学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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思わぬところで...

2011.02.27日

今朝、携帯電話が鳴りました。
先日、父の葬儀(「瞬間最大風速?ランキング1位!」)でお世話になったC社からでした。
「私、C社のYと申します。昔、先生の生徒だったAYです。覚えていらっしゃいますか?」
「えっ!?A君?よく覚えているよ」
「お父様がお亡くなりになられたとお伺いしまして、ぜひともお花をお届けさせていただきたいと思いまして」


30分後、A君が立派な花束を持って私の家を訪ねてきました。
「先生、ご無沙汰しています。
名簿を見て先生がもう還暦と知って驚きましたが、昔と全然変わっていらっしゃいませんね」
A君も昔のイメージそのまま。
今年38歳で3人の子どもの父親とのこと。


初めて会ったのはA君が確か小学6年生のときのこと。
高校生まで英会話クラスに通ってくれました。
妹さんのEちゃんとSちゃんも私の生徒で、そしてお母さんも長い間成人英会話クラスに通ってくださり、ご一家でのお付き合いでした。
A君の話によると、私の影響もあってその後アメリカやカナダから交換留学生をホストファミリーとして何度か迎え、彼自身もアメリカとカナダに留学したそうです。
そして英語を使う仕事がしたくて半導体の会社に勤めていたけど、お父様に仕事を手伝うように言われて呼び戻されたとのこと。
お父様はこの湘南の地では名士で、C社の元社長、現会長で、A君は跡取りです。
立派になって私の目の前に立っているA君がとてもまぶしく見えました。
塾の仕事をやっていて最高の幸せを感じる瞬間です。
ふたりの妹さんとお母様の近況も伺うことができ、とても懐かしく思いました。


「いやー、父の葬儀では本当にお世話になりました。
スタッフの方、皆さんとてもよく訓練されていて、お陰さまで素晴らしいお葬式をさせていただきました。
本当にありがとうございました」
いつの間にか、教え子と敬語で話していました。
「またいつでもお声をかけてください。湘南をあちらこちら回っていますので」
そうか、今度お世話になるのは、自分の時か...。


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やればできる?

2011.02.26日

今日、中1の生徒と高2の生徒ふたりを教えていました。
英語が苦手と言って入塾した子たちです。
中1の生徒は英語が全然わからないと最初言っていたのですが、ほんの数か月で見違えるほど力がついてきて、今日など「この子は本当に英語が苦手なの?」と思うほどよくできて、「もうほぼ全クリだよ」と言ったほどです。
ふたりの高校生も目に見えて力がついてきました。
間違えても、指摘するとすぐに間違いに気付づいて自分で訂正できるほどになりました。


学校の先生も、また塾の先生も、そして親もよく言うセリフが、
「やればできる」
です。
ところが数日前、ある女子アナの言っている言葉が新聞に載っていました。
この方は、神奈川の名門校である湘南高校の出身で、当時習っていた英語の先生が言ったそうです。
「やればできるというのは、やらない人の言い訳だ。本当は、やったからできるのだ」と。


私はこれを読んで「なるほど」と思いました。
私なども三者面談をしていてついつい「〇〇君はやればできるのですが」と言ってしまいます。
でも、ほとんどのケース、この類(たぐい)の生徒は「やらない」のです。
そして、暗に「できないのはやらないからだ」と言っているわけです。
やらない生徒にやる気を起こさせて、やらせるのが教師の務めではないかと示されました。


「やる気」は、強制や脅しからは起きてきません。
自らのうちから溢れてくるようなモチベーションが必要なのです。
そのモチベーションに目覚めさせるのが私たち教師の仕事です。


昨日、試験が終わって塾に来た中1のE君と中2のK君。
ふたりともニコニコしていて顔が輝いていました。
聞くと、試験がとてもできたとのこと。
なるほど、ニコニコするわけです。
とくに、K君はこれまでほとんど無表情で、感情を出すことがなかったのですが、昨日はこれまでに見たことのない笑顔でした。
K君はつい最近まで勉強が嫌いで、いやいややっていたのですが、つい1か月余り前、
「君には〇〇という高校がとっても合っていると思うよ。この高校だったら、ちょっと頑張れば十分に可能性があるよ」
と言って資料を見せたところ、目が輝き始め、がぜんやる気を出してきたのです。
そして、この1か月少しの間、一生懸命頑張った結果が今回の学年末試験に出たというわけです。


結局のところ、「やればできる」ではなく、「やったからできた」のです。
これがきっかけで自信につながると、連鎖反応でどんどん伸びていきます。


今年、一足先に中高一貫校の平塚中等教育学校に合格を決めたT君。
最初は1時間かかって1行も作文を書くことができなかったのに、繰り返し繰り返し書いているうちにものすごくうまくなり、学校の先生にも褒めていただいたとのこと。
2歳上のお兄さんのN君も同じ学校に現在通っており、兄弟での合格となりました。
適性検査が終わったその日に、お母さんが塾にお礼を言いに来てくださいました。
お母さんの話では、入塾したときから3年間でやってきたワークやプリント類を重ねたらなんと50センチほどの高さになったそうです。
まさに「やったからできた」のケースです。


とどのつまり、「やればできるのに」は、やらないことの言い訳に過ぎません。
そんなことを言っている暇があったら、まずはやってみることです。
やって、やって、やりまくって、「やったからできた」と胸を張って言えるようになって欲しいと思います。
また、私たちはそのために骨身を惜しまず生徒に指導しなければならないとつくづく思いました。


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人生、これからだ!

2011.02.25日

今日、神奈川の県立高校合格発表がありました。
平均倍率約1.5倍で3人に1人が不合格という厳しい状況の中で、合格した人にも、残念ながら涙をのんだ人もいました。
合格した人にもまた不合格だった人にも、みんなに「人生、これからだ!」というメッセージを送りたいと思います。
「人生、これからだ!」
って言うとなんだか生命保険のテレビCMのようですが。


入試というと、往々にして合格がゴールだと人は考えがちですが、決してそうではありません。
合格した人も、不合格だった人も今、同じスタートラインに立っています。
「合格がゴール」だと思うと、その人の新しい学校生活は決していい実を結びません。
逆に、「不合格がスタート」だと思う人は、豊かな実を結びます。


昔、ひとりの知り合いのお子さんが、学校の進路指導で「行ける県立高校はない」と言われて、本人もご両親も大きなショックを受けました。
そして泣く泣く底辺レベルの私立高校に滑り込みセーフで合格しました。
ところが、その学校がその生徒にはとても合っていたのか、有意義な高校生活が送れて、勉強にも力が入り、実力がどんどん伸びていきました。
2年時には進学コースに上がり、さらに3年時には特進コースに変わって、現役のとき受けた大学はあと一歩というところで全部落ちましたが、1年浪人した翌年はすべて合格。
本人の第1希望だった私立トップ大学の法学部に進学したというケースがありました。


今日の合格発表では、ひとりを除き全員合格でした。
そのひとりは一番頑張っていた生徒でした。
報告に来た本人も、そしてそれを聞いた私たちも一緒に抱き合って大泣きしました。
しばらく話したあと、帰るときには笑顔で、「私、これから頑張る!」と元気に言ってくれて、私たちは逆に励まされました。
その意気込みさえあれば、進学することになった高校が自分のために備えられていた最善の学校だったということがわかるようになり、必ずや上の生徒のように驚くような結果を出すことができます。
これは、これからの長い人生を生きていく上で、ほかの何よりも大切なレッスンになることでしょう。


お母さんと一緒に合格報告に来てくれたK君は、「先生たちに」と言って、一人ひとり全員に心のこもったお礼の品を届けてくれました。
一つひとつの包みに、それぞれの先生に宛てたメッセージのカードがついていました。
私には、
「9年間勉強を教えていただきありがとうございました」。
「毎週英語を教えていただきありがとうございました。学院長とお幸せに」と妻に。
このほか、
「K先生はアカデミーの天使です」
「アカデミーに入ってよかった」
「アカデミー学院、本当に楽しい先生がいっぱいでした」
「卒塾式でも遊んでください。高校に入っても勉強頑張るから、N先生も仕事頑張ってください」
「本当にこれが最後です。神聖なところを大切に」
「僕たち約4年間のお付き合いですね。またAKBの話をしましょうね」
「いつも楽しい先生でしたね。○○先生をよろしくお願いします」
「毎週数学を教えてくれた日々を忘れません」
等々。
彼の優しい心づかいが随所に溢れていました。
これまでの人生の大半をアカデミーで過ごしてくれたK君に、「これからの人生に幸多かれ」と心から祈りました。


高3のF君からも法政大学に受かったと嬉しい報告がありました。
自分のやりたかった都市デザインを学ぶということで、これからの時代の新しい分野でぜひとも頑張ってほしいと願っています。


このほか、全国の受験生にも上の言葉を贈りたいと思います。
結果がどうであったにせよ、
「人生、これからだ!」


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好かれる十大要素!

2011.02.24日

一昨日、2月22日の読売新聞29面に「就活ON 好かれる10大要素究めよう」という面白い記事が載っていました。
「ビジネスの世界で生き残るには、いかにして『敵を減らして味方を増やすか』が重要。
では、そのために必要な素質・スキルはどれでしょう?」
とあって、選択肢に次のものが挙げてあります。
@いつでも元気よく返事をする「明るさ」
A決して嘘をつかずに物事を遂行する「誠実さ」
B何を考えているかが一目で理解できる「わかりやすさ」


皆さんはどれだと思いますか?
「どれですか?」と尋ねられると、たいがい@とかAとか答えるのですが、ここでは全部正解です。
どれもこれも必要なものばかりです。
「意識しているかいないかにかかわらず、第1印象をもってして、『この人は好きだな』、『この人は信用できなさそうだな』などと、評価をしているもの。そして、それは相手が自分を見るときも同様なのです」
と著者が述べています。


これに引き続き「好かれる十大要素」として、あと7つ挙げられています。
C近寄りがたい雰囲気がない「気さくさ」
D態度が謙虚な「素直さ」
E言動にエネルギーを感じさせる「パワー」
F教養を感じさせる「品位」
G人としてのあたたかみを感じさせる「思いやり」
H物事を偏(かたよ)りなく公平に見る「バランス感覚」
I人の欠点さえも許容できる「寛容さ」


なるほど、これらすべてを兼ね備えていたら誰からも好かれますよね。
でも、よく見てみると、どれもこれも決して実行不可能な難しいものではありません。
ちょっとした心がけで誰にでもできることばかりです。
とどのつまり、人から好かれて信頼され、それをビジネスの世界で活かすことができるかどうかは、普段の生活の中での周りの人たちに対する気遣いにかかっています。


「周りの人」と言うとき、それは決して「職場の人」や「仕事関係の人」という意味ではありません。
この中には家族も含まれます。
仕事上だけでいい顔していても、家に帰ってくると「いいお面」を外して、「家の顔」になるようでは上に挙げた10の要素は見せかけのもので、それは人にすぐに見破られてしまいます。
毎日の生活の中で、意識して一つひとつ実行していくならば、結果は自然とついてきます。
そしてそれがその人の本当の魅力となるのです。


上の10のリストを見ていくと、なんとアカデミーの先生たちみんなに当てはまっていると思いました。
どうりで塾生たち、卒塾生たち、そして私たちからも好かれ、慕われ、尊敬されているのですね。
先生方、いつも本当にありがとうございます。
社員旅行じゃありませんが、今晩、授業が終わってからみんなで車で旅行に出かけました。
くれぐれも運転には気をつけて、楽しんできてください。
来週から始まる新年度のためにいいリフレッシュの時となりますように。
土産話を楽しみにしています。


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人類の英知

2011.02.23日

昨日ニュージーランドで大地震があり、大勢の犠牲者が出たようです。
今も夜を徹しての必死の救出活動が行われています。
日本人の留学生や観光旅行客、また現地在留邦人も地震に巻き込まれた模様で、安否が気遣われています。
先ほどNHKのニュースで地震の続報を見ていたら、私の親友のオーストラリア人が出てきました。
京都で海外語学留学や医療研修プログラムなどの斡旋を行っていて、この方の関係でニュージーランドに行っていた人たちもこの地震に遭(あ)ったようです。
「ニュージーランドで大地震」のニュースを最初に聞いたとき、このオーストラリア人の友人のことが真っ先に頭をよぎりましたが、予感が的中してしまいました。


チュニジアで始まった反体制デモがエジプトやリビアなど北エジプトから中東全土に飛び火し、そして今や中国や北朝鮮にも影響が及びそうな形勢です。
中国では警察がデモを実力行使で押さえ込もうとしています。


中東での政情不安定は石油価格にす現政権に影響が出るような事態になると、これは全世界の経済に波及します。


翻って日本国内を見ると、菅政権が小沢問題で揺れに揺れており、内部分裂を起こしかけています。
日本も政情不安定です。


世界中のこのような状況を見ていると、「ああ、世界はいったいどうなるのだ」と不安になってきます。
昔から、このようなことが相次ぐと、やれ地球が破滅に向かっているだの、人類滅亡のシナリオだとか、終末思想が幅をきかせるようになります。
1970年代にはノストラダムスの大予言が大流行(おおはやり)し、1999年の7の月に地球が滅びると言われました。


しかし、このような先行き不透明なときこそ、私たちは人類の英知を信じ、必ず道は開け、この困難を乗り越えることができると確信しなければなりません。
これまでの人類の歴史を振り返るとそのことが明白です。


周りの声に煽(あお)られてはいけません。
足をしっかりと大地につけ、両目を見開いて、耳をクリアにして、状況を冷静に分析し、みんなで力を合わせて対応する必要があります。


ニュージーランドの被災者のために、そして今も瓦礫の下で救出を待っている人たちの無事の生還を心からお祈りします。
加えて、独裁国家で民主化を求める人たちの動きにも神の導きを祈るものです。


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25歳はお肌の曲がり角?

2011.02.22日

昔、テレビで毎日のように
「25歳はお肌の曲がり角」
という化粧品のCMが流れていました。
このCM効果があってか、いつの間にかこの概念が一般の人々の間でかなり定着してしまったようで、テレビCMを見たことがない人まで同じことを言っています。


小学生の肌を見ていると、本当に透き通るような美しさです。
中学生になると日焼けして少し変化してきます。
高校生になるとさらに変わってきます。
当たり前のことです。人間、生きている限り常に変化します。しかも、日一日、目に見えないスピードですが、少しずつ少しずつ老化に向かっていきます。
これはなにも肌に限ったことではありません。


しかし、最近面白いことに気づきました。
3か月ぐらい前のことでしょうか、寝る前にふと自分の足の踵(かかと)を見ると、バリバリにひび割れしてしているのです。
「なんたるこった!」
これまで、自分の肌には結構自信があったのでショックでした。
そこで、早速毎晩風呂上がりに踵と手の甲や足にもハンドクリームを擦り込むことにしました。
そして、気がつくとなんと、あれほどバリバリになっていた踵が、そして手の甲もいつの間にかスベスベになっているのです。
これには正直驚きました。
もし、この2か月間何もしていなかったら、今は冬で空気が乾燥しているときなので、もっとひどくなっていたことでしょう。


つまり、「お肌の曲がり角」は別に25歳に限ったことではなく、たとえ何歳であっても常に、日々起こっていることで、気がついたときにお手入れするならば、その時点で手を打つことができるということです。


頭も、体もそうです。
もうこんなもんだと、あきらめてしまったら、それこそそれで終りです。
人間、生きている限り、常に「曲がり角」。
問題は、「曲がり角」でどう対処するかです。
何事においても、決して手遅れということはありません。


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新聞に恋をする

2011.02.21日

今日の読売新聞19面「ぷらざ」に、74歳の女性の方が投稿していらっしゃいました。
曰く、「認知症の予防には、歩くこと、新聞を音読すること、恋をすることがいい。そこで、自分は新聞に恋をすることにした」。
この方は、パズルの「数独」にチャレンジしたりして、新聞を毎日丹念に読んでいらっしゃるとのこと。
これは、ボケ予防にいいばかりでなく、子供も学生も、大人も誰にとっても脳の活性化にとても効果あります。


今日の1面トップ記事から。
「リビア死者200人か 治安倍隊 デモに無差別発砲」
「中国、拘束1000人 ネットでデモ予告」
「編集手帳」にも中東に始まり中国に飛び火しつつある革命について書かれています。
これらは先日の私のブログ「お試し版NIE」でも取り上げました。


次に同じ1面の「身寄りない認知症高齢者守れ 市民後見人 市町村が養成」。
これは「『無縁社会』の話をしよう」の内容とちょうど重なっています。


7面の「人工知能 人間超える? 意識を移植 肉体滅んでも『不死』」の記事は2月21日号タイム誌の記事を紹介したものです。
「人間が不死になる2045年」というタイトルで、
「人間の意識がコンピュータに移植され、肉体が滅んでも意識が半永久的に続くことで『永遠の命』がもたらされる」というものです。
先日の「ドラマは続く」という記事の中に、私は次のように書きました。
「昨日、父が天に召されました。
もうこの地上にはいません。
しかし、父の思い出は私を始め、多くの人の心の中に生き続けています。
そして、昨日書いた私のブログによって、新たに読んだ人の心の中にも生き続けます。
これも現在進行形です。
人間の壮大なドラマはいつまでも続きます」


新聞には知識や情報が載っているだけでなく、知恵がぎっしりと詰まっています。
教育の世界でもっともっと新聞を活用しなければならないと改めて実感しました。
そして、来月から始まる小中学生対象のNIE(教育に新聞を)の授業が今から楽しみです。


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見たいけど怖い、怖いけど見たい。

2011.02.20日

一昨日、今年度最後の中2の国語の授業で太宰治の『走れメロス』をやっていました。
授業が終わって、バス送迎の女子生徒たちに駐車場に向かう途中言いました。
「今日、国語で『走れメロス』をやったんでしょ。
実は、これ先生の愛読書なんだよ」
そして背広の内ポケットから文庫本を取り出して見せました。
「へえー、『走れメロス』が?」
「いや、ちょっと、なんかちょっと違うよ。ホラホラ。『走れエロス』って書いてある!」
「エー!?なにこれ?」
「やだー!エロス?」
「なにそれ?エロ本?」
「先生、そんなの読んでるの?」
みんな一斉に大声で叫びました。
駐車場に着いて生徒たちをバスに乗せると、みんなが一斉に言いました。
「学院長、見せてぇ!」
私は言いました。
「本当に見たいの?これかなり激しいよ。見たらみんなびっくりするよ」
「いい、見たい!」
「でも見たらショックで目がつぶれるよ。見た途端に目の前が真っ白になって何も見えなくなるよ」

するとみんな少しびびりました。
でも、ソフトボールをやっていて身長が175センチもあるEちゃんが勇気を奮い起こして言いました。
「いい。大丈夫。学院長、見せて!」
「目が見えなくなっても知らないよ。ホントにいいの?」
「はい、いいです!」
そこでその文庫本をEちゃんに手渡しました。
バスに乗っていたみんなが一斉にEちゃんのところに集まって来てのぞき込みました。
Eちゃんがページをパラパラとめくりながら、大声で言いました。
「なにー、これ!?」
みんな「エー!?」
そこで私は言いました。
「ほらね。言ったでしょ。目の前が真っ白になったでしょ?」
「...」


「もう一度著者名をよく見てごらん」
「太宰治...。あれっ?違うよ。駄宰治って書いてある」
「そう、ダサイ治だよ。出版社名を見てごらん」
「冗談社文庫?」


eros.jpg


ちなみに本物の文庫本表紙はこんな感じです。


merosu.jpg


中身は全部真っ白なページ。
実はこれ、表紙が文庫本そっくりに作られた遊び心のメモ帳なんです。
私の中学・高校時代の親友が自分の広告宣伝会社を興したときにプロモーションで作ったものです。
Eちゃんが言いました。
「学院長、これ欲しい。売ってぇ!」
「いや、だめ。先生の大切な宝物なんだ」
「これをアカデミーに入る人たちにプレゼントしたら、きっといっぱい生徒が入ってくるよ、学院長」


見たいけど怖い、怖いけど見たい。
でも、怖くてもたいがい人は見てしまいます。
これはジョークだったからよかったものの、もしも本当にヤバイものだったら大変なことになってしまいます。
もちろんそんなことはあり得ませんが。


好奇心は大切です。
好奇心のお陰で、人間はここまで進歩・発展してきたのです。
「見たいけど怖い、怖いけど見たい」
大いに結構。
好奇心の強い人は頭がよくなります。
でも、危険なものには絶対に近づかないようにね。


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英語のリスニングのコツを教えてください。

2011.02.19日

昨日、補習に来ていた中1のAさんが帰り際、私に尋ねました。
「学院長。英語のリスニングだけが苦手です。どうすればリスニングを得意にできますか?」
Aさんは学校では学年でもトップレベルの生徒でどの教科もとてもよくできます。
塾内の月例テストでも毎月1位です。
私は答えました。
「Aちゃんは剣道やってるよね。どうやってうまくなったの?」
「練習です」
「どれぐらい練習してるの?1週間に1回ぐらい?」
「いいえ、毎日しています」
「先生は剣道はしたことがないけど、今Aちゃんと試合したらどっちが勝つと思う?」
「私です」
「そうだよね。じゃあ、リスニングができるようになるためにはどうしたらいいと思う?」
「聞くことですか?」
「そうだよ。先生がAちゃんと同じ中1のときには、今のようにCDなんかはなくて、うすいペラペラのフォノシートというレコード盤だったんだけど、それこそ擦り切れるほど毎日毎日、何十回、何百回と聴いて、録音しているアメリカ人と同じ発音ができるまで練習したんだよ」
「へえー」
「それで、中1のとき英語の授業で先生に『舟田、ここを読んでみろ』って言われて、立ち上がって読み始めたんだ。そうしたら、英語の先生がびっくりして、『ちょっと待て。お前アメリカ生まれか?』って」
「ホントですか!?」
「それから、高校生のときに、アメリカから交換留学生の高校生がやってきてうちに夏休みの間ステイしてもらったんだけど、初めて顔を合わせたときその人がこう聞いたんだよ。『カリフォルニアのバークレーに住んでいたの?』
先生はバークレーなんてなんだか知らなかったんだ。でも、もう一人の別の高校生からも同じことを聞かれた。
あとになって考えてみたら、多分お手本にしていたレコードに吹き込んでいた人がバークレーの人だったんじゃないかって」
「えー、スゴーイ!」
「リスニングができるようになるためにはどうすればいいの?」
「繰り返し聴くことです」


そうです。
これは何事にも通じます。


昨日はAちゃんのお兄さんの高2のT君にも英語を教えていました。
彼は地元のトップ校に通うとても頭のいい好青年です。
英語が苦手と言って1年前塾に来ました。
これまでに文法書とセンターテスト対策のテキストの2冊を終えたのですが、メキメキと実力を伸ばしてきました。
苦手だった発音やアクセント問題もほぼ全部クリアしました。
彼の勉強法は、塾でやったところを必ず次回の授業までに自分でもう1度全部やり直し、ノートにまとめ、しっかりと理解してないところがあったら必ず次の授業で尋ねて問題解決をするというやり方です。
理想的な勉強法です。


繰り返しやれば、誰でもできるようになります。
塾に来ていて思うような結果が出ていないという人は、まず例外なく復習・宿題・演習をしていません。
リスニングに限らず、なんでもやればやっただけの結果が出る、これは宇宙の法則です。


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瞬間最大風速?ランキング1位!

2011.02.18日

「やりましたねぇ!
ランキング1位、おめでとう。
これまでのあなたの頑張りと孝養を尽くされたお礼にと、お父様・お母様が天国から引っ張り上げられたのかな」


そう、昨夜は父の前夜式(通夜)で、今日は葬儀でした。
骨壷をひざの上に抱いて火葬場から葬儀の式場に戻る車中、上のメールを50年来お付き合いをさせていただいている私の敬愛する西村先生(「潜在意識の力」)から受け取りました。
それで携帯で見てみると、果たして本当にそうでした。
隣で運転する妻と後ろの座席に座っている妹と娘にそのことを伝え、私は言いました。
「いや、きっと瞬間最大風速みたいなものだよ」


ところが、先ほど仕事が終わって自宅に帰り、パソコンで見てみると午後11時の時点でまだ塾教育ブログランキングで1位。


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どうやら「瞬間最大風速」じゃないようです。
N先生がおっしゃるように、本当に今日のこの葬儀の日に、天国にいる父と母が引っ張り上げてくれたのかもしれません。


今週の月曜日、2月14日のバレンタインデーに父を天に送りました(「バレンタインデーに嬉しいことが3つ」)。
病院のベッドの上で安らかに眠っているような父を見て、「長い間お疲れさまでした」と、声をかけました。
病院から遺体安置所になる葬儀屋さんへ車で向かう道、何度も何度も父に「ありがとう」と言って感謝しました。
そして、命の尊厳をひしひしと実感しました。


太古の昔から、数えきれないほど何代にも亘って何千、何万、あるいは何十万年もの間、脈々と受け継がれてきた命。
その延長線上に現在私がいて、子どもたちがいる。
そして、これから先さらに孫、ひ孫…と続く。
気が遠くなるような歴史です。


今日の葬儀最後の喪主挨拶のとき、内村鑑三の話を出して、天国に凱旋した父に心から万歳を捧げますと言いました。


遺体を亡骸 (なきがら)といいますが、魂が神様の元に帰って、体は本当にもぬけの殻のような感じです。
ですから、私たちクリスチャンは遺体に向かって悲しみなどの特別な感情を抱きません。
聖書には、人は土から造られているが、神の息を吹き込まれて生きたものとなった。そして、人が死ぬとき魂は神の元に帰り、体は土に返るとあります。
今回、父の亡骸を見てこのことを肌で感じました。


前夜式と葬儀で、20年以上も前から懇意にしていただいている近所の教会の牧師先生の娘婿のM先生に司式していただきました。
牧師の聖書からの奨励は、イエス・キリストがおっしゃった、「私はよみがえりであり命である。私を信じる者は死んでも生きる」という言葉からでした。
アメリカで牧師をしている私の親友の鶴田先生からのメールには次のように書かれていました。
「主の御名(みな)はほむべきかな。
永遠に朽ちない体をすでにいただいておられるんですよ。スゴイことですね。
ですから、お悔やみの言葉は不要ですね。
キリスト者であるということは、なんという恵みでしょうか。
地上ではしばらく会えないという悲しみを補って余りある恵みを下さった主の御名をほめたたえます」


今日はとても爽やかな、そして幸福感に満ちた葬儀を執り行うことができました。
天国での再会が約束されているということは、ほかの何物にも替え難い大きな喜びであり、感謝なことです。


ダディ、万歳!


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子はカスがいい?

2011.02.17日

「子はかすがい」ということわざがあります。


「かすがい」とは、二つの材木をつなぎとめるために打ち込む、コの字型をした大釘のことで、このことから
「子供は、夫婦の仲を和やかにし、夫婦の縁をつなぎとめる役割をする」(ことわざデータバンクより)
という意味になります。


なるほど、夫婦の仲が悪くても子供がいるから離婚を思いとどまっているとか、子供のお陰で夫婦仲がうまくいっているというところもあります。


誰かがこのことわざをもじって
「子はカスがいい」
と言いました。
しかし、実際には子供が「カス」(言い方が悪くてすみません)だと、かえって夫婦仲は悪くなるようです。
「うちの子がこのようになったのはお前のせいだ」
「いいえ、あなたのせいよ!」
というふうに夫婦喧嘩の種にもなります。


でも、子供を育てるのは夫婦の共同作業であって、どちらか一方の仕事ではありません。
そして、子育てにおいて一番大切なのは、ほかでもない「良い夫婦関係」です。
「子供のお陰で夫婦仲がもっている」というのではなく、「夫婦仲がいいから子供が健全に育つ」というのが真理です。
このことを知っているのと知らないのでは、子育ては天と地ほど変わってきます。


「子はカスがいい」わけではありませんが、夫婦仲がいいと、たとえ子供が「カス」だったとしても、夫婦で一生懸命力を合わせて立派に育てることができます。
逆にどんなに「優秀な」子でも、夫婦仲がうまくいっていないと、子供はまともに育ちません。


「子はかすがい」でもなければ、「子はカスがいい」のでもありません。
よい夫婦関係がよい子を育てるかすがいになるのです。


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お試し版NIE

2011.02.16日

1週間前のブログ「NIE その3」に中3のM君、K君、O君にお試し版のNIEをやったと書きましたが、昨日3人がまたどうしてもNIEをやりたいと懇願しました。
彼らはもう一足先に私立への進学を決めていて余裕もあるし、しかもNIEをやると考える力がつくということがわかっているので、もう1度やることにしました。
扱ったのは、昨日の読売編集手帳です。


「<一人(いちにん) 朝(ちょう)に在(あ)らば 百人 帯を緩(ゆる)うす>
中国は唐の昔のことわざという。『朝』は朝廷、一人が官位に就いて朝廷にいれば、親類縁者百人が安泰だ、と。帯をゆるめてくつろぐ動作からは、美酒佳肴(かこう)に満腹した様子が連想され、不正蓄財のにおいも漂う
◆専制政治の歴史が古いことでは、中国に負けないエジプトである。『現代のファラオ』と呼ばれた権力者の蓄財は、“帯を緩う”するのが百人やそこいらではきかない規模であるらしい
◆30年の独裁に終止符が打たれたムバラク前大統領一家の資産は約5兆円とも推定されている
◆歴史の書物によれば、古代エジプトの女王クレオパトラの財宝がローマ人に没収されたとき、ローマの通貨供給量が急増し、金利は年12%から4%に下がったという。ムバラク資産も国内金利を変動させるほどに莫大である。民衆への置き土産にすべきものを、伝えられる資産隠しの工作が事実ならば見苦しい
◆この先、一族郎党を含めてせいぜい“帯を緩う”したところで、5兆円分も飲み食いはできまい。せめて晩節だけはきれいにするのが、独裁者の矜持(きょうじ)というものだろう」


中学生にとってはちょっと難しい内容です。
難解な言葉の説明から始め、最近のエジプトや中国の動向、昔のエジプトのファラオやフランスのマリー・アントワネット、ローマ帝国など歴史的なバックグラウンドも解説した後、彼らに自分の意見や考えを述べてもらい、お互いにシェアするという流れでNIEの授業をしました。
そして最後に作文を書かせました。
以下に原文をそのまま引用します。


「自分の幸福は他人の幸福。
エジプトのムバラク氏のように、国の貧しい民を放っておき、自分だけのことを考えていると、逆に自分の首をしめてしまうことを学んだ。
『人は他人との関りが大切で、信頼を得ることで幸福を得られる』
私はこれを常に思い、生きていこうと思った。
自他共に愛す」 (M)


「人を大切にすることが国のためになり、自分のためになる。
一人ひとりを大事にすれば、国も安定していき、結局は自分のためになるのではないか。
一人ひとりを大切にしないで、自分だけがよい思いをすれば、結局は自分に返ってくる。
いつも誰かのために働いて笑って過ごしている。そういう者に私はなりたい」 (K君)


「自分を中心に考えると国民が反発を起こし、結局は自分が痛い目にあうと思った。
だから、国を動かす人は、自分だけじゃなく、国全体のことを考えなければならない。
社会主義の国は、ソ連などあまりよい結果になっていない気がする。
中国も北朝鮮もこの先よい結果にならない気がする。
だから、国を大切にしよう」 (O君)


ムバラク前大統領にもっと早くに彼らのこの作文を読ませてあげたかったと思いました。
また、中国や北朝鮮の現在の指導者に。
そして、日本の政治家たちにも。


今日、生徒からもらったキャンディの袋にも次のように書いてありました。
"I'm happy when you are happy."
(あなたが幸せだったら私も幸せ)


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ドラマは続く

2011.02.15日

昨日、塾生のひとりのお母さんからお手紙をいただきました。
「アカデミー学院の皆様
小学校から9年間、お世話になりました。
小学校の頃は、喘息でお休みすることが多く、中学校になってからは、サボることが多かった息子ですが、先生方には親身になっていただき、支えてもらい、辞めることなく9年間続けることができ、感謝しております。
(中略)
合宿などのイベントや、休み時間に先生と共通の趣味の話をしたり、テニスの試合、体育祭に足を運んでいただいて応援してもらい盛り上がったり、たくさんの思い出をありがとうございました。
改めて、25日の合格発表の日に、親子でご挨拶にお伺いしたいと思っております。
良い報告ができることを願っています。


長い間、大変お世話になりました。
アカデミー学院の皆様、ありがとうございました。
これからもお身体に気を付けて、子供達の支えになって下さい。
皆様のご活躍を応援しています。


平成23年2月14日
〇〇 〇〇子」


私はこの心のこもったお手紙を拝見して胸が一杯になりました。
思い返せば、小学1年生のときから中学3年までの9年間。彼の人生の大半です。
アカデミーにはこのような生徒が何人もいます。
私にとっては本当に自分の子どものようです。
9年間も成長をずっと見てくることができて、それこそ塾教師冥利に尽きます。


先生たちにもぜひこの手紙を読んでもらおうと思って息子に手渡しました。
読んだ息子も感動で胸が一杯に。
今時分、先生たちもこれを読んで、きっと同じように感激していることでしょう。


しかし、今回卒塾したからといって、これで終わりではありません。
人と人のつながりはずっと長く続きます。
それこそ死ぬまで。
以前、このブログに書いた「過去を振り返らない」の記事のように、人生は常に現在進行形です。


今日も、去年卒塾した現在高校1年生の生徒ふたりが1日遅れのバレンタインチョコを、先生の数プラスアルファ持ってきてくれました。
これも現在進行形です。


卒塾した生徒がのちに大学生になってうちの講師となって戻ってきてくれているケースもたくさんあります。
これも現在進行形です。


昨日、父が天に召されました。
もうこの地上にはいません。
しかし、父の思い出は私を始め、多くの人の心の中に生き続けています。
そして、昨日書いた私のブログによって、新たに読んだ人の心の中にも生き続けます。
これも現在進行形です。


人間の壮大なドラマはいつまでも続きます。


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バレンタインデーに嬉しいことが3つ

2011.02.14日

今日はバレンタインデー。
思わぬ嬉しいことが3つありました。
1つ目は、ブログの愛読者の方からお便りをいただいたこと。
少し大きな封書が塾の郵便受けに入っていて、差出人を見ると見知らぬ名前。
きっと何かの宣伝だろうと思って封を開けると、ご丁寧なお便りと、私の健康を気遣っての小冊子と健康食品の見本が入っていました。
先日のブログ「桜のつぼみが...あなたのつぼみも」を読んでくださってのお便りでした。
とても嬉しかったです。
Kさん、ありがとうございます。
先週受けた心臓エコーの検査の結果を明日、病院に聞きに行くことになっています。
感謝します。


2つ目は、塾の生徒たちや女性の先生からバレンタインのチョコやケーキをいただいたこと。
「本命じゃない」ことは重々承知の上ですが(当たり前のこと)、やっぱり嬉しいものです。
帰宅して、先ほどいただいたらどれもこれもおいしかったこと。
感謝しました。


3つ目は、実はこれが今日の感謝の「本命」なのですが、大好きで、尊敬し、愛し、慕っていた父を今日天国に送ったことです。
そう、今日の夕方4:42に父が天国に旅立ちました。
父のことは先日、このブログにも書きました(「人生に無駄はひとつもない」)。
病院から電話がかかってきて、娘を連れて駆けつけましたが、最期(さいご)に間に合いました。
担当医師が、ここ数日何度も心臓が止まりましたが、今日のこのときまで待っていてくださいました、きっとお会いしてからお別れしたかったのですよ、と。
父との別れは寂しいですが、でも天国での再会が約束されているので、そのときが今から楽しみです。


父は幼い頃に両親を失い、10歳年上の兄夫婦の元に居候してお世話になっていましたが、早く自立したいと願って、歳若くして結婚しました。
一文なしで母とふたりで京都から横浜に渡り、独学で身に付けた英語を使って進駐軍で働きました。
そこで私が生まれたのです。


その後、一家は京都に戻り、兄の呉服の事業を手伝うことになりました。
車が好きだった父は、これからの時代は車だと、日産自動車に就職。
当時、車のセールスの仕事は「海の物とも山の物ともつかぬ」仕事と見られ、地位もなく、基本給は最低レベルで、収入のほとんどは歩合給でした。
車は会社の社長や医者などごく一部の人しか持っていなかった時代です。
車が売れず、苦しい生活が続きました。
母が内職で生計を助けていました。
ずっと借家住まいで、一日おきに銭湯通い、親戚や友人の家でよく風呂に入れていただきました。
コツコツと信頼を築き上げ、京都を代表する企業、今日のオムロン、京セラ、ワコールなどの社長や多くの医者に信頼され、可愛がっていただき、車を買ってもらいました。
さらに紹介から紹介で顧客を増やしていき、やがて何年も連続してセールス日本一を達成(「地震、雷、火事、親父」)。
社長功労賞を受賞しました。


しかし、私のアメリカ留学を機に、若い頃からの夢だったアメリカへの移住を決断し、まったくの門外漢だったフルーツの貿易の仕事をロサンゼルスで始めます。
おりしも、日本のスーパー向けに輸出したグレープフルーツやネーブルオレンジに付いていた防腐剤を日本政府が国内の農産業を守るために禁止し、コンテナー1杯が荷揚げできず大損害を被り、それがきっかけでどんどんじり貧になっていきます。
時同じくして母が心臓病を発症し、治療のためにアメリカ永住権を捨てて両親は帰国。
私はUCLAでの学びを続け、妹はアメリカ人の知り合いの家にホームステイしながら、高校に通います。


帰国後、父は事業を起こしますが、母の入退院や24時間の看病に追われ赤字続きで、大きな借金を作る結果になります。
このとき、私がアメリカ留学中始めた仕事を父に紹介し、行っていた学校を休学して父と一緒に仕事をして両親を助けました(「Needy student」)。
父は数年間母の看病の日々を送り、今から30年前52歳のとき母に先立たれます。
その後は独り身で、上の仕事に励み、借金を全部返済することができました。


私が自分の仕事や子育てに追われてあまり会わなくなっている間に父はアルツハイマーを発症します。
6年前に私の住まいの近くの老人ホームに入居しましたが、肺炎などを起こし、病状が悪化してきたため半年前から病院に入院しました。
父は 26年前キリスト教の信仰を持って私の手から受洗してくれました(「夢はかなう! その2」)。
私が受洗記念にプレゼントした聖書にはたくさんの日付けや書き込みがあり、愛読していたことがわかります。


父はやりたいことは何でもしてきました。
そして、地上での命を全うして今、天国に凱旋し、先に天国に行って待っていた母と再会を喜んでいることでしよう。


最後に、お世話になったホームや病院のスタッフ、先生、看護師の方々、本当にありがとうございました。
仕事でほとんど家にいることがなく、世話ができなかった私たちに代わってとてもよくしていただいて父も幸せだったと思います。


そして、ダディ(父のことをこのように呼んでいました)、ぼくをこの世に生んでくれてありがとう。
ダディの子どもであることを誇りに思い、心から感謝しているよ。


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Impossible? I'm possible.

2011.02.13日

今日、たまたま見ていたテレビで東芝のノートパソコンのCMをやっていました。
"Impossible? I'm possible."
というキャッチコピーなのですが、実にうまい。
Impossible (不可能)という言葉の I と m の文字の間にアポストロフィを指で書き込むと、 I'm possible. (私は可能)となるのです。


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私はこの手のものが大好きです。
このブログに「学院長 元気の出るブログ」と名づけたのは、私がいただいた元気の源をひとりでも多くの人たちと分かち合いたいという動機からです。
2年前、アメリカにオバマ大統領が誕生したとき、私は「YES WE CAN !   YES I CAN !」という記事を書き、その中でケネディ大統領が生まれた秘話をご紹介しました。
しかし、この"Impossible? I'm possible."はそれにも勝る名フレーズだと思いました。


実はこの表現はけっこうあちらこちらでCMのキャッチコピーに使われていたようで、そのルーツはどうも往年の名女優、のちにユニセフ親善大使として活躍したオードリー・ヘップバーンのようです。


200px-Audrey_Hepburn_Roman_Holiday_cropped.jpg


私は彼女の大ファンで、彼女が出演した映画はほとんど見ましたし、また繰り返し繰り返し見ています。
そのヘップバーンが次のように言っているのです。
"Nothing is impossible, the word itself says 'I'm possible'!"
(不可能なんて何ひとつない。不可能という言葉自体に「可能」という言葉が入っているではありませんか)
オードリー・ヘップバーンがそう言ったかと思うと、ますますこの言葉の重みが増してきます。


今日は、中3生集団クラスの最後の「国語・理科・社会」の授業でした(まだ、火曜日に最後の最後の「英語・数学」の授業があるのですが)。
授業後、みんなで記念の集合写真を撮りました。
彼らを教えていた先生たちは、みんな一様に「別れが辛い」と言っていました。
毎年この時期、中3生を送り出すというとても辛いところを私たちは通らなければなりません。
今週の木曜日に受験する生徒に上の言葉を贈って彼らの健闘を切に祈るものです。


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日替わりメニュー

2011.02.12日

大学生の頃、キャンパス内のいくつかのレストランで日替わりメニューで毎日違ったものが食べられるのが楽しみでした。
今、塾の仕事をしていて、日ごとに生徒の顔が変わり、今日は◯◯さん、□□君、◇◇ちゃん、と顔が見られるのを毎日の楽しみにしています。
まさに「日替わりメニュー」です。


先日は、送迎バスで生徒を送っているとき、後ろから小さな声が聞こえてきました。
「センセ、センセ」
あまりにも小さな声だったので最初は気のせいかと思いました。
でも幼稚園年中さんのYちゃんの声だと気づきました。
「なあに?Yちゃん。どうしたの?」
「あのね、センセ、おててがカサカサするの」
「そう。じゃあ、おうちに帰ったらママにそう言って、クリームを手に塗ってもらいなさい」
「ハーイ」
もう、可愛いったらありません。
近くにいたら、思わず頬ずりしたくなるほどです。
このYちゃんが昨日も帰りのバスの中で私に声をかけました。
「センセ」
「うん、どうしたの?」
「あのね、塾に来ているほかの人たちのお名前がわからないの」
「あー、そうか。
今日、Yちゃんといっしょにお勉強していた人はMちゃんで、今バスに一緒に乗っているお兄ちゃんはK君って言うんだよ」
バスの後ろのほうでYちゃんと小1のお兄ちゃんのS君は、K君と楽しそうに話していました。
そして、K君がバスを降りるときには、3人で近くの公園で一緒に遊ぼうと約束をしていたようです。
実は、K君は普段とてもおとなしい小6生。
そのK君が小さな幼稚園児と小1生と仲良く話している様子を見ていてとても微笑ましく、思わずニッコリしてしまいました。
このような可愛い子どもたちに毎日囲まれて、しかも日替わりメニューで毎日変わる生徒たちの顔が見られるというのはなんという幸せでしよう。


今日は、個別のクラスで先に前期選抜試験合格を決めた中3生たちの最後の授業でした。
このブログで何度か取り上げたT君は、先に地元トップ校のK高校に合格を決めています。
今日の彼の最後の授業は、去年部活の関係で受験できなかった英検2次面接試験の対策でした。
さすがに本物の実力がついている彼は、どの問題をやってもパーフェクトな答えが戻ってきます。
しかも、その英語の発音が中学生離れしていて本当にうまい!
T君に言いました。
「君の英語の発音はすごいよ。まだちょっと荒削りなところはあるけど、これから先訓練していったら、アメリカ人並みのきれいな発音になるよ」
「ありがとうございます」
でも、彼の将来の夢は作曲家になることです(「だから塾はやめられない 2」)。
帰り際、T君に言いました。
「小学4年生のときから本当に長い間ありがとう。これからも頑張ってね」
するとT君が答えました。
「いいえ、先生。高校に入ってからもアカデミーに来たいと思っています!」
泣かせることを言うじゃないですか。


上のYちゃんやT君に限らず、塾の生徒はみんなまるで自分の子どものように可愛いです。
こんなに恵まれた仕事がほかにあるだろうかと、しばしば思います。
だから塾はやめられないのです。


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おばあちゃんになってきたね

2011.02.11日

我が家で飼っているラブラドールの「ラブ」は今年12歳。
人間で言えばもう64歳です。いつの間にか私を追い越してしまいました。
それでも朝、私が散歩用のジーンズをはいて家を出ると、「あっ、散歩だ!」とすぐにわかり、ニコニコしながら飛び跳ねて喜び、子どもの頃とまったく変わりません。
ところが、しばらく歩いているとだんだん疲れてきて、歩くスピードが落ちてきます。
ときどき足がもつれてつまずきかけます。四足であるいているのに!
そしてへたばって座り込んでしまい、ときには寝ころんでしまうことすらあります。
「ラブ、お前もおばあちゃんになってきたね」
と先日、ラブに向かって話しかけました。
ラブを飼い始めたときから私はずっとラブとは英語で話しています。
おそらくラブのほうは、英語であろうが日本語であろうが区別はつかず、ただ雰囲気といつもの決まり文句で理解しているのでしょうが。


そのときふと、中央大学で英作文を教えていたときのことがよみがえってきました。
文学部英語専攻で、将来は英語教師を目指している学生も大勢いましたが、その英作文たるやすさまじいものでした。(もちろんみんながみんな、というわけではありませんが)
たとえば上の
「ラブ、お前もおばあちゃんになってきたね」
を英作文させると次のような文が平気で書かれていました。
"Love, you became a grandmother."
文字通りには、「ラブ、お前もおばあちゃんになってきたね」となるのですが、これを日本語に訳し直すと
「ラブ、お前は祖母になりました」
となり、まるで孫犬が生まれたかのような意味になります。
下手をすると、「ラブ、お前は私のおばあちゃんになりました」というまったく変な英文にもなりかねません。
しかし、このような英文を書いていてみんな平然としていました。
今、塾で教えている中学生や高校生がこのような英文を書くのならまだわかりますが、大学生、それも英文科の学生がこれでは正直悲しいです。


私の大学時代の英作文の先生はT教授といって、白い顎鬚(あごひげ)をはやしていたので、「山羊(ヤギ)」というニックネームがつけられていました。
今の私よりもおそらく若かったのでしょうが、髭のせいもあっておじいさんのようでした。
授業の形態は、学生が黒板に書く英文をこのヤギ先生が赤のチョークで添削するのですが、いわゆる「紋切り型」で、いつも文法通りのごく平凡な英文になります。
会話文であろうがなかろうが関係なく、でき上がる文章はありきたりの教科書に出てくるような文です。
そこで私が、状況をくみ取って雰囲気に合わせた英文を書くと、ことごとく「平凡な文」に添削されました。
あるとき、アメリカ人の英会話を教えている教授に私の英文と添削された英文を見てもらいました。
私の英文のほうが自然でいい文だと言ってもらいました。
念のためにイギリス人の先生にも見てもらいましたが同じ答えでした。
そこで次の授業のときに
「先週の英作文で私の書いた文を先生は添削されましたが、外人の先生に見てもらったところ、私の文は間違っていないと言われました」
と言いました。
するとヤギ先生の答えは、
「君はアメリカ人の先生に見てもらったんだろう。アメリカではそのように言うかもしれないが、イギリスではそういう言い方はしない」。
「いえ、イギリス人の先生にも見てもらいましたが、おふたりとも同じ考えでした」
「...」
納得のいかないことはとことん食い下がるのは昔からの私の性格です。
本当に生意気で、やりにくい学生だったことだろうと思います。
私自身はこのような生徒・学生が好きなのですが。


そこで、冒頭の「ラブ、お前もおばあちゃんになってきたね」をこの先生だったら何と添削しただろうと考えました。おそらく、
"Love, you have become an old dog."
と書いて、「ここでは現在完了を使い、『おばあちゃん』は犬に話しかけているのだから old dog と言い換える」
という説明が続いたことでしょう。
でも私がラブに言った言葉は、
"Love, you're getting old." (ラブ、歳とってきたね)
でした。
私はまだまだ歳をとっていません。


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NIE その3

2011.02.10日

毎朝、新聞の記事を読みながら政治、経済、社会、スポーツ面から編集手帳、社説、人生案内、USO放送まで、忙しい妻に記事の内容を要約したり、読んであげたりします。
この記事は自分で読んだほうがいいと思われるものは、そのまま新聞を手渡して読んでもらいます。
そして、ふたりで一緒に、笑ったり、憤ったり、喜んだり、悲しんだり、驚いたりして、喜怒哀楽を共有して朝のひと時を楽しみます。
我が家では、新聞は家族のコミュニケーションにも一役買っています。


最近は、テレビやインターネットでニュースを見られるから、といった理由や経済的事情から新聞を購読しない家庭が増えてきています。
しかし、新聞購読料は朝刊のみで月わずか3000円、夕刊とのセットでも3900円ほど。
その料金すら高いと言う人は、事業仕分けをして携帯電話料金やタバコ代、パチンコや宝くじなどに使うお金を新聞代に回せばいいのではないでしょうか。


私は毎日、新聞を最大限に活用しています。
来月の新年度からアカデミー学院の小中学個別部で始めるNIE(教育に新聞を)でさらに新聞を大きく活用しようと思っています。
アカデミー通信、ブログ、チラシなどでこの新しいNIEの取り組みを知った方々からすでに大勢のお申し込みをいただいています。
親御さんの関心や期待の高さが伺えます。
加えて3月から読売新聞では「読売KODOMO新聞」を創刊します。
小学生のNIEではこれを活用しますが、すでにこれをご家庭で申し込んでいらっしゃる方々もあります。
今、塾の小学生に見本版の読売KODOMO新聞を見せて、勧めています。
私立への推薦入試合格を決めたM君、K君、O君の仲良し三人組に、読売新聞の1面トップニュースを使ってお試し版のNIEを先日やったところ、みんなとても楽しんで、もっと早くにやりたかったと言っていました。


今日の紙面からも、NIEに使いたい記事がいくつもあります。
この記事ならこういう使い方がある、これをぜひ中学生にも学んでもらいたい等など。
我が家同様、NIEのクラスを履修する生徒のご家庭でも新聞の記事を話題にしたコミュニケーションが増えることでしょう。


また、新聞にはありとあらゆる記事から広告まで載っているので、バランスのとれた知識や教養、そしてさらに考える力も間違いなくつきます。
これをNIEで活用すると、漢字や言葉、表現だけでなく、読解力、作文力、発表力、他人の意見に耳を傾けそれを判断したり批評する能力、さらにリーダーシップ力も身につけることができるようになります。


私がこれまで繰り返し主張してきたように、ただ単に知識を詰め込み、暗記し、試験で点数を取り、いい学校に進学するといった勉強法は、これからの時代には通用しなくなります。
真の学力、問題解決能力をつけるのにNIEはものすごい力を発揮します。
そして、この動きは今後、全国の小中学・高校にどんどん広がっていくことでしょう。


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人生に無駄はひとつもない

2011.02.09日

中学・高校時代、美術部に入って油絵を描いていました。
最初は、ルノアールやセザンヌ、マネ、モネ、シスレー、ピサロ、ドガなど、印象派の画家の絵にとても惹かれました。
印象派画家の絵は色彩が鮮やかなのが特徴。
その光と影のバランスが本当に美しいのです。
光だけだと絵はのっぺりして、凹凸(おうとつ)がなくなり、つまらないものになってしまいます。


実は、人生も同じなのです。
人生は、いいことだけでなく、嫌なことや辛いこともあります。
失敗や回り道、怪我や病気、失恋や愛する人との別れ、悲しみ、苦しみ、これらは人生につきものです。
このようなことは嫌だと言えば、生きていくことはできません。
これら一見マイナスに思われること、なければいいのにと思うようなことは、実は、「影」の部分です。
影があるからこそ、光の部分がより一層輝きます。
そして、これらの人生の影はすべて自分の血肉になります。
自分の身に起こることはすべて意味があるのです。
人生に無駄はひとつもありません。


もうすぐ82歳になる父は、この10年あまりアルツハイマー症を患い、数年前からは私のことも分からなくなり、さらに言葉も失い、会話もできなくなってしまいました。
若い頃の父のことを思うと、その面影はまったく消え、父を見ていると本当に辛くなります。
涙が出てくることもあります。
しかし、このようなとき、私は「人生に無駄はひとつもない」と自分に言い聞かせます。
今のこのような状態にも意味があるのだと。


父は今、危篤状態です。
昨夜も遅い時間に入院している病院の看護師の方から電話があり、かなり危ない状態だと知らされました。
いつ逝っても不思議でない状況で、真夜中に電話がかかってくることもあり得ます。
そのため、ここしばらくは熟睡できず、また朝も早く目覚めます。
仕事をしていても、1日中精神的に落ち着きません。
父の死を恐れているのではありません。
むしろ、母が待つ天国に平安なうちに早く送ってあげたいとすら思っているほどです。
また、私自身もやがて天国で再会できるという信仰があるので、死は天国への門出だと考えています。


かの内村鑑三は愛娘のルツ子さんが20歳で召天されたとき、告別式で一握りの土をつかんだ手を高く上げて「ルツ子さん、万歳!」と叫んだそうです。
その姿を見て、後の東大総長、矢内原忠雄は、雷に打たれたように全身がすくんで「これが本物のキリスト教だ」、と生涯をキリストに捧げる決意をしたといいます。


私も心の中で「万歳!」と叫んで父を天国に送ろうと思っています。
人生に無駄はひとつもありません。


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〜だから幸せ vs. 〜だけど幸せ

2011.02.08日

「健康に恵まれて幸せです」
「家族に恵まれて幸せです」
「友人に恵まれて幸せです」
「仕事に恵まれて幸せです」


と人はよく言います。
これらは全部「〜だから幸せ」という環境依存型の幸せです。
もちろん、これらは悪いことではありません。
実際、多くの人が上のように感じています。
しかしこれだと、もしも病気になったり、事故に遭って入院したりすると、たちまち「不幸」になってしまいます。
また、信頼していた友人に裏切られたとか、子どもがぐれてしまった、伴侶に裏切られた、期待に応えてくれない、また会社が倒産して失業したりすると、不幸のどん底に陥ってしまいます。


「幸せ」を英語で happy と言いますが、この言葉は「ハプニング」の happen 、すなわち「偶然起こる」という言葉に由来しています。
偶然の出来事に依存したのが、多くの人々の幸福感なのです。
生きていれば誰でも肉親や愛する人との別れもありますし、さまざまな病気や事故なども起こります。
それによって不幸になるのなら、この世の中、幸せな人などひとりもいません。


この「環境依存型幸福論」でいくと、乙武洋匡さんなどは不幸のお手本のようなものです。
しかし実際は、乙武さんは多くの五体満足の人よりもよほど幸せです。
なぜなら、乙武さんはご自分の体の障がいを「不自由だが、不幸ではない」と考えていらっしゃるからです(「五体不満足」)。


物事の見方、考え方次第で、たとえどのような状況・環境の下にいても、幸せにもなれば不幸にもなります。
人生はすべて選択です。


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NIE その2

2011.02.07日

昨日の読売新聞25面に「本よみうり堂 画一的教育システムが問題だ」という記事が載っていました。
筆者は東レ経営研究所特別顧問の佐々木常夫氏で、『なぜ日本の若者は自立てきないのか』(岡田尊司著)の書評です。
この記事の中で、佐々木氏は次のように述べています。
「いじめ、不登校、高校の中退、校内暴力の急増などは子どもの特性を無視した画一的教育システムに本質的問題があると筆者は問題提起をしている。
その結果、授業に付いていける子どもの割合がいわゆる七五三という小学校で70%、中学で50%、高校で30%となっている。
多くの子どもたちが毎日苦痛と劣等感を抱きながら学校に通っていることがさまざまな問題を起こし子どもの自立を妨げている。実技科目が得意な子にはそれを選択させたり、授業についていけない子にはそれを救う方法をとってやるべきだという。
(中略)
日本は一貫して教育システムを変えていないが、今日のようにこれほど自立できない子どもや学級崩壊、いじめの多発などが起こっている現実に直面すると筆者の指摘は十分説得力がある」


私はこの問題について2008年12月26日のブログ「高校も「脱ゆとり」!」の中で取り上げました。
この中で私も同じような主張をしています。
日本の教育はあまりにも画一的です。
もっと子どもたち一人ひとりの性格や能力や得意、適性に合わせた自由なものがあっていいと昔から思っています。
私が指導している小学生ですら、同じことを言っています(「未来の学校にはショッピングモール」)。


中等教育学校(公立の中高一貫高)や単位制高校、チャレンジスクール、エンカレッジスクールなど、ひと昔には考えられなかったさまざまなタイプの学校が現れ、これはとてもいい傾向だと思っています。
しかし、上掲書の中に書かれているように、日本の教育はまだまだ英語・数学・国語・理科・社会という主要5教科のみを偏重し続ける教育です。
アメリカなどでは、高校で自動車の運転実技やエンジン修理のクラスがあったり、家具や電化製品の修繕のクラス、男女交際や将来の結婚に向けた学びの場があったり、高校卒業後の職業訓練のクラス、さまざまな趣味のクラスなど、とてもバラエティに富んだ、しかも生活に密着した有益なものが数多くあります。


基礎学力を重視する教育は決して間違っていませんが、やはり十人十色の子どもたちのニーズに合わせたもっと幅の広い選択肢があっていいと思います。


今年からアカデミー学院で新たに導入するNIE(教育に新聞を)なども、画一的な教育に一石を投じるものだと思っています。
新聞を使って、言葉や表現を学ぶほか、社説やコラム、投書などをとおしてさまざまな人の考え方を知り、時代の動きや国内外の動向、地元の出来事等など学べることは無限にあります。
そして記事について話し合い、賛否意見を述べ、ほかの人の考えに耳を傾け、また記事をまとめたり、投書文を書いたり、4コマ漫画のストーリーを考えたり、広告から学んだりと、新聞はまさに生きた教材の宝庫です。
これを使わない手はありません。
このようなところから、生きる力を養っていけると思いますし、これこそ教育の本当の目的だと私は考えています。
NIEの無限の可能性に大きな期待を寄せています。


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NIE (教育に新聞を)

2011.02.06日

今日は入塾説明会の日です。
朝早く目が覚めたので、今、教室に来て説明会で使用する追加資料の準備をし、同時にこの記事を書いています。


今年は小学校で新学習指導要領が実施されます。
来年は中学校で、再来年は高校で実施と、この数年は日本の教育界は間違いなく大変動を起こします。
私は今年を「教育改革元年」と位置づけています。
もちろん、これまでに何度も学習指導要領は改訂されてきましたが、今回の改革はとても重要な意義を持っています。


「ゆとり教育」から「学力重視教育」への変遷の経緯については、説明会でも詳しく取り扱いますが、今日の話の目玉は「NIE」です。
NIEは英語で Newspaper In Education の短縮で、日本語では「教育に新聞を」と訳されています。
英語の語感からすると、本当は「新聞を教育に」と、「新聞」を先頭に出すほうがよりいいのですが、日本では「教育に新聞を」が定着してしまいました。


私は塾の仕事を始めた20年数前から、学習塾の使命はただ単に生徒にいい点数、成績を取らせ、志望校に合格させることではなく、社会に出てからも生涯役立つ真の学力をつけることであるとずっと主張してきました。
そのひとつがNIE、すなわち学習における新聞の活用です。
いつの日か、私もぜひこのNIEを自分の塾で実践したいと長年この夢を温めてきました。
そして、ようやくこの学力重視の「教育改革元年」に実践するに至り、感慨ひとしおです。
今日は、説明会でもNIEのことを参加してくださる皆さんにお話しできるのを今から楽しみにしています。
そして、これを機会に、今まで新聞はテレビ欄とスポーツのページしか見なかったという小中高校生達が、毎日それ以外のページも読む習慣を身につけ、自分の考えを持って、それを外部に発信できるような本当の頭のいい子を育てたいと心から願っています。


実際にどのようにNIEを実践するか、すでにさまざまなアイデアが頭の中をひしめいています。
今日はぜひご父母の皆様にこのアイデアをお分かちしたいと願っています。


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物事の本質を見抜く

2011.02.05日

今から30年近く前のことです。
毎日のように新聞を賑わした三面記事がありました。
30代の男性が起こす事件が多発していたのです。
しかもその多くが婦女暴行、買春など性がらみのものでした。
あまりにもその類の記事が多いので、社会問題にすらなりました。
そこで「識者」と呼ばれる大学の社会学教授や、カウンセラー、小説家、医師、弁護士などが新聞やテレビでこれらの事件についてコメントしていました。
その中でとくに印象に残っているのは、ある社会学教授の言っていた次の言葉です。
「これらの事件を起こしている人の大半がいわゆる『団塊の世代』だ。団塊の世代の人たちが生まれ育った時代背景や社会環境にその原因があるように思われる。そのところを我々は研究する必要がある」。


私はこれを読んだとき思いました。
「本質を見抜いていないな」と。
団塊の世代の人たちが、当時事件を多く起こしていたのは当然のことです。
何よりも人数が多く、しかもその人たちが30代だったからです。
つい先日の新聞を読んでいたら、やはり同じような性暴力関連の記事がいくつも同じ紙面に載っていました。
一つひとつを見ると、犯人が60代(団塊の世代)というのもありましたが、ほかの事件は50代、40代、30代、20代と、全年齢層に及んでいました。
つまり、「団塊の世代」が特別にそのような事件を起こすのではなく、これはどの年代にも共通する人間特有の「罪」の性質という問題です。


少し話題が暗くなってしまいました。
しかし、問題の本質を見抜くことができないと見当外れのことを言って、そこに時間や研究費などをたくさん費やしたりして、無駄なことをするということがよくあるのです。


教育問題に関しても同じです。
今から約30年前、「詰め込み教育は悪だ」と言って「ゆとり教育」にしました。
しかし、その結果OECD(経済協力開発機構)実施のPISA(学習到達度調査)で、かつて世界のトップレベルにあった日本が「数学的応用力」「科学的応用力」「読解力」においてどんどん順位を落としていきました。
そして、今やアジアで最低レベルになった、と言って今年の4月から実施の新学習指導要領で大幅に授業時間数、教科書のページ数、学習単元数を増やします。
このこと自体は方向性としては決して間違っていません。
しかし、気をつけないと、昨年のPISAで世界でトップに立った上海とまた同じように、受験競争による自殺の増加やノイローゼの生徒増など、負の面が出てきて、やっぱり「ゆとり教育」に戻すべきだ、ということになりかねません。


これも教育の本質を見抜いていず、ただ周りの国々を見て、「右へならえ」をしていることに過ぎません。
「教育は国家百年の計」です。
国の将来を長い目で見て、何事も「物事の本質を見抜く」姿勢で事に当たらないと失敗を繰り返すことになります。


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いいことは何でもする

2011.02.04日

これまでこのブログで何度か取り上げた『アインシュタイン・ファクター』(→エントリー検索)の中で、著者ウィン・ウェンガーが言っています。
「ラット(ネズミ)を2つのグループに分けて、一方には空中ブランコ、はしご、踏み輪などの遊び道具がいっぱい与えられていて、もう一方のグループは何も与えないでただ別のグループがおもちゃで遊ぶのを眺めているだけにしたところ、おもちゃを与えられて自由に遊んでいたグループのラットの脳は他のグループのラットよりはるかに発達していて、しかも長生きした」


これに似たような実験はこれまでもあちらこちらで繰り返されていて、どこでも同じような結果が出ています。
ネズミでさえそうなら、人間ならばなおさらです。
すなわち、赤ん坊のときに親があまり語りかけずに放ったらかしにしておいた場合と、親が絶えず笑顔で語りかけ、体に触れ、また少し大きくなったら物語を読み聞かせ、音楽を聴かせ、楽器を演奏させ、運動をさせていた場合との違いは火を見るより明らかです。


これを、世間では「早期教育」と呼んでいます。
早期教育に反対する人もいますが、それはやり方の問題であって、有効性に疑いはありません。
私自身3人の子どもを育ててき、また学習塾という仕事をしてきて数え切れないほどこのことを目の当たりにしてきました。


しかし、人生において大切なのは早期教育だけではありません。
人間は死ぬまでずっと成長し続けます。
ですから、たとえ大人になっても、歳を取ってからでもずっと学び続ける必要があります。
「学ぶ」と言うとき、ただ単に「勉強する」という意味ではありません。
生活のあらゆる場面において、頭脳のみならず、身体にも心にも精神にも「いいことは何でもする」という姿勢が大切なのです。


私はこの「いいことは何でもする」をモットーにしています。
たとえば、良いと言われる本は何でも読みますし、心身に良いクラシック音楽を聴きます。
水泳や早歩きの散歩、ストレッチングなど、運動もします。
朝、起き抜けのコップ1杯の水はもう何十年と続けて飲んでいます。
食事にも気をつけて、身体に悪いものは飲み食いしません。
寝るときに枕元に玉ねぎを置いておくと良い、と聞くとすぐに実行します。
そして、翌朝はその玉ねぎを薄くスライスしたものをワカメといっしょに食べます。
サプリメントはもう20年ほどずっと欠かさず摂っています。
このブログも頭脳の健康のためにいいので、毎日書いています。
人間関係においても、良いと思うことは意識してい行うようにしています。
逆に悪いと思うことはしないよう心がけています。
別に自分を売り込もうとしているわけではありませんが、「いいことは何でもする」という姿勢はとても大切だと考えています。
その結果、心身ともに若く保つことができていますし、自分自身幸せに、そして充実した日々を送ることもできています。


「いいことは何でもする」
このような生き方を心がけていると、家族や周りの人もみんなが幸せになりますし、ひいては自分自身の健康、幸せにもつながります。


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百聞は一見にしかず

2011.02.03日

多分、小学4年生の頃のことだったと思います。
友達数人と自転車で少し遠出しました。
京都の加茂川沿いのじゃりの小道をずっと川上のほうに上っていきました。
ふと上を見上げると柿がたわわに実をつけています。
土手になっている柿だから別に誰のものでもないだろう、ということでみんなで柿を取って食べることにしました。
ところが高くて手が届きません。
そこで、石ころを拾って柿の実を目がけてみんなで一斉に投げました。
ようやく1個、2個と地面に落ちてきました。
その実を拾うとみんな口にほおばりました。
その瞬間、「ゲーッ!」「うわーッ!」。
何と渋柿だったのです。
私たちは渋柿というものがあることすら知りませんでした。
まるで口の中にトイレットペーパーの塊(かたまり)を無理やり押し込まれたような感じで、口の中の柿を全部吐き出し、唾を「ペッペ!ペッペ!」と何度吐いても口の中の渋みはなくならず、みんな真っ青になりました。
その日以来、私は柿が嫌いになりました。


何年も経ってもう1度柿にチャレンジしてようやく食べられるようになり、そのうちに段々好きになりましたが、あの渋柿の味はいまだに忘れることができません。
「渋い」という感覚を言葉で説明しようとしても無理です。
渋柿を食べたことのない人に、あの渋さはわかりません。


同様に、物事は何でも自分で経験しないとわからないものです。
そこで、
「百聞は一見にしかず」
というような諺(ことわざ)が生まれるわけです。


何でも自分で経験するのが一番です。
しかし、人間である以上時間や空間、経済的な制限、その他もろもろの制限がありますし、何でもかんでも経験できるわけではありません。
そこで私たちは人の経験談を聴いたり、あるいは本を読んだり、テレビを見たりしていろいろなことを知るわけです。


ここに読書の何物にも代え難い価値があります。
人が経験できることは高々しれていますが、本を読むことによって、まるで自分が経験したかのようにさまざまな世界を疑似体験することができます。
しかも、テレビや映画のように映像がないので、本を読みながら空想を膨(ふく)らませます。


読書によって世界を広げることができるのは、人間に与えられた特権です。
本をあまり読んだことがない人は、「百聞は一見にしかず」、まずは1冊試しに読んでみてください。


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プラスαのパーソナルタッチ

2011.02.02日

昨日は歯医者に行ってきました。
F歯科のことはこれまでも何度かこのブログに書いてきました(「サービス精神」)。
先週、歯に詰めていたものが取れたので、その治療でした。
会計のとき、
「それでは、治療は今日で終りです。お大事にどうぞ」
と言われて、
「やったー!終った」
と思ったのではありません。
私の気持ちは、
「えー!? もう終りなの?もっと来たいのに」
でした。
それほどこのF歯科のことが好きなのです。
先生も看護師の方も、助手、受付の方もみんな。


今日の読売新聞「教育ルネサンス 地域との縁 自信育む」(18面)に次のような記事がありました。
京都のある公立中学校で、1998年に同校生徒が近くの公園で同年代の子ども達から集団暴行を受けて死亡するという痛ましい事件が起きました。
事件の4年後、新校長が赴任したとき、生徒の服装は乱れ、教師に反抗して挨拶はせず、地域での評判もよくなかったそうです。
しかし、校長はこのとき、
「世界で一番通いたい学校に」という目標を掲げて、国際援助活動や、アントレプレナー(起業家)教育、小学生の登下校見守り運動など、様々な取り組みを始めます。
そして4年目に、住民から
「○○中学校は地域の誇りです」
という便りが届いたとのこと。


5年前に15人乗りの生徒送迎用のバスを購入しました。
このときの担当セールスの方がとても感じ良かったので、それ以来その方から送迎バスを含め車3台買っています。


このほか、いつも利用する近所のパン屋さん、床屋さん、紳士服店、レストラン、洋菓子店、ガソリンスタンド、車の修理工場等など、お気に入りの店があります。


これらに共通していることは何でしょう。
いろいろ考えてみました。


もちろん、技術力や味、品質などもあります。
しかし、それ以上に大切なのは、担当者の「ハート」だと思うのです。
「ハート」こそがプラスα(アルファ)のパーソナルタッチです。
経営コンサルタントのブライアン・トレーシーが言っています。
「人は物事を論理的に判断していると思っているが、実際には感情で判断している」と。


学習塾を例に取ると、塾のブランド力や合格実績、講師力、成績が上がったかどうか、などこれら客観的な要素はもちろん大切ですが、それ以上に大切なのは、この「ハート」というプラスαのパーソナルタッチです。
なぜなら、人は上に挙げたような客観的な要素すら感情的に判断しているからです。
ここで言う「ハート」とは、生徒への思いやりであり、そのご父母の方々への気遣い、誠心誠意であり、英語で言うと integrity (「人が見ていなくても」)です。


「ハート」こそ、サービス(商品)提供者と顧客、学校での教師と生徒の関係、会社内の経営者と従業員、上司と部下、親子・兄弟間、親戚関係、近所付き合い等、すべての人間関係を決定づけるものです。


プラスαのパーソナルタッチ「ハート」で、生徒やご父母の方々からさらに信頼され、送っていただいている生徒さんの弟さん妹さんもまたお任せいただき、さらにお知り合いの方々にもご紹介していただけるようにならなければならないと改めて思わされました。


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前期選抜合格おめでとう!

2011.02.01日

今日は、神奈川県立高校前期選抜試験の合格発表。
発表時刻の10時過ぎからどんどん電話やメールで合格通知が入ってきました。
みんな一様に喜びが爆発した感じです。
最終的に18名が前期合格を決めました。
Fさんのクラスでは23人が前期選抜を受験して、合格者が3人だけだったと言いますから、アカデミーの18人は大したものです。
何はともあれ、合格したみんな、おめでとう!


ひとりなどは電話口で泣いているので落ちたのかと思ったら、感激で胸が一杯になっての涙でした。
最初の面接練習(「だから塾はやめられない 2」)をしたとき、ひとつの質問にも答えられなくて汗をかいていたA君とM君からも合格通知が入り、本当にほっとしました。ふたりとも、2回目の面接指導では驚くほど上手になっていて、きっと大丈夫だろうとは思っていたのですが、親心か、やはり心配でした。
中には、学力検査重視の後期選抜では厳しいな、と不安だった生徒もいましたが、本人のどうしてもこの高校に行きたいという熱意が前期合格につながった、というケースもありました。
逆に、本人の内申点や実力、模擬試験の結果からもっと強気で1ランク上の高校を狙えばきっと合格するのに、と思っていた生徒も何人かいましたが、自分でも納得の上で受験した前期選抜だったので、電話で「本当に嬉しいです!」と素直に喜びを伝えてきました。
これを聞いて、胸にジーンと来ました。
「そうだ。その学校に行くのは本人であって、私じゃないんだ」と、私も素直に一緒に合格を喜びました。
2回の面接指導をした(「塾生がまぶしく見える!」)甲斐あって、ほとんどの生徒が前期で合格を果たしました。
本当に自分のことのように嬉しいです。


でも、やはりちょっと不安だった生徒が数名不合格になりました。
これは逆に、他人事でなく私自身も辛いです。
「本命は後期選抜だから、気を取り直して頑張ろう!」
と声をかけるものの、周りの友達が合格を決めていく中で、自分が不合格だったという生徒の気持ちには思い余るものがあります。
「これが人生」なのですが、この経験を無駄にせず、ここからたとえ石ころひとつでも拾って立ち上がり、チャレンジ精神を身につけてほしいと思います。


「石ころ」と言えば、聖書の中に出てくる物語で、有名な「ダビデとゴリアテ」という話があります。
時は紀元前1010年頃のこと。
イスラエル軍は強敵ペリシテ軍と対峙(たいじ)していました。
ペリシテ軍にはゴリアテという身長が3m近い超巨人がいます。
イスラエル軍はこの巨人に怯(おび)えて手も足も出ません。
このとき、立ち向かったのは少年ダビデ。
ゴリアテが60キロほどの鎧兜(よろいかぶと)で身を固めているのに対し、ダビデは子どもなので鎧兜が大きすぎて体に合いません。
そこでダビデは普段着のまま、川原で小さな石を5個拾い、いつも使っている石投げ器を持って巨人に立ち向かいます。
そして、何と1発目の石をゴリアテの眉間(みけん)に命中させて倒します。
このところから、ダビデは1個の石でゴリアテを倒すほどの腕前はあったけど、念には念を入れてもしものときのためにあと4個スペアの石を用意していたというひとつの教訓が与えられるわけです。


今回も、1週間前に前期選抜が終わったにも関わらず、合格発表までの間ほぼ毎日塾に補習に来て、頑張っていた生徒はほとんどみんな合格していました。
前期で残念な結果だった人達も、4個のスペアの石を持って(準備万端整えて)16日後の後期選抜に臨んでほしいものです。
君たちのはじける笑顔を見るのを楽しみにしているよ!


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