学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
読む人に元気を注入します。

ジョージ学院長 元気の出るブログ

ブログに関するご意見・ご感想は、こちらのフォームからお気軽にどうぞ

過去の問題と未来の可能性

2011.08.31日

多くの人が過去の問題にとらわれて、未来の可能性を見ようとしません。
過去の問題なんて誰にでも、またどこにでもあります。というか、問題のないところなど天国以外にはありません。私たちは神ではなく人間だから問題があって当然なのです。


人類の歴史を振り返ると、問題があることを認めた上で、それに対してどうすれば良いか、という未来の可能性に目を向けてきたからここまで発展してきたのです。


しかし、問題に焦点を当ててそればかり見ていると、問題に押しつぶされてしまいます。
新聞に毎日載っている人生相談を見ていると、このことがよくわかります。
問題が存在すること自体が問題なのではなく、その問題にどのように対処するかが問題なのです。


たとえば、中学3年生の人で今学んでいる数学がよくわからないとします。
このような時、「ああ、自分は数学はだめだ」と考えがちなのですが、中1の時に学んだ数学はその当時難しく感じていたけれど、今となっては簡単です。
同様に、今難しいと感じている数学だってもう少し時が経って振り返った時、なんだ簡単じゃないかということになる確率が非常に高いということです。
今、成績が良くないからといって、ずっと永遠に良くならないということにはなりません。


このことは、私たちの仕事や家庭、人間関係等など、すべての分野に当てはまります。
問題解決の糸口は、未来の可能性に目を向けることによって見つかるものです。
野田新首相にもそのことを大いに期待したいと思います。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

命がけが原点

2011.08.30日

昨日、民主党新代表に野田佳彦氏が選ばれ、今日第95代首相として就任します。
政治のことに関しては、皆さんそれぞれのお考えがあることと思いますので、ここでは政治に立ち入ったお話はしません。
しかし、今朝の新聞によると、野田氏が政治家になる原点となったのは、同氏が3歳のときに起きた浅沼稲次郎・社会党委員長刺殺事件の際、母親が言った「政治家って命がけなのよ」という言葉だったといいます。
私はこの時10歳、小学4年生で、この事件の様子をテレビのニュースや新聞の写真で見て大きなショックを受けたのをはっきりと覚えています。
しかし、私の母も父も「政治家って命がけだ」とは言いませんでしたし、また万一そのように言っていたとしても、それがきっかけで政治家になろうなどとは絶対に思わなかったことでしょう。
このようにしてみると、親の影響も非常に大きいのですが、同時に本人の器も大きな要素になっているように思われます。


私は政治家になることなど考えたことはこれまで一度としてありませんでした。
小さい頃から何となく教育者になりたいという希望はありましたが、それが次第に具体的になっていったのは大学生時代です。
大学卒業後はアメリカの大学院で7年間学ぶことになりますが、その間にも夢は大学の教員からキリスト教牧師に変わり、カウンセラーになりました。
そして、実際のところ、それらの夢は全部かなえてきました。
しかし、健康などいろいろな事情があって現在の塾の仕事に落ち着きました。
ですから、上の野田氏のように3歳の時に母親から聞いた「政治家は命がけ」という言葉が政治家を目指す原点になったというのはまったくもって恐れ入ります。


しかし、同時に私自身、これまでやってきたことを振り返ると、その一つひとつを命がけでやってきました。
もちろん、浅沼社会党委員長のように実際にその仕事で命を落とすような危険な目には遭いませんでしたが、意識としては常に「命がけ」「全力投球」でやってきました。


考えてみれば、それがたとえどのような仕事であれ、あるいは学生の場合であれば勉強において、本気でコミットするなら、すなわち「命がけ」で当たるなら、それで成功しないわけがありません。
このコミットメントは、この言葉も概念も知らなかった幼少の頃から、私は生活の中で実行してきました。
それがたとえば、「何事も一生懸命」のような形で表れています。
また、アメリカ留学中の奨学金も必死でしたから次から次へと道が開かれました(「すごい夢を見よう!」)。
また、留学生だったのでアルバイトができなかったのですが、これも必死で粘って移民局から就業許可を受けることができました(「成功とはあきらめないこと」)。


野田氏が「地盤・看板・カバン」何一つないところから一国の宰相にまでなったその原動力は「命がけ」でした。
今、あなたがたとえどのような状況にあろうとも、「命がけ」の精神で事に当たるなら、道は必ず開けます。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

あわてて結婚して、ゆっくり後悔せよ

2011.08.29日

「たいていのことは、急いでやると、ろくなことがない。例えば、人生の伴侶選びにしても、西洋には、こんな戒めの言葉がある。<あわてて結婚して、ゆっくり後悔せよ>
▼確かに、スピードが大事なこともあるけれど、速さは、往々にして脆(もろ)さにつながる。木がいい例だ。どんどん太く、大きくなる木よりも、一年に少しずつしか成長せず、年輪が詰まっている木の方が、ずっと堅く、丈夫である
▼ビジネスの世界では、米国流の『判断のスピード』をありがたがる風潮があるが、彼(か)の国の大統領選びは相当ゆっくり。党指名レースへの対応など含めれば実質二年近いのではないか。その長丁場の中で、さまざまな出来事にどう対処するか、候補者は徹底的に国民に見透かされる
▼さて、一昨日、事実上の首相選びとなる民主党代表選が告示された。と思ったら、もう今日、同党国会議員のみの投票で決まってしまう。その間、わずか三日。小さな村の代表を選ぶ村長選でも六日はかけるのに、米大統領とも渡り合う日本のリーダーはたった三日で…
▼震災復興などで政治空白が許されぬ事情はあるが、あまりに脆い短命政権が続くわが国だ。今度こそと思うが、こんな“即席政権”ではやはり、丈夫で長持ちの期待は抱きがたい
▼議員らが<あわてて選んで>、国民が<ゆっくり後悔する>。とにかくそれは願い下げだ」
(8月29日付 中日新聞「中日春秋」より)


上の記事を読みながら私は何度も何度も笑いました。
時勢を読んだまさに当を得た内容です。


「善は急げ」
「急(せ)いてはことを仕損じる」
など、先人たちの残した偉大な諺(ことわざ)には、上のように一見相矛盾したかのように見えるものがいくつもあります。
しかしそれでいて、その一つひとつに真理が隠されています。
冒頭の記事を書いた記者もその辺のところはよく心得ていて、ビジネスの世界ではスピードが大切だが、人生の伴侶や国のリーダー選びなど、大切な局面ではじっくりと見て慎重に行わなければならないと言っています。


ところが往々にして、人はそのまったく逆のことをしてしまいます。
そしてその結果、上の西洋の諺の「あわてて結婚して、ゆっくり後悔せよ」をそのまま実行してしまうのです。


よく見ると、「善は急げ」の諺には「善」とあり、「結婚の相手選び」とか「国のリーダー選び」とは書いてありません。急ぐべきは「善」です。
私たちは、善を行うことは躊躇(ちゅうちょ)することなく積極的に、しかし大切なことは慌(あわ)てず慎重に行うようになりたいものです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

遺書

2011.08.28日

「小学校の卒業を控えて、家族に宛てた手紙を先生が子供たちに書かせた。佐藤雄樹(ゆうき)君も書いたが、照れて家族に渡さない。「雄樹、あの手紙は?」何日もたって父親の和隆さんに問われ、「これ」と手渡したのは震災前日、3月10日の夜だったという。
震災の犠牲者16人が生前つづった家族への言葉を、『中央公論』9月号が特集している。作家長薗安浩さんの取材によるもので、雄樹君(宮城県石巻市、12歳)の手紙もそのなかにある。
お父さんへ――以下4行が全文である。
〈12年間育ててくれてありがとうございました。
言うことを聞かなくてめいわくかけて
きたけど、心の中では感謝していました。
本当にありがとうございました ゆうきより〉
和隆さんが『まるで遺書のような…』と語るように、過去形で書かれている。震災前夜ということも、過去形も偶然には違いないのだが、古人が言い習わしてきた『虫の知らせ』という言葉が脳裏をかすめぬでもない。
命の限りの蝉(せみ)しぐれが聞く人の胸にしみ入る夏の終わりである。あるいは、命のはかなさを知るその虫の知らせであったか…と、ふと考える」
(8月20日付け 読売新聞「編集手帳」より)


小学6年生の佐藤雄樹君の上の短い手紙は胸を締めつけます。
『中央公論』に載っている手紙は、おそらくどれもこれも読む者の魂を揺さぶるようなものばかりでしょう。
虫の知らせがあるなしにかかわらず、人間というものはいざ遺書を書く段になるとみんな等しく感謝の言葉が出てくるのではないかと思います。


遺書というと、自殺する人が書くものというのが定番になっているようですが、たとえ自殺しなくてもみんな遺書を書いておくべきだと私は思っています。
そうすれば残された家族・親族、友人、仕事関係者らに、自分の思いを伝えることができますし、また残された者にとっても先に逝った人の考えや気持ちなどがわかり、どれほどの慰め・励ましになることでしょう。


そして、この遺書に絶対に欠かせない要素が周りのみんなに対する「感謝」の言葉です。
なぜなら、人間は誰ひとりとして自分だけで生きているものなどなく、みんな数えきれないほど多くの人々のお世話になっているからです。
だから、いつ天国(あの世)に旅立ってもいいように感謝の気持ちを遺書という形で残しておくわけです。


私自身、まだほんの数日前にそのことを考え(「今日は何を書かないでおこうか...」)、早速書こうと考えていたところですが、ちょうどいいタイミングで上の「編集手帳」の記事を見て、「これは急がねば」と思った次第です。


ちなみに、私自身はまだ今のところ虫の知らせを聞いているわけではないので、どうぞご心配なく。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

今日は夏期講習最終日

2011.08.27日

長かったようで、やっぱり長かった(?)夏期講習も今日が最終日。
今日は、昨日やった県模試(中3)・学力テスト(中1・2)の解説の日です。
体調の悪い生徒や部活等で都合のつかない生徒など一部を除いてほぼ全員が参加し、みんな熱心に授業を受けていました。


実はこの過程がテストの中で一番大切なのです。
多くの生徒がテストをやりっぱなしにしていて、点数だけで一喜一憂して、テストの結果から学ぼうとしません。
これは実にもったいない。


テストは確かに、現学力を把握するという目的もありますが、それ以上に大切なのはまだ完全に定着していなかったところや、理解しているつもりで理解していなかったところ、まったく理解ができていなかったところ、ケアレスミスなどを掘り起こし、分析し、それを今後の学習に役立てるというところに一番の目的があります。
この作業をしっかりしなければテストの意義は半減どころか、無意味にすらなる場合があります。
ここをしっかりやる生徒とやらない生徒では、今後の学習成果に雲泥の差が出ます。


たとえ今回失敗して思うような結果が出せなかったとしても、ここで何かを拾い、ここから立ち上がり、それを今後に活かすなら、今回のテストは大いに意義があったということになります。
しかし、もし万一、点数だけを見て一喜一憂しているなら、たとえ点数が良かったとしても、このテストを受けた意味はまったくなく、お金と時間と労力が無駄だったということになります。


とくに中3生は、約半年後には本番の入試が待ち受けています。
今回の県模試のみならず、これから受ける県模試や学校の定期テストなどすべてのテストを最大限に活かすよう心しましょう。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

自信を手に入れる方法

2011.08.26日

"Confidence is the most important single factor in this game, and no matter how great your talent, there is only one way to obtain it - work."
-- Jack Nicklaus, golfer


「このゲームで唯一かつ最も重要な要素は自信である。あなたの才能がどれほど素晴らしいかにかかわらず、この自信を手に入れる方法はただ一つしかない。それは努力だ」(プロゴルファー ジャック・ニクラス)


ジャック・ニクラス(ニクラウスとも)と言えば、知る人ぞ知る、ゴルフの神様のような人物。
「ゴルフをメジャースポーツにする牽引役を務め、圧倒的な強さと、トレードマークの金髪により『ゴールデン・ベア』(金の熊)と称され、日本では『帝王』と呼ばれ、史上最高のゴルファーとも称される」(Wikipediaより)


胸のところに熊のマークがついたポロシャツは、ジャック・ニクラスのニックネームから商品化されたものです。
彼のライバルだったアーノルド・パーマーが男子メジャー大会で優勝したのは7回、かのタイガー・ウッズは14回、これに対してジャック・ニクラスは18回というから、彼の功績がいかに偉大かというかことがわかります。


一般に、人はジャック・ニクラスのような人物を天才と呼びます。
確かに天才の名にふさわしい功績です。
しかし、彼の口から出てきた言葉は冒頭の、
「このゲームで唯一かつ最も重要な要素は自信である。あなたの才能がどれほど素晴らしいかにかかわらず、この自信を手に入れる方法はただ一つしかない。それは努力だ」
です。


この世の中で「天才」と呼ばれる人はみんな努力によって自信を手に入れているのです。
そして、この努力こそが凡人と天才を分けるもので、しかも努力はだれにでもできることなのです。
もしあなたが何かの分野で秀でたいと思うなら、それは努力によって自信を身につけることです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

◯人が◯人を導く

2011.08.25日

「◯人が◯人を導く」
の◯の中に漢字一字を入れよ。


上のような問題があったら、通常◯の中には「盲」という字を入れます。
「盲人が盲人を導く」は昔からある有名な格言で、聖書の中にも
"It's the blind leading the blind."
「それは盲人が盲人を導くようなものだ」 (マタイの福音書15:14)
とあります。
「物事をよく知らない者が、人を教え導こうとする」という戒めの格言で、決して盲人に対する差別の意味合いは含んでいません。


さて、つい2〜3日前、私はある光景を目にしました。
それは、「盲人が盲人を導く」ではなく「老人が老人を導く」でした。
同様の光景を最近よく見かけます。
そして、そのほとんどは「おばあちゃんがおじいちゃんの手を引いて」歩いているのです。


今や日本は超高齢社会です。
高齢化社会(65歳以上の人が全人口に占める割合が7.1%)になったのは1971年のこと。
その後、1995年には同14.5%で高齢社会に、そして2007年には21.5%で超高齢社会になりました。
すなわち5人に1人が65歳以上という社会です。
この問題に関しては以前にもこのブログで取り上げたことがあります(「少子高齢化」)。


さて、私は上の「おばあちゃんがおじいちゃんの手」を引いている光景を見て思いました。
このお年寄りのカップルが若い時がどうだったかはわかりませんが、若いカップルの場合、多くは男性が女性の手を引いて歩いています。
それが歳を取ると逆転していまいます。
当然と言えば当然のこと。だって、男性の平均寿命が80歳に対して女性は86歳。
しかも結婚している人の大半は男性のほうが女性よりもいくつか年上です。


「老いては子に従え」ということわざがありますが、これが今や「夫たるものよ、老いては女房に従え」となっているのです。
それにしても女性はすごい。妊娠・出産・育児という男性には真似できない(当然のことですが)重労働をしていながら、男性よりも長生きして、しかも最後は夫の面倒まで見る。
本当に頭が下がります。


そして、もうひとつ。
地球上に存在する数え切れないほどのたくさんの動物の中で、子どもが老後の親の面倒を見るのはなんと人間だけなのです。
動物によっては、子どもができるとその段階で命を次世代に伝えるという使命が終わったということで親の寿命が尽きるものもあるほどです。
この点においても、人間には特別な使命が与えられているのですね。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

心は命の泉

2011.08.24日

お盆休みに30年ぶりに訪ねた名古屋郊外にお住まいのN牧師はもう82歳。
妻が若い頃大変お世話になった牧師です。
30年前、私たちの婚約式の司式をしていただいたのですが、その時のN先生は今の私たちよりも10歳近く若かったのに、ものすごい貫禄でした(太っていたというわけではなく、歳の年輪を感じるような)。
私もN先生ぐらいの歳になればあんなふうに貫禄がつくのかなと思っていたのですが、いまだにあの時のN先生の貫禄にはほど遠く、いつまで経ってもまだまだ若造です。


82歳になられたN先生は、昔から薄かった髪がさらに薄く、そしてすっかり白くなり、随分お歳を召されたなという印象をうけました。
ところが、お話ししていると、昔の記憶は私たちよりもしっかりしているぐらいで、本当に驚かされました。まるで人生を達観した高僧のような感じでした。


そのN先生から今日お便りをいただきました。
先生の達筆は昔からとても有名でしたが、お便りのペン字はまるでお手本のよう。
しかし、さらに驚かされたのは、半紙に書かれた先生自筆の毛筆の書でした。


heart.jpg


書道の先生としても十分に通じるぐらいの腕前です。
とても82歳の方の筆とは思えません。震えは一切なく字も見事ならば、その書かれた内容も本当に素晴らしい。
心打たれました。


「人に接するときは春のように温かい心
仕事をするときには夏のような燃える心
物事を考えるときは秋のような澄んだ心
自分を見つめるときは冬のような厳しい心」


上の言葉は調べてみると、あちらこちらでよく引用される有名な言葉のようです。
そして最後に書かれている箴言4:23は聖書の言葉で、
「油断することなく、あなたの心を守れ、
  命の泉は、これから流れ出るからである」
とあります。
なるほど、N先生はこの聖書の言葉、
「命の泉は心から流れる。だから油断することなくあなたの心を守りなさい」
をさらに一歩進めて、より具体的にわかりやすく、上のようなメッセージを送ってくださったのだなと思うと、私たちはとてもうれしくなりました。


今、ちょうど島田伸介の問題で話題になっている「開運!なんでも鑑定団」に出したいほど立派な書なので、額縁に入れて我が家の家宝として飾っておくことにしました。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

蟹の味噌汁、神の味噌汁?

2011.08.23日

昨晩、授業後の送迎バスの中で生徒の面白い会話が耳に入ってきました。
「かみのみぞしる」
「神の味噌汁?」
「かみのみぞしる」
「神の溝汁?何それ?」
「...」


私は吹き出しそうになりましたが笑いをかみ殺しました。
もちろん、ひとりの生徒は「神のみぞ知る」と言いたかったのです。でも相手の生徒がこの表現を知らなかったのでトンチンカンな会話が続き、まるでふたりで漫才をしているかのようでした。
私は思わず「違うよ。蟹の味噌汁」と言って、茶々を入れたくなったほどです。


毎日、多くの生徒と接していてつくづく感じるのは、語彙力の問題です。
語彙力の豊富さ・貧弱さはそのまま学力に表われます。ですから親が自分の子どもを頭の良い子に育てたければ、普段から家族でそのような会話をする場を多く設け、また小さい頃から本をたくさん読ませることです。
もしあなたがまだ子どもで頭が良くなりたいと思うなら、新聞を毎日読み、本を読み、人とたくさん会話することです。


もうひとつ、「神のみぞ知る」に関して昨晩思ったこと。
行きのバスの中で、この夏期講習に体験に来ている中2のR君と少し話しました。
「君の先輩の中3のU君が、君のバスケはヤバいって言ってたよ」
R君、何も言わずにちょっと照れくさそうにニコッとしてしています。
「中学に入ってからバスケ始めたの?」
「いいえ、小学校の時です」
「そう。何年生の時?」
「2年生です」
「なるほど。どおりでヤバイわけだ。それで、バスケをやるきっかけになったのは何?家族とか親戚とか誰かがやってたの?」
「いいえ。親が何かスポーツをやっておいたほうがいいだろうと言って。バスケはたまたまです」


今、高3・中2で塾に来ているK兄妹は、やはり小学校の時から剣道をやっています。
ふたりとも県大会に出場するほどの相当な腕前のようです。
聞くと、彼らの母親が昔剣道をやっていて、親戚でも剣道をやっている人が多かったそうで、それがきっかけになったとのことです。
私はなるほどと思いました。


そういえば、私の知り合いのK牧師は中学の時柔道部に入りましたが、全然うまくならず負けてばかりで挫折し、水泳部に替わったそうです。
そうしたところ、水泳でぐんぐん伸びてやがて選手に。
Wikipediaには、「国体県代表のほか、日本マスターズ25メートル自由形(45〜49歳)の前日本記録保持者、200メートル自由形リレー(合計年齢240歳)現日本記録保持者」と紹介されているほどです。
万年青年の異名を持つK牧師は、今もう70歳ですがまだ40〜50代に見えるほど若々しく、どんなに忙しくてもいまだに毎日水泳は欠かさないそうです。
またテナーサックスの腕前もセミプロで、演奏しながら全国を巡回していらっしゃいます。


どのスポーツや楽器で芽がでるか、あるいは出ないか、また将来どの世界で力が発揮できるようになるか、まさに「神のみぞ知る」です。
でもなんでもそうですが、やってみないことには芽が出るかどうかすらわかりません。
新しいことにどんどんチャレンジしましょう。
あとは「神のみぞ知る」。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

今日は何を書かないでおこうか...

2011.08.22日

このブログの読者の方からよく言われます。
「毎日記事を書くのは大変ですね」
一昨日もひとりの人から、そして昨日も別の人から同じことを言われました。
私の答えは決まって、
「いいえ、書くことはいくらでもあるので、今日は何を書かないでおこうか、と考えるぐらいです」。
ネタ切れかなと思われるようなブログをときどき見かけますが、私の場合は毎日書くことが自然と浮かんできます。時には夢の中にそれが現れます。
翌朝になると忘れていることもありますが、たいがいは覚えています。


それよりも毎日、生徒や先生たちあるいは愛する家族と接していて、あるいは新聞や本を読んだり、テレビを見たりなど、さまざまな行動を通して、あちらこちらからヒントをいただいているので、「今日は何を書かないでおこうか?」と真剣に悩むほどです。
もちろんそのような場合は、翌日、あるいは翌々日、また数日先の分までブログタイトルや内容を箇条書きにメモして取っておきます。


人は誰でも毎日さまざまな体験をし、何かしら考えて生きているわけですから、その考えを書けばいいわけで、何を書こうか、書くことがない、などと悩むことのほうが私には理解できません。
これは作文指導をする時にも共通する考え方です。アンテナを張っておいて、毎日自分が見聞きし、経験することに対して、自分が何を感じ、どのように考え、何をしたかを文章にすればよいだけのことです。
書くことがない、ということは思考活動を停止しているということなのでしょうか。


昨日もある読者の方とお話ししていたところ、私の人生についていろいろと質問されたのですが、私の答えは、
「あっ、それもブログに書いてあります。ブログのエントリー検索にその言葉を入れてみてください」
でした。
私自身、自分の過去のブログ記事をときどき読み返します。
そして、「あっ、そうだ。このときはこういうことをしていたんだ。こういうことを感じ、こんなふうに考えていたんだ」とその日のことをありありと思い出します。
そしてそのことによって、自分の成長(?)や思考のプロセスなどを振り返ることもできます。


また、ときにはエントリー検索に自分の考えていることを入力して、そこから問題の解決策を見出すこともあります。
このようにして自分自身のブログすら日々の生活に活用できているので自分でも満足しています。


私のブログはこれまで歩んできた人生の集大成のようなものです。もちろん、いいことや自慢できることばかりではなく、失敗や恥ずかしいことなども正直に書いてきています。
幼稚園の頃のことから、小学・中学・高校・大学時代のこと、アメリカに留学していた頃のこと、帰国してからやってきたたさまざまな仕事のこと、かかわってきた人々や生徒、先生のことなど、これまで思いつくままに書いてきましたが、読者の方のお役にたつようなメッセージをその中にひとつでも入れるよう常に心がけてきました。


もし、明日、交通事故にでも遭ったりして死ぬようなことがあったとしても、自分の考えてきたこと、今考えていることなどほとんどすべて書いてきているので、ある意味遺書のような意味合いも持っています。
でも、今日思ったことは、このブログに本当の遺書を書こうということです。
もちろん自分の寿命は「神のみぞ知る」のですが、将来の日付で記事を書いておいて、もし自分の身に何かあった時には、その記事を息子にでもアップしてもらえば、それが皆さんへのお別れメッセージになるかなと思っています。
いや、別に自分の寿命が短くなってきたなどと考えているわけではありません。「死ぬときに後悔すること」に以前書いたように、私は後悔することが好きではないので、いつ死んでも「自分の人生は本当に素晴らしかった。大満足だ!」と言えるようにこれからも残された人生を生きていきたいと、この記事を書きながら改めて思った次第です。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

国民栄誉賞受賞!

2011.08.21日

 〈「コーチ」の語源は「馬車」だ。コーチという言葉には、「人をある地点まで送り届ける」役目を担う人、という意味がある〉
なでしこジャパンの佐々木則夫監督が著書「なでしこ力(ぢから)」でこう書いている。今年1月の刊行で、先月までに4刷を重ねた。
〈今年6〜7月に行われる女子ワールドカップ・ドイツ大会で、なでしこジャパンは世界の頂点に立てるのではないかと、僕は今、本気で感じている〉ともあるのがすごい。大会の半年前にW杯の金メダルを予測して、それを見事に実現してみせた。
選手たちに「ノリさん」と呼ばれる佐々木監督という名の馬車は彼女たちを世界の頂点まで送り届けた。なでしこジャパンはその結果、国民栄誉賞をも受賞した。
〈心を一つにする。高い集中力で取り組む。絶対に諦めない。どんな相手にも臆することなく普段の自分を表現する。何より大好きなサッカーをとことん楽しむ〉。
この〈なでしこ力〉が、監督、スタッフともども、団体初の国民栄誉賞受賞にもつながった。
(8月19日付 読売新聞「よみうり寸評」より)


上の記事を読んで私は「うーん」とうなりました。
「言い得て妙」とは実にこのこと。
とくに、
〈心を一つにする。高い集中力で取り組む。絶対に諦めない。どんな相手にも臆することなく普段の自分を表現する。何より大好きなサッカーをとことん楽しむ〉
の部分は何にでも当てはまると思いました。


塾に当てはめれば、〈心を一つにする〉は「生徒・家庭・教師」の三位一体です。
この三者がうまくかみ合い、心を一つにして目標を目指すならどんなことも可能です。
ここで大事なのは、上の記事の中の「なでしこジャパンは世界の頂点に立てるのではないかと、僕は今、本気で感じている」という佐々木則夫監督の言葉です。
選手たちもみんな優勝を信じていました。
みんなが本気で信じなければ目標を達成することなどできません。


次の〈高い集中力で取り組む〉はまさに受験勉強そのもの。
ダラダラとやっていていい結果が出せるわけありません。
これも上の三位一体の「生徒・家庭・教師」すべてに当てはまります。


〈絶対に諦めない〉。ここがみんなの弱いところ。
私自身もそうですが、目の前の山があまりにも高くそびえているとそれに圧倒され、意気阻喪(いきそそう)してしまうものです。
先日のブログ記事「ジョーのあいうえお」に書いた私の教え子のジョー君は、西日本一周ヒッチハイク旅行を事故なく無事に終えて戻ってきたかと思うや否や、16日から18日にかけて平塚の隣町、茅ヶ崎から無一文で歩いて富士山頂を目指すというイベントに参加しました。
足の裏の皮がむけ、豆ができても我慢し、人から恵んでいただいたパンの耳を食べながら、一晩中歩き続けて遂に山頂に立ったのです。
「絶対に諦めない」の精神で参加者80名全員が目標を達成したそうです。すごく感動的ですね。


〈どんな相手にも臆することなく普段の自分を表現する〉
塾で言えば、「相手」はライバルかもしれませんし、あるいは自分にとってかなり難関な志望校かもしれません。ひょっとしたら、自分の内にある弱気かもしれません。
でも、どんな相手であっても「臆して」はだめなのです。
「臆する」と自分の持つ普段の力も十分に出し切れなくなります。


そして、最後の〈何より大好きなサッカーをとことん楽しむ〉は、「勉強を楽しむこと」です。
「勉強が大好き」と言う人はあまりいないかもしれませんが、大切なのは「楽しむ」ことです。
よその塾のチラシを見ていると、「受験勉強は必要悪。たとえいやでも、無理してでも頑張って勝たなければならない」といった内容のことが書いてあったりしますが、このような考え方が生徒をますます勉強嫌いに駆り立ててしまうのです。
生徒を志望校という目的地に届けるコーチ役を務める塾・教師は、何よりもまず生徒に勉強の楽しさを教えなければなりません。
何事にも苦しみはもちろん付き物ですが、それを上回る楽しさもまた同時にあるものです。
なでしこジャパンの選手たちも「大好きなサッカーを笑いながら苦労もせずにただ楽しんでいた」わけではありません。
みんな汗を流し、時には涙し、怪我もし、痛い苦しい辛い悔しい思いもしたでしょうが、そのような中で楽しさを見失わず、大好きなサッカーをとことん楽しみ、頂点を目指して頑張っていたのです。
ここが大事なのです。


そして、上のことは何も勝負事に限ったことではなく、一つひとつすべて、お父さんやお母さんの仕事や、家事・育児、その他すべての面に相通じるものです。
このような生き方ができると人生は楽しく、とても有意義なものになります。
そして、最後にはみんな本物の、永遠の「国民栄誉賞」を受賞することができるのです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

登校拒否?

2011.08.20日

今年に入ってから頻繁に起きている吐き気(「誰か助けて〜!」)は、いろいろな医者にかかりさまざまな検査をしてきて、ストレスによる精神的なものが原因だろうという結論になり、できる限り仕事を減らし、気分を楽にするよう努めています。
すると確かに随分良くなり、ここしばらく吐き気はすっかり治まっていました。


不思議なのは、つい先日のお盆休みに休暇を取って妻の実家のほうにしばらく行っていたのですが、その間リラックスしているせいかとても調子よかったのに、平塚の家に帰る道、高速道路を降りて家に近づいてくると何とも言えないムカムカがまた始まりました。
気のせいだろうと、さほど気に留めなかったのですが、昨日短い昼寝をしていた時に、これまでとまったく同じ感じの吐き気を催しました。
起きてからも何度も同じようなムカムカに襲われました。
まるで、学校へ行くのが嫌な子どもが登校拒否で吐き気を催しているような感じです。
もちろん、私は塾の仕事は大好きですし、生徒に会うのも、教えるのも一番の楽しみなので、登校拒否ということはあり得ないのですが、妻の実家から家に戻る道、あるいは、これから送迎に向かう、という直前にこのような吐き気に襲われると、なんだか子どもの「登校拒否」の症状に似ているとつい考えてしまいます。


先日のブログ記事「健康と成功と幸福の鍵」に、
「病気の人は、『あたかも健康であるかのように』生活するのです。そうすると健康のほうから自分に近づいてきてくれます。食生活から運動から、睡眠からすべてがバランスが取れてきて、本当に健康になっていきます」
と書きました。
そして、しばらく本当にそのようにうまくいっていたのですが、また吐き気に襲われると、思うようにいかない自分に歯がゆさを感じ、「理屈と現実は違うのかなあ」とつい弱音を吐いてしまいます。
冒頭の記事「誰か助けて〜!」じゃないですが、どなたかこのような症状に詳しい方はいらっしゃらないでしょうか?何かいい方法はありませんか?
というか、医者でもはっきりした原因がわからず、おそらく精神的なものだろう、と言うぐらいですから、やはりそうなのでしょうね。
自分では精神的にかなりゆったりとしているつもりなのですが。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

静かで、にぎやかな客

2011.08.19日

先日、何年ぶりかで近くのバーミヤンで食事をしました。
すぐ前のテーブルには40代〜50代ぐらいの3組のカップルが対面して座っていらっしゃいました。
皆さん、親しいお友達同士のようで、会話がとても盛り上がっていました。
でも、とても静かなのです。実際のところ、とてもにぎやかなのに声が全然聞こえてこない。
そう、聾唖(ろうあ)の方々で手話で話していらっしゃったのです。


食事しながら、何となしに見ていると、皆さん顔の表情がとても豊かで、両手と体全体を使ったジェスチャーもとてもダイナミックです。
そして、みんな食事をしながらもお互いの目をしっかりと見ながら会話をしていらっしゃいます。
時々笑い声も聞こえてきます。


そういえば、中学の英語の教科書にも、手話で話す時にはただ指先だけでコミュニケーションをとろうとするのではなく、顔の表情が大切だという内容が書かれていました。


最近はテレビのニュースなどでも手話通訳がついているものをよく見かけるようになりました。


アメリカに留学していた時、通訳の仕事を頼まれて、ある州立大学のキャンパスに行きました。
大きな講堂の中は老若男女の聾唖者でぎっしり埋め尽くされていました。
ステージの上でミュージカルが上演されているのに私は度肝を抜かれました。
健常者のボランティアの人たちが手話を使いながら歌い、踊っているのです。
そして、観客席では聾唖の方々がみんな体を大きく動かしながらステージ上のパフォーマーたちと一緒に手話を使って歌っていました。
みんな顔が輝いていて、生き生きしていました。


私に通訳を頼んだのは、日本から来られた聾唖学校関係の教育者の方々でしたが、私と同様、皆さん度肝を抜かれていらっしゃいました。
今から40年近くも前のことですが、アメリカの聾唖教育の視察に来られた方々が日本に戻って、このような働きを進められたらいいなと私は心から祈っていました。


私が幼少の頃は、日本ではまだまだ障がい者に対する世間の偏見や差別があちらこちらでよく見られました。
幼稚園の時、間借りしていた家には20代の若い娘さんがいましたが、その方は足が不自由で家の中ではいつもあぐらをかいた姿勢でいざっておられました。
その方はいわゆる座敷牢で、外には一切出ることはありませんでした。
私は子ども心ながらに、気の毒だなあと思っていました。


しかし、今や日本でも、さまざまな障がいを持った人たちが、ごく普通に社会に出て仕事したり、生活したりすることができるようになってきました。
真の共生社会にはまだ遠い道のりかもしれませんが、一歩一歩確実に近づいできています。
それが今回の東日本大震災の被災者の方々に対する支援という形でも表れています。
このような動きがさらに広げられるためには、私たちの意識改革と協力が不可欠です。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

可能性の芽を摘み取るな!

2011.08.18日

うちの塾に通っている小学生のK君。
送迎バスの中で話していた時のことです。
「学院長。昔アカデミーにUっていう人来てた?」
「うーん、そうだね。Uっていう苗字の人は一人しかいなかったけど、下の名前はT。
その人はもう随分前の生徒で、○○中学だったよ。何年か前に会ったけど、市内の製薬会社に勤めているって言ってたなぁ」
「そうそう、その人のこと」
「それでそのU君がどうかしたの?」
「僕のお母さんの妹がその人と結婚したんだよ」
「えっ、それじゃ、U君は君のおじさん?」
「そう」
「前に会った時、製薬会社に勤めていて、シンガポールとかしょっちゅう出張して英語を使っているって言ってたけど」
「うん。でもその会社辞めたんだ。そして、自分でシンガポールに会社を作って、今そこで仕事をしてるんだよ」


このT君のことは以前このブログに書いたことがあります(「板についている」)。
中学時代英語が苦手で、私も彼に教えるのにずいぶん苦労したのですが、会った時一番に彼が私に言ったことは、
「学院長に教えていただいた英語が今、とても役立っていますよ」。
しかし、まさか彼が勤めていた会社を辞めて外国に自分で会社を興し、そこで毎日英語を使って仕事をするようになるなんて、正直夢にも思いませんでした。


人生、わからないものです。
U君が塾生のK君のおじさんになったということもそうですが、それよりも英語が大の苦手だった彼が今、英語を使って外国で仕事をしているということには本当にビックリ。
奇跡と言っては彼に失礼ですが、しかし本当に信じられないようなことが世の中には起こるものです。


ですから、自分は英語が苦手だとか、数学は苦手だとか決めつけてはいけません。
私など、自分は機械関係は苦手だと昔から思い込んでいたのですが、今やパソコンは結構使いこなせるようになっています。
苦手だ、だめだ、と決めつけていると、可能性の芽を摘み取り、自分の世界が狭くなり損をします。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

暑いっ!あついっ!アツイッ!

2011.08.17日

世間では残暑と言っていますが、残暑どころかまさに酷暑です。
連日、体温レベルの暑さが続き、熱中症の人もたくさん出ています。
普段、私が生活する空間は授業をする教室も、送迎バスの中も、家も全部エアコンが効いているので、なんとか生きていけます。しかし、もしエアコンがなかったらと考えると、それだけでもう死にそうです。
エアコンの効いた部屋からちょっとでもエアコンがかかっていない廊下や洗面所、トイレなどに出ようものなら、まるで暖房がマックスでかかっているところに入ったかのような感じです。
屋外に出ると、カーッ!という肌に突き刺さるような感じの暑さ。
車から降りるとメガネが曇ったりするほどです。
夜も一晩中エアコンを入れていないとまったく眠れません。
この暑い中、外で働いていらっしゃる方のことを考えると、本当に申し訳ない気持ちになります。


うちの老犬ラブも朝から一日中、涼を求めて日陰から日陰へと移動し、グターッと寝てばかりいます。見ているだけで可哀想です。


しかし、考えてみれば、私が子どもの頃はエアコンなどありませんでした。
扇風機でさえ一家に一台という時代です。
夜などは扇風機なしで、ただ家中の窓を開けっ放しにして蚊取り線香をつけて、パンツ1枚で汗びっしょりになりながら寝ていました。


高校の頃、アメリカから交換留学生の高校生エド君がうちに来ました(「エピソード」)。
当時住んでいた家には一部屋だけエアコンがついていました。
彼は毎日顔を真っ赤にしていて、日本の夏の暑さには閉口していました。
その数年後、今度は私がアメリカに留学して彼の家にしばらくお世話になることになったのですが、今から40年も前のことなのに、彼の家は建物全体が24時間冷房されていました。
これには驚きました。
日本の夏の暑さ、そして我が家の暑さに彼が参ったのは当然のことです。
一旦冷暖房がある生活が当たり前になると、もうそれなしの生活には戻れなくなります。


しかし、東南アジアや中近東、アフリカの国々の夏は、それこそ40度から50度以上という、真夏に駐車して閉め切っている車の中の暑さです。
このような暑い国々でも人々はちゃんと生きています。


そう考えると、私たちは贅沢だなと思います。
でも、この酷暑もあと数日、今週末までだそうで、週末にはちょっと一息つけそうです。


でも皆さん、無理は禁物。
くれぐれも熱中症にはお気をつけください。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

日本の文化 お盆

2011.08.16日

昨日から今日にかけて、お盆の帰省客で各地の高速道路、新幹線、空の便などすごいラッシュだそうです。
お盆を田舎(実家)で過ごすというのは日本人にとってやはり特別な意味があるようです。


塾の近くの民家の玄関先で可愛らしい祭壇を見つけました。

obon.jpg

きゅうりを馬に、なすを牛を見立てて、それぞれに割り箸を4本刺して足にしています。
お盆に先祖が馬に乗って急いでやってきて、帰るときは牛に乗ってゆっくり帰っていってほしい、という願いを込めて作っているらしいです。
おじいちゃんかおばあちゃんが作ったのか、それともおじいちゃんやおばあちゃんに教えられてお孫さんが作ったのか。
とても日本的な微笑ましい風習だと思いました。


そういえば、最近気づいたことがひとつあります。
私が小中学、高校・大学生の頃は、地域の祭りや上のような風習はあまり活発ではありませんでした。
このような風習はだんだん廃(すた)れていくものと思っていました。
ところが、ここ20〜30年ぐらいでしょうか、どんどん盛んになってきているように思われます。
各地区の小学校や公民館、お寺や神社などを中心に、盆踊りを始め、金魚すくいや屋台などのイベントがあちらこちらで結構盛んに行われています。
とても面白い傾向だと思います。


一時期、このようなものはダサいと思われ、なんでもかんでも欧米のものがカッコいいと考えられていたのではないかと思うのですが、最近になって回顧主義というかあるいは日本本来の文化を大切にしようという動きが広まってきているのかどうかわかりませんが、多分そんなところじゃないでしょうか。
そのお陰で、希薄になってきていた近所の人間関係が、新興住宅地や団地などにおいてもこのような祭りなどを通して復活してきているように思われます。


日本人独特の先祖を敬う気持ちがこのお盆のシーズン、いろいろな場面に表われているようです。
東日本大震災の際、津波で流された先祖の墓石を一生懸命探して見つけ、それをきれいに洗って家族みんなで先祖の守りを感謝して手を合わせている姿がテレビや新聞などでよく見られます。


これらは私はとても素晴らしい、日本が世界に誇ることのできる心温まる文化だと思います。
しかし、先祖を大切にすることはとても尊いことですが、それ以上に大切なのは、今生きている家族や親族、自分の身の回りの人を大切にすることではないかと思うのです。
先祖を供養しながら夫婦間に裏切りがあったり、親子関係が断絶しているようでは本末転倒なのではないだろうか。
と、今年のお盆を終えるにあたってつれづれなるままに黙考した次第です。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

夏合宿

2011.08.15日

一昨日のブログ記事「Ten Hours in Academy & 夏合宿」に合宿のことを少し書きました。
1泊2日の合宿はあっという間に終わり、昨日無事全員戻ってきました。
塾に着いて教室で感想文をみんなに書いてもらいました。
「疲れたー!」「眠い!」を連発。徹夜組もいたようで、教室に入るなり眠ってしまう生徒もちらほら。
しかし、熱心にA4用紙の裏表にぎっしり書き綴る生徒もたくさんいました。


%8D%87%8Fh%91S%88%F5.jpg %96%E9%83%8C%83N%82R.jpg


以下は生徒の感想文から。
「ウォークラリーの5教科の問題は、授業でやったこともあって楽しく勉強ができた。先生たちの縄跳びの姿がかっこよかった」
「今年初めて参加して超楽しかった。1・2年の時来なくてバカした!って思った。これからのイベントは全部参加する。本当に超楽しかったです」
「とにかく楽しくて、楽しすぎて仕方がなかった」
「夜レクは最高だった!ムービーはあり得ないほどよかった。先生たちの仲の良さがよく伝わってきた」
「毎年恒例のムービーは、正直木村先生の言葉にうるっときた。Tシャツ2枚いただきました。思い出も物も、アカデミーのものは一生大切にする」
「初めてだったけど、他の学年の人とも仲良くなれてめっちゃ楽しかった」
「全部楽しかった。この合宿が最後だと思うと涙が出てきちゃう。今までの夏の中で、アカデミーの夏合宿は一番の思い出です」
「最初の怖い話でとっても怖かったので、音楽をガンガン鳴らして怖い話を聞けないようにしました」
「怖い話は怖すぎた」
「夜レクのムービーがめっちゃ感動的だった!。男女を問わず他学年の人とたくさん話せて楽しかった。OBの先生が来てよかった」
「ナイトハイク、怖い話メッチャ怖かったけど、楽しかった」
「ウォークラリーのクイズや夜レクのクイズがとてもたのしかった」
「すごく楽しかった。ありがとうございました。アカデミーでよかった」


毎回のことながら、生徒思いの先生たちの献身的なサービスには心底感謝しています。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

健康と成功と幸福の鍵

2011.08.14日

健康と成功と幸福を望まない人はいないでしょう。
ところが、どういうわけかこれらを得るための努力をしない人が意外と多いのです。
というか、努力していない人のほうが圧倒的に多いように思われます。
何事もそうですが、努力しないで「濡れ手に粟」で簡単に手に入るものなどありません。


今、夏の高校野球が連日行われていますが、まず県内で勝ち進んで県代表になるだけでも大変なことです。
さらに、各都道府県代表の強豪の中で頂点を極めるのは並大抵のことではありません。


同様に、健康や成功、幸福を手に入れるためにも、それなりの努力が必要なのですが、自分は無理と初めからあきらめてしまっている人がなんと多いことでしょうか。


いや、自分は本気で健康・成功・幸福を自分のものにしたいと思っていると言う人でも、そのためにどれだけの努力をしているかと言えば、案外それほどではありません。


もし本気でこれらを求めるのなら、まずは具体的で明確なゴールやビジョンを持たなければなりません。
次に大切なのは、この目標は達成可能だと信じること。
信じなければ、初めから達成不可能と自分で認めているわけで、その通りの結果になります。


目標を設定し、それは実現可能だと信じた次に必要なことは何でしょう。
そう、行動です。
行動を起こさなければ、どんなに素晴らしいビジョンもただの絵に描いた餅に過ぎません。


ここまでは、どんな本にも書いてありますし、誰でも同じことを言います。
しかし、一番大切なのは次のステップです。
それは何かと言うと、「あたかも◯◯のように」です。
これが成功と失敗、健康と病気、幸福と不幸の分け目になると言っても過言ではありません。


たとえまだ成功していなくても「あたかも成功したかのように」行動するのです。
そうすると成功に向けての道を歩み始めることになります。
同様に病気の人は、「あたかも健康であるかのように」生活するのです。
そうすると健康のほうから自分に近づいてきてくれます。
食生活から運動から、睡眠からすべてがバランスが取れてきて、本当に健康になっていきます。
幸福になりたい人は、「あたかも幸福であるかのように」生活します。
考えてもみてください。自分は不幸だと思っている人が、今のままの生活を続けていて自然と幸福になれるわけがありません。


そして、夢の実現に不可欠な最後のことは何かというと、今回なでしこジャパンが実証してくれた「最後まであきらめない」ことです。
夢を実現させるまで絶対にあきらめないで努力し続けると決意していたらどんなことが起きるでしょうか。
健康と成功と幸福が実現します。
なぜかと言えば、夢を実現するまで絶対にあきらめないと言っているわけですから、実現しないわけがありません。
実現しなければ、その理由は途中であきらめたからです。


これは、勉強においても、仕事においても、家庭においても、人生のどのような場面でも必ず適応できる原則で、これを実践して成功しなかった人はいません。
ですからあなたにも必ずできます。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

Ten Hours in Academy & 夏合宿

2011.08.13日

昨日はアカデミー恒例、中3生対象の1日勉強合宿「Ten Hours in Academy」の日でした。
朝9時から夜9時まで、英語・数学・国語・理科・社会をそれぞれ2時間ずつ重点を絞って徹底演習しました。
途中、昼食と夕食の1時間の休憩時間と、10時間の学習が終わってから打ち上げのスナックタイムがあり、勉強と息抜きにメリハリをつけて、終わった時にはみんな大満足。


IMG_1686.JPG IMG_1688.JPG

(授業の模様)


帰りの送迎バスの中で生徒の声を聞いたところ、
「楽しかった」
「10時間があっという間だった」
「今までで一番楽しかった」
「集中してできて、忘れていたところなんかもしっかり復習できてよかった」
「またぜひやってもらいたい」
「今度は Five Hours で5時間のを5回ぐらいやりたい」
等など。


以下は生徒の感想文から。
「敬語のテストでほとんど完璧にすることができた」
「あっという間だったけど内容が濃いのでとてもよかった」
「テストが2回目ですごい点数が上がった。2回やったから見直しもできたしすごくよかった」
「10時間はけっこう早かったし、けっこう楽しかったです!」
「英語の単語や文法の力がついたのでよかった。理科の計算などの苦手な分野も今回の授業でやり方が分かるようになった。社会の中で一番嫌いだった時差と地形の問題が分かるようになった」
「数学は難しい問題が多かったけど、できたときにはとてもうれしかったし、やりがいがあったと思う。国語の敬語は何回もテストしたからバッチリだよー」
「数学は1問1問ていねいに教えてくれたから分かりやすかった。理科は苦手なところだったけど、1つ1つ説明してくれてできるようになった。社会はポイントを教えてくれて、解くときにはスラスラできた。楽しかった。またみんなでやりたい」
「集中して頭に詰め込むことができた。充実した10時間でした」
「10時間は長いなぁと思っていたけど、意外と短かったです。すべての教科がおもしろかったので短く感じたのかも」
「10時間はあっという間でした。とても楽しくできてサイコーでした」


「疲れた」という感想も少数派でいくつかありましたが、大半は「あっという間」「楽しかった」でした。
勉強も「腹八分目」が一番です。


そして、今日は朝から足柄ふれあいの村へ中1から中3まで希望者による一泊二日の夏合宿。
ディズニーランド遠足、バーベキュー大会、映画会などの年間イベントの中でもこの夏合宿は最大のもの。
毎年、2週間ぐらい前から先生たちは毎晩2時、3時、4時まで話し合い、案を練って周到に準備します。
ですから生徒たちの満足度もハンパじゃないです。
遊びの中にもしっかりと勉強の要素も含み、しかも普段できない学年や男女を超えた交わりや協力などを通して数えきれないほどたくさんのことを学び、身につけます。
今年は、すでに退職したOBの先生たちも4人参加し応援してくれています。
先生たちの生徒に対する思いやりとコミットメント(自己犠牲をいとわない全力投球)が、生徒たちに大きな感動と満足感を与えるのです。
先生たちのサービス精神にはいつも本当に頭が下がる思いをします。


私は生徒を見送ったあと、塾に残って通信や成績表作成などの事務の仕事です。
明日、合宿から戻ってくる生徒たちの満足の声を聞くのが次の楽しみです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

コラーゲンとゼリーとジェラート

2011.08.12日

最近は年中いろんなものが食べられようになって季節感がなくなってきました。
私が子どものころは、アイスクリームは夏のものと決まっていて、秋になると店頭から姿を消したものです。
しかし、フルーツゼリーの詰め合わせなどはやはりお中元の定番です。
ゼリーもジェラートも今が旬で、夏の風物詩のひとつですね。


さて、一見まったく無関係に見えるコラーゲンとゼリーとジェラートは、実は親戚だったのです。
コラーゲンは最近、女性の美容で注目され、化粧品や健康食品などに用いられています。
元来、動物や魚の骨や腱や皮などを構成する硬たんぱく質で、熱により変性し水溶性のゼラチンとなり、これがゼリーの基となります。


日本語で「ゼリー」と言いますがが、発音は正確には「ジェリー」です。
ジェリーとジェラートの「ジェル」は、日本語でゲルと言います(化粧品関係ではジェルとも言います)。
これは、ラテン語の gel から来ていて、「凍らせる」という意味です。
このゲルが英語の gelatin (ジェラティン)となり、日本語に入ってくると「ゼラチン」と発音され、さらに「ゼリー」となるわけです。
ゼリーは実際には凍らせてはいないのですが、ゼラチンで固まらせるので凍ったように見えるからです。
イタリアのジェラートは、まさに凍らせたものです。


ところで、日本語のゼリーと英語の jelly ( ジェリー)は微妙に違います。
日本のゼリーはアメリカでは Jell-O (ジェロー)と言います。
アメリカでは jelly と言うと、果肉の入っていないジャムのことを指します。
そして、アメリカ人の大好物のサンドイッチと言えば、 peanut butter and jelly sandwich です。
食パンの1枚にピーナッツバターを、もう1枚にはジャムを塗り、それを合わせて、はい、できあがり。実に簡単。
アメリカでは小学生でもお弁当は自分で作って学校に持って行きますが、このサンドイッチなら誰でもすぐに作れます。
小さな子どもから大人までみんな大好きなサンドイッチです。
日本でこのピーナッツバター・ジャム・サンドイッチのことを話すとみんな、
「ゲーっ!気持ち悪い」
と言いますが、これが意外と美味しくて食べ始めるとハマってしまいます。
私も時々食べますが、食べるといつでもアメリカ留学時代の日々がよみがえってきます。
清水の舞台から飛び降りるつもりで(少しオーバーですが)一度お試しあれ!
アメリカの雰囲気が少しは味わえますよ。


というわけで、コラーゲンとゼリーとジェラート、親戚だったのです。
語源が分かるといろいろな単語が結びついてきて、語学の勉強が楽しくなります。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

リテラシーについて教えてください。

2011.08.11日

「舟田君の専門の教育でリテラシーについて、知識や考えていることを是非教えてください」
友人のW君(「友達はありがたい」)から上のようなメールを受け取りました。
以下は彼とのメールのやり取りの一部です。


「リテラシー(literacy)は本来『識字』を意味する言葉で読み書きの能力を指しますが、世界的に識字率が高くなり、 文盲 (illiterate)の人がほとんどいなくなった今日、単に読み書き能力だけを言うのであればあまりにも了見が狭いと思います。
読み書き能力以前に大切なものは、その基となる思考です。


昔から『読み書きそろばん』と言うように、日本人は一般にこれが勉強だと思っているきらいがあります。
だから、日本の学校教育においては、いわゆる◯◯式のような勉強法がもてはやされますし、また実際のところこれで学校の成績も結構取れ、進学においてもそこそこの成果を発揮します。
しかしながら、◯◯式のようなやり方で勉強している生徒で将来学者になるような人物はまず生まれません。それは、機械的に『読み書きそろばん』をやっていて、考えることを訓練していないからです。


これに対して、欧米の教育は思考を訓練し、その延長でリテラシーにつながります(「恥をかくこと」)。
だから、欧米のインテリ層の知的水準が非常に高く、ノーベル賞を受賞するような学者がたくさん生まれるのです。そして、日本のノーベル賞受賞者もその多くが海外に出て自由に研究した人たちです。


しかし、欧米の教育は逆に読み書きそろばんといった基礎教育が弱い。これは二者択一の問題ではなく、両者の融合が必要なのです。


日本において、一般人のリテラシーレベルが高いのは、まさにこの読み書きそろばんの基礎教育の強さ、そして欧米の知識人のリテラシーの高さは、思考力や独創性のレベルの高さから来ていると思います。


周囲のほとんどの塾が単に学校のテストで点数を取らせるためにひたすら過去問を解かせたり、進学の実績を上げるために丸暗記を強要している中で、うちの塾では理屈・論理をしっかり教えて勉強の楽しさを知ってもらい、生涯にわたって役立つような教育に力を入れているのはそのためです」


「リテラシーについてありがとう。
さすがです。異議なしですね。
特に聞きたかったのはメディアリテラシーです。
ニュースとか、その辺が納得できないものが多すぎるので…」


「メディアリテラシーですが、これも同様です。
今問題になっている◯◯テレビの韓流の刷り込みと同じで、そのメディアの立場によってどうにでもでき、君の言うとおり非常に危険な要素をはらんでいます。
日本人はこの問題に対して一般にナイーブで、NHKなら、◯◯新聞なら大丈夫とか素直に信じ過ぎています。
これは中国に限らず、どこの国でも大なり小なりやっていることで、また国益という名目でそれが当たり前のこととしてまかり通っています。
君の言うように怖いですね」


「リテラシーについて、さすがです。
教育方針にまでつながりますね。日本の教育の長所と欠点。よく理解できました」


去る6月に40年ぶりに再会したW君とは、教育の問題から脳科学、コンピュータ、メディア、歴史等などいろいろな問題をきたんなく話し合い、意見交換しています。
友人とこのような会話を遠く離れていてもメールでできるというのは、本当に素晴らしいことです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

究極のエネルギー問題解決策発表

2011.08.10日

今回の福島原発の事故以来、原子力発電が今、全世界的に見直され、縮小化に向かっています。
再生エネルギーとして、太陽光や風力、海流、地熱などが一般に考えられていますが、どれにも問題があります。
しかし、私には究極のエネルギー問題解決策があります。
それを今日、ここで発表します。


数週間前、小学6年生たちのNIEのクラスでエネルギー問題について話し合った時、生徒たちに私のその究極案をシェアしました。
将来は絶対にこれになる、と確信を持ってみんなに言いました。
みんな目を輝かせて私の話に聞き入りました。


私の究極案、それは宇宙太陽光発電エネルギーステーションです。
現在の宇宙ステーションをさらに発展させて、常時太陽光を受けて発電・充電し、それを地球に送るという壮大なアイデアです。
これができれば、原子力発電所の問題が解決できます。
今、考えられている再生エネルギーの諸問題も一気に解決されます。
さらに、これが実用化されると石油の権限をめぐる世界中の戦争や地球温暖化の問題も解決できるし、もっとすごいのは、宇宙から無尽蔵のエネルギーを地球の全地に常時送ることができるので、世界中の貧困をなくすことすらできます。
現在、世界では電気のない国・地域のほうが圧倒的に多く、これが貧困や飢餓、病気、短命の原因にもなっています。


このことを生徒たちに話したところ、生徒が私に尋ねました。
「じゃあ、宇宙太陽光発電ステーションで発電したのをどのようにして地球に送電するのですか?太くて長い巨大なパイプで地球と宇宙太陽光発電ステーションとをつなぐのですか?」
「いや、レーザービームのような方法で地球に送るんだよ」
と、私が言ったところみんなうさん臭そうな顔をして言いました。
「電波とかだったら送れるだろうけど、電気は無理でしょう」
「いや、あとは君たち『選ばれた戦士たち』がしっかり勉強して考えるんだよ」
「来たぁーっ!」
「先生は絶対にこれは実現可能だと思っている。君たちの中から将来これを研究する人が生まれるかもしれないよ」


さて今日、このことを書こうと思って本当にレーザービームで送電することは不可能なのだろうかと、ちょっと調べてみました。
今休暇中で、パソコンが使えない環境にいるので、iPhoneでネット検索してみました。


すると、どうでしょう。
なんと私のオリジナルアイデアだと思っていた宇宙太陽光発電エネルギーステーションは、すでに各国で研究が進められていて、しかも送電方法はやはりレーザービームというではありませんか。(ウィキペディア:「宇宙太陽光発電」参照)


solarstation
(宇宙太陽光発電衛星想像図:ウィキペディアより)


少し前に妻にこのアイデアを話したところ、それが実現できるようしかるべきところにその考えを伝えたらと、言われていましたが、もう手遅れというか、私のような素人が考えることは玄人はとっくの昔に考えていたのです。
先を越された!と、一瞬思いましたが、そんなことはどうでもいいこと。
むしろ、大切なのは世界中の国々が「地球人」として心を一つにし、力を合わせてこれを実現に持っていくことです(「教育の力」)。
もちろん莫大な費用がかかるでしょうが、こういうことにこそお金を使うべきです。
なぜなら、これが地球の将来の運命の鍵を握っているからです。
もし私が若かったら、このような研究に携わりたいなと思いました。


おおよそ人が考え得ることは、すべて実現可能です(「ドラえもんのふしぎなポッケ」)。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

昆虫から学ぶ最先端科学

2011.08.09日

中学の1年の夏休み、理科の自由課題の宿題で昆虫採集をしました。
今と違って当時はセミもいろんな種類のものがたくさんいて、8月のこの時期は耳が痛くなるほど鳴き声がうるさかったものです。
朝早く、暗いうちに森や山に入るとカブト虫やクワガタなども見つけることができました。
アゲハチヨウもさまざまな種類の大きなものがたくさん採れました。
そして、立派な標本ができ上がりました。


最近はこの昆虫から人間がいろいろと教えられ、最先端科学に応用する時代になりました。
7月31日の読売新聞19面の科学の特集記事には、驚くようなことが書かれていました。


カナブンやカミキリムシなどのあの不思議な玉虫色を新たな液晶パネルに応用しようというのです。

かなぶん


私たちが普通目にする色は、そこにある化学物質(色素)が光を吸収することで見えます。たとえば、植物の葉の色素は緑以外の色を吸収してしまうので、吸収されなかった色だけが反射して緑に見えます。
しかし、カナブンなどの昆虫は色素で色づいているのではなく、体表が特定の色だけを強く反射する独特の構造になっています。
これを構造色と呼びますが、これは色落ちせず、光を強く反射します。
この構造色を持つ素材を東京工業大学の渡辺教授らが作り出すことに成功し、これをテレビやパソコンなどの液晶画面に応用する研究を進めているそうです。
これがうまくいくと、部屋の明かりや太陽の反射光を光源として利用し、折り曲げ自由な省エネタイプの反射型液晶ができ、たとえばワッペンのように服に貼り付けたり、車の塗料などにも応用できると言います。


このほか、ハエなどの虫がガラスのようなツルツルした面を自由に歩けるところから、これらの虫の足の構造を調べ、それをヒントに画期的な未来の接着剤を開発しようとし、また虫の空中静止や旋回などを模した飛行機やヘリコプターの研究なども世界中で進められているそうです。


人間の知恵は本当にすごいです。
「人間は考える葦である」 からです。
考えてみると、人類のこれまでの発展の歴史はすべて、私たちの周囲の動植物や自然から教えられてきたおかげです。
しかし、もっとすごいのはこのような昆虫を造られた神様の知恵で、さらにその昆虫から学んでそれを最先端科学に応用できる知恵を人間に与えてくださった神様の知恵です。


というわけで、私のこの夏休みの自由課題が今日のこの記事になりました。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

How are you?

2011.08.08日

暑い日が続きますが、皆さんお元気ですか?
と、一般の読者の方を念頭に置くと、上のような表現になります。
しかし、家族間や親しい友人の間では別の言い方をします。


日本語は男女の性別や年齢の老若、社会的地位や身分・職業などによって、また使われる状況によって言葉使いが変化する言語です。
小説などを読んでいると、誰が話しているかはその言葉使いで大体見当がつくので、英語のようにいちいち誰それが言った、という表現を付け加える必要がありません。


これに対して英語にはそのような表現があまりなく、老若男女にかかわらず、ほとんどみんな同じような表現を使います(厳密には多少ありますが、日本語の比ではありません)。


たとえば、How are you? 
を例に取りましょう。
日本語だと、
「お元気ですか?」「調子どう?」「頑張ってる?」「やあ!」「ご機嫌いかが?」「オッス!」「元気にやってるかい?」「久しぶり!」「どうしてたの?」等など、状況によって限りなくいろんな表現があります。
ところが、英語では
How are you?
のほかには、
How are ya?
How's it going?
What's up?
How're you doin'?
How've you been?
などが主なバリエーションで、これらは別に誰が言っても不思議でない表現です。


そこで英語に必要になるのが、イントネーションやアクセントです。
抑揚という話し言葉の上がり下がりや強弱でそのニュアンスの違いを出しますが、日本人にとってはこれを理解するのはなかなか難しいものです。


たとえば、久しぶりに会った友達に、
「久しぶり!どうしてたの?」
と尋ねる時には、
How are you?
(ハウアーユー)
のように、「アー」の部分を強く言うことによってその意味合いを出します。


相手に
How are you?
と尋ねられて、「私は元気だけど、あなたこそどうなの?」と問い返す時には、
How are you?
(ハウアーユー
のように、「ユー」の部分を強く言います。


小さな子どもや女性に対して優しく言う場合には、
How are you?↗
ハウアーユー↗)
のような語尾を上げる言い方をします。


このようなニュアンスの違いはどのようにしたら身につくのでしょうか。
それは、数をこなすことです。
すなわち、先ずはたくさん聞くこと、そのような場に自分を置くことです。
たとえば、英語のリスニング教材のCDなどをたくさん聞き、テレビや映画をたくさん見、さらにアメリカ人などと友達になっていろいろな場面でどのような話し方をしているかを実際に自分の目で見、耳で聞いて体験することです。
どの言語においても、ネイティブスピーカーはみんなそのようにして自分の国の言語を身につけていくのです。


スイミングが上手くなりたければ実際に水の中に入って泳ぐこと、テニスが上手くなりたければラケットを握り実際に振ることが不可欠です。
でも良いコーチについて基礎をしっかり教えてもらうことも重要です。
これは、語学やスポーツに限らずどんな勉強も同じことです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

長生きするための秘訣

2011.08.07日

「今日はみなさんに、どうすれば健やかに長生きができるかという話をしたいと思います。
この中で90歳を超えた方はおられますか?(手を挙げる人なし)
85歳を超えた人は?80歳を超えた人は?
みなさん若いのですね(笑い)。
75歳を超えた人は?ちょっと手を挙げられましたね。65歳を超えた人は?まだまだお若い方もおられますね」
 

聖路加国際病院理事長の日野原重明さんが6月12日、福島市のあづま総合体育館の避難所を訪れました。「健康セミナー」と題した特別講演で、元気に長生きするための知恵を伝授された時の様子です(読売新聞のメルマガ「ヨミドクター」7月27日号より)。



「100歳以上の人は、60年前にはわずか125人でした。ところが今は、なんと4万4000人を超えました。私は今年10月に100歳を迎えますが、私以上の年齢の人が4万4000人もおられるのです」
「私は今までは1週間に1回は徹夜をしていましたが、100歳まではそれでもよかったけれども、100歳になってからもそれをやるのはちょっと無理ではないかということで、徹夜はせず、5時間は寝るようにしています」
「『生きる』ということは、『息をする』という言葉から生まれました。『生きる』ということは『息をする』ということです。そして、『息をする』というのは、息を吸うのではなく、息を吐くことです。上手に息を吐くことが健康法です」


日野原さんはこのほかにも食事や運動を始め、私にとっては目からうろこのようなお話をたくさんされました。
とても刺激され、長生きへの夢と希望が与えられました。


数日前のこと、身に危険を感じるほどの恐ろしい体験をバス送迎中にしました。
その日は一日気が滅入って、床に就いてからもずっとその出来事が繰り返し繰り返し蘇り、胸がドキドキして中々寝つけませんでした。
食欲もなくなり、軽い鬱状態になりました。
送迎バスを運転することすら怖くなるほどのトラウマになりました。


そして、その翌日の夕方、気分転換を図って散歩に出かけました。
この時、上の日野原さんの言葉を思い出しました。
「そうだ。息を吐こう」
そして、何度も何度も心の中にたまっていた嫌な思いを息と一緒に吐き出しました。
あの時の恐ろしい思い出が蘇ってくるたびに思いっ切り息を吐きました。
口先をすぼめて、肺の中の空気を最後まで吐きました。
そうすると不思議なことにだんだん気が楽になってきて、そのうちに頭の中が空っぽになり、川のせせらぎ、蝉や鳩やカラスの鳴き声が耳に入ってきて、目には美しい緑が飛び込んでき、木々の緑の香しい匂いもしてきました。空気がとてもおいしく感じ始めました。


小一時間歩いて汗をかき、家に戻ってシャワーを浴び、心身ともにリフレッシュすることができました。
そして夜はぐっすり眠ることができました。


ははーん。
長生きするとはこういうことの積み重ねなんだなと、少しばかり秘訣がわかったような気持ちになりました。


私は子どもの頃、自分はきっと短命だろうと思っていた(「死ぬときに後悔すること」)のですが、小学校時代の友人が何人もガンなどで亡くなっている中、今日まで生きながらえることができました。
「長寿に関する家系・遺伝の要素は3割。残りの7割は、本人の努力、生活態度や周囲の環境、支えが影響する」のだそうです(「老いの達人」)。


そういえば、つい先日、私の友人のW君のお母さんが95歳の誕生日を迎えたそうです。
小学生の頃、彼の家によく遊びに行き、お母さんの顔も声もよく覚えていますが、この方はきっと長生きされるだろうなと思っていたら、まさにそのとおりになりました。
しかも、ご自分の誕生日も年齢もはっきりと覚えていらっしゃって、そのうえ誕生プレゼントにW君からもらったフォトスタンドの中のご自分の写真を見て、「えらい年をとったなぁ、こんなに老けていたのか〜」
とおっしゃったそうです。
いやー、参った、参った。ホント、すごいとしか言いようがありません。
きっと、まだまだ長生きされることでしょう。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

夏の夜の怪談

2011.08.06日

昨日の朝、送迎バスに乗り込んできた小3のF君と小6のWちゃんが、前の晩テレビで見た怖い話の番組のことでとても盛り上がりました。
小3の男の子と小6の女の子が、まるで親しい友達同士のように、きゃあきゃあ言いながら話しているのです。
帰りのバスの中でもまだ続きをやっていて延々と話が続くので、気を利かしてほかの子を先に降ろして二人を最後にして時間を上げたほどです。


運転していて怖い話がところどころ聞こえてくるのですが、それだけでも私は鳥肌が立つほどです。
そう、私は怖い話が苦手なのです(「アカデミーの怪談」)。
テレビで怖い話が始まると、私はすぐに別の部屋に行ってしまうぐらいです。
ああいう番組は絶対に精神衛生上良くないという信念を持っています。なんでみんな怖い話が好きなのか私には理解できません。


「マスター・オブ・ストーリーテラー」のF君自作の怖い話は、テレビの話以上に怖くて、それこそ背筋が凍りつきそうになります。
ゆっくりした話し方からして怖いです。
「それでぇ〜、おれがぁ〜、階段上がっていったらぁ〜、2階のぉ〜、廊下の正面にあるぅ〜、鏡にぃ〜、だれかぁ〜、知らない人のぉ〜、顔がぁ〜、映ってるんだぁ〜。ギャアー!」
とこんな調子です。
さすがマスター・オブ・ストーリーテラー、うーん、実にうまい。
私はいつものように、どこからどこまでが本当で、どこからが彼の創作だかわかりません。
F君がバスを降りてから、Wちゃんに尋ねました。
「F君の話、怖くない?」
「ううん、ちっとも。だって、ものすごくうそ臭いもん」
ふーん、そういうものなんだと、私は変に感心しました。


子どもたちは本当に怖い話が好きです。
来週の週末には恒例の夏合宿が足柄ふれあいの村で行われますが、毎年ここで先生たちの怖い話があります。
私などはその話の一部を生徒から聞いただけでも、ぞぉ〜っとして、それがずっと頭に残ってしまうほどです。
数年前の合宿で田口先生が話した怖い話は、生徒からのまた聞きだったのですが、いまだに私を苦しませるほど怖かったです。
まあ、今年の合宿に参加する人たちはお楽しみに。怖い話をたっぷりと味わってきてください。
でも、帰ってきて私にその怖い話はしなくていいです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

4つのタイプ

2011.08.05日

家庭教師、塾講師、大学の助手、非常勤講師、語学学校講師、セミナー講師などを経て現在の学習塾という仕事に至り、これまでに3000人以上の小中高校生、大学生、一般成人を教えてきました。
教えていていつも感じるのは生徒に4つのタイプがあるということです。


第1は、「できるし、やるタイプ」です。
このタイプの生徒は自らの持てる才能を最大限に発揮するために実によく努力します。
学習に対するモチベーションも非常に高く、成績云々(うんぬん)よりも勉強することが好きです。
昨日のブログ「仕事が趣味」に書いた根岸英一氏などはまさにこのタイプです。
好奇心が旺盛で、本もよく読み、常にいろいろなことを考えています。
またチャレンジ精神も相当なもので、英検・漢検・数検などの検定試験などもどんどん積極的に受験しますし、スポーツや楽器などにも挑戦します。
このタイプの生徒は教えていて実に気持ちがいいです。
また将来、大きく伸びるのが見えていてとても楽しみです。


第2は、「できるけど、やらないタイプ」です。
このタイプの生徒はとても多いです。
見ていて歯がゆい思いをします。
「もっと頑張れば驚くほど伸びるし、将来の可能性も大きく広がるのにもったいないなぁ」と思ってしまいます。
実際、学校のテストなどでも、それほど勉強しなくても結構できます。
でも、トップにはなれません。なぜなら、第1のタイプの生徒がトップを占めているからです。
でもこのタイプの人たちは、社会に出てからうまくやっていくことができます。


第3は、「できないけど、やるタイプ」です。
このタイプの生徒は実に努力家です。
そして、テストでもかなりいい結果を出します。
その結果、学校の成績もいいほうで、結構上位の学校に進学します。
周りの生徒たちはこのタイプの生徒をできると思っています。
でも、本人は自分がそれほどできるとは思っていず、良い成績は実力というよりは努力の結果だということをよく知っています。
このタイプの人は社会に出て、目立ちはしませんが、コツコツと真面目によく働き、結構間に合います。


第4は、「できないし、やらないタイプ」です。
このタイプは本当に大変です。
多くの場合、その生徒ができないのは、親や家庭環境、学校や塾の教師などの接し方などによる刷り込みに原因があり、本人自身も自分はできないと思い込んでいて、努力もしません。
ですからいつまでたってもそこから抜け出せません。
決して手遅れということはなく、基礎の基礎に戻って一つひとつをゆっくり進めていけば、必ず身に付き、小さな一歩一歩が成功体験につながり、やがては伸びることができるのですが、そこまで持っていくのが一苦労です。


人間、一人ひとりみんな顔や姿恰好が違い、性格も違うように、適性や能力にも差があって当たり前なのですが、今の競争社会は「できるタイプ」を重んじ、「できないタイプ」を疎(うと)む傾向があるため、第4のタイプの人たちは社会に受け入れられず、さまざまな面で苦労することになり、やがて性格的に屈折してしまうケースが多々あります。


上の4つのタイプは否定しても現実に存在します。
大切なのは、自分に何が欠けているかを悟り、その欠けをいかにして補うか、あるいは自分に与えられている才能をいかにして伸ばしていくかということ。
もう一つは、4つのタイプの人間がお互いに助け合い、共生する社会づくりを目指すことです。
そうすれば、社会からはみ出た人たちを矯正して社会に受け入れたり、あるいは初めからはみ出さないようにみんなで協力して一人ひとりの居場所を作ることができます。
所詮、人間は誰ひとり自分だけで生きていくことはできず、またみんながお互いを必要としているからです。


みんながバラバラなのは一番効率が悪く、しかも不安定で危険な状況に陥(おちい)る要素をはらんでいます。ちょうど最近起きたノルウェーのテロ事件のように。
このような悲劇をなくすためにも、共生社会が必要なのです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

仕事が趣味

2011.08.04日

ずっと前から「仕事が趣味」というテーマで記事を書きたいと思っていました。
それというのも、私自身、今やっている学習塾の仕事を趣味と思って楽しんでいるからです。
これまで何人もの人から、
「お酒は飲みますか?タバコは?パチンコは?カラオケは?」
などと尋ねられました。
私がこれらはひとつもしませんと答えると、みんな一様に驚いて、
「それじゃ、いったい何を楽しみに生きているんですか?」
と問い返します。
一般に、酒やタバコ、パチンコ、カラオケ等などが趣味と考えられているようで、これらをやらないと無趣味のように思われてしまいますが、私自身は自分には読書や音楽や芸術鑑賞などいろいろな趣味があるけれども、何よりも仕事が一番の趣味だと考えています。


そうしたところ、今日の読売新聞18・19面に「世界に目を向け、好きな分野追及」というタイトルで、ノーベル賞授業者を囲むフォーラム「次世代へのメッセージ」(金沢工業大学で7月10日に開催)の記事が載っていて私の目は釘付けにされました。
私はこの類の記事が大好きで、絶対に見落としません。
「興味を持った研究テーマで突き進もう」や「懐疑心を持ち続けよう」、「高い夢を持ち、永遠の楽観主義でそれを追求しよう」など、どれもこれも首肯できることばかりでしたが、その中でもとくに私の関心を引いたのは、基調講演を行った根岸英一氏の次の言葉でした。
「ここにいる皆さんも私自身も、幸せに生きたいと、全員が望んでいるだろう。幸せの要素としては、健康、家族、仕事が挙げられる。さらに4番目には趣味がある。仕事がしんどい時、いい趣味を持っているのは大切。
そして私が特に伝えたいのは趣味のことだ。仕事が面白くなると趣味になっていく。
私自身も仕事という趣味が突出している。仕事が趣味になった時、素晴らしい人生と呼べるのではないだろうか」


まったく同感です。
私の場合も、塾の仕事、あるいは教育という仕事を「趣味」と位置付けています。
ですから仕事が楽しいし、やりがいがあり、そして毎日が充実し、幸せを感じています。
これは人生で最も大切な幸せの要件ではないかと思っています。


でも、その仕事はなにもある特定のものに限ったことではなく、どんな仕事でも趣味になり得るのです。
自分の仕事に惚れ込み、楽しむ。それを続けているうちに仕事が自分の趣味になり、人生は充実するのではないでしょうか。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

天才と秀才

2011.08.03日

先日、送迎バスの中でひとりの生徒が隣に座っている友達に言っていました。
「○○君は天才タイプ。秀才は勉強を頑張って頭が良くなるけど、天才は生まれつき頭がいいんだよ」


これは一般によく言われることで、このように信じている人が実に多いです。
私自身もかつてはそのように思っていました。
しかし、研究していくにしたがってこれが間違った考え方であることがはっきりしてきました。


小6のAちゃんは、幼稚園のときからスイミングを習って、どんどん進級して6年になってマスターという一番上のレベルに達しました。
昨日、Aちゃんをバスで家に送る道、彼女に尋ねました。
「Aちゃんはどうやって水泳が得意になったの?」
Aちゃんはしばらく考えていました。
「生まれた時から水泳は得意だった?」
答えが返ってきました。
「練習です」
「ということは、英語ができるようになるためにはどうしたらいいと思う?」
「練習です」
「練習しなくても生まれつき英語ができる人っていると思う?」
「いないと思う」


そうです。みんな天才の要素は持って生まれてきていますが、それを発掘し、伸ばすのは練習にかかっています(「みんな天才!」)。
能力があることを知らないまま、練習をせずにその才能を埋もれたままにしている人が何と多いことでしょう。


「天才少年、18歳で博士号」のケースは、まさに隠れた才能を発見し、伸ばした結果です。そのためには学ぶ環境づくりが必要です。親の務めはこの環境作りです。
このことは、「遺伝か環境か 2」の中にも詳しく書きました。
これまで多くの生徒に接してきてつくづく感じることは、この家庭環境の大切さです。親にできること、それは環境づくりで、これはいつからでもできることです。
決して手遅れということはありません。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

赤ワインと白ワイン

2011.08.02日

 


私の尊敬する教育者の大先輩のお宅でお食事をご馳走になった時、ワインが出ました。
先生曰く、
「赤ワインと白ワイン、どちらが肉料理でどちらが魚料理かなかなか覚えられなくて。どっちでしたっけ?」
その瞬間ひらめいて先生にお教えした覚え方は、
「赤ワインは肉料理、白ワインは魚料理です。赤身の肉は赤ワイン、白身の魚は白ワイン、というのはどうですか?」
「なるほど。それはいい覚え方だ。そういえば、ブログにもそういったことが何度か書いてあったね」


これは記憶術の基本です。
理屈があるものは論理的に覚える。しかし、理屈のないものはゴロ合わせなどの記憶術を使う、というのがもっとも効率的な覚え方です(「頭を良くし、成績を上げる方法」)。


たとえば、理科でやるBTB液の酸性・アルカリ性・中性の色変化の覚え方もそうです。
「アルカリって言ったら何を思い出す?」
「アルカリ飲料のポカリスウェット」
「ポカリスウェットの缶やボトルの色は何色?」
「青」
「じゃあ、さんせいはルパン3世のさんせいだよ。ルパン3世の漫画が日に焼けた。何色になったと思う?」
「黄色」
「青と黄色を混ぜたら何色になる?」
「緑」
「そう、だからBTB液はアルカリだったら青色になり、酸性だったら黄色になり、中性だった緑色になるんだよ」
これは、昔、アカデミーで理科を教えていたH先生の教え方でした。
H先生の授業は楽しい、と言って生徒の間で超人気でした。
そしてみんな理科が大好きになり、成績も理科が断トツでよかったのです。


でも、一番いいのは自分が覚えやすいように、自分で考えることです。
一昨日、ひとりの生徒が送迎バスの中で「今日は七日なのか」と言って自分で大受けしていましたが、これでいいのです。
超寒いぐらいのおやじギャグのほうが印象に残り、覚えやすいです。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村

早いと速い

2011.08.01日

「私の母は早起きです」
という英作文の問題に、
My mother gets up fast.
と書く生徒があとをたちません。
「ふーん、君のお母さんは朝起きる時、ビューンってものすごいスピードで起きるんだ」
と言いながら、机の上に寝かせておいたペンをお母さんに見たてていきなりビューンと立てると、生徒はすぐに間違いに気づいて笑います。
でも、悲しいかな early という言葉が出てきません。


このような時、
「何度言ったら覚えるんだ? fast は速度の速という字を使った速いで、朝早くの早いは時刻で early を使うんだろ!」
と答えを教える教師が何と多いことでしょう。
これでは生徒は、
「そうだ。僕は何度教えられても覚えられない。ああ、僕は何てバカなんだ」
という思考回路に陥ってしまいます。
たとえそうでなくても、この教師の言葉で fast と early を覚えられる生徒はまずいません。もし覚えられるような生徒であれば、もうとっくの昔に覚えています。


私はこのような時、次のように言います。
「マック(マクドナルド)は注文するとすぐにハンバーガーができてくる。マックのように速く食べ物を作ってくれるお店を何フードって言ったっけ?」
すると100%、
「ファーストフード。あっ、ファーストだ」
という答えが返ってきます。
今度は、
「朝、早起きする虫は何?」
と尋ねると、これも100%近くの生徒が「アリ」と答えます。
そこで、「アリは早起き」と私が言うと、
「あっ、そうだ。アーリー」
とみんな言います。


答えを安易に教えてはいけません。
ヒントを言って本人に考えさせるほうが印象に残り、身につくのです。
これは教師に限らず、親も同じです。子どもに何か聞かれるとすぐに答えを教える親がやはり多いです。
親も家庭においては「教師」です。


「教師は教えるな!」の記事の中でも書いたように、できる限り教えずにヒントを与えて考えさせ、自分で答えを見つけさせるのがいい教師、親です。


英単語のスペルも漢字も、算数や数学の文章題も、物理などの計算問題、生物や地学、地理や歴史のような暗記ものと言われるものでも、教師はできる限り教えない。生徒に考えさせる。ヒントを言って自分で答えを見つけさせる。
これが教育の基本です。


家庭内においても、親が「ああしなさい、こうしなさい」と言うよりも、「どうしたらいいと思う?」と尋ねるほうが絶対に効果的です。


毎日、「学院長 元気の出るブログ」を愛読してくださっている方は、ぜひこのページの左上にある「ブログの読者になる」をクリックして、メルマガ登録を行ってください。
ブログ更新情報が毎日届き、簡単にブログにアクセスでき、とても便利です。


↓ブログランキングに参加しています。読み終わったらクリックして応援してください。


にほんブログ村 教育ブログ 塾教育へ
にほんブログ村