学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
読む人に元気を注入します。

ジョージ学院長 元気の出るブログ

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思い切って本を捨てることに

2011.10.31日

30年〜40数年にわたってたまってきた本を捨てることにしました。
今日は、その第一弾。娘の部屋に置いてある天井近くまでの背の高い本棚のほとんどを占めていた私の言語学・英語関係の本を整理しました。


1冊1冊本棚から取り出して手に取って見ると、授業で使った教科書、論文を書く時にお世話になったもの、趣味で読んだものなど、それぞれに思い出があり、懐かしさが込み上げてきました。
またいつか時間ができたときに読みたい、という気持ちに打ち勝って思い切って全部捨てることにしました。
入れる段ボール箱がなかったので、廊下に積み重ねるといくつもの山になり、ざっと500〜600冊ぐらいになりました。
中にはすっかり茶色くなったものもあり、大半が年季物です。
古典的名著や、学生時代、そして留学時代にお世話になった恩師の著作もあり、どれもこれも捨てがたいものばかりでしたが、今までもそう言って捨てずにいて、結局一度も読み返したことはありませんでした。
学生時代に英文タイプライターで打ったものに手書きを加えてクラスに提出したペーパーも本の中から見つかり、しばし手を止めて読みながら懐かしさに浸りました。


山積みした本の中から娘がいくつかを手に取り、パラパラとページをめくって、「面白そう」と言って、また本棚に戻すものが何冊も出てきました。


今から30数年前、言語学からキリスト教神学に研究の対象を移した時、言語学関連の本をかなり処分していたのですが、それでもまだこんなにあるとは驚きでした。
そういえば、学生時代は本を買うのが趣味のようなところがあって、アルバイトで稼いだお金のほとんどを本代に使っていました。
しかし、40年以上前に2500円、あるいは3000円、5000円もした本は、当時どれほど高かったのだろうと今さらながら驚きます。
このほか古本屋で買った本や人からいただいた本などもあり、どれもこれも捨てがたいものばかりでした。


まだ二つ同じ大きさの本棚があります。
これはさらに捨てるのが難しい本ばかりです。
でも、埃をかぶるばかりで、2度と読むことのないものをとっておいてもスペースも無駄になるので、思い切って捨てることにしています。


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ビンビン来る!!

2011.10.30日

この2か月ほど、毎日オーディオブックの『ザ・パワー』を繰り返し繰り返し聴いています。
もうすでに5枚のCDをそれぞれ何十回も聴きました。
ほとんど内容を諳(そらん)じられるほどです。
それこそ、自分で自分を洗脳しているような感じです。


しかし、聴き飽きることはなく、それどころか、聴けば聴くほど「ビンビン」きます。
著者、ロンダ・バーンが言うところの frequency (日本語訳では「周波数」、私はこれを「波長」と呼んでいる)がピッタリ合うのです。
どの章を聴いても、全部素直に頭に、そしてハートに入ってきます。
著者の言うこと一つひとつに「そうだ、その通りだ!」とうなずいています。
そして、その多くはこれまでこのブログに私が書いてきたこととも一致しています。


波長に関して、「ザ・パワーとあなた」の章に著者は次のように書いています。
「すべてのものは周波数をもっています。全ての言葉、全ての音、全ての色、全ての樹木、動物、植物、鉱物等全てのものに固有の周波数があります。あらゆるタイプの食糧も液体も周波数を持ち、全ての場所、全ての街、全ての国にも周波数があります。大気、火、土、水等の基本要素もみな、周波数を持っています。健康、病気、潤沢な資金、資金の不足、成功も失敗もそれぞれの周波数を持っています。全ての出来事、周囲の状況、環境にも周波数があります。しかし、あなたの周波数の正体は実はあなたの気持なのです!どんな事であろうと、あなたの感じている事は全て、それと同じ周波数を持つ物を全てあなたにもたらします。
幸せを感じ、そのまま幸せでいると、幸せな人々や状況や出来事が日々もたらされます。ストレスを感じ、それを感じ続けると、毎日がストレスだらけになります。このようなことは遅刻しそうな時に体験したことがあると思います。慌てるということは否定的な感情です。遅刻することを恐れて慌てると、ますます遅れや障がいを引き寄せてしまいます。太陽は必ず輝きますが、それと同じだけ確実なのが、引き寄せの法則があなたの人生にも働いているということです」
(『ザ・パワー』 p.277-278)


積極的・肯定的な考え方をし、良い波長を発していると、どんどんそのようなものを引き寄せます。
「二度あることは三度ある」「泣きっ面に蜂」「踏んだり蹴ったり」というのもそうで、良いことを考えていると良いことを引き寄せ、悪いことを考えていると悪いことを引き寄せることになります。
また、これは聖書の中の教え
「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう」(マタイ福音書25:29)
とも一致します(「マタイ効果+α(アルファ)」)。


これは、2010年2月2日に書いた「波長が合う!?」という記事の内容とほとんど同じです。
人の名前にも波長があります。そして、その名前が健康や、運や、人を引き寄せます(「自分にキスがしたい!」)。
私の場合、両親が私に付けてくれた名前、「譲二」が英語を引き寄せました。


今日初めて会った何人かの大学生たちが言っていました。
「○○の街は波長が合うけど、□□の街は波長が合わない」と。
そうです、上でロンダ・バーンが言っているように、街も波長を出していて、当然のことながら人の出す波長と合う、合わないがあるのです。
「住めば都」というのは、長い間住んでいる間に、知らず知らずのうちにその街と波長が合うようになってくるということです。
自分の好きな車や国、絵や音楽なども波長が合うから好きになるのです。


私はこの書、『ザ・パワー』と波長が合うので、著者の言っていることが「ビンビン」来るわけです。
自分の進学する学校や、就職する会社なども波長が合う、合わないがあり、合わないところにいると当然のことながら苦痛になるので、無理してそこに留まっていると、ストレスなどで心身を壊すことにもなります。

住む街や学校や会社などは変えることも容易にできますが、結婚相手となるとそうはいきません。
結婚する相手を決めるとき、人生観や価値観、目的を始め、趣味や好み等などで波長が合うことを基準にせず、家柄や学歴や容姿などで選ぶとあとで後悔することになりかねません。


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お年寄りは国家の財産

2011.10.29日

ある夫婦が姑と同居していました。
夫婦は自分たちの親(義理の親)をいつでも邪見に扱っていました。
しばらくすると、親を見ていた孫たちもみんなおばあちゃんを邪魔者扱いし始めました。
その後、おばあちゃんは亡くなり、世代が変わりました。
しかし、おばあちゃんを邪魔者扱いしていた息子夫婦がおじいちゃん、おばあちゃんになった時、今度は自分たちの子どもたちから邪魔者扱いされるようになりました。
まさに「歴史は繰り返す」で、別の言い方をすれば、これも「引き寄せの法則」です。


自分の親や祖父母など親族の老人を大切にするのは当たり前のことですが、親族以外の老人をも大切にするのは人としての務めです。老人を邪魔者扱いしていると、それはいつの日か必ず自分に返ってきます。


老人は現在の自分たちを育て、国を築いてきてくれたいわば恩人です。
今日、日本がこのように豊かな国になったのは、まさに昭和初期から戦前、戦中、戦後の貧しい、大変な時代を経て、1973年までの高度経済成長期を支えてきた今のお年寄りたちのお陰です。


4年前から超高齢化社会に入り、右を見ても左を見ても老人ばかりで、老人ホームやデイケアセンターなど老人対象のビジネスが大繁盛している昨今です。
このような中で、高齢者を支えるために税金がたくさん支出されるのは当然のことですが、これに対して文句を言う人がいます。
しかし、少子化に拍車をかけ、日本を少子高齢化社会にしているのは私たち自身の責任です。


お年寄りは国家の財産です。
老人を大切にし、サポートするのは私たち全国民の義務です。
そうでないと、冒頭の話のように私たちの代に必ずつけが回ってきます。


つい先日、「老人は胸を張って老人らしく」という記事を書きましたが、お年寄りが本当に胸を張って堂々と人生の集大成の時を迎えられるよう、みんなでサポートしましょう。


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ハロウィン

2011.10.28日

ハロウィンは、正確にはハロウィーンと「ウィー」の部分を強く発音しますが、日本ではロウィンと言って「ハ」にアクセントをつけます。


ハロウィンについては、2年前の同じ時期にも記事に書きました(「ハロウィン」)。
そして、当時アメリカにいた次男の正人から送ってもらったリポート「正人のアメリカリポート その2 後編」には、アメリカのハロウィンについてご紹介しました。


今週のキッズクラブ英語クラスでは、特別イベントのハロウィンを行いました。


山下先生も小川先生も、そして生徒たちもコスチュームに身を包んでやる気満々。
毎年、山下先生はハロウィンに因んだ絵を見事に描いて、10か所の間違い探しを生徒にさせます。これはうちの中学部の先生たちにも人気で、夜の授業が終わってから、誰が一番早く全部の間違いを見つけられるか競争していました。


あと、ハロウィンでもらえるお菓子を入れる紙袋を生徒に作らせます。


と、その作業をしているさなか、急に電気が消えて真っ暗になったかと思うと、ドアが開いてお化けが登場、といつものお決まりのパターンで、生徒たちはもう慣れっこです。


今年はいつもとお化けの顔ぶれが違っていました。
ロウソクを手に、お経を読みながらお地蔵さんが入ってきました。みんな不気味なお地蔵さんに目を奪われていると、そこへもう一人別のお化けが。
映画「スクリーム」に登場した怖い顔のお化けです。


jizou2.jpg ghost1.jpg


でも、生徒たちはみんなニコニコ。
怖くて泣き出すんじゃないかと心配していた小学1年生のHちゃんですらニコニコ。
お化けは拍子抜けでした。


そしてみんなで記念撮影。
とその時、突然お地蔵さんがお経ではなく、英語でペラペラしゃべり始めました。
山下先生が
「すごいね。アカデミーのお地蔵さんは英語を話すんだよ」。
そして、山下先生が、
「鍵のことは英語で…」
「キー!」
と言って、はい、パチリ。


haloween2.jpg


実は、お地蔵さん、写真を撮る時、みんなを笑わせようとして、マントの下で手探りでiPodを操作しようとし、間違えて英語の朗読をかけてしまったのですが、それがかえって受けました。


帰りの送迎バスの中で、学院長が
「ハロウィンの時、知らない人が二人教室に入って行ったけど、誰だったの?」
と尋ねると、
「そんなこと初めからわかってるじゃん。学院長と副学院長でしょ!」。
学院長は苦笑。


それではと、夜10時の送迎バスの運転席にお岩さんのお化けのマスクをかぶって座っていると、教室から出てきた中学生たちが、みんな「ドキッ!」。
遠巻きにバスの中を覗きながら、
「気持ち悪〜い。誰?」。
勇気を奮い起こした一人の女の子が助手席のドアを開けて、
「誰〜?誰なの?」
しばらくして、男子が後ろのドアを開けて乗ってきて、
「きっと曾我先生だ」。
「いや、曾我先生はさっき向こうのバスの方に歩いて行ったよ」
「学院長だ!」
「いや、学院長は絶対にあり得ない!」
と、喧々諤々。


結局、今年のハロウィンのお化けのサービスは、小学生よりも中学生の方に受ける結果となりました。


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豊かだった昭和時代

2011.10.27日

昨日の読売新聞21面に、「昭和史検定 30年代に学ぶ心の豊かさ」という記事が載っていました。
この記事の筆者、庶民文化研究家の町田忍さんが小学2年生だった昭和33年当時の写真が載っています。
町田さんはちょうど私と同い年、写真も当時ごく普通にどこでも見られた光景で、とても近しく感じます。


同記事によると、平成に入ってから、昭和30年代を中心とする時代が脚光を浴びているそうです。
日本中に次々と誕生している「新横浜ラーメン博物館」など昭和をテーマにした施設や「ALWAYS 三丁目の夕日」のような映画が人気を呼んでいるのは、単なる懐古趣味ではないと言います。


確かに筆者の言うように、とくに昭和30年代は目まぐるしく発展したとても面白い時代です。
「三種の神器」はこの時代を特徴づける大きな要素です。
また、同氏が主張するように心の豊かさやおもいやりに富んだ時代でもありました(「日本よ、どこへ行く?」「ご近所力」)。


このブログで何度か取り上げたNHKの連続テレビ小説「カーネーション」(「出会い その2」「ミシン」)に登場する昭和初期の町並みや家の中のつくり、調度品、家族そろってちゃぶ台を囲んでの食事の様子など、一つひとつに見覚えがあり、妙に懐かしく感じられます。
昭和は日本だけでなく世界でも最長の元号(62年と14日)ですが、大正末期から昭和30年代に至るまでの歩みは遅々としていて、ほとんど変わらなかったように思われます。
そうでなければ昭和初期の様子を見て、私が懐かしく感じるわけありません。


このゆったりとした流れの中で人々の心が育まれていき、やがてそれが30年代からの高度経済成長へとつながるのです。
昭和史検定という新しい試みが始められる今、私たちは忙しい日々の歩を止めて、生活のゆとりや優しさ、おもいやりについて考え、ただ昭和時代を懐かしむのではなく、「豊かだった」昭和時代から学ぶことも必要なのではないでしょうか?


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場の「ふいんき」を読んで!!

2011.10.26日

最近、「雰囲気」を「ふいんき」と読む人が増えてきている、と少し前の新聞記事にありました。
うちの中2の生徒に試験対策で国語を教えていた時、この「雰囲気」の読みが出てきて、見ていると案の定「ふいんき」と書いていました。
私が「ふいんき」じゃないよ、と言うと、「うそっ!」と言います。
「嘘だと思うなら調べてみて」
辞書で調べて、
「えーっ!信じられない。みんな『ふいんき』って言ってるよ」
「だって漢字をそのまま読んでごらん」


このような言葉の間違った使い方はいつの時代にもあるものです。
そういう私も子どもの頃、やはり間違って使っていた言葉がいくつかありました(「クロペラ トンデル???」)。


昔、父の職場の同僚は「ほったらかし」を「ほったからし」と言っていましたが、誰もそれを正さなかったので本人はそう言うものと信じ込んでずっと間違い続けていました。


「シミュレーション」を「シュミレーション」、「コミュニケーション」を「コミニュケーション」と思い込んでいる人もとても多く、あちらこちらでよく耳にします。
相手がお客さんだったりすると、言わんとしていることが分かるので敢えて間違いを指摘したりしません。


傑作は、犬の「ダルメシアン」を「ダメルシアン」。
この名前だと、せっかくの可愛い犬がダメなイメージになってしまいます。
darumesian.jpg
(ダメルシアン?)


健康サプリメントの「グルコサミン」を「ヒアルロン酸」につられて「グルコミサン」。
中華料理店で「ピータン」を注文するつもりで「ピーターパン」。


それでは、ここで問題です。ジャンジャン!間違いを直してください。 (答えはこの記事の最後に)
時期早尚、愛想を振りまく、荒治療、印籠を渡す、玉石混合、旧態然、口車を合わせる、渡る世間は鬼ばかり、三身一体、体調を壊す、目覚めが悪い、腹が煮えくりかえる、人の道にも劣る、暇をもてあそぶ、コンセントを抜く、的を得る、汚名挽回、異和感、笑顔がこぼれる、危機一発


本人は大真面目で言っていて、「それは違う」と間違いを正すと恥をかかせることになりかねないので、その場の「ふいんき」を読んで、やんわりと相手に教えてあげるのが一番いいようです。


また、自分自身も間違わないよう普段から正しい言葉の用法を身につけておかないと、思わぬところで恥をかきます。
(8月21日付 読売新聞「恥ずかしい!言い間違い」参考)


(クイズの答え)順に
時期尚早、愛嬌を振りまく、荒療治、引導を渡す、玉石混淆、旧態依然、口裏を合わせる、渡る世間に鬼はなし、三位一体、体調を崩す、寝覚めが悪い、腸(はらわた)が煮えくりかえる、人の道にもとる、暇を持て余す、プラグを抜く、的を射る、汚名返上、違和感、笑みがこぼれる、危機一髪


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100%保証付 幸福になれる方法

2011.10.25日

普段から私は常に、それこそ四六時中、寝ている時でさえ、質の高い人生、幸せな生き方、成功について考えています。


「どのようにしたら幸福になれるか」は、私の人生のテーマです。だから、このブログを通して一人でも多くの人にそれを分かちたいと思って、タイトルも「元気の出るブログ」と名付けたのです。
塾という仕事も、私の幸福追求という人生のテーマの一環です。


勉強、仕事、結婚、趣味、その他もろもろ、人は誰でも幸福を追求して生きています。


私がたどり着いた結論、「100%幸福になれる方法」は、
「コミットメント」
です。


「コミットメント」についてはこのブログ記事にこれまで何度も書いてきました。
その一つに、「成功の鍵」はコミットメントだと書きました。
また、「成功≠幸福」という別の記事には、「成功は幸福とは限らないが、幸福は成功だ」だとも書きました。


そして今回、成功にも幸福にも共通する不可欠の要素が「コミットメント」だと言いたいのです。


コミットメントの定義は、上の「成功の鍵」に書きましたので、こちらをご覧ください。


勉強や仕事や結婚という人生で最も大切な分野で成功し、かつ幸せになる秘訣は、それらに「自分を捧げること」「本気になること」です。
人に強制されて、いやいや、仕方なく、あるいは惰性で勉強や仕事、結婚生活などをしていてうまくいくわけがありません。


これまで多くの生徒や学生を教えてきましたが、勉強で成功している人はみんな例外なく「勉強に自分を捧げ」「本気」でやっています。
仕事で成功している人も例外なく「仕事に自分を捧げ」ています。
結婚で成功している人はみんな「伴侶、子ども、家庭、親族に自分を捧げ」ています。


「自分を捧げる」ということは、何か犠牲を払うということです。
片手間に、遊び半分で、適当に、あるいは義務感からやっていて、私は「自分を捧げている」と言うことは誰にもできません。


「自分を捧げる」ということは、ちょっとオーバーな言い方をすれば、それに命をかけるということです。
そして、犠牲を払い、命がけで取り組むなら、勉強や仕事や結婚に限らず、どんなことでも成功しないわけがありません。


しかも、それは自分自身の幸せという形で自分に返ってくるのです。
『ザ・パワー』の著者は、「愛を与える」という表現を使ってこのことを教えています。
「愛を与えれば、愛が返ってくる」と、引き寄せの法則を語っていますが、同じ考え方です。


自分の置かれている立場で、与えられていることにコミットすることは、それが全部自分に戻ってきて、自分自身のためでもあるのです。


自分の今の勉強や仕事や結婚が、自分の思うようにいっていない、あるいは何か足りないものを感じるというなら、コミットメントを試してみたください。
これは100%保証付きの「幸福になる方法」です。


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老人は胸を張って老人らしく

2011.10.24日

我が家の愛犬ラブが近頃、夜の11時とか12時、1時頃に「ワン」とよく吠えます。
散歩中の犬や怪しげな人に向かって吠える時は「ワン、ワン、ワン、ワン」と4回、散歩のおねだりをするときは「ワン、ワン」と2回吠えるのですが、ただ1回だけ遠慮がちに「ワン」と吠えるのです。
その鳴き声には何やら寂しい響きがあります。
ラブは12歳。人間で言えば64歳ぐらいで、かなり歳を取ってきました(「おばあちゃんになってきたね」)。
耳も遠くなってきて、すぐそばに近づくまで気づかず、声をかけるとドキッとびっくりします。
昼間はほとんど寝てばかりいるので、多分そのせいで夜眠れなくて、「眠れないワン」と吠えているのではないかと思っています。


そう言う私も、最近、なかなか寝つけなかったり、夜中に何度もトイレに目が覚めたり、朝の4時半とか5時頃に目が覚めると、そのあとずっと眠れなかったりします。
「何だ。ラブと同じじゃないか」。
(もちろん、昼間寝てはいませんが)


最近面白いことに気づきました。
ごくごく当たり前のことで、それこそ今さら何をという感じなのですが、他人事(ひとごと)ではなく、自分の身に迫ってきていることで切実です。


ひとことで言うと、「老人は老人らしくなってくる」ということです。
人は歳を取ってくると、顔や声だけでなく、姿勢や話し方、歩き方など動作の一つひとつが、いかにも老人らしくなっていきます。
古(いにしえ)の昔から、現在も、そしてこれから先も未来永劫(えいごう)変わらない事実です。


たとえば、「わしゃ、もう年じゃ」といった言い方。
これは「◯◯は気から」という記事に書いたのですが、自分は歳を取った、と思っていると本当に言葉遣いまで老人らしくなってきます。


つい10年ほど前まで若々しくて、現役でバリバリ働いていた人も、70歳を超えると急に老人らしくなっていきます。
自分はそうはならないと思っていた人でもそのようになっていきます。


そして、いつの時代でも、人は70歳、80歳、90歳になると、みんなその年相応の感じになります。
これは別に恥ずかしいことでも、嘆いたり、隠したりするようなことでもなく、ごく当たり前のことであり、同時にこれまで長い人生を歩んできたことに対する、いわば「人生の冠」のようなもので、逆に誇るべきことです。


1年に春、夏、秋、冬と四季があるように、人生にも春夏秋冬の四季があります。
それぞれの季節を精一杯生き、楽しみ、そしてやがて冬の時代に入ります。
これもごく自然なことで、人生の終わりに近づいてきた老人は、冬の時代を大いに楽しめばいいのです。


春や夏と比べると、冬は確かに華やかさや躍動感はありません。
むしろ寂しさや、硬さ、厳しさのようなものを感じます。
でも、冬独特の味わい、良さもあります。
年がら年中春のようだったらそれこそボケてしまうし、夏のようだったら鍋物やおでんの本当の旨さを味わうこともできません。


私は若い頃から秋が一番好きでしたが、今の私は人生の秋、ちょうど今頃の季節です。
寒い日があったかと思うと、暑い日があったりしながら、徐々に晩秋に近づきます。
晩秋にはハッと息を呑むような美しい紅葉が見られます。
それぞれの季節に独自の良さがあるように、人生の四季にもそれぞれの良さがあります。


昨日偶然見つけたあるサイトには、アンケート調査の結果、女性の大半が29歳で歳を取ったと感じるのに対して、男性は58歳と女性の倍も歳取ってから年を感じ始めるとありました。
さらに、「生きててよかったと思えるピークの時期は80代だという別の調査結果もあることから、年齢を重ねることで経験を多く積み、人生の楽しみを見いだすこともできる」とあり、なるほどその通りだと大いに納得し、80代になるのがある意味楽しみにさえなりました。


冬のあとに春が来ます。木の上で熟した実は死んで地に落ちますが、春になるとまた新しい命となって息を吹き返します。
この新しい命を楽しみにできるのも老人の特権です(「天国よいとこ一度はおいで」)。


「老人は胸を張って老人らしく」堂々と人生の締めくくりを楽しむべきで、悲しんだり、嘆いたり、恐れたりする必要はまったくありません。


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言葉ゲーム

2011.10.22日

机ん、ノータン、テレバン、ズバン、車ん、おやつん...
何だと思いますか?
おそらくこれらを見てすぐに分かるのは、世界中に私のほかには一人だけ。
それは...


大学生の頃、私が流行らせた言葉ゲームです。
流行らせたとは言っても、うちの家族内だけですが。
最初、何気なく言ったのが大うけして、それからというものどんどんエスカレートしていきました。


普通、動詞の否定形は「行く」に対して「行かない」で、「〜ない」と言いますが、文語の「行かぬ」が口語表現で「行かん」となりました。
これを名詞の語尾につけて、「〇〇でない」という使い方を始めたのです。
たとえば、
「今日は車で行くの?」
と尋ねられて、
「いいや、今日は車ん」
と言ったら、「車じゃない」「車では行かない」という意味で、とても便利なのです。
やり始めたらこれが面白くて、そのうち父が加わり、当時小学3年生ぐらいだった妹も仲間に加わりました。
ある時には、あまりにも面白くて3人で涙を流して大声で笑いながら会話の中で連発していました。
それを見ていた母がバカらしくなって、「くだらない。もういい加減にしなさい」と珍しく私たちをたしなめました。


この名詞の否定形の造語はいつも簡単にはいくとは限りませんでした。
たとえば、「かばん」とか「パン」など、初めから「ん」で終わっている言葉の時は困りました。
そこで編み出したのが奥の手です。
動詞で「走る」の否定形は「走らない」→「走らぬ」→「走らん」です。
そこで、「かばん」はこれを利用して「かばらん」、「パン」は「パラン」となります。
「エアコン」は時には「エアカラン」になったり、「エアカン」になったりしました。


新しい言葉をを発明して会話の中でさり気なく使い、相手に通じるか試すのは本当に楽しかったです。また相手が、「かばらん」とか「パラン」などと新しい言葉を使うと、それが何を意味するのか推測し、それに対して答えるのも楽しみの一つでした。
このような言葉ゲームを生活の中で楽しむことは、言語に対する勘を育てます。
私の場合、これがその後、言語学の研究というふうに進んでいきました。


冒頭の「机ん、ノータン、テレバン、ズバン、車ん、おやつん」は、ここまで読んだ方はもうおわかりでしょうが、次の言葉はどういう意味でしょう?
「今日はお腹すいてないから、おひらん」


「おひらん」は「お昼を食べない」という意味になります。


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貯金が10億!?

2011.10.21日

「貯金が10億!?」と、婆さん腰抜かす。


いいえ、私のことじゃないですよ、当たり前のことですが。
私が考案した英単語記憶術です。
えっ、上のは何かって?
考えてみてください。
ヒントは月の名前です。


そう、10月=オクトーバーです。
まだわからない人のために、
「10、億と婆」です。
くだらない?寒い?親父ギャグ?
寒くても、何でもいいんです。


私自身はこのような方法で単語を覚えたことはないのですが、英単語が覚えられない人にとってはまさに魔法の記憶術です。
不思議なことに、一度このようなやり方で覚えると、その後は「『貯金が10億!?』と、婆さん腰抜かす」といちいち言わなくても大丈夫で、すぐに10月はオクトーバーと出てきます。
スペルの綴り方はフォニックスの基本できちんと身につけられます。
ちなみに、日本ではみんな「オクトーバー」と言っていますが、これは間違いで、正確には「オクトウバー」と発音します。
英語を学び始める最初に、正確な発音とフォニックスを身につけると、あとで苦労しません。


私がこれまでに考案してきた英単語記憶法は数え切れないほどたくさんあります。
何人かの生徒が、「これ全部、学院長が考えたの?」と感動(?)してくれていました。


いくつか例を挙げると、
「メイ、愛してもいいですか?」 (May I〜?「 してもいいですか?」)
「支払い、私がしましょうか?」 (Shall I〜? 「私がしましょうか?」)
「体重増すと、ダイエットしなければならない」 (must 「しなければならない」)


授業中、知らんぷりしてこれらを生徒に言うと、めったに顔に表情を表さない子でも、思わすニコッとしてしまいます(尊敬してくれているのか、あきれているのかわかりませんが)。
昔、簡単に英単語が覚えられる方法を教えて、と生徒に頼まれてその場でとっさに出てきたのが始まりです。


最初、生徒は「寒ー!」とか言いますが、でも一発で覚えてくれます。


人間はみんな、何か自分の知っていること(既知)に結びつけて新しいことを記憶していくのです。
ですから、ある意味これは正当法の記憶術です。


でも、本当は他人のアイデアで覚えるより、自分自身が考えついたものが一番覚えやすいものです。
上のを参考にして、皆さんも自分で考えてみてください。
英単語や勉強だけでなく、どんなことにでも応用でき、日常の生活にも、また仕事にも役立ちます。


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新聞広告の日

2011.10.20日

今日の読売新聞夕刊を見て度肝を抜かれました。
1面の左上隅、そして下の部分が真っ白になっていて、そこには小さな文字で「きょう、10月20日は、新聞広告の日です」とあります。
紙面を開くと、4・5・6・7・12・13・14・15・16面とほとんどのページが、一部もしくは全面が真っ白になっています。


いつも広告が載っているところに広告がないと、とても変な感じがし、何と物足りなく感じることでしょう。
朝日・毎日などほかの新聞は見ていないのでわかりませんが、ひょっとしたら全部の新聞で同様の企画をして、普段当たり前に思っている新聞広告に注意を向ける意図なのかもしれません。


「東日本大震災の直後、広告が消えた新聞を覚えていますか」
と空白の部分に小さな文字があり、ふとその日のことを思い出しました。
なるほど、そういうことだったのか。
また別の紙面には、
「ふだん、なにげなく目にする広告。でもそれは、幸福の証なのかもしれない」
とありました。


新聞社にとって、広告はもっとも大切な収入源。
それを敢えて、このように真っ白にして、読者の注目を集め、広告の大切さを知らせる。
この心憎いばかりの企画に頭をガツーンと打たれた感じがしました。


夕方のNIE(新聞を教育に)のクラスで、小学6年生の生徒たちにこの夕刊を見せました。
みんな一様にアッと驚いた表情を見せました。
私はみんなにこの企画について考えてもらいました。


一人が言いました。
「普段の生活の中であって当たり前のものは、なかなかそのありがたみがわからない」
「あって当たり前のものの中に、私たちの幸せが隠れている」
「電気や、水道、ガスなどもありがたく思い、無駄遣いしてはいけない」
「身の周りの自然や動植物なども大切にしなければならない」
等などたくさんの意見が出ました。


最後に私は昨日のブログ記事、「最後だとわかっていたなら」を読んで、みんなに家族や友達などのありがたさを話してクラスを閉じました。


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見分けがつく

2011.10.20日

今日の読売新聞紙面の中央、20・21面の2ページにわたる全面広告が出ていました。


「あなたは、見分けられますか」というタイトルで、


「あなたは、新鮮な野菜を見分けられますか。
あなたは、おいしいワインを見分けられますか。
あなたは、奥さんの怒った顔を見分けられますか。
あなたは、職人の技を見分けられますか。
あなたは、良い上司を見分けられますか。
あなたは、こどもの表情を見分けられますか。
あなたは、政策の良し悪しを見分けられますか。
あなたは、恋人のやさしさを見分けられますか。
あなたは、言葉の真意を見分けられますか。
あなたは、左のプラスチック片を見分けられますか」


そして左のページには、使用済みの家電を粉砕したプラスチック片の写真が載っていて、「家電にリサイクルできないものだけ、見分けられますか?」とあります。
紙面を光に透かすと、あら不思議、ところどころ黒い部分が見えます。
ところが、普通に見るとどうしても違いが分かりません。
うまくできたものだと感心しました。


しかし、もっと感心したのは、プラスチックの再利用に必要な特定有害物質を含む素材の検知・除去に使う三菱電機の「見分ける」技術を宣伝するのに、右のキャッチコピーをうまく活用している点です。


1年余り前のブログ記事「5月末決着 or 未決着?」にも書きましたが、微妙に違うニュアンスがくみ取れるセンスは大切です。
そうでないと、政治や商品の宣伝に騙されかねません。


今朝、食後にバナナを2本食べ比べました。
1本は「甘熟王」、もう1本は「プレシャス」。
同じフィリピン産で、普通に食べていたら区別はつきません。
しかし、食べ比べてみると微妙な違いが分かり、甘熟王に軍配が上がりました。
八百屋さんなどは一口食べるとすぐに違いが分かるのでしょう。
また、外見だけでもフィリピン産、エクアドル産、台湾産、沖縄産などもきっと見分けられるのでしょう。


私の場合は専門が英語なので、その人の発音を聞くと、アメリカの人(東部か南部か西部か)、イギリスの人、オーストラリア・ニュージーランドの人、カナダの人など大体見当がつきます。
昨日、教えていた中3生が、「飛ぶ」のスペルを fry と書いていてびっくりしました。
「これだとエビフライだよ!」
日本人が苦手なL(エル)とR(アール)やB(ビー)とV(ヴィー)の区別など、最初にしっかりと訓練しておけば身につくものですが、今の日本の英語教育はその辺はかなりおざなりです。


どうすれば「見分ける力」が身につくか、「違いが分かる」ようになるか。
それは、自分がそれに対してどれだけ関心を持っているかです(「運命の赤い糸」)。


冒頭の広告のように、
「新鮮な野菜、おいしいワイン、奥さんの怒った顔、職人の技、良い上司、こどもの表情、政策の良し悪し、恋人のやさしさ、言葉の真意」
その他、大切なことをしっかり見分けられる人になりたいものです。


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最後だとわかっていたなら

2011.10.19日

今日の読売新聞2面に『最後だとわかっていたなら』という本の広告が載っていました。
広告にその一部が抜粋、紹介されています。


これは、9.11同時多発テロの追悼集会で読まれ、世界中が涙した感動の詩で、アメリカのノーマ・コーネット・マレックという女性が、我が子をなくした時に詠んだものだそうです。
あまりにも美しい詩で、胸に迫ってくるものがあったので、下に引用してぜひ皆さんとシェアしたいと思いました。


「あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう


あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう


あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう


あなたは言わなくても 分かってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう


たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい


そして私達は 忘れないようにしたい
若い人にも 年老いた人にも 明日は誰にも
約束されていないのだということを


愛する人を抱きしめるのは
今日が最後になるかもしれないことを


(中略)


だから 今日 あなたの大切な人たちを
しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だと言うことをそっと伝えよう


『ごめんね』や『許してね』や『ありがとう』や『気にしないで』を伝える時を 持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから」


『最後だとわかっていたなら』より


これは、拙ブログ「人のために何ができるか」「永遠に生きると思って学べ」にも通じる考え方です。
生かされている一日一日を精一杯、後悔しない人生を送りましょう(「死ぬときに後悔すること」)。


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注意すると

2011.10.18日

昨日の朝、東京駅のホームで缶ビールを万引きしようとした男が、注意した人に刃物で切りつけて逃走した、という物騒な事件がありました(17日付読売新聞夕刊社会面)。
幸い、軽傷で済んだそうですが、これまで似たようなケースで命を落とした人もいます。
怖い世の中です。


私は弱いのですが、なまじっか正義感が強いため、このような状況に遭遇するとつい注意したくなります。


この記事を読んで34年前の夏の暑い日の出来事を思い出しました。
日本から来たお客さんを連れて、ロサンゼルスのユニバーサルスタジオを案内していました。
人気のあるアトラクションは長蛇の列でした。
私たちもその列に並んでいたのですが、入口に近づいて来た時、知らん顔してすーっと私たちの前に割り込んできた人がいました。
見たところ60歳ぐらいのスーツを着た白髪の紳士で、20代の若い女性と一緒です。
父娘(おやこ)だろうと思い、私は声をかけました。
「エクスキューズミー、サー。
みんなこの暑い中、この長い列に並んでいるんです。横入りはマナー違反ですよ」
すると紳士と思われた男性は私に牙をむきました。
「何だ、若造のくせして!パンチを食らわせてもらいたいのか?」
今にも私に殴りかかろうとしました。
私は注意したことを後悔しましたが、もう後の祭りです。
殴られる覚悟をしていたら、私の前にいた家族連れの若いお父さんが振り向いて言いました。
「私も知っている。あなたたちはここに並んでいませんでしたよ」
「生意気な!お前にも一発食らわせてやる」
この瞬間、騒ぎを聞きつけたパークの従業員が駆けつけ、その「父娘」と思われたカップルを列の最後尾まで連れて行ってくれました。
私は胸を撫で下ろしましたが、その日は一日、あの「父娘」にまた出くわさないかとずっと恐れて楽しむことができませんでした。また、案内していたお客さんにも不愉快な思いをさせたことを後悔しました。
アメリカには7年間住んでいましたが、怖い目に遭ったのはこれが最初で最後でした。


このような私の性格をよく知っている妻は、ずっと前から絶対にそのようなことはしないようにと私に釘を刺しています。


しかし、ほんの数日前、似たようなことが起こり、相手に注意したことを妻に告白しました。
すると妻が怒って言いました。
「絶対にしないでって何度も言ってるでしょ!」
「うん。実は家を出たところで下校途中の小学生たちが、よその家に向かって小石を投げているのを見て、『コラっ!何をしてるんだ!石なんか投げてダメだろ!』って怒鳴ったら、『すみません』って言って謝ったよ。
僕は小学生ぐらいしか注意しないよ。中学生も高校生も怖くて」
これを聞いた妻はホッと一安心。


でも、本当は、上に書いたユニバーサルスタジオのケースのように、周りのみんなが協力して、マナー違反や犯罪を防ぐようにしなければならないのですが。
そうしないと、安心して住める社会は実現できません。


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冗談

2011.10.17日

中学生の頃のことです。
私は髪の毛がとても硬くて、ほとんど毎朝、寝ぐせで髪の毛が立っていました。
寝ぐせを直すヘアドライヤがまだなかったのです。


床屋さんは、私の髪の毛を刈りながら、「ぼくの髪の毛硬いなぁ」と言って、髪が詰まって動かなくなったバリカンを掃除したり、切れにくくなったハサミを途中で何度も取り替えたりするほどの床屋泣かせの髪でした。
ある時のこと、店の裏に引っ込んだかと思ったら、何やら手にして戻ってきました。
なんと、それは針金を切るペンチです。それで私の髪の毛をバチンバチンと切り始めました。


と、ここまで読んで、
「へえー、そんなに硬い髪の毛があるの?」
と思った人がいたら、ごめんなさい。
ペンチの話は作り話です。それまでは本当なのですが。
常識的に考えて、床屋さんがペンチで人の髪を切るなんてあり得ません。


しかし、私は根が真面目で、しかも真面目そうな顔(?)をしているせいか、みんな私の言うことをそのまま信じてしまいます。
上の床屋の話もそのまま信じてしまう人が、これまでたくさんいました。
もちろん、嘘を言っているわけではないのですが、冗談を言っても通じないことがよくあります。


つい数日前も、一人の生徒が何時にテストを受けに塾に行けばいいですかと尋ねた時、私が午前6時と答えると、
「えっ?そんなに早くですか?」
「いやいや、冗談だよ。6時なんて先生にとっては真夜中だよ」。


バスの迎えの時間を尋ねられて、
「6時23分47秒」
と答えると、
「えっ、その時間ピッタリじゃなきゃだめですか?」。


2週間ほど前には、塾に携帯電話の忘れ物があって、ひとりの生徒に尋ねると、きっとそれはKさんのものだ、と言うので、
「じゃあ、Kさんにメールで携帯を塾に忘れてるよって伝えて」
と言ったところ、その子も、周りにいた子もみんな、「学院長、ボケたんじゃない?」とけげんな顔をしていましたが、もちろんボケていません。冗談です。


つい先日は、授業が終わってバスで生徒を家に送っていく時みんなに言いました。
「みんなバスに乗ってる?はい、乗ってない人、手を挙げて!」
そしたら、まともに受けた子が言いました。
「学院長、乗ってない人は手を挙げられませんよ」
「じゃあ、足を挙げて!」
これでようやく冗談が通じました。


以前、教室で成績表とアカデミー通信を封筒に詰める作業をしていたら、ひとりの生徒がびっくりして言いました。
「えっ、学院長。それって学院長が手でやってたんですか?」
「そうだよ。先生は不器用で足ではできないから手でやってるんだよ」
「???」


うちの生徒たちがあまりにもうぶというか、真面目というか、私の言う冗談をまともに受け止めすぎて、こちらが面喰ってしまいます。
でも、時には冗談が通じて、さらに冗談で返してきて、その機転の良さに驚かされるような生徒もいます。
こういう時は実に気持ちがいいです。


冗談のセンスを身につけることは人間関係をスムーズにする、社会では必要な技術です。


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愚か者であれ

2011.10.16日

去る10月5日にすい臓がんのため56歳の若さで亡くなった米アップル社のスティーブ・ジョブズ氏。
人生哲学や功績など、歴史に名を残す偉大な技術者でした。
彼の死と、iPhone4Sの発売が相まって、アップル社の株式時価総額がアメリカの企業で首位となりました。
まさに伝説の人にふさわしいと思いました。


6年前の2005年、スタンフォード大学の卒業式での式辞は、YouTube上で何と620万回も再生されている伝説の名スピーチです。
そのスピーチの最後の締めくくりのところで彼が言っている言葉、
「ハングリーでありなさい。愚か者でありなさい」 (Stay hungry. Stay foolish.)
は特に有名で、先週の読売KODOMO新聞の中でも紹介されました。


先週木曜日のNIEのクラスで、この記事を開きみんなに話し合ってもらいました。
「愚か者であれ」
はちょっと難しい言い回しです。
6年生の子どもたちはみんな一生懸命考えました。
普通だったら、「賢くなりなさい」と言うところを、敢えて「愚か者でありなさい」と言ったことにはもちろん意味があります。


最初の意見が出るまで少し時間がかかりました。
一人が口を開きました。
「あっ、わかった!ハングリーであれ、というのと似たような意味で、自分が愚かだと思ったら、もっと賢くなろうとして一生懸命頑張るからじゃないか」
ここから堰を切ったようにみんなの意見が出始めました。


そうです。「自分は賢い」と思ったら、人の成長はそこで止まってしまいます。
常に上を目指していくことこそ、「ハングリーな愚か者」の姿なのです。


昨日は、世界体操で内村航平が個人総合3連覇の金メダルに続いて、種目別ゆかでも金メダル。
日本中を大いに沸かせました。


内村航平の名前を最初聞いた時、「航平」からこれはきっと親が体操選手で、息子に自分を超えるような体操選手になることを望んでつけた名前だろうと想像しましたが、やはりその通りでした。
両親ともに体操選手。そして体操クラブを経営する両親のもとで航平は3歳で体操を習い始め、トランポリンを使って抜群のバランス感覚と運動神経を伸ばしていきます。
今日の読売新聞には次のように書かれていました。
「元体操選手の父和久さん(51)も高校総体を制したゆかは、内村にとって特別な種目。とっくに父は超えているはずなのに、息子は認めない。
『超えられてないと思っている方が、頑張れるから』。王者の向上心は尽きない」


この内村航平の言葉と、冒頭に紹介したスティーブ・ジョブズの「愚か者であれ」は相通じる考え方です。
このような「向上心」こそが、スティーブ・ジョブズ氏を偉大にし、一時期は存亡が危ぶまれたアップル社を世界のトップ企業に成長させ、また内村航平を世界の頂点を極める体操選手に育て上げたのです。


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高いビルは tall か、それとも highか?

2011.10.15日

昨日、小学6年生のT君に英語を教えていました。
比較級と最上級の新しい単元に入りました。
いつものように、ひと通り基本を教えたあと、確認問題と基本問題の演習をさせました。
T君は飲み込みがとても早く、一度教えたことはほとんど一発で覚えて、問題もスラスラ解いていきます。
場合によっては、基本問題を飛ばして有名私立高校などの入試問題が入っている発展問題をやらせるのですが、いつもほぼパーフェクトで英作文や長文読解も小さなミスを除いてほとんどできます。


「浅間山は阿蘇山より高い」という問題は、ちゃんと
Mt. Asama is higher than Mt. Aso.
と書いていたので、彼に尋ねました。
「『高い』はどうして tall でなくて high を使ったの?」
「山には high を使うと思います」
「そう、その通りだよ。じゃあ、高いビルはどっちを使うと思う?」
「ビルは tall だと思います」
教えていないことでも、鋭い勘が働きます。


better の綴りを書く時、ちょっと考えて慎重に t を二つ重ねました。
そこで、私がどうして t は二つだと思う?と尋ねると、
「e が単母音だからです」。
「じゃあ、問題。もし、t が一つで beter だったら何て発音すると思う?こういう言葉はないんだけど」
「うーん...。ビーターですか?」
「そう。正解!」
と、こんな調子です。


彼に尋ねました。
「T君。小さい頃何か特別なことした?たとえばピアノを習っていたとか、サッカーとかスポーツをやっていたとか、あるいは家で本をよく読んだとか」
「いいえ、別に何もしていません。アカデミーの塾だけです」
「塾に来たのは何年生の時だったっけ?」
「1年のときです。最初は英語だけで、3年生ぐらいから算数と国語を始めました」


T君はすでに5年生の時に英検3級に合格しています。
しかし英語だけでなく、他の教科も全部とてもよくできます。
彼の勉強法の特徴は「暗記」ではなく、「理解」です。
納得したことは理解し、理解したことはその場で確実に身につけてしまいます。
これが正しい勉強法です。
誰でもこのような正当法で勉強するなら着実に力を伸ばすことができます。


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コンピュータと人の分業

2011.10.14日

昨日の小学6年生のNIE(新聞を教育に)のクラスで「あいさつ」を話題にグループ活動の練習をしました。
いろいろと考え、自分の考えを述べ、ほかの人の意見を聞いてそれに対してまた自分の意見を述べるという訓練です。


最初、みんなの考えは「あいさつは大きな声で」でした。
しかし、話し合っているうちに、「大きな声で」が果たして正しいのかどうか、一人ひとりが考え始めました。
そして一人が言いました。
「大きな声であいさつってよく言うけど、本当に大きな声で言う必要があるの。大きな声で言わなくても十分に聞こえる時もあるし」
続いて別の生徒が言いました。
「そうだ。時と場合によるよ」


このあと、相手の目を見てとか、誰に対してもこちらから声をかけるとか、軽くお辞儀してとか、いろいろな意見がでました。
どれもこれも大切なことばかりです。


私は生徒が上のような考えを述べるたびに、それを具体的にジェスチャーして示しました。
そしてみんなに尋ねました。
「どう?これでいい?」
私のジェスチャーや顔の表情を見てみんな大笑いします。
「でも、何か物足りなくない?」
みんな考えます。
私はヒントを与えました。
「たった今、君たちがやったことだよ」
一人の生徒が大声で言いました。
「あっ、わかった!笑顔だ!」
「でも、作り笑いじゃダメだよ」と別の生徒が言いました。
「じゃあ、何が必要?」と私。
しばらく考えて、
「心がこもっているかどうか」。


昨日のグループ活動の練習はいつものように大いに盛り上がり、みんな楽しむことができました。


この時、私は思いました。
自分の考えを練って発表し、またほかの人の考えに耳を傾けてそれに対してさらに自分の考えを育んで意見交換を行う。
これこそ、人の持つ最大限の知恵であり、能力です。
ここから新しいアイデアや製品やシステムなどが生まれます。
どんなに優れたコンピュータでもこんな芸当はできません。
ならば、教育で最も力を入れるべきはこのような分野であり、子供達の潜在能力、考える力をもっともっと伸ばすことに力を注ぐべきではないでしょうか。


今の日本の学校教育でやっているような暗記の訓練などは、それこそ暗記を得意とするコンピュータに任せておけばいいのです。
記憶力を鍛えるという基礎訓練はもちろん軽んじてはいけません。しかし、それはあくまでも基礎訓練であって、教育の目標ではありません。


実際、社会に出ると、最低限のことを除いて暗記などはほとんど必要ありません。
学校時代に試験のために一生懸命暗記してきたことは社会ではほとんど役立ちません。
今や、iPhone などのスマートフォンを持っていれば、コンピュータを常に持ち運んでいるのと同じで、必要な知識やデータなどは瞬時に引き出せます。


コンピュータの得意分野はコンピュータに任せ、人にしかできないことを人がやる、というごく当たり前の分業が、これからは教育の世界においても必要になってきます。
そして、その日は急速に近づきつつあります。


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ミシン

2011.10.13日

先日のブログ「出会い その2」の中に書いたNHKの連続テレビ小説「カーネーション」、第2週目に入った今週は主人公、糸子とミシンとの出会いです。
洋裁店の窓ガラスに顔をくっつけて毎日ミシンに見入る糸子。
店長さんに声をかけられて店の中に入れてもらい、ミシンを触らせてもらいます。


ここに登場するミシンはシンガーミシン。
ちょうど私の母が昔、洋裁店を営んでいたときに使っていたのと同じタイプの足踏み式のものです。
今年の6月に京都へ修学旅行に行ってきました(「京都、最高!」
四泊五日の最終日、西村隆宏先生ご夫妻と一緒に河井寛次郎記念館を訪れた後、市役所近くの食堂でお昼をご馳走になってお別れしました。
ちょうどその辺りは、私が幼稚園の頃住んでいたところで懐かしくなり、母の洋裁店の跡を見に行きましたが、建物などはすっかり変わっていてどこだかわかりませんでした。もう57年も前のことですから当然です。
おそらくここだろう、というところは本屋さんになっていました。
しかし、すぐそばにあったお店のショーウィンドーに、あのシンガーミシンが飾られていました。

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母が使っていたのと同じものです。
胸が熱くなりました。
しばし幼稚園の頃の思い出にふけりました。


そして、当時、毎日のように遊んでいた京都御所のほうに向かって歩いていきました。
御所の近くに来た時、私の心にずーっと長い間重くのしかかっていた神社を見つけました。

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ここはあの忌々しい思い出の神社です(「罪の呵責」)。
母のことを想い胸がチクチク痛みました。
あの日以来ずっと足を向けたことがなく、おぼろげな印象しか残っていなかったのですが、ものすごく大きいと思っていた神社は予想外に小さくて、過去の苦々しい思い出に勝利した喜びをも味わいました。


人はみんな失敗を犯します。
そして、そのことを悔いて、心に痛みを感じます。
しかし、その心の痛みが癒される解決の道が用意されています。


「カーネーション」に出てくるシンガーミシンを見て、幼稚園の頃の日々を鮮やかに思い出しました。


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天国よいとこ一度はおいで

2011.10.12日

昨日妻と話していました。
「また生徒との別れの時期が近づいてきたわね」
「まあ、出会いがあれば必ず別れはあるよ」
「でも、あなたとの別れが一番辛いわ。いつまでも一緒にいたい」
「でも、しばしの別れじゃない。天国で再会したら、ずーっといつまでも一緒だよ。
ほら、歌にもあるでしょ。『天国よいとこ一度はおいで』って」
「プッ!」


そう、天国を信じるのと信じないのとでは、人生は180度違ってきます。
天国を信じない人生ははかないです。
死んだら無になってしまうなんて思ったら、生きている意味も分からなくなります。
だから、多くの人が「どうせ死ぬんだから、生きているうちに好きなことして後悔しないようにしよう」と考え、そのような人生を送ります。
しかし、そのような人生には喜びも平安もありません。
残るのは虚(むな)しさばかりです。


大学生の頃、私はそのような生き方をしていました。
勉強もアルバイトも頑張り、友達ともあちらこちらに旅行に行ったり、さんざん好きなこと、楽しいことをしていました。
でもいつも口をついて出てくる言葉は、
「何か面白いことはないかな」
でした。
何をしても、どんなに楽しくても、その後にはかなさを感じていました。
この人生にはやがて終わりの時が来る、と死を恐れていたからです。


この虚しさはその後もずーっと続きました。
27歳の誕生日目前のある日まで。


忘れもしない6月17日、私はこの死の問題の解決を得ました。
もう人生は空しくありません。なぜなら天国に行ける確信が与えられたからです。
そして人生の意味も目的も分かるようになりました。


先日来このブログでご紹介している『ザ・パワー』の最終章に「ザ・パワーと人生」があります。
その中の一部を下に引用します。
「あなたはこれまでもずっと存在して来ました。そして、これからもずっと存在し続けます。というのは、私たち人間が創造の一部だからです。
では人は死ぬとどうなるのでしょうか?肉体が無になることはありません。なぜなら、『無』などというものはないからです。肉体はその構成要素に戻ります。そして、あなたの内なる存在−真のあなた−も無になることはありません。『being (存在)』というまさにその言葉自体が、あなたが常に存在していることを教えています。あなたは人間の肉体の中に一時的に住んでいる永遠の存在なのです。仮にあなたが存在しなくなったとしたら、宇宙に空っぽの空間ができて、全宇宙がその空っぽの空間の中に崩れ落ちてしまうでしょう」 (前掲書p.301-302)


これは聖書の中に語られている「永遠の命」のことです。
永遠の命を持って生き続けるところ、それが天国です。
去る3月に私の敬愛していた柿谷寿美江先生が天国に旅立たれました(「心洗われます」)。
その1か月ほど前には私の父も天国に行きました(「バレンタインデーに嬉しいことが3つ」)。
母は今からちょうど31年前に56歳の若さで天国に行ってしまいました(「母の日に寄せて」)。
これらの愛する人たちが先に天国に行って、そこで再会を待っていてくれると思うと、天国に行くことは決して怖いことや忌(い)むようなことではありません。いえ、むしろ喜ばしいこと、最高のことです。
信仰を持った私は、幼い頃からずっと抱いていた死の恐怖から完全に解放されて、人生の意味や目的が分かるようになり、天国を望み見るものと変えられました(「訓練していたことを実践しただけです」)。


そう、「天国よいとこ一度はおいで」(うまい酒やきれいなねえちゃんの世界とは違うでしょうが。帰って来たヨッパライ YouTube)。
皆さんとも天国でお会いしましょうね。


「私たちの国籍は天にあります」
(聖書 ピリピ人への手紙3:20)


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三者面談

2011.10.11日

前期期末テストが終わり、また夏期講習最終日に実施した学力テストと県模試の結果が戻ってきて、ここしばらくずっと休みを返上して、生徒の三者面談を行っています。
生徒の授業態度や宿題提出状況、学習の仕方、月例テストの結果など、コメントやアドバイスを各教科担当講師に書いてもらい、まずは学習の姿勢から見直し、現学力の把握と志望校合格へのステップをお話ししていますが、面談が終わる頃には生徒はみんなやる気に満ち溢れます。
前回、5月に面談した生徒(「できない理由 その2」)は、その後ぐんぐん成績を上げてきています。
この三者面談はご父母の方々の間でとても好評です。


アカデミー学院の場合、他塾にないきめ細かい指導体制をとっています。
その一つが、生徒一人ひとりのニーズに合わせた集団指導と個別指導の組み合わせです。
今回の面談でも、何人もの生徒がコースを変更して個別クラスを履修する決断をしました。
中には面談が終わったその日の夜から早速個別に来ている生徒もいます。
個別を始めた生徒に感想を聞くと、一様に「よく分かる」「集中できる」「分からなかったところが解決できる」と満足気に答えてくれます。


去る9月30日の読売新聞18面には、「『得意』は塾で 『不得意』は個別で」(森上展安の合格知恵袋 25)という記事が載っていました。
この中で「塾では得意な科目を伸ばす。(中略)費用面で余裕があれば、不得意科目の不得意分野に絞り、個別指導塾でも家庭教師でも、ベテランの指導を集中的に受ける。このように、得意と不得意に分け、利用機関の特性にあわせて活用するのである」とアドバイスされています。


まったくそのとおりです。
集団指導塾だけできめ細かい指導を望むのはなかなか難しいです。
かと言って、個別指導塾は授業料が高いため、せいぜい2教科から3教科ぐらいしか履修できません。
そこで、アカデミーではオリジナルコースで、集団指導と個別指導を自由に組み合わせ、得意と不得意をうまくフォローするわけです。


個別クラスはただ単に不得意教科の対策をすることだけが目的ではありません。
アカデミーの場合、集団で学びながら得意教科をさらに伸ばすために個別を履修している生徒もたくさんいます。
平塚江南高校のような独自入試を受験する生徒や英検2級を受ける生徒なども、この個別クラスをうまく活用しています。


これらの学習システムのほか、バーベキュー大会や、映画会、夏合宿など、年間何回かのイベントでも生徒の塾生活をサポートしています。
「かゆいところに手が届く」、そのような至れり尽くせりのサービスです。
生徒たちはみんな先生たちの愛情をたっぷり吸収して、塾が大好きです。


だからアカデミーの生徒は、「学校の3年間よりも素敵な思い出がたくさんできた」と言って、卒塾する時泣いて別れを惜しむのです。
中には卒塾したくないと言って高校生になっても個別部で学習を続ける生徒もいます。


ということで、今日は三者面談と個別クラスについて書いているうちに、いつの間にかアカデミーのPRになってしまいました。
個別クラスをまだ体験していない人は、無料体験できます。
風邪薬の宣伝じゃないですが、「早めのお手当」が一番です。
ただ現在、空き席がわずかしかありませんので、希望される方はお早めにご連絡をお願いします。


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今日は何の日?

2011.10.10日

今日は何の日ですか?
体育の日?
残念でした!今日は「主夫」の日でした。私にとっては。


うちの決算月が8月で、10月中に税理士のところにデータを届けて決算をしてもらわなければなりません。
そこで、この2〜3週間は、その仕事を担当している娘と、その確認作業をする妻は連日夜遅くまで頑張っています。
かつては私一人で全部やっていたのですが、ちょっと大変になってきてここ数年は娘と妻に代わってやってもらっているのです。
税理士にはこの連休で仕上げると言ってあったので、この週末から今日にかけて妻と娘は朝から晩までその仕事にかかりっきりです。


そこで、私が代りに主婦ならぬ「主夫」業をするわけです。
朝は家の周りの掃除。
そして洗濯物干し。
その後、乗用車と送迎バスの車検の手配や業者との打ち合わせ。
そして近くのスーパーに買い物。
家から1分のスーパーはまるでうちの冷蔵庫のようなものです。
それこそ、かき氷を作ってからシロップがないことに気づいて、買いに行ったこともあるほどです。
普段、買い物はほとんど娘の担当になっているのですが、重いものを持って帰ってくるのは可哀想だと思い、今日は重いものをまとめ買いして娘にサービスしました。
昼の食事が終わってからは、食器洗い。
ついでに流しをピカピカに磨き上げ、排水溝まで掃除しました。
今日、決算のための入力作業で忙しい娘と妻へのせめてもの恩返しです。


でも、朝は早く起きて速足で4キロ散歩してきたので、ちょっとだけ「体育の日」にもなりました。
ちなみに、もともと体育の日は1964年の東京オリンピック開会式の日にちなんで1966年から10月10日を国民の休日としたのですが、2000年からはハッピーマンデー制度により、10月の第2月曜日となりました。
そして今日はたまたま10日と第2月曜日が重なったわけです。
正直、塾の仕事をしていると、ハッピーマンデーよりも昔のように週の半ばに休みがある方が、ホッと一息つけて良かったのですが。


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英語弁論大会優勝!

2011.10.09日

今日の読売新聞30面に「高円宮杯中学英語弁論大会 小山君が県大会優勝」という記事が載っていました。
これを見て私は今から15年前にタイムスリップ。
長男、直人が中学1年の時にやはり県大会で優勝して新聞に紹介されました。


yomiurinews.JPG


夏休みにアメリカ人の家庭にホームステイに行かないかと声をかけたのです。
直人は大喜びでしたが、行った先は何と同じ平塚市内。しかもたったの一泊。
「僕の一泊ホームステイ」と題して弁論大会に出場し体験を語り、県大会優勝、決勝予選大会も入賞し、決勝大会まで進みました。
そして、大会終了後は有楽町の読売ホールで記念晩餐会。
当時の高松宮がお祝いのメッセージをされ、読売交響楽団のクラシックの演奏をバックに豪華な食事。
まるで昨日のことのようにはっきりと覚えています。


来る日も来る日も毎晩夜中まで発音練習や顔の表情など振り付けの特訓。
その甲斐あって、県大会で優勝した際、審査員の先生に「まるで英語が母国語の外国人のような発音で、とてもユーモラスな内容だった」とコメントしていただきました。
私も直人にはとてもいい経験をさせていただきました。


その後、直人の夢はかなってアメリカに留学。ホームステイも体験し、もう在米8年になろうとしています。


しかし、今日の新聞に載っていた記事から私は、もっと大きな感動をいただきました。
「審査の結果、『贈り物』というテーマで、心の病を抱えながら、一生懸命愛情を示してくれた母の姿を見て、精神科医になろうと決意したことを語ったサレジオ学院中3年の小山福太郎君(15)が優勝」
という文を読んで私は胸がいっぱいになりました。


自分の母親が心の病を抱えていることなど、普通の中学生なら恥ずかしく思って隠そうとするのに、それを堂々と語り、しかも母親の愛情に感謝して精神科医になろうと決意、というのは実に立派です。
もうこの内容だけで優勝は決まったと言ってもいいほど、ものすごい感動物語です。
でもきっと、毎日一生懸命英語の発音練習に励み、立派な英語スピーチをされたのでしょう。
私は心からこの生徒に拍手を送るとともに、ぜひとも彼の夢が実現できるようエールを送りました。


ちなみに、年間3万人を超す自殺者の大きな原因となっているうつ病は、今やがん、心臓疾患、脳血管障がいの3大疾患と並ぶ国民病と言われています。
精神疾患は恥ずかしがるような病気ではなく、身体の病気と同じレベルのごく普通の病気なのです。
心の病を抱えている人たちに対する偏見や差別はまったくいわれのないものであることを、私たちは今一度心に銘記しなければなりません。


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出会い その2

2011.10.08日

今週の月曜日、10月3日から始まったNHKの連続テレビ小説「カーネーション」が実に面白いです。
これまで私はこのシリーズはほとんど見なかったのですが、今回のは家族が見ていたのをたまたまちょっと見てみたら面白くてはまってしまいました。


これは、ファッションデザイナー、コシノヒロコ、コシノジュンコ、コシノミチコのコシノ三姉妹の母親、小篠綾子がモデルになっていて、実話に基づいたストーリーです。
主人公、糸子の少女の頃の大正時代から物語は始まり、今日は昭和2年、糸子が14歳、女学生になるところまで進みました。
糸子役の二宮星(あかり)ちゃんの名演技には度肝を抜かれました。私の小学校時代の子役など足元にも及ばないと脱帽しました。
ほかの出演者もみんな本当に芸がうまい。知らず知らずのうちに引き込まれていきます。


将来ファッションデザイナーになる糸子は少女時代はおてんば娘で、男の子相手に喧嘩をするような子です。女の子に生まれてきたことをいつも嘆いています。
実家の呉服の商売には興味もなく、むしろ大工になってだんじりの屋根に乗ることが夢。
そんなある日、母方の祖母から送られてきたドレス(洋服)に大興奮。
ところがサイズが合わなくて自分は着られず妹にあげることになるのですが、自分で自分の洋服を作ろうと思い立ち、父方の祖母からもらった端切れを使って初めてワンピースを作ります。
これがきっかけで糸子は洋裁の道に進むことになります。糸子11歳の時のことです。
ここから、将来世界で活躍する3人のファッションデザイナーが生まれることになるのですが、ドレスを送ったおばあちゃんは、そのようなことは夢にも思っていなかったことでしょう。


これを見ていて思いました。
人生というのは本当に「出会い」で決まると。
人との出会いや、糸子の場合のようにドレスとの出会い、その他さまざまな出会いが人生には次々とあります。
私の場合は英語が得意な父との出会いが最初にあり、次に母方の叔母がアメリカ人と結婚してアメリカ人の叔父との出会いがありました。
そして、これらの出会いを通して英語が大好きになり、将来は英語の道に進もうと決断するに至りました。


結婚相手を見つけるのも出会いです。
私の場合、それこそ「たまたま」と思えるようないくつもの巡りあわせを経て、妻と巡り会うことになりました。
そして、この妻との出会いがあった結果、3人の子どもとの出会いが続きました(「袖触れ合うも他生の縁」)。
現在の塾の仕事も、ここに至るまで本当にいろいろなところを通り、経験してきましたが、これらもすべてその時どきの人や物事、出来事との出会いの結果です。


誰でも身の周りを見回すと、実に数えきれないほどの出会いがあります。
スポーツや音楽、芸術、学問、宗教等々、これらの出会いによって人生が決まります。
要は、これらの出会いにどれだけ敏感で、そしてその出会いというチャンスをものにするかです。
同じ出会いを経験していても、それをものにする人もいれば、みすみす見逃してしまう人もたくさんいます。
私は常々出会いをとても大切にしています。人は「不思議な糸で結ばれている」と信じているからです。


あなたにはどんな素晴らしい出会いがありますか?
出会いは人生を変えます。
一つひとつの出会いを大切にしましょう。


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成功の鍵は「◯◯臭い」?

2011.10.07日

人生の成功の鍵のキーワードは「◯◯臭い」だ、と言ったら、皆さんはこの◯◯の中に何を入れますか?
まさか、「足が臭い」と言う人は一人もいないでしょう。
そう、当たり!
「面倒臭い」です。
もちろん、厳密に言うと、成功の鍵は「面倒臭がらない」ですが。


中には面倒臭がらずにどんなことでもコツコツ頑張れる人もいますが、ほとんどの人は面倒臭がります。


ひらがなで書こうとする生徒に「漢字で書きなさい」と言うと、「面倒臭い」と言います。
宿題をやってこない生徒にその理由を尋ねると、決まって「面倒臭い」と答えます。


私は中学1年になった時、希望に胸をふくらませてテニス部に仮入部しました。
とてもカッコ良く見えたのです。
ところが、くる日もくる日も球拾いばかり。
ラケットに触ることもできません。
顧問の先生が言いました。
「夏休みは毎日練習で休みなし。水泳は禁止」
これを聞いて私はすぐにやめました。
「面倒臭い」と思ったからです。
でも、どんなスポーツや楽器も、基礎練習という「面倒臭い」ところを通らずしてものにできることなどあり得ません。


天才の代名詞のように言われるかのアインシュタインは次のように言っています。
「私は頭が良いわけではない。
ただ人よりも長い時間、問題と向き合うようにしているだけである」


アインシュタインですらそうであれば、私たちはなおさらです。
もしアインシュタインが「面倒臭い」と言って、途中で諦めていたら、相対性理論は生まれませんでした。


テニス部に入って連日の球拾いで飽きてしまった面倒臭がりの私ですが、英語の勉強だけは面倒臭くありませんでした。
その理由が何だったのか考えてみました。
まず第1に英語が好きだったから。
次に、将来、英語が自由に使えるようになりたいという目標があったからです。


私にとって英語は、ほかの教科のように勉強しなければならないもの、テストのために無理やり暗記しなければならないものではなく、英語はある意味「恋人」のような存在でした。
一緒にいるだけで楽しい、声を聞いているだけでワクワクする、そんな感じでした。
ですから、レコードが擦り切れるほど毎日聞くのも苦痛ではありませんでしたし、レコードに録音されているアメリカ人と同じ発音ができるまで練習することもまったく面倒臭くありませんでした。


一般の人が面倒臭いと言うようなこれらの基礎練習を積み重ねたお陰で英語ができるようになり、さらにアメリカに留学して7年間も学ぶことができたました。
そして、英語が私の生涯の仕事となりました。


私は子どもの頃、夢見た俳優になりませんでした。また、高校生の頃希望した弁護士にも、大学生の頃願っていたように商社マンにも、大学教授にも、また大会社の社長にもなりませんでした(「夢の実現」)。
世間的にはいわゆる「成功者」ではありません。
でも、アインシュタインの
「もし自分のしていることが大好きなら、あなたは成功しているのです」 (「成功≠幸福」) 
という言葉のように、人と比較する必要もなく、私は本当に幸せな成功者だと思っています。


とどのつまり、成功の秘訣とはみんなが「面倒臭い」と言うようなことを面倒臭がらずにコツコツ続けることです。
そしてそのためには、自分のやりたいことにぞっこん惚れ込むことです。


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感動物語

2011.10.06日

私の親しい友人で、尊敬する鶴田牧師(「VIP」)がメールメッセージという形で毎週素敵なお話を送ってくださっています。
一昨日とても感動的な物語を送っていただきました。
あまりにも素晴らしいお話なので、一人でも多くの人に読んでいただきたいと思い、鶴田牧師の了承を得てここに転載してご紹介させていただきます。
これは作り話ではなく、実話だそうです。
私はまるで映画を観ているようにありありと情景を心に描きながらこれを読みました。


ある裕福な男性と彼の一人息子は、珍しい絵画の収集が趣味でした。ピカソからラファエルまで、彼らのコレクションは実に目を見張るものがありました。そして、二人はいつも一緒に座って、価値ある作品を眺めながら、その一つひとつの素晴らしさを語り合いました。


ベトナム戦争が始まり、息子は出征していきました。そして勇敢にも一人の兵士仲間を救い出そうとして犠牲になり、戦死してしまうのです。やがて父親にその知らせが届き、父親は一人息子の死を深く悲しみました。


一ヶ月が過ぎた頃、ちょうどクリスマスの前の日に、玄関のドアをたたく音がありました。ドアを開けると、一人の青年が大きな包みを持って立っていました。その青年は言いました。「あなたは私のことをご存知ありませんが、私はあなたの息子さんが命を捧げて下さった兵士です。彼はあの日、多くの兵士の命を救いました。そして最後に、負傷した私を安全な場所に運んでくれているときに心臓に弾丸を受け、即死しました。彼はいつもあなたのことを話してくれました。あなたがどんなに芸術を愛しておられるかということを。


青年は持っていた包みを差し出しました。「これは大したものではありません。私は偉大な画家ではありませんが、あなたの息子さんは、あなたがこれを持つことを望んでいると思います。」
父親は包みを開けました。それはその青年が描いた息子の肖像画でした。彼は、その兵士が息子の個性を見事に捉えて描いた絵を畏敬の念をもってじっと見つめました。父親の目からは、涙が止め処なく溢れ出てきました。彼はその青年に感謝をすると、いくらでも払うからその絵を譲って欲しいと言いました。


「そんな、とんでもありません。私は、あなたの息子さんが私にしてくれたことに何もお返しできません。これは私の心からの贈り物です。」


父親は、その肖像画を暖炉の上に掛けました。そして、訪問客が彼の家を訪ねる度に、まずこの息子の肖像画を見せて、それから彼のコレクションを見せるようにしました。


数ヶ月が経って、その男性は亡くなりました。そこで彼の遺言にしたがい、彼のすべての絵画が競売に掛けられることになりました。有力者たちが至る所から彼の家に集まり、数々の名画を見て、彼らのコレクションの一つに加える機会が訪れたことに興奮気味でした。いよいよ競売が始まり、まず最初に息子の肖像画が壇上に。


競売人は、小槌を打ち付けました。「では、まず、この‘息子の肖像画’から始めます。誰が、この絵に値段をつけられますか?」
会場は静まり返り、しばらくして、後ろのほうから大声で、「我々は、有名な名画を見たいんだ。この絵は飛ばしてくれ!」 しかし、競売人はその声を無視し、「この絵に値段をつける人は誰かいませんか?誰が始めに値段をつけますか? 100ドル? 200ドル? 誰かいませんか?」


すると今度は、少し怒ったように叫ぶ声がありました。「我々はゴッホやレンブラントを見に来たんだ。本当の競売を始めてくれ!」 しかし競売人は執拗に続けました。「息子! 息子! 誰がこの‘息子’を持って行きますか?」
 

やっと会場の一番後ろから声がかかりました。それは長年その家で働いてきた庭師でした。「私がその絵に10ドル払おう。」 貧しい男にとって、それが払える限度でした。そこで競売人は続けました。「10ドルの声が掛かりました。20ドルはいませんか?」


すると、また会場から声がしました。「早くその絵を10ドルで彼にやって、我々は名画を見よう!」
「入札金額は10ドルです。誰も20ドルはいませんか?」


会場のあちこちから怒りの声が上がり始めました。彼らは‘息子の肖像画’など欲しくありませんでした。彼らは自分たちのコレクションのためにもっと値打ちのある投資を望んでいました。


そこで競売人は小槌を打ちつけました。「では、この‘息子’は10ドルで落札です!」
すると二列目に座っていた男性が叫びました。「さあ、名画のコレクションに移るとしよう!」


ところが、競売人は小槌を置いて言いました。「残念ですが、これで競売を終わります。」
「何だって、本命の名画はどうするんだ!」
「まことに残念です。私がこの競売を執り行なう依頼を受けたとき、遺言に特別な条件が明記されていることを聞かされました。そして、その特別な条件は、この最後の時まで明かしてはならないことになっていました。その特別な条件とは、この‘息子の肖像画’だけを競売に掛けること、そして誰であっても、この‘息子の肖像画’を買った者が絵画を含むすべての地所を相続するというものでした。ですから、この‘息子’を手に入れた者がすべてを得るのです。


いかがでしたか?
すごい話ですよね。
鶴田牧師は、上の話からひとり子イエス・キリストを与えてくださった父なる神様のご愛を説いていらっしゃいます。
このほか、父親の息子に対する愛とか、商売の心、人の心を理解すること、誠実、芸術品の価値等など、この物語からいろいろと教えられることがあります。
皆さんはこの物語からどんなことを教えられましたか?


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チベット族の少女

2011.10.05日

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昨日、放映された「長江 天と地の大紀行 第1回 チベット大峡谷と理想郷」(19:30ー21:00 BSプレミアム)はとても感動的な番組でした。
中国系日本人俳優の阿部力(あべつよし)さんが、チベット高原の長江上流を訪れリポートしていました。
雄大かつ美しい景色もさることながら、私の心を捕えたのはシャングリラのチベット族の一少女でした。


阿部さんは草原を一望できる高台を訪れ、そこで子羊を抱いた少女と一緒に写真を撮ります。
少女は見た目は日本人とさほど変わらず、まだ中学生ぐらいのあどけない感じなのですが、実は18歳。
小学校の時に習った中国語を話して旅行客に記念写真を撮りませんか、と声をかけるのですが、中国人観光客たちは素っ気なく「結構」、「興味がない」と断ります。
阿部さんは写真を撮ったお礼にと、日本円にして60円を支払うと、「こんなにたくさんいただけません」と言います。
「今や中国人は金持ちだから、もっと積極的に声をかけて商売しなさい」と阿部さんに言われるのですが、控えめな少女は「そんなことできません」と答えます。


妹を学校に行かせてあげるため、少女は小学校を卒業するとすぐに観光客と記念写真を撮る仕事を始めます。
阿部さんが尋ねます。
「写真の仕事をしていない時は何をしているの?」
「この仕事をしていない時は、家で家事を手伝っているか、畑で仕事をしています」


「どんな夢があるの?」
「夢?そんなこと考えたこともありません」
「上海に行きたくない?」
「行きたいけど無理です」


空を飛ぶ飛行機も見て、少女が尋ねます。
「あの飛行機には何人ぐらい人が乗ってるの?」
「大きい飛行機だと400人ぐらい」と阿部さん。
「そんなのうそだ!」と少女。
「400人も人が飛行機に乗っているとか、上海には100階建ての建物があるなんてみんな信じられない」


少女がまだ見ぬ地、上海に思いを寄せているのを見た阿部さんは、スタッフにお願いします。
(実は、二人のやり取りを見ながら私は、心の中で阿部さんの口からこの言葉が出てくるのを念じていたのです)
「この子は本当に上海に行きたがっている。我々が上海に戻るときに一緒に連れて行ってあげることはできませんか?この少女に広い世界に目を開かせてあげたい」と。
スタッフの了解を得た阿部さんは、少女の家族のもとへ説得に向かいます。
母親は了承したものの、少女のおじさんが反対し、結局夢をかなえてあげることはできません。
落胆する二人。


やがて阿部さんがこの地を発つ日がきます。
少女が淋しそうな顔をします。
後ろ髪を引かれる思いで阿部さんはこの小さな村をあとにします。


あまりにも純朴な、痛々しい少女の姿に、私は途中何度も涙しました。
そして胸がチクチクと痛みました。


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百貨店

2011.10.04日

先日、小学6年生のNIESのクラスで百貨店のことが出てきました。
近年、大型スーパーやコンビニエンスストア、ショッピングモールなどに押されて、百貨店がどんどん姿を消していって少なくなってきているというデータをもとにみんなで話し合いました。
生徒たちに理由を尋ねると、大型スーパーの方が安い、コンビニの方が便利、百貨店は時代遅れだ、ショッピングモールのような複合施設だと、家族みんなで映画を見たり、食事したり、買い物ができたりして一日中楽しめる、という答えが返ってきました。
なるほど、本当にそのとおりです。
そこで、私は彼らに尋ねました。
「平塚にも百貨店があったんだけど知ってる?」
みんなお互いに顔を見合わせて、「平塚に百貨店?そんなのあったの?」と誰も知りません。
そこで私が「ほら、梅屋がそうだよ」と言うと、みんな驚いて
「えーっ!梅屋が百貨店なの?」
と一斉に大声を上げました。
みんなの頭の中では百貨店というと、大都市にある大きな三越とか高島屋のようなイメージだったようで、地元の「梅屋」が百貨店だったということを知りませんでした。
それほど梅屋の存在が彼らにとっては小さかったのです。


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Wikipediaにも載っている明治40年創業の梅屋は107年の歴史を経て、去る8月末日で完全閉店したのです。
ユニクロなどのテナントが入っている元別館のYouU館はまだ営業しているのですが、かつて車が列を作って並んでいた専用駐車場は今では2〜3台しか車がとまっていず、さびしい限りです。


私たちも大磯・平塚に移り住んで27年。この間、梅屋にはずいぶんお世話になりました。
子どもたちがまだ小さい頃は、梅屋の屋上にあったお金を入れると揺れ動く乗り物などで遊ばせ、7階にあった大食堂でよく食事もしました。
近辺で唯一の百貨店だったからです。
しかし、時代の波には勝てなかったようです。
最近では買い物客はお年寄りばかりで、家族連れや若い人たちはほとんど見かけなくなっていました。


考えてみると、その時代時代にさまざまな新しいビジネスが生まれ、古いものが順に消えていきます。
百貨店もそのひとつです。
今から40年近く前、初めてアメリカに行ったとき、その頃まだ日本にはなかったディズニーランドやユニバーサルスタジオのような巨大テーマパークを始め、大きなショッピングモールや、大型ディスカウントストア、ホームセンター、コンビニ、ファーストフードのドライブスルー等など、どれもこれも珍しいものばかりで目を見張っていました。
今、これらはすべて日本で当たり前のものになりました。
代わりに、昔ながらの商店街の小さな商店や食堂が次々と姿を消していっています。
どのビジネスにも「上り坂と下り坂」があります。


人は新しいもの、珍しいもの、便利なもの、楽しいもの、きれいなもの、おいしいものを求めます。
そして、人が命や文化、伝統などを次の世代へ伝えていくように、ビジネスもまた形を変えて次の世代にバトンタッチしていきます。
これも進化の一つの形です。


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上り坂と下り坂

2011.10.03日

何人かのブログ読者の方から、最近体調はいかがですかと尋ねていただきました。
ご心配いただきありがとうございます。
以前のようなひどい吐き気はなくなりましたが、日によっては一日中気分が優れないこともあります。
でも、一時期からみると信じられないぐらい、というか想定内ですが、全体的には調子いい方です。


「歳を取ってきた」は禁句なのですが、やはり歳のせいでしょう、夜中は2〜3時間おきにトイレに目が覚めます。
今朝などは4時頃にトイレに行くとその後はもう眠りに戻ることができませんでした。


そこで、6時半に床を出て、早朝の散歩に出かけました。
これからの健康管理に運動が欠かせません。
iPhone のアプリで計測したところ、時速6キロ弱で45分歩いて距離は4.23キロでした。


いつも歩くサイクリングロード脇にはコスモスや彼岸花など、さまざまな花が赤、白、ピンク、紫、黄と色とりどり咲き乱れていました(花の名前はあまりわかりません)。
花を見ていると身も心も癒されます。


途中、小さな上り下りがあり、上りになるとスピードが若干落ち、下りになるとすたすたと楽に歩けます。
この時、ふと思いました。
私の人生、上り坂の前半30年はとても長くてしんどかったのですが、後半の結婚してからの30年はまるで下り坂のようで、気がつくとあっという間でした。


でも、下り坂と言っても、別に「人生の下り坂」というような否定的な意味ではもちろんありません。
子育ても仕事も大変でしたが、同時にとても充実して楽しかったです。というか、今でも十分に楽しんでいますが。


ただ、人生の後半戦は散歩の下り坂のようにスピードが加速度的に速くなっていきます。
結婚してもうすぐ30年というのが信じられないぐらいです。


人生、苦あれば楽ありです。
「楽」は、ただ「らく」という意味だけでなく、「たのしむ」という意味も含まれています。
人生を楽しむためには、その前に苦労もしなければなりません。
苦労は、人生の土台作りの期間である20代までに、汗をかいて頭と体と心を鍛えることです。


これからの残された人生を、雪だるまのように下り道をただ転げ落ちていくのではなく、ゆっくりと、もっと楽しみながら一歩一歩歩んでいきたいと散歩しながら考えた次第です。


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余命わずか

2011.10.02日

今日の読売新聞「人生案内」(19面)を少し長くなりますが、全文引用します。


「尊敬する社長 余命わずか


夫と2人の子どもと暮らす30代女性。十数年お世話になっている職場の60代の社長が、がんで余命わずかと宣告されました。
社長は数年前から入退院を繰り返していましたが、宣告を受けて職場を閉めました。私は、社長が別に経営している会社に転籍し、引き続き働いています。他の従業員も社長の世話で再就職したりしています。
社長には、仕事を通じていろいろな知識や技術を教えてもらいました。また、子どもが急に熱を出して休んだ時も「気にしなくていいよ」と優しく対応してくれました。本当に心から尊敬し、感謝しています。
社長のために一生懸命働こうと思うのですが、ふと空虚になり、やる気の起きない自分がいます。社長の体調がどんどん悪くなっていくのを目の当たりにして、悲しく、不安になります。こんなことではいけないと自分に言い聞かせても、地に足がつかない感じです。
社長に感謝を表すために頑張りたいのです。これからどういう心持ちで日々を過ごせばよいでしょうか。(大阪・M美)



従業員の身の振り方を心配してくださるのみならず、全員の働き先を手配してくださる。何とできた社長さんでしょう。そんないい方が病に倒れる。人生は非情なものだと思います。
でも、あなたがせっかくの社長の心遣いを無にしてはいけません。ここは恩返しのつもりで、気力を振り絞って働かねばなりません。つらさをこらえて働く。これしかない。なまじ同情されるより、社長はどんなにかうれしく感じるに違いありません。相手の気持ちを素直に受けとめ、感謝する。これが一番の報恩です。
それから、尊敬する相手の、尊敬するところを、そっくりあなたが引き継ぐことです。そして若い世代に、社長の生き方を逐一、あなた自身で伝えるのです。自分は社長のこういうすばらしい影響を受けた、と語ることで、社長の精神は人々の心にいつまでも生き続けるわけです。
嘆き悲しむだけでは、何の用も果たしません。思えば先輩たちも、このようにして、いい人柄や所業の数々を私たちに伝えてくれ、私たちは学んだわけです。
(出久根 達郎・作家)」


上の相談は読んでいて胸が痛むようなとても悲しい内容なのですが、でも同時に心温まるものがあります。
そのような素晴らしい、尊敬できる社長さんのもとで働けてなんて幸せなんだろうと。
それだけでなく、回答者の出久根達郎さんがおっしゃっている
「尊敬する相手の、尊敬するところを、そっくりあなたが引き継ぐことです。そして若い世代に、社長の生き方を逐一、あなた自身で伝えるのです。自分は社長のこういうすばらしい影響を受けた、と語ることで、社長の精神は人々の心にいつまでも生き続ける。嘆き悲しむだけでは、何の用も果たしません。思えば先輩たちも、このようにして、いい人柄や所業の数々を私たちに伝えてくれ、私たちは学んだわけです」
という励ましのメッセージが心に響きます。


相手が社長でなくて、親や兄弟姉妹、子供、親しい友人、恩師、先輩、同僚など、私たちも同じような状況に遭遇することが必ずあります。
このような時、私たちが心すべきことは、悲しむことではなく、愛し、尊敬する人から教えられたことを自分が引き継いで、次の人にバトンタッチしていくことです。
そういう使命が与えられているのです。
人類の長い歴史はそのようにして脈々と受け継がれてきました。


昨日のブログ「肯定的な言葉と否定的な言葉」に、暗いニュースや否定的な言葉がこの世の中多すぎる、と書きましたが、そのような中で上のようなメッセージは燦然(さんぜん)と輝きます。


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肯定的な言葉と否定的な言葉

2011.10.01日

私たちは朝から晩まで、否定的な言葉に取り囲まれています。
朝一番に新聞を開くと、否が応でもたくさんの否定的な記事や言葉が目に飛び込んできます。
「殺人」「倒産」「窓ガラスが割られる」「窃盗」「逮捕」「不倫」「離婚」「敗北」「有罪判決」「摘発」「盗難」「死者・負傷者」「ぼったくり」「事故」「テロ」「打撃」「緊張」「紛争」「ストレス」「癌」「不景気」...。挙げ出せば切りがありません。
新聞を読むと暗い記事によって心まで暗くなるので、新聞は読まないようにしているという人もいるほどです。


新聞だけではありません。
親は子どもに、子どもは親に、夫は妻に、妻は夫に、教師は生徒に、生徒は教師に対して相手を責めなじる暴言を吐きます。


どこを向いても否定的な言葉が耳に入ってきます。
「だめだ」「いやだ」「嫌い」「憎い」「苦しい」「チクショー」「バカ野郎」「糞喰らえ」「憂鬱」「つまらない」「やる気がない」「頭が悪い」「ブス」...。


『ザ・パワー』の中で、著者ロンダ・バーンが面白いことを言っています。
「あなたは良い感情か悪い感情かのどちらかを抱いています。素晴らしい感情は全て愛から生まれます!逆に、否定的な感情は愛情不足から生まれます。あなたが歓びに満ちて良い気分でいる時には愛を放出しています。そして、たくさんの愛を与えれば与える程、より多くの愛を受け取るのです。
絶望して気分が落ち込んだ時は、否定的なものをたくさん出しています。あなたが否定的なものを出せば出す程、否定的なものが返ってきます。否定的な感情を抱くと気分が悪くなる理由は、否定的な感情の中には肯定的な力である愛がないからです!
良い気分でいると、あなたはより良い人生を手に入れることができます。
嫌な気分でいると、あなたが感情を変えるまで、人生はもっとひどいものになります」 (p.55)


著者は、否定的な言葉は愛の欠如から生まれ、それはさらに否定的な感情を呼び起こし、そしてさらに否定的な状況をもたらす、と言っています。
私はこの考えに100%、いえ200%賛成です。
これまでにもこのブログで同様のことを何度も書いてきました。
そして、著者の主張点は、否定的な言葉をなくせとか追い出せというのではなく、そこに愛情をもたらしなさい、そうすると肯定的な言葉が生まれるということです。
これは言いえて妙、実に深い意味のある言葉です。


私は今まで、車を運転していて乱暴な運転をする人に出くわしたり、道端に平気で物を捨てたりする人を見かけたりすると、心の中は穏やかでなくなり、顔はしかめっ面に、そしてついつい批判的になり、否定的な言葉が口をついて出てきていました。
しかし、ロンダ・バーンの「愛情をもたらす」という教えのお陰で、今ではそういう行為を見ても腹を立てずに、むしろその人のことを気の毒に思い、もっと注意深い運転をするようにとか、公衆道徳を身につけられますようにとか、肯定的な言葉を発して心の中でその人のために祈ることができるようになってきました。
そうすると、自分自身の気持ちがうんと楽になり、そしていい気分になるのです。
なるほど、人生というのはこういうことの積み重ねなんだな、それによって幸せにも不幸にもなるんだな、と改めて気づかされています。


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