密を探りたい』と今年5月から講義のアシスタントを願い出た。
退学寸前だったり、大学に居場所がなく失望していた学生が、目標に向けて行動し始める姿を目の当たりにした。


スタント教授は、大学教員の心得として以下の5つを挙げている。
1. クラスに合わせて戦略的な授業を
2. 無自覚、不用意な指導を避ける
3. 学生の可能性を心から信じる
4. 学生の意見に敏感、柔軟に
5. 個々人に目配りし、まとまりあるクラスに」


今の日本の教育を見ていて、まさにこれらが欠けていると思います。
上の5つのポイントは、大学だけでなく、小中高、塾、企業など、どのような組織にも当てはまります。


教師があまりにも安易に吐く「ダメだ!」という言葉が、生徒をダメにしています。
そして、親が言う「ダメだ!」という言葉が子どもを、上司や同僚が言う「ダメだ!」という言葉が社会で働く人を、夫と妻がお互いにぶつける「ダメだ!」という言葉が夫婦関係を壊しているのです。


スタント教授に習って、私たちは相手の可能性を信じ、「やればできる」という人を生かすメッセージを周りの人たちに送り続けなければなりません。


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社会に出て求められる能力は

2011.12.20日

昨日の記事「日本の将来の教育像を提言」に引き続き、一緒に当学院のNIE(新聞を教育に-私訳)のクラスを見学してくださった早稲田大学社会科学部のYIさんが送ってくださった感想文を今日はご紹介させていただきます。
Yさんはアメリカに短期留学し、アメリカの教育を体験して教育の面白さに目覚めました。そして、将来、教育の世界に進むことを真剣に考えていらっしゃいます。
Yさんは早稲田大学で、昨日のAさんは慶應義塾大学で学んでいらっしゃいますが、大学のディベートのクラスの学生でもアカデミーのNIEのクラスの生徒ほど活発に意見を言わない、と二人とも舌を巻いていらっしゃいました。


「NIEという授業を初めて見学させていただいて、まず感じたことは素直に『すごい!』ということです。
小学6年生が新聞を読んで、それに対してそれぞれが意見を述べて議論していくという光景を見て、とにかく感心しました。
自分の当時を振り返ってみると、そんなことをした記憶はなく、『自分が小学生の時にこんな授業があれば・・・』という思いを抱きながら見学させていただきました。
というのも、1年間アメリカに留学した際に、考えを述べることの大切さ、同時に難しさを痛感したからです。アメリカでは『私はこう思うんだけど、君はどう思うの?』というように、自分の意見を主張してから、その後に他者の意見も必ず聞いてきます。
授業も教授が一方通行で行うものではなく、必ず教授と学生が双方向に授業を展開していきます。疑問に思ったことや感じたことは、すぐに教授に対して発言するし、周りもそれに対して何の違和感も抱きません。


日本で育ち、日本の教育を受けてきた私にとっては、そういった参加型の授業がとても新鮮に感じたと同時に、非常に難しかったという印象を受けました。
日本の教育では(少なくとも私が受けて感じた中では)、先生の言うことをしっかり聞いて静かに授業を受ける、というのが一般的に思います。発言をしようにも、大勢の中で発言するのは恥ずかしい、こんな質問してもいいのかな、何か頭の良さそうな発言をしなくちゃ、などという不安やプレッシャーのようなものを感じてしまい、発言することをためらってしまいがちです。もちろん、中には先生にバシバシ質問をしたりする生徒もいますが、大多数は違うのではないでしょうか?


少なくとも、私がこれまで受けた教育の中では、そういった生徒も、また考えを述べるディベート形式の授業もごくわずかでした。その原因の1つには、いわゆる偏差値教育を助長する受験制度などがあると思います。大学の授業も、その大半がまさに教授の一方通行の授業です。


しかし、社会に出て求められる能力はというと、自分で論理的に考え、その考えを述べる力であったり他者とのコミュニケーション能力であったりするわけです。
私が現在やっている就職活動でも、そういう力が見られています。企業によってはグループディスカッションの時間を設けて、その人がどんな人なのか、どういう役割を果たせるかなど、そのアクティビティを通じて見極めます。就職活動は1つの例に過ぎませんが、就職活動に限らず、社会の中で生きていくには色々な場面で考える力、そしてコミュニケーション能力が必要となります。
そういった意味で、NIEの授業は単なる受験勉強のためではなく、社会で通用するための能力を養う、非常に良い授業であると感じました。このようなアウトプット型の授業が、学校でももっともっと多く行なわれればいいのにな、と思いました」


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日本の将来の教育像を提言

2011.12.19日

先週の木曜日の15日、二人の大学生がアカデミー学院の小6生のNIEのクラスを見学に来ました。
以下はそのうちの一人、慶應義塾大学法学部政治学科のAYさんが送ってくださった感想文です。
Aさんは4歳から9歳までアメリカで教育を受けた帰国子女で、日米の教育を比較して鋭い視点から日本の将来の教育像を提言していらっしゃいます。


「日本の生徒たちは、よく『間違えること』を恐れて挙手しません。
間違えたときの周囲の目を気にしています。他の生徒に頭が悪いとか、知識がないと思われて馬鹿にされることを恐れているのです。
私は生徒にいつも『間違えることは良いこと』であり、『間違えても良い』と教えるようにしていますが、なかなかその考え方を受け入れてもらえません。
授業中に答え合わせをしていても、誰も手を挙げないないので、こちらから生徒を当てるという形になってしまいます。


日本ではこの授業風景がよく見られます。しかし、私も通っていた経験があるアメリカの現地校では、まず手を挙げない人はいないでしょう。
果たして彼らは『間違えても良い』ということを理解しているのでしょうか。それともただ手を挙げることが当たり前になっている教育が彼らの中に浸透しているのでしょうか。いずれにせよ、積極的に手を挙げて授業に参加してきます。
このような積極性のある教育を日本でこれから広めていく必要があります。それは社会に出てから自分の考えをしっかり持ち、それを述べる力が必要になってくるからです。グローバルな世界と個人が対等に戦うためにはそのような力が不可欠になります。


今回見学させて頂いたNIEの授業は、このような力を培うために編成されたプログラムだと思いました。
生徒たちはオープンに議論をし、挙手、そして『間違えること』を恐れていない様子でした。次々と意見が出る話し合いの場がそこには出来上がっていました。
それを見てさらにもう一つ、挙手ができるようになるためには、生徒たちの協力が必要だと思いました。
意見を言う子や相手の考えをその人個人のものであると捉え、受け入れることのできる子が周囲にいることが大切です。
互いに認め合い、自分が人の目にどのように映るのかではなく、そこで繰り広げられている話し合いで自分がどれだけのことをアウトプットし、また吸収できるのかが重要であることを理解する必要があります。それができるようになれば、自然と教室内の環境も挙手がしやすいものに変わっていくでしょう。
このように教師側の働きかけだけでなく、生徒同士の高め合いが必要になります。


これからの日本の教育は参加型教育に変化することが重要です。そのためには既に浸透してしまっている受身型教育を変えることから始めるのではなく、それを正すことから始めるのが適当だと思います。
そこでNIEのように生徒が実際に参加することが求められる授業を増やし、それに生徒たちが慣れるまで続けることができれば、最終的に受身型教育を打破できるのではないかと思います。


今回NIEを見学させて頂いて、私を含め、学生は生徒としてこれまでよりも積極的に授業に参加し、挙手できるように一人一人が意識的に変わっていく必要があると強く思いました」


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言魂(ことだま)

2011.12.18日

一昨日、中3生のSさんが書いた作文のコピーを私に手渡してくれました。
先日、三者面談の際、この夏に書いた作文のことが話題に上り、ぜひとも読ませていただきたいとお願いしていたものです。
Sさんは去年も神奈川県で優秀賞を受賞していて、去年の作文「ご近所力」も素晴らしい内容でしたが、今年のもそれに劣らないものでした。
読んでいて何度も胸が熱くなり、涙が出てきました。
私がアメリカの大学院で7年間かけて学んだ言語学、心理学、教育学、宗教学を、Sさんはわずか15歳で悟ったとも言えるほどで、彼女の豊かな感受性と表現力に感動を覚えました。
「私は子どもたちはこの社会の子どもだと思い育てています。
自分の利益のためでなく、誰かのために何かの役に立つ人になってほしいです。
ゴールは進学校でも難関大学でもなく、社会で役に立つ人です」というお母さんの言葉どおりに育っているSさんがとても頼もしく見えました。
本人の了承を得て、ここに全文そのまま引用させていただきます。
どうぞ皆さんも心ゆくまでこの作文を堪能してください。


『言葉の力』


 「言魂(言霊)という言葉を聞いたことがあるだろうか?古来、日本において言葉に宿ると信じられた霊的な力のことを言う。言魂とは、声に出した言葉が現実の事実に対して、何らかの影響を与えるものと信じられ、良い言葉を発すると良いことが起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こると伝えられた。
 今まで私は、この言魂の力に何度も助けられてきたように思う。
 七月。バスケットボール部で練習を積んできた私にとって、中学校生活最後の夏の大会が始まろうとしていた。レギュラーの私はその時、ひどい貧血と偏頭痛でコンディションは最悪だった。思うように動かない体に、プレッシャーがずっしりと重くのしかかっていた。そんな時に、不安は重なる。ゲームリーダーとして、いつもチームを引っ張っていた友達が練習試合でけがをした。
 『一週間後の初戦までに間に合わないって。』
目を真っ赤にした友達の顔が揺らいで見えた。
(どうしよう・・・でも、勝たないと・・・)
次の試合に友達が戻ってくるまで勝ち進まなければ、という気持ちが、また強いプレッシャーとなった。
 それでも部活中は、仲間のやる気に自分を奮い立たせることができた。でも、家に帰ると涙がわっと溢れ出た。私は副部長として力が足りない。まして、チームを引っ張っていけるほどバスケットがうまい訳でもない。レギュラーで一番足を引っ張っているのも私だ。今すぐバスケットをやめてしまいたい。小さい子のように、大声で泣き叫ぶ自分が恥ずかしいと思わなかった。
 あんなにつらくて、長く感じた一週間はなかった。試合が始まると、弱音ばかり吐いていた私は、嘘のようにシュートをきめた。大きな壁を乗り越えられた瞬間だった。私たちは初戦を勝ち進み、友達は試合に復帰することができた。中学校生活最後の試合は、市内三位、ブロック大会ベスト8入りで終わった。私の心は、達成感で満ちていた。
 もう着ることもないユニフォームを見て思い返す。いつも私は、くじけそうな心をたくさんの言葉の力で助けられていたことを・・・。
『優衣が頑張っていることは、みんながわかっているから。』
先生の言葉は、私を安心させてくれた。
『大丈夫だよ。』
チームメイトはそう言って体調を気遣ってくれた。
『頑張ってきた自分に自信を持ってごらん。』
母はいつも私を見守り、励ましてくれた。言葉のひとつひとつが積み重なって、私の力になっていた。宝物になっていた。そのことに気づいた。
『みんながいてくれたから、ここまで勝つことができたんだよ。ありがとう。』
友達の言葉が優しく心に響いた。
 ひと息ついて思う。今の日本はどうだろう。あの東日本大震災から五ヶ月。草花の新しい生命が芽吹く春に、消えてしまった多くの命を悔やみ、嘆き、言葉にならない悲しみがガレキの大地に涙を降らせた。涙は復興への芽となり、やがて、たくさんの希望の花のつぼみを膨らませようとしている。
『がんばろう日本。ばんばろう東北。』
がんばろうという言葉に、こんなに魂を込めた時があっただろうか。力強くも、優しく投げかけたその言葉が日本中に世界中に溢れている。
 日本最古の和歌集である万葉集に、日本は言魂の力によって幸せがもたらされる国『言霊の幸はふ(さきわう)国』と書かれている。私たちは心の奥底にある思いを言葉に換え、声にして、この国が辿る復興への道標を示さなければならない。ひとりひとりの持つ言魂が日本を支える力になる。日本は幸せな国になる。
 言葉は力に変わる。私は今、心のこもった言葉で誰かを支えたり、励ましたり、幸せにできるような人になりたいと心の底から思う。」


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飲酒運転キャンペーン?

2011.12.17日

夕方、買い物で駅の近くに行った時、小さな交差点に警察官が5〜6人立ち、車を1台1台止めていて、道路が渋滞していました。
事故があったのか、それとも検問でもしているのかと思いながら進むと、私の車も止められました。
助手席に座っていた妻が窓を開けると、警察官が何か入ったビニール袋を差し出して言いました。
「ただ今、飲酒運転キャンペーンをやっています。よろしくお願いします」


車を出すと、妻が袋の中を見て喜びました。
中に大きなみかんが2個入っていたのです。
早速妻は食べ始め、車の中はみかんのいい臭いでいっぱいになりました。
駅ビルの駐車場にとめて、私もみかんをいただきました。
しかし、それにしてもなにか腑に落ちない。
何だろう?
「そうだ!飲酒運転キャンペーンだ。これって変じゃない?なんだか飲酒運転を奨励しているみたいじゃない?」
「そうよね。飲酒運転根絶キャンペーンとか言わなきゃね」


そうです。警察官の言った「飲酒運転キャンペーン」は変です。
そして、みかんの入っていた袋の中に食べ終わった皮を入れようとすると、中に紙が入っていました。
そこには次のように書いてありました。
「運転免許、捨てますか!!
平成21年6月から飲酒運転に対する行政処分が強化されます。
(0.25ml以上の)酒気帯び  免許取消  違反点数25点
(0.25ml未満の)酒気帯び  免許停止90日  違反点数13点
酒酔い運転 免許取消 最長10年  違反点数90点」


これを見て、またまた??
飲酒運転をしてはいけないのは「免許取消」になるから?
えっ?そうじゃないでしょ!
飲酒運転は交通事故の一番の原因になり得るし、交通事故を起こしたら人を傷つけたり、殺したりすることになる危険な行為だからいけないんじゃないの?
免許を取り上げられるから飲酒運転をしてはいけないの?


まあ、「飲酒運転キャンペーン」と言うぐらいだから、これぐらいは当たり前のことか...
それにしても、「飲酒運転キャンペーンです」と言って、みかんを配って、これで本当に飲酒運転を根絶できるのですかね...
またしても???でした。
納得いきませんでしたが、みかんだけはおいしくいただきました。


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なので、「なので」は使わない!

2011.12.16日

最近よく使われている表現に「なので〜」があります。
10年ぐらい前から使われ始めた記憶があり、比較的新しい用法です。
誰かがこの言い方を始めたところ、あっという間に広がり、学校の先生たちも使うようになりました。


本来、「なので」は、「今年は暖冬なので、冬物の衣類の売れ行きが悪い」のような使い方をします。
これを文頭で接続詞として使う「なので、私は◯◯には反対です」のような言い方は、文法的には正しい用法ではありません。


しかし、最近はテレビのバラエティ番組の出演者のみならず、アナウンサーまでが「なので〜」を多用し、日常よく耳にするようになってきて、市民権を得る一歩手前まで来たような感じです。
ひょっとしたら10年後には国語辞書にもこの用法が載るようになるかもしれません。


話し言葉で使う「なので〜」にもまだ違和感があるのですが、これが書き言葉になるとくだけた感じになり、より一層違和感は強くなります。
文章にする場合は、
「だから」「したがって」「そのため」「ですから」「よって」
という言葉を使った方が間違いありません。


今、ちょうど中3生の自己PR書の書き方や面接、1分間スピーチを、そして小学6年生のNIEのグループディスカッションなどを指導しているところです。
この「なので〜」は正しい用法ではないので使わないようにと言っているのですが、周りの人たちがみんな使っているので、それが当たり前になっていて、ついつい無意識に使ってしますようです。


学校の先生たちも使っているぐらいですから、そこまで気にしなくてもいいのではないかと言う人もいますが、私のように気になる人もまだたくさんいることも事実で、そうである以上は使わないに越したことありません。


なので、「なので〜」は正しい日本語と認められるまでは使わないようにしましょう。あれっ?


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辛い時こそ、少し上を向こう。

2011.12.15日

中学部の先生たちが中3生のために、「僕らの歩んだ道」という小冊子を作り、プレゼントしました。
10人の先生たちの受験体験談と受験生へのメッセージを綴ったものです。
事後報告でそういうものを作って生徒に配布したと息子から聞いた時、なぜ事前に声をかけてくれなかったのか、自分もひと言書きたかったのに、と軽い愚痴を言ってしまったのですが、あとでその実物を手にして読んだ時、正直なところ、声をかけてもらわなくて良かったと心底思いました。
もし声をかけてもらっていたら、絶対に何か書きたかっただろうし、カビが生えたような古いことを書いていたら、それこそこの「僕らの歩んだ道」という小冊子を台無しにしていたに違いないと思いました。


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講師一人ひとりの体験談、メッセージを読みながら胸が熱くなりました。
先生たちの愛情がひしひしと伝わってくるのです。
もう、これは受験者のバイブルです。
三者面談したひとりのお母さんが、やはりこれを読んで感動して涙が出てきたとおっしゃっていました。
また、何人かの生徒からも感動したという声が届いています。
以下にその一部をご紹介します。


前期選抜で志望校合格を果たした先生からは次のようなメッセージが。
「面接試験の本番では、面接官の先生方に『この子を入学させたい!』と思わせなければなりません。面接官の先生方も人間だから、話していて感じの良い、やる気を感じる生徒には魅力を感じ、話の内容にも興味を持ってくれる」。


本番の入試で250点満点中232点を取った先生からは、
「家でも塾でも学校でも、過去問を10回くらい解いた。理科と数学に関しては毎年ほぼ同じ問題が出題されているので、実際の入試でも高得点できました」というメッセージ。


英語が苦手だった先生は、毎日同じ英単語を100個ずつ覚え、覚えきれない単語はまた繰り返し繰り返すというやり方でマスターしたという体験談。


「受験勉強で大切なのは自信を持つこと。自信が持てなかったら受験勉強によって自信をつけること。体育祭や部活など、練習を繰り返して自信をつけていったはず。自信をなくしそうになったらアカデミーに来てください。先生達がちゃんとフォローします」という温かいメッセージ。


「1冊のノートに、英・数・国・理・社と分けて、覚えなければならないことをまとめて、暇さえあればいつでもそれを繰り返し、本番の直前もそのノートを眺めて確認した」という具体的な方法。


「辛いときに、下を向くのは簡単。でも下を向いていると、少しずつ下へ行ってします。すべてのことは未来につながっている。辛いときこそ試されている。辛いときこそ、少し上を向こう」というメンタル面でのアドバイス。


「色々な問題に手をつけるより、自分が解いて間違えた問題を確実にできるようになるまで何度も繰り返し解き直す」という具体的なアドバイス。


「何かの天才になろうとするのではなく、その過程で『努力する天才』になることが大事。これは勉強、部活、趣味、恋愛、何にでも通じる」という人生論。


「学校の先生に無理って言われようが、内申点が足りなかろうが、そんなことは関係ない。志望校は自分で決めるもの。自分が進む道は自分で切り開け!」という力強いメッセージ。


「人の決めたルールは守るのが難しい。しかし、自分が作ったルールなら守れる。小さい目標を立てて、毎日それを完璧にできるようにして、それを積み重ねる」という勉強論。


どれもこれも実践され、実証されたもので、説得力があります。
私も中学生の頃、こんな先生たちに習いたかったなと本気で思い、生徒たちが羨ましくなりました。


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原発問題と戦争

2011.12.14日

一昨日のブログ記事「原発問題はまったく収束していない!」は、私の小学校時代の友人W君から送られてきたメールをそのまま転載させていただいたものですが、かなりの反響がありました。
そこで次のようなメールを彼に送りました。


「原発問題に関する貴重な資料を本当にありがとう。
僕自身とても勉強になりました。
昨日のブログに転載させてもらったところ、かなりのアクセス数でした。
多くの人々の目に留まり、君の願いも叶えられてよかったね。
また、資料提供をお願いします。
僕にできることであれば喜んで協力します」


今朝、W君から第二弾とも言える、かなりショッキングなメールが返ってきました。
これはどうしても皆さんにお伝えしなければならないと思い、再びW君の了承を得て、ここに転載させていただきます。
原発問題は、戦争のように一地域や国家間の問題ではなく、その規模や危険度、恐ろしさは地球規模の問題です。
これによって、一人でも多くの人の関心が原発問題に集められ、ここから議論が起こり、やがてそれが世論を動かすほどになり、脱原発の方向に進むことを祈りつつ、今日の記事とさせていただきます。


「ありがとう。
少しでも多くの人が気付いてくれることを願います。
私の知人、元マスコミの人ですが彼もネットはガサネタが多いからと言っていましたが、東京新聞、47ニュースなどを見せるとようやく分かってくれました。
最近では朝日新聞も少し脱原発に傾いてきています。


人間観察の面からも原発問題で見えてくるものがたくさんあります。
先の戦争で「神風」までいった狂気、命を大切にしないという意味で、命令を下した方の狂気のことです。
今の福島の人たちが同じように見えてしまいます。
子供の頃、なぜ大人たちは戦争を止められなかったのだろうと疑問に思っていました。
この年になって、ようやく答えが見つかりました。最大の原因はマスコミです。
だれでも、出来れば戦争なんかしたくないし、死にたくもありません。
同様に、分かっていれば、原発なんか怖くて誰も賛成しないでしょう。


情報を操作して「安全神話」を作り上げた手法などが明らかにされてきました。
ETVも精力的に「安全神話」の歴史的な分析をしています。
核燃料の廃棄物の問題なんか処分の仕方も決まらないまま、どんどん増え続けています。
活断層の上にある原発など、危なくてどうしようもありません。
だいたい原発というメカニズムはコンセントを抜くと爆発するという性格のモノです。
知れば知るほど怖くなります。


廃炉するにしても10年以上冷やし続けなければなりません。
大変なコストです。原発の電気が安いというのもあらゆる意味で完全に嘘でした。
事故の補償費用を計算に入れなくても決して安くはありません。
アメリカではすでに太陽光の方がコストが安くなっています。
そして、これらのことは電力会社が全てマスコミの広告スポンサーになることで封じてきました。
独占企業になぜ巨額の広告費がいるのか考えてみてください。しかも広告費用は全て電気代という形で私たちが払っています。


舟田君もぜひ、原発の情報には注目してください。
福島はまだ、コントロールされているとはとうてい思えません。
何が起こっても不思議ではない状態です。
また、なぜ高学歴の官僚が国民に不利益になることをするようになるのか、教育者の立場からもその心理的なメカニズムを解明してほしいです」


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この親にしてこの子あり

2011.12.13日

フィギュアスケートの浅田真央さんのお母さんが亡くなられました。
お母さんの匡子さんは、亡くなる直前に病床で二人の娘たちに、
「あなたたち姉妹には二人で生きていけるレールは敷きました。
もう私はいつ亡くなっても大丈夫」
と言われたそうです。


幼いころからスパルタ式で真央さんを特訓してきたお母さん。
一時、真央さんにコーチが不在だった時には、スケートには全く素人ながら、自らのクラシックバレエの経験を生かして、体の動き、振り付けなどを指導していたこともあったようです。
もともとは、クラシックバレエをして欲しかったお母さんが、足首の鍛錬にもなるからと勧めて始めたのがフィギュアスケート。
お姉さんである舞さんとともに、真央さんがフィギュアスケートを始めた5歳の頃から、ずっと二人の娘さんの練習をお母さんは支え続けていたそうです。


最近つくづく思うのは「親の影響、恐るべし」ということです。
遺伝の要素も確かにありますが、それ以上に大きいのは、やはり子どもの育て方です。
親の考え方、言葉遣い、行動、価値観等、すべてが子どもに大きく影響します。
場合によっては、子どもの一生を決めるほどの大きな影響力です。


スポーツ好きな親からはスポーツ好きな子どもが育ちます。
逆に、運動不足な親からは運動不足な子どもが育ちます。
親が本をよく読んでいると子どもも本をよく読むようになります。
子どもが本をちっとも読まない、と言う親はたいがい本を読んでいません。
明るい、積極的な親からは、明るい、積極的な子どもが育ちます。
親の言葉遣いが乱暴で、人を傷つける言葉を平気で使っていると、子どもも乱暴になり、人間関係が下手になります。
愛情あふれる親に育てられた子どもは、優しい、思いやりのある子どもに成長します。
親が勉強熱心だと、子どもも勉強好きになります。
親が車が好きだと、子どもも車が好きになります。


このようにして、音楽家の家庭からは音楽家が、運動家の家庭からは運動家、政治家の家庭からは政治家が、学者の家庭からは学者が生まれることになるのです。


「子どもは親の背中を見て育つ」とよく言いますが、子どもは良きにつけ、悪しきにつけ、親をお手本としています。
このような子どもに育ってほしいと思ったら、親自身がそのような生き方をしなければなりません。
親たる者、このことを常に心しておかなければなりません。


また、将来親になる者、すなわち子どもは、親を見る時にはなんでもかんでもそのまま受け入れるのではなく、賢く取捨選択し、時には親を反面教師にしなければなりません。
でないと、あなた自身が、嫌だと思っている親と同じようになってしまいます。

「この親にしてこの子あり」といい意味で言われる親になりたいものです。


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原発問題はまったく収束していない!

2011.12.12日

文系の私は心理的・心情的な面などにより関心があって、どうしてもこのブログの記事もそのような分野が中心になってしまいます。
昨日の記事「幸福論」などもその典型です。


しかし、今日、小学校時代の友人からメールで原発問題に対してもっと意識を喚起するようにと忠告を受けました。
リンクされていたYouTubeや国立感染症研究所ホームペ−ジなども見せてもらった上で、やはりこれはもっと多くの人の目に止まった方がいいと思い、友人の許可を得て、ここに全文を引用させていただきます。
私同様、一人でも多くの人の関心が喚起されれば友人の本望だと思います。


「舟田君へ
ブログはいつも楽しく拝見しております。
大いに参考になるところや、疑問に思うところなどありますが、いま日本での最大の問題は原発だと思っています。
これは日本だけの問題ではなく、大げさに思うかも知れませんが理系の私としては間違いなく地球規模の話だと思っています。
多くの日本人は大手メディアが話題にしないことは分からないしそんな問題の存在することも知りません。
チェルノブイリの経験のから、日本の10年後が想像できる人は少ないですが一部の企業(カタログハウス、城南信金、ソフトバンク、東京新聞)はハッキリとその立場を明確にしてくれています。
放射能の恐ろしいところは、低染量の被爆が個人個人ではわかりにくいが統計的に見るととんでもなくあらゆる病気の発生率が高くなることです。
これは、被爆により免疫力が低くなるからです。


過去10年間との比較グラフ
無菌性髄膜炎
手足口病
伝染性紅斑
急性出血性結膜炎
マイコプラズマ肺炎(天皇陛下も)
を見てください。
国立感染症研究所ホームペ−ジ


最後に英語の堪能な舟田君なら日本語字幕版なしで分かってもらえると思います。
「海外市民団体の見る日本の汚染瓦礫受入問題」


舟田君の幸せ論も分かりますが、最高の学歴をもった人たちですら自分たちの既得権を守るためにしていることは、みんなにとってとても迷惑な行為です。
今日本に必要なのは現実を直視する勇気だと思います。
放射能の怖さをみんなで議論すべきだと思います。
そして、出来れば読売新聞だけでなく、東京新聞やETV(NHK)をみてください。(47ニュースも)
かなりの企業が、汚染のひどさに気付き始めています。


舟田君もお気づきかも知れませんが、老婆心から最近知り得た情報をもとに今考えていることをお知らせして、近況報告とさせてもらいます」


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幸福論

2011.12.11日

幸福の定義は人によってまちまちです。そして、それでいいのです。


自分のやりたいことをするのが幸せと言う人もいれば、人のために生きるのが幸せと言う人もいます。


成功することが幸せ、有名になることが幸せ、豊かになることが幸せ、美しいものを鑑賞することが幸せ、美味しいものを食べることが幸せ、体を動かすことが幸せ、寝ているのが幸せ等など、挙げ出せば切りがありません。
要はみんな自分が幸せだと感じていればそれが一番です。


さて、現状に満足することは幸せの第一条件(「幸福の条件」)ですが、それだけでは進歩がありません。
大切なのは、現状に満足しつつ、さらに上を目指すことです。
もっとこういうふうになりたい、もっとこういうことがしたい、もっとこういうものが欲しいなど、常に自分の理想を追い求めるのです。
そうすれば、たとえ現在十分に幸せだと思ってる人でも、さらに幸せになることができます。


中には、もう十分に幸せなのでこれ以上何も必要ないと思う人もいるかもしれません。
確かにそうかもしれません。
しかし、今よりさらに幸せになることができれば、それを周りの人や自分が属している組織、地域、町、国、あるいは世界と共有し、周囲の人たちをも幸せにするお手伝いができるかもしれません。
ボランティア活動などはその一つでしょう。


幸せは自分一人だけで楽しんでいるのではあまりにももったいないです。
人と分かち合ってこそ幸せは倍増されます。
これが私の幸福論です。


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人のことはよく見えるもの

2011.12.10日

生徒の作文を見ていると、「よく」と「良く」が、よく混同して使われています。
たとえば、上の文で「良く混同して」と書いたら間違いです。


「良く」は、「素晴らしい」「優れている」「上手な」というようなイメージです。
これに対して「よく」は、「非常に」とか「とても」、「十分に」のような意味で、両者を使い分けます。
「私は良くあくびをします」というのは変な文です。なぜなら、あくびに良い、悪いはないからです。


で、今日のブログタイトル「人のことはよく見えるもの」は、「うらやましい」という意味ではなく、「自分のことは見えないもの」といった意味合いを含んでいます。


今日、思いがけず、中学・高校時代の親友からFacebookで、「僕の友達のFunadaくん?」と声をかけられました。
そこで、その人のプロフィールを見てみると、住所も名前も確かに私の友達なのですが、写真を見るとすっかり変わっていて、ホントに?という気持ちになりました。


そこで、次のように返信しました。
「◯◯君って僕の友達の◯◯君?
写真の顔が随分違っていて別人みたいだけど」
すると、彼から返事がきました。
「生まれ変わって違う顔になりました。君だって顔が随分変わったじゃないか。頭も真っ白になったね」


実はFacebookには写真をアップしていないので、プロフィールの顔の部分が白抜きのシェイプだけになっているのです。
頭が真っ白と言われたので、ブログに使っている写真をアップしようと思いました。


その後、共通の別の友人もFBやってるよ、と彼からメールがきたので、その友人を検索して見つけてまたまたビックリ。
「えーっ!こいつもこんなに変わったの?すごい歳取ったなー。まるで別人みたい」


二人はもう大きい孫もいて、おじいちゃん。
しかし、ふと気づきました。
みんな同級生だから同じ61歳。
ということは、彼らも私の顔を見たら、すっかり変わったなー、まるで別人みたい、って言うのでしょう。


当たり前のことと言えば、当たり前すぎるほどのことなのですが、私はようやく悟りました。
なるほど、人というものは案外他人のことはよく見えるけど、自分のことは見えないものなのだと。
これは、何も外見に限ったことではなく、行動や考え方や心の内側にも当てはまります。


人のことをとやかく言うよりも、自分のことをもっとしっかりと見つめ直さなければ、とつくづく教えられました。


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リーダー論

2011.12.09日

最近、あちらこちらで鳥の大群を見かけます。
一昨日は家を出ると同時に耳をつんざくような鳥の鳴き声が聞こえてきました。30〜40メートル歩いてバス通りの手前まで来ると、大通りの上の電線はすべて見渡す限り延々と鳥がぎっしりと止まっているのです。
すぐ後ろを自転車に乗ってきた二人の主婦の方が、「キャー!」と大きな悲鳴を上げ、「何ー、これー‼ 気持ち悪い!」と繰り返し言っていました。


つい数日前も空が真っ黒になるほどの鳥の大きな群れがすぐ頭の上をぐるぐると飛び回っていました。
そして、昨日は夕方、塾から家に戻って来ると家の前の電線がやはり鳥で真っ黒。




ネットで調べたところ、あちらこちらで同様のシーンが目撃されているようで、たくさん報告されていました。
鳥の正体はムクドリだそうです。
なぜ、急に大量に出現しているのかはわからないようですが、一部には大きな地震の前兆というようなことも言われています。


鳥の大群を見て思い出したのは、ヒチコックのあの有名な映画「鳥」です。
この映画は何度も見たことがあるのですが、見るたびに恐怖に襲われ、しばらく鳥恐怖症になってしまいます。


電線にずらりと並んでいる鳥からは大量に爆弾が投下され、そのフン害に「憤慨」している人も少なくありません。
先日はうちの娘も被弾して、帰宅するなりシャワーを浴びていました。


鳥の大群が空を舞っているのを見ていつも驚くのは、あれだけ密集した状態で飛んでいて、よく空中接触しないものだということです。
私たち人間は、車の接触事故どころか歩いていても人にぶつかったりします。
もう一つ感心するのは、あの大群を率いて右へ左へ旋回しては電線に舞い降り、また同じグループを率いて飛び立つ、あの先頭を飛ぶリーダーです。


一方、人間のリーダーを見ていると、誰かさんのように右往左往してリーダーシップが発揮できなかったり、あるいはワンマンで国を独裁したり、会社の利益を私物化したりするような人が跡を絶ちません。


リーダーたる者、その組織の進むべき道を示し、自ら先頭に立って他の者を導かなければなりません。


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発想転換

2011.12.08日

「自分はこのような人間だ」「自分の能力はこんな程度だ」「自分の将来はこんなものだ」等など、私たちはいとも簡単に自分を枠の中に閉じ込めてしまいます。


先週の小学6年生のNIEのクラスで生徒たちが活発に議論している(「NIEリポート」)のを見て、私は自分の小学生の頃のことを思い出していました。


自慢じゃないですが(?)、私は子どもの頃本当に勉強しませんでした。
「いつから冬休みになるの?」と親に尋ねられて、私の答えは「そんなこと知ってるわけないでしょ」でした。
学校の先生の話などまったく聞いていませんでした。
成績も当然のことながら、芳しくなく、いつでもオール3(昔は小学校も5段階絶対評価)だったような記憶があります。
気が小さくて、手を挙げることも質問することもできませんでした。
このNIEのクラスの生徒など、当時の私から見ればまるで天才集団です。


私が本気で勉強するようになったのは、ようやく受験勉強が終わり大学に入学してからです。
それから私の人生はどんどん変わっていきました。
普通はその逆で、みんな大学に入るまで必死で受験勉強して、大学に合格するとそれまでの反動でアルバイトや遊びに明け暮れて勉強しなくなるものです。
私の周りもほとんどがそのような人達でした。


私が勉強し始めるきっかけとなったのは、勉強の面白さを知ったことです。
それまでも好きな英語だけは自ら進んで勉強していましたが、受験制度の下でしなければならない勉強は、たいてい面白く感じるものではありません。
あれだけ勉強嫌いだった私が、その後もずっと勉強し続け、最終的に学校を卒業して仕事に就いたのは34歳の時のことです。


多くの子供たちを勉強嫌いにさせているのは、実は学校や塾、教師、教育制度だったり、また親だったりするのではないでしょうか?
人は誰でも他人から強制されてやらされることは嫌なものです。
たとえどんなに美味しいものでも無理やり口の中に押し込まれて食べさせられたりするとまずかったり、ゲッとなったりします。


ということは、子供たちを勉強好きにさせる(おっと危ない。これも強制です)のではなく、勉強の楽しさをチラッと味わわせて、子供たちが自分からもっと勉強したいと思うような環境作りをすることが大切なのではないでしょうか?


今の学校や塾の教育は、強制的にたくさんの事項を暗記させて、テストを繰り返し、いかにして点を取らせるかということに腐心しているように思われてなりません。
このようなやり方だと、ごく一部の暗記の得意な子供だけがテストで点を取り、それがモチベーションになってますます勉強してできるようになり、暗記が得意でない残りの大半の子供は、テストで点が取れないため勉強嫌いになる、というサイクルに陥ってしまいます。
そして、このやり方だと、勉強できる生徒ですら勉強はつまらない、嫌いと言う結果となり、そこが一番の問題ではないかと思うのです。


子供たちが楽しく学べる教材や教授法、教育制度の根本的な発想転換が必要なのではないでしょうか?
教育は一国の将来を左右するもっとも大切な分野です。
そして、それは決して学校や塾、国だけに任せておくものではなく、家庭から始めるものです。


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ダメもと

2011.12.07日

「だめもととは『ダメでもともと』の略で『無理を承知でやってみる』という行為や『無理を承知でやってみて、出来ればいい』という微かな願望を意味する。平成に入ってから普及。だめもとはスポーツなどで圧倒的差のある上級者や強いチームに挑むときや、明らかに時間が足りない中で作業を完成させなければならない(完成させたい)ときに使われる」 (日本語俗語辞書 より)


県内トップレベルの高校を受験する中3のT君が先日私に言いました。
「学院長、前期選抜はやめて後期選抜一本に絞るかどうかで迷ってるんです」
「えっ?どうして?」
「学校の進路指導で、先生に前期選抜はあまり可能性がないし、時間と労力がもったいないから後期だけにしたらって言われたんです」
「なるほど、そういうことね。でも、受けなければ受かる可能性はゼロだけど、受ければたとえ1%でも受かる可能性はあるんじゃない?それに前期選抜を受けるのにどれだけの時間と労力を使うの?自己PR書を書くのと面接練習だけでしょ」
「そうですね。やっぱり受けることにします」


こういうのを「ダメもと」と言います。
ダメでもともと。やるだけやってみて、だめだったら素直に結果を受け入れるだけです。


それにしても、学校の進路指導というのはいつもそうですが、「ダメもと」ではなく、「ダメダメ」です。
本人の意思も可能性も考えず、現状だけを見て、あまりにも簡単に「無理」「不可能」と言って気をくじいてしまいます。
これまで似たようなケースで、担任から「絶対に無理、やめておけ」と何度言われても、自分の意志を変えずチャレンジして、無謀と言われていた志望校に合格した人は数え切れないほどいます。


アカデミーはもともと英会話学校としてスタートしました。
スタートすると同時に、小学1年生から中学生・高校生・大学生・一般成人の方まで150名ほどの方が入会してくださいました。
そのうち、通っていた中学生が学校の英語を教えてほしい、数学と国語も学びたい、と言って小規模な学習塾を始めました。
時代は移り変わって英会話のニーズがだんだん減っていき、逆に塾のニーズが増えてきて自然の成り行きで塾に移行していきました。


そして、当時、まだそれほど一般的でなかった個別指導を始めようと考えました。
その時、私の家族も、また講師の方たちもみんなが「無理」「時期尚早」などと一斉に反対しました。
しかし、私は「なぜ無理なのか」「どうすればできるか」を考え、みんなでブレーンストーミングしました。
そして、おそらく日本中でうちしかやっていないだろうと思う、集団指導と個別指導を自由に組み合わせることができるコースをいくつも作りました。
これがヒットして、今ではアカデミーの一番の売りになっています。
「きっとうまくいく」という予感はしていましたが、やはり「ダメもと」で始めたのです。
あの時、周りの人たちの言う言葉を聞いてやめていたら、今日のアカデミーはありません。


「ダメもとで始めて、成功した人はたくさんいる」と言うより、むしろ「成功した人は、みんなダメもとで始めた」と言っても過言ではありません。


受験や仕事に限らず、人間関係もすべて、初めからあきらめて何もしないより、「ダメもと」でやってみる方がはるかにいい結果を生み出します。


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望みえないのに、なおも望みつつ信じる

2011.12.06日

受験生はいよいよ正念場を迎えました。
この時期になると、いろいろと不安になってくるものです。
それで当たり前です。もしも不安にならなければむしろ異常です。
しかし、ここで大切なのは、諦めず、自分を信じて初志貫徹することです。


先月、2年3か月振りに長男の直人が留学先のアメリカから3週間ほどの短期帰省をしましたが、彼がアメリカで知り合った何人かの日本人の大学生とお会いして一緒に会食する機会が与えられました。
以下は直人から聞いたその中のひとりの方の話です。


さらさんは、この夏、セミナーに参加するためロサンゼルスに行く時、台湾経由のフライトに乗りました。
台湾に向かう途中、座席の前にある袋にパンのゴミと一緒に自分のパスポートを入れて、そのことを忘れたまま飛行機を降りてしまいました。
空港でそのことに気づいたさらさんは、事情を説明して、飛行機に探しに戻りますがすでに清掃が終わったあとでした。
係員に頼んで、飛行機の中から運ばれてくるゴミ袋を一つひとつ、全部チェックしてもらうのですが、見つかりません。
しかし、さらさんは諦めませんでした。自分で全部の袋を再度調べ始めたのです。
周りにいた人たちがみんなさらさんに注目する中、ようやく自分のパスポートを見つけたさらさんが、「あったー!!」と大声で叫ぶと周囲から拍手が起きたそうです。
写真撮影され、それが翌日の新聞に載ったり、テレビのニュースで放映されたりしました。
その結果、台湾政府の人に観光に連れて行ってもらうことになりました。
そして、その2か月後に台湾経由で帰国する際、台湾空港に着いた時、大勢の人に声をかけられたそうです。
みなさん、さらのことを覚えていて、「また台湾に遊びに来てね!」と言われたとのこと。


普通だったら諦めるような状況ですが、さらさんは決してあきらめず、「望みえないのに、なおも望みつつ信じて」紛失したパスポートを探し続けたのです。
その結果、パスポートが見つかっただけでなく、その出来事が新聞に取り上げられ、政府の人に観光案内してもらうというオマケまでついてきたのです。


上の「望みえないのに、なおも望みつつ信じた」というのは、新約聖書(ローマ人への手紙4:18)の中の言葉です。
旧約聖書の創世記に出てくる、100歳になろうとしているアブラハムと90歳の妻、サラに神様が赤ん坊を与えると約束されます。
アブラハムもサラもそれが荒唐無稽のことに思われ、笑ってしまいます。
しかし、アブラハムはそのことを悔い改めて、本気で信じます。
果たして、1年後、イサクという子どもが二人に与えられることになります。
アブラハムは聖書の中で「信仰の父」と呼ばれていますが、それからいくと、妻のサラは「信仰の母」です。
「信仰は、まだ見えないものを信じることです。この信仰の報酬はあなたの信じるものが見えるようになることです」という言葉を先日の記事「風邪をひいてしまいました」の中に引用しましたが、私自身もこれまで「もうだめだ」と思われるようなどん詰まりの状況から奇跡をいくつも体験してきました(たとえば、「すごい夢を見よう!」「成功とはあきらめないこと」)。


さらさんは、偶然ですが、聖書の中に登場するアブラハムの妻、サラと同じお名前です。
サラ同様、「望みえないのに、なおも望みつつ信じた」結果、山のようなゴミ袋の中からパスポートを見つけることができました。
大学受験に関して尋ねたところ、志望校の慶応大学にどうしても現役で合格したくて、目が覚めている間は気が狂いそうになるほど毎日必死で勉強したそうです。
ここでも「望みえないのに(かどうかはわかりませんが)、なおも望みつつ信じた」結果、合格をものにしました。


目の前の状況がたとえどうであれ、また周りの人に何と言われようと、本気で信じて、疑わずに目標を目指すならば、信じていたことを実際に目で見ることができるようになります。


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新聞の読み方

2011.12.05日

昔、うちで数学を教えていたT先生は、子どもの頃、父親に新聞の読み方を教わったそうです。
第1面はページ番号の「1」がついていて、そのあとずっと「2」「3」...と続きます。
お父さんは言いました。
「本を読む時に真ん中や後ろから読む人はいないだろう。
新聞も同じだ。1ページから順に読んでいくものだ」と。
そして、父親の教えに従ってずっと新聞は1面から読んでいるとT先生は私に告げました。


普通、子どもだったら一番後ろのテレビ番組欄やスポーツ面を見たいものです。
でも、スポーツ記事もテレビ番組表も、政治面や経済面、家庭面を経なければ見られないのです。
私はこの話を聞いた時、なんて立派なお父さんだろう。だから、このような有能なT先生が育ったのだと思って感心し、私も見習って1面から読むことにしました。


ところが、しばらくそれを続けていたのですが、どうも調子があまりよくありません。
その理由をいろいろ考えてみました。
そして、ひとつの結論に至りました。


最後のページのテレビ番組欄の前のページは社会面です。
ここには、前日起きた殺人事件やひき逃げ事件、強盗事件等など、いわゆる三面記事、心が暗くなるようなネガティブな記事が多いのです。
そして、テレビ番組のページはまず見ないので、最後にこの社会面を読むと、私の場合どんどん気が滅入ってきてしまい、その日、悪いスタートを切ることになるのです。
しかし、やはり社会の出来事は知っておかなければならない。
そこで、私が最終的に落ち着いた新聞の読み方は、次のようなものです。


新聞を手にして最初に読むのはやはり1面の主な記事。
政治、経済、社会、スポーツ、芸術、教育等、重要な記事は必ず1面に掲載されています。
ですから1面の記事は全部丁寧に読みます。
1面から2面やほかのページに続いている記事は話の腰を折らないためそこに飛んで、通して読みます。


次に私が開くのは社会面です。
ここで、社会の動きを把握します。
心が重くなるような記事はできる限り後に引かないよう気をつけます。
裁判の経過を伝える記事や、それに対する識者の声、一般の人々の声などもここで一緒に読んで、社会の目を養います。
社会面の次に読むのは、その前のページで、後ろから順に前のページを繰って読んでいきます。
「人生相談」や読者の投稿欄もよく読みます。
人の悩み事や感じていること、考えていることを知ることにより、私自身の人生の幅を広げたいからです。


もちろん、このような順で読んでいくには理由があります。
社会面の暗いニュースから始めて、スポーツ、芸術、家庭、教育、経済面等を読んでいくと、暗くなった心が次第に晴れていくのです。


今、日本の経済は決して明るい状況ではありません。
しかし、日本の企業の技術力を見て将来に希望が持てるのです。
だから、このような順序で読んでいくと、最後に明るい気持ちになり、一日のいいスタートが切れます。
そして、心に響くようないい記事や、励まされる記事を読むと、家族や生徒、うちの先生たち、そしてこのブログの読者など、身近な人にそれを分かち合い、また同時に自分の心の糧とします。


最後に、ゆっくりと時間をかけて社説や政治面、国際面の記事を読んで、政治感覚や国際感覚を養うよう努めています。
新聞は小説などのようにストーリーがあるものではないので、必ずしも1ページから順に読まなければならないというわけではなく、自分の目的、ニーズに合わせた読み方で、最大限に活用するのが一番いい読み方です。


新聞は1年を通してほぼ毎日、朝夕家に届けられ、しかも月々の購読料はたったの4000円弱。
こんなに安い、良い投資はないと思います。


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ACADEMY SHOW 2

2011.12.04日

週末の天気予報は嵐でしたが、昨日は朝には雨は止み、気温もぐんぐん上がって、今日は朝から雲ひとつない青空が広がり、小春日和となりました。
アカデミー生の普段の行いが良いのか、天候がとても祝福されて、みんな思う存分一泊二日のイベント、映画会を楽しむことができました。


アカデミーの恒例イベント ACADEMY SHOW は、今年も足柄ふれあいの村で行われ、大勢の生徒とOBの先生たちも参加しての盛会となりました。
私は昨日のバスの送りと今日の迎えで、運転手の仕事に徹しましたが、帰りのバスの中、そして塾に戻ってからの生徒の笑顔や雰囲気からみんなが大満足しているのがビンビンと伝わってきました。


今年の上映映画は、史上最大の巨大台風が日本を直撃するというテーマのもので、去る3月の東日本大震災を踏まえて選ばれました。
映画の後は、台風が起こるメカニズムや巨大災害が与える社会的影響など、講師によるプレゼンテーションがありました。
そしてその後は、レクリエーションタイム。
私は参加できなかったので、その雰囲気を生徒の書いた感想文から味わわせていただきました。


「最初から最後まで緊張感で目が離せませんでした。今、地震も台風もすごく大きいのを私たちは体験しているので、この映画みたいになったらどうしようと思いました。
でも、とても勉強になりました。先生たちのプレゼンテーションもいつも通りとてもわかりやすく、楽しく学習できました。社会も理科も勉強できてよかった」


「今の自分について考えさせられました。
昼レクなども、勉強しながら楽しめたのでとてもよかったです」


「普段、絶対無理って思ってることでも、本気でやろうと思えばなんだってできるのだと思いました。
中学3年生はなんでも最後ばっかり(泣)。映画会、初めてだったけど、トータルで楽しかった。最初で最後なので損した気分。こんなに楽しいなんて知らなかった」


「もうバーベキュー、夏合宿、映画会、終わっちゃったよー。残りが祝勝会しかないなんてさみしすぎる。
卒塾したくないー。ヤダー。
去年も楽しかったけど、今年の映画会はそれ以上でした」


「人と人との絆の大切さがわかった。幸せって、人と人との愛と信頼だと思った。
いろいろな友達や先生と話せてよかった。みんなとの距離が近くなったと思う。
なんか言葉では全部言い表せないけど、とにかく言いたいことは、アカデミーが大好きだということ。
日本にこんないい塾はないと思う。
んっ?? 世界1だな」


ありがとう、みんな。
そして先生たち、長い時間をかけての準備から、生徒たちを大満足させるプログラムを本当にありがとうございました。
生徒たちの心に今回の経験が焼きついたことと思います。


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東京モーターショー

2011.12.03日

今日の読売新聞には16ページから23ページまで、8ページにわたって東京モーターショーの全面広告が出ています。


父が昔、自動車会社に勤めていたこと(「バレンタインデーに嬉しいことが3つ」)もあり、私は小学生の頃から車が大好きで、当時の車は国産はすべて、そして外国の車も結構名前を覚えていたりして、よく友達に名前を教えたりしていました。


東京モーターショーは今年が42回目ということで、私が車に乗り始めてしばらくした頃から始まったのですが、毎年開催されるたびに一度は行ってみたいと思いつつ、これまでその願いを達成できていません。
いつも新聞や雑誌の記事を読んだり、テレビのニュースで見たりして、まるで実際に行ったかのような気になっています。


これまでも、東京モーターショーは常に時代の最先端の技術を牽引してきて、これによって日本の自動車産業のみならず工業界全体が発展してきたと言ってもきっと過言ではないでしょう。
しかし、今日の新聞に載っていた広告は、すべて本当にアッと驚くようなものばかりでした。


かつてはデザインとか性能を売りにしていましたが、最近の傾向はその斬新なアイデアです。
ここ数年はとくにエネルギー問題からエコカーが注目を集めています。
プラグインハイブリッドは、家庭用電源などから充電して、ガソリンエンジンと電気をうまく使い分けるエコカーです。
このほかにも今年は東日本大震災の影響を受けて、さまざまな技術が活かされたエコカーやナビシステムなどが開発されています。


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しかし、その中でもとくに私の目を引いたのは、電気自動車の車載バッテリーに充電された電気を住宅で利用するという画期的な発想です。
さらに、車から家庭へ電気を供給するだけでなく、ソーラーパネルと燃料電池を組み合わせ、天候に左右されない自家発電により、災害などでも電力確保が可能になる自立型のスマートハウスを提案しています。
もうこうなると、車とか家とか電気とかが別々存在のものではなくなり、お互いに深く絡み合って一体化したものになり、また新しい世界が開けていきます。
近未来がもうすぐそこまで来ています。


これらの記事を読んでいて、日本の生命線である技術は健全で、これからも十分に世界を牽引していくことができる、そして現在のような経済が沈滞した状態はいつまでも続かない、日本は必ず大きく復活すると確信しました。


そして、学校や私たち塾を始め、教育に携わる者は、これからの日本の将来を担っていく子供たちの育成という大きな使命を負っているのだと、再認識しました。


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大好きな◯◯と心中する

2011.12.02日

「鬼 怒鳴門」
読めますか?
「キーン・ドナルド」です。


アメリカ人の日本文学研究者、ドナルド・キーン氏(89歳)のことは「憎しみから愛へ」の中でもご紹介しましたが、大学生時代に『源氏物語』に出会ったのがきっかけで大の日本語・日本文学の愛好家となり、その後一生をこの研究に捧げられました。


そして、東日本大震災を機に、日本に帰化して日本で死ぬ、と言って3か月前の9月1日に日本に(帰って?)来られました。
「日本人と一緒に大変な災難を知ることは必要と思いました」
と来日後のインタビューで答えていらっしゃいます。


昨夜、高1のA君と中3のT君に国語を教えていました。
T君は、志望校の独自入試の過去問をやっていて、現代文はまあまあできたのですが、古文がさっぱりわからない、と言って脱帽していました。
A君は以前から古文が好きだと言っていましたので、彼に古文が好きな理由を尋ねてみました。
「僕は英語が好きで、その他の外国語にも興味があります。古文も外国語のような感覚で文法とか勉強するのが面白いです」
なるほど、確かにそれも一つの勉強法です。
しかし、私は次のように言いました。
「ドナルド・キーンって知ってる?」
この後、上の「憎しみから愛へ」の記事の内容を話して、言いました。
「ドナルド・キーンさんは日本文学にぞっこん惚れ込み、日本人になりたいとまで思うようになった。
これぐらい古典文学を愛するなら、古文は単なる言語ではなく、自分の命のようになってますます面白くなってくる。
ちょうど先生が、ただ単に英語ができるというのではなく、英語を使って外国の人と接したり、いろいろな本を読んだり、映画を観たり、本を朗読した音声CDを聴いたりして、英語が生活の一部になつているように。
文法とか語彙とかも大切だけど、それらを活用して生活が豊かになると、これはもう鬼に金棒だよ」


ドナルド・キーン氏は、日本、日本語、日本文学、日本人に恋をして、心中するほど深くハマってしまったのです。
私の大学時代の恩師、スティーブンス先生のことを思い出します。
今年6月に、私の永遠の心の故郷である京都に修学旅行に行った時の記事に次のように書きました。
「大学時代の恩師のひとり、アメリカ人のスティーブンス先生が京都に惚れ込み、日本にではなく京都に帰化し、赤提灯のおでんや焼き鳥、日本酒をこよなく愛し、京都の蒸し暑い夏や底冷えする冬すら大好きで、京都と結婚し一生を独身で過ごしたというのも今となっては痛いほどよく理解できます」(「京都、最高!」


「大好きな◯◯と心中する」ほど、何かを愛せるということはなんて幸せなことでしょう。
◯◯は仕事でも家族でも趣味でもスポーツでも勉強でも何でもいいのです。
皆さんの◯◯は何ですか?


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今日から師走

2011.12.01日

今日から師走です。
字のごとく「教師が走る」忙しい時期に突入します。


年末になると何かと気忙しく感じるのは私だけではないでしょう。
しかし、私たち塾業界の者にとっては、これから来年の春までは1年で一番忙しい時期になります。
小学生のクリスマス会、冬期講習、入試直前特訓、中1準備講座、新年度のチラシ制作、教材やカリキュラムなど新年度の準備、クラスの編成、各学年の教科担当の講師の割り当て、時間割作成等など、やるべきことが目白押しです。


塾の仕事を始めてほぼ四半世紀。それ以前からも教育関連の仕事に携わっていたので、自分の人生のほぼ半分がこのような生活でした。
とくに塾を始めた初めの頃は、何から何までほとんどすべて自分ひとりでやっていたので、それこそこの時期は「師走」でした。


集団クラスの中1・中2・中3のほかにも、小学生や中高生の個別も教えていたので、それこそ講習会の時などひどい時は一日に5時間、6時間ぶっ通しで教えていることもありました。
初日で喉を傷めて声がれし、腰が痛くなって立っているのも辛くなる時もありました。


ここ1年あまり体調を崩し、仕事もカットせざるを得なくなってきました。
先日、妻が私に言いました。
「今まであなたはずっと走り続けてきたわね。お疲れさまでした」。
考えてみたら、本当に12月だけでなく、年中「師走」でした。
次から次へと新しいアイデアを考え出し、それを実行に移すたびに忙しくなっていきました。
「自分で自分の首を絞めている」とよく妻に言われます。
しかし、貧乏性なのか、常に動いていないと気が済みませんでした。


しかし、徐々に周りの人たちに仕事を手伝ってもらうようになり、今では次男が右腕となって助けてくれ、事務面では妻がほとんど全般を取り仕切ってくれて、随分楽になってきました。
とは言っても、月末から月初めにかけては相変わらず超多忙です。
今日は朝からずっと息つく暇もなく動き回り、胃がキリキリと痛くなりました。
昨日は夜中と朝と夕方に3度、吐き気に襲われました。
3週間ほど前は、1日中このような状態が続きました。
まだ体調は完全には回復していないようです。


これらのことを通して教えられたことは、人生もっとゆったりと歩まないとだめだということです。
そういえば、日本で一番長生きをする人の職業は、僧侶と芸術家だと前に何かで読んだことがありますが、やはりのんびりすることが大切なのですね。
自分ひとりで頑張りすぎて、ストレスをため込むのは一番悪いことです。


もう一度人生をやり直すことができたとしたら、と言ってもそんなことは不可能なので意味ないことですが、今からでも改めることができることはたくさんあります。
そして、気づいたらそれらを一つひとつ実行していかなければなりません。
手抜きはだめですが、「肩抜き」ならぬ肩の力を抜くことは本当に大切だとつくづく思っている今日この頃です。


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