学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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先入観が世界を狭める

2011.01.31日

私たち人間は、多かれ少なかれみんな自分自身の価値観や先入観というものを持っていて、これらに縛られているケースがしばしばあります。
これは本当に損なことです。


わかりやすい例を挙げれば、食べ物の好き嫌い。
これは先入観の典型的な例です。
高校時代の友人でチーズが嫌いという人がいました。
チーズはどうしても食べられない、気持ち悪いと言います。
私はチーズが好きだったので、なぜ嫌いなのと彼に尋ねました。
戻ってきた彼の答えは、
「だってチーズって、見た目石鹸そのものだし、食べたら絶対に石鹸の味がするに違いない」
でした。
私はこれまでいろいろなチーズを食べてきましたが、チーズが石鹸の味がするなんて思ったこともありません。
それに対して、私の友人は食べたこともないチーズを石鹸の味がする、と決めつけているのです。


人の好き嫌いも先入観によるところが多いです。


また学生であれば、教科の好き嫌いも先入観によることが一番多いです。
数学が嫌いな人に理由を尋ねると、
「無味乾燥」「つまらない」「数学やったって社会に出て役立たない」「難しい」「数字を見ただけで嫌気がさす」
等といった答えが戻ってきます。
これに対して、数学が好きな人にその理由を聞くと、
「数字を見ているだけで楽しい」「答えがあるから面白い」「いろいろな解き方があって、それを発見するのが楽しい」「パズルを解いているようで面白い」「決められたとおりにやっていくと必ず答えが出るから楽しい」
等と答えます。


数学が好きな人で社会が苦手な人が多いです。その理由を尋ねると、
「答えがひとつでない」「暗記することばかり」「つまらない」「興味がわかない」「学ぶ理由がわからない」
と言い、社会が好きな人は、
「社会は実生活に密着しているから面白い」「社会は暗記じゃなくて、興味を持つと自然と細かいことまで覚えられる」「歴史上の人物や出来事を学んでいると、まるで小説を読んでいるか、映画を見ているような感じで面白い」
と言います。


英語が嫌いな人は英語が暗記科目だと言い、英語が好きな人は決して暗記科目ではない、と言います。
これらすべて先入観です。


どこでこのような先入観が身につくかと言えば、親や兄弟、友人であったり、あるいは学校や塾の教師であったりして、人の影響を受けて興味を持ったり、逆に興味を失ったりするケースがとても多いです。


いずれにしても、先入観は世界を狭めてしまい、結局のところ自分自身が損をします。
「虚心坦懐」(きょしんたんかい)とは、
「心になんのわだかまりもなく、気持ちがさっぱりしていること。心にわだかまりがなく、平静に事に臨むこと。また、そうしたさま。▽『虚心』は心に先入観やわだかまりがなく、ありのままを素直に受け入れることのできる心の状態。『坦懐』はわだかまりがなく、さっぱりとした心。平静な心境」 (goo辞書より)


何をやるにしても、「虚心坦懐」で当たるほうが絶対に得です。
そして、ここから世界が大きく開けていきます。
私自身はこのお陰で食事の好き嫌いはほとんどなく、なんでもおいしく食べられます。
また、苦手な教科は今でもありますが、嫌いな教科というのはありません。
人も同じです。
そして結局のところ、そのほうが人生は楽しいです。


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マッチ1本火事の元、火の用心!

2011.01.30日

「マッチ1本火事の元、火の用心!」 チョン、チョン
「さんま焼いても家焼くな、火の用心!」 チョン、チョン
「家一軒焼いても国の損、火の用心!」 チョン、チョン
小学生の頃、1週間に2日ほど数人で拍子木を持って近所を回っていました。
先日、テレビで同じシーンが映されていて、今でも東京の下町で行われているのを知って驚きました。


強烈な印象が残っているのは、
「家一軒焼いても国の損」
という言葉です。
家一軒でも国の損ならば、人ひとりの命はどうなのか?
殺人事件や交通事故などで亡くなった方の遺失利益というのが計算され、裁判などでよく賠償命令が下されます。
また、ある人は生命保険で下りる額が人の命の値段だと言います。
その額、7000万円とか、3億円とか、10億円とか言われたりします。
1977年、時の首相福田赳夫氏は、日本赤軍によるダッカでの日航機ハイジャック事件で次のように言いました。
「人の命は地球より重い」。


それなのに、全世界で、今日も自爆テロや内戦、殺人事件や交通事故死など、いわゆる不当に大勢の人の尊い命が奪われています。
私が今日、この中で注目したいのは「交通事故死」です。


先日、中2のT君に教えていたとき尋ねました。
「交通事故が一番よく起きるのはどこだと思う?」
T君、ちょっと考えて答えました。
「交差点ですか?」
「そう。そのとおり。その原因は何だと思う?」
「信号無視?」


そうです。
交通事故の半数以上は交差点内で起きています。
そして事故の原因の大半は信号無視です。
中学2年生にもわかることです。


そこで私が提案するのは、どの交差点にも信号機の上にコンビニにあるような録画機能を備えたカメラを装着することです。
このように言うと、必ず出てくるのがそれに伴う莫大な費用という反対意見です。
「不可能だ」と。
しかし、もし「家一軒焼いても国の損」であり、「人の命は地球より重い」のならば、信号機にカメラをつける費用など取るに足りません。


信号無視をする運転者がいれば、罰金を取ってそれを費用の一部に回せばいいのです。
そして万一事故が起きた場合には、録画したビデオからすぐに加害者・被害者が特定できますし、そのためみんなが交差点内の運転に注意を払うようになります。
信号無視による事故は激減し、多くの人命が損なわれずに済みます。
「〇月〇日午後〇時頃、この交差点内において人身事故が起きました。事故を目撃した方は、〇〇警察署までご連絡ください」という、事故後何か月もの間立ち続ける看板も姿を消し、逃げ得は許されなくなります。


費用よりも、人命を尊ぶべきではないのでしょうか。
人のプライバシーの問題よりも命のほうがはるかに尊いのです。


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民間の力を活用

2011.01.29日

昨日(1月28日付)の読売新聞湘南版(32面)に、うちの塾生の高2のMさんが写真入りで載っていて、記事の中にMさんの声が名前とともに紹介されていました。
記事は「優れた地元シニアに学べ」というタイトルで、地元のある高校の放課後学習に地域のシニア中心のボランティアが支援しているという内容です。
生徒の間での評判もとてもいいようです。


実に素晴らしいことです。
シニアの経験や持てる力を活用し、同時に社会に貢献できる場を作るというのはまさに一石二鳥です。
そして、このようなシニアの方がまだまだたくさんいらっしゃることと思います。
しかし、別にシニアに限らず民間のボランティアを教育界でもっと活用すべきではないでしょうか。


私の住む平塚市では今年4月に任期満了による市長選挙が行われるのですが、ひとりの立候補者は市のごみ収集業務や学校給食の調理、市立保育園の運営を民間事業者に委託すると言っていますが、これは新しい方向性です。


今年から新学習指導要領が導入され、小学5・6年生で英語が必修化されますが、小学校教師の多くが不安を感じているといいます。
「英語で授業を進める自信がない」「授業の組み立て方がわからない」「何を目指して良いのかわからない」 「わずか1日の研修で英語力や指導力が上達するわけがない」「ALT(外国語指導助手)が確保できない」等など、小学校教師が不安の声を上げています。


なぜここで上のような民間活用という発想が出てこないのか不思議でなりません。
できる人、やりたい人はいくらでもいると思います。
これからの時代、官民一体で力を合わせてやっていかなければなりません。
そうすれば、天下りや談合を始めとする、税金の無駄遣いも随分改善できるはずで、そのためにも、一般市民がもっと積極的に政治にも関わらなければなりません。


2日前、郵便局(郵便会社?)員が書留を配達してきました。
プラスチック製の可愛い郵便ポスト型の貯金箱の中に50円と80円の切手1000円分が入っていて、1000円で販売しているとのこと(すなわち貯金箱がおまけ)。
配達業務のついでに営業もしているのです。
郵便事業が民営化されるようになってから、局員(社員?)の顧客対応も飛躍的に向上し、またサービスや営業活動も盛んになりました。
民営化されると、いかにして無駄を省き、また利益を上げるかということにみんなが真剣に取り組むようになります。


教育界にも民営化を始め、民間の風を送り込むと今の閉塞感を打破することができると期待するものです。


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桜のつぼみが...あなたのつぼみも

2011.01.28日

今朝は早く目覚め、1時間ほど散歩してきました。
昨日、市民病院に行き、最近よく起こる吐き気の原因を診てもらったのですが、いろいろ検査をしてわからないまま、とりあえず食事療法と散歩をするようにと言われたからです。


最初家を出たときはとても寒くて、もっと暖かい格好をしてくればよかった、もう1度家に着替えに帰ろうかと思ったほどですが、歩いているうちに暖かくなるだろうと思い、そのまま出かけました。
Dr.Win Wenger の THE EINSTEIN FACTOR (邦題『アインシュタインファクター』)をオーディオブックで聴きながら速足で歩きました。


いつものコース、金目川サイクリングロードは、私と同じかあるいはもう少し上の年代の方々がたくさん散歩しておられます。
毎年3月末になると満開の桜がロードを覆い、それはそれは本当に見事で、散歩する人たちの目を楽しませてくれます。
今朝、歩きながらふと上を見上げると、なんともうつぼみがついているのです。
枝の先、末端の細い細いところに、ほとんど目に見えないほどの小さなつぼみです。
まだこれから2月が1年で一番寒い時になるというのに、桜のほうはもう春の準備をし始めています。


聴いていたオーディオブックの中で著者が言っていました。
「人間は誰でも内にアインシュタインファクター、すなわち天才の要素を持っている。
それをいかにして発見し、伸ばすかで人生が変わる」と。
ちょうど桜のつぼみを見ていたところだったので、「なるほど!」とひらめきました。
寒い冬の間、桜の木はまるで枯れているかのように見えますが、1月も末になると小さなつぼみが見え始めます。
つまり、何もなかったところにある日突然、どこからかつぼみがやってきて桜の木にくっつくのではなく、もともと桜の木の中にはつぼみになるものが入っているのです。
同じように、「天才の要素」も私たちみんなの内にすでに入っているのだ、と。
しかし、桜の木につぼみがつき、開花するには土壌からの栄養や水分、日照などの条件が必要です。
同様に、私たち人間も内に秘める無限の可能性を開花させるために、さまざまな環境が必要なのです。
それは家庭環境であり、人間関係であり、また学習環境でもあり、食事などの栄養でもあります。


Dr. Win Wenger は言っています。
アインシュタインは生まれつきの特別な天才ではなかった。
むしろ、子どもの頃は知的な発達が遅れていて、いつも頭の中でいろいろなことを空想していた。
そのため成長してから、普通の大人が考えないような宇宙や時間の問題を考えるようになり、やがてそれがE=mc²という、あの相対性理論の発見につながる。


今、小学生、中学生、高校生、あるいはたとえ大学生であったとして、外見上はたとえ枯れ木のように見えたとしても、誰の内にも天才の可能性があります。


散歩しながらこのようなことを考えていたら、心が燃えてきて、そのうちに冷たかった手の指先まで温かくなってきました。
ちょうど、桜の木の小枝の先にまで栄養が行き渡り、つぼみがつくように。


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金色夜叉

2011.01.27日

先日、自宅のパソコンのメールボックスがいっぱいになっていたので少し整理しました。
すると、ジャンクメールのあること、あること。
ゴミ箱に入れても入れてもなくなりません。
登録した覚えのないところから送られてきたものが、いっぱい入っています。
おそらく、アドレスがあちらこちらに回されているのでしよう。


その内容たるや、ありとあらゆるもの。
しかし、よく見ると、いくつかのパターンがあるのに気づきました。
それは、お金に関わるものか、あるいはセックス関連のものなのです。
ロト、競馬でボロ勝ちする方法、投資、選ばれました、当選しました、莫大な遺産が入りました、パスワードが発行されました、あなたの口座に振り込みました、元手200万で年間3000万円利益を得る、月収20万稼げるまで代行します、毎週100万円の扉を開いてみませんか、先着5名様に5万円差し上げます、特別ご優待、等など。


セックス関連のものはもっと露骨です。
欲求不満の...、お相手...、爆〇...、大人の〇〇等など、恥ずかしくて書くこともできません。


これらのメールのタイトルを見ていて、ふと30年あまり前のことを思い出しました。
当時、私は関西聖書神学校というところで学んでいました(「祈っています!」)。
その前に学んでいた学校はカリフォルニアのロサンゼルス郊外にあるバイオラ大学の大学院、タルボット神学校(「Needy student」)。
ここがキリスト教神学を学問的に学ぶところだったのに対し、関西聖書神学校は伝道者養成学校で、信仰を訓練されました。


教授陣の中で一番大きな影響を受けたのは、小島伊助先生でした。
90歳近いお歳で、全盲の方でしたが、頭は呆けていないばかりか、聖書全巻が、しかも文語訳・元訳・口語訳・新改訳・共同訳・リビングバイブル・英語欽定訳等など、いくつもの訳が頭の中に入っていました。
授業中は、アシスタント役の学生を横に置いて、
「○○訳と□□訳でピリピ書2章1節から11節まで読んでください」
というような感じで指示し、そのところから深く掘り下げて釈義、それぞれの訳の特徴を紹介し、さらにご自分の経験談から話して、私たち学生の魂に迫ってくるという授業形態でした。
今でも、先生のしわがれた声やその時の雰囲気をまるで昨日のことのようにありありと覚えています。
また、放課後はよく小島伊助先生の家をお伺いして、先生のお手伝いをさせていただきました。
先生にはとても心をかけていただいて、個人的なことなどでもよくアドバイスをしていただきました。
それは、しばしば私の人生を決定づけるような大きな決断を下すものでした。
私は心から小島先生を尊敬し、お慕いしていました。


その小島先生のお話の中で強烈な印象に残っているのが、今日のブログタイトルの「金色夜叉」です。
先生はおっしゃいました。
「この世の中は金色夜叉だ。
もちろん、尾崎紅葉の寛一とお宮の『金色夜叉』の話ではない。
すなわち、金と色と夜だ。
しかし、あなたたちはこの世から聖別された者だ」


ジャンクメールの整理をしていて、30年前の学生の頃の日々が鮮やかに甦ってきました。
奇しくも昨日は、当時机を並べて一緒に学んでいた級友のM牧師から30年ぶり近くで電話が入り、懐かしい思いでお互いに近況報告をしました。
電話を切ってしばらく、昔の思い出に酔いしれました。


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これからの時代が面白い!

2011.01.26日

今日のNHKクローズアップ現代は
「建築が人をつなぐ
〜妹島和世・西沢立衛の挑戦〜」
というとても興味深いものでした。
日本の2人の建築家、妹島和世 ( せじまかずよ ) 氏と西沢立衛 ( にしざわ りゅうえ ) 氏の共同建築事務所「SANAA」の設計によるスイス連邦工科大学ローザンヌ校のロレックス・ラーニング・センターが番組の中で紹介されました。



50万冊の本を所蔵する図書館、情報センター、学生の自習空間、研究や情報交換空間、レストラン、カフェなどが2万平方メートル ( 175.5mx121.5m ) の大きなワンルームの中に、仕切りなく配置されています。
これらを繋(つな)ぐ空間の床は水平面がほとんどなく、緩やかなカーブ面や、やわらかい傾斜面になっていて、まるで大自然の中にある公園のようなのです。
あちらこちらに、談笑する学生や、ひとりで思索する人、勉強する人などみんな思い思いのことをし、そして地域の人にもオープンされているので普通の住民もその中に混ざっています。
(詳しくはSwissinfo.chをご覧ください)


これを見て、私はそれこそ「ぶったまげ」ました。
そして、妹島和世氏と西沢立衛氏の、これまでの常識や固定概念にとらわれない自由な発想と、新しい可能性に胸をときめかせました。
妹島和世氏は、今後小学校の設計をしたいとおっしゃっていましたが、それを聞いた瞬間思い出しました。


去年の12月2日のブログ「未来の学校にはショッピングモール」に紹介した、うちの小学6年生Yさんの作文です。
タイトルのとおり、Yさんは未来の学校にはショッピングモールや、さらに温泉まである、と書いていますが、上のふたりの建築家の話を聞いていて、これはまんざら夢物語じゃないぞ、と思いました。


私も子どもの頃、あるいは学生時代にこのような環境で勉強したかったと本気で思いましたが、同時に人間の無限の可能性に興奮を覚えました。


これからの時代は本当にすごいことになる。
建築だけでなく、ありとあらゆる分野において、これまで人類が築いてきた文化や芸術、技術など、はるかに超えた想像もつかないことが次々と実現していきます。


ちょうど20年前に、58,000円も出して買ったソニーのデータ・ディクマンDD1が昨日納戸から出てきて、燃せないゴミ行きになりました。
とても懐かしく思いましたが、当時画期的だったデータ・ディクマンが今のiPhoneと比べるとまるで赤ちゃんのようです。


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人をバカにすると...

2011.01.25日

19世紀を代表するアメリカの思想家、哲学者、作家、詩人、エッセイスト、牧師であるラルフ・ウォルドー・エマーソン(1803 - 1882)は、今でもアメリカで多くの人に読まれ、愛され、尊敬されています。
エマーソンは多くの名言を残しています。
その中のひとつ、
「どんな人でも自分より何らかの点ですぐれている」
は、私たちが常に心に銘記しておくべきことです。


「人をバカにすると、人にバカにされる」
これは、私の妻の名言。
上のエマーソンの言葉ほど洗練されてはいませんが、同じような意味のことを言っています。
言い方を変えれば、「人を大切にすると、人から大切にされる」
これも真理です。


私はこれを「引き寄せの法則」と呼んでいます。
これまで何度もこのブログに書いてきました(「引き寄せの法則 2」ほか)。


これはとくに、人間関係において顕著に現れます。


ある人を好きになると、その人から好かれる。
逆に嫌っていると嫌われる。
尊敬していると尊敬される。
客をバカにしていると、客からバカにされる。
部下や後輩を大切にすると、彼らから慕われる。
笑顔をしていると、笑顔が戻ってくる。
しかめ面をしていると、しかめ面が戻ってくる。
いいことを考えていると、いいことが起こる。
悪いことを考えていると、悪いことが起こる。


勉強にも当てはまります。
ある教科を好きだ、楽しいと思っているとその教科に好かれる。
嫌いだと思っていると、その教科に嫌われる。
仕事も同じ。
自分の仕事を愛し、楽しんでいると、仕事がどんどん入ってくる。
逆にいやだと思っていると、仕事は逃げていく。


ほかのことにも当てはめてみてください。
なるほどと、きっと納得いくことと思います。


要は、これを毎日の生活の中でどのように活かすかということです。


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数学は人生の教科書

2011.01.24日

元旦の新聞に某有名数学参考書出版社の次のような一面広告が載っていました。


「数学は、人生の教科書だと思う。
0から、すべてが始まる。
どんな数も、みんな平等に存在する。
数学には、ルールがある。
ルールは世界で共有できる。
未来を予測することだってできる。
ときどき、割り切れないこともある。
ミスしたっていい。
悩むことは、いいことだ。
可能性は無限にある。
結果も大切だけど、過程はもっと大切。
問題には必ず答えがある。
答えを求める姿は、美しい。
自分で考えることは、すばらしい。
○○出版」


この広告文は実に示唆に富んでいると感心しました。
「数学は人生の教科書」という定義がまず興味を引きます。
そして、一つひとつ読んでいくと「なるほど」と合点がいきます。


確かに、人生もみんな「0」からのスタートです。
親を選ぶことも、生まれる国を選ぶこともできません。
でも、みんな「0」という同じスタートラインです。
たとえ身体的ハンディがあっても、乙武洋匡さんのように普通の人以上に立派な人生を送ることもできます(「五体不満足」)。


「どんな数も、みんな平等に存在」。
私たち人間も、みんな平等に存在しています。
不平等なのは、ある特定の国や社会の欠陥あるシステムの結果であって、決して人間自体が不平等なのではありません。


「数学のルールを世界で共有」するように、私たち人間も同じルールを世界中で共有しています。
その共通のルールの中で、価値観や歴史や文化などの特徴があり、その一つひとつは尊重されるべきものです。


数学が「未来を予測」できるように、私たちも知恵を用いれば未来を予測することができます。
そのために歴史という学問があるのです。


数学同様、人生に「割り切れない」ことは付き物です。
でも、それでいいのです。
そもそも何でもかんでも割り切ろうとする方が傲慢です。


どんなに立派な数学者でも「ミス」を犯します。
私たちが人生でミスを犯すのは当たり前のことです。ミスを犯すことを恐れる必要はありません。


数学をやっているとよく「悩むこと」があります。
しかし、その悩みを経て解決の糸口が見つかるのです。


数学と同様、私たち人間にも「可能性は無限」にあります。
このことは、人類のこれまでの歴史を振り返れば一目瞭然です。


「結果も大切だけど、過程はもっと大切」。
そう、人生においても「過程」が大切なのです。「結果」以上に。


「問題には必ず答えがあり、答えを求める姿は、美しい」。
人類はこれまで「答えを求めて」ここまで発展してきたのです。


そして最後に、「自分で考えることは、すばらしい」。
これこそ、私たち人間に与えられた最高の知恵であり、特権です。


このように考えれば、数学は決して無味乾燥な、学校を出てから役立たない机上の学問でないことがわかります。
だから、世界中で、あらゆる人が、いつの時代も数学を学ぶのです。
数学の勉強の意味がこんな面にあるのかとわかれば、数学嫌いな人がもっともっと数学の面白さを発見することになることと思います。
昨年11月24日のブログ「数学を勉強する目的」もよろしければご参照ください。


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思考力を養成する授業を

2011.01.23日

明日から小学生の塾生の保護者にお送りする新年度のクラス案内を先週作成しました。
その一部を下に引用します。
「集団部では、中学の学習につながるような、教師と生徒の間で活発にやり取りする授業を行っています。
平塚中等教育学校の適性検査対策は、個別部算数・国語クラスで対応しています。
NIE(Newspaper in Education −教育に新聞を)という新しい試みを始めとし、グループ活動対策、作文指導など他塾にないきめ細かい指導を少人数で行います。
真の思考力を養成するPISA(国際学習到達度調査)型にも対応したものを目指します」


ここ数年、実際に上のような授業を実践してきて、グループ活動の練習では小学生が一人ひとり自分の意見を発表できるようになってき(「美しいものは...」)、また作文でも回を重ねるごとに目を見張るほど上達してきています(「未来の学校にはショッピングモール」)。


そして、昨日の朝刊を見ていたら、何とそっくりの内容の記事を発見し嬉しくなりました。
「国語力とは、コミュニケーション力だ。文章を読み取った上で根拠を示し、自分の体験を交えながら表現できるPISA(国際学習到達度調査)型の読解力が求められている。
表現には『考える力』が不可欠で、そのためには言語活動を通して、言語能力を身につけないといけない。
(中略)
ただ単に交流活動をするのではなく、子どもが文章を読んで一人学びをし、自分の考えを持つことが重要だ。その上で、隣の子に説明し、次にグループの話し合いに移行する。最後は教室の前に出て発表することで、自己相対化もできるようになる。
(中略)
これまでの日本の教育は、知識を持っている子を優秀としてきたが、これからの国際社会では、知識の暗記だけでは通用しない。暗記だけならばコンピューターでもでき、『考える力』が求められている。
その土台となるのがコミュニケーション力で、授業の中で、双方向の情報のやり取りができる仕掛けをたくさん作っていかなければならない」
(1月22日付読売新聞16面「教育ルネッサンス 考えさせる授業が必要 横浜国立大学教授 高木展郎さんに聞く」より)


「考える力」については、昨年12月30日のブログ「考える力を養う」でも書いたとおりです。


高校2年生のとき、ホームルームで教育問題について話し合いました。
そのとき、私が上のような意見を言って、生徒一人ひとりの個性を重視した選択制クラスの導入などを主張したところ、担任の教師からもクラスメートからも総攻撃を受けました(「教育哲学 2」)。
曰く、「それは差別教育だ。みんな平等の授業をすべきだ」。
当時は学生運動が一番盛んなときで、「不平等」にみんな随分神経を尖らせていました。


しかし、みんなに同じことを教えることが「平等」ではなく、むしろ個人の考えを持ち、それを主張できるように教育することが大切なのだ、ということが40年以上の年月を経てようやく社会的に認知され、あちらこちらで実践されるようになってきました。


NIE(Newspaper in Education −教育に新聞を)についても、ずっと長い間塾で活用する考えを温めてきました(「NIE (新聞活用教育)」)。
すると、奇しくも同じ昨日の読売新聞1面と38面に「読売KODOMO新聞 小学生の新聞3月創刊」の記事が載っていて、私は興奮を覚えました。
早速、これを活用させていただきます。


日本の教育が今、ちょうど分岐点にさしかかっています。
ここで方向性を見誤らないようにしないと、またこれまでと同じように右に左に振れて、一貫性のない行き当たりばったりの教育になってしまいます。
教育は一国の将来を決定するほどの大きな政策のひとつですが、国や政治家に任せておくのではなく、私たち国民一人ひとりが自覚し、上の高木教授のように私たちの考えを訴えなければなりません。


益川氏の言葉を今一度思い起こす必要があります。
「僕は『教育汚染』と言ってるんだけど、今の学校は覚えるだけで考えない子を一生懸命生み出している。
子どもは本来、理科が好き。知らないことを知ったときの驚きが大好きなんですよ。
それなのにハウ・ツー教育の繰り返しで、知的好奇心を刺激できていない気がするなあ。
それが『教育結果熱心』な親の拡大再生産につながっている」 (「愛知 ― 知を愛する」


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塾生がまぶしく見える!

2011.01.22日

先週の土曜日に引き続き今日は中3生のための前期選抜試験対策の面接練習をしました(「だから塾はやめられない 2」)。
毎年、この時期になるとこれまで教えてきた中学生たちが急に大人になって見え、感動を覚えます。
とくに今日の面接練習でそれを感じました。
現在中3生とは言え、この4月には全員高校1年生です。
もうすでに全員、高校生の雰囲気を十分もっていました。
みんなひと回りもふた回りも大きく見えて、正直まぶしく見えました。


前回来なかったT君は、将来の夢をさらに具体的に「吹奏楽の作曲家」になりたい、と言って私を驚かせました。
「オーケストラ」ではなく「吹奏楽」の作曲家というのはなぜ、と尋ねたところ、オーケストラよりも吹奏楽のほうが一つひとつの楽器の個性、味がよく出せるから、という非常に説得力のある返事が返ってきてまたまた感動しました。
彼は間違いなく「吹奏楽」の作曲家になると確信しました。
T君の面接は完璧で、お手本になるようなものでした。
ビデオに撮っておいてYouTubeで流したいと思ったほどです。
彼は小学4年生のときから指導してきたので、その成長ぶりに感慨も一入(ひとしお)でした。


今日の面接練習でもうひとつとても嬉しかったのは、ふたりの男子が将来警察官になりたい、と言ったことです。
身近なところに警察関係の人がいたわけでもないのに、小学生のときに交番を訪問して警察官に会って話を聞いて以来ずっと警察官になりたいと思ってきたというH君。
180cmを超える長身で、すでに剣道2段を持っているというH君は間違いなく立派な警察官になるでしょう。
そして、警察官になって市民の生活を守りたい、そのためには自己犠牲をいとわない、と言うR君。
今のこの自己中心の時代に、このような精神で警察官になりたいというのは本当に見上げたものです。
今日、彼の面接をしていて既に警察官の制服に身を包んだ姿が瞼(まぶた)に浮かびました。
貫禄十分です。


N君は、人を感動させるような小説を書きたいと夢が先週よりもぐんと具体的になっていました。
面接していて、もう小説家と話しているような錯覚にとらわれました。


キャビンアテンダントになりたいと言うKさん。
身長がまだ6cm足りないと言って、先週私がアドバイスしたとおり早速背伸びをしたり、牛乳を飲んだりして身長を伸ばすよう努力しているそうです。


将来、病院か老人ホームの介護士になりたいと言ったS君は、もうすでに介護士の雰囲気をもっていました。
彼は幼少の頃、祖父母に育てられたということで、老人にとても親しみを持っているとのこと。
これからの高齢化社会において、大変な仕事である介護士になりたいという奇特な人が少ない中で、とてもたくましく感じました。


これで私の将来も安泰。
警察官になったH君とR君に生活を守ってもらい、T君の作曲した吹奏楽の音楽を聴いて楽しみ、N君の書いた小説を読んで感動し、果樹園を経営するK君が送ってくれるブドウや桃に下鼓(したつづみ)を打ち、Kさんの搭乗する飛行機に乗って海外旅行をし、そして老後はS君が介護士を務める老人ホームに入居できます。
これでめでたし、めでたし。


おっと、老人くさいことを書いてしまいましたが、私もやりたいことがまだまだたくさんあります。
彼ら若者に負けないよう夢を追い続け、これからも頑張ります。


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誠実な関心を寄せよう

2011.01.21日

このブログで何度か取り上げたことがあるデール・カーネギーの『人を動かす』(「成人の日に寄せて」)の中に面白い箇所があります。
「友を得る法を学ぶには、わざわざ本書を読むまでもなく、世の中でいちばん優れたその道の達人のやり方を学べばいいわけだ。
その達人とは ― われわれは毎日路傍でその達人に出合っている。こちらが近づくと尾を振りはじめる。立ち止まって、なでてやると、夢中になって好意を示す。
何か魂胆があって、このような愛情の表現をしているのではない。家や土地を売りつけようとか、結婚してもらおうとかいう下心はさらにない。
何の働きもせずに生きていける動物は、犬だけだ。
鶏は卵を産み、牛は乳を出し、カナリヤは歌をうたわねばならないが、犬はただ愛情を人に捧げるだけで生きていける」 (同書 第2部「人に好かれる6原則 第1章「誠実な関心を寄せる」より)


私はこの本を散歩するとき、車を運転するときなど、iPhoneに入れたオーディオブックで繰り返し繰り返し聴いています。
朗読しているのは、もちろんカーネギー本人ではないものの、その雰囲気をもった熟年の専門家がきれいな英語で吹き込んでいるので、まるでカーネギーに直接語りかけられているような錯覚を覚えるほどです。
上のような日本語訳で読むより、比較にならないほど説得力があります。


それにしても、カーネギーはうまいことを言うなと感心させられます。
うちの愛犬ラブも、私たち家族が通りかかると、いつもニコニコしながら尻尾を振って体をすり寄せてきて、濡れた鼻をビチョッとくっつけてきます。
これがラブの愛情表現です。
正直なところ、スーツにラブの毛がつくし、濡れた鼻はもっと迷惑なのですが、ラブにはそんなことはわかりません。
飼い主である私たち家族が大好きなのです。
そして、犬はただそれだけで生活ができるのです。


カーネギーの同書には、「名前を覚える」という章があります。
この中で紹介されているジム・ファーレーという人は高校も出なかった職人でしたが、人の名前を覚えることに関しては右に出る者がなく、やがて政界に進出し、民主党全国委員長、合衆国郵政長官にまでなりました。
カーネギーがファーレーに、
「あなたは10000人の名前を覚えているそうですね」
と言ったところ、彼の返事は
「いいえ、50000人です」。
名前を覚えるということは、その人に「誠実な関心をもっている」ことの表れです。


そういえば、私が高校3年のときの倫理社会の担当教師は、生徒の名前をひとりも覚えず、いつも
「そこのメガネ!」
「出席番号30番の人!」
「そのドアの横に座っている人」
などと言って当てていました。
その先生が一番人気がなかったのは当然のことです。


カーネギーが言っています。
2年間かけて他人に自分に関心を寄せてもらうより、自分が他人に2か月間関心を寄せるほうが早く友ができる、と。


教師が生徒に、生徒が教師に、親が子に、子が親に、先輩と後輩が、上司と部下が、みんながお互いに「誠実な関心」を寄せたら、人間関係はどれほど素晴らしいものになることでしょう。


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100点満点で110点は可能か?

2011.01.20日

「100点満点で110点は可能か?」と尋ねられれば、もちろん不可能と誰でも答えるでしょう。
でも、100%が最高なのに、私たちはよく「120%満足」というような言い方をします。
これと同様に、実は110点も120点も可能なのです。
ただ単に「全問正答」というだけでなく、それプラスα(アルファ)の何かがあるとき、110点や120点もあり得るのです。


年末に、アメリカに留学中の長男と30分あまり電話で話しました。
とは言っても、Skypeを利用したのでなんと無料でしたが。
その直前に、息子が制作したビデオを見ていて、とても面白かったので褒めたところ、大学で履修しているクラスの課題として制作したものだということです。
これが100点満点で110点もらえた、というのです。
なるほど、納得がいきました。
撮影技術というよりも、やはり「プラスα」だと思いました。
アイデアとオリジナリティです。
ほかの人が誰も考えつかないようなユニークな発想と、その取り組み方に真摯な姿が見られたのです。


私の大学時代の出来事を「なぜ満点が取れないのか」という記事に書きましたが、このとき私は満点が取れただけでなく、答案を返却する教授に言われました。
「舟田君の答案は完璧でした。模範解答は舟田君に発表してもらいます」。
そして、満点プラスαの110点をもらいました。
この教授にはとても信頼され、授業中もよく私の意見や考えを求められました。
その後、アメリカに留学していたときも、提出したペーパー(レポート)で何度もA+++をいただきました。
これらに共通していたのは、「プラスα」の要素です。


中3生はもうすぐ前期選抜の面接試験、そして本番の後期選抜の入試です。
中1生と中2生は、学年末試験です。
学校の定期テストや面接試験、入試においても「プラスα」は可能です。
それは、オリジナリティであり、丁寧さであり、また真摯さです。
答案用紙を見ると、字のうまさではなく、丁寧さ、真剣さが採点者に伝わってきます。
採点者は無意識のうちに、これらも採点してしまいます。
面接においても同様。
本人の真剣さが伝わります。
採点者はそこを見ているのです。
Aさんよりもテストの点数が下だったBさんのほうが、内申点が高かったりするのはそのためです。


これから試験の時期。
「プラスα」を常に忘れないように。


おっと、うっかりしていました。
この「プラスα」は学生の試験だけに当てはまるのではありません。
職場における上司と部下、同僚同士、あるいは夫婦関係、家族関係、あらゆる人間関係にも通じます。


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私、頭が悪いんです!

2011.01.19日

先日授業後、ある中学生をバスで送っているとき、夢の話になりました。
「私、気がコロコロ変わるほうで、何をやっても長続きしないんです。
でも、将来キャビンアテンダント(昔のスチュワーデス)になりたいという夢だけは、小さい頃からずっと持ち続けていて、いまだに変わりません」
「うん。いいと思うよ。〇〇ちゃんにぴったりだと思う。きっとなれるよ。頑張りなさいよ」
「でも、私、頭が悪いんです!だから無理です」
「えっ?頭が悪いって?全然そんなことないよ。だって、最近頑張ってるじゃない。
先生たちがみんな〇〇ちゃんのこと、とっても頑張っていてものすごく伸びてきてるって褒めてるよ」
「えっ?ホントですか?」
「今まで学校の成績が良くなかったのは、ただ勉強しなかったからだよ。勉強すれば、当然できるようになる。先天的に脳に障がいでもない限り、誰でもやればやっただけの結果が出るんだよ」
「お父さんがいつも、お前はバカだ、バカだって言ってきたから、私は自分は頭が悪いと思っていました。
でも、話を聞いていて自信がわいてきました。
学院長、私頑張ります。キャビンアテンダントになる夢、あきらめません」
「そうだよ。あきらめなければ夢は必ずかなうから」


上のケースのように、勉強しなくて成績が悪いのを、自分は頭が悪いと思い込んでいる人がたくさんいます。
それと、「勉強したのに忘れてしまった。だから自分は頭が悪い」と思っている人もとても多いです。
これも間違っています。
実は、この場合の「忘れた」は、最初からきちんと覚えていなかっただけのことです。
私自身、かつてそうでしたからこのことがよくわかります(「死んだ少年の話」)。


たとえば、自転車に乗ることを子どもの頃に覚えた人は、たとえ何年乗らなくても「乗り方を忘れた」と言って乗れなくなることは絶対にありません。
体が完全に覚えているからです。
今度は、一輪車に挑戦したとしましょう。ところが、少しは乗れるようになったけど、途中であきらめてしまって、自由に乗れなかったとします。
この場合は、何年か経つと乗り方を忘れてしまって乗れません。
完全に覚えていなかったからです。


実は勉強も同じなのです。
結果が出ない人の勉強法はまず例外なく、覚えた「つもり」なのです。
ところが、勉強に限らず、スポーツでも趣味でも何でも、自分の好きなこと、得意なことは誰でも完全に覚えているため決して忘れません。


勉強ができないのは、頭が悪いからではありません。
正しいやり方で、きちんと身につけていないだけのことです。
このことがわかれば、自(おの)ずから結果につながる勉強のやり方がわかってきます。


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男女とも「草食化」進む?

2011.01.18日

去る1月13日の読売新聞34面に「男女とも『草食化』進む?」という記事が載っていました。
これによると、性交渉に対して嫌悪感を抱いたり、関心がなかったりする日本人が急増していることが厚生労働省研究班の調査でわかったということです。


記事の一部を下に引用します。
「性交渉に対して『関心がない』、『嫌悪している』と回答した人を合わせると、男性では17.7%(08年調査10.4%)、女性では48.4%(同37.0%)を占めた。特に女性ではほぼ全年齢層で08年調査より10ポイント以上増加。
男性でも16〜19歳、20〜24歳で18.6ポイント、9.7ポイントそれぞれ増加した。
一方、1か月以上性交渉しない『セックスレス』の夫婦は08年調査より4.3ポイント増加して40.8%となり、04年の調査以来初めて4割を超えた。理由は『出産後何となく』や『面倒くさい』、『仕事疲れ』が多く、これまでと同様の傾向を示した。
調査した日本家族計画協会の北村邦夫常務理事は『セックスレスの理由に「面倒くさい」とあるように、人とのかかわりが厄介だと感じる人が増え、人間関係が希薄になっているのでは』と話している」


3〜4年前、「草食系」「肉食系」という言葉が流行り始め、マスコミで大きく取り上げられたこともあって、一般の人々の間でも「草食系」が心優しく、恋愛にガツガツしない、いわゆる「いい人」という印象が定着してきたようです。
つい先日も、小学5年生に社会を教えていたとき、生徒が「日本人は草食系で、〇〇人は肉食系」などと言い、びっくりしました。


本来、「草食系」「肉食系」は動物や恐竜を分類するために使っていた言葉なのに、いつの間にかこれを人間に当てはめるようになり、「草食系」を美化し始めたのです。


セックスに淡白なのを「草食系」と呼ぶと、それがまた美化されてしまいます。
読売新聞の上の記事では「草食化」とかっこでくくり、しかも最後に?マークをつけていますが、これはなかなか心憎い「ワザ」です。


いずれにせよ、このような風潮があるものだから、ますます少子化に拍車がかかるのです(「少子高齢化社会」)。
「性交渉に対して嫌悪感を抱く」というのは、性に対して誤った見方をしていることの結果です。
この問題に関しては「むっつりスケベ!」(教育ブログ人気記事ランキング1位)を参照してください。


かつてカウンセリングをしていましたが、夫婦問題をカウンセリングするときは必ず「夫婦間の性関係」を尋ねるものです。
それは「夫婦間の性」がそのまま「夫婦関係」を表しているからです。
上の記事にある、4割以上、すなわち10組の夫婦のうち4組が「セックスレス」というのは異常な状況です。
それはただ単に、「『面倒くさい』という人とのかかわりが厄介だと感じる人が増え、人間関係が希薄になっている」というような表面的な理由ではありません。
「夫婦」というのは特殊な関係で、これを「人間関係」と十把一絡(じっぱひとから)げにした言い方をすること自体間違っています。
「セックスレス」は、夫婦間でしっかりしたコミュニケーションが取れていないことの表れです。
夫婦間の「性」はコミュニケーションの一部です。コミュニケーションは言葉だけによるのではありません。
夫婦がお互いに相手のことを「面倒くさい」と思うようになったら、夫婦関係はもう終わりです。
コミュニケーションがうまくできなくなるから離婚も増えるわけです。
夫婦は、コミュニケーションをもとにした生涯の付き合いです。


人間は「万物の霊長」です。
「万物の霊長」を英語では the lord of creation と言いますが、これは「被造物の中の王様」というような意味です。
私たち人間は「草食系」でも「肉食系」でもありません。


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日が長くなってきた

2011.01.17日

ついこの前まで、夕方5時の小学生のクラスが始まる頃には真っ暗だったのに、最近はまだ明るく、今日などは教室に戻るバスを運転していて夕日がまぶしいほどでした。
随分日が長くなってきたなと感じます。


小学生や中学生に、「1年で1番日が長いのはいつ?」と尋ねると、十中八九8月と答えます。
それは、8月が1番暑いからです。
私も子どもの頃はそう思っていました。


ところが、あるとき、1年で1番日が長いのは夏至で6月21日(たまたま私の誕生日)頃と学びました。
6月はまだ真夏ではないので、これを知ったときは驚きました。
「えっ!? いったいなぜ?」
理由は、1年で日照時間が1番長い6月の21日から地球(北半球)が温まるまで、地球があまりにも大きいので時間がかかる、ということです。
逆に、1年で1番日の短い冬至(12月22日頃)から地球全体が段々冷えていって1番寒くなるのが2月頃になる、ということも同時に知りました。
「なるほど!そうだったのか」
大いに納得しました。
というか、私にとっては感動の大発見でした(もちろん自分で発見したわけではありませんが)。
このことを知らないときは、夏至や冬至の意味もわからないし、その日にちもわかりませんでした。
ですから理科のテストで夏至や冬至を問われると、暗記していた日にちを書いていただけでした。
またこのとき、地軸が23.4°傾いているので、太陽からの日射角度が北半球と南半球ではちょうど逆になり、夏至と冬至が逆になることも知り、季節が逆になることも理解できました。


これはとても大切なことです。
どうも日本の教育は、益川さんも言っているように、「覚えるだけで考えない子を一生懸命生み出している」(「愛知 ― 知を愛する」)きらいがあり、学ぶことの面白さ、楽しさを奪い取っていると思うのです。
子どもは本来、新しいこと、知らなかったことを知ったとき、驚き、感動するものなのです。
この「驚き、感動」という、学習において1番大切な要素を奪い取って、ただ機械的に暗記させ、暗記力を問う試験ばかりやっているので、子どもの勉強嫌いを助長しています。


一昨日、中3生を対象に面接練習をしたのですが、生徒に共通している面白いことに気付きました。
「得意な教科、苦手な教科は何ですか?」
という問に対して、
「数学と理科は自信がありますが、英語、国語、社会が苦手です。高校に入ったら、これらの勉強を頑張りたいと思っています」
という答えが戻ってきました。
そこで、
「どのようにしてこれらの教科の勉強に取り組みますか?」と尋ねると、
「英語は単語を暗記し、国語は漢字を暗記し、社会は年号や名前を暗記します」。
つまり、生徒は苦手な教科はみんな「暗記教科」だというとらえ方をし、苦手を克服するためには「暗記する」という方法しか思いつかないのです。
学校の暗記強要主義の教育に毒されている証拠です。
これは日本の教育の責任です。
学校のテストも入試も、そのほとんどが暗記力を問うものだからです。


子ども達に勉強の楽しさや感動を味わわせることが学校や塾などの教育界、また親の使命だと思うのですが。


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ケセラセラ なるようになる

2011.01.16日

昨夜、仕事が終わって家に戻り、11時過ぎに遅い夕食をとりました。
寝る前だからあまり食べないでおこうと思いながら、ついつい食べ過ぎてしまいました。
そして食事しながら大好きなコーヒーを飲みました。
寝る前にコーヒーを飲んで大丈夫かな、と一瞬思ったのですが、誘惑に負けてしまいました。
最近は毎晩ぐっすりよく眠れるし、しかも一昨日の晩は、半分に切った玉ねぎを枕元に置いて寝るとよく眠れると娘が教えてくれて、それを試してみたところ本当に快眠できました。
加えて、毎晩就寝時にメラトニンというサプリを摂っているので、コーヒーなんて全然へっちゃらと思いました。


食後十分に時間を取って風呂に入り、2時半頃床についたのですが、何と目が冴えてなかなか眠れません。
おかしいな、メラトニンはのんだし、枕元に玉ねぎも置いてあるし、眠れるはずなんだがと思うのですが、寝返りを打つたびに時計を見ると、4時、6時、8時、9時と、結局一睡もできずじまいでした。
9時過ぎても眠れそうにないので、仕方なく起きて、塾に行って成績表の印刷の仕事の続きをすることにしました。
昼間、眠くなったら昼寝すればいい、と思っていたのですが、なかなか仕事が終わらず、結局のところ帰宅したのは夜の9時近くでした。
それから食事して、今ようやく一息ついたところです。


昨日の朝起きてからずっと寝ていないので、何ともう40時間ほど寝ていないのです。
こんなことは初めてです。
今までは徹夜すると翌日は体が辛くて、胃腸の調子まで壊してしまうのに、今日はなんともありません。
一体どうしたことでしょう。


たかがコーヒー、されどコーヒー。
コーヒーなんて飲んでも眠れると高をくくって、侮っていました。
メラトニンと玉ねぎをもってしてもコーヒーには打ち勝つことができませんでした。


これまでだと、夜眠れないと焦ったりしたものですが、今回は開き直って「たとえ一睡もできなくても死ぬわけじゃない。眠くなれば昼寝すればいい」と思っていたら、うんと気が楽になりました。


人生ってこういうもんじゃないかと思いました。
「ああしなければならない」「こうでなければならない」と私たちはとかく考えがちで、そのためにかえって自分を追い詰めて、苦しむことになるのです。


「ケセラセラ なるようになる」
と気楽な生き方をするのが、結局は自分自身のためです。
心配してもそれで事態が好転するわけではありません。


これまでの人生を振り返ってみると、「もうだめだ」と思うような状況に追い詰められたことが何度もありましたが、その都度道は開けてきました。
あのとき、あきらめたり、自暴自棄にならなくてよかった、とつくづく思います。


辛いとき、苦しいとき、自分の思うようにことが運ばないときは、
「必ず道は開ける」
と自分に言い聞かせて、トンネルを通り抜けるまでしばらくの間、我慢することです。


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だから塾はやめられない 2

2011.01.15日

今日は中3生対象の第1回前期選抜面接試験対策練習の日でした。
最初、全体でオリエンテーションをしたあと、本番と同じ形式で一人ひとり面接の練習をしました。
定番の志望動機や中学生活で頑張ってきたこと、高校で力を入れたいこと、将来の夢などを尋ね、さらに生徒一人ひとりに合わせた突っ込んだ質問もしました。


以前、このブログの「夢の実現」の中にも書きましたが、生徒の将来の夢を聞き、その実現のためのお手伝いが少しでもできる塾の仕事は本当に素晴らしい、と改めて思いました。


保育士、コンピュータソフトのシステムエンジニア、体育の先生、助産師、キャビンアテンダント、果樹園経営等など、多種多彩な職業を生徒たちは目標にしています。
その中で、今日は新たに小説家になりたいというN君の夢を聞き、また私の将来の楽しみがひとつ増えました。
小説家の夢を実現させるために今、何かやっているかと尋ねたところ、頭の中でストーリーを練ったり、いろいろな題材になりそうなアイデアや花言葉など、思いついたことをノートに書いているという答えが戻ってきました。
(オッ、これは本物だぞ!)
と思いました。
そのとき思い出したのは、アメリカのビジネスコンサルタントで、私の尊敬するブライアン・トレーシーがメルマガで薦めてきた著述家マイケル・マスターソンの話です。
彼は小学生のころからすでに将来は著述家になりたいという夢を持っていたそうです。
それを知った父親が彼に言いました。
「作家になりたかったら、書きなさい」
なるほど、まさに的を射たアドバイスです。
私もN君に言いました。
「作家になりたければ、今から、何でもいいから、少しずつでも書き始めることだよ」
するとN君、
「もう、すでに書いたものがあります」
(まいった!)


以前、やはりこのブログで紹介したT君は、将来作曲家になるのが夢です(「将来は作曲家になりたい」)。
この記事を書いた後、同じ吹奏楽部のY君から聞きました。
「学校祭では自分で作曲した音楽を顧問の先生にプレゼントした」と書きましたが、何とこのとき、一つひとつの楽器のパートまで全部彼が作曲したというのです。
これはすごい!
普通の中学3年生の吹奏楽部の域をはるかに超えています。
各楽器のパートまで作曲するということは、全体を合わせたらどのような曲になるかというイメージが頭の中に描けていないとできないことです。
いよいよ本物です。
T君が将来、作曲家としてデビューする日が今から待ち遠しいです。


小学生の頃から教えてきた生徒が成長する過程をつぶさに見、さらに彼らが立派に社会に羽ばたき、夢を実現させていく姿を見ることができるというのは何と素晴しいことでしょう。
昔、『ショーほど素敵な商売はない』(There's No Business Like Show Business 1954)というミュージカルを見たことがあります。
私は「塾」というこんなに素晴らしい仕事がほかにあるのだろうか、と妻ともよく話し合うのですが、今日改めて「だから塾の仕事はやめられない」と実感し、少し大げさに聞こえるかもしれませんが興奮で身震いしました。


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少子高齢化社会

2011.01.14日

日本人の平均寿命が男性79.59歳、女性86.44歳と、ともに4年連続で過去最高を更新したということで、女性は文句なしの世界1。男性は5位とは言え、男女で世界トップレベルの長寿国ということに違いはありません。
65歳まで生存する確率は男性で86.7%、女性で93.6%。90歳までは男性22.2%、女性46.4%だそうです。


しかし問題なのは、少子化です。
先進国ではアメリカを除いてほとんどの国で少子化が進んでいます。
平均寿命が延びるということはおめでたいことですが、しかし高齢者を支える若い世代の人の数がどんどん減っていくということは、それだけ若い世代に負担が重くのしかかるということで、これは大きな問題です。
少子化対策のためにいろいろな方策が練られていますが、これといった決定打は今のところないようです。
期待された子ども手当ても空振りで、少子化対策には全然役立っていないとのこと。
同じ少子化で悩むヨーロッパの国々は、移民政策で人口減少を補っているそうですが、これとて真の少子化対策にはなっていません。


さて、少子高齢化が進むと、当然のことながら社会の経済にもいろいろな面で影響が出てきます。
そのひとつは、子どもの絶対的な数が減ってきているわけですから塾の需要が減るということ。
そして逆に、高齢者の数が増えているから老人ホームの需要が増えてきているということです。


ところが、周りを見回すと、経営難でつぶれる老人ホームもあれば、どんどん大きく成長している塾もあるのです。
これは、エコカーが増えてガソリンの需要が減ったので廃業するガソリンスタンドが増えているという問題と似ています。
どういうことかと言うと、最近、私の家の近所でつぶれてしまったガソリンスタンドが4軒もある一方、私が利用しているガソリンスタンドは平日でも客足が途切れず、土日などは長い行列ができるほどよく繁盛しているのです。
つぶれたガソリンスタンドには共通点があります。
ひとことで言うと「活気がない」のです。
照明は暗く、看板のペイントは剥げ落ち、働いている人の数は少なく動きも緩慢で、しかも接客が下手でサービスが悪い、と悪いことが何拍子も揃っています。
かたや流行っているガソリンスタンドは、ちょうどその正反対です。
廃(すた)れるのに理由があり、繁盛するのにも理由があります。


円高が日本経済を直撃していると言われていますが、その一方で円高にもめげず大きく成長している企業もたくさんあるのです。
つまり、すべてはやり方だ、ということです。


少子化対策は国だけでなく、私たち国民も真剣に考えて取り組まななければなりませんが、企業は少子化を嘆くのではなく、それに対する方策を練るならば、困難な中にあっても十分に健闘することができるのです。


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高校生の伊達直人君へ

2011.01.13日

昨日のブログ「タイガーマスク 全国に現る!」に「直人現象」について書きました。
今日の新聞には「『伊達直人』全都道府県に」(読売新聞34面)という記事が載っていて、これによるとこの運動が全都道府県に広がり、さらに昨日は神奈川、青森、福岡で現金100万円が届けられたとのことです。


今日の読売新聞の湘南版には「タイガー現象 期待と戸惑い」という記事があり、そこに横浜市の担当者の声が載っていました。
「感謝しているが、以前から地道に寄付くださる方もおり、今回の件だけ注目されることには少し戸惑っている」


「やっぱり」と思いました。
それは、昨日のブログにも書いたように、「貧困が解消されない限り、こうした寄付が続くのでは」と語る大学教授の声に対して、私はむしろ「これこそまさに『ペイ・フォーワード』の精神だ」と思うのです。
確かに、「タイガーマスク現象」がスポットライトを浴びると、それに促(うなが)されて行動を取る人も出てきますが、それに関係なくずっと前からこのような奇特な人はあちらこちらにいて、そして貧困の問題にも関係なくペイ・フォワードの精神はいつの時代にも生きているのです。


しかし、今日感動したのは「全都道府県」でも「100万円」でもなく、同じ湘南版の記事に載っていた本当に小さな「愛の行為」です。
記事の一部を下に引用します。
「厚木児童相談所の玄関で見つかった段ボール箱には『高校生なのでこんな物しか差し上げられませんがどうかお役立て下さい。高校生の伊達直人より』と書かれたメモが貼ってあった。鉛筆30本や消しゴム6個などが入っていた」


私はこの記事を読んだとき、本当に涙が出てきました。
「高校生なので」「こんな物しか」。
とんでもない!
あなたの勇気とその愛の行為は、高校生という「立場」や、鉛筆や消しゴムという「物」をはるかに越えています。
あなたは大切なことを私たちに教えてくれました。
高校生の伊達直人君、
本当にありがとう!


誰にでもできることがあります。
立場や豊かさに関係なく。


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タイガーマスク 全国に現る!

2011.01.12日

昨日の朝刊と夕刊、そして今日の朝刊と、なんと連続で取り上げられている超ホットな話題があります。
それは、タイガーマスク。
読売新聞のキーワードランキングでも、1位「直人現象」、2位「タイガーマスク現象」と、1・2位を独占。


昨日の読売新聞夕刊「よみうり寸評」より一部抜粋。
「漫画『タイガーマスク』が少年漫画雑誌に連載されたり、テレビアニメで放映され人気を呼んだのは1968〜71年のことだった。
◆ざっと40年前後の昔だ。今、全国に広がろうとしているランドセルなどを児童福祉施設に贈る善意の人たちの年配は、おおむねそれから推定できるだろう。
◆タイガーマスクの主人公・伊達直人は施設で育った孤児だった。覆面のプロレスラーとなってファイトマネーを自分を育ててくれた孤児の家『ちびっこハウス』に贈ったあたりが泣かせる。40年後、それをまねた善行が広がった。
(中略)
◆ランドセルもうれしかろうが、子どもたちには自分を思ってくれる温かい心が何よりの贈り物だろう」


今日の「USO放送」にも、
「首相と同名
肩身がひろくなりました
―全国の直人
タイガーマスクどの」。


うちの長男の名前も直人(関係ありませんが)。
次男は、昨夜仕事から帰ってきて、「タイガーマスク現象」の記事を読んだとき、感動で涙が出てきた、と。


ある大学教授はこの現象について次のように語っています。
「(不況を背景に)子供の貧困が深刻化しており、罪のない子供にみじめな思いをさせたくないというメッセージが読み取れる。貧困が解消されない限り、こうした寄付が続くのでは」


確かにそういう面もあるかもしれませんが、私自身は、これこそまさに「ペイ・フォーワード」の精神だと思っています。
上の記事はちょうど2年前に、このような運動が起こることを願って書いたものですが、今、それが現実に起きているのを目のあたりにすると、胸が熱くなるのを覚えます。
この全国のタイガーマスクは、自分が過去に受けた恩を別の形にして他の人(子ども)たちに返しているのだと思うのです。
このような純粋な気持ちからのペイ・フォーワードの運動が、もっとほかの形でもどんどん広げられていけば素晴しいではありませんか。
この善意の運動は、暗い、寒い世の中にあって、私たちの心を温めてくれます。


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「無縁社会」の話をしよう

2011.01.11日

「無縁社会」の話をしよう
今日の読売新聞1面「日本の改新」は、マイケル・サンデル氏のインタビュー記事です。
このシリーズはとても面白く、毎回楽しみに読んでいます。


ご存じのとおりサンデル氏はハーバード大学教授で、受講者14,000人を記録した人気教授です。
授業の様子は下のYouTubeから



昨年は東京大学を訪れて、ハーバード大学と同じスタイルで学生とディベートし、その様子がテレビでも放映されました。
(サンデル氏の著書およびDVDはこちらから)
サンデル氏の授業スタイルは徹底したディベート形式。
難しい問題を取り上げて、みんなで議論するが、明確な答えを一つ出す必要はない。
ディベートすることにより、みんなの意見を交換することができ、その中から一つでも二つでも何かを学び、そこから問題解決の糸口が見つかればよい、という考えです。
他者の視点を知り、互いを尊敬し、相手に耳を傾け、共通点を見出そうとすることに意義があると同氏は言います。
私はこの考え方に賛成で、困難な問題に対する素晴らしいアプローチ法だと思っています。
日本の大学の多くの授業のように、教授がただノートを読み上げ、板書し、学生はただ受け身でノートを取るだけのスタイルから新しいものは生まれません。
政治の世界でもこのような建設的な討議がもっとなされるようになったら、日本の将来はきっと大きく変わることでしょう。


今日のテーマ「無縁社会」では、日本の孤独死や不明高齢者の問題を取り上げ、原因をみんなで考え、語り合おうというものです。
いくつかの原因を挙げて、一つひとつを検証しています。
しかし、サンデル氏はあくまでも問題を提起し、私たち日本人にこの問題についてもっと深く掘り下げて考え、話し合うことの必要性を訴えています。


以前、このブログでも「ご近所力」というタイトルで似たような問題を取り上げました。
これはうちの生徒が書いた作文の内容を紹介したものです。


いつも思うことですが、ゴミ収集日のゴミ置き場ひとつを見ても、この「ご近所力」がよく見えます。
近所に大きなアパートがあるのですが、ここはゴミ収集日でなくても生ゴミが出されていて、いつもカラスの餌食になり、道路や付近一帯にゴミがちらかっています。
しかも、何日も放置されていて誰も掃除しません。
一方、そのすぐ近くにある比較的新しい家が並んでいるところは、ゴミは収集日にしか出されませんし、しかもカラスが嫌うという黄色のネットを自分たちでお金を出して購入し、きれいにゴミにカバーしてあるので決して荒らされることはなく、いつもきれいです。


近年、日本では個人主義が急速に発達し、横のつながりが希薄になってきました。
中高生や大学生など若者は、携帯電話のメールで人とつながっていることで安心感を買っています。
登録してあるアドレスは、200とか300など想像もつかないほどの数です。
そのくせ、ひとりで昼食をとるのが恥ずかしいと言って人目を過剰に意識し、大学などでは友人と一緒に食事できないとトイレの中で隠れてひとりで食べている、という異常な状態です。
これもある意味、若者の間の「ご近所力」の問題です。


マイケル・サンデル氏に習って私たちも
「さあ、無縁社会の話をしよう」
と腰を上げなければならない時代にもう突入しています。


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成人の日に寄せて

2011.01.10日

今日の読売新聞「USO放送」から。
「成人の日
親離れしたい
―小沢チルドレン」


今日は成人の日。
昨日行われた成人式の模様が昨晩のTVニュースでやっていました。
成人はお酒を飲んでもよい歳。
茨城県守谷市では、成人式に合わせて、お酒との上手なつきあい方を学んでもらう「飲酒セミナー」が開かれたとのこと。
お酒は飲んでもよいが、お酒に飲まれてはいけない、云々。
参加者も口々に、「飲み過ぎると自分を見失ってしまうので、社会人として責任を持ってお酒を楽しみたいです」と。


成人になるとお酒とタバコがOKということですが、果たしてそれが「成人」の意味、あるいは「特権」なのでしょうか?
毎年、成人式で言われるのはこの「お酒とタバコ」のこと。
なんかちょっと違うんじゃないかといつも思います。


「成人」とは読んで字のごとく「人に成る」こと。
つまり、今までは親の庇護(ひご)のもとに育てられてきたが、これからは一人前の大人としての自覚と責任を持って生きていくということではないでしょうか。
二十歳からの飲酒と喫煙は、ただ単に法律上の取り決めに過ぎず、そんなことで大騒ぎするのではなく、もっと本来の「大人としての自覚と責任」を語るべきだと思うのですが。


昨夜も仕事をしていて寝たのは遅かったのですが、今朝は早くに営業の電話でたたき起こされました。
そのあと、もう寝付けなかったので犬を連れて散歩に行きました。
最近、大いに活用しているiPhone(「最強の秘書を雇いました!」)にヘッドフォン(Apple純正の音のクリアなもの)をつけて、デール・カーネギー著『人を動かす』の英語版のオーディオブックを聴きながら小一時間散歩してきました。
この本はこれまで何度も繰り返し読んできましたし、またこのオーディオブックも何度も聴いてきたのですが、読むたび、聴くたびに新しいことを教えられ啓蒙されます。


序章のところでカーネギーがこの本を書くに至った経緯を述べています。
エンジニアのような専門職ですら、経済的な成功が技術的な知識によるのはわずか15%で、残りの85%は人格形成と人間関係の技術による、と著者が語っています。
私もそのとおりだと思います。


冒頭に書いた成人式の会場の外では、地元の大手飲料メーカーがノンアルコールビールの詰め合わせを配っていたそうです。
私はカーネギーの『人を動かす』の文庫本でも新成人にプレゼントしたほうが、彼らの人生に比べ物にならないほどの大きなインパクトを与えるのではないかと思いました。


この本の原題は "How to Win Friends and Influence People" (いかにして友人を作り、人に影響を与えるか)で、カーネギーはこれを書くのに、新聞や雑誌の記事はもちろんのこと、古代の哲学者や心理学者、政治家、さまざまなジャンルの人の伝記などを数多く読んで準備したというのです。
この本から学べることは計り知れません。
今年成人した人に私はこの本を読むことをお薦めしますが、すでに成人している人にも、また未成年の人にもみんなに読んでもらいたいと思うほどのお薦め本です。


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ラグビー 桐蔭学園初優勝!

2011.01.09日

第90回全国高校ラグビー大会決勝が昨日、大阪・花園で行われ、神奈川県代表の桐蔭学園が2年連続で東福岡と対戦し、同点による両校優勝ながら悲願の初優勝を遂げました。
ニュースで見ていて胸が熱くなりました。


実は、私はラグビーには苦い思い出があるのです。
中学生の頃、今のように運動の部活動があまり盛んでなく、私は自分の好きだった英語やエスペラント語などの部活動をしていました。
そのため運動をあまりしていなかったので、高校に入ったら何か運動部をやろうと張り切っていました。
そして、父の友人が昔ラグビーをやっていたということで、その人からラグビーを強く勧められ入部することにしました。


高校の入学式が終わってほどなく、私は勇気を奮い起してグランドの片隅にあるラグビー部の部室を訪ねました。
中にいた数人のゴツイ感じの2・3年生の先輩が私を見るなり、ギョッとした表情で「気を付け」したのです。
それを見た私のほうもまたギョッとしました。
「ラグビー部に入部したいんですが」
恐る恐る私に近づいてきた先輩たちがやがて大声で笑い出しました。
「ああ、ビビった!」
何事かと思ったら、私が学生服の襟に付けていた菊花紋章(誰かにもらったもの)が京都のラグビー名門校「花園高校」の校章に似ていたため、花園高校のラグビー部の生徒が来たと勘違いしたとのことでした。
私もつられて大笑い。


めでたくラグビー部に入部した私は、早速先輩たちからこってりと仕込まれました。
まずは、新人の仕事である皮のラグビーボール磨き。
これを授業中に「ペッペッ」と唾をかけ、布でごしごしと磨いてピカピカにするのです。
最初は恥ずかしかったのですが、だんだん慣れてきて、先生の目を盗んでは「ペッペッ」とやるようになりました。
放課後は毎日真っ暗になるまでグランドを走ったり、スクラムを組んだり、タックルしたり、走りながら後ろへボールをパスする練習を繰り返しました。
家に帰って来るともうくたくたで、玄関に入るなりバタンと仰向けに倒れてそのまま寝込んでしまうこともたびたびでした。
6月の新人戦に向けて毎日毎日本当にハードな練習でした。


ある日、学校へ行く道お腹が痛くて仕方がありません。
最初のうちは我慢して、わき腹を押さえながら放課後の練習もしていたのですが、数日たつと腹痛はだんだんひどくなり、そのうち痛みが堪え切れないほどにまでなり、学校を休んで近所の医者に行きました。
いろいろと精密検査をした医者が、
「君は今、大変な状況にある。
心臓、肝臓、腎臓、胆のう、膵臓みんなやられている。
このままだと死んでしまうよ」
と脅しました。
それまでまったく運動していなかったのに、急に激しいラグビーを始めたので、体の中が全部ボロボロになっていたのです。
そもそも優男(やさおとこ)の私にラグビーは無理でした。
結果、当分の間絶対安静を言い渡され、学校の体育の授業も参観することになりました。
ラグビーはマネージャーに転向しました。


そして、初めての新人戦。
その日は朝から激しい雨でした。
我がチームメイトは雨の中、泥だらけになりながら戦っていました。
試合途中、次々と倒れて失神し、やかんの水を顔にかけられては試合に戻り、また途中担架で担ぎ出される仲間も。
私は怖くなりました。
「ああ、体を壊しておいて良かった!」と本気で思いました。
試合結果はボロ負け。


ラグビーを部のマネージャーもあっさりとやめて、わずか数か月で私のラグビー人生は終わりました。
ですから、口では言い表せないほどのあのハードな練習を乗り越えて全国大会にまで勝ち進み、優勝を遂げるなんて、本当にスゴイ!と心から選手たちを尊敬し、エールを送るのです。
誰も想像がつかない私の青春時代のひとコマです。


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むっつりスケベ!

2011.01.08日

昨日は冬期講習の最終日でした。
今回の講習には小学6年生、中1・2・3生、大勢の体験生が参加し、そのほとんどが継続入塾してくれました。
その中の中学1年の男子3人がとても仲良くて、初日からバスに乗ってくるなり中2の女子とノリノリでした(「仲良き事は美しき哉」)。
この3人が送迎バスの中で、お互いに
「おまえはむっつりスケベだ!」
と言い合いながらじゃれていました。
「むっつりスケベ」なんてホント懐かしい言葉で、耳にしたのは何年ぶりのことでしょう。
言われた子は
「おれはむっつりスケベじゃない。おまえのほうがむっつりじゃないか」
と言い返していました。
今晩のクラスにさっそく、そのうちのひとりが来ていて、ふとそのことを思い出しました。


私はニヤニヤしながら聞いていたのですが、考えてみたら人間なんてみんな「むっつりスケベ」じゃないかと思いました。
もし、「むっつり」でなければ「モロ」で、こちらのほうが困りものです。
人間は神様によって、元来「スケベ」に創られているのです。
もしそうでなかったら、人類はもうとっくの昔に滅んでしまっています。
ところが、神様は人間に「スケベ」という本能と同時に「理性」も与えてくださっています。
この理性のお陰で、人間は時と場所、また相手など、常識を働かせて行動することができ、犬やその他の動物と区別されるのです。


考えてみればこの地球上の動植物すべてに与えられているもの、それが「性」です。これなしに生命はあり得ません。
これは実に神様の知恵にかなったことで、性は神様の聖(きよ)く尊いデザインのうちのひとつで、汚れたものという見方自体がおかしいのです。


この宇宙を見ると明らかなように、神様は秩序だったお方で、無秩序を嫌われます。
それで人間の間の「性」にも秩序を与えられました。
それが夫婦です。
夫婦間の「性」をただ単に生殖のためだけと見るのは間違っていますし、また快楽のためだけという見方も等しく間違っています。
夫婦間の「性」は神様からの祝福です。


この秩序を外れて、つまりルール違反で「性」が一人歩きするため、人々は性を汚らわしいと見るのです。
私が中学生の頃の学校の性教育は、おしべ・めしべをたとえにした「生殖教育」でした。
ところが、最近の性教育は、「望まない妊娠を避けるために」と言って、避妊具の使い方を教える「避妊教育」になってしまいました。
これも誤った性のとらえ方です。


大学生の頃、姓名判断が盛んでその類(たぐい)の本がたくさん出ました。
その中の1冊に紹介されていた変わった名前に
「色摩助平」
というのがありました。
たとえ姓が「色摩」という変わったものだったとしても、子どもに「助平」という名前を付けるふざけた親の心が知れません。


「むっつりスケベ」、大いに結構。
中学生は性に興味を持ち始める時で、もしそうでなかったらかえってそのほうが心配です。
でも、性にはルールがあることも忘れないように。


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政治家は何をやってるんだ!

2011.01.07日

「政治家は何をやってるんだ!」
これは、昨日小学生の口から出た言葉です。
グループ活動でディスカッションの練習をしていました。
最初は、日本の食糧自給率の問題を話していたのですが、そこからどんどん話が広がっていって、政治の問題に発展しました。
どのようにしたら食糧自給率を高めることができるかと話し合っていたときに、小6のT君が言ったのが上の言葉です。
「政治家に任せておいてもだめだ。
日本の政治家は、宴会をばかりやって飲んだり、食ったりしていて、日本の将来のことを真剣に考えていない。
僕たち小学生でも、委員会で真剣に学校のことを考えて話し合ったりしているのに。
政治家は僕たち小学生の考えや意見も聞くべきだ」


読売新聞の1月3日付けの「USO放送」に、
「故障
顔を出しっ放し
―ハト時計」
というのがあり、これを私が彼らに言ったとき、その意味をすぐに理解して吹き出していました。
これはかなりレベルの高い時事問題なのですが。


小学生とは信じられないくらいです。
本当に驚きました。
私が小学生の頃は、本当にボケっとしていて(「死んだ少年の話」)、政治のことなんてなんにも知りませんでした。
私は彼らに言いました。
「今の小学生はすごいね。
今、君たちはとてもいいことを言ったよ。
最近は国民の声が割と政治家にまで届くようになって、結構政治に反映されているんだ。
以前、国民は政治をまったく政治家任せにしていたからね」


さて、彼らはなぜこのような政治のことをよく知っているのでしょう?
今の小学生はみんなそうなのでしょうか?
いいえ、決してそんなことはありません。
新聞を毎日読んだり、テレビでニュースを見ているから?
彼らがとくに頭がいいから?
確かに頭のいい子たちです。でも理由はそうではありません。
答えは「家庭」です。
家庭で、親が子どもの前でこのような話題を話していたり、あるいは子どもとも一緒に話しているからです。
ここが大切なのです。


「三つ子の魂百まで」
と言いますが、子どもの頃の家庭環境は本当に大切です。
石川遼選手は生まれつきゴルファーだったわけではありません。
織田信成も生まれつきのフィギュアスケーターではありませんでした。
イチローも松井もしかり。
かのアインシュタインもエジソンももともと天才ではありませんでした。
音楽家の子どもが音楽家になり、政治家の子どもが政治家になる。
みんな、親にそのように育てられたのです。


頭のいい子に育てるのも、スポーツができる子どもに育てるのも、親の責任です。
子育てというのはそれぐらい重い、責任のある大仕事なのです。
仕事、パートをしながら、あるいは趣味などで遊びながら、片手間に子育てをしている人が最近はとくに多いように見受けられます。


薬剤師になるにも、教師や看護師、医師、弁護士になるにも資格試験を受けなければなりません。
また車を運転するにも運転免許の試験に合格しなければなりません。
しかし、どういうわけか、運転免許よりも何よりも一番大切な大仕事である「親業」とも言うべき子育てに関しては「授業」もなければ、「資格試験」もありません。
アメリカには結婚セミナーや子育てセミナーなどがあちらこちらで開かれています。
でも日本では、あまり聞きません。
「政治家は何をやってるんだ!」


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ブログ活用法

2011.01.06日

2008年12月から始めたこの「学院長 元気の出るブログ」ですが、ほとんど毎日休みなく新しい記事をアップしてきました。
ブログの内容は、タイトルのとおり「元気の出る」ことを常に念頭に置いて書いてきました。
お陰さまで、にほんブログ村「塾教育ブログ」の上位にいつもランクされ、人気記事ランキングではほとんど全部の記事が1位〜3位にランキングされてきました。
これも読者の皆様のご支援と感謝しております。


さて、アカデミーメルマガに登録して毎日定期的にブログをご愛読してくださっている方もずいぶん増えました。
元旦にいただいた年賀状に、
「毎日欠かさず見ています」
と書いてくださった方が何人かあり、とても嬉しかったです。


読んでくださる方が増えてきたので、今日は「学院長 元気の出るブログ」の効果的な活用法をお教えしようと思います。


1.お気づきかと思いますが、ブログページの左には「最近のエントリー」として10日分が載っています。
見逃した記事があったらぜひここからご覧になってください。


2.その下には「カテゴリー」があります。
アカデミー学院、英語、音楽、格言、技術革新、教育、健康、言語等など、ご自分の興味を引く分野があったら、そこをクリックして面白そうなタイトルの記事を読んでみるのもよいでしょう。
また、何か悩み事があるときには「人間関係」、「子育て」、「人生」などを見るのもひとつの手です。
落ち込んでいるときには「積極思考」の中から興味のある記事を読むと助けになると思います。


3.一番左下には「過去のエントリー」があります。気まぐれに、「当たるも八卦(はっけ)、当たらぬも八卦」の気持ちで適当にどこかの日付をクリックすると、思わぬ得をすることがあるかもしれません。


4.ページの一番左上には「エントリー検索」があります。
ここに自分の興味のあることば、たとえば「英語」とか「留学」とか、何か簡単なキーワードを入力すると、その言葉が含まれている記事が全部出てきます。
私自身、この「エントリー検索」はよく利用します。


ブログ記事を読んで何かご感想があれば、ぜひ「学院長 元気の出るブログ」のタイトル下の「ご意見・ご感想はこちらのフォームから」をクリックして、ご感想をお寄せください。
皆様からの「便り」が「頼り」です。


そして、最後にブログ記事の一番下にあるにほんブログ村「塾教育」のバナーをぜひクリックしてください。
このクリックの数で人気ランキングの順位が決まります。
励みになりますので、ご協力をお願いします。


また、よろしければお友達やお知り合いにご紹介ください。
友達から友達への紹介によって読者の輪が広がっています。


そして、定期的に読んでくださっている方は、ページ左上にある「ブログの読者になる」のバナーをクリックしてアドレスを登録してくださると、毎日アカデミーメルマガが届き、ブログ記事を見逃すことがありません。


今後とも、「学院長 元気の出るブログ」をよろしくお願いいたします。


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賜物

2011.01.05日

「賜物」は、「たまもの」と読みます。
一般には、「あることの結果として現れたよいもの、または事柄。成果。『努力の賜物』」(goo辞書)といった使われ方をします。
しかし第一義的には、「恩恵や祝福として与えられたもの。たまわりもの。『水は天からの賜物』」(同上)という意味です。


「賜物」という言葉は、キリスト教でよく使います。
すなわち、上に挙げた「恩恵や祝福として与えられたもの」という意味で、神様から与えられたもの、というような意味です。


聖書の中に「タラントのたとえ」という有名な話があります。(マタイの福音書25章)
ある金持ちが、3人の僕(しもべ)に自分の財産をそれぞれ5タラント(貨幣の単位)、2タラント、1タラントを預けて旅行に出ました。
しばらくたって戻ってくると、5タラント預けられていた僕はそれを元に商売してもう5タラント稼ぎ、それを主人に渡します。
すると、主人は「良い忠実な僕だ。よくやった。あなたはわずかなものに忠実だったから、多くのものを管理させよう」と言います。
同様に2タラント預かっていた僕も、もう2タラント稼いでいたので、主人はこの僕にもまったく同じ言葉をかけます。
しかし、1タラント預かっていた僕は、「ご主人様が怖かったので、預かったお金を地面の中に埋めて隠しておきました」と言って預かっていたお金を返します。
すると、主人は怒って言います。
「悪い怠惰な僕だ。その1タラントを少なくとも銀行に預けておいたなら利息がついていただろうに。
その1タラントを彼から取り上げて、10タラント持っている僕に上げなさい。
持っている者はさらに与えられてますます豊かになるが、持っていないものは持っているものまで取り上げられるだろう」。


この「タラント」が今日の「タレント」という言葉になっています。
英語ではこれを「ギフト」とも呼んでいます。
「与えられたもの」という意味です。
だれでもそれぞれ異なった「賜物」をいただいていますが、それを自分の能力で最大限に用いることが大切だというようなことを教えています。
賜物の大きさは問題ではありません。


しかし、「賜物」はいいものばかりとは限りません。
ある視覚障がいを持っておられる方が、ホームページに次のようなことを書いていらっしゃいました。
「障がいは不自由であるけれど、不幸ではない。
神様は不自由の部分だけ、他人にない才能を下さっています。私たちはそれを知らないで過ごすことが不幸なのです。
本人がどうすることも出来ない遺伝子によって世に生まれ出る前から、母の胎の中にいる時からその因子を持って生まれた子、それは単なる不幸なのでしょうか?
運が悪かったのでしょうか?
眼が不自由なのは私のタラントなのです」
この方は、ご自分の目が不自由なのを活用して、音声による聖書の普及に全人生を賭けていらっしゃいます。


「賜物」とは、たとえマイナスに見えるようなものですら、神様からの何か意味のあるギフトだと思えば、さらに尊く用いることができるのです。


あなたの「賜物」は何でしょうか?
スポーツでしょうか?それとも頭脳?
あるいは芸術?仕事関連?人間関係?
賜物は、誰にも必ず与えられています。
用いないで隠していると取り上げられてしまいます。
しかし用いれば用いるほど、さらに豊かに与えられます。


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2011.01.04日

ここしばらくは忙しくてスイミングに行っていません。
本当に好きな人なら、ジョギングでも何でも、たとえ雨が降っても、夜遅くなっても、どんなに忙しくても続けてやるのでしょうが、私の場合、スイミングはまだまだそこまで好きというわけではないのだと思います。
優先順位が低くいため、ついつい後回しになって、忙しくなると泳ぎに行かなくなるのです。


スイミングに行くと、いつも見かける若い男性の方がいらっしゃいます。
あるとき気づいたのですが、この方のクロールのスピードは、私の妻の遅い平泳ぎよりもさらに遅いのです。
横をよちよち歩きの子どもが歩いていてもその子のほうがおそらく速いぐらいです。
泳いでいるとき、その方がちょうど隣に並んだので、水中でその人の泳ぎ方を見てみました。
すると足が下に下がってしまっていて、腕の動きも足の動きも全部がバラバラなのです。
つまり型ができていないため、無駄な動きが多くて思うように前に進まない。
しかし、何と50mを何度もターンして泳ぎ続けていらっしゃいます。
この方は息継ぎの型はきちんとマスターしていらっしゃるのでしょう。


何事にも型というものがあります。
一朝一夕には型はマスターできません。
私の場合は、英語の型はマスターしましたが、クロールの息継ぎはまだマスターできていません。
型を身につけるには繰り返しが不可欠です。
これは、勉強にも、スポーツにも、音楽や絵画・彫刻などの芸術にも、仕事にも、人間関係にも、キリスト教や仏教などの宗教にも、ありとあらゆることに通じます。
型がわかると、あとは芋づる式についてきます。
要は型が完全に身につくまで、たとえ辛くても耐えること。
どの分野においても、その道でいわゆるプロという人はみんな、辛い、長い期間の訓練を耐え忍んで型を身につけたのです。
ただがむしゃらにやるのではなく、型を見抜くこと、体で覚えること。
これが大切なのです。


普段、生徒を教えていて、いち早くこの型を見抜き、身につけた生徒は間違いなく大きく伸びます。
しかし、それで卒業ではありません。
さらに上を目指して努力し続けることが大切です。


この新しい1年、皆さんもご自分の願う分野で、この「型」を発見し、さらに磨きをかけて大きく飛躍されることを心から祈念しています。


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バッハさん、ありがとう!

2011.01.03日

年末の30日から昨日2日まで、妻の実家に帰省していました。
年末年始で東名高速道路はもちろん渋滞。
行きは7時間、帰りは8時間かかりました。通常の2倍強です。
今までだと渋滞に巻き込まれるとすごく疲れて、こんな渋滞のときに車で出てくるんじゃなかった、と後悔していたのですが、今回、渋滞はまったく苦痛ではありませんでした。
それは、愛車プリウスでとても快適だったからです。


とくに大好きなバッハの曲を聴きながら運転していたので、まるでコンサート会場でシートにくつろいで曲に聴き入っているかと錯覚するほどでした。
それぐらい車は静粛で、音楽を聴きながらTVゲームのスクリーンを見ているような感じでした。
ナビのハードディスクにはこれまでプレイした曲がすべて入っていて、数十枚分のCDを取り替えることなくずっとそのまま聴くことができ、これも快適な理由のひとつです。


コントラバスの重低音がお腹に響き、チェロやバイオリン、フルートやオーボエ、チャンバロなどの澄んだ音、その美しいコンビネーション等、聴いていると脳内快感物質のβエンドルフィンがどっと流れ出てくるのを感じるほど、幸せな気持ちになります。
これも波長の問題なのでしょう。


バッハのチェンバロ協奏曲を聴いていて、映画 Love Story (ある愛の詩)に出てくる主人公オリバーの冒頭のセリフがよみがえってきました。
What can you say about a twenty-five year old girl who died?
That she was beautiful and brilliant.
That she loved Mozart and Bach.
The Beatles. And me.
(死んだ25歳の女性について何が言えるだろう。
美しくて、聡明。
モーツァルトとバッハを愛していた。
そして、ビートルズと僕を)


妻もバッハは好きですが、それ以上に好きな別のジャンルの音楽があり、妻が運転するときにはその曲をかけます。
妻はこの音楽を聴いていると、励まされ、やる気が起きてくるそうです。


音楽を聴きながら、道中ほとんどずっと話していました。
昔、成人英会話クラスに来ていたSさんは、某大手商事会社を定年退職した人で、とても立派な方でしたが、奥さんとの間にほとんど会話がなかったそうです。
犬を飼っていらっしゃって、Sさんも奥さんも犬とは1日中よく会話するそうですが、夫婦間では必要最小限のことしか話さない、とおっしゃっていました。
まあ他人様の夫婦関係に口をはさむつもりはありませんが、ご夫婦でもっとコミュニケーションをとって親密な仲を築いておいたほうが、犬と会話していたよりもずっとお幸せだったのではないかと思います。


いくら大好きなバッハを聴きながら、プリウスを運転していたとしても、ひとりだったらやっぱりわびしい。
心を割って何でも話し合える妻と一緒だからこそ、渋滞もまた楽し、です。
でも、その充実した会話さえも、背後で流れるバッハの美しい曲が場を醸(かも)し出してくれていたのです。


バッハさん、ありがとう!
と心の中で何度もお礼を言っていました。


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愛知 ― 知を愛する

2011.01.02日

2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英氏については、このブログに何度も取り上げてきました(9回引用。「益川」でエントリー検索)。
益川さんは愛知県出身で、現在京都産業大学教授、名古屋大学特別教授を務めていらっしゃいます。
もちろん直接存じているわけではないのですが、なにかとても親しみを感じます。
いわゆる、 「波長が合う」というやつで、益川のおっしゃること一つひとつに無意識のうちに首肯してしまいます。


昨日の元旦、妻の実家の名古屋に帰省中、地元の中日新聞24面に「やり直しができる社会に」というタイトルで同氏のインタビュー記事が載っているのを見つけました。
その中の一部を抜粋させていただきます。


「座右の銘は『愛知』。
もともとはギリシャ語の『フィロソフィア』。知を愛するという意味。
(中略)
今の教育は、多くの問題がある。
僕は『教育汚染』と言ってるんだけど、今の学校は覚えるだけで考えない子を一生懸命生み出している。
(中略)
子どもは本来、理科が好き。知らないことを知ったときの驚きが大好きなんですよ。
それなのにハウ・ツー教育の繰り返しで、知的好奇心を刺激できていない気がするなあ。
それが『教育結果熱心』な親の拡大再生産につながっている。
先生も生徒も結果を求めて忙しすぎて余裕がない」


私の塾の名前「アカデミー学院」の名前の所以(ゆえん)を生徒によく尋ねられます。
「アカデミー」は、古代ギリシャの哲学者プラトンが紀元前4世紀に創設した学校の名前です。
アカデミック(学術的)な学びができる塾にしたいと願って名付けました。
アカデミー学院の運営会社名を「ソフィアコーポレーション」と名付けましたが、この「ソフィア」という名前も、益川敏英氏と同じ考えからつけました。
ここからして、益川氏とは波長が合うのですが、氏が上で語っておられる教育観までまったく同じなのです。
それは、たとえば、このブログの「教育」というカテゴリーでいくつかの記事を見ればすぐにわかります。


塾の使命は、「生徒を志望校に入れること」と、とかく考えがちで、みんな安直に知識の切り売りと暗記の強要に流される傾向が強いです。
しかしそれでは、結局のところ益川氏が指摘しておられる「教育汚染」の片棒を塾も担いでいるのにすぎません。
学校という組織の中に入ると、否応(いやおう)なしに決められたことしかできなくなるので、私は塾という仕事をしているわけです。


益川氏はクラシック音楽、特にバッハが好きとのことで、この点においてもバッハが大好きな私と波長が合います。
機会があれば、ぜひともお会いしたいものだと思っているほどです。


「知を愛する」―これは人間のみに与えられた崇高な生命の目的で、これがある限り、人間は成長・発展し続けます。
益川氏もインタビュー記事を次の言葉でしめくくっていらっしゃいます。
「顕在化した矛盾を克服する努力を続けていけば、…(中略)愛知も日本もまだまだ発展していけると思う」


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今年あなたは豊かになります

2011.01.01日

明けましておめでとうございます。


皆様お揃いで、健やかに新年の朝をお迎えになられたことと思います。
この新しい年が皆様にとって、幸せな、豊かに祝福された年となりますよう心よりお祈り申し上げます。


多くの人が、自分が幸せになれるかどうか、豊かになれるか、望みがかなうかどうか、健康になれるか等々は自分の手の届かないところにあるものと思っています。
これらを子ども手当てや年金などの社会保障に頼ったり、家族や友人や学校や会社などを当てにしたり、宝くじなど運に期待しても、これは無理というものです。
実は、この1年をどのような年にするかは、あなたの決意ひとつにかかっているのです。
すべてはあなた自身が決めることです。


人や周囲のものや組織やシステムなどに何かしてもらうことを期待している間は、自分の望むような結果を得ることはできません。


第35代アメリカ合衆国大統領のジョン・F・ケネディーは就任演説で次のように語りました。
“And so, my fellow Americans: ask not what your country can do for you―ask what you can do for your country. ”
「だから、同胞の皆さん。国があなたに何をしてくれるかを尋ねてはなりません。あなたが国のために何ができるかを尋ねなさい」


イエス・キリストもおっしゃいました。
「受けるよりは与えるほうが幸いです」と。
受けている間は、いつまでたっても満たされることはありません。
「与える」ということは一瞬「損」することのように思われますが、実はこれほど「得」することはありません。
「与える」ということは、人を助けるということで、神はこのような人にさらに豊かに財や知恵、才能、時間を委ねられます。
これらの正しい用い方を知っているからです。
だから、
「持っている者はますます与えられ、持っていない者は持っているものまで取り上げられる」(聖書)
のです。


みんながこのような気持ちで、「与える」人になるなら、この世の中は間違いなく幸せな人でいっぱいになり、とても平和になります。


皆さん、どんどん与えて、どんどん幸せになりましょう。
今年あなたは必ず、さまざまな面で豊かになります。


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