学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
読む人に元気を注入します。

ジョージ学院長 元気の出るブログ

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幸福の条件

2011.11.30日

昨夜、娘が作ってくれたソバがあまりにもおいしくて、汁もほとんど最後の一滴まで飲んでしまいました。
そして食後にはぜんざいのデザートが出ました。
これもおいしくて、感激しました。
娘に、
「こんなにおいしいものを食べられて本当に幸せだ。感動したよ」
と言うと、
「こんな簡単なもので感激してもらい、幸せって言ってもらえるなんて」
という返事が戻ってきました。


この時、私はひらめきました。
「そうか。幸せの条件というのは、お金持ちになるとか、ぜいたくな生活をするとか、成功する、有名になるとかじゃないんだ。たとえどのような境遇、状況のもとでも、自分が幸せって感じればそれが何よりも一番の幸せなんだ!」


昨夜見たテレビで、中国の田舎の貧しい小学生たちが学校で初めて給食を食べるシーンが映し出されていました。
ボランティアの人たちが全国の有志から寄付された3億円をもとに、地方の貧しい小学校に給食を導入しているのです。
給食を食べている小学生たちはみんな一様にとても幸せそうでした。
お金がなくて、これまで昼食を抜いていた3年生ぐらいの女の子が、初めて給食で満腹になったと顔をほころばせていました。
この同じ給食を日本の小学生たちに食べさせたら、みんな「まずい!」と言ってきっと口もつけないことでしょう。


ご馳走が食べられるから幸せとか、粗食だから不幸せというわけではないのです。
幸せか不幸せかの違いは、自分の受け止め方次第だということがわかります。


知り合いのHさんは、これまでの人生のほとんどをずっと病と闘いながら、しかもとても貧しい困難な生活を送っていらっしゃいますが、日々の生活の中で、小さな幸せを見つけるよういつも努力しておられます。
その結果、いつもニコニコして、毎日を精一杯生き、とても幸せな人生を送っていらっしゃいます。


先日の記事「ブータン国王夫妻来日」の中に書いたブータンの人々は、なんと97%が幸せと感じているそうです。
子どもたちが牛の糞を丸めてお互いに投げつけあい、「雪合戦」ならぬ「糞合戦」をして遊ぶという世界最貧国であるにもかかわらず。


幸せになる条件は、他人と比較せず、自分の置かれている境遇を感謝し、そのまま受け入れることです。


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何事もバランスが大切

2011.11.29日

昨日、私と同年輩のある方とお話ししていたら、銀行に勤めていらっしゃった娘さんが仕事を辞められたとのこと。
人間関係がストレスになって、病気になる寸前だったそうです。
賢明な決断だったと思います。


「石の上にも三年」とか、「根性」とか「決してあきらめるな」とか、みんないろいろ言います。
苦労してせっかく入った会社(学校)だからとか、就いた仕事だから、と言って無理し続けると病気になることがあります。
私はこれまでそのような人を何人も見てきました。
病気になるぐらいなら辞めた方が絶対いいです。


子どもを将来立派な人になれるよう育てたいと思って幼児の頃から英才教育をする人たちもたくさんいます。
脳開発やお受験などの勉強面、サッカーや野球などのスポーツ、ピアノやバイオリンなどの楽器など様々です。


どれもこれも素晴らしいことです。
しかし、気をつけなければならないのは、ともすればその一つだけに夢中になってバランスを欠くという落とし穴に陥るということです。


勉強はものすごくできるけど人間関係がまったくだめとか、スポーツはずば抜けているけど頭が全然訓練されていない、芸術面では天才的な能力があるけど人間的に常識が欠けているとかいったことはよくあります。


一つの分野でずば抜けているという、ごく一部のいわゆる「天才」と呼ばれる人によって世界はここまで発展してきたという面も確かにあります。
しかし、現実にはその他無数のごく普通の一般人によって世界は成り立ち、ここまで運営されてきたのです。


人それぞれで、いろいろな生き方があっていいのですが、やはりバランスが取れている方が、この世の中生きていきやすいし、一般的により豊かな人生を送ることができます。


親は子育てにおいて、このバランス感覚を身につけさせることに留意しなければなりませんし、また私たちはみんな日常の生活の中で、この「バランス」を意識することが大切です。
たとえどの世界にいようとも、身をわきまえて無理をしすぎないこと、そのためにもバランス感覚はとても大切です。


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体力には自信がない!

2011.11.28日

普通、「私は体力には自信がある」と言うものですが、私の場合は恥ずかしいことに「体力には自信がない」のです。


昨日、次男の正人が河口湖で行われたマラソンに初参加して、完走してきました。
42.195キロを4時間半も走り続けるというのは、私には想像を絶することです。
たとえ、100万円、1000万円、いや1億円上げると言われても、絶対にやろうと思わないし、もし万が一1億円につられてマラソンに参加しようものならば、確実に3キロ以内でリタイアするか、それ以上無理して走ったら死んでしまうことでしょう。
それぐらい自慢じゃないですが(?)、体力には自信がないのです。
参加費を払ってまでなんでそんな苦しい思いをするのか私には理解できません。


ところが、長男も数年間、留学先のロサンゼルスでマラソンに毎年参加しています(昨年と今年は予算の都合で参加しなかったけど、来年はまた参加するかもとのこと)。
参加するつど、死ぬほど苦しいそうですが、翌年また参加してしまうそうです。


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(2008年。ピカチュウの着ぐるみを来て、数台のパトカーに護衛されながらトップを走る直人。ではなく、あまりにビリすぎて、封鎖されていた道を開放するためのパトカーがすぐ後ろにいたとのこと。直人のブログより)


次男の場合は、もともとそんなに身体が頑健な方ではなく、しょっちゅう風邪をひいたりしているので、マラソンに参加すると聞いたとき、私が言った言葉は、
「無理しない程度に頑張ってね。途中でリタイアする勇気も必要だよ」
でした。
ですから、完走したと聞いたときは正直驚きました。


昨夜遅くに帰宅した正人にマラソンの様子を尋ねたところ、最後の7〜8キロのところが一番きつくて、もう二度とマラソンはやらない、と思ったそうです。
ところが、沿道の人たちが、ジュースやチョコレートなどをくれたり、ハイタッチしたりして応援してくれるのに励まされて完走できたとのことです。


今、NHKの連続テレビ小説「カーネーション」を見ていてつくづく感じるのは、だれでも「人生、山あり、谷あり」で、谷間にいる時にはあちらこちらから助けがやってくるものだということです(「渡る世間は鬼ばかり?」)。


私は幼い頃から体が弱く、病気もたくさんしてきて(「感謝の心 2」)、「体力に自信がない」ものですから、家族や親族、友人、職場の仲間(一緒に仕事をしている人たち)など、数えきれないほどの人たちに支えられてここまで来ました。
つい数日前も、三者面談をしていた時、保護者の方に健康のことを気遣っていただき、本当に頭が下がる思いをしました。
体が弱い人は、自分の体調に気をつけるので、かえって長生きするよ、とある人が昔、私を励ましてくれました。
なるほど、人生というものは、どこかでプラス・マイナスしてうまく帳尻が合うようになっているのですね。


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今日は県模試の日

2011.11.27日

中3生は今日は県模試です。
朝の10時から夕方4時まで英語⇒数学⇒国語⇒理科⇒社会と50分ずつやっていきます。
今はちょうど昼休みの時間。
生徒たちはお弁当を持ってきている子もいれば、教室の向かいのマクドナルドに食べに行く子、テイクアウトで教室で食べる子、隣の小僧寿しや近くのコンビニにおにぎりやパン、デザートなど好きなものを買いに行って教室に持ち帰って食べる子、中には隣のガストで食べる豪勢な子もいます。


何でもござれ。なんて便利のいいところなのでしょう。
生徒にしてみれば、模試を受験する間のホッと一息、友達と談笑し、楽しみ、気分転換できるひと時でもあります。


中3生は2週間前に後期中間テストが終わり、ちょうど今、選抜資料となる最終の内申点が出始めている一番緊張する時です。


このような中にあって来週の週末は1泊で映画会。
中3生にとっては最後の息抜きのチャンスです。
映画会は単なる娯楽ではなく、今年の東日本大震災にちなんだ学びを題材とするもので、講師によるプレゼンテーションもあって、理科や社会の勉強にもなり、また面接試験のヒントにもなります。


これが終わると冬期講習、そして1月からは週4日体制の入試直前特訓で本格的な受験モードに突入します。
勉強はただ単に歯を食いしばり、苦しみながらやるものではなく、けじめをつけて楽しくやることが大切です。
そうでないと、受験が終わって目標を達成した途端、それまでの反動でまったく勉強しなくなったり、目的の喪失感に襲われたりすることもあります。
何事もバランスが大切です。


何はともあれ、今回の模試の結果でみんなの志望校合格の判定が出ますように。


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チラシもヤバイッ!!

2011.11.26日

昨日は雲ひとつない青空で、11月末の晩秋というのにポカポカと暖かい天気で、10数年振りに平塚総合公園の中をぶらりと散歩してきました。


アスレチックや滑り台などがあるわんぱく広場には、遠足の園児たちの黄色い声がこだましていていました。
うちの子どもたちをここによく遊びに連れてきたのは子どもたちが小学生の頃。
あれからもう20年近くもたちました。時が経つのは本当に早いものです。


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長男の直人も子どもの頃はここが好きでよく来ました。
その直人ももう29歳。
アメリカに留学してもうすぐ満8年で、私の7年を超えました。


ちょうど4週間前に所用があって一時帰国し、今週の月曜日にはまたロサンゼルスに帰って行きました。日本か、アメリカかどちらに帰るのかちょっと微妙ですが。


日本滞在中は本当に忙しく、塾ではバス送迎や小学部・中学部の個別クラスや集団クラスを代講したりとよく働いてくれました。
さらに、今アメリカの大学で専攻している写真・ビデオ編集の技術を活用して、冬期講習のチラシを作ってもらいました。


昨夜、できあがったチラシを送ってきましたが、その出来栄えに「ヤバイッ!!」。
こんなすごいチラシを正直なところ見たことがありません。
これがその「ヤバイ」チラシです。

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(フルサイズの集団部チラシはこちら、個別部チラシはこちらから見られます)


写真のモデルはうちの塾の生徒や先生です。
そのあまりの素晴らしさに、私は息子にこのブログで宣伝してあげよう、と持ちかけました。
実はこのアカデミーのウェブサイトのトップページの動画も直人が作ったものです。


「灯台下暗し」と言いますが、これまでなぜ直人にチラシを頼まなかったのか、と今更ながらに悔やまれます。


ということで、このブログを見た方に限り、ウェブサイトのデザインやチラシ制作の依頼をご希望される方がありましたら、特別料金で承ります。
よろしければぜひお声をおかけください。


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カーネーション

2011.11.25日

NHKの連続テレビ小説「カーネーション」のことは、これまで何度かこのブログに取り上げました(興味のある方は、ページ左上の「エントリー検索」をご利用ください)。


テレビドラマにこんなにはまったことはこれまでありません。
それほど面白いです。
毎回、見ていて笑わされ、泣かされ、多くのことを教えられます。
原作、脚本、配役、演出、舞台装置、セット、時代考証のどれをとっても一流で、しかも俳優の演技も実に見事です。


このドラマにとても親近感がわくのは、昭和という時代背景とか、貧しい中からの成功物語とか、いろいろ理由はありますが、やはり母が私の幼い頃洋裁店(その洋裁店の前で撮った写真はこちらから)をやっていて、ドラマに登場するのと同じ足踏み式のシンガーミシンを使っていたのを目の当たりにしていたからでしょう。


「カーネーション」の主人公の糸子が、夜なべして、時には徹夜してミシンを踏み仕事をしているシーンは、母の姿そのものでした。
昨日は、厚い生地を徹夜でミシンがけしていた主人公が膝を痛めるところがありましたが、母も大変な仕事で体を壊したことが何度もありました。


糸子は、家が呉服屋でしたが洋裁を始めました。
一方、母は洋裁が専門でしたが、後には和服の打掛を縫う仕事をしていました。
この打掛は生地が厚く、昨日のシーンに出てきたミシン針が折れるところを何度も私は見ていました。
この頃はもう電動ミシンに変わっていましたが、重い打掛をひっくり返しひっくり返ししながら縫っている間に、母は手首を痛めました。
一種の職業病です。
仕事が速くて、しかも丁寧ということで、ドラマの主人公、糸子と同じように、急ぎの仕事がよく母に回ってきて、母はそのたび徹夜していました。


「母の日に寄せて」に母の思い出を記しましたが、いつも「カーネーション」を見るたびに母の懐かしい思い出がよみがえってきます。


一昨日の新聞に『人は死なない』という本の広告が載っていました。
著者の矢作直樹さんは、現役の東大医学部の教授・臨床医で、この本を読んだ人の感想が多くの人のブログにも取り上げられていて、今、話題になっているようです。
本の最後のところには、
「寿命が来れば肉体は朽ちる、という意味で『人は死ぬ』が、霊魂は生き続ける、という意味で『人は死なない』。私は、そのように考えています」
と書かれています。
これを読んで、母は私の心の中に生き続けているだけでなく、実際に生きていて、やがて必ず再会の時が来るを再確認し、胸が熱くなりました(「天国よいとこ一度はおいで」)。


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試験、ヤバイッ!

2011.11.24日

先日、中3のRさんが私の顔を見るなり、
「試験、ヤバイ!」
と言いました。
私は一瞬不安になったのですが、Rさんはいつにないニコニコ顔。
「今回の中間、3年間で過去最高でした!」
試験直前に教えた時、ものすごく力がついていて、
「大丈夫。この分なら今回はかなりいい線行くよ」
と話していたのですが、どの教科もとても良くできていました。


最近、これまでと逆の意味での「ヤバイ」という使い方が流行っているようで、私など少し時代に遅れている者は驚かされます。


そういえば、この前の期末試験の時も、やはり中3のS君が同じような意味で「ヤバイ」って言っていました。
S君は中2の時、親に言われて無理やり入塾させられたようです。
初めの頃はいやいや塾に来ていて、私たち教師の顔を見ても挨拶すらできず、顔はいつも表情がまったくありませんでした。
授業時間、ただ塾にいるだけという感じだったのですが、ある時を境に顔が明るくなってきて、挨拶もできるようになりました。
学んできたことが一つひとつ分かるようになってきて、これが成功体験に結びついたからです。
この頃から、教師と笑顔でよく話すようになりました。
試験前になると、個別指導のコマ数を増やし、普段やっていない理科や社会も取るようになりました。
それに従って力もどんどんついてきて、最初の頃はアルファベットもあやふやで、単語は「読めない・書けない」状態だったのが、その後家でも覚える努力をするようになり、今では単語は結構得意な方で、ほとんど書けるようになりました。
そのS君がやはりこの前の試験が返ってきた時、「ヤバイ!」と言っていたのです。
このような「ヤバイ」ならいつでも大歓迎です。


一昨日、英検2次試験の合格者発表がネット上でありました。
IDとパスワードを入力すると、合格者の一覧が出てきました。
「ヤバイッ!」
なんと全員合格でした。
というか、毎年全員合格ですが...。
1次試験の発表から2次試験までの3週間、3回にわたってこの2次面接試験の練習をしました。
最初のうちは誰もまったくできず、生徒たちはみんな「ヤバイ」と思うのですが、練習を繰り返していくうちに徐々にできるようになっていきます。
そして、試験日の前日、最後の練習をする時には、「もう大丈夫。全員合格だよ」と言って、みんなに自信を持たせて送り出します。
そして面接試験が終わって生徒にどうだったと尋ねると、みんな「ヤバイ」と答えます。これはもちろん、出来すぎたという意味の「ヤバイ」ではありません。できたという自信がないのです。
まったく正反対の意味の「ヤバイ」があって本当にややこしいです。


今は中1と中2の中間試験対策真っ最中。
連日、何人もの生徒が補習に来て、熱心に勉強しています。
この生徒たちも来週の試験が終わって塾に来るときには、ニコニコしながら「ヤバイッ!」って言ってくれることを大いに期待しています。
別の意味の「ヤバイ」は御免こうむりたいです。


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化粧品を使い始めました。

2011.11.23日

以前、「何事も一生懸命 2」という記事に書いた、昔やっていたビジネスは今ではまったく何もしていないのですが、まだ名前だけは登録されています。
昔、会社に貢献したということで、ありがたいことにいまだに毎月なにがしかの収入があり、年に1回のボーナスも送られてきます。
さらに、新しい商品が発売になったりすると、いつも見本として商品を送ってきます。
このようにして恩恵に与っています。


先日、新しく出る男性用化粧品4点セットを送ってきました。
私はこれまでアフターシェーブローション以外化粧品など使ったことがなかったので、あまり興味なかったのですが、箱を開けてみるとあまりにも立派なセットが入っていて驚きました。
洗顔クリームと化粧水、乳液、そして肌にハリとツヤを与えるというクリーム。
この4点でなんと20000円近くもします。
こんな高価な化粧品、使ったことありません。
そこで次男に、これ使ったら、と勧めていたところ、横にいた妻に、若い子は新陳代謝が盛んだからそんな高級な化粧品は必要ないけど、年とってきたあなたこそ肌の手入れが必要よ、と言われてなるほどと納得し、私が使うことにしました。
あまりにも高価なので、顔が腫れたりしないだろうかと心配だったのですが、使い始めて2週間ほどたち、なかなかいい感じです。


一緒に送られてきたプロモーションDVDに使い方が説明されていたので、それに従って朝はシェービングのあと、1洗顔→2化粧水→3乳液→4クリームと使っています。
最後のクリームは目の下の部分や、額、あごを顔の中心から外側に向かって指で伸ばすようにします。
夜は風呂を出てから、3乳液→4クリームとやっています。


2週間やそこらで結果など出るわけないのでしょうが、気のせいか目の下のたるみが少しは改善されてきて、全体的にツヤとハリが出てきたような感じがしています。
本人の思い込みで、もちろん誰も気づいてくれるわけありませんが...


しかし、これってとても大切なことなのです。
「事故などで顔にけがをした人の傷を治す形成外科医ドクターモルツは、あるとき若い女性の頬の傷を手術してきれいに治しました。
ところが、術後自分の顔を鏡で見たこの患者は、『全然治っていない』と言いました。
『傷は消えてきれいになっているけど、手術する前の自分と術後の自分との違いがまったく感じられない』と女性は訴えました。
このことをとおして、ドクターモルツはセルフイメージが問題の根源にあることを発見し、サイコ・サイバネティックスという新しい概念を世に紹介しました。
これは、セルフイメージを自ら変えることによって人生を変えることができるという教えです」
「自分にキスがしたい!」より)


昨晩、BSプレミアムの「若尾文子は□□である」という番組の中で、女優の若尾文子さんがインタビューに答えていました。
若尾文子さんは今や78歳。もう80歳近い年なのですが、まったくその年には見えません。
もちろん女優として、化粧や筋トレ、ボイストレーニング、頭や心のトレーニングなどもやってご自分を若く保つための努力をしていらっしゃるのでしょうが、本当に美しいし、しかも頭はボケるどころか、昔のことをとてもよく覚えていらっしゃって驚かされました。


一方、「成長と若さを保つ秘訣」に書いた近所のひとりのおじいさんには、うちの子どもたちと同じ年頃のお孫さんたちがいらっしゃるので本当におじいさんだとばかり思っていたら、「わしゃもう年じゃよ。来年60じゃ」とよそのおばあさんに話しているのを聞いて腰を抜かすほど驚いたことがあります。


とどのつまり、年をとった、まだ若いというのは気持ちの問題で、それがそのまま外見にも現れるということです。
私も若尾文子さんのようにいつまでも若くいたいと心から願った次第です。
化粧品はそのための一つのツール、このブログもそうです。


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盲目

2011.11.22日

先日、新聞に折り込まれていたチラシに
「片目を閉じると
見えてくる病気があります」
という言葉とモナリザが右手で片目を押さえている絵が載っていました。
とても興味を引かれました。
これは加齢黄斑変性という目の病気を検査する簡単なテストで、碁盤の目の真ん中にある黒い点を片目で見て、周りが歪んで見えたり、中央の点がぼやけて見えたりすると病気であることが分かるというものです。
幸い私も妻も大丈夫でしたが、「放っておくと失明の恐れがあります」とあり、怖い病気なのだと初めて知りました。


以前、「盲目にならなくても見える!」という記事の中にJim Stovall (ジム・ストーヴァル)という全盲の人のことを書きました。
彼もやはり病気で途中失明をし、視力を完全に失ったのですが、その結果見えるようになった世界があると言います。
全盲になった彼が書いたのが『究極の贈り物』という本で、私はこの本に魅せられ何度も読みました。
そして読むたびに感動で涙しました。


今日の新聞に、1989年の坂本弁護士一家殺害事件に始まる一連のオウム事件の最終結審があったことが詳しく報じられていました。
私もこの事件にはとても関心があったので、当時のことをよく覚えています。
教祖、麻原彰晃が座禅を組んでマントラを唱えている時、宙に浮いているのを見た、と言ってオウム真理教に帰依した若者が大勢いました。


これがインチキだったのか、あるいは集団催眠のようなもので幻覚だったのかは分かりませんが、その後教団がサリンを製造して大勢の人を殺害し、また自動小銃1000丁を製造して国家転覆を企てているのを目の当たりにして、そのまま突き進んでいった、そして現在もまだ信心している人たちが大勢いるということに疑問を感じるのは私だけではないでしょう。


「恋は盲目」と言いますが、恋に限らず目があっても盲目になることはよくあります。
このような時、上のジム・ストーヴァルのように逆に盲目になると見えてくることがたくさんあります。
しかし、彼の「盲目にならなくても見える!」という言葉のように、逆に両目を閉じ、冷静になって真剣に求めるなら真理は見えてくるものです。
片目を閉じて見える病気があるように、両目を閉じて見えてくる世界もあります。


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請求書はありがたい!?

2011.11.21日

今年の2月に亡くなった父はとても几帳面な人でした。
母を亡くしてからは毎日家中を掃除し、床も毎日雑巾がけをしたりして、いつも家の中はピカピカで整然としていました。
私は父から几帳面さを始めたくさんのものを受け継いでいますが、この整理・整頓は残念ながら私の身についていません。


父は毎月送られてくる請求書も支払期限別にきちんと揃えて、期限ぎりぎりまで待って支払っていました。
なんて面倒なことをするのだろうと思い、理由を尋ねるたところ、1日でも長く銀行にお金を預けておいたら利子が稼げるということでした。
本当に恐れ入りました。
請求書1枚1枚を誤りがないか、きちんとチェックするとこともすごいと思いました。
私には真似できない芸当です。


父は請求書が送られてくるといつも文句を言っていました。
「今月もこんなにたくさん!」「なんて高いんだ!」などと。
これに対して、私は請求書が送られてくると、「ありがたい!」と思っていつも感謝します。
請求書で文句を言ったことなど一度もありません。
そして、期限まで待たずに、支払いは請求書が送られて来たらできる限り早くするようにしています。


このブログに何度も書いてきた「ザ・パワー」の中に面白い記述を見つけました。


「お金があまりない時に請求書を受け取ったら良い気持ちはしません。しかし、その時否定的に反応した途端、良くない感情を発して、もっと多くの請求書が届くでしょう。あなたが発したものが返ってくるのです。ここで一番大切なことは請求書のお金を支払う時に、何とか方法を見つけて気分を良くすることです。(中略)
自分の気持ちを変えるには、そうした請求書を自分にとって心地よいものにするために想像力を使う必要があります。それを請求書だと思う代わりに、請求書を送って来た会社や人が提供してくれるサービスに対する、心からの感謝の寄付だと思いましょう」
(『ザ・パワー』 p.200)


(「ザ・パワー」関連のこれまでの記事を見逃した人のためにリンクを貼っておきますので、興味のある方はどうぞご覧になってください。どの記事からも得るものがたくさんあると思います。
「成功≠幸福」「与えなさい、そうすれば与えられます」「愛を与えるとは」「今を生きる!」「肯定的な言葉と否定的な言葉」「天国よいとこ一度はおいで」「100%保証付 幸福になれる方法」「ビンビン来る!!」「感謝のパワー」


私はこれまで請求書の支払いを「寄付」と考えたことは一度もありませんが、「請求書を送って来た会社や人が提供してくれるサービスに対する」感謝の気持ちを持っていつもお金を支払うようにしています。
私にとって「請求書はありがたい!」のです。
水道・ガス・電気などの公共料金は、これらの恩恵に与(あずか)っているのですから本当にありがたいと思います。
固定電話・携帯電話・インターネット等の通信費も、これらがなければ仕事も生活もできないので、実にありがたいと思って喜んで支払います。
書籍代も、新聞代も、NHKの視聴料も、たくさんの情報や娯楽や学びをさせていただいているので、当然のことと思い、いくら高くても喜んで支払います。
このほか、食費や被服費も、これらがなければ生きていくことができないし、しかもおいしいものや健康や着心地の良い服をいただいて、幸せをたくさん受けているので、実にありがたいと思っています。
仕事関係の請求書は、このサービスのお陰で仕事ができているので、感謝以外の何ものでもありません。


このように感謝の気持ちで支払うと、支払ったお金はその何倍にもなって生かされることになります。
さらに、感謝して支払う、すなわち愛情を込めて支払っていると、これがまた何倍にもなって戻ってくることになり、ますます豊かに祝福されることになるのです。
この点においても、『ザ・パワー』の著者、ロンダ・バーンと私の考えは一致しています。


「金は天下の回り物」と言いますが、さらにロンダ・バーンは次のように述べています。
「世界中のお金を集め、それを全人類に平等に分配しても、すぐに、元の少人数の人の手に戻ってしまうでしょう。お金のことを良く思っている数パーセントの人々が、磁石の様にお金をまた引き寄せてしまうからです」(前掲書 p.196)


私自身、著者同様、子供の頃は「お金は悪だ」「お金を欲しがるのは良くないことだ」というようなお金に対する否定的な考えを持っていました。
しかし、お金を肯定的・積極的にとらえるようになって初めて、お金というものは追い求めなくても結果としてついてくるものだということが分かるようになりました。


嘘だと思ったら、ぜひ試してみてください。
その結果にきっと驚きます。


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腹具合が悪い!

2011.11.20日

先週まで中3の後期中間テストの対策授業と補習をしていたと思ったら、今週から中1と中2の補習です。
中3は高校入試の選抜資料になる内申点を最終的に決める試験なので少し早めにやらなければならないず、このように中1・中2と2週間ずれるわけです。


昨日の朝目覚めた時は、頭痛とくしゃみと鼻水で風邪をひいてしまったと思ったのですが、昨日のブログに書いたように気合いで治してしまいました。
今日はすこぶる快調です。


さて、今日のタイトルの「腹具合が悪い!」は何のことかと言うと、これは今回の補習で中1生に教えた語呂合わせです。
Tさんは数学は得意だけど、社会が苦手で国の名前や首都などが覚えられないと言います。
学校でもらったプリントに世界の主要国の国名と首都名を書くのが宿題で、ここから今回のテストに出るそうです。
確かに、世界の主要国といってもかなりの数があり、その首都名を全部覚えるのは至難の技です。


「パラグアイ  アスンシオン」
こんなの普通で覚えられるわけありません。
そこで、私の得意なオヤジギャグの出番です。
腹具合が悪いから、明日にしよう
これで一発で覚えられます。
「ガイアナ  ジョージタウン」は
外野はジョージに守らせろ」
「エクアドル  キト」
「エクアドルにはドルがあるからきっと金持ちだ」
ベネズエラ  カラカス」
ネズミがカラスにやられた」
といった調子です。
面白いのはこのようにして一度覚えると、その後はいちいち同じことを繰り返して言わなくてもすぐに出てくるということです。


よく社会と理科は暗記モノと言われます。
確かに上の国名と首都名などは別に理由などないので、これは覚えるしかなく、そのためにはこのような記憶術は非常に効果的です。
しかし、公用語を問う問題などでは、理屈で覚えたほうが楽です。
たとえば、南米でポルトガル語を公用語としているのはブラジルだけであとの国は全部スペイン語です。
その理由は、かつてポルトガルがブラジルを植民地とし、スペインが残りの国々を植民地にしていたからです。
これさえわかれば、あとアフリカの公用語などにも同じことが適応できます。


数学の公式は、一見暗記のように見えますが、実はちゃんと理屈があって公式が生まれるので、やはり公式の背後にある理屈を納得しなければなりません。
勉強とはこのように、記憶術の手を借りるものと、頭で理屈を理解してやるものの2種類あるわけで、それぞれにふさわしい方法を用いることがもっとも効果的だと言うことができます。


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風邪をひいてしまいました。

2011.11.19日

昨日のブログ記事「内断熱の効果」の最後のところに、
「風邪をひかないでね、ラブ」
と愛犬ラブに声をかけたことを書いたら、早速私自身が風邪をひいてしまいました。


伏線はいくつもありました。
ひとつは、娘が数日前から風邪をひいていて咳をしていたこと、そして昨日のブログにも書いたように風邪をひいた生徒をバスで家まで送り届ける時、すぐ後ろの席で咳をしていたこと、そして昨夜送迎で送る生徒もやはり後ろの席で鼻をグスグスと言わせていたこと、そしてこの1週間妻が実家の手伝いに行っていてその代わりを務めて目が回るほど忙しかったこと等々。
昨夜、ちょっといやな予感はしていました。


「老人は胸を張って老人らしく」に書いたように、もう随分前から私は夜中にトイレに何度も目が覚めていたのですが、昨夜はなんと一度も目が覚めずに今朝6時半頃までもちました。そしてその後もすぐに眠りに戻ることができ、玄関のチャイムの音で目が覚めたときはもう10時。
こんなことは初めて!と感動したのもつかの間。
起きると頭がガンガンと痛み、さらに喉も痛く、そして鼻水とクシャミの連続で、「なんだ、ぐっすり眠れたのは風邪のせいだったのか」とがっかり。


学習塾という仕事をしていると、生徒の誰かが風邪をひいたり、インフルエンザにかかったり、と危険因子は常につきまといます。
でも、ここ数年はほとんど風邪をひいたこともなく、またインフルエンザは今から17年近く前の阪神・淡路大震災の時以来一度もかかっていません。


ちょうど3週間前、長男の直人が23日間という短期の帰省でロサンゼルスから戻ってきて、小学生や中学生のクラスを教えたり、バス送迎の手伝いなどをしてくれています。
先日は、「NIEリポート」を書いたり、今は冬期講習のチラシを制作したりといろいろと塾の業務に関わり、随分助けられています。
数日前、帰国中に免許の更新をしておこうと、運転免許試験場に行ってきたところ、目の検査で条件の「眼鏡等」が外されたと言います。
本人曰く、バス送迎をしている時に、私がいつも聴いている『ザ・パワー』のCDがかかっていて、その中で言われていることを聞いて信じたのです。
「あなたが欲しいものは何ですか?細胞は何も疑わずにあなたに忠実に付き従う家来ですから、あなたの考えることや感じることは何であれ、あなたの身体の法則となります。細胞に命令してください。『私はエネルギーで一杯だ』『完璧な視力がある』というように」
「そうだ、自分の視力は完璧だ。検査で絶対に引っかからないぞ」と決意して検査に臨んだそうです。


これを聞いていたので、私も今回の風邪には絶対に負けないぞ、と決意したところ、目が覚めた時の頭痛、鼻水、くしゃみは4時間で治まり、今は結構快調です。
「信仰とは、望んでいる事柄をを確信し、まだ見ていない事実を確認することである」と聖書にあり、『ザ・パワー』の中にも「信仰は、まだ見えないものを信じることです。この信仰の報酬はあなたの信じるものが見えるようになることです」というアウグスティヌスの言葉が引用されているのを思い出しました。


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内断熱の効果

2011.11.18日

この時期は急に暑くなったかと思うと、12月中旬並みという寒い日がやってきたりで、風邪をひきやすいです。
昨日も、小学生のひとりが授業が始まるなり熱っぽいと言って、家まで塾バスで送ることになりました。
バスの中で聞くと、一昨日あたりから喉が痛く、鼻水が出るようになってきたとのこと。それで、昨日は風邪薬を服んできたと言います。
私の後ろの席で「コン、コン」と咳もしていました。


話は変わりますが、最近、愛犬家が多く、また家も洋風で随分大きくなってきたこともあって、大型犬でも家の中で飼っている家庭が増えてきています。
しかし、小型犬ならまだしも、大型犬が家の中を自由に歩き回っていたらものすごい圧迫感があるのではないかと私などは危惧してしまいます。
それに、うちの愛犬ラブなど年中抜け毛がひどく庭のあちらこちらに毛がかたまりになっているのに、家の中にラブの毛が舞っていたりしたらたまったものじゃありません。
そこで、ラブは生まれて以来ずっと庭で放し飼いにして、犬小屋の中で生活しています。
ラブはそれが当たり前のことと思っているようで、玄関のドアを開け放しにしていても、好奇心で中を覗きこみはしますが、遠慮して絶対に中に入ってきません。ちゃんとわきまえているようです。
そもそも犬は野生の動物で外で生活できるよう、ぶ厚い毛皮を身に着けているのです。


とは言え、犬でも冬になると人間並みに風邪をひいてくしゃみしたり、鼻水を出したり、咳をしたりします。
昔飼っていた犬は、毎年冬になると風邪をひいて動物病院に連れて行っていましたが、ラブは随分歳を取ってきているにもかかわらず至って元気で、風邪をひくこともまずありません。
しかし、暖かい湘南地方とは言っても、やはり外に置いてある真冬の犬小屋は、内側も外側も変わらないほど寒いに違いありません。


そこで毎年、今時分になると、犬小屋の内側に段ボールを敷き詰めて「内断熱工事」をしてあげます。
今年も数日前の暖かい日に、近くのスーパーに段ボールをもらいに行ってそれを使って内断熱工事をしました。
厚手で、かなり大きめのサイズの箱を持ち帰り、カッターナイフで一部切って小屋の中に入れてみると、まるであつらえてつくったかのようにどんぴしゃりのサイズでした。
そこで、蓋の部分を折り曲げて床の上に敷き、その上に床のサイズピッタリの大きさに切った段ボールを敷いて二重にし、さらにその上に厚めの玄関マットを2枚敷きました。
四方の壁も、そして屋根の下の天井に当たる部分も全部段ボールで覆い、ガムテープでしっかりと接着しました。
さらに、出入り口の開口部も段ボールでドアのようにして、ラブが自由に出入りできるようにして仕上がり。
毎年やっているのでもうプロの「内断熱工事士」のようで、あっという間に(とは言っても小一時間かかりましたが)出来上がりました。


工事完成以来、ラブはよほどマイホームの居心地がいいのか、ほとんど一日中その中で寝て過ごしています。

002.JPG
(ドアの部分の段ボールが破れて隙間が大きくなってきたので早速修繕しなければなりません)


家族の者が小屋の前を通りかかっても、寝たままドアの隙間から顔を出して私たちの顔を見、しっぽを振って小屋の床をトントンと叩いて挨拶するだけで、外に出てきません。
数日前、雨が降っている寒い夜、しっぽを振りながら外に出てきて私を出迎えてくれたので、
"Love, house!"
と言うと、素直に聞き従い、小屋の中にすぐに入っていきました。


ここ数日は暖かい日が続いていたので、日差しのある午前中などは外で日向ぼっこをしていましたが、今日はまた寒くなりました。
でももう安心。ラブはこれでこの冬を越すことができます。
"Don't get a cold, Love, OK?" (風邪をひかないでね、ラブ)
と今朝、ラブに声をかけました。


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ブータン国王夫妻来日

2011.11.17日

今日の読売新聞「編集手帳」から。


「歴史学者の今枝由郎さんがブータンを旅したときのことという。迷い込んだ狭い道で車が立ち往生した。向きを変えようにも、段差があって身動きが取れない
◆と、助けを求めたわけでもないのに、通行人の男性がそばの石を拾い、黙って段差を埋めはじめた。通り合わせた人が一人、また一人、作業に加わる。誰も言葉を発しない。数分にして段差は消えた。すべては黙々と始まり、黙々と終わったという
◆今枝さんが以前、岩波書店の宣伝誌『図書』に寄せた随筆のなかにあるこぼれ話である。おなじみのGNP(国民総生産)ではなく「GNH」(国民総幸福量)を提唱しているヒマラヤ山麓の国の、心やさしいお国柄がよく表れた挿話だろう
◆10月に結婚式を挙げたばかりの初々しい国王夫妻が国賓として来日した。あすは被災地の福島県相馬市を訪問するという。折しも日本人はいま、思いやりという心の小石を持ち寄って、被災地にある苦しみの段差を埋めようとしているところである
◆〈ブータンも田を植ゑる国うたの国〉(田中裕明)。日本と似たところもある。その国にもっと似たいところもある」


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読売新聞の「編集手帳」とはよく「波長が合う」ようで、これまでに何度も、実際昨日も、このブログに引用させていただいています。


とくに、今日の記事では、「『GNP』(国民総生産)ではなく『GNH』(国民総幸福量)を提唱しているヒマラヤ山麓の国の、心やさしいお国柄がよく表れた挿話だろう」という部分、そして最期の締めくくり「その国にもっと似たいところもある」は、まさに私の琴線に触れます。


明日、国王夫妻は被災地の福島県相馬市を訪問されるそうですが、このような美しい国の、美しい心を持った、美しいカップルが訪問してくださると、被災地の方々はどれほど慰められ、癒され、励まされることでしょう。
このような形での皇室・王室外交はもっと積極的に行われたら素晴らしいと思います。


ブータンは経済が未発達で、世界最貧国のひとつ。
昔、私の成人英会話クラスに来ていらっしゃったUさんが登山でブータンを訪れた時、泊まったホテルのレストランの食事に出てきたお皿が初めから汚れていて驚いたが、給仕してくださった方たちの心の優しさ、純粋さにそれ以上に心打たれた、とおっしゃっていたことを思い出しました。
ちなみに、ブータンの国民のなんと9割が幸せと感じているとのことです。
「GNH」(国民総幸福量)は世界最高です。
本当に日本も見習いたいものです。


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紅葉

2011.11.16日

「ものの本によれば、紅葉が美しく色づくには三つの条件があるという。昼間の日差し、夜の冷気、そして水分である
◆悩みと苦しみ(冷気)に打ちひしがれ、数かぎりない涙(水分)を流し、周囲からの温かみ(日差し)に触れて、人の心も赤く、黄いろく色づく。紅葉の原理は、どこかしら人生というものを思わせぬでもない
◆〈濃いも薄いも数ある中に…〉。唱歌『紅葉』そのままの彩りが山すそを縁取る」
(11月15日付読売新聞「編集手帳」より一部抜粋)


私が大学卒業まで育った故郷、京都の紅葉は世界一美しいと思っています。
京都は四季折々美しく、どのシーンも絵になるのですが、その中でもとくに晩秋の紅葉は最高です。
京都を離れて40年近くになるのに、いまだに京都の紅葉が目に焼きついています。


7年間のアメリカ留学から帰国して以来ずっと住んでいる湘南地方は暖かくとても過ごしやすいところです。
しかし、こと紅葉に関しては残念ながら心を揺さぶられるような感動を味わったことがありません。


冒頭の読売新聞編集手帳の記事にあるように、紅葉が美しくなるための条件は、「昼間の日差し、夜の冷気、そして水分」ということですが、筆者はこれを人生にたとえ、東北の大震災の被災者の方々は「この8か月余りで一生分の冷気と水分を味わった」と書いています。そして、続けて「復興に、がれきの処理に、除染に、日本人一人ひとりが可能な限りの“日差し”を持ち寄らなくてどうする」と語っています。
本当にそのとおりです。


唱歌『紅葉』の歌詞〈濃いも薄いも数ある中に…〉にもあるように、誰の人生にも大小さまざまな試練があり、その都度みんな涙しますが、この時周りの人たちの温かい「日差し」によって慰められ、励まされて立ち直り、その後紅葉のように輝いているのです。


試練のさ中にある時は、「神様、なぜですか!」と魂の叫び声を発したくなるものですが、苦しみという人生の「影」があって初めて「明」が分かるようになっています。
私もこれまでこのブログで私自身のこれらの経験を綴ってきましたが、今過去を振り返って悲しかったこと、辛かったこと、苦しかったことなど一つひとつに感謝しています。
これらがなければ、現在の幸せもなかった、と。


人生総決算のご褒美が、最高に美しい「紅葉」です。
東北の人たちにも必ず人生の「紅葉」が回ってきます。


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ネーミング

2011.11.15日

「名は体を表す」と言いますが、ネーミングは本当に大切です。
今回、損失隠し問題で大変な状況になっているオリンパスについては、先日のブログ記事「オリンパス」にも書きましたが、かつて高千穂光学工業という名前でそれほど目立たなかった企業だったのが、オリンパスと名前を改めてから世界企業へと変身しました。
このような例は数えきれないほどたくさんあります。


私が大学生の頃、映画俳優のチャールズ・ブロンソンをイメージキャラクターにして、毎日のようにテレビCMを流した丹頂という会社も、それまでは地味なイメージでポマードがメイン商品でした。
ところが当時人気だったチャールズ・ブロンソンが、あごを撫でながら、
「ウーム、マンダム!」
と言うCMが大当たりすると、社名も「マンダム」と変え、それからヒット商品を次々と生み出し、あっという間に大企業に変身しました。


私の小学生時代の友達は引っ込み思案で、いつも泣いてばかりいたのに、名前を「太一」と変えた途端、堂々として自信にあふれ、身体も心も強く大きくなって3年後には学年のリーダーになりました(「自分にキスがしたい!」)。


これらが何を語っているかと言うと、セルフイメージの大切さです。
ネーミングも美容整形もセルフイメージに多大な影響を与えます。
私の長男の友人は、不登校で高校を中退し、低いセルフイメージを持っていましたが、カウンセリングによってありのままの自分を受け入れることからスタートし、その後さまざまな学びをしてセルフイメージを次第に高めていき、今では若干27歳にしてカウンセラーとして1000人以上のカウンセリングを行ってき、トップ企業のマネジメントコンサルタントとして、数億のビジネスをしているそうです。


「自分は○○だからだめだ」と思っていると、本当にそのとおりになります。
しかし、「自分は○○だけど、できる」と考えていると、これもそのとおり実現します。
ならば、「できる」と考えた方が絶対に得です。
上に挙げたネーミングはその一例です。


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チームティーチング

2011.11.14日

「チームティーチング」
最近この言葉をよく新聞等で見かけます。
たとえば、AET(外国語指導助手)と日本人英語教師がペアになって教えるというものです。
英語の授業に限らず、複数の教師がお互いに協力し合って一つのクラスを教えるというのは新しい方向性で、いろいろな可能性があり、とてもいいと思います。
これからどんどんこのような形の授業が増えていくことでしょう。


ひとつだけしっくりこないのは、この名称です。
「ティーチング」と言いながら、なぜ「チーム」と言って「ティーム」と言わないのでしょうか。
「チームティーチング」は、私にすれば実にぎこちなくて、舌を噛みそうです。
昔は日本語に「ティー」という発音がなかったためそれに代わって「チー」という音を当てたのでしょうが、今や「レモンティー」や「ティーンエイジャー」、「ピーティーエー」など、「ティー」という音はすっかり日本語に定着し、お年寄りでも「ティー」と発音できない人などいないでしょう。
というか、もし「レモンチー」とか「ピーチーエー」などと言ったら、変人だと思われることでしょう。


なぜ「ティーム」でなく「チーム」という言葉がいまだに使われているかと言うと、「チーム」が広く日本人全体に定着しているからです。
確かにこの理由は理解できます。
しかし、最近、外来語の表記法がより原語の発音に近い形にどんどん変えられてきているのに、いつまでも「ティーム」でなく「チーム」を使っているのは納得いきません。


その理由は、英語教育の観点から好ましくないからです。
中学生などで、結構英語のできる生徒でも "team" という単語を見て「チーム」と発音する生徒がいるのです。すなわち「チーム」が正しい英語の発音だと思い込んでいるらしいのです。
フォニックスで "tea" は「ティー」と発音すると最初に教えておけば、このスペリングは簡単に覚えられるし、しかもペットボトルの飲み物などで子どもたちにもよく目についているのでまったく問題ありません。
そして、"tea"を「ティー」と発音するということばわかっていれば、"team" の発音もスペリングもすんなりと頭に入ります。
さらに、"steam" 「スティーム」(スチーム)や "stream" 「ストリーム」(小川)なども簡単に身につきます。
そうすれば、"team" を「チーム」と発音する生徒は一人も出てきません。


レモンティやミルクティが日常茶飯事に全国民に使われている今日、もうぼちぼち「チーム」を卒業にしてもいいのではないでしょうか。


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私の相対性理論

2011.11.13日

「ちょっと背が伸びてきたんじゃない?」
と、娘に言ったところ、返ってきた答えは、
「パパが縮んできたんじゃないの?」。
「いや、そんなことはない。
じゃあ、ママの横に立ってごらん...
あっ!そっか。
パパもママも二人とも縮んできている可能性もあるんだ」


アインシュタインが相対性理論について尋ねられた時、普通の人にもよく分かるように次のような例を挙げて答えたそうです。
「熱いストーブの上に一分間手を載せてみてください。まるで一時間ぐらいに感じられるでしょう。
ところがかわいい女の子と一緒に一時間座っていても、一分間ぐらいにしか感じられない。それが相対性というものです」


うーん、実にうまい。
しかもアインシュタインらしいユーモアに満ちた表現です。


そういえば、娘の背が高く感じたのは狭い洗面所に居合わせた時で、広いリビングでは確かに何とも感じませんでした。
ということは、私も妻もまだ縮んでいない。
これが、アインシュタインの言う相対性理論なのか、と分かったような分からないような。


先日、高1のA君にセンター試験対策の問題集をやっていた時のこと。
哲学を取り扱った文章がやたらと難解です。
頭のいいA君ですらたじたじで、表現があまりにも抽象的で筆者が何を言わんとしているのかさっぱり分からない、と言います。
そこで、彼に一つひとつ具体化な例を挙げて説明し、抽象的な内容はその文脈の中で具体的な例に置き換えると分かりやすくなるよ、と文章の読み方と問題の解き方のコツを教えました。


私のブログの文章が分かりやすいと人からよく言われますが、私はアインシュタインに習って(というわけでもありませんが)、いつもできる限り具体的にそして小学生や中学生でも分かるような文章を書くことを心がけています。
しかし、これは逆に言うと、一般の人から見たら単純すぎるように思われるかもしれません。
ということは、これも「相対性理論」なのか...


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NIEリポート

2011.11.12日

今日は学院長に代わり、ロサンゼルスから4週間の短期間帰省中の舟田家長男、直人が、一昨日塾で見学したNIE(教育に新聞を)のクラスの様子をお伝えします。


「自分の意見が曖昧(あいまい)なものじゃなくて、はっきりしたものになった」
「新聞を使っていろいろ世間のことが分かるようになるので、話す時に理由などいろいろ例を挙げて話すことができるようになりました」
「これまでは習慣的に人と話し合う機会なんか全然なかったけど、このクラスを始めるようになって自分の意見はこうだけど、他の人の意見はこうなんだっていう、いろいろな人の考え方も分かるようになってきてよかった」
「(学校のクラスと比べてNIEは)人数が少ないから、自分の意見をもっとはっきり言えるし、学校の話し合いとはまた違う話し合いができるようになった」


これらはNIEの授業後、生徒たちから聞いた感想です。
確かに、彼らが新聞の記事をもとに繰り広げる議論は、私が小学生の頃考えていたこと、そしてその考えを伝えるコミュニケーション力をはるかに凌駕(りょうが)していました。


2004年、初めて日本を出てロサンゼルスに渡った当初は、あまりにもはっきりと自分の気持ちや考えを直接伝えてくるホストファミリーに面喰ったものです。ただ単に英語力が不足していたからではなく、人の気分を損(そこ)ねるのを恐れるあまり、私は相手と対立する自分の正直な気持ちや考えを伝えることができず、対立を避けようとする結果、自分の内側には苛立(いらだ)ちが募(つの)るばかりでした。


日本人は一般的に、周囲の目を気にし、なるべく自分を周囲に合わせて、事を穏便にやり過ごそうとする傾向があります。
そして「出る杭は打たれる」という、能力のある人でもそれを出してはいけないというような社会的な暗黙の了解があるように思います。
一方アメリカでは、頭がいい人ばかりか、そうでない人たちまでが間抜けな意見ですら自信満々に語ります。
たとえば大学の授業でも、グループワークで対話をさせたり、グループでも個人でも人前で発表させるような授業が多く、これらを通して考える力やコミュニケーション能力が磨かれます。


このような日本とアメリカ(ロサンゼルス)の両国の生活を体験して感じるのは、自分の意見を押し込めることでは問題に本当の解決はなく、ぶつかり合いながらでもしっかりと意見交換をすることから、解決への道が見えてくるということです。


日本の上記の文化的傾向では、自分の意見を伝える訓練がしにくく、また、考えることよりも暗記することで点が取れる詰め込み型の教育では、自分の意見を持つ訓練ができません。
たとえ一生懸命勉強(暗記)していい学校・いい会社に入ったとしても、自分の意見を持てず、あるいは伝えられず、周囲に流されるままに生きるとしたら、とても残念なことだと思います。


さて、私が一昨日見学したNIEの授業・・・、というよりは、教師が生徒に教えることはほとんどなく、その時間の大半が生徒同士の討論に費やされていましたが、それは本当に見事なものでした。
小学生が、新聞の記事をネタに、自分の意見を持ち、それを伝え、人の意見を聞き、それに対して応答し、自分の考えを調整し、自分の生活に適応させる。5人の生徒の会話は放っておいても途切れず、誰かが意見を言い終わったらすぐに数人の手が挙がって、次の子が話し、しばらくそれが続く。
3秒ほど会話が途切れると、誰かが率先して「今のに対して意見がある人はいませんか?」と、リーダーシップも発揮する。


nie3.jpg nie2.jpg


これは予想していた以上のものでした。
ロサンゼルスにいても、以前からNIEのことはブログを通して知っていましたし、非常に興味がありましたが、小学生がこれほどレベルの高い議論をしているとは。
考える力、物事の本質を見抜く力、それを伝える力、他の生徒の意見を聞き取る力、それに適応する力などが養われ、またそれが今後の中学・高校・大学での学び、ひいては必ずや人生に大きく影響してくるだろうと感じました。


冒頭でご紹介した通り、この効果は受講している本人たちも実感しています。
私が小・中学生だった頃にこんな授業があったら・・・、と彼らをうらやましく思うと同時に、彼らが将来いろいろな場所で活躍していくのが今からとても楽しみです。


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すべての人間関係に通じるもの

2011.11.11日

昨日のブログに取り上げた「感動物語 その2」の出典がわかりました。
「致知 Chichi」でした。感謝して報告させていただきます。
この記事はやはりかなりの反響があってすごいアクセス数でした。
多くの人の目に留まって感謝です。


昨日のブログを読んで早速、私の恩師中の恩師である西村隆宏先生(「使用前、使用後」)から次のようなメールをいただきました。
「一気に寒くなりましたが体調は大丈夫ですか。
私も過日のペット検査やCTヨード検査の結果に異常が認められず、次の定期検査は6ヶ月後で良いと言われました。
貴方をはじめ多くの人達に支えられているお陰だと感謝をし日々を楽しく大切に過ごしていますのでご安心ください。
毎日ブログを読んでいますが、何処で読んだのかは覚えていませんが、今日のお話と同じものを以前に読んだことを思い出しました。
パソコンを通して読むことはないので、多分新聞か何かでしょう。
教師や全ての指導者は、スポーツであれ芸能や芸術あるいは勉学であれ、子ども達一人一人の心の奥にある真実に迫ろうとする努力が大切なのですね。
このお話も、中身はまるで違うけれど貴方と私の出会いも、子どもが偉かったなぁとつくづく思いましたよ。
この先生が教え子の結婚式に呼ばれた時の感動は私も貴方の結婚式で体験させて貰いました。
そして、今年の貴方の修学旅行で2度めの感動を体験しました。
3度目は、いつの日か京都・永観堂の紅葉でも満喫しながら味わいましょうか」


上の「結婚式に呼ばれた時」のことは「潜在意識の力」の中にも書きましたが、私にとってはちょうど昨日のブログに引用した生徒と同じ気持ちです。


西村先生には次のようにお返事しました。
「西村先生とのこれまでの私の思い出は、すべて私の宝物のようで、私の方こそ先生にはいくら感謝しても十分に感謝できません。
ブログに引用した子供の気持ちが私は痛いほどよくわかります。
それで、私も生徒と接する時にはいつもこのことを心がけています。
昨日も、レギュラーの生徒ではないのですが、4人の中学生を教え、今日はいつもの小学生5人を教え、とても幸せを感じました。
正直、生徒を教えている時が一番幸せです。
ありがたいことです。
今晩もこれから高1生を教えに行きますが、本当に楽しいです。
これも、西村先生からいただいた教師スピリットだと感謝しています」


昨日引用した記事は、教師に限らずすべての人間関係に通じるものだと私は思っています。
人を上辺で見ず、その人の気持ち、心、背景を理解しようと努めるなら、どのような人間関係も飛躍的に改善することでしょう。


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感動物語 その2

2011.11.10日

今、Facebookで出回っている感動物語をご紹介します。
もうすでに数万人の人に読まれているかもしれません。
何度読み返しても泣かされます。
そして、心を探られます。
教師や塾講師のみならず、子育て中の親御さんに、さらにすべての人に読んでいただきたい心温まる感動実話です。
孫引き(ひ孫引き?)なので、出典は定かではありませんが、この物語の作者自身、ひとりでも多くの人に読んでもらえたらきっと本望だと思います。
物語自体にものすごいメッセージが含まれていますので、今日は私のコメントは差し控えます。それこそ蛇足(だそく)になりますので。


ある小学校で良いクラスをつくろうと一生懸命な先生がいた。
その先生が五年生の担任になった時、一人、服装が不潔でだらしなく、遅刻をしたり、居眠りをしたり、皆が手をあげて発表する中でも、一度も手を上げない少年がいた。
先生はどうしてもその少年を好きになれずいつからかその少年を毛嫌いするようになった。
中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。


ある時、少年の一年生からの記録が目に留まった。
そこにはこう書いてあった。
「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。
弁口もよくでき、将来楽しみ」とある。
間違いだ。他の子に違いない。
先生はそう思った。
二年生になると
「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」
と書かれていた。
三年生では
「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りをする」。
三年生の後半の記録には
「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、
四年生になると
「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう」。
先生の胸に激しい痛みが走った。
だめと決めつけていた子が突然、深い悲しみを行き抜いている生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。
先生にとって目を開かされた瞬間であった。


放課後、先生は少年に声をかけた。
「先生は夕方まで、教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?
わからないところは教えてあげるから」。
少年は初めて笑顔を見せた。
それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。
授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。
少年は自信を持ち始めていた。
六年生で先生は少年の担任ではなくなった。


卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。
「先生は僕のお母さんのようです。そして、今まで出会った中で一番素晴らしい先生でした」


それから六年。またカードが届いた。
「明日は高校の卒業式です。僕は5年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。おかげで奨学金ももらって医学部に進学する事ができます」


十年を経て、またカードがきた。
そこには先生と出会えた事への感謝と、父親に叩かれた体験があるから感謝と痛みが分かる医者になれると記され、こう締めくくられていた。
「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を、神様のように感じます。
大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、五年生のときに担任して下さった先生です」


そして一年。
届いたカードは結婚式の招待状だった。
「母親の席に座ってください」
と一行、書き添えられていた。
先生は嬉しくて涙が止まらなかった。


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オリンパス

2011.11.09日

消化器の内視鏡で世界一を誇る、光学機器・電子機器メーカーのオリンパスが大変なことになっています。
社名の「オリンパス」はきっとギリシャの「オリンポス」に由来しているのだろうと思っていたら、やはりそうでした。
今日の読売新聞「編集手帳」に次のように書かれていました(一部抜粋)。
「社名はギリシャ神話の神々が住まう山オリンポスに由来する。もとは高千穂光学工業と名乗っていたのを、『日本の高千穂(高天が原)から世界のオリンポスへ』の願いをこめて改名したとか。財政が火の車の本国で手いっぱいのところへ、愚かな経営陣に率いられて落とし穴にはまった会社が一つ――主神ゼウスの憂い顔が目に浮かぶ」


オリンポス山はギリシャにある最高峰(2917m)で、ギリシャ神話に登場する12の神々がそこに住まわったとされています。
この12神の中には、ポセイドンやアフロディテ、アポロン、アルテミスなど日本でも馴染みのある名前がいくつもありますが、その中の主神がゼウスです。
ギリシャ神話の神々はとても人間臭く、力があったり、美人だったり、結婚して子供をもうけたり、戦って相手を殺したりと、人間世界とほとんど変わりません。


190px-1848_Jean-Auguste-Dominique_Ingres_-_Venus_Anadyom%3Fne.jpg
(美人の女神アフロディテ)


このような古代ギリシャの地にキリスト教を持ち込んだのが、新約聖書に登場する使徒パウロです。
聖書にはギリシャの今日の地名、コリントとかテサロニケ、ピリピなどが出てきます。
パウロは西暦50年頃、今日のギリシャ地方を伝道旅行で2度訪れています。
そして、ギリシャ神話の影響の色濃いこの地方にキリスト教を伝え、いくつもの教会を興しました。
そのほとんどは、今日廃墟となっていますが、ギリシャ正教という形で生き残っています。


今、ギリシャは政治・経済ともに大変な状況にあります(「私にはギリシャ語だ!」)。
しかし、日本の国の借金の額はギリシャをはるかに超えて世界一。
両国とも先が見えない状況にあって、オリンポス山のギリシャの神々も、また日本の高天が原の神々も心を痛めていることでしょう。
しかし、誰よりも本当に心から悲しんでいらっしゃるのは、きっと天のまことの神様でしょう。
人の偽りや欺きを神様は一番嫌われるからです。
誠実に、そして一生懸命働くなら、結果は自ずとついてくるものです。


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逃げるが勝ち

2011.11.08日

「ゆでガエル現象という言葉がある。カエルをいきなり熱湯に入れるとビックリして逃げるが、水からゆっくり熱すると気づかずにゆで上がり、死んでしまうとか。
(中略)
◆ところが実際にある学者が水を張った鍋にカエルを入れてゆっくり熱したら、お湯が煮える前に暴れだして、外へ飛び出したという。カエルをゆでて確かめるまでもなく、追いだきしながら湯船につかった経験からみて『逃げ出す説』に分がありそうだ。(後略)」
(11月7日付 読売新聞「編集手帳」より)


上の「ゆでガエル」の話はあまりにも有名で、私はこの記事を読むまで本当のことだと信じ込み、これまで多くの人に話してきました。
まさかこんな気持ちの悪い、残酷な実験などできるわけもなく、あまりにもまことしやかに巷(ちまた)で語られているので、本当の話だとばかり信じ切っていました。
しかし、学者というものは、どんなことでも疑ってかかり、実験などして本当かどうか確かめます。
これまでの人類の長い歴史の中で、学者のこのような純粋な疑問が数え切れないほどの発見につながり、そして発明をもたらしてきたのです。
ありがたいことです。


ところで、いくら脳みその小さい、あまり頭の良くないカエルでも、さすがに茹(ゆ)で上がって死んでしまうまで熱いお湯の中にいないということです。


しかし、どういうわけか、地球上のあらゆる動物の中で一番賢いはずの私たち人間が、じわじわと危険水域に近づいて行って、「ゆでガエル」のようになるのは一体どうしたことでしょう。
毎日毎日、よくこれだけバカなことが起きるものだと呆(あき)れるぐらい、信じられないような事件が新聞やテレビのニュースを賑わしています。
現役教師や警察官による性絡(がら)みの犯罪の数々。
そもそも出会い系サイトに行くこと自体が間違いの始めです。
これぐらいは大丈夫と高をくくっているうちに、ズルズルと深みにはまってしまうのでしょう。


「三十六計(さんじゅうろっけい)逃げるに如(し)かず」と言いますが、このような犯罪に限らずどんなことでも「危ないぞ」というか細い声が聞こえたら、「ゆでガエル」にならないうちに即座に逃げなければなりません。


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水洗と水栓

2011.11.07日

うちの愛犬ラブは、頭がいいのか悪いのか...
庭で放し飼いにしているのですが、ラブラドールで大型犬(とは言ってもメスで小柄)なので、毎朝うんちの掃除が大変。量がハンパじゃないのです。


おしっこは土(玉砂利)の上でするとそのまま染み込んでしまうのでいいのですが、散水栓や汚水枡など鉄製の蓋の上にされるとそのまま残り、それが臭いの原因になります。
あるとき、駐車場に出る玄関横のインターロッキングの通路を歩いていると、なんだか動物園のような臭いがしてきて、いやだなぁと思いました。
その臭いの元が散水栓の蓋の上にされたラブのおしっこだとわかりました。
それからちょっと注意してみると、なんと毎日、何回もその散水栓の蓋の上におしっこをしているのです。
毎朝、その散水栓の蓋の上にされたおっしっこをバケツに汲んだ水で流してデッキブラシでゴシゴシと洗います。しかし、またすぐそのあとから同じところにおしっこをします。
あまりにも力を入れて1日に何回もゴシゴシとやっていたら、ブラシが根元のところで折れてしまい、新しいのを買う羽目に。


そこで私は考えました。
ラブはなぜいつもその散水栓の蓋の上おしっこをするのか。
「あっ、分かった!
ラブは天才犬だ!!
散水栓と書いてある『水栓』を『水洗』と読み間違えていて、そこをトイレだと思っているんだ!」
娘にそう言ったらオヤジギャグだと笑われてしまいました。
いくら賢い天才犬でも、漢字で書かれた「水栓」と「水洗」などもちろん分かるわけありません。
私のくだらないジョークだったのですが、実はこれと同じようなことを教えている小学生や中学生がよくやっています。


漢字では意味を考えずに、上のような同音異義語の間違いを平気でしでかしてしまいます。
漢字に限ったことではありません。
英語の単語でも、hereとhear、peaceとpiece、thereとtheirなど、このような間違いはザラです。
理科や社会の語句などでもあり得ないような間違いはしょっちゅうです。


これは中学生の間違いじゃないですか、数年前市内のショッピングセンターのエレベーターに乗ったところ、「フードコート」(食事をするところ)と日本語で書いて、その下に外国人向けなのでしょうか、ご丁寧に英語でも書いてありました。
大きい文字で、
FOOD COAT と。
COAT は、コートはコートでも「オーバーコート」とか「上着」の意味のコートで、もちろん正しくは COURT(原義は中庭) でなければなりません。
公の場で、しかもみんなの目につくところに、大人がこのような恥ずかしい間違いをしているのですから、中学生の間違いやうちのラブの間違い(?)など、大したことないのかなぁ...


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ドラえも〜ん! その2

2011.11.06日

「ロボットに搭載する人工知能に東京大学を受験させるというプロジェクトに、国立情報学研究所(東京都千代田区)が挑戦する。
人間と対話しながら、求められていることを察知して行動する『ドラえもん』のようなロボットの開発に役立つ研究で、5年後までに大学入試センター試験で高得点をマークし、10年後には東大合格を目指す計画だ。
コンピューターである人工知能は、膨大なデータを暗記したり、計算したりするのは得意だが、自然言語と呼ばれる人間が日常的に使う文章や、紙に描かれた立体図形などを理解するのが苦手だ。今年2月、米国の人気クイズ番組で人間のクイズ王2人に圧勝した米IBMのスーパーコンピューター『ワトソン』は、自然言語を理解するように開発されてはいるが、あらかじめ覚え込ませた本100万冊分の知識以外のことには答えられない。
今回、研究グループは暗記だけでなく、論理的な思考が必要な大学入試に着目。最難関の東大を目標に、人間のように考えて答えを導き出せる人工知能を開発することにした。
具体的には、『リンゴ3個とミカン2個』が『果物5個』と同じ意味であるというような人間にとっては当たり前の文章や、紙に描かれた立体図形を認識するプログラムを開発し、問題の意図を正しく理解させる。教科書100冊程度を使って、さまざまな問題の解き方を覚え込ませ、未知の問題でも解答できるようにする」
(11月5日付 読売新聞夕刊13面)


この記事を読んで私はわくわくしました。
ドラえもんのような未来から来たネコ型ロボットじゃないですが、未来型ロボットが生まれたらどれほど素敵でしょうか。
「ドラえもん」は無理にしても、それに一歩一歩近づいていくというのが、夢があっていいですね。
確かに、今のコンピュータは人があらかじめプログラムしたことしかできませんが、未来のコンピュータはそれを基に、人のように推測・推論したりできるようになるというのです。
これは本当に画期的なことです。


しかし、それでもドラえもんのように、人を見て笑ったり、泣いたり、喜んだり、怒ったりは絶対にできないでしょう。
なぜか?
それは命がないからです。
(ドラえもんに命があるかどうか、ちょっと微妙なところですが)


今、人気沸騰中のテレビ番組『家政婦のミタ』に登場する家政婦さんは、ものすごく能力があり、言われたことはなんでも忠実に実行するのですが、顔に表情はなく、話し方もそれこそまるでロボット、サイボーグのようです。
しかし、それでも家政婦の三田さんには命があります。今は感情を押し殺していますが、ちゃんと感情を持った人です。
だから、今後ドラマがどのように展開していくのか視聴者はみんな楽しみにしているのです。
ロボットには真似できない芸当です。


ともあれ、これから人の知恵によって、ロボット、コンピュータがどのように進化していくのか、本当に楽しみです。


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私にはギリシャ語だ!

2011.11.05日

「ギリシャのパパンドレウ首相が打って出た捨て身の賭けは、薄氷ながら首相の勝利に終わった。議会の信任を得たパパンドレウ氏は、財政再建の大役を担う大連立内閣の樹立で影響力を行使するもよう。政権協議にメドが付いた段階で辞任するとの見方がある半面、政権中枢に残るとの指摘もある。一方、緊縮策に対する国民の不満は強く、財政再建を巡る動きは予断を許さない。
寝耳に水のギリシャ国民投票と内閣信任投票の実施が発表されたのは、20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)直前の10月31日。国民投票でギリシャ支援策の受け入れが否決されれば同国の債務不履行(デフォルト)は避けられず、国際社会は危機感を募らせた。
(中略)
だが国民の不満は収まらない。信任投票を控えた4日夜、アテネ中心部の議会前広場では、緊縮策に伴う年金カットや公務員の人員削減に反対する国民が集まり、デモなどの抗議活動を繰り広げた。連立内閣で政権基盤が強化されたとしても、財政赤字削減策に抵抗する国民の意思は変わらない。現政権ができなかった自国民の説得という難題は、連立内閣にそのまま引き継がれることになる」
(11月5日付 日本経済新聞 1面)


ギリシャが大変なことになっています。
国民の不満、首相と内閣の綱渡り、EU圏の不信、世界経済に及ぼす影響等など、ことはかなり深刻です。
いろいろニュースを見ていても、イマイチ事情がよく理解できません。
みんな、てんでばらばらで、どこを向いて、どこに進もうとしているのかはっきりしないのです。


こういうのを、英語では "It's Greek to me." と言います。
直訳すると「それは私にはギリシャ語だ」。
普通、日本語では「チンプンカンプン」と言います。
「さっぱりわからない」というような意味です。
英語でなぜ "It's Greek to me." と言うかといえば、ギリシャ語がヨーロッパ共通の普通のアルファベットを用いず、ギリシャ語特有のアルファベットを使い、人々に馴染みがないからです。
「複雑さ、不明瞭さ」のゆえにギリシャ語がたとえに使われているのです。


私もかつて新約聖書が書かれている言語であるギリシャ語を学んだことがあります。
30年以上たった今でもギリシャ語は読めますし、意味も少しはわかります。
しかし、ギリシャの現在の経済情勢は「チンプンカンプン」です。


大学生の頃、種田輝豊さんの『20ヵ国語ペラペラ』という本を読み、それに触発されて、英語の次にフランス語、スペイン語、ドイツ語、ポーランド語、ギリシャ語、ヘブライ語、ロシア語、中国語、韓国語、タガログ語、そしてエスペラント語などを半分趣味、半分言語学関係や聖書の研究目的などで学びました(「バセバ11」)。
ギリシャ語などまだ簡単なほうで、これまでやった中で一番難しかったのはヘブライ語(旧約聖書が書かれている言語で、今日でもイスラエルで使われている)です。
これは文字もそれこそギリシャ語どころでなく、ちょっとアラブ語に似た感じのまるで暗号のようです。
ヘブライ語(もしくはへブル語)は、しかも右から左へ書き、単語と単語の間にスペースもなく、全部ひとつながりで、しかも句読点もありません。
いかに言語が好きな私でもヘブライ語だけは辟易(へきえき)しました。
ヘブライ語は今でもトラウマになっています。


この点、ギリシャ語は私にとっては理解不能と言うほどではないので、今回のギリシャ問題も必ず世界各国の援助も得て、なんとか道は開け、解決できる問題だと私は個人的には思っています。
しかし、ギリシャ国民にも責任はあるので、ただ単に政府に不満をぶっつけるだけでなく、まずは自国の経済再建のために痛みも互いに分かち合い、みんなで一致協力してもらいたいものだと思っています。


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渋柿や丸八年の恩知らず

2011.11.04日

私の敬愛する師であり、同労者であり、友人でもある柿谷正期牧師(「幸せって何だっけ」)が、セミナーで自己紹介するときに好んで用いられた表現は、
「柿谷正期です。柿は『渋柿』の柿、谷は『死の谷』の谷、正期は『正に期待外れ』です」。
ここで会場はどっと沸きます。
柿谷先生は、人一倍の積極思考の持ち主ですが、わざとこのような正反対の自己紹介をして、ご自分の名前をみんなに印象づけます。
それこそ、一度聞いたら一生忘れられません。
いつもこの時期、柿を食べるたびに上の柿谷先生の自己紹介のエピソードを思い出します。


今、柿が旬でとてもおいしいです。
今朝も食後のデザートにいただきました。
小学4年生の頃、渋柿を食べたことがあって、その時の渋みの印象があまりにも強烈で、それ以来長い間柿を食べることができませんでした(「百聞は一見にしかず」)。
高校時代の友人がチーズが嫌いと言うので、その理由を尋ねたら「石鹸の味がする」と答えました。
私は彼に「えっ、石鹸を食べたことがあるの?」と聞くと、「もちろん、石鹸なんか食べたことない」。
「じゃあ、なんでチーズが石鹸の味がするって言ったの?」
「だって、見た目からしてチーズは石鹸そっくりで、石鹸の味がするのに違いない」


多くの場合、人の好き嫌いというのは、食べ物に限らず勉強の教科も、あるいは趣味などほとんどがこの食わず嫌いによります。
で、私の場合は、あの渋柿のお陰で長い間柿を食べることができなかったのですが、勇気を出して一度食べてみるとおいしくてそれから柿が好きになりました。


「渋柿や丸八年の恩知らず」という川柳がありますが、「桃栗三年、柿八年」で、実がなるまで8年もかかっていながら食べてみると渋い。「この恩知らずめ!」ということになるのですが、これって案外私たち自身にも当てはまるような気がします。


昨日のブログ記事「渡る世間は鬼ばかり?」にも書きましたが、私たちは親に始まり本当に数えきれないほど大勢の人々のお世話になっているのに、恩を忘れやすいものです。
「感謝のパワー」にも書いたように、感謝すれば感謝するほど、何倍にもなって戻ってきます。


ところで、渋柿ですが、次のような記事を見つけました。
「柿の実には種があります。柿は自分の子孫を増やすため、その実を鳥や動物に食べさせ、中の種をばら撒いてもらうために実を甘くします。しかし、実の中の種が成長しないうちに食べられてしまっては元も子もありません。そこで種が成熟するまでは、実を渋くし、種が成熟してくるとその種から分泌されてくる成分で甘くなるという方法を考えたのです。自然はホント凄い!」(「常識ポテチ」
私はこれを読んで、これは正に神業だと思いました(「カニワザ? 神業?」)。


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渡る世間は鬼ばかり?

2011.11.03日

「ああ、もうだめだ!」
と、窮地に追い込まれた時、不思議とどこからか助けがきます。
これまで、このような体験をどれだけしてきたかわかりません。
子どもの頃も、学生時代も、留学していた時も、帰国して仕事に就いた時も、そして今でも。


NHKの連続テレビ小説「カーネーション」(「出会い その2」)を見ていると、主人公もこのようなところを何度も通っています。


先週は、近所の電気店にミシンのデモンストレーションに来た根岸先生に、ミシンを教えてくれと直談判しますが、最初は取り合ってもらえません。
そのうち、糸子が本気なのを見て、それまで反対していた呉服屋の父親が根岸先生を訪ね、土下座して頼みます。


根岸先生との出会いといい、また予想外の父親の助けといい、不思議と次から次へと助けが来ます。


今週は、主人公、糸子がデパートの火事で和服を着ていた女子店員が大勢逃げ遅れて亡くなったという新聞記事を読んでひらめきます。
早速、大阪心斎橋にあるデパートに、洋服の制服のデザインを売り込みに行くのですが、何度行っても取り合ってもらえません。
ところが、またしても父親の勧めで実物を作って自らそれを着てデパートに赴(おもむ)いたところ、支配人の目に止まり、採用してもらえることになります。


ところが、採用の条件付きは新年に間に合うよう1週間で20着作るということです。
そこで、糸子の家族みんなが協力して助けてくれ、ミシンは神戸の実業家の祖父のところで使わせてもらうことになります。
ところが、土壇場で父親がへそを曲げて神戸の母の実家でお世話になることに猛反対します。
糸子は「もうだめだ!」と思った時、祖母や母親、妹たちがみんなで力を合わせて、糸子を神戸にやります。


今日のシーンでは、糸子が神戸の祖父のところでミシンを使わせてもらって制服を作り始めたその日の夜、家から電話がかかってきて、お父さんが家を出た、すぐに帰ってきて、と言われます。
そして、翌朝早くに家に戻ると、なんと玄関にミシンがあるのです。父親が店の商売道具の反物を売ってそのお金でミシンを買ってきたのです。
そして、そのミシンを使って納期限の前夜は徹夜して約束の20着を仕上げて、無事納品するというのが今日のあらすじです。


次から次へと、いろいろなことが起こり、窮地に追い込まれるたびに、いつもどこかから助けの手が差し伸べられます。
これは、まさに「渡る世間に鬼はなし」のことわざ通りです。
21年間も続いたテレビドラマ「渡る世間は鬼ばかり」で、多くの人が上のことわざを間違えて覚えてしまい(「場の『ふいんき』を読んで!!」)、そのような印象を植え付けられていましたが、実際にはこの世には助けの手を差し伸べてくれる人が不思議とどこかから必ず与えられて、そのようにして私たちは毎日生きていけるようになっているのです。


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感謝のパワー

2011.11.02日

『ザ・パワー』の中に「ザ・パワーへの鍵」という章があり、その中に「感謝の鍵」という項があります。
そこに、アインシュタインが彼の不朽の偉業について尋ねられた時、彼の返事は他の人に対する感謝の言葉だけだったと書かれています。
「最も才能に溢れた偉人は、恩返しのため、一日に100回も感謝したのです!それはつまりアインシュタインは一日100回以上愛を与えたということです。アインシュタインが彼の生涯でたくさんの謎を解き明かしたことに、何の不思議もありませんよね?
『私は毎日、百回、私の内面と外面の人生は、今生きている人々、過去に生きた人々の努力によるものだと思い出すようにしています。これまでに享受し、今も受け続けている恩恵に同じように報いるために、私も努力したければなりません』
(アルベルト・アインシュタイン)」
(『ザ・パワー』p.169)


かのアインシュタインですら、自分の業績は数え切れないほどの多くの人々の努力の結果だ、と言っているのです。
ならば、ましてや私たちにおいておやです。


私たちはとても恵まれた生活をしています。
しかし、大半の人は、それを当たり前のことと考えていて、あまり感謝しません。
『ザ・パワー』の著者、ロンダ・バーンは言っています。
「どんなに小さなことであっても自分が持っているものに感謝すると、それと同じものをもっとたくさん受け取ります。自分が持っているお金に感謝すると、それがどんなに少なくても、より多くのお金を手にします。たとえ完璧ではない関係でも、あなたの人間関係に感謝すると、その関係が好転します。今の職業が理想のものでなくても、それに感謝すれば、職場でもっとよいチャンスが訪れます。なぜなら、感謝こそ人生を何倍にも素晴らしくする鍵だからです」(上掲書 p.169-170)


「あなたが少しだけ感謝すれば、人生も少しだけ変わります。毎日たくさん感謝すると、想像できない程、あなたの人生は好転するでしょう。感謝は人生の全てのものごとを増幅するだけでなく、ネガティブなものを取り去ります。あなたがどんなネガティブな状況にいたとしても、何かしら感謝できるものは見つかるはずです。それに感謝すると愛の力をうまく利用でき、ネガティブな面を取り除くことができます」 (同 p.172)


私自身、これまでの人生を振り返って数え切れないほどたくさんの恵み、祝福を受けてきたのは、まさにこの「感謝のパワー」だ、と確信しています。
実際のところ、このブログの記事の中に、これまでどれくらい「感謝」という言葉が使われているか検索してみたところ139の記事がヒットし、おそらくもっともたくさん使われている言葉の一つだと思います。
この「感謝のパワー」を知ると知らないでは、人生は180度変わってきます。
現実を見て、不平・不満を言いたくなったら、感謝できることを探しましょう。
すると、不思議なほど心に平安がやってきて、体もリラックスし、気持ちが高揚してきます。
そして、良いことをどんどん引き寄せます。


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トイレ考

2011.11.01日

私が小学生の頃、昭和時代のトイレは汲み取り式の和式「便所」でした。
いまどき「便所」などと言う人はまずいないでしょう。
文字通り「便をする所」で、言葉自体が何だか臭ってきそうな感じです。
トイレットペーパーが生まれるまでは、落とし紙といって灰色の表面がザラザラした粗悪なちり紙を使っていました。そして、それ以前は新聞紙を切ったものを落とし紙として使用していました。
今のようなトイレットーペーパーが一般に普及し始めたのは中学生の頃のことです。


小学生の頃、母方の叔母がアメリカ人と結婚していて、毎年夏休みはずっとこの叔母の家で過ごしました(「意思あらば道通ず」)。
叔母の家は今から50年以上も前から洋式水洗トイレでした。
しかも、使われていたトイレットペーパーは薄いピンクやブルーで、花などの絵柄が印刷され、香水までついていました(我が家ではまだ落とし紙を使っていた時代に)。
トイレはいわゆるバスルーム形式で、洗面所とバスタブがついていて、いつでも清潔で爽やかな匂いがしていました。
私はこのトイレが羨ましくて仕方なく、いつの日かこのような家に住めるようになりたいといつも思っていました。


我が家に水洗式の洋式トイレができたのは、私が高校生の頃、両親が家を新築した時のことでした。
この頃はまだ洋式トイレがほとんど普及していず、私の友人が家に遊びに来た時、トイレの使い方がわからず私に聞いていたものです。
「小の時は立って、大の時は座ってするんだよ」
と言うと、友人が
「それで、小をする時は?」
とまた同じことを尋ねるので、
「だから立ってするんだよ」
と答えましたが、友人は不審そうな顔をしてトイレへ。
トイレから出てきた友人は、「小をするときも座ってしたよ」と。
何のことかと思ったら、友人は「大をしながら途中で小をする時」のことを尋ねていたのでした。
しかも、トイレの水タンクを抱えるようにして前向きに座り、「何て不便なトイレだろうと思った」と、彼が言うのを聞いてみんなで大笑い。


アメリカにいた時、驚いたのは学校のトイレなどにドアがないこと。
またドアがあっても、丈が短く、人の足が見えるようなものもあちらこちらにありました。
公衆トイレにもドアがなくて、ドアのあるところは25セントぐらいのお金を入れなければ利用できず、日本人が何人かドア代わりになってトイレの前に立っているのをアメリカ人が不思議そうに見ていました。


アメリカ人の大金持ちの家に招待された時、その家のトイレには度肝を抜かれました。
バスルームが10畳ほどの広さで、壁一面鏡張りで、シャワーのほか、大理石の大きなバスタブがあり、トイレが二つ並んであり、その真ん中にビデがありました。
きっとご夫妻で並んでトイレに座りながら、今日の予定などを話していたのでしょう(「何事も一生懸命 2」)。
一般にアメリカ人は、人前でトイレを利用するのをそれほど恥ずかしがらないようです。


成人英会話のクラスに長年通ってくださったSさんは、ご主人が中国人でその関係で通訳の仕事でよく中国に行っていらっしゃいました。
今から30年近く前にSさんから聞いた中国のトイレの話はあまりにも強烈な印象が残っていて、いまだに忘れることができません。
当時、中国ではきれいなトイレはホテルぐらいで、レストランも空港もどこも汚くて入れなかったそうです。
それで、昼間はできる限り水分を取らずにトイレは夜まで我慢していたとのこと。
一歩都会から離れて地方に行くと、トイレは畑の中に穴を掘って衝立(ついたて)で囲まれているだけのものでした。
Sさんは、昼間トイレを我慢して、みんなが寝静まるのを待って夜中にそっと寝床を出て、抜き足差し足で畑の中のトイレに向かったそうです。
トイレの近くまで来て、ふと人の気配を感じて振り向くと、なんと何人もの人がそうっと静かに後をつけて来ていたのです。
Sさんが驚くとみんなも驚いて尋ねたそうです。
「こんな真夜中に一体全体どこに行くのですか?」


そういえば、最近高速道路をよく利用するのですが、つい何年か前まで高速道路のサービスエリアのトイレは汚くて臭いのが当たり前だったのが、今ではとても清潔で便器はシャワレット付き、しかも冬は洗面所の水は温水が出て、温風乾燥機もついていてすっかり様変わりしました。


今では日本では当たり前になっているシャワレット脱臭装置付き暖房便座は、まだ外国にはありません。
いつの間にか、日本がトイレで世界トップレベルにまでなりました。


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