学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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お疲れーライス

2011.04.30日

昨日からアカデミー学院も1週間のゴールデンウィーク休暇となりました。
普段、土曜日もクラスがあり、夏休みは夏期講習、冬休みも冬期講習、春は春期講習、中学校の中間・期末テストのときには日曜日も試験対策授業と、1年通じて仕事があり、ほとんど休みがないので、このゴールデンウィーク休暇を首を長くしてずっと待ち望んでいました。


とくに今年は2月に父の召天と葬儀がありました。
それに続き3月新年度のチラシ作りなどの準備や入塾説明会開催、卒塾式、3月11日の東日本大震災とそれにともなう計画停電やガソリンスタンドの閉店、休講や振替授業の連絡、妻の実家での怪我人と病人の看病等など、本当によくこれだけ次から次へといろいろあるものだと思うくらい問題が続きました。
心身ともに疲れ果てていましたので、久しぶりの休暇は本当にありがたく、ゆったりと過ごしています。


しかし、普段仕事中毒になっているせいか、仕事をしていないとなにか不安になってくるのです。
本当に困ったものです。
たとえば、毎晩クラスが終ったときの決まり文句である「お疲れさまで〜す」が聞けないとなにか物足りなく感じてしまい、普段の塾が恋しくなってしまいます。
私たち教師がいつも交わす「お疲れさまで〜す」を耳にしている生徒たちまでが、先生たちに「お疲れさまで〜す」と言います。
本当は「ありがとうございました」と言わなければならないのですが、うちの生徒の場合、先生たちに「お疲れさまで〜す」と言うことによって一種の連帯感というか仲間意識のようなものを感じているようです。
そのことがわかっているので、「『お疲れさまです』じゃなくて『ありがとうございました』って言うんでしょ」などとあえて言わないようにしているのです。


つい先日などは、先生のほうから生徒に「お疲れさまです」ならぬ「お疲れーライス」という新種のジョークが飛び出していました。
私を驚かせたのは、それに対する生徒の応答でした。
「お疲れーシュー」
最初は何を言っているのか分からなかったのですが、先生の反応でようやく理解できました。
「お疲れ+加齢臭」で、「おつ加齢臭」だったのです。
これには思わず吹き出しました。
あるいは、これってTVとかのネタなのでしょうか。この辺は私はうといのでよくわかりませんが。
でも、先生たちと生徒たちがこのように明るく、楽しそうに絡み合っているのを見ると、疲れも吹き飛んでしまいます。


塾が休みでいつものこのようなシーンが見られないと寂しくなるのです。
「お疲れーライス」
「おつ加齢臭」
アカデミーの日常の楽しい一コマです。


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心洗われます

2011.04.29日

以前このブログでご紹介しました、私の敬愛する柿谷寿美江先生が去る3月17日、天国に旅立たれました。
2年近くに及ぶ脳腫瘍の闘病生活でした。
この間、私は何度かお会いしてお話しましたが、いつも柔和でニコニコしていらっしゃいました。
本当は辛かったでしょうに、一瞬一瞬を精一杯生きておられました。
そして逆に私たちを励ましてくださっていました。


初めて柿谷先生ご夫妻にお会いしたとき、ご長男は4歳、次男はまだ1歳の赤ちゃんでした。
ご長男は私の顔を見るなり英語で挨拶しました。
"My name is Masamichi Kakitani. I was born in America."
(ぼくの名前は柿谷正道です。アメリカで生まれました)
寿美江先生のお計らいで、次男をベビーカーに乗せて長男と手をつないで、柿谷先生とご一緒に散歩に出かけました。
まるで昨日のことのようにはっきりと覚えています。
ご家族とはそれ以来の長いお付き合いです。
今やおふたりの息子さんたちはご結婚されてお子様もいて、アメリカでお仕事をしていらっしゃいます。


妻は結婚前から柿谷先生の大ファンで、先生に初めてお会いしたとき「私のフィアンセは...」と話したところ、先生は即座に「それって舟田譲二君のことじゃないの?」っておっしゃって妻を驚かせました。


私の2度目のアメリカ留学に際しては、カウンセリングを学ぶ上での貴重なアドバイスをたくさんいただきました。
そして留学が終わろうとしていたとき、一緒に仕事をしないかとお誘いいただき、帰国後はご一緒にカウンセリングやセミナー、教会の仕事などをさせていただきました。
そしてその結果、今日私たちは平塚に住まい、今こうして塾の仕事をしているのです。


アメリカから戻ってきたときには、住まいが見つかるまでの間、ご夫妻のお宅に泊めていただいてご一緒に生活させていただきました。
そのとき、ご夫妻の子育てからは本当に多くのことを学ばせていただきました。
寿美江先生はいつも穏やかで笑顔を絶やさず、大声を上げて怒ることなど決してなく、優しい言葉遣いでお子さんに接していらっしゃいました。


40歳のとき三男をご出産されました。
夫の柿谷先生に「高齢出産だね」と言われると、
「あなたがでしょ」
と切り返すユーモアの持ち主でもありました。


寿美江先生はいつも私たちのお手本でした。


もう30年も前のことですが、ある会社からの招待旅行でご夫妻とご一緒にグアムへ行ったことがあります。
私の父も一緒でした。
父もご夫妻のファンでした。


父は寿美江先生より1か月ほど前、ひと足先に天国に行きました(「バレンタインデーに嬉しいことが3つ」)。
「寿美江先生が天国に着いて父に会い、『あら、舟田さんのお父様もこちらにいらしてたのですか?』と言ったら、父が『えーと、どちら様でしたでしょう?』なんて言ってたりして」
と妻に冗談を言ったのですが、天国では認知症も脳腫瘍の苦しみもありません。
寿美江先生の天国への凱旋(がいせん)は、私たちにとってとても寂しく、辛いことですが、今ごろ天国では痛みや苦しみから解放されて平安な時を過ごしていらっしゃることでしょう。


去る4月16日には大磯プリンスホテルで「お別れ会」が催されました。
その日はあいにく仕事が入っていたため私は残念ながら失礼しましたが、そのときの様子が何人もの方々のブログに書かれていました。
多くの人々から愛され、慕われていらっしゃった須美江先生とのお別れには300人近い方が来られたそうです。
きっと皆さんが寿美江先生に「ありがとう」と言い、そして寿美江先生もお一人ひとりに「ありがとう」とおっしゃっていたことと思います。


「故柿谷寿美江先生への感謝のお別れ会」(アチーブメント株式会社代表 青木仁志氏ブログ)
「柿谷寿美江先生への感謝のお別れ会」(選択理論マニアのためのトリセツ)


この中に紹介されている『ありがとう −がんと私、そして家族−』(柿谷寿美江・柿谷正期著)を昨夜読ませていただきました。

sumiye.jpg

感動で胸がいっぱいになり、途中何度も涙しました。
どのページも寿美江先生の優しいお人柄が、ご夫妻の愛情が、そしてご家族の固い絆があふれています。
涙なしには読めない本です。
そして、心洗われます。

(この本はこちらから注文できます)


最後に、私の寿美江先生の思い出を記したブログを下に挙げます。
「幸せって何だっけ」
「余命6か月!」
「ビタミンA,B,C,D,E,F,G」
「死ぬときに後悔すること」
「体温を上げると健康になる」


寿美江先生、長い闘病生活お疲れさまでした。
そして、本当になにもかもありがとうございました。
また天国でお会いしましょうね。


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昭和は遠くになりにけり

2011.04.29日

今日の読売新聞「編集手帳」より。


“お天気博士”倉嶋厚さんの祖母は嘉永年間の生まれという。ある日、厚少年を呼び、読み書きのできない自分に代わって紙に文字を書いて欲しいと頼んだ。「お地蔵様」「お観音様」「ラジオ様」「電話様」「ガス様」「自動車様」…戦前のことらしい
◆おばあちゃん、これは何なの? 言われるままに書きながら尋ねると、「私の神様、仏様だよ」――そう答えたと、倉嶋さんは自著『季節さわやか事典』(東京堂出版)で回想している
◆「様」は付けないまでも、生活を彩る品々に多くの人が感謝の心を寄せていたのは、いつ頃までだろう
◆高度成長期のあたりに、日本人は何か大切な忘れ物をしてきたのかも知れない。家に明かりがともる、たったそれだけのことのありがたさが身にしみるなかで迎えた「昭和の日」である
◆9年前に亡くなった歌人、富小路禎子(とみのこうじよしこ)さんに一首がある。
〈服あふれ靴あふれ籠にパンあふれ足るを知らざる国となり果つ〉
忘れ物を取りに戻る旅に、頼れる地図があるわけでもない。倉嶋さんのおばあさんに倣って、身のまわりの“様”を数えることから始めるのもいいだろう。

(2011年4月29日01時24分  読売新聞)


高校2年のとき、明治100年を祝いました。
そのとき、明治は遠くになりにけり、とよく言われたものです。
しかし、今や昭和から86年。
戦後のまだ貧しかった時代に生まれ育った私たちは、質素・倹約に努め、ものを大切にしてきました。
高度成長期の日本をリードしてきた往年の名優・名女優、スポーツ選手、芸術家、学者、政治家たちが次々と逝去されていく中で、昭和は遠くになりにけり、と一抹の寂しさを感じているのは私だけではないでしょう。


ものが溢れる豊かな時代に育った若い世代の人たちは、なんでもあって当たり前。
「電話様」「ガス様」といった感謝の心をついつい忘れがちです。
今日のこの豊かな日本があるのは、戦後の大変な時代を牽引してきた勤勉な先達のお陰です。
昭和の日を迎え、私たちは今一度身の回りを見て、この豊かで平和な日本に住めることを感謝しなければなりません。


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読売新聞の取材を受けました!

2011.04.28日

これまでこのブログで何度もNIE(教育に新聞を)の記事を書いてきました。
「教育における新聞の活用法」
「NIE (新聞活用教育)」
「思考力を養成する授業を」
「NIE (教育に新聞を)」
「NIE その2」
「NIE その3」
「お試し版NIE」
「新聞に恋をする」
「今日はNIE初日」
「選ばれた戦士たち」
「いよいよ本物の教育改革か」


NIEに対する私の思い入れは相当なものです。
塾を始めた20年ぐらい前から温めてきたアイデアです。
その想いに保護者の方も、また塾生も応えてくれました。
そして先日の小学生のNIEのクラスで、東日本大震災の被災地の小学生に応援メッセージをみんなで書いたものを先週、読売新聞に送りました(「PTSD」)。
当初は直接被災地の自治体に送ろうと思っていたのですが、いざ送る段になっていろいろ調べてみてもどこに送っていいのか分からず、結局一番手っ取り早く、しかも確実な方法ということで、読売新聞に送ったわけです。


すると一昨日、読売新聞の編集部の方から、アカデミーのNIEの取り組みについて取材したいというお電話をいただきました。
そして、今日の取材となったわけです。
クラスの始まる30分ぐらい前に編集局社会部の方と写真部の方が見え、インタビューが始りました。
学習塾というと普通はテストの点数とか学校の成績とかを第1にしているのに、アカデミーではなぜNIEに取り組んでいるのか、等などの質問でした。
そこで、私は普段このブログに書いているような上の記事の内容をお話しました。


5時から始まった小学6年生たちのNIEのクラスでは、今日の「読売KODOMO新聞」を題材に、生徒に話し合いたい記事を選んでもらって、みんなで意見交換しました。
最後にそれを学級新聞に書くような記事にしてもらいました。
その間、「カシャッ、カシャッ、カシャッ」と写真部の人がシャッターを切る音が絶えず聞こえていましたが、生徒たちはまったく気にする様子もなく、普段通りの授業ができました。


kodomo1.jpg kodomo2.jpg

その後、生徒から編集部の人に質問する時間を設けました。
すると、なかなか鋭い質問が出ました。
「新聞に書く記事は確実な情報ばかりですか?」
等など。
そして、編集部の人からも生徒たちにいくつかの質問が出ました。
うちの生徒たちはそれらの質問に的確に答え、読売KODOMO新聞は読みやすく、楽しい記事ばかりだと言って、編集部の人を喜ばせていました。


さて、今日の取材の模様が来る5月5日(こどもの日)の朝刊に、「読売KODOMO新聞特集」という記事の中で紹介されるそうです。
皆さん、ぜひ見てください。


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「ドラえも〜ん」

2011.04.27日

「ドラえも〜ん」
と、のび太が助けを求めると、ドラえもんはときには渋々ながら、いつでもふしぎなポッケから便利な道具を取り出してくれます(「ドラえもんのふしぎなポッケ」)。
私がドラえもんにお願いした便利な道具は「どこでもドア」ならぬ「どこでも秘書」です。
私の「どこでも秘書」が毎日やってくれる仕事の一部を下に挙げてみると...


 1.現在地を地図上に示して、目的地までの道案内もしてくれる
 2.世界の国々の時刻を教えてくれる
 3.時間になったら生徒のバス送迎の時刻とルートを教えてくれる
 4.大切な人の誕生日を事前に知らせてくれる
 5.しなければならないことや、買物メモなど、指定した時刻に教えてくれる
 6.5分や10分といった短い時間、仮眠を取るときには間違いなく起こしてくれる
 7.思いついたことを紙に書かなくても口で言ったら音声でメモしてくれる
 8.日本語・英語だけでなく、どんな言語の言葉の意味もすぐに教えてくれる
 9.好きな音楽やスピーチ、本の朗読をいつでも聞かせてくれる
10.読みたい本を読ませてくれる
11.世界中のニュースを写真や動画入り、リアルタイムで見せてくれる
12.写真や動画を撮影してくれる
13.世界中のどこの国の人とも無料で電話で話させてくれる
14.パソコンの中の重要書類をパソコンがなくてもいつでもどこでもすぐに見せてくれる
15.いつでもどこでも、誰とでもメールのやり取りをしてくれる
16.新幹線などの電車や地元のバスの時刻表や運賃、乗り換えルート、かかる時間などを瞬時に教えてくれる
17.車で移動のときはナビもしてくれ、目的地までの距離やかかる時間、渋滞情報も教えてくれる
18.必要ならば、リアルタイムで株価を教えてくれる
19.暇だったらゲームで遊ばせてくれる
20.散歩をしたら、歩数や歩いた距離、消費したカロリーも教えてくれる
21.毎日、ブログを書く手伝いをしてくれる
22.口述筆記をしてくれる(「これはすごいっ!」
23.地震発生と同時に警報を即座に知らせてくれる(寝ているときでも)

yurekuru.jpg

24.毎晩、明日の天気予報を教えてくれる(しかも日替わりの美人秘書が)

bijin.jpg


まだまだ他にもいっぱい仕事をやってくれて、月給はわずか6000〜7000円ぐらい。
そう、私の有能な秘書の iPhone さんです(「最強の秘書を雇いました!」)。
「こんなこといいな できたらいいな」と思うことがあったら、「ドラえも〜ん」と、ネット上に投稿する。
すると、誰かがすぐにそんなアプリを作ってくれる。
しかも、そのほとんどは無料(有料でも数百円〜)なのです。
かなり iPhone さんをうまく使いこなせるようになってきたと思っていましたが、まだまだ1000分の1にも達していません。
というか、この秘書がやってくれる仕事は無限です。
便利な新しいアプリが次から次へと生まれているからです。


昨日、娘が昭和26年(1951年)の映画「めし」(上原謙、原節子主演)をテレビで見ていました。
ちらっと見てみたら、まるで私が小学生の頃住んでいたのとそっくりの家ではありませんか。
町並みや店、レストラン、人の着ている服や、その他のものすべてが見覚えのある懐かしいものばかり。
一瞬、タイムスリップしたような錯覚を覚えました。
本当に貧しい時代でした。
どれぐらい貧しかったかと言うと、「不景気なときの最高の投資」に書いたような世界です。
あの頃から半世紀あまりが経ち、時代は目まぐるしく変わりました。
今日も、秘書の iPhone さんのお世話になりながら思いました。
「ああ、こんな便利な時代が来るとは思いもよらなかった。
ここまで生きてこれて良かったなぁ」と。


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心温まるシーン

2011.04.26日

今日はゴミの日。
朝、出すのを忘れていて、ごみ収集車がやってきてあわててゴミを持って飛び出しました。
作業員の方が親切に、
「大丈夫ですよ。そこに置いてください」
と言うと、それを拾い上げて収集口の中に放り込んでくださいました。
「ありがとうございました」と言って庭に戻たとき、隣の人があわてて出てきました。
隣の人もゴミを出し忘れたのかな、と思っていたら、次の瞬間、私は頭を打ちのめされたかのように感じました。
「間に合ってよかった」
と言って運転席の人に何やら手渡しておられるのです。
「ご苦労さま。いつもありがとう!」
私の目に入った物は、缶コーヒーか何か作業員の人数分の3本でした。


私の貧弱な発想ではこのような行為は思いも浮かびませんでした。
この心温まるシーンを目撃して、今日は1日爽やかでした。
最近テレビのAC(公共広告機構)のCMでよくやっている
「思いは見えないけど、思いやりはだれにでも見える」
を地で行くような感じの心温まる1シーンでした。


そういえば、ゴミ収集車で思い出しました。
アメリカにいた頃、見たゴミ収集の光景です。
これは「思いやり」とはまったく無関係なのですが、アメリカらしく豪快そのものです。
日本に戻ってきて人にこのシーンを口で説明してもよくわかってもらえず、逆にオーバーな話をしていると思われていたかと思うのですが、ひょっとしてと思ってネットで検索してみると、次のような映像がYouTubeにありました。



これは子どもが遊ぶおもちゃなのですが、本物もまさにこのままのシーンです。
ただ、アメリカの収集車は日本のものよりもサイズがずっと大きいため、圧倒されてしまいます。
さらにすごいのが、このゴミ収集用の鉄製のコンテナーに、アメリカ人は生ゴミだけでなく、新聞紙から空き缶、空き瓶、なべや台所用品など、何でも捨てるのです。
少し前のことですが、アメリカに留学中の息子と話していたら、もっとすごいのは、引越しをしたりするときにはテレビからソファーなどもこのコンテナーの中に捨てていくというのです。


アメリカのソファーは日本のものよりサイズが大きいです。それをそのままコンテナーに入れるのですから自ずとその大きさがわかります。
収集車のアームをその大きなコンテナーに引っかけて、そのまま上に持ち上げていってゴミ収納部に「ガッシャーン、ガラガラガラ」と大きな音を立てて落とすのです。
日本から行って初めてこの光景を見た人はみんな度肝を抜かれます。


アメリカでは、ゴミの分別やリサイクルといった概念はないようです。
むしろ、ゴミを焼却するとダイオキシンなどの有毒ガスが発生するといって法律で禁じられているぐらいで、リサイクルには時間もコストもかかると考えられていてあまり実践されていないようです。
それで、収集したゴミをどうするのかというと、土の中に埋めてしまうのです。
なにしろ国土が日本の25倍というぐらいですから、ゴミを埋めるところはいくらでもあるようです(ちなみに人口密度は、日本はアメリカの10倍!)。
それにしても国土が狭い日本に住んでいる私たちにとって、ゴミをどんどん埋めるという発想が理解できません。


今日見たゴミ収集の心温まるシーンで、もうひとつ別のことを思い出しました。
うちの長男と次男が小学生の頃、今から20年ぐらい前のことです。
子ども達に1日に何かひとつでもいいことをしようと約束して、毎日、今日はどんなことをしたの?と尋ねていました。
すると子どもは、「今日は〇〇ちゃんに〜してあげた」とかいろいろ答えるのです。
いいことというのは、意識していないとなかなかできないものです。
私も今日から意識して、いいことを毎日ひとつでもしようと改めて決心しました。
と同時に、人がしているいいことにも目を留めるようにすることにしました。
そうしたらハッピーな毎日を過ごすことができます。


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成功と不成功の分かれ目

2011.04.25日

成功と不成功の分かれ目とは...


すべての偉大な成功は、誰の目にも止まらないような、日常生活の中での何千・何万もの小さな努力の積み重ねの結果です。
成功者がやっていることは誰でもやっているようなことで、特別なことではありません。
ただ、普通の人はそれを時々やるだけですが、成功者はそれをいつでもやっています。
そして、成功するまで続けます。
これは仕事に限らず、勉強にも、またすべての人間関係や、スポーツや芸術を始めとするさまざまな技術を身につけるのにも、ありとあらゆることに当てはまります。


多くの人が、自分の努力不足を棚に上げて、自分には才能がない、頭が悪い、身長が足りない、目が悪い、親からの遺伝等などに言い訳を見つけようとします。
しかし、自分の努力以外にできない理由を見つけようとしている限り、成功はいつまでも手に入らないばかりか、どんどん遠ざかっていきます。


実際のところ、さまざまな分野で成功を収めている人を見ると、すべてが最初から整っていたというような人はまれで、むしろほとんどの人がさまざまなハンディキャップや困難なハードルを乗り越えて成功を自分のものにしています。


乙武洋匡(おとたけひろただ)さんなどはまさにその典型でしょう(「五体不満足」)。
全盲のジム・ストーヴァルもそうです(「盲目にならなくても見える!」)。


以前、このブログで「あなたも天才!」という記事を書きましたが、実はみんな、だれでも、そう、「あなた」も、天才の素質を内に秘めているのです。
上の記事の中にも書きましたが、ごく普通の人が人よりも少しだけ勉強したら頭が少しよくなり、さらに勉強した人たちが社会で活躍するようになり、もっともっとだれよりも頑張った人たちがノーベル賞を取ったりするのです。


つまり、成功と不成功の分かれ目は、人の能力の差というよりも、努力の差ということになります。
「いや、絶対に遺伝などで持って生まれた本人の持つ能力による」という強い信念を持っている人は、その段階で自分の可能性の芽を摘み取っていることになります。
もしも、これが嘘だと思うなら、実際にやってみるといいでしょう。
どんなことでもいいので、人よりもうんと努力してみるのです。
そして結果を見てください。
必ず驚くような結果が出ます。
もし、いくら努力してもまったく変わらない、と言う人がいたら、それはやり方に問題があります。
そのような場合は、遠慮なしにご相談ください。


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人の振り見て、わが振り直せ

2011.04.24日

今日、郵便局で私の後から来たお客さんが、窓口の局員に突然大声で怒鳴り始めました。
「『すみません』というのは、相手に対して何か悪いことをした際、謝るときに使う言葉で、あなたは別に何も悪いことをしていないのだから、すみませんと言って謝る必要はない。ちゃんと正しい日本語を使いなさい!」
周りにいた人たちはみんな驚き、そして顔をしかめていました。
私も非常に不愉快な気持ちになり、
「あなたこそ失礼な人ですね。局員の方に『すみません』と言って謝りなさい」
とは言いませんでしたが、本当にそう言いたくなるほどでした。


実は、この「すみません」という日本語はとても便利な言葉で、いろいろな状況で使うことができます。
「すみませ〜ん、ウェイトレスさん」。
(呼びかけ)
「ご親切にしていただいてすみません」。
(ありがとうございます)
「お茶をこぼしてしまってすみません」。
(ごめんなさい)
「すみません。それを取っていただけませんか」
(お願いします)
上のように、「呼びかけ」「感謝」「謝罪」「依頼」などの意味で使用されています。
したがって、冒頭の郵便局のケースのように、「ありがとうございます」の意味で「すみません」と言っても全然間違っていません。
むしろ、これらの用法を知らずに、相手に説教するほうが本当に「すみません」と言って謝るのに値します。


そういえば、少し前のことですが、バス送迎をしているときに「睨(にら)みつけた」と言って因縁をつけられて、私だけでなくバスに乗っていた生徒たちもみんな怖い思いをしました(「日本に生まれてよかった!」)。
私はもちろん睨みつけてなどいませんでしたが、万一睨みつけていたとしても、それ以上に因縁をつけて相手を脅(おど)すほうがよっぽど悪質で、恫喝(どうかつ)という反社会的で犯罪に近い行為です。


「木を見て森を見ず」と言いますが、人間というのは、ひとつのことしか見ていないと全体が見えなくなってしまうものです。
そこで、上の「すみません」や「睨みつけた」の例のように、トンチンカンなことを言ったり、したりしてしまいます。
しかし、私たちも日常生活の中で気をつけていないと無意識のうちに同じようなことをやってしまいます。
ですから、自分のことに気をつけると同時に、他人に対して寛容になる必要もあります。


まさに、「人の振り見て、わが振り直せ」です。


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子離れできない

2011.04.23日

子離れできない親。
親離れできない子ども。
マザコン、ファザコン...。
日本の親子はどうも「親子関係」の築き方が下手なようです。


今から30年近くも前のことですが、あるお母さんが私に言いました。
「うちでは息子が中学生だけど、今も私と一緒にお風呂に入っているの。
息子はいつも言います。
よその女の人の裸は汚いけど、お母さんの裸はきれいだ、と」
おそらくこの方は自分のところの親子関係がとても親密なことを自慢したくてそうおっしゃったのだと思いますが、正直なところこれは異常だと思いました。


日本では親子の結びつきが異常に強いようです。
親子の仲がいいのはいいことなのですが、しかし、そのために夫婦関係が悪くなって離婚するようであれば、これは本末転倒です。
離婚、再婚、再々婚などは親の身勝手で、子どもを不幸にすることが多いです。
とくに上のケースのように母親と息子の結びつきが強すぎると、息子が結婚してから嫁と姑の間の確執という問題に発展したりします。


欧米では一般に、親子の間よりも夫婦の結びつきのほうが強いものです。
欧米の文化や価値観の基礎になっている聖書には次のように書いてあります。
「男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となる」
ここに、はっきりと、結婚するときには親から離れ、夫婦が一体、ひとつのユニットとなる、とあります。


つまり、欧米の夫婦はいかにして早く子どもを自立させるかということを子育ての柱にします。
昔、次男が高校生のときアメリカでホームステイした家庭の娘さんが、その数年後日本にやってきてうちでホームステイしました。
彼女はいわば私の娘のような感じで、今もときどきチャットで話したりするのですが、彼女によると高校卒業後は家を出て自分でアパートに住み、大学の学費も生活費もすべて自分で働いて稼いでいる、親からの経済的援助は一切ないとのこと。
アメリカではそれが普通だ、と言っていました。
うちでは3人の子どもをいまだに面倒見ていると言ったら、自分をぜひ養子にしてくれと彼女が冗談で言いました。


日本の子育てと大きく異なります。
私はこれまでにもブログの中で何度か夫婦関係のことや親子関係のことについて書いてきました(「夫婦円満の秘訣」「子はカスがいい?」)。


夫婦仲が良いことは子どもの健全な精神の成長に何よりも大切です。
結婚するときは、お互いに相手に対するコミットメントが必要です。
コミットメントとは、自分を相手に捧げきることです。
夫婦仲がうまくいかないのは、ほとんどのケースお互いに自己中心だからです。
お互いにコミットできないようなら結婚すべきではありません。


ただし、結婚後、お互いに努力しても価値観や性格が相入れないということもあります。
そのような場合は、いつまでも一緒にいるとかえって傷口を大きくするので、別れたほうがお互いのため、子どものためということもあります。
私の知っているご夫妻に、お互いに子連れで再婚同士という方が二組あります。
お二組とも、とても幸せな再婚生活を送っていらっしゃいます。
このうちの一組は、ご自分のホームページを持っていらっしゃって、そこに
「私たちはお互いに初めての再婚同士」
と書いてあって思わず吹き出してしまいました。


いずれにせよ、夫婦の一大事業は子育てであり、その子どもをいかに自立させるかというのが夫婦に課せられた使命ではないでしょうか。


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趣味と実益

2011.04.22日

高校3年生のMさんは中2のとき友達に紹介されてアカデミーに入ってきました。
塾は初めてだったので、最初不安だったそうです。
でも入ってすぐにアカデミーの雰囲気に慣れ、2年間塾の生活をとても楽しみました。
そして高校生になっても引き続き通い、今年はもう高3です。
Mさんの口ぐせは「もっと早くにアカデミーに入っていればよかった」です。
中学生のとき、家でいつも「塾が楽しい、勉強が楽しい」と言っていたので、それを聞いていた妹のKちゃんはいつの日か自分もアカデミーに行けるのを楽しみにしていたそうで、小学4年生になったこの春、入塾しました。
そして、期待通り塾が楽しいと言って、英語・算数・国語の勉強を毎回一生懸命勉強しています。


お姉さんのMさんの趣味はケーキ作りです。
中学生のときから、バレンタインだけでなく、いろいろなときにケーキやクッキーを焼いては塾に持ってきて先生達にご馳走してくれます。
Mさんはケーキやクッキーを焼いても自分では食べず、人に食べてもらうのが大好きと言っています。
実にいい趣味です。
自分で焼いたケーキをいつも食べていたら太ってしまいますが、自分では食べずにとてもスリムに体型を保ち、人に食べてもらって喜んでもらえるのが嬉しい、と趣味と実益を兼ねています。
私たち教師も、いつもとてもおいしくいただいて、しかもMさんに喜んでもらえるのですから、まさに一石二鳥です。
Mさん、いつもありがとう。そして、またこの次もよろしくね。楽しみにしているよ。


世の中にはいろいろな趣味があります。
でもMさんのように趣味と実益を兼ねることができるというのは素晴らしいことです。


私のよく知っているある子はものすごい多趣味です。
日本画・西洋画・彫刻を始めとする美術品鑑賞、さまざまなジャンルの読書や音楽鑑賞、骨董品、日本や世界の地理・歴史紀行などのTV番組、映画、政治・経済・社会問題の勉強、バレエ、オペラ、フィギュアスケート、スポーツ観戦、コンピュータ関連のさまざまな物やソフトの活用等など挙げだせば切りありません。
私もよくいろいろと教えてもらうほどです。
いつの日か、これらの中からきっと実益を兼ねるものを見つけてものにすることでしょう。


私も読書や音楽鑑賞やスポーツ観戦、演劇、勉強などたくさんの趣味を持っています。
そのうちのひとつ、英語の勉強がのちに仕事につながり、実益を兼ねることになりました。
今の私にとって一番の趣味は生徒に教えることと、このブログを書くこと。
やはり実益を兼ねた趣味です。
毎日、大勢の小学生・中学生・高校生・大学生たちと触れ合い、エネルギーをたくさんもらっています。
それがまた私の若さの源泉にもなっています。
趣味と実益を兼ねて、しかも毎日こんなに楽しませていただいていいのだろうか、と思うほどです。


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時代の変遷

2011.04.21日

私は小学生の頃劇団に入っていて、NHKを除く民放は当時全部出ていました。
この頃のことをブログの記事に何度か書きました(「何事も一生懸命」「セリフを忘れた!」)。
先日、娘と話していたとき、どうしてそのまま演劇の道に進まなかったのと尋ねられて、その理由を考えてみました。
確かに、子どもの頃、自分は大きくなったらTVタレントか映画俳優になるだろうと思っていました。
なぜやめたのか考えてみたら、おそらく週に何度か学校を休んで大阪のテレビ局に通っていたりしたので、勉強がお留守になると言って、親に辞めさせられたような覚えがあります。
でもかと言って、劇団を辞めて勉強をするようになったわけではありませんが。


今晩、仕事が終わって帰宅して、遅い夕食をとりながらテレビでホームドラマを見ていたら、そのセットの作りや、背後にいるエキストラの演技や、またレストランのシーンでは実際に料理が出てきてビールを飲みながら食べているのを見て、ああ時代が変わったなぁとつくづく思いました。


私が最初にテレビのCMに出たのは、確か小学2年生のときのこと。
月桂冠というお酒のCMで、お母さん役のきれいな女性がお父さん役の人にお酒をついでいて、私はその横で浴衣を着てご飯を食べていました。
ほんの数十秒ですが、映像だけで最後に「清酒 月桂冠」というナレーションが流れました。
この頃、テレビのある家はほとんどなかったので、たくさんの人が近所のテレビのあるお金持ちの家に集まって見ていました。
みんなが一斉に「あっ、ジョージちゃんだ。ジョージちゃんが出てる!」とテレビを指差しながら大声を上げたことを昨日のことのようにはっきりと覚えています。


このとき、私の食事のお椀やお皿には何も入っていなくて、ただ食べる格好をしていただけでした。
おそらくついでいたお酒は実際には水で、俳優の人はその水を飲んでいたのだと思います。
ところが、今のドラマでは、実際に缶ビールを開けて飲み、本物のラーメンや焼き鳥が出てきて、みんなそれを食べています。
当たり前のことのように思われますが、昔のCMを経験している私にとってはこれだけでも驚きです。


スタジオのセットはベニヤ板作りで、ちょっとでも壁に寄りかかろうものなら倒れました。
ぶっつけ本番の番組ばかりだったので、俳優がうっかりと壁に当たって壁がぐらぐら揺れたりすると、俳優はとっさに「あっ、地震か?」などとアドリブでうまくやり過ごしたものでした。


小道具もちゃちなものばかりでした。
そもそも今のようにカラーではなく、しかも解像度が非常に低かったので、ほとんど画面には映らなくてだますことができたわけです。
新聞の記事の大写しも、今のようにパソコンなどはなかったので、全部手書きのタイトルが本物の新聞の上に貼り付けられていました。
私が背負うランドセルは赤いものでした。
赤いランドセルなんて恥ずかしい、と言ったら、小道具の係りの人は、「テレビは白黒にしか映らないから、赤くても黒く見えるから大丈夫だよ」と慰めてくれました。


今日のドラマを見ていて、内容はそっちのけで、昔のことがありありとよみがえってきて、昔の古き良き時代の思い出にふけっていました。
そして、半世紀という時代の変遷に驚かされました。
これからの半世紀はどのように大きく変化するのでしょう。


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これはすごいっ!

2011.04.20日

昨日のブログに「人が想像できることは、必ず実現可能」(「ドラえもんのふしぎなポッケ」)と書きましたが、そのひとつ「こんなものあったらいいな」の iPhone のアプリを今日、早速試してみました。
前から欲しいと思っていたもので、「ディクテーション」という iPhone に向かって話すことをまるで秘書に口述筆記してもらっているようなソフトです。
それで、散歩しながら思いついたことを録音すれば、これをもとに後でブログの記事が書ける、と興奮したのです。


今朝、犬を散歩に連れて歩きながら、iPhone に向かって言いました。
そして、録音をストップしてきちんと入力されているかどうかその文章を確認しました。


「んおお んんならいいん んいいねえ」
「ああああ んん ん ん 返却口器で作るだす」
「の全てのことに武器がある 踏まれるのに時があり死ぬのに時がある ん判例をmagに時がありハリー出るのに時がある」


???
ん、何だ、これは!?
役立たずのアプリ?


家に戻って、もう1度試してみました。
「県の指定では何ごとにも定まったな時期があり連れての営みには時がある 生まれるのに時があり死ぬのに時がある 植えるのに時があり植えたものを引き抜くのに時がある」


「今から四十年近く前日本にドライブスルーを紹介するために父はファーストフードレストランに行きましたがどこでも日本は土地が狭いのでそのような場所を作ることはできないと言って断られました 今日本ではごく普通になっているtシャツも日本に紹介しようとしたときそのようなものは日本人は着ないといって断られました その他にもいろいろなアイデアを日本に紹介しようとしましたがいずれも断られました 後になって考えるとそれらは自棄焦燥でした」


「私たちの結婚はおそらく最初もう子供が生まれたのは三十二歳の時 過ぎの子供が三十五歳 三人目は四十歳のときの子供です すまんはもっと早くに結婚して子供を産んで育てたかったとよく言います  しかしそうしていたならば今の内三人の子供は生まれることはありませんでした 私にとっては今の三人の子供が他のなににもまさる宝物なので遅い時刻に産んだ子供でしたがそれが最善の時であったと思っていますよ で人はよくあの時にこうしておけばよかった合わしてるおけばよかったと思いますがそれらは全て後悔先に立たずです と全てのことはその時にかなって麗しい ニーバーの祈りにあるように変えられないことは変えようとしないでそのまま受け入れることが大切です」


散歩のときの文章が変だった理由がわかりました。
周りの車の騒音や、カラスの鳴き声、風の音などを拾って、それを文章にしていたのです。
風の音は決して「ヒュー」とか、「そよそよ」「さらさら」とは言っていませんでしたし、カラスの鳴き声も「カァーカァー」と iPhone は聞き取っていなかったのです。
それが冒頭の「んおお んんならいいん んいいねえ」の謎の答えでした。


家に戻って録音し直したのが結構使いものになるレベルだったのは、静かな環境だったからです。
それで、上の文章に少し手を入れて直したら次のようになりました。


「天の下では何ごとにも定まった時期があり、すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、植えたものを引き抜くのに時がある。
(聖書)


今から40年近く前、日本にドライブスルーを紹介するために父はファーストフードレストランに行きましたが、どこでも日本は土地が狭いのでそのような場所を作ることはできないと言って断られました。
今、日本ではごく普通になっているTシャツも日本に紹介しようとしたとき、そのようなものは日本人は着ないと言って断られました。
その他にもいろいろなアイデアを日本に紹介しようとしましたが、いずれも断られました。
後になって考えるとそれらは時期尚早でした。


私たちの結婚は遅く、最初の子どもが生まれたのは32歳の時。次の子どもが35歳、3人目は40歳のときの子どもです。
妻はもっと早くに結婚して子どもを産んで育てたかった、とよく言います。
しかし、そうしていたならば今の3人の子どもは生まれることはありませんでした。
私にとっては今の3人の子どもが他のなににもまさる宝物なので、遅い時期に産んだ子どもでしたがそれが最善の時であったと思っています。
人はよくあの時にこうしておけばよかった、ああしておけばよかったと言いますが、それらはすべて「後悔先に立たず」です。
すべてのことはその時にかなって麗しい。
ニーバーの祈りにあるように変えられないことは変えようとしないで、そのまま受け入れることが大切です」


これだと、まだ少し直す手間はありますが、もう十分に実用的なレベルです。
「こんなものがあったらいいな」がどんどん現実になってきています。
私はとても嬉しくなりました。
これは Dragon Dictation という iPhone のオススメアプリです。お試しあれ。
iPhone をかなり活用できるようになってきました(「最強の秘書を雇いました!」)。
そして今日、ひとつ新しいことを発見しました。
この画期的なアプリを使うにも「時がある」ということを。


(ニーバーの祈りについては、かなり前に(「現実を受け入れる」という記事を書きましたので、こちらをご参照ください)


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ドラえもんのふしぎなポッケ

2011.04.19日

「こんなこといいな できたらいいな
あんなゆめ こんなゆめ いっぱいあるけど
みんなみんなみんな かなえてくれる
ふしぎなポッケで かなえてくれる
そらをじゆうに とびたいな
『ハイ!タケコプター』
アンアンアン とってもだいすき ドラえもん」


ほとんどの国民に馴染みのある歌です。
上の歌詞を見ただけで自然とメロディーや、歌手の声まで聞こえてくるから不思議です。


「ドラえもんのふしぎなポッケ」は私たちに夢を与えてくれます。
交通事故にあって今、入院している80歳を超える義母もドラえもんのファンで、病院に持って行くマンガ本を何よりも楽しみにしています。
私も昔からずっとドラえもんの大ファンです。
幼児からお年寄りまで、世界30数か国にドラえもんのファンがいます。


「“あったらいいな”をカタチにする」をキャッチコピーにしているK製薬のCMもそうですが、人間はこれまで常に頭の中で考えたことを実現してきました。
「人が想像できることは、必ず実現可能」と、SFの父といわれたジュール・ヴェルヌは言いました。


消費者物価指数は、約600品目の価格から算出され、品目などの基準は5年ごとに改定されるそうです。
今から10年前にはパソコンがこの品目の仲間に加わり、5年前にはDVDレコーダー、カーナビが、そして今年は電子辞書やメモリーカードがリストに加えられるといいます。
同時に、入れ替わりで姿を消していくものもあります。
今年の改定ではステレオやアルバムが消えます。
ステレオは私の中高大学時代とちょうどダブったものですが、今ではもう見かけなくなりました。


すべてのものが絶えず進化しているのです。
そう言えば、昔、股引き(ももひき) と呼んでいたものはその後、ズボン下となり、さらに今ではヒートテックタイツと進化しました。
オープンリールテープレコーダーはカセットレコーダーに、そしてウオークマンがオーディオの世界を変えました。
このあと、CD、MDと進化し、そして今はiPodの全盛時代です。
しかし、このiPodも時間の問題で、やがて次の世代のものにとって代わるでしょう。


人類史上画期的な発明だったモールス信号はやがて有線の固定電話に、これが無線の自動車電話に変わり、さらに高機能・小型化した携帯電話になり、今のiPhoneを始めとするスマートフォンに進化を遂げました。


こうして考えてみると、実は、「ドラえもんのふしぎなポッケ」は、人の頭の中にあるということがわかります。
人類の英知には無限の可能性があります。


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気が置けない友人

2011.04.18日

私には「気が置けない友人」がいます。
これは、「気を許せない」とか「油断できない」という意味ではありません。
正しくは、「気遣う必要がない」「遠慮のいらない」「ありのままに付き合える」親しい友人という意味です。


この友人のことは2年前のブログ「VIP」にも書きましたが、34年に及ぶ友人で、昨日、2年ぶりに会ってきました。
名古屋から東京に向かう新幹線の小田原で途中下車してもらい、妻とふたりで小田原駅まで会いに行ってきたのです。


大体年に1回、4月から5月にかけてアメリカから日本にご夫妻でやってこられ、2週間あまり日本のあちらこちらを回って、いろいろな人に会われます。
お忙しいスケジュールの中、時間を割いてもらってお会いするのですが、本当に「気が置けない友人」です。


彼とはずっと本音で付き合っています。
心の内にあること、喜びも悲しみも苦しみもお互いに何でも分かち合うことができます。
本音で付き合えるというのは何という幸いなことでしょうか。
友人間で、親子で、夫婦で、兄弟間で、同僚間で、上司と部下の間、教師と生徒の間で、本音の付き合いができたら、どれほどみんな幸せになれることでしょう。


一時期「仮面夫婦」という言葉が流行りましたが、実際のところ、ある知り合いのご夫妻はお互いに会話がなく、娘さんを通訳のように使って会話し、おふたりとも犬とばかり話していました。
本来、お互いに何でも話し合えるはずの夫婦間や、家族間でさえ、本音で付き合えず、相手の顔色を見ながら建前で付き合っているひとがなんと多いことでしょうか。
お互いに腹の内を探り合いながら、疑心暗鬼になって付き合うのでものすごいストレスになって、疲れてしまうのです。


会社の忘年会や新年会には「無礼講」(ぶれいこう)というのがあって、上司・部下、先輩・後輩の間柄を超えて、思いっきり羽目を外して酒を飲んだりします。
私も昔、会社勤めをしていたとき、何度かこのような光景を目の当たりにしました。
しかし、「親しき間にも礼儀あり」で、この無礼講は私には合いませんでした。
ですから非常に居心地悪く感じました。


実は、冒頭に述べた「気が置けない友人」は、本当にどんなことでも話し合える親友ですが、それでもやはり「親しき間にも礼儀あり」の関係です。
考えてみれば、私の場合、親友に限らず、家族間ですら「親しき間にも礼儀あり」を無意識のうちに実践しています。
別に気遣っているわけではありませんし、またどんなことでも話し合える間なのですが、「礼儀」というのがあると思うのです。
おそらく、人によって、またそれぞれの家族によっても事情は異なるのでしょうが、私にとっては「気が置けない友人」や「家族」でも「礼儀」は大切なのです。


わがままを通さない、相手を傷つけない思いやりは、親しい友人や家族の間でもやはり大切なのではないでしょうか。


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パプアニューギニアから義援金

2011.04.17日

今日の読売新聞から。


「西太平洋の島国・パプアニューギニアでは、貧しい山あいの村落で東日本大震災への募金運動が拡大し、これまでに2000人以上から義援金約8000キナ(約26万円)が集まった。児童100人分の年間教育費に相当する額だ。
同国中部のゴロカ教育大学で情報管理部長を務める原田武彦さん(38)が、ローカルのFM放送番組で被災状況を伝えたのがきっかけ。
地元住民は数百世帯に1台しかないテレビに群がり、震災のニュースを見ており、『被災した子どもを預かりたい』 『水を届けたい』との申し出が原田さんのもとに殺到した。
同大日本語学科の学生らは募金活動に立ち上がり、工事用のトロッコを募金箱代わりに村々を訪問。現金収入が限られているため、ピーナツや果物のグアバを寄付する行商の女性もいた。
小学校では『日本人と心の痛みを分かち合いたい』とのプラカードを掲げた児童約500人が出迎えた」
(4月17日付 読売新聞6面)


「約26万円は児童100人分の年間教育費に相当する額」といいます。
つまり、1人当たりの年間教育費は2600円です。
「『被災した子どもを預かりたい』『水を届けたい』との申し出が殺到」
「現金収入が限られているため、ピーナツや果物のグアバを寄付する行商の女性もいた」
このような貧しさの中から、一人約130円ほどを精一杯募金してくれたのです。
記事を読んでいて胸が痛み、目頭が熱くなりました。


私の親しい友人が青年海外協力隊の働きとして、これまで世界中のいろいろな国に行っているそうですが、その中でもパプアニューギニアは本当に貧しい国だけど、人々はみんなとても純粋で、明るくて、また機会があればぜひ行きたいと言っていました。


先日のブログに、平均年収が150万円の台湾の一般市民から100億円の義援金が集められたと書きましたが(「生まれてまもない君に」)、このほかグアテマラからはペットボトルの水や缶詰めなどの物資をはじめ、ジャマイカやアフガンなど、貧しい国々の人たちも厳しい生活費の中から精一杯の義援金を送ってきてくれています。
これまで日本が支援してきてくれたからお返しだというのです。
ならば、私たち豊かな日本人はもっともっと同胞のために喜んで募金したり、ボランティアしたりしてサポートしなければならないのではないでしょうか。


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お母さんもセールス

2011.04.16日

塾で仕事をしていると毎日のように、電話のセールスや飛び込みセールスがやってきます。
一番多いのは、ホームページの無料作成やSEO対策(インターネットで検索すると上位に名前が表示されるというもの)、次に多いのはコピー機などの販売、DM用の生徒名簿の販売、教材の販売、パソコンを使ったさまざまな教材やツールの販売、投資の話等などですが、このほかにも考えうるものは何でも来ます。
電話を取るとすぐにその話し方でセールスだとわかります。
そしてたいがいは、うちは間に合っています、と言ってお断りしますが、断っても断っても電話を切らせようとしないしつこいセールスもいます。
もちろん、こちらのニーズに合うものであれば話を聞きますし、場合によっては塾に来てもらってプレゼンテーションしてもらったりもします。
そのような中から、ずっとお付き合いさせていただいている業者もかなりあります。
というか、現在使用しているコピー機も携帯電話も、教材等もほとんどすべてといっていいほど、向こうから電話等で売り込んできたセールスの結果のものです。
それほどセールスというのはこの社会で重要な、大きな働きをしているのです。
いくらいいものがあってもそれを売る人がいなければ、私たちはそれらを手に入れることができません。


一般にセールスというとよく嫌われますが、実はよく考えてみると、私たち塾も、あらゆるサービス業も、みんなセールスをしているのです。
セールスなしにこの社会はあり得ません。
さらに言うと、会社などに勤めてセールスの仕事をしていない人も、みんなある意味セールスをしています。
どういうことかと言うと、たとえば自分の気に入ったものや、本や音楽や映画や店など私たちは人に勧めたりしますが、これもセールス行為です。
直接何かを売らなくても、またそれを通してお金を得なくても、みんな何かを人に売っているのです。
結婚相手や付き合う人を探すときには、誰でも自分自身を売り込んでいます。


そして、お母さんもセールスです。
子どもに自分の価値観を教えて育てます。これもセールス行為です。
ここで大切なことは、自分の売りたいものを相手に売りつけるセールスは下手で、うまくいかないものだということです。
つまり、お母さんと言えども、子どもに自分の考えなどを教えるとき、無理強いしたり、押し付けたりするといい結果を生まないということです。
ちょうど強引なセールスを私たちが嫌がるのと同じです。
ところが、多くのお母さんたち(お父さんも含めて)が、子どもに「ああしなさい、こうしなさい」と、相手のニーズや望んでいることを考えずに自分の考えを押し付けています。
これでは子どもが嫌がったり、反抗したりするのは当たり前です。


うまいセールスは例外なく、相手の立場に立ってものを勧めます。
ここにヒントがあります。
「ああしなさい、こうしなさい」「あれはだめ、これはだめ」ではなく、「こうしたら得するよ」「こんないい方法もあるよ」「こういうふうにしてみたらどう?」「もっとほかにいい方法はないかな?」などと言えば、子どもはもっと素直に親の言うことを聞こうとします。


お母さんは、子育てにおいて世界で一番大切なセールスなのです。


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笑顔の力

2011.04.15日

今日、バス送迎で小6のNちゃんを迎えに行ったら、ニコニコしながら乗ってきました。
「Nちゃん、元気?」
と聞くと、
「うん。元気!」
と返事が返ってきました。
Mちゃんはいつでも笑顔です。
以前、「Mちゃんはいつでも笑顔だね。みんなからそう言われない?」
と尋ねたら、ちょっと考えて、
「そういえば、言われたことがある」
という答え。
「Mちゃんの笑顔を見ていると、先生も元気をもらえるよ」


Mちゃんの笑顔を見るといつもこちらも自然と笑顔になります。
そして、元気のパワーが湧いてきます。
Mちゃんにはいつも心の中で「笑顔をありがとう!」と言っています。


中2のE君は長い間ひとりぽっちで塾では誰とも話しませんでした。
てっきりおとなしい子だとばかり思っていました。
ところが、去年の夏期講習に来た新しい生徒と話し始めたのがきっかけで、ほかの生徒とも話すようになりました。
試験対策の補習に来たある日、友達と一緒に夕食を食べに行って塾に戻ってくるE君がニコニコしていました。
彼のこんなに幸せそうな笑顔を見たのは初めてで、私はとても嬉しくなりました。
以来、彼は誰とでも気さくに話すようになり、よく笑うようになりました。
いつの間にか彼のニックネームは「笑顔君」になっていました。


今回の東日本大震災の被災地の方々が、ニュース番組のインタビューで笑顔で答えていらっしゃるのを見て、どれだけこちらが励まされていることでしょう。
笑顔は人を元気にし、幸せにしてくれます。


誰でも好きなことをするときは自然と笑顔になります。
そしていやなことをするときには笑顔が消えます。
しかし、逆にいやなことをするときにも笑顔を作ると、やっていることが楽しくなるから不思議です。
このことは以前、このブログの記事にも何度か書いたことがあります(「笑うから幸せ?」「ふりをする」)。


勉強もいやいややっていたらしかめっ面になってしまいます。
そして、ますます勉強がいやになります。
勉強をするとき笑顔を作ると、勉強が楽しくなります。
嘘だと思ったらぜひ試してみてください。


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間違いを恐れるな

2011.04.14日

このブログで何度か取り上げた小3のF君(「将来本を書いて出版するよ」)が先日、送迎バスの中でほかの子に面白いことを言っていました。
「俺なんか、赤ちゃんのとき使っていたオムツもブレンド品だったんだぞ」
彼が言いたかったのは「ブランド品」なのですが、おそらくどこかで目にした「ブレンド米」と混ざってしまったのでしょう。
もちろん彼は冗談で言っていたのですが、聞いていて私は思わず吹き出してしまいました。
そして正しい言葉を彼に教えました。


F君の語彙の豊富さにはいつも驚かされます。
ついこの前も「眠りに落ちた」と言っていましたが、これも普通の小学3年生が使う表現ではありません。
彼のすごいところは、「覚えた言葉や表現はすぐに使う」ところです。
最初のうちは使い方を間違えたり、上のように言い間違えたりとかもあるでしょう。
でもそれでいいのです。
人間というのは失敗しながら学んでいくものですから、間違いを恐れる必要はないのです。


むしろ問題なのは、間違いを恐れてチャレンジしないことです。
生徒を教えていて気づくことがあります。
自分の答えに自信のない子は、薄い字で、しかも小さく書きます。
また、何度も何度も消しては書き直します。
答え合わせをして間違いを指摘すると、すぐに消しゴムで消してしまいます。
間違いを恐れているのです。
自分がどんな間違い方をしたか、また今後同じ間違いを犯さないためにも間違えた答えは残しておくんだよ。決して消しゴムで消してはいけない。間違いは必ず余白のところに赤ペンで書いて直すんだよ、と何度言ってもすぐに消してしまいます。


一方、できる子の特徴は、堂々と大きな字で、しっかりと書きます。
そして間違えたときには約束を守って、消しゴムで消さずに赤ペンで訂正します。
そして、同じ間違いを繰り返しません。
このような生徒は間違いを恐れません。
むしろ、今ここで練習のときに間違えておいてよかった、とすら考えます。テストの本番で間違えなければそれでいいのですから。
そしてこのタイプの生徒は必ず伸びます。大きく伸びます。


人生においても、間違いや失敗を恐れる人は新しいことにチャレンジしようとしません。
そのためいつまでたっても、自分の小さな殻(から)の中に閉じこもったままで飛躍できません。
冒頭のF君のように、間違いを恐れずどんどん新しいことにチャレンジすればいいのです。
間違えれば覚えます。そして成長します。


このブログに何度も書いてきましたが、かの発明王エジソンも、ウォルト・ディズニーもアインシュタインも、みんな何度も何度も失敗しています(「失敗したとき」)。
私も若い頃、セールスの仕事をしたことがあります。
一軒一軒回って物を売ったこともありますし、また会社の食堂の片隅や市役所の廊下で職域販売をやったこともありますが、1日中歩いたり、立ちっぱなしでひとつも売れなかったことも経験しました(「自分のすることに誇りをもて」)。
しかし、これらの失敗を通して成長してきた、この結果現在の自分があるのだと、今となってはあの辛い経験も感謝しています。


間違いや失敗を恐れる必要はありません。
必ずのちの成長と成功の肥やしとなります。


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信じられないような話

2011.04.13日

先日、メールの受信ボックスに卒塾生の苗字で「〇〇です」というのがあったので、「どうしたのだろう」と思って早速開いてみました。
すると、単に同姓というだけで、巧みなビジネスの勧誘メールでした。
内容は次のようなものです。
「学習塾業界の新規の生徒を増やすために最も有効な方法は『よい口コミを増やす』ことです。
しかし、塾のホームページに塾生や保護者の声を載せても信頼してもらえません。
そこで当社では、第三者が運営するヤフー知恵袋や教えてgooなどに、プロのライターが作成した貴校のよい評判を書き込みさせていただきます。塾長様のご希望に沿った内容にします」
えっ!? これって詐欺じゃないの?って思いました。
法律違反はしていないのかもしれませんが、このようなビジネスがまかり通っているというのは驚きでした。
人に聞くと、このような「やらせ」「サクラ」の口コミサイトはかなりあるそうです。
これでは、一体だれを、何を信じていいのか分からなくなります。


何年か前に、アメリカから「Ph.D(博士号)の学位を〇〇ドルで授与します」というメールが何度か来ました。
日本円にして50〜60万円ぐらいだったかと思います。
お金で学位を買う、これは「学歴詐称」にならないのでしょうか。


今から10数年前のことですが、ある塾で催された塾経営者セミナーに参加しました。
その塾の経営者が言いました。
「問い合わせ、申し込みの電話があったら、『今は満席です。空きが出たらお知らせします』と言って一旦断る。そして、数日後に電話して「ようやく空きが出ました」と言って手続きに来てもらう。このようにして繁盛しているように見せかけるとそれが近所の評判になる。
教師のことを聞かれたら、『うちでは大学生のアルバイトは使っていません。全員専任講師です』と言う。大学生ではなく、主婦のアルバイトを雇えば社会人なので専任と言えば通じる。その上、大学を出ていて教える仕事を探している主婦はいくらでもいるし、大学生よりも時給が安くてトイレ掃除までしてくれる」
さらにこの塾長は、教材の付録である無料の英語の音声CDを生徒に「特価」と言って販売し、銀座の飲み屋の飲み代(しろ)ができた、と言って自慢していました。
セミナーが終わった時には、「今日のセミナーの資料と自分が話したことを録音しておいたCDをセットで皆さんにお分けします。30万円以上の価値があるものですが、たったの10万円にします」
これには開いた口がふさがりませんでした。
教育の場としての「塾」ではなく、完全に金儲けのためのビジネスです。


そういえば、大学生のアルバイト講師を雇っているのに、「全員専任講師」と言っている塾はかなり多いようです。
中には、講師に大学生であることを絶対に口外してはいけないと指導し、「入社して3年目の正社員」などともっともらしい嘘をつかせている塾もあると、経験者本人の口から聞きました。
また、高卒の講師を雇っていながら、「全員教員免許を持っている」と偽っているところもあります。
これもその塾で教えている講師本人から聞いた話です。
まったく信じられないような話です。


経済産業省の特定サービス産業動態統計調査のデータによると、学習塾全体における大学生等の非常勤講師の割合は83%で専任はわずか17%だそうです。
つまり、塾講師のほとんどは大学生等のアルバイトということです。
なぜそこまでして、大学生を使っていることを隠そうとするのでしょうか。


確かに、「専任講師」というだけで塾に対する親の信頼度は格段に上がります。
しかし、「学習塾」という人を指導する立場にある者が、嘘の口コミを利用したり、学歴を偽ったり、アルバイト講師に専任と言わせたりするなど、これは倫理上の問題です。
今、日本相撲協会で八百長が問題になっていますが、これとあまり変わりません。


誠実に、そして一生懸命良い仕事をして、生徒に学力をつけ、保護者の方の信頼を得ることが一番大切なのではないでしょうか。
「大学生か専任か」の問題ではないでしょう。


これは何も学習塾に限ったことではなくどんな仕事にも通じることで、もっとも大切なのは「誠実」であるということです。
今一度、私たち自身も毎日の生活のさまざまな場面で、「誠実」であるかどうかを見直してみる必要があるのではないでしょうか。


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超人

2011.04.12日

先週の金曜日の夜、NHK BSプレミアムで放映していた「密着!アタカマ砂漠マラソン」を見て、まったく度肝を抜かれました。
去る3月に行われた、世界で最も過酷なレースの1つです。
南米チリにある標高3000mの高地に広がる大砂丘や塩湖などを舞台に、選手たちは10kgの食料や寝袋の入ったバックパックを背負って道なき道250kmを7日間で走りぬきます。


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42.195kmのフルマラソンでも私にとってはあり得ない。こんなに走ったら絶対に死んでしまう。
標高3000mなんて、私などは着くなり即座に高山病で倒れてしまうことでしょう。
しかも、灼熱の砂漠や45度の急斜面の上り坂、ひざまでつかる川の中、ゴツゴツした岩山などを毎日フルマラソンに近い距離、それを7日間も走り続けるのです。
まったく人間業とは思われません。まさに「超人」(スーパーマン)です。
110名ほどの参加者のうち高山病や肉離れなどで次々と脱落する人が出る中、日本から参加したランナーは健闘して9位。お見事!


見ているだけでぐったり疲れてしまったほどです。
なぜこれほどまでして体力の限界に挑むのでしょう。
参加者一人ひとりにそれぞれの理由、目的があります。
ひとりの人は障がい児を持っていて、子どもに必ず完走すると約束したそうで、困難を乗り越える手本を示したかったと言っていました。とても感動的でした。
人間よりもはるかに運動能力の優れた動物でもこのようなレースには耐えられません。


一方、肉体の限界ではなく、頭脳の限界に挑む人たちもいます。
昨年中国で行われた「世界記憶力選手権」。
この様子も先日NHKの番組で紹介されていました。
問題用紙に延々と続く意味のない模様を15分で300個以上、それも並んでいる順番どおりに覚えたり、1000枚以上のトランプのマークと数字を1時間ですべて正確に覚える等など、これもまさに「超人」です。
総合優勝したのは、初参加の中国人大学生。
大学に入学して記憶力サークルに入り、初めて記憶術を学び始めたと言います。それまではごく普通の子どもだったそうです。


photo_56.jpg


人間というのはすごい!と心底感動を覚えました。
みんな無限の可能性を秘めているのです。
その能力が発揮される分野が一人ひとり違いますが、だれにでもそのようなとてつもない超人的な能力があると私は信じています。
それをいかに見出し、訓練し、伸ばすか、それが教育の使命であり、また醍醐味です(「みんな天才!」)。
今、教えている中学生や高校生の中にも、その年齢だった頃の私の能力をはるかに超えている子が何人かいて、私は彼らの将来をとても楽しみにしています。
アカデミーからもいつの日か、いろいろな分野の「超人」がきっと何人も誕生することでしょう。
あなたのうちにも無限の可能性が眠っています。


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大いに盛り上がったBBQ大会

2011.04.11日

昨日は、アカデミー学院恒例のイベント「バーベキュー大会」でした。
例年大磯海岸で行っているのですが、今年は東日本大震災と巨大津波もあり、また数日前に大きな地震があったばかりなので、急きょ湘南平の子どもの森に場所を変更しました(「備えあれば憂いなし」)。


私はこれまでどのイベントにも参加していたのですが、どうもお邪魔虫のようで、私がいないほうが先生たちも生徒たちもみんな思いっきり楽しめるかと思い、今年は先生たちにすべてを任せ、私はその間、塾に残って成績処理の作業をすることにしました。
これは大当たりでした。


今年は生徒の参加者が40名余り、それに3人のOBの先生たちも加わって50名を超える大所帯となりました。
夕方、塾に戻ってきてそれからはレクリエーションタイム。
私はその一部をちょっと覗かせてもらったのですが、もう「見事!」のひとこと。
準備周到に計算しつくしたプログラムで、S先生の司会・進行はまさにプロの腕前でした。
全国に塾は「五万とある」と言われていますが、これだけのイベントを立派にこなすことができる塾はそう多くはないでしょう。
さすがに有能なだけでなく生徒想いの先生たちです。


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クイズやパズルなどのお楽しみの部分とともに、お勉強の部分もさりげなく含まれていて、生徒たちは知らないうちに勉強させられて(?)いました。
そのひとつは、チーム対抗の漢字ゲームでした。
第1問 「にんべんのつく漢字を2分以内にできるかぎりたくさん書きなさい」
次は「さんずいへん」。
去年、中2のときに漢検準2級に合格したKさん所属するチームはさすがに圧倒的な強さ。
「ライアー(うそつき)は誰だ?」では、前に出た4人の先生たちがそれぞれミニシュークリームを一口で食べるのですが、その中のひとつにカラシが入っていてみんな芝居をします。
それを見て、だれが嘘をついているのか見破るものです。
これは、みんな演技がうまくて当てるのは至難(しなん)の業(わざ)。
圧巻は4人の強そうな先生たちの腕相撲トーナメントを事前に誰が勝つかを当てるものです。
生徒全員が立ち上がっての大声援でこれは大いに盛り上がりました。
まるでテレビのバラエティ番組を見ているかのような錯覚を覚えたほどです。
どれもこれも本当に面白くて、もし私が中学生の立場だったら心ゆくまで楽しめただろうなと思いました。


毎回イベントをするたびに、先生たちはその1〜2週間前から毎晩遅くまで(というか毎朝早くまで)打ち合わせを繰り返し、素晴らしいイベントにしてくれます。
いかにして生徒一人ひとりを満足させるか、楽しませるかを考えています。
私の自慢の講師陣です。
OBのJ先生からは次のようなメールが届きました。
「ゲストとして生徒と一緒に参加させて頂きましたが、やはりアカデミーのイベントは最高です。
生徒も快く迎えてくれて本当に心から楽しめましたし、先生達の結束がすごいなぁと、改めて感じました」

部活の試合が入った、と言って直前に参加をキャンセルした中2のE君は、参加費とともに義援金を同封してくれていたのですが、参加費を返却すると言ったところ、参加費も義援金に回してください、という嬉しい返事。
ほかに何人も今回の震災のために義援金を出してくれて、塾生もとても頼もしく見えました。
みんな、ありがとう!


アンケートの一部を紹介します。
「海がよかったなって思ってたけど、湘南平でもすごいたのしかった。ボールとかもあったから、中あてもできたしー!!
レクはすごい盛り上がってた!! クイズとかもみんなで考えることもできたし、みんなで楽しめた。
でもこれでBBQは最後なんだ―って思うとさみしくなっちゃいます」
「3回目のBBQだったけど、山だったから新鮮な気分でした!
残りのイベントもみんなで行けたらいいなと思いました。最後だと思うとかなしいです」
「楽しかった。先生達がいっぱいお肉を焼いてくれたからお腹がいっぱいになった。
部首が大変だった。でも楽しかった」
「食べ物の量が多くて良かった。自由時間とか、先生と話したり、遊んだりできて楽しかった」
「クイズとかイントロとか楽しかった!! でもクイズ、難しかった」


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大震災から1か月

2011.04.10日

東日本大震災からちょうど1か月になります。
あの日のことが、まるで昨日のことのように脳裏に焼き付いています。
仕事が終わって帰宅し、テレビでニュースを見たときのショックは口では言い表せません。
夢を見ているのではないかと思ったほどです。


今日の新聞には震災で亡くなった方々のお名前が延々と6ページにわたって載っていました。
あまりにも無機質で、まるで電話帳を見ているような感じでした。
私も昔の知り合いが宮城県にいるので、これまで新聞の死亡者名をひょっとしたらと思って毎日見てきたのですが、今日改めてその名前を探しました。
リストの中にはありませんでした。
しかし、名前がないからといって無事とは限りません。
震災による死者数は13,000人にのぼり、新聞に掲載されていた方はそのうちの8,580人で、行方不明者はいまだに15,000人近くもいるのです。
8,580人でも気が遠くなるほどの数なのに、最終的にはいったいどれだけの犠牲者数になるのでしょうか。


連なるお名前の下には年齢が載っています。
この世に生を受けて間もない0歳の赤ちゃんから、うちの塾に通っている生徒と同じ年齢の子どもたちも大勢入っています。
ある小学校では全児童の約7割が死亡・行方不明となったとあり、本当に心が痛みます。
赤ちゃんからお年寄りの方々まで、お一人おひとりにそれぞれの生活があったのです。
それを無残にも一瞬のうちに奪い去った津波は、被災者の方々にすれば恐ろしいというよりも、むしろ憎いぐらいでしょう。
心中察するに余りあります。


志半ばで命を奪われた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災者の方々の心の傷が癒されて、生活が一日も早く元どおりに、いえ、元以上に立派に復興されますことを心からお祈りするものです。
力強く立ち直ることが、亡くなられた方々の命をひとりとして無駄にしないための唯一の道だと思います。
日本全国民が、また世界中のあらゆる国の人々が復興のための支援を惜しまずに寄せることができますように。


避難していらっしゃる方々の数はまだまだ多く、また現在も風評被害で苦しんでいらっしゃる方々や、将来の生活のめどが立たない方、あるいは原発事故による放射能汚染を恐れていらっしゃる方々が多い中、今日の1か月の節目が新しい人生のスタートとなりますよう切にお祈り申し上げます。


大丈夫。
東北地方は必ず奇跡的な復活を遂げます。
それまで忍耐強く、そして希望をもって一歩一歩前進していきましょう。
私たち、そして世界中の人々と一緒に。


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発想の転換

2011.04.09日

先日来、塾で使用しているコンピュータ同士のネットワークがうまくつながらないことがよくあり、ほとほと困っていました。
とくに、これまで使っていた外付けのハードディスクが寿命になったようで、急に調子悪くなってきたので新しい容量の大きいものに取り換えてからつながりがよけいに悪くなりました。
成績処理のプログラムが外付けハードディスクに入っているのですが、それを動かすソフトが別のコンピュータに入っていて、ネットワークがつながらないともうお手上げです。


今日は、1日中ネットで問題を調べたりしながらいろいろと試していたのですが、どうしてもうまくいきません。
このようなときは、専門家の助けを借りるのが一番です。
そこで、このプログラムを作成し、そしていつも問題があると教えていただいているO先生(「励ましの言葉をありがとうございます」)にまた助けを求めました。
電話でいろいろと言われるようにやってみるのですが、どれをやってもうまくいきません。
おそらく本人がこの場にいて直接コンピュータを触っていたらあっという間に治るのでしょうが、素人の私ではどうもうまくいきません。
最後の手段としてO先生が提案してくださったのは、外付けハードディスクをネットワークを介さずに直接ソフトの入っているパソコンにつなぐ、ということでした。


言われてみて初めて「なーんだ、そんな方法があったのか!」と納得。
早速試してみたところ、なんとすべての問題が解決!
今までの苦労は一体なんだったのか!?


こういうのを「発想の転換」と言います。
そういえば、バス送迎ルートに入っている交差点で、いつも渋滞するところがあります。
ひどいときは500〜600m渋滞して、この交差点を通過するのに20分ぐらいかかることがあります。
対向の直進車が多く、先頭に右折車がいようものなら、まったく進まないうちに信号が赤に変わるのです。
そこで、私は対向車が来ないときに、右折のみならず直進も左折もできるような信号機があったらいいのに、と思っていたら数年前にそのような信号機に取り替えられたのです。
これは画期的でした。
三方の信号機が全部赤になっているとき、こちらの信号機も赤。しかし、その赤信号の下に左折、直進、右折可の青い矢印の信号が現れるのです。


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その間わずか数秒なのですが、たったそれだけのことで以前とは比べものにならないほど渋滞の時間が短縮され、ときにはまったく渋滞しないこともあるほどです。
これも発想の転換です。


アカデミー学院でも、今から10年近く前にある「発想の転換」をしました。
それは、従来の集団指導だけでなく、生徒のニーズに応じて自由に個別指導を組み合わせることができるというユニークなシステムです。
最初、このアイデアを教師会に出したとき、みんなから反対されました。
時期尚早だ、システムが複雑になり過ぎる、教師の手が足りない、個別のニーズがなくてそれほど生徒が集まらない等など。
でも、いざ蓋を開けてみると非常に好評で、これでアカデミーのモットーである「ひとりを大切に」をより具体化させることができました。
先日も、個別で英語・数学、集団で国語・理科・社会を履修している中3のTさんが、このシステムは最高だ、アカデミーがとても気に入っていると言ってくれて、本当に嬉しく思いました。


発想の転換は、日常生活のあらゆるところに隠れています。


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備えあれば憂いなし 2

2011.04.08日

昨夜の今頃、突然大きな地震に見舞われ、この日曜日に予定していたバーベキュー大会の見直しを慌ててしました。
「新入生歓迎バーベキュー大会」という案内を先日アップしましたが、これまで毎年大磯海岸で実施してきました。
しかし、昨夜の宮城県を中心とする地震では直後に津波警報が発令されて、早ければ5分後に海岸に達すると聞いたとき、正直大磯の海岸での実施はこの時期避けるべきだと思いました。
いつなんどきこの湘南地方でも大地震や津波が起こらないとも限りません。


そこで、思い切ってこのバーベキュー大会を中止するか、計画を変更するかという選択肢を考えました。
多くの生徒が楽しみにしていて、すでに申込書を出している現段階での中止は生徒があまりにも気の毒です。
そこで、場所の変更を考えました。
私の記憶の片隅に、確か近くの湘南平にバーベキューができる場所があったような気がしたので、早速調べてみたところ、頂上から少し下ったところに「子どもの森」があり、そこでバーベキューが可能だとわかりました。
ここだと少々の地震が起こっても、また大きな津波が万一襲ってきても絶対に安全です。
そこで、急遽計画変更することにしました。
そして、平塚市にこの施設の使用を申し込んで許可を得ました。
今日、塾に来た生徒たちにこの変更を伝えましたが、誰もまったく気にしていないようでした。


これを契機に、アカデミー学院でも危機管理マニュアルを急いで作成することにしました。
ある程度の原案はすでに頭の中にあるので、あとはそれを教師仲間で話し合ってさらにアイデアを練って文章化する作業に移ります。
そして、そのマニュアルにしたがって、避難訓練を近々実行に移そうと思っています。
もちろん、このような訓練が実際に役立つような状況は誰も望んでいませんし、まずは起こらないだろうとは思いますが、それを言うならば、今回の東日本大震災の被災者の方々だって誰一人このような大災害が起こるとは夢にも思っていなかったことでしょう。


何事も「備えあれば憂いなし」です。


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PTSD

2011.04.07日

たった今、またかなり大きな地震がありました。
宮城県ではマグニチュード7.4、震度6強を観測しました。
東北地方ではまた津波警報、注意報が発令されました。
ここ平塚でも結構長い時間大きく横揺れしました。震度3だったようです。
3月11日の東日本大震災(政府が決めた正式名)のときのこの辺の震度は4でした。
それ以来、ここでも頻繁に余震が起こっています。
授業中などに揺れても、「ああ、また揺れてる」とわりとみんな冷静に対応していますが、やはり不安は隠せません。


私はこれまで「地震には自信がある」などとくだらない冗談を言っていたのですが、とんでもない話です。
実は私のようなのんびりした者でさえ、PTSD(心的外傷後ストレス障がい)の症状が出ています。
毎日蕁麻疹(じんましん)が体中に出ていて、声がかすれたり、またときどき心臓がドキドキしてめまいのようなものを感じたりすることがあり、どれが本当の地震でどれが気のせいなのか区別できないことがあります。
つい先日は、ものすごい大揺れの大地震を夢の中で見たのですが、あまりにもリアルだったため酔ってしまって気分が悪くなったほどです。
地震による被害などほとんど受けていない私ですらそうなのですから、ましてや被災地の方々はどのようであろうか、と心から同情しています。
そして毎日、祈りの中に被災地の方々のことを覚えています。


今日の読売新聞4面に「克服へ 被災者の『悲嘆』に寄り添う」というタイトルで、神戸大名誉教授の中井久夫氏のインタビュー記事が載っていました。
その中で、同氏は次のように語っています。
「助け合いの精神は、日本の良き伝統だ。被災者の思いを尊重し、災害弱者に対しては十分に配慮したい。そして今、最も大切なのは、被災者それぞれの『悲嘆』のそばに誰かが寄り添い、被災者に『孤独じゃない』ということを感じ取ってもらうことではないだろうか」


今日は、毎週木曜日の小学生のNIE(教育に新聞を)のクラスの日でした。
今回の東日本大震災のことについて話し合い、私たちに何ができるかということで生徒たちが出した意見は、節電、節水、節約、買占めしない、募金、将来のためにしっかり勉強する、応援の手紙を書く、などでした。
私自身、今日のクラスでは被災地の小学生に手紙を書くということを考えていたので、早速みんなで書くことにしました。
それぞれが思いを込めて、文章を綴りました。
これをまとめて被災地に送ろうと思っています。


これも上に挙げた「寄り添い」のひとつです。
これらにより、少しでも被災者の方々のPTSDが和らげばと思っています。
物理的に寄り添うことができなくても、できることを一人ひとりがして、精神的にも被災者に「寄り添う」こと、これが一番大切なことではないでしょうか。
またこの経験は、応援の手紙を書いた彼らにとっても、生涯かけがえのないものとなることと思います。


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日本に生まれてよかった!

2011.04.06日

今日の読売新聞4面「海外メディア 被災者の規律は賞賛」から。


「海外メディアの多くは、避難所暮らしを強いられた被災者たちの規律正しさや忍耐強さに着目した。
『ほかの被災国でしばしば噴出する怒りやいらだちはほとんどない』のが、世界各地の災害現場を見て来た記者らの目に新鮮に映るようだ。
(中略)
タイでは、インターネットのブログに『ほかの国の大災害では殺し合いや略奪が起きるのに、日本人は避難所や商店で順番待ちの列を作っている』『規律ある日本人だからこそ、経済力の強い国を作れた』などの書き込みが相次いだ。
(中略)
英国のキャメロン首相は『原発作業員、救助隊の毅然とした対応は日本の真髄を示すものだ』と賛辞を贈った。
(後略)」


私はアメリカで7年間の留学生活を送りました。
そこでは多くの人たちの親切に何度も涙しました。
犯罪の国と呼ばれるアメリカで、人に絡まれたり脅されたりなど、怖い目に遭(あ)ったことは1度もありません。
アメリカが好きです。アメリカ人も大好きです。


しかし、世界でも有数の安全な国と呼ばれる日本では、「違う匂い」のする人たち(「同じ匂いがする」)からこれまで数え切れないほど怖い目に遭わされてきました。
つい先日も送迎バスを運転していて生徒を乗せるために止まったとき、後ろからついてきていた車の運転手が降りてきて、「睨(にら)みつけた」と言って因縁をつけられ、恐ろしい思いをしました。
「バカヤロー!」と怒鳴られることもよくあります。
日本人のマナーの悪さなどもあちらこちらで目につきます。


それでも私は日本が好きです。大好きです。
日本の自然も、日本食も、日本人も大好きです。
日本に生まれて、日本で育って本当に良かったと心底思っています。
世界中のほかの国々がだめだ、と言っているのではありません。
私はかなり順応性が高いほうで、たいがいの国で生活できると思います。
それぞれの国にそれぞれの良さがあり、また欠点もあります。当然のことです。
同様に、日本にも素晴らしい点がたくさんあれば、欠けているところもたくさんあります。


今回の大震災を通して、国民みんなが団結してこの困難を乗り切ろうとしていて、また海外の多くの国々からも支援をいただいているのを目の当たりにして、日本は必ずこれまで以上に力強い国に復興すると信じて疑いません。


そして、日本がまたほかの困っている国を助ける番が必ず回ってきます。
「生きているということは
誰かに借りをつくること
生きてゆくということは
その借りを返してゆくこと」
の通りです(「生きてゆくということは」)。
その時のためにも、日本は早く復興しなければなりません。


「頑張れ、日本!」
「日本はひとりぼっちじゃない」
今や、世界の合言葉です。


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生きてゆくということは

2011.04.05日

今日の読売新聞の編集手帳に次のような言葉がありました。
「生きているということは
誰かに借りをつくること
生きてゆくということは
その借りを返してゆくこと
−永六輔」


その通りだと思いました。
そしてこの考えに通じるのが「ペイ・フォワード」の精神です。
私もこれまで受けてきた数え切れないほどの「借り」を返そうと、小さなことですがやってきたつもりです。
アカデミー学院という学習塾もそうです。
子どもの頃、勉強嫌いだった私が勉強の楽しさを知って人生が変わったので、同じ喜びをひとりでも多くの子どもに知ってほしいと願って始めました。
この「元気の出るブログ」もそのうちのひとつです。
私の経験や学んできたこと、教えられたことなどがひとつでも、誰かのお役に立つならばそれもご恩返しか、と思って書いているわけです。
また、今回塾で始めた東北関東大震災の被災者の方々のための義援金運動もそのひとつです。
第2弾として、アカデミーオリジナル消しゴムを製作して、その製作費と売上金を義援金として送ることを現在計画中です。


私たち一人ひとりにできることは小さいことかもしれませんが、「塵(チリ)も積もれば山となる」で、先日ブログでご紹介した台湾の方々からの義援金のようになります(「生まれてまもない君に」)。
また、義援金だけでなく、昨日のブログ「頭が禿げるー!」に書いたようなさまざまな形でこの運動にかかわることができます。


今、全国の小学校などで被災地の小学生に激励の絵や作文を送っているというのもそうです。
私たちが日常生活の中でできることはまだまだたくさんあると思います。
昨夜もテレビで宮城県気仙沼市のジーンズ工場が仕事を再開したシーンを映し出していました。
みんなが抱き合って泣きながら喜んでいるシーンに涙がこぼれました。
これを見た娘が、ここのジーンズを買ってあげよう、と言って早速ネットで調べていました。


今、毎日テレビでやっているACの公共広告「『思い』は見えないけれど、『思いやり』はだれにでも見える」の通りだと思います。


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頭が禿げるー!

2011.04.04日

先週は雨が降る日が多かったのですが、バス送迎をしていたとき、バスを降りた生徒が大声で、
「頭が禿げるー!」
と言ってかけていきました。
もちろん冗談で言っているのでしょうが、心が痛みました。
そういえば、これまで見なかった光景ですが、最近、目に見えないほどの霧雨でもほとんどの人が傘をさして歩いています。


先日、このブログでご紹介させていただいたKさん(「やめられない、とまらない」)から今日、次のようなメールをいただきました。
少し長くなりますが、とても大切なことをおっしゃっているので下に全文を引用させていただきます。


「私の小さな意見にも目を留めて、それを用いて下さり、有難う御座います。今日のメルマガを読んでも、同感の思いでいっぱいです。(いつも、深く納得しつつ拝見していますが)
日本がこのような状況になり、死者の“数”が日増しに多くなる悲しいニュースの一方で、生存者が見つかったという嬉しいニュースがあります。世界中の国からの援助と、励ましとを頂いて、世界が一つになりつつあるのを感じます。日本人のまれに見るマナーの良さと、助け合いの精神を見て、「また再建しましょう!」という年配の方のたくましい言葉を聞いてこちらが元気付けられます。
本来神様が私たちに様々な容姿と能力を与えられたのはそれぞれが補い合って生きて行くためだと思います。それがこの世界で差別となってしまうのは一番悲しい事です。私は広島で生まれて被爆者二世として育ちましたので、他府県で生まれ育った方よりは、よく被爆の事を聞かされて育ちました。
原爆手帳を持つ父はよく「長生きは出来ないだろう」と口癖の様に呟いていました。でも、父は持病の高血圧に悩まされはしましたが、被爆の後遺症とされる白血病や癌とは無縁でした。
ひょっとしたら、高血圧も放射能の影響だと言う人は居るかもしれませんが、あの原子爆弾の放射能を爆心地から1.5Kmの場所で受けた人にしてはむしろ影響がなかったに等しいのではないかと思うほどそれ以外では健康でした。被爆した多くの人が亡くなったのも知っています。私の放射能に対する専門的な知識が少ないためにこのような事を思うのかもしれません。ですが、今の政府の対応も、原発周辺の方の反応も過剰の様に思います。むしろ、無知故に、大騒ぎをしている様に思えてなりません。
放射能と言う物はまだ未知の部分が多いから用心に用心を越した事はないのかもしれません。
それでも、と思います。放射能が除染出来るものならば、(実際、除染出来ると報道されています)今豊作の農作物はたとえ放射能を浴びていても、洗えば放射能は落ちると言う事ではないかと思うのは素人だからでしょうか。一生懸命無農薬で育てて来たキャベツを出荷出来ないと言われて失望して自殺した方のニュースを読んで思いました。この、食べ物が少ない時に、そこまでして人が丹誠込めて育てた農作物を、放射能を浴びただけで捨てる事が唯一の道なのかなと思います。チェルブイリの健康被害を調査されたロバートゲイリーと言うお医者さんも、来日して、今の放射能の混ざった水を毎日2リットル、1ヶ月間のみ続けても健康に何ら影響はないと、意見を表明されました。むしろ、高齢者の方が避難を余儀なくされて永年住み続けた場所から見知らぬ土地で避難所生活をする事の方が健康により悪影響を及ぼすといわれました。それを証拠に十分な手当を受けられない人がどんどん命を落としています。このような状況だからこそ、小さなストレスも命取りなのだろうと思います。政府や専門家もその言葉に重みがあるので万が一の時に責任を押し付けられたくないから避難を勧告せざるをえない事情もあると思います。もう少し一人一人が知恵を働かせて、人の気持ちにももっと焦点を当てられないものかと思います。一生懸命育てた農作物を捨てられて、それを育てた人の無念さを思います。一生懸命育てた牛からしぼった牛乳を捨てられた飼育者の思いを考えます。死にたくなって当然だと思います。
そのキャベツを食べて一体どのくらい命が縮むのでしょうか。
自分を含めてみんなが、見かけじゃなくてもっと心や真理に焦点を向ける事が出来る様になれば、住み良い世の中になると、先生のメルマガは教えてくれます。
だから、読み出すと、止まらなくなるんだと思います」


大震災のあと、原発問題が起こり、それに続いてさらに新しい問題が起こりました。
それは「風評被害」というもので、これによって原発近くの県産の農作物や酪農製品、海産物などがボイコットされて、地元の関連産業従事者たちが大被害を受けています。
しかも、そのほとんどが冒頭に書いた「頭が禿げる!」と同じ程度の無知やデマによるものです。
また、ミネラルウォーターを始めとする食料品・生活物資の買い占めにより、それらを一番必要としている被災地の人々に届かないという問題です。
これは地震の後の、二次災害、三次災害で、被災者の方々を二重、三重に苦しめています。
この結果、生きる意欲、目的を見失って自殺している人も出てきているといいます。
もし、自分がその立場だったらどのように感じるのでしょうか。


今日の新聞に載っていた週刊誌の宣伝には、
「許せない放射能差別」として
「福島県民の宿泊を拒否したホテル、原発の近くは白血病が多いとデモをバラ撒く活動家、タクシー、トラックも『福島行かない』看過できない人権侵害事件」
という言葉が躍っていました。
本当に悲しいことです。
地震、津波は自然災害で、私たちにはどうすることもできませんが、しかしこれらはある意味「人災」です。


しかし、今日の読売新聞の震災特集面には次のような読者の投書が載っていました。
「先日、家の近くのスーパーの店外で、『東北の皆さんを応援しましょう!』と書いた旗が立てられ、風評被害に苦しむ地域の野菜などが安い値段で売られていました。多くの客が殺到し、なんと30分ほどで完売になっていました。私ももちろん買いました。家族5人でささやかながらの募金もさせてもらいましたが、こうして野菜を買うのも支援になると思います。被災地の皆さん、頑張り過ぎずゆっくり支えあい、明日に向かってGOです!」


これを読んで私はホッとしました。
被災地の方々がこれを読んでどれほど喜んでいらっしゃることでしょうか。
マスコミは人々の不安を煽(あお)るようなことを言うのではなく、上のような人々の声や運動をもっと大きく取り上げて、国民全体に被災者をサポートしていく意識を高めていくようにしてほしいものです。
また、私たちもうわさやデマに踊らされないように気をつけなければなりません。
みんなで心をひとつにし、力を合わせて、この困難な時を乗り切ろうではありませんか。


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世界平和は自分自身の幸福

2011.04.03日

この世の中にはすべての世界でさまざまな違いが存在します。
不公平と言おうが何と言おうが、これは厳然とした否定しようのない事実です。
たとえば、外見が美しく、カッコいい人もいればその逆の人もいます。
頭のいい人もいれば、そうでない人もいます。
能力のある人もいれば、そうでない人も、運動神経の優れた人もそうでない人も、歌のうまい人、絵や字のうまい人も、そうでない人もいます。
当たり前のことです。


そして、この世の中では前者のタイプの人たちが褒(ほ)めそやされます。
これもごく当たり前のことです。
今日は、春の選抜高校野球で神奈川県代表の東海大相模が11年ぶり2度目の優勝を果たしました。
優勝者を称(たた)えるのは当然のことです。
彼らのこれまでの努力に賞賛を送るわけです。


ところが優勝者の背後には数え切れないほどの敗者が存在します。
優勝者や能力のある人たちを褒め称えるのはいいのですが、どうしても目がそちらのほうに行ってしまって、敗者の陰の努力を見過ごしたり、あるいは場合によっては能力のない人たちを見下したり、裁いたりしてしまう傾向があります。
しかし、この世の中、勝者がいる限り当然のことながら敗者もいるわけで、敗者や能力が劣るものに価値がないわけでは決してありません。
このところがよく理解できていれば、この世の中から差別やいじめ、蔑視など悪意の行為をなくしていくことができます。


すなわち、人それぞれみんな顔や姿形が異なるように、能力も異なっていて当たり前で、それをお互いに単なる相違として受け入れなければならないということです。
この世の中に、不必要な人など存在しません。
みんな何らかの役割が与えられていて、使命があるのです。
それをお互いに認め合うこと、これがみんな幸せに平和に生きていくための絶対必要条件になります。


自分と違う価値観を持っているからと言って、そのような人たちを抹殺しようとしてテロ行為をするとか、あるいは他宗教の人たちが重んじている経典を燃やしてしまう、学校や会社で弱い人をいじめるなどの行為は、あまりにも幼稚で独善的すぎます。


「お互いの違いを認め、受け入れあう」、このことを幼少時代から親もまた社会も学校も、みんなが教えていくこと、これが本当の教育ではないでしょうか。
ただ単に勉強ができても、このような人間としてもっとも基本的なことが身についていないようでは教育は失敗です。


私たちは、この世から上のような残虐な行為をなくしていくために、日々の生活の中で意識してできることをひとつでもしていかなければなりません。
世界の平和のために、そして自分自身の幸福のためにも。


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デカンショー

2011.04.02日

デカンショ節という、兵庫県篠山市を中心に盆踊り歌として歌われる民謡がありますが、一昔前はよく学生の間で歌われました。
「デカンショ、デカンショで半年暮らす アヨイヨイ 
あとの半年ゃねて暮らす ヨーオイ ヨーオイ デッカンショ」
という歌です。
この「デカンショ」を多分後のこじ付けだと思うのですが、「デカルト、カント、ショーペンハウエル」という三大哲学者の頭文字を取ったとも言われて、学生の間ではむしろこちらのほうでよく知られるようになりました。


今春、アカデミーを卒塾して地元トップの平塚江南高校に入学したT君は、これまでも何度かこのブログの記事にも登場しました(「将来は作曲家になりたい」)。
去る3月11日は日本のみならず世界中の記憶に残る東北関東大震災が起こった日ですが、その翌日アカデミーでは中3生のための卒塾式を行いました(「至れり尽くせり」)。
実はT君にもぜひ卒塾式に出てもらいたいと思って誘ったのですが、T君から戻ってきた答えは、
「僕は高校生になってもアカデミーを続けますので、卒塾しません。ですから卒塾式には参加しません」。
うーん、と唸(うな)ってしまいました。


このようなわけで、T君は今もずっとアカデミーに引き続き通い、英語と国語を個別で学んでいます。
本来なら私が英語を担当するところですが、英語はできる人がほかにも何人もいるので任せて、私は国語を担当することにしました。
以前T君と話していたとき、これまで本はほとんど読んだことがない、と言ったのでなんとしても読書の楽しさを彼に味わってもらいたいと思って国語を教えることにしたのです。


今、使用している教材はセンター入試対策用の現代文なのですが、最初の問題を見たときT君はちょっと驚きました。
これまで中学でやってきた文とはまったく異なり、レベルが数段上だったからです。
初めて見る言葉も多く、さらに論説文・評論文などはかなり難解です。
まだ高校生になっていないT君が、高3生が解く問題をやっているのですから当然のことです。
しかし、さすがはT君。私が解いても難しい問題を彼は大問にある小問8問ぐらいのうち、2〜3問のミスはありますが、漢字を含めほとんど正解してしまいます。


大野晋や立花隆など、日本を代表する評論家などの文は、奥が深く味わいがあり、読んでいて爽快になるようないいものばかりです。
ひとつの問題を終えるごとに私は彼にその文の背景にある考え方や歴史などを話します。
彼はその話に目を輝かせて聞き入り、ニコリとしたり、うなずいたり、感心したりします。
引用されている文はごく一部の短いものなので、彼に興味あるものがあったら、ぜひ図書館で借りてでも原文を読むようにと勧めています。


デカルト、カント、ショーペンハウエルのような本物の哲学は出てきませんが、しかし哲学入門のようなものをこのような教材をとおして学べるというのはものすごいことです。


英検準2級や2級を教えるときにも長文読解の問題文からも学ぶことがたくさんありますが(「利益を共有する」)、国語の教材からもこのようにして学べるのは素晴らしいことです。
単に入試のために機械的に問題を解くのではなく、それを活用して自分の人生の質を高めることは何倍も大切なことです。


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生まれてまもない君に

2011.04.01日

「生まれてまもない君に、いつか読んでほしい句がある。
<寒き世に泪(なみだ)そなへて生れ来し>(正木浩一)
君も「寒き世」の凍える夜に生まれた。列島におびただしい泪が流れた日である。
◆震災の夜、宮城県石巻市の避難所でお母さんが産気づいた。被災者の女性たちが手を貸した。停電の暗闇で懐中電灯の明かりを頼りに、へその緒を裁縫用の糸でしばり、君を発泡スチロールの箱に入れて暖めたという。
◆男の子という以外、君のことは何も知らない。それでも、ふと思うときがある。僕たちは誕生日を同じくするきょうだいかも知れないと。
◆日本人の一人ひとりがあの地震を境に、いままでよりも他人の痛みに少し敏感で、少し涙もろくなった新しい人生を歩み出そうとしている。原発では深刻な危機がつづき、復興の光明はまだ見えないけれど、「寒き世」は「あたたかき世」になる。する。どちらが早く足を踏ん張って立ち上がるか、競争だろう。
◆原爆忌や終戦記念日のある8月と同じように、日本人にとって特別な月となった3月が、きょうで終わる。名前も知らぬ君よ。たくましく、美しく、一緒に育とう」
(3月31日付 読売新聞「編集手帳」より)


実に美しい、心の琴線(きんせん)に触れるような文章です。
これを書いた人にお会いして、お話ししたいと思うほどです。
きっと、とても心の優しい方なのでしょう。
そして、この中に書かれているように、日本人の心の中に優しさが生まれてきたように思います。
「日本人の一人ひとりがあの地震を境に、いままでよりも他人の痛みに少し敏感で、少し涙もろくなった新しい人生を歩み出そうとしている」


人は、辛い、苦しい、大変な状況の中をくぐってきて初めて成長し、他人に優しくなり、思いやりができるようになるものです。
今回の大震災をとおして、日本人みんなが優しくなったように思います。
地震の犠牲者に対して、被災者に対して、そして現在も不眠不休で現場で働いている自衛隊や原発の事故処理に当たっている人たち、そのほか数えきれないほど多くのボランティアの人たち等などに対して、思いやりの心が芽生えてきています。
そして自分たちも計画停電や物資の不足、節電、また企業は営業活動の自粛に甘んじ、さらに募金や物品の提供など、みんなが積極的に係わっています。
テレビに流れる連日のAC(公共広告機構)のCMにもその心が表れています。
そして、世界中から同様の温かいメッセージや募金が次々と送られてきています。
人口わずか2300万人、九州ほどの小さな国、台湾の一般国民から100億円の義援金が寄せられているそうです。
国民の平均年収は150万円といいます。
この温かい心に胸が熱くなります。


1000年に1度というものすごい確率の中に居合わせた私たちはみんな同じ心の痛みを持っています。
国家、国民、貧富の差を超えて、地球人として、みんながこの未曾有の大震災の被災者に心を寄せているのです。


これを機に国益や文化、宗教の違いなどを超えた真の友愛が全世界で築いていけるよう心から願うものです。
「誕生日を同じくする兄弟」として。


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